不法行為法 6 損害賠償請求の主体

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1.前章までとのパターンとの違い
相続人が損害賠償請求権を相続したと主張
会社にとって不可欠な従業員が死亡した会社などの間接被害者

・損害賠償請求権と共同相続
不法行為を理由とする損害賠償請求権は金銭債権であり、かつ、可分の給付を目的とする債権である。よって、損害賠償請求権は、相続により法律上当然に相続分に応じて分割され、共同相続人に承継される。

もっとも、損害賠償請求権も遺産の一部であるから、共同相続人が合意して、遺産分割協議の対象とすることは可能。

2.生命侵害と損害賠償請求権の相続問題~問題の所在
・不法行為による負傷者が判決までに死亡した場合の処理
継続説
傷害を理由とする逸出利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事情が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特別の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきではない
←労働能力の一部喪失による損害は、不法行為の時に既に一定の内容のものとして発生しているものであって、その後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではない
不法行為の被害者がその後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務者がその義務の全部または一部を免れ、他方、被害者ないしその遺族が不法行為によって生じた損害の填補を受けられなくなるのは公平の理念に反する。

+判例(H8.4.25)
+判例(H8.5.31)

・傷害を理由とする損害賠償請求権については相続の対象となる。

・生命侵害を理由とする損害賠償請求権については争いがある。
←前提として請求権が被相続人に帰属していなければならないが、死者は死亡と同時に権利主体ではなくなっているから。

3.生命侵害と損害賠償請求権の相続問題~財産的損害賠償請求権の相続可能性

・相続肯定説
負傷後の死亡であれ、即死であれ、生命侵害を理由とする財産的損害賠償請求権が被害者(死者)に発生し、ついで相続人がこれを相続するとする立場を採用。

・固有損害説(相続否定説)
生命侵害を理由とする損害賠償請求権は死者自身には帰属せず、相続の問題も起こらない。
むしろ、直接被害者の生命侵害の結果として遺族が被った固有の財産的損害を捉え、近親者固有の損害の賠償請求を認めていくべき。

その中でも
扶養侵害説
扶養を受ける利益が侵害されたことによる近親者固有の損害を観念していく

生活利益侵害説
遺族の生活利益が侵害されたことによる近親者固有の損害を観念していく

4.生命侵害と損害賠償請求権の相続問題~慰謝料請求権の相続可能性

・判例は、711条が定める近親者固有の慰謝料請求権と並んで、生命侵害を理由とする死者自身の慰謝料請求権を認め、その相続を肯定している!!!
=慰謝料についても、財産的損害と同様に、被害者の意思表示を必要とすることなく、当然に相続される

民法は、その損害が財産的なものであるか、財産以外のものであるかによって、別異の取り扱いをしていない。
慰謝料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるが、これを侵害したことによって生じる慰謝料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はない。
711条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰謝料請求権とは別に、固有の慰謝料請求権を取得し得るが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存可能なものである。
被害者の相続人は、必ずしも、711条の規定により慰謝料請求権を取得できるとは限らないので、同条があるからといって、慰謝料請求権が相続の対償とはなりえないと解すべきではない。

・711条について
+(近親者に対する損害の賠償)
第七百十一条  他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。

請求者の範囲については、実質的に見て711条に列挙されている者と同視できるものにも固有の慰謝料請求権を認めるべき。

生命侵害に限らず、傷害を負うに止まった場合でも、死亡したときにも比肩できるような精神上の苦痛を近親者が受けたものと評価できる時には、近親者固有の慰謝料請求権を認めている。

5.間接被害者の損害賠償請求権~問題の所在

・間接被害者とは、
被害者への加害行為により間接的に損害を被った者のこと

間接被害者の損害を不法行為者が賠償すべきか
間接被害者の損害賠償請求の問題を直接被害者の損害賠償請求の問題と違えて法律構成すべきか

6.間接被害者の損害賠償請求~肩代わり損害の場合
自らは権利を侵害されていない者が不法行為を契機として何らかの出費をしたところ、同じ出費を直接損害者がしたならば、これを自己の損害として請求することが可能。

論理構成
加害者の不法行為と間接損害者の損害との間の相当因果関係の問題とする。

422条を類推適用する説もある。

7.間接被害者の損害賠償請求~定型的付随損害の場合
・定型的不象損害とは、
直接損害者に対する権利侵害をきっかけとして、直接被害者以外の者に随伴的に財産的損害や精神的損害を生じること

8.間接被害者の損害賠償請求~企業損害の場合

・加害者に企業の営業活動上の利益の保護を目的とした行為義務を加害者に課すことが正当化される事例は例外と考えるべき。

もっとも、問題の会社が法人とは名ばかりの個人企業である場合には、この者に会社の機関としての代替性がなく、かつ代表者と会社が経済的に一体をなす関係にある状況にあるのであれば、代表者が個人としての逸出利益を請求した場合と、個人企業の固有損害で請求した場合とで原則として差があってはならない点に鑑み、企業損害の損害賠償請求を認めてもよい。

9.胎児の損害賠償請求権
・父母の損害賠償請求権の相続
+(相続に関する胎児の権利能力)
第八百八十六条  胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
2  前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。

相続した損害賠償請求権を出生を条件として行使することができる。

・胎児固有の損害賠償請求権
+(損害賠償請求権に関する胎児の権利能力)
第七百二十一条  胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。

私権の享有は出生に始まるとの3条1項を修正し、胎児が固有の損害賠償請求権の主体となり得ることを認めている。


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民法 事例から民法を考える 5 私だって所有者だ


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Ⅰ はじめに
1.共有とは

+(共同相続の効力)
第八百九十八条  相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
第八百九十九条  各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。

+(法定相続分)
第九百条  同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。
一  子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各二分の一とする。
二  配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、三分の二とし、直系尊属の相続分は、三分の一とする。
三  配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三とし、兄弟姉妹の相続分は、四分の一とする。
四  子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。

+(共有物の使用)
第二百四十九条  各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる。

2.共有ないし遺産共有の法的性質
・持分権の法的性質
単一説
=共有物に対する所有権はあくまで1つで、その1つの所有権が各共有者に分属すると解し、各共有者の持つ所有権の一部分として把握する。
複数説
=各共有者の有する持分をそれぞれ独立した1個の所有権(=持分権)であるとみて、それが集合した状態が共有である
→複数説では、各共有者とも自身の持分権を基礎として単独で権利行使をすることが認められているのが原則であるが、他の共有者にその影響が及ぶことに鑑みて、単独での権利行使に限界が設けられていると理解する。

・遺産共有の法的性質
共有説
=249条以下の共有に近い
+(遺産の分割の効力)
第九百九条  遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
←共有持分を第三者に処分できることが前提とされている。

・遺産分割の場合の特殊な手続
+(遺産の分割の協議又は審判等)
第九百七条  共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる
2  遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。
3  前項の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる

+(相続分の取戻権)
第九百五条  共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。
2  前項の権利は、一箇月以内に行使しなければならない。

+(遺産の分割の基準)
第九百六条  遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。

Ⅱ 共有物の利用関係と共有者相互間での明渡請求
1.問題の所在
+(共有物の管理)
第二百五十二条  共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。

・共有物の利用については、252条本文の「管理」に該当する事項として、各共有者の持分権価格の過半数で決せられる。

2.単独使用をする共有者への明け渡し請求の可否
・単独使用をする共有者に対して他の共有者が自己の持分に応じた利用を妨げてはならないという不作為の請求をなすことは認める。
・たとえ多数持分権者であっても、共有物を現に占有する少数持分権者に対し、当然にその明渡しを請求することはできない!
+判例(S41.5.19)
理由
上告代理人小島成一、同平井直行の上告理由第一点ないし第三点について。
原判決挙示の証拠によれば、原判決の認定した事実を肯認しえないわけではなく、右事実関係のもとにおいては、Aにおいて本件宅地買受当時内心において上告人に対し将来適当な時期に本件宅地を贈与しようと考えていたが、その後当初の考えをかえて上告人に対しこれを贈与する意思をすてたから、本件宅地の贈与はついに実現されず、かつ、本件建物についての贈与も認められないとする原判決の判断は、当審も正当として是認しうる。
原判決には、所論のような違法があるとは断じがたく、所論は、結局、原審の専権に属する証拠の取捨・判断、事実認定を非難するに帰し、採用しがたい。
同第四点の第二・第三について。
所論の点に関する事実認定は挙示の証拠により肯認でき、その事実関係のもとでは、本件宅地の所有者はAであつて、上告人でないとした原判決の判断は、正当であり、原判決には、所論のような違法はなく、所論は採用しがたい。
同第五点について。
本件一件記録に徴しても、原審に所論のごとき違法があるとは認めがたく、所論は採用しがたい。
同第四点の第一について。
思うに、共同相続に基づく共有者の一人であつて、その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)な単独で占有する権原を有するものでないことは、原判決の説示するとおりであるが他方、他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると、その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといつて(以下このような共有持分権者を多数持分権者という)、共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し、当然にその明渡を請求することができるものではない。けだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によつて、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。従つて、この場合、多数持分権者が少数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し立証しなければならないのである。
しかるに、今本件についてみるに、原審の認定したところによればAの死亡により被上告人らおよび上告人にて共同相続し、本件建物について、被上告人Bが三分の一、その余の被上告人七名および上告人が各一二分の一ずつの持分を有し、上告人は現に右建物に居住してこれを占有しているというのであるが、多数持分権者である被上告人らが上告人に対してその占有する右建物の明渡を求める理由については、被上告人らにおいて何等の主張ならびに立証をなさないから、被上告人らのこの点の請求は失当というべく、従つて、この点の論旨は理由があるものといわなければならない
よつて、原判決は被上告人らの上告人に対して本件家屋の明渡を求める部分について失当であり、その余は正当であるから、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、九二条、九三条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠)

・共有者の1人から賃貸を受けた第三者が独占使用している場合も、共有者の権原に基づいた占有といえる以上、同様に明け渡し請求は認められない!
+判例(S63.5.20)
理由
上告代理人朝山善成の上告理由について
共同相続に基づく共有者は、他の共有者との協議を経ないで当然に共有物を単独で占有する権原を有するものではないが、自己の持分に基づいて共有物を占有する権原を有するので、他のすべての共有者らは、右の自己の持分に基づいて現に共有物を占有する共有者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないところ(最高裁昭和三八年(オ)第一〇二一号同四一年五月一九日第一小法廷判決・民集二〇巻五号九四七頁参照)、この理は、共有者の一部から共有物を占有使用することを承認された第三者とその余の共有者との関係にも妥当し、共有者の一部の者から共有者の協議に基づかないで共有物を占有使用することを承認された第三者は、その者の占有使用を承認しなかつた共有者に対して共有物を排他的に占有する権原を主張することはできないが、現にする占有がこれを承認した共有者の持分に基づくものと認められる限度で共有物を占有使用する権原を有するので、第三者の占有使用を承認しなかつた共有者は右第三者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないと解するのが相当である。なお、このことは、第三者の占有使用を承認した原因が共有物の管理又は処分のいずれに属する事項であるかによつて結論を異にするものではない
これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、上告人は訴外伊藤文裕の相続人として本件建物を持分四分の一の割合で共有し、被上告人は本件建物の共有者たるその余の相続人との間で本件建物の使用貸借契約を締結し、本件建物を使用するものであるというのであり、右事実のみをもつてしては上告人が被上告人に対して本件建物の明渡しを請求することができないことは前記説示のとおりである。そうすると、これと結論において同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
論旨は、独自の見解に基づき、又は判決に影響しない部分について原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官奧野久之 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭裁判官香川保一)

3.単独使用を認めない旨の決定に基づく明渡請求の可否
・持分価格の多数をもって一部共有者の単独使用を認めない旨を決定することは許されないものではなく、これに不服のある少数持分権者としては分割請求をすればよい!

・持分価格の過半数で使用貸借を解除することによりこの独占的利用を終了させられる。
+判例(S29・3・12)
理由
上告訴訟代理人弁護士徳永平次の上告理由第一点について。
原判決が本件親族会の決議を無効と判断したのは、所論(二)主張のように、単に決議の手続が違法であるからとの理由によるものでないことは、原判文上明らかであるからこの点の論旨は理由がない。爾余の論旨は、原審の証拠の取捨判断事実認定を非難するものであつて、適法な上告理由に当らない。同第二点について。
原審は当事者の主張及び立証に基き訴外亡Aの相続人は、その妹である訴外B、その弟である上告人及びその姉で相続開始当時既に死亡していた訴外Cの子である被上告人の三人であると認定しているのである。そして兄弟姉妹が相続人である場合においでも代襲粗続が認められることは、民法八八九条二項後段の規定によつて明らかであるから、被上告人を前記Cの代襲相続人とした原判決には何等所論法律解釈を誤つた違法はない。従つて論旨はすベて採るを得ない。同第三点について。
原判決は亡Aと被上告人間の本件家屋の貸借は使用貸借であると認定し、そしてAの死亡による共同相続人が為す右使用貸借の解除は、民法二五二条本文の管理行為に該当し、したがつて共有者(共同相続人)の過半数決を要する旨判示するところであつて、所論のように明渡及び家賃損害金の請求を管理行為と判示しているものでないことは、原判文に照して明白である。所論は原判文を正読しないことに出でたものと云うの外なく、原判決には何等所論法律解釈の誤りはない。又所論引用の判例は本件に適切のものではない。それ故論旨は何れも採用し難い。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおう判決する。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

・少数持分権者の利用を認めない決定を持分価格の多数で行うことを権利濫用と判断することもある。
+判例(H10.3.24)
理由
上告代理人伊藤誠基、同石坂俊雄、同村田正人、同福井正明の上告理由第一点ないし第三点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。
同第四点について
一 原審の確定したところによれば、(一) 亡辻村芳太郎は、第一審判決添付物件目録記載の各不動産を所有していた、(二) 芳太郎は、平成二年一〇月二七日に死亡し、同人の妻やす並びに上告人及び被上告人を含む四人の子がこれを相続したが、芳太郎の遺産についての分割協議は未了である、(三)同物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)は、芳太郎の死後畑として利用されていたが、被上告人が、本件土地上に家屋を建築する目的で、平成五年四月ころから同年七月ころまでの間、本件土地に土砂を搬入して地ならしをする宅地造成工事を行った結果、その地平面が北側公道の路面より二五センチメートル低い状態にあったものが右路面より高い状態となり、非農地化した、というのである。

二 上告人の本件請求は、本件土地の共有持分権に基づく妨害排除として、本件土地につき、北側に隣接する公道の路面より二五センチメートル低い地平面となるよう本件土地上の土砂を撤去する方法により、原状回復する工事をすることを求めるものであるところ、原審は、被上告人は、本件土地につき相続による共有持分(八分の一)を有しており、共有者として本件土地を使用する権原があるから、上告人が被上告人に対して共有持分権に基づく妨害排除請求権を行使し得るいわれはないとして、上告人の本件請求を棄却すべきものと判断した。

三 しかしながら、原審の右判断は、直ちにはこれを是認することができない。その理由は、次のとおりである。
共有者の一部が他の共有者の同意を得ることなく共有物を物理的に損傷しあるいはこれを改変するなど共有物に変更を加える行為をしている場合には、他の共有者は、各自の共有持分権に基づいて、右行為の全部の禁止を求めることができるだけでなく、共有物を原状に復することが不能であるなどの特段の事情がある場合を除き、右行為により生じた結果を除去して共有物を原状に復させることを求めることもできると解するのが相当である。けだし、共有者は、自己の共有持分権に基づいて、共有物全部につきその持分に応じた使用収益をすることができるのであって(民法二四九条)、自己の共有持分権に対する侵害がある場合には、それが他の共有者によると第三者によるとを問わず、単独で共有物全部についての妨害排除請求をすることができ、既存の侵害状態を排除するために必要かつ相当な作為又は不作為を相手方に求めることができると解されるところ、共有物に変更を加える行為は、共有物の性状を物理的に変更することにより、他の共有者の共有持分権を侵害するものにほかならず、他の共有者の同意を得ない限りこれをすることが許されない(民法二五一条)からであるもっとも、共有物に変更を加える行為の具体的態様及びその程度と妨害排除によって相手方の受ける社会的経済的損失の重大性との対比等に照らし、あるいは、共有関係の発生原因、共有物の従前の利用状況と変更後の状況、共有物の変更に同意している共有者の数及び持分の割合、共有物の将来における分割、帰属、利用の可能性その他諸般の事情に照らして、他の共有者が共有持分権に基づく妨害排除請求をすることが権利の濫用に当たるなど、その請求が許されない場合もあることはいうまでもない
これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件土地は、遺産分割前の遺産共有の状態にあり、畑として利用されていたが、被上告人は、本件土地に土砂を搬入して地ならしをする宅地造成工事を行って、これを非農地化したというのであるから、被上告人の右行為は、共有物たる本件土地に変更を加えるものであって、他の共有者の同意を得ない限り、これをすることができないというべきところ、本件において、被上告人が右工事を行うにつき他の共有者の同意を得たことの主張立証はない。そうすると、上告人は、本件土地の共有持分権に基づき、被上告人に対し、右工事の差止めを求めることができるほか、右工事の終了後であっても、本件土地に搬入された土砂の範囲の特定及びその撤去が可能であるときには、上告人の本件請求が権利濫用に当たるなどの特段の事情がない限り、原則として、本件土地に搬入された土砂の撤去を求めることができるというべきである。
四 そうすると、被上告人が本件土地につき共有持分権に基づく使用権原を有しているとの一事をもって、上告人からの共有持分権に基づく本件請求を棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はその趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、上告人の本件請求を棄却した部分は破棄を免れず、本件においては、前記説示に照らして本件請求の当否につき更に審理を尽くさせる必要があるため、右破棄部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。
以上のとおりであるから、原判決中、上告人の本件請求を棄却すべきものとした部分を破棄して、右部分につき本件を原審に差し戻すこととするが、上告人のその余の上告は理由がないから、これを棄却することとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官元原利文 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官金谷利廣)

・相続開始前から使用貸借により単独使用を認められていた者について、遺産分割によって所有関係が確定するまでの間は使用貸借関係が継続する旨の合意が共有者間であったと解すべき場合もある!!!
+判例(H8.12.17)
理由
上告代理人小室貴司の上告理由第一点について
一 本件上告に係る被上告人らの請求は、上告人ら及び被上告人らは第一審判決添付物件目録記載の不動産の共有者であるが、上告人らは本件不動産の全部を占有、使用しており、このことによって被上告人らにその持分に応じた賃料相当額の損害を発生させているとして、上告人らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、被上告人ら各自の持分に応じた本件不動産の賃料相当額の支払を求めるものである。

二 原審の確定した事実関係の概要は、(一) aは昭和六三年九月二四日に死亡した、(二) 被上告人bはaの遺言により一六分の二の割合による遺産の包括遺贈を受けた者であり、上告人ら及びその余の被上告人らはaの相続人である、(三) 本件不動産はaの遺産であり、一筆の土地と同土地上の一棟の建物から成る、(四) 上告人らは、aの生前から、本件不動産においてaと共にその家族として同居生活をしてきたもので、相続開始後も本件不動産の全部を占有、使用している、というのである。
三 原審は、右事実関係の下において、自己の持分に相当する範囲を超えて本件不動産全部を占有、使用する持分権者は、これを占有、使用していない他の持分権者の損失の下に法律上の原因なく利益を得ているのであるから、格別の合意のない限り、他の持分権者に対して、共有物の賃料相当額に依拠して算出された金額について不当利得返還義務を負うと判断して、被上告人らの不当利得返還請求を認容すべきものとした。

四 しかしながら、原審の右判断は直ちに是認することができない。その理由は、次のとおりである。
共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきであるけだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである
本件についてこれを見るのに、上告人らは、aの相続人であり、本件不動産においてaの家族として同人と同居生活をしてきたというのであるから、特段の事情のない限り、aと上告人らの間には本件建物について右の趣旨の使用貸借契約が成立していたものと推認するのが相当であり、上告人らの本件建物の占有、使用が右使用貸借契約に基づくものであるならば、これにより上告人らが得る利益に法律上の原因がないということはできないから、被上告人らの不当利得返還請求は理由がないものというべきである。そうすると、これらの点について審理を尽くさず、上告人らに直ちに不当利得が成立するとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、右部分については、使用貸借契約の成否等について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

4.設問1ではどうなるのか
・権利の濫用になる場合も・・・

・明け渡し請求ができないとした場合でも、使用貸借の終了が認められるのであれば、CDとしては、単独での占有権原をもたないEに対して、持分に応じ、使用利益の対価を不当利得として返還請求することができる!!
+(H12.4.17)

+(寄与分)
第九百四条の二  共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする
2  前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、同項に規定する寄与をした者の請求により、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、寄与分を定める。
3  寄与分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
4  第二項の請求は、第九百七条第二項の規定による請求があった場合又は第九百十条に規定する場合にすることができる。

