労働法 労働関係の当事者 使用者


1.労働契約の当事者としての「使用者」

・+(定義)
労働契約法
第二条  この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2  この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。

(1)法人格否認の法理
・法人格の形骸化
子会社を一事業部門として完全に支配している場合

+判例(東京地判13.7.25)黒川建設事件
調べておく

・法人格の濫用
支配の要件+目的の要件

+判例(大阪高判H15.1.30)大阪空港事件
調べておく

+判例(大阪高判H10.10.26)佐野第一交通事件
2 争点(1)(1審被告第一交通及び1審被告御影第一の雇用契約上の責任の有無:第1事件本訴主位的請求及び第2事件)について
(1) 子会社が解散した場合の親会社の雇用契約上の責任について
ア 法人格否認の法理について
1審原告らは、佐野第一の親会社である1審被告第一交通は、佐野第一の従業員である1審原告組合員らに対し、法人格否認の法理に基づき、雇用契約上の責任を負うと主張する。
この点、子会社とその親会社は、それぞれ別個の法人格を有する社団法人であるから、子会社が解散したとしても、親会社が、解散した子会社の従業員に対して雇用契約上の責任を負うことはないのが原則である。
しかしながら、法形式上は別個の法人格を有する場合であっても、法人格が全くの形骸にすぎない場合又はそれが法律の適用を回避するために濫用される場合には、特定の法律関係につき、その法人格を否認して衡平な解決を図るべきであり(最高裁昭和43年(オ)第877号同44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号511頁参照)、この法理は、本件のように親子会社における雇用契約の関係についても適用し得るものと解すべきである。

イ 法人格形骸化について
そして、法人とは名ばかりであって子会社が親会社の営業の一部門にすぎないような場合、すなわち、株式の所有関係、役員派遣、営業財産の所有関係、専属的取引関係などを通じて親会社が子会社を支配し、両者間で業務や財産が継続的に混同され、その事業が実質上同一であると評価できる場合には、子会社の法人格は完全に形骸化しているということができ、この場合における子会社の解散は、親会社の一営業部門の閉鎖にすぎないと評価することができる
したがって、子会社の法人格が完全に形骸化している場合、子会社の従業員は、解散を理由として解雇の意思表示を受けたとしても、これによって労働者としての地位を失うことはなく、直接親会社に対して、継続的、包括的な雇用契約上の権利を主張することができると解すべきである。

ウ 法人格濫用について
また、子会社の法人格が完全に形骸化しているとまではいえない場合であっても、親会社が、子会社の法人格を意のままに道具として実質的・現実的に支配し(支配の要件)その支配力を利用することによって、子会社に存する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を達するため(目的の要件)、その手段として子会社を解散したなど、法人格が違法に濫用されその濫用の程度が顕著かつ明白であると認められる場合には、子会社の従業員は、直接親会社に対して、雇用契約上の権利を主張することができるというべきである。
もっとも、資本主義経済の下で、憲法22条1項は、職業選択の自由の一環として企業廃止の自由を保障しており、企業の存続を強制することはできない。したがって、たとえ労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的で子会社の解散決議がされたとしても、その決議が会社事業の存続を真に断念した結果なされ、従前行われてきた子会社の事業が真に廃止されてしまう場合(真実解散)には、その解散決議は有効であるといわざるをえず、当該子会社はもはや清算目的でしか存在しないこととなり、子会社の従業員は、親会社に対し、子会社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである(もっとも、本件において、1審被告第一交通が佐野第一の真実解散を企図したことがあったことを認めるに足りる証拠は全く存しない。また、この場合、解散決議等が有効ではあっても不法行為法上は違法であるとして、不法行為による責任を追求することができることは無論である。)。
これに対し、親会社による子会社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、労働組合を壊滅させる等の違法・不当な目的で子会社の解散決議がなされ、かつ、子会社が真実解散されたものではなく偽装解散であると認められる場合、すなわち、子会社の解散決議後、親会社が自ら同一の事業を再開継続したり、親会社の支配する別の子会社によって同一の事業が継続されているような場合には、子会社の従業員は、親会社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるというべきである。
なお、上記の場合においては、不当労働行為における救済命令発令の範囲が問題となっているのではなく、私法関係における労働契約上の権利を有する地位にあることを主張することができるか否かが問題となっているのであるから、法人格否認の法理が適用されなければ、労働契約上の権利を有する地位確認の請求は許容されないことになると解される。

エ 解散決議の効力との関係について
1審被告らは、たとえ労働組合を排除するという不当な目的、動機で会社の解散決議がされたとしても、その内容に法令違反等がない限り解散決議を無効とする余地はなく、また、事業者は事業の開始及び廃止について広汎な自由を有しているから、佐野第一の解散決議は有効である。会社が解散した場合には、従業員の雇用を継続することはできず、従業員を解雇する必要性が認められるから、解雇も原則として有効であり、法人格否認の法理によって1審被告第一交通の責任を論ずる意味はないなどと主張する。
確かに、株主総会の決議の内容自体に、法令又は定款違反の瑕疵がない場合には、当該決議が当然に無効となるものではなく、本件においても佐野第一の解散決議について法令又は定款違反があると認めるに足りる証拠はないから、佐野第一の解散決議は有効であると認められる。
しかしながら、前記ウに説示したとおり、佐野第一の解散が偽装解散であると認められる場合には、それは真実の解散ではないのであるから、解雇は無効となって法人格否認の法理を適用する余地が生じ、解散決議の効力が否定されないからといって、解雇も有効であるとは限らないこととなる。すなわち、解散が偽装のもので事業が実際上は継続される場合には、整理解雇としての要件も満たすことはなく、解雇は事業廃止という実質的理由の欠如したものとして原則として無効となると考えられるのであって、さらに、法人格否認の法理が適用され得る場合には、子会社の従業員は、親会社に対して、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるということになる。したがって、この点に関する1審被告らの上記主張は採用できない。

(2) 本件における法人格の形骸化の主張について
ア 前記1認定の事実に証拠(〈証拠略〉、原審証人H、原審における1審被告御影第一代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(ア) 1審被告第一交通と子会社との関係
a 1審被告第一交通がタクシー会社を買収する場合、合併して1審被告第一交通の営業所とする場合と、法人格を維持したまま子会社とする場合とがあり、1審被告第一交通は、後者を基本的な方針としていた。
b 1審被告第一交通は、これまで、多数の経営不振に陥ったタクシー会社を買収してきた経験から得た経営方針とノウハウに従い、子会社における給与基準その他の労働条件、資産運用方針等の基本的な部分を、1審被告第一交通において決定していた。
そして、1審被告第一交通の役員や従業員を、買収した子会社の役員ないし管理職として派遣し、1審被告第一交通が決定した上記の基本方針に従い、賃金体系の見直しや従業員の教育等の経営再建策を押し進めてきた。
c 第一交通グループにおいては、各子会社の財産と収支は、親会社である1審被告第一交通の財産や収支と混同されることなく管理されていたが、子会社の経理業務、決算業務、経費や給与の計算及び支払手続などは、1審被告第一交通が、同社のコンピューターを使って統一的に処理しており、各子会社はこれに対する経理事務委託手数料として売上の3パーセントを1審被告第一交通に支払うこととなっていた。
具体的には、1審被告第一交通が、子会社の営業収入が入金される子会社名義の預金通帳や届出印を管理し、子会社からの申告に基づき、子会社の従業員の給与や公共料金などの経費の支払を上記の口座から行っていた。そして、各子会社において資金不足が生じた場合は、被告第一交通が資金援助をしていた。また、決算書類の作成についても、1審被告第一交通において行っていた。
(イ) 1審被告第一交通と佐野第一の関係
a 株式所有
1審被告第一交通は、平成13年3月30日に南海電鉄から佐野第一の全株式を譲り受けて以降、佐野第一の全株式を保有している。
b 役員の派遣
同日、佐野南海の役員はすべて退任し、1審被告第一交通の取締役である丁原らが佐野第一の取締役に就任し、また、1審被告第一交通の従業員であるEらが佐野第一の現場管理職として佐野第一の従業員らの指導等に当たっていた。
c 労務管理
1審被告第一交通では、前記(ア)b記載のとおり、子会社における給与基準その他の労働条件、資産運用方針等の基本的な部分を、1審被告第一交通において決定していたが、佐野第一においても、タクシー乗務員の賃金について新賃金体系を導入すること、中退金や共済制度を廃止することなど、佐野第一の経営再建の基本方針を1審被告第一交通において決定していた。
d 経理業務等
佐野第一においても、佐野第一の財産と収支は、親会社である1審被告第一交通の財産及び収支と混同されることなく管理されていたが、佐野第一の営業収入が入金される預金口座(佐野第一名義)は1審被告第一交通が管理し、従業員の給与の支払、公共料金等の支払、帳簿類の作成や貸借対照表等の計算書類の作成などの事務は、1審被告第一交通において行われていた。そして、資金不足が生じた場合には、1審被告第一交通が資金援助を行っていた。
このように、佐野第一の収入や支出の管理、必要な資金の調達等が1審被告第一交通において行われていたため、EやHなど佐野第一の役員や現場責任者らは、佐野第一の財務状況等を具体的には把握していなかった。
e 資産運用等
佐野第一が所有する不動産には、大阪第一を債権者とする根抵当権や、グループ内の他の子会社を債務者とする根抵当権が設定されており、重要な資産に関する事項も、1審被告第一交通において決定されていた。
イ 以上のとおり、〈1〉 1審被告第一交通は、佐野第一の全株式を保有しており、佐野第一の業務全般を一般的に支配し得る立場にあったこと、〈2〉 佐野第一のタクシー従業員の賃金体系や福利制度等の労働条件について、1審被告第一交通において決定し、これを1審被告第一交通が派遣した役員や管理職によって実現してきたこと、〈3〉 日々の売上は、1審被告第一交通が保管する佐野第一名義の預金通帳によって管理し、給与の支払や公共料金等の日常経理業務、税務関係書類や計算書類の作成等の決算業務も、1審被告第一交通において行われていたため、佐野第一の役員は、佐野第一の財務状況を具体的に把握していなかったこと、〈4〉 重要な資産に関する事項も1審被告第一交通において行われていたことなどの事情に照らせば、1審被告第一交通は、佐野第一を実質的・現実的に支配していたと認めることができる。
ウ しかし、佐野第一は、もともとは南海電鉄グループの会社であり、1審被告第一交通とは全く別個独立の法人であったこと、買収後も、佐野第一の財産と収支は、1審被告第一交通のそれとは区別して管理され、混同されることはなかったことなどの事情に照らすと、佐野第一に対する支配の程度は実質的・現実的なものであったとはいえるものの、未だ佐野第一が1審被告第一交通の一営業部門とみられるような状態に至っていたとまでは認められず、佐野第一の法人格は完全には形骸化していないというべきである。

