民法択一 債権各論 契約各論 賃貸借 その3


・AはBとの間で、A所有の甲建物について賃貸借契約を締結し、甲建物をBに引き渡した。Bは、Aとの間の賃貸借契約により定められていた用法に反した使用収益をして、Aに損害を与えた。この場合、AのBに対する損害賠償請求権は、貸主が目的物の返還を受けたときから(×AB間の賃貸借契約が終了したときから)1年以内にAがBに対して請求しなければならない。

+(使用貸借の規定の準用)
第616条
第594条第1項、第597条第1項及び第598条の規定は、賃貸借について準用する。

+(借主による使用及び収益)
第594条
1項 借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない
2項 借主は、貸主の承諾を得なければ、第三者に借用物の使用又は収益をさせることができない。
3項 借主が前二項の規定に違反して使用又は収益をしたときは、貸主は、契約の解除をすることができる。

+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第621条
第600条の規定は、賃貸借について準用する。

+(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第600条
契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない

+判例(S8.2.8)
この請求権の行使期間を除斥期間であると解し、1年以内に同条の請求がなされれば、貸主が目的物の返還を受けたときから1年を経過しても請求権は消滅しない!

++除斥期間
消滅時効との比較
・法律関係を速やかに確定させるという制度趣旨から除斥期間と消滅時効とは以下のような差異があるとされている。
除斥期間には、中断は認められない。
除斥期間には、原則として、停止がない。
ただし、724条(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)の20年の期間制限について158条(未成年者又は成年被後見人と時効の停止)の法意から期間延長を認めた判例(最判平10・6・12民集52巻4号1087頁)がある。また、停止事由のうち161条(天災等による時効の停止)は除斥期間にも類推適用すべきとする学説がある。
除斥期間を経過している事実があれば、裁判所は当事者が援用しなくても、それを基礎に権利消滅を判断しなければならない。
除斥期間は、権利発生時から期間が進行する(起算点)(消滅時効は権利行使が可能となった時点から期間が進行する)。
除斥期間には、遡及効が認められない。

・家屋所有を目的とした土地賃貸借契約において、建物買取請求権を行使した場合、買取代金の支払いがあるまでは当該建物の引き渡しを拒むことができる!!
しかし、引渡しを拒んでいる間の敷地の賃料相当額を返還する必要はある!

+判例(S35.9.20)
上告代理人上野開治の上告理由第一点について。
建物所有のための土地賃貸借においては、賃借人が何人なるかにより使用収益の方法に必ずしも大きな差異を生ずるものでないということは、一般論として所論のとおりである。しかし、この故に、建物その他地上物件の譲渡に伴い敷地賃借権の譲渡をすることは、原則として背信行為にならないと論断することはできない
けだし、転貸又は賃借権の譲渡が背信行為に当らないと認むべき特段の事情のあるときには、民法六一二条の解除はできないものと解すべきことは当裁判所の判例とするところであるが(昭和二五年(オ)第一四〇号、同二八年九月二五日第二小法廷判決、最高裁民事判例集七巻九七九頁等)、使用収益の方法に大差なければ背信行為に当らないと解することは許されないからである。右判例が「特段の事情」を必要としているのは、使用収益の方法に大差あると否とを問わず、およそ転貸又は賃借権譲渡は一応背信性あるが故に民法六一二条の解除原因になつているのであり、それが已むを得ない事情にいでた場合或は少くとも社会通念上恕すべき事情ありと認められる場合にはじめて背信性が失われると解しているからにほかならない。所論は、以上と異る独自の見解であつて採用し難い。(なお、所論は借地権譲渡につき黙認があるとも主張するが、これは単なる事実認定の非難にすぎない。)

同第二点について。
原判示の事実関係のもとでは、本件明渡請求を以て権利乱用と認め難いとした原審の判断は正当であつて、論旨は理由がない。

同第三点について。
借地法一〇条による建物等買取請求権の行使によりはじめて敷地賃貸借は目的を失つて消滅するものと解すべきであるから(大審院判決昭和九年(オ)第四六二号、同年一〇月一八日、民集一三巻一九三二頁)、右行使以前の期間については貸主は特段の事情のないかぎり賃料請求権を失うものではないこと所論のとおりである。しかし、単に賃料請求権を有するというだけで、その間賃料相当の損害を生じないとはいい難い。貸主が現に右賃料の支払を受けた場合は格別、然らざるかぎり、無断転借人(又は譲受人)に対し賃料相当の損害金を請求するを妨げないものと解すべきである。(大審院判決昭和六年(オ)第一四六二号、同七年一月二六日、民集一一巻一六九頁、同昭和一三年(オ)第一七八〇号、同一四年八月二四日、民集一八巻八七七頁、各参照。)
なお、論旨は右相当賃料は、借地人たる訴外西福モー夕ースの支払うべき坪当り月金二円と認むべき旨主張するけれども、原判示昭和二五年四月一日の本件借地権譲渡の後である同年七月一一日以降地代家賃統制令の改正により本件土地は賃料の統制を受けざるに至つたこと原判示の如くなる以上、その後の相当賃料を判定するに当り原審が右約定賃料に拠らず原判示の証拠(鑑定)によつてこれを原判示の如く認定したのはなんら違法ではなく、この点の論旨も理由がない。

同第四点について。
 建物買取請求権を行使した後は、買取代金の支払あるまで右建物の引渡を拒むことができるけれども、右建物の占有によりその敷地をも占有するかぎり、敷地占有に基く不当利得として敷地の賃料相当額を返還すべき義務あることは、大審院の判例とするところであり(昭和一〇年(オ)第二六七〇号、同一一年五月二六日、民集一五巻九九八頁)、いまこれを変更する要を見ない。されば、これと相容れない所論は採用し得ない。
その余の論旨は、原審が適法にした本件建物の時価及び相当賃料の認定を非難するに帰着するものであつて、これまた採用の限りでない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・家屋所有を目的とする土地賃貸借契約において、土地賃借人に債務不履行がある場合には、建物買取請求権の行使は認められない!
+判例(S35.2.9)
 理由
上告代理人近藤三代次の上告理由第一点について。
裁判所がある書証の趣旨を解釈判断するにはその書証記載の文言を他の証拠に照らしその作成された事情その他諸般の事情を斟酌することができるのであり、その結果、ある書証の趣旨はその記載文言のとおりであると判断し、ある書証の趣旨はある程度その記載文言と異るものであると判断することができるのであつて、これをしたからといつて直ちに経験則に違反するものといえないこと多言を要しない。この理はその書証が同一人の作成にかかる場合にもかわりはない。原判決は、所論甲一号証の一の書面は、それに賃料不払を条件として契約を解除する旨の文字はないが「書面全体の趣旨及び第一審証人Aの証言によつて明らかな右書面の発せられるに至つた前後の事情等に徴しこれが賃料不払を条件とする契約解除の意思表示に外ならない」こと明らかであるとしているのであつて、右判断は首肯することができる。また、乙一号証の書面については、第一審判決が、これをA証言の一部と綜合すると賃貸借取極を前提とする地代増額通知でなく損害金請求の趣旨と認められるとした判断を原判決は是認しているのであつて、この判断も首肯することができる。所論、原判決が甲一号証の一については書面上の文字を重視し乙一号証についてはこれを軽視したという点は証拠の取捨判断の非難にほかならない。原判決には所論の違法なく論旨は採用できない。

同第二点について。
借地法四条二項の規定は誠実な借地人保護の規定であるから、借地人の債務不履行による土地賃貸借解除の場合には借地人は同条項による買取請求権を有しないものと解すべきである(借家法五条についての昭和二九年(オ)六三七号同三一年四月六日第二小法廷判決、集一〇巻四号三五六頁、昭和三一年(オ)九六六号同三三年三月一三日第一小法廷判決、集一二巻三号五二四頁参照)。これと同一の見解に立つ原判決の判示は相当であり、所論は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

+(建物買取請求権)
第13条
1項 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。
2項 前項の場合において、建物が借地権の存続期間が満了する前に借地権設定者の承諾を得ないで残存期間を超えて存続すべきものとして新たに築造されたものであるときは、裁判所は、借地権設定者の請求により、代金の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。
3項 前二項の規定は、借地権の存続期間が満了した場合における転借地権者と借地権設定者との間について準用する。

