民事訴訟法 基礎演習 主張・証明責任~要件事実入門


1.要件事実論総論
(1)権利判断の規範体系
法律効果→権利の発生・障害(発生を妨げること)・消滅・阻止(行使を妨げること)

(例)
売買契約締結(555条)
障害:要素の錯誤(95条)
消滅:弁済(474条)
阻止:履行期の合意(135条1項)

修正法律要件分類説
+判例(S43.2.16)
理由
上告代理人中田義正の上告理由第一の一、二について。
所論の点に関する原審の認定、判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして正当としてこれを肯認することができ、その判断の過程に所論のごとき違法はなく、論旨は理由がない。
同第一の三について。
準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とするところ、原審は証拠により訴外居藤と上告人間に従前の数口の貸金の残元金合計九八万円の返還債務を目的とする準消費貸借契約が締結された事実を認定しているのであるから、このような場合には右九八万円の旧貸金債務が存在しないことを事由として準消費貸借契約の効力を争う上告人がその事実を立証すべきものであり、これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は理由がない。
同第一の四について。
原審の確定した事実関係に照らせば、行政書士網本の介入した本件債権譲渡の承諾ならびに弁済方法に関する契約をもつて無効であると解すべき理由は見い出しがたいから、所論の点に関する原審の判断は正当であり、諭旨は理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

(2)主張責任
主張責任=訴訟物たる権利の要件事実の主張の欠如による当事者の一方の敗訴の危険のこと

(3)証明責任
証明責任=主張された要件事実の存在が証明されるに至らないことによる当事者一方の敗訴の危険

(4)当事者の攻撃防御方法

2.物上請求の請求原因事実

3.物権変動の要件事実論
所有権喪失の抗弁
+判例(S55.2.7)
理由
上告代理人酒井祝成の上告理由第一点について
記録によれば、原審における本件請求に関する当事者の主張は、次のとおりである。即ち、上告人らにおいて、(1)本件土地(第一審判決別紙目録第二に記載の土地をいう。)は、上告人ら(原告ら)、A及び被上告人(被告)の亡夫B(昭和三九年九月六日死亡)らの父であるC(昭和三四年五月二六日死亡)が昭和二八年七月三一日、Dから買い受けたのであるが、Bの所有名義に移転登記をしていたところ、Cの死亡により、上告人ら、A及びBは右土地を各共有持分五分の一の割合をもつて相続取得した、(2)しかし、登記名義をそのままにしていたため、Bの死亡に伴い、その妻である被上告人が単独で相続による所有権移転登記を経由した、(3)本件土地は、右のとおり上告人ら、A及びBが共同相続したのであるから、上告人らは、その共有持分権に基づき各持分五分の一の移転登記手続を求める、というのである。これに対し、被上告人は、本件土地はBが真実、Dから買い受けて所有権移転登記を経由したもので、Bの死亡によつて被上告人が相続取得したのであるから、上告人らの請求は理由がない、と主張するのである。
原審は、証拠に基づいて、本件土地はCがDから買い受けて所有権を取得したことを認定し、この点に関する上告人らの主張を認めて被上告人の反対主張を排斥したが、次いで、BはCから本件土地につき死因贈与を受け、Cの死亡によつて右土地の所有権を取得し、その後Bの死亡に伴い被上告人がこれを相続取得したものであると認定し、結局、右土地をCから共同相続したと主張する上告人らの請求は理由がないと判示した。
しかし相続による特定財産の取得を主張する者は、(1)被相続人の右財産所有が争われているときは同人が生前その財産の所有権を取得した事実及び(2)自己が被相続人の死亡により同人の遺産を相続した事実の二つを主張立証すれば足り、(1)の事実が肯認される以上、その後被相続人の死亡時まで同人につき右財産の所有権喪失の原因となるような事実はなかつたこと、及び被相続人の特段の処分行為により右財産が相続財産の範囲から逸出した事実もなかつたことまで主張立証する責任はなく、これら後者の事実は、いずれも右相続人による財産の承継取得を争う者において抗弁としてこれを主張立証すべきものである。これを本件についてみると、上告人らにおいて、CがDから本件土地を買い受けてその所有権を取得し、Cの死亡により上告人らがCの相続人としてこれを共同相続したと主張したのに対し、被上告人は、前記のとおり、右上告人らの所有権取得を争う理由としては、単に右土地を買い受けたのはCではなくBであると主張するにとどまつているのであるから(このような主張は、Cの所有権取得の主張事実に対する積極否認にすぎない)、原審が証拠調の結果Dから本件土地を買い受けてその所有権を取得したのはCであつてBではないと認定する以上、上告人らがCの相続人としてその遺産を共同相続したことに争いのない本件においては、上告人らの請求は当然認容されてしかるべき筋合である。しかるに、原審は、前記のとおり、被上告人が原審の口頭弁論において抗弁として主張しないBがCから本件土地の死因贈与を受けたとの事実を認定し、したがつて、上告人らは右土地の所有権を相続によつて取得することができないとしてその請求を排斥しているのであつて、右は明らかに弁論主義に違反するものといわなければならない。大審院昭和一一年(オ)第九二三号同年一〇月六日判決・民集一五巻一七七一頁は、原告が家督相続により取得したと主張して不動産の所有権確認を求める訴において、被告が右不動産は自分の買い受けたものであつて未だかつて被相続人の所有に属したことはないと争つた場合に、裁判所が、証拠に基づいて右不動産が相続開始前に被相続人から被告に対して譲渡された事実を認定し、原告敗訴の判決をしたのは違法ではないと判示しているが、右判例は、変更すべきものである。
そうして、前記違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘 裁判官 中村治朗)

