6-1 審理の準備 準備書面

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1.準備書面の意義
準備書面とは、
口頭弁論や弁論準備手続などの期日における当事者の陳述内容を相手方に予告する書面

+(準備書面)
第百六十一条  口頭弁論は、書面で準備しなければならない
2  準備書面には、次に掲げる事項を記載する。
一  攻撃又は防御の方法
二  相手方の請求及び攻撃又は防御の方法に対する陳述
3  相手方が在廷していない口頭弁論においては、準備書面(相手方に送達されたもの又は相手方からその準備書面を受領した旨を記載した書面が提出されたものに限る。)に記載した事実でなければ、主張することができない

・準備書面の機能
当事者が次回期日に陳述する内容を事前に予告しておくことによって、相手方は、それに対する認否や反論を準備することができるし、裁判所も、事前に内容を理解して必要に応じて釈明を求めるなどの準備ができるなどの、迅速かつ充実した手続の進行に資するとことにある。

2.準備書面の記載事項
自らの攻撃防御方法と、相手方の請求および攻撃防御方法に対する応答

3.準備書面の提出
+(準備書面等の提出期間)
第百六十二条  裁判長は、答弁書若しくは特定の事項に関する主張を記載した準備書面の提出又は特定の事項に関する証拠の申出をすべき期間を定めることができる。

4.準備書面の効果
・尋び書面に記載のない事実は、相手方が期日に出席していれば主張することができるが、相手方が欠席しているときは、主張することができない(161条3項)

・事実の主張には証拠の申出を含む
証拠調べに立ち会う機会やその結果に対する陳述の機会を奪うことも同様に不公平であるから。

ただし、相手方が出席当事者による事実の主張や証拠の申出を合理的に予測できた場合には、相手方に対して不公平とはいえないので、主張や証拠の申出を認めてよい。

・陳述擬制
+(訴状等の陳述の擬制)
第百五十八条  原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。

+(弁論準備手続における訴訟行為等)
第百七十条  裁判所は、当事者に準備書面を提出させることができる。
2  裁判所は、弁論準備手続の期日において、証拠の申出に関する裁判その他の口頭弁論の期日外においてすることができる裁判及び文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。)の証拠調べをすることができる。
3  裁判所は、当事者が遠隔の地に居住しているときその他相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、弁論準備手続の期日における手続を行うことができる。ただし、当事者の一方がその期日に出頭した場合に限る。
4  前項の期日に出頭しないで同項の手続に関与した当事者は、その期日に出頭したものとみなす。
5  第百四十八条から第百五十一条まで、第百五十二条第一項、第百五十三条から第百五十九条まで、第百六十二条、第百六十五条及び第百六十六条の規定は、弁論準備手続について準用する。

←原告に陳述の擬制を認めるのであれば被告にも認めないと均衡を失することになるから、最初の期日に限って陳述の擬制を認めることにした。


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民法 事例で学ぶ民法演習 17 共有物分割


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1.

+(共同相続の効力)
第八百九十八条  相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。

+(法定相続分)
第九百条  同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。
一  子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各二分の一とする。
二  配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、三分の二とし、直系尊属の相続分は、三分の一とする。
三  配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三とし、兄弟姉妹の相続分は、四分の一とする。
四  子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。

+(遺産の分割の基準)
第九百六条  遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。

+(遺産の分割の効力)
第九百九条  遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

909条からすると、共同相続人は遺産を合有ではなく、共有していることになる!

・共有物分割訴訟を提起できない!
+判例(S62.9.4)
理  由
上告人の上告理由第一点について
遺産相続により相続人の共有となつた財産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家事審判法の定めるところに従い、家庭裁判所が審判によつてこれを定めるべきものであり、通常裁判所が判決手続で判定すべきものではないと解するのが相当である。したがつて、これと同趣旨の見解のもとに、上告人の本件共有物分割請求の訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない説示部分を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 長島敦 坂上壽夫)

・第三者に譲渡したとき
+判例(S50.11.7)
理由
上告人らの上告理由について
上告人らの訴訟被承継人であるAが訴外Bからその有する本件土地建物の持分二分の一の贈与を受けてその共有権者になつたとし被上告人を相手として提起した共有権確認及び共有物分割訴訟につき、原判決は、本件土地建物は亡Cまたは亡Dの遺産であつて、被上告人と訴外Bが各二分の一の持分をもつて相続したものであるが、遺産の分割については当事者間においていまだ協議が調つていないことを確定したうえ、共有持分権の譲受人であつても遺産分割以前に遺産を構成する個々の財産につき民法二五八条に基づく共有物分割訴訟を提起することは許されないとして、Aの右訴を却下したものである。
しかし、共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は、基本的には民法二四九条以下に規定する共有としての性質を有すると解するのが相当であつて(最高裁昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日第三小法廷判決・民集九巻六号七九三頁参照)、共同相続人の一人から遺産を構成する特定不動産について同人の有する共有持分権を譲り受けた第三者は、適法にその権利を取得することができ(最高裁昭和三五年(オ)第一一九七号同三八年二月二二日第二小法廷判決・民集一七巻一号二三五頁参照)、他の共同相続人とともに右不動産を共同所有する関係にたつが、右共同所有関係が民法二四九条以下の共有としての性質を有するものであることはいうまでもないそして、第三者が右共同所有関係の解消を求める方法として裁判上とるべき手続は、民法九〇七条に基づく遺産分割審判ではなく、民法二五八条に基づく共有物分割訴訟であると解するのが相当であるけだし、共同相続人の一人が特定不動産について有する共有持分権を第三者に譲渡した場合、当該譲渡部分は遺産分割の対象から逸出するものと解すべきであるから、第三者がその譲り受けた持分権に基づいてする分割手続を遺産分割審判としなければならないものではないのみならず、遺産分割審判は、遺産全体の価値を総合的に把握し、これを共同相続人の具体的相続分に応じ民法九〇六条所定の基準に従つて分割することを目的とするものであるから、本来共同相続人という身分関係にある者または包括受遺者等相続人と同視しうる関係にある者の申立に基づき、これらの者を当事者とし、原則として遺産の全部について進められるべきものであるところ、第三者が共同所有関係の解消を求める手続を遺産分割審判とした場合には、第三者の権利保護のためには第三者にも遺産分割の申立権を与え、かつ、同人を当事者として手続に関与させることが必要となるが、共同相続人に対して全遺産を対象とし前叙の基準に従いつつこれを全体として合目的的に分割すべきであつて、その方法も多様であるのに対し、第三者に対しては当該不動産の物理的一部分を分与することを原則とすべきものである等、それぞれ分割の対象、基準及び方法を異にするから、これらはかならずしも同一手続によつて処理されることを必要とするものでも、またこれを適当とするものでもなく、さらに、第三者に対し右のような遺産分割審判手続上の地位を与えることは前叙遺産分割の本旨にそわず、同審判手続を複雑にし、共同相続人側に手続上の負担をかけることになるうえ、第三者に対しても、その取得した権利とはなんら関係のない他の遺産を含めた分割手続の全てに関与したうえでなければ分割を受けることができないという著しい負担をかけることがありうる。これに対して、共有物分割訴訟は対象物を当該不動産に限定するものであるから、第三者の分割目的を達成するために適切であるということができるうえ、当該不動産のうち共同相続人の一人が第三者に譲渡した持分部分を除いた残余持分部分は、なお遺産分割の対象とされるべきものであり、第三者が右持分権に基づいて当該不動産につき提起した共有物分割訴訟は、ひつきよう、当該不動産を第三者に対する分与部分と持分譲渡人を除いた他の共同相続人に対する分与部分とに分割することを目的とするものであつて、右分割判決によつて共同相続人に分与された部分は、なお共同相続人間の遺産分割の対象になるものと解すべきであるから、右分割判決が共同相続人の有する遺産分割上の権利を害することはないということができる。このような両手続の目的、性質等を対比し、かつ、第三者と共同相続人の利益の調和をはかるとの見地からすれば、本件分割手続としては共有物分割訴訟をもつて相当とすべきである。
したがつて、これに反する原審の判断には法令解釈を誤つた違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
なお、共有権確認の訴について、原審はなんら理由を開示することなく該訴を却下しているが、共同相続人の一人から遺産を構成する特定不動産についての共有持分権を譲り受けたと主張するAが右譲受を争う被上告人を相手として提起した共有権確認の訴が当然に不適法になる理由はないから、原審の右判断には法令の解釈を誤つたか理由不備の違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
よつて、原判決を破棄し、本件はなお審理をつくす必要があるから、これを原審に差し戻すべく、民訴法四〇七条一項に従い裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 岡原昌男 裁判官 吉田豊 裁判官 本林讓)

+(相続分の取戻権)
第九百五条  共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる
2  前項の権利は、一箇月以内に行使しなければならない。

2.
+(共有物の変更)
第二百五十一条  各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができない。
+(共有物の管理)
第二百五十二条  共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。

