不法行為法 7 損害賠償請求に対する抗弁(1)

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1.責任無能力の抗弁
責任能力は抗弁と位置づけられる。

+(責任能力)
第七百十二条  未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない

第七百十三条  精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

2.責任能力の意義
責任能力は、
法の命令・禁止を理解しえない人間を、損害賠償責任から解放することによって保護するとの政策的価値判断に基づきたてられた概念。
保護されるか否かを振り分けるための知的・精神的能力
←共同体主義の観点から。

・責任能力の定義
=自己の行為の是非を判断できるだけの知能
(善悪の判断能力・違法性認識能力)

・責任能力の有無は、
個々の具体的行為者の能力を基準に判断される
⇔過失の有無が判断されるときには合理人の注意が基準になるのとは対照的

・責任能力の有無は、加害行為の種類態様ごとに異なってくる

3.誰が責任無能力者か
・+(責任能力)
第七百十二条  未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。

一律には判断できないが大体12歳くらい

・+第七百十三条  精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

4.責任無能力者の監督義務者の責任
(1)帰責と免責の仕組み
+(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第七百十四条  前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

・家族関係の特殊性を考慮して、監督義務者が家族共同体内で責任無能力者の福利厚生・教育を図るという身分上の監護権ないし監護をすることのできる地位にある点に注目し、監督義務者に監督上の過失(監督過失)があることを根拠として、この者に損害賠償責任を課している。

・監督過失についての主張・立証責任が被害者側から監督義務者側に転換されている。
=中間責任

・請求原因
①Xの権利が侵害されたこと
②A(責任無能力者)の行為につき、Aに故意があったこと、またはAに過失があったことの評価を根拠付ける具体的事実
③損害の発生(およびその金額)
④①の権利侵害(③の損害)と②の行為との間の因果関係
⑤②の行為の当時、Aに責任能力がなかったこと
⑥②の行為当時、YがAの監督義務者であったこと

・抗弁
自らが責任無能力者の監督義務を怠らなかったこと
ここでいう監督義務とは、結果の発生を回避するための包括的な監督義務を意味する

監督上の過失と権利侵害との間の因果関係の不存在を主張立証

(2)監督義務を怠らなかったといえる場合
ⅰ)総論
・判例は、714条1項ただし書きにいう監督義務も門峰709条にいう過失の前提となる行為義務と異ならず、他人の権利・法益を害しないように注意して行動すべき義務(結果回避義務)であると捉えている。
=身分関係・生活関係から導かれる監護教育義務・身上配慮義務(820条・858条など)とは異質なものである。
→民法714条1項ただし書きによる免責の抗弁は、監督面での無過失の抗弁に他ならない!!

監督義務者と被監督者との身分関係・生活関係に照らして捉えられる結果回避のための包括的な監督義務とその違反の有無が問われる
=当該権利法益侵害を回避するために監督義務者がどのような個別具体的な監督行為をするべきであったかが問われているわけではない!

ⅱ)未成年者の不法行為と監督義務者の免責可能性
・責任能力のない未成年者の親権者は、その直接的な監視下にない子の行動について、人身に危険が及ばないように注意して行動するよう日頃から指導監督する義務がある
通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であるなど特段の事情が認められない限り、子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきでない。

+判例(H27.4.9)サッカーゴール事件

714条1項ただし書きの監督義務違反を民法709条の過失と同義と捉え、かつ、
日常的に見られる通常は人身の危険が及ぶようなものではない行為から常態ではない経緯を経た結果であって、この結果を行為者がその意思により招致させたものでないものについては、責任無能力者の当該行為について具体的に予見可能であったなどの特段の事情があったと認められない限り、一般的な監護義務を尽くしていていれば、監督義務違反を問わない。

ⅲ)認知症高齢者の不法行為と監督義務者の免責可能性

・+(成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮)
第八百五十八条  成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。

←民法858条の身上配慮義務は、成年後見人の権限等に照らすと、成年後見人が契約等の法律行為をする際に成年後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって、成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや、成年被後見人の行動を監視することを求めるものと解すことはできない!!!!
=保護者や成年後見人であることだけでは、直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。

・+(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条  夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

←夫婦間で同居協力扶助の義務を負うのであって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課すものではない。
同居の義務については性質上履行を強制できないものであり、それ自体抽象的
→752条の規定をもって、714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできない。

・もっとも、法定の監督義務者に該当しない者であっても、
責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、
衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視して、その者に対し714条に基づく損害賠償責任を問うことができる!!!!!
=「法定の監督責任者に準ずべき者」として、714条1項が類推適用される

・法定の監督義務者に準ずべき者かの考慮要素など
その者自身の生活状況や心身の状況
精神障害者との親族関係の有無・濃淡
同居の有無その他の日常的な接触の程度
精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者とのかかわりの実情
精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容
これらに対応しておこなわれている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、

その者が精神障害者を現に監督しているか、または監督することが可能かつ容易であるなど、衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断。

+判例(H28.3.1)JR東海事件

5.行為者に責任能力がある場合の保護者の損害賠償責任
・不法行為者に責任能力があった時には、被害者は、714条に基づき監督義務者に損害賠償請求をすることはできない。
→709条で。

監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立する
714条の規定が右解釈を妨げるものではない。

714条の場合のように広範かつ包括的な監督義務違反とは違い、
結果回避に向けられた具体的かつ特定の監督措置を内容とするもの

6.その他の抗弁~違法性阻却事由といわれているもの~
(1)正当防衛の抗弁
+(正当防衛及び緊急避難)
第七百二十条  他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2  前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。

・他人の不法行為が原因となっていること
第三者に対する不法行為でもよい

・自己または第三者の権利を防衛するために加害行為をしたこと

・加害行為がやむを得ないものであったこと
防衛行為の必要性と加害行為の相当性

・要件事実
①Yまたは第三者の権利
②①の権利に対する他人の侵害行為
③請求原因に挙げられたYの故意過失行為(加害行為)が、②の行為から①の権利を防衛するために行われたものであること
④③の行為がやむを得ずに行われたものであること(必要性と相当性)

(2)緊急避難(対物防衛)の抗弁
+(正当防衛及び緊急避難)
第七百二十条  他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2  前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する

民法における緊急避難とは主に対物防衛
民法の場合は、反撃を加える対象が危難を生じさせたその物に場合に限定される!

・要件事実
緊急避難の抗弁
①Yの権利
②①の権利に対して、請求原因に挙げられたXの物から急迫の危難が生じた事
③請求原因に挙げられたYの故意過失行為(物の損傷行為)が、②の危難を避けるためにされたものであること
④③の行為がやむを得ずに行われたものであること(必要性と相当性)

(3)法令による行為・正当業務行為の抗弁

(4)被害者承諾の抗弁
被害者は、みずから処分権限を有する事項についてのみ、承諾をすることができる。

(5)自力救済の抗弁
判例は自力救済を原則として禁止

法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存在する場合においてのみ、その必要な限度を超えない範囲内で、例外的に許される。


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刑事訴訟法 事例演習刑事訴訟法 23 伝聞法則(1)


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1.伝聞証拠の意義

+第三百二十条  第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。
○2  第二百九十一条の二の決定があつた事件の証拠については、前項の規定は、これを適用しない。但し、検察官、被告人又は弁護人が証拠とすることに異議を述べたものについては、この限りでない。

・伝聞証拠
=公判廷外の供述を内容とする証拠(供述又は書面)であって、当該公判廷外供述の内容の真実性を証明するために用いられるもの(形式説)

→原供述を内容とする公判廷供述・書面が伝聞証拠となる。(形式説からすると、原供述が伝聞証拠となるわけではない!!!)

+判例(S30.12.9)
理由
被告人の上告趣意、弁護人佐藤哲郎、同小野孝徳の上告趣意、同寺坂銀之輔の上告趣意は、末尾添附の同人らの「上告趣意」と各題する書面記載のとおりである。
被告人の上告趣意は事実誤認、量刑不当の主張であり、弁護人佐藤哲郎、同小野孝徳の上告趣意第一点は判例違反をいうけれども、原審において主張せられず、その判断を経ない第一審の訴訟法違反を主張するに帰し、その余は憲法違反をいう点もあるが、実質は事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であつて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
また、弁護人寺坂銀之輔の上告趣意第一点は判例違反を主張するにあるところ、原判決は被告人の性格が婦女に対して異常であることを窺わせるような事跡を掲げ、これにより本件強姦致死の刑責が被告人にあることを推断する一資料としているのであるから、(かような証拠の証明力の程度の問題はとにかく)論旨引用の判例が、犯人の性行経歴が犯罪行為と交渉を有する場合には、その交渉する限度においてこれを当該犯罪事実認定の資料とすることを妨げないとするところと、なんら抵触するところはない。同第二点は刑訴三二一条、三二四条は憲法三七条二項に違反すると主張するけれども、原審において主張せられず、その判断を経ないところであり(刑訴三二一条の合憲性については昭和二六年(あ)第二三五七号、同二七年四月九日大法廷判決、集六巻四号五八四頁参照)、同第三点(但し、撤回部分を除く)は事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
職権により調査すると、第一審判決は罪となるべき事実として「被告人は最初の妻に小供を置いて死なれ、その後二度も妻を娶つたがいずれも生別し、数年来鰥暮をしているものであるが、第一、かねて米子市a番地未亡人AことB(当時数へ年三五才)と情を通じたいとの野心を持つていたところ、昭和二三年五月一日午後七時三〇分頃鳥取県西伯郡b町から自宅への帰途、米子市c地内米川堤防道路上において右Bに出会うや同女を姦淫すべく決意し、同女を道路下の畑や田等のある所に連れ込み同所のC所有の田地(米子市c字d番地)において何かの拍子で倒れた(或は格闘の結果倒れたかも知れない)同女の頸部を手で扼して強いて同女を姦淫しようとして右頸部扼圧の結果同女を間もなくその場で窒息死亡させ(強姦既遂の点についてはその証明が十分でない)」たとの強姦致死の事実を認定し、その証拠として幾多の証拠の標目を挙示しこれを綜合して右事実を認める旨判示している。そして第二審判決は右第一審判決を支持する理由を詳細に説示しているのであるが、「(二)被告人が原判示、日時、場所において、原判示の如く、Bを殺害したとの点」について、「1Bが殺害された当日、被告人がb町に赴いたことは、諸般の証拠によつて明らかである。さて、被告人が、いずれの列車でb町から米子市に帰つたとしても、前叙の如くBが帰途に就き米川堤防道路上に差蒐つた際、偶被告人もBの前方を同一方向に向つて歩行していたことは、原審証人D、E、F、Gの各証言、原裁判所が昭和二七年二月二五日行つた検証の結果、米子鉄道管理局長名義の列車発着時刻に関する回答及び原審裁判官の証人Fに対する尋問調書によつて認められる諸般の事実を通じて容易に窺われる。」と説示している。しかるところ第一審証人Hの証言並びに第一審裁判所が昭和二七年三月一日行つた検証の結果によると、Bが皆生温泉からの帰途、Hと新開橋附近で別れ、そこから一人で同c寺地内米川堤防道路上を、観音寺部落、戸上部落方面に向つて歩行しはじめたのは昭和二三年五月一日午後七時頃であり、同所から徒歩で本件現場附近の道路上にいたる所要時間は約二七分であるから、Bが現場附近に達した時刻は同七時二七分頃となる。一方、被告人が当日午後境駅から乗車し後藤駅で下車したとして、米子鉄道管理局長名義の列車発着時刻に関する回答によれば、右後藤駅着時刻は午後五時三五分頃若しくは同七時九分頃であり、且つ昭和二八年五月一日原審が行つた現場検証の結果によれば後藤駅から本件現場附近の道路上までの徒歩所要時間は約五〇分であるから、被告人が午後七時九分着の列車で後藤駅に到着したとすれば、被告人が現場附近に達する時刻は同八時一分頃となる。従つて、被告人が午後七時九分着の列車で後藤駅に到着したとすれば、右現場附近においてBと出会することは不可能である。されば、原判示のように、被告人がいずれの列車でb町から米子市に帰つたとしても、Bが帰途につき米川堤防道路上に差蒐つた際、偶被告人もBの前方を同一方向に向つて歩行していたことが認められるとすることはできない。しかも第一審証人Fの公判廷の供述並びに第一審裁判官の同証人に対する尋問調書中の供述記載によつては、同証人が米川堤防上で出会つた男が被告人Iによく似ていたと思うというにとどまり、その男が被告人であつたことは同人の確認しないところというのほかなく、その他原判決挙示の証拠をもつては未だ右事実を確認するに足りない。さらに、原判決が理由中(二)の2(イ)ないし(チ)において認定した各事実並びに3、4、5、において認定した各事実がすべて真実であるとしても、かような事実をもつては未だ、Bが米川堤防上に差蒐つた際、被告人も同人の前方を同一方向に向つて歩行していたとの認定事実を肯認するに足りない。
次に、鑑定人J作成の鑑定書によれば、Bの「死後の経過時間は死後強直発現程度、体温等よりして十時間以上経過せるものと推定さる」とあり、解剖に着手した昭和二三年五月二日午後一一時三〇分より逆算して十時間以上とは二日午後一時三〇分より以前ということであり、また、同鑑定人の第一審公判廷における証言によれば、「被害者が死の転帰を取つたのは二日に入つてからと思いますか」との問に対し「私の頭に残つているのは二日の前日の遅くではないかと思う程度ではなかつたかと思います」とあつて、二日の前日の遅くではないかと思うとは、即ち五月一日午後一〇時以後を指すものと解するのが相当である。されば、他により確実な証拠の存しない限り、Bの死亡時は少くとも五月一日午後一〇時以後と推認するを相当とせざるをえない。従つて、第一審判決認定の死亡時間との間に数時間の齟齬あるものというべきである。
さらに、第一審判決は、被告人は「かねてBと情を通じたいとの野心を持つていた」ことを本件犯行の動機として掲げ、その証拠として証人Kの証言を対応させていることは明らかである。そして原判決は、同証言は「Bが、同女に対する被告人の野心にもとずく異常な言動に対し、嫌悪の感情を有する旨告白した事実に関するものであり、これを目して伝聞証拠であるとするのは当らない」と説示するけれども、同証言が右要証事実(犯行自体の間接事実たる動機の認定)との関係において伝聞証拠であることは明らかである。従つて右供述に証拠能力を認めるためには刑訴三二四条二項、三二一条一項三号に則り、その必要性並びに信用性の情況保障について調査するを要する。殊に本件にあつては、証人KはBの死の前日まで情交関係があり且つ本件犯罪の被疑者として取調べを受けた事実あるにかんがみ、右供述の信用性については慎重な調査を期すべきもので、これを伝聞証拠でないとして当然証拠能力を認める原判決は伝聞証拠法則を誤り、引いて事実認定に影響を及ぼすものといわなければならない。
以上要するに、第一審判決が、被告人に本件強姦致死の犯行を認めたことが正当であるかどうかは疑問であり、第一審判決にはその判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認を疑うに足る顕著な事由があつて、同判決及びこれを維持した原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。よつて刑訴四一一条三号、四一三条に則り原判決及び第一審判決を破棄し、本件を第一審裁判所である鳥取地方裁判所に差戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
この判決は全裁判官全員一致の意見である。
検察官大津民蔵出席
(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)