(3) 本件における法人格の濫用の主張について
ア 支配の要件について
前記(2)認定のとおり、佐野第一の法人格は形骸化しているとまではいえないものの、1審被告第一交通は、佐野第一を実質的・現実的に支配していたものと認められる。
イ 目的の要件について
(ア) 前記争いのない事実等、前記1認定の事実及び弁論の全趣旨によると、佐野第一の解散に至る経緯は、以下のとおりであると認められる。
a 1審被告第一交通は、佐野第一を買収後、主としてタクシー乗務員の賃金体系や福利制度を改めることにより、佐野第一の収支を改善して債務超過状態を解消することとし、1審原告組合に対し、新賃金体系の導入などを内容とする会社再建案を提示したが、1審原告組合はこれに強く反対した。
b そこで、佐野第一は、平成13年5月分の給与から新賃金体系に基づく賃金の支払を一方的に開始し、共済会制度や中退金制度も1審原告組合の同意を得ることなく廃止したが、1審原告組合員らは、岸和田支部に、旧賃金体系に基づいて算出した賃金額と実際の支給額との差額の仮払いを求める仮処分命令を申し立てたり、その本案訴訟を提起するなどしてこれを争った。そして、賃金体系に関する仮処分手続においては、1審原告組合員らの主張が認められ、本案訴訟においては、同年12月13日に佐野第一が同年5月分から同年10月分までの差額の全額を支払う内容で和解が成立した。
c この間、佐野第一は、交友会を発足させ、1審原告組合を脱退して交友会に入会した者に対して、再建協力金として15万円を支給することとした。そして、交友会に入会せず、1審原告組合にとどまった者を対象として長時間に及ぶ出庫前点呼を実施したり、一部の組合員に対して不利益な配置転換命令を行い、さらに1審原告組合の執行委員長と副委員長を解雇するなどした。
しかし、これらについても、1審原告組合員らは、岸和田支部に、仮処分命令や本訴を提起するなどして争った。
d そのため、1審被告第一交通は、1審原告組合が反対している現状では、佐野第一において新賃金体系の導入等を実現することは困難であると判断し、平成14年5月ころ、佐野第一に派遣していた役員を引き揚げて、1審原告組合との間で新賃金体系導入についての合意が成立しない場合には、佐野第一に対する資金援助を中止することとした。そして、1審原告組合の反対を受けずに新賃金体系を導入して泉州交通圏におけるタクシー事業を継続していくことを主たる目的として、また同時に、従前から構想していた第一交通グループの泉州交通圏におけるその後のタクシー事業での増車の実現をも視野に入れながら、泉州交通圏を事業区域とする新会社を設立するか、又は他のグループ会社に事業区域を拡大させる手続を継続していくこととした。
e そこで、1審被告第一交通は、平成14年5月23日に、佐野第一に派遣していた丁原、A及びBらを佐野第一の役員から退任させた上、佐野第一に対する資金援助を原則としてやめ、経営支援を大幅に縮小した。
一方で、1審被告第一交通は、同年6月28日、1審被告御影第一に、近畿陸運局に対して泉州交通圏への事業区域の拡張申請などを行わせ、同年12月19日、1審被告御影第一は近畿陸運局から泉州交通圏に事業区域を拡張することの認可を受けた。
そして、1審被告御影第一は、佐野第一から移籍してきた交友会員であるタクシー乗務員を大量に雇用して、平成15年2月16日から泉州交通圏におけるタクシー事業を開始した。
f 佐野第一は、平成15年3月25日に岸和田支部で新賃金体系の導入を無効とする判決が言い渡されたことを一つの契機として、1審原告組合を排斥して解散することを決意するに至り、1審被告御影第一の事業開始後、営業車両を減車し、同年4月3日に全従業員を解雇した上、同年5月12日に解散決議をした。
佐野第一の解散時、同社に在籍していたのはE、F、Hのほか、1審原告組合員のみであった。
(イ) 以上の事実によれば、1審被告第一交通は、平成14年5月ころ1審原告組合が存在する佐野第一で新賃金体系を導入することは困難であると判断し、1審原告組合の反対を受けずに新賃金体系を導入して泉州交通圏におけるタクシー事業を継続していくことを主たる目的として、また同時に、従前から構想していた第一交通グループの泉州交通圏におけるタクシー事業での増車を実現することも視野に入れながらこれをも一つの目的として、1審被告御影第一を泉州交通圏に進出させて、佐野第一のタクシー事業を引き継がせることとしたものであるが、平成15年3月ころになると、佐野第一に早急に新賃金体系を導入することがほとんど不可能な情勢となったことから、これを確定的に断念するに至ったもので、この段階においてなされた佐野第一の解散は、新賃金体系の導入に反対していた1審原告組合を排斥するという不当な目的を決定的な動機として行われたものであるというべきである。
(ウ)a これに対し、1審被告らは、1審被告御影第一の泉州交通圏への進出は、平成14年2月1日からの改正道路運送車両法施行に伴う規制緩和政策に対応するため、第一交通グループとしても泉州地域への増車が必要であると考えたものであり、佐野第一の解散とは関係がないなどと主張する。
しかしながら、泉州地域の増車は、神戸市域交通圏を事業区域とする1審被告御影第一をわざわざ泉州交通圏へ進出させなくとも、佐野第一で増車をすればよいことであるし、そもそも第一交通グループとして真に増車が必要であったというのであれば、1審被告御影第一泉南営業所の乗務員を募集するに当たっては、佐野第一の乗務員以外から乗務員を募集するのが当然と考えられるにもかかわらず、1審被告御影第一泉南営業所の開業時の乗務員の多くが佐野第一から移籍した乗務員であるなど、1審被告第一交通らが主張する増車政策の実現とは矛盾する結果となっている。
そして、前記1認定のとおり、平成14年5月23日及び翌24日に行われた、交友会員を対象とした説明会において、丁原が、1審被告第一交通は佐野第一から手を引き、第一交通グループとして泉南地区に新しい会社を設立する予定である、交友会員については、現在の賃率や労働条件を維持しつつ、新会社に移行させることを保障する、佐野第一は1審原告組合員らだけが働く会社となるが、早晩廃業となることは避けられない、新会社に1審原告組合員らは入れないなどと述べ、その後、Fら管理職が、1審原告組合員らに対し、新会社には1審原告組合員らは入社させないが、交友会員らは入社できると話して、組合脱退を勧誘していたことに照らしても、1審被告第一交通は、泉州交通圏に新たに設立する会社、すなわち1審被告御影第一に、新賃金体系の導入を受け入れて交友会員となった従業員のみを雇用し、これに反対をしている1審原告組合員らのみが残留する佐野第一はおおむね廃業させる方向で計画していたことは明らかである。
したがって、1審被告御影第一の泉州交通圏への進出は、佐野第一の解散とは関係がないとする1審被告らの主張は採用できない。
b また、1審被告らは、佐野第一の解散理由について、佐野第一は、単体では収支が赤字であり、平成15年3月25日には新賃金体系の導入を認めない判決が言い渡され、1審被告第一交通としては、佐野第一における経営改善が事実上不可能となったと判断せざるを得なくなったため、佐野第一を解散したものであり、1審原告組合を壊滅することが目的ではないなどと主張する。
この点、乙4の1によると、佐野第一が解散する直前である平成14年度(平成14年4月1日から平成15年3月31日)の佐野第一の営業収支は、売上が6億2059万7333円、営業損失が1923万1084円、当期損失が1431万7687円であって、同期末の累積損失は2億0423万9357円と赤字であったと認められ、佐野第一は、平成15年3月31日当時、自社単独での企業存続は不能な状態であったとする公認会計士の報告書もある(〈証拠略〉)。
しかしながら、前記1認定の事実及び証拠(〈証拠略〉)によると、佐野第一は1審被告第一交通が買収する直前の平成12年度(平成12年4月1日から平成13年3月31日)は、売上が7億1685万4081円、営業損失は7947万8689円、当期損失は1億1945万0563円であって、同期末の累積損失は4億2870万2673円に達していたが、その後、新賃金体系に基づく賃金の支払や中退金制度の廃止、共済会制度の廃止を行ったり、南海電鉄から債務の免除を受けるなどした結果、平成13年度(平成13年4月1日から平成14年3月31日)は、売上7億0851万5770円、営業損失4601万3341円、当期利益2億2778万1003円(債務免除益2億9519万5577円を含む。)となり、同期末の累積損失1億8992万1670円と減少し、上記のとおり、平成14年度は赤字を計上したものの、同年度の当期損失は1431万7687円と佐野南海時代と比較して大幅に改善していたことが認められる。
そうすると、適切に経費削減などが実現する限りにおいては、平成15年3月31日時点において、佐野第一を直ちに解散しなければならないほどその経営状況が悪化していたとは認められない。
つまり、1審被告第一交通らは、新賃金体系を導入することができれば佐野第一においても利益を上げることができると考えていたのであり、前記認定の事実経過によれば、1審被告第一交通は、当初から新賃金体系の早急な導入を実現することだけを企図し、これに反対する1審原告組合との多少時間はかかっても誠意を持った話合いによる解決を図るとか、1審原告組合との誠実な交渉を重ね適法な手続を遵守した就業規則の変更により新賃金体系の導入を実現するという本来あるべき道筋を当初から一切無視して、最も違法性の強い佐野第一を解散し1審原告組合員らを全員解雇するという極めて極端な手段を自ら選択したものというべきである。
c さらに、1審被告らは、経営危機に瀕した会社の事業の経営を引き継ぐ方法としては株式譲渡を受ける方法のほかに事業譲渡を受ける方法があり、そこにおいては、事業譲渡主体と従業員との雇用契約関係をそのまま承継せず、事業譲受主体自身が設計した内容の新規の雇用契約を締結することが広く容認されているところ、1審被告第一交通は佐野第一の再建のスポンサーであるから、1審被告第一交通が賃金の変更を企図してこれに応じない1審原告組合員らを使用した佐野第一の経営を断念したことをもって違法ということはできないはずであるし、赤字が出続ける事業を1審被告第一交通が継続しなければならない理由はないなどと主張する。
しかしながら、法治国家である日本において会社や事業を経営する以上、法律に従って適法な手段を選択して実施することが大前提とされていることはいうまでもないことであって、経済的に有利であるからという理由から違法な手段を選択することが許容されていないことは当然である。このことは、経営危機に瀕した会社の事業の経営を引き継ぐ場合でも全く同じであって、法的に許容された範囲内の経営手段を駆使して会社の再建を目指すべきものであって、これを逸脱して違法行為を行えば当該法律に基づく制裁を受けなければならないことは自明のことである。仮に、1審被告らが、適法な手段を選択したのでは1審被告第一交通らが耐え難い損失を被ると主張するのであれば、1審被告第一交通が南海電鉄から債務免除を受けた上で佐野南海の株式を1株1円で買収した際の条件設定が稚拙であったか又は買収するという判断自体の当否が問題となるのであって、自ら買収対象企業の評価を誤ったというだけのことにすぎず、利益が出ないから違法行為を行ってよいということには決してならないのであるから、同1審被告らの上記主張は採用できない。
ウ 小括
以上のとおり、1審被告第一交通は、泉州交通圏におけるタクシー事業を新賃金体系の下で早急に行っていくために、新賃金体系の導入に反対していた原告組合を排斥するという不当な目的を実現することを決定的な動機として、実質的・現実的に支配している佐野第一に対する影響力を利用して佐野第一を解散したものであると認められるから、佐野第一の解散は、1審被告第一交通が佐野第一の法人格を違法に濫用して行ったものであるというのが相当である。

