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1.訴因の特定
+第二百五十六条 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
○2 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
一 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
二 公訴事実
三 罪名
○3 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
○4 罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
○5 数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。
○6 起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。
・訴因は罪となるべき事実と日時・場所・方法とにより構成される。
・訴因の中核的要素は「罪となるべき事実」であり、日時・場所・方法は、これを特定するための手段に過ぎない。
+判例(S37.11.28)白山丸事件
理由
弁護人諫山博、同谷川宮太郎の上告趣意第一点について。
憲法二二条二項の外国に移住する自由には、外国へ一時旅行する自由をも含むものと解すべきではあるが、外国旅行の自由といえども、無制限に許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきであること、及び、旅券の発給を拒否することができる場合を規定した旅券法一三条一項五号が、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のために合理的な制限を定めたものと解すべきであることは、すでに当裁判所判例(昭和二九年(オ)八九八号、同三三年九月一〇日大法廷判決、集一二巻一三号一九六九頁)の示すところであり、また、出入国管理令六〇条は、出国それ自体を法律上制限するものではなく、単に出国の手続に関する措置を定めたに過ぎないのであつて、かかる手続のために、事実上、出国の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしても、それは同令一条に規定する本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行なうという目的を達成する公共の福祉のために設けられたものであつて、もとより憲法二二条二項に違反するものと解することはできないから、この点に関する所論は、採ることを得ない。
なお、原判決は、証拠に基づき、日本政府は、旅券下附申請者が共産党員なるの一事を以て、旅券法による旅券の発給を拒否したことはないとの事実を認定しているのであるから、所論憲法一四条違反の主張は、原判示に副わない事実を前提とするものであり、適法な上告理由に当らない。
同第二点について。
所論は、独自の見解を以てする単なる法令違反の主張を出でないものであつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
同第三点について。
所論は、判例違反をいう点もあるが、引用の各判例は、事案を異にして本件に適切でなく、その余の所論は、単なる訴訟法違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
なお、本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬までの間に、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦より本邦外の地域たる中国に出国したものである」というにあつて、犯罪の日時を表示するに六年余の期間内とし、場所を単に本邦よりとし、その方法につき具体的な表示をしていないことは、所論のとおりである。
しかし、刑訴二五六条三項において、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。