・伝聞証拠かどうかは、要証事実と証拠との関係によって決せられる。
+判例(S38.10.17)
理由
一、被告人P1本人の上告趣意第一について
まず、被告人P1は不当に長期の勾留の下に裁判を受けたものであつて、原判決は憲法三八条に違反するとの論旨について考えるに、勾留が不当に長期であるかどうかは具体的事件の内容との関連において決すべきものであることは当裁判所の判例とするところであるが(昭和二二年(れ)第三〇号、同二三年二月六日大法廷判決、刑集二巻二号一七頁、昭和二六年(れ)第二五一八号、同三〇年四月六日大法廷判決、刑集九巻四号六六三頁参照)、本件記録を調べてみると、被告人P1は昭和二七年一〇月二九日爆発物取締罰則違反罪により逮捕され、同年一一月一日勾留され、同月一九日同罪により起訴されたのであるが、その後同被告人に対しては幾多の追起訴が重ねられ、昭和三〇年八月一六日に至つてようやく最後に殺人罪の起訴があり、第一審裁判所は、九一回にわたつて公判を開いた後、昭和三二年五月七日判決を言い渡し、即日控訴申立があり、原裁判所は三九回にわたつて公判を開いた後、昭和三五年三一日判決を言い渡したものであつて、被告人P1は原判決言渡当時までに約七年八ケ月間拘禁されていたことを認めることができる。
しかして、本件全訴訟記録を通じて看取できる本件公訴事実全般の規模とその複雑性、それにともなう捜査および公判審理の困難性、被告人P1に逃亡、証拠煙滅のおそれがあり、本件殺人事件後その関係者と目される数名が所在不明となつたこと等、原判決の判示している本件の特殊性を考慮するときは、前記当裁判所の判例の趣旨に徴して、同被告人の勾留が不当に長期にわたつたものであると言うことはできない。論旨は採用することができない。
次に、被告人P1に対する接見交通の禁止、起訴の遷延が違憲であるとの論旨について考えるに、その実質は単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(前記の如き本件の特殊性よりすれば、原審がこれらの措置を必要やむをえないものとして是認したのは正当である。)
次に、被告人P1を苫小牧地区警察署に移監したことは憲法で保障する弁護権の剥奪である旨の論旨について考えるに、その実質は単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(記録によれば、同被告人は昭和二八年三月一日札幌市中央警察署留置場より苫小牧地区警察署留置場へ、同二九年八月二八日苫小牧地区警察署留置場より札幌市中央警察署留置場へ、同三〇年七月二二日札幌市中央警察署留置場から大通拘置支所へ、それぞれ移監されたことを認めることができるけれども、これらの措置は、弁護権制限の意図をもつてなされたものではなく、通謀による証拠湮滅を防ぐ必要があり、これに加えて拘禁場所の収容力の不足、物的設備の不全等の理由から分散して勾留し、時に応じて移監するのもやむをえない事情にあつたためになされたものであると認められること原判示のとおりであつて、論旨は採用することはできない。)
さらに、被告人P1らに対し自白の強要がなされた旨の論旨について考えるに、同被告人らに対し憲法三八条に記載されているような不利益な供述の強要がなされたことを認めるべき証跡は記録上発見できないから、論旨はその前提を欠き、採用することができない。
その余の所論は違憲をいう点もあるが、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
同第二ないし第四について
所論中判例違反を主張する点は、いかなる判例に違反するかを具体的に示さないから適法な上告理由とは認められず(原判決が、共謀を認めるためには厳格な証明によらなければならないとする当裁判所昭和二九年(あ)第一〇五六号同三三年五月二八日大法廷判決、昭和二九年(あ)第一六七一号同三四年八月一〇日大法廷判決に違反する点のないことについては、弁護人青柳監雄の上告趣意に対する説示参照)、その余の所論は、違憲をいう点もあるが、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(原判決認定の各事実は、その引用の証拠によれば、すべてこれを認めることができ、原判決には所論のような事実誤認は認められず、また、経験則違反、採証法則違反、その他所論のような違法は存しない。)
二、被告人両名の弁護人杉之原舜一の上告趣意第一部第一ないし第四について。
所論は事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(第一審判決証拠番号〔二〇〕〔三七〕〔二二二〕〔二二五〕〔二三六〕二四一〕の証人P2の供述、同〔四六〕〔二三三〕〔二三七〕の証人P3の供述、同〔二二三〕〔二二八〕〔二三八〕〔二四〇〕の証人P4の供述、および同〔二三〇〕〔二三一〕の被告人P5の検察官久保哲男に対する供述調書中同被告人の供述記載について、任意性、信憑性を疑わしめるに足る証跡は、記録上認めることができない。そして、原審が第一審判決判示第二(七)の事実の証拠として引用している各証拠を綜合するときは((証第二〇六号ないし第二〇八号の弾丸に関しては、弁護人鎌田勇五郎の上告趣意第一点に対する説示参照))、被告人P1は、昭和二六年一二月二七日P6労働組合の札幌市長P7に対する集団交渉をめぐつて同市役所坐込み事件が発生し、札幌委員会所属党員ら約一〇名が札幌市警察本部警備課長P8の指揮する警察官によつて検挙され、札幌地方検察庁に送致後は同庁検事P9千冬の取調を受けることとなるや、これを不当弾圧であるとし、P7市長、P8課長およびP9検事を目標とする、いわゆる反フアツンヨ斗争を盛り上げるとともに、この機をとらえてP8課長を殺害しようと決意するに至り、P10をして当時a町方面の開拓農民部落に農村工作等のため派遣中であつた中核自衛隊員P11、P12、P13、P4および被告人P5の五名を急拠札幌に呼び戻させた上、P10と相い謀つて同月二九日札幌市内P14大学構内学生会館内P15協会の部屋に集合せしめ、ついで場所を同市b丁目P16宅に移し、同人らに対し前記市役所坐込み事件の責任者として、P7市長、P9検事およびP8課長の三名に対しいわゆる反フアツシヨ斗争を開始し、P9検事に対しては当日夜、P7市長に対しては大晦日の夜、それぞれの居宅を襲撃して投石すべき旨指示してこれに同意せしめるとともに、P8課長に対しては年が明けてから慎重調査の上徹底的攻撃を加える旨をも告げて暗に同課長殺害の企図をうち明け、ついで翌二七年一月一日頃P10とともに同市c丁目のP14大学北学寮内のP12の居室に右P11ら五名を召集し、フアツシヨ的な警察官に対しては実力攻撃を加える準備があるとの趣旨を記載した宣言文を警察官に発送することを協議し、さらに同月四日午前九時頃からP10とともに前記P16方もしくは同市d丁目のP17方に右P11ら五名を招集し、P8課長殺害の方法は拳銃を使用する旨を告げ、これがため当
面直ちにP8課長の動静調査を開始すべき旨指示して、右調査に当ることに同意せしめ、なおその際、調査中においても好機があれば殺害を決行する意図であることにも言及し、同人らをしてこれを了承せしめ、ここに被告人P1は、P10とP8課長殺害を共謀するとともに、同課長の殺害を容易ならしめるため、前記P11ら五名をしてP8課長の動静を調査せしめることとなり、またその頃被告人P1は、P10と相い図り、労働者出身のP18にP8課長殺害の企図をうち明け、同人を前記P11ら五名に加えてP10とともに調査隊を編成せしめ、P10は隊長として調査活動全般の指揮および被告人P1に対する報告、連絡の事務を担当し、他の者を二班に分け、主としてP11、P12およびP18の三名を一班として札幌市e丁目所在の札幌市警察本部付近を、P13、P4および被告人P5の三名を他の一班として同市f丁目のP8課長宅付近をそれぞれ受け持たしめ、連日P8課長の見張りまたは尾行等により、同人の出勤退庁の時刻、使用乗物、通行経路、同伴者の有無および立寄り先等を調査せしめ、その結果はその都度P10を通じて被告人P1に報告せしめる等緊密な連絡のもとに全員共同して調査活動を遂行せしめ、その結果同月一六、七日頃に至りP8課長の動静の大要を把握し一応調査の目的を達した折柄、被告人P1は今後も右のような全員による調査活動を継続するにおいては、かえつてその企図を感知せられるおそれがあるとし、P12、P13、P4および被告人P5の調査活動をうち切らしめ、その後はP10、P18、P11をして前記企図を実現せしめることとしたが、その間すでに被告人P1およびP10は、P18をP8課長殺害の実行担当者に選び、P18、P11とP8課長の殺害を札幌市内において順次共謀するに至つた事実、右共謀に基づきP18においてブローニング拳銃を携行し殺害の機会をもとめているうち、同月二一日同市g付近において自転車に塔乗中のP8課長を発見し、決行しようとして尾行中一たんその姿を見失つたが、再びこれを発見したので自転車に乗つて追尾し、同日午後七時四二、三分頃同市h丁目P19方前付近に差しかかつた際、そのすぐ背後から同人を狙つて所携のブローニング拳銃を連続二発発射し、その一弾((証第二〇六号))を背部中央脊髄骨の左側第一一肪骨付着部付近に命中せしめ、よつて間もなく同所において肪間動脈破砕による出血多量のため死亡するに至らしめて、殺害の目的を遂げた事実、および被告人P5は前記のとおり被告人P1の指示を受け、P8課長殺害実行の資とするものであることを知りながら同課長の動静調査をし、よつて被告人P1、P18らのP8課長に対する右殺害行為を容易ならしめてこれを幇助した事実を認定した原判示は、これを是認することができる。なお、「組織と戦術」というプリントをテキストとする研究会が昭和二七年一月四日午前一〇時
頃から夕刻まで同市i丁目のP2宅で開かれ、被告人P1およびP10が同研究会に始終出席していたことは原判決の認定するところであるが、原審の確定した事実関係の下においては、被告人P1とP10は、P4ら五名と、前記P16方またはP17方において同日午前九時頃から会合した後、右P2方に午前一〇時過ぎ頃までに到着することが時間的に不可能であつたと言えないとした原判示も是認できるところであつて、被告人P1は、一月四日は「組織と戦術」の研究会に出席していて右調査活動開始指示等の会合に出席する余地はない旨のアリバイの主張は採用し難い。)
同第二部第一について。
所論は、原判決の是認した共謀共同正犯の理論は憲法三一条に違反する旨主張するが、いわゆる共謀共同正犯成立に必要な謀議に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与しない者でも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行なつたという意味において、共同正犯の刑責を負うものであり、かく解することは憲法三一条に違反しないことは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和二九年(あ)第一〇五六号、同三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一七一八頁)、所論は理由がない。その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(共謀共同正犯を認定するにつき、謀議の行なわれた日時、場所またはその内容の詳細についてまでいちいち具体的に判示することを要しないことは、前記大法廷判決の示すところである。そして、原判決が、本件殺人事件につき、刑訴の規定により証拠能力を有し、かつ適法な取調を経た証拠を綜合して判示する程度に謀議の行なわれた日時、場所、その内容を認定し得る以上、前記判例の趣旨に照らし、これを違法とすべき理由はない。)
同第二について。
所論(一)(二)は、団体等規正令(昭和二四年政令六四号)は、昭和二〇年勅令五四二号に基づき制定されたいわゆるポツダム命令であつて、憲法九八条一項に違反し、平和条約発効後はその効力を有しないものであり、したがつてまた平和条約発効後一定期間その効力を有するものとした昭和二七年法律八一号二項および団体等規正令廃止後もなお従前どおり罰則を適用する旨を定めた破壊活動防止法(昭和二七年法律二四〇号)附則三項(論旨に第一項とあるのは第三項の誤りと認められる)もまた違憲無効である旨主張する。
しかし、右勅令五四二号は、平和条約発効前においては、日本国憲法にかかわりなく、憲法外において法的効力を有していたものであることは、つとに当裁判所の判例とするところであり(昭和二四年(れ)第六八五号、同二八年四月八日大法廷判決、刑集七巻四号七七五頁)、したがつて、右勅令五四二号に基づき制定された団体等規正令もまた、平和条約発効前においては、憲法外において法的効力を有していたものといわなければならない。
ところで、原審の維持した第一審判決によれば、被告人は昭和二七年一月二二日頃から同月二七日頃までの間にその認定のごとき行為をなし、もつて暴力主義的方法を是認するような傾向を助長し、かつこれを正当化する行為をしたものであるとして団体等規正令二条七号、三条により平和条約発効後において処罰されているのであるが、右団体等規正令の規定は、平和主義と民主主義を基調とする日本国憲法の趣旨と相い容れないものではなく、同九八条一項に違反せず、平和条約発効後失効したものではなく、したがつて平和条約発効後一定期間その効力を有するものとした昭和二七年法律八一号二項および団体等規正令廃止後もなお従前どおり罰則を適用する旨を定めた破壊活動防止法附則三項の各規定もまた違憲でないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和三二年(あ)第二号、同三六年一二月二〇日大法廷判決、刑集一五巻一一号二〇一七頁)。それ故、所論は採るを得ない。
所論(三)は、団体等規正令二条七号にいわゆる暴力主義云々の規定は抽象に過ぎ、裁判官の主観によつていかようにもその罪の成否の基準を左右することができるから、憲法の保障する思想、表現のP6また罪刑法定主義に抵触する旨主張するが、団体等規正令二条七号後段、三条の規定に違反した者を罰する同一三条一号の規定は、憲法の保障する罪刑法定主義に抵触せず、思想、表現のP6をおかすものではないことは、前記判例の示すところであるから、所論は採用することができない。
所論(四)は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
三、被告人両名の弁護人鎌田勇五郎の上告趣意第一点について。
所論は事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(証第二〇六号の弾丸が、昭和二七年一月二二日P8課長の屍体解剖に際しその胸部から摘出され領置されたものであることは、医師P20作成の昭和二七年二月二八日付鑑定書((第一審判決証拠番号〔二一六〕))および検察事務官P21作成の昭和二七年一月二二日付領置調書((同〔二二一〕))により明らかであり、証第二〇七号の弾丸が、昭和二八年一九日札帳市内通称j峠東南斜面通称k山道付近一帯を捜索して地表上の落葉の腐蝕土一糎下位の個所より発見され差し押えられたものであることは、検察官高木一作成の昭和二八年一〇月一五日付検証捜索調書((同〔四七〕))、検察官高木一作成の昭和二八年一〇月一五日付差押調書((同〔四八〕))および証人P4の第一審第一九回公判調書中における供述記載((同〔四〇〕))により明らかであり、また証第二〇八号の弾丸が、昭和二九年四月三〇日右山林一帯を捜索して腐蝕土下約二糎の個所より発見され差し押えられたものであることは、検察官高木一外三名作成の昭和二九年五月三一日付捜索差押調書((同〔四九〕))により明らかである。しかして、原判決は、前記証人P4の供述記載、被告人P5の検察官久保哲男に対する昭和二八年一〇月一三日付第一三回供述調書((同〔四三〕))ならびに右調書末尾添付の図面一葉((同〔四四〕))、証人P4の第一審第一二回および第一四回公判調書中における供述記載((同〔六四〕))、証人P22の第一審第五回公判調書中における供述記載((同〔六五〕))、領置にかかる手榴弾一個((同〔六七〕))等の証拠を綜合して、証第二〇七号、第二〇八号の両弾丸は、P4、被告人P5らが、昭和二七年一月上旬前記kの山林中で拳銃の射撃訓練および手榴弾の爆発実験を行なつた際に発射されたもので、それぞれ、発見当時までその現場に遺留されていたものであると認定しており、右原判決の事実認定は挙示の証拠に照らし是認できる。所論は、右両弾丸の腐蝕状況よりして、証第二〇七号の弾丸が約一年八ケ月間、証第二〇八号の弾丸が約二年三ケ月間にわたつてj峠の現場に放置されていた可能性がない旨主張するが、P14大学教授P23作成の昭和三四年一一月二〇日付鑑定書の鑑定結果によれば、「1、二〇七及び二〇八号各弾丸いずれも腐蝕されている。
2、「A」腐食の部位、程度。
<記載内容は末尾1添付>
弾丸の各部位に対して便宜上右の様に番号附をする。
「a」肉眼的観察。
二〇七と二〇八との外観はかなり相違している。
二〇七は〈1〉、〈2〉の一部分を除いた表面の大部分に金属光沢のメツキ層が残つている。
二〇八は〈3〉の部分にメツキ層が認められるだけで、他の部分の表面にメツキ層の残つている個所はほとんど認められず、大部分が銅色あるいは真鍮色である。
「b」光学顕微鏡観察。
二〇七について。メツキ層の存在する部分即ちメツキ層表面には細い表面キズが認められ殆んど腐蝕されていない。メツキ層の剥離された部分には表面キズがほとんど認められず、ピツト状の腐蝕孔が認められる。場所によつては地金属の結晶粒界部に比較的浅い選択的腐蝕溝が認められる。
二〇八について。メツキ層の剥離された部分印ち大部分の表面にはピツト状の腐蝕孔が散在し、部分によつては地金の結晶粒界部に比較的浅い選択的腐蝕構が認められる。
以上述べた光学的顕微鏡による観察結果からみてメツキ層の剥離された部分については二〇七、二〇八いずれの原蝕形態も特に相違する点は認められなかつた。
(B)腐蝕の原因。
金属の腐蝕は広義の金属の酸化現象であつて、金属の種類、環境条件によつて其の進行の可態性には著しく差異がある。
又同一の金属についても金属の表面状態((例えば表面組織結晶状態、異種金属の接触、不純物きず、機械的ひずみ、温度等))と腐蝕性環境条件((酸素含量、湿度、PH、温度、流動条件、微量不純物(例えばアンモニア、亜硫酸ガス、硫化水素、塩素イオン等)微生物、有機物等))との相互作用によつて腐蝕反応の進行の速さにも腐蝕形態にも敏感に影響を与えることが腐蝕科学の多くの実験事実の示すところである。
従つてある腐蝕金属の形態が示されたとしてもこれに対応する腐蝕性環境の種類は極めて多く腐蝕された金属の浸蝕形態から其の金属の置かれた腐蝕性環境の推定、即ち腐蝕の原因を求めることは不可能である。
又腐蝕金属と腐蝕環境とが与えられた場合に於ても、金属の腐蝕形態だけから其の腐蝕環境に放置された期間を推定することは不可能である。」というのであつて、これにより、原審が、証第二〇七号および同第二〇八号の各弾丸がそれぞれ昭和二七年一月上旬頃から翌年八月末頃ないし翌々年四月末頃までの間発見された箇所に埋没放置されていた可能性を否定することはできない旨を判示し、またP24大学助教授P25作成の昭和三一年一〇月五日付鑑定書((記録二八冊一一五二二丁))、原審受命裁判官のP25に対する証人尋問調書((記録三六冊一五六一四丁))、P14大学教授P26作成の「銅の腐食に関する二、三の実験」と題する昭和三二年二月一一日付書面((記録二九冊一一八六七丁))、証人P26の原審第三五回公判における供述((記録三六冊一五六七二丁))によつても、右認定を左右し得ないと判示している点は、当審においてもこれを正当と認める。
次に、P27大学教授P28作成の昭和三〇年一一月一日付鑑定書(同〔二三四〕)は、証第二〇六号を一号弾丸、同第二〇七号を二号弾丸、同第二〇八号を三号弾丸として鑑定しているが、その鑑定結果によれば、「(一)一号乃至三号の弾丸は何れも構造はほぼ同じく、弾長一一・五乃至一一・七粍、弾径約七・八〇乃至七・八四粍、弾量四・五二乃至四・五九瓦で、比重が一〇・四であることから三弾丸とも硬鉛の鉛心をもつ円頭型被甲弾で、右旋六条、傾角五度半の腔せんを有する銃器により発射された弾丸と認められる。
(二)一号乃至三号弾丸には六個のせん丘痕とその間のせん底痕、二号三号弾丸には弾頭部その他に侵徹の際生じたと推定される摩擦痕が認められ、三号弾丸の外面は特に外界の影響による腐蝕が烈しいが弾丸原型の構造・種類・名称・特徴の詳細は不明である。
(三)二号及び三号弾丸の発射後の正確な経過年月日は推定できない。
(四)一号乃至三号弾丸を発射するに使用された銃器は何れも公称口径七・六五粍ブラウニング自動装填式拳銃、又は同型式の腔せんを有する拳銃であることが認められる。
(五)三弾丸のせん条痕を比較顕微鏡を用い互に比較対照した結果、一号と二号、一号と三号、二号と三号の何れにも極めて類似する一致点が発見された。この一致点も検討した結果によれば、一号と二号並に一号と三号弾丸が仮に異なれる銃器によつて発射されたとするならば、現弾丸に見られる如きせん条痕の一致の生起する確率は極めて小さく、大きく見積つても〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇一より小さいことが認められる。」というのであり、なお、その鑑定経過において、一般論として、「一般に同一の銃器の発射弾丸でも相互の条痕は必ずしも一致しない。その原因として銃器にも弾丸にもその直径に製造の公差があり接触面積が必ずしも等しくないこと。又長さに比べて直径の大きい弾丸では銃器内面との接触が短く、弾軸は銃身軸に傾いて入り、僅かではあるが首を振り廻して前進する傾向もある。従つてかよらな弾丸では一方の側のせん丘痕が反対側のものに比べて長くなり銃身の内面にある疵が長いせん条痕では深く刻まれ、短いせん条痕には浅く又は表われないこともあること。又せん底に接触する部分と全々触れない部分の生ずること又銃身内の錆、果物、前発射弾の残した金属粒等は一発射毎に除去されたり、新規に生じたりするために、条痕は夫々異なる状況を呈し得る。又侵徹によつて生じた摩擦痕か条痕をかくし、又は粉らわしくすることもある。
故に条痕が一致しないことは同一銃器から発射されたものでないとの証拠にはならない。それに比して特徴の明瞭に区別される条痕が微細な点迄一致することは同一銃器で発射された弾丸であることの可なりはつきりした証拠となり得るのであるが、異なる銃器により発射された弾丸が全く偶然に同じ外観で一致する条痕を生ずることも全くないとはいえない。いずれにしても同一の銃器で発射されたか、異なる銃器で発射されたかの判定は推定の問題であり、確率を以て表現されるべき性質のものである。」と記されている。そして、右鑑定書および第一審裁判所の証人P28に対する尋問調書((同〔二三五))によると、右三弾丸の肉眼的観察に際し、相互に類似するせん条痕のみを選んで観察を下したもので、類似しないせん条痕の有無およびその相異性については、深い注意が払われなかつたこと、類似するせん条痕の比較対照は主としてそのせん条痕の巾と長さに基づいてなされたもので、その深さの測定、対照はなされなかつたことを認めることができるが、しかし、原判決は、右鑑定書および供述によれば、同鑑定人のとつた鑑定の方法によつても、前記(一)、(四)および(五)の前段の鑑定結果を結論づけることが可能であると判示しており、右判示は是認できる。それ故第一審判決が、判示第二の(二)の(2)の冒頭および(イ)の事実の証拠として引用している証拠に、右P28の鑑定書および尋問調書中確率計算に関する部分を除いた部分を加えて、P4らが昭和二七年一月上旬当時雪で覆われていた通称j峠の東南斜面で射撃訓練をしたとき使用した拳銃と、P18が同月二一日P8課長を射殺した際使用した拳銃とが同一拳銃である趣旨の認定をし、原判決がこれを支持したことは、当審においても是認しうるところであり、原判決には所論採証法則違反はなく、また事実誤認も認められない。)
同第二点について。
所論は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(記録を調べても、原判決が証拠に引用している所証被告人P5の検察官に対する各供述調書が作成された昭和二八年一〇月当時において、被告人P5の精神状態に、その供述の任意性を疑わしめる程度の異状があつたものとは認められないこと、またその供述が検察官の不当な影響の下になされたことを疑わしめるに足る証跡の認められないことは、原判示のとおりである。)
四、被告人両名の弁護人福島等の上告趣意第一点(一)ないし(三)について。
所証は、本件の捜査は、法の下における平等の原則を破り、P29党員をその信条を理由として差別し、結社および思想のP6を犯したものであつて、憲法一四条、一九条、二一条に違反し、かかる捜査に基づく公訴提起による原判決は破棄すべきである旨主張するが、本件各犯行に多数の日本P29党員が関与した以上、多数の同党党員が検挙取調を受けたことはやむを得ないところであつて、本件の捜査が所論のように特にP29党員をその信条を理由として差別し、結社および思想のP6を犯したことを認むべき証跡は、記録上発見できない。それ故、所論はその前提を欠き、採用することができない。
その余の所論は、同弁護人の上告趣意第一点(四)ないし(十一)の論旨と同趣旨と認められるので、これに対する判断は、(四)ないし(十一)に対する後記判示により示すこととする。
同(四)について。
所論は、被告人P1に対する数次の逮捕、勾留は、本件各公訴事実の核心をなすいわゆるP8事件〇起訴のため時を稼ぐ目的をもつてなされたものであり、刑訴一九九条二項、六〇条に違反して発付された令状に基づく違法なものであつて、憲法三一条、三四条に違反する旨主張するが、その実質は単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(被告人P1に対してなされた本件各逮捕、勾留が、所論の如く刑訴の規定に違反してなされた違法なものであるとは認められない。)
同(五)について。
所論は、被告人P1の度々の移監および代用監獄への長期の拘禁は、奴隷的拘束および拷問に外ならず、原判決は憲法一八条、三六条に違反する旨主張するが、その実質は単なる法令違反の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(右移監がやむを得ぎる措置として是認され、また本件事案の内容よりすれば被告人P1に対する拘禁が不当に長いとは言えないことは、被告人P1本人の上告趣意第一に対する判断において説示したとおりである。)
同(六)について。
所論は、被告人P5に対する逮捕、勾留は、被告人P1に対すると同様に刑訴一九九条二項、六〇条、憲法三条、三四条に違反する旨主張するが、その実質は単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(被告人P5に対してなされた本件各逮捕、勾留が、所論の如く刑訴の規定に違反してなされた違法なものであるとは認められない。)
次に、所論は、被告人P5は精神異常の明白な徴候があり、長野の自宅で静養していたところを逮捕され、札幌市中央警察署留置場に引致されたのであるが、官憲は同被告人に何ら治療の機会を与えず長期拘禁中に同被告人の病状は一層悪化したのであつて、これは監獄法四〇条、四三条に違反し、憲法三一条に違反する旨主張するが、その実質は監獄官吏の措置を非難する単なる法令違反の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
次に、所論は、原判決は被告人P5の不当に長く拘禁された後の自白を証拠としているので、憲法三八条に違反する旨主張する。しかし、原判決が証拠としている被告人P5の検察官に対する各供述調書は、いずれも昭和二八年一〇月中に作成されたものであり、他方同被告人が逮捕されたのは同年九月中であることが記録上認められるのであつて、このような供述調書における自白は当裁判所昭和二二年(れ)第三〇号、同二三年二月六日大法廷判決(刑集二巻二号一七頁)の趣旨に徴し、憲法三八条にいう「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白」に該当するものとは認められない。論旨は理由がない。
さらに、所論は、原判決が証拠としている被告人P5、高津和夫らの供述は、強制、拷問、脅迫に基づくもので、原判決は憲法三八条、三六条に違反する旨主張するが、同人らに対し、強制、拷問、脅迫が加えられたことを認めるべき証跡は記録上発見できないから、所論はその前提を欠き、採用することはできない。
また、所論は、P2、P4も約三年近く不当に長く勾留された旨主張するが、原判決の証拠に引用する同人らの供述が憲法三八条にいう「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白」に当らないことは、記録ならびに前記判例および当裁判所昭和二二年(れ)第一五二号、同二三年一一月一七日大法廷判決(刑集二巻一二号一五五八頁)の趣旨よりして明らかである。論旨は採用することができない。
その余の所論は、違憲をいう点もあるが、実質は単なる法令違反の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
同(七)ないし(九)について。
所論は、憲法三四条、三七条三項、三六条、三一条、一九条、二一条違反をいうが、その実質は捜査官の措置を非難する単なる法令違反の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
同(一〇)について。
所論は、本件の公訴提起は、事件が発生した被告人を逮捕勾留した後遷延を重ねてなされたものであるから、公訴権の濫用であり、被告人の防禦権を不当に犯し、公平、迅速な裁判を受ける権利を奪うものであつて、憲法一九条、二一条、三七条に違反し、無効である旨主張するが、記録によれば、本件各犯行は、関係人の数が多く、その内容が複雑多岐にわたり、特に本件殺人事件にあつては、その直接の実行行為者を含む重要な関係者数名が逃亡し現在に至つている等の事情があり、本件の各公訴提起、ことに殺人事件の公訴提起が遅延したのは、やむを得ない事情によるものと認められ、これをもつて公訴権の濫用であるとは言えないから、所論はその前提を欠き、採用することができない。
同(二)について。
所論は、本件裁判は、被告人P1を正当な理由なく長期にわたつて拘禁したままなされたもので、憲法三一条、三四条、三七条に違反する旨主張するが、本件事案の内容に照らせば、被告人P1に対する勾留が不当に長期にわたつたものであると言うことはできず、また、同被告人に対し逃亡、証拠湮滅のおそれを認めた原判示は是認し得るところであつて(被告人P1本人の上告趣意第一に対する説示参照)、所論はその前提を欠き、採用することができない。
同第二点について。
所論は、憲法三七条一項違反を主張するが、法律の誤解、または事実の誤認等により、たまたま被告人に不利益な裁判がなされても、構成その他において偏頗のおそれなき裁判所の裁判である以上、憲法三七条一項にいう「公平な裁判所の裁判」でないとはいえないことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和二二年(れ)第一七一号同二三年五月五日大法延判決、刑集二巻五号四四七頁参照)、所論は理由がない。
また、所論は、憲法七六条三項(論旨に憲法三六条三項とあるは憲法七六条三項の誤記と認める)違反を主張するが、原判決が所論のように良心に反した裁判であることを認めるに足る証跡は記録上存在しないから、所論はその前提を欠き採用することができない。
その余の所論は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(原審が証拠として所論供述に、所論のような任意性、信用性を疑うに足る証跡は記録上存在せず、原判決には、所論採証法則違反は認められない。なお、弁護人杉之原舜一の上告趣意第一部第一ないし第四に対する説示参照。)

五、被告人両名の弁護人寺本勤の上告趣意について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(所論第一弾丸についての諸問題、証第二〇六号ないし第二〇八号の弾丸に関するものに対する当裁判所の見解は、弁護人鎌田勇五郎の上告趣意第一点に対する説示参照。また、被告人P1が第一審判決判示事実第二(二)(2)(イ)のブローニング型拳銃一丁およびその実包約百発の入手、所持について関与している旨の原判示は、挙示の証拠により是認できる。)
六、被告人両名の弁護人青柳盛雄の上告趣意について。
所論は、原判決の是認した共謀共同正犯の理論は憲法三一条に違反する旨主張するが、その理由のないことは弁護人杉之原舜一の上告趣意第二部第一に対する判断において判示したとおりである。
次に、所論は、原判決が間接証拠のみによつて「共謀」その他を認定した第一審判決を支持しているのは、「厳格な証明」を必要とするといういわゆる練馬事件および松川事件に関する最高裁判所大法廷の判例(昭和二九年(あ)第一〇五六号、同三三年五月二八日大法廷判決、昭和二九年(あ)第一六七一号、同三四年八月一〇日大法廷判決)に違反する旨主張するが、右各判決にいう「厳格な証明」とは、刑訴の規定により証拠能力が認められ、かつ、公判廷における適法な証拠調を経た証拠による証明を意味するものと解すべきところ、原判決がかかる厳格な証明によらずして共謀その他の事実を認定しているものではないことは、記録上明らかであつて、所論判例に違反する点はなく、判例違反の主張は採用することができない。
さらに、所論は、原判決が間接証拠によつて「共謀」その他を認定した第一審判決を支持しているのは、憲法三一条に違反する旨主張するが、その実質は単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(証拠によつて認定した事実は、他の事実の証拠となり得ることは、当裁判所の判例とするところである((昭和二五年(れ)第七二五号、同年一〇月一七日第三小法廷判決、刑集四巻一〇号二一〇九頁参照))。原判決が、所論共謀の点、拳銃の同一性の点等について挙示している各証拠は、所論のごとく間接証拠たるを免れないけれども、これらを綜合すれば、右の点に関する判示事実を確認するに足り、原判決に所論採証法則違反は認められない。なお、弁護人杉之原舜一の上告趣意第二部第一に対する説示参照。)
その余の所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

