不法行為法 7 損害賠償請求に対する抗弁(1)

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1.責任無能力の抗弁
責任能力は抗弁と位置づけられる。

+(責任能力)
第七百十二条  未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない

第七百十三条  精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

2.責任能力の意義
責任能力は、
法の命令・禁止を理解しえない人間を、損害賠償責任から解放することによって保護するとの政策的価値判断に基づきたてられた概念。
保護されるか否かを振り分けるための知的・精神的能力
←共同体主義の観点から。

・責任能力の定義
=自己の行為の是非を判断できるだけの知能
(善悪の判断能力・違法性認識能力)

・責任能力の有無は、
個々の具体的行為者の能力を基準に判断される
⇔過失の有無が判断されるときには合理人の注意が基準になるのとは対照的

・責任能力の有無は、加害行為の種類態様ごとに異なってくる

3.誰が責任無能力者か
・+(責任能力)
第七百十二条  未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。

一律には判断できないが大体12歳くらい

・+第七百十三条  精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

4.責任無能力者の監督義務者の責任
(1)帰責と免責の仕組み
+(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第七百十四条  前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

・家族関係の特殊性を考慮して、監督義務者が家族共同体内で責任無能力者の福利厚生・教育を図るという身分上の監護権ないし監護をすることのできる地位にある点に注目し、監督義務者に監督上の過失(監督過失)があることを根拠として、この者に損害賠償責任を課している。

・監督過失についての主張・立証責任が被害者側から監督義務者側に転換されている。
=中間責任

・請求原因
①Xの権利が侵害されたこと
②A(責任無能力者)の行為につき、Aに故意があったこと、またはAに過失があったことの評価を根拠付ける具体的事実
③損害の発生(およびその金額)
④①の権利侵害(③の損害)と②の行為との間の因果関係
⑤②の行為の当時、Aに責任能力がなかったこと
⑥②の行為当時、YがAの監督義務者であったこと

・抗弁
自らが責任無能力者の監督義務を怠らなかったこと
ここでいう監督義務とは、結果の発生を回避するための包括的な監督義務を意味する

監督上の過失と権利侵害との間の因果関係の不存在を主張立証

(2)監督義務を怠らなかったといえる場合
ⅰ)総論
・判例は、714条1項ただし書きにいう監督義務も門峰709条にいう過失の前提となる行為義務と異ならず、他人の権利・法益を害しないように注意して行動すべき義務(結果回避義務)であると捉えている。
=身分関係・生活関係から導かれる監護教育義務・身上配慮義務(820条・858条など)とは異質なものである。
→民法714条1項ただし書きによる免責の抗弁は、監督面での無過失の抗弁に他ならない!!

監督義務者と被監督者との身分関係・生活関係に照らして捉えられる結果回避のための包括的な監督義務とその違反の有無が問われる
=当該権利法益侵害を回避するために監督義務者がどのような個別具体的な監督行為をするべきであったかが問われているわけではない!

ⅱ)未成年者の不法行為と監督義務者の免責可能性
・責任能力のない未成年者の親権者は、その直接的な監視下にない子の行動について、人身に危険が及ばないように注意して行動するよう日頃から指導監督する義務がある
通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であるなど特段の事情が認められない限り、子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきでない。

+判例(H27.4.9)サッカーゴール事件

714条1項ただし書きの監督義務違反を民法709条の過失と同義と捉え、かつ、
日常的に見られる通常は人身の危険が及ぶようなものではない行為から常態ではない経緯を経た結果であって、この結果を行為者がその意思により招致させたものでないものについては、責任無能力者の当該行為について具体的に予見可能であったなどの特段の事情があったと認められない限り、一般的な監護義務を尽くしていていれば、監督義務違反を問わない。

ⅲ)認知症高齢者の不法行為と監督義務者の免責可能性

・+(成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮)
第八百五十八条  成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。

←民法858条の身上配慮義務は、成年後見人の権限等に照らすと、成年後見人が契約等の法律行為をする際に成年後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって、成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや、成年被後見人の行動を監視することを求めるものと解すことはできない!!!!
=保護者や成年後見人であることだけでは、直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。

・+(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条  夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

←夫婦間で同居協力扶助の義務を負うのであって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課すものではない。
同居の義務については性質上履行を強制できないものであり、それ自体抽象的
→752条の規定をもって、714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできない。

・もっとも、法定の監督義務者に該当しない者であっても、
責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、
衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視して、その者に対し714条に基づく損害賠償責任を問うことができる!!!!!
=「法定の監督責任者に準ずべき者」として、714条1項が類推適用される

・法定の監督義務者に準ずべき者かの考慮要素など
その者自身の生活状況や心身の状況
精神障害者との親族関係の有無・濃淡
同居の有無その他の日常的な接触の程度
精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者とのかかわりの実情
精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容
これらに対応しておこなわれている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、

その者が精神障害者を現に監督しているか、または監督することが可能かつ容易であるなど、衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断。

+判例(H28.3.1)JR東海事件

5.行為者に責任能力がある場合の保護者の損害賠償責任
・不法行為者に責任能力があった時には、被害者は、714条に基づき監督義務者に損害賠償請求をすることはできない。
→709条で。

監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立する
714条の規定が右解釈を妨げるものではない。

714条の場合のように広範かつ包括的な監督義務違反とは違い、
結果回避に向けられた具体的かつ特定の監督措置を内容とするもの

6.その他の抗弁~違法性阻却事由といわれているもの~
(1)正当防衛の抗弁
+(正当防衛及び緊急避難)
第七百二十条  他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2  前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。

・他人の不法行為が原因となっていること
第三者に対する不法行為でもよい

・自己または第三者の権利を防衛するために加害行為をしたこと

・加害行為がやむを得ないものであったこと
防衛行為の必要性と加害行為の相当性

・要件事実
①Yまたは第三者の権利
②①の権利に対する他人の侵害行為
③請求原因に挙げられたYの故意過失行為(加害行為)が、②の行為から①の権利を防衛するために行われたものであること
④③の行為がやむを得ずに行われたものであること(必要性と相当性)

(2)緊急避難(対物防衛)の抗弁
+(正当防衛及び緊急避難)
第七百二十条  他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2  前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する

民法における緊急避難とは主に対物防衛
民法の場合は、反撃を加える対象が危難を生じさせたその物に場合に限定される!

・要件事実
緊急避難の抗弁
①Yの権利
②①の権利に対して、請求原因に挙げられたXの物から急迫の危難が生じた事
③請求原因に挙げられたYの故意過失行為(物の損傷行為)が、②の危難を避けるためにされたものであること
④③の行為がやむを得ずに行われたものであること(必要性と相当性)

(3)法令による行為・正当業務行為の抗弁

(4)被害者承諾の抗弁
被害者は、みずから処分権限を有する事項についてのみ、承諾をすることができる。

(5)自力救済の抗弁
判例は自力救済を原則として禁止

法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存在する場合においてのみ、その必要な限度を超えない範囲内で、例外的に許される。


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不法行為法 6 損害賠償請求の主体

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1.前章までとのパターンとの違い
相続人が損害賠償請求権を相続したと主張
会社にとって不可欠な従業員が死亡した会社などの間接被害者

・損害賠償請求権と共同相続
不法行為を理由とする損害賠償請求権は金銭債権であり、かつ、可分の給付を目的とする債権である。よって、損害賠償請求権は、相続により法律上当然に相続分に応じて分割され、共同相続人に承継される。

もっとも、損害賠償請求権も遺産の一部であるから、共同相続人が合意して、遺産分割協議の対象とすることは可能。

2.生命侵害と損害賠償請求権の相続問題~問題の所在
・不法行為による負傷者が判決までに死亡した場合の処理
継続説
傷害を理由とする逸出利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事情が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特別の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきではない
←労働能力の一部喪失による損害は、不法行為の時に既に一定の内容のものとして発生しているものであって、その後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではない
不法行為の被害者がその後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務者がその義務の全部または一部を免れ、他方、被害者ないしその遺族が不法行為によって生じた損害の填補を受けられなくなるのは公平の理念に反する。

+判例(H8.4.25)
+判例(H8.5.31)

・傷害を理由とする損害賠償請求権については相続の対象となる。

・生命侵害を理由とする損害賠償請求権については争いがある。
←前提として請求権が被相続人に帰属していなければならないが、死者は死亡と同時に権利主体ではなくなっているから。

