民法択一 債権各論 契約各論 請負


・請負報酬支払請求訴訟の請求原因事実は、①請負契約を締結したこと②仕事が完成したこと、であり、目的物を引き渡したことは請求原因事実ではない!!

・請負報酬請求権発生時を契約成立時と考える判例通説の立場によると、仕事が完成したことが請求原因となるのは、報酬支払と目的物引渡しが同時履行であることから(633条本文)、その前提として仕事の完成が先履行義務となっており、契約成立の主張をすると、仕事の完成の先履行義務があることが表れるため、この義務を履行したこともせり上げて主張立証しなければならないから!!!!!!!
+(報酬の支払時期)
第633条
報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第624条第1項の規定を準用する。

・請負契約は、報酬額が具体的に定められていない場合であっても、報酬額の決定方法が定められていれば成立する!!!!
=報酬基準などの慣行や契約内容に応じて、額が定められれば成立する!

・中途で契約が解除された場合の完成部分の所有権は注文者であるAに帰属するとの特約がある場合で、下請契約に特約のない場合、志儲け人が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、特段の事情のない限り、当該出来形部分の所有権は注文者に帰属する!!!!!!
+判例(H5.10.19)
理由
上告代理人右田堯尭雄の上告理由第一点について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、昭和六〇年三月二〇日、建設業者である住吉建設株式会社との間で、上告人を注文者、住吉建設を請負人とし、代金三五〇〇万円、竣工期同年八月二五日と定めて、上告人所有の宅地上に本件建物を建築する旨の工事請負契約を締結した(以下「本件元請契約」という)。この契約には、注文者は工事中契約を解除することができ、その場合工事の出来形部分は注文者の所有とするとの条項があった。

2 住吉建設は、同年四月一五日、上告人から請け負った本件建物の建築工事を代金二九〇〇万円、竣工期同年八月二五日の約定で、建設業者である被上告人に一括して請け負わせた(以下「本件下請契約」という)。被上告人も住吉建設が上告人から請け負った工事を一括して請け負うものであることは知っていたが、住吉建設も被上告人もこの一括下請負について上告人の承諾を得ていなかった。なお、本件下請契約には、完成建物や出来形部分の所有権帰属についての明示の約定はなかった

3 被上告人は、自ら材料を提供して本件建物の建築工事を行ったが、被上告人が昭和六〇年六月下旬に工事を取りやめた時点においては、基礎工事のほか、鉄骨構造が完成していたものの、陸屋根や外壁は完成しておらず、右工事の出来高は、工事全体の二六・四パーセントであった(以下、右時点までの工事出来形部分を「本件建前」という)。

4 上告人は、住吉建設との約定に基づき、請負代金の一部として、契約締結時に一〇〇万円、昭和六〇年四月一〇日に九〇〇万円、同年五月一三日に九五〇万円の合計一九五〇万円を支払った。
他方、上棟工事は同年五月一〇日に完了し、それまでの工事分として住吉建設から被上告人に支払が予定されていた第一回の支払分五八〇万円の支払時期は同年六月一五日であったが、その前々日の同月一三日に住吉建設が京都地方裁判所に自己破産の申立てをし、同年七月四日に破産宣告を受けたため、被上告人は、下請代金の支払を全く受けられなかった

5 上告人は、同年六月一七日ころ、被上告人から聞かされて初めて本件下請契約の存在を知り、同月二一日、住吉建設に対して本件元請契約を解除する旨の意思表示をするとともに、被上告人との間で建築工事の続行について協議したが、工事代金額のことから合意は成立しなかった。そこで、上告人は、同月二九日、被上告人に工事の中止を求め、次いで、同年七月二二日、被上告人を相手に本件建前の執行官保管、建築妨害禁止等の仮処分命令を得て、その執行をした。

6 その後、上告人は、同年七月二九日、株式会社稲富との間で代金二五〇〇万円、竣工期同年一〇月一六日の約定で、本件建前を基に建物を完成させる旨の請負契約を締結し、稲富は、同月二六日までに右工事を完成させ、そのころ上告人から代金全額の支払を受けて本件建物を引き渡し、上告人は、本件建物につき所有権保存登記をした。

二 原審は、右事実に基づき、(一) 本件建前は、いまだ不動産たる建物とはなっていなかった、(二) 住吉建設と被上告人との間では出来形部分の所有権帰属の合意がなく、被上告人は本件元請契約には拘束されないから、本件建前の所有権は、材料を自ら提供して施工した被上告人に帰属する、(三) 本件建物は、本件建前を基に稲富が自ら材料を提供して建物として完成させたものであり、稲富の施工価格とその提供した材料の価格の合算額は本件建前の価格を超えると認められるから、本件建物の所有権は稲富に帰属し、稲富と上告人の合意により上告人に帰属した、(四) 被上告人は、本件建前が本件建物の構成部分となってその所有権を失ったことにより、本件建前の価格相当の損失を被り、他方、上告人は、本件建前を基に建物を完成させることを稲富に請け負わせ、その請負代金も本件建前分を除外した部分に対して支払われたから、本件建前価格に相当する利得を得た、(五) したがって、上告人は被上告人に対し、民法二四六条、二四八条により、本件建前価格に相当する七六五万六〇〇〇円(下請代金二九〇〇万円の出来高二六・四パーセントに相当する額)を支払う義務がある、と判断した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
建物建築工事請負契約において、注文者と元請負人との間に、契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合に、当該契約が中途で解除されたときは、元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、当該出来形部分の所有権は注文者に帰属すると解するのが相当である。
けだし、建物建築工事を元請負人から一括下請負の形で請け負う下請契約は、その性質上元請契約の存在及び内容を前提とし、元請負人の債務を履行することを目的とするものであるから、下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、注文者のためにする建物建築工事に関して、元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはないからである。
これを本件についてみるのに、前示の事実関係によれば、注文者である上告人と元請負人である住吉建設との間においては、契約が中途で解除された場合には出来形部分の所有権は上告人に帰属する旨の約定があるところ、住吉建設倒産後、本件元請契約は上告人によって解除されたものであり、他方、被上告人は、住吉建設から一括下請負の形で本件建物の建築工事を請け負ったものであるが、右の一括下請負には上告人の承諾がないばかりでなく、上告人は、住吉建設が倒産するまで本件下請契約の存在さえ知らなかったものであり、しかも本件において上告人は、契約解除前に本件元請代金のうち出来形部分である本件建前価格の二倍以上に相当する金員を住吉建設に支払っているというのであるから、上告人への所有権の帰属を肯定すべき事情こそあれ、これを否定する特段の事情を窺う余地のないことが明らかである。してみると、たとえ被上告人が自ら材料を提供して出来形部分である本件建前を築造したとしても、上告人は、本件元請契約における出来形部分の所有権帰属に関する約定により、右契約が解除された時点で本件建前の所有権を取得したものというべきである。

四 これと異なる判断の下に、被上告人は上告人と住吉建設との間の出来形部分の所有権帰属に関する合意に拘束されることはないとして、本件建前の所有権が契約解除後も被上告人に帰属することを前提に、その価格相当額の償金請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。
そして前記説示に徴すれば、被上告人の上告人に対する償金請求は理由のないことが明らかであるから、これを失当として棄却すべきであり、これと同趣旨の第一審判決は正当であるから、原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、右部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官可部恒雄の補足意見は、次のとおりである。
一 本件は、注文者甲と元請負人乙及び下請負人丙とがある場合に、乙が倒産したときは甲丙間の法律関係はどのようなものとして理解さるべきか、との論点が中心となる事案で、請負関係について実務上しばしば遭遇する典型的事例の一つであり、本件において下請負人丙(被上告人)の請求を排斥した第一審判決を取り消した上これを認容すべきものとした原判決の理由中に、右甲乙丙三者間の法律関係につき特段の言及をした説示が見られるので、法廷意見に補足して、私の考えるところを述べておくこととしたい。
二 原判決は、その理由の三の1において、上告人甲と乙との間の元請契約には、甲は工事途中で右契約を解除することができ、その場合乙が施工した出来形部分の所有権は甲に帰属する旨の条項が設けられ、その後、右契約は解除されたが、右特約条項は注文者甲と元請負人乙との間の約定であって、下請負人たる被上告人丙を拘束するものではなく、乙丙間の下請契約には、丙が施工した出来形部分の所有権の帰属に関する特約はなされていなかったから、右元請契約の解除により直ちに本件建前の所有権が甲に移転する理はないと解される旨を判示した。
甲乙丙三者間の法律関係は原判決説示のようなものとして理解され得るか、これが本件の問題点である。
三 本件事案の概要は、注文者甲がその所有地上に家屋を築造しようとして乙に請け負わせたところ、乙は注文者甲と関りなくこれを一括して丙に下請させ、丙が乙との間の契約に従って施工中に元請負人乙が倒産した、甲は工事請負代金中の相当部分を乙に支払済みであったが、乙から丙への下請代金は支払われていなかった、というものである。
そして、本件において被上告人丙が建築工事を取り止めた時点における出来形部分の状態は、法廷意見に記述のとおりであるが、本件において工事を施工したのは一括下請負人たる丙のみであり、材料は丙が提供し、工事施工の労賃は丙の出捐にかかるものである。したがって、この点のみに着目すれば、出来形部分は丙の所有というべきものとなろう。工事途中の出来形部分の所有権は、材料の提供者が請負人である場合は、原則として請負人に帰属する、というのが古くからの実務の取扱いであり、この態度は施工者が下請負人であるときも異なるところはない。
四 しかし、此処で特段の指摘を要するのは、工事途中の出来形部分に対する請負人(下請負人を含む)の所有権が肯定されるのは、請負人乙の注文者甲に対する請負代金債権、下請についていえば丙の元請負人乙に対する下請代金債権確保のための手段としてである(注)という基本的な構成についての理解が、従前の実務上とかく看過されがちであったことである。
注 この点をつとに指摘した裁判例として、東京高裁昭和五四年四月一九日判決・判例時報九三四号五六頁を挙げることができよう。
本件において、下請負人丙の出来形部分に対する所有権の帰属の主張が、丙の元請負人乙に対する下請代金債権確保のための、いわば技巧的手段であり、かつ、それにすぎないものであることは、丙が出来形部分の収去を土地所有者甲から求められた局面を想定すれば、容易に理解され得るであろう。
すなわち、元請負人乙に対する丙の代金債権確保のために、下請負人丙の出来形部分に対する所有権を肯定するとしても、敷地の所有者(又は地上権、賃借権等を有する者)は注文者甲であって、丙はその敷地上に出来形部分を存続させるための如何なる権原をも有せず、甲の請求があればその意のままに、自己の費用をもって出来形部分を収去して敷地を甲に明け渡すほかはない。丙が甲の所有(借)地上に有形物を築造し、甲がこれを咎めなかったのは、一に甲乙間に元請契約の存するが故であり、丙による出来形部分の築造は、注文者甲から工事を請け負った乙の元請契約上の債務の履行として、またその限りにおいて、甲によって承認され得たものにほかならない。
五 本件の法律関係に登場する当事者は、まず注文者たる甲及び元請負人乙であり、次いで乙から一括下請負をした丙であるが、この甲、乙、丙の三者は平等並立の関係にあるものではない。基本となるのは甲乙間の元請契約であり、元請契約の存在及び内容を前提として、乙丙間に下請契約が成立する。比喩的にいえば、元請契約は親亀であり、下請契約は親亀の背に乗る子亀である。丙は乙との間で契約を締結した者で、乙に対する関係での丙の権利義務は下請契約によって定まるが、その締結が甲の関与しないものである限り、丙は右契約上の権利をもって甲に直接対抗することはできず(下請契約上の乙、丙の権利義務関係は、注文者甲に対する関係においては、請負人側の内部的事情にすぎない)、丙のする下請工事の施工も、甲乙間の元請契約の存在と内容を前提とし、元請契約上の乙の債務の履行としてのみ許容され得るのである。
このように、注文者甲に対する関係において、下請負人丙はいわば元請負人乙の履行補助者的立場にあるものにすぎず、下請契約が元請契約の存在と内容を前提として初めて成立し得るものである以上、特段の事情のない限り、丙は、契約が中途解除された場合の出来形部分の所有権帰属に関する甲乙間の約定の効力をそのまま承認するほかはない。甲に対する関係において丙は独立平等の第三者ではなく、基本となる甲乙間の約定の効力は、原則として下請負人丙にも及ぶものとされなければならない。子亀は親亀の行先を知ってその背に乗ったものであるからである。ただし、甲が乙丙間の下請契約を知り、甲にとって不利益な契約内容を承認したような場合(法廷意見にいう特段の事情─甲と丙との間の格別の合意─の存する場合)は別であるが、このような例外的事情は通常は認められ難いであろう(甲丙間に格別の合意がない限り、甲が丙の存在を知っていたか否かによって結論が左右されることはない。法廷意見中に、上告人は本件下請契約の存在さえ知らなかったものである旨言及されているのは、単なる背景的事情の説明にほかならない)。
六 しかるに原判決が、前記のように、中途解除の場合の出来形部分の所有権帰属についての特約は甲乙間の約定であって、下請負人丙を拘束するものでないとしたのは、さきに見たような元請契約と下請契約との関係、下請負人丙の地位が注文者甲に対する関係においては、元請負人乙の履行補助者的地位にとどまることを忘れたものとの非難を免れないであろう。
もとより、下請負人丙のための債権確保の要請も考慮事項の一たるを失わない。しかし、この点における丙の安否は、もともと、基本的には元請負人乙の資力に依存するものであり、事柄は乙と注文者甲との間においても共通である。ただ、甲乙間においては、通常、乙の施工の程度が甲の代金支払に見合ったものとなるので(したがって、乙が材料を提供した場合でも、実質的には甲が材料費を負担しているのが実態ということができ、この点を度外視して材料の提供者が乙であるか否かを論ずるのは、むしろ空疎な議論というべきであろう)、出来形部分に対する所有権の乙への帰属の有無がその死命を制することにはならず、もともと甲のための建物としての完成を予定されている出来形部分の所有権の甲への帰属を認めた上で、甲乙間での代金の精算を図ることが社会経済上も理に適い、また、乙にとっても不利益とならないのが通常であるといえよう。
他方、下請の関係についていえば、下請負人丙の請負代金債権は、元請負人乙に対するものであって、甲とは関りがない。一般に、出来形部分に対する所有権の請負人への帰属は、請負代金債権確保のための技巧的手段であるが、最終的には敷地に対する支配権を有する注文者甲に対抗できないことは、さきに見たとおりであって、元請負人乙の資力を見誤った丙の保護を、下請契約に関りのない、しかも乙に対しては支払済みの注文者甲の負担において図るのは、理に合わないことである(注)。
注 これを先例になぞらえていえば、本来丙において乙に対して自ら負担すべき代金回収不能の危険を甲に転嫁しようとするもの、ということができよう(最高裁昭和四九年(オ)第一〇一〇号同五〇年二月二八日第二小法廷判決・民集二九巻二号一九三頁参照)。
七 もし、甲が乙に対して全く代金の支払をせず、又はそれが過少であるのに、倒産した乙からの下請負人丙が一定の出来形を築造していた場合には、現実の出捐をした丙に対する甲の不当利得の成立を考える余地があろう。しかし、問題の多い不当利得による構成よりも、出来形部分の所有権の帰属に関する甲乙間の特約の効力が丙に及ぶことを端的に肯定した上で、甲に対する乙の代金債権の丙による代位行使を認める構成こそ、遥かによく実情に合致する。
これに対し、丙の施工による出来形部分に見合う代金が既に甲から乙に支払済みであるときは、乙の履行補助者的地位にある丙の下請代金債権の担保となるものは、乙の資力のみである(丙の保護、丙のための権利確保の方策は、甲ではなく乙との関係においてこそ考慮されなければならない)。一見酷であるかに見えるこの結論は、元請と下請という契約上の二重構造(子亀は親亀の背の上でしか生きられないという仕細み)から来る、いわば不可避の帰結にほかならず、これと異なる見地に立って、下請契約に関与せずしかも乙に対しては支払済みの注文者甲に請負代金の二重払いを強いることとなる原判決の見解を、丙の本訴請求に対する結論として選択する余地はないものといわなければならない。
八 従前、請負関係の紛争に関する実務の取扱いは、請負人が材料を提供した場合の出来形部分の所有権は原則として請負人に帰属するとの見地に立ち、むしろこれを最上位の指導原理として紛争の処理に当たって来たといえるが、その結果、元請負人の倒産事例において、出来形部分に見合う代金を元請負人乙に支払済みの注文者甲と、乙から下請代金の支払を受けていない下請負人丙との利害の調整に苦しみ、あるいは出来形部分の所有者である丙の注文者甲に対する明渡請求を権利の濫用として排斥し(東京高裁昭和五八・七・二八判決・判例時報一〇八七号六七頁)、あるいは出来高に見合う代金を支払った上で甲のした保存登記の抹消を求める丙の請求を権利の濫用として排斥している(東京地裁昭和六一・五・二七判決・同一二三九号七一頁)。私は、請負人が材料を提供した場合の出来形部分の所有権は原則として請負人に帰属するとの従前の実務の取扱いとの整合性に配慮しつつ、それぞれの事案において妥当な結論を導き出そうとしたこれら裁判例に見られる努力に敬意を表するにやぶさかではないが、丙の請負代金債権確保の手段として出来形部分に対する所有権の丙への帰属を肯定しようとする解釈上の努力が、それにも拘らず当の出来形部分の存在それ自体が甲の収去敷地明渡しの請求に抗する術がないという、より一層基本的な構造の認識に欠けていた点につき改めて注意を喚起し、元請倒産事例についての実務の取扱いが、一種の袋小路を思わせるような状態から脱却して行くことを期待したいと思う。

++解説
《解  説》
本件は、下請が材料を提供して施工した工事出来形の所有権の帰属が争われた事件である。確定された事実関係はおおよそ次のとおりである。注文者Yが自分の土地に建物を建てることを建設業者Aに発注したところ、Aがこの工事を一括して建設業者Xに下請に出し、実際の工事はXが自ら材料を提供して行った。しかし、工事途中でAが倒産してしまったため、YはAとの契約を解除し、他の業者に依頼して建物を完成させた。YとAとの請負契約(元請契約)では、注文者は工事中契約を解除することができ、その場合の工事の出来形部分は注文者の所有とするとの約定があったが、AとXとの契約(下請契約)にはこのような約定はなかった。元請契約も下請契約もその代金は分割支払の約定であり、Yは元請契約に従ってAの倒産時までに代金の約五六パーセントをAに支払っていたが、AはXに下請代金を全く支払わないままに倒産した。Xは工事全体の約二六パーセント程度まで施工していたが、建物といえる段階にまでは達していなかった。ちなみに、注文者の承諾のない一括下請は建設業法で禁止されているところであるが(同法二二条)、本件の一括下請もYの承諾はなく、YはAが倒産するまでXが下請していたことも知らなかった。
右のような事実関係の下で、Xは、Yに対して、完成建物の所有権はXに帰属するとして建物明渡、所有権確認を求め、予備的に、完成建物の所有権はXにないとしても倒産時までに施工した出来形(建前)はXの所有であるとして民法二四八条、二四六条に基づく償金の支払を求めた。第一審(本誌六六〇号一四二頁)は、完成建物はもちろん、出来形(建前)の所有権もYに帰属するとしてXの請求をいずれも棄却したが、第二審(本誌六九五号二一九頁)は、完成建物の所有権は認めなかったものの、出来形の所有権はXに帰属するとして、予備的請求である償金請求を認容したため、Yから上告された。本判決は、出来形(建前)の所有権もYに帰属するとして、第二審判決を破棄し、第一審判決に対するXの控訴を棄却した。
請負契約において、完成建物の所有権が注文者と請負人のいずれに帰属するかについては、判例は、周知のように、特約があればこれに従うが、特約がない場合には、材料を誰が提供したかによって分け、注文者が材料の全部又は主要部分を提供したときは原始的に注文者に帰属するが、請負人が材料の全部又は主要部分を提供したときは、完成建物は原始的に請負人に帰属し、引渡によって注文者に所有権が移転するとの理論を採っている。この理は、下請負人がいる場合も同様であるとされている(大判大4・10・22民録二一輯一七四六頁。なお、最判昭54・1・25民集三三巻一号二六頁もこのことを前提としているものと思われる。)。学説は、かつては判例の立場を支持するのが通説(我妻・債権各論中二・六一六頁)といわれてきたが、近時は、材料を提供したのが請負人であっても原始的に注文者に帰属するとする説がむしろ有力である(広中・注釈民法(16)一〇三頁、加藤・民法教室債権編一二〇頁、来栖・契約法四六七頁など)。
それでは、判例理論を前提にすると、注文者と元請との元請契約には所有権帰属の特約があるが、元請と下請との下請契約には特約がなく、かつ、材料を下請が提供して施工した場合には、所有権は誰に帰属するのであろうか。本件では正にこの点が争われたのである。
下請負人と注文者との間で完成建物の所有権帰属が争われた事例は、判例雑誌に掲載されたものだけをみても、比較的多数ある(大阪高判昭52・7・6ジュリ六五二号六頁、大阪地判昭53・10・30本誌三七五号一〇九頁、東京地判昭57・7・9本誌四七九号一二四頁、判時一〇六三号一八九頁、東京高判昭58・7・28判時一〇八七号六七頁、仙台高決昭59・9・4本誌五四二号二二〇頁、東京高判昭59・10・30判時一一三九号四二頁、東京地判昭61・5・27判時一二三九号七一頁、東京地判昭63・4・22金判八〇七号三四頁など)。その多くは本件と同じように元請業者が倒産し、注文者は代金を支払っているが、下請には下請代金の全部又は一部が支払われていないケースである。このような場合に注文者と下請のどちらを保護すべきかという問題になるが、下級審の裁判例でみる限り、前述の判例理論を前提にしつつも、あるいは注文者、元請、下請の三者間に暗黙の合意があると認定したり、あるいは下請からの所有権の主張は権利濫用であるとしたり、あるいは下請は元請の履行補助者、履行代行者にすぎないとして下請の権利主張を制限するなど、注文者を保護しようとするのが実務の傾向であるといってよい。
本判決は、注文者の承諾がないままに一括下請されたケースにつき、このような下請負人は元請負人の履行補助者的立場にあるものであるから注文者に対して元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはないとして、元請契約の約定によって出来形の所有権帰属も決せられるとした注文者の関与できない元請や下請など工事をする側の内部事情いかんによって元請契約で定められた注文者の地位や権利が変動し、結果として注文者が代金の二重払いを余儀なくさせられるような事態になることは不合理であるとの判断に基づくものと思われる。紛争事例が多くみられる注文者と下請の関係を扱った最高裁判決であり、実務に与える影響が大きい判例といえよう。なお、本判決には可部裁判官の詳細な補足意見が付されている。

+(付合、混和又は加工に伴う償金の請求)
第248条
第242条から前条までの規定の適用によって損失を受けた者は、第703条及び第704条の規定に従い、その償金を請求することができる。

+(加工)
第246条
1項 他人の動産に工作を加えた者(以下この条において「加工者」という。)があるときは、その加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する。ただし、工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する
2項 前項に規定する場合において、加工者が材料の一部を供したときは、その価格に工作によって生じた価格を加えたものが他人の材料の価格を超えるときに限り、加工者がその加工物の所有権を取得する。

・請負人が注文者に対して報酬請求をした場合に、仕事の目的物に瑕疵があり、注文者が瑕疵の修補を請求したときは、注文者は法主の支払いを拒むことができる!!
←注文者の報酬支払義務と請負人の瑕疵修補義務とは、同時履行の関係にある(634条2項・533条)。そして、注文者が瑕疵修補請求をした場合、請負人の債務は、完全に履行されていないのであるから、信義則に反しない限り、注文者は修補が終了するまで、報酬の全部の支払いを拒むことができる!!!!

+(請負人の担保責任)
第634条
1項 仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2項 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第533条の規定を準用する

+(同時履行の抗弁)
第533条
双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

・請負人が仕事を完成しない間は、注文者はいつでも損害を賠償して契約の解除をすることができるが、仕事の内容が可分であり、既にその一部が完成し、完成部分が注文者にとって有益なものである場合には、注文者は、未完成部分に限り契約を解除することができる!!
←「仕事の完成」についての判断。
+(注文者による契約の解除)
第641条
請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。

・請負契約は有償契約であり、報酬は、目的物の引渡しを要するときはその引渡しと引き換えに支払わなければならない!
+(報酬の支払時期)
第633条
報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第624条第1項の規定を準用する。

・物の引渡しを要しないときは後払いが原則。
=仕事の完成とは同時履行の関係に立たない!
+(報酬の支払時期)
第633条
報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第624条第1項の規定を準用する。

+(報酬の支払時期)
第624条
1項 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2項 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。

・建物建築を目的とした請負契約において、建物が完成する前に不可抗力によって建物が減失し、完成が不能となった場合、その危険は請負人が負担することになるので、請負人は、注文者に対して報酬の支払いを請求することはできない!!

・建物建築請負契約の目的物である建物に重大な瑕疵があるためにこれを建て替えざるを得ない場合には、注文者は、請負人に対し、建物の建て替えに要する費用相当額を損害としてその賠償を請求することができる!

+判例(H14.9.24)
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人鎌田哲成の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 本件は、建物の建築工事を注文した被上告人が、これを請け負った上告人に対し、建築された建物には重大な瑕疵があって建て替えるほかはないとして、請負人の瑕疵担保責任等に基づき、損害賠償を請求する事案である。建て替えに要する費用相当額の損害賠償を請求することが、民法六三五条ただし書の規定の趣旨に反して許されないかどうかが争われている。

2 原審が適法に確定した事実関係の概要は次のとおりである。
被上告人から注文を受けて上告人が建築した本件建物は、その全体にわたって極めて多数の欠陥箇所がある上、主要な構造部分について本件建物の安全性及び耐久性に重大な影響を及ぼす欠陥が存するものであった。すなわち、基礎自体ぜい弱であり、基礎と土台等の接合の仕方も稚拙かつ粗雑極まりない上、不良な材料が多数使用されていることもあいまって、建物全体の強度や安全性に著しく欠け、地震や台風などの振動や衝撃を契機として倒壊しかねない危険性を有するものとなっている。このため、本件建物については、個々の継ぎはぎ的な補修によっては根本的な欠陥を除去することはできず、これを除去するためには、土台を取り除いて基礎を解体し、木構造についても全体をやり直す必要があるのであって、結局、技術的、経済的にみても、本件建物を建て替えるほかはない

3 請負契約の目的物が建物その他土地の工作物である場合に、目的物の瑕疵により契約の目的を達成することができないからといって契約の解除を認めるときは、何らかの利用価値があっても請負人は土地からその工作物を除去しなければならず、請負人にとって過酷で、かつ、社会経済的な損失も大きいことから、民法六三五条は、そのただし書において、建物その他土地の工作物を目的とする請負契約については目的物の瑕疵によって契約を解除することができないとしたしかし請負人が建築した建物に重大な瑕疵があって建て替えるほかはない場合に、当該建物を収去することは社会経済的に大きな損失をもたらすものではなく、また、そのような建物を建て替えてこれに要する費用を請負人に負担させることは、契約の履行責任に応じた損害賠償責任を負担させるものであって、請負人にとって過酷であるともいえないのであるから、建て替えに要する費用相当額の損害賠償請求をすることを認めても、同条ただし書の規定の趣旨に反するものとはいえない。したがって、建築請負の仕事の目的物である建物に重大な瑕疵があるためにこれを建て替えざるを得ない場合には、注文者は、請負人に対し、建物の建て替えに要する費用相当額を損害としてその賠償を請求することができるというべきである。
4 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

++解説
《解  説》
一 本件は、建物の建築工事を注文したXが、これを請け負ったYに対し、建築された建物には重大な瑕疵があって建て替えるほかはないとして、請負人の瑕疵担保責任等に基づき、損害賠償を請求した事案である。建て替えに要する費用相当額の損害賠償を請求することが、「建物其他土地ノ工作物」については重大な瑕疵があっても請負契約を解除することはできないと定めている民法六三五条ただし書の規定の趣旨に反して許されないかどうかが争点となった。

二 Xは、Yに対し、本件建物(三世帯居住用の木造ステンレス鋼板葺二階建て建物)の建築工事を代金四三五二万二〇〇〇円で注文した。ところが、Yが建築した本件建物は、その全体にわたって極めて多数の欠陥箇所がある上、主要な構造部分について安全性及び耐久性に重大な影響を及ぼす欠陥があり、地震や台風などの振動や衝撃を契機として倒壊しかねない危険性を有するものであった。このため、本件建物については、個々の継ぎはぎ的な補修によっては根本的な欠陥を除去することはできず、技術的、経済的にみても、建て替えるほかはないというものであった。

三 そこで、Xは、Yに対し、瑕疵担保責任等に基づき建て替え費用等の損害賠償を請求した。これに対し、Yは、瑕疵の存在を争うとともに、仮に、本件建物に欠陥が存在するとしても、すべて補修可能であり、補修が不能であるとしても、民法六三五条ただし書により、建物については瑕疵の存在を理由に契約の解除をすることはできないのであるから、建て替え費用を損害として認めることは、契約の解除以上のことを認める結果となるから許されず、損害賠償の額は、本件建物の客観的価値が減少したことによる損害とされるべきであると主張した。

四 第一、二審とも、本件建物には重大な瑕疵があって建て直す必要があると判断し、瑕疵担保責任に基づき、建て替え費用相当額の損害の賠償をYに命じた。
原審の認定した本件建物の建て替えに要する費用は、建て替え費用三四四四万円のほか、建て替えに伴う引越費用、建て替え工事中の代替住居の借賃等の合計三八三〇万二五六〇円である。そして、原審は、本件建物の居住によってXが受けた利益を六〇〇万円と認め、これと未払残代金等を控除した後の二三二八万一九二四円と弁護士費用二三〇万円の合計額の限度でXの請求を認容した。なお、原判決は、このように解することが民法六三五条ただし書の規定の趣旨に反するとはいえないとの判断を示している。

五 Yの上告受理申立ての理由のうち、民法六三五条ただし書の解釈適用の誤りをいう論旨は、建物その他土地の工作物について請負契約の解除を認めない民法六三五条ただし書の規定の趣旨に照らせば、建物の建て替えに要する費用相当額の損害賠償を認めることは許されないというものであった。
これに対し、本判決は、「建築請負の仕事の目的物である建物に重大な瑕疵があるためにこれを建て替えざるを得ない場合には、注文者は、請負人に対し、建物の建て替えに要する費用相当額を損害としてその賠償を請求することができる。」との判断を示して、上告を棄却した。

六 民法六三四条に基づく建物の瑕疵修補に代わる損害賠償請求において、建て替え費用の損害賠償請求を認めることが民法六三五条ただし書の規定の趣旨に反するかという問題について、論旨と同様に建て替え費用の損害賠償請求は許されないとする裁判例として、神戸地判昭63・5・30本誌六九一号一九三頁、判時一二九七号一〇九頁、東京地判平3・6・14本誌七七五号一七八頁、判時一四一三号七八頁がある。また、同旨の学説として、後藤勇「最近の裁判例からみた請負に関する諸問題」本誌三六五号五四頁、同「請負建築建物に瑕疵がある場合の損害賠償の範囲」本誌七二五号八頁がある。
これに対し、瑕疵修補に代わる損害賠償として建物の建て替え費用相当額の損害賠償請求を認めた裁判例として、大阪高判昭58・10・27本誌五二四号二三一頁、判時一一一二号六七頁など(大阪地判昭59・12・26本誌五四八号一八一頁、大阪地判昭62・2・18本誌六四六号一六五頁、判時一三二三号六八頁、大阪高判平1・2・17本誌七〇五号一八五頁、判時一三二三号八三頁)があり、同旨の学説もいくつか発表されている(青野博之「建築請負契約における担保責任と損害賠償」法時六一巻九号一〇四頁、池田恒男「いわゆる欠陥住宅と建築請負人の責任」本誌七九四号四一頁、内山尚三165C山口康夫・叢書民法総合判例研究 請負〔新版〕一七二頁)。

七 本判決は、まず、民法六三五条ただし書の趣旨について、「請負契約の目的物が建物その他土地の工作物である場合に、目的物の瑕疵により契約の目的を達成することができないからといって契約の解除を認めるときは、何らかの利用価値があっても請負人は土地からその工作物を除去しなければならず、請負人にとって過酷で、かつ、社会経済的な損失も大きいことから、民法六三五条は、そのただし書において、建物その他土地の工作物を目的とする請負契約については目的物の瑕疵によって契約を解除することができないとした」と判示している。しかし、その上で、本判決は、「請負人が建築した建物に重大な瑕疵があって建て替えるほかはない場合に、当該建物を収去することは社会経済的に大きな損失をもたらすものではなく、また、そのような建物を建て替えてこれに要する費用を請負人に負担させることは、契約の履行責任に応じた損害賠償責任を負担させるものであって、請負人にとって過酷であるともいえないのであるから、建て替えに要する費用相当額の損害賠償請求をすることを認めても、民法六三五条ただし書の規定の趣旨に反するものとはいえない」と判示して、建て替え費用相当額の損害賠償を認めた原審の判断を正当として是認した。(なお、民法六三五条ただし書の規定の趣旨については、本判決と同旨を述べるものとして、我妻榮・債権各論2305中二・六四〇頁、幾代通165C広中俊雄編・新版注釈民法16債権(7)一五二頁(内山尚三執筆部分)等がある。)
八 本判決は、裁判例、学説が分かれていた論点について、最高裁判所として初めての判断を示したものであるので、実務上参考となると思われる。

+(請負人の担保責任)
第635条
仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができるただし、建物その他の土地の工作物については、この限りでない。

・請負契約における仕事の目的物の瑕疵の修補に代わる損害賠償請求権は、建物の引渡しを受けたときに発生し、しかも期限の定めのない債権としてその発生の時から弁済期にある!(注文者が瑕疵の存在を認識したときに発生するわけではない!!)

+判例(S54.3.20)
理由
一 上告代理人新川晴美の上告理由について
本件造塀工事の進行と上告人主張の樹木の枯死によつて上告人が被つたとする損害との間には相当因果関係が認められないとした原審の認定判断は、原審の確定した事実関係及び本件記録中の証拠関係に徴して首肯するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

二 しかしながら、職権をもつて考えると、原判決には次の点において法令の解釈適用を誤つた違法があり、原判決は、結局、破棄を免れない。
1 原審は、被上告人が、昭和五〇年三月一二日に上告人に到達した書面により塀の築造についての原判示の追加工事分を含む請負契約を解除した結果、上告人に対し、二一七万一七四〇円の損害賠償債権(うち金二一〇万四九三〇円が本訴請求債権)を取得した事実、他方、上告人もまた、原判示建物の建築請負契約の注文主として、浄化槽及び排水設備工事の瑕疵について五五万六〇〇〇円、また、ボイラー室工事の瑕疵について一万五〇〇〇円、合計五七万一〇〇〇円の損害賠償債権を取得した事実をそれぞれ確定したうえ、上告人が昭和五一年一一月八日に被上告人訴訟代理人に到達の準備書面によつてした上告人の被上告人に対する右損害賠償債権を自働債権とし、被上告人の上告人に対する右損害賠償債権(本訴請求債権)を受働債権とする相殺の意思表示により、右相殺の日である昭和五一年一一月八日をもつて、自働債権五七万一〇〇〇円のうち二〇万九六八一円がまず受働債権二一七万一七四〇円のうち本訴請求にかかる二一〇万四九三〇円に対する昭和五〇年三月一三日(上告人に対する本件訴状の送達により原判示請負契約が解除された日の翌日)から同五一年一一月八日までの遅延損害金債権に充当され、その残額三六万一三一九円が前示二一〇万四九三〇円の元本債権に充当される結果、上告人は被上告人に対し、右元本の残額一七四万三六一一円及びこれに対する昭和五一年一一月九日以降完済にいたるまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある旨の判断を示し、上告人に対し、右金額による金員の支払を命じている。
しかしながら相殺の意思表示は双方の債務が互いに相殺をするに適するにいたつた時点に遡つて効力を生ずるものである(民法五〇六条二項)から、その計算をするにあたつては、双方の債務につき弁済期が到来し、相殺適状となつた時期を基準として双方の債権額を定め、その対当額において差引計算をすべきものである。本件についてこれをみるのに、自働債権である上告人の被上告人に対する債権は、民法六三四条二項所定の損害賠償債権であるから、上告人において注文にかかる建物の引渡を受けた時(原審の確定するところによれば、昭和四八年一二月二五日である。)に発生したもので、しかも期限の定めのない債権としてその発生の時から弁済期にあるものと解すべく、他方、受働債権である被上告人の上告人に対する損害賠償債権は本件請負契約につき解除の効力を生じた昭和五〇年三月一二日に発生したもので、この債権もまた期限の定めがないものとしてその発生と同時に弁済期が到来したものと解すべきである。そうすると、右両債権は昭和五〇年三月一二日をもつて相殺適状となつたものであるから、上告人が昭和五一年一一月八日にした相殺の意思表示により、昭和五〇年三月一二日に遡つて相殺の効力を生じたものというべきである。そして、右相殺により、被上告人主張の損害賠償債権二一〇万四九三〇円のうち五七万一〇〇〇円が消滅し、結局、上告人は、被上告人に対し、残額一五三万三九三〇円及びこれに対する昭和五〇年三月一三日以降支払ずみにいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負担するにいたつたものといわなければならない。
しかるに、原審は、上告人が相殺の意思表示をした昭和五一年一一月八日の時点における双方の債権額を計算したうえ、差引計算により被上告人の上告人に対する債権額を算出しているのであつて、右は相殺の効力に関する民法五〇六条二項の規定の解釈適用を誤つたものであつて、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決の上告人敗訴部分中一五三万三九三〇円及びこれに対する昭和五〇年三月一三日以降完済にいたるまで年六分の割合による金額を超えて認容した部分は破棄を免れない。そして、前記説示に徴し、右部分については当審において裁判をするに熟するので、原判決主文第一項を本判決主文第一項1のとおり変更すべきものである。

2 次に、原審は、第一審判決に付された仮執行の宣言に基づく強制執行により、昭和五一年四月二二日、上告人が給付した本訴請求金二一〇万四九三〇円とこれに対する昭和五〇年三月一三日から同五一年三月一二日までの年六分の割合による遅延損害金一二万六二九五円との合計額である二二三万一二二五円及びこれに対する右強制執行による給付の翌日である昭和五一年四月二三日以降支払ずみにいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める旨の民訴法一九八条二項所定の申立について、右事実関係について争いがないとしたうえ、その一部を認容して被上告人に対し五五万六八一四円及び内金三六万一三一九円に対する昭和五一年一一月九日以降支払ずみにいたるまでの年六分の割合による金員の支払を命じ、その余の請求を棄却している。
しかしながら、前記1の説示に照らすと、上告人の申立は、上告人が強制執行を受けたために給付した二二三万一二二五円のうち、当審において原判決を変更し、上告人に支払を命ずべき一五三万三九三〇円とこれに対する昭和五〇年三月一三日以降同五一年三月一二日までの遅延損害金九万二〇三五円との合計額一六二万五九六五円を控除した金額である六〇万五二六〇円は、第一審判決が変更されることにより被上告人から上告人に対し返環義務が生ずる金員であるから、上告人の申立は右金額及びこれに対する仮執行による支払の翌日である昭和五一年四月二三日から支払ずみにいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金相当額の限度で認容されるべきものである。
してみれば、これと異なる原判決には民訴法一九八条二項の解釈適用を誤つた違法があることに帰し、原判決の上告人敗訴部分中上告人の申立額と前記金額との差額を超えて上告人の請求を棄却した部分は破棄を免れない。そして、前記説示に徴し、右部分についても当審において裁判をするに熟するので、原判決主文第二項を本判決主文第一項2のとおり変更すべきものである。
三 よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

・仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、瑕疵の修補が可能であっても、修補を請求せずに直ちに修補に代わる損害賠償を請求することができる!!!!

+判例(S54.3.20)同日(笑)
理由
上告代理人能登要の上告理由について
仕事の目的物に瑕疵がある場合には、注文者は、瑕疵の修補が可能なときであつても、修補を請求することなく直ちに修補に代わる損害の賠償を請求することができるものと解すべく、これと同旨の見解を前提とする原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するにすぎないものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(高辻正己 江里口清雄 服部高顯 環昌一 横井大三)

上告代理人能登要の上告理由
原判決がその理由において、上告人(第一審原告)(以下原告という)の被上告人(第一審被告)(以下被告という)に対する出来残代金二一七万一七四〇円相当の損害賠償債権を認定していることはその理由の示すとおりであり、正当である。これに対する被告の上告理由の論旨は理由がない。
しかし、原判決は被告の原告に対する五五万六〇〇〇円の損害賠償債権の成立を認定(原判決の理由四項2)したことは以下記載のとおり、釈明不行使、審理不尽の違法があると思料する。
第一点 原判決には釈明不行使、審理不尽の違法がある。
一、すなわち、原判決はその理由(四項2)において、本件建物の浄化槽及び排水設備工事に瑕疵があり、被告が昭和五〇年九月から一〇月頃にかけて訴外三王建設興産株式会社に請負わせて右瑕疵の改修工事をさせ、その代金として金五五万六〇〇〇円を支払つている旨認定したうえ、これを瑕疵の修補に代る損害賠償として原告に請求しうると判断し、被告の相殺抗弁を認容した。
二、瑕疵修補が可能な場合には、民法第六三四条一項の規定によるべきであり、直ちに同条二項を適用することは原則としてできないと解するのが相当である。但し、この場合でも請負人の担保責任を規定した民法第六三四条二項による請求をするためには、同条一項の「相当ノ期間ヲ定メテ其ノ瑕疵ノ修補ヲ請求」しても請負人が修補義務を履行しないときに、注文者は同条二項により修補に代えて損害賠償の請求をすることができることを定めたものと解するのが相当である。
同条二項は本来修補が不能であるか、または瑕疵が重要でなくその修補に過分の費用を要する場合に適用されるもので、瑕疵修補が可能な場合には同条一項による修補を請求することが信義則の要求するところである。瑕疵修補が可能な場合に同条二項が適用されるのは前記のように請負人の修補義務不履行の場合に限定するのが相当と思料する。
民法第六三四条で一項と二項を規定したのは、瑕疵の内容により適用区別したもので、瑕疵修補可能な場合も単純に選択的規定と理解すべきではない。然らざれば、無過失責任の本規定の適用について、請負人に苛酷な結果となる。また、同条一項の立法の趣旨を没却させることにもなるからである。また、請負契約の内容からみても、先づ請負人が目的物を完成させる義務があり、完成後においても先づ瑕疵修補義務があるとするのが当事者双方の合理的な意思であり、公平の理念にも合致する。
三、しかるに、被告は本件建物の浄化槽及び排水設備工事の瑕疵について、原告に対する「相当期間を定めた修補請求」をすることなく、一方的に三王建設興産株式会社に請負わせて改修工事をさせた。
原告が被告から相当期間を定めて瑕疵修補の請求を受けたのであれば、原告の下請をした配管業者に指図して原告の計算によらずして瑕疵の改修工事をさせることができたのである。下請配管業者も原告に対して瑕疵担保責任を負担していたからである。
四、被告は原告に対し、先づ「相当期間を定めて瑕疵修補請求」すべきであるのに、この請求をしないで原告に無断で第三者に修補させたのであるから、民法第六三四条二項を適用する要件を欠いているというべく、その損害額が五五万六〇〇〇円であるとしても、原告に対する請求権は発生しない。
また、原審が損害額の成立を認定するについて、被告が原告に対する「相当期間を定めて瑕疵修補の請求」をしたか否かについて釈明権を行使するなどして、充分なる審理を尽くすべきであるのに、これを看過して前記認定をしたことは釈明不行使、審理不尽の違法があるといわねばならない。

・注文者が請負人に対し修補を請求したが、請負人がこれに応じないので、瑕疵の修補に代えて損害賠償を請求する場合における損害額の算定の基準時は、修補請求の時である。
+判例(S36.7.7)
調べておく

・請負契約の目的物に瑕疵がある場合、修補に代わる損害賠償請求権と請負代金請求権は全体として同時履行の関係に立ち、注文者は、信義則に反する場合を除き、請負人から修補に代わる損害賠償を受けるまでは、報酬全額の支払いを拒むことができる!!!