七、被告人両名の弁護人安達十郎の上告趣意について。
所論は、第一審判決判示第二(六)の事実について、被告人P1の有罪を証する証拠は、共犯者P4の自白しかなく、したがつて原判決は憲法三八条三項に違反する旨主張する。しかし、共同審理を受けていない単なる共犯者はもちろん、共同審理を受けている共犯者(共同被告人)であつても、被告人本人との関係においては、被告人以外の者であつて、かかる共犯者または共同被告人の犯罪事実に関する供述は、憲法三八条二項のごとき証拠能力を有しないものでない限り、P6心証に委かさるべき独立、完全な証明力を有し、憲法三八条三項にいわゆる「本人の自白」と同一視し、またはこれに準ずるものではないことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和二九年(あ)第一〇五号、同三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一七一八頁)、しかも、原判決は、右P4の供述を補強するに足る証拠をかかげて犯罪事実を認定しているのであるから、所論違憲の主張はその前提を欠き、採用することができない。
また、所論は、原判決は、第一審判決判示第二(六)および(七)の事実を判示するについて、刑訴三三五条の定める要件を充たしていない点、証明力の足りない証拠でこれらの事実を認定していて理由不備である点、および証拠能力のない伝聞証拠を用いていて、刑訴三二一条、三二二条、三二四条に違反する点において、各憲法三一条に違反する旨主張するが、その実質は単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(原審の引用している証拠の証拠能力の点については、弁護人秋山昭一外六名の上告趣意第一点に対する説示参照。)

八、被告人両名の弁護人島田正雄の上告趣意について。
所論は、原判決は証拠なくして事実を認定している点において判例に違反する旨主張するが、原判決は、証拠により適法に事実を認定しているのであつて、原判決には所論のごとき違法は認められないから、判例違反の主張はその前提を欠き、採用することができない。(第一審判決証拠番号〔二二八〕の証人P4の供述の信憑性については、弁護人杉之原舜一の上告趣意第一部第一ないし第四に対する説示参照。)
その余の所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

九、被告人両名の弁護人関原勇、同岡林辰雄の上告趣意について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(証第二〇七号および同第二〇八号の弾丸には、いずれもその弾頭部その他に侵徹の際石か砂のような種類のものにより生じたと推定される摩擦痕が存在することは、前記P28作成の鑑定書および同人に対する第一審裁判所の証人尋問調書により旨らかなところである。なお、弁護人鎌田勇五郎の上告趣意第一点に対する説示参照。)一〇、被告人両名の弁護人田口康雅の上告趣意について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(原審が証拠として引用している所論証人P2、同P3、同P4の各供述の信用し得る点については、弁護人杉之原舜一の上告趣意第一部第一ないし第四に対する説示参照。)一一、被告人両名の弁護人青柳孝夫の上告趣意について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(第一審判決証拠番号〔二二八〕の証人P4の供述および同〔二三〇〕の被告人P5の検察官久保哲男に対する供述調書中同被告人の供述記載が、所論のように信用性のないものとは認められないことは、弁護人杉之原舜一の上告趣意第一部第一ないし第四に対する判断において説示したとおりである。)一二、被告人両名の弁護人横田聡の上告趣意について。
所論は、違憲をいう点もあるが、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(第一審判決証拠番号〔二三三〕の証人P3の供述が信用しうるものである点については、弁護人杉之原舜一の上告趣意第一部第一ないし第四に対する説示参照。)一三、被告人両名の弁護人倉田哲治の上告趣意について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(挙示の証拠により、P4らで昭和二八年一月上旬j峠で爆発実験をし、不発のまま現場に遺留していたものと原審の認定した手榴弾一個、((証第一号))を鑑定したP27大学教授P30作成の昭和二九年五月二三日付鑑定報告書((第一審判決証拠番号〔六六〕))によれば、右手榴弾は、濃硫酸がζれをいれたアンプルの破壊により流出して外側にある塩素酸カリウムにまじると、両者の反応により二酸化塩素を発生し、紙、木炭等により直ちに発火し、これが黒色火薬に点火して爆発を起すしくみとなつており、解体当時において本質的には右爆発性能を有し、二米以内では人畜を殺傷する力があつたというのであつて、かかる手榴弾が爆発物取締罰則にいわゆる爆発物に該当するとした原判示は正当である。(当裁判所昭和二九年第三九五六号、同三一年六月二七日大法廷判決、刑集一〇巻六号九二一頁参照。)一四、被告人両名の弁護人坂本福子の上告趣意について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(被告人P1が昭和二七年一月一日頃札幌市l丁目P14大学北学寮のP12の居室において、P10、P11、P31、P13、P4および被告人P5とともに、警察官に対し脅迫文を作成、郵送することを協議し、その起案、作成者を定めて謀議を遂げた旨の原判決の認定は、挙示の証拠に照らし是認できる。被告人P1が同日午前一〇時頃には同市m丁目のP32方の農村工作の報告兼批判会の会場に行き煙突掃除などした旨のアリバイの主張を排斥した原判示は、原判決が第一審判決判示第二(六)の事実に対し引用する証拠に照らし、是認できる。)一五、被告人両名の弁護人芦田浩志、回雪入益見の上告趣意について。
所論は、原判決の証拠の採用は明らかに権力に迎合したもので、公平な裁判所の裁判ということはできないから、原判決は憲法三七条一項に違反する旨主張するが、号判決の証拠の採用が権力に迎合したものと認むべき証跡は記録上存在しないのみならず、憲法三七条一項の「公平な裁判所の裁判」とは、偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもつ裁判所による裁判を意味するものであることは、当裁判所の判例とするところであるから(昭和二二年(れ)第一七一号、同二三年五月五日大法廷判決、刑集二巻五号四四七頁、昭和二二年(れ)第四八号、同二三年五月二六日大法廷判決、刑集二巻五号五一一頁)、所論は採用することができない。
その余の所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(原審が証拠として引用している所論証人P2、同P3、同P4の各供述および被告人P5の検察官久保哲男に対する供述調書中同被告人の供述記載の信用し得ることについては、弁護人杉之原舜一の上告趣意第一部第一ないし第四に対する説示参照。)

一六、被告人両名の弁護人秋山昭一、同石島泰、同金鋼正己、同佐藤義彌、同関原勇、同竹沢哲夫、同根本孔衛の上告趣意第一点について。
所論は、原判決は、刑訴三二〇条、三二四条に違反し、証拠能力がない伝聞供述を証拠として採用しており、憲法三一条、三二条、三七条二項に違反する旨主張するが、その実質は単なる法令違反の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(伝聞供述となるかどうかは、要証事実と当該供述者の知覚との関係により決せられるものと解すべきである。、被告人P1が、P33社宅で行われた幹部教育の席上「P8はもう殺してもいいやつだな」と言つた旨のP34の検察官に対する供述調書における供述記載((第一審判決証拠番号〔二二四〕))は、被告人P1が右のような内容の発言をしたこと自体を要証事実としているものと解せられるが、被告人P1が右のような内容の発言をしたことは、P34の自ら直接知覚したところであり、伝聞供述であるとは言えず、同証拠は刑訴三二一条一項二号によつて証拠能力がある旨の原判示は是認できる。次に、被告人P1がP13の家の二階かP5の下宿かで、「P8課長に対する攻撃は拳銃をもつてやるが、相手が警察官であるだけに慎重に計画をし、まずP8課長の行動を出勤退庁の時間とか乗物だとかを調査し慎重に詳画を立てチヤンスをねらう」と言つた旨の証人P4の第一審第三八回公判における供述((同〔二二八〕))、被告人P1がP2の寄寓先で「P29党を名乗つて堂々とP8を襲撃しようか」と述べた旨の証人P2の第一審第四〇回公判における供述((同〔二三六〕))等は、いずれも被告人P1が右のような内容の発言をしたこと自体を要証事実としているものと解せられるが、被告人P1が右のような内容の発言をしたことは、各供述者の自ら直接知覚したところであり伝聞供述に当らないとした原判示も是認できる。次に、P3が一月二二日P18宅を訪問した際、P18がP8課長を射殺したのは自分であると打ち明けた旨の証人P3の第一審第三六回公判における供述((同〔二三三〕))は、P18がP8課長を射殺したことを要証事実としているものと解せられ、この要証事実自体は供述者たるP3において直接知覚していないところであるから、伝聞供述であると言うべきであり、原判決がこれを伝聞供述でないと判示したのは誤りであるが、右供述は刑訴三二四条二項、三二一条一項三号による要件を具備していることが記録上認められ、従つて右刑訴の規定により証拠能力を有することは明らかであるから、原判決がこれを証拠としたことは結局違法とは認められない。また、同じ機会に、P18が「P1委員長が二、三日ならいてもいい、二、三日なら安全だから」と言つた旨の証人P3の供述((同〔二三三〕))は、被告人P1がP18に対し右の如き発言をしたこと自体を要証事実としているものと解せられ、供述者たるP3は原供述者P18よりこれを聞知しているのであるから、伝聞供述であるか、刑訴三二四条二項、三二一条一項三号所定の要件を具備し、従つて証拠能力を有するものと認められることは、原判示のとおりである。次に、証人P4の第一審第三八回公判における供述((同〔二二八〕))中、円山の警察官射撃場における拳銃の射撃訓練に関する部分は、P11、P10らが円山の警察官射撃場で拳銃の射撃訓練をしたことを要証事実としているものと解せらそるが、供述者P4は、自ら体験せずP11またはP35から聞知した事実を述べているのであるから伝聞供述であり、しかも原供述者が二者択一的であることは所論のとおりである。しかしながら、原供述者が二者択一的であつても、原供述者の範囲が特定の両者に限定されている以上、所在不明等の事由さえなければ証人として各これを尋問し、反対尋問を行なうことができるのであるから、伝聞供述の原供述者が二者択一的であるというだけの理由で、その供述が証拠能力を有しないものとはいえない。しかして、右伝聞供述が刑訴三二四条二項、三二一条一項三号所定の要件を具備し、従つて証拠能力を有するものと認められることは、原判示のとおりである。)
また、所論は、判例違反を主張するが、論旨引用の判例は本件と事案を異にし、本件に適切でないから、所論はその前提を欠き、採用することができない。
同第二点について。
所論は、団等規正令は、違憲無効である旨主張するが、その理由のないことは、弁護人杉之原舜一の上告趣意第二部第二に対する判断において判示したとおりである。一七、被告人両名の弁護人関原勇の上告趣意(一)および(二)について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(証第二〇六号ないし第二〇八号の弾丸に関しては、弁護人鎌田勇五郎の上告趣意第一点に対する説示参照。)一八、被告人両名の弁護人根本孔衛の上告趣意について。
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(原審が証拠として引用している所論証人P2の供述の信用しうる点については、弁護人杉之原舜一の上告趣意第一部第一ないし第四に対する説示参照。)一九、当裁判所は、当審における口頭弁論の結果を充分検討し、慎重に記録および証拠を調べたが、所論の点につき、刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。二〇、なお、被告人P1の上告趣意補充書(昭和三六年九月三日受付および同年一二月二四日受付)、被告人両名の弁護人鎌田勇五郎、同杉之原舜一の上告趣意補充書(同年八月二七日受付)、同福島等の上告趣意補充書(同年八月三一日付および昭和三七年五月一四日受付)、同寺本勤の上告趣意補充書(昭和三六年八月三一日受付)、同青柳盛雄の上告趣意補充書(同日受付)、同上田誠吉の上告趣意補充書(同日受付および昭和三七年四月一〇日受付)、同安達十郎の上告趣意補充書(昭和三六年八月三一日受付)、同横田聡の上告趣意補充書(同日受付、昭和三八年六月二五日受付同訂正申立および昭和三七年九月六日受付)、同関原勇の上告趣意補充書(昭和三六年八月三一日受付)、同横田聡、同上田誠吉の上告趣意補充書(昭和三七年五月七日受付)、同青柳盛雄、同岡林辰雄、同関原勇、同上田誠吉、同福島等、同横田聡、同寺本勤の上告趣意補充書(昭和三八年五月三〇日受付)、同右七名の上告趣意補充書(同年七月一一日受付)は、いずれも上告趣意書提出期限後の時出にかかるものであるが、右期限前に提出した適法な上告趣意書の趣旨をふえんし、新たな主張を包含しないと認められる限度において判断の資料とした。
よつて、刑訴四一四条、三九六条、刑法二一条(被告人P1につき)により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
検察官玉沢光三郎、同高木一公判出席
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤朔郎)

・言葉の非供述的用法
供述証拠の持つ危険性がない・・・非伝聞。

2.伝聞証拠排斥の根拠
・伝聞証拠は、反対尋問等による信用性のテストを経ていないので、これによる要証事実の認定は不確かな(弱い)推認でしかなく、これを証拠として許容するときは、事実認定を誤るおそれがあるから、伝聞証拠は排除される!

3.現在の心理状態を述べる供述
伝聞証拠の定義には形式的には当てはまってしまうのだが・・・
伝聞法則が適用されない場合が認められるのかの問題!

・発言当事の当該者の心理状態を立証するための最良の証拠であり、証拠としての重要性・必要性が高いにもかかわらず、伝聞証拠の定義に当てはまるとして伝聞法則を適用すると、伝聞例外規定が厳格な要件を定めているので、原供述者が供述不能でない限り、これを用いることができないという点。

・証拠として利用価値が高い場合、正しい事実認定のために証拠から排除すべきではない・・・

・伝聞法則を適用するかどうか
①原供述者を証人尋問して原供述の正確性を吟味する必要性の程度(誤謬介在の危険性の程度)
②原供述の事実認定にとっての重要性、証拠としての必要性の程度
を比較衡量!

・誤謬介在の危険性が高い「知覚」「記憶」の過程が存しない
「表現」「叙述」については「知覚」「記憶」とは異なって、供述者本人に対する反対尋問等の信用性テストによらなくとも、伝聞証人を尋問することによっても相当程度明らかにできる!!
書面の場合は、その内容や記述の態様、前後の記述内容などから明らかにできる!
→①の必要性の程度が低い。

・②の重要性は高い。

・「表現」「叙述」の問題は、一般的な関連性の問題として、証拠能力の要件と解する。

・過去の心理状態の供述
これは「記憶」の部分にも誤謬が入る恐れがある。伝聞証拠に当たる。

+判例(東京高判S58.1.27)
理由
〈前略〉
弁護人高田昌男、同平野和己、同長谷一雄、同的場徹、同井上智治、同安田好弘、同内山成樹連名の控訴趣意(以下「連名控訴趣意」という)第五 訴訟手続の法令違反を主張する点について
所論は、要するに、原判示第二の恐喝の事前共謀認定の一根拠とした久留メモの立証趣旨は、同メモの存在というに過ぎないところ、証拠物でも書面の意義が証拠となる場合は、証拠書類に準じて証拠能力の存否を判断すべきであるが、同メモは単に心覚えのために書き留めたメモであるから、刑訴法三二三条三号の要件を具備した書面とは認められず、原審証人久留が作成したものであるから、同法三二一条一項三号の供述者死亡等の要件に該当しない。更に、同メモ中の「しや罪といしや料」なる記載部分は、桂某から久留が戦術会議の結果を聞いてこれをメモしたもので、再伝聞証拠であるから、同メモの恐喝の事前共謀の事実認定に関する証拠能力を判断するためには、桂某と久留間の伝聞性につき吟味を必要とするところ、桂某が死亡等により公判廷で供述し得ないとする証拠及び特信情況についての証拠が存在しないから、伝聞証拠である同メモの証拠能力は否定されるのにかかわらず、金員喝取の共謀を認定する証拠とした原判決は採証法則を誤つたもので、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある〈中略〉というのである。
そこで検討する。
所論のメモについて
原審は、原判示第二の事実全部を認定する証拠として、押収してあるノート(抄本)一冊(当裁判所昭和五七年押第九一号符号八、原審昭和五六年押第四五八号符号八)(以下「久留メモ」という)を用いている。ところで、記録によれば、右久留メモは、検察官が原審第五回公判期日において、立証趣旨として、戦術会議及び犯行準備等に関する記載のあるメモの存在として取調の請求をし、弁護人は異議がない旨の意見を述べ同公判期日において直ちに採用決定され、証拠調が行なわれていることが明らかである。
所論は、久留メモについては、検察官の立証趣旨はメモの存在というに過ぎないところ、証拠物でも書面の意義が証拠となる場合は証拠書類に準じて証拠能力を判断すべきであるから、原判決が右メモにつき、金員喝取の共謀を認定する証拠として用いているのは、採証法則を誤つたものであると主張する。
しかしながら、前示のように、久留メモの立証趣旨については、戦術会議及び犯行準備に関する記載のあるメモの存在とされていたのであり、所論のように単にメモの存在とされていたわけではない。本件においては、所論のごとく、メモの存在のみを立証趣旨として取り調べても意味をなさないのであつて、原審における訴訟手続を合理的に解釈するかぎり、検察官は、本件犯行の事前共謀を立証するものとして右のメモの証拠調請求をし、弁護人の異議がない旨の意見を経て、裁判所がこれを取り調べたものと解すべきである。もつとも、原審が、久留メモの証拠能力につき、どのように解していたかについては、記録上必ずしも明らかにされていない。すなわち、それは、いわゆる供述証拠ではあるけれども、伝聞禁止の法則の適用されない場合であると解したのか、あるいは、伝聞禁止の法則の例外として証拠能力があると解したのかは明らかではないのである。おそらくは、原審第五回公判期日において、久留メモについての弁護人の意見を徴するに際し、同意、不同意の形でなく、証拠調に対する異議の有無の形において、その意見を徴している点をみるときは、原審としては、久留メモについては、伝聞禁止の法則の適用されない場合と解していたことが推測できるのである。人の意思、計画を記載したメモについては、その意思、計画を立証するためには、伝聞禁止の法則の適用はないと解することが可能であるそれは、知覚、記憶、表現、叙述を前提とする供述証拠と異なり、知覚、記憶を欠落するのであるから、その作成が真摯になされたことが証明されれば、必ずしも原供述者を証人として尋問し、反対尋問によりその信用性をテストする必要はないと解されるからである。そしてこの点は個人の単独犯行についてはもとより、数人共謀の共犯事案についても、その共謀に関する犯行計画を記載したメモについては同様に考えることができる。もつとも、右の久留メモには、「(25) 確認点―しや罪といしや料」との記載が認められるが、右の久留メモが取調べられた第五回公判期日の段階では、これを何人が作成したのか、作成者自身が直接確認点の討論等に参加した体験事実を記載したものか、再伝聞事項を記載したものか不明であつたのである。しかし、弁護人請求の証人久留満秀の原審第一三回公判期日における供述によれば、原判示69の会に加入している久留は、昭和五五年九月二七日夜、当時同会に加入していた桂某より、中野、酒井の両名が飯場の手配師に腕時計と金を取られたことにより、同会及び原判示山日労・山統労の三者が右飯場に対し闘争を取り組むことになり、同月二五日の右三者会議で確認された事項のあること等を初めて聞き、右聞知した二五日の確認点をノートに「(25) 確認点―しや罪といしや料」と書き留めたことが明らかとなつたのである。すなわち、右の公判期日の段階においては、久留メモの右記載部分は、原供述者を桂某とする供述証拠であることが明らかとなつたのである。前記のように、数人共謀の共犯事案において、その共謀にかかる犯行計画を記載したメモは、それが真摯に作成されたと認められるかぎり、伝聞禁止の法則の適用されない場合として証拠能力を認める余地があるといえよう。ただ、この場合においてはその犯行計画を記載したメモについては、それが最終的に共犯者全員の共謀の意思の合致するところとして確認されたものであることが前提とならなければならないのである。本件についてこれをみるに、久留メモに記載された右の点が共犯者数名の共謀の意思の合致するところとして確認されたか否か、確認されたと認定することができないわけではない。したがつて、確認されたものとすれば、久留メモに記載された右の点に証拠能力を認めるべきは当然であろうのみならず、確認されなかつたとしても、久留メモに記載された右の点は、以下の理由によつて、その証拠能力を取得するものと考える。すなわち、久留メモのうち、右の記載部分は、同月二五日の三者会議において、これに出席した桂某が、謝罪と慰謝料を要求する旨の発言を聞き、これを久留に伝え、久留が更に右メモに記載したものであるから、原供述者を桂某とする再伝聞供述であると解しなければならない。したがつて、この点を被告人らの共謀の証拠として使用するためには、当然に弁護人の同意を必要とする場合であつたのである。しかしながら、右の久留メモについては、前記のように、原審第五回公判期日において、検察官の証拠調請求に対し、弁護人は異議がない旨の意見を述べており、更に、原審第一三回公判期日において、久留メモ中の右の記載部分が再伝聞供述であることが明らかとなつた時点においても、弁護人は先の証拠調に異議がない旨の意見の変更を申し出ることなく、あるいは、右証拠の排除を申し出ることもなく、また、桂某を証人として申請し、その供述の正確性を吟味することもしていないのである。このような訴訟の経過をみるときは、久留メモの右記載部分については、弁護人として桂某に対する反対尋問権を放棄したものと解されてもけだしやむを得ないのであつて、結局、久留メモを原判示第二の恐喝の共謀を認定する証拠とした原審の訴訟手続に法令違反があると主張する所論は、その余の点につき判断するまでもなく、採用することができない。〈以下、省略〉
(船田三雄 櫛淵理 中西武夫)

4.設問の解決

・どの程度、供述を分割して考えるのかは、供述内容、趣旨及びこれを証拠として利用したい当事者の意見を踏まえ、各供述部分が最終的な立証命題との関係で個別の意義を有しているのか否かによる。

・要証事実を動機とする考え方・・・でも・・・
「平素のいやらしい行動」→「動機」の関係は、確実な推論(等値できる)とはいえず、前者は後者を推認するための間接事実の1つであるとすれば、直近の証明対象たる前者を要証事実とすべきでは・・・

・証人尋問を終えた場合、直ちに異議の申立てができないなどの特殊の事情がない限り、黙示の同意(326条1項)があったものとしてその証拠能力を認めるのが相当!

