刑事訴訟法 気になる判例 訴因変更の要否 実行行為者の択一的判示


+判例(H13.4.11)
理由
弁護人石田恒久、同石岡隆司の上告趣意のうち、憲法38条違反をいう点は、被告人の自白調書の任意性を肯定した原判断は相当であるから、前提を欠き、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権で判断する。
本件のうち殺人事件についてみると、その公訴事実は、当初、「被告人は、Aと共謀の上、昭和63年7月24日ころ、青森市大字合子沢所在の産業廃棄物最終処分場付近道路に停車中の普通乗用自動車内において、Bに対し、殺意をもってその頸部をベルト様のもので絞めつけ、そのころ窒息死させて殺害した」というものであったが、被告人がAとの共謀の存在と実行行為への関与を否定して、無罪を主張したことから、その点に関する証拠調べが実施されたところ、検察官が第1審係属中に訴因変更を請求したことにより、「被告人は、Aと共謀の上、前同日午後8時ころから午後9時30分ころまでの間、青森市安方2丁目所在の共済会館付近から前記最終処分場に至るまでの間の道路に停車中の普通乗用自動車内において、殺意をもって、被告人が、Bの頸部を絞めつけるなどし、同所付近で窒息死させて殺害した」旨の事実に変更された。この事実につき、第1審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Aと共謀の上、前同日午後8時ころから翌25日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でBを殺害した」旨の事実を認定し、罪となるべき事実としてその旨判示した。
まず、以上のような判示が殺人罪に関する罪となるべき事実の判示として十分であるかについて検討する。【要旨1】上記判示は、殺害の日時・場所・方法が概括的なものであるほか、実行行為者が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであるにとどまるが、その事件が被告人とAの2名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないものと解される。
次に、実行行為者につき第1審判決が訴因変更手続を経ずに訴因と異なる認定をしたことに違法はないかについて検討する。訴因と認定事実とを対比すると、前記のとおり、犯行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみであるそもそも、殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。とはいえ、【要旨2】実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。
そこで、本件について検討すると、記録によれば、次のことが認められる。第1審公判においては、当初から、被告人とAとの間で被害者を殺害する旨の共謀が事前に成立していたか、両名のうち殺害行為を行った者がだれかという点が主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。その間、被告人は、Aとの共謀も実行行為への関与も否定したが、Aは、被告人との共謀を認めて被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人とAの両名で実行行為を行った旨の被告人の捜査段階における自白調書も取り調べられた。弁護人は、Aの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Aの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。審理の結果、第1審裁判所は、被告人とAとの間で事前に共謀が成立していたと認め、その点では被告人の主張を排斥したものの、実行行為者については、被告人の主張を一部容れ、検察官の主張した被告人のみが実行行為者である旨を認定するに足りないとし、その結果、実行行為者がAのみである可能性を含む前記のような択一的認定をするにとどめた。【要旨3】以上によれば、第1審判決の認定は、被告人に不意打ちを与えるものとはいえず、かつ、訴因に比べて被告人にとってより不利益なものとはいえないから、実行行為者につき変更後の訴因で特定された者と異なる認定をするに当たって、更に訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない
したがって、罪となるべき事実の判示に理由不備の違法はなく、訴因変更を経ることなく実行行為者につき択一的認定をしたことに訴訟手続の法令違反はないとした原判決の判断は、いずれも正当である。
また、本件のうち死体遺棄事件及びC方放火事件において、実行行為者の認定が択一的であることなどについても、殺人事件の場合と同様に考えられる。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

++解説
《解  説》
一 本件は、被告人が、A、Bらと共謀し、Aの知人らの住居に火災保険を掛け、放火して火災保険金を騙取するなどしたほか、口封じのため、Aと共謀して、Bを殺害し、死体を遺棄したという事案である。被告人は、捜査段階では殺害事件への関与を認めたものの、その余の事件への関与を否定し、起訴された後はすべての事件への関与(共謀と実行行為)を争った。これに対し、Aは、被告人やBらと共謀して放火及び保険金詐欺を敢行し、口封じのためにBを殺害することを被告人と共謀し、被告人が殺害の実行行為を行った旨供述した。
一審判決は、放火・詐欺事件のうち一件は被告人の関与を認めるに足る証拠がないとして無罪としたものの、その余の放火・詐欺事件のほか、殺人・死体遺棄事件についても有罪と認定し、原判決も被告人の申し立てた控訴を棄却した(原判決は、仙台高判平11・3・4高刑五二巻一頁、本誌一〇一八号二七七頁)。
殺人事件の公訴事実は、当初、被告人が、Aと共謀の上、特定の年月日ころ、青森市内に停車中の自動車内において、Bの頚部をベルト様のもので絞めつけて殺害したというものであったが、被告人がAとの共謀も実行行為への関与も否定したことから、両名の間で共謀が成立していたか、殺害行為を行ったのはだれかということが主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。Aは、被告人との共謀を認め、被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人が捜査段階において供述した「両名で実行行為を行った」旨の自白調書も取り調べられた。弁護人は、Aの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Aの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。一審公判がかなり進んだ段階で、検察官が訴因変更を請求したことにより、公訴事実は、「被告人は、Aと共謀の上、同日夜、青森市内に停車中の自動車内において、被告人が、Bの頚部を絞めつけるなどして殺害した」という内容に変更された。一審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Aと共謀の上、同日夜から翌日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でBを殺害した」旨の事実を認定した。

二 本決定は、このような択一的認定の適否と、実行行為者が訴因において被告人と明示された場合において、訴因変更手続を経ることなくA又は被告人あるいはその両名であると択一的に認定したことの適否について判断を示している。

三 まず、択一的認定の適否に関し、本決定は、殺害の日時・場所・方法の判示が概括的なものである上、実行行為者の判示が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであっても、その事件が被告人とAの二名の共謀による犯行であるときには、殺人罪の罪となるべき事実の判示として不十分とはいえない旨判示している。一般的に、罪となるべき事実の判示の程度につき、最一小判昭24・2・10刑集三巻二号一五五頁は、「各本条の構成要件に該当すべき具体的事実を該構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的に明白にし、かくしてその各本条を適用する事実上の根拠を確認し得られるようにするを以て足る。」と判示している(具体例として、放火未遂の事案につき最三小判昭38・11・12刑集一七巻一一号二三六七頁、殺人未遂の事案につき最二小決昭58・5・6刑集三七巻四号三七五頁、本誌五〇〇号一三八頁)。
また、択一的認定については、一般的に、場合を分けて検討すべきものと考えられているが、択一的な関係にあるA事実とB事実が同一の構成要件の中にある場合については、概括的認定の一場面と考えられるから、構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的であれば、択一的認定が許されるものと解されている(戸倉三郎「いわゆる不特定的認定」新実例刑訴法Ⅲ一九一頁、大澤裕「刑事訴訟における択一的認定」法協一〇九巻六号一頁等)。共同正犯内部で実行行為者が確定できないという本件のような場合は、この部類に属するものと考えられる。共謀共同正犯の法理においては、共謀関与者の全部又は一部が犯罪を実行すれば、共謀関与者の間で刑事責任の成立に差異はなく、実行行為を担当した者も担当しなかった者も、いずれも共同正犯として処罰されることになるからである。したがって、実行行為者に関する択一的認定が許されるとした本決定に異論はないものと思われる。

四 次に、訴因において実行行為者が明示された場合に訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することが許されるかが問題となる。
訴因変更の要否については、訴因と認定との間のずれが、法律構成ではなく事実面において一定の限度を超える場合に、訴因変更を要するものと解されており(事実記載説)一定の限度を超えるか否かの判断は、基本的には、具体的な訴訟の経過を離れて、訴因と認定とを比較し、訴因変更を経ないことが抽象的・一般的に被告人の防御に不利益を来すか否かの観点から判定すべきものとされている(抽象的防御説)。もっとも、個々の事件における被告人の防御等の具体的な審理経過の考慮(具体的防御説)も補充的に必要となる旨、指摘されている(毛利晴光「訴因変更の要否」新実例刑訴法Ⅱ四七頁等)。共謀の態様に関して変動がある場合についても、このような考え方に従って訴因変更の要否が判断されることになり、共犯者の範囲や実行行為の範囲等が異なるようなときには、訴因変更が必要になる(なお、共謀の態様の変化と訴因変更の要否については、小林充「共謀と訴因」刑事公判の諸問題二七頁等)。本件においては、共犯者の範囲に変わりはなく、犯行の態様と結果にも実質的な差異がなく、実行行為者が共犯者のうちのだれかという点が異なるのみであったが、このような場合にどのように考えるべきかが問題となる。
本決定は、実行行為者がだれであるかは、一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから、訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものの、そもそも実行行為者を明示することは訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人に不意打ちを与えるものではなく、かつ、認定が訴因と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経なくても違法ではないとした
訴因の機能としては、審判対象の特定と被告人の防御の範囲の確定という二つの機能があるといわれているが、本決定は、その両機能を考慮した上、原則的な考え方と、例外的に許される場合について判示したものであり、訴因変更の要否を判断する際の基本的な判例といえよう
なお、原判決の評釈として、大澤裕・現代刑事法二巻八号六四頁、井上宏・研修六二六号二九頁がある。


労働法 労働関係の当事者 使用者


1.労働契約の当事者としての「使用者」

・+(定義)
労働契約法
第二条  この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2  この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。

(1)法人格否認の法理
・法人格の形骸化
子会社を一事業部門として完全に支配している場合

+判例(東京地判13.7.25)黒川建設事件
調べておく

・法人格の濫用
支配の要件+目的の要件

+判例(大阪高判H15.1.30)大阪空港事件
調べておく

+判例(大阪高判H10.10.26)佐野第一交通事件
2 争点(1)(1審被告第一交通及び1審被告御影第一の雇用契約上の責任の有無:第1事件本訴主位的請求及び第2事件)について
(1) 子会社が解散した場合の親会社の雇用契約上の責任について
ア 法人格否認の法理について
1審原告らは、佐野第一の親会社である1審被告第一交通は、佐野第一の従業員である1審原告組合員らに対し、法人格否認の法理に基づき、雇用契約上の責任を負うと主張する。
この点、子会社とその親会社は、それぞれ別個の法人格を有する社団法人であるから、子会社が解散したとしても、親会社が、解散した子会社の従業員に対して雇用契約上の責任を負うことはないのが原則である。
しかしながら、法形式上は別個の法人格を有する場合であっても、法人格が全くの形骸にすぎない場合又はそれが法律の適用を回避するために濫用される場合には、特定の法律関係につき、その法人格を否認して衡平な解決を図るべきであり(最高裁昭和43年(オ)第877号同44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号511頁参照)、この法理は、本件のように親子会社における雇用契約の関係についても適用し得るものと解すべきである。

イ 法人格形骸化について
そして、法人とは名ばかりであって子会社が親会社の営業の一部門にすぎないような場合、すなわち、株式の所有関係、役員派遣、営業財産の所有関係、専属的取引関係などを通じて親会社が子会社を支配し、両者間で業務や財産が継続的に混同され、その事業が実質上同一であると評価できる場合には、子会社の法人格は完全に形骸化しているということができ、この場合における子会社の解散は、親会社の一営業部門の閉鎖にすぎないと評価することができる
したがって、子会社の法人格が完全に形骸化している場合、子会社の従業員は、解散を理由として解雇の意思表示を受けたとしても、これによって労働者としての地位を失うことはなく、直接親会社に対して、継続的、包括的な雇用契約上の権利を主張することができると解すべきである。

ウ 法人格濫用について
また、子会社の法人格が完全に形骸化しているとまではいえない場合であっても、親会社が、子会社の法人格を意のままに道具として実質的・現実的に支配し(支配の要件)その支配力を利用することによって、子会社に存する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を達するため(目的の要件)、その手段として子会社を解散したなど、法人格が違法に濫用されその濫用の程度が顕著かつ明白であると認められる場合には、子会社の従業員は、直接親会社に対して、雇用契約上の権利を主張することができるというべきである。
もっとも、資本主義経済の下で、憲法22条1項は、職業選択の自由の一環として企業廃止の自由を保障しており、企業の存続を強制することはできない。したがって、たとえ労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的で子会社の解散決議がされたとしても、その決議が会社事業の存続を真に断念した結果なされ、従前行われてきた子会社の事業が真に廃止されてしまう場合(真実解散)には、その解散決議は有効であるといわざるをえず、当該子会社はもはや清算目的でしか存在しないこととなり、子会社の従業員は、親会社に対し、子会社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである(もっとも、本件において、1審被告第一交通が佐野第一の真実解散を企図したことがあったことを認めるに足りる証拠は全く存しない。また、この場合、解散決議等が有効ではあっても不法行為法上は違法であるとして、不法行為による責任を追求することができることは無論である。)。
これに対し、親会社による子会社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、労働組合を壊滅させる等の違法・不当な目的で子会社の解散決議がなされ、かつ、子会社が真実解散されたものではなく偽装解散であると認められる場合、すなわち、子会社の解散決議後、親会社が自ら同一の事業を再開継続したり、親会社の支配する別の子会社によって同一の事業が継続されているような場合には、子会社の従業員は、親会社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるというべきである。
なお、上記の場合においては、不当労働行為における救済命令発令の範囲が問題となっているのではなく、私法関係における労働契約上の権利を有する地位にあることを主張することができるか否かが問題となっているのであるから、法人格否認の法理が適用されなければ、労働契約上の権利を有する地位確認の請求は許容されないことになると解される。

エ 解散決議の効力との関係について
1審被告らは、たとえ労働組合を排除するという不当な目的、動機で会社の解散決議がされたとしても、その内容に法令違反等がない限り解散決議を無効とする余地はなく、また、事業者は事業の開始及び廃止について広汎な自由を有しているから、佐野第一の解散決議は有効である。会社が解散した場合には、従業員の雇用を継続することはできず、従業員を解雇する必要性が認められるから、解雇も原則として有効であり、法人格否認の法理によって1審被告第一交通の責任を論ずる意味はないなどと主張する。
確かに、株主総会の決議の内容自体に、法令又は定款違反の瑕疵がない場合には、当該決議が当然に無効となるものではなく、本件においても佐野第一の解散決議について法令又は定款違反があると認めるに足りる証拠はないから、佐野第一の解散決議は有効であると認められる。
しかしながら、前記ウに説示したとおり、佐野第一の解散が偽装解散であると認められる場合には、それは真実の解散ではないのであるから、解雇は無効となって法人格否認の法理を適用する余地が生じ、解散決議の効力が否定されないからといって、解雇も有効であるとは限らないこととなる。すなわち、解散が偽装のもので事業が実際上は継続される場合には、整理解雇としての要件も満たすことはなく、解雇は事業廃止という実質的理由の欠如したものとして原則として無効となると考えられるのであって、さらに、法人格否認の法理が適用され得る場合には、子会社の従業員は、親会社に対して、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるということになる。したがって、この点に関する1審被告らの上記主張は採用できない。

(2) 本件における法人格の形骸化の主張について
ア 前記1認定の事実に証拠(〈証拠略〉、原審証人H、原審における1審被告御影第一代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(ア) 1審被告第一交通と子会社との関係
a 1審被告第一交通がタクシー会社を買収する場合、合併して1審被告第一交通の営業所とする場合と、法人格を維持したまま子会社とする場合とがあり、1審被告第一交通は、後者を基本的な方針としていた。
b 1審被告第一交通は、これまで、多数の経営不振に陥ったタクシー会社を買収してきた経験から得た経営方針とノウハウに従い、子会社における給与基準その他の労働条件、資産運用方針等の基本的な部分を、1審被告第一交通において決定していた。
そして、1審被告第一交通の役員や従業員を、買収した子会社の役員ないし管理職として派遣し、1審被告第一交通が決定した上記の基本方針に従い、賃金体系の見直しや従業員の教育等の経営再建策を押し進めてきた。
c 第一交通グループにおいては、各子会社の財産と収支は、親会社である1審被告第一交通の財産や収支と混同されることなく管理されていたが、子会社の経理業務、決算業務、経費や給与の計算及び支払手続などは、1審被告第一交通が、同社のコンピューターを使って統一的に処理しており、各子会社はこれに対する経理事務委託手数料として売上の3パーセントを1審被告第一交通に支払うこととなっていた。
具体的には、1審被告第一交通が、子会社の営業収入が入金される子会社名義の預金通帳や届出印を管理し、子会社からの申告に基づき、子会社の従業員の給与や公共料金などの経費の支払を上記の口座から行っていた。そして、各子会社において資金不足が生じた場合は、被告第一交通が資金援助をしていた。また、決算書類の作成についても、1審被告第一交通において行っていた。
(イ) 1審被告第一交通と佐野第一の関係
a 株式所有
1審被告第一交通は、平成13年3月30日に南海電鉄から佐野第一の全株式を譲り受けて以降、佐野第一の全株式を保有している。
b 役員の派遣
同日、佐野南海の役員はすべて退任し、1審被告第一交通の取締役である丁原らが佐野第一の取締役に就任し、また、1審被告第一交通の従業員であるEらが佐野第一の現場管理職として佐野第一の従業員らの指導等に当たっていた。
c 労務管理
1審被告第一交通では、前記(ア)b記載のとおり、子会社における給与基準その他の労働条件、資産運用方針等の基本的な部分を、1審被告第一交通において決定していたが、佐野第一においても、タクシー乗務員の賃金について新賃金体系を導入すること、中退金や共済制度を廃止することなど、佐野第一の経営再建の基本方針を1審被告第一交通において決定していた。
d 経理業務等
佐野第一においても、佐野第一の財産と収支は、親会社である1審被告第一交通の財産及び収支と混同されることなく管理されていたが、佐野第一の営業収入が入金される預金口座(佐野第一名義)は1審被告第一交通が管理し、従業員の給与の支払、公共料金等の支払、帳簿類の作成や貸借対照表等の計算書類の作成などの事務は、1審被告第一交通において行われていた。そして、資金不足が生じた場合には、1審被告第一交通が資金援助を行っていた。
このように、佐野第一の収入や支出の管理、必要な資金の調達等が1審被告第一交通において行われていたため、EやHなど佐野第一の役員や現場責任者らは、佐野第一の財務状況等を具体的には把握していなかった。
e 資産運用等
佐野第一が所有する不動産には、大阪第一を債権者とする根抵当権や、グループ内の他の子会社を債務者とする根抵当権が設定されており、重要な資産に関する事項も、1審被告第一交通において決定されていた。
イ 以上のとおり、〈1〉 1審被告第一交通は、佐野第一の全株式を保有しており、佐野第一の業務全般を一般的に支配し得る立場にあったこと、〈2〉 佐野第一のタクシー従業員の賃金体系や福利制度等の労働条件について、1審被告第一交通において決定し、これを1審被告第一交通が派遣した役員や管理職によって実現してきたこと、〈3〉 日々の売上は、1審被告第一交通が保管する佐野第一名義の預金通帳によって管理し、給与の支払や公共料金等の日常経理業務、税務関係書類や計算書類の作成等の決算業務も、1審被告第一交通において行われていたため、佐野第一の役員は、佐野第一の財務状況を具体的に把握していなかったこと、〈4〉 重要な資産に関する事項も1審被告第一交通において行われていたことなどの事情に照らせば、1審被告第一交通は、佐野第一を実質的・現実的に支配していたと認めることができる。
ウ しかし、佐野第一は、もともとは南海電鉄グループの会社であり、1審被告第一交通とは全く別個独立の法人であったこと、買収後も、佐野第一の財産と収支は、1審被告第一交通のそれとは区別して管理され、混同されることはなかったことなどの事情に照らすと、佐野第一に対する支配の程度は実質的・現実的なものであったとはいえるものの、未だ佐野第一が1審被告第一交通の一営業部門とみられるような状態に至っていたとまでは認められず、佐野第一の法人格は完全には形骸化していないというべきである。

(3) 本件における法人格の濫用の主張について
ア 支配の要件について
前記(2)認定のとおり、佐野第一の法人格は形骸化しているとまではいえないものの、1審被告第一交通は、佐野第一を実質的・現実的に支配していたものと認められる。
イ 目的の要件について
(ア) 前記争いのない事実等、前記1認定の事実及び弁論の全趣旨によると、佐野第一の解散に至る経緯は、以下のとおりであると認められる。
a 1審被告第一交通は、佐野第一を買収後、主としてタクシー乗務員の賃金体系や福利制度を改めることにより、佐野第一の収支を改善して債務超過状態を解消することとし、1審原告組合に対し、新賃金体系の導入などを内容とする会社再建案を提示したが、1審原告組合はこれに強く反対した。
b そこで、佐野第一は、平成13年5月分の給与から新賃金体系に基づく賃金の支払を一方的に開始し、共済会制度や中退金制度も1審原告組合の同意を得ることなく廃止したが、1審原告組合員らは、岸和田支部に、旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の仮払いを求める仮処分命令を申し立てたり、その本案訴訟を提起するなどしてこれを争った。そして、賃金体系に関する仮処分手続においては、1審原告組合員らの主張が認められ、本案訴訟においては、同年12月13日に佐野第一が同年5月分から同年10月分までの差額の全額を支払う内容で和解が成立した。
c この間、佐野第一は、交友会を発足させ、1審原告組合を脱退して交友会に入会した者に対して、再建協力金として15万円を支給することとした。そして、交友会に入会せず、1審原告組合にとどまった者を対象として長時間に及ぶ出庫前点呼を実施したり、一部の組合員に対して不利益な配置転換命令を行い、さらに1審原告組合の執行委員長と副委員長を解雇するなどした。
しかし、これらについても、1審原告組合員らは、岸和田支部に、仮処分命令や本訴を提起するなどして争った。
d そのため、1審被告第一交通は、1審原告組合が反対している現状では、佐野第一において新賃金体系の導入等を実現することは困難であると判断し、平成14年5月ころ、佐野第一に派遣していた役員を引き揚げて、1審原告組合との間で新賃金体系導入についての合意が成立しない場合には、佐野第一に対する資金援助を中止することとした。そして、1審原告組合の反対を受けずに新賃金体系を導入して泉州交通圏におけるタクシー事業を継続していくことを主たる目的として、また同時に、従前から構想していた第一交通グループの泉州交通圏におけるその後のタクシー事業での増車の実現をも視野に入れながら、泉州交通圏を事業区域とする新会社を設立するか、又は他のグループ会社に事業区域を拡大させる手続を継続していくこととした。
e そこで、1審被告第一交通は、平成14年5月23日に、佐野第一に派遣していた丁原、A及びBらを佐野第一の役員から退任させた上、佐野第一に対する資金援助を原則としてやめ、経営支援を大幅に縮小した。
一方で、1審被告第一交通は、同年6月28日、1審被告御影第一に、近畿陸運局に対して泉州交通圏への事業区域の拡張申請などを行わせ、同年12月19日、1審被告御影第一は近畿陸運局から泉州交通圏に事業区域を拡張することの認可を受けた。
そして、1審被告御影第一は、佐野第一から移籍してきた交友会員であるタクシー乗務員を大量に雇用して、平成15年2月16日から泉州交通圏におけるタクシー事業を開始した。
f 佐野第一は、平成15年3月25日に岸和田支部で新賃金体系の導入を無効とする判決が言い渡されたことを一つの契機として、1審原告組合を排斥して解散することを決意するに至り、1審被告御影第一の事業開始後、営業車両を減車し、同年4月3日に全従業員を解雇した上、同年5月12日に解散決議をした。
佐野第一の解散時、同社に在籍していたのはE、F、Hのほか、1審原告組合員のみであった。
(イ) 以上の事実によれば、1審被告第一交通は、平成14年5月ころ1審原告組合が存在する佐野第一で新賃金体系を導入することは困難であると判断し、1審原告組合の反対を受けずに新賃金体系を導入して泉州交通圏におけるタクシー事業を継続していくことを主たる目的として、また同時に、従前から構想していた第一交通グループの泉州交通圏におけるタクシー事業での増車を実現することも視野に入れながらこれをも一つの目的として、1審被告御影第一を泉州交通圏に進出させて、佐野第一のタクシー事業を引き継がせることとしたものであるが、平成15年3月ころになると、佐野第一に早急に新賃金体系を導入することがほとんど不可能な情勢となったことから、これを確定的に断念するに至ったもので、この段階においてなされた佐野第一の解散は、新賃金体系の導入に反対していた1審原告組合を排斥するという不当な目的を決定的な動機として行われたものであるというべきである。
(ウ)a これに対し、1審被告らは、1審被告御影第一の泉州交通圏への進出は、平成14年2月1日からの改正道路運送車両法施行に伴う規制緩和政策に対応するため、第一交通グループとしても泉州地域への増車が必要であると考えたものであり、佐野第一の解散とは関係がないなどと主張する。
しかしながら、泉州地域の増車は、神戸市域交通圏を事業区域とする1審被告御影第一をわざわざ泉州交通圏へ進出させなくとも、佐野第一で増車をすればよいことであるし、そもそも第一交通グループとして真に増車が必要であったというのであれば、1審被告御影第一泉南営業所の乗務員を募集するに当たっては、佐野第一の乗務員以外から乗務員を募集するのが当然と考えられるにもかかわらず、1審被告御影第一泉南営業所の開業時の乗務員の多くが佐野第一から移籍した乗務員であるなど、1審被告第一交通らが主張する増車政策の実現とは矛盾する結果となっている。
そして、前記1認定のとおり、平成14年5月23日及び翌24日に行われた、交友会員を対象とした説明会において、丁原が、1審被告第一交通は佐野第一から手を引き、第一交通グループとして泉南地区に新しい会社を設立する予定である、交友会員については、現在の賃率や労働条件を維持しつつ、新会社に移行させることを保障する、佐野第一は1審原告組合員らだけが働く会社となるが、早晩廃業となることは避けられない、新会社に1審原告組合員らは入れないなどと述べ、その後、Fら管理職が、1審原告組合員らに対し、新会社には1審原告組合員らは入社させないが、交友会員らは入社できると話して、組合脱退を勧誘していたことに照らしても、1審被告第一交通は、泉州交通圏に新たに設立する会社、すなわち1審被告御影第一に、新賃金体系の導入を受け入れて交友会員となった従業員のみを雇用し、これに反対をしている1審原告組合員らのみが残留する佐野第一はおおむね廃業させる方向で計画していたことは明らかである。
したがって、1審被告御影第一の泉州交通圏への進出は、佐野第一の解散とは関係がないとする1審被告らの主張は採用できない。
b また、1審被告らは、佐野第一の解散理由について、佐野第一は、単体では収支が赤字であり、平成15年3月25日には新賃金体系の導入を認めない判決が言い渡され、1審被告第一交通としては、佐野第一における経営改善が事実上不可能となったと判断せざるを得なくなったため、佐野第一を解散したものであり、1審原告組合を壊滅することが目的ではないなどと主張する。
この点、乙4の1によると、佐野第一が解散する直前である平成14年度(平成14年4月1日から平成15年3月31日)の佐野第一の営業収支は、売上が6億2059万7333円、営業損失が1923万1084円、当期損失が1431万7687円であって、同期末の累積損失は2億0423万9357円と赤字であったと認められ、佐野第一は、平成15年3月31日当時、自社単独での企業存続は不能な状態であったとする公認会計士の報告書もある(〈証拠略〉)。
しかしながら、前記1認定の事実及び証拠(〈証拠略〉)によると、佐野第一は1審被告第一交通が買収する直前の平成12年度(平成12年4月1日から平成13年3月31日)は、売上が7億1685万4081円、営業損失は7947万8689円、当期損失は1億1945万0563円であって、同期末の累積損失は4億2870万2673円に達していたが、その後、新賃金体系に基づく賃金の支払や中退金制度の廃止、共済会制度の廃止を行ったり、南海電鉄から債務の免除を受けるなどした結果、平成13年度(平成13年4月1日から平成14年3月31日)は、売上7億0851万5770円、営業損失4601万3341円、当期利益2億2778万1003円(債務免除益2億9519万5577円を含む。)となり、同期末の累積損失1億8992万1670円と減少し、上記のとおり、平成14年度は赤字を計上したものの、同年度の当期損失は1431万7687円と佐野南海時代と比較して大幅に改善していたことが認められる。
そうすると、適切に経費削減などが実現する限りにおいては、平成15年3月31日時点において、佐野第一を直ちに解散しなければならないほどその経営状況が悪化していたとは認められない。
つまり、1審被告第一交通らは、新賃金体系を導入することができれば佐野第一においても利益を上げることができると考えていたのであり、前記認定の事実経過によれば、1審被告第一交通は、当初から新賃金体系の早急な導入を実現することだけを企図し、これに反対する1審原告組合との多少時間はかかっても誠意を持った話合いによる解決を図るとか、1審原告組合との誠実な交渉を重ね適法な手続を遵守した就業規則の変更により新賃金体系の導入を実現するという本来あるべき道筋を当初から一切無視して、最も違法性の強い佐野第一を解散し1審原告組合員らを全員解雇するという極めて極端な手段を自ら選択したものというべきである。
c さらに、1審被告らは、経営危機に瀕した会社の事業の経営を引き継ぐ方法としては株式譲渡を受ける方法のほかに事業譲渡を受ける方法があり、そこにおいては、事業譲渡主体と従業員との雇用契約関係をそのまま承継せず、事業譲受主体自身が設計した内容の新規の雇用契約を締結することが広く容認されているところ、1審被告第一交通は佐野第一の再建のスポンサーであるから、1審被告第一交通が賃金の変更を企図してこれに応じない1審原告組合員らを使用した佐野第一の経営を断念したことをもって違法ということはできないはずであるし、赤字が出続ける事業を1審被告第一交通が継続しなければならない理由はないなどと主張する。
しかしながら、法治国家である日本において会社や事業を経営する以上、法律に従って適法な手段を選択して実施することが大前提とされていることはいうまでもないことであって、経済的に有利であるからという理由から違法な手段を選択することが許容されていないことは当然である。このことは、経営危機に瀕した会社の事業の経営を引き継ぐ場合でも全く同じであって、法的に許容された範囲内の経営手段を駆使して会社の再建を目指すべきものであって、これを逸脱して違法行為を行えば当該法律に基づく制裁を受けなければならないことは自明のことである。仮に、1審被告らが、適法な手段を選択したのでは1審被告第一交通らが耐え難い損失を被ると主張するのであれば、1審被告第一交通が南海電鉄から債務免除を受けた上で佐野南海の株式を1株1円で買収した際の条件設定が稚拙であったか又は買収するという判断自体の当否が問題となるのであって、自ら買収対象企業の評価を誤ったというだけのことにすぎず、利益が出ないから違法行為を行ってよいということには決してならないのであるから、同1審被告らの上記主張は採用できない。
ウ 小括
以上のとおり、1審被告第一交通は、泉州交通圏におけるタクシー事業を新賃金体系の下で早急に行っていくために、新賃金体系の導入に反対していた原告組合を排斥するという不当な目的を実現することを決定的な動機として、実質的・現実的に支配している佐野第一に対する影響力を利用して佐野第一を解散したものであると認められるから、佐野第一の解散は、1審被告第一交通が佐野第一の法人格を違法に濫用して行ったものであるというのが相当である。

(4) 本件における偽装解散の主張と1審被告第一交通の雇傭契約上の責任について
ア(ア) 前記1認定の事実によると、〈1〉 佐野第一は、泉州交通圏を事業区域とし、南海電鉄の泉佐野駅、樽井駅、尾崎駅、みさき公園駅及び関西空港駅を中心としてタクシー事業を行ってきたが、1審被告御影第一泉南営業所も、同じ泉州交通圏を事業区域とし、泉佐野駅、樽井駅、尾崎駅及びみさき公園駅に乗り入れてタクシー事業を行っていること、〈2〉 1審被告御影第一泉南営業所の開業当初のタクシー乗務員69名中、五十数名が佐野第一からの移籍者であり、無線室の従業員も全員佐野第一からの移籍者であること、〈3〉 1審被告御影第一泉南営業所は、佐野第一が従前から使用していた無線タクシー呼出番号である○○―××××番を引き継いで使用していること、〈4〉 佐野第一は、1審被告御影第一泉南営業所が開業してほどなく、営業車両の減車を始めただけでなく、1審被告御影第一の従業員募集のチラシを掲示するなどして積極的にこれに協力したことなどが認められ、以上によれば、1審被告御影第一泉南営業所は、佐野第一の事業の主要な部分を引き継ぎ、おおむね同一の事業を行っているものと認められる。
(イ)a この点、1審被告らは、1審被告御影第一は、泉南営業所を開設するに当たり、行政当局から事業認可を受け、佐野第一から移籍してきた従業員については、佐野第一を退職して1審被告御影第一で新たに採用する手続が踏まれている、また、1審被告御影第一は、新たに営業所用の土地を購入し、営業車両もすべて新車を購入しているなどとして、佐野第一と1審被告御影第一泉南営業所との間には事業の同一性はないと主張する。
しかしながら、1審被告御影第一と佐野第一は、法形式上は別個の法人として存在しているのであるから、1審被告御影第一が独自に事業認可を受けたり、従業員の移籍に当たり、佐野第一を退職して1審被告御影第一で新たに採用する手続が踏まれるのは当然のことであり、このことのみによって佐野第一と1審被告御影第一泉南営業所との間の事業の同一性が否定されるものではない。
また、タクシー事業は、乗客を目的地まで送り届けることをその主要な業務とするものであるから、地域の地理に精通したタクシー乗務員を確保することがタクシー事業を経営していく上で、非常に重要な要素といえる。加えて、無線タクシー呼出番号が地域の利用者に浸透していることも重要な要素であるといえるが、前記(ア)〈2〉、〈3〉記載のとおり、1審被告御影第一泉南営業所は、タクシー乗務員と無線タクシー呼出番号というタクシー事業を経営していく上で重要とされる要素を佐野第一から引き継いでいるのであるから、営業所用地や営業車両が佐野第一と同一でないとしても、それだけで事業の同一性を否定する理由とはならないというべきである。なお、佐野第一の各営業所の所有権又は利用権は1審被告御影第一に承継されることはなく、1審被告第一交通のグループ会社に承継されたものが多く、佐野第一の営業車両や備品類は最終的には1審被告第一交通のグループ会社に譲渡されたようである(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)。
b また、1審被告らは、1審被告御影第一が佐野第一の売上の20パーセントを占めていたサザン社との取引を引き継いでないとも主張する。
しかしながら、得意先を引き継ぐことができるか否かは、1審被告第一交通ないし1審被告御影第一泉南営業所が独自に決定し得ることではなく、それのみでは事業の同一性を否定することはできない。
(ウ) 以上のとおり、1審被告御影第一泉南営業所と佐野第一は、実質的におおむね同一の事業を営んでいると認めるのが相当である。
イ そして、結果的に、佐野第一とおおむね同一の事業を1審被告御影第一泉南営業所が継続していることに加え、前記(3)イ認定のとおり、1審被告第一交通は、佐野第一から1審原告組合だけを排斥するという目的をもって佐野第一を解散し、その事業を1審被告御影第一泉南営業所に承継させたことからすると、佐野第一の解散は偽装解散であるといわざるをえない。
そうすると、前記(1)ウに判示したように、本件においては、佐野第一の法人格が完全に形骸化しているとまではいえないけれども、親会社である1審被告第一交通による子会社である佐野第一の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、1審原告組合を壊滅させる違法・不当な目的で子会社である佐野第一の解散決議がなされ、かつ、佐野第一が真実解散されたものではなく偽装解散であると認められる場合に該当するので、1審原告組合員である1審原告らは、親会社である1審被告第一交通による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、1審被告第一交通に対して、佐野第一解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるといわなければならない。
なお、1審被告らは、1審被告第一交通は平成16年10月ころ以降はタクシー事業を全く行っていないと主張するが、その主張によっても1審被告第一交通がタクシー事業を行わなくなったのは本件解雇後1年半も経過した後のことであるのみならず、1審被告第一交通はその傘下に1審被告御影第一も含めて全国でタクシー事業を営む完全子会社を多数擁する上場会社であることを考えると、地位確認請求を認容することに格段の理論的・現実的な問題があるとも認められず、1審被告らの上記主張は失当である。
ウ ところで、1審被告らは、第一交通グループでは希望者全員を再雇用する考えであったが、1審原告組合員らは再雇用の申入れを受け入れなかったし、平成15年11月19日付けの就労指示も拒否したのであるから、1審被告御影第一及び1審被告第一交通の従業員であると主張するのは時機に遅れた権利の主張であり、信義則違反であるなどと主張する。
(ア) この点、前記1認定の事実に証拠(〈証拠略〉、原審証人H、原審における1審原告大阪地連代表者、1審原告X14、1審被告御影第一代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
a 佐野第一のEは、平成15年4月3日、1審原告組合員らに対して解雇の意思表示をした際、希望者には就職の斡旋をすると伝えたが、1審原告組合員らの中で就職の斡旋を依頼する者はいなかった。
b 同年10月29日、1審原告組合員らが1審被告第一交通を相手方として、岸和田支部に申し立てた地位保全及び賃金仮払仮処分命令申立事件(岸和田支部平成15年(ヨ)第30号)の異議審(岸和田支部同年(モ)第453号)の審尋期日において、担当裁判官から、暫定的な就労に関する和解の提案がなされた。
c そこで、同年11月6日、1審被告第一交通側と1審原告組合との間で仮就労の問題に関する第1回団体交渉が行われ、仮就労の場所、賃金体系、仮就労の対象者について話合いが行われた。
d その結果を踏まえ、1審被告第一交通側は、佐野第一の泉佐野営業所が置かれていた場所に、1審被告御影第一の泉南第二車庫を設け、同月18日に行われた第2回団体交渉において、その旨の報告を行い、この点は1審原告組合も了承をした。
しかし、1審被告第一交通側は、仮就労の期間中の賃金は新賃金体系に基づいて支給する、仮就労の対象者から1審原告X14、1審原告X21及びサザン社に出向してバス乗務員として働いていた者は除外すると主張し、1審原告組合がこれに反対したため、合意には至らなかった。
e ところが、1審被告第一交通側は、佐野第一の清算人であるH名義の同日付け就労指示書を1審原告X14及び1審原告X21らを除く43名の1審原告組合員らに郵送し、同月20日から泉南第二車庫において仮就労するようにと命じた。
これに対し、1審原告組合は、1審被告第一交通に対して抗議し、1審原告組合員らは仮就労の指示には応じなかった。そして、同年12月12日の第3回団体交渉においても、仮就労に関する話合いはまとまらなかった。
(イ) 以上のとおり、1審被告第一交通側は、同年4月3日に1審原告組合員らに対して解雇の意思表示をした際、再就職の斡旋を申し出たが、1審原告組合員らはこれに応じなかったこと、また、1審被告第一交通側は、同年11月18日付け就労指示書によって、1審原告X14らを除く43名の1審原告組合員らに対し、同月20日から1審被告御影第一の泉南第二車庫において仮就労するようにと命じたが、1審原告組合員らはこれに従わなかった事実が認められる。
しかしながら、就職の斡旋については、平成14年5月24日に行われた交友会員を対象にした説明会において、丁原が、「交友会の人は無条件で採用し、組合は採用しない。」などと発言したこと(〈証拠略〉)、前記1認定のとおり、大阪府を事業区域とする大阪第一、堺第一及び佐野第一の3社は、統一した賃金体系が定められていたことなどの事実によれば、1審被告第一交通が、第一交通グループにおいて再雇用をするのは、1審被告第一交通が提案する新賃金体系を受け入れることが条件になっているものと認められ、前記1認定の1審原告組合と佐野第一との紛争経過に照らすと、1審原告組合員らが直ちにこれを受け入れ、1審被告御影第一を含む第一交通グループに移籍することは極めて困難と考えられるところである。
また、1審原告組合員らに対する平成15年11月18日付け就労指示書は、仮就労に関する団体交渉が行われている最中に出されたものであり、仮就労の前提となる上記賃金体系等だけでなく、仮就労の対象者に1審原告組合の幹部である1審原告X14と同X21、更にサザン社に出向しているバス乗務員が含まれるか否かといったより基本的な点において対立し合意ができていなかったのであるから、これについて1審原告組合員らが仮就労を受け入れないのは、1審被告第一交通側としても当然予想された事態であったと認められる。
以上を総合すると、1審原告組合員らが就労しなかったことが、1審原告組合員らの責めに帰すべき事由であるとは到底認められないのであるから、1審被告らの上記主張は採用できない。

(5) 1審被告御影第一の雇傭契約上の責任について
ア 1審原告らは、本件のような偽装解散の事例においては、親会社である1審被告第一交通との関係とは別途に、事業を継続する別の子会社である1審被告御影第一との関係でも法人格濫用の法理の適用があると主張する。
確かに、一般的には、偽装解散した子会社とおおむね同一の事業を継続する別の子会社との間に高度の実質的同一性が認められるなど、別の子会社との関係でも支配と目的の要件を充足して法人格濫用の法理の適用が認められる等の場合には、子会社の従業員は、事業を継続する別の子会社に対しても、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができる場合があり得ないわけではない。
しかしながら、本件においては、1審被告御影第一との関係で法人格濫用の法理を適用できないことは明らかである。その理由は次のとおりである。
〈1〉 前述したように、全株式を有する子会社である佐野第一に対して、実質的・現実的支配を及ぼしていたのは1審被告御影第一ではなく親会社である1審被告第一交通であって、1審被告御影第一が佐野第一に対して実質的・現実的支配を及ぼしていたことを認めるに足りる証拠はないだけでなく、佐野第一への支配力を利用することによって佐野第一に存する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を有していたのも、1審被告御影第一ではなく1審被告第一交通である。〈2〉 法人格否認の法理が法人の背後にある実体を捉えて、正義・衡平の観念から、背後者に対する法的責任の追求を可能にする側面を有することは否定できないところ、法人格を濫用しそれによる利益を図ろうとした直接の当事者である1審被告第一交通が、まず第一にその責任を負担すべきであると考えるのが自然である。〈3〉 両社の法人格の異別性を否認し得るかという側面から、佐野第一と1審被告御影第一の間に高度の実質的同一性が認められるか否かを検討すると、なるほど、佐野第一と1審被告御影第一泉南営業所との間にはおおむね同一の事業が引き継がれたとの評価は可能であるといえるが、佐野第一と1審被告御影第一との間においては、本社所在地、設立時期、設立経緯、営業内容、財産関係などは大きく異なっており、いずれも1審被告第一交通の完全子会社という面があることを加味しても、両社の間に高度の実質的同一性があるとは言い難い(また、佐野第一の事業の物的資源は1審被告御影第一だけでなく、1審被告第一交通グループ会社に引き継がれていった側面も否定しがたい。前記(4)ア(イ)a参照)。〈4〉 親会社である1審被告第一交通に法人格否認の法理が適用される本件において、佐野第一との関係がより希薄な1審被告御影第一にまで法人格濫用の法理を適用する必要性はないし、1審被告御影第一との関係でも法人格を否認しなければ正義・衡平の理念にもとることになるとは考えがたいところである。
したがって、1審被告御影第一に対して、法人格の濫用を理由としては、1審原告組合員である1審原告らは、佐野第一解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。
イ なお、1審被告第一交通が法人格否認の法理により雇用契約上の責任を負担することから、本件においては、同時に1審被告御影第一が雇用契約上の責任を負担することはありえないが、仮に1審被告第一交通が雇用契約上の責任を負担しない場合や選択的に1審被告御影第一に雇用契約上の責任を追及する場合に、1審被告御影第一が法人格の形骸化を理由として、雇用契約上の責任を負担する余地があるか否かも念のため検討しておく。
前記争いのない事実等記載のとおり、1審被告第一交通は、平成11年8月20日の買収以降、1審被告御影第一の全株式を保有しており、同日、1審被告第一交通の取締役である丁原らが1審被告御影第一の取締役として派遣され、前記(2)認定のとおり、第一交通グループにおいては、子会社の経理業務、決算業務、経費や給与の計算及び支払手続などは、1審被告第一交通が、同社のコンピュータを使って統一的に処理していて、1審被告御影第一においても、同様に、1審被告第一交通が処理していたものと認められ、加えて、前記1認定のとおり、1審被告御影第一泉南営業所の事務所建築費用を1審被告第一交通が負担していること等の事実を総合すると、1審被告第一交通は、佐野第一と同様、1審被告御影第一についても実質的・現実的に支配していたものと認められる。しかしながら、1審被告御影第一は、1審被告第一交通が買収する以前から1審被告第一交通とは別個独立の法人としてタクシー事業を営んでいたこと、1審被告御影第一の財産と収支は、1審被告第一交通の財産や収支と混同されることなく管理されていたことなどの事実に照らすと、1審被告御影第一の法人格が、形骸化しているとまでは認められない。したがって、1審被告御影第一の法人格が形骸化していれば、かえってその親会社である1審被告第一交通が雇用契約上の責任を負担することになるか否かはさて置くとして、1審原告組合員である1審原告らは、法人格の形骸化を理由として、1審被告御影第一に対して雇用契約上の責任を追及することはできないといわざるを得ない。
(6) 小括
よって、法人格否認の法理の適用により、1審原告組合員である1審原告らは、1審被告第一交通に対しては雇用契約上の責任を追及することはできるが、1審被告御影第一に対して雇用契約上の責任を追及することはできない。

(2)黙示の労働契約の成立
社外労働者と受け入れ企業との間で黙示の意思の合致により労働契約が成立しているというためには、事実上の指揮命令関係が存在することのほかに、受入企業が当該労働者の労務提供の対価として賃金を支払っていると評価できることが必要

+判例(東京高判H5.12.22)大映映像事件
調べておく

+判例(大阪高判H10.2.18)安田病院事件

+判例(H10.9.8)安田病院事件
調べておく

・労働者派遣法に違反する派遣が行われたことから直ちに派遣元企業と労働者の間の契約が無効になることはない。
ただし、これを受けて法改正あり!
派遣先が労働者に対して労働契約の申込をしたとみなす規定が導入される。

+判例(H21.12.18)パスコ事件
理由
上告代理人塚本宏明ほかの上告受理申立て理由第1点ないし第4点について
1 本件は、プラズマディスプレイパネル(以下「PDP」という。)の製造を業とする株式会社である上告人の工場で平成16年1月からPDP製造の封着工程に従事し、遅くとも同17年8月以降は上告人に直接雇用されて同月から同18年1月末まで不良PDPのリペア作業(端子に付着した異物を除去して不良PDPを再生利用可能にする作業)に従事していた被上告人が、上告人による被上告人の解雇及びリペア作業への配置転換命令は無効であると主張して、上告人に対し、雇用契約上の権利を有することの確認、賃金の支払、リペア作業に就労する義務のないことの確認、不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、A(本件当時の商号はB)ほか1社の出資による会社であり、平成16年1月当時、その製造ラインでは、上記2社から出向してきた上告人の従業員と、上告人から業務委託を受けたC(以下「C」という。)等に雇用されていた者とが作業に従事していた。
Cは、家庭用電気機械器具の製造業務の請負等を目的としており、同社が同14年4月1日以降に上告人との間で締結していた業務委託基本契約によれば、上告人が生産1台につき定められた業務委託料をCに支払い、Cが上告人から設備、事務所等を賃借して、自社の従業員を作業に従事させるものとされていた。なお、上告人とCとの間に資本関係や人的関係があるとか、Cの取引先が上告人に限られているとか、Cによる被上告人の採用面接に上告人の従業員が立ち会ったなどの事情は認められない。
(2) 被上告人は、平成16年1月20日、Cとの間で、契約期間を2か月(更新あり)、賃金を時給1350円、就業場所を上告人茨木工場(以下「本件工場」という。)などとする雇用契約を締結した。被上告人は、同日から、本件工場において、上告人の従業員の指示を受けて、PDPの製造業務のうちデバイス部門の封着工程に従事することになった。被上告人とCとの間の契約は、2か月ごとに更新され、被上告人は、同17年7月20日までCから給与等を支給された。
本件工場にはCの正社員も常駐していたが、封着工程においては、班長と呼ばれる工程管理者とこれを補佐する現場リーダーとはいずれも上告人の従業員であって、クリーンルームから送られてきたPDPの内部に放電ガスを封じ込め、これを次の排気工程へと送る作業を、上告人及びCほか1社の各従業員が混在して共同で行っていた。被上告人は、封着工程での作業について上告人の従業員から直接指示を受け、Cの正社員による指示は受けていなかった。
被上告人は、休日出勤について、Cの正社員から指示を受けることもあったが、上告人の従業員から直接指示を受けることもあった。また、被上告人らの休憩時間は上告人の従業員が指示した。
(3) 被上告人は、平成17年4月27日、その就業状態が労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)等に違反しているとして、上告人に対し直接雇用を申し入れたが、回答が得られず、同年5月11日、D(以下「本件組合」という。)に加入した。本件組合は、同月19日付け及び同月20日付け各書面により、被上告人が上告人を派遣先とする派遣労働者として1年を超えて製造ラインの業務に従事しており、上告人に労働者派遣法40条の4に基づく直接雇用の申込み義務が発生していると主張し、上告人に対し、被上告人への直接雇用申込みを行うよう団体交渉を申し入れた。上告人は、当初、被上告人との間には雇用関係がないので団体交渉には応じないという姿勢であったが、同月24日、協議自体には応じることとし、その旨回答した。
(4) 被上告人は、平成17年5月26日、大阪労働局に対し、本件工場における勤務実態は業務請負ではなく労働者派遣であり、職業安定法44条、労働者派遣法に違反する行為である旨申告した。上告人は、同年6月1日、同局による調査を受け、同年7月4日、同局から、Cとの業務委託契約は労働者派遣契約に該当し、労働者派遣法24条の2、26条違反の事実があると認定され、上記契約を解消して労働者派遣契約に切り替えるようにとの是正指導を受けた。このため、上告人は、封着工程を含むデバイス部門における請負契約を労働者派遣契約に切り替えることを柱とする改善計画を策定した。これに伴い、Cが同月20日限りでデバイス部門から撤退する一方、上告人は、他社との間で労働者派遣契約を締結し、同月21日から派遣労働者を受け入れ、PDPの製造業務を続けることになった。
被上告人は、Cの正社員から本件工場の別の部門に移るよう打診されたが、上告人の直接雇用下でデバイス部門の作業を続けたいと考え、同月20日限りでCを退職した。
(5) 被上告人及び本件組合と上告人との間の協議は平成17年6月7日に開始された。本件組合は、上告人が被上告人を直接雇用することを申し入れた。上告人は、同年8月2日、被上告人との雇用契約の条件として、契約期間を同月から同18年1月31日まで(契約更新はしない。ただし、同年3月31日を限度としての更新はあり得る。)、業務内容を「PDPパネル製造-リペア作業及び準備作業などの諸業務」と記載した労働条件通知書を被上告人側に交付した。上告人が雇用期間を限定した理由は、上告人が専属の従業員を直接雇用する体制になっておらず、遅くとも同年3月末までには生産体制を適法な請負による作業に切り替えることができると認識していたからであり、本件組合も上告人の上記認識は承知していた。また、賃金は上記通知書では空欄であったが、上告人側が口頭で時給1400円を提示したところ、本件組合から、有期雇用としては安いので例えば1600円にならないかとの趣旨の発言があった。
被上告人と本件組合とは、被上告人がCとの契約関係を解消して収入のない状況であり、従前の交渉の経緯からもこのままでは上告人との雇用契約の締結が困難であると考えた。そこで、被上告人は、上告人に対し、代理人弁護士作成の内容証明郵便において、契約期間及び業務内容について異議をとどめて、当面は、上記通知書記載の業務に就業する旨の通知をした上で、上告人が準備した上記通知書と同旨の雇用契約書(ただし、賃金は時給1600円、雇用期間の始期は同17年8月22日とされていた。以下「本件契約書」という。)に署名押印し、同月19日、これを上告人に交付した。
(6) 被上告人は、平成17年8月22日、上告人に直接雇用された従業員として本件工場に出社し、同月23日から、本件工場内において、不良PDPのリペア作業を一人で担当した。上告人は、同14年3月ころ以降、リペア作業を実施することはなくなっており、不良PDPは廃棄されていた。リペア作業では、ガラスの表面や電極端子間をしゃもじ等で擦る作業を行う過程で静電気が発生し、集じんしやすいため、被上告人の作業場は帯電防止用シートで囲まれていた。
(7) 本件組合は、平成17年8月25日以降、書面により、上告人と被上告人との間の雇用契約を期間の定めのないものとし、被上告人の作業を従前従事していたデバイス部門の封着工程のものとすることを求めて団体交渉を申し入れていたが、上告人は、同年12月28日、同18年1月31日をもって上記雇用契約が終了する旨を通告し、その翌日以降、被上告人の就業を拒否している。なお、上告人は、同年2月以降、残っていたリペア作業について他の従業員に交代で5日間担当させてこれを終え、その後は上記作業を行っていない。
3 原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断して、被上告人の上告人に対する雇用契約上の権利を有することの確認請求、賃金支払請求、リペア作業に就労する義務のないことの確認請求をいずれも認容し、損害賠償請求を一部認容した。
(1) 上告人とCとの間の契約は、Cが被上告人を上告人の指揮命令を受けて上告人のために労働に従事させる労働者供給契約であり、被上告人とCとの間の契約は、上記目的達成のための契約と認められる。しかるところ、上告人は、これらが派遣型請負又は労働者派遣として適法であることを何ら具体的に主張立証しない。また、上記各契約がされた平成16年1月時点では、特定製造業務(物の製造の業務であって厚生労働省令で定めるもの)への労働者派遣及び受入れは一律に禁止されていた。したがって、上記各契約は、脱法的な労働者供給契約として職業安定法44条等に違反し、公の秩序に反するものとしてその締結当初から無効である。
(2) 上告人がその従業員を通じて被上告人に直接指示してその労務の提供を受けていたこと等からすれば、上告人と被上告人との間には当初から事実上の使用従属関係があったものと認められ、また、被上告人がCから給与等の名目で受領する金員は、上告人がCに業務委託料として支払った金員からCの利益等を控除した額を基礎とするものであるから、被上告人が受領する金員の額を実質的に決定していたのは上告人であったといえる。そして、上記各契約が無効であるにもかかわらず継続した上告人と被上告人との間の上記実体関係を法的に根拠付け得るのは両者間の黙示の雇用契約のほかにはなく、その内容は、被上告人とCとの間の契約における労働条件と同様と認められる。また、被上告人は、上告人の従業員によりPDP製造の封着工程に従事するよう指示されてこれに応じているから、上記工程が被上告人の従事する業務として合意されたものと解すべきである。
そして、平成17年8月22日作成された本件契約書においては、上記黙示の雇用契約におけるのとは異なる労働条件が記載されているが、そのうち契約期間及び業務内容については異議がとどめられたのであるから、本件契約書どおりの期間の定め、更新方法及び業務内容の合意が成立したとはいえず、他方、期間の定めのないこととする合意や業務内容をPDP製造の封着工程に限る旨の合意があったとも認められない。
したがって、上記各部分については本件契約書作成前の黙示の雇用契約の内容が引き継がれるから、上告人が被上告人にリペア作業への従事を命じたことは配置転換命令に当たる。そして、同命令は、後記(4)のとおりの事情があるから違法無効である。
(3) 上告人と被上告人との間の雇用契約は、平成17年8月22日の本件契約書による合意以降も2か月ごとに更新されたから、上告人が同年12月28日に同18年1月31日の満了をもって被上告人との雇用契約が終了する旨通告したことは、解雇の意思表示に当たる。そして、封着工程の業務が終了したなどの事情は見当たらないから、上告人の被上告人に対する上記意思表示は、解雇権の濫用として無効であり、仮に雇止めの意思表示としても、更新拒絶権の濫用として同様に無効である。したがって、被上告人は、上告人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にある。
(4) リペア作業は、上告人にとってその経営上の必要性には疑問があり、むしろ被上告人に従事させるためにあえて設定されたものと推認される上、封着工程での作業に比べ長時間にわたって孤独な作業を強い、相応の肉体的、精神的負担を与えることなどからみて、被上告人が大阪労働局に偽装請負の事実を申告したことに対する報復等の不当な動機によって命じられたものと推認される。したがって、上告人が被上告人に対してした解雇又は雇止めの意思表示に加えて、上告人が被上告人にリペア作業への従事を命じたことも不法行為を構成する。