+(特別受益者の相続分)
第九百三条  共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする
2  遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3  被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。

+(占有保持の訴え)
第百九十八条  占有者がその占有を妨害されたときは、占有保持の訴えにより、その妨害の停止及び損害の賠償を請求することができる。

5.EF間の賃貸借契約の帰趨
・賃貸借について一般には管理に該当するものの、借地借家法の適用があるものについては、法定更新が認められる結果(借地借家法6条・28条)、ごく長期にわたり所有者が使用収益できない状態が存続する可能性があることから、「変更」に該当する可能性も・・・

・借地借家法
+(借地契約の更新拒絶の要件)
第六条  前条の異議は、借地権設定者及び借地権者(転借地権者を含む。以下この条において同じ。)が土地の使用を必要とする事情のほか、借地に関する従前の経過及び土地の利用状況並びに借地権設定者が土地の明渡しの条件として又は土地の明渡しと引換えに借地権者に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、述べることができない

+(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
第二十八条  建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない

+(定義)
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  借地権 建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいう。
二  借地権者 借地権を有する者をいう。
三  借地権設定者 借地権者に対して借地権を設定している者をいう。
四  転借地権 建物の所有を目的とする土地の賃借権で借地権者が設定しているものをいう。
五  転借地権者 転借地権を有する者をいう。

6.Fの支払うべき賃料の帰属等(補論)

・遺産分割までの間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し、後の遺産分割の影響を受けない!!!!
+判例(H17.9.8)
理由
上告代理人田中英一、同永井一弘の上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) Aは、平成8年10月13日、死亡した。その法定相続人は、妻である被上告人のほか、子である上告人、B、C及びD(以下、この4名を「上告人ら」という。)である。
(2) Aの遺産には、第1審判決別紙遺産目録1(1)~(17)記載の不動産(以下「本件各不動産」という。)がある。
(3) 被上告人及び上告人らは、本件各不動産から生ずる賃料、管理費等について、遺産分割により本件各不動産の帰属が確定した時点で清算することとし、それまでの期間に支払われる賃料等を管理するための銀行口座(以下「本件口座」という。)を開設し、本件各不動産の賃借人らに賃料を本件口座に振り込ませ、また、その管理費等を本件口座から支出してきた。
(4) 大阪高等裁判所は、平成12年2月2日、同裁判所平成11年(ラ)第687号遺産分割及び寄与分を定める処分審判に対する抗告事件において、本件各不動産につき遺産分割をする旨の決定(以下「本件遺産分割決定」という。)をし、本件遺産分割決定は、翌3日、確定した。
(5) 本件口座の残金の清算方法について、被上告人と上告人らとの間に紛争が生じ、被上告人は、本件各不動産から生じた賃料債権は、相続開始の時にさかのぼって、本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張し、上告人らは、本件各不動産から生じた賃料債権は、本件遺産分割決定確定の日までは法定相続分に従って各相続人に帰属し、本件遺産分割決定確定の日の翌日から本件各不動産を取得した各相続人に帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張した。
(6) 被上告人と上告人らは、本件口座の残金につき、各自が取得することに争いのない金額の範囲で分配し、争いのある金員を上告人が保管し(以下、この金員を「本件保管金」という。)、その帰属を訴訟で確定することを合意した。

2 本件は、被上告人が、上告人に対し、被上告人主張の計算方法によれば、本件保管金は被上告人の取得すべきものであると主張して、上記合意に基づき、本件保管金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年6月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

3 原審は、上記事実関係の下で、次のとおり判断し、被上告人の請求を認容すべきものとした。
遺産から生ずる法定果実は、それ自体は遺産ではないが、遺産の所有権が帰属する者にその果実を取得する権利も帰属するのであるから、遺産分割の効力が相続開始の時にさかのぼる以上、遺産分割によって特定の財産を取得した者は、相続開始後に当該財産から生ずる法定果実を取得することができる。そうすると、本件各不動産から生じた賃料債権は、相続開始の時にさかのぼって、本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして、本件口座の残金を分配すべきである。これによれば、本件保管金は、被上告人が取得すべきものである。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。
したがって、相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は、被上告人及び上告人らがその相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり、本件口座の残金は、これを前提として清算されるべきである。
そうすると、上記と異なる見解に立って本件口座の残金の分配額を算定し、被上告人が本件保管金を取得すべきであると判断して、被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 才口千晴 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎)

Ⅲ 共有者の権利主張
1.各共有者が単独でなしうる主張
(1)持分権の主張
・共有者の1人は自己の持分権の存在や範囲につき単独で確認請求をすることができる!
+判例(S40.5.20)
理由
上告代理人柴田健太郎の上告理由第一点について。
共有持分権の及ぶ範囲は、共有地の全部にわたる(民法二四九条)のであるから、各共有者は、その持分権はもとづき、その土地の一部が自己の所有に属すると主張する第三者に対し、単独で、係争地が自己の共有持分権に属することの確認を訴求することができるのは当然である(昭和三年一二月一七日大審院判決、民集七巻一〇九五頁参照)。これと同趣旨にでた原判決の判断は正当であり、論旨は独自の見解であつて、採用できない。
同第二点について。
本件において所有権の帰属につき争があるのは、被上告人らの主張する共有地の全部ではなく、その一部であること原判文上明らかであるのに、原判決は、共有地の全部が被上告人らの共有持分の及ぶ範囲であることを確認していること論旨指摘のとおりである。一筆の土地であつても、所有権確認の利益があるのは、相手方の争つている地域のみであつて、争のない地域については確認の利益がないこというまでもない。すなわち、原判決は、確認の利益のない部分について確認の判決をした違法があるといわざるをえない。論旨は理由があり、原判決中確認の訴を認容した部分を破棄し、争のある土地の範囲を特定させるため、原審に差し戻すべきものとする。
同第三点について。
甲乙両山林の境界についての原判決の事実認定は、挙示する証拠関係に照らして首肯しえなくはない。論旨は、原審の裁量に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用することができない。
よつて、その余の部分に対する上告を棄却し、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠)

・共有者間で持分権の侵害につき紛争が生じたときにも単独で権利主張できる。

(2)共有であることの主張
共有物であることを対外的に主張するには、共有者全員でしなければならない(固有必要的共同訴訟)!

(3)共有物の侵害に対する主張
・共有物が第三者によって侵害された場合の妨害排除請求や返還請求は、各共有者単独ですることができる。
←共有の法的性質から
単一説=侵害の除去は保存行為として
複数説=持分権に対する侵害として

・不法占拠者に対する損害賠償請求権や不当利得返還請求権については、各共有者の持分に応じて分割帰属するから、各共有者は単独ではその持分相当額の請求しかできない!!
+判例(S41.3.3)
理   由
上告代理人吉田賢二、同有富小一の上告理由第一点について。
論旨は、原判示A地域および同B地域がいずれも被上告人ら三名、上告人ならびに訴外田中光蔵、同安永長、同安永弥作および同中霜干城の合計八名の共有である大分県玖珠郡珠玖町大字日出生字浅尻三三〇〇番の一〇原野一町二反二四歩の範囲内に属する旨の原審の認定は、証拠に反するのみならず、審理不尽、理由不備の違法を犯したものであるという。しかし、原審挙示の証拠関係に照らせば、原審の右認定は、首肯するに足り、論旨は、ひつきようするに、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰するものであつて、採用するに足りない。
同第二点について。
論旨は、原審が被上告人らをそれぞれ原判示A地域の属する前記字浅尻三三〇〇番の一〇原野一町二反二四歩につき持分一〇分の一の共有者と認定しながら、右共有地上の立木の不法伐採による全損害額六万八一〇〇円の賠償を求めた被上告人らの請求をそのまま認容したのは、理由不備の違法を犯したものであるという。
よつて案ずるに、共有物に対する不法行為による損害賠償請求権は、各共有者が自己の持分に応じてのみこれを行使しうべきものであり、他人の持分に対してはなんら請求権を有するものではない。従つて、共有の立木が不法に伐採されたことを理由として共有者の全員またはその一部の者から右不法伐採者に対してその損害賠償を求める場合には、右共有者がそれぞれその共有持分の割合に応じてこれをなすべきものであり、右共有持分の割合をこえて請求をすることは許されないところといわなければならない。ところで、原判決によれば、被上告人らは本件立木の生立していた原判示A地域の属する前記字浅尻三三〇〇番の一〇原野についてそれぞれ一〇分の一の共有持分を有していたというのであり、土地の上に生立する立木は権原により付属させた等の特段の事情のないかぎり、地盤に附合して地盤所有者の所有に帰するものであるから、特段の事情の認定されていない本件においては、被上告人らが本件立木について有する共有持分はそれぞれ一〇分の一にすぎないことが窺われないでもない。しかも他面、原審は右原野の共有者は上告人を含む前掲八名であると認定しており、さらに、被上告人らの主張に照らせば、原審は本件立木の所有者中に上告人が含まれない旨を認定したかのようにも窺われるのであつて、これらの点より考えれば、原審は、被上告人らの本件立木の共有持分の割合について、なんらこれを明確にするところがないものというべく、しかも、被上告人ら三名のみが本件立木の伐採による全損害額の賠償を求めたのに対して、これをそのまま認容しているのである。これをひつきようするに、原審は被上告人らの本件立木の共有持分がいかなる割合であるかを確定することなく、漫然被上告人らのなした本件立木の伐採による全損害額の賠償請求を認容しているのであつて、なにゆえに被上告人らのみで全損害額の賠償を求めうるのか、その理由とするところを知り得ないのであり、原判決にはこの点において審理不尽ないし理由不備の違法があるものといわざるを得ない。従つて、原判決中上告人に対して金員支払を命じた部分は破棄を免れないから、論旨は結局理由がある。しかして、本件は、右破棄部分に関し、叙上の点についてさらに審理を尽くす必要があるものと認められるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠)

2.登記手続請求をめぐって
(1)自己の持分権についての登記手続請求

・共同相続した不動産につき、勝手に所有権取得の登記をし、さらに第三者が移転登記を受けた場合。aが請求できるのは、aの持分についての一部抹消(更生)登記のみである!!!
+判例(S38.2.22)
理由
上告代理人佐藤米一の上告理由第一点について。
原判決が被上告人らに命じた所論更正登記手続は、実質的には一部抹消登記手続であるところ、所有権に対する妨害排除として抹消登記請求権を有するのは上告人らであつて、Aではないというべきであるから、この点に関する原判決は正当であつて、所論のように登記義務者・登記権利者を誤解した違法はない。論旨は、原判決を正解せざるに出たものであつて採用しえない。
同第二点について。
相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中の乙ならびに乙から単独所有権移転の登記をうけた第三取得者丙に対し、他の共同相続人甲は自己の持分を登記なくして対抗しうるものと解すべきである。けだし乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分に関する限りその権利を取得するに由ないからである(大正八年一一月三日大審院判決、民録二五輯一九四四頁参照)。そして、この場合に甲がその共有権に対する妨害排除として登記を実体的権利に合致させるため乙、丙に対し請求できるのは、各所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなくして、甲の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続でなければならない(大正一〇年一〇月二七日大審院判決、民録二七輯二〇四〇頁、昭和三七年五月二四日最高裁判所第一小法廷判決、裁判集六〇巻七六七頁参照)。けだし右各移転登記は乙の持分に関する限り実体関係に符合しており、また甲は自己の持分についてのみ妨害排除の請求権を有するに過ぎないからである。
従つて、本件において、共同相続人たる上告人らが、本件各不動産につき単独所有権の移転登記をした他の共同相続人であるAから売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由した被上告人らに対し、その登記の全部抹消登記手続を求めたのに対し、原判決が、Aが有する持分九分の二についての仮登記に更正登記手続を求める限度においてのみ認容したのは正当である。また前示のとおりこの場合更正登記は実質において一抹部抹消登記であるから、原判決は上告人らの申立の範囲内でその分量的な一部を認容したものに外ならないというべく、従つて当事者の申立てない事項について判決をした違法はないから、所論は理由なく排斥を免れない。
同第三点について。
被上告人十条商事株式会社が原審において提出したB弁護士に対する訴訟委任状には、所論のとおり、相手方としてCの記載があるのみであつて、D、Eの記載はないが、これは「C他二名」とすべきところを「他二名」を書き落したものと解せられるから、所論は理由なく排斥を免れない。
同第四点、第五点、第八乃至一二点について。
しかし、本訴の訴訟物は共有権にもとづく妨害排除請求権であることは明らかなところ、上告人らは九分の七の持分きり有しないのであるから、本件各移転登記の有効無効ならびにその登記原因の有効無効に係りなく、九分の七の持分についてのみ抹消請求(更正登記請求)ができるに過ぎず、全部抹消請求権は存しないというべきであるから、所論は判決に影響を及ぼす違法の主張と認められず、排斥を免れない。
同第六点について。
適法な呼び出しを受けながら当事者が判決言渡期日に出頭しない場合に、期日に言渡が延期され次回言渡期日が指定告知されたときは、その新期日につき不出頭の当事者に対しても告知の効力を生ずること、当裁判所の判例とするところである(昭和三二年二月二六日第三小法廷判決、集一一巻二号三六四頁参照)。所論は、これと異る見解に立脚して原判決に違法がある如く主張するものであつて、採用しえない。同第七点について。
所論「各」は無用の文字を挿入しただけであつて、これによつて主文の不明瞭や齟齬を来たすものとは認められない。所論は排斥を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介)

・一部の共有者から抹消登記が請求されたときでも、判決では共有者の持分の限りでの更正登記が命じられることになる!
+判例(H22.4.20)
理由
第1 上告人の上告理由について
民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、違憲をいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、上記各項に規定する事由に該当しない。
第2 職権による検討
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 第1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、もとBが所有していたが、Bは、平成9年6月14日に死亡し、本件建物につき、その妻である被上告人X1が持分2分の1を、子である被上告人X2及びAが持分各4分の1を相続により取得した。
(2) しかるに、本件建物につき、高知地方法務局いの支局平成19年3月28日受付第2350号をもって、上告人の持分を2分の1、被上告人X1の持分を4分の1、被上告人X2及びAの持分を各8分の1とする所有権保存登記(以下「本件保存登記」という。)がされている。
2 本件は、上記事実関係の下において、被上告人らが、本件建物につき、上告人は何らの持分を有していないのに、上告人の持分を2分の1とする本件保存登記がされている旨主張して、上告人に対し、共有持分権に基づき、本件保存登記のうち上告人の持分に関する部分(以下「本件登記部分」という。)の抹消登記手続等を求める事案である。
3 原審は、上告人に対して本件保存登記全部の抹消登記手続を命じた第1審判決を是認したが、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 原審の上記判断は、被上告人らが本件登記部分のみの抹消登記手続を求めているにもかかわらず、上告人に対し、これを超えて本件保存登記全部の抹消登記手続を命ずるものであって、当事者が申し立てていない事項についてまで判決をしたものといわざるを得ない。また、仮に、第1審判決の主文第1項中の「高知地方法務局いの支局平成19年3月28日受付第2350号の所有権保存登記」との記載が本件登記部分を表示するに当たっての明らかな誤記であり、原審は、被上告人らの本件登記部分の抹消登記手続請求を認容すべきものとしたにとどまると解し得るとしても、そのような判断は、1個の登記の一部のみの抹消登記手続を命ずるものであって、不動産登記法上許容されない登記手続を命ずるものといわざるを得ない
(2) 被上告人らの本件登記部分の抹消登記手続請求が意図するところは、上告人が持分を有するものとして権利関係が表示されている本件保存登記を、上告人が持分を有しないものに是正することを求めるものにほかならず、被上告人らの請求は、本件登記部分を実体的権利に合致させるための更正登記手続を求める趣旨を含むものと解することができる(最高裁昭和35年(オ)第1197号同38年2月22日第二小法廷判決・民集17巻1号235頁参照)。
そして、共有不動産につき、持分を有しない者がこれを有するものとして共有名義の所有権保存登記がされている場合、共有者の1人は、その持分に対する妨害排除として、登記を実体的権利に合致させるため、持分を有しない登記名義人に対し、自己の持分についての更正登記手続を求めることができるにとどまり、他の共有者の持分についての更正登記手続までを求めることはできない(最高裁昭和56年(オ)第817号同59年4月24日第三小法廷判決・裁判集民事141号603頁参照)。したがって、被上告人らの請求は、被上告人X1の持分を2分の1、被上告人X2の持分を4分の1、上告人及びAの持分を各8分の1とする所有権保存登記への更正登記手続を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。
第3 結論
以上の次第で、原判決中、所有権保存登記抹消登記手続請求に関する部分には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから、原判決中上記部分を主文第1項のとおり変更することとし、その余の上告を棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 近藤崇晴 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫)

(2)無権利者が登記名義を有する場合
・単一説に立つ場合、保存行為に属するとして、妨害排除請求を認める・・・

+判例(H15.7.11)
理由
上告代理人吉田允、同大西清、同住田正夫、同中野俊彦の上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
(1) 甲は、第1審判決別紙物件目録一ないし四及び七ないし一二記載の各土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。
(2) 甲は、平成5年1月18日に死亡し、甲の子である上告人ら、乙及び丙の4名が共同相続した。
(3) 平成5年1月25日、本件土地につき、同月18日相続を原因として、上告人ら、乙及び丙の各持分を4分の1とする所有権移転登記がされ、同日代物弁済を原因として、被上告人に対する乙持分全部移転登記(以下「本件持分移転登記」という。)がされた。
2 本件の主位的請求は、上告人らが、被上告人に対し、乙から被上告人への本件土地の持分の譲渡は無効であるとして、本件持分移転登記の抹消登記手続を求めるものである。
原審は、次のとおり判断して、上告人らの上記請求を棄却した。
仮に、乙から被上告人に対する持分の譲渡が無効であり、本件持分移転登記が真実に合致しない登記であるとしても、上告人らの持分権は何ら侵害されていないから、上告人らは、その持分権に基づく保存行為として本件持分移転登記の抹消登記手続を請求することができない。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
【要旨】不動産の共有者の1人は、その持分権に基づき、共有不動産に対して加えられた妨害を排除することができるところ、不実の持分移転登記がされている場合には、その登記によって共有不動産に対する妨害状態が生じているということができるから、共有不動産について全く実体上の権利を有しないのに持分移転登記を経由している者に対し、単独でその持分移転登記の抹消登記手続を請求することができる(最高裁昭和29年(オ)第4号同31年5月10日第一小法廷判決・民集10巻5号487頁、最高裁昭和31年(オ)第103号同33年7月22日第三小法廷判決・民集12巻12号1805頁。なお、最高裁昭和56年(オ)第817号同59年4月24日第三小法廷判決・裁判集民事141号603頁は、本件とは事案を異にする。)。
4 以上によれば、乙から被上告人に対する本件土地の持分の譲渡が無効であれば、上告人らの主位的請求は認容されるべきである。論旨は理由がある。これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そこで、上記持分の譲渡の有効性について更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 福田博 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄 裁判官 滝井繁男)

3.設問2ではどうなるか
(1)一部抹消(厚生)登記のみを認容する見解
(2)全部抹消登記手続請求を認める見解

Ⅳ 共有と法定地上権
1.乙建物のための甲土地の利用権は
・遺産共有の段階で共有者の1人が単独の登記名義としたうえで、自身の単独所有であると称して第三者にこれを売却し、登記移転もなされたという場合
177条の適用はなく、他の共有者は登記なくして当該第三者に自信の持分権を主張できる!
+判例(S38.2.22)

もっとも、第三者が善意・無過失で他の共有者に帰責性が認められる場合には94条2項類推適用等によって第三者の権利取得が認められる可能性はある!!!!

