民事訴訟法 基礎演習 主張・証明責任~要件事実入門


1.要件事実論総論
(1)権利判断の規範体系
法律効果→権利の発生・障害(発生を妨げること)・消滅・阻止(行使を妨げること)

(例)
売買契約締結(555条)
障害:要素の錯誤(95条)
消滅:弁済(474条)
阻止:履行期の合意(135条1項)

修正法律要件分類説
+判例(S43.2.16)
理由
上告代理人中田義正の上告理由第一の一、二について。
所論の点に関する原審の認定、判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして正当としてこれを肯認することができ、その判断の過程に所論のごとき違法はなく、論旨は理由がない。
同第一の三について。
準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とするところ、原審は証拠により訴外居藤と上告人間に従前の数口の貸金の残元金合計九八万円の返還債務を目的とする準消費貸借契約が締結された事実を認定しているのであるから、このような場合には右九八万円の旧貸金債務が存在しないことを事由として準消費貸借契約の効力を争う上告人がその事実を立証すべきものであり、これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は理由がない。
同第一の四について。
原審の確定した事実関係に照らせば、行政書士網本の介入した本件債権譲渡の承諾ならびに弁済方法に関する契約をもつて無効であると解すべき理由は見い出しがたいから、所論の点に関する原審の判断は正当であり、諭旨は理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

(2)主張責任
主張責任=訴訟物たる権利の要件事実の主張の欠如による当事者の一方の敗訴の危険のこと

(3)証明責任
証明責任=主張された要件事実の存在が証明されるに至らないことによる当事者一方の敗訴の危険

(4)当事者の攻撃防御方法

2.物上請求の請求原因事実

3.物権変動の要件事実論
所有権喪失の抗弁
+判例(S55.2.7)
理由
上告代理人酒井祝成の上告理由第一点について
記録によれば、原審における本件請求に関する当事者の主張は、次のとおりである。即ち、上告人らにおいて、(1)本件土地(第一審判決別紙目録第二に記載の土地をいう。)は、上告人ら(原告ら)、A及び被上告人(被告)の亡夫B(昭和三九年九月六日死亡)らの父であるC(昭和三四年五月二六日死亡)が昭和二八年七月三一日、Dから買い受けたのであるが、Bの所有名義に移転登記をしていたところ、Cの死亡により、上告人ら、A及びBは右土地を各共有持分五分の一の割合をもつて相続取得した、(2)しかし、登記名義をそのままにしていたため、Bの死亡に伴い、その妻である被上告人が単独で相続による所有権移転登記を経由した、(3)本件土地は、右のとおり上告人ら、A及びBが共同相続したのであるから、上告人らは、その共有持分権に基づき各持分五分の一の移転登記手続を求める、というのである。これに対し、被上告人は、本件土地はBが真実、Dから買い受けて所有権移転登記を経由したもので、Bの死亡によつて被上告人が相続取得したのであるから、上告人らの請求は理由がない、と主張するのである。
原審は、証拠に基づいて、本件土地はCがDから買い受けて所有権を取得したことを認定し、この点に関する上告人らの主張を認めて被上告人の反対主張を排斥したが、次いで、BはCから本件土地につき死因贈与を受け、Cの死亡によつて右土地の所有権を取得し、その後Bの死亡に伴い被上告人がこれを相続取得したものであると認定し、結局、右土地をCから共同相続したと主張する上告人らの請求は理由がないと判示した。
しかし相続による特定財産の取得を主張する者は、(1)被相続人の右財産所有が争われているときは同人が生前その財産の所有権を取得した事実及び(2)自己が被相続人の死亡により同人の遺産を相続した事実の二つを主張立証すれば足り、(1)の事実が肯認される以上、その後被相続人の死亡時まで同人につき右財産の所有権喪失の原因となるような事実はなかつたこと、及び被相続人の特段の処分行為により右財産が相続財産の範囲から逸出した事実もなかつたことまで主張立証する責任はなく、これら後者の事実は、いずれも右相続人による財産の承継取得を争う者において抗弁としてこれを主張立証すべきものである。これを本件についてみると、上告人らにおいて、CがDから本件土地を買い受けてその所有権を取得し、Cの死亡により上告人らがCの相続人としてこれを共同相続したと主張したのに対し、被上告人は、前記のとおり、右上告人らの所有権取得を争う理由としては、単に右土地を買い受けたのはCではなくBであると主張するにとどまつているのであるから(このような主張は、Cの所有権取得の主張事実に対する積極否認にすぎない)、原審が証拠調の結果Dから本件土地を買い受けてその所有権を取得したのはCであつてBではないと認定する以上、上告人らがCの相続人としてその遺産を共同相続したことに争いのない本件においては、上告人らの請求は当然認容されてしかるべき筋合である。しかるに、原審は、前記のとおり、被上告人が原審の口頭弁論において抗弁として主張しないBがCから本件土地の死因贈与を受けたとの事実を認定し、したがつて、上告人らは右土地の所有権を相続によつて取得することができないとしてその請求を排斥しているのであつて、右は明らかに弁論主義に違反するものといわなければならない。大審院昭和一一年(オ)第九二三号同年一〇月六日判決・民集一五巻一七七一頁は、原告が家督相続により取得したと主張して不動産の所有権確認を求める訴において、被告が右不動産は自分の買い受けたものであつて未だかつて被相続人の所有に属したことはないと争つた場合に、裁判所が、証拠に基づいて右不動産が相続開始前に被相続人から被告に対して譲渡された事実を認定し、原告敗訴の判決をしたのは違法ではないと判示しているが、右判例は、変更すべきものである。
そうして、前記違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘 裁判官 中村治朗)

4.暫定真実規定と法律上の事実推定規定

5.規範的要件の要件事実
民法162条の自主占有要件も、占有権限の性質上明らかでない限り、もろもろの占有事情にてらして所有権行使の外形が存すると認められるかどうかという規範的評価の問題である。
+判例(S58.3.24)
理由
上告代理人金井清吉の上告理由第一点一について
原判決は、(1) 被上告人は、Aの長男として生れ、昭和二〇年に結婚したのちは被上告人夫婦が主体となつてAと共に農業に従事してきたが、昭和三三年元旦に本件各不動産の所有者であるAからいわゆる「お綱の譲り渡し」を受け、本件各不動産の占有を取得した、(2) 右「お綱の譲り渡し」は、熊本県郡部で今でも慣習として残つているところがあり、所有権を移転する面と家計の収支に関する権限を譲渡する面とがあつて、その両面にわたつて多義的に用いられている、(3) 被上告人は、右「お綱の譲り渡し」以後農業の経営とともに家計の収支一切を取りしきり、農業協同組合に対する借入金等の名義をAから被上告人に変更し、同組合から自己の一存で金融を得ていたほか、当初同組合からの信用を得るためその要望に応じてA所有の山林の一部を被上告人名義に移転したりし、本件各不動産の所有権の贈与を受けたと信じていた、(4) Aは、昭和四〇年三月一日死亡し、その子である被上告人及び上告人らがAを相続した、以上の事実を認定したうえ、右事実関係のもとでは、被上告人は、「お綱の譲り渡し」により、Aから家計の収支面の権限にとどまらず、本件各不動産を含む財産の処分権限まで付与されていたと認められるものの、所有権の贈与を受けたものとまでは断じ難いが、前記のように本件各不動産の所有権を取得したと信じたとしても無理からぬところがあるというべきであるとし、被上告人は本件各不動産を所有の意思をもつて占有を始めたものであり、その占有の始め善意無過失であつたから、占有開始時より一〇年を経過した昭和四三年一月一日本件各不動産を時効により取得したものと判断して、右時効取得を登記原因とする被上告人の上告人らに対する本件各不動産の所有権移転登記手続の請求を認容している。
ところで民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有にあたらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が所有の意思のない占有にあたることについての立証責任を負うのであるが(最高裁昭和五四年(オ)第一九号同年七月三一日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号三一七頁参照)、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によつてではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから(最高裁昭和四五年(オ)第三一五号同年六月一八日第一小法廷判決・裁判集民事九九号三七五頁、最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁参照)、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものである。しかるところ、原判決は、被上告人はAからいわゆる「お綱の譲り渡し」により本件各不動産についての管理処分の権限を与えられるとともに右不動産の占有を取得したものであるが、Aが本件各不動産を被上告人に贈与したものとは断定し難いというのであつて、もし右判示が積極的に贈与を否定した趣旨であるとすれば、右にいう管理処分の権限は所有権に基づく権限ではなく、被上告人は、A所有の本件各不動産につき、実質的にはAを家長とする一家の家計のためであるにせよ、法律的には同人のためにこれを管理処分する権限を付与されたにすぎないと解さざるをえないから、これによつて被上告人がAから取得した本件各不動産の占有は、その原因である権原の性質からは、所有の意思のないものといわざるをえない。また、原判決の右判示が単に贈与があつたとまで断定することはできないとの消極的判断を示したにとどまり、積極的にこれを否定した趣旨ではないとすれば、占有取得の原因である権原の性質によつて被上告人の所有の意思の有無を判定することはできないが、この場合においても、Aと被上告人とが同居中の親子の関係にあることに加えて、占有移転の理由が前記のようなものであることに照らすと、その場合における被上告人による本件各不動産の占有に関し、それが所有の意思に基づくものではないと認めるべき外形的客観的な事情が存在しないかどうかについて特に慎重な検討を必要とするというべきところ、被上告人がいわゆる「お綱の譲り渡し」を受けたのち家計の収支を一任され、農業協同組合から自己の一存で金員を借り入れ、その担保とする必要上A所有の山林の一部を自己の名義に変更したことがあるとの原判決挙示の事実は、いずれも必ずしも所有権の移転を伴わない管理処分権の付与の事実と矛盾するものではないから、被上告人の右占有の性質を判断する上において決定的事情となるものではなく、かえつて、右「お綱の譲り渡し」後においても、本件各不動産の所有権移転登記手続はおろか、農地法上の所有権移転許可申請手続さえも経由されていないことは、被上告人の自認するところであり、また、記録によれば、Aは右の「お綱の譲り渡し」後も本件各不動産の権利証及び自己の印鑑をみずから所持していて被上告人に交付せず、被上告人もまた家庭内の不和を恐れてAに対し右の権利証等の所在を尋ねることもなかつたことがうかがわれ、更に審理を尽くせば右の事情が認定される可能性があつたものといわなければならないのである。そして、これらの占有に関する事情が認定されれば、たとえ前記のような被上告人の管理処分行為があつたとしても、被上告人は、本件各不動産の所有者であれば当然とるべき態度、行動に出なかつたものであり、外形的客観的にみて本件各不動産に対するAの所有権を排斥してまで占有する意思を有していなかつたものとして、その所有の意思を否定されることとなつて、被上告人の時効による所有権取得の主張が排斥される可能性が十分に存するのである。しかるに原審は、前記のような事実を認定したのみで、それ以上格別の理由を示すことなく、また、さきに指摘した点等について審理を尽くさないまま、被上告人による本件各不動産の占有を所有の意思によるそれであるとし、被上告人につき時効によるその所有権の取得を肯定しているのであつて、原判決は、所有の意思に関する法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽ないし理由不備の違法をおかしたものというべく、右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいう点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一)


民事訴訟法 基礎演習 釈明権


1.釈明権の意義
+(釈明権等)
第149条
1項 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。
2項 陪席裁判官は、裁判長に告げて、前項に規定する処置をすることができる。
3項 当事者は、口頭弁論の期日又は期日外において、裁判長に対して必要な発問を求めることができる。
4項 裁判長又は陪席裁判官が、口頭弁論の期日外において、攻撃又は防御の方法に重要な変更を生じ得る事項について第1項又は第2項の規定による処置をしたときは、その内容を相手方に通知しなければならない。

2.釈明権と処分権主義・弁論主義
・釈明権、釈明義務は、裁判所の持つ後見的機能により、当事者主義の持つ短所を補完・補充し、審理の充実と効率が図れる!

・留意点!
当事者主義の裏返しにある自己責任を問いうる前提には、完全な法情報が当事者に提供されている必要がある!
釈明権の対象は、処分権主義が妥当する訴訟上の請求や弁論主義の妥当する主要事実に限られているわけではない!

3.釈明が問題となる状況
(1)消極的釈明
申立てや事実主張に対して、裁判所が不明瞭さや矛盾・瑕疵などを指摘し、それを是正するために、当事者に釈明を求める場合。

・上告審で当該釈明義務違反が審理不尽として破棄事由(上告事由)となるかどうかという問題もある。
判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があることが高等裁判所への上告の上告理由であり、最高裁判所への上告では上告理由を構成しないが、上告受理制度のもとでは破棄事由として扱われる可能性もある。
+(上告の理由)
第312条
1項 上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
2項 上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第34条第2項(第59条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。
一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三  専属管轄に関する規定に違反したこと(第6条第1項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。
四  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
五  口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
六  判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。
3項 高等裁判所にする上告は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときも、することができる。

+判例(H17.7.14)
理由
第1 上告代理人浦田益之の上告理由について
民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、理由の不備・食違いをいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、上記各項に規定する事由に該当しない
第2 上告代理人浦田益之の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が、上告人に対し、運転手付き建設重機の借上げの代金等及びこれに対する遅延損害金(以下「本件代金等」という。)の支払を求める事案である。

2 本件訴訟の経緯は、次のとおりである。
(1) 第1審(平成15年11月28日判決言渡し)は、上告人に対し、被上告人への本件代金等として123万6564円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年10月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を命じた。
(2) 原審において、上告人は、次のとおり主張した。平成15年12月3日、岐阜南税務署の担当職員(以下「担当職員」という。)は、被上告人が滞納していた源泉所得税等を徴収するため、第1審判決によって上告人が支払を命じられた被上告人の上告人に対する本件代金等債権を差し押さえたことから、上告人は、同月16日、担当職員に対し、123万6564円及びこれに対する平成12年10月22日から平成15年12月16日まで年6分の割合による遅延損害金23万3761円の合計である147万0325円を支払った。
(3) そして、原審において、上告人は、担当職員が作成した上告人あての平成15年12月3日付け債権差押通知書(以下「本件債権差押通知書」という。)及び同月16日付け領収証書(以下「本件領収証書」という。)を書証として提出し、これらの取調べがされた。本件債権差押通知書には、差押債権として、第1審で認容された本件代金等の遅延損害金である「金1,236,564円に対する平成12年10月22日から支払済みまで年6分の割合による金員」との記載が、本件領収証書には、担当職員が被上告人に係る差押債権受入金として147万0325円を領収した旨の記載がある。なお、本件訴訟において、本件代金等の元本債権が差し押さえられた旨の記載がされた債権差押通知書等の書証の提出はない。

