民法択一 債権各論 契約各論 賃貸借 その2


・家具の所有者AがBに賃貸中の当該家具をCに売却した場合、特約の有無にかかわらず、Cは所有権を取得するが、Bに対する賃料については売買契約時に取得するわけではない!!!!
←動産賃貸借に対抗力がないから!
+(不動産賃貸借の対抗力)
第605条
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる。

・賃貸人には賃貸物につき修繕義務があり、賃借人にはその協力義務があるが、賃借人は、賃借物が修繕を要する場合には、修繕を要する場合には、賃貸人がすでにそれを知っている場合を除いて、遅滞なく賃貸人に通知する必要がある!!
+(賃貸物の修繕等)
第606条
1項 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
2項 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない

+(賃借人の通知義務)
第615条
賃借物が修繕を要し、又は賃借物について権利を主張する者があるときは、賃借人は、遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし、賃貸人が既にこれを知っているときは、この限りでない

・建物の賃借人が、賃貸人が修繕すべき雨漏りを自ら費用をだして修繕したときは、賃貸人に対して、直ちに修繕費用全額の償還を請求することができるが、賃貸人に建物を返還してから1年を過ぎると請求することはできない!!
+(賃借人による費用の償還請求)
第608条
1項 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2項 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限
第621条
第600条の規定は、賃貸借について準用する。

+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第600条
契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。

・賃借権の譲渡がなされ、これについて賃貸人の承諾があった場合、従前の賃貸借契約と同内容の関係が賃貸人と譲受人との間に生じるが、賃借人の保管義務違反による損害賠償債務については、これを引き受ける旨の特約がない限り譲受人に移転しない!!!!!!

・建物の賃借人が有益費を支出した後、建物の所有権の譲渡により賃貸人が変わったときは、特段の事情のない限り、新賃貸人が当該有益費の償還義務を承継し、旧賃貸人は当該償還義務を負わない!!!
+判例(S46.2.19)
理由
上告代理人吉岡秀四郎、同緒方勝蔵の上告理由第一点および第二点について。
建物の賃借人または占有者が、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に、賃貸人または占有回復者に対し自己の支出した有益費につき償還を請求しうることは、民法六〇八条二項、一九六条二項の定めるところであるが、有益費支出後、賃貸人が交替したときは、特段の事情のないかぎり、新賃貸人において旧賃貸人の権利義務一切を承継し、新賃貸人は右償還義務者たる地位をも承継するのであつて、そこにいう賃貸人とは賃貸借終了当時の賃貸人を指し、民法一九六条二項にいう回復者とは占有の回復当時の回復者を指すものと解する。そうであるから、上告人が本件建物につき有益費を支出したとしても、賃貸人の地位を訴外Aに譲渡して賃貸借契約関係から離脱し、かつ、占有回復者にあたらない被上告人に対し、上告人が右有益費の償還を請求することはできないというべきである。これと同趣旨にでた原判決の判断は相当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
同第三点について。
建物の賃借人または占有者は、原則として、賃貸借の終了の時または占有物を返還する時に賃貸人または占有回復者に対し、自己の支出した有益費の償還を請求することができるが、上告人は被上告人に対しその主張する有益費の償還を請求することのできないことは、前記のとおりである。また、原判決は、上告人は被上告人に対しては有益費の償還請求権を有せず、その消滅時効の点について考えるまでもなく上告人の請求は理由がないと判断したものであるから、有益費償還請求権の消滅時効に関する論旨は、原判決の判断しないことに対する非難である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・賃借人の知らない間に、賃貸人は当該土地を賃貸人たる地位と共に譲渡した。この場合、賃貸人たる地位の移転につき賃借人の承諾がなくとも、特段の事情がない限り、賃貸人たる地位は移転する!!!!
+判例(S46.4.23)
理由
上告代理人真木洋、同浜田正義の上告理由について。
被上告人がAに対し、本件土地の所有権とともに上告人に対する賃貸人たる地位をもあわせて譲渡する旨約したものであることは、原審の認定した事実であり、この事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
ところで、土地の賃貸借契約における賃貸人の地位の譲渡は、賃貸人の義務の移転を伴なうものではあるけれども、賃貸人の義務は賃貸人が何ぴとであるかによつて履行方法が特に異なるわけのものではなく!!、また、土地所有権の移転があつたときに新所有者にその義務の承継を認めることがむしろ賃借人にとつて有利であるというのを妨げないから、一般の債務の引受の場合と異なり、特段の事情のある場合を除き、新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには、賃借人の承諾を必要とせず、旧所有者と新所有者間の契約をもつてこれをなすことができると解するのが相当である!!!!!。
叙上の見地に立つて本件をみると、前記事実関係に徴し、被上告人と上告人間の賃貸借契約関係はAと上告人間に有効に移行し、賃貸借契約に基づいて被上告人が上告人に対して負担した本件土地の使用収益をなさしめる義務につき、被上告人に債務不履行はないといわなければならない。したがつて、これと同趣旨の原判決の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・AがBに土地を賃貸し、Bが同土地上に建物を建築して所有する場合において、AがCに同土地を譲渡したとき、Bは、建物の所有権の登記をしているが土地の賃借権の登記をしていなかった。この場合、Cが所有権移転登記を経ていないときは、BはCに対し賃料支払を拒むことができる。
+判例(S49.3.19)
理由
上告代理人樫本信雄、同竹内敦男の上告理由第一点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠に照らして肯認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点及び第三点について。
原判決は、訴外Aは昭和二五年四月原審控訴人Bから第一審判決添付目録第一記載の宅地(以下本件宅地という。)を買い受けたがその所有権移転登記をしなかつたところ、昭和二九年三月本件宅地を被上告人に売り渡したが、その所有権移転登記は中間を省略してBから直接被上告人に対してされる旨の合意が右三者間に成立し、被上告人は同年九月一二日主文第一項記載の仮登記を経由したこと、一方、上告人は本件宅地上に右目録第二記載の建物(以下本件建物という。)を所有しているが、そのうち家屋番号六七番の二、三木造瓦葺二階建店舗一棟床面積一階七坪六合九勺、二階七坪九勺については昭和二七年七月四日これを他から買い受けるとともに、当時本件宅地の所有者であつたAから本件宅地を建物所有の目的のもとに賃借し、右建物につき同月五日所有権移転登記を経由したこと、被上告人は昭和四六年六月一五日到達の書面をもつて上告人に対し昭和二九年九月一四日以降昭和四六年五月末日までの賃料を四日以内に支払うよう催告し、上告人がこれに応じなかつたので、同年六月二一日到達の書面をもつて上告人に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことを、それぞれ確定したうえ、右賃貸借契約は同日解除されたとして、被上告人が土地所有権に基づき主文第一項の所有権移転登記完了と同時に上告人に対して本件建物の収去を求める本訴請求を認容したものである。
しかしながら本件宅地の賃借人としてその賃借地上に登記ある建物を所有する上告人は本件宅地の所有権の得喪につき利害関係を有する第三者である!!!!から、民法一七七条の規定上、被上告人としては上告人に対し本件宅地の所有権の移転につきその登記を経由しなければこれを上告人に対抗することができず、したがつてまた、賃貸人たる地位を主張することができないものと解するのが、相当である(大審院昭和八年(オ)第六〇号同年五月九日判決・民集一二巻一一二三頁参照)。
ところで、原判文によると、上告人が被上告人の本件宅地の所有権の取得を争つていること、また、被上告人が本件宅地につき所有権移転登記を経由していないことを自陳していることは、明らかである。それゆえ、被上告人は本件宅地につき所有権移転登記を経由したうえではじめて、上告人に対し本件宅地の所有権者であることを対抗でき、また、本件宅地の賃貸人たる地位を主張し得ることとなるわけである。したがつて、それ以前には、被上告人は右賃貸人として上告人に対し賃料不払を理由として賃貸借契約を解除し、上告人の有する賃借権を消滅させる権利を有しないことになる。そうすると、被上告人が本件宅地につき所有権移転登記を経由しない以前に、本件宅地の賃貸人として上告人に対し賃料不払を理由として本件宅地の賃貸借契約を解除する権利を有することを肯認した原判決の前示判断には法令解釈の誤りがあり、この違法は原判決の結論に影響を与えることは、明らかである。したがつて、この点に関する論旨は理由があるから、その余の論旨について判断を示すまでもなく、原判決中本判決主文第一項掲記の部分は破棄を免れない。そして、右部分につきなお審理の必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・Aは自己の所有する建物をBに賃貸し、引き渡した。その後、Aは、Cに当該建物を譲渡し、譲渡の際にAC間で、賃貸人の地位をAに留保する旨を合意した。このような合意がされても、賃貸人たる地位は、原則としてCに移転する!!!!!
+判例(H11.3.25)
理由
上告代理人工藤舜達、同林太郎の上告理由第二点、同坂井芳雄の上告理由第一点、及び同原秋彦、同洞〓敏夫、同牧山嘉道、同若林昌博の上告理由第二点について
一 本件は、建物所有者から建物を賃借していた被上告人が、賃貸借契約を解除し右建物から退去したとして、右建物の信託による譲渡を受けた上告人に対し、保証金の名称で右建物所有者に交付していた敷金の返還を求めるものである。