3.生命侵害と損害賠償請求権の相続問題~財産的損害賠償請求権の相続可能性

・相続肯定説
負傷後の死亡であれ、即死であれ、生命侵害を理由とする財産的損害賠償請求権が被害者(死者)に発生し、ついで相続人がこれを相続するとする立場を採用。

・固有損害説(相続否定説)
生命侵害を理由とする損害賠償請求権は死者自身には帰属せず、相続の問題も起こらない。
むしろ、直接被害者の生命侵害の結果として遺族が被った固有の財産的損害を捉え、近親者固有の損害の賠償請求を認めていくべき。

その中でも
扶養侵害説
扶養を受ける利益が侵害されたことによる近親者固有の損害を観念していく

生活利益侵害説
遺族の生活利益が侵害されたことによる近親者固有の損害を観念していく

4.生命侵害と損害賠償請求権の相続問題~慰謝料請求権の相続可能性

・判例は、711条が定める近親者固有の慰謝料請求権と並んで、生命侵害を理由とする死者自身の慰謝料請求権を認め、その相続を肯定している!!!
=慰謝料についても、財産的損害と同様に、被害者の意思表示を必要とすることなく、当然に相続される

民法は、その損害が財産的なものであるか、財産以外のものであるかによって、別異の取り扱いをしていない。
慰謝料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるが、これを侵害したことによって生じる慰謝料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はない。
711条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰謝料請求権とは別に、固有の慰謝料請求権を取得し得るが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存可能なものである。
被害者の相続人は、必ずしも、711条の規定により慰謝料請求権を取得できるとは限らないので、同条があるからといって、慰謝料請求権が相続の対償とはなりえないと解すべきではない。

・711条について
+(近親者に対する損害の賠償)
第七百十一条  他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。

請求者の範囲については、実質的に見て711条に列挙されている者と同視できるものにも固有の慰謝料請求権を認めるべき。

生命侵害に限らず、傷害を負うに止まった場合でも、死亡したときにも比肩できるような精神上の苦痛を近親者が受けたものと評価できる時には、近親者固有の慰謝料請求権を認めている。

5.間接被害者の損害賠償請求権~問題の所在

・間接被害者とは、
被害者への加害行為により間接的に損害を被った者のこと

間接被害者の損害を不法行為者が賠償すべきか
間接被害者の損害賠償請求の問題を直接被害者の損害賠償請求の問題と違えて法律構成すべきか

6.間接被害者の損害賠償請求~肩代わり損害の場合
自らは権利を侵害されていない者が不法行為を契機として何らかの出費をしたところ、同じ出費を直接損害者がしたならば、これを自己の損害として請求することが可能。

論理構成
加害者の不法行為と間接損害者の損害との間の相当因果関係の問題とする。

422条を類推適用する説もある。

7.間接被害者の損害賠償請求~定型的付随損害の場合
・定型的不象損害とは、
直接損害者に対する権利侵害をきっかけとして、直接被害者以外の者に随伴的に財産的損害や精神的損害を生じること

8.間接被害者の損害賠償請求~企業損害の場合

・加害者に企業の営業活動上の利益の保護を目的とした行為義務を加害者に課すことが正当化される事例は例外と考えるべき。

もっとも、問題の会社が法人とは名ばかりの個人企業である場合には、この者に会社の機関としての代替性がなく、かつ代表者と会社が経済的に一体をなす関係にある状況にあるのであれば、代表者が個人としての逸出利益を請求した場合と、個人企業の固有損害で請求した場合とで原則として差があってはならない点に鑑み、企業損害の損害賠償請求を認めてもよい。

9.胎児の損害賠償請求権
・父母の損害賠償請求権の相続
+(相続に関する胎児の権利能力)
第八百八十六条  胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
2  前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。

相続した損害賠償請求権を出生を条件として行使することができる。

・胎児固有の損害賠償請求権
+(損害賠償請求権に関する胎児の権利能力)
第七百二十一条  胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。

私権の享有は出生に始まるとの3条1項を修正し、胎児が固有の損害賠償請求権の主体となり得ることを認めている。


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不法行為法 5 損害


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1.損害の意義~差額説
・差額説
不法行為がなければ被害者が置かれているであろう財産状態と、不法行為があったために被害者が置かれている財産状態との差額が損害である。

・損害事実説
損害とは、不法行為によって被害者に生じた不利益な事実である

修正
損害と損害額を切り離して、損害については損害事実説に近い扱いをする。

2.個別損害項目積上げ方式による差額計算
・財産的損害
被害者が有している財産を失ったという積極的損害
被害者が将来得ることができたであろう利益を得られなかったという消極的損害

・非財産的損害

3.具体的損害計算の原則とその修正
・個別損害項目を積算しながら差額計算をしていく際に、「損害項目として何を選定するか」「その損害項目にどのような金額を当てるか」という点について

具体的損害計算←判例
権利侵害を受けた当該具体的な被害者を基準に決定していく
←損害賠償の目的は被害者個人に生じた実損害の填補にあるのだから、被害者の個人的事情を斟酌しなければならない。

抽象的損害計算
社会生活においてその被害者が属するグループの平均的な人を基準に決定していく
←実損害についての主張立証面での負担軽減。
権利に割り当てられる価値の代替物である損害賠償請求権についても、私法秩序がその権利にどれだけの金銭的な価値を与えたのかを個々の被害者から離れて確定し、少なくともそうして算定された金額については、被害者が誰であれ最低限賠償してやるべきだという理念。