・一人で占有する少数持分権者に対して
+判例(S41.5.19)
理由 
 上告代理人小島成一、同平井直行の上告理由第一点ないし第三点について。 
 原判決挙示の証拠によれば、原判決の認定した事実を肯認しえないわけではなく、右事実関係のもとにおいては、Aにおいて本件宅地買受当時内心において上告人に対し将来適当な時期に本件宅地を贈与しようと考えていたが、その後当初の考えをかえて上告人に対しこれを贈与する意思をすてたから、本件宅地の贈与はついに実現されず、かつ、本件建物についての贈与も認められないとする原判決の判断は、当審も正当として是認しうる。 
 原判決には、所論のような違法があるとは断じがたく、所論は、結局、原審の専権に属する証拠の取捨・判断、事実認定を非難するに帰し、採用しがたい。 
 同第四点の第二・第三について。 
 所論の点に関する事実認定は挙示の証拠により肯認でき、その事実関係のもとでは、本件宅地の所有者はAであつて、上告人でないとした原判決の判断は、正当であり、原判決には、所論のような違法はなく、所論は採用しがたい。 
 同第五点について。 
 本件一件記録に徴しても、原審に所論のごとき違法があるとは認めがたく、所論は採用しがたい。 
 同第四点の第一について。 
 思うに、共同相続に基づく共有者の一人であつて、その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)な単独で占有する権原を有するものでないことは、原判決の説示するとおりであるが、他方、他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると、その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといつて(以下このような共有持分権者を多数持分権者という)、共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し、当然にその明渡を請求することができるものではないけだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によつて、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである従つて、この場合、多数持分権者が少数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し立証しなければならないのである。 
 しかるに、今本件についてみるに、原審の認定したところによればAの死亡により被上告人らおよび上告人にて共同相続し、本件建物について、被上告人Bが三分の一、その余の被上告人七名および上告人が各一二分の一ずつの持分を有し、上告人は現に右建物に居住してこれを占有しているというのであるが、多数持分権者である被上告人らが上告人に対してその占有する右建物の明渡を求める理由については、被上告人らにおいて何等の主張ならびに立証をなさないから、被上告人らのこの点の請求は失当というべく、従つて、この点の論旨は理由があるものといわなければならない。 
 よつて、原判決は被上告人らの上告人に対して本件家屋の明渡を求める部分について失当であり、その余は正当であるから、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、九二条、九三条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠)
+(共有物の使用)
第二百四十九条  各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる。
3.
・不当利得の主張
+判例(H12.4.7)
理由 
 一 上告代理人隅田誠一の上告理由について 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。 
 二 職権により、原審の判断の適否につき判断する。 
 本件訴訟において、上告人は、被上告人高橋培之に対し、原判決別紙家屋目録二記載の建物(以下「本件建物二」という。)の収去及び原判決別紙土地目録一、二記載の土地(以下「本件各土地」という。)のうち本件建物二の敷地部分の明渡し、右収去等までの間の地代相当額の金員の支払並びに本件各土地の登記済権利証の引渡しを、被上告人山田瑞子に対し、右家屋目録一記載の建物(以下「本件建物一」という。)の収去及び本件各土地のうち本件建物一の敷地部分の明渡し並びに右収去等までの間の地代相当額の金員の支払を、被上告人山田佳生に対し、本件建物一からの退去を、それぞれ請求している。その請求原因として、上告人は、(1) 上告人の亡夫である高橋達枝が昭和三一年一二月二五日及び同三三年三月一八日に国有林の払下げを受けて本件各土地を取得し、同五九年一二月四日に達枝が死亡したことにより上告人がこれを相続により取得した、(2) そうでないとしても、高橋坦が前記各日に本件各土地の払下げを受け直ちにこれらを達枝に贈与し、達枝の死亡により上告人がこれらを相続取得した、などと主張している。被上告人らは、上告人の所有権取得を争い、被上告人培之は、本件各土地の払下げを受けてこれを取得したのは高橋廣子であり、被上告人瑞子は、本件各土地の払下げを受けてこれを取得したのは坦であると主張している。
原審は、上告人の右(1)の主張事実のうち達枝が本件各土地の払下げを受けたことは認められず、右(2)の主張事実のうち、本件各土地の払下げを受けてこれを取得したのが坦であることは認められるが、坦から達枝が贈与を受けたことは認められないとして、第一審判決のうち上告人の建物収去土地明渡し及び建物退去の請求を認めた部分を取り消して、右請求及び原審で拡張した本件各土地の登記済権利証の引渡請求を棄却し、同判決のうち上告人の金員支払の請求を棄却した部分に対する上告人の控訴を棄却する趣旨の判決をした。 
 しかしながら、原審は、坦が昭和四二年五月二二日に死亡したこと、坦には妻廣子並びに達枝、被上告人培之及び同瑞子の三人の子があったこと、達枝が同五九年一二月四日に、廣子が平成四年五月二四日に、それぞれ死亡したこと、坦が昭和二九年ないし三〇年に本件建物一及び本件建物二を建築してこれらを取得した上、同四二年四月ころに廣子にこれらを贈与し、同五三年四月一〇日に廣子から被控訴人瑞子に本件建物一が同培之に本件建物二が各贈与されたことを併せて認定している。以上の事実によれば、特段の事情のない限り、坦の死亡に伴い、法定相続人の一人である達枝が本件各土地の九分の二の持分を相続により取得したはずのものである。そうすると、上告人が達枝の右持分を相続により取得したというのであれば、上告人は、同様に坦及び廣子の死亡に伴い本件各土地の持分を相続により取得した共有者である被上告人培之及び同瑞子に対して本件各土地の地上建物の収去及び本件各土地の明渡しを当然には請求することができず(最高裁昭和三八年(オ)第一〇二一号同四一年五月一九日第一小法廷判決・民集二〇巻五号九四七頁参照)、同培之に本件各土地の登記済権利証の引渡しを請求することや同瑞子の所有する本件建物一に居住している同佳生に対して退去を請求することもできないものというべきであるしかし、同培之及び同瑞子が共有物である本件各土地の各一部を単独で占有することができる権原につき特段の主張、立証のない本件においては、上告人は、右占有により上告人の持分に応じた使用が妨げられているとして、右両名に対して、持分割合に応じて占有部分に係る地代相当額の不当利得金ないし損害賠償金の支払を請求することはできるものと解すべきである。そして、上告人は右の坦の死亡によるその持分の相続取得の主張をしていないが、原審としては、前記各事実を当事者の主張に基づいて確定した以上は、適切に釈明権を行使するなどした上でこれらをしんしゃくし、上告人の請求の一部を認容すべきであるかどうかについて審理判断すべきものである(最高裁平成七年(オ)第一五六二号同九年七月一七日第一小法廷判決・裁判集民事一八三号一〇三一頁参照)。そうすると、原審の前記判断には、法令の適用を誤る違法があるというべきであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、原判決のうち上告人の被上告人培之及び同瑞子に対する金員の支払請求に係る部分は破棄を免れず、右部分につき、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄) 
・戦前の許諾による占有補助者
+判例(H8.12.17)
理由 
 上告代理人小室貴司の上告理由第一点について 
 一 本件上告に係る被上告人らの請求は、上告人ら及び被上告人らは第一審判決添付物件目録記載の不動産の共有者であるが、上告人らは本件不動産の全部を占有、使用しており、このことによって被上告人らにその持分に応じた賃料相当額の損害を発生させているとして、上告人らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、被上告人ら各自の持分に応じた本件不動産の賃料相当額の支払を求めるものである。 
 二 原審の確定した事実関係の概要は、(一) aは昭和六三年九月二四日に死亡した、(二) 被上告人bはaの遺言により一六分の二の割合による遺産の包括遺贈を受けた者であり、上告人ら及びその余の被上告人らはaの相続人である、(三) 本件不動産はaの遺産であり、一筆の土地と同土地上の一棟の建物から成る、(四) 上告人らは、aの生前から、本件不動産においてaと共にその家族として同居生活をしてきたもので、相続開始後も本件不動産の全部を占有、使用している、というのである。 
 三 原審は、右事実関係の下において、自己の持分に相当する範囲を超えて本件不動産全部を占有、使用する持分権者は、これを占有、使用していない他の持分権者の損失の下に法律上の原因なく利益を得ているのであるから、格別の合意のない限り、他の持分権者に対して、共有物の賃料相当額に依拠して算出された金額について不当利得返還義務を負うと判断して、被上告人らの不当利得返還請求を認容すべきものとした。 
 四 しかしながら、原審の右判断は直ちに是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
  共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきであるけだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。 
  本件についてこれを見るのに、上告人らは、aの相続人であり、本件不動産においてaの家族として同人と同居生活をしてきたというのであるから、特段の事情のない限り、aと上告人らの間には本件建物について右の趣旨の使用貸借契約が成立していたものと推認するのが相当であり、上告人らの本件建物の占有、使用が右使用貸借契約に基づくものであるならば、これにより上告人らが得る利益に法律上の原因がないということはできないから、被上告人らの不当利得返還請求は理由がないものというべきである。そうすると、これらの点について審理を尽くさず、上告人らに直ちに不当利得が成立するとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、右部分については、使用貸借契約の成否等について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すこととする。 
  よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信) 
4.
+(遺産の分割の協議又は審判等)
第九百七条  共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。
2  遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。
3  前項の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。
+(裁判による共有物の分割)
第二百五十八条  共有物の分割について共有者間に協議が調わないときは、その分割を裁判所に請求することができる。
2  前項の場合において、共有物の現物を分割することができないとき、又は分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命ずることができる。
・現物分割、価格分割以外にも
+判例(S62.4.22)
理由 
 上告代理人藤本猛の上告理由について 
 所論は、要するに、森林法一八六条を合憲とした原判決には憲法二九条の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。 
 一 憲法二九条は、一項において「財産権は、これを侵してはならない。」と規定し、二項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定し、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的活動の基礎をなす国民の個々の財産権につきこれを基本的人権として保障するとともに、社会全体の利益を考慮して財産権に対し制約を加える必要性が増大するに至つたため、立法府は公共の福祉に適合する限り財産権について規制を加えることができる、としているのである。 
 二 財産権は、それ自体に内在する制約があるほか、右のとおり立法府が社会全体の利益を図るために加える規制により制約を受けるものであるが、この規制は、財産権の種類、性質等が多種多様であり、また、財産権に対し規制を要求する社会的理由ないし目的も、社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで多岐にわたるため、種々様々でありうるのである。したがつて、財産権に対して加えられる規制が憲法二九条二項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によつて制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものであるが、裁判所としては、立法府がした右比較考量に基づく判断を尊重すべきものであるから、立法の規制目的が前示のような社会的理由ないし目的に出たとはいえないものとして公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制目的が公共の福祉に合致するものであつても規制手段が右目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであつて、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り、当該規制立法が憲法二九条二項に違背するものとして、その効力を否定することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(行ツ)第一二〇号同五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照)。 
 三 森林法一八六条は、共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者(持分価額の合計が二分の一以下の複数の共有者を含む。以下同じ。)に民法二五六条一項所定の分割請求権を否定している。 
 そこでまず、民法二五六条の立法の趣旨・目的について考察することとする。共有とは、複数の者が目的物を共同して所有することをいい、共有者は各自、それ自体所有権の性質をもつ持分権を有しているにとどまり、共有関係にあるというだけでは、それ以上に相互に特定の目的の下に結合されているとはいえないものである。そして、共有の場合にあつては、持分権が共有の性質上互いに制約し合う関係に立つため、単独所有の場合に比し、物の利用又は改善等において十分配慮されない状態におかれることがあり、また、共有者間に共有物の管理、変更等をめぐつて、意見の対立、紛争が生じやすく、いつたんかかる意見の対立、紛争が生じたときは、共有物の管理、変更等に障害を来し、物の経済的価値が十分に実現されなくなるという事態となるので、同条は、かかる弊害を除去し、共有者に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮させるため、各共有者はいつでも共有物の分割を請求することができるものとし、しかも共有者の締結する共有物の不分割契約について期間の制限を設け、不分割契約は右制限を超えては効力を有しないとして、共有者に共有物の分割請求権を保障しているのである。このように、共有物分割請求権は、各共有者に近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能ならしめ、右のような公益的目的をも果たすものとして発展した権利であり、共有の本質的属性として、持分権の処分の自由とともに、民法において認められるに至つたものである。 
 したがつて、当該共有物がその性質上分割することのできないものでない限り、分割請求権を共有者に否定することは、憲法上、財産権の制限に該当し、かかる制限を設ける立法は、憲法二九条二項にいう公共の福祉に適合することを要するものと解すべきところ、共有森林はその性質上分割することのできないものに該当しないから、共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に分割請求権を否定している森林法一八六条は、公共の福祉に適合するものといえないときは、違憲の規定として、その効力を有しないものというべきである。 
 四 1 森林法一八六条は、森林法(明治四〇年法律第四三号)(以下「明治四〇年法」という。)六条の「民法第二百五十六条ノ規定ハ共有ノ森林ニ之ヲ適用セス但シ各共有者持分ノ価格ニ従ヒ其ノ過半数ヲ以テ分割ノ請求ヲ為スコトヲ妨ケス」との規定を受け継いだものである。明治四〇年法六条の立法目的は、その立法の過程における政府委員の説明が、長年を期して営むことを要する事業である森林経営の安定を図るために持分価格二分の一以下の共有者の分割請求を禁ずることとしたものである旨の説明に尽きていたことに照らすと、森林の細分化を防止することによつて森林経営の安定を図ることにあつたものというべきであり、当該森林の水資源かん養、国土保全及び保健保全等のいわゆる公益的機能の維持又は増進等は同条の直接の立法目的に含まれていたとはいい難い。昭和二六年に制定された現行の森林法は、明治四〇年法六条の内容を実質的に変更することなく、その字句に修正を加え、規定の位置を第七章雑則に移し、一八六条として規定したにとどまるから、同条の立法目的は、明治四〇年法六条のそれと異なつたものとされたとはいえないが、森林法が一条として規定するに至つた同法の目的をも考慮すると、結局、森林の細分化を防止することによつて森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力の増進を図り、もつて国民経済の発展に資することにあると解すべきである。 
 同法一八六条の立法目的は、以上のように解される限り、公共の福祉に合致しないことが明らかであるとはいえない。 
 2 したがつて、森林法一八六条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に分割請求権を否定していることが、同条の立法目的達成のための手段として合理性又は必要性に欠けることが明らかであるといえない限り、同条は憲法二九条二項に違反するものとはいえない。以下、この点につき検討を加える。 
 (一) 森林が共有となることによつて、当然に、その共有者間に森林経営のための目的的団体が形成されることになるわけではなく、また、共有者が当該森林の経営につき相互に協力すべき権利義務を負うに至るものではないから、森林が共有であることと森林の共同経営とは直接関連するものとはいえない。したがつて、共有森林の共有者間の権利義務についての規制は、森林経営の安定を直接的目的とする前示の森林法一八六条の立法目的と関連性が全くないとはいえないまでも、合理的関連性があるとはいえない。 
 森林法は、共有森林の保存、管理又は変更について、持分価額二分の一以下の共有者からの分割請求を許さないとの限度で民法第三章第三節共有の規定の適用を排除しているが、そのほかは右共有の規定に従うものとしていることが明らかであるところ、共有者間、ことに持分の価額が相等しい二名の共有者間において、共有物の管理又は変更等をめぐつて意見の対立、紛争が生ずるに至つたときは、各共有者は、共有森林につき、同法二五二条但し書に基づき保存行為をなしうるにとどまり、管理又は変更の行為を適法にすることができないこととなり、ひいては当該森林の荒廃という事態を招来することとなる。同法二五六条一項は、かかる事態を解決するために設けられた規定であることは前示のとおりであるが、森林法一八六条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に民法の右規定の適用を排除した結果は、右のような事態の永続化を招くだけであつて、当該森林の経営の安定化に資することにはならず、森林法一八六条の立法目的と同条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に分割請求権を否定したこととの間に合理的関連性のないことは、これを見ても明らかであるというべきである。 
 (二) (1) 森林法は森林の分割を絶対的に禁止しているわけではなく、わが国の森林面積の大半を占める単独所有に係る森林の所有者が、これを細分化し、分割後の各森林を第三者に譲渡することは許容されていると解されるし、共有森林についても、共有者の協議による現物分割及び持分価額が過半数の共有者(持分価額の合計が二分の一を超える複数の共有者を含む。)の分割請求権に基づく分割並びに民法九〇七条に基づく遺産分割は許容されているのであり、許されていないのは、持分価額二分の一以下の共有者の同法二五六条一項に基づく分割請求のみである。共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に分割請求権を認めた場合に、これに基づいてされる分割の結果は、右に述べた譲渡、分割が許容されている場合においてされる分割等の結果に比し、当該共有森林が常により細分化されることになるとはいえないから、森林法が分割を許さないとする場合と分割等を許容する場合との区別の基準を遺産に属しない共有森林の持分価額の二分の一を超えるか否かに求めていることの合理性には疑問があるが、この点はさておいても、共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者からの民法二五六条一項に基づく分割請求の場合に限つて、他の場合に比し、当該森林の細分化を防止することによつて森林経営の安定を図らなければならない社会的必要性が強く存すると認めるべき根拠は、これを見出だすことができないにもかかわらず、森林法一八六条が分割を許さないとする森林の範囲及び期間のいずれについても限定を設けていないため、同条所定の分割の禁止は、必要な限度を超える極めて厳格なものとなつているといわざるをえない。 
 まず、森林の安定的経営のために必要な最小限度の森林面積は、当該森林の地域的位置、気候、植栽竹木の種類等によつて差異はあつても、これを定めることが可能というべきであるから、当該共有森林を分割した場合に、分割後の各森林面積が必要最小限度の面積を下回るか否かを問うことなく、一律に現物分割を認めないとすることは、同条の立法目的を達成する規制手段として合理性に欠け、必要な限度を超えるものというべきである。 
 また、当該森林の伐採期あるいは計画植林の完了時期等を何ら考慮することなく無期限に分割請求を禁止することも、同条の立法目的の点からは必要な限度を超えた不必要な規制というべきである。 
 (2) 更に、民法二五八条による共有物分割の方法について考えるのに、現物分割をするに当たつては、当該共有物の性質・形状・位置又は分割後の管理・利用の便等を考慮すべきであるから、持分の価格に応じた分割をするとしても、なお共有者の取得する現物の価格に過不足を来す事態の生じることは避け難いところであり、このような場合には、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることも現物分割の一態様として許されるものというべきであり、また、分割の対象となる共有物が多数の不動産である場合には、これらの不動産が外形上一団とみられるときはもとより、数か所に分かれて存在するときでも、右不動産を一括して分割の対象とし、分割後のそれぞれの部分を各共有者の単独所有とすることも、現物分割の方法として許されるものというべきところ、かかる場合においても、前示のような事態の生じるときは、右の過不足の調整をすることが許されるものと解すべきである(最高裁昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日第三小法廷判決・民集九巻六号七九三頁、昭和四一年(オ)第六四八号同四五年一一月六日第二小法廷判決・民集二四巻一一一号一八〇三頁は、右と抵触する限度において、これを改める。)。また、共有者が多数である場合、その中のただ一人でも分割請求をするときは、直ちにその全部の共有関係が解消されるものと解すべきではなく、当該請求者に対してのみ持分の限度で現物を分割し、その余は他の者の共有として残すことも許されるものと解すべきである。 
 以上のように、現物分割においても、当該共有物の性質等又は共有状態に応じた合理的な分割をすることが可能であるから、共有森林につき現物分割をしても直ちにその細分化を来すものとはいえないし、また、同条二項は、競売による代金分割の方法をも規定しているのであり、この方法により一括競売がされるときは、当該共有森林の細分化という結果は生じないのである。したがつて、森林法一八六条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に一律に分割請求権を否定しているのは、同条の立法目的を達成するについて必要な限度を超えた不必要な規制というべきである。 
 五 以上のとおり、森林法一八六条が共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者に民法二五六条一項所定の分割請求権を否定しているのは、森林法一八六条の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれをも肯定することのできないことが明らかであつて、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならない。したがつて、同条は、憲法二九条二項に違反し、無効というべきであるから、共有森林につき持分価額二分の一以下の共有者についても民法二五六条一項本文の適用があるものというべきである。 
 六 本件について、原判決は、森林法一八六条は憲法二九条二項に違反するものではなく、森林法一八六条に従うと、本件森林につき二分の一の持分価額を有するにとどまる上告人には分割請求権はないとして、本件分割請求を排斥しているが、右判断は憲法二九条二項の解釈適用を誤つたものというべきであるから、この点の違憲をいう論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、右部分については、上告人の分割請求に基づき民法二五八条に従い本件森林を分割すべきものであるから、本件を原審に差し戻すこととする。 
 よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官坂上壽夫、同林藤之輔の補足意見、裁判官髙島益郎、同大内恒夫の意見、裁判官香川保一の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
・全面価格賠償
+判例(H8.10.31)
理由 
 上告代理人川岸伸隆の上告理由について 
 一 原審の確定した事実関係の概要及び記録によって認められる本件訴訟の経過等は、次のとおりである。 
 1 亡A、亡B夫婦の長女である上告人C、その夫であり同夫婦の養子であるD及び二女であるE(承継前の被上告人。以下「E」という。)の三名は、昭和四〇年七月八日、甲信用組合から原判決添付物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)を持分各三分の一の割合で買い受けた。本件不動産は、かつて亡A及びその先代が所有していたものであり、一時甲信用組合に所有権が移転していたのを、右三名が共同して買い戻したものであった。 
 2 Dは、昭和六一年一一月三日に死亡し、同人の右持分は、上告人C及び子であるその余の上告人らがそれぞれ法定相続分に従って取得した。その結果、本件不動産についての共有持分は、上告人Cが一八分の九、その余の上告人らが各一八分の一、Eが一八分の六となった。 
 3 本件不動産のうち原判決添付物件目録記載一ないし三の土地上には、ほぼ一杯に同目録記載四の建物(以下「本件建物」という。)が存在しており、しかも、本件建物は、構造上一体を成していることから、上告人らとEの持分に応じた区分所有とすることができず、したがって、本件不動産を現物分割することは不可能である。 
 4 Eは、昭和四八年以来、本件建物に居住し、本件建物に接する平家建ての建物において薬局を営み、その営業収入によって生活してきたが、そのことについては、上告人らとの間に特段の争いもなく推移してきた。他方、上告人らは、それぞれ別に居住していて、必ずしも本件不動産を取得する必要はない。 
 5 上告人らは、Eが本件不動産の分割協議に応じないため、本件不動産の共有物分割等を求める本件訴えを提起したものであるが、本件不動産の分割方法として、競売による分割を希望している。これに対し、Eは、自らが本件不動産を単独で取得し、上告人らに対してその持分の価格を賠償する方法(以下「全面的価格賠償の方法」という。)による分割を希望していた。 
 6 原審で実施された鑑定の結果によれば、本件不動産の評価額は合計八二六万三〇〇〇円であり、仮にこれを競売に付したとしても、これより高価に売却することができる可能性は低い。 
 二 原審は、(1)民法二五八条による共有物分割の方法として、全面的価格賠償の方法を採ることも許される旨を判示した上で、(2)右一の事実関係等の下においては、本件不動産の分割方法として全面的価格賠償の方法を採用するのが相当であるとし、競売による分割を命じた第一審判決を変更して、本件不動産をEの単独所有とした上、Eに対して上告人らの持分の価格の賠償を命じた。所論は、原審の右(1)、(2)の判断に民法二五八条の解釈適用の誤りがあるというものである。 
 三 そこで検討するに、原審の右(1)の判断は是認することができるが、右(2)の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。 
 1 民法二五八条二項は、共有物分割の方法として、現物分割を原則としつつも、共有物を現物で分割することが不可能であるか又は現物で分割することによって著しく価格を損じるおそれがあるときは、競売による分割をすることができる旨を規定している。ところで、この裁判所による共有物の分割は、民事訴訟上の訴えの手続により審理判断するものとされているが、その本質は非訟事件であって、法は、裁判所の適切な裁量権の行使により、共有者間の公平を保ちつつ、当該共有物の性質や共有状態の実状に合った妥当な分割が実現されることを期したものと考えられる。したがって、右の規定は、すべての場合にその分割方法を現物分割又は競売による分割のみに限定し、他の分割方法を一切否定した趣旨のものとは解されない。 
 そうすると、共有物分割の申立てを受けた裁判所としては、現物分割をするに当たって、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることができる(最高裁昭和五九年(オ)第八〇五号同六二年四月二二日大法廷判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)のみならず、当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる方法、すなわち全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである。 
 したがって、これと同旨の原審の前記(1)の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の前記大法廷判決は、価格賠償をもって現物分割の場合の過不足を調整することができる旨を判示しているにとどまり、右の判断はこれに抵触するものではない。この点に関する論旨は採用することができない。 
 2 次に、本件について全面的価格賠償の方法により共有物を分割することの許される特段の事情が存するか否かをみるに、本件不動産は、現物分割をすることが不可能であるところ、Eにとってはこれが生活の本拠であったものであり、他方、上告人らは、それぞれ別に居住していて、必ずしも本件不動産を取得する必要はなく、本件不動産の分割方法として競売による分割を希望しているなど、前記一の事実関係等にかんがみると、本件不動産をEの取得としたことが相当でないとはいえない。 
 しかしながら、前記のとおり、全面的価格賠償の方法による共有物分割が許されるのは、これにより共有者間の実質的公平が害されない場合に限られるのであって、そのためには、賠償金の支払義務を負担する者にその支払能力があることを要するところ、原審で実施された鑑定の結果によれば、上告人らの持分の価格は合計五五〇万円余であるが、原審は、Eにその支払能力があった事実を何ら確定していない。したがって、原審の認定した前記一の事実関係等をもってしては、いまだ本件について前記特段の事情の存在を認めることはできない。 
 そうすると、本件について、前記特段の事情の存在を認定することなく、全面的価格賠償による共有物分割の方法を採用し、本件不動産をEの単独所有とした上、Eに対して上告人らの持分の価格の賠償を命じた原判決には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるというべきであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があるから、原判決中、共有物分割請求に関する部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。 
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄) 