・賃借人は、賃借物の返還に当たり、明確な合意がなければ、社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物の劣化又は価値の減少について原状回復義務を負わない!!!!
+判例(H17.12.16)
理由
上告代理人岡本英子ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、地方住宅供給公社法に基づき設立された法人である。
(2) 第1審判決別紙物件目録記載の物件(以下「本件住宅」という。)が属する共同住宅旭エルフ団地1棟(以下「本件共同住宅」という。)は、特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律(以下「法」という。)2条の認定を受けた供給計画に基づき建設された特定優良賃貸住宅であり、被上告人がこれを一括して借り上げ、各住宅部分を賃貸している。
(3) 被上告人は、平成9年12月8日、本件共同住宅の入居説明会を開催した。同説明会においては、参加者に対し、本件共同住宅の各住宅部分についての賃貸借契約書、補修費用の負担基準等についての説明が記載された「すまいのしおり」と題する書面等が配布され、約1時間半の時間をかけて、被上告人の担当者から、特定優良賃貸住宅や賃貸借契約書の条項のうち重要なものについての説明等がされたほか、退去時の補修費用について、賃貸借契約書の別紙「大阪府特定優良賃貸住宅and・youシステム住宅修繕費負担区分表(一)」の「5.退去跡補修費等負担基準」(以下「本件負担区分表」という。)に基づいて負担することになる旨の説明がされたが、本件負担区分表の個々の項目についての説明はされなかった
上告人は、自分の代わりに妻の母親を上記説明会に出席させた。同人は、被上告人の担当者の説明等を最後まで聞き、配布された書類を全部持ち帰り、上告人に交付した。
(4) 上告人は、平成10年2月1日、被上告人との間で、本件住宅を賃料月額11万7900円で賃借する旨の賃貸借契約を締結し(以下、この契約を「本件契約」、これに係る契約書を「本件契約書」という。)、その引渡しを受ける一方、同日、被上告人に対し、本件契約における敷金約定に基づき、敷金35万3700円(以下「本件敷金」という。)を交付した。
なお、上告人は、本件契約を締結した際、本件負担区分表の内容を理解している旨を記載した書面を提出している。
(5) 本件契約書22条2項は、賃借人が住宅を明け渡すときは、住宅内外に存する賃借人又は同居者の所有するすべての物件を撤去してこれを原状に復するものとし、本件負担区分表に基づき補修費用を被上告人の指示により負担しなければならない旨を定めている(以下、この約定を「本件補修約定」という。)。
(6) 本件負担区分表は、補修の対象物を記載する「項目」欄、当該対象物についての補修を要する状況等(以下「要補修状況」という。)を記載する「基準になる状況」欄、補修方法等を記載する「施工方法」欄及び補修費用の負担者を記載する「負担基準」欄から成る一覧表によって補修費用の負担基準を定めている。このうち、「襖紙・障子紙」の項目についての要補修状況は「汚損(手垢の汚れ、タバコの煤けなど生活することによる変色を含む)・汚れ」、「各種床仕上材」の項目についての要補修状況は「生活することによる変色・汚損・破損と認められるもの」、「各種壁・天井等仕上材」の項目についての要補修状況は「生活することによる変色・汚損・破損」というものであり、いずれも退去者が補修費用を負担するものとしている。また、本件負担区分表には、「破損」とは「こわれていたむこと。また、こわしていためること。」、「汚損」とは「よごれていること。または、よごして傷つけること。」であるとの説明がされている。
(7) 上告人は、平成13年4月30日、本件契約を解約し、被上告人に対し、本件住宅を明け渡した。被上告人は、上告人に対し、本件敷金から本件住宅の補修費用として通常の使用に伴う損耗(以下「通常損耗」という。)についての補修費用を含む30万2547円を差し引いた残額5万1153円を返還した。

2 本件は、上告人が、被上告人に対し、被上告人に差し入れていた本件敷金のうち未返還分30万2547円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案であり、争点となったのは、〈1〉 本件契約における本件補修約定は、上告人が本件住宅の通常損耗に係る補修費用を負担する内容のものか、〈2〉 〈1〉が肯定される場合、本件補修約定のうち通常損耗に係る補修費用を上告人が負担することを定める部分は、法3条6号、特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律施行規則13条等の趣旨に反して賃借人に不当な負担となる賃貸条件を定めるものとして公序良俗に反する無効なものか、〈3〉 本件補修約定に基づき上告人が負担すべき本件住宅の補修箇所及びその補修費用の額の諸点である。

3 原審は、前記事実関係の下において、上記2の〈1〉の点については、これを肯定し、同〈2〉の点については、これを否定し、同〈3〉の点については、上告人が負担すべきものとして本件敷金から控除された補修費用に係る補修箇所は本件負担区分表に定める基準に合致し、その補修費用の額も相当であるとして、上告人の請求を棄却すべきものとした。以上の原審の判断のうち、同〈1〉の点に関する判断の概要は、次のとおりである。
(1) 賃借人が賃貸借契約終了により負担する賃借物件の原状回復義務には、特約のない限り、通常損耗に係るものは含まれず、その補修費用は、賃貸人が負担すべきであるが、これと異なる特約を設けることは、契約自由の原則から認められる
(2) 本件負担区分表は、本件契約書の一部を成すものであり、その内容は明確であること、本件負担区分表は、上記1(6)記載の補修の対象物について、通常損耗ということができる損耗に係る補修費用も退去者が負担するものとしていること、上告人は、本件負担区分表の内容を理解した旨の書面を提出して本件契約を締結していることなどからすると、本件補修約定は、本件住宅の通常損耗に係る補修費用の一部について、本件負担区分表に従って上告人が負担することを定めたものであり、上告人と被上告人との間には、これを内容とする本件契約が成立している。

4 しかしながら、上記2の〈1〉の点に関する原審の上記判断のうち(2)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると、本件契約における原状回復に関する約定を定めているのは本件契約書22条2項であるが、その内容は上記1(5)に記載のとおりであるというのであり、同項自体において通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されているということはできない。また、同項において引用されている本件負担区分表についても、その内容は上記1(6)に記載のとおりであるというのであり、要補修状況を記載した「基準になる状況」欄の文言自体からは、通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえない。したがって、本件契約書には、通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はないといわざるを得ない。被上告人は、本件契約を締結する前に、本件共同住宅の入居説明会を行っているが、その際の原状回復に関する説明内容は上記1(3)に記載のとおりであったというのであるから、上記説明会においても、通常損耗補修特約の内容を明らかにする説明はなかったといわざるを得ない。そうすると、上告人は、本件契約を締結するに当たり、通常損耗補修特約を認識し、これを合意の内容としたものということはできないから、本件契約において通常損耗補修特約の合意が成立しているということはできないというべきである。
(3) 以上によれば、原審の上記3(2)の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、通常損耗に係るものを除く本件補修約定に基づく補修費用の額について更に審理をさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

++解説
《解  説》
1 Xは,地方住宅供給公社法に基づいて設立されたYとの間で,特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律(以下「法」という。)の適用を受ける特定優良賃貸住宅の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し,同住宅を賃借した。本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,賃借人は,家賃の支払,損害の賠償その他賃貸借契約から生ずる一切の債務を担保するために,3か月分の家賃相当額を敷金として差し入れること,賃借人は,本件契約が終了して賃借住宅を明け渡すときは,本件契約書の別紙修繕費負担区分表(以下「本件修繕費負担表」という。)に基づいて補修費を負担するとの条項が定められていた。本件修繕費負担表には,補修の対象部位・場所ごとに,補修の範囲,補修の対象となる状態,補修方法,補修費の負担者が定められていた。
Yは,本件修繕費負担表において賃借人の負担とされている補修の範囲・場所に関する補修の対象となる状態の定めのうち,襖紙・障子紙に関する「汚損(手垢の汚れ,タバコの煤けなど生活することによる変色を含む)・汚れ」,各種床仕上材・各種壁・天井等仕上材に関する「生活することによる変色・汚損・破損」とするもの等について,通常損耗を含むものであるとして,これらの補修の対象・部位に係る通常損耗に係る補修費を含めた補修費相当額をXが差し入れた敷金から控除して,その残りをXに返還した。
本件は,Xが,上記の補修の対象となる状態の定めは通常損耗を含まない,仮に同定めが通常損耗を含むものである場合には,同定めは,法3条6号,特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律施行規則(以下「法施行規則」という。)13条等の趣旨に反するものであって,賃借人に不当な負担となる賃借条件を定めるものとして公序良俗に反し無効であるなどと主張して,Yに対し,同契約における敷金約定に基づいて被告に差し入れていた敷金の未返還分の支払を求めた事案である。

2(1)1審及び原審(判時 1877号73 頁)は,いずれも原告の請求を棄却すべきものとした。原判決の理由の概要は,次のとおりである。
賃貸借契約終了の際における賃借人の原状回復義務の範囲は,特約のない限り,通常損耗は含まれず,その補修費は賃貸人が負担すべきものと解されるが,これと異なる特約を設けることは,契約自由の原則から認められる。本件修繕費負担表により賃借人が負担する補修費の中には通常損耗に係るものもあり,本件修繕費負担表が本件契約書に添付されて本件契約の一部となっているから,XY間には,賃借人が通常損耗に係る補修費を負担する内容の特約を含む本件修繕費負担表に定める補修に関する合意が成立している。そして,法施行規則13条は,本件修繕費負担表に基づき賃借人が負担すべき補修費債務を敷金から控除することを禁止しておらず,また,そのことが同条の趣旨に反するものともいえないことなどからすると,上記特約を含む本件修繕費負担表は,賃借人に不当に不利益な負担を課すものとも,公序良俗に反するものとも認めることはできない。
(2) 本判決は,賃借建物の通常損耗について賃借人が原状回復義務を負う旨の特約の成立要件として【判決要旨】1のとおり判示した上,本件につき,【判決要旨】2のとおり判示し,これと異なる原判決には法令違反があるとして原判決を破棄し,通常損耗に係るものを除くXが負担すべき補修費の額について更に審理をさせるため,本件を原審に差し戻した。

