民法 基本事例で考える民法演習2 22 代理の基本構造~署名代理と表見代理


1.小問1(1)について

+(代理行為の要件及び効果)
第九十九条  代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
2  前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。

・顕名が要求されるのは、相手方から見て、効果帰属主体が本人であることをわかるようにするため。→成りすましの場合でもよい。

+(錯誤)
第九十五条  意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

2.小問1(2)について
因果関係について・・・。

3.小問2(1)について

+(本人のためにすることを示さない意思表示)
第百条  代理人が本人のためにすることを示さないでした意思表示は、自己のためにしたものとみなす。ただし、相手方が、代理人が本人のためにすることを知り、又は知ることができたときは、前条第一項の規定を準用する。

4.小問2(2)について

・100条本文末尾の「みなす」には、代理人からの錯誤無効の主張を排除する趣旨が込められている!
←代理制度の安定

5.小問3(小問1の応用編)について

+(権限外の行為の表見代理)
第百十条  前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

・類推適用
本人の名において権限外の行為をした場合(=代理人と名乗っているわけではない!)
+判例(S44.12.19)
理由
上告人の上告理由第一点、第三点および第四点について。
代理人が本人の名において権限外の行為をした場合において、相手方がその行為を本人自身の行為と信じたときは、代理人の代理権を信じたものではないが、その信頼が取引上保護に値する点においては、代理人の代理権限を信頼した場合と異なるところはないから、本人自身の行為であると信じたことについて正当な理由がある場合にかぎり、民法一一〇条の規定を類推適用して、本人がその責に任ずるものと解するのが相当である。しかし、本件において、原審の確定するところによれば、上告人は、原判示売買契約締結の際、被上告人西原Aの代理人であるBが上告人に交付したA名義の印鑑証明書に記載された生年月日の記載にもさほど留意しないで、Bが被上告人Aの実印と印鑑証明書を所持し、本人らしい言動に出たことから、自己と同年輩の右Bを一五歳も年上の被上告人Aと誤信したというのであり、その他原審認定の事実関係のもとにおいては、右誤信は上告人の過失に基づくもので、同条所定の「正当ノ理由」がないとした原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨引用の判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。所論は、独自の見解に立つて原判決に異見をいうものにすぎず。採用することができない。
同第二点について。
原審は、上告人はBをもつて被上告人西原A自身であると誤信したものである旨認定しているのであり、その認定は原判決挙示の証拠によつて是認できるから、上告人の、Bをもつて権限ある代理人と誤信したことを前提とする表見代理の主張はすでにその前提において排斥されたものというべきであり、原判決が明示に排斥の判断を示さなかつたからといつて、なんら所論の違法はない。論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

