6-2 審理の準備 争点整理手続

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1.争点整理手続の意義
・争点とは、
実体法規の適用において意味のある事実であって、当事者間に争いのある事実を指す(事実上の争点)

・争点整理の目的
争点の範囲を縮小するとともに争点の中味を深化させること。

・争点の範囲の縮小
争点を相手方の争い方や提出が可能な証拠との関係などを通して、真の争点に絞り込んでいく作業

・争点の中身の深化
争点の対象を主要事実から間接事実や補助事実などへと展開していくこと

2.争点整理手続
(1)各種の手続とその選択

(2)準備的口頭弁論
公開法廷で双方当事者の対席のもとに実施される

+(準備的口頭弁論の開始)
第百六十四条  裁判所は、争点及び証拠の整理を行うため必要があると認めるときは、この款に定めるところにより、準備的口頭弁論を行うことができる。

準備的口頭弁論はあくまでも口頭弁論の一種であるから、その実施について当事者の意見を聴くことは要求されない。

証人尋問や当事者尋問も含めて、およそ口頭弁論において実施が認められているあらゆる行為を行うことができる。

+(当事者の不出頭等による終了)
第百六十六条  当事者が期日に出頭せず、又は第百六十二条の規定により定められた期間内に準備書面の提出若しくは証拠の申出をしないときは、裁判所は、準備的口頭弁論を終了することができる。

(2)弁論準備手続
ⅰ)弁論準備手続の意義
弁論準備手続
=口頭弁論期日以外の期日において、受訴裁判所または受命裁判官が主宰して行う争点整理手続

+(受命裁判官による弁論準備手続)
第百七十一条  裁判所は、受命裁判官に弁論準備手続を行わせることができる
2  弁論準備手続を受命裁判官が行う場合には、前二条の規定による裁判所及び裁判長の職務(前条第二項に規定する裁判を除く。)は、その裁判官が行う。ただし、同条第五項において準用する第百五十条の規定による異議についての裁判及び同項において準用する第百五十七条の二の規定による却下についての裁判は、受訴裁判所がする。
3  弁論準備手続を行う受命裁判官は、第百八十六条の規定による調査の嘱託、鑑定の嘱託、文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。)を提出してする書証の申出及び文書(第二百二十九条第二項及び第二百三十一条に規定する物件を含む。)の送付の嘱託についての裁判をすることができる。

+(弁論準備手続における訴訟行為等)
第百七十条  裁判所は、当事者に準備書面を提出させることができる。
2  裁判所は、弁論準備手続の期日において、証拠の申出に関する裁判その他の口頭弁論の期日外においてすることができる裁判及び文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。)の証拠調べをすることができる
3  裁判所は、当事者が遠隔の地に居住しているときその他相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、弁論準備手続の期日における手続を行うことができる。ただし、当事者の一方がその期日に出頭した場合に限る。
4  前項の期日に出頭しないで同項の手続に関与した当事者は、その期日に出頭したものとみなす。
5  第百四十八条から第百五十一条まで、第百五十二条第一項、第百五十三条から第百五十九条まで、第百六十二条、第百六十五条及び第百六十六条の規定は、弁論準備手続について準用する。

ⅱ)弁論準備手続の実施
+(弁論準備手続の開始)
第百六十八条  裁判所は、争点及び証拠の整理を行うため必要があると認めるときは、当事者の意見を聴いて、事件を弁論準備手続に付することができる。

←当事者の協力が得られなければ、弁論準備手続における円滑な争点整理は期待できないから

+(弁論準備手続に付する裁判の取消し)
第百七十二条  裁判所は、相当と認めるときは、申立てにより又は職権で、弁論準備手続に付する裁判を取り消すことができる。ただし、当事者双方の申立てがあるときは、これを取り消さなければならない

・実施の時期
訴え提起後にまず第1回口頭弁論期日を開き、審理の進め方を決定したうえで事件を弁論準備手続に付すことが一般的。

ⅲ)弁論準備手続でなしうる行為
証拠調べは原則として実施できないが、例外的に文書の証拠調べは行うことができる(170条2項後段)。
←争点整理には書証の認否を経ることが不可欠であること、人証の必要性の判断には文書の取調べが必要であること、文書の取調べには裁判官が閲読して行うので公開法廷で行う意味が少ないこと

ⅳ)公開主義との関係
関係者公開
+(弁論準備手続の期日)
第百六十九条  弁論準備手続は、当事者双方が立ち会うことができる期日において行う。
2  裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。ただし、当事者が申し出た者については、手続を行うのに支障を生ずるおそれがあると認める場合を除き、その傍聴を許さなければならない

ⅴ)双方審尋主義との関係
当事者双方が立ち会うことができる期日において行う(169条1項)

・交互面接方式
交互面接方式は原則として双方審尋主義に反して許されないが、弁論準備手続では当事者が同席面接を受ける権利を行使しないことはできるので、当事者が裁判所の要請に応じて任意に退席した場合は適法とする見解がある。

(4)書面による準備手続
+(書面による準備手続の開始)
第百七十五条  裁判所は、当事者が遠隔の地に居住しているときその他相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、事件を書面による準備手続(当事者の出頭なしに準備書面の提出等により争点及び証拠の整理をする手続をいう。以下同じ。)に付することができる
(書面による準備手続の方法等)
第百七十六条  書面による準備手続は、裁判長が行う。ただし、高等裁判所においては、受命裁判官にこれを行わせることができる。
2  裁判長又は高等裁判所における受命裁判官(次項において「裁判長等」という。)は、第百六十二条に規定する期間を定めなければならない。
3  裁判長等は、必要があると認めるときは、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、争点及び証拠の整理に関する事項その他口頭弁論の準備のため必要な事項について、当事者双方と協議をすることができる。この場合においては、協議の結果を裁判所書記官に記録させることができる。
4  第百四十九条(第二項を除く。)、第百五十条及び第百六十五条第二項の規定は、書面による準備手続について準用する。

3.争点整理手続の終結
・準備的口頭弁論、弁論準備手続の場合。
+(証明すべき事実の確認等)
第百六十五条  裁判所は、準備的口頭弁論を終了するに当たり、その後の証拠調べにより証明すべき事実を当事者との間で確認するものとする。
2  裁判長は、相当と認めるときは、準備的口頭弁論を終了するに当たり、当事者に準備的口頭弁論における争点及び証拠の整理の結果を要約した書面を提出させることができる。

+(弁論準備手続における訴訟行為等)
第百七十条  裁判所は、当事者に準備書面を提出させることができる。
2  裁判所は、弁論準備手続の期日において、証拠の申出に関する裁判その他の口頭弁論の期日外においてすることができる裁判及び文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。)の証拠調べをすることができる。
3  裁判所は、当事者が遠隔の地に居住しているときその他相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、弁論準備手続の期日における手続を行うことができる。ただし、当事者の一方がその期日に出頭した場合に限る。
4  前項の期日に出頭しないで同項の手続に関与した当事者は、その期日に出頭したものとみなす。
5  第百四十八条から第百五十一条まで、第百五十二条第一項、第百五十三条から第百五十九条まで、第百六十二条、第百六十五条及び第百六十六条の規定は、弁論準備手続について準用する。

・書面による弁論準備手続の場合
+(証明すべき事実の確認)
第百七十七条  裁判所は、書面による準備手続の終結後の口頭弁論の期日において、その後の証拠調べによって証明すべき事実を当事者との間で確認するものとする。

←書面による弁論準備手続の終了の場合は、争点及び証拠の整理は完成していないので、その手続内において、その後の証拠調べによって証明すべき事実の確認をすることができないから。

4.口頭弁論への移行
・弁論準備手続の場合
+(弁論準備手続の結果の陳述)
第百七十三条  当事者は、口頭弁論において、弁論準備手続の結果を陳述しなければならない。

5.攻撃防御方法の提出制限
(1)争点整理手続後の攻撃防御方法の提出
+(準備的口頭弁論終了後の攻撃防御方法の提出)
第百六十七条  準備的口頭弁論の終了後に攻撃又は防御の方法を提出した当事者は、相手方の求めがあるときは、相手方に対し、準備的口頭弁論の終了前にこれを提出することができなかった理由を説明しなければならない

+(弁論準備手続終結後の攻撃防御方法の提出)
第百七十四条  第百六十七条の規定は、弁論準備手続の終結後に攻撃又は防御の方法を提出した当事者について準用する。

+(書面による準備手続終結後の攻撃防御方法の提出)
第百七十八条  書面による準備手続を終結した事件について、口頭弁論の期日において、第百七十六条第四項において準用する第百六十五条第二項の書面に記載した事項の陳述がされ、又は前条の規定による確認がされた後に攻撃又は防御の方法を提出した当事者は、相手方の求めがあるときは、相手方に対し、その陳述又は確認前にこれを提出することができなかった理由を説明しなければならない。

(2)時機に後れた攻撃防御方法
+(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)
第百五十七条  当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる
2  攻撃又は防御の方法でその趣旨が明瞭でないものについて当事者が必要な釈明をせず、又は釈明をすべき期日に出頭しないときも、前項と同様とする。

・適時提出主義(156条)の理念を実現するため

・要件
①時機に後れた提出であること
②当事者の故意または重過失に基づくこと
③それを審理することで訴訟の完結が遅延すること

・時機に後れた
=より早期の適切な時機に提出できたことを意味する。
争点整理手続が行われたときは、その終了後の提出は特段の事情のない限り、時機に後れたものと判断される。
控訴審での提出は、続審制がとられているので、控訴審の手続のみで判断するのではなく、第1審からの手続の経過を通じて判断すべき!
+判例(S30.4.5)
理由
 上告代理人青柳孝、同青柳洋の上告理由第一点について。
 所論引用の大審院判例(昭和八年二月七日判決)が、控訴審における民訴一三九条の適用について、第一審における訴訟手続の経過をも通観して時機に後れたるや否やを考うべきものであり、そして時機に後れた攻撃防禦の方法であつても、当事者に故意又は重大な過失が存すること及びこれがため訴訟の完結を延滞せしめる結果を招来するものでなければ、右の攻撃防禦の方法を同条により却下し得ない趣旨を判示していることは所論のとおりであつて、この解釈は現在もなお維持せらるべきものと認められる。
 記録によつて調べてみると、所論の買取請求権行使は、原審第二回の口頭弁論において(第一回は控訴代理人の申請により延期)はじめて陳述されたものであるところ、上告人が第一審第一回口頭弁論において陳述した答弁書によれば、本件賃借権の譲渡について被上告人の承諾を得ないことを認め、右不承諾を以て権利らん用であると抗弁していることがうかがわれるから、すでに第一審において少くとも前記買取請求権行使に関する主張を提出することができたものと認めるのを相当とし、所論のように、上告人が第一審において当初の主張にのみ防禦を集中したというだけの理由をもつて、上告人が第二審において始めてなした買取請求権行使に関する主張が、故意又は重大なる過失により時機に後れてなされた防禦方法でないと断定することはできない。しかし時機に遅れた防禦方法なるが故に上告人の右主張を却下するためには、その主張を審理するために具体的に訴訟の完結を遅延せしめる結果を招来する場合でなければならないこと前示のとおりであるところ、借地法第一〇条の規定による買取請求権の行使あるときは、これと同時に目的家屋の所有権は法律上当然に土地賃貸人に移転するものと解すベきであるから、原審の第二回口頭弁論期日(実質上の口頭弁論が行われた最初の期日)において、上告人が右買取請求権を行使すると同時に本件家屋所有権は被上告人に移転したものであり、この法律上当然に発生する効果は、前記買取請求権行使に関する主張が上告人の重大なる過失により時期に後れた防禦方法として提出されたものであるからといつて、なんらその発生を妨げるものではなく、またこのため特段の証拠調をも要するものではないから、上告人の前記主張に基き本件家屋所有権移転の効果を認めるについて、訴訟の完結を遅延せしめる結果を招来するものとはいえない。従って訴訟の完結を遅延せしめることを理由として、前記所有権移転の効果を無視し、なんらの判断をも与えずに判決することは許されないものといわなければならない。
 以上のとおりであるから、右第二回口頭弁論期日において結審することなく第六回の口頭弁論期日において弁論を終結したこと記録上明らかな本件において前記上告人の主張を時機に後れた抗弁として排斥し、本件家屋所有権移転の効果を無視したものと認められる原判決は、民訴一三九条の解釈適用を誤つた違法があるを免れない。所論はこの点において理由があるから他の論点について判断するまでもなく、原判決を破棄し右の点につき更に審理をなさしめるため本件を原審に差戻すのを相当とする。
 よつて民訴四〇七条により全裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

・故意または重過失
故意または重過失の判断は、攻撃防御方法の種類を考慮して判断

・訴訟の完結の遅延
攻撃防御方法を却下した場合に想定される訴訟完結時と、その攻撃防御方法の審理を続行したい場合に想定される訴訟完結時とを比較して判断する。
その場ですぐに取り調べが可能な証拠の申出などは、訴訟の完結を遅延させるとはいえない。


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民法819条 離婚または認知の場合の親権者

民法819条 離婚または認知の場合の親権者

(離婚又は認知の場合の親権者)
第八百十九条  父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。
2  裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
3  子の出生前に父母が離婚した場合には、親権は、母が行う。ただし、子の出生後に、父母の協議で、父を親権者と定めることができる。
4  父が認知した子に対する親権は、父母の協議で父を親権者と定めたときに限り、父が行う
5  第一項、第三項又は前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、父又は母の請求によって、協議に代わる審判をすることができる。
6  子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は子の親族の請求によって、親権者を他の一方に変更することができる

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憲法 憲法演習ノート 3 オトコもつらいよ


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1.概観
(1)設問のねらい
(2)とりあげる項目

2.人権の私人間効力論
(1)学説
間接適用説
憲法の人権規定は「公法私法を包括した全秩序の基本原則」であるとの理解を前提に、労働基本権(憲法28条)や投票の秘密(15条4項)等の私人間に当然に直接効力を有する規定以外の人権規定は、その趣旨を取り込んだ形で公序良俗・不法行為等の司法の一般規定を解釈・適用することにより、間接的に私人間の行為を規律すべき

(2)判例

+判例(S48.12.12)三菱樹脂事件
理由
上告代理人鎌田英次、中島一郎の上告理由について。
第一、本件の問題点
一、本件は、被上告人が、東北大学在学中昭和三七年上告人の実施した大学卒業者の社員採用試験に合格し、翌年同大学卒業と同時に上告人に三か月の試用期間を設けて採用されたが、右試用期間の満了直前に、上告人から右期間の満了とともに本採用を拒否する旨の告知を受け、その効力を争つている事案である。被上告人に対する右本採用拒否の理由として上告人の主張するところによれば、被上告人は、上告人が採用試験の際に提出を求めた身上書の所定の記載欄に虚偽の記載をし、または記載すべき事項を秘匿し、面接試験における質問に対しても虚偽の回答をしたが、被上告人のこのような行為は、民法九六条にいう詐欺に該当し、また被上告人の管理職要員としての適格性を否定するものであるから、本採用を拒否するというのであり、さらに、被上告人が秘匿ないし虚偽の申告(以下、秘匿等という。)をしたとされる事実の具体的内容は、(1)被上告人は、東北大学に在学中、同大学内の学生自治会としては最も尖鋭な活動を行ない、しかも学校当局の承認を得ていない同大学川内分校学生自治会(全学連所属)に所属して、その中央委員の地位にあり、昭和三五年前・後期および同三六年前期において右自治会委員長らが採用した運動方針を支持し、当時その計画し、実行した日米安全保障条約改定反対運動を推進し、昭和三五年五月から同三七年九月までの間、無届デモや仙台高等裁判所構内における無届集会、ピケ等に参加(参加者の中には住居侵入罪により有罪判決を受けた者もある。)する等各種の違法な学生運動に従事したにもかかわらず、これらの事実を記載せず、面接試験における質問に対しても、学生運動をしたことはなく、これに興味もなかつた旨、虚偽の回答をした、(2)被上告人は、上記大学生活部員として同部から手当を受けていた事実がないのに月四、〇〇〇円を得ていた旨虚偽の記載をし、また、純然たる学外団体である生活協同組合において昭和三四年七月理事に選任されて、同三八年六月まで在任し、かつ、その組織部長の要職にあつたにもかかわらず、これを記載しなかつた、というのである。
二、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)は、上告人と被上告人との間に締結された試用期間を三か月とする雇傭契約の性質につき、上告人において試用期間中に被上告人が管理職要員として不適格であると認めたときは、それだけの理由で雇傭を解約しうるという解約権留保の特約のある雇傭契約と認定し、右留保解約権の行使は、雇入れ後における解雇にあたると解したうえ、上告人が被上告人の解雇理由として主張する上記秘匿等にかかる事実は、いずれも被上告人の政治的思想、信条に関係のある事実であることは明らかであるとし、企業者が労働者を雇傭する場合のように一方が他方より優越する地位にある場合には、その一方が他方の有する憲法一九条の保障する思想、信条の自由をその意に反してみだりに侵すことは許されず、また、通常の会社においては、労働者の思想、信条のいかんによつて事業の遂行に支障をきたすとは考えられないから、これによつて雇傭関係上差別をすることは憲法一四条、労働基準法三条に違反するものであり、したがつて、労働者の採用試験に際してその政治的思想、信条に関係のある事項について申告を求めることは、公序良俗に反して許されず、応募者がこれにつき秘匿等をしたとしても、これによる不利益をその者に課することはできないものと解すべきであるとし、それゆえ、被上告人に上告人主張のような秘匿等の行為があつたとしても、民法九六条の詐欺にも該当せず、また、上告人において、あらかじめ応募者に対し、申告を求める事項につき虚偽の申告をした場合には採用を取り消す旨告知していたとしても、これを理由に雇傭契約を解約することもできないとして、本件本採用の拒否を無効としたものである。
三、上告論旨は、要するに、憲法一九条、一四条の規定は、国家対個人の関係において個人の自由または平等を保障したものであつて、私人間の関係を直接規律するものではなく、また、これらの規定の内容は、当然にそのまま民法九〇条にいう公序良俗の内容をなすものでもないのに、これと反対の見解をとり、かつ、上告人が被上告人に申告を求めた事項は、被上告人の過去の具体的行動に関するものであつて、なんらその思想、信条に関するものでないのに、そうであると速断し、右のような申告を求め、これに対する秘匿等を理由として雇傭関係上の不利益を課することは、上記憲法等の各規定に違反して違法、無効であるとした原判決には、これらの法令の解釈、適用の誤りまたは理由不備もしくは理由齟齬の違法があり、また、上告人との間にいまだ正式の雇傭契約の締結がなく、単に試用されているにすぎない被上告人の地位を雇傭関係に立つものと解し、これに対する本採用の拒否を解雇と同視して、労働基準法三条に違反するとした原判決には、法律の解釈、適用の誤りまたは理由齟齬の違法がある、というのである。

第二、当裁判所の見解
一、まず、本件本採用拒否の理由とされた被上告人の秘匿等に関する上記第一の一の(1)の事実につき、これが被上告人の思想、信条に関係のある事実といいうるかどうかを考えるに、労働者を雇い入れようとする企業者が、労働者に対し、その者の在学中における右のような団体加入や学生運動参加の事実の有無について申告を求めることは、上告人も主張するように、その者の従業員としての適格性の判断資料となるべき過去の行動に関する事実を知るためのものであつて、直接その思想、信条そのものの開示を求めるものではないがさればといつて、その事実がその者の思想、信条と全く関係のないものであるとすることは相当でない。元来、人の思想、信条とその者の外部的行動との間には密接な関係があり、ことに本件において問題とされている学生運動への参加のごとき行動は、必ずしも常に特定の思想、信条に結びつくものとはいえないとしても、多くの場合、なんらかの思想、信条とのつながりをもつていることを否定することができないのである。企業者が労働者について過去における学生運動参加の有無を調査するのは、その者の過去の行動から推して雇入れ後における行動、態度を予測し、その者を採用することが企業の運営上適当かどうかを判断する資料とするためであるが、このような予測自体が、当該労働者の過去の行動から推測されるその者の気質、性格、道徳観念等のほか、社会的、政治的思想傾向に基づいてされる場合もあるといわざるをえない。本件において上告人が被上告人の団体加入や学生運動参加の事実の有無についてした上記調査も、そのような意味では、必ずしも上告人の主張するように被上告人の政治的思想、信条に全く関係のないものということはできない。しかし、そうであるとしても、上告人が被上告人ら入社希望者に対して、これらの事実につき申告を求めることが許されないかどうかは、おのずから別個に論定されるべき問題である。

二、原判決は、前記のように、上告人が、その社員採用試験にあたり、入社希望者からその政治的思想、信条に関係のある事項について申告を求めるのは、憲法一九条の保障する思想、信条の自由を侵し、また、信条による差別待遇を禁止する憲法一四条、労働基準法三条の規定にも違反し、公序良俗に反するものとして許されないとしている。
(一) しかしながら、憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。このことは、基本的人権なる観念の成立および発展の歴史的沿革に徴し、かつ、憲法における基本権規定の形式、内容にかんがみても明らかである。のみならず、これらの規定の定める個人の自由や平等は、国や公共団体の統治行動に対する関係においてこそ、侵されることのない権利として保障されるべき性質のものであるけれども、私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであつて、この点において国または公共団体と個人との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮を必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して当をえた解釈ということはできないのである。
(二) もつとも、私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限することとなるおそれがあることは否み難いが、そのためにこのような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない。何となれば、右のような事実上の支配関係なるものは、その支配力の態様、程度、規模等においてさまざまであり、どのような場合にこれを国または公共団体の支配と同視すべきかの判定が困難であるばかりでなく、一方が権力の法的独占の上に立つて行なわれるものであるのに対し、他方はこのような裏付けないしは基礎を欠く単なる社会的事実としての力の優劣の関係にすぎず、その間に画然たる性質上の区別が存するからである。すなわち、私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。そしてこの場合、個人の基本的な自由や平等を極めて重要な法益として尊重すべきことは当然であるが、これを絶対視することも許されず、統治行動の場合と同一の基準や観念によつてこれを律することができないことは、論をまたないところである。
(三) ところで、憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、二二条、二九条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。憲法一四条の規定が私人のこのような行為を直接禁止するものでないことは前記のとおりであり、また、労働基準法三条は労働者の信条によつて賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であつて、雇入れそのものを制約する規定ではない。また、思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない
右のように、企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。もとより、企業者は、一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあるから、企業者のこの種の行為が労働者の思想、信条の自由に対して影響を与える可能性がないとはいえないが、法律に別段の定めがない限り、右は企業者の法的に許された行為と解すべきである。また、企業者において、その雇傭する労働者が当該企業の中でその円滑な運営の妨げとなるような行動、態度に出るおそれのある者でないかどうかに大きな関心を抱き、そのために採否決定に先立つてその者の性向、思想等の調査を行なうことは、企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであることにかんがみるときは、企業活動としての合理性を欠くものということはできない。のみならず、本件において問題とされている上告人の調査が、前記のように、被上告人の思想、信条そのものについてではなく、直接には被上告人の過去の行動についてされたものであり、ただその行動が被上告人の思想、信条となんらかの関係があることを否定できないような性質のものであるというにとどまるとすれば、なおさらこのような調査を目して違法とすることはできないのである。
右の次第で、原判決が、上告人において、被上告人の採用のための調査にあたり、その思想、信条に関係のある事項について被上告人から申告を求めたことは法律上許されない違法な行為であるとしたのは、法令の解釈、適用を誤つたものといわなければならない。

