刑事訴訟法 捜査法演習 第2講 自動車検問、職務質問・所持品検査その2 


(3)任意捜査に関する判例理論が職務質問等に妥当する理由

3.エンジンキーに対する有形力行使の事案についての最高裁判例と本件事案の比較

+判例(S53.9.22)
理由
弁護人中川恒雄の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決のいかなる法律判断部分が所論引用の各判例のいかなる部分と相反するものであるかを具体的に指摘するものでないから、不適法であり、その余は、憲法違反をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、原判決が認定したところによると、A巡査及びB巡査が交通違反の取締りに従事中、被告人の運転する車両が赤色信号を無視して交差点に進入したのを現認し、A巡査が合図して被告人車両を停車させ、被告人に右違反事実を告げたところ、被告人は一応右違反事実を自認し、自動車運転免許証を提示したので、同巡査は、さらに事情聴取のためパトロールカーまで任意同行を求めたが、被告人が応じないので、パトロールカーを被告人車両の前方まで移動させ、さらに任意同行に応ずるよう説得した結果、被告人は下車したのであるが、その際、約一メートル離れて相対する被告人が酒臭をさせており、被告人に酒気帯び運転の疑いが生じたため、同巡査が被告人に対し「酒を飲んでいるのではないか、検知してみるか。」といつて酒気の検知をする旨告げたところ、被告人は、急激に反抗的態度を示して「うら酒なんて関係ないぞ。」と怒鳴りながら、同巡査が提示を受けて持つていた自動車運転免許証を奪い取り、エンジンのかかつている被告人車両の運転席に乗り込んで、ギア操作をして発進させようとしたので、B巡査が、運転席の窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイツチを切り、被告人が運転するのを制止した、というのである。右のような原判示の事実関係のもとでは、B巡査が窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイツチを切つた行為は、警察官職務執行法二条一項の規定に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項の規定に基づき、自動車の運転者が酒気帯び運転をするおそれがあるときに、交通の危険を防止するためにとつた、必要な応急の措置にあたるから、刑法九五条一項にいう職務の執行として適法なものであるというべきである。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘)

+判例(H6.9.16)
理由
弁護人小野純一郎の上告趣意第一は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は事案を異にして本件に適切でなく、同第二は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、所論のように控訴審において訴因変更を許可した後控訴を棄却することは許されないという趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権により判断するに、原判決が被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を認めたのは、次の理由により、結論において正当である。
一 原判決及びその是認する第一審判決の認定並びに記録によれば、事件の経過は、次のとおりと認められる。
1 福島県会津若松警察署A警部補は、平成四年一二月二六日午前一一時前ころ、被告人から、同警察署八田駐在所に意味のよく分からない内容の電話があった旨の報告を受けたので、被告人が電話をかけた自動車整備工場に行き、被告人の状況及びその運転していた車両の特徴を聞くなどした結果、覚せい剤使用の容疑があると判断し、立ち回り先とみられる同県猪苗代方面に向かった
2 同警察署から捜査依頼を受けた同県猪苗代警察署のB巡査は、午前一一時すぎころ、国道四九号線を進行中の被告人運転車両を発見し、拡声器で停止を指示したが、被告人運転車両は、二、三度蛇行しながら郡山方面へ進行を続け、午前一一時五分ころ、磐越自動車道猪苗代インターチェンジに程近い同県耶麻郡a町大字b字cの通称堅田中丸交差点の手前(以下「本件現場」という。)で、B巡査の指示に従って停止し、警察車両二台もその前後に停止した。当時、付近の道路は、積雪により滑りやすい状態であった。
3 午前一一時一〇分ころ、本件現場に到着した同警察署C巡査部長が、被告人に対する職務質問を開始したところ、被告人は、目をキョロキョロさせ、落ち着きのない態度で、素直に質問に応ぜず、エンジンを空ふかししたり、ハンドルを切るような動作をしたため、C巡査部長は、被告人運転車両の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げた
4 午前一一時二五分ころ、猪苗代警察署から本件現場の警察官に対し、被告人には覚せい剤取締法違反の前科が四犯あるとの無線連絡が入った。午前一一時三三分ころ、A警部補らが本件現場に到着して職務質問を引き継いだ後、会津若松警察署の数名の警察官が、午後五時四三分ころまでの間、順次、被告人に対し、職務質問を継続するとともに、警察署への任意同行を求めたが、被告人は、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否し続けた。他方、警察官らは、車に鍵をかけさせるためエンジンキーをいったん被告人に手渡したが、被告人が車に乗り込もうとしたので、両脇から抱えてこれを阻止した。そのため、被告人は、エンジンキーを警察官に戻し、以後、警察官らは、被告人にエンジンキーを返還しなかった
5 右4の職務質問の間、被告人は、その場の状況に合わない発言をしたり、通行車両に大声を上げて近づこうとしたり、運転席の外側からハンドルに左腕をからめ、その手首を右手で引っ張って、「痛い、痛い」と騒いだりした
6 午後三時二六分ころ、本件現場で指揮を執っていた会津若松警察署D警部が令状請求のため現場を離れ、会津若松簡易裁判所に対し、被告人運転車両及び被告人の身体に対する各捜索差押許可状並びに被告人の尿を医師をして強制採取させるための捜索差押許可状(以下「強制採尿令状」という。)の発付を請求した。午後五時二分ころ、右各令状が発付され、午後五時四三分ころから、本件現場において、被告人の身体に対する捜索が被告人の抵抗を排除して執行された。
7 午後五時四五分ころ、同警察署E巡査部長らが、被告人の両腕をつかみ被告人を警察車両に乗車させた上、強制採尿令状を呈示したが、被告人が興奮して同巡査部長に頭を打ち付けるなど激しく抵抗したため、被告人運転車両に対する捜索差押手続を先行させた。ところが、被告人の興奮状態が続き、なおも暴れて抵抗しようとしたため、同巡査部長らは、午後六時三二分ころ、両腕を制圧して被告人を警察車両に乗車させたまま、本件現場を出発し、午後七時一〇分ころ、同県会津若松市鶴賀町所在の総合会津中央病院に到着した。午後七時四〇分ころから五二分ころまでの間、同病院において、被告人をベッドに寝かせ、医師がカテーテルを使用して被告人の尿を採取した。

二 以上の経過に即して被告人の尿の鑑定書の証拠能力について検討する。
1 本件における強制採尿手続は、被告人を本件現場に六時間半以上にわたって留め置いて、職務質問を継続した上で行われているのであるから、その適法性については、それに先行する右一連の手続の違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断ずる必要がある(最高裁昭和六〇年(あ)第四二七号同六一年四月二五日第二小法廷判決・刑集四〇巻三号二一五頁参照)。
2 そこで、まず、被告人に対する職務質問及びその現場への留め置きという一連の手続の違法の有無についてみる。
(一) 職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。
(二) これに対し、その後被告人の身体に対する捜索差押許可状の執行が開始されるまでの間、警察官が被告人による運転を阻止し、約六時間半以上も被告人を本件現場に留め置いた措置は、当初は前記のとおり適法性を有しており、被告人の覚せい剤使用の嫌疑が濃厚になっていたことを考慮しても、被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としてはその限度を超え、被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない
(三) しかし、右職務質問の過程においては、警察官が行使した有形力は、エンジンキーを取り上げてこれを返還せず、あるいは、エンジンキーを持った被告人が車に乗り込むのを阻止した程度であって、さほど強いものでなく、被告人に運転させないため必要最小限度の範囲にとどまるものといえる。また、路面が積雪により滑りやすぐ、被告人自身、覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動を繰り返していたのに、被告人があくまで磐越自動車道で宮城方面に向かおうとしていたのであるから、任意捜査の面だけでなく、交通危険の防止という交通警察の面からも、被告人の運転を阻止する必要性が高かったというべきである。しかも、被告人が、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否するという態度を取り続けたことを考慮すると、結果的に警察官による説得が長時間に及んだのもやむを得なかった面があるということができ、右のような状況からみて、警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったものとは認められない。これら諸般の事情を総合してみると、前記のとおり、警察官が、早期に令状を請求することなく長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置は違法であるといわざるを得ないが、その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない

3 次に、強制採尿手続の違法の有無についてみる。
(一) 記録によれば、強制採尿令状発付請求に当たっては、職務質問開始から午後一時すぎころまでの被告人の動静を明らかにする資料が疎明資料として提出されたものと推認することができる。
そうすると、本件の強制採尿令状は、被告人を本件現場に留め置く措置が違法とされるほど長期化する前に収集された疎明資料に基づき発付されたものと認められ、その発付手続に違法があるとはいえない
(二) 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができその際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。その場合、右令状に、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する旨を記載することができることはもとより、被疑者の所在場所が特定しているため、そこから最も近い特定の採尿場所を指定して、そこまで連行することを許可する旨を記載することができることも、明らかである。
本件において、被告人を任意に採尿に適する場所まで同行することが事実上不可能であったことは、前記のとおりであり、連行のために必要限度を超えて被疑者を拘束したり有形力を加えたものとはみられない。また、前記病院における強制採尿手続にも、違法と目すべき点は見当たらない。
したがって、本件強制採尿手続自体に違法はないというべきである。

4 以上検討したところによると、本件強制採尿手続に先行する職務質問及び被告人の本件現場への留め置きという手続には違法があるといわなければならないが、その違法自体は、いまだ重大なものとはいえないし、本件強制採尿手続自体には違法な点はないことからすれば、職務質問開始から強制採尿手続に至る一連の手続を全体としてみた場合に、その手続全体を違法と評価し、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない

5 そうであるとすると、被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定することができ、これと同旨の原判断は、結論において正当である。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 本件は、派出所に電話をかけてきた被告人の異常な言動等から、覚せい剤使用の嫌疑を抱いた警察官が、被告人運転車両のエンジンキーを引き抜き取り上げるなどして、被告人による運転を阻止し、任意同行を求めて約六時間半以上にわたり被告人を道路上に留め置いた上、尿を強制採取するための捜索差押許可状(以下「強制採尿令状」という。)の発付を得て、これにより、被告人を病院まで連行し、その尿を採取したところ、その尿中から覚せい剤が検出されたという事案である。被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力が争われた。
本決定は、まず、(一)強制採尿手続に先行する職務質問及びその現場である道路上への長時間にわたる留め置きという一連の手続(以下「先行手続」という。)について、(1)被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、最一小決昭53・9・22刑集三二巻六号一七七四頁、本誌三七〇号七〇頁の趣旨に従い、適法であるとする一方、(2)その後被告人による運転を阻止して約六時間半以上も職務質問の現場に留め置いた措置は、任意同行を求める説得行為としての限度を超え、被告人の自由を長時間奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱し違法といわざるを得ないが、(3)その違法の程度は、いまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえないと判示し、次いで、(二)その後の強制採尿手続については、(1)決定要旨一のとおりの一般論を示した上、(2)本件強制採尿手続自体に違法はないとし、(三)右(一)(二)の一連の手続を全体としてみた場合にも、その手続全体を違法と評価し、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められないとして、被告人の尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定した。
二 右(一)の先行手続については、強制捜査に移行するか被告人を解放するかの警察官の見極めが遅れたため、結果として令状に基づくことなく被告人の移動の自由を長時間奪った点で違法とされたもので、本決定は、右の点の違法を宣言することにより、警察官に対し、迅速かつ適切な対応を求めたものといえよう。もっとも、本決定は、警察官の行使した有形力が、被告人に運転させないため必要最小限度の範囲にとどまること、交通警察の面からも、運転を阻止する必要性が高かったこと、被告人が自ら運転することに固執し、他の方法による任意同行をかたくなに拒否したため、警察官による説得が長時間に及んだことなどを指摘して、違法の程度は重大なものとはいえないとした。
本決定の右のような判示は、行政警察的な面も考慮しながら任意捜査の限界及びそれを逸脱した場合の違法の程度に関する判断事例として参考となるものと思われる。
三 強制採尿令状により被疑者をその意思に反して採尿場所へ連行することの可否について、公刊された裁判例はすべてこれを是認していたが、その根拠については、令状の効力として認めるもの(東京高判平3・3・12判時一三八五号一二九頁)と刑訴法二二二条一項で準用される同法一一一条所定の「必要な処分」として認めるもの(東京高判平2・8・29判時一三七四号一三六頁等)とに分かれていた。これに対し、学説からは、事前の司法審査なく人身の自由が制約されるなどとの批判があった(最近のものとして酒巻匡・刑訴法判例百選〔六版〕六二頁参照)。
本決定は、最高裁がこの点について初めての判断を示したものであり、連行の要件(身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合)、連行すべき場所(採尿に適する最寄りの場所)及び手段(必要最小限度の有形力の行使)並びに理論的根拠(強制採尿令状の効力)を明らかにした点において、先例的価値を有し、捜査実務に対する影響の大きな判例であると思われる。
本決定は、連行の当否について、事前の司法審査に服することを前提としていることが明らかであって、被疑者を採尿場所まで任意に同行することが事実上不可能であり、かつ、警察で用意した採尿場所が最寄りの採尿に適する場所であることについて、令状を請求する者が疎明し、裁判官がその当否を審査することになる。また、当然のことながら、連行のために行使できる有形力も、必要最小限度にとどまるべきことを判示しているところ、強制採尿令状による連行は、逮捕の場合とはおのずから異なってくることに注意を要しよう(佐藤文哉・刑訴法判例百選〔五版〕五八頁参照)。
四 最後に、本決定は、被告人の尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定した原判断を是認したわけであるが、このように先行手続の違法の承継を認めつつ後行手続である強制採尿手続により得られた尿に関する鑑定書の証拠能力について判断した点は、従来の判例(最二小判昭61・4・25刑集四〇巻三号二一五頁、本誌六〇〇号七八頁、最二小決昭63・9・16刑集四二巻七号一〇五一頁、本誌六八〇号一二一頁)を踏まえた判断方法に従ったものではあるが、違法収集証拠の証拠能力の判断に関する新たな事例を加えたものとして実務上の意義があるものと思われる。

道路交通法
+(危険防止の措置)
第六十七条  警察官は、車両等の運転者が第六十四条第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第三項から第六項まで又は第八十五条第五項若しくは第六項の規定に違反して車両等を運転していると認めるときは、当該車両等を停止させ、及び当該車両等の運転者に対し、第九十二条第一項の運転免許証又は第百七条の二の国際運転免許証若しくは外国運転免許証の提示を求めることができる。
2  前項に定めるもののほか、警察官は、車両等の運転者が車両等の運転に関しこの法律(第六十四条第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第三項から第六項まで並びに第八十五条第五項及び第六項を除く。)若しくはこの法律に基づく命令の規定若しくはこの法律の規定に基づく処分に違反し、又は車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊(以下「交通事故」という。)を起こした場合において、当該車両等の運転者に引き続き当該車両等を運転させることができるかどうかを確認するため必要があると認めるときは、当該車両等の運転者に対し、第九十二条第一項の運転免許証又は第百七条の二の国際運転免許証若しくは外国運転免許証の提示を求めることができる。
3  車両等に乗車し、又は乗車しようとしている者が第六十五条第一項の規定に違反して車両等を運転するおそれがあると認められるときは、警察官は、次項の規定による措置に関し、その者が身体に保有しているアルコールの程度について調査するため、政令で定めるところにより、その者の呼気の検査をすることができる。
4  前三項の場合において、当該車両等の運転者が第六十四条第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第三項から第六項まで又は第八十五条第五項若しくは第六項の規定に違反して車両等を運転するおそれがあるときは、警察官は、その者が正常な運転ができる状態になるまで車両等の運転をしてはならない旨を指示する等道路における交通の危険を防止するため必要な応急の措置をとることができる。
(罰則 第一項については第百十九条第一項第八号 第三項については第百十八条の二)