(4) 本件における偽装解散の主張と1審被告第一交通の雇傭契約上の責任について
ア(ア) 前記1認定の事実によると、〈1〉 佐野第一は、泉州交通圏を事業区域とし、南海電鉄の泉佐野駅、樽井駅、尾崎駅、みさき公園駅及び関西空港駅を中心としてタクシー事業を行ってきたが、1審被告御影第一泉南営業所も、同じ泉州交通圏を事業区域とし、泉佐野駅、樽井駅、尾崎駅及びみさき公園駅に乗り入れてタクシー事業を行っていること、〈2〉 1審被告御影第一泉南営業所の開業当初のタクシー乗務員69名中、五十数名が佐野第一からの移籍者であり、無線室の従業員も全員佐野第一からの移籍者であること、〈3〉 1審被告御影第一泉南営業所は、佐野第一が従前から使用していた無線タクシー呼出番号である○○―××××番を引き継いで使用していること、〈4〉 佐野第一は、1審被告御影第一泉南営業所が開業してほどなく、営業車両の減車を始めただけでなく、1審被告御影第一の従業員募集のチラシを掲示するなどして積極的にこれに協力したことなどが認められ、以上によれば、1審被告御影第一泉南営業所は、佐野第一の事業の主要な部分を引き継ぎ、おおむね同一の事業を行っているものと認められる。
(イ)a この点、1審被告らは、1審被告御影第一は、泉南営業所を開設するに当たり、行政当局から事業認可を受け、佐野第一から移籍してきた従業員については、佐野第一を退職して1審被告御影第一で新たに採用する手続が踏まれている、また、1審被告御影第一は、新たに営業所用の土地を購入し、営業車両もすべて新車を購入しているなどとして、佐野第一と1審被告御影第一泉南営業所との間には事業の同一性はないと主張する。
しかしながら、1審被告御影第一と佐野第一は、法形式上は別個の法人として存在しているのであるから、1審被告御影第一が独自に事業認可を受けたり、従業員の移籍に当たり、佐野第一を退職して1審被告御影第一で新たに採用する手続が踏まれるのは当然のことであり、このことのみによって佐野第一と1審被告御影第一泉南営業所との間の事業の同一性が否定されるものではない。
また、タクシー事業は、乗客を目的地まで送り届けることをその主要な業務とするものであるから、地域の地理に精通したタクシー乗務員を確保することがタクシー事業を経営していく上で、非常に重要な要素といえる。加えて、無線タクシー呼出番号が地域の利用者に浸透していることも重要な要素であるといえるが、前記(ア)〈2〉、〈3〉記載のとおり、1審被告御影第一泉南営業所は、タクシー乗務員と無線タクシー呼出番号というタクシー事業を経営していく上で重要とされる要素を佐野第一から引き継いでいるのであるから、営業所用地や営業車両が佐野第一と同一でないとしても、それだけで事業の同一性を否定する理由とはならないというべきである。なお、佐野第一の各営業所の所有権又は利用権は1審被告御影第一に承継されることはなく、1審被告第一交通のグループ会社に承継されたものが多く、佐野第一の営業車両や備品類は最終的には1審被告第一交通のグループ会社に譲渡されたようである(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)。
b また、1審被告らは、1審被告御影第一が佐野第一の売上の20パーセントを占めていたサザン社との取引を引き継いでないとも主張する。
しかしながら、得意先を引き継ぐことができるか否かは、1審被告第一交通ないし1審被告御影第一泉南営業所が独自に決定し得ることではなく、それのみでは事業の同一性を否定することはできない。
(ウ) 以上のとおり、1審被告御影第一泉南営業所と佐野第一は、実質的におおむね同一の事業を営んでいると認めるのが相当である。
イ そして、結果的に、佐野第一とおおむね同一の事業を1審被告御影第一泉南営業所が継続していることに加え、前記(3)イ認定のとおり、1審被告第一交通は、佐野第一から1審原告組合だけを排斥するという目的をもって佐野第一を解散し、その事業を1審被告御影第一泉南営業所に承継させたことからすると、佐野第一の解散は偽装解散であるといわざるをえない。
そうすると、前記(1)ウに判示したように、本件においては、佐野第一の法人格が完全に形骸化しているとまではいえないけれども、親会社である1審被告第一交通による子会社である佐野第一の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、1審原告組合を壊滅させる違法・不当な目的で子会社である佐野第一の解散決議がなされ、かつ、佐野第一が真実解散されたものではなく偽装解散であると認められる場合に該当するので、1審原告組合員である1審原告らは、親会社である1審被告第一交通による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、1審被告第一交通に対して、佐野第一解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができるといわなければならない。
なお、1審被告らは、1審被告第一交通は平成16年10月ころ以降はタクシー事業を全く行っていないと主張するが、その主張によっても1審被告第一交通がタクシー事業を行わなくなったのは本件解雇後1年半も経過した後のことであるのみならず、1審被告第一交通はその傘下に1審被告御影第一も含めて全国でタクシー事業を営む完全子会社を多数擁する上場会社であることを考えると、地位確認請求を認容することに格段の理論的・現実的な問題があるとも認められず、1審被告らの上記主張は失当である。
ウ ところで、1審被告らは、第一交通グループでは希望者全員を再雇用する考えであったが、1審原告組合員らは再雇用の申入れを受け入れなかったし、平成15年11月19日付けの就労指示も拒否したのであるから、1審被告御影第一及び1審被告第一交通の従業員であると主張するのは時機に遅れた権利の主張であり、信義則違反であるなどと主張する。
(ア) この点、前記1認定の事実に証拠(〈証拠略〉、原審証人H、原審における1審原告大阪地連代表者、1審原告X14、1審被告御影第一代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
a 佐野第一のEは、平成15年4月3日、1審原告組合員らに対して解雇の意思表示をした際、希望者には就職の斡旋をすると伝えたが、1審原告組合員らの中で就職の斡旋を依頼する者はいなかった。
b 同年10月29日、1審原告組合員らが1審被告第一交通を相手方として、岸和田支部に申し立てた地位保全及び賃金仮払仮処分命令申立事件(岸和田支部平成15年(ヨ)第30号)の異議審(岸和田支部同年(モ)第453号)の審尋期日において、担当裁判官から、暫定的な就労に関する和解の提案がなされた。
c そこで、同年11月6日、1審被告第一交通側と1審原告組合との間で仮就労の問題に関する第1回団体交渉が行われ、仮就労の場所、賃金体系、仮就労の対象者について話合いが行われた。
d その結果を踏まえ、1審被告第一交通側は、佐野第一の泉佐野営業所が置かれていた場所に、1審被告御影第一の泉南第二車庫を設け、同月18日に行われた第2回団体交渉において、その旨の報告を行い、この点は1審原告組合も了承をした。
しかし、1審被告第一交通側は、仮就労の期間中の賃金は新賃金体系に基づいて支給する、仮就労の対象者から1審原告X14、1審原告X21及びサザン社に出向してバス乗務員として働いていた者は除外すると主張し、1審原告組合がこれに反対したため、合意には至らなかった。
e ところが、1審被告第一交通側は、佐野第一の清算人であるH名義の同日付け就労指示書を1審原告X14及び1審原告X21らを除く43名の1審原告組合員らに郵送し、同月20日から泉南第二車庫において仮就労するようにと命じた。
これに対し、1審原告組合は、1審被告第一交通に対して抗議し、1審原告組合員らは仮就労の指示には応じなかった。そして、同年12月12日の第3回団体交渉においても、仮就労に関する話合いはまとまらなかった。
(イ) 以上のとおり、1審被告第一交通側は、同年4月3日に1審原告組合員らに対して解雇の意思表示をした際、再就職の斡旋を申し出たが、1審原告組合員らはこれに応じなかったこと、また、1審被告第一交通側は、同年11月18日付け就労指示書によって、1審原告X14らを除く43名の1審原告組合員らに対し、同月20日から1審被告御影第一の泉南第二車庫において仮就労するようにと命じたが、1審原告組合員らはこれに従わなかった事実が認められる。
しかしながら、就職の斡旋については、平成14年5月24日に行われた交友会員を対象にした説明会において、丁原が、「交友会の人は無条件で採用し、組合は採用しない。」などと発言したこと(〈証拠略〉)、前記1認定のとおり、大阪府を事業区域とする大阪第一、堺第一及び佐野第一の3社は、統一した賃金体系が定められていたことなどの事実によれば、1審被告第一交通が、第一交通グループにおいて再雇用をするのは、1審被告第一交通が提案する新賃金体系を受け入れることが条件になっているものと認められ、前記1認定の1審原告組合と佐野第一との紛争経過に照らすと、1審原告組合員らが直ちにこれを受け入れ、1審被告御影第一を含む第一交通グループに移籍することは極めて困難と考えられるところである。
また、1審原告組合員らに対する平成15年11月18日付け就労指示書は、仮就労に関する団体交渉が行われている最中に出されたものであり、仮就労の前提となる上記賃金体系等だけでなく、仮就労の対象者に1審原告組合の幹部である1審原告X14と同X21、更にサザン社に出向しているバス乗務員が含まれるか否かといったより基本的な点において対立し合意ができていなかったのであるから、これについて1審原告組合員らが仮就労を受け入れないのは、1審被告第一交通側としても当然予想された事態であったと認められる。
以上を総合すると、1審原告組合員らが就労しなかったことが、1審原告組合員らの責めに帰すべき事由であるとは到底認められないのであるから、1審被告らの上記主張は採用できない。