3 原審は、本件代金等の額を122万6745円及びこれに対する平成12年10月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金であると認定した上、上告人の上記2(2)の主張につき、上告人が、担当職員に対し、本件代金等として123万6564円及びこれに対する同日から平成15年12月16日まで年6分の割合による金員の合計額である147万0325円を支払ったことが認められるが、担当職員が差し押さえたのは、本件代金等債権のうち遅延損害金債権のみであったことが明らかであるとし、上記支払は、差押債権である123万6564円に対する平成12年10月22日から平成15年12月16日まで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金である23万3761円に係るものについてのみ弁済の効果が生じ、その余の123万6564円については、弁済の効果を主張することはできないとした。その結果、原審は、上告人に対し、上記有効な弁済額23万3761円を本件代金等の元本122万6745円に対する平成12年10月22日から平成15年12月16日まで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金である23万1854円に充当し、その残額1907円を上記元本に充当した残元本122万4838円及びこれに対する上記支払の日の翌日である同月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を命じた。

4 しかしながら、原審において、上告人は、第1審判決によって上告人が支払を命じられた被上告人の上告人に対する本件代金等債権を、平成15年12月3日に担当職員が差し押さえたと主張し、同日付けの本件債権差押通知書及び同月16日付けの本件領収証書を書証として提出していたことに照らすと、本件債権差押通知書につき、本件代金等債権のすべてが差し押さえられた旨の記載があるものと誤解していたことが明らかである。そして、原審は、上告人が、担当職員に対し、本件代金等として123万6564円及びこれに対する平成12年10月22日から平成15年12月16日まで年6分の割合による金員の合計額147万0325円を支払ったことを認定するところ、本件領収証書によれば、担当職員は、被上告人に係る差押債権受入金として同金額を領収しているものである。このような事情の下においては、原審は、当然に、上告人に対し、本件代金等の元本債権に対する担当職員による差押えについての主張の補正及び立証をするかどうかについて釈明権を行使すべきであったといわなければならない原審がこのような措置に出ることなく、同差押えの事実を認めることができないとし、上告人の同債権に対する弁済の主張を排斥したのは、釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある
5 以上によれば、論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない(なお、原審が、本件代金等を算定するに当たり、上告人が被上告人のために立替払したと主張する軽油等の代金額を被上告人の債権額として加算していることにも問題がある。)。そこで、更に審理を尽くさせるため、上記部分を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴)

++判例
《解  説》
1 本件は,Yに土木工事のために運転手付きで建設重機を貸し出すなどしたXが,Yに対し,その未払となっているとする代金等及びこれに対する遅延損害金(これらを併せて「本件代金等」という。)の支払を求めた事案である。
2 1審は,Yに本件代金等として約123万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じた。原審の認定するところによれば,この1審判決直後に,税務署(の担当職員。以下同じ。)が,1審が認容した金額のうちの遅延損害金部分の支払請求権を差し押さえたYは,税務署による差押債権の支払として,1審が認容した本件代金等である元本債権及び遅延損害金の合計額全額を支払ったXが控訴したところ,Yは附帯控訴し,税務署が本件代金等債権を差し押さえたことからその全額を支払った旨の抗弁を追加主張し,いずれも税務署作成のYあての上記遅延損害金債権の差押通知書(本件債権差押通知書)及びXに係る差押債権受入金として1審が認容した額である本件代金等全額(元本及び遅延損害金の合計額)につき差押債権受入金として領収した旨の記載のある領収証書(本件領収証書)を書証として提出した。
原審は,Yの税務署への支払前の段階での本件代金等の認容額が約122万円及びこれに対する遅延損害金であるとした上で,Yの上記支払の抗弁につき,Yが税務署に対し,本件代金等として1審認容額の元本及びこれに対する遅延損害金の全額を支払ったことが認められるが,税務署が差し押さえたのは本件代金等のうち遅延損害金債権のみであったことが明らかであるとし,Yの支払は,税務署による遅延損害金債権の差押えに係る金額部分についてのみ弁済の効果が生じるとし,その余の部分については弁済の効果を主張することができないとしてYにその支払を命じた。

 3 Yから上告及び上告受理申立てがされた。上告受理申立て理由は,原審には,本件代金等債権のうちの元本に対する差押えの有無について釈明義務違反があるなどというものである。
本判決は,(1)原審において,Yが1審判決によって支払を命じられた本件代金等債権(元本及び遅延損害金)を税務署が差し押さえたと主張し,本件債権差押通知書及び本件領収証書を書証として提出していたことに照らすと,Yが本件債権差押通知書につき本件代金等債権のすべてが差し押さえられた旨の記載があるものと誤解していたことが明らかであること,(2)原審は,Yが税務署に対し,本件代金債権等として1審が認容した本件代金等債権(元本及び遅延損害金)の全額を支払ったことを認定しており,その旨の本件領収証書が証拠として存在することなどの事情の下においては,原審は,Yに対し,本件代金等の元本債権に対する税務署による差押えについての主張の補正及び立証についての釈明義務違反があるとし,原判決を破棄し,これを差し戻した。

4 釈明は裁判所の権利であると同時に義務であるとされている。主張についての釈明権の行使については,最一小判昭45.6.11民集24巻6号516頁,判タ251号181頁は,「釈明の制度は,弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し,訴訟関係を明らかにし,できるだけ事案の真相をきわめることによって,当事者間における紛争の真の解決をはかることを目的として設けられたものである」とし,釈明の内容が別個の請求原因にわたる結果となる場合であっても釈明権の行使が許される場合があるとする積極的な立場を示し,最三小判昭44.6.24民集23巻7号1156頁,判タ238号108頁は,当事者の主張事実を合理的に解釈するならば,正当な主張として構成することができ,当事者の提出した資料のうちにもこれを裏付け得るものがあるときは,裁判所に釈明すべき義務があるとしている。また,立証についての釈明権の不行使が違法とされたものとして,最三小判昭31.5.15民集10巻5号496頁,判タ59号60頁,最二小判昭39.6.26民集18巻5号954頁,判タ164号92頁,最三小判昭58.6.7判タ502号92頁,最一小判昭61.4.3判タ607号50頁,最一小判平8.2.22判タ903号108頁などがある。
主張及び証拠の申出は,本来当事者の判断と責任で行われるべきものであるが,積極的釈明義務の有無については,判決における勝敗転換のがい然性,当事者の申立て・主張における裁判所との法的見解の食違いによる法的構成の不備,適切な申立てや主張を当事者側に期待できる場合か否か,当事者間の公平,一回的紛争解決の要請などが考慮されるべき要因として挙げられているところである(中野貞一郎「釈明権」小山昇ほか編・演習民事訴訟法(上)365頁)。

5 なお,本件では,上告事件と上告受理申立て事件を併せて判決がされている。これは,論旨とはされていないものの,原判決には,本件代金等を算定するに当たり,YがXのために立替払したと主張する軽油等の代金額をXの債権額として加算するという理由の食違いがあったことから,上告事件についても,決定手続によらずに貎上あえて判決において判断が示されたものと思われる。
6 本判決は,主張及び証拠の申出に関する釈明権義務違反について,最高裁が一事例を示したものであり,実務の参考になると思われるので紹介する。

(2)積極的釈明

積極的釈明については、個別的事情を考慮しつつ、釈明義務違反の判断をするしかない・・・。

(3)裁判所の釈明義務と中立性
・ケース1の場合
かかる判断は、主張・証拠及び弁論の全趣旨から訴えの変更のよりどころが表れている場合にのみ可能!

・ケース2の場合
直接勝訴につながるような釈明は裁判所の中立性を害してしまうのではないか?

+判例(S31.12.28)
理由
上告代理人宗宮信次、同鍵山鉄樹、同川合昭三、同真木桓の上告理由第一点について。
所論原審の陳述は、本件一七五番山林の客観的範囲を明らかならしめる事情を陳述したにとどまり、その取得時効完成の要件事実を陳述したものとは解されないのみならず、仮りに、その陳述の真意が後者を陳述するにあつたとしても、時効を援用する趣旨の陳述がなかつたのであるから、原審が時効取得の有無を判断しなかつたのは不当でなく、その陳述の足らなかつたことの責任を裁判所に転嫁し、釈明権不行使の違法をもつて非難し得べき限りではない

同第二点について。
本件は控訴審で請求を減縮した場合であつて、その減縮した部分については初めより係属しなかつたものとみなされ、この部分に対する第一審判決は、おのずからその効力を失い控訴は残余の部分に対するものとなるから、この部分につき第一審判決を変更する理由がないときは控訴棄却の判決をなすべきものであること、当裁判所の判例とするところである(昭和二四年一一月八日第三小法廷判決、集三巻四九五頁)。されば原審が控訴棄却の判決をしたことは正当であり、所論の違法はない。

同第三点について。
本件鑑定命令は、鑑定書の内容と照合すれば営林技手たる鑑定人に対し営林当局者の思惟する字境について実測図の作成を命じた趣旨と解することができ正当な鑑定事項であり、また、所論鑑定人が所論実測図謄本を訴訟手続外で入手し、これを鑑定の資料としたものとしても、その一事により直ちに鑑定の結果を採用し得なくなるわけではなく、右実測図謄本は、本件鑑定人がその特別の知識経験により正確と認めて鑑定の資料に採用したものであることが、鑑定書の記載を通じて看取し得る以上、これを使用してなした鑑定を採用したことをもつて違法であるとはいえない。原判決には所論の違法は認め難い。

同第四点について。
所論第一審判決添付の図面には、「鑑定書添付図面」を引用した趣旨の記載があり、右は鑑定書中三角点標を不動点とし20号点とした旨の記載及び鑑定書添付の鑑定図面に同封され、各点間の方位、実測距離、傾度、水平距離を記載した測量野帳をも併せ引用した趣旨と解されるから、図面記載の記号が現地のいずれに当るかを識別しうる記載に欠けるところはなく、原判決には所論の違法はない。

同第五点について。
原審における上告人の主張は、一七五番山林中に境界を区劃してその一部を売り渡したというのではなく、一筆の土地たる一七五番山林の隣地一六〇番の四山林との境界を所論の線と指示して引渡を了したというのであるから、右にいう境界とは異筆の土地の間の境界である。しかし、かかる境界は右一七五番山林が一六〇番の四山林と区別されるため客観的に固有するものというべく、当事者の合意によつて変更処分し得ないものであつて、境界の合意が存在したことは単に右客観的境界の判定のための一資料として意義を有するに止まり、証拠によつてこれと異なる客観的境界を判定することを妨げるものではない。原判決には所論の違法はない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克)

(4)法律上の事項に関し~一般条項についての釈明~
法適用については、適用されるべき事実を当事者が提出する権限を負わされているところからすれば、裁判所が訴訟に顕れた法律構成以外の法的見解が妥当であると考えた場合には、その法的見解のもとで両当事者は事実主張を交える機会を保障されなければならないはずである!!!!→新たな法的見解を当事者に対して釈明せずにした判決については、釈明義務違反ありとしなければならない!!!!!!

+判例(S42.11.16)
理由
上告代理人新具康男の上告理由第三点について。
原審は、訴外Aが、株式会社滋賀相互銀行に対し、本件不動産について有する二分の一の持分権(以下本件物件という)の上に債権極度額を金一〇万円とする根抵当権を設定し、同時に、債務を期限に弁済しないときは右物件の所有権を同相互銀行に移転すべき旨の停止条件付代物弁済契約を結び、右根抵当権設定登記および停止条件付代物弁済契約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、次いで被上告人は、右Aの承諾のもとに、滋賀相互銀行からAに対する債権とこれに従たる前記根抵当権および停止条件付代物弁済契約上の権利を譲り受け、右両権利につき各移転の登記を経由したこと、昭和三六年六月一〇日、被上告人とAとの間において、債権額を金八万七五九〇円、その弁済期を同年八月二〇日、利息を日歩五銭、右期限後の遅延損害金を日歩一〇銭と合意し、前記根抵当権を右確定債権を被担保債権とする抵当権に変更し、その旨の変更登記を了したこと、ところが、Aにおいて右弁済期を過ぎても債務の支払をしなかつたため、被上告人が、本件物件の所有権を取得したと主張して、Aに対し、前記仮登記の本登記手続をなすべき旨訴求し、同人はこの請求を認諾したこと、一方、上告人は、右Aに対する大阪地方裁判所昭和三五年(ワ)第四九九六号貸金ならびに保証債務履行請求事件の執行力ある判決正本に基づき、大津地方裁判所彦根支部に本件物件につき強制競売の申立をし、同裁判所は昭和三八年九月三日強制競売開始決定をなし、右強制競売の申立が登記簿に記入されたこと、をそれぞれ確定している。
思うに、代物弁済契約とは、本来の給付に代えて他の給付をすることにより既存債務を消滅せしめるものであるが、たとえ契約書に特定物件をもつて代物弁済をする旨の記載がなされている場合であつても、その実質が本来の代物弁済契約ではなく、単にその形式を借りて目的物件から債権の優先弁済を受けようとしているに過ぎない場合がありうる(当裁判所昭和四一年(オ)第一五八号同年九月二九日第一小法廷判決民集二〇卷七号一四〇八頁参照)。ことに、貸金債権担保のため不動産に抵当権を設定し、これに併せて該不動産につき停止条件付代物弁済契約または代物弁済の予約を締結した形式が採られている場合で、契約時における当該不動産の価格と弁済期までの元利金額とが合理的均衡を失するような場合には、特別な事情のないかぎり、債務者が弁済期に弁済しないときは債権者において目的物件を換価処分し、これによつて得た金員から債権の優先弁済を受け、もし換価金額が元利金を超えれば、その超過分はこれを債務者に返還する趣旨であると解するのが相当である。そしてこのような場合には、代物弁済の形式がとられていても、その実質は担保権と同視すべきものである(当裁判所昭和三九年(オ)第四四〇号同四一年四月二八日第一小法廷判決民集二〇卷四号九〇〇頁参照)。すなわち、この場合は、特定物件の所有権を移転することによつて既存債務を消滅せしめる本来の代物弁済とは全く性質を異にするものであり、停止条件成就ないし予約完結後であつても、換価処分前には、債務者は債務を弁済して目的物件を取り戻しうるのである
いま叙上の見地に立つて本件を見るに、被上告人が滋賀相互銀行から承継したAとの間の契約には停止条件付代物弁済契約なる文言が使用されていたにせよ、原審としては、代物弁済なる文字に拘泥することなく、すべからく、この観点に立つて、その性質を明らかにすべきであつたのである(上告人は、原審において、本件物件につき停止条件付代物弁済契約が結ばれたことを認めているが、ここで取り上げているのは契約の解釈についての法律上の問題であり、かりにその点についてまで当事者間で見解の合致があるとしても、裁判所がこれと異なる法律判断をすることの妨げとなるものではないのである。)。そして本件の目的物件に対し抵当権が設定されていたことは前記認定のとおりであり、かつ、右物件の価額が債権額に比し遥に大であり、その間に不均衡のあることが上告人より主張され、原審もその不均衡を必ずしも否定せざる以上、裁判所はすべからく釈明権を行使すべきであり、その結果、右の事情の下において、もし被上告人のいうところの停止条件付代物弁済契約が、債権の優先弁済を受けることを目的とし、権利者に清算義務を負わせることを内容とする一種の担保契約に過ぎないことが明らかになるにおいては、被上告人の権利主張は、その債権についての優先弁済権を主張しその満足をはかる範囲に限られるべく、これを超えて、その地位を上告人に対抗せしめ、その執行を全面的に俳除するがごときは、必要以上に被上告人を保護し、第三者に損害を及ぼすものとして、許されないところといわなければならない。すなわち、このような場合には、被上告人の第三者異議の訴、ないしその前提をなす本登記手続承諾請求の訴は、許すべからざるものとなるわけである。
しからば、かかる点に深く思いを致すことなく、代物弁済という文言にとらわれて、本来の意味における代物弁済の停止条件付契約が成立しているものと速断した原判決には、契約内容の確定につき審理不尽の違法があるものというべく、この点において上告人の所論は理由がある。
よつて、その余の点に関する判断を省略して原判決を破棄し、さらに右の点について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきものとし、民訴法四〇七条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)