第3 所持品検査の適法性
1.問題の所在
2.判例の立場
+判例(S53.6.20)米子銀行強盗事件
理由
弁護人川端和治、同弘中惇一郎の上告趣意第一の二の(一)について
所論は憲法三一条、三九条、七三条六号但書、九八条一項違反をいうが、爆発物取締罰則が日本国憲法施行後の今日においてもなお法律としての効力を保有しているものであることは当裁判所の判例とするところであるから(昭和二三年(れ)第一一四〇号同二四年四月六日大法廷判決・刑集三巻四号四五六頁、昭和三二年(あ)第三〇九号同三四年七月三日第二小法廷判決・刑集一三巻七号一〇七五頁参照)、所論は理由がない。
同第一の二の(二)の第一について
所論は憲法三一条、三六条違反をいうが、爆発物取締罰則一条に定める刑が残虐な刑罰といえないのみならず(最高裁昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日大法廷判決・刑集二巻七号七七七頁参照)、同条所定の行為に対し所定のような法定刑を定めることは立法政策の問題であつて憲法適否の問題ではないから(最高裁昭和二三年(れ)第一〇三三号同年一二月一五日大法廷判決・刑集二巻一三号一七八三頁、昭和四六年(あ)第二一七九号同四七年三月九日第一小法廷判決・刑集二六巻二号一五一頁参照)、所論は理由がない。
同第一の二の(二)の第二について
所論は憲法一九条、三一条違反をいうが、爆発物取締罰則一条は、所定の目的で爆発物を使用した者を処罰するものであつて、その思想、信条のいかんを問うものではなく、また、同条にいう「治安ヲ妨ケ」るの概念は不明確なものではないから(前掲昭和四七年三月九日第一小法廷判決参照)、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
同第一の二の(二)の第三について
所論は憲法三一条、三九条違反をいうが、爆発物取締罰則の規定のうち所論指摘のものは原判決の是認する第一審判決が適用していないものであり、また、本件に適用される同罰則一条及び三条の規定につきこれを合憲であるとした原判決の判断は正当であつて、犯行後の法令の適用を許容した趣旨のものではないのであるから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
同第二の二について
所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、Aの明示の意思に反してボーリングバツグを開披したB巡査長の行為を職務質問附随行為として適法であるとした原判決の判断は、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項の解釈を誤り、ひいて憲法三五条一項に違反し、違法収集証拠を本件の証拠とした点において憲法三一条に違反する、というのである。
一 原判決の認定した事実及び原判決の是認した第一審判決の認定した事実によれば、本件の経過は次のとおりである。(一)岡山県総社警察署巡査部長Cは、昭和四六年七月二三日午後二時過ぎ、同県警察本部指令室からの無線により、米子市内において猟銃とナイフを所持した四人組による銀行強盗事件が発生し、犯人は銀行から六〇〇万円余を強奪して逃走中であることを知つた、(二)同日午後一〇時三〇分ころ、二人の学生風の男が同県吉備郡a町b附近をうろついていたという情報がもたらされ、これを受けたC巡査部長は、同日午後一一時ころから、同署員のB勇巡査長ら四名を指揮して、総社市門田のD総社営業所前の国道三叉路において緊急配備につき検問を行つた、(三)翌二四日午前零時ころ、タクシーの運転手から、「伯備線広瀬駅附近で若い二人連れの男から乗車を求められたが乗せなかつた。
後続の白い車に乗つたかも知れない。」という通報があり、間もなく同日午前零時一〇分ころ、その方向から来た白い乗用車に運転者のほか手配人相のうちの二人に似た若い男が二人(被告人とA)乗つていたので、職務質問を始めたが、その乗用車の後部座席にアタツシユケースとボーリングバツグがあつた、(四)右運転者の供述から被告人とAとを前記広瀬駅附近で乗せ倉敷に向う途中であることがわかつたが、被告人とAとは職務質問に対し黙秘したので容疑を深めた警察官らは、前記営業所内の事務所を借り受け、両名を強く促して下車させ事務所内に連れて行き、住所、氏名を質問したが返答を拒まれたので、持つていたボーリングバツグとアタツシユケースの開披を求めたが、両名にこれを拒否され、その後三〇分くらい、警察官らは両名に対し繰り返し右バツグとケースの開披を要求し、両名はこれを拒み続けるという状況が続いた(五)同日午前零時四五分ころ、容疑を一層深めた警察官らは、継続して質問を続ける必要があると判断し、被告人については三人くらいの警察官が取り囲み、Aについては数人の警察官が引張るようにして右事務所を連れ出し、警察用自動車に乗車させて総社警察署に同行したうえ、同署において、引き続いて、C巡査部長らが被告人を質問し、B巡査長らがAを質問したが、両名は依然として黙秘を続けた、(六)B巡査長は、右質問の過程で、Aに対してボーリングバツグとアタツシユケースを開けるよう何回も求めたが、Aがこれを拒み続けたので、同日午前一時四〇分ころ、Aの承諾のないまま、その場にあつたボーリングバツグのチヤツクを開けると大量の紙幣が無造作にはいつているのが見え引き続いてアタツシユケースを開けようとしたが鍵の部分が開かず、ドライバーを差し込んで右部分をこじ開けると中に大量の紙幣がはいつており、被害銀行の帯封のしてある札束も見えた、(七)そこで、B巡査長はAを強盗被疑事件で緊急逮捕し、その場でボーリングバツク、アタツシユケース、帯封一枚、現金等を差し押えた、(八)C巡査部長は、大量の札束が発見されたことの連絡を受け、職務質問中の被告人を同じく強盗被疑事件で緊急逮捕した、というのである。

二 警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。

三 これを本件についてみると、所論のB巡査長の行為は、猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において、深夜に検問の現場を通りかかつたA及び被告人の両名が、右犯人としての濃厚な容疑が存在し、かつ、兇器を所持している疑いもあつたのに、警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから、これを警職法二条一項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である。
よつて、所論違憲の主張は、前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

同第二の三について
所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、アタツシユケースをこじ開けた前示B巡査長の行為を警職法に違反するものと認めながら、アタツシユケース及び在中の帯封の証拠能力を認めた原翻決の判断は、上記憲法の規定に違反する、というのである。
しかし、前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでにAを緊急逮捕することができるだけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、Aを逮捕する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず、これらを採証した第一審判決に違憲、違法はないとした原判決の判断は正当であつて、このことは当裁判所昭和三一年(あ)第二八六三号同三六年六月七日大法廷判決(刑集一五巻六号九一五頁)の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がない。その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
なお、Eから押収した証拠物に関する所論は、具体的な理由の記載を欠くので、不適法である。
同第三について
所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
同第四について
所論は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
よつて、刑訴法四〇八条、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 天野武一 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顯 裁判官 環昌一)

