刑法 刑法各論 取引等の安全に対する罪 ~通貨偽造


第1節 総説
証明・決算手段に対する公衆の信用を保護しようとする。

第2節 通貨偽造罪

+   第十六章 通貨偽造の罪

(通貨偽造及び行使等)
第百四十八条  行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2  偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。

(外国通貨偽造及び行使等)
第百四十九条  行使の目的で、日本国内に流通している外国の貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、二年以上の有期懲役に処する。
2  偽造又は変造の外国の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。

(偽造通貨等収得)
第百五十条  行使の目的で、偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を収得した者は、三年以下の懲役に処する。

未遂罪
第百五十一条  前三条の罪の未遂は、罰する。

(収得後知情行使等)
第百五十二条  貨幣、紙幣又は銀行券を収得した後に、それが偽造又は変造のものであることを知って、これを行使し、又は行使の目的で人に交付した者は、その額面価格の三倍以下の罰金又は科料に処する。ただし、二千円以下にすることはできない。

(通貨偽造等準備)
第百五十三条  貨幣、紙幣又は銀行券の偽造又は変造の用に供する目的で、器械又は原料を準備した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。

1.総説
保護法益=通貨の真正に対する公衆の信用、国の通貨発行権

2.通貨偽造罪・同行使等罪
(1)総説
偽造通貨行使罪=侵害犯
通貨偽造罪=危険犯

(2)通貨偽造罪

・実行行為=行使目的による偽造変造
←行使目的の存在により偽造通貨が流通におかれる優位な危険が発生するから

・行使=真正な通貨として流通におくこ

・他人に行使させる目的でもよい

・偽造=権限のない者が通貨に似た外観のものを作成することをいい
作成された物が一般人をして真正の通貨と誤認させる程度に至っていることが必要!
程度が至らなければ未遂になる。

・変造=権限にない者が真正な通貨に加工して通貨に似た外観のものを作成すること
真正な通貨と同一性を失わない範囲での加工。

(3)偽造通貨等行使

・行使の目的をもって偽造変造されたことを必要とせず、また、誰により偽造変造されたかを問わない!

・行使=偽貨を真正な通貨として流通におくこと。
自動販売機での使用も含む。
ただし、一見にして偽貨であることが明白で単に自動販売機を作動させるだけのものは含まない!!!

交付=偽貨であることを告げ、又は偽貨であることを知る者に偽貨の占有を移転すること。
有償無償を問わない。

罪数
・通貨偽造罪と偽造通貨行使罪は牽連犯
・詐欺罪は行使罪に吸収される!
←収得後知情行使罪を軽く処罰する趣旨が没却されるから!

3.外国通貨偽造罪・同行使

4.偽造通貨等収得罪

5.収得後知情行使等罪

6.通貨偽造等準備罪
・自己予備のみならず他人予備を含む。
・機器又は原料の購入代金の提供は通貨偽造準備罪の幇助となる
+判例(S4.2.19)


刑法 刑法各論 傷害の罪 身体の安全に対する罪


一.傷害罪の構成要件
1.傷害罪の保護法益
(1)暴行・障害・傷害致死

+(傷害)
第204条
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

+(傷害致死)
第205条
身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する。

・傷害致死罪では、生命の侵害を理由として加重処罰されるため、身体の安全だけでなく、個人の生命も保護法益となる。

・反対に、犯人が意図した傷害の結果が生じなかった場合は、暴行罪(208条)が成立する!

(2)傷害罪の特例
・特異な共犯形態について
+(現場助勢)
第206条
前2条の犯罪が行われるに当たり、現場において勢いを助けた者は、自ら人を傷害しなくても、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。

+(同時傷害の特例)
第207条
2人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。

・集団犯罪(多衆犯)
+(凶器準備集合及び結集)
第208条の3
1項 2人以上の者が他人の生命、身体又は財産に対し共同して害を加える目的で集合した場合において、凶器を準備して又はその準備があることを知って集合した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
2項 前項の場合において、凶器を準備して又はその準備があることを知って人を集合させた者は、3年以下の懲役に処する。

・他にも・・・
+(危険運転致死傷)
第208条の2
1項 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2項 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。

2.障害という概念

・生理的機能の障害とみる見解。

・他人の毛髪やひげのように、せいぜい、保護装飾の作用を営むものを切断したり、そり落とした場合にも、被害者の健康状態を不良に変更するわけでもなく、その生理的機能を棄損しないため、暴行罪に当たる!!

+判例(H17.3.29)
理由
弁護人〓昌章の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案の異なる判例を引用するものであって本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、原判決の是認する第1審判決の認定によれば、被告人は、自宅の中で隣家に最も近い位置にある台所の隣家に面した窓の一部を開け、窓際及びその付近にラジオ及び複数の目覚まし時計を置き、約1年半の間にわたり、隣家の被害者らに向けて、精神的ストレスによる障害を生じさせるかもしれないことを認識しながら、連日朝から深夜ないし翌未明まで、上記ラジオの音声及び目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続けるなどして、同人に精神的ストレスを与え、よって、同人に全治不詳の慢性頭痛症、睡眠障害、耳鳴り症の傷害を負わせたというのである。以上のような事実関係の下において、被告人の行為が傷害罪の実行行為に当たるとして、同罪の成立を認めた原判断は正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

++解説
《解  説》
1 本件は,住宅街での隣人による騒音について,傷害罪の成否が争われた事件である。事案の概要は決定に要約されているとおりであり,被告人は,自宅から隣家の被害者らに向けて,ラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を,約1年半の間にわたり,連日早朝から深夜・未明まで鳴らし続けるなどして,同人に精神的ストレスを与え,よって,同人に全治不詳の慢性頭痛症等の障害を負わせたとして,傷害罪により起訴された。
1審判決等によると,被告人と被害者は共に主婦であるが,両家の間にはかねてから確執があり,被告人は,嫌がらせのため,隣家に向けてラジオ音等を流し始め,起訴に係る当時は,ラジオを連日朝7~8時から翌午前1~2時まで継続的に大音量で鳴らし,その間や未明に複数の目覚まし音も断続的に鳴らし,家族や警察官の制止も一切きかないという状態であり,隣家でも在宅時間が最も長い被害者に,上記のような症状が生じたものである。その音量の最大値は,地下鉄や電車の車内等の騒音に匹敵すると認定されている。
被告人は,公判で,その行為は暴行の実行行為にも傷害の実行行為にも当たらず,暴行の故意も傷害の故意もないなどと主張したが,1審判決(判時1854号160頁),控訴審判決共に,暴行によらない傷害の実行行為に該当し,その故意もあるとして傷害罪の成立を認め,本決定も,その結論を是認した。
2 本決定は,事例として,無形的方法による傷害罪,すなわち暴行によらない傷害罪の成立を是認したものである。傷害罪は,有形的方法,すなわち「人の身体に対する有形力の行使」である暴行を手段としてなされるのが通例であり,この場合には,暴行について故意があれば,結果的加重犯としての傷害罪が成立する。しかし,傷害罪の実行行為は,条文上「人の身体を傷害」すると規定されているだけで(刑法204条),その手段・方法に制限はなく,無形的方法による傷害も認めるのが判例・通説とされており,現に,最二小判昭27.6.6刑集6巻6号795頁,判タ22号46頁は,「傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上,その手段が何であるかを問わない」として,他人に性病を感染させた場合に傷害罪の成立を認めている。この無形的方法による傷害の場合,被告人の行為に傷害の結果発生の現実的危険性がなければ傷害の実行行為とはいえないこと,傷害の結果発生について認識がなければ傷害罪の故意が認められないことは,通常の犯罪の実行行為,故意と同様である。
騒音の場合も,騒音そのものが暴行に当たれば結果的加重犯としての傷害罪が成立し得るが,1審判決は,本件の騒音の程度が被害者の身体に物理的な影響を与えるものとまではいえず,暴行に当たらないとした上で,傷害罪の実行行為は,人の生理的機能を害する現実的危険性があると社会通念上評価される行為であって,そのような生理的機能を害する手段については限定がなく,無形的方法によることも含むとし,被告人の行為は,その期間,時間帯,騒音の程度等に照らすと,被害者に対して精神的ストレスを生じさせ,睡眠障害等の症状を生じさせる現実的危険性のある行為と評価できるから,傷害の実行行為に当たり,その未必的故意もあるとして傷害罪の成立を認め,控訴審判決,本決定もこれを支持している。