二 自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日第二小法廷判決・民集一八巻七号一三五四頁、最高裁昭和四三年(オ)第四八三号同四四年七月一七日第一小法廷判決・民集二三巻八号一六一〇頁参照)、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない
けだし右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると、賃借人は、建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず、新旧所有者の合意のみによって、建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり、旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い、右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には、その地位を失うに至ることもあり得るなど、不測の損害を被るおそれがあるからである。もっとも、新所有者のみが敷金返還債務を履行すべきものとすると、新所有者が、無資力となった場合などには、賃借人が不利益を被ることになりかねないが、右のような場合に旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、右の賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべき問題である。

三 これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば(一)被上告人は本件ビル(鉄骨・鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付一〇階建事務所店舗)を所有していたアーバネット株式会社(以下「アーバネット」という。)から、本件ビルのうちの六階から八階部分(以下「本件建物部分」という。)を賃借し(以下、本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、アーバネットに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した、(二) 本件ビルにつき、平成二年三月二七日、(1) 売主をアーバネット、買主を中里三男外三八名(以下「持分権者ら」という。)とする売買契約、(2) 譲渡人を持分権者ら、譲受人を上告人とする信託譲渡契約、(3) 賃貸人を上告人、賃借人を芙蓉総合リース株式会社(以下「芙蓉総合」という。)とする賃貸借契約、(4) 賃貸人を芙蓉総合、賃借人をアーバネットとする賃貸借契約、がそれぞれ締結されたが、右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し、本件賃貸借契約における賃貸人の地位をアーバネットに留保する旨合意された、(三) 被上告人は、平成三年九月一二日にアーバネットが破産宣告を受けるまで、右(二)の売買契約等が締結されたことを知らず、アーバネットに対して賃料を支払い、この間、アーバネット以外の者が被上告人に対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった、(四) 被上告人は、右(二)の売買契約等が締結されたことを知った後、本件賃貸借契約における賃貸人の地位が上告人に移転したと主張したが、上告人がこれを認めなかったことから、平成四年九月一六日、上告人に対し、上告人が本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その後、本件建物部分から退去した、というのであるが、前記説示のとおり、右(二)の合意をもって直ちに前記特段の事情があるものと解することはできない。そして、他に前記特段の事情のあることがうかがわれない本件においては、本件賃貸借契約における賃貸人の地位は、本件ビルの所有権の移転に伴ってアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したものと解すべきである。以上によれば、被上告人の上告人に対する本件保証金返還請求を認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
その余の上告理由について
所論の点に間する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。
私は、上告人が被上告人に対し本件保証金の返還債務を負担するに至ったとする法廷意見には賛成することができない。
一 甲が、その所有の建物を乙に賃貸して引き渡し、賃貸借継続中に、右建物を丙に譲渡してその所有権を移転したときは、特段の事情のない限り、賃貸人の地位も丙に移転し、丙が乙に対する賃貸人としての権利義務を承継するものと解されていることは、法廷意見の説くとおりである。甲は、建物の所有権を丙に譲渡したことにより、乙に建物を使用収益させることのできる権能を失い、賃貸借契約上の義務を履行することができなくなる反面、乙は、借地借家法三一条により、丙に対して賃貸借を対抗することができ、丙は、賃貸借の存続を承認しなければならないのであり、そうだとすると、旧所有者甲は賃貸借関係から離脱し、丙が賃貸人としての権利義務を承継するとするのが、簡単で合理的だからである。

二 しかし、甲が、丙に建物を譲渡すると同時に、丙からこれを賃借し、引き続き乙に使用させることの承諾を得て、賃貸(転貸)権能を保持しているという場合には、甲は、乙に対する賃貸借契約上の義務を履行するにつき何の支障もなく、乙は、建物賃貸借の対抗力を主張する必要がないのであり、甲乙間の賃貸借は、建物の新所有者となった丙との関係では適法な転貸借となるだけで、もとのまま存続するものと解すべきである。賃貸人の地位の丙への移転を観念することは無用である。賃貸人の地位が移転するか否かが乙の選択によって決まるというものでもない。もしそうではなくて、この場合にも新旧所有者間に賃貸借関係の承継が起こるとすると、甲の意思にも丙の意思にも反するばかりでなく、丙は甲と乙に対して二重の賃貸借関係に立つという不自然なことになる(もっとも、乙の立場から見ると、当初は所有者との間の直接の賃貸借であったものが、自己の関与しない甲丙間の取引行為により転貸借に転化する結果となり、乙は民法六一三条の適用を受け、丙に対して直接に義務を負うなど、その法律上の地位に影響を受けることは避けられない。特に問題となるのは、丙甲間の賃貸借が甲の債務不履行により契約解除されたときの乙の地位であり、乙は丙に対して原則として占有権限を失うと解されているが、乙の賃貸借が本来対抗力を備えていたような場合にはそれが顕在化し、丙は少なくとも乙に対しても履行の催告をした上でなければ、甲との契約を解除することができないと解さなければならないであろう。)。