4 しかしながら、原審の上記3(4)の判断は結論において是認することができるが、同(1)ないし(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 請負契約においては、請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが、請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3者間の関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。そして、このような労働者派遣も、それが労働者派遣である以上は、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないものというべきである。
しかるところ、前記事実関係等によれば、被上告人は、平成16年1月20日から同17年7月20日までの間、Cと雇用契約を締結し、これを前提としてCから本件工場に派遣され、上告人の従業員から具体的な指揮命令を受けて封着工程における作業に従事していたというのであるから、Cによって上告人に派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができる。そして、上告人は、上記派遣が労働者派遣として適法であることを何ら具体的に主張立証しないというのであるから、これは労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない。しかしながら、労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである。そして、被上告人とCとの間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから、上記の間、両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。
(2) 次に、上告人と被上告人との法律関係についてみると、前記事実関係等によれば、上告人はCによる被上告人の採用に関与していたとは認められないというのであり、被上告人がCから支給を受けていた給与等の額を上告人が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず、かえって、Cは、被上告人に本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど、配置を含む被上告人の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものと認められるのであって、前記事実関係等に現れたその他の事情を総合しても、平成17年7月20日までの間に上告人と被上告人との間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない
したがって、上告人と被上告人との間の雇用契約は、本件契約書が取り交わされた同年8月19日以降に成立したものと認めるほかはない。
(3) 前記事実関係等によれば、上記雇用契約の契約期間は原則として平成18年1月31日をもって満了するとの合意が成立していたものと認められる。
しかるところ、期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は、労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には、当該雇用契約の雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには許されない(最高裁昭和45年(オ)第1175号同49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁、最高裁昭和56年(オ)第225号同61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁参照)。
しかしながら、前記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間の雇用契約は一度も更新されていない上、上記契約の更新を拒絶する旨の上告人の意図はその締結前から被上告人及び本件組合に対しても客観的に明らかにされていたということができる。そうすると、上記契約はあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたとはいえないことはもとより、被上告人においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合にも当たらないものというべきである。
したがって、上告人による雇止めが許されないと解することはできず、上告人と被上告人との間の雇用契約は、平成18年1月31日をもって終了したものといわざるを得ない。
(4) もっとも、前記事実関係等によれば、上告人は平成14年3月以降は行っていなかったリペア作業をあえて被上告人のみに行わせたものであり、このことからすれば、大阪労働局への申告に対する報復等の動機によって被上告人にこれを命じたものと推認するのが相当であるとした原審の判断は正当として是認することができる。これに加えて、前記事実関係等に照らすと、被上告人の雇止めに至る上告人の行為も、上記申告以降の事態の推移を全体としてみれば上記申告に起因する不利益な取扱いと評価せざるを得ないから、上記行為が被上告人に対する不法行為に当たるとした原審の判断も、結論において是認することができる。

5 以上によれば、上告人と被上告人との間に平成17年8月22日以前からPDP製造の封着工程への従事を内容とする黙示の雇用契約が成立していたものとし、上告人による被上告人に対するリペア作業への従事を命ずる業務命令及び解雇又は雇止めをいずれも無効であるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決のうち損害賠償請求を除く被上告人の各請求を認容すべきものとした部分は破棄を免れない。この点をいう論旨は理由がある。そして、第1審判決のうち雇用契約上の権利を有することの確認請求及び賃金支払請求を棄却し、リペア作業に就業する義務のないことの確認を求める訴えを却下した部分は正当であるから、同部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。
これに対し、上告人に対する損害賠償請求を一部認容すべきものとした原審の判断は是認することができ、この点に関する論旨は理由がないから、原判決のうち損害賠償請求を一部認容すべきものとした部分に関する上告人の上告は棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官今井功の補足意見がある。

+補足意見
裁判官今井功の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛同するものであるが、被上告人をリペア作業に従事させたこと及び平成18年1月31日限りで雇止めしたことについて不法行為が成立する理由について補足して意見を述べておきたい。
被上告人は、Cと雇用契約を結び、Cと上告人との業務委託契約に基づき、Cから上告人に派遣されていたところ、被上告人及び本件組合が、被上告人の直接雇用を上告人に求めるとともに、大阪労働局へ労働者派遣法違反の事実があると申告したことから本件紛争が始まった。大阪労働局は、上告人に対し、Cとの業務委託契約は、労働者派遣に該当し、労働者派遣法に違反するから、業務委託契約を解消し、適法な労働者派遣契約に切り替えるよう是正指導した。これを受けて、上告人は、被上告人の従事していたデバイス部門の契約を他社との間の労働者派遣契約に改めることとしたが、被上告人は他社や他部門への移籍を拒否し、直接雇用を求めた。そこで、上告人は、被上告人と本件契約書記載の内容の雇用契約を締結した。被上告人と上告人との間の直接の雇用契約が締結されるに至った経過の概要について、原審の認定するところは以上のとおりである。
本件契約書による上告人と被上告人との間の雇用契約は、白紙の状態で締結されたものではなく、上記のような事実関係の中で締結されたことを考慮すべきである。そうすると、この雇用契約は、大阪労働局の上記の是正指導を実現するための措置として行われたものと解するのが相当である。そして、原審の認定するところによれば、リペア作業は、平成14年3月以降は行われていなかった作業であり、ほとんど必要のない作業であるということができるのであって、被上告人が退職した後は、事実上は行われていない作業であった上、被上告人は、他の従業員から隔離された状態でリペア作業に従事させられていたというのである。被上告人が上告人に直接雇用の要求をし、また、大阪労働局に偽装請負であるとの申告をしてから、本件契約書を作成するに至る事実関係からすると、上告人は、被上告人が、大阪労働局に偽装請負であるとの申告をしたことに対する報復として、被上告人を直接雇用することを認める代わりに、業務上必要のないリペア作業を他の従業員とは隔離した状態で行わせる旨の雇用契約を締結したと見るのが相当である。このことは、労働者派遣法49条の3の趣旨に反する不利益取扱いであるといわざるを得ない。被上告人は、本件組合や弁護士と相談の上、その自由意思に基づき本件契約書に署名したとはいうものの、Cとの契約を解消して収入のない状態であり、上告人においても被上告人が収入がなく困窮していた事実を知っていたと認められるのであり、これらの事情を総合すると、上告人が被上告人をリペア作業に従事させたことは、大阪労働局への申告に対する不利益取扱いとして、不法行為を構成するということができる。平成18年1月31日の雇止めについても、これに至る事実関係を全体として見れば、やはり上記申告に対する不利益取扱いといわざるを得ない。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

++解説
1 本件は,プラズマディスプレイパネル(PDP)の製造を業とするY社の工場で平成16年1月から封着工程に従事し,遅くとも平成17年8月からはY社に直接雇用されてリペア作業(端子に付着した異物を除去して不良PDPを再生利用可能にする作業)に従事していたXが,Y社から雇用契約が終了したものと扱われたため,①上記雇用契約は期間の定めのないものであるとの理解を前提に,Y社による解雇は無効である,②リペア作業を命じられたことが配転命令に当たるとの理解を前提に,上記配転命令は無効である,と各主張して,Y社に対し,雇用契約上の権利を有することの確認,賃金の支払,リペア作業への就労義務がないことの確認及び不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

2 本件の事実関係の概要は,次のとおりである。
Y社の製造ラインでは,本件当時,Y社の正規従業員と,Y社から業務委託を受けたP社等に雇用されていた者とが共同で作業に従事していた。P社とY社との間の業務委託基本契約によれば,Y社は生産1台につき定められた業務委託料をP社に支払い,P社がその従業員を作業に従事させるなどとされていた。なお,Y社とP社との間に資本関係や人的関係があるとか,P社の取引先がY社に限られているとか,P社によるXの採用面接にY社の従業員が立ち会ったなどの事情は認められない。
Xは,平成16年1月,P社との間で,契約期間を2か月・更新有りなどとする雇用契約を締結した。Xは,封着工程に従事し,平成17年7月20日までP社から給与等を支給された。Xは,作業についてY社の従業員から直接指示を受け,P社の正社員による指示は受けていなかった。
しかるところ,平成17年5月,Xの加入した地域労働組合は,XがY社を派遣先とする派遣労働者として1年を超えて製造ラインの業務に従事しており,Y社に労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)40条の4に基づく直接雇用の申込み義務が発生していると主張した。さらに,Xが,大阪労働局に対し,本件工場における勤務実態は偽装請負であり,職業安定法44条等に違反する旨申告したところ,同局は,Y社に対する調査を行い,同年7月,P社との業務委託契約は労働者派遣契約に該当し,労働者派遣法24条の2,26条に違反すると認定して,上記契約を解消して労働者派遣契約に切り替えるようにとの是正指導を行った。
Xは,P社から別の部門に移るよう打診されたが,Y社の直接雇用下で従来の作業を続けたいと考え,平成17年7月20日限りでP社を退職した。X側は,Y社に対しXを直接雇用するよう求めたところ,Y社は,同年8月2日,Xとの雇用契約の条件として,契約期間を同月から平成18年1月31日まで(原則として契約更新なし),業務内容を「PDPパネル製造―リペア作業及び準備作業などの諸業務」と記載した労働条件通知書をX側に交付した。X側は,XがP社との契約関係を解消して収入のない状況であり,従前の交渉の経緯からもこのままではYとの雇用契約の締結が困難であると考え,Y社に対し内容証明郵便で契約期間及び業務内容について異議をとどめた上で,Y社が準備した雇用契約書に署名押印し,平成17年8月22日から業務に従事したが,その内容は専ら個室で行うリペア作業であった。しかも,Y社は,同年12月28日,平成18年1月31日をもって上記雇用契約が終了する旨を通告し,その翌日以降,Xの就業を拒否した。

3 ところで,請負とは,当事者の一方(請負人)がある仕事を完成することを約し,相手方(発注者)がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約する契約であって(民法632条),請負人は仕事完成義務を負うが,発注者は請負人に対して注文を行うことはできても,具体的な作業の指揮命令は請負人にゆだねるべきこととなる。他方,労働者派遣法は,「労働者派遣」とは,自己の雇用する労働者を当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まない(2条1項)としている。そこで,派遣先がその雇用下にない他社の労働者に直接具体的な指揮命令を行っているという点で実質的には労働者派遣に該当するにもかかわらず,労働者派遣法の種々の規制(派遣期間制限等)を事実上脱法するために形式的に請負の形式が採られているという偽装請負の場合に,その違法性を捉えて何らかの法的構成により派遣先と当該労働者との間に直接黙示の雇用契約関係が成立すると評価することができないかが本件における主要な争点となった。

4 原審(大阪高裁)は,Y社とP社との間の業務委託契約はP社がXをY社のために労働に従事させる脱法的な労働者供給契約であり,XとP社との間の契約は上記目的達成のための契約であるから,いずれも職業安定法44条等に違反し,公の秩序に反するものとして締結当初から無効であるとした上,①XとY社との間には当初から事実上の使用従属関係があったこと,②XがP社から給与等として受領する金員は,Y社がP社に業務委託料として支払った金員からP社の利益等を控除した額を基礎とするものであって,Xが給与等の名目で受領する金員の額を実質的に決定する立場にあったのはY社であったといえること,③無効な上記各契約にもかかわらず継続したXとY社との間の上記実体関係を法的に根拠付け得るのは黙示の労働契約のほかにはなく,その内容は,XとP社との間の契約における労働条件と同様と認めるのが相当であると判示して,Xの請求をおおむね認容した。

5 最高裁(第二小法廷)は,Y社からの上告受理申立てを受理した上,概要次のように述べて,原判決のうち損害賠償請求を除く部分を破棄し,Xの請求を棄却する旨の自判をした。
請負人による労働者に対する指揮命令がなく,注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には,たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても,これを請負契約と評価することはできず,この場合において,注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば,上記3者間の関係は,労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当する。しかし,このような労働者派遣も,それが労働者派遣である以上は,職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はない。
しかるところ,Xは,平成17年7月20日までの間,P社と雇用契約を締結し,これを前提としてP社から本件工場に派遣されていたというのであるから,P社によってY社に派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができるが,XとP社との間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから,上記の間,両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。そして,Y社はP社によるXの採用に関与していたとは認められないというのであり,XがP社から支給を受けていた給与等の額をY社が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず,かえって,P社は,配置を含むXの具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものと認められるのであって,前記事実関係等に現れたその他の事情を総合しても,同日までの間にY社とXとの間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない

6 これまで,社外労働者(多くは労働者派遣法制定前の業務請負会社社員)と受入企業との間の黙示の労働契約の成否について判示した裁判例は少なくないが,これらの裁判例は,一般に,黙示の労働契約が成立するには,社外労働者と派遣先との間で労働契約を黙示に合意したと評価し得る事情が必要であるとして,使用従属関係の有無をはじめ,業務内容,勤務の実態,賃金,採用形態等を検討してその成否を判断している。学説も,実質的にみて社外労働者に賃金を支払う者が受入企業であり,しかも社外労働者の労務提供の相手方が受入企業であるといえる場合にのみ,社外労働者と受入企業間に労働契約関係の基本的要素が整うとし,そのためには,①社外労働者の賃金が,実際上受入企業により決定され,派遣企業を介して受入企業自身によって支払われているとみなし得ること,②受入企業が社外労働者に対し作業上の指揮命令や出退勤管理を行うのみならず,配置・懲戒・解雇等の権限を事実上保持していたり,労働者の採用に関与することなどの事情が必要である(菅野和夫『労働法〔第8版〕』93頁)などとしている。これに対し,労働者供給事業を禁止する職業安定法44条や特定製造業務への労働者派遣を禁止していた労働者派遣法の回避策として,また,平成16年2月に同法がこれを解禁した後においても同法による各種の規制を潜脱して労務管理コストを抑える方策として,偽装請負が横行している実態(例えば,有田謙司「偽装請負」法教318号2頁等参照)を憂慮する立場から,特に本件原判決を契機に,労働者とその派遣先との間に直接雇用を認めるための理論構成が種々提案されてきた。すなわち,①直接雇用の原則の例外である三者間労働者関係により第三者労働力を受け入れる者は,その適正利用義務を労働者に対して信義則上負っているとした上,受入先が上記義務に違反した偽装請負のような場合,受入先が,請負の法形式を取る以上当然の前提である「請負人による賃金支払」の事実を黙示の労働契約の成立を妨げる事情として労働者に対して主張することは許されないとする説(毛塚勝利「偽装請負・違法派遣と受入企業の雇用責任」労判966号5頁),②労働者派遣は一般法である職業安定法で禁止されている労働者供給事業の中から特別法である労働者派遣法の規制の下に行われるものに限り適法化されたのであるから,偽装請負については原則どおり職業安定法違反となるとの説(有田・前掲3頁等)等である。しかしながら,①については,仮に受入先に労働者への何らかの信義則上の義務を認めるべき余地があるとしても,請負であれ労働者派遣であれ,請負人(派遣元)が労働者に賃金を支払っていた事実自体には差異がなく,その支払の法的根拠が当該労働者との間の雇用契約であることにも変わりがない以上,法に具体的規定のない「使用者による第三者労働力の適正利用義務」を理由に上記のように解し得るかについては疑問がある。また,②についても,労働者派遣法2条1号及び職業安定法4条6項(「労働者供給」には労働者派遣法2条1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まない,と規定する。)の文理に照らして無理がある解釈といわざるを得ないように思われる。本判決は,こうした点を勘案した上,偽装請負は労働者派遣としては違法であるとしつつ,たといそうであるとしても,派遣先と派遣労働者との間に黙示の労働契約が成立するか否かについては,基本的には旧来の判断枠組みに沿って判断すべきことを明らかにしたものと解される。

7 なお,本判決は,派遣元と派遣労働者との間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情が存在し得ることを認めつつ,その内容としていかなるものがあるかについては具体的な説示をしているわけではないが,例えば,派遣労働者の派遣先における業務がその賃金と比較して著しく危険ないし高度な内容に変更されたとき等が上記特段の事情として想定し得ないではない。このような場合には,派遣元と派遣労働者との間の雇用契約が公序に照らして後発的に無効となり,結果として派遣先と派遣労働者との間の黙示の雇用契約関係が認められやすくなるということも考えられる(これに対し,派遣元と派遣労働者との間の雇用契約を原始的に無効であると解すべき場合には,もはや労働者派遣法にいう「労働者派遣」の定義に該当し得なくなるものと思われるが,本判決は,単に偽装請負というだけでは直ちに上記雇用契約を原始的に無効とは解し得ないことを当然の前提としている。)。しかしながら,その具体的な判断基準や当てはめについては,今後の事例の集積を待つほかないものと思われる。
8 また,今井裁判官の補足意見は,Xをリペア作業に従事させたこと及びXを平成18年1月末に雇止めしたことは,それらがXによる大阪労働局に対する偽装請負の申告に対する報復として行われたという本件の事実関係を全体としてみればY社による不法行為に該当すると解すべきであるというものである。本判決は,原判決のうち雇止めに関するY社の損害賠償責任を認めた部分を維持する理由を必ずしも明確に述べてはいないが,上記補足意見が「労働者派遣法49条の3の趣旨」に言及していることから推して,派遣元又は派遣先が労働者派遣法に違反する事実を申告した派遣労働者に対する解雇その他の不利益取扱いを禁じている同条や,さらには本件雇止めの約2か月後に施行された公益通報者保護法(その通報対象事実には労働者派遣法も含まれている。)の趣旨に照らし,本件雇止めは,直接的には有期雇用契約の期間満了によるものであったことなどから無効とまではいえない(仮に無効と解する場合には,Y社が期間の定めのない労働者としてのXの雇用を事実上強制されることになり得る。)としても,正社員としての就労を希望し,そのための手段として偽装請負の申告に踏み切ったXがP社を自ら退職したことにより経済的には窮状にあったところ,Y社がX側のそのような事情を知悉した上で期限付き雇用契約の締結を持ちかけ,表面上違法状態の解消を図ったという経緯がうかがわれる本件事実関係の下では,Y社に損害賠償責任を一定の限度(雇用継続で得られるべき利益には到底足りず,慰謝料相当額にとどまる。)で負担させるのが相当と判断したものと思われる。他にどのような場合に申告者に対する雇止めが不法行為となり得るのか,その損害額の算定基準,申告者に対する報復としての雇止めが無効とまでいえる場合があるのかやそのための要件等については,まだ施行されて間もない公益通報者保護法の下における同種裁判例の動向や学説の状況をしばらく注視する必要があろう。
9 黙示の雇用契約に関する成立要件等について判示した最高裁の判例は,原審の判断を簡潔に是認した最三小判平10.9.8労判745号7頁〔安田病院事件〕以外にめぼしいものがなかったところであるが,本判決は,事例判断とはいえ,近時急増している偽装請負の事案において,その法的な判断枠組みの一端を明らかにするとともに,単に労働者派遣法に違反する労働者派遣がされたというだけで派遣先と派遣労働者との間に当然に黙示の雇用契約関係が成立するわけではないことを前提に,当該事案に即してその成否の判断要素を示したものとして,今後の実務に与える影響が大きいものと思われる。

2.労基法の責任主体としての使用者

+第十条  この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。

・労働契約上の「使用者」の概念とは異なる!

・+第百二十一条  この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する。ただし、事業主(事業主が法人である場合においてはその代表者、事業主が営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者又は成年被後見人である場合においてはその法定代理人(法定代理人が法人であるときは、その代表者)を事業主とする。次項において同じ。)が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない。
2  事業主が違反の計画を知りその防止に必要な措置を講じなかつた場合、違反行為を知り、その是正に必要な措置を講じなかつた場合又は違反を教唆した場合においては、事業主も行為者として罰する。

3.労組法上の使用者

・特別の定義は置いてはいない。

+判例(H7.2.28)朝日放送事件
理由
上告代理人鈴木重信、同中津俊雄、同高橋正智、同阿部浩志の上告理由及び上告補助参加代理人豊川義明、同津留崎直美、同斎藤浩、同森信雄、同飯高輝の上告理由について
一 事実関係
原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係の概要は、次のとおりである。
1 大阪府地方労働委員会は、上告補助参加人を申立人、被上告人を被申立人とする大阪地労委昭和五一年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について、昭和五三年五月二六日付けで、別紙(二)のとおりの命令(以下「初審命令」という。)を発した。被上告人及び上告補助参加人の再審査申立て(中労委昭和五三年(不再)第二五号、第二六号事件)に対し、上告人は、昭和六一年九月一七日付けで、別紙(三)のとおりの命令(以下「本件命令」という。)を発した。

2 被上告人は、大阪市に本社を置いてテレビの放送事業等を営む会社であり、本件初審審問終結当時(昭和五二年五月一三日)の従業員は約八〇〇名であった。上告補助参加人は、近畿地方所在の民間放送会社等の下請事業を営む企業の従業員で組織された労働組合である。
株式会社大阪東通は、被上告人など近畿地方所在の民間放送会社からテレビ番組制作のための映像撮影、照明、フィルム撮影、音響効果等の業務を請け負う等の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約一六〇名であった。右従業員のうち約五〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場においてアシスタント・ディレクター、音響効果等の業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は三名であった。株式会社大東は、大阪東通のほか、近畿地方所在の民間放送会社等からの照明業務の請負の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約三〇名であった。右従業員のうち約一〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場において照明業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は二名であった。関東電機株式会社(以下、大阪東通、大東と併せて「請負三社」という。)は、被上告人など近畿地方所在の民間放送会社、ホール、劇場等における照明業務の請負の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約七〇名であった。右従業員のうち約一〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場において照明業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は二名であった。

3 被上告人は、大阪東通及び関東電機との間で、それぞれ、テレビの番組制作の業務につき請負契約を締結して、継続的に業務の提供を受け、大東は大阪東通と請負契約を締結し、これにより、大阪東通が被上告人から請け負った業務のうち照明業務の下請をしていた請負三社は、右各請負契約に基づきその従業員を被上告人の下に派遣して番組制作の業務に従事させ、右各請負契約においては、作業内容及び派遣人員により一定額の割合をもって算出される請負料を支払う旨の定めがされていた。
番組制作に当たって、被上告人は、毎月、一箇月間の番組制作の順序を示す編成日程表を作成して請負三社に交付し、右編成日程表には、日別に、制作番組名、作業時間(開始・終了時刻)、作業場所等が記載されていた。請負三社は、右編成日程表に基づいて、一週間から一〇日ごとに番組制作連絡書を作成し、これによりだれをどの番組制作業務に従事させるかを決定することとしていたが、実際には、被上告人の番組制作業務に派遣される従業員はほぼ同一の者に固定されていた。請負三社の従業員は、その担当する番組制作業務につき、右編成日程表に従うほか、被上告人が作成交付する台本及び制作進行表による作業内容、作業手順等の指示に従い、被上告人から支給ないし貸与される器材等を使用し、被上告人の作業秩序に組み込まれて、被上告人の従業員と共に番組制作業務に従事していた。請負三社の従業員の業務の遂行に当たっては、実際の作業の進行はすべて被上告人の従業員であるディレクターの指揮監督の下に行われ、ディレクターは、作業時間帯を変更したり予定時間を超えて作業をしたりする必要がある場合には、その判断で請負三社の従業員に指示をし、どの段階でどの程度の休憩時間を取るかについても、作業の進展状況に応じその判断で右従業員に指示をするなどしていた。
請負三社の従業員の被上告人における勤務の結果は当該従業員の申告により出勤簿に記載され、請負三社はこれに基づいて残業時間の計算をした上、毎月の賃金を支払っていた。
4 請負三社は、それぞれ独自の就業規則を持ち、労働組合との間で賃上げ、夏季一時金、年末一時金等について団体交渉を行い、妥結した事項について労働協約を締結していた。
5 上告補助参加人は、被上告人に対して、昭和四九年九月二四日以降、賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置を含む労働条件の改善等を議題として団体交渉を申し入れたが、被上告人は、使用者でないことを理由として、交渉事項のいかんにかかわらず、いずれもこれを拒否した。

二 原審の判断
右事実関係の下において、原審は、上告補助参加人の組合員である請負三社の従業員との関係では、被上告人は労働組合法七条の「使用者」に当たらず、したがって、被上告人と上告補助参加人との間では同条二号の不当労働行為が成立する余地はなく、同条三号の支配介入による不当労働行為について判断を加えるまでもないとして、本件命令を取り消すべきものとした。

三 当裁判所の判断
1 労働組合法七条にいう「使用者」の意義について検討するに、一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが、同条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正として正常な労使関係を回復することを目的としていることにかんがみると雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件当について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の「使用者」に当たるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、請負三社は、被上告人とは別個独立の事業主体として、テレビの番組制作の業務につき被上告人との間の請負契約に基づき、その雇用する従業員を被上告人の下に派遣してその業務に従事させていたものであり、もとより、被上告人は右従業員に対する関係で労働契約上の雇用主に当たるものではないしかしながら、前記の事実関係によれば、被上告人は、請負三社から派遣される従業員が従事すべき業務の全般につき、編成日程表、台本及び制作進行表の作成を通じて、作業日時、作業時間、作業場所、作業内容等その細部に至るまで自ら決定していたこと、請負三社は、単に、ほぼ固定している一定の従業員のうちのだれをどの番組制作業務に従事させるかを決定していたにすぎないものであること、被上告人の下に派薄される請負三社の従業員は、このようにして決定されたことに従い、被上告人から支給ないし貸与される器材等を使用し、被上告人の作業秩序に組み込まれて被上告人の従業員と共に番組制作業務に従事していたこと、請負三社の従業員の作業の進行は、作業時間帯の変更、作業時間の延長、休憩等の点についても、すべて被上告人の従業員であるディレクターの指揮監督下に置かれていたことが明らかである。これらの事実を総合すれば、被上告人は、実質的にみて、請負三社から派遣される従業員の勤務時間の割り振り、労務提供の態様、作業環境等を決定していたのであり、右従業員の基本的な労働条件等について、雇用主である請負三社と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあったものというべきであるから、その限りにおいて、労働組合法七条にいう「使用者」に当たるものと解するのが相当である。
そうすると、被上告人は、自ら決定することができる勤務時間の割り振り、労務提供の態様、作業環境等に関する限り、正当な理由がなければ請負三社の従業員が組織する上告補助参加人との団体交渉を拒否することができないものというべきである。ところが、被上告人は、昭和四九年九月二四日以降、賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置を含む労働条件の改善等の交渉事項について団体交渉を求める上告補助参加人の要求について、使用者でないことを理由としてこれを拒否したというのであり、右交渉事項のうち、被上告人が自ら決定することのできる労働条件(本件命令中の「番組制作業務に関する勤務の割り付けなど就労に係る諸条件」はこれに含まれる。)の改善を求める部分については、被上告人が正当な理由がなく団体交渉を拒否することは許されず、これを拒否した被上告人の行為は、労働組合法七条二号の不当労働行為を構成するものというべきである。
2 以上のとおりであるから、原判決には労働組合法七条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。原判決中、本件命令の主文第一項に関する部分については、取消請求を棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきであるが、本件命令主文第二項の維持した初審命令主文第二項に関する部分(別紙(一)記載の部分)については、被上告人が同条の「使用者」に当たることを前提とした上で、同条三号の不当労働行為の成否につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、四〇七条一項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)


民事訴訟法 基礎演習 境界確定訴訟


・形式的形成訴訟=伝統的に訴訟手続によって処理されてきたが、要件事実が具体的に規律されておらず、いかなる結論の判決を下すかが裁判所の裁量にゆだねられている訴訟

1.通説判例理論の理解
(1)二種類の「境界」
所有権界と筆界

(2)境界確定訴訟の対象となる「境界」
筆界が境界確定訴訟の対象!所有権界ではない。

+判例(S43.2.22)
理由
上告代理人青柳孝夫の上告理由第一点について。
境界確定の訴は、隣接する土地の境界が事実上不明なため争いがある場合に、裁判によつて新たにその境界を確定することを求める訴であつて、土地所有権の範囲の確認を目的とするものではない。したがつて、上告人主張の取得時効の抗弁の当否は、境界確定には無関係であるといわなければならない。けだし、かりに上告人が本件三番地の四二の土地の一部を時効によつて取得したとしても、これにより三番地の四一と三番地の四二の各土地の境界が移動するわけのものではないからである。上告人が、時効取得に基づき、右の境界を越えて三番地の四二の土地の一部につき所有権を主張しようとするならば、別に当該の土地につき所有権の確認を求めるべきである。それゆえ、取得時効の成否の問題は所有権の帰属に関する問題で、相隣接する土地の境界の確定とはかかわりのない問題であるとした原審の判断は、正当である。所論引用の判例は、当裁判所の採らないところである。原判決に所論の違法はなく、右と異なる見解に立つ論旨は採用することができない。
同第二点について。
本件三番地の四一の土地と三番地の四二の土地の境界がAB線である旨の原審の認定判断は正当であつて、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

・境界確定の訴えを提起する際、当事者は必ずしも特定の境界を主張する必要はない!

・不利益変更禁止原則の不適用
+判例(S38.10.15)
理由
上告代理人別府祐六の上告理由一乃至四について。
上告人が被上告人主張の有刺鉄線を張つて占有している本件四四八坪の土地は被上告人所有の本件九九七番の二山林(後に九九六番の一宅地となる。以下同じ)の一部であり、右土地の明渡を受けるまで被上告人は賃料相当の一箇月金二五〇〇円の損害を蒙るものとした原審認定は、挙示の証拠に照らして首肯し得られる。右認定に関する範囲では、所論は畢竟原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものに帰し、原判決に所論の違法は認められない。従つて所論のうち被上告人の施設物収去土地明渡の反訴請求に関する部分は採用し得ず、その上告は棄却すべきである。
次に所論一乃至三のうち上告人の土地境界確認の本訴請求に関する部分につき検討する。原判決は、甲第三号証、乙第二号証により、公図上では本件九九八番の八畑及び本件外九九八番の二の土地と本件九九七番の二山林との境界線は直線をなしているとの前提に立ち、これとほぼ合致することを根拠に、原判決添付第二図面の(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を本件九九八番の八畑と本件九九七番の二山林の境界線と認定しているが、右公図たる乙第二号証(或いは甲第三号証)によると、原判決添付各図面記載の道路の南東側では、まず本件九九七番の二山林と本件外九九八番の二畑(或いは九九八番の七畑)が接し、続いて上記両地の境界線(直線)を延長した線を境に本件九九七番の二山林と本件九九八番の八畑が接しているものと認められ、このことは本件記録上殆んど疑がないのである。右によれば、第二図面の(リ)(チ)の線を水路まで延長した線全部が本件九九七番の二山林と本件九九八番の八畑の境界であるのではなく、両地の境界は右線の一部であるということになる。しかるに原判決では、右線のうちどの部分が本件両地の境界であるか不明である(一端すなわち南東端が前記延長線の水路に交わる点であるとしていることは判るが、他の一端すなわち北西端は判明しない)。されば、原判決が第二図画(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を本件両地の境界線と認定しているのについては、理由不備の違法があるものというべく、この点に関し、所論は結局理由があり、原判決中土地境界確認請求に関する部分は破棄すべきである。
なお、原判決中の右部分につき職権をもつて調査するに、原判決は本件両地の境界につき第一審判決と判断を異にし、自ら証拠により第二図面(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を境界と認定しながら、その認定は第一審判決よりも被上告人に有利な認定であるから、被上告人が不服を申立てていない以上、第一審判決を変更しないとし、よつて上告人の控訴を棄却しているが、右判断には次のような違法があるものと認める。
境界確定訴訟にあつては、裁判所は当事者の主張に覇束されることなく、自らその正当と認めるところに従つて境界線を定むべきものであつて、すなわち、客観的な境界を知り得た場合にはこれにより、客観的な境界を知り得ない場合には常識に訴え最も妥当な線を見出してこれを境界と定むべく、かくして定められた境界が当事者の主張以上に実際上有利であるか不利であるかは問うべきではないのであり、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴一八六条の規定に違反するものではないのである(大審院大正一二年六月二日民事連合部判決、民集二巻三四五頁、同院昭和一一年三月一〇日判決、民集一五巻六九五頁参照)。されば、第一審判決が一定の線を境界と定めたのに対し、これに不服のある当事者が控訴の申立をした場合においても、控訴裁判所が第一審判決の定めた境界線を正当でないと認めたときは、第一審判決を変更して、自己の正当とする線を境界と定むべきものであり、その結果が控訴人にとり実際上不利であり、附帯控訴をしない被控訴人に有利であつても間うところではなく、この場合には、いわゆる不利益変更禁止の原則の適用はないものと解するのが相当である。以上によれば、前記のように、原審が第一審判決と判断を異にし自ら本件両地の境界を認定しながらも、被上告人が不服を申立てていないから、第一審判決を被上告人に有利に変更しないとしているのは正当でなく、原判決中の前記部分は、この点においても破棄を免れない。
よつて、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官五鬼上堅磐は海外出張中につき署名押印することができない。裁判長裁判官 横田正俊)

・当事者間に境界についての合意が成立しても、それのみを根拠として合意のとおりの境界を確定することは許されない。
+判例(S42.12.16)

(3)筆界と所有権界との密接関連性

+判例(47.6.29)

+判例(H7.3.7)
理由
上告代理人長谷則彦、同水石捷也、同秋元善行の上告理由について
本件訴訟は、被上告人らが上告人に対し、相隣接する被上告人ら共有の群馬県吾妻郡a町大字b字c番dの土地と上告人所有の同所同番eの土地との境界の確定を求めるものであるところ、所論は、要するに、右二筆の土地の境界が第一審判決添付別紙図面のイ点とロ点を結ぶ直線であるとすると、上告人は、被上告人らが共有する同番dの土地のうち、同図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結ぶ線で囲まれた範囲の土地を時効取得した結果、両土地の境界は上告人の所有する土地の内部にあることになり、境界線の東側の土地も西側の土地も所有者を同じくすることになるから、両土地の境界確定を求める被上告人らの本件訴えは原告適格を欠き不適法である、というのである。
しかしながら境界確定を求める訴えは、公簿上特定の地番により表示される甲乙両地が相隣接する場合において、その境界が事実上不明なため争いがあるときに、裁判によって新たにその境界を定めることを求める訴えであって、裁判所が境界を定めるに当たっては、当事者の主張に拘束されず、控訴された場合も民訴法三八五条の不利益変更禁止の原則の適用もない(最高裁昭和三七年(オ)第九三八号同三八年一〇月一五日第三小法廷判決・民集一七巻九号一二二〇頁参照)。右訴えは、もとより土地所有権確認の訴えとその性質を異にするが、その当事者適格を定めるに当たっては、何ぴとをしてその名において訴訟を追行させ、また何ぴとに対し本案の判決をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決すべきであるから、相隣接する土地の各所有者が、境界を確定するについて最も密接な利害を有する者として、その当事者となるのである。したがって、右の訴えにおいて、甲地のうち境界の全部に接続する部分を乙地の所有者が時効取得した場合においても、甲乙両地の各所有者は、境界に争いがある隣接土地の所有者同士という関係にあることに変わりはなく、境界確定の訴えの当事者適格を失わない。なお、隣接地の所有者が他方の土地の一部を時効取得した場合も、これを第三者に対抗するためには登記を具備することが必要であるところ、右取得に係る土地の範囲は、両土地の境界が明確にされることによって定まる関係にあるから、登記の前提として時効取得に係る土地部分を分筆するためにも両土地の境界の確定が必要となるのである(最高裁昭和五七年(オ)第九七号同五八年一〇月一八日第三小法廷判決・民集三七巻八号一一二一頁参照)。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇 一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
本件は、隣接する分譲別荘地の境界が争いになったものである。第一図の乙地を所有するYは、昭和四八年六月三〇日、斜線部分の中に建物を建て、以後斜線部分を占有してきた。平成四年に至り、甲地を所有するXらは、甲地と乙地の境界は、イとロを結ぶ線であるとしてYを相手に境界確定請求訴訟を提起した。これに対して、Yは、境界はハとニを結ぶ線であると争うとともに、仮に境界がイとロを結ぶ線であるなら斜線部分につき取得時効が成立したと主張した。
一審の東京地裁は、証拠調べをした結果、境界がXら主張のとおりイとロを結ぶ線であることを認めたが、Yの時効取得の主張について判断を進めて一〇年の取得時効の成立を認め、その結果、「Yは本件係争地の所有権を取得したことになるから、Xらの訴えは、Yが所有する土地の内部の境界を求めることになり、不適法になる」として本件境界確定の訴えを却下した。これに対して、Xらが控訴したところ、二審の東京高裁は、時効取得があったとしても、双方の土地所有者は境界確定の訴えの当事者適格を失わないとして、原判決を取り消した上、一審でも事実審理がされていることを理由に差し戻すことなく、一審と同じXら主張線を境界と認定して判断したため、Yが上告した。この上告に応えたのが本判決であるが、判文のとおりの理由でYの上告を棄却したものである。
二 解説
1 境界確定の訴えの性質については、確認訴訟説、形成訴訟説、形式的形成訴訟説など学説上の見解が分かれるが、判例は、通説である形式的形成訴訟の立場に立っている。この説は、境界確定訴訟を「その本質は非訟事件であるが、隣接する両地番の土地の公法上の境界が不明な場合に、訴訟の形式によってその境界を定める訴訟」と解するものである。すなわち、境界確定の訴えは、双方の土地の所有権の範囲の確認を目的とするのではなく、権利の客体となるべき土地自体を区別をすることを目的とするものとされる。裁判所が境界を定めるに当たっては、当事者の主張に拘束されず、控訴された場合も不利益変更禁止の原則の適用もない(大判民連大1・6・2民集二巻三四五頁、最三小判昭38・10・15民集一七巻九号一二二〇頁。)また、境界は、相隣者の合意(最二小判昭31・12・28民集一〇巻一二号一六三九頁)や、時効取得(最一小判昭43・2・22民集二二巻二号二七〇頁)によって変動するものでない。
2 ところで、境界確定の訴えについては、所有者以外の者に当事者適格が認められるかどうかは問題があるが(最一小判昭57・7・15裁集民一三六号五九九頁は、地上権者は境界確定の訴えの当事者適格を有する者に当たらないとしている。)少なくとも隣接する土地の所有者が当事者適格を有することには異論がない。
そして、この所有者とは、公簿上所有名義人になっていれば現実の所有者でなくてもよいとする見解もあるが(小川正澄「境界確定の訴についての若干の考察」本誌一五九号二四頁)、単なる名義人にすぎない者は含まないとするのが支配的見解である。すなわち、境界に接する具体的土地の所有権者に当事者適格が認められるとするのであるが、この見解を推し進めると、甲乙二筆の土地が接する場合に、乙地の所有者が甲地のうち境界に接続する土地部分を時効取得すると、甲地の所有者は当該部分の所有権を失うことから、境界確定の当事者適格を失うのではないかということが問題になり、後述の最高裁判決があるまで、これを肯定するのが学説では有力であった(吉川大二郎・民商一巻四号七一頁、松村俊夫・境界確定の訴(増補版)二八頁、奥村正策「土地境界確定訴訟の諸問題」実務民事訴訟講座4一九七頁など)。下級審の裁判例でみると、当事者適格を失うとするもの(東京高判昭37・5・31下民集一三巻五号一一二二頁、東京地判昭39・4・3本誌一六三号一八五頁、東京高判昭51・1・28本誌三三七号二二三頁など)と、隣接地の一部の時効取得は当事者適格に影響を与えないとするもの(東京地判昭47・1・26判時六七一号六〇頁、東京高判昭53・5・31本誌三六八号二三八頁など)とに分れていた。
3 この問題について、初めて最高裁の見解を示したのが本判決で引用する昭和五八年一〇月一八日の第三小法廷判決(民集三七巻八号一一二一頁)で、甲乙二筆の土地の境界確定の訴えにおいて、甲地のうち第二図のように境界の一部に接続する斜線部分を乙地の所有者が時効取得したとみられる事案につき、右斜線部分が時効取得されても、甲地の所有者はその部分を含めて境界の確定を求めることができるとした。右判決が説示するところは、時効取得された部分が境界の一部に接続する場合であると、第一図のように全部に接続する場合であるとを区別していないのであるが、この判決を論じた学説の中には、一部の場合と全部の場合とでは異なるのではないかと指摘するものがあり(畑郁夫・民商九一巻二号二六六頁)、右判決の後に言い渡された最一小判昭59・2・16(本誌五二三号一五〇頁判時一一〇九号九〇頁)が、隣接する甲乙二筆の境界争いの事件で甲地のうち乙地に隣接する部分全部を第三者が所有している場合(甲地の前所有者が一部を売り残したようである。)、甲地の所有者は当該境界確定の訴えの原告適格を欠くとしたため、本件のような場合の当事者適格につき疑問が生じ得るところであった。
4 こうした中で、本判決は、土地の一部が時効取得されても隣接する土地の所有者同士という関係が変わらない以上、双方の土地所有者は境界確定訴訟の当事者適格を失わないとしたものである。この判示からすると、実際には考え難いが、第一図の斜線部分を第三者が時効取得したような場合には結論が異なってくるものと思われる。また、一筆の土地の全部が時効取得されたような場合には、隣接する土地所有者同士という関係はなくなり、境界確定訴訟の当事者適格を失われる(本判決後に言い渡された最三小判平7・7・18裁判所時報一一五号三頁は、このことを明らかにした。)。
境界確定訴訟の中で取得時効の主張がされることは多く、実務においてもこの主張をめぐって混乱する場面があったところ、土地の一部についての隣地所有者による時効取得は、それが境界の全部に接続する部分であっても、境界確定の訴えの当事者適格になんら影響を及ぼさないことを確認した最高裁判決として実務上参考になるものと思われる。

・地上権者は、相隣接する土地につき処分権能を有する存在ではないので、境界確定訴訟の当事者適格を有しない!!!
+判例(S57.7.15)
理  由
上告代理人佐々木秀雄、同岩田広一、同上野進の上告理由第一点(1)について
相隣接する係争土地につき処分権能を有しない者は、土地境界確定の訴えの当事者となりえないと解するのが相当であるから、本件係争土地につき地上権を有すると主張するにすぎない上告人が本件土地境界確定の訴えの当事者適格を有する者にあたらないとした原審の判断は、これを正当として是認することができる。これと見解を異にする論旨は、採用することができない。

同第一点(2)について
国有土地森林原野下戻法(明治三二年法律第九九号)に基づく山林の下戻申請に対して不許可の処分を受けた者が右処分を不服として行政裁判所に出訴した場合において、行政裁判所が行政庁に対し係争山林を下戻申請者に下戻すべき旨の判決をしたときは、右判決によつて下戻申請者は新たに右山林の所有権を取得するに至つたものというべきであるから(大審院大正二年(オ)第一四八号同年一〇月六日判決・民録一九輯七九九頁、大審院大正二年(オ)第六〇九号同三年三月七日判決・民録二〇輯一九五頁参照)、その趣旨の原判決は、これを正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同代理人らのその余の上告理由並びに上告代理人佐藤哲郎、同寺坂吉郎、同中田真之助、同中田孝の上告理由及び上告代理人後藤信夫、同遠藤光男の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口正孝 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗)

+判例(S46.12.9)
理由
上告代理人横山市治名義の上告理由第一ないし第三、第五および第六について。
土地の境界は、土地の所有権と密接な関係を有するものであり、かつ、隣接する土地の所有者全員について合一に確定すべきものであるから、境界の確定を求める訴は、隣接する土地の一方または双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴えまたは訴えられることを要する固有必要的共同訴訟と解するのが相当である。
本件において、上告人らは、福島県相馬市a字b番の一山林とこれに、隣接する被上告人所有の同市a字c番山林との境界の確定を求めるものであるが、右b番の一山林は上告人らと訴外Aほか一名の共有に属するにもかかわらず、右共有者のうち本件訴訟の当事者となつていないものがあることは記録上明らかであるから、上告人らの本件訴は当事者適格を欠く不適法なものといわなければならない。したがつて、右と同じ見解のもとに上告人らの本件訴を却下した原審の判断は正当である。所論は、独自の見解にもとづき原判決を非難するものであつて、採用することができない。
同第四について。
訴訟告知を受けた者は、告知によつて当然当事者または補助参加人となるものではない。所論は、独自の見解を主張するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一)

+判例(H11.11.9)
理由
上告代理人森脇勝、同河村吉晃、同今村隆、同植垣勝裕、同小沢満寿男、同岩松浩之、同田中泰彦、同山本了三、同麦谷卓也の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は、(1) Bの相続人である被上告人らは、第一審判決別紙物件目録記載(1)の土地(以下「本件土地」という。)を持分各四分の一ずつの割合で相続した、(2) 本件土地は、その北側が上告人所有の道路敷(以下「本件道路敷」という。)に、南側が同人所有の河川敷(以下「本件河川敷」という。)に、それぞれ隣接している(以下、本件道路敷及び本件河川敷を併せて「上告人所有地」という。)、(3) 被上告人らの間においてBの遺産の分割について協議が調わず、被上告人Cを除く同Aら三名(以下「被上告人Aら」という。)が同Cを相手方として申し立てた遺産分割の審判が京都家庭裁判所に係属しているところ、本件土地と上告人所有地との境界が確定していないために右手続が進行しないでいる、(4) 被上告人Aらは、本件土地と上告人所有地との境界を確定するために、被上告人Cと共同して、上告人を被告として境界確定の訴えを提起しようとしたが、被上告人Cがこれに同調しなかったことから、同人及び上告人を被告として、本件境界確定の訴えを提起した、というものである。

二 第一審は、本件土地と本件道路敷との境界は第一審判決別紙図面記載イ、ロ、ハ、ニの各点を結ぶ直線であり、本件土地と本件河川敷との境界は同図面記載ホ、ヘ、トの各点を結ぶ直線であると確定した。上告人は、被上告人Aらを被控訴人として控訴を提起し、原審において、土地の共有者が隣接する土地との境界の確定を求める訴えは共有者全員が原告となって提起すべきものであると主張し、本件訴えの却下を求めた。原審は、本件訴えを適法なものであるとし、被上告人Cも被控訴人の地位に立つとした上で、被上告人Aらと上告人との間及び被上告人Aらと同Cとの間で、それぞれ第一審と同一の境界を確定した。

