債権総論 2-3 債権の目的 金銭債権・利息債権

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一.金銭債権
1.意義
金銭債権
=一定額の金銭の支払を目的とする債権

・金銭債権は、種類債権の一種ともいえるが、目的物の個性は失われている。
種類債権における目的物の特定も生じないし、履行の不能も考えられない。

2.金銭債権の弁済方法
(1)通貨による支払い
+(金銭債権)
第四百二条  債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、各種の通貨で弁済をすることができる。ただし、特定の種類の通貨の給付を債権の目的としたときは、この限りでない。
2  債権の目的物である特定の種類の通貨が弁済期に強制通用の効力を失っているときは、債務者は、他の通貨で弁済をしなければならない。
3  前二項の規定は、外国の通貨の給付を債権の目的とした場合について準用する。

(2)特定種類の通貨による支払い
402条ただし書き

(3)外国通貨による支払い
+第四百三条  外国の通貨で債権額を指定したときは、債務者は、履行地における為替相場により、日本の通貨で弁済をすることができる。

3.通貨価値の変動と金銭債権
通貨価値の極端な下落の場合に、信義則による事情変更の原則適用の可能性

二.利息債権
1.意義
(1)利息債権と利息
利息の支払いを目的とする債権
利息は金銭などの元本の使用の対価

(2)基本権たる利息債権と支分権たる利息債権
・基本権たる利息債権
元本に対して一定期間の経過後に一定額の利息を発生させることを内容とする利息債権

・支分権たる利息債権
基本権たる利息債権に基づいて一定期間の経過後に現実に発生した利息の支払いを目的とする具体的な利息債権

・元本債権に対する付従性の違い
基本権たる利息債権は元本債権に付従し、元本債権が消滅すれば消滅する。
支分権たる利息債権は、元本債権から独立して存在し、元本債権が弁済によって消滅しても、利息が支払われない限り残存。元本債権が譲渡されても随伴しない。元本債権とは独立して消滅時効にかかる。

2.約定利率・法定利率と単利・重利
(1)約定利率・法定利率
(ア)約定利率
当事者の合意により発生。
民法では、金銭の貸借で利息を支払うかどうかは当事者の合意に委ねられており、利息を支払う合意がないかぎり、金銭の貸借は無利息。

(イ)法定利率
+(法定利率)
第四百四条  利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、年五分とする。

(2)単利・重利
単利
当初の元本についてのみ利息を付ける

重利
弁済期に達した利息を元本に組み入れ

・法定重利
+(利息の元本への組入れ)
第四百五条  利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。

405条は、債権者の元本組み入れの意思表示(形成権)が必要。

3.利息の規制
(1)法律による規制
・利息制限法
法律の制限を超えた利息契約を無効とする民事法規

・出資取締法
法律の制限を超えた利息契約について刑罰を科す刑罰法規

・貸金業法
貸金業務の適正化を図るために貸金業の規制を行う行政法規

(2)全ての金融消費貸借に対する規制
(ア)利息の制限
・利息制限法
+(利息の制限)
第一条  金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする。
一  元本の額が十万円未満の場合 年二割
二  元本の額が十万円以上百万円未満の場合 年一割八分
三  元本の額が百万円以上の場合 年一割五分

・出資取締法
+(高金利の処罰)
第五条  金銭の貸付けを行う者が、年百九・五パーセント(二月二十九日を含む一年については年百九・八パーセントとし、一日当たりについては〇・三パーセントとする。)を超える割合による利息(債務の不履行について予定される賠償額を含む。以下同じ。)の契約をしたときは、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。
2  前項の規定にかかわらず、金銭の貸付けを行う者が業として金銭の貸付けを行う場合において、年二十パーセントを超える割合による利息の契約をしたときは、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。その貸付けに関し、当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。
3  前二項の規定にかかわらず、金銭の貸付けを行う者が業として金銭の貸付けを行う場合において、年百九・五パーセント(二月二十九日を含む一年については年百九・八パーセントとし、一日当たりについては〇・三パーセントとする。)を超える割合による利息の契約をしたときは、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。その貸付けに関し、当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。

(イ)利息の天引き
貸付金額からあらかじめ利息額を差し引いて金銭を交付し、期日に貸付金額の弁済を受けることをいう。

(ウ)みなし利息
・利息制限法
+(みなし利息)
第三条  前二条の規定の適用については、金銭を目的とする消費貸借に関し債権者の受ける元本以外の金銭は、礼金、割引金、手数料、調査料その他いかなる名義をもってするかを問わず、利息とみなす。ただし、契約の締結及び債務の弁済の費用は、この限りでない。

(エ)賠償額予定の制限
・利息制限法
+(賠償額の予定の制限)
第四条  金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定は、その賠償額の元本に対する割合が第一条に規定する率の一・四六倍を超えるときは、その超過部分について、無効とする。
2  前項の規定の適用については、違約金は、賠償額の予定とみなす。

(3)営業的金銭消費貸借に対する規制
・利息制限法
+(元本額の特則)
第五条  次の各号に掲げる利息に関する第一条の規定の適用については、当該各号に定める額を同条に規定する元本の額とみなす。
一  営業的金銭消費貸借(債権者が業として行う金銭を目的とする消費貸借をいう。以下同じ。)上の債務を既に負担している債務者が同一の債権者から重ねて営業的金銭消費貸借による貸付けを受けた場合における当該貸付けに係る営業的金銭消費貸借上の利息 当該既に負担している債務の残元本の額と当該貸付けを受けた元本の額との合計額
二  債務者が同一の債権者から同時に二以上の営業的金銭消費貸借による貸付けを受けた場合におけるそれぞれの貸付けに係る営業的金銭消費貸借上の利息 当該二以上の貸付けを受けた元本の額の合計額