・個別の被害者の逸失利益について、具体的な個人固有の収入額や算定資料が存在しない場合
経験則を通じての損害額の認定、したがって抽象的損害計算を行っている・・・

+判例(S39.6.24)
理由
 上告代理人三宅厚三の上告理由第一点について。
 (一)上告人らは、論旨一、において、総論的に、本件のごとく被害者が満八才の少年の場合には、将来何年生存し、何時からどのような職業につき、どの位の収入を得、何才で妻を迎え、子供を何人もち、どのような生活を営むかは全然予想することができず、したがつて「将来得べかりし収入」も、「失うべかりし支出」も予想できないから、結局、「得べかりし利益」は算定不可能であると主張する。なるほど、不法行為により死亡した年少者につき、その者が将来得べかりし利益を喪失したことによる損害の額を算定することがきわめて困難であることは、これを認めなければならないが、算定困難の故をもつて、たやすくその賠償請求を否定し去ることは妥当なことではないけだし、これを否定する場合における被害者側の救済は、主として、精神的損害の賠償請求、すなわち被害者本人の慰藉料(その相続性を肯定するとして)又は被害者の遺族の慰藉料(民法七一一条)の請求にこれを求めるほかはないこととなるが、慰藉料の額の算定については、諸般の事情がしんしゃくされるとはいえ、これらの精神的損害の賠償のうちに被害者本人の財産的損害の賠償の趣旨をも含ませること自体に無理があるばかりでなく、その額の算定は、結局において、裁判所の自由な裁量にこれを委ねるほかはないのであるから、その額が低きに過ぎて被害者測の救済に不十分となり、高きに失して不法行為者に酷となるおそれをはらんでいることは否定しえないところである。したがつて、年少者死亡の場合における右消極的損害の賠償請求については、一般の場合に比し不正確さが伴うにしても、裁判所は、被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、できうるかぎり蓋然性のある額を算出するよう努め、ことに右蓋然性に疑がもたれるときは、被害者側にとつて控え目な算定方法(たとえば、収入額につき疑があるときはその額を少な目に、支出額につき疑があるときはその額を多めに計算し、また遠い将来の収支の額に懸念があるときは算出の基礎たる期間を短縮する等の方法)を採用することにすれば、慰藉料制度に依存する場合に比較してより客観性のある額を算出することができ、被害者側の救済に資する反面、不法行為者に過当な責任を負わせることともならず、損失の公平な分担を窮極の目的とする損害賠償制度の理念にも副うのではないかと考えられる。要するに、問題は、事案毎に、その具体的事情に即応して解決されるべきであり、所論のごとく算定不可能として一概にその請求を排斥し去るべきではない。
 (二)よつて、以上の観点に立ちながら、進んで、上告人らが、論旨二、以下において各論的に、原判決の算定方法の違法を主張する諸点につき判断することとする。
 (い)上告人らは、まず、原審が、統計表に基づいて余命年数を求め、二〇才から五五才まで三五年間を稼働可能期間とし、国民の収入及び支出の平均又は標準を示すものとは認められない判示諸表によつて「得べかりし収入」と「失うべかりし支出」を想定して「得べかりし利益」を算出しているのは不合理であると主張する。
 (イ)稼働可能期間について。
 しかしながら、原審は、本件被害者らは、本件事故当時満八才余の普通健康体を有する男子であること、判示統計表により同人らの通常の余命は五七年六月余であり、二〇才から少くとも五五才まで三五年間は稼働可能であることを認定しているのであり、右認定は、平均年令の一般的伸長、医学の進歩、衛生思想の普及という顕著な事実をも合せ考えれば、相当としてこれを肯認することができ、この点に所論のごとき不合理は認められない。
 (ロ)収入額について。
 つぎに、原審は、本件被害者らは、右稼働可能期間中、毎年、判示証拠資料により認めうる昭和三三年四月から九月までの間のわが国における通常男子の一ヵ月の平均労働賃金二万六四八円、元年分にして二四万七七七六円の金額を下らない収入を得べきものと推認し、その年収額から後出の支出年額を控除した額を基準としてホフマン式計算方法による一時払いの損害額を算出しているのであるが、被害者らがいかなる職業につくか予測しえない本件のごとき場合においては、通常男子の平均労賃を算定の基準とすることは、将来の賃金ベースが現在より下らないということを前提にすれば、一応これを肯認しえないではないが、収入も一応安定した者につき、将来の昇給を度外視した控え目な計算方法を採用する場合とは異なり、本件のごとき年少者の場合においては、初任給は平均労賃よりも低い反面、次第に昇給するものであることを考えれば、三五年間を通じてその年収額を右平均労賃と同額とし、これを基準にホフマン式計算方法により一時払いの額を求めている原審の算出方法は、これを肯認するに足る別段の理由が明らかにされないかぎり、不合理というほかはないところ、原判決はこの点につきなんら説明するところがないので、少くとも右の点において原判決には理由不備の違法があるものといわなければならない。
 (ハ)支出額について。
 (A) 原審は、本件被害者らの稼働可能期間中における毎年の生活費は、判示証拠資料により認めうる昭和三三年度における勤労者の平均世帯(世帯員数四・四六人)の実支出額一カ月三万六三八円、一人平均六八六九円、その元年分である八万二四二八円と同額と認めるのを相当としているところ、上告人らは、本件被害者らは何時結婚し、何人の子供をもち、いかなる生活を営むか不明であるばかりでなく、世帯主の生活費は他の世帯員のそれより多いことは経験則上顕著であるから、世帯の支出額を均分したものを世帯主と認められる被害者らの生活費とすることは不合理であると主張する。ところで、被害者らが独身で生活するという特別の事情が認められない本件のごとき場合においては、平均世帯を基準として被害者ら各自の生活費を算出すること自体は、一応これを肯認しえないではないが、原判決が、首肯するに足る理由をなんら示すことなく、右三五年間を通じて被害者らの生活費が昭和三三年度の前示生活費と同額であるとしていること、及び前示世帯の支出額を世帯員数で均分したものが被害者ら(男子であり、世帯主となるものと推認される)の生活費であるとしているのは、理由不備の違法があるものといわなければならない。
 (B) 上告人らは、さらに、論旨二の後段において、被害者らの収入からは、被害者本人の生活費のみならず、被害者らの負担すべき扶養家族の生活費をも控除すべきであると主張するが、収入から被害者本人の生活費を控除するのは、本人の生活費は、一応、収入を得るために必要な支出と認められるからであるが(収入を失うことによる損失と支出を免れたことによる利益の間には直接の関係がある)、扶養家族の生活費の支出と被害者本人の収入の間には右のごとき関係はなんら認められないのであるから、扶養家族の生活費の額は、収入額からこれを控除すべきではなく、この点に関する原判旨は、簡に失しているが、結論において正当であり、所論は採用し難い。
 (C) 上告人らは、また、論旨三において、被害者らの得べかりし収入額から、稼働可能期間経過後(五五才より後)に被害者らが支出すべかりし生活費を控除すべきであると主張するが、右支出も前記収入と前述のごとき直接の関係に立つものでないばかりでなく、五五才を超えても無収入であるとはかぎらず、また、第三者による扶養もありうることであるから、その間の生活費を前記収入から当然に控除しなければならない理由はない(二〇才までの期間における生活費についても同様であり、上告人らも右生活費を右の意味において控除すべしとは主張していない)。この点に関する原判旨もまた簡に失しているが、結局において正当であり、所論は採用しえない。
 (D) 上告人らは、さらに二〇才ないし五五才を基準として損害額を算定すれば、一才の幼児が死亡した場合と一八・九才の青年が死亡した場合とでは、その「得べかりし利益」は同額となり、二五・六才以上の成年が死亡した場合のそれは、一才の幼児が死亡した場合のそれより少額となつて不合理であると主張するが、所論は、ホフマン式計算方法を度外視し、かつ、稼働可能期間の長短を忘れた議論であり、採用のかぎりでない。
 (E) 上告人らは、また、論旨三において、本件損害賠償請求権を相続した被上告人らは、他面において、被害者らの死亡により、その扶養義務者として当然に支出すべかりし二〇才までの扶養費の支出を免れて利得をしているから、損益相殺の理により、賠償額から右扶養費の額を控除すべきであると主張するが、損益相殺により差引かれるべき利得は、被害者本人に生じたものでなければならないと解されるところ、本件賠償請求権は被害者ら本人について発生したものであり、所論のごとき利得は被害者本人に生じたものでないことが明らかであるから、本件賠償額からこれを控除すべきいわれはない。所論は、採用に価しない。
 (ろ)なお、上告人らは、論旨四において、原判決のホフマン式計算方法の適用の誤りを主張するが、不法行為による損害賠償の額は、不法行為時を基準として算定するのを本則とするのであるから、原審が、ホフマン式計算方法を適用するについて本件事故の時を基準とし、その時における一時払いの額を算出したのは正当である。所論は、ひつきよう、独自の見解の下に原判決を非難するものであり、採用のかぎりでない。
 (三)以上、要するに、本訴請求中、得べかりし利益の喪失による損害の賠償を求める部分については、原判決に少くとも前示のごとき諸点につき理由不備の違法があることが明らかであり、所論は、結局において理由があるので、原判決は、右限度において破棄を免れない。
 同第二点について。
 上告人らは、原判決が損害額を算定するにつき、被上告人らの監督義務者としての過失をしんしやくしなかつたのは違法であると主張するが、原審認定の事実関係の下においては、被上告人らに監督上の過失が認められないとした原審の判断は、これを肯認しえないではない。所論は、ひつきよう、原審の認定しない事実に基づき又は独自の見解の下に、原判決を論難するに過ぎないものであり、採用し難い。
 よつて、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、九三条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎)

4.統計値を用いた逸出利益算定と男女間格差
・判例は、女子学生の逸出利益が問題になった事件で、家事労働分加算という算定方法を認めなかった。
=女子労働者の平均賃金を基準
+判例(S62.1.19)

・その後、全労働者の平均賃金を基準とするようになる。
←未就労年少者は、多様な就労可能性を有するから、現在就労する労働者の労働の結果として現れる労働市場における男女間の賃金格差を将来の逸出利益の算定に直接的に反映させるのは、将来の収入の認定ないし蓋然性の判断として合理的な者とは言い難い。
未就労年少者の多様な発展可能性を性により差別することになり、個人の尊厳ないし男女平等の理念に照らして適当ではない。
女性の職業領域の拡大。

・一時滞在外国人の逸出利益
予想される我が国での就労可能期間ないし滞在期間内は我が国での収入等を基礎とし
その後は想定される出国先での収入等を基礎として逸出利益を算定するのが合理的

・公的年金の逸出利益性
公的年金の受給権者が不法行為の被害者その人である場合に、退職手当、老齢年金などの受給権の喪失を拠り所として逸出利益を捉える。
被害者が平均余命期間に受給できたであろう年金の額を基礎に、被害者の逸出利益を算定する。
被害者が死亡したときは、相続人が相続によってこれを取得。

これに対し、
不法行為の被害者が死亡した場合における子や配偶者への年金過給分や、遺族が受給権者となる遺族年金については、死亡被害者自身の逸出利益であることを否定する。