三 境界の確定を求める訴えは、隣接する土地の一方又は双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴え、又は訴えられることを要する固有必要的共同訴訟と解される(最高裁昭和四四年(オ)第二七九号同四六年一二月九日第一小法廷判決・民集二五巻九号一四五七頁参照)。したがって、共有者が右の訴えを提起するには、本来、その全員が原告となって訴えを提起すべきものであるということができる。しかし、【要旨】共有者のうちに右の訴えを提起することに同調しない者がいるときには、その余の共有者は、隣接する土地の所有者と共に右の訴えを提起することに同調しない者を被告にして訴えを提起することができるものと解するのが相当である。
けだし、境界確定の訴えは、所有権の目的となるべき公簿上特定の地番により表示される相隣接する土地の境界に争いがある場合に、裁判によってその境界を定めることを求める訴えであって、所有権の目的となる土地の範囲を確定するものとして共有地については共有者全員につき判決の効力を及ぼすべきものであるから、右共有者は、共通の利益を有する者として共同して訴え、又は訴えられることが必要となる。しかし、共有者のうちに右の訴えを提起することに同調しない者がいる場合であっても、隣接する土地との境界に争いがあるときにはこれを確定する必要があることを否定することはできないところ、右の訴えにおいては、裁判所は、当事者の主張に拘束されないで、自らその正当と認めるところに従って境界を定めるべきであって、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴法二四六条の規定に違反するものではないのである(最高裁昭和三七年(オ)第九三八号同三八年一〇月一五日第三小法廷判決・民集一七巻九号一二二〇頁参照)。このような右の訴えの特質に照らせば、共有者全員が必ず共同歩調をとることを要するとまで解する必要はなく、共有者の全員が原告又は被告いずれかの立場で当事者として訴訟に関与していれば足りると解すべきであり、このように解しても訴訟手続に支障を来すこともないからである。
そして、共有者が原告と被告とに分かれることになった場合には、この共有者間には公簿上特定の地番により表示されている共有地の範囲に関する対立があるというべきであるとともに、隣地の所有者は、相隣接する土地の境界をめぐって、右共有者全員と対立関係にあるから、隣地の所有者が共有者のうちの原告となっている者のみを相手方として上訴した場合には、民訴法四七条四項を類推して、同法四〇条二項の準用により、この上訴の提起は、共有者のうちの被告となっている者に対しても効力を生じ、右の者は、被上訴人としての地位に立つものと解するのが相当である。
右に説示したところによれば、本件訴えを適法なものであるとし、被上告人Cも被控訴人の地位に立つとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の各判例のうち、最高裁昭和三九年(オ)第七九七号同四二年九月二七日大法廷判決・民集二一巻七号一九二五頁は、本件と事案を異にし適切でなく、その余の各判例は、所論の趣旨を判示したものとはいえない。論旨は、右と異なる見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。なお、原審は、主文三項の1において被上告人Aらと上告人との間で、同項の2において被上告人Aらと同Cとの間で、それぞれ本件土地と上告人所有地との境界を前記のとおり確定すると表示したが、共有者が原告と被告とに分かれることになった場合においても、境界は、右の訴えに関与した当事者全員の間で合一に確定されるものであるから、本件においては、本件土地と上告人所有地との境界を確定する旨を一つの主文で表示すれば足りるものであったというべきである。
よって、裁判官千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官千種秀夫の補足意見は、次のとおりである。
私は、境界確定の訴えにおいて、共有者の一部の者が原告として訴えを提起することに同調しない場合、この者を本来の被告と共に被告として訴えを提起することができるとする法廷意見の結論に賛成するものであるが、これは、飽くまで、境界確定の訴えの特殊性に由来する便法であって、右の者に独立した被告適格を与えるものではなく、他の必要的共同訴訟に直ちに類推適用し得るものでないことを一言付言しておきたい。
すなわち、判示引用の最高裁判例の判示するとおり、土地の境界は、土地の所有権と密接な関係を有するものであり、かつ、隣接する土地の所有者全員について合一に確定すべきものであるから、境界の確定を求める訴えは、隣接する土地の一方又は双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴え、又は訴えられるのが原則である。したがって、共有者の一人が原告として訴えを提起することに同調しないからといって、その者が右の意味で被告となるべき者と同じ立場で訴えられるべき理由はない。もし、当事者に加える必要があれば、原告の一員として訴訟に引き込む途を考えることが筋であり、また、自ら原告となることを肯じない場合、参加人又は訴訟被告知者として、訴訟に参加し、あるいはその判決の効力を及ぼす途を検討すべきであろう。事実、共有者間に隣地との境界について見解が一致せず、あるいは隣地所有者との争いを好まぬ者が居たからといって、他の共有者らがその者のみを相手に訴えを起こし得るものではなく、その意味では、その者は、他の共有者らの提起する境界確定の訴えについては、当然には被告適格を有しないのである。したがって、仮に判示のとおり便宜その者を被告として訴訟に関与させたとしても、その者が、訴訟の過程で、原告となった他の共有者の死亡等によりその原告たる地位を承継すれば、当初被告であった者が原告の地位も承継することになるであろうし、判決の結果、双方が控訴し、当の被告がいずれにも同調しない場合、双方の被控訴人として取り扱うのかといった問題も生じないわけではない。かように、そのような非同調者は、これを被告とするといっても、隣地所有者とは立場が異なり、原審が「二次被告」と称したように特別な立場にある者として理解せざるを得ない。にもかかわらず、これを被告として取り扱うことを是とするのは、判示もいうとおり、境界確定の訴えが本質的には非訟事件であって、訴訟に関与していれば、その申立てや主張に拘らず、裁判所が判断を下しうるという訴えの性格によるものだからである。しかしながら、当事者適格は実体法上の権利関係と密接な関係を有するものであるから、本件の解釈・取扱いを他の必要的共同訴訟にどこまで類推できるのかには問題もあり、今後、立法的解決を含めて検討を要するところである。
以上、判示の結論は、この種事案に限り便法として許容されるべきものであると考える。
(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 本件は、国の所有する道路敷及び河川敷と南北を接する土地(本件土地)について、国との間で境界が争われた事件である。本件土地は、所有者であるAが死亡した後、その相続人であるX1~X3、Y1の四名によって相続された。Aの遺産の分割について協議が調わず、XらがY1を相手方として申し立てた遺産分割の審判が係属していたが、本件土地について、国(Y2)との間で境界が確定していなかったことから、右の審判の手続が進行しないでいる。ところが、Y1は、境界確定の訴えを提起することに同調しなかった。そこで、Xらは、Y1及びY2を被告として境界確定の訴えを提起した。第一審においては、ほとんど争いがないまま推移し、Xらの主張どおりに境界を確定する旨の判決が言い渡された。これに対し、Y2は、Xら三名を相手として控訴し、原審において、本件土地の共有者全員が原告となっていないので、本件訴えは不適法であると主張した。原審は、本件訴えは適法であり、Y1も被控訴人の地位に立つと判断した上で、主文において、XらとY1との間、XらとY2との間で、それぞれ第一審判決と同一内容の境界を確定する旨の判決を言い渡した(原判決は、本誌九六四号二七三頁に登載されており、評釈として、徳田和幸・判評四六九号三〇頁〔判時一六二五号一九二頁〕がある。)。Y2がXら及びY1の四名を相手として上告したのが本件である。
二 本判決は、共有地に係る境界確定の訴えは固有必要的共同訴訟であるが、共有地についても境界を確定する必要があることを否定することができないところ、右訴えの特質、すなわち、裁判所は当事者の主張に拘束されず、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴法二四六条の規定(処分権主義)に違反しないことからすると、共有者の全員が原告又は被告いずれかの立場で当事者として訴訟に関与していれば足りると解すべきであり、共有者のうちに境界確定の訴えを提起することに同調しない者がいる場合、その余の共有者は、隣接する土地の所有者と訴えを提起することに同調しない者とを被告にして右の訴えを提起することができるとした。そして、Y1も被控訴人の地位に立つものとした原審の判断は相当であるとした。ただし、原審が、XらとY1との間、XらとY2との間で、それぞれ境界を確定すると表示したことは相当でなく、本件土地とY2の所有地との境界を確定する旨を一つの主文で表示すれば足りる旨を説示した。
三 境界確定の訴えが、共有者全員が訴えを提起し、又は訴えられることを要する固有必要的共同訴訟であるというのは、本判決が引用する最一小判昭46・12・9民集二五巻九号一四五七頁、本誌二七七号一五一頁の判示するとおりである。ところで、固有必要的共同訴訟とされる場合において、一部の者が訴えを提起することに同調しないために、他の者の権利行使が妨げられる事態を避けるための方策として、次の考え方が提唱されている。(1) 非同調者以外の者は、非同調者を被告に加えて、訴えを提起することができるとする説(新堂幸司・新民事訴訟法六六六頁以下、高橋宏志「必要的共同訴訟について」民訴二三号四六、五三頁等)、(2) 非同調者以外の者のみによる訴えの提起を許容しようとする説(五十部豊久「第三者に対する共有持分権確認の訴えは共有者全員の共同提起を要しない」法学協会雑誌八三巻二号二四三頁、井上治典「共有地についての境界確定訴訟は共有者全員による提訴を要するか」本誌二七九号八六頁等)、(3) 非同調者に対する訴訟告知によって解決することを検討すべきであるとする説(小島武司「共同所有をめぐる紛争とその集団的処理」訴訟制度改革の理論一一七頁)。右のうち、(1)が多数説であるが、民訴法上、本来原告となるべき者を便宜的に被告に回すという考え方は予定されていないと考えられるところであり(現行の民訴法改正に際し、「参加命令」の制度の導入が検討されたが、実現に至らなかったとの経緯がある。研究会・新民事訴訟法をめぐって〔第四回〕ジュリ一一〇五号六八頁以下)、一部の者を被告とする場合、主文の表示、被告間における判決の効力等について種々の問題が存するといわざるを得ない(福永有利「共同所有関係と固有必要的共同訴訟―原告側の場合―」民訴二一号三九頁以下)。本判決は、右の多数説と同旨の考え方を採るべきであるとしているが、境界確定の訴えが有する特質に着目しているのであって、固有必要的共同訴訟とされる場合において、一般的にこのような方法が許されると判示したものと解することはできない。同様の特質を有するものであれば、同じ扱いを否定するものではないと考えられるが、極めて限定されたものにならざるを得ないであろう。千種裁判官の補足意見は、本判決の判断が境界確定の訴えの特殊性に由来する便法であり、本件のY1のような者に対して独立した被告適格を与えるものではないことを指摘するものである。
四 本判決は、固有必要的共同訴訟であることを前提としながら、共有者の一部の者を隣接地の所有者とともに被告として境界確定の訴えを提起することができることを明らかにしたものであって、今後の実務に与える影響は大きいと考えられる。

・境界確定の訴えの提起により係争部分についての土地所有権の取得時効は中断する!!!!!

+判例(S38.1.18)
理由
上告代理人高橋万五郎の上告理由第一点の一について。
論旨は、境界確定訴訟と所有権確認訴訟とは性格が相違し、両訴における攻撃防禦の方法、裁判官の釈明権行使の限度等に重大な相違を来し、従つて訴訟手続は一変し遅延を来すことは明白であるのに、原審が、その結審直前に前者から後者への請求の交替的変更を許したのは、請求の基礎に変更がないにしても、著しく訴訟手続を遅延させるから違法であると主張する。
しかし、本件記録によれば、被上告人が請求を変更したのは昭和三四年一月二〇日の口頭弁論においてであり、次回期日である二月一七日には証人二名を調べて弁論を終結しているのであるから、著しく訴訟手続を遅延させたとはいえない。論旨は理由なく、採用しえない。

同第一点の二について。
論旨は、旧訴の取下げについて、上告人が明白に同意したとはいつていないのに、原審が釈明権を行使せずに「それとなく同意した」と認定しているのは違法であり、旧訴の取下についての上告人の同意はなかつたと見るべきであると主張する。
しかし新訴により旧訴の請求の趣旨又は原因を変更した場合に、相手方がこれに対し異議を述べずに新訴につき弁論をしたときは、相手方は旧訴の取下につき暗黙の同意をしたものと解するのを相当とする(昭和一六年三月二六日大審院判決、民集二〇巻三六一頁参照)ところ、本件記録によれば上告人は異議なく新訴につき弁論をしていることが認められるから、この点についての原審の判断は相当である。論旨は理由なく、排斥を免れない。

同第二点前段について。
論旨は、時効中断を生ずる時期は相手方に訴状が送達された時と解すべきだと主張するにあるが、訴提起の時であること民訴法二三五条に明文の存するところであるから、所論は採用しえない。

同第二点後段について。
論旨は、旧訴である境界確定の訴は昭和三四年一月二〇日取下げられているのであるから、同訴の提起によつて生じた取得時効中断の効力は民法一四九条により消滅するのに、原判決は、旧訴と新訴とはその請求する権利関係に殆んど差異がないから、旧訴の取下げにも拘らず同訴によつて生じた時効中断の効力は消滅しないと判示したのは、民法一四九条、民訴法二三五条に背致すると主張する。
しかしながら本件繋争地域が被上告人の所有に属することの主張は終始変わることなく、唯単に請求の趣旨を境界確定から所有権確認に交替的に変更したに過ぎないこと、本件記録上明白である。このような場合には、裁判所の判断を求めることを断念して旧訴を取下げたものとみるべきではないから、訴の終了を意図する通常の訴の取下げとはその本質を異にし、民法一四九条の律意に徴して同条にいわゆる訴の取下中にはこのような場合を含まないものと解するを相当とする(昭和一八年六月二九日大審院判決、民集二二巻五五七頁参照)。されば、旧訴たる境界確定の訴提起によつて生じた上告人の所有権取得時効を中断する効力は、その後の訴の交替的変更にも拘わらず、失効しないものというべきである。右と同趣旨の原判決は相当であつて、所論は採用しえない。

同第三点について。
所論の事実は被上告人が事情として述べたこと、所論準備書面を通読すれば明白であり、本件境界が原判決別紙図面表示ニホへ線であることは、被上告人が本件訴訟において終始一貫主張してきたところであるから、原判決には被上告人の主張しない事実について判断した違法はなく、所論は排斥を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介)

(4)境界に接する土地の取得時効の場合

+判例(H7.7.18)
理由
上告代理人村山晃の上告理由第一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二について
上告人らの予備的請求は、第一審判決添付物件目録(二)記載の土地(以下「本件要役地」という。)の共有者の一部である上告人らが同目録(一)記載の土地(以下「本件承役地」という。)の所有者である被上告人に対して地役権設定登記手続を求めるものであるが、原審における上告人ら提出の昭和六三年三月三日付け「訴変更の申立書」によれば、その請求の趣旨は、「被上告人は上告人らに対し、本件承役地につき、上告人らの本件要役地の持分について、本件要役地を要役地とする通路や子供の遊び場等として使用することを内容とする地役権設定登記手続をせよ。」というものである。
原審は、本件要役地の共有者の全員と被上告人との間で本件要役地のために本件承役地の通行を目的とする地役権が設定されたことを認定した上、(1) 本件予備的請求は上告人らの有する本件要役地の共有持分について地役権設定登記手続を求めるものと解されるところ、要役地の共有持分のために地役権を設定することはできないから右請求は主張自体失当である、(2) 仮に本件予備的請求を共有者全員のため本件要役地のために地役権設定登記手続を求めるものと解すると、要役地が数人の共有に属する場合においては地役権設定登記手続を求める訴えは固有必要的共同訴訟であり上告人らは共有者の一部の者にすぎないから右請求は不適法な訴えとして却下を免れないとして、本件予備的請求を棄却すべきものと判断した。
しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
要役地の共有持分のために地役権を設定することはできないが、上告人らの予備的請求は、その原因として主張するところに照らせば、右のような不可能な権利の設定登記手続を求めているのではなく、上告人らがその共有持分権に基づいて、共有者全員のため本件要役地のために地役権設定登記手続を求めるものと解すべきである。
そして、要役地が数人の共有に属する場合、各共有者は、単独で共有者全員のため共有物の保存行為として、要役地のために地役権設定登記手続を求める訴えを提起することができるというべきであって、右訴えは固有必要的共同訴訟には当たらない
原判決には上告人らの申立ての趣旨の解釈及び法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決のうち本件予備的請求に関する部分は破棄を免れない。そして、右部分については、地役権設定の範囲等を明確にさせるなど更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻し、上告人らのその余の上告を棄却することとする。
よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 本判決は、要役地共有の場合の地役権設定登記は共有物の保存行為に当たり、右設定登記手続請求訴訟は固有必要的共同訴訟に当たらないと判断したものである。
要役地共有の場合の地役権設定登記が保存行為に当たるか、地役権設定登記手続請求訴訟が固有必要的共同訴訟か否かについては、今までほとんど論じられてこなかった。不動産登記手続の解説書(香川編著・全訂不動産登記書式精義上巻九七八頁、清野・ひろば一七巻八号五一頁、中村・不動産登記の理論と実務二三四頁)は、地役権設定登記は保存行為に該当し、登記権利者は要役地共有者全員であるが、要役地共有者の一名が全員のために申請することができると述べていたところである。
二 判決要旨のとおりの判断がされた主な根拠は、① 設定登記は地役権に対抗要件を付して権利の存続を確実にする行為であること、② 地役権の登記(前掲各文献参照)は承役地及び要役地の乙区欄に地役権の目的・対応する要役地(承役地)等が記載されるだけであって地役権者は記載されず、地役権に係る権利者・義務者は甲区欄の所有名義人の表示により公示されるから、共有者の一部の者による地役権設定登記訴訟の提起を認めてもこの者が地役権を単独で有するかのような登記簿上の外観を与えるおそれがないこと、にあると思われる。そのほか、③ 地役権の準共有者は自己の持分についてだけ地役権設定登記を受けることができないこと、④ 共有者の一部が地役権を時効取得することにより地役権が発生した場合(民法二八四条一項)に他の要役地共有者(地役権の準共有者)の協力がなければ地役権設定登記ができないとするのも問題があること、なども考慮すべき点であろう。
殊に右②の点は、地役権やその設定登記の特徴として重要であろう。所有権移転登記においては、共有者の一部の者の申請により申請人以外の共有者のためにも持分移転登記をすることについては、持分の真正をどのようにして担保するかという問題があるため、登記実務においては消極の見解があるようである(登記先例解説集二一九号一〇八頁参照。かつては、共有者の一部の者が全員のために移転登記の申請をすることを積極に解する見解もあったようである―登記研究一六五号五一頁参照)。また、右の場合において、共有者の一部の者にすぎない申請人の単独所有名義とすることには、真実に合致しない登記を認めることになり、他の共有者の利益を害するおそれもあるという問題がある。共有権に基づく所有権移転登記手続請求訴訟を固有必要的共同訴訟とする最一小判昭46・10・7民集二五巻七号八八五頁、本誌二七二号二二一頁も、以上と同様の考慮に基づくものと思われる。要役地共有の場合の地役権設定登記には、右のような共有地のための所有権移転登記に特有の問題がないから、これを殊更に固有必要的共同訴訟とする理由はないといえよう。原判決は、地役権やその設定登記の特徴を考慮せず、前記最一小判昭46・10・7の影響を受けて本判決と逆の結論を採ってしまったものとも思われ、本件の判決要旨は実務上注意を要するところであろう。
本判決は、共有関係と固有必要的共同訴訟について新たに一つの判断を加えたものとしても、意義があるといえよう。また、以上に述べたところからすると、承役地共有の場合の地役権設定登記手続請求訴訟や要役地共有の場合の地役権抹消登記手続請求訴訟などは本判決の射程外にあることは明らかであって、これらは今後に残された問題であるといえよう。
三 本件の事案は、分譲マンションの分譲業者(被上告人)とその購入者の一部(上告人ら)との間の紛争である。主要な争点の第一は本件承役地(持分割合に応じた持分)も分譲されたか否かであり、原審は分譲されていないと認定した。主要な争点の第二は本件承役地に本件要役地を要役地とする地役権が設定されたか否かであり、原審は黙示の地役権設定契約が締結されたと認定した。なお、本判決のいう本件承役地とは公道に通じる幅12mの路地状敷地部分のうち半分の幅6mの部分のことであり、本件要役地とはその余の分譲マンションの敷地部分(幅12mの路地状敷地部分のうち本件承役地以外の幅6mの部分を含む。)のことである(参考資料―図面―)も参照していただきたい)。
本件訴訟は、上告人らの提起した本訴事件と被上告人の提起した反訴事件から成る。本訴事件は、主位的に本件承役地の持分移転登記を求め(請求原因は、本件承役地〔建物の持分割合に応じた持分〕も分譲されたというもの)、予備的に本件判示事項に係る地役権設定登記を求めるもの(請求原因は、本件承役地に本件要役地を要役地とする地役権が設定されたというもの)。反訴事件は、本件承役地の明渡、賃料相当損害金の支払を求めるもの。原審は、本訴事件の主位的請求については本件承役地の分譲の事実の証明がないとして棄却すべきものとし、予備的請求については黙示の地役権設定契約が認められるが、本件予備的請求は「要役地共有持分について地役権設定登記を求めるもの」と解され、実体法上共有持分のための地役権設定はできないから持分についての地役権設定登記請求は理由がなく、仮に本件要役地(持分全部)のために地役権設定登記を求めるものとすればそれは共有者全員が原告となることを要する必要的共同訴訟である(ただし、その理由は示していない)から却下を免れないと説示して棄却すべきものとした。原審は、反訴事件については、黙示の地役権設定契約が認められることなどから棄却すべきものとした。
原判決に対して双方から上告がされた(購入者らからの上告が本件。分譲業者からの上告は最高裁平成三年(オ)第一六八三号事件)。分譲業者からの上告である一六八三号事件の上告理由は、主に黙示の地役権設定契約締結の事実の証明があるとした点を非難するものであり、本判決と同日、原審の専権に属する事実認定を非難するものとして、簡素な案文で上告棄却された。
本件の上告理由第一は、本件承役地の分譲の事実の証明がないとした点を非難するもので、原審の専権に属する事実認定を非難するものとして、本判決の冒頭において簡素な案文で排斥された。
本件の上告理由第二が判示事項に関する点であり、本判決は論旨を容れて、①予備的請求は(持分権に基づいて)共有者全員のため本件要役地のために地役権設定登記手続を求めるものと解するべきであるとして、原審がこれを要役地共有持分についての地役権設定登記を求めるものと解した点に違法があるとし、②各共有者は共有物の保存行為として要役地のために地役権設定登記を求める訴えを提起することができ、右訴えは固有必要的共同訴訟に当たらないと判断して、右請求を原審に差し戻したものである。
なお、原審判断のうち持分のために地役権を設定することができないとした部分は、通説の見解(我妻・新訂物権法四一四頁以下など)にも沿うものであり、異論のないところであろう。しかし、本件予備的請求を申立書記載の文言にこだわって持分のための地役権というような不可能な権利の設定登記手続を求めるものと解することは適当でなく、この点は、実務上注意を要する点であるといえよう。

2.判例理論を適用した場合の設問の解決

3.境界確定訴訟の意義
(1)所有権の範囲に関する紛争の解決
(2)境界確定訴訟の所有権範囲確定機能
証明責任の適用のない境界確定訴訟では、どちらが提起しようと請求棄却はありえず、必ず境界線が引かれることになり、紛争の解決を図ることができる!!!

(3)通説的理解に対する批判

(4)近時の学説
①所有権の範囲確定機能
②分筆の前提としての筆界確定機能

4.判例理論の内在的理解
(1)上記学説との関係
(2)境界全部に接する一部土地の取得時効と、隣接土地全部の時効取得の場合の判例の整合性
一部土地の取得=適法
全部土地の取得=不適法却下
←分筆の必要性の有無から。

(3)原告側必要的共同訴訟において提訴拒絶者を被告に回すことができるという判例の射程

+判例(H20.7.17)
理由
上告代理人中尾英俊、同増田博、同蔵元淳の上告受理申立て理由について
1 本件は、上告人らが、第1審判決別紙物件目録記載1~4の各土地(以下、同目録記載の土地を、その番号に従い「本件土地1」などといい、併せて「本件各土地」という。)は鹿児島県西之表市A集落の住民を構成員とする入会集団(以下「本件入会集団」という。)の入会地であり、上告人ら及び被上告人Y2(以下「被上告会社」という。)を除く被上告人ら(以下「被上告人入会権者ら」という。)は本件入会集団の構成員であると主張して、被上告人入会権者ら及び本件各土地の登記名義人から本件各土地を買い受けた被上告会社に対し、上告人ら及び被上告人入会権者らが本件各土地につき共有の性質を有する入会権を有することの確認を求める事案である。

2 原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
被上告会社は、本件土地1についてはその登記名義人である被上告人Y3及び同Y4から、本件土地2~4についてはその登記名義人である被上告人Y5及び同Y6から、それぞれ買い受け、その所有権を取得したとして、平成13年5月29日、共有持分移転登記を了した。

3 原審は、次のとおり判示して、本件訴えを却下すべきものとした。
(1) 入会権は権利者である入会集団の構成員に総有的に帰属するものであるから、入会権の確認を求める訴えは、権利者全員が共同してのみ提起し得る固有必要的共同訴訟であるというべきである。
(2) 本件各土地につき共有の性質を有する入会権自体の確認を求めている本件訴えは、本件入会集団の構成員全員によって提起されたものではなく、その一部の者によって提起されたものであるため、原告適格を欠く不適法なものであるといわざるを得ない。本件のような場合において、訴訟提起に同調しない者は本来原告となるべき者であって、民訴法にはかかる者を被告にすることを前提とした規定が存しないため、同調しない者を被告として訴えの提起を認めることは訴訟手続的に困難というべきである上、入会権は入会集団の構成員全員に総有的に帰属するものであり、その管理処分については構成員全員でなければすることができないのであって、構成員の一部の者による訴訟提起を認めることは実体法と抵触することにもなるから、上告人らに当事者適格を認めることはできない。

4 しかしながら、原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
上告人らは、本件各土地について所有権を取得したと主張する被上告会社に対し、本件各土地が本件入会集団の入会地であることの確認を求めたいと考えたが、本件入会集団の内部においても本件各土地の帰属について争いがあり、被上告人入会権者らは上記確認を求める訴えを提起することについて同調しなかったので、対内的にも対外的にも本件各土地が本件入会集団の入会地であること、すなわち上告人らを含む本件入会集団の構成員全員が本件各土地について共有の性質を有する入会権を有することを合一的に確定するため、被上告会社だけでなく、被上告人入会権者らも被告として本件訴訟を提起したものと解される。
特定の土地が入会地であることの確認を求める訴えは、原審の上記3(1)の説示のとおり、入会集団の構成員全員が当事者として関与し、その間で合一にのみ確定することを要する固有必要的共同訴訟である。そして、入会集団の構成員のうちに入会権の確認を求める訴えを提起することに同調しない者がいる場合であっても、入会権の存否について争いのあるときは、民事訴訟を通じてこれを確定する必要があることは否定することができず、入会権の存在を主張する構成員の訴権は保護されなければならない。そこで、入会集団の構成員のうちに入会権確認の訴えを提起することに同調しない者がいる場合には、入会権の存在を主張する構成員が原告となり、同訴えを提起することに同調しない者を被告に加えて、同訴えを提起することも許されるものと解するのが相当である。このような訴えの提起を認めて、判決の効力を入会集団の構成員全員に及ぼしても、構成員全員が訴訟の当事者として関与するのであるから、構成員の利益が害されることはないというべきである。
最高裁昭和34年(オ)第650号同41年11月25日第二小法廷判決・民集20巻9号1921頁は、入会権の確認を求める訴えは権利者全員が共同してのみ提起し得る固有必要的共同訴訟というべきであると判示しているが、上記判示は、土地の登記名義人である村を被告として、入会集団の一部の構成員が当該土地につき入会権を有することの確認を求めて提起した訴えに関するものであり、入会集団の一部の構成員が、前記のような形式で、当該土地につき入会集団の構成員全員が入会権を有することの確認を求める訴えを提起することを許さないとするものではないと解するのが相当である。
したがって、特定の土地が入会地であるのか第三者の所有地であるのかについて争いがあり、入会集団の一部の構成員が、当該第三者を被告として、訴訟によって当該土地が入会地であることの確認を求めたいと考えた場合において、訴えの提起に同調しない構成員がいるために構成員全員で訴えを提起することができないときは、上記一部の構成員は、訴えの提起に同調しない構成員も被告に加え、構成員全員が訴訟当事者となる形式で当該土地が入会地であること、すなわち、入会集団の構成員全員が当該土地について入会権を有することの確認を求める訴えを提起することが許され、構成員全員による訴えの提起ではないことを理由に当事者適格を否定されることはないというべきである。
以上によれば、上告人らと被上告人入会権者ら以外に本件入会集団の構成員がいないのであれば、上告人らによる本件訴えの提起は許容されるべきであり、上告人らが本件入会集団の構成員の一部であることを理由に当事者適格を否定されることはない。

5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、第1審判決を取り消した上、上告人らと被上告人入会権者ら以外の本件入会集団の構成員の有無を確認して本案につき審理を尽くさせるため、本件を第1審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉徳治 裁判官 才口千晴 裁判官 涌井紀夫)

++解説
《解  説》
1 本件は,原告ら26名が,1審判決別紙物件目録記載1~4の各土地は鹿児島県西之表市塰泊浦集落の住民を構成員とする入会集団(本件入会集団)の入会地であり,原告ら及び被告馬毛島開発株式会社(被告会社)を除く被告ら(以下「被告入会権者ら」という。)は本件入会集団の構成員であると主張して,被告入会権者ら41名及び本件各土地の登記名義人から本件各土地を買い受けた被告会社に対し,原告ら及び被告入会権者らが本件各土地につき共有の性質を有する入会権を有することの確認を求める事案である。
入会集団の一部の構成員が,第三者を相手方として,入会地であると考える土地について固有必要的共同訴訟たる入会権確認の訴えを提起する場合において,訴えを提起することに同調しない同じ入会集団の構成員を被告とすることができるかが争われた。

2 原審は,本件各土地につき共有の性質を有する入会権自体の確認を求めている本件訴えは,本件入会集団の構成員全員によって提起されたものではなく,その一部の者によって提起されたものであるため,原告適格を欠く不適法なものであるとして,本件訴えを却下すべきものとした。
これに対し,原告らが上告受理申立てをしたものであるが,第一小法廷は,本件を受理する決定をした上,原判決を破棄して第1審を取り消した上,本件を鹿児島地方裁判所に差し戻す旨の判断をした。

3 入会権確認の訴えが固有必要的共同訴訟であるとした判例である最二小判昭41.11.25民集20巻9号1921頁,判タ200号95頁は,「入会権は権利者である一定の部落民に総有的に帰属するものであるから,入会権の確認を求める訴えは,権利者全員が共同してのみ提起しうる固有必要的共同訴訟というべきである」と説示している。この事案では,入会集団の構成員330名のうちの316名が,第三者を相手方としてある土地の持分移転登記,抹消登記手続を求めて訴えを提起し(ただし,その後の取下げにより1審判決を受けたのは265名,控訴審判決を受けたのは216名,上告判決を受けたのは128名であるとされている。),控訴審において,原告らが請求を拡張し,当該土地について入会権を有することの確認請求を追加したが,入会権確認請求等に係る訴えは,入会権者と主張されている部落民全員によって提起されたものでなく,その一部の者によって提起されているものであるから,当事者適格を欠く不適法なものであるとされた。この判例の基礎には,ある土地が入会地であるかどうかの確認を求める訴えは,入会権の管理処分権行使の一形態であるから,入会権者全員に総有的に帰属する権限の行使として,その全員が原告となって提起されなければならないという考え方があったものと思われる。この立論を厳格かつ形式的に解するならば,入会権確認の訴えに同調しない入会権者がいるために入会権者の一部のみが第三者に対してその訴えを提起した場合には,常に原告適格を欠くということになり,入会権者の権利行使が妨げられる事態が生じ得ることになる。そこで,本件では,このような問題点の解決と上記判例の射程が争点となったものである。
本判決は,特定の土地が入会地であるのか第三者の所有地であるのかについて争いがあり,入会集団の一部の構成員が,当該第三者を被告として当該土地が入会地であることの確認を求めようとする場合において,訴えの提起に同調しない構成員を被告に加えて構成員全員が訴訟当事者となる形式で第三者に対する入会権確認の訴えを提起することができるとした。その理由として,①入会集団の構成員のうちに訴えの提起に同調しない者がいる場合であっても,民事訴訟を通じて入会権の存否を確定する必要があり,入会権の存在を主張する構成員の訴権は保護されなければならないこと,②このような訴えの提起を認めて,判決の効力を入会集団の構成員全員に及ぼしても,構成員全員が訴訟の当事者として関与するのであるから,構成員の利益が害されることはないことを挙げている。
また,前掲最二小判昭41.11.25が,「入会権の確認を求める訴えは,権利者全員が共同してのみ提起しうる固有必要的共同訴訟というべきである」と説示している点について,本判決は,入会集団の一部の構成員が,訴えの提起に同調しない構成員を被告に加えて構成員全員が訴訟当事者となる形式で,当該土地につき入会集団の構成員全員が入会権を有することの確認を求める訴えを提起することを許さないとするものではないとした。このように,本判決は,前掲最二小判昭41.11.25の判示を基本的には肯定しつつも,同最判と本件とでは,訴えの提起に同調しない構成員を被告に加えて構成員全員が訴訟当事者となっているか,入会集団の構成員全員が入会権確認を求めるという請求を立てているかどうかという点で差異がある点をとらえて,上記最判の射程を画する解釈を示したものである。

4 学説上は,固有必要的共同訴訟とされる共同所有関係に関する訴訟について,共有者のうちに非同調者がいるために,他の共有者の権利行使が妨げられる事態を避けるための方策として,①非同調者以外の者は,非同調者を被告に加えて,訴えを提起することができるとする説,②非同調者以外の者のみによる訴えの提起を許容しようとする説,③非同調者に対する訴訟告知により問題を解決しようとする説などが検討されてきたとされる(佐久間邦夫・平11最判解説(民)(下)703頁参照)。 このうち,非同調者以外の者が非同調者を被告に加えて訴えを提起することができるとする考え方については,土地の共有者のうちに境界確定の訴えを提起することに同調しない者がいるという事案において,既に最三小判平11.11.9民集53巻8号1421頁,判タ1021号128頁が採用するところとなっていた。ただし,その補足意見や判例解説において言及されているとおり,この考え方は,実質的な非訟事件である境界確定訴訟の特殊性に着目して採用されたものであり,他の必要的共同訴訟一般に採用され得るものではないと解されていたため,これを直ちに本件のような場合に当てはめることはできない。
一方,共有関係確認訴訟を見てみると,実務上,固有必要的共同訴訟である遺産確認の訴えにおいては,遺産であることの確認を求めたいと考える相続人は,他の相続人の訴訟に対する態度いかんにかかわらずそれらの者を被告として訴えの提起をすることが許されており,原告適格が問題とされることはないのであって,その点では,権利関係を確定し紛争を解決する必要がある場合には,共有関係にある物の処分権に係る訴えであっても,当事者全員が原告又は被告として関与しているのであれば,常に全員が原告になることが求められているわけではない。また,本件のような事例においては,訴訟手続によって紛争を解決すべき法律上の利益を当事者が有していると認められる上,入会集団の一部の構成員が入会権確認の訴えを提起することを許さないとするのは,管理処分権行使の方法における厳格性を貫こうとする余り,その本体である入会権自体が入会集団から不正に失われてしまうおそれがある。本判決が「入会権の存在を主張する構成員の訴権は保護されなければならない」としたのは,以上のような考慮から,権利保護の必要性を重視したものと考えられる。
なお,上告受理申立て理由が指摘する最二小判昭43.11.15裁判集民93号233頁,判タ232号100頁の事例を見ると,同最判は,本件で示された考え方を否定してはいないように解される。すなわち,この事案では,共有名義で登記されていた入会地の名義人3名がこれを第三者に売却し,又は抵当権を設定してしまったものであり,入会権者78名のうち75名が上記3名と移転登記,抵当権の登記を有する第三者を被告として,入会権確認と,抹消登記手続請求をしたのであるが,原告適格は全く問題とされていない。違法な行為をした者と第三者が被告となり,非同調者がいなかった事案であるので,別の考え方もできないわけではないが,本件のような考え方によっても原告適格に問題のない事例であったと説明することが可能であろう。

5 本判決は,入会権確認の訴えにおいて判示の方法による訴えの提起を許容する判断を示したものではあるが,その考え方は,少なくとも狭義の共有関係の確認を求める訴えについては同様に当てはまるものと解される。ただし,本件のような事例においては,入会集団の一部の構成員が土地の登記名義を有する第三者に対してその抹消登記手続を求める給付の訴えを提起することができるのかどうかも問題となるが,本判決は,この点についてまでは判断を示していないというべきであろう。本判決は,かねてから学説によっても論じられていた固有必要的共同訴訟における原告適格の問題点について,最高裁として初めての判断を示したものであり,民事訴訟の理論上も実務上も影響が少なくないと考えられる。


刑法 気になる判例 パニーカード事件 偽造有価証券行使と窃盗の関係


+判例(広島地裁H7.7.18)
主文
被告人を懲役一年二月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
押収してあるパニーカード一枚(平成七年押第四二号の1)を没収する。

理由
(罪となるべき事実)
被告人は、使用済みで無効となった日本ゲームカード株式会社発行にかかるパニーカードの、使用した旨の表示箇所等を埋め、券種を表示する箇所に一万円の券種を表示するパンチ孔を開けるなどの方法で、有効度数を一万円として偽造されたカード一枚(平成七年押第四二号の1)を入手し、右カードが偽造の有価証券であることを知りながら、これを用いてパチンコ玉を窃取しようと企て、平成七年四月二九日午前一一時ころから同日午前一一時二五分ころまでの間、広島市安佐北区〈住所省略〉所在のパチンコ遊技場「○○店」において、右偽造カードを同店に設置されたパチンコ遊技機七〇八番台及び七一三番台に取り付けてある各カード専用玉貸機のカード挿入口に挿入し、続いて同玉貸機の貸出ボタンを操作する不正な方法で、同玉貸機内から同店支配人A管理にかかるパチンコ玉約九五〇個(貸出し価格約三八〇〇円相当)を取り出し、もって偽造有価証券を行使するとともに、右パチンコ玉を窃取したものである。
(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)
被告人の判示所為中、偽造有価証券行使の点は平成七年法律第九一号附則二条一項により、同法による改正前の刑法(以下、同法という。)一六三条一項に、窃盗の点は同法二三五条にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い偽造有価証券行使罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、押収してあるパニーカード一枚(平成七年押第四二号の1)は、判示偽造有価証券行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収することとする。

(なお、右偽造有価証券行使罪と窃盗罪の罪数に関する当裁判所の判断を付加して説明するに、関係証拠によると、パニーカードによるパチンコ玉貸出の仕組みは、パチンコ遊技台脇に設置されたカードユニット部にあるカード挿入口にパニーカードを挿入するとカード挿入中ランプが点灯するとともに、遊技台側にある貸出スイッチLEDが点灯して、玉貸しが可能な状態になり、貸出スイッチの押し下げによりパチンコ玉が受け皿に排出される(本件では、右スイッチ一回の押し下げにより五〇〇円相当のパチンコ玉が排出される。)構造になっていることが認められる。そうすると、被告人は、偽造の右パニーカードを使って、パチンコ玉を窃取しようとして、同パニーカードを挿入して、続いて貸出スイッチを押し下げて判示パチンコ玉を取り出したものであり、右パニーカードの挿入行為自体がパチンコ玉取り出し行為の開始であり、その後、貸出スイッチを押し下げてパチンコ玉を取り出す一連の行為自体を窃取行為ということができる(右貸出スイッチの押し下げを窃取行為の実行の着手とみることは相当と解されない。)。そうすると偽造の右パニーカードを挿入することによって成立する偽造有価証券行使の行為と右窃取行為とは、構成要件の主要部分が重なり合うものであって、同法五四条一項前段の「一個ノ行為」ということができる。)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官片岡博)

《参考・起訴状》
公訴事実
被告人は、使用済みで無効となった日本ゲームカード株式会社発行にかかるパニーカードの、使用した旨の表示箇所等を埋め、券種を表示する箇所に一万円の券種を表示するパンチ孔を開けるなどの方法で、有効度数を一万円として偽造されたカード一枚を入手し、右カードが偽造の有価証券であることを知りながら、これを用いてパチンコ玉を窃取しようと企て、平成七年四月二九日午前一一時ころから同日午前一一時二五分ころまでの間、広島市安佐北区〈住所省略〉所在、パチンコ遊技場「○○店」において、右偽造カードを同店に設置されたパチンコ遊技機七〇八番台及び七一三番台に取り付けてある各カード専用玉貸機のカード挿入口に挿入し、もって、偽造有価証券を行使した上、同玉貸機の貸出ボタンを操作する不正な方法で、同玉貸機内から同店支配人A管理にかかるパチンコ玉約九五〇個(貸出し価格約三、八〇〇円相当)を窃取したものである。

++解説
《解  説》
一 本件は、使用済みで無効となったパチンコ玉のプリペイドカードの、使用した旨の表示箇所等を埋め、券種を表示する箇所に一万円の券種を表示するパンチ孔を開ける等の方法によって、有効度数を一万円として偽造されたカードを入手した被告人が、右偽造カードを用いてパチンコ玉を窃取しようと企て、パチンコ店において、右偽造カードをパチンコ遊技機に取り付けてあるカード専用玉貸機のカード挿入口に挿入し、続いて同玉貸機の貸出ボタンを操作する不正な方法で、同玉貸機からパチンコ玉を窃取したという事案である。

二 本件のような事案においては、①プリペイドカードの有価証券性、②右の方法による有効度数の変更は有価証券の「偽造」か「変造」か、③右偽造カードを玉貸機のカード挿入口に挿入することが「行使」にあたるか等の論点が問題とされる。
プリペイドカードであるテレホンカードについては、同様の問題点について最高裁判例(最三小決平3・4・5刑集四五巻四号一七一頁、本誌七五六号一一六頁)によって一応の決着が得られ、本裁判例においても右の諸点は問題とされていない(なお、パチンコ店で使用されるプリペイドカードである「パッキーカード」の有価証券性を認めたものとして東京高判平6・8・17判時一五四九号一三四頁がある。)。

三 本裁判例は、偽造したプリペイドカードである「パニーカード」の使用にかかる偽造有価証券行使とパチンコ玉窃盗の罪数関係について、これを観念的競合の関係にあることを判示したものである(公訴事実の記載は後記「参考」のとおり、牽連犯として構成している。)。すなわち、公訴事実のように、(玉貸機のカード挿入口に偽造カードを挿入後)玉貸機の貸出ボタンを操作する(貸出スイッチを押し下げる)行為を窃盗の実行の着手とみることは相当ではなくパチンコ玉窃取の意思で偽造カードをカード挿入口に挿入する行為自体がパチンコ玉取り出し行為(窃取行為)の開始であり、その後、貸出スイッチを押し下げてパチンコ玉を取り出す一連の行為が窃取行為ということができ、そうすると、偽造カードをカード挿入口に挿入することによって成立する偽造有価証券行使と右窃取行為とは、構成要件の主要部分が重なり合うものであって観念的競合になると判示している。窃盗の着手時期は、窃取行為すなわち占有侵害の開始時であることからすると、パチンコ玉を窃取するため、偽造カードをカード挿入口に挿入して貸出スイッチLEDが点灯し、玉貸しが可能な状態になれば、占有侵害行為(しかもその主たる部分)が開始したものとみること(さらに貸出スイッチを押す行為がなくてもすでに占有侵害行為の開始があるものとみること)は、不自然ではないであろう。本裁判例は、このような見地から偽造カードをカード挿入口に挿入し、貸出スイッチを操作してパチンコ玉の取り出しに至る一連の行為を窃取行為とみたものであろう(占有侵害開始時期につき、パチンコ玉をパチンコ機械から不正に取得する目的で、セルロイド板を使用して、はじいた種玉を当り穴に誘導するように機械内部の釘の辺に仕かけるため右セルロイド板をパチンコ機械ガラス扉下面の隙に押し当てたときに窃盗の着手があるとする東京高判昭35・1・19東高刑時報一一巻一号一頁の事例が参考となろう。)。

四 偽造有価証券行使罪と窃盗罪について牽連犯関係を認めた裁判例は公刊物上目に触れないが、本件と類似の事例として、私電磁的記録不正作出とその供用と窃盗につき牽連犯とした裁判例として、東京地判平1・2・17本誌七〇〇号二七九頁、同平1・2・22判時一三〇八号一六一頁、甲府地判平1・3・31本誌七〇七号二六五頁、判時一三一一号一六〇頁がある。私電磁的記録不正作出罪(刑法一六一条の二第一項)とその供用罪(同三項)の関係を牽連犯とすることは異論のないところであろう(大コンメンタール刑法第六巻一八四頁〔米澤執筆部分〕参照)。また、有価証券偽造罪と偽造有価証券行使罪と詐欺罪は牽連犯とするのが通説・判例(大判明43・11・15刑録一六輯一九四一頁等)である。しかし、右供用罪(または本裁判例の事例である偽造有価証券行使罪)と窃盗罪の関係については、「数罪間に罪質上通例その一方が他方の手段又は結果となる関係にある」こと(抽象的牽連性)を求める近時の判例の立場(最三小判昭57・3・16刑集三六巻三号二六〇頁、本誌四六七号一〇〇頁等)からすると、これを牽連犯とすることは議論の存するところではないかと考えられる(偽造文書行使と詐欺のような典型的な牽連犯の場合と同列に論じるにはやや困難があろう。なお、「牽連性」の詳細については、大コンメンタール刑法第三巻一七三頁〔中谷執筆部分〕以下参照)。

五 本裁判例は、このような牽連性の点にはふれることなく、窃取行為の着手時期(占有侵害行為開始時期)に着目して、偽造有価証券行使と窃取の各行為が主要部分で重なることから「行為の一個性」(右同書一三六頁〔中谷執筆部分〕参照)を認めて観念的競合の成立を認めたものと思われる。私電磁的記録不正作出とその供用と窃盗の事案について、右不正作出と供用の関係の他に、同供用と窃盗の関係についても牽連犯関係にあることを認める前記裁判例は、たとえば、「不正に作出したカードを預金管理等のオンラインシステムに接続されているATM機に挿入して同機を作動させ、もって、不正に作出された電磁的記録をC信用金庫の事務処理の用に供し、同機から、右金庫支店長管理にかかる現金〇万円を払い出してこれを窃取し」たと判示する(前記東京地判平1・2・17)にとどまり、窃取行為の具体的内容や右供用と窃盗の牽連関係は格別明示していない(牽連犯の関係を表わす場合の犯罪事実の記載は、通例、本裁判例の場合の「公訴事実」のように「カード挿入口に挿入し、もって、偽造有価証券を行使した上、同玉貸機の貸出ボタンを操作する不正な方法で……パチンコ玉を窃取した」などと表現することが多いと思われる。)。本裁判例は、窃取行為の内容を検討した上で、右両罪の関係について論及し、類似事例である前記裁判例の罪数処理とは異なった結果を導いている(なお、その法令の適用からみて、本裁判例は、観念的競合であり、かつ、牽連犯である場合とはしていないことはあきらかであろう。)。
同様な事犯が多発している昨今、実務上の罪数処理を検討する上で参考になるものと思われる。


民法 基本事例で考える民法演習 表見代理と詐欺~静的安全と動的安全


1.小問1(1)について
・+(無権代理)
第百十三条  代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。
2  追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。

+(代理権授与の表示による表見代理)
第百九条  第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

+判例(S39.5.23)
理由
上告代理人笠島永之助の上告理由について。
原判決引用の第一審判決は、被上告人は昭和三三年四月一七日訴外Aから一二万円を借り受けるに当り、右債務の担保として本件土地、建物に抵当権を設定することとし、その登記手続のため右土地、建物の権利証および被上告人名義の白紙委任状、印鑑証明書をAに交付したが、Aは自己のための抵当権設定登記手続をすることなく、訴外Bを介して金融を得る目的でこれらの書類をCに交付したところ、Cはこれらの書類を用い、被上告人の代理人であると偽り、上告人と債権極度額一〇〇万円とする本件根抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結したこと、AやCがこのようにこれらの書類を使用することについては上告人が承諾を与えたことがないとの事実を確定したものである。
論旨は、以上の場合において、被上告人は民法一〇九条にいわゆる「第三者ニ対シテ他人ニ代理権ヲ与ヘタル旨ヲ表示シタル者」に当るという。しかしながら不動産所者者がその所有不動産の所有権移転、抵当権設定等の登記手続に必要な権利証、白紙委任状、印鑑証明書を特定人に交付した場合においても、右の者が右書類を利用し、自ら不動産所有者の代理人として任意の第三者とその不動産処分に関する契約を締結したときと異り、本件の場合のように、右登記書類の交付を受けた者がさらにこれを第三者に交付し、その第三者において右登記書類を利用し、不動産所有者の代理人として他の第三者と不動産処分に関する契約を締結したときに、必ずしも民法一〇九条の所論要件事実が具備するとはいえない。けだし、不動産登記手続に要する前記の書類は、これを交付した者よりさらに第三者に交付され、転輾流通することを常態とするものではないから、不動産所有者は、前記の書類を直接交付を受けた者において濫用した場合や、とくに前記の書類を何人において行使しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといつて当然にその者よりさらに交付を受けた第三者がこれを濫用した場合にまで民法一〇九条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではないからである。本件において原判決が前掲の事実を確定しCの判示行為につき民法一〇九条を適用することができないとしたのは相当であり、原判決に所論の法律解釈を誤つた違法はない。所論引用の判例は本件に適切でない。論旨は採用できない。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

・+(代理権消滅後の表見代理)
第百十二条  代理権の消滅は、善意の第三者に対抗することができない。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。

・(権限外の行為の表見代理)
第百十条  前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

・+(代理行為の要件及び効果)
第九十九条  代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
2  前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。