QA

・立証趣旨
当該証拠の取り調べを請求する当事者がその証拠によって立証しようとする事実

・要証事実
具体的な訴訟の経過でその証拠が立証するものと見ざるを得ないような事実
=必然的に証明の対象とならざるを得ないような事実

+判例(H17.9.27)
理由
弁護人西嶋勝彦の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ職権で判断する。
1 記録によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件の第1審公判において、検察官は、第1審判決判示第1の事実に関し、立証趣旨を「被害再現状況」とする実況見分調書(第1審検第2号証。以下「本件実況見分調書」という。)及び立証趣旨を「犯行再現状況」とする写真撮影報告書(第1審検第13号証。以下「本件写真撮影報告書」という。)の証拠調べを請求した。
(2) 本件実況見分調書は、警察署の通路において、長いすの上に被害者と犯人役の女性警察官が並んで座り、被害者が電車内で隣に座った犯人から痴漢の被害を受けた状況を再現し、これを別の警察官が見分し、写真撮影するなどして記録したものである。同調書には、被害者の説明に沿って被害者と犯人役警察官の姿勢・動作等を順次撮影した写真12葉が、各説明文付きで添付されている。うち写真8葉の説明文には、被害者の被害状況についての供述が録取されている。
本件写真撮影報告書は、警察署の取調室内において、並べて置いた2脚のパイプいすの一方に被告人が、他方に被害者役の男性警察官が座り、被告人が犯行状況を再現し、これを別の警察官が写真撮影するなどして、記録したものである。同調書には、被告人の説明に沿って被告人と被害者役警察官の姿勢・動作等を順次撮影した写真10葉が、各説明文付きで添付されている。うち写真6葉の説明文には、被告人の犯行状況についての供述が録取されている。
(3) 弁護人は、本件実況見分調書及び本件写真撮影報告書(以下併せて「本件両書証」という。)について、いずれも証拠とすることに不同意との意見を述べ、両書証の共通の作成者である警察官の証人尋問が実施された。同証人尋問終了後、検察官は、本件両書証につき、いずれも「刑訴法321条3項により取り調べられたい。」旨の意見を述べ、これに対し弁護人はいずれも「異議あり。」と述べたが、裁判所は、これらを証拠として採用して取り調べた。
第1審判決は、本件両書証をいずれも証拠の標目欄に掲げており、これらを有罪認定の証拠にしたと認められる。また、原判決は、事実誤認の控訴趣意に対し、「証拠によれば、一審判決第1の事実を優に認めることができる。」と判示しており、前記控訴趣意に関し本件両書証も含めた証拠を判断の資料にしたと認められる。
2 前記認定事実によれば、本件両書証は、捜査官が、被害者や被疑者の供述内容を明確にすることを主たる目的にして、これらの者に被害・犯行状況について再現させた結果を記録したものと認められ、立証趣旨が「被害再現状況」、「犯行再現状況」とされていても、実質においては、再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるものと解されるこのような内容の実況見分調書や写真撮影報告書等の証拠能力については、刑訴法326条の同意が得られない場合には、同法321条3項所定の要件を満たす必要があることはもとより、再現者の供述の録取部分及び写真については、再現者が被告人以外の者である場合には同法321条1項2号ないし3号所定の、被告人である場合には同法322条1項所定の要件を満たす必要があるというべきである。もっとも、写真については、撮影、現像等の記録の過程が機械的操作によってなされることから前記各要件のうち再現者の署名押印は不要と解される。
本件両書証は、いずれも刑訴法321条3項所定の要件は満たしているものの、各再現者の供述録取部分については、いずれも再現者の署名押印を欠くため、その余の要件を検討するまでもなく証拠能力を有しない。また、本件写真撮影報告書中の写真は、記録上被告人が任意に犯行再現を行ったと認められるから、証拠能力を有するが、本件実況見分調書中の写真は、署名押印を除く刑訴法321条1項3号所定の要件を満たしていないから、証拠能力を有しない
そうすると、第1審裁判所の訴訟手続には、上記の証拠能力を欠く部分を含む本件両書証の全体を証拠として採用し、これを有罪認定の証拠としたという点に違法があり、原裁判所の訴訟手続には、そのような証拠を事実誤認の控訴趣意についての判断資料にしたという点に違法があることになる。
しかし、本件については、前記の証拠能力を欠く部分を除いても、その余の証拠によって第1審判決判示第1の事実を優に認めることができるから、前記違法は、判決の結論に影響を及ぼすものではない。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)


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労働法 事例演習労働法 U20 団体行動 C20-1


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1.本件の主たる争点
団体行動に正当性が認められるか。

正統性ある
→刑事免責(労組法1条2項)、民事免責(8条)、不利益取り扱いの禁止(7条1号、民法90条)

労働組合法
+(目的)
第一条  この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。
2  刑法 (明治四十年法律第四十五号)第三十五条 の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。

+(損害賠償)
第八条  使用者は、同盟罷業その他の争議行為であつて正当なものによつて損害を受けたことの故をもつて、労働組合又はその組合員に対し賠償を請求することができない。

+(不当労働行為)
第七条  使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一  労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。
二  使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
三  労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
四  労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法 (昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。

2.団体行動の正当性
(1)争議行為の概念

争議行為か組合活動か・・・
争議行為
=団体交渉において要求を貫徹するために使用者に圧力をかける労務不提供を中心とした行為

(2)争議行為の正当性
①主体
労働組合が

②目的
労働条件の維持向上

③手続
事前に予告

④態様
暴力×。
労務不提供を超える積極的な行為が平和的説得(言論による説得)の範囲を超えて行われた場合には正当性なし。
←団体行動権と営業の自由・財産権との調和。

3.損害賠償請求と懲戒処分に関する論点
(1)損害賠償請求

・違法な行為を行った個人(組合員)が責任を負担し、労働組合は使用者責任の形で損害賠償責任を負う。

・個人と労働組合とは不真正連帯債務

(2)懲戒処分
懲戒の要件は必要。


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憲法 日本国憲法の論じ方 Q21 思想良心の自由


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Q 憲法は人間の精神活動をどのように保障しているのか?
(1)精神活動をめぐる憲法の規定
・内心の自由
思想及び良心の自由
信教の自由
学問の自由

(2)内面的精神活動と外面的精神活動

Q 憲法は人間の心の中の何を保障しているのか?
(1)心の構造
心の中核=価値観・新年
その周辺=心の在り方・内心
その外部=知識・事実認識

(2)保障の範囲

・信条だけとする説
+判例(S31.7.4)謝罪広告事件
理由
上告代理人阿河準一の上告理由一(上告状記載の上告理由を含む)について。
しかし、憲法二一条は言論の自由を無制限に保障しているものではない。そして本件において、原審の認定したような他人の行為に関して無根の事実を公表し、その名誉を毀損することは言論の自由の乱用であつて、たとえ、衆議院議員選挙の際、候補者が政見発表等の機会において、かつて公職にあつた者を批判するためになしたものであつたとしても、これを以て憲法の保障する言論の自由の範囲内に属すると認めることはできない。してみれば、原審が本件上告人の行為について、名誉毀損による不法行為が成立するものとしたのは何等憲法二一条に反するものでなく、所論は理由がない。
同二について。
しかし、上告人の本件行為は、被上告人に対する面では私法関係に外ならない。だから、たとえ、それが一面において、公法たる選挙法の規律を受ける性質のものであるとしても、私法関係の面については民法の適用があることは勿論である。所論は独自の見解であつて採るに足りない。
同三について。
民法七二三条にいわゆる「他人の名誉を毀損した者に対して被害者の名誉を回復するに適当な処分」として謝罪広告を新聞紙等に掲載すべきことを加害者に命ずることは、従来学説判例の肯認するところであり、また謝罪広告を新聞紙等に掲載することは我国民生活の実際においても行われているのである。尤も謝罪広告を命ずる判決にもその内容上、これを新聞紙に掲載することが謝罪者の意思決定に委ねるを相当とし、これを命ずる場合の執行も債務者の意思のみに係る不代替作為として民訴七三四条に基き間接強制によるを相当とするものもあるべく、時にはこれを強制することが債務者の人格を無視し著しくその名誉を毀損し意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限することとなり、いわゆる強制執行に適さない場合に該当することもありうるであろうけれど、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものにあつては、これが強制執行も代替作為として民訴七三三条の手続によることを得るものといわなければならない。そして原判決の是認した被上告人の本訴請求は、上告人が判示日時に判示放送、又は新聞紙において公表した客観的事実につき上告人名義を以て被上告人に宛て「右放送及記事は真相に相違しており、貴下の名誉を傷け御迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します」なる内容のもので、結局上告人をして右公表事実が虚偽且つ不当であつたことを広報機関を通じて発表すべきことを求めるに帰する。されば少くともこの種の謝罪広告を新聞紙に掲載すべきことを命ずる原判決は、上告人に屈辱的若くは苦役的労苦を科し、又は上告人の有する倫理的な意思、良心の自由を侵害することを要求するものとは解せられないし、また民法七二三条にいわゆる適当な処分というべきであるから所論は採用できない。
よつて民訴四〇一条、八九条に従い主文のとおり判決する。
この判決は、上告代理人阿河準一の上告理由三について裁判官田中耕太郎、同栗山茂、同入江俊郎の各補足意見及び裁判官藤田八郎、同垂水克己の各反対意見があるほか裁判官の一致した意見によるものである。

+補足意見
上告代理人阿河準一の上告理由三についての裁判官田中耕太郎の補足意見は次のごとくである。
上告論旨は、要するに、上告人が「現在でも演説の内容は真実であり上告人の言論は国民の幸福の為に為されたものと確信を持つている」から、謝罪文を新聞紙に掲載せしめることは上告人の良心の自由の侵害として憲法一九条の規定またはその趣旨に違反するものというにある。ところで多数意見は、憲法一九条にいわゆる良心は何を意味するかについて立ち入るところがない。それはただ、謝罪広告を命ずる判決にもその内容から見て種々なものがあり、その中には強制が債務者の人格を無視し著しくその名誉を毀損し意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限する強制執行に適しないものもあるが、本件の原判決の内容のものなら代替行為として民訴七三三条の手続によることを得るものと認め、上告人の有する倫理的な意思、良心の自由を侵害することを要求するものと解せられないものとしているにとどまる。
私の見解ではそこに若干の論理の飛躍があるように思われる。
この問題については、判決の内容に関し強制執行が債務者の意思のみに係る不代替行為として間接強制によるを相当とするかまたは代替行為として処置できるものであるかというようなことは、本件の判決の内容が憲法一九条の良心の自由の規定に違反するか否かを決定するために重要ではない。かりに本件の場合に名誉回復処分が間接強制の方法によるものであつたにしてもしかりとする。謝罪広告が間接にしろ強制される以上は、謝罪広告を命ずること自体が違憲かどうかの問題が起ることにかわりがないのである。さらに遡つて考えれば、判決というものが国家の命令としてそれを受ける者において遵守しなければならない以上は、強制執行の問題と別個に考えても同じ問題が存在するのである。
私は憲法一九条の「良心」というのは、謝罪の意思表示の基礎としての道徳的の反省とか誠実さというものを含まないと解する。又それは例えばカントの道徳哲学における「良心」という概念とは同一ではない。同条の良心に該当するゲウイツセン(Gewissen)コンシアンス(Conscience)等の外国語は、憲法の自由の保障との関係においては、沿革的には宗教上の信仰と同意義に用いられてきた。しかし今日においてはこれは宗教上の信仰に限らずひろく世界観や主義や思想や主張をもつことにも推及されていると見なければならない。憲法の規定する思想、良心、信教および学問の自由は大体において重複し合つている。
要するに国家としては宗教や上述のこれと同じように取り扱うべきものについて、禁止、処罰、不利益取扱等による強制、特権、庇護を与えることによる偏頗な所遇というようなことは、各人が良心に従つて自由に、ある信仰、思想等をもつことに支障を招来するから、憲法一九条に違反するし、ある場合には憲法一四条一項の平等の原則にも違反することとなる。憲法一九条がかような趣旨に出たものであることは、これに該当する諸外国憲法の条文を見れば明瞭である。
憲法一九条が思想と良心とをならべて掲げているのは、一は保障の対照の客観的内容的方面、他はその主観的形式的方面に着眼したものと認められないことはない。
ところが本件において問題となつている謝罪広告はそんな場合ではない。もちろん国家が判決によつて当事者に対し謝罪という倫理的意味をもつ処置を要求する以上は、国家は命ぜられた当事者がこれを道徳的反省を以てすることを排斥しないのみか、これを望ましいことと考えるのである。これは法と道徳との調和の見地からして当然しかるべきである。しかし現実の場合においてはかような調和が必ずしも存在するものではなく、命じられた者がいやいやながら命令に従う場合が多い。もしかような場合に良心の自由が害されたというならば、確信犯人の処罰もできなくなるし、本来道徳に由来するすべての義務(例えば扶養の義務)はもちろんのこと、他のあらゆる債務の履行も強制できなくなる。又極端な場合には、表見主義の原則に従い法が当事者の欲したところと異る法的効果を意思表示に附した場合も、良心の自由に反し憲法違反だと結論しなければならなくなる。さらに一般に法秩序を否定する者に対し法を強制すること自体がその者の良心の自由を侵害するといわざるを得なくなる。
謝罪広告においては、法はもちろんそれに道徳性(Moralitat)が伴うことを求めるが、しかし道徳と異る法の性質から合法性(Legalitat)即ち行為が内心の状態を離れて外部的に法の命ずるところに適合することを以て一応満足するのである。内心に立ちいたつてまで要求することは法の力を以てするも不可能である。この意味での良心の侵害はあり得ない。これと同じことは国会法や地方自治法が懲罰の一種として「公開議場における陳謝」を認めていること(国会法一二二条二号、地方自治法一三五条一項二号)についてもいい得られる。
謝罪する意思が伴わない謝罪広告といえども、法の世界においては被害者にとつて意味がある。というのは名誉は対社会的の観念であり、そうしてかような謝罪広告は被害者の名誉回復のために有効な方法と常識上認められるからである。この意味で単なる取消と陳謝との間には区別がない。もし上告理由に主張するように良心を解するときには、自己の所為について確信をもつているから、その取消をさせられることも良心の自由の侵害になるのである。
附言するが謝罪の方法が加害者に屈辱的、奴隷的な義務を課するような不適当な場合には、これは個人の尊重に関する憲法一三条違反の問題として考えられるべきであり、良心の自由に関する憲法一九条とは関係がないのである。
要するに本件は憲法一九条とは無関係であり、こり理由からしてこの点の上告理由は排斥すべきである。憲法を解釈するにあたつては、大所高所からして制度や法条の精神の存するところを把握し、字句や概念の意味もこの精神からして判断しなければならない。私法その他特殊の法域の概念や理論を憲法に推及して、大局から判断をすることを忘れてはならないのである。

+意見
上告代理人阿河準一の上告理由三に対する裁判官栗山茂の意見は次のとおりである。
多数意見は論旨を憲法一九条違反の主張として判断を示しているけれども、わたくしは本件は同条違反の問題を生じないと考えるので、多数意見の理由について左のとおり補足する。
論旨は憲法一九条にいう「良心の自由」を倫理的内心の自由を意味するものと誤解して、原判決の同条違反を主張している。しかし憲法一九条の「良心の自由」は英語のフリーダム・オブ・コンシャンスの邦訳であつてフリーダム・オブ・コンシャンスは信仰選択の自由(以下「信仰の自由」と訳す。)の意味であることは以下にかかげる諸外国憲法等の用例で明である。
先づアイルランド国憲法を見ると、同憲法四四条は「宗教」と題して「フリーダム・オブ・コンシャンス(「信仰の自由」)及び宗教の自由な信奉と履践とは公の秩序と道徳とに反しない限り各市民に保障される。」と規定している。次にアメリカ合衆国ではヵリフオルニャ州憲法(一条四節)は宗教の自由を保障しつつ「何人も宗教的信念に関する自己の意見のために証人若しくは陪審員となる資格がないとされることはない。しかしながらかように保障されたフリーダム・オブ・コンシャンス(「信仰の自由」)は不道徳な行為又は当州の平和若しくは安全を害するような行為を正当ならしむるものと解してはならない。」と規定している。そしてこのフリーダム・オブ・コンシャンス(「信仰の自由」)という辞句はキリスト教国の憲法上の用語とは限らないのであつて、インド国憲法二五条は、わざわざ「宗教の自由に対する権利」と題して「何人も平等にフリーダム・オブ・コンシャンス(「信仰の自由」)及び自由に宗教を信奉し、祭祀を行い、布教する権利を有する。」と規定し、更にビルマ国憲法も「宗教に関する諸権利」と題して二〇条で「すべての人は平等のフリーダム・オブ・コンシヤンス(「信仰の自由」)の権利を有し且宗教を自由に信奉し及び履践する権利を有する云々」と規定しており、イラク国憲法一三条は同教は国の公の宗教であると宣言して同教各派の儀式の自由を保障した後に完全なフリーダム・オブ・コンシャンス(「信仰の自由」)及び礼拝の自由を保障している。(ピズリー著各国憲法集二巻二一九頁。脚註に公認された英訳とある。)。英語のフリーダム・オブ・コンシヤンスは仏語のリベルテ・ド・コンシアンスであつて、フフンスでは現に宗教分離の一九〇五年の法律一条に「共和国はリベルテ・ド・コンシァンス(「信仰の自由」)を確保する。」と規定している。これは信仰選択の自由の確保であることは法律自体で明である。レオン、ヂユギはリベルテ・ド・コンシアンスを宗教に関し心の内で信じ若しくは信じない自由と説いている。(ヂュギ著憲法論五巻一九二五年版四一五頁)
以上の諸憲法等の用例によると「信仰の自由」は広義の宗教の自由の一部として規定されていることがわかる。これは日本国憲法と異つて思想の自由を規定していないからである。日本国憲法はポツダム宣言(同宣言一〇項は「言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」と規定している)の条件に副うて規定しているので思想の自由に属する本来の信仰の自由を一九条において思想の自由と併せて規定し次の二〇条で信仰の自由を除いた狭義の宗教の自由を規定したと解すべきである。かように信仰の自由は思想の自由でもあり又宗教の自由でもあるので国際連合の採択した世界人権宣言(一八条)及びユネスコの人権規約案(一三条)にはそれぞれ三者を併せて「何人も思想、信仰及び宗教の自由を享有する権利を有する」と規定している。以上のように日本国憲法で「信仰の自由」が二〇条の信教の自由から離れて一九条の思想の自由と併せて規定されて、それを「良心の自由」と訳したからといつて、日本国憲法だけが突飛に倫理的内心の自由を意味するものと解すべきではないと考える。憲法九七条に「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であると言つているように、憲法一九条にいう「良心の自由」もその歴史的背景をもつ法律上の用語として理解すべきである。されば所論は「原判決の如き内容の謝罪文を新聞紙に掲載せしむることは上告人の良心の自由を侵害するもので憲法一九条の規定に違反するものである。」と言うけれども、それは憲法一九条の「良心の自由」を誤解した主張であつて、原判決には上告人のいう憲法一九条の「良心の自由」を侵害する問題を生じないのである。

+意見
上告代理人阿河準一の上告理由三に対する裁判官入江俊郎の意見は次のとおりである。
わたくしは、本件上告を棄却すべきことについては多数説と同じ結論であるが、右上告理由三に関しては棄却の理由を異にするので、以下所見を明らかにして、わたくしの意見を表示する。
一、上告理由三は、要するに本件判決により、上告人は強制的に本件のごとき内容の謝罪広告を新聞紙へ掲載せしめられるのであり、それは上告人の良心の自由を侵害するものであつて、憲法一九条違反であるというのである。しかしわたくしは、本件判決は、給付判決ではあるが、後に述べるような理由により、その強制執行は許されないものであると解する。しからば本件判決は上告人の任意の履行をまつ外は、その内容を実現させることのできないものであつて、従つて上告人は本件判決により強制的に謝罪広告を新聞紙へ掲載せしめられることにはならないのであるから、所論違憲の主張はその前提を欠くこととなり採るを得ない。上告理由三については、右を理由として上告を棄却すべきものであると思うのである。
二、多数説は、原判決の是認した被上告人の本訴請求は、上告人をして、上告人がさきに公表した事実が虚偽且つ不当であつたことを広報機関を通じて発表すベきことを求めるに帰するとなし、また、上告人に屈辱的若しくは苦役的労務を科し又は上告人の有する意思決定の自由、良心の自由を侵害することを要求するものとは解せられないといい、結局本件判決が民訴七三三条の代替執行の手続によつて強制執行をなしうるものであることを前提とし、しかもこれを違憲ならずと判断しているのである。しかしわたくしは、本件判決の内容は多数説のいうようなものではなく、上告人に対し、上告人のさきにした本件行為を、相手方の名誉を傷つけ相手方に迷惑をかけた非行であるとして、これについて相手方の許しを乞う旨を、上告人の自発的意思表示の形式をもつて表示すべきことを求めていると解すべきものであると思う。そして、若しこのような上告人名義の謝罪広告が新聞紙に掲載されたならば、それは、上告人の真意如何に拘わりなく、恰も上告人自身がその真意として本件自己の行為が非行であることを承認し、これについて相手方の許しを乞うているものであると一般に信ぜられるに至ることは極めて明白であつて、いいかえれば、このような謝罪広告の掲載は、そこに掲載されたところがそのまま上告人の真意であるとせられてしまう効果(表示効果)を発生せしめるものといわねばならない。自己の行為を非行なりと承認し、これにつき相手方の許しを乞うということは、まさに良心による倫理的判断でなくて何であろうか。それ故、上告人が、本件判決に従つて任意にこのような意思を表示するのであれば問題はないが、いやしくも上告人がその良心に照らしてこのような判断は承服し得ない心境に居るにも拘らず、強制執行の方法により上告人をしてその良心の内容と異なる事柄を、恰もその良心の内容であるかのごとく表示せしめるということは、まさに上告人に対し、その承服し得ない倫理的判断の形成及び表示を公権力をもつて強制することと、何らえらぶところのない結果を生ぜしめるのであつて、それは憲法一九条の良心の自由を侵害し、また憲法一三条の個人の人格を無視することとならざるを得ないのである。
三、もとより、憲法上の自由権は絶対無制限のものではなく、憲法上の要請その他公共の福祉のために必要已むを得ないと認めるに足る充分の根拠が存在する場合には、これに或程度の制約の加えられることは必ずしも違憲ではないであろう。しかし自由権に対するそのような制約も、制約を受ける個々の自由権の性質により、その態様又は程度には自ら相違がなければならぬ筈のものである。ところで古人も「三軍は帥を奪うべし。匹夫も志を奪うべからず」といつたが、良心の自由は、この奪うべからざる匹夫の志であつて、まさに民主主義社会が重視する人格尊重の根抵をなす基本的な自由権の一である。そして、たとえ国家が、個人が自己の良心であると信じているところが仮に誤つていると国家の立場において判断した場合であつても、公権力によつてなしうるところは、個人が善悪について何らかの倫理的判断を内心に抱懐していること自体の自由には関係のない限度において、国家が正当と判断した事実関係を実現してゆくことであつて、これを逸脱し、例えば本件判決を強制執行して、その者が承服しないところを、その者の良心の内容であるとして表示せしめるがごときことは、恐らくこれを是認しうべき何らの根拠も見出し得ないと思うのである。
英、米、独、仏等では、現在名誉回復の方法として本件のごとき謝罪広告を求める判決を認めていないようである。すなわち英、米では名誉毀損の回復は損害賠償を原則とし、加害者の自発的な謝罪が賠償額の緩和事由となるとせられるに止会り、また独、仏では、加害者の費用をもつて、加害者の行為が、名誉毀損の行為であるとして原告たる被害者を勝訴せしめた判決文を新聞紙上に掲載せしめ又は加害者に対し新聞紙上に取消文を掲載せしめる等の方法が認められている。わが民法七二三条の適用としても、本件のような謝罪広告を求める判決のほかに、(一)加害者の費用においてする民事の敗訴判決の新聞紙等への掲載、(二)同じく刑事の名誉毀損罪の有罪判決の新聞紙等への掲載、(三)名誉毀損記事の取消等の方法が考えうるのであるが、このような方法であれば、これを加害者に求める判決の強制執行をしたからといつて、不当に良心の自由を侵害し、または個人の人格を無視したことにはならず違憲の問題は生じないと思われる。しかし、本件のような判決は、若し強制執行が許されるものであるとすれば、それはまさに公権力をもつて上告人に倫理的の判断の形成及び表示を強制するのと同様な結果を生ぜしめるに至ることは既に述べたとおりであり、また前記のごとく民法七二三条の名誉回復の為の適当な処分としては他にも種々の方法がありうるのであるから、これらを勘案すれば、本件判決を強制執行して良心の自由又は個人の人格に対する上述のような著しい侵害を敢えてしなければ、本件名誉回復が全きを得ないものとは到底認め得ない。即ち利益の比較較量の観点からいつても、これを是認しうるに足る充分の根拠を見出し得ず、結局それは名誉回復の方法としては行きすぎであり、不当に良心の自由を侵害し個人の人格を無視することとなつて、違憲たるを免れないと思うのである。(以上述べたところは、私見によれば、取消交の掲載又は国会、地方議会における懲罰の一方法としての「公開議場における陳謝」には妥当しない。前者については、取消文の文言にもよることではあるが、それが単に一旦発表した意思表示を発表せざりし以前の状態に戻す原状回復を趣旨とするものたるに止まる限り良心の自由とは関係なく、また後者は、これを強制執行する方法が認められていないばかりでなく、特別権力関係における秩序維持の為の懲戒罰である点において、一般権力関係における本件謝罪広告を求める判決の場合とは性質を異にするというべきだからである。)
四、以上述べたとおり、わたくしは、本件判決が強制執行の許されるものであるとするならば、それは憲法一九条及び一三条に違反すると解するのであつて、従つて、多数説が、本件判決が民訴七三三条の代替執行○方法により強制執行をなしうるものであることを前提として、しかも本件判決を違憲でないとしたことには賛成できない。
けれども、わたくしは以下述べるごとく、本件判決は強制執行はすべて許されないものであると解するのである。思うに、給付判決の請求と、強制執行の請求とは一応別個の事柄であり、従つて給付判決は常に必ず強制執行に適するものと限らないことは、多数説の説示の中にも示されているとおりであつて(給付判決であつても、強制執行の全く許されないものとしては、例えば夫婦同居の義務に関する判例があつた。)、本件判決が果して強制執行に適するものであるか否かは、本件判決の内容に照らし、更に審究を要する問題であろう。ところで、給付判決の中で強制執行に適さないと解せられる場合としては、(一)債務の性質からみて、強制執行によつては債務の本旨に適つた給付を実現し得ない場合、(二)債務の内容からみて、強制執行することが、債務者の人格又は身体に対する著しい侵害であつて、現代の法的理念に照らし、憲法上又は社会通念上、正当なものとして是認し得ない場合の二であろう。(一)の場合は主として、債務の性質が強制執行をするのに適当しているかどうかの観点から判断しうるけれども、(二)の場合は、強制執行をすること自体が、現代における文化の理念に照らして是認しうるかどうかの観点から判断することが必要となつてくる。そして、本件のごとき判決を強制執行することは、既に述べたように、不当に良心の自由を侵害し、個人の人格を無視することとなり達憲たるを免れないのであるから、まさに上記(二)の場合に該当し、民訴七三三条の代替執行たると、同七三四条の間接強制たるとを問わず、すべて強制執行を許さないものと解するを相当とするのである。また本件判決は、被害者が名誉回復の方法として本件のような謝罪広告の新聞紙への掲載を加害者に請求することを利益と信じ、裁判所がこれを民法七二三条の適当な処分と認めてなされたものであるから、これについて強制執行が認められないからといつて、それは給付判決として意味のないものとはいえないと思う。
以上のべたごとく、本件判決は強制執行を許さないものであるから、違憲の問題を生ずる余地なく、所論は前提を欠き、上告棄却を免れない。