三、(一) 右に述べたように、企業者は、労働者の雇入れそのものについては、広い範囲の自由を有するけれども、いつたん労働者を雇い入れ、その者に雇傭関係上の一定の地位を与えた後においては、その地位を一方的に奪うことにつき、肩入れの場合のような広い範囲の自由を有するものではない。労働基準法三条は、前記のように、労働者の労働条件について信条による差別取扱を禁じているが、特定の信条を有することを解雇の理由として定めることも、右にいう労働条件に関する差別取扱として、右規定に違反するものと解される。
このことは、法が、企業者の雇傭の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階との間に区別を設け、前者については企業者の自由を広く認める反面、後者については、当該労働者の既得の地位と利益を重視して、その保護のために、一定の限度で企業者の解雇の自由に制約を課すべきであるとする態度をとつていることを示すものといえる。
(二) 本件においては、上告人と被上告人との間に三か月の試用期間を付した雇傭契約が締結され、右の期間の満了直前に上告人が被上告人に対して本採用の拒否を告知したものである。原判決は、冒頭記述のとおり、右の雇傭契約を解約権留保付の雇傭契約と認め、右の本採用拒否は雇入れ後における解雇にあたるとし、これに対して、上告人は、上告人の見習試用取扱規則の上からも試用契約と本採用の際の雇傭契約とは明らかにそれぞれ別個のものとされているから、原判決の上記認定、解釈には、右規則をほしいままにまげて解釈した違法があり、また、規則内容との関連においてその判断に理由齟齬の違法があると主張する。
思うに、試用契約の性質をどう判断するかについては、就業規則の規定の文言のみならず、当該企業内において試用契約の下に雇傭された者に対する処遇の実情、とくに本採用との関係における取扱についての事実上の慣行のいかんをも重視すべきものであるところ、原判決は、上告人の就業規則である見習試用取扱規則の各規定のほか、上告人において、大学卒業の新規採用者を試用期間終了後に本採用しなかつた事例はかつてなく、雇入れについて別段契約書の作成をすることもなく、ただ、本採用にあたり当人の氏名、職名、配属部署を記載した辞令を交付するにとどめていたこと等の過去における慣行的実態に関して適法に確定した事実に基づいて、本件試用契約につき上記のような判断をしたものであつて、右の判断は是認しえないものではない。それゆえ、この点に関する上告人の主張は、採用することができないところである。したがつて、被上告人に対する本件本採用の拒否は、留保解約権の行使、すなわち雇入れ後における解雇にあたり、これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。

(三) ところで、本件雇傭契約においては、右のように、上告人において試用期間中に被上告人が管理職要員として不適格であると認めたときは解約できる旨の特約上の解約権が留保されているのであるが、このような解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他上告人のいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであつて、今日における雇傭の実情にかんがみるときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるというべきである。それゆえ、右の留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。
しかしながら、前記のように法が企業者の雇傭の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階とで区別を設けている趣旨にかんがみ、また、雇傭契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考え、かつまた、本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ、いつたん特定企業との間に一定の試用期間を付した雇傭関係に入つた者は、本採用、すなわち当該企業との雇傭関係の継続についての期待の下に、他企業への就職の機会と可能性を放棄したものであることに思いを致すときは、前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。換言すれば、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである。

(四) 本件において、上告人が被上告人の本採用を拒否した理由として主張するところは、冒頭記述のとおり、被上告人が入社試験に際して一定の事実につき秘匿等をしたこと、なかんずく、被上告人が東北大学在学中に違法、過激な学生運動に関与した事実があるのにこれを秘匿したということであり、上告人は、このような被上告人の秘匿等の行為に照らすときは、信頼関係をとくに重視すべき上告人の管理職要員である社員としての適格性を欠くものとするに十分であると主張するのである。
思うに、企業者が、労働者の採用にあたつて適当な者を選択するのに必要な資料の蒐集の一方法として、労働者から必要事項について申告を求めることができることは、さきに述べたとおりであり、そうである以上、相手方に対して事実の開示を期待し、秘匿等の所為のあつた者について、信頼に値しない者であるとの人物評価を加えることは当然であるが、右の秘匿等の所為がかような人物評価に及ぼす影響の程度は、秘匿等にかかる事実の内容、秘匿等の程度およびその動機、理由のいかんによつて区々であり、それがその者の管理職要員としての適格性を否定する客観的に合理的な理由となるかどうかも、いちがいにこれを論ずることはできない。また、秘匿等にかかる事実のいかんによつては、秘匿等の有無にかかわらずそれ自体で右の適格性を否定するに足りる場合もありうるのである。してみると、本件において被上告人の解雇理由として主要な問題とされている被上告人の団体加入や学生運動参加の事実の秘匿等についても、それが上告人において上記留保解約権に基づき被上告人を解雇しうる客観的に合理的な理由となるかどうかを判断するためには、まず被上告人に秘匿等の事実があつたかどうか、秘匿等にかかる団体加入や学生運動参加の内容、態様および程度、とくに違法にわたる行為があつたかどうか、ならびに秘匿等の動機、理由等に関する事実関係を明らかにし、これらの事実関係に照らして、被上告人の秘匿等の行為および秘匿等にかかる事実が同人の入社後における行動、態度の予測やその人物評価等に及ぼす影響を検討し、それが企業者の採否決定につき有する意義と重要性を勘案し、これらを総合して上記の合理的理由の有無を判断しなければならないのである。
第三、結論
以上説示のとおり、所論本件本採用拒否の効力に関する原審の判断には、法令の解釈、適用を誤り、その結果審理を尽さなかつた違法があり、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は、この点において理由があり、原判決は、その余の上告理由について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、本件は、さらに審理する必要があるので、原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条にしたがい、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 大隅健一郎 裁判官 関根小郷 裁判官 藤林益三 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 岸上康夫 裁判官 江里口清雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 髙辻正己 裁判官 吉田豊)

+判例(S56.3.24)日産自動車事件
理由
上告代理人小倉隆志の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点ないし第七点について
上告会社の就業規則は男子の定年年齢を六〇歳、女子の定年年齢を五五歳と規定しているところ、右の男女別定年制に合理性があるか否かにつき、原審は、上告会社における女子従業員の担当職種、男女従業員の勤続年数、高齢女子労働者の労働能力、定年制の一般的現状等諸般の事情を検討したうえ、上告会社においては、女子従業員の担当職務は相当広範囲にわたつていて、従業員の努力と上告会社の活用策いかんによつては貢献度を上げうる職種が数多く含まれており、女子従業員各個人の能力等の評価を離れて、その全体を上告会社に対する貢献度の上がらない従業員と断定する根拠はないこと、しかも、女子従業員について労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡が生じていると認めるべき根拠はないこと、少なくとも六〇歳前後までは、男女とも通常の職務であれば企業経営上要求される職務遂行能力に欠けるところはなく、各個人の労働能力の差異に応じた取扱がされるのは格別、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないことなど、上告会社の企業経営上の観点から定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由は認められない旨認定判断したものであり、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。そうすると、原審の確定した事実関係のもとにおいて、上告会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法一四条一項、民法一条ノ二参照)。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。所論引用の判例は事案を異にし、本件には適切でない。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