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会社法 事例で考える会社法 事例20 「公正な価格」とは何か


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Ⅰ はじめに

+(反対株主の株式買取請求)
第七百八十五条  吸収合併等をする場合(次に掲げる場合を除く。)には、反対株主は、消滅株式会社等に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる
一  第七百八十三条第二項に規定する場合
二  第七百八十四条第二項に規定する場合
2  前項に規定する「反対株主」とは、次の各号に掲げる場合における当該各号に定める株主(第七百八十三条第四項に規定する場合における同項に規定する持分等の割当てを受ける株主を除く。)をいう。
一  吸収合併等をするために株主総会(種類株主総会を含む。)の決議を要する場合 次に掲げる株主
イ 当該株主総会に先立って当該吸収合併等に反対する旨を当該消滅株式会社等に対し通知し、かつ、当該株主総会において当該吸収合併等に反対した株主(当該株主総会において議決権を行使することができるものに限る。)
ロ 当該株主総会において議決権を行使することができない株主
二  前号に規定する場合以外の場合 全ての株主(第七百八十四条第一項本文に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)
3  消滅株式会社等は、効力発生日の二十日前までに、その株主(第七百八十三条第四項に規定する場合における同項に規定する持分等の割当てを受ける株主及び第七百八十四条第一項本文に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)に対し、吸収合併等をする旨並びに存続会社等の商号及び住所を通知しなければならない。ただし、第一項各号に掲げる場合は、この限りでない。
4  次に掲げる場合には、前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
一  消滅株式会社等が公開会社である場合
二  消滅株式会社等が第七百八十三条第一項の株主総会の決議によって吸収合併契約等の承認を受けた場合
5  第一項の規定による請求(以下この目において「株式買取請求」という。)は、効力発生日の二十日前の日から効力発生日の前日までの間に、その株式買取請求に係る株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしてしなければならない。
6  株券が発行されている株式について株式買取請求をしようとするときは、当該株式の株主は、消滅株式会社等に対し、当該株式に係る株券を提出しなければならない。ただし、当該株券について第二百二十三条の規定による請求をした者については、この限りでない。
7  株式買取請求をした株主は、消滅株式会社等の承諾を得た場合に限り、その株式買取請求を撤回することができる。
8  吸収合併等を中止したときは、株式買取請求は、その効力を失う。
9  第百三十三条の規定は、株式買取請求に係る株式については、適用しない。

+(反対株主の株式買取請求)
第七百九十七条  吸収合併等をする場合には、反対株主は、存続株式会社等に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる。ただし、第七百九十六条第二項本文に規定する場合(第七百九十五条第二項各号に掲げる場合及び第七百九十六条第一項ただし書又は第三項に規定する場合を除く。)は、この限りでない。
2  前項に規定する「反対株主」とは、次の各号に掲げる場合における当該各号に定める株主をいう。
一  吸収合併等をするために株主総会(種類株主総会を含む。)の決議を要する場合 次に掲げる株主
イ 当該株主総会に先立って当該吸収合併等に反対する旨を当該存続株式会社等に対し通知し、かつ、当該株主総会において当該吸収合併等に反対した株主(当該株主総会において議決権を行使することができるものに限る。)
ロ 当該株主総会において議決権を行使することができない株主
二  前号に規定する場合以外の場合 全ての株主(第七百九十六条第一項本文に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)
3  存続株式会社等は、効力発生日の二十日前までに、その株主(第七百九十六条第一項本文に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)に対し、吸収合併等をする旨並びに消滅会社等の商号及び住所(第七百九十五条第三項に規定する場合にあっては、吸収合併等をする旨、消滅会社等の商号及び住所並びに同項の株式に関する事項)を通知しなければならない。
4  次に掲げる場合には、前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
一  存続株式会社等が公開会社である場合
二  存続株式会社等が第七百九十五条第一項の株主総会の決議によって吸収合併契約等の承認を受けた場合
5  第一項の規定による請求(以下この目において「株式買取請求」という。)は、効力発生日の二十日前の日から効力発生日の前日までの間に、その株式買取請求に係る株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしてしなければならない。
6  株券が発行されている株式について株式買取請求をしようとするときは、当該株式の株主は、存続株式会社等に対し、当該株式に係る株券を提出しなければならない。ただし、当該株券について第二百二十三条の規定による請求をした者については、この限りでない。
7  株式買取請求をした株主は、存続株式会社等の承諾を得た場合に限り、その株式買取請求を撤回することができる。
8  吸収合併等を中止したときは、株式買取請求は、その効力を失う。
9  第百三十三条の規定は、株式買取請求に係る株式については、適用しない。

Ⅱ 株式買取請求の手続き
1.はじめに
2.買取請求のためにXがとるべき手続

+(反対株主の株式買取請求)
第七百九十七条  吸収合併等をする場合には、反対株主は、存続株式会社等に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる。ただし、第七百九十六条第二項本文に規定する場合(第七百九十五条第二項各号に掲げる場合及び第七百九十六条第一項ただし書又は第三項に規定する場合を除く。)は、この限りでない。
2  前項に規定する「反対株主」とは、次の各号に掲げる場合における当該各号に定める株主をいう。
一  吸収合併等をするために株主総会(種類株主総会を含む。)の決議を要する場合 次に掲げる株主
イ 当該株主総会に先立って当該吸収合併等に反対する旨を当該存続株式会社等に対し通知し、かつ、当該株主総会において当該吸収合併等に反対した株主(当該株主総会において議決権を行使することができるものに限る。)
ロ 当該株主総会において議決権を行使することができない株主
二  前号に規定する場合以外の場合 全ての株主(第七百九十六条第一項本文に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)
3  存続株式会社等は、効力発生日の二十日前までに、その株主(第七百九十六条第一項本文に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)に対し、吸収合併等をする旨並びに消滅会社等の商号及び住所(第七百九十五条第三項に規定する場合にあっては、吸収合併等をする旨、消滅会社等の商号及び住所並びに同項の株式に関する事項)を通知しなければならない。
4  次に掲げる場合には、前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
一  存続株式会社等が公開会社である場合
二  存続株式会社等が第七百九十五条第一項の株主総会の決議によって吸収合併契約等の承認を受けた場合
5  第一項の規定による請求(以下この目において「株式買取請求」という。)は、効力発生日の二十日前の日から効力発生日の前日までの間に、その株式買取請求に係る株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしてしなければならない
6  株券が発行されている株式について株式買取請求をしようとするときは、当該株式の株主は、存続株式会社等に対し、当該株式に係る株券を提出しなければならない。ただし、当該株券について第二百二十三条の規定による請求をした者については、この限りでない。
7  株式買取請求をした株主は、存続株式会社等の承諾を得た場合に限り、その株式買取請求を撤回することができる
8  吸収合併等を中止したときは、株式買取請求は、その効力を失う。
9  第百三十三条の規定は、株式買取請求に係る株式については、適用しない。

・振替株式
+判例(H24.3.28)
理 由
 第1 事案の概要
 1 本件は,相手方の普通株式を全部取得条項付種類株式とする定款変更に係る株主総会の決議についての反対株主であるとする抗告人らが,相手方に対し,抗告人らの有する株式を公正な価格で買い取ることを請求したものの,その価格の決定につき協議が調わないため,会社法117条2項に基づき,それぞれ当該株式の価格の決定の申立て(以下「本件買取価格の決定の申立て」という。)をした事案である。
 2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
 (1) 相手方は,平成20年10月以前から,大阪証券取引所の市場第二部にその株式を上場していた。その発行に係る株式は,後記(2)アの定款変更の効力発生日以前においては,普通株式のみであり,平成21年1月5日,社債,株式等の振替に関する法律(以下「社債等振替法」という。)128条1項所定の振替株式となった。
 (2) 平成21年6月29日に開催された相手方の株主総会において次のアないしウの決議がされ,併せて,同日開催された普通株式の株主による種類株主総会においてイの決議がされた(以下,上記各株主総会を「本件総会」と総称する。)。
 ア 残余財産の分配についての優先株式であるA種種類株式を発行することができる旨定款を変更する。
 イ 相手方の普通株式を全部取得条項付種類株式とし,その取得対価として全部取得条項付種類株式1株につきA種種類株式を0.000000588株の割合をもって交付する旨定款を変更し,この変更の効力発生日を平成21年8月4日とする。
 ウ 相手方は,取得日を平成21年8月4日と定めて,上記の取得対価によりその全部取得条項付種類株式の全部を取得する。
 (3) 抗告人X1は,本件総会に先立ち,上記決議に係る議案に反対する旨相手方に通知し,かつ,本件総会において,同議案に反対する旨議決権の行使をした。
 抗告人X2は,本件総会における議決権行使の基準日である平成21年3月31日の時点で,保有する相手方の普通株式を第三者に貸し付けており,本件総会において議決権は行使されなかった。
 (4) 抗告人X1は,平成21年7月11日,会社法172条1項に基づき,その当時保有する相手方の株式7万3000株について,全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定の申立てをし,抗告人X2は,同日,その当時保有する相手方の株式8万7000株について,同申立てをした(以下,これらの申立てを「本件取得価格決定の申立て」と総称する。)。
 (5) 抗告人X1は,平成21年7月30日,相手方に対し,会社法116条1項に基づき,その当時保有する相手方の株式44万1000株を公正な価格で買い取ることを請求し,抗告人X2は,同日,その当時保有する相手方の株式29万5000株について,同請求をした(以下,これらの請求を「本件買取請求」と総称する。)。
 (6) 相手方の株式は,平成21年7月29日に上場廃止となり,同年8月4日,振替機関による取扱いが廃止された。抗告人らは,同日までに,社債等振替法154条3項所定の通知(以下「個別株主通知」という。)の申出をしておらず,抗告人らの申出に係る個別株主通知がされることはなかった。
 (7) 平成21年8月4日,前記(2)イの定款変更の効力が生じ,相手方は,同日,全部取得条項付種類株式の全部を取得した。
 (8) 抗告人らは,平成21年9月30日,会社法117条2項に基づき,本件買取価格の決定の申立てをした。
 (9) 相手方は,本件買取価格の決定の申立てに係る事件の審理において,平成21年11月18日に提出した書面により,抗告人らについて個別株主通知がされていないことを理由に,本件買取価格の決定の申立てが不適法であると主張して争った。

 3 原審は,本件買取請求は,相手方の普通株式が全部取得条項付種類株式となったことを前提とする本件取得価格決定の申立てと相矛盾する行為であるから,本件取得価格決定の申立てをした抗告人らが本件買取請求をすることはできず,その結果,本件買取価格の決定の申立ては不適法となると判断して,同申立てを却下すべきものとした。