3 騒音が暴行と認められた先例として,多数名が室内の被害者の間近で大太鼓等を連打した事例である最二小判昭29.8.20刑集8巻8号1277頁のほか,拡声器を被害者の耳の近くにあてて大声を出し,感音性難聴の傷害を負わせた事例である大阪高判昭59.6.26高検速報昭和59年6号37頁等があり,これらはまさに音波を物理的な空気振動として利用したと見られる場合である。これに対して,通常言われるところの「騒音」は,音としての物理力は弱く,これを暴行と見ることは,暴行の通常の語義から離れ,日常の生活騒音なども暴行に当たりかねない問題があるように思われる(大塚仁ほか編・大コンメンタール刑法(8)251頁〔渡辺咲子〕)。しかし,このような騒音も,過大・不快なもので,長時間反復されるときは,聞く者に精神的ストレスを生じさせ,生理的障害をも引き起こす危険がある行為として,無形的方法による傷害の実行行為に当たり得るものと思われる。ここでの傷害を引き起こす危険性の有無は,音量,音質,時間帯,期間のほか,行為者と被害者の関係や流された経緯等を斟酌して総合的に判断する必要があり,実務上は,上記の危険性を中心とする傷害としての実行行為性のほか,具体的な傷害の結果発生,傷害の故意,因果関係等が争点となり,微妙な認定や判断が要求される場合が多くなるように思われる。本件の1審判決においても,実行行為性の判断に当たって騒音の実測値が詳細に検討され,故意の判断に当たっては,被告人がラジオ等を置いた状況,家族や警察官から受けた警告,被害者との確執等の状況が相当具体的に認定されている。
このような無形的方法による傷害に関する先例は極めて少なく,最高裁判例としては上記最二小判昭27.6.6しかなく,下級審でも,無言電話・嫌がらせ電話等の事例が散見されるほかは(東京地判昭54.8.10判時943号122頁,富山地判平13.4.19判タ1081号291頁,東京地判平16.4.20判時1877号154頁等),被害者宅の周辺を徘徊して怒号するなどの嫌がらせ行為を繰り返して不安及び抑うつ状態に陥れた事例が見られる程度である(名古屋地判平6.1.18判タ858号272頁)。

4 民事事件における騒音問題は,大型の公害・環境訴訟だけでなく,近隣住民間の差止めや損害賠償請求の裁判例も多く,受忍限度論の一場面として議論が深められてきたが,刑事事件としては,基本的に隣人間のトラブルとして警察も介入せず,立件されることも少なかったようである。また,騒音の値に関する公的な規制として,騒音規制法,環境基本法(環境基準,規制基準),風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律,これらを受けた都道府県の条例等に規定があり,本件の1審判決でも,測定された騒音値が規制の基準を超えていたことが認定されているが,これらの公的な基準は,基本的には特定業種の事業者や特定種類の騒音等に向けられた規制や国等の施策目標であり,本件のような近隣騒音等を規制するものではない。そして,騒音に関して端的な処罰規定を設けているものとしては,軽犯罪法1条14号程度しか見当たらない。
しかし,昨今は,本件のほかにも,近隣に対し,長年にわたり騒音を出し続けるという異常な行為に出て傷害で検挙されるなどの報道が相次いでいる。本件も,異常な騒音の内容・態様等に加え,懲役1年の実刑という量刑判断が注目されていた。本件を含め,いずれも,被害者が仮処分や損害賠償請求等に訴えても行為者がやめないなど,民事上の手段による解決が困難なケースであり,刑事事件としての立件も視野に入れざるを得ない事案が現れる時代となっているようである。

5 本件は,このように,社会的にも注目を集めている近隣騒音に関する刑事事件につき,先例の乏しい無形的方法による傷害罪の成立を認めたものであり,これをきっかけとして,今後,暴行や無形的方法による傷害に関し,改めてその意義や成立範囲等が議論されることが期待される。

+判例(S27.6.6)
理由
弁護人堂野達也の上告趣意第一点について
しかし、傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問はないのであり、本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従つて、これと見解を異にする論旨は採用できない(所論引用の判例は暴行を手段とした傷害の案件に関するものであつて、本件には適切でない。)
同第二点について
性病を感染させる懸念あることを認識して本件所為に及び他人に病毒を感染させた以上、当然傷害罪は成立するのであるから論旨は理由なき見解というべく、憲法違反の問題も成立する余地がない。
よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

+判例(S32.4.23)
理由
弁護人今長高雄の上告趣意第一点について。
所論は、原判決の傷害の解釈を非難し大審院判例に違反すると主張する。しかし原判決が、刑法にいわゆる傷害とは、他人の身体に対する暴行によりその生活機能に障がいを与えることであつて、あまねく健康状態を不良に変更した場合を含むものと解し、他人の身体に対する暴行により、その胸部に疼痛を生ぜしめたときは、たとい、外見的に皮下溢血、腫脹又は肋骨骨折等の打撲痕は認められないにしても、前示の趣旨において傷害を負わせたものと認めるのが相当であると判示したのは正当であつて誤りはない。所論引用の各判例は、いずれも前示と同趣旨に帰する判断を示しているものであるから、判例違反というは全く当らない。所論は結局原審の正当にした証拠の取捨判断ないし事実認定を非難するに、判例違反の名をもつてするにすぎず、採用のかぎりでない。
同二点について。
所論は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らないのみならず、第一点について説示したとおり原判決の判断に誤りはない。
同第三点(原本に第二点とあるが誤記と認める)について。
所論は、判例違反をいうが、実質は、量刑不当を主張するにすぎない。そして原審の量刑に不当のかどはない。また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

