民法 基本事例で考える民法演習2 31 制限種類債権と保存義務~債務不履行と瑕疵担保


1.小問1(1)について(基礎編)

+(履行の強制)
第四百十四条  債務者が任意に債務の履行をしないときは、債権者は、その強制履行を裁判所に請求することができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2  債務の性質が強制履行を許さない場合において、その債務が作為を目的とするときは、債権者は、債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。
3  不作為を目的とする債務については、債務者の費用で、債務者がした行為の結果を除去し、又は将来のため適当な処分をすることを裁判所に請求することができる。
4  前三項の規定は、損害賠償の請求を妨げない。

+(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

+(特定物の引渡しの場合の注意義務)
第四百条  債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。

+(受領遅滞)
第四百十三条  債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。

+(履行不能による解除権)
第五百四十三条  履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

+(売主の瑕疵担保責任)
第五百七十条  売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。

+判例(S36.12.15)
理由
上告代理人佐藤政治郎、同新津貞子の上告理由第一点について。
所論は債務不履行による契約解除の主張につき民訴法一八六条の違反があるという。しかし、昭和三五年一二月二三日附準備書面には、補修請求をしたが修理してくれないので解除は有効であるという主張が、瑕疵担保責任の主張とは別に、予備的になされており、これは、不完全履行を理由としてなされた解除の主張と認めることができるから、原判決には所論の違法はない。
同第二点について。
所論は、本件機械につきその引渡時において瑕疵がなかつたとし従つて上告人に債務不履行の責任がないと主張するが、原判決は、本件機械に隠れた瑕疵があつたことを認定しており、この認定は挙示の証拠により肯認しうるところ、所論は、ひつきよう、右認定を非難するに帰するものであつて、上告適法の理由とならない。
同第三点について。
所論の信義誠実則違反・権利濫用の主張は、原審に至るまで提出されず、結局原判決の確定しなかつた事実を前提とする主張に帰するから、採用できない。
同第四点について。
所論は、不特定物の売買においては、売買目的物の受領の前と後とにそれぞれ不完全履行の責任と瑕疵担保の責任とが対応するという立場から、本件売買では被上告人が本件機械を受領したことが明らかである以上もはや不完全履行の責任を論ずる余地なきにかかわらず、原判決が債務不履行による契約解除を認めたのは、法令の違背であると論じている。
しかし、不特定物を給付の目的物とする債権において給付せられたものに隠れた瑕疵があつた場合には、債権者が一旦これを受領したからといつて、それ以後債権者が右の瑕疵を発見し、既になされた給付が債務の本旨に従わぬ不完全なものであると主張して改めて債務の本旨に従う完全な給付を請求することができなくなるわけのものではない債権者が瑕疵の存在を認識した上でこれを履行として認容し債務者に対しいわゆる瑕疵担保責任を問うなどの事情が存すれば格別、然らざる限り、債権者は受領後もなお、取替ないし追完の方法による完全な給付の請求をなず権を有し、従つてまた、その不完全な給付が債務者の責に帰すべき事由に基づくときは、債務不履行の一場合として、損害賠償請求権および契約解除権をも有するものと解すべきである。
本件においては、放送機械が不特定物として売買せられ、買主たる被上告人会社は昭和二七年四月頃から同年七月頃までこれを街頭宣伝放送事業に使用していたこと、その間雑音および音質不良を来す故障が生じ、上告人会社側の技師が数回修理したが完全には修復できなかつたこと、被上告人会社は昭和二七年六月初め上告人会社に対し機械を持ち帰つて完全な修理をなすことを求めたが上告人会社はこれを放置し修理しなかつたので、被上告人会社は街頭放送のため別の機械を第三者から借り受け使用するの止むなきに至つたこと、被上告人会社は昭和二七年一〇月二三日本件売買契約解除の意思表示をしたことが、それぞれ確定されている。右確定事実によれば、被上告人会杜は、一旦本件放送機械を受領はしたが、隠れた瑕疵あることが判明して後は給付を完全ならしめるよう上告人会社に請求し続けていたものであつて瑕疵の存在を知りつつ本件機械の引渡を履行として認容したことはなかつたものであるから、不完全履行による契約の解除権を取得したものといらことができる。原判決はこの理に従うものであつて所論の違法はない
よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

2.小問1(1)について(応用編)
・制限種類債権と保存義務との関係。
変更権が認められているにもかかわらず、保存義務が課されている点。

3.小問1(2)について

+(種類債権)
第四百一条  債権の目的物を種類のみで指定した場合において、法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければならない。
2  前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。

+(債権者の危険負担)
第五百三十四条  特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。
2  不特定物に関する契約については、第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。

+(債務者の危険負担等)
第五百三十六条  前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
2  債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

+(弁済の提供の方法)
第四百九十三条  弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。

4.小問2について


民法 事例で考える民法演習2 30 弁済の提供と特定~危険負担と損害賠償


1.小問1について

+(債権者の危険負担)
第五百三十四条  特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。
2  不特定物に関する契約については、第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。

+(債務者の危険負担等)
第五百三十六条  前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
2  債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

+(種類債権)
第四百一条  債権の目的物を種類のみで指定した場合において、法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければならない。
2  前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。

+(弁済の提供の効果)
第四百九十二条  債務者は、弁済の提供の時から、債務の不履行によって生ずべき一切の責任を免れる。

+(弁済の提供の方法)
第四百九十三条  弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる

・取立債務にあっては、売主が目的物を用意して買主が来るのを待っていればそれが「現実の提供」(493条本文)とされる。

2.小問2について(基礎編)

+(受領遅滞)
第四百十三条  債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。

3.小問2について(応用編)

・代償請求権による処理。
+判例(S41.12.23)
理由
上告代理人宗宮信次、同徳永竹夫、同川合昭三の上告理由第一点について。
一般に履行不能を生ぜしめたと同一の原因によつて、債務者が履行の目的物の代償と考えられる利益を取得した場合には、公平の観念にもとづき、債権者において債務者に対し、右履行不能により債権者が蒙りたる損害の限度において、その利益の償還を請求する権利を認めるのが相当てあり、民法五三六条二項但書の規定は、この法理のあらわれである(昭和二年二月一五日大審院判決、民集六巻二三六頁参照)。されば、論旨は理由なく、採用することができない。
同第二点について。
論旨は、家屋滅失による保険金は保険契約によつて発生したものであつて、債権の目的物に代る利益ではない、というにあるが、本件保険金が履行不能を生じたと同一の原因によつて発生し、目的物に代るものであることは明らかである。論旨は、独自の見解であつて、排斥を免れない。
同第三点について。
本件新建物の所有権がすでに被上告人に移転してしまつても、上告人には賃貸借終了のさいに該建物を被上告人に返還すべき債務があり、該債務が履行不能になつたというのが原判決の判断であり、また被上告人の本件新建物を上告人に賃貸すべき債務は履行不能により消滅したこというまでもないから、原判決には、所論のごとき審理不尽・理由不備の違法は認められない。論旨は採用するに値しない。
同第四点について。
本件新建物が特定物であることはいうまでもない。右建物と同種の規模・構造の建物を再建築することが可能であるとしても、すでに建築完成していた本件新建物が特定物でないとはいえない。論旨は採用することができない。
同第五点について。
上告人の本件新建物返還(または引渡)義務が、新建物の焼失だよつて消滅し、他面上告人が新建物の焼失によつて保険金を取得した以上、被上告人に、その代償請求は認めらるべきで、あつて、新建物の建築費用の負担者が何人であるか、債務者たる上告人が火災によつて損害をうけたかどうかは代償請求とは関係のないことである。新建物を賃貸する義務を免れたことにより被上告人が利益をえたとすれば、上告人は受けた損害の限度において代償請求をなしうべきであるが、かかる事項は上告人が原審で主張していないところであるから、事後審たる当審で審及しうるかぎりでない。論旨は採用するに値しない。
同第六点について。
所論の点に関する原判決の引用する第一審判決の事実認定は、その挙示する証拠関係に照らして是認しえなくはない。論旨は、事実審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、排律を免玖ない。
同第七点について。
相殺適状時における上告人の被上告人に対する債権合計は、原判決によれば、一、一三三、九三七円であること明らかである(原判決四枚目裏一二行目に、遅延損害金二八三、九三七円とあるは、一二五、〇〇〇円の誤記であること計数上明らかである。)。故に、右債権合計が一、二九二、八七四円であることを前提とする論旨は、採用のかぎりでない。
同第八点について。
被と告人が上告人に対し本件新建物を一年間は無償(建築費と相殺)で貸与する義務があつても、その後は有償で賃貸し、もしくは自己が使用しうるわけであるから、被上告人が右建物焼失によつて原判示のような損害を受けた旨の原判決の事実上の判断は正当であつて、これに所論の違法は認められない。論旨は採用することができない。
同第九、第一〇点について。
原判決は、上告人が建築を完成して占有していた新建物の焼失時において、賃貸借が成立していなかつたならば所有権移転に伴なう新建物の引渡義務、もし賃貸借が成立していたならば賃貸借終了時における上告人の被上告人に対する賃借物返還義務、そのいずれかの債務が履行不能になつたと判示しているものであつて、これに所論の違法は認められない。論旨は採用するに値しない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)


民法 事例で考える民法演習2 29 必要費と留置権~転用物訴権との関連(その2)


1。小問2について
(1)196条と留置権(195条1項)

+(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条  占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2  占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる

+(留置権の内容)
第二百九十五条  他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2  前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

・196条は248条が準用する不当利得法の特則とされているから、結局196条が優先される!

(2)CのBに対する請負代金債権と留置権
・295条1項本文の「他人」を債務者に限るかどうか。
通説は債務者の限られない。

(3)まとめ

2.小問3について(基礎編)
(1)Cが本件機械を既にBに返還していた場合

・使用貸借
+(借用物の費用の負担)
第五百九十五条  借主は、借用物の通常の必要費を負担する。
2  第五百八十三条第二項の規定は、前項の通常の必要費以外の費用について準用する。

使用貸借の場合は法律上の原因は存在。

(2)Cが本件機械をまだ占有している場合

3.小問3について(応用編)

+判例(H7.9.19)
理由
上告代理人桑嶋一、同前田進の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係及び記録によって明らかな本件訴訟の経緯等は、次のとおりである。
1 上告人は、本件建物の賃借人であったAとの間で、昭和五七年一一月四日、本件建物の改修、改装工事を代金合計五一八〇万円で施工する旨の請負契約を締結し、大部分の工事を下請業者を使用して施工し、同年一二月初旬、右工事を完成してAに引き渡した。
2 被上告人は、本件建物の所有者であるが、Aに対し、昭和五七年二月一日、賃料月額五〇万円、期間三年の約で本件建物を賃貸した。Aは、改修、改装工事を施して本件建物をレストラン、ブティック等の営業施設を有するビルにすることを計画しており、被上告人とAは、本件賃貸借契約において、Aが権利金を支払わないことの代償として、本件建物に対してする修繕、造作の新設・変更等の工事はすべてAの負担とし、Aは本件建物返還時に金銭的請求を一切しないとの特約を結んだ。
3 Aが被上告人の承諾を受けずに本件建物中の店舗を転貸したため、被上告人は、Aに対し、昭和五七年一二月二四日、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした上、本件建物の明渡し及び同月二五日から本件建物の明渡し済みまで月額五〇万円の賃料相当損害金の支払を求める訴訟を提起し、昭和五九年五月二八日、勝訴判決を得、右判決はそのころ確定した。
4 Aは、上告人に対し、本件工事代金中二四三〇万円を支払ったが、残代金二七五〇万円を支払っていないところ、昭和五八年三月ころ以来所在不明であり、同人の財産も判明せず、右残代金は回収不能の状態にある。また、上告人は、昭和五七年一二月末ころ、事実上倒産した。
5 そこで、本件工事は上告人にこれに要した財産及び労務の提供に相当する損失を生ぜしめ、他方、被上告人に右に相当する利益を生ぜしめたとして、上告人は、被上告人に対し、昭和五九年三月、不当利得返還請求権に基づき、右残代金相当額と遅延損害金の支払を求めて本件訴訟を提起した。

二 甲が建物賃借人乙との間の請負契約に基づき右建物の修繕工事をしたところ、その後乙が無資力になったため、甲の乙に対する請負代金債権の全部又は一部が無価値である場合において、右建物の所有者丙が法律上の原因なくして右修繕工事に要した財産及び労務の提供に相当する利益を受けたということができるのは、丙と乙との間の賃貸借契約を全体としてみて、丙が対価関係なしに右利益を受けたときに限られるものと解するのが相当である。けだし、丙が乙との間の賃貸借契約において何らかの形で右利益に相応する出捐ないし負担をしたときは、丙の受けた右利益は法律上の原因に基づくものというべきであり、甲が丙に対して右利益につき不当利得としてその返還を請求することができるとするのは、丙に二重の負担を強いる結果となるからである。
前記一の2によれば、本件建物の所有者である被上告人が上告人のした本件工事により受けた利益は、本件建物を営業用建物として賃貸するに際し通常であれば賃借人であるAから得ることができた権利金の支払を免除したという負担に相応するものというべきであって、法律上の原因なくして受けたものということはできず、これは、前記一の3のように本件賃貸借契約がAの債務不履行を理由に解除されたことによっても異なるものではない
そうすると、上告人に損失が発生したことを認めるに足りないとした原審の判断は相当ではないが、上告人の不当利得返還請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
 一 契約上の給付が契約の相手方以外の第三者の利益になった場合に、右給付をした契約当事者が第三者に対してその利益の返還を請求することがあるが、そのような請求権は一般に「転用物訴権」と呼ばれる。本判決は、極めて限定された場合においてのみ転用物訴権の成立を認めることを明らかにしたものであって、最一小判昭45・7・16民集二四巻七号九〇九頁(ブルドーザー事件判決)以後活発に議論されてきた問題について一応の決着をつけたものであり、影響するところの大きい判例である。本判決の評釈として、加藤雅信「転用物訴権の成立範囲」法教一八四号九八頁がある。
 二 本件事実は、次のようなものである。Yは、本件建物(営業用建物)の所有者であり、Aに対してこれを賃貸したが、その際、Aが権利金を支払わないことの代償として、本件建物の修繕、造作の新設・変更等の工事はすべてAの負担とし、Aは本件建物返還時に金銭的請求を一切しないとの特約を結んだ。Xは、Aとの間で本件建物の改修、改装工事を代金五一八〇万円で施工する旨の請負契約を締結し、大部分の工事を下請業者を使用して施工し、工事を完成してAに引き渡した。Aが本件建物中の店舗を無断転貸したため、Yは、Aに対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をして、本件建物の明渡しと質料相当損害金の支払を求める訴訟を提起し、その後Y勝訴の判決が確定した。AがXに対して本件工事代金中の二七五〇万円を支払わないまま所在不明になったため、右残代金は回収不能の状態にある。そこで、Xは、Yに対し、不当利得返還請求権に基づき、右残代金相当額と遅延損害金の支払を求めて本件訴えを提起した。
 一審は、Xの請求を一部認容する判決をしたが、控訴審は、Xに財産と労務の出捐による損失が発生したというためには、本件工事中下請業者を使用した部分については、Xが現実に下請工事代金を支払ったことを要するところ、Xが下請工事代金を完済したとは認めるに足りず、一部支払ったとしてもその金額を確定することはできず、また、自ら施工した工事部分を確定することもできないから、Xの不当利得返還請求は理由がないとして、一審判決を取り消し、Xの請求を棄却した。
 三 Xの上告に対し、最高裁は、冒頭掲記の判決要旨のとおり判示して、Yの受けた利益に法律上の原因がないものということができるのは、YとAとの賃貸借契約を全体としてみて、Yが対価関係なしに右利益を受けたときに限られることを明らかにした上、YがAのした本件工事により受けた利益は、本件建物を営業用建物として賃貸するに際し通常であればAから得ることができた権利金の支払を免除したことに相応するものであって、法律上の原因なくして受けたものということはできないとして(すなわち、Xに損失の発生が認められないという原判決の理由から、Yの受けた利益に法律上の原因がないとはいえないとの理由に、理由を差し換えて)、本件上告を棄却した。
 四 我が国において転用物訴権を認めた判例と一般に解されているのが前掲最一小判昭45・7・16(ブルドーザー事件判決)である。Xは、Y所有のブルドーザーの賃借人Aの依頼により修理をしてこれを引き渡したが、Aが倒産し修理代金の回収が事実上不能となったため、Y(Aからブルドーザーを引き揚げ他に売却)に対して右代金相当額の不当利得の返還を求めたという事件において、最高裁は、「本件ブルドーザーの修理は、一面において、Xにこれに要した財産およぴ労務の提供に相当する損失を生ぜしめ、他面において、Yに右に相当する利得を生ぜしめたもので、Xの損失とYの利得との間に直接の因果関係ありとすることができる」と判示して、因果関係なしとした控訴審判決の判断を誤りであるとした。さらに、「ただ、右の修理はAの依頼によるものであり、したがって、XはAに対して修理代金債権を取得するから、右修理により受ける利得はいちおうAの財産に由来することとなり、XはYに対し右利得の返還請求権を有しないのを原則とするが、Aの無資力のため、右修理代金の全部又は一部が無価値であるときは、その限度において、Yの受けた利得はXの財産および労務に由来したものということができ、Xは、右修理(損失)によりYの受けた利得を、Aに対する代金債権が無価値である限度において、不当利得として、Yに返還を請求することができるものと解するのが相当である(修理費用をAにおいて負担する旨の特約がAとYとの間に存したとしても、XからYに対する不当利得返還請求の妨げとなるものではない)。」と説示した。
 ブルドーザー事件判決以後、どのような要件の下に転用物訴権の成立を認めるべきであるかなどについて議論がされたが、学説においては、全面的否定説(四宮和夫・事務管理・不当利得・不法行為上巻二四二頁、北川善太郎・債権各論二一四頁など)、又は限定的承認説(加藤雅信・財産法の体系と不当利得法の構造七一三頁、鈴木祿弥・債権法講義〔二訂版〕六八一頁など)が多数説となっている。
 加藤雅信教授は、関係当事者の利益状況を、まず、AがYの利得保有に対応する反対債権を有する場合(Ⅰ)と有しない場合とに分類し、さらに、有しない場合を、Yの利得保有がAY間の関係全体から有償とみることができる場合(Ⅱ)と無償とみるべき場合(Ⅲ)とに分類した。そして、(1) Ⅰの場合に転用物訴権の成立を認めると、Aが無資力の場合にXにAの他の一般債権者に優先する立場を認めることになるが、その合理的根拠に乏しい、(2) Ⅱの場合に転用物訴権の成立を認めると、Yは修理費に関して二重の経済的負担を被ることになり合理的でない、(3) Ⅲの場合には、XとYの利益考量が基本的問題であるが、無償行為については保護の程度が弱くなるのはやむを得ないから、無償で利得を保有するYよりもXを保護すべきであるとされ、結局、Ⅲの場合についてのみ転用物訴権の成立を認めるべきであるとされた。
 五 本判決は、「損失と利得との間の因果関係」についてはブルドーザー事件判決の判断を前提とした上で、「法律上の原因なくして」の要件について限定的承認説(加藤説)を採用したものとみることができる。本判決によれば、法律上の原因の有無はYA間における「対価関係」の有無にかかることになるが、その対価関係は、経済的にみて厳密に等価であることを要するものではないであろう。本判決中の「YがAとの間の賃貸借契約において何らかの形で右利益に相応する出捐ないし負担をしたときは、Yの受けた右利益は法律上の原因に基づくものというべきであ(る)」との判示は、この点をいうものと考えることができる。
 また、本件一審判決は、Aの無断転貸を理由に本件賃貸借契約が解除され、Aの支出した修繕費用に見合う収益を回収するだけの期間賃貸借契約が継続しないで終了したことをもって、Yは無償で本件建物の価値の増加という利益を得たものと判断したが、本判決は、本件賃貸借契約がAの債務不履行を理由に解除されたことによって本件賃貸借契約の成立時に形成された対価関係が覆滅されることはない旨を判示している。
+判例(S45.7.16)
理由 
 上告代理人竹中一太郎の上告理由について。 
 記録によれば、上告人が本訴において請求原因として主張したところは、次のような事実関係であると認められる。上告人は、昭和三八年一二月三日、訴外有限会社立花重機よりブルドーザーの修理の依頼を受け、その主クラツチ、オーバーホールほか合計五一万四〇〇〇円相当の修理をして、同月一〇日これを訴外会社に引き渡したが、右ブルドーザーは被上告人の所有であり、上告人の修理により右代金相当の価値の増大をきたしたものであるから、被上告人は上告人の財産および労務により右相当の利得を受け、上告人は右相当の損失を受けたものである。もつとも、上告人は訴外会社に対し修理代金債権を有したが、同会社は修理後二カ月余にして倒産し、現在無資産であるから、回収の見込みは皆無である。右ブルドーザーは、同年一一月二〇日頃訴外会社において被上告人より賃借したものであるが、昭和三九年二月中旬より下旬にかけて被上告人がこれを訴外会社より引き揚げたうえ、同年五月、代金一七〇万円(金利を含み一九〇万円余)で他に売却したもので、上告人の修理により被上告人の受けた利得は、売却代金の一部としてなお現存している。よつて、上告人は被上告人に対し、五一万四〇〇〇円およびこれに対する遅延損害金の支払を求める、というのである。 
 右請求原因の大要は、一審における訴状陳述以来、上告人の主張するところであつて、前記修理代金債権の回収不能により上告人に損失を生じたとする主張は、本件記録中に発見しえないところである。 
 しかるに、原判決の引用する一審判決事実摘示が、あたかも右回収不能により上告人に損失を生じたとするごとくいうのは、上告人の訴旨の誤解に出たものというべきである(もつとも、その記載は必ずしも明確でなく、原審口頭弁論における上告人の陳述が一審判決事実摘示のとおりなされたとしても、これにより上告人の従前の主張が改められたものとするのは相当でない)。 
 そこで、右のごとき上告人の本訴請求の当否につき按ずるに、原判決引用の一審判決の認定するところによれば、上告人のした修理は本件ブルドーザーの自然損耗に対するもので、被上告人はその所有者として右修理により利得を受けており、また、右修理は訴外会社の依頼によるもので、上告人は同会社に対し五一万四〇〇〇円の修理代金債権を取得したが、同会社は修理後間もなく倒産して、右債権の回収はきわめて困難な状態となつたというのである。 
 これによると、本件ブルドーザーの修理は、一面において、上告人にこれに要した財産および労務の提供に相当する損失を生ぜしめ、他面において、被上告人に右に相当する利得を生ぜしめたもので、上告人の損失と被上告人の利得との間に直接の因果関係ありとすることができるのであつて、本件において、上告人のした給付(修理)を受領した者が被上告人でなく訴外会社であることは、右の損失および利得の間に直接の因果関係を認めることの妨げとなるものではない。ただ、右の修理は訴外会社の依頼によるものであり、したがつて、上告人は訴外会社に対して修理代金債権を取得するから、右修理により被上告人の受ける利得はいちおう訴外会社の財産に由来することとなり、上告人は被上告人に対し右利得の返還請求権を有しないのを原則とする(自然損耗に対する修理の場合を含めて、その代金を訴外会社において負担する旨の特約があるときは、同会社も被上告人に対して不当利得返還請求権を有しない)が、訴外会社の無資力のため、右修理代金債権の全部または一部が無価値であるときは、その限度において、被上告人の受けた利得は上告人の財産および労務に由来したものということができ、上告人は、右修理(損失)により被上告人の受けた利得を、訴外会社に対する代金債権が無価値である限度において、不当利得として、被上告人に返還を請求することができるものと解するのが相当である(修理費用を訴外会社において負担する旨の特約が同会社と被上告人との間に存したとしても、上告人から被上告人に対する不当利得返還請求の妨げとなるものではない)。 
 しかるに原判決は、上告人の右の訴旨を誤解し、また右の法理の適用を誤つたもので、審理不尽、理由不備の違法を免れず、論旨は理由あるに帰し、原判決を破棄すべきであるが、本件において上告人の訴外会社に対する債権が実質的にいかなる限度で価値を有するか、原審の確定しないところであるので、この点につきさらに審理させるため、本件を原審に差し戻すべきものとする。 
 よつて、民訴法四〇七条一項により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎) 


民法 事例で考える民法演習2 28 必要費と留置権~転用物訴権との関連(その1)


1.小問1について(基礎編)
(1)Bの代理行為の効果帰属の有無

+(事務管理)
第六百九十七条  義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。
2  管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。

(2)Cによる、BのAに対する権利の代理行使

+(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条  賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる
2  賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(管理者による費用の償還請求等)
第七百二条  管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。
2  第六百五十条第二項の規定は、管理者が本人のために有益な債務を負担した場合について準用する。
3  管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、前二項の規定を適用する。

+(受任者による費用等の償還請求等)
第六百五十条  受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。
2  受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。
3  受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。

・事務管理に基づく代理権の発生は否定!