5.物損の場合
・修理が不可能ならば、同種同等の物を市場で調達するのに要する価格相当額が賠償の対象となる。
調達費用から、つぶれた物の交換価値を控除

・修理が可能な場合は、修理費用相当額の賠償
代物を賃借した場合の賃貸料相当額も。

6.損害の主張・立証責任
財産的損害については被害者が主張立証責任を負う。
差額説によれば、損害とは金額なので、損害項目のほか、金額についても主張立証。

もっとも、民事訴訟法248条により、相当な賠償額を認定することもできる。

7.慰謝料の算定~慰謝料の果たす機能
慰謝料の認定については、
裁判官の裁量的・創造的役割に全面的にゆだねられている。
→①慰謝料の算定に当たっては、裁判官はその額を認定するに至った根拠をいちいち示す必要がない
②被害者が慰謝料額の証明をしていなくても諸般の事情を斟酌して慰謝料の賠償を命じることができる
③その際に斟酌すべき事情に制限はなく、被害者の地位職業はもとより、加害者の社会的地位や財産状態も斟酌できる

慰謝料には精神的苦痛を填補する機能(損害填補機能)だけでなく、財産的損害を補完する機能(補完的機能)がある。
制裁的機能については認めていない。
←被害者の被った現実の損害の補てんを目的とする我が国の不法行為損害賠償制度の基本理念と相いれない。

・損害賠償制度と訴訟物の個数
同一の事故による同一の法益への侵害を理由とする財産的損害と被財産的損害の損害賠償請求は、実体法上1個と考えられており、したがって、訴訟物も1個であるとされる。

8.損害賠償請求の方法~「一時金」方式と「定期金」方式
・損害賠償請求権者が一時金による賠償の支払を求める旨の申立てをしている場合に、定期金による支払いを命じる判決をすることはできない。

・一時金賠償と中間利息の控除
運用利益分も含めてみたときに被害者が不法行為をきっかけとして利得しないよう、中間利息分をあらかじめ控除して一時金を支払わせる。

9.賠償されるべき損害の確定~加害行為(・権利侵害)と損害との相当因果関係、416条の類推適用論


どこまでの損害項目が損害賠償の範囲に取り込まれることになるのか
差額の算定に当たって、どの金額で評価することになるのか

判例通説は、
賠償されるべき損害は、加害行為(もしくは権利侵害)と相当因果関係にある損害に限られる!!

当該項目が、加害行為と相当因果関係にある損害項目かという判断と、
どこまでの金額が加害行為と相当因果関係にある金額化という判断が含まれる

・判例通説は、損害の範囲を確定するに当たり、金銭評価の点をも含めて相当因果関係論を採用したうえで、民法416条を類推適用することにより、相当性判断を行っている。

①賠償されるべき損害は、加害行為と相当因果関係にある損害であるところ、
②債務不履行の効果としての損害賠償の範囲を定める416条は、相当因果関係を定めた規定であるから、
③不法行為による損害賠償についても、416条が類推適用されるという論法。

・この判例通説によると、
416条1項は、通常生ずべき損害を賠償すべきだとすることで、相当因果関係の考え方を採用しているところ、不法行為の場合も、当該不法行為により通常生ずべき損害の賠償が求められるべきであり、
416条2項は、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がこの特別事情を予見し、または予見すべきであったときには賠償が認められるとしているから、不法行為の場合も、被害者としては特別事情を加害者が予見していたこと、または予見すべきであったことを主張・立証することで特別損害が賠償の範囲に入ってくる。

・相当因果関係論に対する批判
不法行為においては、故意の場合はともかく過失による場合には、損害の予見可能性がほとんど問題にならない。にもかかわらず、416条を類推適用すると、特別損害の賠償が困難になり、その不都合を回避するために、通常損害や予見可能性を擬制せざるえなくなる。

10.弁護士費用の賠償
かつての判例は、
不当訴訟に対する応訴のためにやむを得ず支出した弁護士費用に限って賠償を認めていた。
←我が国は訴訟手続について弁護士強制主義を採用していない
訴訟費用にも含まれていない

現在の判例は、
被害者が自己の損害賠償請求権を実現するための訴えを提起した場合一般につき、事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲のものに限って、不法行為による損害として損害賠償できる!!!!(だいたい額の2~3割くらいだが・・・)
弁護士費用相当額の損害賠償請求権が認められるには、当事者と弁護士との間で報酬の支払合意が成立しておればよく、報酬がいまだ支払われていなくてもかまわない。

11.遅延損害金はいつから起算されるか
不法行為によって損害が発生し、加害者がその支払いをしないとき、損害金を元本として、遅延損害金が発生する。
遅延損害金の算定利率は年5%(民法404条)

不法行為に基づく損害賠償債務は、「履行期の定めのない債務」
とすると、412条3項により、被害者からの催告(請求)を待って遅滞に陥るのか?

判例は、
不法行為に基づく損害賠償債務は、何ら催告を要することなく、損害の発生と同時に遅滞に陥る
=損害賠償債務は損害の発生と同時に遅滞に陥る。初日算入の原則も妥当しない。

・示談後に生じた事態を理由とする損害賠償
一般に、不法行為による損害賠償について示談がされ、被害者が一定額の支払を受けることで満足し、その余の賠償請求権を放棄したときは、被害者は、示談当時にそれ以上の損害が存在していたとしても、あるいは、それ以上の損害が事後に生じたとしても、示談額を上回る損害について、示談後には請求することができない。
もっとも、全損害を正確に把握することが困難な状況下で、早急に少額の賠償額で満足する旨の示談がされた場合には、示談によって被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきである。当事者の合理的意思に合致するかどうか。


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これからの政治の課題とは

1.21世紀の政治を振り返って
(1)大戦争と政治の不安定化
戦争のなかで、相互の理解と寛容を前提にしたそれまでの立憲政治を時代遅れにした。
国際経済秩序の解体も政治の緊張を高めた。
(2)戦後の日本政治を振り返る
冷戦のなか、もっぱら国内体制の整備に関心を集中させ、経済優先の政策がとられた。
自由主義陣営は経済的利害対立に神経を尖らせ、その抑制を試みた。
→完全雇用と福祉国家
合意の政治
自民党が多くの利益集団の面倒を見ることを通して、政権政党としての地位を再生産した。
70年代後半から、合意の政治が大きな政府を産み出したとして批判されるようになる。
→利益政治の没落
政府が国民の面倒を見る体制を見直すことになる
2.これからの政治課題を展望する
(1)合理的な利益政治を求めて
財政的な制約から、何に使うのかの優先順位をはっきりさせるべき。
(2)鍵としての教育
グローバル化のなかで政府が企業を守ることが難しくなった。
=企業を守ることを通して個人の生活を守れない。
→個人が競争力を持てるように教育が必要。
先端的知識を制するものが将来を制する
(3)グローバル化と政府の役割
グローバル化によって格差の拡大。
政治は結果の平等を実現できなくなった。
必要最低限度の生活水準を守ることが大切。
これがあればこそ思いきった挑戦ができる。
機会の平等を可能な限り国民へ提供。
(4)ナショナリズムの問題
グローバル化による反動という面
自己同一性をめぐる政治
ナショナリズムは集団的な自己主張の現れ
民主主義は集団的自己決定の現れ
この二つは容易に混合する。
政治はナショナリズムに呑み込まれることなく、管理し指導しなければならない。
(5)軍事力の再登場
人道目的のための軍事力の行使
ただ、軍事力にできることは相手の軍事組織の破壊であり、民主政治を創出することはできない。
(6)環境・資源問題と民主政治を

佐々木毅 民主主義という不思議な仕組み 5 政治とどう対面するか~参加と不服従

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政治は集団の自己主張の現れであり、自己主張が自由の現れてある以上、それは自由の現れでもある。
自由の現れとして、参加と不服従。
1.参加への熱望~明治日本の課題
(1)学問のすすめにみる政府と人民の関係
福沢は、政府と人民の関係については相互に一定の約束に基づくドライな関係であることを強調。
専制政治の伝統から切り離そうとする。
国民はすでにあるものではなく、政府と人民との間の約束関係を念頭に、そこから作り出さなければならない。
(2)官僚制と政治
明治国会が開設されたからといって、議会制が実現したわけではなかった。
軍部、官僚と政党との協調関係。
大正デモクラシーは、政党政治と議会制の原則によって明治憲法を換骨奪胎する試みだった。
政策の党派性と行政の中立性をどのように両立させるかという問題。
2.抵抗の論理~市民的不服従の流れ
(1)正理を守って身を棄つる
苦痛を忍んであくまで正理を唱えて政府に迫ること。
(2)市民の服従拒否というスタイル
良心と政治との確執
税金の支払い拒否という抵抗の方法が、政治的には直接的メッセージになる。
=政治的信用に打撃を与える
ひたすら多数派の意向というみなしに安住して惰眠を貪る民主政治には、内なる弱さが潜んでいる。