 第2 職権による検討
 1 会社法116条1項所定の株式買取請求権は,その申立期間内に各株主の個別的な権利行使が予定されているものであって,専ら一定の日(基準日)に株主名簿に記載又は記録されている株主をその権利を行使することができる者と定め,これらの者による一斉の権利行使を予定する同法124条1項に規定する権利とは著しく異なるものであるから,上記株式買取請求権が社債等振替法154条1項,147条4項所定の「少数株主権等」に該当することは明らかである。そして,会社法116条1項に基づく株式買取請求(以下「株式買取請求」という。)に係る株式の価格は,同請求をした株主と株式会社との協議が調わなければ,株主又は株式会社による同法117条2項に基づく価格の決定の申立て(以下「買取価格の決定の申立て」という。)を受けて決定されるところ,振替株式について株式買取請求を受けた株式会社が,買取価格の決定の申立てに係る事件の審理において,同請求をした者が株主であることを争った場合には,その審理終結までの間に個別株主通知がされることを要するものと解される(最高裁平成22年(許)第9号同年12月7日第三小法廷決定・民集64巻8号2003頁参照)。上記の理は,振替株式について株式買取請求を受けた株式会社が同請求をした者が株主であることを争った時点で既に当該株式について振替機関の取扱いが廃止されていた場合であっても,異ならない。なぜならば,上記の場合であっても,同株式会社において個別株主通知以外の方法により同請求の権利行使要件の充足性を判断することは困難であるといえる一方,このように解しても,株式買取請求をする株主は,当該株式が上場廃止となって振替機関の取扱いが廃止されることを予測することができ,速やかに個別株主通知の申出をすれば足りることなどからすれば,同株主に過度の負担を課すことにはならないからである。
 2 これを本件についてみるに,本件買取請求を受けた相手方において抗告人らが株主であることを争っているにもかかわらず,本件買取価格の決定の申立ての審理終結までの間に個別株主通知がされることはなかったのであるから,抗告人らは自己が株主であることを相手方に対抗するための要件を欠くことになり,本件買取請求は不適法となる。
 そうすると,本件買取価格の決定の申立ては,適法な株式買取請求をした者ではない者による申立てとして不適法である。

 第3 抗告人らの抗告理由について
 1 所論は,抗告人らが既に本件取得価格決定の申立てをしていることを理由に本件買取価格の決定の申立てを不適法であるとした原審の判断には,会社法116条の解釈適用を誤った違法があるというのである。
 2 会社法172条1項が全部取得条項付種類株式の取得に反対する株主に価格の決定の申立て(以下「取得価格決定の申立て」という。)を認めた趣旨は,その取得対価に不服がある株主の保護を図ることにあると解され,他方,同法116条1項が反対株主に株式買取請求を認めた趣旨は,当該株主に当該株式会社から退出する機会を付与することにあるから,当該株主が取得対価に不服を申し立てたからといって,直ちに当該株式会社から退出する利益が否定されることになるものではなく,また,当該株主が上記利益を放棄したとみるべき理由もない。したがって,株主が取得価格決定の申立てをしたことを理由として,直ちに,当該株式についての株式買取請求が不適法になるものではない
 しかしながら,株式買取請求に係る株式の買取りの効力は,同請求に係る株式の代金の支払の時に生ずるとされ(同法117条5項),株式買取請求がされたことによって,上記株式を全部取得条項付種類株式とする旨の定款変更の効果や同株式の取得の効果が妨げられると解する理由はないから,株式買取請求がされたが,その代金支払までの間に,同請求に係る株式を全部取得条項付種類株式とする旨の定款変更がされ,同株式の取得日が到来すれば,同株式について取得の効果が生じ(同法173条1項),株主は,同株式を失うと解される。そして,株式買取請求及び買取価格の決定の申立ては,株主がこれを行うこととされており(同法116条1項,117条2項),株主は,株式買取請求に係る株式を有する限りにおいて,買取価格の決定の申立ての適格を有すると解すべきところ,株式買取請求をした株主が同請求に係る株式を失った場合は,当該株主は同申立ての適格を欠くに至り,同申立ては不適法になるというほかはない
 3 これを本件についてみるに,抗告人らの有する本件買取請求に係る普通株式は,平成21年8月4日,全部取得条項付種類株式となり,相手方がこれを全部取得し,抗告人らは,同日,同株式を失ったのであるから,抗告人らは,同株式の価格の決定の申立て適格を欠くに至り,同申立ては不適法というべきである。
 そうすると,本件買取価格の決定の申立てが不適法であるとして同申立てを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 第4 結論
 以上によれば,本件買取価格の決定の申立てを却下すべきものとした原審の判断は,いずれにせよ結論において是認することができるから,抗告は棄却するのが相当である。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 竹内行夫 裁判官 古田佑紀 裁判官 須藤正彦 裁判官千葉勝美)

3.買取価格の決め方

+(株式の価格の決定等)
第七百九十八条  株式買取請求があった場合において、株式の価格の決定について、株主と存続株式会社等との間に協議が調ったときは、存続株式会社等は、効力発生日から六十日以内にその支払をしなければならない。
2  株式の価格の決定について、効力発生日から三十日以内に協議が調わないときは、株主又は存続株式会社等は、その期間の満了の日後三十日以内に、裁判所に対し、価格の決定の申立てをすることができる
3  前条第七項の規定にかかわらず、前項に規定する場合において、効力発生日から六十日以内に同項の申立てがないときは、その期間の満了後は、株主は、いつでも、株式買取請求を撤回することができる。
4  存続株式会社等は、裁判所の決定した価格に対する第一項の期間の満了の日後の年六分の利率により算定した利息をも支払わなければならない
5  存続株式会社等は、株式の価格の決定があるまでは、株主に対し、当該存続株式会社等が公正な価格と認める額を支払うことができる。
6  株式買取請求に係る株式の買取りは、効力発生日に、その効力を生ずる。
7  株券発行会社は、株券が発行されている株式について株式買取請求があったときは、株券と引換えに、その株式買取請求に係る株式の代金を支払わなければならない。

Ⅲ 公正な価格の決定~価格決定の基準日の問題
1.はじめに
2.価格決定の基準日

・公正な価格の価格決定の基準日
=株式買取請求の日!!!!

+判例(H23.4.19)楽天対TBS
理 由
 1 本件は,相手方を吸収分割株式会社,Aを吸収分割承継株式会社とする吸収分割に反対した相手方の株主である抗告人が,相手方に対し,抗告人の有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが,その価格の決定につき協議が調わないため,抗告人及び相手方が,会社法786条2項に基づき,それぞれ価格の決定の申立てをした事案である。
 2 抗告代理人国谷史朗ほかの抗告理由第3の2について
 所論の点に関する原審の事実認定は,原決定挙示の証拠関係等に照らして首肯するに足り,原決定に所論の違法はない。論旨は,事実の認定を非難するものにすぎず,採用することができない。
 3 抗告代理人国谷史朗ほかのその余の抗告理由について
 (1) 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 ア 相手方は,その株式が東京証券取引所の市場第一部に上場されている株式会社であるところ,平成20年12月16日に開催された株主総会において,吸収分割の方法により,相手方がテレビ放送事業及び映像・文化事業に関して有する権利義務を完全子会社であるAに承継させ,Aから相手方に対してその対価を何ら交付しないことなどを内容とする吸収分割契約を承認する旨の決議(以下「本件決議」といい,本件決議に係る吸収分割を「本件吸収分割」という。)がされた。本件吸収分割は,同年4月1日に施行された認定放送持株会社制度の導入を内容とする放送法等の一部を改正する法律(平成19年法律第136号)に基づき,相手方を認定放送持株会社に移行させるために行われたものであった。
 イ 抗告人は,合計3777万0700株の株式(以下「本件株式」という。)を保有する相手方の株主であるが,上記株主総会に先立ち,本件吸収分割に反対する旨を相手方に通知し,上記株主総会において本件決議が行われるに当たり,これに反対した上,会社法785条5項所定の期間(株式買取請求期間)の満了日である平成21年3月31日,相手方に対し,本件株式を公正な価格で買い取ることを請求した(以下,この請求を「本件買取請求」という。)。
 東京証券取引所における相手方の株式の同日の終値は,1株1294円であった。
 ウ 本件吸収分割により相手方の事業がAに承継されても,シナジー(組織再編による相乗効果)は生じず,また,本件吸収分割は,相手方の企業価値や株主価値を毀損するものではなく,相手方の株式の価値に変動をもたらすものでもなかった。

 (2) 原審は,上記事実関係の下で,要旨次のとおり判断して,本件株式の買取価格を1株につき1294円と定めるべきものとした。
 完全子会社を吸収分割承継株式会社とする吸収分割に際し,吸収分割株式会社の反対株主が株式買取請求をした場合における株式の「公正な価格」は,吸収分割契約を承認する旨の株主総会の決議がなかったとしたらその株式が有していたであろう価格を基礎として算定すべきであり,「公正な価格」を定める基準日は,株式買取請求期間の満了日とするのが相当である。そして,本件株式は上場株式であるから,当該市場における株式の価格(以下「市場株価」という。)が企業の客観的価値を反映しないなどの特段の事情がない限り,市場株価を算定の基礎に用いるのが相当であり,また,相手方の認定放送持株会社化と連動した本件吸収分割が相手方の企業価値又は株主価値を毀損したものとは認められないから,本件における「公正な価格」は,株式買取請求期間の満了日の市場株価を上回るものではあり得ない。本件における株式買取請求期間の満了日は平成21年3月31日であるところ,東京証券取引所における相手方の株式の同日の終値は1株1294円であるから,これをもって本件株式の「公正な価格」と認めるのが相当である。

 (3) 所論は,株式買取請求がされた場合における「公正な価格」を定める基準日を株式買取請求期間の満了日であるとし,かつ,本件吸収分割が公表される前の市場株価を参照しなかった原決定には法令の解釈の誤りがあるなどというものである。

 (4)ア 吸収合併,吸収分割又は株式交換(以下「吸収合併等」という。)が行われる場合,会社法785条2項所定の株主(以下「反対株主」という。)は,吸収合併消滅株式会社,吸収分割株式会社又は株式交換完全子会社(以下「消滅株式会社等」という。)に対し,自己の有する株式を「公正な価格」で買い取るよう請求することができる(同条1項)。このように反対株主に「公正な価格」での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は,吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面,それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主には,吸収合併等がされなかったとした場合と経済的に同等の状況を確保し,さらに,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には,上記株主に対してもこれを適切に分配し得るものとすることにより,上記株主の利益を一定の範囲で保障することにある。以上のことからすると,裁判所による買取価格の決定は,客観的に定まっている過去のある一定時点の株価を確認するものではなく,裁判所において,上記の趣旨に従い,「公正な価格」を形成するものであり,また,会社法が価格決定の基準について格別の規定を置いていないことからすると,その決定は,裁判所の合理的な裁量に委ねられているものと解される(最高裁昭和47年(ク)第5号同48年3月1日第一小法廷決定・民集27巻2号161頁参照)。
 イ 上記の趣旨に照らせば,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合には,増加した企業価値の適切な分配を考慮する余地はないから,吸収合併契約等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格(以下「ナカリセバ価格」という。)を算定し,これをもって「公正な価格」を定めるべきである。そして,消滅株式会社等の反対株主が株式買取請求をすれば,消滅株式会社等の承諾を要することなく,法律上当然に反対株主と消滅株式会社等との間に売買契約が成立したのと同様の法律関係が生じ,消滅株式会社等には,その株式を「公正な価格」で買い取るべき義務が生ずる反面(前掲最高裁昭和48年3月1日第一小法廷決定参照),反対株主は,消滅株式会社等の承諾を得なければ,その株式買取請求を撤回することができないことになる(会社法785条6項)ことからすれば,売買契約が成立したのと同様の法律関係が生ずる時点であり,かつ,株主が会社から退出する意思を明示した時点である株式買取請求がされた日を基準日として,「公正な価格」を定めるのが合理的である。仮に,反対株主が株式買取請求をした日より後の日を基準として「公正な価格」を定めるものとすると,反対株主は,自らの意思で株式買取請求を撤回することができないにもかかわらず,株式買取請求後に生ずる市場の一般的な価格変動要因による市場株価への影響等当該吸収合併等以外の要因による株価の変動によるリスクを負担することになり,相当ではないし,また,上記決議がされた日を基準として「公正な価格」を定めるものとすると,反対株主による株式買取請求は,吸収合併等の効力を生ずる日の20日前の日からその前日までの間にしなければならないこととされているため(会社法785条5項),上記決議の日から株式買取請求がされるまでに相当の期間が生じ得るにもかかわらず,上記決議の日以降に生じた当該吸収合併等以外の要因による株価の変動によるリスクを反対株主は一切負担しないことになり,相当ではない
 そうすると,会社法782条1項所定の吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合に,同項所定の消滅株式会社等の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,当該株式買取請求がされた日におけるナカリセバ価格をいうものと解するのが相当である。
 ウ 会社法が「公正な価格」の決定を裁判所の合理的な裁量に委ねていることは前記のとおりであるところ,株式が上場されている場合,一般に,市場株価には,当該企業の資産内容,財務状況,収益力,将来の業績見通しなどが考慮された当該企業の客観的価値が,投資家の評価を通して反映されているということができるから,上場されている株式について,反対株主が株式買取請求をした日のナカリセバ価格を算定するに当たっては,それが企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情があれば格別,そうでなければ,その算定における基礎資料として市場株価を用いることには,合理性が認められる
 そして,反対株主が株式買取請求をした日における市場株価は,通常,吸収合併等がされることを織り込んだ上で形成されているとみられることからすれば,同日における市場株価を直ちに同日のナカリセバ価格とみることは相当ではなく,上記ナカリセバ価格を算定するに当たり,吸収合併等による影響を排除するために,吸収合併等を行う旨の公表等がされる前の市場株価(以下「参照株価」という。)を参照してこれを算定することや,その際,上記公表がされた日の前日等の特定の時点の市場株価を参照するのか,それとも一定期間の市場株価の平均値を参照するのか等については,当該事案における消滅株式会社等や株式買取請求をした株主に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量に委ねられているものというべきである。
また,上記公表等がされた後株式買取請求がされた日までの間に当該吸収合併等以外の市場の一般的な価格変動要因により,当該株式の市場株価が変動している場合に,これを踏まえて参照株価に補正を加えるなどして同日のナカリセバ価格を算定するについても,同様である。
 もっとも,吸収合併等により企業価値が増加も毀損もしないため,当該吸収合併等が消滅株式会社等の株式の価値に変動をもたらすものではなかったときは,その市場株価は当該吸収合併等による影響を受けるものではなかったとみることができるから,株式買取請求がされた日のナカリセバ価格を算定するに当たって参照すべき市場株価として,同日における市場株価やこれに近接する一定期間の市場株価の平均値を用いることも,当該事案に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量の範囲内にあるものというべきである。
 エ これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,本件吸収分割により相手方の事業がAに承継されてもシナジーが生じるものではないというのであり,また,本件吸収分割により相手方の企業価値が増加したとの事実も原審において認定されていない。そうすると,本件買取請求に係る「公正な価格」は,本件買取請求がされた平成21年3月31日におけるナカリセバ価格をいうものと解するのが相当である。
 前記事実関係によれば,相手方の市場株価が相手方の客観的価値を反映していないとの事情はうかがわれないから,本件買取請求がされた日のナカリセバ価格を算定するに当たっては,その市場株価を算定資料として用いることは相当であるというべきであり,また,本件吸収分割は相手方の株式の価値に変動をもたらすものではないというのであるから,これを算定するに当たって,原審が,同日の市場株価を用いて同日のナカリセバ価格を算定したことは,その合理的な裁量の範囲内にあるものということができる。他にこの市場株価をもって同日のナカリセバ価格を算定することが相当でないことをうかがわせる事情はない。
 以上によれば,本件買取請求の日である平成21年3月31日の東京証券取引所における相手方の株式の終値(1株当たり1294円)をもって,本件株式の「公正な価格」であるとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見,裁判官那須弘平の意見がある。