3(1)法は,民間の土地所有者等による中堅所得者等の居住の用に供する居住環境が良好な賃貸住宅である特定優良賃貸住宅の供給を促進するために,特定優良賃貸住宅の建設及び管理について,これを行おうとする者に対し,戸数,規模・構造,資金計画,入居資格,家賃等に関する計画について知事の認定を受けることを要するものとし,また,認定を受けた計画に従った特定優良賃貸住宅の供給を義務付ける一方,地方公共団体がその建設費の助成,家賃減額のための助成等を行うことを定めるものである。このように,法は,特定優良賃貸住宅について,その供給計画の内容を始め,賃貸借契約の内容にも公的関与を行うこととし(法3条,法施行規則4条以下),家賃については,近傍同種の住宅の家賃の額と均衡を失しないように定めること(法3条5項),地方公共団体から建設に要する費用の補助を受けた場合には,家賃は当該特定優良賃貸住宅の建設に必要な費用,利息,修繕費,管理事務費,損害保険料,地代に相当する額,公課その他必要な費用を参酌して国土交通省令で定める額を超えないものとすること(法13条1項,法施行規則20条)などの規制をし,また,賃料以外の金員について,家賃の3か月分を超えない額の敷金以外の一時金の授受を禁止しているほか,その他賃借人の不当な負担となることを賃貸の条件とすることを禁止している(法施行規則13条)。
(2) 賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務がある(民法616条,597条,598条)。原状に回復するとは,賃借物件が社会通念上通常の方法により使用収益をしていればそうなるであろう状態であれば,使用開始当時の状態よりも悪くなっていたとしても,そのまま返還すればよいということであり,賃借人が通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化あるいは価値の減少を意味する通常損耗については,賃借人の責めに帰すべき事由がないので,その原状回復費用は,債権法一般の原則に照らすと,特約のない限り,賃貸人が負担するものと解される。そして,建物の賃貸借契約においては,建物損耗の発生が賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであるため,賃借建物の通常損耗に係る投下資本の減価の回収は,通常,賃料の中に必要経費分(減価償却費,修繕費)を含ませてその支払を受けることにより行われている。特定優良賃貸住宅については,その賃料を定めるに当たり,建設に要した費用の1000分の1相当額が修繕費相当額として考慮されている(法施行規則 20 条 1 項 2号)。
特定優良賃貸住宅については,上記(1)のとおり法による規制があるが,特定優良賃貸住宅の賃貸借契約と一般の民間賃貸住宅の賃貸借契約とは契約の性質を異にするものではなく,それぞれの賃貸借契約における通常損耗に係る投下資本の減価の回収について,その間で異なるものとすべき事情はないと考えられる。そうすると,特定優良賃貸住宅の賃貸借契約においても,通常損耗は,特約のない限り,賃借人の原状回復義務の範囲に含まれないという債権法一般の原則が当てはまるものと解される。
(3)以上によれば,通常損耗について賃借人に原状回復義務を負わせるのは,賃借人に特別の負担を負わせることになる(賃料に通常損耗に係る補修費分を含みながらこれに加えて更に個別の通常損耗に係る補修費を負担させるという場合には,この補修費を二重に負担させることになる。)から,賃借人において上記義務を負担することが認められるためには,契約締結時に,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解される。そして,賃借条件や特約は,賃借建物を提供する賃貸人において設定するものであるから,その内容がどのようなものであるかは,賃貸借契約締結時に,賃貸人において賃借人が分かるように明示又は説明すべき義務があると解するのが相当である。そうすると,通常損耗について賃借人に原状回復義務を負わせる特約の成立が認められるためには,同特約の内容が契約書自体に明記されているか,仮に契約書では明らかでない場合には,少なくとも賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められることが必要であるというべきである。その場合の同特約に関する条項の記載又は説明の内容は,同特約が賃借人に特別の負担を負わせるものであることからすると,賃借人が負担する通常損耗の範囲が明確なものでなければならないのは当然である上,通常,賃料には通常損耗に係る補修費分が含まれていることとの関係上,賃借人において賃料が近傍同種の住宅の賃料と比較して相当な金額であるか否かを判断するためにも,通常損耗に係る補修費分を含む賃料に加えて更に別途通常損耗に係る補修費を負担するのか,賃料には通常損耗に係る補修費分を含ませておらず,通常損耗に係る補修費としては当該特約によるもののみを負担するものであるのかなどについても,賃借人が理解できるものであることが必要であると考えられる。以上の点が満たされない契約書に基づき,口頭説明もないまま,賃貸借契約が締結された場合には,賃借人について通常損耗の原状回復義務を負担する意思を認めることはできず,当該契約において通常損耗に係る補修費を賃借人が負担する旨の特約の成立を認めることはできないというべきであると考えられる。本判決は,以上のような考え方に立って,【判決要旨】2に記載の事情の下においては,XY間には,Xにおいて通常損耗の原状回復義務を負う旨の特約が成立しているとはいえないとしたものと思われる。

4 本判決は,特定優良賃貸住宅の賃貸借契約の事案について通常損耗に係る補修費を賃借人が負担する特約が成立する場合の要件を判示したものであるが,同判示部分は,民間の賃貸住宅の賃貸借契約一般に通じるものであり,建物賃貸借の実務上,重要であると思われる。(関係人一部仮名)

・無断転貸を理由に賃貸借契約を解除して、賃貸人に対し目的物の返還を求める賃貸人は、転貸借につき自らが承諾をしていないことを主張立証する必要はない!!!!=抗弁

・土地の賃借人が借地上に築造した建物を第三者に賃貸しても、土地の賃借人は建物所有のため自ら土地を使用しているものであるから、賃借地を第三者に転貸したとはいえない!!!!

・借地上の建物を競売により取得した者は、土地賃貸人の承諾がなくても、土地賃借権を取得できる場合がある!!
+(建物競売等の場合における土地の賃借権の譲渡の許可)
第20条
1項 第三者が賃借権の目的である土地の上の建物を競売又は公売により取得した場合において、その第三者が賃借権を取得しても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、借地権設定者がその賃借権の譲渡を承諾しないときは、裁判所は、その第三者の申立てにより、借地権設定者の承諾に代わる許可を与えることができる。この場合において、当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときは、借地条件を変更し、又は財産上の給付を命ずることができる。
2項 前条第2項から第6項までの規定は、前項の申立てがあった場合に準用する。
3項 第一項の申立ては、建物の代金を支払った後二月以内に限り、することができる。
4項 民事調停法 (昭和二十六年法律第二百二十二号)第19条 の規定は、同条 に規定する期間内に第1項 の申立てをした場合に準用する。
5項 前各項の規定は、転借地権者から競売又は公売により建物を取得した第三者と借地権設定者との間について準用する。ただし、借地権設定者が第2項において準用する前条第3項の申立てをするには、借地権者の承諾を得なければならない。

・AはBとの間で、建物の所有を目的として、A所有の土地につき賃貸借契約を締結し、土地をBに引き渡した。賃借した土地上に建物を建てたBが、Aの承諾なくその建物をCに譲渡担保に供したが、引き続きBが建物を使用していた場合、譲渡担保権の実行前は、Aは、本件契約を解除できない。
+判例(S40.12.17)
理由
上告代理人古荘義信の上告理由第一点について。
原審の確定した事実によれば、被上告人日本鉄工株式会社は、上告人からその所有の本件土地を賃借し、地上に本件建物を所有していたが、昭和三四年七月中、判示の事情から、被上告人日産興業有限会社より会社運営資金の融通を受けることとなり、その手段として、本件建物を代金二三五万円で被上告人日産興業に譲渡し、その旨登記するとともに、昭和三七年八月三一日までに右同額をもつて本件建物を買い戻すことができる旨約定して、代金の交付を受けたというのである。しかし、本件建物の譲渡は、前示のとおり、担保の目的でなされたものであり、上告人の本件土地賃貸借契約解除の意思表示が被上告人日本鉄工に到達した昭和三五年三月一一日当時においては、同被上告会社はなお本件建物の買戻権を有しており、被上告人日産興業に対して代金を提供して該権利を行使すれば、本件建物の所有権を回復できる地位にあつたところ、その後昭和三六年六月一日、被上告人日本鉄工は同日産興業に対し債務の全額を支払い、これにより、両会社間では、本件建物の所有権は被上告人日本鉄工に復帰したものとされたことおよび被上告人日本鉄工は本件建物の譲渡後も引き続きその使用を許容されていたものであつて、その敷地である本件土地の使用状況には変化がなかつたこと等原審の認定した諸事情を総合すれば、本件建物の譲渡は、債権担保の趣旨でなされたもので、いわば終局的確定的に権利を移転したものではなく、したがつて、右建物の譲渡に伴い、その敷地である本件土地について、民法六一二条二項所定の解除の原因たる賃借権の譲渡または転貸がなされたものとは解せられないから、上告人の契約解除の意思表示はその効力を生じないものといわなければならない。しかして、本件建物の譲渡についてなされた登記が単純な権利移転登記であつて、買戻特約が登記されていなかつたとしても、右の結論を左右しない。されば、上告人の契約解除の意思表示を無効とした原審の究極の判断は正当であつて、所論の違法はない。所論は採用できない。