(5) 1審被告御影第一の雇傭契約上の責任について
ア 1審原告らは、本件のような偽装解散の事例においては、親会社である1審被告第一交通との関係とは別途に、事業を継続する別の子会社である1審被告御影第一との関係でも法人格濫用の法理の適用があると主張する。
確かに、一般的には、偽装解散した子会社とおおむね同一の事業を継続する別の子会社との間に高度の実質的同一性が認められるなど、別の子会社との関係でも支配と目的の要件を充足して法人格濫用の法理の適用が認められる等の場合には、子会社の従業員は、事業を継続する別の子会社に対しても、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができる場合があり得ないわけではない。
しかしながら、本件においては、1審被告御影第一との関係で法人格濫用の法理を適用できないことは明らかである。その理由は次のとおりである。
〈1〉 前述したように、全株式を有する子会社である佐野第一に対して、実質的・現実的支配を及ぼしていたのは1審被告御影第一ではなく親会社である1審被告第一交通であって、1審被告御影第一が佐野第一に対して実質的・現実的支配を及ぼしていたことを認めるに足りる証拠はないだけでなく、佐野第一への支配力を利用することによって佐野第一に存する労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を有していたのも、1審被告御影第一ではなく1審被告第一交通である。〈2〉 法人格否認の法理が法人の背後にある実体を捉えて、正義・衡平の観念から、背後者に対する法的責任の追求を可能にする側面を有することは否定できないところ、法人格を濫用しそれによる利益を図ろうとした直接の当事者である1審被告第一交通が、まず第一にその責任を負担すべきであると考えるのが自然である。〈3〉 両社の法人格の異別性を否認し得るかという側面から、佐野第一と1審被告御影第一の間に高度の実質的同一性が認められるか否かを検討すると、なるほど、佐野第一と1審被告御影第一泉南営業所との間にはおおむね同一の事業が引き継がれたとの評価は可能であるといえるが、佐野第一と1審被告御影第一との間においては、本社所在地、設立時期、設立経緯、営業内容、財産関係などは大きく異なっており、いずれも1審被告第一交通の完全子会社という面があることを加味しても、両社の間に高度の実質的同一性があるとは言い難い(また、佐野第一の事業の物的資源は1審被告御影第一だけでなく、1審被告第一交通グループ会社に引き継がれていった側面も否定しがたい。前記(4)ア(イ)a参照)。〈4〉 親会社である1審被告第一交通に法人格否認の法理が適用される本件において、佐野第一との関係がより希薄な1審被告御影第一にまで法人格濫用の法理を適用する必要性はないし、1審被告御影第一との関係でも法人格を否認しなければ正義・衡平の理念にもとることになるとは考えがたいところである。
したがって、1審被告御影第一に対して、法人格の濫用を理由としては、1審原告組合員である1審原告らは、佐野第一解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできないというべきである。
イ なお、1審被告第一交通が法人格否認の法理により雇用契約上の責任を負担することから、本件においては、同時に1審被告御影第一が雇用契約上の責任を負担することはありえないが、仮に1審被告第一交通が雇用契約上の責任を負担しない場合や選択的に1審被告御影第一に雇用契約上の責任を追及する場合に、1審被告御影第一が法人格の形骸化を理由として、雇用契約上の責任を負担する余地があるか否かも念のため検討しておく。
前記争いのない事実等記載のとおり、1審被告第一交通は、平成11年8月20日の買収以降、1審被告御影第一の全株式を保有しており、同日、1審被告第一交通の取締役である丁原らが1審被告御影第一の取締役として派遣され、前記(2)認定のとおり、第一交通グループにおいては、子会社の経理業務、決算業務、経費や給与の計算及び支払手続などは、1審被告第一交通が、同社のコンピュータを使って統一的に処理していて、1審被告御影第一においても、同様に、1審被告第一交通が処理していたものと認められ、加えて、前記1認定のとおり、1審被告御影第一泉南営業所の事務所建築費用を1審被告第一交通が負担していること等の事実を総合すると、1審被告第一交通は、佐野第一と同様、1審被告御影第一についても実質的・現実的に支配していたものと認められる。しかしながら、1審被告御影第一は、1審被告第一交通が買収する以前から1審被告第一交通とは別個独立の法人としてタクシー事業を営んでいたこと、1審被告御影第一の財産と収支は、1審被告第一交通の財産や収支と混同されることなく管理されていたことなどの事実に照らすと、1審被告御影第一の法人格が、形骸化しているとまでは認められない。したがって、1審被告御影第一の法人格が形骸化していれば、かえってその親会社である1審被告第一交通が雇用契約上の責任を負担することになるか否かはさて置くとして、1審原告組合員である1審原告らは、法人格の形骸化を理由として、1審被告御影第一に対して雇用契約上の責任を追及することはできないといわざるを得ない。
(6) 小括
よって、法人格否認の法理の適用により、1審原告組合員である1審原告らは、1審被告第一交通に対しては雇用契約上の責任を追及することはできるが、1審被告御影第一に対して雇用契約上の責任を追及することはできない。

(2)黙示の労働契約の成立
社外労働者と受け入れ企業との間で黙示の意思の合致により労働契約が成立しているというためには、事実上の指揮命令関係が存在することのほかに、受入企業が当該労働者の労務提供の対価として賃金を支払っていると評価できることが必要

+判例(東京高判H5.12.22)大映映像事件
調べておく

+判例(大阪高判H10.2.18)安田病院事件

+判例(H10.9.8)安田病院事件
調べておく

・労働者派遣法に違反する派遣が行われたことから直ちに派遣元企業と労働者の間の契約が無効になることはない。
ただし、これを受けて法改正あり!
派遣先が労働者に対して労働契約の申込をしたとみなす規定が導入される。