+判例(H9.2.14)
理由
上告代理人渡部邦昭の上告理由第一点について
一 本件請求は、請負人である上告人が注文者である被上告人に対して工事残代金及びこれに対する約定遅延損害金の支払を求めるものである。
原審の適法に確定したところは、次のとおりである。(1) 上告人は、昭和六一年一二月二四日、被上告人との間に、被上告人が従来有していた納屋を解体して新たに住居を建築する工事について、工事代金を一六五〇万円、その支払遅滞による違約金の割合を一日当たり未払額の一〇〇〇分の一とする請負契約を締結した。(2) 上告人は、昭和六二年一一月三〇日までに、被上告人に対し、右工事を完成させて引き渡したほか、追加工事(工事代金三四万四一四七円)も行った結果、既払分を控除した工事残代金は、合計で一一八四万四一四七円である。(3) 他方、右工事の目的物である建物には、一〇箇所の瑕疵が存在し、その修補に要する費用は、合計一三二万一三〇〇円である。

二 被上告人は、上告人の本件請求に対し、右瑕疵の修補に代わる損害賠償債権との同時履行の抗弁を主張し、上告人は、被上告人が同時履行の抗弁を主張し得るのは、公平の原則上、右損害賠償額の範囲内に限られるべきであり、被上告人が工事残代金全額について同時履行の抗弁を主張するのは、信義則に反し、権利の濫用として許されない旨主張して争っている。

三 請負契約において、仕事の目的物に瑕疵があり、注文者が請負人に対して瑕疵の修補に代わる損害の賠償を求めたが、契約当事者のいずれからも右損害賠償債権と報酬債権とを相殺する旨の意思表示が行われなかった場合又はその意思表示の効果が生じないとされた場合には、民法六三四条二項により右両債権は同時履行の関係に立ち、契約当事者の一方は、相手方から債務の履行を受けるまでは、自己の債務の履行を拒むことができ、履行遅滞による責任も負わないものと解するのが相当である。しかしながら瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等に鑑み、右瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって報酬残債権全額の支払を拒むことが信義則に反すると認められるときは、この限りではない。そして、同条一項但書は「瑕疵カ重要ナラサル場合ニ於テ其修補力過分ノ費用ヲ要スルトキ」は瑕疵の修補請求はできず損害賠償請求のみをなし得ると規定しているところ、右のように瑕疵の内容が契約の目的や仕事の目的物の性質等に照らして重要でなく、かつ、その修補に要する費用が修補によって生ずる利益と比較して過分であると認められる場合においても、必ずしも前記同時履行の抗弁が肯定されるとは限らず、他の事情をも併せ考慮して、瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって報酬残債権全額との同時履行を主張することが信義則に反するとして否定されることもあり得るものというべきである。
けだし、右のように解さなければ、注文者が同条一項に基づいて瑕疵の修補の請求を行った場合と均衡を失し、瑕疵ある目的物しか得られなかった注文者の保護に欠ける一方、瑕疵が軽微な場合においても報酬残債権全額について支払が受けられないとすると請負人に不公平な結果となるからである(なお、契約が幾つかの目的の異なる仕事を含み、瑕疵がそのうちの一部の仕事の目的物についてのみ存在する場合には、信義則上、同時履行関係は、瑕疵の存在する仕事部分に相当する報酬額についてのみ認められ、その瑕疵の内容の重要性等につき、当該仕事部分に関して、同様の検討が必要となる)。

四 これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件の請負契約は、住居の新築を契約の目的とするものであるところ、右工事の一〇箇所に及ぶ瑕疵には、(1) 二階和室の床の中央部分が盛り上がって水平になっておらず、障子やアルミサッシ戸の開閉が困難になっていること、(2) 納屋の床にはコンクリートを張ることとされていたところ、上告人は、被上告人に無断で、右床についてコンクリートよりも強度の乏しいモルタルを用いて施工し、しかも、その塗りの厚さが不足しているため亀裂が生じていること、(3) 設置予定とされていた差掛け小屋が設置されていないこと等が含まれ、その修補に要する費用は、(1)が三五万八〇〇〇円、(2)が三〇万八〇〇〇円、(3)が一八万二〇〇〇円であるというのであり、また、被上告人は、昭和六二年一一月三〇日までに建物の引渡しを受けた後、右のような瑕疵の処理について上告人と協議を重ね、上告人から翌六三年一月二五日ころ右瑕疵については工事代金を減額することによって処理したいとの申出を受けた後は、瑕疵の修補に要する費用を工事残代金の約一割とみて一〇〇〇万円を支払って解決することを提案し、右金額を代理人である弁護士に預けて上告人との交渉に当たらせたが、上告人は、被上告人の右提案を拒否する旨回答したのみで、他に工事残代金から差し引くべき額について具体的な対案を提示せず、結局、右交渉は決裂してしまったというのである。そして、記録によれば、上告人はその後間もない同年四月一五日に、本件の訴えを提起している。
そうすると、本件の請負契約の目的及び目的物の性質等に照らし、本件の瑕疵の内容は重要でないとまではいえず、また、その修補に過分の費用を要するともいえない上、上告人及び被上告人の前記のような交渉経緯及び交渉態度をも勘案すれば、被上告人が瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって工事残代金債権全額との同時履行を主張することが信義則に反するものとは言い難い
原判決は、被上告人に対し、工事残代金を損害賠償債権のうち八二万四〇〇〇円と引換えに支払うよう命ずるに当たり、その理由として、単に右損害賠償債権の合計額を工事残代金債権額と比較してこれが軽微な金額とはいえないなどとしたかのような措辞を用いている部分もあるが、その趣旨は右に説示したところと同旨と理解することができ、被上告人の同時履行の抗弁を認めた原審の判断は、これを是認することができる。論旨は、独自の見解に基づき又は原判決を正解しないでその法令違背をいうものであって、採用することができない。

同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
本件は、民法六三四条二項後段が請負契約の報酬債権と瑕疵の修補に代わる損害賠償債権との間に同法五三三条を準用していることにつき、その意義が問題とされた事例である。
一 事案の概要 Yは、昭和六一年暮れ、建築業者であるXとの間に、自宅建築につき請負契約を締結した(代金一六五〇万円、その不払の際の遅延損害金は一日当たり残代金の一〇〇〇分の一の割合)。Xは、昭和六二年一一月三〇日までに、工事を完成させてYに建物を引き渡した(この間に、Xは追加変更工事を行い、Yは代金のうち五〇〇万円を支払っている。)。ところが、Yは、工事に幾つかの欠陥があることを指摘して残代金の支払を拒んだため、Xは、昭和六三年四月、残代金一一九六万八六四七円(追加変更工事の代金も含む。)及びこれに対する建物引渡しの日の翌日以降の約定の率による遅延損害金の支払を求めて、本件訴訟を提起した。Yは、工事の瑕疵の修補に代わる損害賠償との同時履行等を主張して争ったが、Xは、右同時履行の抗弁につき、注文者が残代金の支払を拒めるのは瑕疵の修補に代わる損害額に見合う額の範囲に限られると反論していた。第一審判決(平成四年三月言渡し)は、工事の残代金一一五九万八八四七円と瑕疵の修補に代わる損害額八二万四〇〇〇円との引換給付を命じ、遅延損害金請求は棄却した。これに対し、Xが控訴したが、Yは、その直後ころに、第一審判決に付された仮執行宣言に基づくXの仮執行に応じて、支払を行っている。その後の控訴審の審理において、Xは、瑕疵の修補に代わる損害賠償債権に対する工事の残代金債権による相殺の主張を追加した(Xは本件訴訟提起前に相殺の意思表示をしており、そうでなくても、控訴審の口頭弁論期日において相殺の意思表示をするとした。)。本件の原判決は、工事の残代金として一一八四万四一四七円を、一〇箇所に及ぶ瑕疵の修補に代わる損害として一三二万一三〇〇円を認め、Xの相殺の主張を排斥し(訴訟提起前にXが相殺の意思表示をしていたとは認め難く、また、本件においてはYが第一審判決に基づく仮執行に応じた際にXにおいて相殺権を放棄していたものと認められるから控訴審における相殺の意思表示もその効果を認め難いとする。)、不利益変更禁止の原則を適用して、工事の残代金一一八四万四一四七円と瑕疵の修補に代わる損害額のうち八二万四〇〇〇円との引換給付を命じ、遅延損害金請求は棄却した。これに対し、Xが上告した。

二 Xは、上告理由において、請負契約の報酬債権と瑕疵の修補に代わる損害賠償債権との相殺が認められていることからすると、右の間の同時履行関係は、それぞれの見合う額の範囲に限られるべきであると主張した。
これに対し、本判決は、右両債権間の同時履行関係は、原則としてその全額の間に認められるとした上、本件は右の例外には当たらないとして、上告を棄却した。

三 周知のとおり、ある二つの債権が同時履行関係にある場合の効果としては、一方の債権の債務者が訴訟において他方との同時履行を主張した場合に引換給付の判決を得ることができるといういわゆる行使効果のほかに、履行期が到来してもいずれの債務も当然には履行遅滞とはならないといういわゆる存在効果が挙げられる。そして、金銭債権の支払請求に対し、債務者は、債権者の同時履行の抗弁の付着する他の債権をもって相殺に供することはできないとされているが、これについては、債務者の一方的な意思表示により債権者の同時履行の抗弁を失わせることはできないからと説明されている(大判昭13・3・1民集一七巻三一八頁ほか)。
ところで、民法六三四条二項後段は、請負契約の目的物に瑕疵があった場合に請負人の報酬債権と注文者の瑕疵の修補に代わる損害賠償債権とにつき民法五三三条の規定を準用する旨規定しており、文理上は、右両債権の間には、それぞれの金額のいかんを問わず、前記のような同時履行関係が認められることとなるはずである。ところが、判例は、右両債権は金額の大小にかかわらず相殺できるとしている(最一小判昭51・3・4民集三〇巻二号四八頁、最一小判昭53・9・21裁集民一二五号八五頁、本誌三七一号六八頁)。この判例法理を、前記の同時履行関係についての一般論と整合させようとすると、請負人の報酬債権と注文者の瑕疵の修補に代わる損害賠償債権とはそれぞれの見合う額の範囲においてのみ同時履行関係に立つという考え方も、成り立たないではない。本件の上告理由は、このような考え方に立脚するものと理解される。
この点に関する立法者の考えは、請負契約において請負人は目的物を瑕疵なく完成させる債務を負うとの理解の下に、注文者が瑕疵の修補を求める場合(民法六三四条一項)は、請負人に本来の債務の完全な履行を求めるものであって、報酬請求との間につき契約の総則規定である民法五三三条が正に適用されるが、注文者が瑕疵の修補に代わる損害の賠償を求める場合(民法六三四条二項)は、請負人の本来の債務の履行を求めるのではないから、報酬請求に対して当然には同時履行を主張し得ないはずであるところ、それでは注文者に酷な結果となるので、民法五三三条の規定を準用した上、最終的には、両債権間の相殺によって清算させて売買契約における代金減額請求(民法五六五条、五六三条参照)に類する結果を実現させようというものであった(法典調査会における民法六四一条案に関する議論等参照)。
実際にも、上告理由の立脚する見解に従うと、瑕疵の修補に要する額が報酬額を下回る場合に、注文者は、瑕疵の修補請求を選択したときには、報酬全額につき履行遅滞の責任を負わないが、請負人が修補に応じないなどの事情によりやむを得ず損害賠償請求を選択したときには、報酬と損害との差額につき当然に履行遅滞に陥ってしまうことになって、不均衡が生ずる。本判決は、右の点を指摘しつつ、民法六三四条二項後段につき、文理に忠実に解釈すべきことを判示するものである。

四 一方、本判決は、右の例外についても判示し、その一つとして、瑕疵の程度や当事者の交渉態度等を考慮し右に述べた原則をそのまま適用することが信義則に反する場合を挙げている。
同時履行の抗弁につき信義則上の制限を認める考え方は、ドイツ法において採用されているものであり、我が国でも多くの学説が支持している(学説の状況につき、新版注釈民法(13)五一二頁〔沢井裕=清水元〕等参照)。請負契約に関しては、最三小判昭38・2・12裁集民六四号四二五頁が、注文者は、工事の未完成部分が未払代金に比し極めて僅少であるときは、信義則上代金支払期日の未到来を主張することが許されないと解すべき旨を判示していた。また、明示的に信義則に言及してはいないが、大判大3・12・1民録二〇輯九九九頁が、民法五三三条の適用に関し、当事者の一方において債務の履行をしない意思が明確な場合には、相手方が債務の履行の提供をしなくても、債務不履行の責任を負うことがある旨判示しているのも、同様の考えに立脚するものと理解される。
本判決は、右の考え方に立脚しつつ、請負契約における信義則の適用について、更に具体的な目安を示している。すなわち、民法六三四条一項ただし書は、「瑕疵カ重要ナラサル場合ニ於テ其修補カ過分ノ費用ヲ要スルトキ」には注文者は瑕疵の修補に代わる損害賠償請求のみをし得ることとしているところ、文理上は、この場合にも、同条二項後段の適用があり報酬請求との間に同法五三三条が準用されると解釈すべきことを念頭において、信義則の適用につき、瑕疵の程度に関しては、右の「瑕疵カ重要ナラサル場合ニ於テ其修補カ過分ノ費用ヲ要スルトキ」との比較が一応のメルクマールとなるとし、これに当事者の交渉態度等を併せ考慮して判断すべきものとしている。その上で、本件の事実関係の下においては、瑕疵の修補に代わる損害の額は報酬残債権の額の一〇分の一程度であるが、なお信義則に反するとは見難いとしており、事例的にも興味深いものといえよう。

五 なお、本判決は、傍論ながら、同時履行の抗弁の信義則による制限につき、契約が複数の内容から成る一種の複合契約に当たる場合についても考え方を示している。このような場合に同時履行の抗弁の制限が問題となり得ることは、最三小判昭41・11・1裁集民八五号一頁(ただし、信義則については特に言及するところはない。)、最一小判昭63・12・22金法一二一七号三四頁において示唆されていたところである。本判決は、請負契約においても、右の考え方が基本的に妥当することを示すもので、やはり参考となろう。

六 本件は、冒頭に紹介したようなやや特殊な経過の下に、請負人である上告人Xの相殺の主張が認められず、その結果、報酬債権と瑕疵の修補に代わる損害賠償債権との同時履行関係が問題となったのであるが、本判決は、実務上も頻繁に見られる基本的な問題でありながら、従来あまり掘り下げた議論が行われていなかった分野につき、考え方を明確にしたものとして、その意義は小さくないものと考えられる。

+(請負人の担保責任)
第634条
1項 仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない
2項 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第533条の規定を準用する。

・土地の工作物以外の請負契約における瑕疵担保責任の存続期間は、仕事の目的物の引渡しを受けたときから(引渡しを要しない場合には仕事の終了時から)(×注文者が瑕疵を知った時から)1年以内にしなければならない!!!
+(請負人の担保責任の存続期間)
第637条
1項 前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は、仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
2項 仕事の目的物の引渡しを要しない場合には、前項の期間は、仕事が終了した時から起算する。

・建物の請負契約における請負人の担保責任の存続期間は、原則として引渡しの時より5年である。
+(請負人の担保責任の存続期間)
第638条
1項 建物その他の土地の工作物の請負人は、その工作物又は地盤の瑕疵について、引渡しの後五年間その担保の責任を負う。ただし、この期間は、石造、土造、れんが造、コンクリート造、金属造その他これらに類する構造の工作物については、十年とする。
2項 工作物が前項の瑕疵によって滅失し、又は損傷したときは、注文者は、その滅失又は損傷の時から一年以内に、第634条の規定による権利を行使しなければならない。

・建物の請負契約において、耐震性強化のため、建物としての安全性を保つため必要な太さよりもさらに太い鉄骨を使用することが約定されていた場合において、約定に反する太さの鉄骨が使用されたときは、使用された鉄骨が構造計算上、建物としての安全性に問題がないものであったとしても、当該建物には瑕疵があると認められる!!!!
+(H15.10.10)
理由
1 本件は、上告人から建物の新築工事を請け負った被上告人が、上告人に対し、請負残代金の支払を求めたのに対し、上告人が、建築された建物の南棟の主柱に係る工事に瑕疵があること等を主張し、瑕疵の修補に代わる損害賠償債権等を自働債権とし、上記請負残代金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をしたなどと主張して、被上告人の上記請負残代金の請求を争う事案である。
2 上告人の上告受理申立て理由第1点及び第2点のうち南棟の主柱に係る工事の瑕疵に関する点について
(1) 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
上告人は、平成七年一一月、建築等を業とする被上告人に対し、神戸市灘区内において、学生、特に神戸大学の学生向けのマンションを建築する工事(以下「本件工事」という。)を請け負わせた(以下、この請負契約を「本件請負契約」といい、建築された建物を「本件建物」という。)。
上告人は、建築予定の本件建物が多数の者が居住する建物であり、特に、本件請負契約締結の時期が、同年一月一七日に発生した阪神・淡路大震災により、神戸大学の学生がその下宿で倒壊した建物の下敷きになるなどして多数死亡した直後であっただけに、本件建物の安全性の確保に神経質となっており、本件請負契約を締結するに際し、被上告人に対し、重量負荷を考慮して、特に南棟の主柱については、耐震性を高めるため、当初の設計内容を変更し、その断面の寸法三〇〇mm×三〇〇mmの、より太い鉄骨を使用することを求め、被上告人は、これを承諾した。
ところが、被上告人は、上記の約定に反し、上告人の了解を得ないで、構造計算上安全であることを理由に、同二五〇mm×二五〇mmの鉄骨を南棟の主柱に使用し、施工をした。
本件工事は、平成八年三月上旬、外構工事等を残して完成し、本件建物は、同月二六日、上告人に引き渡された。
(2) 原審は、上記事実関係の下において、被上告人には、南棟の主柱に約定のものと異なり、断面の寸法二五〇mm×二五〇mmの鉄骨を使用したという契約の違反があるが、使用された鉄骨であっても、構造計算上、居住用建物としての本件建物の安全性に問題はないから、南棟の主柱に係る本件工事に瑕疵があるということはできないとした。
(3) しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係によれば、本件請負契約においては、上告人及び被上告人間で、本件建物の耐震性を高め、耐震性の面でより安全性の高い建物にするため、南棟の主柱につき断面の寸法三〇〇mm×三〇〇mmの鉄骨を使用することが、特に約定され、これが契約の重要な内容になっていたものというべきである。そうすると、この約定に違反して、同二五〇mm×二五〇mmの鉄骨を使用して施工された南棟の主柱の工事には、瑕疵があるものというべきである。これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

3 上告人の上告受理申立て理由第4点について
(1) 記録によれば、上告人は、被上告人に対し、平成一一年七月五日の第一審第三回弁論準備手続期日において、本件建物の瑕疵の修補に代わる損害賠償債権二四〇四万二九四〇円を有すると主張して(なお、上告人は、原審において、その主張額を増額している。)、この債権及び慰謝料債権を自働債権とし、被上告人請求の請負残代金債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(2) 原審は、上記相殺の結果として、上告人に対し、上告人の請負残代金債務一八九三万二九〇〇円(ただし、ローテーションキー二個との引換給付が命じられた一万七五一〇円を除いた金額である。)から瑕疵の修補に代わる損害の賠償額一一一二万七二四〇円及び慰謝料額一〇〇万円の合計一二一二万七二四〇円を控除した残額六八〇万五六六〇円及びこれに対する被上告人が上告人に送付した催告状による支払期限の翌日である平成八年七月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を命じた。
(3) しかしながら、原審の遅延損害金の起算点に係る上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
請負人の報酬債権に対し、注文者がこれと同時履行の関係にある目的物の瑕疵の修補に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺の意思表示をした場合、注文者は、請負人に対する相殺後の報酬残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うものと解すべきである(最高裁平成五年(オ)第二一八七号、同九年(オ)第七四九号同年七月一五日第三小法廷判決・民集五一巻六号二五八一頁)。
そうすると、本件において、上告人は上記相殺の意思表示をした日の翌日である平成一一年七月六日から請負残代金について履行遅滞による責任を負うものというべきである。これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
4 以上によれば、論旨は、上記の各趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、瑕疵の修補に代わる損害賠償債権額について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 福田博 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄 裁判官 滝井繁男)

++解説
《解  説》
一 本件は、被告(上告人)から建物の新築工事を請け負ってその建築をした建築業者である原告(被上告人)が、被告に対し、請負残代金の支払を求めた事案である。被告は、建築された建物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権等を自働債権とし、請負残代金債権を受働債権として対当額で相殺したなどと主張して、原告からの右請負残代金の請求を争っている。

二 注文主である被告は、神戸市内所在の阪神・淡路大震災で倒壊した建物の跡地に、学生向けのワンルームマンションである本件建物を建築することにしたものであったが、右地震の際、大学生が倒壊した下宿の建物の下敷きになるなどして多数死亡した直後であったために、建物の安全性の確保に神経質となっており、本件の建物の一部の主柱については、耐震性を高めるため、当初の設計内容よりも太い鉄骨を使用することを原告に求め、原告もこれを承諾していた。ところが、原告は、この約定に反して、被告の了解を得ないまま、その主柱に、約定よりも細い鉄骨を使用した。

三 原審は、被告主張の瑕疵のうちの一部を認めたが、被告主張の主柱の瑕疵の点については、原告には主柱に約定よりも細い鉄骨を使用したという契約違反があるが、実際に使用された鉄骨であっても、構造計算上、居住用建物としての安全性に問題はないとして、その主柱に係る工事について瑕疵があるということはできないとした。

四 本判決は、本件の請負契約において、原告と被告間で、建物の耐震性を高めるために、一部の主柱につき、当初の設計よりも太い鉄骨を使用することが特に約定されていたもので、この約定よりも細い鉄骨を使用した主柱の工事につき瑕疵があるとし、その他、請負人の請負代金債権に対し、注文者がこれと同時履行の関係にある目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺の意思表示をした場合の相殺後の請負残代金債権についての遅延損害金の始期についての判例(最三小判平9・7・15民集五一巻六号二五八一頁、本誌九五二号一八八頁)違反の点と合わせ、原審の判断には違法があるとして、原判決を破棄して原審に差し戻した。

五 請負人に瑕疵担保責任が生ずるのは、「仕事ノ目的物ニ瑕疵アルトキ」(民法六三四条一項)であるが、この目的物に瑕疵があるとは、完成された仕事が契約で定めた内容どおりでなく、使用価値又は交換価値を減少させる欠点があるか、又は当事者があらかじめ定めた性質を欠くなど不完全な点を有することであるとされており(我妻栄・債権各論中巻(二)六三一頁)、これが通説といえる。なお、請負契約の仕事の目的物の瑕疵をこのように考えると、請負人の債務不履行責任との差異は、瑕疵担保責任が無過失責任であることにあるといえよう。以上のような立場からすると、(当事者間であらかじめ了解されていた範囲内の変更といえるような、現場の状況に応じて若干の変更がされたなどといえる場合は別として、)建物の請負において設計図に反する工事が行われた場合など、注文者と請負人間であらかじめ定められた内容に反する工事が行われた場合には、瑕疵ある工事であるということになると解される。
ところで、建物建築の請負契約の内容については、一般に、設計図だけで工事内容のすべてが明らかにならない場合が多く、そのような場合には、建築基準法に定める最低基準に達しないような建築請負契約を締結したと認められるような特別の事情がない限り、同基準に適合しない建物は瑕疵ある建物に当たると解されている。このように、建築基準法に定める基準の適合の有無が瑕疵の有無の判定基準とされることがあるが、これは、請負契約当事者の合理的意思として、建築物の安全性等に関する点については、少なくとも同基準に適合する建物を建築することが契約の内容になっていたと解されるということであって、当事者が、より安全性の高い建物にするなどのために、特に工事内容について合意をしていた場合には、その合意に反した工事による建物は、たとえ建築基準法の基準を満たし、一般的な安全性を備えていたとしても、瑕疵があることになると考えられる

六 本件の主柱の工事内容は、請負契約の当事者間の合意に反するものであり、しかも、その差異は、当事者間であらかじめ了解されていた範囲内の変更といえるようなものではなく、本件のような当初の約定と異なる内容の主柱の工事については、瑕疵があるといわざるを得ないといえよう。
七 本判決は事例判断ではあるが、請負契約における「瑕疵」の内容について、最高裁も前記の通説的な見解に立つことを示したものであって、実務の参考になるものと思われる。

・瑕疵修補請求権が認められるためには単に請負契約の注文者たる資格があれば足り、現に目的物の上に所有権又は占有権その他の権利を有することを要しない!
=請負目的物を他人に譲渡した場合でも、注文者は、瑕疵修補請求権を行使することができる!

・請負契約に関する担保責任の期間は、167条の規定による消滅時効の期間内に限り、契約で伸長することができる!!
+(担保責任の存続期間の伸長)
第639条
第637条及び前条第1項の期間は、第167条の規定による消滅時効の期間内に限り、契約で伸長することができる

+(債権等の消滅時効)
第167条
1項 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2項 債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。

・請負人は、担保責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実については、その責任を免れることができない!!!!
+(担保責任を負わない旨の特約)
第640条
請負人は、第634条又は第635条の規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実については、その責任を免れることができない。

・請負契約の請負人が目的物につき瑕疵担保責任を負うのは、当該瑕疵が隠れたものであった場合に限られるわけではない!
←634条以下の条文には、570条のように「隠れた瑕疵」という文言がない!

・+(請負人の担保責任)
第635条
仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができる。ただし、建物その他の土地の工作物については、この限りでない。

+(請負人の担保責任に関する規定の不適用)
第636条
前二条の規定は、仕事の目的物の瑕疵が注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じたときは、適用しないただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない

・建物の請負契約において、仕事の目的物である建物に瑕疵があり、そのために契約した目的を達することができないときでも、注文者は、そのことを理由として契約の解除をすることはできない!!!!!
+(請負人の担保責任)
第635条
仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができる。ただし、建物その他の土地の工作物については、この限りでない

・注文者が641条に基づいて請負契約を解除するためには、前提として損害賠償の提供をすることを要しない!!

+(注文者による契約の解除)
第641条
請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。


民法択一 債権各論 契約各論 雇用


・雇用契約は、有償契約であり、報酬の支払時期は後払いが原則であるが、前払いの特約を結ぶこともできる!!←624条1項は任意規定
+(報酬の支払時期)
第624条
1項 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない
2項 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。

・使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡す事はできないが、使用者がこれに違反しても、これを理由に労働者が雇用契約を解除できるわけではない!!!
+(使用者の権利の譲渡の制限等)
第625条
1項 使用者は労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない
2項 労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。
3項 労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは、使用者は、契約の解除をすることができる。

・雇用の期間が満了した後、労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用したものと推定される(×みなされる)!!!!
+(雇用の更新の推定等)
第629条
1項 雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第627条の規定により解約の申入れをすることができる。
2項 従前の雇用について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。ただし、身元保証金については、この限りでない。


民法択一 債権各論 契約総論 賃借権 その4


・地上建物を所有する賃借権者は、自己の名義で登記した建物を有することにより、初めて賃借権を第三者に対抗し得るものと解すべく、地上建物を所有する賃借権者が、自らの意思に基づき、他人名義で建物の保存登記をしたような場合には当該賃借権者はその賃借権を第三者に対抗することはできない!!!!

+判例(S41.4.27)
理由
上告代理人篠原三郎の上告理由について。
建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。)一条は、建物の所有を目的とする土地の賃借権により賃借人がその土地の上に登記した建物を所有するときは、土地の賃貸借につき登記がなくとも、これを以つて第三者に対抗することができる旨を規定している。このように、賃借人が地上に登記した建物を所有することを以つて土地賃借権の登記に代わる対抗事由としている所以のものは、当該土地の取引をなす者は、地上建物の登記名義により、その名義者が地上に建物を所有し得る土地賃借権を有することを推知し得るが故である。
従つて、地上建物を所有する賃借権者は、自己の名義で登記した建物を有することにより、始めて右賃借権を第三者に対抗し得るものと解すべく、地上建物を所有する賃借権者が、自らの意思に基づき、他人名義で建物の保存登記をしたような場合には、当該賃借権者はその賃借権を第三者に対抗することはできないものといわなければならない。
けだし、他人名義の建物の登記によつては、自己の建物の所有権さえ第三者に対抗できないものであり、自己の建物の所有権を対抗し得る登記あることを前提として、これを以つて賃借権の登記に代えんとする建物保護法一条の法意に照し、かかる場合は、同法の保護を受けるに値しないからである。
原判決の確定した事実関係によれば、被上告人は、自らの意思により、長男Aに無断でその名義を以つて建物の保存登記をしたものであるというのであつて、たとえ右Aが被上告人と氏を同じくする未成年の長男であつて、自己と共同で右建物を利用する関係にあり、また、その登記をした動機が原判示の如きものであつたとしても、これを以つて被上告人名義の保存登記とはいい得ないこと明らかであるから、被上告人が登記ある建物を有するものとして、右建物保護法により土地賃借権を第三者に対抗することは許されないものである。
元来登記制度は、物権変動の公示方法であり、またこれにより取引上の第三者の利益を保護せんとするものである。すなわち、取引上の第三者は登記簿の記載によりその権利者を推知するのが原則であるから、本件の如くA名義の登記簿の記載によつては、到底被上告人が建物所有者であることを推知するに由ないのであつて、かかる場合まで、被上告人名義の登記と同視して建物保護法による土地賃借権の対抗力を認めることは、取引上の第三者の利益を害するものとして、是認することはできない。また、登記が対抗力をもつためには、その登記が少くとも現在の実質上の権利状態と符号するものでなければならないのであり、実質上の権利者でない他人名義の登記は、実質上の権利と符合しないものであるから、無効の登記であつて対抗力を生じない。そして本件事実関係においては、Aを名義人とする登記と真実の権利者である被上告人の登記とは、同一性を認められないのであるから、更正登記によりその瑕疵を治癒せしめることも許されないのである。叙上の理由によれば、本件において、被上告人は、A名義の建物の保存登記を以つて、建物保護法により自己の賃借権を上告人に対抗することはできないものといわねばならない。
なお原判決引用の判例(昭和一五年七月一一日大審院判決)は、相続人が地上建物について相続登記をしなくても、建物保護法一条の立法の精神から対抗力を与えられる旨判示しているのであるが、被相続人名義の登記が初めから無効の登記でなかつた事案であり、しかも家督相続人の相続登記未了の場合であつて、本件の如き初めから無効な登記の場合と事情を異にし、これを類推適用することは許されない。
然らば、本件上告は理由があり、原判決には建物保護法一条の解釈を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を、第一審判決は取消しを免れない。
原判決の確定した事実によれば、本件土地が上告人の所有であり、被上告人がその地上に本件建物を所有し、本件土地を占有しているというのであり、被上告人の主張する本件土地の賃借権は上告人に対抗することができないことは前説示のとおりであるから、被上告人は上告人に対し、本件土地を地上の本件建物を収去して明け渡すべき義務あるものといわねばならない。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同山田作之助、同長部謹吾、同柏原語六、同田中二郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官入江俊郎の反対意見は、次のとおりである。
私は、原判決の確定した事実関係の下においては、被上告人の長男西村A名義で保存登記のなされている本件家屋は、被上告人が本件土地につき有する賃借権に対する建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。)一条の適用については、同条一項に言う「登記シタル建物」に該当するものと解することができるのであり、被上告人は右登記をもつて前記土地賃借権を上告人に対抗し得るものであつて、結局、原判決は結論において正当であり、本件上告は、理由なきものとして、これを棄却すべきものと考える。
その理由は、左記のとおりである。
一 建物保護法は、建物を建築し、これを生活の拠点とする地上権者または土地賃借権者およびその家族に対し、その建物において、それらの者の営む社会生活を確保し、それらの者の居住権を保護することを目的とする一種の社会立法的性質を有するものであるところ、同法が、当該土地の上に存する建物の登記をもつて地上権または土地賃借権の対抗要件としているのは、それらの権利自体の登記による公示に準ずるものとして、それらの権利の存在を右建物の登記という外形的表象によつて認識せしめることにより、取引関係における第三者に不測の損害を及ぼすことのないようにしようとする趣旨に外ならない。従つて、同法の規定を解釈するに当つては、同法が社会立法的性質を有するものであることを考慮しつつ、一方建物を生活の拠点とする者の居住権の保護に必要な建物敷地の地上権または土地賃借権確保の要請と、他方公示制度による右敷地の取引関係に立つ第三者の利益保護の要請とを比較考量してその均衡の度合いを勘案し、事案の実体に即して具体的衡平が実現できるよう配慮しなければならないと思うのである。
ところで、地上建物を所有する地上権者または土地賃借権者が、自己名義で登記をした建物を自ら所有する場合に建物保護法一条の適用あることは論のないところであるが、さればといつて、多数意見のように、同法条の適用のあるのは常に必ず右のような場合でなければならず、自己の意思に基づき他人名義で建物の登記をした場合には常にその適用なしと断じ去ることは、未だ同法の前記法意に副うものとは考えられない。
すなわち、多数意見は原則論としてはこれを是認し得ないわけではないが、同法がその保護を眼目とする居住権は、公示制度による取引関係における第三者保護と両立し得る限りにおいて、できるだけこれを尊重することが望ましく、その限度において前記原則には若干の例外を認める余地があり、そのような考え方に立つてこそはじめて、建物保護法の法意に副う解釈が可能となると考える。
二 原判決の確定した事実関係によれば、次のことが認められる。すなわち、被上告人は、本件家屋の保存登記の当時、胃を害して手術をすることになつており、或いは長く生きられないかもしれないと思つていたので、右家屋を長男Aの名前にしておけば後々面倒がないと考え、同人には無断で、その所有名義に登記したものであり、そして、その頃被上告人と長男A(当時一五・六才)とは家族として共同生活をしていた。被上告人は本件建物を終始所有し、一度もAに所有権を移転していないのであるが、被上告人は自己所有の本件家屋を、前記のような事情の下に、ただ登記名義だけをA所有とすることとしたのであり、その登記申請手続は被上告人の意思に出でたものである。なお、上告人は、本件土地を昭和三一年一一月二四日交換により取得し、同月二七日その旨の登記を経由したが、被上告人は昭和二一年以来本件土地上に本件家屋を建築所有しており、昭和三一年一一月一四日被上告人と氏を同じくする未成年の長男A名義で保存登記を経由したのである。
そこで、本件A名義の保存登記の効力につき考えてみるに、右登記は、本件土地の賃借人であり且つ本件建物の所有者である被上告人が、自己のため同建物の保存登記をする趣旨の下に、その意思に基づいて登記申請手続を進め、ただ後々面倒がないよう長男A名義として登記したというのである。しからば、右登記申請手続の書類をもつて、上告人の言うようにこれを虚偽または偽造の文書とは言えないことは、原判決判示のとおりであり、また、右登記は、実質的には、A名義を借りた被上告人本人の登記にほかならないのであつて、多数意見の言うとおり、本件登記が不動産登記法上は形式上不備な点があり、自己の建物の所有権はこれを第三者に対抗し得ないものであり、また、同法による被上告人名義への更正登記が認められないものであるとしても、その一事をもつて、多数意見の言うように、実質上の権利と符合しないものであるから無効であると断ずることは妥当ではなく、建物保護法の法意に照らし、これに同法一条の対抗力を認めることが相当と認められ、これと趣旨を同じくする原判示は結局正当である。
次に、Aは、被上告人と氏を同じくし、上告人が本件土地の所有権を交換によつて取得しその登記を経由した当時、被上告人の家族として被上告人と共に本件建物においてその敷地を利用し、社会生活を営んでいたというのであるから、上告人は、本件土地の所有権を取得するに当り、登記名義人Aかまたはその家族がその建物の敷地に借地権を有することは、本件A名義の登記によつて、たやすく推知し得た筈である。しからば、被上告人の本件土地の賃借権は、右登記あることにより、被上告人が自己名義の登記ある家屋を所有する場合と同様に公示されており、第三者の利益保護の観点からみて、被上告人名義の建物登記ある場合に比し、必ずしも劣るものとは考えられない。
本件における事実関係が以上のごときものであるとすれば、多数意見が、登記制度は物権変動の公示方法であり、取引上の第三者は登記簿の記載によりその権利者を推知するのが原則であるから、本件のごとくA名義の登記簿の記載によつては、到底被上告人が建物所有者であることを推知するに由ないから、かかる登記に建物保護法による対抗力を認めることは取引上の第三者の利益を害するものであるというのは、本件登記のなされた具体的事実関係の理解において欠くるところがあるばかりでなく、建物保護法の法意を正しく理解した上の判断とは言えないのである。この点に関する原判決の結論は結局正当であり、上告理由第一点は理由がない。
三 次に、上告理由第二点前段引用の原判決の判示は、決して所論のように、何人の名義に登記されていてもよいという趣旨ではなく、本件の具体的事実に即して特殊例外的に対抗力を認めようとするものであることは判文上明瞭であり、所論は原判決を正解せざるものであつて採るを得ない。
更に、同後段は、大審院の判例を引用した原判決を非難する。しかし大審院は、古く民法一七七条の解釈として、相続人も相続登記をしなければ所有権の取得を第三者に対抗できない旨の判例を示しており(明治四一年一二月一五日大審院連合部判決、民録一四輯一三〇一頁)、右判例は、学説上には反対説もあるが、大審院によつて長く支持されて来たものであるところ、一方大審院は、建物保護法一条の対抗力に関する限り、相続人は地上建物について相続登記をしなくとも対抗できる旨の判例を示し(昭和一四年(オ)第七八九号、同一五年七月一一日、民一判決)、このように解することが建物保護法の法意に副う所以であるとしているのである。原判決は、この後の判例を引用していること論旨のいうとおりであるが、右大審院の判例は、本件の場合と具体的事案を異にする点はあるにしても、本件建物の登記に建物保護法一条の対抗力を認めた基本的な考え方において、原判決と共通のものを含むこと明らかであるから、これを引用した原判決は正当と認められる。
なお、所論は、原判決が所論引用の昭和一一年一一月一七日判決の大審院判例に違反するというが、同判例は、原判決も判示するように、原則を示したものであつて、絶対に例外を認めない趣旨のものとは考えられず、この点に関する所論も理由がない。
四 なお、上述一ないし三の私の見解は、昭和四〇年三月一七日当裁判所大法廷判決(昭和三六年(オ)第一一〇四号)の多数意見の趣旨とは、何ら矛盾または抵触するものではないことを附言する。
裁判官横田喜三郎、同柏原語六は、裁判官入江俊郎の右反対意見に同調する。

+反対意見
裁判官山田作之助は、入江俊郎裁判官の反対意見と趣旨において同意見であり、これに同調するけれども、なお、次のとおり補足する。
一、建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。)は、借地権者がその借地権に基づき地上に有する建物につき適法なる登記がなされている場合には、その敷地が第三者に譲渡されても、新地主に対しその借地権を以つて対抗し得るものとしているのである。
二、翻つて、本件を見るに、原判決は、本件土地の上に被上告人が所有する本件建物について保存登記をなした際、被上告人が胃の手術を受け、或いは長くは生きられないかもしれないと思つて、当時十五、六才で被上告人の家族の一員として同居していた長男Aの名義で保存登記をしたものであると認定しているのである。従つて、A名義の登記をしたのは、Aに近く所有権を譲渡しようとして登記しておいたものか、或いは将来相続によりAが所有権を取得する場合を慮つて予め登記したものであるか、その何れであるかは問わず、右A名義でなされた登記を目して真実に合致せざる無効な登記とすることは出来ない。
かりに、本件建物もAの所有に属するとすれば、本件A名義の保存登記は実体関係に符合して有効であることは何人もこれを争わないところであろうが、このような場合にも、その後に本件土地の所有権を取得した上告人に対する関係では多数意見の論者は、借地権者と建物所有者とが異るというだけの理由で、右借地権に建物保護法による対抗力が与えられないとするものであろうか。恐らくは、然らずと答えられるのではないかと思う。
昭和四〇年六月一八日当裁判所第二小法廷が言い渡した判決(民集一九巻四号九七六頁)によれば、宅地の賃借人が借地上に同居の家族をして建物を建築させた場合、そのことが敷地の転貸に該当するとしても、賃貸人の承諾がないことを理由とする地主の解除権を否定しているのである。
その論拠とするところは、このような借地人の行為は、賃貸人に対する信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があるからというのである。この見解の根底には、借地権を含む居住権は賃借人のみならずこれと共同生活を営む家族全員のためにもあるという社会通念が存在するからに外ならない。されば、このような場合に、前記設例のように、地主が交替したからといつて、俄かに建物保護法による保護が排除されると解することもできないというべきである。
そこで、前記設例の場合と本件の場合とを比較すると、本件建物の所有権が被上告人自身にあつたか、またはその同居の長男にあつたか、というただ一点の差があるにすぎない。このような所有権の帰属については、吾人の一般社会生活の実体に即して考えれば、当事者においてすら明瞭に意識されていないことも決して稀とはいえないであろう。このような僅少な差によつて、両者の場合に法律上全く取扱いを異にするような見解が果して世人を納得せしめるに足りるであろうか。
これによつてこれをみれば、本件被上告人が自己の相続人である未成年者A名義にて本件建物についてした建物保存登記は、何人に対する関係においてもこの建物についての保存登記として適法有効の登記として取扱わるべきであり、建物保護法にいわゆる建物についての登記ある場合に該当するものと解せざるを得ない。
三、以上要するに、多数意見は、本件登記を以つて、父たる被上告人がその所有建物につき長男A名義でしたる真実に合しない無効違法の登記なりとして、その結果右登記には何らの効果もなく、いわば登記なきに等しとするものであつて、吾人の通常の社会生活関係に於ける法律事象についてあまりにも概念的に解釈するもので、到底賛同することが出来ない。