+判例(S62.2.12)
理由
上告代理人木幡尊の上告理由について
一 債務者がその所有不動産に譲渡担保権を設定した場合において、債務者が債務の履行を遅滞したときは、債権者は、目的不動産を処分する権能を取得し、この権能に基づき、目的不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめるか又は第三者に売却等をすることによつて、これを換価処分し、その評価額又は売却代金等をもつて自己の債権(換価に要した相当費用額を含む。)の弁済に充てることができ、その結果剰余が生じるときは、これを清算金として債務者に支払うことを要するものと解すべきであるが(最高裁昭和四二年(オ)第一二七九号同四六年三月二五日第一小法廷判決・民集二五巻二号二〇八頁参照)、他方、弁済期の経過後であつても、債権者が担保権の実行を完了するまでの間、すなわち、(イ)債権者が目的不動産を適正に評価してその所有権を自己に帰属させる帰属清算型の譲渡担保においては、債権者が債務者に対し、目的不動産の適正評価額が債務の額を上回る場合にあつては清算金の支払又はその提供をするまでの間、目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない場合にあつてはその旨の通知をするまでの間、(ロ)目的不動産を相当の価格で第三者に売却等をする処分清算型の譲渡担保においては、その処分の時までの間は、債務者は、債務の全額を弁済して譲渡担保権を消滅させ、目的不動産の所有権を回復すること(以下、この権能を「受戻権」という。)ができるものと解するのが相当である(最高裁昭和四六年(オ)第五〇三号同四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁、昭和五五年(オ)第一五三号同五七年一月二二日第二小法廷判決・民集三六巻一号九二頁参照)。
けだし、譲渡担保契約の目的は、債権者が目的不動産の所有権を取得すること自体にあるのではなく、当該不動産の有する金銭的価値に着目し、その価値の実現によつて自己の債権の排他的満足を得ることにあり、目的不動産の所有権取得はかかる金銭的価値の実現の手段にすぎないと考えられるからである。
右のように、帰属清算型の譲渡担保においては、債務者が債務の履行を遅滞し、債権者が債務者に対し目的不動産を確定的に自己の所有に帰せしめる旨の意思表示をしても、債権者が債務者に対して清算金の支払若しくはその提供又は目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をしない限り、債務者は受戻権を有し、債務の全額を弁済して譲渡担保権を消滅させることができるのであるから、債権者が単に右の意思表示をしただけでは、未だ債務消滅の効果を生ぜず、したがつて清算金の有無及びその額が確定しないため、債権者の清算義務は具体的に確定しないものというべきである。もつとも、債権者が清算金の支払若しくはその提供又は目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をせず、かつ、債務者も債務の弁済をしないうちに、債権者が目的不動産を第三者に売却等をしたときは、債務者はその時点で受戻権ひいては目的不動産の所有権を終局的に失い、同時に被担保債権消滅の効果が発生するとともに、右時点を基準時として清算金の有無及びその額が確定されるものと解するのが相当である。

二 ところで、記録によれば、本件訴訟は次のような経過をたどつていることが明らかである。すなわち、上告人は、第一審において、被上告人に対し、原判決添付の物件目録1ないし21記載の各土地(以下、一括して「本件土地」という。)について譲渡担保の目的でされた、被上告人を権利者とする第一審判決添付の登記目録記載の各所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続を求めたところ、受戻権の要件たる債務弁済の事実が認められないとして、請求を棄却されたため、原審において、清算金の支払請求に訴えを交換的に変更した。そして、上告人は、本件譲渡担保が処分清算型の譲渡担保であることを前提としつつ、被上告人が昭和五七年五月一〇日にした訴外Aに対する本件土地の売却によつて被上告人の上告人に対する清算金支払義務が確定したとして、右の時点を基準時とし、被上告人・A間の裏契約による真実の売買代金額又は本件土地の客観的な適正価格に基づいて、清算金の額を算定すべきものと主張した。これに対し、被上告人は、右売却時を基準時として清算金の額を算定すること自体は争わず、Aに対する売却価額七五〇〇万円が適正な価額であるとし、右価額から被上告人の上告人に対する債権額及び上告人の負担に帰すべき費用等の額を控除すると、上告人に支払うべき清算金は存在しない旨主張し、原審においては、専ら、(イ)Aに対する売却価額七五〇〇万円が適正な価額であるかどうか、(ロ)被上告人とAとの間に上告人主張の裏契約があつたか否か、(ハ)清算にあたつて控除されるべき費用等の範囲及びその額について主張・立証が行われ、(イ)の争点については、上告人の申請に基づき、右売却処分時における本件土地の適正評価額についての鑑定が行われた。そして、本件譲渡担保が帰属清算型であることについては、当事者双方から何らの主張もなく、その点についての立証が尽くされたとは認められず、原審がその点について釈明をした形跡も全くない。!!!

三 原審は、その認定した事実関係に基づき、本件譲渡担保は、期限までに被担保債務が履行されなかつたときは債権者においてその履行に代えて担保の目的を取得できる趣旨の、いわゆる帰属清算型の譲渡担保契約であると認定したうえ、被上告人は、昭和四六年五月四日付内容証明郵便をもつて、上告人に対し、本件譲渡担保の被担保債権である貸金を同月二〇日までに返済するよう催告するとともに、右期限までにその支払がないときは、本件土地を被上告人の所有とする旨の意思表示をしたが、上告人が右期限までにその支払をしなかつたので、右内容証明郵便による譲渡担保権行使の意思表示が上告人に到達した同月七日をもつて、本件譲渡担保の目的たる本件土地に関する権利が終局的に被上告人に帰属するに至つたというべきであり、被上告人とAとの間の本件土地の売買契約は、右権利が終局的に被上告人に帰属した後にされたものであつて、譲渡担保権の行使としてされたものではなく、上告人と被上告人との間の清算は、譲渡担保権行使の意思表示が上告人に到達した昭和四六年五月七日を基準時として、当時の本件土地に関する権利の適正な価格と右貸金の元利金合計額との間でされるべきであるところ、この場合の清算金の有無及びその金額につき上告人は何らの主張・立証をしないから、その余の点について判断するまでもなく、上告人の請求は理由がないとして、これを棄却すべきものと判断している。

四 しかしながら、原審の右認定判断は、前示の審理経過に照らすと、いかにも唐突であつて不意打ちの感を免れず、本件において当事者が処分清算型と主張している譲渡担保契約を帰属清算型のものと認定することにより、清算義務の発生時期ひいては清算金の有無及びその額が左右されると判断するのであれば、裁判所としては、そのような認定のあり得ることを示唆し、その場合に生ずべき事実上、法律上の問題点について当事者に主張・立証の機会を与えるべきであるのに、原審がその措置をとらなかつたのは、釈明権の行使を怠り、ひいて審理不尽の違法を犯したものといわざるを得ない。 
のみならず、譲渡担保権の行使に伴う清算義務に関する原審の判断は、到底これを是認することができない。前示のように、帰属清算型の譲渡担保においては、債務者が債務の履行を遅滞し、債権者が債務者に対し目的不動産を確定的に自己の所有に帰せしめる旨の意思表示をしただけでは、債権者の清算義務は具体的に確定するものではないというべきであり、債権者が債務者に対し清算金の支払若しくはその提供又は目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をせず、かつ、債務者も債務全額の弁済をしないうちに、債権者が目的不動産を第三者に売却等をしたときは、債務者は受戻権ひいては目的不動産の所有権を終局的に失い、債権消滅の効果が発生するとともに、右時点を基準時として清算金の有無及びその額が確定されるに至るものと解されるのであつて、この観点に立つて本件をみると、本件譲渡担保が帰属清算型の譲渡担保であるとしても、被上告人が、本件土地を確定的に自己の所有に帰属させる旨の前記内容証明郵便による意思表示とともに又はその後において、上告人に対し清算金の支払若しくはその提供をしたこと又は本件土地の適正評価額が上告人の債務の額を上回らない旨の通知をしたこと、及び上告人が貸金債務の全額を弁済したことは、当事者において主張せず、かつ、原審の確定しないところであるから、被上告人が本件土地をAに売却した時点において、上告人は受戻権ひいては本件土地に関する権利を終局的に失い、他方被上告人の上告人に対する貸金債権が消滅するとともに、清算金の有無及びその額は右時点を基準時として確定されるべきことになる。そして、右清算義務の確定に関する事実関係は、原審において当事者により主張されていたものというべきである。そうとすれば、原審としては、被上告人が本件土地をAに売却した時点における本件土地の適正な評価額(同人への売却価額七五〇〇万円が適正な処分価額であつたか否か)並びに右時点における被上告人の上告人に対する債権額及び上告人の負担に帰すべき費用等の額を認定して、清算金の有無及びその金額を確定すべきであつたのであり、漫然前記のように判示して上告人の請求を棄却した原審の判断は、法令の解釈適用を誤り、ひいて理由不備ないし審理不尽の違法を犯したものといわざるを得ない
そして、右の各違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないものというべきであり、本件については、さらに審理を尽くさせる必要があるから、これを原裁判所に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

・一般条項の適用について
口頭弁論に直接抗弁として顕れてはいないが、主張する事実や証拠などから一般条項の抗弁を基礎付ける事実が明らかとなっている場合。
→裁判所は、一般条項に違反するとみる可能性があることを釈明しない限り、判決の根拠とすることはできない!!
ただし、釈明しても提出されない場合トカも・・・
そんな時は一般条項に基づいた判断をしてもいいのではないか。

(5)立証を促す釈明

4.おわりに


民事訴訟法 基礎演習 自白


1.自白の撤回の理論的位置づけ

+(訴えの取下げ)
第261条
1項 訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。
2項 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。
3項 訴えの取下げは、書面でしなければならない。ただし、口頭弁論、弁論準備手続又は和解の期日(以下この章において「口頭弁論等の期日」という。)においては、口頭ですることを妨げない。
4項 第2項本文の場合において、訴えの取下げが書面でされたときはその書面を、訴えの取下げが口頭弁論等の期日において口頭でされたとき(相手方がその期日に出頭したときを除く。)はその期日の調書の謄本を相手方に送達しなければならない。
5項 訴えの取下げの書面の送達を受けた日から二週間以内に相手方が異議を述べないときは、訴えの取下げに同意したものとみなす。訴えの取下げが口頭弁論等の期日において口頭でされた場合において、相手方がその期日に出頭したときは訴えの取下げがあった日から、相手方がその期日に出頭しなかったときは前項の謄本の送達があった日から二週間以内に相手方が異議を述べないときも、同様とする。

+(証拠の申出)
第180条
1項 証拠の申出は、証明すべき事実を特定してしなければならない。
2項 証拠の申出は、期日前においてもすることができる。

←証拠の申出は証拠調べ実施後には撤回できない。

+(証明することを要しない事実)
第179条
裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。

2.自白の根拠
自白=弁論準備手続または口頭弁論においてなされる相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述

裁判所拘束力の根拠←弁論主義
当事者拘束力の根拠←証明不要効の確保

3.自白の要件
・事実についての陳述
←自白は弁論主義の1内容であり、弁論主義とは、判決の基礎となる事実の主張を当事者の権能および責任とする建前だから。
法の解釈適用は裁判所の専権事項

・自白が成立する事実
→主要事実にだけ。
←間接事実と証拠の等質性。事実認定における自由心証主義。

+判例(S41.9.22)
理由
上告代理人渡辺大司の上告理由(一)について。
上告人の父Aの被上告人らに対する三〇万円の貸金債権を相続により取得したことを請求の原因とする上告人の本訴請求に対し、被上告人らが、Aは右債権を訴外Bに譲渡した旨抗弁し、右債権譲渡の経緯について、Aは、Bよりその所有にかかる本件建物を代金七〇万円で買い受けたが、右代金決済の方法としてAが被上告人らに対して有する本件債権をBに譲渡した旨主張し、上告人が、第一審において右売買の事実を認めながら、原審において右自白は真実に反しかつ錯誤に基づくものであるからこれを取り消すと主張し、被上告人らが、右自白の取消に異議を留めたことは記録上明らかである。
しかし、被上告人らの前記抗弁における主要事実は「債権の譲渡」であつて、前記自白にかかる「本件建物の売買」は、右主要事実認定の資料となりうべき、いわゆる間接事実にすぎない。かかる間接事実についての自白は、裁判所を拘束しないのはもちろん、自白した当事者を拘束するものでもないと解するのが相当である。しかるに、原審は、前記自白の取消は許されないものと判断し、自白によつて、AがBより本件建物を代金七〇万円で買い受けたという事実を確定し、右事実を資料として前記主要事実を認定したのであつて、原判決には、証拠資料たりえないものを事実認定の用に供した違法があり、右違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠)

・不利益要件
敗訴可能性説=その事実が判決の基礎として採用されれば、自己が敗訴する可能性のある事実を当事者が認めることを意味する見解

証明責任説=相手方が証明責任を負う事実を当事者が認める場合を意味する

4.自白の撤回
(1)自白の撤回が認められる場合
①自白の撤回に相手方が同意した場合
←自白の当事者拘束力は、証拠方法を収集・保管しなくても大丈夫であるという相手方の信頼保護を根拠とするから

②自白が刑事上罰すべき他人の行為によってなされた場合
←再審事由にもなってるし。
+(再審の事由)
第三百三十八条
1項 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
四  判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。
五  刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと
六  判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものであったこと。
七  証人、鑑定人、通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。
八  判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
九  判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。
十  不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。
2項 前項第四号から第七号までに掲げる事由がある場合においては、罰すべき行為について、有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき、又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り、再審の訴えを提起することができる。
3項 控訴審において事件につき本案判決をしたときは、第一審の判決に対し再審の訴えを提起することができない。

③自白が真実に反し、かつ錯誤に基づいてなされた場合
←条文の根拠なし(笑)
反真実の証明がなされたときは、証拠方法を収集・保管しなくていいという相手方の信頼は著しく害されないだろう・・・・とか。
反真実の証明がなされれば、自白が錯誤に基づくものであることは推認される!