三 本件は「不動産小口化商品」として開発された契約形態の一つであって、本件ビルの全体について、所有者アーバネットから三九名の持分権者らへの売買、持分権者らから上告人への信託、上告人と芙蓉総合との間の転貸を目的とする一括賃貸借、芙蓉総合とアーバネットとの間の同様の一括転貸借(かかる一括賃貸借を原審はサブリース契約と呼んでいる。)が連結して同時に締結されたものであることは、原審の確定するところである。これによれば、本件ビルの所有権はアーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したが、上告人、芙蓉総合、アーバネットの間の順次の合意により、アーバネットは本件ビルの賃貸(右事実関係の下では転々貸)権能を引き続き保有し、被上告人との間の本件賃貸借契約に基づく賃貸人(転々貸人)としての義務を履行するのに何の妨げもなく、現に被上告人はアーバネットを賃貸人として遇し、アーバネットは被上告人に対する賃貸人として行動してきたのであり、賃貸借関係を旧所有者から新所有者に移転させる必要は全くない。すなわち、本件の場合には、上告人が賃貸人の地位を承継しない特段の事情があるというべきである。そして、この法律関係は、アーバネットが破産宣告を受けたからといって、直ちに変動を来すものではない。
賃貸借関係の移転がない以上、被上告人の預託した本件保証金(敷金の性質を有する。)の返還の関係についても何の変更もないのであり、賃貸借の終了に当たり、被上告人に対し本件保証金の返還義務を負うのはアーバネットであって、上告人ではないということになる。被上告人としては、アーバネットが破産しているため、実際上保証金返還請求権の満足を得ることが困難になるが、それはやむをえない。もし法廷意見のように解すると、小口化された不動産共有持分を取得した持分権者らが信託会社を経由しないで直接にサブリース契約を締結するいわゆる非信託型(原判決一一頁参照)の契約形態をとった場合には、持分権者らが末端の賃借人に対する賃貸人の地位に立たなければならないことになるが、これは、不動産小口化商品に投資した持分権者らの思惑に反するばかりでなく、多数当事者間の複雑な権利関係を招来することにもなりかねない。また、本件のような信託型にあっても、仮に本件とは逆に新所有者が破産したという場合を想定したとき、関係者はすべて旧所有者を賃貸人と認識し行動してきたにもかかわらず、旧所有者に対して法律上保証金返還請求権はなく、新所有者からは事実上保証金の返還を受けられないことになるが、この結論が不合理であることは明白であろう。
四 以上の理由により、私は、被上告人の上告人に対する保証金返還請求を認めることはできず、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、被上告人の請求を棄却すべきものと考える。
(裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