+判例(S51.6.25)
理由 
 上告代理人土橋忠一の上告理由四について 
 所論は、原審までに主張、判断を経ない事実を前提として原判決を論難するものにすぎず、論旨は採用することができない。 
 同一ないし三及び五について 
 原審は、(一)訴外砂田送風機株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役Aが、被上告人会社から、訴外会社の被上告人会社に対する電気製品の継続的売買取引上の債務につき連帯保証人を立てるよう要求されたこと、(二)Aは、上告人から、訴外会社が他から社員寮を賃借するについて保証人となることの承諾を得、その保証契約締結の権限を与えられて実印の貸与を受け、市役所から上告人の印鑑証明書の交付を受けたこと、(三)Aは、右の権限を越えて、訴外会社が被上告人会社に対し現在負担し又は将来負担することあるべき商取引上の一切の債務について連帯して支払う旨の本件根保証約定書(以下「本件約定書」という。)を上告人の名をもつて作成し、これに上告人の実印を押捺したうえ前記印鑑証明書を添えて被上告人会社に差し入れたこと、(四)被上告人会社においては、右印鑑証明書により本件約定書の上告人名下の印影が上告人の実印によるものであることを確認して、上告人がみずからの意思に基づいて本件約定書に記名押印をし本件根保証契約を締結するものであると信じたこと、以上の事実を適法に確定したうえ、日常の取引において、証明された実印による行為は本人の意思に基づくものと評価され、印鑑証明書が行為者の意思確認の機能を果たしていることは経験上明らかであるから、被上告人会社において本件根保証契約の締結が上告人の意思に基づくものと信じたことについては正当な理由があるとして、民法一一〇条の類推適用により、上告人は本件根保証契約につき責に任ずべきであると判断し、本件約定書には保証金額の明記がないけれども、そのことだけで右結論を左右するものではなく、また、被上告人会社は電気器具等の販売業者であつて金融機関ではないから本人の保証意思までをも確認すべき義務があると解することはできないとの説示をも附加して、被上告人会社の予備的主張を理由があるものとしている。 
 このように、代理人が本人から与えられた権限を越えていわゆる署名代理の方法により本人名義の契約書を作成したうえ、これを相手方に差し入れることにより本人のために契約を締結した場合であつても、相手方において右契約書の作成及び右契約の締結が本人の意思に基づくものであると信じたときは、代理人の代理権限を信じたものというには適切ではないが、その信頼が取引上保護に値する点においては代理人の代理権限を信じた場合と異なるところはないから、右のように信じたことについて正当な理由がある限り、民法一一〇条の規定を類推適用して、本人がその責に任ずるものと解するのが相当であるが(最高裁昭和三七年(オ)第二三二号同三九年九月一五日第三小法廷判決・民集一八巻七号一四三五頁、昭和四四年(オ)八四三号同年一二月一九日第二小法廷判決・民集二三巻一二号二五三九頁参照)、所論は、本件について右の正当理由の存在を肯認した原審の判断を争うので按ずるに、印鑑証明書が日常取引において実印による行為について行為者の意思確認の手段として重要な機能を果たしていることは否定することができず、被上告人会社としては、上告人の保証意思の確認のため印鑑証明書を徴したのである以上は、特段の事情のない限り、前記のように信じたことにつき正当理由があるというべきである。 
 しかしながら、原審は、他方において、(一)被上告人会社がAに対して本件根保証契約の締結を要求したのは、訴外会社との取引開始後日が浅いうえ、訴外会社が代金の決済条件に違約をしたため、取引の継続に不安を感ずるに至つたからであること、被上告人会社は、当初、Aに対し同人及び同人の実父(原判決挙示の証拠関係によれば、訴外会社の親会社である砂田製作所の経営者でもあることが窺われる。)に連帯保証をするよう要求したのに、Aから「父親とは喧嘩をしていて保証人になつてくれないが、自分の妻の父親が保証人になる。」との申し入れがあつて、これを了承した(なお、上告人はAの妻の父ではなく、妻の伯父にすぎない。)こと、上告人の代理人として本件根保証契約締結の衝にあたつたAは右契約によつて利益をうけることとなる訴外会社の代表取締役であることなど、被上告人会社にとつて本件根保証契約の締結におけるAの行為等について疑問を抱いて然るべき事情を認定し、(二)また、原審認定の事実によると、本件根保証契約については、保証期間も保証限度額も定められておらず、連帯保証人の責任が比較的重いことが推認されるのであるから、上告人みずからが本件約定書に記名押印をするのを現認したわけでもない被上告人会社としては、単にAが持参した上告人の印鑑証明書を徴しただけでは、本件約定書が上告人みずからの意思に基づいて作成され、ひいて本件根保証契約の締結が上告人の意思に基づくものであると信ずるには足りない特段の事情があるというべきであつて、さらに上告人本人に直接照会するなど可能な手段によつてその保証意思の存否を確認すべきであつたのであり、かような手段を講ずることなく、たやすく前記のように信じたとしても、いまだ正当理由があるということはできないといわざるをえない。 
