刑法 気になる判例 パニーカード事件 偽造有価証券行使と窃盗の関係


+判例(広島地裁H7.7.18)
主文
被告人を懲役一年二月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
押収してあるパニーカード一枚(平成七年押第四二号の1)を没収する。

理由
(罪となるべき事実)
被告人は、使用済みで無効となった日本ゲームカード株式会社発行にかかるパニーカードの、使用した旨の表示箇所等を埋め、券種を表示する箇所に一万円の券種を表示するパンチ孔を開けるなどの方法で、有効度数を一万円として偽造されたカード一枚(平成七年押第四二号の1)を入手し、右カードが偽造の有価証券であることを知りながら、これを用いてパチンコ玉を窃取しようと企て、平成七年四月二九日午前一一時ころから同日午前一一時二五分ころまでの間、広島市安佐北区〈住所省略〉所在のパチンコ遊技場「○○店」において、右偽造カードを同店に設置されたパチンコ遊技機七〇八番台及び七一三番台に取り付けてある各カード専用玉貸機のカード挿入口に挿入し、続いて同玉貸機の貸出ボタンを操作する不正な方法で、同玉貸機内から同店支配人A管理にかかるパチンコ玉約九五〇個(貸出し価格約三八〇〇円相当)を取り出し、もって偽造有価証券を行使するとともに、右パチンコ玉を窃取したものである。
(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)
被告人の判示所為中、偽造有価証券行使の点は平成七年法律第九一号附則二条一項により、同法による改正前の刑法(以下、同法という。)一六三条一項に、窃盗の点は同法二三五条にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い偽造有価証券行使罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、押収してあるパニーカード一枚(平成七年押第四二号の1)は、判示偽造有価証券行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収することとする。

(なお、右偽造有価証券行使罪と窃盗罪の罪数に関する当裁判所の判断を付加して説明するに、関係証拠によると、パニーカードによるパチンコ玉貸出の仕組みは、パチンコ遊技台脇に設置されたカードユニット部にあるカード挿入口にパニーカードを挿入するとカード挿入中ランプが点灯するとともに、遊技台側にある貸出スイッチLEDが点灯して、玉貸しが可能な状態になり、貸出スイッチの押し下げによりパチンコ玉が受け皿に排出される(本件では、右スイッチ一回の押し下げにより五〇〇円相当のパチンコ玉が排出される。)構造になっていることが認められる。そうすると、被告人は、偽造の右パニーカードを使って、パチンコ玉を窃取しようとして、同パニーカードを挿入して、続いて貸出スイッチを押し下げて判示パチンコ玉を取り出したものであり、右パニーカードの挿入行為自体がパチンコ玉取り出し行為の開始であり、その後、貸出スイッチを押し下げてパチンコ玉を取り出す一連の行為自体を窃取行為ということができる(右貸出スイッチの押し下げを窃取行為の実行の着手とみることは相当と解されない。)。そうすると偽造の右パニーカードを挿入することによって成立する偽造有価証券行使の行為と右窃取行為とは、構成要件の主要部分が重なり合うものであって、同法五四条一項前段の「一個ノ行為」ということができる。)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官片岡博)

《参考・起訴状》
公訴事実
被告人は、使用済みで無効となった日本ゲームカード株式会社発行にかかるパニーカードの、使用した旨の表示箇所等を埋め、券種を表示する箇所に一万円の券種を表示するパンチ孔を開けるなどの方法で、有効度数を一万円として偽造されたカード一枚を入手し、右カードが偽造の有価証券であることを知りながら、これを用いてパチンコ玉を窃取しようと企て、平成七年四月二九日午前一一時ころから同日午前一一時二五分ころまでの間、広島市安佐北区〈住所省略〉所在、パチンコ遊技場「○○店」において、右偽造カードを同店に設置されたパチンコ遊技機七〇八番台及び七一三番台に取り付けてある各カード専用玉貸機のカード挿入口に挿入し、もって、偽造有価証券を行使した上、同玉貸機の貸出ボタンを操作する不正な方法で、同玉貸機内から同店支配人A管理にかかるパチンコ玉約九五〇個(貸出し価格約三、八〇〇円相当)を窃取したものである。

++解説
《解  説》
一 本件は、使用済みで無効となったパチンコ玉のプリペイドカードの、使用した旨の表示箇所等を埋め、券種を表示する箇所に一万円の券種を表示するパンチ孔を開ける等の方法によって、有効度数を一万円として偽造されたカードを入手した被告人が、右偽造カードを用いてパチンコ玉を窃取しようと企て、パチンコ店において、右偽造カードをパチンコ遊技機に取り付けてあるカード専用玉貸機のカード挿入口に挿入し、続いて同玉貸機の貸出ボタンを操作する不正な方法で、同玉貸機からパチンコ玉を窃取したという事案である。

二 本件のような事案においては、①プリペイドカードの有価証券性、②右の方法による有効度数の変更は有価証券の「偽造」か「変造」か、③右偽造カードを玉貸機のカード挿入口に挿入することが「行使」にあたるか等の論点が問題とされる。
プリペイドカードであるテレホンカードについては、同様の問題点について最高裁判例(最三小決平3・4・5刑集四五巻四号一七一頁、本誌七五六号一一六頁)によって一応の決着が得られ、本裁判例においても右の諸点は問題とされていない(なお、パチンコ店で使用されるプリペイドカードである「パッキーカード」の有価証券性を認めたものとして東京高判平6・8・17判時一五四九号一三四頁がある。)。