(1)所持品検査の根拠規定
(2)所持品検査の適法要件
3.自動車内検査の事案についての最高裁判例と本件事案との比較
(1)比較検討とあてはめ
+判例(H7.5.30)
理由 
 弁護人内山成樹の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は所論のいうような趣旨まで判示したものではないから、所論は、前提を欠き、その余は、違憲をいう点を含め、その実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 所論にかんがみ、被告人の尿の鑑定書の証拠能力にっき、職権で判断する。 
一 原判決の認定によれば、本件捜査の経過は、次のとおりである。 
 1 平成五年三月一一日午前三時一〇分ころ、同僚とともにパトカーで警ら中の警視庁三田警察署A巡査は、東京都港区内の国道上で、信号が青色に変わったのに発進しない普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を認め、運転者が寝ているか酒を飲んでいるのではないかという疑いを持ち、パトカーの赤色灯を点灯した上、後方からマイクで停止を呼び掛けた。すると、本件自動車がその直後に発進したため、A巡査らが、サイレンを鳴らし、マイクで停止を求めながら追跡したところ、本件自動車は、約二・七キロメートルにわたって走行した後停止した。 
 2 A巡査が、本件自動車を運転していた被告人に対し職務質問を開始したところ、被告人が免許証を携帯していないことが分かり、さらに、照会の結果被告人に覚せい剤の前歴五件を含む九件の前歴のあることが判明した。そして、A巡査は、被告人のしゃべり方が普通と異なっていたことや、停止を求められながら逃走したことなども考え合わせて、覚せい剤所持の嫌疑を抱き被告人に対し約二〇分間にわたり所持品や本件自動車内を調べたいなどと説得したものの、被告人がこれに応じようとしなかったため、三田警察署に連絡を取り、覚せい剤事犯捜査の係官の応援を求めた
 3 五分ないし一〇分後、部下とともに駆けっけた三田警察署B巡査部長は、A巡査からそれまでの状況を聞き、皮膚が荒れ、目が充血するなどしている被告人の様子も見て、覚せい剤使用の状態にあるのではないかとの疑いを持ち、被告人を捜査用の自動車に乗車させ、同車内でA巡査が行ったのと同様の説得を続けた。そうするうち、窓から本件自動車内をのぞくなどしていた警察官から、車内に白い粉状の物があるという報告があったため、B巡査部長が、被告人に対し、検査したいので立ち会ってほしいと求めたところ、被告人は、「あれは砂糖ですよ。見てくださいよ。」などと答えたので、同巡査部長が、被告人を本件自動車のそばに立たせた上、自ら車内に乗り込み、床の上に散らばっている白い結晶状の物にっいて予試験を実施したが、覚せい剤は検出されなかった。 
 4 その直後、B巡査部長は、被告人に対し、「車を取りあえず調べるぞ。これじゃあ、どうしても納得がいかない。」などと告げ、他の警察官に対しては、「相手は承諾しているから、車の中をもう一回よく見ろ。」などと指示した。そこで、A巡査ら警察官四名が、懐中電灯等を用い、座席の背もたれを前に倒し、シートを前後に動かすなどして、本件自動車の内部を丹念に調べたところ、運転席下の床の上に白い結晶状の粉末の入ったビニール袋一袋が発見された。なお、被告人は、A巡査らが車内を調べる間、その様子を眺めていたが、異議を述べたり口出しをしたりすることはなかった。 
 5 B巡査部長は、被告人に対し、「物も出たことだから本署へ行ってもらうよ。」などと同行を求め、被告人もこれに素直に応じたので、被告人を三田警察署まで任意同行した上、同署内で覚せい剤の予試験を実施し、覚せい剤反応が出たのを確認して、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕した。 
 6 被告人は、同署留置場で就寝した後、同日午前九時三〇分ころから取調べを受けていたが、しばらくして尿の提出を求められ、午前一一時一〇分ころ、同署内で尿を提出した。その間、被告人は、尿の提出を拒否したり、抵抗するようなことはなく、警察官の指示に素直に協力する態度をとっていた。 
二 以上の経過に照らして検討すると、警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難い警察官は、停止の求めを無視して自動車で逃走するなどの不審な挙動を示した被告人にっいて、覚せい剤の所持又は使用の嫌疑があり、その所持品を検査する必要性緊急性が認められる状況の下で、覚せい剤の存在する可能性の高い本件自動車内を調べたものであり、また、被告人は、これに対し明示的に異議を唱えるなどの言動を示していないのであって、これらの事情に徴すると、右違法の程度は大きいとはいえない。 
 次に、本件採尿手続についてみると、右のとおり、警察官が本件自動車内を調べた行為が違法である以上、右行為に基づき発見された覚せい剤の所持を被疑事実とする本件現行与逮捕手続は違法であり、さらに、本件採尿手続も、右一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用し、これに引き続いて行われたものであるから、違法性を帯びるといわざるを得ないが、被告人は、その後の警察署への同行には任意に応じており、また、採尿手続自体も、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思による応諾に基づいて行われているのであって、前記のとおり、警察官が本件自動車内を調べた行為の違法の程度が大きいとはいえないことをも併せ勘案すると、右採尿手続の違法は、いまだ重大とはいえず、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、被告人の尿の鑑定書の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当であり(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決。刑集三二巻六号一六七二頁参照)、右と同旨に出た原判断は、正当である。 
 よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
++解説
《解  説》
 違法収集証拠の証拠能力について、最高裁は、①最一小判昭53・9・7刑集三二巻六号一六七二頁、本誌三六九号一二五頁をリーディングケースとし、以後、②最二小判昭61・4・25刑集四〇巻三号二一五頁、本誌六〇〇号七八頁、③最二小決昭63・9・16刑集四二巻七号一〇五一頁、本誌六八〇号一二一頁、④最三小決平6・9・16刑集四八巻六号四二〇頁と判例を積み重ねてきているが、本決定は、これに新たな事例判断を付け加えるものである。
 事実関係は、本決定中に要約されているが、その概要は、深夜、路上で、警察官が、不審な動きをした普通乗用自動車を運転していた被告人に対し職務質問を行ううち、覚せい剤所持の嫌疑を抱き、自動車内を調べたところ、覚せい剤が発見されたため、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、逮捕中に尿の提出を得たというものである。尿から覚せい剤が検出され、被告人は、覚せい剤使用の事実で起訴された(覚せい剤所持の事実は不起訴となっている。)。
 一、二審では、警察官が被告人の運転していた自動車内を調べた行為の適法性が主な争点となった。一審は、右行為に対し被告人が承諾を与えていたと認定し、本件捜査に違法があったということはできないとして、被告人を懲役二年に処した。原判決は、警察官が自動車内を調べた行為は、態様、実質において捜索に等しく、被告人の任意の承諾があったとは認められないとした上で、違法な行為によって発見された覚せい剤の所持を被疑事実とする現行犯逮捕手続は違法であり、さらにその逮捕された状態を利用して行われた採尿手続も違法となるが、違法の度合いは重大でないとして、結論において尿の鑑定書の証拠能力を認め、控訴を棄却した。これに対し、憲法違反、判例違反等を理由に上告がされたものである。
 本決定は、原判決認定の事実関係を前提に、大要、(1) 自動車内を調べた行為は違法であるが、違法の程度は大きいとはいえない、(2) 違法な行為に基づき発見された覚せい剤の所持を被疑事実とする現行犯逮捕手続は違法であり、採尿手続も違法性を帯びる、(3) 採尿手続の違法は重大とはいえず、尿の鑑定書の証拠能力は肯定できると説示して、上告を棄却した。
 本件では、承諾なく自動車内を調べた行為の適法性が問題となっている。この種事例を取り扱った最高裁判例はなく、下級審の裁判例もほとんどみられないが、本件では、警察官四人が、車内に乗り込んで、懐中電灯等を用い、座席の背もたれを前に倒すなどして丹念に車内を調べたというのであり、右行為が、承諾のない限り職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものであることは、おおむね異論のないところであろう。
 本決定は、このように違法とされた行為に引き続いて行われた現行犯逮捕手続、その逮捕中に行われた採尿手続をそれぞれ違法としている。証拠収集手続(本件では、採尿手続)に先行する捜査手続に違法がある場合、証拠収集手続それ自体が違法性を帯び、それによって得られた証拠の証拠能力に影響を及ぼすことがあることについては、前記②ないし④の各判例が明らかにしており、本決定がこれらの判例を前提にしていることは、決定文からも明らかである。
 その上で、本決定は、結論として被告人の尿の鑑定書の証拠能力を認めている。この点を検討するに当たっては、②、③が参考となる。本件とこれらの判例とは、違法な捜査手続に起因する身柄の留め置きないし逮捕中に被告人から提出された尿に関する証拠の証拠能力が争われたという点で共通の要素を含むからである。
 まず、先行する捜査手続の違法性の程度という観点から各事案を比較すると、②は、承諾のない任意同行、身柄の留め置きに違法があるとされた事案であり、③は、暴れる被告人を制止しながらパトカーで連行するなどしたという事案であって、いずれも違法とされた手続が被告人の身体に向けられているのに対し、本件は、覚せい剤の存在する可能性の高い自動車内を調べたというもので、身体に対する有形力の行使はない。また、判示の事実関係によれば、被告人につき覚せい剤の所持ないし使用の嫌疑があり、所持品検査の必要性、緊急性が認められることについては、さほど異論はないと思われる。このように、本件は、②、③の事案に比べ、先行する捜査手続の違法の程度は小さいということができよう。次いで、その後の捜査手続についてみると、本件では、採尿手続は何らの強制も加えられることなく行われるなど、手続にはそれ自体として違法はなく、この観点からは、本件と右各判例の事案との間に大きな差はないといってよいと思われる。
 こうしてみると、捜査手続を全体としてみた場合、本件は、前記各判例に比較し、違法の程度が大きいとはいえない事案であるように思われる。本決定が、本件自動車内を調べた行為の違法の程度は大きいとはいえないとし、採尿手続の違法についても、「いまだ重大とはいえない」とした上で、結論において被告人の尿の鑑定書の証拠能力を肯定しているのは、そうした趣旨であろう。
(2)検索型所持品検査と捜索との識別
証拠物の発見を目的とする探索は捜索、所持品の単なる確認は所持品検査・・・。
+判例(H15.5.26)
理由 
(各上告趣意に対する判断) 
 弁護人内山成樹、同大熊裕起の上告趣意及び被告人本人の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は実質において単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は所論引用の判例が事案を異にして本件に適切でなく、その余は事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。 
(職権判断) 
 以下、所論にかんがみ、職権をもって判断する。 
 第1 原判決の認定及び記録によれば、本件に関する捜査経過の概要は、次のとおりである。 
 (1) 被告人は、平成9年8月11日午後1時過ぎ、東京都西多摩郡瑞穂町(以下略)所在のいわゆるラブホテルである「A」(以下「本件ホテル」という。)301号室に1人で投宿した。本件ホテルの責任者Bは、同月12日朝、被告人がチェックアウト予定の午前10時になってもチェックアウトをせず、かえって清涼飲料水を一度に5缶も注文したことや、被告人が入れ墨をしていたことから、暴力団関係者を宿泊させてしまい、いつ退去するか分からない状況になっているのではないかと心配になり、また、職務上の経験から飲料水を大量に飲む場合は薬物使用の可能性が高いとの知識を有していたので、薬物使用も懸念した。Bは、再三にわたり、チェックアウト時刻を確認するため被告人に問い合わせたが、返答は要領を得ず、この間、被告人は、「フロントの者です。」とドア越しに声をかけられると「うるさい。」と怒鳴り返し、料金の精算要求に対しては「この部屋は二つに分かれているんじゃないか。」と言うなど、不可解な言動をした。このため、Bは、110番通報をし、警察に対し、被告人が宿泊料金を支払わないこと、被告人にホテルから退去してほしいことのほか、薬物使用の可能性があることを告げた。 
 (2) 警視庁福生警察署地域課所属の司法巡査C及び同Dは、同日午後1時11分ころ、パトカーで警ら中、通信指令本部から、本件ホテルで「料金上のゴタ」との無線通報を傍受し、直ちに本件ホテルへ向かった。その途中、通信指令本部から「相手は入れ墨をしている一見やくざ風の男」との連絡があり、また、福生警察署の上司から、薬物がらみの可能性もあるので事故防止には十分注意するようにとの指示を受けた。 
 (3) C、D両巡査は、同日午後1時38分ころ、本件ホテルに到着し、Bから事情説明を受けた。Bは、C巡査らに対し、被告人を部屋から退去させてほしいこと、被告人は入れ墨をしており、薬物を使用している可能性があること等を述べた(なお、同巡査らがBから、被告人が清涼飲料水を一度に5缶も注文したり、部屋が二つに分かれているのではないかなどと意味不明の言葉を発したりしていることを具体的に聞いた形跡がないことは、所論指摘のとおりと認められる。)。C巡査が301号室の被告人に電話をかけて料金の支払を促したところ、被告人から「分かった、分かった。」との返事があったが、Bからこれまでと同じ反応であると聞かされて、同巡査は、被告人が無銭宿泊ではないかとも考えた。しかし、C巡査は、被告人のいる場所がホテルの客室であるため、慎重を期す必要があると考え、福生警察署の上司に電話で相談したところ、部屋に行って事情を聞くようにとの指示を受けたので、Bの了解の下に、無銭宿泊の疑いのほか、薬物使用のことも念頭に置いて、警察官職務執行法2条1項に基づき職務質問を行うこととし、B、D巡査及び先に臨場していた駐在所勤務のE巡査部長と共に、4人で301号室へ赴いた。 
 (4) C巡査は、301号室に到着すると、ドアをたたいて声をかけたが、返事がなかったため、無施錠の外ドアを開けて内玄関に入り、再度室内に向かって「お客さん、お金払ってよ。」と声をかけた。すると、被告人は、内ドアを内向きに約20ないし30センチメートル開けたが、すぐにこれを閉めた同巡査は、被告人が全裸であり、入れ墨をしているのを現認したことに加え、制服姿の自分と目が合うや被告人が慌てて内ドアを閉めたことに不審の念を強め、職務質問を継続するため、被告人が内側から押さえているドアを押し開け、ほぼ全開の状態にして、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止したが、その途端に被告人が両手を振り上げて殴りかかるようにしてきた。そこで、同巡査は、とっさに被告人の右腕をつかみ、次いで同巡査の後方にいたD巡査も被告人の左腕をつかみ、その手を振りほどこうとしてもがく被告人を同室内のドアから入って右手すぐの場所に置かれたソファーに座らせ、C巡査が被告人の右足を、D巡査がその左足をそれぞれ両足ではさむようにして被告人を押さえつけた。このとき、被告人は右手に注射器を握っていた。両巡査は、被告人が突然暴行に出るという瞬間的な出来事に対し、ほとんど反射的に対応するうち、一連の流れの中で被告人を制止するため不可避的に内ドアの中に立ち入る結果になったものであり、意識的に内ドアの中に立ち入ったものではなかった。 
 (5) C巡査は、被告人の目がつり上がった様子やその顔色も少し悪く感じられたこと等から、「シャブでもやっているのか。」と尋ねたところ、被告人は、「体が勝手に動くんだ。」、「警察が打ってもいいと言った。」などと答えた。そのころ、D巡査は、被告人が右手に注射器を握っているのに気付き、C巡査が被告人の手首付近を握ってこれを手放させた。被告人は、その後も暴れたので、C、D両巡査は、引き続き被告人を押さえつけていた。 
 (6) 応援要請に基づき臨場したF巡査は、同室内の床に落ちていた財布や注射筒、注射針を拾って付近のテーブル上に置いた。警察官らが被告人に対し氏名等を答えるよう説得を続けるうち、やがて被告人が氏名等を答えたので、無線で犯罪歴の照会をしたところ、被告人には覚せい剤取締法違反の前歴のあることが判明した。F巡査は、被告人に対し、テーブル上の財布について、「これはだれのだ。」などと質問し、C、D両巡査も加わって追及するうち、被告人が自分の物であることを認めたので、F巡査において、「中を見せてもらっていいか。」と尋ねた。被告人は返答しなかったが、警察官らで説得を続けるうち、被告人の頭が下がったのを見て、F巡査は、被告人が財布の中を見せるのを了解したものと判断し、二つ折りの上記財布を開いて、ファスナーの開いていた小銭入れの部分からビニール袋入りの白色結晶を発見して抜き出した(なお、財布に係る所持品検査について、被告人の承諾があったものとは認められない。)。警察官らは、被告人に対し、これは覚せい剤ではないかと追及したが、被告人は、「おれは知らねえ。おれんじゃねえから、勝手にしろ。」などと言った。 
 (7) 薬物の専務員として臨場した福生警察署生活安全課のG巡査は、被告人に対して覚せい剤の予試験をする旨告げた上で、被告人に見えるように同室内のベッド上で前記ビニール袋入りの白色結晶につき予試験を実施したところ、覚せい剤の陽性反応があった。そこで、同日午後2時11分、C巡査らは、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、その場でビニール袋入りの白色結晶1袋、注射筒1本、注射針2本等を差し押さえた。C、D両巡査は、上記逮捕に至るまで全裸の被告人を押さえ続けていたが、仮に押さえるのをやめた場合には、警察官側が殴られるような事態が予想される状況にあった。 
 (8) 警察官らは、被告人を逮捕中の同月13日、被告人の覚せい剤使用事実を明らかにするため、上記覚せい剤所持事件の捜査過程で収集された証拠を疎明資料として、被告人の尿に係る捜索差押許可状の発付を受け、同許可状に基づき医師が被告人の尿を採取した。 
 第2 以上の事実関係に基づき、本件捜査手続の適否及びその過程で収集された関係証拠の証拠能力について検討する。 
 1 警察官が内ドアの敷居上辺りに足を踏み入れた措置について 
 一般に、警察官が警察官職務執行法2条1項に基づき、ホテル客室内の宿泊客に対して職務質問を行うに当たっては、ホテル客室の性格に照らし、宿泊客の意思に反して同室の内部に立ち入ることは、原則として許されないものと解される。 
 しかしながら、【要旨1】前記の事実経過によれば、被告人は、チェックアウトの予定時刻を過ぎても一向にチェックアウトをせず、ホテル側から問い合わせを受けても言を左右にして長時間を経過し、その間不可解な言動をしたことから、ホテル責任者に不審に思われ、料金不払、不退去、薬物使用の可能性を理由に110番通報され、警察官が臨場してホテルの責任者から被告人を退去させてほしい旨の要請を受ける事態に至っており、被告人は、もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。そして、警察官は、職務質問を実施するに当たり、客室入口において外ドアをたたいて声をかけたが、返事がなかったことから、無施錠の外ドアを開けて内玄関に入ったものであり、その直後に室内に向かって料金支払を督促する来意を告げている。これに対し、被告人は、何ら納得し得る説明をせず、制服姿の警察官に気付くと、いったん開けた内ドアを急に閉めて押さえるという不審な行動に出たものであった。このような状況の推移に照らせば、被告人の行動に接した警察官らが無銭宿泊や薬物使用の疑いを深めるのは、無理からぬところであって、質問を継続し得る状況を確保するため、内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止したことは、警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随するものとして、適法な措置であったというべきである。本件においては、その直後に警察官らが内ドアの内部にまで立ち入った事実があるが、この立入りは、前記のとおり、被告人による突然の暴行を契機とするものであるから、上記結論を左右するものとは解されない。 
 2 財布に係る所持品検査について 
 職務質問に付随して行う所持品検査は、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合がある(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。 
 【要旨2】前記の事実経過によれば、財布に係る所持品検査を実施するまでの間において、被告人は、警察の許可を得て覚せい剤を使用している旨不可解なことを口走り、手には注射器を握っていた上、覚せい剤取締法違反の前歴を有することが判明したものであって、被告人に対する覚せい剤事犯(使用及び所持)の嫌疑は、飛躍的に高まっていたものと認められる。また、こうした状況に照らせば、覚せい剤がその場に存在することが強く疑われるとともに、直ちに保全策を講じなければ、これが散逸するおそれも高かったと考えられる。そして、眼前で行われる所持品検査について、被告人が明確に拒否の意思を示したことはなかった。他方、所持品検査の態様は、床に落ちていたのを拾ってテーブル上に置いておいた財布について、二つ折りの部分を開いた上ファスナーの開いていた小銭入れの部分からビニール袋入りの白色結晶を発見して抜き出したという限度にとどまるものであった。以上のような本件における具体的な諸事情の下においては、上記所持品検査は、適法に行い得るものであったと解するのが相当である。 
 なお、警察官らが約30分間にわたり全裸の被告人をソファーに座らせて押さえ続け、その間衣服を着用させる措置も採らなかった行為は、職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えており、そのような状況の下で実施された上記所持品検査の適否にも影響するところがあると考えられる。しかし、前記の事実経過に照らせば、被告人がC巡査に殴りかかった点は公務執行妨害罪を構成する疑いがあり、警察官らは、更に同様の行動に及ぼうとする被告人を警察官職務執行法5条等に基づき制止していたものとみる余地もあるほか、被告人を同罪の現行犯人として逮捕することも考えられる状況にあったということができる。また、C巡査らは、暴れる被告人に対応するうち、結果として前記のような制圧行為を継続することとなったものであって、同巡査らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があった証跡はない。したがって、上記行為が職務質問に付随するものとしては許容限度を超えていたとの点は、いずれにしても、財布に係る所持品検査によって発見された証拠を違法収集証拠として排除することに結び付くものではないというべきである。 
 3 採取された尿について 
 上記のとおり、覚せい剤所持事件の捜査過程で収集された証拠については、違法収集証拠として排除すべき事由はないから、これらを疎明資料として発付された令状により採取された尿について、その収集手続の違法を問題とする余地はないというべきである。 
 4 結論 
 以上のとおりであるから、財布に係る所持品検査によって発見された前記ビニール袋入りの白色結晶を含め、覚せい剤所持罪による現行犯逮捕に伴って被告人から押収された証拠及びその派生証拠については、その収集手続に証拠能力に影響を及ぼすような違法はなく、また、これらの証拠を疎明資料として発付された捜索差押許可状により採取された尿の鑑定結果についても、上記のような違法はないことに帰する。したがって、これと同旨の原判決の結論は正当である。 
 よって、刑訴法414条、386条1項3号より、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎) 
++解説
《解  説》
 一 事案の概要
 本件は、覚せい剤の自己使用及びホテル客室における覚せい剤所持の事案である。
 本件摘発の発端は、ラブホテルに単身で投宿した被告人が、翌日チェックアウトの時刻になっても一向にその手続をしなかったため、無銭宿泊などの疑いを生じたことにある。ホテル側からの一一〇番通報を受けて警察官が臨場し、ホテル客室に赴いて職務質問を実施したところ、その過程で、被告人が覚せい剤を所持していることが発覚した。その後、強制採尿令状に基づく尿検査により、覚せい剤を使用していたことも発覚した。
 本件の公訴事実は、次のようなものであった。
 「被告人は、
第1 法定の除外事由がないのに、平成九年八月上旬から同月一二日までの間、東京都内又はその周辺において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン若干量を自己の身体に摂取し、もって、覚せい剤を使用し、
第2 みだりに、同月一二日、東京都西多摩郡〈番地略〉ホテルA三〇一号室において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約〇・二三二グラムを所持した
ものである。」
 二 争点
 本件では、令状を持たない警察官が、ホテル側の要請に基づき、職務質問のためホテル客室へ立ち入ったことの適法性等が争われた。
 一審判決(東京地八王子支判平10・10・28本誌一〇〇九号二九五頁、判時一六六六号一五六頁)は、警察官がホテル客室へ立ち入った点等を違法とした上、その際獲得された覚せい剤及びそこから派生した鑑定書等の証拠は、すべて証拠能力がないとして、被告人を無罪とした(一審判決を紹介したものとして、宇藤崇「覚せい剤取締法違反と違法収集証拠の排除」平11重判解一九三頁)。
 これに対し、原判決(東京高判平11・8・23本誌一〇二四号二八九頁)は、客室への立入りは適法であったとし、また、その後の所持品検査には一部行き過ぎた点もあったが、その違法は、覚せい剤等の証拠能力に影響を及ぼすほど重大であるとまではいえないとして、破棄・差戻しの判断を示した(原判決を紹介したものとして、髙部道彦「違法収集証拠であることを理由に押収に係る覚せい剤等の証拠能力を否定して無罪を言い渡した原判決を破棄し、その証拠能力を肯定した事例」研修六二〇号三頁)。
 なお、三井誠「違法収集証拠の排除」法教二六四号一一八頁、二六五号一二三頁、二六六号一三一頁は、違法収集証拠の排除に関する事例紹介の中で、本件一、二審判決に言及している。
 三 職務質問及び立入りの適否
 本決定は、原判決の認定及び記録に基づき、捜査経過について比較的詳しい事実摘示をした上で、「警察官が内ドアの敷居上辺りに足を踏み入れた措置について」と題する項目で、その適否を取り上げている。これは、この問題が一、二審の判断が分かれた基本的な論点であったからであろう。
 本決定は、まず、ホテル客室の性格に照らし、職務質問を行う警察官が宿泊客の意思に反してホテル客室内に立ち入ることは、原則として許されない旨を判示している。これは、ホテル客室が住居に準ずる場所であることに照らし、原則論としては、当然の判示であろう。その上で、本決定は、具体的な事実関係に即して、決定要旨一のとおり判示した。