同第二点について。
原判決が、被上告人日本鉄工が同日産興業に融資金を返済し本件建物の所有権を回復した旨判示していることは所論のとおりであるが、その引用する第一審判決の説示をあわせ考えると、右は、被上告人日本鉄工と同日産興業との関係において、本件建物の所有権が後者から前者に復帰したものとされた旨を判示した趣旨にほかならないと解するのが相当である。しかして、右事実は、先に、賃借人たる被上告人日本鉄工が同日産興業に対してなした地上建物の譲渡が終局的確定的に権利を移転する趣旨でないことを裏書するものであるから、本件土地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡または転貸がなされたかどうかを判断するにあたり、これを顧慮することは相当であつて、たとい被上告人日産興業が本件建物の処分禁止の仮処分を受けているとしても、その故に右所有権復帰に関する事実を前記判断の資料とすることが許されなくなるものではない。叙上と異なる見地に立つて原判決を非難する所論は採用できない。

同第三点について。
被上告人日本鉄工の賃借地たる本件土地上の本件建物を同被上告人に対する債権担保のため譲り受けた被上告人日産興業は、本件建物を所有することにより本件土地を占有しているのであるが、右土地について賃借権の譲渡または転貸がなされたものと認められないこと前述のとおりであるから、被上告人日産興業の右土地の占有は、被上告人日本鉄工の賃借権に基づく本件土地の使用収益の範囲内において、同被上告人から許容されているものと解すべきであり、しかも、上告人の側から、民法六一二条にいう賃借権の譲渡または転貸に当るものとしてこれに干渉を加えることができない結果として、上告人は、本件土地の賃貸借契約の存続している限り、右土地の占有を受忍すべき関係に立つものである。そうとすれば、本件土地の所有権に基づき被上告人日産興業に対し明渡を求める上告人の請求は失当であること明らかである。被上告人日産興業が同日本鉄工の上告人に対する賃借権に依拠して本件土地を占有している旨の原判決の説示は、用語がやや簡略に失するきらいはあるが、結局叙上の理を表明したものと解せられるから、所論の瑕疵あるものとはいえない。所論は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・賃借した土地上に建物を建てたBが、Aの承諾なくその建物をCに譲渡担保に供して、引渡し、Cが建物を使用した場合、譲渡担保権の実行前であっても、Aは本件契約を解除することができる!!!
+判例(H9.7.17)
理由
上告代理人内山辰雄、同巻嶋健治の上告理由一について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、その所有する原判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)をAに賃貸し、Aは、同土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して、これに居住していた。なお、本件建物の登記簿上の所有名義人は、Aの父であるBとなっていた。
2 Aは、平成元年二月、本件建物を譲渡担保に供してCから一三〇〇万円を借り受けたが、同月二一日、Bをして、同建物を譲渡担保としてCに譲渡する旨の譲渡担保権設定契約書及び登記申請書類に署名押印させ、これらをCに交付した。Cは、同日、Aから交付を受けた右登記申請書類を利用して、本件建物につき、代物弁済予約を原因としてCを権利者とする所有権移転請求権仮登記を経由するとともに、売買を原因として所有名義人をCの妻であるDとする所有権移転登記を経由した。
3 Aは、同月、本件建物から退去して転居したが、その後は、上告人に対して何の連絡もせず、Cとの間の連絡もなく、行方不明となっている。
4 被上告人は、同年六月一〇日、有限会社和晃商事の仲介で本件建物を賃借する契約を締結して、それ以後、同建物に居住している。右の賃貸借契約書には、契約書前文に賃貸人としてAとCの両名が併記され、末尾に「賃貸人A」「権利者C」と記載されているが、賃料の振込先としてCの銀行預金口座が記載されており、また、右契約書に添付された重要事項説明書には、本件建物の貸主及び所有者はCと記載され、和晃商事はCの代理人と記載されている。
5 本件土地の地代は、従前はAが上告人方に持参して支払っていたところ、Aが本件建物から退去した後は、同年三月にCから上告人の銀行預金口座に振り込まれ。これを不審に思った上告人がCの口座に右振込金を返還すると、同年四月から一二月までCからA名義で振り込まれた。
6 上告人は、本件建物につきD名義への所有権移転登記がされていることを知り、Dに対し、平成二年四月一三日到達の内容証明郵便により、同建物を収去して本件土地を明け渡すよう求めたところ、Cは、同年五月一四日、D名義への右所有権移転登記を錯誤を原因として抹消した。
7 上告人は、Aに対して、平成四年七月一六日に到達したとみなされる公示による意思表示により、賃借権の無断譲渡を理由として本件土地の賃貸借契約を解除した。

二 本件請求は、上告人が、本件土地の所有権に基づき、同土地上の本件建物を占有する被上告人に対して、同建物から退去して同土地を明け渡すことを求めるものである。被上告人は、抗弁として、本件土地の賃借人であるAから本件建物を賃借している旨を主張しているところ、上告人は、再抗弁として、民法六一二条に基づきAとの間の同土地の賃貸借契約を解除した旨を主張している。
原審は、被上告人の抗弁について明示の判断を示さないまま、上告人の本件土地の賃貸借契約の解除の主張につき次のとおり判断し、上告人の請求を棄却した。
1 前記事実関係の下においては、Cは、Aに一三〇〇万円を貸し付け、右貸金債権を担保するために本件建物に譲渡担保権の設定を受け、貸金の利息として被上告人から同建物の賃料を受領している可能性が大きいということができるから、Cが本件建物の所有権を終局的、確定的に取得したものと認めることはできない。
2 AのCに対する右貸金債務は、弁済期が既に経過しているにもかかわらず弁済されていないが、Cが譲渡担保権を実行したと認めるに足りる証拠はないから、本件建物の所有権の確定的譲渡はいまだされていない。
3 そうすると、本件土地の賃借権も、Cに終局的、確定的に譲渡されていないから、同土地について、民法六一二条所定の解除の原因である賃借権の譲渡がされたものとはいえず、上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生じない。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 借地人が借地上に所有する建物につき譲渡担保権を設定した場合には、建物所有権の移転は債権担保の趣旨でされたものであって、譲渡担保権者によって担保権が実行されるまでの間は、譲渡担保権設定者は受戻権を行使して建物所有権を回復することができるのであり、譲渡担保権設定者が引き続き建物を使用している限り、右建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたと解することはできない(最高裁昭和三九年(オ)第四二二号同四〇年一二月一七日第二小法廷判決・民集一九巻九号二一五九頁参照)。しかし、地上建物につき譲渡担保権が設定された場合であっても、譲渡担保権者が建物の引渡しを受けて使用又は収益をするときは、いまだ譲渡担保権が実行されておらず、譲渡担保権設定者による受戻権の行使が可能であるとしても、建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと解するのが相当であり、他に賃貸人に対する信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情のない限り、賃貸人は同条二項により土地賃貸借契約を解除することができるものというべきである。
けだし、(1) 民法六一二条は、賃貸借契約における当事者間の信頼関係を重視して、賃借人が第三者に賃借物の使用又は収益をさせるためには賃貸人の承諾を要するものとしているのであって、賃借人が賃借物を無断で第三者に現実に使用又は収益させることが、正に契約当事者間の信頼関係を破壊する行為となるものと解するのが相当であり、(2) 譲渡担保権設定者が従前どおり建物を使用している場合には、賃借物たる敷地の現実の使用方法、占有状態に変更はないから、当事者間の信頼関係が破壊されるということはできないが、(3) 譲渡担保権者が建物の使用収益をする場合には、敷地の使用主体が替わることによって、その使用方法、占有状態に変更を来し、当事者間の信頼関係が破壊されるものといわざるを得ないからである。

2 これを本件についてみるに、原審の前記認定事実によれば、Cは、Aから譲渡担保として譲渡を受けた本件建物を被上告人に賃貸することによりこれの使用収益をしているものと解されるから、AのCに対する同建物の譲渡に伴い、その敷地である本件土地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと認めるのが相当である。本件において、仮に、Cがいまだ譲渡担保権を実行しておらず、Aが本件建物につき受戻権を行使することが可能であるとしても、右の判断は左右されない。

3 そうすると、特段の事情の認められない本件においては、上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は効力を生じたものというべきであり、これと異なる見解に立って、本件土地の賃貸借について民法六一二条所定の解除原因があるとはいえないとして、上告人による契約解除の効力を否定した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、上告人の再抗弁は理由があるから、上告人の本件請求は、これを認容すべきである。右と結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は棄却すべきものである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