これを本件についてみるのに、検察官は、本件第一審第一回公判においての冒頭陳述において、証拠により証明すべき事実として、(一)昭和三三年七月八日被告人は中国からA丸に乗船し、同月一三日本邦に帰国した事実、(二)同二七年四月頃まで被告人は水俣市に居住していたが、その後所在が分らなくなつた事実及び(三)被告人は出国の証印を受けていなかつた事実を挙げており、これによれば検察官は、被告人が昭和二七年四月頃までは本邦に在住していたが、その後所在不明となつてから、日時は詳らかでないが中国に向けて不法に出国し、引き続いて本邦外にあり、同三三年七月八日A丸に乗船して帰国したものであるとして、右不法出国の事実を起訴したものとみるべきである。そして、本件密出国のように、本邦をひそかに出国してわが国と未だ国交を回復せず、外交関係を維持していない国に赴いた場合は、その出国の具体的顛末についてこれを確認することが極めて困難であつて、まさに上述の特殊事情のある場合に当るものというべく、たとえその出国の日時、場所及び方法を詳しく具体的に表示しなくても、起訴状及び右第一審第一回公判の冒頭陳述によつて本件公訴が裁判所に対し審判を求めようとする対象は、おのずから明らかであり、被告人の防禦の範囲もおのずから限定されているというべきであるから、被告人の防禦に実質的の障碍を与えるおそれはない。それゆえ、所論刑訴二五六条三項違反の主張は、採ることを得ない。
弁護人田代博之、同福島等の上告趣意について。
所論は、結局において、前記弁護人諫山博、同谷川宮太郎の上告趣意第一点と同趣旨に帰し、その理由がないことは、同弁護人らの右論旨につき説示したとおりであるから、論旨は、採ることができない。
よつて刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官奥野健一の補足意見あるほか裁判官全員一致の意見によるものである。
+補足意見
裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。
弁護人諌山博、同谷川宮太郎の上告趣意第三点について。
本件公訴事実は、本件起訴状の記載と検察官の冒頭陳述による釈明とを綜合考察するときは、被告人が昭和三三年七月八日中国からA丸に乗船し同月一三日に本邦に帰国した事実に対応する出国の事実、すなわち右帰国に最も接着、直結する日時における出国の事実を起訴したものと解すべきである。
然らば、右帰国に対応する出国の事実は理論上ただ一回あるのみであつて、二回以上あることは許されないのであるから、本件公訴事実たる出国の行為は特定されており、その日時、場所、方法について明確を欠くといえども、なお犯罪事実は特定されていると言い得べく、本件起訴を以つて、不特定の犯罪事実の起訴であつて刑訴二五六条に違反する不適法なものということはできない。
若し本件起訴の事実が、起訴状記載の如く単に、昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬までの間における被告人のした中国への出国の事実というだけであるとすれば、その期間内における被告人の中国への出国の行為は、理論上ただ一回のみであると断定することはできないことは明白である。従つてその期間内に二回以上の出国行為があつたとすれば各出国行為は各独立の犯罪であり、併合罪の関係に立つのであるから、右起訴状の記載だけでは、そのうち何れの出国の事実が起訴になつたのか、将またその間のすべての出国行為について起訴があつたのか不明確であり、かかる起訴に対し仮令有罪の判決があつたとしても、判決の確定力が何れの出国行為について生ずるのか、また全部の各出国行為に及ぶのか不明である(かかる場合に、全部の出国行為につき確定判決を経たものと解することは到底できない)。また、被告人の防禦も何れの出国の事実についてなすべきか、その間のすべての出国行為についてなすべきかも全く不明であり防禦権の範囲に関し被告人は不利益な地位に置かれることになる。要するに、何れの出国行為を指すかを釈明できない場合において本件起訴状記載の如き公訴事実とすれば、二重起訴の虞を招き、判決の既判力の範囲が不明確であり、被告人の防禦権に著しい不利益を及ぼすものであつて、刑訴二五六条に違反し、公訴事実の特定を欠く不適法な起訴たるを免れない。しかし、私見によれば前記A丸による帰国に対応する出国の事実のみが起訴されたものと解するが故に仮りにそれ以外の出国行為があつたとしても本件においては起訴の対象になつておらず、従つて判決の確定力もかかる出国の事実には及ばないのである。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奧野健一 裁判官 高木常七 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 斎藤朔郎)
・訴因の特定
識別説
罪となるべき事実が「他の犯罪事実と区別(識別)できる程度に特定されているかどうか」(審判対象の画定)
・「罪となるべき事実」
=刑罰法令の構成要件に該当する具体的な事実
→訴因が特定しているといえるためには、まずもって、被告人の行為が特定の犯罪構成要件に該当するかどうかを判定するに足る程度に具体的事実を明らかにすることが必要!