 職務質問等の適否及び違法収集証拠の取扱いに関する最高裁の先例としては、①最一小判昭53・9・7刑集三二巻六号一六七二頁、本誌三六九号一二五頁、②最二小判昭61・4・25刑集四〇巻三号二一五頁、本誌六〇〇号七八頁、③最二小決昭63・9・16刑集四二巻七号一〇五一頁、本誌六八〇号一二一頁、④最三小決平6・9・16刑集四八巻六号四二〇頁、本誌八六二号二六七頁、⑤最三小決平7・5・30刑集四九巻五号七〇三頁、本誌八八四号一三〇頁などがある。これらは、いずれも薬物事犯に係るものである。なお、薬物事犯に係るものではないが、判例①に先立ち、職務質問に付随して行う所持品検査の適否につき、判例①と同旨を判示したものとして、⑥最三小判昭53・6・20刑集三二巻四号六七〇頁、本誌三六六号一五二頁(米子の銀行強盗事件)がある。また、下級審のものであるが、本件と同様、ホテルの客室への立入りが問題となった事例としては、⑦福岡高判平4・1・20本誌七九二号二五三頁、⑧福岡地小倉支判平3・3・29本誌七九二号二五六頁(⑦の原判決)がある。
 本件は、事実関係の個性が強いため、これらの先例から直ちに結論を演繹できるようなケースではないであろうが、本決定においては、被告人の宿泊客としての地位が、自らの不審な言動に起因して既に大きく揺らいでいたことが重視されており、そのことは、「被告人は、もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。」との説示部分に端的に現れているということができよう。
 ところで、一、二審判決を対比すると、警察官が本件客室へ立ち入る際の状況については、法律判断の前提となる事実認定を異にする点がある。すなわち、原判決は、警察官が客室内に立ち入った後に被告人が暴行行為に及んだとする一審判決の認定は事実誤認であるとし、正しくは、警察官が内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れた途端、被告人が両手の拳を振り上げて殴りかかるようにしてきたものであるとして、認定替えをしている。本決定は、この原判決の認定(本決定理由第1の(4)に相当)を前提に法律判断を示したものである。なお、一審判決も、「職務質問の実施・継続を確保するため、被告人が自ら開けた客室のドアを閉めようとするときに、そのドアを手で引き留めたり、ドアとドア枠の間に足を挟み入れるなどして、ドアが閉まることを阻止するため必要かつ相当な有形力を行使することは、警職法二条一項に定める停止行為に準ずるものとして許されると解される。」と説示していた。そうしてみると、原判決によって認定替えされた事実を共通の前提とするときは、一審判決の立場と原判決及び本決定の立場との間には、さほどの相違はないとの見方も可能であろう。
 四 所持品検査の適否
 次に、本決定は、「財布に係る所持品検査について」と題する項目で、覚せい剤が入っていた財布の所持品検査の適否を検討している。
 本決定は、前記各最高裁判例のうち、基本判例と目される①を引用して、職務質問に付随して行う所持品検査に関する一般論を確認している。その上で、本件の事実経過を踏まえて、決定要旨二のとおり判示した。
 警察官が内ドアの敷居上辺りに足を踏み入れた措置が適法であるとすれば、その後の事態の推移に照らし、財布に係る所持品検査の適法性は、判例の示す指針からみて、あまり問題はないように思われる。ただし、本件においては、所持品検査の間、警察官が全裸の被告人を約三〇分間にわたりソファーに座らせて押え続け、その間衣服を着用させる措置も採らなかったという事情があった。
 本決定は、この点についても検討を加え、警察官のこうした行為は、職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えている旨を指摘している。しかしながら、本決定は、警察官は、殴りかかってくる被告人を警職法五条等に基づき制止していたものとみる余地もあるほか、公務執行妨害罪の現行犯人としてこれを逮捕することも考えられる状況にあったと指摘し、警察官の行為が職務質問とは別の根拠で正当化され得ることに言及しており、所持品検査が違法であった旨の判示はみられない。これは、原判決が、全裸の被告人を約三〇分間にわたって押さえ続けた行為について、職務質問に伴うものとして許容される限度を超えて行き過ぎがあったとし、そのような行き過ぎた身体拘束下に置かれた被告人に対する所持品検査も、その許容される限度を超えたものと評価せざるを得ない(ただし、その違法は証拠能力に影響を及ぼすほど重大であるとまではいえない。)と判示していたのとは、趣を異にしている。他方、本決定は、警察官らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があった証跡はないことにも言及した上で、所持品検査によって発見された覚せい剤の証拠能力を肯定している。
 本決定が、所持品検査によって発見された覚せい剤の証拠収集過程を完全に適法とみているのか、それとも一定の限度では違法とみているのかは、必ずしも明確ではない。これは、警察官に殴りかかってきた被告人の行為が真実公務執行妨害罪を構成するのかどうか、また、警察官の行為が実際に警職法五条等に基づく制止行為であったのかどうか等の認定問題と関連しているのではないかと思われる。すなわち、本決定は、法律審としての性格上、新たな認定に立ち入ることは避け、上記のような認定問題については、ある程度の幅を想定しながら、当面のテーマである証拠能力の有無という論点について、訴訟の進行上必要な結論的判断を示したものと理解されよう。なお、本決定のいう制止行為としては、警職法五条に基づくもののほか、いわゆる現行犯鎮圧行為(横浜郵便局事件に関する東京高判昭41・8・26高刑一九巻六号六三一頁、本誌二〇二号一五七頁、同事件に関する第二次控訴審判決である東京高判昭47・10・20高刑二五巻四号四六一頁、本誌二八三号一二〇頁、判時六八九号五一頁、東京地裁庁外退去命令事件に関する東京地判昭46・4・16判時六三四号九七頁など)が考えられるであろう。
 本件の論点と直接関連するものではないが、違法収集証拠の排除をめぐる最近の最高裁判例として、最二小判平15・2・14刑集五七巻二号一二一頁、本誌一一一八号九四頁(大津覚せい剤証拠排除事件)がある。
 五 本決定の意義
 ホテル客室における薬物使用と職務質問をめぐる問題は、日常的に生起し得るものと思われるが、先例の集積という観点からみると、この点に関する判例、裁判例は、これまで必ずしも多くはなかったのが実情である。本決定は、一、二審の判断が分かれた事案について、最高裁が詳細な事実関係を摘示した上で具体的な判断を示したものであり、その実務上の意義は少なくないものと思われる。
+判例(S63.9.16)
理由 
 被告人本人の上告趣意のうち、捜査手続及び違法収集証拠の採用の各違憲をいう点は、証拠の証拠能力に関する原判決の判断を論難する実質単なる法令違反、事実誤認の主張に帰するものであり、憲法三八条一項違反をいう点は、所論の自白調書の任意性を疑わせる証跡は認められないから前提を欠き、憲法三七年二項違反をいう点は、実質単なる法令違反の主張であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、すべて適法な上告理由に当たらない。弁護人二瓶廣志の上告趣意のうち、捜査手続及び違法収集証拠の採用の各違憲をいう点が実質単なる法令違反、事実誤認の主張であり、憲法三八条違反をいう点が前提を欠くことは、前同様であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、すべて適法な上告理由に当たちない。 
 本件覚せい剤等の証拠物並びに覚せい剤及び尿に関する各鑑定書を違法収集証拠として排除すべきであるとする所論にかんがみ、以下職権により検討する。 
 一 原判決の是認する一審判決の認定によれば、次の経過が認められる。 
 (1) 昭和六一年六月一四日午前一時ころ、警視庁第二自動車警ら隊所属のA巡査部長とB巡査が東京都台東区内の通称浅草国際通りをパトカーで警ら中、暗い路地から出て来た一見暴力団員風の被告人を発見し、A巡査部長がパトカーを降りて被告人に近づいて見ると、覚せい剤常用者特有の顔つきをしていたことから、覚せい剤使用の疑いを抱き、職務質問をすべく声をかけたところ、被告人が返答をせずに反転して逃げ出したため、被告人を停止すべく追跡した。(2) 途中から応援に駆けつけた付近の交番のC巡査とD巡査らも加わつて追跡し、被告人が自ら転倒したところに追いつき、B巡査を加えた四名の警察官が、その場で暴れる被告人を取り押さえ、凶器所持の有無を確かめるべく、着衣の所持品検査を行つたが、凶器等は発見されなかつた。(3) そのころ、多くの野次馬が集まつてきたため、A巡査部長は、その場で職務質問を続けるのが適当でないと判断し、取り押さえている被告人に対し、車で二、三分の距離にある最寄りの浅草署へ同行するよう求めたが、被告人が片手をパトカーの屋根上に、片手をドアガラスの上に置き、突つ張るような状態で乗車を拒むので、説得したところ、被告人、渋々ながら手の力を抜いて後部座席に自ら乗車した。(4) その際、被告人の動静を近くから注視していたA巡査部長は、被告人が紙包みを路上に落とすのを現認し、被告人にこれを示したが、同人が知らない旨答えたため、中味を見分したところ、覚せい剤様のものを発見し、それまでの捜査経験からそれが覚せい剤であると判断して、そのまま保管した。(5)被告人が乗車後も肩をゆすり、腕を振るなどして暴れるため、警察官が両側から被告人の手首を握るなどして制止する状態のまま、浅草署に到着し、両側から抱えるような状態で同署四階の保安係の部屋まで被告人を同行した。(6) 同室では、被告人の態度も落ち着いてきたため、A巡査部長が職務質問に当たり、被告人の氏名、生年月日等を尋ねたところ、被告人が着衣のポケツトから自ら身体障害者手帳等を取り出して机の上に置き、次いで所持品検査を求めると、被告人がふてくされた態度で上衣を脱いで投げ出したので、所持品検査についての黙示の承認があつたものと判断し、A巡査部長が右上衣を調べ、B、Dの両巡査が被告人の着衣の上から触れるようにして所持品検査をするうち、外部から見て被告人の左足首付近の靴下の部分が脹らんでいるのを見つけ、そのまま中のものを取り出して確認したところ、覚せい剤様のもの一包みや注射器、注射針等が発見された。(7)右(4)及び(6)の覚せい剤様のものの試薬検査を実施したところ、覚せい剤特有の反応が出たため、同日午前一時二〇分ころ、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕するとともに、右覚せい剤二包みと注射器等を差し押さえた。(8) その後、被告人に排尿とその尿の提出を求めたところ、被告人は当初弁護人の立ち会いを求めるなどして応じなかつたが、警察官から説得され、納得して任意に尿を出し提出したため、右尿を領置した。 
 二 以上の経過に即して、警察官の捜査活動の適否についてみるに、右(3)及び(5)の浅草署への被告人の同行は、被告人が渋々ながら手の力を抜いて後部座席に自ら乗車した点をいかに解しても、その前後の被告人の抵抗状況に徴すれば、同行について承諾があつたものとは認められない。次に、浅草署での(6)の所持品検査(以下、「本件所持品検査」という。)についても、被告人がふてくされた態度で上衣を脱いで投げ出したからといつて、被告人がその意思に反して警察署に連行されたことなどを考えれば、黙示の承諾があつたものとは認められない。本件所持品検査は、被告人の承諾なく、かつ、違法な連行の影響下でそれを直接利用してなされたものであり、しかもその態様が被告人の左足首付近の靴下の脹らんだ部分から当該物件を取り出したものであることからすれば、違法な所持品検査といわざるを得ない。次に、(8)の採尿手続自体は、被告人の承諾があつたと認められるが、前記一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用して、これに引き続いて行われたものであるから、違法性を帯びるものと評価せざるを得ない(最高裁昭和六〇年(あ)第四二七号同六一年四月二五日第二小法廷判決・刑集四〇巻三号二一五頁参照。 
 三 所持品検査及び採尿手続が違法であると認められる場合であつても、違法手続によつて得られた証拠の証拠能力が直ちに否定されると解すべきではなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、その証拠能力が否定されるといつべきである(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。 
 これを本件についてみると、職務質問の要件が存在し、所持品検査の必要性と緊急性とが認められること、A巡査部長は、その捜査経験から被告人が落とした紙包みの中味が覚せい剤であると判断したのであり、被告人のそれまでの行動、態度等の具体的な状況からすれば、実質的には、この時点で被告人を右覚せい剤所持の現行犯人として逮捕するか、少なくとも緊急逮捕するてとが許されたといえるのであるから、警察官において、法の執行方法の選択ないし捜査の手順を誤つたものにすぎず、法規からの逸脱の程度が実質的に大きいとはいえないこと、警察官らの有形力の行使には暴力的な点がなく、被告人の抵抗を排するためにやむを得ずとられた措置であること、警察官において令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があつたとはいえないこと、採尿手続自体は、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思での応諾に基づいて行われていることなどの事情が認められる。これらの点に徴すると、本件所持品検査及び採尿手続の違法は、未だ重大であるとはいえず、右手続により得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、右証拠の証拠能力を肯定することができる。なお、右(4)の被告人が落とした覚せい剤の差押手続には、何ら違法な点はないのであるから、その証拠能力を肯定することができる。 
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、主文のとおり決定する。 
 この決定は、裁判官島谷六郎、同奥野久之の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。 
+反対意見
 裁判官島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。 
 私は、本件所持品検査及び採尿手続により得られた証拠の証拠能力を肯定する多数意見には、賛成することができない。本件は、被告人をその意に反して警察署に連行したうえ、被告人をその支配下に置いた状況を直接利用して、違法な所持品検査を行い、引き続き一連の行為として違法と評価される採尿手続により尿を提出させたという事案であつて、最も典型的な違法捜査というべきものである。特に、警察署への意に反する本件連行は、いかに被告人が抵抗していたからとはいえ、警察官職務執行法二条三項によつて厳に禁じられているところであり、まさに逮捕に類するものというべきであああつて、その違法性はまことに重大である。このように違法な連行に引き続き、かつ、これを直接利用してなされた本件所持品検査及び採尿手続の違法も重大なものといわなければならない。かかる態様の捜査について、単にこれを違法とするだけで、その結果得られた証拠の証拠能力を認めることは、違法な捜査を抑制するという見地からして、相当ではない。けだし、このような違法捜査は、警察官において職務熱心の余り偶々なされる類のものであるとしても、なお構造的に再発する危険をはらむ事象であるから、警察官職務執行法二条三項は、そのきつかけとなる警察署への意に反する連行を例外を許さず禁じているのである。したがつて、本件のような違法収集証拠の証拠能力を否定することが、かかる違法捜査を抑制する上で肝要であるといわざるをえない。 
 多数意見が証拠能力を肯定する根拠として挙げている点のうち、本件を捜査手順の誤りとする前提として、(4)の時点において、被告人が落した紙包みの中味が覚せい剤であり、これを所持する被告人を現行犯逮捕又は緊急逮捕することが許されたとする点については、疑問がある。すなわち、覚せい剤であることの確認について、もとより必ず予試験の実施が必要である訳ではないが、判例等において、予試験を経ずに覚せい剤であると確認しうるとされた事案を見れば、例えば、身近に注射器等が散在するといつたより具体的に覚せい剤の所持た疑わせる客観的状況が認められる場合であつて、本件程度の状況で現行犯逮捕ないし緊急逮捕が許されるとなしうるか疑問が残るといわざるをえない。そうであるからこそ、A巡査部長もその時点での逮捕に踏み切らなかつたのであつて、これを単なる捜査手順の誤りとみるのは、相当でない。また、現に捜査実務ではより慎重を期して予試験による結果を待つて、覚せい剤であることの確認を得て、現行犯逮捕に移つているのが一般であると思われるから、多数意見のような判断は、この妥当な実務の扱いを弛緩させるおそれがあり、問題である。なお、少なくとも浅草署に到着した時点で、所持品検査に先立ち、被告人が落した紙包みの中味についての予試験をして、それが覚せい剤であることを確認しておれば、現行犯逮捕が許されたのであるから、これをせずに所持品検査を行つた点を捉えて、単なる捜査手順の誤りに過ぎないとする見方もあるも知れないが、こう解したとしても、それ以前には逮捕が許されなかつたことには変わりがないから、それに先立つ連行の違法の重大性を拭い去ることはできないというべきである。その他多数意見が挙げる諸点を考慮しても、本件連行とそれに引き続く所持品検査及び採尿手続には令状主義の精神を没却するような重大な違法があるといわざるをえず、本件証拠を証拠として許容することは、将来における違法な搜査の抑制の見地から相当でなく、その証拠能力は否定されるべきである。よつて、本件証拠の証拠能カを肯定した原判決は、法会の解釈適用を誤つた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。 
 裁判官奥野久之は、裁判官島谷六郎の反対意見に同調する。 
 (裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 牧圭次 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之) 
第4 その他の論点
(1)予試験の法的根拠
・222条1項が準用する111条所定の「必要な処分」とするもの
まあ、こっちか・・・。
・「鑑定処分」とするもの
(2)証拠発見手続の違法性
+判例(S61.4.25)
理由 
 検察官の上告趣意は、判例違反をいうが、原判決は所論引用の判例と相反する法律判断をしておらず、あるいは所論引用の判例は事案を異にして本件に適切でないから、所論は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決は以下の理由により破棄を免れない。 
 一 原判決が認定する事実関係は、次のとおりである。 
 奈良県生駒警察署防犯係の係長巡査部長A、巡査部長B、巡査Cの三名は、複数の協力者から覚せい剤事犯の前科のある被告人が再び覚せい剤を使用しているとの情報を得たため、昭和五九年四月一一日午前九時三〇分ころ、いずれも私服で警察用自動車(ライトバン)を使つて、生駒市内の被告人宅に赴き、門扉を開けて玄関先に行き、引戸を開けずに「Dさん、警察の者です」と呼びかけ、更に引戸を半開きにして「生駒署の者ですが、一寸尋ねたいことがあるので、上つてもよろしいか」と声をかけ、それに対し被告人の明確な承諾があつたとは認められないにもかかわらず、屋内に上がり、被告人のいた奥八畳の間に入つた。右警察官三名は、ベツトで目を閉じて横になつていた被告人の枕許に立ち、A巡査部長が「Dさん」と声をかけて左肩を軽く叩くと、被告人が目を開けたので、同巡査部長は同行を求めたところ、金融屋の取立てだろうと認識したと窺える被告人は、「わしも大阪に行く用事があるから一緒に行こう」と言い、着替えを始めたので、警察官三名は、玄関先で待ち、出てきた被告人を停めていた前記自動車の運転席後方の後部座席に乗車させ、その隣席及び助手席にそれぞれB、A両巡査部長が乗車し、C巡査が運転して、午前九時四〇分ころ被告人宅を出発した。被告人は、車中で同行しているのは警察官達ではないかと考えたが、反抗することもなく、一行は、午前九時五〇分ころ生駒警察署に着いた。午前一〇時ころから右警察署二階防犯係室内の補導室において、B巡査部長は被告人から事情聴取を行つたが、被告人は、午前一一時ころ本件覚せい剤使用の事実を認め、午前一一時三〇分ころ右巡査部長の求めに応じて採尿してそれを提出し、腕の注射痕も見せた。被告人は、警察署に着いてから右採尿の前と後の少なくとも二回、B巡査部長に対し、持参の受験票を示すなどして、午後一時半までに大阪市鶴見区のタクシー近代化センターに行つてタクシー乗務員になるための地理試験を受けることになつている旨申し出たが、同巡査部長は、最初の申し出については返事をせず、尿提出後の申し出に対しては、「尿検の結果が出るまでおつたらどうや」と言つて応じなかつた。午後二時三〇分ころ尿の鑑定結果について電話回答があつたことから、逮捕状請求の手続がとられ、逮捕状の発付を得て、B巡査部長が午後五時二分被告人を逮捕した。 
 二 原判決は、右のような事実認定を前提に、警察官三名による被告人宅への立ち入りは、被告人の明確な承諾を得たものとは認め難く、本件任意同行は、被告人の真に任意の承諾の下に行われたものでない疑いのある違法なものであり、受験予定である旨の申し出に応じることなく退去を阻んで、逮捕に至るまで被告人を警察署に留め置いたのは、任意の取調べの域を超える違法な身体拘束であるといわざるを得ないので、そのような違法な一連の手続中に行われた本件尿の提出、押収手続(以下、採尿手続という)は、被告人の任意提出書や尿検査についての同意書があるからといつて、適法となるものではなく、その尿についての鑑定書の証拠能力は否定されるべきであるとする。 
 そこで勘案するに、本件においては、被告人宅への立ち入り、同所からの任意同行及び警察署への留め置きの一連の手続と採尿手続は、被告人に対する覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられたものであるうえ、採尿手続は右一連の手続によりもたらされた状態を直接利用してなされていることにかんがみると、右採尿手続の適法違法については、採尿手続前の右一連の手続における違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断するのが相当である。そして、そのような判断の結果、採尿手続が違法であると認められる場合でも、それをもつて直ちに採取された尿の鑑定書の証拠能力が否定されると解すべきではなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、右鑑定書を証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、右鑑定書の証拠能力が否定されるというべきである(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。以上の見地から本件をみると、採尿手続前に行われた前記一連の手続には、被告人宅の寝室まで承諾なく立ち入つていること、被告人宅からの任意同行に際して明確な承諾を得ていないこと、被告人の退去の申し出に応ぜず警察署に留め置いたことなど、任意捜査の域を逸脱した違法な点が存することを考慮すると、これに引き続いて行われた本件採尿手続も違法性を帯びるものと評価せざるを得ないしかし、被告人宅への立ち入りに際し警察官は当初から無断で入る意図はなく、玄関先で声をかけるなど被告人の承諾を求める行為に出ていること、任意同行に際して警察官により何ら有形力は行使されておらず、途中で警察官と気付いた後も被告人は異議を述べることなく同行に応じていること、警察官において被告人の受験の申し出に応答しなかつたことはあるものの、それ以上に警察署に留まることを強要するような言動はしていないこと、さらに、採尿手続自体は、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思での応諾に基づき行われていることなどの事情が認められるのであつて、これらの点に徴すると、本件採尿手続の帯有する違法の程度は、いまだ重大であるとはいえず、本件尿の鑑定書を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、本件尿の鑑定書の証拠能力は否定されるべきではない。 
 三 してみると、本件尿の鑑定書の証拠能力を否定した原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。 
 よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、同法四一三条本文に従い、本件を原裁判所である大阪高等裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。 
 この判決は、裁判官島谷六郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。 
+反対意見
 裁判官島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。 
 私は、本件における尿の鑑定書の証拠能力を肯定する多数意見には、賛成することができない。 
 本件では、警察官らの被告人宅への立ち入り、警察署への任意同行及び同所での留め置きの点に違法がある。すなわち、第一に、被告人宅への立ち入りの点は、警察官らが被告人の承諾を得ないままその家に上がり、奥八畳間まで入つて寝ていた被告人の枕許に立ち、被告人の肩を叩いて起床させたというのであるから、それは住居の不可侵の権利を侵し、私生活の平穏を害することはなはだしい行為である。第二に、警察署への同行の点は、警察官の身分と要件を明らかにしたうえで被告人の承諾を得たものでなく、起床したばかりの被告人が、枕許に立つ私服の警察官らを見て、取り立てに来た金融屋だと考え、自分も大阪へ行く用があるからと言つて、警察官らの車に乗り込んだ疑いが濃いものであつて、警察への同行を求められてこれに応じたものではなく、任意同行とは到底評価し得ないものである。第三の警察署に留め置いた点は、同日午後に行われるタクシー乗務員となるための試験の受験の申し出を無視して取調べを続行したというものであり、任意の取調べにおいては、警察官としては被取調者からの理由ある退去の要求は尊重し、それなりの対応をすべきであつて、それを無視してよいものではなく、本件での警察官の所為は、退去の自由を認める任意の取調べの原則に悖るものとの非難を免れることはできない。そして、この留め置きの間に採尿が行われたのである。 
 多数意見は、このような本件採尿までの手続及び採尿手続を違法であると評価はするのであるが、その結果得られた尿の鑑定書の証拠能力は否定すべきものではないとする。しかし、私はそのようには考えない。採尿に至るまでの経過に徴すると、本件警察官らの行為の違法性はまことに重大であつて、それによつて得られた証拠の証拠能力を肯定することは、このような違法な捜査を容認する結果になると思料する。 
