不法行為法 3 故意・過失

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1.過失責任の原則
自らの行動について過失のない者は、自らの行動により生じた結果についての責任を負わなくてよい
←私的生活関係の中での私人の行動の自由を保障

+(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

2.故意の意義
・「故意がある」といえるためには
不法行為の領域では、結果発生の認容で足りる。
=意欲まではいらず、さりとて認識では足りず、結果発生を容認することが必要。

・未必の故意
結果発生の可能性を認識しながら、これを認容した。
故意に含める。

3.過失の意義
・結果回避義務違反
結果発生の予見可能性がありながら、結果の発生を回避するために必要とされる措置(行為)を講じなかったこと

4.過失評価の対象
何を対象として過失の有無を判断するのかをめぐって
①過失とは、意思の緊張を欠いていたという不注意な心理状態に対する非難

②過失とは、社会生活の中で行われた法的に許容されない不注意な行為に対する非難
=行為を対象として過失の有無を判断
結果回避義務違反
←自由で対等な詩人相互の権利自由を調整するために、国家が私人に一定の行為を明示または禁止するため。
or
共同体の構成員から信頼を裏切るような行為が過失と評価される

5.過失の判断基準~誰の能力を基準とするか?~
・刑事過失では、
行為者本人の具体的な注意義務を基準として、過失の有無が判断される(具体的過失)。

民法709条の過失では、
平均的な人(合理人)ならば尽くしたであろう注意が基準になる(抽象的過失)。
社会生活の中で、加害者の属する人的グループにとって平均的な(法理的な)注意という基準で、過失の有無が判断される。
=抽象的過失とはいえ、職業・地位・地域性・経験・(年齢)などにより相対化類型化されたもの。

6.過失の判断基準~いつの時点での能力を基準とするか?~
・基準時は行為時!
不法行為時点で、行為者には、どのような行動をとることが義務付けられていたか
←行為者に対して国家が行動の自由をどの範囲で保障するかが問題となっているから。

7.過失の判断基準~過失判断の前提としての具体的危険・予見可能性~
客観的過失
社会生活において必要とされる行為義務に対する違反(結果回避義務違反)
適切な行動をすることへの期待可能性のあることが、過失非難の前提となる。

期待可能性があるとは、
結果発生の具体的危険が存在し、かつ、その結果発生の具体的危険に対する予見可能性が行為者に認められること。
=結果発生の単なる抽象的な危険ないし不安感が行為時に存在していたというだけでは、そもそも過失ありとの評価の前提を欠く。
平均人にとって予見できない者であった場合も過失ありとの評価の前提を欠く。

・公害事件において・・・
情報収集義務や調査研究義務という予見義務を介して、具体的危険の予見可能性を肯定するというもの
=企業は、結果発生の恐れ(抽象的危険)を感じたならば、問題の解明のために必要な情報を収集し、研究結果を尽くさなければならない(予見義務としての情報収集義務・調査研究義務)

8.過失の判断基準~行為義務違反の判断因子~
・ハンドの公式
①損害発生の蓋然性
②被侵害利益の重大性
③損害回避義務を負わせることによって犠牲にされる利益
①×②>③ならば行為者に過失がある
この公式自体は、コストの比較衡量の観点から社会全体の効用を最大化する目的で各人の行為を評価するための公式として導入された。

9.過失の主張・立証責任~規範的要件としての過失~
過失は規範的要件である。
過失があったとの評価を根拠付ける具体的な事実について、被害者が主張・立証責任を負う(評価根拠事実)。

10.失火責任法の特別規定
行為者の故意を主張立証
or
行為者に重過失があったことの評価を根拠付ける具体的事実
について主張立証。
←加害者の損害賠償責任が発生する場合を限定する。

重過失
わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、ほとんど故意に近い注意欠如の状態。

・賃貸家屋の消失と失火責任法
賃貸借契約の債務不履行を理由に建物の価値相当額の損害賠償請求は認められるか。
適用否定。
失火責任法は、不法行為責任の特則を定めるものであるから、債務不履行責任には適用されない。
→賃借人が軽過失により賃借建物を焼失させたような場合は、賃借人は賃貸人に対して債務不履行責任を負う。