+反対意見
裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。私は、多数意見とは反対に、本件上告は棄却すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
一 建物保護法は、建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者および賃借権者を含む。)が土地の上にその者の名義で登記した建物を有するときは、当該借地権(地上権および賃借権を含む。)の登記がなくても、その借地権を第三者に対抗することができるものとすることによつて、当該借地権ないし借地権者を保護しようとするものである。すなわち、当該借地権が地上権の場合でも、手続の煩瑣なために未登記のものが多く、殊にそれが賃借権の場合には、賃貸人はその登記に協力すべき義務を負うものでなく、賃借人は賃貸人に対し登記に協力すべきことを訴求し得べきものでないために、登記のないのが通例で、従つて、当該借地権をもつて当該土地の第三取得者に対抗することができない場合の多いのに対処して、同法は、借地権自体について登記がなくても、当該土地の上に登記した建物を有することによつて、その借地権の対抗力を認め、もつて、借地権者を保護し、ひいて、建物の所有者およびこれと一体的に家族的共同生活を営んでいる家族の居住権を保護することを目的とするものである。建物保護法は、この意味において、借地権を保護し、もつて借地上の建物の居住権を保護することを企図した一種の社会政策的立法であるから、同法を解釈適用するに当つては、このような立法の趣旨目的を尊重し、必ずしもその字句に捉われることなく、その目的にそつた解釈をなすべきである。
もつとも、建物保護法は、無制限かつ無条件に借地権および居住権を保護しようというのではなく、借地権者が自らその土地の上に登記した建物を有することを第三者に対抗するための要件としている。これは、同法が、一方において、居住権を含む借地権の保護を企図しつつ、他方において、建物の登記という外形的表象の存在を要件とすることによつて、土地の取引の安全を保護し、土地の第三取得者に不測の損害を生ぜしめないことを期し、この二つの対立する利益の調整を図ることを趣旨としているからである。そこで、居住権を含む借地権の保護の要請と土地の取引の安全、土地の第三取得者の保護の要請とを如何に調製すべきかが問題解決の鍵になるものといわなければならない。このような見地に立つて考えると、建物保護法の明文は、一応、原則として、借地権者がその土地の上に自己名義で登記した建物を有することを第三者に対抗するまめの要件としているが、同法の立法の趣旨目的に照らして考えれば、同法にいう建物の登記は、土地の第三取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れのないかぎり、形式上、常に借地権者自身の名義のものでなければならないということを、文字どおりにしかく厳格に解さなければならない理由はない。
一般的にいえば、一面において、居住権を含む借地権の保護の要請に応じ、これを保護するだけの合理的根拠があり、しかも、他面において、土地の取引の安全を害することなく、新たに土地所有権を取得しようとする者が用意に当該土地の上に登記した建物が存在することを推知することができ、従つて、土地の新たな取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れがないような場合には、借地権者に同法の保護を与えることが同法の立法趣旨にそのゆえんである。このような見地から、私は、その建物の登記の瑕疵が更正登記の許される程度のものであればもちろん(昭和四〇月三月一七日最高裁大法廷判決民集一九巻二号四五三頁参照)、更正登記の許されない場合であつても、例えば建物の登記が借地権者自身の名義でなく、現実にそこで共同生活を営んでいる家族の名義になつているようなときは、登記した建物がある場合に該当するものとして、その対抗力を認めるべきであると考える。
このような考え方をするときは、土地を新たに取得しようとする者は、土地の上に建物があるかどうかを実地検分し、さらに建物に登記があるかどうかを調査するだけでなく、土地の上の建物の登記名義人と借地権者との身分関係についても調査する労を免れず、そのかぎりにおいて、土地の取引にいくらかの障害を生ずることにはなるが、それが不当な障害とまではいえず、借地権保護の立法趣旨を達成させるために、この程度の負担を課しても、決して酷とはいいがたく、従つて、土地の新たな取得者に不測の損害を生ぜしめるものとはいえないと思う。
二 ところで、本件についてみると、原判決の確定した事実によれば、被上告人は、昭和二一年以来、本件土地の上に本件家屋を建築所有しており、昭和三一年一一月一四日、被上告人と同居し、氏を同じくする未成年者長男A(当時一五、六才)名義で保存登記を経由しているというのである。(長男A名義で保存登記をしたのは、その当時、被上告人は、胃を害して手術をすることになつており、或いは長くは生きられないかもしれないと思つていたので、右家屋を長男Aの名義にしておけば後々面倒がないと考え、同人には無断で、その所有名義に登記したというのである。)そして、原判決は、A名義の保存登記は、実質的には、被上告人名義の登記があるのと同じであるとみるべきで、A名義の保存登記は、実体関係と符合するものであり、被上告人は、当該借地権をもつて上告人に対抗できる旨判示しているのである。
(1) 上告理由第一点は、要するに、本件建物のA名義の所有権保存登記を被上告人名義の登記と同じであるとみ、A名義の登記は実体上の権利関係と実質的に符合するとした原判決を非難し、右の登記は虚偽の登記又は偽造文書による登記であるから無効であると主張する。
しかし、叙上の具体的事情のもとに、被上告人が自らの意思に基づき長男A名義の登記をしたのを虚偽の登記又は偽造文書による登記とまでいう論旨は、現実にそわない主張であり、A名義の登記は被上告人名義の登記と同じであるとする原判決の判断は、いささか詭弁の感を免れないにしても、結論において、われわれの常識に合する妥当な判断というべきである。けだし、本件登記の当時、もはや、長くは生きられないかもしれないと思つていた被上告人が後々の面倒を避けるために、便宜、長男A名義を用いたというのであつて、それは、家屋の所有権自体も長男Aに贈与する意思であつたかもしれず(A名義の登記をすれば、税法上は財産の贈与があつたものとして贈与税の課税を免れない。それは贈与があつたものと推定されるからである。)、また、いずれは長男Aに贈与する趣旨のもとに、さしあたり登記名義だけをA名義にしておく趣旨であつたかもしれないが、そのいずれにしろ、その意図するところは、当該家屋について登記をしておかなければ、土地の第三取得者に対抗できなくなることを慮り、被上告人を含む家族の共同生活の場を確保しようというにある。その際、被上告人は、自己とその家族の一員として共同生活をしている長男Aとは、ともに一つのいわゆる家団を構成するメンバーであつて、自己の名義にするのも、長男A名義にするのも、ただ便宜の措置と考えてA名義の登記をしたものにほかならず、このような措置は、われわれの日常生活においては、往々見る現象であつて、直ちに登記名義と実体関係とがそごするとまではいえず、このような登記を虚偽の登記とか偽造文書による登記として無効であるという論旨は、われわれの常識に反し、必ずしも世人を納得させるものではない。原判決の認定判断は、その表現において、いささか妥当を欠くきらいはあつても、結局において、正当として支持すべきものと考える。
(2) 上告理由第二点は、要するに、本件家屋について、借地権者でない長男A名義の登記をもつて被上告人が建物保護法一条による保護を受け得べきいわれはないというにある。
建物保護法によつて借地権を対抗し得るためには、原則として、その土地の上に借地権者の名義で登記した建物を有することを要することは所論のとおりであるが、右の要件は、建物保護法の立法趣旨からいつて、文字どおりに厳格に解すべきではなく、特殊例外的に、第三取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れのないかぎり、形式上登記名義人が異なつていても、土地上に登記した建物がある場合に該当するものとして、同法の保護を与えるべき場合がある。原判決の引用する大審院判決(昭和一四年(オ)七八九号昭和一五年七月一一日判決、新聞四六〇四号)が、相続人は、地上建物について相続登記を経なくても、被相続人名義人の登記のままで、その敷地について借地権を第三取得者に対抗することができる旨を判示しているのは、その一例である。この事件は、本件とは多少事案を異にするといえるけれども、形式的には、建物所有者と登記名義人とが異なつているにかかわらず、その対抗力を認めた点において、本件原判決と共通のものがある。すなわち、建物保護法一条の対抗力に関するかぎり、一般の場合と異なり、必ずしも形式的な登記名義の厳格な一致を要求することなく、同法の立法趣旨にそう具体的に妥当な結論を導き出そうとしたものにほかならない。
ところで、本件家屋の登記は、長男A名義になつており、形式的にみるかぎり、借地権者たる被上告人名義にはなつていないから、建物保護法一条の要件を完全にそなえているとはいえない。しかし、被上告人と長男Aとは、本件家屋において、一体的に家族的共同生活を営んでいる、いわゆる家団の構成メンバーにほかならず、建物保護法の趣旨は、このような一体的な家団構成メンバーの居住権を含む借地権を保護するにあるとみるべきであるから、建物保護法一条の定める対抗要件に関するかぎり、形式上は家団の構成メンバーの一員である長男A名義の登記になつていても、被上告人名義の登記があるのと同様に、その対抗力を認めるのが、立法の趣旨に合する解釈というべきである。これを他の一面である土地の取引の保護とか第三取得者の保護という観点からいつても、本件土地の上に被上告人によつて代表される家団の構成メンバーの一員である長男A名義で登記した建物の存在することは、格別の労を用いることなく、容易に推知することができるのであるから、これに対抗力を認めたからといつて、土地の取引の安全を乱すことはなく、当該土地の第三取得者に不測の損害を生ぜしめるものとはいえない。
私は、同じ氏を称する家団の構成メンバーであれば、その登記名義が、仮りに父名義であれ、妻名義であれ、子供の名義であれ、建物保護法一条にいう有効な登記として、その対抗力を認めるを妨げないと考えるのであるが、少なくとも、本件の具体的事情のもとに、長男A名義の登記の対抗力を肯定した原判決の判断は、正当として維持されるべきであり、本件上告は理由がなく、棄却すべきものと考える。
裁判官長部謹吾は、裁判官入江俊郎および裁判官田中二郎の各反対意見に同調する。

・AがBに土地を賃貸し、Bが同土地上に建物を建築して所有する場合において、AがCに同土地を譲渡した場合、Bが土地の賃借権の登記と土地の所有権の登記のいずれもしていなかった(=605条又は借地借家法10条1項による対抗力がない)が、Cは、Bの賃借人としての土地の利用を知っており、借地権の存在を前提とする低廉な価格で土地を買い、所有権移転登記を経た。この場合、CのBに対する建物収去土地明渡請求は権利の濫用として認められない!!!
+判例(S49.9.3)
理由
上告代理人吉川大二郎、同渡辺彌三次の上告理由一ないし四について。
原審が確定した事実によれば、上告人は、被上告人が本件(イ)の土地の所有権を取得した日以降、被上告人に対抗しうる権原を有することなく、右土地の仮換地および換地上に本件建物を所有して、同土地を占有している、というのである。そして、被上告人が上告人の従前同土地について有していた賃借権が対抗力を有しないことを理由として上告人に対し建物収去・土地明渡を請求することが権利の濫用として許されない結果として、上告人が建物収去・土地明渡を拒絶することができる立場にあるとしても、特段の事情のないかぎり、上告人が右の立場にあるということから直ちに、その土地占有が権原に基づく適法な占有となるものでないことはもちろん、その土地占有の違法性が阻却されるものでもないのである。したがつて、上告人が被上告人に対抗しうる権原を有することなく、右土地を占有していることが被上告人に対する関係において不法行為の要件としての違法性をおびると考えることは、被上告人の本件建物収去・土地明渡請求が権利の濫用として許されないとしたこととなんら矛盾するものではないといわなければならない。されば、上告人が前記土地を占有することにより被上告人の使用を妨害し、被上告人に損害を蒙らせたことを理由に、上告人に対し、損害賠償を命じた原判決は正当である。叙上と異なる見地に立つて原判決を攻撃する所論は採用できない。
よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・AがBに土地を賃貸し、Bが同土地上に建物を建築して所有する場合において、AがCに同土地を譲渡した場合、Bが土地の賃借権の登記と土地の所有権の登記のいずれもしていなかったが、建物の登記記録に表題部所有者として登記されていた。この場合、CのBに対する建物収去土地明け渡し請求は認められない!!!!
+判例(S50.2.13)
理由
上告代理人海地清幸、同小倉正昭の上告理由第一点について。
建物保護ニ関スル法律一条が、建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者及び賃借人を含む。)がその土地の上に登記した建物を所有するときは、当該借地権(地上権及び賃借権を含む。)につき登記がなくても、その借地権を第三者に対抗することができる旨を定め、借地権者を保護しているのは、当該土地の取引をなす者は、地上建物の登記名義により、その名義者が地上に建物を所有する権原として借地権を有することを推知しうるからであり、この点において、借地権者の土地利用の保護の要請と、第三者の取引安全の保護の要請との調和をはかろうとしているものである。この法意に照らせば、借地権のある土地の上の建物についてなさるべき登記は権利の登記にかぎられることなく、借地権者が自己を所有者と記載した表示の登記のある建物を所有する場合もまた同条にいう「登記シタル建物ヲ有スルトキ」にあたり、当該借地権は対抗力を有するものと解するのが相当である。そして、借地権者が建物の所有権を相続したのちに右建物について被相続人を所有者と記載してなされた表示の登記は有効というべきであり、右の理はこの場合についても同様であると解せられる。所論引用の各最高裁判例は、事案を異にし、本件に適切とはいえない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二点の一について。
本件記録によれば、原審第二回口頭弁論期日において陳述された被上告人の昭和四七年五月二九日付準備書面には、原審が所論権利濫用の判断をするにあたり、その基礎事実として認定した事情と同旨の事実の記載のあることが明らかである。それゆえ、原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を非難することに帰し、採用することができない。
同第二点の二について。
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の本件請求が権利の濫用にあたるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

土地の賃借人は、賃貸人である土地所有者が土地を不法に占有する第三者に対して、所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使することができる!!!!

本権とは、占有を正当ならしめる権利をいい、賃貸借などの債権にも適用し得る概念である。

・対抗力のある不動産賃借権については、本権の訴えとして、賃借権に基づく妨害排除請求権を認めている!!

・期間の定めのない賃貸借は、いつでも解約の申し入れをすることができるが、直ちに終了するわけではない。解約申し入れの日から各号に定められた期間を経過することで終了する。
+(期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ)
第617条
1項 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する
一  土地の賃貸借 一年
二  建物の賃貸借 三箇月
三  動産及び貸席の賃貸借 一日
2項 収穫の季節がある土地の賃貸借については、その季節の後次の耕作に着手する前に、解約の申入れをしなければならない

・建物所有を目的とする土地の賃貸借契約の更新拒絶につき借地借家法6条所定の正当の事由があるかどうかを判断するに当たり、借地上に建物が存在しこれに建物賃借人がいる場合には、特段の事情がない場合には、建物賃借人の事情を斟酌することは許されない!!!!
+判例(S58.1.20)
理由
上告代理人廣兼文夫、同福永綽夫の上告理由第二点について
建物所有を目的とする借地契約の更新拒絶につき借地法四条一項所定の正当の事由があるかどうかを判断するにあたつては、土地所有者側の事情と借地人側の事情を比較考量してこれを決すべきものであるが(最高裁昭和三四年(オ)第五〇二号同三七年六月六日大法廷判決・民集一六巻七号一二六五頁)右判断に際し、借地人側の事情として借地上にある建物賃借人の事情をも斟酌することの許されることがあるのは、借地契約が当初から建物賃借人の存在を容認したものであるとか又は実質上建物賃借人を借地人と同一視することができるなどの特段の事情の存する場合であり、そのような事情の存しない場合には、借地人側の事情として建物賃借人の事情を斟酌することは許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和五二年(オ)第三三六号同五六年六月一六日第三小法廷判決・裁判集民事一三三号四七頁参照)。しかるに、原審は、上告人らがした本件借地契約の更新拒絶につき正当の事由があるかどうかを判断するにあたり、本件土地の共有者の一人である上告人Aと借地人である被上告人Bの土地建物の所有関係及び営業の種類、内容のほか、右被上告人Bから本件土地上の建物を賃借している被上告人C、同Dの営業の種類、内容などを確定したうえ、上告人側の本件土地の必要性は肯定できるとしながら、他方、借地人側の事情として、なんら前記特段の事情の存在に触れることなく、漫然と本件土地上の建物賃借人の事情をも考慮すべきものとし、これを含めて借地人側の事情にも軽視することができないものがあり、前記更新拒絶につき正当の事由が備わつたものとは認められないと判断しているのであつて、右判断には、前述したところに照らし、借地法四条一項の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるといわなければならず、右違法が原判決中第一次請求を棄却した部分に影響を及ぼし、更には第二次請求の当否につき判断した部分にも影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は、その余の論旨につき判断を加えるまでもなく、破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

・建物所有を目的とする土地の賃貸借契約において、土地所有者が更新拒絶の異議を述べた場合、正当の事由の補完事由としての立退き料等金員の提供又はその増額の申出は、事実審の口頭弁論終結時までにされたものについては原則としてこれを考慮することができる!!!
+判例(H6.10.25)
理由
一 上告代理人竹田章治の上告理由第二点について
土地所有者が借地法六条二項所定の異議を述べた場合これに同法四条一項にいう正当の事由が有るか否かは、右異議が遅滞なく述べられたことは当然の前提として、その異議が申し出られた時を基準として判断すべきであるが、右正当の事由を補完する立退料等金員の提供ないしその増額の申出は、土地所有者が意図的にその申出の時期を遅らせるなど信義に反するような事情がない限り、事実審の口頭弁論終結時までにされたものについては、原則としてこれを考慮することができるものと解するのが相当である。
けだし、右金員の提供等の申出は、異議申出時において他に正当の事由の内容を構成する事実が存在することを前提に、土地の明渡しに伴う当事者双方の利害を調整し、右事由を補完するものとして考慮されるのであって、その申出がどの時点でされたかによって、右の点の判断が大きく左右されることはなく、土地の明渡しに当たり一定の金員が現実に支払われることによって、双方の利害が調整されることに意味があるからであるこのように解しないと、実務上の観点からも、種々の不合理が生ずる。すなわち、金員の提供等の申出により正当の事由が補完されるかどうか、その金額としてどの程度の額が相当であるかは、訴訟における審理を通じて客観的に明らかになるのが通常であり、当事者としても異議申出時においてこれを的確に判断するのは困難であることが少なくない。また、金員の提供の申出をするまでもなく正当事由が具備されているものと考えている土地所有者に対し、異議申出時までに一定の金員の提供等の申出を要求するのは、難きを強いることになるだけでなく、異議の申出より遅れてされた金員の提供等の申出を考慮しないこととすれば、借地契約の更新が容認される結果、土地所有者は、なお補完を要するとはいえ、他に正当の事由の内容を構成する事実がありながら、更新時から少なくとも二〇年間土地の明渡しを得られないこととなる
本件において、原審は、被上告人が原審口頭弁論においていわゆる立退料として二三五〇万円又はこれと格段の相違のない範囲内で裁判所の決定する金額を支払う旨を申し出たことを考慮し、二五〇〇万円の立退料を支払う場合には正当事由が補完されるものと認定判断しているが、その判断は、以上と同旨の見解に立つものであり、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を非難するに帰するもので、採用することができない。

二 その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。右判断は、所論引用の当審判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官可部恒雄の補足意見は、次のとおりである。
一 法廷意見は、借地法四条一項但書所定の「正当ノ事由」の有無は、同法六条による異議申出時を基準として判断すべきであるとして、従前の実務の取扱いを是認しつつ、いわゆる正当事由の補完事由としての立退料等の金員の提供ないしその増額の申出は、事実審の口頭弁論終結時までにされたものは原則として考慮することができる旨を判示した。
右にいう補完事由としての立退料等の金員(以下、記述の便宜上、単に「立退料」と略称する)の提供等の申出と、正当事由を具備するか否かの判断の基準時との関係については、借地関係に特有の、ともいうべき実務上の問題点があり、本件はまさにこの点についての先例となるものと考えられるので、以下に法廷意見を補足して意見を述べておくこととしたい(なお、借地借家関係の法令については、記述の便宜上、借地借家法(平成三年法律第九〇号)施行前の借地法及び借家法によることとする)。

二 借地権は建物所有を目的とするため、その存続期間として三〇年ないし六〇年にわたる長期間が法定され、更新後の期間も堅固建物については三〇年以上、非堅固建物についても二〇年以上とされており、土地所有者にとっては、借地権の存続期間の満了時を除いて貸地の返還を求め得る機会はない。そして、土地所有者が借地権者による契約の更新の請求又はいわゆる法定更新を拒絶するには、実体的には「自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」であることを要し、さらに手続的には「遅滞ナク異議ヲ述」べることを要するものとされる。
ところで、借地法の条文の構造からすれば、正当事由を具備するか否かの判断の基準時は、借地権者の更新請求又は(存続期間満了による)借地権消滅後における土地の使用継続に対する異議申出時をもって原則とするのが最も素直な解釈であり、借地についての比較的少数の先例もその趣旨に読むことができよう(最高裁昭和三七年(オ)第一二九四号同三九年一月三〇日第一小法廷判決・裁判集民事七一号五五七頁、最高裁昭和四八年(オ)第八五九号同四九年九月二〇日第三小法廷判決・裁判集民事一一二号五八三頁)。

三 ここで登場するのが、正当事由の補完事由としての立退料の提供ないしその増額の申出と正当事由具備の判断の基準時との関係である。
立退料の提供は、戦後、借地法の解釈適用に関する実務の運用上、借地契約の更新を求める借地権者と更新を拒絶する土地所有者との間の利害の調整を図るべく、いわば実際の必要に基づいて実務の中から生み出されたものであるが、立退料の提供により正当事由が補完されるか否か、特にその金額として幾許が相当であるかは、訴訟での審理を通じて初めて明らかになるのが通常であることは、法廷意見の指摘するとおりであるのみならず、当事者の立場にあることから、それぞれに主観的事情の伴うことも避け難いところである。
したがって、前記のように、正当事由具備の判断の基準時は異議申出時をもって原則とすべきであるとはいっても、「遅滞ナク」異議を述べるべきその時点において、立退料の提供、しかも後に受訴裁判所において相当として許容されるべき金額の申出をすることを要するというのは、土地所有者と借地権者との間の土地使用関係の解消に伴う紛争の実態に合致せず、立退料のもつ本来の補完的性質にも反し、実務の産物であるその実際的機能を著しく減殺し、遂には殆ど無に帰せしめる結果ともなろう。
そこで、異議申出の時点を原則とするとの見地に立ちつつ、立退料などいわゆる正当事由の補強条件の申出が事後になされたとしても、客観的な事実の変遷とは性質を異にすることに着目し、遅すぎる補強条件の申出として法的安定性を害するおそれのない限り、これを加味して判断すべきであるとか、基準時(異議申出時)において予想し得たものである場合、又は基準時における正当事由の存否の徴憑たり得るものである場合には、これを補完的に考慮すべきであるとか、の解釈上の努力(注)が裁判例に現れることとなるのである。
注 「1」 東京高裁昭和五一年二月二六日判決・高民集二九巻一号一六頁、「2」 東京高裁昭和五四年三月二八日判決・判例時報九三五号五一頁、「3」東京高裁昭和六一年一〇月二九日判決・判例時報一二一七号七〇頁等がそれである。
右の「1」東京高裁昭和五一年判決(最三小昭五一・一一・九判決により上告棄却)は、「補強条件の申出の要件として『遅滞なく』とは、単に歳月の日数によって算えられるべきでな」いとして、更新拒絶より四年一〇ケ月後の金員提供の申出及び更に九ケ月後の増額の申出を「遅滞なく」されたものであるとした。次に、右の「2」東京高裁昭和五四年判決(最二小昭五五・一・二五判決により上告棄却)は、異議申出時より九ケ月後の立退料提供の申出及び更に一年後の増額の申出により、また、右の「3」東京高裁昭和六一年判決(最三小平元・七・一八判決により上告棄却)は、異議申出時より四年五ケ月後の立退料の申出により、いずれも正当事由が補完された旨を判示した。

四 以上、正当事由の補完事由としての立退料の提供ないし増額の申出と正当事由具備の判断の基準時との関係を借地関係について見てきたが、有償による不動産の使用関係の解消については、借地のみならず借家関係についても同様の問題が存するかに見える。借家についても、建物の賃貸人が賃借権の更新を拒絶し又は解約の申入れをするについては、自己使用その他「正当ノ事由」を具備することを必要とし、正当事由の補完事由としての立退料の提供が実務の中から生み出されたのは、むしろ借地に先立つ借家の関係においてであったといってよいからである。

五 しかしながら、借地関係と借家関係では、この点の様相を著しく異にする
すなわち、
地上建物の保護のため二〇年以上の長期にわたって借地権の存続期間が法定される借地関係に比し、借家関係については、借家権の存続期間を長期にわたって法定するところがないばかりでなく、約定により期間の定めのある賃貸借においても、借家法二条による法定更新の後は、期間の定めのない賃貸借となるものとされ(最高裁昭和二六年(オ)第八一号同二八年三月六日第二小法廷判決・民集七巻四号二六七頁)、期間の定めのない借家契約は、「自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」には、六ケ月の告知期間を置くことにより(注)、いつでも解約の申入れをすることができる。
注 正当事由は解約申入れの時から六ケ月間存続することを要するとするのが判例であるといってよく(最高裁昭和二七年(オ)第一二七〇号同二九年三月九日第三小法廷判決・民集八巻三号六五七頁、後出最高裁昭和四一年一一月一〇日第一小法廷判決、最高裁昭和四〇年(オ)第一〇八号同四二年一〇月二四日第三小法廷判決・裁判集民事八八号七三三頁)、下級審の裁判例としてもこれが実務の大勢を占めている。
そして、建物の賃貸人が賃貸借契約の解約申入れに基づく該建物の明渡請求訴訟を継続維持しているときは、解約申入れの意思表示が黙示的・継続的に(注)されているものと解すべきである、とすること判例である(最高裁昭和四〇年(オ)第一四九七号同四一年一一月一〇日第一小法廷判決・民集二〇巻九号一七一二頁)から、当初の解約申入れの時点(A)では、正当事由を具備するというに足りないとされる事案においても、その後、立退料の提供の申出(B)があり、さらにその増額の申出がなされた時点(C)で正当事由の補完が認められるならば、その時(B又はCの時点)から六ケ月の期間の経過により、解約の効力を生ずることになる。
注 右の昭和四一年判決に先立つ最高裁昭和三〇年(オ)第一七九号同三四年二月一九日第一小法廷判決・民集一三巻二号一六〇頁の判例評釈は、「有効な解約申入を理由とする明渡訴訟の提起、その維持・継続」により「時々刻々解約申入がなされている」と解し得るとした(星野・法協七八巻一号一〇八頁)。これが右の昭和四一年判決の説明のために借用されているのは十分肯けることである(同年度解説[90]四九一頁)。

六 以上に見るように、借家関係については、借地のそれと異なり、「一年末満ノ期間ノ定アル賃貸借ハ之ヲ期間ノ定ナキモノト看做ス」(借家法三条ノ二)とするのみで、借家権の存続期間についてそれ以上に規定するところがなく、法定更新後は期間の定めのない賃貸借となるので、正当事由を具備する限り、何時でも解約の申入れをすることができ、解約申入れを理由とする明渡訴訟の継続中は「時々刻々」解約申入れがなされていると解すべきである、というのであるから、こと借家に関する限り、正当事由の補完事由としての立退料の提供ないしその増額申出の時点と、正当事由具備の判断の基準時(黙示的な解約申入れの時点)とは、もともと一致し、或いは実務上些少の工夫により容易に一致させることができ、右の補完事由の申出の時点と基準時との不一致に由来する実務上の困難は、借地関係に特有の問題であることが明らかとなるのである。

七 借地と借家との別は以上のとおりとして、ここで改めて検討を要するのは、正当事由の補完事由としての立退料の提供ないしその増額の申出は、自己使用その他、正当事由の内容を構成し、原被告間においてその存否が争われる「事実」であるのか、という論点である。
立退料の提供ないしその増額の申出は、訴訟上、受訴裁判所の関与の下に、訴訟当事者である土地所有者から借地権者に対してなされるもので、土地所有者の自己使用の必要とか、借地権者の地上建物に対する生活上の依存度というような、基準時における「事実」として、当事者間においてその存否が争われる余地はなく、立退料の提供の申出は、基準時において正当事由がなお充足されず、土地所有者の側からする一定額の金員の提供によって初めて正当事由が補完され得るという事案において、受訴裁判所をして右金員の支払と引換えに(その支払は執行開始の要件である)借地権者に土地明渡しを命ずる判決をすることを可能ならしめるものであり、この点においてのみ法律上の意味を有するものにほかならない。
受訴裁判所は、たとい一定額の金員の支払により正当事由が補完され得ると判断した場合においても、原告たる土地所有者からその旨の申出がない限り、前記の引換給付の判決をすることはできず、また、原告が明確に上限を画して一定額以下の金員の提供を申し出た場合に、その上限を超えて引換給付の判決をすることは許されない「裁判所ハ当事者ノ申立テサル事項ニ付判決ヲ為スコトヲ得ス」(民訴法一八六条)とする点の拘束は、その意味で絶対的であるといってよい。
立退料の提供の申出のもつ法律上の意味は以上のとおりであり、そして、それ以外の意味をもたない。正当事由の補完事由とされるとはいえ、それは正当事由の内容を構成するものとしてその存否が争われる「事実」ではない。にもかかわらず、それが正当事由の補完事由とされるが故に、正当事由具備の判断の基準時との関係で実務処理上の困難に出遭い、下級審裁判例において様々の解釈上の努力が積み重ねられて来たことは、さきに見たとおりである。
思うに、判例形成の責任が最上級審にあることはもとよりであるが、さきに注記した裁判例に見るような、実務上の困難に対処するための苦渋に満ちた解釈上の努力から、もはや脱却すべき時機が到来したことに、実務上の注意を喚起しておきたい。本判決の意義はそこにあると考える。
注 立退料の提供又はその増額の申出と正当事由具備の基準時との関係につき、法廷意見と共通の見解を示す比較的最近の判決がある。最高裁平成二年(オ)第二一六号同三年三月二二日第二小法廷判決・民集四五巻三号二九三頁がそれである。
しかし、同判決は借家に関するもので、右の基準時との関係で実務上の困難に遭遇していた類型の事案でないばかりでなく、同事件の上告人は借家人であって、立退料の提供ないし増額の申出についての同判決の所見は、被上告人たる賃貸人にとって有利となることこそあれ、賃借人たる上告人の有利に働く余地のないことはむしろ自明のところであろう。したがって、その判旨のような見解を上告論旨が開陳したのであれば、これが肯定されても上告人自身に不利益を齎すのみであるから、上告理由として体をなさないものとならざるを得ない。しかるに、判旨が、論旨の何ら言及するところのない見地に踏み込んで、進んで職権的に判断し、その結論が不利益変更禁止の原則により許されないというのは、上告審の措置として理解しにくいところがある。同判決の事案が借家に関するものであることに加え、先例拘束性をもつ判例としての位置づけが困難である点に、法廷意見が同判決に言及しない理由があるように思われる。
なお、本判決に従い、補完事由としての立退料の提供ないし増額の申出が事実審の口頭弁論終結に至るまで許されるとして、次に、土地所有者の申し出た立退料の額の相当性を判断すべき金額評価の時点は何時か、の問題がある。土地所有者による立退料の支払が借地権者に対する収去明渡しの執行と引換えになされるもので、引換給付の時点における借地権者の不利益を緩和ないし補償すべき性格をもつところからすれば、その時点に最も近接する事実審の口頭弁論の終結時において、土地所有者の申出にかかる金額が相当なりや否やを判断するほかなく、この論点は、本判決の示す結論の延長線上にあるものと考える。


民法択一 債権各論 契約各論 賃貸借 その3


・AはBとの間で、A所有の甲建物について賃貸借契約を締結し、甲建物をBに引き渡した。Bは、Aとの間の賃貸借契約により定められていた用法に反した使用収益をして、Aに損害を与えた。この場合、AのBに対する損害賠償請求権は、貸主が目的物の返還を受けたときから(×AB間の賃貸借契約が終了したときから)1年以内にAがBに対して請求しなければならない。

+(使用貸借の規定の準用)
第616条
第594条第1項、第597条第1項及び第598条の規定は、賃貸借について準用する。

+(借主による使用及び収益)
第594条
1項 借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない
2項 借主は、貸主の承諾を得なければ、第三者に借用物の使用又は収益をさせることができない。
3項 借主が前二項の規定に違反して使用又は収益をしたときは、貸主は、契約の解除をすることができる。

+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第621条
第600条の規定は、賃貸借について準用する。

+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第600条
契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない

+判例(S8.2.8)
この請求権の行使期間を除斥期間であると解し、1年以内に同条の請求がなされれば、貸主が目的物の返還を受けたときから1年を経過しても請求権は消滅しない!

++除斥期間
消滅時効との比較
・法律関係を速やかに確定させるという制度趣旨から除斥期間と消滅時効とは以下のような差異があるとされている。
除斥期間には、中断は認められない。
除斥期間には、原則として、停止がない。
ただし、724条(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)の20年の期間制限について158条(未成年者又は成年被後見人と時効の停止)の法意から期間延長を認めた判例(最判平10・6・12民集52巻4号1087頁)がある。また、停止事由のうち161条(天災等による時効の停止)は除斥期間にも類推適用すべきとする学説がある。
除斥期間を経過している事実があれば、裁判所は当事者が援用しなくても、それを基礎に権利消滅を判断しなければならない。
除斥期間は、権利発生時から期間が進行する(起算点)(消滅時効は権利行使が可能となった時点から期間が進行する)。
除斥期間には、遡及効が認められない。

・家屋所有を目的とした土地賃貸借契約において、建物買取請求権を行使した場合、買取代金の支払いがあるまでは当該建物の引き渡しを拒むことができる!!
しかし、引渡しを拒んでいる間の敷地の賃料相当額を返還する必要はある!

+判例(S35.9.20)
上告代理人上野開治の上告理由第一点について。
建物所有のための土地賃貸借においては、賃借人が何人なるかにより使用収益の方法に必ずしも大きな差異を生ずるものでないということは、一般論として所論のとおりである。しかし、この故に、建物その他地上物件の譲渡に伴い敷地賃借権の譲渡をすることは、原則として背信行為にならないと論断することはできない
けだし、転貸又は賃借権の譲渡が背信行為に当らないと認むべき特段の事情のあるときには、民法六一二条の解除はできないものと解すべきことは当裁判所の判例とするところであるが(昭和二五年(オ)第一四〇号、同二八年九月二五日第二小法廷判決、最高裁民事判例集七巻九七九頁等)、使用収益の方法に大差なければ背信行為に当らないと解することは許されないからである。右判例が「特段の事情」を必要としているのは、使用収益の方法に大差あると否とを問わず、およそ転貸又は賃借権譲渡は一応背信性あるが故に民法六一二条の解除原因になつているのであり、それが已むを得ない事情にいでた場合或は少くとも社会通念上恕すべき事情ありと認められる場合にはじめて背信性が失われると解しているからにほかならない。所論は、以上と異る独自の見解であつて採用し難い。(なお、所論は借地権譲渡につき黙認があるとも主張するが、これは単なる事実認定の非難にすぎない。)

同第二点について。
原判示の事実関係のもとでは、本件明渡請求を以て権利乱用と認め難いとした原審の判断は正当であつて、論旨は理由がない。

同第三点について。
借地法一〇条による建物等買取請求権の行使によりはじめて敷地賃貸借は目的を失つて消滅するものと解すべきであるから(大審院判決昭和九年(オ)第四六二号、同年一〇月一八日、民集一三巻一九三二頁)、右行使以前の期間については貸主は特段の事情のないかぎり賃料請求権を失うものではないこと所論のとおりである。しかし、単に賃料請求権を有するというだけで、その間賃料相当の損害を生じないとはいい難い。貸主が現に右賃料の支払を受けた場合は格別、然らざるかぎり、無断転借人(又は譲受人)に対し賃料相当の損害金を請求するを妨げないものと解すべきである。(大審院判決昭和六年(オ)第一四六二号、同七年一月二六日、民集一一巻一六九頁、同昭和一三年(オ)第一七八〇号、同一四年八月二四日、民集一八巻八七七頁、各参照。)
なお、論旨は右相当賃料は、借地人たる訴外西福モー夕ースの支払うべき坪当り月金二円と認むべき旨主張するけれども、原判示昭和二五年四月一日の本件借地権譲渡の後である同年七月一一日以降地代家賃統制令の改正により本件土地は賃料の統制を受けざるに至つたこと原判示の如くなる以上、その後の相当賃料を判定するに当り原審が右約定賃料に拠らず原判示の証拠(鑑定)によつてこれを原判示の如く認定したのはなんら違法ではなく、この点の論旨も理由がない。

同第四点について。
 建物買取請求権を行使した後は、買取代金の支払あるまで右建物の引渡を拒むことができるけれども、右建物の占有によりその敷地をも占有するかぎり、敷地占有に基く不当利得として敷地の賃料相当額を返還すべき義務あることは、大審院の判例とするところであり(昭和一〇年(オ)第二六七〇号、同一一年五月二六日、民集一五巻九九八頁)、いまこれを変更する要を見ない。されば、これと相容れない所論は採用し得ない。
その余の論旨は、原審が適法にした本件建物の時価及び相当賃料の認定を非難するに帰着するものであつて、これまた採用の限りでない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・家屋所有を目的とする土地賃貸借契約において、土地賃借人に債務不履行がある場合には、建物買取請求権の行使は認められない!
+判例(S35.2.9)
 理由
上告代理人近藤三代次の上告理由第一点について。
裁判所がある書証の趣旨を解釈判断するにはその書証記載の文言を他の証拠に照らしその作成された事情その他諸般の事情を斟酌することができるのであり、その結果、ある書証の趣旨はその記載文言のとおりであると判断し、ある書証の趣旨はある程度その記載文言と異るものであると判断することができるのであつて、これをしたからといつて直ちに経験則に違反するものといえないこと多言を要しない。この理はその書証が同一人の作成にかかる場合にもかわりはない。原判決は、所論甲一号証の一の書面は、それに賃料不払を条件として契約を解除する旨の文字はないが「書面全体の趣旨及び第一審証人Aの証言によつて明らかな右書面の発せられるに至つた前後の事情等に徴しこれが賃料不払を条件とする契約解除の意思表示に外ならない」こと明らかであるとしているのであつて、右判断は首肯することができる。また、乙一号証の書面については、第一審判決が、これをA証言の一部と綜合すると賃貸借取極を前提とする地代増額通知でなく損害金請求の趣旨と認められるとした判断を原判決は是認しているのであつて、この判断も首肯することができる。所論、原判決が甲一号証の一については書面上の文字を重視し乙一号証についてはこれを軽視したという点は証拠の取捨判断の非難にほかならない。原判決には所論の違法なく論旨は採用できない。

同第二点について。
借地法四条二項の規定は誠実な借地人保護の規定であるから、借地人の債務不履行による土地賃貸借解除の場合には借地人は同条項による買取請求権を有しないものと解すべきである(借家法五条についての昭和二九年(オ)六三七号同三一年四月六日第二小法廷判決、集一〇巻四号三五六頁、昭和三一年(オ)九六六号同三三年三月一三日第一小法廷判決、集一二巻三号五二四頁参照)。これと同一の見解に立つ原判決の判示は相当であり、所論は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

+(建物買取請求権)
第13条
1項 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。
2項 前項の場合において、建物が借地権の存続期間が満了する前に借地権設定者の承諾を得ないで残存期間を超えて存続すべきものとして新たに築造されたものであるときは、裁判所は、借地権設定者の請求により、代金の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。
3項 前二項の規定は、借地権の存続期間が満了した場合における転借地権者と借地権設定者との間について準用する。

・賃借人は、賃借物の返還に当たり、明確な合意がなければ、社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物の劣化又は価値の減少について原状回復義務を負わない!!!!
+判例(H17.12.16)
理由
上告代理人岡本英子ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、地方住宅供給公社法に基づき設立された法人である。
(2) 第1審判決別紙物件目録記載の物件(以下「本件住宅」という。)が属する共同住宅旭エルフ団地1棟(以下「本件共同住宅」という。)は、特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律(以下「法」という。)2条の認定を受けた供給計画に基づき建設された特定優良賃貸住宅であり、被上告人がこれを一括して借り上げ、各住宅部分を賃貸している。
(3) 被上告人は、平成9年12月8日、本件共同住宅の入居説明会を開催した。同説明会においては、参加者に対し、本件共同住宅の各住宅部分についての賃貸借契約書、補修費用の負担基準等についての説明が記載された「すまいのしおり」と題する書面等が配布され、約1時間半の時間をかけて、被上告人の担当者から、特定優良賃貸住宅や賃貸借契約書の条項のうち重要なものについての説明等がされたほか、退去時の補修費用について、賃貸借契約書の別紙「大阪府特定優良賃貸住宅and・youシステム住宅修繕費負担区分表(一)」の「5.退去跡補修費等負担基準」(以下「本件負担区分表」という。)に基づいて負担することになる旨の説明がされたが、本件負担区分表の個々の項目についての説明はされなかった
上告人は、自分の代わりに妻の母親を上記説明会に出席させた。同人は、被上告人の担当者の説明等を最後まで聞き、配布された書類を全部持ち帰り、上告人に交付した。
(4) 上告人は、平成10年2月1日、被上告人との間で、本件住宅を賃料月額11万7900円で賃借する旨の賃貸借契約を締結し(以下、この契約を「本件契約」、これに係る契約書を「本件契約書」という。)、その引渡しを受ける一方、同日、被上告人に対し、本件契約における敷金約定に基づき、敷金35万3700円(以下「本件敷金」という。)を交付した。
なお、上告人は、本件契約を締結した際、本件負担区分表の内容を理解している旨を記載した書面を提出している。
(5) 本件契約書22条2項は、賃借人が住宅を明け渡すときは、住宅内外に存する賃借人又は同居者の所有するすべての物件を撤去してこれを原状に復するものとし、本件負担区分表に基づき補修費用を被上告人の指示により負担しなければならない旨を定めている(以下、この約定を「本件補修約定」という。)。
(6) 本件負担区分表は、補修の対象物を記載する「項目」欄、当該対象物についての補修を要する状況等(以下「要補修状況」という。)を記載する「基準になる状況」欄、補修方法等を記載する「施工方法」欄及び補修費用の負担者を記載する「負担基準」欄から成る一覧表によって補修費用の負担基準を定めている。このうち、「襖紙・障子紙」の項目についての要補修状況は「汚損(手垢の汚れ、タバコの煤けなど生活することによる変色を含む)・汚れ」、「各種床仕上材」の項目についての要補修状況は「生活することによる変色・汚損・破損と認められるもの」、「各種壁・天井等仕上材」の項目についての要補修状況は「生活することによる変色・汚損・破損」というものであり、いずれも退去者が補修費用を負担するものとしている。また、本件負担区分表には、「破損」とは「こわれていたむこと。また、こわしていためること。」、「汚損」とは「よごれていること。または、よごして傷つけること。」であるとの説明がされている。
(7) 上告人は、平成13年4月30日、本件契約を解約し、被上告人に対し、本件住宅を明け渡した。被上告人は、上告人に対し、本件敷金から本件住宅の補修費用として通常の使用に伴う損耗(以下「通常損耗」という。)についての補修費用を含む30万2547円を差し引いた残額5万1153円を返還した。

2 本件は、上告人が、被上告人に対し、被上告人に差し入れていた本件敷金のうち未返還分30万2547円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案であり、争点となったのは、〈1〉 本件契約における本件補修約定は、上告人が本件住宅の通常損耗に係る補修費用を負担する内容のものか、〈2〉 〈1〉が肯定される場合、本件補修約定のうち通常損耗に係る補修費用を上告人が負担することを定める部分は、法3条6号、特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律施行規則13条等の趣旨に反して賃借人に不当な負担となる賃貸条件を定めるものとして公序良俗に反する無効なものか、〈3〉 本件補修約定に基づき上告人が負担すべき本件住宅の補修箇所及びその補修費用の額の諸点である。

3 原審は、前記事実関係の下において、上記2の〈1〉の点については、これを肯定し、同〈2〉の点については、これを否定し、同〈3〉の点については、上告人が負担すべきものとして本件敷金から控除された補修費用に係る補修箇所は本件負担区分表に定める基準に合致し、その補修費用の額も相当であるとして、上告人の請求を棄却すべきものとした。以上の原審の判断のうち、同〈1〉の点に関する判断の概要は、次のとおりである。
(1) 賃借人が賃貸借契約終了により負担する賃借物件の原状回復義務には、特約のない限り、通常損耗に係るものは含まれず、その補修費用は、賃貸人が負担すべきであるが、これと異なる特約を設けることは、契約自由の原則から認められる
(2) 本件負担区分表は、本件契約書の一部を成すものであり、その内容は明確であること、本件負担区分表は、上記1(6)記載の補修の対象物について、通常損耗ということができる損耗に係る補修費用も退去者が負担するものとしていること、上告人は、本件負担区分表の内容を理解した旨の書面を提出して本件契約を締結していることなどからすると、本件補修約定は、本件住宅の通常損耗に係る補修費用の一部について、本件負担区分表に従って上告人が負担することを定めたものであり、上告人と被上告人との間には、これを内容とする本件契約が成立している。

4 しかしながら、上記2の〈1〉の点に関する原審の上記判断のうち(2)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると、本件契約における原状回復に関する約定を定めているのは本件契約書22条2項であるが、その内容は上記1(5)に記載のとおりであるというのであり、同項自体において通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されているということはできない。また、同項において引用されている本件負担区分表についても、その内容は上記1(6)に記載のとおりであるというのであり、要補修状況を記載した「基準になる状況」欄の文言自体からは、通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえない。したがって、本件契約書には、通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はないといわざるを得ない。被上告人は、本件契約を締結する前に、本件共同住宅の入居説明会を行っているが、その際の原状回復に関する説明内容は上記1(3)に記載のとおりであったというのであるから、上記説明会においても、通常損耗補修特約の内容を明らかにする説明はなかったといわざるを得ない。そうすると、上告人は、本件契約を締結するに当たり、通常損耗補修特約を認識し、これを合意の内容としたものということはできないから、本件契約において通常損耗補修特約の合意が成立しているということはできないというべきである。
(3) 以上によれば、原審の上記3(2)の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、通常損耗に係るものを除く本件補修約定に基づく補修費用の額について更に審理をさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

++解説
《解  説》
1 Xは,地方住宅供給公社法に基づいて設立されたYとの間で,特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律(以下「法」という。)の適用を受ける特定優良賃貸住宅の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し,同住宅を賃借した。本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,賃借人は,家賃の支払,損害の賠償その他賃貸借契約から生ずる一切の債務を担保するために,3か月分の家賃相当額を敷金として差し入れること,賃借人は,本件契約が終了して賃借住宅を明け渡すときは,本件契約書の別紙修繕費負担区分表(以下「本件修繕費負担表」という。)に基づいて補修費を負担するとの条項が定められていた。本件修繕費負担表には,補修の対象部位・場所ごとに,補修の範囲,補修の対象となる状態,補修方法,補修費の負担者が定められていた。
Yは,本件修繕費負担表において賃借人の負担とされている補修の範囲・場所に関する補修の対象となる状態の定めのうち,襖紙・障子紙に関する「汚損(手垢の汚れ,タバコの煤けなど生活することによる変色を含む)・汚れ」,各種床仕上材・各種壁・天井等仕上材に関する「生活することによる変色・汚損・破損」とするもの等について,通常損耗を含むものであるとして,これらの補修の対象・部位に係る通常損耗に係る補修費を含めた補修費相当額をXが差し入れた敷金から控除して,その残りをXに返還した。
本件は,Xが,上記の補修の対象となる状態の定めは通常損耗を含まない,仮に同定めが通常損耗を含むものである場合には,同定めは,法3条6号,特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律施行規則(以下「法施行規則」という。)13条等の趣旨に反するものであって,賃借人に不当な負担となる賃借条件を定めるものとして公序良俗に反し無効であるなどと主張して,Yに対し,同契約における敷金約定に基づいて被告に差し入れていた敷金の未返還分の支払を求めた事案である。

2(1)1審及び原審(判時 1877号73 頁)は,いずれも原告の請求を棄却すべきものとした。原判決の理由の概要は,次のとおりである。
賃貸借契約終了の際における賃借人の原状回復義務の範囲は,特約のない限り,通常損耗は含まれず,その補修費は賃貸人が負担すべきものと解されるが,これと異なる特約を設けることは,契約自由の原則から認められる。本件修繕費負担表により賃借人が負担する補修費の中には通常損耗に係るものもあり,本件修繕費負担表が本件契約書に添付されて本件契約の一部となっているから,XY間には,賃借人が通常損耗に係る補修費を負担する内容の特約を含む本件修繕費負担表に定める補修に関する合意が成立している。そして,法施行規則13条は,本件修繕費負担表に基づき賃借人が負担すべき補修費債務を敷金から控除することを禁止しておらず,また,そのことが同条の趣旨に反するものともいえないことなどからすると,上記特約を含む本件修繕費負担表は,賃借人に不当に不利益な負担を課すものとも,公序良俗に反するものとも認めることはできない。
(2) 本判決は,賃借建物の通常損耗について賃借人が原状回復義務を負う旨の特約の成立要件として【判決要旨】1のとおり判示した上,本件につき,【判決要旨】2のとおり判示し,これと異なる原判決には法令違反があるとして原判決を破棄し,通常損耗に係るものを除くXが負担すべき補修費の額について更に審理をさせるため,本件を原審に差し戻した。

3(1)法は,民間の土地所有者等による中堅所得者等の居住の用に供する居住環境が良好な賃貸住宅である特定優良賃貸住宅の供給を促進するために,特定優良賃貸住宅の建設及び管理について,これを行おうとする者に対し,戸数,規模・構造,資金計画,入居資格,家賃等に関する計画について知事の認定を受けることを要するものとし,また,認定を受けた計画に従った特定優良賃貸住宅の供給を義務付ける一方,地方公共団体がその建設費の助成,家賃減額のための助成等を行うことを定めるものである。このように,法は,特定優良賃貸住宅について,その供給計画の内容を始め,賃貸借契約の内容にも公的関与を行うこととし(法3条,法施行規則4条以下),家賃については,近傍同種の住宅の家賃の額と均衡を失しないように定めること(法3条5項),地方公共団体から建設に要する費用の補助を受けた場合には,家賃は当該特定優良賃貸住宅の建設に必要な費用,利息,修繕費,管理事務費,損害保険料,地代に相当する額,公課その他必要な費用を参酌して国土交通省令で定める額を超えないものとすること(法13条1項,法施行規則20条)などの規制をし,また,賃料以外の金員について,家賃の3か月分を超えない額の敷金以外の一時金の授受を禁止しているほか,その他賃借人の不当な負担となることを賃貸の条件とすることを禁止している(法施行規則13条)。
(2) 賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務がある(民法616条,597条,598条)。原状に回復するとは,賃借物件が社会通念上通常の方法により使用収益をしていればそうなるであろう状態であれば,使用開始当時の状態よりも悪くなっていたとしても,そのまま返還すればよいということであり,賃借人が通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化あるいは価値の減少を意味する通常損耗については,賃借人の責めに帰すべき事由がないので,その原状回復費用は,債権法一般の原則に照らすと,特約のない限り,賃貸人が負担するものと解される。そして,建物の賃貸借契約においては,建物損耗の発生が賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであるため,賃借建物の通常損耗に係る投下資本の減価の回収は,通常,賃料の中に必要経費分(減価償却費,修繕費)を含ませてその支払を受けることにより行われている。特定優良賃貸住宅については,その賃料を定めるに当たり,建設に要した費用の1000分の1相当額が修繕費相当額として考慮されている(法施行規則 20 条 1 項 2号)。
特定優良賃貸住宅については,上記(1)のとおり法による規制があるが,特定優良賃貸住宅の賃貸借契約と一般の民間賃貸住宅の賃貸借契約とは契約の性質を異にするものではなく,それぞれの賃貸借契約における通常損耗に係る投下資本の減価の回収について,その間で異なるものとすべき事情はないと考えられる。そうすると,特定優良賃貸住宅の賃貸借契約においても,通常損耗は,特約のない限り,賃借人の原状回復義務の範囲に含まれないという債権法一般の原則が当てはまるものと解される。
(3)以上によれば,通常損耗について賃借人に原状回復義務を負わせるのは,賃借人に特別の負担を負わせることになる(賃料に通常損耗に係る補修費分を含みながらこれに加えて更に個別の通常損耗に係る補修費を負担させるという場合には,この補修費を二重に負担させることになる。)から,賃借人において上記義務を負担することが認められるためには,契約締結時に,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解される。そして,賃借条件や特約は,賃借建物を提供する賃貸人において設定するものであるから,その内容がどのようなものであるかは,賃貸借契約締結時に,賃貸人において賃借人が分かるように明示又は説明すべき義務があると解するのが相当である。そうすると,通常損耗について賃借人に原状回復義務を負わせる特約の成立が認められるためには,同特約の内容が契約書自体に明記されているか,仮に契約書では明らかでない場合には,少なくとも賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められることが必要であるというべきである。その場合の同特約に関する条項の記載又は説明の内容は,同特約が賃借人に特別の負担を負わせるものであることからすると,賃借人が負担する通常損耗の範囲が明確なものでなければならないのは当然である上,通常,賃料には通常損耗に係る補修費分が含まれていることとの関係上,賃借人において賃料が近傍同種の住宅の賃料と比較して相当な金額であるか否かを判断するためにも,通常損耗に係る補修費分を含む賃料に加えて更に別途通常損耗に係る補修費を負担するのか,賃料には通常損耗に係る補修費分を含ませておらず,通常損耗に係る補修費としては当該特約によるもののみを負担するものであるのかなどについても,賃借人が理解できるものであることが必要であると考えられる。以上の点が満たされない契約書に基づき,口頭説明もないまま,賃貸借契約が締結された場合には,賃借人について通常損耗の原状回復義務を負担する意思を認めることはできず,当該契約において通常損耗に係る補修費を賃借人が負担する旨の特約の成立を認めることはできないというべきであると考えられる。本判決は,以上のような考え方に立って,【判決要旨】2に記載の事情の下においては,XY間には,Xにおいて通常損耗の原状回復義務を負う旨の特約が成立しているとはいえないとしたものと思われる。

4 本判決は,特定優良賃貸住宅の賃貸借契約の事案について通常損耗に係る補修費を賃借人が負担する特約が成立する場合の要件を判示したものであるが,同判示部分は,民間の賃貸住宅の賃貸借契約一般に通じるものであり,建物賃貸借の実務上,重要であると思われる。(関係人一部仮名)

・無断転貸を理由に賃貸借契約を解除して、賃貸人に対し目的物の返還を求める賃貸人は、転貸借につき自らが承諾をしていないことを主張立証する必要はない!!!!=抗弁

・土地の賃借人が借地上に築造した建物を第三者に賃貸しても、土地の賃借人は建物所有のため自ら土地を使用しているものであるから、賃借地を第三者に転貸したとはいえない!!!!