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序論

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1.方法
(1)解釈の方法
・条文にある文言が解釈論を展開する出発点になる。

・規範が文言に凝縮されて結実していった背景には、事実や思想が存在し、解釈をするにあたってそれらを無視することはできない。

・現在の人間をとりまく客観的状況、そして現在に生きる人間の主観的思考に照らして、不合理で納得できない解釈をとることもできない。

・解釈とは、本来、文言の意味を客観的に認識する作業であるが、憲法の解釈は、解釈の実践である憲法判断の予備作業となり、憲法判断そのものは価値判断に他ならない。

(2)憲法解釈のあり方
憲法が拠って立つ基本原理を堅持しつつ、現代社会に合わせて読み解く。

(3)叙述の方針

(4)解釈結果の提示方法
憲法問題には、合憲か違憲かどちらかの結論しかない。

(5)法令に対する態度

2.体系
(1)体系と日本国憲法との対応関係
(2)体系の特色

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佐々木毅 民主主義という不思議な仕組み 4 「世論の支配」~その実像と虚像

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1.世論の支配を考える
(1)世論はモノのようなものか?
世論調査も「みなし」型の仕組みの一環
世論調査は、一定程度調査する側の意図が反映する可能性を含んでいる。

・世論の支配
世論の忠実な実行は国民の利益に合致するという信念
⇔世論の圧制

(2)人間の判断基準と世論の関係
・民主化の結果として大衆の登場
=合理的な政治判断を期待できない人々の登場
人間は目的と手段の関係を合理的に考えて政策を判断するような存在であるよりも、
本能や衝動、性向、習慣といったものによって支配されたものである。

人々は政治家によって操作される存在になる。
→世論の支配は無意味なものになる。
人々が政治に興味を持つのは、スローガンか政治家でしかなく、複雑化する政治環境について十分な情報を得たうえで判断することは期待できない。
ステレオタイプが支配する限り、世論は習慣や偏見と見慣れた世界から離れることができず、その合理性は到底期待できない。

人民による自己統治という民主政治の原則は限りなく幻影に近づく。

そもそも世論は存在しているものなのか、政治指導者が製造したものに過ぎないのか。
世論が作られるものであるとすれば、そのあり方が問題となる。

2.エリート主義と大衆の愚弄
(1)エリートVS大衆の二重構造
政治指導者重視への逆転が極端に行けば、大衆は自らを代表させる能力がないもの、操作されるものに変わってしまう。

政治的公式にしたがって服従する大衆と、それを支配の道具として実質的に支配する少数者という二重構造

(2)宣伝とテロによる統治
宣伝
政治的な公式を使い自らの立場を強化し、相手を攻撃する能力

テロ
政治的な闘いにおいて愛他型の死命を制する形で暴力を使い、政敵を政治的に破壊。

世論の支配の基盤が破壊され、世論は内実のないものになる。

(3)『わが闘争』にみる大衆操作
宣伝と暴力による大衆の掌握

3.世論の支配の意味とは
(1)政治指導者と世論のせめぎあい
安定した環境のなかでの民主政治においては、政治指導者と世論の関係はせめぎあいとなって現れる。

(2)世論と政治の接点の重要性
報道や分析が権力から自由に行われることが大切。
世論と政治の接点を良いものにするための必要条件である。


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不法行為法 4 因果関係

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1.何と何の因果関係か?
①加害行為(故意過失のある行為)と損害との因果関係を問題とすれば足りるとの考え方。
←損害の発生を出発点に考える

②加害行為(故意過失のある行為)と権利侵害との間の因果関係と、
権利侵害と損害との間の因果関係
前者=権利侵害の結果を加害行為に帰すことができるかという、責任設定の因果関係
後者=権利侵害から派生する不利益のうちどこまでを賠償範囲に組み入れるかという、賠償範囲の因果関係

2.責任設定の因果関係の判断構造
・学説1
被害者に生じた権利侵害の原因が加害者の故意過失であるということができるためには、
被害者に生じた権利侵害と被害者の故意過失行為との間に事実レベルでの条件関係が認められることが必要
被害者の権利侵害と加害者の故意過失の間に、被害者に生じた権利侵害を加害者の故意過失行為に帰することが法的規範的に見て相当であると評価することができるだけの相当性が認められなければならない。
=因果関係=法的因果関係=相当因果関係

・学説2
因果関係=事実的因果関係
相当性についての判断は、因果関係の問題ではなく、規範の保護目的(保護範囲)のレベルで捉える。

・学説3
因果関係=評価的因果関係=帰責相当性

3.因果関係判断の基礎~条件関係(事実的因果関係)
あれなければ、これなし(不可欠条件公式)

4.不可欠条件公式による条件関係の判断の限界
(1)不作為の因果関係
①まず、行為者に作為義務があったかどうかの判断を先行させる
作為義務は、先行行為、契約、事務管理、条理などから生じる
②作為義務を尽くした行為がされたと仮定したならば、問題の結果は発生しなかったのか

(2)原因の重畳的競合
競合する原因を取り去ったうえで不可欠条件公式を適用し、行為と結果との条件関係を肯定する。

5.因果関係の判断基準時
事実審最終口頭弁論終結時の科学技術の知見を基準として判断すべき

6.因果関係の主張立証責任~被害者側
被害者側が主張立証責任を負う

7.因果関係の証明度~高度の蓋然性
一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いをさしはさまない程度に真実性の核心を持ちうるものであることを必要と私、かつ、それで足りる。
+判例(S50.10.24)ルンバール事件

8.因果関係の立証の緩和
(1)因果関係についての主張・立証責任の転換(法律上の事実推定)

・加害者不明の共同不法行為
+(共同不法行為者の責任)
第七百十九条  数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする
2  行為者を教唆した者及び幇助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。

(2)因果関係の事実上の推定
「因果関係を直接に決定づける事実」とは言えないまでも、間接事実があれば、その事実をもとに、経験的に、裁判官が「加害行為と結果との間には因果関係があった」という心証を抱く場合

被告側は間接反証で足りる。
=真偽不明に追い込めばよい。

・疫学的因果関係
特定の集団における疾病の多発と印紙の間の集団的因果関係だけであって、これによってその集団に属する特定の個人の疾病と印紙との間の個別的因果関係を立証したことにはならない。
=間接事実に過ぎないことに注意

9.「相当因果関係」の理論について
①条件関係が認められること
②その行為の結果発生にとって相当性を有すること
ここでの相当性は、行為時に当該行為者が予見していた事情および予見できた事情を基礎として、発生した結果を行為者に負担させるのが適切か否かという観点から判断。


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不法行為法 3 故意・過失

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1.過失責任の原則
自らの行動について過失のない者は、自らの行動により生じた結果についての責任を負わなくてよい
←私的生活関係の中での私人の行動の自由を保障

+(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

2.故意の意義
・「故意がある」といえるためには
不法行為の領域では、結果発生の認容で足りる。
=意欲まではいらず、さりとて認識では足りず、結果発生を容認することが必要。

・未必の故意
結果発生の可能性を認識しながら、これを認容した。
故意に含める。

3.過失の意義
・結果回避義務違反
結果発生の予見可能性がありながら、結果の発生を回避するために必要とされる措置(行為)を講じなかったこと

4.過失評価の対象
何を対象として過失の有無を判断するのかをめぐって
①過失とは、意思の緊張を欠いていたという不注意な心理状態に対する非難

②過失とは、社会生活の中で行われた法的に許容されない不注意な行為に対する非難
=行為を対象として過失の有無を判断
結果回避義務違反
←自由で対等な詩人相互の権利自由を調整するために、国家が私人に一定の行為を明示または禁止するため。
or
共同体の構成員から信頼を裏切るような行為が過失と評価される

5.過失の判断基準~誰の能力を基準とするか?~
・刑事過失では、
行為者本人の具体的な注意義務を基準として、過失の有無が判断される(具体的過失)。

民法709条の過失では、
平均的な人(合理人)ならば尽くしたであろう注意が基準になる(抽象的過失)。
社会生活の中で、加害者の属する人的グループにとって平均的な(法理的な)注意という基準で、過失の有無が判断される。
=抽象的過失とはいえ、職業・地位・地域性・経験・(年齢)などにより相対化類型化されたもの。