・人格権を不法行為上の利益として認める
+判例(S61.6.11)北方ジャーナル事件
理由 
 一 上告人の上告理由第一点(4)について 
 憲法二一条二項前段は、検閲の絶対的禁止を規定したものであるから(最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決・民集三八巻一二号一三〇八頁)、他の論点に先立つて、まず、この点に関する所論につき判断する。 
 憲法二一条二項前段にいう検閲とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきことは、前掲大法廷判決の判示するところである。ところで、一定の記事を掲載した雑誌その他の出版物の印刷、製本、販売、頒布等の仮処分による事前差止めは、裁判の形式によるとはいえ、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるとされているなど簡略な手続によるものであり、また、いわゆる満足的仮処分として争いのある権利関係を暫定的に規律するものであつて、非訟的な要素を有することを否定することはできないが、仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであつて、右判示にいう「検閲」には当たらないものというべきである。したがつて、本件において、札幌地方裁判所が被上告人Aの申請に基づき上告人発行の「ある権力主義者の誘惑」と題する記事(以下「本件記事」という。)を掲載した月刊雑誌「北方ジヤーナル」昭和五四年四月号の事前差止めを命ずる仮処分命令(以下「本件仮処分」という。)を発したことは「検閲」に当たらない、とした原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。 
 二 上告人のその余の上告理由について 
 1 論旨は、本件仮処分は、「検閲」に当たらないとしても、表現の自由を保障する憲法二一条一項に違反する旨主張するので、以下に判断する。 
 (一) 所論にかんがみ、事前差止めの合憲性に関する判断に先立ち、実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法七一〇条)又は名誉回復のための処分(同法七二三条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は生命、身体とともに極めて重大な保護法益であり、人格権としての名誉権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである。 
 (二) しかしながら、言論、出版等の表現行為により名誉侵害を来す場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法一三条)と表現の自由の保障(同二一条)とが衝突し、その調整を要することとなるので、いかなる場合に侵害行為としてその規制が許されるかについて憲法上慎重な考慮が必要である。 
 主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもつて自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としているのであるから、表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法二一条一項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される。もとより、右の規定も、あらゆる表現の自由を無制限に保障しているものではなく、他人の名誉を害する表現は表現の自由の濫用であつて、これを規制することを妨げないが、右の趣旨にかんがみ、刑事上及び民事上の名誉毀損に当たる行為についても、当該行為が公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るものである場合には、当該事実が真実であることの証明があれば、右行為には違法性がなく、また、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実であると誤信したことについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がないと解すべく、これにより人格権としての個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調和が図られているものであることは、当裁判所の判例とするところであり(昭和四一年(あ)第二四七二号同四四年六月二五日大法廷判決・刑集二三巻七号九七五頁、昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)、このことは、侵害行為の事前規制の許否を考察するに当たつても考慮を要するところといわなければならない。 
 (三) 次に、裁判所の行う出版物の頒布等の事前差止めは、いわゆる事前抑制として憲法二一条一項に違反しないか、について検討する。 
 (1) 表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであつて、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法二一条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。 
 出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであつて、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そのこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法二一条一項の趣旨(前記(二)参照)に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限つて、例外的に事前差止めが許されるものというべきであり、このように解しても上来説示にかかる憲法の趣旨に反するものとはいえない。 
 (2) 表現行為の事前抑制につき以上説示するところによれば、公共の利害に関する事項についての表現行為に対し、その事前差止めを仮処分手続によつて求める場合に、一般の仮処分命令手続のように、専ら迅速な処理を旨とし、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるものとすることは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、しかもこの場合、表現行為者側の主たる防禦方法は、その目的が専ら公益を図るものであることと当該事実が真実であることとの立証にあるのである(前記(二)参照)から、事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。ただ、差止めの対象が公共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても、口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によつて、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても、憲法二一条の前示の趣旨に反するものということはできない。 
 けだし、右のような要件を具備する場合に限つて無審尋の差止めが認められるとすれば、債務者に主張立証の機会を与えないことによる実害はないといえるからであり、また、一般に満足的仮処分の決定に対しては債務者は異議の申立てをするとともに当該仮処分の執行の停止を求めることもできると解される(最高裁昭和二三年(マ)第三号同年三月三日第一小法廷決定・民集二巻三号六五頁、昭和二五年(ク)第四三号同年九月二五日大法廷決定・民集四巻九号四三五頁参照)から、表現行為者に対しても迅速な救済の途が残されているといえるのである。 
 2 以上の見地に立つて、本件をみると、 
 (一) 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 
 (1) 被上告人Aは、昭和三八年五月から同四九年九月までの間、旭川市長の地位にあり、その後同五〇年四月の北海道知事選挙に立候補し、更に同五四年四月施行予定の同選挙にも同年二月の時点で立候補する予定であつた。
 (2) 上告人代表者は、本件記事の原稿を作成し、上告人はこれを昭和五四年二月二三日頃発売予定の本件雑誌(同年四月号、予定発行部数第一刷二万五〇〇〇部)に掲載することとし、同年二月八日校了し、印刷その他の準備をしていた。本件記事は、北海道知事たる者は聡明で責任感が強く人格が清潔で円満でなければならないと立言したうえ、被上告人Aは右適格要件を備えていないとの論旨を展開しているところ、同被上告人の人物論を述べるに当たり、同被上告人は、「嘘と、ハツタリと、カンニングの巧みな」少年であつたとか、「A(中略)のようなゴキブリ共」「言葉の魔術者であり、インチキ製品を叩き売つている(政治的な)大道ヤシ」「天性の嘘つき」「美しい仮面にひそむ、醜悪な性格」「己れの利益、己れの出世のためなら、手段を選ばないオポチユニスト」「メス犬の尻のような市長」「Aの素顔は、昼は人をたぶらかす詐欺師、夜は闇に乗ずる凶賊で、云うならばマムシの道三」などという表現をもつて同被上告人の人格を評し、その私生活につき、「クラブ(中略)のホステスをしていた新しい女(中略)を得るために、罪もない妻を卑劣な手段を用いて離別し、自殺せしめた」とか「老父と若き母の寵愛をいいことに、異母兄たちを追い払」つたことがあると記し、その行動様式は「常に保身を考え、選挙を意識し、極端な人気とり政策を無計画に進め、市民に奉仕することより、自己宣伝に力を強め、利権漁りが巧みで、特定の業者とゆ着して私腹を肥やし、汚職を蔓延せしめ」「巧みに法網をくぐり逮捕はまぬかれ」ており、知事選立候補は「知事になり権勢をほしいままにするのが目的である。」とする内容をもち、同被上告人は「北海道にとつて真に無用有害な人物であり、社会党が本当に革新の旗を振るなら、速やかに知事候補を変えるべきであろう。」と主張するものであり、また、標題にそえ、本文に先立つて「いま北海道の大地にAという名の妖怪が蠢めいている昼は蝶に、夜は毛虫に変身して赤レンガに棲みたいと啼くその毒気は人々を惑乱させる。今こそ、この化物の正体を……」との文章を記すことになつていた。 
 (3) 被上告人Aの代理人弁護士菅沼文雄らは、昭和五四年二月一六日札幌地方裁判所に対し、債権者を同被上告人、債務者を上告人及び山藤印刷株式会社とし、名誉権の侵害を予防するとの理由で本件雑誌の執行官保管、その印刷、製本及び販売又は頒布の禁止等を命ずる第一審判決添付の主文目録と同旨の仮処分決定を求める仮処分申請をした。札幌地方裁判所裁判官は、同日、右仮処分申請を相当と認め、右主文目録記載のとおりの仮処分決定をした。その後、札幌地方裁判所執行官においてこれを執行した。 
 (二) 右確定事実によれば、本件記事は、北海道知事選挙に重ねて立候補を予定していた被上告人Aの評価という公共的事項に関するもので、原則的には差止めを許容すべきでない類型に属するものであるが、前記のような記事内容・記述方法に照らし、それが同被上告人に対することさらに下品で侮辱的な言辞による人身攻撃等を多分に含むものであつて、到底それが専ら公益を図る目的のために作成されたものということはできず、かつ、真実性に欠けるものであることが本件記事の表現内容及び疎明資料に徴し本件仮処分当時においても明らかであつたというべきところ、本件雑誌の予定発行部数(第一刷)が二万五〇〇〇部であり、北海道知事選挙を二か月足らず後に控えた立候補予定者である同被上告人としては、本件記事を掲載する本件雑誌の発行によつて事後的には回復しがたい重大な損失を受ける虞があつたということができるから、本件雑誌の印刷、製本及び販売又は頒布の事前差止めを命じた本件仮処分は、差止請求権の存否にかかわる実体面において憲法上の要請をみたしていたもの(前記1(三)(1)参照)というべきであるとともに、また、口頭弁論ないし債務者の審尋を経たものであることは原審の確定しないところであるが、手続面においても憲法上の要請に欠けるところはなかつたもの(同(2)参照)ということができ、結局、本件仮処分に所論違憲の廉はなく、右違憲を前提とする本件仮処分申請の違憲ないし違法の主張は、前提を欠く。 
 3 更に、所論は、原審が、本件記事の内容が名誉毀損に当たるか否かにつき事実審理をせず、また、被上告人Aらの不法に入手した資料に基づいて、本件雑誌の頒布の差止めを命じた本件仮処分を是認したものであるうえ、右資料の不法入手は通信の秘密の不可侵を定めた憲法二一条二項後段に違反するともいうが、記録によれば、原審が事実審理のうえ本件記事の内容が名誉毀損に当たることが明らかである旨を認定判断していることが認められ、また、同被上告人らの資料の不法入手の点については、原審においてその事実は認められないとしており、所論は、原審の認定にそわない事実に基づく原判決の非難にすぎないというほかない。 
 4 したがつて、以上と同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違憲、違法はないものというべきである。論旨は、採用することができない。 
 よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官伊藤正己、同大橋進、同牧圭次、同長島敦の補足意見、裁判官谷口正孝の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
・団体と構成員との関係
+判例(H8.3.19)南九州税理士会事件
理由 
 上告代理人馬奈木昭雄、同板井優、同浦田秀徳、同加藤修、同椛島敏雅、同田中利美、同西清次郎、同藤尾順司、同吉井秀広の上告理由第一点、第四点、第五点、上告代理人上条貞夫、同松井繁明の上告理由、上告代理人諌山博の上告理由及び上告人の上告理由について 
 一 右各上告理由の中には、被上告人が政治資金規正法(以下「規正法」という。)上の政治団体へ金員を寄付することが彼上告人の目的の範囲外の行為であり、そのために本件特別会費を徴収する旨の本件決議は無効であるから、これと異なり、右の寄付が被上告人の目的の範囲内であるとした上、本件特別会費の納入義務を肯認した原審の判断には、法令の解釈を誤った違法があるとの論旨が含まれる。以下、右論旨について検討する。 
 二 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 
 1 被上告人は、税理士法(昭和五五年法律第二六号による改正前のもの。以下単に「法」という。)四九条に基づき、熊本国税局の管轄する熊本県、大分県、宮崎県及び鹿児島県の税理士を構成員として設立された法人であり、日本税理士会連合会(以下「日税連」という。)の会員である(法四九条の一四第四項)。被上告人の会則には、被上告人の目的として法四九条二項と同趣旨の規定がある。 
 2 南九州税理士政治連盟(以下「南九税政」という。)は、昭和四四年一一月八日、税理士の社会的、経済的地位の向上を図り、納税者のための民主的税理士制度及び租税制度を確立するため必要な政治活動を行うことを目的として設立されたもので、被上告人に対応する規正法上の政治団体であり、日本税理士政治連盟の構成員である。 
 3 熊本県税理士政治連盟、大分県税理士政治連盟、宮崎県税理士政治連盟及び鹿児島県税理士政治連盟(以下、一括して「南九各県税政」という。)は、南九税政傘下の都道府県別の独立した税政連として、昭和五一年七、八月にそれぞれ設立されたもので、規正法上の政治団体である。 
 4 被上告人は、本件決議に先立ち、昭和五一年六月二三日、被上告人の第二〇回定期総会において、税理士法改正運動に要する特別資金とするため、全額を南九各県税政へ会員数を考慮して配付するものとして、会員から特別会費五〇〇〇円を徴収する旨の決議をした。被上告人は、右決議に基づいて徴収した特別会費四七〇万円のうち四四六万円を南九各県税政へ、五万円を南九税政へそれぞれ寄付した。 
 5 被上告人は、昭和五三年六月一六日、第二二回定期総会において、再度、税理士法改正運動に要する特別資金とするため、各会員から本件特別会費五〇〇〇円を徴収する、納期限は昭和五三年七月三一日とする、本件特別会費は特別会計をもって処理し、その使途は全額南九各県税政へ会員数を考慮して配付する、との内容の本件決議をした。 
 6 当時の被上告人の特別会計予算案では、本件特別会費を特別会計をもって処理し、特別会費収入を五〇〇〇円の九六九名分である四八四万五〇〇〇円とし、その全額を南九各県税政へ寄付することとされていた。 
 7 上告人は、昭和三七年一一月以来、被上告人の会員である税理士であるが、本件特別会費を納入しなかった。 
 8 被上告人の役員選任規則には、役員の選挙権及び被選挙権の欠格事由として「選挙の年の三月三一日現在において本部の会費を滞納している者」との規定がある。 
 9 被上告人は、右規定に基づき、本件特別会費の滞納を理由として、昭和五四年度、同五六年度、同五八年度、同六〇年度、同六二年度、平成元年度、同三年度の各役員選挙において、上告人を選挙人名簿に登載しないまま役員選挙を実施した。 
 三 上告人の本件請求は、南九各県税政へ被上告人が金員を寄付することはその目的の範囲外の行為であり、そのための本件特別会費を徴収する旨の本件決議は無効であるなどと主張して、被上告人との間で、上告人が本件特別会費の納入義務を負わないことの確認を求め、さらに、被上告人が本件特別会費の滞納を理由として前記のとおり各役員選挙において上告人の選挙権及び被選挙権を停止する措置を採ったのは不法行為であると主張し、被上告人に対し、これにより被った慰謝料等の一部として五〇〇万円と遅延損害金の支払を求めるものである。 
 四 原審は、前記二の事実関係の下において、次のとおり判断し、上告人の右各請求はいずれも理由がないと判断した。 
 1 法四九条の一二の規定や同趣旨の被上告人の会則のほか、被上告人の法人としての性格にかんがみると、被上告人が、税理士業務の改善進歩を図り、納税者のための民主的税理士制度及び租税制度の確立を目指し、法律の制定や改正に関し、関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動をすることは、その目的の範囲内の行為であり、右の目的に沿った活動をする団体が被上告人とは別に存在する場合に、被上告人が右団体に右活動のための資金を寄付し、その活動を助成することは、なお被上告人の目的の範囲内の行為である。 
 2 南九各県税政は、規正法上の政治団体であるが、被上告人に許容された前記活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であり、その政治活動は、税理士の社会的、経済的地位の向上、民主的税理士制度及び租税制度の確立のために必要な活動に限定されていて、右以外の何らかの政治的主義、主張を掲げて活動するものではなく、また、特定の公職の候補者の支持等を本来の目的とする団体でもない。 
 3 本件決議は、南九各県税政を通じて特定政党又は特定政治家へ政治献金を行うことを目的としてされたものとは認められず、また、上告人に本件特別会費の拠出義務を肯認することがその思想及び信条の自由を侵害するもので許されないとするまでの事情はなく、結局、公序良俗に反して無効であるとは認められない。本件決議の結果、上告人に要請されるのは五〇〇〇円の拠出にとどまるもので、本件決議の後においても、上告人が税理士法改正に反対の立場を保持し、その立場に多くの賛同を得るように言論活動を行うことにつき何らかの制約を受けるような状況にもないから、上告人は、本件決議の結果、社会通念上是認することができないような不利益を被るものではない。 
 4 上告人は、本件特別会費を滞納していたものであるから、役員選任規則に基づいて選挙人名簿に上告人を登載しないで役員選挙を実施した被上告人の措置、手続過程にも違法はない。 
 五 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 1 税理士会が政党など規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためのものであっても、法四九条二項で定められた税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである。すなわち、 
 (一) 民法上の法人は、法令の規定に従い定款又は寄付行為で定められた目的の範囲内において権利を有し、義務を負う(民法四三条)。この理は、会社についても基本的に妥当するが、会社における目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行する上に直接又は間接に必要な行為であればすべてこれに包含され(最高裁昭和二四年(オ)第六四号同二七年二月一五日第二小法廷判決・民集六巻二号七七頁、同二七年(オ)第一〇七五号同三〇年一一月二九日第三小法廷判決・民集九巻一二号一八八六頁参照)、さらには、会社が政党に政治資金を寄付することも、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためにされたものと認められる限りにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為とするに妨げないとされる(最高裁昭和四一年(オ)第四四四号同四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号六二五頁参照)。 
 (二) しかしながら、税理士会は、会社とはその法的性格を異にする法人であって、その目的の範囲については会社と同一に論ずることはできない。 
 税理士は、国税局の管轄区域ごとに一つの税理士会を設立すべきことが義務付けられ(法四九条一項)、税理士会は法人とされる(同条三項)。また、全国の税理士会は、日税連を設立しなければならず、日税連は法人とされ、各税理士会は、当然に日税連の会員となる(法四九条の一四第一、第三、四項)。 
 税理士会の目的は、会則の定めをまたず、あらかじめ、法において直接具体的に定められている。すなわち、法四九条二項において、税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とするとされ(法四九条の二第二項では税理士会の目的は会則の必要的記載事項ともされていない。)、法四九条の一二第一項においては、税理士会は、税務行政その他国税若しくは地方税又は税理士に関する制度について、権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができるとされている。 
 また、税理士会は、総会の決議並びに役員の就任及び退任を大蔵大臣に報告しなければならず(法四九条の一一)、大蔵大臣は、税理士会の総会の決議又は役員の行為が法令又はその税理士会の会則に違反し、その他公益を害するときは、総会の決議についてはこれを取り消すべきことを命じ、役員についてはこれを解任すべきことを命ずることができ(法四九条の一八)、税理士会の適正な運営を確保するため必要があるときは、税理士会から報告を徴し、その行う業務について勧告し、又は当該職員をして税理士会の業務の状況若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる(法四九条の一九第一項)とされている。 
 さらに、税理士会は、税理士の入会が間接的に強制されるいわゆる強制加入団体であり、法に別段の定めがある場合を除く外、税理士であって、かつ、税理士会に入会している者でなければ税理士業務を行ってはならないとされている(法五二条)。 
 (三) 以上のとおり、税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的として、法が、あらかじめ、税理士にその設立を義務付け、その結果設立されたもので、その決議や役員の行為が法令や会則に反したりすることがないように、大蔵大臣の前記のような監督に服する法人である。また、税理士会は、強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない(なお、前記昭和五五年法律第二六号による改正により、税理士は税理士名簿への登録を受けた時に、当然、税理士事務所の所在地を含む区域に設立されている税理士会の会員になるとされ、税理士でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、税理士業務を行ってはならないとされたが、前記の諸点に関する法の内容には基本的に変更がない。)。 
 税理士会は、以上のように、会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである。 
 (四) そして、税理士会が前記のとおり強制加入の団体であり、その会員である税理士に実質的には脱退の自由が保障されていないことからすると、その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である。 
 税理士会は、法人として、法及び会則所定の方式による多数決原理により決定された団体の意思に基づいて活動し、その構成員である会員は、これに従い協力する義務を負い、その一つとして会則に従って税理士会の経済的基礎を成す会費を納入する義務を負う。しかし、法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある。 
 特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法三条等)、これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。 
 法は、四九条の一二第一項の規定において、税理士会が、税務行政や税理士の制度等について権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができるとしているが、政党など規正法上の政治団体への金員の寄付を権限のある官公署に対する建議や答申と同視することはできない。 
 (五) そうすると、前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり(最高裁昭和四八年(オ)第四九九号同五〇年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一六九八頁参照)、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、法四九条二項所定の税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない。 
 2 以上の判断に照らして本件をみると、本件決議は、被上告人が規正法上の政治団体である南九各県税政へ金員を寄付するために、上告人を含む会員から特別会費として五〇〇〇円を徴収する旨の決議であり、被上告人の目的の範囲外の行為を目的とするものとして無効であると解するほかはない。 
 原審は、南九各県税政は税理士会に許容された活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であり、その活動が税理士会の目的に沿った活動の範囲に限定されていることを理由に、南九各県税政へ金員を寄付することも被上告人の目的の範囲内の行為であると判断しているが、規正法上の政治団体である以上、前判示のように広範囲な政治活動をすることが当然に予定されており、南九各県税政の活動の範囲が法所定の税理士会の目的に沿った活動の範囲に限られるものとはいえない。因みに、南九各県税政が、政治家の後援会等への政治資金、及び政治団体である南九税政への負担金等として相当額の金員を支出したことは、原審も認定しているとおりである。 
 六 したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、その余の論旨について検討するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、以上判示したところによれば、上告人の本件請求のうち、上告人が本件特別会費の納入義務を負わないことの確認を求める請求は理由があり、これを認容した第一審判決は正当であるから、この部分に関する被上告人の控訴は棄却すべきである。また、上告人の損害賠償請求については更に審理を尽くさせる必要があるから、本件のうち右部分を原審に差し戻すこととする。 
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、四〇七条一項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
3.ステイト・アクションの法理
(1)問題の所在
YがA市と密接な関係にあることから、私人一般よりも強い憲法の拘束を及ぼすことはできないだろうか?
(2)内容
ステイト・アクションの法理
①公権力が、私人の私的行為に極めて重要な程度にまで関わり合いになった場合
または
②私人が、国の行為に準ずるような高度に公的な機能を行使している場合に、当該私的行為を国家行為と同視して、憲法を直接適用するという理論
(3)解答の手がかり
公益財団法人として独立しているし、他の業務も行っているから直接適用は難しいのでは
4.パートタイム労働者に対する賃金差別(訴え①)
(1)パートタイム労働法における均衡処遇原則
等しくない者は等しくなく扱う場合であっても、その相違に比例した別異取扱いを求めるという憲法14条の要請、言い換えれば「不合理な不均衡取扱いの禁止」の要請を具体化したもの
(2)労働基準法上の均等待遇原則及び憲法の間接適用
・労働基準法
+(均等待遇)
第三条  使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
均等待遇
国籍による昇進差別も、合理的な理由に基づくものであれば、同条項にも憲法14条にも反しないとされる。
+判例(H17.1.26)東京管理職選考受験資格事件
理由 
 上告代理人金岡昭ほかの上告理由について 
 1 本件は、上告人に保健婦として採用された被上告人が、平成6年度及び同7年度に東京都人事委員会の実施した管理職選考を受験しようとしたが、日本の国籍を有しないことを理由に受験が認められなかったため、国家賠償法1条1項に基づき、上告人に対し、慰謝料の支払等を請求する事案である。 
 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 
 (1) 被上告人は、昭和25年に岩手県で出生した大韓民国籍の外国人であり、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に定める特別永住者である。 
 (2) 上告人は、昭和61年、保健婦の採用につき日本の国籍を有することを要件としないこととした。被上告人は、同63年4月、上告人に保健婦として採用された。 
 (3) 後記の平成6年度及び同7年度の管理職選考が実施された当時、上告人における管理職としては、東京都知事の権限に属する事務に係る事案の決定権限を有する職員(本庁の局長、部長及び課長並びに本庁以外の機関における上級の一定の職員)のほか、直接には事案の決定権限を有しないが、事案の決定過程に関与する職員(本庁の次長、技監、理事(局長級)、参事(部長級)、副参事(課長級)等及び本庁以外の機関の一定の職員)があり、さらに、企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行い、事案の決定権限を有せず、事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在していた。上告人においては、管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理は行われておらず、例えば、医化学の分野で管理職選考に合格した職員であっても、管理職に任用されると、その職員は、その後の昇任に伴い、そのまま従来の医化学の分野にだけ従事するものとは限らず、担当がその他の分野の仕事に及ぶことがあり、いずれの分野においても管理的な職務に就くことがあることとされていた。 