+判例(S25.7.11)
理由
上告代理人高井吉兵衛上告理由は末尾に添附した別紙書面記載の通りである。
第一点について。
論旨は、訴訟上自白の徹回は、相手方において其の自白を援用する以上其自白は錯誤に出でたること及び其取消を主張することの二事実があつて初めて裁判所はその自白の取消の適否を判断すべきものであると主張する。しかし記録を調べて見るに、被上告人(被控訴人)は所論三万円の小切手について従前の主張を徹回し之と相容れない事実を主張したことが明らかであるから被上告人(被控訴人)は右三万円の小切手についての自白の取消を主張したものと解すべきは当然である。そして原審においては、被上告人(被控訴人)が右三万円についての主張を徹回したのは錯誤に出でにるものであることが明らかであると認定して居り其の認定は相当であると認められるから、原審において自白の取消につき所論のように判断をしたことは当然であつて何等違法はない。
第二点第三点について。
当事者の自白した事実が真実に合致しないことの証明がある以上その自白は錯誤に出たものと認めることができるから原審において被上告人の供述其他の資料により被上告人の自白を真実に合致しないものと認めた上之を錯誤に基くものと認定したことは違法とはいえない。論旨は独自の見解に基くものであるから採用し難い。
よつて民法第四〇一条、第八九条、第九五条により主文の通り判決する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

5.権利自白
権利自白=訴訟物である権利関係の前提となる権利関係や法律効果についての自白。
権利自白を認めるかどうかはケースバイケース
日常的な法概念かどうかとかも。


民事訴訟法 基礎演習 弁論主義


1.弁論主義の意義
弁論主義=判決の基礎となる事実及び証拠の収集および提出について、当事者の責任であり、権限とする原則。
弁論主義の根拠←私的自治説。

2.主張(弁論)と証拠(証拠資料)の峻別
証拠による主張の代用は許されない・・・。

+(訴え提起の方式)
民事訴訟法第133条
1項 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。
2項 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一  当事者及び法定代理人
二  請求の趣旨及び原因

+(準備書面)
民事訴訟法第161条
1項 口頭弁論は、書面で準備しなければならない。
2項 準備書面には、次に掲げる事項を記載する。
一 攻撃又は防御の方法
二 相手方の請求及び攻撃又は防御の方法に対する陳述
3項 相手方が在廷していない口頭弁論においては、準備書面(相手方に送達されたもの又は相手方からその準備書面を受領した旨を記載した書面が提出されたものに限る。)に記載した事実でなければ、主張することができない

+(口頭弁論の必要性)
民事訴訟法第87条
1項 当事者は、訴訟について、裁判所において口頭弁論をしなければならない。ただし、決定で完結すべき事件については、裁判所が、口頭弁論をすべきか否かを定める。
2項 前項ただし書の規定により口頭弁論をしない場合には、裁判所は、当事者を審尋することができる。
3項 前二項の規定は、特別の定めがある場合には、適用しない。

+(口頭弁論調書)
民事訴訟法第160条
1項 裁判所書記官は、口頭弁論について、期日ごとに調書を作成しなければならない。
2項 調書の記載について当事者その他の関係人が異議を述べたときは、調書にその旨を記載しなければならない。
3項 口頭弁論の方式に関する規定の遵守は、調書によってのみ証明することができる。ただし、調書が滅失したときは、この限りでない。

+(当事者本人の尋問)
第207条
1項 裁判所は、申立てにより又は職権で、当事者本人を尋問することができる。この場合においては、その当事者に宣誓をさせることができる。
2項 証人及び当事者本人の尋問を行うときは、まず証人の尋問をする。ただし、適当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、まず当事者本人の尋問をすることができる。

3.設問1~弁論主義第1原則の適用

・釈明権の行使について
実体的真実の追及VS当事者間の公平・裁判所の中立性・私的自治

・弁論主義違反の効果
原判決を破棄する上告審では、事件を原審に差し戻すべきかどうか?
差し戻し判決自体が、弁論主義の規律を実質的に無意味なものにする結果を生むのではないか?
→破棄自判したり・・・。

+判例(S55.2.7)
理由
上告代理人酒井祝成の上告理由第一点について
記録によれば、原審における本件請求に関する当事者の主張は、次のとおりである。即ち、上告人らにおいて、(1)本件土地(第一審判決別紙目録第二に記載の土地をいう。)は、上告人ら(原告ら)、A及び被上告人(被告)の亡夫B(昭和三九年九月六日死亡)らの父であるC(昭和三四年五月二六日死亡)が昭和二八年七月三一日、Dから買い受けたのであるが、Bの所有名義に移転登記をしていたところ、Cの死亡により、上告人ら、A及びBは右土地を各共有持分五分の一の割合をもつて相続取得した、(2)しかし、登記名義をそのままにしていたため、Bの死亡に伴い、その妻である被上告人が単独で相続による所有権移転登記を経由した、(3)本件土地は、右のとおり上告人ら、A及びBが共同相続したのであるから、上告人らは、その共有持分権に基づき各持分五分の一の移転登記手続を求める、というのである。これに対し、被上告人は、本件土地はBが真実、Dから買い受けて所有権移転登記を経由したもので、Bの死亡によつて被上告人が相続取得したのであるから、上告人らの請求は理由がない、と主張するのである。

原審は、証拠に基づいて、本件土地はCがDから買い受けて所有権を取得したことを認定し、この点に関する上告人らの主張を認めて被上告人の反対主張を排斥したが、次いで、BはCから本件土地につき死因贈与を受け、Cの死亡によつて右土地の所有権を取得し、その後Bの死亡に伴い被上告人がこれを相続取得したものであると認定し、結局、右土地をCから共同相続したと主張する上告人らの請求は理由がないと判示した。

しかし、相続による特定財産の取得を主張する者は、(1)被相続人の右財産所有が争われているときは同人が生前その財産の所有権を取得した事実及び(2)自己が被相続人の死亡により同人の遺産を相続した事実の二つを主張立証すれば足り、(1)の事実が肯認される以上、その後被相続人の死亡時まで同人につき右財産の所有権喪失の原因となるような事実はなかつたこと、及び被相続人の特段の処分行為により右財産が相続財産の範囲から逸出した事実もなかつたことまで主張立証する責任はなく、これら後者の事実は、いずれも右相続人による財産の承継取得を争う者において抗弁としてこれを主張立証すべきものである。これを本件についてみると、上告人らにおいて、CがDから本件土地を買い受けてその所有権を取得し、Cの死亡により上告人らがCの相続人としてこれを共同相続したと主張したのに対し、被上告人は、前記のとおり、右上告人らの所有権取得を争う理由としては、単に右土地を買い受けたのはCではなくBであると主張するにとどまつているのであるから(このような主張は、Cの所有権取得の主張事実に対する積極否認にすぎない。)、原審が証拠調の結果Dから本件土地を買い受けてその所有権を取得したのはCであつてBではないと認定する以上、上告人らがCの相続人としてその遺産を共同相続したことに争いのない本件においては、上告人らの請求は当然認容されてしかるべき筋合である。しかるに、原審は、前記のとおり、被上告人が原審の口頭弁論において抗弁として主張しないBがCから本件土地の死因贈与を受けたとの事実を認定し、したがつて、上告人らは右土地の所有権を相続によつて取得することができないとしてその請求を排斥しているのであつて、右は明らかに弁論主義に違反するものといわなければならない。大審院昭和一一年(オ)第九二三号同年一〇月六日判決・民集一五巻一七七一頁は、原告が家督相続により取得したと主張して不動産の所有権確認を求める訴において、被告が右不動産は自分の買い受けたものであつて未だかつて被相続人の所有に属したことはないと争つた場合に、裁判所が、証拠に基づいて右不動産が相続開始前に被相続人から被告に対して譲渡された事実を認定し、原告敗訴の判決をしたのは違法ではないと判示しているが、右判例は、変更すべきものである。
そうして、前記違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

4.設問2~間接事実と第1原則の適用の有無

+判例(H11.6.29)
理由
上告代理人金野俊雄の上告理由について
一 本件は、約束手形の所持人である上告人が裏書をした被上告人らに対して手形金の支払を求める訴訟であり、所論は、原判決には、再抗弁についての判断の遺脱があるから、理由不備の違法があるというのである。
二 記録によれば、当事者双方の主張の要点は、次のとおりである。
1 被上告人らは、原因関係の抗弁として、次のように主張した。
(一) 本件手形は、有限会社日ノ出建設が、上告人やその代表者西村武らから本件不動産及び本件出資持分を買い受ける本件売買に当たり、手付金の支払のために振り出して上告人に交付したもので、被上告人らは、その支払を保証する目的で本件裏書をしたものである。
(二) 本件売買には、日ノ出建設が代金支払のために環境事業団から融資を得られたときに初めてその効力を生ずるとの停止条件が付されており、これが成就していないから、本件裏書は原因関係を欠く。
(三) 停止条件ではなく、右融資が得られないときに本件売買の効力を失わせる旨の解除条件であるとしても、日ノ出建設は環境事業団から融資を拒絶され、その条件が成就した。
2 これに対し、上告人は、再抗弁として、日ノ出建設は、故意に環境事業団から融資を得られないようにしたから、(一) 故意に停止条件の成就を妨害したか、又は(二) 故意に解除条件を成就させたものであると主張した。

三 条件の成就によって利益を受ける当事者が故意に条件を成就させたときは、民法一三〇条の類推適用により、相手方は条件が成就していないものとみなすことができる(最高裁平成二年(オ)第二九五号同六年五月三一日第三小法廷判決・民集四八巻四号一〇二九頁)。したがって、上告人の右二2(二)の主張(解除条件の成就作出)は、被上告人らの同1(三)の抗弁(解除条件の成就)に対する再抗弁となるべきものである。

四 ところが、原判決は、停止条件の不成就と解除条件の成就をいずれも抗弁として摘示しながら、再抗弁としては、停止条件の成就妨害のみを摘示し、解除条件の成就作出を摘示していない。しかも、原審は、本件売買は解除条件が成就し無効となったから、本件裏書は原因関係を欠くに至ったとして、解除条件成就の抗弁を入れながら、解除条件の成就作出については何らの判断も加えないで、上告人の請求を棄却した。 
 右によれば、原判決には、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断を遺脱した違法があるといわなければならない。

五 しかしながら、原判決の右違法は、民訴法三一二条二項六号により上告の理由の一事由とされている「判決に理由を付さないこと」(理由不備)に当たるものではない。すなわち、いわゆる上告理由としての理由不備とは、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうものであるところ、原判決自体はその理由において論理的に完結しており、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているとはいえないからである。
したがって、原判決に所論の指摘する判断の遺脱があることは、上告の理由としての理由不備に当たるものではないから、論旨を直ちに採用することはできない。しかし、右判断の遺脱によって、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるものというべきであるから(民訴法三二五条二項参照)、本件については、原判決を職権で破棄し、更に審理を尽くさせるために事件を原裁判所に差し戻すのが相当である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 本件は、約束手形金の請求事件である。本件約束手形五〇〇〇万円は、原告とその代表取締役の不動産及び原告の訴外甲有限会社への出資持分の譲渡契約の手付金の支払いのために、譲受人乙が振り出し、被告が裏書きをしたものである。この譲渡契約は甲有限会社の営業を引き継いだ乙が環境事業団から一三億円の融資を受けることを条件とし、右事業団融資がされなかったときは、譲渡契約を撤回することが、原告、乙、被告との間で合意された。その後、原告は事業団融資の申請に必要な書類を乙に交付した。しかし、乙は、融資申請に必要とされる申込保証金を調達すべく、金融機関に融資を申し入れたが、適切な担保を欠くとして、融資を受けることができず、結局、環境事業団に対する融資申請をしなかった
右の事実関係の下において、被告は、原因関係の抗弁として、事業団融資を停止条件とする旨の合意又は事業団融資がないことを解除条件とする旨の合意と右解除条件の成就を主張し、原告は、乙が右事実関係の下で補助金申請をしなかったことは、故意に、停止条件の成就を妨げ(民法一三〇条)、又は解除条件を成就させたものであると主張した。
一審判決は、手付合意の趣旨に照らせば、右譲渡契約が無効になったことは手付の返還理由とならないとして、被告の抗弁を排斥した。
控訴審では、原告は、従前主張を一審判決事実摘示の通りとし、当事者の主張は専ら停止条件の成否に向けられた。ところが、控訴審判決は、抗弁として、前記停止条件の合意と解除条件の合意と成就を摘示しながら、再抗弁では、故意による停止条件の成就妨害のみを掲げ、認定においては、本件合意が解除条件の合意であったとし、右条件の成就を認め、これに対する再抗弁の主張はないものとして、請求を棄却した。

二 原告から、原告の主張した解除条件の故意による成就の主張を摘示せず判断しなかった控訴審判決の判断は、判断遺脱に当たるから理由不備があるとして上告が申し立てられた。
本判決は、訴訟経過に照らして、控訴審においても解除条件の故意による成就の主張が維持されていたことは明らかであるとして、控訴審判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断を遺脱した違法があるとしたが、上告理由としての理由不備とは「主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていること」をいうとし、本件の控訴審判決は、それ自体においては、論理的に完結しており、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているものではないから、民訴法三一二条二項六号の事由には該当しないが、右の違法によって、控訴審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるものというべきであるとして、民訴法三二五条二項により、職権をもって、控訴審判決を破棄し、事件を差し戻した

三 民訴法改正による上告制度の改正により、上告理由は、従来の法令違反を除外し、絶対的上告理由を中心に整理された。そうすると、民訴法三一二条二項六号に規定する理由不備・齟齬の内容に、法令の解釈の過誤の結果、当該法令の適用についての理由が不十分であったり、理由に一貫性がないというものを含むと解することは相当ではない。
そこで、上告理由たる理由不備の内容は何かが問題となる。法令の解釈適用の違法がこれに含まれないことは新法の改正趣旨から明らかであり、他の上告事由との対比からは、判決の結論への影響にかかわらず放置することが許されないような判決の違法ということができよう
本判決は、かかる観点から、控訴審判決の違法は、判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断遺脱であるとしながら、上告事由たる理由不備とは、上告された判決の主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうとし、本件では、控訴審判決の記載は、当事者の主張の摘示を欠いたため、その理由において論理的に完結しており(原告の主張がないから判断しなかったことになる)、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているとはいえないから、本件では、理由不備には当たらないとした。ただし、右違法(判断遺脱)は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反に当たるとして、職権をもって、原判決を破棄し、差し戻した。