++上告理由
上告代理人工藤舜達、同林太郎の上告理由
第一点 〈省略〉
第二点 原判決の判断は旧借家法第一条の立法趣旨を見誤り違法である。
一 本件の基本的争点は、本件契約連結によって本件全体ビルの所有権が訴外アーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したことに伴い、本件賃貸借契約における貸主たる地位も当然に訴外アーバネットから持分権者らを経て上告人に移転したといえるかどうかという点にあることは、原判決が指摘するとおりである。
これについて、原判決は「自己の所有建物を他に賃貸している者が賃貸借契約継続中に第三者にその建物を譲渡した場合には、原則として賃貸人たる地位もこれに伴って右第三者に移転するものであるが、特段の事情が存する場合には、なお賃貸人たる地位は移転しないで建物の譲渡人にとどまるものと解される。そして、賃貸中の建物を譲渡するに際し、新旧所有者間において、従前からの賃貸借関係の賃貸人の地位を従前の所有者に留保する旨の合意をすることは契約の自由の範囲内のことであるが、建物の賃借人が対抗力のある賃借権を有する場合には、その者は新所有者に対して賃借権を有することを主張し得る立場にあるものであって、その者が新所有者との間の賃貸借関係を主張する限り、賃貸借関係は新所有者との間に移行するものであるから、新旧所有者間に右の合意があるほか、貸借人においても賃貸人の地位が移転しないことを承認又は容認しているのでなければ、前記の特段の事情が存する場合に当たるとはいえないというべきである。
本件において、本件全体ビルが訴外アーバネットから持分権者らに売却され、更に控訴人に信託譲渡されるに際し、訴外アーバネットと持分権者らとの間及び持分権者らと控訴人との間において、従前からの賃借人である被控訴人との間の本件賃貸借契約上の賃貸人の地位は訴外アーバネットに留保することとして移転しない旨を合意しており、右売却及び信託譲渡と同時に右合意の趣旨に沿って本件契約連結の各契約が締結され、それ以降も訴外アーバネットは被控訴人に対して賃貸人としての行動をし、被控訴人も訴外アーバネットが破産するまで訴外アーバネットを賃貸人と認識して賃料を支払っていた。しかし、被控訴人は本件賃貸部分につき対抗力のある建物賃借権を有していた者であって、本件全体ビルの所有権が移転し、それに伴い本件契約連結の各契約が締結されたことを訴外アーバネットの破産宣告に至るまで全く知らず、しかも、本件契約連結が存在することを知った後は新所有者に賃貸人の地位が移転した旨主張しているのであるから、被控訴人において賃貸人の地位が移転しないということを承認ないし容認したものと認める余地は全くない。したがって、本件全体ビルの持分権者らへの売却及び控訴人への信託譲渡は前記特段の事情がある場合に当たるということはできず、本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位は、本件全体ビルの所有権の移転に伴い訴外アーバネットから持分権者らに、更に受託者である控訴人に移転したものというべきである。」と判示している。
しかしながら、訴外アーバネットは、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約は固定したまま、甲第三号証建物賃貸借契約には全く影響を及ぼさず、被上告人に対する賃貸人たる地位をそのまま保持して、平成二年三月二七日訴状別紙目録(二)記載の人々に対し、同目録記載のとおり、本件建物の持分所有権のみを売却譲渡し、同年同月三〇日その所有権移転登記をしたのである。
従って、同目録(二)記載の人々は、被上告人に対する賃貸人たる地位を承継しないで、本件建物の持分所有権のみを譲受けたものである。
しかし、訴外アーバネットが訴状別紙目録(二)記載の人々に対し、本件建物の持分所有権を売却譲渡しながら、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約を固定し、甲第三号証建物賃貸借契約に影響を及ぼさず、被上告人に対する賃貸人たる地位をそのまま保持するために、訴外アーバネットは、本件建物の持分所有権譲渡と同時に、本件建物の転借人(転貸人は芙蓉総合リース株式会社)たる地位を取得したのである。
即ち、訴外アーバネットは、本件建物の持分所有権を訴状別紙目録(二)記載の人々に対し、売却譲渡したが、それであれば、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約に影響があり、被上告人に対する賃貸人たる地位を失うことになるが、訴外アーバネットは、本件建物持分所有権譲渡と同時に、本件建物の転借人(転貸人は、芙蓉総合リース株式会社)たる地位を取得することにより、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約を固定し、甲第三号証建物賃貸借契約に影響を及ぼさず、被上告人に対する賃貸人たる地位をそのまま保持することができたのである。
このような契約を締結し、法律関係を創設することは、契約自由の原則の範囲内であり完全に有効である。
それに、訴外アーバネットは、被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約を固定したまま、甲第三号証建物賃貸借契約には全く影響を及ぼさず、被上告人に対する賃貸人たる地位を保持したまま、平成二年三月二七日訴状別紙目録(二)記載の人々に対し、本件建物の持分所有権のみを譲渡したので、その譲渡が行なわれた後も、被上告人との関係においては、依然として訴外アーバネットが賃貸人たる地位を継続しており、訴外アーバネットは、真実(擬制ではない)の賃貸人として、賃借人である被上告人から賃料を継続して受領しており、また、真実(擬制ではない)の賃貸人として、被上告人に対し、保証金の返還債務を負担しているのである。
そして、このまま推移して、甲第三号証建物賃貸借契約が終了すれば、それまでの被上告人からの賃料は、真実の賃貸人である訴外アーバネットが全部取得し、被上告人が訴外アーバネットに預託した保証金(二〇パーセント償却後の残額)は終了した時点において、真実の賃貸人である訴外アーバネットが賃借人である被上告人に対し、返還するのである。
原判決の判示は、新所有者が、これまでの賃借人に対する賃貸人となる典型的事例に関する判例の解釈であって、本件のように訴外アーバネットと被上告人との転貸借契約を、そのまま固定して、所有権のみを譲渡する事例においては、原判決の判示するようなことにはならないのである。
従来の判例は、訴外アーバネットが被上告人に対する賃貸人たる地位を失いまたは抜ける場合であって、本件のように、訴外アーバネットが被上告人に対する賃貸人たる地位を失わず、または抜けない場合には、適用がないのである。
それに、本件は元々転貸借のケースであり、従来の判例の解釈も転貸借契約には、適用されず(大判大正九・九・二八民一四〇二頁)、賃貸人の地位が転移しないときは適用されないのである。
原判決も、「本件において、本件全体ビルが訴外アーバネットから持分権者らに売却され、更に控訴人に信託譲渡されるに際し、訴外アーバネットと持分権者らとの間及び持分権者らと控訴人との間において、従前からの賃借人である被控訴人との間の本件賃貸借契約上の賃貸人の地位は訴外アーバネットに留保することとして移転しない旨を合意しており、右売却及び信託譲渡と同時に右合意の趣旨に沿って本件契約連結の各契約が締結され、それ以後も訴外アーバネットは被控訴人に対して賃貸人としての行動をし、被控訴人も訴外アーバネットが破産するまで訴外アーバネットを賃貸人と認識して賃料を支払っていた。」と認めているのである。
二 被上告人と訴外アーバネットとの間の甲第三号証建物賃貸借契約は、訴外アーバネットが、訴外日本都市デベロップから本件ビルの所有権を譲受けても、また、訴外アーバネットが持分権者らに、持分権者らが、上告人にそれぞれ、本件ビルを売買し、または信託譲渡したことによっても、何等変更または切断されることはないのである。
従って、持分権者ら及び上告人は、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約の貸主たる地位を承継することなく、また、その契約に基づく保証金返還債務を承継することもないのである。
右結論については、法的側面、会計または税務処理の側面、当事者の意思または認識、経済的合理性または関係当事者のニーズ並びに結果の妥当性等を総合的に勘案して判断されるべきである。
1 本件について、法的側面を考えて見ると、訴外アーバネットが持分権者らに、持分権者らが、上告人に、それぞれ本件ビルを売買し、または信託譲渡しても、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約は、何等変更また切断されることなく継続しているのである。
訴外アーバネットは、本件ビルを売却した後も依然として、被上告人に対する賃貸人の地位にあり、従来と変わりなく賃料債権を有し、保証金返還債務を負担しているのである。
一方持分権者ら及び上告人は、被上告人と建物賃貸借契約を締結したことはなく、また、保証金の返還債務を負担する旨の約束をしたことはないのである。
従って、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約が終了したときは、訴外アーバネットが被上告人に保証金を返還することになっているのである。
被上告人の指摘している昭和一一年一一月二七日大審院判決は、所有権を譲渡することによって、譲渡人が賃貸人たる地位を失わない、本件の場合には該当しないのである。
2 本件について、会計または税務処理の側面を考えて見ると、会計処理として、被上告人の会計帳簿には賃料の支払先が訴外アーバネットと記帳され、また、保証金の預託先も訴外アーバネットと記帳されており、被上告人の会計帳簿に持分権者ら及び上告人の名前は何処にも記帳されておらず、振替え処理もなされていないのである。
一方訴外アーバネットの会計帳簿には、賃料の請求先が被上告人と記載され、また、保証金の受入も被上告人からとなっており、従って、訴外アーバネットが保証金の返還債務を負担している旨の記載がなされており、その賃料請求権及び保証金返還債務を持分権者らまたは上告人に変更または承継させる旨の記載は一切なされていないのである。
それに、持分権者ら及び上告人の会計帳簿にも、被上告人に対する賃料請求債権は計上されておらず、また、保証金返還債務の記帳はなされていないのである。
更に、税務署は、被上告人からの賃料を、本件ビル売買の前後を問わず、訴外アーバネットの法人所得と認定し、訴外アーバネットから法人税を徴収しており、持分権者らまたは上告人の法人所得または個人所得としてはいないのである。
そして、税務処理の側面からも本件保証金返還債務は、本件ビル売買の前後を問わず、訴外アーバネットが負担したままになっており、持分権者らまたは上告人が本件保証金返還債務を承継したことにはなっていないのである。
もし、持分権者らまたは上告人が本件保証金返還債務を承継するとすれば、持分権者らまたは上告人の法人所得または個人所得に変動が発生しなければならないことになるが、税務署は持分権者らまたは上告人の法人所得または個人所得が変動することはないものと認定しているのである。
3 本件について、当事者の意思または認識として、持分権者ら及び上告人がアーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約及び本件保証金返還債務を承継していないことは、明らかである。
4 本件について、経済的合理性または関係当事者のニーズについては、証人岩田忠雄の尋問調書及び乙第一〇号証の一、二ないし乙第二一号証並びに乙第二四号証ないし乙第二六号証の各種資料により明らかである。
本件は、昭和六二年頃から急速に普及したサブリースの制度であり、小口投資家に対し、オフィスビルへの投資を可能にしたものである。
我国においては、株式、ゴルフ会員権、絵画等の投資物件より、オフィスビルへの投資がもっとも有利であると考えられていたが、オフィスビルは高額であるため、上場している不動産会社であるとか、生命保険会社であるというような多額の資金または資産を有するところしか参加できなかった。
そのため、小口投資家は、最も有利なオフィスビルへの投資に参加できないという意味において苛立っていたところ、小口投資家にもオフィスビルへの投資ができる制度として、サブリースが考え出されたのである。
ただ、小口投資家がオフィスビルへ投資をするについては、いくつかの前提条件があった。
その一つが、小口投資家は、最初から最後までエンドテナントと賃貸借契約の当事者になることはなく、賃料債権を取得することもなく、また保証金返還債務を負担することはないということである。
即ち、小口投資家は、配当や物件の値上りについてのみ関心があるのであって、エンドテナントとの賃貸借契約やビル管理などわずらわしいことには関与しないということである。
原判決の判示しているとおり、小口投資家がエンドテナントと賃貸借契約の当事者にならなければならないというのであれば、サブリースそのものが成立たないことになるのである。
一方サブリースの当事者となる訴外アーバネットのような不動産会社は、賃貸借契約を固定したまま、貸主たる地位から離脱することなく、所有権のみ賃貸借契約と切り離して処分することができることになり、不動産会社は引き続き賃貸事業を継続し、賃貸事業収入や保証金等の運用益を確保できるというサブリースの利点を享受することができるようになったのである。
また、被上告人のようなエンドテナントは、賃貸借契約が固定され、訴外アーバネットのようなサブリースの当事者が賃貸借契約の貸主たる地位から離脱することなく、依然として賃貸人としての地位を継続していることにより、エンドテナントの賃借人たる地位が保護されているのでエンドテナントの希望を満しているのである。
5 本件について、結果の妥当性の観点から考えてみると、訴外アーバネットが被上告人から賃料を継続して受け取り、賃貸借契約が終了したときは、本件ビルの所有権を持分権者らに譲渡していたとしても、訴外アーバネットが被上告人に本件保証金を返還するのであるから、持分権者らや上告人が本件保証金の返還に関与することは一切ないのである。
たまたま、本件については、訴外アーバネットが破産宣告を受けたため問題になっているが、法律的には破産宣告を受けると受けないとによって差異はないのである。
6 原判決の結論では、次のとおり矛盾が生じまた解決不可能な問題が発生する。
(1) 原判決の解釈によれば、上告人が賃貸人であり、被上告人が賃借人であるというが、訴外アーバネットは賃貸人ではないのか。
訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約が切れることなく継続し、訴外アーバネットが賃貸人として権利を行使し、義務を負担しているのに、原判決は、訴外アーバネットが賃貸人でないというのであろうか。
それとも、原判決は、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約と上告人と被上告人との間の建物賃貸借契約が併存しているとでもいうのであろうか。
原判決の結論では、おかしなことになってしまうのである。
(2) 原判決の解釈によれば、上告人は、被上告人に対し、保証金返還債務を負担しているというが、それでは訴外アーバネットは、保証金返還債務を負担していないというのであろうか。
それとも、原判決は、訴外アーバネットの保証金返還義務と控訴人の保証金返還義務が併存しているとでもいうのであろうか。
もし、原判決が保証金返還義務の併存をいうのであれば、その法的根拠をどのように説明するのか全く理解できない。
(3) 原判決は、訴外アーバネットが被上告人に対し、賃貸人として賃料請求権を有し、その反面、上告人は、被上告人に対し、直接賃料請求権を有しないことについて、如何なる説明をするのであろうか。
サブリース契約が、単なるビル管理と賃料集金代行契約でないことは、東京地方裁判所平成三年(ワ)第九〇〇四号建物明渡請求事件(民事第二八部担当)で平成四年五月二五日言渡された判決(判例時報一四五三号一三九頁)により明らかであり、訴外アーバネットは単なるビル管理と賃料集金代行と新たなテナント募集代行の業者ではなく、被上告人に対する賃貸人たる地位を有するのである。
本件の場合、被上告人は訴外アーバネットに対しては賃料支払義務を負担しているが、上告人に対しては賃料支払義務を負担していないのである。
(4) たまたま、本件については、訴外アーバネットが破産宣告を受けたため、本件建物の持分所有権の譲渡が露呈したが、もし、アーバネットが倒産しなければ、本件建物の持分所有権の譲渡は露呈することなく、被上告人は、甲第三号証建物賃貸借契約に基づき、訴外アーバネットに賃料を支払い続け、右賃貸借契約が終了したときは訴外アーバネットから本件保証金の返還を受けることになるのである(もし、露呈したとしても、訴外アーバネットが倒産しなければ、結果は同じ)。
そして、訴外アーバネットが倒産したか否かによって債権、債務の帰属に変更が生ずることはあり得ないので、訴外アーバネットが破産宣告を受けて、本件建物の持分所有権の譲渡が露呈したからといって、保証金の返還債務者は、訴外アーバネットであることに変更はないのである。
それとも、原判決は、訴外アーバネットが倒産したか否かによって債権、債務の帰属に変更が生ずる、または本件建物の持分所有権の譲渡が露呈したか否かによって債権、債務の帰属が生ずるとでも解釈するのであろうか。
原判決の結論は、甚だ疑問であるといわなければならない。
(5) 原判決は、訴外アーバネットと被上告人との間の甲第三号証建物賃貸借契約が継続していると考えているのか、また途切れると考えているのか、結論が出ていないのではないかと思われる。
甲第三号証建物賃貸借契約は、転貸借契約として締結されているが、訴外アーバネットが訴外日本都市デベロップから本件全体ビルの所有権を取得したときに途切れているのか否か、また訴外アーバネットが本件建物の持分所有権を訴状別紙目録(二)記載の人々に譲渡したときに途切れているのか否かについて、本訴訟事件の基礎的且つ最重要な課題であるにもかかわらず、結論を出していないと思われるのである。
もし、甲第三号証建物賃貸借契約が途切れないで継続し、従って、訴外アーバネットが甲第三号証建物賃貸借契約の賃貸人たる地位を失わず、甲第三号証建物賃貸借契約に基づき引き続き賃料を受領しているものであるとしたら、上告人が保証金の返還義務を負担することはあり得ないのである。
またもし、甲第三号証建物賃貸借契約が途切れて継続しないとすれば、訴外アーバネットは、訴状別紙目録(二)記載の人々に対し持分所有権を譲渡した後、如何なる権利権限に基づいて、被上告人から賃料を受領していたのか法的説明ができないことになってしまうのである。
いずれにしても、原判決の結論は旧借家法第一条の立法趣旨を見誤り、その結果として同条の解釈適用を誤った違法がある。
7 それに従来の判例が、所有権の移転に随伴して貸主の地位も移転するとしているのは、新所有者による明渡請求から賃借人を守るためである。
ところが、本件では、新所有者である上告人に明渡しを請求する意思はなく、所有権移転と同時に訴外アーバネットと賃貸借契約を締結し、被上告人の使用収益を保証している。
従って、所有権移転により被上告人の使用収益が侵されることはない。
この場合、貸主の地位も移転したものとみなすべき必然性が認められない。
よって、当初の賃貸借関係は、訴外アーバネットと被上告人との間に残り、敷金(保証金を敷金と仮定した場合、以下同じ)債務は訴外アーバネットが負担する。
本来貸主の地位が所有権に随伴して移転する旨の条文なく転貸借関係を考えれば所有権と貸主の地位が分属することも一般に認められるところである。
従来の判例では、旧所有者が賃貸借関係から離脱するケースを前提に、所有権に随伴して貸主の地位及び敷金返還債務が当然に新所有者に移転することを認め、その結果、本来法的根拠のない過剰保護というべきものになっている。
敷金は、その金額が一般に区々であり、公示方法も存在しないことから、返還請求権に優先的効力を認めることは、他の債権者を不当に害することになりかねない。
借地借家法は、賃借人の保護を目的とする法律ではあるが、それは主に賃借人に継続的使用を保証する趣旨であり、敷金返還請求権に優先的効力を与えることまで想定したものではない。
特に、今日のように敷金の額が多額である場合は、差入先に対する与信行為としての色彩が濃厚であるから、これにかかる返還債務が所有権に随伴して、当然に承継されるとすることは正当ではない。
原審判決の判示によると所有権の移転を行う時点で、賃借人の同意を得ておく必要があり、これを欠く場合は、賃借人がその事実を知ったのち、いつでも旧所有者、新所有者のいずれを貸主とするか自由に選択できるかのようであるが、これは、法律関係を著しく複雑にするものである。
また賃借人の同意に関しても、それが賃借人の法律関係にどのような影響を与えるのかにつき、どこまで説明を行ったうえで同意を得る必要があるのかが不明であり、原審判決の理論のままでかかる説明を詳細に行うなら、むしろ、同意を与える賃借人は皆無となってしまうであろう。
転貸借の場合、転貸借人が倒産しても信義則を媒介としながら、民法第三九八条と借家法の全趣旨を踏まえて、転借人の継続的な使用収益をはかることが可能であるから、所有権の移転に随伴して貸主の地位が移転する必然性はないのである。
8 本件については次の判例を斟酌されるよう願います。
新所有者へ建物の賃貸借が承継されたことを承認した賃借人は、その敷金の承継も承諾したものである(大正一三年一二月二日東地民一一判・大正一〇年(ワ)二五四一号新聞二三八一号一七頁)というが、被上告人は特に承認手続きをしているとは認められない。
家屋賃貸借は、新所有者に継承されるから特別事情の主張立証のない限り、新所有者は、賃借人に対し、敷金を返還すべき義務がある(昭和四年五月二七日東区判・昭和三年(ハ)八一七〇号、新報二一三号二七頁)というが、本件については特別事情の主張立証のあるケースと認定すべきである。
賃貸借契約の目的建物の新所有者は、その契約に付随する敷金契約上の権利関係を承継しない(昭和二年一月二六日大阪地民三判・大正一五年(ク)一八九六号、新聞二六五七号四頁・評論一六巻民法六七六頁)。
賃貸借の目的である建物の新所有者が、賃貸人より敷金の償還を受けず、かつ償還請求権の行使につき過失のないときは、敷金提供者に対して敷金を返還すべき義務を負わない(昭和一一年三月二日東区判・昭和一〇年(ハ)五九七〇号、新聞三九七一号四頁・新報四三三号二七頁)。