 しかるに、原審は、被上告人会社が金融業者ではないことの故をもつて、右のような可能な調査手段を有していたかどうかにかかわらず、民法一一〇条の類推適用による正当理由を肯認できると判断しているのであるが、右の判断は同条の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるというべきで、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、正当理由の存否についてさらに審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。 
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林讓) 
・94条2項、110条の類推
+判例(H18.2.23)
理由 
 上告代理人河野浩、同千野博之の上告受理申立て理由1について 
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。 
 (1) 上告人は、平成7年3月にその所有する土地を大分県土地開発公社の仲介により日本道路公団に売却した際、同公社の職員であるAと知り合った。 
 (2) 上告人は、平成8年1月11日ころ、Aの紹介により、Bから、第1審判決別紙物件目録記載1の土地及び同目録記載2の建物(以下、これらを併せて「本件不動産」という。)を代金7300万円で買い受け、同月25日、Bから上告人に対する所有権移転登記がされた。 
 (3) 上告人は、Aに対し、本件不動産を第三者に賃貸するよう取り計らってほしいと依頼し、平成8年2月、言われるままに、業者に本件不動産の管理を委託するための諸経費の名目で240万円をAに交付した。上告人は、Aの紹介により、同年7月以降、本件不動産を第三者に賃貸したが、その際の賃借人との交渉、賃貸借契約書の作成及び敷金等の授受は、すべてAを介して行われた。 
 (4) 上告人は、平成11年9月21日、Aから、上記240万円を返還する手続をするので本件不動産の登記済証を預からせてほしいと言われ、これをAに預けた。 
 また、上告人は、以前に購入し上告人への所有権移転登記がされないままになっていた大分市大字松岡字尾崎西7371番4の土地(以下「7371番4の土地」という。)についても、Aに対し、所有権移転登記手続及び隣接地との合筆登記手続を依頼していたが、Aから、7371番4の土地の登記手続に必要であると言われ、平成11年11月30日及び平成12年1月28日の2回にわたり、上告人の印鑑登録証明書各2通(合計4通)をAに交付した。 
 なお、上告人がAに本件不動産を代金4300万円で売り渡す旨の平成11年11月7日付け売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)が存在するが、これは、時期は明らかでないが、上告人が、その内容及び使途を確認することなく、本件不動産を売却する意思がないのにAから言われるままに署名押印して作成したものである。 
 (5) 上告人は、平成12年2月1日、Aから7371番4の土地の登記手続に必要であると言われて実印を渡し、Aがその場で所持していた本件不動産の登記申請書に押印するのを漫然と見ていた。Aは、上告人から預かっていた本件不動産の登記済証及び印鑑登録証明書並びに上記登記申請書を用いて、同日、本件不動産につき、上告人からAに対する同年1月31日売買を原因とする所有権移転登記手続をした(以下、この登記を「本件登記」という。)。 
 (6) Aは、平成12年3月23日、被上告人との間で、本件不動産を代金3500万円で売り渡す旨の契約を締結し、これに基づき、同年4月5日、Aから被上告人に対する所有権移転登記がされた。被上告人は、本件登記等からAが本件不動産の所有者であると信じ、かつ、そのように信ずることについて過失がなかった。 
 2 本件は、上告人が、被上告人に対し、本件不動産の所有権に基づき、Aから被上告人に対する所有権移転登記の抹消登記手続を求める事案であり、原審は、民法110条の類推適用により、被上告人が本件不動産の所有権を取得したと判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
 