+判例(S46.2.2)キスマーク事件
理由
本件控訴の趣意は、弁護人小山隼太および被告人本人提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
弁護人の控訴趣意第一、二点について
所論は、原判決が被告人において被害者の左乳房部に、いわゆるキスマークと称される、吸引による皮下出血を加えたことをもつて強姦致傷罪にいう傷害と解したことを非難するが、原審証人A、同Bの各供述によれば、本件の二個のいわゆるキスマークは、被害者の左乳房のやや上部にあるものは長さ約二・二センチメートル、幅の一番広いところ約一・二センチメートル、二個の乳房間のやや左よりにあるものは長さ約二・ニセンチメートル、幅の一番広いところ約〇・二センチメートルの楕円形もしくは偏平状の各吸引性皮下出血で、通例のキスマークであれば四日ないし一週間で消退するのに、この場合は一〇日間もかかつたことが認められるのであるから、本件のキスマークは、相当に強度の皮下出血であつたというべきであつて、人体の生活機能に障害を与え、その健康状態を不良に変更したものであることは明らかであり、また被害者本人がこれを自覚せず、一般の日常生活において看過するごとき軽微なものであつたともいえない。従つて原判決が右のキスマークをもつて強姦致傷罪にいう傷害に当たるとしたのは正当であつて、所論は採用することができない。 ((笑))
次に所論は、右キスマークは姦淫行為とは別に独立した行為によつてつけられたものであるから、強姦致傷罪を構成するものではないと主張するが、強姦致傷罪における傷害は、姦淫行為自体または強姦の手段たる暴行脅迫行為によつて生じたものに限らず、強姦行為に随伴する行為によつて発生したものをも含むと解すべきところ、原判決挙示の関係証拠並びに当審における事実取調の結果によれば、被告人は第一回目の姦淫が行なわれてから、暫く時間をおいた後に、被害者に畏怖の状態がつづいている情況のもとで第二回目の姦淫がはじまる直前に、自己の性欲を昂進させるためしいて本件のキスマークをつけたことが認められるから、右の傷害は第二回目の姦淫行為に随伴する行為によつて生じたものというべく、原判決がこれに強姦致傷罪の擬律をしたのは正当である。
従つて論旨は、すべて採用することができない。

+判例(H24.1.30)
弁護人門馬博ほかの上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
  なお,所論に鑑み,職権で判断する。
原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,被告人は,大学病院内において,フルニトラゼパムを含有する睡眠薬の粉末を混入した洋菓子を同病院の休日当直医として勤務していた被害者に提供し,事情を知らない被害者に食させて,被害者に約6時間にわたる意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,6日後に,同病院の研究室において,医学研究中であった被害者が机上に置いていた飲みかけの缶入り飲料に上記同様の睡眠薬の粉末及び麻酔薬を混入し,事情を知らない被害者に飲ませて,被害者に約2時間にわたる意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせたものである。
所論は,昏酔強盗や女子の心神を喪失させることを手段とする準強姦において刑法239条や刑法178条2項が予定する程度の昏酔を生じさせたにとどまる場合には強盗致傷罪や強姦致傷罪の成立を認めるべきでないから,その程度の昏酔は刑法204条の傷害にも当たらないと解すべきであり,本件の各結果は傷害に当たらない旨主張する。しかしながら,上記事実関係によれば,被告人は,病院で勤務中ないし研究中であった被害者に対し,睡眠薬等を摂取させたことによって,約6時間又は約2時間にわたり意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,もって,被害者の健康状態を不良に変更し,その生活機能の障害を惹起したものであるから,いずれの事件についても傷害罪が成立すると解するのが相当である。所論指摘の昏酔強盗罪等と強盗致傷罪等との関係についての解釈が傷害罪の成否が問題となっている本件の帰すうに影響を及ぼすものではなく,所論のような理由により本件について傷害罪の成立が否定されることはないというべきである。
したがって,本件につき傷害罪の成立を認めた第1審判決を維持した原判断は正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

+(昏酔強盗)
第239条
人を昏酔させてその財物を盗取した者は、強盗として論ずる。

+(準強制わいせつ及び準強姦)
第178条
1項 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第176条の例による。
2項 女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫した者は、前条の例による。

++解説
調べておく!

+判例(H24.7.24)

 弁護人長谷川紘一,同水野泰孝の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお,所論に鑑み,職権で判断する。
 原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,被告人は,本件各被害者を不法に監禁し,その結果,各被害者について,監禁行為やその手段等として加えられた暴行,脅迫により,一時的な精神的苦痛やストレスを感じたという程度にとどまらず,いわゆる再体験症状,回避・精神麻痺症状及び過覚醒症状といった医学的な診断基準において求められている特徴的な精神症状が継続して発現していることなどから精神疾患の一種である外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という。)の発症が認められたというのである。所論は,PTSDのような精神的障害は,刑法上の傷害の概念に含まれず,したがって,原判決が,各被害者についてPTSDの傷害を負わせたとして監禁致傷罪の成立を認めた第1審判決を是認した点は誤っている旨主張する。しかし,上記認定のような精神的機能の障害を惹起した場合も刑法にいう傷害に当たると解するのが相当である。したがって,本件各被害者に対する監禁致傷罪の成立を認めた原判断は正当である。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。 
++解説
調べておく!
3.傷害罪と暴行罪
・結果的加重犯の側面もあるため、傷害罪には、暴行の故意があればよいとされる。
+判例(S25.11.9)
弁護人杉本粂太郎の上告趣意第一点について。
しかし、原判決挙示の証拠を綜合すれば原判決の認定を肯認することができる。そして傷害罪は結果犯であるから、その成立には傷害の原因たる暴行についての意思が存すれば足り、特に傷害の意思の存在を必要としないのである。されば、仮りに、所論のように被告人には被害者に傷害を加える目的をもたなかつたとしても、傷害の原因たる判示の暴行についての意思が否定されえない限り、原判決には所論のような理由不備の違法は存しない。論旨は理由がない。
同第二点について。
被害者が打撲傷を負うた直接の原因が過つて鉄棒に躓いて顛倒したことであり、この顛倒したことは被告人が大声で「何をボヤボヤしているのだ」等と悪口を浴せ矢庭に拳大の瓦の破片を同人の方に投げつけ、尚も「殺すぞ」等と怒鳴りながら側にあつた鍬をふりあげて追かける気勢を示したので同人は之に驚いて難を避けようとして夢中で逃げ出し走り続ける中におこつたことであることは判文に示すとおりであるから、所論のように被告人の追ひ掛けた行為と被害者の負傷との間には何等因果関係がないと解すべきではなく、被告人の判示暴行によつて被害者の傷害を生じたものと解するのが相当である。されば、原判決には所論のような法律を誤解して事実を認定した違法は存しない。論旨は理由がない。
よつて旧刑訴四四六条に従ひ裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

・暴行罪と傷害罪は、犯人が暴行の故意又は障害の故意のいずれであっても、客観的に障害の結果を発生させたかで区別。

二.暴行罪と傷害致死罪
1.暴行罪の成立要件
・暴行とは不法な有形力の行使をいうが、暴行罪では、直接に人の身体に向けられた有形力の行使でなければならない(狭義の暴行)!!