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刑事訴訟法 事例演習刑事訴訟法 14 訴因の特定


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1.訴因の特定

+第二百五十六条  公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
○2  起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
一  被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
二  公訴事実
三  罪名
○3  公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない
○4  罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
○5  数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。
○6  起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。
・訴因は罪となるべき事実と日時・場所・方法とにより構成される。
・訴因の中核的要素は「罪となるべき事実」であり、日時・場所・方法は、これを特定するための手段に過ぎない。
+判例(S37.11.28)白山丸事件
理由 
 弁護人諫山博、同谷川宮太郎の上告趣意第一点について。 
 憲法二二条二項の外国に移住する自由には、外国へ一時旅行する自由をも含むものと解すべきではあるが、外国旅行の自由といえども、無制限に許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきであること、及び、旅券の発給を拒否することができる場合を規定した旅券法一三条一項五号が、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のために合理的な制限を定めたものと解すべきであることは、すでに当裁判所判例(昭和二九年(オ)八九八号、同三三年九月一〇日大法廷判決、集一二巻一三号一九六九頁)の示すところであり、また、出入国管理令六〇条は、出国それ自体を法律上制限するものではなく、単に出国の手続に関する措置を定めたに過ぎないのであつて、かかる手続のために、事実上、出国の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしても、それは同令一条に規定する本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行なうという目的を達成する公共の福祉のために設けられたものであつて、もとより憲法二二条二項に違反するものと解することはできないから、この点に関する所論は、採ることを得ない。 
 なお、原判決は、証拠に基づき、日本政府は、旅券下附申請者が共産党員なるの一事を以て、旅券法による旅券の発給を拒否したことはないとの事実を認定しているのであるから、所論憲法一四条違反の主張は、原判示に副わない事実を前提とするものであり、適法な上告理由に当らない。 
 同第二点について。 
 所論は、独自の見解を以てする単なる法令違反の主張を出でないものであつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。 
 同第三点について。 
 所論は、判例違反をいう点もあるが、引用の各判例は、事案を異にして本件に適切でなく、その余の所論は、単なる訴訟法違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。 
 なお、本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬までの間に、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦より本邦外の地域たる中国に出国したものである」というにあつて、犯罪の日時を表示するに六年余の期間内とし、場所を単に本邦よりとし、その方法につき具体的な表示をしていないことは、所論のとおりである。 
 しかし、刑訴二五六条三項において、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。 
 これを本件についてみるのに、検察官は、本件第一審第一回公判においての冒頭陳述において、証拠により証明すべき事実として、(一)昭和三三年七月八日被告人は中国からA丸に乗船し、同月一三日本邦に帰国した事実、(二)同二七年四月頃まで被告人は水俣市に居住していたが、その後所在が分らなくなつた事実及び(三)被告人は出国の証印を受けていなかつた事実を挙げており、これによれば検察官は、被告人が昭和二七年四月頃までは本邦に在住していたが、その後所在不明となつてから、日時は詳らかでないが中国に向けて不法に出国し、引き続いて本邦外にあり、同三三年七月八日A丸に乗船して帰国したものであるとして、右不法出国の事実を起訴したものとみるべきである。そして、本件密出国のように、本邦をひそかに出国してわが国と未だ国交を回復せず、外交関係を維持していない国に赴いた場合は、その出国の具体的顛末についてこれを確認することが極めて困難であつて、まさに上述の特殊事情のある場合に当るものというべく、たとえその出国の日時、場所及び方法を詳しく具体的に表示しなくても、起訴状及び右第一審第一回公判の冒頭陳述によつて本件公訴が裁判所に対し審判を求めようとする対象は、おのずから明らかであり、被告人の防禦の範囲もおのずから限定されているというべきであるから、被告人の防禦に実質的の障碍を与えるおそれはない。それゆえ、所論刑訴二五六条三項違反の主張は、採ることを得ない。 
 弁護人田代博之、同福島等の上告趣意について。 
 所論は、結局において、前記弁護人諫山博、同谷川宮太郎の上告趣意第一点と同趣旨に帰し、その理由がないことは、同弁護人らの右論旨につき説示したとおりであるから、論旨は、採ることができない。 
 よつて刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。 
 この判決は、裁判官奥野健一の補足意見あるほか裁判官全員一致の意見によるものである。
+補足意見 
 裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。 
 弁護人諌山博、同谷川宮太郎の上告趣意第三点について。 
 本件公訴事実は、本件起訴状の記載と検察官の冒頭陳述による釈明とを綜合考察するときは、被告人が昭和三三年七月八日中国からA丸に乗船し同月一三日に本邦に帰国した事実に対応する出国の事実、すなわち右帰国に最も接着、直結する日時における出国の事実を起訴したものと解すべきである。 
 然らば、右帰国に対応する出国の事実は理論上ただ一回あるのみであつて、二回以上あることは許されないのであるから、本件公訴事実たる出国の行為は特定されており、その日時、場所、方法について明確を欠くといえども、なお犯罪事実は特定されていると言い得べく、本件起訴を以つて、不特定の犯罪事実の起訴であつて刑訴二五六条に違反する不適法なものということはできない。 
 若し本件起訴の事実が、起訴状記載の如く単に、昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬までの間における被告人のした中国への出国の事実というだけであるとすれば、その期間内における被告人の中国への出国の行為は、理論上ただ一回のみであると断定することはできないことは明白である。従つてその期間内に二回以上の出国行為があつたとすれば各出国行為は各独立の犯罪であり、併合罪の関係に立つのであるから、右起訴状の記載だけでは、そのうち何れの出国の事実が起訴になつたのか、将またその間のすべての出国行為について起訴があつたのか不明確であり、かかる起訴に対し仮令有罪の判決があつたとしても、判決の確定力が何れの出国行為について生ずるのか、また全部の各出国行為に及ぶのか不明である(かかる場合に、全部の出国行為につき確定判決を経たものと解することは到底できない)。また、被告人の防禦も何れの出国の事実についてなすべきか、その間のすべての出国行為についてなすべきかも全く不明であり防禦権の範囲に関し被告人は不利益な地位に置かれることになる。要するに、何れの出国行為を指すかを釈明できない場合において本件起訴状記載の如き公訴事実とすれば、二重起訴の虞を招き、判決の既判力の範囲が不明確であり、被告人の防禦権に著しい不利益を及ぼすものであつて、刑訴二五六条に違反し、公訴事実の特定を欠く不適法な起訴たるを免れない。しかし、私見によれば前記A丸による帰国に対応する出国の事実のみが起訴されたものと解するが故に仮りにそれ以外の出国行為があつたとしても本件においては起訴の対象になつておらず、従つて判決の確定力もかかる出国の事実には及ばないのである。 
 (裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奧野健一 裁判官 高木常七 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 斎藤朔郎) 
・訴因の特定
識別説
罪となるべき事実が「他の犯罪事実と区別(識別)できる程度に特定されているかどうか」(審判対象の画定)
・「罪となるべき事実」
=刑罰法令の構成要件に該当する具体的な事実
→訴因が特定しているといえるためには、まずもって、被告人の行為が特定の犯罪構成要件に該当するかどうかを判定するに足る程度に具体的事実を明らかにすることが必要!
+判例(S58.5.6)
理由 
 弁護人梶川俊吉の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、第一審判決は、罪となるべき事実中の被告人の本件行為として、被告人が、未必の殺意をもつて、「被害者の身体を、有形力を行使して、被告人方屋上の高さ約〇・八メートルの転落防護壁の手摺り越しに約七・三メートル下方のコンクリート舗装の被告人方北側路上に落下させて、路面に激突させた」旨判示し、被告人がどのようにして被害者の身体を右屋上から道路に落下させたのか、その手段・方法については、単に「有形力を行使して」とするのみで、それ以上具体的に摘示していないことは、所論のとおりであるが、前記程度の判示であつても、被告人の犯罪行為としては具体的に特定しており、第一審判決の罪となるべき事実の判示は、被告人の本件犯行について、殺人未遂罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、右構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白にしているものというべきであり、これと同旨の原判断は相当であるから、所論は前提を欠き、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。よつて、同法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮﨑梧一 裁判官 大橋進) 
・どの構成要件に該当するのか。構成要件を充足する事実を洩れなく示すものか。
+判例(H56.4.25)吉田町覚せい剤事件
理由 
 弁護人平川実の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 なお、職権により判断すると、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五四年九月二六日ころから同年一〇月三日までの間、広島県高田郡a町内及びその周辺において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩類を含有するもの若干量を自己の身体に注射又は服用して施用し、もつて覚せい剤を使用したものである。」との本件公訴事実の記載は、日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を欠くところがあるとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、覚せい剤使用罪の訴因の特定に欠けるところはないというべきである。 
 よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 本山亨 裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝) 
・被告人の死亡は1回限りで他の犯罪事実との識別が可能!
+判例(H14.7.18)
理由 
 弁護人南出喜久治の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。 
 なお、所論にかんがみ、けん銃発射の点につき、職権で判断する。 
 原判決の認定及び記録によれば、被告人は、民家等の立ち並ぶ国道上を走行中の普通乗用自動車内において、助手席に乗車していた被害者に対し、背後から、所携の回転弾倉式けん銃を、銃口を下向きにして同人の左肩部に突き付け、体内に向けて弾丸1発を発射したものであると認められる。 
 以上の事実関係の下においては、被告人のけん銃発射行為は、不特定又は多数の者の用に供される場所であることが明らかな道路上においてされたものと認められるから、被告人の行為が銃砲刀剣類所持等取締法3条の13、31条のけん銃等発射罪に当たるとした原判断は、正当である。 
 よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 才口千晴 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎) 
++解説
《解  説》
 1 判示事項と関係する本件の事実関係は,被告人が,民家等の立ち並ぶ国道上を走行中の普通乗用自動車内において,助手席に乗車していた被害者に対し,背後から,所携の回転弾倉式けん銃の銃口を下向きにして同人の左肩部に突き付けて体内に向けて弾丸1発を発射し,同人を殺害した,というものである。
 2 銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)3条の13,31条に規定されるけん銃等発射罪は,平成7年の同法の改正により新設されたものであり,不特定又は多数の者の用に供される場所等におけるけん銃等発射行為につき,無期又は3年以上の懲役に処すものとしている。本罪の制定趣旨は,国民に多大な不安感を与えるけん銃等使用犯罪を重罰の威嚇の下に抑止することにあり,罪質は,公共の静穏を害する行為を処罰する抽象的公共危険犯であると解されている(辻義之ほか「銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律について」警論48巻8号66頁以下,加藤昭「銃砲刀剣類所持等取締法(14)」研修626号86頁)。そして,本罪の成立には,けん銃等の発射が「道路,公園,駅,劇場,百貨店その他の不特定若しくは多数の者の用に供される場所若しくは電車,乗合自動車その他の不特定若しくは多数の者の用に供される乗物に向かって,又はこれらの場所若しくはこれらの乗物において」されたことが要件とされているが,これは,犯行場所を類型的に公共の静穏が害される蓋然性の高い場所に限定するために設けられたものと解される(加藤・前掲89頁注)。
 3 被告人は,1審以来,閉鎖空間である自動車内でされた本件けん銃発射行為は,発射罪の場所的要件を欠き,同罪を構成しないと主張したが,1,2審判決は,いずれも,弾丸が発射された当時,本件車両は不特定若しくは多数の者の用に供される場所であることに疑いがない公道上を走行していたから,けん銃等発射罪の場所的要件に欠けるところはないとして,同罪の成立を認め,本決定も,要旨のとおりの職権判断を示して原判断を是認した。
 4 けん銃等発射罪の場所的要件に関しては,法文に例示されている場所等のほかにどのような場所等が「不特定又は多数の者の用に供される場所等」に該当するのか,また,例示されている場所等であっても人の利用・出入りが予想される状態にない場合になお場所的要件が肯定されるのかなどをめぐって議論がある(栃木力ほか・司法研究報告書「銃砲刀剣類所持等取締法違反事件の処理に関する実務上の諸問題」277頁以下。なお,場所的要件が争われた裁判例として東京高判平13.9.28高検速報3156号がある。)。自動車内における発射もそのような問題の一場面といえるもので,刑事事件として立件されるケースも少なくないものと見られるが(栃木ほか・前掲287頁以下,保坂和人「銃砲刀剣類所持等取締法の発射罪の成立範囲について」研修668号71頁),本件の原判決(判時1889号148頁)のほか,これまでに公刊物に登載された裁判例はないようである。
 5 本決定は,詳細な理由を明らかにしていないが,以下のような考え方に立つものと思われる。
 すなわち,けん銃等の発射行為が普通乗用自動車内で行われた場合,当該車両自体は,不特定又は多数の者の用に供される場所や乗物に当たらないことが明らかである。また,本件において,被告人は,専ら同乗者の体内に向けて下向きにけん銃を発射しており,車外の道路等不特定又は多数の者の用に供される場所に向けて発射したものと構成することも困難である。しかしながら,自動車内が閉鎖空間であるといっても,けん銃等の弾丸が窓ガラスや車体を貫通して車外に飛び出すことは容易に想定できるところである。そうすると,その車内でのけん銃等の発射は,車外での発射と同程度の危険性及び不安感を一般人に与えるものといえるのであり,当該車両が走行,停車する場所が,道路その他不特定又は多数の者の用に供される場所であるならば,車内もその所在する場所の属性から隔離されたものではなく,けん銃等発射罪の場所的要件に欠けるところはないといってよいであろう。そして,本罪が抽象的危険犯であることに照らせば,本件けん銃が自動車の外に飛び出す危険があるかなどは,当該車両が装甲車であったなど,特殊な事情のある場合を除けば,問題とする必要はないように思われる。本決定が,発射の場所が国道を走行中の普通乗用自動車内であったことから,端的に「不特定又は多数の者の用に供される場所であることが明らかな道路上においてされたものと認められる」として本罪の場所的要件の充足を肯定しているのは,そのような抽象的公共危険犯としての罪質を前提としたものと解される。
 6 本決定は,事例判断を示したものであるが,けん銃等発射罪の場所的要件該当性に関し最高裁判所が初めて判断を示したケースである。また,個人が使用する自動車内におけるけん銃発射行為につき,けん銃等発射罪の場所的要件が当該自動車の所在する場所の属性に係ることを明らかにした点において,先例としての価値が高いものと思われる。