+判例(S58.5.6)
理由
弁護人梶川俊吉の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、第一審判決は、罪となるべき事実中の被告人の本件行為として、被告人が、未必の殺意をもつて、「被害者の身体を、有形力を行使して、被告人方屋上の高さ約〇・八メートルの転落防護壁の手摺り越しに約七・三メートル下方のコンクリート舗装の被告人方北側路上に落下させて、路面に激突させた」旨判示し、被告人がどのようにして被害者の身体を右屋上から道路に落下させたのか、その手段・方法については、単に「有形力を行使して」とするのみで、それ以上具体的に摘示していないことは、所論のとおりであるが、前記程度の判示であつても、被告人の犯罪行為としては具体的に特定しており、第一審判決の罪となるべき事実の判示は、被告人の本件犯行について、殺人未遂罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、右構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白にしているものというべきであり、これと同旨の原判断は相当であるから、所論は前提を欠き、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。よつて、同法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮﨑梧一 裁判官 大橋進)
・どの構成要件に該当するのか。構成要件を充足する事実を洩れなく示すものか。
+判例(H56.4.25)吉田町覚せい剤事件
理由
弁護人平川実の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、職権により判断すると、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五四年九月二六日ころから同年一〇月三日までの間、広島県高田郡a町内及びその周辺において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩類を含有するもの若干量を自己の身体に注射又は服用して施用し、もつて覚せい剤を使用したものである。」との本件公訴事実の記載は、日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を欠くところがあるとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、覚せい剤使用罪の訴因の特定に欠けるところはないというべきである。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 本山亨 裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)
・被告人の死亡は1回限りで他の犯罪事実との識別が可能!
+判例(H14.7.18)
理由
弁護人南出喜久治の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、けん銃発射の点につき、職権で判断する。
原判決の認定及び記録によれば、被告人は、民家等の立ち並ぶ国道上を走行中の普通乗用自動車内において、助手席に乗車していた被害者に対し、背後から、所携の回転弾倉式けん銃を、銃口を下向きにして同人の左肩部に突き付け、体内に向けて弾丸1発を発射したものであると認められる。
以上の事実関係の下においては、被告人のけん銃発射行為は、不特定又は多数の者の用に供される場所であることが明らかな道路上においてされたものと認められるから、被告人の行為が銃砲刀剣類所持等取締法3条の13、31条のけん銃等発射罪に当たるとした原判断は、正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 才口千晴 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎)
++解説
《解 説》
1 判示事項と関係する本件の事実関係は,被告人が,民家等の立ち並ぶ国道上を走行中の普通乗用自動車内において,助手席に乗車していた被害者に対し,背後から,所携の回転弾倉式けん銃の銃口を下向きにして同人の左肩部に突き付けて体内に向けて弾丸1発を発射し,同人を殺害した,というものである。