+反対意見
上告代理人阿河準一の上告理由三についての裁判官藤田八郎の反対意見は次のとおりである。
本件における被上告人の請求の趣意、並びにこれを容認した原判決の趣意は、上告人に対し、上告人がさきにした原判示の所為は、被上告人の名誉を傷つけ、被上告人に迷惑を及ぼした非行であるとして、これにつき被上告人に陳謝する旨の意を新聞紙上に謝罪広告を掲載する方法により表示することを命ずるにあることは極めて明らかである。しかして、本件において、上告人は、そのさきにした本件行為をもつて、被上告人の名誉を傷つける非行であるとは信ぜず、被上告人に対し陳謝する意思のごときは、毛頭もつていないことは本件弁論の全経過からみて、また、極めて明瞭である。
かかる上告人に対し、国家が裁判という権力作用をもつて、自己の行為を非行なりとする倫理上の判断を公に表現することを命じ、さらにこれにつき「謝罪」「陳謝」という道義的意思の表示を公にすることを命ずるがごときことは、憲法一九条にいわゆる「良心の自由」をおかすものといわなければならないけだし、憲法一九条にいう「良心の自由」とは単に事物に関する是非弁別の内心的自由のみならず、かかる是非弁別の判断に関する事項を外部に表現するの自由並びに表現せざるの自由をも包含するものと解すべきであり、このことは、憲法二〇条の「信教の自由」仁ついても、憲法はただ内心的信教の自由を保障するにとどまらず、信教に関する人の観念を外部に表現し、または表現せざる自由をも保障するものであつて、往昔わが国で行われた「踏絵」のごとき、国家権力をもつて、人の信念に反して、宗教上の観念を外部に表現することを強制するごときことは、もとより憲法の許さないところであると、その軌を一にするものというべきである従つて、本件のごとき人の本心に反して、事の是非善悪の判断を外部に表現せしめ、心にもない陳謝の念の発露を判決をもつて命ずるがごときことは、まさに憲法一九条の保障する良心の外的自由を侵犯するものであること疑を容れないからである。従前、わが国において、民法七二三条所定の名誉回復の方法として、訴訟の当事者に対し判決をもつて、謝罪広告の新聞紙への掲載を命じて来た慣例のあることは、多数説のとくとおりであるけれども、特に、明文をもつて、「良心の自由」を保障するに至つた新憲法下においてかかる弊習は、もはやその存続を許されないものと解すへきである。(そして、このことは、かかる判決が訴訟法上強制執行を許すか否かにはかかわらない。国家が権力をもつて、これを命ずること自体が良心の自由をおかすものというべきである。あたかも、婚姻予約成立の事実は認定せられても、当事者に対して、判決ををもつて、その履行―すなわち婚姻―を命ずることが、婚姻の本質上許されないと同様、強制執行の許否にかかわらず、判決自体の違法を招致するものと解すべきである)。
従つて、この点に関する論旨は理由あり、原判決が上告人に対し謝罪広告を以て、自己の行為の非行なることを認め陳謝の意を表することを命じた部分は破棄せらるべきである。

+反対意見
上告代理人阿河準一の上告理由三についての裁判官垂水克己の反対意見は次のとおりである。
私は原判決が広告中に「謝罪」「陳謝」の意思を表明すべく命じた部分は憲法一九条に違反し原判決は破棄せらるべきものと考える。
一、判決と当事者の思想裁判所が裁判をもつて訴訟当事者に対し一定の意思表示をなすべきことを命ずる場合に裁判所はその当事者が内心において如何なる思想信仰良心を持つているかは知ることもできないし、調査すべき事柄でもない。本件謝罪広告を命ずる判決をし又はこの判決を是認すべきか否かを判断するについても固より同じである。すなわち、かような判決をすべきかどうかを判断するについては上告人が、万一、場合によつてはこんな広告をすることは彼の思想信仰良心に反するとの理由からこれを欲しないかも知れないことも予想しなければならない。世の中には次のような思想の人もあり得るであろう―「今日多くの国家においては大多数の人々が労働の成果を少数者によつて搾取され、人間に値せぬ生活に苦しんでいる、これは重要生産手段の私有を認める資本主義の国家組織に原因するから、かかる組織の国家は地上からなくさなくてはならない、そのためには憲法改正の合法手段は先ず絶望であるから、手段を選ばずあらゆる合法・非合法手段、平和手段・暴力手段を用いてたたかい、かかる国家、その法律、国家機関、裁判、反対主義の敵に対しても、これを利用するのはよいが、屈服してはならない、これがわれわれの信条・道徳・良心である。」と。或は一部宗教家、無政府主義者のように、すべて人は一切他人を圧迫強制してはならない、国家、法律は圧力をもつて人を強制するものであるから、これに対しては、少くともできるだけ不服従の態度をとるべきである、という信条の人もあり借るであろう。かような人の内心の思想信仰良心の自由は法律、国権、裁判をもつてしても侵してはならないことは憲法一九条、二〇条の保障するところである。
論者或はいうかもしれない「迷信や余りに普遍的妥当性のない考は思想でも信仰でもなく憲法の保障のほかにある」と。しかし、誰が迷信と断じ普遍的妥当性なしと決めるのか。一宗一主義は他宗他主義を迷信虚妄として排斥する。けれども、種々の思想、信条の自由活溌な発露、展開、論議こそ個人と人類の精神的発達、人格完成に貢献するゆえんであるとするのが、わが自由主義憲法の基本的精神なのであつて、憲法を攻撃する思想に対してさえ発表の機会を封ずることをせず思想は思想によつて争わしめようとするところに自由主義憲法の特色を見るのである。
二、謝罪、陳謝とは上告人が、万一、前段設例のような信条の持主であると仮定するならば、本件裁判は彼の信条に反し彼の欲しない意思表明を強制することになるのではないか。この点を判断するには先ず「陳謝」ないし「謝罪」とは如何なる意味のものであるかを判定しなければならない。思うに一般に、「あやまる」、「許して下さい」、「陳謝」又は「遺憾」の意思表明とは(1)自分の行為若くは態度(作為・不作為)が宗教上、社会道徳上、風俗上若くは信条三の過誤であつた(善、正当、是、若くは直でなく悪、不当、非、若くは曲であつた、許されない規範違反であつた)ことの承認、換言すれば、自分の行為の正当性の否定である、或は(2)そのほか更に遡つて行為の原因となつた自分の考(信条を含む)が悪かつたことの承認、若くは一層進んで自分の人格上の欠陥の自認、ひいて劣等感の表明である、或は(3)なおこれに行為者が自分の考を改め将来同様の過誤をくり返さないことの言明を附加したものである。なお、記事や発言の「取消」というものがある。これには単なる訂正の意味のものもあるが、やはり前同様自己の記事や発言に瑕疵不当があつたとしてその正当性を否定する意味のものもある。
本件広告は相当の配慮をもつて被上告人の申し立てた謝罪文を修正したものではあるが、原審は単に故意又は過失による不法行為としての名誉毀損を認めたに止まり刑法上の名誉毀損罪を認めたものではないから、本件広告に罪悪たることの自認を意味するものと解し得られる「謝罪」という文言を用いることは、或は上告人がその信条からいつて欲しないかも知れない。さすれば本件判決中、広告の標題に「謝罪」の文言を冠し、末尾に「ここに陳謝の意を表します」との文言を用いた部分は本人の信条に反し、彼の欲しないかも知れない意思表明の公表を強制するものであつて、憲法一九条に違反するものであるというのほかない。けだし同条は信条上沈黙を欲する者に沈黙する自由をも保障するものだからである。
人は尋ねるかも知れない「それならば、当事者はどんな信条を持つているかも知れないから、裁判所はあらゆる当事者に対して或意思表示(例えば登記申請)をすべく命ずる裁判は一切できなくなるではないか、」と。固より左様でない。裁判所は法の世界で法律上の義務とせられるべき事項を命ずることはできるのである。しかし、行為者が自分の行為を宗教上、道徳風俗上、若くは信条上の規範違反である罪悪と自覚した上でなければできないような謝罪の意思表明の如きを判決で命ずることは、性質上法の世界外の内界の問題に立ち入ることであるから、たとえ裁判所がこれを民法七二三条による名誉回復に適当な処分と認めたとしても許されない訳なのである。
三、法と道徳について法は人の行為についての国家の公権力による強制規範であり、行為とは意思の外部的表現である。人の考が一旦外部に現われて或行為(作為若くは不作為)と観られるに至つたときは社会ないし国家は関心なきを得ないので、法は或は行為を権利行為として保護し或は放任行為として干渉せず、或は表現(をすること又はしないこと)の自由の濫用とし、或は犯罪として刑罰を科し或は不法行為、債務不履行として賠償や履行を命じたりする。その場合に、法は行為が意思に基くか、又、如何なる意思に基くかをも探究する。もちろん、道徳が憲法以下の法の基本をなす部分が相当に大きく、この基本を取り去つては「個人の尊重」、「公共の福祉」、「権利の濫用」、「信義誠実」、「公序良俗」、「正当事由」、「正当行為」などという重要な概念が立処に理解できなくなるという関係ですでにこれらの概念は法概念と化していることは私もよく肯定するものである。しかし、法がこれら内心の状態を問題にしたり行為のかような道徳に由来する法律的意味を探究する場合にも、法はあくまで外部行為の価値を判定するに必要な限度において外部行為からうかがわれ得る内心の状態を問題とするに止まる。一定の行為が法の要求する一定の意思状態においてなされたものとして観られる以上、法はそれが何かの信条からなされたものかどうかを問わない。行為者の意思が財物奪取にあつたか殺害にあつたかは問題とされるが如何なる思想からしたかは問われない。無政府主義者が税制を否定し所得申告を欲しなくても法は彼の主義如何に拘わりなく申告と納税を強制する。かようにして法は作為・不作為に対しそれに相応する法律効果を付しこれによつて或結果の発生・不発生をもたらしその行為を処理しようとするものである。
四、本件広告の内容謝罪の意思なき者に謝罪広告を命ずる裁判か合憲であるとの理由は出て来ない。けだし、謝罪は法の世界のほかなる宗教上、道徳風俗上若くは信条上の内心の善悪の判断をまつて始めてなされるものてあり、そして内心から自己の行為を悪と自覚した場合にのみ価値ある筈のものだからである。先ず、裁判所が上告人は判示所為をしたものでありその所為は不法行為たる名誉毀損に当ると認めた場合には、上告人の信条に拘わりなくこれによる義務の存在を確認させることができるのはもちろん、又、かかる所為をしたこと及びそれか名誉毀損に当ることを確認する旨の広告を上告人の意思に反してさせることもできることは疑いない。本件広告は単に「広告」と題し本文を「私は昭和二十七年十月一日施行された、云々、申訳もできないのはどうしたわけかと記載いたしましたが右放送及び記事は真実に相違して居り、貴下の久誉を傷け御迷惑をおかけいたしました。」と記載してなすべく命ずることも憲法一九条に違反するところなく妨げない、(客観的に、「真実に相違しておる」ことを確認させ、被害を与えたとの法律上の意味で「御迷惑をおかけしました」と言明すべき法的義務を課してもよい。)と考える、ところが本件広告には前に述べたように「謝罪」、「陳謝の意を表します」という文言を用いた部分があつてこの点は両当事者が重要な一点として争うところなのである。が、かような謝罪意思表明の義務は上告人の本件名誉毀損行為から法概念としての「善良の風俗」からでも生ずべき性質のものといえるであろうか。又、「かような謝罪の意思表明は名誉毀損の確認に附加されたところの、本件当事者双方の名誉を尊重した紳士的な社交儀礼上の挨拶に過ぎず、そしてそれは心にもない口先だけのものであつても被害者や世人はいずれその程度のものとして受けとる性質のものであるから、上告人も同様に受けとつてよいものである。」といえるてあろうか。私は疑なきを省ない。かような挨拶が被害者の名誉回復のために役立つとの面にのみに着眼し表意者が信条に反するために謝罪を欲しないため信条に反する意思表明を強制せられる場合のあることを顧みないで事を断ずるのは失当といわざるを得ない。私は本件広告中、右「謝罪」、「陳謝の意を表します」の文言があるのに、上告人が信条土欲しない場合でもこれをなすべきことを命ずる原判決は、性質上、上告人の思想及び良心の自由を侵すところがあり憲法一九条に違反するものと考える。これにはなお一つの理由を附加したい。それは本件判決が民訴法七三三条の代替執行の方法によつて強制執行をなし得るという点である。一説は本件判決は給付判決であつても夫婦同居を命ずる判決と同じく強制執行を許されないというが、夫婦同居判決のように強制執行のてきないことが自明なものならばその通りであるが、本件判決は理山中に別段本件広告については強制執行を許さない旨をことわつてなく、判決面ではそれを許しているものと解せられるものであり、そして本件広告が新聞紙に掲載せられたような場合に、読者は概ねそれが民事判決で命ぜられて余儀なくなされたもであることを知らずに、上告人が自発的にしたものであると誤解する公算が大きい。かくては上告人の信条に反し、そのの意思に出でない上告人の名における謝罪広告が公表せられることになり、夫婦同居判決が当事者の任意服従がないかぎり実現されずに終るのと違う結果を見るのである。されば論旨ほ理由があり、原判決が主文所掲広告の標題に冠した「謝罪」という文言とその末尾の「ここに陳謝の意を表します」との文言を表示すべく命じた部分は憲法一九条に違反するから原判決は破棄すべきものである。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己)

Q どのような行為が禁止されるのか?
(1)保障の絶対性と侵害の態様
(2)信条に触れる行為の強制

・皇室に対する不敬
+判例(S23.5.26)プラカード事件

(3)内心の告白強制

・他人による暴露
+判例(S63.7.15)麹町中学校内申書事件
理由
上告代理人中平健吉、同宮本康昭、同中川明、同仙谷由人、同秋田瑞枝、同河野敬、同喜田村洋一の上告理由について
一 上告理由第一点について
1 上告理由第一点のうち、原判決が憲法一九条によりその自由の保障される思想、信条を「具体的内容をもつた一定の考え方」として限定的に極めて狭く解し、また、原判決が思想、信条が行動として外部に現われた場合には同条による保障が及ばないとしたのは、いずれも同条の解釈を誤つたものとする点については、原判決を正解しない独自の見解であつて、前提を欠き、採用できない。
2 上告理由第一点のうち、原判決が学校教育法施行規則五四条の三に規定する調査書(以下「調査書」という。)として送付された本件調査書には、上告人の思想、信条にわたる事項又はそれと密接な関連を有する上告人の外部的行動を記載し、思想、信条を高等学校の入学者選抜の資料に供したことを違法でないとしたのは、教育基本法三条一項、憲法一九条に違反するものとする点について
原審の適法に認定したところによると、本件調査書の備考欄及び特記事項欄にはおおむね「校内において麹町中全共闘を名乗り、機関紙『砦』を発行した。学校文化祭の際、文化祭粉砕を叫んで他校生徒と共に校内に乱入し、ビラまきを行つた。大学生ML派の集会に参加している。学校側の指導説得をきかないで、ビラを配つたり、落書をした。」との記載が、欠席の主な理由欄には「風邪、発熱、集会又はデモに参加して疲労のため」という趣旨の記載がされていたというのであるが、右のいずれの記載も、上告人の思想、信条そのものを記載したものでないことは明らかであり、右の記載に係る外部的行為によつては上告人の思想、信条を了知し得るものではないし、また、上告人の思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができないから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、採用できない。
なお、調査書は、学校教育法施行規則五九条一項の規定により学力検査の成績等と共に入学者の選抜の資料とされ、その選抜に基づいて高等学校の入学が許可されるものであることにかんがみれば、その選抜の資料の一とされる目的に適合するよう生徒の学力はもちろんその性格、行動に関しても、それを把握し得る客観的事実を公正に調査書に記載すべきであつて、本件調査書の備考欄等の記載も右の客観的事実を記載たものであることは、原判決の適法に確定したところであるから、所論の理由のないことは明らかである。
3 上告理由第一点のうち、調査書の制度が生徒の思想、信条に関する事項を評定の対象として調査書にその記載を許すものとすれば、調査書の制度自体が憲法一九条に違反するものとする点については、原判決の認定しない事実関係を前提とする仮定的主張であるから、到底採用することができない。
4 上告理由第一点のうち、原判決が、公立中学校の生徒には表現の自由の保障があるのに、その内在的制約の基準を明示せず、何の理由も付さずに、上告人が校内の秩序に害のある行動に及んだと認定したのは、理由不備の違法があるものとする点については、原判決は、適法詳細に認定した事実、すなわち、上告人が生徒会規則に違反し、再三にわたり学校当局の許可を得ないでビラ等を配付したこと、学校文化祭当日他校の生徒を含め一〇名の中学生と共にヘルメットをかぶり、覆面をして裏側通用門を乗り越え校内に立ち入つて、校舎屋上からビラをまき、シュプレヒコールをしながら校庭一周のデモ行進をしたこと、校舎壁面や教室窓枠、ロッカー等に落書をしたこと等の事実をもつて、「生徒会規則に違反し、校内の秩序に害のあるような行動に及んで来た場合」であると判断しているのであつて、何ら理由不備の点はなく、また表現の自由の内在的制約の基準を明示的に判示していないが、表現の自由といえども右のような行為を許容するものでないことを前提として判断していることは明らかであるから、所論は採用できない。
5 上告理由第一点のうち、本件調査書の備考欄等に記載された上告人の行動は、いずれも思想、信条又は表現の自由の保障された範囲の行動であるのに、これをマイナス評価の対象として本件調査書に記載したものであるところ、上告人の思想、信条又はこれにかかわる右の行動をマイナス評価の対象とすることを違法でないとした原判決の判断は、憲法一九条、二一条に違反するものとする点について
(一) 憲法一九条違反の主張については、所論はその前提を欠き採用できないものであることは、前記一の2において判示したとおりである。
(二) 憲法二一条違反の主張について
原判決の適法に認定したところによると、本件中学校においては、学校当局の許可を受けないで校内においてビラ等の文書を配付すること等を禁止する旨を規定した生徒会規則が存在し、本件調査書の備考欄等の記載事項中、上告人が麹町中全共闘を名乗つて機関紙「砦」を発行したこと、学校文化祭の際ビラまきを行つたこと、ビラを配付したり落書をしたことの行為がいずれも学校当局の許可なくしてされたものであることは、本件調査書に記載されたところから明らかである。
表現の自由といえども公共の福祉によつて制約を受けるものであるが(最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決・民集三八巻一二号一三〇八頁参照)、前記の上告人の行為は、原審の適法に確定したところによれば、いずれも中学校における学習とは全く関係のないものというのであり、かかるビラ等の文書の配付及び落書を自由とすることは、中学校における教育環境に悪影響を及ぼし、学習効果の減殺等学習効果をあげる上において放置できない弊害を発生させる相当の蓋然性があるものということができるのであるから、かかる弊害を未然に防止するため、右のような行為をしないよう指導説得することはもちろん、前記生徒会規則において生徒の校内における文書の配付を学校当局の許可にかからしめ、その許可のない文書の配付を禁止することは、必要かつ合理的な範囲の制約であつて、憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決(民集三七巻五号七九三頁)の趣旨に徴して明らかである。したがつて、仮に、義務教育課程にある中学生について一般人と同様の表現の自由があるものとしても、前記一の2において説示したとおり、調査書には、入学者の選抜の資料の一とされる目的に適合するよう生徒の性格、行動に関しても、これを把握し得る客観的事実を公正に記載すべきものである以上、上告人の右生徒会規則に違反する前記行為及び大学生ML派の集会の参加行為をいずれも上告人の性格、行動を把握し得る客観的事実としてこれらを本件調査書に記載し、入学者選抜の資料に供したからといつて、上告人の表現の自由を侵し又は違法に制約するものとすることはできず、所論は採用できない
二 上告理由第二点について
所論は、教師が教育関係において得た生徒の思想、信条、表現行為及び信仰に関する情報は、調査書に記載することによつて志望高等学校に開示することができないものであるにもかかわらず、この情報の本件調査書の記載を適法とした原判決は、憲法二六条、一三条に違反する旨を主張するのであるが、本件調査書の備考欄等の記載は、上告人の思想、信条そのものの記載でもなく、外部的行為の記載も上告人の思想、信条を了知させ、また、それを評価の対象とするものとはみられないのみならず、その記載に係る行為は、いずれも調査書に記載して入学者の選抜の資料として適法に記載し得るものであるから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、採用できない。
また、所論の憲法二六条のほか一三条違反をも主張する趣旨が本件調査書の記載が教育上のプライバシーの権利を侵害するものであるとするならば、本件調査書の記載による情報の開示は、入学者選抜に関係する特定小範囲の人に対するものであつて、情報の公開には該当しないから、本件調査書の記載が情報の公開に該当するものとして憲法一三条違反をいう所論は、その前提を欠き、採用することができない。
三 上告理由第三点について
所論は、憲法二六条により生徒には合理的、かつ、公正な入学者選抜の手続を経て進学する権利が保障され、これを調査書についていえばそれが合理的、かつ、公正に作成提出される権利があるのであるから、調査書には入学者選抜に無関係な事項及び入学者選抜において考慮してはならない事項はすべて記載すべきではないにもかかわらず、本件調査書の備考欄等の記載事項は、入学者選抜の資料に供し得ない上告人の思想、信条、表現の自由に関する事項であつて、同条に違反するとする趣旨であるが、本件調査書の備考欄等の記載事項は、いずれも入学者選抜の資料に供し得るものであることは既に判示したとおりであるから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、採用できない。
四 上告理由第四点について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないか、又は独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
五 上告理由第五点について
所論は、本件において、上告人が卒業生全員の卒業式に出席することによつて、卒業式の教育的意義を没却する事態が生ずるという蓋然性を予測することができなかつたことを前提として、憲法二六条、学校教育法四〇条、二八条三項違反を主張するものであるところ、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人を卒業生全員の卒業式に出席させれば卒業式に混乱を生じさせるおそれがあつたとする原審の判断は、正当として是認することができるのであつて、所論のいう蓋然性を予測することができたものというべきであるから、所論は、その前提を欠き、採用することができない。
六 上告理由第六点及び第七点について
本件記録に現われた本件訴訟の経過によれば、原判決に訴訟手続の違背その他所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないでこれを論難するものであつて、採用することができない。
七 上告理由第八点について
1 上告理由第八点のうち、本件調査書の作成提出行為と上告人が各高等学校に不合格となつたこととの間には相当因果関係がないとした原判決には、経験則違背があるとする点については、原審の右判断は、本件調査書の作成提出行為に違法な点がないとする原審の判断が正当である限り、判決の結論に影響を及ぼさないものであるところ、本件調査書の作成提出行為に違法な点がないとする原審の判断が正当であることは前示のとおりであるから、論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響を及ぼさない点について原判決を非難するものであつて、採用することができない。
2 上告理由第八点のうち、右1以外の経験則違背、理由不備を主張する点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎないか、原判決を正解せず、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官香川保一 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭 裁判官奧野久之)