 とくに、警察官らが被告人の明確な承諾なしにその住居に立ち入つた点は、重大である。警察官らは被告人の任意同行を求めるつもりで被告人宅に赴いたのであろうが、警察官らが赴いた午前九時半ころには、まだ被告人は就床中であつた。警察官らははじめは屋外から声をかけたが、これに対する応答がないまま住居に入り、被告人の寝室にまで立ち入つたのである。しかし、一応声はかけてあるのだから、応答がなくとも、私人の住居に立ち入つてよい、というものではない。居住者の明確な承諾を得ることなく、警察官が私人の住居に入り込むことは、許されない。これは憲法三五条の明白な違反である。いかに捜査の必要があるといつても、警察官としてはそのような行動をとるべきでなく、被告人に任意同行を求めるのであるならば、それに相応した慎重な行動がなされるべきである。本件における警察官らの行動は、令状なしに私人の住居へ入るという重大な違法性を帯びているものである。しかも、その後の警察署への同行は任意同行といいえないものであること、及び警察署への留め置きが違法であることは、前述のとおりである。このような状況においてなされた採尿は、それだけを切り離して評価すべきものではなく、被告人宅への立ち入り以降の一連の手続とともに全体として評価すべきものである。そして、全体として評価するとき、これらの手続には令状主義の精神を没却するような重大な違法があるといわざるを得ず、右の鑑定書を証拠として許容することは、違法な捜査の抑制の見地から相当でなく、その証拠能力は否定されるべきである。 
 よつて、本件上告は、職権で破棄すべき理由はないので、棄却すべきである。 
 検察官押谷靱雄 公判出席 
 (裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 大橋進 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一) 
+判例(H15.2.14)
理由 
 検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。 
 しかしながら、所論にかんがみ、職権をもって調査すると、以下のとおり、原判決のうち、覚せい剤使用に関する部分は是認することができるが、覚せい剤所持及び窃盗に関する部分は破棄を免れない。 
 1 原判決の認定及び記録によれば、本件捜査及びその後の経過は、次のとおりである。 
 (1) 被告人に対しては、かねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕状」という。)が発付されていたところ、平成10年5月1日朝、滋賀県大津警察署の警部補A外2名の警察官は、被告人の動向を視察し、その身柄を確保するため、本件逮捕状を携行しないで同署から警察車両で三重県上野市内の被告人方に赴いた。 
 (2) 上記警察官3名は、被告人方前で被告人を発見して、任意同行に応ずるよう説得したところ、被告人は、警察官に逮捕状を見せるよう要求して任意同行に応じず、突然逃走して、隣家の敷地内に逃げ込んだ。 
 (3) 被告人は、その後、隣家の敷地を出て来たところを上記警察官3名に追いかけられて、更に逃走したが、同日午前8時25分ころ、被告人方付近の路上(以下「本件現場」という。)で上記警察官3名に制圧され、片手錠を掛けられて捕縛用のロープを身体に巻かれ、逮捕された。 
 (4) 被告人は、被告人方付近の物干し台のポールにしがみついて抵抗したものの、上記警察官3名にポールから引き離されるなどして警察車両まで連れて来られ、同車両で大津警察署に連行され、同日午前11時ころ同署に到着した後、間もなく警察官から本件逮捕状を呈示された。 
 (5) 本件逮捕状には、同日午前8時25分ころ、本件現場において本件逮捕状を呈示して被告人を逮捕した旨のA警察官作成名義の記載があり、さらに、同警察官は、同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書を作成した。 
 (6) 被告人は、同日午後7時10分ころ、大津警察署内で任意の採尿に応じたが、その際、被告人に対し強制が加えられることはなかった。被告人の尿について滋賀県警察本部刑事部科学捜査研究所研究員が鑑定したところ、覚せい剤成分が検出された。 
 (7) 同月6日、大津簡易裁判所裁判官から、被告人に対する覚せい剤取締法違反被疑事件について被告人方を捜索すべき場所とする捜索差押許可状が発付され、既に発付されていた被告人に対する窃盗被疑事件についての捜索差押許可状と併せて同日執行され、被告人方の捜索が行われた結果、被告人方からビニール袋入り覚せい剤1袋(以下「本件覚せい剤」という。)が発見されて差し押さえられた。 
 (8) 被告人は、同年6月11日、「法定の除外事由がないのに、平成10年4月中旬ころから同年5月1日までの間、三重県下若しくはその周辺において、覚せい剤若干量を自己の身体に摂取して、使用した」との事実(公訴事実第1)、及び「同年5月6日、同県上野市内の被告人方において、覚せい剤約0.423gをみだりに所持した」との事実(公訴事実第2)により起訴され、同年10月15日、本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。 
 (9) 上記被告事件の公判において、本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争われ、被告人側から、逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張がされたのに対し、前記3名の警察官は、証人として、本件逮捕状を本件現場で被告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の証言をした。原審は、上記証言を信用せず、警察官は本件逮捕状を本件現場に携行していなかったし、逮捕時に本件逮捕状が呈示されなかったと認定している(この原判決の認定に、採証法則違反の違法は認められない。)。 
 2 以上の事実を前提として、原審が違法収集証拠に当たるとして証拠から排除した被告人の尿に関する鑑定書、これを疎明資料として発付された捜索差押許可状により押収された本件覚せい剤、本件覚せい剤に関する鑑定書について、その証拠能力を検討する。 
 (1) 【要旨1】本件逮捕には、逮捕時に逮捕状の呈示がなく、逮捕状の緊急執行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていないことは、本件の経過から明らかである。)という手続的な違法があるが、それにとどまらず、警察官は、その手続的な違法を糊塗するため、前記のとおり、逮捕状へ虚偽事項を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、更には、公判廷において事実と反する証言をしているのであって、本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして、このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから、その証拠能力を否定すべきである(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。 
 (2) 前記のとおり、本件採尿は、本件逮捕の当日にされたものであり、その尿は、上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接な関連を有する証拠であるというべきである。また、その鑑定書も、同様な評価を与えられるべきものである。 
 したがって、原判決の判断は、上記鑑定書の証拠能力を否定した点に関する限り、相当である。 
 (3) 次に、【要旨2】本件覚せい剤は、被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし、被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた捜索により発見されて差し押さえられたものであるが、上記捜索差押許可状は上記(2)の鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから、証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠というべきである。 
 しかし、本件覚せい剤の差押えは、司法審査を経て発付された捜索差押許可状によってされたものであること、逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど、本件の諸事情にかんがみると、本件覚せい剤の差押えと上記(2)の鑑定書との関連性は密接なものではないというべきである。したがって、本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書については、その収集手続に重大な違法があるとまではいえず、その他、これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力を否定することはできない。 
 そうすると、原判決は、上記の点において判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがあり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。 
 (4) なお、原判決が維持した第1審判決は、被告人の尿に関する鑑定書、本件覚せい剤、これに関する鑑定書をいずれも違法収集証拠として排除した結果、本件公訴事実中、覚せい剤使用及び所持の点については、犯罪の証明がないとして、いずれも無罪とし、窃盗の点についてのみ有罪として、懲役1年6月の刑を科したものであるところ、前記のとおり、覚せい剤使用の事実については第1審判決の無罪の判断を維持すべきであるが、覚せい剤所持の事実については、第1審判決の無罪の判断は破棄を免れず、覚せい剤所持の事実が認められれば、その罪と窃盗の罪とは刑法45条前段の併合罪となり得るので、上記の両事実に関する部分を破棄し、更に審理を尽くさせる必要がある。 
 よって、原判決及び第1審判決中、覚せい剤所持及び窃盗に関する部分については、刑訴法411条1号によりこれを破棄し、同法413条本文により、更に審理を尽くさせるため、上記破棄部分を大津地方裁判所に差し戻し、原判決中、その余の部分については、検察官の上告は理由がないことに帰するので、同法414条、396条により、これを棄却することとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 検察官山田弘司 公判出席 
 (裁判長裁判官 梶谷玄 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 滝井繁男) 
++解説
《解  説》
 一 本件は、覚せい剤の自己使用及び所持の事案について、違法収集証拠の証拠能力が争われた事案である。本件の捜査及びその後の経過は、本判決中にも要約されているが、おおむね以下のとおりである。
 1 被告人にはかねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕状」という。)が発付されていたところ、滋賀県大津警察署の警察官三名は、平成一〇年五月一日朝、本件逮捕状を携行しないで三重県上野市内の被告人方に赴いた。
 2 警察官三名は、被告人方前で被告人を発見して、任意同行に応ずるよう説得したが、被告人は、これに応じず、隣家の敷地内に逃げ込んだ。
 3 被告人は、隣家の敷地を出て来たところを警察官三名に追いかけられて、同日午前八時二五分ころ、被告人方付近の路上で警察官三名に制圧され、片手錠を掛けられて捕縛用のロープを身体に巻かれ、逮捕された。
 4 被告人は、抵抗したものの、警察車両に乗せられて、大津警察署に連行され、同日午前一一時ころ同署に到着した後、間もなくA警察官から本件逮捕状を呈示された。
 5 本件逮捕状には、同日午前八時二五分ころ、上記3の路上において本件逮捕状を呈示して被告人を逮捕した旨の記載があり、さらに、同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書も作成された。
 6 被告人は、同日午後七時一〇分ころ、同署内で尿の任意提出に応じ、鑑定の結果、被告人の尿から覚せい剤成分が検出された。
 7 同月六日、被告人に対する覚せい剤使用事件について被告人方を捜索場所とする捜索差押許可状が発付され、同日被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて、捜索が行われた結果、本件覚せい剤が発見されて差し押さえられた。
 8 被告人は、同年六月一一日、覚せい剤の自己使用の事実及び上記捜索差押場所における覚せい剤所持の事実により起訴され、さらに、本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。
 9 上記被告事件の公判において、本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争われ、被告人側から、逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張がされたのに対し、三名の警察官は、証人として、本件逮捕状を本件現場で被告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の事実と反する証言をした。
 二1 第一審の大津地裁は、上記一とほぼ同様の事実を認定した上、窃盗の事実については、被告人を有罪と認めたものの、覚せい剤使用及び所持の各事実については、窃盗の事実による被告人の逮捕手続には、逮捕状を呈示していないという違法があり、しかも、警察官が逮捕状の緊急執行の手続を知りながら、これを採らないで、一致して逮捕状を呈示したと不自然な証言をしていることを考慮すると、上記逮捕手続を利用して収集された被告人の尿の鑑定書及び本件覚せい剤等の証拠の収集手続には、令状主義の精神を没却する違法があるなどとして、その証拠能力を否定し、被告人に無罪を言い渡した。
 2 検察官が控訴したところ、原審の大阪高裁は、第一審と同様、被告人には本件逮捕状が呈示されなかったと認定した上、上記鑑定書等の証拠能力についても、これを否定した第一審の判断を支持して、検察官の控訴を棄却した。
 三1 検察官の上告趣意は、原判決が違法収集証拠の排除法則に関する最高裁判例と相反する判断をしたという判例違反の主張、単なる法令違反の主張(逮捕状呈示の有無に関する原判決の認定を経験則違反と論難するもの)である。
 2 本判決は、検察官の上告趣意が適法な上告理由に当たらないとした上、違法収集証拠の証拠能力を否定した原判決のうち、覚せい剤使用に関する部分は是認できるが、覚せい剤所持に関する部分は是認できないとして、覚せい剤使用に関する部分は、上告を棄却したが、覚せい剤所持に関する部分は、窃盗に関する部分と併せて、第一審判決の当該部分とともに破棄し、更に審理を尽くさせるため、第一審に差し戻した。
 3 本判決の覚せい剤使用に関する判断の要旨は、「本件逮捕には、逮捕時に逮捕状の呈示がなく、逮捕状の緊急執行もされていないという手続的な違法があるが、それにとどまらず、警察官は、その手続的な違法を糊塗するため、逮捕状へ虚偽事項を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、更には、公判廷において事実と反する証言をしているのであって、本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして、このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから、その証拠能力を否定すべきである。本件採尿は、本件逮捕の当日にされたものであり、その尿は、上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接に関連を有する証拠であるというべきである。また、その鑑定書も、同様な評価を与えられるべきものである。」というものである。
 次に、本判決の覚せい剤所持に関する判断の要旨は、「本件覚せい剤は、被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし、被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた捜索により発見されて差し押さえられたものであるが、上記捜索差押許可状は上記鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから、証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠というべきである。しかし、本件覚せい剤の差押えは、司法審査を経て発付された捜索差押許可状によってされたものであること、逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど、本件の諸事情にかんがみると、本件覚せい剤の差押えと上記尿の鑑定書との関連性は密接なものではないというべきである。したがって、本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書については、その収集手続に重大な違法があるとまではいえず、その他、これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力を否定することはできない。」というものである。
 四1 周知のように、違法収集証拠の証拠能力について、最一小判昭53・9・7刑集三二巻六号一六七二頁、本誌三六九号一二五頁は、証拠収集手続の違法が令状主義の精神を没却するような重大なものであって、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないと認められる場合に、その証拠能力を否定すべきであるという判断を示し、これがリーディングケースとなっており、その後の最高裁判例は、すべてこの最一小判の一般論を踏襲し、下級審においても、この判断方法が定着している。下級審においては、この最一小判の後、違法収集証拠の証拠能力を否定し、高裁段階で確定したものも少なくないが(下級審判例を概観したものとして、石井一正・刑事実務証拠法〔第二版〕九一頁以下参照)、最高裁判例には、これまでこの判例理論を適用して違法収集証拠の証拠能力を否定したものはなかった(最二小判昭61・4・25刑集四〇巻三号二一五頁、本誌六〇〇号七八頁、最二小決昭63・9・16刑集四二巻七号一〇五一頁、本誌六八〇号一二一頁、最三小決平6・9・16刑集四八巻六号四二〇頁、本誌八六二号二六七頁、最三小決平7・5・30刑集四九巻五号七〇三頁、本誌八八四号一三〇頁等)。
 2 本件においては、警察官が被疑者を逮捕するのに逮捕状を呈示しなかったという違法があるが、逮捕状自体は発付されていたため、警察官としては、逮捕状の緊急執行の手続を採ることができたのであって、本件は、見方によっては、警察官が法の執行方法の選択を誤ったにすぎず、重大な違法には当たらないともいえそうな事案である(前記最二小決昭63・9・16、原田國男・昭63最判解三三四頁参照)。しかし、本件において、警察官は、逮捕状の緊急執行の手続を採らなかったばかりか、逮捕状を呈示して被告人を逮捕した旨本件逮捕状に虚偽の記入をした上、逮捕当日にこれと同旨の内容虚偽の捜査報告書を作成したほか、公判廷においても、三名が揃って、同趣旨の事実と反する証言をしており、逮捕手続の違法を糊塗する態度に終始している。本判決は、本件逮捕手続自体の違法性と並んで、このような警察官の態度を重視した結果、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大な違法があり、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないという判断に達したものである。
 3 本判決が公判廷における警察官の証言態度に言及している点については、違法逮捕に続く逮捕状への虚偽記入等といった一連の手続における警察官の令状主義の精神を没却する態度を推認させ、これを強める事情であって、従来の最高裁判例と同様に、違法の重大性の枠内で判断したものとみることができよう(石井・前掲一一〇頁は、捜査官の悪意等の事情は、「違法の重大性」の判断の一要素として扱うのが妥当であるとする。)。もっとも、上記の点に関する本判決の判断は、「違法の重大性」に関するものというよりは、将来における違法捜査抑制の見地からの「排除相当性」に関するものとみる見方もあり得よう。本件は、逮捕状の緊急執行の手続を採っていれば手続の適法性に何ら問題のない事案であり、警察官が公判廷において事実をありのままに証言していれば、証拠排除の結論には至らなかったという可能性も考えられるところであって、上記の第二の見方に立った場合、本判決は、「排除相当性」をかなり重視しているとみる余地もあろう。このように、本判決は、違法収集証拠の証拠能力に関する従来の最高裁判例の理論的枠組みに沿ったものとみることができるが、専ら「違法の重大性」の枠内で判断してきた従来の判例理論から一歩踏み出したものとみる余地もあり、今後の判例理論の展開が注目されるところである。
 4 なお、従前の最高裁判例(前記最二小判昭61・4・25等)は、先行手続の違法性が後行の証拠収集手続に及ぼす影響について、かなり厳格に解し、利用関係の直接性がある場合に限って後行の証拠収集手続を違法と判断する傾向にあったと思われる。本件において、被告人からの採尿手続は、その身柄拘束状態を利用して行われているという点で、違法な逮捕手続の利用関係が認められるが、本件逮捕は、窃盗を被疑事実とするものであって、覚せい剤使用の嫌疑に基づく採尿手続とは一応別個の捜査目的に向けられたものといえるから、利用関係の直接性は乏しいとみる余地もあろう。この点について、本判決は、従前の判例のような厳格な立場には立っていないと考えられる。
 五1 次に、本判決の本件覚せい剤の証拠能力に関する判断部分は、違法収集証拠から派生した証拠の証拠能力を検討したもので、いわゆる「毒樹の果実」の理論の適用が問題となる一場面ということができる。この問題については、かつては、学説上、証拠能力のない違法収集証拠から派生した証拠はすべて証拠能力がないとする見解(光藤景皎・刑事訴訟行為論三二九頁以下等)が有力であったが、近時は、派生証拠と違法手続との関連性、派生証拠の重要性等を総合的に考慮して、証拠能力の有無を判断するという立場が、下級審判例(大阪高判平4・1・30高刑集四五巻一号一頁等)、学説(髙木俊夫=大渕敏和・司法研究報告書三九輯一号二二七頁、高橋省吾「違法排除法則―裁判の立場から」刑事手続〔旧版〕(下)六一四頁、松尾浩也編・刑事訴訟法Ⅱ二八一頁〔島田仁郎執筆〕、田宮裕・刑事訴訟法〔新版〕四〇六頁、三好幹夫「違法排除法則―裁判の立場から」新刑事手続Ⅲ三四一頁等)において有力となっている。最高裁においては、そもそも違法収集証拠の証拠能力が否定される場面がなかったので、この派生証拠の証拠能力が直接問題となることはなかったが、最三小判昭58・7・12刑集三七巻六号七九一頁(違法な別件逮捕中の自白を資料として発付された勾留状による勾留中の被疑者に対する勾留質問調書等の証拠能力が争われた事案について、勾留質問が捜査官とは別個独立の機関である裁判官によって行われることなどを理由として、その証拠能力を肯定した。)の伊藤裁判官の補足意見においては、近時の有力説と同旨の見解が述べられていた。
 2 本判決は、本件覚せい剤が司法審査を経て発付された令状に基づいて押収されたものであること、本件捜索差押許可状の執行が別件の捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなどを考慮し、このような事情の下では、証拠能力のない尿の鑑定書との関連性が密接なものとはいえないなどとして、本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書の証拠能力を肯定した。このように、本判決は、違法な第一次証拠の証拠能力と派生証拠の証拠能力を一体視する第一、二審判決のような立場を採用せず、前記の下級審判例や多数説の立場と同様に、関連性等の要素を総合的に考慮して、証拠能力の有無を判断するという立場を採ったものと考えられる。
 3 本判決は、このような派生証拠の証拠能力について、第一次証拠と派生証拠との関連性を重視していると考えられるが、本件覚せい剤の差押えは、司法審査を経て発付された令状によってされたものであるという点に特色があり、本判決は、この点を重視していると考えられる。
 派生証拠の収集が司法審査を経て発付された令状によって行われた場合には、(ア)令状の発付によっても派生証拠の収集手続の違法性が影響を受けることはなく、第一次証拠の違法性が承継されるとする見解、(イ)令状の発付により派生証拠の収集手続の違法性が遮断されるとする見解、(ウ)令状の発付により派生証拠の違法性が希釈され、関連性が弱められるという見解があるところである。このうち、(ア)の見解は、適正手続を担保するという違法収集証拠の排除法則の理由は、捜査段階においても妥当することなどを根拠とするものであり(田宮裕編・刑事訴訟法Ⅰ二二三頁〔田宮裕執筆〕、大阪高判昭55・3・25判時一〇九二号一三〇頁、旭川地決昭59・8・27判時一一七一号一四八頁)、(イ)の見解は、簡易、迅速な判断が要求される令状審査の段階にあっては、違法収集証拠の排除法則は適用されず、令状審査に当たって用いられた疎明資料の中に将来公判段階で違法収集証拠として証拠能力が排除されるべきものが含まれていても、このことによって令状発付が違法性を帯びることはないとする(河村博・捜査研究三五巻七号六一頁、東京地判昭62・3・24判時一二三三号一五五頁)。もっとも、(イ)の見解が、およそ捜査手続の違法性を考慮すべきでないという趣旨であるかは、なお検討の余地があろう(津村政孝・ジュリ九一〇号〔昭62重判解〕一八〇頁参照)。本判決は、この問題に直接触れる判示をしてはいないが、(ア)の見解に立つものではなく、(イ)又は(ウ)のいずれかの見解を前提とするものであって、前記最三小判昭58・7・12の法廷意見と同様の考え方によるものと考えられる。
 4 次に、本判決は、本件覚せい剤の差押えが逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることを挙げているが、この点は、アメリカ連邦最高裁がウィリアム事件(Nixv.Williams,104S.Ct.2501(1984)。同判決の評釈として、関哲夫「弁護権を侵害して得られた物的証拠と不可避的発見の理論」鈴木義男編・アメリカ刑事判例研究第三巻五六頁参照。)等において採用した「不可避的発見の法理」と関連するものとみることもできよう。すなわち、本件覚せい剤は、覚せい剤使用事件の捜査によって発見された証拠としては、違法性を帯びるとしても、別件の窃盗事件についての捜索差押許可状に基づく捜索のみが行われたとしても、その過程で発見された可能性が高く、立会人からの任意提出等により、適法に押収された可能性も認められるところである。
 アメリカでは、絶対的排除法則が採られており、「毒樹の果実」の理論に対する例外法理として、「不可避的発見の法理」等が重要な役割を帯びているが、わが国においては、証拠収集手続に違法があっても直ちには証拠排除には至らないという相対的排除法則が採用されているので、「不可避的発見の法理」がそのまま妥当すると解する必要はなく、この法理が働くような場合には、違法行為と証拠収集との関連性あるいは因果関係が欠けると考えれば足りるであろう(石井「違法収集証拠排除の基準―最判昭53・9・7以降の判例を中心として―」本誌五七七号一五頁)。この点に関する本判決の立場は、必ずしも明らかではないが、上記の見解に近いものとみることもできよう。
 六 本判決は、違法収集証拠の証拠能力に関する判例理論を適用して、最高裁として初めて証拠能力否定の判断を示したものであり、また、派生証拠の証拠能力についても新たな判断を示したものである。本判決は、事例判断を示したものにとどまるが、理論的に極めて興味深いものを含んでおり、今後の捜査や下級審の実務に与える影響も大きいと予想され、違法収集証拠の証拠能力に関しては、最一小判昭53・9・7と並んで重要な先例と位置づけられるものと思われる。
2.その他の違法承継場面について
(1)採尿手続の適法性
(2)交流手続の適法性