 (4) 東京都人事委員会が実施する管理職選考は、東京都知事、東京都議会議長、東京都の公営企業管理者、代表監査委員、教育委員会、選挙管理委員会、海区漁業調整委員会及び人事委員会が任命権を有する職員に対する課長級の職への第1次選考としてされるものである。管理職選考には、A、B及びCの選考種別とそれぞれについての事務系及び技術系の選考種別とがあり、被上告人が受験しようとした選考種別Aの技術系は土木、建築、機械、電気、生物及び医化学に区分される。管理職選考に合格した者は、任用候補者名簿に登載され、その数年後、最終的な任用選考を経て管理職に任用される。 
 (5) 東京都人事委員会の平成6年度管理職選考実施要綱は、上記(4)の職員に対する課長級の職への第1次選考について受験資格を定めており、明文の定めは置いていなかったものの、受験者が日本の国籍を有することを前提としていた。 
 (6) 被上告人は、上記要綱に基づいて実施される管理職選考の選考種別Aの技術系の選考区分医化学を受験することとし、平成6年3月10日、所属していた東京都八王子保健所の副所長に申込書を提出しようとしたが、同副所長は、被上告人が日本の国籍を有しないことを理由に、申込書の受領を拒絶した。被上告人は、国籍の点以外は上記要綱が定める受験資格を備えていたが、上記のとおり申込書の受領を拒絶されたため、同年5月に実施された筆記考査を受けることができなかった。 
 (7) 東京都人事委員会の平成7年度管理職選考実施要綱には、日本の国籍を有することが受験資格であることが明記されるに至った。被上告人は、日本の国籍を有しないために同管理職選考を受けることができなかった。 
 3 原審は、上記事実関係等の下において、上告人の職員が被上告人に平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかったことは、被上告人が日本の国籍を有しないことを理由に被上告人から管理職選考の受験の機会を奪い、課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり、違法な措置であるとして、被上告人の慰謝料請求を一部認容した。 
 原審の上記判断の理由の概要は、次のとおりである。 
 (1) 日本の国籍を有しない者は、憲法上、国又は地方公共団体の公務員に就任する権利を保障されているということはできない。 
 (2) 地方公務員の中でも、管理職は、地方公共団体の公権力を行使し、又は公の意思の形成に参画するなど地方公共団体の行う統治作用にかかわる蓋然性の高い職であるから、地方公務員に採用された外国人が、日本の国籍を有する者と同様、当然に管理職に任用される権利を保障されているとすることは、国民主権の原理に照らして問題がある。しかしながら、管理職の職務は広範多岐に及び、地方公共団体の行う統治作用、特に公の意思の形成へのかかわり方、その程度は様々なものがあり得るのであり、公権力を行使することなく、また、公の意思の形成に参画する蓋然性が少なく、地方公共団体の行う統治作用にかかわる程度の弱い管理職も存在する。したがって、職務の内容、権限と統治作用とのかかわり方、その程度によって、外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある。そして、後者の管理職については、我が国に在住する外国人をこれに任用することは、国民主権の原理に反するものではない。 
 (3) 上告人の管理職には、企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行い、事案の決定権限を有せず、事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在している。このように、管理職に在る者が事案の決定過程に関与するといっても、そのかかわり方、その程度は様々であるから、上告人の管理職について一律に外国人の任用(昇任)を認めないとするのは相当でなく、その職務の内容、権限と事案の決定とのかかわり方、その程度によって、外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを区別して任用管理を行う必要がある。そして、後者の管理職への任用については、我が国に在住する外国人にも憲法22条1項、14条1項の各規定による保障が及ぶものというべきである。 
 (4) 上告人の職員が課長級の職に昇任するためには、管理職選考を受験する必要があるところ、課長級の管理職の中にも外国籍の職員に昇任を許しても差し支えのないものも存在するというべきであるから、外国籍の職員から管理職選考の受験の機会を奪うことは、外国籍の職員の課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり、憲法22条1項、14条1項に違反する違法な措置である。被上告人は、上告人の職員の違法な措置のために平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験することができなかった。被上告人がこれにより被った精神的損害を慰謝するには各20万円が相当である。 
 4 しかしながら、前記事実関係等の下で被上告人の慰謝料請求を認容すべきものとした原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 (1) 地方公務員法は、一般職の地方公務員(以下「職員」という。)に本邦に在留する外国人(以下「在留外国人」という。)を任命することができるかどうかについて明文の規定を置いていないが(同法19条1項参照)、普通地方公共団体が、法による制限の下で、条例、人事委員会規則等の定めるところにより職員に在留外国人を任命することを禁止するものではない。普通地方公共団体は、職員に採用した在留外国人について、国籍を理由として、給与、勤務時間その他の勤務条件につき差別的取扱いをしてはならないものとされており(労働基準法3条、112条、地方公務員法58条3項)、地方公務員法24条6項に基づく給与に関する条例で定められる昇格(給料表の上位の職務の級への変更)等も上記の勤務条件に含まれるものというべきである。しかし、上記の定めは、普通地方公共団体が職員に採用した在留外国人の処遇につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることまで許されないとするものではない。また、そのような取扱いは、合理的な理由に基づくものである限り、憲法14条1項に違反するものでもない。 
 管理職への昇任は、昇格等を伴うのが通例であるから、在留外国人を職員に採用するに当たって管理職への昇任を前提としない条件の下でのみ就任を認めることとする場合には、そのように取り扱うことにつき合理的な理由が存在することが必要である。 
 (2) 地方公務員のうち、住民の権利義務を直接形成し、その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とするもの(以下「公権力行使等地方公務員」という。)については、次のように解するのが相当である。すなわち、公権力行使等地方公務員の職務の遂行は、住民の権利義務や法的地位の内容を定め、あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど、住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ、国民主権の原理に基づき、国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条、15条1項参照)に照らし、原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり、我が国以外の国家に帰属し、その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは、本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。 
 そして、普通地方公共団体が、公務員制度を構築するに当たって、公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の適正な運用を図ることも、その判断により行うことができるものというべきである。そうすると、普通地方公共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で、日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは、合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり、上記の措置は、労働基準法3条にも、憲法14条1項にも違反するものではないと解するのが相当である。そして、この理は、前記の特別永住者についても異なるものではない。 
 (3) これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、昭和63年4月に上告人に保健婦として採用された被上告人は、東京都人事委員会の実施する平成6年度及び同7年度の管理職選考(選考種別Aの技術系の選考区分医化学)を受験しようとしたが、東京都人事委員会が上記各年度の管理職選考において日本の国籍を有しない者には受験資格を認めていなかったため、いずれも受験することができなかったというのである。そして、当時、上告人においては、管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理を行っておらず、管理職に昇任すれば、いずれは公権力行使等地方公務員に就任することのあることが当然の前提とされていたということができるから、上告人は、公権力行使等地方公務員の職に当たる管理職のほか、これに関連する職を包含する一体的な管理職の任用制度を設けているということができる。 
 そうすると、上告人において、上記の管理職の任用制度を適正に運営するために必要があると判断して、職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めたとしても、合理的な理由に基づいて日本の国籍を有する職員と在留外国人である職員とを区別するものであり、上記の措置は、労働基準法3条にも、憲法14条1項にも違反するものではない。原審がいうように、上告人の管理職のうちに、企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行うにとどまり、公権力行使等地方公務員には当たらないものも若干存在していたとしても、上記判断を左右するものではない。また、被上告人のその余の違憲の主張はその前提を欠く。以上と異なる原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨は理由があり、原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、被上告人の慰謝料請求を棄却すべきものとした第1審判決は正当であるから、上記部分についての被上告人の控訴を棄却すべきである。 
 5 よって、裁判官滝井繁男、同泉德治の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖の補足意見、裁判官金谷利廣、同上田豊三の各意見がある。 
・憲法14条にいう「社会的身分」
=人が社会において一時的ではなしに占める地位
・労働基準法3条にいう「社会的身分」
=自己の意思によっては逃れることのできない生来的・後天的な社会的分類
(3)解答の手がかり
5.採用時の思想・心情の調査(訴え②)
(1)三菱樹脂事件判決
22条・29条
→企業者には採用の自由があり、企業者が特定の思想信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない!
+第二十二条  何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
○2  何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
+第二十九条  財産権は、これを侵してはならない。
○2  財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
○3  私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
(2)検討
(3)解答の手がかり
6.採用におけるポジティヴ・アクションと逆差別(訴え③)
(1)問題の所在
(2)男女雇用機会均等法とポジティヴ・アクション
・男女雇用機会均等法
+(女性労働者に係る措置に関する特例)
第八条  前三条の規定は、事業主が、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となつている事情を改善することを目的として女性労働者に関して行う措置を講ずることを妨げるものではない。
(3)憲法14条の間接適用の可能性
+第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
○2  華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
○3  栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
+判例(H18.3.17)沖縄男子孫入会権事件判決
理由 
 上告代理人宮國英男ほかの上告受理申立て理由第4の2及び同3について 
 1 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。 
 (1) 沖縄県のA村(現在のA町及びB村)A部落(現在のA区)の住民らは、古来、「杣山」と呼称される林野(以下「本件入会地」という。)に入って薪を採取したり、材木を伐採するなどしていた。 
 本件入会地は、明治32年公布の沖縄県土地整理法によりいったん官有地とされたが、明治39年、当時のA部落の住民(以下「A部落民」という。)らに対し、30年間の年賦償還で払い下げられた(以下、この払下げを「本件払下げ」という。)。本件払下げに係る代金は、A部落の村頭(区長)が、昭和8年まで正規のA部落民である各戸主から賦課徴収して支払った。その後、本件入会地の一部は昭和12年ころにA村の公有財産(昭和57年以降はA町の公有財産)に編入され、残りの土地は部落代表者の個人名で登記された(以下、本件入会地のうち公有財産とされた部分を「公有地部分」といい、部落代表者の個人名で登記された部分を「部落有地」という。)。 
 (2) 入会集団であるA部落(以下、「A部落」とは入会集団としてのA部落をいい、「A部落民」とは入会集団としてのA部落の構成員をいう。)は、本件払下げ後、A部落の旧来の慣習及び規則に基づいて本件入会地の管理を行い、昭和12年ころ以降、公有地部分については、A村と締結した協定等に基づいて管理を行ってきた。 
 そして、明治40年から昭和20年までの間にA部落の地区外から地区内に移住してきた者については、各戸につき木草賃として毎年50銭をA区事務所に納入することにより本件入会地の木草の採取が認められ、また、各戸につき20円を納付するなどすればA部落民の資格を取得することができた。 
 (3) 昭和31年9月16日、本件入会地の入会権者から成る団体としてA共有権者会(昭和61年に名称をA入会権者会に変更)が設立され、以後、本件入会地のうち部落有地については、同団体の名で管理が行われてきた。また、公有地部分については、昭和57年7月12日、「旧慣によるA町公有財産の管理等に関する条例」(昭和57年A町条例第1号)の制定に対応してA部落民会(被上告人の前身。以下「A部落民会」という。)が設立され、同条例に規制される形で、A部落民会の名で管理が行われてきた。しかし、部落有地を管理するA入会権者会と公有地部分を管理するA部落民会とは実態が同一であったことから、平成12年5月19日、両会が合併して被上告人が設立された。 
 (4) 本件入会地の入会権の得喪についてのA部落における慣習(以下「本件慣習」という。)は、次のようなものであり、被上告人は、本件慣習に従って入会権者とされる者を会員としている。なお、A共有権者会、A入会権者会及び被上告人の会則は、おおむね本件慣習に基づいて定められていたが、A部落民会の会則は、本件慣習とは異なり、会員資格を男子孫に限定していなかった。 
 ア 本件払下げを受けた当時、A部落民として世帯を構成していた一家の代表者は、いずれも本件入会地につき入会権を有する。 
 イ 明治40年から昭和20年3月までの間にA部落の地区外から地区内に移住してきた一家の代表者であって、一定の金員を納めるなどしてA部落民の資格を認められた者も、本件入会地につき入会権を有する。 
 ウ 入会権者たる資格は、一家(1世帯)につき代表者1名のみに認められる。そして、一家の代表者として認められるためには、単に住民票に世帯主として記載されているだけでは足りず、現実にも独立した世帯を構えて生計を維持していることを要する。 
 エ 入会権者の死亡や家督相続によって一家の代表者が交替した場合には、新たな代表者が後継者として入会権者の資格を承継する。入会権者の資格を承継する代表者は、原則として男子孫に限られるが、男子孫の後継者がいない場合や幼少の場合には、例外的に旧代表者の妻が資格を取得することもあり(ただし、幼少の男子孫が成長して入会権者の資格を取得すれば、妻は資格を失う。)、また、旧代表者が死亡し男子孫がない場合には、女子孫が入会権者の資格を承継することも認められるが、入会権者として認められるのは当該女子孫1代限りである。 
 オ 男子孫が分家し、A区内に独立の世帯を構えるに至った場合は、その世帯主からの届出により、入会権者の資格を取得する。独身の女子孫については、50歳を超えて独立した生計を営み、A区内に居住しているなど一定の要件を満たす場合に限り、特例として、1代限りで入会権者の資格を認められる。なお、A部落民以外の男性と婚姻した女子孫は、離婚して旧姓に復しない限り、配偶者が死亡するなどしてA区内で独立の世帯を構えるに至ったとしても、入会権者の資格を取得することはできない。 
 (5) 被上告人と同様に杣山について入会権を有する他の入会団体の中には、近年会則を変更するなどして、世帯主である限り、男子孫と女子孫とで差異を設けない取扱いをするようになった団体もある。 
 (6) 被上告人においては、本件慣習に基づいた会則(Y会則)を有しており、新たに入会する者については、届出又は申出に基づき役員会の議を経ることを要することとし、入会資格の審査が行われてきた。そして、入会の申請者には戸籍謄本、住民票等の提出を義務づけ、これに基づいて審査を行うが、単に書類上世帯主として記載されているだけでは足りず、現実にも独立して生計を営んでいることが必要とされるため、審査に当たっては必要に応じて生活実態の調査等も行われてきた。 
 (7) 上告人ら(なお、上告人X3は、当審係属中の平成16年11月28日死亡し、その夫と子3名がその地位を承継した。以下においては、亡X3を含めて「上告人ら」ということがある。)は、いずれも、本件払下げ当時のA部落民であって本件入会地について入会権を有していた者の女子孫であり、遅くとも平成4年以降現在に至るまでA区内に住所を有し居住している。上告人X1及び同X2(以下「上告人X1ら」という。)は、いずれも、A部落民以外の男性と婚姻したが、その後夫が死亡したことにより、現在は戸籍筆頭者として記載され、世帯主として独立の生計を構えるに至っている。上告人X4らその余の上告人(以下「上告人X4ら」という。)は、いずれも、戸籍筆頭者ではない。 
 (8) 本件入会地は、第2次世界大戦後、国が賃借した上でアメリカ合衆国の軍隊(以下「駐留軍」という。)の用に供するために使用され、その賃料は、被上告人により収受・管理され、その一部が入会権者である被上告人の構成員らに対し、補償金として分配されている。 
 2 本件は、上告人らが、被上告人に対し、本件慣習(本件慣習に基づいて定められた被上告人の会則を含む。以下同じ。)のうち入会権者の資格を世帯主及び男子孫に限り、A部落民以外の男性と婚姻した女子孫は離婚して旧姓に復しない限り資格を認めないとする部分が公序良俗に反して無効であるなどと主張して、上告人ら(ただし、上告人亡X3関係を除く。)が被上告人の正会員であることの確認を求めるとともに、平成4年度から平成14年度までの補償金として各306万円の支払(ただし、上告人亡X3訴訟承継人X5については153万円の、同X6、同X7及び同X8については各51万円の、上告人X9については、平成13年度及び平成14年度の補償金として120万円の各支払)を求めるものである。 
 3 原審は、前記事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人らの請求をいずれも棄却した。 
 (1) 被上告人は、本件入会地の入会権者らを構成員とする入会団体であるから、上告人らが被上告人の構成員の地位を有するというためには、上告人らが本件入会地の入会権を取得したことが認められる必要がある。そして、入会権については各地方の慣習に従うとされているから、上告人らが入会団体である被上告人の構成員の地位を有するというためには、上告人らが当該地方(A部落)の慣習、すなわち本件慣習に基づいて本件入会地の入会権者の資格を取得したことが認められなければならない。なお、本件入会地は、第2次世界大戦後は駐留軍の用に供するために使用されていて、現在は個々の入会権者が直接入会地に立ち入ってその産物を収得するといった形態での利用が行われているわけではないけれども、入会権に基づく入会地の利用形態には様々なものがあり、入会団体が第三者との間で入会地について賃貸借契約等を締結してその対価を徴収したとしても、その収入は入会権者の総有に帰属するのであって、入会権が消滅するわけでも、入会権の内容や入会団体としての性質が変容するものでもない。 
 (2) 本件慣習のうち、本件入会地の入会権者の資格要件を一家の代表者としての世帯主に限定する部分(以下、この資格要件を「世帯主要件」という。)は、入会権の本質に合致するものであって、公序良俗に反して無効とはいえない。上告人X4らは、家の代表者としての世帯主であることの主張立証がなく、本件入会地の入会権を取得したものとはいえない。 
 (3) 本件慣習のうち、入会権者の資格を原則として男子孫に限り、A部落民以外の男性と婚姻した女子孫は離婚して旧姓に復しない限り入会権者の資格を認めないとする部分(以下、この資格要件を「男子孫要件」という。)も、それなりの合理性があり、公序良俗に反して無効とはいえない。もっとも、男子孫と女子孫とで取扱いに差異を設ける必要性ないし合理性は特に見当たらないし、被上告人と同様に杣山について入会権を有する他の入会団体の中には、近年会則を変更するなどして、世帯主である限り、男子孫と女子孫とで差異を設けない取扱いをするようになった団体もあることが認められる。しかし、入会権は、過去の長年月にわたって形成された地方の慣習に根ざした権利であるから、そのような慣習がその内容を徐々に変化させつつもなお存続しているときは、これを最大限尊重すべきであって、その慣習に必要性ないし合理性が見当たらないということから直ちに公序良俗に反して無効ということはできない。そして、入会権が家の代表ないし世帯主としての部落民に帰属する権利であって、当該入会権者からその後継者に承継されてきたという歴史的沿革を有すること、歴史的社会的にみて、家の代表ないし跡取りと目されてきたのは多くの場合男子、特に長男であって、現代においても、長男が生存している場合に二男以下又は女子が後継者となったり、婚姻等により独立の世帯を構えた場合に女子が家の代表ないし世帯主となるのは比較的まれな事態であることは公知の事実といえること、被上告人以外の入会団体の中にも会員資格を原則として男子孫に限定する取扱いをしているところが少なからず存在することなどに照らせば、家の代表ないし世帯主として入会権者の資格要件を定めるに際し男子と女子とで同一の取扱いをすべきことが現代社会における公序を形成しているとまでは認められない。これに加え、男子と女子とで入会権者の資格が認められる要件に差異があることにより1世帯の内部において男子と女子の間で生じ得る不平等については、相続の際の遺産分割協議その他の場面で財産的調整を図ることも可能であることをも併せ考慮すれば、本件慣習のうち男子孫要件が公序良俗に違反するとまで認めることはできない。 
 そうすると、上告人X1らは、A部落民以外の男性と婚姻した後に配偶者の死亡により世帯主として独立の生計を構えるに至ったものであるから、本件入会地の入会権を取得したとはいえない。 
 4 しかしながら、原審の上記(1)、(2)の判断は是認することができるが、(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 (1) 前記事実関係によれば、被上告人は、本件入会地の入会権者で組織され、本件入会地の管理・処分を行うこと等を目的とする入会団体(権利能力なき社団)であると認められる。また、本件入会地は、戦後、国が賃借した上で駐留軍の用に供するために使用されているが、その賃料は、入会団体である被上告人により管理されているというのであるから、本件入会地について、いまだ入会権が消滅したものともその性質を変容したものともいうことはできない。そうすると、上告人らは、被上告人の会員の地位を有するというためには、本件入会地について入会権者の地位を有すること、すなわち、本件慣習に基づいて本件入会地についての入会権者の地位を取得したことを主張立証しなければならないというべきである(最高裁昭和35年(オ)第1244号同37年11月2日第二小法廷判決・裁判集民事63号23頁参照)。 
 そして、本件慣習によれば、上告人らが被上告人の会員の地位を取得したというためには、原則として、〈1〉上告人らが本件払下げ当時のA部落民又は明治40年から昭和20年までの間に一定の要件を満たしてA部落民と認められた者の男子孫であり、現在A区内に住所を有し居住していること、〈2〉上告人らがA区内に住所を有する一家の世帯主(代表者)であり、被上告人に対する届出等によってその役員会の議を経て入会したことという要件を満たす必要があるということになる。 
 (2) ところで、入会権は、一般に、一定の地域の住民が一定の山林原野等において共同して雑草、まぐさ、薪炭用雑木等の採取をする慣習上の権利であり(民法263条、294条)、この権利は、権利者である入会部落の構成員全員の総有に属し、個々の構成員は、共有におけるような持分権を有するものではなく(最高裁昭和34年(オ)第650号同41年11月25日第二小法廷判決・民集20巻9号1921頁、最高裁平成3年(オ)第1724号同6年5月31日第三小法廷判決・民集48巻4号1065頁参照)、入会権そのものの管理処分については入会部落の一員として参与し得る資格を有するのみである(最高裁昭和51年(オ)第424号同57年7月1日第一小法廷判決・民集36巻6号891頁参照)。他方、入会権の内容である使用収益を行う権能は、入会部落内で定められた規律に従わなければならないという拘束を受けるものの、構成員各自が単独で行使することができる(前掲第一小法廷判決参照)。このような入会権の内容、性質等や、原審も説示するとおり、本件入会地の入会権が家の代表ないし世帯主としての部落民に帰属する権利として当該入会権者からその後継者に承継されてきたという歴史的沿革を有するものであることなどにかんがみると、各世帯の構成員の人数にかかわらず各世帯の代表者にのみ入会権者の地位を認めるという慣習は、入会団体の団体としての統制の維持という点からも、入会権行使における各世帯間の平等という点からも、不合理ということはできず、現在においても、本件慣習のうち、世帯主要件を公序良俗に反するものということはできない。 
 しかしながら、本件慣習のうち、男子孫要件は、専ら女子であることのみを理由として女子を男子と差別したものというべきであり、遅くとも本件で補償金の請求がされている平成4年以降においては、性別のみによる不合理な差別として民法90条の規定により無効であると解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。 
 男子孫要件は、世帯主要件とは異なり、入会団体の団体としての統制の維持という点からも、入会権の行使における各世帯間の平等という点からも、何ら合理性を有しない。このことは、A部落民会の会則においては、会員資格は男子孫に限定されていなかったことや、被上告人と同様に杣山について入会権を有する他の入会団体では会員資格を男子孫に限定していないものもあることからも明らかである。被上告人においては、上記1(4)エ、オのとおり、女子の入会権者の資格について一定の配慮をしているが、これによって男子孫要件による女子孫に対する差別が合理性を有するものになったということはできない。そして、男女の本質的平等を定める日本国憲法の基本的理念に照らし、入会権を別異に取り扱うべき合理的理由を見いだすことはできないから、原審が上記3(3)において説示する本件入会地の入会権の歴史的沿革等の事情を考慮しても、男子孫要件による女子孫に対する差別を正当化することはできない。 
 (3) 上告人X4らについては、前記のとおり世帯主要件は有効と解すべきであり、家の代表者としての世帯主であることの主張立証がないというのであるから、本件入会地の入会権者の資格を取得したものとは認められず、上告人X4らが被上告人の会員であることを否定した原判決は、正当として是認することができる。この点についての論旨は、採用することができない。 
 他方、上告人X1らは、A部落民以外の男性と婚姻した後に配偶者の死亡により世帯主として独立の生計を構えるに至ったものであるというのであるから、現時点においては、世帯主要件を満たしていることが明らかである。もっとも、上告人X1らが、被上告人の会則に従った入会の手続を執ったことについては、その主張立証がないけれども、男子孫要件を有する本件慣習が存在し、被上告人がその有効性を主張している状況の下では、女子孫が入会の手続を執ってもそれが認められることは期待できないから、被上告人が、上告人X1らについて、入会の手続を執っていないことを理由にその会員の地位を否定することは信義則上許されないというべきである。したがって、男子孫要件を有効と解して上告人X1らが被上告人の会員であることを否定した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点をいう論旨は、理由があり、原判決のうち上告人X1らに関する部分は破棄を免れない。そして、以上の見解の下に上告人X1らの請求の当否について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき、本件を原審に差し戻すのが相当である。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官滝井繁男、同古田佑紀の各補足意見がある。 
・憲法14条の趣旨に反する逆差別だ。
・企業によるポジティヴ・アクションが14条を踏まえて公序違反とされるのは、採用の自由をも考慮すれば、例外的に特段の事情がある場合に限られそう・・・
(4)解答の手がかり