+判例(H17.10.12)
理由 
 弁護人隈井光の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。 
 なお、所論にかんがみ職権により判断するに、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律5条違反の罪(以下「本罪」という。)は、規制薬物を譲り渡すなどの行為をすることを業とし、又はこれらの行為と薬物犯罪を犯す意思をもって薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡すなどの行為を併せてすることを業とすることをその構成要件とするものであり、専ら不正な利益の獲得を目的として反復継続して行われるこの種の薬物犯罪の特質にかんがみ、一定期間内に業として行われた一連の行為を総体として重く処罰することにより、薬物犯罪を広く禁圧することを目的としたものと解される。このような本罪の罪質等に照らせば、4回の覚せい剤譲渡につき、譲渡年月日、譲渡場所、譲渡相手、譲渡量、譲渡代金を記載した別表を添付した上、「被告人は、平成14年6月ころから平成16年3月4日までの間、営利の目的で、みだりに、別表記載のとおり、4回にわたり、大阪市阿倍野区王子町2丁目5番13号先路上に停車中の軽自動車内ほか4か所において、Aほか2名に対し、覚せい剤である塩酸フエニルメチルアミノプロパンの結晶合計約0.5gを代金合計5万円で譲り渡すとともに、薬物犯罪を犯す意思をもって、多数回にわたり、同市内において、上記Aほか氏名不詳の多数人に対し、覚せい剤様の結晶を覚せい剤として有償で譲り渡し、もって、覚せい剤を譲り渡す行為と薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡す行為を併せてすることを業としたものである。」旨を記載した本件公訴事実は、本罪の訴因の特定として欠けるところはないというべきである。 
 よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 才口千晴) 
++解説
《解  説》
 1 本件は,被告人が,覚せい剤等の密売を業としたという麻薬特例法5条違反の罪(以下「本罪」という。)の事案であり,問題とされた論点は,本件における公訴事実が,4回の覚せい剤譲渡行為が特定されているほかは,「多数回にわたり,氏名不詳の多数人に対し,有償で譲り渡した」などの概括的な記載となっていることが,「訴因を明示するには,できる限り日時,場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定する刑訴法256条3項の要請を満たすといえるかどうかという点である。
 本罪は,平成4年の法制定に伴い設けられたものであるところ,本件のような訴因の記載は,法施行当初から一般的であったわけではないが(古田佑紀監修・実務新薬物五法36頁,河原俊也「麻薬特例法の実体規定の解釈をめぐる諸問題」判タ1172号47頁等参照),現在では一般的となったといえるものの,時折本件同様の主張がされて争われることがあったものである。本決定は,本件公訴事実の記載は本罪の訴因の特定として欠けるところはない旨を判示して,この点に関する実務的な決着を付けたものといえる。
 2 訴因の特定・明示に関する最高裁判例には,①中国への密出国の事案であるいわゆる白山丸事件に係る最大判昭37.11.28刑集16巻11号1633頁,判タ140号69頁,②覚せい剤使用の否認事件に係る最一小決昭56.4.25刑集35巻3号116頁,判タ441号110頁,③暴行態様等の表示が概括的である傷害致死事件に係る最一小決平14.7.18刑集56巻6号307頁,判タ1105号140頁があるが,本件をこれらの事案と比較すると,本罪は,規制薬物の譲渡し等の行為を業とすることをその構成要件とするものであって,もともと典型例としては多数の譲渡行為等の存在が想定されているところ,これらの行為を業として行った始期と終期を記載した上,個々の行為を可能な範囲で特定して記載したものであることに特徴があると思われる。
 3 一般に,構成要件上,その内容たる行為に数個の同種類の行為が予想されているいわゆる集合犯や包括一罪においては,訴因の特定は,併合罪の場合とは異なり,犯罪を構成する個々の行為の特定性が低くとも,全体として特定されていれば足りるとの見解が,判例(東京高判昭27.5.27高刑5巻5号870頁,東京高判昭29.9.29高刑特1巻8号337頁,名古屋高判昭30.1.25高刑特2巻1~3号20頁等)・学説(藤永幸治ほか編・大コンメンタール刑事訴訟法(4)182頁等)により支持されてきた。その実際的な理由の一つは,同種の行為が多数回にわたって繰り返し行なわれた場合,その始期と終期や被害の合計等は判明しても,各行為は特定し得ないということがあるが,そのような場合に全行為について犯人の責任を問えないという結論は不合理であるという点にあるといえよう(熊谷弘ほか編・公判法大系Ⅰ141頁〔土本武司〕等参照)。
 最高裁判例では,④最三小決昭61.10.28刑集40巻6号509頁,判タ624号140頁が,賭博遊技機を設置した遊技場の経営者が不特定多数の遊技客との賭博を反覆継続した事案について,営業継続期間全般にわたり行われた各賭博行為を一個の常習賭博罪と認定する場合には,遊技場の所在地,営業継続期間,遊技機の種類・台数,賭博の態様を摘示した上,「右期間中,常習として,甲ほか不特定多数の賭客を相手とし,多数回にわたり,右遊技機を使用して賭場をした」旨判示した程度であっても,常習賭博罪の罪となるべき事実の具体的摘示として欠けるところはないと判示している。一般に,刑訴法335条1項における罪となるべき事実の特定と本件で問題とされている訴因の特定とでは,必要とされる特定の程度に関しては同様であると解されている(昭61最判解説(刑)269頁〔池田修〕等)から,この判旨は本件でも参考になると思われる。もっとも,この事案は,遊技場経営者としては,遊技機を設置し客が使用できる状態にして営業を継続するだけで,客がこれを使用して賭博行為をすれば自動的にその客との間で賭博が行われることになるという特殊な犯罪形態のものであり,場所と相手と賭博の種類をその都度変えるといった形態のものを考えると,個々の賭博行為は個性,独自性が強いから,それらを特定すべき要請はより強くなるであろうとも指摘されていた(池田・前掲268頁)。本件において概括的に記載された譲渡行為は,「覚せい剤様の結晶を覚せい剤として有償で譲り渡す」という限度では共通するものの,譲渡の日時,場所,相手,量,代金はそれぞれ異なるのが通例であるから,前記事案と単純に同視することはできないともいえよう。
 4 本決定は,本罪が,専ら不正な利益の獲得を目的として反復継続して行われるこの種の薬物犯罪の特質にかんがみ,一定期間内に業として行われた一連の行為の総体を一罪として重く処罰することにより,薬物犯罪を広く禁圧することを目的としたものと解されると指摘した上,このような本罪の罪質等に照らせば,本件公訴事実は本罪の訴因の特定として欠けるところはないと判示した。立法担当者の解説においても,この種の薬物犯罪については,従来の処罰体系の枠を超えたより悪質な行為類型として,その実態に即した加重処罰規定を設ける必要があること,従来の犯罪構成要件を前提として没収規定を適用した場合には,総体としては薬物犯罪の収益である証明ができても個々の行為との結び付きの証明ができなければその収益を没収できないことになり,犯罪の実態に即した十分な対応が困難であることを考慮して,本条の規定を設けたものであるとされている(古田佑紀=斉藤勲編・大コンメンタール薬物五法Ⅰ29頁)。そして,本条にいう「…を業とした」とは,規制薬物の輸出入等の各罪に当たる行為が必ず含まれていなければならず,それを反復継続して行う意思の下に,業態的,営業的活動と認められる形態で行うことを要するが,これらの行為が行われたことが認められ,業とする意思の発露と見られる行為が認められる以上,密輸出入等の行為が具体的に個々に特定できなくても,理論的には本罪の成立を妨げないとされていたところである(同30頁)。換言すると,本罪では,「業とした」という特殊な構成要件を規定した立法意図自体において,個々の譲渡等の行為に不特定性がある場面を想定したものであったから,個々の行為をすべて特定して記載することが必要不可欠の要素でないことは,その当然の帰結であるともいえよう(井上弘通ほか「没収保全及び追徴保全に関する実務上の諸問題」司法研究報告書55輯2号66頁参照)。そして,人目を盗んで反復継続して行われる薬物取引という犯罪行為の性質に照らしても,このような立法には十分な合理性と必要性があったと思われる。これに対し,前記④の判例は集合犯の中でも常習犯の事例であり,常習犯は営業犯ないし業態犯と異なり一般に個々の行為の個性・独自性が乏しいとはいえないため(例えば,常習累犯窃盗の訴因においては,各窃取行為は併合罪の場合と同様に特定されなければならないであろう。),前記のような説明がされたものであると考えられる。
 もっとも,近時の文献には,本罪は薬物密売等を「業とした」ことを処罰の対象としており,その前提となる個別行為(譲渡行為等)は本罪の実行行為ではないとの趣旨の記述も見られる(遠藤秀一「麻薬特例法事犯の証拠収集のポイント(1)」捜査研究646号6頁)。しかし,このような理解については,立法担当者の前記解説や,密売事案において売上代金のみを必要的没収・追徴の対象たる「犯罪行為により得た財産」として没収・追徴している現在の実務(本件もその一例である。)との整合性等について,検討を要する点があるように思われる(この点につき,近時の最三小決平17.7.22判タ1189号189頁参照)。
 5 さらに,前記①の白山丸事件判決は,訴因の特定を求める目的を「裁判所に対し審判の対象を限定するとともに,被告人に対し防禦の範囲を示すこと」としているところ,本件で審判の対象となっているのは,特定された期間における「覚せい剤を譲り渡す行為と覚せい剤様の結晶を覚せい剤として譲り渡す行為を併せてすることを業とした」行為であり,他の犯罪事実との区別・識別に問題はないし,一事不再理効が及ぶ範囲も明確であるといえよう。また,被告人としては,個別の譲渡行為を争えることはもとより,「多数回にわたる多数人に対する譲渡」についても,密売の実態や売上に関する関係者の供述,押収されたメモ等の証拠物等の検察官提出証拠を弾劾する反証や,犯行期間とされる時期には実行犯とされる者は犯行場所とされる地区に不在であった等の反証も可能であって,被告人が防御し得ないような不特定な訴因であるとはいえないであろう。本決定が本件公訴事実は訴因の特定に欠けるところはないとした理由には,このような考慮もあったのではないかと思われる。
 6 以上のとおり,本決定は,実務において折に触れ争われてきた本罪における訴因の特定という問題に最高裁が初めて判断を示したものである上,法理論的にも興味深い点があり,その意義は少なくないと思われる。
+判例(S61.10.28)
理由 
 弁護人筒井健の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決が犯罪事実として認定しない事実について没収、追徴の裁判をしたものではないから、所論は前提を欠き、その余は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 なお、原判決は、罪となるべき事実として、被告人が賭博遊技機を設置した遊技場の所在地、右遊技場の営業継続期間、遊技機の種類・台数、賭博の態様を摘示したうえ、被告人が、「Aと共謀のうえ、右期間中、常習として、Bほか不特定多数の賭客を相手とし、多数回にわたり、右遊技機を使用して賭博をした」旨判示している。このように、多数の賭博遊技機を設置した遊技場を経営する者が、不特定多数の遊技客との賭博を反覆継続した場合につき、右遊技場の営業継続期間の全般にわたつて行われた各賭博行為を包括した一個の常習賭博罪と認定する際は、右の程度の判示で常習賭博罪の罪となるべき事実の具体的摘示として欠けるところはない。 
 よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦 裁判官 坂上壽夫) 
2.訴因の特定と求釈明
・訴因が特定していない場合裁判所としては
+第三百三十八条  左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。
一  被告人に対して裁判権を有しないとき。
二  第三百四十条の規定に違反して公訴が提起されたとき。
三  公訴の提起があつた事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき。
四  公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき
・求釈明をする。
程度が軽い場合、裁判所は検察官に釈明を求める義務があり(求釈明義務・規則208条1項)、釈明を求めてもなお検察官がこれに応じない場合にはじめて控訴棄却すべき
+判例(S33.1.23)
理由 
 弁護人浜田三平、同小林澄男の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の判例は、旧刑訴三六〇条一項の解釈に関するもので、判決における併合罪にかかる罪となるべき事実の判示方法についてなされたものであり、所論の原判示は、新刑訴二五六条に関するもので、起訴状における訴因の明示方法についてなされたものである。それ故、引用の判例は本件に適切でないから、判例違反の主張は前提を欠き採ることをえない。その余の論旨は、単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由に当らない。 
 同第二点は、原判決は昭和二五年三月四日の東京高等裁判所の判例に違反すると主張する。なるほど原判決は、所論引用の判例には違反するかどがある。しかし、右判例は、その後同一の一二部において改められ、訴因の記載が明確でない場合には、検察官の釈明を求め、もしこれを明確にしないときにこそ、訴因が特定しないものとして公訴を棄却すべきものであると判示するに至つた(高裁判例集五巻二号一三二頁)。そして、刑訴二五六条の解釈としては、この後の判決の説明を当裁判所においても是認するのである。それ故、判例違反の論旨は理由がない。 
 同第三点は、原判決は憲法三九条に違反すると主張する。しかし、憲法三九条後段において同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われないというのは、同じ犯行について二度以上罪の有無に関する裁判を受ける危険にさらさるべきものではないという根本思想に基くものであり、その危険とは、同一の事件においては、訴訟手続の開始から終末に至るまでの一つの継続状態と見るを相当とすることは、大法廷判決(判例集四巻九号一八〇六頁)の趣旨とするところである。だから、一審の手続も、控訴審の手続も、また上告審のそれも、同一の事件においては継続せる一つの危険の各部分たるに過ぎないのである。したがつて同じ事件においては、いかなる段階においても唯一の危険があるのみであつて、そこには二重危険または二度危険というものは存在しないわけである。それ故、所論の事由をもつて、原判決は、憲法三九条後段に違反するという論旨は採ることをえない。 
 同第四点は、原判決は昭和二五年七月二九日の東京高等裁判所の判例に違反すると主張する。なるほど所論家賃統制額は、事実認定事項ではなく、法規判断事項である。しかし、原判示は所論福岡市長作成の回答書を証拠として家賃統制額を認定する趣旨を有するものではなく、右回答書記載の家賃統制額は、第一審判示第二の事実認定資料に供されているその余の証拠に参照しても、正当なる本件統制額であると法規判断上認めて差し支えないという趣旨を有することは明らかである。それ故、原判決には何ら所論の違法もなく、判例違反もない(引用の判例は全く本件に適切でない)。論旨は採ることをえない。 
 同第五点は、判例違反をいうが、その実質は単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由に当らない。所論引用の判例は本件に適切でなく、判例違反の主張は前提を欠き採ることをえない。(なお、所論の経験則違反は認められない。) 
 同第六点は、判例違反をいうが、所論引用の判例は本件とは事案を異にし本件に適切でなく、判例違反の主張は前提を欠き採ることをえない。(なお、刑法の解釈としても、論旨を正当と認めることはできない)。 
 同第七点は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由と認め難い。(なお、刑法三五条の解釈としても、判示事実は店主の監督行為の限界を越えているものであり、とうてい正当行為とは認められない)。よつて刑訴同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判 官真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎) 
・公訴棄却判決には、一事不再理効はなく、再訴が許される
・訴因の補正
訴因の特定が不十分など訴因の記載に瑕疵があって、そのままでは起訴が無効となる可能性があるときに、その瑕疵を除去して完全なものにする訴訟行為
・訴因の補正は一般的には訴因変更と同様の手続きによることが適切
+判例(H21.7.16)
・共謀の日時場所内容について記載がなくとも、訴因は特定している・・・
・裁量的求釈明がなされることも・・・
・訴因の特定に不可欠とはいえない事項(裁判所の裁量的求釈明の対象)は、検察官が釈明しても、訴因の内容となることはなく、裁判所がこれと異なる認定をするためには訴因変更の手続きをする必要はない!!!!!
3.日時・場所・方法の概括的記載
・明らかにすることのできない特殊事情
・当時の証拠によりできる限り特定した
4.設問の解決
・死亡したのは1回限りだから、他の犯罪事実の識別可能。
・特定の構成要件に該当するかどうかを判定するに足る程度に具体的事実を明らかにしているかどうか。
・概括的記載
概括的記載部分と明確に記載された部分とが相まって、特定の構成要件に該当するかどうかを判定するに足る程度に具体的事実が明らかにされればよい。
・特殊事情
QA
・訴因は、公訴提起の時点で特定していればよいというわけのものではなく、訴因が審判対象である以上、公訴心理の間を通じて要求される!!
=起訴状記載の公訴事実が、特殊な事情から訴因の具体的表示ができない場合であっても、右特殊な事情が解消し、これが可能となり、可能となった訴因により有罪判決をする場合には、裁判所は訴因変更の手続きをとって訴因を特定しなければならない!!!!!!
PT