(4)署名活動の問題点
・閉じられた社会において行われる場合は19条違反を考慮!

(5)公権力の主体としての町内会
・私人による強制

RQ
・私人間の思想良心の自由
+判例(大阪地判S44.12.26)日中旅行社事件
理由
一、本件会社が昭和三九年四月二五日から同月二七日までの間に開催の日中友好協会第一四回全国大会における、「日中両国民間の貿易、経済、文化の交流を発展させ相互理解を深め日中友好をより増進させるために訪中友好視察団の旅行斡旋、団体、個人の訪中斡旋を行うことを目的として旅行社をつくる。」旨の決定に基づき同年九月一一日に設立された株式会社で、肩書地に本店を、昭和四〇年六月一日以降大阪市<以下略>内に関西営業所を置いてきたものであり、申請人P1が昭和四一年二月一四日会社に雇用され同年四月一日正社員となり同年七月一日以降関西営業所に勤務して主に渡航手続業務に従事し、申請人P2が昭和四〇年一一月一日同社にアルバイトとして雇用され昭和四一年四月一日正社員となり少くとも同年七月一日以降同営業所に勤務して総務、渡航手続、募集等の業務に従事していた者であることは当事者間に争いがない。
二、また会社が昭和四二年三月二六日付内容証明郵便を以て申請人らに対し、「経営不振に加え、関西国貿促から関西営業所について渡航斡旋業者の指定を取消され、今後同営業所において中国渡航斡旋業務を取扱うことが事実上不可能となつたので同営業所を昭和四二年三月二六日限り閉鎖することを決定し、営業所長P3をはじめ所員である申請人らおよびP4の全所員を同日解雇する。」旨の意思表示をなすとともに予告手当名下に金二万三、〇〇〇円を送付し、同月二七日以降申請人らの就労を拒否し、かつ賃金を支払わないことも当事者間に争いがない。
三、申請人らは右解雇の無効を主張するので、その無効理由について判断する。
(一) 日中友好協会の設立と運動経過および本件会社の設立
成立に争いのない甲第六、第七号証、同第一二号証、乙第一、第二号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認めることができる甲第四〇号証および証人P19、同P22の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。日中友好協会は昭和二四年一〇月一日に中華人民共和国が建国されたことを契機に、日本国民の誤つた中国観を反省しその是正に努力すること、日中両国民の相互理解と協力をうち立てて文化交流に努力すること、日中両国民の友好提携によつて相互の安定と平和を図り世界の平和に貢献すること等を目的とし一党一派に偏せず、また階級、職業、政治的信条を問わず会員になり得るものとしてその設立が準備され、昭和二五年一〇月一日に設立され、全面講和、日中貿易の促進、文化学術の交流に積極的にとり組み日中関係は国交未回復のまま民間ベースにおいて注目すべき進展を示したが、政府の中国政策の対米追従の強化によつて日中関係は悪化し貿易も一時中断した。その後昭和三七年に至り中国側から、中国を敵視しないこと、二つの中国をつくり出す陰謀に加担しないこと、日中国交の回復を妨げないこと、といういわゆる政治三原則とこの立場に立つた貿易三原則(政府協定、民間契約、個別的配慮)および政経不可分の原則を承認する友好的な貿易商社による日中貿易の再開が提唱されたことから、日中友好協会をはじめ日中貿易促進会、日本国際貿易促進協会、関西国貿促等において右諸原則を承認するいわゆる友好商社を中国国際貿易促進委員会に紹介し、右商社によつて友好貿易という形で日中貿易が再開され、これが次第に発展するとともに、これと並行して中日友好協会長P23とP24との間において日中間の貿易協定が締結されることによつていわゆるLT貿易が開始され、右各貿易はいずれも順調にその規模を拡大した結果、その貿易総額は年間六億ドルを超え、貿易高による相手国順位では米、加、豪に次いで第四位となるまでに至つた。しかしながら日中間の国交回復については何ら具体的な進展もなく経過する間、昭和三九年一月中仏間に国交が樹立するに及んで、にわかに日中間の国交回復を求める声が高くなり、同年二月一三日本邦各界の知名人である二五氏(P25、P15、P26、P6、P27、P28、P29、P30、P31、P32、P33、P34、P35、P16、P36、P37、P38、P39、P40、P41、P42、P43、P44、P45、P46)によつて日中各階層に対し、中国との国交を即時回復して貿易、経済、文化の交流を拡大すること、日台条約を破棄し台湾との不正常な関係を清算すること、中華人民共和国の国連における正常な地位の回復のために努力することを日本政府に対し要求するために広範な運動を展開するよう呼びかけがなされ、これに副つて日中友好協会の第一四回全国大会において同年度の運動方針が決定され、希望者が容易にまた友好的に中国を訪問することができ、両国間の交流を盛んにするための旅行斡旋の組織として本件会社が設立された。以上の事実を認めることができる。
(二) 日中友好協会の分裂
成立に争いのない甲第八、第九号証、その様式態様からして真正に成立したものと認めることができる甲第一三号証、同第一八、第一九号証、同第二〇号証の二、同第二一ないし第二三号証、乙第三、第四号証、同第六号証、同第三五ないし第三八号証および証人P19、同P22の各証言、被申請人代表者本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。中華人民共和国においては昭和四〇年頃から国の基本路線に重大な変更があり、対内対外の両面に亘り自らの路線に反する勢力に対しては激しく対決する方針をとることとなつた。日本共産党は昭和四一年二月書記長P20を団長とする使節団を中国に派遣したが、同年四月初めその帰国後、同国の新路線による対日政策は自主、平等、互恵、相互不干渉の原則に反する大国主義の誤りを犯しているので、右原則に立つ同党としては従来どおりの同国との関係を維持することは不可能であるとして、その方針の決定的な変更をなし、党本部支部の建物から毛沢東の肖像を撤去し、中国映画の上映禁止、中国関係雑誌(人民中国、中国画報、北京周報等)の購読禁止をするほか、既に前年度に引続いて実施準備中の第二次日中青年大交流については、その招請状に現代修正主義との戦いという政治課題が付されていたところから、これは自国の政治路線をわが国の民主運動に押しつける手段を利用しようとしている動きが明白であるとし、当面党としてはベトナム戦争反対闘争など日本国内の平和、独立、民主主義を守る戦いの緊迫した情勢の中で果さなければならない任務があるとの理由を以て傘下の民主青年同盟員の不参加を決定してこれを表明した。中国は右決定に対しては当然厳しくこれを非難してきたのであるが、このことから同党は右日中青年大交流の実施についてはもとよりその他日中間の諸種の交流往来についてもかなり積極的に妨害活動をするに至つた。そしてこのような同党と中国との間の対立は日中友好運動の中に二つの流れを生ぜしめたのであるが、更にこのことが契機で原水爆禁止国民協議会、日本アジアアフリカ連帯委員会、日本ジヤーナリスト会議、宗教者平和懇話会、大阪中小企業同友会等の諸団体においても日本共産党派と反日本共産党派とのイデオロギーの対立を生じ右二派による抗争を惹起した。このような動きの中でこれが現実の日中関係を単に悪化させるにとどまらず日米反動勢力を助長しその反中国政策に手をかしアジアの平和と解放を妨げひいてはわが国の将来を危くするとの考えに立つわが国各界の知名人三二氏(P47、P48、P25、P26、P6、P15、P49、P30、P32、P50、P51、P17、P52、P53、P54、P55、P35、P16、P56、P37、P57、P58、P59、P39、P60、P61、P62、P63、P64、P10、P65、P33)は昭和四一年九月二六日「内外の危機に際し再び日中友好の促進を国民に訴える」という標題の下にいわゆる日中友好について、「日中友好のとりでを守り広げていくことは日中両国人民の利益だけでなくベトナム人民に対する大きな支援となりアジアの平和と解放にとつて重大な貢献となること、その運動はこれまで以上に厳しくなりアメリカ政府に追従する勢力が妨害、圧迫を強めてくると同時に運動の内部にも既にさまざまな口実を設けて友好発展を妨げようとする傾向が生じているが、右傾向は米日反動勢力を喜ばせその反中国政策に手をかすものにほかならないこと、その運動はどのような圧力にも屈せず策謀にも欺されず、またどのような妨害にもかかわらずますます発展していく歴史の流れであること」等日本共産党の日中友好に対する態度を正面から非難する見解を表明したうえ、各層各界の国民に対し右見解に従つて日中友好運動を前進させよるように訴える旨の呼びかけをなし(右呼びかけのなされた事実は当事者間に争いがない。)これに対応して中国側では同年一〇月五日各界人士および人民団体責任者ら五二氏によつて右呼びかけの趣旨を支持する旨の声明がなされた。日中友好協会は同月一日の中華人民共和国成立一七周年の国慶節を祝賀するため訪中代表団を派遣することになつたのであるが、その際中国において中日友好協会代表団と右「三二氏の呼びかけ」の線に副つた共同声明を出すことについては出発前の同年九月二七日の常務会において討議を終え、圧倒的多数を以てこれを可決していたので、P51、P10、P66、P67、P68、P69、P70、P71、P72、P73らを以て構成する右代表団は同年一〇月一二日北京において前記P23ほか九名を以て構成する中日友好協会代表団との共同声明に調印した(右共同声明調印の事実は当事者間に争いがない。)。そして右共同声明は、「中国の文化大革命は中国人民が革命の正しい進路を保障するため長期に亘る革命途上避けることのできない重要な一過程であり、既にその明瞭な成果をあげつつあることについて双方十分に理解したこと、日中の友好交流は一貫して両国人民の共通の願望と利益に基づいて相互尊重、平等互恵、相互支援の立場から行つてきたしまた今後も行つていくものであり、これに対するさまざまな中傷と誹謗は根拠がなく日本の日中友好運動を内部から破壊しようとするものであることを双方一致して指摘したこと、日中両国人民のあらゆる分野における交流は相互理解を深め友好と団結を強めるために必要なものであり、また相互理解の深まりと友好と団結の強化は各分野での次の新な発展を促す力となるものであるから今後ますます各分野の交流を拡充発展させる必要があることを認め、したがつて日本側はあらゆる妨害を排除して第三回日中青年大交流に参加する日本青年の中国訪問の実現に努力し中国側はこれを歓迎すること、双方は現在日本国内外においてさまざまな勢力が日中友好運動に対して陰に陽に妨害を加えている状況の下において日本側三二氏の呼びかけと中国側各界人士および人民団体責任者五二氏の声明の発表は重大な意義をもつものであることを双方確認したこと。」等日本共産党の対中国路線に反対しこれを明らかに非難するものであつた。右共同声明は同月二五日に開催の日中友好協会第一三回常任理事会においてその承認が求められるや、これを支持する者とこれに反対し日本共産党の対中国路線に同調する者との二派に分れて紛糾し、支持派は四三名と数の上では反対派一三名を大きく上回つたが、このような基本的な問題について多数決でことを決しても反対派を包含して組織を維持していくことはとうてい不可能だと判断したことから、反対派を排除し共同声明の線に副つて大同団結を企図して正統本部を結成し、ここに日中友好協会は分裂した。中国側の中日友好協会では同月二七日残存日中友好協会との関係を断ち、正統本部を支持する旨を宣明した。そしてこれに伴つて日中友好協会大阪府連合会においても同年一一月二七日に開催の常任理事会において二派に分裂し、会長P17、副会長P18、理事長P5、事務局長P19その他の常任理事ら正統本部支持の者らによつて正統本部大阪府本部を組織した。以上の事実を認めることができる。
(三) 右分裂が会社に及ぼした影響
日中友好協会の分裂に伴い、会社の取締役会長P6、取締役社長P7、常務取締役P8、取締役P5ら殆んどの取締役が正統本部に移り、会社も昭和四一年一〇月末の常務会で共同声明および正統本部を支持し日中友好協会とは一切の関係を断つことを決定したことは当事者間に争いがない。そして証人P8の証言、被申請人代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、右役員ら個人の行動はイデオロギーそのものによるものであつたが、会社の決定には右イデオロギーに加えて同社が国交未回復の状態において希望者が友好的に中国を訪問できるよう同国の国営企業である中国国際旅行社総社と特約を結び同国渡航についての斡旋業務を行つているところから、日中双方の友好協会代表団の間で調印発表された共同声明を会社の営業活動方針として採択し正統本部支持の立場をとることが企業存続のために不可欠の条件であるとする現実的な考慮も大きく働いていた事実を認めることができる。
(四) 会社の正統本部支持が従業員に及ぼした影響
会社が、正統本部支持を決定した後、(1)昭和四一年一二月上旬申請人らを含む全従業員に対し業務命令として前記共同声明に関する所信についてレポートの提出を命じたこと、(2)関西営業所長P3において同月二六日申請人ら外一名の全所員に対し日中友好協会を脱会して正統本部に入会し登録の手続をとるように勧めたこと、(3)右P3において昭和四二年一月一一日申請人P1に対し右登録を重ねて勧めたこと、(4)右P3において同年二月七日同営業所会議の席上、会社の基本方針として同営業所に正統本部の班をつくることを提唱したこと、等の事実はいずれも当事者間に争いがなく、申請人P2本人尋問の結果によると、正統本部大阪府本部事務局員P9が同年一月九日関西営業所において申請人ら外一名の全所員に対し右登録申込用紙を交付して登録を促した事実を認めることができる。そして右各事実を総合すると、会社は日中友好協会との関係を断ち正統本部の支持を決めて後、全従業員に対して会社と同じく正統本部を支持しこれに登録するようかなり強力に働きかけていた事実を認めることができる。
(五) 前記分裂後の申請人らの態度
申請人P1がP5の推薦によつて会社に入社したことは当事者間に争いがなく、証人P8の証言および申請人P1(第一回)、同P2各本人尋問の結果を総合すると、申請人P2もP5の推薦で会社に入社した者であり、P5は会社の取締役であるだけでなく、分裂前の日中友好協会大阪府連合会理事長、同協会で設立した日中友好学院長で、分裂後は正統本部に所属する者であつて、申請人らはいずれも昭和三七年四月日中友好協会に入会し、右日中友好学院の普通部および高等部に学んでP5の教育を受けた者であるが、日中友好協会の分裂に当つては、P5との特別な関係にもかかわらず、正統本部に移ることなく日中友好協会に残留し、前記(四)のとおり、会社からしばしば同協会を脱退して正統本部に加入するよう勧められたがこれに応じなかつた事実を認めることができる。
(六) 会社の申請人らに対する正統本部入会の要請
1 証人P8の証言および申請人P1(第一、二回)、同P2各本人尋問の結果を総合すると、会社の営業担当のP8常務は昭和四二年二月二〇日関西営業所を訪れ、申請人P1を伴つて同所が渡航斡旋業務を行つていた関西国貿促の友好商社部会訪中代表団に渡航事務手続を説明するため関西国貿促に赴きその団員総会に出席して右用件を終えた後、同申請人とは別途同営業所に帰つたのであるが、同日午後五時頃から数時間に亘つて申請人らに対し、まず同人らが末だ日中友好協会に残留している事実を確認したうえ(右確認の事実は当事者間に争いがない。)、同協会は表面では日中友好を唱えながら裏面では反中国活動を行つて日中友好を妨害し、日中友好を経営の基本方針とする会社を侮辱している組織であり、会社にとつて日中友好はその存立にかかわるものであるから、この点をよく理解して早急に同協会を脱会することを希望するが、そうでないと会社としては放置できないので申請人らに対する措置について結論を出さざるを得ない旨言明した事実を認めることができる。
2 前顕各疎明によると、会社の関西営業所担当の取締役でありかつ正統本部大阪府本部理事長、日中友好学院長であるP5は翌二一日P8常務とともに同営業所を訪れ、まず同人に席を外させたうえ申請人らに対し、日中友好学院の院長として教え子である申請人らに話すものである旨前置きして、日中友好を志す者として日中友好協会に入つているのは誤りであるから、よく考えて正統本部に入るように勧め、もし入らなければこれが申請人らと話合う最後の機会となるとして説得したが、これに対し申請人らは、日中友好協会に入つているのは入社以前からのことであり、また会社の業務にはその方針に従つて忠実に働いているので、そのことでとかく言われる道理はない旨答えたところ、P5は色をなして席を立ち、次いでP8がこれに引続いて申請人らに対し先に申請人らは共同声明を支持する旨のレポートを出しながら、右声明に反対の立場をとつている日中友好協会の会員であることは矛盾するのではないかと質したうえ、右P5の話および前日の自分の話についての見解をレポートにして翌二二日に提出するように命じたところ(右レポート提出命令の事実は当事者間に争いがない。)、これに対し申請人らは、「P8、P5らの述べた政治的見解については従業員として見解を述べる必要はないものと考える。従業員がどのような会に加入していようとそれは自由であるが、会社の営業方針には異議なく従つて業務を遂行する。」旨、会社と日中友好についての考え方が異なることを認めたうえ、それとは別に具体的な会社の業務については支障なくこれを行う意思のあることを記載したレポートをそれぞれ提出した事実を認めることができる。
3 証人P8の証言および申請人P1(第一回)、同P2各本人尋問の結果を総合すると、P8常務は同年三月二日午後二時頃関西営業所を訪れたうえ、全所員の集合を命じ、たまたま社用のため神戸市内に赴いていた申請人P1については連絡して呼び戻し、同日午後三時頃から申請人らおよびP4に対し業務命令を申渡した事実を認めることができる。そして右命令がP5ら数名立会いの下に行われ、その内容が、(1)直ちに各自担当業務を営業所長に引継ぐこと、(2)引継が完了次第自宅で「三二氏の呼びかけ」および共同声明を学習するため休職を命ずること、(3)学習の結果はレポートにして同月一〇日までに郵送すること、(4)レポートを検討したうえ常務会で出す指示に従うこと等を内容とするものであつたことは当事者間に争いがない。
以上の各事実を総合すると、会社は正統本部成立後同本部への入会を全従業員に対し一般的に勧誘していたのと異なり、昭和四二年二月二〇日以降は申請人らに対し、個別的に、強力に、しかも拒否するときは解雇に至ることが予想できる方法で右入会を強く要請している事実を認めることができる。
(七) 右要請に対する申請人らの態度
1 証人P74の証言および申請人P1(第一回)本人尋問の結果を総合すると、申請人らに日中友好協会の分裂とそれに伴つて会社内部に起つてきた既に認定の諸般の状況から自分らが同協会にとどまる以上会社との間に諸種の紛争は避けられず、ひいては従業員としての権利を侵害されるような事態になることもあり得ると判断したことから、昭和四二年一月初め大阪商業労働組合に加入していたのであるが、前記同年二月二〇日、二一日の会社の申請人らに対する強い態度からして近く申請人らに対して解雇が行われることも十分予測されたため、一応弁護士に相談しておくべきであると考え、同月二三日頃申請人P2が右組合の委員長P74とともに申請人らの本件代理人である佐藤弁護士の事務所を訪れ同弁護士とその対策について協議した事実を認めることができる。
2 前記(六)の3のとおり、申請人らは同年三月二日P8常務から教育休職ともいうべき業務命令を受けたのであるが、証人P74、同P8の各証言および申請人P2本人尋問の結果を総合すると、申請人らは、当時の日中友好に関する二つのイデオロギーの尖鋭的な対立という状況を背景に右命令を考えるとき、申請人らにおいてイデオロギーの変更を肯じない限り、これを前提として解雇処分の行われることは必至であると考えたため、右命令を受けた後直ちに前記労働組合に連絡して善処を求めたところ、間もなくして委員長P74が十数名の組合員とともに関西営業所を訪れ、P8常務との団体交渉を要求したが、同人が不在であつたため所長のP3に対してその要求書を交付して約二時間後に引き揚げ、翌三日再び組合員約七〇名位を動員して同営業所を訪れて団体交渉を申入れ、同日午前一〇時頃から深夜にかけてP8と話合つた結果、結論は後日の団体交渉に委ねることとし、とりあえず会社は申請人らに対して休職期間中も任意の就労を認めることとしたのであるが、その間右組合員らの中には正統本部から訪れた前記P9が同営業所の中に入るのを妨げたり、また交渉が深夜に及ぶや布団数組を運び込み同営業所の一部を占拠して長期交渉の構えを示すなどかなり険悪な雰囲気となつた事実を認めることができる。
3 申請人らおよび前記組合の幹部が同月七日P8常務らと団体交渉したことは当事者間に争いがなく、前顕各疎明によると、右団体交渉は午後一時頃から同五時頃までの間大坂府立労働会館で行われたのであるが、組合側は約三〇名の組合員を動員し、当初会社側の参加者として訪れた前記P9を実力で排除し、一方会社側では組合に対し交渉員を限定して多数の応援の組合員の退場を求めるなど騒然とした雰囲気の中で団体交渉が開始された後、P8は申請人らに対する休職中は賃金を全額支給する旨を約したうえ(この事実は当事者間に争いがない。)、同人らを教育休職にする理由について、同人らは会社の方針に従うと言いながら日中友好協会員であるが、このことによつて会社の存立が脅かされ客に不安を与えているので、会社の営業方針、真の日中友好、中国事情等について更に勉強してもらうためである旨言明したのに対し、申請人らおよび組合側はそれが不当であることを主張して会社側と激しく応酬したが、結論をみぬままに当日の団体交渉を終えた事実を認めることができる。
4 申請人らおよび前記組合の幹部が同月一四日P8常務らと更に団体交渉をしたことは当事者間に争いがなく、証人P74、同P8の各証言を総合すると、右団体交渉は午後一時頃から同四時半頃までの間前同様大阪府立労働会館で行われたのであるが、このときも組合側は多数の組合員を動員しており、かなり緊迫した雰囲気の中で行われた事実が認められ、その交渉の結果、P8において休職中の学習テキストは共同声明、日中両国人民の友好貿易促進に関する議定書、中国通信等であるとしたことは当事者間に争いがなく、したがつて教育休職によつて申請人らに要求するイデオロギーが正統本部のそれであることを団体交渉の席上で認めたほか、前顕各疎明(但し、証人P74の証言については後記信用しない部分を除く。)によると、右団体交渉の結果、P8において関西営業所は今後とも閉鎖しないように努力する旨を約しただけで、紛争解決への具体的な進展はみられず、日を改めて続行することとなつたが、ただ従来の経過からみると、組合側は多数の組合員を動員しており、かつことの成り行き次第では何時組合員による営業所の占拠や会社役員に対する有形無形の圧迫が加えられかねない状況にあつたし、一方正統本部支持を決した企業内においては日中友好協会支持の従業員に対する実力による追放行為がしばしば行われており、会社も申請人らを実力で企業外に排除する恐れがないとはいえなかつたため、双方この紛争が何らかの形で解決するまでは一切の暴力を使わないことを約した事実を認めることができ、次回の団体交渉を同月二八日に開くことを申し合せたことは当事者間に争いがない。申請人らはこの際、P8において申請人らの労働条件、身分に著しい変更を行う場合には予め組合と協議することを約した旨主張するが、前顕各疎明によると、組合からP8に対して右約束の要求はかなり執拗になされたが、結局同人は言葉を濁してこれに応じなかつた事実を認めることができるのであつて、証人P74の証言中には右認定に反して申請人らの主張事実に副う部分があるが、右は前顕各疎明に照らしたやすく信用できない。