4.暫定真実規定と法律上の事実推定規定

5.規範的要件の要件事実
民法162条の自主占有要件も、占有権限の性質上明らかでない限り、もろもろの占有事情にてらして所有権行使の外形が存すると認められるかどうかという規範的評価の問題である。
+判例(S58.3.24)
理由
上告代理人金井清吉の上告理由第一点一について
原判決は、(1) 被上告人は、Aの長男として生れ、昭和二〇年に結婚したのちは被上告人夫婦が主体となつてAと共に農業に従事してきたが、昭和三三年元旦に本件各不動産の所有者であるAからいわゆる「お綱の譲り渡し」を受け、本件各不動産の占有を取得した、(2) 右「お綱の譲り渡し」は、熊本県郡部で今でも慣習として残つているところがあり、所有権を移転する面と家計の収支に関する権限を譲渡する面とがあつて、その両面にわたつて多義的に用いられている、(3) 被上告人は、右「お綱の譲り渡し」以後農業の経営とともに家計の収支一切を取りしきり、農業協同組合に対する借入金等の名義をAから被上告人に変更し、同組合から自己の一存で金融を得ていたほか、当初同組合からの信用を得るためその要望に応じてA所有の山林の一部を被上告人名義に移転したりし、本件各不動産の所有権の贈与を受けたと信じていた、(4) Aは、昭和四〇年三月一日死亡し、その子である被上告人及び上告人らがAを相続した、以上の事実を認定したうえ、右事実関係のもとでは、被上告人は、「お綱の譲り渡し」により、Aから家計の収支面の権限にとどまらず、本件各不動産を含む財産の処分権限まで付与されていたと認められるものの、所有権の贈与を受けたものとまでは断じ難いが、前記のように本件各不動産の所有権を取得したと信じたとしても無理からぬところがあるというべきであるとし、被上告人は本件各不動産を所有の意思をもつて占有を始めたものであり、その占有の始め善意無過失であつたから、占有開始時より一〇年を経過した昭和四三年一月一日本件各不動産を時効により取得したものと判断して、右時効取得を登記原因とする被上告人の上告人らに対する本件各不動産の所有権移転登記手続の請求を認容している。
ところで民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有にあたらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が所有の意思のない占有にあたることについての立証責任を負うのであるが(最高裁昭和五四年(オ)第一九号同年七月三一日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号三一七頁参照)、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によつてではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから(最高裁昭和四五年(オ)第三一五号同年六月一八日第一小法廷判決・裁判集民事九九号三七五頁、最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁参照)、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものである。しかるところ、原判決は、被上告人はAからいわゆる「お綱の譲り渡し」により本件各不動産についての管理処分の権限を与えられるとともに右不動産の占有を取得したものであるが、Aが本件各不動産を被上告人に贈与したものとは断定し難いというのであつて、もし右判示が積極的に贈与を否定した趣旨であるとすれば、右にいう管理処分の権限は所有権に基づく権限ではなく、被上告人は、A所有の本件各不動産につき、実質的にはAを家長とする一家の家計のためであるにせよ、法律的には同人のためにこれを管理処分する権限を付与されたにすぎないと解さざるをえないから、これによつて被上告人がAから取得した本件各不動産の占有は、その原因である権原の性質からは、所有の意思のないものといわざるをえない。また、原判決の右判示が単に贈与があつたとまで断定することはできないとの消極的判断を示したにとどまり、積極的にこれを否定した趣旨ではないとすれば、占有取得の原因である権原の性質によつて被上告人の所有の意思の有無を判定することはできないが、この場合においても、Aと被上告人とが同居中の親子の関係にあることに加えて、占有移転の理由が前記のようなものであることに照らすと、その場合における被上告人による本件各不動産の占有に関し、それが所有の意思に基づくものではないと認めるべき外形的客観的な事情が存在しないかどうかについて特に慎重な検討を必要とするというべきところ、被上告人がいわゆる「お綱の譲り渡し」を受けたのち家計の収支を一任され、農業協同組合から自己の一存で金員を借り入れ、その担保とする必要上A所有の山林の一部を自己の名義に変更したことがあるとの原判決挙示の事実は、いずれも必ずしも所有権の移転を伴わない管理処分権の付与の事実と矛盾するものではないから、被上告人の右占有の性質を判断する上において決定的事情となるものではなく、かえつて、右「お綱の譲り渡し」後においても、本件各不動産の所有権移転登記手続はおろか、農地法上の所有権移転許可申請手続さえも経由されていないことは、被上告人の自認するところであり、また、記録によれば、Aは右の「お綱の譲り渡し」後も本件各不動産の権利証及び自己の印鑑をみずから所持していて被上告人に交付せず、被上告人もまた家庭内の不和を恐れてAに対し右の権利証等の所在を尋ねることもなかつたことがうかがわれ、更に審理を尽くせば右の事情が認定される可能性があつたものといわなければならないのである。そして、これらの占有に関する事情が認定されれば、たとえ前記のような被上告人の管理処分行為があつたとしても、被上告人は、本件各不動産の所有者であれば当然とるべき態度、行動に出なかつたものであり、外形的客観的にみて本件各不動産に対するAの所有権を排斥してまで占有する意思を有していなかつたものとして、その所有の意思を否定されることとなつて、被上告人の時効による所有権取得の主張が排斥される可能性が十分に存するのである。しかるに原審は、前記のような事実を認定したのみで、それ以上格別の理由を示すことなく、また、さきに指摘した点等について審理を尽くさないまま、被上告人による本件各不動産の占有を所有の意思によるそれであるとし、被上告人につき時効によるその所有権の取得を肯定しているのであつて、原判決は、所有の意思に関する法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽ないし理由不備の違法をおかしたものというべく、右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいう点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一)