・借地上の建物を競売により取得した者は、土地賃貸人の承諾がなくても、土地賃借権を取得できる場合がある!!
+(建物競売等の場合における土地の賃借権の譲渡の許可)
第20条
1項 第三者が賃借権の目的である土地の上の建物を競売又は公売により取得した場合において、その第三者が賃借権を取得しても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、借地権設定者がその賃借権の譲渡を承諾しないときは、裁判所は、その第三者の申立てにより、借地権設定者の承諾に代わる許可を与えることができる。この場合において、当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときは、借地条件を変更し、又は財産上の給付を命ずることができる。
2項 前条第2項から第6項までの規定は、前項の申立てがあった場合に準用する。
3項 第一項の申立ては、建物の代金を支払った後二月以内に限り、することができる。
4項 民事調停法 (昭和二十六年法律第二百二十二号)第19条 の規定は、同条 に規定する期間内に第1項 の申立てをした場合に準用する。
5項 前各項の規定は、転借地権者から競売又は公売により建物を取得した第三者と借地権設定者との間について準用する。ただし、借地権設定者が第2項において準用する前条第3項の申立てをするには、借地権者の承諾を得なければならない。

・AはBとの間で、建物の所有を目的として、A所有の土地につき賃貸借契約を締結し、土地をBに引き渡した。賃借した土地上に建物を建てたBが、Aの承諾なくその建物をCに譲渡担保に供したが、引き続きBが建物を使用していた場合、譲渡担保権の実行前は、Aは、本件契約を解除できない。
+判例(S40.12.17)
理由
上告代理人古荘義信の上告理由第一点について。
原審の確定した事実によれば、被上告人日本鉄工株式会社は、上告人からその所有の本件土地を賃借し、地上に本件建物を所有していたが、昭和三四年七月中、判示の事情から、被上告人日産興業有限会社より会社運営資金の融通を受けることとなり、その手段として、本件建物を代金二三五万円で被上告人日産興業に譲渡し、その旨登記するとともに、昭和三七年八月三一日までに右同額をもつて本件建物を買い戻すことができる旨約定して、代金の交付を受けたというのである。しかし、本件建物の譲渡は、前示のとおり、担保の目的でなされたものであり、上告人の本件土地賃貸借契約解除の意思表示が被上告人日本鉄工に到達した昭和三五年三月一一日当時においては、同被上告会社はなお本件建物の買戻権を有しており、被上告人日産興業に対して代金を提供して該権利を行使すれば、本件建物の所有権を回復できる地位にあつたところ、その後昭和三六年六月一日、被上告人日本鉄工は同日産興業に対し債務の全額を支払い、これにより、両会社間では、本件建物の所有権は被上告人日本鉄工に復帰したものとされたことおよび被上告人日本鉄工は本件建物の譲渡後も引き続きその使用を許容されていたものであつて、その敷地である本件土地の使用状況には変化がなかつたこと等原審の認定した諸事情を総合すれば、本件建物の譲渡は、債権担保の趣旨でなされたもので、いわば終局的確定的に権利を移転したものではなく、したがつて、右建物の譲渡に伴い、その敷地である本件土地について、民法六一二条二項所定の解除の原因たる賃借権の譲渡または転貸がなされたものとは解せられないから、上告人の契約解除の意思表示はその効力を生じないものといわなければならない。しかして、本件建物の譲渡についてなされた登記が単純な権利移転登記であつて、買戻特約が登記されていなかつたとしても、右の結論を左右しない。されば、上告人の契約解除の意思表示を無効とした原審の究極の判断は正当であつて、所論の違法はない。所論は採用できない。

同第二点について。
原判決が、被上告人日本鉄工が同日産興業に融資金を返済し本件建物の所有権を回復した旨判示していることは所論のとおりであるが、その引用する第一審判決の説示をあわせ考えると、右は、被上告人日本鉄工と同日産興業との関係において、本件建物の所有権が後者から前者に復帰したものとされた旨を判示した趣旨にほかならないと解するのが相当である。しかして、右事実は、先に、賃借人たる被上告人日本鉄工が同日産興業に対してなした地上建物の譲渡が終局的確定的に権利を移転する趣旨でないことを裏書するものであるから、本件土地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡または転貸がなされたかどうかを判断するにあたり、これを顧慮することは相当であつて、たとい被上告人日産興業が本件建物の処分禁止の仮処分を受けているとしても、その故に右所有権復帰に関する事実を前記判断の資料とすることが許されなくなるものではない。叙上と異なる見地に立つて原判決を非難する所論は採用できない。

同第三点について。
被上告人日本鉄工の賃借地たる本件土地上の本件建物を同被上告人に対する債権担保のため譲り受けた被上告人日産興業は、本件建物を所有することにより本件土地を占有しているのであるが、右土地について賃借権の譲渡または転貸がなされたものと認められないこと前述のとおりであるから、被上告人日産興業の右土地の占有は、被上告人日本鉄工の賃借権に基づく本件土地の使用収益の範囲内において、同被上告人から許容されているものと解すべきであり、しかも、上告人の側から、民法六一二条にいう賃借権の譲渡または転貸に当るものとしてこれに干渉を加えることができない結果として、上告人は、本件土地の賃貸借契約の存続している限り、右土地の占有を受忍すべき関係に立つものである。そうとすれば、本件土地の所有権に基づき被上告人日産興業に対し明渡を求める上告人の請求は失当であること明らかである。被上告人日産興業が同日本鉄工の上告人に対する賃借権に依拠して本件土地を占有している旨の原判決の説示は、用語がやや簡略に失するきらいはあるが、結局叙上の理を表明したものと解せられるから、所論の瑕疵あるものとはいえない。所論は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・賃借した土地上に建物を建てたBが、Aの承諾なくその建物をCに譲渡担保に供して、引渡し、Cが建物を使用した場合、譲渡担保権の実行前であっても、Aは本件契約を解除することができる!!!
+判例(H9.7.17)
理由
上告代理人内山辰雄、同巻嶋健治の上告理由一について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、その所有する原判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)をAに賃貸し、Aは、同土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して、これに居住していた。なお、本件建物の登記簿上の所有名義人は、Aの父であるBとなっていた。
2 Aは、平成元年二月、本件建物を譲渡担保に供してCから一三〇〇万円を借り受けたが、同月二一日、Bをして、同建物を譲渡担保としてCに譲渡する旨の譲渡担保権設定契約書及び登記申請書類に署名押印させ、これらをCに交付した。Cは、同日、Aから交付を受けた右登記申請書類を利用して、本件建物につき、代物弁済予約を原因としてCを権利者とする所有権移転請求権仮登記を経由するとともに、売買を原因として所有名義人をCの妻であるDとする所有権移転登記を経由した。
3 Aは、同月、本件建物から退去して転居したが、その後は、上告人に対して何の連絡もせず、Cとの間の連絡もなく、行方不明となっている。
4 被上告人は、同年六月一〇日、有限会社和晃商事の仲介で本件建物を賃借する契約を締結して、それ以後、同建物に居住している。右の賃貸借契約書には、契約書前文に賃貸人としてAとCの両名が併記され、末尾に「賃貸人A」「権利者C」と記載されているが、賃料の振込先としてCの銀行預金口座が記載されており、また、右契約書に添付された重要事項説明書には、本件建物の貸主及び所有者はCと記載され、和晃商事はCの代理人と記載されている。
5 本件土地の地代は、従前はAが上告人方に持参して支払っていたところ、Aが本件建物から退去した後は、同年三月にCから上告人の銀行預金口座に振り込まれ。これを不審に思った上告人がCの口座に右振込金を返還すると、同年四月から一二月までCからA名義で振り込まれた。
6 上告人は、本件建物につきD名義への所有権移転登記がされていることを知り、Dに対し、平成二年四月一三日到達の内容証明郵便により、同建物を収去して本件土地を明け渡すよう求めたところ、Cは、同年五月一四日、D名義への右所有権移転登記を錯誤を原因として抹消した。
7 上告人は、Aに対して、平成四年七月一六日に到達したとみなされる公示による意思表示により、賃借権の無断譲渡を理由として本件土地の賃貸借契約を解除した。

二 本件請求は、上告人が、本件土地の所有権に基づき、同土地上の本件建物を占有する被上告人に対して、同建物から退去して同土地を明け渡すことを求めるものである。被上告人は、抗弁として、本件土地の賃借人であるAから本件建物を賃借している旨を主張しているところ、上告人は、再抗弁として、民法六一二条に基づきAとの間の同土地の賃貸借契約を解除した旨を主張している。
原審は、被上告人の抗弁について明示の判断を示さないまま、上告人の本件土地の賃貸借契約の解除の主張につき次のとおり判断し、上告人の請求を棄却した。
1 前記事実関係の下においては、Cは、Aに一三〇〇万円を貸し付け、右貸金債権を担保するために本件建物に譲渡担保権の設定を受け、貸金の利息として被上告人から同建物の賃料を受領している可能性が大きいということができるから、Cが本件建物の所有権を終局的、確定的に取得したものと認めることはできない。
2 AのCに対する右貸金債務は、弁済期が既に経過しているにもかかわらず弁済されていないが、Cが譲渡担保権を実行したと認めるに足りる証拠はないから、本件建物の所有権の確定的譲渡はいまだされていない。
3 そうすると、本件土地の賃借権も、Cに終局的、確定的に譲渡されていないから、同土地について、民法六一二条所定の解除の原因である賃借権の譲渡がされたものとはいえず、上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生じない。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 借地人が借地上に所有する建物につき譲渡担保権を設定した場合には、建物所有権の移転は債権担保の趣旨でされたものであって、譲渡担保権者によって担保権が実行されるまでの間は、譲渡担保権設定者は受戻権を行使して建物所有権を回復することができるのであり、譲渡担保権設定者が引き続き建物を使用している限り、右建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたと解することはできない(最高裁昭和三九年(オ)第四二二号同四〇年一二月一七日第二小法廷判決・民集一九巻九号二一五九頁参照)。しかし、地上建物につき譲渡担保権が設定された場合であっても、譲渡担保権者が建物の引渡しを受けて使用又は収益をするときは、いまだ譲渡担保権が実行されておらず、譲渡担保権設定者による受戻権の行使が可能であるとしても、建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと解するのが相当であり、他に賃貸人に対する信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情のない限り、賃貸人は同条二項により土地賃貸借契約を解除することができるものというべきである。
けだし、(1) 民法六一二条は、賃貸借契約における当事者間の信頼関係を重視して、賃借人が第三者に賃借物の使用又は収益をさせるためには賃貸人の承諾を要するものとしているのであって、賃借人が賃借物を無断で第三者に現実に使用又は収益させることが、正に契約当事者間の信頼関係を破壊する行為となるものと解するのが相当であり、(2) 譲渡担保権設定者が従前どおり建物を使用している場合には、賃借物たる敷地の現実の使用方法、占有状態に変更はないから、当事者間の信頼関係が破壊されるということはできないが、(3) 譲渡担保権者が建物の使用収益をする場合には、敷地の使用主体が替わることによって、その使用方法、占有状態に変更を来し、当事者間の信頼関係が破壊されるものといわざるを得ないからである。

2 これを本件についてみるに、原審の前記認定事実によれば、Cは、Aから譲渡担保として譲渡を受けた本件建物を被上告人に賃貸することによりこれの使用収益をしているものと解されるから、AのCに対する同建物の譲渡に伴い、その敷地である本件土地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと認めるのが相当である。本件において、仮に、Cがいまだ譲渡担保権を実行しておらず、Aが本件建物につき受戻権を行使することが可能であるとしても、右の判断は左右されない。

3 そうすると、特段の事情の認められない本件においては、上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は効力を生じたものというべきであり、これと異なる見解に立って、本件土地の賃貸借について民法六一二条所定の解除原因があるとはいえないとして、上告人による契約解除の効力を否定した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、上告人の再抗弁は理由があるから、上告人の本件請求は、これを認容すべきである。右と結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は棄却すべきものである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

・土地の賃貸人が無断転貸を理由として賃貸借契約を解除する場合、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは解除権を行使できないが、この特段の事情があることの証明責任は賃借人が負う!!!
+(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
第612条
1項 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2項 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる

+判例(S41.1.27)
理由
上告代理人田中和の上告理由について。
土地の賃借人が賃貸人の承諾を得ることなくその賃借地を他に転貸した場合においても、賃借人の右行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は民法六一二条二項による解除権を行使し得ないのであつて、そのことは、所論のとおりである。しかしながら、かかる特段の事情の存在は土地の賃借人において主張、立証すべきものと解するを相当とするから、本件において土地の賃借人たる上告人が右事情について何等の主張、立証をなしたことが認められない以上、原審がこの点について釈明権を行使しなかつたとしても、原判決に所論の違法は認められない。それ故、論旨は採用に値しない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・AはBとの間で、A所有の土地につき賃貸借契約を締結し、土地をBに引き渡した。この場合、判例によれば、BがAの承諾なくCに土地を転貸して引き渡した場合、Aは本件契約を解除していなくとも、Cに対して、土地の明け渡しを請求できる!!!!
+判例(S26.5.31)
理由
上告代理人雨宮清明の上告理由について。
原審の確定した事実によれば、「本件係争家屋は、もと訴外仏国人Aがその所有者訴外Bから賃借していたものであり、昭和二一年秋Aの帰国に際し、上告人において同人からその賃借権の譲渡を受けたのであるが、この賃借権の譲渡については賃貸人であるBの承諾を得ていなかったのである。BはAの帰国後上告人が本件家屋に居住しているのをAの女中であつた訴外CからAの留守居であると告げられ、それを信じてAの支払うものとして二、三回Cを通じて賃料を受領したことがあつたが、その後上告人がAの留守居ではなく同人から賃借権を譲受けて右家屋に居住するものであることを覚知するに及んで上告人との間に紛争を起し、その解決をみないうちに本件家屋を被上告人に売渡すに至つたものであり、しかもBは右家屋売却前の賃料相当額の損害金は上告人より取立て得るものと考え、上告人と交渉の結果昭和二二年一〇月三〇日に至り同年一月分から一〇月分までの損害金として金一、一〇〇円を受領したものである」というのである。
そしてこの原判決の事実認定はその挙示する証憑に照らし、これを肯認するに難くないのであつて、前記Bが昭和二二年一月分から一〇月分までの賃料を受領したものの如くに見ゆる乙第二号証の記載のみを以てしては、いまだ右認定を妨ぐるに足りない。上告人は本件家屋につき前所有者であるBに対し賃料を遅滞なく支払つていることは当事者間に争なきところであると主張するけれども、その然らざることは記録上明白である。原審は右認定にかかる事実と、本訴当事者間に争がない「被上告人が昭和二二年一〇月一〇日訴外Bから本件家屋を買受けその所有権を収得した」との事実及び「上告人が被上告人の右所有権取得前から該家屋を占有している」との事実にもとずき上告人は昭和二二年一〇月一〇日以前から前所有者B及び被上告人のいずれにも対抗し得べき何等の権原もなく不法に本件家屋を占有するものであると判示したのである。この判旨の正当であることは民法六一二条一項に「賃借人ハ賃貸人ノ承諾アルニ非サレハ其権利ヲ渡……スルコトヲ得ス」と規定されていることに徴して明白であり、所論同条二項の注意は賃借人が賃貸人の承諾なくして賃借権を譲渡し又は賃借物を転貸し、よつて第三者をして賃借物の使用又は収益を為さしあた場合には賃貸人は賃借人に対して某本である賃貸借契約までも解除することを得るものとしたに過ぎないのであつて、所論のように賃貸人が同条項により賃貸借契約を解除するまでは賃貸人の承諾を得ずしてなされた賃借権の譲渡叉は転貸を有効とする旨を規定したものでないことは多言を要しないところである。
されば所論は結局事実審である原審がその裁量権の範囲内で適法になした証拠の取捨判断若くは事実の認定を非難し、或は民法六一二条を誤解し正当な原判旨を論難するに外ならないのであつて採用の限りでない。
よつて民訴四〇一条九五条八九条に従い主文のとおり判決する。
この判決は全裁判官一致の意見である。

・賃借権が適法に譲渡された場合、譲受人Cは賃借権を承継して、賃貸借契約の当事者はA及びCとなり、当初の賃借人Bは契約関係から離脱することになる。=Bに支払い義務はない。

・賃貸人が賃借権の譲渡を承諾する場合、その承諾は、賃借権の譲渡人・譲受人いずれに対してしてもよい!!!!
+判例(S31.10.5)
理由
上告代理人阿部幸作、同米田実の上告理由について。
論旨第一点は、理由齟齬をいうが、結局原判決の事実認定を非難するに帰し、
同第二点は、原判決は民法六一二条一項の解釈を誤つたものというが、賃借人のなした賃借権の譲渡に対する賃貸人の承諾は、必ずしも譲渡人に対してなすを要せず、譲受人に対してなすも差支なきものと解すべきであるから、これと反対の見解に立つ所論は採用し難い。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・賃貸人がいったんした賃借権の譲渡の承諾は、撤回することができない!!
+判例(S30.5.13)
理由
上告代理人稲垣利雄の上告理由第一、二点について。
民法六一二条に規定するところの賃借人の賃借権譲渡に関する賃貸人の承諾は、賃借権に対し、譲渡性を付与する意思表示であつて、(相手方ある単独行為)賃借権は一般には、譲渡性を欠くのであるが、この賃貸人の意思表示によつて賃借権は譲渡性を付与せられ、その効果として、賃借人は、爾後有効に賃借権を譲渡し得ることとなるのである。そうして賃借権が譲渡性をもつかどうかということは賃借人の財産権上の利害に重大な影響を及ぼすことは勿論であるから、賃貸人が賃借人に対し一旦賃借権の譲渡について承諾を与えた以上、たとえ、本件のごとく賃借人が未だ第三者と賃借権譲渡の契約を締結しない以前であつても、賃貸人一方の事情に基いて、その一方的の意思表示をもつて、承諾を撤回し、一旦与えた賃借権の譲渡性を奪うということは許されないものと解するを相当とする。従つて、本件において被上告人が昭和二三年一〇月末頃した賃借権譲渡に関する承諾の撤回は無効であつて、上告人のした本件賃借権の譲渡は有効であるといわなければならない。原判決はこの点において法令の解釈を誤つたものであつて、論旨は理由あり、原判決は破棄を免れないものである。
よつて民訴四〇七条に従い、主文のとおり判決する。
この判決は裁判官小谷勝重の補足意見及び裁判官谷村唯一郎の少数意見を除く外裁判官一致の意見によるものである。

+補足意見
裁判官小谷勝重の補足意見は次のとおりである。
賃借権譲渡承諾の意思表示が契約に基づくものならば、一般契約法の原則または当該契約の内容として定められた或る条件により承諾を解除し得る場合のあることは勿論であり、また民法六一二条の単独行為による承諾の場合と雖も、解除条件附または承諾の意思表示の内容として承諾を撤回し得べき或る条件を附して承諾することは法の敢て禁ずるところではないと解すべきであるから、右の場合解除条件の成就により、またはその附された内容条件に従い、一旦した承諾と雖もこれを撤回することができるであろうけれども、本件につき原判決の確定するところによれば、被上告人の本件譲渡承諾には何等の条件をも附されていないのであるから、被上告人において一旦譲渡の承諾をした以上、相手方の同意のない限り被上告人において一方的にこれを撤回することは許されないものといわなければならない。それ故当審本判決は右限りにおいて正当であり、また本判決は以上の全趣旨をも含んだものと解する限りにおいてわたくしは本判決に賛成するものである。

+少数意見
裁判官谷村唯一郎の少数意見は次のとおりである。
多数意見は、賃貸人が賃借人に対し一旦賃借権の譲渡について承諾を与えた以上たとえ賃借人が未だ第三者と賃借権譲渡の契約を締結しない以前であつても賃貸人の一方的事情に基いてその一方的意思表示をもつて承諾を撤回することは許されないから本件被上告人の承諾の撤回は無効であると断じているが私はこの見解には反対である。およそ民法六一二条に規定する賃借権譲渡に関する賃貸人の承諾が単独行為であることは多く異論のないところであり大審院数次の判例もまたこの見解を採つている。原判決の維持した一審判決もまたこの見解を採つておることはその説示するところにより明らかであり、一審判決がこの前提の下に結局被上告人の承諾の撤回を適法と認めたことは正当である。尤もこの譲渡の承諾が当事者間の契約として成立した場合は法律上解除の理由があるかまたは合意解約による外一方的にその承諾の撤回が許されないことはいうまでもない。また単独行為である譲渡許諾の場合においてもその許諾に基づき賃借人と第三者との間に賃借権の譲渡契約が成立した場合すなわち譲渡の許諾に基づく法律効果が既に発生した場合は、賃貸人の一方的意思表示により許諾の撤回を許すことは信義誠実の原則に反し第三者の利益を害することになるからこれを許すべきではないと解すべきある。しかして本件において被上告人と上告人Aとの間に賃借権の譲渡契約が成立したものでないことは一審判決の趣旨により明らかであり、更にその認定した事実によれば上告人Aと同Bとの聞に賃借権譲渡の話合が具体化したのは被上告人が承諾撤回の意思表示をした後であり、撤回の意思表示をした当時は未だBとの間に何等の法律関係が生じていなかつたことが窺える。そして一審判決はかような承諾の撤回を適法とするには当事者双方の利害関係を公平に比較し賃貸人に承諾を撤回するについて相当の理由があるか否かによつてこれを決すべきであると判示し本件においてはこの見地に立つて賃貸人の承諾撤回が相当理由の存することを認定しているのであるからその判断は衡平の観念と条理に適つたものであり正当である。若し多数意見のように一旦承諾した以上如何なる段階においても承諾の撤回ができないと解することは単独行為である賃借権譲渡許諾行為の性質に副わないばかりでなく、賃借人の保護の点にのみ考慮を払うの余り賃貸人の権益を害する結果を招来し衡平の観念に反するものである。よつて本件上告は理由なきものとして棄却すベきである。

・賃貸借の目的物が適法に転貸された場合、転借人は、賃貸人に直接義務を負うことになるので、Aから転貸料の支払いを請求された場合は、CはAに対して支払わなければならない!!!!!!!!!!
+(転貸の効果)
第613条
1項 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。
2項 前項の規定は、賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げない。

・CはAから賃料の支払を求められた場合、Bに前払いしたという事実を対抗することはできない!!←613条

・前払いであるかどうかは、AB間の賃貸借契約における支払期ではなく、BC間の転貸借契約における支払期をもって決定される!!

・BがAの承諾を得たうえでCに対して甲建物を転貸した場合、Cの過失によって甲建物が減失したときは、AはCに対して債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができる!!

・賃借物が転借人の過失により減失した場合、転借人は転貸人の履行補助者とみなされ、転貸人に過失がなくても、転貸人は賃貸人に対して損害賠償責任を負う!!!!!

+++履行補助者
履行補助者とは、債務者が債務の履行のために使用する者を意味する。債務者が使用した履行補助者の作為・不作為によって不履行が生じた場合に、債務者が債務不履行責任を負うかが問題となり、伝統的に「履行補助者の故意過失」として議論されており、現在もなお議論のある問題である。
伝統的な通説は、履行補助者の故意過失を債務者の帰責事由の問題、すなわち「債務者の故意過失または信義則上これと同視すべき事由」のうち、「信義則上これと同視すべき事由」として位置付けている
その上で、履行補助者を、債務者が自分の手足として使用する「真の意味の履行補助者」と、債務者に代わって履行の全部を引き受けてする「履行代行者」に分類している。
前者については、債務者は常に履行補助者の故意過失について責任を負い後者のうち、履行代行者の使用が法律又は特約で禁じられているのに債務者が使用した場合は、そのこと自体が債務不履行となり、履行代行者の故意過失を問わず債務者は責任を負い明文上履行代行者の使用が許されている場合は、債務者は代行者の選任または監督に過失があった場合に責任を負いどちらでもない場合には、債務者は履行代行者の故意過失について責任を負うとされている。

・賃貸人と賃借人は直接の契約関係には立たない以上、転借人が賃貸借契約に基づく費用償還請求権(608条)を行使すべき相手方は賃借人(転貸人)であり、賃貸人ではない。!!!
もっとも、転借人が目的物を賃貸人に返還する場合は、196条に基づく償還請求権が認められる!!!
+(賃借人による費用の償還請求)
第608条
1項 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる
2項 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(占有者による費用の償還請求)
第196条
1項 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2項 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

・賃貸人が、賃借人の賃料不払を理由に賃貸借契約を解除する場合、特段の事情のない限り、転借人に!!!通知等をして賃料の代払の機会を与えなければならないものではない!!!!
+判例(H6.7.18)
理由
上告代理人高田正利の上告理由第一、第二について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第一、第三及び第四について
土地の賃貸借契約において、適法な転貸借関係が存在する場合に、賃貸人が賃料の不払を理由に契約を解除するには、特段の事情のない限り、転借人に通知等をして賃料の代払の機会を与えなければならないものではない(最高裁昭和三三年(オ)第九六三号同三七年三月二九日第一小法廷判決・民集一六巻三号六六二頁、最高裁昭和四九年(オ)第七一号同四九年五月三〇日第一小法廷判決・裁判集民事一一二号九頁参照)。原審の適法に確定した事実関係の下においては、賃貸人である府川聞一(被上告人らの先代)が、転借人である上告人に対して賃借人である増永正行の賃料不払の事実について通知等をすべき特段の事情があるとはいえないから、本件賃貸借契約の解除は有効であり、被上告人らの上告人に対する建物収去土地明渡請求を認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官木崎良平の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官木崎良平の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見とは異なり、本件のように建物所有を目的とする土地の賃貸借において、賃貸人が転貸を承諾し適法な転貸借関係が存在している場合に、賃借人が地代の支払を遅滞したことを理由として賃貸借契約を解除するには、賃貸人は、賃借人に対して地代の支払を催告するだけではなく、転借人にも地代の延滞の事実を通知するなどして右地代の代払の機会を与えることが信義則上必要であり、転借人に右通知等をしないで賃貸借契約を解除しても、その効力を転借人に対抗することができないと考える。その理由は、次のとおりである。
建物所有を目的とする土地の賃貸借において、適法な転貸借関係が存在する場合には、通常は、転借人が当該土地上に建物を所有して建物を占有しているのであって、その実態に即して転借人の権利の保護が図られるべきであり、転借人が建物収去土地明渡しを余儀なくされるという重大な結果が不当に生ずることがあってはならない。賃貸借契約が解除された場合に、賃貸人が賃貸借契約の消滅の効力を主張して賃借人に対して建物収去土地明渡しを請求することができるかどうかを判断するには、右の観点から慎重に検討すべきであって、転借権が土地賃借人の賃借権の存在を前提とするものであるから賃借権の消滅により転借権が消滅するといった形式論のみによって決すべきではない。そして、右の観点からすると、賃貸人にとって、転借人に地代が延滞していることを通知することは容易なことであり、しかも、多くの場合には、この通知等によって延滞地代の支払が期待し得るのに、あえてこれをせずに賃貸借契約を解除し、転借人に建物収去土地明渡しを請求することを認めることは、転借人の地位を不当に軽んじるものであって、公平の原則ないしは信義誠実の原則に反するものというべきであるからである。
また、多数意見のように解すれば、賃貸人と賃借人とが意を通じて、実際には賃貸借契約を合意解約する意図であるのに、合意解約の効力を転借人に対抗できなくなることを避けるため、あえて地代の延滞という状況を作出し、地代の延滞を理由に契約を解除した場合にも、転借人は、右の事情を主張立証しなければ解除の効力を争うことができなくなり、なれ合いによる合意解約によって転借人の権利を消滅させるのと同一の不都合な結果が生ずることも避けられなくなる。
したがって、転借人に右の機会を与えないでされた契約解除の転借人に対する効力を認め、被上告人らの上告人に対する明渡請求を認容した原判決は破棄を免れず、被上告人らの上告人に対する請求を棄却すべきである。

++解説
《解  説》
一 事実の概要と裁判
Yは、Xから本件土地を賃借していたAからその二分の一を転借し(Xは黙示的に転貸を承諾)、地上に建物を所有していた。Aが賃料の支払を怠ったので、Xは、Aに対し延滞賃料支払の催告をした上で、賃貸借契約を解除し、Yに対して、所有権に基づいて建物収去土地明渡を請求した(Aに対しても土地の明渡しを請求していた。)。Yは、適法な転貸借がある場合に、賃貸人が賃料不払を理由に賃貸借契約を解除するには、転借人に通知するなどして、未払賃料の支払の機会を与えなければ、解除の効力がないか解除の効果を転借人に主張することができない旨を主張した。
原審が、最一小判昭37・3・29民集一六巻三号六六二頁を引用して転借人に対し未払賃料の代払の機会を与える必要はないとしてXの請求を認容すべきものとしたのに対し、Yが右の最一小判は変更されるべきであるとして上告した。本判決は、判決要旨のとおりの判断をしてYの上告を棄却した。

二 説明
賃貸人の承諾のある転貸借がある場合、賃貸人・賃借人(転貸人)間、賃借人(転貸人)・転借人間の二つの賃貸借関係が別個独立に存在し、両者は原則として相互に何の影響も受けない(承諾によって転借人の用益が賃貸人に対する関係で適法となるだけである。)。したがって、原賃借権が消滅しても、転賃借権は当然には消滅しないが、転借権は、原賃借権を前提としてその権利の範囲内で設定されたものであるから、その存立の基礎となる原賃借権が消滅した以上、転借人は賃貸人に対し転借権を対抗することができず(転借人の用益が賃貸人に対する関係で不法占有となる)、賃貸人は転借人に対して所有権に基づき目的不動産の明渡しを求めることができるのが原則である。しかし、賃貸人・賃借人(転貸人)間の賃貸借契約が合意解除された場合については、判例は、特別の事情のない限り合意解除の効力を転借人に対抗し得ないとしており(最一小判昭37・2・1裁集民五八巻四四一頁、最一小判昭41・5・19民集二〇巻五号九八九頁、本誌一九三号九三頁、借地上の建物賃借人に対する関係につき最一小判昭38・2・21民集一七巻一号二一九頁、本誌一四四号四二頁)、学説も一致してその結論に賛成している(我妻栄『民法講義中巻一』四六四頁など)。しかし、賃貸人・賃借人(転貸人)間の賃貸借契約が賃料不払等を理由に法定解除された場合には、判例は、例外を認めて来なかった。そのような中で、学説において、①賃借人の賃料不払という自己の関知しない事情によって適法に成立した転借人の地位が覆えされることは不合理であること、②法定解除と合意解除は実際上は紙一重であり、転借人の地位を覆すために法定解除の形を整えることもないとはいえないから、法定解除か合意解除かで差を設けることは適当でない、③賃貸人は直接転借人に対して権利を行使し得るのであり、転借人に通知等をすることは容易なことであって賃貸人に過大な負担をかけることもないことなどを指摘して、信義則ないし公平の原則上、少なくとも転借人に賃料不払いの事実を通知するなどして賃料の支払の機会を与えるべきであるとする見解(通知等必要説)が主張され、今日では多数説となるに至っている(星野英一『借地・借家法』三七五頁、鈴木禄也『借地法上』五七五頁、石田喜久夫「借地権の譲渡・転貸」『現代借地借家法講座第1巻』一七三頁など。)。
しかし、判例は、このような通知等の要否についても、原判決が引用した前掲最一小判昭37・3・29が賃貸人は賃借人に対して催告するをもって足り、さらに転借人に対してその支払の機会を与えなければならないというものではない旨を判示して、同趣旨の大審院判例(大判昭6・3・18新聞三二五八号一六頁)を踏襲して、通知等必要説を採らないことを明らかにした。その後、最一小判昭49・5・30裁集民一一二号九頁(借家の転貸借について)、最三小判昭51・12・14裁集民一一九号三一一頁(借地上建物の賃借人について)が同旨の判断を行っており、賃貸借を前提として賃借人と契約関係に入った者に対して未払賃料の支払の機会を与える必要がないという判例の立場は、ほぼ確立していた。
その理由とするところは、転貸借は、賃貸借の存在を前提とするものであって、転借人の地位はもともと賃貸借の帰すうによって影響されるものであり、転借人もそのことを承知して転貸借契約を締結しているのであるから、右のように解したからといって転借人に当然には特別の不利益をもたらすものではなく、また、賃貸人は、転貸借を承諾しても、それによって、転借人に対する何らの義務を負うものではないのに、賃料不払を理由として契約を解除しようとする場合に、特段の事情(学説や反対意見が指摘するような賃貸人と転貸人の通謀などがその例であろう。)もないのに、常にあらかじめその旨を転借人に通知等して延滞賃料の代払の機会を与えなければならないとすることは、契約の解除につき法の定めてない義務を賃貸人に課すことと同じ結果になり、転借人の権利を強調するあまり賃貸人の地位、利益をないがしろにするおそれがあるというところにあるものと思われる。
本判決は、学説の多数説が通知等必要説を主張するになっているという状況下において、学説と同趣旨の木崎裁判官の反対意見はあるものの、信義則上代払の機会を与える必要があるような特段の事情がある場合は別として、原則として代払の機会を与える必要ないという従前の判例を確認したものであり、その理由とするところも、従前の判例と異なるところはないと思われる。

・賃貸借契約の合意解除を転借人に対抗することはできない!!
←他人の権利を害し、信義則に反することはできない!

・賃貸借の期間が満了し、同賃貸借が更新されなかった場合、賃貸人は、賃借人に対して所有権に基づいて目的物の返還を請求することができる!!!

・賃貸借契約が賃借人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある適法な転貸借契約は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求したときに終了する!!!
+判例(H9.2.25)
理由
上告代理人須藤英章、同関根稔の上告理由について
一 被上告人の本訴請求は、上告人らに対し、(一) 主位的に本件建物の転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月一日から平成三年一〇月一五日までの転借料合計一億三一一〇万円の支払を求め、(二) 予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めるものであるところ、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、本件建物を所有者である訴外有限会社田中一商事から賃借し、同会社の承諾を得て、これを上告人キング・スイミング株式会社に転貸していた。上告人株式会社コマスポーツは、上告人キング・スイミング株式会社と共同して本件建物でスイミングスクールを営業していたが、その後、同会社と実質的に一体化して本件建物の転借人となった。
2 被上告人(賃借人)が訴外会社(賃貸人)に対する昭和六一年五月分以降の賃料の支払を怠ったため、訴外会社は、被上告人に対し、昭和六二年一月三一日までに未払賃料を支払うよう催告するとともに、同日までに支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。しかるに、被上告人が同日までに未払賃料を支払わなかったので、賃貸借契約は同日限り解除により終了した
3 訴外会社は、昭和六二年二月二五日、上告人ら(転借人)及び被上告人(貸借人)に対して本件建物の明渡し等を求める訴訟を提起した。
4 上告人らは、昭和六三年一二月一日以降、被上告人に対して本件建物の転借料の支払をしなかった。
5 平成三年六月一二日、前記訴訟につき訴外会社の上告人ら及び被上告人に対する本件建物の明渡請求を認容する旨の第一審判決が言い渡され、右判決のうち上告人らに関する部分は、控訴がなく確定した。
訴外会社は平成三年一〇月一五日、右確定判決に基づく強制執行により上告人らから本件建物の明渡しを受けた。

二 原審は、右事実関係の下において、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約が被上告人の債務不履行により解除されても、被上告人と上告人らとの間の転貸借は終了せず、上告人らは現に本件建物の使用収益を継続している限り転借料の支払義務を免れないとして、主位的請求に係る転借料債権の発生を認め、上告人らの相殺の抗弁を一部認めて、被上告人の主位的請求を右相殺後の残額の限度で認容した。

三 しかしながら、主位的請求に係る転借料債権の発生を認めた原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
賃貸人の承諾のある転貸借においては、転借人が目的物の使用収益につき賃貸人に対抗し得る権原(転借権)を有することが重要であり、転貸人が、自らの債務不履行により賃貸借契約を解除され、転借人が転借権を賃貸人に対抗し得ない事態を招くことは、転借人に対して目的物を使用収益させる債務の履行を怠るものにほかならない。そして、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合において、賃貸人が転借人に対して直接目的物の返還を請求したときは、転借人は賃貸人に対し、目的物の返還義務を負うとともに、遅くとも右返還請求を受けた時点から返還義務を履行するまでの間の目的物の使用収益について、不法行為による損害賠償義務又は不当利得返還義務を免れないこととなる。他方、賃貸人が転借人に直接目的物の返還を請求するに至った以上、転貸人が賃貸人との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、転借人が賃貸人に転借権を対抗し得る状態を回復することは、もはや期待し得ないものというほかはなく、転貸人の転借人に対する債務は、社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである。したがって、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了すると解するのが相当である。 !!!!!
これを本件についてみると、前記事実関係によれば、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約は昭和六二年一月三一日、被上告人の債務不履行を理由とする解除により終了し、訴外会社は同年二月二五日、訴訟を提起して上告人らに対して本件建物の明渡しを請求したというのであるから、被上告人と上告人らとの間の転貸借は、昭和六三年一二月一日の時点では、既に被上告人の債務の履行不能により終了していたことが明らかであり、同日以降の転借料の支払を求める被上告人の主位的請求は、上告人らの相殺の抗弁につき判断するまでもなく、失当というべきである。右と異なる原審の判断には、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合の転貸借の帰趨につき法律の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴の部分は破棄を免れず、右部分につき第一審判決を取り消して、被上告人の主位的請求を棄却すべきである。また、前記事実関係の下においては、不当利得を原因とする被上告人の予備的請求も理由のないことが明らかであるから、失当として棄却すべきである。よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

++解説
《解  説》
一1 Xは、所有者であるAから本件建物を賃借し、Aの承諾を得て、これをプール施設に改造した上でYらに転貸し、Yらがスイミングスクールを営んでいた。
2 XがAに対する賃料の支払を怠ったため、Aは昭和六二年一月に賃貸借契約を解除し、同年二月にX及びYらを共同被告として本件建物の明渡請求訴訟を提起した。
Yらは、右訴訟係属中の昭和六三年一二月以降、Xに対して転借料を支払わなかった。
3 右訴訟の一審判決は、Aの明渡請求を認容し、Yらは右判決に対して控訴せず、右判決に基づく強制執行により、平成三年一一月にAに対して本件建物を明け渡した。
4 Xは、その後に本件訴訟を提起し、Yらに対し、転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月から建物明渡時までの未払転借料の支払を求め、予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めた。Yらは、AX間の賃貸借契約がXの債務不履行により解除されたことにより転貸借契約は終了したとして、転借料債務を争った。
第一審及び原審は、Yらが現に本件建物の使用収益を継続している限りは転借料の支払義務を免れないとして、Xの請求を認容(相殺の抗弁を認めて一部棄却)した。Yらの上告に対し、本判決は、前記のとおり判示し、転貸借は既に終了して転借料債務は発生しないとして、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、Xの請求を全部棄却した。

二 甲が乙に物を賃貸し、乙が甲の承諾の下にこれを丙に転貸するという承諾ある転貸借において、甲乙間の賃貸借が乙の債務不履行により解除されて終了した場合、丙は、目的物の使用収益権(転借権)を甲に対抗し得なくなる。この場合の乙丙間の転貸借の帰すうが本件の問題である。
かつては、賃貸借の終了により転貸借も当然に終了するとの説もあったが、現在では、転貸借は賃貸借とは別個の契約であり、賃貸借の終了により当然に終了するものではなく、乙(転貸人)の丙(転借人)に対する債務が履行不能となったときに終了すると解することにほぼ異論はない。しかし、どの時点で乙の丙に対する債務が履行不能となるかについては、見解が分かれている。
1 大判昭10・11・18民集一四巻二〇号一八四五頁は、電話加入権の転貸借の事案について、賃貸借が終了した場合に転貸借は当然に効力を失うものではないが、転借人が賃貸人から目的物の返還請求を受けたときは、これに応じざるを得ず、その結果、転貸人としての義務の履行が不能となり、転貸借は終了する旨判示した。
最判昭36・12・21民集一五巻一二号三二四二頁は、原審が右昭和一〇年大判を引用して「賃借人が債務不履行により賃貸人から賃貸借契約を解除されたときは、賃貸借契約の終了と同時に転貸借契約もその履行不能により当然終了する」と判示し、上告理由がこれを非難したのに答えて、原審の右引用は正当である旨判示した。右最判の事案は、土地の所有者・賃貸人から土地転借人所有の地上建物の賃借人に対する建物退去土地明渡請求事件であるところ、土地の賃貸借契約は賃借人の債務不履行によって解除され、土地賃貸人の転借人に対する建物収去明渡請求を認容する判決が既に確定しているというのであり、右請求の当否を判断する上で転貸借の帰すう判断をする必要はないことから、転貸借の終了時期に関する右判示部分は、傍論との指摘がされている(椿寿夫・不法占拠(綜合判例研究叢書・民法(25))二二頁)。本件の一審、原審とも、右最判は、転貸借の終了時期に関して判断したものではないとしている。
2 学説は、この点について詳しく論じたものは少なく、借地法・借家法の代表的な教科書でもこの点に触れていないものも見られる。昭和三六年最判が賃貸借の終了と同時に転貸借も履行不能により終了する旨判示したものと理解し、これを支持する見解としては、金山正信「賃貸借の終了と転貸借」契約法大系Ⅶ五頁、大石忠生「借地権の消滅」不動産法大系Ⅲ一七三頁などがある。これに対し、米倉明「三六年最判評釈」法協八〇巻六号八九五頁は、賃貸人からする目的物返還請求によって転貸人の転借人に対する義務の不履行を生ずる、とすることも社会通念上肯定されてよいとして、賃貸人から転借人に対して目的物返還請求があったときに履行不能になるとの見解を示している。また、我妻・債権各論中巻一・四六四頁は、乙が事実上も丙をして用益させることができなくなれば、乙の債務は履行不能となるとしており、丙が事実上目的物の使用収益を続けている限りは転貸借は終了しないとの見解と考えられる。

三 転貸借において、転貸人(乙)は転借人(丙)に目的物を使用収益させる義務を負うが、右義務の内容が丙をして事実上収益可能な状態に置くことで足りるとすれば、乙の債務不履行により賃貸借が解除されても、丙が甲に目的物を返還するなどして事実上使用収益ができなくなるまでは、乙の丙に対する債務の不履行はないということになろう。しかし、賃貸人の承諾ある転貸の場合、乙丙間の転貸借契約が甲乙間の有効な賃貸借契約を基礎として成立し、丙が甲に転借権を対抗し得ることが重要であることからすると、乙の丙に対する「使用収益させる義務」は、単に目的物を丙の占有下において事実上使用収益させるにとどまらず、賃貸借契約を有効に存続させて、丙が甲に対する関係で使用収益権を主張できるようにすることも「使用収益させる義務」の内容となるものと考えられる。とすれば、乙が甲に対する債務の履行を怠って賃貸借契約を解除され、丙が甲に転借権を対抗し得ない状態に陥らせることは、丙に対する転貸人としての債務の履行を怠るものというべきであろう。
甲乙間の賃貸借契約が解除されると、丙は転借権を甲に対抗することができなくなり、甲から目的物の返還請求を受ければ、これに応じなければならない。また、丙が賃貸借終了の事実を知らずに乙に転借料を支払って目的物の使用収益を続けている間はともかく、甲から返還請求を受けた時点以降は、甲に対して不法行為による損害賠償債務や不当利得返還債務を免れない。他方、一旦賃貸借契約が有効に解除され、甲が現実の占有者である丙に目的物の返還を請求した以上、乙が甲との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、丙が甲に転借権を対抗し得る状態を回復することは著しく困難と考えられる。右のような状態は、およそ乙が丙に対して目的物を使用収益させる義務を履行しているとはいえず、社会通念ないし取引観念に照らし、右義務の履行を期待しがたいものといわざるを得ないと考えられる。
本判決は、以上のような点を考慮して、原則として、甲が丙に目的物の返還を請求した時に乙の丙に対する債務の履行不能により転貸借が終了すると判断したものと思われる。

四 賃貸借が賃借人の債務不履行により解除された場合の転貸借の帰すうは、承諾ある転貸借の法律関係に関する基本的問題であるが、従来、必ずしも十分な議論がされておらず、判例の態度も明確とは言い難い状況にあったところであり、本判決は、この問題につき明確な判断を示したものとして、注目される。

・AB賃貸借、BC転貸借。CがAから甲建物を譲り受けた賃貸人の地位を承継したときは、Cの転借権は混同により消滅せず、BはCに対して、甲建物の一部の明渡しを請求することはできない!!!!!

