民法 基本事例で考える民法演習2 26 表見代理と占有の効力~賃借権の時効取得


1.小問1について
+(代理権授与の表示による表見代理)
第百九条  第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

(権限外の行為の表見代理)
第百十条  前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

・代理権の濫用事例との権衡
+判例(S42.4.20)
理由
上告代理人福田力之助、同佐藤正三の上告理由第一点について。
上告会社の支配人Aが、被上告会社の製菓原料店主任Bらの権限濫用の事実を知りながら、本件売買取引をなしたものである旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係から是認できないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の裁量に委ねられた証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。
同第二点について。
代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とするから(株式会社の代表取締役の行為につき同趣旨の最高裁判所昭和三五年(オ)第一三八八号、同三八年九月五日第一小法廷判決、民集一七巻八号九〇九頁参照)、原判決が確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告会社に本件売買取引による代金支払の義務がないとした原判示は、正当として是認すべきである。したがつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の法律的見解を前提とするか、もしくは、原審認定の事実と相容れない事実関係を主張して、原判示を非難するものであつて、採用することができない。
同第三点について。
民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務の執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三五年(オ)第九〇七号、同三七年一一月八日第一小法廷判決、民集一六巻一一号二二五五頁、同昭和三九年(オ)第一一一三号、同四〇年一一月三〇日第三小法廷判決、民集一九巻八号二〇四九頁、なお大審院大正一五年一〇月一三日民刑連合部判決、民集五巻七八五頁参照)。したがつて、被用者がその権限を濫用して自己または他人の利益をはかつたような場合においても、その被用者の行為は業務の執行につきなされたものと認められ、使用者はこれにより第三者の蒙つた損害につき賠償の責を免れることをえないわけであるが、しかし、その行為の相手方たる第三者が当該行為が被用者の権限濫用に出るものであることを知つていた場合には、使用者は右の責任を負わないものと解しなければならないけだし、いわゆる「事業ノ執行ニ付キ」という意味を上述のように解する趣旨は、取引行為に関するかぎり、行為の外形に対する第三者の信頼を保護しようとするところに存するのであつて、たとえ被用者の行為が、その外形から観察して、その者の職務の範囲内に属するものと見られるからといつて、それが被用者の権限濫用行為であることを知つていた第三者に対してまでも使用者の責任を認めることは、右の趣旨を逸脱するものというほかないからである。したがつて、このような場合には、当該被用者の行為は事業の執行につきなされた行為には当たらないものと解すべきである。
本件につき原審の確定した事実によれば、前述のように、被上告会社製菓原料店主任Bは、同人らの利益をはかる目的をもつて、その主任としての権限を濫用し、被上告会社製菓原料店名義を用いて上告会社と取引をしたものであるが、上告会社支配人Aは、Bが右のようにその職務の執行としてなすものでないことを知りながら、あえてこれに応じて本件売買契約を締結したというのである。そうすれば、被上告会社が右契約により上告会社の蒙つた損害につき民法七一五条により使用者としての責任を負わないものと解すべきことは、前段の説示に照らして明らかである。すなわち、本件売買取引による損害は、Bが被上告会社の事業の執行につき加えた損害に当たらないと解すべきであり、これと同趣旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。なお、所論のように右AがBの背任行為に加担したという事実は原審の認定しないところであるから、所論引用の判例は本件と事案を異にして適切でない。論旨は、独自の法律的見解に立脚するか、もしくは、原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採ることができない。
よつて民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