(3)CのAに対する不当利得返還請求権

2.小問1について(応用編)

+(動産の先取特権)
第三百十一条  次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する。
一  不動産の賃貸借
二  旅館の宿泊
三  旅客又は荷物の運輸
四  動産の保存
五  動産の売買
六  種苗又は肥料(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉を含む。以下同じ。)の供給
七  農業の労務
八  工業の労務

+(動産保存の先取特権)
第三百二十条  動産の保存の先取特権は、動産の保存のために要した費用又は動産に関する権利の保存、承認若しくは実行のために要した費用に関し、その動産について存在する。

+(即時取得の規定の準用)
第三百十九条  第百九十二条から第百九十五条までの規定は、第三百十二条から前条までの規定による先取特権について準用する。
=動産保存の先取特権では即時取得は認められない。

・第弁済請求権と債権の相殺を否定。
+判例(S47.12.22)
理由
上告代理人伊藤哲郎の上告理由第一点について。
上告人が個人として被上告人に対して本件手形の割引を依頼したとの第一審における裁判上の自白が、真実に反するものとは認められない旨の原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の認定判断は、原審で取り調べた証拠関係およびその説示に徴して首肯することができ、原判決に所論の違法は認められない。諭旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するにすぎず、採用することができない。
同第二点について。
論旨は、要するに、受任者の委任者に対する民法六五〇条二項に基づく代弁済請求権は、受任者が委任者に対し一定金額を第三者に給付すべきことを請求する権利ではあるが、委任者は、当該金額を第三者に対してではなく、直接受任者に委任事務処理に要する費用として給付しても、受任者と委任者との関係はこれによつて全く決済されるのであつて、このことは、この代弁済請求権が、委任者受任者間の関係においては、受任者の自己自身に給付せしめるべき請求権以上の効力を有するものではないことを意味するのであり、したがつて、上告人の被上告人に対する所論の損害賠償請求権をもつて相殺することはなんら妨げられないはずであるなどの理由を挙げて、原判決には、同法五〇五条一項、六五〇 条二項の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
思うに委任者は、受任者が同法六五〇条二項前段の規定に基づき委任者をして受任者に代わつて第三者に弁済をなさしめうる権利を受働債権とし、委任者が受任者に対して有する金銭債権を自働債権として相殺することはできないと解するのが相当であり、大審院の判例(大正一四年(オ)第六〇三号同年九月八日判決・民集四巻四五八頁)の結論は、今なお、これを変更する必要はない。なんとなれば、委任契約は、通常、委任者のために締結されるものであるから、委任者は受任者に対しなんらの経済的負担をかけず、また損失を被らせることのないようにはかる義務を負うものであるところ、同条項は、受任者が自己の名で委任事務を処理するため第三者に対して直接金銭債務を負担した場合には、委任者は、受任者の請求があるときは、受任者の負う債務を免れさせるため、受任者に代わつて第三者に対してその債務を弁済する義務を負うことを定めているのであり、受任者の有するこの代弁済請求権は、通常の金銭債権とは異なる目的を有するものであつて、委任者が受任者に対して有する金銭債権と同種の目的を有する権利ということはできないしたがつて、委任者が受任者に対する既存の債権をもつて受任者の代弁済請求権と相殺することは、同法五〇五条一項の相殺の要件を欠くものとして許されないからである。なるほど、委任者が、第三者に弁済すべき一定金額を第三者に対してではなく、受任者に現実に給付することによつても、受任者と委任者との関係は、これによつて決済されることは、所論のとおりであるが、この場合には、受任者は、費用の前払を受けることによつて、第三者に対する債務弁済資金を取得することになるから、自己資金を調達する必要はなく、受任者の第三者に対する債務の免脱の目的にそうものといいうるのであるが、前記相殺が許されるものとすれば、受任者は、第三者に対する債務の弁済のための資金の調達を要することとなり、かかる相殺によつては、受任者の債務免脱の目的はなんら果されないわけであるまた、受任者が第三者に対し、自己の資金をもつて債務を支払つたときは、それは委任者との関係では委任者のため費用を立て替えて支払つたことになり、同法六五〇条一項による費用償還請求権を取得するわけであるが、受任者は、特約のないかぎり、委任者との関係では自己資金をもつて委任事務処理に要する費用をみずから立替払をする義務を負うものではない。むしろ、同法六四九条が委任者に対する費用の前払を請求しうることを、また、同法六五〇条二項前段が委任者に対し受任者に代わつて第三者に弁済をなさしめうることを定めているのは、受任者に立替払の義務のないことを前提とするものであり、委任者が受任者の請求に応じないときは、受任者は、委任事務の履行を拒むこともできるものと解すべきである。しかるに、前述のような相殺を許すとすれば、受任者に自己資金をもつてする費用の立替払を強要する結果となり、右各法条を設けた趣旨が完うされないことになる。さらに、同条一項の費用償還請求権と委任者の受任者に対する金銭債権とは互いに相殺することができることは疑いを容れないが、かりに、既存債権と代弁済請求権との相殺を許すとすれば、それは、既存債権を自働債権とし、未だ発生しない将来の費用償還請求権を受働債権とする相殺を許すのと同一の結果を認めることになり、相殺が双方の債務の対立とその弁済期の到来を要件とする趣旨に反するものといわなければならない。これらのことは、要するに、同条二項前段の代弁済請求権は、通常の金銭債権とはその目的を異にしているがためにほかならないからである。なお、委任者が、自己の債務者にある事務を委任するような場合には、受任者がその委任事務に要する費用の立替払の義務を負担し、立替により発生すべき償還請求権と、委任者の受任者に対する債権とを対当額において相殺する旨の特約の存することも考えられるが、この場合は、特約の効果として相殺が許されるのであつて、このことは叙上の判断を左右するものではない。
それゆえ、上告人の相殺の抗弁を排斥した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、上告理由第二点について、裁判官色川幸太郎の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

+反対意見
上告理由第二点についての裁判官色川幸太郎の反対意見は、次のとおりである。
多数意見は、委任者は、受任者が民法六五〇条二項前段の規定に基づき委任者をして受任者に代わつて第三者に弁済をなさしめうる権利を受働債権とし、委任者が受任者に対して有する金銭債権を自働債権として相殺することはできないというのであるが、私は、この考え方には賛成することができない。
もともと、相殺制度の存在理由は、当事者双方が、相対立する同種の内容の債権を有する場合に、債権債務の簡易にして便宜な決済の途を与え、かつ、当事者の資力、信用に厚薄を生じたときにおいてもその間の公平を保持せんとするにあるから、相対立する同種の内容の債権を有する当事者間においては、法規または合意により相殺が禁止されているかあるいは債権の性質がこれを許さない場合を除き、第三者に不測の損害を与えることのないかぎり、相殺は当然認められるものと解さなければならない。代弁済請求権は、受任者が委任者に対し受任者に代わつて第三者に弁済をなさしめる権利ではあるが、内容的には金銭債権であり、単に給付すべき相手方が第三者であるというにすぎず、相殺を禁止すべき事由にはあたらないと信ずる。その理由の詳細は以下述べるとおりである。
まず、代弁済請求権は、民法六五〇条二項の規定するところであるが、同項は、同条一項との関連において考察する要があると考える。けだし、同条一項は、受任者が委任事務を処理するに必要と認むべき費用を支出したときの費用償還請求権について定めたものであるのに対し、同条二項は、それを補完するものなのである。すなわち、受任者が第三者に対し、委任事務を処理するに必要と認むべき債務を負担したが、未だその支払をしていない時期においては、受任者が、委任者からその費用の前払を受けて第三者に支払うことはもとより可能であるが(六四九条)、六五〇条二項は、その煩労をはぶき、受任者が、委任者に対して、直接第三者に債務の弁済をするよう請求できるという便宜な方法を設けたものであり、要するに六四九条及び六五〇条一項のいわばバイパスたるに止まるのである。代弁済請求権は、形式こそ特殊であるが、費用償還請求権や費用前払請求権と別異の目的・機能を有するものではない。委任者が受任者に対して有する金銭債権を自働債権として費用償還請求権と相殺しうるのはいうまでもないし、さらにまた、費用前払請求権とも相殺できると解せられているのであるから、これらの権利と実質的に異なるところのない代弁済請求権と前示自働債権との間の相殺を許さないとする合理的埋由はとうていこれを見出し難いのである。
右の二つの債権がそれぞれ同額だと仮定して考えてみたい。その場合、もし相殺が許されないとするならば、受任者に対する既存の債権を取立てて、それを第三者に代弁済するか、あるいはまた、さきに第三者に対する代弁済を了して、しかるのちに受任者から債権の回収を図ることになるであろうが、かかる迂遠な路を辿ることは、委任者にとつて何の益もないことはもちろん、受任者にも煩わしさを強いるだけで、格別の利益を与えるものでないことは、多言を要しないであろう。さらにまた、委任者が受任者の求めに応じて第三者に代弁済をした後にいたり、受任者が支払不能の状態に陥つたときはどうであろうか。相殺制度は、正に以上のような事態に処して、便宜、簡易な決済をなさしめ、かつまた当事者間に公平妥当な解決をもたらさんとするものなのである。
つぎに、多数意見は、委任者は受任者に対しなんらの経済的負担をかけず、また損失を被らせることのないようにはかる義務を負うことを根拠として、受任者に対して自己資金による立替払を強要するような相殺は許されないという。なるほど、民法は、前示の法条をもつて、受任者に費用等の経済的負担をかけないよう配慮をしていることは事実であるが、そのことからただちに、相殺までも許されないとするのは、論理の飛躍であろう。委任の法律関係における受任者の保護が、多数意見の主張するが如き程度のものでなければならないとする理由を、多数意見は一体どこに求めようとするのであろうか。賃金債権や不法行為債権における相殺禁止には十分な合理的理由があるのであるが、それらに比較したとき、委任者と受任者は全く対等の契約関係にあり、その間には労使関係に見られるような力の強弱の格差があるわけのものではないし、また受任者が不法行為の被害者のごとく特に保護されなければならぬ筋合は見出し得ないのである。受任者に自己資金を調達せしめた場合、もしそれによつて委任事務が円滑を欠くことありとするならば、その不利益は相殺の挙に出た委任者の正に甘受すべきところであつて、法が敢てこれに介入するには及ばないのではあるまいか。なお、相殺を認めるとなると、第三者が不測の損害を受けるという反論があるかも知れない。しかし、第三者は本来受任者を相手方として取引をしたのであるから、受任者が無資力となつたために債権の回収ができなくなつたとしても、けだしやむを得ないものがあるというべきであろう。
さらに、多数意見は、既存債権と代弁済請求権との相殺を許すとすれば、それは、既存債権を自働債権とし、未だ発生しない将来の費用償還請求権を受動債権とする相殺を許すのと同一の結果を認めることになるという。しかし、金額が未定ならば格別、そうではないのであるから、委任者がみずから自己の利益を放棄して相殺することはもとより可能ではないか。しかもこれは実質上、費用前払請求権との相殺とも見ることができるのである。いずれにもせよ、右の理由づけをもつて相殺を許さずとなす根拠たらしめんとするのは、失当であるといわなければなるまい。
以上の次第で、私は、多数意見に賛成することができないのである。したがつて、上告人の相殺の抗弁を排斥した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるから、原判決は破棄を免れず、上告人の主張する金銭債権の有無についてさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきものと考える。
(裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 色川幸太郎 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄)

・+判例(S45.7.16)
理由
上告代理人竹中一太郎の上告理由について。
記録によれば、上告人が本訴において請求原因として主張したところは、次のような事実関係であると認められる。上告人は、昭和三八年一二月三日、訴外有限会社立花重機よりブルドーザーの修理の依頼を受け、その主クラツチ、オーバーホールほか合計五一万四〇〇〇円相当の修理をして、同月一〇日これを訴外会社に引き渡したが、右ブルドーザーは被上告人の所有であり、上告人の修理により右代金相当の価値の増大をきたしたものであるから、被上告人は上告人の財産および労務により右相当の利得を受け、上告人は右相当の損失を受けたものである。もつとも、上告人は訴外会社に対し修理代金債権を有したが、同会社は修理後二カ月余にして倒産し、現在無資産であるから、回収の見込みは皆無である。右ブルドーザーは、同年一一月二〇日頃訴外会社において被上告人より賃借したものであるが、昭和三九年二月中旬より下旬にかけて被上告人がこれを訴外会社より引き揚げたうえ、同年五月、代金一七〇万円(金利を含み一九〇万円余)で他に売却したもので、上告人の修理により被上告人の受けた利得は、売却代金の一部としてなお現存している。よつて、上告人は被上告人に対し、五一万四〇〇〇円およびこれに対する遅延損害金の支払を求める、というのである。
右請求原因の大要は、一審における訴状陳述以来、上告人の主張するところであつて、前記修理代金債権の回収不能により上告人に損失を生じたとする主張は、本件記録中に発見しえないところである。
しかるに、原判決の引用する一審判決事実摘示が、あたかも右回収不能により上告人に損失を生じたとするごとくいうのは、上告人の訴旨の誤解に出たものというべきである(もつとも、その記載は必ずしも明確でなく、原審口頭弁論における上告人の陳述が一審判決事実摘示のとおりなされたとしても、これにより上告人の従前の主張が改められたものとするのは相当でない)。
そこで、右のごとき上告人の本訴請求の当否につき按ずるに、原判決引用の一審判決の認定するところによれば、上告人のした修理は本件ブルドーザーの自然損耗に対するもので、被上告人はその所有者として右修理により利得を受けており、また、右修理は訴外会社の依頼によるもので、上告人は同会社に対し五一万四〇〇〇円の修理代金債権を取得したが、同会社は修理後間もなく倒産して、右債権の回収はきわめて困難な状態となつたというのである。
これによると、本件ブルドーザーの修理は、一面において、上告人にこれに要した財産および労務の提供に相当する損失を生ぜしめ、他面において、被上告人に右に相当する利得を生ぜしめたもので、上告人の損失と被上告人の利得との間に直接の因果関係ありとすることができるのであつて、本件において、上告人のした給付(修理)を受領した者が被上告人でなく訴外会社であることは、右の損失および利得の間に直接の因果関係を認めることの妨げとなるものではないただ、右の修理は訴外会社の依頼によるものであり、したがつて、上告人は訴外会社に対して修理代金債権を取得するから、右修理により被上告人の受ける利得はいちおう訴外会社の財産に由来することとなり、上告人は被上告人に対し右利得の返還請求権を有しないのを原則とする(自然損耗に対する修理の場合を含めて、その代金を訴外会社において負担する旨の特約があるときは、同会社も被上告人に対して不当利得返還請求権を有しない)が、訴外会社の無資力のため、右修理代金債権の全部または一部が無価値であるときは、その限度において、被上告人の受けた利得は上告人の財産および労務に由来したものということができ、上告人は、右修理(損失)により被上告人の受けた利得を、訴外会社に対する代金債権が無価値である限度において、不当利得として、被上告人に返還を請求することができるものと解するのが相当である(修理費用を訴外会社において負担する旨の特約が同会社と被上告人との間に存したとしても、上告人から被上告人に対する不当利得返還請求の妨げとなるものではない)。
しかるに原判決は、上告人の右の訴旨を誤解し、また右の法理の適用を誤つたもので、審理不尽、理由不備の違法を免れず、論旨は理由あるに帰し、原判決を破棄すべきであるが、本件において上告人の訴外会社に対する債権が実質的にいかなる限度で価値を有するか、原審の確定しないところであるので、この点につきさらに審理させるため、本件を原審に差し戻すべきものとする。
よつて、民訴法四〇七条一項により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)

+判例(H7.9.19)
理由
上告代理人桑嶋一、同前田進の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係及び記録によって明らかな本件訴訟の経緯等は、次のとおりである。
1 上告人は、本件建物の賃借人であったAとの間で、昭和五七年一一月四日、本件建物の改修、改装工事を代金合計五一八〇万円で施工する旨の請負契約を締結し、大部分の工事を下請業者を使用して施工し、同年一二月初旬、右工事を完成してAに引き渡した。
2 被上告人は、本件建物の所有者であるが、Aに対し、昭和五七年二月一日、賃料月額五〇万円、期間三年の約で本件建物を賃貸した。Aは、改修、改装工事を施して本件建物をレストラン、ブティック等の営業施設を有するビルにすることを計画しており、被上告人とAは、本件賃貸借契約において、Aが権利金を支払わないことの代償として、本件建物に対してする修繕、造作の新設・変更等の工事はすべてAの負担とし、Aは本件建物返還時に金銭的請求を一切しないとの特約を結んだ。
3 Aが被上告人の承諾を受けずに本件建物中の店舗を転貸したため、被上告人は、Aに対し、昭和五七年一二月二四日、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした上、本件建物の明渡し及び同月二五日から本件建物の明渡し済みまで月額五〇万円の賃料相当損害金の支払を求める訴訟を提起し、昭和五九年五月二八日、勝訴判決を得、右判決はそのころ確定した。
4 Aは、上告人に対し、本件工事代金中二四三〇万円を支払ったが、残代金二七五〇万円を支払っていないところ、昭和五八年三月ころ以来所在不明であり、同人の財産も判明せず、右残代金は回収不能の状態にある。また、上告人は、昭和五七年一二月末ころ、事実上倒産した。
5 そこで、本件工事は上告人にこれに要した財産及び労務の提供に相当する損失を生ぜしめ、他方、被上告人に右に相当する利益を生ぜしめたとして、上告人は、被上告人に対し、昭和五九年三月、不当利得返還請求権に基づき、右残代金相当額と遅延損害金の支払を求めて本件訴訟を提起した。

二 甲が建物賃借人乙との間の請負契約に基づき右建物の修繕工事をしたところ、その後乙が無資力になったため、甲の乙に対する請負代金債権の全部又は一部が無価値である場合において、右建物の所有者丙が法律上の原因なくして右修繕工事に要した財産及び労務の提供に相当する利益を受けたということができるのは、丙と乙との間の賃貸借契約を全体としてみて、丙が対価関係なしに右利益を受けたときに限られるものと解するのが相当である。けだし、丙が乙との間の賃貸借契約において何らかの形で右利益に相応する出捐ないし負担をしたときは、丙の受けた右利益は法律上の原因に基づくものというべきであり、甲が丙に対して右利益につき不当利得としてその返還を請求することができるとするのは、丙に二重の負担を強いる結果となるからである。
前記一の2によれば、本件建物の所有者である被上告人が上告人のした本件工事により受けた利益は、本件建物を営業用建物として賃貸するに際し通常であれば賃借人であるAから得ることができた権利金の支払を免除したという負担に相応するものというべきであって、法律上の原因なくして受けたものということはできず、これは、前記一の3のように本件賃貸借契約がAの債務不履行を理由に解除されたことによっても異なるものではない
そうすると、上告人に損失が発生したことを認めるに足りないとした原審の判断は相当ではないが、上告人の不当利得返還請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)


民法 基本で考える民法演習2 27 買戻しと物上代位~抵当権の帰趨と追及効


1.小問1について

+(買戻しの特約)
第五百七十九条  不動産の売主は、売買契約と同時にした買戻しの特約により、買主が支払った代金及び契約の費用を返還して、売買の解除をすることができる。この場合において、当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす。

・買戻しが解除であることについて
+判例(S35.4.26)
理由
上告代理人真田重二の上告理由第一、二点及び同海野普吉、坂上寿夫、内田博の上告理由について。
不動産の買戻権は、わが民法上一種の契約解除権の性質を有するものと解すべきである。ただ、民法は、右不動産買戻権の行使により目的不動産の所有権を取得できる結果に着眼し、これが登記の途を開いて或る程度物権に準ずる取扱をしているので(同法五八一条一項参照)、買戻の特約につき登記がなされた場合には、買戻権の譲渡もまた物権の譲渡と同様に譲渡当事者間の意思表示のみによつて有効にこれをなし得べく、右当事者以外の第三者に譲渡を以て対抗するには譲渡による移転登記を要し且つこれを以て足りると解するのが相当とされるにすぎない。(大審院昭和八年(オ)一二二五号同年九月一二日言渡判決、大審院民事判例集二一五一頁参照。)
それ故、買戻の特約を登記しなかつた場合における不動産買戻権の譲渡は、契約解除権たる本質にかんがみ、売主の地位と共にのみこれをなし得べく、右譲渡を以て買主に対抗するには、民法一二九条四六七条に従い買主に対する通知又はその承諾を要し且つこれを以て足りるものと解すべきである。
然るに、原審が、売主たる訴外Aにおいて本件不動産に対する原判示抵当権設定登記を抹消したときに売買残代金八万五五〇〇円の支払を受くべき旨合意の成立した事実を認定しながら、右抹消をすることが売主の債務として残存するや否やを審究することなくしてたやすく同訴外人から上告人に対する本件買戻権の譲渡を有効と認め、また、右譲渡を以て買主たる被上告人に対抗するにはその旨移転登記を経ることを要する旨判示したのは、いずれも法令の解釈適用を誤つた違法があり、他の上告論旨につき判断するまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。
よつて、民訴四〇七条一項に従い、全裁判官一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

+(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

+(買戻しの特約の対抗力)
第五百八十一条  売買契約と同時に買戻しの特約を登記したときは、買戻しは、第三者に対しても、その効力を生ずる。
2  登記をした賃借人の権利は、その残存期間中一年を超えない期間に限り、売主に対抗することができる。ただし、売主を害する目的で賃貸借をしたときは、この限りでない。

・解除の遡及効
+判例(S34.9.22)
理由
上告代理人森信一の上告理由は末尾記載のとおりである。原審が、本件催告に示された残代金額は金三七五〇〇〇円であり、真の残代金債務金三二五〇〇〇円を超過すること五〇〇〇〇円なる旨認定していることは所論のとおりである。しかし、この一事によつて、被上告人は催告金額に満たない提供があつてもこれを受領する意思がないものとは推定し難く、その他かかる意思がないと推認するに足りる事情は原審の認定しないところであるから、本件催告は、たとえ前記の如く真の債務額を多少超過していても、契約解除の前提たる催告としての効力を失わないものと解すべきである。
次に、原判決の確定するところによると、被上告人は、本件売買契約から約二週間後に支払を受ける約であつた本件残代金につき、履行期到来後再三上告人に支払を求めたが応じないので、遂に履行期から四ケ月余をを経て改めて本件催告に及んだというのである。このような事実関係のもとでは、たとえ三十万円をこえる金員の支払につき定めた催告期間が三日にすぎなくても、必ずしも不相当とはいい難い
更に、特定物の売買により買主に移転した所有権は、解除によつて当然遡及的に売に復帰すると解すべきであるから、その間買主が所有者としてその物を使用収益した利益は、これを売主に償還すべきものであること疑いない(大審院昭一)一・五・一一言渡判決、民集一五卷一〇号八〇八頁参照)。そして、右償還の義務の法律的性質は、いわゆる原状回復義務に基く一種の不当利得返還義務にほかならないのであつて、不法占有に基く損害賠償義務と解すべきではない。ところで、被上告人の本訴における事実上及法律上の陳述中には、不法占拠若しくは損害金というような語が用いられているけれども、その求めるところは前記使用収益による利益の償還にほかならない部分のあることが明らかであるから、その部分の訴旨を一種の不当利得返還請求と解することは何ら違法ではない。けだし、被上告人は、不当利得返還請求権と損害賠償請求権の競合して成立すべき場合に後者を主張したわけではなく、本来不当利得返還請求権のみが成立すべき場合に、該権利を主張しながら、その法律的評価ないし表現を誤つたにすぎないからである
されば、以上の諸点に関する原審の判断はすべて正当なるに帰し、これらの点に関する所論はすべて理由がない。その他の論旨は、原審の適法な事実認定を争うのでなければ、原判示にそわない事実又は原審において主張立証しなかつた事実を前提として原判決を非難し、或は、独自の見解に立脚して原審の正当な判断を攻撃するものであつて、採用のかぎりでない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

・買戻しと物上代位
+判例(H11.11.30)
理由 
 上告代理人大江洋一の上告受理申立て理由について 
 本件は、土地の買戻特約付売買において買戻権が行使されたことにより買主が取得した買戻代金債権について、買主から右土地につき根抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由した被上告人が物上代位権の行使としてした差押えと買主の債権者である上告人が右登記の後にした差押えとが競合し、供託された買戻代金の配当手続において、被上告人による差押えが優先するとして配当表が作成されたため、上告人が、被上告人に対し、買戻しにより右根抵当権が消滅したことを理由に買戻代金債権に対する物上代位権の行使は許されないと主張して、右配当表の変更を求めている事案であり、右物上代位権の行使の可否が争点となっている。 
 【要旨】買戻特約付売買の買主から目的不動産につき抵当権の設定を受けた者は、抵当権に基づく物上代位権の行使として、買戻権の行使により買主が取得した買戻代金債権を差し押さえることができると解するのが相当であるけだし、買戻特約の登記に後れて目的不動産に設定された抵当権は、買戻しによる目的不動産の所有権の買戻権者への復帰に伴って消滅するが、抵当権設定者である買主やその債権者等との関係においては、買戻権行使時まで抵当権が有効に存在していたことによって生じた法的効果までが買戻しによって覆滅されることはないと解すべきでありまた、買戻代金は、実質的には買戻権の行使による目的不動産の所有権の復帰についての対価と見ることができ、目的不動産の価値変形物として、民法三七二条により準用される三〇四条にいう目的物の売却又は滅失によって債務者が受けるべき金銭に当たるといって差し支えないからである。 
 以上と同旨に帰する原審の判断は是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道) 
++解説
《解  説》
 一 本件は、買戻特約付売買の目的不動産に設定された抵当権に基づいて、買戻権の行使により買主が取得した買戻代金債権につき物上代位権を行使することができるかが問題となった事案である。
 二 本件の事実関係及び訴訟経過の概要は、次のとおりである。
 1 Aは、昭和六二年六月、Bに対し、A所有の本件土地を代金六億三三六〇万円、期間を五年とする買戻特約付きで売り渡し、その旨の所有権移転登記及び買戻特約登記を経由した。
 2 Yは、平成元年七月、Bから本件土地につき本件根抵当権(極度額一八億円)の設定を受けて、その旨の登記を経由した。
 3 Aは、平成四年三月、Bに対し買戻権を行使した。
 4 Xは、平成六年一二月、Bに対する保証債務履行請求権に基づいて、BのAに対する本件買戻代金債権につき仮差押えをした後、Bに対して右保証債務の履行を求める訴訟を提起して勝訴し、平成八年三月、右債務名義に基づいて、本件買戻代金債権を差し押さえた。
 5 Yは、平成八年四月、本件根抵当権に基づく物上代位権の行使として、本件買戻代金債権を差し押さえた。
 6 本件買戻代金債権について、X、Y及び他の債権者らによる差押えが競合したため、Aは、平成八年九月、買戻代金六億三三六〇万円を供託した。
 7 執行裁判所(神戸地裁尼崎支部)は、平成八年一一月に開かれた右買戻代金の配当期日において、Yによる本件根抵当権に基づく物上代位権に基づく差押えが、一般債権者であるXによる差押えに優先するとして、配当表を作成したが、Xは、右配当期日においてYに対する配当の額につき異議の申出をし、本件配当異議訴訟を提起した。
 8 Xは、本件配当異議訴訟において、Aの買戻権の行使によって本件売買契約が遡及的に消滅し、これに伴って本件根抵当権も消滅したから、本件根抵当権に基づく物上代位権の行使としてされたYによる本件買戻代金債権の差押えは無効であると主張しており、第一審は、Xの右主張を容れて、本件配当表を変更すべきものとしたが、原審は、買戻権の行使による目的不動産上の担保物権の消滅は買戻権者との関係で相対的に生ずるとして、第一審判決を取り消してXの本訴請求を棄却したため、Xから上告及び上告受理申立てがされたところ、最高裁は、上告受理申立てを容れて、上告審として事件を受理した上、買戻特約付売買の目的不動産に設定された抵当権に基づく買戻代金債権に対する物上代位権行使を認めた原審の判断を維持して、Xの上告を棄却した。
 三 買戻特約とは、不動産について売買契約を締結する際に、売主が一定期間内に売買代金と契約費用を返還すれば、目的物を取り戻すことができる旨を約することであり、解除権の留保として構成されているが(民法五七九条)、買戻特約が売買契約と同時に登記(買主に対する所有権移転登記の付記登記の形式による)されたときは、買戻しは第三者に対してもその効力を生ずるものとされている(民法五八一条)買戻権の法的性質については、民法五七九条の文言に忠実にこれを解除権であるとするのが判例(大判昭8・9・12民集一二巻二一五一頁、最三小判昭35・4・26民集一四巻六号一〇七一頁)及び通説(我妻榮・債権各論中巻Ⅰ三二五頁、柚木=高木・新版注釈民法(14)四四五頁)の立場である。そして、解除の法的構成ないし効果につき通説判例の採る直接効果説の立場に従えば、留保解除権たる買戻権の行使によって契約ないし契約自体から生じた法律効果は遡及的に消滅するから、目的不動産の所有権は当然に売主(買戻権者)に復帰し、買戻特約が登記された場合には買戻しは第三者に対してもその効力を生ずるから、買主が目的不動産上に設定した担保権や用益権も消滅することになり(民法五八一条二項はその例外)、買戻権者は、売買契約が解除されて所有権が買主に移転しなかったのと同一の効果(遡及的効果)において目的不動産の所有権を取得すると一般に説かれている。もっとも、買戻特約付売買契約は、買戻しまでの買主による用益を許容しており(民法五七九条ただし書)、買戻期間中に目的不動産が転売されてその旨の登記が経由された場合には、買戻権者は、最終の転得者に対して買戻権を行使すべきであり(大判明39・7・4民録一二輯一〇六六頁、最三小判昭36・5・30民集一五巻五号一四五九頁)、その結果転得者からの移転登記により所有権の遡及的復帰を得るものとされており(不動産登記法五九条の二第二項)、用益と所有権移転という領域において直接効果説の例外が認められている
 買戻代金債権に対する物上代位の可否をめぐっては、(一) 買戻権の行使により売買契約は遡及的に消滅し、買戻特約の登記後にされた処分はすべて効力を失うのであって、買主により設定された抵当権もまたはじめからなかったことになるところ、抵当権に基づく物上代位は抵当権の存在を前提とするものであるから、買戻権の行使により抵当権が遡及的に消滅する以上、物上代位を生ずる余地はないとする物上代位否定説(新田宗吉「物上代位に関する一考察(四)」明治学院論叢三五〇号六七頁)、(二) 買戻権の行使により売買契約に基づく所有権の移転とそれに続く抵当権設定が遡及的に消滅する以上、抵当権の存在を前提とする物上代位の生ずる余地はないが、抵当権設定を買主による転売と同視して、買戻しによる買戻代金債権につき抵当権者に法律上当然優先弁済受領権が生ずるから、売主は、抵当権の被担保債権の限度において代金を抵当権者に優先的に返還しなければならないとする物上代位否定・優先弁済権肯定説(三宅正男・契約法各論上巻五一七頁、同・判評二六二号二七頁)、(三) 買戻権の行使による売買契約に基づく所有権移転とこれに伴う抵当権の遡及的消滅は、買戻権者に完全な不動産所有権を回復するために認められたものであるところ、買戻特約付売買の目的不動産につき有効に設定された抵当権に基づく買戻代金債権への物上代位の可否は、買主の債権者間の利害調整の問題であり、買戻しの効果とは別個の問題であって、これを肯定することは買戻権者の右利益に何ら抵触するものではなく、かえって買主の債権者間の利害調整として妥当である上、目的不動産の担保利用を容易にするものであるから、これを肯定すべきであるとする物上代位肯定説(佐久間弘道・金法一五五一号一〇頁、斎藤和夫・平一〇リマークス下四二頁、角紀代恵・金法一四九二号六三頁、栗田隆・判評四七〇号四三頁、秦光昭・金法一四九六号五頁)がある。この点について明示的判断を示した最高裁判例は見当たらないが、物上代位否定説に立つ下級審裁判例として、東京高判昭54・8・8本誌三九八号一四四頁、判時九四三号六一頁、仙台高決昭55・4・18判時九六六号五八頁があり、物上代位肯定説に立つものとして、本件の原審のほか、千葉地判昭53・9・22判時九一八号一〇二頁(前掲東京高判の原審)がある。
 四 本判決は、買戻特約付売買の買主から目的不動産につき抵当権の設定を受けた者は、抵当権に基づく物上代位権の行使として、買戻権の行使により買主が取得した買戻代金債権を差し押さえることができる旨判示して、この問題について物上代位肯定説に立つことを明言した。その理由として、買戻特約の登記に後れて目的不動産に設定された抵当権は、買戻しによる目的不動産の所有権の買戻権者への復帰に伴って消滅するが、抵当権設定者である買主やその債権者等との関係においては、買戻権行使時まで抵当権が有効に存在していたことによって生じた法的効果までが買戻しによって覆滅されることはないと解すべきであり、また、買戻代金は、実質的には買戻権の行使による目的不動産の所有権の復帰についての対価と見ることができ、目的不動産の価値変形物として、民法三七二条により準用される三〇四条にいう目的物の売却又は滅失によって債務者が受けるべき金銭に当たるといって差し支えないからであると判示している。
 五1 買戻権は約定解除権であり、その効果は、損害賠償義務が生じない点を除いて法定解除のそれと基本的に同じであり、民法五八一条一項は、買戻権者に目的不動産につき売買契約がされる前と同一の権利を取得させるために、解除前の第三者に対する解除の遡及効の制限を定めた民法五四五条一項ただし書に対する例外を規定したものであるところ、解除の効果に関する直接効果説を前提とする限り、物上代位否定説の方が理論的一貫性を有するとの指摘もあるが(新田前掲六七頁)、買戻しの遡及効があらゆる関係で無制限に貫徹されなければならないわけではない。民法五八一条は、買戻特約後の物権変動を予定し、買戻権者と第三者との対抗問題として買戻特約の物権的効力を明定しているのであり、また、前記のとおり、買戻特約付売買の目的不動産が買戻期間内に転々譲渡された場合における買戻権の行使の相手方は最終の転得者であるとされ、所有権の復帰は当該転得者からの移転登記によるものとされているところ、買戻権行使の物権的遡及効を徹底させると、買戻しの意思表示の相手方としての転得者の地位(転得者の買戻しの意思表示の受領資格)自体が遡及的に覆滅されてしまうことになりかねず、中間果実の買主への帰属は、買戻しまでの買主による所有者としての用益を許容し、買戻権行使における登記の取扱いも買戻しまでに行われた所有権移転の効力を前提としているのである。逆にいえば、転得者に対する買戻権の行使、買戻権行使による所有権の移転登記を認める通説判例及び不動産登記法の規定は、買戻しによる用益及び所有権移転という主要な領域について買戻権行使の効果としての物権的遡及効に既に例外を設けているということができよう。そうすると、買戻権行使の効果として買主が目的不動産上に設定した用益権や担保権がすべて消滅するとはいっても、その意味は、買戻権者が、買戻特約の登記に後れる抵当権者らに買戻しの効果を対抗することができ、抵当権の付着しない所有権を取得するという法律効果を説明するものであり、かつ、実質的にも右の効果がもたらされれば必要かつ十分なはずであろう。直接効果説自身本来は解除の効果として法文上明定されている原状回復義務を導出するための法律構成であって、そこで説かれる契約の遡及的消滅自体に解除の本質的意義を求めようとすることは問題であるし、買戻権行使の効果としての物権的遡及効にも実質的には既に例外が認められていることなどからすれば、端的に、買主とその債権者や抵当権者等の関係では、買戻しまでは有効に抵当権が存在していたことを前提にして、右の者らの法律関係を考えれば足りるとする説明も、十分妥当性を有するものといえよう(原審のように、買戻しによる目的不動産上の担保権の消滅が買戻権者との関係において相対的に生じると解さなければならない必然性はないであろう。)。
 実質論のレベルでみても、買主が目的不動産に抵当権を設定した時点で、目的不動産の交換価値は抵当権によって把握されているのであるから、目的不動産が代金請求権に変換した場合には、これに抵当権の効力が及ぶとするのが抵当権者の合理的期待であり、他方買主としてもこれを甘受すべきものとされてもやむを得ないところであって、買戻権の行使によって買主が右負担を当然に免れるとするのは疑問であるし、買主の一般債権者等との関係でも、抵当権設定登記が経由されており、抵当権の存在が公示されているのであるから、抵当権者に優先されてもやむを得ないといえよう。このように解する方が、買戻し前の段階では有効に存在し、仮に買戻権が行使されなければそのまま目的不動産の交換価値を把握し続けていたであろう抵当権者と買主の一般債権者の間の利害調整としては妥当であろうし、買戻特約付売買の目的不動産の担保利用を容易にするというメリットもある。
 2 買戻代金債権は、約定解除権たる買戻権の行使による原状回復義務という原因から発生するもので、厳密な意味では、売買代金のように目的不動産の交換価値を直接具体化したものとはいえないかもしれないが、もともと目的不動産の売買代金として売主に交付された金銭につき、契約の解除による取引関係の清算ないし巻き戻しとして買主への返還が命じられるもので、実質的には目的不動産の返還(所有権の復帰)についての対価であって、広い意味での抵当権の目的物の価値変形物といって差し支えない。そうすると、買戻代金については、民法三〇四条にいう「目的物ノ売却ニ因リテ債務者カ受クベキ金銭」に準ずるものと見ることができるであろうし、目的不動産の所有権の移転(復帰)に伴って抵当権が消滅するという事態を抵当権者の側から見れば、目的不動産が法律上の原因で消滅(滅失)したのと同様であるともいえようから、買戻代金については、民法三〇四条にいう「目的物ノ滅失ニ因リテ債務者カ受クベキ金銭」に当たるとすることも可能であろう。
 六 本判決は、買戻特約付売買の売主が買戻権を行使した場合に、買主から目的不動産上に設定を受けた抵当権に基づいて買戻代金債権に対する物上代位権の行使が認められるかどうかという、学説上議論が分かれている問題につき、物上代位肯定説を採ることを明示した初めての最高裁判例であり、実務に与える影響も大きいと思われるので、紹介する。
+(留置権等の規定の準用)
第三百七十二条  第二百九十六条、第三百四条及び第三百五十一条の規定は、抵当権について準用する。
+(物上代位)
第三百四条  先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。
2  債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。
2.小問2について(基礎編)
3.小問2について(応用編)
+(売買の一方の予約)
第五百五十六条  売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる。
2  前項の意思表示について期間を定めなかったときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて、その期間内に売買を完結するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、相手方がその期間内に確答をしないときは、売買の一方の予約は、その効力を失う。
・追及効を利用する場合と物上代位で行く場合・・・。
4.小問3