・責任無能力者による失火と失火責任法
714条の監督者の責任を理由に建物の価値相当額の損害賠償請求をしてきたとき、軽過失か重過失化は誰について判断すべきか?
+判例(H7.1.24)
理由
 上告代理人三宅雄一郎、同高木権之助の上告理由について
 一 原審の認定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 有限会社堀工業所(以下「堀工業所」という。)は、東京都武蔵村山市a番地b所在、家屋番号a番地b、木造スレート葺平家建居宅工場、床面積一一五・七〇平方メートル(以下「本件建物」という。)を所有していた。
 2 平成元年一月二九日、本件建物が全焼した(以下、右火災を「本件火災」という。)。
 3 本件火災当時、本件建物は無人の倉庫として、当面は必要のない家財道具、美容院用具、宣伝用マッチ、雑誌、新聞紙、段ボール箱などの雑品が置かれており、荒廃した外観を呈し、雨戸を外せば窓から人が容易に出入りできる状態で、浮浪者が侵入したりなどしていたため、付近の子供の間では「お化け屋敷」と呼ばれていた。
 4 本件火災は、当日の午後四時三〇分ころ、A(昭和五三年一一月一三日生まれ。)とB(昭和五四年二月一一日生まれ。)が、雨戸の外れていた窓から本件建物に入り込み、多数のブックマッチが詰められた段ボール箱を発見してこれを取り出し、その場にあったプラスチック製の容器(洗顔器)内に、その場にあった新聞紙をちぎって入れ、これに右マッチで火をつけて遊んでいた際、容器の底部が熱で融けて火がダンボール箱等に燃え移ったため発生したものである。
 5 A及びBは当時それぞれ満一〇歳二月、満九歳一一月の未成年者であり、責任を弁識する能力がなかった。
 6 上告人C及び同DはAの親権者であり、上告人E及び同FはBの親権者である。
 二 本件訴訟は、被上告人が、A又はBの監督義務者である上告人らに対し、同人らは民法七一四条一項に基づき、それぞれ堀工業所に対してA及びBの行為により本件建物が焼失したため堀工業所が被った損害を賠償すべき義務があるところ、被上告人は、堀工業所との間で本件建物を保険の目的として店舗総合保険普通保険契約を締結し、堀工業所に対して本件火災を保険事故とする保険金の支払をしたことにより堀工業所の上告人らに対する損害賠償請求権を代位取得したと主張して、右保険金相当額の損害賠償を請求するものである。
 三 原審は、前記事実関係を前提として上告人らの責任を判断するに当たり、本件が失火であることにかんがみ、失火ノ責任ニ関スル法律と民法七一四条の適用について検討した上、本件のように責任を弁識する能力のない未成年者の行為により火災が発生した場合においては、右未成年者の事理弁識能力を前提として、その行為態様を客観的に考察し、同人に重大な過失に相当するものがあると認められるときは、失火ノ責任ニ関スル法律に規定する失火者に重大な過失があるときに該当するものとして、右未成年者の監督義務者は民法七一四条一項に基づく不法行為責任を負うと解するのが相当であるとし、前記事実関係の下においては、本件火災を発生させたA及びBの行為には右にいう重大な過失に相当するものがあり、監督義務者である上告人らが民法七一四条一項ただし書にいうその監督を怠らなかったものとはいえないとして、被上告人の請求の一部を認容した。
 四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
  民法七一四条一項は、責任を弁識する能力のない未成年者が他人に損害を加えた場合、未成年者の監督義務者は、その監督を怠らなかったとき、すなわち監督について過失がなかったときを除き、損害を賠償すべき義務があるとしているが、右規定の趣旨は、責任を弁識する能力のない未成年者の行為については過失に相当するものの有無を考慮することができず、そのため不法行為の責任を負う者がなければ被害者の救済に欠けるところから、その監督義務者に損害の賠償を義務づけるとともに、監督義務者に過失がなかったときはその責任を免れさせることとしたものである。ところで、失火ノ責任ニ関スル法律は、失火による損害賠償責任を失火者に重大な過失がある場合に限定しているのであって、この両者の趣旨を併せ考えれば、責任を弁識する能力のない未成年者の行為により火災が発生した場合においては、民法七一四条一項に基づき、未成年者の監督義務者が右火災による損害を賠償すべき義務を負うが、右監督義務者に未成年者の監督について重大な過失がなかったときは、これを免れるものと解するのが相当というべきであり未成年者の行為の態様のごときは、これを監督義務者の責任の有無の判断に際して斟酌することは格別として、これについて未成年者自身に重大な過失に相当するものがあるかどうかを考慮するのは相当でない
  そうすると、上告人らにA又はBの監督について重大な過失がなかったか否かを判断することなく被上告人の請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響することが明らかである。論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴の部分は破棄を免れない。そして、本件については、右の点につき更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
  よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