・(借地権の対抗力等)
第十条  借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる
2  前項の場合において、建物の滅失があっても、借地権者が、その建物を特定するために必要な事項、その滅失があった日及び建物を新たに築造する旨を土地の上の見やすい場所に掲示するときは、借地権は、なお同項の効力を有する。ただし、建物の滅失があった日から二年を経過した後にあっては、その前に建物を新たに築造し、かつ、その建物につき登記した場合に限る。
3  民法 (明治二十九年法律第八十九号)第五百六十六条第一項 及び第三項 の規定は、前二項の規定により第三者に対抗することができる借地権の目的である土地が売買の目的物である場合に準用する。
4  民法第五百三十三条 の規定は、前項の場合に準用する。

+(自己借地権)
第十五条  借地権を設定する場合においては、他の者と共に有することとなるときに限り、借地権設定者が自らその借地権を有することを妨げない。
2  借地権が借地権設定者に帰した場合であっても、他の者と共にその借地権を有するときは、その借地権は、消滅しない。

2.土地建物の一方に共有関係がある場合
+(法定地上権)
第三百八十八条  土地及びその上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。この場合において、地代は、当事者の請求により、裁判所が定める。

(1)土地に共有関係がある場合
・abが共有する土地上にaの建物が建っていて、aの共有持分に抵当権が設定されていた場合。
法定地上権の成立を否定!!!
法定地上権が認められると、当初あった約定利用権よりも強力な負担が、抵当権設定者以外の共有者の土地持分権にも及んでしまうのは問題だから!!!!
+判例(S29.12.23)
理由
上告代理人弁護士江原三郎の上告理由について。
原判決が、所論のごとく「元来土地の共有者は、自己の持分権の上に全部の占有支配を伴う地上権を設定することはできないものと解すべきであるが、他の共有者の同意があれば共有地の上にかような物権を設定し得るものであることは民法二五一条の規定上是認しなければならないところであるから、かような場合には土地利用の経済的目的からいえば、土地の単独所有の場合と異なるところがないものといわなければならない」と判示しながら、『したがつて、他の共有者の同意を得て共有地の上に建物を所有している共有者がその持分権につき、抵当権を設定した場合に、その共有者に属する持分権が抵当権の実行により競売に付され、これによつて、その権利を取得した者があるときは、抵当権設定者である共有者は、土地の単独所有者の場合におけると同様民法三八八条の規定の趣旨により建物のため共有地につき地上権を設定したものと看做されるものと解するを相当とする。尤も右の場合において他の共有者は単に抵当権を設定した共有者のため建物を所有することに同意したに過ぎないものではあるが、建物の存在を完うさせようとする国民経済上の必要上認められた同条の立法趣旨より考えれば、右の場合は土地の単独所有者がその土地上に建物を所有している場合と区別するの理由がないものといわなければならない。」と判示したことは、所論のとおりである。
しかし、元来共有者は、各自、共有物について所有権と性質を同じくする独立の持分を有しているのであり、しかも共有地全体に対する地上権は共有者全員の負担となるのであるから、共有地全体に対する地上権の設定には共有者全員の同意を必要とすること原判決の判示前段のとおりである。換言すれば、共有者中一部の者だけがその共有地につき地上権設定行為をしたとしても、これに同意しなかつた他の共有者の持分は、これにょりその処分に服すべきいわれはないのであり、結局右の如く他の共有者の同意を欠く場合には、当該共有地についてはなんら地上権を発生するに由なきものといわざるを得ないのである。そして、この理は民法三八八条のいわゆる法定地上権についても同様であり偶々本件の如く、右法条により地上権を設定したものと看做すべき事由が単に土地共有者の一人だけについて発生したとしても、これがため他の共有者の意思如何に拘わらずそのものの持分までが無視さるべきいわれはないのであつて、当該共有土地については地上権を設定したと看做すべきでないものといわなければならない。しかるに、原審は右と異なる見解を採り、根拠として民法三八八条の立法趣旨を援用しているのであるが首肯し難い。けだし同条が建物の存在を全うさせようとする国民経済上の必要を多分に顧慮した規定であることは疑を容れないけれども、しかし同条により地上権を設定したと看做される者は、もともと当該土地について所有者として完全な処分権を有する者に外ならないのであつて、他人の共有持分につきなんら処分権を有しない共有者に他人の共有持分につき本人の同意なくして地上権設定等の処分をなし得ることまでも認めた趣旨でないことは同条の解釈上明白だからである。それ故原審の見解はその前段の判示とも矛盾するものというべく是認できない。されば、かかる見解を前提として単に原審認定の事実関係だけで被上告人が本件共有土地に地上権を取得したと判断した原判決は法律の解釈を誤つた違法があるものというべく、論旨はその理由があつて、原判決は、破棄を免れない。
よつて、民訴四〇七条を適用し、裁判官全員の一致により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)

・建物に抵当権が設定された場合も法定地上権は成立しない!!!
+判例(S44.11.4)

(2)建物に共有関係がある場合
・法定地上権の成立を認める!!
土地所有者は、自己のみならず他の建物共有者のためにも土地の利用を認めていたといえるから。
抵当権設定者ではないbに不利益が及ぶものではなく、持分権が他人に処分されたとはいえないから。
+判例(S46.12.21)
理由
上告代理人牧野芳夫の上告理由について。
建物の共有者の一人がその建物の敷地たる土地を単独で所有する場合においては、同人は、自己のみならず他の建物共有者のためにも右土地の利用を認めているものというべきであるから、同人が右土地に抵当権を設定し、この抵当権の実行により、第三者が右土地を競落したときは、民法三八八条の趣旨により、抵当権設定当時に同人が土地および建物を単独で所有していた場合と同様、右土地に法定地上権が成立するものと解するのが相当である。したがつて、これと同旨の原判決は相当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一)

3.土地と建物がともに共有であった場合(補論)

+判例(H6.4.7)
理由
上告代理人小口恭道の上告理由第一点の一、第二点について
土地及びその上にある建物がいずれも甲、乙両名の共有に属する場合において、土地の甲の持分の差押えがあり、その売却によって第三者が右持分を取得するに至ったとしても、民事執行法八一条の規定に基づく地上権が成立することはないと解するのが相当である。けだし、この場合に、甲のために同条の規定に基づく地上権が成立するとすれば、乙は、その意思に基づかず、甲のみの事情によって土地に対する持分に基づく使用収益権を害されることになるし、他方、右の地上権が成立することを認めなくても、直ちに建物の収去を余儀なくされるという関係にはないので、建物所有者が建物の収去を余儀なくされることによる社会経済上の損失を防止しようとする同条の趣旨に反することもないからである。
原審の適法に確定した事実関係によると、原判決別紙物件目録一記載の土地及びその上にある同目録二記載の建物はいずれも上告人及びAの共有であったところ、右土地の上告人の持分について強制競売が行われ、被上告人が右持分を買い受けたというのであるから、右の強制競売による売却によって民事執行法八一条の規定に基づく地上権が成立するものではないというべきであり、同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第一点の二について
原審の適法に確定した事実関係の下において、所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大白勝 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 高橋久子)

・他の共有者の容認いかんで法定地上権の成否を判断することには否定的!!!
+判例(H6.12.20)
理由
上告代理人星隆文の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 第一審判決添付第一物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、被上告人Aとその妻子の三名が共有するものであったところ、右共有者らは、昭和五八年一二月二三日に、右土地につき、被上告人Aを債務者として、国民金融公庫のために抵当権を設定し、同月二七日に登記を了した。
2 一方、本件土地上にある第一審判決添付第二物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、被上告人Aの先代であるBが所有していたところ、昭和五六年一月一一日に同人が死亡したことにより、被上告人A、同Cを含むBの子ら九名がこれを相続した。
3 本件土地につき、国民金融公庫の申立てにより、昭和六〇年一二月七日に前記抵当権に基づく競売手続が開始されたところ、上告人がこれを買い受けてその所有権を取得した。
4 本件土地建物はもともとBが被上告人Aに贈与する意向であったにもかかわらず、土地については、同被上告人に単独で贈与税を支払う資力がないことから、同被上告人とその妻子とに贈与し、建物については、被上告人Aが事業に失敗しその債権者から差押えを受けるおそれがあったことから、Bの所有名義のままにしてあった。
二 原審は、右事実関係の下において、本件土地の共有者全員について被上告人Aら共有の本件建物のために地上権を設定したものとみなすべき事由があるとして、被上告人らの主張を認め、本件土地の所有権に基づき本件建物収去による本件土地明渡しを求める上告人の請求を認容した第一審判決中被上告人らに関する部分を取り消し、右請求を棄却した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 共有者は、各自、共有物について所有権と性質を同じくする独立の持分を有しているのであり、かつ、共有地全体に対する地上権は共有者全員の負担となるのであるから、土地共有者の一人だけについて民法三八八条本文により地上権を設定したものとみなすべき事由が生じたとしても、他の共有者らがその持分に基づく土地に対する使用収益権を事実上放棄し、右土地共有者の処分にゆだねていたことなどにより法定地上権の発生をあらかじめ容認していたとみることができるような特段の事情がある場合でない限り、共有土地について法定地上権は成立しないといわなければならない(最高裁昭和二六年(オ)第二八五号同二九年一二月二三日第一小法廷判決・民集八巻一二号二二三五頁、最高裁昭和四一年(オ)第五二九号同四四年一一月四日第三小法廷判決・民集二三巻一一号一九六八頁参照)。
2 これを本件についてみるのに、原審の認定に係る前示事実関係によれば、本件土地の共有者らは、共同して、本件土地の各持分について被上告人Aを債務者とする抵当権を設定しているのであり、A以外の本件土地の共有者らはAの妻子であるというのであるから、同人らは、法定地上権の発生をあらかじめ容認していたとも考えられるしかしながら、土地共有者間の人的関係のような事情は、登記簿の記載等によって客観的かつ明確に外部に公示されるものではなく、第三者にはうかがい知ることのできないものであるから、法定地上権発生の有無が、他の土地共有者らのみならず、右土地の競落人ら第三者の利害に影響するところが大きいことにかんがみれば、右のような事情の存否によって法定地上権の成否を決することは相当ではない。そうすると、本件の客観的事情としては、土地共有者らが共同して本件土地の各持分について本件建物の九名の共有者のうちの一名である被上告人Aを債務者とする抵当権を設定しているという事実に尽きるが、このような事実のみから被上告人A以外の本件土地の共有者らが法定地上権の発生をあらかじめ容認していたとみることはできないけだし、本件のように、九名の建物共有者のうちの一名にすぎない土地共有者の債務を担保するために他の土地共有者らがこれと共同して土地の各持分に抵当権を設定したという場合、なるほど他の土地共有者らは建物所有者らが当該土地を利用することを何らかの形で容認していたといえるとしても、その事実のみから右土地共有者らが法定地上権の発生を容認していたとみるならば、右建物のために許容していた土地利用関係がにわかに地上権という強力な権利に転化することになり、ひいては、右土地の売却価格を著しく低下させることとなるのであって、そのような結果は、自己の持分の価値を十分に維持、活用しようとする土地共有者らの通常の意思に沿わないとみるべきだからである。また、右の結果は、第三者、すなわち土地共有者らの持分の有する価値について利害関係を有する一般債権者や後順位抵当権者、あるいは土地の競落人等の期待や予測に反し、ひいては執行手続の法的安定を損なうものであって、許されないといわなければならない
四 そうすると、これと異なる原審の判断には、法定地上権の成立に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前示事実関係に照らしても、本件において他に法定地上権の成立を肯定すべき事情はない。また、被上告人らのその余の抗弁中、本件土地について本件建物のために約定の地上権が設定されていたとの主張については、右地上権が登記されていたとの主張がなく、したがって、それを本件土地の買受人である上告人に対抗する要件を欠くから、失当というべきであり、また、上告人の請求が権利の濫用に当たるとの主張については、前示事実関係に照らし理由がないことが明らかである。そうすると、上告人の請求を認容した第一審判決は正当であって、被上告人らの控訴はいずれも棄却すべきである。よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

Ⅴ おわりに


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刑法 刑事実体法演習 第6講 正当防衛、過剰防衛


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1.設例へのアプローチ
(1)Aの罪責
(2)Bの罪責
ア Yの死亡に関する罪責
イ Aの障害に関する罪責
(3)設例の事実に即した検討

2.Aの罪責
(1)事実関係とその問題点(その1)
(2)適用される罪名の検討
ア 殺人罪
死亡の結果に対して因果関係が認められない。
イ 殺人未遂(203,199)
・故意が問題。
死亡する危険性の高い行為とわかって殴ったのか
意欲してやったか

ウ 傷害致死罪(205)
(ア)問題点
因果関係が問題。
(イ)共同正犯の成否(事実認定)
現場共謀

(3)事実関係とその問題点(その2)

(4)正当防衛又は過剰防衛の成否
ア 急迫不正の侵害
(ア)問題点
不正な侵害=法益に対する違法な侵害
急迫=法益の侵害が現に存在していること又は間近に押し迫っていること

侵害を予期していた場合はどうなるのか・・・

(イ)判断の枠組み
a 判例理論

+判例(S46.11.16)
理由
弁護人堀口嘉平太の上告趣意について。
所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決には、以下説示する理由により、判決に影響を及ぼすべき法令違反、および重大な事実誤認のあることの顕著な疑いがあるので、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。
一 第一審判決は、罪となるべき事実として、『被告人は、静岡県富士宮市a町b番c号所在の安宿「A旅館」ことB方に宿泊してパチンコで稼いで生活を立てていたものであるが、昭和四四年九月二〇日夕刻、同宿人のC(当時三一才)から、同旅館を営む右Bの家族部屋でテレビを見ていたことを詰られたり、扇風機を持つてくるように言いつけられたりなどしたことで、右Cと言い争いとなり、以前同人から足蹴にされたことなどもあつて同人に対し畏怖の念を抱いていたため、一旦同旅館を出て行こうと考えたものの、同日午後一〇時一〇分ころ、一度同人にあやまつてみようという気を起し、同人の姿を見かけて同旅館帳場に入つたところ、立ち上つた同人からいきなり手拳で二回くらい強く殴打され、同人が立ち向つてきたので、後退りして同帳場南隣りの八畳間に入り、同人から押されて背中を同八畳間西側の障子にぶつけた際、かねて同障子の鴨居の上にくり小刀(昭和四四年押第一二二号の一および二)を隠してあつたことを思い出して、とつさに右くり小刀を取り出し、同人の理由のない暴行に憤慨して同人を死に至らしめるかも知れないがやむをえないとして、自己の身体を防衛するためその必要な程度を超え、同くり小刀を右手に持つて、右八畳間において、殴りかかつてきた同人の左胸部を突き刺し、よつて同人に心臓右心室大動脈貫通の刺創を負わせ、同日午後一〇時二五分ころ、その場で右刺創に基づく心嚢タンポナーゼのため同人を死亡させて殺害したものである。』との過剰防衛による殺人の事実を認定判示し、被告人に対し懲役三年執行猶予五年の刑を言い渡した。
二 原判決は、第一審判決が被告人の本件行為を過剰防衛行為であると認定したのは事実誤認、法令違反である旨の検察官の控訴趣意に対し、『所論に基き原審に現われたあらゆる証拠を検討し、かつ当審における事実取調の結果をも勘案して考察すると、被告人は昭和四四年九月二〇日午後七時三〇分頃原判示旅館内の一室においてテレビを見ていた際、被害者から「一人でテレビを見ていてなんだ。」と文句をいわれたうえ、同室出入口の鍵をかけられてしまつたことがあつたので、その後同人と同旅館内で出会い、同人から「扇風機を知らないか。」ととがめられた際、ついそのことが口に出てしまい、「鍵までしめておきながら、扇風機をもつてこいということはないじやないか。」とやりかえしたことから、同人に「お前居直る気か、やる気か。」とからまれ、あとを追うようにして、「手前出てゆけ、手前なんかぶつ殺してしまう。」などとどなられ、その言動からして旅館内にいることが危険であると感ぜられたばかりでなく、そのとき「俺が気に入らないなら、出てゆく。」といつてしまつた手前もあつて、いつそ旅館を出てゆき、もはや旅館には戻つてこない考えとなり、こつそり同旅館をぬけ出し、同日午後八時頃から午後一〇時頃までの間に、近くの居酒屋、ついで焼そば屋において、その頃としては珍しい程の量である酒約四合程を飲んで、酩酊し、当面の落ち着き先などをあれこれと思い迷つていたが、そのうち旅館の主人が中風で寝たきりのままでおり、その主人に挨拶もしないで出てきてしまつたことを思い出し、旅館に戻つて世話になつた礼を述べるとともに、その機会に被害者にあやまり、仲直りができれば、元通りに泊めてもらおうという考えを起し、酒の勢いにのつて、同旅館に赴き、玄関から廊下に上つたところ、帳場(四畳半の部屋、茶の間ともいう。)に被害者がねそべつているのが見えたので、その帳場のすぐ奥につづく広間(八畳の部屋、布団部屋ともいう。)に入り、同広間と帳場とを仕切る開き戸のあたりに立つと、被害者がいち早くこれに気づいて、「D、われはまたきたのか。」などとからみ、果ては立ち上りざま手拳で二回位被告人の顔面を殴打したので、被告人は逆上し、同広間に後退したうえ、同広間西側障子鴨居の上にかくしておいたくり小刀一本(当庁昭和四五年押第二二〇号の一)を取り出し、向つてくる被害者の左胸部を突き刺してしまつたという経過にあつて、ふだんおとなしい被告人、ことに被害者には昭和四四年八月頃すなわち本件の約一箇月前項パチンコ店において、黙つてパチンコをやりにきたことを理由に足げりにされたことがあり、またふだん同人の胸や腕に入れ墨があることを見ていて、同人を恐ろしく思い、何事も同人のいうままに行動して、反抗したことのなかつた被告人が、その恐ろしく思つている被害者に立ち向つていることから考えると、被告人は被害者から殴打されたことが余程腹にすえかねたものと思われ、その憤激の情が酒の酔いのため一時に高められ、相手がいつもこわがつている被害者であることなどは意に介しないで、つぎの行動に移つたものと考えられるので、被告人が被害者から殴打されて逆上したときに、反撃の意図が形成され、被害者に報復を加える意思が固まつたものと思われ、おそくとも前記広間西側障子鴨居の上からくり小刀を取り出そうとした頃には、防衛の意思などは全くなくなつていたことが認められるばかりでなく、被告人が旅館を出ていつた前記経緯からすると、若し被告人が再び旅館に戻つてくるようなことがあると、必ずや被害者との間にひと悶着があり、場合によつては被害者から手荒な仕打ちをうけることがあるかもしれない位のことは、十分に予測されたことであり、被告人としてもそのことを覚悟したうえで、酒の勢いにのり、旅館に戻つたものと考えられるので、たとえ被害者から立上りざま手挙で殴打されるということがあり、その後被害者が被告人に向つてゆく体勢をとることがあつたとしても、そのことは被告人の全く予期しないことではなかつたのであり、その他証拠によつて認められるその殴打がなされる直前に、扇風機のことなどで、旅館の若主人と被害者との間にはげしい言葉のやりとりがかわされていて、その殴打が全く意表をついてなされたというものではなかつたこと、被告人本人がその気になりさえずれば、前記広間の四周にある障子を押し倒してでも脱出することができる状況にあつたこと、近くの帳場には泊り客が一人おり、またその近くに旅館の若主人もいて、救いを求めることもできたことや、被害者のなした前記殴打の態様、回数などの点をも総合、勘案すると、被害者による法益の侵害が切迫しており、急迫性があつたものとは、とうてい認められないのであり、またそのような状況ないし経過のもとにおいて、くり小刀をもち出し、被害者を突き刺した被告人の本件行為が防衛上已むことをえざるに出でた行為であつたとは、とうてい考えられないのである。以上の次第であつて、本件においては、被害者による不正の侵害に急迫性があることも、被告人に防衛の意思があつたことも、また被告人の行為が防衛上已むことをえざるものであつたことも認められないのであるから、原判決が被告人の本件行為について、過剰防衛が成立すると認定し、判断したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認をおかしたものであり、既にこの点において原判決は破棄を免れないといわねばならない。』と判示して、第一審判決を破棄し、みずから「罪となるべき事実」として、『被告人は、静岡県富士宮市a町b番c号所在の安宿「富A旅館」ことB方に宿泊し、パチンコの稼ぎで生活を立てていたものであるが、昭和四四年九月二〇日の夕刻、同宿人のC(当時三一年)と些細なことで口論となり、同人から「お前居直る気か、やる気か、手前出てゆけ、手前なんかぶつ殺してしまう。」などとどなられ、その言動からして旅館にいることが危険であると感じ、またそのとき「俺が気にいらないなら、出ていく。」といつてしまつた手前もあつていつそ旅館を出てゆき、もはや旅館には戻つてこない考えとなり、こつそり同旅館をぬけ出し、近くの居酒屋等において、酒約四合を飲み、酩酊して、当面の落ち着き先などあれこれと思い迷つていたが、そのうちCにあやまつてみて、若し仲直りができたら、元通り旅館に泊めてもらおうという考えを起し、酒の勢いにのつて、午後一〇時一〇分頃同旅館に赴き、玄関を上つたところ、同旅館帳場にねそべつていたCの姿が見えたので、その帳場の南隣りにある広間(八畳の間)に入り、同室と帳場とを仕切る開き戸のあたりに立つと、同人がいち早くこれに気づいて、「D、われはまたきたのか。」などとからんだ末、同人から立ち上りざま手拳で二回位顔面を殴打されたので、逆上し、同人を死に至らしめるかも知れないがやむをえない考えのもとに、同室の西側障子鴨居の上にかくしてあつたくり小刀一本(当庁昭和四五年押第二二〇号の一)を取り出し、これを右手にもつて、同人に立ち向い、その左胸部を突き刺し、よつて同人に心臓右心室大動脈貫通の刺創を負わせ、同日午後一〇時二五分頃、右刺創に基く心嚢タンポナーゼのため、その場で死亡するに至らしめたものである。』との事実を認定判示して、被告人に対し懲役五年の刑を言い渡した。