以上の各事実を総合すると、会社の申請人らに対する正統本部入会の要請については、申請人においてたやすくこれに応じないばかりか、むしろ組合の応援を得てその撤回を求める行動に出、交渉を重ねたが互に譲らず、早急に解決の見通しもたたず、またことと次第によつては双方実力行使が予想されるような事態にまで発展した事実を認めることができる。
(八) 右状況後の会社の行動
1 証人P3(但し、後記信用しない部分を除く。)、同P8の各証言および申請人P2本人尋問の結果を総合すると、会社はその後関西営業所の閉鎖とこれに基づく申請人らを含む全所員の解雇を決定し、P8常務に対し、右閉鎖を命じたので、同人は同年三月二五日下阪して同営業所に赴き同所においてP3所長に対し右閉鎖の決定を告げ、同日夕刻同人をしてその事務所の賃貸借契約を合意解除するため委任状を携えてその賃貸人である大興ビルの管理人方に赴かせ、右契約を合意解除して敷金一三〇万円を受領してこれを持ち帰らせたうえ、同事務所から一切の備品什器を運び出してこれを賃貸人に対し明渡した事実を認めることができる。そして証人P3の証言中には右認定に反する部分があるが、右は前顕各疎明に照らし信用できない。
2 会社は翌二六日関西営業所を閉鎖するとともに、申請人らを含む全所員を解雇しており、右事実は当事者間に争いがない。
3 被申請人代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認めることができる乙第二三号証、成立に争いのない同第二四号証および右本人尋問の結果によると、会社は前記閉鎖と同時に同日付の「関西営業所の閉鎖にあたつてのお詫びとご挨拶」と題する印刷文を関係方面に配布し、同年四月二六日旅行斡旋業法に基づき陸運局長に対し同営業所廃止の届出をした事実を認めることができる。
以上の各事実を総合すると、会社は申請人らおよびその所属組合の幹部と申請人らのことについて団体交渉を継続中、交渉妥結の余地は全くないものと判断したことから、申請人らおよび右組合に隠密裡にしかも周到な準備の下に関西営業所を閉鎖して申請人らを解雇した事実を認めることができる。
(九) 本件解雇の原因
以上認定の各事実を更に総合すると次の事実を認めることができる。会社はその成立の経緯からして日中友好の基礎に立つ企業で、しかも現実に日中間に交流がなければその存立を全うし得ないところから、日中友好に関するイデオロギーの相違による日中友好協会の分裂に当つては、そのイデオロギー自体による選択に加えて、より現実的な観点からともかく実際に日中間の交流を可能にする正統本部の支持に決したものと認められるのであるが、右分裂後は正統本部と日中友好協会ないしは日本共産党との間において次第に対立抗争が激化し、双方とも相手方に対する非難、攻撃を繰り返し、憎悪を増大させて行つたところから、会社自体の心情としても、また密接な繋りのある正統本部およびこれを支持する友好商社その他の諸団体に対する関係からしても、従業員の中に日中友好協会員ないし日本共産党員がいることについてはこれを放任できない状態となつたので、当初全従業員に対し比較的穏和な方法で正統本部への入会を勧誘していたのとは異なり、同協会に所属して同党員でありしかも容易にその立場を変えない申請人らに対しては、右各所属団体を離れて正統本部に入会するよう強く要求することとなつたのに対し、同人らにおいてこれに応ずる気配が全くないのでやむなくその解雇を考慮中のところ、同人らが労働組合にその解決を委ねたこともあつて、たやすく解雇もできない状況となつたので、同人らを解雇し、しかも組合の攻撃をかわす方法として、関西国貿促の関西営業所に対する渡航斡旋業者としての指定取消を好機に、同営業所を閉鎖しこれを理由に解雇することとしてその実行をしたものと認めることができる。してみると右営業所の閉鎖は申請人らの解雇を容易ならしめる手段としてなされたものであり、右閉鎖までして申請人らを会社から排除しようとした目的は同人らが会社と敵対関係にある日中友好協会および日本共産党に所属しその政治的信条に同調したことにあるものというべく、これを要するに同人らの政治的信条によつて同人らを差別して解雇したものと認めることができる。
四、被申請人は申請人ら主張の本件解雇の無効理由について反対事実の主張をするので、この点について判断する。
(一) 関西国貿促の関西営業所に対する渡航斡旋業者としての指定取消
被申請人は、関西国貿促が関西営業所に対する渡航斡旋業者としての指定を取消したので、同営業所を閉鎖せざるを得なくなり、申請人らを本店に配置転換することもできない事情があつたので同人らを解雇した旨主張するので、まず右指定取消の実情について検討する。
1 成立に争いのない甲第三一ないし第三三号証の各一、前顕甲第四〇号証、その様式態様からして真正に成立したものと認めることができる甲第四三、第四四号証および証人P22、同P75の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると関西国貿促成立の経緯と業務内容およびその日中友好協会分裂後の行動等について次の事実を認めることができる。関西国貿促は昭和二九年九月日本国際貿易促進協会とは別に、中国、ソ連、北朝鮮、北ベトナムおよび東欧諸国等共産圏諸国との間の貿易上の諸障害を除去してその間に平等互恵を原則とする友好的な貿易を促進することを目的として設立されたいわゆる権利能力のない社団で関西地区を中心に、主として国際貿易振興のためこれを阻害している諸問題の解決および前記共産圏諸国との間の貿易の仲介斡旋、貿易経済代表の派遣、受入その他の業務を行つてきたが、ソ連貿易等については漸次ソ連東欧貿易会にその業務が移り、主として中国貿易関係についての業務を行うようになり、その後日中間においていわゆる友好貿易が開始されてからは、日本国際貿易促進協会、日中貿易促進会とともに、右友好貿易を担当する日本側のいわゆる友好商社を中国国際貿易促進委員会に紹介する業務を取扱い、事実上右日本側貿易促進二団体とともに日中貿易を希望する日本側商社についてそのいわゆる友好性についての資格審査権を有し、日中友好貿易の実施に関し主要な役割を果してきた。元来、関西国貿促は政党政派にかかわりなく中国との友好的な貿易を望む者をその会員とするもので、事実、日中貿易を望む関西の大手企業は殆んど洩れなくその会員となつていたが、ただ日中貿易は中国との関係でいわゆる政治三原則、貿易三原則および政経不可分の原則を承認する前記友好商社でなければこれを行うことができず、対米関係その他各種の事情から右諸原則を公然と承認できない大手の企業についてはダミーと称する身代わり商社をつくりこれによつて右貿易を行つている状況から、勢い日中友好協会とは密接な関係にあり、右協会の分裂後は現実に中国との交流を行いその接触を保つことのできる正統本部の支持を明らかにし、特にその友好商社部会の常任理事会の会員は日中友好に関するイデオロギー自体のほかに、日中貿易を維持発展させるという現実的な必要もあつて熱烈な正統本部の支持者で、日中友好協会および日本共産党に対しては激しい敵意を抱き、友好商社の中でも正統本部を支持しない者はもとより旗幟を鮮明にしない者についてもその中国国際貿易促進委員会への紹介をとりやめるように働きかけて、対中国貿易を不能にするなどの措置をとつてきた。以上の事実を認めることができる。
2 既に認定の三の(六)の12の事実に、証人P22、同P3、同P8、同P75の各証言を併わせ考えると、関西国貿促が関西営業所に対する渡航斡旋業者としての指定を取消した事情として次の事実を認めることができる。関西国貿促はその所属商社等の中国への業務渡航、視察団の渡航等については関西営業所設置以来主として同所にその斡旋業務を依頼しており、昭和四二年に入つてからはその友好商社部会の訪中代表団と春季広州交易会参加者の名渡航斡旋を依頼していたのであるが、同年二月二〇日右訪中代表団の結団式後団員総会が行われた際、団員である友好商社員の中から昭和四一年度の日中青年大交流に参加予定の日中友好学院代表団および関西各界青年代表団の渡航申込者の名簿が関西営業所から日本共産党大阪府委員会に洩れていることを問題とし、このようなことが起るについては同営業所内に日本共産党および日中友好協会に属する申請人らがいることが原因であるから、右状態にある同営業所に渡航の斡旋業務を委ねるべきではないとの意見が出され、右意見が大勢を占めたので、たまたま右団員総会に出席していたP8常務に対して申請人らの善処を要望し、同人らが従来の態度を変えないなら、少くとも同団の渡航斡旋業務は同営業所に委ねるべきではないとの結論に達した(但し、証人P3の証言、申請人P1(第一回)、同P2本人尋問の結果によると、右名簿は昭和四一年八月頃日本共産党大阪府委員会統一戦線部員P14が申請人らの不在中に同営業所を訪れた際、机の上にあつた右名簿を写して帰つたことによつて同党に洩れたのであるが、当時はまだ日中友好協会の分裂前でP14は同協会大阪府連合会の事務局員でもあつたところから、申請人らが同営業所に勤務していたこととはかかわりなく、同所をしばしば訪れていたのであるから、右名簿の漏洩については申請人らに何らの責任もない事実を認めることができる。)。そこでP8は既に三の(六)の12で述べたとおり、直ちに同営業所において申請人らに対し日中友好協会を脱会して正統本部に入会するように強く説得し、更に翌日P5取締役も加わつて右説得を続けたがその効なく日時を経過する間、前記友好商社員の中において、もはや関西国貿促としては同営業所に対して渡航斡旋の業務を扱わせるべきでなく、差当つて友好商社部会の訪中代表団の渡航斡旋の依頼はこれを取消すべきであるとする強硬意見が出されてきたので、関西国貿促では昭和四二年二月二七日頃友好商社部会の常任理事会を開催して討議した結果、申請人らが日中友好協会に残留し日本共産党に籍を置く以上同営業所に関しては渡航斡旋業者としての指定を続けることはできないとの理由でこれを取消すべきであるということになり、関西国貿促は右常任理事会の決定に基づいて右指定を取消すこととなつた。そして証人P75の証言によつて真正に成立したものと認めることができる乙第一四号証および証人P8、同P75の各証言によると、関西国貿促は同年三月一日会社に対し、「関西営業所職員の中の三名は口では日中友好を唱えながら実際には日中友好の発展を妨害し日中関係を破壊している反中国団体のいわゆる日中友好協会なるものに属し反中国活動を積極的に推進している立場に立つているので当方会員および利用者に不安を与えている。日中友好の増進と日中貿易促進の事業を推し進めている当方としては、このような状態にある関西営業所に対して中国への渡航業務を委ねることはできないので、今後中国への渡航業務取扱業者としての推薦指定を関西営業所に限つて取消す。」旨の通知をなし、これが同月三日会社に到達した事実を認めることができる。
(二) 右指定取消の関西営業所に及ぼした影響
被申請人は、右指定取消により関西営業所を閉鎖せざるを得なくなつた旨主張するので、次に右指定取消が同営業所に及ぼした影響について検討する。
1 証人P8の証言によつて真正に成立したものと認めることができる乙第二七号証および証人P3、同P8、同P76の各証言、申請人P1(第一回)本人尋問の結果を総合すると、関西営業所が昭和四〇年六月一日の開設から昭和四二年三月二六日の閉鎖までの間に取扱つた業務の内容は、まず旅客別にみて参観団客と渡航手続客とに二分され、前者は六二名、後者は一六九名であるが、うち関西国貿促関係の客は前者で一六名、後者で一四一名の合計一五七名で全体の約六八パーセントを占め、これを営業利益の面からみると参観団客の方が渡航手続客より一人当りの利益率が約五倍も多いので、参観団客より渡航手続客の方が遥かに多い関西国貿促関係の客についてはその収益の全体の収益に対する割合は右六八パーセントをかなり下回るが、それでも約五〇パーセントを占めており、しかも関西国貿促関係の客は毎年春秋の広州交易会の参加者や経済視察団等でその需要は安定し、しかも漸次増加の傾向にあつたものであるから、関西営業所にとつて関西国貿促関係の業務はかなり重要な部分を占めていた事実を認めることができる。
2 証人P76の証言によつて真正に成立したものと認めることができる乙第一五号証および証人P22、同P3、同P8、同P76の各証言を総合すると、関西国貿促の関西営業所に対する右指定取消により、同営業所はまず既に取扱中の関西国貿促友好商社部会の訪中代表団の渡航斡旋業務を取消され、取扱が決まつていた春季広州交易会参加者の渡航斡旋業務も取消され、また取扱予定の天津科器展参観団、友好商社部会参観団の各渡航斡旋業務も取扱不能となつたほか、昭和四二年度訪中業種別参観団の編成計画も実施不能となり、その結果同営業所の営業に相当な影響があつた事実を認めることができる。
3 しかしながら、証人P3の証言および申請人P1(第一回)本人尋問の結果を総合すると、関西営業所は関西方面において中国渡航の斡旋業務や参観団の募集編成業務等を本店と地域を分けて担当する面もあつたが、他方中国渡航の手続については渡航者が関西以西に居住の場合、香港通過の査証は必ず大阪または神戸の英国領事館でとらねばならず、また旅券申請書に添付した写真と本人との照合確認が居住地の都道府県庁で行われるため、その各手続という全社的な業務の必要上関西方面に営業所の設置を余儀なくされていた事情もあるのであつて、同営業所は仮にそれ自体の集客という営業活動が十分に行われずそのことによる営業成績が赤字であつたとしても、ただそれだけでこれを廃止するというわけにはいかない事情にあつたものと認められる。もとより、右各疎明によると、同営業所自体の集客によつて営業成績の向上に努力していた事実はこれを窺うに十分であるが、そうだからといつて全体の約五〇パーセントの収益をもたらす旅客を提供してきたにすぎない関西国貿促の右指定取消によつて右事情にあつた同営業所を閉鎖しなければならない必然性はとうてい考えられない。このことは、証人P76の証言によつて真正に成立したものと認めることができる乙第一六号証、同第一八、第一九号証および同証人の証言によると、同営業所は開設以来欠損を続け開設時である昭和四〇年六月から昭和四一年三月までの第一営業年度において会社全体で金四四四万九、三九八円の利益を挙げたのに対し金二六七万六、九六七円の損失を計上し、同年四月から昭和四二年三月までの第二営業年度において会社全体で金七万四、二五二円の利益を挙げたのに対し金二五八万八、四八〇円(右は全損失金二九二万一、五四七円から同営業所の閉鎖に伴う支出金三三万三、〇六七円を控除したもの)の損失を計上しており、したがつて同営業所自体としてはいかに開設初期の特殊事情にあつたとはいえ、会社全体の営業規模からすると相当大きな赤字を出しながらもなお会社全体の利益のためにこれを存続維持している事実が認められること、および成立に争いのない甲第二四、第二五号証、同第二八号証の一ないし三、同第二九号証、証人P77の証言によつて真正に成立したものと認めることができる甲第三〇号証および証人P22、同P3(但し、後記信用しない部分を除く。)、同P77の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、関西営業所の閉鎖後昭和四二年九月中旬同営業所の所長P3が業務担当者となり日中観光という商号を以て本件会社発行の「新中国の旅」と題するパンフレツトを店頭に備えて中国旅行斡旋業の営業活動を開始し、同年一一月一七日商号を株式会社関西国際旅行社とする会社を設立登記して現在に至つており、その設立の経緯実体等からすると同社は関西営業所の身代わり会社であるものと考えられ、またそのように関係者から見られることを避けられないのに、なお必要上これを設立発足させている事実が認められること(乙第四九号証の一、二、証人P3、同P8の各証言、被申請人代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前顕各疎明に照らし信用できない。)等からしても裏付けられるものということができる。してみると、関西国貿促の右指定取消は関西営業所の営業にかなりの影響を及ぼすものであつたことは事実であるとしても、なおこれを閉鎖しなければならない程の影響があつたものとは認められない。
(三) 右指定取消と関西営業所閉鎖との関係
既に認定の(一)、(二)の事実に弁論の全趣旨を併わせて考えると、関西国貿促の本件指定取消と関西営業所の閉鎖との関係について次の事実を認めることができる。関西国貿促の友好商社部会の常任理事会では同じく正統本部を支持する本件会社の従業員の中に日中友好協会に残留し日本共産党に属する申請人らのいることを重視し、これを排除することを望んだが、会社の自主的な措置に期待していてはとうていその成果が挙がらないと考え、本件指定取消によつて会社に同営業所閉鎖の口実を与え、更に右閉鎖によつて申請人らを排除することを期待した。関西国貿促の友好商社部会の常任理事会は当時最も過激な正統本部支持者らが主導権を握り、所属の友好商社はもとよりその他の友好企業に対しても正統本部の絶対的な支持を要請し日中友好協会員ないし日本共産党員の排除を強力に求めていたため、会社に対しても当然右要求はなされたのであるが、会社を説得して申請人ら排除の途を講じさせるというような迂遠な方法をとることなく、極めて直截かつ高圧的に指定取消を行い、会社をしてその意図を察知して善処することを期待した。そこで会社は右指定取消によつて右友好商社部会常任理事会の意図を察知して関西営業所を閉鎖しこれを理由とする申請人らの解雇を行つたものと認めることができる。このことは、特に既に認定の関西国貿促と正統本部、同本部と本件会社との関係からしても考えられるところであり、また証人P3、同P8、同P75の各証言によると、関西国貿促が関西営業所に対し中国渡航の斡旋業務を扱わせるについては事実その都度これを依頼しており、全般的な取扱業者としての指定などしていないものと認められるから、将来これをやめるとしても事実上その取扱をさせなければすむし、既に取扱中のものについても個々にその取扱依頼を取消せばたるのに、既に認定のとおり、ことさら指定取消の意思表示をしかも書面を送付してなしているところから窺われる右取消の作為的性質を以てしても十分に考えられるところである。結局会社は関西国貿促の右指定取消の意図を察知して関西営業所を閉鎖しこれを口実にして申請人らを解雇したもので、被申請人主張のように右指定取消によつてやむなく同営業所を閉鎖し申請人らを解雇したものとは解せられない。そして証人P22、同P8、同P75の各証言および被申請人代表者本人尋問の結果中、右認定に反し被申請人の主張事実に副う部分は既に認定の(一)、(二)の事実および弁論の全趣旨に照らし信用できない。
そうだとすると、本件解雇の理由として既に認定した事実について、被申請人が反対事実として主張した点はこれを認めることができず、結局右認定を覆えすことはできない。
五、以上、本件解雇は申請人らが日本共産党員として分裂後の日中友好協会を支持し、正統本部を支持する会社と異なる政治的信条を有することを理由になされたものということができるところ、申請人らはこのような解雇は憲法一四条、労基法三条に違反し公序良俗に反して無効である旨主張するのに対し、被申請人は仮に本件解雇が申請人らの主張のとおりの理由によつてなされたものであるとしても、それは政治的意見即ち個々の具体的な政治問題についての意見ないし主張の相違によつてなされたものであり、右政治的意見は憲法一四条、労基法三条所定の信条には含まれないので、これを理由に解雇しても右各法条に違反するものでなく、したがつて公序良俗違反の問題も起り得ないのであるから、右解雇は無効となるものではない旨主張するのでこの点について判断する。
(一) 日中友好運動について日本共産党の見解に立つ日中友好協会を支持するか、これと相対する見解に立つ正統本部を支持するかということが政治的信条の問題であることに疑いはない。そして政治的信条を実践的な志向の有無によつてこれを有しない世界観即ち政治的基本信念と、これを有する政治的意見とに分けられるものであるとすれば、本件はまさしく優れて実践的な志向を有するものであつて政治的意見の範囲に属するものである。しかして政治的信条が憲法一四条の信条に含まれるものであることはいうまでもないところ、被申請人は右政治的信条とは右にいう政治的基本信念を指すものであつて政治的意見は含まれない旨主張するのであるが、このような解釈にはたやすく賛同できない。元来信条であつても宗教的倫理的な信条についてはあくまで個人の内心の問題だけにとどまる場合も多いのであつて必ずしも実践的な志向を有するものではないであろうが、政治的信条はこれとは本質的に異なるのである。およそ政治的信条はそれが政治に関するものである以上、政治そのものの性質からして当然に国の具体的な政治の方向について実践的な志向を有するものであつて、これを有しない政治的信条などというものは、仮にあり得るとしてもそれは極めて例外に属するものである。そもそも憲法一四条の信条がすべて実践的な志向を持たない個人の内心の問題即ち宗教的倫理的な信念または世界観、人生観といつたものに限られるというのであれば格別、それが政治的信条を含むものであり、かつ右信条が原則として実践的な志向を有するものである以上、当然右志向を有する政治的意見は憲法一四条の信条に含まれるものと解すべきものであり、右志向を有しない例外的なものに限つて憲法上の保障を与えようとすることは著しく合理性を欠く見解といわねばならない。被申請人は政治的意見が憲法一四条所定の信条に含まれそれによる差別的取扱が全面的に禁止されると解すると、特定の政治的立場をとる憲法体制はその政治的立場そのものを暴力で破壊しようとする政治的意見をもつ者を自らの存立を防衛するために国の統治組織から排除することさえできなくなるのであつてこれは憲法の自殺を要求することにほかならず極めて不条理である旨主張するのであるが、憲法一四条はたとえ被申請人主張のような政治的意見をもつ者であつても、それが内心の問題としてとどまる限りこれに対して差別的取扱をすることを禁止しているのであつて、それを外部に発表したりまたは実行に移すなどの行動がありそれによつて憲法またはその下に成立している統治組織に明白かつ現在の危害を生ぜしめたときに限りその具体的言動をとらえて憲法体制を防衛するために国の統治組織から排除できるものとしているものと解すべきであるから、政治的意見が憲法一四条の信条に含まれそれによる差別的取扱が禁止されると解しても、それによつて憲法の自殺を要求することにはならない。また被申請人は憲法一四条の直接適用を受ける公務員関係を律する国家公務員法二七条および地方公務員法一三条によると、信条と政治的意見とを区別し政治的意見については合理的な理由がある限りその差別を可能としており、右立法者の態度は憲法一四条に適合し是認されるべきである旨主張するのであるが、憲法の解釈をその立法の趣旨に従つてなし、これに則して法律の解釈をしてこそ正当であるところ、法律の立法者の態度を以て憲法の解釈の指針とすることは論理の転倒であつて右主張はこの点からして既に承服できない。しかも両公務員法の右各条によると、「国民はこの法律の適用について、平等に取り扱われ、人種、信条、性格、社会的身分、門地または政治的意見もしくは政治的所属関係によつて差別されてはならない」ものとされ、ただ「日本国憲法またはその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成しまたはこれに加入した者」については例外的に官職につく能力を否定して差別的取扱を認めているのであるが(国家公務員法三八条五号、地方公務員法一六条五号)、右例外の規定は政治的意見の一部について差別的取扱を認めているものではなく、それが政治的意見としての範囲を超えて前記性格の政党等を結成しまたはこれに加入するという具体的行動があつた場合にはじめてその団体等の性格からして行為者を国の統治組織に置くことは憲法またはその下に成立している統治組織にとつて明白かつ現在の危害を生ぜしめた場合に当るものとして排除を含む差別的取扱を認めているのであつて、未だ政治的意見の範囲内にある場合においてはその差別的取扱を許さないものであり、政治的意見も元来は信条の中に包含されるベきところ、右意見に基づく言動によつて前記明白かつ現在の危害を生ぜしめた場合の例外を定めているため、右意見が意見としての範囲内にある場合における差別的取扱の禁止を注意的にしているもので、これを信条とは別個のものとして規定しているものと解すベきでない。したがつて右各法条は政治的信条について先に判示した解釈に何ら抵触するものではない。以上を要するに憲法一四条の信条には国の具体的な政治の方向についての実践的な志向を有する政治的意見をも含むものであり、同条が直接に適用される公務員関係においても右政治的意見を有する者についてその意見の故に差別的取扱をすることを禁止しているものと解することができる。