6.過失の判断基準~いつの時点での能力を基準とするか?~
・基準時は行為時!
不法行為時点で、行為者には、どのような行動をとることが義務付けられていたか
←行為者に対して国家が行動の自由をどの範囲で保障するかが問題となっているから。

7.過失の判断基準~過失判断の前提としての具体的危険・予見可能性~
客観的過失
社会生活において必要とされる行為義務に対する違反(結果回避義務違反)
適切な行動をすることへの期待可能性のあることが、過失非難の前提となる。

期待可能性があるとは、
結果発生の具体的危険が存在し、かつ、その結果発生の具体的危険に対する予見可能性が行為者に認められること。
=結果発生の単なる抽象的な危険ないし不安感が行為時に存在していたというだけでは、そもそも過失ありとの評価の前提を欠く。
平均人にとって予見できない者であった場合も過失ありとの評価の前提を欠く。

・公害事件において・・・
情報収集義務や調査研究義務という予見義務を介して、具体的危険の予見可能性を肯定するというもの
=企業は、結果発生の恐れ(抽象的危険)を感じたならば、問題の解明のために必要な情報を収集し、研究結果を尽くさなければならない(予見義務としての情報収集義務・調査研究義務)

8.過失の判断基準~行為義務違反の判断因子~
・ハンドの公式
①損害発生の蓋然性
②被侵害利益の重大性
③損害回避義務を負わせることによって犠牲にされる利益
①×②>③ならば行為者に過失がある
この公式自体は、コストの比較衡量の観点から社会全体の効用を最大化する目的で各人の行為を評価するための公式として導入された。

9.過失の主張・立証責任~規範的要件としての過失~
過失は規範的要件である。
過失があったとの評価を根拠付ける具体的な事実について、被害者が主張・立証責任を負う(評価根拠事実)。

10.失火責任法の特別規定
行為者の故意を主張立証
or
行為者に重過失があったことの評価を根拠付ける具体的事実
について主張立証。
←加害者の損害賠償責任が発生する場合を限定する。

重過失
わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、ほとんど故意に近い注意欠如の状態。

・賃貸家屋の消失と失火責任法
賃貸借契約の債務不履行を理由に建物の価値相当額の損害賠償請求は認められるか。
適用否定。
失火責任法は、不法行為責任の特則を定めるものであるから、債務不履行責任には適用されない。
→賃借人が軽過失により賃借建物を焼失させたような場合は、賃借人は賃貸人に対して債務不履行責任を負う。

・責任無能力者による失火と失火責任法
714条の監督者の責任を理由に建物の価値相当額の損害賠償請求をしてきたとき、軽過失か重過失化は誰について判断すべきか?
+判例(H7.1.24)
理由
 上告代理人三宅雄一郎、同高木権之助の上告理由について
 一 原審の認定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 有限会社堀工業所(以下「堀工業所」という。)は、東京都武蔵村山市a番地b所在、家屋番号a番地b、木造スレート葺平家建居宅工場、床面積一一五・七〇平方メートル(以下「本件建物」という。)を所有していた。
 2 平成元年一月二九日、本件建物が全焼した(以下、右火災を「本件火災」という。)。
 3 本件火災当時、本件建物は無人の倉庫として、当面は必要のない家財道具、美容院用具、宣伝用マッチ、雑誌、新聞紙、段ボール箱などの雑品が置かれており、荒廃した外観を呈し、雨戸を外せば窓から人が容易に出入りできる状態で、浮浪者が侵入したりなどしていたため、付近の子供の間では「お化け屋敷」と呼ばれていた。
 4 本件火災は、当日の午後四時三〇分ころ、A(昭和五三年一一月一三日生まれ。)とB(昭和五四年二月一一日生まれ。)が、雨戸の外れていた窓から本件建物に入り込み、多数のブックマッチが詰められた段ボール箱を発見してこれを取り出し、その場にあったプラスチック製の容器(洗顔器)内に、その場にあった新聞紙をちぎって入れ、これに右マッチで火をつけて遊んでいた際、容器の底部が熱で融けて火がダンボール箱等に燃え移ったため発生したものである。
 5 A及びBは当時それぞれ満一〇歳二月、満九歳一一月の未成年者であり、責任を弁識する能力がなかった。
 6 上告人C及び同DはAの親権者であり、上告人E及び同FはBの親権者である。
 二 本件訴訟は、被上告人が、A又はBの監督義務者である上告人らに対し、同人らは民法七一四条一項に基づき、それぞれ堀工業所に対してA及びBの行為により本件建物が焼失したため堀工業所が被った損害を賠償すべき義務があるところ、被上告人は、堀工業所との間で本件建物を保険の目的として店舗総合保険普通保険契約を締結し、堀工業所に対して本件火災を保険事故とする保険金の支払をしたことにより堀工業所の上告人らに対する損害賠償請求権を代位取得したと主張して、右保険金相当額の損害賠償を請求するものである。
 三 原審は、前記事実関係を前提として上告人らの責任を判断するに当たり、本件が失火であることにかんがみ、失火ノ責任ニ関スル法律と民法七一四条の適用について検討した上、本件のように責任を弁識する能力のない未成年者の行為により火災が発生した場合においては、右未成年者の事理弁識能力を前提として、その行為態様を客観的に考察し、同人に重大な過失に相当するものがあると認められるときは、失火ノ責任ニ関スル法律に規定する失火者に重大な過失があるときに該当するものとして、右未成年者の監督義務者は民法七一四条一項に基づく不法行為責任を負うと解するのが相当であるとし、前記事実関係の下においては、本件火災を発生させたA及びBの行為には右にいう重大な過失に相当するものがあり、監督義務者である上告人らが民法七一四条一項ただし書にいうその監督を怠らなかったものとはいえないとして、被上告人の請求の一部を認容した。
 四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
  民法七一四条一項は、責任を弁識する能力のない未成年者が他人に損害を加えた場合、未成年者の監督義務者は、その監督を怠らなかったとき、すなわち監督について過失がなかったときを除き、損害を賠償すべき義務があるとしているが、右規定の趣旨は、責任を弁識する能力のない未成年者の行為については過失に相当するものの有無を考慮することができず、そのため不法行為の責任を負う者がなければ被害者の救済に欠けるところから、その監督義務者に損害の賠償を義務づけるとともに、監督義務者に過失がなかったときはその責任を免れさせることとしたものである。ところで、失火ノ責任ニ関スル法律は、失火による損害賠償責任を失火者に重大な過失がある場合に限定しているのであって、この両者の趣旨を併せ考えれば、責任を弁識する能力のない未成年者の行為により火災が発生した場合においては、民法七一四条一項に基づき、未成年者の監督義務者が右火災による損害を賠償すべき義務を負うが、右監督義務者に未成年者の監督について重大な過失がなかったときは、これを免れるものと解するのが相当というべきであり未成年者の行為の態様のごときは、これを監督義務者の責任の有無の判断に際して斟酌することは格別として、これについて未成年者自身に重大な過失に相当するものがあるかどうかを考慮するのは相当でない
  そうすると、上告人らにA又はBの監督について重大な過失がなかったか否かを判断することなく被上告人の請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響することが明らかである。論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴の部分は破棄を免れない。そして、本件については、右の点につき更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
  よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

・被用者による失火と失火責任法
715条の使用者の責任を理由に治療費等の損害賠償請求をしてきたとき、軽過失か重過失かは誰について判断すべきか。
+判例(S42.6.30)
理由
 上告代理人能勢喜八郎の上告理由について。
 「失火ノ責任ニ関スル法律」は、失火者その者の責任条件を規定したものであつて、失火者を使用していた使用者の帰責条件を規定したものではないから、失火者に重大な過失があり、これを使用する者に選任監督について不注意があれば、使用者は民法七一五条により賠償責任を負うものと解すべきであつて、所論のように、選任監督について重大な過失ある場合にのみ使用者は責任を負うものと解すべきではない(大正二年二月五日大審院判決・民録一九輯五七頁参照)。論旨は採用できない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