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労働法 事例演習労働法 U18団体交渉 C18-2


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1.

・労働組合法

+(不当労働行為)
第七条  使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一  労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。
二  使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと
三  労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
四  労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法 (昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。
・労働委員会に対し、誠実団交命令等を求める救済の申し立て
・裁判所に対し、団体交渉を求める地位の確認
団交拒否によって生じた損害の賠償を請求
・労働関係調整法上の労働争議として、労働委員会にあっせん、調停、仲裁の申請も。
2.
(1)本件における論点
(2)労組法上の使用者性
+(目的)
第一条  この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。
2  刑法 (明治四十年法律第四十五号)第三十五条 の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
・原則、労働者と労働契約を締結している使用者をさす。
労働条件等について現実的かつ具体的に支配・決定することができる地位にある者がいる場合には使用者に当たる。
(3)義務的団交事項の範囲
+(目的)
第一条  この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。
2  刑法 (明治四十年法律第四十五号)第三十五条 の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
労働条件その他の労働者の待遇および労使関係の運営に関する事項であって、使用者に決定権限があるもの
・会社の合併は労働契約を含むすべての権利義務が当然に承継
合併前後において労働条件が変更される可能性がある。
(4)団体交渉の態様(誠実団交義務違反の存否)
・実質的な団交拒否
合意達成の可能性を模索して誠実に交渉を行ったか
(5)私法上の救済の根拠
労組法7条は、憲法28条の権利保障の一環として司法救済の根拠となる!!!
←不当労働行為制度と憲法規範との論理的関連性を重視!
(6)私法上の救済の内容
団交を求める地位の確認
不法行為
+判例(H7.2.28)朝日放送事件
理由 
 上告代理人鈴木重信、同中津俊雄、同高橋正智、同阿部浩志の上告理由及び上告補助参加代理人豊川義明、同津留崎直美、同斎藤浩、同森信雄、同飯高輝の上告理由について 
 一 事実関係 
 原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係の概要は、次のとおりである。 
 1 大阪府地方労働委員会は、上告補助参加人を申立人、被上告人を被申立人とする大阪地労委昭和五一年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について、昭和五三年五月二六日付けで、別紙(二)のとおりの命令(以下「初審命令」という。)を発した。被上告人及び上告補助参加人の再審査申立て(中労委昭和五三年(不再)第二五号、第二六号事件)に対し、上告人は、昭和六一年九月一七日付けで、別紙(三)のとおりの命令(以下「本件命令」という。)を発した。 
 2 被上告人は、大阪市に本社を置いてテレビの放送事業等を営む会社であり、本件初審審問終結当時(昭和五二年五月一三日)の従業員は約八〇〇名であった。上告補助参加人は、近畿地方所在の民間放送会社等の下請事業を営む企業の従業員で組織された労働組合である。 
 株式会社大阪東通は、被上告人など近畿地方所在の民間放送会社からテレビ番組制作のための映像撮影、照明、フィルム撮影、音響効果等の業務を請け負う等の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約一六〇名であった。右従業員のうち約五〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場においてアシスタント・ディレクター、音響効果等の業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は三名であった。株式会社大東は、大阪東通のほか、近畿地方所在の民間放送会社等からの照明業務の請負の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約三〇名であった。右従業員のうち約一〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場において照明業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は二名であった。関東電機株式会社(以下、大阪東通、大東と併せて「請負三社」という。)は、被上告人など近畿地方所在の民間放送会社、ホール、劇場等における照明業務の請負の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約七〇名であった。右従業員のうち約一〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場において照明業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は二名であった。 
 3 被上告人は、大阪東通及び関東電機との間で、それぞれ、テレビの番組制作の業務につき請負契約を締結して、継続的に業務の提供を受け、大東は大阪東通と請負契約を締結し、これにより、大阪東通が被上告人から請け負った業務のうち照明業務の下請をしていた。請負三社は、右各請負契約に基づきその従業員を被上告人の下に派遣して番組制作の業務に従事させ、右各請負契約においては、作業内容及び派遣人員により一定額の割合をもって算出される請負料を支払う旨の定めがされていた。 
 番組制作に当たって、被上告人は、毎月、一箇月間の番組制作の順序を示す編成日程表を作成して請負三社に交付し、右編成日程表には、日別に、制作番組名、作業時間(開始・終了時刻)、作業場所等が記載されていた。請負三社は、右編成日程表に基づいて、一週間から一〇日ごとに番組制作連絡書を作成し、これによりだれをどの番組制作業務に従事させるかを決定することとしていたが、実際には、被上告人の番組制作業務に派遣される従業員はほぼ同一の者に固定されていた。請負三社の従業員は、その担当する番組制作業務につき、右編成日程表に従うほか、被上告人が作成交付する台本及び制作進行表による作業内容、作業手順等の指示に従い、被上告人から支給ないし貸与される器材等を使用し、被上告人の作業秩序に組み込まれて、被上告人の従業員と共に番組制作業務に従事していた。請負三社の従業員の業務の遂行に当たっては、実際の作業の進行はすべて被上告人の従業員であるディレクターの指揮監督の下に行われ、ディレクターは、作業時間帯を変更したり予定時間を超えて作業をしたりする必要がある場合には、その判断で請負三社の従業員に指示をし、どの段階でどの程度の休憩時間を取るかについても、作業の進展状況に応じその判断で右従業員に指示をするなどしていた。 
 請負三社の従業員の被上告人における勤務の結果は当該従業員の申告により出勤簿に記載され、請負三社はこれに基づいて残業時間の計算をした上、毎月の賃金を支払っていた。 
 4 請負三社は、それぞれ独自の就業規則を持ち、労働組合との間で賃上げ、夏季一時金、年末一時金等について団体交渉を行い、妥結した事項について労働協約を締結していた。 
 5 上告補助参加人は、被上告人に対して、昭和四九年九月二四日以降、賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置を含む労働条件の改善等を議題として団体交渉を申し入れたが、被上告人は、使用者でないことを理由として、交渉事項のいかんにかかわらず、いずれもこれを拒否した。 
 二 原審の判断 
 右事実関係の下において、原審は、上告補助参加人の組合員である請負三社の従業員との関係では、被上告人は労働組合法七条の「使用者」に当たらず、したがって、被上告人と上告補助参加人との間では同条二号の不当労働行為が成立する余地はなく、同条三号の支配介入による不当労働行為について判断を加えるまでもないとして、本件命令を取り消すべきものとした。 
 三 当裁判所の判断 
 1 労働組合法七条にいう「使用者」の意義について検討するに、一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが、同条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正として正常な労使関係を回復することを目的としていることにかんがみると、雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件当について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の「使用者」に当たるものと解するのが相当である。 
 これを本件についてみるに、請負三社は、被上告人とは別個独立の事業主体として、テレビの番組制作の業務につき被上告人との間の請負契約に基づき、その雇用する従業員を被上告人の下に派遣してその業務に従事させていたものであり、もとより、被上告人は右従業員に対する関係で労働契約上の雇用主に当たるものではないしかしながら、前記の事実関係によれば、被上告人は、請負三社から派遣される従業員が従事すべき業務の全般につき、編成日程表、台本及び制作進行表の作成を通じて、作業日時、作業時間、作業場所、作業内容等その細部に至るまで自ら決定していたこと、請負三社は、単に、ほぼ固定している一定の従業員のうちのだれをどの番組制作業務に従事させるかを決定していたにすぎないものであること、被上告人の下に派薄される請負三社の従業員は、このようにして決定されたことに従い、被上告人から支給ないし貸与される器材等を使用し、被上告人の作業秩序に組み込まれて被上告人の従業員と共に番組制作業務に従事していたこと、請負三社の従業員の作業の進行は、作業時間帯の変更、作業時間の延長、休憩等の点についても、すべて被上告人の従業員であるディレクターの指揮監督下に置かれていたことが明らかである。これらの事実を総合すれば、被上告人は、実質的にみて、請負三社から派遣される従業員の勤務時間の割り振り、労務提供の態様、作業環境等を決定していたのであり、右従業員の基本的な労働条件等について、雇用主である請負三社と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあったものというべきであるから、その限りにおいて、労働組合法七条にいう「使用者」に当たるものと解するのが相当である。 
 そうすると、被上告人は、自ら決定することができる勤務時間の割り振り、労務提供の態様、作業環境等に関する限り、正当な理由がなければ請負三社の従業員が組織する上告補助参加人との団体交渉を拒否することができないものというべきである。ところが、被上告人は、昭和四九年九月二四日以降、賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置を含む労働条件の改善等の交渉事項について団体交渉を求める上告補助参加人の要求について、使用者でないことを理由としてこれを拒否したというのであり、右交渉事項のうち、被上告人が自ら決定することのできる労働条件(本件命令中の「番組制作業務に関する勤務の割り付けなど就労に係る諸条件」はこれに含まれる。)の改善を求める部分については、被上告人が正当な理由がなく団体交渉を拒否することは許されず、これを拒否した被上告人の行為は、労働組合法七条二号の不当労働行為を構成するものというべきである。 
 2 以上のとおりであるから、原判決には労働組合法七条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。原判決中、本件命令の主文第一項に関する部分については、取消請求を棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきであるが、本件命令主文第二項の維持した初審命令主文第二項に関する部分(別紙(一)記載の部分)については、被上告人が同条の「使用者」に当たることを前提とした上で、同条三号の不当労働行為の成否につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。 
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、四〇七条一項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
+判例(東京地判H1.9.22)カール・ツアイス
理由 
 一 請求原因1(本件命令の存在)の事実は当事者間に争いがない。 
 二1 当事者間に争いがない事実、《証拠省略》を総合すると、以下の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》 
   (一) 当事者 
 (1) 原告は、ドイツ連邦共和国にその本拠を置くカール・ツアイス財団が全額出資して昭和三六年に設立した光学機器の輸出入、販売等を業とする会社であり、肩書地に本社を、大阪府ほか三か所に営業所を、本社近くにレンズ研磨の工場を有する。補助参加人らの被告に対する後記救済命令申立て当時における原告の従業員は約二三〇名であった。(右事実は当事者間に争いがない。) 
 (2) 補助参加人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部(以下「地本」という。)は、訴外日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下「全金」という。)に所属する東京都内の組合員で構成する労働組合であり、支部は、原告の従業員である地本所属の組合員で構成する労働組合であり、支部の後記救済命令申立て当時の組合員数は、約九〇名であった(地本及び支部の存在は当事者間に争いがない。以下、地本と支部を合わせて「組合」ということがある。)。 
   (二) 支部の結成後の労使関係 
 (1) 原告には従前労働組合がなかったが、原告の従業員約一五〇名が、昭和五九年五月九日労働組合を結成し、同時に地本に加盟してその支部になった。 
 (2) 支部は、同月一〇日、原告に対し、組合結成通知書を提出するとともに、同書面をもって、<1>ユニオン・ショップ協定の締結及び支部を唯一交渉団体として認めること、<2>組合役員の配置転換につき組合の同意を得ること、<3>団体交渉及びそれに伴う暫時の協議時間中の賃金保障、<4>チェック・オフ制の実施、<5>組合事務所、組合掲示板の設置、貸与(組合掲示板については、本社、別館、各支店)、<6>組合の日常活動における電話、会議室の利用の便宜、という組合活動に関する基本要求(以下、後記(四)(2)で認定の組合の昭和六一年六月一七日の申し入れにかかる事項と併せて「基本要求」ないし「基本要求事項」ということがある。)を提出し、これに関する団体交渉を申し入れた(右事実のうち、要求事項<3>及び<6>を除き当事者間に争いがない。)。 
 (3) 原告は、翌一一日、組合に対し、団体交渉はドイツ本社との関係もあるので六月初旬を予定しているとの回答書を渡すとともに、組合員の範囲について申し入れをした。組合は、同年五月二二日付けの賃金引き上げと三六協定の締結を求める要求書を原告に提出した。(原告が右回答書を渡し、申し入れをしたこと、組合が右要求書を提出したことは当事者間に争いがない。) 
 (4) 原告は、支部に対し、同月二八日、団体交渉の日時を同年六月一一日と通知し、同月六日には団体交渉の場所、議題等を通知した。原告は、右通知書において、団体交渉の場所をホテルニューオータニの一室とし、議題を前記五月一〇日付け及び同月二二日付け書面の要求事項の趣旨説明とし、出席者を双方五名程度に調整して少人数で行うこととし、原告の出席者五名の氏名を明らかにするとともに、傍聴は一切認めないことを通知した。 
 これに対し、組合は、同年六月八日付け文書で、団体交渉の日時については応諾したうえ、場所は今回限り社外とすることを受け入れるとし、出席者については氏名を特定して地本及び支部の役員一二名を主張し、議題については既に団体交渉を求めてから日時が経過していることから組合の趣旨説明にとどまらず要求事項に対する原告の回答がなされるべきことを要求した。(以上の各事実は概ね当事者間に争いがない。) 
 (5) しかし、団体交渉の出席者の人数をめぐって見解が対立したまま折り合いがつかず、団体交渉が開かれないまま推移した。この間、原告は五名との主張を変えず、組合は予定された三、四回の団体交渉の期日に一二名のメンバーで会場に赴いたが、折り合いがつかなかった。 
 その後、組合がやむをえず六名で団体交渉に臨むこととし、組合が団体交渉の申し入れをしてから四か月も経過した同年九月一二日ようやく第一回の団体交渉が開かれた。 
 この間、支部は、同年八月二日、原告に時間外手当未払分の支給に関する要求書を提出した。(以上のうち組合がやむをえず交渉人員を六名にしたことを除き当事者間に争いがない。) 
 (6) 同年九月一二日に開かれた第一回の団体交渉は、午前九時ころから正午過ぎまで社外で行われた。その席上、原告は、組合の前記五月一〇日付け、同月二二日付け及び八月二日付けの各要求に対する回答及び昭和五九年度特別賞与の支給月数の申し入れ(支部結成後毎年原告が申し入れ)を内容とする「回答及び申入書」と題する書面を手交したうえ、これを読み上げた。 
 右書面の内容は、要旨次のとおりである。 
 前記五月一〇日付け基本要求の<1>に対しては、支部の自主性を尊重する意味から加入、脱退は従業員の自由意思によるものとし、組合員になれない者の範囲に関する申し入れをし、唯一の交渉団体であることは認められない、同<2>に対しては、支部三役の同一事業所外への配置転換は事前通知する、同<3>に対しては、団体交渉に関する協定が成立した場合には、その協定手続きに基づいた団体交渉における賃金を保障する、同<4>に対しては、支部の自主性を尊重する意味から支部自身で解決すべきである、同<5>に対しては、組合活動に対する便宜供与に属するものであり、本来会社からのサービス、恩恵であって組合活動の企業への依存であるから、組合の権利と化するものではなく、支部の自主性を尊重する意味から便宜供与は避けたいし、全金という企業外の組合が自主的に解決すべきである、同<6>に対しては、従来から業務以外の使用を一切断っているので現行どおりである。前記五月二二日付け要求に対しては、平均五・一パーセントの昇給、交通費の増額以外は現行どおりである。前記八月二日付け要求に対しては、原告から指示、承認された場合は今後とも法及び就業規則の定めにしたがって支給する。(以上の各事実は概ね当事者間に争いがない。) 
 その後、交渉に入り、組合が右五月一〇日付け基本要求について「会社と組合がうまくやっていくうえで組合事務所、掲示板を貸与してしかるべきではないか」などと追及しても、原告は、前記回答書の内容を出る発言はなく、回答書にあるような一般論を述べるにとどまった。 
 また、原告は、この団体交渉のなかで、九月末が決算期なので今日妥結しなければ昇給、特別賞与は零であるなどと強行姿勢を示したが、組合は、この日が始めての団体交渉ということもあって原告の説明に追いまくられたが、翌日もう一度話し合うということでその日は終わった(右事実は当事者間に争いがない。)。 
 (7) 翌一三日、組合と原告各二名による話し合いが持たれたが、原告側が、当時東京都地方労働委員会に係属していた組合員市田の雇止めの問題を原告に一任しなければ特別賞与は零であるとか、基本要求を棚上げにすれば昇給を五・三パーセントに、そうでなければ五・二パーセントにするなどと申し入れた。組合は、右申し入れを一旦は断ったが、その日のうちに原告から、市田問題は一任しなくてもよいが昇給は当初の回答どおり五・一パーセントとし、特別賞与は一・五か月分支給する旨の連絡があったため、組合は、やむをえず妥結することを決定した(一三日に話し合いが持たれたことは当事者間に争いがない。)。この結果、原告と組合は、同日、前記九月一二日付けの「回答及び申入書」に「本回答及び申入書のうち第一項については継続審議するものとし、その他は当事者双方すべて合意した。」と添え書きしたうえ(右の第一項とは、前記五月一〇日付けの基本要求に関するものである。)、署名、押印した(以下「九・一三協定」という。右事実は当事者間に争いがない。)。 
 (8) 支部は、基本要求について継続審議となっていたため、同年一〇月二日、同要求及び時間外、休日労働の協定化を議題とする団体交渉を同月九日又は一一日に行いたいと申し入れた。これに対し、原告は、組合の希望する日は業務の都合で開催できないので同月一八日にしたいと提案し(以後組合の団体交渉期日申し入れに対し、原告が別期日を申し入れることがほとんどであった。)、同日団体交渉が行われた。この団体交渉において、支部は、社内に労働組合が結成された以上、組合事務所、掲示板などの貸与は行ってしかるべきであると要求し、また労使関係一般におけるこの種の問題に関する慣習などにも触れた。(以上の各事実は概ね当事者間に争いがない。)原告は、これに対し、前記の「回答及び申入書」と同様全金にやってもらえばいい、組合の自主性を尊重するから便宜供与はしない、旨の発言に終始し、この日の議題は進展を見ることなく終わった。 
 以後、支部と原告との間では、五九年年末一時金、六〇年春闘、同年夏季一時金交渉等が行われたが、前記九・一三協定により継続審議とされた事項は組合が上記交渉に精力を注いだこともあって、交渉議題には上がらなかった。(右各交渉等が行われたが、継続審議事項が議題に上がらなかったことは当事者間に争いがない。) 
   (三) 六〇年春闘に関する団体交渉 
 (1) 組合は、昭和六〇年三月一一日六〇年春闘要求書を原告に提出し、組合提案の別表にしたがった賃金の是正、平均一一・二パーセントの賃上げ、諸手当(住宅手当の新設、家族手当の増額、勤続手当の新設)を要求事項としてあげ、また、回答日を同月二五日と指定した(右事実は当事者間に争いがない。)。 
 (2) 原告は、同年四月一五日、組合に対し、次の内容の回答書を手交した。 
 原告は組合の三月一一日付け要求書に対し慎重に検討した結果、事務折衝でも伝えたとおり誠意をもって次のとおり回答する。 
  1 昭和六〇年度昇給は次のとおりとする。 
   (1) 従業員一人当たり平均五・〇パーセント相当を昇給する。配分は次のとおりとする。 
 (イ) 基本給+職能給の平均三・八パーセント 
 (ロ) 家族手当増額 
 配偶者三〇〇〇円を六〇〇〇円に増額、その他の扶養者二〇〇〇円を三〇〇〇円に増額 
 (一人当たり基本給+職能給の平均〇・七七パーセントに相当) 
 (ハ) 是正分(一人当たり基本給+職能給の平均〇・四三パーセントに相当) 
   (2) 支給対象、考課、その他等については従来どおりとする。 
   (3) 昇給の実施時期については四月度よりとする。 
  2 その他の要求事項については現行どおりとする。 
 (以上の事実は当事者間に争いがない。) 
   (3) 前記回答を受けて、支部と原告は、同年四月一九日及び同月二四日に団体交渉を行ったが、原告は、昇給、手当、是正と組合の要求に則って解答した、昨年九月の昇給後を基準にすれば、それにプラス一万五〇〇〇円であり、まさに大盤振舞だ、住宅手当、勤続手当を支給する考えは全くない、と発言した。この間組合は時限ストを実施したが原告から譲歩を得られず、結局右の回答書どおりで妥結する旨原告に通告した。(以上の各事実は当事者間に争いがない。) 
 そこで、原告は、同年五月一六日、前記四月一五日の回答書の前文を削除しただけの協定書を用意し、組合と調印することとしたが、組合は、協定書と前記の回答書とを照らし合わせ、回答書本文と全く同一であることを確認したうえ、格別の質疑もせず、短時間で協定書の調印をした(以下、この協定を「五・一六協定」という。組合が協定書と回答書が同一であることを確認したとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。)。 
 なお、前記二回にわたる団体交渉及び調印時には、基本要求事項に関しては全く話題とならず、組合も、基本要求事項を要求してはいなかった。また、前記回答書及び協定書の「その他要求事項」をめぐるやりとりもなかった。 
   (四) 本件団体交渉拒否の経過 
 (1) 支部は、六〇年春闘、夏季一時金交渉が一段落したこともあって、昭和六〇年九月一八日、原告に「職場環境の改善及び基本的な権利、生命と健康を守るため」と題する一七項目にわたる秋闘要求を提出した。右要求項目には、前記継続審議となった事項の一部である組合事務所、掲示板等の貸与などが含まれていた。(右各事実は当事者間に争いがない。) 
 原告は、同月三〇日、右要求事項につき現在慎重に検討中であるからしばらくの期間を要する旨回答し、一か月後の同年一〇月二九日、慎重に検討した結果要求事項中には既に協定ずみの事項があるので一旦要求書を撤回のうえ要求事項を整理して改めて要求書を提出するよう申し入れた(右事実は概ね当事者間に争いがない。)。組合は、この申入書に対し、協定ずみ事項が何を指すのか不明のため原告に説明を求めたところ、原告の大久保広司人事課長は、九・一三協定書を示し、継続審議事項として協定している旨説明し、組合の団体交渉の申し入れに対し、要求書の書き直しを再度求めた。 
 しかし、六〇年冬季一時金、次いで六一年春闘交渉に入り、組合はこれらの交渉に専念したため、右秋闘要求は先送りとなった。 
 (2) 六一年春闘が一段落した昭和六一年六月一七日、支部は、先に原告から継続審議事項の一部を含む六〇年秋闘要求について再整理を求のられていたままになっていたため、継続審議とされた基本要求事項のうち急務のものとして、組合事務所、掲示板の設置、貸与、組合役員の配置転換についての組合同意、チェック・オフ制の実施、組合活動のための電話、会議室利用についての便宜供与を取り上げ、これらを議題とする団体交渉を申し入れた(団体交渉申し入れの動機を除き当事者間に争いがない。)。しかし、原告が同月二三日、「今人がいないので二四日の団交は受けられない」旨電話で連絡してきたため、支部は、同月二六日、原告の都合のよい団体交渉開催日時を早急に連絡するよう文書で申し入れたが、原告は、同年七月一日になって、六月一七日付け申し入れの件は五・一六協定をもって解決ずみであると回答した(原告が「今人がいないので二四日の団交は受けられない」と連絡した点を除き当事者間に争いがない。)。 
 (3) また、原告は、同日人事異動を発令したが、この対象者の中に、本社勤務の組合員二名(うち一名は執行委員)と大阪営業所勤務の組合員二名の交換配転が含まれていた。支部は、同日付け申入書をもって、原告に対し、右人事異動が組合との事前協議なしに原告が一方的に決定したことを非常に遺憾である旨述べ、即刻団体交渉を行うよう申し入れた。しかし、原告は、同日付けで、支部の申し入れが人事異動に当たって事前協議を求められたものと理解する、組合役員の異動については、五・一六協定で現行どおりとすることで解決ずみであり、また、人事についての協議約款や同意約款もないので、今回の人事異動について事前協議する考えは全くないと回答した。(以上の各事実は当事者間に争いがない。)なお、右申入書には、今回の人事異動に関しては、組合との協議が終了するまでは、これを保留することを要求する旨の記載がある。 
 (4) 支部は、原告が団体交渉を拒否したため、同月七日、基本要求と人事異動に関する団交拒否について別々に反論を加えて原告に対し再度団体交渉を即刻行うよう申し入れた。右反論は、基本要求については、五・一六協定は六〇年春闘要求についての協定書であり、他の要求に対しては適用されるべきものではなく、仮に協定ずみであるとしても基本要求については九・一三協定で継続審議という申し合わせであって、原告には団体交渉を拒否する根拠はないと主張し、原告がいう解決ずみとは何を指すのか具体的に回答するよう釈明を求め、また、人事異動については、五・一六協定に関し右と同様の主張をしたうえ、発令後に団体交渉を申し入れているのであるから事前協議を求められたとする原告の解釈は誤りであり、人事異動に関する協議、同意約款がないことは団体交渉の申し入れを拒否する理由とならない、というものであった。 
 これらの支部の申し入れに対しても原告から回答がなかったため、支部は、同月一〇日再度団体交渉を申し入れた。(以上の各事実は当事者間に争いがない。) 
 (5) 原告は、同月一四日、基本要求については解決ずみであり、また、今回の人事異動にともない支部所属の従業員の労働条件に変更があるのであれば、具体的な申し入れを待って交渉の対象事項についてのみ交渉するにやぶさかでない旨回答した。そこで支部は、同月二四日、人事異動に関し、ア組合と事前に協議し、本人の同意を得ること、イ執行委員の異動に関しては、組合の同意を得ること、ウ人事異動の規約を明文化すること、エ今回の人事異動殊に単身赴任をせざるをえない者についての異動の必要性を具体的に説明すること、オ営業所から東京へ転勤になった者に物価に見合った「都市手当」を支給すること、カ単身赴任手当が五万五〇〇〇円となっているが七万円支給されていたのではないか、キ今回の営業所間の異動期間を明らかにすること、ク転勤先から戻った者のうち借家をする者に対する頭金を補助すること、などを求めた具体的申し入れをした(以下「七・二四申し入れ」という。)。しかし、原告は、同年八月一一日、支部の右申し入れはその申し入れ事項がいずれも前記七月一四日付け回答の第2項(労働条件変更の具体的申し入れ)に該当しないと回答し、以後その姿勢を変えなかった。 
 そのため、組合は、昭和六一年九月八日、基本要求及び七・二四申し入れの前記アないしキを議題とする団体交渉の応諾を求める不当労働行為救済申立てを被告に行った(以下「本件救済申立て」という。)。(以上のうち、本件救済申立ての日を除き当事者間に争いがない。) 
   (五) 右申立て後の団体交渉 
 (1) 本件救済申立てについての第二回調査が同年一二月八日行われ、その席で次回調査(昭和六二年二月九日予定)後審問(同年三月四日予定)に入る予定となったが、原告は同年一月二〇日に至り支部に、解決ずみの事項については、本来、原告には、団体交渉を行う法的義務はないが、今回に限りこれによらずに、本件救済申立て事件を議題とする団体交渉を一月二七日に行いたいと申し入れた。 
 支部は、同月二二日、原告に対し、原告が都労働委員会での決着も辞さないと主張しておきながら右申し入れに至った真意が理解できないので慎重に調査して回答したい、回答は原告指定の日時には間に合わないので、改めて日時を知らせる旨の回答書を渡した。(以上の各事実は当事者間に争いがない。) 
 (2) 原告は、本件救済申立て事件の第三回調査(同年二月九日)において、支部の一月二二日付け回答は団体交渉を放棄するものであり、救済目的が消滅しているので審問によることなく却下あるいは取り下げの指導をされたい旨の上申書を提出した。 
 被告が右上申書提出の趣旨を質したところ、原告は、本件救済申立てに関する原告の主張はともかくとして、同申立て書記載の団交事項(基本要求及び七・二四申し入れに関するもの)を議題とする団体交渉を行う旨述べ、組合もこれを了承した。(以上の各事実は当事者間に争いがない。) 
 (3) このようにして、団体交渉が同年二月一九日午前九時三〇分から午後零時すぎまで行われた。冒頭、原告は、ア基本要求については昭和五九年九月一二日付け回答及び申入書をもってした回答を変更する考えはなく、現行どおりであり、しかも五・一六協定第2項により解決ずみであること、イ人事異動については、配置転換は業務の必要性から行うものであり、その必要性については配転該当者に直接説明ずみであり、その他については現行どおりであること、を骨子とする昭和六二年二月一九日付け回答書を手交し、これを読み上げた。(以上の事実は当事者間に争いがない。) 
 次いで、組合の質問に入り、遠山勝美執行委員長が冒頭の挨拶の中で「都労委に上程された問題」と述べたところ、中村部長が「上程とは何だ。何を言っているのかわからん。どういう意味だ。」と発言した。次に、組合は、前記回答書のイの人事異動及び配転基準の事項から入りたいと主張したが、原告は、「なぜアからやらないのか、緊急であると要求した以上アからやれ」と述べ、この順序をめぐって約三〇分の押し問答が続いた末、結局回答書どおりの順序で行われた。(以上のうち約三〇分との点を除き当事者間に争いがない。) 
 主題に入るにあたり、原告側交渉委員の中村部長が、団体交渉を申し込んだので、これで都労委の件は解決ずみである旨の発言をし、主題に入ってからも同趣旨の発言をした。 
  ア まず、基本要求事項について、組合は、支部が企業内組合であり、全金では約九割の組合が組合事務所の貸与を受けているなどから、支部に組合事務所や掲示板を貸与するのが当然である旨の意見を述べたが、原告は、全国的な傾向としては組合事務所の貸与は減少傾向にあり、便宜供与をする考えはないとの見解を譲らなかった。 
  イ 次に、配置転換の業務上の必要性についての質疑、応答がなされたが、組合が具体的な説明を求めても、原告は、会社の活性化を図るためであり、各人の必要性はそれぞれに説明してあり、プライベートなこともあり団交の場では言えないとか、従業員は将棋の駒であり、自由に動かせないと会社は困るなどと言うのみであり、それ以上に具体的な説明をしなかった。 
 ちなみに、原告は、異動対象者の組合員に対し、配置転換の必要性について具体的な説明をしていない。 
  ウ 都市手当について、組合は、東京、大阪の住居費、物価が地方に比して高いので支給するよう求めたが、原告は、現行どおりと答えつつ、最初から東京にいる者はどうなのか、この要求はおかしいのではないかなどと述べた(右事実は当事者間に争いがない。)。 
  エ 単身赴任手当について、組合が、今回の異動対象者であり、大阪から東京へ単身で赴任する組合員の単身赴任手当が五万五〇〇〇円に下げられたことを質問したところ、原告は、単身赴任手当というものは支給していない、そういう制度も名称のものもないとの答えに終始した。そこで、組合は、具体的にある組合員の名前を挙げて単身赴任手当が支給されていると追及したが、中村部長は、比喩として「ここに組合によっては灰皿というものがある。要するに吸殻の入っている容物があるんだ。われわれはこれを灰皿とは言わない。だからその中の吸殻もないんだ。」と述べて、単身赴任手当は支給しないと繰り返した。(右各事実は当事者間に争いがない。) 
 この応酬の中で、原告が根拠を示すよう求めたので、組合が次回にこれを提出することで終わった。 
  オ 今回の配置転換の期間について、組合が質問したところ、中村部長が現行どおりと答えたため、組合が更に転勤を命ぜられた場合いつ戻れるかというのは、当人にとっては一番重要なことである、なぜ言えないのか、と追及した(右事実は当事者間に争いがない。)。これに対し、原告は、期間の定めはなく、いつ戻れるかは言えない、戻す必要があるときは戻す、という見解であった。 
  カ 組合の配置転換に関する基本的基準の定立の求めに対し、中村部長は、迅速性が要求され、また、人事権は会社にあるので、組合と事前協議したり、組合、本人の同意を得るという約款を締結する意思はないと、回答書どおりの発言をした(原告が回答書どおりの発言をしたことは当事者間に争いがない。)。そこで、組合が組合役員の配置転換については組合の同意が当然必要であって原告はその同意を得るべきであると主張したが、原告は、組合三役については事前に通知するという従前の回答を繰り返した(右事実は当事者間に争いがない。)。 
  キ 最後に、組合が人事異動の規約の明文化を求めたところ、中村部長が、「人事異動の規約」という言葉の意味がわからないと述べつつ、人事異動は会社の権利である、組合から何も言われる筋合いではない旨答えた。そこで、組合が、人事異動は従業員の労働条件の変更であり、当然事前協議事項であると反論したが、同部長は右発言を繰り返すのみであった。(以上の事実は当事者間に争いがない。) 
 以上のようなやりとりで推移したため、組合は、事前に用意していた「人事異動の規約(案)」(これには人事異動の事前協議、同意約款などとともに、転勤規定として、転勤休暇日数、転勤手当額、住宅手当額、借家に伴う費用の会社負担、引越費用の会社負担、単身赴任手当額等が記載されていた。)を原告に示す機会を失い、最後に同案を原告に手交して、団体交渉を終了した。 
 (4) 組合は、前項の団体交渉が何ら見るべき内容がないものであったため、同月二四日に再び団体交渉を行うよう申し入れた。しかし、原告がその日は都合が悪いとのことで、結局同月二六日に団体交渉が行われ、同日午前九時三〇分から同一一時すぎまで行われた。(団体交渉の申し入れ及び団体交渉が右のとおり行われたことは当事者間に争いがない。) 
 この団体交渉においては、前回の経緯もあり、単身赴任手当問題から入り、組合は、前回の団体交渉で指摘した組合員の給与明細書を示し、単身赴任手当が出ていると追及したところ、中村部長が単身赴任手当ではないなどと答えたため、組合が本人がこれは単身赴任手当であると言っている、明細書に記載してあるものは何かと追及したが、同部長は、そんなことはない、そんなことは言えないなどと言うのみであった。結局すれ違いの議論に終わり、原告が本件訴訟で主張しているような別居手当であるとの説明も全くなされなかった。(中村部長の発言を除き当事者間に争いがない。) 
 また、基本要求事項における便宜供与についても議論となり、組合は、全金でも組合と会社がうまくいっているところでは、こういう組合事務所、掲示板その他を会社は組合に貸与していると説明し、通達も示して便宜供与を求めたが、中村部長は、右通達は組合が弱かった昭和二〇年代、三〇年代のときに、政府が組合を育てるためにしたものであり、また、便宜供与が不当労働行為にならないという趣旨のものである、と反論し、全金は古い、カール・ツアイスの組合は全金の組合だから組合の自主性を尊重する、全金から然るべくそういう問題はやってもらえ、会社はやる気はないなどの発言をするのみで、設置スペース、会議室の利用状況などの具体的な内容に及ぶ議論に入る余地のないまま終わった(基本要求事項における便宜供与について議論となったこと、中村部長が全金は古い、組合の自主性を尊重する、全金からやってもらえなどと発言し、具体的内容に及ぶ議論に入る余地のないまま終わったことは当事者間に争いがない。)。 
 以上のように、この日の団体交渉も具体的内容に踏み込んでの議論にならなかったため、組合は、都市手当問題、配置転換に関する基準等に議論を及ぼすことなく、この日の団体交渉を終了させた。 
 (5) そして、組合は、原告の対応からして労働委員会の結論を待って進展を図る以外に原告の対応を変えることは不可能とみて、被告の判定を求める態度をとった。そして、組合は、同年五月二八日、本件救済申立ての請求する救済の内容に誠意をもって団体交渉に応じなければならないことを追加、変更した。 
 三 以上認定の事実をもとに、本件命令の適法性について検討する。 
  1 請求原因2の(一)(主文の誤りとの主張)について 
   (一) 救済命令の内容は、その主文において明らかにされるのが望ましいが、理由をも併せて救済命令全部をみてその内容を理解することが許されないと解すべきではない。これに反する原告の主張は採用することができない。 
   (二) 前記認定したところによれば、本件命令は、主文第1項において、組合から改めて「下記の事項を議題とする団体交渉の申し入れがなされた場合は、昭和六〇年五月一六日付協定書をもって解決ずみであるとして団体交渉を拒否してはならず、誠実に団体交渉に応じなければならない。」と命じている(下記の事項とは、(1)昭和六〇年六月一七日付け申し入れにかかる基本要求事項、(2)昭和六一年七月一日付け人事異動中組合員の人事異動に関する事項及び(3)配置転換の基準の定立に関する事項のことである。)が、本件命令の理由とりわけ第2及び第3をみれば、その趣旨が、右基本要求事項については右協定書をもって解決ずみであるとして団体交渉を拒否したこと及び各事項について昭和六二年二月一九日、同月二六日の団体交渉での誠実さを欠いた対応をしたことを不当労働行為であると認定したうえで、原告に右基本要求事項については右のような理由で団体交渉を拒否してはならず、また、各事項について誠実に団体交渉に応じなければならないことを命じていることが明らかであるから、右理由中の判断をも併せて本件命令全部をみれば、主文第1項を右のように基本要求事項については協定ずみであるとして団体交渉を拒否することを禁じ、また、各事項について誠実に団体交渉に応じるよう命じているものと理解することができる。 
 したがって、本件命令は、右の基本要求以外の事項について原告が五・一六協定により解決ずみであるとして団体交渉を拒否してはいないのに、右のような理由で団体交渉を拒否してはならないと命じているのではないから、原告の主張するような違法はない。 
  2 同2の(二)(主文と理由の齟齬との主張)について 
 前判示のとおり、本件命令の主文第1項は、七・二四申し入れ事項(右1(二)の基本要求事項以外の事項)についてまで五・一六協定により解決ずみであるとして団体交渉を拒否してはならないと命じているのではないから、原告の主張はその前提を欠き、理由がない。 
  3 同2の(三)(五・一六協定により解決ずみであるとの主張)について 
   (一) 五・一六協定は、組合の昭和六〇年春闘要求に対する原告の回答、団体交渉を経たのちに締結されたものであるが、組合は、右春闘要求に基本要求事項に関する要求を掲げておらず、原告の右回答の後行われた二回の団体交渉においても、組合はもちろん原告も基本要求事項について全く話題にしなかった。 
   (二) 組合は、同年の春闘要求書に賃金の是正、賃上げ及び諸手当の新設、増額を要求事項として掲げたが、原告は、その前文に明記してあるように同年四月一五日付け回答書をもって組合の右春闘要求に対する回答としたのである。したがって、右回答書による回答事項は、右春闘要求書に記載された事項に限られていると認められるところ、右春闘要求書と右回答書とを照らし合わせてみれば、右回答書第2項の「その他要求事項については現行どおり」とするとは、右春闘要求書における要求のうち回答書の第1項で回答されていない事項(諸手当のうち住宅手当と勤続手当)であることは明らかである。 
   (三) 右団体交渉の後、組合が原告の回答を受諾する旨の通知をしたことから、原告が前記回答書の前文を削除したのみの協定書を用意し、組合がそれと回答書とを照らし合わせて同一であることを確認したうえ、双方が格別の質問や説明もしないで協定書に調印したものである。そうすると、右協定書は、前記回答書の前文が削除されているとはいえ、右回答書と同一内容のものとして調印されたものと認められる。したがって、五・一六協定書の第2項は、右回答書と同じく、右春闘要求のうち協定書第1項で回答されていない住宅手当と勤務手当に関する規定であると認めるのが相当である。 
 なお、原告は、住宅手当、勤続手当については、右協定書第1項の支給対象、考課、その他等については従来どおりとするとの規定に含まれていると主張し、証人中村晃も同旨の供述をするが、その文面からいって、第1項は昭和六〇年度昇給を実施するについての規定であるから、支給しないこととする右各手当についてまで規定したものと解することはできず、したがって右主張及び供述は採用することができない。 
   (四) 原告が組合の基本要求事項が右協定により解決ずみであると主張するようになったのは、昭和六一年七月になってからであり、昭和六〇年一〇月には、原告の大久保人事課長が組合に対し、同月二九日付けの原告の申入書(組合の後記(五)の秋闘要求に対するもの)にある協定ずみ事項とは九・一三協定により継続審議事項になっていることを指すと説明している。 
   (五) 九・一三協定締結後基本要求事項が取り上げられたのは、昭和五九年一〇月一八日に行われた団体交渉においてであるが、この団体交渉では何の進展もなく終わり、継続審議とする従前の合意を改めたことはない。そして、組合は、昭和六〇年九月一八日の秋闘要求において基本要求の一部を掲げたが、結局、基本要求に関する交渉は行われることなく、昭和六一年六月の組合の申し入れに至っている。 
   (六) 以上によれば、五・一六協定の第2項に組合の六〇年春闘要求以外の要求項目が含まれていると認めることは到底できないのであって、基本要求が右協定によって解決ずみであるということはできない。証人中村晃は、原告としては右協定の第2項に基本要求に関するものも含むと考えていた旨供述するが、以上に照らしこれを採用することはできない。したがって、本件命令に原告の主張するような違法はなく、原告の主張は理由がない。 
  4 同2の(四)(被救済利益を欠くとの主張)について 
 原告は、原告が基本要求について解決ずみであるとの主張をあえて棚上げにして基本要求についての団体交渉に臨んでいるのであって、組合が右要求を打ち切っている点を考え併せれば、本件救済申立ては被救済利益を欠くと主張するが、前記認定のとおり原告は右団体交渉において基本要求に対する回答をしているものの、なお解決ずみであることをも表明しており、また、組合は、要求事項についての団体交渉を一旦打ち切った状態にあるが、これは原告が団体交渉において後記説示のとおり著しく不誠実な対応をしたためであり、組合は求める救済内容に誠実な団体交渉をすることを追加、変更して、その解決を被告に委ねたというものであるから、本件救済申立ての被救済利益がなくなったということはできず、原告の主張は理由がない。 
  5 同2の(五)(便宜供与が当然といわんばかりの判断をしているとの主張)について 
 本件命令は、原告の本件救済申立て後の二回の団体交渉での対応が、支部の会社従業員で組織する労働組合としての側面を踏まえたうえで、これに対し便宜供与すべきか否かをも含めた応答を一切していないとしているのであって、原告が必ず組合の要求に応じなければならないと判断しているのではないことは、別紙の本件命令文の説示から明らかである。したがって、これの反する原告の主張は採用することができない。 
  6 同2の(六)(誠実な団体交渉をしたとの主張)について 
   (一) 労働組合法七条二号は、使用者が団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止しているが、使用者が労働者の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったとは認められないような場合も、右規定により団体交渉の拒否として不当労働行為となると解するのが相当である。このように、使用者には、誠実に団体交渉にあたる義務があり、したがって、使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるものと解すべきである。 
 以下、右のような見地から本件について検討する。 
   (二) 原告の本件救済申立てまでの対応についてみるに、原告は、基本要求事項について、当初組合の自主性を尊重し、便宜供与は一切しない、組合三役の配置転換については事前に通知するとの回答をし、団体交渉を経て、九・一三協定により継続審議とすることの合意がなされた後に、組合から基本要求事項に関する要求がなされたのに対し、右と同様の回答をし、更に、五・一六協定締結後は、協定ずみであるとか、前記認定のとおり五・一六協定を基本要求事項についても協定したものとは到底解することができないにもかかわらず、右協定により解決ずみであるとの態度に終始し、その内容に入った交渉を持とうとせず、また、七・二四申し入れについては、それが労働条件にかかわる具体的要求であるにもかかわらず、これを否定して団体交渉に応じようとしなかったのである。 
   (三) そこで、組合が右団交拒否に対する救済を求めて本件救済申立てをしたところ、右事件の審査の過程で、原告は、団体交渉に応じる意思を表明し、組合に対し団体交渉の開催を申し出て、その結果二回にわたって組合との間で団体交渉を行った。 
   (四) しかるに、原告は、この団体交渉において、基本要求については、冒頭九・一三協定締結前の昭和五九年九月一二日付け回答及び申入書の回答を変更する考えはなく、また、五・一六協定により解決ずみであると表明し、更に、質疑応答において、組合が便宜供与をするところも多く企業内組合である以上便宜供与は当然であると追及しても、全国的には便宜供与をするところは減少している、便宜供与をする考えはないとの見解に終始しており、組合の要求が可能であるかあるいは適切であるかについて真摯に検討しようとしたと認めることはできない。 
 二回目の団体交渉においても、原告は、全金の考えは古いとか、企業外の全金の自主性を尊重するあるいは全金自身で解決すべきであるなどと主張し、具体的な検討をしようとしなかった。 
 このように、原告は、便宜供与については、全金は企業外組合であるから行わないとか便宜供与は組合の自主性を尊重する立場から好ましくないとの一般論を述べるにとどまり、支部が産業別組合の一支部という組織形態をとっているとはいえ、それ自体が原告の従業員で組織する一個の労働組合であるにもかかわらず、支部のこのような側面を踏まえたうえで、これに対し便宜供与を認めるべきか否か、認めるとしてどの程度認めるべきかに関する応答を一切しておらず、そのような内容に立ち入った議論をしようともしなかった。 
 なるほど、使用者の団交応諾義務は、労働組合の要求に対し、これに応じたり譲歩したりする義務まで含むものではないが、前説示のとおり、右要求に応じられないのであれば、その理由を十分説明し納得が得られるよう努力すべきであり、また、使用者は、労働組合に対しその活動のためにする企業の物的施設の利用その他の便宜供与を受忍しなければならない義務を負うものではないが、これらについては義務的団体交渉事項と解するのが相当であるから、労働組合から右のような事項について団体交渉の申し入れがあれば、使用者は、その要求をよく検討し、要求に応じられないのであればその理由を十分説明するなどして納得が得られるよう努力すべきである。原告の団体交渉における前記のような態度は、組合の要求を真摯に受けとめ、これをよく検討したうえ、組合の要求に応じられないことを納得させようとする態度が見られず、誠実性を著しく欠く態度と認められ、不当労働行為であるといわざるをえない。 
   (五)組合員に対する具体的な人事異動の必要性、期間、異動に伴う労働条件の改善、人事異動の手続(組合との協議や同意)等について組合から要求がなされた場合には、使用者は、人事異動の必要性、配転対象者として選択した理由等について十分な説明をし、組合が要求する労働条件の改善が不可能であるなら、その理由を具体的に説明して組合を説得する試みをなし、人事異動に関する事前協議や同意約款の締結要求が過大であるとするなら社会一般あるいは業界などの実例などを踏まえつつその非を問うなどの努力をする必要があるというべきである。 
 しかるに、原告は、七・二四申し入れ事項について、配置転換の必要性につき単に企業の活性化のためであるとか、個人の能力等個人的な理由があり、団体交渉の場では言えないと説明するのみで、その具体的な必要性について説明することをせず(個人の能力等個人的な理由があり、団体交渉の場では言えないと言うだけでは不十分である。)、また、単身赴任手当については、組合から給与明細書を示されて説明を求められても、単身赴任手当との記載がない、単身赴任手当は支給してないと言うのみで、現に支給されている手当が何であるかの説明をしようともしなかった。更に、原告は、組合が人事異動に関する一般的な基準の定立を求めたのに対し、人事異動の規約化の意味がわからないと述べつつ、人事異動は会社の権利である、組合から何も言われる筋合いではないと答えるのみであり、内容に入って検討しようともしなかった。人事に関する事項が労働条件その他の待遇に関する事項であり、義務的団体交渉事項であると解すべきであることをも考えると、会社の権利であるとか組合から何も言われる筋合いでないという原告の対応は、合理性を欠くものといわざるをえない。 
 原告は、都市手当の新設要求に対しては、賃金体系が全社的に同一であるのに、地方から東京への配転対象者のみ優遇することは東京在勤者に対して不平等になる旨反論してはいるが、原告の七・二四申し入れ事項についての右団体交渉での対応は、十分な説明をしなかったり、合理性のある説明をしなかったりなど、誠実さを欠く態度であったというべきである。 
   (六) 以上のとおり、本件救済申立て後の二回の団体交渉での原告の対応は、全体としてみれば、組合の要求等を真摯に検討し、これに応じられないのであればその理由、根拠を十分説明し、組合を説得しようとの態度がなかったといわざるをえず、団体交渉に誠実に応じたものということはできず、労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であると認めるのが相当である。したがって、誠実に団体交渉をし、回答ずみであったり、見解の相違による行きづまりの状態にあるとの原告の主張は理由がなく、本件命令には原告主張の違法はない。 
 三 以上の次第で、本件命令には原告が主張するような違法はなく、本件命令は適法であって、原告の本訴請求は結局理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 
 (裁判官 竹内民生) 