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刑法 刑事実体法演習 第4講 具体的事実の錯誤、共犯の錯誤


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1.設例へのアプローチ
(1)B及びCの罪責について
(2)Aの罪責について

2.B及びCの罪責
(1)具体的事実の錯誤
ア 問題の所在
行為者が認識した事実と現実に生じた結果との間に食い違い
故意が認められるか問題となる

イ 学説
具体的事実の錯誤の場合に行為者に故意が認められるかどうかは、故意の本質に遡って考える。
故意とは、犯罪の構成要件に該当する事実(犯罪事実)を認識認容することであり、行為者が犯罪事実を認識した場合には、反対動機の形成が可能になるが、それにもかかわらず、あえてそれを乗り越える意思に対する非難である。
→反対動機の形成可能性があるかがポイント
→行為者が認識した事実と現実に生じた結果がどの程度まで符合しないといけないのか

法定的符合説=構成要件の範囲内で付合していればよい

ウ 設例の検討

(2)窃盗罪における実行の着手
ア 問題の所在
窃盗未遂の成立・・・

イ 実行の着手の意義
実行の着手=法益侵害の現実的危険がある行為に着手したときをいう。

ウ 窃盗罪の実行の着手時期
窃盗の態様や財物の財物の形状等により異なる。
物色時説。
倉庫とかは侵入時。

エ 設例の検討

(3)強盗致傷罪の成否
ア 問題の所在
イ 事後強盗罪の構成要件
+(事後強盗)
第二百三十八条  窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために、暴行又は脅迫をしたときは、強盗として論ずる。