三 すなわち、原判決は、本件におけるCの行為が被告人の身体に対する不正の侵害であることは、これを認めつつも、(一)Cの侵害行為は急迫性がなかつた、(二)被告人には防衛の意思がなかつた、(三)防衛上やむをえない行為ではなかつた、と認定し、これを理由に本件における過剰防衛の成立を否定しているので、以下検討を加える。

(一)急迫性がなかつたとの点について。
刑法三六条にいう「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味し、その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失うものと解すべきではない。これを本件についてみると、被告人はCと口論の末いつたん止宿先の旅館を立ち退いたが、同人にあやまつて仲直りをしようと思い、旅館に戻つてきたところ、Cは被告人に対し、「D、われはまたきたのか。」などとからみ、立ち上がりざま手拳で二回ぐらい被告人の顔面を殴打し、後退する被告人に更に立ち向かつたことは原判決も認めているところであり、その際Cは被告人に対し、加療一〇日間を要する顔面挫傷および右結膜下出血の傷害を負わせたうえ、更に殴りかかつたものであることが記録上うかがわれるから、もしそうであるとすれば、このCの加害行為が被告人の身体にとつて「急迫不正ノ侵害」にあたることはいうまでもない
原判決は、前記のように、「被告人が旅館を出ていつた前記経緯からすると、若し被告人が再び旅館に戻つてくるようなことがあると、必ずや被害者との間にひと悶着があり、場合によつては被害者から手荒な仕打ちをうけることがあるかもしれない位のことは、十分に予測されたことであり、被告人としてもそのことを覚悟したうえで、酒の勢いにのり、旅館に戻つたものと考えられるので、たとえ被害者から立上りざま手拳で殴打されるということがあり、その後被害者が被告人に向つてゆく体勢をとることがあつたとしても、そのことは被告人の全く予期しないことではなかつたのであり、その他証拠によつて認められるその殴打がなされる直前に、扇風機のことなどで、旅館の若主人と被害者との間にはげしい言葉のやりとりがかわされていて、その殴打が全く意表をついてなされたというものではなかつたこと」をCの侵害行為につき急迫性が認められない有力な理由としている。右判示中、被告人が右のようにCから手荒な仕打ちを受けるかもしれないことを覚悟のうえで戻さたとか、殴打される直前に扇風機のことなどで旅館の若主人(B〔五四才〕を指しているものと認められる。)とCとの間にはげしい言葉のやりとりがかわされていたとの部分は、記録中の全証拠に照らし必ずしも首肯しがたいが、かりにそのような事実関係があり、Cの侵害行為が被告人にとつてある程度予期されていたものであつたとしても、そのことからただちに右侵害が急迫性を失うものと解すべきでないことは、前に説示したとおりである。
更に、原判決は、右の点に加えて「被告人本人がその気になりさえすれば、前記広間の四周にある障子を押し倒してでも脱出することができる状況にあつたこと、近くの帳場には泊り客が一人おり、またその近くに旅館の若主人もいて、救いを求めることもできたことや、被害者のなした前記殴打の態様、回数などの点をも総合、勘案すると、被害者による法益の侵害が切迫しており、急迫性があつたものとは、とうてい認められない」と判示している。しかし、記録によれば、右判示のように本件広間(八畳間)の四周に障子があつたのではなく、北側には帳場との間に板の開き戸があつただけであり、東側には廊下との間に四枚の唐紙、南側には二枚のガラス障子があるので、以上の北、東、南三方はともかく出入りが可能であるが、被告人がCと向き合つたまま後退し、いわば追いつめられた地点である西側には、ガラス障子をへだてて当時物置となつていた廊下があり、ここに衣類、スーツケ―ス等の物品がうず高く積まれていたため、とうてい「脱出することができる状況」ではなかつたこと、近くの帳場(四畳半)にはたしかに「泊り客の一人」であるE(五一才)がいたが、同人はC、被告人両名と知り合いの仲でありながら、眼前でCが被告人を殴るのを制止しようともしなかつたこと、まだ、右帳場と勝手場との境付近に「旅館の若主人」である前記Bもいたが、女性である同人が荒つぽいCを制して被告人を助けることを期待するのは困難であつたことがうかがわれるから、原判決の前記判示中、被告人が脱出できる状況にあつたとか、近くの者に救いを求めることもできたとの部分は、いずれも首肯しがたいが、かりにそのような事実関係であつたとしても、法益に対する侵害を避けるため他にとるべき方法があつたかどうかは、防衛行為としてやむをえないものであるかどうかの問題であり、侵害が「急迫」であるかどうかの問題ではない。したがつて、Cの侵害行為に急迫性がなかつたとする原判決の判断は、法令の解釈適用を誤つたか、または理由不備の違法があるものといわなければならない。

(二)防衛の意思がなかつたとの点について。
刑法三六条の防衛行為は、防衛の意思をもつてなされることが必要であるが、相手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加えたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものと解すべきではない。これを本件についてみると、前記説示のとおり、被告人は旅館に戻つてくるやCから一方的に手拳で顔面を殴打され、加療一〇日間を要する傷害を負わされたうえ、更に本件広間西側に追いつめられて殴打されようとしたのに対し、くり小刀をもつて同人の左胸部を突き刺したものである(この小刀は、以前被告人が自室の壁に穴を開けてのぞき見する目的で買い、右広間西側障子の鴨居の上にかくしておいたもので、被告人は、たまたまその下に追いつめられ、この小刀のことを思い出し、とつさに手に取つたもののようである。)ことが記録上うかがわれるから、そうであるとすれば、かねてから被告人がCに対し憎悪の念をもち攻撃を受けたのに乗じ積極的な加害行為に出たなどの特別な事情が認められないかぎり、被告人の反撃行為は防衛の意思をもつてなされたものと認めるのが相当である。
しかるに、原判決は、本件においてこのような特別の事情のあつたことは別段判示することなく、前記のように、「ふだんおとなしい被告人、ことに被害者には昭和四四年八月頃すなわち本件の約一箇月前頃パチンコ店において、黙つてパチンコをやりにきたことを理由に足げりにされたことがあり、またふだん同人の胸や腕に入れ墨があることを見ていて、同人を恐ろしく思い、何事も同人のいうままに行動して、反抗したことのなかつた被告人が、その恐ろしく思つている被害者に立ち向つていることから考えると、被告人は被害者から殴打されたことが余程腹にすえかねたものと思われ、その憤激の情が酒の酔いのため一時に高められ、相手がいつもこわがつている被害者であることなどは意に介しないで、つぎの行動に移つたものと考えられるので、被告人が被害者から殴打されて逆上したときに、反撃の意図が形成され、被害者に報復を加える意思が固まつたものと思われ、おそくとも前記広間西側障子鴨居の上からくり小刀を取り出そうとした頃には、防衛の意思などは全くなくなつていたことが認められる」として、あたかも最初は被告人に防衛の意思があつたが、逆上の結果それが次第に報復の意思にとつてかわり、最終的には防衛の意思が全く消滅していたかのような判示をしているのである。
しかし、前に説示したとおり、被告人がCから殴打され逆上して反撃に転じたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものとはいえないのみならず、本件は、被告人がCから殴られ、追われ、隣室の広間に入り、西側障子のところで同人を突き刺すまで、一分にもみたないほどの突発的なことがらであつたことが記録上うかがわれるから、原判決の判示するような経過で被告人の防衛の意思が消滅したと認定することは、いちじるしく合理性を欠き、重大な事実誤認のあることの顕著な疑いがあるものといわなければならない。

(三)防衛上やむをえない行為ではなかつたとの点について。
正当防衛が成立するには防衛行為がやむをえないものであることを要し(刑法三六条一項)、この要件を欠くときは、防衛の程度を超えたものとして、過剰防衛となり、違法性を阻却されないのである(同条二項)。これを本件についてみると、Cの加害行為は手拳で殴打する程度のものであつたのに対し、被告人はくり小刀を用い、しかも、相手の胸部を突き刺したのであるから、被告人の行為が防衛行為として必要な程度を超えたものであり、刑法三六条の防衛上やむをえない行為にあたらないことはいうまでもない。このことは、第一審判決も認めているのであり、さればこそ第一審は本件を過剰防備として処理しているのである。しかるに、原判決は、前記のように、「本件においては、被害者による不正の侵害に急迫性があることも、被告人に防衛の意思があつたことも、また被告人の行為が防衛上已むことをえざるものであつたことも認められないのであるから、原判決が被告人の本件行為について、過剰防衛が成立すると認定し、判断したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認をおかしたもの」と判示している。ところで、すでに(一)で説明したとおり、被告人に対する不正の侵害行為に急迫性がなかつた旨の原判示は首肯しがたく、また、(二)で説明したとおり、被告人に防衛の意思がなかつた旨の原判示も合理性があるものとは認めがたいのであるが、もしも、原判決のいうように、被告人に対する不正の侵害行為に急迫性がなく、または、被告人に防衛の意思がなかつたとするならば、本件において正当防衛の要件を欠くのみならず、過剰防衛の要件をも欠くことになるのは当然である。しかし、防衛上やむをえない行為でなかつたことは、正当防衛の要件を欠くことにはなつても、過剰防衛の要件を欠くことにはならないのであるから、このかぎりにおいて、原判決が右のような理由づけをもつて第一審判決に事実誤認があるとしたのは、理由不備であるといわなければならない。
四 以上のように、原判決には判決に影響を及ぼすべき法令違反、および重大な事実誤認のあることの顕著な疑いがあり、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。よつて、論旨に対する判断をするまでもなく、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
検祭官臼井滋夫 公判出席
(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一)

+判例(S52.7.21)
理由
(弁護人福地祐一の上告趣意について)
所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例(昭和四五年(あ)第二五六三号同四六年一一月一六日第三小法廷判決・刑集二五巻八号九九六頁)は、何らかの程度において相手の侵害が予期されていたとしても、そのことからただちに正当防衛における侵害の急迫性が失われるわけではない旨を判示しているにとどまり、所論のように、侵害が予期されていたという事実は急迫性の有無の判断にあたつて何の意味をももたない旨を判示しているものではないと解されるので、所論は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
しかしながら、所論にかんがみ職権により判断すると、刑法三六条が正当防衛について侵害の急迫性を要件としているのは、予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないから、当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても、そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではないと解するのが相当であり、これと異なる原判断は、その限度において違法というほかはない。しかし、同条が侵害の急迫性を要件としている趣旨から考えて、単に予期された侵害を避けなかつたというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である。そうして、原判決によると、被告人Aは、相手の攻撃を当然に予想しながら、単なる防衛の意図ではなく、積極的攻撃、闘争、加害の意図をもつて臨んだというのであるから、これを前提とする限り、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきであつて、その旨の原判断は、結論において正当である。
その余の所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。(被告人B本人の上告趣意について)
所論は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
(結論)
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 岸上康夫 裁判官 藤崎萬里)

b 侵害の予期

c 積極的加害意思

(ウ)設例の検討

イ 防衛の意思
(ア)判断の枠組み
防衛の意思
=侵害を排除する意思
防衛の意思と攻撃の意思とが併存していてもよい。

+判例(S50.11.28)
理由
弁護人西村諒一の上告趣意について
所論にかんがみ職権をもて調査すると、原判決には、以下の理由により、判決に影響を及ぼすべき法違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
一 原判決は、被告人の本件行為は自己の権利を防衛するためにしたものとは認められないから、第一審判決がこれを過剰防衛行為にあたるとしたのは事実誤認でめるとして、第一審判決を破棄し、自ら次の事実を認定判示した。
被告人は、昭和四八年七月九日午後七時四五分ころ、友人のAとともに、愛知県西尾市a町bのc付近を乗用車で走行中、たまたま同所で花火に興じていたB(当時三四年)、C、Dらのうちの一名を友人と人違いして声を掛けたことから、右Bら三名に、「人違いをしてすみませんですむと思うか。」、「海に放り込んでやろうか。」などと因縁をつけられ、そのあげく酒肴を強要されて同県幡豆郡a町の飲食店「E」でBらに酒肴を馳走した後、同日午後一〇時過ぎころ、右Aの運転する乗用車でBらを西尾市a町b番地F方付近まで送り届けた。ところが、下車すると、Bらは、一せいに右Aに飛びかかり、無抵抗の同人に対し、顔面、腹部等を殴る、蹴るの暴行を執拗に加えたため、被告人は、このまま放置しておけば、右Aの生命が危いと思い、同人を助け出そうとして、同所から約一三二〇メートル離れた同市a町b番地の自宅に駆け戻り、実弟G所有の散弾銃に実包四発を装てんし、安全装置をはずしたうえ、予備実包一発をワイシヤツの胸ポケツトに入れ、銃を抱えて再び前記宮地方前付近に駆け戻つた。しかしながら、AもBらも見当たらなかつたため、Aは既にどこかにら致されたものと考え、同所付近を探索中、同所から約三〇メートル離れた同市a町b番地付近路上において、Bの妻Hを認めたので、Aの所在を聞き出そうとして同女の腕を引つ張つたところ、同女が叫び声をあげ、これを聞いて駆けつけたBが「このやろう。殺してやる。」などといつて被告人を追いかけてきた。そこで、被告人は、「近寄るな。」などと叫びながら西方へ約一一・二メートル逃げたが、同所二番地付近路上で、Bに追いつかれそうに感じ、Bが死亡するかも知れないことを認識しながら、あえて、右散弾銃を腰付近に構え、振り向きざま、約五・二メートルに接近したBに向けて一発発砲し、散弾を同人の左股部付近に命中させたが、加療約四か月を要する腹部銃創及び左股部盲管銃創の傷害を負わせたにとどまり、同人を殺害するに至らなかつたものである。
二 原判決は、被告人の右行為が自己の権利を防衛するためのものにあたらないと認定した理由として、被告人が銃を発射する直前にBから「殺してやる。」といわれて追いかけられた局面に限ると、右行為は防衛行為のようにみえるが、被告人が銃を持ち出して発砲するまでを全体的に考察し、当時の客観的状況を併せ考えると、それは権利を防衛するためにしたものとは到底認められないからであると判示し、その根拠として、(一)被告人は、Bらから酒肴の強要を受けたり、帰りの車の中でいやがらせをされたりしたうえ、友人のAが前記宮地方付近で一方的に乱暴をされたため、これを目撃した時点において、憤激するとともに、Aを助け出そうとして、Bらに対し対抗的攻撃の意思を生じたものであり、Bに追いかけられた時点において、同人の攻撃に対する防禦を目的として急に反撃の意思を生じたものではないと認められること、(二)右宮地方付近は人家の密集したところであり、時刻もさほど遅くはなかつたから、被告人は、Aに対するBらの行動を見て、大声で騒いだり、近隣の家に飛び込んで救助を求めたり、警察に急報するなど、他に手段、方法をとることができたのであり、とりわけ、帰宅の際は警察に連絡することも容易であつたのに、これらの措置に出ることなく銃を自宅から持ち出していること、(三)被告人が自宅へ駆け戻つた直後、Aは独力でBらの手から逃れて近隣のI方へ逃げ込んでおり、被告人が銃を携行して宮地方付近へきたときには、事態は平静になつていたにも、かかわらず、被告人は、Bの妻の腕をつかんで引つ張るなどの暴行を加えたあげく、その叫び声を聞いて駆けつけ、素手で立ち向つてきたBに対し、銃を発射していること、(四)被告人は、殺傷力の極めて強い四連発散弾銃を、散弾四発を装てんしたうえ、予備散弾をも所持し、かつ、安全装置をはずして携行していることを指摘している。

三 しかしながら、急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するためにした行為と認められる限り、その行為は、同時に侵害者に対する攻撃的な意思に出たものであつても、正当防衛のためにした行為にあたると判断するのが、相当である。すなわち、防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加える行為は、防衛の意思を欠く結果、正当防衛のための行為と認めることはできないが、防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合の行為は、防衛の意思を欠くものではないので、これを正当防衛のための行為と評価することができるからである、しかるに、原判決は、他人の生命を救うために被告人が銃を持ち出すなどの行為に出たものと認定しながら、侵害者に対する攻撃の意思があつたことを理由として、これを正当防衛のための行為にあたらないと判断し、ひいては被告人の本件行為を正当防衛のためのものにあたらないと評価して、過剰防衛行為にあたるとした第一審判決を破棄したものであつて、刑法三六条の解釈を誤つたものというべきである。
なお、原判決がその判断の根拠として指摘する諸事情のうち、前記(一)、(二)、(四)は、いずれも被告人に攻撃の意思があつたか否か、又は被告人の行為が已むことを得ないものといえるか否か、に関連するにとどまるものであり、また、同(三)も、Aの所在を聞き出すためにした行為であるというのであるから、右諸事情は、すべて本件行為を正当防衛のための行為と判断することの妨げとなるものではない。
四 以上のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。よつて、所論に対し判断を示すまでもなく、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四=二条本文に従い、本件を原審である名古屋高等裁判所に差し戻すこととする。
この判決は、裁判官江里口清雄の補足意見及び裁判官天野武一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

(イ)設例の検討

ウ 防衛行為の相当性
(ア)問題点
(イ)判断の枠組みと設例の検討
a 反撃の結果と侵害法益の軽重比較の要否
(a)判例理論

+判例(S44.12.4)
理由
弁護人伊丹経治の上告趣意のうち判例違反を主張する点は、引用の判例は本件と事案を異にして適切でないから、所論はその前提を欠き、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
しかしながら、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決が認定判示した犯罪事実は、被告人は自己の勤務する運送店の事務所の入口付近で、貨物自動車の買戻しの交渉のため訪ねて来たAと押し問答を続けているうち、同人が突然被告人の左手の中指および薬指をつかんで逆にねじあげたので、痛さのあまりこれをふりほどこうとして右手で同人の胸の辺を一回強く突き飛ばし、同人を仰向けに倒してその後頭部をたまたま付近に駐車していた同人の自動車の車体(後部バンバー)に打ちつけさせ、よつて同人に対し治療四五日間を要する頭部打撲症の傷害を負わせたものであるというものであり、同判決は、右被告人の所為はその因つて生じた傷害の結果にかんがみ、防衛の程度をこえたもので、過剰防衛であるとして、被告人を有罪としている。

ところで、右Aの行為が被告人の身体に対する急迫不正の侵害であることは、原判決も認めているところである。そして、刑法三六条一項にいう「已ムコトヲ得サルニ出テタル行為」とは、急迫不正の侵害に対する反撃行為が、自己または他人の権利を防衛する手段として必要最小限度のものであること、すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味するのであつて、反撃行為が右の限度を超えず、したがつて侵害に対する防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であつても、その反撃行為が正当防衛行為でなくなるものではないと解すべきである。本件で被告人が右Aの侵害に対し自己の身体を防衛するためとつた行動は、痛さのあまりこれをふりほどこうとして、素手でAの胸の辺を一回強く突いただけであり、被告人のこの動作によつて、被告人の指をつかんでいた手をふりほどかれたAが仰向けに倒れたところに、たまたま運悪く自動車の車井があつたため、Aは思いがけぬ判示傷害を蒙つたというのである。してみれば、被告人の右行為が正当防衛行為にあたるか否かは被告人の右行為がAの侵害に対する防衛手段として前示限度を超えたか否かを審究すべきであるのに、たまたま生じた右傷害の結果にとらわれ、たやすく被告人の本件行為をもつて、そのよつて生じた傷害の結果の大きさにかんがみ防衛の程度を超えたいわゆる過剰防衛であるとした原判決は、法令の解釈適用をあやまつた結果、審理不尽の違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める
よつて、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、更に審理をさせるため裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。
検査官 山本清二郎 公判出席
(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎) 