 3 前記確定事実によれば、上告人は、Aに対し、本件不動産の賃貸に係る事務及び7371番4の土地についての所有権移転登記等の手続を任せていたのであるが、そのために必要であるとは考えられない本件不動産の登記済証を合理的な理由もないのにAに預けて数か月間にわたってこれを放置し、Aから7371番4の土地の登記手続に必要と言われて2回にわたって印鑑登録証明書4通をAに交付し、本件不動産を売却する意思がないのにAの言うままに本件売買契約書に署名押印するなど、Aによって本件不動産がほしいままに処分されかねない状況を生じさせていたにもかかわらず、これを顧みることなく、さらに、本件登記がされた平成12年2月1日には、Aの言うままに実印を渡し、Aが上告人の面前でこれを本件不動産の登記申請書に押捺したのに、その内容を確認したり使途を問いただしたりすることもなく漫然とこれを見ていたというのである。そうすると、Aが本件不動産の登記済証、上告人の印鑑登録証明書及び上告人を申請者とする登記申請書を用いて本件登記手続をすることができたのは、上記のような上告人の余りにも不注意な行為によるものであり、Aによって虚偽の外観(不実の登記)が作出されたことについての上告人の帰責性の程度は、自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重いものというべきである。そして、前記確定事実によれば、被上告人は、Aが所有者であるとの外観を信じ、また、そのように信ずることについて過失がなかったというのであるから、民法94条2項、110条の類推適用により、上告人は、Aが本件不動産の所有権を取得していないことを被上告人に対し主張することができないものと解するのが相当である。上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において正当であり、論旨は理由がない。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 才口千晴) 
++解説
《解  説》
 1 Xは,その所有する不動産(本件不動産)の賃貸に係る事務等をAに任せていたところ,Aは,Xから預かっていた登記済証,Xから交付を受けた印鑑登録証明書及びXの実印を押捺した登記申請書を利用して,Xに無断で本件不動産につきXからAに対する所有権移転登記をした上,これをYに売却してその旨の所有権移転登記(本件登記)をした。本件は,Xが,本件不動産の所有権に基づき,Yに対し,本件登記の抹消登記手続を求めた事案である。
 2 1,2審とも,Xは,Aに対し,本件不動産の賃貸に係る代理権ないし権限(民法110条の基本代理権)を授与しており,Yは,本件不動産がAの所有と信じ,そう信ずるにつき正当の理由があったから民法110条の類推適用により保護されると判断して,Xの請求を棄却した。
 3 Xからの上告受理申立てに対し,本判決は,Xが,本件不動産の賃貸等の事務に必要とは考えられない登記済証を合理的な理由なく数か月間にわたってAに預けたままにし,Aの言うままに印鑑登録証明書を交付した上,AがXの面前で本件不動産の登記申請書にXの実印を押捺したのにその内容を確認したり使途を問いただしたりすることなく漫然とこれを見ていたことなどの事情によれば,Xには,不実の所有権移転登記がされたことについて自らこれに積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重い帰責性があり,Xは,民法94条2項,110条の類推適用により,Aから本件不動産を買い受けた善意無過失のYに対し,Aが本件不動産の所有権を取得していないことを主張することができないと判示し,原審の判断は結論において正当であるとして,Xの上告を棄却した。
 4(1) 民法94条2項と民法110条は,いずれも,真の権利者Xの関与によってAが権利者であるかのような外観が作り出されたときは,それを信頼した第三者Yは保護されるべきであり,虚偽の外観作出について帰責性のある権利者は権利を失ってもやむを得ないという権利外観法理の現れである。権利外観法理を虚偽表示の場面で具体化した規定が民法94条2項であり,代理の場面で具体化した規定が民法110条その他の表見代理の規定であると解される。
 本件では,Aは,Xの代理人又はX本人として本件不動産をYに売却したわけではなく,A名義に所有権移転登記した上,Aの所有であるとしてYに売却したものであり,Yとしても,本件不動産がAの所有であるとの外観を信じてAとの間で売買契約を締結したのであるから,本件は,まず民法94条2項の類推適用の有無を問題とすべき事案であると思われる。
 (2) 民法94条2項は,本来は,権利者が名義人と通謀して意思表示することにより故意に虚偽の外観を作出した場合に適用される規定である。しかし,権利者と名義人の間に通謀がない場合であっても,権利者が自ら虚偽の外観作出に積極的に関与したとか,権利者が虚偽の外観が作出されたことを知ってこれを承認又は放置するなど,虚偽の外観作出につき権利者に重大な帰責性がある場合には,判例は,民法94条2項の類推適用により,作出された外観(登記)を信頼して無権利者から不動産を取得した者を保護するという枠組みを形成してきた。