・事後強盗罪の暴行、脅迫の相手方は、被害者に限らず、被害者の呼応に応じて追跡する者、警察官、目撃者等、目的を遂げるうえで障害となる者すべてを含む
+判例(H14.2.14)
理由
弁護人立田廣成の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも適法な上告理由に当たらない。
なお、原判決の認定によれば、被告人は、被害者方で指輪を窃取した後も犯行現場の真上の天井裏に潜んでいたところ、犯行の約1時間後に帰宅した被害者から、窃盗の被害に遭ったこと及びその犯人が天井裏に潜んでいることを察知され、上記犯行の約3時間後に被害者の通報により駆け付けた警察官に発見されたことから、逮捕を免れるため、持っていた切出しナイフでその顔面等を切り付け、よって、同人に傷害を負わせたというのである。【要旨】このような事実関係によれば、被告人は、上記窃盗の犯行後も、犯行現場の直近の場所にとどまり、被害者等から容易に発見されて、財物を取り返され、あるいは逮捕され得る状況が継続していたのであるから、上記暴行は、窃盗の機会の継続中に行われたものというべきである。したがって、被告人に強盗致傷罪の成立を認めた原判断は、相当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)

++解説
《解  説》
一 本件は、刑法二三八条の事後強盗罪における窃盗と暴行との関連性が問題となった事案である。
被告人は、窃盗等いくつかの訴因で起訴されたが、強盗致傷の訴因について、その前提となる事後強盗の成否が争われた。すなわち、被告人は、平屋建ての一軒家である被害者方において、指輪一個を窃取した上、同家屋の天井裏に潜んでいたところ、窃盗の犯行の約三時間後に帰宅した被害者に気付かれ、通報を受けて臨場した警察官に発見され、その逮捕を免れるため、持っていた切出しナイフで、警察官の顔面などに切り付け、よって、同人に加療三週間の傷害を負わせたとして、強盗致傷罪で起訴された。
一審において、弁護人が強盗致傷罪の成立を争ったところ、一審の仙台地裁は、この主張を容れ、強盗致傷罪の成立を否定して、窃盗と傷害の成立を認めるにとどまった。仙台地裁は、その理由として、①被告人の暴行が窃盗から約三時間隔たりがあること、②被告人が窃盗の現場にとどまったのは、たまたま家出中であったことから、寝泊まりする場所を確保するために天井裏に潜んでいたにすぎないこと、③天井裏は家人が頻繁に上がる場所でない上、そこに人がいることは容易に判明しないから、窃盗行為が行われた居室内とは距離的に近接していても隔絶した空間と評価できることなどを挙げ、本件暴行は、窃盗の機会継続中にされたものとは認められないと判示した。
これに対し、検察官が事実誤認等を理由として控訴を申し立てたところ、原審の仙台高裁(高刑集五三巻一号二一頁、本誌一〇三八号二九五頁)は、検察官の主張を容れ、強盗致傷罪の成立を認め、一審判決を破棄した。仙台高裁は、その理由として、①本件窃盗の犯行場所は、被害者方六畳間であるのに対し、被告人が潜んでいた場所は、その部屋の真上の天井裏であって、窃盗現場との場所的な接着性は明らかであること、②窃盗の犯行後約三時間経過しているとはいえ、被告人は、窃盗行為の約一時間後に帰宅した被害者から、天井裏に潜んでいるのを察知され、窃盗を終えた後も、盗品である指輪を所持しながら窃盗の現場である被害者方にとどまり続け、その間更なる窃盗の犯意を持ち続けていたのであるから、窃盗の犯行との時間的接着性もあることを挙げ、被告人は、警察官に対して暴行を振るった時点においては、いまだ被害者らの追及から離脱してはおらず、直ちに盗品を取り返されるか、逮捕される可能性が残されていたから、本件暴行は、窃盗の機会継続中に行われたものと認められると判示した。
二 本決定は、弁護人の上告趣意を適法な上告理由に当たらないとしてしりぞけた上、職権で本件における事後強盗の成否について判断を示し、窃盗犯人が他人の居宅で財物を窃取した後もその天井裏に潜み、犯行の約三時間後に駆け付けた警察官に対し逮捕を免れるため暴行を加えたなど判示の事実関係の下においては、その暴行は、窃盗の機会の継続中に行われたものというべきであると判示して、強盗致傷罪の成立を認めた原判決の判断を是認した。

三 刑法二三八条は、「窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪証を隠滅するために、暴行又は脅迫をしたときは、強盗として論ずる。」と定めている。これは、窃盗犯人が窃盗の既遂に達した後、あるいは窃盗の実行に着手してからその遂行の意思を放棄した後に、一定の目的で暴行・脅迫を加える行為が、その態様において、財物奪取の手段として暴行・脅迫を用いる刑法二三六条の強盗罪と同視し得る違法性を帯びることに着目し、これを強盗罪と同様に厳罰に処する趣旨で設けられたものと説明されている。
刑法二三八条の条文からは明らかではないが、書かれざる構成要件として、「窃盗の機会継続中に暴行・脅迫が行われること」あるいは「窃盗と暴行・脅迫との間に密接な関連性があること」を要するとするのが、判例・通説である。これは、事後強盗罪を本来の強盗罪と同視し得るためには、暴行・脅迫が、窃盗行為の終了後、又は窃盗の犯意を放棄した後間もない時間内に行われたことを要すると解されるからである(藤木英雄・注釈刑法(6)一一一頁)。
従来の判例においては、窃盗犯人が窃盗の犯行現場から継続して追跡されている事案について、暴行・脅迫が窃盗から時間的に離れていても、比較的緩やかに、窃盗の機会継続中であると認められていたといえる(大判昭8・6・5刑集一二巻六四八頁、広島高判昭28・5・27高刑特三一号一五頁等)。もっとも、高裁判例の中には、窃盗犯人が追跡を受けることなくいったん安全な場所へ逃げた後の暴行と評価される場合に、窃盗の機会継続性が否定されたもの(福岡高判昭29・5・29高刑集七巻六号八六六頁)や、窃盗犯人が追跡を受けることなくいったん安全な場所へ逃げた後、窃盗の犯行現場に舞い戻って暴行を加えた事案において、窃盗の機会継続性が否定されたもの(東京高判昭45・12・25高刑集二三巻四号九〇三頁、本誌二五九号二〇六頁)もあった。

四 本件は、一種の現場滞留型の事案であり(千葉地木更津支判昭53・3・16判時九〇三号一〇九頁がこの類型に属し、窃盗から約一一時間後に、被告人方で寝入ったままの被害者を殺害した事案について、窃盗の機会継続中に殺害が行われたものと認めている。)、被告人が窃盗の犯行後、その犯行現場である六畳間の天井裏に居続け、窃盗の犯行の約三時間後に暴行に及んだという点に特徴がある。本件においては、被告人が潜んでいて警察官に暴行を加えた場所は、窃盗の犯行現場の真上であるから、場所的な接着性があることは明らかであり、窃盗の犯行の約三時間後に暴行に及んだという点についても、それ以前から被害者に天井裏に潜んでいることを察知されているのであるから、時間的接着性を認める妨げとならないであろう。本決定は、このような判断から、窃盗の機会継続性を認めた原判決の判断を是認したものと思われる。
原判決に問題があるとすれば、被告人が被害者方にとどまっていた間も更なる窃盗の犯意を持ち続けていたことを、窃盗の機会継続性を肯定する上での一つの要素として考慮している点であろう。この点について、原判決は、窃盗の機会継続性の要件の有無を判断するに当たって、窃盗犯人の主観面も考慮に入れたといえるが(神垣・警時五六巻二号四九頁は、窃盗の犯意の単一性と包括一罪と認められる範囲とを関連づけて、窃盗の機会継続性を肯定した原判決を支持する。)、これに対しては、窃盗の機会継続性の要件は、暴行・脅迫に先行する窃盗との関係で決まるべきものであって、暴行・脅迫の時点で、将来にわたって窃盗犯人がどのような意図を有していたかは、事後強盗の成否の判断とは本来関係がないという批判もある(長井・現代刑事法二六号八〇頁)。
本決定は、原判決の事実認定を前提としながら、被告人が窃盗行為が既遂に達した後も、更なる窃盗の犯意を持ち続けていたという点には触れていない。この点については、本決定が、原判決とは異なり、窃盗の機会継続性の要件の判断に当たっては、窃盗犯人の主観面を考慮に入れるべきでないという考え方を採用したとみることもできるが、本件は、窃盗犯人の主観面を考慮に入れるまでもなく、窃盗の機会継続性が認められることが明らかな事案であったので、この点を取り込んだ判示をしなかったもので、窃盗犯人の主観面を考慮に入れてもよいという、原判決のような考え方を必ずしも否定したものではないという見方もできよう。あるいは、犯人が犯行現場の天井裏に居続けるということは、社会的にみて、窃盗の犯行が継続しているとみることもできよう(長瀬・警察公論五六巻一号七五頁は、これに近い立場であるといえる)。この点は、なお今後の事案において判断されるべき課題であるといえよう。
五 本決定は、やや特異な事案に関するものではあるが、窃盗の機会継続性の意義については、事例の集積をまつところが大きいといえるから、実務上も理論上も参考になるものと思われる。