・土地の賃貸人が無断転貸を理由として賃貸借契約を解除する場合、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは解除権を行使できないが、この特段の事情があることの証明責任は賃借人が負う!!!
+(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
第612条
1項 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2項 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる

+判例(S41.1.27)
理由
上告代理人田中和の上告理由について。
土地の賃借人が賃貸人の承諾を得ることなくその賃借地を他に転貸した場合においても、賃借人の右行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は民法六一二条二項による解除権を行使し得ないのであつて、そのことは、所論のとおりである。しかしながら、かかる特段の事情の存在は土地の賃借人において主張、立証すべきものと解するを相当とするから、本件において土地の賃借人たる上告人が右事情について何等の主張、立証をなしたことが認められない以上、原審がこの点について釈明権を行使しなかつたとしても、原判決に所論の違法は認められない。それ故、論旨は採用に値しない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・AはBとの間で、A所有の土地につき賃貸借契約を締結し、土地をBに引き渡した。この場合、判例によれば、BがAの承諾なくCに土地を転貸して引き渡した場合、Aは本件契約を解除していなくとも、Cに対して、土地の明け渡しを請求できる!!!!
+判例(S26.5.31)
理由
上告代理人雨宮清明の上告理由について。
原審の確定した事実によれば、「本件係争家屋は、もと訴外仏国人Aがその所有者訴外Bから賃借していたものであり、昭和二一年秋Aの帰国に際し、上告人において同人からその賃借権の譲渡を受けたのであるが、この賃借権の譲渡については賃貸人であるBの承諾を得ていなかったのである。BはAの帰国後上告人が本件家屋に居住しているのをAの女中であつた訴外CからAの留守居であると告げられ、それを信じてAの支払うものとして二、三回Cを通じて賃料を受領したことがあつたが、その後上告人がAの留守居ではなく同人から賃借権を譲受けて右家屋に居住するものであることを覚知するに及んで上告人との間に紛争を起し、その解決をみないうちに本件家屋を被上告人に売渡すに至つたものであり、しかもBは右家屋売却前の賃料相当額の損害金は上告人より取立て得るものと考え、上告人と交渉の結果昭和二二年一〇月三〇日に至り同年一月分から一〇月分までの損害金として金一、一〇〇円を受領したものである」というのである。
そしてこの原判決の事実認定はその挙示する証憑に照らし、これを肯認するに難くないのであつて、前記Bが昭和二二年一月分から一〇月分までの賃料を受領したものの如くに見ゆる乙第二号証の記載のみを以てしては、いまだ右認定を妨ぐるに足りない。上告人は本件家屋につき前所有者であるBに対し賃料を遅滞なく支払つていることは当事者間に争なきところであると主張するけれども、その然らざることは記録上明白である。原審は右認定にかかる事実と、本訴当事者間に争がない「被上告人が昭和二二年一〇月一〇日訴外Bから本件家屋を買受けその所有権を収得した」との事実及び「上告人が被上告人の右所有権取得前から該家屋を占有している」との事実にもとずき上告人は昭和二二年一〇月一〇日以前から前所有者B及び被上告人のいずれにも対抗し得べき何等の権原もなく不法に本件家屋を占有するものであると判示したのである。この判旨の正当であることは民法六一二条一項に「賃借人ハ賃貸人ノ承諾アルニ非サレハ其権利ヲ渡……スルコトヲ得ス」と規定されていることに徴して明白であり、所論同条二項の注意は賃借人が賃貸人の承諾なくして賃借権を譲渡し又は賃借物を転貸し、よつて第三者をして賃借物の使用又は収益を為さしあた場合には賃貸人は賃借人に対して某本である賃貸借契約までも解除することを得るものとしたに過ぎないのであつて、所論のように賃貸人が同条項により賃貸借契約を解除するまでは賃貸人の承諾を得ずしてなされた賃借権の譲渡叉は転貸を有効とする旨を規定したものでないことは多言を要しないところである。
されば所論は結局事実審である原審がその裁量権の範囲内で適法になした証拠の取捨判断若くは事実の認定を非難し、或は民法六一二条を誤解し正当な原判旨を論難するに外ならないのであつて採用の限りでない。
よつて民訴四〇一条九五条八九条に従い主文のとおり判決する。
この判決は全裁判官一致の意見である。

・賃借権が適法に譲渡された場合、譲受人Cは賃借権を承継して、賃貸借契約の当事者はA及びCとなり、当初の賃借人Bは契約関係から離脱することになる。=Bに支払い義務はない。

・賃貸人が賃借権の譲渡を承諾する場合、その承諾は、賃借権の譲渡人・譲受人いずれに対してしてもよい!!!!
+判例(S31.10.5)
理由
上告代理人阿部幸作、同米田実の上告理由について。
論旨第一点は、理由齟齬をいうが、結局原判決の事実認定を非難するに帰し、
同第二点は、原判決は民法六一二条一項の解釈を誤つたものというが、賃借人のなした賃借権の譲渡に対する賃貸人の承諾は、必ずしも譲渡人に対してなすを要せず、譲受人に対してなすも差支なきものと解すべきであるから、これと反対の見解に立つ所論は採用し難い。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・賃貸人がいったんした賃借権の譲渡の承諾は、撤回することができない!!
+判例(S30.5.13)
理由
上告代理人稲垣利雄の上告理由第一、二点について。
民法六一二条に規定するところの賃借人の賃借権譲渡に関する賃貸人の承諾は、賃借権に対し、譲渡性を付与する意思表示であつて、(相手方ある単独行為)賃借権は一般には、譲渡性を欠くのであるが、この賃貸人の意思表示によつて賃借権は譲渡性を付与せられ、その効果として、賃借人は、爾後有効に賃借権を譲渡し得ることとなるのである。そうして賃借権が譲渡性をもつかどうかということは賃借人の財産権上の利害に重大な影響を及ぼすことは勿論であるから、賃貸人が賃借人に対し一旦賃借権の譲渡について承諾を与えた以上、たとえ、本件のごとく賃借人が未だ第三者と賃借権譲渡の契約を締結しない以前であつても、賃貸人一方の事情に基いて、その一方的の意思表示をもつて、承諾を撤回し、一旦与えた賃借権の譲渡性を奪うということは許されないものと解するを相当とする。従つて、本件において被上告人が昭和二三年一〇月末頃した賃借権譲渡に関する承諾の撤回は無効であつて、上告人のした本件賃借権の譲渡は有効であるといわなければならない。原判決はこの点において法令の解釈を誤つたものであつて、論旨は理由あり、原判決は破棄を免れないものである。
よつて民訴四〇七条に従い、主文のとおり判決する。
この判決は裁判官小谷勝重の補足意見及び裁判官谷村唯一郎の少数意見を除く外裁判官一致の意見によるものである。

+補足意見
裁判官小谷勝重の補足意見は次のとおりである。
賃借権譲渡承諾の意思表示が契約に基づくものならば、一般契約法の原則または当該契約の内容として定められた或る条件により承諾を解除し得る場合のあることは勿論であり、また民法六一二条の単独行為による承諾の場合と雖も、解除条件附または承諾の意思表示の内容として承諾を撤回し得べき或る条件を附して承諾することは法の敢て禁ずるところではないと解すべきであるから、右の場合解除条件の成就により、またはその附された内容条件に従い、一旦した承諾と雖もこれを撤回することができるであろうけれども、本件につき原判決の確定するところによれば、被上告人の本件譲渡承諾には何等の条件をも附されていないのであるから、被上告人において一旦譲渡の承諾をした以上、相手方の同意のない限り被上告人において一方的にこれを撤回することは許されないものといわなければならない。それ故当審本判決は右限りにおいて正当であり、また本判決は以上の全趣旨をも含んだものと解する限りにおいてわたくしは本判決に賛成するものである。