・その性質上、当然に障害の結果を引き起こすものである必要はなく、人の身体に対する不法な攻撃方法の一切が含まれる!
+判例(S39.1.28)
理由
弁護人稲本錠之助の上告趣意第一点及び第二点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて刑訴四〇五条の上告理由に当らない(なお、原判決が、判示のような事情のもとに、狭い四畳半の室内で被害者を脅かすために日本刀の抜き身を数回振り廻すが如きは、とりもなおさず同人に対する暴行というべきである旨判断したことは正当である)。同第三点は、事実誤認、量刑不当の主張であつて同四〇五条の上告理由に当らない。
また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

+判例(S25.6.10)
調べておく
←人体に向けられた投石、自動車の幅寄せとか

+暴行の概念
・最広義の暴行=物理的有形力の行使全般をいう(対物暴行を含む。騒乱罪など)

・広義の暴行=およそ人に向けられたもの(間接暴行を含む。公務執行妨害罪など)

・狭義の暴行=直接に人の身体に向けられたもの(暴行罪)

・最狭義の暴行=相手方の反抗を抑圧する程度のもの(強盗罪・強姦罪)

2.傷害致死罪の成立要件
成立要件は、犯人の傷害行為から被害者の死亡結果が生じた事であるが、この加重結果には、暴行・傷害と相当因果関係がなければならない!(判例は条件関係)

+判例(S49.7.5)
要旨
被告人が被害者を地上に突倒し同人の大腿部、腰部等を地下足袋で数回踏付けるなどの暴行を加え、同人に対し左血胸(胸腔内血液貯留)、左大腿打撲症の傷害を負わせたところ、同人の胸腔内貯留液を消滅させるため医師が投与した薬剤の作用により、かねて同人の体内にあった未知の乾酪型の結核性病巣が滲出型に変化し、これが炎症を惹起して左胸膜炎を起こし、これに起因する心機能不全のため同人が死亡した場合において、被告人の暴行と被害者の死亡との間には因果関係がある


刑法択一 刑法各論 生命身体に関する罪 殺人の罪


・甲は乙を自宅に招いて毒入りの菓子を食べさせて毒殺しようと考え、菓子に致死量の毒薬を混入し、乙に自宅に招待する旨電話したが、乙が多忙を理由にこれを断ったため、乙を殺害することができなかった。この場合、甲には殺人未遂罪は成立しない!!←実行の着手なし。実行の着手アリといえるには、それが飲食できる状態に置かれることが必要
+判例(大正7.11.16)
1.毒薬混入の砂糖を小包郵便に付したときは、名宛人がこれを受領した時において、右毒物を飲食することができる状態においたものであり、毒殺行為の着手があったということができる。

・甲は統合失調症にり患した乙に対する治療の責任を免れるため、乙が通常の意思能力もなく自殺のなんたるかを理解せず、しかも甲の命ずることはなんでも服従するのを利用して、首つりの方法を教えて実行させ死亡するに至らせた。判例によれば、自殺関与罪ではなく、間接正犯による殺人罪が成立する!!!!
+判例(S27.2.21)
これの第1審
 被告人はもと和歌山県方面で警察官や逓信官吏等を勤め、又昭和二十一年一月頃渡満して興農合作社に勤めたりしていたが、既に二十余年以前から法華宗に帰依しその修行をしていたので、昭和二十三年十月頃以降は殺虫剤の販売と共に他人の為に加持祈祷等して生活をしていたものであるところ、昭和二十四年八月中旬頃偶々畠中近蔵から神戸市垂水区伊川谷町永井谷七百三十六番地の一、村上しげ子の長女昭子(当二十一年)が精神病者であることを聞いたので、同月二十六日頃自ら右村上方に行き、しげ子の話や昭子の様子等から同女を相当強度の精神分裂症患者であると認めたが、しげ子に対し「約五十日の祈祷でこれを全治させる。」と言つて同女との間に、全治した場合は謝礼金一万五千円、全治しない場合は無料、但し被告人の食事はいずれにしても同女が負担するとの約定で右昭子の治療を引受け、爾来同女方に泊り込み昭子の為に祈祷、水行、断食等を行い、又投薬、灸等を施し、同年九月十九日頃一時これを中止して肩書被告人自宅に帰つたが、予て加持祈祷等の方法で病気を治療してやつたことのある和歌山県西牟婁郡佐本村藤本賀々代(当三十年)に昭子の治療の応援方を依頼した上、同年十月八日頃再び村上方に来り、次で右賀々代も来たので同月十二日頃からは昭子及び右賀々代と共に村上方の北方、徒歩で約八分の距離にある神戸市垂水区伊川谷町永井谷字深谷山所在妙見堂内に篭り、前同様の方法で昭子の治療を続けていたが、予定の五十日は夙に過ぎて同年末が近ずいても昭子の病状は殆んど変らず、依然として独語症状を続けたり又大小便をしくじつたりしていた為、被告人としても最早やこれを全快させる自信を失つていた。併し被告人はその間数回に亘り予てより準備携帯していた蛍石をあたかも昭子の身体から取出した如く詐つてこれをしげ子等に示し「これが気狂いの癌である、このような石を全部取り除くと病気は全快する」等と言つて同女等を信用させると共に、しげ子に対し再三金を貸せと言つて未だ昭子が全快しておらないのに同年十二月始頃までに同女から謝礼金一万五千円を数回に受取つたのであるが、正月を目前にして金銭の必要もあつたので同月二十七日頃、しげ子に対し「昭子は石が全部とれたのでやがて全快するからもう一万円出して貰い度い、出して呉れなければ昭子をこの侭放つて帰る」と言つて、しげ子をして右一万円の醵出を承諾せしめ、その頃賀々代を通じて該金員を受取つたところ昭和二十五年一月四日頃、従来昭子の身辺の世話を主として見て呉れ、且つ当時巳に被告人と情交関係のあつた前記賀々代が和歌山県の同人宅に帰つてからは、被告人は到底全快の見込のない気狂い娘の昭子と唯二人山中の一軒家である前記妙見堂に起居することになり、加えて昭子はその頃しばしば独語症状を呈し又毎夜のように大小便をしくじつてそのあと始末等に追われる有様であつた為、これ以上昭子の世話をすることがつくづく嫌になり、或いはいつそ同女を放置して逃げ帰ろうかとも考えたが、それでは既に受取つている前記二万五千円を返還しなければならず、苦慮した末、遂に浅慮にも同女を殺害して治療の責任を免れようと考え、その殺害の方法として、昭子が通常の意志能力もなく自殺の何たるかを理解せず而も被告人の命ずることは何でも服従するのを利用してこれに縊首の方法を教えて縊死せしめ、而も同女が自発的に自殺したように装つて自己の罪跡を陰蔽しようと決意し、同月八日午前一時半頃から同六時頃までの間に、右妙見堂内において同女に対し「先生が神様にお願いして呉れるので大分楽になつたが、先生が帰つてしまうと誰も自分の為に神様にお願いして呉れる人がないから自分は死ぬ」という趣旨の遺書の文言を口授し、同女をしてこれを有り合せた便箋四枚に筆記せしめて同女自筆の遺書(証第二号)を作成し、次で同女に指示して附近にあつた同女の淡緑色の兵児帯(証第一号)で同女の頸部を二重に巻きこれを後頸部において二回結び更にその両端を互に結び合せて輪状にさせた上、被告人において同堂内にあつた三段よりなる木製供物台を、同堂内居室大井の北方寄りを東西に走る梁の北側面、その東端から約五十五糎の箇所に打ち込まれている提灯吊用の五寸釘の下方床上に立て、右供物台の上段に同女を登らせて前記のように結んだ帯の輪の一端を右五寸釘に懸けさせ,これと同時に右供物台が中心を失つて倒れた為同女をして縊首による窒息の為即時その場において死亡するに至らしめ、もつて殺害の目的を遂げたものである。
(証拠説明省略)
被告人及び弁護人は(一)判示一月八日の朝は被告人は午前六時頃妙見堂を出たが、その時には昭子も起きて写経をしていたから昭子の縊死はそれ以後のことである、しかも医師上田政雄の鑑定書によれば昭子の死亡時刻は同日午前九時頃となり、又村上義美が昭子の死体を発見したのが同午前八時過頃であつたとしても、当時妙見堂内の火鉢にかかつていた茶瓶の湯が沸いていたのであるから、薪火の保持時間から考えて被告人が妙見堂を出た後に他の何人かが火鉢の薪を補給したことが明かであつて、この点からも昭子の縊死は被告人の出た後のことである。又(二)昭子は精神分裂症ではあつたがその死亡の前頃には病気も大分良くなり、元来字はよく知つている上に手紙の書方等も被告人が教えてやつたことがあるので判示の遺書位は十分自分で書き得ると思うと弁疏し、いずれにしても昭子の縊死は何等被告人の関知しない所であると主張するが、(一)被告人が判示一月八日の朝午前六時或いは六時半頃迄に妙見堂を出たことは証拠上明かな所であるけれども、被告人が右妙見堂を出た当時昭子が写経していたとのことは、当裁判所の措信しない被告人の供述又は供述調書を除いては之を認むべき何等の証拠がない、又上田政雄の鑑定書には死後経過時間三十時間前後とあつて之から推算すると昭子の死亡時刻は一月八日午前九時前後ということになるが、元来死後経過時間は死体を解剖する場合においてもそれ程正確に測定し得るものではなく、或る程度の誤差は免れないものであるから、本件の場合も右鑑定書の記載をもつて直ちに被告人が妙見堂を出た後になお昭子が生存していたことの証左とすることはできない。又昭子の死体を最初に発見した午前八時過頃火鉢にかかつていた急須の湯が沸いていたことは証人村上義美の当公廷の供述等によつて認め得るけれども、それが薪火であつたとしても、熱灰中に薪を適当に埋めておくときは徐々に熱焼して優に数時間は火力を保持するものであつて、且つ被告人が従来右妙見堂内では薪火のみを煖房用燃料として使用していたことに徴すれば、右一月八日の朝も被告人が早朝火鉢の熱灰中に薪を埋めておいたのが除々に燃焼して午前八時過頃にも急須の湯を沸していたものとも考えられるから、この一事によつて被告人が妙見堂を立ち去つた後に被告人以外の者が火鉢に薪を補給したものと断ずることもできない、次に(二)判示遺書の点については、前掲各証拠によつて認め得べき昭子の症状及び智能程度、即ち死亡した一月八日の直前頃においても絶えず独語症状を呈し又屡々大小便をしくじつて夜具や衣類を汚し、自分では月経の始末もせず気分の良い時でも通常の会話はできず、或る程度文字は知つているが自分から文章や手紙を書くという事はなく、他人から命ぜられて掃除、水汲み、寝床の始末等の機械的な仕事をすることはあるが炊事、裁縫等はできず、又金銭に対する観念もなく、留守番もできないのは勿論常に看護人を要し一人で置いておくことはできない状態で、その意思能力は通常人に及ばないこと遥かに遠く、自殺の何たるかも理解することはできないことと、一面判示遺書(証第二号)は三十数行に亘る相当長文のもので且つその文章も一応整然として筋も通つていることから見れば、昭子が自己の意思に基いてかかる遺書を作成する能力があるとは到底認められない、尤もこの点の反証として弁護人は、昭子より藤本小梅に宛てた明石郵便局昭和二十四年十二月十一日附消印のある葉書一通(証第十六号)を提出しているけれども、第十回公判における証人村上しげ子の証言や前示の如き昭子の智能程度並びに右証第十六号の葉書の内容等を考慮すれば、該葉書は被告人がその文案を教示して昭子に書かせたものと認めることができるから、右葉書の存在は前記の認定を覆すに足るものではない、結局判示昭子の遺書は昭子が自己の意思によつて書いたものではなく、他人の指示に基きその教示を受けて書いたものと認めざるを得ない、而して右に挙示した各事実や昭子が縊死した一月八日の朝前後には判示妙見堂には昭子の外被告人のみしか居らなかつたこと、右遺書の内容が殆んど祈祷師としての被告人に関係のある事柄のみであつて昭子の家族すら知らないような事柄も記載されていること、昭子は従来被告人の命ずることは何でもよく服従していたこと、本件死体の発見当時妙見堂には被告人の衣類その他の身廻品は殆んど一物も残つて居らず凡てそれ迄に田辺市の被告人方へ送り返され又は当日被告人の手で持ち帰られていること、被告人は当日は初めは須磨の竹中孝次の所へ寒行の打合せに行く積りで出たので午頃には妙見堂に帰る予定であつたと云うに拘らず、布製手提鞄の外にランドセル(証第三号)をも携帯し而も約一升五合の米を之に入れて持ち帰つていること並びに縊首に使用された帯(証第一号)の結び方、縊首の際踏台に使用されたと思われる供物台の安定性等から見て本件の如き縊首を昭子が独力ですることは不可能と思われること等前掲各証拠によつて認められる諸般の状況を彼此考量すれば、結局判示認定の如く被告人は自殺の何たるかを理解しない昭子に対し、判示の如き遺書の内容を教示して筆記せしめた上縊首の方法を指導して縊死せしめ、而もその犯跡を陰蔽しようとして諸種の偽装手段を講じたものと認めるの外はない、被告人及び弁護人等の弁解は之を採用し得ない。 
法律に照すと被告人の判示所為は刑法第百九十九条に該当するから所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期範囲内において被告人を懲役十年に処し、なお同法第二十一条により未決勾留日数中百五十日を右本刑に算入すべく、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り全部被告人をして負担させることとする。
よつて主文の通り判決する。