++解説
《解  説》
一 本件は、いわゆる「不動産小口化商品」の信託業務から派生した事件であり、ビルの所有者からその一部を賃借していたXが、賃貸借契約を解除し、退去したとして、右ビルにつき信託による譲渡を受けていたYに対し、ビル所有者に交付していた保証金は敷金であると主張して、その返還を求めたものである。
1 事実関係は、次のとおりである。(1) 平成元年三月一七日、Aは、本件ビル(地下二階付一〇階建事務所店舗)を建築し、その所有権を取得、(2) 同月三一日、Aは、本件ビルをBに売却し、本件ビルを賃借、(3) 同年六月一六日、Xは、Aから、本件ビルのうちの六階から八階部分(本件建物部分)を賃借し(本件建物部分の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、Aに対して保証金の名目で三三八三万一〇〇〇円を交付、(4) 平成二年二月一五日、Aは、本件ビルをBから買戻し、(5) 同年三月二七日、本件ビルにつき、① 売主をA、買主をC外三八名(Cら)とする売買契約、② 譲渡人をCら、譲受人をYとする信託譲渡契約、③ 賃貸人をY、賃借人をDとする賃貸借契約、④ 賃貸人をD、賃借人をAとする賃貸借契約、がそれぞれ締結され、右の売買契約及び信託譲渡契約の締結に際し、本件賃貸借契約における賃貸人の地位をAに留保する旨が合意された、(6) 平成三年九月一二日、Aに対する破産宣告がされたが、Xは、それまで、(5)の売買契約等が締結されたことを知らず、Aに対して賃料を支払い、この間、A以外の者がXに対して本件賃貸借契約における賃貸人としての権利を主張したことはなかった、(7) Xは、本件賃貸借契約における賃貸人の地位がYに移転したと主張したが、Yがこれを認めなかったことから、平成四年九月一六日、Yに対し、Yが本件賃貸借契約における賃貸人の地位を否定するので信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その後、本件建物部分から退去した。