2 銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)3条の13,31条に規定されるけん銃等発射罪は,平成7年の同法の改正により新設されたものであり,不特定又は多数の者の用に供される場所等におけるけん銃等発射行為につき,無期又は3年以上の懲役に処すものとしている。本罪の制定趣旨は,国民に多大な不安感を与えるけん銃等使用犯罪を重罰の威嚇の下に抑止することにあり,罪質は,公共の静穏を害する行為を処罰する抽象的公共危険犯であると解されている(辻義之ほか「銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律について」警論48巻8号66頁以下,加藤昭「銃砲刀剣類所持等取締法(14)」研修626号86頁)。そして,本罪の成立には,けん銃等の発射が「道路,公園,駅,劇場,百貨店その他の不特定若しくは多数の者の用に供される場所若しくは電車,乗合自動車その他の不特定若しくは多数の者の用に供される乗物に向かって,又はこれらの場所若しくはこれらの乗物において」されたことが要件とされているが,これは,犯行場所を類型的に公共の静穏が害される蓋然性の高い場所に限定するために設けられたものと解される(加藤・前掲89頁注)。
3 被告人は,1審以来,閉鎖空間である自動車内でされた本件けん銃発射行為は,発射罪の場所的要件を欠き,同罪を構成しないと主張したが,1,2審判決は,いずれも,弾丸が発射された当時,本件車両は不特定若しくは多数の者の用に供される場所であることに疑いがない公道上を走行していたから,けん銃等発射罪の場所的要件に欠けるところはないとして,同罪の成立を認め,本決定も,要旨のとおりの職権判断を示して原判断を是認した。
4 けん銃等発射罪の場所的要件に関しては,法文に例示されている場所等のほかにどのような場所等が「不特定又は多数の者の用に供される場所等」に該当するのか,また,例示されている場所等であっても人の利用・出入りが予想される状態にない場合になお場所的要件が肯定されるのかなどをめぐって議論がある(栃木力ほか・司法研究報告書「銃砲刀剣類所持等取締法違反事件の処理に関する実務上の諸問題」277頁以下。なお,場所的要件が争われた裁判例として東京高判平13.9.28高検速報3156号がある。)。自動車内における発射もそのような問題の一場面といえるもので,刑事事件として立件されるケースも少なくないものと見られるが(栃木ほか・前掲287頁以下,保坂和人「銃砲刀剣類所持等取締法の発射罪の成立範囲について」研修668号71頁),本件の原判決(判時1889号148頁)のほか,これまでに公刊物に登載された裁判例はないようである。
5 本決定は,詳細な理由を明らかにしていないが,以下のような考え方に立つものと思われる。
すなわち,けん銃等の発射行為が普通乗用自動車内で行われた場合,当該車両自体は,不特定又は多数の者の用に供される場所や乗物に当たらないことが明らかである。また,本件において,被告人は,専ら同乗者の体内に向けて下向きにけん銃を発射しており,車外の道路等不特定又は多数の者の用に供される場所に向けて発射したものと構成することも困難である。しかしながら,自動車内が閉鎖空間であるといっても,けん銃等の弾丸が窓ガラスや車体を貫通して車外に飛び出すことは容易に想定できるところである。そうすると,その車内でのけん銃等の発射は,車外での発射と同程度の危険性及び不安感を一般人に与えるものといえるのであり,当該車両が走行,停車する場所が,道路その他不特定又は多数の者の用に供される場所であるならば,車内もその所在する場所の属性から隔離されたものではなく,けん銃等発射罪の場所的要件に欠けるところはないといってよいであろう。そして,本罪が抽象的危険犯であることに照らせば,本件けん銃が自動車の外に飛び出す危険があるかなどは,当該車両が装甲車であったなど,特殊な事情のある場合を除けば,問題とする必要はないように思われる。本決定が,発射の場所が国道を走行中の普通乗用自動車内であったことから,端的に「不特定又は多数の者の用に供される場所であることが明らかな道路上においてされたものと認められる」として本罪の場所的要件の充足を肯定しているのは,そのような抽象的公共危険犯としての罪質を前提としたものと解される。
6 本決定は,事例判断を示したものであるが,けん銃等発射罪の場所的要件該当性に関し最高裁判所が初めて判断を示したケースである。また,個人が使用する自動車内におけるけん銃発射行為につき,けん銃等発射罪の場所的要件が当該自動車の所在する場所の属性に係ることを明らかにした点において,先例としての価値が高いものと思われる。
+判例(H17.10.12)
理由