・被用者による失火と失火責任法
715条の使用者の責任を理由に治療費等の損害賠償請求をしてきたとき、軽過失か重過失かは誰について判断すべきか。
+判例(S42.6.30)
理由
 上告代理人能勢喜八郎の上告理由について。
 「失火ノ責任ニ関スル法律」は、失火者その者の責任条件を規定したものであつて、失火者を使用していた使用者の帰責条件を規定したものではないから、失火者に重大な過失があり、これを使用する者に選任監督について不注意があれば、使用者は民法七一五条により賠償責任を負うものと解すべきであつて、所論のように、選任監督について重大な過失ある場合にのみ使用者は責任を負うものと解すべきではない(大正二年二月五日大審院判決・民録一九輯五七頁参照)。論旨は採用できない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

・建物取得者に対する建物設計者・施行者・工事監理者の不法行為責任
+判例(H19.7.6)
理由
 上告代理人幸田雅弘の上告受理申立て理由第2の2について
 1 本件は、9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物をその建築主から購入した上告人らが、当該建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して、上記建築の設計及び工事監理をしたY1(以下「Y1」という。)に対しては、不法行為に基づく損害賠償を請求し、その施工をしたY2(以下「Y2」という。)に対しては、請負契約上の地位の譲受けを前提として瑕疵担保責任に基づく瑕疵修補費用又は損害賠償を請求するとともに、不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
 2 原審が確定した事実関係の概要は次のとおりである。
 (1) Y1は、建築設計及び企画並びに工事監理を目的とする会社である。
  Y2は、土木建築業を目的とする会社である。
 (2) Aは、昭和63年8月8日、第1審判決別紙1物件目録記載2の土地(以下「本件土地」という。)を買い受け、同年10月19日、Y2との間で同目録記載1の建物(以下「本件建物」という。)につき工事代金を3億6100万円(ただし、後に560万円が加算された。)とする建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
 (3) Y1は、本件建物の建築について、Aから設計及び工事監理の委託を受けた。
 (4) 本件建物は平成2年2月末日に完成し、Y2は、同年3月2日、Aに対し本件建物を引き渡した。
 (5) 上告人らは、平成2年5月23日、Aから、本件土地を代金1億4999万1000円で、本件建物を代金4億1200万9270円で、それぞれ買い受け、その引渡しを受けた。本件土地及び本件建物の各持分割合は、X1が4分の3、X2が4分の1とされた。
 (6) 本件建物は、本件土地上に建築された鉄筋コンクリート造り陸屋根9階建ての建物であり、9階建て部分(A棟)と3階建て部分(B棟)とを接続した構造となっている。
 A棟は、1階が駐車場となっており、2階から9階までが各階6戸の賃貸用住居で、各住居にバス、トイレ、台所が設置されている。各住居の南側にはベランダがあり、北側には共用廊下がある。A棟西側にはエレベーターが設置されている。B棟は、1階が店舗、2階が事務所となっており、3階はやや広い賃貸用住居2戸となっている。
 (7) 本件建物には、次のとおりの瑕疵がある。
 ア A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と平行したひび割れ
 イ A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と直交したひび割れ
 ウ A棟1階駐車場ピロティのはり及び壁のひび割れ
 エ A棟居室床スラブのひび割れ及びたわみ
 オ A棟居室内の戸境壁のひび割れ
 カ A棟外壁(廊下手すり並びに外壁北面及び南面)のひび割れ
 キ A棟屋上の塔屋ひさしの鉄筋露出
 ク B棟居室床のひび割れ
 ケ B棟居室内壁並びに外壁東面及び南面のひび割れ
 コ 鉄筋コンクリートのひび割れによる鉄筋の耐力低下
 サ B棟床スラブ(天井スラブ)の構造上の瑕疵(片持ちばりの傾斜及び鉄筋量の不足)
 シ B棟配管スリーブのはり貫通による耐力不足
 ス B棟2階事務室床スラブの鉄筋露出
 (8) 上告人らは、(7)記載の瑕疵以外にも、バルコニーの手すりのぐらつき、排水管の亀裂やすき間等の瑕疵があると指摘し、これらの瑕疵も含めて本件建物に瑕疵が存在することにつき被上告人らに不法行為が成立すると主張している。
 3 原審は、次のとおり判示して、上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
 (1) 上告人らは、Aから、被上告人らに対し瑕疵担保責任を追及し得る契約上の地位を譲り受けていない
 (2)ア 建築された建物に瑕疵があるからといって、その請負人や設計・工事監理をした者について当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく、その違法性が強度である場合、例えば、請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を製作した場合や、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合、瑕疵の程度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って、不法行為責任が成立する余地がある。
 イ 被上告人らの不法行為責任が認められるためには、上記のような特別の要件を充足することが必要であるところ、被上告人らが本件建物の所有者の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵を生じさせたというような事情は認められない。また、本件建物には、前記確定事実2(7)記載のとおりの瑕疵があることが認められるが、これらの瑕疵は、いずれも本件建物の構造耐力上の安全性を脅かすまでのものではなく、それによって本件建物が社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっているとは認められないし、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びているとはいえない。さらに、上告人らが主張する本件建物のその余の瑕疵については、本件建物の基礎や構造く体にかかわるものであるとは通常考えられないから、仮に瑕疵が存在するとしても不法行為責任が成立することはない。したがって、本件建物の瑕疵について不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、上告人らの不法行為に基づく請求は理由がない。
 4 しかしながら、原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 (1) 建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない
 (2) 原審は、瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは、その違法性が強度である場合、例えば、建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり、社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとして、本件建物の瑕疵について、不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。しかし、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、不法行為責任が成立すると解すべきであって、違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば、バルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという、生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり、そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって、建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない。
 5 以上と異なる原審の前記3(2)の判断には民法709条の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決のうち上告人らの不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そして、本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるか否か、ある場合にはそれにより上告人らの被った損害があるか等被上告人らの不法行為責任の有無について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 今井功 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