2 Xは、「A、B間の本件ビルの賃貸借契約は、Aの買戻しにより混同によって消滅した。本件賃貸借契約の賃貸人たる地位は、AからCらを経てYに承継されたところ、Xは、本件賃貸借契約を解除し、本件賃貸部分から退去したので、Yは、本件保証金から約定の二〇パーセントの償却費を控除した残額(二七〇六万四八〇〇円)及び遅延損害金を支払う義務を負う。」と主張した。これに対し、Yは、Xの主張を争う外、「(1) Cら及びYは、Aから本件保証金の交付を受けていない、(2) 債務は信託の対象とならないから、Yは本件保証金返還債務を承継しない、(3) 本件保証金は敷金の性質を有するものではないから、賃貸人の地位の移転があっても返還債務は承継されない。」などと主張した。

3 第一審(東京地判平5・5・13判時一四七五号九五頁)及び原審(東京高判平7・4・27金法一四三四号四三頁)は、いずれもXの請求を認容すべきものとした。原審の判断の要旨は、次のとおりである。(1)(混同)AがBから本件ビルを買い戻したことによって、Aの有した賃借権は混同によって消滅し、本件賃貸借契約は、転貸借ではなく、賃貸借となったものと解すべきである。(2)(賃貸人の地位の移転)本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位は、本件ビルの所有権の移転に伴い、A→Cら→Yと移転したものというべきである。(3)(解除の効力)賃貸人が賃貸借契約の承継を否定することは信頼関係を破壊する行為であり、本件解除は理由がある。(4)(本件保証金)敷金の性質を有するものというべきであり、Yはその返還債務を承継した。(5)(信託の対象)債務そのものは信託の対象とならないが、敷金に関する法律関係は賃貸借関係に随伴するものであり、本件ビルの信託譲渡を受けたYは賃貸人たる地位を承継するとともに本件保証金返還債務を負担するに至ったというべきである。Yから上告。

二 本判決は、判示事項以外の上告理由については、原審の認定を非難するか、又は採用することのできない法令違背の主張であるとして、排斥した(そこで、本判決は、「Xは本件ビルを所有していたAから本件建物部分を賃借し、Aに対して敷金の性質を有する本件保証金を交付した」としたものと解される。)。そして、判示事項に関し「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」と判示した。