弁護人隈井光の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ職権により判断するに、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律5条違反の罪(以下「本罪」という。)は、規制薬物を譲り渡すなどの行為をすることを業とし、又はこれらの行為と薬物犯罪を犯す意思をもって薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡すなどの行為を併せてすることを業とすることをその構成要件とするものであり、専ら不正な利益の獲得を目的として反復継続して行われるこの種の薬物犯罪の特質にかんがみ、一定期間内に業として行われた一連の行為を総体として重く処罰することにより、薬物犯罪を広く禁圧することを目的としたものと解される。このような本罪の罪質等に照らせば、4回の覚せい剤譲渡につき、譲渡年月日、譲渡場所、譲渡相手、譲渡量、譲渡代金を記載した別表を添付した上、「被告人は、平成14年6月ころから平成16年3月4日までの間、営利の目的で、みだりに、別表記載のとおり、4回にわたり、大阪市阿倍野区王子町2丁目5番13号先路上に停車中の軽自動車内ほか4か所において、Aほか2名に対し、覚せい剤である塩酸フエニルメチルアミノプロパンの結晶合計約0.5gを代金合計5万円で譲り渡すとともに、薬物犯罪を犯す意思をもって、多数回にわたり、同市内において、上記Aほか氏名不詳の多数人に対し、覚せい剤様の結晶を覚せい剤として有償で譲り渡し、もって、覚せい剤を譲り渡す行為と薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡す行為を併せてすることを業としたものである。」旨を記載した本件公訴事実は、本罪の訴因の特定として欠けるところはないというべきである。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 才口千晴)
++解説
《解 説》
1 本件は,被告人が,覚せい剤等の密売を業としたという麻薬特例法5条違反の罪(以下「本罪」という。)の事案であり,問題とされた論点は,本件における公訴事実が,4回の覚せい剤譲渡行為が特定されているほかは,「多数回にわたり,氏名不詳の多数人に対し,有償で譲り渡した」などの概括的な記載となっていることが,「訴因を明示するには,できる限り日時,場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定する刑訴法256条3項の要請を満たすといえるかどうかという点である。
本罪は,平成4年の法制定に伴い設けられたものであるところ,本件のような訴因の記載は,法施行当初から一般的であったわけではないが(古田佑紀監修・実務新薬物五法36頁,河原俊也「麻薬特例法の実体規定の解釈をめぐる諸問題」判タ1172号47頁等参照),現在では一般的となったといえるものの,時折本件同様の主張がされて争われることがあったものである。本決定は,本件公訴事実の記載は本罪の訴因の特定として欠けるところはない旨を判示して,この点に関する実務的な決着を付けたものといえる。
2 訴因の特定・明示に関する最高裁判例には,①中国への密出国の事案であるいわゆる白山丸事件に係る最大判昭37.11.28刑集16巻11号1633頁,判タ140号69頁,②覚せい剤使用の否認事件に係る最一小決昭56.4.25刑集35巻3号116頁,判タ441号110頁,③暴行態様等の表示が概括的である傷害致死事件に係る最一小決平14.7.18刑集56巻6号307頁,判タ1105号140頁があるが,本件をこれらの事案と比較すると,本罪は,規制薬物の譲渡し等の行為を業とすることをその構成要件とするものであって,もともと典型例としては多数の譲渡行為等の存在が想定されているところ,これらの行為を業として行った始期と終期を記載した上,個々の行為を可能な範囲で特定して記載したものであることに特徴があると思われる。
3 一般に,構成要件上,その内容たる行為に数個の同種類の行為が予想されているいわゆる集合犯や包括一罪においては,訴因の特定は,併合罪の場合とは異なり,犯罪を構成する個々の行為の特定性が低くとも,全体として特定されていれば足りるとの見解が,判例(東京高判昭27.5.27高刑5巻5号870頁,東京高判昭29.9.29高刑特1巻8号337頁,名古屋高判昭30.1.25高刑特2巻1~3号20頁等)・学説(藤永幸治ほか編・大コンメンタール刑事訴訟法(4)182頁等)により支持されてきた。その実際的な理由の一つは,同種の行為が多数回にわたって繰り返し行なわれた場合,その始期と終期や被害の合計等は判明しても,各行為は特定し得ないということがあるが,そのような場合に全行為について犯人の責任を問えないという結論は不合理であるという点にあるといえよう(熊谷弘ほか編・公判法大系Ⅰ141頁〔土本武司〕等参照)。