民法 基本事例で考える民法演習2 26 表見代理と占有の効力~賃借権の時効取得


1.小問1について
+(代理権授与の表示による表見代理)
第百九条  第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

(権限外の行為の表見代理)
第百十条  前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

・代理権の濫用事例との権衡
+判例(S42.4.20)
理由
上告代理人福田力之助、同佐藤正三の上告理由第一点について。
上告会社の支配人Aが、被上告会社の製菓原料店主任Bらの権限濫用の事実を知りながら、本件売買取引をなしたものである旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係から是認できないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の裁量に委ねられた証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。
同第二点について。
代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とするから(株式会社の代表取締役の行為につき同趣旨の最高裁判所昭和三五年(オ)第一三八八号、同三八年九月五日第一小法廷判決、民集一七巻八号九〇九頁参照)、原判決が確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告会社に本件売買取引による代金支払の義務がないとした原判示は、正当として是認すべきである。したがつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の法律的見解を前提とするか、もしくは、原審認定の事実と相容れない事実関係を主張して、原判示を非難するものであつて、採用することができない。
同第三点について。
民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務の執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三五年(オ)第九〇七号、同三七年一一月八日第一小法廷判決、民集一六巻一一号二二五五頁、同昭和三九年(オ)第一一一三号、同四〇年一一月三〇日第三小法廷判決、民集一九巻八号二〇四九頁、なお大審院大正一五年一〇月一三日民刑連合部判決、民集五巻七八五頁参照)。したがつて、被用者がその権限を濫用して自己または他人の利益をはかつたような場合においても、その被用者の行為は業務の執行につきなされたものと認められ、使用者はこれにより第三者の蒙つた損害につき賠償の責を免れることをえないわけであるが、しかし、その行為の相手方たる第三者が当該行為が被用者の権限濫用に出るものであることを知つていた場合には、使用者は右の責任を負わないものと解しなければならないけだし、いわゆる「事業ノ執行ニ付キ」という意味を上述のように解する趣旨は、取引行為に関するかぎり、行為の外形に対する第三者の信頼を保護しようとするところに存するのであつて、たとえ被用者の行為が、その外形から観察して、その者の職務の範囲内に属するものと見られるからといつて、それが被用者の権限濫用行為であることを知つていた第三者に対してまでも使用者の責任を認めることは、右の趣旨を逸脱するものというほかないからである。したがつて、このような場合には、当該被用者の行為は事業の執行につきなされた行為には当たらないものと解すべきである。
本件につき原審の確定した事実によれば、前述のように、被上告会社製菓原料店主任Bは、同人らの利益をはかる目的をもつて、その主任としての権限を濫用し、被上告会社製菓原料店名義を用いて上告会社と取引をしたものであるが、上告会社支配人Aは、Bが右のようにその職務の執行としてなすものでないことを知りながら、あえてこれに応じて本件売買契約を締結したというのである。そうすれば、被上告会社が右契約により上告会社の蒙つた損害につき民法七一五条により使用者としての責任を負わないものと解すべきことは、前段の説示に照らして明らかである。すなわち、本件売買取引による損害は、Bが被上告会社の事業の執行につき加えた損害に当たらないと解すべきであり、これと同趣旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。なお、所論のように右AがBの背任行為に加担したという事実は原審の認定しないところであるから、所論引用の判例は本件と事案を異にして適切でない。論旨は、独自の法律的見解に立脚するか、もしくは、原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採ることができない。
よつて民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

+意見
裁判官大隅健一郎の意見は、つぎのとおりである。
上告理由第二点に関する多数意見の結論には異論はないが、その理由については賛成することができない。
被上告会社の製菓原料店主任Bは商法四三条にいわゆる番頭、手代に当たり、同条により、右製菓原料店における原料の仕入に関して一切の裁判外の行為をなす権限を有するものと認められる。そして、ある行為がその権限の範囲内に属するかどうかは、客観的にその行為の性質によつて定まるのであつて、行為者Bの内心の意図のごとき具体的事情によつて左右されるものではない。このことは、商法が番頭、手代の代理権の範囲を法定するのは、これと取引する第三者が、取引に当り、一々具体的事情を探求して、その行為が相手方の代理権の範囲内に属するかどうかを調査する必要をなくする趣旨に出ていることに徴して、窺うにかたくない。そうであるとすれば、本件売買契約は、前記Bが何人の利益をはかる目的をもつて締結したかを問わず、その権限内の行為であつて、これにより被上告会社が責任を負うのは当然といわなければならない。この場合に、相手方たる上告会社の支配人Aが右契約がBの権限濫用行為であることを知つていても、それがBの権限内の行為であることには変りはない。しかし、このような場合に、悪意の相手方がそのことを主張して契約上の権利を行使することは、法の保護の目的を逸脱した権利濫用ないし信義則違反の行為として許されないものと解すべきである。その意味において、多数意見の結論は支持さるべきものと考える。
多数意見は、この場合に心裡留保に関する民法九三条但書の規定を類推適用しているが、いうまでもなく、心裡留保は表示上の効果意思と内心的効果意思とが一致しない場合において認められる。しかるに、代理行為が成立するために必要な代理意思としては、直接本人について行為の効果を生じさせようとする意思が存在すれば足り、本人の利益のためにする意思の存することは必要でない。したがつて、代理人が自己または第三者の利益をはかることを心裡に留保したとしても、その代理行為が心裡留保になるとすることはできない。おそらく多数意見も、代理人の権限濫用行為が心裡留保になると解するのではなくして、相手方が代理人の権限濫用の意図を「知りまたは知ることをうべかりしときは、その代理行為は無効である、」という一般理論を民法九三条但書に仮託しようとするにとどまるのであろう。すでにして一般理論にその論拠を求めるのであるならば、前述のように、権利濫用の理論または信義則にこれを求めるのが適当ではないかと考える。しかも、この両者は必ずしもその結論において全く同一に帰するものでないことを注意しなければならない。すなわち、多数意見によれば、相手方が代理人の権限濫用の意図を知らなかつたが、これを知ることをうべかりし場合には、本人についてその効力を生じないことは明らかであるが、私のような見解によれば、むしろこの場合にも本人についてその効力を生ずるものと解せられる。そして、代理人の権限濫用が問題となるのは、実際上多くは法人の代表者や商業使用人についてであることを考えると、後の見解の方がいつそう取引の安全に資することとなつて適当ではないかと思う。
(裁判長裁判官 大隅健郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

2.小問2(1)について(基礎編)
(1)AのCに対する請求
+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

・履行補助者の過失
+判例(S4.3.30)
要旨
1.債務者が債務履行のため他人を使用する場合においては、債務者はその履行について被用者の不注意によつて生じた結果に対して債務の履行に関する一切の責任を回避することができない。

+判例(S4.6.19)

+(占有者による損害賠償)
第百九十一条  占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失し、又は損傷したときは、その回復者に対し、悪意の占有者はその損害の全部の賠償をする義務を負い、善意の占有者はその滅失又は損傷によって現に利益を受けている限度において賠償をする義務を負う。ただし、所有の意思のない占有者は、善意であるときであっても、全部の賠償をしなければならない。

(2)AのDに対する請求
・110条の第三者は代理行為の直接の相手方。
+判例(S36.12.12)
理由
上告代理人鍜治利一名義、同増岡正三郎の上告理由について。
論旨は要するに、上告人は、本件約束手形が正当の権限の下に振出されたものであると信ずべき正当の理由を有して居つたので、受取人よりその裏書譲渡を受けたものであるに拘らず、原審は、上告人の善意による取得を否定する判断をしたが、これに経験則違反、採証法則違反、審理不尽、民法一一〇条の解釈適用の誤りがあり、ひいては原判決に理由不備の違法を招いたものである旨主張するにある。
しかしながら、約束手形が代理人によりその権限を踰越して振出された場合、民法一一〇条によりこれを有効とするには、受取人が右代理人に振出の権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るものであつて、かゝる事由のないときは、縦令、その後の手形所持人が、右代理人にかゝる権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたものとしても、同条を適用して、右所持人に対し振出人をして手形上の責任を負担せしめ得ないものであることは、大審院判例(大審院大正一三年(オ)第六〇一号、同一四年三月一二日判決、同院民集四巻一二〇頁)の示す所であつて、いま、これを改める要はない。
而して原判決によれば、原審は、被上告寺の経理部長Aの代理人であつた訴外Bがその権限外であるにも拘らず、右経理部長の記名印章を冒用して本件約束手形を振出し、その受取人である訴外Cが、本件約束手形の交付を受けた当時、右Bにおいて何等正当の権限なくしてこれを作成交付したものであることを十分察知して居つたものであるとの事実を認定して居る。
されば右判例の趣旨よりすれば、右認定の事実関係の下においては、本件約束手形の被裏書人である上告人が、仮に所論の如く、右Bに、本件約束手形振出を代理する権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたとしても、被上告寺は、上告人に対し本件約束手形上の責任を負担しないものとなすべきである。原判決は結局これと同趣旨に出て居るのであるから正当であつて、何等所論の違法はない。
論旨は、すべて理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 五鬼上堅磐)

+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

3.小問2(1)について(応用編)

+(権利を失うおそれがある場合の買主による代金の支払の拒絶)
第五百七十六条  売買の目的について権利を主張する者があるために買主がその買い受けた権利の全部又は一部を失うおそれがあるときは、買主は、その危険の限度に応じて、代金の全部又は一部の支払を拒むことができる。ただし、売主が相当の担保を供したときは、この限りでない。

+(有償契約への準用)
第五百五十九条  この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

+判例(S50.4.25)
理由
上告代理人寺口真夫、同村井瑛子の上告理由第一点について。
所有権ないし賃貸権限を有しない者から不動産を貸借した者は、その不動産につき権利を有する者から右権利を主張され不動産の明渡を求められた場合には、貸借不動産を使用収益する権原を主張することができなくなるおそれが生じたものとして、民法五五九条で準用する同法五七六条により、右明渡請求を受けた以後は、賃貸人に対する賃料の支払を拒絶することができるものと解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人Aが、同法五七六条の趣旨に従い、被上告人Bから本件店舗の明渡請求を受けたのちは、上告人に対する賃料の支払を拒絶することができるとした原審の判断は、右説示したところに照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
同第二点について。
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人Bの上告人に対する所論の解除権行使が信義則に反し又は権利の濫用にあたるものとは認められない。原判決に所論の違法はなく、所論引用の最高裁判例は、事案を異にし、本件に適切とはいえない。論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)

4.小問2(2)について(基礎編)
+(所有権の取得時効)
第百六十二条  二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2  十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(所有権以外の財産権の取得時効)
第百六十三条  所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する。
・土地の賃借権について
+判例(S43.10.8)
理由 
 上告代理人高野篤信、同平野保、同宇津呂公子の上告理由について。 
 原審が原判決添付第一号目録(二)記載の土地(以下たんに第一(二)土地という。その他これに準ずる。)について賃貸借の成立を否定した認定・判断は、その挙示する証拠関係によつて是認しえないものではなく、この点に関する論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用できない。 
 次に、所論土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法一六三条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である。 
 しかるに、記録によれば、上告人が原審において、第一(一)(二)土地、第二土地、第三土地について仮定的に賃借権の時効取得を主張したこと、これに対し原審は第一(一)土地について賃貸借の成立を認め、第二、第三土地について時効取得を否定したが、第一(二)土地については賃貸借の成立を否定しながら、時効取得の主張に対してなんら判断を加えていないことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、原判決は第一(二)土地について判断遺脱の違法あることを免れない。 
 また、原審は、第二土地について賃借権の時効取得を否定し、その判決理由一の(三)において「第一審原告(上告人)が第二土地については昭和二二年四月頃以降現在までこれを占有していることは、さきに、みたとおりで……あるが、前認定の事実関係に徴すると、未だ、第一審原告はその主張の如き賃借権を享受する意思を以て右……土地を占有していたとは認め難い」云々と判示するが、これに先だつ原判決理由中のどこにも、原判決が「さきにみた」といい、また「前認定」という、その判示に照応する事実の認定説示を発見することができない。しかも、占有開始の時期については、被上告人において、上告人が第一(二)土地および第二土地の一部の占有を始めたのは、昭和二五年一二月以降のことであると争つているところであり、また、第三土地はともかくとして、第二土地は、原審の認定によつても、賃貸借の成立した第一(一)土地と同時に占有を開始して現在に至り、また、上告人が土地使用の対価として被上告人に賃料を支払つて来たことは(土地の範囲は別として)争いがないというのであるから、原判示のように、上告人において賃借権享受の意思がなかつたとするには、当然なんらかの説明を要するところである。しかるに、原判決理由が「さきにみた」とする「前認定」事実の説示を欠くことは、前述のとおりであつて、原判決は第二土地につき賃借権の時効取得を否定した点において、審理不尽、理由不備の違法あることを免れず、論旨は、けつきよく、この点においても理由あるものといわなければならない。 
 なお、上告人は第三土地に関する請求が排斥されたことをも不服として上告するが、上告状および上告理由書中に、この点に関する上告理由として認めるに足りる記載がなく、排斥を免れない。 
 以上、原判決には第一(二)土地について賃借権の時効取得の主張に対する判断遺脱の違法、第二土地について賃借権の時効取得の主張を排斥するにつき審理不尽、理由不備の違法があり、これらの点において破棄を免れないが、その余の点については上告を失当として棄却すべきであり、右破棄部分については、さらに審理を尽くさせるため原審に差し戻すべきである。 
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致により、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)
+判例(S52.9.20)
 理  由 
 上告代理人長島兼吉の上告理由第一点について 
 他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときには、民法一六三条により、土地の賃借権を時効取得するものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和四二年(オ)第九五四号同四三年一〇月八日第三小法廷判決・民集二二巻一〇号二一四五頁、同五一年(オ)第九九六号同五二年九月二九日第一小法廷判決・裁判集民事一二一号三〇一頁)、他人の土地の所有者と称する者との間で締結された賃貸借契約に基づいて、賃借人が、平穏公然に土地の継続的な用益をし、かつ、賃料の支払を継続しているときには、前記の要件を満たすものとして、賃借人は、民法一六三条所定の時効期間の経過により、土地の所有者に対する関係において右土地の賃借権を時効取得するに至るものと解するのが相当である。 
 これを本件についてみるに、原審は、(1) 本件土地を含む分筆前の原判示一七八番四の土地は、もと上告人らの祖父磯野泉蔵の所有であつたところ、上告人らは、泉蔵の死亡に伴い相続により右土地の所有権を取得した磯野與右エ門ほか九名からそれぞれ三分の一の割合による共有持分の贈与を受け、昭和四三年四月八日、その旨の共有持分移転登記を経由した、(2) 平野定次は、昭和三年の新潟県両津町の大火の後間もなく、泉蔵から分筆前の前記土地の提供を受け、その一部である本件土地上に本件建物を建築し、これを所有してきたが、その後、定次の隠居に伴い平野次郎助が、次いで同人の死亡に伴い平野善徳が、それぞれ家督相続により本件建物の所有権を承継取得した、(3) 磯田佐吉は、昭和二五年五月一二日、善徳から本件建物を買受けると同時に、その敷地である本件土地を建物所有の目的、賃料一年一六〇〇円の約定で賃借し、同月二五日本件建物につき右売買を原因とする所有権移転登記を経由したものであるが、その際、善徳は、佐吉に対し、本件土地を含む分筆前の前記土地は、定次が泉蔵から買受けてその所有権を取得したものではあるが、なお問題があり、佐吉に不利益が及ぶようなことがあれば、善徳において責任を持つ旨を約した、(4) 佐吉は本件建物に居住し、その敷地として本件土地を使用する一方、その賃料は善徳の姉を通じて善徳に支払つてきた、(5) 佐吉は昭和四六年八月三一日に死亡し、被上告人らが相続によつて同人の地位を承継したものであるところ、同人の死亡後は、被上告人磯田忠男が、本件建物に居住し、前同様の方法で昭和五五年分まで賃料の支払いを続けてきた、(6) 佐吉及び被上告人らは、以上の期間中、上告人らや本件土地の前所有者から本件土地の明渡を求められることはなかつた、(7) 被上告人らは、昭和五八年八月四日の本訴第一審口頭弁論期日において、佐吉は本件土地について用益を開始した昭和二五年五月一二日から二〇年を経た昭和四五年五月一二日の経過とともに本件土地の所有者に対抗することができる賃借権を時効により取得したとして、右時効を援用する旨の意思表示をした、との事実を確定している。以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。そして、右の事実関係のもとにおいては、佐吉の本件土地の継続的な用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているものと認めるのが相当であるから、同人は、民法一六三条所定の二〇年の時効期間を経た昭和四五年五月一二日の経過により、本件土地の所有者である上告人らに対する関係において本件土地の賃借権を時効取得したものであり、被上告人らは、佐吉の死亡に伴い、相続により右賃借権を承継取得したものということができる。これと同旨の原審の判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。 
 同第二点について 
 所論の主張は、賃借権の取得時効を中断する事由の主張として十分なものとはいえないから、原判決にこれについての判断を欠いた違法があるとしても、右違法は判決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。したがつて、論旨は採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭 裁判官 香川保一 裁判官 林 藤之輔) 
・賃料の支払先
+判例(S49.3.10)
5.小問2(2)について(応用編)
+(時効の援用)
第百四十五条  時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
当事者=直接時効の利益を受ける者


民法 事例で考える民法演習2 25 債権の譲受人と「第三者」~金銭騙取による不当利得と第三者のためにする契約


1.小問1について(基礎編)
+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

+(取消しの効果)
第百二十一条  取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。ただし、制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

+(指名債権の譲渡における債務者の抗弁)
第四百六十八条  債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。この場合において、債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときはこれを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができる。
2  譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。

・債権は同一性を保ったまま移転し、瑕疵や抗弁も引き継がれる。

2.小問1について(応用編)
+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

・通謀虚偽表示の場合、債権を譲り受けた丙は「第三者」(94条2項)にあたる!
・売買契約の解除の場合、債権を譲り受けたZは「第三者」(545条1項ただし書き)に当たらない!!
債権譲渡ではなく転売の場合には「第三者」にあたる。

・不当利得の損失について
+判例(H16.10.26)
理由
上告代理人脇山弘の上告受理申立て理由1,2について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) Aは,第1審判決別紙預金目録記載の各金融機関(以下「本件各金融機関」という。)に対し,同目録記載の各預金債権(原審が訂正した後のもの。以下,これらの預金債権を「本件各預金債権」といい,これらの預金を「本件各預金」という。)を有していた。
(2) Aは,平成3年4月30日,死亡した。上告人及び被上告人は,Aの子であり,本件各預金債権を各2分の1の割合で法定相続した。
(3) 上告人は,第1審判決別紙預金目録記載の各払戻年月日に,本件各金融機関から本件各預金の払戻しを受けたが,その際,本件各預金のうち被上告人の法定相続分である2分の1に当たる金員(以下「被上告人相続分の預金」という。)については,何らの受領権限もないのに,その払戻しを受けたものである。
2 本件は,被上告人が,上告人は被上告人相続分の預金を無権限で払戻しを受けて取得し,これにより被上告人は被上告人相続分の預金相当額の損失を被ったなどと主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,被上告人相続分の預金相当額等の支払を求める事案である。
これに対し,上告人は,本件各金融機関は被上告人相続分の預金の払戻しについて過失があるから,上記払戻しは民法478条の弁済として有効であるとはいえず,したがって,被上告人が本件各金融機関に対して被上告人相続分の預金債権を有していることに変わりはないから,被上告人には不当利得返還請求権の成立要件である「損失」が発生していないなどと主張して,被上告人の上記請求を争っている
3 そこで検討すると,(1) 上告人は,本件各金融機関から被上告人相続分の預金について自ら受領権限があるものとして払戻しを受けておきながら,被上告人から提起された本件訴訟において,一転して,本件各金融機関に過失があるとして,自らが受けた上記払戻しが無効であるなどと主張するに至ったものであること,(2) 仮に,上告人が,本件各金融機関がした上記払戻しの民法478条の弁済としての有効性を争って,被上告人の本訴請求の棄却を求めることができるとすると,被上告人は,本件各金融機関が上記払戻しをするに当たり善意無過失であったか否かという,自らが関与していない問題についての判断をした上で訴訟の相手方を選択しなければならないということになるが,何ら非のない被上告人が上告人との関係でこのような訴訟上の負担を受忍しなければならない理由はないことなどの諸点にかんがみると,上告人が上記のような主張をして被上告人の本訴請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである。
4 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の判例は事案を異にし本件に適切ではない。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖)

++解説
《解  説》
1 本件は,共同相続人間において,相続人の一人が遺産である預金全額の払戻しを受けたことに関し,不当利得の成否が争われた事案である。
Aは,甲信用金庫及び乙,丙銀行(以下「本件各金融機関」という。)に対し,普通預金等(以下「本件各預金」という。)を有していたところ,平成3年4月30日に死亡した。Aの相続人は,子であるXとYの2名であり,本件各預金債権を各2分の1の割合で法定相続した。Yは,平成3年5月から同年7月にかけて,本件各預金を全額払い戻した。
Xは,Yは本件各預金のうちX相続分の預金を無権限で払戻しを受けて取得し,これによりXはX相続分の預金相当額の損失を被ったなどと主張して,Yに対し,不当利得返還請求権に基づき,X相続分の預金相当額等の支払を求めた。これに対し,Yは,本件各金融機関は,X相続分の預金の払戻しについて過失があるから,上記払戻しは民法478条の弁済として有効であるとはいえず,したがって,Xが本件各金融機関に対してX相続分の預金債権を有していることに変わりはないから,Xには不当利得返還請求権の成立要件である「損失」が発生していないなどと主張して,Xの上記請求を争った。
2 1審は,Yの上記主張をおおむね認め,Xの請求の大半を棄却した(乙銀行によるX相続分の預金の払戻しは善意無過失でされたものであり,同預金債権は消滅したとして,Yに対し,同預金に相当する約2000円の支払等のみを命じた。)。これに対し,原審は,Yが,Xからの不当利得返還請求に対し,本件各金融機関の払戻しは民法478条の弁済として有効であるとはいえないから,本件各金融機関から弁済を受けるべきであると主張して,自らの責任を免れることは信義則上許されないとして,1審判決を変更し,Xの請求をすべて認容した。
第三小法廷は,Yの上告受理の申立てを受理した上で,原審の判断を正当とし,Yの上告を棄却した。