・代理権=私法上の代理権
登記申請権は公法上の行為であるが・・・。

+判例(S46.6.3)
理由
上告代理人早川登、同桑原太枝子の上告理由について。
被上告人が訴外Aの上告人に対する債務につき連帯保証をすることを承諾した事実は認められないとした原審の認定判断は、挙示の証拠に照らして肯認することができ、右認定判断に所論の違法は認められない。この点に関する論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難するか、または、原審で主張判断を経なかつた事項を理由として原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。
ところで、原判決は、右Aが権限なく被上告人を代理して締結した連帯保証契約につき、表見代理の規定により、被上告人が責を負うべきである旨の上告人の主張に対して、被上告人はAに対し土地の所有権移転登記手続という公法上の行為をなすことを委任したものであつて、同人に対し私法上の代理権を授与したことないしは本件連帯保証につき代理権授与の表示をしたことは認められないと判示して、右主張を排斥しているところ、論旨は、民法一一〇条の規定の適用の要件たる基本代理権の存在を主張して、この点の判断の違法を主張する。
思うに、原審の確定するところによれば、被上告人は、さきに自己所有の土地一筆をAに贈与しており、Aの求めに応じて、右土地につき同人に対する所有権移転登記手続をするため、実印、印鑑証明書および右土地の登記済証を同人に交付したところ、同人は被上告人の承諾を得ることなく右実印等を使用して上告人との間に本件連帯保証契約を締結したというのであつて、被上告人がAに委任したという所有権移転登記手続は、被上告人にとつては、Aに対する贈与契約上の義務の履行のための行為にほかならないものと解せられる。すなわち、登記申請行為が公法上の行為であることは原判示のとおりであるが、その行為は右のように私法上の契約に基づいてなされるものであり、その登記申請に基づいて登記がなされるときは契約上の債務の履行という私法上の効果を生ずるものであるから、その行為は同時に私法上の作用を有するものと認められる。そして、単なる公法上の行為についての代理権は民法一一〇条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の私法上の作用を看過することはできないのであつて、実体上登記義務を負う者がその登記申請行為を他人に委任して実印等をこれに交付したような場合に、その受任者の権限の外観に対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。したがつて、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他人が右権限をこえて第三者との間に行為をした場合において、その登記申請行為が本件のように私法上の契約による義務の履行のためになされるものであるときは、その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法一一〇条を適用し、表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。
してみれば、被上告人が訴外Aに与えた権限が登記手続という公法上の行為をなすことであつたことのみを理由に、たやすく上告人の表見代理の主張を排斥した原判決は、民法一一〇条の解釈を誤つたものというべきであり、論旨は理由がある。
よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 岩田誠 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

2.小問1(2)について
・代理権の濫用
+判例(S42.4.20)
理由 
 上告代理人福田力之助、同佐藤正三の上告理由第一点について。 
 上告会社の支配人Aが、被上告会社の製菓原料店主任Bらの権限濫用の事実を知りながら、本件売買取引をなしたものである旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係から是認できないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の裁量に委ねられた証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。 
 同第二点について。 
 代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とするから(株式会社の代表取締役の行為につき同趣旨の最高裁判所昭和三五年(オ)第一三八八号、同三八年九月五日第一小法廷判決、民集一七巻八号九〇九頁参照)、原判決が確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告会社に本件売買取引による代金支払の義務がないとした原判示は、正当として是認すべきである。したがつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の法律的見解を前提とするか、もしくは、原審認定の事実と相容れない事実関係を主張して、原判示を非難するものであつて、採用することができない。
 同第三点について。 
 民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは被用者の職務の執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三五年(オ)第九〇七号、同三七年一一月八日第一小法廷判決、民集一六巻一一号二二五五頁、同昭和三九年(オ)第一一一三号、同四〇年一一月三〇日第三小法廷判決、民集一九巻八号二〇四九頁、なお大審院大正一五年一〇月一三日民刑連合部判決、民集五巻七八五頁参照)。したがつて、被用者がその権限を濫用して自己または他人の利益をはかつたような場合においても、その被用者の行為は業務の執行につきなされたものと認められ、使用者はこれにより第三者の蒙つた損害につき賠償の責を免れることをえないわけであるが、しかし、その行為の相手方たる第三者が当該行為が被用者の権限濫用に出るものであることを知つていた場合には、使用者は右の責任を負わないものと解しなければならない。けだし、いわゆる「事業ノ執行ニ付キ」という意味を上述のように解する趣旨は、取引行為に関するかぎり、行為の外形に対する第三者の信頼を保護しようとするところに存するのであつて、たとえ被用者の行為が、その外形から観察して、その者の職務の範囲内に属するものと見られるからといつて、それが被用者の権限濫用行為であることを知つていた第三者に対してまでも使用者の責任を認めることは、右の趣旨を逸脱するものというほかないからである。したがつて、このような場合には、当該被用者の行為は事業の執行につきなされた行為には当たらないものと解すべきである。 
 本件につき原審の確定した事実によれば、前述のように、被上告会社製菓原料店主任Bは、同人らの利益をはかる目的をもつて、その主任としての権限を濫用し、被上告会社製菓原料店名義を用いて上告会社と取引をしたものであるが、上告会社支配人Aは、Bが右のようにその職務の執行としてなすものでないことを知りながら、あえてこれに応じて本件売買契約を締結したというのである。そうすれば、被上告会社が右契約により上告会社の蒙つた損害につき民法七一五条により使用者としての責任を負わないものと解すべきことは、前段の説示に照らして明らかである。すなわち、本件売買取引による損害は、Bが被上告会社の事業の執行につき加えた損害に当たらないと解すべきであり、これと同趣旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。なお、所論のように右AがBの背任行為に加担したという事実は原審の認定しないところであるから、所論引用の判例は本件と事案を異にして適切でない。論旨は、独自の法律的見解に立脚するか、もしくは、原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採ることができない。 
 よつて民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
+意見
 裁判官大隅健一郎の意見は、つぎのとおりである。 
 上告理由第二点に関する多数意見の結論には異論はないが、その理由については賛成することができない。 
 被上告会社の製菓原料店主任Bは商法四三条にいわゆる番頭、手代に当たり、同条により、右製菓原料店における原料の仕入に関して一切の裁判外の行為をなす権限を有するものと認められる。そして、ある行為がその権限の範囲内に属するかどうかは、客観的にその行為の性質によつて定まるのであつて、行為者Bの内心の意図のごとき具体的事情によつて左右されるものではない。このことは、商法が番頭、手代の代理権の範囲を法定するのは、これと取引する第三者が、取引に当り、一々具体的事情を探求して、その行為が相手方の代理権の範囲内に属するかどうかを調査する必要をなくする趣旨に出ていることに徴して、窺うにかたくない。そうであるとすれば、本件売買契約は、前記Bが何人の利益をはかる目的をもつて締結したかを問わず、その権限内の行為であつて、これにより被上告会社が責任を負うのは当然といわなければならない。この場合に、相手方たる上告会社の支配人Aが右契約がBの権限濫用行為であることを知つていても、それがBの権限内の行為であることには変りはない。しかし、このような場合に、悪意の相手方がそのことを主張して契約上の権利を行使することは、法の保護の目的を逸脱した権利濫用ないし信義則違反の行為として許されないものと解すべきである。その意味において、多数意見の結論は支持さるべきものと考える。 
 多数意見は、この場合に心裡留保に関する民法九三条但書の規定を類推適用しているが、いうまでもなく、心裡留保は表示上の効果意思と内心的効果意思とが一致しない場合において認められる。しかるに、代理行為が成立するために必要な代理意思としては、直接本人について行為の効果を生じさせようとする意思が存在すれば足り、本人の利益のためにする意思の存することは必要でない。したがつて、代理人が自己または第三者の利益をはかることを心裡に留保したとしても、その代理行為が心裡留保になるとすることはできない。おそらく多数意見も、代理人の権限濫用行為が心裡留保になると解するのではなくして、相手方が代理人の権限濫用の意図を「知りまたは知ることをうべかりしときは、その代理行為は無効である、」という一般理論を民法九三条但書に仮託しようとするにとどまるのであろう。すでにして一般理論にその論拠を求めるのであるならば、前述のように、権利濫用の理論または信義則にこれを求めるのが適当ではないかと考える。しかも、この両者は必ずしもその結論において全く同一に帰するものでないことを注意しなければならない。すなわち、多数意見によれば、相手方が代理人の権限濫用の意図を知らなかつたが、これを知ることをうべかりし場合には、本人についてその効力を生じないことは明らかであるが、私のような見解によれば、むしろこの場合にも本人についてその効力を生ずるものと解せられる。そして、代理人の権限濫用が問題となるのは、実際上多くは法人の代表者や商業使用人についてであることを考えると、後の見解の方がいつそう取引の安全に資することとなつて適当ではないかと思う。 
 (裁判長裁判官 大隅健郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠) 
・+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない
+(債権の準占有者に対する弁済)
第四百七十八条  債権の準占有者に対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
+判例(S37.8.21)
理由 
 上告代理人中沢喜一の上吉理由第一点乃至第四点について。 
 債権者の代理人と称して債権を行使する者も民法四七八条にいわゆる債権の準占有者に該ると解すべきことは原判決説示のとおりごあつて、これと見解を異にする上告理由第四点の論旨は理由がない。 
 しかし、民法四七八条により債権の準占有者に対する弁済が有効とされるのは、弁済者が善意かつ無過失である場合に限ると解すべきところ、原判決によれば、東京特別調達局における連合軍調達物資の需品契約及び代金文払手続の概要は、―連合軍から物資調達の要求があると、調達局契約部契約第一課乃至第三課(本件物品のような品目の需品契約事務は第三課の所管であつた)において指名業者に入札させ、落札者と需品契約を締結して契約書を作成し、これにより業者が納品を完了すると、連合軍から調達局及び業者に対し納品受領書が送付され、業者は経理部第一課に代金支払請求書に納品受領書その化の関係書類を添えて提出し、回課では、右書類を審査した後、調達局備付の受理書及び同控の用紙(所要事項記入欄を空白にして両者を続けて印刷した一枚の用紙)に予め受理書発行担当官が受理書番号及び受付記号番号を記入し、課長または受理書発行担当官が契印したものを業者に提出し業者に所要事項を記入させた後、受理書発行担当官が調達局名義の支払期限の日附印を押し、経理部長名義の「書類受領専用」と表示された印で契印した上、課長及び受理書発行担当官が記名捺印して受理書及びその控を作成する。受理書は切り離されて業者に交付され、控は代金支払請求書その他の関係書類と共に経理第二課を経て経理部長の決済を受け、同部出納課に回付され、同課において支払の準備を整えると、支払を公示し、これより業者が出納課に受理書と代金領収書を提出すると、同課では、提出された受理書と保管しているその控とを照合し、かつ代金領収書中の印影と届出済みの業者の印鑑とを対照した後、受理書及び代金領収書と引き換えに日本銀行あての小切手を交付する―以上のような一連の手続を経てなされるものであつたこと、しかるに本件にあつては、三田元彦と称する者が出納課に提出した受理書は上告会社が特調から交付を受けた受理書とは別のものであつて(しかし、後者の受取人欄には「山田元彦」と記載されているのに対し、前者の受取人欄には最初「山」と記載され、これを抹消して「三田元彦」と記載されており、後者には特調経理部経理課長、総理府事務官A、発行担当官、総理府事務官B、Cの各記名捺印があるのに対し、前者には同A、同B、Dの記名捺印があるほかは、両者の記載内容が酷似している)、特調には、上告会社が交付を受けた受理書と符合する受理書控がすりかえられて、三田元彦と称する者が提出した受理書と符合する受理書控が保管されていたこと、右偽造の受理書及びその控はいずれも特調備付けの用紙が使用されており、また、これらには特調名義の支払期限の日附印が押され、受理書発行担当官としてD名義の記名捺印があり、更に右受理書とその控は特調経理部長名義の「書類受領専用」と表示された印及び平名義の印で契印がなされていて、右B及びD名義の捺印または契印はいずれも同人らの印を押したものであり右日附印及び「書類受領専用」と表示された契印は特調備付けの印を押したものであつて、B及びDはいずれも当時特調経理部第一課の受理書発行担当官であつたこと等の事実が確定されており、また、特調における前示受理書及びその控の用紙、特調の庁印、受理書発行担当官の印及び受理書控その他の関係書類の保管の状況(原判決理由第一の四において詳細に認定しているとおりである)は盗用のおそれがない程厳重なものではなく、当時業者の中には特調契約部契約第一課及び経理部経理第一課等の室内(執務場所)に無断で出入りする者が少なからずあり、それらの者の中には特調における事務の取扱に精通する者があつたこと等の事実も原審の確定しているところであつて、以上認定の諸事実を考慮するときは、本件受理書及びその控の偽造並びに偽造の受理書と真正の受理書とのすりかえが、仮に調達局内部の者によつてなされたものではなかつたとしても、部外者がこれに成功しえたのは、調達局内部、特に、前記支払手続の一環をなす関係部課における用紙、印鑑、書類等の保管等につき缺けるところがあり、その過失によるものであろうことは容易に推断しうるところであり、そして、本件のように、弁済手続に数人の者が段階的に関与して一連の手続をなしている場合にあつては、右の手続に干与する各人の過失は、いずれも弁済者側の過失として評価され、右の一連の手続のいずれかの部分の事務担当者に過失があるとされる場合は、たとえその末端の事務担当者に過失がないとしても、弁済者はその無過失を主張しえないものと解するのが相当であつて、従つて、特調は、他に特段の事情がない限り、本件弁済につきその無過失を主張することは許されず、本件弁済を有効となしえない筋合である。しかるに、原判決は、右特段の事情の有無につき何ら触れることなく、末端の事務担当者である経理部出納課の係官が善意無過失であつたことを認定判示したのみで、直ちに本件弁済を有効と断じているのごあつて、この点において原判決には審理不尽、理由不備の違法があるものというほかはなく、上告理由第一点乃至第三点の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。 
 よつて、爾余の論点に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊) 
3.小問1(2)について
・+(虚偽表示)
第九十四条  相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2  前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
・94条2項の「第三者」については転得者も「第三者」に当たる
+判例(S45.7.24)
理由 
 上告代理人皆川泉の上告理由第一点について。 
 被上告人が原審において、原判決事実摘示記載のような主張をしていることは、記録に徴し明らかである。所論の訴外Dの善意に関する主張は、同人が上告人Bとの間の売買を民法五六二条によつて解除した旨の再抗弁の前提として、予備的に主張されたものにほかならず、右主張事実と観念上相容れないからといつて、他の主張がなされなかつたことになるものといわなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、被上告人の主張およびこれを摘示した原判決の趣旨を正解しないものであつて、採用することができない。 
 同第二点ないし第四点について。 
 原審の認定によれば、「本件不動産中二一筆については、訴外EからDに対し、昭和二五年五月五日付の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産はもともと被上告人の所有に属し、登記簿上の所有名義のみを一時前記Eに移していたもので、被上告人がEからその所有名義の回復を受けるにあたり、自己の二男Dの名義を使用して前記移転登記を経由したものであり、また、その余の二筆については、訴外Fから右Dに対し、同年六月一二日の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産は、被上告人がFから買い受けて所有権を取得したものでありながら、同じくDの名義を使用して右移転登記を経由したものであつて、いずれについても、被上告人からDに所有権をただちに移転する合意はなく、同人は登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎないものであるところ、昭和三二年一〇月一二日に至り、右Dは、本件各不動産を目的として、上告人Bの代理人たる訴外Gとの間で売買契約を締結して、同上告人に対する所有権移転登記を経由し、現に同上告人が自己の所有不動産であると主張しているけれども、右買受当時、同上告人の代理人たる前記Gは、本件各不動産がDの所有に属しないことを知つていた、というのであつて、原審の右認定は、挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。 
 ところで、不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することができないと解すべきことは、当裁判所の屡次の判例によつて判示されて来たところである(昭和二六年(オ)第一〇七号同二九年八月二〇日第二小法廷判決、民集八巻八号一五○五頁、昭和三四年(オ)第七二六号同三七年九月一四日第二小法廷判決、民集一六巻九号一九三五頁、昭和三八年(オ)第一五七号同四一年三月一八日第二小法廷判決、民集二〇巻三号四五一頁参照)が、右登記について登記名義人の承諾のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものである以上、右九四条二項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが相当である。けだし、登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づいて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべき理由はないからである。 
 したがつて、前記のような事実関係を前提として、本件不動産の所有権の帰属は、上告人BがDとの間の売買契約締結当時、右不動産がDの所有に属しないことを知つていたか否かにかかるとした上で、同上告人の代理人として右契約の締結にあたつたGが悪意であつたと認められるため、同上告人をもつて善意の第三者ということはできないとして、右不動産が自己の所有に属するとする被上告人の主張を是認した限度においては、原審の判断の過程およびその結論は、正当ということができる。 
 本件不動産がDの所有名義に登記されたのちにそのことが被上告人からDに通知された事実を認定してこれに対する法律的評価を示した原審の判断の違法をいい、また、右登記の経由に同人が全く介入していないから通謀虚偽表示として把握されるべき表示行為が実在しないとして、原判決に擬律錯誤、理由不備等の違法があるとする各論旨は、叙上の見地からは、いずれも、原審の結論の当否に影響のない議論というべきであり、まして、前記のように上告人Bが悪意であつたとする原審の認定判断を前提とすれば、右論旨が原判決を違法とすべき理由として採用しうるかぎりでないことは明らかである。もつとも、論旨には、第三者の善意・悪意にかかわらず、不実の登記を存置せしめた被上告人の所有権の主張は許されるべきでないとする趣旨に解される部分もあるが、到底左袒しえない独自の見解というほかはない。また、論旨は、悪意の対象たる事実が明確でないともいうが、ここにいう悪意が、原審の正当に判示しているとおり、本件不動産が登記名義人たるDの所有に属しないことを知つていたことを意味することは明らかであつて、右論旨も採用することができない。 
 同第五点について。 
 本件不動産中、第一審判決添付第一物件目録記載の一一筆は上告人Aに、また第二物件目録記載の一二筆は上告人Cに、それぞれ上告人Bから売り渡されたとして各所有権移転登記が経由されたが、被上告人が上告人Aおよび同Cを債務者として、各譲受不動産につき、それが被上告人の所有に属することを主張して、その処分および地上立木の伐採搬出等を禁止する仮処分の執行をした後において、右各売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消されたことは、原審において当事者間に争いのなかつたところであり、売買契約により一たん本件不動産の所有権を取得したとする上告人Aおよび同Cにおいても、現に本件不動産上に自己の権利が存することを主張するものではなく、右契約が合意解除されたことを自認し、右不動産は上告人Bの所有に属するものとして、被上告人の所有権を争つているものにほかならない。 
 してみれば、上告人Aおよび同Cは、原審口頭弁論終結時における法律関係として本件不動産所有権の帰属を確定するについては、上告人Bから独立した固有の利害関係を有しないものというべきであるから、原審が、右所有権を主張する被上告人の本訴請求を認容すべきものとするにあたつて、同上告人の悪意を認定するにとどまり、上告人Aおよび同Cの善意・悪意について判示しなかつたからといつて、右本訴請求に関するかぎり、両上告人に対する関係においても、原判決に所論の理由不備、擬律錯誤等の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 しかし、本件において、上告人Aは被上告人に対し、上告人Bと上告人Aとの間の売買契約の解除前に被上告人のした前記仮処分の執行が、同上告人の取得した所有権を侵害する不法行為を構成するとして、それによつて被つた損害の賠償を求める反訴請求をしているので、この請求の当否の前提として、右仮処分が同上告人に対する不法行為を構成するか否かを決するためには、右仮処分執行時を基準として、被上告人が同上告人に対し自己の所有権を主張しうる関係にあつたか杏かが判断されるければならない。 
 ところで、民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい(最高裁昭和四一年(オ)第一二三一号・第一二三二号同四二年六月二九日第一小法廷判決、裁判集民事八七号一三九七頁参照)、虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はなく、これを本件についていえば、上告人Aは、その主張するとおり上告人Bとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによつて上告人Aが所有権を取得しうるか否かは、一に、被上告人において、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上のDの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、同上告人に対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、同上告人は、右売買契約の解除前においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前々主たるDが本件不動産の所有権を有しない不実の登記名義人であることを知らなかつたものであるかぎり、同条項の類推適用による保護を受けえたものというべきであり、右時点での同上告人に対する関係における所有権帰属の判断は、上告人Bが悪意であつたことによつては左右されないものと解すべきである。 
 そうすると、上告人Aは、原審において、目的不動産に関する登記簿上の表示が真実の権利関係と異なることは知らないでこれを上告人Bから買い受けた旨主張しているのであるから、上告人Aの反訴請求の当否を判断するにあたつては、右主張事実の有無が認定判示されるべきであつたにもかかわらず、原審は、これをなすことなく、上告人Bの悪意を認定しただけで、ただちに、被上告人のした仮処分が被保全権利を欠くものということはできないと断じ、上告人Aの反訴請求は失当であるとの判断を下しているのであつて、原判決には、この点において、理由不備の違法があるものといわざるをえないことは、上述したところにより明らかである。それゆえ、論旨は、この限度において理由があり、原判決中、上告人Aの右反訴請求に関する部分は破棄を免れず、右請求の成否についてはなお審理の必要があるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。 
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九二条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一) 
・110条については、同条が代理人でない者を代理人であると信じた「第三者」の保護を目的としているから、「第三者」は代理行為の直接の相手方に限られ、転得者は含まれない!!!!
+判例(S36.12.12)
理由 
 上告代理人鍜治利一名義、同増岡正三郎の上告理由について。 
 論旨は要するに、上告人は、本件約束手形が正当の権限の下に振出されたものであると信ずべき正当の理由を有して居つたので、受取人よりその裏書譲渡を受けたものであるに拘らず、原審は、上告人の善意による取得を否定する判断をしたが、これに経験則違反、採証法則違反、審理不尽、民法一一〇条の解釈適用の誤りがあり、ひいては原判決に理由不備の違法を招いたものである旨主張するにある。 
 しかしながら約束手形が代理人によりその権限を踰越して振出された場合、民法一一〇条によりこれを有効とするには、受取人が右代理人に振出の権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るのであつて、かゝる事由のないときは、縦令、その後の手形所持人が、右代理人にかゝる権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたものとしても、同条を適用して、右所持人に対し振出人をして手形上の責任を負担せしめ得ないものであることは、大審院判例(大審院大正一三年(オ)第六〇一号、同一四年三月一二日判決、同院民集四巻一二〇頁)の示す所であつて、いま、これを改める要はない。 
 而して原判決によれば、原審は、被上告寺の経理部長Aの代理人であつた訴外Bがその権限外であるにも拘らず、右経理部長の記名印章を冒用して本件約束手形を振出し、その受取人である訴外Cが、本件約束手形の交付を受けた当時、右Bにおいて何等正当の権限なくしてこれを作成交付したものであることを十分察知して居つたものであるとの事実を認定して居る。 
 されば右判例の趣旨よりすれば、右認定の事実関係の下においては、本件約束手形の被裏書人である上告人が、仮に所論の如く、右Bに、本件約束手形振出を代理する権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたとしても、被上告寺は、上告人に対し本件約束手形上の責任を負担しないものとなすべきである。原判決は結局これと同趣旨に出て居るのであるから正当であつて、何等所論の違法はない。 
 論旨は、すべて理由がない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 五鬼上堅磐) 
+判例(S33.6.14)
理由 
 上告代理人弁護士森良作、同石川泰三、同飯沢進、同山田尚の上告理由第一点及び第三点について。 
 原判決はその挙示の証拠によつて、昭和二〇年一〇月九日上告人Aは自己の所有に属し且つ自己名義に所有権取得登記の経由されてある本件土地を上告人Bに売り渡し上告人Bは同二一年四月一〇日被上告人にこれを転売し、それぞれ所有権を移転したが、上告人両名間の右売買契約は昭和二二年一二月二〇日両者の合意を以て解除されたものと認定し、次いで、右契約解除は合意に基くものであつても民法五四五条一項但書の法意によつて第三者の権利を害することを得ないから、既に取得している被上告人の所有権はこれを害するを得ないとの趣意の下に、被上告人が上告人Bに代位して上告人Aに対し上告人B名義に本件土地の前示売買に因る所有権移転登記手続を求める請求及び右請求が是認されることを前提とした被上告人の上告人Bに対する前示売買に基く所有権移転登記手続請求をそれぞれ容認したものであることは、判文上明らかである。思うにいわゆる遡及効を有する契約の解除が第三者の権利を害することを得ないものであることは民法五四五条一項但書の明定するところである。合意解約は右にいう契約の解除ではないが、それが契約の時に遡つて効力を有する趣旨であるときは右契約解除の場合と別異に考うべき何らの理由もないから、右合意解約についても第三者の権利を害することを得ないものと解するを相当とする。しかしながら、右いずれの場合においてもその第三者が本件のように不動産の所有権を取得した場合はその所有権について不動産登記の経由されていることを必要とするものであつて、もし右登記を経由していないときは第三者として保護するを得ないものと解すべきである。けだし右第三者を民法一七七条にいわゆる第三者の範囲から除外しこれを特に別異に遇すべき何らの理由もないからである。してみれば、被上告人の主張自体本件不動産の所有権の取得について登記を経ていない被上告人は原判示の合意解約について右にいわゆる権利を害されない第三者として待遇するを得ないものといわざるを得ない(右合意解約の結果上告人Bは本件物件の所有権を被上告人に移転しながら、他方上告人Aにこれを二重に譲渡しその登記を経由したると同様の関係を生ずべきが故に、上告人Aは被上告人に対し右所有権を被上告人に対抗し得へきは当然であり、従つて原判示の如く被上告人は上告人Aに対し自己の登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有しないものとは論ずるを得ないものである)。のみならず、原判決は上告人Bが上告人Aに対して有する前示両者間の売買契約に基く所有権移転登記請求権を被上告人において代位行使する請求を是認しているのであるから、上告人Aが被上告人に対し右売買契約は上告人Bとの間の合意解約によつてすでに消滅していることを主張し得べきは当然の筋合であると云わなければならない。けだし上告人Aとしては上告人Bから前示移転登記手続方を直接に請求された場合当然に主張し得べき前示合意解約の抗弁を被上告人が上告人Bに代位して移転登記手続を請求してきた場合これを奪わるべき理由がないからである。但し、右合意解約が当事者間の通謀による虚偽の意思表示であるとか、或は被上告人が原審以来主張している事情の立証されたときは格別である。 
 以上のとおりであるから、本上告論旨は結局理由あるに帰し、従つて本件上告はその理由あり、原判決は到底破棄を免れないものと認める。 
 よつて、爾余の論点に対する判断を省略し民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎) 


民事訴訟法 基礎演習 訴訟と非訟


1.夫婦の同居義務

+(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条  夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

+判例(S40.6.30)
理由
本件抗告の理由は別紙記載のとおりであり、これに対して当裁判所は次のように判断する。
憲法八二条は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」旨規定する。そして如何なる事項を公開の法廷における対審及び判決によつて裁判すべきかについて、憲法は何ら規定を設けていない。しかし、法律上の実体的権利義務自体につき争があり、これを確定するには、公開の法廷における対審及び判決によるべきものと解する。けだし、法律上の実体的権利義務自体を確定することが固有の司法権の主たる作用であり、かかる争訟を非訟事件手続または審判事件手続により、決定の形式を以て裁判することは、前記憲法の規定を回避することになり、立法を以てしても許されざるところであると解すべきであるからである。
家事審判法九条一項乙類は、夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する事件を婚姻費用の分担、財産分与、扶養、遺産分割等の事件と共に、審判事項として審判手続により審判の形式を以て裁判すべき旨規定している。その趣旨とするところは、夫婦同居の義務その他前記の親族法、相続法上の権利義務は、多分に倫理的、道義的な要素を含む身分関係のものであるから、一般訴訟事件の如く当事者の対立抗争の形式による弁論主義によることを避け、先ず当事者の協議により解決せしめるため調停を試み、調停不成立の場合に審判手続に移し、非公開にて審理を進め、職権を以て事実の探知及び必要な証拠調を行わしめるなど、訴訟事件に比し簡易迅速に処理せしめることとし、更に決定の一種である審判の形式により裁判せしめることが、かかる身分関係の事件の処理としてふさわしいと考えたものであると解する。しかし、前記同居義務等は多分に倫理的、道義的な要素を含むとはいえ、法律上の実体的権利義務であることは否定できないところであるから、かかる権利義務自体を終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によつて為すべきものと解せられる(旧人事訴訟手続法〔家事審判法施行法による改正前のもの〕一条一項参照)。従つて前記の審判は夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣旨のものではなく、これら実体的権利義務の存することを前提として、例えば夫婦の同居についていえば、その同居の時期、場所、態様等について具体的内容を定める処分であり、また必要に応じてこれに基づき給付を命ずる処分であると解するのが相当である。けだし、民法は同居の時期、場所、態様について一定の基準を規定していないのであるから、家庭裁判所が後見的立場から、合目的の見地に立つて、裁量権を行使してその具体的内容を形成することが必要であり、かかる裁判こそは、本質的に非訟事件の裁判であつて、公開の法廷における対審及び判決によつて為すことを要しないものであるからである。すなわち、家事審判法による審判は形成的効力を有し、また、これに基づき給付を命じた場合には、執行力ある債務名義と同一の効力を有するものであることは同法一五条の明定するところであるが、同法二五条三項の調停に代わる審判が確定した場合には、これに確定判決と同一の効力を認めているところより考察するときは、その他の審判については確定判決と同一の効力を認めない立法の趣旨と解せられる。然りとすれば、審判確定後は、審判の形成的効力については争いえないところであるが、その前提たる同居義務等自体については公開の法廷における対審及び判決を求める途が閉ざされているわけではない。従つて、同法の審判に関する規定は何ら憲法八二条、三二条に牴触するものとはいい難く、また、これに従つて為した原決定にも違憲の廉はない。それ故、違憲を主張する論旨は理由がなく、その余の論旨は原決定の違憲を主張するものではないから、特別抗告の理由にあたらない。
よつて民訴法八九条を適用し、主文のとおり決定する。
この裁判は、裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同奥野健一の補足意見、裁判官山田作之助、同横田正俊、同草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の意見があるほか、裁判官全員の一致した意見によるものである。

+補足意見
裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同奥野健一の補足意見は次のとおりである。
旧民法(昭和二二年法律二二二号による改正前の民法)上の夫婦の同居を目的とする訴は旧人事訴訟手続法(家事審判法施行法による改正前のもの)一条一項により、人事訴訟事件として地方裁判所に訴を提起すべく、裁判所は対審(口頭弁論)、公開の手続により、判決の形で裁判をなすべきものとされていた。現行民法七五二条の夫婦の同居の義務も旧民法のそれと本質的に異るものではない。即ち、夫婦の同居の義務は多分に倫理的、道義的な要素を含むとはいえ、法律上の実体的義務であつて、これが存否につき争があり、これを終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によつて裁判すべきものである。とくに現行憲法は、個人の尊重とその権利の保障を一つの根本精神とし、そのために、何人も裁判を受ける権利を奪われないこと(三二条)、すべて司法権は司法裁判所に属し、特別裁判所の設置を許さないこと(七六条)、裁判の対審と判決は公開法廷で行なうこと(八二条)を定めている。さらに、この精神にそつて、現行の訴訟法は対審公開の原則の下に、当事者が攻撃防禦を尽くし、厳格な証拠調を経た上で判決することとしている。これによつてはじめて真実が発見され、個人の権利が真に適正に保障されるからにほかならない。したがつて、いやしくも法律上の実体的権利義務の存否について争いがあれば、これを終局的に確定するには、司法裁判所において公開の法廷で対審の下に厳格な証拠調を経た上で判決することを要するのであり、そうでなければ、現行憲法の根本精神を無にするものといわなければならない。
然るところ、家事審判法九条一項乙類は、夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する事件を審判事項として非訟事件手続法に準ずる手続により非公開の手続で審理し、決定の形式を以て裁判すべきものと規定している。しかし、同条項にいう「夫婦の同居に関する処分」とは、夫婦の同居義務の存否を終局的に確定する趣旨のものではなく、夫婦の同居義務の存することを前提として、その同居の具体的な態様、場所、時期等に関する処分であると解すべきである。けだし、民法は同居の具体的な態様、場所、時期等について一定の基準を規定していないのであるから、家庭裁判所がこれらの点について、裁量権により具体的にこれを形成する必要があり、かかる裁判は本質的に非訟事件の裁判であつて、公開の法廷における対審及び判決によることを要しないものであるからである。即ち、家事審判による処分には形成力は生じるが、その前提要件についての既判力はないと解する。この関係は、仮処分を命ずるには、一応本案の請求権の存することを前提として、仮処分の裁判をなすのであるが、その裁判が確定してもその基礎である請求権の存在は、本案の訴訟で確定されるものであるのと類似していると考える。若しこれに反し家事審判において、かかる形成的な処分の外に、基本たる同居の義務の存否までも終局的に確定するものとすれば、国民の裁判を受ける権利の剥奪となり憲法三二条、八二条に違反するものと言わざるを得ない。けだし、訴訟事件とするか非訟事件とするかは、単なる立法上の便宜の問題ではなく、実体的権利義務の存否の確定は飽くまで訴訟手続によるべきもので、これを回避するため非訟事件手続とすることは、前記憲法の規定上許されないところであるからである。(戦時民事特別法を想起すべきである。昭和三五年七月六日当裁判所大法廷決定(昭和二六年(ク)第一〇九号、民集第一四巻第九号一六五七頁)は戦時民事特別法一九条二項に関して、「若し性質上純然たる訴訟事件につき、当事者の意思いかんに拘らず終局的に、事実を確定し当事者の主張する権利義務の存否を確定するような裁判が、憲法所定の例外の場合を除き、公開の法廷における対審及び判決によつてなされないとするならば、それは憲法八二条に違反すると共に、同三二条が基本的人権として裁判請求権を認めた趣旨をも没却するものといわねばならない。」と判示している。)
これを要するに、夫婦の一方が故なく同居しない、又は同居させない場合に、他の一方から同居すべきこと又は同居させるべきことを求める争訟においては、同居義務の存否を確認し、義務ありとすればこれが履行を命ずる裁判をなすべきであつて、その性質は、純然たる訴訟事件であり、固より形成訴訟ではない。従つて、かかる請求権の存否を確定するには公開の手続による対審、判決によつて裁判すべきものであつて、このことは人事訴訟手続法一条一項から夫婦の同居を目的とする訴が削除された現在でも、なお一般民事訴訟として訴を提起し得るものと解すべきである。従つて、「夫婦でないから同居の義務がない」とか、「夫婦であるが、同居請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がない」とかといつたような夫婦関係の存否又は同居請求が権利濫用であるか否か等について争がある場合に、その争を単なる非訟事件手続により審理し、決定で終局的に裁判することは許されないものというべきである。このことは、遺産分割の審判が、相続権自体の有無に対し、既判力を有しないのと同様である。若し、家庭裁判所が同居義務なしとして申立を却下し、その審判が確定した場合に、これがため夫婦同居義務不存在が単なる非訟事件手続による決定により、終局的に確定されるものとすれば、前示大法廷判例の趣旨に反し、正に前記憲法の規定に反するものといわざるを得ないであろう。
叙上の理由により、家事審判法九条一項乙類の規定は憲法八二条、三二条に違反するものではなく、これに従つてした原決定も違憲ではない。

+意見
裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。
一 多数意見ならびに横田(喜)、入江、奥野裁判官の補足意見によれば、憲法八二条が「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定した趣旨は、法律上の実体的権利義務自体につき争いがあり、これを確定するには、公開法廷における対審及び判決によるべきであると解すべきであつて、夫婦の同居に関する争いにおいても、同居の権利義務自体につきこれを確定するには、公開裁判によるべきであるところ、本件家庭裁判所の為したる「相手方(夫)はその住居で申立人(妻)と同居しなければならない」とした審判は単に「夫の住所で同居しなければならない」とする同居の時期、場所についてのみ形成的効力を生ずるにとどまり、その前提である同居の義務ありや否やの点につき、当事者に不服があれば、更に通常裁判所に出訴し得るというのである。
しかし、家庭裁判所がする審判が、しかく不徹底な軽いものであると解すべきであろうか。本件事案についてみるに、相手方たる夫は、妻と同居する義務なきことを主張して争つてきたのに対し、家庭裁判所は「妻と同居すること」との審判を与えているのであつて、これ正しく、妻に同居請求権あることを認めた審判であると解せざるを得ない。多数意見に従えば、本件当事者の一方は同居の義務ありや否やの点について争いがあるとして更に通常裁判所に出訴することができるというのであるが、かかる解釈をすることは一般世人をして首肯させることが出来ないばかりでなく、家事紛争の処理を司る家庭裁判所のなす審判の権威と機能を全く阻害するものといわなくてはならない。
二 いうまでもなく、憲法八二条が「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定する所以のものは、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」とする憲法三二条の規定と表裏相待ち、憲法が国民に保障している基本的人権ならびに自由の最後の保障は、結局裁判所における公正な裁判によつてなされるものであり、その裁判が公正に行われるためには、裁判を公開の法廷における対審手続により行うことによつてこれを国民の直接の監視の下におくことが肝要である、というにほかならない。
しかして、この裁判の対審公開の原則は、その沿革よりすれば、もと刑事事件について採用され、数世紀にわたる人々の経験から、対審公開の手続によつてはじめて裁判の公正が保たれ人権の窮極の保護が全うせられるとの経験より得られた経験主義的原理であり、近代国家にあつては、あまねく、憲法的要請として採用されるに至つたものである。
三 しかし、今日においては人の知るとおり、裁判の公正に行われることの保障については、(1)裁判官の独立(2)裁判官の身分の保障(3)特別裁判所の禁止(4)行政機関による終審的裁判の禁止等の諸原則が、憲法上採用されているのであつて、裁判の対審公開の原則のみが、その唯一の保障ではなくなつたのである。
しかのみならず、近代社会の複雑化と進展に伴い、裁判の対象である権利義務の内容本質の如何によつては、衆人環視の下に公開の法廷における対審手続によつて裁判されることが、当事者のプライバシーを公開するような結果を生じ、また、公開の法廷では容易に真実が述べられないおそれがある等却つてその当事者たる国民の人権を尊重しない結果となる例外的場合も生じてきていることも事実であつて、各国憲法を比較する観点よりすれば、裁判の対審公開の原則は幾分緩和されつつあるのである。
四 しかして、わが憲法八二条も、全部の裁判を必ず公開裁判で行うべしとは規定していない。同条第二項が、(1)政治犯罪(2)出版に関する犯罪(3)国民の基本的権利が問題となつている事件については常に対審公開の裁判によるべしと定めている点に鑑みれば、その他の事件については、原則として対審公開の裁判でなされることが要請されているのではあるが、例外を絶対認めない趣旨と解すべきではない。
五 然らば、如何なる場合に例外を認め得るやというに、もともと裁判の対審公開の原則は既に詳述した如く対審公開の手続によつてはじめて裁判が公正に行われることを期待し、因つてその関係者の権利を擁護せんとするものであるから、若しその争われる権利義務の本質上、公開の法廷における対審手続によつて裁判されることにより却つてその人の権利の擁護にならないと認められる場合には、必ずしも裁判公開の原則を固執する要なきものと解するを相当とする。
六 本件の如く家事審判法が家庭裁判所の審判事件として非公開の審判手続により審判すべきものと定めている夫婦間の同居に関する争いは、その内容たる権利義務自体の本質よりして正に裁判の対審公開の原則に親しまない例外の事例に該当するものと解するのを相当とする。けだし家族団体員相互の間の諸権利義務、就中夫婦同居請求を認容するか否かについては、夫婦間の微妙なる関係のほか、家族間の信頼関係等に影響される処多く、その内容も多岐多様にして、これを具体的に確定するにも、社会的、倫理的、経済的見地に立つて、国家が後見的隠密裡に介入すべきもの多く、裁判官の裁量に基づきこれを定める必要も多々あるのであり、国民一般も亦公開対審の場でこれが争いを決することを必ずしも好んではいないのが実情であるから、斯る権利義務(所謂家団における団体的権利義務)に関する裁判を、家庭裁判所の審判事件として非公開対審でなすこととすることは、この権利の本質からする当然の帰結であつて、毫も憲法八二条に違反するものというを得ない。そして、如何なる権利義務関係が、憲法八二条の対審公開の裁判に親しまないものであるかは、具体的法律関係につき、まず、立法問題として処遇さるべく、しかも、その立法につき、その権利の本質が争われたときは最高裁判所の最終判決によつて解決さるべきものと解すべきである。
叙上のとおり、夫婦同居請求は非訟事件手続法を準用する非公開の審判手続によるべき旨定める家事審判法の規定は合憲であり、従つて本件審判を是認した原決定が違憲でないことは、多数意見とその結論を同じくするけれども、その理由を異にするものであり、また、夫婦同居の権利義務自体について更に訴訟を以て争いうる旨の多数意見には、にわかに賛同し難い。

+意見
裁判官田中二郎の意見は次のとおりである。
私の意見は、本件抗告はこれを棄却すべきものとする結論において多数意見と同じであるが、その理由を異にする。多数意見によれば、憲法八二条に「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定した趣旨は、法律上の実体的権利義務自体につき争がある場合において、これを確定するには、公開の法廷における対審及び判決によるべきものと解すべきであつて、夫婦の同居義務に関する争であつても、同居義務自体は法律上の実体的権利義務であることは否定できないところであるから、かかる権利義務自体を終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によつてなすべきものである、という。かような見地に立つて、多数意見は、本件家庭裁判所のなした審判は、夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣旨のものではなく、これらの実体的権利義務の存することを前提として、その同居の時期・場所・態様等について具体的内容を定める処分であつて、審判確定後は、審判の形成的効力については争いえないところであるが、その前提たる同居義務等自体については公開の法廷における対審及び判決を求める途が閉ざされているわけではないから、家事審判法の審判に関する規定は、何ら憲法八二条、三二条に牴触するものではない、というのである。
これに対し、私は、夫婦の同居義務に関する民法の規定の改正並びに家事審判制度創設の経緯及びその趣旨に鑑み、夫婦関係の存続を前提とする家事審判法による夫婦の同居に関する審判そのものについては―離婚又は婚姻無効を理由とする同居義務の不存在を主張する場合を別として―公開の法廷における対審及び判決を求める途は閉ざされているものと解すべきであつて、このような制度の建前をとつたからといつて、そのこと自体が決して憲法八二条及び三二条に違反するものではないと考えるのである。その理由は、次のとおりである。
一 夫婦が一般的抽象的に同居義務を有することは、民法七五二条の明定するところであつて、夫婦関係の存続を前提とする限り、夫婦の同居義務等自体については、あえて訴訟により、裁判所の確定をまつまでもない。問題になるのは、この同居義務の存在を前提として、個々の事案に即し、その同居の場所・時期・態様等について、その具体的内容はどのようであるべきかの点である。ところが、これらの点については、民法には何らの基準を定めておらず、他にその基準を定めた規定もない。それは、一定の基準を設け、これによつて画一的な解決方法を講ずることが、事柄の性質上、必ずしも適当とはいえないからである。家事審判法がこれらの事件を家事審判事項としているのは、このような事件の特殊性―夫婦共同生活体の内部の倫理的・道義的な要素を多分にもつた、従つてまたプライバシーを尊重確保する必要性が大きいといつた特殊性―に鑑み、家庭裁判所が、後見的立場から、合目的的見地に立ち、その裁量権を行使して具体的事案に即した妥当な解決を図るようにするためにほかならない。従つて、かような家事審判法による夫婦同居義務に関する審判は、一種の形成処分の性質を有するものであつて、現行法全体の建前は、この種の問題の終局的解決を家庭裁判所の形成的作用に期待しているものと解すべきである。
ところで、多数意見は、右審判が右のような性質を有することを認めながら、それとは別に、夫婦同居義務自体に関する紛争があり得るものとし、それは法律上の実体的権利義務に関する紛争であるから、憲法上、通常訴訟の途が閉ざされていてはならないというのである。しかし、いつたい、多数意見のいうように、夫婦関係の存続を前提としつつ、夫婦同居義務自体等に関する紛争と夫婦同居義務の具体的内容、すなわち、その場所・時期・態様等に関する紛争とを切り離し、これを別個のものとして明確に区別して考えることができるであろうか。横田(喜)、入江、奥野各裁判官の補足意見は、「夫婦でないから同居の義務がない」とか、「夫婦であるが、同居請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がない」というような場合を「同居義務自体」、の例としてあげ、このような場合には、当然、通常訴訟の途が開かれていなければならないとするようである。ところで、右の引例のうち、「夫婦でないから同居義務がない」というのは、夫婦関係の存続を前提とするものではなく、離婚・婚姻無効を主張する等夫婦関係の存在そのものを争うか、その不存在を前提として、同居義務の不存在を主張するものであつて、それが通常訴訟の対象となることは、私も決して否定するわけではない。夫婦関係の不存在を主張して争う場合に、それが通常訴訟の対象となることはもちろんであり、その主張が肯認されれば、同居義務が否定されることは当然である。次に他の一つの例として引用される「夫婦であるが、同居請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がない」というのは、夫婦同居義務の存在を前提としつつ、同居請求をする場合であるから、前の例とは全く事情を異にする。この事例の同居請求は、その実質は、同居義務履行の具体的態様に関するものと解すべきであつて、同居請求に理由があるかどうかは、正に審判によつて最終的に決定すべきであると考える。結果的に、例えば精神病者である夫婦の一方からの同居請求のような場合に、具体的な事態のもとでは、その請求は権利濫用であるとして、相手方に対し、抽象的同居義務はあるが、具体的同居義務(同居の態様)がない、という決定を下すことはあり得るであろうが、それは、同居義務の存在そのものを前提としながら、具体的事案に即しての同居義務履行の一態様として、例えば病気療養中、一時的に同居する必要がないという裁量的形成処分にほかならないのである。従つて請求者の精神病が治癒した暁には、相手方の本来の同居義務が回復することは当然である。そもそも、夫婦関係の存続を前提としながら、終局的に同居義務の不存在の確認を訴訟によつて求めるがごときは、民法の予定しないところであり、そのような通常訴訟を認めるべき合理的根拠は見出しがたいように思う。
二 そもそも、一般の民事事件の裁判は、当事者間に権利義務に関する具体的な紛争のある場合に、一般的抽象的に定められた法規―慣習法等を否定する趣旨ではない―を具体的事件に適用し、何が正しい法であるかを宣言する作用(Recht―sprechung)であり、このような裁判について、憲法は、公開の原則及び対審構造を保障しているのである。ところが、夫婦同居義務の具体的内容に関する紛争については、さきに述べたように、適用すべき法の一般的基準の定めがあるわけではなく、もつぱら家庭裁判所の形成的作用に委ね、その後見的立場における広範かつ自由な裁量によつて、具体的に衡平・妥当な解決をもたらすことを期しているわけである。従つて家庭裁判所の行なう審判は、合目的性ないし具体的衡平を理念とする一種の形成的作用にほかならない。このような典型的な非訟事件の審判は、上述の法の宣言作用たる裁判とは、元来、その性質を異にするのであるから、この種の事件の処理について、一般の民事事件や刑事事件の裁判と異なつて、公開の原則及び対審構造が保障されていないからといつて、直ちに違憲といい得ないことはいうまでもない。それは、このような家庭裁判所の行なう審判は、さきに述べたように、憲法で公開・対審の原則の保障されている裁判そのものには当らないと解すべきであるからである。
もとより、いわゆる非訟事件のすべてが、右に述べた意味での裁判に当らないというわけではない。立法政策的に非訟事件とされることによつて、具体的な権利義務に関する紛争のすべてが通常訴訟に親しまなくなるというわけでもない。法律上、非訟事件とされているものについても、その事件の性質・内容によつて、通常訴訟の対象とされるべきかどうかの判断がなされなくてはならない。家事審判法九条一項乙類に掲げる各事項についても、通常訴訟が許されるかどうかについて、具体的に検討する必要があり、終局的には、判例法によつて解決されるべき問題である。
夫婦同居義務に関する紛争であつても、さきに述べたように、婚姻の無効又は離婚を主張し、婚姻関係の不存在を前提として、同居義務の不存在を主張する場合には、通常訴訟によつてこれを争うことを妨げるものではない。しかし、夫婦関係の存続を前提とする以上、公開・対審の原則が保障された裁判の対象となるべき具体的な権利義務に関する紛争は生ずる余地はなく、ただ、夫婦の同居義務履行の場所・時期・態様等の具体的内容に関する紛争―具体的事情のもとに同居義務を一時的に拒否するのも、その義務履行の一態様にすぎない―のみが予想されるのであつて、
これらの紛争は、事柄の性質からいつて、倫理的な夫婦共同生活体の内部の紛争であり、プライバシーの尊重を必要とする問題であるから、これを公開の法廷に曝すことは適当でなく、また、それは、当事者の対立抗争の法構造である対審構造のもとにおける裁判になじまない性質のものというべきである。従つて、このような典型的な非訟事件については、通常の民事訴訟事件と区別して、これに特別の家事審判制度を設け、特別の取扱いを認める合理的根拠は十分に存在するのであつて、このような制度や特別の取扱いをしたからといつて、憲法の趣旨に反するものとするいわれは毛頭ないものというべきである。
これを要するに、多数意見は、夫婦同居義務に関する家庭裁判所の審判の意義及び性質についての正しい理解を欠き、家庭裁判所創設の意義を没却する虞れがあるものというべきであつて、到底、賛成することができない。
裁判官横田正俊、同柏原語六は、裁判官田中二郎の右意見に同調する。