+判例(S35.6.23)
理由
上告代理人弁護士鳥巣新一の上告理由第一点について。
所論は採証法則違反をいうがひつきよう原審の専権に属する証拠の取捨選択事実認定を非難するに帰するものであつて、上告適法の理由となすを得ない。
同第二、三点について。
しかし、被上告人Aは本件家屋の占有は不法でないと主張しており、原判決はこの主張を是認するに当り、被上告人Aに判示転借権のあることを認定しているのであり、不法占有にならない事情としてこのような事実認定をすることは当事者の具体的な事実主張有無に拘わらず毫も差支ないものと解するを相当とすべく、そしてこの場合原審として右転借権に関し所論の点を釈明しなければならないわけのものではなく、また、上告人Bは所論損害の発生を否認しており、これに対し原判決は右損害の発生しない理由として判示転借権の存在することを認定しているのであつて、この場合も原審として右転借権について所論釈明権を行使しなければならないわけのものではない。(なお、原判決認定のように家屋の所有権者たる賃貸人の地位と転借人たる地位とが同一人に帰した場合は民法六一三条一項の規定による転借人の賃貸人に対する直接の義務が混同により消滅するは別論として、当事者間に転貸借関係を消滅させる特別の合意が成立しない限りは転貸借関係は当然には消滅しないものと解するを相当とする。―昭和八年九月二九日大審院判決集一二巻二三八四頁以下参照)それ故、所論はすべて理由がなく、採用できない。
よつて、民訴三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・建物所有を目的とする土地の賃借権であるから借地借家法の適用がある。
借地権は、その登記がなくても、土地上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる!
+借地借家
(趣旨)
第1条
この法律は、建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権の存続期間、効力等並びに建物の賃貸借の契約の更新、効力等に関し特別の定めをするとともに、借地条件の変更等の裁判手続に関し必要な事項を定めるものとする。

+(借地権の対抗力等)
第10条
1項 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる
2項 前項の場合において、建物の滅失があっても、借地権者が、その建物を特定するために必要な事項、その滅失があった日及び建物を新たに築造する旨を土地の上の見やすい場所に掲示するときは、借地権は、なお同項の効力を有する。ただし、建物の滅失があった日から二年を経過した後にあっては、その前に建物を新たに築造し、かつ、その建物につき登記した場合に限る。
3項 民法(明治29年法律第89号)第566条第1項 及び第3項 の規定は、前2項の規定により第三者に対抗することができる借地権の目的である土地が売買の目的物である場合に準用する。
4項 民法第533条 の規定は、前項の場合に準用する。


民法択一 債権各論 契約各論 賃貸借 その2


・家具の所有者AがBに賃貸中の当該家具をCに売却した場合、特約の有無にかかわらず、Cは所有権を取得するが、Bに対する賃料については売買契約時に取得するわけではない!!!!
←動産賃貸借に対抗力がないから!
+(不動産賃貸借の対抗力)
第605条
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる。

・賃貸人には賃貸物につき修繕義務があり、賃借人にはその協力義務があるが、賃借人は、賃借物が修繕を要する場合には、修繕を要する場合には、賃貸人がすでにそれを知っている場合を除いて、遅滞なく賃貸人に通知する必要がある!!
+(賃貸物の修繕等)
第606条
1項 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
2項 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない

+(賃借人の通知義務)
第615条
賃借物が修繕を要し、又は賃借物について権利を主張する者があるときは、賃借人は、遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし、賃貸人が既にこれを知っているときは、この限りでない

・建物の賃借人が、賃貸人が修繕すべき雨漏りを自ら費用をだして修繕したときは、賃貸人に対して、直ちに修繕費用全額の償還を請求することができるが、賃貸人に建物を返還してから1年を過ぎると請求することはできない!!
+(賃借人による費用の償還請求)
第608条
1項 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2項 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限
第621条
第600条の規定は、賃貸借について準用する。

+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第600条
契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。

・賃借権の譲渡がなされ、これについて賃貸人の承諾があった場合、従前の賃貸借契約と同内容の関係が賃貸人と譲受人との間に生じるが、賃借人の保管義務違反による損害賠償債務については、これを引き受ける旨の特約がない限り譲受人に移転しない!!!!!!

・建物の賃借人が有益費を支出した後、建物の所有権の譲渡により賃貸人が変わったときは、特段の事情のない限り、新賃貸人が当該有益費の償還義務を承継し、旧賃貸人は当該償還義務を負わない!!!
+判例(S46.2.19)
理由
上告代理人吉岡秀四郎、同緒方勝蔵の上告理由第一点および第二点について。
建物の賃借人または占有者が、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に、賃貸人または占有回復者に対し自己の支出した有益費につき償還を請求しうることは、民法六〇八条二項、一九六条二項の定めるところであるが、有益費支出後、賃貸人が交替したときは、特段の事情のないかぎり、新賃貸人において旧賃貸人の権利義務一切を承継し、新賃貸人は右償還義務者たる地位をも承継するのであつて、そこにいう賃貸人とは賃貸借終了当時の賃貸人を指し、民法一九六条二項にいう回復者とは占有の回復当時の回復者を指すものと解する。そうであるから、上告人が本件建物につき有益費を支出したとしても、賃貸人の地位を訴外Aに譲渡して賃貸借契約関係から離脱し、かつ、占有回復者にあたらない被上告人に対し、上告人が右有益費の償還を請求することはできないというべきである。これと同趣旨にでた原判決の判断は相当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
同第三点について。
建物の賃借人または占有者は、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に賃貸人または占有回復者に対し、自己の支出した有益費の償還を請求することができるが、上告人は被上告人に対しその主張する有益費の償還を請求することのできないことは、前記のとおりである。また、原判決は、上告人は被上告人に対しては有益費の償還請求権を有せず、その消滅時効の点について考えるまでもなく上告人の請求は理由がないと判断したものであるから、有益費償還請求権の消滅時効に関する論旨は、原判決の判断しないことに対する非難である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・賃借人の知らない間に、賃貸人は当該土地を賃貸人たる地位と共に譲渡した。この場合、賃貸人たる地位の移転につき賃借人の承諾がなくとも、特段の事情がない限り、賃貸人たる地位は移転する!!!!
+判例(S46.4.23)
理由
上告代理人真木洋、同浜田正義の上告理由について。
被上告人がAに対し、本件土地の所有権とともに上告人に対する賃貸人たる地位をもあわせて譲渡する旨約したものであることは、原審の認定した事実であり、この事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
ところで、土地の賃貸借契約における賃貸人の地位の譲渡は、賃貸人の義務の移転を伴なうものではあるけれども、賃貸人の義務は賃貸人が何ぴとであるかによつて履行方法が特に異なるわけのものではなく!!、また、土地所有権の移転があつたときに新所有者にその義務の承継を認めることがむしろ賃借人にとつて有利であるというのを妨げないから、一般の債務の引受の場合と異なり、特段の事情のある場合を除き、新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには、賃借人の承諾を必要とせず、旧所有者と新所有者間の契約をもつてこれをなすことができると解するのが相当である!!!!!。
叙上の見地に立つて本件をみると、前記事実関係に徴し、被上告人と上告人間の賃貸借契約関係はAと上告人間に有効に移行し、賃貸借契約に基づいて被上告人が上告人に対して負担した本件土地の使用収益をなさしめる義務につき、被上告人に債務不履行はないといわなければならない。したがつて、これと同趣旨の原判決の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・AがBに土地を賃貸し、Bが同土地上に建物を建築して所有する場合において、AがCに同土地を譲渡したとき、Bは、建物の所有権の登記をしているが土地の賃借権の登記をしていなかった。この場合、Cが所有権移転登記を経ていないときは、BはCに対し賃料支払を拒むことができる。
+判例(S49.3.19)
理由
上告代理人樫本信雄、同竹内敦男の上告理由第一点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠に照らして肯認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点及び第三点について。
原判決は、訴外Aは昭和二五年四月原審控訴人Bから第一審判決添付目録第一記載の宅地(以下本件宅地という。)を買い受けたがその所有権移転登記をしなかつたところ、昭和二九年三月本件宅地を被上告人に売り渡したが、その所有権移転登記は中間を省略してBから直接被上告人に対してされる旨の合意が右三者間に成立し、被上告人は同年九月一二日主文第一項記載の仮登記を経由したこと、一方、上告人は本件宅地上に右目録第二記載の建物(以下本件建物という。)を所有しているが、そのうち家屋番号六七番の二、三木造瓦葺二階建店舗一棟床面積一階七坪六合九勺、二階七坪九勺については昭和二七年七月四日これを他から買い受けるとともに、当時本件宅地の所有者であつたAから本件宅地を建物所有の目的のもとに賃借し、右建物につき同月五日所有権移転登記を経由したこと、被上告人は昭和四六年六月一五日到達の書面をもつて上告人に対し昭和二九年九月一四日以降昭和四六年五月末日までの賃料を四日以内に支払うよう催告し、上告人がこれに応じなかつたので、同年六月二一日到達の書面をもつて上告人に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことを、それぞれ確定したうえ、右賃貸借契約は同日解除されたとして、被上告人が土地所有権に基づき主文第一項の所有権移転登記完了と同時に上告人に対して本件建物の収去を求める本訴請求を認容したものである。
しかしながら本件宅地の賃借人としてその賃借地上に登記ある建物を所有する上告人は本件宅地の所有権の得喪につき利害関係を有する第三者である!!!!から、民法一七七条の規定上、被上告人としては上告人に対し本件宅地の所有権の移転につきその登記を経由しなければこれを上告人に対抗することができず、したがつてまた、賃貸人たる地位を主張することができないものと解するのが、相当である(大審院昭和八年(オ)第六〇号同年五月九日判決・民集一二巻一一二三頁参照)。
ところで、原判文によると、上告人が被上告人の本件宅地の所有権の取得を争つていること、また、被上告人が本件宅地につき所有権移転登記を経由していないことを自陳していることは、明らかである。それゆえ、被上告人は本件宅地につき所有権移転登記を経由したうえではじめて、上告人に対し本件宅地の所有権者であることを対抗でき、また、本件宅地の賃貸人たる地位を主張し得ることとなるわけである。したがつて、それ以前には、被上告人は右賃貸人として上告人に対し賃料不払を理由として賃貸借契約を解除し、上告人の有する賃借権を消滅させる権利を有しないことになる。そうすると、被上告人が本件宅地につき所有権移転登記を経由しない以前に、本件宅地の賃貸人として上告人に対し賃料不払を理由として本件宅地の賃貸借契約を解除する権利を有することを肯認した原判決の前示判断には法令解釈の誤りがあり、この違法は原判決の結論に影響を与えることは、明らかである。したがつて、この点に関する論旨は理由があるから、その余の論旨について判断を示すまでもなく、原判決中本判決主文第一項掲記の部分は破棄を免れない。そして、右部分につきなお審理の必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・Aは自己の所有する建物をBに賃貸し、引き渡した。その後、Aは、Cに当該建物を譲渡し、譲渡の際にAC間で、賃貸人の地位をAに留保する旨を合意した。このような合意がされても、賃貸人たる地位は、原則としてCに移転する!!!!!
+判例(H11.3.25)
理由
上告代理人工藤舜達、同林太郎の上告理由第二点、同坂井芳雄の上告理由第一点、及び同原秋彦、同洞〓敏夫、同牧山嘉道、同若林昌博の上告理由第二点について
一 本件は、建物所有者から建物を賃借していた被上告人が、賃貸借契約を解除し右建物から退去したとして、右建物の信託による譲渡を受けた上告人に対し、保証金の名称で右建物所有者に交付していた敷金の返還を求めるものである。

二 自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日第二小法廷判決・民集一八巻七号一三五四頁、最高裁昭和四三年(オ)第四八三号同四四年七月一七日第一小法廷判決・民集二三巻八号一六一〇頁参照)、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない
けだし右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると、賃借人は、建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず、新旧所有者の合意のみによって、建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり、旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い、右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には、その地位を失うに至ることもあり得るなど、不測の損害を被るおそれがあるからである。もっとも、新所有者のみが敷金返還債務を履行すべきものとすると、新所有者が、無資力となった場合などには、賃借人が不利益を被ることになりかねないが、右のような場合に旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、右の賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべき問題である。

三 これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば(一)被上告人は本件ビル(鉄骨・鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付一〇階建事務所店舗)を所有していたアーバネット株式会社(以下「アーバネット」という。)から、本件ビルのうちの六階から八階部分(以下「本件建物部分」という。)を賃借し(以下、本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、アーバネットに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した、(二) 本件ビルにつき、平成二年三月二七日、(1) 売主をアーバネット、買主を中里三男外三八名(以下「持分権者ら」という。)とする売買契約、(2) 譲渡人を持分権者ら、譲受人を上告人とする信託譲渡契約、(3) 賃貸人を上告人、賃借人を芙蓉総合リース株式会社(以下「芙蓉総合」という。)とする賃貸借契約、(4) 賃貸人を芙蓉総合、賃借人をアーバネットとする賃貸借契約、がそれぞれ締結されたが、右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し、本件賃貸借契約における賃貸人の地位をアーバネットに留保する旨合意された、(三) 被上告人は、平成三年九月一二日にアーバネットが破産宣告を受けるまで、右(二)の売買契約等が締結されたことを知らず、アーバネットに対して賃料を支払い、この間、アーバネット以外の者が被上告人に対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった、(四) 被上告人は、右(二)の売買契約等が締結されたことを知った後、本件賃貸借契約における賃貸人の地位が上告人に移転したと主張したが、上告人がこれを認めなかったことから、平成四年九月一六日、上告人に対し、上告人が本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その後、本件建物部分から退去した、というのであるが、前記説示のとおり、右(二)の合意をもって直ちに前記特段の事情があるものと解することはできない。そして、他に前記特段の事情のあることがうかがわれない本件においては、本件賃貸借契約における賃貸人の地位は、本件ビルの所有権の移転に伴ってアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したものと解すべきである。以上によれば、被上告人の上告人に対する本件保証金返還請求を認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
その余の上告理由について
所論の点に間する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。
私は、上告人が被上告人に対し本件保証金の返還債務を負担するに至ったとする法廷意見には賛成することができない。
一 甲が、その所有の建物を乙に賃貸して引き渡し、賃貸借継続中に、右建物を丙に譲渡してその所有権を移転したときは、特段の事情のない限り、賃貸人の地位も丙に移転し、丙が乙に対する賃貸人としての権利義務を承継するものと解されていることは、法廷意見の説くとおりである。甲は、建物の所有権を丙に譲渡したことにより、乙に建物を使用収益させることのできる権能を失い、賃貸借契約上の義務を履行することができなくなる反面、乙は、借地借家法三一条により、丙に対して賃貸借を対抗することができ、丙は、賃貸借の存続を承認しなければならないのであり、そうだとすると、旧所有者甲は賃貸借関係から離脱し、丙が賃貸人としての権利義務を承継するとするのが、簡単で合理的だからである。

二 しかし、甲が、丙に建物を譲渡すると同時に、丙からこれを賃借し、引き続き乙に使用させることの承諾を得て、賃貸(転貸)権能を保持しているという場合には、甲は、乙に対する賃貸借契約上の義務を履行するにつき何の支障もなく、乙は、建物賃貸借の対抗力を主張する必要がないのであり、甲乙間の賃貸借は、建物の新所有者となった丙との関係では適法な転貸借となるだけで、もとのまま存続するものと解すべきである。賃貸人の地位の丙への移転を観念することは無用である。賃貸人の地位が移転するか否かが乙の選択によって決まるというものでもない。もしそうではなくて、この場合にも新旧所有者間に賃貸借関係の承継が起こるとすると、甲の意思にも丙の意思にも反するばかりでなく、丙は甲と乙に対して二重の賃貸借関係に立つという不自然なことになる(もっとも、乙の立場から見ると、当初は所有者との間の直接の賃貸借であったものが、自己の関与しない甲丙間の取引行為により転貸借に転化する結果となり、乙は民法六一三条の適用を受け、丙に対して直接に義務を負うなど、その法律上の地位に影響を受けることは避けられない。特に問題となるのは、丙甲間の賃貸借が甲の債務不履行により契約解除されたときの乙の地位であり、乙は丙に対して原則として占有権限を失うと解されているが、乙の賃貸借が本来対抗力を備えていたような場合にはそれが顕在化し、丙は少なくとも乙に対しても履行の催告をした上でなければ、甲との契約を解除することができないと解さなければならないであろう。)。

三 本件は「不動産小口化商品」として開発された契約形態の一つであって、本件ビルの全体について、所有者アーバネットから三九名の持分権者らへの売買、持分権者らから上告人への信託、上告人と芙蓉総合との間の転貸を目的とする一括賃貸借、芙蓉総合とアーバネットとの間の同様の一括転貸借(かかる一括賃貸借を原審はサブリース契約と呼んでいる。)が連結して同時に締結されたものであることは、原審の確定するところである。これによれば、本件ビルの所有権はアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したが、上告人、芙蓉総合、アーバネットの間の順次の合意により、アーバネットは本件ビルの賃貸(右事実関係の下では転々貸)権能を引き続き保有し、被上告人との間の本件賃貸借契約に基づく賃貸人(転々貸人)としての義務を履行するのに何の妨げもなく、現に被上告人はアーバネットを賃貸人として遇し、アーバネットは被上告人に対する賃貸人として行動してきたのであり、賃貸借関係を旧所有者から新所有者に移転させる必要は全くない。すなわち、本件の場合には、上告人が賃貸人の地位を承継しない特段の事情があるというべきである。そして、この法律関係は、アーバネットが破産宣告を受けたからといって、直ちに変動を来すものではない。
賃貸借関係の移転がない以上、被上告人の預託した本件保証金(敷金の性質を有する。)の返還の関係についても何の変更もないのであり、賃貸借の終了に当たり、被上告人に対し本件保証金の返還義務を負うのはアーバネットであって、上告人ではないということになる。被上告人としては、アーバネットが破産しているため、実際上保証金返還請求権の満足を得ることが困難になるが、それはやむをえない。もし法廷意見のように解すると、小口化された不動産共有持分を取得した持分権者らが信託会社を経由しないで直接にサブリース契約を締結するいわゆる非信託型(原判決一一頁参照)の契約形態をとった場合には、持分権者らが末端の賃借人に対する賃貸人の地位に立たなければならないことになるが、これは、不動産小口化商品に投資した持分権者らの思惑に反するばかりでなく、多数当事者間の複雑な権利関係を招来することにもなりかねない。また、本件のような信託型にあっても、仮に本件とは逆に新所有者が破産したという場合を想定したとき、関係者はすべて旧所有者を賃貸人と認識し行動してきたにもかかわらず、旧所有者に対して法律上保証金返還請求権はなく、新所有者からは事実上保証金の返還を受けられないことになるが、この結論が不合理であることは明白であろう。
四 以上の理由により、私は、被上告人の上告人に対する保証金返還請求を認めることはできず、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、被上告人の請求を棄却すべきものと考える。
(裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

++上告理由
上告代理人工藤舜達、同林太郎の上告理由
第一点 〈省略〉
第二点 原判決の判断は旧借家法第一条の立法趣旨を見誤り違法である。
一 本件の基本的争点は、本件契約連結によって本件全体ビルの所有権が訴外アーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したことに伴い、本件賃貸借契約における貸主たる地位も当然に訴外アーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したといえるかどうかという点にあることは、原判決が指摘するとおりである。
これについて、原判決は「自己の所有建物を他に賃貸している者が賃貸借契約継続中に第三者にその建物を譲渡した場合には、原則として賃貸人たる地位もこれに伴って右第三者に移転するものであるが、特段の事情が存する場合には、なお賃貸人たる地位は移転しないで建物の譲渡人にとどまるものと解される。そして、賃貸中の建物を譲渡するに際し、新旧所有者間において、従前からの賃貸借関係の賃貸人の地位を従前の所有者に留保する旨の合意をすることは契約の自由の範囲内のことであるが、建物の賃借人が対抗力のある賃借権を有する場合には、その者は新所有者に対して賃借権を有することを主張し得る立場にあるものであって、その者が新所有者との間の賃貸借関係を主張する限り、賃貸借関係は新所有者との間に移行するものであるから、新旧所有者間に右の合意があるほか、貸借人においても賃貸人の地位が移転しないことを承認又は容認しているのでなければ、前記の特段の事情が存する場合に当たるとはいえないというべきである。
本件において、本件全体ビルが訴外アーバネットから持分権者らに売却され、更に控訴人に信託譲渡されるに際し、訴外アーバネットと持分権者らとの間及び持分権者らと控訴人との間において、従前からの賃借人である被控訴人との間の本件賃貸借契約上の賃貸人の地位は訴外アーバネットに留保することとして移転しない旨を合意しており、右売却及び信託譲渡と同時に右合意の趣旨に沿って本件契約連結の各契約が締結され、それ以降も訴外アーバネットは被控訴人に対して賃貸人としての行動をし、被控訴人も訴外アーバネットが破産するまで訴外アーバネットを賃貸人と認識して賃料を支払っていた。しかし、被控訴人は本件賃貸部分につき対抗力のある建物賃借権を有していた者であって、本件全体ビルの所有権が移転し、それに伴い本件契約連結の各契約が締結されたことを訴外アーバネットの破産宣告に至るまで全く知らず、しかも、本件契約連結が存在することを知った後は新所有者に賃貸人の地位が移転した旨主張しているのであるから、被控訴人において賃貸人の地位が移転しないということを承認ないし容認したものと認める余地は全くない。したがって、本件全体ビルの持分権者らへの売却及び控訴人への信託譲渡は前記特段の事情がある場合に当たるということはできず、本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位は、本件全体ビルの所有権の移転に伴い訴外アーバネットから持分権者らに、更に受託者である控訴人に移転したものというべきである。」と判示している。
しかしながら、訴外アーバネットは、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約は固定したまま、甲第三号証建物賃貸借契約には全く影響を及ぼさず、被上告人に対する賃貸人たる地位をそのまま保持して、平成二年三月二七日訴状別紙目録(二)記載の人々に対し、同目録記載のとおり、本件建物の持分所有権のみを売却譲渡し、同年同月三〇日その所有権移転登記をしたのである。
従って、同目録(二)記載の人々は、被上告人に対する賃貸人たる地位を承継しないで、本件建物の持分所有権のみを譲受けたものである。
しかし、訴外アーバネットが訴状別紙目録(二)記載の人々に対し、本件建物の持分所有権を売却譲渡しながら、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約を固定し、甲第三号証建物賃貸借契約に影響を及ぼさず、被上告人に対する賃貸人たる地位をそのまま保持するために、訴外アーバネットは、本件建物の持分所有権譲渡と同時に、本件建物の転借人(転貸人は芙蓉総合リース株式会社)たる地位を取得したのである。
即ち、訴外アーバネットは、本件建物の持分所有権を訴状別紙目録(二)記載の人々に対し、売却譲渡したが、それであれば、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約に影響があり、被上告人に対する賃貸人たる地位を失うことになるが、訴外アーバネットは、本件建物持分所有権譲渡と同時に、本件建物の転借人(転貸人は、芙蓉総合リース株式会社)たる地位を取得することにより、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約を固定し、甲第三号証建物賃貸借契約に影響を及ぼさず、被上告人に対する賃貸人たる地位をそのまま保持することができたのである。
このような契約を締結し、法律関係を創設することは、契約自由の原則の範囲内であり完全に有効である。
それに、訴外アーバネットは、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約を固定したまま、甲第三号証建物賃貸借契約には全く影響を及ぼさず、被上告人に対する賃貸人たる地位を保持したまま、平成二年三月二七日訴状別紙目録(二)記載の人々に対し、本件建物の持分所有権のみを譲渡したので、その譲渡が行なわれた後も、被上告人との関係においては、依然として訴外アーバネットが賃貸人たる地位を継続しており、訴外アーバネットは、真実(擬制ではない)の賃貸人として、賃借人である被上告人から賃料を継続して受領しており、また、真実(擬制ではない)の賃貸人として、被上告人に対し、保証金の返還債務を負担しているのである。
そして、このまま推移して、甲第三号証建物賃貸借契約が終了すれば、それまでの被上告人からの賃料は、真実の賃貸人である訴外アーバネットが全部取得し、被上告人が訴外アーバネットに預託した保証金(二〇パーセント償却後の残額)は終了した時点において、真実の賃貸人である訴外アーバネットが賃借人である被上告人に対し、返還するのである。
原判決の判示は、新所有者が、これまでの賃借人に対する賃貸人となる典型的事例に関する判例の解釈であって、本件のように訴外アーバネットと被上告人との転貸借契約を、そのまま固定して、所有権のみを譲渡する事例においては、原判決の判示するようなことにはならないのである。
従来の判例は、訴外アーバネットが被上告人に対する賃貸人たる地位を失いまたは抜ける場合であって、本件のように、訴外アーバネットが被上告人に対する賃貸人たる地位を失わず、または抜けない場合には、適用がないのである。
それに、本件は元々転貸借のケースであり、従来の判例の解釈も転貸借契約には、適用されず(大判大正九・九・二八民一四〇二頁)、賃貸人の地位が転移しないときは適用されないのである。
原判決も、「本件において、本件全体ビルが訴外アーバネットから持分権者らに売却され、更に控訴人に信託譲渡されるに際し、訴外アーバネットと持分権者らとの間及び持分権者らと控訴人との間において、従前からの賃借人である被控訴人との間の本件賃貸借契約上の賃貸人の地位は訴外アーバネットに留保することとして移転しない旨を合意しており、右売却及び信託譲渡と同時に右合意の趣旨に沿って本件契約連結の各契約が締結され、それ以後も訴外アーバネットは被控訴人に対して賃貸人としての行動をし、被控訴人も訴外アーバネットが破産するまで訴外アーバネットを賃貸人と認識して賃料を支払っていた。」と認めているのである。
二 被上告人と訴外アーバネットとの間の甲第三号証建物賃貸借契約は、訴外アーバネットが、訴外日本都市デベロップから本件ビルの所有権を譲受けても、また、訴外アーバネットが持分権者らに、持分権者らが、上告人にそれぞれ、本件ビルを売買し、または信託譲渡したことによっても、何等変更または切断されることはないのである。
従って、持分権者ら及び上告人は、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約の貸主たる地位を承継することなく、また、その契約に基づく保証金返還債務を承継することもないのである。
右結論については、法的側面、会計または税務処理の側面、当事者の意思または認識、経済的合理性または関係当事者のニーズ並びに結果の妥当性等を総合的に勘案して判断されるべきである。
1 本件について、法的側面を考えて見ると、訴外アーバネットが持分権者らに、持分権者らが、上告人に、それぞれ本件ビルを売買し、または信託譲渡しても、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約は、何等変更また切断されることなく継続しているのである。
訴外アーバネットは、本件ビルを売却した後も依然として、被上告人に対する賃貸人の地位にあり、従来と変わりなく賃料債権を有し、保証金返還債務を負担しているのである。
一方持分権者ら及び上告人は、被上告人と建物賃貸借契約を締結したことはなく、また、保証金の返還債務を負担する旨の約束をしたことはないのである。
従って、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約が終了したときは、訴外アーバネットが被上告人に保証金を返還することになっているのである。
被上告人の指摘している昭和一一年一一月二七日大審院判決は、所有権を譲渡することによって、譲渡人が賃貸人たる地位を失わない、本件の場合には該当しないのである。
2 本件について、会計または税務処理の側面を考えて見ると、会計処理として、被上告人の会計帳簿には賃料の支払先が訴外アーバネットと記帳され、また、保証金の預託先も訴外アーバネットと記帳されており、被上告人の会計帳簿に持分権者ら及び上告人の名前は何処にも記帳されておらず、振替え処理もなされていないのである。
一方訴外アーバネットの会計帳簿には、賃料の請求先が被上告人と記載され、また、保証金の受入も被上告人からとなっており、従って、訴外アーバネットが保証金の返還債務を負担している旨の記載がなされており、その賃料請求権及び保証金返還債務を持分権者らまたは上告人に変更または承継させる旨の記載は一切なされていないのである。
それに、持分権者ら及び上告人の会計帳簿にも、被上告人に対する賃料請求債権は計上されておらず、また、保証金返還債務の記帳はなされていないのである。
更に、税務署は、被上告人からの賃料を、本件ビル売買の前後を問わず、訴外アーバネットの法人所得と認定し、訴外アーバネットから法人税を徴収しており、持分権者らまたは上告人の法人所得または個人所得としてはいないのである。
そして、税務処理の側面からも本件保証金返還債務は、本件ビル売買の前後を問わず、訴外アーバネットが負担したままになっており、持分権者らまたは上告人が本件保証金返還債務を承継したことにはなっていないのである。
もし、持分権者らまたは上告人が本件保証金返還債務を承継するとすれば、持分権者らまたは上告人の法人所得または個人所得に変動が発生しなければならないことになるが、税務署は持分権者らまたは上告人の法人所得または個人所得が変動することはないものと認定しているのである。
3 本件について、当事者の意思または認識として、持分権者ら及び上告人がアーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約及び本件保証金返還債務を承継していないことは、明らかである。
4 本件について、経済的合理性または関係当事者のニーズについては、証人岩田忠雄の尋問調書及び乙第一〇号証の一、二ないし乙第二一号証並びに乙第二四号証ないし乙第二六号証の各種資料により明らかである。
本件は、昭和六二年頃から急速に普及したサブリースの制度であり、小口投資家に対し、オフィスビルへの投資を可能にしたものである。
我国においては、株式、ゴルフ会員権、絵画等の投資物件より、オフィスビルへの投資がもっとも有利であると考えられていたが、オフィスビルは高額であるため、上場している不動産会社であるとか、生命保険会社であるというような多額の資金または資産を有するところしか参加できなかった。
そのため、小口投資家は、最も有利なオフィスビルへの投資に参加できないという意味において苛立っていたところ、小口投資家にもオフィスビルへの投資ができる制度として、サブリースが考え出されたのである。
ただ、小口投資家がオフィスビルへ投資をするについては、いくつかの前提条件があった。
その一つが、小口投資家は、最初から最後までエンドテナントと賃貸借契約の当事者になることはなく、賃料債権を取得することもなく、また保証金返還債務を負担することはないということである。
即ち、小口投資家は、配当や物件の値上りについてのみ関心があるのであって、エンドテナントとの賃貸借契約やビル管理などわずらわしいことには関与しないということである。
原判決の判示しているとおり、小口投資家がエンドテナントと賃貸借契約の当事者にならなければならないというのであれば、サブリースそのものが成立たないことになるのである。
一方サブリースの当事者となる訴外アーバネットのような不動産会社は、賃貸借契約を固定したまま、貸主たる地位から離脱することなく、所有権のみ賃貸借契約と切り離して処分することができることになり、不動産会社は引き続き賃貸事業を継続し、賃貸事業収入や保証金等の運用益を確保できるというサブリースの利点を享受することができるようになったのである。
また、被上告人のようなエンドテナントは、賃貸借契約が固定され、訴外アーバネットのようなサブリースの当事者が賃貸借契約の貸主たる地位から離脱することなく、依然として賃貸人としての地位を継続していることにより、エンドテナントの賃借人たる地位が保護されているのでエンドテナントの希望を満しているのである。
5 本件について、結果の妥当性の観点から考えてみると、訴外アーバネットが被上告人から賃料を継続して受け取り、賃貸借契約が終了したときは、本件ビルの所有権を持分権者らに譲渡していたとしても、訴外アーバネットが被上告人に本件保証金を返還するのであるから、持分権者らや上告人が本件保証金の返還に関与することは一切ないのである。
たまたま、本件については、訴外アーバネットが破産宣告を受けたため問題になっているが、法律的には破産宣告を受けると受けないとによって差異はないのである。
6 原判決の結論では、次のとおり矛盾が生じまた解決不可能な問題が発生する。
(1) 原判決の解釈によれば、上告人が賃貸人であり、被上告人が賃借人であるというが、訴外アーバネットは賃貸人ではないのか。
訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約が切れることなく継続し、訴外アーバネットが賃貸人として権利を行使し、義務を負担しているのに、原判決は、訴外アーバネットが賃貸人でないというのであろうか。
それとも、原判決は、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約と上告人と被上告人との間の建物賃貸借契約が併存しているとでもいうのであろうか。
原判決の結論では、おかしなことになってしまうのである。
(2) 原判決の解釈によれば、上告人は、被上告人に対し、保証金返還債務を負担しているというが、それでは訴外アーバネットは、保証金返還債務を負担していないというのであろうか。
それとも、原判決は、訴外アーバネットの保証金返還義務と控訴人の保証金返還義務が併存しているとでもいうのであろうか。
もし、原判決が保証金返還義務の併存をいうのであれば、その法的根拠をどのように説明するのか全く理解できない。
(3) 原判決は、訴外アーバネットが被上告人に対し、賃貸人として賃料請求権を有し、その反面、上告人は、被上告人に対し、直接賃料請求権を有しないことについて、如何なる説明をするのであろうか。
サブリース契約が、単なるビル管理と賃料集金代行契約でないことは、東京地方裁判所平成三年(ワ)第九〇〇四号建物明渡請求事件(民事第二八部担当)で平成四年五月二五日言渡された判決(判例時報一四五三号一三九頁)により明らかであり、訴外アーバネットは単なるビル管理と賃料集金代行と新たなテナント募集代行の業者ではなく、被上告人に対する賃貸人たる地位を有するのである。
本件の場合、被上告人は訴外アーバネットに対しては賃料支払義務を負担しているが、上告人に対しては賃料支払義務を負担していないのである。
(4) たまたま、本件については、訴外アーバネットが破産宣告を受けたため、本件建物の持分所有権の譲渡が露呈したが、もし、アーバネットが倒産しなければ、本件建物の持分所有権の譲渡は露呈することなく、被上告人は、甲第三号証建物賃貸借契約に基づき、訴外アーバネットに賃料を支払い続け、右賃貸借契約が終了したときは訴外アーバネットから本件保証金の返還を受けることになるのである(もし、露呈したとしても、訴外アーバネットが倒産しなければ、結果は同じ)。
そして、訴外アーバネットが倒産したか否かによって債権、債務の帰属に変更が生ずることはあり得ないので、訴外アーバネットが破産宣告を受けて、本件建物の持分所有権の譲渡が露呈したからといって、保証金の返還債務者は、訴外アーバネットであることに変更はないのである。
それとも、原判決は、訴外アーバネットが倒産したか否かによって債権、債務の帰属に変更が生ずる、または本件建物の持分所有権の譲渡が露呈したか否かによって債権、債務の帰属が生ずるとでも解釈するのであろうか。
原判決の結論は、甚だ疑問であるといわなければならない。
(5) 原判決は、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約が継続していると考えているのか、また途切れると考えているのか、結論が出ていないのではないかと思われる。
甲第三号証建物賃貸借契約は、転貸借契約として締結されているが、訴外アーバネットが訴外日本都市デベロップから本件全体ビルの所有権を取得したときに途切れているのか否か、また訴外アーバネットが本件建物の持分所有権を訴状別紙目録(二)記載の人々に譲渡したときに途切れているのか否かについて、本訴訟事件の基礎的且つ最重要な課題であるにもかかわらず、結論を出していないと思われるのである。
もし、甲第三号証建物賃貸借契約が途切れないで継続し、従って、訴外アーバネットが甲第三号証建物賃貸借契約の賃貸人たる地位を失わず、甲第三号証建物賃貸借契約に基づき引き続き賃料を受領しているものであるとしたら、上告人が保証金の返還義務を負担することはあり得ないのである。
またもし、甲第三号証建物賃貸借契約が途切れて継続しないとすれば、訴外アーバネットは、訴状別紙目録(二)記載の人々に対し持分所有権を譲渡した後、如何なる権利権限に基づいて、被上告人から賃料を受領していたのか法的説明ができないことになってしまうのである。
いずれにしても、原判決の結論は旧借家法第一条の立法趣旨を見誤り、その結果として同条の解釈適用を誤った違法がある。
7 それに従来の判例が、所有権の移転に随伴して貸主の地位も移転するとしているのは、新所有者による明渡請求から賃借人を守るためである。
ところが、本件では、新所有者である上告人に明渡しを請求する意思はなく、所有権移転と同時に訴外アーバネットと賃貸借契約を締結し、被上告人の使用収益を保証している。
従って、所有権移転により被上告人の使用収益が侵されることはない。
この場合、貸主の地位も移転したものとみなすべき必然性が認められない。
よって、当初の賃貸借関係は、訴外アーバネットと被上告人との間に残り、敷金(保証金を敷金と仮定した場合、以下同じ)債務は訴外アーバネットが負担する。
本来貸主の地位が所有権に随伴して移転する旨の条文なく転貸借関係を考えれば所有権と貸主の地位が分属することも一般に認められるところである。
従来の判例では、旧所有者が賃貸借関係から離脱するケースを前提に、所有権に随伴して貸主の地位及び敷金返還債務が当然に新所有者に移転することを認め、その結果、本来法的根拠のない過剰保護というべきものになっている。
敷金は、その金額が一般に区々であり、公示方法も存在しないことから、返還請求権に優先的効力を認めることは、他の債権者を不当に害することになりかねない。
借地借家法は、賃借人の保護を目的とする法律ではあるが、それは主に賃借人に継続的使用を保証する趣旨であり、敷金返還請求権に優先的効力を与えることまで想定したものではない。
特に、今日のように敷金の額が多額である場合は、差入先に対する与信行為としての色彩が濃厚であるから、これにかかる返還債務が所有権に随伴して、当然に承継されるとすることは正当ではない。
原審判決の判示によると所有権の移転を行う時点で、賃借人の同意を得ておく必要があり、これを欠く場合は、賃借人がその事実を知ったのち、いつでも旧所有者、新所有者のいずれを貸主とするか自由に選択できるかのようであるが、これは、法律関係を著しく複雑にするものである。
また賃借人の同意に関しても、それが賃借人の法律関係にどのような影響を与えるのかにつき、どこまで説明を行ったうえで同意を得る必要があるのかが不明であり、原審判決の理論のままでかかる説明を詳細に行うなら、むしろ、同意を与える賃借人は皆無となってしまうであろう。
転貸借の場合、転貸借人が倒産しても信義則を媒介としながら、民法第三九八条と借家法の全趣旨を踏まえて、転借人の継続的な使用収益をはかることが可能であるから、所有権の移転に随伴して貸主の地位が移転する必然性はないのである。
8 本件については次の判例を斟酌されるよう願います。
新所有者へ建物の賃貸借が承継されたことを承認した賃借人は、その敷金の承継も承諾したものである(大正一三年一二月二日東地民一一判・大正一〇年(ワ)二五四一号新聞二三八一号一七頁)というが、被上告人は特に承認手続きをしているとは認められない。
家屋賃貸借は、新所有者に継承されるから特別事情の主張立証のない限り、新所有者は、賃借人に対し、敷金を返還すべき義務がある(昭和四年五月二七日東区判・昭和三年(ハ)八一七〇号、新報二一三号二七頁)というが、本件については特別事情の主張立証のあるケースと認定すべきである。
賃貸借契約の目的建物の新所有者は、その契約に付随する敷金契約上の権利関係を承継しない(昭和二年一月二六日大阪地民三判・大正一五年(ク)一八九六号、新聞二六五七号四頁・評論一六巻民法六七六頁)。
賃貸借の目的である建物の新所有者が、賃貸人より敷金の償還を受けず、かつ償還請求権の行使につき過失のないときは、敷金提供者に対して敷金を返還すべき義務を負わない(昭和一一年三月二日東区判・昭和一〇年(ハ)五九七〇号、新聞三九七一号四頁・新報四三三号二七頁)。

++解説
《解  説》
一 本件は、いわゆる「不動産小口化商品」の信託業務から派生した事件であり、ビルの所有者からその一部を賃借していたXが、賃貸借契約を解除し、退去したとして、右ビルにつき信託による譲渡を受けていたYに対し、ビル所有者に交付していた保証金は敷金であると主張して、その返還を求めたものである。
1 事実関係は、次のとおりである。(1) 平成元年三月一七日、Aは、本件ビル(地下二階付一〇階建事務所店舗)を建築し、その所有権を取得、(2) 同月三一日、Aは、本件ビルをBに売却し、本件ビルを賃借、(3) 同年六月一六日、Xは、Aから、本件ビルのうちの六階から八階部分(本件建物部分)を賃借し(本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、Aに対して保証金の名目で三三八三万一〇〇〇円を交付、(4) 平成二年二月一五日、Aは、本件ビルをBから買戻し、(5) 同年三月二七日、本件ビルにつき、① 売主をA、買主をC外三八名(Cら)とする売買契約、② 譲渡人をCら、譲受人をYとする信託譲渡契約、③ 賃貸人をY、賃借人をDとする賃貸借契約、④ 賃貸人をD、賃借人をAとする賃貸借契約、がそれぞれ締結され、右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し、本件賃貸借契約における賃貸人の地位をAに留保する旨が合意された、(6) 平成三年九月一二日、Aに対する破産宣告がされたが、Xは、それまで、(5)の売買契約等が締結されたことを知らず、Aに対して賃料を支払い、この間、A以外の者がXに対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった、(7) Xは、本件賃貸借契約における賃貸人の地位がYに移転したと主張したが、Yがこれを認めなかったことから、平成四年九月一六日、Yに対し、Yが本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その後、本件建物部分から退去した。