・甲は同棲中の愛人乙女が回復の見込みがない病気にかかったのでわずらわしくなり、殺そうと思っていた。ところが、乙女に死にたいから毒薬をくれと頼まれたので、これ幸いと毒薬を乙女に渡し、乙女はこれを飲んで死亡した。甲には自殺幇助罪が成立する。
←甲は自殺の意味を理解し自由意思に基づき死を望んでいる乙女に頼まれ毒薬を渡しており、客観的には自殺幇助罪(202条前段)の行為を行っているに過ぎない。したがって、甲が、主観において殺人の意思を有していたとしても、抽象的事実の錯誤として、構成要件が実質的に重なり合う限度で自殺幇助罪が成立する。
+(自殺関与及び同意殺人)
第202条
人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。

+++抽象的事実の錯誤の処理
◇抽象的事実の錯誤の処理~罪種が類似する場合
Aが、Vが「殺してくれ」と真意で言っていると誤信して、Vを殺してしまった場合。
被害者に頼まれて殺人を犯す罪を嘱託殺人罪(刑法202条)といい、法定刑は、「六月以上七年以下の懲役又は禁固」となっています(殺人罪の法定刑は「死刑又は無期懲役若しくは五年以上の有期懲役」)。 
この事例では、嘱託があったかなかったについて錯誤があるのみで、「人を殺したこと」には錯誤がなく、このような場合まで、故意が阻却され、過失致死罪にしか問えないとするのは、不合理な話です。
これについて、故意責任の本質に立ち返って考えると、規範に直面したといえる部分については故意責任を負うべきなのですが、そうすると、少なくとも主観的に認識した犯罪事実の構成要件と、客観的に発生した犯罪事実の構成要件で、重なり合っている部分については、規範に直面したといえます。
したがって、このような抽象的事実の錯誤の事案で、罪種が類似する場合には、構成要件が重なり合っている部分について、故意が認められることになります。
この重なり合いの判断は、①保護法益が共通か否か、②構成要件的行為が共通か否かを基礎として、社会通念上重なり合っているか否かを判断します。
上記の嘱託殺人の事案では、殺人罪と嘱託殺人罪は、①保護法益は人の生命で、②構成要件的行為は、人を殺すことという部分が共通しているので、両罪の軽い罪の限度で重なり合いが認められ、その限度で故意が認められることになり、嘱託殺人罪が成立します。

・甲は、重病で苦しんでいる妻乙に同情して、同人の首を絞めて窒息死させた。乙の殺害について乙があらかじめ甲に対して承諾をしていた場合、甲には同意殺人罪が成立する。

・被害者が真意なく自己の殺害を嘱託したところ、加害者が真実の嘱託と誤信し、殺害者を殺そうとして遂げなかった場合、被告人の行為は客観的には殺人未遂罪(203条、199条)に該当するが、38条2項により、同意殺人罪が成立する。

+第38条
1項 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2項 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない
3項 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

・甲は交際中の乙の心中する気持ちがないにもかかわらず、後から自らも追死するもののように装い、乙に青化ソーダを与え服用させて死亡させた。判例によれば甲に殺人罪が成立する!