+意見
裁判官松田二郎の意見は、次のとおりである。
(一) 私は家事審判法九条一項乙類一号の夫婦の同居に関する審判は、憲法三二条、八二条に違反しないものと解するのであつて、この限りにおいて、多数意見と見解を同じくする。
しかしながら、その理論的根拠において、私は多数意見と全く異る見地に立つものである。すなわち、多数意見は、同居に関する家事審判とは別個に、同居義務の実体的権利義務自体を終局的に確定するためには、公開の法廷における対審および判決による訴訟の途が開かれていると主張し、このように解することによつて、右審判が前記憲法の条項に違反しないことを理由付けようとする。これに対して、私はそのような訴訟による途が開かれていることを否定するものなのである。私の見解によれば、夫婦同居に関する事項は、本質上、非訟事件に属するものであり、従つて非訟手続たる家事審判法の審判によることは、理論上当然のことなのである。換言すれば、本質上、非訟事件たるものを非訟手続のみによらしめても、何等違憲の問題を生ずる余地すらないのである。
(二) 思うに、夫婦間の婚姻関係は、法律的であるとともに倫理的であるところの生活協同体であり、他の法域におけるよりも遥かに高度に、法と道徳との二要素が密接に関連しているのである。このことは、当然に婚姻の法律関係を特徴づけるのである。そして今や新憲法の両性の本質的平等の理念の下で、婚姻は夫婦相互の協力により自主的に営まれることが期待されているのである(憲法二四条参照)。従つて、それは国家機関たる裁判所による訴訟的解決になじまない法域といえよう。たとえば夫婦間の契約は、婚姻中、何時でも第三者の権利を害しない限り、夫婦の一方からこれを取消し得ると規定していることも(民法七五四条)、夫婦間の契約に基づく争を訴訟によつて解決することは妥当でないとすることのあらわれである。要するに、婚姻関係については、その存続を前提とする限り、裁判所はただ後見的の立場において、これに関与するに止まるのである。ただ、この関係を解消せしめようとする離婚については、訴訟が認められているのである。
叙上の理由により、婚姻関係に関する事項―本件における同居義務に関する事項も含めて―については、婚姻の存続を前提とする限り、裁判所は民事訴訟手続と異るところの手続によつてこれに関与するに止まるべきものである。しかして、この場合における客観的真実発見の必要は、弁論主義を採ることを許さなくなり、また夫婦共同生活に関するプライバシーの尊重は、手続の非公開を要請することとなるのである。しかしてこれに適合する手続が、すなわち非訟事件としての性質を有する家事審判法である。
(三) しかるに、多数意見に賛成する横田(喜)、入江、奥野三裁判官は、補足意見として次のごとく主張される。すなわち、旧人事訴訟手続法(家事審判法施行法による改正前のもの)一条一項が「夫婦の同居を目的とする訴」を認めていたことを援用して、夫婦同居義務の権利義務自体を終局的に確定するには、公開の法廷における対審および判決によるべきであるとの主張の根拠とされるのである。
しかしながら
(1) 新憲法下で家庭裁判所が新たに設立され、家事審判法が夫婦同居に関する事項について審判を行なうに至つたことを忘るべきではない。旧人事訴訟手続法に規定された右の訴は、既に廃止されて、今や存在しない過去のものたるに過ぎないのである。
(2) そればかりでなく旧人事訴訟手続法の下においてすら、夫婦同居請求の訴を提起し、原告が勝訴し、その判決が確定した場合においても、相手方に対して、何等、直接にも間接にもその履行を強制する方法がなかつたことは(大審院昭和五年(ク)第八九〇号同年九月三〇日決定、大審院判例集九巻一一号九二六頁参照)、想起さるべきである。すなわち、この場合、国家機関たる裁判所は夫婦間の「訴訟」に介入しても、終局的には何等その介入の効果を収め得なかつたことを示しているからである。換言すれば、人事訴訟として「夫婦の同居を目的とする訴」なるものを認めたことが、無意味であつたことを示すに外ならない。
(3) 既に述べたように、多数意見は「夫婦同居の義務の実体的権利義務自体」といら概念を構成し、それを終局的に確定するには公開の法廷における対審および判決によるべきであると強調するのである。しかし、夫婦同居についての法律関係自体は、民法七五二条そのものが明定するところであり、敢て再びこれを訴訟によつて確定することを要しないのである。そして同居に関し夫婦間に協議の調わないとき、この民法の定めるところに基づいて、家庭裁判所は具体的事件につき諸般の事情を斟酌して具体的な態様を形成するのである。前示家事審判はこのような形成的作用を有する処分なのである。
(四) さらに多数意見のいうような訴訟を認めるときは、きわめて多くの疑問を生じ、裁判実務を混乱に導くものと思われる。
(1) もしこのような訴を許すならば、家庭裁判所の夫婦同居に関する審判について不服の者は、民事訴訟を提起するであろう(家庭裁判所の審判をまたず、その前において、民事訴訟を提起するものもあろう)。このことは、徒に多くの民事訴訟を誘発することとなろう。
(2) 右のよらな訴と家事審判とは、どのような関係に立つのであろうか。この点につき、横田(喜)、入江、奥野の三裁判官は、民事訴訟による裁判と家事審判との関係を本案訴訟と仮処分手続との関係に類似するものとされるのである。
しかし、このような見解によれば、夫婦同居の事項に関して、家庭裁判所は何等固有の権限を有しないこととなろう。
けだし、この見解によれば、家庭裁判所は単に仮処分的の機能のみを行うに過ぎないものとなるからである。そして家庭裁判所の審判は、常に民事訴訟によつて覆される可能性を有するものとなるからである。これは新憲法下で家庭裁判所の設立された意義を没却するものであろう。
(3) 多数意見の主張するごとき訴訟によつて、夫婦同居義務の存在または不存在の判決が確定したと仮定しよう。そしてもしこの判決確定後、これに反する事情が生じたときは、多数意見はいかにこれを処理するのであろうか。既にこの点の既判力が生じているからである。しかし、私のように同居義務について家事審判のみを認める以上、その審判には既判力がないから、事情変更を理由として、その審判の取消、変更を認めるに何等の妨げを見ないのである。そしてこのような点にこそ、夫婦同居義務に関する事項が非訟事件たる所以を見るのである。
(4) もし、夫婦同居についての訴が許されるとしても、現行法上このような訴はもはや人事訴訟手続法に規定されていないことを忘るべきでない。従つて、このような訴は民事訴訟法によらざるを得ないこととなるのであろう。そうであるならば、この訴訟において請求の認諾(民訴二〇三条)が認められ、擬制自白(民訴一四〇条一項本文)の規定が適用されるのであろうか。しかし、このような結論が失当なことは多言を俟たないのである。
(5) 多数意見のような訴が認められるならば、この訴を本案とする仮処分が認められることとなろう(旧人事訴訟手続法一六条参照)。それは果していかなる内容の仮処分なのであろうか。夫婦同居に関する審判と同居に関する訴の仮処分とは、いかなる関係に立つのであろうか。これらの疑問に対して、多数意見はすべからく答えるべきであるにかかわらず、何等述べるところがないのである。
(五) いうまでもなく、ある事項を訴訟事件とするか非訟事件とするかは、決して、単なる立法上の便宜の問題でないのであつて、実質上訴訟事件たるものを非訟事件とすることは、憲法三二条、八二条を回避するものとして許されないのである。しかし、本質上、非訟事件の性質を有するものを非訟手続によらしめることは、固より当然であり、何等憲法の右条項に反しないことは、いうまでもない。しかして新憲法下における夫婦同居に関する事項は正にこれに該当するのであつて、その性質が非訟事件に属し、民事訴訟になじまないものであるから、現行制度はこの本質に即して、その処理を非訟手続たる家事審判法に委ねているのである。多数意見はこの本質を正解しないものと思われる。そればかりでなく、その理論的誤りの結果として、裁判運営の上に、多大の支障を生ぜしめるに至るのである。
要するに、叙上の点からして、私は多数意見の理由に対して、反対せざるを得ないのである。
裁判官草鹿浅之介は、裁判官松田二郎の右意見に同調する。

+意見
裁判官岩田誠の意見は次のとおりである。
私も本件抗告は、これを棄却すべきものとする結論において多数意見と同じであるが、夫婦関係の存続を前提とする限り、夫婦の同居義務存否を確定する訴訟を裁判所に提起することは許されず、夫婦の同居に関する処分は専ら家庭裁判所の審判によるべきであり、又かく解したからといつて、家庭裁判所の右審判が憲法三二条、八二条に違反するものではないと思料する。そしてその理由は田中裁判官の意見と同一であるから、これを引用する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

・被告が同居しようとしない場合に、強制執行によって同居義務を実現することができるか?
→消極的。
夫婦の同居義務は、債務者が任意に履行しなければ債権の目的を達することのできない債務であるから。

2.同居義務の内容を定める手続き

・人事訴訟という方法。

+(民事訴訟法 の規定の適用除外)
人事訴訟法第十九条  人事訴訟の訴訟手続においては、民事訴訟法第百五十七条 、第百五十七条の二、第百五十九条第一項、第二百七条第二項、第二百八条、第二百二十四条、第二百二十九条第四項及び第二百四十四条の規定並びに同法第百七十九条 の規定中裁判所において当事者が自白した事実に関する部分は、適用しない
2  人事訴訟における訴訟の目的については、民事訴訟法第二百六十六条 及び第二百六十七条 の規定は、適用しない

職権探知
人事訴訟法第二十条  人事訴訟においては、裁判所は、当事者が主張しない事実をしん酌し、かつ、職権で証拠調べをすることができる。この場合においては、裁判所は、その事実及び証拠調べの結果について当事者の意見を聴かなければならない。

・家事事件手続法を使う方法

+(審判事項)
第三十九条  家庭裁判所は、この編に定めるところにより、別表第一及び別表第二に掲げる事項並びに同編に定める事項について、審判をする。

+(申立ての方式等)
第四十九条  家事審判の申立ては、申立書(以下「家事審判の申立書」という。)を家庭裁判所に提出してしなければならない。
2  家事審判の申立書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一  当事者及び法定代理人
二  申立ての趣旨及び理由
3  申立人は、二以上の事項について審判を求める場合において、これらの事項についての家事審判の手続が同種であり、これらの事項が同一の事実上及び法律上の原因に基づくときは、一の申立てにより求めることができる。
4  家事審判の申立書が第二項の規定に違反する場合には、裁判長は、相当の期間を定め、その期間内に不備を補正すべきことを命じなければならない。民事訴訟費用等に関する法律 (昭和四十六年法律第四十号)の規定に従い家事審判の申立ての手数料を納付しない場合も、同様とする。
5  前項の場合において、申立人が不備を補正しないときは、裁判長は、命令で、家事審判の申立書を却下しなければならない。
6  前項の命令に対しては、即時抗告をすることができる。

+(手続の非公開)
第三十三条  家事事件の手続は、公開しない。ただし、裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。

3.訴訟の非訟化とその限界

・憲法32条・82条との関係

訴訟=実体的権利義務の存否を確定する裁判
非訟=実体的権利義務が存在することを前提として、その具体的内容を裁判所が裁量権を行使して形成する裁判


行政法 基本行政法 行政指導


1.行政指導とは

+(定義)
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  法令 法律、法律に基づく命令(告示を含む。)、条例及び地方公共団体の執行機関の規則(規程を含む。以下「規則」という。)をいう。
二  処分 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。
三  申請 法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。
四  不利益処分 行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう。ただし、次のいずれかに該当するものを除く。
イ 事実上の行為及び事実上の行為をするに当たりその範囲、時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分
ロ 申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分
ハ 名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分
ニ 許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの
五  行政機関 次に掲げる機関をいう。
イ 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関若しくは内閣の所轄の下に置かれる機関、宮内庁、内閣府設置法 (平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項 若しくは第二項 に規定する機関、国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項 に規定する機関、会計検査院若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
ロ 地方公共団体の機関(議会を除く。)
六  行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
七  届出 行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)であって、法令により直接に当該通知が義務付けられているもの(自己の期待する一定の法律上の効果を発生させるためには当該通知をすべきこととされているものを含む。)をいう。
八  命令等 内閣又は行政機関が定める次に掲げるものをいう。
イ 法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む。次条第二項において単に「命令」という。)又は規則
ロ 審査基準(申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ハ 処分基準(不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ニ 行政指導指針(同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときにこれらの行政指導に共通してその内容となるべき事項をいう。以下同じ。)

・処分に当たると解される場合は行手法の行政指導の定義からは除外される

+判例(H17.7.15)
理由
上告代理人濱秀和ほかの各上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、富山県高岡市内において病院の開設を計画し、被上告人に対し、平成9年3月6日付けで、病床数を400床とする病院開設に係る医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの。以下同じ。)7条1項の許可の申請(以下「本件申請」という。)をした。
(2) 被上告人は、上告人に対し、同年10月1日付けで、医療法30条の7の規定に基づき、「高岡医療圏における病院の病床数が、富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で、本件申請に係る病院の開設を中止するよう勧告した(以下、この勧告を「本件勧告」という。)。
(3) 上告人は、被上告人に対し、同月3日付けで、本件勧告を拒否するとともに、速やかに本件申請に対する許可をするよう求める文書を送付した。
(4) 被上告人は、上告人に対し、同年12月16日付けで、本件申請について許可する旨の処分(以下「本件許可処分」という。)をした。また、同日付けで、富山県厚生部長名で、上告人に対し、「医療法を遵守し、富山県地域医療計画の達成の推進に協力すること」等の遵守事項の記載に加えて「中止勧告にもかかわらず病院を開設した場合には、厚生省通知(昭和62年9月21日付け保発第69号厚生省保険局長通知)において、保険医療機関の指定の拒否をすることとされているので、念のため申し添える。」との記載(以下「本件通告部分」という。)がされた文書が送付された(以下、同保険局長通知を「昭和62年保険局長通知」という。)。

2 本件は、上告人が、本件勧告は医療法30条の7に反するもので違法であり、また、本件通告部分のある文書と共にされた本件許可処分は本件勧告に従わない場合には保険医療機関の指定申請を拒否することを予告するいわば負担付きの許可であると主張して、被上告人に対し、本件勧告の取消し又は「本件許可処分中の中止勧告部分」と上告人が主張する本件通告部分の取消しを請求する事案である。

3 原審は、次のとおり判断し、本件訴えをいずれも却下すべきものとした。
(1) 上告人が本件勧告に従わなかったとしても、それにより必然的に保険医療機関の指定が拒否されるわけではないから、本件勧告は、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。
(2) 本件通告部分は、当時の保険医療機関の指定権限が国の機関委任事務として都道府県知事に属していたことから、単に処分庁の意思を事前に通知したもので、法令に基づくものとは認められないことに加え、この通告自体によって、上告人にいかなる不利益も生ずるとは認められないから、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。 

4 原審の上記判断のうち3の(2)については、富山県厚生部長名の本件通告部分をもって被上告人がした病院開設中止勧告と解することはできないから、その取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断を是認することができるが、原審の上記判断のうち3の(1)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 医療法は、病院を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めているところ(7条1項)、都道府県知事は、一定の要件に適合する限り、病院開設の許可を与えなければならないが(同条3項)、医療計画の達成の推進のために特に必要がある場合には、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院開設申請者等に対し、病院の開設、病床数の増加等に関し勧告することができる(30条の7)。そして、医療法上は、上記の勧告に従わない場合にも、そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない
他方、健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は、都道府県知事は、保険医療機関等の指定の申請があった場合に、一定の事由があるときは、その指定を拒むことができると規定しているが、この拒否事由の定めの中には、「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」との定めがあり、昭和62年保険局長通知において、「医療法第三十条の七の規定に基づき、都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず、病院開設が行われ、当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては、健康保険法四十三条ノ三第二項に規定する『著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』に該当するものとして、地方社会保険医療協議会に対し、指定拒否の諮問を行うこと」とされていた(なお、平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は、医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には、その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。
(2) 上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになるこのような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない。
したがって、本件勧告は、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるというべきである。

5 以上のとおりであるから、本件通告部分の取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断は是認することができるが、本件勧告の取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の限度で理由があり、原判決のうち本件勧告の取消請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消して本件を富山地方裁判所に差し戻すとともに、上告人のその余の上告を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 福田博 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋)

++解説
《解  説》
1 本件は,Yに対して病院開設の許可申請をしたXが,Yから病院開設を中止するよう勧告されたため,その取消しを請求した事案である。
2 Xは,富山県高岡市内において病院の開設を計画し,Yに対し,平成9年3月6日付けで,病床数を400床とする病院開設に係る医療法7条1項の許可の申請をした。
ところが,Yは,Xに対し,同年10月1日付けで,医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの。以下同じ。)30条の7の規定に基づき,「高岡医療圏における病院の病床数が,富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で,申請に係る病院の開設を中止するよう本件勧告をした。そこで,Xが本件勧告は違法であるなどと主張して,その取消し等を請求したのが本件訴訟である。
3 本件でまず争点となったのは,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告が,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうかであった。
4 第1,2審は,本件勧告は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないなどとして,本件訴えを却下すべきものとした。これに対し,本判決は,本件勧告は抗告訴訟の対象となるとして,原判決を破棄し,第1審判決を取り消して,本件を第1審裁判所に差し戻した。
本判決は,「医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は,医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども,当該勧告を受けた者に対し,これに従わない場合には,相当程度の確実さをもって,病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。」と判示し,その上で,「いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては,健康保険,国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく,保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから,保険医療機関の指定を受けることができない場合には,実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると,この勧告は,行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」との判断を示したものである。
5 行政事件訴訟法3条2項は,取消訴訟の対象となる「処分」について,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と定義している。この具体的な意味について,判例(最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁等)は,「行政庁の処分とは,…… 公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」としている。
ところで,「勧告」,「指導」,「助言」等は,一定の行政目的を達成するため任意の協力を期待するものであるから,通常は単なる行政指導であって,処分ではない。しかし,条文の文言が「勧告」等とされていて本来的には非権力的なものであっても,実体法上,これらの行政庁の行為について,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するという法律効果が付与されていると認めることができるのであれば,当該行為の処分性が肯定されることになる。
6 医療法上は,同法30条の7の規定に基づく勧告は任意の協力を求める行政指導として規定されており,これに従わない場合にも,そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。
他方,健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は,都道府県知事は,保険医療機関等の指定の申請があった場合に,一定の事由があるときは,その指定を拒むことができると規定しているが,この拒否事由の定めの中に「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」との定めがある。そして,通達(昭62.9.21保発69号厚生省保険局長通知)において,「医療法第三十条の七の規定に基づき,都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず,病院開設が行われ,当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては,健康保険法四十三条ノ三第二項に規定する『著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』に該当するものとして,地方社会保険医療協議会に対し,指定拒否の諮問を行うこと」とされていた(なお,平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は,医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には,その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。
7 このように,医療法30条の7の規定に基づき開設中止の勧告に従わずに開設された病院が保険医療機関の指定の申請をした場合には,都道府県知事は保険医療機関の指定拒否の諮問を行うことになり,そうすると,特段の事情がない限り,それに従って指定拒否処分がされ,その結果,実際上病院の経営が成り立たなくなるのであるから,そのことの重大さは看過し難いものである。
また,平成10年法律第109号による改正前の健康保険法43条ノ3第1項を受けた昭和32年厚生省令1条によると,保険医療機関の指定を受けるためには,医療法7条に基づく病院等の開設許可を都道府県知事から得た後,同法27条の定めるところにより,都道府県知事の検査を受けて使用許可証の交付を受けていなければならず,この使用許可を得るためには,同法21条に従い,所定の省令の定めるところにより,病院の建物や医療設備を整え,医師や看護婦を雇うなどして,必要な人員及び施設を確保するなどしなければならない。しかし,これに要する費用は極めて高額であって,そのような投資をしなければ保険医療機関の指定を求めることができないということを前提にすると,医療法30条の7の規定に基づく勧告を受けた者は,その勧告を直ちに争うことができないとされる場合には,それを争うためには,指定拒否がされる可能性が高い中で必要な人員及び施設を確保するなど巨額の投資をしなければならないということになり,事実上病院の開設を断念せざるを得ない地位に置かれることになる。そうすると,保険医療機関の指定拒否処分の取消訴訟によって救済されるので本件勧告の取消しを認めなくてもよいという原審の考え方は,相当とはいえない。
本判決は,このような考え方に基づいて,前記のとおり,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は,「行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」と判断したものと考えられる。
8 本判決は,医療法上は行政指導として規定されている勧告について,その健康保険法の規定に基づく保険医療機関の指定に及ぼす効果等に着目して処分性を肯定するという初めての判断を示したものであり,行政事件訴訟によって救済を求めることのできる範囲を拡大するものとして,実務的にも理論的にも重要な意義を有するものである。

2.行政指導の一般原則~不利益取り扱いの禁止

+(行政指導の一般原則)
第三十二条  行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
2  行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。

+判例(H5.2.18)
理由
一 上告代理人岸巖、同田中喜代重の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
二 同第二点について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(一) 武蔵野市においては、昭和四四年ころからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足し、被上告人の行財政を強く圧迫していた。そこで、被上告人は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されて行くのを防止することを目的として、武蔵野市内で一定規模以上の宅地開発又は中高層建築物建設事業を行おうとする者(以下「事業主」という。)等を行政指導するため、被上告人の議会の全員協議会に諮った上、昭和四六年一〇月一日、武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)を制定した。
(二) 指導要綱は、一〇〇〇平方メートル以上の宅地開発事業又は高さ一〇メートル以上の中高層建築物の建設事業に適用され、(1)事業内容の公開、公共施設の設置、提供及びその費用負担、日照障害等について市長と事前協議をし、その審査を受けなければならない、(2)事業により施行区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また、事業によって生じた損害については、補償の責を負わなければならない、(3)事業区域内に所定の幅員、路面排水、側溝等を備えた道路を整備し、市に無償で提供するものとする、(4)開発面積が三〇〇〇平方メートル以上の場合は、一定の割合による公園、緑地を設けなければならない、(5)上下水道施設については、事業主の費用負担において市が施工し、又は市の指示に従って事業主が施工し、その施設を市に無償で提供するものとする、(6)建設計画が一五戸以上の場合は、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする(この負担すべき金員を「教育施設負担金」といい、その金額は、建設計画が一五戸ないし一一三戸の場合には、一戸につき五四万四〇〇〇円とされていた。)、(7)市の指示により、消防施設、ごみの集積処理施設、街路灯等の安全施設を設置、整備し、駐車場用地を確保するものとする、(8)指導要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある、等とする内容のものであった。
(三) 被上告人は、指導要綱の運営に当たり、武蔵野市宅地開発等審査会を設置し、次のような方法で事業主に指導要綱を履践させていた。
事業主は、被上告人の担当課と事前に協議した上、教育施設負担金寄付願等を添付して事業計画承認願を被上告人の市長に提出し、右審査会は、指導要綱所定の要件が整っていればこれを承認し、要件が整っていなければ担当課において更に行政指導を行い、承認された事業主に対しては、市長が事業計画承認書を交付する。事業主は、右承認後二〇日以内に被上告人に右寄付願に記載した教育施設負担金等を納付する。被上告人は、東京都の各関係機関に対し、建築確認の申請等があった場合申請書受理以前に指導要綱につき被上告人と協議するよう行政指導されたい旨を依頼し、東京都の各関係機関はこれを承諾してそのような行政指導を行い、市長から前記承認書の交付を受けた事業主は、建築確認申請書と共に右承認書を提出して建築確認を受け、その後工事に着手することとなっていた。
(四) 指導要綱は、被上告人のみならず市民もその実施に強い熱意をもっていたこと、前記市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力とあいまって広範囲に適用されたこと、事業主の側も指導要綱に従わないと開発等が事実上難しくなるなどの見通しを持つに至ったこと等もあって、年を追うごとに定着して行った。そのため、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は、事実上開発等を断念せざるを得なくなり、後述の山基建設株式会社(以下「山基建設」という。)の例を除いては、指導要綱はほぼ完全に遵守される結果となった。なかでも、教育施設負担金については、減免、延納又は分納の例もなく、山基建設も、後述のとおり、裁判上の和解において、寄付金であることを明示して教育施設負担金相当額を支払う旨を約束せざるを得なかった。
(五) 武蔵野市内に本店を置く山基建設は、昭和四九年六月ころ、武蔵野市内にマンションを建築することを計画し、同年一二月七日、指導要綱に基づく被上告人の事業計画承認を得ないまま建築確認を得て、昭和五〇年五月ころ、その建築に着工したところ、被上告人は、工事用の水道メーターの取り付けを拒否した。そこで、山基建設は、東京地方裁判所八王子支部に水道の給水等を求める仮処分を申請し、同支部は、同年一二月八日、被上告人に対し水道の給水を命ずる仮処分命令を発した。同月二〇日、右仮処分異議訴訟において、被上告人は山基建設に水道を供給し、下水道の使用を認め、山基建設は、右マンションの付近住民に対し解決金として三五〇万円を、被上告人に対し寄付金として指導要綱に基づく教育施設負担金相当額をそれぞれ支払う旨の訴訟上の和解が成立した。
(六) 山基建設は、昭和五二年二月、武蔵野市内において指導要綱に定める諸手続を履践しないままマンションの建築に着工したところ、被上告人は、再び山基建設に対し水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶した。なお、右マンション完成後入居者からの給水申込みも拒否したため、被上告人の市長は、昭和五三年一二月五日、水道法一五条一項違反の罪名で起訴され、有罪判決を受けた。
(七) 山基建設に関する右の一連の紛争は新聞等で報道された。
(八) 亡Aは、昭和五二年五月ころ、武蔵野市内の本件土地にA、その妻の上告人B、二男の上告人C及び三男の上告人Dの四名名義で三階建の賃貸マンションの建築を計画し、指導要綱に関連する被上告人との折衝等を株式会社新建築設計事務所の代表者Eに委託した。Aは、Eから、指導要綱に従って教育施設負担金一五二三万二〇〇〇円を寄付しなければならない旨を告げられたが、指導要綱に基づき被上告人に対し公園用地を無償貸与し、道路用地を贈与し、公園の遊具施設を寄付し、防火水槽の設置費を負担することとなっていたし、これまでも多額の税金を納付していたので、その上更に高額の教育施設負担金を寄付しなければならないことに強い不満を持ち、被上告人との事前協議の際に、新建築設計事務所の従業員を通じ、担当者に教育施設負担金の減免、延納等を懇請したが、右担当者は、前例がないとしてこれを拒絶した。
(九) その後、Aは、指導要綱の手続、教育施設負担金条項及びその運用の実情等を承知していたEから、指導要綱に従って教育施設負担金の寄付を申し入れて事業計画承認を得ないと被上告人から上下水道の利用を拒否され、マンションが建てられなくなるとの説明を受けたので、やむなく、昭和五二年八月五日、指導要綱に従って一五二二万二〇〇〇円(ただし、指導要綱にしたがって計算すると一五二三万二〇〇〇円となる。)を寄付する旨の寄付願を添付して事業計画承認願を被上告人宛に提出し、同月二五日右承認願は前記宅地開発等審査会において承認され、同年一〇月二五日建築確認がされた。
(一〇) Aは、なおも高額の教育施設負担金の寄付が納得できなかったので、自ら被上告人の担当者に教育施設負担金の減免、分納、延納を懇請したが、再び前例がないとして断わられ、同年一一月二日、一五二三万二〇〇〇円を被上告人に納付した。

2 原審は、右事実関係の下において、指導要綱とそれに関連する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被上告人がAに教育施設負担金を納付するよう行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められないし、山基建設と被上告人との間の紛争がAの意思に影響を与えたことを考慮しても、被上告人の職員のAに対する本件建物建築についての教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものとはいえないとして、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。

3 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記1(一)の指導要綱制定に至る背景、制定の手続、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない
しかし、指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであり(同法一五条一項、最高裁昭和六〇年(あ)第一二六五号平成元年一一月七日第二小法廷決定・裁判集刑事二五三号三九九頁参照)、右措置が採られた場合には、マンションを建築してもそれを住居として使用することが事実上不可能となり、建築の目的を達成することができなくなるような性質のものである。また、被上告人がAに対し教育施設負担金の納付を求めた当時においては、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は事実上開発等を断念せざるを得なくなっており、これに従わずに開発等を行った事業主は山基建設以外になく、その山基建設の建築したマンションに関しては、現に水道の給水契約の締結及び下水道の使用が拒否され、その事実が新聞等によって報道されていたというのである。さらに、Aが被上告人の担当者に対して本件教育施設負担金の減免等を懇請した際には、右担当者は、前例がないとして拒絶しているが、右担当者のこのような対応からは、本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができない
右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきである。被上告人がAに対し指導要綱に基づいて教育施設負担金の納付を求めた行為も、被上告人の担当者が教育施設負担金の減免等の懇請に対し前例がないとして拒絶した態度とあいまって、Aに対し、指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、Aに教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる指導要綱に基づく行政指導が、武蔵野市民の生活環境をいわゆる乱開発から守ることを目的とするものであり、多くの武蔵野市民の支持を受けていたことなどを考慮しても、右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない
これに反する前記原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、理由があり、原判決のうち上告人らの予備的請求に係る損害賠償請求を棄却した部分は破棄を免れず、右部分につき更に審理を尽くさせるために原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

+解説
《解  説》
 一 原告は、被告(武蔵野市)が制定した「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(本件指導要綱)に基づいて、被告に教育施設負担金一五二三万円余を納付して同市内にマンションを建築したが、被告が本件指導要綱ないしはこれに基づく行政指導が違法な公権力の行使に当たると主張して、右教育施設負担金額相当の損害賠償を請求する事件である(原告は、主位的には、教育施設負担金の納付が強迫によるものとして、その返還を求めていたが、これは一審以来認められていない。)。なお、原告は、控訴中に死亡し、その相続人が訴訟を承継している。一、二審とも原告敗訴(一審判決は判時一〇七八号九五頁、二審判決は判時一二六八号三九頁)。
 最高裁は、①本件指導要綱が形式的には水道の給水拒否等の制裁措置を背景にして事業主に寄付の義務を課することを内容とするものであること、②本件当時は、本件指導要綱に従ってマンションの建築をするか、指導要綱に従えないので建築を断念するかのいずれかになっており、唯一指導要綱に従わなかった一事業者に対しては、その建築したマンションに対し違法に水道の給水や下水道の使用を拒否していたという運用の実態、③原告の教育施設負担金減免の懇請を拒絶した被告の職員の態度等判示の事実関係の下においては、原告に対し教育施設負担金の納付を求めた行為が相手方の任意に寄付を求める行政指導の限度を超え、違法な公権力の行使に当たる旨判断して、二審判決の国家賠償請求を棄却した部分を破棄し、原審に差し戻した。
 二1 多くの地方自治体においては、大規模な宅地造成、中高層マンションの建設等に伴う社会問題に対処するために、(一)開発計画につき自治体と協議して自治体の改善勧告等に応ずべきこと、(二)周辺住民の同意を得ること、(三)法定外の各種の規制(例えば、最小宅地面積)に応ずべきこと、(四)公共施設用地の寄付又は開発負担金の拠出などを内容とするいわゆる開発指導要綱を制定している。本件指導要綱は、比較的初期に制定されたもので、その代表例ということができよう。
  2 開発指導要綱は、一般的には、行政内部の心得(実質的意義の訓令)、すなわち行政指導を行うにあたっての基準、行政機関が守るべき原則を定めたものであって、その拘束力は、行政機関に及ぶにすぎず、直接住民に及ぶものではないと解されている(原田尚彦「宅地開発指導要綱による建築規則」法時五六巻九号二八など)が、法治主義との関係でその適法性が問題とされていた。また、その運用についても、行き過ぎがあることを指摘されるなど、社会の関心をひき、開発業者等が地方自治体に対し、開発負担金の納付が無効であるとしてその返還を求めたり(例えば、東京高判平1・10・31判時一三三三号九一頁)、あるいは、開発負担金の納付を強要したとして損害賠償を請求する(例えば、大阪地堺支判昭62・2・25本誌六三三号一八三頁)といった開発負担金をめぐる訴訟も起きている。
 開発指導要綱に基づく行政は、法の不備を補充しつつ地域社会の混乱と住民の生活の破綻を防止するために必要不可欠な、緊急避難的な措置であって、現実を直視すれば、相手方が自らの意思で自由に処分できる法益につき任意の譲歩を求める指針である限り、その適法性が認められる(原田尚彦・行政法要論(全訂版)一七二頁)などとして、適法性を肯定する学説が多く、本判決も引用する最二小決平1・11・8は、指導要綱に従わないことが権利の濫用になる場合があり得ることを認めており、下級審の裁判例も、指導要綱に基づく行政指導そのものは適法としてきた。本判決も、指導要綱に基づいて行政指導を行うこと自体は違法ではないことを認めており、多数の学説及びこれまでの判例、裁判例の流れに沿ったものである。
  3 開発指導要綱及びこれに基づく行政指導が、法律上の根拠がなくても適法とされるのは、それが、相手方の任意の協力を求めるものだからであるから、運用において、開発者に寄付等を事実上強制するものであるときには、違法とされることになろう。
 本判決は、①本件指導要綱の形式・内容、②本件当時の本件指導要綱の運用の実態、③原告に対する被告の職員の行政指導の態度等の事情を総合して、行政指導として原告に対して寄付を求めた行為が、限度を超えて事実上寄付を強制するものと判断したものである。原告の主観は問題とされていない。本判決は、客観的状況だけからも、行政指導として行われた行為が行政指導の限界を超えたと判断される場合があることを認めたものであろう。最三小判昭60・7・16民集三九巻五号九八九頁、本誌五六八号四二頁は、相手方が「行政指導にはもはや協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明し」たときには、行政指導を理由として建築確認を留保することが違法となるとしており、行政指導の限界を原則として相手方の主観に求めているかのようであるが、行政指導そのものの違法性が争われた事例ではなく、行政指導の内容によっては、相手方の主観を問題とせずに、客観的状況だけから、行政指導として行われた行為が違法となることまでも否定するものではないと考えられる。
 ただ、本件は、原告が、マンションの建築を計画し、市(被告)との折衝を続けているその同じ時期に、被告は本件指導要綱に従わない事業主が建築したマンションに水道の給水を拒否するという、後に市長が水道法違反で刑罰を課せられることになるような違法な制裁措置を発動し、そのことが新聞等によって報道され、一種の社会問題となっていたという特殊な事情の存する事案についての判断と考えられる。同様の制裁措置を規定した開発指導要綱も少なくないが、そのような開発指導要綱に基づく行政指導を一般的に違法とするまでのものではないと思われる。しかし、本判決は、開発指導要綱に基づく行政指導として行われた行為が国家賠償法上の違法な行為であることを最高裁が認めた最初の事例であり、開発指導要綱に基づく行政指導の限界について考える上で参考となるものである。
 なお、本件については、差戻審において和解が成立した旨報道されている(毎日新聞東京版平5・12・22)。
 本判決の評釈等として亘理格・ジュリ一〇二五号三八頁、木ノ下一郎・ひろば四八巻八号五五頁、千葉勇夫・法教一五四号一一六頁、同・民商一〇九巻四=五号三三五頁、碓井光明・地方自治判例百選〔第二版〕一二頁、大橋洋一・平五重判解説四五頁がある。
3.申請に関連する行政指導
+判例(S60.7.16)品川マンション事件
理由 
 上告代理人関哲夫、同樋口嘉男、同半田良樹、同中村次良の上告理由第一及び第二について 
 建築基準法(以下「法」という。)六条三項及び四項によれば、建築主事は、同条一項所定の建築確認の申請書を受理した場合においては、その受理した日から二一日(ただし、同条一項四号に掲げる建築物に係るものについては七日)以内に、申請に係る建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法令の規定に適合するかどうかを審査し、適合すると認めたときは確認の通知を、適合しないと認めたときはその旨の通知(以下あわせて「確認処分」という。)を当該申請者に対して行わなければならないものと定められている。このように、法が建築主事の行う確認処分について応答期限を設けた趣旨は、違法な建築物の出現を防止するために建築確認の制度を設け、建築主が一定の建築物を建築しようとする場合にはあらかじめその建築計画が関係法令の規定に適合するものであるかどうかについて建築主事の審査・確認を受けなければならず、確認を受けない建築物の建築又は大規模の修繕等の工事はすることができないこととし、その違反に対しては罰則をもつて臨むこととしたこと(法六条一項、五項、九九条一項二号、四号)の反面として、右確認申請に対する応答を迅速にすべきものとし、建築主に資金の調達や工事期間中の代替住居・営業場所の確保等の事前準備などの面で支障を生ぜしめることのないように配慮し、建築の自由との調和を図ろうとしたものと解される。そして、建築主事が当該確認申請について行う確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものと解するのが相当であるから、審査の結果、適合又は不適合の確認が得られ、法九三条所定の消防長等の同意も得られるなど処分要件を具備するに至つた場合には、建築主事としては速やかに確認処分を行う義務があるものといわなければならない。しかしながら、建築主事の右義務は、いかなる場合にも例外を許さない絶対的な義務であるとまでは解することができないというべきであつて、建築主が確認処分の留保につき任意に同意をしているものと認められる場合のほか、必ずしも右の同意のあることが明確であるとはいえない場合であつても、諸般の事情から直ちに確認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上合理的と認められるときは、その間確認申請に対する応答を留保することをもつて、確認処分を違法に遅滞するものということはできないというべきである。 
 ところで、建築確認申請に係る建築物の建築計画をめぐり建築主と付近住民との間に紛争が生じ、関係地方公共団体により建築主に対し、付近住民と話合いを行つて円満に紛争を解決するようにとの内容の行政指導が行われ、建築主において任意に右行政指導に応じて付近住民と協議をしている場合においても、そのことから常に当然に建築主が建築主事に対し確認処分を留保することについてまで任意に同意をしているものとみるのは相当でない。しかしながら、普通地方公共団体は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理することをその責務のひとつとしているのであり(地方自治法二条三項一号、七号)、また法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的として、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定める(一条)、としているところであるから、これらの規定の趣旨目的に照らせば、関係地方公共団体において、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると付近住民に対し少なからぬ日照阻害、風害等の被害を及ぼし、良好な居住環境あるいは市街環境を損なうことになるものと考えて、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえないというべきである。 
 もつとも、右のような確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法であると解するのが相当である。 
 したがつて、いつたん行政指導に応じて建築主と付近住民との間に話合いによる紛争解決をめざして協議が始められた場合でも、右協議の進行状況及び四囲の客観的状況により、建築主において建築主事に対し、確認処分を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、当該行政指導を理由に建築主に対し確認処分の留保の措置を受忍せしめることの許されないことは前述のとおりであるから、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となるものといわなければならない。 
 そこで、以上の見地に立つて本件をみるに、原審の確定したところによれば、(1)被上告人(附帯上告人)は、昭和四七年一〇月二八日本件建築物に係る建築確認の申請をしたものであるところ、同年一二月、上告人(附帯被上告人)の紛争調整担当職員から、本件建築物の建築に反対する付近住民との話合いにより円満に紛争を解決するようにとの行政指導を受け、それ以降付近住民と十数回にわたり話合いを行い、右職員の助言等についても積極的かつ協力的に対応するとともに、上告人の適切な仲介等を期待していた、(2)ところが、上告人は、翌昭和四八年二月一五日に、同年四月一九日実施予定の新高度地区案を発表し、右二月一五日以降の行政指導の方針として、右時点で既に確認申請をしている建築主に対しても新高度地区案に沿うべく設計変更を求める旨及び建築主と付近住民との紛争が解決しなければ確認処分を行わない旨を定め、上告人の担当職員は、同月二三日被上告人の代表社員Aに対し右方針を説明して設計変更による協力を依頼するとともに、付近住民との話合いを更に進めることを勧告した、(3)被上告人としては、それまで上告人の行政指導に応じて付近住民との話合いに努めてきたが、実質的な進捗をみるに至らなかつたうえ、新高度地区案が発表され、これを契機として前記のような行政指導を受けたので、このまま住民との話合いを進めても右新高度地区の実施前までに円満解決に至ることは期し難く、その解決がなければ確認処分を得られないとすれば、新高度地区制により確認申請に係る本件建築物について設計変更を余儀なくされ、多大の損害を被るおそれがあるとの判断のもとに、もはや確認処分の留保を背景として付近住民との話合いを勧める上告人の行政指導には服さないこととし、同年三月一日受付をもつて東京都建築審査会に「本件確認申請に対してすみやかに何らかの作為をせよ」との趣旨の審査請求の申立をした、というのであり、原審の右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。 
 右事実関係によれば、被上告人が昭和四八年三月一日の時点で行つた前記審査請求の申立は、これによつて建築主事に対し、もはやこれ以上確認処分を留保されたままでの行政指導には協力できないとして直ちに確認処分をすべきことを求めた真摯かつ明確な意思の表明と認めるのが相当である。また、被上告人はそれまで上告人の紛争調整担当職員による行政指導に対し積極的かつ協力的に対応していたというのであつて、この間に当該行政指導の目的とする付近住民との話合いによる紛争の解決に至らなかつたことをひとり被上告人の責に帰することはできないのみならず、同年二月下旬には本件建築確認の申請から三か月以上も後に発表された新高度地区案にそうよう設計変更による協力を求める行政指導をも受けるに至り、しかも右新高度地区の実施日が一か月余に迫つていたことからすれば、被上告人が右三月一日の時点で、右審査請求という手段により、もはやこれ以上確認処分を留保されたままでの行政指導には協力できないとの意思を表明したことについて不当とすべき点があるということはできず、他に被上告人の意思に反してもなお確認処分の留保を受忍させることを相当とする特段の事情があるものとも認められないというべきである。そして、上告人の紛争調整担当職員及び建築主事においては、それまでの行政指導の経過、右審査請求の内容及び被上告人がかかる方途に出た時期等を冷静に検討、判断するならば、右審査請求の申立が被上告人の一時の感情に出たものとか住民との交渉上の駆引きとしたとかいうようなものではなく、真摯に確認申請に対する応答を求めていることを知つたか、又は容易にこれを知ることができたものというべきである。したがつて、右審査請求が提起された昭和四八年三月一日以降の行政指導を理由とする確認処分の留保は違法というべきであり、これについては建築主事にも少なくとも過失の責があることを免れないものといわなければならない。 
 してみると、本件において昭和四八年三月一日以降の確認処分の遅滞につき上告人に国家賠償法に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。 
 右上告代理人らの上告理由第三について 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないか又は独自の見解を前提として損害額の範囲に関する原審の判断の不当をいうものであつて、採用することができない。 
 附帯上告代理人浅井和子の上告理由について 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 木戸口久治 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦) 
・(申請に関連する行政指導)
第三十三条  申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。
4.許認可等の権限に関連する行政指導
+(許認可等の権限に関連する行政指導)
第三十四条  許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を有する行政機関が、当該権限を行使することができない場合又は行使する意思がない場合においてする行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、当該権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない。
+(行政指導の方式)
第三十五条  行政指導に携わる者は、その相手方に対して、当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならない
2  行政指導に携わる者は、当該行政指導をする際に、行政機関が許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を行使し得る旨を示すときは、その相手方に対して、次に掲げる事項を示さなければならない。
一  当該権限を行使し得る根拠となる法令の条項
二  前号の条項に規定する要件
三  当該権限の行使が前号の要件に適合する理由
3  行政指導が口頭でされた場合において、その相手方から前二項に規定する事項を記載した書面の交付を求められたときは、当該行政指導に携わる者は、行政上特別の支障がない限り、これを交付しなければならない
4  前項の規定は、次に掲げる行政指導については、適用しない。
一  相手方に対しその場において完了する行為を求めるもの
二  既に文書(前項の書面を含む。)又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)によりその相手方に通知されている事項と同一の内容を求めるもの
5.行政指導の方式~明確原則
6.複数の者を対象とする行政指導~行政指導指針
+(複数の者を対象とする行政指導)
第三十六条  同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときは、行政機関は、あらかじめ、事案に応じ、行政指導指針を定め、かつ、行政上特別の支障がない限り、これを公表しなければならない
=行政規則としての裁量基準
7.行政指導の中止等の求め
+(行政指導の中止等の求め)
第三十六条の二  法令に違反する行為の是正を求める行政指導(その根拠となる規定が法律に置かれているものに限る。)の相手方は、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと思料するときは、当該行政指導をした行政機関に対し、その旨を申し出て、当該行政指導の中止その他必要な措置をとることを求めることができる。ただし、当該行政指導がその相手方について弁明その他意見陳述のための手続を経てされたものであるときは、この限りでない
2  前項の申出は、次に掲げる事項を記載した申出書を提出してしなければならない。
一  申出をする者の氏名又は名称及び住所又は居所
二  当該行政指導の内容
三  当該行政指導がその根拠とする法律の条項
四  前号の条項に規定する要件
五  当該行政指導が前号の要件に適合しないと思料する理由
六  その他参考となる事項
3  当該行政機関は、第一項の規定による申出があったときは、必要な調査を行い、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと認めるときは、当該行政指導の中止その他必要な措置をとらなければならない


民事訴訟法 基礎演習 審判権の限界


・+裁判所法第三条 (裁判所の権限)  裁判所は、日本国憲法 に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
2  前項の規定は、行政機関が前審として審判することを妨げない。
3  この法律の規定は、刑事について、別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。

・法律上の争訟
当事者間の具体的権利義務ないし法律関係の存否に関する争いであって(狭義の事件性)、法律の適用により終局的に解決できるもの(法律性)

1.判例の二段審査モデル

・第一段審理=まず訴訟物について。
第二段心理=訴訟物を判断する前提問題

+判例(S55.1.11)
理由
上告代理人浅野繁、同広江武彦の上告理由第一、一について
上告人が原審において提起した新訴は、上告人と被上告人宗教法人曹洞宗(以下「被上告人曹洞宗」という。)との間において上告人が被上告人宗教法人種徳寺(以下「被上告人種徳寺」という。)の住職たる地位にあることの確認を求める、というにあるが、原審の適法に確定したところによれば、曹洞宗においては、寺院の住職は、寺院の葬儀、法要その他の仏事をつかさどり、かつ、教義を宣布するなどの宗教的活動における主宰者たる地位を占めるにとどまるというのであり、また、原判示によれば、種徳寺の住職が住職たる地位に基づいて宗教的活動の主宰者たる地位以外に独自に財産的活動をすることのできる権限を有するものであることは上告人の主張・立証しないところであるというのであつて、この認定判断は本件記録に徴し是認し得ないものではない。このような事実関係及び訴訟の経緯に照らせば、上告人の新訴は、ひつきよう、単に宗教上の地位についてその存否の確認を求めるにすぎないものであつて、具体的な権利又は法律関係の存否について確認を求めるものとはいえないから、かかる訴は確認の訴の対象となるべき適格を欠くものに対する訴として不適法であるというべきである(最高裁判所昭和四一年(オ)第八〇五号同四四年七月一〇日第一小法廷判決・民集二三巻八号一四二三頁参照)。もつとも、上告人は、被上告人曹洞宗においては、住職たる地位と代表役員たる地位とが不即不離の関係にあり、種徳寺の住職たる地位は宗教法人種徳寺の代表役員たりうる基本資格となるものであるということをもつて、住職の地位が確認の訴の対象となりうるもののように主張するが、両者の間にそのような関係があるからといつて右訴が適法となるものではない
したがつて、結局、右と同旨に出て上告人の新訴を不適法として却下した原判決は正当である。論旨は、原審において主張しない事実関係を前提とするか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第一、二及び第二(一)について
所論は、要するに、原審が上告人の新訴については住職たる地位が宗教上の地位であるにすぎないことを理由としてその訴を不適法として却下しながら、これと併合して審理された被上告人種徳寺の上告人に対する不動産等引渡請求事件については曹洞宗管長のした住職罷免の行為をもつて法律的紛争であるとして取り扱い、本案の判断を示したのは、理由齟齬の違法を犯すものである、というにある。
しかしながら、論旨指摘の原審の各判断は、互いに当事者を異にし、訴訟物をも異にする別個の事件について示されたものであるから、その間に民訴法三九五条一項六号所定の理由齟齬の違法を生ずる余地はなく、したがつて、論旨はこの点において理由がない。のみならず、被上告人種徳寺の上告人に対する右不動産等引渡請求事件は、種徳寺の住職たる地位にあつた上告人がその包括団体である曹洞宗の管長によつて右住職たる地位を罷免されたことにより右事件第一審判決別紙物件目録記載の土地、建物及び動産に対する占有権原を喪失したことを理由として、所有権に基づき右各物件の引渡を求めるものであるから、上告人が住職たる地位を有するか否かは、右事件における被上告人種徳寺の請求の当否を判断するについてその前提問題となるものであるところ、住職たる地位それ自体は宗教上の地位にすぎないからその存否自体の確認を求めることが許されないことは前記のとおりであるが、他に具体的な権利又は法律関係をめぐる紛争があり、その当否を判定する前提問題として特定人につき住職たる地位の存否を判断する必要がある場合には、その判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたるものであるような場合は格別、そうでない限り、その地位の存否、すなわち選任ないし罷免の適否について、裁判所が審判権を有するものと解すべきであり、このように解することと住職たる地位の存否それ自体について確認の訴を許さないこととの間にはなんらの矛盾もないのである。所論は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二(二)について
原審の確定した事実関係のもとにおいて曹洞宗管長のした上告人の種徳寺住職たる地位を罷免する処分が有効であるとした原審の判断は、正当として是認するに足り、したがつて、右罷免処分が違法、無効であることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。
被上告人髙田静哉、同鈴木隆造、同鈴木哲に対する上告について
本件上告について提出された上告状及び上告理由書には右被上告人らに対する上告理由の記載がないから、右被上告人らについては適法な上告理由書提出期間内に上告理由書の提出がなかつたことに帰する。してみれば、右被上告人らに対する上告は、いずれも不適法であるから、これを却下すべきである。
よつて、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、三九九条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙辻正己 裁判官 江里口清雄 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三)

+判例(S55.4.10)
理由
上告代理人松井一彦、同中根宏、同落合光雄、同大谷昌彦、同市野沢邦夫の上告理由第一点について
本訴請求は、被上告人が宗教法人である上告人寺の代表役員兼責任役員であることの確認を求めるものであるところ、何人が宗教法人の機関である代表役員等の地位を有するかにつき争いがある場合においては、当該宗教法人を被告とする訴において特定人が右の地位を有し、又は有しないことの確認を求めることができ、かかる訴が法律上の争訟として審判の対象となりうるものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四一年(オ)第八〇五号同四四年七月一〇日第一小法廷判決・民集二三巻八号一四二三頁参照)。そして、このことは、本件におけるように、寺院の住職というような本来宗教団体内部における宗教活動上の地位にある者が当該宗教法人の規則上当然に代表役員兼責任役員となるとされている場合においても同様であり。この場合には、裁判所は、特定人が当該宗教法人の代表役員等であるかどうかを審理、判断する前提として、その者が右の規則に定める宗教活動上の地位を有する者であるかどうかを審理、判断することができるし、また、そうしなければならないというべきである。もつとも、宗教法人は宗教活動を目的とする団体であり、宗教活動は憲法上国の干渉からの自由を保障されているものであるがら、かかる団体の内部関係に関する事項については原則として当該団体の自治権を尊重すべく、本来その自治によつて決定すべき事項、殊に宗教上の教義にわたる事項のごときものについては、国の機関である裁判所がこれに立ち入つて実体的な審理、判断を施すべきものではないが、右のような宗教活動上の自由ないし自治に対する介入にわたらない限り、前記のような問題につき審理、判断することは、なんら差支えのないところというべきである。これを本件についてみるのに、本件においては被上告人が上告人寺の代表役員兼責任役員たる地位を有することの前提として適法、有効に上告人寺の住職に選任せられ、その地位を取得したかどうかが争われているものであるところ、その選任の効力に関する争点は、被上告人が上告人寺の住職として活動するにふさわしい適格を備えているかどうかというような、本来当該宗教団体内部においてのみ自治的に決定せられるべき宗教上の教義ないしは宗教活動に関する問題ではなく、専ら上告人寺における住職選任の手続上の準則に従つて選任されたかどうか、また、右の手続上の準則が何であるかに関するものであり、このような問題については、それが前記のような代表役員兼責任役員たる地位の前提をなす住職の地位を有するかどうかの判断に必要不可決のものである限り、裁判所においてこれを審理、判断することになんらの妨げはないといわなければならない。そして、原審は、上告人寺のように寺院規則上住職選任に関する規定を欠く場合には、右の選任はこれに関する従来の慣習に従つてされるべきものであるとしたうえ、右慣習の存否につき審理し、証拠上、上告人寺においては、包括宗派である日蓮宗を離脱して単立寺院となつた以降はもちろん、それ以前においても住職選任に関する確立された慣習が存在していたとは認められない旨を認定し、進んで、このように住職選任に関する規則がなく、確立された慣習の存在も認められない以上は、具体的にされた住職選任の手続、方法が寺院の本質及び上告人寺に固有の特殊性に照らして条理に適合したものということができるかどうかによつてその効力を判断するほかはないとし、結局、本件においては、被上告人を上告人寺の住職に選任するにあたり、上告人寺の檀信徒において、同寺の教義を信仰する僧侶と目した者の中から、沿革的に同寺と密接な関係を有する各末寺(塔中を含む。)の意向をも反映させつつ、その総意をもつてこれを選任するという手続、方法がとられたことをもつて、右条理に適合するものと認定、判断したものであり、右の事実関係に照らせば、原審の右認定、判断をもつて宗教団体としての上告人寺の自治に対する不当な介入、侵犯であるとするにはあたらない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つてこれを論難するに帰し、採用することができない。
同第二点及び第三点について
所論の点に関する原審の認定、判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗)