+判例(H23.4.26)インテリジェンス事件
理 由
 抗告代理人田畑俊治の抗告理由について
 1 本件は,相手方を株式交換完全子会社,Aを株式交換完全親会社とする株式交換に反対した相手方の株主である抗告人らが,相手方に対し,抗告人らが各保有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが,その価格の決定につき協議が調わないため,抗告人ら(X9及びX10を除く。)及び相手方が,会社法786条2項に基づき,それぞれ価格の決定の申立てをした事案である。
 2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 相手方は,ジャスダック証券取引所にその株式を上場していた人材紹介事業等を営む株式会社であるところ,平成20年8月28日に開催された相手方の株主総会において,Aを株式交換完全親会社,相手方を株式交換完全子会社とする株式交換を行うことなどを内容とする株式交換契約を承認する旨の決議(以下「本件決議」といい,本件決議に係る株式交換を「本件株式交換」という。)がされた。
 (2) 抗告人らは,原々決定別紙「保有株式一覧表」記載のとおり,相手方の普通株式を保有する相手方の株主であるが,上記株主総会に先立ち,本件株式交換に反対する旨を相手方に通知し,上記株主総会において本件決議が行われるに当たり,これに反対した上,本件株式交換の効力を生ずる日(以下「効力発生日」という。)の20日前から効力発生日の前日までの間に,相手方に対し,各保有する株式を公正な価格で買い取るよう請求した。
 (3) 本件株式交換の計画公表直前である平成20年7月1日における相手方の株式の市場株価(終値)は7万9500円であったが,その後,下落を続け,上場が廃止される直前の最終取引日である同年9月22日の市場株価(終値)は4万3250円であった。このように市場株価が下落した主たる原因は,本件株式交換がされたことにあり,本件株式交換は,相手方の企業価値ないし株主価値を毀損するものであった。もっとも,上記の市場株価の下落には,マクロ経済の悪化とこれに伴う人材ビジネス業界の経営環境悪化という市場の一般的な価格変動要因による影響も及んでいた。

 3 原審は,上記事実関係の下で,要旨次のとおり判断して,抗告人らの株式買取請求に係る株式の買取価格を1株につき6万7791円であると定めた。
 株式交換により企業価値ないし株主価値が毀損された場合において,株式交換完全子会社の株主による株式買取請求に係る「公正な価格」は,裁判所の裁量により,株式交換の効力発生日を基準として,株式交換がなければ上記完全子会社の株式が有していたであろう客観的価値を基礎として算定するのが相当である。そして,相手方の企業価値ないし株主価値は本件株式交換により毀損されているから,「公正な価格」は,本件株式交換の効力発生日を基準として,本件株式交換がなければ相手方の株式が有していたであろう客観的価値を基礎として算定すべきである
 上記の客観的価値は,上記効力発生日にできるだけ近接し,かつ,本件株式交換の影響を排除できる市場株価である本件株式交換の計画公表前の市場株価を参照して算定するのが相当であるが,同計画公表後も,上記の市場株価には,市場の一般的な価格変動要因による影響が及んでいる以上,同計画公表後における市場全体・業界全体の動向その他を踏まえた補正を加えるなどして,上記の客観的価値を算定するのが合理的である。そこで,回帰分析の手法を用いて上記補正をした上で,偶発的要素による影響を排除するために,本件株式交換の効力発生日前1か月間の補正後の株式価格の平均値をもって相手方の株式の有する効力発生日の客観的価値を判断すると,本件における「公正な価格」は,1株につき6万7791円とするのが相当である。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 吸収合併,吸収分割又は株式交換(以下「吸収合併等」という。)が行われる場合,会社法785条2項所定の株主(以下「反対株主」という。)は,吸収合併消滅株式会社,吸収分割株式会社又は株式交換完全子会社(以下「消滅株式会社等」という。)に対し,自己の有する株式を「公正な価格」で買い取るよう請求することができる(同条1項)このように反対株主に「公正な価格」での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は,吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面,それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主には,吸収合併等がされなかったとした場合と経済的に同等の状況を確保し,さらに,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には,上記株主に対してもこれを適切に分配し得るものとすることにより,上記株主の利益を一定の範囲で保障することにある。このような趣旨に照らせば,会社法782条1項所定の吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合に,同項所定の消滅株式会社等の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,当該株式買取請求がされた日における,同項所定の吸収合併契約等を承認する旨の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格(以下「ナカリセバ価格」という。)をいうものと解するのが相当である(最高裁平成22年(許)第30号同23年4月19日第三小法廷決定・裁判所時報1530号登載予定参照)。
 以上と異なる原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨は理由がある。
 (2) なお,上場されている株式について,反対株主が株式買取請求をした日のナカリセバ価格を算定するに当たり,株式交換を行う旨の公表等がされる前の市場株価を参照することや,上記公表等がされた後株式買取請求がされた日までの間に当該吸収合併等以外の市場の一般的な価格変動要因により,当該株式の市場株価が変動している場合に,これを踏まえて参照した株価に補正を加えるなどして同日のナカリセバ価格を算定することは,裁判所の合理的な裁量の範囲内にあるものというべきである(前掲最高裁平成23年4月19日第三小法廷決定参照)。そして,このことは,株式買取請求期間中に当該株式の上場が廃止されたとしても,変わるところはない。
 5 以上によれば,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官那須弘平の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

+判例(H24.2.29)テクモ事件
理 由
 平成23年(許)第21号抗告代理人梅野晴一郎ほかの抗告理由及び平成23年(許)第22号抗告代理人檜山聡の抗告理由について
 1 本件は,Aほか1社を株式移転完全子会社とする株式移転に反対したAの株主である平成23年(許)第21号相手方・同第22号抗告人(以下「相手方」という。)が,Aに対し,相手方の有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが,その価格の決定につき協議が調わないため,相手方が,会社法807条2項に基づき,価格の決定の申立てをした事案である。なお,原々決定後,平成23年(許)第21号抗告人・同第22号相手方(以下「抗告人」という。)がAを吸収合併してその権利及び義務を承継した。

 2 原審の確定した事実関係等の概要は次のとおりである。
 (1) Aは,東京証券取引所の市場第一部にその株式を上場していた株式会社であったところ,平成20年9月4日,抗告人(当時の商号はB)との間で経営統合に向けた協議を開始することを発表した。なお,当時,Aと抗告人の間には,相互に特別の資本関係はなかった。
 (2) A及び抗告人は,平成20年11月18日,各取締役会の承認を得て,A及び抗告人を株式移転完全子会社とし,株式移転設立完全親会社としてCを設立する株式移転計画を作成し,同日の市場取引終了後,これを公表した(以下,同計画に基づく株式移転を「本件株式移転」という。)。
 上記株式移転計画においては,抗告人の株主に対し,その普通株式1株につきCの普通株式1株を,Aの株主に対し,その普通株式1株につきCの普通株式0.9株をそれぞれ割り当てることとされた(以下,これらの割当てに関する比率を「本件株式移転比率」という。)。本件株式移転比率は,A及び抗告人が,それぞれ第三者機関に対し株式移転の条件の算定を依頼して得た結果を参考に,協議し,合意されたものである。
 (3) 平成21年1月26日に開催されたAの株主総会(以下「本件総会」という。)において本件株式移転を承認する旨の決議(以下「本件総会決議」という。)がされた。これを受けて,同年3月26日,Aの株式は上場廃止となり,同年4月1日,本件株式移転の効力が生じた。
 (4) 相手方は,合計389万0700株の株式を保有するAの株主であるが,本件総会に先立ち,本件株式移転に反対する旨をAに通知し,本件総会において本件総会決議が行われるに当たり,これに反対した上,会社法806条5項所定の期間(株式買取請求期間)内である平成21年2月12日,Aに対し,相手方の保有する上記株式を公正な価格で買い取ることを請求した。

 3 原審は,上記事実関係の下で,要旨次のとおり判断して,相手方の株式買取請求に係る株式の買取価格を1株につき747円と定めた。
 相手方の株式買取請求に係る「公正な価格」は,本件株式移転の効力発生日を基準として,Aと抗告人の経営統合による企業価値の増加を適切に反映したAの株式の客観的価値を基礎として算定すべきである。本件株式移転比率が上記経営統合による企業価値の増加を適切に反映しているのであれば,これを前提とすべきであるが,本件株式移転の計画が公表された翌日,Aの市場株価が制限値幅の下限まで下落し,その後も市場全体の株価の推移と比較して大きな下落率で推移したことなどからすると,本件株式移転比率は,経営統合による企業価値の増加を適切に反映したものとはいえない。そこで,本件の「公正な価格」は,本件株式移転の効力発生日を基準として,本件株式移転比率に基づく本件株式移転がなかったら有していたであろうAの株式の客観的価値を基礎として算定すべきことになる。この客観的価値は,経営統合に向けた協議の開始の公表後であって,できる限り本件株式移転の効力発生日に近接し,かつ,本件株式移転の影響を排除できる,本件株式移転の内容が公表された前日までの市場株価を参照して算定するのが相当であり,さらに,一定の投機的思惑などの偶発的要素による株価の変動を排除するために,本件株式移転の内容が公表された平成20年11月18日より前の1か月間のAの市場株価の終値の出来高加重平均値をもってAの株式の客観的価値とみるのが相当である。そうすると,本件における「公正な価格」は,1株につき747円となる。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1)ア 株式移転が行われる場合,会社法806条2項所定の株主(以下「反対株主」という。)は,株式移転完全子会社に対し,自己の有する株式を「公正な価格」で買い取るよう請求することができる(同条1項)。このように,反対株主に「公正な価格」での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は,反対株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主には,株式移転がされなかったとした場合と経済的に同等の状態を確保し,さらに,株式移転により,組織再編による相乗効果(以下「シナジー効果」という。)その他の企業価値の増加が生ずる場合には,これを適切に分配し得るものとすることにより,反対株主の利益を一定の範囲で保障することにある(最高裁平成22年(許)第30号同23年4月19日第三小法廷決定・民集65巻3号1311頁参照)。また,上記の「公正な価格」の額の算定に当たっては,反対株主と株式移転完全子会社との間に売買契約が成立したのと同様の法律関係が生ずる時点であり,かつ,株主が会社から退出する意思を明示した時点である株式買取請求がされた日を基準日とするのが合理的である(前記第三小法廷決定参照)。
 イ これらのことに照らすと,株式移転によりシナジー効果その他の企業価値の増加が生じない場合には,株式移転完全子会社の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,当該株式買取請求がされた日における,株式移転を承認する旨の株主総会決議がされることがなければその株式が有したであろう価格をいうと解するのが相当であるが(前記第三小法廷決定参照),それ以外の場合には,株式移転後の企業価値は,株式移転計画において定められる株式移転設立完全親会社の株式等の割当てにより株主に分配されるものであること(以下,株式移転設立完全親会社の株式等の割当てに関する比率を「株式移転比率」という。)に照らすと,上記の「公正な価格」は,原則として,株式移転計画において定められていた株式移転比率が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格をいうものと解するのが相当である。
 ウ 一般に,相互に特別の資本関係がない会社間において株式移転計画が作成された場合には,それぞれの会社において忠実義務を負う取締役が当該会社及びその株主の利益にかなう計画を作成することが期待できるだけでなく,株主は,株式移転完全子会社の株主としての自らの利益が株式移転によりどのように変化するかなどを考慮した上で,株式移転比率が公正であると判断した場合に株主総会において当該株式移転に賛成するといえるから,株式移転比率が公正なものであるか否かについては,原則として,上記の株主及び取締役の判断を尊重すべきであるそうすると,相互に特別の資本関係がない会社間において,株主の判断の基礎となる情報が適切に開示された上で適法に株主総会で承認されるなど一般に公正と認められる手続により株式移転の効力が発生した場合には,当該株主総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がない限り,当該株式移転における株式移転比率は公正なものとみるのが相当である。
 エ 株式が上場されている場合,市場株価が企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情がない限り,「公正な価格」を算定するに当たって,その基礎資料として市場株価を用いることには合理性があるといえる。そして,株式移転計画に定められた株式移転比率が公正なものと認められる場合には,株式移転比率が公表された後における市場株価は,特段の事情がない限り,公正な株式移転比率により株式移転がされることを織り込んだ上で形成されているとみられるものである。そうすると,上記の場合は,株式移転により企業価値の増加が生じないときを除き,反対株主の株式買取請求に係る「公正な価格」を算定するに当たって参照すべき市場株価として,基準日である株式買取請求がされた日における市場株価や,偶発的要素による株価の変動の影響を排除するためこれに近接する一定期間の市場株価の平均値を用いることは,当該事案に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量の範囲内にあるといえる
 (2) これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,Aと抗告人は,相互に特別の資本関係がなく,本件株式移転に関し,株主総会決議を経るなどの一般に公正と認められる手続を経て,本件株式移転の効力が発生したというのであり,本件総会に先立つ情報の開示等に問題があったことはうかがわれない。そうであれば,本件総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がない限り,本件株式移転比率は公正なものというべきところ,市場株価の変動には様々な要因があるのであって,専らAの市場株価の下落やその推移から,直ちに上記の特段の事情があるということはできず,他に,本件において,上記特段の事情の存在はうかがわれない。したがって,本件株式移転比率は公正なものというべきである。
 原審は,本件株式移転により企業価値が増加することを前提としながら,以上と異なり,本件株式移転比率は企業価値の増加を適切に反映したものではなく,公正なものではないとして,本件株式移転の内容が公表された平成20年11月18日より前の1か月間の市場株価の終値を参照して「公正な価格」を算定した点において,その判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。各抗告人の論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。
 5 以上によれば,原決定は破棄を免れない。そこで,以上の見地に立って,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官須藤正彦の補足意見がある。

Ⅳ 公正な価格の算定方法
1.一般的な算定基準
公正な価格
①公正分配価格
=組織再編によって企業価値の増加が生じる場合は、当該組織再編が公正な条件で行われ、それによって、当該増加分が各当時会社の株主に公正に分配されたとすれば、基準日において株式が有する価値
②ナカリセバ価格
=企業価値の増加が生じない場合

2.実際の価格算定の方針
(1)組織再編が企業価値に及ぼす影響を裁判所が決定することは困難であること
(2)公正な組織再編の条件が何かを裁判所が決定することは、困難であるだけでなくそもそも望ましくない可能性もあること
(3)独立当事会社間の組織再編における価格決定の方法