+判例(S33.11.21)
同第二点は判例違反を主張するのであるが、所論掲記の大審院判決(昭和八年(れ)第一二七号同年四月一九日言渡、集一二巻四七一頁)の要旨は「詐言ヲ以テ被害者ヲ錯誤ニ陥ラシメ之ヲテ自殺スルノ意思ナク自ラ頸部ヲ縊リ一時仮死状態ト為ルモ再ヒ蘇生セシメラルヘシト誤信セシメ自ラ其ノ頸部ヲ縊リテ死亡スルニ至ラシメタルトキハ殺人罪ヲ構成ス」というのであり、又次の大審院判決(昭和九年(れ)第七五七号同年八月二七日言渡、集一三巻一〇八六頁)の要旨は「自殺ノ何タルカヲ理解スルノ能力ナキ幼児ハ自己ヲ殺害スルコトヲ嘱託シ又ハ殺害ヲ承諾スルノ能力ナキモノトス」というのであつて、原判決はこれらを本件被害者の「心中の決意実行は正常な自由意思によるものではなく、全く被告人の欺罔に基くものであり、被告人は同女の命を断つ手段としてかかる方法をとつたに過ぎない」から「被告人には心中する意思がないのにこれある如く装い、その結果同女をして被告人が追死してくれるものと誤信したことに因り心中を決意せしめ、被告人がこれに青化ソーダを与えて嚥下せしめ同女を死亡せしめた」被告人の所為は殺人罪に当り単に自殺関与罪に過ぎないものてはない、という判示に参照として引用したものである。してみれば、原判決の意図するところは、被害者の意思に重大な瑕疵がある場合においては、それが被害者の能力に関するものであると、はたまた犯人の欺罔による錯誤に基くものであるとを問わず、要するに被害者の自由な真意に基かない場合は刑法二〇二条にいう被殺者の嘱託承諾としては認め得られないとの見解の下に、本件被告人の所為を殺人罪に問擬するに当り如上判例を参照として掲記したものというべく、そしてこの点に関する原判断は正当であつて、何ら判例に違反する判断あるものということはできない。所論はまた前記大審院判例の事案は真実自殺する意思なきものの自殺行為を利用して殺害した場合であるに対し、本件被害者は死を認識決意していたものであり錯誤は単に動機縁由に関するものにすぎないが故に判例違反の違法があるというが、その主張は事実誤認を前提とするか独自の見解の下に原判示を曲解した論難というべきであつて採用できない。(なお所論高裁判例は正に本件と趣旨を同じくするものであり、所論は事実誤認を前提とするもので採用できない。)

・強度の暴行を受けて肉体的にも精神的にも疲弊した状態にある被害者を脅迫して、高さ50メートルの崖のうえまで追い込み、さらに暴行を加える態度を示して、逃げ場を失った被害者自身に崖から飛び降りさせて死亡させた事案では、被害者に当該行為によって、自らが死亡する認識はあるものの、当該行為を行う意思決定過程に重大な瑕疵があることから、自殺関与罪ではなく殺人罪が成立すると解することができる!!

+判例(S59.3.27)
弁護人小田成光の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、原判決及びその是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、外二名と共に、厳寒の深夜、かなり酩酊しかつ被告人らから暴行を受けて衰弱していた被害者を、都内荒川の河口近くの堤防上に連行し、同所において同人を川に転落させて死亡させるのもやむを得ない旨意思を相通じ、上衣、ズボンを無理矢理脱がせたうえ、同人を取り囲み、「この野郎、いつまでふざけてるんだ、飛び込める根性あるか。」などと脅しながら護岸際まで追いつめ、さらにたる木で殴りかかる態度を示すなどして、遂には逃げ場を失つた同人を護岸上から約三メートル下の川に転落するのやむなきに至らしめ、そのうえ長さ約三、四メートルのたる木で水面を突いたり叩いたりし、もつて同人を溺死させたというのであるから、右被告人の所為は殺人罪にあたるとした原判断は相当である。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

+判例(H16.1.20)
弁護人立田廣成の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、本件における殺人未遂罪の成否について職権で判断する。
1 第1審判決が被告人の所為につき殺人未遂罪に当たるとし、原判決がそれを是認したところの事実関係の概要は、次のとおりである。
被告人は、自己と偽装結婚させた女性(以下「被害者」という。)を被保険者とする5億9800万円の保険金を入手するために、かねてから被告人のことを極度に畏怖していた被害者に対し、事故死に見せ掛けた方法で自殺することを暴行、脅迫を交えて執ように迫っていたが、平成12年1月11日午前2時過ぎころ、愛知県知多半島の漁港において、被害者に対し、乗車した車ごと海に飛び込んで自殺することを命じ、被害者をして、自殺を決意するには至らせなかったものの、被告人の命令に従って車ごと海に飛び込んだ後に車から脱出して被告人の前から姿を隠す以外に助かる方法はないとの心境に至らせて、車ごと海に飛び込む決意をさせ、そのころ、普通乗用自動車を運転して岸壁上から下方の海中に車ごと転落させたが、被害者は水没する車から脱出して死亡を免れた。
これに対し、弁護人の所論は、仮に被害者が車ごと海に飛び込んだとしても、それは被害者が自らの自由な意思に基づいてしたものであるから、そうするように指示した被告人の行為は、殺人罪の実行行為とはいえず、また、被告人は、被害者に対し、その自由な意思に基づいて自殺させようとの意思を有していたにすぎないから、殺人罪の故意があるとはいえないというものである。