+判例(H1.9.8)
理由
上告代理人色川幸太郎、同川島武宜、同宮川種一郎、同松本保三、同松井一彦、同中根宏、同中川徹也、同猪熊重二、同桐ケ谷章、同八尋頼雄、同福島啓充、同若旅一夫、同漆原良夫、同小林芳夫、同今井浩三、同大西佑二、同堀正視、同春木實、同川田政美、同稲毛一郎、同平田米男、同松村光晃の上告理由について
一 本件においては、上告人が被上告人に対し、包括宗教法人日蓮正宗(以下「日蓮正宗」という。)が被上告人を僧籍剥奪処分たる擯斥処分(以下「本件擯斥処分」という。)に付したことに伴い、被上告人が蓮華寺の住職たる地位ひいては上告人の代表役員及び責任役員たる地位を失い、上告人所有の第一審判決添付の物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の占有権原を喪失したとして、本件建物の所有権に基づきその明渡を求めるのに対し、被上告人は、本件擯斥処分は日蓮正宗の管長たる地位を有しない者によってされ、かつ、日蓮正宗宗規(以下「宗規」という。)所定の懲戒事由に該当しない無効な処分であると主張して、上告人の右請求を争っている。

二 裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、法令の適用により終局的に解決することができるものに限られ、したがって、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であっても、法令の適用により解決するに適しないものは、裁判所の審判の対象となり得ないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁参照)。
しかるところ、宗教法人法は、宗教団体に法律上の能力すなわち法人格を与えるものであるが、その趣旨は、「宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成すること」(同法二条)を主たる目的とし、固有の組織と活動の主体として存在する宗教団体について、その「礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営する」(同法一条一項)という、いわば経済的及び市民的生活にかかわる部分のために法人格を認めることにあるのであって、宗教団体は、法人格を取得して宗教法人となった後においても、それに包摂されない宗教活動の主体として存在するものであることはいうまでもない。そして、同法一二条一項五号に規定する宗教法人の代表役員及び責任役員の地位はもとより法律上の地位であるが、宗教団体と宗教法人とが右のような関係にあることから、本件においても、宗教団体内部における宗教活動上の地位としての宗教上の主宰者である法主、管長又は住職たる地位(これらの地位が法律上の地位でないことについては、最高裁昭和五一年(オ)第九五八号同五五年一月一一日第三小法廷判決・民集三四巻一号一頁参照)にある者が、宗教法人の代表役員及び責任役員となるものとされており、したがって、住職たる地位を喪失した場合には、当然代表役員及び責任役員の地位を喪失する関係にある。
そして、宗教団体における宗教上の教義、信仰に関する事項については、憲法上国の干渉からの自由が保障されているのであるから、これらの事項については、裁判所は、その自由に介入すべきではなく、一切の審判権を有しないとともに、これらの事項にかかわる紛議については厳に中立を保つべきであることは、憲法二〇条のほか、宗教法人法一条二項、八五条の規定の趣旨に鑑み明らかなところである(最高裁昭和五二年(オ)第一七七号同五五年四月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事一二九号四三九頁、前記昭和五六年四月七日第三小法廷判決参照)。かかる見地からすると、特定人についての宗教法人の代表役員等の地位の存否を審理判断する前提として、その者の宗教団体上の地位の存否を審理判断しなければならない場合において、その地位の選任、剥奪に関する手続上の準則で宗教上の教義、信仰に関する事項に何らかかわりを有しないものに従ってその選任、剥奪がなされたかどうかのみを審理判断すれば足りるときには、裁判所は右の地位の存否の審理判断をすることができるが、右の手続上の準則に従って選任、剥奪がなされたかどうかにとどまらず、宗教上の教義、信仰に関する事項をも審理判断しなければならないときには、裁判所は、かかる事項について一切の審判権を有しない以上、右の地位の存否の審理判断をすることができないものといわなければならない(前記昭和五五年四月一〇日第一小法廷判決参照)。したがってまた、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係に関する訴訟であっても、宗教団体内部においてされた懲戒処分の効力が請求の当否を決する前提問題となっており、その効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに、それが宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくしてその効力の有無を判断することができず、しかも、その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には、右訴訟は、その実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである(前記昭和五六年四月七日第三小法廷判決参照)。
三 これを本件についてみるに、原審の認定するところによれば、要するに、日蓮正宗の内部において創価学会を巡って教義、信仰ないし宗教活動に関する深刻な対立が生じ、その紛争の過程においてされた被上告人の言説が日蓮正宗の本尊観及び血脈相承に関する教義及び信仰を否定する異説であるとして、日蓮正宗の管長Aが責任役員会の議決に基づいて被上告人を訓戒したが、被上告人が所説を改める意思のないことを明らかにしたことから、宗規所定の手続を経たうえ、昭和五六年二月九日付宣告書をもって、被上告人を宗規二四九条四号所定の「本宗の法規に違反し、異説を唱え、訓戒を受けても改めない者」に該当するものとして、本件擯斥処分に付した、というのであり、原審の右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして、首肯するに足りる。
そして、本件においては、被上告人が本件擯斥処分によって日蓮正宗の僧侶たる地位を喪失したのに伴い蓮華寺の住職たる地位ひいては上告人の代表役員及び責任役員たる地位を失ったかどうか、すなわち本件擯斥処分の効力の有無が本件建物の明渡を求める上告人の請求の前提をなし、その効力の有無が帰するところ本件紛争の本質的争点をなすとともに、その効力についての判断が本件訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものであるところ、その判断をするについては、被上告人に対する懲戒事由の存否、すなわち被上告人の前記言説が日蓮正宗の本尊観及び血脈相承に関する教義及び信仰を否定する異説に当たるかどうかの判断が不可欠であるが、右の点は、単なる経済的又は市民的社会事象とは全く異質のものであり、日蓮正宗の教義、信仰と深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくして判断することのできない性質のものであるから、結局、本件訴訟の本質的争点である本件擯斥処分の効力の有無については裁判所の審理判断が許されないものというべきであり、裁判所が、上告人ないし日蓮正宗の主張、判断に従って被上告人の言説を「異説」であるとして本件擯斥処分を有効なものと判断することも、宗教上の教義、信仰に関する事項について審判権を有せず、これらの事項にかかわる紛議について厳に中立を保つべき裁判所として、到底許されないところである。したがって、本件訴訟は、その実質において法令の適用により終局的に解決することができないものといわざるを得ず、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に該当しないというべきである。
四 以上のとおり、本件訴えは不適法として却下を免れないというべきであり、これと同旨の原審の判断は、結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、ひっきょう、右と異なる見解に立って原判決の不当をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 奧野久之)

+判例(H10.3.10)

+判例(H12.1.30)
理由
上告代理人小見山繁、同河合怜、同片井輝夫、同仲田哲、同竹之内明の上告受理申立て理由第三の二、第四及び第五について
一 本件は、被上告人によって土地及び建物の占有を侵奪されたとする上告人が被上告人に対して民法二〇〇条に基づきその返還を求めている事件である。原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、宗教法人日蓮正宗の被包括宗教法人であるところ、被上告人の宗教法人正福寺規則では、「代表役員は、日蓮正宗の規程によってこの寺院の住職の職にある者をもって充てる。」と規定している(同規則八条一項)。
2 上告人は、昭和四一年八月一六日、当時の日蓮正宗の管長細井日達から被上告人の住職に任命され、同時に前記規則により被上告人の代表役員となって、被上告人所有に係る第一審判決別紙物件目録記載の土地建物(以下「旧寺院」という。)に対する管理、所持を開始した。
3 上告人は、昭和五五年一〇月に被上告人が三重県松阪市下村町西之庄八三八番地三に新寺院を建立したことに伴い、それまで居住していた旧寺院建物から新寺院建物に転居したが、その後も、月に一、二度旧寺院に赴いて風通しのために窓を開閉したり、年二回敷地の草刈りを行ったり、旧寺院の近隣住民に何かあったら連絡するよう依頼するなどして、旧寺院を空き家のまま管理していた。
4 日蓮正宗の管長阿部日顕は、昭和五七年二月五日、上告人が教義上の異説を唱えたとして上告人を僧籍はく奪処分である擯斥処分に付するとともに、上告人の後任として八木勝道を被上告人の住職に任命し、さらに昭和六〇年九月二六日、その後任住職に國井位道を任命した。
5 被上告人は、上告人が擯斥処分を受けて日蓮正宗の僧籍を失うと同時に被上告人の住職及び代表役員の地位を失い、新寺院建物を占有する権原を喪失したとの理由により、上告人に対して新寺院建物の明渡しを求める訴訟を提起し、これに対して上告人は、擯斥処分が無効であるとして、上告人が被上告人の代表役員・責任役員の地位にあることの確認を求める訴訟を提起し、両事件は併合して審理された(以下、両事件を併せて「別件訴訟」という。)。なお、被上告人は、当時上告人が新寺院建物に居住していたため、別件訴訟においては、新寺院建物についてのみ明渡しを求め、旧寺院を明渡請求の対象とはしていなかった。
別件訴訟については、平成二年三月八日、双方の訴えをいずれも法律上の争訟に当たらないことを理由に不適法として却下する旨の第一審判決が言い渡された。上告人と被上告人は、右第一審判決に対してそれぞれ控訴、上告を提起したが、いずれも棄却されて、平成五年七月二〇日に右第一判決が確定した。
6 上告人は、旧寺院の管理のため、昭和六〇年春ころ、壇徒である新田正道を旧寺院建物に居住させ、昭和六二年五月に同人が転居したため、壇徒である笠江篤を旧寺院建物に居住させたが、平成二年一二月に同人が転居した後、平成四年ころ、壇徒である湯谷勝夫を旧寺院建物に居住させていた。ところが、湯谷が平成五年暮れに荷物を残したまま不在となったため、これに気付いた上告人は、旧寺院の見回りを行うとともに、門扉が開かないよう施錠するなどしていた。
そして、上告人は、湯谷が平成七年四月ころに残していた荷物を持ち出して旧寺院建物から退去した後も、門扉の扉が開かないように施錠したり、施錠の代わりに針金でくくったりし、建物の窓を内側から施錠して雨戸を閉め、玄関等に施錠するなどしていたほか、年二回程度敷地の草刈りと除草剤散布を行っていた。なお、上告人が、平成八年一二月初めに旧寺院を見回った際には、建物の雨戸はすべて閉められ、玄関等もすべて施錠されていた。
7 上告人は、平成六年一月一〇日、國井に対し、上告人が管理している旧寺院建物を取り壊すこととしたので、これに異存があれば文書で申し入れられたい旨記載した申入書を送付した。これに対して、國井は、同月二六日、上告人に対し、旧寺院が被上告人の基本財産に当たり、その処分については正福寺における規則上の手続等が必要であるとして、旧寺院の明渡しを求めるとともに、上告人が勝手に処分することについて承諾しない旨記載した回答書を送付した。
國井は、被上告人の包括宗教法人の宗務院渉外部の阿部郭道から上告人が旧寺院建物の撤去に同意している旨聞いたことや近隣住民からも建物の撤去を求める申入れがあったことから、平成六年一二月一五日、上告人に対し、上告人が被上告人側で旧寺院建物を撤去することに異議がないと聞いたので、被上告人側で撤去する旨記載した通知書を送付した。これに対して上告人は、同月一九日、國井に対し、旧寺院建物の撤去には同意するが、その敷地は従前どおり上告人において占有することを了承されたい旨記載した通知書を送付した。
その後も上告人と國井との間で、代理人を通じて旧寺院建物の撤去につき話合いが持たれたが、上告人が建物撤去後も従前どおり敷地を占有するという条件を譲らなかったため、平成七年初めころに右話合いは物別れに終わり、國井としては、旧寺院建物を撤去して、旧寺院敷地の管理をすることは難しいと考えていた。
8 國井は、旧寺院敷地内の放置物件を除去し、門扉を閉めて旧寺院を管理することとし、平成九年一月一二日に被上告人の信徒である新田らと共に旧寺院敷地内に立ち入ったところ、建物の庫裏玄関左側の雨戸が何者かによって開けられており、その内側のガラス戸が施錠されていなかったため、國井らは、管理状況を確認するために建物内に立ち入ったが、建物内部も相当朽廃が進んでいる状態であった。そこで、國井は、旧寺院の門扉に新たに南京錠を取り付けるとともに、建物の庫裏玄関及び庫裏台所勝手口の錠前を付け替え、庫裏玄関のアルミドアに「無断で立ち入ることを禁ずる。平成九年一月一二日、宗教法人正福寺代表役員國井位道」と記載した張り紙を掲示するなどして、旧寺院の管理を開始した。その後も、國井は、月一回程度旧寺院を見回り、年二回程度敷地の除草を行うなどして、旧寺院を管理し、上告人の返還請求を拒否している。なお、上告人は、旧寺院の近隣に居住する知人からの通報を受けて、平成九年一月一五日、旧寺院を見回ったところ、國井が旧寺院の管理を開始したことを知った。

二 原審は、右事実関係の下において、(一) 上告人は当初被上告人の代表役員として旧寺院を占有していたところ、その後に受けた擯斥処分が有効であるとすれば、上告人は、被上告人の代表役員としての地位を喪失し、個人のために旧寺院を占有していることになり、擯斥処分が無効であるとすれば、上告人が引き続き被上告人の代表役員として旧寺院を占有していることになるが、この場合に、上告人において法人の機関として物を所持するにとどまらず、個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情があるときは、個人としての占有をも有していることになる、(二) 上告人は、新寺院に転居するまで家族と共に旧寺院に居住しており、その間の旧寺院の占有については、右特別の事情があったといえるが、右転居後の旧寺院の占有については、上告人が被上告人の代表者であるとされる場合において、上告人が被上告人の機関として旧寺院を占有しているにすぎず、右特別の事情は認められない、(三) そうすると、上告人の個人としての占有を認めるためには、上告人に対する擯斥処分が有効であることを確定する必要があるが、右の点を判断するには、宗教上の教義ないし信仰の内容に深く立ち入らざるを得ないから、結局、上告人の本件訴えは、法律上の争訟に該当しないと判断し、これを不適法として却下すべきものとした。

三 しかしながら、原審の右二の(二)、(三)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
法人の代表者が法人の業務として行う物の所持は、法人の機関としてその物を占有しているものであって、法人自体が直接占有を有するというべきであり、代表者個人は、特別の事情がない限り、その物の占有を有しているわけではないから、民法一九八条以下の占有の訴えを提起することはできないと解すべきである(最高裁昭和二九年(オ)第九二〇号同三二年二月一五日第二小法廷判決・民集一一巻二号二七〇頁、最高裁昭和三〇年(オ)第二四一号同三二年二月二二日第二小法廷判決・裁判集民事二五号六〇五頁参照)。しかしながら、代表者が法人の機関として物を所持するにとどまらず、代表者個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情がある場合には、これと異なり、代表者は、その物について個人としての占有をも有することになるから、占有の訴えを提起することができるものと解するのが相当である(最高裁平成六年(オ)第一九九八号同一〇年三月一〇日第三小法廷判決・裁判集民事一八七号二六九頁参照)。
これを本件についてみると、前記の事実関係によれば、上告人は、当初は被上告人の代表者として旧寺院の所持を開始し、旧寺院建物から新寺院建物へ転居した後も旧寺院の管理を継続して、これを所持していたのであり、別件訴訟の係属中及びその終了後においても、新田、笠江及び湯谷を通じ、あるいは自ら直接旧寺院を所持していたところ、その間に日蓮正宗管長から擯斥処分を受けたものの、これに承服せず新寺院への居住を続けていた。そして、上告人は、被上告人から新寺院の占有権原を喪失したとしてその明渡しを求める訴えを提起されたときにも、右擯斥処分の効力を否定し、上告人が被上告人の代表役員等の地位にあることの確認を求める訴えを提起するなどして争っていただけでなく、別件訴訟終了後にされた國井との間での旧寺院建物の撤去についての話合いの際にも、上告人が旧寺院を管理、所持していることを前提として、建物撤去後の敷地の占有継続を主張するなどしていたのである。右によれば、上告人は、平成九年一月一二日当時、上告人自身のためにも旧寺院を所持する意思を有し、現にこれを所持していたということができるのであって、前記特別の事情がある場合に当たると解するのが相当である。そして、本件においては、國井は、平成九年一月一二日、被上告人の代表者として、上告人が管理していた旧寺院に立ち入って、建物の錠前を付け替え、無断立入禁止の張り紙を掲示するなどして旧寺院の管理を行い、上告人の返還請求を拒否しているというのであるから、上告人は、その意思に反して旧寺院の占有を奪われたものというべきであり、旧寺院を占有している被上告人に対し、民法二〇〇条に基づき、その返還を求めることができると解すべきである。

四 以上によれば、本件事実関係の下で上告人の本件占有回収の訴えを却下すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。右の趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、上告人の請求を認容すべきものとした第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官梶谷玄 裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫)

++解説
《解  説》
一 本件の事案の概要は、次のとおりである(なお、詳細については、判文を参照されたい。)。
1 宗教法人日蓮正宗の被包括宗教法人Yの寺院規則では、代表役員は、日蓮正宗の管長(法主)の任命する住職を充てることとされていたところ、Xは、昭和四一年にYの住職に任命されてその代表役員となり、Y所有の旧寺院に入居してその管理、所持を開始し、昭和五五年に新寺院に転居した後も、月に一、二度風通しのために旧寺院に赴いたり、年二回敷地の草刈りを行ったりしていたが、昭和五七年二月五日、教義上の異説を唱えたとして日蓮正宗管長から僧籍はく奪処分である擯斥処分を受けた。
2 新たに住職として任命されたAを代表者とするYは、Xが僧籍喪失によりYの住職及び代表役員の地位を失ったとして新寺院の明渡しを求める訴訟を提起し、これに対してXは、擯斥処分が無効であるとして、XがYの代表役員・責任役員の地位にあることの確認を求める訴訟を提起したが(別件訴訟)、双方の訴えにつき、いずれも法律上の争訟に当たらないとして不適法却下する旨の判決が平成五年に確定した。
3 その後、旧寺院の管理のためにXの依頼により旧寺院に居住していた檀徒が不在となったことから、Xは、旧寺院の門扉や建物を施錠したり、年二回程度敷地の草刈りをしたりしてその管理を続けていた。その間に、XとAの間で旧寺院建物の撤去に関する話合いが行われたが、撤去後の敷地の占有者をいずれにするかなどの点をめぐって合意に至らず、物別れに終わった。
4 Aは、平成九年一月、旧寺院内に立ち入り、門扉及び建物の錠前を付け替えるとともに立入禁止の張り紙を掲示するなどして、旧寺院の管理を開始し、Xの返還請求を拒否している。
二 本件は、Xが、Yに対し、占有回収の訴えにより旧寺院の返還を求めるものである。
一審は、Xの旧寺院の占有は、Yの代表者(機関)としての所持にとどまらず、X個人のためにもするものと認めるべき特別の事情があるとして、Xの本訴請求を認容した。
原審は、XにおいてYの機関として物を所持するにとどまらず、個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情があるときは、個人としての占有をも有していることになるが、本件では、新寺院への転居後の旧寺院の占有について右特別の事情は認められないから、Xに対する擯斥処分が有効か無効かによって、Xの旧寺院の占有が個人占有であるか機関占有であるかが決せられることになるところ、擯斥処分の効力については宗教上の教義ないし信仰の内容に深く立ち入らないと判断できないから、これを法律上の争訟ということはできないとして、Xの本件訴えを不適法却下した。
三 法人の占有は、機関である個人を占有補助者とする占有であり、機関である個人が業務上行う物の所持は、法人の直接占有であって、個人としての固有の占有とはいえないから、占有訴訟の当事者となるのは法人であって機関である個人ではないと解するのが判例通説である(判例学説の状況につき、最三小判平10・3・10裁判集民一八七号二六九頁、本誌一〇〇七号二五九頁のコメント参照。)。右の判例学説は、専ら第三者との関係を念頭に置いた上で、機関である個人の占有を法人の占有とは別個独立に認めるべきかどうかを問題にしているもののようであるが、法人とその機関である個人との間で機関たる地位をめぐって争いがあり、これに関連して法人の所有物の占有が問題となっている場合に、右の理を貫くときは、個人が法人の機関である地位に基づいて法人に対して主張し得べき占有利益が、機関である地位の有無にかかわらず否定されることになり、法人による実力行使を助長するという結果がもたらされるおそれさえ生じかねない。前掲最三小判平10・3・10は、宗教法人の代表役員(住職)として寺院建物の所持を開始した者が、僧籍はく奪の処分を受け、宗教法人から右寺院建物の明渡しを訴求されたが、これに応訴してその管理を継続中に宗教法人から右寺院建物の占有を奪われたという本件と同種の事案において、個人のためにも右寺院建物を所持していたものと認めるべき特別の事情があるとして、占有回収の訴えによる返還請求を認めた(右判例の評釈として、生熊長幸・判評四九五号一二頁がある。)。
四 本判決は、右判例を引用しつつ、代表者が法人の機関として物を所持するにとどまらず、代表者個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情がある場合には、代表者は、その物について個人としての占有をも有することになるから、占有の訴えを提起することができるものと解するのが相当であるとした上で、本件では、XがYの代表役員(住職)として旧寺院の所持を開始した後にYを包括する宗教団体である日蓮正宗から僧籍はく奪の処分である擯斥処分を受けたが、Yから提起された訴訟において右処分の効力を争うとともに旧寺院の管理を続け、Yとの間の旧寺院建物の撤去についての話合いの際にも、撤去後の敷地の占有継続を主張していたなどの事実関係の下においては、Xが個人のためにも旧寺院を所持していたものと認めるべき特別の事情があるということができ、Xは、旧寺院の所持を奪ってこれを占有しているYに対して占有回収の訴えによりその返還を求めることができると判示して、原判決を破棄した上、同旨の一審判決を正当としてYの控訴を棄却した。原審は、前掲最三小判平10・3・10で示された法人の機関が個人のためにも所持していたものと認めるべき特別の事情について、機関である個人としての生活利益であると捉え、その占有態様から右利益が客観的に認定できないときには前記特別の事情を認め難いとしたものであろうが、前記判例に照らし、右判断には問題があるとされたものである。
五 法人とその機関である個人との間で機関たる地位をめぐる内部紛争がある場合には、機関たる地位は個人の法的利益でもあり、機関としての占有利益も個人利益に属する面があるところから、紛争の経過に照らして、機関たる個人が右個人利益のため機関たる地位を主張して争っているときには、当該法人との間では、原則として前記特別の事情の存在を肯認すべきであるという考え方が、前掲最三小判平10・3・10及び本判決の根底にあるように思われる。もっとも、日蓮正宗の内部紛争に絡んで擯斥処分を受けた被包括宗教法人の住職と右宗教法人との間で、寺院の明渡しの可否や従前の住職の地位の有無をめぐって多数の訴訟が係属していたが、いわゆる蓮華寺事件の最高裁判決(最二小判平1・9・8民集四三巻八号八八九頁、本誌七一一号八〇頁)が、右訴訟は法律上の争訟に当たらず、訴えを却下すべきものと判断して以後、同旨の最高裁判決が繰り返されているところ(直近の判例として、最三小判平11・9・28裁判集民一九三号七三九頁がある。)、右と同じ日蓮正宗の内部紛争に属する本件も、本権に基づく法的解決の途が閉ざされているという特殊性がある点では同様である。前述したような紛争態様(対外紛争か内部紛争か)によって占有意思(自己のためにする意思)ないし占有訴権の主体を区別して処理するという考え方が、前記のような特殊性を有する本件のような事例にとどまることなく、それ以外の事案にまで及ぼされ得るものかどうかは、今後に残された課題といえよう。
六 本判決は、第二小法廷が前掲最三小判平10・3・10で示された判断枠組みに従って、同種の事案について上告審として具体的な判断を示したものであり、実務の参考となると思われるので紹介する。

2.本案判決説とその問題点
・審理過程において相手に反論を許さず、一方的な主張立証を導き中立的でない!

3.当事者の争い方への着目

+判例(H14.2.22)
理由
上告代理人青木康、同鰍澤健三、同横山弘美、同青木清志、同大塚章男、同當山泰雄、同末川吉勝、同高瀬博之、同古谷野賢一、同島田新一郎、同長谷部修、同法月正志、同石川勝利の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が被上告人所有の第一審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を占有している上告人に対し、本件建物の所有権に基づきその明渡しを求める訴訟である。被上告人は、被上告人を包括する宗教法人日蓮正宗の管長が上告人を大経寺の住職から罷免する旨の処分(以下「本件罷免処分」という。)をしたことに伴い、上告人が本件建物の占有権原を失ったと主張しているのに対し、上告人は、本件罷免処分は日蓮正宗の管長たる地位を有しない者によってされた無効な処分であると主張している。
原審の適法に確定した事実関係等は、次のとおりである。
(1) 大経寺は昭和四一年四月に日蓮正宗の寺院として設立され、上告人が当時の日蓮正宗の管長細井日達から住職に任命され、その寺院である本件建物の占有を開始した。
(2) 大経寺は、昭和五一年七月、法人格を取得して日蓮正宗に包括される宗教法人(被上告人)となり、同時に住職である上告人が被上告人の代表役員となった。
(3) 日蓮正宗においては、代表役員は管長の職にある者をもって充て、管長は法主の職にある者をもって充てるものとされ、法主は宗祖以来の唯授一人の血脈を相承する者とされているところ、細井日達が昭和五四年七月二二日死亡した後、阿部日顕(以下「阿部」という。)が、細井日達から血脈相承を受けたとして日蓮正宗の法主に就任したことを祝う儀式が執り行われ、日蓮正宗の代表役員に就任した旨の登記がされた。
(4) 平成二年一二月ころから、日蓮正宗とその信徒団体である創価学会とが激しく対立するようになり、日蓮正宗は、平成三年一一月二八日、創価学会に対し破門通告をした。
(5) 上告人は、創価学会は日蓮正宗の教義を広めるに当たって多大の貢献があったし、今後も日蓮正宗の教義を広めるために創価学会が不可欠の存在であると考えていたところ、上記日蓮正宗と創価学会との一連の確執の中で、日蓮正宗の法主である阿部の在り方に次第に疑問を抱き、同人が血脈相承を受けていないと考えるに至り、宗祖日蓮大聖人の教えを守るとともに信徒の意思にこたえるために、被上告人と日蓮正宗との被包括関係を廃止しようと考えるようになった。
そこで、上告人は、日蓮正宗との被包括関係の廃止に係る被上告人の規則変更を行うために、平成四年一〇月一七日、阿部の承認を受けることなく、創価学会の会員でない信徒の中から選定されていた責任役員三名を解任するとともに、新たに創価学会の会員である信徒の中から責任役員三名を選定した。そして、同日、上告人及び新責任役員により開催された責任役員会において、日蓮正宗との被包括関係の廃止に係る規則変更について議決がされ、日蓮正宗に対してその旨の通知がされた。
(6) 日蓮正宗は、日蓮正宗の代表役員の承認を得ることなくされた上記解任行為は違法無効であるとして、これをただすために上告人を召喚しようとしたが、上告人はこれに応じなかったので、上告人に対し、上記解任行為を撤回し、非違を改めるように訓戒した。しかし、上告人は、同訓戒にも従わなかったため、阿部は、平成五年一〇月一五日付け宣告書をもって、上告人に対し本件罷免処分をした。
(7) 上告人は、神奈川県知事に対し、被上告人の規則の変更認証申請をし、同知事は、平成五年二月五日、これを認証したが、日蓮正宗等が審査請求をしたところ、文部大臣は、同年八月四日、同認証を取り消す旨の裁決をしたので、被上告人は依然として日蓮正宗の被包括宗教法人にとどまっている。

2 原審は、次のとおり判断して、本件訴えを却下した第一審判決を取り消し、本件を第一審に差し戻した。
上告人は、日蓮正宗内にとどまりながら懲戒処分の効力を争っているのではなく、被上告人と日蓮正宗との被包括関係の廃止を求めているのであるから、日蓮正宗の法主がだれであるかについて利害関係は認められない。本件訴訟の本質的争点は、上告人が、被上告人と日蓮正宗との被包括関係を廃止するために、日蓮正宗の代表役員の承認を受けることなく責任役員を解任し、新たに責任役員を選任した上で行った被上告人の規則変更の効力の有無にあり、その判断は、阿部が血脈相承を受けたか否かという宗教上の問題とは関係なく行うことができる。したがって、本件訴えは法律上の争訟に当たる。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
本件においては、日蓮正宗の管長として本件罷免処分をした阿部が正当な管長としての地位にあったかどうかが本件罷免処分の効力を判断するための争点となっており、本件罷免処分の効力は、被上告人の請求の当否の判断の前提問題となっている。そして、日蓮正宗においては、前記のとおり、管長は法主の職にある者をもって充てるものとされているから、本件罷免処分の効力の有無を決するためには、阿部が日蓮正宗においていわゆる血脈相承を受けて法主の地位に就いたか否かの判断が必要であり、阿部が血脈相承を受けたか否かを判断するためには、日蓮正宗の教義ないし信仰の内容に立ち入って血脈相承の意義を明らかにすることが避けられない。このように、請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が、宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっており、その内容に立ち入ることなくしてはその問題の結論を下すことができないときは、その訴訟は、実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁、最高裁昭和六一年(オ)第九四三号平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九頁参照)。
そうすると、被上告人の本件訴えが「法律上の争訟」に当たるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。したがって、原判決は破棄を免れない。本件訴えを却下した第一審判決の結論は正当であって、同判決に対する被上告人の控訴はこれを棄却すべきである。
よって、裁判官河合伸一、同亀山継夫の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官河合伸一の反対意見は、次のとおりである。
1 裁判所は、憲法に特別の定めのある場合を除き、一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するのであるが、この権限は、憲法の保障する裁判を受ける権利と表裏をなすものである。そして、裁判を受ける権利は、基本的人権であり、基本権の基本権ともいわれるものであって、この権利が十全に保障されることは、我が国の社会秩序の基盤を形成するものである。したがって、裁判所の上記権限は、同時に憲法上の責務でもあって、裁判所は、憲法に基づく制約のない限り、すべての法律上の争訟について裁判し、これを解決しなければならない。
法律上の争訟とは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものを意味する。本件は、被上告人が、その所有する建物を占有する上告人に対し、明渡しを請求する事件であるから、上記要件の前段を充たしていることは明らかである。このような事件について裁判所が裁判による解決を拒絶するならば、所有者としては、自力救済も許されず、自己の所有権の侵害に対してなすすべがなく、占有者としても、自己の占有ひいては生活関係の安定を得られないままとなり、さらには関係社会にもさまざまな支障が及びかねない。たしかに、本件には、上記要件の後段に関し、多数意見の指摘する問題がある。しかし、私は、その問題にかかわらず、本件の紛争を裁判によって終局的に解決することが可能であると考え、多数意見に反対するものである。
2 本件においては、阿部の日蓮正宗管長としての罷免処分権限の有無が、被上告人の本訴請求の当否を決する前提問題となっている。すなわち、日蓮正宗において住職の罷免の権限を有するのはその管長であり、管長は法主の職にある者が充てられるところ、上告人は、阿部は宗規に基づく法主の選定を受けておらず、したがって、本件罷免処分をする権限を有しないと主張しているのである。
記録によれば、日蓮正宗における法主の選定は、血脈相承によってされること、血脈相承とは、宗祖日蓮以来代々の法主に伝えられてきた特別な力ないし権能を、現法主が次の法主となる者に口伝及び秘伝によって伝授する宗教的行為であること、血脈相承がそのようなものであることは、同宗の信仰及び教義の核心をなしていること、そして、本件の当事者はいずれも、これらの点において特に認識を異にするものではないことがうかがわれる。
日蓮正宗における法主選定行為の性質がこのようなものであるとすれば、裁判所としては、その行為の存否ないし効力の有無を判断することができない。それを判断するためには、血脈相承についての日蓮正宗の信仰ないし教義として何が正しいかを判断した上、その正しい信仰ないし教義にかなった行為があったか否かを判断しなければならないが、そのような判断は、法令の適用によってすることができるものではないからである。
3 また、憲法は、同じく基本的人権として、信教の自由を保障しているが、この自由の中には、いかなる信仰ないし教義をもって正しいとし、人のある行為又は事実がその信仰ないし教義にかなうものであるか否かの判断(以下「宗教的判断」という。)をする自由が含まれることは明らかである。そして、信教の自由は、自然人のみならず、法人ことに宗教法人ないし宗教団体(以下「宗教団体」という。)も享有するものと解される。したがって、ある宗教団体において、ある行為又は事実について宗教的判断が定立されている場合には、国の機関たる裁判所は、公序良俗に反するなど格別の事由のない限り、その判断を信教の自由に属するものとして尊重しなければならず、自ら信仰の内容あるいは教義の解釈に立ち入って、独自の判断をすることは許されない。
阿部が日蓮正宗の信仰及び教義にかなう血脈相承を受けていたか否かの争点につき、裁判所が法令の適用によって判断することができないことは前項で述べたが、さらに、もしこの点について日蓮正宗としての宗教的判断が定立されているとすれば、上記の理由により、裁判所は、それについて自ら判断することが許されないことにもなるのである。
4 しかしながら、これらのことは必ずしも、本件紛争を裁判によって解決することができないとの結論に直結するものではない。
信教の自由に対する憲法の保障として、裁判所が、ある宗教団体の前記の意義での宗教的判断を尊重しなければならないということは、単にその内容に介入しないとの消極的意味にとどまらず、さらに、法律上の争訟について裁判するに当たって、その宗教的判断を受容し、これを前提として法令を適用しなければならないことを意味するものというべきである。けだし、宗教団体は、純粋な宗教活動のみならず、その宗教活動のための財産を所有管理し、さらにはこれらのための事業を行うなど、一般市民秩序にかかわる諸活動をすることを認められている。宗教団体のこれらの活動から生じる具体的な権利義務ないし法律関係の紛争において、当該団体が信教の自由の行使として定めた宗教的判断が裁判所によって受容されず、その宗教的判断を前提とする紛争の終局的解決を得られないとすれば、当該団体は、たとえば本件に見るように、市民法上の法律関係において不安定ないし不利な状況のまま放置され、あるいは、自己の宗教的判断と矛盾する法律関係を強制されることになりかねない。それでは、憲法が信教の自由を保障した趣旨に反すると考えられるからである。
5 これを本件についてみると、記録によれば、昭和五四年に、阿部が前法主から血脈相承を受けた者として法主に就任したことが日蓮正宗の諸機関において承認され、公表されたこと、それ以来、本件罷免処分がされるまでに一四年余を経過したこと、その間、阿部は終始同宗の法主兼管長として行動してきたことが認められる。
これらの事実によれば、本件罷免処分当時には、日蓮正宗において、阿部が前法主から血脈相承を受けて法主に選定された者であるとの宗教的判断が定立されていた可能性があると推認することができる(注)。そして、同宗の宗教的判断としてそのような判断が定立されていたか否かは、裁判所が事実認定に関する法則を含め、法令を適用して判断することができる事柄である。したがって、一審としては、その点について審理し、もし、本件罷免処分時において日蓮正宗のそのような宗教的判断が定立されていたと認定できるならば、阿部が同宗の法主であったことを前提として、その余の点について審理を進め、法令を適用して本案判決をするべきであった。
しかるに、一審は、阿部についての血脈相承の有無を審理判断することができないことから直ちに、本件紛争が法令の適用による終局的解決に適さず、法律上の争訟に当たらないとしたが、これは、結局、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽の違法をおかしたものであって、取消しを免れない。原審の判断は、結論において正当であり、上告は棄却すべきものである。
注 ある事柄に関する宗教的判断をめぐって、宗教団体の内部が大きく分裂し、異端紛争となっているような事案では、裁判所として、団体の宗教的判断が何であるかを認定し得ないのみか、認定すべきでない場合もあり得るであろう。けだし、そのような事案で、裁判所があえて一方の宗教的判断をもって団体の判断とし、他方を排除することが、憲法が裁判所に要求する宗教的中立性保持のために、許されない場合があり得るからである。いかなる事案がその場合に当たるかは、いずれも憲法が裁判所に求める前記責務とこの宗教的中立性保持の義務との調和の観点から、個々の事案ごとに決しなければならない。たとえば、多数意見が引用する最高裁第二小法廷平成元年九月八日判決の事案はこれに当たると考えられる。これに対し、本件事案は、記録による限り、そのような場合に当たるとは考えられない。すなわち、本件は、上記最高裁判決の事案とは事実関係を異にするものというべきである。

+反対意見
裁判官亀山継夫の反対意見は、次のとおりである。
私は、河合裁判官の反対意見(以下「河合意見」という。)に同調するとともに、事案にかんがみ、若干付言したい。
裁判を受ける権利が国民の基本的人権を守るための最も基本的な権利であり、これを十全に保障することが裁判所の重大な責務であることは、河合意見の説くとおりである。また、信教の自由を存立の基盤とする宗教団体の存在とその社会的活動が是認されている以上、そのような宗教団体についても信教の自由が保障されなければならないこともいうまでもない。
信教の自由も裁判を受ける権利によって守られるべき権利である上、宗教団体は、信仰を基盤としつつ、その構成員あるいは団体外の第三者との間にも広く、かつ多種多様な世俗的法律関係を作り出していくものであるから、このような宗教団体の宗教的判断に基づく種々の行動等の存否ないし当否について信教の自由に対する不介入の名の下に裁判の回避が安易に認められるならば、宗教団体自身の信教の自由が保障されないことになるおそれが大きいことになるのみならず、宗教団体の宗教的判断を前提とする紛争については、およそ裁判による解決を得られないという事態を招きかねず、当該宗教団体やその構成員のみならず、これらと関わりを持つ一般人のすべてにとって、法的に著しく不安定な状態を招来することになるのであって、裁判所の上記責務に著しくもとるものといわなければならない。したがって、上記のような理由による裁判の回避は、ある宗教的判断の当否を直接判断する結果、内心の意思に反する宗教的判断を公権力によって強制することとなるような場合、あるいは、争いのある宗教的判断の一方に裁判所が軍配を揚げたと受け取られざるを得ないため、裁判所の宗教的中立性に疑念を抱かせるおそれが強いような、極めて限局された場合にのみ許されるべきものである。多数意見が引用する最高裁第二小法廷平成元年九年八日判決が、「(懲戒処分の)効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに、(中略)その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には」裁判の回避が許されるとしているのもこのような趣旨と理解されなければならない。
これを本件についてみると、記録によれば、阿部は昭和五四年に前法主から血脈相承を受けた者として法主に就任し、その旨が日蓮正宗の諸機関において承認され、公表されたこと、それ以来、本件罷免処分がなされるまでに一四年余が経過し、その間、阿部は対内的にも対外的にも終始日蓮正宗の法主・管長として行動してきたことが認められる。さらに、本件に先立つ昭和五五年ころにも、日蓮正宗内部において創価学会との関係をめぐって対立が生じ、当時阿部の採っていた同学会との協調路線に反対する一派の僧侶から同人が血脈相承を受けたことを否定する主張がなされ、これに基づく訴訟も提起される事態になったが、上告人は、当時このような主張にくみすることなく、かえって阿部が法主であることを前提とした積極的な活動を続けてきたことが認められる。また、平成二年末ころ、創価学会との対立路線に転じた日蓮正宗の方針に反対して同宗からの離脱を企図した住職等に対し同宗が寺院の明渡訴訟を提起した事件は、本件訴訟を含めて一六件あるが、そのうち、阿部によって任命された住職に係る一三件においては阿部の血脈相承を否定する主張がなされていないことも認められる。
以上のような事実を総合的に考察するならば、上告人は、阿部ら日蓮正宗執行部が創価学会との対立路線に転じたことに反発し、たまたま上告人が阿部の前法主から任命されていたために阿部の法主たる地位を争っても自己の住職たる地位を否定することにはならないことを奇貨として、阿部の法主たる地位を争っているに過ぎず、本件訴訟において阿部が血脈相承を受けた法主であるか否かが当事者間の紛争の本質的争点をなすものとはいえないことが明らかである。したがって、本件は、上記最高裁判決とは事案を異にするものであって、この点が争点となるとしても、河合意見が説くところに従って判断すれば足りることになるのであるが、それ以前に、本件において、上告人が阿部の血脈相承を否定する主張をすることによって訴えの却下を求めることは、上記のような事情の下にあっては、訴訟を回避するために便宜的に争点を作出したとも見られるものであって、信義則違反ないし権利の濫用として許されないものというべきである。けだし、このような主張を認めることは、阿部を法主と認めて世俗的な法律関係を結んだ第三者が、後になって阿部の血脈相承を否定することによって訴えの却下を求めることと本質的に何ら変わるところがないからである。
以上の次第であるから、本件においては、裁判所としては、阿部の血脈相承の有無に関する主張の判断に入ることなく審理を進めれば足りたのであり、一審判決はこの点において違法といわざるを得ないから、原判決は、結論において正当である。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)

++解説
《解  説》
一 本件は、A宗の被包括宗教法人である各宗教法人が、その寺院の住職に任命されていたが、A宗の管長Bによって住職を罷免されるか(①事件)、僧階剥奪処分である奪階処分に付せられた(②事件)各僧侶らに対し、各僧侶らが各寺院建物の占有権原を失ったとして、所有権に基づき各寺院建物の明渡しを求める訴訟を提起した事案である。A宗においては、代表役員は管長の職にある者をもって充て、管長は法主の職にある者をもって充てるものとされており、法主は宗祖以来の唯授一人の血脈を相承する者とされている。A宗とその信徒団体であるC会とが激しく対立するようになった。各僧侶らは、その確執の中で、A宗の管長であるBが血脈相承(けちみゃくそうじょう)を受けていないと考えるに至り、各宗教法人とA宗との被包括関係を廃止しようと考え、責任役員会でA宗との被包括関係の廃止に係る各宗教法人の規則変更についての決議が成立したとして、A宗に対してその旨の通知をするなどの宗派離脱手続を行った。A宗は、A宗からの宗派離脱手続が違法、無効であるなどとして、各僧侶に対し上記各懲戒処分をした。各僧侶らは、各宗教法人とA宗との被包括関係を解消することができず、A宗の僧侶の地位にとどまっている。各僧侶らは、上記各懲戒処分はA宗の管長たる地位を有しない者によってされた無効な処分であると主張している。
二 ①、②事件の各一審は、いずれも本件訴えを却下したが、その理由の要旨は次のとおりである。本件訴えは、BがA宗の法主の地位に就任したか否かの判断を必要不可欠の前提にするところ、Bが法主の地位にあるか否かを判断するためには、A宗における血脈相承の意義を明らかにした上で、同人が血脈を相承したか否かを判断しなければならない。そのためには、A宗における教義ないし信仰の内容に立ち入らなければならないことになるから、本件訴えは、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである。
これに対し、①、②事件の各原審(①事件の原審は判時一六九六号一一一頁に登載)は、各判決二項に要約されているように説示し、本件訴えは法律上の争訟に当たると判断して、一審判決を取り消し、本件を一審に差し戻した。各僧侶から上告及び上告受理申立て。
三 各上告については、民訴法三一二条一項、二項所定の事由を主張するものではないとして棄却決定がされたが、法律上の争訟性の解釈の誤り及び判例違反をいう各上告受理申立てについてはこれが受理された(②事件についてはそれ以外の上告受理申立て理由は排除された。)。第二小法廷の①判決は、本件は、請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっており、その内容に立ち入ることなくしては前提問題の結論を下すことができないものであることを理由に、第三小法廷の②判決は、本件は、宗教団体内部における紛争において、訴訟の争点につき判断するために宗教上の教義及び信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないものであることを理由に、いずれも、その訴訟は、実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきであるとして、原判決を破棄してXの控訴を棄却した。なお、①、②事件と同様な事案に関し、一審が訴えを却下し、原審が控訴を棄却した事件についての上告及び上告不受理申立てについては(平成一二年(オ)第一四〇〇号、同年(受)第一二一四号事件)、第三小法廷が平成一四年一月二二日に上告棄却兼不受理決定をしている(この事件の事案の詳細は、井上治典「宗教団体の懲戒処分の効力をめぐる司法審査の新たな流れ(上)―寺院明渡し訴訟の現状と展望」判評五一〇号八頁、判時一七四九号一八六頁に妙道寺事件として紹介されている。なお、この論文の二頁の注(1)には本件問題に関する文献がほぼ網羅されている。)。
四 従前の判例の立場
宗教法人の自治によって決定すべき事項、ことに宗教上の教義にわたる事項は、裁判所が立ち入って実体的な審理、判断をすべきではなく(最一小判昭55・4・10裁集民一二九号四三九頁、本誌四一九号八〇頁)、訴訟が具体的権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、信仰の対象の価値ないし宗教上の教義に関する判断が請求の当否を決するについての前提問題にとどまる場合であっても、それが訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものであり、紛争の核心となっているときには、当該訴訟は、裁判所法三条にいう法律上の争訟に当たらない(①判決の引用する最三小判昭56・4・7民集三五巻三号四四三頁、本誌四四一号五九頁)。また、具体的な権利義務ないし法律関係に関する訴訟であっても、宗教団体内部においてされた懲戒処分の効力が請求の当否を決する前提問題となっており、その効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに、それが宗教上の教義・信仰の内容に深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくしてその効力の有無を判断することができず、しかも、その判断が訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものである場合には、右訴訟は、裁判所法三条にいう法律上の争訟には当たらない(①判決の引用する最二小判平1・9・8民集四三巻八号八八九頁、本誌七七一号八〇頁(いわゆる蓮華寺事件)。この事案は、本件と同様に宗教法人であるA宗を包括宗教法人とする宗教法人が住職を罷免された僧侶に対し寺院建物の明渡しを求める訴訟であった。なお、特定の者が宗教法人の代表役員の地位にあることが争われている訴訟につき、同旨の判断を示している判例として最三小判平5・9・7民集四七巻七号四六六七頁、本誌八五五号九〇頁がある。)。右平成元年判決に引き続く一連の判例は、宗教法人がその所有する建物の明渡しを求める訴訟において、訴訟が提起されるに至った紛争の経緯及び当事者双方の主張並びに訴訟の経過に照らして、当該訴訟の争点を判断するために宗教上の教義ないし信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができない場合には、右明渡しを求める訴えは裁判所法三条にいう法律上の争訟に当たらないとしている(最三小判平5・7・20裁集民一六九号三一九頁、本誌八五五号五八頁。最二小判平5・9・10裁集民一六九号六二九頁、本誌八五五号五八頁。最一小判平5・11・25裁集民一七〇号四七五頁、本誌八五五号五八頁)。最近の最三小判平11・9・28裁集民一九三号七三九頁、本誌一〇一四号一七四頁も、宗教法人の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める訴訟について同様の判断を示しているが、宗教団体とその外部の者との間における一般民事上の紛争に係るものであれば、これを適法とする余地を残したものと解する余地がある。

五 ①判決の法廷意見、②判決は、多少文言は異なっているが、実質的な差異はなく、従前の最高裁判例の立場を踏襲したものであることは、①判決が右平成元年判決等を引用していることからも明らかである。両判決とも、右平成元年判決等の使用していた「紛争の本質的争点」という用語の使用を避けているが、これは、この用語の意味が右平成元年判決後の一連の判例から見ても、当該訴訟の結論を下すために判断が避けられないという意味であるのに、①、②事件の各原審のように紛争全体の本質的争点の意味と誤解する向きもあったことから、あえてこの用語の使用を避けたのではないかと推測される
②判決は全員一致によるものであるが、①判決には二人の裁判官の反対意見が付されている。その内容の詳細については判決文を直接参照していただきたい。河合裁判官の反対意見は、憲法が宗教団体にも信教の自由を保障していることから、裁判所が自ら宗教団体の信仰の内容あるいは教義の解釈に立ち入って独自の判断をすることは許されないという点では法廷意見と同様の立場に立っている。しかし、そのことから法廷意見のように、請求の当否を決する前提問題が宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっており、その内答に立ち入ることなくしては前提問題の結論を下すことができない場合に法律上の争訟性を否定することは、憲法の保障する裁判を受ける権利と表裏をなす裁判所の責務にもとるのみならず、憲法の信教の自由を保障した趣旨に反するとして、裁判所は、公序良俗に反するなど格別の事由のない限り、宗教団体の宗教的判断を受容し、これを前提として法令を適用しなければならないとするものである。河合裁判官の反対意見は、部分社会論を理由に懲戒処分自体につき自律的判断を受容すべきであるとの立場に立つものではなく、憲法が信教の自由を保障する宗教的判断に限り受容すべきであるとの立場に立つものである。亀山裁判官の反対意見は、河合裁判官の反対意見に同調しつつ、本件記録から認められる事実関係に照らせば、本件において、当該僧侶がBの血脈相承を否定する主張をすることによって本件訴えの却下を求めることは、訴訟を回避するために便宜的に争点を作出したものとも見られるのであって、信義則違反ないし権利の濫用として許されないとするとの意見を付言するものである。
右平成元年判決等の事案と本件の事案とは、(1)明渡しを求められた僧侶が前者ではA宗の内部にとどまって批判的言動をした者であるのに対し、後者ではA宗から離脱しようとした者であること、(2)前者ではBが血脈相承を受けたか否かを巡ってA宗内で異端紛争となっていたのに対し、後者においてはBが血脈相承を受けたことがA宗内での宗教的判断として定立していた可能性があると推認されることなどに相違があることを理由として、事実関係を異にするとの見解もある。(1)の点を強調する見解として、①事件のXの訴訟代理人でもある井上治典「宗教団体の懲戒処分の効力をめぐる司法審査の新たな流れ(上)(下)―寺院明渡し訴訟の現状と展望」判評五一〇号二頁、判時一七四九号一八〇頁、判評五一一号二頁、判時一七五二号一八〇頁があり、(2)の点を指摘するものとして河合裁判官の反対意見がある。しかし、(1)の点を強調する見解は、本件において、各僧侶らが各宗教法人とA宗との被包括関係を解消することができず、A宗の僧侶の地位にとどまっていることを看過した議論ではないかと考えられるであろう。(2)の点についても、①判決の法廷意見の立場及び②判決の立場によれば結論を左右すべきものとは考えられないであろう。