最高裁判例では,④最三小決昭61.10.28刑集40巻6号509頁,判タ624号140頁が,賭博遊技機を設置した遊技場の経営者が不特定多数の遊技客との賭博を反覆継続した事案について,営業継続期間全般にわたり行われた各賭博行為を一個の常習賭博罪と認定する場合には,遊技場の所在地,営業継続期間,遊技機の種類・台数,賭博の態様を摘示した上,「右期間中,常習として,甲ほか不特定多数の賭客を相手とし,多数回にわたり,右遊技機を使用して賭場をした」旨判示した程度であっても,常習賭博罪の罪となるべき事実の具体的摘示として欠けるところはないと判示している。一般に,刑訴法335条1項における罪となるべき事実の特定と本件で問題とされている訴因の特定とでは,必要とされる特定の程度に関しては同様であると解されている(昭61最判解説(刑)269頁〔池田修〕等)から,この判旨は本件でも参考になると思われる。もっとも,この事案は,遊技場経営者としては,遊技機を設置し客が使用できる状態にして営業を継続するだけで,客がこれを使用して賭博行為をすれば自動的にその客との間で賭博が行われることになるという特殊な犯罪形態のものであり,場所と相手と賭博の種類をその都度変えるといった形態のものを考えると,個々の賭博行為は個性,独自性が強いから,それらを特定すべき要請はより強くなるであろうとも指摘されていた(池田・前掲268頁)。本件において概括的に記載された譲渡行為は,「覚せい剤様の結晶を覚せい剤として有償で譲り渡す」という限度では共通するものの,譲渡の日時,場所,相手,量,代金はそれぞれ異なるのが通例であるから,前記事案と単純に同視することはできないともいえよう。
4 本決定は,本罪が,専ら不正な利益の獲得を目的として反復継続して行われるこの種の薬物犯罪の特質にかんがみ,一定期間内に業として行われた一連の行為の総体を一罪として重く処罰することにより,薬物犯罪を広く禁圧することを目的としたものと解されると指摘した上,このような本罪の罪質等に照らせば,本件公訴事実は本罪の訴因の特定として欠けるところはないと判示した。立法担当者の解説においても,この種の薬物犯罪については,従来の処罰体系の枠を超えたより悪質な行為類型として,その実態に即した加重処罰規定を設ける必要があること,従来の犯罪構成要件を前提として没収規定を適用した場合には,総体としては薬物犯罪の収益である証明ができても個々の行為との結び付きの証明ができなければその収益を没収できないことになり,犯罪の実態に即した十分な対応が困難であることを考慮して,本条の規定を設けたものであるとされている(古田佑紀=斉藤勲編・大コンメンタール薬物五法Ⅰ29頁)。そして,本条にいう「…を業とした」とは,規制薬物の輸出入等の各罪に当たる行為が必ず含まれていなければならず,それを反復継続して行う意思の下に,業態的,営業的活動と認められる形態で行うことを要するが,これらの行為が行われたことが認められ,業とする意思の発露と見られる行為が認められる以上,密輸出入等の行為が具体的に個々に特定できなくても,理論的には本罪の成立を妨げないとされていたところである(同30頁)。換言すると,本罪では,「業とした」という特殊な構成要件を規定した立法意図自体において,個々の譲渡等の行為に不特定性がある場面を想定したものであったから,個々の行為をすべて特定して記載することが必要不可欠の要素でないことは,その当然の帰結であるともいえよう(井上弘通ほか「没収保全及び追徴保全に関する実務上の諸問題」司法研究報告書55輯2号66頁参照)。そして,人目を盗んで反復継続して行われる薬物取引という犯罪行為の性質に照らしても,このような立法には十分な合理性と必要性があったと思われる。これに対し,前記④の判例は集合犯の中でも常習犯の事例であり,常習犯は営業犯ないし業態犯と異なり一般に個々の行為の個性・独自性が乏しいとはいえないため(例えば,常習累犯窃盗の訴因においては,各窃取行為は併合罪の場合と同様に特定されなければならないであろう。),前記のような説明がされたものであると考えられる。
もっとも,近時の文献には,本罪は薬物密売等を「業とした」ことを処罰の対象としており,その前提となる個別行為(譲渡行為等)は本罪の実行行為ではないとの趣旨の記述も見られる(遠藤秀一「麻薬特例法事犯の証拠収集のポイント(1)」捜査研究646号6頁)。しかし,このような理解については,立法担当者の前記解説や,密売事案において売上代金のみを必要的没収・追徴の対象たる「犯罪行為により得た財産」として没収・追徴している現在の実務(本件もその一例である。)との整合性等について,検討を要する点があるように思われる(この点につき,近時の最三小決平17.7.22判タ1189号189頁参照)。