四 控訴審判決に原告の再抗弁が正しく摘示され、その判断がされなかった場合には、再審事由たる判断遺脱に当たるとともに、本判決の基準によっても、理由不備に該当することになる。また、法三一二条二項各号に掲げる他の上告事由は記録から当該違法が判明する場合を予定している。そうすると、「判決の主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていること」が、判決自体からは明らかでなく、記録から認められる場合にも理由不備とすべきであるとの見解が考えられよう。また、再審事由たる「判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断遺脱」にいう「判決に影響を及ぼすべき事項」とは、判決の主文を導き出すための論理過程で判断が必要となる主要事実(重要な間接事実)をいうもので、旧法下での法令違背・新法下での職権破棄事由たる法令違反にいう「判決に影響を及ぼすことが明らか」(結論への具体的影響の蓋然性)とは意味を異にし、判断遺脱は理由不備・理由齟齬の中で判決として放置することが許されない類型に当たるとして、再審事由とされたものであるから判決自体からは判明しない判断遺脱をも理由不備に含ませるべきであるとの見解も考えられよう。
しかし、当事者の主張の整理とは、当事者の主張を理解し、法的に必要な事実を選別し、これを整序するという過程を経てされるものであり、その過程では、事案に対する法の解釈・適用が不可避である。したがって、記録に照らして、当事者の主張の整理の違法を上告理由とすることは上告事由の性格と馴染まない。当事者の主張を看過することと、摘示した主張の判断を欠くこととは、前者の方が瑕疵が大きいともいえるが、上告事由の観点からすれば、後者こそ上告手続により是正すべきものということになろう。
もっとも、理由不備の意義を本判決のように解するときは、主要事実の摘示及び判断の双方が遺脱している場合に、これが理由不備に該当しないと正しく解釈し「判断遺脱」のみを理由として上告したときは、上告事由の記載を欠くことになり、原審で却下し(民訴法三一六条)、最高裁においては決定却下(民訴法三一七条)すべきものであるから、速やかに判決を確定させた上、正当な救済方法である再審によるべきであるということになろう。他方、本判決が、再審事由に当たることから、直ちに職権破棄事由たる法令違反に該当するとしたことは、結論への具体的影響の蓋然性の要件を緩和してでも、上告手続において再審事由の是正を図ったものともいえる。また、上告受理の理由として、かかる判断遺脱が主張されているときは、法令解釈の統一という観点からは重要な事項(民訴法三一八条)でないとしても、再審事由該当性が肯定できる限り、受理を相当とする余地もあろう。

五 本判決は、上告事由たる理由不備の意義を民訴法改正の趣旨に即して明らかにしたものであり、再審事由との関係を明らかにしたものではない。本判決が発したメッセージは、まず、新法における上告理由たる理由不備の意義につき厳格な立場を採用し、判決自体から明らかでない主要事実の判断遺脱が上告事由に該当しないということにある。もっとも、再審事由たる判断遺脱が肯認できる場合には、職権破棄の対象となることを示し、上告手続において可及的是正の方途を示した(原審は、判断遺脱のみの上告理由に対しても、その事由が肯認できるときは、原審却下をすべきではない)とみるか、再審事由との峻別を示唆し、上告手続の純化を図った(原審は、判断遺脱のみの上告理由に対しては、その事由が肯認できるかどうかを問わず、原審却下すべきである)とみるかについては、今後の学説及び判例の展開に委ねられたといえよう。

+(上告の理由)
第312条
1項 上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
2項 上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第34条第2項(第59条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。
一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三  専属管轄に関する規定に違反したこと(第6条第1項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。
四  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
五  口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
六  判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること
3項 高等裁判所にする上告は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときも、することができる

+(条件の成就の妨害)
民法第130条
条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。

+++解説
130条はどんな場合に適用されるか。
Aさんは、ある土地を売ろうと思ったのですが、自分で買い手を探すのがめんどくさいので、不動産業者であるBに、売買を依頼しました。そして、買い手を見つけてきて、自分の代わりに土地を売ってきてくれることを条件に一定の報酬を支払うことを約束しました。その後、不動産業者であるBは、買い手であるCを見つけてきました。その時、ここぞとばかりに、Aが勝手にCと売買契約の締結をしてしまいました。
このような場合が一番典型的に問題になる事例です。
普通に考えると、BはCと売買契約を締結することができませんでしたので、条件は成就していませんよね。Aが直接にCと契約をしてしまったわけですから。とすると、せっかくBは買い手であるCを探してきたのに、報酬を得ることができなくなります。
でも、こんなバカな話はないですよね。買い手を探してきて、売ろうとした時に、突然Aが出てきて勝手に契約してしまったんですから。ですから、このような場合は、Bは条件が成就したとみなすことができるとしたのです。したがって、Bは条件が成就したとして、Aに報酬を請求することができます。
さきほどの事例を条文に合わせて考えてみます。まず、「条件が成就することによって不利益を受ける当事者」というのは、Aです。なぜなら、条件が成就すると、Bに対して報酬を支払わなければなりませんから。そのAが、「買い手を見つけてきて土地を売る」という条件を成就する寸前に、横取りするような感じで故意に妨害したわけです。ですから、「相手方」であるBは条件を成就したものとみなすことができ、報酬を請求することができることになります。

・別の債務の弁済という事実の位置づけ

+判例(S30.7.15)
理由
上告代理人弁護士高橋義一郎、同鈴木紀男の上告理由第一点について。
弁済の抗弁については、弁済の事実を主張する者に立証の責任があり、その責任は、一定の給付がなされたこと及びその給付が当該債務の履行としてなされたことを立証して初めてつくされたものというべきであるから、裁判所は、一定の給付のなされた事実が認められても、それが当該債務の履行としてなされた事実の証明されない限り、弁済の点につき立証がないとして右抗弁を排斥することができるのであつて、右給付が法律上いかなる性質を有するかを確定することを要しないものと解するを相当とする。そこで本件の場合はどうかというと、原判決は、証拠により上告人等から被上告人に対して所論各金員の給付がなされたことはあるが、右はいづれも本件消費貸借債務の弁済として給付がなされたものでなかつたことを認めることができるものとしているのであるから、積極的に右給付の法律上の性質までも判示する必要がないものといわなければならない。されば、原判決が上告人の弁済の抗弁を排斥したことは正当であつて、論旨は理由がない。

同第二点について。
原判決は、抵当権の被担保債権はそれが無効のものでない限り抵当権設定義務者においてこれが登記を拒み得ないとした上、利息制限法(旧)の制限範囲を超過する約定利息も、その約定が公序良俗違反により無効でない限りこれをもつて直ちに無効のものといえず、また、同法はその制限外の利息を裁判上請求し得ないとするだけであつて、制限外の利息の支払契約に基く利息債権を被担保債権として登記することを不可とするものでないとし、月一割の利息の約定を公序良俗違反でないと認めてこの部分についての被上告人の抵当権登記請求を認容している。しかし旧利息制限法二条にいわゆる裁判上無効とは、単に同条所定の利率を超える約定利息の支払を裁判上請求する場合にのみこれを無効とすべきことを意味するものではなく、いやしくもかかる制限超過の利息に関する限りその債権を原因とする法律的請求はすべてこれを裁判上無効とすべき趣旨をも含むものと解さなければならない
蓋し、同条は、制限超過の利息については原則としてこれを無効として裁判上の救済を与えることを拒否し、もつて債務者を保護しようとしたものと解すべきであり、従つて、かかる利息については、債務者が任意にこれを支払う限りその支払を有効な弁済としてその取戻を請求することは認めないにせよ、債務者の意思に反してその支払の強制その他これを原因とする法律上の主張または強制をすることはすべて裁判上これを否定すべきものとしたものと認めるのを妥当とするからである。しからば、制限超過の利息も単に裁判上請求し得ないだけであつて、当然に無効ではなく、その部分についての登記を妨げないことを理由とし、これにつき抵当権の登記請求を認容した原判決の部分は旧利息制限法二条の法意を誤解したものであつて、論旨は理由あり、従つて原判決中上告人において被上告人に対し旧利息制限法の制限超過の利息債権を担保するため被上告人のため抵当権設定登記手続をなすことを命じた部分は破棄を免れない。そして原判決の確定した事実によれば右の部分の被上告人の請求については裁判をするに熟するから当裁判所において自判すべきものであり、右破棄部分以外の原判決は正当であるから、この点に関する上告は棄却すべきものである。
よつて民訴四〇八条、三九六条、三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。
(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)

+判例(S46.6.29)
理由
上告代理人田中幹則の上告理由について。
原告の請求をその主張した請求事実原因に基づかず、主張しない事実関係に基づいて認容し、または、被告の抗弁をその主張にかかる事実以外の事実に基づいて採用し原告の請求を排斥することは、所論弁論主義に違反するもので、許されないところである被告が原告の主張する請求原因事実を否認し、または原告が被告の抗弁事実を否認している場合に、事実審裁判所が右請求原因または抗弁として主張された事実を証拠上肯認することができない事情として、右事実と両立せず、かつ、相手方に主張立証責任のない事実を認定し、もつて右請求原因たる主張または抗弁の立証なしとして排斥することは、その認定にかかる事実が当事者によつて主張されていない場合でも弁論主義に違反するものではない!!!!
けだし、右の場合に主張者たる当事者が不利益を受けるのはもつぱら自己の主張にかかる請求原因事実または抗弁事実実の立証ができなかつたためであつて、別個の事実が認定されたことの直接の結果ではないからである。
本件についてこれをみるに、上告人において、訴外刀野の被上告人に対する弁済を主張するについては、訴外刀野において債務の履行に適合する給付をしたことのほか、右給付が本件手形金債権によつて担保された原判示の原因債権に対応する債務の履行としてなされたものであることの二つの点を立証する責務を負うものであるところ、原判決は、その措辞に正鵠を欠く点はあるが、要するに、刀野が被上告人に支払つた原判示の金員は、刀野において別に被上告人に対して負担していた五〇万円の借入金債務の内入れ弁済として支払つたものであることを認定することにより、上告人の抗弁は、後者の点についての立証をくものとしてこれを排斥したものと認められる。してみれば、原判決にはなんら弁論主義違背のかどはないものというべきである。また、原判決は、刀野の支払にかかる金員は別口の債務に全額充当されることを確定したのであるから、原審が所論法定充当の規定の適用を考慮する余地はなかつたものであり、この点においても原判決に所論の違法はない。なお、口頭弁論を再開しなかつた原審の措置を違法として非難する所論は、裁判所の裁量に属する行為について不服を述べるものにすぎず、また、刀野が前記金員の支払に際し、これを本件手形金の支払に充当すべき旨指定をしたとして、原審の事実認定を非難する所論は、記録によるも右指定をなした事実が原審で主張された事実は認められないから、その前提を欠くことに帰する。したがつて、論旨は、いずれも採用することができない。
よつて民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)

5.代理に関する主張の要否

+判例(S33.7.8)
理由
上告代理人山川常一の上告理由第一点について。
本件において、被上告人は同人と上告人との間に昭和二四年三月一八日上告人の買受ける黒砂糖を被上告人が斡旋し、その斡旋料として一斤につき金一〇円宛を上告人が被上告人に支払うことを約束し、被上告人は右約旨に基き黒糖四三〇〇斤を上告人に斡旋して買受けさしたので、上告人に対し金四三〇〇〇円の斡旋料を請求すると主張し、原審は被上告人の右請求を認容し、上告人にその支払を命じたこと、記録上明らかである。そして、民訴一八六条(現246条)にいう「事項」とは訴訟物の意味に解すべきであるから、本件につき原審が当事者の申立てざる事項に基いて判決をした所論の違法はない。なお、斡旋料支払の特約が当事者本人によつてなされたか、代理人によつてなされたかは、その法律効果に変りはないのであるから、原判決が被上告人と上告人代理人増谷照夫との間に本件契約がなされた旨判示したからといつて弁論主義に反するところはなく、原判決には所論のような理由不備の違法もない
同第二点について。
所論代理の事実は、証人A(記録五三丁裏)同B(同二〇七丁)被上告本人(同二一三丁裏)の各供述によつて認められ、これらの供述は、被上告人の援用するところであるから、原判決には所論の違法はない。同第三点及び第四点について。
所論のような具体的事実の認定はこれを要するものではなく、原判決挙示の証拠によれば判示事実を認めることができるので、原判決には所論の違法はない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)


民事訴訟法 基礎演習 二重基礎の禁止


+(重複する訴えの提起の禁止)
民事訴訟法第142条
裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

1.二重基礎の禁止の根拠

2.柔軟な対応の意義
・手形債権者の保障されるべき簡易迅速な債務名義の獲得手段。

判例(S49.7.4)地判
判例(S627.16)高判 手形のやつ。しらべておく。

+(証拠調べの制限)
民事訴訟法第352条
1項 手形訴訟においては、証拠調べは、書証に限りすることができる。
2項 文書の提出の命令又は送付の嘱託は、することができない。対照の用に供すべき筆跡又は印影を備える物件の提出の命令又は送付の嘱託についても、同様とする。
3項 文書の成立の真否又は手形の提示に関する事実については、申立てにより、当事者本人を尋問することができる。
4項 証拠調べの嘱託は、することができない。第186条の規定による調査の嘱託についても、同様とする。

+(請求の併合)
民事訴訟法第136条
数個の請求は、同種の訴訟手続による場合に限り、一の訴えですることができる。

3.相殺の抗弁と二重起訴の禁止
抗弁先行型

適法説
判例(S59.11.29)

不適法説
+判例(H8.4.8)
調べておく。

訴え先行型
+判例(H3.12.17)
理  由
上告代理人松本昌道の上告理由について
係属中の別訴において訴訟物となつている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第一四〇六号同六三年三月一五日第三小法廷判決・民集四二巻三号一七〇頁参照)。すなわち、民訴法二三一条が重複起訴を禁止する理由は、審理の重複による無駄を避けるためと複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止するためであるが、相殺の抗弁が提出された自働債権の存在又は不存在の判断が相殺をもつて対抗した額について既判力を有するとされていること(同法一九九条二項)、相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生じ法的安定性を害しないようにする必要があるけれども理論上も実際上もこれを防止することが困難であること、等の点を考えると、同法二三一条の趣旨は、同一債権について重複して訴えが係属した場合のみならず、既に係属中の別訴において訴訟物となつている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当するものであり、このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である。 ←批判も多いけどね。後に問題も・・・。
これを本件についてみるのに、原審の確定した事実関係は、次のとおりである。すなわち、(一) 被上告人は、上告人に対し、右両名間の継続的取引契約に基づくバトミントン用品の輸入原材料残代金等合計二〇七万四四七六円及びこれに対する昭和五五年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴を提起し、(二) これに対し、上告人は、同六〇年三月一一日の原審第一一回口頭弁論期日において、本件原審と同一部である東京高等裁判所第一民事部で併合審理中であつた、上告人を第一審原告、被上告人を第一審被告とする同高裁同五八年(ネ)第一一七五号、第一二一三号売買代金等請求控訴事件において、被上告人に対して請求する売買代金一二八四万八〇六〇円及び内金一二三〇万八〇六〇円に対する同五四年七月一四日から、内金五四万円に対する同年九月二六日から各支払済みまで年六分の割合による遅延損害金請求権をもつて、前記(一)の債権と対当額で相殺する旨の抗弁を提出した。右事実関係の下においては、上告人の右主張は、係属中の別訴において訴訟物となつている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張するものにほかならないから、右主張は許されないと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上寿夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