2 Xは、「A、B間の本件ビルの賃貸借契約は、Aの買戻しにより混同によって消滅した。本件賃貸借契約の賃貸人たる地位は、AからCらを経てYに承継されたところ、Xは、本件賃貸借契約を解除し、本件賃貸部分から退去したので、Yは、本件保証金から約定の二〇パーセントの償却費を控除した残額(二七〇六万四八〇〇円)及び遅延損害金を支払う義務を負う。」と主張した。これに対し、Yは、Xの主張を争う外、「(1) Cら及びYは、Aから本件保証金の交付を受けていない、(2) 債務は信託の対象とならないから、Yは本件保証金返還債務を承継しない、(3) 本件保証金は敷金の性質を有するものではないから、賃貸人の地位の移転があっても返還債務は承継されない。」などと主張した。

3 第一審(東京地判平5・5・13判時一四七五号九五頁)及び原審(東京高判平7・4・27金法一四三四号四三頁)は、いずれもXの請求を認容すべきものとした。原審の判断の要旨は、次のとおりである。(1)(混同)AがBから本件ビルを買い戻したことによって、Aの有した賃借権は混同によって消滅し、本件賃貸借契約は、転貸借ではなく、賃貸借となったものと解すべきである。(2)(賃貸人の地位の移転)本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位は、本件ビルの所有権の移転に伴い、A→Cら→Yと移転したものというべきである。(3)(解除の効力)賃貸人が賃貸借契約の承継を否定することは信頼関係を破壊する行為であり、本件解除は理由がある。(4)(本件保証金)敷金の性質を有するものというべきであり、Yはその返還債務を承継した。(5)(信託の対象)債務そのものは信託の対象とならないが、敷金に関する法律関係は賃貸借関係に随伴するものであり、本件ビルの信託譲渡を受けたYは賃貸人たる地位を承継するとともに本件保証金返還債務を負担するに至ったというべきである。Yから上告。

二 本判決は、判示事項以外の上告理由については、原審の認定を非難するか、又は採用することのできない法令違背の主張であるとして、排斥した(そこで、本判決は、「Xは本件ビルを所有していたAから本件建物部分を賃借し、Aに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した」としたものと解される。)。そして、判示事項に関し「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」と判示した。

三 借家法一条(借地借家法三一条)等の規定によって賃借人が対抗力を有する不動産賃貸借の目的物の所有権が移転した場合、賃貸借関係は、新所有者に当然承継されるということは、判例(大判大10・5・30民録二七輯一〇一三頁等)、通説(新版注釈民法(15)債権(6)〔幾代通〕一八八~一八九頁等)が認めるところであり、学説上は、これについて状態債務説(賃貸借関係は賃貸目的物の所有権と結合した一種の状態債務関係にあるという説)によって説明する見解が有力である。ところで、最二小判昭39・8・28民集一八巻七号一三五四頁、本誌一六六号一一七頁は、「自己の所有家屋を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右家屋を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するものと解すべきである。」としたが、本件においては、「新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意」が右判例にいう「特段の事情」に該当するかどうかが争われた。本判決は、右合意をもって直ちに右の特段の事情があるものということはできないとしたが、藤井裁判官の反対意見は、右の合意をもって特段の事情にあたり、この場合、当初の賃貸借はもとのまま存続するものと解すべきであるとするものである(右判例の判例解説においては、右反対意見と同旨の結論が述べられていたところであった。昭39最判解説(民)三一〇頁)。使用収益の面に着目すると、従来の賃貸人が新所有者との間でその権限を留保する以上、賃借人に特段不利益はないと考えられないでもない。しかし、法廷意見は、右合意をもって特段の事情に該当することを認めると、賃借人が転借人と同様の地位に立たされることとなり、新所有者(Y)と賃借人(X)との間に介在する者(D、A)に賃料不払い等の債務不履行があったとき、賃借人がその地位を失うに至ることがあり得るなど賃借人が不測の損害を被るおそれがあることを挙げて、これを消極に解すべきものとした。右の中間に介在する者の使用収益権能の設定は、必ずしも賃貸借に限られるものではないが、賃借人の債務不履行によって賃貸借が解除されたときは、転貸借は賃貸借の終了と同時に終了すると解されていることが考慮されたものであろう(最一小判昭36・12・21民集一五巻一二号三二四三頁、最二小判平6・7・18本誌八八八号一一八頁等参照)。右の外、所有者から建物を賃借した者にとって、敷金返還請求権等の賃貸人に対する債権について、建物がその引き当てとしての意義を有している面も否定し難いということもできよう。なお、原判決は、新旧所有者間に右の合意がある外、「賃借人においても賃貸人の地位が移転しないことを承認又は容認しているのでなければ、右特段の事情が存する場合に当たるとはいえないというべきである。」としたのに対し、本判決は、「新旧所有者間の右合意をもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」と判示するにとまっている。これは、賃借人の承認又は容認がある場合に限ることが相当であるかどうか、検討の余地があり得るとしたものと解される。また、本判決が、「新所有者が無資力となった場合において、旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべきである。」と判示しているところは、旧所有者に賃貸人の債務を負わせるべき場合があり得るかどうか、今後検討すべき問題であることを示したものといえよう。この点に関しては、学説上、旧所有者に併存的債務を残しておいたらどうかと思われる問題もあるとの指摘(星野英一・民法概論Ⅳ二一六頁)や信義則上、旧所有者が補充的に義務を負うことがあり得ると解すべきであるとの説(鈴木禄彌・債権法講義三訂版五六七頁)がある。

四 本判決は、新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意をもって直ちに最二小判昭39・8・28にいう特段の事情があるものということはできないことを明らかにしたものであって、その意義は小さくないものと考えられる。

・建物の賃料債権の差押えの効力が発生した後に、建物が譲渡され賃貸人の地位が譲受人に移転したとしても、譲受人は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権者に対抗することができない!!!!!
+判例(H10.3.24)
理由
上告人の上告理由について
自己の所有建物を他に賃貸している者が第三者に右建物を譲渡した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するが(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日第二小法廷判決・民集一八巻七号一三五四頁参照)、建物所有の債権者が賃料債権を差し押さえ、その効力が発生した後に、右所有者が建物を他に譲渡し賃貸人の地位が譲受人に移転した場合には、右譲受人は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権に対抗することができないと解すべきである。ただし、建物の所有者を債務者とする賃料債権の差押えにより右所有者の建物自体の処分は妨げられないけれども、右差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、建物所有者が将来収受すべき賃料に及んでいるから(民事執行法一五一条)、右建物を譲渡する行為は、賃料債権の帰属の変更を伴う限りにおいて、将来における賃料債権の処分を禁止する差押えの効力に抵触するというべきだからである
これを本件について見ると、原審の適法に確定したところによれば、本件建物を所有していたAは、被上告人の申立てに係る本件建物の賃借人四名を第三債務者とする賃料債権の差押えの効力が発生した後に、本件建物を上告人に譲渡したというのであるから、上告人は、差押債権者である被上告人に対しては、本件建物の賃料債権を取得したことを対抗することができないものというべきである。以上と同旨をいう原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

++解説
《解  説》
本件は、建物の賃料債権を差し押さえたXと、差押え後に建物を譲り受けたYとの間で、建物の賃借人が供託した賃料についての供託金還付請求権の帰属が争われた事件である。
Xは、本件建物を所有していたAに対する債務名義に基づいて、本件建物の賃借人四名を第三債務者として、Aが右賃借人に対して有する賃料債権についての債権差押命令を申し立て、平成3年3月に、債権差押命令の正本が各第三債務者に送達された。Aに対する債権を有していたYは、平成4年12月ごろ、Aから本件建物の代物弁済を受け、平成5年1月に、本件建物について、真正な登記名義の回復を原因とするAからYへの所有権移転登記が経由された。Yが本件建物の賃借人らに対して賃料をYに支払うよう求めたところ、賃借人らは、平成5年2月以降、債権者不確知(民法四九四条)と差押え(民事執行法一五六条一項)の両者を原因とする賃料の供託をした(混合供託)。そこで、Xは、Yに対し、この供託金の還付請求権を有することの確認を求める本件訴訟を提起した。

原審は、賃料債権の差押手続中に賃貸人たる地位の承継があっても、賃料債権の差押えとの関係では右承継は無効であって、賃料債権は依然として従前の賃貸人に帰属しているものとして右差押えの効力が及ぶものと解するのが相当であるから、本件の債権差押命令の効力は、Yが賃貸人の地位を承継した以後の賃料債権にも及ぶと解すべきである、と述べてXの請求を認容した。
Yは、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があると主張して上告したが、本判決は、原審の判断を支持し、Yからの上告を棄却した。
給料や賃料等の継続的収入についての債権の差押えの効力は、差押債権者の債権額を限度として債務者が差押後に収受すべき収入にも及び、既に発生している債権のほか、将来において発生すべき債権にも差押えの効力が及ぶことになる(民事執行法一五一条)。このため、建物の賃料債権の差押えの効力発生後に差押債務者が賃料債務を免除しても、差押債権者に対抗することができない(最一小判昭44・11・6民集二三巻一一号二〇〇九頁、本誌二四六号一〇六頁)。一方、継続的収入についての債権の差押えを受けた債務者もその発生の基礎である法律関係を変更、消滅させる自由を奪われないとされており、債務者が、給料を差し押さえられた後に辞職することも、賃料を差し押さえられた後に賃貸借契約を合意により解約することも妨げられないと解されている(兼子一「増補強制執行法」二〇〇頁、中務俊昌「取立命令と転付命令」民訴法講座四巻一一八一頁、賀集唱「債権仮差押後、債務者と第三債務者との間で被差押債権を合意解除しうるか」判タ一九七号一四六頁、注解民事執行法(4)四八四頁〔稲葉威雄〕、注釈民事執行法(6)三一五頁〔田中康久〕等)。
ところで、最判昭39・8・28民集一八巻七号一三五四頁、本誌一六六号一一七頁は、賃貸借の目的となった建物の所有権が移転した場合には、特段の事情のない限り、建物の賃貸借関係は新所有者と賃借人との間に移り、新所有者は賃貸人の地位を承継することになると判示しているが、賃料債権が差し押さえられた後に建物が譲渡された場合に、債権差押えの効力が譲渡後に弁済期が到来する賃料にも及ぶか否かに関しては、これまで最高裁の判例がなく、見解が対立していた。
有力な学説は、建物の譲渡後も債権差押えの効果が継続し、新賃貸人を拘束すると解している(宮脇幸彦「強制執行法(各論)」一二二頁、注解民事執行法(4)四八四頁〔稲葉威雄〕)。右の学説に対しては、賃料債権の差押えの有無は公示されていないから、建物の賃料債権が差し押さえていることを知らずに建物を取得した譲受人に不測の損害を及ぼすおそれがある、との批判があり得る。しかしながら、賃料債権の差押えの効力が建物の譲受人に及ぶことによって契約の目的を達成することができない場合には、善意の譲受人は譲渡人に対して瑕疵担保責任を追及することが可能であると考えられる。一方、建物の譲受人が賃料債権の差押命令の拘束を免れると解する説に対しては、執行免脱を容易にし、差押債権者を不安定な立場に置くものであるとの批判があり得る。ことに、本件のように、建物の譲受人が譲渡人の債権者で賃料債権を取得することによって債権の回収を図ろうとしている場合には、右の説は、対抗要件具備の先後によって同一の債権の帰属をめぐる優先関係を定めようとする民法の一般原則と整合しないことになろう。東京高判平6・4・12本誌九〇一号二〇一頁、判時一五〇七号一三〇頁は、建物の賃料債権についての差押命令が発せられた後に右賃料債権を対象とする換価権及び優先弁済権を設定する行為は差押えの処分禁止効に抵触すると判示しているが、右の東京高判も、右の有力な学説と同様の考え方に立つものといえる。
なお、本判決は、賃料債権の差押債権者と差押え後に建物を任意に譲り受けた者との間の賃料債権の帰属に関する判断を示したものであり、不動産競売の目的不動産の賃料債権の差押債権者と買受人との間の法律関係についての判断を示したものではない。執行実務では、建物の買受人は、賃料債権の差押命令による拘束を受けないとの前提で運用されているようであるが(金法一三八七号一二〇頁二段目のコメント)、賃料債権を差し押さえた一般債権者と抵当権者との法律関係に関しては、最一小判平10・3・26民集五二巻二号登載予定が、一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、一般債権者の申立てによる差押命令の第三債務者への送達と抵当権設定登記との先後によって両者の優劣を定めるべき旨を判示している。不動産競売手続において賃料債権の差押命令の処分制限効をどのようにとらえるべきかは、今後更に検討されるべき課題である。
本判決は、建物の賃料債権の差押債権者と建物の譲受人との間の賃料債権の帰属をめぐる基本的な法律関係に関して、最高裁が初めての判断を示したものであり、実務に与える影響も大きいと考えられる。

・賃貸目的物の一部が賃借人の過失によらないで減失した場合、減失した部分の割合に応じた賃料の減額は、賃借人による減失部分に応じた賃料減額請求がない限り生じない!!
+(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
第611条
1項 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる
2項 前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる

・賃借物の一部が賃借人の過失によらず減失し、賃貸人の修繕義務不履行によって使用収益に不便が生じている場合、賃借人は、賃料の全額について支払いを拒むことまではできない!
+判例(S43.11.21)
理由
上告代理人岡田実五郎、同鈴木孝雄の上告理由第一、第二点ならびに同安藤信一郎の上告理由第一の一について。
原審(その引用する第一審判決を含む。以下同じ)の確定する事実によれば、被上告人は、昭和三七年三月一五日、上告人に対し本件家屋を賃料月額金一万五〇〇〇円、毎月末翌月分支払の約で賃貸し、同年九月一四日、賃貸期間を昭和四〇年九月一三日までと定めたが、右賃貸借契約には、賃料を一箇月でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができる旨の特約条項が付されていたというのである。
ところで、家屋の賃貸借契約において、一般に、賃借人が賃料を一箇月分でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができる旨を定めた特約条項は、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにかんがみれば、賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当である。
したがつて、原判示の特約条項は、右説示のごとき趣旨において無催告解除を認めたものと解すべきであり、この限度においてその効力を肯定すべきものである。そして、原審の確定する事実によれば、上告人は、昭和三八年一一月分から同三九年三月分までの約定の賃料を支払わないというのであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、右特約に基づき無催告で解除権を行使することも不合理であるとは認められない。それゆえ、前記特約の存在及びその効力を肯認し、その前提に立つて、昭和三九年三月一四日、前記特約に基づき上告人に対しなされた本件契約解除の意思表示の効力を認めた原審の判断は正当であり、原判決に所論のごとき違法はなく、論旨は理由がない。

上告代理人岡田実五郎、同鈴木孝雄の上告理由第三点について。
原審の確定する事実によれば、上告人は本件家屋に居住し契約の目的に従つてこれを使用収益していたところ、所論の事情により上告人の居住にある程度の支障ないし妨害があつたことは否定できないが、右使用収益を不能もしくは著しく困難にする程の支障はなかつた、というのであるから、このような場合、賃借人たる上告人において賃料の全額について支払を拒むことは許されないとする原審の判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同第四点について。
賃貸借契約が解除された以上、賃貸人の修繕義務および使用収益させる義務は消滅するのであるから、賃借人は、右の義務不履行を理由に未払賃料の支払を拒むことはできない。所論は、独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

上告代理人安藤信一郎の上告理由第一の二について。
上告人の本件家屋の使用が妨害された程度についての原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として肯認することができ、原判決に所論のごとき違法はない。論旨は、原審の事実認定を非難するか、または、原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第一の三について。
原審の確定した事実によれば、被上告人のした本件解除権の行使をもつて権利の濫用であるとはいえないとした原審の判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。
上告人の上告理由について。
所論は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を争うものにすぎないところ、原判決に所論の違法は認められない。それゆえ、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・建物所有を目的とする土地の賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾を得ずに建物を増改築したときは無催告で解除することができる特約があった場合において、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築しても、この増改築が賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人は特約に基づき解除権を行使することはできない!!!
+判例(S41.4.21)
上告代理人松井邦夫の上告理由一、二について。
一般に、建物所有を目的とする土地の賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾をえないで賃借内の建物を増改築するときは、賃貸人は催告を要しないで、賃貸借契約を解除することができる旨の特約(以下で単に建物増改築禁上の特約という。)があるにかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合においても、この増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは、信義誠実の原則上、許されないものというべきである。
以上の見地に立つて、本件を見るに、原判決の認定するところによれば、第一審原告(脱退)Aは被上告人に対し建物所有の目的のため土地を賃貸し、両者間に建物増改築禁止の特約が存在し、被上告人が該地上に建設所有する本件建物(二階建住宅)は昭和七年の建築にかかり、従来被上告人の家族のみの居住の用に供していたところ、今回被上告人はその一部の根太および二本の柱を取りかえて本件建物の二階部分(六坪)を拡張して総二階造り(一四坪)にし、二階居宅をいずれも壁で仕切つた独立室とし、各室ごとに入口および押入を設置し、電気計量器を取り付けたうえ、新たに二階に炊事場、便所を設け、かつ、二階より直接外部への出入口としての階段を附設し、結局二階の居室全部をアパートとして他人に賃貸するように改造したが、住宅用普通建物であることは前後同一であり、建物の同一性をそこなわないというのであつて、右事実は挙示の証拠に照らし、肯認することができる。
そして、右の事実関係のもとでは、借地人たる被上告人のした本件建物の増改築は、その土地の通常の利用上相当というべきであり、いまだもつて賃貸人たる第一審査原告(脱退)Aの地位に著しい影響を及ぼさないため、賃貸借契約における信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由が主張立証されたものというべく、従つて、前記無断増改築禁止の特約違反を理由とする第一審原告(脱退)Aの解除権の行使はその効力がないものというべきである。
しからば、賃貸人たる第一審原告(脱退)Aが前記特約に基づいてした解除権の行使の効果を認めなかった原審の判断は、結局正当というべきであり、諭旨は、ひつきよう失当として排斥を免れない。


民法択一 債権各論 契約各論 賃貸借 その1


・賃貸借契約に基づく目的物返還請求訴訟の請求原因事実
①賃貸借契約を締結したこと
②賃貸借契約に基づく目的物引渡し
③賃貸借契約の終了原因事実
←引き渡しが請求原因事実となるのは、賃貸借契約は諾成契約であって(601条)、合意だけで成立するが、目的物の返還請求をするためには、契約に基づいてその目的物を引き渡していたことが前提!
+(賃貸借)
第601条
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

・借主が金銭を支払うことを約束して契約を締結した場合、その額の多寡にかかわらず賃貸借契約が成立するわけではない!!!
+判例(S35.4.12)
上告代理人倉石亮平の上告理由について。
所論の点に関し原判決が認めた事実の要旨は、(一)上告人Aは本件二階建店舗一棟を所有中上告人Bが自己(A)の妻の伯父に当るという特殊の関係に基いて昭和二二年中から右建物の二階七畳と六畳の二室を上告人Bに貸しBはこれを借り受け使用する(七畳の方は上告人Aも使用する)契約をしたが、普通右の室を他人に貸すとすれば室代は一畳当り一ケ月千円位を相当としたのであるが右親戚の間柄なる故室代ではないが室代ということにして上告人Bは上告人Aに一ケ月千円宛を支払うことにした、また、(二)上告人Aは右建物のうち二階六畳の一室を自己(A)の妻の弟で学生である上告人Cに昭和二八年頃から貸して使用させているけれども、上告人Cは上告人Aとともに同家で食事しているので食費として一ケ月三千五百円宛をこれに支払つており、別に一ケ月千円宛を室代ではないが室代ということにして支払うことにした、というのである。
してみれば、原判決が、右(一)、(二)の上告人B、同Cの一ケ月千円宛の各支払金はいずれも判示各室使用の対価というよりは貸借当事者間の特殊関係に基く謝礼の意味のものとみるのが相当で、賃料ではなく、右(一)、(二)の契約は使用貸借であつて賃貸借ではないと解すべき旨を判示し、そして、被上告人は、右各契約後、上告人Aより本件建物の所有権を取得したけれども、被上告人はこれによつて上告人Aの右各室についての使用貸借関係を法律上承継するものではない、としたのはすべて相当というを妨げない。されば論旨が右貸借を賃貸借と解すべきものとし、借家法一条により上告人らは被上告人に対し前示各室の賃借権を対抗しうべきものとする主張は採用することができない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・賃貸借契約は、当事者の合意だけで成立するから、諾成契約である!

・建物賃貸借における敷金は、賃貸借終了後建物明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、 敷金返還請求権は、賃貸借終了後建物明渡完了の時においてそれまでに生じた上記の一切の被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき発生する!!

+判例(S48.2.2)大切!
上告代理人山下勉一の上告理由について。
原判決の確定したところによれば、訴外Aは、昭和三四年一〇月三一日、訴外Bから、同人所有の本件家屋二棟を資料一か月八〇〇〇円、期間三年の約で借り受け、敷金二五万円を同人に交付したが、右賃貸借契約においては、「右敷金ハ家屋明渡ノ際借主ノ負担二属スル債務アルトキハ之ニ充当シ、何等負担ナキトキハ明渡ト同時ニ無利息ニテ返還スルコト」との条項が書面上明記されていたこと、被上告人は、昭和三五年中、競落により本件各家屋の所有権を取得して、Aに対する賃貸人の地位を承継し、その結果右敷金をも受け継いだところ、右賃貸借は昭和三七年一〇月三一日期間満了により終了し、当時賃料の延滞はなかつたこと、被上告人は、Aから本件各家屋の明渡義務の履行を受けないまま、同年一二月二六日、これを訴外Cに売り渡し、かつ、それと同時に、右賃貸借終了の日の翌日から右売渡の日までのAに対する明渡義務不履行による損害賠償債権ならびに過去および将来にわたり生ずべきAに対する右損害賠償債権の担保としての敷金をCに譲渡し、その頃その旨をAに通知したが、右譲渡につきAの承諾を得た事実はなかつたこと、その後CがAに対して提起した訴訟の一、二審判決において、AがCに対して本件各家屋明渡義務および一か月二万四九四七円の割合による賃料相当損害金の支払義務を負うことが認められたのち、昭和四〇年三月三日頃もCとAとの間において、CのAに対する右賃料相当損害金債権のうちから、本件敷金などを控除し、その余の損害金債権を放棄する旨の和解が成立し、同年四月三日頃AがCに対し本件各家屋を明渡したこと、以上の事実が認められるというのであり、他方、上告人が、Aに対する強制執行として、昭和四〇年一月二七日、Aの被上告人に対する本件敷金返還請求権につき差押および転付命令を得、同命令が同月二九日Aおよび被上告人に送達された事実についても、当事者間に争いがなかつたことが明らかである。
原判決は、以上の事実関係に基づき、本件賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借契約終了後の家屋明渡義務不履行に基づく損害賠償債権をも担保するものであり、家屋の譲渡によつてただちにこのような敷金の担保的効力が奪われるべきではないから、賃貸借終了後に賃貸家屋の所有権が譲渡された場合においても、少なくとも旧所有者と新所有者との間の合意があれば、貸借人の承諾の有無を問わず、新所有者において敷金を承継することができるものと解すべきであり、したがつて、被上告人がCに本件敷金を譲渡したことにより、Cにおいて右敷金の担保的効力とその条件付返還債務とを被上告人から承継し、その後、右敷金は、前記の一か月二万四九四七円の割合により遅くとも昭和三八年九月末日までに生じた賃料相当の損害金に当然に充当されて、全部消滅したものであつて、上告人はその後に得た差押転付命令によつて敷金返還請求権を取得するに由ないものというべきであり、なお、右転付命令はすでに敷金をCに譲渡した後の被上告人を第三債務者とした点においても有効たりえない、と判断したのである。
思うに、家屋賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が貸借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し、賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において、それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解すべきであり、本件賃貸借契約における前記条項もその趣旨を確認したものと解される。しかしながら、ただちに、原判決の右の見解を是認することはできない。すなわち、敷金は、右のような賃貸人にとつての担保としての権利と条件付返還債務とを含むそれ自体一個の契約関係であつて、敷金の譲渡ないし承継とは、このような契約上の地位の移転にほかならないとともに、このような敷金に関する法律関係は、賃貸借契約に付随従属するのであつて、これを離れて独立の意義を有するものではなく、賃貸借の当事者として、賃貸借契約に関係のない第三者が取得することがあるかも知れない債権までも敷金によつて担保することを予定していると解する余地はないのである。したがつて、賃貸借継続中に賃貸家屋の所有権が譲渡され、新所有者が賃貸人の地位を承継する場合には、賃貸借の従たる法律関係である敷金に関する権利義務も、これに伴い当然に新賃貸人に承継される賃貸借終了後に家屋所有権が移転し、したがつて、賃貸借契約自体が新所有者に承継されたものでない場合には、敷金に関する権利義務の関係のみが新所有者に当然に承継されるものではなくまた、旧所有者と新所有者との間の特別の合意によつても、これのみを譲渡することはできないものと解するのが相当である!!!!!!!!!!!。このような場合に、家屋の所有権を取得し、賃貸借契約を承継しない第三者が、とくに敷金に関する契約上の地位の譲渡を受け、自己の取得すべき貸借人に対する不法占有に基づく損害賠償などの債権に敷金を充当することを主張しうるためには、賃貸人であつた前所有者との間にその旨の合意をし、かつ、賃借人に譲渡の事実を通知するだけでは足りず、賃借人の承諾を得ることを必要とするものといわなければならない。しかるに、本件においては、被上告人からCへの敷金の譲渡につき、上告人の差押前にAが承諾を与えた事実は認定されていないのであるから、被上告人およびCは、右譲渡が有効になされ敷金に関する権利義務がCに移転した旨、およびCの取得した損害賠償債権に敷金が充当された旨を、Aおよび上告人に対して主張することはできないものと解すべきである。したがつて、これと異なる趣旨の原判決の前記判断は違法であつて、この点を非難する論旨は、その限度において理由がある。
しかし、さらに検討するに、前述のとおり、敷金は、賃貸借終了後家屋明渡までの損害金等の債権をも担保し、その返還請求権は、明渡の時に、右債権をも含めた賃貸人としての一切の債権を控除し、なお残額があることを条件として、その残額につき発生するものと解されるのであるから、賃貸借終了後であつても明渡前においては、敷金返還請求権は、その発生および金額の不確定な権利であつて、券面額のある債権にあたらず、転付命令の対象となる適格のないものと解するのが相当である。そして、本件のように、明渡前に賃貸人が目的家屋の所有権を他へ譲渡した場合でも、貸借人は、賃貸借終了により賃貸人に家屋を返還すべき契約上の債務を負い、占有を継続するかぎり右債務につき遅滞の責を免れないのであり、賃貸人において、貸借人の右債務の不履行により受くべき損害の賠償請求権をも敷金によつて担保しうべきものであるから、このような場合においても、家屋明渡前には、敷金返還請求権は未確定な債権というべきである。したがつて、上告人が本件転付命令を得た当時Aがいまだ本件各家屋の明渡を了していなかつた本件においては、本件敷金返還請求権に対する右転付命令は無効であり、上告人は、これにより右請求権を取得しえなかつたものと解すべきであつて、原判決中これと同趣旨の部分は、正当として是認することができる。
したがつて、本件敷金の支払を求める上告人の請求を排斥した原判決は、結局相当であつて、本件上告は棄却を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

+++転付命令とは
金銭債権に対する強制執行の場合に,差押えられた債権を支払いに代えて差押え債権者に移転する命令 (民事執行法 159) 。転付命令は債務者および第3債務者に送達され,これが確定すると,差押え債権者の債権および執行費用は,転付の対象となった金銭債権が存在するかぎり,その券面額で,転付命令が第3債務者に送達されたときに弁済されたものとみなされる (160条) 。

・賃貸借契約終了に伴う賃借人の建物明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、特別の約定のない限り、同時履行の関係に立たず、賃貸人は、賃借人から建物明渡しを受けた後に敷金全額を返還すれば足りる!!
+判例(S49.9.2)
同第三点について。
原審は、被上告人が任意競売手続において昭和四五年一〇月一六日本件家屋を競落し同年一一月二一日競落代金の支払を完了してその所有権を取得し同月二六日その所有権移転登記を経由したこと、および、上告人が本件家屋の一部を占有していることを認定したうえ、上告人が昭和四四年九月一日本件家屋の前所有者から右占有部分を、期限を昭和四六年八月三一日までとして、賃借しその引渡を受けた旨の上告人の主張につき、右賃貸借は同日限り終了しているものと判断し、かつ、右の賃貸借に際し上告人が前所有者に差し入れたという敷金の返還請求権をもつてする同時履行および留置権の主張を排斥して、被上告人の所有権にもとづく本件家屋部分の明渡請求を認容したものである。
そこで、期間満了による家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務が同時履行の関係にあるか否かについてみるに、賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである(最高裁昭和四六年(オ)第三五七号同四八年二月二日第二小法廷判決・民集二七巻一号八〇頁参照)。そして、敷金契約は、このようにして賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであつて、賃貸借契約に附随するものではあるが、賃貸借契約そのものではないから、賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、一個の双務契約によつて生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず、また、両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても、両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは、必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。一般に家屋の賃貸借関係において、賃借人の保護が要請されるのは本来その利用関係についてであるが、当面の問題は賃貸借終了後の敷金関係に関することであるから、賃借人保護の要請を強調することは相当でなく、また、両債務間に同時履行の関係を肯定することは、右のように家屋の明渡までに賃貸人が取得することのある一切の債権を担保することを目的とする敷金の性質にも適合するとはいえないのである。このような観点からすると、賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがつて、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり、このことは、賃貸借の終了原因が解除(解約)による場合であつても異なるところはないと解すべきである。そして、このように賃借人の家屋明渡債務が賃貸人の敷金返還債務に対し先履行の関係に立つと解すべき場合にあつては、賃借人は賃貸人に対し敷金返還請求権をもつて家屋につき留置権を取得する余地はないというべきである。
これを本件についてみるに、上告人は右の特約の存在につきなんら主張するところがないから、同時履行および留置権の主張を排斥した原審判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

・土地賃借権が賃貸人の承諾を得て旧賃借人から新賃借人に移転された場合であっても、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は、敷金交付者において賃貸人との間で敷金をもって新賃借人の債務の担保をすることを約し又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り、新賃借人に承継されない!!
+判例(S53.12.22)
上告代理人木村保男、同的場悠紀、同川村俊雄、同大槻守、同松森彬、同坂和章平の上告理由第一点及び第二点について
土地賃貸借における敷金契約は、賃借人又は第三者が賃貸人に交付した敷金をもつて、賃料債務、賃貸借終了後土地明渡義務履行までに生ずる賃料額相当の損害金債務、その他賃貸借契約により賃借人が賃貸人に対して負担することとなる一切の債務を担保することを目的とするものであつて、賃貸借に従たる契約ではあるが、賃貸借とは別個の契約である。そして、賃借権が旧賃借人から新賃借人に移転され賃貸人がこれを承諾したことにより旧賃借人が賃貸借関係から離脱した場合においては、敷金交付者が、賃貸人との間で敷金をもつて新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り、右敷金をもつて将来新賃借人が新たに負担することとなる債務についてまでこれを担保しなければならないものと解することは、敷金交付者にその予期に反して不利益を被らせる結果となつて相当でなく、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではないと解すべきである。なお、右のように敷金交付者が敷金をもつて新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は敷金返還請求権を譲渡したときであつても、それより以前に敷金返還請求権が国税の徴収のため国税徴収法に基づいてすでに差し押えられている場合には、右合意又は譲渡の効力をもつて右差押をした国に対抗することはできない。 he—-
これを本件の場合についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、(1) 訴外山下興業株式会社は、上告人から本件土地を賃借し、敷金として三〇〇〇万円を、賃貸借が終了し地上物件を収去して本件土地を明渡すのと引換えに返還を受ける約定のもとに、上告人に交付していた、(2) 被上告人は、同会社の滞納国税を徴収するため、国税徴収法に基づいて同会社が上告人に対して有する将来生ずべき敷金返還請求権全額を差し押え、上告人は昭和四六年六月二九日ころその通知書の送達を受けた、(3) 同会社が本件土地上に所有していた建物について競売法による競売が実施され、同四七年五月一八日訴外太平産業株式会社がこれを競落し、右建物の所有権とともに本件土地の賃借権を取得した、(4) 上告人は同年六月ころ同会社に対し右賃借権の取得を承諾した、(5) 右承諾前において、山下興業株式会社に賃料債務その他賃貸借契約上の債務の不履行はなかつた、というのであり、右事実関係のもとにおいて、上告人は太平産業株式会社の賃借権取得を承諾した日に山下興業株式会社に対し本件敷金三〇〇〇万円を返還すべき義務を負うに至つたものであるとし、上告人が右承諾をした際に太平産業株式会社との間で、敷金に関する権利義務関係が同会社に承継されることを前提として、賃借権移転の承諾料一九〇〇万円を敷金の追加とする旨合意し、山下興業株式会社がこれを承諾したとしても、右合意及び承諾をもつて被上告人に対抗することはできないとして、これに関する上告人の主張を排斥し、被上告人の上告人に対する右三〇〇〇万円の支払請求を認容した原審の判断は、前記説示と同趣旨にでたものであつて、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

・賃貸借契約において、当該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があった場合、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、未払賃料債務があればこれに当然充当され、残額についてその権利義務関係が新賃貸人に承継される!
+判例(S44.7.17)
上告代理人鈴木権太郎の上告理由について。
原判決が昭和三六年三月一日以降同三九年三月一五日までの未払賃料額の合計が五四万三七五〇円である旨判示しているのは、昭和三三年三月一日以降の誤記であることがその判文上明らかであり、原判決には所論のごとき計算違いのあやまりはない。また、所論賃料免除の特約が認められない旨の原判決の認定は、挙示の証拠に照らし是認できる。
しかして、上告人が本件賃料の支払をとどこおつているのは昭和三三年三月分以降の分についてであることは、上告人も原審においてこれを認めるところであり、また、原審の確定したところによれば、上告人は、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに敷金を差し入れているというのである。思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。したがつて、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに差し入れられた敷金につき、その権利義務関係は、同人よりその相続人訴外Bらに承継されたのち、右Bらより本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に、右説示の限度において承継されたものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・AはBとの間で、A所有の甲建物について賃貸借契約を締結し、甲建物をBに引き渡した。Aは、Cに対して、向こう6か月のBに対する賃料債権を譲渡し、AはBに対してその旨通知した。この場合において、BがAに対して賃貸借契約を締結するに際して敷金を差し入れていたときは、AB間の賃貸借契約が終了し、Bが甲建物を明け渡した時に、延滞となったAのBに対する資料債権は敷金の充当によりその限度で消滅する!!!
←賃借人が、賃貸人に対して敷金を差し入れていた場合、賃料債権が第三者に譲渡された場合にも、賃借人が異議をとどめない承諾をしたのでない限り(468条1項参照)、賃貸借契約が終了すると、延滞賃料債権は当然に敷金額だけ減少する。本件は通知されただけで承諾ない。
+(指名債権の譲渡における債務者の抗弁)
第468条
1項 債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。この場合において、債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときはこれを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができる。
2項 譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。

・処分につき行為能力の制限を受けた者又は処分の権限を有しない者が建物の賃貸借をする場合、当該賃貸借の期間は3年をこえることができないが、更新をすることはできる!
+(短期賃貸借)
第602条
処分につき行為能力の制限を受けた者又は処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合には、次の各号に掲げる賃貸借は、それぞれ当該各号に定める期間を超えることができない。
1号 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 十年
2号 前号に掲げる賃貸借以外の土地の賃貸借 五年
3号 建物の賃貸借 三年
4号 動産の賃貸借 六箇月
+(短期賃貸借の更新
第603条
前条に定める期間は、更新することができる。ただし、その期間満了前、土地については一年以内、建物については三箇月以内、動産については一箇月以内に、その更新をしなければならない。
・建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約において、期間の定めがないとき、賃貸人は、解約申し入れにより契約を終了させることはできない。=機関の定めがないときは一律30年になる。
+借地借家法
(定義)
第2条  
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  借地権 建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいう
二  借地権者 借地権を有する者をいう。
三  借地権設定者 借地権者に対して借地権を設定している者をいう。
四  転借地権 建物の所有を目的とする土地の賃借権で借地権者が設定しているものをいう。
五  転借地権者 転借地権を有する者をいう。
+(借地権の存続期間)
第3条  
借地権の存続期間は、三十年とする。ただし、契約でこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。
・借地借家法の適用を受ける土地の賃貸借契約において、契約を最初に更新する場合にあっては、その期間は更新の日から20年とされる。
+借地借家法
(借地権の更新後の期間)
第4条
当事者が借地契約を更新する場合においては、その期間は、更新の日から十年(借地権の設定後の最初の更新にあっては、二十年)とする。ただし、当事者がこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。
・土地の賃貸人が借地契約の更新拒絶をするためには、正当の事由がなければならないほか、契約期間の満了の1年前から6か月前までの間に賃借人に対して更新しない旨の通知は不要!=遅滞なく異議をのべればよい。
+借地借家法
(借地契約の更新請求等)
第5条
1項 借地権の存続期間が満了する場合において、借地権者が契約の更新を請求したときは、建物がある場合に限り、前条の規定によるもののほか、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、借地権設定者が遅滞なく異議を述べたときは、この限りでない
2項 借地権の存続期間が満了した後、借地権者が土地の使用を継続するときも、建物がある場合に限り、前項と同様とする。
3項 転借地権が設定されている場合においては、転借地権者がする土地の使用の継続を借地権者がする土地の使用の継続とみなして、借地権者と借地権設定者との間について前項の規定を適用する。
+(借地契約の更新拒絶の要件)
第6条
前条の異議は、借地権設定者及び借地権者(転借地権者を含む。以下この条において同じ。)が土地の使用を必要とする事情のほか、借地に関する従前の経過及び土地の利用状況並びに借地権設定者が土地の明渡しの条件として又は土地の明渡しと引換えに借地権者に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、述べることができない
・借地借家法の適用を受ける土地賃貸借契約の当事者間で地代等自動改定特約がある場合は、同特約の基準を定めるにあたって基礎となっていた事情に変更があったとき、当事者は同特約に拘束されず、地代等増額請求権を行使することができる!
+(地代等増減請求権)
第11条
1項 地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
2項 地代等の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
3項 地代等の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた地代等の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
+判例(H15.6.12)
 上告代理人遠藤光男、同高須順一、同高林良男の上告受理申立て理由について 
 1 本件は、本件各土地を被上告人から賃借した上告人が、被上告人に対し、地代減額請求により減額された地代の額の確認を求め、他方、被上告人が、上告人に対し、地代自動増額改定特約によって増額された地代の額の確認を求める事案である。 
 2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 
 (1) 上告人は、大規模小売店舗用建物を建設して株式会社ダイエーの店舗を誘致することを計画し、昭和62年7月1日、その敷地の一部として、被上告人との間において、被上告人の所有する本件各土地を賃借期間を同月20日から35年間として借り受ける旨の本件賃貸借契約を締結した。 
 (2) 被上告人及び上告人は、本件賃貸借契約を締結するに際し、被上告人の税務上の負担を考慮して、権利金や敷金の授受をせず、本件各土地の地代については、昭和62年7月20日から上告人が本件各土地上に建築する建物を株式会社ダイエーに賃貸してその賃料を受領するまでの間は月額249万2900円とし、それ以降本件賃貸借契約の期間が満了するまでの間は月額633万1666円(本件各土地の価格を1坪当たり500万円と評価し、その8%相当額の12分の1に当たる金額)とすることを合意するとともに、「但し、本賃料は3年毎に見直すこととし、第1回目の見直し時は当初賃料の15%増、次回以降は3年毎に10%増額する。」という内容の本件増額特約を合意し、さらに、これらの合意につき、「但し、物価の変動、土地、建物に対する公租公課の増減、その他経済状態の変化により甲(被上告人)・乙(上告人)が別途協議するものとする。」という内容の本件別途協議条項を加えた。 
 (3) 本件賃貸借契約が締結された昭和62年7月当時は、いわゆるバブル経済の崩壊前であって、本件各土地を含む東京都23区内の土地の価格は急激な上昇を続けていた。したがって、当事者双方は、本件賃貸借契約とともに本件増額特約を締結した際、本件増額特約によって、その後の地代の上昇を一定の割合に固定して、地代をめぐる紛争の発生を防止し、企業としての経済活動に資するものにしようとしたものであった。 
 (4) ところが、本件各土地の1㎡当たりの価格は、昭和62年7月1日には345万円であったところ、平成3年7月1日には367万円に上昇したものの、平成6年7月1日には202万円に下落し、さらに、平成9年7月1日には126万円に下落した。 
 (5) 上告人は、被上告人に対し、前記約定に従って、昭和62年7月20日から昭和63年6月30日までの間は、月額249万2900円の地代を支払い、上告人が株式会社ダイエーより建物賃料を受領した同年7月1日以降は、月額633万1666円の地代を支払った。 
 (6) その後、本件各土地の地代月額は、本件増額特約に従って、3年後の平成3年7月1日には15%増額して728万1416円に改定され、さらに、3年後の平成6年7月1日には10%増額して800万9557円に改定され、上告人は、これらの地代を被上告人に対して支払った。 
 しかし、その3年後の平成9年7月1日には、上告人は、地価の下落を考慮すると地代を更に10%増額するのはもはや不合理であると判断し、同日以降も、被上告人に対し、従前どおりの地代(月額800万9557円)の支払を続け、被上告人も特段の異議を述べなかった。 
 (7) さらに、上告人は、被上告人に対し、平成9年12月24日、本件各土地の地代を20%減額して月額640万7646円とするよう請求した。しかし、被上告人は、これを拒否した。 
 (8) 他方、被上告人は、上告人に対し、平成10年10月12日ころ、平成9年7月1日以降の本件各土地の地代は従前の地代である月額800万9557円を10%増額した月額881万0512円になったので、その差額分(15か月分で合計1201万4325円)を至急支払うよう催告した。しかし、上告人は、これを拒否し、かえって、平成10年12月分からは、従前の地代を20%減額した額を本件各土地の地代として被上告人に支払うようになった。 
 3 本件において、上告人は、被上告人に対し、本件各土地の地代が平成9年12月25日以降月額640万7646円であることの確認を求め、他方、被上告人は、上告人に対し、本件各土地の地代が平成9年7月1日以降月額881万0512円であることの確認を求めている。
 