+意見
裁判官大隅健一郎の意見は、つぎのとおりである。
上告理由第二点に関する多数意見の結論には異論はないが、その理由については賛成することができない。
被上告会社の製菓原料店主任Bは商法四三条にいわゆる番頭、手代に当たり、同条により、右製菓原料店における原料の仕入に関して一切の裁判外の行為をなす権限を有するものと認められる。そして、ある行為がその権限の範囲内に属するかどうかは、客観的にその行為の性質によつて定まるのであつて、行為者Bの内心の意図のごとき具体的事情によつて左右されるものではない。このことは、商法が番頭、手代の代理権の範囲を法定するのは、これと取引する第三者が、取引に当り、一々具体的事情を探求して、その行為が相手方の代理権の範囲内に属するかどうかを調査する必要をなくする趣旨に出ていることに徴して、窺うにかたくない。そうであるとすれば、本件売買契約は、前記Bが何人の利益をはかる目的をもつて締結したかを問わず、その権限内の行為であつて、これにより被上告会社が責任を負うのは当然といわなければならない。この場合に、相手方たる上告会社の支配人Aが右契約がBの権限濫用行為であることを知つていても、それがBの権限内の行為であることには変りはない。しかし、このような場合に、悪意の相手方がそのことを主張して契約上の権利を行使することは、法の保護の目的を逸脱した権利濫用ないし信義則違反の行為として許されないものと解すべきである。その意味において、多数意見の結論は支持さるべきものと考える。
多数意見は、この場合に心裡留保に関する民法九三条但書の規定を類推適用しているが、いうまでもなく、心裡留保は表示上の効果意思と内心的効果意思とが一致しない場合において認められる。しかるに、代理行為が成立するために必要な代理意思としては、直接本人について行為の効果を生じさせようとする意思が存在すれば足り、本人の利益のためにする意思の存することは必要でない。したがつて、代理人が自己または第三者の利益をはかることを心裡に留保したとしても、その代理行為が心裡留保になるとすることはできない。おそらく多数意見も、代理人の権限濫用行為が心裡留保になると解するのではなくして、相手方が代理人の権限濫用の意図を「知りまたは知ることをうべかりしときは、その代理行為は無効である、」という一般理論を民法九三条但書に仮託しようとするにとどまるのであろう。すでにして一般理論にその論拠を求めるのであるならば、前述のように、権利濫用の理論または信義則にこれを求めるのが適当ではないかと考える。しかも、この両者は必ずしもその結論において全く同一に帰するものでないことを注意しなければならない。すなわち、多数意見によれば、相手方が代理人の権限濫用の意図を知らなかつたが、これを知ることをうべかりし場合には、本人についてその効力を生じないことは明らかであるが、私のような見解によれば、むしろこの場合にも本人についてその効力を生ずるものと解せられる。そして、代理人の権限濫用が問題となるのは、実際上多くは法人の代表者や商業使用人についてであることを考えると、後の見解の方がいつそう取引の安全に資することとなつて適当ではないかと思う。
(裁判長裁判官 大隅健郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

2.小問2(1)について(基礎編)
(1)AのCに対する請求
+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

・履行補助者の過失
+判例(S4.3.30)
要旨
1.債務者が債務履行のため他人を使用する場合においては、債務者はその履行について被用者の不注意によつて生じた結果に対して債務の履行に関する一切の責任を回避することができない。

+判例(S4.6.19)

+(占有者による損害賠償)
第百九十一条  占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失し、又は損傷したときは、その回復者に対し、悪意の占有者はその損害の全部の賠償をする義務を負い、善意の占有者はその滅失又は損傷によって現に利益を受けている限度において賠償をする義務を負う。ただし、所有の意思のない占有者は、善意であるときであっても、全部の賠償をしなければならない。

(2)AのDに対する請求
・110条の第三者は代理行為の直接の相手方。
+判例(S36.12.12)
理由
上告代理人鍜治利一名義、同増岡正三郎の上告理由について。
論旨は要するに、上告人は、本件約束手形が正当の権限の下に振出されたものであると信ずべき正当の理由を有して居つたので、受取人よりその裏書譲渡を受けたものであるに拘らず、原審は、上告人の善意による取得を否定する判断をしたが、これに経験則違反、採証法則違反、審理不尽、民法一一〇条の解釈適用の誤りがあり、ひいては原判決に理由不備の違法を招いたものである旨主張するにある。
しかしながら、約束手形が代理人によりその権限を踰越して振出された場合、民法一一〇条によりこれを有効とするには、受取人が右代理人に振出の権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るものであつて、かゝる事由のないときは、縦令、その後の手形所持人が、右代理人にかゝる権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたものとしても、同条を適用して、右所持人に対し振出人をして手形上の責任を負担せしめ得ないものであることは、大審院判例(大審院大正一三年(オ)第六〇一号、同一四年三月一二日判決、同院民集四巻一二〇頁)の示す所であつて、いま、これを改める要はない。
而して原判決によれば、原審は、被上告寺の経理部長Aの代理人であつた訴外Bがその権限外であるにも拘らず、右経理部長の記名印章を冒用して本件約束手形を振出し、その受取人である訴外Cが、本件約束手形の交付を受けた当時、右Bにおいて何等正当の権限なくしてこれを作成交付したものであることを十分察知して居つたものであるとの事実を認定して居る。
されば右判例の趣旨よりすれば、右認定の事実関係の下においては、本件約束手形の被裏書人である上告人が、仮に所論の如く、右Bに、本件約束手形振出を代理する権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたとしても、被上告寺は、上告人に対し本件約束手形上の責任を負担しないものとなすべきである。原判決は結局これと同趣旨に出て居るのであるから正当であつて、何等所論の違法はない。
論旨は、すべて理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 五鬼上堅磐)