3.本問事例へのあてはめ
(1)本問では、当時会社自身の判断を尊重して「公正な価格」を決死べきであること

(2)本件吸収合併承認後の市場価格の下落は「特段の事情」となりうるか
・組織再編に関する意思決定の時点(株主総会の承認決議までの時点)で存した事情を基礎とする合理的な判断を基準に決するべきであり、当該意思決定の後に生じた事情に基づいて(いわゆる後知恵)で決してはならない。

4.株式の価値の算定の仕方
・基本は市場株価
・利害対立がある場合
+判例(H21.5.29)レックス・ホールディングス事件
理由
1 平成20年(ク)第1037号事件について
抗告代理人関戸麦ほかの抗告理由について
民事事件について特別抗告をすることが許されるのは、民訴法336条1項所定の場合に限られるところ、本件抗告理由は、違憲をいうが、その実質は原決定の単なる法令違反を主張するものであって、同項に規定する事由に該当しない。
2 平成20年(許)第48号事件について
抗告代理人関戸麦ほかの抗告理由について
本件事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、その裁量の範囲内にあるものとして是認することができる。原決定に所論の判例違反はない。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、平成20年(許)第48号事件について裁判官田原睦夫の補足意見がある。

+補足意見
裁判官田原睦夫の補足意見は、次のとおりである。
本件は、会社法172条1項に定める株式会社による全部取得条項付種類株式の取得の価格(以下、単に「取得価格」という。)の決定が裁判所に申し立てられた初めての事案であることにかんがみ、取得価格の意義等に関して若干の意見を補足して述べる。
1 取得価格の意義
取得価格とはいかなる価格を意味するかについて、法は何らの規定も設けてはいない。
ところで、会社法上、株主が株式買取請求権を行使する場合における買取価格は、公正な価格と定められている(469条1項、785条1項、797条1項、806条1項)ところ、上記の場合において、当事者間で協議が調わないときは、当事者の申立てにより裁判所がその価格を決定することとされている(470条2項、786条2項、798条2項、807条2項)。そして、裁判所が決定する上記価格は、上記各条に定める公正な価格をいうものと一般に解されており、取得価格も、裁判所が決定するものである以上、上記の株式買取請求権行使の場合と同様、公正な価格を意味するものと解すべきである。もっとも、その公正な価格を算定する上での考慮要素は、必ずしも株式買取請求権行使の場合と一致するとは限らないが、その点は次項で検討する。
2 取得価格の決定
(1) 会社法172条1項各号に定める株主により取得価格の決定が申し立てられると、裁判所は、取得日(173条1項)における当該株式の公正な価格を決定する。
その決定は、取得価格決定の制度の趣旨を踏まえた上での裁判所の合理的な裁量によってされるべきものである。すなわち、取得価格決定の制度が、経営者による企業買収(MBO)に伴いその保有株式を強制的に取得されることになる反対株主等の有する経済的価値を補償するものであることにかんがみれば、取得価格は、〈1〉MBOが行われなかったならば株主が享受し得る価値と、〈2〉MBOの実施によって増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分とを、合算して算定すべきものと解することが相当である。
原決定が、「公正な価格を定めるに当たっては、取得日における当該株式の客観的価値に加えて、強制的取得により失われる今後の株価の上昇に対する期待を評価した価額をも考慮するのが相当である」とする点は、後の「株価の上昇に対する期待の評価」の項において説示するところからすれば、実質的には上記と同旨をいうものと解することができる。
(2) ところで、MBOの実施に際しては、MBOが経営陣による自社の株式の取得であるという取引の構造上、株主との間で利益相反状態になり得ることや、MBOにおいては、その手続上、MBOに積極的ではない株主に対して強圧的な効果が生じかねないことから、反対株主を含む全株主に対して、透明性の確保された手続が執られることが要請されている(経済産業省の委嘱による企業価値研究会の「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する報告書」〔平成19年8月2日付け。以下「MBO報告書」という。〕参照)。それ故、裁判所が取得価格を決定するに際しては、当該MBOにおいて上記の透明性が確保されているか否かとの観点をも踏まえた上で、その関連証拠を評価することが求められる。
3 原決定と裁判所の裁量
(1) 株式公開買付け制度については、その透明性を図ること等を目的として、平成18年内閣府令第86号により発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令等の、同年政令第377号により証券取引法施行令(平成19年政令第233号により題名が「金融商品取引法施行令」と改められた。)の改正がされている(施行日は、いずれも平成18年12月13日)。本件MBOに関連するものとしては、次のとおりである。
ア 公開買付届出書の添付書類として、「買付け等の価格の算定に当たり参考とした第三者による評価書、意見書その他これらに類するものがある場合には、その写し(公開買付者が対象者の役員、対象者の役員の依頼に基づき当該公開買付けを行う者であって対象者の役員と利益を共通にする者又は対象者を子会社とする会社その他の法人である場合に限る。)」が追加された(発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令13条1項8号)。
イ 公開買付期間が「20日以上60日以内」から「20営業日以上60営業日以内」に改正された(証券取引法施行令8条1項)。
(2) 上記施行日は、本件公開買付期間の最終日の翌日であって、本件MBOは、上記改正による規制の対象外であり、法令上その義務を負うものではないものの、本件MBOにおいては、「買付け等の価格の算定に当たり参考とした第三者による評価書、意見書等」は公開されなかった。なお、MBO報告書によれば、事業計画や株価算定評価書等を開示した上で、買付価格の合理性について株主らに検討する機会を与えることが望ましいとされている。
(3) また、MBOの実施に際しては、株主に適切な判断機会を確保することが重要であり、MBOに積極的ではない株主に対して強圧的な効果が生じないように配慮することも求められるところ、本件MBOにおける公開買付者のプレスリリースや抗告人に吸収合併された旧株式会社レックス・ホールディングス(以下「旧レックス」という。)の株主あてのお知らせには、公開買付けに応じない株主は、普通株式の1株に満たない端数しか受け取れないところ、当該株主が株式買取請求権を行使し価格決定の申立てを行っても、裁判所がこれを認めるか否かは必ずしも明らかではない旨や、公開買付けに応じない株主は、その後の必要手続等に関しては自らの責任にて確認し、判断されたい旨が記載されており、MBO報告書において避けるべきであるとされている「強圧的な効果」に該当しかねない表現が用いられている。
(4) 原決定は、本件MBOにおける上記の事実経過を踏まえた上で、取得日における本件株式の価値を評価するに際し、〈1〉抗告人の主張する市場株価方式と純資産方式(修正簿価純資産法)及び比準方式(類似会社比準法)とを併用すべきであるとの点については、抗告人主張の純資産方式及び比準方式による各試算額が、本件公開買付価格と著しく乖離していることや、旧レックスが様々な事業を展開しており、その業態、事業形態に照らし、その企業価値は収益力を評価して決せられる部分が多いことなどから適切ではないとし、〈2〉旧レックスが平成18年8月21日に公表した「同年12月期の業績予想の下方修正は、企業会計上の裁量の範囲内の会計処理に基づくものとはいえ、既に、この段階において、相当程度の確実性をもって具体化していた本件MBOの実現を念頭において、特別損失の計上に当たって、決算内容を下方に誘導することを意図した会計処理がされたことは否定できない」とした上で、本件公開買付けが公表された前日の6ヶ月前である平成18年5月10日から同公表日の前日である同年11月9日までの市場株価の終値の平均値をもって取得日における本件株式の価値とした。
また、原決定は、相手方らの度重なる要請にもかかわらず、抗告人が、MBO後の事業計画や、公開買付者において旧レックスにつきデューディリジェンスを実施した上で作成した株価算定評価書を提出しなかったことを踏まえ、本件MBOに近接した時期においてMBOを実施した各社の事例を参考に、上記の本件株式の価値に、本件MBOにおいて強制取得の対象となる株主に付加して支払われるべき価値部分として、その20%を加算し、これをもって取得価格と定めるのが相当であるとした。
(5) 原決定の認定判断は、本件MBOの経緯や原審までの審理経緯をも踏まえてされたものであり、本件記録に現れた証拠関係から肯認することができ、また、その取得価格の算定方法に裁量権の逸脱は認められないものというべきである。
(裁判長裁判官 近藤崇晴 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫)

+判例原審(H20.9.12)レックス・ホールディングス事件
第3 当裁判所の判断
1 取得価格の判断基準
会社法172条1項は、全部取得条項付種類株式の取得の決議において定められた対価に不服のある反対株主が、裁判所に対し、取得価格の決定の申立てをすることができる旨を定めている。この取得価格の決定申立ての制度は、上記決議がされると、全部取得条項付種類株式を発行している種類株式発行会社が、決議において定められた取得日に、これに反対する株主の分も含め、全部取得条項付種類株式を全部取得することになるため(同法171条1項、173条1項)、その対価に不服のある株主に、裁判所に対して自らが保有する株式の取得価格の決定を求める申立権を認め、強制的に株式を剥奪されることになる株主の保護を図ることをその趣旨とするものである。したがって、取得価格の決定の申立てがされた場合において、裁判所は、上記の制度趣旨に照らし、当該株式の取得日における公正な価格をもって、その取得価格を決定すべきものと解するのが相当である。
一般に、譲渡制限の付されていない株式を所有する株主は、当該株式を即時売却するか、それとも継続して保有するかを自ら選択することができるのであって、各時点において、これを売却した場合に実現される株式の客観的価値を把握しているだけでなく、これを継続して保有することにより実現する可能性のある株価の上昇に対する期待を有しており、この期待は、株式の有する本質的な価値として、法的保護に値するものということができる。しかるに、全部取得条項付種類株式を発行した種類株式発行会社による株式の強制的取得が行われると、これによって、株主は、自らが望まない時期であっても株式の売却を強制され、株価の上昇に対する上記の期待を喪失する結果となるのである。そうであれば、裁判所が、上記の制度趣旨に照らし、当該株式の取得日における公正な価格を定めるに当たっては、取得日における当該株式の客観的価値に加えて、強制的取得により失われる今後の株価の上昇に対する期待を評価した価額をも考慮するのが相当である。
そして、取得日における当該株式の客観的価値や上記の期待を評価した価額を算定するに当たり考慮すべき要素は、複雑多岐にわたる反面、これらがすべて記録上明らかとなるとは限らないこと、会社法172条1項が取得価格の決定基準については何ら規定していないことを考慮すると、会社法は、取得価格の決定を、記録に表われた諸般の事情を考慮した裁判所の合理的な裁量に委ねたものと解するのが相当である。
2 本件取得日における本件株式の客観的価値
(1) 本件株式の客観的価値の算定方式
旧レックス株式は、平成19年4月27日まではジャスダックに上場されていたが、本件MBOの一環としての本件公開付け及び本件決議がされたことによって、同月29日をもって上場廃止とされたことは、前提事実記載のとおりであって、本件株式の評価基準時点である本件取得日(平成19年5月9日)においては、旧レックスは非上場会社となっており、同時点における旧レックス株式の市場株価は存在しない。しかし、一般に、株式市場においては、投資家による一定の投機的思惑の影響を受けつつも、各企業の資産内容、財務状況、収益力及び将来の業績見通しなどを考慮した企業の客観的価値が株価に反映されているということができ、本件取得日と上場廃止日がわずか11日しか離れていない本件株式の評価に当たっては、異常な価格形成がされた場合など、市場株価がその企業の客観的価値を反映していないと認められる特別の事情のない限り、本件取得日に近接した一定期間の市場株価を基本として、その平均値をもって本件株式の客観的価値とみるのが相当である。
この点、相手方は、市場株価方式と純資産方式(修正簿価純資産法)及び比準方式(類似会社比準法)とを併用し、それぞれ対等の割合で考慮すべきであると主張し、かかる算定方式に従って本件取得日における本件株式の価格を算定した乙イ32号証を提出する。しかし、〈1〉乙イ32号証によれば、純資産方式(修正簿価純資産法)による本件株式の取得日における試算額は、1株当たり2万7000円、比準方式(類似会社比準法)による試算額は、株価観測期間を1か月とした場合には1株当たり4000円、3か月とした場合には1株当たり5000円になるというのである。上記の各試算額は、デューディリジェンスを実施した上でAP8が決定した買付価格である23万円と著しくかけ離れた額(純資産方式については約10分の1、比準方式に至っては約50分の1)であるというほかはなく、このことだけからみても、これらの方式によって算定されたとされる上記の各試算額を市場株価方式によって算定された試算額と対等の割合で考慮すべきものと認めるについては、多大の疑問が生ずるものというほかはない。しかも、〈2〉本件においては、継続企業としての旧レックスの企業価値を評価すべきであって、解散・清算を予定して、その企業価値を評価するわけではないこと、前提事実によれば、旧レックスは、企業買収を重ねて急成長を遂げてきた多数の連結子会社を要する株式会社であって、外食産業の分野において、牛角、鳥でん、土間土間等の様々な業態のフランチャイズ事業を展開するとともに、コンビニエンス・ストアのフランチャイズ事業やスーパーマーケット事業などの事業活動も展開しているのであって、その業態、事業形態に照らし、その企業価値は、収益力を評価して決せられる部分が大きく、純資産価額は、旧レックスの企業価値を適正に反映するものとはいえないものというべきであって、本件株式の客観的価値を算定するに当たって、純資産方式を併用することには、その合理性を認めることができない。そして、〈3〉比準方式(類似会社比準法)によって株価を算定するに当たっては、比準すべき類似会社の選定が合理的であることが必須であることはいうまでもないところ、乙イ32号証による試算額算定に当たって選定された類似会社と旧レックスとの類似性については、およそ的確な疎明はされていないのであって、かえって、旧レックスが、上記のとおり外食産業、コンビニエンス・ストア事業、スーパーマーケット事業において、多種多様な業態における店舗展開を行っている複合的企業であることに照らすと、乙イ32号証において提示された比準方式(類似会社比準法)による株価の試算に当たり選定された類似会社との類似性については多大の疑問を抱かざるを得ず、同号証によって提示された同方式による試算額は、本件株式の客観的価値を算定するに当たって、考慮するに値しないことは明らかというほかはない。したがって、乙イ32号証は採用することはできず、本件株式の取得日における客観的価値を算定するに当たり、一件記録を精査しても上記各試算方式を併用することの合理性を首肯させるに足りる疎明資料はない。