刑事訴訟法 捜査法演習 第1講 自動車検問、職務質問・所持品検査その1


第1 自動車検問の適法性
1.自動車検問の意義・種類
自動車検問
=犯罪の予防、検挙のため、警察官が走行中の自動車を停止させて、自動車の見分、運転者又は同乗者に対し必要な質問を行うこと!

2.自動車検問の問題性
(1)自動車検問の法的根拠
・不審検問
警察官職務執行法
+(質問)
第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
2  その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。
3  前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。
4  警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

+第百九十七条  捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない
○2  捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
○3  検察官、検察事務官又は司法警察員は、差押え又は記録命令付差押えをするため必要があるときは、電気通信を行うための設備を他人の通信の用に供する事業を営む者又は自己の業務のために不特定若しくは多数の者の通信を媒介することのできる電気通信を行うための設備を設置している者に対し、その業務上記録している電気通信の送信元、送信先、通信日時その他の通信履歴の電磁的記録のうち必要なものを特定し、三十日を超えない期間を定めて、これを消去しないよう、書面で求めることができる。この場合において、当該電磁的記録について差押え又は記録命令付差押えをする必要がないと認めるに至つたときは、当該求めを取り消さなければならない。
○4  前項の規定により消去しないよう求める期間については、特に必要があるときは、三十日を超えない範囲内で延長することができる。ただし、消去しないよう求める期間は、通じて六十日を超えることができない。
○5  第二項又は第三項の規定による求めを行う場合において、必要があるときは、みだりにこれらに関する事項を漏らさないよう求めることができる。

警戒検問
+判例(東京高判S57.4.21)