三 本裁判例は、偽造したプリペイドカードである「パニーカード」の使用にかかる偽造有価証券行使とパチンコ玉窃盗の罪数関係について、これを観念的競合の関係にあることを判示したものである(公訴事実の記載は後記「参考」のとおり、牽連犯として構成している。)。すなわち、公訴事実のように、(玉貸機のカード挿入口に偽造カードを挿入後)玉貸機の貸出ボタンを操作する(貸出スイッチを押し下げる)行為を窃盗の実行の着手とみることは相当ではなくパチンコ玉窃取の意思で偽造カードをカード挿入口に挿入する行為自体がパチンコ玉取り出し行為(窃取行為)の開始であり、その後、貸出スイッチを押し下げてパチンコ玉を取り出す一連の行為が窃取行為ということができ、そうすると、偽造カードをカード挿入口に挿入することによって成立する偽造有価証券行使と右窃取行為とは、構成要件の主要部分が重なり合うものであって観念的競合になると判示している。窃盗の着手時期は、窃取行為すなわち占有侵害の開始時であることからすると、パチンコ玉を窃取するため、偽造カードをカード挿入口に挿入して貸出スイッチLEDが点灯し、玉貸しが可能な状態になれば、占有侵害行為(しかもその主たる部分)が開始したものとみること(さらに貸出スイッチを押す行為がなくてもすでに占有侵害行為の開始があるものとみること)は、不自然ではないであろう。本裁判例は、このような見地から偽造カードをカード挿入口に挿入し、貸出スイッチを操作してパチンコ玉の取り出しに至る一連の行為を窃取行為とみたものであろう(占有侵害開始時期につき、パチンコ玉をパチンコ機械から不正に取得する目的で、セルロイド板を使用して、はじいた種玉を当り穴に誘導するように機械内部の釘の辺に仕かけるため右セルロイド板をパチンコ機械ガラス扉下面の隙に押し当てたときに窃盗の着手があるとする東京高判昭35・1・19東高刑時報一一巻一号一頁の事例が参考となろう。)。

四 偽造有価証券行使罪と窃盗罪について牽連犯関係を認めた裁判例は公刊物上目に触れないが、本件と類似の事例として、私電磁的記録不正作出とその供用と窃盗につき牽連犯とした裁判例として、東京地判平1・2・17本誌七〇〇号二七九頁、同平1・2・22判時一三〇八号一六一頁、甲府地判平1・3・31本誌七〇七号二六五頁、判時一三一一号一六〇頁がある。私電磁的記録不正作出罪(刑法一六一条の二第一項)とその供用罪(同三項)の関係を牽連犯とすることは異論のないところであろう(大コンメンタール刑法第六巻一八四頁〔米澤執筆部分〕参照)。また、有価証券偽造罪と偽造有価証券行使罪と詐欺罪は牽連犯とするのが通説・判例(大判明43・11・15刑録一六輯一九四一頁等)である。しかし、右供用罪(または本裁判例の事例である偽造有価証券行使罪)と窃盗罪の関係については、「数罪間に罪質上通例その一方が他方の手段又は結果となる関係にある」こと(抽象的牽連性)を求める近時の判例の立場(最三小判昭57・3・16刑集三六巻三号二六〇頁、本誌四六七号一〇〇頁等)からすると、これを牽連犯とすることは議論の存するところではないかと考えられる(偽造文書行使と詐欺のような典型的な牽連犯の場合と同列に論じるにはやや困難があろう。なお、「牽連性」の詳細については、大コンメンタール刑法第三巻一七三頁〔中谷執筆部分〕以下参照)。

五 本裁判例は、このような牽連性の点にはふれることなく、窃取行為の着手時期(占有侵害行為開始時期)に着目して、偽造有価証券行使と窃取の各行為が主要部分で重なることから「行為の一個性」(右同書一三六頁〔中谷執筆部分〕参照)を認めて観念的競合の成立を認めたものと思われる。私電磁的記録不正作出とその供用と窃盗の事案について、右不正作出と供用の関係の他に、同供用と窃盗の関係についても牽連犯関係にあることを認める前記裁判例は、たとえば、「不正に作出したカードを預金管理等のオンラインシステムに接続されているATM機に挿入して同機を作動させ、もって、不正に作出された電磁的記録をC信用金庫の事務処理の用に供し、同機から、右金庫支店長管理にかかる現金〇万円を払い出してこれを窃取し」たと判示する(前記東京地判平1・2・17)にとどまり、窃取行為の具体的内容や右供用と窃盗の牽連関係は格別明示していない(牽連犯の関係を表わす場合の犯罪事実の記載は、通例、本裁判例の場合の「公訴事実」のように「カード挿入口に挿入し、もって、偽造有価証券を行使した上、同玉貸機の貸出ボタンを操作する不正な方法で……パチンコ玉を窃取した」などと表現することが多いと思われる。)。本裁判例は、窃取行為の内容を検討した上で、右両罪の関係について論及し、類似事例である前記裁判例の罪数処理とは異なった結果を導いている(なお、その法令の適用からみて、本裁判例は、観念的競合であり、かつ、牽連犯である場合とはしていないことはあきらかであろう。)。
同様な事犯が多発している昨今、実務上の罪数処理を検討する上で参考になるものと思われる。