ウ 窃盗の機会
(ア)総説

・窃盗の機会
+判例(H16.12.10)
理由
弁護人北久浩の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は、刑訴法411条1号、3号により破棄を免れない。その理由は、以下のとおりである。
1 原判決の認定及び記録によれば、本件の事実関係は次のとおりである。
(1) 被告人は、金品窃取の目的で、平成15年1月27日午後0時50分ころ、A方住宅に、1階居間の無施錠の掃き出し窓から侵入し、同居間で現金等の入った財布及び封筒を窃取し、侵入の数分後に玄関扉の施錠を外して戸外に出て、だれからも発見、追跡されることなく、自転車で約1km離れた公園に向かった
(2) 被告人は、同公園で盗んだ現金を数えたが、3万円余りしかなかったため少ないと考え、再度A方に盗みに入ることにして自転車で引き返し、午後1時20分ころ、同人方玄関の扉を開けたところ、室内に家人がいると気付き、扉を閉めて門扉外の駐車場に出たが、帰宅していた家人のBに発見され、逮捕を免れるため、ポケットからボウイナイフを取り出し、Bに刃先を示し、左右に振って近付き、Bがひるんで後退したすきを見て逃走した。
2 原判決は、以上の事実関係の下で、被告人が、盗品をポケットに入れたまま、当初の窃盗の目的を達成するため約30分後に同じ家に引き返したこと、家人は、被告人が玄関を開け閉めした時点で泥棒に入られたことに気付き、これを追ったものであることを理由に、被告人の上記脅迫は、窃盗の機会継続中のものというべきであると判断し、被告人に事後強盗罪の成立を認めた。
3 しかしながら、上記事実によれば、被告人は、財布等を窃取した後、だれからも発見、追跡されることなく、いったん犯行現場を離れ、ある程度の時間を過ごしており、この間に、被告人が被害者等から容易に発見されて、財物を取り返され、あるいは逮捕され得る状況はなくなったものというべきである。そうすると、被告人が、その後に、再度窃盗をする目的で犯行現場に戻ったとしても、その際に行われた上記脅迫が、窃盗の機会の継続中に行われたものということはできない
したがって、被告人に事後強盗罪の成立を認めた原判決は、事実を誤認して法令の解釈適用を誤ったものであり、これが判決に影響することは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって、刑訴法411条1号、3号、413条本文により、原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
検察官山本信一 公判出席
(裁判長裁判官 津野修 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷玄 裁判官 滝井繁男)

++解説
《解  説》
1 本件は,事後強盗における「窃盗の機会の継続性」が問題となった事案である。事案の概要は判示にも要約されているとおりであり,留守宅に侵入して財布等を盗んだ犯人が,だれからも発見,追跡されずに現場を離れ,自転車で1km離れた公園に行き,現金を数えると思ったより少なかったため,もう一度同じ家に盗みに入ろうと約30分後に被害者方に舞い戻り,玄関扉を開けたところ,その間に家人が帰宅しており,逃走しようとして発見され,逮捕を免れるためナイフを示して脅迫した,というものである。控訴審判決は窃盗の機会の継続性を肯定したが,本判決はこれを否定して破棄・差戻しした。
2 事後強盗の成立には,「書かれざる構成要件」として,暴行脅迫が「窃盗の機会の継続中」に行われる必要があると解するのが通説・判例である。その理由は,窃盗後に暴行脅迫が行われる事後強盗につき,暴行脅迫を財物奪取の手段とする本来の強盗と同視できる違法性を肯定するためには,窃盗行為の終了から間がない段階で暴行脅迫が行われる必要があるからとされている。事後強盗となれば法定刑も実際の量刑も格段に厳しくなるため,機会継続性は実務上もしばしば争われて先例が積み重ねられている。記憶に新しい最高裁判例としては,最二小決平14.2.14刑集56巻2号86頁,判タ1087号104頁が,最高裁として初めて「窃盗の機会の継続中」との表現を用い,窃盗の後,被害者宅の天井裏に3時間潜んでいた犯人が駆け付けた警察官に暴行を加えた事例で事後強盗を肯定している。

3 これまでの裁判例は,①犯人が現場から継続して追跡されている場合,②犯人が現場に舞い戻った場合,③犯人が現場に滞留していた場合(上記最二小決平14.2.14)に分類されるなどして検討されているが,①の事例が多く,本件のような②の「現場回帰型」の事例は少ない。その中では,東京高判昭45.12.25高刑23巻4号903頁,判タ259号206号が,機会継続性を否定した先例としてよく引用されるものである。事案は,住宅に侵入して現金等を盗んだ2人組の犯人が,自動車で1km離れた場所に行って盗品を分け,30分後に再度窃盗のために住宅に侵入した際に家人に気付かれて脅した,と本件に酷似しているが,同判決は,「窃盗と脅迫との間に現場からだれにも発見されずに立ち去り賍品を処分したことなど重要な事実が介在した」ことを理由として機会継続性を否定した。これに対する評釈は,例えば,「被害者側の支配領域から完全に離脱した」,「追及可能性が完全に断絶している」などとの理由で,いずれもその結論に好意的である(以上につき,朝山芳史・曹時55巻11号194頁〔上記平成14年最二小決の判例解説〕,長井圓・現代刑事法26号80頁等)。

4 機会継続性の判断基準は,見解によって表現やニュアンスに相当の差はあるが,端的に言えば,上記の3類型を通じ,時間的・場所的要素を考慮した上で,犯人が被害者側から追及され逮捕され得る状況が継続しているか否か,裏を返せば安全圏に脱したか否か,ということになると思われる。先例には,特に①の「逃走追跡型」で,窃盗の犯行とは時間的・場所的にかなり離れているのに機会継続性が肯定されたように思われるものもあるが,暴行脅迫時の状況が引き続き被害者側から追跡されて安全圏に脱していないと判断されたものと考えられる。本件の被告人は,窃盗の後に発見,追跡されておらず,そのような危険のない状況にあったから,認定された時間的・場所的隔たりをもって,既に安全圏へ脱出し,窃盗の機会が断絶したと評価されたものと思われる。
これに対し,控訴審判決は,被告人が,窃盗により得た現金が少ないとして,盗品をポケットに入れたまま更に金品を窃取するため約30分後に同じ家に引き返しており,引き返したのは当初の窃盗の目的達成のためであったとみることができることなどを理由に機会継続性を認めている。このような犯人の主観面を考慮することの当否にも議論があり,上記最二小決平14.2.14は,これを考慮しないか,さほど重視しない立場を取った可能性もあるが,明確ではないとされており(朝山・前掲179―176頁),本判決でもその当否は触れられていない。犯人が当初から同じ場所で繰り返し何度も盗む意思を有していたときなど,主観・客観の両面から,前後の窃盗が連続した1個の窃盗と考えられる場合もあろうが,本件では,「当初の窃盗の目的」とされた点は,一定額の金員を得たいという被告人の窃盗の動機にすぎず,2度目の窃盗をする意思自体は,前の窃盗が完了した後に生じたと見られることからすると,主観面を考慮しても,これを根拠に機会継続性を認めることは困難な事案であるように思われる。なお,盗品の携帯については,上記東京高判昭45.12.25が逆に盗品の処分を機会継続性を否定する理由に加えているが,安全圏に脱しなければ犯人としても盗品の処分をする余裕がないという意味で,窃盗の機会が断絶していることの表象の一であり,これが決め手となるものではないように思われる。
5 機会継続性は事後強盗の最も重要な成立要件であり,事例の積み重ねによって次第に基準が形成されているが,本件は,先例の少ない「現場回帰型」に属する事案につき,最高裁として初めて機会継続性を否定する判断を示したものであり,実務上も理論上も参考になるものと思われる。

(イ)設問の検討

エ 事後強盗罪の暴行、脅迫の程度
(ア)総説
・強盗罪と同様、犯行を抑圧するに足りる程度のもの
・認定は
行為態様のほか、犯人及び被害者の性別、年齢、体格、人相、性格、人数、犯行時間及び犯行場所の状況等個々の事情を総合して判断することになる。

(イ)設例の検討
a CのXに対する暴行について
b BのYに対する暴行について

(4)公務執行妨害罪の成否
+(公務執行妨害及び職務強要)
第九十五条  公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2  公務員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。

構成要件
①公務員が
②職務を執行するに当たり
③これに対して暴行、脅迫を加えること

・暴行強迫=職務執行の妨害となるべき程度のもの
現実に公務員の職務が妨害されたことは必要ではない。

(5)BのYの行為に対する罪数
傷害と公務執行妨害
→1個の行為による→観念的競合(54条1項前段)

(6)共犯関係
ア 問題の所在
イ 共犯の錯誤
(ア)総説
共犯の錯誤
=一部の共犯者が認識した事実と他の共犯者が現実に行った結果との間に食い違いが生じた場合
→いかなる範囲で故意を認めるか

(イ)判例

+判例(S23.5.1)

