刑事訴訟法 気になる判例 訴因変更の要否 実行行為者の択一的判示


+判例(H13.4.11)
理由
弁護人石田恒久、同石岡隆司の上告趣意のうち、憲法38条違反をいう点は、被告人の自白調書の任意性を肯定した原判断は相当であるから、前提を欠き、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権で判断する。
本件のうち殺人事件についてみると、その公訴事実は、当初、「被告人は、Aと共謀の上、昭和63年7月24日ころ、青森市大字合子沢所在の産業廃棄物最終処分場付近道路に停車中の普通乗用自動車内において、Bに対し、殺意をもってその頸部をベルト様のもので絞めつけ、そのころ窒息死させて殺害した」というものであったが、被告人がAとの共謀の存在と実行行為への関与を否定して、無罪を主張したことから、その点に関する証拠調べが実施されたところ、検察官が第1審係属中に訴因変更を請求したことにより、「被告人は、Aと共謀の上、前同日午後8時ころから午後9時30分ころまでの間、青森市安方2丁目所在の共済会館付近から前記最終処分場に至るまでの間の道路に停車中の普通乗用自動車内において、殺意をもって、被告人が、Bの頸部を絞めつけるなどし、同所付近で窒息死させて殺害した」旨の事実に変更された。この事実につき、第1審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Aと共謀の上、前同日午後8時ころから翌25日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でBを殺害した」旨の事実を認定し、罪となるべき事実としてその旨判示した。
まず、以上のような判示が殺人罪に関する罪となるべき事実の判示として十分であるかについて検討する。【要旨1】上記判示は、殺害の日時・場所・方法が概括的なものであるほか、実行行為者が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであるにとどまるが、その事件が被告人とAの2名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないものと解される。
次に、実行行為者につき第1審判決が訴因変更手続を経ずに訴因と異なる認定をしたことに違法はないかについて検討する。訴因と認定事実とを対比すると、前記のとおり、犯行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみであるそもそも、殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。とはいえ、【要旨2】実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。
そこで、本件について検討すると、記録によれば、次のことが認められる。第1審公判においては、当初から、被告人とAとの間で被害者を殺害する旨の共謀が事前に成立していたか、両名のうち殺害行為を行った者がだれかという点が主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。その間、被告人は、Aとの共謀も実行行為への関与も否定したが、Aは、被告人との共謀を認めて被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人とAの両名で実行行為を行った旨の被告人の捜査段階における自白調書も取り調べられた。弁護人は、Aの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Aの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。審理の結果、第1審裁判所は、被告人とAとの間で事前に共謀が成立していたと認め、その点では被告人の主張を排斥したものの、実行行為者については、被告人の主張を一部容れ、検察官の主張した被告人のみが実行行為者である旨を認定するに足りないとし、その結果、実行行為者がAのみである可能性を含む前記のような択一的認定をするにとどめた。【要旨3】以上によれば、第1審判決の認定は、被告人に不意打ちを与えるものとはいえず、かつ、訴因に比べて被告人にとってより不利益なものとはいえないから、実行行為者につき変更後の訴因で特定された者と異なる認定をするに当たって、更に訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない
したがって、罪となるべき事実の判示に理由不備の違法はなく、訴因変更を経ることなく実行行為者につき択一的認定をしたことに訴訟手続の法令違反はないとした原判決の判断は、いずれも正当である。
また、本件のうち死体遺棄事件及びC方放火事件において、実行行為者の認定が択一的であることなどについても、殺人事件の場合と同様に考えられる。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

++解説
《解  説》
一 本件は、被告人が、A、Bらと共謀し、Aの知人らの住居に火災保険を掛け、放火して火災保険金を騙取するなどしたほか、口封じのため、Aと共謀して、Bを殺害し、死体を遺棄したという事案である。被告人は、捜査段階では殺害事件への関与を認めたものの、その余の事件への関与を否定し、起訴された後はすべての事件への関与(共謀と実行行為)を争った。これに対し、Aは、被告人やBらと共謀して放火及び保険金詐欺を敢行し、口封じのためにBを殺害することを被告人と共謀し、被告人が殺害の実行行為を行った旨供述した。
一審判決は、放火・詐欺事件のうち一件は被告人の関与を認めるに足る証拠がないとして無罪としたものの、その余の放火・詐欺事件のほか、殺人・死体遺棄事件についても有罪と認定し、原判決も被告人の申し立てた控訴を棄却した(原判決は、仙台高判平11・3・4高刑五二巻一頁、本誌一〇一八号二七七頁)。
殺人事件の公訴事実は、当初、被告人が、Aと共謀の上、特定の年月日ころ、青森市内に停車中の自動車内において、Bの頚部をベルト様のもので絞めつけて殺害したというものであったが、被告人がAとの共謀も実行行為への関与も否定したことから、両名の間で共謀が成立していたか、殺害行為を行ったのはだれかということが主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。Aは、被告人との共謀を認め、被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人が捜査段階において供述した「両名で実行行為を行った」旨の自白調書も取り調べられた。弁護人は、Aの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Aの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。一審公判がかなり進んだ段階で、検察官が訴因変更を請求したことにより、公訴事実は、「被告人は、Aと共謀の上、同日夜、青森市内に停車中の自動車内において、被告人が、Bの頚部を絞めつけるなどして殺害した」という内容に変更された。一審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Aと共謀の上、同日夜から翌日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でBを殺害した」旨の事実を認定した。