4.設問の検討その1

+(訴えの取下げ)
民事訴訟法第261条
1項 訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。
2項 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。
3項 訴えの取下げは、書面でしなければならない。ただし、口頭弁論、弁論準備手続又は和解の期日(以下この章において「口頭弁論等の期日」という。)においては、口頭ですることを妨げない。
4項 第2項本文の場合において、訴えの取下げが書面でされたときはその書面を、訴えの取下げが口頭弁論等の期日において口頭でされたとき(相手方がその期日に出頭したときを除く。)はその期日の調書の謄本を相手方に送達しなければならない。
5項 訴えの取下げの書面の送達を受けた日から二週間以内に相手方が異議を述べないときは、訴えの取下げに同意したものとみなす。訴えの取下げが口頭弁論等の期日において口頭でされた場合において、相手方がその期日に出頭したときは訴えの取下げがあった日から、相手方がその期日に出頭しなかったときは前項の謄本の送達があった日から二週間以内に相手方が異議を述べないときも、同様とする。

+(口頭弁論の併合等)
民事訴訟法第152条
1項 裁判所は、口頭弁論の制限、分離若しくは併合を命じ、又はその命令を取り消すことができる。
2項 裁判所は、当事者を異にする事件について口頭弁論の併合を命じた場合において、その前に尋問をした証人について、尋問の機会がなかった当事者が尋問の申出をしたときは、その尋問をしなければならない。

+(口頭弁論の再開)
民事訴訟法第153条
裁判所は、終結した口頭弁論の再開を命ずることができる。

+判例(S56.9.24)
理由
上告代理人川本赳夫の上告理由について
一 記録によれば、本件訴訟の経緯は、次のとおりである。
1 すなわち、亡A(後記のとおり、原審の口頭弁論終結前の昭和五四年七月一五日に死亡した。)は、本件不動産につき上告人のためにされた本件各登記がいずれも登記原因を欠き、実体上の権利関係に適合しないものと主張し、上告人を相手どつてその抹消登記手続を求める本件訴を弁護士を訴訟代理人として提起した。これに対し、上告人は、(1) A又はAより一切の権限を与えられていた被上告人(Aの養子として当審における訴訟承継人の地位にある。)から代理権を授与されたBが、昭和四九年九月二七日、上告人との間で、本件不動産につき譲渡担保設定契約、抵当権設定契約、代物弁済の予約を締結した、(2) 仮に、Bが右代理権を有しなかつたとしても、A又はAの代理人である被上告人は、BにAの実印及び本件不動産の権利証を交付することにより、Bに右代理権を与えた旨を表示した、(3) 仮に、(1)(2)の事実が認められないとしても、Aの代理人である被上告人は、Bに対し、A所有の土地を東洋埋立資材株式会社に売り渡す契約の締結及びその所有権移転登記手続を委任していたところ、Bがその権限を超えて前記(1)の各契約を締結したものであるが、上告人にはBに権限があると信ずる正当な理由があつた、として本件各登記が実体関係に符合する有効なものである旨主張した。

2 Aは、本件訴訟が原審に係属中の昭和五四年七月一五日に死亡したが、訴訟代理人がいたため訴訟手続は中断せず、かつ、訴訟承継の手続もとられないまま、訴訟はAを当事者として進められ、原審は、同年一〇月三〇日の口頭弁論期日において弁論を終結し、判決言渡期日を同年一二月二五日と指定した。ところが、上告人は、原審に対し、同年一一月七日、Aが同年七月一五日に死亡したことを知つたから後日口頭弁論再開申立理由書を持参する旨を記載した口頭弁論再開申請書と題する書面を提出し、同月一四日、Aが死亡したことを証する戸籍謄本を添付した口頭弁論再開申立書及び被上告人はAの死亡により同人の権利義務一切を承継したから自己ないしBの行為につき責任を負うべきである旨を記載した準備書面を提出した。

3 しかるに、原審は、口頭弁論を再開せず、証拠に基づいて、(1) 被上告人は、Aとの養子縁組前に、Aに無断で、本件不動産のうち本件、(一二)、(一四)、(一六)の各土地を擅にAの名でBを代理人として東洋埋立資材株式会社に売り渡し、かつ、その登記手続履行のため、Bに対し、Aの実印、印鑑登録証明書、本件(一二)ないし(一七)の各土地の権利証を交付した、(2) ところが、Bは、A及び被上告人に無断で、Aの代理人と称してCから五〇〇万円を借り受け、当時Aの先代Dの所有名義となつていた本件(一)ないし(二)の各土地につきA名義の相続登記手続を経由してその権利証を入手するとともに、本件(一)ないし(四)及び(一二)の各土地につきCのために抵当権設定登記手続を了した、(3) そして、右借入れの事実をAに知られることをおそれたBは、Aの代理人と称して上告人から一〇〇〇万円を借り受け、そのうち五〇〇万円をCに支払つて前記抵当権設定登記の抹消登記手続を経たうえ、Aの実印及び本件不動産の権利証を冒用して上告人のために本件各登記を経由した、との事実を確定し、右事実関係のもとにおいては、Aは被上告人に対し本件不動産に担保権を設定することを含む一切の権限を委任したことはなく、また、Bに対しても直接代理権を付与したこともなかつたものであり、BがAの実印及び本件不動産の権利証を所持していた事実をもつて授権の表示とみることはできない旨判示し、上告人の前記抗弁をすべて排斥して、本訴請求を認容した。

二 ところで、いつたん終結した弁論を再開すると否とは当該裁判所の専権事項に属し、当事者は権利として裁判所に対して弁論の再開を請求することができないことは当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二三年(オ)第七号同年四月一七日第二小法廷判決・民集二巻四号一〇四頁、同昭和二三年(オ)第五八号同年一一月二五日第一小法廷判決・民集二巻一二号四二二頁、同昭和三七年(オ)第三二八号同三八年八月三〇日第二小法廷判決・裁判集民事六七号三六一頁、同昭和四五年(オ)第六六号同年五月二一日第一小法廷判決・裁判集民事九九号一八七頁)。しかしながら、裁判所の右裁量権も絶対無制限のものではなく、弁論を再開して当事者に更に攻撃防禦の方法を提出する機会を与えることが明らかに民事訴訟における手続的正義の要求するところであると認められるような特段の事由がある場合には、裁判所は弁論を再開すべきものであり、これをしないでそのまま判決をするのは違法であることを免れないというべきである。
これを本件についてみるのに、前記事実関係によれば、上告人はAが原審の口頭弁論終結前に死亡したことを知らず、かつ、知らなかつたことにつき責に帰すべき事由がないことが窺われるところ、本件弁論再開申請の理由は、帰するところ、被上告人がAを相続したことにより、被上告人がAの授権に基づかないでBをAの代理人として本件不動産のうちの一部を東洋埋立資材株式会社に売却する契約を締結せしめ、その履行のために同人の実印をBに交付した行為については、Aがみずからした場合と同様の法律関係を生じ、ひいてBは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていたのと等しい地位に立つことになるので、上告人が原審において主張した前記一(2)の表見代理における少なくとも一部についての授権の表示及び前記一(3)の表見代理における基本代理権が存在することになるというべきであるから、上告人は、原審に対し、右事実に基づいてBの前記無権代理行為に関する民法一〇九条ないし一一〇条の表見代理の成否について更に審理判断を求める必要がある、というにあるものと解されるのである。右の主張は、本件において判決の結果に影響を及ぼす可能性のある重要な攻撃防禦方法ということができ、上告人においてこれを提出する機会を与えられないまま上告人敗訴の判決がされ、それが確定して本件各登記が抹消された場合には、たとえ右主張どおりの事実が存したとしても、上告人は、該判決の既判力により、後訴において右事実を主張してその判断を争い、本件各登記の回復をはかることができないことにもなる関係にあるのであるから、このような事実関係のもとにおいては、自己の責に帰することのできない事由により右主張をすることができなかつた上告人に対して右主張提出の機会を与えないまま上告人敗訴の判決をすることは、明らかに民事訴訟における手続的正義の要求に反するものというべきであり、したがつて、原審としては、いつたん弁論を終結した場合であつても、弁論を再開して上告人に対し右事実を主張する機会を与え、これについて審理を遂げる義務があるものと解するのが相当である。しかるに、原審が右の措置をとらず、上告人の前記一(2)の抗弁は授権の表示を欠くとし、また、同一(3)の抗弁はその前提となる基本代理権を欠くとしていずれもこれを排斥し、上告人敗訴の判決を言い渡した点には、弁論再開についての訴訟手続に違反した違法があるものというべく、右違法は前記のように判決の結果に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、右の点につき更に審理を尽くさせるのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 本山亨 裁判官 谷口正孝)

+判例(H18.4.14)
理由
上告代理人中北龍太郎、同村本純子の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係及び本件訴訟の経過の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、平成2年2月28日、建築業を営むA(以下「A」という。)との間で、請負代金額を3億0900万円として賃貸用マンション新築工事請負契約を締結した。その後、被上告人は、設計変更による追加工事をAに発注した(以下、追加工事を含めた契約を「本件請負契約」といい、追加工事を含めた工事を「本件工事」という。)。
(2) Aは、平成3年3月31日までに本件工事を完成させ、完成した建物(以下「本件建物」という。)を被上告人に引き渡した。
(3) 被上告人は、平成5年12月3日、Aに対し、本件建物に瑕疵があり、瑕疵修補に代わる損害賠償又は不当利得の額は5304万0440円であると主張して、同額の金員及びこれに対する完成引渡日の翌日である平成3年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴を提起した。
(4)Aは、第1審係属中の平成6年1月21日、被上告人に対し、本件請負契約に基づく請負残代金の額は2418万円であると主張して、同額の金員及びこれに対する平成3年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める反訴を提起し、反訴状は、平成6年1月25日、被上告人に送達された。
(5) 本件請負契約に基づく請負残代金の額は、1820万5645円である。
(6) 他方、本件建物には瑕疵が存在し、それにより被上告人が被った損害の額は、2474万9798円である。
(7) Aは、平成13年4月13日に死亡し、その相続人である上告人らがAの訴訟上の地位を承継した。上告人らの法定相続分は、それぞれ2分の1である。
(8) 上告人らは、平成14年3月8日の第1審口頭弁論期日において、被上告人に対し、上告人らがそれぞれ相続によって取得した反訴請求に係る請負残代金債権を自働債権とし、被上告人の上告人らそれぞれに対する本訴請求に係る瑕疵修補に代わる損害賠償債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をし(以下「本件相殺」という。)、これを本訴請求についての抗弁として主張した。

2 原審は、次のとおり判示して、被上告人の本訴請求につき、上告人らそれぞれに対して327万2076円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成6年1月26日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、上告人らの反訴請求をいずれも棄却した。
(1) 本件相殺により、被上告人の瑕疵修補に代わる損害賠償債権と上告人らの請負残代金債権とが対当額で消滅した結果、被上告人の上告人らに対する損害賠償債権の額は654万4153円となり、上告人らは、被上告人に対して、それぞれ法定相続分割合に応じて327万2076円(円未満切捨て)の損害賠償債務を負う一方、上告人らの被上告人に対する請負残代金債権は消滅した。
(2) 注文者の請負人に対する瑕疵修補に代わる損害賠償請求訴訟に対し、請負人が反訴を提起して請負代金を請求し、後に請負代金債権をもって相殺の意思表示をした場合には、反訴の提起をもって相殺の意思表示と同視すべきである。したがって、上告人らの瑕疵修補に代わる損害賠償債務(相殺後の残債務)は、本件反訴状送達の日の翌日である平成6年1月26日から遅滞に陥る。

3 しかしながら、原審の上記(2)の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件相殺は、反訴提起後に、反訴請求債権を自働債権とし、本訴請求債権を受働債権として対当額で相殺するというものであるから、まず、本件相殺と本件反訴との関係について判断する。
係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反し、許されない(最高裁昭和62年(オ)第1385号平成3年12月17日第三小法廷判決・民集45巻9号1435頁)。
しかし、本訴及び反訴が係属中に、反訴請求債権を自働債権とし、本訴請求債権を受働債権として相殺の抗弁を主張することは禁じられないと解するのが相当である。この場合においては、反訴原告において異なる意思表示をしない限り、反訴は、反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分については反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変更されることになるものと解するのが相当であって、このように解すれば、重複起訴の問題は生じないことになるからである。そして、上記の訴えの変更は、本訴、反訴を通じた審判の対象に変更を生ずるものではなく、反訴被告の利益を損なうものでもないから、書面によることを要せず、反訴被告の同意も要しないというべきである。本件については、前記事実関係及び訴訟の経過に照らしても、上告人らが本件相殺を抗弁として主張したことについて、上記と異なる意思表示をしたことはうかがわれないので、本件反訴は、上記のような内容の予備的反訴に変更されたものと解するのが相当である。
(2) 注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償債権と請負人の請負代金債権とは民法634条2項により同時履行の関係に立つから、契約当事者の一方は、相手方から債務の履行又はその提供を受けるまで自己の債務の全額について履行遅滞による責任を負うものではなく、請負人が請負代金債権を自働債権として瑕疵修補に代わる損害賠償債権と相殺する旨の意思表示をした場合、請負人は、注文者に対する相殺後の損害賠償残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うと解される(最高裁平成5年(オ)第1924号同9年2月14日第三小法廷判決・民集51巻2号337頁、最高裁平成5年(オ)第2187号、同9年(オ)第749号同年7月15日第三小法廷判決・民集51巻6号2581頁参照)。
本件においては、被上告人の瑕疵修補に代わる損害賠償の支払を求める本訴に対し、Aが請負残代金の支払を求める反訴を提起したのであるが、Aの本件反訴は、請負残代金全額の支払を求めるものであって、本件反訴の提起が相殺の意思表示を含むと解することはできない。したがって、本件反訴の提起後にされた本件相殺の効果が生ずるのは相殺の意思表示がされた時というべきであるから、本件反訴状送達の日の翌日から上告人らの瑕疵修補に代わる損害賠償債務が遅滞に陥ると解すべき理由はない