 民法94条2項の類推適用を認めたこれまでの判例は,学説(四宮和夫=能見善久・民法総則〔第6版〕211頁等)によって,一般的に,(1)意思外観対応-自己作出型(権利者自身が虚偽の外観を作り出した場合),(2)意思外観対応-他人作出型(他人によって虚偽の外観が作出されたが,権利者がこれを事後に承認又は放置した場合),(3)意思外観非対応型(権利者が虚偽の外観〔第1の外観〕作出について承認したが,名義人の背信行為により承認の範囲を超える外観〔第2の外観〕が作出されてしまった場合)に類型化されている。そして,上記(1)(2)の類型(意思外観対応型)については民法94条2項のみが類推適用され,第三者は善意であれば保護されるのに対し,上記(3)の類型(意思外観非対応型)については,外観作出について名義人の権限逸脱行為が介在していることから,民法94条2項に民法110条を重畳的に類推適用して,第三者に善意無過失を要求するとされる。
 これらの類型は,権利者の関与の度合いは異なるが,いずれも,権利者が事後的にせよ何らかの虚偽の外観の作出について認識(承認)していたことが前提となっている。これに対し,本件では,権利者Xが虚偽の外観の作出又は存在を認識(承認)していたとの事実は認められていない。したがって,本件は,上記のいずれの類型にもそのまま当てはまらないものである。
 しかし,上記の類型は,これまでに判例で民法94条2項の類推適用が認められた事案を整理分類したものであって,判例は,この類型に該当する場合でなければ同項の類推適用が認められないと述べているわけではない。また,民法94条2項の背後にある権利外観法理は,一定の場合には虚偽の外観を信頼した第三者を保護すべきであり,虚偽の外観作出について帰責性のある権利者が権利を失ってもやむを得ないというものであって,必ずしも虚偽の外観作出について権利者の認識(承認)を要求するものでもないと解される。このことは,同じく権利外観法理の現れである民法110条における権利者の帰責性の根拠が,虚偽の外観の作出についての認識(承認)ではなく,背信行為(権限逸脱行為)を行うような者を信頼して代理人に選んだという点に求められることからも肯定できると思われる。
 他方で,一般的な権利外観法理を基礎に民法94条2項の類推適用を余りに広く認めすぎると,結果として登記に公信力を認めたのと異ならず,静的安全を害する虞がある。不動産取引における動的安全と静的安全の調和の観点から,権利者にどの程度の帰責性があれば第三者を保護すべきかを考える必要がある。その際,これまで最高裁判例によって民法94条2項の類推適用が認められてきた事例ないしその類型が参考にされるべきであるが,権利者の帰責性の程度という観点からは,必ずしも虚偽の外観についての認識(承認)の有無が決定的な要素になるということはできないと思われる。
 (3) 本判決は,これまでの最高裁判例で,権利者が自ら虚偽の外観作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合に民法94条2項の類推適用を認められてきたことを踏まえて,権利者に虚偽の外観そのものについて認識(承認)がなくとも,これに匹敵するほど重い帰責性が認められる場合には,取引関係に立つ善意無過失の第三者を保護するために権利者が権利を失ってもやむを得ないとの価値判断の下,本件事案はこのような場合に該当し,民法94条2項の類推適用が認められると判断したものである。
 本件において,Xは,Aを信頼して言われるまま合理的な理由もなく登記済証を数か月間も預けたままにして顧みることがなかったものである。印鑑登録証の交付には理由がなかったわけではなくそれ自体を落ち度ということはできないとしても,既に登記済証及び印鑑登録証をAに交付してあるという状況下で,Xの面前でAが登記申請書にXの実印を押捺しているのにその内容を確認することもしなかったというXの態度は重大な帰責性があると評価されてもやむを得ないものと思われる。Xがごくわずかな注意を払いさえすればAによる虚偽の外観作出を容易に防ぎ得たのであって,このような重大な帰責性のあるXと,過失なく外観を信頼して取引関係に入った第三者Yのいずれを保護することが妥当かという比較衡量がされた結果と思われる。
 (4) 権利者が虚偽の外観の作出につき積極的な関与をしておらず,これを知りながら放置していたとみることもできないとして民法94条2項の類推適用を否定した判例(最二小判平15.6.13裁判集民210号143頁,判タ1128号370頁)がある。同判例の事案と本件とは権利者の帰責性の度合いが異なるものであるが,いずれも,民法94条2項の類推適用の有無の限界的な事例と考えられる。
 5 本件は,事例判断ではあるが,これまで判例により民法94条2項の類推適用が認められてきた類型に当てはまらない事案について初めて類推適用を認めたものであって,実務上重要な意義を有するといえる。