 4 前記事実関係の下において、第1審は、上告人の請求を一部認容し、被上告人の請求を棄却したが、これに対して、被上告人が控訴し、上告人が附帯控訴したところ、原審は、次のとおり判断して、被上告人の控訴に基づき、第1審判決を変更して、上告人の請求を棄却し、被上告人の請求を認容するとともに、上告人の附帯控訴を棄却した。 
 (1) 本件増額特約は、昭和63年7月1日から3年ごとに本件各土地の地代を一定の割合で自動的に増額させる趣旨の約定であり、本件別途協議条項は、そのような地代自動増額改定特約を適用すると、同条項に掲げる経済状態の変化等により、本件各土地の地代が著しく不相当となる(借地借家法11条1項にいう「不相当となったとき」では足りない。)ときに、その特約の効力を失わせ、まず当事者双方の協議により、最終的には裁判の確定により、相当な地代の額を定めることとした約定であると解すべきである。 
 (2)ア 本件各土地の価格は、昭和62年7月1日以降、平成3年ころまでは上昇したものの、その後は下落を続けている。 
 イ しかしながら、総理府統計局による消費者物価指数(全国総合平均)は、昭和62年度を100とすると、平成3年度が109.66に、平成6年度が113.69に、平成9年度が115.75に、それぞれ上昇している。また、日本銀行調査統計局による卸売物価指数は、昭和62年度を100とすると、平成3年度が104、平成6年度が100、平成9年度が98であり、それほど大幅には変動していない。また、本件各土地の公租公課(固定資産税・都市計画税)は、昭和62年7月1日には1㎡当たり6000円であったのが、平成3年7月1日には同6740円に、平成6年7月1日には同8090円に、それぞれ上昇しており、本件各土地のうち面積が最も広い地番141番51の土地の固定資産税・都市計画税の合計は、平成6年度には84万4103円であったのが、平成9年度には117万4570円となり、約40%も上昇している。さらに、本件各土地の平成9年7月1日の時点における継続地代の適正額についての第1審の鑑定結果は月額785万8000円であり、本件増額特約を適用した地代の月額881万0512円は、その1.12倍にとどまる。 
 ウ 以上の事実を考慮すると、平成9年7月1日時点において、本件各土地の地代が著しく不相当になったとまではいえないから、本件増額特約が失効したと断じることはできない。 
 (3) そうすると、本件増額特約に基づき、平成9年7月1日以降の本件各土地の地代は月額881万0512円(従前の月額800万9557円を10%増額した金額)に増額されたと認めるのが相当である。 
 (4) 本件増額特約のような地代自動増額改定特約については、借地借家法11条1項所定の諸事由、請求の当時の経済事情及び従来の賃貸借関係その他諸般の事情に照らし著しく不相当ということができない限り、有効として扱うのが相当であるところ、その反面として、同項に基づく地代増減請求をすることはできず、その限度で、当事者双方の意思表示によって成立した合意の効力が同項に基づく当事者の一方の意思表示の効力に優先すると解すべきである。 
 (5) 平成9年12月24日の時点において、いまだ、本件増額特約そのものをもって著しく不相当ということはできないし、これを適用すると著しく不相当ということもできない(したがって、本件別途協議条項を適用する余地もない。)から、上告人は、本件各土地につき、借地借家法11条1項に基づく地代減額請求をすることはできない。 
 5 しかし、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 (1) 建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約の当事者は、従前の地代等が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、借地借家法11条1項の定めるところにより、地代等の増減請求権を行使することができる。これは、長期的、継続的な借地関係では、一度約定された地代等が経済事情の変動等により不相当となることも予想されるので、公平の観点から、当事者がその変化に応じて地代等の増減を請求できるようにしたものと解するのが相当である。この規定は、地代等不増額の特約がある場合を除き、契約の条件にかかわらず、地代等増減請求権を行使できるとしているのであるから、強行法規としての実質を持つものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁、最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁参照)。 
 (2) 他方、地代等の額の決定は、本来当事者の自由な合意にゆだねられているのであるから、当事者は、将来の地代等の額をあらかじめ定める内容の特約を締結することもできるというべきである。そして、地代等改定をめぐる協議の煩わしさを避けて紛争の発生を未然に防止するため、一定の基準に基づいて将来の地代等を自動的に決定していくという地代等自動改定特約についても、基本的には同様に考えることができる。 
 (3) そして、地代等自動改定特約は、その地代等改定基準が借地借家法11条1項の規定する経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には、その効力を認めることができる。 
 しかし、【要旨】当初は効力が認められるべきであった地代等自動改定特約であっても、その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより、同特約によって地代等の額を定めることが借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなった場合には、同特約の適用を争う当事者はもはや同特約に拘束されず、これを適用して地代等改定の効果が生ずるとすることはできない。また、このような事情の下においては、当事者は、同項に基づく地代等増減請求権の行使を同特約によって妨げられるものではない。 
 (4) これを本件についてみると、本件各土地の地代がもともと本件各土地の価格の8%相当額の12分の1として定められたこと、また、本件賃貸借契約が締結された昭和62年7月当時は、いわゆるバブル経済の崩壊前であって、本件各土地を含む東京都23区内の土地の価格は急激な上昇を続けていたことを併せて考えると、土地の価格が将来的にも大幅な上昇を続けると見込まれるような経済情勢の下で、時の経過に従って地代の額が上昇していくことを前提として、3年ごとに地代を10%増額するなどの内容を定めた本件増額特約は、そのような経済情勢の下においては、相当な地代改定基準を定めたものとして、その効力を否定することはできない。しかし、土地の価格の動向が下落に転じた後の時点においては、上記の地代改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより、本件増額特約によって地代の額を定めることは、借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなったというべきである。したがって、土地の価格の動向が既に下落に転じ、当初の半額以下になった平成9年7月1日の時点においては、本件増額特約の適用を争う上告人は、もはや同特約に拘束されず、これを適用して地代増額の効果が生じたということはできない。また、このような事情の下では、同年12月24日の時点において、上告人は、借地借家法11条1項に基づく地代減額請求権を行使することに妨げはないものというべきである。 
 6 以上のとおり、平成9年7月1日の時点で本件増額特約が適用されることによって増額された地代の額の確認を求める被上告人の上告人に対する請求は理由がなく、また、同年12月24日の時点で本件増額特約が適用されるべきものであることを理由に上告人の地代減額請求権の行使が制限されるということはできず、論旨は理由がある。これと異なる原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そこで、原判決を破棄し、被上告人の上告人に対する請求についての本件控訴を棄却するとともに、上告人の被上告人に対する請求について、上告人が地代減額請求をした平成9年12月24日の時点における本件各土地の相当な地代の額について、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
・期間の定めのある建物の賃貸借契約が法定更新された場合、従前の契約と同一の条件で更新されたものとみなされる。期間については、定めがないものとされる!
+(建物賃貸借契約の更新等)
第26条
1項 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする
2項 前項の通知をした場合であっても、建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において、建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも、同項と同様とする。
3項 建物の転貸借がされている場合においては、建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして、建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。
・建物賃貸借について期間の定めがある場合、当事者が期間の満了の1年前から6か月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知をしたときには、賃貸借は期間満了により終了する。もっとも、通知をした場合であっても、建物の賃貸期間が満了した後賃借人が使用を継続する場合に、賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときには、賃貸借は更新されたものとみなされる!!
・期間を3年とする事務用貸室の賃貸借契約において、賃貸人又は賃借人は期間中いつでも2か月前の予告により契約を解約できるとの条項がある場合でも、賃貸人は、正当の事由の有無にかかわらず、この条項に従って契約を解除することはできない!!←40条の場合ではないから借地借家法の適用アリ。
+(一時使用目的の建物の賃貸借)
第40条  
この章の規定は、一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合には、適用しない。
+(解約による建物賃貸借の終了)
第27条
1項 建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
2項 前条第2項及び第3項の規定は、建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。
+(強行規定)
第30条  
この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
・期間の定めのない建物の賃貸借契約は、賃貸人による解約の申し入れの日から6か月の経過によって終了するが、子の解約の申し入れには正当事由が必要である!!!
+(解約による建物賃貸借の終了)
第27条
1項 建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
2項 前条第2項及び第3項の規定は、建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。
+(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
第28条
建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない
・正当の事由の有無にかかわらず契約の更新がないこととする建物賃貸借契約の類型もある!!
+(定期建物賃貸借)
第38条
1項 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第二十九条第一項の規定を適用しない。
2項 前項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。
3項 建物の賃貸人が前項の規定による説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とする。
4項 第一項の規定による建物の賃貸借において、期間が一年以上である場合には、建物の賃貸人は、期間の満了の一年前から六月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができない。ただし、建物の賃貸人が通知期間の経過後建物の賃借人に対しその旨の通知をした場合においては、その通知の日から六月を経過した後は、この限りでない。
5項 第一項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積(建物の一部分を賃貸借の目的とする場合にあっては、当該一部分の床面積)が二百平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、建物の賃借人は、建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。この場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から一月を経過することによって終了する。
6項 前二項の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
7項 第三十二条の規定は、第一項の規定による建物の賃貸借において、借賃の改定に係る特約がある場合には、適用しない。


民法択一 債権各論 契約各論 使用貸借


・使用貸借契約は、貸主が目的物を交付することによって成立し、借主がこれを返還する義務を負うから、片務契約である。
+(使用貸借)
第593条
使用貸借は、当事者の一方が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方からある物を受け取ることによって、その効力を生ずる。

・負担付きの使用貸借契約が締結されたとき、当該建物に瑕疵があった場合、貸主はその負担の限度において瑕疵担保責任を負う!!←596条・551条2項
+(貸主の担保責任)
第596条
第551条の規定は、使用貸借について準用する。

+(贈与者の担保責任)
第551条
1項 贈与者は、贈与の目的である物又は権利の瑕疵又は不存在について、その責任を負わない。ただし、贈与者がその瑕疵又は不存在を知りながら受贈者に告げなかったときは、この限りでない。
2項 負担付贈与については、贈与者は、その負担の限度において、売主と同じく担保の責任を負う。

・Aを貸主、Bを借主とするA所有の甲建物の使用貸借契約が締結された。甲建物に瑕疵があり、Aがそれを知らなかったことに過失があるに過ぎない場合は、Aは担保責任を負わない!!

・使用貸借の借主は、目的物の保存及び保管に通常必要な費用を負担する。一方、有益費を支出したときは、費用償還請求をすることができる!!!
+固定資産税とかは通常の必要費!
+建物内の蛍光灯の交換費用も通常の必要費

+(借用物の費用の負担)
第595条
1項 借主は、借用物の通常の必要費を負担する。
2項 第583条第二項の規定は、前項の通常の必要費以外の費用について準用する。

+(買戻しの実行)
第583条
1項 売主は、第580条に規定する期間内に代金及び契約の費用を提供しなければ、買戻しをすることができない。
2項 買主又は転得者が不動産について費用を支出したときは、売主は、第196条の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、有益費については、裁判所は、売主の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(占有者による費用の償還請求)
第196条
1項 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する
2項 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる

・AB間の使用貸借契約が、返還の期間は定めていないが、Bが他の適当な建物に移るまでのしばらくの間、Bが住居として使用することを目的としていた場合において、Bが現実に適当な建物を見つけることができなくても、それに必要な期間を経過したときは、Aは、使用貸借契約の解約をすることができる!!←597条2項
+(借用物の返還の時期)
第597条
1項 借主は、契約に定めた時期に、借用物の返還をしなければならない。
2項 当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる
3項 当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる。

・使用貸借契約において、貸主は、借主の同意なしに第三者に借用物を使用させた場合は契約を解除することができるが、その際には催告は不要である!!!
+(借主による使用及び収益)
第594条
1項 借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。
2項 借主は、貸主の承諾を得なければ、第三者に借用物の使用又は収益をさせることができない。
3項 借主が前二項の規定に違反して使用又は収益をしたときは、貸主は、契約の解除をすることができる

・契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けたときから(×使用貸借契約終了の時)1年以内に請求しなければならない(600条)

・使用貸借契約において、返還時期も使用収益目的も定めない場合、貸主はいつでも返還を請求することができる!!!!
+(借用物の返還の時期)
第597条
1項 借主は、契約に定めた時期に、借用物の返還をしなければならない。
2項 当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。
3項 当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる

・使用貸借契約は借主の死亡によりその効力を失う(599条)。他方、貸主が死亡したとしても、別段の特約がない限り、使用貸借契約は終了しない!!!
+(借主の死亡による使用貸借の終了)
第599条
使用貸借は、借主の死亡によって、その効力を失う。


民法択一 債権各論 契約各論 消費貸借


・消費貸借契約は、借主のみが返済義務を負うことから、片務契約である(587条)。そして、利息付消費貸借契約の場合は、一定期間物を使用することができないという貸主の経済的損失に対応して、借主が利息という対価的関係を有する出損をすることから、有償契約である!

+(消費貸借)
第587条
消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
・消費貸借契約 要件事実
①金銭返還の合意②金銭の交付③弁済期の合意と考えられています。消費貸借契約や賃貸借契約といった賃借型と呼ばれる契約類型の場合には、一定の価値をある期間借主に利用させることに目的があるのですから、契約の目的物を受け取るや否や直ちに返還すべきことを内容とする賃借は無意味のはずです。したがって、消費貸借契約のような賃借型の契約は、その性質上、貸主において一定期間その目的物の返還を請求できないという拘束を伴う契約関係であるというべきです。このように解すると、③返還時期(弁済期)の合意は、賃借型の契約にとって不可欠の要素であると考えるべきです。これに対して、売買契約の場合には、契約が締結されれば直ちに履行期にあるとされるのが原則ですので、弁済期の合意は契約の本質的要素ではありません。

・消費貸借の予約は、その後に当事者の一方が破産開始の決定を受けたときは、その効力を失う!!
+(消費貸借の予約と破産手続の開始)
第589条
消費貸借の予約は、その後に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは、その効力を失う。
←理由としては
貸主が金銭等を貸与し、借主が返還の義務を負わせるという信用の基礎が損なわれるため。

・貸主が買主に対して自己の銀行口座の預金通帳と印章を交付すれば、消費貸借契約は成立する!!!!ヘーーーー
←現実に金銭の授受がなかったとしても、借主をして現実の授受と同一の経済上の利益を得させるような場合には、消費貸借契約が成立する!!!

・金銭の授受前に公正証書が作成されたとしても、授受時から債務名義としての効力を生ずるとして、金銭の授受の2か月半前に作成した公正証書の債務名義としての効力を認めている!!

・民法上の消費貸借契約は書面に基づいて締結される必要はない!

・AのBに対する利息請求が認められるためには、AはBとの間で利息支払いの合意をしたことを主張立証する必要がある!

・貸金返還請求訴訟において、貸金元本の請求では、消費貸借契約に基づく貸金返還請求権
利息の請求では、利息契約に基づく利息請求権
遅延損害金の請求では、履行遅滞に基づく損害賠償請求権
が訴訟物となる!!
=1個の訴訟物の中に包含されるわけではない!!

・原告が、貸金返還請求訴訟で一部請求をしており、これに対し被告が、請求の全部棄却の判決を得るために弁済の抗弁を主張する場合、原告が請求している部分のみではなく、請求していない部分全体についても弁済の事実を主張立証しなければならない!!!!

+判例(S48.4.5)
同第二点について。
記録によれば、本件の経過は、次のとおりである。すなわち、
被上告人Bは、第一審において、療養費二九万六二六六円も逸失利益一一二八万三六五一円、慰藉料二〇〇万円の各損害の発生を主張し、療養費、慰藉料の各全額と逸失利益の内金一五〇万円との支払を求めるものであるとして、合計三七九万六二六六円の支払を請求したところ、第一審判決は、療養費、慰藉料については右主張の全額、逸失利益については九一六万〇六一四円の各損害の発生を認定し、合計一一四五万六八八〇円につき過失相殺により三割を減じ、さらに支払済の保険金一〇万円を差し引いて、上告人の支払うべき債務総額を七九一万九八一六円と認め、その金額の範囲内である同被上告人の請求の全額を認定した。
上告人の控訴に対し、原審において、被上告人Bは、第一審判決の右認定のとおり、逸失利益の額を九一六万〇六一四円、損害額の総計を一一四五万六八八〇円と主張をあらためたうえ、みずから過失相殺として三割を減じて、上告人の賠償すべき額を八〇一万九八一六円と主張し、附帯控訴により請求を拡張して、第一審の認容額との差額四二二万三五五〇円の支払を新たに請求した(弁護士費用の賠償請求を除く。以下同じ。)ところ、これに対し、上告人は右請求拡張部分につき消滅時効の抗弁を提出した。原判決は、療養費および逸失利益の損害額を右主張のとおり認定したうえ、その合計九四五万六八八〇円から過失相殺により七割を減じた二八三万七〇六四円について上告人が支払の責を負うべきものであるとし、また、慰藉料の額は被上告人Bの過失をも斟酌したうえ七〇万円を相当とするとし、支払済の保険金一〇万円を控除して、結局上告人の支払うべき債務総額を三四三万七〇六四円と認め、第一審判決を変更して、右金額の支払を命じ、その余の請求を棄却し、さらに、附帯控訴にかかる請求拡張部分は、右損害額をこえるものであるから、右消滅時効の抗弁について判断するまでもなく失当であるとして、その部分の請求を全部棄却したものである。
右の経過において、第一審判決がその認定した損害の各項目につき同一の割合で過失相殺をしたものだとすると、その認定額のうち慰藉料を除き財産上の損害(療養費および逸失利益。以下同じ。)の部分は、(保険金をいずれから差し引いたかはしばらく措くとして。)少なくとも二三九万六二六六円であつて、被上告人Bの当初の請求中財産上の損害として示された金額をこえるものであり、また、原判決が認容した金額のうち財産上の損害に関する部分は、少なくとも(保険金について右と同じ。)二七三万七〇六四円であつて、右のいずれの額をもこえていることが明らかである。しかし、本件のような同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。したがつて、第一審判決は、被上告人Bの一個の請求のうちでその求める全額を認容したものであつて、同被上告人の申し立てない事項について判決をしたものではなく、また、原判決も、右請求のうち、第一審判決の審判および上告人の控訴の対象となつた範囲内において、その一部を認容したものというべきである。そして、原審における請求拡張部分に対して主張された消滅時効の抗弁については、判断を要しなかつたことも、明らかである。
次に、一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたつては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである。このように解することが一部請求をする当事者の通常の意思にもそうものというべきであつて、所論のように、請求額を基礎とし、これから過失割合による減額をした残額のみを認容すべきものと解するのは、相当でない。したがつて、右と同趣旨において前示のような過失相殺をし、被上告人Bの第一審における請求の範囲内において前示金額の請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができる
以上の点に関する原審の判断の過程に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

+判例(H6.11.22)
同二について
特定の金銭債権のうちの一部が訴訟上請求されているいわゆる一部請求の事件において、被告から相殺の抗弁が提出されてそれが理由がある場合には、まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである
けだし、一部請求は、特定の金銭債権について、その数量的な一部を少なくともその範囲においては請求権が現存するとして請求するものであるので、右債権の総額が何らかの理由で減少している場合に、債権の総額からではなく、一部請求の額から減少額の全額又は債権総額に対する一部請求の額の割合で案分した額を控除して認容額を決することは、一部請求を認める趣旨に反するからである。
そして、一部請求において、確定判決の既判力は、当該債権の訴訟上請求されなかった残部の存否には及ばないとすること判例であり(最高裁昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一七二〇頁)、相殺の抗弁により自働債権の存否について既判力が生ずるのは、請求の範囲に対して「相殺ヲ以テ対抗シタル額」に限られるから、当該債権の総額から自働債権の額を控除した結果残存額が一部請求の額を超えるときは、一部請求の額を超える範囲の自働債権の存否については既判力を生じない!!!!。したがって、一部請求を認容した第一審判決に対し、被告のみが控訴し、控訴審において新たに主張された相殺の抗弁が理由がある場合に、控訴審において、まず当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額が第一審で認容された一部請求の額を超えるとして控訴を棄却しても、不利益変更禁止の原則に反するものではない
そうすると、原審の適法に確定した事実関係の下において、被上告人の請求債権の総額を第一審の認定額を超えて確定し、その上で上告人が原審において新たに主張した相殺の自働債権の額を請求債権の総額から控除し、その残存額が第一審判決の認容額を超えるとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

・原告の貸金返還請求に対して弁済の抗弁を主張する場合、被告は、弁済の事実として、債務の本旨に従った金銭の交付当該金銭交付がその債権についてなされたことを主張立証する必要がある!!!!
+判例(S30.7.15)
上告代理人弁護士高橋義一郎、同鈴木紀男の上告理由第一点について。
弁済の抗弁については、弁済の事実を主張する者に立証の責任があり、その責任は、一定の給付がなされたこと及びその給付が当該債務の履行としてなされたことを立証して初めてつくされたものというべきであるから、裁判所は、一定の給付のなされた事実が認められても、それが当該債務の履行としてなされた事実の証明されない限り、弁済の点につき立証がないとして右抗弁を排斥することができるのであつて、右給付が法律上いかなる性質を有するかを確定することを要しないものと解するを相当とする
そこで本件の場合はどうかというと、原判決は、証拠により上告人等から被上告人に対して所論各金員の給付がなされたことはあるが、右はいづれも本件消費貸借債務の弁済として給付がなされたものでなかつたことを認めることができるものとしているのであるから、積極的に右給付の法律上の性質までも判示する必要がないものといわなければならない。されば、原判決が上告人の弁済の抗弁を排斥したことは正当であつて、論旨は理由がない。

・原告の貸金返還請求に対し、被告が弁済の抗弁を主張しそれが第三者の弁済である場合、当事者が反対の意思表示をしたこと(474条1項ただし書き)の主張立証責任は、第三者弁済の無効を主張する原告側にある!!!

・旧債務に付着していた同時履行の抗弁権が消滅するか否かは、準消費貸借契約を締結した当事者において、新旧債務の同一性を維持する意思があるか否かによって決定される!!!

・準消費貸借上の債務の消滅時効は、旧債務の消滅時効と関係なく、準消費貸借が商行為であった場合、商行為上の債権として5年の時効にかかる!

・将来において発生する金銭債務を目的としても準消費貸借契約は成立する!!!!
+判例(S40.10.7)
上告代理人高橋万五郎の上告理由第一について。
当事者間において将来金員を貸与することあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約しうるのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借契約は当然に効力を発生するものと解すべきである。しかして、所論の準消費貸借は所論の金四万円の貸与前に締結されたものであるが、その後右金四万円の貸与のあつたことは、原判文上明らかである。それ故、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用に値しない。
同第二について。本件当事者間において、昭和三三年二月二二日準消費貸借契約締結の際、所論の(イ)及び(ロ)の各貸金五万円に対する利息の合意が成立したことは原判文上明らかであり、かつその利率が利息制限法所定の制限をこえるものでなかつたことは、同法一条の規定に照らして明らかである。所論は、畢竟、原判決を正解しないでこれを非難するに帰する。原判決には何等所論の違法はなく、論旨は採用に値しない。
同第三について。
原審の認定したところによれば、昭和三四年二月二日本件当事者間において、既存債務を目的として、準消費貸借契約が成立したというのであつて、右認定は挙示の証拠によつて肯認しうるところである。しかして、準消費貸借は既存債務の存在を前提とするものであるから、既存債務が存在せず、または無効のときは、新債務はその有効に存したる範囲に減縮されるべきであるが、所論既存債務についての主張は単に右準消費貸借の成立過程に関するものであつて、この点に関し原判示のごとき認定をしても、何等所論の違法があるものとは認め難く、結局論旨は理由なきに帰し、採用しえない。

+++準消費貸借について
<民法>
(準消費貸借)
第588条
消費貸借によらないで金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合において、当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したときは、消費貸借は、これによって成立したものとみなす。

(1)Aが、Bから自動車を買って 代金(売掛金)を支払う義務を負っているところ、Aが支払えないものだから、A・B間で「お金を貸した・借りた事にする」と契約したときは、同日付をもって、「代金支払債務」が「借入金債務」になる(振り替わる)のです。
(2)Aは返済期の延長をする事のために 準消費貸借契約を利用出来ます。
Bは、売買代金に当初の弁済期までの利息相当額が上乗せされていたが、それを過ぎて支払いが猶予される場合は、準消費貸借契約締結に際して、「利息の定め」を契約する事によって、以後の(弁済期までの)利息・損害金を確保出来ます。
(3)「売買契約による代金債権」の効力と、「消費貸借契約による貸金債権」の効力には、法律上 差異があります。
Aにとっては、民法591条が適用されるので、お金が工面出来た時点でいつでも期限前弁済が出来ます。又、Aにとって、Bの有する代金債権には 売買物(売った車)に対する先取特権が存在するが、準消費貸借契約をする事によって 先取特権が無くなる(消滅する)というメリットが あります。ヘーーーー
(3)元の代金債務と 準消費貸借債務の間には、「債務の同一性」が有るとされ、担保や、同時履行の抗弁権といった法律関係は、そのまま新債務(準消費貸借債務)に移行し(引き継がれ)ます。

+(返還の時期)
第591条
1項 当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。
2項 借主は、いつでも返還をすることができる。

・既存の消費貸借契約上の債務を旧債務としても、準消費貸借契約は成立する!!!!

・準消費貸借契約は、目的とされた旧債務が存在しないときはその効力を生じない!!!
+判例(S43.2.16)
同第一の三について。
準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とするところ、原審は証拠により訴外居藤と上告人間に従前の数口の貸金の残元金合計九八万円の返還債務を目的とする準消費貸借契約が締結された事実を認定しているのであるから、このような場合には右九八万円の旧貸金債務が存在しないことを事由として準消費貸借契約の効力を争う上告人がその事実を立証すべきものであり、これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は理由がない。

・原告が準消費貸借の成立を主張していない場合には、裁判所は、原告の消費貸借に基づく支払い請求を、準消費貸借に基づく請求として認容することができる!!!!!!!!
+判例(S41.10.6)
上告代理人清水正雄の上告理由について。
原審の事実認定は挙示の証拠によつて肯認し得るところである。しかして本件訴訟の第一審以来の経過にかんがみるときは、原審が上告人申請の証人及び上告人本人を取調べなかったことをもつて、民訴法二五九条の証拠採否の裁量の範囲を逸脱したものと認め難く、また本件金三万円の債権につき原審は所論のごとき認定をしたのであるが、当事者が金銭消費貸借に基づき金員支払を求める場合において、その貸借が現金の授受によるものでなく、既存債務を目的として成立したものと認めても、当事者の主張に係る範囲内においてなした認定でないとはいい得ないから、畢竟、原判決には何等所論の違法はなく、論旨は採用に値しない。

・準消費貸借契約に基づく債務は、既存債務と同一性を維持し、既存契約成立後であって準消費貸借成立前に特定債権者のためになされた債務者の行為は、詐害行為としてこれを取り消すことができる!!!
+判例(S50.7.17)

 上告代理人菅生浩三の上告理由第二点について。 
 準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定されるのであるから、既存債務成立後に特定債権者のためになされた債務者の行為は、詐害行為の要件を具備するかぎり、準消費貸借契約成立前のものであつても、詐害行為としてこれを取り消すことができるものと解するのが相当である。これと見解を異にする所論引用の大審院大正九年(オ)第六〇二号同年一二月二七日判決・民録二六輯二〇九六頁の判例は、変更すべきものである。ところで、原審の確定したところによれば、被上告人日機工業株式会社は、昭和四〇年二月一五日債務超過により倒産した訴外興和機械株式会社(以下訴外会社という。)に対し、昭和三九年九月一〇日から昭和四〇年一月三〇日までの間に生じた貸金債権金二九九万二八四〇円及び売買代金債権金五一一万五七四〇円を有していたが、同年二月二四日、訴外会社との間で、右各債権の合計金八一〇万八五八〇円を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を締結したところ、訴外会社は、右契約締結前の同年二月一九日に、債権者の一人である上告人に対し、他の債権者を害する意思をもつて、自己の被上告人椿本興業株式会社に対する請負代金債権を譲渡し、右譲渡の通知書は同年二月二一日同被上告人に到達したというのであり、右事実によれば、右債権譲渡行為を詐害行為として取消を求める被上告人日機工業株式会社の請求を認容した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
・準消費貸借契約は、旧債務の存否については、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負う!!!
+判例(S43.2.16)
 同第一の三について。 
 準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とするところ、原審は証拠により訴外居藤と上告人間に従前の数口の貸金の残元金合計九八万円の返還債務を目的とする準消費貸借契約が締結された事実を認定しているのであるから、このような場合には右九八万円の旧貸金債務が存在しないことを事由として準消費貸借契約の効力を争う上告人がその事実を立証すべきものであり、これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は理由がない。
+準消費貸借の要件事実
 準消費貸借契約についての証明責任の分配
 本件において原告Xは、準消費貸借契約に基づく貸金返還請求をしているのであるから、まず準消費貸借契約の成立を主張することが考えられる。そこで、準消費貸借契約成立の要件事実はなにかが問題となる。
 民法588条の条文によると、準消費貸借契約は①旧債務が準消費貸借契約の合意時点で存在したこと、②旧債務をを消費貸借の目的とすることについて合意したことの2つが要件事実となり、これらがXが証明責任を負う請求原因事実であるかのように見える。
 たしかに上記の見解は条文の表現に合致するが、準消費貸借契約では旧証書が破棄され新証書にはあたかも新たな消費貸借契約が行われたかのような表示がなされるのが通常であるといわれており、そのような実情のものと①について旧債務の存在についての証明責任を債権者が負うことになると、旧債務の存在を立証することは困難である場合が多く、通常の消費貸借契約の場合の債権者の負う証明責任の範囲が重くなり妥当ではない。また、準消費貸借は旧債務関係の単純化を図る目的を持つから債権者の証明の容易化も意図されているといえる。
 よって、①の事実は請求原因事実にはあたらず、原告Xは②について請求原因事実として証明責任を負う。そうすると、準消費貸借契約の合意時点での旧債務の不存在については抗弁となり債務者が証明責任を負う。
・売買代金債務につき準消費貸借契約を締結した場合、買主の売主に対する所有権移転登記手続請求に対して、売主は、買主が当該準消費貸借契約上の未払債務を弁済するまでは、所有権移転登記手続債務の履行を拒むことができる!!!
+判例(S62.2.13)
 同第二点について 
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人の上告人三沢紀昭に対する第一審判決添付の物件目録(二)記載の土地についての所有権移転登記手続債務と同上告人の被上告人に対する本件準消費貸借契約上の債務とが同時履行の関係に立ち、被上告人は、同上告人が本件準消費貸借契約上の未払債務を弁済するまでは、右所有権移転登記手続債務の履行を拒むことができるものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の認定に副わない事実に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。 


民法択一 債権各論 契約各論 売買


・売買契約に基づく代金支払請求訴訟において、履行期の定めを請求原因として主張する必要はない←売買契約は諾成契約

・売買契約に基づく目的物引渡請求訴訟において、契約の締結の当時目的物の所有権が売主に帰属していたことを請求原因として主張立証する必要はない!!!
←他人物売買も債権的には有効であり、目的物の所有権が売主に帰属していることは契約の本質的要素ではないから!!
+(他人の権利の売買における売主の義務)
第560条
他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

・期限の合意を、売買契約の付款であり、売買契約の成立要件とは区別される可分なものと考える見解に立った場合、売買契約に代金支払期限が付されているときは、代金支払請求をする原告は、請求原因において期限の合意およびその期限の到来を主張立証する必要はなく、期限の合意が抗弁となり、その期限の到来したことが再抗弁となる!!!!

・売買代金支払請求をする場合には、目的物を引き渡したことは、同時履行の抗弁に対する再抗弁として主張すれば足りる!

遅延損害金を請求する場合には、請求原因で売買契約の存在を主張立証すると、同時履行の抗弁権の存在が基礎付けられてしまうが、同時履行の抗弁権の存在は履行遅滞の違法性阻却事由であるので請求原因において、目的物の引渡しの提供(=不動産の場合は目的物の所有権移転手続きの提供)を主張立証して、相手方の同時履行の抗弁権を失わせる必要がある!!!!!!

・売買契約に基づき売買契約の支払いを請求する場合において、法律行為の付款である条件をそれが付された法律行為の成立要件とは区分される可分なものと考える見解によると、売買契約に停止条件が付されているときは、停止条件が成就したことが再抗弁となる!!!
←付款の主張立証責任は、付款によって利益を受ける者が負担すべし

・プラスで・・・。
法律行為の付款である期限をそれが付された法律行為の成立要件とは区分されない不可分のものと考える見解(否認説)によると、売買契約に弁済期が定められているときは、付款の存在については売買契約に基づき売買代金の支払いを求める原告に主張立証責任があり、弁済期が到来していないことは、これに対する被告による否認になる!!
・・・

・XY間の売買契約において手付が交付された場合、Yが手付を放棄して売買契約を解除したと訴訟において主張するためには、YはXとの間で売買契約に付随して解約手付の趣旨で手付金を交付する合意をしたことを主張する必要はない!!!
←手付は特別の意思表示がない限り、557条に定めている効力、すなわちいわゆる解約手付としての効力を有するとして、これと異なる効力を有する手付であることを主張する者は、特別の意思表示が存在することを主張立証すべき責任がある!!!
+(手付)
第557条
1項 買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
2項 第545条第3項の規定は、前項の場合には、適用しない。

・手付解除の抗弁に対して、当該手付が違約手付であることを再抗弁として主張することは主張自体失当である!!ホーーー
←違約の場合手付の没収又は倍返しをするという約束は民法の規定による解除の留保を少しも妨げないとして、反対の意思表示がない限り、違約手付としての性質と解約手付としての性質は並存し得る。=再抗弁とならない!
+(S24.10.4)
上告理由は末尾添附別紙記載の通りである。
よつて案ずるに売買において買主が売主に手附を交付したときは売主は手附の倍額を償還して契約の解除を為し得ること民法第五五七条の明定する処である。固より此規定は任意規定であるから、當事者が反対の合意をした時は其適用のないこというを待たない。しかし、其適用が排除される為めには反対の意思表示が無ければならない。原審は本件甲第一号証の第九条が其反対の意思であると見たものの様でめる。固より意思表示は必しも明示たるを要しない。黙示的のものでも差支ないから右九条が前記民法の規定と相容れないものであるならばこれを以て右規定の適用を排除する意思表示と見ることが出来るであらう。しかし右第九条の趣旨と民法の規定とは相容れないものではなく十分両立し得るものだから同条はたとえ其文字通りの合意が眞実あつたものとしてもこれを以て民法の規定に対する反対の意思表示と見ることは出来ない違約の場合手附の没収又は倍返しをするという約束は民法の規定による解除の留保を少しも妨げるものではない解除権留保と併せて違約の場合の損害賠償額の予定を為し其額を手附の額によるものと定めることは少しも差支なく、十分考へ得べき処である。
其故右九条の様な契約条項がある丈けでは(特に手附は右約旨の為めのみに授受されたるものであることが表われない限り)民法の規定に対する反対の意思表示とはならない。されば原審が前記第九条によつて直ちに民法五五七条の適用が排除されたものとしたことは首肯出来ない。(しかのみならず被上告人自身原審において右第九条は坊間普通に販売されて居る売買契約用例の不動文字であつて本件契約締結當時當事者双方原審の認定したる様な趣旨のものと解して居たのではなくむしろ普通の手附倍返しによる解除権留保の規定の様に解して居るものと見られる様な趣旨の供述をして居ること論旨に摘示してある通りであり其他論旨に指摘する各資料によつても當事者が右第九条を以て民法第五五七条の規定を排除する意思表示としたものと見るのは相當無理の様にも思われる)なお原審は本件売買の動機を云々して居るけれどもそれが民法規定の適用排除の意思表示とならないのは勿論必しも原審認定の一資料たり得るものでもないとは論旨の詳細に論じて居る通りである(殊に被上告人が本件売買締結の以前から同じく京都内にある他の家屋買入の交渉をして居り遂にこれを買取つて居る事実並に本件家屋には當時賃借人が居住して居た事実被上告人子女の轉校が必ずしも本件売買成立の為めであると見るベべきでないこと等に関する所論は注目すべきものである)。要するに原審の挙示した資料では前記民法規定の適用排除の意思表示があつたものとすることは出来ないのであつて此点において論旨は理由があり原判決は破毀を免れないよつて上告を理由ありとし民事訴訟法第四〇七条に従つて主文の如く判決する。

+++
解約手付
いったん締結した契約を、理由のいかんにかかわらず、後で解除することができる手付を解約手付といいます。相手方が履行に着手する前までは、手付金を支払った者は手付金を放棄し(手付流し)、相手方は手付金の2倍の額を返却すれば(手付倍返し)、契約を解除することができます。履行の着手とは、買主が代金の一部として内金を支払ったり、売主が物件の引渡しや登記の準備を始めたことなどをいいます。手付には、解約手付の他に、契約成立を証する「証約手付」、債務不履行の際の損害賠償の予定、または、違約罰としての「違約手付」があります。

違約手付
当事者に契約違反(違約)があった場合に、損害賠償とは別に違約の「罰」として没収することができる手付けをいいます。

証約手付
契約の締結を証することを目的として授受される手付けをいいます。

・売主Xと買主Yとの間の売買契約において手付が交付された。YのXに対する目的物引渡請求訴訟において、Xが手付による解除の抗弁を主張する場合、YはXとYが解除権の留保をしない旨の合意をしたことを再抗弁として主張することができる!!!!!!
←557条の規定は任意規定であるから、当事者が解除権の留保を排除する旨の合意をすれば、手付による解除はできず、当該合意の主張は、手付による解除の抗弁に対する再抗弁となる!!!

・上記事案において、XもしくはYがXの解除の意思表示に先立ち履行に着手したことを再抗弁として主張することはできない!!!!=「Yが」だったら大丈夫たよね!
相手方が履行に着手するまでは履行に着手した当事者からの解除を認めている。=Xが解除の意思表示に先立ち履行に着手した事実の主張は主張自体失当!

+判例(S40.11.24)イイネ!
同第二点および上告会社代表者Aの上告理由について。
論旨は、要するに、被上告人と大阪府との間で本件売買契約の目的物件である本件不動産についての払下契約が締結された時点あるいは右不動産について上告人主張の仮登記仮処分手続がなされた時点において、被上告人又は上告人が民法五五七条一項にいう契約の履行に着手したものというべきである旨の上告人の主張を排斥した原判決は、右法条の解釈適用を誤つた違法がある、というに帰する。
よつて按ずるに、民法五五七条一項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指す!!!!!!!!!ものと解すべきところ、本件において、原審における上告人の主張によれば、被上告人が本件物件の所有者たる大阪府に代金を支払い、これを上告人に譲渡する前提として被上告人名義にその所有権移転登記を経たというのであるから、右は、特定の売買の目的物件の調達行為にあたり、単なる履行の準備行為にとどまらず、履行の着手があつたものと解するを相当とする。従つて、被上告人のした前記行為をもつて、単なる契約の履行準備にすぎないとした原審の判断は、所論のとおり、民法五五七条一項の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。(なお、本件の事情のもとに、上告人主張の仮登記仮処分手続がなされたことをもつては所論の履行の着手があつたものとみることができない旨の原判決の判断は正当である。)
しかしながら、右の違法は、判決に影響を及ぼすものではなく、原判決破棄の理由とはなしがたい。その理由は、次のとおりである。
解約手附の交付があつた場合には、特別の規定がなければ、当事者双方は、履行のあるまでは自由に契約を解除する権利を有しているものと解すべきである。然るに、当事者の一方が既に履行に着手したときは、その当事者は、履行の着手に必要な費用を支出しただけでなく、契約の履行に多くの期待を寄せていたわけであるから、若しかような段階において、相手方から契約が解除されたならば、履行に着手した当事者は不測の損害を蒙ることとなる。従つて、かような履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止するため、特に民法五五七条一項の規定が設けられたものと解するのが相当である。
同条項の立法趣旨を右のように解するときは、同条項は、履行に着手した当事者に対して解除権を行使することを禁止する趣旨と解すべく、従つて、未だ履行に着手していない当事者に対しては、自由に解除権を行使し得るものというべきである。このことは、解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合においても、同様である。すなわち、未だ履行に着手していない当事者は、契約を解除されても、自らは何ら履行に着手していないのであるから、これがため不測の損害を蒙るということはなく、仮に何らかの損害を蒙るとしても、損害賠償の予定を兼ねている解約手附を取得し又はその倍額の償還を受けることにより、その損害は填補されるのであり、解約手附契約に基づく解除権の行使を甘受すべき立場にあるものである。他方、解除権を行使する当事者は、たとえ履行に着手していても、自らその着手に要した出費を犠牲にし、更に手附を放棄し又はその倍額の償還をしても、なおあえて契約を解除したいというのであり、それは元来有している解除権を行使するものにほかならないばかりでなく、これがため相手方には何らの損害を与えないのであるから、右五五七条一項の立法趣旨に徴しても、かような場合に、解除権の行使を禁止すべき理由はなく、また、自ら履行に着手したからといつて、これをもつて、自己の解除権を放棄したものと擬制すべき法的根拠もない。 !!!!
ところで、原審の確定したところによれば、買主たる上告人は、手附金四〇万円を支払つただけで、何ら契約の履行に着手した形跡がない。そして、本件においては、買主たる上告人が契約の履行に着手しない間に、売主たる被上告人が手附倍戻しによる契約の解除をしているのであるから、契約解除の効果を認めるうえに何らの妨げはない。従つて、民法五五七条一項にいう履行の着手の有無の点について、原判決の解釈に誤りがあること前に説示したとおりであるが、手附倍戻しによる契約解除の効果を認めた原判決の判断は、結論において正当として是認することができる。論旨は、結局、理由がなく、採用することができない。

・Aが解除する場合、本件契約を手付により解除する旨の通知がBに到達したとしても、Aが手付の倍額をBに提供しなければ、解除の効果は発生しない!!!
+判例(H6.3.22)
上告代理人山本博文の上告理由について
民法五五七条一項により売主が手付けの倍額を償還して契約の解除をするためには、手付けの「倍額ヲ償還シテ」とする同条項の文言からしても、また、買主が同条項によって手付けを放棄して契約の解除をする場合との均衡からしても、単に口頭により手付けの倍額を償還する旨を告げその受領を催告するのみでは足りず、買主に現実の提供をすることを要するものというべきである。しかるに、原審の適法に確定したところによれば、上告人の手付倍額の償還は、いずれの場合も口頭の提供をしたのみであるというのであり、記録によれば、売主である上告人は、買主である被上告人に対して手付けの倍額を支払う旨口頭で申し入れた旨を主張するにとどまり、それ以上に現実の提供をしたことにつき特段の主張・立証をしていないのであるから、原審が契約の解除の効果をもたらす要件の主張を欠くものとして、売買契約解除の意思表示が無効であるとしたのは正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき又は原審で主張していない事実に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官千種秀夫の補足意見は、次のとおりである。
民法五五七条一項にいう手付けの倍額の「償還」の意義について、若干補足しておきたい。
売主が手付けの倍額を償還して契約の解除をする場合の手付けの倍額の償還は、金銭を相手方に交付するという行為の外形からすれば、債務不履行の責めを免れるための弁済の提供に類似する面があるけれども、手付けの償還は、売買契約の解除という権利行使の積極要件であるから、債権者の受領を前提とした弁済の提供とはおのずからその性格を異にし、相手方の態度いかんにかかわらず、常に現実の提供を要するものというべきである。もとより現実の提供といっても、相手方の対応等によりその具体的な態様は異ならざるを得ないのであって、買主に対して手付けの倍額に相当する現金を交付する場合もあれば、今日のように銀行取引の発達した社会においては、取引の状況によっては、いわゆる銀行保証小切手を交付するなど現金の授受と同視し得る経済上の利益を得さしめる行為をすれば足りる場合もあるであろう。しかし、いずれにしろこれを相手方の支配領域に置いたと同視できる状態にしなければならないのであって、これが同条項にいう「償還」の語意にも合致するゆえんであると考える。
従来、とかく、その外形の類似性から、手付けの「償還」に関して、債務の履行としての弁済の提供と明確に区別をすることなく論じられているかにみえることに鑑み、一言補足する次第である。

・土地の一部を分筆する登記手続は、売買目的物の登記移転という履行の提供をするために欠くことのできない前提行為に当たる!!=解除できない。

・AがC所有の土地を購入する契約を締結する行為は、本件契約の履行行為とは関係がなく、履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為とはいえない。=解除できる。
←客観的に外部から認識し得るってとこにひっかかったかね(笑)

・不動産の所有者たる第三者に代金を支払い、これを買主に譲渡する前提として売主名義にその所有権移転登記を経た行為は、特定の売買の目的物権の調達行為に当たり、単なる履行の準備行為にとどまらず、557条1項前段にいう履行の「着手」があったものといえる!=解除できない。

・Aは甲土地をBに売却する契約を締結し、BはAに手付を交付した。本件契約においては、売買代金の支払について履行期が定められていたが、Bは、その履行期前に売買代金をAに提供した。Bが履行に着手したといえることもあり、解除できない場合もある。
+判例(S41.1.21)
上告代理人岡田実五郎、同佐々木凞の上告理由第三点について。
民法五五七条一項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、または、履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すものと解すべく、債務に履行期の約定がある場合であつても、当事者が、債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している場合等格別の事情のない限り、ただちに、右履行期前には、民法五五七条一項にいう履行の着手は生じ得ないと解すべきものではない
しかるに、原判決は、売買代金の提供が民法第五五七条に定める売買契約の履行の着手となるためには、その当時履行期が到来していることを要するものと解すべきであるとし、履行期到来の立証がない以上、履行の着手があつたとする上告人の主張は理由がない旨判断して上告人の本訴請求を排斥するものであって、原判決の右判断は、民法第五五七条一項の解釈適用を誤まり、ひいて理由不備の違法をおかしたものといわざるを得ない。論旨は理由がある。そこで爾余の論旨に対する判断をまつまでもなく原判決は破棄を免かれず、更に審理を尽させるため、原審に差し戻すべきものとする。

+判例(H5.3.16)イイネ!
上告代理人飯原一乗、同高橋伸二の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 亡Aは、その所有に係る第一審判決添付物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という)及びその長男である上告人の所有に係る土地建物を売却し、その代金をもって上告人の居住する日野市豊田駅付近に新たに住宅地を購入してその家族と同居したいと考え、昭和六一年二月頃、本件土地建物の売却及び新住宅地の購入の媒介を住友不動産販売株式会社に依頼した。
2 被上告人は、勤務先の社宅に入居していたが、その社宅管理規程では、満四五歳に達する日の属する月の末日に社宅の貸与が終了するとされているところ、その時期が近づいてきたため、転居先を求めていた。
3 A及び被上告人は、昭和六一年三月一日、住友不動産販売の仲介により、Aを売主、被上告人を買主とし、売買代金八五〇〇万円、内金一〇〇万円を契約締結時に、残金八四〇〇万円を同六二年一二月二五日にそれぞれ支払う、本件土地の契約面積を登記簿上の地積二六四・〇七平方メートルとするとの約定で、本件土地建物についての売買契約(以下「本件売買契約」という)を締結し、右契約当日、被上告人から一〇〇万円が手付金として支払われたが、Aの本件土地建物売却の目的が前示住居の買換えにあることについては、契約締結の際作成された同年二月二八日付けの不動産売買契約書にも後記4のとおり記載されたほか、専任媒介契約書にもその旨記載されており、被上告人もこれを了知していた。
4 本件売買契約においては、本件土地の面積として一応、登記簿上の地積(二六四・〇七平方メートル)を前提とするものの、本件土地が古い分譲地であったところから、被上告人の申出により、契約締結後改めて実測し、実測面積に基づいて最終的な代金額を決めることとし、(一)Aは所有権移転登記申請の時までに本件土地の境界を被上告人立会いの上確定させる、本件土地建物の売買面積は実測によるものとし、契約後、被上告人の費用で土地を実測し、登記簿上の地積との差については後記内入金支払の際清算する旨の特約条項が付されたほか、履行期に関し、(二)Aは本件売買契約締結後、別に住居を探すこととし、その希望する物件が決まったときは、被上告人は、右代金支払時期の約定にかかわらず、右希望物件についての契約締結時までに内入金七〇〇万円、同契約締結日より一か月以内に残金をそれぞれ支払う、本件土地建物の所有権は代金完済時に被上告人に移転するが、その場合、Aは昭和六二年一二月二五日を限度として右代金完済後も五か月間本件土地建物の引渡しを延期することができる旨の特約条項が付された。
5 被上告人は、昭和六一年三月八日、約旨に基づき、本件土地の境界確定に立ち会い、自らの費用で本件土地を実測し、その結果、本件土地の地積は二六七・五一平方メートル、本件売買代金総額は八六〇九万八八八〇円と確定した。なお、右実測に要した費用は、売買代金額に比較して少額であった。
6 Aは、本件売買契約締結の前後頃から上告人とともに住友不動産販売に依頼するなどして移転先を探したが、昭和六一年から翌六二年にかけての首都圏の地価の上昇により、本件売買代金額をもっては新住宅の購入が困難であると感じるようになり、本件売買契約の解消を考えるに至った。そこで、Aの意を受けた住友不動産販売の担当者が、同六一年一〇月二九日に被上告人と本件売買契約の解消について話し合い、手付倍返しによる契約解除を申し出た。
7 しかしながら、被上告人は、右申出に応ぜず、前年の八月に山林を売却して所持していた四一〇〇万円、手持ちの株式及び預金のほか必要な資金については勤務先から融資を受ける手続をした上、Aに対し、昭和六一年一〇月三〇日到達の書面により本件売買契約の履行を請求した。
8 そこで、Aの代理人である弁護士木村峻郎及び同池原毅和が、被上告人に対し、同年一一月一四日到達の書面で、手付の倍額の金員を支払う旨口頭の提供をした上、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
9 被上告人は、昭和六一年一一月二七日、川崎市所在の別の宅地建物を代金六五〇〇万円で購入し、以後、家族とともにこれに居住している。