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会社法 事例で考える会社法 事例18 株主様と私


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Ⅰ はじめに

Ⅱ 利益供与にかかる規定の沿革

Ⅲ 会社法120条・970条の趣旨

+(株主等の権利の行使に関する利益の供与)
第百二十条  株式会社は、何人に対しても、株主の権利、当該株式会社に係る適格旧株主(第八百四十七条の二第九項に規定する適格旧株主をいう。)の権利又は当該株式会社の最終完全親会社等(第八百四十七条の三第一項に規定する最終完全親会社等をいう。)の株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。以下この条において同じ。)をしてはならない
2  株式会社が特定の株主に対して無償で財産上の利益の供与をしたときは、当該株式会社は、株主の権利の行使に関し財産上の利益の供与をしたものと推定する。株式会社が特定の株主に対して有償で財産上の利益の供与をした場合において、当該株式会社又はその子会社の受けた利益が当該財産上の利益に比して著しく少ないときも、同様とする。
3  株式会社が第一項の規定に違反して財産上の利益の供与をしたときは、当該利益の供与を受けた者は、これを当該株式会社又はその子会社に返還しなければならない。この場合において、当該利益の供与を受けた者は、当該株式会社又はその子会社に対して当該利益と引換えに給付をしたものがあるときは、その返還を受けることができる。
4  株式会社が第一項の規定に違反して財産上の利益の供与をしたときは、当該利益の供与をすることに関与した取締役(指名委員会等設置会社にあっては、執行役を含む。以下この項において同じ。)として法務省令で定める者は、当該株式会社に対して、連帯して、供与した利益の価額に相当する額を支払う義務を負う。ただし、その者(当該利益の供与をした取締役を除く。)がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、この限りでない。
5  前項の義務は、総株主の同意がなければ、免除することができない。

+(株主等の権利の行使に関する利益供与の罪)
第九百七十条  第九百六十条第一項第三号から第六号までに掲げる者又はその他の株式会社の使用人が、株主の権利、当該株式会社に係る適格旧株主(第八百四十七条の二第九項に規定する適格旧株主をいう。第三項において同じ。)の権利又は当該株式会社の最終完全親会社等(第八百四十七条の三第一項に規定する最終完全親会社等をいう。第三項において同じ。)の株主の権利の行使に関し、当該株式会社又はその子会社の計算において財産上の利益を供与したときは、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する
2  情を知って、前項の利益の供与を受け、又は第三者にこれを供与させた者も、同項と同様とする。
3  株主の権利、株式会社に係る適格旧株主の権利又は株式会社の最終完全親会社等の株主の権利の行使に関し、当該株式会社又はその子会社の計算において第一項の利益を自己又は第三者に供与することを同項に規定する者に要求した者も、同項と同様とする。
4  前二項の罪を犯した者が、その実行について第一項に規定する者に対し威迫の行為をしたときは、五年以下の懲役又は五百万円以下の罰金に処する。
5  前三項の罪を犯した者には、情状により、懲役及び罰金を併科することができる。
6  第一項の罪を犯した者が自首したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。

Ⅳ 設問(1)について
1.民事責任の要件
2.会社の計算において
3.財産上の利益の供与
4.株主の権利の行使に関し
・特定の株主に関して・・・
・株主総会で問題にするという威圧に対する利益供与は本条の対象である。
・権利の不行使に対する対価の交付も・・・
・利益供与と株主の権利行使との間の関連性
主観的認識が会社側にあればよい!

5.会社法423条1項の責任
・責任の範囲
120条4項→供与した利益の返還
423条1項→会社に生じた損害の賠償

6.Aの責任

Ⅴ 設問(2)について
1.Aの責任
・株主の権利の行使
+判例(H18.4.10)蛇の目ミシン工業事件
理由
上告代理人渡辺征二郎ほかの上告受理申立て理由第二の一1及び3並びに同二1及び4について
1 本件は、B株式会社(以下「B社」という。)の株主である上告人が、B社の取締役であった被上告人らに対し、忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任、株主に対する利益供与の禁止規定違反(平成15年法律第134号による改正前の商法266条1項2号。以下、「商法266条1項2号」というときは、同改正前のものをいう。)の責任等があるとして、損害賠償を求める株主代表訴訟である。
2 原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 当事者等
B社は、ミシン、裁縫用品類等の製造及び販売を目的とする株式会社であり、その株式を東京証券取引所第1部に上場している。株式会社C銀行(平成3年4月に株式会社D銀行と合併して株式会社D’銀行となり、平成4年9月に商号を株式会社E銀行に変更した。以下、時期を問わず、「C銀行」という。)は、B社のいわゆるメインバンクである。
F株式会社(以下「F社」という。)は、不動産の売買及び仲介等を目的とした株式会社であり、B社が100%出資していた会社である。株式会社G(以下「G社」という。)は、B社の経営の多角化を図るため、ミシン以外の販売部門を独立させ、昭和63年10月に設立された株式会社であり、H株式会社(以下「H社」という。)は、同様にB社の割賦販売部門を独立させ、平成元年11月に設立された株式会社であり、いずれも、本店をB社本社所在地に置き、B社が19%出資していた会社である。
上告人は、B社の株主である。
被上告人Y1は、平成元年6月にB社の取締役(専務)に就任し、同年11月に代表取締役(副社長)に就任したが、平成3年1月16日に取締役を辞任した。被上告人Y2は、C銀行副頭取を経て、昭和63年6月にB社の代表取締役(社長)に就任し、平成元年11月に代表取締役を辞任して取締役(会長)となったが、平成3年1月31日に取締役を辞任した。被上告人Y3は、C銀行取締役(常務)を経て、昭和61年6月にB社の代表取締役(副社長)に就任し、平成元年11月に社長となったが、平成3年1月31日に取締役を辞任した。被上告人Y4は、昭和43年11月にB社の取締役に就任し、昭和63年6月に専務となり、平成3年1月17日に代表取締役(副社長)に就任し、同月31日に社長となったが、平成5年6月に取締役を退任した。被上告人Y5は、昭和63年6月にB社の取締役に就任し、平成元年6月に常務となり、平成3年6月に専務となり、平成4年6月に代表取締役(副社長)に就任し、平成5年6月に社長となったが、平成9年3月に取締役を退任した。
(2) AとB社との交渉の経緯
ア Aは、昭和45年1月にi社(昭和63年3月に商号を株式会社Iに変更した。以下、時期を問わず、「I社」という。)を、その後、昭和53年12月にj社(昭和63年3月に商号を株式会社Jに変更した。以下、時期を問わず、「J社」という。)を、それぞれ設立して、その代表取締役に就任していた。Aは、株式会社K銀行(以下「K銀行」という。)、Lリース株式会社(以下「Lリース社」という。)等の代表取締役等との人脈を通じての融資や、M株式会社(以下「M社」という。)の資金的援助を背景に、昭和61年以降、I社及びA個人においてB社株を大量に買い付け、昭和62年3月末には、I社が3255万6000株を保有するB社の筆頭株主になり、Aが300万株を保有する13位の大株主になった。
また、Aは、N株式会社(以下「N社」という。)、O株式会社(以下「O社」という。)、M社等の株式も大量に取得していた。I社は、株式取得のための資金として、昭和62年12月までにLリース社及びその関連会社から合計490億円を借り入れていたほか、昭和63年9月末日までに、株式会社Pを中心とするPグループ系列のノンバンクである株式会社pファイナンス(後に、株式会社p’ファイナンスに、更に株式会社Qファイナンスに商号を変更した。以下、時期を問わず、「Qファイナンス社」という。)から、合計966億円を借り入れていた。このQファイナンス社に対する966億円の債務のうち、500億円はB社株1740万株を担保とするものであり、466億円はN社株925万株を担保とするものであった。
イ I社及びAがB社の大株主となったことにより、B社の経営陣は、Aへの対処を検討しなければならない事態となった。Aは、いわゆる仕手筋として知られており、暴力団との関係も取りざたされている人物であったから、B社においては、そのAの影響力の存在自体が会社の社会的信用を損なうものであり、できるだけ早期にかつ安値でI社又はAが保有するB社株をB社、C銀行側で引き取って、Aの影響力を排除することが望ましい解決であると考えられていた。Aとの交渉は、C銀行出身の被上告人Y2及び同Y3が当たることになった。
ウ Aは、多数の株式の保有を背景にしてB社の役員への就任を要求し、昭和62年6月開催の株主総会において、B社の取締役に選任された。
エ Aは、昭和63年10月ころ以降、被上告人Y2及び同Y3に対し、I社が保有するB社株の高値での買取りを要求し、また、同年11月下旬ころには、同Y3に対し、B社株を担保にC銀行から融資を受けたいので取り次いでほしいと申し入れた。C銀行側は、これを受けて、同年12月23日、C銀行系列のノンバンクであるRファイナンス株式会社(以下「Rファイナンス社」という。)が、I社に対し、B社株1000万株を担保に250億円を融資した。
オ Aは、平成元年6月ころ、B社に対し、B社、C銀行、Lリース社等の出資を受けて新会社を設立するよう働きかけた。Aの構想は、その新会社に、I社及びAが保有するB社株やN社株を保有させ、I社がQファイナンス社から借り入れている966億円を肩代わりさせた上、新会社にB社が所有する不動産を開発させるというものであった。被上告人Y2及び同Y3は、Lリース社、C銀行等が加わるのであれば、Aがほしいままに新会社を支配することはないと考え、I社が保有するB社株をできるだけ早く引き取るためには、Aの要請に応じた方が良いと考えるようになった。これに対し、C銀行は、上記新会社構想は、実質的にはB社の損失においてAがB社株を高値で売り抜ける事態を実現させるもので、Aを利するだけであると判断し、これに強く反対した。
カ 平成元年6月29日開催のB社の株主総会で、Aは再度取締役に選任され、また、被上告人Y1が新たに取締役に選任され、筆頭専務となった。
被上告人Y1は、かつてM社に勤務していたが、昭和61年3月に同社を退職し、株式会社S(以下「S社」という。)の社長として、福島県いわき市内の土地に湧出した温泉を基盤とした高級会員制クラブ「Sクラブ」を発足させようとしていた。被上告人Y1は、S社の資金でB社株を大量に取得し、平成元年4月には、AのB社株の取得にも協力し、I社に対し、貸株としてB社株840万株を提供していたが、上記取締役就任後は、Aと一線を画し、B社の業績向上のため努力したいと考えていた。
キ I社がQファイナンス社から融資を受けた966億円のうち200億円については、弁済期が、2度にわたって延期され、平成元年7月31日となっていた。被上告人Y2及び同Y3は、同月に入ってからも、C銀行と、新会社構想について折衝を繰り返したが、C銀行は、改めて反対し、これを阻止するため、A、被上告人Y2及び同Y3には秘密にしたまま、Qファイナンス社がI社から担保提供を受けているB社株1740万株について、Pグループで買い取ってもらうという構想を立てていた。Aは、同月27日、被上告人Y2及び同Y3に対し、同月末にはPグループの総帥のTがB社株1740万株を買い取るという話がC銀行との間で出ている様子があること、Tに株が渡るとB社は食い物にされるであろうことを述べ、被上告人Y2に対し、Tに会って新会社構想を説明して上記200億円の弁済期の延期を取り付けるよう依頼した。被上告人Y2は、これを受けて、Tの下に赴いたが、200億円の弁済期の延期についても、新会社構想についても説明できないままTの下を辞した。
ク Aは、平成元年7月28日、被上告人Y2に対し、同被上告人がTに新会社で債務の肩代わりをする話をしていなかったとして、自分が恥をかいたなどと言って難詰した上、「Y2に一筆書いてもらうとTに約束してきた。新会社で肩代わりの約束をすると一筆書いてくれ。」と言って念書の作成を要求した。被上告人Y3は、同Y2に対し、念書を書けば悪用されると助言したが、被上告人Y2は、Aから強く迫られ、「貴殿所有のB社株1740万株のファイナンス或は買取につきB社が責任をもって行います」旨記載されたAあての書面(以下「Y2念書」という。)を作成した。その後、Aは、Tと会い、Y2念書を見せ、Pグループによる1740万株の買取りを断念させた。
(3) Aによる300億円の恐喝
ア Aは、平成元年7月29日、被上告人Y2及び同Y3に対し、暴力団関係者へのB社株の売却を示唆した。被上告人Y2は、C銀行に対してAに対する966億円の融資を要請したが、C銀行はこれを断った。被上告人Y2、同Y3及び同Y1は、同月31日、Aに対し、B社株の売却をやめるよう懇請したが、Aは、これを断り、Aが保有するB社株を全部暴力団U会の関連会社に譲渡した旨述べ、さらに、「新株主はB社にも来るし、C銀行の方にも駆け上がっていく。とにかくえらいことになったな。」とも述べた。
イ 被上告人Y3は、同Y1と共に、平成元年8月1日、Aに対し、B社株の売却の話を元に戻すよう懇請した。Aは、被上告人Y3らに対し、その保有するB社株をY2念書付きで暴力団の関連会社に売却済みである旨信じさせ、これを取り消したいのであれば300億円を用立てるよう要求した。被上告人Y3は、B社に暴力団が入ってくれば、更なる金銭の要求がされ、経営の改善が進まず、入社希望者もいなくなり、他企業との提携もままならなくなり、会社が崩壊してしまうと考えたが、他方で、B社から300億円を出金してAに交付すれば経営者としての責任問題になると思い悩んだ。
ウ Aは、平成元年8月4日、被上告人Y3及び同Y1に対し、300億円を用立てる件がまとまらないことを非難し、「大阪からヒットマンが2人来ている。」などと述べて脅迫した。C銀行は、同月5日、被上告人Y3から窮状を訴えられたが、300億円の融資はB社の責任で行うものであり、C銀行は問題が生じても責任を負わない旨を確約させた後、C銀行系列のノンバンクであるVリース株式会社(以下「Vリース社」という。)を紹介し、Vリース社がS社を経由してその融資をすることを了承した。
エ 被上告人Y3は、平成元年8月6日、同Y2の一任を受けた上、上記300億円の融資について、同Y4及び同Y5を含む専務、常務の同意を求めたところ、同Y4を除く者は同意した。同月8日、B社の臨時の取締役会において、Vリース社からG社に対する300億円の融資について、B社が債務保証をし、その本社の土地建物を担保として提供すること、G社からの貸出先をS社とすることが出席取締役全員の賛成により議決された。被上告人Y4は、同会議を欠席したが、最終的には、300億円の融資に同意した。
オ 上記のような経過により、平成元年8月10日、B社が債務を保証し、B社所有の土地建物に抵当権を設定した上で、Vリース社からG社に対し、300億円の貸付けがされ、次いで、G社からS社に対し、いわき市等所在の土地建物を担保として提供させた上で、300億円の貸付けがされた。その上で、同日及び翌11日、S社からI社に対し、300億円が融資された。なお、I社に対する現実の交付額は、2か月分の利息相当分を差し引いた合計296億7406万8494円である。
カ Aには当初から上記融資金を返済する意思がなく、これを取り戻せる具体的な見込みもなかったから、その全額の回収は困難な状況にあった。しかも、この300億円は、B社としては、全く支払う必要のない金員であり、債務保証や担保提供をする必要がなかったことも明らかであって、その融資の実質は、Aに対する巨額の利益供与であった。被上告人らは、これがAに対する巨額の利益供与であって、経営者として本来してはならない性質の行為であることは十分認識していた。
(4) 債務の肩代わり及び担保提供
ア Aは、上記のとおり、300億円を喝取した後も、引き続き、I社のQファイナンス社に対する966億円の債務の肩代わりを迫り、B社及びC銀行は対応に苦慮していた。
(ア) 平成元年9月、C銀行から被上告人Y3に対し、Y2念書で被上告人Y2が約束した1740万株のファイナンスの実行として、B社の系列会社がQファイナンス社から500億円を借り入れて、それをI社に融資し、I社がQファイナンス社に返すことにより処理してはどうかという提案があった。Tは、当初は、966億円全額の肩代わりをしてほしいという意向であったが、後に、B社株1740万株に相当する債務の肩代わりでも相談の余地があるということになった。被上告人Y3は、同Y1、同Y4に相談したところ、同Y1から、同Y2が約束したことであり、1740万株を1株3400円台で評価をして債務の肩代わりをするのであれば良いのではないかという意見が出され、同Y4は異論を唱えなかった。結局、同月29日、Qファイナンス社とG社及びF社の2社との間で各300億円(合計600億円)をQファイナンス社が貸し付ける旨の金銭消費貸借契約が締結され、同時にこれらの貸付金が両社からJ社に貸し付けられ、I社が600億円をQファイナンス社に返済するという形を取って債務の肩代わりがされ、Qファイナンス社が担保として徴求していたB社株1740万株のうち1000万株はG社の債務の、740万株はF社の債務の担保としてQファイナンス社に差し入れられた。その後、平成2年3月23日、上記肩代わりの債務者をG社に一本化することとされ、G社がQファイナンス社から600億円を借り受け、同時にJ社がG社から600億円を借り受けたこととされた。これにより、I社のQファイナンス社に対する966億円の債務のうち600億円の債務につき、G社が肩代わりすることとなった。
(イ) Aは、平成2年4月、B社株3000万株を1株4200円でB社側が買い取るよう要求した。被上告人Y3、同Y1らは、Aとの間の問題を解決する良い機会であると考え、S社、B社の関連会社及びC銀行の関連会社が各1000万株を引き取るという方向で、C銀行に検討を求めたが、C銀行は、上記価格で買い取ることはできないと判断した。Aは、同月20日、被上告人Y3に、K銀行にB社株を1株5800円で売却することを検討しているが、その場合にはKグループから役員が送り込まれることになろうなどと述べ、B社がK銀行の管理下に入ることをにおわせた。Aは、同月26日に、KグループのことはB社側が困るなら考え直しても良い、株の買取りは今の資金繰りが付くならば1年後で良いと譲歩の提案をしてきた。
被上告人Y1は、Aの提案を受け、平成2年5月中旬、要旨次のような方策(以下「本件方策」という。)を立案し、これを被上告人Y3に伝えた。
〈1〉 A保有のB社株3750万株は、S社が、1年後に1株5000円で買い取る。そのころには「Sクラブ」が開場しており、取引先金融機関の了解を得ることができる。
〈2〉 3750万株のうち1000万株はS社が引き受けるが、その余の2750万株はB社、C銀行の取引先に引き取ってもらう。それまでの金利負担はC銀行、B社側にバックアップしてもらう。
〈3〉 S社とI社は、B社株3750万株の売買予約契約を締結する。
〈4〉 A側に対し、上記買取りまで1875億円(売買代金相当額)を融資する。この融資金から、I社のQファイナンス社関連の966億円の債務、Rファイナンス社に対する250億円の債務、Lリース社に対する440億円の債務等を返済するなどして処理する。
〈5〉 上記(3)のとおりA側に交付された300億円については、B社株の代金以外で回収を図る。
被上告人Y3は、B社の主要な役員に対し、本件方策を相談したところ、全員が賛成した。C銀行は、本件方策について、1株5000円という価格には賛成しかねるが、B社の判断でやらざるを得ないということであれば、資金面については対応するとの考えを示した。その後、関係者間では、上記〈4〉の融資は、H社等のB社の関連会社が債務の肩代わりをすることによって行うこととされた。
(ウ) 本件方策に従い、H社は、平成2年5月24日、Qファイナンス社から、B社株500万株(I社が保有するもの)を担保として366億円を借り受け、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Qファイナンス社に対する366億円の債務を返済した。これによってI社のQファイナンス社に対する966億円の債務の残額366億円の債務につき、H社が肩代わりすることとなった。
また、同日、I社とS社の間で、I社が保有するB社株3450万株を代金1725億円で同年12月31日にS社が買い受けるとの売買予約契約が締結された。
(エ) F社は、平成2年6月14日、その保有するC銀行株40万株及びI社が保有するB社株500万株を担保として提供するほか、F社所有の不動産に根抵当権を設定して、Rファイナンス社から、250億円を借り受け、同日、H社に対し、同額を貸し付けた。更に、H社は、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Rファイナンス社に対する250億円の債務を返済した。これによってI社のRファイナンス社に対する250億円の債務につき、F社及びH社が肩代わりすることとなった。
(オ) G社は、平成2年6月14日、B社株300万株(A個人が保有するもの)を担保として提供して、Lリース社の関連会社であるWファイナンス株式会社(以下「Wファイナンス社」という。)から、390億円を借り受け、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Lリース社に対する440億円の債務のうち390億円を返済した。その後、B社は、G社の上記債務について、担保不足を補うため、B社が所有する小金井第2工場の敷地に根抵当権を設定した。これによってI社のLリース社に対する440億円の債務の一部につき、G社が肩代わりすることとなった。
イ B社としては、I社のQファイナンス社、Rファイナンス社及びLリース社に対する各債務について、その肩代わりに協力する必要は本来なかった。しかも、B社株3750万株を1株5000円と評価し、この売買代金相当額を融資することについても、この評価は、株価操作も加わるなどして異常な高値となったものであった。上記肩代わりは、結局は、B社株を高値で売り抜けたいというAの思惑に合致するものであり、B社にとって利益になることではなかったことも明らかである。また、例えば、Rファイナンス社の債務の肩代わりについてみると、F社のRファイナンス社に対する担保に比較して、J社の提供する担保は、B社株500万株のみであり、甚だ不均衡であった。S社、I社、J社が破綻すれば、これらの融資の返済は極めて困難な状況になることが明らかであった。その上、これらの会社は、肩代わりした債務の返済を行う能力を有しておらず、また、B社の関連会社が支払不能になれば、B社が最終的にこれを引き受けざるを得ないという前提があり、本件方策は、B社にとっては、巨額の損失を被る可能性の高いものであった。
(5) その後の経過
ア Aは、平成2年7月19日、O社株の株価操作の容疑で逮捕され、同年9月19日、B社の取締役を辞任した。Aの逮捕により、I社及びJ社が破綻し、J社からG社、H社等に対する入金も停止した。その後、S社が仕手筋にかかわっていることが報道されるなどしたため、S社の信用も失墜し、平成3年1月16日、S社は和議を申し立て、S社によるB社株の買取り構想も実現不可能となった。F社、G社及びH社も破綻するに至った。
イ G社、B社及びVリース社は、平成3年12月27日、Aに喝取された300億円の処理として、B社がG社のVリース社に対する300億円の債務を引き受けることを合意した。
ウ Qファイナンス社とB社、G社及びH社とは、平成4年1月16日、B社が、G社のQファイナンス社に対する600億円の債務のうち267億円及びH社のQファイナンス社に対する366億円の債務のうち163億円をそれぞれ保証し履行することなどを内容とする和解を成立させた。B社は、Qファイナンス社に対し、上記和解に従って、合計430億円を支払い、その後、Qファイナンス社から返還を受けたB社株1740万株を90億円で売却して同額を回収したがその余の340億円は回収不能となった。
エ F社は、平成9年3月、Rファイナンス社に対して担保として提供した不動産をC銀行の関連会社に合計100億円で売却し、同様に担保として提供したC銀行株40万株を5億円で売却し、Rファイナンス社に対する債務に充当した。
オ B社は、平成3年12月13日、G社のWファイナンス社に対する390億円の債務の担保であった小金井第2工場の敷地を約194億円で売却し、その売却代金によって上記債務の一部を弁済した。