+判例(H21.12.18)パスコ事件
理由
上告代理人塚本宏明ほかの上告受理申立て理由第1点ないし第4点について
1 本件は、プラズマディスプレイパネル(以下「PDP」という。)の製造を業とする株式会社である上告人の工場で平成16年1月からPDP製造の封着工程に従事し、遅くとも同17年8月以降は上告人に直接雇用されて同月から同18年1月末まで不良PDPのリペア作業(端子に付着した異物を除去して不良PDPを再生利用可能にする作業)に従事していた被上告人が、上告人による被上告人の解雇及びリペア作業への配置転換命令は無効であると主張して、上告人に対し、雇用契約上の権利を有することの確認、賃金の支払、リペア作業に就労する義務のないことの確認、不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、A(本件当時の商号はB)ほか1社の出資による会社であり、平成16年1月当時、その製造ラインでは、上記2社から出向してきた上告人の従業員と、上告人から業務委託を受けたC(以下「C」という。)等に雇用されていた者とが作業に従事していた。
Cは、家庭用電気機械器具の製造業務の請負等を目的としており、同社が同14年4月1日以降に上告人との間で締結していた業務委託基本契約によれば、上告人が生産1台につき定められた業務委託料をCに支払い、Cが上告人から設備、事務所等を賃借して、自社の従業員を作業に従事させるものとされていた。なお、上告人とCとの間に資本関係や人的関係があるとか、Cの取引先が上告人に限られているとか、Cによる被上告人の採用面接に上告人の従業員が立ち会ったなどの事情は認められない。
(2) 被上告人は、平成16年1月20日、Cとの間で、契約期間を2か月(更新あり)、賃金を時給1350円、就業場所を上告人茨木工場(以下「本件工場」という。)などとする雇用契約を締結した。被上告人は、同日から、本件工場において、上告人の従業員の指示を受けて、PDPの製造業務のうちデバイス部門の封着工程に従事することになった。被上告人とCとの間の契約は、2か月ごとに更新され、被上告人は、同17年7月20日までCから給与等を支給された。
本件工場にはCの正社員も常駐していたが、封着工程においては、班長と呼ばれる工程管理者とこれを補佐する現場リーダーとはいずれも上告人の従業員であって、クリーンルームから送られてきたPDPの内部に放電ガスを封じ込め、これを次の排気工程へと送る作業を、上告人及びCほか1社の各従業員が混在して共同で行っていた。被上告人は、封着工程での作業について上告人の従業員から直接指示を受け、Cの正社員による指示は受けていなかった。
被上告人は、休日出勤について、Cの正社員から指示を受けることもあったが、上告人の従業員から直接指示を受けることもあった。また、被上告人らの休憩時間は上告人の従業員が指示した。
(3) 被上告人は、平成17年4月27日、その就業状態が労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)等に違反しているとして、上告人に対し直接雇用を申し入れたが、回答が得られず、同年5月11日、D(以下「本件組合」という。)に加入した。本件組合は、同月19日付け及び同月20日付け各書面により、被上告人が上告人を派遣先とする派遣労働者として1年を超えて製造ラインの業務に従事しており、上告人に労働者派遣法40条の4に基づく直接雇用の申込み義務が発生していると主張し、上告人に対し、被上告人への直接雇用申込みを行うよう団体交渉を申し入れた。上告人は、当初、被上告人との間には雇用関係がないので団体交渉には応じないという姿勢であったが、同月24日、協議自体には応じることとし、その旨回答した。
(4) 被上告人は、平成17年5月26日、大阪労働局に対し、本件工場における勤務実態は業務請負ではなく労働者派遣であり、職業安定法44条、労働者派遣法に違反する行為である旨申告した。上告人は、同年6月1日、同局による調査を受け、同年7月4日、同局から、Cとの業務委託契約は労働者派遣契約に該当し、労働者派遣法24条の2、26条違反の事実があると認定され、上記契約を解消して労働者派遣契約に切り替えるようにとの是正指導を受けた。このため、上告人は、封着工程を含むデバイス部門における請負契約を労働者派遣契約に切り替えることを柱とする改善計画を策定した。これに伴い、Cが同月20日限りでデバイス部門から撤退する一方、上告人は、他社との間で労働者派遣契約を締結し、同月21日から派遣労働者を受け入れ、PDPの製造業務を続けることになった。
被上告人は、Cの正社員から本件工場の別の部門に移るよう打診されたが、上告人の直接雇用下でデバイス部門の作業を続けたいと考え、同月20日限りでCを退職した。
(5) 被上告人及び本件組合と上告人との間の協議は平成17年6月7日に開始された。本件組合は、上告人が被上告人を直接雇用することを申し入れた。上告人は、同年8月2日、被上告人との雇用契約の条件として、契約期間を同月から同18年1月31日まで(契約更新はしない。ただし、同年3月31日を限度としての更新はあり得る。)、業務内容を「PDPパネル製造-リペア作業及び準備作業などの諸業務」と記載した労働条件通知書を被上告人側に交付した。上告人が雇用期間を限定した理由は、上告人が専属の従業員を直接雇用する体制になっておらず、遅くとも同年3月末までには生産体制を適法な請負による作業に切り替えることができると認識していたからであり、本件組合も上告人の上記認識は承知していた。また、賃金は上記通知書では空欄であったが、上告人側が口頭で時給1400円を提示したところ、本件組合から、有期雇用としては安いので例えば1600円にならないかとの趣旨の発言があった。
被上告人と本件組合とは、被上告人がCとの契約関係を解消して収入のない状況であり、従前の交渉の経緯からもこのままでは上告人との雇用契約の締結が困難であると考えた。そこで、被上告人は、上告人に対し、代理人弁護士作成の内容証明郵便において、契約期間及び業務内容について異議をとどめて、当面は、上記通知書記載の業務に就業する旨の通知をした上で、上告人が準備した上記通知書と同旨の雇用契約書(ただし、賃金は時給1600円、雇用期間の始期は同17年8月22日とされていた。以下「本件契約書」という。)に署名押印し、同月19日、これを上告人に交付した。
(6) 被上告人は、平成17年8月22日、上告人に直接雇用された従業員として本件工場に出社し、同月23日から、本件工場内において、不良PDPのリペア作業を一人で担当した。上告人は、同14年3月ころ以降、リペア作業を実施することはなくなっており、不良PDPは廃棄されていた。リペア作業では、ガラスの表面や電極端子間をしゃもじ等で擦る作業を行う過程で静電気が発生し、集じんしやすいため、被上告人の作業場は帯電防止用シートで囲まれていた。
(7) 本件組合は、平成17年8月25日以降、書面により、上告人と被上告人との間の雇用契約を期間の定めのないものとし、被上告人の作業を従前従事していたデバイス部門の封着工程のものとすることを求めて団体交渉を申し入れていたが、上告人は、同年12月28日、同18年1月31日をもって上記雇用契約が終了する旨を通告し、その翌日以降、被上告人の就業を拒否している。なお、上告人は、同年2月以降、残っていたリペア作業について他の従業員に交代で5日間担当させてこれを終え、その後は上記作業を行っていない。
3 原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断して、被上告人の上告人に対する雇用契約上の権利を有することの確認請求、賃金支払請求、リペア作業に就労する義務のないことの確認請求をいずれも認容し、損害賠償請求を一部認容した。
(1) 上告人とCとの間の契約は、Cが被上告人を上告人の指揮命令を受けて上告人のために労働に従事させる労働者供給契約であり、被上告人とCとの間の契約は、上記目的達成のための契約と認められる。しかるところ、上告人は、これらが派遣型請負又は労働者派遣として適法であることを何ら具体的に主張立証しない。また、上記各契約がされた平成16年1月時点では、特定製造業務(物の製造の業務であって厚生労働省令で定めるもの)への労働者派遣及び受入れは一律に禁止されていた。したがって、上記各契約は、脱法的な労働者供給契約として職業安定法44条等に違反し、公の秩序に反するものとしてその締結当初から無効である。
(2) 上告人がその従業員を通じて被上告人に直接指示してその労務の提供を受けていたこと等からすれば、上告人と被上告人との間には当初から事実上の使用従属関係があったものと認められ、また、被上告人がCから給与等の名目で受領する金員は、上告人がCに業務委託料として支払った金員からCの利益等を控除した額を基礎とするものであるから、被上告人が受領する金員の額を実質的に決定していたのは上告人であったといえる。そして、上記各契約が無効であるにもかかわらず継続した上告人と被上告人との間の上記実体関係を法的に根拠付け得るのは両者間の黙示の雇用契約のほかにはなく、その内容は、被上告人とCとの間の契約における労働条件と同様と認められる。また、被上告人は、上告人の従業員によりPDP製造の封着工程に従事するよう指示されてこれに応じているから、上記工程が被上告人の従事する業務として合意されたものと解すべきである。
そして、平成17年8月22日作成された本件契約書においては、上記黙示の雇用契約におけるのとは異なる労働条件が記載されているが、そのうち契約期間及び業務内容については異議がとどめられたのであるから、本件契約書どおりの期間の定め、更新方法及び業務内容の合意が成立したとはいえず、他方、期間の定めのないこととする合意や業務内容をPDP製造の封着工程に限る旨の合意があったとも認められない。
したがって、上記各部分については本件契約書作成前の黙示の雇用契約の内容が引き継がれるから、上告人が被上告人にリペア作業への従事を命じたことは配置転換命令に当たる。そして、同命令は、後記(4)のとおりの事情があるから違法無効である。
(3) 上告人と被上告人との間の雇用契約は、平成17年8月22日の本件契約書による合意以降も2か月ごとに更新されたから、上告人が同年12月28日に同18年1月31日の満了をもって被上告人との雇用契約が終了する旨通告したことは、解雇の意思表示に当たる。そして、封着工程の業務が終了したなどの事情は見当たらないから、上告人の被上告人に対する上記意思表示は、解雇権の濫用として無効であり、仮に雇止めの意思表示としても、更新拒絶権の濫用として同様に無効である。したがって、被上告人は、上告人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にある。
(4) リペア作業は、上告人にとってその経営上の必要性には疑問があり、むしろ被上告人に従事させるためにあえて設定されたものと推認される上、封着工程での作業に比べ長時間にわたって孤独な作業を強い、相応の肉体的、精神的負担を与えることなどからみて、被上告人が大阪労働局に偽装請負の事実を申告したことに対する報復等の不当な動機によって命じられたものと推認される。したがって、上告人が被上告人に対してした解雇又は雇止めの意思表示に加えて、上告人が被上告人にリペア作業への従事を命じたことも不法行為を構成する。