+少数意見
裁判官谷村唯一郎の少数意見は次のとおりである。
多数意見は、賃貸人が賃借人に対し一旦賃借権の譲渡について承諾を与えた以上たとえ賃借人が未だ第三者と賃借権譲渡の契約を締結しない以前であつても賃貸人の一方的事情に基いてその一方的意思表示をもつて承諾を撤回することは許されないから本件被上告人の承諾の撤回は無効であると断じているが私はこの見解には反対である。およそ民法六一二条に規定する賃借権譲渡に関する賃貸人の承諾が単独行為であることは多く異論のないところであり大審院数次の判例もまたこの見解を採つている。原判決の維持した一審判決もまたこの見解を採つておることはその説示するところにより明らかであり、一審判決がこの前提の下に結局被上告人の承諾の撤回を適法と認めたことは正当である。尤もこの譲渡の承諾が当事者間の契約として成立した場合は法律上解除の理由があるかまたは合意解約による外一方的にその承諾の撤回が許されないことはいうまでもない。また単独行為である譲渡許諾の場合においてもその許諾に基づき賃借人と第三者との間に賃借権の譲渡契約が成立した場合すなわち譲渡の許諾に基づく法律効果が既に発生した場合は、賃貸人の一方的意思表示により許諾の撤回を許すことは信義誠実の原則に反し第三者の利益を害することになるからこれを許すべきではないと解すべきある。しかして本件において被上告人と上告人Aとの間に賃借権の譲渡契約が成立したものでないことは一審判決の趣旨により明らかであり、更にその認定した事実によれば上告人Aと同Bとの聞に賃借権譲渡の話合が具体化したのは被上告人が承諾撤回の意思表示をした後であり、撤回の意思表示をした当時は未だBとの間に何等の法律関係が生じていなかつたことが窺える。そして一審判決はかような承諾の撤回を適法とするには当事者双方の利害関係を公平に比較し賃貸人に承諾を撤回するについて相当の理由があるか否かによつてこれを決すべきであると判示し本件においてはこの見地に立つて賃貸人の承諾撤回が相当理由の存することを認定しているのであるからその判断は衡平の観念と条理に適つたものであり正当である。若し多数意見のように一旦承諾した以上如何なる段階においても承諾の撤回ができないと解することは単独行為である賃借権譲渡許諾行為の性質に副わないばかりでなく、賃借人の保護の点にのみ考慮を払うの余り賃貸人の権益を害する結果を招来し衡平の観念に反するものである。よつて本件上告は理由なきものとして棄却すベきである。

・賃貸借の目的物が適法に転貸された場合、転借人は、賃貸人に直接義務を負うことになるので、Aから転貸料の支払いを請求された場合は、CはAに対して支払わなければならない!!!!!!!!!!
+(転貸の効果)
第613条
1項 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。
2項 前項の規定は、賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げない。

・CはAから賃料の支払を求められた場合、Bに前払いしたという事実を対抗することはできない!!←613条

・前払いであるかどうかは、AB間の賃貸借契約における支払期ではなく、BC間の転貸借契約における支払期をもって決定される!!

・BがAの承諾を得たうえでCに対して甲建物を転貸した場合、Cの過失によって甲建物が減失したときは、AはCに対して債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができる!!

・賃借物が転借人の過失により減失した場合、転借人は転貸人の履行補助者とみなされ、転貸人に過失がなくても、転貸人は賃貸人に対して損害賠償責任を負う!!!!!

+++履行補助者
履行補助者とは、債務者が債務の履行のために使用する者を意味する。債務者が使用した履行補助者の作為・不作為によって不履行が生じた場合に、債務者が債務不履行責任を負うかが問題となり、伝統的に「履行補助者の故意過失」として議論されており、現在もなお議論のある問題である。
伝統的な通説は、履行補助者の故意過失を債務者の帰責事由の問題、すなわち「債務者の故意過失または信義則上これと同視すべき事由」のうち、「信義則上これと同視すべき事由」として位置付けている
その上で、履行補助者を、債務者が自分の手足として使用する「真の意味の履行補助者」と、債務者に代わって履行の全部を引き受けてする「履行代行者」に分類している。
前者については、債務者は常に履行補助者の故意過失について責任を負い後者のうち、履行代行者の使用が法律又は特約で禁じられているのに債務者が使用した場合は、そのこと自体が債務不履行となり、履行代行者の故意過失を問わず債務者は責任を負い明文上履行代行者の使用が許されている場合は、債務者は代行者の選任または監督に過失があった場合に責任を負いどちらでもない場合には、債務者は履行代行者の故意過失について責任を負うとされている。

・賃貸人と賃借人は直接の契約関係には立たない以上、転借人が賃貸借契約に基づく費用償還請求権(608条)を行使すべき相手方は賃借人(転貸人)であり、賃貸人ではない。!!!
もっとも、転借人が目的物を賃貸人に返還する場合は、196条に基づく償還請求権が認められる!!!
+(賃借人による費用の償還請求)
第608条
1項 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる
2項 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(占有者による費用の償還請求)
第196条
1項 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2項 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

・賃貸人が、賃借人の賃料不払を理由に賃貸借契約を解除する場合、特段の事情のない限り、転借人に!!!通知等をして賃料の代払の機会を与えなければならないものではない!!!!
+判例(H6.7.18)
理由
上告代理人高田正利の上告理由第一、第二について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第一、第三及び第四について
土地の賃貸借契約において、適法な転貸借関係が存在する場合に、賃貸人が賃料の不払を理由に契約を解除するには、特段の事情のない限り、転借人に通知等をして賃料の代払の機会を与えなければならないものではない(最高裁昭和三三年(オ)第九六三号同三七年三月二九日第一小法廷判決・民集一六巻三号六六二頁、最高裁昭和四九年(オ)第七一号同四九年五月三〇日第一小法廷判決・裁判集民事一一二号九頁参照)。原審の適法に確定した事実関係の下においては、賃貸人である府川聞一(被上告人らの先代)が、転借人である上告人に対して賃借人である増永正行の賃料不払の事実について通知等をすべき特段の事情があるとはいえないから、本件賃貸借契約の解除は有効であり、被上告人らの上告人に対する建物収去土地明渡請求を認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官木崎良平の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官木崎良平の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見とは異なり、本件のように建物所有を目的とする土地の賃貸借において、賃貸人が転貸を承諾し適法な転貸借関係が存在している場合に、賃借人が地代の支払を遅滞したことを理由として賃貸借契約を解除するには、賃貸人は、賃借人に対して地代の支払を催告するだけではなく、転借人にも地代の延滞の事実を通知するなどして右地代の代払の機会を与えることが信義則上必要であり、転借人に右通知等をしないで賃貸借契約を解除しても、その効力を転借人に対抗することができないと考える。その理由は、次のとおりである。
建物所有を目的とする土地の賃貸借において、適法な転貸借関係が存在する場合には、通常は、転借人が当該土地上に建物を所有して建物を占有しているのであって、その実態に即して転借人の権利の保護が図られるべきであり、転借人が建物収去土地明渡しを余儀なくされるという重大な結果が不当に生ずることがあってはならない。賃貸借契約が解除された場合に、賃貸人が賃貸借契約の消滅の効力を主張して賃借人に対して建物収去土地明渡しを請求することができるかどうかを判断するには、右の観点から慎重に検討すべきであって、転借権が土地賃借人の賃借権の存在を前提とするものであるから賃借権の消滅により転借権が消滅するといった形式論のみによって決すべきではない。そして、右の観点からすると、賃貸人にとって、転借人に地代が延滞していることを通知することは容易なことであり、しかも、多くの場合には、この通知等によって延滞地代の支払が期待し得るのに、あえてこれをせずに賃貸借契約を解除し、転借人に建物収去土地明渡しを請求することを認めることは、転借人の地位を不当に軽んじるものであって、公平の原則ないしは信義誠実の原則に反するものというべきであるからである。
また、多数意見のように解すれば、賃貸人と賃借人とが意を通じて、実際には賃貸借契約を合意解約する意図であるのに、合意解約の効力を転借人に対抗できなくなることを避けるため、あえて地代の延滞という状況を作出し、地代の延滞を理由に契約を解除した場合にも、転借人は、右の事情を主張立証しなければ解除の効力を争うことができなくなり、なれ合いによる合意解約によって転借人の権利を消滅させるのと同一の不都合な結果が生ずることも避けられなくなる。
したがって、転借人に右の機会を与えないでされた契約解除の転借人に対する効力を認め、被上告人らの上告人に対する明渡請求を認容した原判決は破棄を免れず、被上告人らの上告人に対する請求を棄却すべきである。

++解説
《解  説》
一 事実の概要と裁判
Yは、Xから本件土地を賃借していたAからその二分の一を転借し(Xは黙示的に転貸を承諾)、地上に建物を所有していた。Aが賃料の支払を怠ったので、Xは、Aに対し延滞賃料支払の催告をした上で、賃貸借契約を解除し、Yに対して、所有権に基づいて建物収去土地明渡を請求した(Aに対しても土地の明渡しを請求していた。)。Yは、適法な転貸借がある場合に、賃貸人が賃料不払を理由に賃貸借契約を解除するには、転借人に通知するなどして、未払賃料の支払の機会を与えなければ、解除の効力がないか解除の効果を転借人に主張することができない旨を主張した。
原審が、最一小判昭37・3・29民集一六巻三号六六二頁を引用して転借人に対し未払賃料の代払の機会を与える必要はないとしてXの請求を認容すべきものとしたのに対し、Yが右の最一小判は変更されるべきであるとして上告した。本判決は、判決要旨のとおりの判断をしてYの上告を棄却した。