・建物取得者に対する建物設計者・施行者・工事監理者の不法行為責任
+判例(H19.7.6)
理由
 上告代理人幸田雅弘の上告受理申立て理由第2の2について
 1 本件は、9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物をその建築主から購入した上告人らが、当該建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して、上記建築の設計及び工事監理をしたY1(以下「Y1」という。)に対しては、不法行為に基づく損害賠償を請求し、その施工をしたY2(以下「Y2」という。)に対しては、請負契約上の地位の譲受けを前提として瑕疵担保責任に基づく瑕疵修補費用又は損害賠償を請求するとともに、不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
 2 原審が確定した事実関係の概要は次のとおりである。
 (1) Y1は、建築設計及び企画並びに工事監理を目的とする会社である。
  Y2は、土木建築業を目的とする会社である。
 (2) Aは、昭和63年8月8日、第1審判決別紙1物件目録記載2の土地(以下「本件土地」という。)を買い受け、同年10月19日、Y2との間で同目録記載1の建物(以下「本件建物」という。)につき工事代金を3億6100万円(ただし、後に560万円が加算された。)とする建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
 (3) Y1は、本件建物の建築について、Aから設計及び工事監理の委託を受けた。
 (4) 本件建物は平成2年2月末日に完成し、Y2は、同年3月2日、Aに対し本件建物を引き渡した。
 (5) 上告人らは、平成2年5月23日、Aから、本件土地を代金1億4999万1000円で、本件建物を代金4億1200万9270円で、それぞれ買い受け、その引渡しを受けた。本件土地及び本件建物の各持分割合は、X1が4分の3、X2が4分の1とされた。
 (6) 本件建物は、本件土地上に建築された鉄筋コンクリート造り陸屋根9階建ての建物であり、9階建て部分(A棟)と3階建て部分(B棟)とを接続した構造となっている。
 A棟は、1階が駐車場となっており、2階から9階までが各階6戸の賃貸用住居で、各住居にバス、トイレ、台所が設置されている。各住居の南側にはベランダがあり、北側には共用廊下がある。A棟西側にはエレベーターが設置されている。B棟は、1階が店舗、2階が事務所となっており、3階はやや広い賃貸用住居2戸となっている。
 (7) 本件建物には、次のとおりの瑕疵がある。
 ア A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と平行したひび割れ
 イ A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と直交したひび割れ
 ウ A棟1階駐車場ピロティのはり及び壁のひび割れ
 エ A棟居室床スラブのひび割れ及びたわみ
 オ A棟居室内の戸境壁のひび割れ
 カ A棟外壁(廊下手すり並びに外壁北面及び南面)のひび割れ
 キ A棟屋上の塔屋ひさしの鉄筋露出
 ク B棟居室床のひび割れ
 ケ B棟居室内壁並びに外壁東面及び南面のひび割れ
 コ 鉄筋コンクリートのひび割れによる鉄筋の耐力低下
 サ B棟床スラブ(天井スラブ)の構造上の瑕疵(片持ちばりの傾斜及び鉄筋量の不足)
 シ B棟配管スリーブのはり貫通による耐力不足
 ス B棟2階事務室床スラブの鉄筋露出
 (8) 上告人らは、(7)記載の瑕疵以外にも、バルコニーの手すりのぐらつき、排水管の亀裂やすき間等の瑕疵があると指摘し、これらの瑕疵も含めて本件建物に瑕疵が存在することにつき被上告人らに不法行為が成立すると主張している。
 3 原審は、次のとおり判示して、上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
 (1) 上告人らは、Aから、被上告人らに対し瑕疵担保責任を追及し得る契約上の地位を譲り受けていない
 (2)ア 建築された建物に瑕疵があるからといって、その請負人や設計・工事監理をした者について当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく、その違法性が強度である場合、例えば、請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を製作した場合や、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合、瑕疵の程度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って、不法行為責任が成立する余地がある。
 イ 被上告人らの不法行為責任が認められるためには、上記のような特別の要件を充足することが必要であるところ、被上告人らが本件建物の所有者の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵を生じさせたというような事情は認められない。また、本件建物には、前記確定事実2(7)記載のとおりの瑕疵があることが認められるが、これらの瑕疵は、いずれも本件建物の構造耐力上の安全性を脅かすまでのものではなく、それによって本件建物が社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっているとは認められないし、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びているとはいえない。さらに、上告人らが主張する本件建物のその余の瑕疵については、本件建物の基礎や構造く体にかかわるものであるとは通常考えられないから、仮に瑕疵が存在するとしても不法行為責任が成立することはない。したがって、本件建物の瑕疵について不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、上告人らの不法行為に基づく請求は理由がない。
 4 しかしながら、原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 (1) 建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない
 (2) 原審は、瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは、その違法性が強度である場合、例えば、建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり、社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとして、本件建物の瑕疵について、不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。しかし、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、不法行為責任が成立すると解すべきであって、違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば、バルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという、生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり、そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって、建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない。
 5 以上と異なる原審の前記3(2)の判断には民法709条の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決のうち上告人らの不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そして、本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるか否か、ある場合にはそれにより上告人らの被った損害があるか等被上告人らの不法行為責任の有無について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 今井功 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

+判例(H23.7.21)
理由
 上告代理人幸田雅弘、同矢野間浩司の上告受理申立て理由第2について
 1 本件は、9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物(以下「本件建物」という。)を、その建築主から、Aと共同で購入し、その後にAの権利義務を相続により承継した上告人が、本件建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して、その設計及び工事監理をした被上告人Y1並びに建築工事を施工した被上告人Y2に対し、不法行為に基づく損害賠償として、上記瑕疵の修補費用相当額等を請求する事案である。なお、本件建物は、本件の第1審係属中に競売により第三者に売却されている。
 2 第1次控訴審は、上記の不法行為に基づく損害賠償請求を棄却すべきものと判断したが、第1次上告審は、建物の建築に携わる設計・施工者等は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきであって、このことは居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはないとの判断をし、第1次控訴審判決のうち同請求に関する部分を破棄し、同部分につき本件を原審に差し戻した(最高裁平成17年(受)第702号同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁。以下「第1次上告審判決」という。)。
 これを受けた第2次控訴審である原審は、第1次上告審判決にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、建物の瑕疵の中でも、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解され、被上告人らの不法行為責任が発生するためには、本件建物が売却された日までに上記瑕疵が存在していたことを必要とするとした上、上記の日までに、本件建物の瑕疵により、居住者等の生命、身体又は財産に現実的な危険が生じていないことからすると、上記の日までに本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が存在していたとは認められないと判断して、上告人の不法行為に基づく損害賠償請求を棄却すべきものとした。
 3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 (1) 第1次上告審判決にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には、当該瑕疵は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。
 (2) 以上の観点からすると、当該瑕疵を放置した場合に、鉄筋の腐食、劣化、コンクリートの耐力低下等を引き起こし、ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより、建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても、これを放置した場合に、例えば、外壁が剥落して通行人の上に落下したり、開口部、ベランダ、階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや、漏水、有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが、建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は、これに該当しないものというべきである。
 (3) そして、建物の所有者は、自らが取得した建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、第1次上告審判決にいう特段の事情がない限り、設計・施工者等に対し、当該瑕疵の修補費用相当額の損害賠償を請求することができるものと解され、上記所有者が、当該建物を第三者に売却するなどして、その所有権を失った場合であっても、その際、修補費用相当額の補填を受けたなど特段の事情がない限り、一旦取得した損害賠償請求権を当然に失うものではない
 4 以上と異なる原審の判断には、法令の解釈を誤る違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上記3に説示した見地に立って、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇)


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不法行為法 2 権利侵害

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1.条文の文言の確認
+(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

・16年改正により「法律上保護される利益」が加わった。

2.「権利侵害」要件策定へのインセンティブ~不法行為責任成立場面の限定~
・権利侵害要件を置くことにより、不法行為責任の成立する場面を限定しようとした

+昔の判例 雲右衛門事件
「即興的・瞬間的創作にすぎず、定型的旋律を成さない浪曲に著作権は認められない」

3.判例の転回~法律上保護された利益への拡大(大学湯事件)~
・具体的権利と同一程度の厳密な意味においてはいまだ権利といえないものであっても、「法律上保護セラルル一ノ利益」であればよい
侵害の対象を「得べかりし利益」とみている。

4.権利侵害から違法性へ~違法性徴表説の登場~
故意または過失ある「違法行為」により被った損害の賠償にこそ不法行為責任の本質がある
→不法行為の客観的要件の中核に「違法性」を据え、権利侵害は違法性の1つの徴表に過ぎない。