■24000142
最高裁判所第二小法廷
昭和23年(れ)第105号
昭和23年05月01日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人西村浩、内海静雄の上告趣意書第一点は「原審判決は採証の法則を誤り違法なる裁判をなしたるものなり何となれば原審判決は理由第一(ロ)の犯罪事実即ち「大阪府泉南郡a町b番地Aから金品を強奪し(中略)右A所有の洋服オーバ等衣類数十点を強奪し」なる判示第一の(ロ)の事実を認定するに当りその証拠として採用したる被告人の第二審公判廷に於ける「自分はB等判示の者から判示A方へ金品を取りに行こうと勧誘されこれは窃盗に入るのだと思込んでその勧誘に応じ同人等と共に判示の日時右A方に赴いて自分は屋外で見張をしB、C、D等が屋内に入つて約二十分間程たつてから判示の衣類を持ち出して来て自分に渡したので自分はそれを持つて他の者等よりも一足先に帰つた、なほ右の見張中屋内の様子は全く裁らなかつたがB等が引揚げて来てからの話で屋内に入つた連中が家人に出刃庖丁などを突き付け手荒なことをして右の衣類を強奪して来たのだと言ふことを始めて知つた旨の供述」なる旨の被告人の供述は第二審公判廷に於てもなされおらざるものなり、然るに被告人の供述せざる事実を供述せる如く認定せんとして虚無の証拠を採用して犯罪事実を認定したるは採証の法則を誤りたるものと言ふべし、これを詳言すれば第二審公判廷の供述として公判調書に左の如き記載あり「金品を取りに行こうと勧誘されこれは窃盗に入るのだと思込んでその勧誘に応じ……」「只物を盗りに行こうと言つて同人等から頼まれたので行つただけです」右によれば上告人は窃盗につき同意したるも上告人自らが実行々為を分担する意思ありたりとの何等積極的の証拠なし次に同公判廷に於ける供述として調書には、問此所へ行くときの話し合はどうだつたか、答只物を盗りに行かうと言つて同人等から頼まれたので行つただけです、問行つてからの模様を述べて見よ、答私も同人等と一緒に行きましたけれども私は外で待つてゐましたから他の者は何を盗つたか知りません、又C、Eが中に入つたことは見てゐましたが他の者等が入つたかどうかは知りません、問被告人は見張りの為に外に居たのか、答見張という訳ではありません私は中に入るのが嫌だから外で待つてゐましたそして他の者が盗つた品物を運べと言ふたのでこれを運んだのであります」なる記載あり、これによれば上告人は右A方に赴ひて「自分は屋外で見張りをし」なる供述をしたるという原審公判廷の陳述は全くなきにかかわらずその供述ありとしてこれを証拠に採用し、更に「尚右の見張り中屋内の様子は全く判らなかつた」なる供述は全然なきにかゝはらずこれあるが如く虚無の証拠を採用し上告人の否定したる供述を肯定したる供述の如く証拠として採用せるは全く採証の方法を誤りたるものと言ふべしこれを要するに右第二審公判廷に於ける陳述を録取したる調書を証拠として採用すれば上告人の犯罪は賍物運搬罪となる何となれば(1)他の同行者が窃盗に入ることは認識し居りたるも之に加担する意思なく又窃盗の実行々為の分担もなし(2)又窃盗の謀議をなしたるにもあらざるものなり、故に前記第二審公判廷の上告人の供述を以てすれば賍物運搬罪としてこれを認定するの外なきものなり」と云うにある。
按ずるに原判決は原審公判廷における被告人の供述を引用しこれを他の証拠と綜合して判示第一の(ロ)の事実を認定しておるのである、ところが原審公判調書によれば被告人の供述として論旨摘録の如き記載があるのであるから原判決に引用されたような「自分は屋外で見張りをし」なる供述をしていないことは明白である、然らばその点において原判決は被告人の供述しないことを供述したようにその趣旨を変更して引用しているのであるから虚無の証拠によつて事実を認定した違法があることは所論の通りである、しかし原判決の引用する第一審第一回公判調書中の第一審相被告人Eの供述記載を見ると「辻から此の家の倉に品物があるから取りに行こうと誘はれたので行く様になりました私と辻と二人で見張をし他の三名が中に這入つて物を取りました見張をしていたのはA方の裏側であつた」とあるから原判決の引用する他の証拠と綜合すると判示事実は充分に認定することができるのであつて前記違法は少しも原判決に影響を及ぼすものではない従つて論旨は採用することはできない。

同第二点は「原審はその法律の擬律に際りて次の如き記載あり「法律に照すと被告人の判示所為中第一の(イ)の点は刑法第二百三十五条第六十条に第一の(ロ)の点は同法第二百三十六条第一項第六十条に第二の点は同法第二百五十六条第二項に当るから右の第一の(ロ)の点については被告人は犯行当時窃盗の犯意しか持つて居らず共犯者である判示B等の強盗の行為は被告人の予期しないところであつたから」なる記載の如く第一の(ロ)の事実について原審判決は刑法第二百三十六条第一項第六十条を適用せるも右は全く法律の適用を誤りたるものにして上告人の所為に対しては刑法第二百三十五条の窃盗罪を適用すべきものなるにかゝはらず右の如く誤りて強盗罪の法条を適用せるものなり。」というにある。
然し原判決の法律適用の部分を見るとその最初の所に「第一の(ロ)の点は刑法第二百三十六条第一項第六十条に当るが」とあるが結局は刑法第三十八条第二項により窃盗罪として同法第二百三十五条を適用し判示第一の(イ)と連続犯をなすものとして処分するものであることは判文上明白であつて右最初の記載は要するに「生じた結果の点からすれば本来は刑法第二百三十六条第一項第六十条に当るべき場合なのであるが」と云う意味に過ぎないので同法条を適用した趣旨でないことは疑を容れない、而も判示第一の(ロ)について被告人以外の共犯者は最初から強盗の意思で強盗の結果を実現したのであるがただ被告人だけは軽い窃盗の意思で他の共犯者の勧誘に応じて屋外で見張をしたと云うのであるから被告人は軽い窃盗の犯意で重い強盗の結果を発生させたものであるが共犯者の強盗所為は被告人の予期しないところであるからこの共犯者の強盗行為について被告人に強盗の責任と問うことはできない訳である。然らば原判決が被告人に対し刑法第三十八条第二項により窃盗罪として処断したのは正当であつて原判決には毫も所論の如き擬律錯誤の違法はない。論旨は理由なきものである。
よつて本件上告は理由がないから刑事訴訟法第四百四十六条により主文の如く判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
検察官 松岡佐一関与
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