3 上告人は、〈1〉Aによる恐喝被害に係る金員の交付(前項(3))、〈2〉Qファイナンス社に対する966億円の債務の肩代わり(同(4)ア(ア)、(ウ))、〈3〉Rファイナンス社に対するF社の所有物件等の担保提供(同(4)ア(エ))及び〈4〉Wファイナンス社に対する小金井第2工場の敷地の担保提供(同(4)ア(オ))の各行為によって、B社は合計939億円の損害を受けたと主張して、これに取締役として関与した被上告人らに対し、(1) 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任、(2) 株主に対する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任等があるとして、損害賠償を求めた。 

4 原審は、上記の事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1) Aによる恐喝被害に係る金員の交付について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について被上告人Y2については、念書を書いた時点において判断に明らかに誤りがあった。被上告人Y3についても、その後のAの脅迫に対し、B社株が暴力団関係者に売られるのではないかという恐怖心にかられ、株式の取戻しをAに打診したために、300億円の要求を招き、被上告人Y1も含めてその提供に応じた点において、Aとの対応及び判断に誤りがあった。また、いかに脅迫されているとはいえ、B社にとって、外部に対し全く理由が立たず、かつ返済の当てのない300億円を融資の形で利益供与することは、会社としてはできないことであって、これを認めた他の取締役も、本来的には責任を免れない。被上告人らには、取締役として、上記利益供与を行ったことについて、外形的には、忠実義務違反、善管注意義務違反があったということができる。
しかし、前記事実関係に照らし、被上告人らの故意を認めることはできない。そして、被上告人らの過失の有無について判断すると、まず、念書の作成については、被上告人Y2が心労を重ね、冷静な判断ができない状況の中で、Aにうまく書かされた面があることを否定できず、同被上告人が念書を書いたことをもって直ちに過失があったということはできない。そして、その後の展開については、被上告人Y3及び同Y1としては、同Y2の失態をカバーしたい気持ちもあった上、このまま放置すれば、B社の優良会社としてのイメージは崩れ、多くの企業や金融機関からも相手にされなくなり、会社そのものが崩壊すると考えたことから、そのような会社の損害を防ぐためには、300億円という巨額の供与もやむを得ないとの判断を行い、他の被上告人もこれに同意したものである。前記のごときAのこうかつで暴力的な脅迫行為を前提とした場合、当時の一般的経営者として、被上告人らが上記のように判断したとしても、それは誠にやむを得ないことであった。以上の点を考慮すると、被上告人Y2、同Y3及び同Y1が300億円の供与を決め、その余の被上告人らが同意したことについて、取締役としての職務遂行上の過失があったとはいえず、被上告人らは商法266条1項5号の責任を負わない。
イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
Aに対する300億円の供与は、暴力団の関連会社に売却したB社株を取り戻すためには300億円が必要であるとAから脅迫されたことに基づき、Aの支配するI社に対し、う回融資の形で300億円を融資したものである。B社経営陣の認識としては、暴力団の関連会社に譲渡された株式を、Aの下に取り戻すために利益供与をしたものであり、実際には、300億円を喝取されたものであって、商法294条ノ2(平成12年法律第90号による改正前のもの。以下同じ。)の「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したことに該当しないことが明らかであるから、被上告人らは商法266条1項2号の責任を負わない。
(2) 債務の肩代わり及び担保提供(本件方策)について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
被上告人Y1が発案し、その余の被上告人らを含む主要な役員が了承した本件方策は、B社の経営者としては、本来採るべきものではなく、これに基づいて、B社の関連会社に巨額の債務の肩代わりをさせ、また、B社等としても担保を提供したことは、外形的には、取締役としての忠実義務、善管注意義務に違反するものといわなければならない。
しかし、被上告人らは、既に300億円を喝取されたことから、このままAが大株主としてB社にとどまるならば、更にB社の信用を失墜し、経営に大きな影響を与える事態が起きかねないと考え、早期にAからB社株の返還を受けてこれを安定株主に譲渡する必要があり、また、早期に、喝取された300億円を取り返す必要があると考えて、これが可能な方策がないかと検討していたものである。そして、当時B社株が市場で1株5000円の価格を付けており、「Sクラブ」が開場すればS社がB社株を実際に買い受けて債務を弁済することは十分可能であり、B社や関連会社ではなく、被上告人Y1の経営するS社がB社株を買い受けることになれば、合法的に、しかもB社が損害を受けることなく、Aの問題を解決できるのではないかと判断して、本件方策に従って債務の肩代わりと担保の提供を行ったものである。前記のような喝取事件を経験したB社の取締役としては、以上のような判断をしたことには無理からぬところがあった。したがって、本件方策に基づいて債務の肩代わり及び担保提供を行った被上告人らに過失があるということはできず、被上告人らは、商法266条1項5号の責任を負わない。
イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
B社は、Aから債務の肩代わり及び株式の買取りを要求され、これに応ずる方策として本件方策を採用し、債務の肩代わり及び担保の提供を行ったものであるが、B社が行ったことは関連会社に対する担保の提供にすぎない。商法294条ノ2の「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したことに該当しないことが明らかであるから、被上告人らは商法266条1項2号の責任を負わない。

5 しかしながら、原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) Aによる恐喝被害に係る金員の交付について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
前記事実関係によれば、Aには当初から融資金名下に交付を受けた約300億円を返済する意思がなく、被上告人らにおいてこれを取り戻す当てもなかったのであるから、同融資金全額の回収は困難な状況にあり、しかも、B社としては金員の交付等をする必要がなかったのであって、上記金員の交付を正当化すべき合理的な根拠がなかったことが明らかである。被上告人らは、Aから保有するB社株の譲渡先は暴力団の関連会社であることを示唆されたことから、暴力団関係者がB社の経営等に干渉してくることにより、会社の信用が毀損され、会社そのものが崩壊してしまうことを恐れたというのであるが、証券取引所に上場され、自由に取引されている株式について、暴力団関係者等会社にとって好ましくないと判断される者がこれを取得して株主となることを阻止することはできないのであるから、会社経営者としては、そのような株主から、株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合には、法令に従った適切な対応をすべき義務を有するものというべきである。前記事実関係によれば、本件において、被上告人らは、Aの言動に対して、警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないから、Aの理不尽な要求に従って約300億円という巨額の金員をI社に交付することを提案し又はこれに同意した被上告人らの行為について、やむを得なかったものとして過失を否定することは、できないというべきである。
イ 株主の権利行使に関する利益供与禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
株式の譲渡は株主たる地位の移転であり、それ自体は「株主ノ権利ノ行使」とはいえないから、会社が、株式を譲渡することの対価として何人かに利益を供与しても、当然には商法294条ノ2第1項が禁止する利益供与には当たらないしかしながら、会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行使することを回避する目的で、当該株主から株式を譲り受けるための対価を何人かに供与する行為は、上記規定にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益を供与する行為というべきである。
前記事実関係によれば、B社は、Aが保有していた大量のB社株を暴力団の関連会社に売却したというAの言を信じ、暴力団関係者がB社の大株主としてB社の経営等に干渉する事態となることを恐れ、これを回避する目的で、上記会社から株式の買戻しを受けるため、約300億円というおよそ正当化できない巨額の金員を、う回融資の形式を取ってAに供与したというのであるから、B社のした上記利益の供与は、商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものであるというべきである。

(2) 債務の肩代わり及び担保提供(本件方策)について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
前記事実関係によれば、B社としては、本来、債務の肩代わりに協力する必要はなかった上、B社株を1株5000円とする評価は、株価操作も加わるなどして異常な高値となっていたものであって、将来株式の買取りがされることを前提として、そのような高値による買取り額と見合う額でされた融資による債務の肩代わりは、B社株を高値で売り抜けたいというAの思惑に合致するものであり、B社にとって利益になることではなかったことが明らかである。しかも、更に前記事実関係によれば、S社、I社、J社が破綻すれば、これらの融資の返済は極めて困難な状況になることが明らかであった上、関連会社が支払不能になれば、B社が最終的に関連会社の債務を引き受けざるを得ないものであり、本件方策は、B社にとっては、巨額の損失を被る可能性の高い方策であったというのである。したがって、被上告人らは、Aの理不尽な要求に応ずるべきではなく、少なくとも本件方策のような対応をすることを避けるべき義務があったというべきであり、Aの要求を退けるために前記300億円の喝取の件を含むAの言動について警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できない状況にあったということもできないから、本件方策を提案し又はこれに同意して債務の肩代わり及び担保提供を行った被上告人らの行為について、無理からぬところがあったとして過失を否定することは、できないというべきである。 なお、原審は、Qファイナンス社に対する600億円の債務の肩代わりについても、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供と一体のものとして判断し、過失を否定しているが、上記債務の肩代わりは本件方策の提案より前にされたものであるから、本件方策に基づく債務の肩代わりとは別途に過失の有無が判断されなければならない。
イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
前記事実関係によれば、本件方策においては形式的にはB社の関連会社が融資の主体として関与するものの、B社自体やその100%子会社であるF社も所有物件に担保を設定するなどしている上、関連会社が支払不能になれば、B社が最終的に関連会社の債務を引き受けざるを得ないという前提があったというのであるから、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供の実質は、B社が関連会社等を通じてした巨額の利益供与であることを否定することができない。そして、本件方策は、AがB社株をK銀行等に売却するなどと発言している状況の下で、将来Aから株式を取得する者の株主としての権利行使を事前に封じ、併せてAの大株主としての影響力の行使をも封ずるために採用されたものであるから、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供が商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものであるというべきである。
なお、原審は、Qファイナンス社に対する600億円の債務の肩代わりについて、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供と一体のものとして判断し、商法266条1項2号の責任を否定しているが、これが本件方策に基づく債務の肩代わりとは別途に判断されなければならないことは商法266条1項5号の責任について述べたのと同様である。

6 以上のとおりであるから、被上告人らに過失がないとして商法266条1項5号の責任を否定し、また、B社のした利益供与が「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものではないとして商法266条1項2号の責任を否定した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そこで、被上告人らの負担すべき損害額、利益供与額等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)

++解説
《解  説》
1 Aは,I社の代表者であり,著名なグリーンメーラー(株式を大量に取得し,高値で売り抜け又は発行会社にこれを高値で買い取らせて利益を得ようとする者)であった。B社(蛇の目ミシン工業)は,ミシン等の製造及び販売を目的とする株式会社であり,当時C銀行をメインバンクとしていた東証一部上場企業である。B社の株主であるXは,同社の取締役Yらに対し株主代表訴訟を提起した。Xは,Aの脅迫に応じて300億円を交付した件と,その後,関連会社を通じてI社の債務の肩代わり等をした件を問題としたが,ここでは,基本となる前者(300億円の交付の件)を中心にコメントする。
2 Aは,AやI社名義でB社株を大量に取得した。I社は,昭和62年3月には,B社の筆頭株主になり,Aは,同年6月の株主総会で同社の取締役に就任した。Aは,B社等の株式の取得のため巨額の借入れをしており,このうちPグループの系列ノンバンクに対する債務は966億円に達し,平成元年7月末には,そのうちの200億円を返済することになっていた。そこで,Aは,B社の当時の社長であるY1らに対し,B社やI社が共同で新会社を設立し,その新会社にI社の上記966億円の債務の肩代わりをさせたいと再三要求した。B社の首脳陣は,このAの計画に賛成したが,C銀行は,秘密裡にPグループのT会長との間で上記966億円の担保となっているB社株1740万株を買い取ってもらうべく交渉を始めており,Aの新会社構想に反対していた。このC銀行の動きを察知したAからの要請を受けたY2は,C銀行の反対を押し切り,Tの下を訪れて,新会社構想を説明しようとしたが,Tからまくしたてられて何も言い出すことができなかった。Aからこれを非難されたY2は,Aのいうがまま,Aが保有するB社株1740万株の買取り等についてY2が責任を持つ旨の念書を作成しAに交付してしまった。Aは,B社株を念書と共に暴力団の関連会社に売却した旨述べ,これを取りやめるのであれば,300億円を用立てるよう要求し,B社経営陣側が対応に苦慮していると,副社長であったY3らに対し,「大阪からヒットマンが2人来ている」などと述べて脅迫した。結局,B社は,Aの要求に従い,う回融資の形式を取ってI社に対し約300億円を交付したが,A側は,この金員を返済する意思がなく,その後,Aの逮捕によりI社等が破綻し,300億円の回収が不可能となった。当時B社の取締役であったYらは,上記金員の交付が,実質的には,Aに対する巨額の利益供与であって,経営者としては本来してはならない性質の行為であることを認識していながら,これを提案し,又はこれに同意していたというのである。
3 1審,原審とも,請求を棄却し,Xから上告受理の申立てがあった。原審の争点のうち,受理決定で取り上げられたのは,忠実義務,善管注意義務違反を理由とする商法266条1項5号の責任の有無の点と,株主に対する利益供与の禁止規定違反を理由とする同項2号責任の有無の点である(なお,本件は会社法施行前の事件である。)。原審は,(1)商法266条1項5号の責任については,Yらには,300億円の利益供与を行ったことについて,外形的には,忠実義務違反,善管注意義務違反があったが,Yらは,Aの行為をそのまま放置すれば,B社の優良会社としてのイメージが崩れ,会社そのものが崩壊すると考え,これを防ぐために利益供与をしたのであって,Yらがこのように判断したとしても,やむを得ないことであって,Yらに過失があったとはいえないと判断し,(2)Aに対する300億円の供与について,B社経営陣の認識としては,暴力団の関連会社に譲渡された株式を,Aの下に取り戻すために利益供与したものであり,商法294条ノ2(平成12年改正前のもの。以下同じ。)にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したものとはいえない旨判示して,商法266条1項2号の責任も否定した。
4 商法266条1項5号の責任の性質は債務不履行責任であり,取締役の過失が要件であると解するのが判例(最三小判昭51.3.23裁判集民117号231頁),通説(江頭憲治郎『株式会社・有限会社法〔第3版〕』367頁等)である。取締役の法令違反を認めながら過失を否定した最高裁判決として,上記昭和51年判決及び最二小判平12.7.7民集54巻6号1767頁,判タ1046号92頁があるが,これら2件の判決は,いずれも,取締役に法令違反の認識がなく,これについて過失がなかったとされた事案であるのに対し,本件は,違法性の意識の可能性という点が問題となった事案ではないから,本件とこれらの判決とでは事案が異なると思われる(藤井正夫・平15主判解(判タ1154号)167頁(原判決の評釈))。善管注意義務違反が問題となる債務不履行責任の場合,伝統的な見解では債務不履行の内容である善管注意義務違反と帰責事由である過失とは概念的には別個の要件とされるが,実質的にはその判断が交錯し重なり合う関係にあることが指摘されており(弥永真生『リーガルマインド会社法〔第9版〕』210頁注124),一方で善管注意義務違反を肯定しながら,過失を否定することは本来的には説明が困難である。この点,原判決は,そのようには明言してはいないが,適法行為の期待可能性を過失の一内容ととらえ,Yらについては,期待可能性がなかったから過失が否定されたのであるとも考えられる。しかしながら,期待可能性の欠如を理由として免責が認められる場合が理論的にはあり得るとしても実際にはそれは相当限られた場合であると考えられるし,本件の事実経過からみて,Aの要求を退けるために警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できない状況にあったとはいえないところであり,期待可能性がなかったとして過失を否定することも困難と思われる。本判決は,Yらの行為について,やむを得なかったものとして過失を否定することはできない旨判示して,商法266条1項5号の責任についての原審の判示は是認することができないとした。
5 原審が認定したように,本件の利益供与が,暴力団の関連会社から株式を取り戻すためにされたものであるとすると,株式を譲り受けるための対価を供与する行為が「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものといえるかどうか問題となる。
この点については,株式の譲渡は,株主の地位の移転にすぎず,株主の権利の行使とはいえないとする否定説(A説)と,株式の譲渡は,現に株主である者にその持株を手放させるのは株付け行為の裏面であり,株主のあらゆる権利の行使の機会をなくすものであるという理由から「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものといえるという肯定説(龍田節・会社判例百選(第6版)160頁等(後記東京地判の評釈)。B説)が理論的には考えられる。もっとも,原則としてA説に立ちながら,利益供与の意図,目的が,経営陣に敵対的な株主に対し議決権の行使等株主の権利の行使をさせないという点にあるような場合には,権利行使をやめさせる手段として行われるものといえるとして,「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものということができるとする説(東京弁護士会会社法部編『利益供与ガイドライン』40頁以下等。A説)も少なくなく,この説によれば,事案での適用の結果は,B説とそれほど差がないともいえる。この論点について判示した最高裁判決は見当たらないが,東京地判平7.12.27判タ912号238頁,判時1560号140頁は,上記A説に近い立場に立ったものと解される。
本判決は,上記A説を採用したものと思われる。そして,本判決は,上記利益供与については「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものというべきである旨判断して,この点の原審の判断も是認できないものとした。
6 本判決の判断のうち,取締役の忠実義務,善管注意義務違反の点は,1つの事例判断ではあるが,反社会的勢力に対する会社の対応の局面において最高裁が法令遵守を重視したものであり注目される。また,利益供与禁止規定の点についての判断は,利益供与禁止規定の要件について最高裁が初めての判断を示したものであり,重要な意義を有すると思われる。