5 さらに,前記①の白山丸事件判決は,訴因の特定を求める目的を「裁判所に対し審判の対象を限定するとともに,被告人に対し防禦の範囲を示すこと」としているところ,本件で審判の対象となっているのは,特定された期間における「覚せい剤を譲り渡す行為と覚せい剤様の結晶を覚せい剤として譲り渡す行為を併せてすることを業とした」行為であり,他の犯罪事実との区別・識別に問題はないし,一事不再理効が及ぶ範囲も明確であるといえよう。また,被告人としては,個別の譲渡行為を争えることはもとより,「多数回にわたる多数人に対する譲渡」についても,密売の実態や売上に関する関係者の供述,押収されたメモ等の証拠物等の検察官提出証拠を弾劾する反証や,犯行期間とされる時期には実行犯とされる者は犯行場所とされる地区に不在であった等の反証も可能であって,被告人が防御し得ないような不特定な訴因であるとはいえないであろう。本決定が本件公訴事実は訴因の特定に欠けるところはないとした理由には,このような考慮もあったのではないかと思われる。
6 以上のとおり,本決定は,実務において折に触れ争われてきた本罪における訴因の特定という問題に最高裁が初めて判断を示したものである上,法理論的にも興味深い点があり,その意義は少なくないと思われる。
+判例(S61.10.28)
理由
弁護人筒井健の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決が犯罪事実として認定しない事実について没収、追徴の裁判をしたものではないから、所論は前提を欠き、その余は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、原判決は、罪となるべき事実として、被告人が賭博遊技機を設置した遊技場の所在地、右遊技場の営業継続期間、遊技機の種類・台数、賭博の態様を摘示したうえ、被告人が、「Aと共謀のうえ、右期間中、常習として、Bほか不特定多数の賭客を相手とし、多数回にわたり、右遊技機を使用して賭博をした」旨判示している。このように、多数の賭博遊技機を設置した遊技場を経営する者が、不特定多数の遊技客との賭博を反覆継続した場合につき、右遊技場の営業継続期間の全般にわたつて行われた各賭博行為を包括した一個の常習賭博罪と認定する際は、右の程度の判示で常習賭博罪の罪となるべき事実の具体的摘示として欠けるところはない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦 裁判官 坂上壽夫)
2.訴因の特定と求釈明
・訴因が特定していない場合裁判所としては
+第三百三十八条 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。
一 被告人に対して裁判権を有しないとき。
二 第三百四十条の規定に違反して公訴が提起されたとき。
三 公訴の提起があつた事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき。
四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。
・求釈明をする。
程度が軽い場合、裁判所は検察官に釈明を求める義務があり(求釈明義務・規則208条1項)、釈明を求めてもなお検察官がこれに応じない場合にはじめて控訴棄却すべき
+判例(S33.1.23)
理由
弁護人浜田三平、同小林澄男の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の判例は、旧刑訴三六〇条一項の解釈に関するもので、判決における併合罪にかかる罪となるべき事実の判示方法についてなされたものであり、所論の原判示は、新刑訴二五六条に関するもので、起訴状における訴因の明示方法についてなされたものである。それ故、引用の判例は本件に適切でないから、判例違反の主張は前提を欠き採ることをえない。その余の論旨は、単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由に当らない。
同第二点は、原判決は昭和二五年三月四日の東京高等裁判所の判例に違反すると主張する。なるほど原判決は、所論引用の判例には違反するかどがある。しかし、右判例は、その後同一の一二部において改められ、訴因の記載が明確でない場合には、検察官の釈明を求め、もしこれを明確にしないときにこそ、訴因が特定しないものとして公訴を棄却すべきものであると判示するに至つた(高裁判例集五巻二号一三二頁)。そして、刑訴二五六条の解釈としては、この後の判決の説明を当裁判所においても是認するのである。それ故、判例違反の論旨は理由がない。