3 本件はいわゆる三者不当利得(多当事者間の不当利得)の事案であるところ,本件のようなケースにおける不当利得の成否に関する大方の理解は次のとおりであると思われる(我妻榮・債権各論下巻1(民法講義Ⅳ)1036頁以下,四宮和夫・事務管理・不当利得・不法行為上巻(現代法律学全集)199頁以下,松坂佐一・事務管理・不当利得〔新版〕(法律学全集)165頁以下等参照)。すなわち,①債務者Aが債権の準占有者Yに対して善意無過失で弁済をした場合(弁済が有効な場合)には,Yの金員受領という「受益(利得)」と債権者Xの債権喪失という「損失」が発生するから,Xは,Yに対し,受領した金員につき不当利得返還請求をすることができる。これに対し,②債務者Aが債権の準占有者Yに対して悪意あるいは善意有過失で弁済をし(弁済が無効な場合),かつ債権者Xが追認もしないときには,債務者Aが債権の準占有者Yに対して不当利得返還請求をしていくことになる。
このような理解に立つと,債務者Aの債権の準占有者Yに対する弁済が有効とならない場合には,債権者XのAに対する債権は消滅しておらず,Xは,Aに対し,無効な弁済を追認しない限り,依然として債権の弁済を求めることができるから,Xには,不当利得返還請求権の成立要件としての「損失」が発生していないということになりそうである(この場合,三者間で「損失」を被ったのは無権限者であるYに弁済をしたAであり,「受益」があるのはYであるから,AがYに対し,不当利得返還請求をしていくことになろう。)。
そして,不当利得返還請求権の成立要件である「損失」の発生については,原告側でこれを主張,立証すべき責任があることについてはおおむね異論をみないところ,この点に上記理解を形式的にあてはめた場合,原告である債権者Xが,債務者Aの債権の準占有者Yに対する弁済は善意無過失でされたものであり,有効であること,あるいは,弁済が無効であるとしてもXがAに対して追認をしたこと,したがって,XのAに対する債権は消滅し,Xに「損失」が発生したことを主張,立証すべき責任があるととらえる余地が生じてくる。

4 しかし,本件において,①Yは,本件各金融機関からX相続分の預金について自ら受領権限があるものとして払戻しを受けておきながら,Xから提起された本件訴訟において,一転して,自らが受けた上記払戻しが無効であるなどと主張するに至ったものであること,②仮に,Yが,本件各金融機関がした上記払戻しの民法478条の弁済としての有効性を争って,Xの本訴請求の棄却を求めることができるとすると,Xは,本件各金融機関が上記払戻しをするに当たり善意無過失であったか否かという,自らが関与していない問題についての判断をした上で,訴訟の相手方を選択しなければならなくなるが,何ら非のないXがYとの関係でこのような訴訟上の負担を受忍しなければならない理由はないことなどの諸点にかんがみると,信義則上,本件各金融機関のYに対するX相続分の預金の払戻しが民法478条の弁済として有効であり(あるいは無効であるとしてもXがAに対して追認をし),Xの本件各金融機関に対する債権が消滅したことまでXに主張,立証責任を負わせることは相当ではなく,Xとしては,X相続分の預金相当額の「損失」が発生したことを主張すれば足り,Yが,この主張を否認した上,上記のような積極主張をして本訴請求を争うことは許されないものと考えられる。
なお,信義則上の配慮等から「受益」についての主張,立証責任の分配の原則を一部変更したものとして最三小判平10.5.26民集52巻4号985頁,判タ976号138頁(平10最判解説(民)(上)532頁)がある。本件とは,考え方として共通するものが含まれているといえよう。
5 本件は,事例判例にすぎないが,不当利得の成否と信義則が交錯する場面において参考となる説示が含まれていることから紹介する次第である。

・不法行為の「損害」について
+判例(H23.2.18)
理 由
上告代理人鈴木堯博の上告受理申立て理由について
1 本件は,上告人が,自己が保険金受取人である簡易生命保険契約につき,被上告人Y1及び同Y2が上告人に無断で保険金及び契約者配当金(以下「保険金等」という。)の支払請求手続を執り,郵便局員である被上告人Y3が上告人の意思確認を怠り支払手続を進めるなどした結果,被上告人Y1及び同Y2に保険金等が支払われ,保険金等相当額の損害を被ったなどとして,被上告人らに対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) Aは,平成7年9月29日ころ,国との間で,保険金受取人をA,被保険者を上告人,保険金額を500万円,保険期間の終期を平成17年9月28日とする簡易生命保険(普通養老保険)契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(2) Aは,平成9年▲月▲日に死亡した。その子であるBは,本件保険契約の保険契約者の地位を承継し,保険金受取人をBに変更した。
(3) 日本郵政公社は,平成15年4月1日,本件保険契約上の国の権利義務を承継した。
(4) Bは,平成17年▲月▲日に死亡した。その夫である被上告人Y1は,本件保険契約の保険契約者の地位を承継したが,保険金受取人を新たに指定することのないまま,保険期間の終期が経過した。
(5) 本件保険契約に基づく保険金等の支払請求権(以下,上記保険金等を「本件保険金等」といい,その支払請求権を「本件保険金等請求権」という。)は,簡易生命保険法55条1項1号により,被保険者である上告人に帰属する。
(6) 郵便局員である被上告人Y3は,平成17年10月3日ころ,被上告人Y1及び同Y2に対し,本件保険金等請求権が上告人に帰属する旨説明をした。
(7) 被上告人Y1及び同Y2は,上告人に無断で,上告人名義の委任状(以下「本件委任状」という。)等を作成した上で,平成17年11月28日,被上告人Y3に対し,本件委任状等を提出して,本件保険金等の支払を請求した。本件委任状には,これに記載された上告人の生年月日が本件保険契約の保険証書の記載と明らかに異なっているという不審な点があったが,被上告人Y3は,本件委任状と上記保険証書とを対照せず,これに気付かなかった。もっとも,上記保険証書の被保険者は「甲野花子」となっていたのに対し,本件委任状は「甲田花子」名義で作成されていたことから,被上告人Y3は,被上告人Y2に対し,その旨指摘した上,「甲田花子」と「甲野花子」とが同一人物であることを証する書類が必要である旨申し向けた。ところが,被上告人Y2は,上告人から委任を受けていることは確かであるから,そのまま手続を進めてほしい旨懇願した。そこで,被上告人Y3は,上告人が自ら本件保険金等の支払請求手続を執ったものとして手続を進めることとし,被上告人Y2に,「甲野花子」名義の支払請求書兼受領証を作成するよう指示してこれを作成させた上,実際には確認をしていないのに,上告人名義の国民健康保険被保険者証により本人確認をしたものとして,虚偽の内容を記載した本人確認記録票等を作成し,支払手続を進めた。
(8) 被上告人Y1及び同Y2は,平成17年12月12日,上告人の代理人と称して,本件保険金等合計501万7644円の支払を受けた。
(9) 上告人は,日本郵政公社に対し,本件保険金等の支払を請求したが,日本郵政公社は,被上告人Y1及び同Y2に対する上記(8)の支払は有効な弁済であるとして,これを拒絶した。
(10) そこで,上告人は,本件訴えを提起した。本件訴訟において,被上告人Y3は,上記(8)の支払が有効な弁済とならない場合には上告人は依然として本件保険金等請求権を有していると主張して,上告人に損害が発生したことを否認し,被上告人Y1及び同Y2も,これを否認している。

3 原審は,被上告人らによる前記の行為は上告人に対する共同不法行為に当たるとしたが,次のとおり判断して,上告人の被上告人らに対する請求を棄却した。
本件保険金等の支払については,担当者である被上告人Y3に過失があり,これが有効な弁済とはならない以上,上告人は,依然として本件保険金等請求権を有しているから,本件保険金等相当額の損害が発生したと認めることはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断のうち,上告人に損害が発生したと認めることができないとする部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前記事実関係によれば,被上告人Y1及び同Y2は,被上告人Y3から本件保険金等請求権が上告人に帰属する旨の説明を受けていながら,上告人に無断で,本件委任状を作成した上,本件保険金等請求権の支払請求手続を執り,被上告人Y3から本件委任状の不備を指摘されると,上告人から委任を受けていることは確かであるとして,支払手続を進めるよう懇願し,被上告人Y3の指示を受けて「甲野花子」名義の支払請求書兼受領証を作成するなどして,本件保険金等の支払を受けたものである。その後,上告人は,日本郵政公社に本件保険金等の支払を請求したものの拒絶され,その損害を回復するために本件訴えの提起を余儀なくされた。他方,被上告人Y1及び同Y2が,依然として本件保険金等請求権は消滅していないことを理由に損害賠償義務を免れることとなれば,上告人は,同被上告人らに対する本件保険金等の支払が有効な弁済であったか否かという,自らが関与していない問題についての判断をした上で,請求の内容及び訴訟の相手方を選択し,攻撃防御を尽くさなければならないということになる本件保険金等請求権が本来上告人に帰属するものであった以上は,被上告人Y1及び同Y2は上告人との関係で本件保険金等を保有する理由がないことは明らかであるのに,何ら非のない上告人がこのような訴訟上の負担を受忍しなければならないと解することは相当ではない。以上の事情に照らすと,上記支払が有効な弁済とはならず,上告人が依然として本件保険金等請求権を有しているとしても,被上告人Y1及び同Y2が,上告人に損害が発生したことを否認して本件請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである(最高裁平成16年(受)第458号同年10月26日第三小法廷判決・裁判集民事215号473頁参照)。
(2) また,前記事実関係によれば,被上告人Y3は,被上告人Y1及び同Y2による本件保険金等の支払請求手続に不審な点があったにもかかわらず,上告人の意思を何ら確認せず,それどころか被上告人Y2の懇願を受け,上告人が自ら手続を執ったかのような外形を整えるために,被上告人Y2に「甲野花子」名義の支払請求書兼受領証の作成を指示してこれを作成させ,自らも内容虚偽の本人確認記録票を作成してまで支払手続を進めたのであるから,被上告人Y3においても,共同不法行為責任を負う被上告人Y1及び同Y2と同様に,上告人に損害が発生したことを否認して本件請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである。
5 これと異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人の被上告人らに対する請求に関する部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,上記部分に関する上告人の請求は理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,上記部分に係る被上告人らの控訴を棄却すべきである。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 須藤正彦 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官千葉勝美)

3.小問2について(基礎編)
+(不当利得の返還義務)
第七百三条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条  悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

・因果関係について
無資力

・法律上の原因
+判例(S49.9.26)
理由
上告代理人小林健治の上告理由第一点及び第二点について。
原審は、(一)被上告人の農林省農林経済局農業保険課団体班事務費係の農林事務官Aは、かねて職務上知合いであつた上告人連合会経理課長B、同職員Cらと結託し、金券詐取の方法により、昭和二九年六月二日ころから同三一年三月九日ころまでの間に前後十数回にわたり、国庫より各農業共済団体に対して交付すべきいわゆる国庫負担金に充てるべき国庫金のうちから合計七八九五万一八二二円を詐取したため、国庫金に不足をきたし、同三一年四月に入るも、同三〇年度の予算をもつて埼玉県農共組連に割当てられた国庫負担金二〇七八万九四一六円及び兵庫県農共組連に割当てられた国庫負担金一二八〇万六四三四円がいずれも未交付のまま放置され、そのためAの直属上司たる農業保険課長のもとに右両県農共組連から国庫負担金交付の催促がされるに至つたこと、(二)そこで、右犯行の発覚をおそれたAは、当面を糊塗して犯行を隠蔽するため、昭和三一年四月下旬ころ、上告人連合会経理課長Bに対し、「農林省の予算操作上の手違いにより、埼玉、兵庫両県農共組連に交付すべき昭和三〇年度の国庫負担金に不足を来たしたので、新年度予算をもつて一か月以内に返済するから、とりあえず上告人において取引銀行から三五〇〇万円程度の金員を借入れたうえこれを一時農林省に融通してもらいたい。」と申込んだが、その際、Bとしては、右国庫負担金不足の原因が前記の不正な国庫金支出に由来するものであり、かつ、Aの右金員融通申込の意図が、前記国庫金詐取によりあけられていた国庫の会計上の穴を秘かに埋めて、犯行の発覚を未然に防止するにあることを察知することができたこと、しかし、Aから右金員の調達ができなければ前記犯行が発覚するのみならず、不正支出に基づく国庫金によりなされた上告人の簿外会計の赤字補填等の事実も露見し、容易ならぬ事態に立至る旨を説得されるに及んで、結局、Bは自己の一存で上告人名義をもつて銀行から右融通申込金を借受け、これをAに交付することを承諾し、上告人連合会の経理課長の地位にあることを奇貨として、上司の決裁を受けることなく、ほしいままに上告人連合会会長の職印を使用して上告人振出名義の金額一九四六万円及び金額一五〇〇万円の約束手形二通を作成したこと、(三)そして、Bは、まず右約束手形の一通を用いて同年四月二七日三菱銀行水戸支店から、独断で、上告人名義をもつて一九四六万円を借受けたうえ、同日右借入金を資金として同銀行同支店から同銀行本店を支払人とする金額一九三五万七八三三円の小切手一通の振出を受け、即日これを持参して農林省に赴き、Aの指示により同人立会のうえ、上告人の受給国庫負担金のうち手続上の過誤に基づき過払勘定になつていた金員を返納するとの名目のもとに、右小切手をAの上司で情を知らない事務費係長Dに手交したところ、Dが翌二八日右小切手を三菱銀行本店に振込み、同銀行をして右小切手金額に相当する金員を日本銀行国庫の当該口座に振替入金させ、かくして、右金員は同年五月一日他の金員と合わせて二〇七八万九四一六円とされたうえ、埼玉県農共組連に対し昭和三〇年度分の割当国庫負担金として交付されたこと、(四)次いで、Bは、前記約束手形の残りの一通を用いて、同年四月三〇日日本勧業銀行水戸支店から、前同様独断で、上告人名義をもつて一五〇〇万円を借受けたうえ、同日同銀行同支店から右借入金を資金として同銀行本店を支払人とする金額一二八〇万六四三四円の小切手一通の振出を受け、即日これをAに手交したこと、(五)ところで、Bが上司の決裁を受けることなく、ほしいままに上告人会長の職印を使用して上告人振出名義の約束手形二通を作成し、これを用いて、独断で、上告人名義をもつて昭和三一年四月二七日三菱銀行水戸支店から一九四六万円を、同年同月三〇日日本勧業銀行水戸支店から一五〇〇万円をそれぞれ借受けたことは、Bが上告人の経理課長として従前より上告人会長の職印を使用して上告人名義の約束手形を振出す権限を与えられていた等諸般の事情に鑑みるとき、右各銀行支店員において、従来の取引例に照らし、Bに右各金員の借入につき上告人を代理する正当の権限があると信じるのはもつともであつて、上告人は、民法一一〇条の表見代理の法理により、Bのした右各金員借入れにつき責任を負い、各銀行に対し借受金を返還すべき債務を負担するに至つたところ、Bが前記の経緯により三菱銀行水戸支店からの借受金より一九三五万七八三三円をDに、日本勧業銀行水戸支店からの借受金より一二八〇万六四三四円をAに、それぞれ交付したのであるから、上告人に右各交付金額相当の損失が発生したこと、(六)また、叙上の事実によれば、BがAの指示により同人の上司たる農林省農林経済局農業保険課団体事務費係長Dに対し小切手化された一九三五万七八三三円(以下本件(1)の金員と略称する。)を手交し、Dがこれを日本銀行の当該口座に振替入金したことにより、被上告人には右入金額相当の利得が生じたこと、(七)しかし、Bが、本件(1)の金員をD係長に交付したのは、同人がCとともに共同加功したAの国庫金詐取によつて埼玉、兵庫両農共組連に対し交付すべき国庫負担金が不足をきたしたため、右共同犯行の発覚を未然に防止するため、Aの依頼により同人に代わつて、同人の被上告人に対する国庫金詐取に基づく損害賠償債務の一部弁済としてなされたものであつて、上告人の主張するような過払金返納の趣旨でなされたものではなく、かつ、本件(1)の金員調達の経緯につきD係長は善意であつたから、これによつて生じた被上告人の利得には法律上の原因を伴うものであること、を認定判示しており、右認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係とその説示に照らして、首肯しえないものではなく、その過程に所論の違法は認められない。なお、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。それゆえ、本件(1)の金員に関する論旨は、採用することができない。

同第一点及び第三点について。
原審は、(1)Aは、昭和三一年四月三〇日、Bから小切手化された一二八〇万六四三四円(以下本件(2)の金員と略称する。)を受領したが、これを一時自己の事業資金として流用することを企図し、(1)同年五月一五日まず右金員を東京都民銀行池袋支店に開設していた自己の当座預金口座に振込預金し(右振込前の預金残金は五万五三四七円)、(2)同月八日、当日の預金残から一〇〇〇万円を払戻して、直ちに同銀行同支店に同額の定期預金をし、(3)同月一〇日右定期預金を担保に同銀行から一〇〇〇万円を借受け、これから前払利息を差引いた手取金九九九万一五〇〇円を再び前記当座預金口座に預入れ、(4)同月一一日同口座から九八〇万円を払戻して、そのうち八三〇万円を同月一四日東京相互銀行銀座支店の当座預金口座に預入れ(右預入れ直前の同口座預金残高は七八七四円)、(5)同月一八日、東京都民銀行池袋支店から、自己所有の湯島天神町所在の家屋一棟を担保に三〇〇万円を借受け、内金二九〇万円に、別途工面した現金二四〇万円を加えた合計五三〇万円を、同日東京相互銀行銀座支店の当座預金口座に預入れ、この結果同口座の預金残額が一二九八万七〇〇〇円となつたので、即日これを資金として同銀行振出の金額一二八〇万六四三四円の小切手を得て、これを農林省官房会計課長の名義を冒用し兵庫県農共組連に宛て昭和三〇年度分の割当国庫負担金として直接送金したが、このような預金操作の間においてAは右各銀行の預金口座から頻繁に払戻しをして自己の事業資金に流用し、その額が五〇〇万円を超えたこと、(二)一方、Aから送金を受けた同農共組連は、右送金が国庫金交付の正規の手続を履践していないものとしてその正式受領を留保し、農林省に右金員の処理方について指示を仰いだ結果、昭和三一年七月一〇日ころに至り、農林省、A及び右農共組連の三者間において覚書を作成したうえ、同農共組連は右金員をいつたんAに返還し、Aは右返還を受けた金員を同人が前記国庫金詐取により被上告人国に被らせた損害の一部弁償として国に支払い、農林省より改めて右金員を同農共組連に対し昭和三〇年度分の割当国庫負担金として交付する旨の合意がなされ、次いで右国庫負担金の過年度支出を法律上可能にするため特別の政令(いわゆるA政令)が発せられ、同年一〇月四日右合意がその内容のとおり処理履行されたこと、を認定したうえ、以上認定した事実によれば、Aが兵庫県農共組連に送付した金員と本件(2)の金員との間にはもはや同一性を肯認することができないから、その後、前記の経緯により同年一〇月四日被上告人がAの損害賠償金として受領した一二八〇万六四三四円をもつて社会通念上本件(2)の金員に由来するものとみることはできず、結局、Bが本件(2)の金員をAに交付したことにより、上告人に右交付金額に相当する損失が生じたものということはできるが、右損失と被上告人の同年一〇月四日のAからの金員受領による利得との間には因果関係を認めることができないから、被上告人は上告人の財産によつて利得し、これによつて上告人に損失を被らせたものではないと判示し、被上告人が本件(2)の金員を受領したことによる不当利得の返還を求める上告人の請求部分を棄却した一審判決を是認している。
しかしながら、右の原審の判断はにわかに首肯することができない。
およそ不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、利得者にその利得の返還義務を負担させるものであるが、いま甲が、乙から金銭を騙取又は横領して、その金銭で自己の債権者丙に対する債務を弁済した場合に、乙の丙に対する不当利得返還請求が認められるかどうかについて考えるに、騙取又は横領された金銭の所有権が丙に移転するまでの間そのまま乙の手中にとどまる場合にだけ、乙の損失と丙の利得との間に因果関係があるとなすべきではなく、甲が騙取又は横領した金銭をそのまま丙の利益に使用しようと、あるいはこれを自己の金銭と混同させ又は両替し、あるいは銀行に預入れ、あるいはその一部を他の目的のため費消した後その費消した分を別途工面した金銭によつて補填する等してから、丙のために使用しようと、社会通念上乙の金銭で丙の利益をはかつたと認められるだけの連結がある場合には、なお不当利得の成立に必要な因果関係があるものと解すべきであり、また、丙が甲から右の金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、丙の右金銭の取得は、被騙取者又は被横領者たる乙に対する関係においては、法律上の原因がなく、不当利得となるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原審の確定した前記の事実関係のもとにおいては、本件(2)の金員について、Aの預金口座への預入れ、払戻し、A個人の事業資金への流用、兵庫県農共組連に送金するため別途工面した金銭による補填等の事実があつたからといつて、そのことから直ちにAが右農共組連に送付した金員と本件(2)の金員との間に社会観念上同一性を欠くものと解することはできないのであつて、その後、原審認定の経緯により昭和三一年一〇月四日被上告人がAの損害賠償金として受領した一二八〇万六三四三円は、社会観念上はなお本件(2)の金員に由来するものというべきである。そして、原審の確定した事実関係によれば、本件(2)の金員は、Aが上告人の経理課長Bを教唆し又は同人と共謀し同人をして上告人から横領せしめたものであるか、あるいはBが横領した金銭を同人から騙取したものと解する余地がある。そうすると、被上告人においてAから右損害賠償金を受領するにつき悪意又は重大な過失があつたと認められる場合には、被上告人の利得には法律上の原因がなく、不当利得の成立する余地が存するのである。
しかるに、原審はこれらの諸点を顧慮することなく、AがBから受領した本件(2)の金員とAが兵庫県農共組連に送付した金員との間には同一性がなく、したがつてまた、Bが本件(2)の金員をAに交付することにより上告人が被つた右金額に相当する損失と、被上告人の同年一〇月四日のAからの金員受領による利得との間には因果関係を認めることができないとして、上告人の被上告人に対する本件(2)の金員の不当利得返還請求を排斥した原判決には、不当利得に関する法理の解釈適用を誤つたか又は審理不尽、理由不備の違法があるというべく、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであつて、論旨は結局理由がある。
よつて、原判決中、上告人の被上告人に対する本件(2)の金員の不当利得返還請求に関する控訴を棄却した部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻し、上告人のその余の上告は理由がないのでこれを棄却することとし、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官岩田誠は退官につき評議に関与しない。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

・詐害行為取消権について
+判例(S39.11.17)
要旨
債務の弁済について詐害行為取消権が認められるのは、弁済を受けた受益者が悪意、しかも、弁済をした債務者との間に通謀が認められる場合だけ。

4.小問2について(応用編)

5.小問3について
+(第三者のためにする契約)
第五百三十七条  契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは、その第三者は、債務者に対して直接にその給付を請求する権利を有する。
2  前項の場合において、第三者の権利は、その第三者が債務者に対して同項の契約の利益を享受する意思を表示した時に発生する。
(第三者の権利の確定)
第五百三十八条  前条の規定により第三者の権利が発生した後は、当事者は、これを変更し、又は消滅させることができない。
(債務者の抗弁)
第五百三十九条  債務者は、第五百三十七条第一項の契約に基づく抗弁をもって、その契約の利益を受ける第三者に対抗することができる