三 借家法一条(借地借家法三一条)等の規定によって賃借人が対抗力を有する不動産賃貸借の目的物の所有権が移転した場合、賃貸借関係は、新所有者に当然承継されるということは、判例(大判大10・5・30民録二七輯一〇一三頁等)、通説(新版注釈民法(15)債権(6)〔幾代通〕一八八~一八九頁等)が認めるところであり、学説上は、これについて状態債務説(賃貸借関係は賃貸目的物の所有権と結合した一種の状態債務関係にあるという説)によって説明する見解が有力である。ところで、最二小判昭39・8・28民集一八巻七号一三五四頁、本誌一六六号一一七頁は、「自己の所有家屋を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右家屋を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するものと解すべきである。」としたが、本件においては、「新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意」が右判例にいう「特段の事情」に該当するかどうかが争われた。本判決は、右合意をもって直ちに右の特段の事情があるものということはできないとしたが、藤井裁判官の反対意見は、右の合意をもって特段の事情にあたり、この場合、当初の賃貸借はもとのまま存続するものと解すべきであるとするものである(右判例の判例解説においては、右反対意見と同旨の結論が述べられていたところであった。昭39最判解説(民)三一〇頁)。使用収益の面に着目すると、従来の賃貸人が新所有者との間でその権限を留保する以上、賃借人に特段不利益はないと考えられないでもない。しかし、法廷意見は、右合意をもって特段の事情に該当することを認めると、賃借人が転借人と同様の地位に立たされることとなり、新所有者(Y)と賃借人(X)との間に介在する者(D、A)に賃料不払い等の債務不履行があったとき、賃借人がその地位を失うに至ることがあり得るなど賃借人が不測の損害を被るおそれがあることを挙げて、これを消極に解すべきものとした。右の中間に介在する者の使用収益権能の設定は、必ずしも賃貸借に限られるものではないが、賃借人の債務不履行によって賃貸借が解除されたときは、転貸借は賃貸借の終了と同時に終了すると解されていることが考慮されたものであろう(最一小判昭36・12・21民集一五巻一二号三二四三頁、最二小判平6・7・18本誌八八八号一一八頁等参照)。右の外、所有者から建物を賃借した者にとって、敷金返還請求権等の賃貸人に対する債権について、建物がその引き当てとしての意義を有している面も否定し難いということもできよう。なお、原判決は、新旧所有者間に右の合意がある外、「賃借人においても賃貸人の地位が移転しないことを承認又は容認しているのでなければ、右特段の事情が存する場合に当たるとはいえないというべきである。」としたのに対し、本判決は、「新旧所有者間の右合意をもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」と判示するにとまっている。これは、賃借人の承認又は容認がある場合に限ることが相当であるかどうか、検討の余地があり得るとしたものと解される。また、本判決が、「新所有者が無資力となった場合において、旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべきである。」と判示しているところは、旧所有者に賃貸人の債務を負わせるべき場合があり得るかどうか、今後検討すべき問題であることを示したものといえよう。この点に関しては、学説上、旧所有者に併存的債務を残しておいたらどうかと思われる問題もあるとの指摘(星野英一・民法概論Ⅳ二一六頁)や信義則上、旧所有者が補充的に義務を負うことがあり得ると解すべきであるとの説(鈴木禄彌・債権法講義三訂版五六七頁)がある。

四 本判決は、新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意をもって直ちに最二小判昭39・8・28にいう特段の事情があるものということはできないことを明らかにしたものであって、その意義は小さくないものと考えられる。

・建物の賃料債権の差押えの効力が発生した後に、建物が譲渡され賃貸人の地位が譲受人に移転したとしても、譲受人は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権者に対抗することができない!!!!!
+判例(H10.3.24)
理由
上告人の上告理由について
自己の所有建物を他に賃貸している者が第三者に右建物を譲渡した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するが(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日第二小法廷判決・民集一八巻七号一三五四頁参照)、建物所有の債権者が賃料債権を差し押さえ、その効力が発生した後に、右所有者が建物を他に譲渡し賃貸人の地位が譲受人に移転した場合には、右譲受人は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権に対抗することができないと解すべきである。ただし、建物の所有者を債務者とする賃料債権の差押えにより右所有者の建物自体の処分は妨げられないけれども、右差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、建物所有者が将来収受すべき賃料に及んでいるから(民事執行法一五一条)、右建物を譲渡する行為は、賃料債権の帰属の変更を伴う限りにおいて、将来における賃料債権の処分を禁止する差押えの効力に抵触するというべきだからである
これを本件について見ると、原審の適法に確定したところによれば、本件建物を所有していたAは、被上告人の申立てに係る本件建物の賃借人四名を第三債務者とする賃料債権の差押えの効力が発生した後に、本件建物を上告人に譲渡したというのであるから、上告人は、差押債権者である被上告人に対しては、本件建物の賃料債権を取得したことを対抗することができないものというべきである。以上と同旨をいう原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

++解説
《解  説》
本件は、建物の賃料債権を差し押さえたXと、差押え後に建物を譲り受けたYとの間で、建物の賃借人が供託した賃料についての供託金還付請求権の帰属が争われた事件である。
Xは、本件建物を所有していたAに対する債務名義に基づいて、本件建物の賃借人四名を第三債務者として、Aが右賃借人に対して有する賃料債権についての債権差押命令を申し立て、平成3年3月に、債権差押命令の正本が各第三債務者に送達された。Aに対する債権を有していたYは、平成4年12月ごろ、Aから本件建物の代物弁済を受け、平成5年1月に、本件建物について、真正な登記名義の回復を原因とするAからYへの所有権移転登記が経由された。Yが本件建物の賃借人らに対して賃料をYに支払うよう求めたところ、賃借人らは、平成5年2月以降、債権者不確知(民法四九四条)と差押え(民事執行法一五六条一項)の両者を原因とする賃料の供託をした(混合供託)。そこで、Xは、Yに対し、この供託金の還付請求権を有することの確認を求める本件訴訟を提起した。

原審は、賃料債権の差押手続中に賃貸人たる地位の承継があっても、賃料債権の差押えとの関係では右承継は無効であって、賃料債権は依然として従前の賃貸人に帰属しているものとして右差押えの効力が及ぶものと解するのが相当であるから、本件の債権差押命令の効力は、Yが賃貸人の地位を承継した以後の賃料債権にも及ぶと解すべきである、と述べてXの請求を認容した。
Yは、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があると主張して上告したが、本判決は、原審の判断を支持し、Yからの上告を棄却した。
給料や賃料等の継続的収入についての債権の差押えの効力は、差押債権者の債権額を限度として債務者が差押後に収受すべき収入にも及び、既に発生している債権のほか、将来において発生すべき債権にも差押えの効力が及ぶことになる(民事執行法一五一条)。このため、建物の賃料債権の差押えの効力発生後に差押債務者が賃料債務を免除しても、差押債権者に対抗することができない(最一小判昭44・11・6民集二三巻一一号二〇〇九頁、本誌二四六号一〇六頁)。一方、継続的収入についての債権の差押えを受けた債務者もその発生の基礎である法律関係を変更、消滅させる自由を奪われないとされており、債務者が、給料を差し押さえられた後に辞職することも、賃料を差し押さえられた後に賃貸借契約を合意により解約することも妨げられないと解されている(兼子一「増補強制執行法」二〇〇頁、中務俊昌「取立命令と転付命令」民訴法講座四巻一一八一頁、賀集唱「債権仮差押後、債務者と第三債務者との間で被差押債権を合意解除しうるか」判タ一九七号一四六頁、注解民事執行法(4)四八四頁〔稲葉威雄〕、注釈民事執行法(6)三一五頁〔田中康久〕等)。
ところで、最判昭39・8・28民集一八巻七号一三五四頁、本誌一六六号一一七頁は、賃貸借の目的となった建物の所有権が移転した場合には、特段の事情のない限り、建物の賃貸借関係は新所有者と賃借人との間に移り、新所有者は賃貸人の地位を承継することになると判示しているが、賃料債権が差し押さえられた後に建物が譲渡された場合に、債権差押えの効力が譲渡後に弁済期が到来する賃料にも及ぶか否かに関しては、これまで最高裁の判例がなく、見解が対立していた。
有力な学説は、建物の譲渡後も債権差押えの効果が継続し、新賃貸人を拘束すると解している(宮脇幸彦「強制執行法(各論)」一二二頁、注解民事執行法(4)四八四頁〔稲葉威雄〕)。右の学説に対しては、賃料債権の差押えの有無は公示されていないから、建物の賃料債権が差し押さえていることを知らずに建物を取得した譲受人に不測の損害を及ぼすおそれがある、との批判があり得る。しかしながら、賃料債権の差押えの効力が建物の譲受人に及ぶことによって契約の目的を達成することができない場合には、善意の譲受人は譲渡人に対して瑕疵担保責任を追及することが可能であると考えられる。一方、建物の譲受人が賃料債権の差押命令の拘束を免れると解する説に対しては、執行免脱を容易にし、差押債権者を不安定な立場に置くものであるとの批判があり得る。ことに、本件のように、建物の譲受人が譲渡人の債権者で賃料債権を取得することによって債権の回収を図ろうとしている場合には、右の説は、対抗要件具備の先後によって同一の債権の帰属をめぐる優先関係を定めようとする民法の一般原則と整合しないことになろう。東京高判平6・4・12本誌九〇一号二〇一頁、判時一五〇七号一三〇頁は、建物の賃料債権についての差押命令が発せられた後に右賃料債権を対象とする換価権及び優先弁済権を設定する行為は差押えの処分禁止効に抵触すると判示しているが、右の東京高判も、右の有力な学説と同様の考え方に立つものといえる。
なお、本判決は、賃料債権の差押債権者と差押え後に建物を任意に譲り受けた者との間の賃料債権の帰属に関する判断を示したものであり、不動産競売の目的不動産の賃料債権の差押債権者と買受人との間の法律関係についての判断を示したものではない。執行実務では、建物の買受人は、賃料債権の差押命令による拘束を受けないとの前提で運用されているようであるが(金法一三八七号一二〇頁二段目のコメント)、賃料債権を差し押さえた一般債権者と抵当権者との法律関係に関しては、最一小判平10・3・26民集五二巻二号登載予定が、一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、一般債権者の申立てによる差押命令の第三債務者への送達と抵当権設定登記との先後によって両者の優劣を定めるべき旨を判示している。不動産競売手続において賃料債権の差押命令の処分制限効をどのようにとらえるべきかは、今後更に検討されるべき課題である。
本判決は、建物の賃料債権の差押債権者と建物の譲受人との間の賃料債権の帰属をめぐる基本的な法律関係に関して、最高裁が初めての判断を示したものであり、実務に与える影響も大きいと考えられる。