4 しかしながら、原審の上記3(4)の判断は結論において是認することができるが、同(1)ないし(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 請負契約においては、請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが、請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3者間の関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。そして、このような労働者派遣も、それが労働者派遣である以上は、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないものというべきである。
しかるところ、前記事実関係等によれば、被上告人は、平成16年1月20日から同17年7月20日までの間、Cと雇用契約を締結し、これを前提としてCから本件工場に派遣され、上告人の従業員から具体的な指揮命令を受けて封着工程における作業に従事していたというのであるから、Cによって上告人に派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができる。そして、上告人は、上記派遣が労働者派遣として適法であることを何ら具体的に主張立証しないというのであるから、これは労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない。しかしながら、労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである。そして、被上告人とCとの間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから、上記の間、両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。
(2) 次に、上告人と被上告人との法律関係についてみると、前記事実関係等によれば、上告人はCによる被上告人の採用に関与していたとは認められないというのであり、被上告人がCから支給を受けていた給与等の額を上告人が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず、かえって、Cは、被上告人に本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど、配置を含む被上告人の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものと認められるのであって、前記事実関係等に現れたその他の事情を総合しても、平成17年7月20日までの間に上告人と被上告人との間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない
したがって、上告人と被上告人との間の雇用契約は、本件契約書が取り交わされた同年8月19日以降に成立したものと認めるほかはない。
(3) 前記事実関係等によれば、上記雇用契約の契約期間は原則として平成18年1月31日をもって満了するとの合意が成立していたものと認められる。
しかるところ、期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は、労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には、当該雇用契約の雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには許されない(最高裁昭和45年(オ)第1175号同49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁、最高裁昭和56年(オ)第225号同61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁参照)。
しかしながら、前記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間の雇用契約は一度も更新されていない上、上記契約の更新を拒絶する旨の上告人の意図はその締結前から被上告人及び本件組合に対しても客観的に明らかにされていたということができる。そうすると、上記契約はあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたとはいえないことはもとより、被上告人においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合にも当たらないものというべきである。
したがって、上告人による雇止めが許されないと解することはできず、上告人と被上告人との間の雇用契約は、平成18年1月31日をもって終了したものといわざるを得ない。
(4) もっとも、前記事実関係等によれば、上告人は平成14年3月以降は行っていなかったリペア作業をあえて被上告人のみに行わせたものであり、このことからすれば、大阪労働局への申告に対する報復等の動機によって被上告人にこれを命じたものと推認するのが相当であるとした原審の判断は正当として是認することができる。これに加えて、前記事実関係等に照らすと、被上告人の雇止めに至る上告人の行為も、上記申告以降の事態の推移を全体としてみれば上記申告に起因する不利益な取扱いと評価せざるを得ないから、上記行為が被上告人に対する不法行為に当たるとした原審の判断も、結論において是認することができる。

5 以上によれば、上告人と被上告人との間に平成17年8月22日以前からPDP製造の封着工程への従事を内容とする黙示の雇用契約が成立していたものとし、上告人による被上告人に対するリペア作業への従事を命ずる業務命令及び解雇又は雇止めをいずれも無効であるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決のうち損害賠償請求を除く被上告人の各請求を認容すべきものとした部分は破棄を免れない。この点をいう論旨は理由がある。そして、第1審判決のうち雇用契約上の権利を有することの確認請求及び賃金支払請求を棄却し、リペア作業に就業する義務のないことの確認を求める訴えを却下した部分は正当であるから、同部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。
これに対し、上告人に対する損害賠償請求を一部認容すべきものとした原審の判断は是認することができ、この点に関する論旨は理由がないから、原判決のうち損害賠償請求を一部認容すべきものとした部分に関する上告人の上告は棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官今井功の補足意見がある。

+補足意見
裁判官今井功の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛同するものであるが、被上告人をリペア作業に従事させたこと及び平成18年1月31日限りで雇止めしたことについて不法行為が成立する理由について補足して意見を述べておきたい。
被上告人は、Cと雇用契約を結び、Cと上告人との業務委託契約に基づき、Cから上告人に派遣されていたところ、被上告人及び本件組合が、被上告人の直接雇用を上告人に求めるとともに、大阪労働局へ労働者派遣法違反の事実があると申告したことから本件紛争が始まった。大阪労働局は、上告人に対し、Cとの業務委託契約は、労働者派遣に該当し、労働者派遣法に違反するから、業務委託契約を解消し、適法な労働者派遣契約に切り替えるよう是正指導した。これを受けて、上告人は、被上告人の従事していたデバイス部門の契約を他社との間の労働者派遣契約に改めることとしたが、被上告人は他社や他部門への移籍を拒否し、直接雇用を求めた。そこで、上告人は、被上告人と本件契約書記載の内容の雇用契約を締結した。被上告人と上告人との間の直接の雇用契約が締結されるに至った経過の概要について、原審の認定するところは以上のとおりである。
本件契約書による上告人と被上告人との間の雇用契約は、白紙の状態で締結されたものではなく、上記のような事実関係の中で締結されたことを考慮すべきである。そうすると、この雇用契約は、大阪労働局の上記の是正指導を実現するための措置として行われたものと解するのが相当である。そして、原審の認定するところによれば、リペア作業は、平成14年3月以降は行われていなかった作業であり、ほとんど必要のない作業であるということができるのであって、被上告人が退職した後は、事実上は行われていない作業であった上、被上告人は、他の従業員から隔離された状態でリペア作業に従事させられていたというのである。被上告人が上告人に直接雇用の要求をし、また、大阪労働局に偽装請負であるとの申告をしてから、本件契約書を作成するに至る事実関係からすると、上告人は、被上告人が、大阪労働局に偽装請負であるとの申告をしたことに対する報復として、被上告人を直接雇用することを認める代わりに、業務上必要のないリペア作業を他の従業員とは隔離した状態で行わせる旨の雇用契約を締結したと見るのが相当である。このことは、労働者派遣法49条の3の趣旨に反する不利益取扱いであるといわざるを得ない。被上告人は、本件組合や弁護士と相談の上、その自由意思に基づき本件契約書に署名したとはいうものの、Cとの契約を解消して収入のない状態であり、上告人においても被上告人が収入がなく困窮していた事実を知っていたと認められるのであり、これらの事情を総合すると、上告人が被上告人をリペア作業に従事させたことは、大阪労働局への申告に対する不利益取扱いとして、不法行為を構成するということができる。平成18年1月31日の雇止めについても、これに至る事実関係を全体として見れば、やはり上記申告に対する不利益取扱いといわざるを得ない。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

++解説
1 本件は,プラズマディスプレイパネル(PDP)の製造を業とするY社の工場で平成16年1月から封着工程に従事し,遅くとも平成17年8月からはY社に直接雇用されてリペア作業(端子に付着した異物を除去して不良PDPを再生利用可能にする作業)に従事していたXが,Y社から雇用契約が終了したものと扱われたため,①上記雇用契約は期間の定めのないものであるとの理解を前提に,Y社による解雇は無効である,②リペア作業を命じられたことが配転命令に当たるとの理解を前提に,上記配転命令は無効である,と各主張して,Y社に対し,雇用契約上の権利を有することの確認,賃金の支払,リペア作業への就労義務がないことの確認及び不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

2 本件の事実関係の概要は,次のとおりである。
Y社の製造ラインでは,本件当時,Y社の正規従業員と,Y社から業務委託を受けたP社等に雇用されていた者とが共同で作業に従事していた。P社とY社との間の業務委託基本契約によれば,Y社は生産1台につき定められた業務委託料をP社に支払い,P社がその従業員を作業に従事させるなどとされていた。なお,Y社とP社との間に資本関係や人的関係があるとか,P社の取引先がY社に限られているとか,P社によるXの採用面接にY社の従業員が立ち会ったなどの事情は認められない。
Xは,平成16年1月,P社との間で,契約期間を2か月・更新有りなどとする雇用契約を締結した。Xは,封着工程に従事し,平成17年7月20日までP社から給与等を支給された。Xは,作業についてY社の従業員から直接指示を受け,P社の正社員による指示は受けていなかった。
しかるところ,平成17年5月,Xの加入した地域労働組合は,XがY社を派遣先とする派遣労働者として1年を超えて製造ラインの業務に従事しており,Y社に労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)40条の4に基づく直接雇用の申込み義務が発生していると主張した。さらに,Xが,大阪労働局に対し,本件工場における勤務実態は偽装請負であり,職業安定法44条等に違反する旨申告したところ,同局は,Y社に対する調査を行い,同年7月,P社との業務委託契約は労働者派遣契約に該当し,労働者派遣法24条の2,26条に違反すると認定して,上記契約を解消して労働者派遣契約に切り替えるようにとの是正指導を行った。
Xは,P社から別の部門に移るよう打診されたが,Y社の直接雇用下で従来の作業を続けたいと考え,平成17年7月20日限りでP社を退職した。X側は,Y社に対しXを直接雇用するよう求めたところ,Y社は,同年8月2日,Xとの雇用契約の条件として,契約期間を同月から平成18年1月31日まで(原則として契約更新なし),業務内容を「PDPパネル製造―リペア作業及び準備作業などの諸業務」と記載した労働条件通知書をX側に交付した。X側は,XがP社との契約関係を解消して収入のない状況であり,従前の交渉の経緯からもこのままではYとの雇用契約の締結が困難であると考え,Y社に対し内容証明郵便で契約期間及び業務内容について異議をとどめた上で,Y社が準備した雇用契約書に署名押印し,平成17年8月22日から業務に従事したが,その内容は専ら個室で行うリペア作業であった。しかも,Y社は,同年12月28日,平成18年1月31日をもって上記雇用契約が終了する旨を通告し,その翌日以降,Xの就業を拒否した。