・受益者Cに96条3項の保護は与えられない。
96条3項を類推という方法はあるかも。


民法 基本事例で考える民法演習2 24ちゅん退任の地位の移転と解除権の帰趨~敷金と賃料をめぐる法律関係


1.小問1(1)について

+借地借家法
(建物賃貸借の対抗力等)
第三十一条  建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる
2  民法第五百六十六条第一項 及び第三項 の規定は、前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3  民法第五百三十三条 の規定は、前項の場合に準用する。
・譲受人が賃料を請求するに当たっては登記が必要。
←賃借人は177条の第三者に該当するから。
・+(解除権の行使)
第五百四十条  契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2  前項の意思表示は、撤回することができない。
+判例(S39.8.28)
理由 
 上告代理人香田広一の上告理由第五点について。 
 所論は、被土告人はすでに昭和三四年九月二八日本件建物を訴外Aに売り渡してその所有権を失つているのであるから、右売渡後の同年一〇月五日に同年九月末日までの延滞賃料の催告をなし、右賃料不払に基づいて被上告人のなした本件賃貸借契約解除はその効力を有しない筈であるのに、原審が右解除を有効と判断して被上告人の請求を認容したのは、借家法の解釈を誤まつたものであるという。 
 記録によれば、上告人が昭和三五年二月一六月午前一〇時の原審最終口頭弁論期日において、被上告人は昭和三四年九月二八日本件家屋を訴外Aに売り渡したからその実体的権利はすでに右訴外人に移転し被上告人はこれを失つている旨主張したのに対して、原審は右売却およびこれによる所有権喪失の有無につき被上告人に対して認否を求めないまま弁論を終結したことが明らかであり、原判決が、被上告人の本訴請求は賃貸借の消滅による賃貸物返還請求権に基づくものであるから仮に上告人主張のように被上告人が本件建物の所有権を他に譲渡してもこの事実は右請求権の行使を妨げる理由とはならないとして、被上告人の右請求を認容していることは、論旨のとおりである。 
 しかし、自己の所有建物を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右建物を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には、特段の事情のないかぎり、借家法一条の規定により、賃貸人の地位もこれに伴つて右第三者に移転するものと解すべきところ、本件においては、被上告人が上告人に対して自己所有の本件建物を賃貸したものであることが当事者間に争が由ないのであるから、本件賃貸借契約解除権行使の当時被上告人が本件建物を他に売り渡してその所有権を失つていた旨の所論主張につき、もし被上告人がこれを争わないのであれば、被上告人は上告人に対する関係において、右解除権行使当時すでに賃貸人たるの地位を失つていたことになるのであり、右契約解除はその効力を有しなかつたものといわざるを得ない。しかるに、原審が、叙上の点を顧慮することなく、上告人の所論主張につき、本件建物の所有権移転が本訴請求を妨げる理由にはならないとしてこれを排斥したのは、借家法一条の解釈を誤まつたか、もしくは審理不尽の違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。従つて、上告代理人香田広一のその余の論旨および上告代理人清水正雄の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、なお右の点について審理の必要があるものと認められるから、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外) 
・信頼関係理論
+判例(S39.7.28)
理由 
 上告代理人宮浦要の上告理由第一点について。 
 所論は、原判決には被上告人Aに対する本件家屋明渡の請求を排斥するにつき理由を付さない違法があるというが、原判決は、所論請求に関する第一審判決の理由説示をそのまま引用しており、所論は、結局、原判決を誤解した結果であるから、理由がない。 
 同第二点について。 
 所論は、相当の期間を定めて延滞賃料の催告をなし、その不履行による賃貸借契約の解除を認めなかつた原判決違法と非難する。しかし、原判決(及びその引用する第一審判決)は、上告人が被上告人Aに対し所論延滞賃料につき昭和三四年九月二一日付同月二二日到達の書面をもつて同年一月分から同年八月分まで月額一二〇〇円合計九六〇〇円を同年九月二五日までに支払うべく、もし支払わないときは同日かぎり賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をなしたこと、右催告当時同年一月分から同年四月分までの賃料合計四八〇〇円はすでに適法に弁済供託がなされており、延滞賃料は同年五月分から同年八月分までのみであつたこと、上告人は本訴提起前から賃料月額一五〇〇円の請求をなし、また訴訟上も同額の請求をなしていたのに、その後訴訟進行中に突如として月額一二〇〇円の割合による前記催告をなし、同被上告人としても少なからず当惑したであろうこと、本件家屋の地代家賃統制令による統制賃料額は月額七五〇円程度であり、従つて延滞賃料額は合計三〇〇〇円程度にすぎなかつたこと、同被上告人は昭和一六年三月上告人先代から本件家屋賃借以来これに居住しているもので、前記催告に至るまで前記延滞額を除いて賃料延滞の事実がなかつたこと、昭和二五年の台風で本件家屋が破損した際同被上告人の修繕要求にも拘らず上告人側で修繕をしなかつたので昭和二九年頃二万九〇〇〇円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費について本訴が提起されるまで償還を求めなかつたこと、同被上告人は右修繕費の償還を受けるまでは延滞賃料債務の支払を拒むことができ、従つて昭和三四年五月分から同年八月分までの延滞賃料を催告期間内に支払わなくても解除の効果は生じないものと考えていたので、催告期間経過後の同年一一月九日に右延滞賃料弁済のためとして四八〇〇円の供託をしたことを確定したうえ、右催告に不当違法の点があつたし、同被上告人が右催告につき延滞賃料の支払もしくは前記修繕費償還請求権をもつてする相殺をなす等の措置をとらなかつたことは遺憾であるが、右事情のもとでは法律的知識に乏しい同被上告人が右措置に出なかつたことも一応無理からぬところであり、右事実関係に照らせば、同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして、上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであつて、右判断は正当として是認するに足りる。従つて、上告人の本件契約解除が有効になされたことを前提とするその余の所論もまた、理由がない。 
 同第三点について。 
 所論は、被上告人B及び同Cの本件家屋改造工事は賃借家屋の利用の程度をこえないものであり、保管義務に違反したというに至らないとした原審の判断は違法であつて、民法一条二項三項に違反し、ひいては憲法一二条二九条に違反するという。しかし、原審は、右被上告人らの本件改造工事について、いずれも簡易粗製の仮設的工作物を各賃借家屋の裏側にそれと接して付置したものに止まり、その機械施設等は容易に撤去移動できるものであつて、右施設のために賃借家屋の構造が変更せられたとか右家屋自体の構造に変動を生ずるとかこれに損傷を及ぼす結果を来たさずしては施設の撤去が不可能という種類のものではないこと、及び同被上告人らが賃借以来引き続き右家屋を各居住の用に供していることにはなんらの変化もないことを確定したうえ、右改造工事は賃借家屋の利用の限度をこえないものであり、賃借家屋の保管義務に違反したものというに至らず、賃借人が賃借家屋の使用収益に関連して通常有する家屋周辺の空地を使用しうべき従たる権利を濫用して本件家屋賃貸借の継続を期待し得ないまでに貸主たる上告人との間の信頼関係が破壊されたものともみられないから、上告人の本件契約解除は無効であると判断しているのであつて、右判断は首肯でき、その間なんら民法一条二項三項に違反するところはない。また、所論違憲の主張も、その実質は右民違を主張するに帰するから、前記説示に照らしてその理由のないことは明らかである。所論は、すべて採るを得ない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊 裁判官 柏原語六) 
2.小問1(2)について(基礎編)
・賃貸人の移転に伴う敷金関係の移転
+判例(S48.2.2)
理由 
 上告代理人山下勉一の上告理由について。 
 原判決の確定したところによれば、訴外Aは、昭和三四年一〇月三一日、訴外Bから、同人所有の本件家屋二棟を資料一か月八〇〇〇円、期間三年の約で借り受け、敷金二五万円を同人に交付したが、右賃貸借契約においては、「右敷金ハ家屋明渡ノ際借主ノ負担二属スル債務アルトキハ之ニ充当シ、何等負担ナキトキハ明渡ト同時ニ無利息ニテ返還スルコト」との条項が書面上明記されていたこと、被上告人は、昭和三五年中、競落により本件各家屋の所有権を取得して、Aに対する賃貸人の地位を承継し、その結果右敷金をも受け継いだところ、右賃貸借は昭和三七年一〇月三一日期間満了により終了し、当時賃料の延滞はなかつたこと、被上告人は、Aから本件各家屋の明渡義務の履行を受けないまま、同年一二月二六日、これを訴外Cに売り渡し、かつ、それと同時に、右賃貸借終了の日の翌日から右売渡の日までのAに対する明渡義務不履行による損害賠償債権ならびに過去および将来にわたり生ずべきAに対する右損害賠償債権の担保としての敷金をCに譲渡し、その頃その旨をAに通知したが、右譲渡につきAの承諾を得た事実はなかつたこと、その後CがAに対して提起した訴訟の一、二審判決において、AがCに対して本件各家屋明渡義務および一か月二万四九四七円の割合による賃料相当損害金の支払義務を負うことが認められたのち、昭和四〇年三月三日頃もCとAとの間において、CのAに対する右賃料相当損害金債権のうちから、本件敷金などを控除し、その余の損害金債権を放棄する旨の和解が成立し、同年四月三日頃AがCに対し本件各家屋を明渡したこと、以上の事実が認められるというのであり、他方、上告人が、Aに対する強制執行として、昭和四〇年一月二七日、Aの被上告人に対する本件敷金返還請求権につき差押および転付命令を得、同命令が同月二九日Aおよび被上告人に送達された事実についても、当事者間に争いがなかつたことが明らかである。 
 原判決は、以上の事実関係に基づき、本件賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借契約終了後の家屋明渡義務不履行に基づく損害賠償債権をも担保するものであり、家屋の譲渡によつてただちにこのような敷金の担保的効力が奪われるべきではないから、賃貸借終了後に賃貸家屋の所有権が譲渡された場合においても、少なくとも旧所有者と新所有者との間の合意があれば、貸借人の承諾の有無を問わず、新所有者において敷金を承継することができるものと解すべきであり、したがつて、被上告人がCに本件敷金を譲渡したことにより、Cにおいて右敷金の担保的効力とその条件付返還債務とを被上告人から承継し、その後、右敷金は、前記の一か月二万四九四七円の割合により遅くとも昭和三八年九月末日までに生じた賃料相当の損害金に当然に充当されて、全部消滅したものであつて、上告人はその後に得た差押転付命令によつて敷金返還請求権を取得するに由ないものというべきであり、なお、右転付命令はすでに敷金をCに譲渡した後の被上告人を第三債務者とした点においても有効たりえない、と判断したのである。 
 思うに、家屋賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が貸借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し、賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において、それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解すべきであり、本件賃貸借契約における前記条項もその趣旨を確認したものと解される。しかしながら、ただちに、原判決の右の見解を是認することはできない。すなわち、敷金は、右のような賃貸人にとつての担保としての権利と条件付返還債務とを含むそれ自体一個の契約関係であつて、敷金の譲渡ないし承継とは、このような契約上の地位の移転にほかならないとともに、このような敷金に関する法律関係は、賃貸借契約に付随従属するのであつて、これを離れて独立の意義を有するものではなく、賃貸借の当事者として、賃貸借契約に関係のない第三者が取得することがあるかも知れない債権までも敷金によつて担保することを予定していると解する余地はないのである。したがつて、賃貸借継続中に賃貸家屋の所有権が譲渡され、新所有者が賃貸人の地位を承継する場合には、賃貸借の従たる法律関係である敷金に関する権利義務も、これに伴い当然に新賃貸人に承継されるが、賃貸借終了後に家屋所有権が移転し、したがつて、賃貸借契約自体が新所有者に承継されたものでない場合には、敷金に関する権利義務の関係のみが新所有者に当然に承継されるものではなく、また、旧所有者と新所有者との間の特別の合意によつても、これのみを譲渡することはできないものと解するのが相当である。このような場合に、家屋の所有権を取得し、賃貸借契約を承継しない第三者が、とくに敷金に関する契約上の地位の譲渡を受け、自己の取得すべき貸借人に対する不法占有に基づく損害賠償などの債権に敷金を充当することを主張しうるためには、賃貸人であつた前所有者との間にその旨の合意をし、かつ、賃借人に譲渡の事実を通知するだけでは足りず、賃借人の承諾を得ることを必要とするものといわなければならない。しかるに、本件においては、被上告人からCへの敷金の譲渡につき、上告人の差押前にAが承諾を与えた事実は認定されていないのであるから、被上告人およびCは、右譲渡が有効になされ敷金に関する権利義務がCに移転した旨、およびCの取得した損害賠償債権に敷金が充当された旨を、Aおよび上告人に対して主張することはできないものと解すべきである。したがつて、これと異なる趣旨の原判決の前記判断は違法であつて、この点を非難する論旨は、その限度において理由がある。 
 しかし、さらに検討するに、前述のとおり、敷金は、賃貸借終了後家屋明渡までの損害金等の債権をも担保し、その返還請求権は、明渡の時に、右債権をも含めた賃貸人としての一切の債権を控除し、なお残額があることを条件として、その残額につき発生するものと解されるのであるから、賃貸借終了後であつても明渡前においては、敷金返還請求権は、その発生および金額の不確定な権利であつて、券面額のある債権にあたらず、転付命令の対象となる適格のないものと解するのが相当である。そして、本件のように、明渡前に賃貸人が目的家屋の所有権を他へ譲渡した場合でも、貸借人は、賃貸借終了により賃貸人に家屋を返還すべき契約上の債務を負い、占有を継続するかぎり右債務につき遅滞の責を免れないのであり、賃貸人において、貸借人の右債務の不履行により受くべき損害の賠償請求権をも敷金によつて担保しうべきものであるから、このような場合においても、家屋明渡前には、敷金返還請求権は未確定な債権というべきである。したがつて、上告人が本件転付命令を得た当時Aがいまだ本件各家屋の明渡を了していなかつた本件においては、本件敷金返還請求権に対する右転付命令は無効であり、上告人は、これにより右請求権を取得しえなかつたものと解すべきであつて、原判決中これと同趣旨の部分は、正当として是認することができる。 
 したがつて、本件敷金の支払を求める上告人の請求を排斥した原判決は、結局相当であつて、本件上告は棄却を免れない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄) 
・敷金の充当と引き継がれる残額
+判例(S44.7.17)
理由 
 上告代理人鈴木権太郎の上告理由について。 
 原判決が昭和三六年三月一日以降同三九年三月一五日までの未払賃料額の合計が五四万三七五〇円である旨判示しているのは、昭和三三年三月一日以降の誤記であることがその判文上明らかであり、原判決には所論のごとき計算違いのあやまりはない。また、所論賃料免除の特約が認められない旨の原判決の認定は、挙示の証拠に照らし是認できる。 
 しかして、上告人が本件賃料の支払をとどこおつているのは昭和三三年三月分以降の分についてであることは、上告人も原審においてこれを認めるところであり、また、原審の確定したところによれば、上告人は、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに敷金を差し入れているというのである。思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。したがつて、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに差し入れられた敷金につき、その権利義務関係は、同人よりその相続人訴外Bらに承継されたのち、右Bらより本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に、右説示の限度において承継されたものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は理由がない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎) 
3.小問(2)について(応用編)
・旧賃貸人と賃借人との間でされた合意は新賃貸人に承継される!
+判例(S38.9.26)
理由 
 上告代理人岡本共次郎の上告理由第一点について。 
 所論は、転貸許容の特約の存在を肯定した原審の事実認定は採証法則、経験則に違背すると主張する。しかし、原判決が、前所有者訴外Aの代理人Bにおいて、本件家屋を賃貸した当初から、賃借人訴外C(被上告人Dを除く被上告人三名の先代)が本件家屋の階下一一坪五合の部分を不特定の第三者に転貸することを暗黙に承諾していたものと認定したことは、その挙示する証拠によつて原審が認めた諸事情を綜合し、肯認できないわけではない。所論は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、排斥を免れない。 
 同第二点について。 
 所論は、所論のいわゆる概括的転貸許容の特約は賃貸借契約の本来的(実質的)事項でないから、その登記なくしては、家屋の新所有者に対抗できないと主張して、これと異る原判決の判断を攻撃する。しかし、借家法一条一項の規定の趣旨は、賃貸借の目的たる家屋の所有権を取得したる者が旧所有者たる賃貸人の地位を承継することを明らかにしているのであるから、それは当然に、旧所有者と賃借人間における賃貸借契約より生じたる一切の権利義務が、包括的に新所有者に承継せられる趣旨をも包含する法意である。右と同趣旨の原判決の判断は正当であり、所論は独自の見解であつて、採用できない。 
 同第三点について。 
 所論第一審第五回口頭弁論調書に、上告人の主張について「解約」という文字が使用されているからといつて、それだけで、所論のようにそれは「解約申入」の趣旨であつて、「合意解約」の趣旨でないと断定できる筋合いのものでない。 
 また、上告人が借家法三条の解約の申入による賃貸借の終了を主張したことは、記録上認められない。無断転貸を理由とする解除の主張に、当然に、解約の申入による賃貸借の終了の主張をも含んでいると解せられない。以上、所論はすべて排斥を免れない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 斎藤朔郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 長部謹吾) 
+判例(S39.6.26)
理由 
 上告代理人高坂安太郎の上告理由第一点について。 
 所論は、まず本件賃貸借の家賃支払を取立債務と認定した原判決は採証法則に違反する旨主張する。しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判決の認定のような特殊事情にもとづき家賃支払について訴外Aと被上告人との間に取立債務とする合意が成立したとの原判決認定の事実を容認しえないわけではなく、所論は、結局、原審の専権に属する事実の認定を非難するに帰し採用しがたい。 
 つぎに、所論は、上告人が賃貸人の地位を承継したから賃料の取立債務とする特殊事情はなくなり持参債務に変更した旨主張する。 
 しかし、不動産の所有者が賃貸人の地位を承継するのは従前の賃貸借の内容をそのまま承継するのであるから、賃料の取立債務もそのまま承継されると解すべきである。所論のように賃料の取立債務が当然に持参債務に変更するものではない。所論は、独自の見解であつて、採用しがたい。 
 同第三点について。 
 原判決は、上告会社が一月金五、〇〇〇円の値上げを固執し、催告当時においてもそれ以下の金額では家賃の協定に応ずる意思がなく、弁済の提供を受けてもこれを受領しないような態度を示していたことがうかがえる旨判示しており、原判決拳示の証拠によると、右事実はこれを容認しえないわけではない。 
 それゆえ、右のような場合においては、値上相当額月金三、九八九円を金一、〇一一円しかこえない賃料月金五、〇〇〇円の割合による家賃債務についての支払催告であつても、適法な催告といいがたく、したがつて、過大な催告としてその効力を否定した原判決の判断は正当としてこれを容認しうるとこである(論旨引用の判例は、本件に適切でない。)。 
 所論は採用しがたい。 
 同第二点および第四点について。 
 しかし、本件家屋の賃貸借が賃料の不払を理由として解除されるためには、特段の事情のないかぎり、催告が適法にされることを必要とするところ、上告人のした催告が効力を生じないことは、上告理由第三点において判断したとおりであるから、被上告人に賃料の不払について遅滞があると否とにかかわらず、賃貸借の解除は効力を生じないことはあきらかである。所論は、催告の有効を前提とするものであり、結局前提を欠くものとして、排斥を免れない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)
・密接に関連する2つの契約の一方に対する不履行が他方の契約の解除原因となるか 
+判例(H8.11.12)
理由 
 上告代理人齋藤護の上告理由について 
 一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 
 1 被上告人は、不動産の売買等を目的とする株式会社であり、兵庫県佐用郡に別荘地を開発し、いわゆるリゾートマンションである佐用コンドミニアム(以下「本件マンション」という)を建築して分譲するとともに、スポーツ施設である佐用フュージョン倶楽部(以下「本件クラブ」という)の施設を所有し、管理している。 
 2(一) 上告人らは、平成三年一一月二五日、被上告人から、持分を各二分の一として、本件マンションの一区分である本件不動産を代金四四〇〇万円で買い受け(以下「本件売買契約」という)、同日手付金四四〇万円を、同年一二月六日残代金を支払った。本件売買契約においては、売主の債務不履行により買主が契約を解除するときは、売主が買主に手付金相当額を違約金及び損害賠償として支払う旨が合意されている。(二)上告人Aは、これと同時に、被上告人から本件クラブの会員権一口である本件会員権を購入し(以下「本件会員権契約」という)、登録料五〇万円及び入会預り金二〇〇万円を支払った。 
 3(一) 被上告人が書式を作成した本件売買契約の契約書には、表題及び前書きに「佐用フュージョン倶楽部会員権付」との記載があり、また、特約事項として、買主は、本件不動産購入と同時に本件クラブの会員となり、買主から本件不動産を譲り受けた者についても本件クラブの会則を遵守させることを確約する旨の記載がある。(二)被上告人による本件マンション分譲の新聞広告には、「佐用スパークリンリゾートコンドミニアム(佐用フュージョン倶楽部会員権付)」との物件の名称と共に、本件マンションの区分所有権の購入者が本件クラブを会員として利用することができる旨の記載がある。(三)本件クラブの会則には、本件マンションの区分所有権は、本件クラブの会員権付きであり、これと分離して処分することができないこと、区分所有権を他に譲渡した場合には、会員としての資格は自動的に消滅すること、そして、区分所有権を譲り受けた者は、被上告人の承認を得て新会員としての登録を受けることができる旨が定められている。 
 4(一) 被上告人は、本件マンションの区分所有権及び本件クラブの会員権を販売するに際して、新聞広告、案内書等に、本件クラブの施設内容として、テニスコート、屋外プール、サウナ、レストラン等を完備しているほか、さらに、平成四年九月末に屋内温水プール、ジャグジー等が完成の予定である旨を明記していた。(二)その後、被上告人は、上告人らに対し、屋内プールの完成が遅れる旨を告げるとともに、完成の遅延に関連して六〇万円を交付した。上告人らは、被上告人に対し、屋内プールの建設を再三要求したが、いまだに着工もされていない。(三)上告人らは、被上告人に対し、屋内プール完成の遅延を理由として、平成五年七月一二日到達の書面で、本件売買契約及び本件会員権契約を解除する旨の意思表示をした。 
 二 本件訴訟は、(1)上告人らがそれぞれ、被上告人に対し、本件不動産の売買代金から前記の六〇万円を控除し、これに手付金相当額を加えた金額の半額である各二三九〇万円の支払を、(2)上告人Aが、被上告人に対し、本件会員権の登録料及び入会預り金の額である二五〇万円の支払を請求するものである。 
  原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、上告人らの請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人らの請求をいずれも棄却した。すなわち、(一)本件不動産と本件会員権とは別個独立の財産権であり、これらが一個の客体として本件売買契約の目的となっていたものとみることはできない。(二)本件のように、不動産の売買契約と同時にこれに随伴して会員権の購入契約が締結された場合において、会員権購入契約上の義務が約定どおり履行されることが不動産の売買契約を締結した主たる目的の達成に必須であり、かつ、そのことが不動産の売買契約に表示されていたときは、売買契約の要素たる債務が履行されないときに準じて、会員権購入契約上の義務の不履行を理由に不動産の売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。(三)しかし、上告人らが本件不動産を買い受けるについては、本件クラブの屋内プールを利用することがその重要な動機となっていたことがうかがわれないではないが、そのことは本件売買契約において何ら表示されていなかった。(四)したがって、屋内プールの完成の遅延が本件会員権契約上の被上告人の債務不履行に当たるとしても、上告人らがこれを理由に本件売買契約を解除することはできない。 
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 1 前記一4(一)の事実によれば、本件クラブにあっては、既に完成しているテニスコート等の外に、その主要な施設として、屋外プールとは異なり四季を通じて使用の可能である屋内温水プールを平成四年九月末ないしこれからそれほど遅れない相当な時期までに完成することが予定されていたことが明らかであり、これを利用し得ることが会員の重要な権利内容となっていたものというべきであるから、被上告人が右の時期までに屋内プールを完成して上告人らの利用に供することは、本件会員権契約においては、単なる付随的義務ではなく、要素たる債務の一部であったといわなければならない。 
 2 前記一3の事実によれば、本件マンションの区分所有権を買い受けるときは必ず本件クラブに入会しなければならず、これを他に譲渡したときは本件クラブの会員たる地位を失うのであって、本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とは密接に関連付けられている。すなわち、被上告人は、両者がその帰属を異にすることを許容しておらず、本件マンションの区分所有権を買い受け、本件クラブに入会する者は、これを容認して被上告人との間に契約を締結しているのである。 
  このように同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個以上の契約から成る場合であっても、それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて、社会通念上、甲契約又は乙契約のいずれかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認められる場合には、甲契約上の債務の不履行を理由に、その債権者が法定解除権の行使として甲契約と併せて乙契約をも解除することができるものと解するのが相当である。 
 3 これを本件について見ると、本件不動産は、屋内プールを含むスポーツ施設を利用することを主要な目的としたいわゆるリゾートマンションであり、前記の事実関係の下においては、上告人らは、本件不動産をそのような目的を持つ物件として購入したものであることがうかがわれ、被上告人による屋内プールの完成の遅延という本件会員権契約の要素たる債務の履行遅滞により、本件売買契約を締結した目的を達成することができなくなったものというべきであるから、本件売買契約においてその目的が表示されていたかどうかにかかわらず、右の履行遅滞を理由として民法五四一条により本件売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。 
 四 したがって、上告人らが本件売買契約を解除することはできないとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、上告人らの請求を認容した第一審判決は正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴を棄却すべきである。 
  よって、原判決を破棄して被上告人の控訴を棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
++解説
《解  説》
 一 Yは、兵庫県佐用郡に別荘地を開発し、リゾートマンションである本件マンションを建築して分譲するとともに、スポーツ施設である本件クラブの施設を所有し、管理している。X1・X2は、Yから本件マンションの一区分である本件不動産を買い受け、X1は、これと同時に、Yから本件クラブの会員権一口である本件会員権を購入した。本件不動産の売買契約書の記載、本件クラブの会則の定め等によれば、本件マンションの区分所有権を買い受けるときは必ず本件クラブに入会しなければならず、これを他に譲渡したときは本件クラブの会員たる地位を失うこととされており、本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とは密接に関連付けられている。本件マンションの分譲広告等には、本件クラブの施設内容として、テニスコート、屋外プール等を完備しているほか、さらに、屋内プール、ジャグジー等が近く完成の予定である旨が明記されていたが、XらがYに対して屋内プールの建設を再三要求したにもかかわらず、いまだに着工もされていない。
 そこで、Xらは、Yに対し、屋内プール完成の遅延を理由として、右売買契約及び会員権契約を解除する旨の意思表示をし、売買代金等の返還を求めて本訴を提起した。
 二 第一審は、本件売買契約と本件会員権契約は不可分的に一体化したものと考えるべきであり、相当期間内に屋内プールを建設してこれをXらに利用させるYの債務は、本件会員権契約のみならず、本件売買契約にとっても必須の要素たる債務であるとして、契約解除の効力を認め、Xらの請求を全部認容した。
 これに対し、原審は、①本件不動産と本件会員権とは別個独立の財産権であり、これらが一個の客体として本件売買契約の目的となっていたものとみることはできない、②会員権購入契約上の義務が約定どおり履行されることが不動産の売買契約を締結した主たる目的の達成に必須であり、かつ、そのことが不動産の売買契約に表示されていたときは、売買契約の要素たる債務が履行されないときに準じて、会員権購入契約上の義務の不履行を理由に不動産の売買契約を解除することができる、③しかし、Xらが本件不動産を買い受けるについては、屋内プールを利用することがその主要な動機となっていたことがうかがわれないではないが、そのことは本件売買契約において何ら表示されていなかった、④したがって、屋内プールの完成の遅延を理由に本件売買契約を解除することはできないとして、第一審判決を取り消し、Xらの請求をいずれも棄却した。
 三 まず問題になるのは、本件会員権契約の上で屋内プールの建設がYの債務となっているかどうか(Yは、この点も争っていた)、債務であるとしてそれが付随的義務ではなく要素たる債務であるかどうかである。これがいずれも肯定されなければ、本件会員権契約だけの解除すら認められないということになる。
 屋内プールの建設は契約書に明記された義務となっていたわけではないが、新聞広告の記載内容等の本判決がその一4(一)に摘示する事実によれば、本件会員権契約において、スポーツクラブの重要な施設である屋内プールを建設し、これを会員の使用に供することは、Yの債務となっていたと考えるのが当然であろう。
 履行遅滞を理由として民法五四一条により契約を解除するには、その債務が付随的義務ではなく、要素たる債務でなければならない(大判昭13・9・30民集一七巻一七七五頁、最三小判昭36・11・21民集一五巻一〇号二五〇七頁、通説)。ただし、外見上は契約の付随的約款で定められている義務の不履行であっても、その不履行が契約締結の目的の達成に重大な影響を与えるものであるときは、この債務は契約の要素たる債務であり、これを理由に契約を解除することができるとするのが、判例である(最二小判昭43・2・23民集二二巻二号二八一頁)。すなわち、要素たる債務であるか付随的義務であるかは、契約の外見・形式によっては決まらず、その不履行があれば契約の目的が達成されないような債務は、付随的義務ではなく、要素たる債務であるということになる(浜田稔「付随的債務の不履行と解除」契約法大系Ⅰ三一五頁以下ほか。なお、星野英一・民法概論Ⅳ七五頁以下も参照)。この基準によれば、スポーツクラブというものの特質を考えると、屋内プールを建設して会員の使用に供するというYの債務は、要素たる債務であると考えられる。本判決は、その三1において、まずこのことを判示している。
 四 次に問題になるのは、会員権契約上の債務不履行(履行遅滞)を理由として売買契約を解除することができるかということであり、本判決の判例要旨とされた点である。
 この両契約が、二個の契約ではなく、実は不動産の売買契約にスポーツクラブの入会契約の要素が付加された一個の混合契約であるとすれば、屋内プールを建設して会員の使用に供するというYの債務は、この混合契約においても要素たる債務であるといえるであろうから、Xらは契約の全体を解除することができるということになる。本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とが前記のように密接に関連付けられていることからすれば、一個の混合契約であると見ることが全く不可能というわけでもない。しかし、本件クラブの施設は、本件マンションの共用施設となっているわけではなく、マンションそのものの区分所有権とは別個に、本件クラブに入会することによって初めてこれを使用し得ることになるのであるから、両者は密接に関連付けられているものの、二個の独立した契約であると見るのが相当であろう。本判決は、正面からこれについて論じていないが、両者が二個の独立した契約であることを前提として、前記の問題を論じている。
 そこで、両者が二個の独立した契約であっても、一方の契約上の債務不履行(履行遅滞)を理由として他方の契約を解除することができるかという問題になるのであるが、民法五四一条は一個の契約を想定した条文であると考えられ、学説上もこの問題はほとんど論じられていなかったようである(多少参考になる裁判例として、不動産の小口持分の売買とその持分の賃貸借の契約に関する東京地判平4・7・27判時一四六四号七六頁、金法一三五四号四六頁、その控訴審東京高判平5・7・13金法一三九二号四五頁、これらの評釈として星野豊「不動産小口化商品の解約」ジュリ一〇六七号一三一頁がある。)。
 しかし、契約解除の可否という観点から同一当事者間の債権債務関係を見る場合に、その間の契約の個数が一個であるか二個以上であるかは、それほど本質的な問題であるとはいえないであろう。形式的にはこれが二個以上の契約に分解されるとしても、両者の目的とするところが有機的に密接に結合されていて、社会通念上、一方の契約のみの実現を強制することが相当でないと認められる場合(一方のみでは契約の目的が達成されない場合)には、民法五四一条により一方の契約の債務不履行を理由に他方の契約をも解除することができるとするのが、契約当事者の意識にも適合した常識的な解釈であると思われる。
 本判決は、「要旨一」のとおりの法理を説示して右の問題を肯定した。そして、民法五四一条をこのように解する場合には、原判決のように契約解除の可否を動機の表示の有無に懸からせることも相当ではないから、本件においても、その表示の有無にかかわらず、屋内プールの完成の遅延というYの履行遅滞を理由に、Xらは、民法五四一条により本件売買契約を解除することができるとして、原判決を破棄し、Yの控訴を棄却したのである。
 五 本判決は、常識的な内容を説示するものではあるが、基本的である割には先例の乏しい法律問題について最高裁が法理を示したものとして、その意義は少なくないものと思われる。
4.小問2について(基礎編)
・将来債権譲渡について
+判例(H11.1.29)
理由 
 上告代理人中村勝美の上告理由について 
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。 
 1 A診療所を経営する医師であるAは、昭和五七年一一月一六日、上告人との間に、上告人のAに対する債権の回収を目的として、Aは同年一二月一日から平成三年二月二八日までの間に社会保険診療報酬支払基金(以下「基金」という。)から支払を受けるべき診療報酬債権を次のとおり上告人に対して譲渡する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、昭和五七年一一月二四日、基金に対し、本件契約について確定日付のある証書をもって通知をした。 
 昭和五七年一二月から昭和五九年一〇月まで 毎月四四万一四五一円 
 昭和五九年一一月から平成三年一月まで 毎月九一万〇六七四円 
 平成三年二月 一〇一万四六七九円 
 合計七九四六万八六〇二円 
 2 Aについて、昭和五九年六月二二日から平成元年三月一五日までの間に、第一審判決別紙二国税債権目録記載のとおり各国税の納期限が到来した。 
 3 仙台国税局長は、平成元年五月二五日、右各国税の滞納処分として、Aが平成元年七月一日から平成二年六月三〇日までの間に基金から支払を受けるべき各診療報酬債権(以下「本件債権部分」という。)を差し押さえ、平成元年五月二五日、基金に対してその旨の差押通知書が送達された。 
 4 基金は、本件債権部分に係る各債権について、平成元年七月二五日から平成二年六月二七日までの間に、第一審判決別紙一供託金目録記載のとおり、債権者不確知等を原因とし、被供託者をA又は上告人として、合計五一九万六〇〇九円を供託した。 
 5 仙台国税局長は、平成元年一〇月四日から平成二年八月二日までの間に、右各供託金についてのAの還付請求権を順次差し押さえ、平成元年一〇月五日から平成二年八月三日までの間に、秋田地方法務局能代支局供託官に対してその旨の各差押通知書が送達された。 
 二 本件において、被上告人は、本件契約のうち譲渡が開始された昭和五七年一二月から一年を超えた後に弁済期が到来する各診療報酬債権に関する部分は無効であり、右部分に含まれる本件債権部分に係る各債権の債権者はAであって、被上告人はこれらの債権に関する供託金についてのAの還付請求権を差し押さえたと主張して、被上告人が右各還付請求権について取立権を有することの確認を求めている。 
 原審は、次のように判示して、被上告人の請求を認容すべきものとした。 
 1 将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約は、始期と終期を特定して譲渡に係る範囲が確定されれば、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて、有効というべきである。その有効性が認められる期間の長さは、一定額以上の債権が安定して発生すべき確実性の程度を、事案に応じ個別具体的に検討して判断されるべきであるが、医師等がその最大の収入源である診療報酬債権を将来にわたり譲渡すると経営資金が短期間のうちにひっぱくすることが予想され、社会において経済的信用が高く評価されている医師等が将来発生すべき診療報酬債権まで譲渡しようとし債権者がこれを求めることが生ずるのは、現実には右時点で既に医師等の経済的な信用状態がかなり悪化したことによるものと考えられるのであって、一般的には、前記債権譲渡契約のうち数年を超える部分の有効性は、否定されるべきである。 
 2 本件において、Aが上告人との間に本件契約を締結したのは、Aが不動産等の担保として確実な財産を有していなかったか、仮にこれらの財産を有していたとしてもその価値に担保としての余剰がなかったためであり、本件契約が締結された時点で、既にAの経済的な信用状態は悪化しており、上告人もこれを認識していたものと推認することができる。本件債権部分に係る各債権は、本件契約による譲渡開始から六年七箇月を経過した後に弁済期が到来したもので、本件契約が締結された時点において債権が安定して発生することが確実に期待されるものであったとは到底いい得ないから、本件債権部分に係る本件契約の効力は、これを認めることができない。
 