2 そこで検討すると、原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば、本件犯行に至る経緯及び犯行の状況は、以下のとおりであると認められる。
・被告人は、いわゆるホストクラブにおいてホストをしていたが、客であった被害者が数箇月間にたまった遊興費を支払うことができなかったことから、被害者に対し、激しい暴行、脅迫を加えて強い恐怖心を抱かせ、平成10年1月ころから、風俗店などで働くことを強いて、分割でこれを支払わせるようになった。
・しかし、被告人は、被害者の少ない収入から上記のようにしてわずかずつ支払を受けることに飽き足りなくなり、被害者に多額の生命保険を掛けた上で自殺させ、保険金を取得しようと企て、平成10年6月から平成11年8月までの間に、被害者を合計13件の生命保険に加入させた上、同月2日、婚姻意思がないのに被害者と偽装結婚して、保険金の受取人を自己に変更させるなどした。 
・被告人は、自らの借金の返済のため平成12年1月末ころまでにまとまった資金を用意する必要に迫られたことから、生命保険契約の締結から1年を経過した後に被害者を自殺させることにより保険金を取得するという当初の計画を変更し、被害者に対し直ちに自殺を強いる一方、被害者の死亡が自動車の海中転落事故に起因するものであるように見せ掛けて、災害死亡時の金額が合計で5億9800万円となる保険金を早期に取得しようと企てるに至った。そこで被告人は、自己の言いなりになっていた被害者に対し、平成12年1月9日午前零時過ぎころ、まとまった金が用意できなければ、死んで保険金で払えと迫った上、被害者に車を運転させ、それを他の車を運転して追尾する形で、同日午前3時ころ、本件犯行現場の漁港まで行かせたが、付近に人気があったため、当日は被害者を海に飛び込ませることを断念した。
・被告人は、翌10日午前1時過ぎころ、被害者に対し、事故を装って車ごと海に飛び込むという自殺の方法を具体的に指示し、同日午前1時30分ころ、本件漁港において、被害者を運転席に乗車させて、車ごと海に飛び込むように命じた。被害者は、死の恐怖のため飛び込むことができず、金を用意してもらえるかもしれないので父親の所に連れて行ってほしいなどと話した。被告人は、父親には頼めないとしていた被害者が従前と異なる話を持ち出したことに激怒して、被害者の顔面を平手で殴り、その腕を手拳で殴打するなどの暴行を加え、海に飛び込むように更に迫った。被害者が「明日やるから。」などと言って哀願したところ、被告人は、被害者を助手席に座らせ、自ら運転席に乗車し、車を発進させて岸壁上から転落する直前で停止して見せ、自分の運転で海に飛び込む気勢を示した上、やはり1人で飛び込むようにと命じた。しかし、被害者がなお哀願を繰り返し、夜も明けてきたことから、被告人は、「絶対やれよ。やらなかったらおれがやってやる。」などと申し向けた上、翌日に実行を持ち越した。
・被害者は、被告人の命令に応じて自殺する気持ちはなく、被告人を殺害して死を免れることも考えたが、それでは家族らに迷惑が掛かる、逃げてもまた探し出されるなどと思い悩み、車ごと海に飛び込んで生き残る可能性にかけ、死亡を装って被告人から身を隠そうと考えるに至った。
・翌11日午前2時過ぎころ、被告人は、被害者を車に乗せて本件漁港に至り、運転席に乗車させた被害者に対し、「昨日言ったことを覚えているな。」などと申し向け、さらに、ドアをロックすること、窓を閉めること、シートベルトをすることなどを指示した上、車ごと海に飛び込むように命じた。被告人は、被害者の車から距離を置いて監視していたが、その場にいると、前日のように被害者から哀願される可能性があると考え、もはや実行する外ないことを被害者に示すため、現場を離れた。
・それから間もなく、被害者は、脱出に備えて、シートベルトをせず、運転席ドアの窓ガラスを開けるなどした上、普通乗用自動車を運転して、本件漁港の岸壁上から海中に同車もろとも転落したが、車が水没する前に、運転席ドアの窓から脱出し、港内に停泊中の漁船に泳いでたどり着き、はい上がるなどして死亡を免れた。
・本件現場の海は、当時、岸壁の上端から海面まで約1.9m、水深約3.7m、水温約11度という状況にあり、このような海に車ごと飛び込めば、脱出する意図が運転者にあった場合でも、飛び込んだ際の衝撃で負傷するなどして、車からの脱出に失敗する危険性は高く、また脱出に成功したとしても、冷水に触れて心臓まひを起こし、あるいは心臓や脳の機能障害、運動機能の低下を来して死亡する危険性は極めて高いものであった

3 上記認定事実によれば、被告人は、事故を装い被害者を自殺させて多額の保険金を取得する目的で、自殺させる方法を考案し、それに使用する車等を準備した上、被告人を極度に畏怖して服従していた被害者に対し、犯行前日に、漁港の現場で、暴行、脅迫を交えつつ、直ちに車ごと海中に転落して自殺することを執ように要求し、猶予を哀願する被害者に翌日に実行することを確約させるなどし、本件犯行当時、被害者をして、被告人の命令に応じて車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせていたものということができる。
被告人は、以上のような精神状態に陥っていた被害者に対して、本件当日、漁港の岸壁上から車ごと海中に転落するように命じ、被害者をして、自らを死亡させる現実的危険性の高い行為に及ばせたものであるから、被害者に命令して車ごと海に転落させた被告人の行為は、殺人罪の実行行為に当たるというべきである。
また、前記2のとおり、被害者には被告人の命令に応じて自殺する気持ちはなかったものであって、この点は被告人の予期したところに反していたが、被害者に対し死亡の現実的危険性の高い行為を強いたこと自体については、被告人において何ら認識に欠けるところはなかったのであるから、上記の点は、被告人につき殺人罪の故意を否定すべき事情にはならないというべきである。
したがって、本件が殺人未遂罪に当たるとした原判決の結論は、正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

++解説
《解  説》
1 本件は,自動車事故を装った方法により女性の被害者を自殺させて保険金を取得しようと企てた被告人が,暴行,脅迫を交え,被害者に,漁港の岸壁上から乗車した車ごと海中に飛び込むように執拗に命令し,自殺の決意を生じさせるには至らなかったものの,被告人の命令に応じて車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせ,そのとおり実行させたが,被害者は水没前に車内から脱出して死亡を免れたという事案である。
その経緯や犯行状況は,決定文に詳しく説示されている。

2 被告人は,被害者が車ごと海に飛び込んだのは自らの自由な意思に基づくものであるから,そのように指示した被告人の行為は,殺人罪の実行行為に当たらないと主張した。
本件のように,行為者が相手方に働きかけてその者自身の行為により死亡させた場合で,殺人罪を認めた最高裁の判例は次のとおり3件ある。
通常の意思能力もなく,自殺の何たるかを理解せず,しかも被告人の命ずることは何でも服従するのを利用して,被害者に首を吊る方法を教えて首を吊らせて死亡させた事案(最一小決昭27.2.21刑集6巻2号275号)。②心中する気持ちがないにもかかわらず,追死してくれるものと被害者が信じているのを奇貨として,追死するように装い,その旨被害者を誤信させ,致死量の毒物を飲ませて死亡させた事案(最二小判昭33.11.21刑集12巻15号3519頁)。③真冬の深夜,かなり酩酊しかつ被告人らから暴行を受けて衰弱していた被害者を河川堤防上に連行して3名で取り囲み,「飛び込める根性あるか。」などと脅しながら護岸際まで追い詰め,さらに垂木で殴りかかる態度を示すなどして,逃げ場を失った被害者を護岸上から約3メートル下の川に転落させ,そのうえ長さ約3,4メートルの垂木で水面を突いたり叩いたりして溺死させた事案(最一小決昭59.3.27刑集38巻5号2064頁,判タ526号142頁)。
本件は,被害者の意思を制圧して自らを死亡させる危険性のある行為に及ばせたものであるから③に近いところがある。しかし,同事案では,被害者を物理的に川に突き落としたわけではないものの,被害者を護岸際まで追い詰めて垂木で殴りかかる態度を示すなどしていて,転落させるための暴行により直接的に突き落としたのと近いところがあり,しかも転落後も更に溺死させるための暴行を加えている。これに対し,本件では,被害者に対して,車ごと海中に飛び込むように命令したものであり,犯行の際,海中に飛び込ませるため被告人が暴行を加えた事実はない。また,被害者は,被告人の命令に応じて車ごと海に飛び込む以外の行為を選択することはできない精神状態にあったものの,飛び込んだ上で死亡したように装って被告人から身を隠して生き延びようと考えていたことや,実際に死亡を免れた点にも本件の特徴がある。