(二) 労基法三条の規定は憲法一四条の定める法の下の平等の原理を私人間の関係としての労働関係に適用したもので、そこに規定された信条は憲法一四条所定の信条と同一で政治的意見を含むものであるから、使用者は労働者の政治的意見を理由として差別的取扱をしてはならないものと解すベきである。被申請人は憲法一四条の直接適用を受ける公務員関係を律する両公務員法にいう信条が政治的意見を含まないとすれば、それより一層強い理由を以て私人間の関係を律する労基法三条所定の信条には政治的意見を含まないと主張するが、両公務員法にいう信条に政治的意見を含まないと解し得ないことは既に判示したとおりであるから右主張はその前提を欠き正当でない。また仮にそのように解することができ、したがつて政治的意見による差別的取扱が国または公共団体と公務員との間の特別権力関係においては例外的にではあるが可能であるとしても、そのために私人間の労働関係においても政治的意見と信条とは別であつて右意見による差別的取扱が可能であるということになるものとは考えられない。右特別権力関係における例外は、同関係では私人間の労働関係と比ベて政治との関連性が強く、政治的意見がその関係秩序に及ぼす影響も大きいものといえるので、それによる差別の必要を生ずる場合があるとしてその合理性が肯認されているものと解するほかはないから、仮にそうであるとしても、政治的意見の関係、秩序に及ぼす影響が特別権力関係の場合と比較して本質的に少ない私人間の労働関係において同様に右意見による差別的取扱を認めることにはならず、ましてや差別的取扱がより可能だということにはならないものというベきである。両公務員法によると政治的意見による差別的取扱を禁ずる旨の規定があり、一方労基法三条には右規定のないことは被申請人主張のとおりであるが、既に(一)で述ベたとおり、両公務員法については政治的意見が一定の具体的行動になつたとき差別的取扱が可能となる旨の例外規定があるところから一般的に政治的意見による差別的取扱禁止を定める必要があつたものと解されることからすると、単に右各法条の規定の形式からして私人間の労働関係において政治的意見が信条に含まれず、したがつて右意見による差別的取扱が可能だということにはならない。また私人間の労働関係において使用者と労働者との政治的意見が矛盾衝突した場合には双方の意見を尊重する方法として両者を隔離するほかはなく、そのためには労働者を解雇せざるを得ないから、右意見を信条に含まれるものとして右解雇を不能にすることは正当でないとする被申請人の主張は、労使の法律関係の特殊性を無視し当事者対等の市民法原理を以てことを決しようとする暴論であつて採用の限りでない。以上を要するに使用者が労働者の政治的意見を理由として差別的取扱をした場合には、それは労基法三条に違反し、そして右差別的取扱には当然に解雇を含むものであるから、右意見によつて解雇したとすれば、それは同条に違反し、かつ民法九〇条によつて無効ということができる。
以上のとおりだとすると、被申請人が申請人らを分裂後の日中友好協会を支持するという理由で解雇したものであるとすれば、それは同人らの政治的信条を理由とするもので、憲法一四条、労基法三条に違反し、公序良俗に反するものであるから民法九〇条によつて無効というべきである。
六、被申請人は、仮に本件解雇が申請人らの政治的信条を理由とするものであつたとしても、なお右解雇は有効であるとしてその事由を抗弁として主張するのでこの点について判断する。
(一) 本件会社の存立の条件
既に認定の三の(一)ないし(三)の事実に、証人P3、同P8の各証言および被申請人代表者本人尋問の結果を併わせ考えると、会社は国交未回復の下で日中間の友好を増進する方法として人事の交流を盛んにする目的の下に分裂前の日中友好協会によつて設立された中国渡航の斡旋を主たる業務とする企業で、同国の国営企業である中国国際旅行社総社との間に特殊な契約を締結してその業務を行つていたものであるから、実際に同国との間に友好関係を存続しなければ企業の存立を全うできず、したがつて同国側の提示した政治三原則、貿易三原則、政経不可分の原則を承認しなければならず、日中友好協会の分裂後は前記諸原則を承認したうえ共同声明の立場に立つて同国の支配的勢力と接触を続けている正統本部を支持し、同国との間に敵対関係を生じた日本共産党および分裂後の日中友好協会との関係を断つことが会社の存立を維持するために必要であり、したがつて右日中友好に関する正統本部の政治的イデオロギーの支持が存立の条件となつているものである事実を認めることができる。そして証人P3の証言および申請人P1(第一回)、同P2各本人尋問の結果によると、現に、会社と同様に中国国際旅行社総社との間に特約を締結して中国渡航の斡旋業を経営していた株式会社富士国際旅行社が前記日中友好協会の分裂に当り同協会に残留し日本共産党との関係を継続したため、昭和四二年四月頃右中国国際旅行社総社から非友好的な行為があつたとの理由で特約を破棄され営業の継続が不能となつている事実が認められるのであつて、このことからしても前記認定の事実を裏付けることができる。申請人らは、会社の事業目的は中国渡航の斡旋業務だけではなく、その他各種の業務を行うことになつているのであるから、仮に日中友好に関し一定のイデオロギーをもたないと中国渡航の斡旋業務を行い得ないとしても、それだけで企業の存立が脅かされるものとはいえない旨主張するので判断するに、成立に争いのない甲第七号証によると、会社の定款に基づく事業目的は、(1)海外から日本を訪問する者の旅行の斡旋、(2)海外および国内旅行の斡旋、(3)人事往来に伴う施設の経営、(4)日本および中国事情紹介のための文化センターの経営、(5)中国事情紹介のための出版、販売、(6)観光土産品の輸出入、(7)保険の代理業、(8)以上各項に付帯する事業、となつていること、また被申請人代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、右各事業目的については(2)のうちの中国旅行の斡旋しか行つていないこと等の事実をそれぞれ認めることができるが、成立に争いのない甲第二七号証の一、二、乙第一七号証の一、二、証人P76の証言によつて真正に成立したものと認めることができる乙第一八、第一九号証および被申請人代表者本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、会社はその設立の経緯からして日中両国間の旅行の斡旋が主な業務であるところ、中国から日本への旅行の斡旋は日本国政府が中国人の入国について厳しい制限をするので業事上殆んど不能であるため、中国への旅行の斡旋が主な業務となつており、その成否が会社の死命を制するものであつて、その余の業務については漸次手を延ばす計画ではあるものの創業後日が浅く経営の基礎が十分に固らない昨今これを拡充強化することなど全く不能で、いわんや前記中国旅行の斡旋業務にとつて代わることなどとうてい考えられない状態にあつた事実を認めることができるのであるから、会社としては中国旅行の斡旋業務ができないとなればその存立を脅かされるものというべく、したがつて申請人らの主張はこれを認め得ない。
(二) 申請人らと会社とのイデオロギーの離反
既に認定の三の(一)および(五)の事実に、証人P8の証言、申請人P1(第一回)、被申請人代表者各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を併わせ考えると、申請人らはP5を院長とする日中友好学院の卒業生で同人の推薦により日中友好に献身する決意の下に会社に入社した者で、当時既に日中友好協会に入会しており、入社したうえは会社の性格からしても反中国的言動をしたり、また反中国的団体を支持したりすることなどは考えてもいなかつたものであるが、同協会の分裂後は会社と異なり正統本部に所属せず、同協会に残留していること、同協会は日本共産党の対中国路線に同調しているところ、同党は昭和四一年四月P20書記長の訪中帰国後同国との間に対立状態を生じ、これと離反してその交流についても否定的態度をとり同国から「日中人民の四つの敵」の一つとまできめつけられるに至り、したがつて同協会も同国から厳しく敵視されていること、そして申請人らは同党にも所属していること等の事実を認めることができる。ところで日中友好なるものは、イデオロギーとして正統本部、日中友好協会のいずれの主張するところが正当であるかはともかくとして、現実に中国の支配的勢力と交流をもつているのは正統本部であり、右交流を基礎として本件会社の営業が成立している以上、申請人らが日本共産党に属し日中友好協会に残留することは会社と相反する政治的イデオロギーをもちこれに基づく行動があつたものと認めることができる。
(三) イデオロギーの相違を理由とする解雇の成否
被申請人は、特定のイデオロギーの承認、支持を存立の条件とする事業を営む自由も当然に認められ、その事業にあつてはイデオロギーが存立の条件であるから、その存立を保持するためには右イデオロギーを否定し破壊しようとするイデオロギーを有する者をその事業から排除することが許されるところ、本件において会社は前記のとおり日中友好に関し一定のイデオロギーを有しその承認、支持を存立の条件とするものであるにもかかわらず、申請人らは右イデオロギーを否定し破壊しようとするイデオロギーを有する者であるから、同人らを解雇することは許される旨主張するので判断するに、憲法一四条および労基法三条によると、使用者が労働者の信条即ちイデオロギーを以て差別的取扱をすることを禁じているものと解することができるから、イデオロギーを以て雇用契約の要素とすることはできず、したがつて使用者が特定のイデオロギーの承認、支持を存立の条件とする事業を営むことは、右承認、支持が使用者側だけの問題であるならば格別、労働者に対してもこれを求めるものである以上、それは雇用契約の要素とせざるを得ないので、許されないものといわなければならない。しかしながら一方憲法二二条によると、国民は公共の福祉に反しない限り営業の自由を認められているのであるから、公共の福祉に反しないものである以上、特定のイデオロギーを存立の条件としかつ労働者に対してもその承認、支持を要求する事業を営むことも認められなければならないのであつて、この二つの相反する憲法上の要請を満たすためには、その事業が特定のイデオロギーと本質的に不可分であり、その承認、支持を存立の条件とし、しかも労働者に対してそのイデオロギーの承認、支持を求めることが事業の本質からみて客観的に妥当である場合に限つて、その存在を認められているものと解すべきである。そしてそれはあくまで事業目的とイデオロギーとの本質的な不可分性にその特徴を求められるべきもので、例えば政党や宗教団体または特定の宗教的政治的イデオロギーの宣伝、布教を目的とする事業等にその例を見られるのであつて、イデオロギーと事業目的との関連性は認められるが、それが本質的に不可分でない事業についてはそのイデオロギーを以て雇用契約の要素としてはならないものというべきである。そしてイデオロギーの承認、支持を存立の条件とする事業において労働者に対してもその承認、支持を求めるものである以上、それは前記のとおり憲法一四条、労基法三条の例外をなすものであるところから、労働者の右資格要件は明確にすべきものであり、個別的雇用契約だけではなく労働協約か少くとも就業規則中の労働条件を定めた部分にこれを明記しなければならないものと解する。これを本件についてみるに、前記(一)で認定したとおり、会社は日中友好を目的とし、しかも特殊な日中関係においてその交流を実現するためには政治三原則、貿易三原則、政経不可分の原則を承認し共同声明を支持して日本共産党および分裂後の日中友好協会との関係を断つべきであるとする政治的イデオロギーを承認、支持するもので、また右承認、支持をその存立の条件としているものと解することができるが、ただ右イデオロギーの承認、支持が事業の目的と本質的に不可分であるものとは認められない。既に認定の三の(一)の事実に、被申請人代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨を併わせ考えると、元来会社は分裂前の日中友好協会によつて日中間の人事交流を円滑にし相互理解に基づく友好を目的として設立されたものであるが、同協会より更に大衆的な組織として一党一派に偏せず政治的イデオロギーにかかわりのないことを以てその建前とし、広範な各種株主の出資によつて設立されている営利会社なのであつて、ただ設立当時日本共産党が日中友好とこれを目的とする人事の交流に積極的であつたところから勢い同党員が多くその従業員として雇用されて会社の事業方針に対する協力が事実上実現されていたものであるが、もとより従業員の資格要件として特定の政治的イデオロギーの承認、支持や政党の支持、加入を定めているのではなく、会社としては従業員とは一応かかわりなく、それ自体として、また少くとも経営に関与する役員個人の問題として日中友好に関する一定の政治的イデオロギーの承認、支持を決していたものと認めることができるのであるから、申請人らが会社のイデオロギーと相反するイデオロギーを有する結果となつたとしても、そのことだけで申請人らを解雇することは許されないものというべきである。したがつてこの点に関する被申請人の主張は理由がない。
(四) イデオロギーに基づく行為による解雇の成否
次に被申請人は、仮に申請人らのイデオロギーが会社の存立の条件となつているイデオロギーと相反しているだけでは同人らを解雇できないとしても、同人らには右イデオロギーに基づく具体的な行動がありその行動によつて会社の存立に明白かつ現在の危害を及ぼしたので同人らを解雇したものであるから、右解雇は有効である旨主張するので判断するに、およそ憲法一四条および労基法三条に各所定の信条中に実践的な志向を有する政治的意見を含むものであることは前記五の(一)、(二)で判示したとおりであるが、右信条が信条として右各法条によつて差別的取扱禁止の保障を受けるのはそれが内心の問題としてとどまる場合においてであつて、右信条に基づく具体的な行動があつた場合には既に右各法条による保障の範囲外の問題として別個の観点から考慮されなくてはならず、右行動によつて事業に明白かつ現在の危害を及ぼすべき具体的危険を発生させたときは、その行動によつて解雇が可能となる場合もあるものということができる。
1 ところで既に六の(二)で認定のとおり、申請人らは日本共産党員であり、かつ分裂後の日中友好協会に所属するものであるから、右政党および団体所属の事実を以て同人らについてその政治的イデオロギーに基づく行動があつたものと認めることができるところ、被申請人は申請人らの右行動によつて関西国貿促その他日中友好を建前とする商社や団体等からの中国渡航の斡旋依頼がなくなり会社の存立が不能となることによつてその存立を脅かされる具体的危険が発生した旨主張するので判断するに、既に三の(三)で認定したとおり、会社はその方針として正統本部の支持を決定しているだけでなく、その役員の構成からしても正統本部とはかなり強度の密着性があるのであつて、このことからして同じく正統本部を支持しこれと深い関係をもつ関西国貿促その他日中友好を建前とする商社、団体等が単なる従業員にすぎない申請人らに前記政党や団体等に所属の行動があつたとしても、ただそれだけで会社への中国渡航の斡旋依頼を全面的にとりやめるなど同社の経営基盤を揺がすような行動に出る恐れがあつたものとはとうてい考えられない。したがつて申請人らの各行動によつて関西国貿促その他の団体、商社等との関係で会社の存立に明白かつ現在の具体的危険が発生したものとは認められない。
2 次に、被申請人は、申請人らの存在によつて中国国際旅行社総社から渡航業務取扱の特約を破棄される恐れが強く、そうなれば会社として中国渡航斡旋の業務を行うことはできなくなり会社の存立は不能となる旨主張するので判断するに、既に三の(三)で認定のとおり、会社は中国との国交未回復の状態において希望者が友好的に同国を訪問できるよう同国の国営企業である中国国際旅行社総社と特約を結び同国への旅行についての斡旋業務を行つている企業であるから、同社から右特約を破棄されると業務の遂行は不能となりその存立を脅かされるものであるところ、既に三の(一)ないし(三)および六の(一)で認定の事実によると、日中間の交流は分裂前の日中友好協会と中日友好協会との間で昭和四一年一〇月一二日調印発表された共同声明を支持することによつて可能で、右共同声明に反対し中国の現支配勢力と敵対関係にある日本共産党および分裂後の日中友好協会に所属するときは中国から反中国団体に属し反中国活動をするものとして、一切の関係を断たれる恐れがあるものと認められ、また六の(一)で認定したとおり、現実に中国国際旅行社総社との間に特約を締結して会社と同じく中国渡航の斡旋業を営んでいた株式会社富士国際旅行社が日中友好協会の分裂に当り同協会に残留し日本共産党との関係を継続したため右中国国際旅行社総社から非友好的行為があつたとの理由で特約を破棄され営業が不能の状態となつた事実も認められるのであるから、本件会社においても、会社自体が、またその経営権を掌握している主要役員らが分裂後の日中友好協会に残留し日本共産党との関係を継続した場合には同じく中国国際旅行社総社から特約を破棄されることは十分に考えられるのであるが、単なる末端の従業員にすぎない申請人らが同党員であり同協会に残留するからといつて、そのことだけで同社から特約を破棄される状況にあつたものとは考えられない。富士国際旅行社の場合はまさに経営首脳部が日本共産党員として日中友好協会に残留し会社そのものが同党および同協会のイデオロギーを支持した場合に当るものであるから、本件の場合とは事案の内容に本質的な相違があるものといわねばならない。結局申請人らの前記行動を以てしては、中国国際旅行社総社との関係においても、具体的な危険は発生していないものと認めることができる。よつてこの点に関する被申請人の主張は理由がない。
してみると、被申請人が申請人らの日本共産党および日中友好協会所属の事実によつて会社の存立に具体的危険が発生したとの事実を前提とする主張はこれを認めることができない。
七、以上、被申請人の抗弁はすべて理由がなく、申請人らの主張について既に認定したところによると、会社が申請人らに対してなした本件解雇は同人らの政治的信条を理由とするもので無効というべきであるから、申請人らは昭和四二年三月二七日以降においても会社の従業員としての地位を有すること、したがつてその就労を拒否されることにより会社から同日以降賃金の支払を受けるべき権利を有することが一応認められるところ、成立に争いのない甲第四、第五号証の各一ないし三によると、申請人らの本件解雇前三カ月間に支払われた賃金の合計額は、申請人P1につき金七万七、一九六円、申請人P2につき金七万六、五二四円であるから、その間申請人らが支払を受けた賃金の一カ月当りの平均額は、申請人P1につき金二万五、七三二円、申請人P2につき金二万五、五〇八円であること、および右賃金は毎月二〇日締切で計算されること等の事実を認めることができ、右賃金が毎月二五日に支払われていたことは当事者間に争いがないから、申請人らは被申請人から昭和四二年三月二七日以降それぞれ一カ月右各金額の割合による賃金を前月二一日から当月二〇日までの分につき毎月二五日に支払を受けるべき権利を有するものと一応認めることができる。申請人らは右賃金の平均月額を算出するにつき解雇前六カ月を対象とすべき旨主張するが、解雇当時に妥当する賃金の平均月額を算出するについて余り長期間を対象にすることは適当でなく、労基法一二条の趣旨を参酌して解雇前三カ月を対象とすべきものと考えるので、右主張は採用しない。ところで申請人P1(第二回)本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、申請人らはいずれも会社から受ける賃金を唯一の収入として生活してきた者で、本件解雇後結婚し、配偶者においていずれもなにがしかの収入は得ているがそれによつて申請人らの生活まで支えるに足るものではなく、その他には資産収入もないので、本件解雇によつて賃金が支払われないことにより申請人らおよびその結婚後は一家の生活に著しい支障を生じ、本案判決の確定に至るまでの間このままの状態で推移すると回復し難い損害を生ずる恐れがあるものと一応認められるので、本案判決確定に至るまで申請人らが会社の従業員としての地位にあることを仮に定め、会社に対し前記賃金の仮払を命ずる必要があるものということができる。
八、そうだとすると、被申請人は、本案判決確定に至るまで、申請人らをいずれもその従業員として仮に取扱い、かつ昭和四二年三月二七日から申請人P1に対しては一カ月金二万五、七三二円の、申請人P2に対しては一カ月金二万五、五〇八円の各割合による金員を、いずれも前月二一日から当月二〇日までの分につき毎月二五日限り仮に支払うべきものであるから、申請人らの本件申請については、右限度においてはこれを正当とし保証を立てさせないで認容すべく、その余は失当として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
民事第1部
(裁判官 高田政彦 裁判官 大橋英夫 裁判官 川畑耕平)


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