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 1 将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性については、次のように解すべきものと考える。 
 (一) 債権譲渡契約にあっては、譲渡の目的とされる債権がその発生原因や譲渡に係る額等をもって特定される必要があることはいうまでもなく将来の一定期間内に発生し、又は弁済期が到来すべき幾つかの債権を譲渡の目的とする場合には、適宜の方法により右期間の始期と終期を明確にするなどして譲渡の目的とされる債権が特定されるべきである。 
 ところで、原判決は、将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約について、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて有効とすべきものとしている。しかしながら、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約にあっては、契約当事者は、譲渡の目的とされる債権の発生の基礎を成す事情をしんしゃくし、右事情の下における債権発生の可能性の程度を考慮した上、右債権が見込みどおり発生しなかった場合に譲受人に生ずる不利益については譲渡人の契約上の責任の追及により清算することとして、契約を締結するものと見るべきであるから、右契約の締結時において右債権発生の可能性が低かったことは、右契約の効力を当然に左右するものではないと解するのが相当である。 
 (二) もっとも、契約締結時における譲渡人の資産状況、右当時における譲渡人の営業等の推移に関する見込み、契約内容、契約が締結された経緯等を総合的に考慮し、将来の一定期間内に発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、右期間の長さ等の契約内容が譲渡人の営業活動等に対して社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、又は他の債権者に不当な不利益を与えるものであると見られるなどの特段の事情の認められる場合には、右契約は公序良俗に反するなどとして、その効力の全部又は一部が否定されることがあるものというべきである。 
 (三) 所論引用に係る最高裁昭和五一年(オ)第四三五号同五三年一二月一五日第二小法廷判決・裁判集民事一二五号八三九頁は、契約締結後一年の間に支払担当機関から医師に対して支払われるべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約の有効性が問題とされた事案において、当該事案の事実関係の下においてはこれを肯定すべきものと判断したにとどまり、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性に関する一般的な基準を明らかにしたものとは解し難い。 
 2 以上を本件について見るに、本件契約による債権譲渡については、その期間及び譲渡に係る各債権の額は明確に特定されていて、上告人以外のAの債権者に対する対抗要件の具備においても欠けるところはない。Aが上告人との間に本件契約を締結するに至った経緯、契約締結当時のAの資産状況等は明らかではないが、診療所等の開設や診療用機器の設置等に際して医師が相当の額の債務を負担することがあるのは周知のところであり、この際に右医師が担保として提供するのに適した不動産等を有していないことも十分に考えられるところである。このような場合に、医師に融資する側からすれば、現に担保物件が存在しなくても、この融資により整備される診療施設によって医師が将来にわたり診療による収益を上げる見込みが高ければ、これを担保として右融資を実行することには十分な合理性があるのであり、融資を受ける医師の側においても、債務の弁済のために、債権者と協議の上、同人に対して以後の収支見込みに基づき将来発生すべき診療報酬債権を一定の範囲で譲渡することは、それなりに合理的な行為として選択の対象に含まれているというべきである。このような融資形態が是認されることによって、能力があり、将来有望でありながら、現在は十分な資産を有しない者に対する金融的支援が可能になるのであって、医師が右のような債権譲渡契約を締結したとの一事をもって、右医師の経済的な信用状態が当時既に悪化していたと見ることができないのはもとより、将来において右状態の悪化を招来することを免れないと見ることもできない。現に、本件において、Aにつき右のような事情が存在したことをうかがわせる証拠は提出されていない。してみると、Aが本件契約を締結したからといって、直ちに、本件債権部分に係る本件契約の効力が否定されるべき特段の事情が存在するということはできず、他に、右特段の事情の存在等に関し、主張立証は行われていない。そうすると、本件債権部分に係る本件契約の効力を否定して被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあるというほかなく、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、論旨のその余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右に説示したところに徴すれば、被上告人の本件請求は、理由がないことが明らかであるから、右請求を認容した第一審判決を取り消し、これを棄却すべきである。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣) 
++解説
《解  説》
 将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性については、かねてより活発に議論されていたところであるが、本判決は、この問題について、最高裁の考えを明らかにしたものである。
 一 本件の事案の概要は、次のとおりである。本件の被告Y社は、昭和五七年一一月一六日、医師であるAとの間に、同人に対する債権の回収のため、同人が同年一二月から平成三年二月までの八年三箇月の間に社会保険診療報酬支払基金(以下「基金」という。)から支払を受けるべき各月の診療報酬債権の一定額分を目的とする債権譲渡契約(以下「本件契約」という。)を締結し、これについては確定日付のある証書をもって基金に通知された。ただし、本件においては、右契約がいかなる事情の下に締結されたのかについて、右に述べたところを超えては具体的に明らかにされていない。Aは、昭和五九年六月以降、国税を滞納し、本件の原告である国(仙台国税局長)は、平成元年五月二五日、Aが同年七月から平成二年六月までの一年間に基金から支払を受けるべき診療報酬債権を滞納処分として差し押さえた。これを受けて、基金は、右期間中の各診療報酬債権(以下「本件債権部分」という。)について、債権者不確知等を原因として供託をした。本件は、右供託金の還付請求権の帰属をめぐる紛争であり、国は、右の後右請求権を差し押さえて取立権を取得したとして、その旨の確認を求めた。結局、AとY社との間に締結された本件契約のうち本件債権部分に関する部分(譲渡の始期から六年八箇月目以降一年間分)の有効性についての判断いかんによって、結論が左右されることとなった。
 第一審判決(金法一四八〇号六二頁参照)は、右契約部分の効力を否定して、請求を認容。Y社が控訴したが、原判決(同五九頁)は、控訴を棄却。その判断の要点は、① 将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約は、始期と終期を特定して譲渡に係る範囲が特定されれば、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて、有効というべきであるが、② 医師であるAが本件契約を締結したことからすると、Aは本件契約の締結当時既に信用状態が悪化しており、Y社もこれを認識していたと推認でき、右時点において本件債権部分に係る各債権は安定して発生することが確実に期待されるものであったとは到底いい得ないというものであった。
 Y社が上告し、上告理由において、原判決の右各判断の違法等を主張した。本判決は、判決要旨記載のように判示し、右論旨は理由があるとして、原判決を破棄し請求を棄却する自判をした。
 二 初期の判例・学説
 民法一二九条は、条件付債権につき条件成就前にこれを処分し得ることを明文をもって認めており、期限付債権の期限到来前の処分についても右に準じて考え得るところ、大判昭9・12・28民集一三巻二二六一頁は、これら以外の将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約も認められ、同契約について予め確定日付のある証書をもって債務者となるべき者に通知がされれば、目的債権発生の際に譲受人はその取得につき第三者に対する対抗力を備えることができることを明らかにしていた。
 問題は、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の目的債権について、その適格に制限があるのか否かの点にあり、これについては、見解が対立していた。右に関し、朝鮮高等法院判昭15・5・31法律評論二九巻(民法)九五八頁は、「債権発生ノ基礎タル法律関係カ既ニ存在シ且其ノ内容ノ明確ナル限リ将来ノ債権ト雖之ヲ譲渡スルニ妨ナキモノト謂フヘ」きであると判示していた。しかしながら、右判例の事案は、他人所有の立木を目的とする売買契約について、売主である被告が右他人から一定の日までに伐採許可を受けられなければ右契約は当然に解除され被告は買主に対して違約金を支払うとの特約が付されていたところ、買主は右期限の到来前に右違約金請求権を原告に譲渡し、被告が右期限内に立木所有者から所定の伐採許可を受けられなかった結果右違約金請求権は実際に発生して、原告が被告にその支払を求めたというもので、その内容は、合意により期限ないし条件の付された債権の譲渡契約に当たり(立証責任の分配についての考え方にもよるが、約定期限を始期とし伐採許可の取得を解除条件とするものと構成することも可能であろう。)、民法一二九条等により十分解決可能なものであって、右判例の前記説示は、厳密には傍論であった。そして、他に、この点の一般論について、見るべき大審院判例はなかった。
 初期の学説上は、右朝鮮高等法院判昭15・5・31のいうのと同様に、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約は、契約締結当時目的債権の発生する基礎となるべき法律関係が存在しているときに限り、有効であると解する見解(いわゆる法律的基礎説)が有力であった。
 これに対し、我妻栄・新訂債権総論・五二七頁は、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、「(目的)債権が現存・特定することを条件として予め譲渡契約をすることはできる。」と述べていた(同見解に従うと、右契約は、民法一三三条一項により、目的債権の発生が不能である場合以外は、効力が肯定されるものと思われる。)。
 また、於保不二雄・財産管理権論序説・二八一頁以下は、ローマ法、ドイツ法下の学説(これらにおいては、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の効力が肯定されていた。)の検討を踏まえ、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約は、契約締結当時譲渡人に当該権利が現に帰属していないという点において、他人物の譲渡契約と同様のものと見ることができ、これに準じてその有効性を考えるべきことを示唆していた。なお、同論考・三一三頁以下は、受注が内定している請負契約の報酬債権を正式の契約締結前に譲渡する例等を挙げ、「将来の債権といえども、既に成立について法律上の原因が存する場合に限らず、事実上の根拠が存しかつ社会観念にしたがって確実であると認めえられる限り、これの処分を認めることは、無意義・無暴だとはいいえないであろう。」(三一四頁)と述べていたところ、同論考の見解については、多くの場合に、右部分を典拠として挙げた上、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約は、契約締結当時、目的債権の発生する基礎となるべき法律関係が存在していなくても、その発生の「蓋然性」が肯定される事情が存在すれば、有効であるとするものと理解されていた。しかしながら、他人物の譲渡契約(民法五六〇条以下参照)においては、譲渡人が当該他人物を入手し得る蓋然性の存在は契約の有効要件とされてはいない。右論考の他の部分には、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約についても、一般的な意味での目的債権発生の可能性が存在すれば足りるとする趣旨と理解できる記述があり(同前・三〇一頁、三〇六頁ほか)、一般に引用される前記叙述部分は、当時の取引の実情に照らしての説明に止まるのではないかとも見られる。いずれにせよ、同論考の理解については、再検討の余地があるものと思われる。
 後には、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約は、目的債権の発生する基礎となるべき法律関係の存在は必要としないが、契約締結当時において、その発生の蓋然性が肯定される事情の存在することが要件となる旨を述べる見解も現れた(注釈民法(11)・三六九頁(植林弘))。
 三 昭和五三年判例について
 我が国の金融実務においては、昭和初期に発生した金融恐慌以後、銀行等の商業金融機関が土地を担保に融資を行うとの方式が主流を成していたが、既に昭和三〇年代には、医療信用組合等の同業者金融の性格が強い金融機関等において、将来発生すべき保険診療の診療報酬債権の譲渡を受けて医師に対して融資を行う方法が用いられていた。特定の経済主体がある時点で有する資産の額と、その収益力とは、次元を異にするものであるところ、土地を担保としてされる融資は、弁済の原資となるべき収益力に関するリスクについて、現に存在する他の代替的価値を把握することによって、対処しようとするものである。これに対し、後者のような融資形態は、融資先の収益の一部の優先的把握を目的とするものであるが、その性格上、融資先の収益力についての分析・判断が融資実行に当たってのポイントとなる。ちなみに、米国においては、融資一般に関し、融資先の債務不履行(デフォルト)による不良債権の発生を防ぐためには、融資先の収益力の的確な判断こそが決定的な要素となるとの認識が、同じく金融恐慌を契機に、早くから定着していた。
 本件の原判決がその判断形成に当たり参照したと見られる最二小判昭53・12・15裁判集民一二五号八三九頁(以下「昭和五三年判例」という。)の事案も、右のような融資に関するものであった。すなわち、昭和三七年に提起された右訴訟の事実関係は、医師の債権者である原告が医師の保険診療の診療報酬債権を差し押さえて診療報酬支払担当機関に対し取立てを行ったが、差押えに係る債権は、診療報酬債権を将来一年間分にわたり譲渡するとの内容の契約により既に医療信用組合に対して譲渡されていたというものであった。第一審判決(東京地判昭39・4・30下民一五巻四号九九九頁、本誌一六三号一八九頁)は、医師と患者(被保険者)との間に診療報酬発生の基礎となる継続的な法律関係の存在を認め難く、譲渡の目的である債権を予め客観的に確定することが可能であるとはいえないから、前記債権譲渡契約は効力を有しないとして、請求を認容した。控訴審判決(第一次。東京高判昭43・9・20高民集二一巻五号四六七頁、本誌二三二号一八六頁)は、現行医療保険制度の下において診療報酬支払担当機関は医師に対する報酬の支払債務を負うものではないから、原告はこれを取り立てることはできないとして、第一審判決を取り消して請求を棄却した。上告審判決(第一次。最一小判昭48・12・20民集二七巻一一号一五九四頁、本誌三〇四号一六一頁)は、現行医療保険制度の下において診療報酬支払担当機関は医師に対する報酬の支払債務を負うとして、原判決を破棄して事件を差し戻した。差戻し後の控訴審(東京高判昭50・12・15判時八〇五号七二頁)は、現行医療保険制度の下においては、診療報酬債権は、特段の事由のない限り、現在既にその原因が確立しその発生の確実度が高いものであるとして、前記債権譲渡契約の有効性を認め、第一審判決を取り消して請求を棄却した。
 再度の上告審において、原告は、第一審判決を相当とし、同判決の評釈でありその判断を支持する村松俊夫・金融法務事情三九六号一九頁を援用して、原判決の違法を主張した。昭和五三年判例は、次のように判示し、上告を棄却した。現行医療保険制度の下においては、月々の診療報酬の支払額は、「医師が通常の診療業務を継続している限り、一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるものである。したがって右債権は、将来生じるものであっても、それほど遠い将来のものでなければ、特段の事情のない限り、現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであるから、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによって、これを有効に譲渡することができるというべきである。これを本件についてみると、前記事実関係のもとにおいては、訴外(医師)のした各債権譲渡は、これを有効と解するのが相当であ」る。
 右判示は、将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約に関し、その有効性を認める前提として目的債権の特定を要求することは明らかであるが、この点は、債権譲渡の一般原則に従うものであり、同判決は、これを超えて、目的債権の適格要件等について一般的な議論を展開してはいない。結局、判決文に忠実に従う限り、その判示するところについては、将来一年間分の診療報酬債権が譲渡されたとの当該事案の事実関係の下において、原告が上告理由で指摘するところを考慮しても、いずれにせよ係争債権の発生は確実であったといい得るから、論旨は結局理由がないとして、右債権譲渡契約の効力を認めた原審の判断を是認したものであり、飽くまでも事例判断としての意義を有するにとどまると理解すべきものであった。
 四 最近の学説等
 昭和五三年判例をめぐっては、多くの論考が発表されたが、その内容は、同判例の説示の不明瞭さを反映して、様々に分かれていた。このような中で、昭和五六年に発表された高木多喜男「集合債権譲渡担保の有効性と対抗要件(上)」NBL二三四号八頁は、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性について、掘り下げた検討を行い、以後の議論を導く役割を果たした。同論考は、目的債権の発生に関するリスクを考慮した上でこれを目的とする債権譲渡契約が締結された後、リスクが現実化せず(又はその一部しか現実化せず)、目的債権の全部又は一部が発生したにもかかわらず、契約締結時においてその発生可能性が低かったなどとして契約の効力を覆すことは不合理であり、取引に悪影響を与えるとして、ドイツの学説等を踏まえ、問題は、目的債権の適格をその発生についての法律的基礎の有無や発生可能性の程度といったあいまいな基準をもって制限することによってではなく、契約の有効性を原則的には広く認めた上で、事案に即し当該契約の公序良俗適合性等を判断することによって解決すべきであるとするものであった。この考えは、その後、学説においては優勢を占めるに至っている(主要なものとして、河合伸一「第三債務者不特定の集合債権譲渡担保」金法一一八六号五六頁、角紀代恵「債権非典型担保」別冊NBL31担保法理の現状と課題七六頁、椿寿夫「集合(流動)債権譲渡担保の有効性と効力(上)(下)」ジュリ一一〇二号一一六頁・一一〇三号一四〇頁、道垣内弘人・担保物権法二九八頁、近江幸治・担保物権法(新版補正版)三二五頁、内田貴・民法Ⅲ四九二頁ほか)。こうした動きは、右に掲げた諸論考の表題からもうかがわれるように、融資チャンネルの多様化によってうながされたものと見られる。
 これに対し、下級審裁判例においては、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の効力を、むしろ限定的にとらえる傾向が強まっていた。東京高判昭56・8・31東高民時報三二巻八号一九八頁は、昭和五四年八月から将来一〇年二箇月間分の診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約(対抗要件も具備)の最初の五箇月分に関する部分の効力が争われた事案において、これを肯定する判断を示していたが、東京地判昭61・6・16訟月三二巻一二号二八九八頁は、昭和五五年一二月に締結された同年一〇月分以降三年間分の診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約(対抗要件も具備)のうち譲渡の始期から二年一箇月目以降三箇月間分に関する部分の効力が争われた事案において、昭和五三年判例について、「将来の診療報酬債権の譲渡は、その債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるそれほど遠くない将来の一定の範囲内のものを対象とする限り可能である」との法理を示したものと理解した上、当該事案の事実関係の下においては、契約締結から「一年を超えて通常の診療業務の継続及び診療報酬等債権の安定した発生を見込むことのできる状態ではなかったことは確実である」として、前記債権譲渡契約のうち係争部分の効力を否定した(原告の控訴に対してこれが棄却された後、旧民訴法下の上告受理手続段階で、原裁判所である高裁により上告が却下されて確定)。また、東京地判平5・1・27本誌八三八号二六二頁は、昭和六一年一一月に締結された昭和六二年二月以降将来一〇年間分の診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約(対抗要件も具備)のうち譲渡の始期から三年一箇月目以降六箇月間分に関する部分の効力が争われた事案において、係争部分の対抗力を否定した(ただし、請求の趣旨の理解に問題があったとして、控訴審で取り消されている。)。右東京地判平5・1・27については、いったん認められた対抗力が後に消滅するとの点について、理論的難点が指摘されていた(右判決の評釈である池田真朗・本誌八三八号三五頁ほか)。
 こうした下級審裁判例の動きは、民事執行実務(民事執行法施行前の強制執行実務を含む。)の在り方とも関係していたと見られる(本件の原判決も、傍論において民事執行実務について言及している。)。民事執行実務上は、昭和三〇年代以降、将来発生すべき診療報酬債権についての差押えを否定する運用が主流を占めていた。この点に関し、宮脇幸彦・強制執行法(各論)一二三頁は、そもそも将来発生すべき診療報酬債権は譲渡不能であるとの理由により、右運用を支持していたが、これに対しては、将来発生すべき診療報酬債権は旧民訴法六〇四条所定の「俸給又ハ此ニ類スル継続収入ノ債権」には当たらないとしても、将来の債権として期間を特定して差し押さえることは可能であるとする見解もあった(昭和三九年度書記官実務研究・債権その他の財産権に対する強制執行手続の実務的研究三八頁(真崎安広)、執行事件実務研究会編・債権不動産執行の実務七七頁、注解強制執行法(2)三八〇頁(稲葉威雄)ほか)。ちなみに、昭和五三年判例の上告理由に引用された同事件の第一審判決の評釈である前記村松俊夫・金法三九六号一九頁は、当時の民事執行実務を支持する内容のものであり、このことも、本来は配慮事由を異にする二つの問題について、議論の混乱を生む一因を成したと見られる。昭和五三年判例が言い渡された後には、将来一年間をめどに診療報酬債権の差押えを認める運用が定着した(東京高決昭54・9・19下民三〇巻九―一二号四一五頁、本誌四〇三号一〇九頁、札幌高決昭60・10・16本誌五八六頁八二頁、金法一一二六号四九頁、民事裁判資料一五八号・民事執行事件に関する協議要録一五〇頁、東京地裁債権執行等手続研究会編・債権執行の諸問題四〇頁(今井隆一)ほか)。しかしながら、これに対しては、「一年で区切ることになんの根拠もない」とし、民事執行法上将来発生すべき債権に対する差押えが許される範囲一般の議論に立脚して問題をとらえなおす必要があることを示唆する見解もあった(中野貞一郎・民事執行法(新訂三版)五四六頁)。
 各国の法制度を見ると、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の効力を肯定する点においては、ほぼ一致しており、目的債権の発生可能性の程度又は契約の期間をもってその有効性の範囲を制限する制度を有する国は、少なくとも主要国には見当たらない状況であった(主要国の制度については、債権譲渡法制研究会「債権譲渡法制研究会報告書」NBL六一六号三一頁に要領のよい紹介がある。)。また、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)においては、平成七年一一月以降、資金調達のための国際債権譲渡についての統一条約案の作成交渉が行われており、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約も対象に含めることが検討されているが、右契約の効力が数年程度に制限されることを想定しての議論は見られないようである(なお、この点については、池田真朗「債権流動化と包括的特別法の立法提言(上)」NBL六一九号一四頁参照)。
 五 本判決について
 1 本件で問題とされた債権譲渡契約(本件契約)は、昭和五三年判例が言い渡された後の昭和五七年に締結されたものであるが、当時はいまだ先に紹介した民事執行実務が確立されたとまでは見難い状況にあった(前記民事裁判資料一五八号一五〇頁に紹介されている東京高裁管内の担当者協議会は、昭和五八年に開催されている。)。本件契約については、本件の事案に先立って、譲渡の始期から二年三箇月目以降一年七箇月間分の診療報酬について基金がした供託(債権者不確知、差押え競合を理由とするもの)の有効性が争われ、一、二審判決(金判七七四号三六頁)は、昭和五三年判例の説示に照らすと係争部分に関する本件契約の効力には疑問を差し挟む余地があり、有効性についての判断がもたらす危険を債務者である基金に負わせることは相当でないなどとして、供託の効力を認めたところ、上告審判決は、いわゆる例文により右判断を是認して上告を棄却した(最二小判昭63・4・8金法一一九八号二二頁)。このようなことから、本件において、契約の有効性について明確な判断をすることが必要とされたものである。
 2 本判決は、その第三項の1において、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性一般の考え方について判示し、まず、目的債権が特定されることが必要であることを明らかにしているが、これは、昭和五三年判例が従前の判例を踏まえて法理として確立したところを確認したものである。
 続いて、本判決は、目的債権の発生可能性の程度が契約の有効性に与える影響について検討し、契約当事者の意思を合理的に解釈すると、右可能性の程度のいかんは、右有効性を直ちには左右しないと解すべきものとしている。結局、右可能性の程度のいかんは、一般原則に従い、錯誤の成否が問題となる場合や、目的債権の発生の可能性が全くなかったときにおける契約の有効性が問題となる場合(いわゆる原始的不能の理論の適用が問題となる場合)のほか、次に述べる契約の公序良俗適合性等についての判断の一要素として問題となるにとどまると考えられる。本判決は、目的債権が将来発生すべきことにつきいわゆる法律的基礎が存在することを要するか否かについては特に論じていないが、その説示内容に照らし、右のような制限を設ける趣旨ではないと見るのが自然であろう。
 なお、本判決は、昭和五三年判例は事例判例と解すべきことを明らかにしている。
 3 次に、本判決は、契約締結当時の事情のいかんによっては、右契約の効力が公序良俗に反するなどとして否定されることがあることを示唆している。この考えは、昭和五三年判例の言渡し後に優勢となった学説において、示されていたところである(前記椿寿夫「集合(流動)債権譲渡担保の有効性と効力(上)(下)」ジュリ一一〇二号一一六頁・一一〇三号一四〇頁は、下級審裁判例について分析を行っている。)。無論のことながら、本判決は、契約の締結が詐害行為に当たるとして取り消されることがあることを否定するものではないと解される。
 冒頭にも述べたとおり、本件においては、本件契約の一方当事者であるA医師の診療科目はおろか、同人の契約締結当時の資産内容、基金の支払に係る診療報酬以外の収入(国民健康保険分や、いわゆる自由診療に係る分)の状況、本件契約が締結されるに至った経緯等は、全く確定されていない。本判決は、医師が診療所等を開設しようとする場合や診療用機器を設置しようとする場合を例に挙げて、本件契約と同種の与信契約の合理性について説示し、本件の確定事実に照らすと、本件契約のうち本件債権部分に関する部分について、その効力を否定すべきものとは解し難いとしている。
 本件の原判決は、銀行等が土地を担保に営業資金等を貸し付ける場合をいわば普遍化ないし絶対化し、医師が右以外の方法により融資(広義の信用供与を含む趣旨を見られる。)を受けた以上は、その資産状況が悪化していたと見るべきものとしているが、融資形態には多様なものがあり、融資先の収益力を重視して行う融資もあり得ることは、既に述べたとおりである。本件の被告の営業内容に照らし、本件契約は診療用機器についてのいわゆるファイナンス・リース契約であった可能性が高いと見られるところ、同種契約においては、リース会社は目的物件につき所有権を留保するなどの担保措置を講じておくことが一般であろうが、目的物件が動産である場合には、通常その価値は急激に低下することから、与信に当たってのポイントは、やはり与信先の収益力についての判断に係る。本判決は、基本に立ち返って、以上の点を明らかにしたものとも見ることができよう。
 また、原判決は、将来発生すべき債権を譲渡すると譲渡人の資産状況は当然に早期に悪化するとしているが、比較的短い一定期間中に収入の中から支払うべき額が定まっているのであれば、その支払方法について、いったん自ら入金を受けた上で支払うか、入金元から直接債権者に支払ってもらうかで、直ちに結果に違いが生ずるわけではない。このことは、約束手形を入手した後、これを自ら取り立てて債務の弁済に充てる場合と、右手形を満期直前に債務弁済の手段として裏書譲渡する場合とを比較すれば、容易に理解できることである。資産状況の悪化は、支払方法の在り方いかんによってもたらされるのではなく、収入に対する支払額が現状維持の水準に照らして過大であることによってもたらされるのである。問題は、帰するところ、弁済計画の内容に係ることとなる。
 契約の期間の点に関しても、ある程度大きな額の融資金について、これを極端な無理をすることなく分割弁済し得るように計画を立てるとすると、期間は自ずから長びく傾向が生ずる。学説の中には、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の公序良俗等に照らしての有効性を論ずるに当たり、特定の期間を判断の目安とすることを示唆するものもあるが(一例として、前掲高木多喜男「集合債権譲渡担保の有効性と対抗要件(上)」NBL二三四号一三頁は、「一、二年程度が常識的な線であろう。」とする。)、これについては、法律の解釈論の問題として、各種の事案につき一律に制限することを論ずることができるのか否かとの問題の指摘があり(前掲東京地判平5・1・27本誌八三八号二六二頁の評釈である吉田光碩・本誌八四九号六一頁参照)、期間については格別言及しない論考もあった(前記河合伸一「第三債務者不特定の集合債権譲渡担保」金法一一八六号五六頁ほか)。
 本判決は、医師が融資の担保として将来ある程度の長期にわたり支払を受けるべき診療報酬債権を譲渡するとの契約を締結したからといって、その効力が直ちに否定されるものではないことを、融資の実際に即し具体的に論ずるものであって、その説示は注目に値しよう。
・賃金前払いと譲渡
+判例(S38.1.18)
理由 
 上告代理人石井錦樹の上告理由第一点について。 
 訴外Aと訴外株式会社三恵間において、同訴外会社が本件建物について支出した造作費用百数十万円をもつて本件建物の七年間の賃料の前払とみなす旨約定することはすなわち賃料の前払に外ならないし、また右訴外会社に対し被上告人らが賃料を支払つているか否かにより判決主文になんらの影響を及ぼすものでないこと明らかであるから、原審が、これらにつき審理をしなかつたからといつて審理不尽の違法があるとはいえない。所論は排斥を免れない。 
 同第二点について。 
 借家法一条一項により、建物につき物権を取得した者に効力を及ぼすべき賃貸借の内容は、従前の賃貸借契約の内容のすべてに亘るものと解すべきであつて、賃料前払のごときもこれに含まれるものというべきである。(民訴法六四三条一項五号、六五八条三号、競売法二九条一項は、賃料前払の効果が、競落人に承継されることを前提にして、これを競売の際の公告事項としているのである。)されば、原判決には、借家法一条一項を誤解した違法はなく、所論憲法一四条違反の主張も、その実質は原判決の借家法一条に関する解釈が誤であることを主張するに帰するから、前提を欠き採用しえない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介) 
・債権の差押えと譲渡
+判例(H10.3.24)
理由 
 上告人の上告理由について 
 自己の所有建物を他に賃貸している者が第三者に右建物を譲渡した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するが(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日第二小法廷判決・民集一八巻七号一三五四頁参照)、建物所有の債権者が賃料債権を差し押さえ、その効力が発生した後に、右所有者が建物を他に譲渡し賃貸人の地位が譲受人に移転した場合には、右譲受人は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権に対抗することができないと解すべきである。け?だし、建物の所有者を債務者とする賃料債権の差押えにより右所有者の建物自体の処分は妨げられないけれども、右差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、建物所有者が将来収受すべき賃料に及んでいるから(民事執行法一五一条)、右建物を譲渡する行為は、賃料債権の帰属の変更を伴う限りにおいて、将来における賃料債権の処分を禁止する差押えの効力に抵触するというべきだからである。 
 これを本件について見ると、原審の適法に確定したところによれば、本件建物を所有していたAは、被上告人の申立てに係る本件建物の賃借人四名を第三債務者とする賃料債権の差押えの効力が発生した後に、本件建物を上告人に譲渡したというのであるから、上告人は、差押債権者である被上告人に対しては、本件建物の賃料債権を取得したことを対抗することができないものというべきである。以上と同旨をいう原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣) 
++解説
《解  説》
 本件は、建物の賃料債権を差し押さえたXと、差押え後に建物を譲り受けたYとの間で、建物の賃借人が供託した賃料についての供託金還付請求権の帰属が争われた事件である。
 Xは、本件建物を所有していたAに対する債務名義に基づいて、本件建物の賃借人四名を第三債務者として、Aが右賃借人に対して有する賃料債権についての債権差押命令を申し立て、平成3年3月に、債権差押命令の正本が各第三債務者に送達された。Aに対する債権を有していたYは、平成4年12月ごろ、Aから本件建物の代物弁済を受け、平成5年1月に、本件建物について、真正な登記名義の回復を原因とするAからYへの所有権移転登記が経由された。Yが本件建物の賃借人らに対して賃料をYに支払うよう求めたところ、賃借人らは、平成5年2月以降、債権者不確知(民法四九四条)と差押え(民事執行法一五六条一項)の両者を原因とする賃料の供託をした(混合供託)。そこで、Xは、Yに対し、この供託金の還付請求権を有することの確認を求める本件訴訟を提起した。
 原審は、賃料債権の差押手続中に賃貸人たる地位の承継があっても、賃料債権の差押えとの関係では右承継は無効であって、賃料債権は依然として従前の賃貸人に帰属しているものとして右差押えの効力が及ぶものと解するのが相当であるから、本件の債権差押命令の効力は、Yが賃貸人の地位を承継した以後の賃料債権にも及ぶと解すべきである、と述べてXの請求を認容した。
 Yは、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があると主張して上告したが、本判決は、原審の判断を支持し、Yからの上告を棄却した。
 給料や賃料等の継続的収入についての債権の差押えの効力は、差押債権者の債権額を限度として債務者が差押後に収受すべき収入にも及び、既に発生している債権のほか、将来において発生すべき債権にも差押えの効力が及ぶことになる(民事執行法一五一条)。このため、建物の賃料債権の差押えの効力発生後に差押債務者が賃料債務を免除しても、差押債権者に対抗することができない(最一小判昭44・11・6民集二三巻一一号二〇〇九頁、本誌二四六号一〇六頁)。一方、継続的収入についての債権の差押えを受けた債務者もその発生の基礎である法律関係を変更、消滅させる自由を奪われないとされており、債務者が、給料を差し押さえられた後に辞職することも、賃料を差し押さえられた後に賃貸借契約を合意により解約することも妨げられないと解されている(兼子一「増補強制執行法」二〇〇頁、中務俊昌「取立命令と転付命令」民訴法講座四巻一一八一頁、賀集唱「債権仮差押後、債務者と第三債務者との間で被差押債権を合意解除しうるか」判タ一九七号一四六頁、注解民事執行法(4)四八四頁〔稲葉威雄〕、注釈民事執行法(6)三一五頁〔田中康久〕等)。
 ところで、最判昭39・8・28民集一八巻七号一三五四頁、本誌一六六号一一七頁は、賃貸借の目的となった建物の所有権が移転した場合には、特段の事情のない限り、建物の賃貸借関係は新所有者と賃借人との間に移り、新所有者は賃貸人の地位を承継することになると判示しているが、賃料債権が差し押さえられた後に建物が譲渡された場合に、債権差押えの効力が譲渡後に弁済期が到来する賃料にも及ぶか否かに関しては、これまで最高裁の判例がなく、見解が対立していた。
 有力な学説は、建物の譲渡後も債権差押えの効果が継続し、新賃貸人を拘束すると解している(宮脇幸彦「強制執行法(各論)」一二二頁、注解民事執行法(4)四八四頁〔稲葉威雄〕)。右の学説に対しては、賃料債権の差押えの有無は公示されていないから、建物の賃料債権が差し押さえていることを知らずに建物を取得した譲受人に不測の損害を及ぼすおそれがある、との批判があり得る。しかしながら、賃料債権の差押えの効力が建物の譲受人に及ぶことによって契約の目的を達成することができない場合には、善意の譲受人は譲渡人に対して瑕疵担保責任を追及することが可能であると考えられる。一方、建物の譲受人が賃料債権の差押命令の拘束を免れると解する説に対しては、執行免脱を容易にし、差押債権者を不安定な立場に置くものであるとの批判があり得る。ことに、本件のように、建物の譲受人が譲渡人の債権者で賃料債権を取得することによって債権の回収を図ろうとしている場合には、右の説は、対抗要件具備の先後によって同一の債権の帰属をめぐる優先関係を定めようとする民法の一般原則と整合しないことになろう。東京高判平6・4・12本誌九〇一号二〇一頁、判時一五〇七号一三〇頁は、建物の賃料債権についての差押命令が発せられた後に右賃料債権を対象とする換価権及び優先弁済権を設定する行為は差押えの処分禁止効に抵触すると判示しているが、右の東京高判も、右の有力な学説と同様の考え方に立つものといえる。
 なお、本判決は、賃料債権の差押債権者と差押え後に建物を任意に譲り受けた者との間の賃料債権の帰属に関する判断を示したものであり、不動産競売の目的不動産の賃料債権の差押債権者と買受人との間の法律関係についての判断を示したものではない。執行実務では、建物の買受人は、賃料債権の差押命令による拘束を受けないとの前提で運用されているようであるが(金法一三八七号一二〇頁二段目のコメント)、賃料債権を差し押さえた一般債権者と抵当権者との法律関係に関しては、最一小判平10・3・26民集五二巻二号登載予定が、一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、一般債権者の申立てによる差押命令の第三債務者への送達と抵当権設定登記との先後によって両者の優劣を定めるべき旨を判示している。不動産競売手続において賃料債権の差押命令の処分制限効をどのようにとらえるべきかは、今後更に検討されるべき課題である。
 本判決は、建物の賃料債権の差押債権者と建物の譲受人との間の賃料債権の帰属をめぐる基本的な法律関係に関して、最高裁が初めての判断を示したものであり、実務に与える影響も大きいと考えられる。
・上記の賃貸借契約が終了していたバージョン
+判例(H24.9.4)
理 由
 上告代理人向田誠宏ほかの上告受理申立て理由第2について
 1 本件は,被上告人が,Aに対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,Aの上告人に対する賃料債権を差し押さえたと主張し,上告人に対し,平成20年8月分から平成22年9月分までの月額140万円の賃料及び同年10月分の賃料のうち76万0642円の合計3716万0642円の支払を求める取立訴訟である。
 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) Aは,平成16年10月20日,A及びその代表取締役が全株式を保有し,同人が当時代表取締役を務めていた上告人との間で,Aが所有する第1審判決別紙物件目録記載5の建物(以下「本件建物」という。)を,期間を同年11月1日から平成36年3月31日まで,賃料を当分の間月額200万円と定めて賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,上告人に本件建物を引き渡した。
 Aと上告人は,平成20年5月23日,本件賃貸借契約に基づく同年6月分以降の賃料を月額140万円とする旨合意し,同月初め頃,当月分の賃料を毎月7日に支払う旨合意した。
 (2) 被上告人は,Aに対し,3583万4564円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる執行力ある判決正本を債務名義として,本件賃貸借契約に基づく賃料債権(ただし,平成19年4月1日以降支払期の到来するものから3716万0642円に満つるまで)の差押えを申し立て,これを認容する債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)が,上告人に対しては平成20年10月10日に,Aに対しては同月17日に,それぞれ送達された。
 (3) 上告人は,Aとの間で,平成21年12月25日までに,本件建物を含む複数のA所有の不動産を買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,その所有権移転登記を受け,売買代金3億7250万円をAに支払った。
 (4) 上告人は,上告人がAに対して本件売買契約に基づく売買代金を支払った平成21年12月25日,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は混同により消滅したなどと主張している。
 3 原審は,上告人が本件売買契約により本件建物の所有権の移転を受ける前に本件差押命令が発せられており,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は第三者の権利の目的となっているから,民法520条ただし書の規定により,平成22年1月分以降の賃料債権が混同によって消滅することはなく,被上告人は上告人からこれを取り立てることができるなどと判断して,上告人に対し,原審口頭弁論終結時において支払期の到来していた平成20年8月分から平成22年1月分までの賃料合計2520万円の支払並びに同年2月から同年9月まで本件賃貸借契約の約定支払期である毎月7日限り各140万円及び同年10月7日限り76万0642円の各支払を命じた。
 4 しかしながら,原審の判断のうち,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 賃料債権の差押えを受けた債務者は,当該賃料債権の処分を禁止されるが,その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは,差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなるしたがって,賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は,その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても,賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。
 そうすると,本件においては,平成21年12月25日までにAが上告人に本件建物を譲渡したことにより本件賃貸借契約が終了しているのであるから,上記特段の事情について審理判断することなく,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,以上の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち,上告人に対し平成20年8月分から平成21年12月分までの賃料合計2380万円を超えて金員の支払を命じた部分は破棄を免れない。そして,上記特段の事情の有無につき更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 なお,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦 裁判官 大橋正春)
5.小問2について(応用編)
+(指名債権の譲渡における債務者の抗弁)
第四百六十八条  債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。この場合において、債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときはこれを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができる。
2  譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。