(b)設例の検討
b 防衛手段としての相当性
(a)判例理論
+判例(H1.11.13)
理由 
 被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決及び第一審判決は以下の理由により破棄を免れない。 
 一 本件公訴事実は、被告人は、第一 昭和五九年七月二六日午後四時三五分ころ、尼崎市a丁目b番c号先空地において、A(当時三九年)から自動車の駐車場所について注意されたことに立腹し、同人に対し、所携の菜切包丁を腰のあたりに構えながら、「殺すぞ」等と申し向けて同人の生命、身体に危害を加えかねない気勢を示し、もって凶器を示して脅迫し、 
 第二 業務その他正当な理由がないのに、前記日時、場所において、刃体の長さ約一七・七センチメートルの菜切包丁一丁を携帯した、というものである。 
 二 第一審判決は、正当防衛の主張を排斥して右各公訴事実につき被告人を有罪とし、罰金三万円の刑を言い渡したが、原判決は、被告人の第一の所為は過剰防衛行為に当たるから、正当防衛のみならず過剰防衛の成立をも否定した第一審判決には事実の誤認があるとしてこれを破棄したうえ、右各公訴事実につき被告人を有罪として罰金一万五〇〇〇円の刑を言い渡した。
 三 ところで、原判決の認定によれば、本件における事実関係は次のとおりである。すなわち、被告人は、前記日時ころ、運転してきた軽貨物自動車を前記空地前の道路に駐車して商談のため近くの薬局に赴いたが、まもなく貸物自動車(いわゆるダンプカー)を運転して同所に来たAが、車を空地に入れようとして被告人車が邪魔になり、数回警笛を吹鳴したので、商談を中断し、薬局を出て被告人車を数メートル前方に移動させたうえ、再び薬局に戻った。どころが、それでも思うように自車を空地に入れることができなかったAが、車内から薬局内の被告人に対し「邪魔になるから、どかんか。」などと怒号したので、再び薬局を出て被告人車を空地内に移動させたが、Aの粗暴な言動が腹に据えかねたため、同人に対し「言葉遣いに気をつけろ。」と言ったところ、Aは、空地内に自車を駐車して被告人と相前後して降車して来たのち、空地前の道路上において、薬局に向かおうとしていた被告人に対し、「お前、殴られたいのか。」と言って手挙を前に突き出し、足を蹴り上げる動作をしながら近づいて来た。そのため、被告人は、年齢も若く体格にも優れたAから本当に殴られるかも知れないと思って恐くなり、空地に停めていた被告人車の方へ後ずさりしたところ、Aがさらに目前まで追ってくるので、後に向きを変えて被告人車の傍らを走って逃げようとしたが、その際ふと被告人車運転席前のコンソールボックス上に平素果物の皮むきなどに用いている菜切包丁を置いていることを思い出し、とっさに、これでAを脅してその接近を防ぎ、同人からの危害を免れようと考え、被告人車のまわりをほぼ一周して運転席付近に至るや、開けていたドァの窓から手を入れて刃体の長さ約一七・七センチメートルの本件菜切包丁を取り出し、右手で腰のあたりに構えたうえ、約三メートル離れて対峙しているAに対し「殴れるのなら殴ってみい。」と言い、これに動じないで「刺すんやったら刺してみい。」と言いながら二、三歩近づいてきた同人に対し、さらに「切られたいんか。」と申し向けた。 
 四 そこで、正当防衛の成否に関する原判決の法令の解釈適用について検討すると、右の事実関係のもとにおいては、被告人がAに対し本件菜切包丁を示した行為は、今にも身体に対し危害を加えようとする言動をもって被告人の目前に迫ってきたAからの急迫不正の侵害に対し、自己の身体を防衛する意思に出たものとみるのが相当であり、この点の原判断は正当である。 
 しかし、原判決が、素手で殴打しあるいは足蹴りの動作を示していたにすぎないAに対し、被告人が殺傷能力のある菜切包丁を構えて脅迫したのは、防衛手段としての相当性の箱囲を逸脱したものであると判断したのは、刑法三六条一項の「巳ムコトヲ得サルニ出テタル行為」の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。すなわち、右の認定事実によれば、被告人は、年齢も若く体力にも優れたAから、「お前、殴られたいのか。」と言って手拳を前に突き出し、足を蹴り上げる動作を示されながら近づかれ、さらに後ずさりするのを追いかけられて目前に迫られたため、その接近を防ぎ、同人からの危害を免れるため、やむなく本件菜切包丁を手に取ったうえ腰のあたりに構え、「切られたいんか。」などと言ったというものであって、Aからの危害を避けるための防御的な行動に終始していたものであるから、その行為をもって防行手段としての相当性の範囲を超えたものということはできない。 
 そうするど、被告人の第一の所為は刑法三六条一項の正当防衛として違法性が阻却されるから、暴力行為等処罰に関する法律一条違反の罪の成立を認めた原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 
 五 次に、被告人の第二の所為について検討すると、その公訴事実は、Aを脅迫する際に刃体の長さ約一七・七センチメートルの菜切包丁を携帯したというものであるところ、右行為は、Aの急迫不正の侵害に対する正当防衛行為の一部を構成し、併せてその違法性も阻却されるものと解するのが相当であるから、銃砲刀剣類所持等取締法二二条違反の罪は成立しないというべきである。 
 そうすると、同法違反の成立を認めた原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 
 六 以上のとおり、各公訴事実につき被告人を有罪とした原判決及び第一審判決は、いずれも判決に影響を及ぼすべき法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。そして、本件については、第一、二審において必要と思われる審理は尽くされているので、当審において自判するのが相当であり、被告人に対し無罪の言渡をすべきものである。 
 よって、刑訴法四一一条一号、四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。検察官高橋武生 公判出席 
 (裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 牧圭次 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之) 
・武器対等の原則だけでなく、具体的状況、性別、年齢、身体的条件などに照らして実質的に判断
+判例(H9.6.16)
理由 
 弁護人高橋茂樹の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件とは事案を異にし適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決及び第一審判決は、次の理由により破棄を免れない。 
 一 原判決及びその是認する第一審判決の認定並びに記録によれば、本件事案の概要は、次のとおりであることが明らかである。 
 すなわち、被告人は、肩書住居の文化住宅A荘二階の一室に居住していたものであり、同荘二階の別室に居住するB(当時五六歳)と日ごろから折り合いが悪かったところ、平成八年五月三〇日午後二時一三分ころ、同荘二階の北側奥にある共同便所で小用を足していた際、突然背後からBに長さ約八一センチメートル、重さ約二キログラムの秩パイプ(以下「鉄パイプ」という)で頭部を一回殴打された。続けて鉄パイプを振りかぶったBに対し、被告人は、それを取り上げようとしてつかみ掛かり、同人ともみ合いになったまま、同荘二階の通路に移動し、その間二回にわたり大声で助けを求めたが、だれも現れなかった。その直後に、被告人は、Bから鉄パィプを取り上げたが、同人が両手を前に出して向かってきたため、その頭部を鉄パイプで一回殴打した。そして、再度もみ合いになって、Bが、被告人から鉄パイプを取り戻し、それを振り上げて被告人を殴打しようとしたため、被告人は、同通路の南側にある一階に通じる階段の方へ向かって逃げ出した。被告人は、階段上の踊り場まで至った際、背後で風を切る気配がしたので振り返ったところ、Bは、通路南端に設置されていた転落防止用の手すりの外側に勢い余って上半身を前のめりに乗り出した姿勢になっていた。しかし、Bがなおも鉄パイプを手に握っているのを見て、被告人は、同人に近づいてその左足を持ち上げ、同人を手すりの外側に追い落とし、その結果、同人は、一階のひさしに当たった後、手すり上端から約四メートル下のコンクリート道路上に転落した。Bは、被告人の右一連の暴行により、入院加療約三箇月間を要する前頭、頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰椎圧迫骨折等の傷害を負った。 
 二 原判決及びその是認する第一審判決は、被告人がBに対しその片足を持ち上げて地上に転落させる行為に及んだ当時、同人が手すりの外側に上半身を乗り出した状態になり、容易には元に戻りにくい姿勢となっていたのであって、被告人は自由にその場から逃げ出すことができる状況にあったというべきであるから、その時点でBの急迫不正の侵害は終了するとともに、被告人の防衛の意思も消失したとして、被告人の行為が正当防衛にも過剰防衛にも当たらないとの判断を示している。 
 しかしながら、前記一の事実関係に即して検討するに、Bは、被告人に対し執ような攻撃に及び、その挙げ句に勢い余って手すりの外側に上半身を乗り出してしまったものであり、しかも、その姿勢でなおも鉄パイプを握り続けていたことに照らすと、同人の被告人に対する加害の意欲は、おう盛かつ強固であり、被告人がその片足を持ち上げて同人を地上に転落させる行為に及んだ当時も存続していたと認めるのが相当である。また、Bは、右の姿勢のため、直ちに手すりの内側に上半身を戻すことは困難であつたものの、被告人の右行為がなければ、間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であったものと認められる。そうすると、Bの被告人に対する急迫不正の侵害は、被告人が右行為に及んだ当時もなお継続していたといわなければならない。さらに、それまでの一連の経緯に照らすと、被告人の右行為が防衛の意思をもってされたことも明らかというべきである。したがって、被告人が右行為に及んだ当時、Bの急迫不正の侵害は終了し、被告人の防衛の意思も消失していたとする原判決及びその是認する第一審判決の判断は、是認することができない。 
 以上によれば、被告人がBに対しその片足を持ち上げて地上に転落させる行為に及んだ当時、同人の急迫不正の侵害及び被告人の防衛の意思はいずれも存していたと認めるのが相当である。また、被告人がもみ合いの最中にBの頭部を鉄パイプで一回殴打した行為についても、急迫不正の侵害及び防衛の意思の存在が認められることは明らかである。しかしながら、Bの被告人に対する不正の侵害は、鉄パイプでその頭部を一回殴打した上、引き続きそれで殴り掛かろうとしたというものであり、同人が手すりに上半身を乗り出した時点では、その攻撃力はかなり減弱していたといわなければならず、他方、被告人の同人に対する暴行のうち、その片足を持ち上げて約四メートル下のコンクリート道路上に転落させた行為は、一歩間違えば同人の死亡の結果すら発生しかねない危険なものであったことに照らすと、鉄パイプで同人の頭部を一回殴打した行為を含む被告人の一連の暴行は、全体として防衛のためにやむを得ない程度を超えたものであったといわざるを得ない。 
 そうすると、被告人の暴行は、Bによる急迫不正の侵害に対し自己の生命、身体を防衛するためその防衛の程度を超えてされた過剰防衛に当たるというべきであるから、右暴行について過剰防衛の成立を否定した原判決及びその是認する第一審判決は、いずれも事実を誤認し、刑法三六条の解釈適用を誤ったものといわなければならない。 
 三 以上の次第で、原判決及びその是認する第一審判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認及び法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、刑訴法四一一条一号、三号により原判決及び第一審判決を破棄し、同法四一三条ただし書により更に判決することとする。 
 第一審判決の挙示する証拠及び原審公判調書中の被告人の供述部分によれば、被告人は、大阪市a区b町c丁目d番e号所在のA荘二階六号室に居住していたものであるが、日ごろから同荘二階一号室に居住するB(当時五六歳)との折り合いが悪かったところ、平成八年五月三〇日午後二時一三分ころ、同荘二階北側奥にある共同便所で小用を足していた際、後ろから同人にいきなり鉄パイプで頭部を一回殴打され、同人ともみ合いながら同荘二階通路に至ったところで、同人から取り上げた鉄パイプでその頭部を一回殴打し、さらに、同通路で同人ともみ合ううち、鉄パイプを取り返した同人が、これで被告人を殴り付けようとしたが、勢い余って通路南端の手すりの外側へ上半身を前のめりに乗り出してしまっているのを認めるや、その片足を持ち上げて同人を同所から約四メートル下の道路上に転落させ、もって、自己の生命、身体を防衛するため、同人に対し防衛の程度を超えた暴行を加え、よって、同人に入院加療約三箇月間を要する前頭、頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰椎圧迫骨折等の傷害を負わせたものであることが認められる。なお、弁護人は、自救行為による違法性阻却を主張するが、右の事実関係に照らすと、理由がないというべきである。 
 法令に照らすと、被告人の判示所為は刑法二〇四条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条を適用して第一審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、第一審、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
検察官 澤新 公判出席 
 (裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博) 
(b)設例の検討
c 共犯者の過剰な防衛行為に関する認識の欠如
(a)問題点
(b)判例理論
・過剰防衛の成否は各人につきそれぞれ検討
+判例(H4.6.5)
理由 
 弁護人藤沢抱一の上告趣意第一点は、憲法三一条、三九条違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第二点は、所論引用の判例は所論が主張するように違法性阻却・軽減事由が共同正犯者間で連帯的に考えられるとの判断をしたものではないから、前提を欠き、同第三点は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 なお、所論にかんがみ、職権で判断する。 
 一 原判決は、本件殺人の事実につき概要次のとおり認定した。 
 被告人は、昭和六四年一月一日午前四時ころ、友人甲の居室から飲食店「○○」に電話をかけて同店に勤務中の女友達と話していたところ、店長のAから長い話はだめだと言われて一方的に電話を切られた。立腹した被告人は、再三にわたり電話をかけ直して女友達への取次ぎを求めたが、Aに拒否された上侮辱的な言葉を浴びせられて憤激し、殺してやるなどと激しく怒号し、「○○」に押しかけようと決意して、同行を渋る甲を強く説得し、包丁(刃体の長さ約14.5センチメートル)を持たせて一緒にタクシーで同店に向かった。被告人は、タクシー内で、自分もAとは面識がないのに、甲に対し、「おれは顔が知られているからお前先に行ってくれ。けんかになったらお前をほうっておかない。」などと言い、さらに、Aを殺害することもやむを得ないとの意思の下に、「やられたらナイフを使え。」と指示するなどして説得し、同日午前五時ころ、「○○」付近に到着後、甲を同店出入口付近に行かせ、少し離れた場所で同店から出て来た女友達と話をしたりして待機していた。甲は、内心ではAに対し自分から進んで暴行を加えるまでの意思はなかったものの、Aとは面識がないからいきなり暴力を振るわれることもないだろうなどと考え、「○○」出入口付近で被告人の指示を待っていたところ、予想外にも、同店から出て来たAに被告人と取り違えられ、いきなりえり首をつかまれて引きずり回された上、手けん等で顔面を殴打されコンクリートの路上に転倒させられて足げりにされ、殴り返すなどしたが、頼みとする被告人の加勢も得られず、再び路上に殴り倒されたため、自己の生命身体を防衛する意思で、とっさに包丁を取り出し、被告人の前記指示どおり包丁を使用してAを殺害することになってもやむを得ないと決意し、被告人との共謀の下に、包丁でAの左胸部等を数回突き刺し、心臓刺傷及び肝刺傷による急性失血により同人を死亡させて殺害した。 
 二 原判決は、以上の事実関係の下に、甲については、積極的な加害の意思はなく、Aの暴行は急迫不正の侵害であり、これに対する反撃が防衛の程度を超えたものであるとして、過剰防衛の成立を認めたが、一方、被告人については、Aとのけんか闘争を予期して甲と共に「○○」近くまで出向き、Aが攻撃してくる機会を利用し、甲をして包丁でAに反撃を加えさせようとしていたもので、積極的な加害の意思で侵害に臨んだものであるから、Aの甲に対する暴行は被告人にとっては急迫性を欠くものであるとして、過剰防衛の成立を認めなかった。 
 三 これに対し、所論は、甲に過剰防衛が成立する以上、その効果は共同正犯者である被告人にも及び、被告人についても過剰防衛が成立する旨を主張する。 
 しかし、共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかを検討して決するべきであって、共同正犯者の一人について過剰防衛が成立したとしても、その結果当然に他の共同正犯者についても過剰防衛が成立することになるものではない。原判決の認定によると、被告人は、Aの攻撃を予期し、その機会を利用して甲をして包丁でAに反撃を加えさせようとしていたもので、積極的な加害の意思で侵害に臨んだものであるから、Aの甲に対する暴行は、積極的な加害の意思がなかった甲にとっては急迫不正の侵害であるとしても、被告人にとっては急迫性を欠くものであって(最高裁昭和五一年(あ)第六七一号同五二年七月二一日第一小法廷決定・刑集三一巻四号七四七頁参照)、甲について過剰防衛の成立を認め、被告人についてこれを認めなかった原判決は、正当として是認することができる。 
 よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項ただし書、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官木崎良平 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也) 
++解説
《解  説》
 一 本件は、殺人罪の共謀共同正犯者中、直接実行行為に出た者については過剰防衛の成立が認められたが、共謀者である被告人については過剰防衛の成立が認められなかったという事案である。
 本件の事実関係については、本決定がその理由中において、控訴審判決(東高刑時報四一巻五~八号五〇頁、判時一三七一号一四八頁)が認定した事実の概要を摘示しているので参照されたい。本件は、要するに、被告人が友人甲に包丁を持たせて喧嘩のため被害者Aのもとに押しかけたが、現場でAの方から先に暴行を加えられた甲が包丁でAを刺殺したというものである。控訴審判決によれば、被告人は現場に押しかける途中のタクシー内で未必の殺意の下に包丁の使用を甲に指示していたが、甲はその時点では内心包丁の使用を考えていなかったところ、現場でAから暴行を受けた甲が包丁の使用を決意し、その時点で被告人と甲との間に殺人の共謀が成立したというのであり、また、甲は防衛の意思で反撃したもので過剰防衛が成立するというのである。控訴審判決は、被告人については、Aの侵害を予期して積極的な加害の意思で侵害に臨んだものであるから、Aの甲に対する暴行は被告人にとっては急迫性を欠くものであるとして、過剰防衛の成立を認めず、被告人の控訴を棄却したため、被告人が上告し、甲について過剰防衛が成立する以上被告人にも過剰防衛が成立する等と主張した。
 二 本決定は、まず、共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかによって判断すべきであるとした。そして、この判断に基づき、かつ、侵害を予期して積極的な加害の意思で侵害に臨んだ場合は侵害の急迫性が欠けるとの判例(最一小決昭52・7・21刑集三一巻四号七四七頁、本誌三五四号三一〇頁)を引用し、Aの攻撃を予期し、その機会を利用して甲に包丁で反撃を加えさせようとして侵害に臨んだ被告人については、侵害の急迫性の要件を欠き、過剰防衛は成立しないとしたものである。
 三 共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否の判断方法について判示した判例はこれまでなく、本決定は、この点に関する最高裁の初めての判断である。過剰防衛の成否が共同正犯者間で当然に共通になるものではないことを明らかにした点で、重要な意義を有するものといえよう。本決定は、判旨の理由については特に判示していないが、①過剰防衛が違法減少事由か責任減少事由かという点と、②共同正犯者は他の共同正犯者の行為の違法、責任の影響を受けるのかどうかという点が判断のポイントになると思われる。①の点については、責任減少説が通説とされるが、違法責任減少説も有力であり、違法減少説もある。②の点については、狭義の共犯における従属形式の議論が参考になろう。最小従属性説、制限従属性説、極端従属性説が主張されているが、最近の学説では、制限従属性説が有力とされる。また、大審院の判例には、他の共同正犯者が責任能力者かどうかは被告人の罪責に影響しないとしたものがある(大判大2・11・7刑録一九輯一一四〇頁)。更に、共同正犯が成立する要件として違法、責任の有無を共通に考えるとしても、違法、責任の程度は別であるとの議論もあろう。
 四 本決定が示した判断方法に従い、共同正犯者間において過剰防衛の成否を個別に判断する場合、客観的な要件は共通になろうが、主観的な要件は異なることがあり得る。本件の場合、控訴審判決の認定によれば、被告人と甲とでは、積極的な加害の意思の有無という侵害の急迫性の要件に影響する主観的な事情を異にするというのであるから、被告人と甲とでは過剰防衛の成否の結論も当然異なることになる。
 なお、仮に正当防衛が成立する場合はどうなるのかという理論的な問題が残ると思われる。
 五 本件は、共同正犯者間において、侵害に臨む際の積極的な加害の意思の有無が異なるという珍しい事案であるが、本決定には、刑法総論の重要な問題が含まれており、重要な意義を有する判例といえよう。
 控訴審判決の評釈として、山中敬一「直接実行者に過剰防衛が成立する場合の共謀共同正犯の成否」法セ四五二号一三五頁がある。
(関係人仮名)
(c)設例の検討
(5)結論
3.Bの罪責
(1)Yの死亡に関する罪責
ア 事実関係とその問題点(その3)
イ 法理論と設例の検討
(ア)承継的共同正犯
a 学説
b 判例理論
・傷害罪について
+判例(H24.11.6)
理 由
 弁護人長谷川紘一の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお,所論に鑑み,傷害罪の共同正犯の成立範囲について,職権で判断する。
 1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
 (1) A及びB(以下「Aら」という。)は,平成22年5月26日午前3時頃,愛媛県伊予市内の携帯電話販売店に隣接する駐車場又はその付近において,同店に誘い出したC及びD(以下「Cら」という。)に対し,暴行を加えた。その態様は,Dに対し,複数回手拳で顔面を殴打し,顔面や腹部を膝蹴りし,足をのぼり旗の支柱で殴打し,背中をドライバーで突くなどし,Cに対し,右手の親指辺りを石で殴打したほか,複数回手拳で殴り,足で蹴り,背中をドライバーで突くなどするというものであった。
 (2) Aらは,Dを車のトランクに押し込み,Cも車に乗せ,松山市内の別の駐車場(以下「本件現場」という。)に向かった。その際,Bは,被告人がかねてよりCを捜していたのを知っていたことから,同日午前3時50分頃,被告人に対し,これからCを連れて本件現場に行く旨を伝えた。
 (3) Aらは,本件現場に到着後,Cらに対し,更に暴行を加えた。その態様は,Dに対し,ドライバーの柄で頭を殴打し,金属製はしごや角材を上半身に向かって投げつけたほか,複数回手拳で殴ったり足で蹴ったりし,Cに対し,金属製はしごを投げつけたほか,複数回手拳で殴ったり足で蹴ったりするというものであった。これらの一連の暴行により,Cらは,被告人の本件現場到着前から流血し,負傷していた。
 (4) 同日午前4時過ぎ頃,被告人は,本件現場に到着し,CらがAらから暴行を受けて逃走や抵抗が困難であることを認識しつつAらと共謀の上,Cらに対し,暴行を加えた。その態様は,Dに対し,被告人が,角材で背中,腹,足などを殴打し,頭や腹を足で蹴り,金属製はしごを何度も投げつけるなどしたほか,Aらが足で蹴ったり,Bが金属製はしごで叩いたりし,Cに対し,被告人が,金属製はしごや角材や手拳で頭,肩,背中などを多数回殴打し,Aに押さえさせたCの足を金属製はしごで殴打するなどしたほか,Aが角材で肩を叩くなどするというものであった。被告人らの暴行は同日午前5時頃まで続いたが,共謀加担後に加えられた被告人の暴行の方がそれ以前のAらの暴行よりも激しいものであった。
 (5) 被告人の共謀加担前後にわたる一連の前記暴行の結果,Dは,約3週間の安静加療を要する見込みの頭部外傷擦過打撲,顔面両耳鼻部打撲擦過,両上肢・背部右肋骨・右肩甲部打撲擦過,両膝両下腿右足打撲擦過,頚椎捻挫,腰椎捻挫の傷害を負い,Cは,約6週間の安静加療を要する見込みの右母指基節骨骨折,全身打撲,頭部切挫創,両膝挫創の傷害を負った。
 2 原判決は,以上の事実関係を前提に,被告人は,Aらの行為及びこれによって生じた結果を認識,認容し,さらに,これを制裁目的による暴行という自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思の下に,一罪関係にある傷害に途中から共謀加担し,上記行為等を現にそのような制裁の手段として利用したものであると認定した。その上で,原判決は,被告人は,被告人の共謀加担前のAらの暴行による傷害を含めた全体について,承継的共同正犯として責任を負うとの判断を示した。
 3 所論は,被告人の共謀加担前のAらの暴行による傷害を含めて傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には責任主義に反する違法があるという。
 そこで検討すると,前記1の事実関係によれば,被告人は,Aらが共謀してCらに暴行を加えて傷害を負わせた後に,Aらに共謀加担した上,金属製はしごや角材を用いて,Dの背中や足,Cの頭,肩,背中や足を殴打し,Dの頭を蹴るなど更に強度の暴行を加えており,少なくとも,共謀加担後に暴行を加えた上記部位についてはCらの傷害(したがって,第1審判決が認定した傷害のうちDの顔面両耳鼻部打撲擦過とCの右母指基節骨骨折は除かれる。以下同じ。)を相当程度重篤化させたものと認められる。この場合,被告人は,共謀加担前にAらが既に生じさせていた傷害結果については,被告人の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく,共謀加担後の傷害を引き起こすに足りる暴行によってCらの傷害の発生に寄与したことについてのみ,傷害罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。原判決の上記2の認定は,被告人において,CらがAらの暴行を受けて負傷し,逃亡や抵抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ趣旨をいうものと解されるが,そのような事実があったとしても,それは,被告人が共謀加担後に更に暴行を行った動機ないし契機にすぎず,共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得る理由とはいえないものであって,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断を左右するものではない。そうすると,被告人の共謀加担前にAらが既に生じさせていた傷害結果を含めて被告人に傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する刑法60条,204条の解釈適用を誤った法令違反があるものといわざるを得ない
 もっとも,原判決の上記法令違反は,一罪における共同正犯の成立範囲に関するものにとどまり,罪数や処断刑の範囲に影響を及ぼすものではない。さらに,上記のとおり,共謀加担後の被告人の暴行は,Cらの傷害を相当程度重篤化させたものであったことや原判決の判示するその余の量刑事情にも照らすと,本件量刑はなお不当とはいえず,本件については,いまだ刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
 よって,同法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
+判例
なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。
私は,法廷意見に補足して,次の点について私見を述べておきたい。
 1 法廷意見の述べるとおり,被告人は,共謀加担前に他の共犯者らによって既に被害者らに生じさせていた傷害結果については,被告人の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから,傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく,共謀加担後の暴行によって傷害の発生に寄与したこと(共謀加担後の傷害)についてのみ責任を負うべきであるが,その場合,共謀加担後の傷害の認定・特定をどのようにすべきかが問題となる。
一般的には,共謀加担前後の一連の暴行により生じた傷害の中から,後行者の共謀加担後の暴行によって傷害の発生に寄与したことのみを取り出して検察官に主張立証させてその内容を特定させることになるが,実際にはそれが具体的に特定できない場合も容易に想定されようその場合の処理としては,安易に暴行罪の限度で犯罪の成立を認めるのではなく,また,逆に,この点の立証の困難性への便宜的な対処として,因果関係を超えて共謀加担前の傷害結果まで含めた傷害罪についての承継的共同正犯の成立を認めるようなことをすべきでもない
 この場合,実務的には,次のような処理を検討すべきであろう。傷害罪の傷害結果については,暴行行為の態様,傷害の発生部位,傷病名,加療期間等によって特定されることが多いが,上記のように,これらの一部が必ずしも証拠上明らかにならないこともある。例えば,共謀加担後の傷害についての加療期間は,それだけ切り離して認定し特定することは困難なことが多い。この点については,事案にもよるが,証拠上認定できる限度で,適宜な方法で主張立証がされ,罪となるべき事実に判示されれば,多くの場合特定は足り,訴因や罪となるべき事実についての特定に欠けることはないというべきである。もちろん,加療期間は,量刑上重要な考慮要素であるが,他の項目の特定がある程度されていれば,「加療期間不明の傷害」として認定・判示した上で,全体としてみて被告人に有利な加療期間を想定して量刑を決めることは許されるはずである。本件を例にとれば,共謀加担後の被告人の暴行について,凶器使用の有無・態様,暴行の加えられた部位,暴行の回数・程度,傷病名等を認定した上で,被告人の共謀加担後の暴行により傷害を重篤化させた点については,「安静加療約3週間を要する背部右肋骨・右肩甲部打撲擦過等のうち,背部・右肩甲部に係る傷害を相当程度重篤化させる傷害を負わせた」という認定をすることになり,量刑判断に当たっては,凶器使用の有無・態様等の事実によって推認される共謀加担後の暴行により被害者の傷害を重篤化させた程度に応じた刑を量定することになろう。また,本件とは異なり,共謀加担後の傷害が重篤化したものとまでいえない場合(例えば,傷害の程度が小さく,安静加療約3週間以内に止まると認定される場合等)には,まず,共謀加担後の被告人の暴行により傷害の発生に寄与した点を証拠により認定した上で,「安静加療約3週間を要する共謀加担前後の傷害全体のうちの一部(可能な限りその程度を判示する。)の傷害を負わせた」という認定をするしかなく,これで足りるとすべきである。
仮に,共謀加担後の暴行により傷害の発生に寄与したか不明な場合(共謀加担前の暴行による傷害とは別個の傷害が発生したとは認定できない場合)には,傷害罪ではなく,暴行罪の限度での共同正犯の成立に止めることになるのは当然である
 2 なお,このように考えると,いわゆる承継的共同正犯において後行者が共同正犯としての責任を負うかどうかについては,強盗,恐喝,詐欺等の罪責を負わせる場合には,共謀加担前の先行者の行為の効果を利用することによって犯罪の結果について因果関係を持ち,犯罪が成立する場合があり得るので,承継的共同正犯の成立を認め得るであろうが,少なくとも傷害罪については,このような因果関係は認め難いので(法廷意見が指摘するように,先行者による暴行・傷害が,単に,後行者の暴行の動機や契機になることがあるに過ぎない。),承継的共同正犯の成立を認め得る場合は,容易には想定し難いところである。
(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官小貫芳信)
(イ)同時傷害の特例の適用の可否
a 途中から共同加功した者に対する適用の可否
+(同時傷害の特例)
第二百七条  二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。
否定説
207条は疑わしきは被告人の利益にの原則の例外だから適用範囲は厳格に。
b 傷害致死罪への適用の可否
・傷害致死罪へも適用。
+判例(S26.9.20)
理由 
 弁護人元林義治の上告趣意について。 
 しかし、傷害致死罪の成立には傷害と死亡、との間の因果関係の存在を必要とするにとどまり、致死の結果についての予見は必要としないのであるから、原判決が所論傷害の結果たる致死の予見について判示しなかつたからといつて、原判決には所論理由不備の違法は存しない。されば、論旨第一点は名を憲法違反に籍りて、その実、理由なき訴訟法違反の主張に帰し刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。また、原判決は本件傷害致死の事実について被告人外二名の共同正犯を認定せず却つて二人以上の者が暴行を加え人を傷害ししかもその傷害を生ぜした者を知ることでぎない旨判示していること原判文上明らかなところであるから、刑法二〇七条を適用したからといつて、原判決には所論の擬律錯誤の違法は存しない。論旨第二点は原判決の判示にそわない事実を前提として原判決の判例違反を主張するに帰し、その前提を欠き刑訴四〇五条三号にあたらない。そして、本件には刑訴四一一条を適用すべきものとも認められない。よつて刑訴施行法三条の二、刑訴四〇八条を適用し全裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 齋藤悠輔) 
(ウ)設例の検討
ウ 事実関係とその問題点(その4)
エ 正当防衛又は過剰防衛の成否
(ア)急迫不正の侵害
(イ)防衛の意思
(ウ)防衛行為の相当性
a 問題点
・同一の意思の下、同一の機会に、同一の法益に向けられた複数の暴行は、構成要件を複数回充足したと形式的に評価せずに、暴行罪の単純一罪とされる。