・賃貸目的物の一部が賃借人の過失によらないで減失した場合、減失した部分の割合に応じた賃料の減額は、賃借人による減失部分に応じた賃料減額請求がない限り生じない!!
+(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
第611条
1項 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる
2項 前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる

・賃借物の一部が賃借人の過失によらず減失し、賃貸人の修繕義務不履行によって使用収益に不便が生じている場合、賃借人は、賃料の全額について支払いを拒むことまではできない!
+判例(S43.11.21)
理由
上告代理人岡田実五郎、同鈴木孝雄の上告理由第一、第二点ならびに同安藤信一郎の上告理由第一の一について。
原審(その引用する第一審判決を含む。以下同じ)の確定する事実によれば、被上告人は、昭和三七年三月一五日、上告人に対し本件家屋を賃料月額金一万五〇〇〇円、毎月末翌月分支払の約で賃貸し、同年九月一四日、賃貸期間を昭和四〇年九月一三日までと定めたが、右賃貸借契約には、賃料を一箇月でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができる旨の特約条項が付されていたというのである。
ところで、家屋の賃貸借契約において、一般に、賃借人が賃料を一箇月分でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができる旨を定めた特約条項は、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにかんがみれば、賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当である。
したがつて、原判示の特約条項は、右説示のごとき趣旨において無催告解除を認めたものと解すべきであり、この限度においてその効力を肯定すべきものである。そして、原審の確定する事実によれば、上告人は、昭和三八年一一月分から同三九年三月分までの約定の賃料を支払わないというのであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、右特約に基づき無催告で解除権を行使することも不合理であるとは認められない。それゆえ、前記特約の存在及びその効力を肯認し、その前提に立つて、昭和三九年三月一四日、前記特約に基づき上告人に対しなされた本件契約解除の意思表示の効力を認めた原審の判断は正当であり、原判決に所論のごとき違法はなく、論旨は理由がない。

上告代理人岡田実五郎、同鈴木孝雄の上告理由第三点について。
原審の確定する事実によれば、上告人は本件家屋に居住し契約の目的に従つてこれを使用収益していたところ、所論の事情により上告人の居住にある程度の支障ないし妨害があつたことは否定できないが、右使用収益を不能もしくは著しく困難にする程の支障はなかつた、というのであるから、このような場合、賃借人たる上告人において賃料の全額について支払を拒むことは許されないとする原審の判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同第四点について。
賃貸借契約が解除された以上、賃貸人の修繕義務および使用収益させる義務は消滅するのであるから、賃借人は、右の義務不履行を理由に未払賃料の支払を拒むことはできない。所論は、独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

上告代理人安藤信一郎の上告理由第一の二について。
上告人の本件家屋の使用が妨害された程度についての原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として肯認することができ、原判決に所論のごとき違法はない。論旨は、原審の事実認定を非難するか、または、原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第一の三について。
原審の確定した事実によれば、被上告人のした本件解除権の行使をもつて権利の濫用であるとはいえないとした原審の判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。
上告人の上告理由について。
所論は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を争うものにすぎないところ、原判決に所論の違法は認められない。それゆえ、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・建物所有を目的とする土地の賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾を得ずに建物を増改築したときは無催告で解除することができる特約があった場合において、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築しても、この増改築が賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人は特約に基づき解除権を行使することはできない!!!
+判例(S41.4.21)
上告代理人松井邦夫の上告理由一、二について。
一般に、建物所有を目的とする土地の賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾をえないで賃借内の建物を増改築するときは、賃貸人は催告を要しないで、賃貸借契約を解除することができる旨の特約(以下で単に建物増改築禁上の特約という。)があるにかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合においても、この増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは、信義誠実の原則上、許されないものというべきである。
以上の見地に立つて、本件を見るに、原判決の認定するところによれば、第一審原告(脱退)Aは被上告人に対し建物所有の目的のため土地を賃貸し、両者間に建物増改築禁止の特約が存在し、被上告人が該地上に建設所有する本件建物(二階建住宅)は昭和七年の建築にかかり、従来被上告人の家族のみの居住の用に供していたところ、今回被上告人はその一部の根太および二本の柱を取りかえて本件建物の二階部分(六坪)を拡張して総二階造り(一四坪)にし、二階居宅をいずれも壁で仕切つた独立室とし、各室ごとに入口および押入を設置し、電気計量器を取り付けたうえ、新たに二階に炊事場、便所を設け、かつ、二階より直接外部への出入口としての階段を附設し、結局二階の居室全部をアパートとして他人に賃貸するように改造したが、住宅用普通建物であることは前後同一であり、建物の同一性をそこなわないというのであつて、右事実は挙示の証拠に照らし、肯認することができる。
そして、右の事実関係のもとでは、借地人たる被上告人のした本件建物の増改築は、その土地の通常の利用上相当というべきであり、いまだもつて賃貸人たる第一審査原告(脱退)Aの地位に著しい影響を及ぼさないため、賃貸借契約における信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由が主張立証されたものというべく、従つて、前記無断増改築禁止の特約違反を理由とする第一審原告(脱退)Aの解除権の行使はその効力がないものというべきである。
しからば、賃貸人たる第一審原告(脱退)Aが前記特約に基づいてした解除権の行使の効果を認めなかった原審の判断は、結局正当というべきであり、諭旨は、ひつきよう失当として排斥を免れない。