+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

3.小問2(1)について(応用編)

+(権利を失うおそれがある場合の買主による代金の支払の拒絶)
第五百七十六条  売買の目的について権利を主張する者があるために買主がその買い受けた権利の全部又は一部を失うおそれがあるときは、買主は、その危険の限度に応じて、代金の全部又は一部の支払を拒むことができる。ただし、売主が相当の担保を供したときは、この限りでない。

+(有償契約への準用)
第五百五十九条  この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

+判例(S50.4.25)
理由
上告代理人寺口真夫、同村井瑛子の上告理由第一点について。
所有権ないし賃貸権限を有しない者から不動産を貸借した者は、その不動産につき権利を有する者から右権利を主張され不動産の明渡を求められた場合には、貸借不動産を使用収益する権原を主張することができなくなるおそれが生じたものとして、民法五五九条で準用する同法五七六条により、右明渡請求を受けた以後は、賃貸人に対する賃料の支払を拒絶することができるものと解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人Aが、同法五七六条の趣旨に従い、被上告人Bから本件店舗の明渡請求を受けたのちは、上告人に対する賃料の支払を拒絶することができるとした原審の判断は、右説示したところに照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
同第二点について。
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人Bの上告人に対する所論の解除権行使が信義則に反し又は権利の濫用にあたるものとは認められない。原判決に所論の違法はなく、所論引用の最高裁判例は、事案を異にし、本件に適切とはいえない。論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)