b 判断の枠組み
(a)1個の行為であるとされた事例
+判例(S34.2.5)
要旨
1.当初は正当防衛の要件を備える場合であっても、相手の侵害態勢が崩去った後なお引続いて追撃行為に出て、相手方を殺傷したときは全体として過剰防衛に当る。
2.たとい当初は急迫不正の侵害に対し防衛行為としてやむことを得ざるに出でたものであっても、最初の一撃によって相手方の侵害的態勢が崩去った後、引続きなお追撃的行為に出て相手方を殺傷したような場合は、それ自体が全体としてその際の状況に照らし正当防衛行為とはいえないのであって、過剰防衛に当ると認めるべきである。
理由
弁護人石田寅雄、同林信彦、同相原秀年の上告趣旨第一点は、単なる法令違反の主張であつて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(なお、原審の是認した第一審の認定にかかる被告人の本件一連の行為は、それ自体が全体として、その際の情況に照らして、刑法三六条一項にいわゆる「已ムコトヲ得サルニ出テタル行為」とはいえないのであつて、却つて同条二項にいわゆる「防衛ノ程度ヲ超エタル行為」に該るとして、これを有罪とした原審の判断は正当である。)同第二点、第三点中違憲をいう点は、憲法三七条一項の公平な裁判所の裁判とは、所論のような場合をいうものでないことは、屡々当裁判所の判示したところであり、その余は事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
弁護人坂本泉太の上告趣旨第一点は、違憲をいうが、その実質は単なる訴訟法違反の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(そして、記録によれば、所論原審の昭和三三年二月一〇日の第五回公判期日には、弁護人、被告人共に出頭し、裁判官がかわつたための公判手続の更新がなされ、証拠調を行い、弁護人の質問に対し被告人が任意の供述をし、次いて裁判長は結審して、判決宣告期日を二月二四日午前十時に指定し、右に対し弁護人、被告人より別段の異議も申し立てられなかつたことが明らかである。かような事情の下においては、原審裁判長が、所論のように、検察官及び弁護人の弁論を封じて意見を述べる機会を与えなかつたものであるとは認められない。それ故、所論違憲の主張は前提を欠くものである。)
同第二点は事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
また記録を調べても、所論の点につき同四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて同四〇八条により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)

+判例(H21.2.24)
理由
弁護人鈴木敏彦の上告趣意は、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権で判断する。
1 本件は、覚せい剤取締法違反の罪で起訴され、拘置所に勾留されていた被告人が、同拘置所内の居室において、同室の男性(以下「被害者」という。)に対し、折り畳み机を投げ付け、その顔面を手けんで数回殴打するなどの暴行を加えて同人に加療約3週間を要する左中指腱断裂及び左中指挫創の傷害(以下「本件傷害」という。)を負わせたとして、傷害罪で起訴された事案である。
2 原判決は、上記折り畳み机による暴行については、被害者の方から被告人に向けて同机を押し倒してきたため、被告人はその反撃として同机を押し返したもの(以下「第1暴行」という。)であり、これには被害者からの急迫不正の侵害に対する防衛手段としての相当性が認められるが、同机に当たって押し倒され、反撃や抵抗が困難な状態になった被害者に対し、その顔面を手けんで数回殴打したこと(以下「第2暴行」という。)は、防衛手段としての相当性の範囲を逸脱したものであるとした。そして、原判決は、第1暴行と第2暴行は、被害者による急迫不正の侵害に対し、時間的・場所的に接着してなされた一連一体の行為であるから、両暴行を分断して評価すべきではなく、全体として1個の過剰防衛行為として評価すべきであるとし、罪となるべき事実として、「被告人は、被害者が折り畳み机を被告人に向けて押し倒してきたのに対し、自己の身体を防衛するため、防衛の程度を超え、同机を被害者に向けて押し返した上、これにより転倒した同人の顔面を手けんで数回殴打する暴行を加えて、同人に本件傷害を負わせた」旨認定し、過剰防衛による傷害罪の成立を認めた。その上で、原判決は、本件傷害と直接の因果関係を有するのは第1暴行のみであるところ、同暴行を単独で評価すれば、防衛手段として相当といえることを酌むべき事情の一つとして認定し、被告人を懲役4月に処した。

3 所論は、本件傷害は、違法性のない第1暴行によって生じたものであるから、第2暴行が防衛手段としての相当性の範囲を逸脱していたとしても、過剰防衛による傷害罪が成立する余地はなく、暴行罪が成立するにすぎないと主張する。
しかしながら、前記事実関係の下では、被告人が被害者に対して加えた暴行は、急迫不正の侵害に対する一連一体のものであり、同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認めることができるから、全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪の成立を認めるのが相当であり、所論指摘の点は、有利な情状として考慮すれば足りるというべきである。以上と同旨の原判断は正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 宮川光治 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 涌井紀夫 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志) 

++解説
《解  説》
 1 本件は,別件の覚せい剤取締法違反で起訴されて,大阪拘置所に勾留されていた被告人(当時30歳の男性)が,同房の被害者(当時56歳の男性)に対し,居室内の折り畳み机を投げ付けて,その顔面を手けんで数回殴打するなどの暴行を加え,同人に加療約3週間を要する傷害を負わせたものとして,傷害罪で起訴された事案である。
 2 1審で,弁護人は正当防衛が成立する旨主張したが,1審判決はこれを退けて懲役10月(求刑は懲役1年6月)に処した。
 被告人が控訴し,弁護人は1審判決の事実誤認等を主張したところ,原判決は,本決定の2項に摘示されているとおり,被告人が当初,被害者に対して加えた暴行(原判決に従い,以下「第1暴行」という。)には,被害者からの急迫不正の侵害に対する防衛手段としての相当性が認められるが,前記机に当たって押し倒され,反撃が困難な状態になった被害者に対し,その顔面を手けんで数回殴打した暴行(原判決に従い,以下「第2暴行」という。)は,防衛手段としての相当性の範囲を逸脱していると判断した上,両暴行は,被害者による急迫不正の侵害に対し,時間的・場所的に接着してなされた一連一体の行為であるから,両暴行を分断して評価すべきではなく,全体として1個の過剰防衛行為として評価すべきであるとし,過剰防衛による傷害罪の成立を認めた。その上で,原判決は,本件傷害と直接の因果関係を有するのは第1暴行のみであるところ,同暴行を単独で評価すれば,防衛手段として相当といえることを酌むべき事情の一つとして認定し,1審判決を事実誤認で破棄した上,被告人を懲役4月に処した。
 被告人が更に上告に及んで,弁護人は上告理由として,判示事項に関し,本件傷害は違法性のない第1暴行によって生じたものであるから,第2暴行が防衛手段としての相当性の範囲を逸脱していたとしても,過剰防衛による傷害罪が成立する余地はなく,暴行罪が成立するにすぎない旨主張したが,本決定は,本件事実関係の下では,被告人が被害者に対して加えた暴行は,急迫不正の侵害に対する一連一体のものであり,同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認めることができるから,全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪の成立を認めるのが相当であり,所論指摘の点は,有利な情状として考慮すれば足りるというべきであるとして,全体につき,1個の過剰防衛としての傷害罪の成立を認めた原判断を是認した。
 3 刑法36条2項は,急迫不正の侵害に対し,防衛の程度を超えた行為をした場合を過剰防衛と規定して情状による刑の減免を認めているところ,本件のように,急迫不正の侵害に対し,反撃のために複数の暴行を加えた事案において,当初の第1暴行には防衛手段として相当性があり,その後の第2暴行はその相当性を欠き,かつ,重い傷害の結果が第1暴行のみから発生したという場合に,〔Ⅰ〕全体につき1個の過剰防衛として傷害罪の成立を認めるべきか,〔Ⅱ〕第1暴行が正当防衛の要件を満たす以上はこれを切り離して考え,第2暴行についてのみ暴行罪の過剰防衛を認めるべきかは,これまでの裁判例や学説において,必ずしも十分な検討がされてこなかったように思われる(もっとも,本件は,過剰防衛のうち「質的過剰防衛」が問題となる事案であるところ,これとは異なる「量的過剰防衛」に関してではあるが,永井敏雄「量的過剰防衛」龍岡資晃編『現代裁判法大系(30)刑法・刑事訴訟法』144頁以下や松尾昭一「防衛行為における量的過剰についての覚書」小林充先生・佐藤文哉先生古稀祝賀『刑事裁判論集(上)』141頁以下に関連する記述がある。また,「正当防衛に当たる暴行及びこれと時間的,場所的に連続して行われた暴行について,両暴行を全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めることはできないとされた事例」に係る最一小決平20.6.25刑集62巻6号1859頁,判タ1272号67頁の1審判決は,控訴審で破棄されたものの,正にこの問題を扱っており,さらに,同最決の評釈等である,山口厚「正当防衛と過剰防衛」刑事法ジャーナル15号57頁,成瀬幸典「演習刑法」法教343号181頁もこの問題に触れている。)。
 4 確かに,正当防衛の要件を満たす第1暴行から発生した結果について責任を負う筋合いはないから,Ⅱ説によるべきもののようにも思われる。しかしながら,刑罰権の存否及び範囲は,1個の行為につき,①構成要件該当性,②違法性,③有責性の順序に従って判断されるのであるから,まず,構成要件該当性を考えるべきであって,本件のように複数の暴行を加えた事案でも,その全体が1個の傷害罪の構成要件に当たるのであれば,その該当性を認めた上,次の違法性の判断の段階で,その全体が正当防衛に当たるか,過剰防衛に当たるか等を判断するのが論理的に一貫しているとも考えられる。言い換えれば,全体を1個の行為と見るべきである以上,その一部に,防衛手段としての相当性があり,いわば「正当防衛的な行為」と見られるものが存在しても,それに引き続いて過剰な防衛行為を行えば,全体として過剰防衛が成立すると解するのが相当であり,Ⅰ説の考え方が妥当であると思われる(なお,最二小判昭59.1.30刑集38巻1号185頁,判タ520号135頁を参照)。そして,刑法36条2項は,このような場合も過剰防衛と扱うことを予定していると解することが可能であるから,法解釈としても無理がないと思われる(第1暴行は飽くまでも「正当防衛的な行為」にすぎないのであって,同条1項の「正当防衛」の要件を満たす行為そのものではない。)。仮に,このように考えず,「正当防衛的な行為」から発生した結果については刑責を負わないとすると,本件では第1暴行のみから重い傷害の結果が発生したことが明白であるから,比較的問題は少ないが,当初は防衛手段としての相当な反撃を加えたものの,これが高じて過剰な反撃になったところ,いずれの暴行から重い結果が発生したのかを検察官が立証し得ないという場合,「疑わしきは被告人の利益に」の原則により「正当防衛的な行為」から重い結果が発生したものと取り扱われる結果,これにつき刑責を負う余地がないことになってしまい,妥当性を欠くように思われる。
 5 本決定は,刑法36条2項に係る法理の判断(解釈)を示したものではなく,事例判断の形を採っているが,これは,発生した重い結果がより深刻な,例えば,傷害致死の事案で,防衛手段としての相当性が認められる第1暴行のみが死因となり,同相当性を欠く第2暴行は死因とは無関係であるといったときでも,全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害致死罪の成立を認め,死亡の結果についても責任を負わせるべきかにつき,なお異論があり得ることなどに配慮したものと推察される。いずれにせよ,本決定は,単独で評価すれば防衛手段としての相当性が認められる第1暴行のみから傷害が生じたとしても,全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪が成立することを明確にした意味で,実務上,参照価値が高いと思われる。
(b)1個の行為ではないとされた例