二 原審は、右事実関係の下において、本件売買契約締結に際して被上告人からAに交付された一〇〇万円が解約手付の趣旨を含むものであり、昭和六一年一一月一四日にAより右手付倍返しによる解除の意思表示がされたことを認めながら、本件土地についての前記一5の実測による契約面積及び売買代金額の確定等が、本件売買契約に基づき、客観的に外部から認識し得るような形でその履行ないしその履行のために欠くことのできない前提行為をした場合に当たり、その後にされた同7の履行請求等が本件売買契約の履行の着手に当たるものとして、解除の効果の発生を認めず、残代金の支払と引換えに本件土地建物についての所有権移転登記手続を求める被上告人の請求を認容すべきものとして、これと同旨の第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 解約手付が交付された場合において、債務者が履行期前に債務の履行のためにした行為が、民法五五七条一項にいう「履行ノ著手」に当たるか否かについては、当該行為の態様、債務の内容、履行期が定められた趣旨・目的等諸般の事情を総合勘案して決すべき!!!である。そして、「債務に履行期の約定がある場合であっても……ただちに、右履行期前には、民法五五七条一項にいう履行の着手は生じ得ないと解すべきものではない」こと判例(最高裁昭和三九年(オ)第六九四号同四一年一月二一日第二小法廷判決・民集二〇巻一号六五頁)であるが、履行の着手の有無を判定する際には、履行期が定められた趣旨・目的及びこれとの関連で債務者が履行期前に行った行為の時期等もまた、右事情の重要な要素として考慮されるべきである。
以上に説示するところに従い、本件において履行期が定められた趣旨・目的、履行の着手に当たるとされる債務者(被上告人)のした行為の時期及びその態様につき、以下、順次検討することとする。
2 まず、本件において履行期が定められた趣旨・目的について見るのに、売主Aによる本件土地建物の売却の動機が、その長男である上告人らと同居するための新住宅兼店舗地購入代金の調達にあり、希望物件が見付かれば(その時期はもとより未確定である)、売主Aは本件売却代金を被上告人より受領して希望物件の購入代金に充てる必要を生じ、他面、本件売却代金の受領と同時に本件土地建物を被上告人に明け渡すことは困難であるので、そのための猶予期間を置き、ただし、買主たる被上告人の立場をも考慮して、買主の代金支払及び売主の本件土地建物明渡しの約定期限たる昭和六二年一二月二五日をもって最終履行期とする合意が当事者間に成立した経緯を知ることができる(なお、以上の約定が、原判決指摘のように、売主の利益に偏しているといえるか否かについては、契約時八五〇〇万円の総代金中わずか一〇〇万円をもって手付金としたこと前記のとおりで、これが買主にとって有利であったことはいうまでもなく、解約手付としての倍返しの額が少ないのは、このような有利性の反面にほかならず、原判決のいう売主に偏した有利さとのバランスが手付金の額によって保たれたものといえよう)。
3 要するに、最終履行期を昭和六二年一二月二五日とする約定は、移転先を物色中の売主Aにとっては死活的重要性を持つことが明らかであり、同六一年三月一日契約締結、最終履行期翌六二年一二月二五日という異例の取決めの中に、本件売買契約の特異性が集約されているということができ、被上告人の主張する「履行ノ著手」の時期が、(一)契約直後の同六一年三月八日の土地測量及び(二)同年一〇月三〇日到達の書面による口頭の提供が、最終履行期に先立つこと一年九か月余ないし一年二か月弱の時期になされたものであることに、特段の留意を要するのである。
4 次に、被上告人がその債務の「履行ノ著手」ありと主張する行為の態様について見ると、その(一)は前述の契約直後の土地測量である。実測の結果、地積が三・四四平方メートル増となったが、実測の結果、公簿面積より地積が減少する場合も予測されていたことは、契約書七条二項の文面よりして明らかであるのみならず、この実測及びその費用(記録によれば一三万八〇〇〇円)の買主負担は、本件売買契約の内容を確定するために必要であるとはいえ、買主(被上告人)の売主(A)に対する確定した契約上の債務の履行に当たらないことは、いうまでもないところである。
その(二)は、買主たる被上告人が、昭和六一年一〇月三〇日到達の書面をもって、「残代金をいつでも支払える状態にして売主たるAに本契約の履行を催告したこと」である。右は、もとより、売買残代金の現実の提供又はこれと同視すべき預金小切手の提供等の類ではなく、単なる口頭の提供にすぎない。
およそ金銭の支払債務の履行につき、その「著手」ありといい得るためには、常に金銭の現実の提供又はこれに準ずる行為を必要とするものではなく、すでに履行期の到来した事案において、買主(債務者)が代金支払の用意をした上、売主(債権者)に対し反対債務の履行を催告したことをもって、買主の金銭支払債務につき「履行ノ著手」ありといい得る場合のあることは否定できないとしても、他面、約定の履行期前において、他に特段の事情がないにもかかわらず、単に支払の用意ありとして口頭の提供をし相手方の反対債務の履行の催告をするのみで、金銭支払債務の「履行ノ著手」ありとするのは、履行行為としての客観性に欠けるものというほかなく、その効果を肯認し難い場合のあることは勿論である。
5 以上これを要するに、被上告人が「履行ノ著手」ありと主張する、その(一)土地の測量はその時期及び性質上、買主たる被上告人の本件売買契約上の確定した債務の履行に当たらないことが明らかであり、また、その(二)昭和六一年一〇月三〇日到達の書面による履行の催告も、最終履行期が翌六二年一二月二五日と定められた本件の前記認定の事実関係の下においては、これをもって買主としての残代金支払債務の「履行の著手」に当たらないことは、ほとんど疑いを容れないところといわなければならない。

四 以上のとおり、本件売買契約において履行期が定められた趣旨・目的、被上告人の行った行為の時期及びその態様等に照らすと、被上告人による本件土地の実測及びAに対する履行の請求等は、これらを総合してみても、履行の着手に当たらないものと解すべきところ、これを肯定した原審の判断には、民法五五七条一項の解釈適用を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、前示事実関係に照らすと、本件売買契約は有効に解除されたものというべきであり、被上告人の本件請求は棄却するのが相当である。
よって、原判決を破棄し、第一審判決を取り消した上、被上告人の請求を棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

・Bが手付のほか内金をAに支払った後に、Bが本件契約を手付により解除する場合、BはAに対し内金の返還を請求することができる!!
←解約手付による解除については、原則として540条以下の解除の規定が適用される。そして、内金とは、代金の一部支払いのために交付される金銭をいい、手付とは区別される。したがって、買主は原状回復請求(545条1項本文)によって内金の返還を請求することができる!!

・Yが手付を放棄して契約を解除した場合、X及びYに損害賠償義務は生じない!!!
←557条2項
+(手付)
第557条
1項 買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
2項 第545条第3項の規定は、前項の場合には、適用しない

+(解除の効果)
第545条
1項 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2項 前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3項 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない

・売買の目的物の引渡しについて期限があるときは、代金の支払いについても同一の期限を付したものと推定されるにすぎず、同一の期限を付したものとみなされるわけではない!!!
+(代金の支払期限)
第573条
売買の目的物の引渡しについて期限があるときは、代金の支払についても同一の期限を付したものと推定する。

・売主は、売主が売買の目的物の引渡義務を遅滞している場合、売買の目的物から生じた果実を収取することができる!!!!!ヘーーーー
←売主が引渡債務を遅滞している場合でも、575条1項が適用される!!!!
+(果実の帰属及び代金の利息の支払)
第575条
1項 まだ引き渡されていない売買の目的物が果実を生じたときは、その果実は、売主に帰属する。
2項 買主は、引渡しの日から、代金の利息を支払う義務を負う。ただし、代金の支払について期限があるときは、その期限が到来するまでは、利息を支払うことを要しない。

・買主が目的物の引渡しを受けた場合でも、代金の支払いに期限があるときには、その期限が到来するまでは、買主は利息を支払う義務を負わない!!!←575条2項

・Aが何ら権限なくA名義でB所有の土地をCに売却した場合において、売買契約を締結した後Aが死亡し、BがAを単独で相続したときでも、Bは、当該売買契約に基づくCの履行請求を拒絶することはできる!!!!
+判例(S49.9.4)
上告人らの上告理由について。
他人の権利を目的とする売買契約においては、売主はその権利を取得して買主に移転する義務を負い、売主がこの義務を履行することができない場合には、買主は売買契約を解除することができ買主が善意のときはさらに損害の賠償をも請求することができる。他方、売買の目的とされた権利の権利者は、その権利を売主に移転することを承諾するか否かの自由を有しているのである。
ところで、他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合には、権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが、そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものでないことはもちろん、これによつて売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠もない。また、権利者は、その権利により、相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが、他面において、権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであつて、それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によつて左右されるべき理由はなく、また権利者がその権利の移転を拒否したからといつて買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それゆえ、権利者は、相続によつて売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが、相当である。
このことは、もつぱら他人に属する権利を売買の目的とした売主を権利者が相続した場合のみでなく、売主がその相続人たるべき者と共有している権利を売買の目的とし、その後相続が生じた場合においても同様であると解される。それゆえ、売主及びその相続人たるべき者の共有不動産が売買の目的とされた後相続が生じたときは、相続人はその持分についても右売買契約における売主の義務の履行を拒みえないとする当裁判所の判例(昭和三七年(オ)第八一〇号同三八年一二月二七日第二小法廷判決・民集一七巻一二号一八五四頁)は、右判示と牴触する限度において変更されるべきである。
そして、他人の権利の売主をその権利者が相続した場合における右の法理は、他人の権利を代物弁済に供した債務者をその権利者が相続した場合においても、ひとしく妥当するものといわなければならない。
しかるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。)は、亡Aが被上告人に代物弁済として供した本件土地建物が、Aの所有に属さず、上告人Bの所有に属していたとしても、その後Aの死亡によりBが、共同相続人の一人として、右土地建物を取得して被上告人に給付すべきAの義務を承継した以上、これにより右物件の所有権は当然にBから被上告人に移転したものといわなければならないとしているが、この判断は前述の法理に違背し、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
以上のとおりであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないところ、本件土地建物がだれの所有に属するか等につきさらに審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差し戻すのを相当とする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

・無権利者が事故に権利が帰属するとして土地を売却した場合において、真実の権利者が後日この売買を追認したときは、当該売買契約は、契約時に遡って効力を生じる!!!←116条類推
+(無権代理行為の追認)
第116条
追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

+判例(S37.8.10)
上告代理人池田和夫の上告理由第一、二点について。
或る物件につき、なんら権利を有しない者が、これを自己の権利に属するものとして処分した場合において真実の権利者が後日これを追認したときは、無権代理行為の追認に関する民法一一六条の類推適用により、処分の時に遡つて効力を生ずるものと解するのを相当とする(大審院昭和一〇年(オ)第六三七号同年九月一〇日云渡判決、民集一四巻一七一七頁参照)。本件において原審が、挙示の証拠を綜合して上告人は、昭和三〇年六月頃に至り、その長男Aが上告人所有の本件不動産につき、無断で所有権移転登記の手続および本件抵当権の設定をしている事実を知つたのであるが、その後遅くとも同年一二月中、被上告人に対し、右抵当権は当初から有効に存続するものとすることを承認し、前記Aのなした本件抵当権の設定を追認したことを認めた上、前記判示と同趣旨の見解のもとに、右不動産の所有者である上告人がこれを追認した以上、これにより、右抵当権の設定は上告人のために効力を生じたものと判断したのは正当である。論旨第一点は、原判決を正解せず独自の見解にもとづき原判決を非難するものであり、論旨第二点は、ひつきようするに原審が適法になした証拠の取捨判断及び事実認定を非難するに帰し、いずれも採用することができない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・Aがその所有するギターをBに貸していたところ、Cがこれを盗み、自分の物だと称してDに売却した。DはギターがCの所有物だと過失なく信じてその引渡しを受けた。AはCD間の売買契約を追認しても、Dに代金を請求できるわけではない。
←買主に代金請求できるのは契約の当事者であるC

・(権利を失うおそれがある場合の買主による代金の支払の拒絶)
第576条
売買の目的について権利を主張する者があるために買主がその買い受けた権利の全部又は一部を失うおそれがあるときは、買主は、その危険の限度に応じて、代金の全部又は一部の支払を拒むことができる。ただし、売主が相当の担保を供したときは、この限りでない。
=全部の支払いを拒むことができるわけではない!!!

・AB間で、甲不動産を購入する売買の予約をした。この場合、売買の予約時に、Aが予約完結の意思表示をした時における時価をもって甲不動産の売買代金とすると定めることもできる!!!!
←売買の一方の予約は、目的物の代金等、将来成立するべき売買の内容の主要な部分が確定され、又は解釈により確定され得る程度に示されていれば足りる!!!!=売買の代金を確定しなくとも、時価によるという趣旨の売買の予約も有効である!

・Aは、Bとの間で、甲不動産を目的とする売買の予約をした。甲不動産がCの所有物である場合でも、AB間における甲不動産の売買の予約は有効である!
←売買の一方の予約は、売買契約として成立が可能であればよく、第三者の所有する物についても、売買の一方の予約をすることは可能である。

+++解説
売買は、上記民法第555条記載の通り、「財産権の相手方への移転」と「その代金を支払うこと」を合意内容とする契約です。基本は財産権の移転と代金の支払合意ですが、財産権の特定程度、代金金額特定程度、代金支払時期、財産権移転時期等の定めを巡って売買の成立の有無が争いになることがしばしばあり、更に、売買契約が成立しなくても民法第556条売買予約が成立したかどうかが争いになることがあります。
売買の予約は、「相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる。」と規定され、「売買の一方の予約」とは、売主又は買主のいずれか一方に、本契約である売買を成立させる意思表示をする権利(予約完結権)を与え、これによって相手方に対し、本契約を成立させるとの意思表示(予約完結の意思表示)をすれば、相手方の承諾がなくても本契約である売買が成立することをあらかじめ約束することです。
民法第556条に規定されるのは「売買の一方の予約」で、売主又は買主のいずれか一方にだけ予約完結権を与え、且つ、予約完結権行使で当然に売買が成立するものですが、売主・買主双方又は一方に予約完結権を与える「一般的な予約」契約も出来ます。この一般的な予約では、一方が予約完結権を行使した場合、相手方はこれを承諾する義務を負うことをあらかじめ定める契約ですが、相手方が承諾しない場合、承諾を求める訴えを提起しなければなりません(昭和35年5月24日最高裁判決)。
民法第556条の「売買の一方の予約」の法的性質については、判例は「純然たる一個の予約」とし(大正8年6月10日大審院判決)、学説は、相手方の予約完結意思表示を停止条件とする売買そのものであると見る見解が有力です。「予約」というか「売買そのもの」というかの言葉の違いだけのような気もしますが、更にその違いを検討します。
売買の一方の予約成立のためには、本契約の売買詳細まで特定しておく必要はないとされ、代金額も時価による程度の特定でも可能と解説されていますが、実際、成立の有無が争いなった時は、ケースバイケースで内容の検討が必要になります。
「予約(売買)完結権」は、その意思表示のみによって売買を生じさせる権利で、一種の形成権で、財産上の権利ですから、相手方の承諾なくして譲渡でき、完結の意思表示によって売買は当然に成立します。

+(売買)
第555条
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

+(売買の一方の予約)
第556条
1項 売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から、売買の効力を生ずる。
2項 前項の意思表示について期間を定めなかったときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて、その期間内に売買を完結するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、相手方がその期間内に確答をしないときは、売買の一方の予約は、その効力を失う。

・AはBとの間で、Bの所有する甲不動産を目的とする売買の予約をした。Aの予約完結権が仮登記によって保全されている場合において、Aが予約完結権をDに譲渡したときは、仮登記に権利移転の付記登記をするだけで、第三者に対する対抗要件とすることができる!!!!
=予約完結権は相手方の承諾がなくてもこれを譲渡することができる!!!
+判例(S35.11.24)
同第二点について。
不動産売買予約上の権利を不動産登記法二条二号の仮登記によつて保全した場合に、右予約上の権利の譲渡を予約義務者その他の第三者に対抗するためには、仮登記に権利移転の附記登記をなせば足りるのであり、債権譲渡の対抗要件を具備する必要はないと解するのが相当である。そして、右附記登記がなされたときは、その順位は主登記たる仮登記の順位によることとなるのであるから、仮登記後附記登記前に同一不動産に対し第三者により仮差押の登記がなされたとしても、その後右不動産につき売買予約完結の意思表示がなされ、これに基いて所有権移転の本登記がなされた以上、右所有権の取得は仮登記の順位によつて保全される結果、仮差押債権者の登記は所有権取得者の登記に遅れ、これに対抗しえないこととなるのである。
本件において、原審は、訴外株式会社研青社は、昭和二九年一二月二五日頃その所有の原判示不動産を訴外Aに対し判示約定をもつて売り渡す旨の売買の予約をなし、Aの取得した売買予約完結権については、昭和三〇年一月二一日所有権移転請求権保全の仮登記がなされたこと、被上告人は同年七月一〇日Aから右予約完結権を譲り受け、同年八月一七日前記仮登記について権利移転の附記登記を経由し、株式会社研青社に対し売買予約完結の意思表示をなすとともに、同日前記仮登記の本登記をしたこと、一方上告人は、株式会社研青社に対する貸金債権の執行を保全するため、大阪地方裁判所の仮差押決定をえ、その執行として右仮登記後附記登記前である同年八月二日右不動産につき仮差押の登記をしたことをそれぞれ確定したものであつて、右事実によれば、前記仮登記によつて保全された本件不動産の売買予約上の権利を譲り受け、売買予約完結の意思表示をして所有権移転の本登記を了した被上告人は、その登記事項をもつて、右仮登記後同一不動産について仮差押登記を経由した上告人に対抗しうるものというべく、右と同趣旨の下に、本件不動産に対し上告人のなした仮差押の執行の排除を求める被上告人の請求を認容した原判決は正当であり、これと異る所論は採るをえない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・Aの予約完結権が仮登記によって保全されている場合において、Aの予約完結の意思表示をする前に、Bが甲不動産をDに譲渡したときは、AはBに対して予約完結の意思表示をすべきである!!!
=予約完結の意思表示は当初の予約義務者に対してすべきである!!!!!!

・買戻しについて期間を定めたときは、その後に伸長することはできない!
+(買戻しの期間)
第580条
1項 買戻しの期間は、十年を超えることができない。特約でこれより長い期間を定めたときは、その期間は、十年とする。
2項 買戻しについて期間を定めたときは、その後にこれを伸長することができない
3項 買戻しについて期間を定めなかったときは、五年以内に買戻しをしなければならない。

・買い戻し特約付不動産売買において、売主は、買主が支払った代金及び契約の費用を償還して、売買の解除をすることができる。代金の利息を償還する必要はない!
+(買戻しの特約)
第579条
不動産の売主は、売買契約と同時にした買戻しの特約により、買主が支払った代金及び契約の費用を返還して、売買の解除をすることができる。この場合において、当事者が別段の意思を表示しなかったときは、不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす

・買戻特約付不動産売買の買主が目的不動産を第三者に譲渡し、所有権移転登記を具備した場合、当初の売買契約の売主が買戻権の行使をすべき相手方は、当該譲受人である!!!!!=転得者に対してなすべき。
+判例(S36.5.30)
上告代理人仙波種春の上告理由について。
買戻約款付売買契約により不動産を買受けた者が約款所定の買戻期間中に更にその不動産を第三者に売渡し且つ右売買に因る所有権移転に付更に登記を経由した場合は、その不動産の売主が買戻権を行使するには、右転得者に対してこれを為すべきものであつて、この趣旨の大審院判例(大審院明治三八年(オ)第二三号、明治三九年七月四日第二民事部判決)を変更する必要がないから、これと同趣旨に出でた原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

・再売買の予約完結権の消滅時効は、原則として、その権利が成立したときから進行する!!!!
+判例(S33.11.6)
同第二点について。
原判決が「本件は、単純な再売買一方の予約ではなくして、債務が弁済された場合に売渡担保物の所有権を債権者から債務者に復帰させる方法として再売買の予約の形式が踏まれたものであることは、原判決(第一審判決)の説示のとおりであるから、本件貸金債務の弁済期限が到来する迄は、右債務を弁済して予約完結権を行使し得べく、したがつて弁済期が延長せられれば予約完結権の行使の期間も延長せられ、債務の履行期限と予約完結権行使の期間とを一致させる約旨のものであつたといわなければならない。」と判示して控訴人らの時効の抗弁を排斥したことは、所論のとおりである。
しかし消滅時効は、権利を行使し得るときより進行するものであつて、その権利の行使につき特に始期を定め、又は、停止条件を附したものでない限りは、その権利成立の時より行使し得べきものであるから、消滅時効もまたその時より進行するものと解するを相当とする。しかるに、原判決の前記判示は、当事者が同判示の予約完結権の行使につき特に始期を定め又は停止条件を附した約束をした趣旨の判示とは解することができない。されば、原判示の予約完結権は、その予約完結権成立の時より行使し得べき筋合であるから、原判決の理由だけでたやすく控訴人らの時効の抗弁を排斥したのは失当であるといわなければならない。従つて、論旨は、結局その理由があつて、原判決は、破棄を免れない。そして、被上告人は原審で時効中断等。の主張をしているのであるから、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。


民法択一 債権各論 契約各論 贈与


・売買も贈与も諾成契約である!
+(売買)
第555条
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

+(贈与)
第549条
贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。

・負担付贈与であっても、当事者の合意によって効力が生じるから、受贈者が負担を履行しなくても効力が生じる!

・書面によらない既登記不動産の贈与契約において、移転登記がされていれば、引渡しがなくとも、履行が終わったものとして、贈与者は贈与を撤回することができない!!!
+判例(S40.3.26)
上告代理人田中義之助、同湯浅実、同渡辺真一の上告理由第一点について。
不動産の贈与契約において、該不動産の所有権移転登記が経由されたときは、該不動産の引渡の有無を問わず、贈与の履行を終つたものと解すべきであり、この場合、当事者間の合意により、右移転登記の原因を形式上売買契約としたとしても、右登記は実体上の権利関係に符合し無効ということはできないから、前記履行完了の効果を生ずるについての妨げとなるものではない
本件において原判決が確定した事実によると、上告人は本件建物を被上告人に贈与することを約するとともに、その登記は当事者間の合意で売買の形式をとることを定め、これに基づいて右登記手続を経由したというのであるから、これにより、本件贈与契約はその履行を終つたものというべきであり、その趣旨の原判示判断は正当である。これと異なる見解に立脚する論旨は、採るを得ない。

+(書面によらない贈与の撤回)
第550条
書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない

書面によらない贈与契約の撤回権は時効によって消滅しない!!!!!
←書面によらない贈与の撤回権は、履行請求履行請求を拒絶する趣旨のものであるから、時効によって消滅しない!!!

・書面の作成が、贈与契約の成立と同時でなくても書面による贈与に該当する!
=贈与契約成立当時書面を作成しなくても、その後に書面を作成したときは、書面による贈与があったものと認められる!

・贈与において、受贈者にあてた書面がなくとも(=書面が贈与の当事者間で作成されたことを要しない)贈与者は書面によらない贈与としてこれを撤回することはできない!!!
+判例(S60.11.29)
上告代理人原山恵子の上告理由第一について
民法五五〇条が書面によらない贈与を取り消しうるものとした趣旨は、贈与者が軽率に贈与することを予防し、かつ、贈与の意思を明確にすることを期するためであるから、贈与が書面によつてされたといえるためには、贈与の意思表示自体が書面によつていることを必要としないことはもちろん、書面が贈与の当事者間で作成されたこと、又は書面に無償の趣旨の文言が記載されていることも必要とせず、書面に贈与がされたことを確実に看取しうる程度の記載があれば足りる!!!!!!ものと解すべきである。これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実によれば、上告人らの被相続人である亡Aは、昭和四二年四月三日被上告人に岡崎市a町b番c宅地一六五・六〇平方メートルを贈与したが、前主であるBからまだ所有権移転登記を経由していなかつたことから、被上告人に対し贈与に基づく所有権移転登記をすることができなかつたため、同日のうちに、司法書士Cに依頼して、右土地を被上告人に譲渡したからBから被上告人に対し直接所有権移転登記をするよう求めたB宛ての内容証明郵便による書面を作成し、これを差し出した、というのであり、右の書面は、単なる第三者に宛てた書面ではなく、贈与の履行を目的として、亡Aに所有権移転登記義務を負うBに対し、中間者である亡Aを省略して直接被上告人に所有権移転登記をすることについて、同意し、かつ、指図した書面であつて、その作成の動機・経緯、方式及び記載文言に照らして考えるならば、贈与者である亡Aの慎重な意思決定に基づいて作成され、かつ、贈与の意思を確実に看取しうる書面というのに欠けるところはなく、民法五五〇条にいう書面に当たるものと解するのが相当である。論旨は、右と異なる見解に基づき原判決の違法をいうか、又は原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

・書面によらない贈与の受贈者も、贈与者に対して贈与の履行を求めることができる!!!
←贈与契約は諾成契約である。したがって、贈与契約は書面によらなくても有効に成立するから、書面によらない贈与の受贈者も贈与者に対して贈与の履行を求めることができる!!

・書面によらない不動産の贈与において、建物の贈与者が贈与と同時に受贈者との間で贈与の目的物である建物を1年間贈与者に無償で使用させる旨合意して、その建物を占有使用した場合、贈与の履行を終わったものであるといえるから、贈与を撤回することはできない!!
=履行が終わったとするためには、176条の意思表示による所有権の移転があっただけでは足りず、目的物の占有の移転も必要!!=占有改定がなされた場合にも履行が終わったものと認められる。
+判例(S31.1.27)
同第二点について。
原判決は本件建物の所有権は、その出来上りと同時に被上告人に移転せられたものであるから、所論の贈与は、既にその履行を終つたものである。よつて、右贈与は上告人Aにおいて、これを取消すことはできないと判示するけれども不動産の贈与は、その所有権を移転したのみをもつて、民法五五〇条にいわゆる「履行ノ終ハリタル」ものとすることはできないのであつて、右「履行ノ終ハリタル」ものとするには、これが占有の移転を要するものと解すべきことは、論旨所説のとおりである。しかし、原判決は右贈与契約については上告人Aは出来上りと同時にこれを被上告人に贈与すると共に、「その後一年間は、控訴人(上告人)Aにおいて右建物を無償で使用し、ビンゴゲーム場を経営して利益をあげ、その一年の期間満了とともに右建物を被上告人に明渡すことと定めた」こと、並びに上告人Aが右契約の趣旨に従つて右建物建築后これを占有使用していることを認定しているのであつて、この事実関係の下においては、右建物は、出来上りと共にその所有権が被上告人に移転すると同時に、爾後上告人Aは被上告人の為めに右建物を占有する旨の意思を暗黙に表示したものと解すべきであるから、これによつて、右建物の占有もまた、被上告人に移転したものというべく、従つて、本件贈与は、既にその履行を終つたものと解するを相当とする。されば上告人の右贈与取消の抗弁を排斥した原判決は結局正当であつて、論旨は理由がない。

・書面によらない負担付贈与では、Aの贈与もBの負担も履行されていないときは契約の撤回ができる!

・贈与者は、贈与も目的物である物又は権利の瑕疵又は不存在を知りながら、これを受贈者に告げなかった場合、瑕疵担保責任を負う!!
+(贈与者の担保責任)
第551条
1項 贈与者は、贈与の目的である物又は権利の瑕疵又は不存在について、その責任を負わない。ただし、贈与者がその瑕疵又は不存在を知りながら受贈者に告げなかったときは、この限りでない
2項 負担付贈与については、贈与者は、その負担の限度において、売主と同じく担保の責任を負う。

・AはBに対し高価な骨董品の花瓶を贈与した。しかし、その後、贈与契約が締結される前から花瓶の模様の部分にひびが入っていたため価値が半減していたことがわかった。Aは花瓶にひびが入って価値が半減していたことにつき善意の場合はBに対して担保責任を負わない!!
+過失についてはどう考えるんだろう・・・・。←たぶん含まれないよ!

・AはBに対して自己所有の家屋を無償で譲り渡す約束をした。その後、Aの過失によりBへの引渡し前に家屋が焼失してしまった。BはAに対して損害賠償を請求することができる!!!
←贈与者は目的物について善管注意義務を負う(400条)。したがって、過失により目的物が減失した場合には、善管注意義務違反の債務不履行基づく損害賠償責任が生じることになる(415条)。
+(特定物の引渡しの場合の注意義務)
第400条
債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。

+(債務不履行による損害賠償)
第415条
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

+++
善良な管理者の注意(善管注意)とは、債務者の職業、その属する社会的・経済的な地位などにおいて一般に要求されるだけの注意をいう。ヘーー

・定期の給付を目的とする贈与は、贈与者又は受贈者の死亡によってその効力を失う。←当事者の信頼関係に重きを置いているから!!!
+(定期贈与)
第552条
定期の給付を目的とする贈与は、贈与者又は受贈者の死亡によって、その効力を失う。

・負担付贈与契約は無償契約かつ片務契約であるが、双務契約に関する危険負担の規定が準用される!!!!
+(負担付贈与)
第553条
負担付贈与については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する。

+(債権者の危険負担)
第534条
1項 特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。
2項 不特定物に関する契約については、第401条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。

・Aが義理の息子Bに対し、Aを養うことを条件として家屋を無償で譲り渡す旨を書面により約し、家屋の所有権をBに移転したが、BはAを養わなかった。この場合、Aは、贈与契約を解除することができる!!!!←541条、542条を準用

+判例(S53.2.17)の原審
【理由】 〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。
1 やよいは、大正八年一郎の許に嫁して以来、乙野家の長男の嫁として、病弱で目の不自由な姑春子に代わつて、同家の家事及び控訴人を含む一郎の弟妹の養育等に尽し、控訴人ら兄弟及び近隣の人々に敬愛されていたところ、夫一郎との間に子が生れなかつたことから、性格が素直で優しく思われた控訴人を慈しみ、ゆくゆくは養子として乙野家の跡を継がせようと考えていた。
そのため、一郎とやよいは、控訴人を跡継ぎに相応するように教育すべく、家業に精励し、他の弟妹には小学校教育しか受けさせなかつたのに独り控訴人のみを大学に進学させ、医師として生業できるに至るまで教育し、その間実親にも優る世話をし、控訴人が昭和一二年に夏子と結婚し、戦時中東京都品川区○○に医院を開業するまで控訴人夫婦に月額二〇円程度の援助を続け、その後も食糧等の援助を続けた。
2 当時控訴人夫婦においてもやよいに対する感謝の念を忘れず、一郎死亡(昭和二四年)後は同人に対し生活費の一助として月に二、〇〇〇円ないし三、〇〇〇円を仕送りするなどしてその世話をしていた。そして、控訴人は、昭和三九年にはやよいに相談することなく、東京都練馬区役所へ控訴人夫婦がやよいの養子となる縁組届をした(養子縁組の事実については当事者間に争いがない。)。やよいは、控訴人を一〇才の時から前記のように養育し、医師となつた同人を誇りとし、その人格に全幅の信頼を寄せ、同人夫婦からも親愛の情を示されていたので、右養子縁組にもとより異存はなかつた。
3 そして、やよいは、昭和四二年頃、控訴人との関係が右のように円満であり控訴人より生活費として一万七、〇〇〇円位の仕送りを続けてもらつていること、控訴人が正式に養子となつて乙野家の跡継ぎになつていたことから、自分の老後を控訴人に託し、その家族の一員として控訴人夫婦や孫に囲まれて安らかに暮すことを予定して、乙野家の家産、先祖の祭祀等を引き継がせるために、本件土地を主体とする亡夫一郎の遺産を控訴人に取得させたいと考えるようになり、控訴人らにその意とするところを語つていた。
4 昭和四三年頃やよいは控訴人以外の者で一郎の父太郎(一郎の死後昭和二五年に死亡)及び同母春子(昭和三一年死亡)の相続人である控訴人の兄弟及びその代襲相続人らにその心情を訴えて説明したところ、これらの者はやよいの考えに同調し、各人の相続分につきやよいの要望するところに従い控訴人に贈与することに同意した。
5 そこで、当時いまだ一郎の遺産につき分割の手続が未了であつたところから、やよいは、控訴人以外の太郎及び春子の全相続人(太郎に関しては、昭和二六年に相続放棄をしなかつた者)から「被相続人からすでに相当の財産の贈与を受けており被相続人の死亡による相続分については相続する相続分の存しないことを証明します」との文言を記載した証明書をとりまとめ、亡夫一郎の遺産につき自分名義の同旨証明書を添えて控訴人に交付した。これによつて控訴人が冒頭掲記の各所有権移転登記手続を了した。
〈中略〉
以上認定の事実によれば、本件土地については、控訴人固有の相続分以外の所有持分権の控訴人に対する移転(そのうちやよいからの分は、原判決別紙物件目録(一)の土地については持分四分の一、同(二)ないし(一〇)の土地については持分二分の一)は、一郎の遺産の分割に当り、控訴人以外の相続分を有する者から控訴人に対し、右各相続分を贈与することによつてなされたものというべきである。就中やよいからの贈与分は、やよいの財産のほとんど全部を占めるもので、やよいの生活の場所及び経済的基盤を成すものであつたから、その贈与は、やよいと控訴人との特別の情宜関係及び養親子の身分関係に基き、やよいの爾後の生活に困難を生ぜしめないことを条件とするものであつて、控訴人も右の趣旨は十分承知していたところであり、控訴人において老令に達したやよいを扶養し、円満な養親子関係を維持し、同人から受けた恩愛に背かないことを右贈与に伴う控訴人の義務とする、いわゆる負担付贈与契約であると認めるのが相当である。 ホーーー
控訴人は、本件土地はやよいらの相続放棄により単独相続したものであつて贈与によつて取得したものでないと主張するが、少くともやよいの相続分に相応する持分については、前記認定のとおり登記手続の便宜上やよいにおいて具体的相続分の存在しないことを承認する形式がとられたにすぎないものと認められるから、右主張並びにそれらを前提とする禁反言の主張は容認することができない。

三 ところで、負担付贈与において、受贈者が、その負担である義務の履行を怠るときは、民法五四一条、五四二条の規定を準用し、贈与者は贈与契約の解除をなしうるものと解すべきである。そして贈与者が受贈者に対し負担の履行を催告したとしても、受贈者がこれに応じないことが明らかな事情がある場合には、贈与者は、事前の催告をすることなく、直ちに贈与契約を解除することができる!!!ものと解すべきである。
本件において、やよいが、本件負担付贈与契約上の扶養義務及び孝養を尽す義務の負担不履行を理由に、控訴人に対し、昭和四八年一二月二八日送達された本件訴状によつて、右贈与契約を解除する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。
そこで、右負担付贈与契約の解除の適否について判断する。
〈証拠〉を総合すると、やよいと控訴人とは昭和四二、三年頃までは養親子として通常の関係にあつたが、昭和四三年一〇月一五日に本件土地について前記のとおり控訴人の単独相続による所有権移転登記手続が経由されて以後、次のような経緯で、控訴人はやよいに対し親愛の情を欠くようになり、その態度、行動は苛酷なものとなり、両者の養親子としての関係を破綻させるに至つたことが認められる。 フム
1 控訴人は、やよいから同人の一郎の遺産に対する相続分を前記のように贈与を受けるに先だち、昭和四三年九月一六日やよいの頼みで被控訴人に対し右遺産中の原野四畝二五歩、山林四畝二三歩を贈与することにしたが、内心右贈与を快く思つていなかつたこともあつてその履行を直ちにしなかつたところ、やよいから被控訴人への所有権移転登記手続を早くするよう度々催促されるので、やよいを疎ましく思うようになつた。
2 一郎は昭和二二年頃乙野家の手伝いとして長年尽した訴外丁野秋子に年季奉公の謝礼として農地を贈与したことがあつたところ、丁野から右土地を買受けていた訴外山田次郎が、昭和四五年頃になつて同土地の所有名義人となつた控訴人に対し所有権移転登記手続を請求したのに対し、控訴人が右贈与を否定して紛争になつたが、やよいが、農地委員会から事情聴取された際、丁野への贈与があつたことをありのままに認める陳述をした。そのため、控訴人は自己に不利な供述をされたことを根に持ち、やよいに対しさらに不快な感情を抱くに至つた。
3 やよいは、昭和四五年頃、太郎の代から乙野家に仕えていた訴外乙野司郎が貧しく、住家の屋根の修繕材料に窮していることを聞いて不憫となり、控訴人においても当然異存はないものと考えて控訴人所有の山林の立木四本ばかりの伐採を許したところ、控訴人から苦情を呈されて謝つたことがあつた。やよいは、右事件について右の謝罪により落着したものと思つていたところ、その後約一年位過ぎて、控訴人からやよいと司郎が共謀のうえ控訴人所有の立木を窃取したとして、富士吉田警察署に告訴され、同警察及び検察庁から呼び出され取調べを受けるに至つた。
4 控訴人は前記1のように被控訴人に贈与した土地について、昭和四六年一一月一日被控訴人から所有権移転登記等を請求する訴訟(後に右土地を控訴人が第三者に売却したため損害賠償請求に変更された。)を提起されたところ、右訴訟において、控訴人は、被控訴人に右土地を贈与するに至つたことに関して、やよいが「同意しなければ控訴人の経営する医院や田舎の家に放火して、首つり自殺をしてやる」などと申し向けて控訴人を脅迫したとか、やよいが、異常性格であるとか、控訴人の立木を勝手に売却したり、控訴人の土地を担保に供すると称して多額な借金をなし浪費生活を続けているとか、虚偽の事実を法廷で供述し、やよいの名誉を著しく傷つけた。
5 控訴人夫婦は、昭和四七年一二月一一日甲府家庭裁判所都留支部に、やよいについて右4の虚偽の供述と同旨の事由があるとして、離縁及びやよいの居宅(同人が嫁に来て以来住んでいる乙野家の家屋)等の明渡を求める調停の申立をするに至つたが、右調停は、昭和四八年七月一〇日不調に終つた。
6 控訴人は、やよいが前記贈与によつて身の廻り品や、前記の僅かばかりの株券のほかほとんど無一物となり、一郎の恩給(月額九、〇〇〇円)と控訴人からの仕送り(当時は月額一万七、〇〇〇円位)で生活していることを了知しておりながら、昭和四七年末頃から右仕送りを中止し、やよいをして困窮の身に陥れ、同人を昭和四八年二月八日以降月額一万円にも満たない生活保護と隣人の同情に老の身を託さざるを得なくし、さらには、隣人に対し手紙でやよいに金員を貸与しないよう申し入れた。同地方の有数の資産家の未亡人で、近隣から敬愛されていたやよいのこの窮状は、周囲の人々の同情と控訴人に対する非難を呼ぶことになつた。
7 控訴人は、昭和四七年一二月頃、やよいの居住する家屋に昔から付設されていた電話を、使用者であるやよいが留守中に無断で取り外してしまつた。
8 なお、控訴人は、昭和五〇年二月頃、やよいが病気で入院している間にやよいの右居宅に侵入し、以後のやよいの出入りを断つべく、道路と家との間に有刺鉄線を張りめぐらし、更に出入口の鍵まで付け替えてしまつた。 スゲエ・・・
9 やよいは、控訴人の仕打ちが昂ずるに及んで遂に昭和四八年一〇月一九日甲府地方裁判所に控訴人夫婦を相手とし離縁の訴を提起し、昭和五〇年一月二二日協議離縁することで和諧するに至り、同年三月一七日離縁の届出をして、控訴人夫婦との養親子関係を解消した。
〈中略〉
以上認定事実によれば、控訴人は、やよい側に格別の責もないのに、本訴が提起された当時において、養子として養親に対しなすべき最低限のやよいの扶養を放擲し、また子供の時より恩顧を受けたやよいに対し、情宜を尽すどころか、これを敵対視し、困窮に陥れるに至つたものであり、従つて、やよいの控訴人に対する前記贈与に付されていた負担すなわちやよいを扶養して、平穏な老後を保障し、円満な養親子関係を維持して、同人から受けた恩愛に背かない義務の履行を怠つている状態にあり、その原因が控訴人の側の責に帰すべきものであることが認められ、控訴人とやよいとの間の養親子としての関係も本訴提起当時回復できないほど破綻し、その後の経過からみても、やよいが控訴人に対し右義務の履行を催告したとしても、控訴人においてこれを履行する意思のないことは容易に推認される。結局、本件負担付贈与は、控訴人の責に帰すべき義務不履行のため、やよいの本件訴状をもつてなした解除の意思表示により、失効したものといわなければならない。〈後略〉

+(履行遅滞等による解除権)
第541条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。

+(定期行為の履行遅滞による解除権)
第542条
契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したときは、相手方は、前条の催告をすることなく、直ちにその契約の解除をすることができる。

・死因贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定が準用されるが、死因贈与の方式については遺贈に関する規定の準用はない!!!!
+判例(S32.5.21)
同第二点について。
論旨は死因贈与も遺言の方式に関する規定に従うべきものと主張するが、民法五五四条の規定は、贈与者の死亡によつて効力を生ずべき贈与契約(いわゆる死因贈与契約)の効力については遺贈(単独行為)に関する規定に従うべきことを規定しただけで、その契約の方式についても遺言の方式に関する規定に従うべきことを定めたものではないと解すべきである。(同趣旨、大正一五年(オ)一〇三六号、同年一二月九日、大審院判決、集五巻八二九頁)論旨は理由がない。

・死因贈与にも遺贈にも負担を付することはできる!!!
+(負担付贈与)
第553条
負担付贈与については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する。

+(負担付遺贈)
第1002条
1項 負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う。
2項 受遺者が遺贈の放棄をしたときは、負担の利益を受けるべき者は、自ら受遺者となることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

・遺贈はいつでも撤回することができる!
+(遺言の撤回)
第1022条
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。

+(前の遺言と後の遺言との抵触等)
第1023条
1項 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2項 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。

・死因贈与も書面によるか否かにかかわらず、いつでも撤回することができる!!!
+判例(S47.5.25)
同第三点について。
所論は、原判決には、死因贈与について遺言の取消に関する民法一〇二二条の準用を認めた法令の解釈適用の誤りがあり、かつ、本件死因贈与は夫婦間の契約取消権によつて取消しえないものであると解しながら、右民法一〇二二条の準用によつてその取消を認めた理由そごの違法がある、というものである。
おもうに、死因贈与については、遺言の取消に関する民法一〇二二条がその方式に関する部分を除いて準用されると解すべきである。けだし、死因贈与は贈与者の死亡によつて贈与の効力が生ずるものであるが、かかる贈与者の死後の財産に関する処分については、遺贈と同様、贈与者の最終意思を尊重し、これによつて決するのを相当とするからである。そして、贈与者のかかる死因贈与の取消権と贈与が配偶者に対してなされた場合における贈与者の有する夫婦間の契約取消権とは、別個独立の権利であるから、これらのうち一つの取消権行使の効力が否定される場合であつても、他の取消権行使の効力を認めうることはいうまでもない。それゆえ、原判決に所論の違法は存しないというべきである。論旨は、独自の見解に立脚して、原判決を非難するものであつて、採用することができない。

・死因贈与は代理によってすることができるが、遺贈は代理によってすることができない!!
=死因贈与は契約であるから、代理によることができる。これに対して遺贈は遺言による意思表示であり、代理によってすることができない!!!

・死因贈与、遺贈ともに贈与者、遺贈者の死亡によって、財産権移転の効果が生じる!!!
+(死因贈与)
第554条
贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。

+(遺言の効力の発生時期)
第985条
1項 遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
2項 遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就した時からその効力を生ずる。

・死因贈与、遺贈共に財産が受贈者、受遺者に移転した後でも、相続人は遺留分減殺請求をすることができる!
+(死因贈与)
第554条
贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。

+(遺贈又は贈与の減殺請求)
第1031条
遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。

・死因贈与は贈与者の単独行為によってすることはできない!=あくまで契約!