二 説明
賃貸人の承諾のある転貸借がある場合、賃貸人・賃借人(転貸人)間、賃借人(転貸人)・転借人間の二つの賃貸借関係が別個独立に存在し、両者は原則として相互に何の影響も受けない(承諾によって転借人の用益が賃貸人に対する関係で適法となるだけである。)。したがって、原賃借権が消滅しても、転賃借権は当然には消滅しないが、転借権は、原賃借権を前提としてその権利の範囲内で設定されたものであるから、その存立の基礎となる原賃借権が消滅した以上、転借人は賃貸人に対し転借権を対抗することができず(転借人の用益が賃貸人に対する関係で不法占有となる)、賃貸人は転借人に対して所有権に基づき目的不動産の明渡しを求めることができるのが原則である。しかし、賃貸人・賃借人(転貸人)間の賃貸借契約が合意解除された場合については、判例は、特別の事情のない限り合意解除の効力を転借人に対抗し得ないとしており(最一小判昭37・2・1裁集民五八巻四四一頁、最一小判昭41・5・19民集二〇巻五号九八九頁、本誌一九三号九三頁、借地上の建物賃借人に対する関係につき最一小判昭38・2・21民集一七巻一号二一九頁、本誌一四四号四二頁)、学説も一致してその結論に賛成している(我妻栄『民法講義中巻一』四六四頁など)。しかし、賃貸人・賃借人(転貸人)間の賃貸借契約が賃料不払等を理由に法定解除された場合には、判例は、例外を認めて来なかった。そのような中で、学説において、①賃借人の賃料不払という自己の関知しない事情によって適法に成立した転借人の地位が覆えされることは不合理であること、②法定解除と合意解除は実際上は紙一重であり、転借人の地位を覆すために法定解除の形を整えることもないとはいえないから、法定解除か合意解除かで差を設けることは適当でない、③賃貸人は直接転借人に対して権利を行使し得るのであり、転借人に通知等をすることは容易なことであって賃貸人に過大な負担をかけることもないことなどを指摘して、信義則ないし公平の原則上、少なくとも転借人に賃料不払いの事実を通知するなどして賃料の支払の機会を与えるべきであるとする見解(通知等必要説)が主張され、今日では多数説となるに至っている(星野英一『借地・借家法』三七五頁、鈴木禄也『借地法上』五七五頁、石田喜久夫「借地権の譲渡・転貸」『現代借地借家法講座第1巻』一七三頁など。)。
しかし、判例は、このような通知等の要否についても、原判決が引用した前掲最一小判昭37・3・29が賃貸人は賃借人に対して催告するをもって足り、さらに転借人に対してその支払の機会を与えなければならないというものではない旨を判示して、同趣旨の大審院判例(大判昭6・3・18新聞三二五八号一六頁)を踏襲して、通知等必要説を採らないことを明らかにした。その後、最一小判昭49・5・30裁集民一一二号九頁(借家の転貸借について)、最三小判昭51・12・14裁集民一一九号三一一頁(借地上建物の賃借人について)が同旨の判断を行っており、賃貸借を前提として賃借人と契約関係に入った者に対して未払賃料の支払の機会を与える必要がないという判例の立場は、ほぼ確立していた。
その理由とするところは、転貸借は、賃貸借の存在を前提とするものであって、転借人の地位はもともと賃貸借の帰すうによって影響されるものであり、転借人もそのことを承知して転貸借契約を締結しているのであるから、右のように解したからといって転借人に当然には特別の不利益をもたらすものではなく、また、賃貸人は、転貸借を承諾しても、それによって、転借人に対する何らの義務を負うものではないのに、賃料不払を理由として契約を解除しようとする場合に、特段の事情(学説や反対意見が指摘するような賃貸人と転貸人の通謀などがその例であろう。)もないのに、常にあらかじめその旨を転借人に通知等して延滞賃料の代払の機会を与えなければならないとすることは、契約の解除につき法の定めてない義務を賃貸人に課すことと同じ結果になり、転借人の権利を強調するあまり賃貸人の地位、利益をないがしろにするおそれがあるというところにあるものと思われる。
本判決は、学説の多数説が通知等必要説を主張するになっているという状況下において、学説と同趣旨の木崎裁判官の反対意見はあるものの、信義則上代払の機会を与える必要があるような特段の事情がある場合は別として、原則として代払の機会を与える必要ないという従前の判例を確認したものであり、その理由とするところも、従前の判例と異なるところはないと思われる。

・賃貸借契約の合意解除を転借人に対抗することはできない!!
←他人の権利を害し、信義則に反することはできない!

・賃貸借の期間が満了し、同賃貸借が更新されなかった場合、賃貸人は、賃借人に対して所有権に基づいて目的物の返還を請求することができる!!!

・賃貸借契約が賃借人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある適法な転貸借契約は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求したときに終了する!!!
+判例(H9.2.25)
理由
上告代理人須藤英章、同関根稔の上告理由について
一 被上告人の本訴請求は、上告人らに対し、(一) 主位的に本件建物の転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月一日から平成三年一〇月一五日までの転借料合計一億三一一〇万円の支払を求め、(二) 予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めるものであるところ、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、本件建物を所有者である訴外有限会社田中一商事から賃借し、同会社の承諾を得て、これを上告人キング・スイミング株式会社に転貸していた。上告人株式会社コマスポーツは、上告人キング・スイミング株式会社と共同して本件建物でスイミングスクールを営業していたが、その後、同会社と実質的に一体化して本件建物の転借人となった。
2 被上告人(賃借人)が訴外会社(賃貸人)に対する昭和六一年五月分以降の賃料の支払を怠ったため、訴外会社は、被上告人に対し、昭和六二年一月三一日までに未払賃料を支払うよう催告するとともに、同日までに支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。しかるに、被上告人が同日までに未払賃料を支払わなかったので、賃貸借契約は同日限り解除により終了した
3 訴外会社は、昭和六二年二月二五日、上告人ら(転借人)及び被上告人(貸借人)に対して本件建物の明渡し等を求める訴訟を提起した。
4 上告人らは、昭和六三年一二月一日以降、被上告人に対して本件建物の転借料の支払をしなかった。
5 平成三年六月一二日、前記訴訟につき訴外会社の上告人ら及び被上告人に対する本件建物の明渡請求を認容する旨の第一審判決が言い渡され、右判決のうち上告人らに関する部分は、控訴がなく確定した。
訴外会社は平成三年一〇月一五日、右確定判決に基づく強制執行により上告人らから本件建物の明渡しを受けた。

二 原審は、右事実関係の下において、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約が被上告人の債務不履行により解除されても、被上告人と上告人らとの間の転貸借は終了せず、上告人らは現に本件建物の使用収益を継続している限り転借料の支払義務を免れないとして、主位的請求に係る転借料債権の発生を認め、上告人らの相殺の抗弁を一部認めて、被上告人の主位的請求を右相殺後の残額の限度で認容した。

三 しかしながら、主位的請求に係る転借料債権の発生を認めた原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
賃貸人の承諾のある転貸借においては、転借人が目的物の使用収益につき賃貸人に対抗し得る権原(転借権)を有することが重要であり、転貸人が、自らの債務不履行により賃貸借契約を解除され、転借人が転借権を賃貸人に対抗し得ない事態を招くことは、転借人に対して目的物を使用収益させる債務の履行を怠るものにほかならない。そして、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合において、賃貸人が転借人に対して直接目的物の返還を請求したときは、転借人は賃貸人に対し、目的物の返還義務を負うとともに、遅くとも右返還請求を受けた時点から返還義務を履行するまでの間の目的物の使用収益について、不法行為による損害賠償義務又は不当利得返還義務を免れないこととなる。他方、賃貸人が転借人に直接目的物の返還を請求するに至った以上、転貸人が賃貸人との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、転借人が賃貸人に転借権を対抗し得る状態を回復することは、もはや期待し得ないものというほかはなく、転貸人の転借人に対する債務は、社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである。したがって、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了すると解するのが相当である。 !!!!!
これを本件についてみると、前記事実関係によれば、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約は昭和六二年一月三一日、被上告人の債務不履行を理由とする解除により終了し、訴外会社は同年二月二五日、訴訟を提起して上告人らに対して本件建物の明渡しを請求したというのであるから、被上告人と上告人らとの間の転貸借は、昭和六三年一二月一日の時点では、既に被上告人の債務の履行不能により終了していたことが明らかであり、同日以降の転借料の支払を求める被上告人の主位的請求は、上告人らの相殺の抗弁につき判断するまでもなく、失当というべきである。右と異なる原審の判断には、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合の転貸借の帰趨につき法律の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴の部分は破棄を免れず、右部分につき第一審判決を取り消して、被上告人の主位的請求を棄却すべきである。また、前記事実関係の下においては、不当利得を原因とする被上告人の予備的請求も理由のないことが明らかであるから、失当として棄却すべきである。よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