3 ところで,請負とは,当事者の一方(請負人)がある仕事を完成することを約し,相手方(発注者)がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約する契約であって(民法632条),請負人は仕事完成義務を負うが,発注者は請負人に対して注文を行うことはできても,具体的な作業の指揮命令は請負人にゆだねるべきこととなる。他方,労働者派遣法は,「労働者派遣」とは,自己の雇用する労働者を当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まない(2条1項)としている。そこで,派遣先がその雇用下にない他社の労働者に直接具体的な指揮命令を行っているという点で実質的には労働者派遣に該当するにもかかわらず,労働者派遣法の種々の規制(派遣期間制限等)を事実上脱法するために形式的に請負の形式が採られているという偽装請負の場合に,その違法性を捉えて何らかの法的構成により派遣先と当該労働者との間に直接黙示の雇用契約関係が成立すると評価することができないかが本件における主要な争点となった。

4 原審(大阪高裁)は,Y社とP社との間の業務委託契約はP社がXをY社のために労働に従事させる脱法的な労働者供給契約であり,XとP社との間の契約は上記目的達成のための契約であるから,いずれも職業安定法44条等に違反し,公の秩序に反するものとして締結当初から無効であるとした上,①XとY社との間には当初から事実上の使用従属関係があったこと,②XがP社から給与等として受領する金員は,Y社がP社に業務委託料として支払った金員からP社の利益等を控除した額を基礎とするものであって,Xが給与等の名目で受領する金員の額を実質的に決定する立場にあったのはY社であったといえること,③無効な上記各契約にもかかわらず継続したXとY社との間の上記実体関係を法的に根拠付け得るのは黙示の労働契約のほかにはなく,その内容は,XとP社との間の契約における労働条件と同様と認めるのが相当であると判示して,Xの請求をおおむね認容した。

5 最高裁(第二小法廷)は,Y社からの上告受理申立てを受理した上,概要次のように述べて,原判決のうち損害賠償請求を除く部分を破棄し,Xの請求を棄却する旨の自判をした。
請負人による労働者に対する指揮命令がなく,注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には,たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても,これを請負契約と評価することはできず,この場合において,注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば,上記3者間の関係は,労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当する。しかし,このような労働者派遣も,それが労働者派遣である以上は,職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はない。
しかるところ,Xは,平成17年7月20日までの間,P社と雇用契約を締結し,これを前提としてP社から本件工場に派遣されていたというのであるから,P社によってY社に派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができるが,XとP社との間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから,上記の間,両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。そして,Y社はP社によるXの採用に関与していたとは認められないというのであり,XがP社から支給を受けていた給与等の額をY社が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず,かえって,P社は,配置を含むXの具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものと認められるのであって,前記事実関係等に現れたその他の事情を総合しても,同日までの間にY社とXとの間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない

6 これまで,社外労働者(多くは労働者派遣法制定前の業務請負会社社員)と受入企業との間の黙示の労働契約の成否について判示した裁判例は少なくないが,これらの裁判例は,一般に,黙示の労働契約が成立するには,社外労働者と派遣先との間で労働契約を黙示に合意したと評価し得る事情が必要であるとして,使用従属関係の有無をはじめ,業務内容,勤務の実態,賃金,採用形態等を検討してその成否を判断している。学説も,実質的にみて社外労働者に賃金を支払う者が受入企業であり,しかも社外労働者の労務提供の相手方が受入企業であるといえる場合にのみ,社外労働者と受入企業間に労働契約関係の基本的要素が整うとし,そのためには,①社外労働者の賃金が,実際上受入企業により決定され,派遣企業を介して受入企業自身によって支払われているとみなし得ること,②受入企業が社外労働者に対し作業上の指揮命令や出退勤管理を行うのみならず,配置・懲戒・解雇等の権限を事実上保持していたり,労働者の採用に関与することなどの事情が必要である(菅野和夫『労働法〔第8版〕』93頁)などとしている。これに対し,労働者供給事業を禁止する職業安定法44条や特定製造業務への労働者派遣を禁止していた労働者派遣法の回避策として,また,平成16年2月に同法がこれを解禁した後においても同法による各種の規制を潜脱して労務管理コストを抑える方策として,偽装請負が横行している実態(例えば,有田謙司「偽装請負」法教318号2頁等参照)を憂慮する立場から,特に本件原判決を契機に,労働者とその派遣先との間に直接雇用を認めるための理論構成が種々提案されてきた。すなわち,①直接雇用の原則の例外である三者間労働者関係により第三者労働力を受け入れる者は,その適正利用義務を労働者に対して信義則上負っているとした上,受入先が上記義務に違反した偽装請負のような場合,受入先が,請負の法形式を取る以上当然の前提である「請負人による賃金支払」の事実を黙示の労働契約の成立を妨げる事情として労働者に対して主張することは許されないとする説(毛塚勝利「偽装請負・違法派遣と受入企業の雇用責任」労判966号5頁),②労働者派遣は一般法である職業安定法で禁止されている労働者供給事業の中から特別法である労働者派遣法の規制の下に行われるものに限り適法化されたのであるから,偽装請負については原則どおり職業安定法違反となるとの説(有田・前掲3頁等)等である。しかしながら,①については,仮に受入先に労働者への何らかの信義則上の義務を認めるべき余地があるとしても,請負であれ労働者派遣であれ,請負人(派遣元)が労働者に賃金を支払っていた事実自体には差異がなく,その支払の法的根拠が当該労働者との間の雇用契約であることにも変わりがない以上,法に具体的規定のない「使用者による第三者労働力の適正利用義務」を理由に上記のように解し得るかについては疑問がある。また,②についても,労働者派遣法2条1号及び職業安定法4条6項(「労働者供給」には労働者派遣法2条1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まない,と規定する。)の文理に照らして無理がある解釈といわざるを得ないように思われる。本判決は,こうした点を勘案した上,偽装請負は労働者派遣としては違法であるとしつつ,たといそうであるとしても,派遣先と派遣労働者との間に黙示の労働契約が成立するか否かについては,基本的には旧来の判断枠組みに沿って判断すべきことを明らかにしたものと解される。

7 なお,本判決は,派遣元と派遣労働者との間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情が存在し得ることを認めつつ,その内容としていかなるものがあるかについては具体的な説示をしているわけではないが,例えば,派遣労働者の派遣先における業務がその賃金と比較して著しく危険ないし高度な内容に変更されたとき等が上記特段の事情として想定し得ないではない。このような場合には,派遣元と派遣労働者との間の雇用契約が公序に照らして後発的に無効となり,結果として派遣先と派遣労働者との間の黙示の雇用契約関係が認められやすくなるということも考えられる(これに対し,派遣元と派遣労働者との間の雇用契約を原始的に無効であると解すべき場合には,もはや労働者派遣法にいう「労働者派遣」の定義に該当し得なくなるものと思われるが,本判決は,単に偽装請負というだけでは直ちに上記雇用契約を原始的に無効とは解し得ないことを当然の前提としている。)。しかしながら,その具体的な判断基準や当てはめについては,今後の事例の集積を待つほかないものと思われる。
8 また,今井裁判官の補足意見は,Xをリペア作業に従事させたこと及びXを平成18年1月末に雇止めしたことは,それらがXによる大阪労働局に対する偽装請負の申告に対する報復として行われたという本件の事実関係を全体としてみればY社による不法行為に該当すると解すべきであるというものである。本判決は,原判決のうち雇止めに関するY社の損害賠償責任を認めた部分を維持する理由を必ずしも明確に述べてはいないが,上記補足意見が「労働者派遣法49条の3の趣旨」に言及していることから推して,派遣元又は派遣先が労働者派遣法に違反する事実を申告した派遣労働者に対する解雇その他の不利益取扱いを禁じている同条や,さらには本件雇止めの約2か月後に施行された公益通報者保護法(その通報対象事実には労働者派遣法も含まれている。)の趣旨に照らし,本件雇止めは,直接的には有期雇用契約の期間満了によるものであったことなどから無効とまではいえない(仮に無効と解する場合には,Y社が期間の定めのない労働者としてのXの雇用を事実上強制されることになり得る。)としても,正社員としての就労を希望し,そのための手段として偽装請負の申告に踏み切ったXがP社を自ら退職したことにより経済的には窮状にあったところ,Y社がX側のそのような事情を知悉した上で期限付き雇用契約の締結を持ちかけ,表面上違法状態の解消を図ったという経緯がうかがわれる本件事実関係の下では,Y社に損害賠償責任を一定の限度(雇用継続で得られるべき利益には到底足りず,慰謝料相当額にとどまる。)で負担させるのが相当と判断したものと思われる。他にどのような場合に申告者に対する雇止めが不法行為となり得るのか,その損害額の算定基準,申告者に対する報復としての雇止めが無効とまでいえる場合があるのかやそのための要件等については,まだ施行されて間もない公益通報者保護法の下における同種裁判例の動向や学説の状況をしばらく注視する必要があろう。
9 黙示の雇用契約に関する成立要件等について判示した最高裁の判例は,原審の判断を簡潔に是認した最三小判平10.9.8労判745号7頁〔安田病院事件〕以外にめぼしいものがなかったところであるが,本判決は,事例判断とはいえ,近時急増している偽装請負の事案において,その法的な判断枠組みの一端を明らかにするとともに,単に労働者派遣法に違反する労働者派遣がされたというだけで派遣先と派遣労働者との間に当然に黙示の雇用契約関係が成立するわけではないことを前提に,当該事案に即してその成否の判断要素を示したものとして,今後の実務に与える影響が大きいものと思われる。

2.労基法の責任主体としての使用者

+第十条  この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。

・労働契約上の「使用者」の概念とは異なる!