5.権利侵害から違法性へ~相関関係論~
「違法性」の有無は、被侵害利益の種類と侵害行為の態様との相関関係によって決まる

6.「違法性」評価基準の修正論~受忍限度論~
主として公害のケースで。
考慮要素
①被侵害利益の性質及び程度
②地域性
③被害者があらかじめ有した知識
④土地利用の先後関係
⑤最善の実際的方法または相当な防止措置
⑥その他の社会的価値および必要性
⑦被害者側の特殊事情
⑧官庁の許認可
⑨法令で定められた基準の順守

・新受忍限度論
上記の諸事情を「違法性」ではなく、「過失」の衡量事情としてとらえる。

7.「違法性」要件不用論~権利侵害要件と故意過失要件による処理~
・「権利侵害」を「法的保護に値する利益」の侵害へと拡張するだけのことであれば、「法的保護に値する利益」をもって709条にいう「権利」だといえばよいのであって、わざわざ違法性などという要件を立てる必要はない。

・被侵害利益面と侵害行為の態様面の衡量は、「故意または過失」という帰責事由の要件の中で行うのが相当。

8.「権利」論の再生~権利侵害要件の再評価~
法秩序によって保障された他人の権利を侵害する行為に対し救済を与えるのが不法行為法の目的であることを再確認し、この不法行為法での権利保護を、憲法を基点とする権利保護秩序の中に位置づけるべき。
憲法により保護された個人の権利が何かを考え、それを基点として、709条にいう「権利」としての要保護性を決定していくべき。

9.平成16年改正後の条文文言
「権利又は法律上保護される利益」と書くことで、どの学説にも文言面で障害となることの内容にした。

・夫婦の一方の不貞行為の相手方に対する他方配偶者の損害賠償請求

+判例(S54.3.30)
理由
 上告代理人信部高雄、同大崎勲の上告理由中上告人Aに関する部分について
 原審は、(1) 上告人Aと訴外Eとは昭和二三年七月二〇日婚姻の届出をした夫婦であり、両名の間に同年八月一五日に上告人Bが、昭和三三年九月一三日に同Cが、昭和三九年四月二日にDが出生した、(2)Eは昭和三二年銀座のアルバイトサロンにホステスとして勤めていた被上告人と知り合い、やがて両名は互に好意を持つようになり、被上告人はEに妻子のあることを知りながら、Eと肉体関係を結び、昭和三五年一一月二一日一女を出産した、(3) Eと被上告人との関係は昭和三九年二月ごろ上告人Aの知るところとなり、同上告人がEの不貞を責めたことから、既に妻に対する愛情を失いかけていたEは同年九月妻子のもとを去り、一時鳥取県下で暮していたが、昭和四二年から東京で被上告人と同棲するようになり、その状態が現在まで続いている、(4) 被上告人は昭和三九年銀座でバーを開業し、Eとの子を養育しているが、Eと同棲する前後を通じてEに金員を貢がせたこともなく、生活費を貰つたこともない、ことを認定したうえ、Eと被上告人との関係は相互の対等な自然の愛情に基づいて生じたものであり、被上告人がEとの肉体関係、同棲等を強いたものでもないのであるから、両名の関係での被上告人の行為はEの妻である上告人Aに対して違法性を帯びるものではないとして、同上告人の被上告人に対する不法行為に基づく損害賠償の請求を棄却した。しかし、夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持つた第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によつて生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被つた精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。
 したがつて、前記のとおり、原審が、Eと被上告人の関係は自然の愛情に基づいて生じたものであるから、被上告人の行為は違法性がなく、上告人Aに対して不法行為責任を負わないとしたのは、法律の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、原判決中上告人Aに関する部分は破棄を免れず、更に、審理を尽くさせるのを相当とするから、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 同上告理由中上告人B、同C、同Dに関する部分について
 妻及び未成年の子のある男性と肉体関係を持つた女性が妻子のもとを去つた右男性と同棲するに至つた結果、その子が日常生活において父親から愛情を注がれ、その監護、教育を受けることができなくなつたとしても、その女性が害意をもつて父親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情のない限り、右女性の行為は未成年の子に対して不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。けだし、父親がその未成年の子に対し愛情を注ぎ、監護、教育を行うことは、他の女性と同棲するかどうかにかかわりなく、父親自らの意思によつて行うことができるのであるから、他の女性との同棲の結果、未成年の子が事実上父親の愛情、監護、教育を受けることができず、そのため不利益を被つたとしても、そのことと右女性の行為との間には相当因果関係がないものといわなければならないからである。
 原審が適法に確定したところによれば、上告人B、同C、同D(以下「上告人Bら」という。)の父親であるEは昭和三二年ごろから被上告人と肉体関係を持ち、上告人Bらが未だ成年に達していなかつた昭和四二年被上告人と同棲するに至つたが、被上告人はEとの同棲を積極的に求めたものではなく、Eが上告人Bらのもとに戻るのをあえて反対しなかつたし、Eも上告人Bらに対して生活費を送つていたことがあつたというのである。したがつて、前記説示に照らすと、右のような事実関係の下で、特段の事情も窺えない本件においては、被上告人の行為は上告人Bらに対し、不法行為を構成するものとはいい難い。被上告人には上告人Bらに対する関係では不法行為責任がないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができ、この点に関し、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、三八六条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官大塚喜一郎の補足意見、裁判官本林讓の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+判例(H8.3.26)
理由
 上告代理人森健市の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係は次のとおりであり、この事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
 1 上告人とaとは昭和四二年五月一日に婚姻の届出をした夫婦であり、同四三年五月八日に長女が、同四六年四月四日に長男が出生した。
 2 上告人とaとの夫婦関係は、性格の相違や金銭に対する考え方の相違等が原因になって次第に悪くなっていったが、aが昭和五五年に身内の経営する婦人服製造会社に転職したところ、残業による深夜の帰宅が増え、上告人は不満を募らせるようになった。
 3 aは、上告人の右の不満をも考慮して、独立して事業を始めることを考えたが、上告人が独立することに反対したため、昭和五七年一一月に株式会社A(以下「A」という)に転職して取締役に就任した。
 4 aは、昭和五八年以降、自宅の土地建物をAの債務の担保に提供してその資金繰りに協力するなどし、同五九年四月には、Aの経営を引き継ぐこととなり、その代表取締役に就任した。しかし、上告人は、aが代表取締役になると個人として債務を負う危険があることを理由にこれに強く反対し、自宅の土地建物の登記済証を隠すなどしたため、aと喧嘩になった。上告人は、aが右登記済証を探し出して抵当権を設定したことを知ると、これを非難して、まず財産分与をせよと要求するようになった。こうしたことから、aは上告人を避けるようになったが、上告人がaの帰宅時に包丁をちらつかせることもあり、夫婦関係は非常に悪化した。
 5 aは、昭和六一年七月ころ、上告人と別居する目的で家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、上告人は、aには交際中の女性がいるものと考え、また離婚の意思もなかったため、調停期日に出頭せず、aは、右申立てを取り下げた。その後も、上告人がAに関係する女性に電話をしてaとの間柄を問いただしたりしたため、aは、上告人を疎ましく感じていた。
 6 aは、昭和六二年二月一一日に大腸癌の治療のため入院し、転院して同年三月四日に手術を受け、同月二八日に退院したが、この間の同月一二日にA名義で本件マンションを購入した。そして、入院中に上告人と別居する意思を固めていたaは、同年五月六日、自宅を出て本件マンションに転居し、上告人と別居するに至った。
 7 被上告人は、昭和六一年一二月ころからスナックでアルバイトをしていたが、同六二年四月ころに客として来店したaと知り合った。被上告人は、aから、妻とは離婚することになっていると聞き、また、aが上告人と別居して本件マンションで一人で生活するようになったため、aの言を信じて、次第に親しい交際をするようになり、同年夏ころまでに肉体関係を持つようになり、同年一〇月ころ本件マンションで同棲するに至った。そして、被上告人は平成元年二月三日にaとの間の子を出産し、aは同月八日にその子を認知した。
 二 甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となる(後記判例参照)のは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。
 三 そうすると、前記一の事実関係の下において、被上告人がaと肉体関係を持った当時、aと上告人との婚姻関係が既に破綻しており、被上告人が上告人の権利を違法に侵害したとはいえないとした原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例(最高裁昭和五一年(オ)第三二八号同五四年三月三〇日第二小法廷判決・民集三三巻二号三〇三頁)は、婚姻関係破綻前のものであって事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

・契約交渉過程における信義誠実に反する態度と不法行為責任
説明義務・情報提供義務に対する違反
誤認指摘義務
契約交渉の不当破棄
投資取引における適合性の原則に対する違反


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