同第三点は、原判決は憲法三九条に違反すると主張する。しかし、憲法三九条後段において同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われないというのは、同じ犯行について二度以上罪の有無に関する裁判を受ける危険にさらさるべきものではないという根本思想に基くものであり、その危険とは、同一の事件においては、訴訟手続の開始から終末に至るまでの一つの継続状態と見るを相当とすることは、大法廷判決(判例集四巻九号一八〇六頁)の趣旨とするところである。だから、一審の手続も、控訴審の手続も、また上告審のそれも、同一の事件においては継続せる一つの危険の各部分たるに過ぎないのである。したがつて同じ事件においては、いかなる段階においても唯一の危険があるのみであつて、そこには二重危険または二度危険というものは存在しないわけである。それ故、所論の事由をもつて、原判決は、憲法三九条後段に違反するという論旨は採ることをえない。
同第四点は、原判決は昭和二五年七月二九日の東京高等裁判所の判例に違反すると主張する。なるほど所論家賃統制額は、事実認定事項ではなく、法規判断事項である。しかし、原判示は所論福岡市長作成の回答書を証拠として家賃統制額を認定する趣旨を有するものではなく、右回答書記載の家賃統制額は、第一審判示第二の事実認定資料に供されているその余の証拠に参照しても、正当なる本件統制額であると法規判断上認めて差し支えないという趣旨を有することは明らかである。それ故、原判決には何ら所論の違法もなく、判例違反もない(引用の判例は全く本件に適切でない)。論旨は採ることをえない。
同第五点は、判例違反をいうが、その実質は単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由に当らない。所論引用の判例は本件に適切でなく、判例違反の主張は前提を欠き採ることをえない。(なお、所論の経験則違反は認められない。)
同第六点は、判例違反をいうが、所論引用の判例は本件とは事案を異にし本件に適切でなく、判例違反の主張は前提を欠き採ることをえない。(なお、刑法の解釈としても、論旨を正当と認めることはできない)。
同第七点は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由と認め難い。(なお、刑法三五条の解釈としても、判示事実は店主の監督行為の限界を越えているものであり、とうてい正当行為とは認められない)。よつて刑訴同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判 官真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)
・公訴棄却判決には、一事不再理効はなく、再訴が許される
・訴因の補正
訴因の特定が不十分など訴因の記載に瑕疵があって、そのままでは起訴が無効となる可能性があるときに、その瑕疵を除去して完全なものにする訴訟行為
・訴因の補正は一般的には訴因変更と同様の手続きによることが適切
+判例(H21.7.16)
・共謀の日時場所内容について記載がなくとも、訴因は特定している・・・
・裁量的求釈明がなされることも・・・
・訴因の特定に不可欠とはいえない事項(裁判所の裁量的求釈明の対象)は、検察官が釈明しても、訴因の内容となることはなく、裁判所がこれと異なる認定をするためには訴因変更の手続きをする必要はない!!!!!
3.日時・場所・方法の概括的記載
・明らかにすることのできない特殊事情
・当時の証拠によりできる限り特定した
4.設問の解決
・死亡したのは1回限りだから、他の犯罪事実の識別可能。
・特定の構成要件に該当するかどうかを判定するに足る程度に具体的事実を明らかにしているかどうか。
・概括的記載
概括的記載部分と明確に記載された部分とが相まって、特定の構成要件に該当するかどうかを判定するに足る程度に具体的事実が明らかにされればよい。
・特殊事情
QA
・訴因は、公訴提起の時点で特定していればよいというわけのものではなく、訴因が審判対象である以上、公訴心理の間を通じて要求される!!
=起訴状記載の公訴事実が、特殊な事情から訴因の具体的表示ができない場合であっても、右特殊な事情が解消し、これが可能となり、可能となった訴因により有罪判決をする場合には、裁判所は訴因変更の手続きをとって訴因を特定しなければならない!!!!!!
PT
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