・+第百二十一条  この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する。ただし、事業主(事業主が法人である場合においてはその代表者、事業主が営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者又は成年被後見人である場合においてはその法定代理人(法定代理人が法人であるときは、その代表者)を事業主とする。次項において同じ。)が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない。
2  事業主が違反の計画を知りその防止に必要な措置を講じなかつた場合、違反行為を知り、その是正に必要な措置を講じなかつた場合又は違反を教唆した場合においては、事業主も行為者として罰する。

3.労組法上の使用者

・特別の定義は置いてはいない。

+判例(H7.2.28)朝日放送事件
理由
上告代理人鈴木重信、同中津俊雄、同高橋正智、同阿部浩志の上告理由及び上告補助参加代理人豊川義明、同津留崎直美、同斎藤浩、同森信雄、同飯高輝の上告理由について
一 事実関係
原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係の概要は、次のとおりである。
1 大阪府地方労働委員会は、上告補助参加人を申立人、被上告人を被申立人とする大阪地労委昭和五一年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について、昭和五三年五月二六日付けで、別紙(二)のとおりの命令(以下「初審命令」という。)を発した。被上告人及び上告補助参加人の再審査申立て(中労委昭和五三年(不再)第二五号、第二六号事件)に対し、上告人は、昭和六一年九月一七日付けで、別紙(三)のとおりの命令(以下「本件命令」という。)を発した。

2 被上告人は、大阪市に本社を置いてテレビの放送事業等を営む会社であり、本件初審審問終結当時(昭和五二年五月一三日)の従業員は約八〇〇名であった。上告補助参加人は、近畿地方所在の民間放送会社等の下請事業を営む企業の従業員で組織された労働組合である。
株式会社大阪東通は、被上告人など近畿地方所在の民間放送会社からテレビ番組制作のための映像撮影、照明、フィルム撮影、音響効果等の業務を請け負う等の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約一六〇名であった。右従業員のうち約五〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場においてアシスタント・ディレクター、音響効果等の業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は三名であった。株式会社大東は、大阪東通のほか、近畿地方所在の民間放送会社等からの照明業務の請負の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約三〇名であった。右従業員のうち約一〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場において照明業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は二名であった。関東電機株式会社(以下、大阪東通、大東と併せて「請負三社」という。)は、被上告人など近畿地方所在の民間放送会社、ホール、劇場等における照明業務の請負の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約七〇名であった。右従業員のうち約一〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場において照明業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は二名であった。

3 被上告人は、大阪東通及び関東電機との間で、それぞれ、テレビの番組制作の業務につき請負契約を締結して、継続的に業務の提供を受け、大東は大阪東通と請負契約を締結し、これにより、大阪東通が被上告人から請け負った業務のうち照明業務の下請をしていた請負三社は、右各請負契約に基づきその従業員を被上告人の下に派遣して番組制作の業務に従事させ、右各請負契約においては、作業内容及び派遣人員により一定額の割合をもって算出される請負料を支払う旨の定めがされていた。
番組制作に当たって、被上告人は、毎月、一箇月間の番組制作の順序を示す編成日程表を作成して請負三社に交付し、右編成日程表には、日別に、制作番組名、作業時間(開始・終了時刻)、作業場所等が記載されていた。請負三社は、右編成日程表に基づいて、一週間から一〇日ごとに番組制作連絡書を作成し、これによりだれをどの番組制作業務に従事させるかを決定することとしていたが、実際には、被上告人の番組制作業務に派遣される従業員はほぼ同一の者に固定されていた。請負三社の従業員は、その担当する番組制作業務につき、右編成日程表に従うほか、被上告人が作成交付する台本及び制作進行表による作業内容、作業手順等の指示に従い、被上告人から支給ないし貸与される器材等を使用し、被上告人の作業秩序に組み込まれて、被上告人の従業員と共に番組制作業務に従事していた。請負三社の従業員の業務の遂行に当たっては、実際の作業の進行はすべて被上告人の従業員であるディレクターの指揮監督の下に行われ、ディレクターは、作業時間帯を変更したり予定時間を超えて作業をしたりする必要がある場合には、その判断で請負三社の従業員に指示をし、どの段階でどの程度の休憩時間を取るかについても、作業の進展状況に応じその判断で右従業員に指示をするなどしていた。
請負三社の従業員の被上告人における勤務の結果は当該従業員の申告により出勤簿に記載され、請負三社はこれに基づいて残業時間の計算をした上、毎月の賃金を支払っていた。
4 請負三社は、それぞれ独自の就業規則を持ち、労働組合との間で賃上げ、夏季一時金、年末一時金等について団体交渉を行い、妥結した事項について労働協約を締結していた。
5 上告補助参加人は、被上告人に対して、昭和四九年九月二四日以降、賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置を含む労働条件の改善等を議題として団体交渉を申し入れたが、被上告人は、使用者でないことを理由として、交渉事項のいかんにかかわらず、いずれもこれを拒否した。

二 原審の判断
右事実関係の下において、原審は、上告補助参加人の組合員である請負三社の従業員との関係では、被上告人は労働組合法七条の「使用者」に当たらず、したがって、被上告人と上告補助参加人との間では同条二号の不当労働行為が成立する余地はなく、同条三号の支配介入による不当労働行為について判断を加えるまでもないとして、本件命令を取り消すべきものとした。

三 当裁判所の判断
1 労働組合法七条にいう「使用者」の意義について検討するに、一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが、同条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正として正常な労使関係を回復することを目的としていることにかんがみると雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件当について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の「使用者」に当たるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、請負三社は、被上告人とは別個独立の事業主体として、テレビの番組制作の業務につき被上告人との間の請負契約に基づき、その雇用する従業員を被上告人の下に派遣してその業務に従事させていたものであり、もとより、被上告人は右従業員に対する関係で労働契約上の雇用主に当たるものではないしかしながら、前記の事実関係によれば、被上告人は、請負三社から派遣される従業員が従事すべき業務の全般につき、編成日程表、台本及び制作進行表の作成を通じて、作業日時、作業時間、作業場所、作業内容等その細部に至るまで自ら決定していたこと、請負三社は、単に、ほぼ固定している一定の従業員のうちのだれをどの番組制作業務に従事させるかを決定していたにすぎないものであること、被上告人の下に派薄される請負三社の従業員は、このようにして決定されたことに従い、被上告人から支給ないし貸与される器材等を使用し、被上告人の作業秩序に組み込まれて被上告人の従業員と共に番組制作業務に従事していたこと、請負三社の従業員の作業の進行は、作業時間帯の変更、作業時間の延長、休憩等の点についても、すべて被上告人の従業員であるディレクターの指揮監督下に置かれていたことが明らかである。これらの事実を総合すれば、被上告人は、実質的にみて、請負三社から派遣される従業員の勤務時間の割り振り、労務提供の態様、作業環境等を決定していたのであり、右従業員の基本的な労働条件等について、雇用主である請負三社と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあったものというべきであるから、その限りにおいて、労働組合法七条にいう「使用者」に当たるものと解するのが相当である。
そうすると、被上告人は、自ら決定することができる勤務時間の割り振り、労務提供の態様、作業環境等に関する限り、正当な理由がなければ請負三社の従業員が組織する上告補助参加人との団体交渉を拒否することができないものというべきである。ところが、被上告人は、昭和四九年九月二四日以降、賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置を含む労働条件の改善等の交渉事項について団体交渉を求める上告補助参加人の要求について、使用者でないことを理由としてこれを拒否したというのであり、右交渉事項のうち、被上告人が自ら決定することのできる労働条件(本件命令中の「番組制作業務に関する勤務の割り付けなど就労に係る諸条件」はこれに含まれる。)の改善を求める部分については、被上告人が正当な理由がなく団体交渉を拒否することは許されず、これを拒否した被上告人の行為は、労働組合法七条二号の不当労働行為を構成するものというべきである。
2 以上のとおりであるから、原判決には労働組合法七条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。原判決中、本件命令の主文第一項に関する部分については、取消請求を棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきであるが、本件命令主文第二項の維持した初審命令主文第二項に関する部分(別紙(一)記載の部分)については、被上告人が同条の「使用者」に当たることを前提とした上で、同条三号の不当労働行為の成否につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、四〇七条一項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)