4 以上によれば、上告人らは、本件相殺の意思表示をした日の翌日である平成14年3月9日から瑕疵修補に代わる損害賠償残債務について履行遅滞による責任を負うものというべきであって、これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。
そして、前記事実関係及び訴訟の経過によれば、本訴請求は、上告人らそれぞれに対し、本件相殺後の損害賠償債権残額654万4153円の2分の1に当たる327万2076円及びこれに対する平成14年3月9日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、原判決を主文第1項のとおり変更することとする。なお、反訴請求については、本訴請求において、反訴請求債権の全額について相殺の自働債権として既判力のある判断が示されているので、判断を示す必要がない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 津野修 裁判官 滝井繁男 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

++解説
《解  説》
1 本訴請求は,建物建築工事の注文者であるXが,請負人Aの相続人であるYらに対し,完成した建物に瑕疵があるなどと主張して瑕疵修補に代わる損害賠償請求をした事案であり,反訴請求は,Yらが,Xに対し,相続により請負契約に基づく報酬残債権(各2分の1)を取得したと主張してその支払を求めた事案である。Yらは,第1審の口頭弁論期日において,YらのXに対する報酬残債権(反訴請求債権)を自働債権とし,XのYらに対する損害賠償債権(本訴請求債権)を受働債権として対当額で相殺する旨の抗弁(以下「本件相殺」という。)を提出した。

2 1,2審とも,本件相殺が適法であることを前提に,①瑕疵修補に代わる損害賠償請求権(本訴請求債権)の額は合計2474万円余であり,②請負残報酬債権(反訴請求債権)の額は合計1820万円余であると認め,本件相殺の結果,本訴請求債権額は654万円余(各被告に対して327万円余)となり,反訴請求債権は全額消滅したと判断した。その上で,原審は,相殺後の本訴請求債権につき,Yらは,反訴状送達の日の翌日(平成6年1月26日)から遅滞の責めを負うとした。これに対し,Yらが上告し,相殺後の本訴請求債権につきYらが履行遅滞に陥るのは本件相殺の意思表示をした日の翌日(平成14年3月9日)であると主張して争った。

3 本件では相殺の適法性が直接争点とされたわけではないが,Yらの上告受理申立て理由について判断する前提として,係属中の反訴請求債権を自働債権とし,本訴請求債権を受働債権とする本件相殺が許されるか否かを判断する必要がある。本判決は,本件相殺は適法であるとした上,Yらの上告を容れて破棄自判とした。

4(1) 相殺の抗弁については,判決理由中で判断が示されたときは自働債権の存否について既判力が生じる(民訴法114条2項)。そのため,相殺の抗弁とその自働債権についての別訴が並行する場合,同一の債権が,相殺の自働債権として,かつ,別訴の訴訟物として,二重に審理判断される危険があり,重複起訴を禁止した民訴法142条に反するのではないかという問題がある。
この問題は,①別訴先行型(現に係属している甲訴訟の請求債権を自働債権として乙訴訟で相殺の抗弁を主張する場合)と,②抗弁先行型(既に相殺の抗弁に供した自働債権を訴訟物として別訴又は反訴を提起する場合)とに大別されるが,本件は別訴先行型の事案である。
(2) 別訴先行型の相殺について,学説は,不許説(不適法説),許容説(適法説),折衷説など見解が対立している。不許説は,同一債権の存否につき既判力が矛盾抵触する可能性があること,別個の裁判所で審理が重複し,訴訟経済に反すること,相殺の抗弁は機能的にみて訴訟係属と同様の実質を有するから二重起訴に当たることなどを理由にこれを許さないとする。これに対し,許容説は,相殺の抗弁は攻撃防御方法にすぎず二重起訴に当たらないこと,相殺の抗弁が取り上げられるかどうかは不確実であること,別訴の取下げに相手方の同意が得られなければ相殺による防御の途が封じられてしまうこと,裁判所の適切な訴訟指揮により実際には既判力の抵触を避け得ることなどを理由にこれを認めるべきであるとする。また,折衷説は,同一手続型(両事件が併合審理されている場合や本訴・反訴の関係にある場合)においては判断の矛盾・抵触ということはあり得ないから,この場合は相殺の抗弁提出を認めるべきであるとする
判例は,別訴先行型の相殺につき,係属中の別訴請求債権を自働債権として他の訴訟で相殺の抗弁を主張することは許されないとしており,このことは,相殺の抗弁が主張された当時,本訴と別訴が併合審理されていたとしても同様であるとする(最三小判平3.12.17民集45巻9号1435頁)。平成3年判決は,相殺の自働債権の存否の判断が既判力を有することから,自働債権の存否につき矛盾・抵触する判決が生ずることを防止する必要性があることを重視して,このような相殺は許されないと判示したものと解される(河野信夫・平3最判解説(民)516頁)。
(3) 本件は,平成3年判決と同じく別訴先行型に属するが,反訴請求債権を自働債権とし本訴請求債権を受働債権とする相殺の場合には,一般に予備的反訴が許容されていることから,以下に述べるとおり,平成3年判決が指摘するような既判力の矛盾抵触の問題は生じないと考えることができる。
訴えに条件を付することは原則として許されないが,例えば,本訴請求に理由がある場合には反訴請求について審判を求めるという予備的反訴は,審理の過程でその条件成就が明確になり,手続の安定を害するおそれがないという理由で許容されている(兼子一ほか・条解民事訴訟法890頁,菊井維大=村松俊夫・民事訴訟法II247頁)。このことからすれば,無条件の反訴を,反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分を反訴請求としないという内容の予備的反訴に変更することも,同様に許容されてよい
本訴被告(反訴原告)としては,本訴で反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁について既判力ある判断が示されれば,それと重複する部分につき反訴で審判を求めることは無益であるし,また,無条件の反訴を維持したままでその請求債権の一部を同時に相殺に供することは当該債権につき審判対象の重複(二重起訴)を生じさせることになり,そのような相殺は不適法といわざるを得ないから,反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁を提出する以上,特に異なる意思表示をしない限りは,反訴請求債権につき相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはそれに相当する部分の訴えは反訴における審判の対象としないことを当然の前提としていると考えられる。
相殺の抗弁の提出により反訴が上記のような内容の予備的反訴に変更されたとすれば,反訴請求のうち相殺の自働債権として判断が示された部分については,解除条件の成就により審理の対象とならないから,審判対象の重複(二重起訴)は生じないし,実務上も,予備的反訴の場合は弁論を分離することはできないので,審理の重複や判断の抵触が生じるおそれはないといってよい。
本判決は,このような考慮の下で,別訴先行型であっても,反訴請求債権を自働債権とし本訴請求債権を受働債権とする相殺については平成3年判決の射程は及ばず,このような相殺の抗弁の提出は原則として許されると判示したものである。
5 本判決は,別訴先行型のうち反訴請求債権を自働債権とし本訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁の許否について最高裁として初めての判断を示したものであり,実務上重要な意義を有する。

5.設問の検討その2

+判例(H10.6.30)
理由
上告代理人柏崎正一の上告理由第一点について
原審の確定した事実関係の下においては、上告人が、自ら申告、納付すべき相続税額につき、被上告人の出捐により法律上の原因なく利得をしたとの原審の判断は、結論において是認するに足りる。論旨は採用することができない。
同第二点の一について
預金債権その他の金銭債権は、相続開始とともに法律上当然に分割され、各相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解される(最高裁昭和二七年(オ)第一一九号同二九年四月八日第一小法廷判決・民集八巻四号八一九頁参照)。これに対し、金銭は、相続開始と同時に当然に分割されるものではなく、相続人は、遺産分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないものと解される(最高裁平成元年(オ)第四三三号、第六〇二号同四年四月一〇日第二小法廷判決・裁判集民事一六四号二八五頁参照)。
上告人は、被上告人が亡父Aの遺産である預金及び現金を保管しているとして、その法定相続分相当額の支払請求権を自働債権とする相殺を主張するものであるが、右のとおり、預金については、銀行に対し、自己の相続分に相当する金額の払戻しを請求すれば足り、また、現金については、いまだ相続人間で遺産分割が成立していないというのであるから、被上告人に対してその支払を求めることはできず、右相殺の主張はいずれも失当である。したがって、これと結論を同じくする原審の判断は、是認するに足り、審理不尽をいう論旨はその前提を欠く。

同第二点の二について
一 記録によれば、本件訴訟の経過は次のとおりであると認められる。
1 上告人は、平成二年六月五日、被上告人の申請した違法な仮処分により本件土地及び建物の持分各二分の一を通常の取引価格より低い価格で売却することを余儀なくされ、その差額二億五二六〇万円相当の損害を被ったと主張して、被上告人に対し、不法行為を理由として、内金四〇〇〇万円の支払を求める別件訴訟(最高裁平成六年(オ)第六九七号損害賠償請求事件)を提起した。
2 一方、被上告人は、同年八月二七日、上告人が支払うべき相続税、固定資産税、水道料金等を立て替えて支払ったとして、上告人に対し、一二九六万円余の不当利得返還を求める本件訴訟を提起した。
3 本件訴訟の第一審において、上告人は、相続税立替分についての不当利得返還義務の存在を争うとともに(上告理由第一点参照)、予備的に、前記違法仮処分による損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺を主張した。
4 また、上告人は、本件訴訟の第二審において、右3の相殺の主張に加えて、預金及び現金の支払請求権を自働債権とする相殺を主張し(上告理由第二点の一参照)、また、前記違法仮処分に対する異議申立手続の弁護士報酬として支払った二〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の合計二四七八万円余の損害賠償請求権を自働債権とする相殺を主張した。

二 原審は、右事実経過の下において、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないとした最高裁昭和六二年(オ)第一三八五号平成三年一二月一七日第三小法廷判決・民集四五巻九号一四三五頁の趣旨に照らし、(1)前記違法仮処分により売買代金が低落したことによる損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺の主張、及び、(2)弁護士報酬相当額の損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張は、いずれも許されないものと判断した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 民訴法一四二条(旧民訴法二三一条)が係属中の事件について重複して訴えを提起することを禁じているのは、審理の重複による無駄を避けるとともに、同一の請求について異なる判決がされ、既判力の矛盾抵触が生ずることを防止する点にある。そうすると、自働債権の成立又は不成立の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有する相殺の抗弁についても、その趣旨を及ぼすべきことは当然であって、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することが許されないことは、原審の判示するとおりである(前記平成三年一二月一七日第三小法廷判決参照)。
2 しかしながら、他面、一個の債権の一部であっても、そのことを明示して訴えが提起された場合には、訴訟物となるのは右債権のうち当該一部のみに限られ、その確定判決の既判力も右一部のみについて生じ、残部の債権に及ばないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決・民集一六巻八号一七二〇頁参照)。この理は相殺の抗弁についても同様に当てはまるところであって、一個の債権の一部をもってする相殺の主張も、それ自体は当然に許容されるところである。

3 もっとも、一個の債権が訴訟上分割して行使された場合には、実質的な争点が共通であるため、ある程度審理の重複が生ずることは避け難く、応訴を強いられる被告や裁判所に少なからぬ負担をかける上、債権の一部と残部とで異なる判決がされ、事実上の判断の抵触が生ずる可能性もないではない。そうすると、右2のように一個の債権の一部について訴えの提起ないし相殺の主張を許容した場合に、その残部について、訴えを提起し、あるいは、これをもって他の債権との相殺を主張することができるかについては、別途に検討を要するところであり、残部請求等が当然に許容されることになるものとはいえない
 しかし、こと相殺の抗弁に関しては、訴えの提起と異なり、相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり、相手方の訴求する債権と簡易迅速かつ確実な決済を図るという機能を有するものであるから、一個の債権の残部をもって他の債権との相殺を主張することは、債権の発生事由、一部請求がされるに至った経緯、その後の審理経過等にかんがみ、債権の分割行使による相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存する場合を除いて、正当な防御権の行使として許容されるものと解すべきである。
したがって、一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合において、当該債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り、許されるものと解するのが相当である。

4 そこで、本件について右特段の事情が存するか否かを見ると、前記のとおり、上告人は、係属中の別件訴訟において一部請求をしている債権の残部を自働債権として、本件訴訟において相殺の抗弁を主張するものである。しかるところ、論旨の指摘する前記二(2)の相殺の主張の自働債権である弁護士報酬相当額の損害賠償請求権は、別件訴訟において訴求している債権とはいずれも違法仮処分に基づく損害賠償請求権という一個の債権の一部を構成するものではあるが、単に数量的な一部ではなく、実質的な発生事由を異にする別種の損害というべきものである。そして、他に、本件において、右弁護士報酬相当額の損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情も存しないから、右相殺の抗弁を主張することは許されるものと解するのが相当である。
そうすると、重複起訴の禁止の趣旨に反するものとして上告人の右相殺の抗弁を排斥した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。右相殺の抗弁について審理不尽の違法があるとする論旨は、前提として右の趣旨をいうものと解されるから理由があり、原判決中、上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、本件については、右相殺の抗弁の成否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に同調するものであるが、論旨で取り上げられていない前記二(1)の売買代金低落分に関する相殺の主張の許否の問題と、この種事案の実務上の取扱いについて、若干意見を述べておくこととしたい。
一 第一は、前記違法仮処分により売買代金が低落したことによる損害賠償請求権のうち、四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺の主張の許否に関する問題である。前記のとおり、上告人は、被上告人の違法仮処分により本件土地及び建物の持分各二分の一を通常の取引価格より低い価格で売却することを余儀なくされ、その差額二億五二六〇万円相当の損害を被ったと主張して、被上告人に対し、不法行為を理由として、内金四〇〇〇万円の支払を求める別件訴訟を提起するとともに、本件訴訟において、右損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を超える部分を自働債権とする相殺を主張している。法廷意見の述べる一般論からすれば、右相殺の主張も訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り許容されることになるが、本件においては、別の手続上の理由から、もはや差戻審において右相殺の抗弁の成否について審理判断をする余地はない。
すなわち、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である(最高裁平成九年(オ)第八四九号同一〇年六月一二日第二小法廷判決参照)。
これを本件について見ると、別件訴訟については、本判決の言渡しの日と同日、当裁判所において上告棄却の判決が言い渡され、右損害賠償請求権の数量的一部請求(四〇〇〇万円)を棄却した判決が確定した。その結果、特段の事情の存しない本件において、上告人としては、もはや残債権について訴えを提起することができないこととなり、したがって、これを自働債権とする相殺の主張も当然に不適法となったものというべきである。