3 学説は,暴行,脅迫等により被害者を自殺させたときに,自殺教唆罪に止まる場合の外,意思決定の自由を阻却する程度の威迫を加えて自殺させた場合,あるいは,自殺に関与する行為が殺人罪の実行行為として評価できる場合に,殺人罪の成立を認める(西田典之・刑法各論[第2版]16頁,大谷実・[新版]刑法各論の重要問題25頁,前田雅英・刑法各論講義[第2版]30頁。なお,意思決定の自由が完全に失われるに至らない場合でも殺人罪の成立を認める見解として金築誠志・大コンメンタール刑法(8)116頁参照)。
前記②の偽装心中の事例を契機として,学説には種々議論があって,殺人罪と自殺関与罪を区別する基準について,自殺者の意思を問題とする見解,殺人罪の実行行為性を問題とする見解,両者が問題となるとする見解があるが,自殺者の意思を基準とする見解も,本件のように,被害者を死亡させる行為を被告人が直接行っていない殺人罪の訴因について審判するときに,殺人罪の実行行為性が問題となることを否定するものではないであろう。
殺人罪の実行行為性の内容としては,被告人が強いて行わせた被害者自身の行為が死亡の現実的危険性を有していたかという点と,被告人が被害者に強いてその行為を行わせたことが,被害者自身の行為を利用したものとして,被告人自らがその行為を直接行ったのと同様に評価できるかという点がある。前者が否定されれば,後者が肯定されても,海に飛び込むという義務のないことを行わせた強要罪(刑法223条)が成立するにすぎない。前者が肯定されても,後者が認められなければ,殺人罪の実行行為とは認められず,自殺教唆未遂罪が問題となるに止まる。後者の点は,通常,被害者自身の行為を利用した間接正犯の成否として議論されるところであろう。

4 本件では,漁港の岸壁上から車ごと海中に飛び込む行為は,車から脱出する意図があった場合でも,死亡の現実的危険性が高いものであったと認定されている。そうすると,そのような行為を命じて行わせたことは,命令による強要の程度が一定の強さに達していれば,被害者自身の行為を利用した殺人罪の実行行為に当たると考えられる。
被害者は,被告人の命令に応じて車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態にあったというのであるから,被害者の行為は,被告人の命令により余儀なくされたものということができ,所論がいうような自らの自由な意思に基づくものとは到底いえないであろう。その反面,被害者は,被告人の命令によって自殺を決意したわけではなく,生きる意思を放棄させられるほどに強く意思を制圧されていたわけではない(殺人罪の実行行為性の問題を一応離れて,自殺教唆罪の成立する可能性を考えると,被告人の命令にもかかわらず被害者は自殺の意思を生じていないのであるから,車ごと海中に飛び込む行為は自殺行為とはいえず,教唆行為だけで自殺教唆罪の実行の着手を認める立場をとらない限り,自殺教唆未遂罪にもならない。)。被害者は,被告人の執拗な命令等によって,車ごと海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥り,そこまでは意思決定の自由が奪われていたが,自殺させようという被告人の意思に反して,車内から脱出して生き延びようと考えていたというのであるから,その限度では,行為に及ぶにつき言わば自発的意思が働いていたものともいえる。このような状態を意思決定の自由が阻却されていたものとまでいえるかどうかは問題であろう。しかし,被害者にとっては,被告人に逆らうこともできず,逃亡してもまた探し出されるなどと考え,車ごと海に飛び込んで生き残る可能性にかけ,死亡を装って被告人から身を隠そうと考えるに至ったというのであるから,他に選択肢がない状況にあったということができよう。
本決定は,認定された事実関係の下で,被害者をして,被告人の命令に応じて車ごと漁港の岸壁上から海中に飛び込む以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせていたものと認め,そのような精神状態にある被害者に対し,車ごと海中に転落するように命じて,それを実施させた被告人の行為が殺人罪の実行行為に当たるとしたものである。

5 被告人は,被害者に自由な意思で自殺させようとの意思を有していたにすぎないなどとして,殺人の故意も争った。しかし,死亡の現実的危険性の高い行為を強いたこと自体の認識に欠けるところがなかった以上,殺人罪の故意は否定されず,被告人の予期したところに反して被害者に自殺する意思がなかったことは,故意を否定すべき事情にならないとされた。
被告人の認識と被害者の内心との間には食い違いがあるが,これは重要な点に関するものではなく,被害者に行為を強いた点を含め,殺人の実行行為に当たる客観的な事実の認識に欠けるところがないから,故意に影響しないとされたものと思われる。なお,被告人は,自己の犯罪が自殺教唆(未遂)罪にすぎないと考えていたようでもあるが,それは当てはめの錯誤にすぎないから,その意味でも故意を阻却しないのは当然である。
本件は,被害者自身の行為を利用した殺人未遂罪に関する興味深い一事例として,貴重な先例となるものと思われる。

・自殺幇助とは、自殺者が自殺の意思を有し自らこれを実行しようとするに当たり、方法の指示や器具の提供等その行為を容易ならしめることをいう。


刑法択一 刑法各論 生命身体に関する罪 総説


・産婦人科医師である甲は、妊婦の依頼を受け、法律上堕胎することが許されない時期に入った胎児の堕胎を行い、堕胎により出生したした未熟児乙に適切な医療を受けさせれば生育する可能性のあることを認識し、かつ、そのための措置をとることが迅速容易にできたにもかかわらず、同児をバスタオルにくるんで院内に放置し約54時間後に死亡するに至らしめた。この場合、判例によると、甲には業務上堕胎致死罪は成立せず、業務上堕胎罪及び保護責任者遺棄致死罪が成立する!!!!!
+判例(S63.1.19)
弁護人池宮城紀夫、同新里恵二、同上間瑞穂連名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例はいずれも事案を異にし本件に適切でなく、その余の点は、すべて単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。なお、保護者遺棄致死の点につき職権により検討すると、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、産婦人科医師として、妊婦の依頼を受け、自ら開業する医院で妊娠第二六週に入つた胎児の堕胎を行つたものであるところ、右堕胎により出生した未熟児(推定体重一〇〇〇グラム弱)に保育器等の未熟児医療設備の整つた病院の医療を受けさせれば、同児が短期間内に死亡することはなく、むしろ生育する可能性のあることを認識し、かつ、右の医療を受けさせるための措置をとることが迅速容易にできたにもかかわらず、同児を保育器もない自己の医院内に放置したまま、生存に必要な処置を何らとらなかつた結果、出生の約五四時間後に同児を死亡するに至らしめたというのであり、右の事実関係のもとにおいて、被告人に対し業務上堕胎罪に併せて保護者遺棄致死罪の成立を認めた原判断は、正当としてこれを肯認することができる。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

++解説、理由付けがほしいところ。

+(業務上堕胎及び同致死傷)
第214条
医師、助産師、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、3月以上5年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させたときは、6月以上7年以下の懲役に処する。

+(遺棄等致死傷)
第219条
前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。