4.小問2(2)について(基礎編)
+(所有権の取得時効)
第百六十二条  二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2  十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(所有権以外の財産権の取得時効)
第百六十三条  所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する。
・土地の賃借権について
+判例(S43.10.8)
理由 
 上告代理人高野篤信、同平野保、同宇津呂公子の上告理由について。 
 原審が原判決添付第一号目録(二)記載の土地(以下たんに第一(二)土地という。その他これに準ずる。)について賃貸借の成立を否定した認定・判断は、その挙示する証拠関係によつて是認しえないものではなく、この点に関する論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用できない。 
 次に、所論土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法一六三条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である。 
 しかるに、記録によれば、上告人が原審において、第一(一)(二)土地、第二土地、第三土地について仮定的に賃借権の時効取得を主張したこと、これに対し原審は第一(一)土地について賃貸借の成立を認め、第二、第三土地について時効取得を否定したが、第一(二)土地については賃貸借の成立を否定しながら、時効取得の主張に対してなんら判断を加えていないことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、原判決は第一(二)土地について判断遺脱の違法あることを免れない。 
 また、原審は、第二土地について賃借権の時効取得を否定し、その判決理由一の(三)において「第一審原告(上告人)が第二土地については昭和二二年四月頃以降現在までこれを占有していることは、さきに、みたとおりで……あるが、前認定の事実関係に徴すると、未だ、第一審原告はその主張の如き賃借権を享受する意思を以て右……土地を占有していたとは認め難い」云々と判示するが、これに先だつ原判決理由中のどこにも、原判決が「さきにみた」といい、また「前認定」という、その判示に照応する事実の認定説示を発見することができない。しかも、占有開始の時期については、被上告人において、上告人が第一(二)土地および第二土地の一部の占有を始めたのは、昭和二五年一二月以降のことであると争つているところであり、また、第三土地はともかくとして、第二土地は、原審の認定によつても、賃貸借の成立した第一(一)土地と同時に占有を開始して現在に至り、また、上告人が土地使用の対価として被上告人に賃料を支払つて来たことは(土地の範囲は別として)争いがないというのであるから、原判示のように、上告人において賃借権享受の意思がなかつたとするには、当然なんらかの説明を要するところである。しかるに、原判決理由が「さきにみた」とする「前認定」事実の説示を欠くことは、前述のとおりであつて、原判決は第二土地につき賃借権の時効取得を否定した点において、審理不尽、理由不備の違法あることを免れず、論旨は、けつきよく、この点においても理由あるものといわなければならない。 
 なお、上告人は第三土地に関する請求が排斥されたことをも不服として上告するが、上告状および上告理由書中に、この点に関する上告理由として認めるに足りる記載がなく、排斥を免れない。 
 以上、原判決には第一(二)土地について賃借権の時効取得の主張に対する判断遺脱の違法、第二土地について賃借権の時効取得の主張を排斥するにつき審理不尽、理由不備の違法があり、これらの点において破棄を免れないが、その余の点については上告を失当として棄却すべきであり、右破棄部分については、さらに審理を尽くさせるため原審に差し戻すべきである。 
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致により、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)
+判例(S52.9.20)
 理  由 
 上告代理人長島兼吉の上告理由第一点について 
 他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときには、民法一六三条により、土地の賃借権を時効取得するものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和四二年(オ)第九五四号同四三年一〇月八日第三小法廷判決・民集二二巻一〇号二一四五頁、同五一年(オ)第九九六号同五二年九月二九日第一小法廷判決・裁判集民事一二一号三〇一頁)、他人の土地の所有者と称する者との間で締結された賃貸借契約に基づいて、賃借人が、平穏公然に土地の継続的な用益をし、かつ、賃料の支払を継続しているときには、前記の要件を満たすものとして、賃借人は、民法一六三条所定の時効期間の経過により、土地の所有者に対する関係において右土地の賃借権を時効取得するに至るものと解するのが相当である。 
 これを本件についてみるに、原審は、(1) 本件土地を含む分筆前の原判示一七八番四の土地は、もと上告人らの祖父磯野泉蔵の所有であつたところ、上告人らは、泉蔵の死亡に伴い相続により右土地の所有権を取得した磯野與右エ門ほか九名からそれぞれ三分の一の割合による共有持分の贈与を受け、昭和四三年四月八日、その旨の共有持分移転登記を経由した、(2) 平野定次は、昭和三年の新潟県両津町の大火の後間もなく、泉蔵から分筆前の前記土地の提供を受け、その一部である本件土地上に本件建物を建築し、これを所有してきたが、その後、定次の隠居に伴い平野次郎助が、次いで同人の死亡に伴い平野善徳が、それぞれ家督相続により本件建物の所有権を承継取得した、(3) 磯田佐吉は、昭和二五年五月一二日、善徳から本件建物を買受けると同時に、その敷地である本件土地を建物所有の目的、賃料一年一六〇〇円の約定で賃借し、同月二五日本件建物につき右売買を原因とする所有権移転登記を経由したものであるが、その際、善徳は、佐吉に対し、本件土地を含む分筆前の前記土地は、定次が泉蔵から買受けてその所有権を取得したものではあるが、なお問題があり、佐吉に不利益が及ぶようなことがあれば、善徳において責任を持つ旨を約した、(4) 佐吉は本件建物に居住し、その敷地として本件土地を使用する一方、その賃料は善徳の姉を通じて善徳に支払つてきた、(5) 佐吉は昭和四六年八月三一日に死亡し、被上告人らが相続によつて同人の地位を承継したものであるところ、同人の死亡後は、被上告人磯田忠男が、本件建物に居住し、前同様の方法で昭和五五年分まで賃料の支払いを続けてきた、(6) 佐吉及び被上告人らは、以上の期間中、上告人らや本件土地の前所有者から本件土地の明渡を求められることはなかつた、(7) 被上告人らは、昭和五八年八月四日の本訴第一審口頭弁論期日において、佐吉は本件土地について用益を開始した昭和二五年五月一二日から二〇年を経た昭和四五年五月一二日の経過とともに本件土地の所有者に対抗することができる賃借権を時効により取得したとして、右時効を援用する旨の意思表示をした、との事実を確定している。以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。そして、右の事実関係のもとにおいては、佐吉の本件土地の継続的な用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているものと認めるのが相当であるから、同人は、民法一六三条所定の二〇年の時効期間を経た昭和四五年五月一二日の経過により、本件土地の所有者である上告人らに対する関係において本件土地の賃借権を時効取得したものであり、被上告人らは、佐吉の死亡に伴い、相続により右賃借権を承継取得したものということができる。これと同旨の原審の判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。 
 同第二点について 
 所論の主張は、賃借権の取得時効を中断する事由の主張として十分なものとはいえないから、原判決にこれについての判断を欠いた違法があるとしても、右違法は判決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。したがつて、論旨は採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭 裁判官 香川保一 裁判官 林 藤之輔) 
・賃料の支払先
+判例(S49.3.10)
5.小問2(2)について(応用編)
+(時効の援用)
第百四十五条  時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
当事者=直接時効の利益を受ける者