+判例(S25.10.10)
理由 
 弁護人市原庄八の上告趣意は、末尾に添えた別紙記載のとおりである。 
 論旨第一点について。 
 原判決は、被告人が正犯たるAにおいて判示被害者両名に傷害を加えるに至るかも知れないと認識しながら判示匕首を貸与したところ、右Aが殺人の意思を以つて該匕首により被害者両名を刺殺した事実、即ち被告人Bに対する関係においては、本件犯罪事実は犯意と現に発生した事実とが一致しない場合であることを明かにしたものであつて、その間何ら所論の如き違法はない。 
 同第二点について。 
 本件は、前段に説明した如く、被告人の認識したところ即ち犯意と現に発生した事実とが一致しない場合であるから、刑法第三八条第二項の適用上、軽き犯意についてその既遂を論ずべきであつて、重き事実の既遂を以つて論ずることはできない。原判決は右の法理に従つて法律の適用を示したもので、所論幇助の点は客観的には殺人幇助として刑法第一九九条第六二条第一項に該当するが、軽き犯意に基き傷害致死幇助として同法第二〇五条第六二条第一項を以つて処断すべきものであることを説示したものであることは判文上極めて明かであつて、その間何ら所論の如き曖味な点はなく、原判決の法律の適用は正当であつて、論旨は理由がない。 
 同第三点について。 
 刑訴施行法第二条の如き手続法規は判文中にその適用を明示する必要はない。従つて論旨は理由がない。 
 よつて、旧刑訴第四四六条に従い主文のとおり判決する。 
 右は全裁判官一致の意見である。 
 検察官 茂見義勝関与 
 (裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官河村又介裁判官穂積重遠は差支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官 長谷川太一郎) 
+判例(S25.7.11)
   理  由 
 弁護人鍛冶利一、山村利宰平上告趣意は末尾に添附した別紙書面記載の通りである。 
 第一点について。 
 原判決は、被告人是友徳惠が光延久次に対し住居侵入窃盗の教唆をした事実を認め、其証拠として原審証人光延久次の証言と、同人の第一審公判調書中の同人の供述記載を挙示していることは記録上明らかである。然るに、右光延の原審公判における証言によれば、被告人徳惠は光延に対し、藤原常造方に侵入して窃盗をなすことを教唆したことになって居り、山本章三方に侵入して窃盗することを教唆した旨の原判決の判示と符合しないことは所論の通りである。そして第一審公判調書中の光延久次の供述記載を調べて見るに被告人徳惠が光延久次に対し住居侵入窃盗を教唆したのは山本章三方であって藤原方ではないことになって居り原判決の判示と符合するが原判決の証拠説明を見るに山本章三方に侵入して窃盗することを教唆したという部分は記載されていないので判示に符合する光延の供述があるという点が明らかでない、従って採証法則に違背したという論旨は理由があるから、被告人是友徳惠に対する部分は此点において理由がある。 
 第二点について。 
 しかし被告人是友徳惠が光延久次に住居侵入窃盗を教唆した事実は原判決挙示の証拠により認めることができるものであって所論の如き法則に反するところはない、論旨は原審の採用しない証拠に基いて原審の事実認定を非難するに外ならないから、採用し難い。 
 第三点について。 
 原判決によれば、被告人是友徳惠は光延久次に対して判示山本章三方に侵入して金品を盗取することを使嗾し、以て窃盗を教唆したものであって、判示日備電氣商会に侵入して窃盗をすることを教唆したものでないことは正に所論の通りであり、しかも、右光延久次は、判示植田博等三名と共謀して判示日備電氣商会に侵入して強盗をしたものである。しかし、犯罪の故意ありとなすには、必ずしも犯人が認識した事実と、現に発生した事実とが、具体的に一致(符合)することを要するものではなく、右両者が犯罪の類型(定型)として規定している範囲において一致(符合)することを以て足るものと解すべきものであるから、いやしくも右光延久次の判示住居侵入強盗の所為が、被告人是友徳惠の教唆に基いてなされたものと認められる限り、被告人是友徳惠は住居侵入窃盗の範囲において、右光延久次の強盗の所為について教唆犯としての責任を負うべきは当然であって、被告人是友徳惠の教唆行為において指示した犯罪の被害者と、本犯たる光延久次のなした犯罪の被害者とが異る一事を以て、直ちに被告人是友徳惠に判示光延久次の犯罪について何等の責任なきものと速断することを得ないものと言わなければならない。しかし、被告人是友徳惠の本件教唆に基いて、判示光延久次の犯行がなされたものと言い得るか否か、換言すれば右両者間に因果関係が認められるか否かという点について検討するに、原判決によれば、光延久次は被告人是友徳惠の教唆により強盗をなすことを決意し、昭和二二年五月一三日午後一一時頃植田博外二名と共に日本刀、短刀各一振、バール一個等を携え、強盗の目的で山本章三方奥手口から施錠を所携のバールで破壊して屋内に侵入したが、母屋に侵入する方法を発見し得なかったので断念し、更に、同人等は犯意を継続し、其の隣家の日備電氣商会に押入ることを謀議し、光延は同家附近で見張をなし、植田等三名は屋内に侵入して強盗をしたというのであって、原判文中に「更に同人等は犯意を継続し」とあることに徴すれば、原判決は被告人是友徳惠の判示教唆行為と、光延久次等の判示住居侵入強盗の行為との間に因果関係ある旨を判示する趣旨と解すべきが如くであるが、他面原判決引用の第一審公判調書中の光延久次の供述記載によれば、光延久次の本件犯行の共犯者たる植田博等三名は、山本章三方裏口から屋内に侵入したが、やがて植田等三名は母屋に入ることができないといって出て来たので、諦めて帰りかけたが、右三名は、吾々はゴットン師であるからただでは帰れないと言い出し、隣のラヂヲ屋に這入って行ったので自分は外で待っておった旨の記載があり、これによれば光延久次の藤原方における犯行は、被告人徳惠の教唆に基いたものというよりむしろ光延久次は一旦右教唆に基く犯意は障碍の為め放棄したが、たまたま、共犯者三名が強硬に判示日備電氣商会に押入らうと主張したことに動かされて決意を新たにして遂にこれを敢行したものであるとの事実を窺われないでもないのであって、彼是綜合するときは、原判決の趣旨が果して明確に被告人是友徳惠の判示教唆行為と、光延久次の判示所為との間に、因果関係があるものと認定したものであるか否かは頗る疑問であると言わなければならないから、原判決は結局罪となるべき事実を確定せずして法令の適用をなし、被告人是友徳惠の罪責を認めた理由不備の違法あることに帰し、論旨は理由がある。 
 第四点について。 
 原判決挙示の証拠によれば被告人是友武紀が本件強盗の情を知って光延の犯行を幇助したものであることは充分に認められるところであって所論の如き審理不盡の違法はない。論旨は原審において採用しない証拠によって原審の事実認定を非難することに帰するから採用しがたい。 
 第五点について。 
 論旨は結局光延久次の供述について為した原審の自由心証に対する非難に外ならないから採用しがたい。そして原判決判示の証拠により判示事実を認め得るものであり、所論の如き違法はない。 
 以上説明した通り被告人是友徳惠に関係のある論旨第一点及び三点は理由があるから同人に対しては旧刑訴第四四七条第四四八条ノ二により、被告人是友武紀に対しては同第四四六条によりそれぞれ主文の通り判決する。 
 以上は裁判官全員一致の意見である。 
 (裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠) 
ウ 設例の検討
(ア)Bの罪責について
(イ)Bに成立する犯罪(犯罪共同説と行為共同説)
a 問題の所在
+(故意)
第三十八条  罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
2  重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない
3  法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。
b 犯罪共同説と行為共同説
c 判例
+判例(S54.4.13)
理由 
 (上告趣意に対する判断) 
 被告人四名の弁護人中垣清春及び被告人aの弁護人畠山成伸の各上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反及び量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。 
 (職権による判断) 
 一 原判決の支持する第一審判決認定の判示第一の事実(判示冒頭の事実を含む。)の要旨は、被告人aはb組糸暴力団c組の組長、被告人dは同組若者頭補佐、被告人e、同fは同組組員であるが、昭和四五年九月二四日午後九時ころ、神戸市a区b町c番地のd所在のスタンド「g」(経営者・被告人f)前路上において、兵庫警察署保安課巡査・hが同店の裏口から風俗営業に関する強硬な立入り調査をしたとして、同巡査に対し「店をつぶす気やろ」などと毒づき、さらに同町e番地所在の兵庫警察署福原派出所前路上に押しかけ、途中から加わつたc組若者頭・i(原審相被告人)、同組組員・j(第一審相被告人)ともども同派出所に向かつてh巡査の前記措置を大声でなじり、同九時三〇分ころ同町内のk前路上に引き上げたが、気の治まらない被告人aが組員・l(原審相被告人)に召集をかけるなどし、ここに、被告人a、同d、同e、同fは、i、l、jとともに、順次、h巡査に対し暴行ないし傷害を加える旨共謀し、同午後一〇時ころ、前記福原派出所前において、被告人aら七名がこもごもh巡査に対し挑戦的な罵声・怒声を浴びせ、これに応答したh巡査の言動に激昂したlが、未必の殺意をもつて所携Dくり小刀(刃体の長さ約一二・七センチメートル)でh巡査の下腹部を一回突き刺し、よつて同午後一一時三〇分ころ、同巡査を下腹部刺創に基づく右総腸骨動脈等切損により失血死させて殺害した、というのである。 
 そして、第一審判決は、被告人aら七名の右所為は刑法六〇条、一九九条に該当するが、lを除くその余の被告人らは暴行ないし傷害の意思で共謀したものであるから、同法三八条二項により同法六〇条、二〇五条一項の罪の刑で処断する旨の法令の適用をし、原判決もこれを維持している。 
 二 そこで、右法令適用の当否につき判断する。 
 殺人罪と傷害致死罪とは、殺意の有無という主観的な面に差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素はいずれも同一であるから、暴行・傷害を共謀した被告人aら七名のうちのlが前記福原派出所前でh巡査に対し未必の故意をもつて殺人罪を犯した本件において、殺意のなかつた被告人aら六名については、殺人罪の共同正犯と傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するものと解すべきである。すなわち、lが殺人罪を犯したということは、被告人aら六名にとつても暴行・傷害の共謀に起因して客観的には殺人罪の共同正犯にあたる事実が実現されたことにはなるが、そうであるからといつて、被告人aら六名には殺人罪という重い罪の共同正犯の意思はなかつたのであるから、被告人aら六名に殺人罪の共同正犯が成立するいわれはなく、もし犯罪としては重い殺人罪の共同正犯が成立し刑のみを暴行罪ないし傷害罪の結果的加重犯である傷害致死罪の共同正犯の刑で処断するにとどめるとするならば、それは誤りといわなければならない。 
 しかし、前記第一審判決の法令適用は、被告人aら六名につき、刑法六〇条、一九九条に該当するとはいつているけれども、殺人罪の共同正犯の成立を認めているものではないから、第一審判決の法令適用を維持した原判決に誤りがあるということはできない(最高裁昭和二三年(れ)第一〇五号同年五月一日第二小法廷判決・刑集二巻五号四三五頁参照)。 
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘 裁判官 中村治朗) 
+判例(H17.7.4)
理由 
 弁護人西村正治及び被告人本人の各上告趣意のうち、憲法21条違反をいう点は、本件公訴の提起及び審理が被告人やその関係する団体に対する予断等に基づくものとは認められないから、前提を欠き、その余の弁護人西村正治の上告趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、その余の被告人本人の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、引用の判例が事案を異にし、あるいは所論のような趣旨を判示したものではないから、前提を欠き、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも適法な上告理由に当たらない。 
 なお、所論にかんがみ、不作為による殺人罪の成否につき、職権で判断する。 
 1 原判決の認定によれば、本件の事実関係は、以下のとおりである。 
 (1) 被告人は、手の平で患者の患部をたたいてエネルギーを患者に通すことにより自己治癒力を高めるという「シャクティパット」と称する独自の治療(以下「シャクティ治療」という。)を施す特別の能力を持つなどとして信奉者を集めていた。 
 (2) Aは、被告人の信奉者であったが、脳内出血で倒れて兵庫県内の病院に入院し、意識障害のため痰の除去や水分の点滴等を要する状態にあり、生命に危険はないものの、数週間の治療を要し、回復後も後遺症が見込まれた。Aの息子Bは、やはり被告人の信奉者であったが、後遺症を残さずに回復できることを期待して、Aに対するシャクティ治療を被告人に依頼した。 
 (3) 被告人は、脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったが、Bの依頼を受け、滞在中の千葉県内のホテルで同治療を行うとして、Aを退院させることはしばらく無理であるとする主治医の警告や、その許可を得てからAを被告人の下に運ぼうとするBら家族の意図を知りながら、「点滴治療は危険である。今日、明日が山場である。明日中にAを連れてくるように。」などとBらに指示して、なお点滴等の医療措置が必要な状態にあるAを入院中の病院から運び出させ、その生命に具体的な危険を生じさせた。 
 (4) 被告人は、前記ホテルまで運び込まれたAに対するシャクティ治療をBらからゆだねられ、Aの容態を見て、そのままでは死亡する危険があることを認識したが、上記(3)の指示の誤りが露呈することを避ける必要などから、シャクティ治療をAに施すにとどまり、未必的な殺意をもって、痰の除去や水分の点滴等Aの生命維持のために必要な医療措置を受けさせないままAを約1日の間放置し、痰による気道閉塞に基づく窒息によりAを死亡させた。 
 2 以上の事実関係によれば、被告人は、自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上、患者が運び込まれたホテルにおいて、被告人を信奉する患者の親族から、重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際、被告人は、患者の重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから、直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず、未必的な殺意をもって、上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には、不作為による殺人罪が成立し、殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。 
 以上と同旨の原判断は正当である。 
 よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項本文、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 福田博 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 今井功) 
d 設例の検討
(ウ)Cの罪責
(エ)別のアプローチ
3.Aの罪責
(1)共謀共同正犯
ア 問題の所在
イ 設例の検討
(2)共犯の錯誤
ア 問題の所在
イ 住居侵入罪及び窃盗未遂罪
具体的事実の錯誤の問題
ウ X及びYに対する暴行
4.まとめ


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