民法 基本事例で考える民法演習2 23 他人の物の賃貸借と担保責任~賃貸人の義務と損害賠償の範囲


1.小問1(1)について(基礎編)

+(他人の権利の売買における売主の義務)
第五百六十条  他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

2.小問1(1)について(応用編)

・不当利得
+判例(H19.3.8)
理由
上告代理人川島英明の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人らは、平成12年2月15日、A(以下「A」という。)を通じて、それぞれ、B(以下「B」という。)を転換対象銘柄とする他社株式転換特約付社債を購入し、同年5月18日、その償還として、Bの株式各29株(以下、併せて「本件親株式」という。)を取得した。
(2) 上告人らは、平成12年10月31日、Aから本件親株式に係る原判決別紙1株券目録1(1)及び(2)記載の株券合計58枚の交付を受けたが、その際、本件親株式につき名義書換手続をしなかったため、本件親株式の株主名簿上の株主は、かつて本件親株式の株主であった被上告人(当時の商号はC)のままであった。
(3) Bは、平成14年1月25日開催の取締役会において、同年3月31日を基準日として普通株式1株を5株に分割する旨の株式分割(以下「本件株式分割」という。)の決議をし、同年5月15日、これを実施した。
(4) 被上告人は、本件親株式の株主名簿上の株主として、そのころ、Bから本件株式分割により増加した新株式(以下「本件新株式」という。)に係る原判決別紙1株券目録2記載の株券232枚の交付を受けた(以下、これらの株券を併せて「本件新株券」という。)。
(5) 被上告人は、Bから本件新株式に係る配当金として、1万4235円(税金を控除した額)の配当を受けた。
(6) 被上告人は、平成14年11月8日、第三者に対して本件新株式を売却し、売却代金5350万2409円(経費を控除した額)を取得した。
(7) 上告人らは、平成15年10月10日ころ、Bに対し、本件親株式について名義書換手続を求め、そのころ、被上告人に対し、本件新株券及び配当金の引渡しを求めた。
これに対し、被上告人は、日本証券業協会が定める「株式の名義書換失念の場合における権利の処理に関する規則(統一慣習規則第2号)」により、本件新株券の返還はできないなどとして、上告人らそれぞれに対し、各6105円のみを支払った。
(8) 上告人らは、被上告人は法律上の原因なく上告人らの財産によって本件新株式の売却代金5350万2409円及び配当金8万0590円の利益を受け、そのために上告人らに損失を及ぼしたと主張して、それぞれ、被上告人に対し、不当利得返還請求権に基づき、上記売却代金の2分の1である2675万1204円(円未満切捨て。以下同じ。)及び上記配当金の2分の1である4万0295円の合計金相当額である2679万1499円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める訴えを提起した。
(9) 第1審は、被上告人は、上告人らに対し、それぞれ、口頭弁論終結時における本件新株式の価格相当額2680万7484円及び配当金1万4670円の2分の1である7335円の合計額である2681万4819円から既払額6105円を差し引いた2680万8714円の不当利得返還義務を負うとして、上記金額の範囲内である上告人らの請求をいずれも認容した。
原審は、平成17年5月18日に口頭弁論を終結したが、その前日である同月17日のBの株式の終値は16万1000円であった。

2 原審は、次のとおり判断して、上告人らの請求をそれぞれ1867万7012円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余をいずれも棄却した。
(1) 被上告人は、本件新株式及び配当金を取得し、法律上の原因なくして上告人らの財産により利益を受け、これによって上告人らに損失を及ぼしたものであるから、その利益を返還すべき義務を負う
(2) ところで、本件新株式は上場株式であり代替性を有するから、被上告人の得た利益及び上告人らが受けた損失は、いずれも本件株式分割により増加した本件新株式と同一の銘柄及び数量の株式である。
したがって、上告人らが本件新株券そのものの返還に代えて本件新株式の価格の返還を求めることは許されるが、その場合に返還を請求できる金額は、売却時の時価によるのでなければ公平に反するという特段の事情がない限り、被上告人が市場において本件新株式と同一の銘柄及び数量の株式を調達して返還する際の価格、すなわち事実審の口頭弁論終結時又はこれに近い時点における本件新株式の価格によって算定された価格相当額である。
本件においては上記特段の事情は認められないから、上告人らの被上告人に対する請求は、それぞれ、事実審の口頭弁論終結日の前日である平成17年5月17日のBの株式の終値である1株16万1000円に116株を乗じた1867万6000円に配当金1万4235円の2分の1である7117円を加えた額から既払額6105円を差し引いた1867万7012円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

3 しかしながら、原審の上記2(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、受益者にその利得の返還義務を負担させるものである(最高裁昭和45年(オ)第540号同49年9月26日第一小法廷判決・民集28巻6号1243頁参照)。
受益者が法律上の原因なく代替性のある物を利得し、その後これを第三者に売却処分した場合、その返還すべき利益を事実審口頭弁論終結時における同種・同等・同量の物の価格相当額であると解すると、その物の価格が売却後に下落したり、無価値になったときには、受益者は取得した売却代金の全部又は一部の返還を免れることになるが、これは公平の見地に照らして相当ではないというべきであるまた、逆に同種・同等・同量の物の価格が売却後に高騰したときには、受益者は現に保持する利益を超える返還義務を負担することになるが、これも公平の見地に照らして相当ではなく、受けた利益を返還するという不当利得制度の本質に適合しない
そうすると、受益者は、法律上の原因なく利得した代替性のある物を第三者に売却処分した場合には、損失者に対し、原則として、売却代金相当額の金員の不当利得返還義務を負うと解するのが相当である。大審院昭和18年(オ)第521号同年12月22日判決・法律新聞4890号3頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。
4 以上によれば、上記原則と異なる解釈をすべき事情のうかがわれない本件においては、被上告人は、上告人らに対し、本件新株式の売却代金及び配当金の合計金相当額を不当利得として返還すべき義務を負うものというべきであって、これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。
そして、前記事実関係によれば、上告人らの請求は、それぞれ、被上告人が取得した本件新株式の売却代金5350万2409円の2分の1である2675万1204円及び配当金1万4235円の2分の1である7117円の合計額である2675万8321円から既払額である6105円を差し引いた2675万2216円並びにこれに対する平成16年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決を主文のとおり変更することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉徳治 裁判官 才口千晴 裁判官 涌井紀夫)

・代金を支払う相手・・・
+判例(H23.10.18)
理 由
 上告代理人小林正の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 1 本件は,ブナシメジを所有する被上告人が,無権利者との間で締結した販売委託契約に基づきこれを販売して代金を受領した上告人に対し,同契約を追認したからその販売代金の引渡請求権が自己に帰属すると主張して,その支払を請求する事案である。
 なお,上記の請求は,控訴審において追加された被上告人の第2次予備的請求であるところ,原判決中,被上告人の主位的請求及び第1次予備的請求をいずれも棄却すべきものとした部分については,被上告人が不服申立てをしておらず,同部分は当審の審理判断の対象となっていない。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,Aの代表取締役であるBから,その所有する工場を賃借し,平成14年4月以降,同工場でブナシメジを生産していた。
 (2) Bは,平成15年8月12日から同年9月17日までの期間,賃貸借契約の解除等をめぐる紛争に関連して同工場を実力で占拠し,その間,Aが,上告人との間でブナシメジの販売委託契約(以下「本件販売委託契約」という。)を締結した上,被上告人の所有する同工場内のブナシメジを上告人に出荷した。上告人は,本件販売委託契約に基づき,上記ブナシメジを第三者に販売し,その代金を受領した。
 (3) 被上告人は,平成19年8月27日,上告人に対し,被上告人と上告人との間に本件販売委託契約に基づく債権債務を発生させる趣旨で,本件販売委託契約を追認した。

 3 原審は,被上告人が,上記の趣旨で本件販売委託契約を追認したのであるから,民法116条の類推適用により,同契約締結の時に遡って,被上告人が同契約を直接締結したのと同様の効果が生ずるとして,被上告人の第2次予備的請求を認容した。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 無権利者を委託者とする物の販売委託契約が締結された場合に,当該物の所有者が,自己と同契約の受託者との間に同契約に基づく債権債務を発生させる趣旨でこれを追認したとしても,その所有者が同契約に基づく販売代金の引渡請求権を取得すると解することはできない。なぜならば,この場合においても,販売委託契約は,無権利者と受託者との間に有効に成立しているのであり,当該物の所有者が同契約を事後的に追認したとしても,同契約に基づく契約当事者の地位が所有者に移転し,同契約に基づく債権債務が所有者に帰属するに至ると解する理由はないからである仮に,上記の追認により,同契約に基づく債権債務が所有者に帰属するに至ると解するならば,上記受託者が無権利者に対して有していた抗弁を主張することができなくなるなど,受託者に不測の不利益を与えることになり,相当ではない

 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は,破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求は理由がないから,同部分に関する請求を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 那須弘平 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)

+判例(H10.1.30)
理由
上告代理人澤井英久、同青木清志の上告理由について
一 本件は、抵当権者である上告人が物上代位権を行使して差し押さえた賃料債権の支払を抵当不動産の賃借人である被上告人に対して求める事案である。被上告人は、右賃料債権は上告人による差押えの前に抵当不動産の所有者である大協建設株式会社から株式会社大心に譲渡され被上告人が確定日付ある証書をもってこれを承諾したから、上告人の請求は理由がないと主張する。上告人は、右主張を争うとともに、本件債権譲渡の目的は上告人の債権回収を妨害することにあるから右主張は権利の濫用であるなどと主張する。
上告人の本件請求は、大協建設の被上告人に対する平成五年七月分から同六年三月分までの九箇月分の賃料六五三三万六四〇〇円(月額七二五万九六〇〇円)の支払を求めるものである。第一審判決は、賃料月額を二〇〇万円と認定した上、上告人の権利濫用の主張は理由があるから本件においては物上代位が債権譲渡に優先すると判断して、本件請求を一八〇〇万円の限度で認容すべきものとした。双方が各敗訴部分を不服として控訴したが、原判決は、第一審判決と同様の事実を認定した上、債権譲渡が物上代位に優先し、上告人の権利濫用の主張は失当であると判断して、被上告人の控訴に基づき第一審判決中上告人の請求を認容した部分を取り消して右部分に係る請求を棄却し(原判決主文第一、二項)、上告人の控訴を棄却した。
論旨は、専ら、原審認定事実を前提としても、債権譲渡が物上代位に優先し、かつ、上告人の権利濫用の主張は失当であるとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあると主張するものである。

二 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 大協建設は第一審判決添付物件目録記載の建物(建物の種類は「共同住宅店舗倉庫」。以下「本件建物」という。)の所有者である。
2(一) 上告人は、平成二年九月二八日、東京ハウジング産業株式会社に対し、三〇億円を、弁済期を同五年九月二八日と定めて貸し付けた。
(二) 上告人と大協建設は、平成二年九月二八日、本件建物について、被担保債権を上告人の東京ハウジング産業に対する右貸金債権とする抵当権設定契約を締結し、かつ、その旨の抵当権設定登記を経由した。
(三) 東京ハウジング産業は、平成三年三月二八日、約定利息の支払を怠り、右貸金債務についての期限の利益を喪失した。
(四) 東京ハウジング産業は、平成四年一二月、倒産した。
3 大協建設は、本件建物を複数の賃借人に賃貸し、従来の一箇月当たりの賃料の合計額は七〇七万一七六二円であったが、本件建物の全部を被上告人に賃貸してこれを現実に利用する者については被上告人からの転貸借の形をとることとし、平成五年一月一二日、本件建物の全部を、被上告人に対して、期間を定めずに、賃料月額二〇〇万円、敷金一億円、譲渡転貸自由と定めて賃貸し、同月一三日、その旨の賃借権設定登記を経由した。
4 大心は、平成五年四月一九日、大協建設に対して七〇〇〇万円を貸し付けた。大協建設と大心は、その翌日である同月二〇日、本件建物についての平成五年五月分から同八年四月分までの賃料債権を右貸金債権の代物弁済として大協建設が大心に譲渡する旨の契約を締結し、被上告人は、同日、これを承諾した。右三者は、以上の趣旨が記載された債務弁済契約書を作成した上、これに公証人による確定日付(平成五年四月二〇日)を得た。
5 東京地方裁判所は、平成五年五月一〇日、抵当権者である上告人の物上代位権に基づき、大協建設の被上告人に対する本件建物についての賃料債権のうち右2記載の債権に基づく請求債権額である三八億六九七五万六一六二円に満つるまでの部分を差し押さえる旨の差押命令を発し、右命令は同年六月一〇日に第三債務者である被上告人に送達された(なお、上告人は、その後、被上告人の転借人に対する本件建物の転貸料債権について抵当権に基づく物上代位権を行使して差押命令を得たので、同六年四月八日以降支払期にある分につき、右賃料債権の差押命令の申立てを取り下げた。)。

三 原審は、右事実関係に基づき、民法三〇四条一項ただし書が払渡し又は引渡しの前の差押えを必要とする趣旨は、差押えによって物上代位の目的債権の特定性を保持し、これによって物上代位権の効力を保全するとともに、第三者が不測の損害を被ることを防止することにあり、この第三者保護の趣旨に照らせば、払渡し又は引渡しの意味は債務者(物上保証人を含む。)の責任財産からの逸出と解すべきであり、債権譲渡も払渡し又は引渡しに該当するということができるから、目的債権について、物上代位による差押えの前に対抗要件を備えた債権譲受人に対しては物上代位権の優先権を主張することができず、このことは目的債権が将来発生する賃料債権である場合も同様であるとして、上告人の本件請求は理由がないものと判断した。

四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 民法三七二条において準用する三〇四条一項ただし書が抵当権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要するとした趣旨目的は、主として、抵当権の効力が物上代位の目的となる債権にも及ぶことから、右債権の債務者(以下「第三債務者」という。)は、右債権の債権者である抵当不動産の所有者(以下「抵当権設定者」という。)に弁済をしても弁済による目的債権の消滅の効果を抵当権者に対抗できないという不安定な地位に置かれる可能性があるため、差押えを物上代位権行使の要件とし、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前には抵当権設定者に弁済をすれば足り、右弁済による目的債権消滅の効果を抵当権者にも対抗することができることにして、二重弁済を強いられる危険から第三債務者を保護するという点にあると解される。
2 右のような民法三〇四条一項の趣旨目的に照らすと、同項の「払渡又ハ引渡」には債権譲渡は含まれず、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。
けだし、(一)民法三〇四条一項の「払渡又ハ引渡」という言葉は当然には債権譲渡を含むものとは解されないし、物上代位の目的債権が譲渡されたことから必然的に抵当権の効力が右目的債権に及ばなくなるものと解すべき理由もないところ、(二)物上代位の目的債権が譲渡された後に抵当権者が物上代位権に基づき目的債権の差押えをした場合において、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前に債権譲受人に弁済した債権についてはその消滅を抵当権者に対抗することができ、弁済をしていない債権についてはこれを供託すれば免責されるのであるから、抵当権者に目的債権の譲渡後における物上代位権の行使を認めても第三債務者の利益が害されることとはならず、(三)抵当権の効力が物上代位の目的債権についても及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができ、(四)対抗要件を備えた債権譲渡が物上代位に優先するものと解するならば、抵当権設定者は、抵当権者からの差押えの前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができるが、このことは抵当権者の利益を不当に害するものというべきだからである。
そして、以上の理は、物上代位による差押えの時点において債権譲渡に係る目的債権の弁済期が到来しているかどうかにかかわりなく、当てはまるものというべきである。