二 本決定は、このような択一的認定の適否と、実行行為者が訴因において被告人と明示された場合において、訴因変更手続を経ることなくA又は被告人あるいはその両名であると択一的に認定したことの適否について判断を示している。

三 まず、択一的認定の適否に関し、本決定は、殺害の日時・場所・方法の判示が概括的なものである上、実行行為者の判示が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであっても、その事件が被告人とAの二名の共謀による犯行であるときには、殺人罪の罪となるべき事実の判示として不十分とはいえない旨判示している。一般的に、罪となるべき事実の判示の程度につき、最一小判昭24・2・10刑集三巻二号一五五頁は、「各本条の構成要件に該当すべき具体的事実を該構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的に明白にし、かくしてその各本条を適用する事実上の根拠を確認し得られるようにするを以て足る。」と判示している(具体例として、放火未遂の事案につき最三小判昭38・11・12刑集一七巻一一号二三六七頁、殺人未遂の事案につき最二小決昭58・5・6刑集三七巻四号三七五頁、本誌五〇〇号一三八頁)。
また、択一的認定については、一般的に、場合を分けて検討すべきものと考えられているが、択一的な関係にあるA事実とB事実が同一の構成要件の中にある場合については、概括的認定の一場面と考えられるから、構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的であれば、択一的認定が許されるものと解されている(戸倉三郎「いわゆる不特定的認定」新実例刑訴法Ⅲ一九一頁、大澤裕「刑事訴訟における択一的認定」法協一〇九巻六号一頁等)。共同正犯内部で実行行為者が確定できないという本件のような場合は、この部類に属するものと考えられる。共謀共同正犯の法理においては、共謀関与者の全部又は一部が犯罪を実行すれば、共謀関与者の間で刑事責任の成立に差異はなく、実行行為を担当した者も担当しなかった者も、いずれも共同正犯として処罰されることになるからである。したがって、実行行為者に関する択一的認定が許されるとした本決定に異論はないものと思われる。

四 次に、訴因において実行行為者が明示された場合に訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することが許されるかが問題となる。
訴因変更の要否については、訴因と認定との間のずれが、法律構成ではなく事実面において一定の限度を超える場合に、訴因変更を要するものと解されており(事実記載説)一定の限度を超えるか否かの判断は、基本的には、具体的な訴訟の経過を離れて、訴因と認定とを比較し、訴因変更を経ないことが抽象的・一般的に被告人の防御に不利益を来すか否かの観点から判定すべきものとされている(抽象的防御説)。もっとも、個々の事件における被告人の防御等の具体的な審理経過の考慮(具体的防御説)も補充的に必要となる旨、指摘されている(毛利晴光「訴因変更の要否」新実例刑訴法Ⅱ四七頁等)。共謀の態様に関して変動がある場合についても、このような考え方に従って訴因変更の要否が判断されることになり、共犯者の範囲や実行行為の範囲等が異なるようなときには、訴因変更が必要になる(なお、共謀の態様の変化と訴因変更の要否については、小林充「共謀と訴因」刑事公判の諸問題二七頁等)。本件においては、共犯者の範囲に変わりはなく、犯行の態様と結果にも実質的な差異がなく、実行行為者が共犯者のうちのだれかという点が異なるのみであったが、このような場合にどのように考えるべきかが問題となる。
本決定は、実行行為者がだれであるかは、一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから、訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものの、そもそも実行行為者を明示することは訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人に不意打ちを与えるものではなく、かつ、認定が訴因と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経なくても違法ではないとした
訴因の機能としては、審判対象の特定と被告人の防御の範囲の確定という二つの機能があるといわれているが、本決定は、その両機能を考慮した上、原則的な考え方と、例外的に許される場合について判示したものであり、訴因変更の要否を判断する際の基本的な判例といえよう
なお、原判決の評釈として、大澤裕・現代刑事法二巻八号六四頁、井上宏・研修六二六号二九頁がある。