交通検問
+判例(東京高判S48.4.23)
理由
本件控訴の趣意は、弁護人奥毅の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点について。
論旨は要するに、原判示第二の公務執行妨害の事実について、同判示の道路において交通事犯(飲酒運転)取締りに従事していたA巡査らがなした被告人運転の普通乗用自動車(以下、被告車という。)に対する自動車検問ないし職務質問は、その前提要件を欠く違法なものであるのにかかわらず、同巡査らは進行中の被告車を強制的に停車させようとし、引続きA巡査は強制的手段によつて職務質問をなし、自動車の停止および自動車からの下車を要求したものであつて、A巡査が被告人に自動車の停止および下車を求める行為も違法たるを免れず、仮りにA巡査らがなした自動車検問が職務質問の前提要件をみたし、正当なものと認められるとしても、その後にとつたA巡査の行為は、明らかに被告人の意思を無視した強制的手段を用いた違法なものであつて、到底適法な職務行為とは認めることができないから、公務執行妨害罪は成立しないものというべく、従つてA巡査の右のような違法な職務行為を適法なものとした原判決は法令の適用を誤つたものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
しかし原判決の挙示した証拠を総合すれば、所論のA巡査らがなした被告車に対する自動車検問などの適法性の点を含め、原判示第二の公務執行妨害の事実を肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果を参酌しても、右認定を左右するに足るものはない。すなわち、右各証拠によれば、警視庁小岩警察署勤務のB巡査部長、前記A巡査およびC巡査の三名は本件犯行当日である昭和四七年八月一七日午後一一時二〇分ころから原判示道路付近で、酒酔い運転および無免許運転を主とする交通取締を実施し、右道路付近にある交通整理の行なわれていない交差点を徐行しないで進行する車両とか前照灯をつけていない車両または蛇行運転する車両などのいわゆる不審車両について停止を求めるなどして自動車検問をなし、職務質問をしていたこと、右取締の場所は、D小岩駅前の繁華街に通ずる道路で酒酔い運転の多いところであるため、それまでにも何回となく取締を実施していたこと、被告人は当夜右小岩駅南口のキヤバレーなどでビール大瓶一本、中瓶二本位を飲んで午後一一時四〇分ころ被告車を運転し、原判示道路を小岩駅前方向からE街道方向へ時速約三〇キロメートルないし四〇キロメートルで進行してきて、前記交通整理の行なわれていない交差点を全然徐行することなく通過したので、被告車の右のような走行状況を目撃した右B巡査部長らは、被告人が酒酔い運転をしているのではないかと判断して、被告人に対し赤色の懐中電灯を振り、または警笛を吹いて被告車の停止を求める合図をしたが、被告人は右警察官らの合図を認めるや、酒気帯び運転の発覚を怖れ、逃げようとして加速し、そのまま、検問実施中の右警察官らの前を通過したこと、前記三名の警察官はバイクまたは自転車で被告車を追跡し、被告車が同所からE街道方向へ約二〇〇メートル進行した際、付近にあつた交通整理の行なわれている交差点の手前で赤色の停止信号に従い停車したので、バイクに乗つて被告車を追跡してきて間もなく同車に追い付いたB巡査部長が、先ず被告車の運転席のところへ赴き、被告人の開けた運転席の窓側に寄り、被告人に対し、「何故逃げたのか。」と質問したが、その際被告人には酒の臭いがし、顔面が赤くみえたのだ、更に同巡査部長が「酒を飲んでいるな。」と聞いたところ、被告人は返事をしなかつたこと、そのころ自転車に乗つて被告車を追跡してきて右現場に到着したA巡査が被告車の前面へ自転車を停めようとしたところ、被告人が更に発進しようとしたため、被告車がA巡査の自転車に接触し、同巡査がよろけたので、B巡査部長は被告人に被告車のエンジンを止めて降車するように指示したが、被告人が降車しないため、同巡査部長は危険を感じて被告車のエンジンを停めようとしてそのドアを開けて右手を入れ、キーをひねつたところ、被告人が同巡査部長の右腕の肘を一回殴打したこと、更に被告人の側へ寄つたA巡査も被告人に酒の臭いがしたところから、酒酔い運転の疑いが濃厚であると判断し、同人に対し、「酒を飲んでいるな、何故逃げるんだ。」と質問し、酒気の検知をする必要もあると認めて再三にわたつて降車を求めたが、被告人はこれを聞きいれないのみならず、急に被告車のエンジンを入れギアに手をかけて発進しようとしたので、同巡査はこれを阻止すべく、そのエンジンを切ろうとして、被告車のドアから右手を差し入れたところ、被告人は同巡査の右腕の肘の下辺を約三回殴打し、右襟首をつかんで前後にゆさぶり、更に被告車のハンドルの中に入つた同巡査の右手をハンドルに押さえつけたまま被告車を後退させて約一〇メートル同巡査を引きずるなどの暴行を加えたこと、その際被告人から押さえられていた同巡査の手が離れたので、同巡査が被告人の肩か頸部をつかんで外へ引出し、被告人を降車させたことがいずれも認められる。被告人の原審、当時各公判供述のうち右認定に反する部分はにわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上のような事実関係によれば、前記A巡査らの被告人に対する自動車検問ないし職務質問は、道路交通法第六七条第一項ないし警察官職務執行法(以下、警職法と略称する。)第二条第一項に照らし適法な職務行為であることは明らかであり、従つて、右A巡査が、同巡査らの停車の合図に従わずにかえつて加速して検問場所を通過して逃げようとした被告車を追跡してこれに追い付き、被告人の酒酔い運転について取調べる必要を認め、同人に対して降車を求め、更に、発進しようとした被告車のエンジンを切るため手を同自動車内に差し入れたこともまた、前記自動車検問ないし職務質問に関連する適法な職務行為として是認することができる。そしてそうである以上、被告人の同巡査に対する前記のような暴行は公務執行妨害に該当することは明白といわねばならない。
ところで所論は、自動車検問ないし職務質問が是認されるためには警職法第二条第一項の要件がそのままみたされねばならないと解すべきところ、被告車が徐行しなかつたとされる本件交差点の客観的状況、その時刻が深夜であることなどに照らせば、A巡査らにおいて被告人が飲酒運転等道路交通法に違反していると認知するについて合理的根拠となりうる徴表はなんら存しないし、被告人は徐行義務を免除されると考えるのが相当であり、また仮りに被告人が徐行義務を免除されないとしても、右のような客観的諸状況のもとにおいては、いわゆる信頼の原則などから徐行の程度は緩和されるものと考えるのが相当であるから、A巡査らが被告車を停車させようとしたことは、自動車検問ないし職務質問の前提条件を欠く違法な職務行為であり、従つて被告人が右検問を通過してもなんら責めらるべきいわれはないと主張する。
しかし前記道路交通法第六七条第一項によれば、警察官は、自動車運転者が酒気帯び運転をしていると認めるときは、当該自動車を停止させる権限を有することは明らかであり、また前記警職法第二条第一項は警察官に対し、一定の要件のもとに、自動車運転者に対する検問ないし職務質問の権限を与えているものと解すべきであり、警察官が職務質問の要件の存否を確認するため、自動車運転者に停車を求め、場合によつては停車を指示する権限をも合わせて与えたものというべく、もとよりそれは、すべての自動車に対し無制限にその停車を求める権限があるとは考えられないとしても、個々の自動車について検問の合理的必要性があり、かつその方法が適切であつて、自動車運転者に対する自由の制限が最小限度に止められる場合においては、職務質問の前提として自動車の停止を求め、場合によつては停車を指示することも許容されるものということができる。
そこで本件につきこれをみるのに、前認定のように取締の場所は往々飲酒運転の行なわれる道路であるのみならず、被告人は前記交差点を徐行義務を尽さないで通過しており(この点について、被告車が時速約三〇キロメートルないし四〇キロメートルで進行していたことは前認定のとおりであつて、所論のように本件交差点の状況、当時交通量が特に少なかつたことなどの事情をもつて、被告人が徐行義務を免除されるものとはいえないし、また本件においては信頼の原則を適用する余地はないのであるから、所論のように徐行の程度が緩和されるものともいえず、更に右の速度が道路交通法第二条にいう徐行にあたらないことは論をまたないところであつて、時速三〇キロメートル程度の速度をもつて徐行義務に違反したとはいえないとする所論の採ることをえないことは当然である。)、しかも警察官の停車の合図を無視し検問を通過して逃げたものであるから、これらの場所的関係および被告人の運転状況から、A巡査らにおいて被告人が飲酒運転をしているのではないかとの疑念を抱くに至つたことは、合理的に判断してけだし当然というべく、従つて同巡査らが自らの疑念を確かめるため職務質問をすることは許さるべきであり、そのためには前記道路交通法第六七条第一項および警職法第二条第一項の各法意に従い、逃走する被告車を停止させて質問することができるものと解すべきであると同時に、またこれをなすことがその忠実な職務の遂行でもあるといいうるのである。してみれば、本件自動車検問ないし職務質問が前提条件を欠くことを根拠とする所論の失当なることは明らかである。
そして本件の自動車検問ないし職務質問が適法であると認むべきことは前説示のとおりであるから、右検問に引続くA巡査の被告車の停止および下車を求める行為も違法とはいえないし、この場合自動車の停止を求めるためにこれを追跡することは通常の手段方法であつて、これを停止させるために場合によつては多少の実力を加えることもまた正当な職務執行の範囲内の行為であるといいうべく、もとより職務質問にあたつては、任意になされることが要求されており、決して暴行にわたるような態度に出ることは許されないが、前認定のようにA巡査が被告人に酒の臭いがしたのを知覚して降車を求めたのに、被告人は下車しないのみならず、かえつて急に発進しようとしたのであるから、これを阻止しようとした同巡査の行為は、正当な職務行為として是認されるものというべきである。しかるに被告人は同巡査に対し前認定のような暴行を加えているのであるから、同巡査の以上の行為が違法であることを前提とし、公務執行妨害罪の成立を争う所論もまた失当といわねばならない。(なお所論引用の各下級審判決はいずれも本件とは事案を異にしており、本件については適切ではない。)
以上の次第であつて、本件についてA巡査のなした行為は、警察官としての適法な職務行為に該当することが明白であり、原判決が被告人の同巡査に対する原判示第二のような暴行の所為につき、公務執行妨害罪を認定したのは正当として是認すべきであつて、同所為につき、刑法第九五条第一項を適用処断した原判決にはなんら法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点について。
しかし記録によれば、本件は、被告人が酒気帯び運転をしたという事案と、前記のようにA巡査の職務の執行を妨害したという事案とであつて、右各犯行の罪質、動機、態度などにてらせば、その犯情は決して軽視を許されず、被告人は無免許運転(二回)、酒気帯び運転(一回)、業務上過失傷害等(一回)および傷害(二回)の各罪による罰金刑の前科が六犯あるのにかかわらず、更に本件酒気帯び運転の犯行に及び、加うるに交通取締の警察官に暴行を加え、同警察官の職務の執行を妨害したものであつて、その刑責は重く、当審における事実取調の結果を合わせ、所論指摘の被告人に有利な諸事情を参酌しても、原審の量刑はやむをえないものであると認められる。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
第11刑事部
(裁判長判事 石田一郎 判事 菅間英男 判事 柳原嘉藤)

(2)考え方

(3)判例の立場

警察法
+(警察の責務)
第二条  警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2  警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法 の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。

+判例(S55.9.22)
理由
被告人本人の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、原審において主張、判断を経ていないものであり、また、判例違反をいう点は、引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。原判決の是認する第一審判決の認定事実によると、本件自動車検問は、右に述べた範囲を越えない方法と態様によつて実施されており、これを適法であるとした原判断は正当である。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

(4)上記最高裁判例の射程
一斉警戒検問にも及ぶ。

3.判例の考え方の本事案へのあてはめ
必要性
相当性

第2 エンジンキーの抜き取り行為の適法性
1.問題の所在
2.職務質問のための停止行為の限界についての判例の基本的考え方
(1)任意処分と強制処分の区別等に関する51年判例の理論
+判例(S51.3.16)岐阜呼気検査事件
理由
弁護人大野悦男の上告趣意のうち、憲法三三条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張に過ぎず、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、所論にかんがみ職権により判断すると、原判決が公務執行妨害罪の成立を認めたのは、次の理由により、これを正当として支持することができる。
一 原判決が認定した公務執行妨害の事実は、公訴事実と同一であつて、「被告人は、昭和四八年八月三一日午前六時ころ、岐阜市美江寺町二丁目一五番地岐阜中警察署通信指令室において、岐阜県警察本部広域機動警察隊中濃方面隊勤務巡査A(当時三一年)、同B(当時三一年)の両名から、道路交通法違反の被疑者として取調べを受けていたところ、酒酔い運転についての呼気検査を求められた際、職務遂行中の右A巡査の左肩や制服の襟首を右手で掴んで引つ張り、左肩章を引きちぎつたうえ、右手拳で同巡査の顔面を一回殴打するなどの暴行を加え、もつて同巡査の職務の執行を妨害したものである。」というにある。

二 原判決が認定した事件の経過は、(一)被告人は、昭和四八年八月三一日午前四時一〇分ころ、岐阜市a町b丁目c番地先路上で、酒酔い運転のうえ、道路端に置かれたコンクリート製のごみ箱などに自車を衝突させる物損事故を起し、間もなくパトロールカーで事故現場に到着したA、Bの両巡査から、運転免許証の提示とアルコール保有量検査のための風船への呼気の吹き込みを求められたが、いずれも拒否したので、両巡査は、道路交通法違反の被疑者として取調べるために被告人をパトロールカーで岐阜中警察署へ任意同行し、午前四時三〇分ころ同署に到着した、(二)被告人は、当日午前一時ころから午前四時ころまでの間にビール大びん一本、日本酒五合ないし六合位を飲酒した後、軽四輪自動車を運転して帰宅の途中に事故を起したもので、その際顔は赤くて酒のにおいが強く、身体がふらつき、言葉も乱暴で、外見上酒に酔つていることがうかがわれた、(三)被告人は、両巡査から警察署内の通信指令室で取調べを受け、運転免許証の提示要求にはすぐに応じたが、呼気検査については、道路交通法の規定に基づくものであることを告げられたうえ再三説得されてもこれに応じず、午前五時三〇分ころ被告人の父が両巡査の要請で来署して説得したものの聞き入れず、かえつて反抗的態度に出たため、父は、説得をあきらめ、母が来れば警察の要求に従う旨の被告人の返答を得て、自宅に呼びにもどつた、(四)両巡査は、なおも説得をしながら、被告人の母の到着を待つていたが、午前六時ころになり、被告人からマツチを貸してほしいといわれて断わつたとき、被告人が「マツチを取つてくる。」といいながら急に椅子から立ち上がつて出入口の方へ小走りに行きがけたので、A巡査は、被告人が逃げ去るのではないかと思い、被告人の左斜め前に近寄り、「風船をやつてからでいいではないか。」といつて両手で被告人の左手首を掴んだところ、被告人は、すぐさま同巡査の両手を振り払い、その左肩や制服の襟首を右手で掴んで引つ張り、左肩章を引きちぎつたうえ、右手拳で顔面を一回殴打し、同巡査は、その間、両手を前に出して止めようとしていたが、被告人がなおも暴れるので、これを制止しながら、B巡査と二人でこれを元の椅子に腰かけさせ、その直後公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕した、(五)被告人がA巡査の両手を振り払つた後に加えた一連の暴行は、同巡査から手首を掴まれたことに対する反撃というよりは、新たな攻撃というべきものであつた、(六)被告人が頑強に呼気検査を拒否したのは、過去二回にわたり同種事犯で取調べを受けた際の経験などから、時間を引き延して体内に残留するアルコール量の減少を図るためであつた、というのである。

三 第一審判決は、A巡査による右の制止行為は、任意捜査の限界を超え、実質上被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使であつて、違法であるから、公務執行妨害罪にいう公務にあたらないうえ、被告人にとつては急迫不正の侵害であるから、これに対し被告人が右の暴行を加えたことは、行動の自由を実現するためにしたやむをえないものというべきであり、正当防衛として暴行罪も成立しない、と判示した。原判決は、これを誤りとし、A巡査が被告人の左斜め前に立ち、両手でその左手首を掴んだ行為は、その程度もさほど強いものではなかつたから、本件による捜査の必要性、緊急性に照らすときは、呼気検査の拒否に対し翻意を促すための説得手段として客観的に相当と認められる実力行使というべきであり、また、その直後にA巡査がとつた行動は、被告人の粗暴な振舞を制止するためのものと認められるので、同巡査のこれらの行動は、被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使にあたるということはできず、かつ、被告人が同巡査の両手を振り払つた後に加えた暴行は、反撃ではなくて新たな攻撃と認めるべきであるから、被告人の暴行はすべてこれを正当防衛と評価することができない、と判示した。

四 原判決の事実認定のもとにおいて法律上問題となるのは、出入口の方へ向つた被告人の左斜め前に立ち、両手でその左手首を掴んだA巡査の行為が、任意捜査において許容されるものかどうか、である。
捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。
これを本件についてみると、A巡査の前記行為は、呼気検査に応じるよう被告人を説得するために行われたものであり、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたるものと判断することはできない。また、右の行為は、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被告人をその同意を得て警察署に任意同行して、被告人の父を呼び呼気検査に応じるよう説得をつづけるうちに、被告人の母が警察署に来ればこれに応じる旨を述べたのでその連絡を被告人の父に依頼して母の来署を待つていたところ、被告人が急に退室しようとしたため、さらに説得のためにとられた抑制の措置であつて、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて捜査活動として許容される範囲を超えた不相当な行為ということはできず、公務の適法性を否定することができない。したがつて、原判決が、右の行為を含めてA巡査の公務の適法性を肯定し、被告人につき公務執行妨害罪の成立を認めたのは、正当というべきである。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顯)

ア 任意処分と強制処分の区別の基準
「意思の制圧」
=抵抗不能状態下におく
イ 任意処分の適法性の基準
(2)職務質問のための停止に関する判例


刑事訴訟法 気になる判例 訴因変更の要否 実行行為者の択一的判示


+判例(H13.4.11)
理由
弁護人石田恒久、同石岡隆司の上告趣意のうち、憲法38条違反をいう点は、被告人の自白調書の任意性を肯定した原判断は相当であるから、前提を欠き、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権で判断する。
本件のうち殺人事件についてみると、その公訴事実は、当初、「被告人は、Aと共謀の上、昭和63年7月24日ころ、青森市大字合子沢所在の産業廃棄物最終処分場付近道路に停車中の普通乗用自動車内において、Bに対し、殺意をもってその頸部をベルト様のもので絞めつけ、そのころ窒息死させて殺害した」というものであったが、被告人がAとの共謀の存在と実行行為への関与を否定して、無罪を主張したことから、その点に関する証拠調べが実施されたところ、検察官が第1審係属中に訴因変更を請求したことにより、「被告人は、Aと共謀の上、前同日午後8時ころから午後9時30分ころまでの間、青森市安方2丁目所在の共済会館付近から前記最終処分場に至るまでの間の道路に停車中の普通乗用自動車内において、殺意をもって、被告人が、Bの頸部を絞めつけるなどし、同所付近で窒息死させて殺害した」旨の事実に変更された。この事実につき、第1審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Aと共謀の上、前同日午後8時ころから翌25日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でBを殺害した」旨の事実を認定し、罪となるべき事実としてその旨判示した。
まず、以上のような判示が殺人罪に関する罪となるべき事実の判示として十分であるかについて検討する。【要旨1】上記判示は、殺害の日時・場所・方法が概括的なものであるほか、実行行為者が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであるにとどまるが、その事件が被告人とAの2名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないものと解される。
次に、実行行為者につき第1審判決が訴因変更手続を経ずに訴因と異なる認定をしたことに違法はないかについて検討する。訴因と認定事実とを対比すると、前記のとおり、犯行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみであるそもそも、殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。とはいえ、【要旨2】実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。
そこで、本件について検討すると、記録によれば、次のことが認められる。第1審公判においては、当初から、被告人とAとの間で被害者を殺害する旨の共謀が事前に成立していたか、両名のうち殺害行為を行った者がだれかという点が主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。その間、被告人は、Aとの共謀も実行行為への関与も否定したが、Aは、被告人との共謀を認めて被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人とAの両名で実行行為を行った旨の被告人の捜査段階における自白調書も取り調べられた。弁護人は、Aの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Aの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。審理の結果、第1審裁判所は、被告人とAとの間で事前に共謀が成立していたと認め、その点では被告人の主張を排斥したものの、実行行為者については、被告人の主張を一部容れ、検察官の主張した被告人のみが実行行為者である旨を認定するに足りないとし、その結果、実行行為者がAのみである可能性を含む前記のような択一的認定をするにとどめた。【要旨3】以上によれば、第1審判決の認定は、被告人に不意打ちを与えるものとはいえず、かつ、訴因に比べて被告人にとってより不利益なものとはいえないから、実行行為者につき変更後の訴因で特定された者と異なる認定をするに当たって、更に訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない
したがって、罪となるべき事実の判示に理由不備の違法はなく、訴因変更を経ることなく実行行為者につき択一的認定をしたことに訴訟手続の法令違反はないとした原判決の判断は、いずれも正当である。
また、本件のうち死体遺棄事件及びC方放火事件において、実行行為者の認定が択一的であることなどについても、殺人事件の場合と同様に考えられる。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