行政法 基本行政法 行政立法その2 行政規則


3.行政規則
(1)解釈基準

+判例(S43.12.24)墓地埋葬通達事件

+判例(東京地判S46.11.8)函数尺通達事件
理由
(本案前の抗弁について)
一 被告局長に対する訴えについて
当事者間に争いのない事実および成立に争いのない乙第一号証によれば、被告局長に対する訴えにおいて原告が取消を求めている通達というのは、被告局長から各都道府県知事宛に発せられた「計量法違反事件について(照会)」と題する書面によるものであつて、その内容は、原告の製造にかかる本件函数尺が計量法第一二条の計量器にあたり、同法の各種規制を受けるものであること、右函数尺には非法定計量単位の目盛が併記されているので、その販売および販売のための所持は非法定計量単位の使用を禁止した同法第一〇条に違反するものであることをそれぞれ明示し、知事に対しその趣旨にそつて右函数尺に関する事務を処理するよう指示するとともに、あわせて右函数尺の販売の実体調査とその結果の報告を命じたものと認められる。そして、計量法の施行事務は通商産業省の所管事務に属し、同省重工業局が計量に関する事務を掌り(通商産業省設置法第三条第四号、第一〇条第四号)、また、知事は国の委任を受け、国の機関として計量器の販売等の事業の登録等の事務を処理する関係にあるので(地方自治法第一四八条第二項、別表三(九四))、被告局長は右事務につき知事に対し指揮監督権を有するものであるから、右書面は、被告局長が右権限に基づいてその所掌事務につき国の機関たる知事に対し右函数尺につき計量法第一〇条、第一二条の解釈を示し、前示のごとくそれにそつた事務処理を指示するとともに右函数尺の販売の実体調査とその結果の報告を命じたものである。
ところで、通達そのものの取消を求める訴訟が許されるかどうかは問題の存するところである(最高裁判所昭和三九年(行ツ)第八七号昭和四三年一二月二四日判決、民集第二二巻第一三号三一四七頁参照)。
元来、通達は、上級行政機関がその所掌事務について関係下級行政機関およびその職員に対しその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであつて(国家行政組織法第一四条第二項)、行政組織の内部的規律にすぎないものであることからすれば、国民との関係についていう限り、通達そのものは、たとえそれが国民の権利、義務ないし法律上の利益に関係のあることがらを内容とするものであつても、一般的には、いまだ個人の具体的な権利、義務ないし法律上の利益に変動を生ぜしめるものではないから、これを具体的な法律上の紛争があるものとして司法審査の対象とすることはできないものといわなければならない。そして、このように解したとしても、通常は通達に基づいてなされた具体的な行政処分の適否についての訴訟によつて国民の利益を保護することが充分可能であるから、国民の権利救済に欠けるところはないというべきである。
しかし、現実の行政事務の運営において通達がはたしている役割・機能の重要性およびその影響力も無視しえないのであつて、こうした点をも併せ考えると、通達であつてもその内容が国民の具体的な権利、義務ないし法律上の利益に重大なかかわりをもち、かつ、その影響が単に行政組織の内部関係にとどまらず外部にも及び、国民の具体的な権利、義務ないしは法律上の利益に変動をきたし、通達そのものを争わせなければその権利救済を全からしめることができないような特殊例外的な場合には、行政訴訟の制度が国民の権利救済のための制度であることに鑑みれば、通達を単に行政組織の内部的規律としてのみ扱い、行政訴訟の対象となしえないものとすることは妥当でなく、むしろ通達によつて具体的な不利益を受ける国民から通達そのものを訴訟の対象としてその取済を求めることも許されると解するのが相当である。
このような観点から本件訴えの対象とされた前記通達についてみると、右通達は前示認定のとおりの形式および内容のものであり、前掲乙第一号証および証人A、同B、同Cの各証言によれば、本件函数尺についてはかねてより計量法違反物件としてその製造、販売に対しなんらかの行政措置を講ずべきではないかとの疑義があり、右通達はこうした疑義からなされた照会に対するものとして発せられたものであることが認められ、このような通達が発せられた経緯およびその内容よりすれば、右通達は原告の製造にかかる右函数尺の販売および販売のための所持を規制することをも目的としているものと解されるところ、証人Bの証言および弁論の全趣旨よりすれば、計量に関する事務はすぐれて専門技術的要素が多く、現実の行政事務は通達によつて運営、執行され、計量法規の解釈、運用、取扱基準等に関して発せられる通達には下級行政機関のみならず計量器製造業者およびその販売業者らも多大の関心を示し、行政機関においても行政事務の円滑な運営をはかるうえからこれら業者に対しその通達の紹介、説明等をなし、業者らは発せられた通達に従うのが実情であり、計量に関する行政において通達のはたしている現実的役割・機能は極めて大きいことが認められるうえ、現に、原告本人尋問の結果によれば、右通達が発せられたのち、各関係機関において右函数尺の販売取扱業者らに対し販売中止勧告等の行政措置がなされ、原告は右業者らから右函数尺の買入れを解約されるに至つたことが認められるから、これらの点をも併せ考えると、右通達が右函数尺の製造業者である原告の権利・利益に重大な影響を及ぼすものであることは明らかであり、かつ、右のような解約という事態を防止しうる措置として原告のなしうる最も適切な法的手段としては、右業者らに対する行政措置の根拠とされた右通達そのものの取消を求めるほかはないといわなければならない。しかも、本件においては、原告は計量器の製造事業の許可を受けた計量器製造業者ではないから、原告が右通達に基づいて許可の取消、事業の停止等の具体的な行政処分を受けることはなく、せいぜい製造中止の勧告を受ける程度にとどまり、右通達に基づく具体的な行政処分を受けるのは個々の計量器販売業者であり、これらの業者に対する登録の取消または事業停止(計量法第五九条)といつた具体的処分をまつて、その処分に対してのみ不服の申立てをすることができるとすれば、結局、その処分を受けた個々の販売業者のみが右の処分を争うことを通じて右通達の適否を争うことができるにとどまり、これらの業者が敢えて右通達に反する行為をなし、右のような不利益処分を受けて争うことがないかぎり、右函数尺の製造業者である原告としては実際に右通達による不利益を受けながらそれを争う方法がないということでは甚だ不合理な結果をきたすといわざるを得ない。以上の諸関係を考慮すれば、右通達は抗告訴訟の対象たりうる行政庁の公権力の行政にあたると解するのが相当であり、また、原告には右通達の取消を求める適格があるというべきである。
右につき、被告局長は、右通達は原告の製造、販売にかかる右函数尺の販売について行政庁としてなんらの措置を必要とする否かについて判断の資料を得るため、各知事に対し右函数尺に関する一応の見解を表明して、その販売の実体調査およびその結果の報告をなすべく指示したものにすぎない旨主張する。
しかし、前記認定のような右通達の内容ならびにその発せられた経緯からすれば、右通達が単に右函数尺の販売の実体調査とその結果の報告のためにのみ発せられたものとは到底いえないし、現に前示認定のとおり右通達に則つて右函数尺の販売取扱業者らに対し販売中止勧告等の行政措置がなされ、また、原告に対しても被告所長から右通達に基づいて製造中止の勧告がなされている(この点は当事者間に争いがない。)のであるから、被告局長の右主張は採用できない。
よつて、被告局長の右本案前の主張は採用できない。
二 被告所長に対する訴えについて
成立に争いのない甲第一号証および証人B、同Cの各証言によれば、被告所長に対する訴えにおいて原告が取消を求めている勧告は、被告所長が原告に対し原告の協力のもとに右函数尺の製造および販売の中止を要請したもので、いわゆる行政指導としてなされたものにすぎないことが認められる。
そうとすれば、他に特段の事情の認められない本件においては、右勧告はなんら原告の権利、義務ないしは法律上の利益に影響を及ぼすものではなく、右勧告の取消を求めなければ原告の権利救済をはかることができないという関係にもないから、右勧告は抗告訴訟の対象たりうる行政庁の公権力の行使と認めることはできない。
原告は、右勧告は計量法第二三一条(第六三条違反)、第二三五条(第一〇条違反)の罰則をもつて右函数尺の製造および販売を禁止しようとするものであるから行政処分である旨主張するが、右条項は勧告を受けた者が勧告に従わないことに対し刑罰を科するとするものではなく、勧告とは関係なく同法第六三条、第一〇条違反に対し罰則を定めたものにすぎないから、原告の右主張は採用できない。
したがつて、右勧告の取消を求める本件訴えは不適法であるといわざるをえず、却下を免れないというべきである。
(本案について)
一 原告が商品名を「ホワイト六折スケール」と称する合成樹脂製六つ折函数尺を製造、販売していたところ、被告局長が右函数尺に関し昭和三八年八月二〇日付三八重局第一二七七号をもつて各都道府県知事宛に別紙記載内容の通達を発したこと、そこで、原告が昭和三八年九月二七日付をもつて右通達に対する不服申立書を通商産業大臣に提出したところ、同大臣はこれを異議申立てとみなし、同年一一月三〇日右「異議申立ては認められない」旨の決定をなし、その通知書が同月二一日原告に送達されたことは当事者間に争いがない。
二 原告は、右通達は計量法の解釈を誤つた違法があると主張するので、以下この点について判断する。
計量に関する制度は、社会生活における基本的な制度であつて、単に経済取引ばかりでなく、家庭・産業・学術・教育などの国民生活のあらゆる分野に多大の影響を及ぼすものであるから、合理的かつ統一的な計量制度を確立することは、社会生活の便宜と安全を図り、かつ、経済の発展と文化の向上を期するうえで必要不可欠のものである。計量法は、かような社会的要請から計量の基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もつて経済の発展および文化の向上に資することを目的として制定されたものであり(同法第一条)、その目的の達成のために、計量基準として計量単位を定め(同法第三条、第五条)、法定計量単位以外の計量単位を取引上または証明上の計量に用いることのみならずそれを物象の状態の量の表示として用いることをも原則として禁止し(同法第一〇条)、取引上または証明上における雑多な計量単位の使用を防ぎ、計量単位の単純明確化を期するとともに、適正な計量の実施を確保する見地から、計量器の定義を定め(同法第一二条)、その製造、修理、販売の事業につき許可ないし登録の制度を採用し(同法第一三条、第三五条、第四七条)、製造、修理された計量器についての譲渡等につき検定制度を定め(同法第六三条)、検定に合格しない計量器についての譲渡等を禁止(同法第六六条)する等、正確な計量器の供給を図る措置を講じている。
したがつて、右のような計量法の目的および趣旨よりすれば、同法第一二条にいう計量するための器具、機械または装置とは、その素材、構造、形状、外観等から客観的に観察し、社会通念上物象の状態の量を計ることのできる機能・性質を具備しているものであつて、その使用目的が主として計量するためのものと認められるものをいうと解するのが相当であり、そのようなものであれば、製作者の主観的意図の如何を問わず右の計量器にあたり、その製造、販売については同法第一三条、第四七条その他計量法の定める規制を受けなければならず、また、そのような計量器に非法定計量単位が表示されているときは、その販売または販売のための所持は、非法定計量単位を物象の状態の量の表示として用いること自体をも禁止した同法第一〇条第一項本文に違反するものと解するのが相当である。
そこで、本件函数尺が右計量器にあたるかについてみるに、成立に争いのない甲第二四号証および検甲第一号証によれば、右函数尺は、表面にセンチメートルとかね尺の寸、裏面にインチの各目盛が別紙図面(三)のとおり併記された長さ約一メートルのスチロール樹脂製六つ折尺様のものであり、その素材、形状、構造、外観等に照らし、社会通念上、長さを計ることのできる機能・性質を具備し、主として計量(長さを計る)のために使用する目的をもつものと認められるから、右函数尺は同法第一二条にいう計量器であり、同条第一号ヘの畳尺に該当するものというべきである。
そして、右函数尺には前示認定のとおり非法定計量単位であるかね尺の寸およびインチの各目盛が併記されているから、その販売または販売のための所持は、非法定計量単位を物象の状態の量の表示として用いることをも含め禁止している同法第一〇条第一項本文に違反するものと解するのが相当である。
してみれば、右と同趣旨の内容の右通達には計量法の解釈を誤つた違法はないといわなければならない。
三 原告は、右通達が計量法の解釈を誤つたものであることを各種の観点から理由づけているので、以下原告の主張について検討する。
(一)原告は、右函数尺は計量するためのものではなく、主として木材取引業者らが換算に使用するためのものである旨主張する。
しかし、前示のとおり、当該器具が計量するためのものであるか否かは、当該器具の構造、形状、外観、機能等から客観的に観察し、社会通念に照らして判断すべきものであって、製造業者の主観的な製造目的如何によるべきものではないと解するのが相当であるから、右函数尺が前示認定のとおりの構造、形状、外観等を具備するものである以上、原告の主観的な製造目的如何にかかわらず、右函数尺は社会通念上計量のためのものというべきである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(二)原告は、右函数尺の素材がセルロイド類似の合成樹脂(スチロール樹脂)であつて、膨脹率が大きく計量器の材料に親しまないものであるから、右函数尺は計量することのできる性質を具備しているものではなく、計量器とはいえない旨主張する。
右函数尺がスチロール樹脂製のものであることは前示認定のとおりであり、スチロール樹脂は膨脹係数が大きく、計量器検定検査規則の定める基準膨脹係数以下のものではないから、その意味では右函数尺が計量器の材料として不適当であることは原告主張のとおりである。
しかし、計量法第一二条の計量器にあたるか否かは、前示のとおり、その素材、構造、形状、外観等から客観的に観察し、社会通念上計量することのできる機能・性質を具備していると認めうるか否かによつて判断すべきものであつて、右検定規則の基準にあたらない材料によるものであつても、その構造等から客観的に観察し、社会通念に照らし一般的に計量可能と認められるものであれば、同法第一二条の計量器といいうるのであつて、当該器具に使用された材料が右検定規則の基準を保有するか否かは、検定の合否には関係しても、同法第一二条の計量器か否かの判断にあたつては関係ないものというべきである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(三)原告は、右函数尺には目盛線のみ記され、長さの単位および全長の表記がなく、これのみをもつてしては長さを計ることができないから、右函数尺は計量器ではない旨主張する。
検甲第一号証によれば、右函数尺には長さの単位および全長の表記はないが、その表面に1ないし99および1ないし30の、その裏面に1ないし36の数字の表記があるほか、前示のとおりセンチメートル、かね尺の寸およびインチの各目盛が記されてあり、長さの単位および全長の表記がなくても、一般通常人において自己の知識、経験により、また、他の物件との比較により、右目盛がいかなる単位、全長を表示しているか容易に識別することができ、これを使用して長さを計ることができるから、右函数尺を計量器というをさまたげるものではないというべきである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(四)原告は、右函数尺には「これは函数尺です。取引、証明には使用できません。」との注意書が明記され、取引上および証明上の計量に用いるものでないことは一見して明らかであるから、右函数尺は計量法第一二条の計量器ではない旨主張する。
しかし、計量法がその第一二条において計量器の定義に関する規定を設けた趣旨は、その製造、販売等の事業について許可ないし登録の制度を採用し(同法第一三条、第四七条等)、検定制度を規定(同法第六三条)する等して正確な計量器の供給を図り、もつて適正な計量の実施を確保するとの見地よりいでたものというべきであるから、前示のとおり、当該器具の素材、構造、形状、外観等から客観的に観察し、社会通念上計量するための器具と認められるものは同法第一二条の計量器と解するを相当とし、そのような器具であれば、たとえ当該器具に「これは函数尺です。取引証明には使用できません。」との注意書が付記されていても、同法第一二条の計量器というべきである。すなわち、右のような注意書の有無は、同法第一二条の計量器に該当するか否かを判定するうえで、決定的な要因となるものではないのである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(五)原告は右函数尺には非法定計量単位の目盛の併記はない旨主張する。
しかし、前示認定のとおり、右函数尺にはセンチメートルの目盛のほか、その表面にかね尺の寸、その裏面にインチの各目盛が表記され、右寸、インチはいずれも非法定計量単位であるから、原告の右主張は採用できない。
(六)原告は、右函数尺が非法定計量単位の目盛の併記された計量器であるとしても、それを販売または販売のため所持するだけでは計量法第一〇条違反にならない旨主張する。
計量法第一〇条第一項本文(第一〇条中第一項本文以外は本件においては問題にならない。)は、長さ、質量等の物象の状態の量について「法定計量単位以外の計量単位は、取引上又は証明上の計量(物象の状態の量の表示を含む。)に用いてはならない」旨規定し、右の「取引」とは、同法第一一条第一項において、有償であると無償であるとを問わず、物または役務の給付を目的とする業務上の行為をいうと定義され、また、「計量」とは、同法第二条において、長さ、質量等物象の状態の量を計ることをいうと定義されているが、非法定計量単位の目盛の併記された計量器を販売し、または販売のため所持することが右第一〇条第一項本文に違反するか否かは、右条文の規定からはかならずしも明瞭とはいい難いところである。
しかし、同法が計量基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もつて経済の発展および文化の向上に資することを目的とするものであること(同法第一条)、同法第一〇条が、右の目的を達成すべく、取引上または証明上における雑多な計量単位の使用を規制し、計量単位の単純明確化を図るための規定であること、同条第一項本文がそのかつこ書において「物象の状態の量の表示を含む」とし、売買、贈与等の取引において非法定計量単位を計量に用いることのみならず、非法定計量単位を取引上または証明上物象の状態の量の表示として用いることをも含め禁止していること等よりすれば、同条第一項本文は、非法定計量単位の目盛の付記された計量器を販売することまたは販売するために所持することをも禁止しているものと解するのが相当であるから、右函数尺が前示認定のとおり非法定計量単位の目盛の併記のある計量器と認められる以上、その販売または販売のための所持は同条第一項本文に違反するものというべきである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(七)原告は、計量法第一〇条は計量法施行法第三条との関連において憲法第二一条第一項(表現の自由)に違反し無効である旨主張する。
原告の右主張の趣旨はかならずしも明らかではない。しかし、ある計量単位を取引上または証明上の計量(量の表示を含む。)に使用するということは、内心の思想(厳格な意味での思想に限らず、思つていること、感じていることのすべてを含む。)を外部に発表することとなんら関係のないことであるから、非法定計量単位を取引上または証明上の計量(量の表示を含む。)に使用することを禁止しても、憲法第二一条第一項の規定する表現の自由を侵したことになる余地がない。
したがつて、原告の右憲法の主張はその前提を欠くものであつて、採用できない。
(結論)
以上の次第であるから、原告の被告局長に対する訴えは、その理由がないから失当として棄却することとし、また、被告所長に対する訴えは、不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高津環 裁判官 佐藤繁 裁判官 海保寛)

・他にも公法上の当事者訴訟としての確認訴訟(行訴法4条)の対象にするという考え方もある。

(2)裁量基準
+(審査基準)
第五条  行政庁は、審査基準を定めるものとする。
2  行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。
3  行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。

・裁量基準は法律の委任に基づかない、行政内部での基準であるから、法規としての性格をもたない。

+判例(S53.10.4)マクリーン事件
理由
第一 上告代理人秋山幹男、同弘中惇一郎の上告理由第一点ないし第四点、第六点ないし第一一点について
一 本件の経過
(一) 本件につき原審が確定した事実関係の要旨は、次のとおりである。
(1) 上告人は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であるが、昭和四四年四月二一日その所持する旅券に在韓国日本大使館発行の査証を受けたうえで本邦に入国し、同年五月一〇日下関入国管理事務所入国審査官から出入国管理令四条一項一六号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令一項三号に該当する者としての在留資格をもつて在留期間を一年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した。
(2) 上告人は、昭和四五年五月一日一年間の在留期間の更新を申請したところ、被上告人は、同年八月一〇日「出国準備期間として同年五月一〇日から同年九月七日まで一二〇日間の在留期間更新を許可する。」との処分をした。そこで、上告人は、更に、同年八月二七日被上告人に対し、同年九月八日から一年間の在留期間の更新を申請したところ、被上告人は、同年九月五日付で、上告人に対し、右更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとして右更新を許可しないとの処分(以下「本件処分」という。)をした。
(3) 被上告人が在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとしたのは、次のような上告人の在留期間中の無届転職と政治活動のゆえであつた。
(ア)上告人は、ベルリツツ語学学校に英語教師として雇用されるため在留資格を認められたのに、入国後わずか一七日間で同校を退職し、財団法人英語教育協議会に英語教師として就職し、入国を認められた学校における英語教育に従事しなかつた。
(イ)上告人は、外国人べ平連(昭和四四年六月在日外国人数人によつてアメリカのベトナム戦争介入反対、日米安保条約によるアメリカの極東政策への加担反対、在日外国人の政治活動を抑圧する出入国管理法案反対の三つの目的のために結成された団体であるが、いわゆるべ平連からは独立しており、また、会員制度をとつていない。)に所属し、昭和四四年六月から一二月までの間九回にわたりその定例集会に参加し、七月一〇日左派華僑青年等が同月二日より一三日まで国鉄新宿駅西口付近において行つた出入国管理法案粉砕ハンガーストライキを支援するため、その目的等を印刷したビラを通行人に配布し、九月六日と一〇月四日べ平連定例集会に参加し、同月一五、一六日ベトナム反戦モラトリアムデー運動に参加して米国大使館にベトナム戦争に反対する目的で抗議に赴き、一二月七日横浜入国者収容所に対する抗議を目的とする示威行進に参加し、翌四五年二月一五日朝霞市における反戦放送集会に参加し、三月一日同市の米軍基地キヤンプドレイク付近における反戦示威行進に参加し、同月一五日べ平連とともに同市における「大泉市民の集い」という集会に参加して反戦ビラを配布し、五月一五日米軍のカンボジア侵入に反対する目的で米国大使館に抗議のため赴き、同月一六日五・一六ベトナムモラトリアムデー連帯日米人民集会に参加してカンボジア介入反対米国反戦示威行進に参加し、六月一四日代々木公園で行われた安保粉砕労学市民大統一行動集会に参加し、七月四日清水谷公園で行われた東京動員委員会主催の米日人民連帯、米日反戦兵士支援のための集会に参加し、同月七日には羽田空港においてロジヤース国務長官来日反対運動を行うなどの政治的活動を行つた。なお、上告人が参加した集会、集団示威行進等は、いずれも、平和的かつ合法的行動の域を出ていないものであり、上告人の参加の態様は、指導的又は積極的なものではなかつた。
(二) 原審は、自国内に外国人を受け入れるかどうかは基本的にはその国の自由であり、在留期間の更新の申請に対し更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかは、法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものであるとし、前記の上告人の一連の政治活動は、在留期間内は外国人にも許される表現の自由の範囲内にあるものとして格別不利益を強制されるものではないが、法務大臣が、在留期間の更新の許否を決するについてこれを日本国及び日本国民にとつて望ましいものではないとし、更新を適当と認めるに足りる相当な理由がないと判断したとしても、それが何ぴとの目からみても妥当でないことが明らかであるとすべき事情のない本件にあつては、法務大臣に任された裁量の範囲内におけるものというべきであり、これをもつて本件処分を違法であるとすることはできない、と判断した。
(三) 論旨は、要するに、(1) 自国内に外国人を受け入れるかどうかはその国の自由であり、在留期間の更新の申請に対し更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるかどうかは法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものであるとした原判決は、憲法二二条一項、出入国管理令二一条の解釈適用を誤り、理由不備の違法がある、(2) 本件処分のような裁量処分に対する原審の審査の態度、方法には、判例違反、審理不尽、理由不備の違法があり、行政事件訴訟法三〇条の解釈の誤りがある、(3) 被上告人の本件処分は、裁量権の範囲を逸脱したものであり、憲法の保障を受ける上告人のいわゆる政治活動を理由として外国人に不利益を課するものであつて、本件処分を違法でないとした原判決は、経験則に違背する認定をし、理由不備の違法を犯し、出入国管理令二一条の解釈適用を誤り、憲法一四条、一六条、一九条、二一条に違反するものである、と主張することに帰するものと解される。

二 当裁判所の判断
(一) 憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁参照)。したがつて、憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、所論のように在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである。そして、上述の憲法の趣旨を前提として、法律としての効力を有する出入国管理令は、外国人に対し、一定の期間を限り(四条一項一号、二号、一四号の場合を除く。)特定の資格によりわが国への上陸を許すこととしているものであるから、上陸を許された外国人は、その在留期間が経過した場合には当然わが国から退去しなければならない。もつとも、出入国管理令は、当該外国人が在留期間の延長を希望するときには在留期間の更新を申請することができることとしているが(二一条一項、二項)、その申請に対しては法務大臣が「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」これを許可することができるものと定めている(同条三項)のであるから、出入国管理令上も在留外国人の在留期間の更新が権利として保障されているものでないことは、明らかである。
右のように出入国管理令が原則として一定の期間を限つて外国人のわが国への上陸及び在留を許しその期間の更新は法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは、法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留中の状況、在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり、そして、在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは、更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨からであると解される。すなわち、法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたつては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしやくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができないものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令二一条三項所定の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断における法務大臣の裁量権の範囲が広汎なものとされているのは当然のことであつて、所論のように上陸拒否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと解すべきものではない
(二) ところで、行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定めることがあつても、このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものなのであるから、処分が右準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない処分が違法となるのは、それが法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限られるのであり、また、その場合に限り裁判所は当該処分を取り消すことができるものであつて、行政事件訴訟法三〇条の規定はこの理を明らかにしたものにほかならない。もつとも、法が処分を行政庁の裁量に任せる趣旨、目的、範囲は各種の処分によつて一様ではなく、これに応じて裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法とされる場合もそれぞれ異なるものであり、各種の処分ごとにこれを検討しなければならないが、これを出入国管理令二一条三項に基づく法務大臣の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断の場合についてみれば、右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるものというべきである。したがつて、裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。なお、所論引用の当裁判所昭和三七年(オ)第七五二号同四四年七月一一日第二小法廷判決(民集二三巻八号一四七〇頁)は、事案を異にし本件に適切なものではなく、その余の判例は、右判示するところとその趣旨を異にするものではない。
(三) 以上の見地に立つて被上告人の本件処分の適否について検討する。
前記の事実によれば、上告人の在留期間更新申請に対し被上告人が更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとしてこれを許可しなかつたのは、上告人の在留期間中の無届転職と政治活動のゆえであつたというのであり、原判決の趣旨に徴すると、なかでも政治活動が重視されたものと解される。
思うに、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。しかしながら、前述のように、外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく、ただ、出入国管理令上法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限り在留期間の更新を受けることができる地位を与えられているにすぎないものであり、したがつて、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当であつて、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障、すなわち、在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしやくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない在留中の外国人の行為が合憲合法な場合でも、法務大臣がその行為を当不当の面から日本国にとつて好ましいものとはいえないと評価し、また、右行為から将来当該外国人が日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者であると推認することは、右行為が上記のような意味において憲法の保障を受けるものであるからといつてなんら妨げられるものではない
前述の上告人の在留期間中のいわゆる政治活動は、その行動の態様などからみて直ちに憲法の保障が及ばない政治活動であるとはいえない。しかしながら、上告人の右活動のなかには、わが国の出入国管理政策に対する非難行動、あるいはアメリカ合衆国の極東政策ひいては日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に対する抗議行動のようにわが国の基本的な外交政策を非難し日米間の友好関係に影響を及ぼすおそれがないとはいえないものも含まれており、被上告人が、当時の内外の情勢にかんがみ、上告人の右活動を日本国にとつて好ましいものではないと評価し、また、上告人の右活動から同人を将来日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者と認めて、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないと判断したとしても、その事実の評価が明白に合理性を欠き、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえず、他に被上告人の判断につき裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたことをうかがわせるに足りる事情の存在が確定されていない本件においては、被上告人の本件処分を違法であると判断することはできないものといわなければならない。また、被上告人が前述の上告人の政治活動をしんしやくして在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないとし本件処分をしたことによつて、なんら所論の違憲の問題は生じないというべきである。
(四) 以上述べたところと同旨に帰する原審の判断は、正当であつて、所論引用の各判例にもなんら違反するものではなく、原判決に所論の違憲、違法はない。論旨は、上述したところと異なる見解に基づいて原判決を非難するものであつて、採用することができない。
第二 同第五点について
原審が当事者双方の陳述を記載するにつき所論の方法をとつたからといつて、判決の事実摘示として欠けるところはないものというべきであり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 江里口清雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 髙辻正己 裁判官 吉田豊 裁判官 団藤重光 裁判官 本林讓 裁判官 服部髙顯 裁判官 環昌一 裁判官 栗本一夫 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官岸盛一、同天野武一、同岸上康夫は、退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡原昌男)

・適切な裁量権行使のために裁量基準を定めながら、合理的な理由なく裁量基準から外れた処分をすることは、判断過程の合理性を欠くとされたり、平等原則違反とされることがありうる。

+判例(H4.10.29)伊方原発訴訟

・裁量基準と裁量審査の関係~懲戒処分を例に

個別事情考慮義務
+判例(S52.12.20)神戸税関事件

+判例(H24.1.16)

+判例(H11.7.19)三菱タクシーグループ運賃値上げ事件

4.意見公募手続

+第六章 意見公募手続等

(命令等を定める場合の一般原則)
第三十八条  命令等を定める機関(閣議の決定により命令等が定められる場合にあっては、当該命令等の立案をする各大臣。以下「命令等制定機関」という。)は、命令等を定めるに当たっては、当該命令等がこれを定める根拠となる法令の趣旨に適合するものとなるようにしなければならない。
2  命令等制定機関は、命令等を定めた後においても、当該命令等の規定の実施状況、社会経済情勢の変化等を勘案し、必要に応じ、当該命令等の内容について検討を加え、その適正を確保するよう努めなければならない。

(意見公募手続)
第三十九条  命令等制定機関は、命令等を定めようとする場合には、当該命令等の案(命令等で定めようとする内容を示すものをいう。以下同じ。)及びこれに関連する資料をあらかじめ公示し、意見(情報を含む。以下同じ。)の提出先及び意見の提出のための期間(以下「意見提出期間」という。)を定めて広く一般の意見を求めなければならない。
2  前項の規定により公示する命令等の案は、具体的かつ明確な内容のものであって、かつ、当該命令等の題名及び当該命令等を定める根拠となる法令の条項が明示されたものでなければならない。
3  第一項の規定により定める意見提出期間は、同項の公示の日から起算して三十日以上でなければならない。
4  次の各号のいずれかに該当するときは、第一項の規定は、適用しない。
一  公益上、緊急に命令等を定める必要があるため、第一項の規定による手続(以下「意見公募手続」という。)を実施することが困難であるとき。
二  納付すべき金銭について定める法律の制定又は改正により必要となる当該金銭の額の算定の基礎となるべき金額及び率並びに算定方法についての命令等その他当該法律の施行に関し必要な事項を定める命令等を定めようとするとき。
三  予算の定めるところにより金銭の給付決定を行うために必要となる当該金銭の額の算定の基礎となるべき金額及び率並びに算定方法その他の事項を定める命令等を定めようとするとき。
四  法律の規定により、内閣府設置法第四十九条第一項 若しくは第二項 若しくは国家行政組織法第三条第二項 に規定する委員会又は内閣府設置法第三十七条 若しくは第五十四条 若しくは国家行政組織法第八条 に規定する機関(以下「委員会等」という。)の議を経て定めることとされている命令等であって、相反する利害を有する者の間の利害の調整を目的として、法律又は政令の規定により、これらの者及び公益をそれぞれ代表する委員をもって組織される委員会等において審議を行うこととされているものとして政令で定める命令等を定めようとするとき。
五  他の行政機関が意見公募手続を実施して定めた命令等と実質的に同一の命令等を定めようとするとき。
六  法律の規定に基づき法令の規定の適用又は準用について必要な技術的読替えを定める命令等を定めようとするとき。
七  命令等を定める根拠となる法令の規定の削除に伴い当然必要とされる当該命令等の廃止をしようとするとき。
八  他の法令の制定又は改廃に伴い当然必要とされる規定の整理その他の意見公募手続を実施することを要しない軽微な変更として政令で定めるものを内容とする命令等を定めようとするとき。

(意見公募手続の特例)
第四十条  命令等制定機関は、命令等を定めようとする場合において、三十日以上の意見提出期間を定めることができないやむを得ない理由があるときは、前条第三項の規定にかかわらず、三十日を下回る意見提出期間を定めることができる。この場合においては、当該命令等の案の公示の際その理由を明らかにしなければならない。
2  命令等制定機関は、委員会等の議を経て命令等を定めようとする場合(前条第四項第四号に該当する場合を除く。)において、当該委員会等が意見公募手続に準じた手続を実施したときは、同条第一項の規定にかかわらず、自ら意見公募手続を実施することを要しない。

(意見公募手続の周知等)
第四十一条  命令等制定機関は、意見公募手続を実施して命令等を定めるに当たっては、必要に応じ、当該意見公募手続の実施について周知するよう努めるとともに、当該意見公募手続の実施に関連する情報の提供に努めるものとする。

(提出意見の考慮)
第四十二条  命令等制定機関は、意見公募手続を実施して命令等を定める場合には、意見提出期間内に当該命令等制定機関に対し提出された当該命令等の案についての意見(以下「提出意見」という。)を十分に考慮しなければならない。

(結果の公示等)
第四十三条  命令等制定機関は、意見公募手続を実施して命令等を定めた場合には、当該命令等の公布(公布をしないものにあっては、公にする行為。第五項において同じ。)と同時期に、次に掲げる事項を公示しなければならない。
一  命令等の題名
二  命令等の案の公示の日
三  提出意見(提出意見がなかった場合にあっては、その旨)
四  提出意見を考慮した結果(意見公募手続を実施した命令等の案と定めた命令等との差異を含む。)及びその理由
2  命令等制定機関は、前項の規定にかかわらず、必要に応じ、同項第三号の提出意見に代えて、当該提出意見を整理又は要約したものを公示することができる。この場合においては、当該公示の後遅滞なく、当該提出意見を当該命令等制定機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしなければならない。
3  命令等制定機関は、前二項の規定により提出意見を公示し又は公にすることにより第三者の利益を害するおそれがあるとき、その他正当な理由があるときは、当該提出意見の全部又は一部を除くことができる。
4  命令等制定機関は、意見公募手続を実施したにもかかわらず命令等を定めないこととした場合には、その旨(別の命令等の案について改めて意見公募手続を実施しようとする場合にあっては、その旨を含む。)並びに第一項第一号及び第二号に掲げる事項を速やかに公示しなければならない。
5  命令等制定機関は、第三十九条第四項各号のいずれかに該当することにより意見公募手続を実施しないで命令等を定めた場合には、当該命令等の公布と同時期に、次に掲げる事項を公示しなければならない。ただし、第一号に掲げる事項のうち命令等の趣旨については、同項第一号から第四号までのいずれかに該当することにより意見公募手続を実施しなかった場合において、当該命令等自体から明らかでないときに限る。
一  命令等の題名及び趣旨
二  意見公募手続を実施しなかった旨及びその理由


民事訴訟法 基礎演習 再審


1.民訴法338条1項3号の類推適用~指名冒用訴訟

+(再審の事由)
第三百三十八条  次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと
四  判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。
五  刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと
六  判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものであったこと。
七  証人、鑑定人、通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。
八  判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
九  判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。
十  不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。
2  前項第四号から第七号までに掲げる事由がある場合においては、罰すべき行為について、有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき、又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り、再審の訴えを提起することができる。
3  控訴審において事件につき本案判決をしたときは、第一審の判決に対し再審の訴えを提起することができない。

・3号の類推適用の事例
+判例(S10.10.28)
要旨
1.偽造委任状による訴訟代理人の提起した訴につき、本人に対して言渡された確定判決の既判力は本人に及ぶ。
2.第三者が他人の氏名を冒用して訴訟代理人を選任、提起した訴訟の判決に対し、被冒用者は再審の訴を提起できる。

・+判例(S43.2.27)
旧法下の督促手続きで
理由
上告代理人松岡末盛・同飯山悦治の上告理由第一点ないし第四点および第七点ないし第九点について。
原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判示するところによると、訴外Aは、訴外Bと通謀して、振出人重商株式会社、金額八万五〇〇〇円等の記入のある約束手形について、白地の受取人欄にCと記入し、かつ、裏書人欄に桐生市a町bのcB方Cと記入して「C」と刻した有合印を冒捺したうえ、右手形金について、右訴外Cを相手方(債務者)として桐生簡易裁判所に対し支払命令およびこれにもとづく仮執行宣言付支払命令の各申立をしたこと、Aは前記各申立において、Cの住所を桐生市a町b番地のcB(B)方と虚偽の記載をし、その結果、右各申立にもとづいて発せられた支払命令および仮執行宣言付支払命令の各正本は前記B方Cあてに送達され、右BがあたかもCであるように装つて、右各正本を受領したこと、そして、Aは、昭和三二年六月一日右仮執行宣言付支払命令にもとづいて前橋地方裁判所桐生支部に対しC所有の本件土地を含む宅地三〇〇坪について強制競売の申立をし、同支部は、強制競売手続の開始決定をしてその正本を前記債務名義に表示されている前記B方Cあてに送達したこと(その後その競売手続関係で右信夫および上告人らからなんらの異議の申立もなかつた。)、同年九月一四日同支部は被上告人に対し競落許可決定をし、同年一〇月一七日被上告人あてに本件土地の所有権取得登記がされたこと、上告人はこれよりさき同二五年九月四日本件土地を含む前記宅地三〇〇坪(一反歩)をCから買い受けたこと、なおAのCに対する前記手形債権が実体のない仮装の債権との確証はえられないことなどの各事実を確定していることが認められ、右事実にもとづいて、原判決は、おおむね、次のように判示している。すなわち、私法上の請求権が全く存在しない場合は格別、ひとたび仮執行宣言付支払命令が発せられ、その債務名義にもとづいてされた強制競売開始決定の正本が債務名義に表示された執行債務者の住所に送達されて差押の効力が生じ、強制競売手続が進行して、競落許可決定の確定により競落人が差押不動産の所有権を取得し、その競落手続が完結すると、執行当事者もしくは利害関係人は、右差押不動産の所有権の取得について争うことを得なくなると解すべきである。そして、本件では、本件仮執行宣言付支払命令の正本がCの虚偽の住所あてに送達されているから、その送達手続は違法であつても、当然には無効といえず、また、本件の基本たる債務名義も真実の債務者たるCに送達されてはいないけれども、そのように開始された強制競売手続ないし債務者に対する書類の送達がなくしてされたその後の競売手続もまた当然には無効とはいえず、その競売手続の開始決定ないし競落許可決定が取り消されないかぎり、競落人は、その強制競売手続によりその差押不動産の所有権を取得すると解すべきである。なお、本件では債務名義である本件仮執行宣言付支払命令は、のちにCからAに対する再審の訴において、取り消されて、その請求は棄却され、債務名義の効力は遡及的に消滅しているが、本件の強制競売手続はすでに終了している以上、右再審の訴の確定判決の存在をもつて、本件強制競売手続が遡つて失効するものとはいえないと判示し、結局、Cから所有権を譲り受けた上告人は対抗要件たる登記を経ていないから、競落人として所有権取得登記を経た被上告人に対し、その所有権を主張しえないとして、所有権移転登記の抹消登記等を求める本訴請求を排斥する旨を判示している。
しかし甲が乙と通謀のうえ、第三者丙に対して金銭債権を有すると称して丙に対する債務名義を騙取しようと企て、甲は、その主張する債権に関し丙あてにその住所を真実に反し乙方丙として、支払命令ないし仮執行宣言付支払命令の申立等の訴訟行為をし、裁判所がこれに応じた訴訟行為等をし、乙があたかも丙本人のように装つて、その支払命令ないし仮執行宣言付支払命令の正本等の訴訟書類を受領して、なんらの不服申立をすることなく、その裁判を確定させた場合においては、たとえ甲が丙あての金銭債権についての債務名義を取得したような形式をとつたとしても、その債務名義の効力は、丙に対しては及ばず、同人に対する関係では無効であると解するのが相当である。けだし、右のような場合には、当事者たる甲および同人と意思を通じている乙は、故意に、債務名義の相手方当事者と表示されている丙に対し、その支払命令ないし仮執行宣言付支払命令等の存在を知らせないように工作することにより、丙をしてこれに対する訴訟行為をし、その防禦をする手段方法等を講ずる機会を奪つているのであるから、訴訟行為における信義誠実の原則に照らし、甲は、丙に対し相手方当事者たる地位にもとづきその裁判の効力を及ぼしうべきものではないと解するのが相当だからである。なるほど、このような場合には、乙方丙の記載により、一応丙名義の表示がされ、一見丙あての債務名義は成立しているようであるが、前記のように、丙自身は、右の事実を全く知りえない事情にあるのであつて、甲および乙の行為に対し、防禦の訴訟行為をする機会を完全に奪われているのであるから、このような訴訟の実態にかんがみれば、単に丙がたまたまなんらかの事由により事実上訴訟行為等に関与しえなかつたときとは異なるのであつて、丙に対し、到底その裁判の効力が及ぶと解することは許されないのである。 
これを本件についてみれば、前記のように、Aは、Bと通謀してCの住所をいつわり、B方Cとして支払命令および仮執行宣言付支払命令の申立をし、裁判所がその各申立に応じた裁判をなし、BがC本人のように装つてその各正本を受領したというのであるから、本件債務名義の効力がCに及ぶいわれのないことは、前段に説示したところから明らかである。そして、本件債務名義がCに対する関係で効力が及ばない以上、本件債務名義にもとづいて同人所有の本件土地についてされた本件強制競売手続は、同人に対する関係では債務名義がなくしてされたものというべきであるから、その強制競売手続は同人に対する関係では効力を生ぜず、競落人は同人に対してその所有権の取得を主張しえない、と解するのが相当である。
そうだとすれば、原判決は、この点について、法令の解釈をあやまつた違法があり、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、原判決を破棄して本件を東京高等裁判所へ差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄)

・被害者である被冒用者をして救済の方法の選択を迷わせないよう、再審を選択してきたときはこれを認めるが、再審以外の方法を選択したときはこれを排斥しない趣旨

2.補充送達

+(交付送達の原則)
第百一条  送達は、特別の定めがある場合を除き、送達を受けるべき者に送達すべき書類を交付してする。

+(送達場所)
第百三条  送達は、送達を受けるべき者の住所、居所、営業所又は事務所(以下この節において「住所等」という。)においてする。ただし、法定代理人に対する送達は、本人の営業所又は事務所においてもすることができる。
2  前項に定める場所が知れないとき、又はその場所において送達をするのに支障があるときは、送達は、送達を受けるべき者が雇用、委任その他の法律上の行為に基づき就業する他人の住所等(以下「就業場所」という。)においてすることができる。送達を受けるべき者(次条第一項に規定する者を除く。)が就業場所において送達を受ける旨の申述をしたときも、同様とする。

+(補充送達及び差置送達)
第百六条  就業場所以外の送達をすべき場所において送達を受けるべき者に出会わないときは、使用人その他の従業者又は同居者であって、書類の受領について相当のわきまえのあるものに書類を交付することができる。郵便の業務に従事する者が日本郵便株式会社の営業所において書類を交付すべきときも、同様とする。
2  就業場所(第百四条第一項前段の規定による届出に係る場所が就業場所である場合を含む。)において送達を受けるべき者に出会わない場合において、第百三条第二項の他人又はその法定代理人若しくは使用人その他の従業者であって、書類の受領について相当のわきまえのあるものが書類の交付を受けることを拒まないときは、これらの者に書類を交付することができる。
3  送達を受けるべき者又は第一項前段の規定により書類の交付を受けるべき者が正当な理由なくこれを受けることを拒んだときは、送達をすべき場所に書類を差し置くことができる。

・相当のわきまえ
判例(H4.9.10)
理由
上告代理人大神周一の上告理由第一点について
一 本件は、上告人に被上告人への金員の支払を命ずる確定判決につき、上告人に対する訴状の送達がなかったことが民訴法四二〇条一項三号の事由に該当するとして申し立てられた再審事件である。原審が確定した事実関係の大要は、次のとおりである。
1 右確定判決は、昭和五四年ころ、上告人の妻であった訴外Aが、上告人の名で被上告人の特約店から買い受けた商品の代金の立替払を被上告人に委託し、これに応じて右代金を立て替えて支払った被上告人が上告人に対して立替金及び約定手数料の残額並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた訴え(以下「前訴」という。)に対するものである。
2 上告人の四女(昭和四七年一二月三〇日生・当時七歳九月)は、昭和五五年一〇月四日、上告人方において前訴の訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の交付を受けたが、上告人に対し、右各書類を交付しなかった
3 上告人が前訴提起の事実を知らないまま、その第一回口頭弁論期日に欠席したところ、口頭弁論は終結され、上告人において被上告人の主張する請求原因事実を自白したものとして、被上告人の請求を認容する旨の判決が言い渡された。
4 Aは、上告人方においてその同居者として、昭和五五年一一月三日に右判決の言渡期日(第二回口頭弁論期日)の呼出状の、同月一七日に判決正本の各交付を受けたが、この事実を上告人に知らせなかったため、上告人が右判決に対して控訴することなく、右判決は確定した。
5 上告人は、被上告人から、平成元年五月、本件立替金を支払うよう請求されて調査した結果、前訴の確定判決の存在を知った。

二 原審は、右事実関係の下において、次の理由で本件訴えを却下した。
1 前訴の訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の交付を受けた上告人の四女は、当時七歳であり、事理を弁識するに足るべき知能を備える者とは認められないから、右各書類の交付は、送達としての効力を生じない。
2 しかし、前訴の判決正本は上告人の同居者であるAが交付を受けたのであり、本件においては、右判決正本の送達を無効とすべき特段の事情もないから、民訴法一七一条一項による補充送達として有効である。
3 そうすると、上告人は右判決正本の送達を受けた時に1記載の送達の瑕疵を知ったものとみられるから、右瑕疵の存在を理由とする不服申立ては右判決に対する控訴によってすることができたものというべきである。
4 それにもかかわらず、上告人は控訴することなく、期間を徒過したから、本件再審の訴えは、適法な再審事由の主張のない訴えであって、その欠缺は補正することができないものである。

三 しかしながら、原審の右判断を是認することはできない。その理由は、次のとおりである。
1 民訴法一七一条一項に規定する「事理ヲ弁識スルニ足ルヘキ知能ヲ具フル者」とは、送達の趣旨を理解して交付を受けた書類を受送達者に交付することを期待することができる程度の能力を有する者をいうものと解されるから、原審が、前記二1のとおり、当時七歳九月の女子であった上告人の四女は右能力を備える者とは認められないとしたことは正当というべきである。
2 そして、有効に訴状の送達がされず、その故に被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされた場合には、当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があった場合と別異に扱う理由はないから、民訴法四二〇条一項三号の事由があるものと解するのが相当である。
3 また、民訴法四二〇条一項ただし書(現338条)は、再審事由を知って上訴をしなかった場合には再審の訴えを提起することが許されない旨規定するが、再審事由を現実に了知することができなかった場合は同項ただし書に当たらないものと解すべきである。けだし、同項ただし書の趣旨は、再審の訴えが上訴をすることができなくなった後の非常の不服申立方法であることから、上訴が可能であったにもかかわらずそれをしなかった者について再審の訴えによる不服申立てを否定するものであるからである。これを本件についてみるのに、前訴の判決は、その正本が有効に送達されて確定したものであるが、上告人は、前訴の訴状が有効に送達されず、その故に前訴に関与する機会を与えられなかったとの前記再審事由を現実に了知することができなかったのであるから、右判決に対して控訴しなかったことをもって、同項ただし書に規定する場合に当たるとすることはできないものというべきである。
4 そうすると、上告人に対して前訴の判決正本が有効に送達されたことのみを理由に、上告人が控訴による不服申立てを怠ったものとして、本件再審請求を排斥した原審の判断には、民訴法四二〇条一項ただし書の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響することは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、なお前訴の請求の当否について審理する必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。
四 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

++解説
《解  説》
一 本判決は、次の三点について判断を示したものである。
(1) 民訴法一七一条一項の事理を弁識するに足るべき知能を備える者の意義及び七歳九月の児童が事理を弁識するに足るべき知能を備える者に当たるか否か(補充送達の受領能力)。
(2) 訴状の有効な送達がないままされた判決が確定した場合に、同法四二〇条一項三号の再審事由があると解すべきか否か(訴状送達の瑕疵と再審事由)。
(3) 同条一項ただし書の再審事由を知りての意義及び本件事案にその適用があるか否か(再審の補充性)。
そのうち、(2)と(3)に係る部分が判示事項・判決要旨となっている。

二 事案の概要は、次のとおりである。
Xの妻AがXの名で買い受けた商品の代金の立替払をY(信販会社)に委託し、これに応じて右代金の立替払をしたYが、Xに対し、立替金等の支払を求めて訴え(前訴)を提起した。前訴の訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状は、当時七歳九月のXの子が交付を受けたが、Xには交付しなかったため、X不知の間に欠席判決がされた。第二回口頭弁論期日(判決言渡期日)呼出状及び前訴判決正本は、AがXの同居者として交付を受けたが、これを隠してしまったため、X不知の間に前訴判決が確定した。その後、前訴確定判決の存在を知ったXがYを相手として、訴状の有効な送達がなかったことが民訴法四二〇条一項三号の事由に該当すると主張して再審を申し立てたのが本件訴えである。
一審は、Xの右主張を容れ、前訴確定判決を取り消した上、XとYとの間で立替払契約が成立したものとは認められないとして、YのXに対する前訴請求を棄却した。しかし、原審は、前訴の訴状については、事理を弁識するに足るべき知能を備える者に交付されていないから、有効に送達されたということはできないが、前訴の判決正本については、民訴法一七一条一項による補充送達として有効であり、そうすると、Xは前訴判決正本の送達を受けた時に訴状等の送達の瑕疵を知ったものとみられるから、右瑕疵の存在を理由とする不服申立ては前訴判決に対する控訴によってすることができたものというべきであるところ、Xはそうしなかったのであるから、本件再審の訴えは、適法な再審事由の主張のない訴えであり、その欠缺は補正することができないものであるとして、一審判決を取り消し、本件再審の訴えを却下した。

三 本判決は、前記の各点について次のように判示し、結局、原審の判断には民訴法四二〇条一項ただし書の解釈適用を誤った違法があるものとして、原判決を破棄して、本件を高松高裁に差し戻した。

(1) 補充送達の受領能力
本判決は、まず、民訴法一七一条一項の事理を弁識するに足るべき知能を備える者の意義につき、「送達の趣旨を理解して交付を受けた書類を受送達者に交付することを期待することができる程度の能力を有する者をいうものと解される」と判示した。通説(菊井=村松・全訂民事訴訟法I九五四頁など)と同様の判断を示したものであり、異論のないところであろうが、最高裁の判断としては最初のものである。
そして、本判決は、「当時七歳九月の女子であったXの四女は右能力を備える者とは認められない」と判示し、前訴において訴状の有効な送達はなかったものとした。未成年者についての補充送達の受領能力の肯定例として、①一三歳一一月余の女子(大判大14・11・11民集四巻一一号五五二頁)、②一三歳四月の男子(東京高判昭52・7・18本誌三六〇号一六二頁、判時八六四号九一頁)、③一〇歳の女子(大阪高決昭56・6・10判時一〇三〇号四四頁)があり、否定例として、④九歳の女子(東京高判昭34・6・20東高民時報一〇巻六号一三三頁)がある。本判決は、七歳九月の女子について補充送達の受領能力を否定したものであり、実務上参考になる。