+判例(H23.7.21)
理由
 上告代理人幸田雅弘、同矢野間浩司の上告受理申立て理由第2について
 1 本件は、9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物(以下「本件建物」という。)を、その建築主から、Aと共同で購入し、その後にAの権利義務を相続により承継した上告人が、本件建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して、その設計及び工事監理をした被上告人Y1並びに建築工事を施工した被上告人Y2に対し、不法行為に基づく損害賠償として、上記瑕疵の修補費用相当額等を請求する事案である。なお、本件建物は、本件の第1審係属中に競売により第三者に売却されている。
 2 第1次控訴審は、上記の不法行為に基づく損害賠償請求を棄却すべきものと判断したが、第1次上告審は、建物の建築に携わる設計・施工者等は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきであって、このことは居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはないとの判断をし、第1次控訴審判決のうち同請求に関する部分を破棄し、同部分につき本件を原審に差し戻した(最高裁平成17年(受)第702号同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁。以下「第1次上告審判決」という。)。
 これを受けた第2次控訴審である原審は、第1次上告審判決にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、建物の瑕疵の中でも、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解され、被上告人らの不法行為責任が発生するためには、本件建物が売却された日までに上記瑕疵が存在していたことを必要とするとした上、上記の日までに、本件建物の瑕疵により、居住者等の生命、身体又は財産に現実的な危険が生じていないことからすると、上記の日までに本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵が存在していたとは認められないと判断して、上告人の不法行為に基づく損害賠償請求を棄却すべきものとした。
 3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 (1) 第1次上告審判決にいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には、当該瑕疵は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。
 (2) 以上の観点からすると、当該瑕疵を放置した場合に、鉄筋の腐食、劣化、コンクリートの耐力低下等を引き起こし、ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより、建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても、これを放置した場合に、例えば、外壁が剥落して通行人の上に落下したり、開口部、ベランダ、階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや、漏水、有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが、建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は、これに該当しないものというべきである。
 (3) そして、建物の所有者は、自らが取得した建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、第1次上告審判決にいう特段の事情がない限り、設計・施工者等に対し、当該瑕疵の修補費用相当額の損害賠償を請求することができるものと解され、上記所有者が、当該建物を第三者に売却するなどして、その所有権を失った場合であっても、その際、修補費用相当額の補填を受けたなど特段の事情がない限り、一旦取得した損害賠償請求権を当然に失うものではない
 4 以上と異なる原審の判断には、法令の解釈を誤る違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上記3に説示した見地に立って、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇)


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