++解説
《解  説》
一 本件は、被告人が、A、Bらと共謀し、Aの知人らの住居に火災保険を掛け、放火して火災保険金を騙取するなどしたほか、口封じのため、Aと共謀して、Bを殺害し、死体を遺棄したという事案である。被告人は、捜査段階では殺害事件への関与を認めたものの、その余の事件への関与を否定し、起訴された後はすべての事件への関与(共謀と実行行為)を争った。これに対し、Aは、被告人やBらと共謀して放火及び保険金詐欺を敢行し、口封じのためにBを殺害することを被告人と共謀し、被告人が殺害の実行行為を行った旨供述した。
一審判決は、放火・詐欺事件のうち一件は被告人の関与を認めるに足る証拠がないとして無罪としたものの、その余の放火・詐欺事件のほか、殺人・死体遺棄事件についても有罪と認定し、原判決も被告人の申し立てた控訴を棄却した(原判決は、仙台高判平11・3・4高刑五二巻一頁、本誌一〇一八号二七七頁)。
殺人事件の公訴事実は、当初、被告人が、Aと共謀の上、特定の年月日ころ、青森市内に停車中の自動車内において、Bの頚部をベルト様のもので絞めつけて殺害したというものであったが、被告人がAとの共謀も実行行為への関与も否定したことから、両名の間で共謀が成立していたか、殺害行為を行ったのはだれかということが主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。Aは、被告人との共謀を認め、被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人が捜査段階において供述した「両名で実行行為を行った」旨の自白調書も取り調べられた。弁護人は、Aの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Aの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。一審公判がかなり進んだ段階で、検察官が訴因変更を請求したことにより、公訴事実は、「被告人は、Aと共謀の上、同日夜、青森市内に停車中の自動車内において、被告人が、Bの頚部を絞めつけるなどして殺害した」という内容に変更された。一審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Aと共謀の上、同日夜から翌日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でBを殺害した」旨の事実を認定した。

二 本決定は、このような択一的認定の適否と、実行行為者が訴因において被告人と明示された場合において、訴因変更手続を経ることなくA又は被告人あるいはその両名であると択一的に認定したことの適否について判断を示している。

三 まず、択一的認定の適否に関し、本決定は、殺害の日時・場所・方法の判示が概括的なものである上、実行行為者の判示が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであっても、その事件が被告人とAの二名の共謀による犯行であるときには、殺人罪の罪となるべき事実の判示として不十分とはいえない旨判示している。一般的に、罪となるべき事実の判示の程度につき、最一小判昭24・2・10刑集三巻二号一五五頁は、「各本条の構成要件に該当すべき具体的事実を該構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的に明白にし、かくしてその各本条を適用する事実上の根拠を確認し得られるようにするを以て足る。」と判示している(具体例として、放火未遂の事案につき最三小判昭38・11・12刑集一七巻一一号二三六七頁、殺人未遂の事案につき最二小決昭58・5・6刑集三七巻四号三七五頁、本誌五〇〇号一三八頁)。
また、択一的認定については、一般的に、場合を分けて検討すべきものと考えられているが、択一的な関係にあるA事実とB事実が同一の構成要件の中にある場合については、概括的認定の一場面と考えられるから、構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的であれば、択一的認定が許されるものと解されている(戸倉三郎「いわゆる不特定的認定」新実例刑訴法Ⅲ一九一頁、大澤裕「刑事訴訟における択一的認定」法協一〇九巻六号一頁等)。共同正犯内部で実行行為者が確定できないという本件のような場合は、この部類に属するものと考えられる。共謀共同正犯の法理においては、共謀関与者の全部又は一部が犯罪を実行すれば、共謀関与者の間で刑事責任の成立に差異はなく、実行行為を担当した者も担当しなかった者も、いずれも共同正犯として処罰されることになるからである。したがって、実行行為者に関する択一的認定が許されるとした本決定に異論はないものと思われる。

四 次に、訴因において実行行為者が明示された場合に訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することが許されるかが問題となる。
訴因変更の要否については、訴因と認定との間のずれが、法律構成ではなく事実面において一定の限度を超える場合に、訴因変更を要するものと解されており(事実記載説)一定の限度を超えるか否かの判断は、基本的には、具体的な訴訟の経過を離れて、訴因と認定とを比較し、訴因変更を経ないことが抽象的・一般的に被告人の防御に不利益を来すか否かの観点から判定すべきものとされている(抽象的防御説)。もっとも、個々の事件における被告人の防御等の具体的な審理経過の考慮(具体的防御説)も補充的に必要となる旨、指摘されている(毛利晴光「訴因変更の要否」新実例刑訴法Ⅱ四七頁等)。共謀の態様に関して変動がある場合についても、このような考え方に従って訴因変更の要否が判断されることになり、共犯者の範囲や実行行為の範囲等が異なるようなときには、訴因変更が必要になる(なお、共謀の態様の変化と訴因変更の要否については、小林充「共謀と訴因」刑事公判の諸問題二七頁等)。本件においては、共犯者の範囲に変わりはなく、犯行の態様と結果にも実質的な差異がなく、実行行為者が共犯者のうちのだれかという点が異なるのみであったが、このような場合にどのように考えるべきかが問題となる。
本決定は、実行行為者がだれであるかは、一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから、訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものの、そもそも実行行為者を明示することは訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人に不意打ちを与えるものではなく、かつ、認定が訴因と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経なくても違法ではないとした
訴因の機能としては、審判対象の特定と被告人の防御の範囲の確定という二つの機能があるといわれているが、本決定は、その両機能を考慮した上、原則的な考え方と、例外的に許される場合について判示したものであり、訴因変更の要否を判断する際の基本的な判例といえよう
なお、原判決の評釈として、大澤裕・現代刑事法二巻八号六四頁、井上宏・研修六二六号二九頁がある。


刑事訴訟法 気になる判例 米子銀行強盗事件

+判例(S53.6.20)
理由
 弁護人川端和治、同弘中惇一郎の上告趣意第一の二の(一)について
 所論は憲法三一条、三九条、七三条六号但書、九八条一項違反をいうが、爆発物取締罰則が日本国憲法施行後の今日においてもなお法律としての効力を保有しているものであることは当裁判所の判例とするところであるから(昭和二三年(れ)第一一四〇号同二四年四月六日大法廷判決・刑集三巻四号四五六頁、昭和三二年(あ)第三〇九号同三四年七月三日第二小法廷判決・刑集一三巻七号一〇七五頁参照)、所論は理由がない。
 同第一の二の(二)の第一について
 所論は憲法三一条、三六条違反をいうが、爆発物取締罰則一条に定める刑が残虐な刑罰といえないのみならず(最高裁昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日大法廷判決・刑集二巻七号七七七頁参照)、同条所定の行為に対し所定のような法定刑を定めることは立法政策の問題であつて憲法適否の問題ではないから(最高裁昭和二三年(れ)第一〇三三号同年一二月一五日大法廷判決・刑集二巻一三号一七八三頁、昭和四六年(あ)第二一七九号同四七年三月九日第一小法廷判決・刑集二六巻二号一五一頁参照)、所論は理由がない。
 同第一の二の(二)の第二について
 所論は憲法一九条、三一条違反をいうが、爆発物取締罰則一条は、所定の目的で爆発物を使用した者を処罰するものであつて、その思想、信条のいかんを問うものではなく、また、同条にいう「治安ヲ妨ケ」るの概念は不明確なものではないから(前掲昭和四七年三月九日第一小法廷判決参照)、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
 同第一の二の(二)の第三について
 所論は憲法三一条、三九条違反をいうが、爆発物取締罰則の規定のうち所論指摘のものは原判決の是認する第一審判決が適用していないものであり、また、本件に適用される同罰則一条及び三条の規定につきこれを合憲であるとした原判決の判断は正当であつて、犯行後の法令の適用を許容した趣旨のものではないのであるから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

 同第二の二について
 所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、Aの明示の意思に反してボーリングバツグを開披したB巡査長の行為を職務質問附随行為として適法であるとした原判決の判断は、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項の解釈を誤り、ひいて憲法三五条一項に違反し、違法収集証拠を本件の証拠とした点において憲法三一条に違反する、というのである。
 一 原判決の認定した事実及び原判決の是認した第一審判決の認定した事実によれば、本件の経過は次のとおりである。(一)岡山県総社警察署巡査部長Cは、昭和四六年七月二三日午後二時過ぎ、同県警察本部指令室からの無線により、米子市内において猟銃とナイフを所持した四人組による銀行強盗事件が発生し、犯人は銀行から六〇〇万円余を強奪して逃走中であることを知つた、(二)同日午後一〇時三〇分ころ、二人の学生風の男が同県吉備郡a町b附近をうろついていたという情報がもたらされ、これを受けたC巡査部長は、同日午後一一時ころから、同署員のB勇巡査長ら四名を指揮して、総社市門田のD総社営業所前の国道三叉路において緊急配備につき検問を行つた、(三)翌二四日午前零時ころ、タクシーの運転手から、「伯備線広瀬駅附近で若い二人連れの男から乗車を求められたが乗せなかつた。 後続の白い車に乗つたかも知れない。」という通報があり、間もなく同日午前零時一〇分ころ、その方向から来た白い乗用車に運転者のほか手配人相のうちの二人に似た若い男が二人(被告人とA)乗つていたので、職務質問を始めたが、その乗用車の後部座席にアタツシユケースとボーリングバツグがあつた、(四)右運転者の供述から被告人とAとを前記広瀬駅附近で乗せ倉敷に向う途中であることがわかつたが、被告人とAとは職務質問に対し黙秘したので容疑を深めた警察官らは、前記営業所内の事務所を借り受け、両名を強く促して下車させ事務所内に連れて行き、住所、氏名を質問したが返答を拒まれたので、持つていたボーリングバツグとアタツシユケースの開披を求めたが、両名にこれを拒否され、その後三〇分くらい、警察官らは両名に対し繰り返し右バツグとケースの開披を要求し、両名はこれを拒み続けるという状況が続いた、(五)同日午前零時四五分ころ、容疑を一層深めた警察官らは、継続して質問を続ける必要があると判断し、被告人については三人くらいの警察官が取り囲み、Aについては数人の警察官が引張るようにして右事務所を連れ出し、警察用自動車に乗車させて総社警察署に同行したうえ、同署において、引き続いて、C巡査部長らが被告人を質問し、B巡査長らがAを質問したが、両名は依然として黙秘を続けた、(六)B巡査長は、右質問の過程で、Aに対してボーリングバツグとアタツシユケースを開けるよう何回も求めたが、Aがこれを拒み続けたので、同日午前一時四〇分ころ、Aの承諾のないまま、その場にあつたボーリングバツグのチヤツクを開けると大量の紙幣が無造作にはいつているのが見え、引き続いてアタツシユケースを開けようとしたが鍵の部分が開かず、ドライバーを差し込んで右部分をこじ開けると中に大量の紙幣がはいつており、被害銀行の帯封のしてある札束も見えた、(七)そこで、B巡査長はAを強盗被疑事件で緊急逮捕し、その場でボーリングバツク、アタツシユケース、帯封一枚、現金等を差し押えた、(八)C巡査部長は、大量の札束が発見されたことの連絡を受け、職務質問中の被告人を同じく強盗被疑事件で緊急逮捕した、というのである

 二 警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもないしかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。

 三 これを本件についてみると、所論のB巡査長の行為は、猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において、深夜に検問の現場を通りかかつたA及び被告人の両名が、右犯人としての濃厚な容疑が存在し、かつ、兇器を所持している疑いもあつたのに、警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから、これを警職法二条一項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である。
 よつて、所論違憲の主張は、前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

 同第二の三について
 所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、アタツシユケースをこじ開けた前示B巡査長の行為を警職法に違反するものと認めながら、アタツシユケース及び在中の帯封の証拠能力を認めた原翻決の判断は、上記憲法の規定に違反する、というのである。
 しかし、前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでにAを緊急逮捕することができるだけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、Aを逮捕する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず、これらを採証した第一審判決に違憲、違法はないとした原判決の判断は正当であつて、このことは当裁判所昭和三一年(あ)第二八六三号同三六年六月七日大法廷判決(刑集一五巻六号九一五頁)の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がない。その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 なお、Eから押収した証拠物に関する所論は、具体的な理由の記載を欠くので、不適法である。
 同第三について
 所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 同第四について
 所論は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 よつて、刑訴法四〇八条、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 天野武一 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顯 裁判官 環昌一)

刑事訴訟法 判例 捜索差押え その1


判例(H6.9.8)
弁護人若松芳也の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、京都府中立売警察署の警察は、被告人の内妻であったAに対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、平成三年一月二三日・右許可状に基づき右居室の捜索を実施したが、その際、同室に居た被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索したというのであって・右のような事実関係の下においては、前記捜索差押許可状に基づき被告人が携帯する右ボストンバッグについても捜索できるものと解するのが相当であるから、これと同旨に出た第一審判決を是認した原判決は正当である。

++解説
一 本件は、被告人が覚せい剤約三三〇・八五グラムを営利目的で所持したという事案において、右覚せい剤が違法収集証拠であるとしてその証拠能力が争われたものである。すなわち、右覚せい剤の発見押収の経過は、捜査官が、被告人の内妻に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、右許可状に基づき右居室の捜索を実施した際、同室にいた被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索し、本件覚せい剤を発見したことから、覚せい剤営利目的所持の被疑事実により被告人を現行犯逮捕するとともに、逮捕の現場における差押えとして右覚せい剤を差し押さえたというものであり、右捜索差押手続の適法性が争われたものである。
二 本決定は、本件場所に対する捜索差押許可状によってその場所に居住する被告人がその場で携帯するボストンバッグについて捜索できるかとの争点につき、これを肯定した一、二審判決を是認する旨の職権判断をした。
三 本件のような場合における捜索の適否に関する最高裁の判断はこれまでなく、下級裁の裁判例としては、場所に対する捜索差押許可状によってその場所で生活していた者がその場から持ち出そうとしたバッグにつき捜索したことを適法としたものがあり(京都地決昭48・12・11本誌三〇七号三〇五頁、判時七四三号一一七頁)、学説も、通常そこにいる人の所持する物については、「その場所にある物」として捜索差押えの対象になるとするもの(山本正樹・同志社法学二六巻四号七六頁)、捜索場所に居合わせた者の携帯する手提げ鞄等について、もともと捜索場所にあった物と認められるものであれば捜索の対象として差し支えないとするもの(田宮裕編著・刑事訴訟法Ⅰ三七六頁〔青木吉彦〕)など、肯定的見解が目につく。
なお、場所に対する捜索令状によって捜索場所に居合わせた者の身体の捜索が許されるかについては、多くの見解があるが、下級裁裁判例は、一定の条件の下でこれを肯定しており(東京高判平6・5・11本誌八六一号二九九頁等)、学説も同様の見解が有力である(島田仁郎・新版令状基本問題五七四頁)。
四 本決定の理由としては、① 捜索場所の居住者は、被疑事件又は被疑者となんらかの関係があって差押えの目的物を所持しているのではないかとの疑いを抱かせるものであるから、その者の所持品につき捜索する必要性は大きいこと、② 人が携帯するバッグ等の捜索は、例えば上着ポケット内の財布等身体に密着させて所持する物の捜索と異なり、これを携帯する人の身体の捜索を伴うものではなく、あくまで当該物の捜索にすぎないから、これを捜索することによる権利の侵害は身体の捜索の場合に比較して小さいといってよいこと、③ 捜索場所の居住者がその場でバッグ等を携帯している場合には、右バッグ等は未だ捜索場所から離脱したものではないと見ることが可能であり、これらを捜索場所にある物と同一視して捜索場所に含ませて考えても不合理と思われないことが挙げられよう。