+判例(H20.6.25)
理由
弁護人藤原輝夫の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権で判断する。
1 原判決の認定及び記録によれば、本件の事実関係は、次のとおりである。
(1) 被告人(当時64歳)は、本件当日、第1審判示「Aプラザ」の屋外喫煙所の外階段下で喫煙し、屋内に戻ろうとしたところ、甲(当時76歳)が、その知人である乙及び丙と一緒におり、甲は、「ちょっと待て。話がある。」と被告人に呼び掛けた。被告人は、以前にも甲から因縁を付けられて暴行を加えられたことがあり、今回も因縁を付けられて殴られるのではないかと考えたものの、同人の呼び掛けに応じて、共に上記屋外喫煙所の外階段西側へ移動した。
(2) 被告人は、同所において、甲からいきなり殴り掛かられ、これをかわしたものの、腰付近を持たれて付近のフェンスまで押し込まれた。甲は、更に被告人を自己の体とフェンスとの間に挟むようにして両手でフェンスをつかみ、被告人をフェンスに押し付けながら、ひざや足で数回けったため、被告人も甲の体を抱えながら足を絡めたり、けり返したりした。そのころ、二人がもみ合っている現場に乙及び丙が近付くなどしたため、被告人は、1対3の関係にならないように、乙らに対し「おれはやくざだ。」などと述べて威嚇した。そして、被告人をフェンスに押さえ付けていた甲を離すようにしながら、その顔面を1回殴打した。
(3) すると、甲は、その場にあったアルミ製灰皿(直径19㎝、高さ60㎝の円柱形をしたもの)を持ち上げ、被告人に向けて投げ付けた。被告人は、投げ付けられた同灰皿を避けながら、同灰皿を投げ付けた反動で体勢を崩した甲の顔面を右手で殴打すると、甲は、頭部から落ちるように転倒して、後頭部をタイルの敷き詰められた地面に打ち付け、仰向けに倒れたまま意識を失ったように動かなくなった(以下、ここまでの被告人の甲に対する暴行を「第1暴行」という。)。
(4) 被告人は、憤激の余り、意識を失ったように動かなくなって仰向けに倒れている甲に対し、その状況を十分に認識しながら、「おれを甘く見ているな。おれに勝てるつもりでいるのか。」などと言い、その腹部等を足げにしたり、足で踏み付けたりし、さらに、腹部にひざをぶつける(右ひざを曲げて、ひざ頭を落とすという態様であった。)などの暴行を加えた(以下、この段階の被告人の甲に対する暴行を「第2暴行」という。)が、甲は、第2暴行により、肋骨骨折、脾臓挫滅、腸間膜挫滅等の傷害を負った。
(5) 甲は、Aプラザから付近の病院へ救急車で搬送されたものの、6時間余り後に、頭部打撲による頭蓋骨骨折に伴うクモ膜下出血によって死亡したが、この死因となる傷害は第1暴行によって生じたものであった。

2 第1審判決は、被告人は、自己の身体を防衛するため、防衛の意思をもって、防衛の程度を超え、甲に対し第1暴行と第2暴行を加え、同人に頭蓋骨骨折、腸間膜挫滅等の傷害を負わせ、搬送先の病院で同傷害に基づく外傷性クモ膜下出血により同人を死亡させたものであり、過剰防衛による傷害致死罪が成立するとし、被告人に対し懲役3年6月の刑を言い渡した。
これに対し、被告人が控訴を申し立てたところ、原判決は、被告人の第1暴行については正当防衛が成立するが、第2暴行については、甲の侵害は明らかに終了している上、防衛の意思も認められず、正当防衛ないし過剰防衛が成立する余地はないから、被告人は第2暴行によって生じた傷害の限度で責任を負うべきであるとして、第1審判決を事実誤認及び法令適用の誤りにより破棄し、被告人は、被告人の正当防衛行為により転倒して後頭部を地面に打ち付け、動かなくなった甲に対し、その腹部等を足げにしたり、足で踏み付けたりし、さらに、腹部にひざをぶつけるなどの暴行を加えて、肋骨骨折、脾臓挫滅、腸間膜挫滅等の傷害を負わせたものであり、傷害罪が成立するとし、被告人に対し懲役2年6月の刑を言い渡した。

3 所論は、第1暴行と第2暴行は、分断せず一体のものとして評価すべきであって、前者について正当防衛が成立する以上、全体につき正当防衛を認めて無罪とすべきであるなどと主張する。
しかしながら、前記1の事実関係の下では、第1暴行により転倒した甲が、被告人に対し更なる侵害行為に出る可能性はなかったのであり、被告人は、そのことを認識した上で、専ら攻撃の意思に基づいて第2暴行に及んでいるのであるから、第2暴行が正当防衛の要件を満たさないことは明らかである。そして、両暴行は、時間的、場所的には連続しているものの、甲による侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で、明らかに性質を異にし、被告人が前記発言をした上で抵抗不能の状態にある甲に対して相当に激しい態様の第2暴行に及んでいることにもかんがみると、その間には断絶があるというべきであって、急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに、その反撃が量的に過剰になったものとは認められない。そうすると、両暴行を全体的に考察して、1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でなく、正当防衛に当たる第1暴行については、罪に問うことはできないが、第2暴行については、正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もないのであって、これにより甲に負わせた傷害につき、被告人は傷害罪の責任を負うというべきである。以上と同旨の原判断は正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 才口千晴 裁判官 涌井紀夫)

+解説
《解  説》
1 本件は,被害者(当時76歳の男性)から急迫不正の侵害を受けた被告人(当時64歳の男性)が,正当防衛として,その顔面を殴打するなどの暴行を加えたところ,被害者は転倒して後頭部を地面に打ち付け,動かなくなったが,更に同人を足蹴にしたり,足で踏み付けたり,腹部に膝をぶつけるなどの暴行を加えて同人に傷害を負わせたという事案である。被害者は,本件の6時間余り後に搬送先の病院で死亡しており,被告人は,「被害者の顔面を1回殴打して同人を転倒させ,その頭頂部を地面に打ち付けさせた上,その顔面を数回足蹴りし,その腹部を数回膝蹴りする暴行を加え,よって,同人に頭蓋骨骨折,腸間膜挫滅等の傷害を負わせ,搬送先病院において,上記傷害に基づく外傷性クモ膜下出血により同人を死亡させた」旨の公訴事実により傷害致死罪で起訴された。
2 被告人は自己の暴行態様等を争ったところ,1審判決は,被告人が当初,被害者に対し加えた第1暴行(被告人に向けてアルミ製灰皿を投げ付けてきた被害者の顔面を右手で殴打して同人を転倒させるまでの暴行であり,被害者の死因となった傷害を生じさせたもの)は正当防衛に当たるのに対し,その後の第2暴行(意識を失ったように動かなくなって仰向けに倒れている被害者に対し,その腹部等を足蹴にしたり,足で踏み付けたり,腹部に膝をぶつけるなどした暴行)は防衛行為の要件を欠くものの,全体として1個の過剰防衛による傷害致死罪に当たると判断して,被告人に対し懲役3年6月(求刑は懲役6年)を言い渡した。被告人が控訴して,事実誤認,法令適用の誤り,量刑不当を主張したところ,原判決は,本件では,第1暴行及び第2暴行を全体的に考察する基礎を欠いており,両暴行を分けて検討すべきであるとした上,第1暴行については正当防衛が成立するが,第2暴行については正当防衛ないし過剰防衛が成立する余地はないとして,その限度で論旨をいれ,結局,第2暴行につき,単なる犯罪行為としての傷害罪の成立を認めて,被告人に対し懲役2年6月を言い渡した。そこで,被告人が更に上告に及び,事実誤認,法令違反,量刑不当を主張したところ,本決定は,職権で原判決を是認する判断を示したものである。
3 正当防衛は「急迫不正の侵害に対して,自己又は他人の権利を防衛するため,やむを得ずにした行為」(刑法36条1項)であり,それが「防衛の程度を超えた」場合に過剰防衛(同条2項)となるのであるから,そもそも,侵害行為の終了後に行われた反撃行為については,正当防衛はもとより過剰防衛も論ずる余地はないとの考え方もある。しかし,このように厳格に考えると,侵害行為の終了後の反撃行為は,すべて(刑の減免の余地がない)単なる犯罪行為になってしまい,当初の正当防衛行為から勢い余って過剰な行為に及んだ者にとって,酷な結果となることが多い。そこで,こうした不都合を防ぐため,従来から判例は,侵害行為の継続性を緩やかに認めるなどした上で,実質的には侵害行為の終了後に引き続き行なわれた反撃行為を,それ以前の正当防衛行為と共に全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めるものと理解されてきた(最一小判昭34.2.5刑集13巻1号1頁,東京高判平6.5.31判タ888号246頁,判時1534号141頁,最二小判平9.6.16刑集51巻5号435頁,判タ946号173頁。また,裁判例として,津地判平5.4.28判タ819号201頁〔ただし,結論は消極〕,富山地判平11.11.25判タ1050号278頁がある。)。そして,学説にも,このような全体的考察を行って過剰防衛として処理することを「量的過剰防衛」などと呼んで是認する見解が多い(平野龍一『刑法総論Ⅱ』246頁,山口厚『刑法総論〔第2版〕』134頁,前田雅英『刑法総論講義〔第4版〕』354頁,西田典之『刑法総論』167頁など。なお,「量的過剰防衛」と対置される「質的過剰防衛」〔例えば,甲から素手で攻撃を受けた乙が,けん銃で甲を射殺する場合のように,防衛行為そのものが既に侵害行為を排除するために必要とされる程度を超えているといった,質的ないし手段的な面で過剰な類型〕が本来の過剰防衛として処理されるべきことにつき異説はない。)。しかしながら,本件の第1暴行と第2暴行のように,時間的,場所的には連続していても,両者の間に断絶があり,急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに,その反撃が量的に過剰になったものとは認められない場合(正当防衛行為から勢い余って過剰な行為に及んだとはいえない場合)には,両暴行を全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当ではないと思われる。本決定は,1,2審の判断が分かれた事案につき,「急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに,その反撃が量的に過剰になったものとは認められない」と判断して「量的過剰防衛」の問題として処理すべき要件にも触れつつ,これに当たらない場合について,「相手方による侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で,明らかに性質を異にし,被告人が前記発言(「おれを甘く見ているな。おれに勝てるつもりでいるのか。」などの発言)をした上で抵抗不能の状態にある相手方に対して相当に激しい態様の第2暴行に及んでいる」と具体的に示したものであり,事例判断ではあるが,実務上,参照価値が高いと考えられる。侵害の急迫性がなくなっていることは,量的過剰防衛の前提であるが,素朴な行為1個・2個論によるのではなく,防衛の意思の有無,発言の有無,第2暴行の程度などが判断要素となっていることが注目されよう。ちなみに,大審院・最高裁レベルの判例で,侵害行為の継続性が否定されたものとしては,大判昭7.9.29裁判例(6)刑事33頁が目に付く程度である(荘子邦雄「正当防衛」小野清一郎ほか編『総合判例研究叢書(5)刑法(1)』126頁,香城敏麿「正当防衛における急迫性」小林充=香城敏麿編『刑事事実認定(上)』268頁に同判例の紹介がある。)。本件の論点に関係する文献として,前記引用に係る最高裁判例の各調査官解説(寺尾正二・昭34最判解説1頁,飯田喜信・平9最判解説(刑)91頁)のほか,①永井敏雄「量的過剰防衛」龍岡資晃編『現代裁判法大系(30)刑法・刑事訴訟法』132頁,②曽根威彦「侵害の継続性と量的過剰」研修654号3頁,③曽根威彦「過剰防衛と誤想防衛」『刑法の重要問題(総論)〔第2版〕』110頁,④松尾昭一「防衛行為における量的過剰についての覚書」『小林充先生=佐藤文哉先生古稀祝賀刑事裁判論集(上)』126頁,⑤大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法(2)〔第2版〕』321頁〔堀籠幸男=中山隆夫〕を挙げておく。

(c)考察
・防衛行為の一体性
=急迫不正の侵害に対する一連一体のものであり、同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認められるかどうか。

c 設例の検討

d 過剰性の認識の欠如
過剰性の認識がない場合は誤想防衛となる

オ 小括

(2)Aの傷害に関する罪責
ア 事実関係とその問題点(その5)
イ 事実認定(未必の故意)
ウ 未必の故意が認められない場合(事実の錯誤)
(ア)問題点
(イ)判例理論
+判例(S53.7.28)
理由
被告人本人の上告趣意(上告趣意補充書による趣意を含む。)第一点、第二点、第八点、第九点、弁護人植松功の上告趣意(上告趣意補充書による趣意)第三、第四について
所論のうち、憲法三条違反、判例違反をいう点は、原審における所論指摘の公判期日において公判手続が更新されていることが当該公判調書の記載により明らかであるから、前提を欠き、その余の点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
被告人本人の上告趣意第四点、弁護人植松功の上告趣意第一点(上告趣意補充書による趣意第一を含む。)について
所論のうち、憲法三八条三項違反をいう点は、原判決の引用する第一審判決挙示の自白以外の証拠により自白が補強されていることは明らかであるから、前提を欠き、その余の点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
被告人本人の上告趣意第三点、第七点について
所論のうち、憲法三一条違反、判例違反をいう点は、原判決の主文によれば、原判決が被告人に不利益に刑を変更しているものでないことが明らかであるから、前提を欠き、その余の点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
同第六点について
所論は、憲法三一条違反をいう点もあるが、実質は単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
同第一〇点について
所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は第一審公判廷での被告人の供述を第二審において証拠として採用することができない旨を判示しているものではないから、前提を欠き、その余の点は、違憲をいう点を含めて実質は単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
同第一一点について
所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余の点は、単なる法令違反、
事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
同第五点、第一二点、第一三点、弁護人植松功の上告趣意補充書による趣意第二について
所論は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
弁護人植松功の上告趣意第二点について
所論は、憲法三六条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の
上告理由にあたらない。
同第三点について
所論は、要するに、刑法二四三条に規定する同法二四〇条の未遂とは強盗が人を殺そうとしてこれを遂げなかつた所為をいうのであるから、原判決がAに対する傷害の結果につき被告人の過失を認定したのみで、何らの理由も示さず故意犯である強盗殺人未遂罪の成立を認めたのは、右法条の解釈を誤り、その結果、当裁判所昭和二三年(れ)第二四九号同年六月一二日第二小法廷判決、同三一年(あ)第四二〇三号同三二年八月一日第一小法廷判決と相反する判断をしたものである、というのである。
よつて検討するのに、刑法二四〇条後段、二四三条に定める強盗殺人未遂の罪は強盗犯人が強盗の機会に人を殺害しようとして遂げなかつた場合に成立するものであることは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和三一年(あ)第四二〇三号同三二年八月一日第一小法廷判決・刑集一一巻八号二〇六五頁。なお、大審院大正一一年(れ)第一二五三号同年一二月二二日判決・刑集一巻一二号八一五頁、同昭和四年(れ)第三八二号同年五月一六日判決・刑集八巻五号二五一頁参照)、これによれば、Aに対する傷害の結果について強盗殺人未遂罪が成立するとするには被告人に殺意があることを要することは、所論指摘のとおりである。
しかしながら、犯罪の故意があるとするには、罪となるべき事実の認識を必要とするものであるが、犯人が認識した罪となるべき事実と現実に発生した事実とが必ずしも具体的に一致することを要するものではなく、両者が法定の範囲内において一致することをもつて足りるものと解すべきである(大審院昭和六年(れ)第六〇七号同年七月八日判決・刑集一〇巻七号三一二頁、最高裁昭和二四年(れ)第三〇三〇号同二五年七月一一日第三小法廷判決・刑集四巻七号一二六一頁参照)から、人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識しなかつた人に対してその結果が発生した場合にも、右の結果について殺人の故意があるものというべきである。
これを本件についてみると、原判決の認定するところによれば、被告人は、警ら中の巡査Bからけん銃を強取しようと決意して同巡査を追尾し、東京都新宿区a丁目b番c号先附近の歩道上に至つた際、たまたま周囲に人影が見えなくなつたとみて、同巡査を殺害するかも知れないことを認識し、かつ、あえてこれを認容し、建設用びよう打銃を改造しびよう一本を装てんした手製装薬銃一丁を構えて同巡査の背後約一メートルに接近し、同巡査の右肩部附近をねらい、ハンマーで右手製装薬銃の撃針後部をたたいて右びようを発射させたが、同巡査に右側胸部貫通銃創を負わせたにとどまり、かつ、同巡査のけん銃を強取することができず、更に、同巡査の身体を貫通した右びようをたまたま同巡査の約三〇メートル右前方の道路反対側の歩道上を通行中のAの背部に命中させ、同人に腹部貫通銃創を負わせた、というのである。これによると、被告人が人を殺害する意思のもとに手製装薬銃を発射して殺害行為に出た結果、被告人の意図した巡査Bに右側胸部貫通銃創を負わせたが殺害するに至らなかつたのであるから、同巡査に対する殺人未遂罪が成立し、同時に、被告人の予期しなかつた通行人Aに対し腹部貫通銃創の結果が発生し、かつ、右殺害行為とAの傷害の結果との間に因果関係が認められるから、同人に対する殺人未遂罪もまた成立し(大審院昭和八年(れ)第八三一号同年八月三〇日判決・刑集一二巻一六号一四四五頁参照)、しかも、被告人の右殺人未遂の所為は同巡査に対する強盗の手段として行われたものであるから、強盗との結合犯として、被告人のBに対する所為についてはもちろんのこと、Aに対する所為についても強盗殺人未遂罪が成立するというべきである。したがつて、原判決が右各所為につき刑法二四〇条後段、二四三条を適用した点に誤りはない。もつとも、原判決が、被告人のBに対する故意の点については少なくとも未必的殺意が認められるが、被告人のAに対する故意の点については未必的殺意はもちろん暴行の未必的故意も認められない旨を判示していることは、所論の指摘するとおりであるが、右は、行為の実行にあたり、被告人が現に認識しあるいは認識しなかつた内容を明らかにしたにすぎないものとみるべきである。また、原判決は、Aに対する傷害について被告人の過失を認定し、過失致死傷が認められる限り、強盗の機会における死傷として刑法二四〇条の適用があるものと解する旨を判示しているが、右は強盗殺人未遂罪の解釈についての判断を示したものとは考えられない。原判決は、Aに対する傷害の結果について強盗殺人未遂罪が成立することの説明として、Bにつき殺害の未必的故意を認め、同人に対する強盗殺人未遂罪が成立するからAに対する傷害の結果についても強盗殺人未遂罪が成立するというにとどまり、十分な理由を示していないうらみがあるが、その判文に照らせば、結局、Aに対する傷害の結果について前述の趣旨における殺意の成立を認めているのであつて、強盗殺人未遂罪の成立について過失で足りるとの判断を示したものとはみられない。
以上のとおりであつて、原判決が当裁判所の判例と相反する判断をしたものでないから、論旨は理由のないことが明らかである。なお、所論引用の当裁判所昭和二三年(れ)第二四九号同年六月一二日第二小法廷判決は事案を異にし本件に適切でないので、右判例違反をいう点は刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よつて、同法四〇八条、一八一条一項但書、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 環昌一 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顯)

(ウ)考察
・未必の故意が認められないことを前提としている!!