五 以上と異なる原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって、論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。そして、前記事実関係の下においては、上告人の本件請求は一八〇〇万円(平成五年七月分から同六年三月分までの月額二〇〇万円の割合による賃料)の限度で理由があり、その余は理由がないというべきであるから、第一審判決の結論は正当である。したがって、原判決のうち、第一審判決中被上告人敗訴の部分を取り消して右部分に係る請求を全部棄却すべきものとした部分(原判決主文第一、二項)は破棄を免れず、右部分については被上告人の控訴を棄却すべきであるが、上告人の控訴を棄却した部分は正当であるから、その余の本件上告を棄却すべきである。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

+判例(H17.2.22)
理由
上告代理人中村築守の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) A社は、B社に対し、第1審判決別表6記載のとおり商品を売り渡し、同社は、上告人に対し、同別表3記載のとおりこれを転売した(以下、この転売契約に基づく売買代金債権のことを「本件転売代金債権」という。)。
(2) B社は、平成14年3月1日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、C弁護士が破産管財人に選任された。
(3) 上記破産管財人は、平成15年1月28日、破産裁判所の許可を得て、被上告人に対し、本件転売代金債権を譲渡し、同年2月4日、上告人に対し、内容証明郵便により、上記債権譲渡の通知をした。
(4) A社は、東京地方裁判所に対し、動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使として、本件転売代金債権について差押命令の申立てをしたところ、同裁判所は、平成15年4月30日、本件転売代金債権の差押命令を発し、同命令は同年5月1日に上告人に送達された。
2 本件は、上記事実関係の下において、被上告人が、上告人に対し、本件転売代金債権について支払を求める事案である。
3 民法304条1項ただし書は、先取特権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要する旨を規定しているところ、この規定は、抵当権とは異なり公示方法が存在しない動産売買の先取特権については、物上代位の目的債権の譲受人等の第三者の利益を保護する趣旨を含むものというべきである。そうすると、動産売買の先取特権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が備えられた後においては、目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。

4 前記事実関係によれば、A社は、被上告人が本件転売代金債権を譲り受けて第三者に対する対抗要件を備えた後に、動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使として、本件転売代金債権を差し押さえたというのであるから、上告人は、被上告人に対し、本件転売代金債権について支払義務を負うものというべきである。以上と同旨の原審の判断は正当として是認することができる。所論引用の判例(最高裁平成9年(オ)第419号同10年1月30日第二小法廷判決・民集52巻1号1頁、最高裁平成8年(オ)第673号同10年2月10日第三小法廷判決・裁判集民事187号47頁)は、事案を異にし、本件に適切ではない。論旨は、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖)

++解説
《解  説》
1 本件は,動産売買の先取特権者が,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においても,目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるか否かなどが争われた事案である。
A社は,B社に対し,商品(動産)を売り渡したところ,B社は,Y1~Y3に対し,これを転売した。B社は,平成14年3月1日,東京地裁において破産宣告を受け,C弁護士が破産管財人に選任された。C破産管財人は,平成15年1月28日,破産裁判所の許可を得て,B社のY1~Y3に対する転売代金債権をXに譲渡し,同年2月4日,Y1~Y3に対し,内容証明郵便により,上記債権譲渡の通知をした。A社は,東京地裁に対し,動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使として,B社のY1~Y3に対する転売代金債権について差押命令の申立てをしたところ,同裁判所は,平成15年1月20日,B社のY1に対する転売代金債権に対する債権差押命令を,同年4月30日,B社のY2に対する転売代金債権に対する債権差押命令をそれぞれ発令したが,B社のY3に対する転売代金債権に対する債権差押命令の申立ては却下した。Y1を第三債務者とする債権差押命令は同年1月22日に,Y2を第三債務者とする債権差押命令は同年5月1日にそれぞれY1及びY2に送達された。
2 Xは,B社とY1~Y3との間の上記転売契約等に基づき,Y1~Y3に対し,転売代金の支払を求めた。
これに対し,Y1~Y3は,C破産管財人が,Xに対し,上記転売代金債権を譲渡し,その旨をY1~Y3に内容証明郵便により通知したとしても,Y1~Y3がXに対して支払をするまでは,A社は,上記転売代金債権について,動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができるなどと主張し,Xの上記請求を争った。

3 1審がXの請求を棄却する旨の判決をしたことから,Xから控訴。原審は,動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使と目的債権の譲渡とは,債権差押命令の第三債務者に対する送達と債権譲渡の対抗要件の具備との先後関係によってその優劣を決すべきであるなどとして,1審判決を変更し,XのY1に対する請求を棄却したが,XのY2及びY3に対する請求を認容するなどの判決をした。
第三小法廷は,Y2の上告受理の申立てを受理した上,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においては,目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできないなどと判示して,Y2の上告を棄却した。

4(1) 抵当権,先取特権に基づく物上代位権の行使と債権譲渡,転付命令,一般債権者の差押えの優先関係等をめぐっては,これまで多数の判例が出されている。そして,最一小判昭59.2.2民集38巻3号431頁,判タ525号99頁(昭和59年最一小判)及び最二小判昭60.7.19民集39巻5号1326頁,判タ571号68頁(昭和60年最二小判)は,傍論として,目的債権の譲渡後の先取特権者の物上代位権の行使を否定すべきものとした。この傍論説示によれば,最高裁は,抵当権についても,目的債権の譲渡後の物上代位権の行使を否定するものと推測されるというのが一般的理解であったところ,最二小判平10.1.30民集52巻1号1頁,判タ964号73頁及び最三小判平10.2.10裁判集民187号47頁(平成10年最判)は,この一般的理解を覆し,抵当権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においても,自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるとした。そして,平成10年最判が出された後は,昭和59年最一小判及び昭和60年最二小判の傍論説示が変更されたか否かが議論されている状況にあった。
(2) ところで,抵当権は,第三者に対しても追及効がある担保物権であるとされている。これは,抵当権は,登記という形で公示制度が完備されていることから,第三者に対して追及効を認めても,第三者に不測の損害を与えるおそれがないことによるものである。ところで,債権譲渡により,債権が債務者から第三者に移転すると,債務者が第三債務者から金銭を受け取るべき関係がないことになるから,物上代位権を行使して差し押さえることができなくなるのではないかという疑問が生ずる。しかし,抵当権のみならず,抵当権の物上代位権にも追及効があると考えるならば,譲渡された債権についても有効に差し押さえることができるということになるのであって,平成10年最判は正にこのような考え方に立脚するものである(平10最判解説(民)(上)26頁以下)。そして,平成10年最判の理由付けの中で注目すべき点は,抵当権の効力が物上代位の目的債権にも及ぶことは,抵当権設定登記により公示されているとみることができるとしたことである。その上で,平成10年最判は,債権譲渡の対抗要件の具備が抵当権設定登記に後れる場合には,もともと実体法上は抵当権者が優先すると考えられることから,債権譲渡後の物上代位権の行使を認めても,債権譲受人の立場は害されないと考えているものと推測される(前記最判解説26頁)。
これに対し,動産売買の先取特権は,債務者が,その目的物である動産を第三者に引き渡すと,その動産には先取特権の効力は及ばないこととされている(民法333条)。先取特権は,先取特権者の占有を要件としていないため,目的物が動産の場合には公示方法が存在せず,追及効を制限することにより動産取引の第三者を保護しようとしたのである。そうとすれば,動産売買の先取特権に基づく物上代位権も目的債権が譲渡され,債権が債務者から第三者に移転すると,もはや追及効がなくなるものと解すべきである。このような場合にも追及効があるとすれば,抵当権とは異なり,動産売買の先取特権には公示方法がないことから,第三者(債権譲受人等)の立場を不当に害するおそれがあるものと考えられる。民法304条1項ただし書の規定は,抵当権とは異なり公示方法が存在しない動産売買の先取特権については,物上代位の目的債権の譲受人等の第三者の利益を保護する趣旨を含むものというべきである(内田貴・民法Ⅲ 債権総論・担保物権(第2版)511頁,道垣内弘人「昭和60年最判の判例批評」別冊ジュリ159号175頁等参照)。
以上によれば,本判決が判示するとおり,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においては,目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。
5 本判決は,平成10年最判が出されたことにより,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においても,自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるということになるとする見方があった中で,このような見解を採らないことを初めて正面から明らかにした最上級審の判例であり,実務に与える影響は小さくないものと考えられることから,ここに紹介する次第である。

3.小問1(2)について

+(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条  占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2  占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条  賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2  賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。
・189条1項の趣旨から占有者の不法行為責任も同時に廃除!

4.小問2について

+(賃貸物の修繕等)
第六百六条  賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
2  賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。

+(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条  賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2  賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(売主の瑕疵担保責任)
第五百七十条  売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。

+(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第五百六十六条  売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。
2  前項の規定は、売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。
3  前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。


民法 基本事例で考える民法演習2 22 代理の基本構造~署名代理と表見代理


1.小問1(1)について

+(代理行為の要件及び効果)
第九十九条  代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
2  前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。

・顕名が要求されるのは、相手方から見て、効果帰属主体が本人であることをわかるようにするため。→成りすましの場合でもよい。

+(錯誤)
第九十五条  意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

2.小問1(2)について
因果関係について・・・。

3.小問2(1)について

+(本人のためにすることを示さない意思表示)
第百条  代理人が本人のためにすることを示さないでした意思表示は、自己のためにしたものとみなす。ただし、相手方が、代理人が本人のためにすることを知り、又は知ることができたときは、前条第一項の規定を準用する。

4.小問2(2)について

・100条本文末尾の「みなす」には、代理人からの錯誤無効の主張を排除する趣旨が込められている!
←代理制度の安定

5.小問3(小問1の応用編)について

+(権限外の行為の表見代理)
第百十条  前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

・類推適用
本人の名において権限外の行為をした場合(=代理人と名乗っているわけではない!)
+判例(S44.12.19)
理由
上告人の上告理由第一点、第三点および第四点について。
代理人が本人の名において権限外の行為をした場合において、相手方がその行為を本人自身の行為と信じたときは、代理人の代理権を信じたものではないが、その信頼が取引上保護に値する点においては、代理人の代理権限を信頼した場合と異なるところはないから、本人自身の行為であると信じたことについて正当な理由がある場合にかぎり、民法一一〇条の規定を類推適用して、本人がその責に任ずるものと解するのが相当である。しかし、本件において、原審の確定するところによれば、上告人は、原判示売買契約締結の際、被上告人西原Aの代理人であるBが上告人に交付したA名義の印鑑証明書に記載された生年月日の記載にもさほど留意しないで、Bが被上告人Aの実印と印鑑証明書を所持し、本人らしい言動に出たことから、自己と同年輩の右Bを一五歳も年上の被上告人Aと誤信したというのであり、その他原審認定の事実関係のもとにおいては、右誤信は上告人の過失に基づくもので、同条所定の「正当ノ理由」がないとした原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨引用の判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。所論は、独自の見解に立つて原判決に異見をいうものにすぎず。採用することができない。
同第二点について。
原審は、上告人はBをもつて被上告人西原A自身であると誤信したものである旨認定しているのであり、その認定は原判決挙示の証拠によつて是認できるから、上告人の、Bをもつて権限ある代理人と誤信したことを前提とする表見代理の主張はすでにその前提において排斥されたものというべきであり、原判決が明示に排斥の判断を示さなかつたからといつて、なんら所論の違法はない。論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

+判例(S51.6.25)
理由 
 上告代理人土橋忠一の上告理由四について 
 所論は、原審までに主張、判断を経ない事実を前提として原判決を論難するものにすぎず、論旨は採用することができない。 
 同一ないし三及び五について 
 原審は、(一)訴外砂田送風機株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役Aが、被上告人会社から、訴外会社の被上告人会社に対する電気製品の継続的売買取引上の債務につき連帯保証人を立てるよう要求されたこと、(二)Aは、上告人から、訴外会社が他から社員寮を賃借するについて保証人となることの承諾を得、その保証契約締結の権限を与えられて実印の貸与を受け、市役所から上告人の印鑑証明書の交付を受けたこと、(三)Aは、右の権限を越えて、訴外会社が被上告人会社に対し現在負担し又は将来負担することあるべき商取引上の一切の債務について連帯して支払う旨の本件根保証約定書(以下「本件約定書」という。)を上告人の名をもつて作成し、これに上告人の実印を押捺したうえ前記印鑑証明書を添えて被上告人会社に差し入れたこと、(四)被上告人会社においては、右印鑑証明書により本件約定書の上告人名下の印影が上告人の実印によるものであることを確認して、上告人がみずからの意思に基づいて本件約定書に記名押印をし本件根保証契約を締結するものであると信じたこと、以上の事実を適法に確定したうえ、日常の取引において、証明された実印による行為は本人の意思に基づくものと評価され、印鑑証明書が行為者の意思確認の機能を果たしていることは経験上明らかであるから、被上告人会社において本件根保証契約の締結が上告人の意思に基づくものと信じたことについては正当な理由があるとして、民法一一〇条の類推適用により、上告人は本件根保証契約につき責に任ずべきであると判断し、本件約定書には保証金額の明記がないけれども、そのことだけで右結論を左右するものではなく、また、被上告人会社は電気器具等の販売業者であつて金融機関ではないから本人の保証意思までをも確認すべき義務があると解することはできないとの説示をも附加して、被上告人会社の予備的主張を理由があるものとしている。 
 このように、代理人が本人から与えられた権限を越えていわゆる署名代理の方法により本人名義の契約書を作成したうえ、これを相手方に差し入れることにより本人のために契約を締結した場合であつても、相手方において右契約書の作成及び右契約の締結が本人の意思に基づくものであると信じたときは、代理人の代理権限を信じたものというには適切ではないが、その信頼が取引上保護に値する点においては代理人の代理権限を信じた場合と異なるところはないから、右のように信じたことについて正当な理由がある限り、民法一一〇条の規定を類推適用して、本人がその責に任ずるものと解するのが相当であるが(最高裁昭和三七年(オ)第二三二号同三九年九月一五日第三小法廷判決・民集一八巻七号一四三五頁、昭和四四年(オ)八四三号同年一二月一九日第二小法廷判決・民集二三巻一二号二五三九頁参照)、所論は、本件について右の正当理由の存在を肯認した原審の判断を争うので按ずるに、印鑑証明書が日常取引において実印による行為について行為者の意思確認の手段として重要な機能を果たしていることは否定することができず、被上告人会社としては、上告人の保証意思の確認のため印鑑証明書を徴したのである以上は、特段の事情のない限り、前記のように信じたことにつき正当理由があるというべきである。 
 しかしながら、原審は、他方において、(一)被上告人会社がAに対して本件根保証契約の締結を要求したのは、訴外会社との取引開始後日が浅いうえ、訴外会社が代金の決済条件に違約をしたため、取引の継続に不安を感ずるに至つたからであること、被上告人会社は、当初、Aに対し同人及び同人の実父(原判決挙示の証拠関係によれば、訴外会社の親会社である砂田製作所の経営者でもあることが窺われる。)に連帯保証をするよう要求したのに、Aから「父親とは喧嘩をしていて保証人になつてくれないが、自分の妻の父親が保証人になる。」との申し入れがあつて、これを了承した(なお、上告人はAの妻の父ではなく、妻の伯父にすぎない。)こと、上告人の代理人として本件根保証契約締結の衝にあたつたAは右契約によつて利益をうけることとなる訴外会社の代表取締役であることなど、被上告人会社にとつて本件根保証契約の締結におけるAの行為等について疑問を抱いて然るべき事情を認定し、(二)また、原審認定の事実によると、本件根保証契約については、保証期間も保証限度額も定められておらず、連帯保証人の責任が比較的重いことが推認されるのであるから、上告人みずからが本件約定書に記名押印をするのを現認したわけでもない被上告人会社としては、単にAが持参した上告人の印鑑証明書を徴しただけでは、本件約定書が上告人みずからの意思に基づいて作成され、ひいて本件根保証契約の締結が上告人の意思に基づくものであると信ずるには足りない特段の事情があるというべきであつて、さらに上告人本人に直接照会するなど可能な手段によつてその保証意思の存否を確認すべきであつたのであり、かような手段を講ずることなく、たやすく前記のように信じたとしても、いまだ正当理由があるということはできないといわざるをえない。 
 しかるに、原審は、被上告人会社が金融業者ではないことの故をもつて、右のような可能な調査手段を有していたかどうかにかかわらず、民法一一〇条の類推適用による正当理由を肯認できると判断しているのであるが、右の判断は同条の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるというべきで、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、正当理由の存否についてさらに審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。 
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林讓) 
・94条2項、110条の類推
+判例(H18.2.23)
理由 
 上告代理人河野浩、同千野博之の上告受理申立て理由1について 
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。 
 (1) 上告人は、平成7年3月にその所有する土地を大分県土地開発公社の仲介により日本道路公団に売却した際、同公社の職員であるAと知り合った。 
 (2) 上告人は、平成8年1月11日ころ、Aの紹介により、Bから、第1審判決別紙物件目録記載1の土地及び同目録記載2の建物(以下、これらを併せて「本件不動産」という。)を代金7300万円で買い受け、同月25日、Bから上告人に対する所有権移転登記がされた。 
 (3) 上告人は、Aに対し、本件不動産を第三者に賃貸するよう取り計らってほしいと依頼し、平成8年2月、言われるままに、業者に本件不動産の管理を委託するための諸経費の名目で240万円をAに交付した。上告人は、Aの紹介により、同年7月以降、本件不動産を第三者に賃貸したが、その際の賃借人との交渉、賃貸借契約書の作成及び敷金等の授受は、すべてAを介して行われた。 
 (4) 上告人は、平成11年9月21日、Aから、上記240万円を返還する手続をするので本件不動産の登記済証を預からせてほしいと言われ、これをAに預けた。 
 また、上告人は、以前に購入し上告人への所有権移転登記がされないままになっていた大分市大字松岡字尾崎西7371番4の土地(以下「7371番4の土地」という。)についても、Aに対し、所有権移転登記手続及び隣接地との合筆登記手続を依頼していたが、Aから、7371番4の土地の登記手続に必要であると言われ、平成11年11月30日及び平成12年1月28日の2回にわたり、上告人の印鑑登録証明書各2通(合計4通)をAに交付した。 
 なお、上告人がAに本件不動産を代金4300万円で売り渡す旨の平成11年11月7日付け売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)が存在するが、これは、時期は明らかでないが、上告人が、その内容及び使途を確認することなく、本件不動産を売却する意思がないのにAから言われるままに署名押印して作成したものである。 
 (5) 上告人は、平成12年2月1日、Aから7371番4の土地の登記手続に必要であると言われて実印を渡し、Aがその場で所持していた本件不動産の登記申請書に押印するのを漫然と見ていた。Aは、上告人から預かっていた本件不動産の登記済証及び印鑑登録証明書並びに上記登記申請書を用いて、同日、本件不動産につき、上告人からAに対する同年1月31日売買を原因とする所有権移転登記手続をした(以下、この登記を「本件登記」という。)。 
 (6) Aは、平成12年3月23日、被上告人との間で、本件不動産を代金3500万円で売り渡す旨の契約を締結し、これに基づき、同年4月5日、Aから被上告人に対する所有権移転登記がされた。被上告人は、本件登記等からAが本件不動産の所有者であると信じ、かつ、そのように信ずることについて過失がなかった。 
 2 本件は、上告人が、被上告人に対し、本件不動産の所有権に基づき、Aから被上告人に対する所有権移転登記の抹消登記手続を求める事案であり、原審は、民法110条の類推適用により、被上告人が本件不動産の所有権を取得したと判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
 
 3 前記確定事実によれば、上告人は、Aに対し、本件不動産の賃貸に係る事務及び7371番4の土地についての所有権移転登記等の手続を任せていたのであるが、そのために必要であるとは考えられない本件不動産の登記済証を合理的な理由もないのにAに預けて数か月間にわたってこれを放置し、Aから7371番4の土地の登記手続に必要と言われて2回にわたって印鑑登録証明書4通をAに交付し、本件不動産を売却する意思がないのにAの言うままに本件売買契約書に署名押印するなど、Aによって本件不動産がほしいままに処分されかねない状況を生じさせていたにもかかわらず、これを顧みることなく、さらに、本件登記がされた平成12年2月1日には、Aの言うままに実印を渡し、Aが上告人の面前でこれを本件不動産の登記申請書に押捺したのに、その内容を確認したり使途を問いただしたりすることもなく漫然とこれを見ていたというのである。そうすると、Aが本件不動産の登記済証、上告人の印鑑登録証明書及び上告人を申請者とする登記申請書を用いて本件登記手続をすることができたのは、上記のような上告人の余りにも不注意な行為によるものであり、Aによって虚偽の外観(不実の登記)が作出されたことについての上告人の帰責性の程度は、自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重いものというべきである。そして、前記確定事実によれば、被上告人は、Aが所有者であるとの外観を信じ、また、そのように信ずることについて過失がなかったというのであるから、民法94条2項、110条の類推適用により、上告人は、Aが本件不動産の所有権を取得していないことを被上告人に対し主張することができないものと解するのが相当である。上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において正当であり、論旨は理由がない。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 才口千晴) 
++解説
《解  説》
 1 Xは,その所有する不動産(本件不動産)の賃貸に係る事務等をAに任せていたところ,Aは,Xから預かっていた登記済証,Xから交付を受けた印鑑登録証明書及びXの実印を押捺した登記申請書を利用して,Xに無断で本件不動産につきXからAに対する所有権移転登記をした上,これをYに売却してその旨の所有権移転登記(本件登記)をした。本件は,Xが,本件不動産の所有権に基づき,Yに対し,本件登記の抹消登記手続を求めた事案である。
 2 1,2審とも,Xは,Aに対し,本件不動産の賃貸に係る代理権ないし権限(民法110条の基本代理権)を授与しており,Yは,本件不動産がAの所有と信じ,そう信ずるにつき正当の理由があったから民法110条の類推適用により保護されると判断して,Xの請求を棄却した。
 3 Xからの上告受理申立てに対し,本判決は,Xが,本件不動産の賃貸等の事務に必要とは考えられない登記済証を合理的な理由なく数か月間にわたってAに預けたままにし,Aの言うままに印鑑登録証明書を交付した上,AがXの面前で本件不動産の登記申請書にXの実印を押捺したのにその内容を確認したり使途を問いただしたりすることなく漫然とこれを見ていたことなどの事情によれば,Xには,不実の所有権移転登記がされたことについて自らこれに積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重い帰責性があり,Xは,民法94条2項,110条の類推適用により,Aから本件不動産を買い受けた善意無過失のYに対し,Aが本件不動産の所有権を取得していないことを主張することができないと判示し,原審の判断は結論において正当であるとして,Xの上告を棄却した。
 4(1) 民法94条2項と民法110条は,いずれも,真の権利者Xの関与によってAが権利者であるかのような外観が作り出されたときは,それを信頼した第三者Yは保護されるべきであり,虚偽の外観作出について帰責性のある権利者は権利を失ってもやむを得ないという権利外観法理の現れである。権利外観法理を虚偽表示の場面で具体化した規定が民法94条2項であり,代理の場面で具体化した規定が民法110条その他の表見代理の規定であると解される。
 本件では,Aは,Xの代理人又はX本人として本件不動産をYに売却したわけではなく,A名義に所有権移転登記した上,Aの所有であるとしてYに売却したものであり,Yとしても,本件不動産がAの所有であるとの外観を信じてAとの間で売買契約を締結したのであるから,本件は,まず民法94条2項の類推適用の有無を問題とすべき事案であると思われる。
 (2) 民法94条2項は,本来は,権利者が名義人と通謀して意思表示することにより故意に虚偽の外観を作出した場合に適用される規定である。しかし,権利者と名義人の間に通謀がない場合であっても,権利者が自ら虚偽の外観作出に積極的に関与したとか,権利者が虚偽の外観が作出されたことを知ってこれを承認又は放置するなど,虚偽の外観作出につき権利者に重大な帰責性がある場合には,判例は,民法94条2項の類推適用により,作出された外観(登記)を信頼して無権利者から不動産を取得した者を保護するという枠組みを形成してきた。
 民法94条2項の類推適用を認めたこれまでの判例は,学説(四宮和夫=能見善久・民法総則〔第6版〕211頁等)によって,一般的に,(1)意思外観対応-自己作出型(権利者自身が虚偽の外観を作り出した場合),(2)意思外観対応-他人作出型(他人によって虚偽の外観が作出されたが,権利者がこれを事後に承認又は放置した場合),(3)意思外観非対応型(権利者が虚偽の外観〔第1の外観〕作出について承認したが,名義人の背信行為により承認の範囲を超える外観〔第2の外観〕が作出されてしまった場合)に類型化されている。そして,上記(1)(2)の類型(意思外観対応型)については民法94条2項のみが類推適用され,第三者は善意であれば保護されるのに対し,上記(3)の類型(意思外観非対応型)については,外観作出について名義人の権限逸脱行為が介在していることから,民法94条2項に民法110条を重畳的に類推適用して,第三者に善意無過失を要求するとされる。
 これらの類型は,権利者の関与の度合いは異なるが,いずれも,権利者が事後的にせよ何らかの虚偽の外観の作出について認識(承認)していたことが前提となっている。これに対し,本件では,権利者Xが虚偽の外観の作出又は存在を認識(承認)していたとの事実は認められていない。したがって,本件は,上記のいずれの類型にもそのまま当てはまらないものである。
 しかし,上記の類型は,これまでに判例で民法94条2項の類推適用が認められた事案を整理分類したものであって,判例は,この類型に該当する場合でなければ同項の類推適用が認められないと述べているわけではない。また,民法94条2項の背後にある権利外観法理は,一定の場合には虚偽の外観を信頼した第三者を保護すべきであり,虚偽の外観作出について帰責性のある権利者が権利を失ってもやむを得ないというものであって,必ずしも虚偽の外観作出について権利者の認識(承認)を要求するものでもないと解される。このことは,同じく権利外観法理の現れである民法110条における権利者の帰責性の根拠が,虚偽の外観の作出についての認識(承認)ではなく,背信行為(権限逸脱行為)を行うような者を信頼して代理人に選んだという点に求められることからも肯定できると思われる。
 他方で,一般的な権利外観法理を基礎に民法94条2項の類推適用を余りに広く認めすぎると,結果として登記に公信力を認めたのと異ならず,静的安全を害する虞がある。不動産取引における動的安全と静的安全の調和の観点から,権利者にどの程度の帰責性があれば第三者を保護すべきかを考える必要がある。その際,これまで最高裁判例によって民法94条2項の類推適用が認められてきた事例ないしその類型が参考にされるべきであるが,権利者の帰責性の程度という観点からは,必ずしも虚偽の外観についての認識(承認)の有無が決定的な要素になるということはできないと思われる。
 (3) 本判決は,これまでの最高裁判例で,権利者が自ら虚偽の外観作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合に民法94条2項の類推適用を認められてきたことを踏まえて,権利者に虚偽の外観そのものについて認識(承認)がなくとも,これに匹敵するほど重い帰責性が認められる場合には,取引関係に立つ善意無過失の第三者を保護するために権利者が権利を失ってもやむを得ないとの価値判断の下,本件事案はこのような場合に該当し,民法94条2項の類推適用が認められると判断したものである。
 本件において,Xは,Aを信頼して言われるまま合理的な理由もなく登記済証を数か月間も預けたままにして顧みることがなかったものである。印鑑登録証の交付には理由がなかったわけではなくそれ自体を落ち度ということはできないとしても,既に登記済証及び印鑑登録証をAに交付してあるという状況下で,Xの面前でAが登記申請書にXの実印を押捺しているのにその内容を確認することもしなかったというXの態度は重大な帰責性があると評価されてもやむを得ないものと思われる。Xがごくわずかな注意を払いさえすればAによる虚偽の外観作出を容易に防ぎ得たのであって,このような重大な帰責性のあるXと,過失なく外観を信頼して取引関係に入った第三者Yのいずれを保護することが妥当かという比較衡量がされた結果と思われる。
 (4) 権利者が虚偽の外観の作出につき積極的な関与をしておらず,これを知りながら放置していたとみることもできないとして民法94条2項の類推適用を否定した判例(最二小判平15.6.13裁判集民210号143頁,判タ1128号370頁)がある。同判例の事案と本件とは権利者の帰責性の度合いが異なるものであるが,いずれも,民法94条2項の類推適用の有無の限界的な事例と考えられる。
 5 本件は,事例判断ではあるが,これまで判例により民法94条2項の類推適用が認められてきた類型に当てはまらない事案について初めて類推適用を認めたものであって,実務上重要な意義を有するといえる。