(2) 一定期間の市場株価の平均値による本件株式の客観的価値の算定
ア 本件公開買付けの公表日以降の市場株価を株価算定の基礎とすることの当否
旧レックスが平成18年11月10日、買付価格を1株当たり23万円とする本件公開買付けの実施を公表したこと、同月11日以降、旧レックス株式の市場株価の終値は概ね22万円前後で推移していたことは、前記前提事実記載のとおりである。上記事実に疎明資料(甲イ58、乙イ32)及び審問の全趣旨を総合すれば、同日以降の市場株価は、本件公開買付けの実施が公表された結果、買付価格の影響を受けて、いわばこれに拘束されて形成されたものであることが明らかであって、旧レックスの客観的価値を反映していないと認められる特別の事情があるものとみるほかはない。本件取得日における本件株式の客観的価値を算定するに当たり、同日以降の市場株価を考慮することは相当ではない。
イ 平成18年8月22日以降同年11月10日までの期間の市場株価を株価算定の基礎とすることの当否
抗告人らは、平成18年8月22日以降同年11月10日までの期間の市場株価は、株価操作を目的とする平成18年8月21日プレス・リリースの影響を受けており、企業の客観的価値を反映していないと認めるべき特段の事情があるから、本件取得日における本件株式の客観的価値を算定するに当たり、除外すべきであると主張するので検討する。
(ア) 平成18年8月21日プレス・リリースの問題点
a 前提事実に加え、疎明資料(甲イ9、乙イ33、70)及び審問の全趣旨によれば、平成18年8月21日プレス・リリースは、平成18年12月期における特別損失の発生(中間期33億9000万円計上、下期21億円計上予定)を発表するとともに、平成18年12月期通期連結業績予想(同年1月1日から同年12月31日まで)について、売上高を1700億円、経常利益を64億円、当期純利益を0円とする業績予想の下方修正を発表するものであり、ここで計上された特別損失は、次のようなものであったことが認められる。
(a) 固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書(企業会計審議会平成14年8月9日)において、平成17年4月1日以後開始する事業年度から、「固定資産の減損に係る会計基準」及び「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号)を適用することが適当であるとされたことに伴い、平成18年12月期から、上記基準及び適用指針に従った固定資産の減損処理を行うことになり、平成16年12月期下期から平成18年12月期中間期まで(平成16年7月1日から平成18年6月30日までの2年間)のキャッシュフローが連続してマイナスとなった不採算店舗について、その固定資産の帳簿価格全額を減損処理したことによる特別損失4億8500万円
(b) 出店を加速させるための一手段として、加盟店契約を締結しながら、実際には出店をしていない出店意欲のない契約者との間の加盟店契約を解除して、加盟金を返金したことによる加盟契約解除損3億5800万円
(c) 外食産業における不採算店舗閉鎖による固定資産除却損5400万円、コンビニエンス・ストア事業における不採算店舗閉鎖による固定資産除却損7200万円及び成城石井本店の改装による固定資産除却損2400万円の合計1億5100万円
(d) 平成17年12月期末において、長期前払費用として資産に計上されていた外食事業に係るマーケティング・データやノウハウ等の資産の評価を見直し、資産計上を止めたことによる特別損失17億0400万円
(e) 国産牛の賞味期限切れに伴う商品評価損1億8700万円
(f) 上記(a)の不採算店舗に係る未経過リース料の現在価値(帳簿価格)全額を減損処理したことによる特別損失1億7700万円
(g) コンビニエンス事業に関する広告宣伝スペース付のタバコの販売棚の製作準備金として支払済みの前渡金2億円につき、上記販売棚の設置計画が進捗せず、かつ、製作準備金の返還交渉が難航していたため、上記前渡金が貸倒れとなることに備えた貸倒引当金繰入れによる特別損失2億円
b 疎明資料(甲イ7、67)によれば、上記aのとおり計上された特別損失のうち、外食事業に係るマーケティング・データやノウハウ等(一件記録によっても、上記データ、ノウハウ等の具体的な内容は明らかではない。)の評価見直しによる特別損失17億0400万円((d))については、平成18年8月21日プレス・リリースのわずか3か月前である同年5月24日に旧レックスが公表した「平成18年12月期 第1四半期財務・業績の概況(連結)」(以下「平成18年12月期第1四半期決算」という。)においては、なお資産として計上されていたことが認められるのであって、旧レックスは、平成18年8月21日プレス・リリースにおいて公表した業績予想において、その方針を変更して、評価替えを行っていることが明らかである。しかるに、かかる評価替えが必要であった理由については、相手方は、監査法人が資産計上を認めないとの方針に転換したためであると主張し、これに沿う記載のある乙イ70号証(相手方執行役員財務部長丁川松男の陳述書)を提出するにとどまり、一件記録を精査しても、上記データ、ノウハウ等の資産価値の有無の判定に関する具体的な事実、平成18年12月期中間期に、一括してかかる評価替えが必要となった合理的な理由については、それ以上には明らかにされていないものといわざるを得ない。少なくとも、平成18年12月期第1四半期決算の時点では17億0400万円もの価値を有していた資産が、わずか3か月の間に全額毀損される特別の事情が生じたことは窺われず、上記特別損失の計上は、現実に旧レックスの企業価値が毀損されたことを意味するものではないということができる。
c 甲イ67号証によれば、上記aのとおり計上された特別損失のうち、什器取得のための前渡金の貸倒引当金繰入れによる特別損失2億円((g))についても、平成18年12月期第1四半期決算においては、かかる貸倒引当金の計上がされていなかったことは明らかである。しかるに、平成18年8月21日プレス・リリースによる業績予想の下方修正に当たり、貸倒引当金が計上されるに至った理由についても、相手方は、監査法人の指導による旨を主張し、乙イ70号証にこれに沿う記載があるにとどまり、一件記録を精査しても、それ以上には、平成18年12月期第1四半期決算以後において、上記2億円の回収が困難であることが明らかになった具体的な経過など、平成18年12月期中間期において貸倒引当金の繰入れが必要となった合理的な理由や上記前渡金の返還交渉のその後の帰趨については、何ら具体的に明らかにされていないのであって、上記特別損失の計上も、平成18年12月期中間期において、現実に旧レックスに2億円の損失が発生し、その企業価値が毀損されたこと意味するものとまでは認め難い。
d 疎明資料(甲イ61、乙イ70)によれば、上記aのとおり計上された特別損失のうち、加盟契約解除損3億5800万円((b))や固定資産除却損1億5100万円((c))は、いずれも、旧レックスの業績を向上させるための施策を採る過程で生じた特別損失であり、これにより、出店を加速させ、あるいは、一時的に特別損失を計上することになっても、営業を継続した場合よりもトータルの損失が確実に減少するとの見通しの下に、本件MBOの計画時から進められてきた財務改革の一環であったと認めることができる。しかるに、平成18年8月21日プレス・リリースにおいては、上記のような事情は特に記載されておらず、上記のような特別損失が旧レックスの業績を向上させるために財務改革を進める過程で生じたと読み取ることは、必ずしも容易とはいえない。しかも、甲イ67号証によれば、平成18年12月期第1四半期決算においては、加盟店契約解除損については、全く計上がされていないことが認められるのであって、同決算後平成18年8月21日プレス・リリースまでのわずか3か月の間に、3億5800万円もの加盟店契約解除損を計上するに至っていることは、旧レックスにおいては、その間において、中長期的な事業計画に基づき、業績の改善に向けた何らかの経営政策の転換があったことすらも窺わせるものであるが、平成18年8月21日プレス・リリースにおいては、そのような事情についても全く触れられていない。
以上aないしdの認定の下において、平成18年8月21日プレス・リリースの問題点について検討するに、前提事実並びに後記の疎明資料及び審問の全趣旨によれば、旧レックスの代表取締役であった丙田は、MBOを実施することを平成18年4月ころから考えており、同年6月ころには、アドバンテッジパートナーズの関係者とも接触をしていたこと(甲イ29)、同年8月9日、旧レックスと同一の目的を持った本件MBOの受皿会社であるAP8が設立されたこと(甲イ49)、同年11月10日、本件公開買付けが公表されたこと、以上の事実が認められるのであって、このような事実の経過に鑑みれば、平成18年8月21日プレス・リリースがされた段階では、既に本件MBOの実施は、相当程度の確実性をもって具体化していたものと推認される。このような段階で、以上のaないしdに認定説示したような問題点を孕む平成18年8月21日プレス・リリースがされたことに加え、MBOに関し、経済産業省に設けられた企業価値研究会が、企業社会における公正なルールのあり方に関する提案を行うことを目的として公表した「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する報告書」(以下「MBO報告書」という。)においても、MBOが行われる局面では、取締役自らが株式を取得するという取引の構造上、必然的に株主との間に利益相反状態が生ずることになることが指摘されており、業績の下方修正後にMBOを行うような場合には、MBOが成立しやすくなるように意図的に市場株価を引き下げているとの疑義を招く可能性があることから、株主に対し、かかる時期にMBOを選択した背景・目的等につき、より充実した説明が求められるとされていること(乙イ39)、特別損失の計上については、企業会計上の裁量が働きやすいこと(甲イ59)、識者の中には、MBOを実施する1年くらい前からいわば逆粉飾ともいえるような準備をすることで株価を操作が行われる可能性があることを指摘する者もあること(甲イ26、27)などを考慮すると、平成18年8月21日プレス・リリースにおいて公表された同年12月期の業績予想の下方修正は、企業会計上の裁量の範囲内の会計処理に基づくものとはいえ、既に、この段階において、相当程度の確実性をもって具体化していた本件MBOの実施を念頭において、特別損失の計上に当たって、決算内容を下方に誘導することを意図した会計処理がされたことは否定できないものというべきであるし、また、不採算店舗を整理し、加盟店の出店を加速させるなど、旧レックスの業績を向上させるための財務改革を進める過程で生じた特別損失に関し、業績の向上に向けた中長期的な事業計画についての十分な説明をせずに、単純に特別損失の計上のみを公表したため、旧レックスの業績、ひいてはその企業価値について、市場において、実態よりも悲観的な受け取り方をされるおそれの大きいものであったと認めることができる。
以上の認定判断につき、相手方は、本件MBOは、「ファンド型」MBOであって、「ファンド型」MBOについては、MBOの実施が公開買付けの公表直前まで不確実であるという事情の下にあり、経営者が、不確実なMBOの実施のために、株価を低く抑えるために意図的に対象会社の業績を悪化させるような危険を犯すことはなく、平成18年8月21日プレス・リリースにおいて公表された同年12月期の業績予測の下方修正は、旧レックスの業績の悪化を反映した適正なものであったと主張する。しかし、AP8が設立された平成18年8月9日の時点では、本件MBOが実施されることは相当程度の確実性をもって具体化していたものと推認されることは上記認定のとおりであって、平成18年8月21日プレス・リリースがMBOの実施が不確実な段階でされたとみることは困難であるし、また、旧レックスは、平成18年11月10日プレス・リリース、次いで平成19年2月26日プレス・リリースにおいて、同期の業績予測を更に下方修正しており、平成19年2月26日プレス・リリースによって修正されたところが、同期の最終決算となったことは前提事実記載のとおりであり、上記最終決算については、監査法人による監査も経ていることからすれば、平成18年8月21日プレス・リリースによって公表された同期の業績予測の下方修正は、企業会計上の裁量の範囲内にある適法な会計処理に基づくものであったことは明らかであるものの、このことは、上記の認定判断と何ら矛盾するものではなく、平成18年8月21日プレス・リリースが、旧レックスの業績、ひいてはその企業価値について、実態よりも悲観的な受け取り方をされるおそれの大きいものであったとの上記認定判断は左右されるものではない。相手方の主張するところを考慮しても、上記認定判断は、左右されない。
(イ) 平成18年8月21日プレス・リリース後の旧レックス株式の市場価格の動向
次に、平成18年8月21日プレス・リリース後の旧レックスの市場株価の動向をみてみると、同月18日の終値は31万4000円、同月21日の終値は30万4000円であったものが、平成18年8月21日プレス・リリースの翌日である同月22日の終値は、いわゆるストップ安である25万4000円にまで急落し、その後も株価は下落傾向を続け、同年9月26日には、終値が14万4000円になったこと、その後、株価は上昇を開始し、本件公開買付けが公表された同年11月10日の終値は21万9000円にまで回復したことは前提事実記載のとおりである。そして、上記(ア)に認定説示したとおり、平成18年8月21日プレス・リリースにおける同年12月期の業績予想の下方修正の根拠となった特別損失の計上は、必ずしも、同年中間期において、現実に旧レックスの企業価値が毀損されたことを意味するものではなく、損失を前倒しで計上した結果決算内容が悪化したという部分が多分に含まれることや、一件記録を精査しても、平成18年8月21日プレス・リリース後下落傾向を続けていた旧レックス株式の株価が、同年9月26日ころ、上昇に転ずるようなはっきりした要因を見出すことができないことをも考慮すると、上記の下落傾向は、平成18年8月21日プレス・リリースに市場が過剰に反応したものと認めるのに十分である。しかも、甲イ6号証によれば、同年8月22日から10日間の出来高は18万9245株であり、これは、旧レックスの発行済株式数26万4360株から丙田並びに丙田及びその親族が株主であるエタニティーが保有する旧レックス株式を除いた18万7848株を上回る出来高であったことが認められるのであって、平成18年8月21日プレス・リリースに過剰に反応して売り取引が集中する中で、これに乗じた投機的な反復売買が繰り返されたものと推認することができる。
以上に説示したところによれば、同月22日以降本件公開買付けが公表された同年11月10日までの期間の旧レックス株式の市場株価は、上記(ア)に認定したような問題点を孕む平成18年8月21日プレス・リリースの影響を受けて過剰に下落していた上、これに乗じて投機的取引が反復されたことによる影響も受けており、必ずしも適正に旧レックスの企業価値を反映したものとはいえないとみざるを得ない。
(ウ) しかし、平成18年8月21日プレス・リリースにおいて公表された同年12月期の業績予想の下方修正は、企業会計上の裁量の範囲内にある適法な会計処理に基づくものであることは、既に説示したとおりであって、上記の業績予想の下方修正が著しく恣意的で合理性を欠くものであるとか、誤った情報によって株価を操作するものであるとかまで認定するに足りる疎明はない。そして、疎明資料(甲イ9、13、乙イ70)によれば、旧レックスの平成18年12月期の売上高は、平成18年8月21日プレス・リリースにおいて、下方修正された1700億円を更に下回る1618億1821万円にとどまり、不採算店舗の閉店等に伴う固定資産除却損や固定資産売却損、減損処理に伴う特別損失等も同期の決算において更に拡大していることが認められるのであって、これらの事実に鑑みれば、平成18年8月21日プレス・リリースがされた時点において、旧レックスは、多数の不採算店を抱え、売上げが伸び悩んでおり、不採算店を閉店するなどして経営の改善を行わざるを得ないという状況にあったものということができ、旧レックスが上記のような状況にあるという事実は、その市場株価に適切に反映されてしかるべきものということができる。ところが、疎明資料(甲イ7、67)及び審問の全趣旨によれば、平成18年2月17日に公表された平成17年12月期決算短信(連結)や同年5月24日に公表された平成18年12月期第1四半期決算においては、旧レックスが、上記のような状況にあることをうかがわせる記載はなく、本件取得日における本件株式の客観的価値の算定に当たって、平成18年8月21日プレス・リリース後の市場株価を一切考慮しないというのでは、旧レックスが上記のような状況にあった事実がその株価に適切に反映された旧レックスの企業価値を把握することはできないものというほかはない。
そもそも、市場株価は、その時々における企業価値を常に適正に反映するわけではなく、株価形成に係る様々な思惑や投機的取引などの影響を受けることは否定できないのであって、市場株価を基本として、株式の客観的価値を算定するに当たっては、ある程度の継続的な期間の市場株価を平均化することによって、こうした諸事情が株価に与える影響をできる限り排除し、企業の客観的価値を適正に反映する価額を算定するよりほかはないものというべきである。平成18年8月22日以降同年11月10日までの期間の旧レックス株式の市場株価が、上記(ア)に認定したような問題点を孕む平成18年8月21日プレス・リリースの影響を受けて過剰に下落し、これに加えて投機的取引が反復されたことによる影響も受けていたとの事情についても、同期間の市場株価を平均値算定の基礎に含めながら、他の期間をも通じて市場株価を平均化することによって、上記の影響を排除し、本件取得日における本件株式の客観的価値を算定すれば足りるものと解するのが相当である。
ウ 平成18年8月21日以前の市場株価を上記平均値算定の基礎とすることの当否
相手方は、平成18年8月21日プレス・リリース以前の市場株価は、平成18年12月期の業績予測の下方修正を余儀なくされた事情が反映されていないから、これを上記平均値算定の基礎から除くべきであると主張する。
確かに、平成18年8月21日プレス・リリース以前の市場株価は、旧レックスが、多数の不採算店を抱え、売上げが伸び悩んでおり、不採算店を閉店するなどして経営の改善を行わざるを得ないという状況にあったことが適切に開示された状況の下で形成されたものとはいえないことは上記イ(ウ)において認定説示したところである。しかし、同日以前の市場株価は、その当時、旧レックスが開示していた資産内容、財務状況、収益力及び将来の業績見通しなどの情報(一件記録を精査しても、この情報が、粉飾されたものであって、旧レックスの実態を的確に開示するものではないなどの事情は窺われない。)や報道等によって与えられるその他情報を基に、市場原理に従って形成されてきたものであって、その市場株価は、当時の旧レックスの企業価値を反映したものということができるところ、同年8月21日を境に、旧レックスの業績が急激に悪化し、その企業価値が現に大きく毀損されたという事情があるわけではないこと(すなわち、上記イ(ア)に認定したところからすれば、平成18年8月21日プレス・リリースにおける業績予測の下方修正は、平成18年12月期から固定資産の減損処理を行うことになったことに伴う特別損失の計上や資産の評価替えに伴う特別損失の計上といった理由による部分が大きく、これらは、これが計上された時点において、旧レックスに現にこれに相応する損失が生じ、企業価値が現実に毀損されたことを意味するものではなく、損失を前倒しで計上するといった色彩が強いものというべきである。)を考慮すれば、本件取得日に近接した一定の期間の市場株価の平均値をもって本件株式の客観的価値を算定するに当たり、同日以前の市場株価を基礎とすることが相当ではないということはできない
そして、仮に、平成18年8月21日以前の市場株価を上記の平均値算定の基礎から除くとすると、同月22日以後本件公開買付けの公表まで期間の全部又は一部の市場株価を基礎として上記の平均値を算定することにならざるを得ないところ、上記期間の市場株価は、上記イ(ア)に認定したような問題点を孕む平成18年8月21日プレス・リリースの影響を受け過剰に下落していた上、これに乗じて投機的取引が反復されたことによる影響も受けていることは、既に説示したところであって、加えて、上記イ(イ)に認定したように、旧レックス株式の市場株価は、同年9月26日の終値が14万4000円にまで下落した後、株価を上昇させるようなはっきりした要因もないのに上昇を開始し、本件公開買付けが公表された同年11月10日の終値は21万9000円にまで回復していたことを考慮すると、本件公開買付けの公表がされ、買付価格による抑制が働かなければ、なお株価が上昇した可能性も否定できないところである。上記期間の全部又は一部の市場株価を平均化するのみでは、上記の影響を排除して、旧レックスの企業価値を的確に把握することは困難というべきであって、少なくとも、上記期間の全部又は一部の市場株価のみを基礎として市場株価の平均値を算定し、これをもって、本件取得日における本件株式の客観的価値とみるよりは、平成18年8月21日以前の一定期間の市場株価をも基礎として平均値を算定する方が、本件株式の客観的価値を評価する上では、より合理的であるというべきである。
エ 平均値算定の基礎となる期間
疎明資料(甲イ15、17、19、32、58、乙イ14)及び審問の全趣旨によれば、本件MBOと近接した時期においてMBOを実施した各社においては、公開買付けの公表前の3か月又は6か月の間の市場株価の単純平均値に約16.7パーセントから27.4パーセントのプレミアムを加算した価格をもって買付価格としていること、日本証券業協会が定めた「第三者割当増資の取扱いに関する指針」によれば、第三者割当増資等に係る払込金額は、当該第三者割当増資等に係る取締役会決議の直前日の価額に0.9を乗じた額以上の価額を原則とし、ただし、直前日又は直前日までの価額又は売買の状況等を勘案し、当該決議の日から払込金額を決定するために適当な期間(最長6か月)をさかのぼった日から当該決議の直前日までの間の平均の価額に0.9を乗じた額以上の額とすることができる旨が定められていることが認められ、このことに、以上アないしウに認定説示した事情、特に、イに認定した平成18年8月21日プレス・リリース後本件公開買付けの公表前の市場株価の動向と売買の状況を勘案すると、本件において、市場株価の平均値を算定する基礎となる期間を短期に設定することは相当とはいえないものということができ、本件公開買付けが公表された平成18年11月10日の直前日からさかのぼって6か月間の市場株価を単純平均することによって、本件取得日における本件株式の客観的価値を算定するのが相当である。そうすると、本件取得日における本件株式の客観的価値は、平成18年5月10日から同年11月9日までの終値の平均値である28万0805円と認めることができる。
オ 抗告人らは、本件取得日当時、旧レックスは構造改革・リストラによって膿出しを行い、企業価値を増大させる計画の途上にあり、これによる企業価値が増大する高度の蓋然性があったから、本件株式の客観的価値を算定するに当たり、このことを反映させる必要があると主張するが、既に説示したように、市場株価は、当該企業の将来の業績の見通しをも含めた諸般の要素を勘案した当該企業の客観的価値を反映しているものと解されるのであって、市場株価方式によって、株式の客観的価値を算定するに当たり、将来に向けて企業価値が増大する蓋然性があることを別に考慮すべきものと解することはできない(なお、本件株式の客観的価値に加算すべき株価の上昇に対する期待の評価額を算定するに当たり、企業価値の増大の可能性の有無、程度を考慮すべきことは、後記3において説示するとおりである。)。抗告人らの上記主張は採用することができない。
他方、相手方は、旧レックスは、平成18年11月10日プレス・リリースにより、平成18年8月21日プレス・リリースによる同年12月期の業績予想を更に下方修正しており、その後も、本件取得日までに、平成19年2月26日プレス・リリースによって、同期の業績予想の更なる下方修正を公表し、これが同期の最終決算(連結)となっていること、同年3月1日には、平成19年3月1日プレス・リリースによって、エーエム・ピーエムの株式の減損処理を行うことにより、同期の個別決算において、156億8100万円の特別損失を計上し、当期純損失が162億4000万円となるとの業績予想を公表するに至っていることからすれば、本件取得日における本件株式の客観的価値が、平成18年11月9日までの過去1か月間の市場株価の終値の単純平均値である20万2000円を超えることはあり得なかったと主張する。しかし、平成18年8月22日以降同年11月10日までの期間の旧レックス株式の市場株価は、上記イ(ア)に認定したような問題点を孕む平成18年8月21日プレス・リリースの影響を受けて過剰に下落した後、同年9月26日の終値が14万4000円にまで下落した後、株価を上昇させるようなはっきりした要因もないのに上昇を開始し、本件公開買付けが公表された同年11月10日の時点では、いまだ上昇傾向を続けている途上であったことは同(イ)に認定したところであることに加え、疎明資料(甲イ11、乙イ10)及び審問の全趣旨によれば、同日、本件公開買付けの公表と同時に公表された平成18年11月10日プレス・リリースや平成19年2月26日プレス・リリースにおいては、同期の決算内容の悪化につき、企業成長をいったん鈍化させても抜本的な改革を断行する必要があり、中長期的な視野に基づく事業の再構築を図る過程で生じたものであり、次年度以降の業績に与える影響は限定的であることが明確にされていることを考慮すると、本件取得日における本件株式の客観的価値が20万2000円を超えることはあり得ないとみることは困難である。
一件記録を精査しても、他に上記エの認定を左右する事実を認めるに足りる疎明資料はない。