(2) 訴状送達の瑕疵と再審事由
再審事由は、民訴法四二〇条一項一号ないし一〇号に列挙されているが、再審が非常の不服申立方法であることから、この列挙は例示的なものではなく制限的なものであるとするのが判例(最三小判昭28・10・27集民一〇号三二七頁、最二小判昭29・4・30集民一三号七二三頁、最二小判昭37・6・22集民六一号三七七頁)の立場である。しかし、制限列挙であることをあまりに厳格に貫くときは、再審の制度を認めた法の趣旨を没却することとなりかねないため、慎重な考慮が求められていたところである。
本判決は、判決要旨一のように、① 前訴の被告であるXに対する訴状の有効な送達がなく、② その結果Xには前訴に関与する機会が与えられなかった(Xは、前訴が提起されていることを知らないまま判決が言い渡された。)という事情のある本件において、「当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があった場合と別異に扱う理由がない」との根拠を示して、民訴法四二〇条一項三号の事由があるものと解するのが相当であるとした。
本件は、訴状の有効な送達がない(その結果訴訟係属も生じない)という事案についてのものであり、この点において、不実の申立てによって訴状の送達が公示送達によってされ、被告が訴訟係属の事実を知らなかったという事案と異なる。公示送達は、裁判長の許可を得てするものであり(民訴法一七八条一項)、許可を得てした場合には後日要件の存在しなかったことが判明しても公示送達は有効であるからである。被告の住所を知りながら公示送達の申立てをし、被告欠席のまま勝訴の確定判決を得たとしても、民訴法四二〇条一項三号の再審事由に当たらないとの趣旨を判示した最一小判昭57・5・27集民一三六号一頁、本誌四八九号五六頁と本件とは、事案を異にするものというべきである。
本件と同様の事例において再審を認めた下級審裁判例として、高松高判昭28・5・28高民六巻四号二三八頁、東京地判昭52・2・21判時八六九号六七頁、釧路地判昭61・10・20本誌六四〇号二二二頁がある。なお、右高松高判は、民訴法一七一条一項の補充送達の受領資格者が受送達者の法定代理人の地位に立つことを根拠にして、無資格者が受領したことをもって民訴法四二〇条一項三号所定の法定代理権の欠缺に当たると構成したものであるが、本判決は前記のとおりこのような構成を採用していない。

(3) 再審の補充性(民訴法四二〇条一項ただし書)
本判決は、同項ただし書所定の再審事由を知りてとは、再審事由を現実に了知したことをいう旨を判示した。本判決は、最高裁としてこの点を明言した最初のものであるが、最二小判昭36・9・22民集一五巻八号二二〇三頁、最二小判昭39・6・26民集一八巻五号九〇一頁、本誌一六四号八八頁、最一小判昭41・12・22民集二〇巻一〇号二一七九頁、本誌二〇二号一一一頁などは、同様の解釈を前提にしていたものと思われる。
そして、本判決は、その根拠について、「同項ただし書の趣旨は、再審の訴えが上訴を提起することができなくなった後の非常の不服申立方法であることから、上訴が可能であったにもかかわらずそれをしなかった者について再審の訴えによる不服申立てを否定するものであるからである」と判示した。
本判決は、最後に、判決要旨二のように、前訴の判決正本はXの同居者である妻Aが交付を受けたため、その送達は有効であるが、Aが判決正本を隠してしまったために、Xは、前記の再審事由を現実に了知することができなかったのであるから、Xが控訴しなかったことは同項ただし書に規定する場合に当たらないとした。すなわち、本判決は、前訴の判決正本が有効に送達されたことを前提にしつつ(受送達者と事実上の利害対立のある同居者に対する補充送達の効力を否定した最近の下級審裁判例として、大阪高判平4・2・27本誌七九三号二六八頁があるが、本判決は、このような考え方を採用していないものと思われる。)、前訴の判決正本の送達が有効にされたか否かと再審事由を現実に了知したか否かとは別問題であるとしたのである。
四 近年、同種の紛争も稀ではないようである。本判決は、そのうち、訴状の有効な送達がないために被告が訴訟に関与することができなかったという事案において、最高裁として初めての判断を示したものであり、少なからぬ意義を有するものと思われる。

+判例(H19.3.20)
理由
抗告代理人伊藤諭、同田中栄樹の抗告理由について
1 本件は、抗告人が、相手方の抗告人に対する請求を認容した確定判決につき、民訴法338条1項3号の再審事由があるとして申し立てた再審事件である。
2 記録によれば、本件の経過は次のとおりである。
(1) 相手方は、平成15年12月5日、横浜地方裁判所川崎支部に、抗告人及びAを被告とする貸金請求訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。
相手方は、前訴において、〈1〉B1及びB2は、平成9年10月31日及び同年11月7日、Aに対し、いずれも抗告人を連帯保証人として、各500万円を貸し付けた、〈2〉相手方は、Bらから、BらがAに対して有する上記貸金債権の譲渡を受けたなどと主張して、抗告人及びAに対し、上記貸金合計1000万円及びこれに対する約定遅延損害金の連帯支払を求めた。
(2) Aは、抗告人の義父であり、抗告人と同居していたところ、平成15年12月26日、自らを受送達者とする前訴の訴状及び第1回口頭弁論期日(平成16年1月28日午後1時10分)の呼出状等の交付を受けるとともに、抗告人を受送達者とする前訴の訴状及び第1回口頭弁論期日の呼出状等(以下「本件訴状等」という。)についても、抗告人の同居者として、その交付を受けた
(3) 抗告人及びAは、前訴の第1回口頭弁論期日に欠席し、答弁書その他の準備書面も提出しなかったため、口頭弁論は終結され、第2回口頭弁論期日(平成16年2月4日午後1時10分)において、抗告人及びAが相手方の主張する請求原因事実を自白したものとみなして相手方の請求を認容する旨の判決(以下「前訴判決」という。)が言い渡された
(4) 抗告人及びAに対する前訴判決の判決書に代わる調書の送達事務を担当した横浜地方裁判所川崎支部の裁判所書記官は、抗告人及びAの住所における送達が受送達者不在によりできなかったため、平成16年2月26日、抗告人及びAの住所あてに書留郵便に付する送達を実施した。上記送達書類は、いずれも、受送達者不在のため配達できず、郵便局に保管され、留置期間の経過により同支部に返還された。
(5) 抗告人及びAのいずれも前訴判決に対して控訴をせず、前訴判決は平成16年3月12日に確定した。
(6) 抗告人は、平成18年3月10日、本件再審の訴えを提起した。

3 抗告人は、前訴判決の再審事由について、次のとおり主張している。
前訴の請求原因は、抗告人がAの債務を連帯保証したというものであるが、抗告人は、自らの意思で連帯保証人になったことはなく、Aが抗告人に無断で抗告人の印章を持ち出して金銭消費貸借契約書の連帯保証人欄に抗告人の印章を押印したものである。Aは、平成18年2月28日に至るまで、かかる事情を抗告人に一切話していなかったのであって、前訴に関し、抗告人とAは利害が対立していたというべきである。したがって、Aが抗告人あての本件訴状等の交付を受けたとしても、これが遅滞なく抗告人に交付されることを期待できる状況にはなく、現に、Aは交付を受けた本件訴状等を抗告人に交付しなかった。以上によれば、前訴において、抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達(民訴法106条1項)としての効力を生じていないというべきであり、本件訴状等の有効な送達がないため、抗告人に訴訟に関与する機会が与えられないまま前訴判決がされたのであるから、前訴判決には民訴法338条1項3号の再審事由がある(最高裁平成3年(オ)第589号同4年9月10日第一小法廷判決・民集46巻6号553頁参照)。

4 原審は、前訴において、抗告人の同居者であるAが抗告人あての本件訴状等の交付を受けたのであるから、抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達として有効であり、前訴判決に民訴法338条1項3号の再審事由がある旨の抗告人の主張は理由がないとして、抗告人の再審請求を棄却すべきものとした。

5 原審の判断のうち、抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達として有効であるとした点は是認することができるが、前訴判決に民訴法338条1項3号の再審事由がある旨の抗告人の主張は理由がないとした点は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 民訴法106条1項は、就業場所以外の送達をすべき場所において受送達者に出会わないときは、「使用人その他の従業者又は同居者であって、書類の受領について相当のわきまえのあるもの」(以下「同居者等」という。)に書類を交付すれば、受送達者に対する送達の効力が生ずるものとしておりその後、書類が同居者等から受送達者に交付されたか否か、同居者等が上記交付の事実を受送達者に告知したか否かは、送達の効力に影響を及ぼすものではない(最高裁昭和42年(オ)第1017号同45年5月22日第二小法廷判決・裁判集民事99号201頁参照)。
したがって、受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等が、その訴訟において受送達者の相手方当事者又はこれと同視し得る者に当たる場合は別として(民法108条参照)、その訴訟に関して受送達者との間に事実上の利害関係の対立があるにすぎない場合には、当該同居者等に対して上記書類を交付することによって、受送達者に対する送達の効力が生ずるというべきである。
そうすると、仮に、抗告人の主張するような事実関係があったとしても、本件訴状等は抗告人に対して有効に送達されたものということができる。
以上と同旨の原審の判断は是認することができる。
(2) しかし、本件訴状等の送達が補充送達として有効であるからといって、直ちに民訴法338条1項3号の再審事由の存在が否定されることにはならない同事由の存否は、当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられていたか否かの観点から改めて判断されなければならない。 
すなわち、受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等と受送達者との間に、その訴訟に関して事実上の利害関係の対立があるため、同居者等から受送達者に対して訴訟関係書類が速やかに交付されることを期待することができない場合において、実際にもその交付がされなかったときは、受送達者は、その訴訟手続に関与する機会を与えられたことにならないというべきである。そうすると、上記の場合において、当該同居者等から受送達者に対して訴訟関係書類が実際に交付されず、そのため、受送達者が訴訟が提起されていることを知らないまま判決がされたときには、当事者の代理人として訴訟行為をした者が代理権を欠いた場合と別異に扱う理由はないから、民訴法338条1項3号の再審事由があると解するのが相当である。
抗告人の主張によれば、前訴において抗告人に対して連帯保証債務の履行が請求されることになったのは、抗告人の同居者として抗告人あての本件訴状等の交付を受けたAが、Aを主債務者とする債務について、抗告人の氏名及び印章を冒用してBらとの間で連帯保証契約を締結したためであったというのであるから、抗告人の主張するとおりの事実関係が認められるのであれば、前訴に関し、抗告人とその同居者であるAとの間には事実上の利害関係の対立があり、Aが抗告人あての訴訟関係書類を抗告人に交付することを期待することができない場合であったというべきである。したがって、実際に本件訴状等がAから抗告人に交付されず、そのために抗告人が前訴が提起されていることを知らないまま前訴判決がされたのであれば、前訴判決には民訴法338条1項3号の再審事由が認められるというべきである。
抗告人の前記3の主張は、抗告人に前訴の手続に関与する機会が与えられないまま前訴判決がされたことに民訴法338条1項3号の再審事由があるというものであるから、抗告人に対する本件訴状等の補充送達が有効であることのみを理由に、抗告人の主張するその余の事実関係について審理することなく、抗告人の主張には理由がないとして本件再審請求を排斥した原審の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、以上の趣旨をいうものとして理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、上記事由の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 堀籠幸男 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫)

++解説
《解  説》
1 本件は,再審原告Xが,再審被告YのXに対する請求を認容した前訴確定判決につき,民訴法338条1項3号の再審事由(以下「3号事由」という。)があると主張して申し立てた再審事件である。
2 本件の経過は次のとおりである。
(1) Yは,Bから,BがXの義父であるAに対してXを連帯保証人として金銭を貸し付けたことによる貸金債権を譲り受けたとして,X及びAに対して貸金元金及びこれに対する約定遅延損害金の連帯支払を求める訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。
前訴において,Xを受送達者とする訴状及び第1回口頭弁論期日の呼出状等は,Xと同居していた義父AがXの同居者として受領した。X及びAは,前訴の第1回口頭弁論期日に欠席し,答弁書その他の準備書面も提出しなかったため,同期日に口頭弁論が終結され,1週間後の第2回口頭弁論期日において,擬制自白の成立によりYの請求を認容する旨の判決(以下「前訴判決」という。)が言い渡された。X及びAに対する前訴判決の判決書に代わる調書については,その住所における送達が受送達者不在によりできなかったため,付郵便送達が行われた。その後,X及びAのいずれからも控訴がなかったため,前訴判決は確定した。
(2) Xは,前訴判決確定の約2年後に本件再審の訴えを提起し,再審事由として,「Xは,自らの意思で連帯保証人になったことはなく,Xの義父Aが,自己の債務について,Xの氏名及び印章を冒用してBとの間で連帯保証契約を締結したものであるから,前訴に関し,XとAは利害が対立していたというべきである。したがって,AがXあての前訴の訴状等の交付を受けたとしても,これが遅滞なくXに交付されることを期待できる状況にはなく,現にAは交付を受けた前訴の訴状等をXに交付しなかったから,前訴においてXに対する訴状等の送達は補充送達として効力を生じていないというべきである。そうすると,訴状等の有効な送達がないため,Xに訴訟に関与する機会が与えられないまま前訴判決がされたことになるから,前訴判決には3号事由がある。」と主張した。
(3) 1審,原審とも,前訴においてXに対する訴状等の送達は補充送達として有効に行われているから,訴状等の有効な送達がなかったことを前提とするX主張の再審事由は認められないとして,本件再審請求を棄却すべきものとした。Xは,原決定を不服として抗告許可の申立てをし,原審は抗告を許可した。
(4) 本決定は,決定要旨のとおり判示して,原審の判断のうち,前訴におけるXに対する訴状等の送達が補充送達として有効であるとした点は是認することができるが,この点のみを理由として,Xの主張するその余の事実関係について審理することなく,本件再審請求を排斥した原審の判断には違法があるとして,原決定を破棄し,本件を原審に差し戻した。
3 本件でまず問題となるのは,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた民訴法106条1項所定の同居者等と受送達者との間に当該訴訟に関して事実上の利害関係の対立がある場合に,補充送達としての効力が生じるか否かである。
民訴法106条1項所定の同居者等は,受送達者あての送達書類の受領に限定された代理権を有する訴訟法上の法定代理人であると解するのが一般的であるところ,同居者等が当該書類の送達された訴訟自体において受送達者の相手方当事者又はこれと同視し得る者に当たる場合には,双方代理禁止の原則に照らし,当該同居者等には補充送達を受ける権限がないと解すべきであり,当該同居者等が訴訟関係書類の交付を受けたとしても補充送達の効力が生じないことについては,判例,学説上も異論がないところである。
これに対し,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等と受送達者との間に当該訴訟に関して事実上の利害関係の対立があるにすぎない場合の補充送達の効力については,下級審では,有効説(神戸地判昭61. 12. 23判タ638号247頁,名古屋地決昭62. 11. 16判タ669号217頁,判時1273号87頁,札幌簡判平2. 1. 25NBL454号43頁,東京地判平3. 5. 22判タ767号249頁など)と無効説(東京地判昭49. 9. 4判タ315号284頁,釧路簡判昭61. 8. 28NBL433号40頁,大阪高判平4.2. 27判タ793号268頁など)とに判断が分かれており,学説も同様に対立していた。そのような状況の下で,最一小判平4. 9. 10民集46巻6号553頁,判タ800号106頁(以下「平成4年判決」という。)は,有効説を前提としたと思われる判示をした。すなわち,平成4年判決は,受送達者の同居者として前訴の訴状の交付を受けた者が民訴法106条1項の要件を満たしておらず,訴状送達が補充送達として有効に行われなかったため,被告とされた者(再審原告)が前訴提起の事実を知らないまま前訴判決が言い渡され,確定したという事案について,訴状の有効な送達がないため被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされて確定した場合には,当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があった場合と別異に扱う理由はないとして,3号事由があると判示したものであるところ,その前提として,再審原告と事実上利害関係の対立がある同居の妻に対する判決正本の交付をもって,判決正本の送達が有効に行われ,前訴判決は確定したと判示した。
裁判所書記官による送達事務は,平成4年判決が有効説を採用したものであるとの理解の下に行われており,実務上は有効説が有力となっていたが,平成4年判決は有効説を採用する旨を明確に判示したものではなかった。本決定は,決定要旨1のとおり,有効説を採用すべきであることを明らかにしたものである。
4 次に問題となるのは,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等が,当該訴訟に関して事実上の利害関係の対立がある受送達者に対して当該書類を交付しなかった場合,送達自体は補充送達として有効であるとしても,受送達者が自己を被告とする訴訟が提起されていることすら知らないまま欠席判決が言い渡され確定したときに,3号事由があるといえるか否かである。
このような場合の受送達者の救済手段として,民訴法338条1項5号の再審事由による再審請求や,控訴の追完が考えられることについては異論はないが,3号事由を主張して再審請求をすることができるかどうかについては,学説上,①受送達者が訴訟に全く関与できなかった点では,当事者が適法に代理されなかった場合と異なるところはないから,この場合も3号事由に当たると解するべきであるとする3号事由肯定説(森勇・平4重判解149頁,中山幸二「付郵便送達と裁判を受ける権利(下)」NBL505号25頁,三谷忠之・判評412号42頁など)と,②訴状等の補充送達が有効である以上,判決言渡しに至るまでの手続に瑕疵はなく,判決が適法に確定するに至ったことになるので,3号事由には当たらないとする3号事由否定説(井田宏・平4主判解212頁,同・平6主判解234頁,池尻郁夫「補充送達に関する一考察(1)」愛媛20 巻1 号1 頁など)とが対立しており,平成4年判決後も残された問題であった(田中豊・平4最判解説(民)327頁)。
代理人として訴訟行為をした者の代理権の欠缺を再審事由として定めた民訴法338条1 項3号は,当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられなかった点に再審に値する違法事由を認める趣旨の規定であると解され,3号事由の存否は,当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられていたか否かの観点から判断されるべきであり,平成4年判決もこのような考え方を前提としているものと考えられる。
補充送達制度は,民訴法106条1項所定の同居者等の要件を満たす者に訴訟関係書類を交付すれば,それが速やかに受送達者に伝達されることが通常期待できることから,同居者等への交付をもって受送達者への直接交付と同一の効力を認めるものであり,通常の場合には,たとえ同居者等から受送達者に対して何らかの事情によって当該書類が交付されなかったとしても,同居者等への交付をもって受送達者に対して当該書類を了知する機会を与えたということができるものと考えられる。これに対し,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた者が民訴法106条1項所定の同居者等の要件を満たす者であっても,その訴訟に関して受送達者との間に事実上の利害関係の対立があるため,当該同居者等から受送達者に対して訴訟関係書類が速やかに交付されることを期待することができないという例外的な場合において,実際にその交付がされず,そのため受送達者が訴訟が提起されていることすら知らないまま判決がされたときには,受送達者には,訴訟関係書類を了知する機会すら与えられておらず,したがって,その訴訟手続に関与する機会が実質的に与えられたことにはならないから,当事者の代理人として訴訟行為をした者が代理権を欠いた場合と別異に扱う必要はなく,3号事由があると解するのが相当であると考えられる。本決定は,以上の解釈に基づき,決定要旨2 のとおり判示して,3号事由肯定説を採用することを明らかにしたものである。
5 本決定は,下級審及び学説において見解が分かれていた補充送達と再審の問題について最高裁が初めての判断を示したものであり,重要な意義を有するものと思われる。

3.再審の補充性

+(訴訟行為の追完)
第九十七条  当事者がその責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合には、その事由が消滅した後一週間以内に限り、不変期間内にすべき訴訟行為の追完をすることができる。ただし、外国に在る当事者については、この期間は、二月とする。
2  前項の期間については、前条第一項本文の規定は、適用しない。

~~ケース2~~
1.郵便に付する送達

+(書留郵便等に付する送達)
第百七条  前条の規定により送達をすることができない場合には、裁判所書記官は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める場所にあてて、書類を書留郵便又は民間事業者による信書の送達に関する法律 (平成十四年法律第九十九号)第二条第六項 に規定する一般信書便事業者若しくは同条第九項 に規定する特定信書便事業者の提供する同条第二項 に規定する信書便の役務のうち書留郵便に準ずるものとして最高裁判所規則で定めるもの(次項及び第三項において「書留郵便等」という。)に付して発送することができる。
一  第百三条の規定による送達をすべき場合
同条第一項に定める場所
二  第百四条第二項の規定による送達をすべき場合
同項の場所
三  第百四条第三項の規定による送達をすべき場合
同項の場所(その場所が就業場所である場合にあっては、訴訟記録に表れたその者の住所等)
2  前項第二号又は第三号の規定により書類を書留郵便等に付して発送した場合には、その後に送達すべき書類は、同項第二号又は第三号に定める場所にあてて、書留郵便等に付して発送することができる。
3  前二項の規定により書類を書留郵便等に付して発送した場合には、その発送の時に、送達があったものとみなす。

+(公示送達の要件)
第百十条  次に掲げる場合には、裁判所書記官は、申立てにより、公示送達をすることができる。
一  当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合
二  第百七条第一項の規定により送達をすることができない場合
三  外国においてすべき送達について、第百八条の規定によることができず、又はこれによっても送達をすることができないと認めるべき場合
四  第百八条の規定により外国の管轄官庁に嘱託を発した後六月を経過してもその送達を証する書面の送付がない場合
2  前項の場合において、裁判所は、訴訟の遅滞を避けるため必要があると認めるときは、申立てがないときであっても、裁判所書記官に公示送達をすべきことを命ずることができる。
3  同一の当事者に対する二回目以降の公示送達は、職権でする。ただし、第一項第四号に掲げる場合は、この限りでない。

(公示送達の方法)
第百十一条  公示送達は、裁判所書記官が送達すべき書類を保管し、いつでも送達を受けるべき者に交付すべき旨を裁判所の掲示場に掲示してする。

(公示送達の効力発生の時期)
第百十二条  公示送達は、前条の規定による掲示を始めた日から二週間を経過することによって、その効力を生ずる。ただし、第百十条第三項の公示送達は、掲示を始めた日の翌日にその効力を生ずる。
2  外国においてすべき送達についてした公示送達にあっては、前項の期間は、六週間とする。
3  前二項の期間は、短縮することができない。

+判例(H10.9.10)
理由
第一 平成五年(オ)第一二一二号上告代理人小杉丈夫、同志賀剛一、同磯貝英男、同細川俊彦、同高橋秀夫、同飯野信昭、同新居和夫、同石田裕久、同西内聖、同奥野雅彦、同八代徹也、同松尾翼、同奥野〓久、同内藤正明、同森島庸介の上告理由第一について
一 本件は、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人(以下「一審原告」という。)が、平成五年(オ)第一二一一号被上告人・同第一二一二号上告人(以下「一審被告」という。)から提起された訴訟において、訴状等の書留郵便に付する送達(以下「付郵便送達」という。)が違法無効であったため訴訟に関与する機会が与えられないまま一審原告敗訴の判決が確定し、損害を被ったとして、一審被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めるものである。一審原告は、右訴訟における一審原告への付郵便送達について、一審被告には受訴裁判所からの照会に対して一審原告の就業場所不明との回答をしたことに故意又は重過失がある旨主張している。

二 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 一審被告は、一審原告の妻が、昭和五九年八月から同六〇年四月にかけて、一審被告が発行した一審原告名義のクレジットカードを利用したことによる貸金債務及び立替金債務の支払が滞りがちであったため、同年一一月、一審原告に対し、通知書を送付したり、電話をかけたりして、右債務等合計四二万円余の支払を督促した。一審原告は、自分は右契約の存在を初めて知ったものであり、妻が契約したらしいなどと述べつつも、右債務の分割払いに応じる姿勢を示していたが、結局同年一二月に合計四万円が支払われるにとどまった。
2 そこで、一審被告は、昭和六一年三月、一審原告に対し、一審原告の妻が右クレジットカードを利用したことによる一審原告名義の前記貸金の残金二六万五三一二円等及び前記立替金の残金七万九六五二円等の支払を求めて、札幌簡易裁判所に貸金請求訴訟及び立替金請求訴訟をそれぞれ提起した(以下併せて「前訴」という。)。受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における訴状等の送達が一審原告不在によりできなかったため、一審被告に対し、訴状記載の住所に一審原告が居住しているか否か及び一審原告の就業場所等につき調査の上回答するよう求める照会書をそれぞれ送付した。
3 その当時、一審原告は、釧路市内の株式会社網走交通釧路営業所に勤務していたが、たまたま昭和六一年一月から東京都内に長期出張をして、右勤務先会社が下請をした業務に従事中であり、同年四月二〇日ころ帰ってくる予定であった。右勤務先会社においては、出張中の社員あての郵便物が同社に送付されたときは社員の出張先に転送し、出張中の社員と連絡を取りたいとの申出があったときは連絡先を伝える手はずをとっていた。また、一審原告は、昭和六〇年一一月ころ、一審被告から右勤務先会社気付で一審原告あてに郵送された支払督促の通知書を同営業所長を介して受領したことがあり、一審被告の担当者に対し、一審原告あての郵便物を自宅ではなく右勤務先会社に送付してほしい旨要望していた
4 しかし、一審被告の担当者は、裁判所からの前記照会に際し、裁判所から回答を求められている一審原告の就業場所とは、一審原告が現実に仕事に従事している場所をいうとの理解の下に、昭和六〇年一一月当時に一審原告から稼働場所として伝えられていた富士セメントに問い合わせ、一審原告が本州方面に出張中で昭和六一年四月二〇日ころ帰ってくる旨の回答を受けただけで、更に右勤務先会社に一審原告の出張先や連絡方法等を確認するなどの調査をすることなく、貸金請求事件については、同月一一日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載した上、「本人は出張で四月二〇日帰ってきます。家族は訴状記載の住所にいる。」旨を付記して回答し、立替金請求事件については、同月一八日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載して回答した。
5 受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、いずれも、右各回答に基づき、一審原告の就業場所が不明であると判断し、一審原告の住所あてに各事件の訴状等の付郵便送達を実施した。右送達書類は、いずれも一審原告不在のため配達できず、郵便局に保管され、留置期間の経過により裁判所に還付された。なお、右付郵便送達は、札幌簡易裁判所の昭和五八年四月二一日付け「民事第一審訴訟の送達事務処理に関する裁判官・書記官との申し合わせ協議結果」による一般的取扱いに従って実施されたものである。
6 前訴における各第一回口頭弁論期日では、いずれも一審原告が欠席したまま弁論が終結され、昭和六一年五月下旬、一審原告において請求原因事実を自白したものとして、一審被告の請求を認容する旨の各判決(以下併せて「前訴判決」という。)が言い渡された。右各判決正本は、同年五月末から六月初めにかけて、それぞれ一審原告の住所に送達され、一審原告の妻が受領したが、これを一審原告に手渡さなかったため、一審原告において控訴することなく、前訴判決はいずれも確定した。
7 一審被告は、昭和六一年七月二二日、釧路地方裁判所に対し、前訴貸金請求事件の確定判決を債務名義として一審原告に対する給料債権差押命令の申立てをしたが、同月二七日、右申立てを取り下げた。一審原告は、一審被告に対し、同月二九日に二〇万円、同年一〇月から昭和六二年四月にかけて計八万円の合計二八万円を支払った。
8 一審原告は、昭和六二年一〇月五日に前訴判決の存在及びその裁判経過を知ったとして、同年一一月二日、札幌簡易裁判所に前訴判決に対する再審の訴えを提起したところ、同裁判所は、前訴における訴状等の付郵便送達が無効であり、旧民訴法四二〇条一項三号所定の事由があるとしたが、上訴の追完が可能であったから、同項ただし書により再審の訴えは許されないとして、右再審の訴えをいずれも却下する判決を言い渡した。これに対して一審原告は、札幌地方裁判所に控訴を、更に札幌高等裁判所に上告を提起したが、いずれも排斥されて、右各判決は確定した。

三 原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告による不法行為と因果関係のある損害であるとして、右の限度で一審原告の請求を一部認容した。
1 一審被告が、前訴において、一審原告に対する請求権の不存在を知りながらあえて訴えを提起したなど、訴訟提起自体について一審原告の権利を害する意図を有していたとは認められないが、一審被告は、前訴の提起に先立つ一審原告との交渉を通じて、一審原告の勤務先会社を知っていたのであるから、受訴裁判所からの前記照会に対して回答するについては、一審被告において把握していた右勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に詳細に調査確認をすべきであり、かつ、右調査確認が格別困難を伴うものでなかったにもかかわらず、これを怠り、安易に受訴裁判所に対して、一審原告の就業場所が不明であるとの誤った回答をしたものであって、この点において一審被告には重大な過失がある。
2 前訴における一審原告に対する訴状等の付郵便送達は、右のような一審被告の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたものであるから、付郵便送達を実施するための要件を欠く違法無効なものといわざるを得ず、そのため、前訴においては、一審原告に対し、有効に訴状等の送達がされず、訴訟に関与する機会が与えられないまま一審被告勝訴の判決が言い渡されて確定するに至ったものである。
3 前訴において一審原告に出頭の機会が与えられ、その口頭弁論期日において、一審原告から、一審被告との間のクレジット契約等につき、妻が一審原告の名義を無断で使用して一審被告との間で締結したものである旨の主張が提出されていれば、前訴判決の内容が異なったものとなった可能性が高い。
4 確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾するような不法行為に基づく損害賠償請求が是認されるのは、確定判決の取得又はその執行の態様が著しく公序良俗又は信義則に反し、違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性の要請を考慮してもなお容認し得ないような特段の事情がある場合に限られるところ、本件においては、一審被告の訴訟上の信義則に反する重過失に基づき、何ら落ち度のない一審原告が前訴での訴訟関与の機会を妨げられたまま、前訴判決が形式的に確定し、しかも、前訴判決の内容も、一審原告に訴訟関与の機会が与えられていれば異なったものとなった可能性が高いにもかかわらず、一審原告が訴訟手続上の救済を得られない状態となっているなどの諸般の事情にかんがみれば、確定判決の既判力制度による法的安定の要請を考慮しても、法秩序全体の見地から一審原告を救済しなければ正義に反するような特段の事情がある。

四 しかしながら、原審の右三の2ないし4の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 民事訴訟関係書類の送達事務は、受訴裁判所の裁判所書記官の固有の職務権限に属し、裁判所書記官は、原則として、その担当事件における送達事務を民訴法の規定に従い独立して行う権限を有するものである。受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量にゆだねられているのであって、担当裁判所書記官としては、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否につき判断すれば足りる担当裁判所書記官が、受送達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法であると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、前訴の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における送達ができなかったため、当時の札幌簡易裁判所における送達事務の一般的取扱いにのっとって、当該事件の原告である一審被告に対して一審原告の住所への居住の有無及びその就業場所等につき照会をした上、その回答に基づき、いずれも一審原告の就業場所が不明であると判断して、本来の送達場所である一審原告の住所あてに訴状等の付郵便送達を実施したものであり、一審被告からの回答書の記載内容等にも格別疑念を抱かせるものは認められないから、認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くものとはいえず、右付郵便送達は適法というべきである。したがって、前訴の訴訟手続及び前訴判決には何ら瑕疵はないといわなければならない。
2 当事者間に確定判決が存在する場合に、その判決の成立過程における相手方の不法行為を理由として、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求をすることは、確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果となるから、原則として許されるべきではなく当事者の一方が、相手方の権利を害する意図の下に、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行したなど、その行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限って、許されるものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第九〇六号同四四年七月八日第三小法廷判決・民集二三巻八号一四〇七頁参照)。
これを本件についてみるに、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告の不法行為により被った損害であるとして、その賠償を求める一審原告の請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるところ、前記事実関係によれば、前訴において、一審被告の担当者が、受訴裁判所からの照会に対して回答するに際し、前訴提起前に把握していた一審原告の勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に調査確認をすべきであったのに、これを怠り、安易に一審原告の就業場所を不明と回答したというのであって、原判決の判示するところからみれば、原審は、一審被告が受訴裁判所からの照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤って回答した点において、一審被告に重大な過失があるとするにとどまり、それが一審原告の権利を害する意図の下にされたものとは認められないとする趣旨であることが明らかである。そうすると、本件においては、前示特別の事情があるということはできない

五 したがって、一審原告の前記請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決中、一審被告敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、一審原告の右請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は結論において正当であるから、一審原告の控訴を棄却すべきである。

第二 平成五年(オ)第一二一一号上告代理人宇都宮健児、同今瞭美、同山本政明、同茨木茂、同釜井英法、同米倉勉の上告理由第七及び第八について
一 一審原告が一審被告から前訴判決に基づく給料債権差押えの通告を受けたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に帰するものであって、前記第一の四の説示に照らして理由のないことは明らかであるから、右請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものであって、採用することができない。
二 一審原告の前訴判決に対する再審訴訟の提起に係る弁護士費用相当額の損害賠償請求については、前記第一の四のとおり、前訴における訴訟手続及び前訴判決には瑕疵はなく、再審は本来成り立ち得ないものであって、右弁護士費用相当額の損害賠償請求は理由がないというべきであるから、これを棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するか、又は原審において主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうものであって、採用することができない。
三 一審原告の別紙記載の請求について、原審は、これが確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるとの前提に立って、一審原告が主張するような精神的苦痛を受けたとしても、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告に対し損害賠償を命ずる以上、それを超えて精神的損害の点についてまで賠償請求を認める必要はないとして、これを棄却すべきものと判断した。しかしながら、右請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求には当たらず、しかも、前記第一の四のとおり、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円についての損害賠償請求を肯認することはできないのであるから、原審の右判断における理由付けは、その前提を欠くものであって、これを直ちに是認することはできない。
したがって、前記理由付けをもって一審原告の別紙記載の請求を棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中、一審原告の右請求に関する部分は破棄を免れず、損害発生の有無を含め、右請求の当否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
第三 以上の次第で、原判決中、一審被告敗訴の部分を破棄して、同部分に関する一審原告の控訴を棄却するとともに、一審原告の別紙記載の請求に関する部分を破棄して、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし、一審原告のその余の上告は理由がないから、これを棄却することとする。
よって、判示第二の三につき裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
判示第二の三についての裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見が原判決のうち一審原告の別紙記載の請求を棄却した部分について破棄差戻しを免れないとした点には、賛成することができない。
この点に関する一審原告の請求は、一審被告が前訴の担当各裁判所書記官からの照会に対して誤った回答をしたことに基づき、一審原告に訴状等の付郵便送達が実施されたが、一審原告が実際にその交付を受けるに至らず、前訴の第一審手続に関与する機会を奪われたとして、一審被告に対し、これにより被った精神的損害の賠償を求めるというものである。
民事訴訟は、私法上の権利の存否を国の設ける裁判機構によって確定する手続であり、対立する両当事者に手続への関与の機会を等しく保障することが基本をなすことはもちろんである。しかし、その手続は、争われている権利の存否とは無関係に手続の実施そのものに独自の価値があるというものではない。ある当事者が民事訴訟の訴訟手続に事実上関与する機会を奪われたとする場合において、これにより自己の正当な権利利益の主張をすることができず、その結果、本来存在しないはずの権利が存在するとされ、あるいは存在するはずの権利が存在しないとされるなど、不当な内容の判決がされ、確定力が生じてもはや争い得ない状態となったときに、その者に償うに値する精神的損害が生じるものと解すべきであり、判決の結論にかかわりなく訴訟手続への関与を妨げられたとの一事をもって、当然に不法行為として慰謝料請求権が発生するということはできない。
また、訴訟手続における当事者の権利は、これをわが国の裁判制度の三審制のもとで考えた場合、当事者がたとえ第一審の手続に事実上関与する機会を得られなかったとしても、上訴の機会があり上級審の手続を追行することが可能であったならば、その段階で攻撃防御を尽くすことができ、当事者の手続関与の要請は満たされたことになるのであり、上級審の手続のために特別の費用を要したことは別として、第一審手続に関与できなかったこと自体による精神的損害を考える必要はないというべきである。
本件においては、前訴の第一審判決は一審原告の住所にあてて正規の特別送達が行われ、一審原告の妻が同居者としてその交付を受けたが、一審原告にこれを手渡さなかったために、一審原告の目に触れることなく、判決が確定してしまったのである。しかし、これは、夫婦間に確執があり、相互の意思の疎通を欠いていたためにそうなったことがうかがわれるのであって、上訴の手続をとる時機を逸したことは一審原告の支配領域内における事情によるもので、自らの責めに帰するほかはなく、訴訟への関与の機会を不当に奪われたことにはならない。手続に関して瑕疵があるとするときは、上級審で是正されるのが本筋であり、本件ではそれが可能であったのである。
さらに、記録によれば、一審被告が一審原告に対して昭和六一年四月に起こした別件の立替金請求訴訟においては、一審原告の勤務先会社にあてて訴状等の特別送達が実施され、一審原告は受交付者を介してこれを受領したにもかかわらず、口頭弁論期日に出頭せず、何らの争う手段もとらなかったことがうかがわれ、また、本件の貸金及び立替金についても、一審原告は訴訟前には分割払いに応じる姿勢を示していたことは、原判決の確定するところであり、前訴判決の結論が、本来存在しないはずの権利を存在するとした不当なものであったと認めるに足りないといわざるをえない(原判決は、前訴において一審原告が出頭の機会を与えられていれば、異なった判決になった可能性が高いというが、確かな根拠は示されていない。)。
そうすると、原判決中、一審原告が前訴の第一審手続への関与の機会を不当に奪われたことを理由とする慰謝料請求を棄却した部分は、結論において正当であるから、この点に関する一審原告の上告は理由がないというべきである。
(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

++解説
《解  説》
一 本件は、Xが、Y1(信販会社)から提起された前訴において、訴状等の付郵便送達が違法無効であったため、訴訟手続に関与する機会が与えられないまま、理由のないX敗訴の判決が確定して損害を被った旨主張し、Y1に対しては、前訴での受訴裁判所からの照会に対しXの就業場所不明との誤った回答をしたことにつき故意又は重過失があるとして(民法七〇九条)、Y2(国)に対しては、裁判所書記官による付郵便送達の要件の認定及びその実施につき過失があり、担当裁判官にもこれを看過した過失があるとして(国家賠償法一条一項)、損害賠償を求めた事案である。第一審はXの請求を全部棄却したが、原審はY1に対する請求を一部認容したため、これに対しX(平成五年(オ)第一二一一号事件)とY1(同第一二一二号事件)がそれぞれ上告したところ、最高裁は、弁論の分離・併合により、XのY2に対する請求(①事件)とXのY1に対する請求(②事件)とに分けて判決をした。
二 本件の事実関係の概要は、次のとおりである(なお、各事件の判文を参照)。
1 Y1は、昭和六一年三月、Xに対し、Xの妻がY1発行のX名義のクレジットカードを利用したことによる貸金及び立替金残元金合計三四万円余の支払を求めて、札幌簡裁に二件の訴訟(前訴)を提起した。受訴裁判所の担当書記官は、X不在により訴状等の送達ができなかったため、Y1に対し、Xの就業場所等につき調査の上回答するよう求める照会書を送付した。
2 当時Xは、釧路市内の勤務先A社から東京に長期出張をしており、昭和六〇年秋にY1の担当者との間でやりとりをした際、Xあての郵便物は自宅ではなく右勤務先に送付してほしい旨要望していた。しかし、Y1の担当者は、右照会に対し、就業場所とはXが現実に仕事に従事している場所をいうとの理解の下に、A社に問い合わせをすることなく、昭和六一年四月、Xの就業場所が不明であり、Xは出張中で家族は訴状記載の住所にいる旨を回答した。
3 担当書記官は、右回答に基づきXの就業場所が不明であると判断し、Xの住所あてに訴状等の付郵便送達を実施したが、留置期間経過により訴状等は裁判所に還付された。前訴では、昭和六一年五月に、X不出頭のまま擬制自白によりY1勝訴の判決が言い渡され、Xの住所に送達された判決正本をXの妻が受領したが、これをXに手渡さなかったため、Xからの控訴はなく、そのまま前訴判決は確定した。
4 Y1は、前訴判決を債務名義として、昭和六一年七月にXのA社に対する給料債権の差押えをしたが、まもなくこれを取り下げ、その後Xから合計二八万円の弁済を受けた。
5 Xは、昭和六二年一一月、前訴判決に対する再審訴訟を提起したが、上訴の追完が可能であったから、旧民訴法四二〇条一項ただし書により再審の訴えは許されないとして却下された。
三 ①事件関係
1 原審(一審も同様)は、前訴におけるXに対する訴状等の付郵便送達が、Y1の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたもので、要件を欠き違法無効であるが、本件の具体的事情の下では、Y1からの回答に基づきXの就業場所が不明であるとした担当書記官の判断が不合理とはいえず、その裁量の範囲を逸脱したものとはいえないとして、担当書記官の国賠法上の過失を否定するとともに、担当裁判官の過失も否定して、XのY2に対する請求を棄却すべきものとした。これに対してXが上告し、担当書記官及び担当裁判官の過失を否定した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるなどと主張した。
2 付郵便送達は、受送達者の住居所等が判明しているにもかかわらず、右住居所等における交付送達(補充送達・差置送達を含む)が不奏功であり、かつ、就業場所における交付送達(ただし、代人への差置送達を含まない)ができない場合等に認められる送達方法であるところ(民訴法一〇三条二項、一〇七条一項一号、旧民訴法一六九条二項、一七二条)、右にいう就業場所における送達ができない場合とは、受送達者の就業場所が判明してそこへの送達を実施したが不奏功となった場合のみならず、就業場所が判明しないためそこへの送達を実施すること自体ができない場合をも含むと解されている(三輪和雄・注釈民事訴訟法(3)五七三頁、兼子一ほか・条解民事訴訟法四四三頁)。後者の場合については、送達事務取扱者である担当書記官にとって就業場所が判明しているかどうかが問題であって、就業場所の不存在が要件とされているのではなく、担当書記官が通常の調査方法を講じてもなお判明しないときには、右要件を充足することになるわけである。
3 本判決は、受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集は担当書記官の裁量にゆだねられており、担当書記官は、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、受送達者の就業場所の存否につき判断すれば足りるとし、担当書記官が受送達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法と解するのが相当である旨の一般論を説示した上で、本件の具体的状況の下では、右のような事情があるとはいえないから、前訴における訴状等の付郵便送達は適法であるとして、Xの上告を棄却したものである。
受送達者の住居所等への送達が不奏功となった場合には、担当書記官が、原告に対し被告の就業場所の有無等につき調査の上書面での回答を求めるなどして積極的な認定資料を収集し、これに基づいて就業場所の存否につき判断することになるが、実務では、各庁で送達事務に関する運用基準が策定され、これに従って送達事務処理が行われているところである(民事裁判資料一五二号、同一九五号、民事訴訟関係書類の送達実務の研究[改訂版]・書記官実務研究報告書二〇巻二号)。付郵便送達は、書留郵便の発送の時に送達の効力が生ずるものであり、留置期間満了により送達書類が裁判所に戻され、受送達者が付郵便送達の実施を現実には知らない場合でも送達は有効とされるから、その運用にあたっては当事者の手続上の利益にも十分配慮する必要がある。本件においては、前訴の貸金請求事件でのY1からの回答中に「Xが出張中で四月二〇日帰ってくる」旨付記されていたというのであり、本判決では、この点は前訴における付郵便送達の適法性を損なうべき事情に当たるとまではいえないとされたものであるが、送達の適否の問題とは別に、実務の運用としては、個々の事案に応じた配慮の行き届いた対応が期待されよう。
本判決の説くところは、格別目新しいものではないが、担当書記官による就業場所の調査ないし認定と付郵便送達の関係について判断を示した上、前訴における付郵便送達を違法とした一、二審とは異なり、右付郵便送達を適法として、理由差替えによりXの上告を棄却したものであって、実務上参考になると思われる。
四 ②事件関係
1 原審は、前訴におけるXに対する訴状等の付郵便送達が、Y1の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたもので、要件を欠き違法無効であるとした上、Y1による前訴判決の取得の態様が著しく信義則に反しており、前訴判決の内容についても、Xに出頭の機会が与えられれば異なったものとなった可能性が高く、Xとしては必要な救済手段を行使していないとも評価できないにもかかわらず、何ら救済が得られない状態となっていることからすると、既判力による法的安定性の要請を考慮しても、法秩序全体の見地からXを救済しなければ正義に反するような特段の事情があると判示し、XがY1に対して支払った二八万円につき、Y1による不法行為と相当因果関係のある損害であるとして、右の限度でXの請求を一部認容したが、Xが前訴の訴訟手続に関与する機会を奪われたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、それが確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であり、前記のとおり財産的損害につき賠償を命ずる以上、精神的損害についてまで賠償請求を認める必要はないとして、これを棄却していた。
2 前記①事件において判示されているように、前訴におけるXに対する訴状等の付郵便送達は適法であるから、前訴の訴訟手続及び判決には瑕疵はなく、前訴確定判決には既判力が生じている(Xとしては、前訴において控訴の追完によって争うほかなかったであろう。)。Y1に対して支払った二八万円につき不法行為による損害賠償を求めるXの請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であり、いわゆる確定判決の不当取得(騙取)の問題として論じられてきているところである。右のような損害賠償請求は、原則として許されるべきではないが、当事者の一方が相手方の権利を害する意図のもとに、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行したなど、その行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限って、許されるものとするのが当審判例の立場である(最三小判昭44・7・8民集二三巻八号一四〇七頁参照)。
本判決は、本件では、Y1が安易にXの就業場所不明との誤った回答をした点で重大な過失があるとされるにとどまり、Xの権利を害する意図のもとにされたものとは認められない以上、前記特別の事情があるとはいえないとして、原判決中Y1敗訴部分を破棄してXの控訴を棄却したものであり、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求の可否に関して、①当事者の目的意図の不当性(相手方の権利を害する意図)、②手続的な不当性(相手方の訴訟手続に対する関与を妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為)、③判決結果の不当性(本来あり得べからざる内容の確定判決)を考慮要素とする当審判例の判断枠組みを踏襲した上で、新たな判断事例を付け加えたものであって、その先例的価値は少なくないと思われる(なお、原判決が、前訴におけるY1のXに対する請求の当否につき審理を尽くさないまま、Xに出頭の機会が与えられていれば前訴判決の内容が異なるものとなった可能性が高い旨判示して、Xの請求を認容すべきものとしている点についても、③との関係で問題があると思われる。)。
3 XのY1に対する請求のうち、Xが前訴の訴訟手続に関与する機会を奪われたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、その性質上、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求には当たらないと解される。原判決は、前記四1のような理由付けをもってXの右請求を排斥すべきものとしているが、前記四2及び右で述べたところからすれば、原判決の理由付けは二重の意味でその前提を欠くものといわざるを得ないであろう。本判決は、原判決の右理由付けをもってしてはXの右請求を排斥し得ないとして、原判決中右部分を破棄して原審に差し戻すこととしたものである。訴訟手続への関与の機会の喪失を理由とする慰謝料請求の可否については、これまでほとんど論じられておらず、どのような場合に認められる余地があり得るかにつき一般的な定式化を図ることは困難である上、この点に関する原判決の認定事実も十分でない点が考慮されたものであろう。なお、この差戻しの点については、藤井裁判官の反対意見が付されている。

2.可罰行為を理由とする損害賠償請求
+判例(S44.7.8)
理由 
 上告代理人田辺俊明の上告理由について。 
 原審における上告人の主張によれば、被上告人は、上告人に対する別件貸金等請求事件において、裁判外の和解が成立し、上告人において和解金額を支払つたため、上告人に対して右訴を取り下げる旨約したにもかかわらず、右約旨に反し確定判決を不正に取得し、このような確定判決を不正に利用した悪意または過失ある強制執行によつて、上告人をして右判決の主文に表示された一三万余円の支払を余儀なくさせ、もつて右相当の損害を負わせたので、上告人は、被上告人に対し右不法行為による損害の賠償を求めるというのである。 
 これに対し、原審は、右確定判決は当事者間に有効に確定しているから、その既判力の作用により、上告人は以後右判決に表示された請求権の不存在を主張することは許されず、再審事由に基づいて前示判決が取り消されないかぎり、右確定判決に基づく強制執行を違法ということはできない、したがつて、右強制執行の違法を前提とする上告人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくその理由がないとして、右請求を排斥している。 
 しかしながら判決が確定した場合には、その既判力によつて右判決の対象となつた請求権の存在することが確定し、その内容に従つた執行力の生ずることはいうをまたないが、その判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によつて相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行ない、その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し、かつこれを執行した場合においては、右判決が確定したからといつて、そのような当事者の不正が直ちに問責しえなくなるいわれなく、これによつて損害を被つた相手方は、かりにそれが右確定判決に対する再審事由を構成し、別に再審の訴を提起しうる場合であつても、なお独立の訴によつて、右不法行為による損害の賠償を請求することを妨げられないものと解すべきである。 
 本件において、原審の確定するところによれば、被上告人は、上告人に対する別件貸金請求事件において、請求権債権を一部免除したうえで右訴を取り下げる旨の和解をし、右約旨に従つた弁済を受けたが、右訴の取下に関する債務を履行せず、自己の訴訟代理人に対してこの事実を告げなかつたため、右訴訟の手続は、その後に開かれた第一回口頭弁論期日において、上告人不出頭のまま終結され、被上告人側の主張するとおりの判決がなされたというのであり、上告人が右口頭弁論期日に出頭しなかつたのは、右和解契約が締結された結果、上告人としてはその趣旨に従つた弁済をし、被上告人が右訴の取下を約したことによるというのである。そして、原審は、上告人は右判決の送達を受けた後、人を介して被上告人に右訴の取下を申し入れ、その夫が同人に対して訴の取引をすすめていたとの事実を認めているのである。 
 これらの事実によれば、上告人は、和解によつて、もはや訴訟手続を続行する必要はないと信じたからこそ、その後裁判所の呼出状を受けても右事件の口頭弁論期日に出頭せず、かつ、判決送達後もなお控訴の手続をしなかつたものであり、その後に、被上告人が真に右請求権について判決をうるために訴訟手続を続行する気であることを知つたならば、自らも期日に出頭して和解の抗弁を提出し、もつて自己の敗訴を防止し、かりに敗訴してもこれを控訴によつて争つたものと推認するに難くない。しかも、原審は、右和解を詐欺によつて取り消す旨の被上告人の主張は採用し難い旨判示しているのであるから、被上告人において、右和解後上告人に対して特に積極的な欺罔行為を行ない、同人の訴訟活動を妨げた事実がないとしても、被上告人は、他に特段の事情のないかぎり、上告人が前記和解の趣旨を信じて訴訟活動をしないのを奇貨として、訴訟代理人をして右訴訟手続を続行させ、右確定判決を取得したものと疑われるのである。そして、その判決の内容が、右和解によつて消滅した請求権を認容したものである以上、被上告人としては、なお、この判決により上告人に対して前記強制執行に及ぶべきではなかつたものといえるのである。しからば、本件においては、被上告人としては、右確定判決の取得およびその執行にあたり、前示の如き正義に反する行為をした疑いがあるものというべきである。したがつて、この点について十分な説示をすることなく、単に確定判決の既判力のみから上告人の本訴請求を排斥した原判決は、この点に関する法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべく、その違法は原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、さらに右の点について審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。 
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 飯村義美 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 関根小郷)