(エ)設例の検討

エ 事実関係とその問題(その6)

オ 防衛行為に伴う第三者の法益の侵害
(ア)裁判例・学説
a 正当防衛説
b 緊急避難説
c 誤想防衛説
新会社に対して正当防衛が成立する場合、第三者に打撃が及ぶことについての未必の故意がない限り、誤想防衛として処理することができる
+判例(大阪高判H14.9.4)
理由
本件控訴の趣意は弁護人後藤貞人(主任)及び同安保智勇作成の控訴趣意書及び弁論要旨に、控訴趣意書に対する答弁は検察官岡本誠二作成の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。なお、以下の記述では原判決が用いた略称を使用する。
第1 控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は、要するに、原判決は被告人の春野に対する暴行の故意を認定して有罪としたが、被告人に暴行の故意はなく無罪であるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果もあわせて検討する。
1 前提事項
(1) 事実関係
まず、原判決が、事実認定の補足説明第二において、被告人が本件に至った経緯、犯行状況及び現場の状況等につき認定する事実関係は、関係証拠に照らして相当である。
(2) 春野に対して本件車両を衝突させる故意が認定できないこと
次に、原判決が、被告人が春野に対し本件車両を衝突させるという暴行の故意があったとする検察官の主張(訴因)を排斥している点も、原判決が挙げる根拠(被告人が太郎の「ひけー。」との叫び声に呼応して本件車両を後退させたとは断じ難いこと、被告人が太郎を二度轢きしたとは認められないこと、後退の理由が太郎を助けるためであり、春野のすぐ近くに太郎もいることを十分に認識ないし予見していたこと。)は、相手方グループの者らの供述が全体として自己らの罪責を軽減しようという傾向が顕著に感じられ、現に口裏合わせがあったことも自認しており、多くの者が一致した供述をしているからといって信用性が高いとはいえないことに照らして相当であることに加え、後退のカーブ走行によって、車両の動きを見て体をかわすことができる人間に、車両を衝突させることはかなり困難であり、しかも夜間にサイドミラーで見ただけの対象物は距離関係も不明確であるから、それに衝突させるが如きは通常の運転者では極めて困難であると考えられ、被告人が特に後退運転技能に秀でていた証拠は全くないことをも総合すれば、優に肯認することができる。
2 被告人の公判供述の信用性
そこで、被告人が、原審及び当審公判において、車両を後退させる際は、春野はもちろん太郎のことも念頭になく、とにかく攻撃から逃げようという気持ちであり、春野に衝突させる故意はもとより同人目掛けて自車を後退させたわけでもないなどと供述している点の信用性を検討する。
(1) 走行状況
所論が指摘するとおり、確かに、被告人は木刀やバールで車両を攻撃され、助手席側の窓ガラスが割られ、フロントガラスも一部損傷し、さらに運転席側にも一撃を受けたのであるから、自分自身、身の危険を感じるほどの相当追い詰められた心理状況にあったと考えられ、逃走のため後退しようとしたアクセルの踏み込みが思わず強く入ってしまうということも、それ自体あり得ない話ではない。特に、一旦シフトレバーを誤って前進に入れてしまい、車両が前のめり状態になったことで、動揺が深まったとすればなおさらである。さらに、上記のとおり後退運転の方向設定が難しいことをも合わせ考えると、本件の走行状況がおよそ意図的なものでなく、いわば反射的なものとみる余地がないではない。
しかし、一方、被告人車両は、本件交差点の東詰横断歩道付近の停車位置から、同交差点の北詰横断歩道上の南向き第二ないし三車線付近にまで後退走行したにすぎず、その走行経路の曲線も道路の弧に沿ったといえるほど巧みな走行ではなく、おおよそ左後方を目がけた走行とみる余地もあり、後退走行であっても、その程度の概括的な方向設定が不可能とまではいえない。また、右方からの攻撃を避けるために身体が左下方向に傾きハンドルが左転把されたという点も、通常、運転者は身体が傾いても、走行に際してはハンドルを保持しようとするのが自然と考えられるから、ただちに納得し難いところである。
したがって、走行状況が公判供述を裏付けているとまでは認められない。
(2) 太郎の存在についての認識
この点に関しても、上記のとおり激しい攻撃にさらされた被告人の心理的動揺が著しく、冷静に物事を考える余裕に乏しかったことは所論指摘のとおりである。
しかし、被告人にとって太郎は血を分けた兄であり、しかも自分が招いたトラブルのために太郎がわざわざ同行してくれた際のことであること、被告人は、太郎から「逃げるぞ。車回せ。」などと言われたことに応じて本件車両に乗ったのであり、その後相手方から受けた攻撃もごく短時間であったこと(所論自体が、被告人が逃げ出してから車を後退させるまでは一瞬といってもいいくらい短時間であると主張している。)を合わせ考えると、たとえ激しい攻撃を受けたにせよ、太郎のことが念頭から失われたというのは余りに不自然である。これに対し所論は、被告人が最後に見たとき太郎は走っており、捕まった姿は見ていないから、自分が現に攻撃を受けているときに、そのような太郎を救出しようと考える方が不自然であると主張する。しかし被告人は、太郎が道路に立てられたポールにぶつかって転倒し、相手方から棒状の物で二発殴打されるところを見ていたのであるから、太郎がかなりのダメージを受けたと認識していたというべきであり、相手方の襲撃の勢いも考えると、太郎が本件車両の左後方付近で相手方に追い付かれ、さらなる攻撃を受けている危惧を感じなかったとは解されない。さらに自分が逃げてしまったら、木刀やバールを持って車両を襲った連中までもが太郎を襲い、その場合にはまさに太郎が半殺しの目に遭うか、さらには生命の危険さえ生ずることになることは容易に想定されることである。そのような状況の下で兄を放置したまま自分だけが逃げようと考えたとみることはいささか不自然であるといわなければならない。所論が指摘するとおり、確かに被告人の車両も激しい襲撃にさらされていたことは事実であるが、何といっても車の中にいるのであるから、身体に対する攻撃はそれだけで間接的になるし、車を動かすことによって車自体を反撃のための有力な武器に転化することも可能である(現に急発進した車両を見て、相手方が逃げた事実がある。)。いずれにしても、凶器を持った多数の相手方の中に丸腰で取り残された太郎に比べれば、はるかに安全な状況にあったことは多言を要しない。また被告人は、後退を止めてアイドリング状態で前進している時に太郎のことを思い出したと供述するが、太郎のことを全く忘れていたのであれば、後退を止めた後すぐに急発進して逃走しようとするのが自然と考えられる。さらに、被告人自身、原審公判第二回においては、後退しようと思った理由として、「後ろに兄貴が逃げていったから、兄貴を乗せてそのまま逃げようと思った」旨、明確に供述している(速記録31丁)。
したがって、太郎の存在の認識がなかったと述べる点は、公判供述の信用性を大きく損ねているといわざるを得ない。
(3) タイヤ痕について
所論は、本件タイヤ痕が制動痕であり、知覚反応時間、ペダル踏み換え及び踏み込み時間を考えると、被告人は、轢過前の後退走行開始直後にブレーキを踏もうとしていたといえるから、これは、後退したことにあわててブレーキを踏んだとの公判供述を裏付けていると主張する。
原判決は、タイヤ痕Aの幅が被告人車両の縦滑り痕(制動痕)の幅より広いこと及び上記縦滑り痕は五条であるのにタイヤ痕Aはそれと異なることを根拠とする山口意見(及びこれを補足する佐藤意見)に基づき、これが横滑り痕であると説示する。しかし、所論が指摘するとおり、上記意見の前提となる幅の算定や条数の判定は必ずしも正確とは認められない。また、これが右前輪の横滑り痕であるとすると、前輪の可動範囲(証拠上、三〇ないし四〇度と認められる。)を考慮しても、被告人車両は停止時に一八〇度近く反転して頭を交差点西側方向に向けたことになるが、これは本件車両の動きを目撃していた者の供述に全く整合しない。したがって、タイヤ痕Aの後半部分は制動痕とみる余地が多分にあり、原判決のこの点の認定は維持し得ない。
もっとも、意図的な急発進により後退した場合であっても、もともと若干の後退をする意図しかなく、大きく後退することによって予期せぬ衝突を回避するために、すぐにブレーキを踏むことは十分にあり得るから、本件タイヤ痕が制動痕であると認められることが、直ちに公判供述を裏付けるということにはならないというべきである。
(4) 小括
その他目撃者らの原審公判証言は、本件車両が激しい攻撃を受けたために動転して急後退したように見えたなどと述べるものが多く、目撃者らはいずれも利害関係のない中立な第三者であり、少し距離はあるものの怒声や攻撃の音がしたため注視していたのであり、被告人の公判供述を裏付けているとみることもできる。しかし、それらの証言をみると、あくまで目撃者らの受けた印象という限度で証言していると認められるからその証拠価値を過大視することはできない。
一方、被告人の公判供述は、太郎との衝突の衝撃、轢過による上下動、引きずりの感覚を全く感じなかったというのであるが、これらはいずれも相当強い感触をもたらしたはずであり、これらをいずれも認識しなかったというのは、心理的動揺が激しかったとしても、かなり不自然である。この点をみると、被告人には、自ら兄を轢いて死に至らしめてしまったという自責の念なども影響し、本件が相手からの攻撃を免れるためになされた咄嗟の本能的、反射的行動の結果であったと思いたいとの念が、供述内容や供述態度に反映しているとみるのが相当である。
以上を総合すると、被告人の公判供述の信用性が高いということはできない。
3 被告人の捜査段階の供述について
(1) 問題点
上記1(2)のとおり、春野に車両を衝突させる故意は認定できないから、この故意の存在を自認し、さらには未必の殺意すら認める内容を含む被告人の捜査段階の供述の信用性に疑いが生ずること、また、原審における検証の結果によれば、サイドミラーに映った春野の姿を見たと述べる点についても疑問が残ることは所論が指摘するとおりである。
(2) 相手を追い払おうとしたとの供述の信用性について
もっとも、捜査段階の供述の中には、「相手をびびらせて追い払い、太郎を助けるつもりで行った」と、衝突させる故意に至らない意図を述べる部分がある(原審検148)ところ、この供述は、上記の各観点からの考察にも矛盾がない。むしろ、逃げるためには、多勢に無勢の中で自己及び太郎を守る手段が本件車両しかなく、その車両の持つ威力を利用しようとするのが本能的な感覚であると思われるし、まして、相手方から襲撃されている太郎を本件車両に乗せて逃げるためには、若干の余裕を作り出すことが必要であることからすれば、この供述が述べる内容は、その場の状況に照らし、極めて自然で合理的な思考というべきである。
このような解釈はいわゆるつまみ食い的な証拠評価との非難を受けかねないが、原判決(三一~三二頁)も説示するとおり、被告人は、捜査官の追及に対して自己の言い分を通している重要部分が少なからずあり、すべて捜査官に迎合して自白をしたともいえないことなどを総合すると、本件ではこのような証拠評価も十分理由があるというべきである。
4 被告人が有した故意の内容
上記2及び3を総合すると、被告人の有した主観は、本件車両の左後方付近で相手方グループ員から危害を加えられている太郎を助け出して一緒に逃げるため、相手方グループ員付近に本件車両を急後退させて、同人らを追い払おうとしたというものであり、これは暴行の故意に当たると認定するのが相当であり、原判決もほぼ同旨の認定をしていると解されるから、この点に事実誤認はないというべきである。

5 上記認定に基づく被告人の罪責
(1) 原判決の擬律
上記の認定事実に基づき、原判決は、被告人が本件現場に赴いたのが喧嘩する意図があったことを認定して、特段の理由を示すことなく、春野に対する暴行罪の成立を認め、また、暴行の結果、意図していなかったとしても、太郎に本件車両を衝突させ轢過して死亡させたのであるから、太郎に対し傷害致死罪が成立すると判断している。
(2) 春野に対する暴行について
確かに、本件現場に至るまでの被告人の言動等によれば、被告人においても喧嘩になることを予想して本件現場に赴いたことは明らかであり、喧嘩をしに行ったのではなく単に話し合いをするつもりであったとの被告人の公判供述が信用できないことは原判決(二三~二四頁)が説示するとおりである。
しかし、所論が指摘するとおり、被告人らは、喧嘩の手順や役割分担などを打ち合わせておらず、また武器を準備した形跡もない(甲野の車内に木刀などがあったが、使用が検討された形跡もない。)から、喧嘩の意思といっても、いきなり相手方に攻撃を加えるような強固ないし積極的な意思までは認められない。そして、本件現場に到着した後、相手方から太郎と被告人だけが来るように言われ、はるかに多数(女性を除いても七人対二人)で、しかも木刀などを持ち今にも襲いかかろうとする気勢を示している相手方に囲まれた時点においては、たとえ後方には仲間四名が居たとしても、もはや現実に暴力を振るっての喧嘩をする意思を喪失したと解することは不自然ではない。そのような状況下でも、太郎がなお強気な態度を取ったことは被告人自身が認めている(当審第三回・速記録二八頁)が、彼我の勢力を考えると、乱闘になったら負けることが必至であるから、太郎の強気な態度は、あくまで話し合いを有利に決着させるためのポーズであって、これが相手に先に手を出させるための挑発であったとは解されない。その上、相手方が襲撃を開始した後は、一方的に相手方が被告人方を攻撃し、味方四名はどこかに逃げ去ってしまい、残された被告人と太郎は逃げることに急で、反撃に出た様子はない(上記認定のとおり、被告人が、相手方に本件車両を衝突させようとするまでの意図は認められず、これがあらかじめ予定していた攻撃行為とみることもできない。)。その中で、太郎は木刀で二発殴打された上に、さらに春野に木刀で襲いかかられており、被告人も、本件車両の中に居たものの、二、三名から木刀やバールで攻撃を受け、助手席側ガラスやフロントガラスが割られ、運転席側にも一撃を受けており、両名の生命・身体の危険は相当高まっていたと認められる。以上の状況に照らせば、被告人らが現場に赴くまで有していた喧嘩闘争の意図が、本件現場における正当防衛の適用を排除するものとはいえず、また、被告人らがこの機会を利用して相手方に加害行為を加えようとしていたとも認められないから、不正の侵害の「急迫性」の要件も具備していると解するのが相当である。防衛意思が認められることも明らかである。
そして、この急迫不正の侵害に対し、加害者に車両の威力を示して追い払うため、加害者がいる付近を目がけて車両を発進する行為は、車両の動きを見ている者は当然これを避けようとする行動をとるであろうことをも加味すると、後退走行による急発進であって的確な操作が前進に比べはるかに難しく、現に春野が避け切れず自らの手に本件車両を衝突させたという事情を考慮しても、これが防衛行為としての相当性を逸脱しているとまではいえない。
したがって、春野に対する暴行については、暴行の構成要件に該当するものの、正当防衛が成立し違法性が阻却されるというべきである。
(3) 太郎に対する傷害致死罪について
上記のとおり、被告人が本件車両を急後退させる行為は正当防衛であると認められることを前提とすると、その防衛行為の結果、全く意図していなかった太郎に本件車両を衝突・轢過させてしまった行為について、どのように考えるべきか問題になる。不正の侵害を全く行っていない太郎に対する侵害を客観的に正当防衛だとするのは妥当でなく、また、たまたま意外な太郎に衝突し轢過した行為は客観的に緊急行為性を欠く行為であり、しかも避難に向けられたとはいえないから緊急避難だとするのも相当でないが、被告人が主観的には正当防衛だと認識して行為している以上、太郎に本件車両を衝突させ轢過してしまった行為については、故意非難を向け得る主観的事情は存在しないというべきであるから、いわゆる誤想防衛の一種として、過失責任を問い得ることは格別、故意責任を肯定することはできないというべきである。
ところで、原判決は、前記のように特段の理由を示していないが、被告人に春野に対する暴行の故意があったことを認め、いわゆる方法の錯誤により誤って太郎を轢過したととらえ、法定的符合説にしたがって太郎に対する傷害致死の刑責を問うもののようである。本件においては、上記のように被告人の春野に対する行為は正当防衛行為であり太郎に対する行為は誤想防衛の一種として刑事責任を考えるべきであるが、錯誤論の観点から考察しても、太郎に対する傷害致死の刑責を問うことはできないと解するのが相当である。すなわち、一般に、人(A)に対して暴行行為を行ったが、予期せぬ別人(B)に傷害ないし死亡の結果が発生した場合は、いわゆる方法の錯誤の場面であるとして法定的符合説を適用し、Aに対する暴行の(構成要件的)故意が、同じ「人」であるBにも及ぶとされている。これは、犯人にとって、AとBは同じ「人」であり、構成要件的評価の観点からみて法的に同価値であることを根拠にしていると解される。しかしこれを本件についてみると、被告人にとって太郎は兄であり、共に相手方の襲撃から逃げようとしていた味方同士であって、暴行の故意を向けた相手方グループ員とでは構成要件的評価の観点からみて法的に人として同価値であるとはいえず、暴行の故意を向ける相手方グループ員とは正反対の、むしろ相手方グループから救助すべき「人」であるから、自分がこの場合の「人」に含まれないのと同様に、およそ故意の符合を認める根拠に欠けると解するのが相当である。この観点からみても、本件の場合は、たとえ春野に対する暴行の故意が認められても、太郎に対する故意犯の成立を認めることはできないというべきである。
したがって、太郎に対する傷害致死罪の成立を認めることはできない。
6 結論
以上のとおり、春野に対する暴行罪は正当防衛が認められることにより、また太郎に対する傷害致死罪は暴行の故意を欠くことにより、いずれも成立しないから、これらの成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、論旨は理由がある。
よって、その余の控訴趣意を検討するまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八二条を適用して原判決を破棄し、さらに同法四〇〇条ただし書に従って判決する。
第2 自判
本件公訴事実は、「被告人は、平成一〇年七月四日午前零時二〇分ころ、大阪府堺市戎島町〈番地略〉先路上において、実兄の乙野太郎(当時二一年)ほか四名と共に、春野(当時一七年)ら一〇名の男女とけんかをすべく対じしたところ、同人らから木刀等で攻撃を加えられ、その場に停車させていた被告人の普通乗用自動車の運転席に逃げ込んだ際、同車後方付近で、右乙野が右春野と木刀を取り合っているのを認め、同車を同人に衝突させる暴行を加えようと決意し、直ちに同車を運転し、同人及び右乙野の方向を目がけて時速約二〇キロメートルで約15.5メートル後退進行させ、右春野の右手に同車左後部を衝突させるとともに、右乙野に同車後部を衝突させた上、その場に転倒させてれき過する各暴行を加え、よって、同人に肝臓挫滅等の傷害を負わせ、同日午前一時五一分ころ、大阪市住吉区万代東〈番地略〉所在の大阪府立病院において、同人をして肝臓挫滅に起因する出血性ショックにより死亡させたものである。」というものであるが、上記検討のとおり、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことに帰し、また縮小認定により故意犯の成立を認める余地もない。
なお、本件においては、上記のとおり故意犯が成立しないとしても、過失犯の成否が問題となり得る。しかし、被告人は激しい攻撃を受けて心理的動揺が激しかったと認められ、被告人の過失責任の根拠となる注意義務を的確に構成することも困難であり、その他本件審理の状況をあわせ考えても、当裁判所において、検察官に対する訴因変更命令ないし釈明義務が発生するとはいえない。
よって、刑訴法三三六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・河上元康、裁判官・細井正弘、裁判官・水野智幸)

++解説
《解  説》
一 本件は、若者グループ同士の乱闘騒ぎの中で、被告人が、実兄と木刀を取り合っている相手グループのAに暴行を加えるべく自動車を急後退させたところ、車をAの手に当てた(負傷はない)ほか、自分の実兄を轢き死亡させたことから、暴行、傷害致死罪に問われた事件である。
一審判決は、「被告人には、実兄を助けるために、Aに向けて車を急後退させて追い払おうという暴行の故意があった」旨認定し、「その暴行の結果、意図していなかったとしても、実兄に車を衝突させ轢過して死亡させたのであるから、Aに対する暴行罪のほか、実兄に対する傷害致死罪が成立するのは明らかである」旨判示して、被告人に懲役三年・五年間執行猶予の刑を言い渡した。これに対し、弁護人は、被告人には暴行の故意がないから無罪であるなどと主張して控訴した。
本判決は、被告人に暴行の故意を認めた一審判決の認定を是認した上で、Aに対する暴行については正当防衛が成立すると認めた。さらに、「防衛行為の結果、全く意図していなかった実兄を轢過してしまった行為については、誤想防衛の一種として故意責任を認めることはできない」旨判示して破棄自判し、被告人を無罪とした。
二 防衛行為を行おうとしたが侵害者以外の者に反撃の結果が発生してしまった場合については、正当防衛説、緊急避難説、誤想防衛説などの対立がある(前田・刑法総論講義〔第三版〕三三七頁、団藤・刑法綱要総論〔第三版〕二四二頁など)。本判決は、そのうち誤想防衛説を採用して、故意責任を問うことはできないとしたものである。公刊された裁判例としては初めての判断と思われる。
三 なお、本判決は、誤想防衛説を採用した部分に続いて、錯誤論からの考察も展開し、相手方グループ員と実兄とでは構成要件的評価が同一ではないとの判示もしている。この点は、新実例刑法総論一二「打撃の錯誤」(小出錞一執筆部分)一五八頁や井田良・法研五八巻一〇号七九頁等で提起されている問題である。二の誤想防衛説を採用して結論を出しながらなお錯誤論を展開することは論理的でないとの批判もあろうが、これらが未だ学説判例の固まっていない部分であるため、別の角度からも結論を補強しておく必要性を感じて記載されたとみる余地もある。
四 本件は、講学上は盛んに論じられるものの実例に乏しい分野についての興味深い事例といえる。また、右の中心的論点のほかにも、故意の有無・内容に関する事実認定、喧嘩闘争における正当防衛の成否、誤想防衛が成立した後の過失犯の成否ないし取扱いなど、多くの論点を含んでおり、実務の参考となると思われるので紹介する。

d 違法説

(イ)設例の検討

カ 小括

(3)結論


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