3 株価の上昇に対する期待の評価
(1) そこで、本件株式の株価上昇に対する株主の期待をどのように評価すべきであるかについて検討を進める。
疎明資料(甲イ10、57、62、乙イ39)及び審問の全趣旨によれば、一般に、MBOは、市場における短期的圧力を回避した長期的思考に基づく経営の実現、株主構成が変更されることによる柔軟な経営戦略の実現、「選択と集中」の実現、危機意識の共有による従業員等の士気の向上等によって、企業価値の増大を図ることを目的として行われるものであり、本件MBOも、企業成長をいったん鈍化させることを恐れず、一貫した埋念と方針に基づき、抜本的な改革を進めることを目的として実施されたものであること、このような目的の下で行われるMBOに際して実現される価値は、〈1〉MBOを行わなければ実現できない価値と、〈2〉MBOを行わなくても実現可能な価値に分類して考えることができ、〈2〉の価値は、基本的に株主に分配すべきであるが、〈1〉の価値は、MBO後の事業計画につき、その実現の不確実性についての危険を負担しながら、これを遂行する取締役(経営者)の危険と努力についても配慮しつつ、これを株主と取締役に分配するのが相当であると認められる。そして、強制的取得により失われる今後の株価の上昇に対する期待を評価するに当たっては、当該企業の事業計画に照らし、その収益力や業績についての見通しについて検討し、かかる検討の下に、MBOに際して実現される上記〈1〉及び〈2〉の価値とその分配について考察し、かかる考察に基づき、裁判所が、その合理的な裁量によって、上記の期待についての評価額を決することが、取得価格の決定申立制度の趣旨に照らし、望ましいものといえる。このことは、株式の公開買付けを行う企業は、デューディリジェンスを行い、対象企業の資産内容、財務状況に加え、その事業計画に照らした収益力や将来の業績見通しなどを検討した上で、買付価格を決定するのが通例であることは公知であることに加え、疎明資料(甲イ30、乙イ39)によれば、MBO報告書においても、MBOの実施に際して株主に適切な判断の機会を確保するための方策の一つとして、MBO後の中長期的な経営計画等、将来の可能性について株主に対して十分に説明することによりMBOに際して実現される価値の可能性を示して、株主の判断材料にすることが示されていることが認められることからも裏付けられる。
しかしながら、抗告人らの度重なる要請にもかかわらず、相手方は、その事業計画を提出しないし、また、AP8が旧レックスについてデューディリジェンスを実施した上で作成した株価算定評価書を検討すれば、その性質上、事業計画を踏まえた株価算定の過程が明らかになることが容易に推認できるにもかかわらず、株価算定評価書の提出もしないのであって、本件においては、一件記録に基づき、MBOに際して実現される価値を検討した上で、株価の上昇に対する評価額を決することは困難といわざるを得ず、当裁判所としては、一件記録に表われた疎明資料に基づき、本件MBOに近接した時期においてMBOを実施した各社の例などを参考にして、その裁量により、本件株式の株価上昇に対する評価額を決定するよりほかはない。
(2) そこで、本件MBOと近接した時期においてMBOを実施した各社の例をみてみると、上記各社においては、公開買付けの公表前の3か月又は6か月の間の市場株価の単純平均値に約16.7パーセントから27.4パーセントのプレミアムを加算した価格をもって買付価格としていることは既に認定したところであることに加え、甲イ59号証によれば、平成12年から平成17年までの間に日本企業を対象とした公開買付けの事例(119例)では、プレミアムの平均値は、公開買付公表日直前の株価の終値の12.6パーセントにとどまるが、市場株価を下回る買付価格を設定した公開買付けは、相対取引の実質を持つことから、これを除いた85例についてプレミアムの平均値を取ると、公開買付公表日直前の株価の終値の27.05パーセントに達することが認められる。そして、本件公開買付けに当たっては、買付価格は、平成18年11月9日までの過去1か月間の市場株価の終値の単純平均値に対して13.9パーセントのプレミアムを加えた価格であるとの説明がされたことは、前提事実記載のとおりであるが、相手方は、このようなプレミアムを設定した具体的な根拠については特に主張立証をせず、事業計画書や株価算定評価書の提出もしないのであって、このことをも考慮するならば、上記のような事例を参照し、上記2において認定した本件株式の客観的価値(28万0805円)に、20パーセントを加算した額(33万6966円)をもって、株価の上昇に対する評価額を考慮した本件株式の取得価格と認めるのが相当である。
(3) 本件公開買付けの結果、AP8は、本件公開買付け後に行われたエタニティーの全株式取得による間接所有分を含め、旧レックスの発行済み株式総数の91.51パーセントの株式を所有するに至ったことは、前提事実記載のとおりである。しかし、相手方が、上記買付価格の合理性について、株価算定評価書やその事業計画を開示してこれを説明しない状況の下で(なお、乙イ70号証によれば、旧レックスは、本件公開買付けに賛同するに先立ち、アビームM&Aコンサルティング株式会社に株価の算定を依頼して、その妥当性を検証したことが認められるが、当裁判所の審理に際しては、同号証において、同社の算定の要旨を開示するにとどまるものであって、株価算定評価書や相手方の事業計画を開示した上で、買付価格の合理性について、株主である抗告人らに検討をする機会が与えられていないことは明らかである。)、多数の株主が公開買付けに応じたとの事実から、その買付価格や買付価格の決定に当たって考慮されたプレミアムの額が合理的であり、正当であったと推認することはできない。多数の株主が公開買付けに応じたとの事実から、買付価格や買付価格の設定に当たって考慮されたプレミアムの額が合理的であり、正当であったと容易に推認をするのでは、公開買付けが成立した場合には、これに反対する株主にも同額での買付けに応ずることを強制することにもなりかねず、買付価格に不服のある株主に対し、自らが保有する株式の取得価格の決定の申立権を認め、強制的に株式を剥奪されることになる株主の保護を図ることをその趣旨とする取得価格の決定申立制度の趣旨を没却することにもなりかねないものといわざるを得ないものというべきである。
また、本件においては、AP8以外の企業ないし投資ファンドによる公開買付けは行われなかったものの、既に説示したように、旧レックスの代表取締役であり大株主である丙田は、平成18年4月ころからMBOの実施を検討するようになり、同年6月、アドバンテッジパートナーズの関係者と接触をし、同年8月9日、AP8が設立され、同年11月10日、本件公開買付けが公表されたという事実の経過に加え、甲イ29号証によれば、旧レックスは、アドバンテッジパートナーズ以外の企業ないし投資ファンドには、デューディリジェンスの機会を与えることもしなかったことが認められるのであるから、AP8以外の企業ないし投資ファンドが旧レックス株式の公開買付けを行おうとしなかったとの事実も、AP8による買付価格や買付価格の決定に当たって考慮されたプレミアムの額が合理的であり、正当であったことを推認させるものとはいえない。
一件記録を精査しても、上記(2)の認定判断を左右する事実を認めるに足りる疎明資料はない。
4 以上によれば、本件株式の各取得価格は、1株につき33万6966円と決定すべきであり、これと異なる原決定は失当であるから、原決定中、抗告人らに関する部分を変更し、本件株式の各取得価格を上記のとおり1株につき33万6966円と決定する。
第5民事部
(裁判長裁判官 小林克已 裁判官 綿引万里子 裁判官 中村愼)

Ⅴ まとめとコメント


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