++解説
《解  説》
一1 Xは、所有者であるAから本件建物を賃借し、Aの承諾を得て、これをプール施設に改造した上でYらに転貸し、Yらがスイミングスクールを営んでいた。
2 XがAに対する賃料の支払を怠ったため、Aは昭和六二年一月に賃貸借契約を解除し、同年二月にX及びYらを共同被告として本件建物の明渡請求訴訟を提起した。
Yらは、右訴訟係属中の昭和六三年一二月以降、Xに対して転借料を支払わなかった。
3 右訴訟の一審判決は、Aの明渡請求を認容し、Yらは右判決に対して控訴せず、右判決に基づく強制執行により、平成三年一一月にAに対して本件建物を明け渡した。
4 Xは、その後に本件訴訟を提起し、Yらに対し、転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月から建物明渡時までの未払転借料の支払を求め、予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めた。Yらは、AX間の賃貸借契約がXの債務不履行により解除されたことにより転貸借契約は終了したとして、転借料債務を争った。
第一審及び原審は、Yらが現に本件建物の使用収益を継続している限りは転借料の支払義務を免れないとして、Xの請求を認容(相殺の抗弁を認めて一部棄却)した。Yらの上告に対し、本判決は、前記のとおり判示し、転貸借は既に終了して転借料債務は発生しないとして、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、Xの請求を全部棄却した。

二 甲が乙に物を賃貸し、乙が甲の承諾の下にこれを丙に転貸するという承諾ある転貸借において、甲乙間の賃貸借が乙の債務不履行により解除されて終了した場合、丙は、目的物の使用収益権(転借権)を甲に対抗し得なくなる。この場合の乙丙間の転貸借の帰すうが本件の問題である。
かつては、賃貸借の終了により転貸借も当然に終了するとの説もあったが、現在では、転貸借は賃貸借とは別個の契約であり、賃貸借の終了により当然に終了するものではなく、乙(転貸人)の丙(転借人)に対する債務が履行不能となったときに終了すると解することにほぼ異論はない。しかし、どの時点で乙の丙に対する債務が履行不能となるかについては、見解が分かれている。
1 大判昭10・11・18民集一四巻二〇号一八四五頁は、電話加入権の転貸借の事案について、賃貸借が終了した場合に転貸借は当然に効力を失うものではないが、転借人が賃貸人から目的物の返還請求を受けたときは、これに応じざるを得ず、その結果、転貸人としての義務の履行が不能となり、転貸借は終了する旨判示した。
最判昭36・12・21民集一五巻一二号三二四二頁は、原審が右昭和一〇年大判を引用して「賃借人が債務不履行により賃貸人から賃貸借契約を解除されたときは、賃貸借契約の終了と同時に転貸借契約もその履行不能により当然終了する」と判示し、上告理由がこれを非難したのに答えて、原審の右引用は正当である旨判示した。右最判の事案は、土地の所有者・賃貸人から土地転借人所有の地上建物の賃借人に対する建物退去土地明渡請求事件であるところ、土地の賃貸借契約は賃借人の債務不履行によって解除され、土地賃貸人の転借人に対する建物収去明渡請求を認容する判決が既に確定しているというのであり、右請求の当否を判断する上で転貸借の帰すう判断をする必要はないことから、転貸借の終了時期に関する右判示部分は、傍論との指摘がされている(椿寿夫・不法占拠(綜合判例研究叢書・民法(25))二二頁)。本件の一審、原審とも、右最判は、転貸借の終了時期に関して判断したものではないとしている。
2 学説は、この点について詳しく論じたものは少なく、借地法・借家法の代表的な教科書でもこの点に触れていないものも見られる。昭和三六年最判が賃貸借の終了と同時に転貸借も履行不能により終了する旨判示したものと理解し、これを支持する見解としては、金山正信「賃貸借の終了と転貸借」契約法大系Ⅶ五頁、大石忠生「借地権の消滅」不動産法大系Ⅲ一七三頁などがある。これに対し、米倉明「三六年最判評釈」法協八〇巻六号八九五頁は、賃貸人からする目的物返還請求によって転貸人の転借人に対する義務の不履行を生ずる、とすることも社会通念上肯定されてよいとして、賃貸人から転借人に対して目的物返還請求があったときに履行不能になるとの見解を示している。また、我妻・債権各論中巻一・四六四頁は、乙が事実上も丙をして用益させることができなくなれば、乙の債務は履行不能となるとしており、丙が事実上目的物の使用収益を続けている限りは転貸借は終了しないとの見解と考えられる。

三 転貸借において、転貸人(乙)は転借人(丙)に目的物を使用収益させる義務を負うが、右義務の内容が丙をして事実上収益可能な状態に置くことで足りるとすれば、乙の債務不履行により賃貸借が解除されても、丙が甲に目的物を返還するなどして事実上使用収益ができなくなるまでは、乙の丙に対する債務の不履行はないということになろう。しかし、賃貸人の承諾ある転貸の場合、乙丙間の転貸借契約が甲乙間の有効な賃貸借契約を基礎として成立し、丙が甲に転借権を対抗し得ることが重要であることからすると、乙の丙に対する「使用収益させる義務」は、単に目的物を丙の占有下において事実上使用収益させるにとどまらず、賃貸借契約を有効に存続させて、丙が甲に対する関係で使用収益権を主張できるようにすることも「使用収益させる義務」の内容となるものと考えられる。とすれば、乙が甲に対する債務の履行を怠って賃貸借契約を解除され、丙が甲に転借権を対抗し得ない状態に陥らせることは、丙に対する転貸人としての債務の履行を怠るものというべきであろう。
甲乙間の賃貸借契約が解除されると、丙は転借権を甲に対抗することができなくなり、甲から目的物の返還請求を受ければ、これに応じなければならない。また、丙が賃貸借終了の事実を知らずに乙に転借料を支払って目的物の使用収益を続けている間はともかく、甲から返還請求を受けた時点以降は、甲に対して不法行為による損害賠償債務や不当利得返還債務を免れない。他方、一旦賃貸借契約が有効に解除され、甲が現実の占有者である丙に目的物の返還を請求した以上、乙が甲との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、丙が甲に転借権を対抗し得る状態を回復することは著しく困難と考えられる。右のような状態は、およそ乙が丙に対して目的物を使用収益させる義務を履行しているとはいえず、社会通念ないし取引観念に照らし、右義務の履行を期待しがたいものといわざるを得ないと考えられる。
本判決は、以上のような点を考慮して、原則として、甲が丙に目的物の返還を請求した時に乙の丙に対する債務の履行不能により転貸借が終了すると判断したものと思われる。

四 賃貸借が賃借人の債務不履行により解除された場合の転貸借の帰すうは、承諾ある転貸借の法律関係に関する基本的問題であるが、従来、必ずしも十分な議論がされておらず、判例の態度も明確とは言い難い状況にあったところであり、本判決は、この問題につき明確な判断を示したものとして、注目される。

・AB賃貸借、BC転貸借。CがAから甲建物を譲り受けた賃貸人の地位を承継したときは、Cの転借権は混同により消滅せず、BはCに対して、甲建物の一部の明渡しを請求することはできない!!!!!

+判例(S35.6.23)
理由
上告代理人弁護士鳥巣新一の上告理由第一点について。
所論は採証法則違反をいうがひつきよう原審の専権に属する証拠の取捨選択事実認定を非難するに帰するものであつて、上告適法の理由となすを得ない。
同第二、三点について。
しかし、被上告人Aは本件家屋の占有は不法でないと主張しており、原判決はこの主張を是認するに当り、被上告人Aに判示転借権のあることを認定しているのであり、不法占有にならない事情としてこのような事実認定をすることは当事者の具体的な事実主張有無に拘わらず毫も差支ないものと解するを相当とすべく、そしてこの場合原審として右転借権に関し所論の点を釈明しなければならないわけのものではなく、また、上告人Bは所論損害の発生を否認しており、これに対し原判決は右損害の発生しない理由として判示転借権の存在することを認定しているのであつて、この場合も原審として右転借権について所論釈明権を行使しなければならないわけのものではない。(なお、原判決認定のように家屋の所有権者たる賃貸人の地位と転借人たる地位とが同一人に帰した場合は民法六一三条一項の規定による転借人の賃貸人に対する直接の義務が混同により消滅するは別論として、当事者間に転貸借関係を消滅させる特別の合意が成立しない限りは転貸借関係は当然には消滅しないものと解するを相当とする。―昭和八年九月二九日大審院判決集一二巻二三八四頁以下参照)それ故、所論はすべて理由がなく、採用できない。
よつて、民訴三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・建物所有を目的とする土地の賃借権であるから借地借家法の適用がある。
借地権は、その登記がなくても、土地上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる!
+借地借家
(趣旨)
第1条
この法律は、建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権の存続期間、効力等並びに建物の賃貸借の契約の更新、効力等に関し特別の定めをするとともに、借地条件の変更等の裁判手続に関し必要な事項を定めるものとする。

+(借地権の対抗力等)
第10条
1項 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる
2項 前項の場合において、建物の滅失があっても、借地権者が、その建物を特定するために必要な事項、その滅失があった日及び建物を新たに築造する旨を土地の上の見やすい場所に掲示するときは、借地権は、なお同項の効力を有する。ただし、建物の滅失があった日から二年を経過した後にあっては、その前に建物を新たに築造し、かつ、その建物につき登記した場合に限る。
3項 民法(明治29年法律第89号)第566条第1項 及び第3項 の規定は、前2項の規定により第三者に対抗することができる借地権の目的である土地が売買の目的物である場合に準用する。
4項 民法第533条 の規定は、前項の場合に準用する。