二 第二は、この種事案の実務上の取扱いである。前記のとおり、本件においては、上告人が平成二年六月五日に別件訴訟を提起した後、被上告人が同年八月二七日に本件訴訟を提起したところ、上告人が右相殺の主張をするに至ったものである。そして、別件訴訟と本件訴訟とは、その後も別々の裁判体で審理され、売買代金低落を理由とする損害賠償請求権については、別件訴訟の第一審判決がこれを認めなかったのに対し、本件訴訟の第一審判決はその一部を認めて被上告人の請求を棄却しており、裁判所の判断が異なる事態が生じている。
法廷意見も述べるように、一個の債権の一部について訴えが提起され、その残部をもって相殺の主張がされた場合には、原則としてこれらは重複起訴の関係に立たないが、民事訴訟の理想からすれば、裁判所としては、可及的に両事件を併合審理するか、少なくとも同一の裁判体で並行審理することが強く望まれる。このことによって、審理の重複と事実上の判断の抵触を避けることができるとともに、当事者、裁判所の負担の軽減にもつながることになるからである。もっとも、実務においては、様々な理由から裁判体相互間における関連事件の割替えが行われず、本件のように、これが別々の裁判体において審理裁判されることが少なくない。そのために、しばしば、審理の重複と事実上の判断の抵触が生じたり、訴訟経済に反する事態が生じている。しかし、必要とあれば適切な司法行政上の措置を講じて関連事件の円滑な割替えがされるよう配慮すべきであり、本件のような問題に対しては、そのことによって根本的な解決を図る必要があることを強調しておきたい。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

++解説
《解  説》
一 本件は、XがYに対し、立替払した相続税等の不当利得返還請求をしたところ、Yが、不当利得返還義務の存在を争うとともに、別件訴訟において一部請求をしている違法仮処分を理由とする損害賠償債権の残部をもって相殺の抗弁を主張した事案である。争点はこれに限られないが、事項・要旨として取り上げられた「一部請求の残債権をもってする相殺の許否」という点に絞って解説をしたい。

二 Yの主張する債権は、Xの違法仮処分を理由とする不法行為上の損害賠償債権であり、その内訳は、(1) 本件土地建物の持分二分の一を通常の取引価格より低い価格で売却することを余儀なくされたことによる損害(=売買代金低落分)二億五六〇〇万円、(2) 違法仮処分の取消手続のために支払った弁護士報酬及びこれに対する遅延損害金(=弁護士報酬分)二四七八万円余である。
Yは、まず、(1)の売買代金低落分のうち四〇〇〇万円の支払を求める別件訴訟を提起し、その後、Xの提起した本件不当利得請求訴訟において、(1)の売買代金低落分の残債権と(2)の弁護士報酬分の債権を自働債権とする相殺を主張した。一審は、相殺を適法としたが(ただし、一審では、(2)を自働債権とする相殺は主張されていなかった。)、原審は、別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許されないとした最三小判平3・12・17民集四五巻九号一四三五頁の趣旨に照らして、Yの相殺の抗弁はいずれも不適法であるとした。

三 相殺の抗弁と二重起訴の成否について
一部請求の問題をひとまず措くと、本件においては、別件訴訟で訴訟物となっている損害賠償債権と同一の債権を本件訴訟において相殺の自働債権として主張している。このように、「一方の訴訟で訴訟物となっている債権を他方の訴訟で相殺の自働債権として主張することができるか」は、言わば民事訴訟法学における古典的問題であり、許容説(適法説)、不許説(不適法説)、折衷説などに分かれ、見解が対立している。
判例は、いわゆる別訴先行型(抗弁後行型)の事案について、相殺の抗弁は不適法であり許されないとの立場を採っている。当初、最三小判昭63・3・15民集四二巻三号一七〇頁、本誌六八四号一七六頁は、この法理を事例判例の中で述べたが、前記平成三年最高裁判決は、「係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されない」旨の一般法理を示し、この立場を採ることを明確にした。平成三年最高裁判決は、原審で本訴と別訴が併合審理されている事案であったが、二重起訴禁止の趣旨は審理重複による無駄の回避と既判力の矛盾・抵触の防止にあるとした上、既判力の矛盾・抵触の防止の方に重点を置いて、相殺の抗弁を不適法としたものであると解されている(河野信夫・平成三年度民事判例解説〔27〕五一六頁参照)。
これに対し、いわゆる抗弁先行型については、平成三年判決の触れるところではなく、現在でも学説が分かれているが、下級審判例は、別訴の提起を許容する傾向にある(もっとも、最近、抗弁先行型の事案における別訴の提起を両事件の弁論が併合されている場合においても不適法とした高裁判例として、東京高判平8・4・8本誌九三七号二六二頁が現れた。)。

四 一部請求について
1 Yが別件訴訟で訴求しているのは売買代金低落分の債権((1))の内金四〇〇〇万円であり、本件訴訟で相殺の抗弁に供しているのはその残額である。したがって、本件については、「相殺の抗弁と二重起訴の成否」からだけでなく、「一部請求」の側面から事案を検討する必要がある。金銭その他数量的に可分な給付を目的とする債権につき、その一部のみの給付を求めるいわゆる一部請求の許否については、かねてより学説が対立している。一部請求の名の下に訴訟を蒸し返すような訴えが訴権の濫用として却下されるのは当然であるが、一部請求それ自体が適法であることには異論がなく、従来、この問題は、専ら、一部請求に対する判決の確定後、残部について再度訴求し得るかという観点から議論されてきた。
判例は、いわゆる明示的一部請求を認める立場である。すなわち、一〇〇〇万円のうちの二〇〇万円というように、原告が一部請求であることを明示して訴えを提起したときは、訴訟物となるのは右債権の一部二〇〇万円だけであって、右一部請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばない(最二小判昭37・8・10民集一六巻八号一七二〇頁)。ただし、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないことに注意する必要がある(最二小判平10・6・12参照)。一部請求であることを明示しない場合には、もはや残部請求をすることは許されない(最二小判昭32・6・7民集一一巻六号九四八頁)。訴え提起による時効中断の効力も、一部請求と明示された範囲でのみ生ずる(最二小判昭34・2・20民集一三巻二号二〇九頁)。一部請求理論に関する学説は混迷の度合いを深めているが、その中にあって、右最高裁判例の立場は、「概ね妥当な適用結果を導くところから多くの賛成を得ている」といわれている(中野貞一郎「一部請求論について」民事手続の現在問題九六頁)。
2 ところで、本件において検討を要する問題は、従来議論されていた「一部請求確定後の残部請求の許否」ではなく、「一部請求の訴えの係属中に、残部請求の訴えが係属し、あるいは、残部債権による相殺の抗弁が主張された場合、二重起訴の法理等により後者が制限されるか」である。相殺の抗弁に関する問題は五項で検討することとして、まず、一部請求の訴えと残部請求の訴えとが同時並行的に係属している場合について見ると、裁判例はほとんどなく、学説の議論も煮詰まっていない。下級審の判例としては、二重起訴に当たるとしたもの(東京地判昭37・2・27判時二九〇号二五頁)と、二重起訴に当たらないことを前提とするもの(東京高判昭29・7・5下民五巻七号一〇四一頁)とが公刊されている。なお、一部請求の名の下にいたずらに同一の訴訟を蒸し返すような場合について、訴権の濫用に当たるとして訴えが却下された事例があるが(東京地判平7・7・14本誌八九一号二六〇頁)、これは別論である。
学説については、そもそも一部請求を認めない立場によれば、両訴の訴訟物は同一となるから、後訴は二重起訴の禁止に触れることになる。これに対し、一部請求を認める立場によれば、両訴は訴訟物を異にするから、二重起訴には当たらないが、請求の拡張の方法で残部の請求について判決を求めるのが望ましいと説明されている(注解民事訴訟法第二版(6)二七九頁など)。
このように、同一の債権を複数に分割し並行して訴訟を提起するような事例は、好訴者などによる濫用事例を除いては、実務的には希有と思われるが、一部請求に関する判例理論によれば、先に明示的一部請求の訴えを提起した原告が、後に残部の支払を求めて再度裁判所に訴えを提起した場合には、前訴と後訴とは訴訟物を異にすることになる。そうすると、従来の一部請求に関する判例理論の枠組みの中で後訴を制限するとしたら、本来、二重起訴の法理ではなく、権利濫用ないし信義則違反の法理によるべきではないかと思われる。

五 一部請求の残債権をもってする相殺の許否について
1 形式論理的に考える限り、一〇〇〇万円の債権を二〇〇万円と八〇〇万円に分けて同時並行的に訴訟を提起しても二重起訴の禁止に直接触れないのであれば、八〇〇万円を別訴でなく相殺の抗弁として主張した場合には、なおさら、二重起訴を理由としてこれを制限することはできない筋合いであろう。しかし、この問題については、次に述べるように相殺の抗弁が二重起訴の禁止に触れるとした判決もあり、より実質的な観点からの吟味を必要とする。
2 本件で問題となっている「一部請求の残債権をもってする相殺の許否」という問題を直接扱った最高裁判決はなく、下級審判決としては、本件の原判決のほかは、これに先立って言い渡された東京高判平4・5・27判時一四二四号五六頁(確定)があり、いずれも相殺の抗弁が二重起訴の禁止に触れるとしている。平成四年東京高裁判決の事案は、別訴において訴訟物となっている債権を自働債権とする相殺の抗弁が提出され、その後、別訴で自働債権相当分につき請求が減縮されたという事案につき、形式的には別個の訴訟物について審理判断をすることになるから理論上は既判力の抵触は生じないとしながら、本件の原判決と同様、旧民訴法二三一条の趣旨に照らして相殺の抗弁は不適法であるとした。
これらの判例が強調する点の一つは、一部請求と残部についての相殺の抗弁が実質的な判断対象ないし争点を共通にするために、審理の重複による無駄が生ずるという点である。この問題は、一部請求を許容することにより不可避的に生ずる問題であって、一部請求の許否を検討する際にある程度織り込み済みの論点といえる。ただし、一部請求確定後の残部請求の場合には、実際には、前訴の訴訟資料を利用することにより審理の重複による無駄を相当程度避けることができるが、本訴と別訴(相殺の抗弁)とが同時並行的に係属している場合には、訴訟資料を利用し合うことは必ずしも容易ではなく、審理の重複が生ずることは避けられない。
また、訴訟物が別であることから、矛盾する判断によって形式的な既判力の抵触問題は生じないとしても、請求の基礎となる社会的事実関係が全く同じであるにもかかわらず、裁判所によって判断が異なるという、一般社会の感覚に合わない事態が生じ得る。これも一部請求を認めることにより容認済みの結果とはいえるが、事実上同一の判断がされることの多い一部請求確定後の残部請求の場合に比べ、本訴と別訴(相殺の抗弁)とが同時並行的に係属している場合には、問題状況はより深刻である。現に、本件訴訟の第一審と別件訴訟の第一審とでは、Yの損害賠償債権の存否について全く異なった結果が示されている。

3 他方、前記の「相殺の抗弁と二重起訴の成否」の問題については、学説上は依然として相殺許容説も有力であるところ、この立場が強調する論拠の一つに、相殺の簡易決済機能・担保的機能がある。すなわち、本判決も述べるように、相殺は、相手方の訴求する債権との間で簡易迅速かつ確実に決済を図るという機能を有するものであるから、安易にその主張の機会が奪われてはならず、その機会が奪われると、特に原告が無資力の場合に被告に著しい不利益が生ずるとされている。
前記平成三年最高裁判決は、右のような相殺の機能も考慮に入れた上で、これを犠牲にしてでも守るべきより重大な利益(既判力の矛盾・抵触の防止)があるとして、相殺の抗弁を不適法としたものであると考えられる。しかし、直接にこのような既判力の抵触問題の生じない一部請求の残債権による相殺の場面については、原判決及び平成四年東京高裁判決の挙げるような論拠に基づき、民訴法一四二条(旧民訴法二三一条)の趣旨を及ぼして相殺の抗弁の主張を許さないことが妥当かどうかは、疑問である。

4 本判決は、右のような相殺の抗弁の持つ訴訟上の機能にかんがみ、一部請求の残債権を自働債権とする相殺の主張は、二重起訴の禁止に触れるものではなく、原則として、正当な防御権の行使として許容されると判断している。そして、論旨が問題とする弁護士報酬分の債権二四七八万円余((2))を自働債権とする相殺の抗弁は適法であり、その成否について更に審理を尽くさせる必要があるとして、原判決中、Y敗訴部分を破棄し、これを原審に差し戻したものである。

5 ただし、本判決は、例外として、「債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情が存する場合」には、相殺の抗弁は不適法であるとしている。すなわち、一つの紛争については可能な限り一回的な解決が図られるべきであり、一つの紛争について分断した訴訟を無闇に許すとなると、訴訟経済に反する上、相手方も応訴の煩に耐えない。債権の分割行使は、その態様によっては、権利の濫用として許容されない場合が生ずる(一つの債権を同時並行的に分割して訴求する場合が、その典型例である。)。相手方の主張を契機として受動的に主張される相殺の抗弁については、このような事態は一般的には想定しにくいが、債権の発生事由、審理の経過等に照らして相殺の主張が権利の濫用に当たると評価される場合もあり得るであろう。実務上見られる相殺の抗弁には、その訴訟で取り上げて審理・裁判するのが適当でないものが多いことが指摘されているところである(中野貞一郎=酒井一「別訴において訴訟物となっている債権を自働債権とする相殺の抗弁の許否」民商一〇七巻二号二五四頁参照)。
しかし、本件の相殺の主張については、弁護士報酬相当分の債権((2))を自働債権とするものはもとより、売買代金低落分の債権((1))を自働債権とするものについても、これが権利の濫用に当たると認めるべき特段の事情は存しないといえる(後者については、論旨が取り上げておらず、かつ、差戻審においてその成否を判断する余地もないことから、法廷意見ではなく園部裁判官の補足意見で触れられている。)。殊に、弁護士報酬相当分の自働債権((2))は、違法仮処分を原因とする一個の不法行為債権の一部であるとはいえ、別件訴訟で訴求されている売買代金低落分の債権((1))とは実質的な発生原因を異にするものである。このように、一部請求に係る債権とは特定識別された残部債権を自働債権とする相殺が許容されるべきものであることは、当然であるといえよう。
六 本判決は、いまだ学説でも十分に検討されていない「一部請求の残債権をもってする相殺の許否」という問題について、最高裁として初めての判断を示したものであり、ほぼ同時期に一部請求に関して新判断を示した最二小判平10・6・12と共に、注目に値する。なお、園部裁判官の補足意見は、この種事案の実務上の取扱いを考える上で参考になるものと思われる。

++判例(S37.8.10)
理由
上告代理人信正義雄の上告理由について。
一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであつて、全部の存否ではなく、従つて右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である。
右と同趣旨の原判決の判断は正当であつて、所論は採用するをえない。よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)