・従業員持株制度
+判例(福井地判S60.3.29)
理由
一 請求原因事実は、当事者間に争いがない。
右によれば、熊谷組の支出した金三四七五万〇二五〇円は、特定の株主である持株会の会員らに対して無償で供与されたものであるから、商法二九四条ノ二第二項前段により、株主の権利の行使に関して供与されたものと推定される。
二 そこで、抗弁につき判断する。
抗弁1ないし3の事実は、持株会の目的及び奨励金の趣旨を除き当事者間に争いがない。
そして、〈証拠〉によれば、持株会は、熊谷組及び同社が全額出資する子会社の従業員が、小額資金を継続的に積立てることにより熊谷組の株式を取得し、もつて従業員の財産形成をなし、会社との共同体意識の高揚を図るという目的で設立された団体とされており、一方、熊谷組は同会の趣旨に賛同して、同会との取決めにより、同会の会員たる従業員に対して、従業員の勤務意欲向上等の趣旨も含めて同社の従業員に対する福利厚生の一環として、被告主張の額及び割合による奨励金を支払うこととされていることが認められ、右に反する証拠はない。そして、ほかに特段の事情がない本件においては、持株会は別紙持株会規約の定めに従つて運営されているものと推認するのが相当である。
ところで、原告は、右は表向きの目的にすぎないとし、持株会の真の目的は熊谷組取締役らの安定株主工作等にあり、奨励金は、その趣旨に沿い、株主の権利行使に関してなされるものであると主張している
しかして、前記争いない抗弁事実と別紙持株会規約によると、持株会は右規約によつて設立された民法上の組合であるところ、右規約五条3項には「退会した会員の再入会は原則として認めない」旨、また一八条により投資した株式は二〇条により会員に登録配分されることになるが、この登録配分された株式はそのままの状態では二四条により処分ができないとされているほかは、従業員が持株会への入退会をするにつき特段の制約はなく、また、取得した株式の議決権の行使についても、制度上は、各会員の独立性が確保されており、更に、持株会の役員の選出方法を含め熊谷組の取締役らの意思を持株会会員の有する株式の議決権行使に反映させる方法は制度上はなく、会員は、保有株式数が一定限度を超えた場合にはその超えた株式を自由に処分することもできることが認められるうえ、前示争いのない奨励金の額又は割合も、前示規約等のいう趣旨ないし目的以外の何らかの他の目的を有するほどのものではないと認めるのが相当である。
そして、右に認定した退会した会員の再入会を認めないとの制約は、本件持株会のような団体にあつては当然の合理的な制約であると認めるのが相当であり、また、登録配分された株式の処分禁止の制約は、持株会が民法上の組合であることに由来する、事柄の性質上当然の制約であると認められるのである(民法六七六条一、二項)。
以上の認定判断によれば、熊谷組が持株会会員に対してなす奨励金の支払いは、被告主張のとおり、従業員に対する福利厚生の一環等の目的をもつてしたものと認めるのが相当であるから、右は、株主の権利の行使に関してなしたものとの前記推定は覆えるものというべきである。
なお、原告は、奨励金の支出が株主平等の原則にも反するとも主張するが、右のとおり、奨励金は株主たる地位に基づき支給するものでなく、熊谷組の従業員等の地位に基づき支給するものというべきであるから、右主張も前提を欠き理由がない。
三 以上のとおり、熊谷組の奨励金支出は違法なものとは認められないから、これを前提とする原告の請求はいずれも理由がない。
よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(高橋爽一郎 園部秀穗 石井忠雄)

2.Bの責任

会社法施行規則
+(利益の供与に関して責任をとるべき取締役等)
第二十一条  法第百二十条第四項 に規定する法務省令で定める者は、次に掲げる者とする。
一  利益の供与(法第百二十条第一項 に規定する利益の供与をいう。以下この条において同じ。)に関する職務を行った取締役及び執行役
二  利益の供与が取締役会の決議に基づいて行われたときは、次に掲げる者
イ 当該取締役会の決議に賛成した取締役
ロ 当該取締役会に当該利益の供与に関する議案を提案した取締役及び執行役
三  利益の供与が株主総会の決議に基づいて行われたときは、次に掲げる者
イ 当該株主総会に当該利益の供与に関する議案を提案した取締役
ロ イの議案の提案の決定に同意した取締役(取締役会設置会社の取締役を除く。)
ハ イの議案の提案が取締役会の決議に基づいて行われたときは、当該取締役会の決議に賛成した取締役
ニ 当該株主総会において当該利益の供与に関する事項について説明をした取締役及び執行役

Ⅳ 設問(3)について
1.株主優待制度

+判例(高松高判H2.4.11)土佐電気鉄道事件
理由
一、請求の原因一の事実及び同二1ないし3の各事実は当事者間に争いがない(なお、請求原因二2の事実中、別紙目録(一)の番号一五八番浜川元子の実際交付数「四」とあるのは「一〇」の誤記であると認める。)。
二、そこで、本件交付基準の内容及び超過交付数について検討する。
〈証拠〉によれば、訴外会社の株主優待乗車券発行規定には、優待乗車券の交付基準として「五〇〇株から一四九九株まで一冊、一五〇〇株以上一〇〇〇株を増す毎に一冊を加える。」と規定されていることが認められ、右の「一五〇〇株以上一〇〇〇株を増す毎に一冊を加える。」との表現だけを取り出せば、株式数が二五〇〇株に達した場合に初めて一冊を追加する規定であると解する余地もないではない。
しかし、〈証拠〉によれば、本件株主優待制度は、昭和四九年一二月一八日開催の訴外会社の取締役会で採用が決定され、昭和五〇年四月一日から実施されたものであり、前記の株主優待乗車券発行規定は、右取締役会の決議を明文化したものであるが、右取締役会では、本件株主優待制度は、一〇〇〇株につき年間一五〇〇円相当の回数券を交付することを基本とする旨説明されていることが認められる。
また、本件交付基準を被控訴人主張のように解すると、一五〇〇株から二四九九株までの株主も最低の交付数である一冊しか交付を受けられないこととなり、二五〇〇株以上の部分については株式数が一〇〇〇株増すごとに一冊が追加となることとの均衡を失し、最低の交付基準を「五〇〇株から一四九九株まで一冊」と規定した趣旨を没却する結果ともなる。
そこで、右の各点を考慮すれば、株式優待乗車券発行規定の表現に適切を欠く点はあるものの、本件交付基準は、五〇〇株から一四九九株までの株主には一冊を交付し、これを超える株式を有する株主には一〇〇〇株に至るまでごとに一冊を追加交付する規定であると解するべきである(ちなみに、当審証人松本秀正の証言によれば、訴外会社は本訴提起に至るまで右のような基準で本件株主優待制度を実施してきたことが認められる。)。
そうすると、訴外会社が、昭和五八年度から昭和六〇年度まで、毎年本件株主らに本件交付基準に従って交付すべき優待乗車券の数は、別紙目録(一)の「基準数」欄記載の数にそれぞれ一を加えた数となる(ただし、同目録の番号八二の坂田二子、番号八七の鈴木宏子及び番号一一八の土居弘毅については、右「基準数」欄記載のとおりとなる。)から、超過交付数は、同目録の「超過交付数」欄記載の数より一を減じた数となる(ただし、前記の三名の者については、右「超過交付数」欄記載のとおりとなる。)。これを合計すると、本件株主らに対する各年度の正規の基準による交付数は一五九九冊であり、実際に交付した数二九七三冊からこれを差し引くと各年度の超過交付数は一三七四冊となり、三年間の超過交付数の合計は四一二二冊(六一八万三〇〇〇円相当)である。
三、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。
1. 本件交付基準は、五〇〇株の株式を有していれば一冊の優待乗車券を交付する定めになっているので、一〇〇〇株以上の株式については、これを五〇〇株ずつに分けて複数の株主が保有する方が、一人で同数の株式を保有する場合に比べて全体としてより多くの優待乗車券の交付が受けられる仕組みとなっている。
2. そこで、一人で一〇〇〇株以上の株式を有していた本件株主らは、本件株主優待制度の導入が決定された後である昭和五〇年三月以降、優待乗車券をより多く交付を受ける目的で、その所有株式の一部を本件譲受人らに譲渡したとして、株式の名義書換えの手続を行った。
3. ところで、訴外会社の定款の定めを受けて作られた同会社の株式取扱規則によれば、株式の名義書換えは、請求書に取得者が署名又は記名捺印し、株券を添えて提出することとなっているところ、右の本件株主らから本件譲受人らに対する名義書換手続は、譲渡人である本件株主らのみが手続をしたものであり、譲受人らは右手続に関与していない。
本件譲受人らに対する譲渡数は、ほとんどが優待乗車券の交付を受けることのできる最低数の五〇〇株であり、本件株主らが譲渡後に自己名義で残した株式数も、ほとんどが五〇〇株以上一〇〇〇株未満である。
また、本件譲受人らへの右株式譲渡の日は、各株主ごとにみる限り、すべて同一であるほか、本件譲受人らの氏名は、そのほとんどが譲渡人である本件株主らと同姓で、中には「西本十六女子」「西本十七女子」のように一見して架空の人物の名前であると思われるものも含まれており、本件譲受人らの住所は、いずれも譲渡人である本件株主らと同一である。
4. 訴外会社では、前記2の名義書換え請求に対して、請求どおり本件譲受人らの氏名を株主名簿に記載したが、一方で、本件株主らについて各人ごとにカードを作成し、その氏名欄に「荒川禎一他3名」など本件株主らの氏名とその者から譲渡を受けた譲受人の人数を記載し、その上にゴム印で「特」と表示するなどして、これを備え付け、本件株主らについて、真実に株式譲渡をした者と区別し、優待乗車券の交付を有利にするために便宜的に譲渡の形式を整えたにすぎない株主であることを明らかにする措置をとっている。
そして、名義書換え後は、優待乗車券の交付数を算出するときには本件譲受人らを訴外会社の株主として取り扱ったけれども、実際の優待乗車券の交付は、譲受人の分も含めて一括して譲渡人である本件株主らに対して送付し、株主総会の招集通知や議決権行使についても、本件株主らだけを株主として取り扱った。
そのため、訴外会社では、少なくとも昭和五〇年度以降、株主総会において議決権を有する株主として取り扱われる株主数と株主名簿に記載された株主数には大きな隔たりが生じていた。
5. 訴外会社においては、前記2のような株式譲渡が行われたことは、事後的に代表取締役に報告されていた。
以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人田中孝の証言は、他の証拠と対比して、容易に措信できない。他に、右認定を左右するに足る証拠はない。

四、そこで、以上の事実に基づき控訴人の責任について検討する。
1. 商法二六六条一項二号に基づく弁済義務について
訴外会社がした本件超過交付は、特定の株主に対する無償の財産上の利益供与に当たることは明らかである。
しかし、本件超過交付については、本件株主らの請求を容れて名義変更に応じ、それを前提に本件交付基準を適用して本件超過交付を行った訴外会社の対応が安易であったことは否定できないけれども、その発端は、本件株主らが、本件交付基準の不備をつき、より多くの優待乗車券の交付を得る目的で、株式の名義だけを小口に分散しようとしたことにあり、利益供与の対象も、そのような名義変更の措置をとった株主の全部に及んでいる。これらの事情からすれば、本件超過交付をするについて、訴外会社には、本件株主らの権利の行使に関してこれを行うという意図はなかったものと認めるのが相当である。
したがって、本件超過交付が、商法二九四条ノ二第一項の規定に違反することを前提として、控訴人に同法二六六条一項二号の弁済義務があるとする被控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

2. 商法二六六条一項五号に基づく損害賠償義務について
(1)前記三に認定した事実に徴すると、本件株主らが行った株式の名義書換え請求は、多数回で長期間にわたっているが、いずれの場合の請求も、株式譲受人の氏名及び住所、譲渡株数、譲渡日時などからして、専ら本件株主優待制度の適用を有利にして、より多くの優待乗車券の交付を受けるために譲渡を仮装したものであることを容易に看取できるし、株主からのこのような名義書換え請求は、同社の株式取扱規則に定める手続に照らしても不備であるのに、訴外会社の担当者は、その都度、右書換え請求を受け入れて株主名簿の書き換えに応じているのが明らかであるほか、(2)訴外会社では、本件株主優待制度を有利に受けるために株式を小口に分割した株主については、これらを真実株式譲渡をした株主と区別して、優待乗車券の交付を有利にするために便宜的に譲渡の形式を整えたにすぎない株主であることを明らかにするカードを作成して備え付けたうえ、優待乗車券の交付数を計算するときには株主名簿に記載された名義人を基準として優待乗車券の交付数を算出するけれども、現実にはこれも一括して本件株主らに交付し、株主総会の招集や株主総会における議決権の行使などの機会には、本件株主らだけを株主として取り扱っていることは、前記三に認定したとおりである。
これらの事実を総合して判断すれば、訴外会社は、昭和五〇年三月ころ以降、組織として、本件株主らのした名義書換え請求の実態を知悉しながらこれに応じ、優待乗車券の交付数の算出の面では右名義書換え請求にかかるとおりの株式譲渡がなされたものとして取り扱いながら、その結果、本件譲受人らに交付すべきこととなる優待乗車券は譲渡人である本件株主らに交付し、その余の面においても依然本件株主らを右譲渡以前と同様の株式数を有する株主として取り扱っていたものと認められる。しかし、このような取扱いは、訴外会社の株式取扱規定に違反し、本件交付基準にも反して本件株主らに不当な利益を得さしめるものであることは明らかである。
訴外会社が組織として右のような取扱いを行っていた以上、その代表取締役の地位にある控訴人が、その立場上、訴外会社がこのような取扱いをしていることを知っていたことは容易に推認されるところ、控訴人がなんらの是正措置もとらなかったことは明らかであるから、控訴人は、故意又は過失により代表者取締役としての善管注意義務(商法二五四条ノ三所定の忠実義務)に違反したといわざるを得ない
右事実及び説示によると、控訴人は、商法二六六条一項五号の規定に基づき、訴外会社に対し、同会社に生じた超過交付分相当額の金六一八万三〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月一四日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。被控訴人は、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、商法二六六条一項所定の賠償義務は法が取締役の責任を加重するために特に認めたものであって商行為によって生じたものとはいえないから、その遅延損害金の利率は民法所定の年五分の割合にとどまると解するのが正当である。
五、以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、六一八万三〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月一四日から右支払ずみに至るまでの民法所定の年五分の割合による金員を訴外会社に支払うことを求める限度で理由があり、その余は理由がないから、原判決を右の趣旨に沿って変更することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条前段、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 滝口功 市村陽典 裁判長裁判官柳澤千昭は、転補につき署名押印できない。裁判官 滝口功)

+判例(東京地判H19.12.6)モリテックス事件
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件各決議に関する本件集計方法の違法性)について
(1) 本件株主提案と本件会社提案との関係
ア 本件において、原告ら及び被告の双方から、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」という議題によって各候補者の提案がされたこと、被告の定款上、本件株主総会において選任できる取締役の員数は最大で8名、監査役の員数は最大で3名となることは、前記第2の1(2)から(5)までに認定のとおりである。
そうであれば、本件株主提案と本件会社提案とはそれぞれ別個の議題を構成するものではなく、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」というそれぞれ一つの議題について、双方から提案された候補者の数だけ議案が存在すると解するのが相当である。
イ これに対して、被告は、本件株主提案と本件会社提案とは、候補者が異なるから議題としては別であり、本件委任状による授権は本件会社提案には及ばないと主張する。
しかしながら、いずれの提案も、本件株主総会終結時をもって平成19年6月現在の取締役全員及び監査役3名が任期満了によって退任することを前提に、その後任者の選任を目的とするものであって(前記第2の1(3))、被告自身、本件株主提案と本件会社提案とをそれぞれ相反議案の関係にあるものとして、一括して審議し、一括して採決することとしているところであるから(前記第2の1(6)及び(8)ア、イ)、本件株主提案と本件会社提案とは議題としては共通と解するのが相当であり、被告の主張は採用することができない。
(2) 本件委任状の趣旨
ア 原告が被告の株主から得た本件委任状には、委任事項として、「原案に対し修正案が提出された場合(株式会社モリテックスから原案と同一の議題について議案が提出された場合等を含む。)…(中略)…はいずれも白紙委任とします。」と記載されていることは、前記第2の1(4)イ認定のとおりである。
そこで、本件委任状による株主から原告に対する議決権行使の代理権授与の趣旨を検討する。
本件においては、原告らと被告経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じていることから、原告らがその提案に係る取締役及び監査役候補者の選任に関する議案を提出し、株主に対して議決権の代理行使の勧誘を行ってきた場合に、被告からもいずれその提案に係る候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことは、株主にとって顕著であったものと認められる(乙1、弁論の全趣旨)。また、被告の定款に定められた員数の関係から、本件株主総会において選任できる取締役の員数は最大で8名、監査役の員数は最大で3名であって、本件株主提案に賛成し、原告に議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案に係る候補者については賛成の議決権行使をする余地がない。
このような状況下においては、本件株主提案に賛成して本件委任状を原告に提出した株主は、委任事項における「白紙委任」との記載にかかわらず、本件委任状によって、本件会社提案については賛成しない趣旨で、原告に対して議決権行使の代理権の授与を行ったと解するのが相当である。
なお、本件委任状には、委任事項として、「賛否の指示をしていない場合…(中略)…はいずれも白紙委任とします。」と記載されているところ、賛否の欄を白紙にして本件委任状を提出した株主についても、上記の状況下では、本件株主提案に賛成するとともに、本件会社提案については賛成しない趣旨で、原告に対して議決権行使の代理権の授与を行ったと解して妨げないというべきである。
イ これに対し、被告は、本件委任状を原告に提出した大多数の株主は、本件委任状作成時に本件会社提案の内容を認識していないから、本件会社提案についての議決権行使の代理権までは授与していないと主張する。
なるほど、証拠(乙3)によれば、本件委任状1893枚のうち、平成19年6月13日以前の期日が記載された委任状は1258枚であって、原告に対して本件委任状を提出した株主の中には、本件株主総会招集通知によって本件会社提案に係る候補者を認識する前に本件委任状を提出した者が少なくないことが認められる。
しかしながら、原告に対して本件委任状を提出した株主が、仮に本件委任状提出後に本件会社提案の内容を認識し、その提案に係る候補者の一部に賛成することとするのであれば、原告に対する代理権授与の撤回をすることによって、自らその真意に沿った議決権行使を行うことは何ら妨げられない。また、被告が、全株主に対して電話を行い、議決権行使書面の送付を依頼するとともに、原告に対する代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主に対しては、「委任状撤回通知書」と題する書面を送付して、原告に対する代理権授与の撤回の手続を行ったことは、前記第2の1(7)に認定のとおりである。
そうであれば、本件株主提案に賛成して本件委任状を原告に提出した株主が、その後、被告からの本件株主総会招集通知によって本件会社提案に係る候補者の情報を得るとともに、被告からの電話により原告に対する代理権授与の撤回の機会を持ったにもかかわらず、代理権授与の撤回をしていない以上は、本件委任状提出の当初から、本件会社提案には賛成しない意思であったと解して妨げないというべきである。
ウ なお、被告は、原告代理人である久保利英明弁護士から、本件委任状は本件株主提案についてのものであり、本件会社提案については議決権代理行使の勧誘の意思はない旨を伝えられていたため、これを前提に本件会社提案につき議決権不行使と扱った旨主張する。
しかしながら、事前打ち合わせの際の原告代理人の上記発言内容を的確に認めるに足りる証拠はないし、また、本件株主提案に賛成して本件委任状を提出した株主から原告に対する議決権行使の代理権授与の趣旨は、上記アのとおり、本件会社提案については賛成しないという範囲では明確ということができるから、原告代理人の発言に関する被告の主張は採用することができない。
(3) 議決権代理行使勧誘規制との関係
被告は、本件委任状には本件会社提案について賛否を記載する欄が設けられていないこと及び本件会社提案に係る候補者に関する参考書類の提供等がないことから、本件委任状は証券取引法194条、同法施行令36条の2第1項、勧誘内閣府令43条等に違反し無効であって、本件委任状による本件会社提案についての議決権行使の代理権授与も無効となると主張する。
ア 議決権代理行使勧誘規制の趣旨
証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)194条は、「何人も、政令で定めるところに違反して、証券取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者に議決権の行使を代理させることを勧誘してはならない。」と規定し、これを受けて同法施行令36条の2第1項は、「議決権の代理行使の勧誘(法194条に規定する証券取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者にその議決権の行使を代理させることの勧誘をいう。…(中略)…)を行おうとする者(以下…(中略)…「勧誘者」という。)は、当該勧誘に際し、その相手方(以下…(中略)…「被勧誘者」という。)に対し、委任状の用紙及び代理権の授与に関し参考となるべき事項として内閣府令で定めるものを記載した書類(以下…(中略)…「参考書類」という。)を交付しなければならない。」と規定し、同条5項は、「第1項の委任状の用紙の様式は、内閣府令で定める。」と規定している。
これを受けて勧誘内閣府令1条1項は、参考書類の記載事項について、「証券取引法施行令(以下「令」という。)第36条の2第1項に規定する参考書類(以下「参考書類」という。)には、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める事項を記載しなければならない。」とし、1号において「勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員である場合」には「イ 勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員である旨、ロ 議案、ハ 議案につき会社法(…(中略)…)第384条又は第389条第3項の規定により株主総会に報告すべき調査の結果があるときは、その結果の概要」を、2号において「勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員以外の者である場合」には「イ 議案、ロ 勧誘者の氏名又は名称及び住所」を定めている。また、勧誘内閣府令21条1項は、「株式の発行会社の取締役が取締役の選任に関する議案を提出する場合において、当該会社により又は当該会社のために当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われる場合以外の場合に当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われるときは、参考書類には、候補者の氏名、生年月日及び略歴を記載しなければならない。」と規定し、同条2項は、「前項に規定する場合において、株式の発行会社が公開会社であるときは、参考書類には、次に掲げる事項を記載しなければならない。1 候補者が他の法人等を代表する者であるときは、その事実(重要でないものを除く。)、2 候補者と当該会社との間に特別の利害関係があるときは、その事実の概要、3 候補者が現に当該会社の取締役であるときは、当該会社における地位及び担当」と規定し、勧誘内閣府令23条は、監査役について概ね同旨を規定しており、これらの規定は、株式の発行会社の株主が議案を提出する場合において、当該会社により又は当該会社のために当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われる場合以外の場合に当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われるときにも、適用される(勧誘内閣府令40条)。さらに、勧誘内閣府令43条は、「令36条の2第5項に規定する委任状の用紙には、議案ごとに被勧誘者が賛否を記載する欄を設けなければならない。ただし、別に棄権の欄をもうけることを妨げない。」と規定している。
これらの議決権代理行使勧誘規制の趣旨は、被勧誘者である上場会社の一般株主にとって、勧誘者から株主総会の議案を知らされるだけでは、議案の可否を判断するための情報としては十分ではないため、勧誘者は所定の事項を記載した参考書類を交付すべきこととするとともに、被勧誘者が株主総会における議決権の代理行使について勧誘者に白紙委任することにより、自分にとって不利な議決権の行使がなされ不測の損害を受けることがないように、委任状には議案ごとに賛否を記載する欄を設けるべきこととしたものである。
イ 原告による議決権の代理行使の勧誘についての検討
これを本件についてみるに、本件委任状には本件会社提案について賛否を記載する欄が設けられていないこと及び原告による議決権の代理行使の勧誘に際して本件会社提案に係る候補者に関する参考書類の交付がされていないことは、第2の1(4)イに認定のとおりである。
他方、本件における原告による議決権の代理行使の勧誘については、以下の事情を認めることができる。
(ア) 本件においては、原告らと被告経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じており、被告からもいずれその提案に係る候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことが、株主にとって顕著であったこと、また、被告の定款に定められた取締役及び監査役の員数の関係から、本件株主提案に賛成し、原告に議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案に係る候補者については賛成の議決権行使をする余地がないこと、こうした状況から、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主は、被告から提案が予想される議案に反対する趣旨で代理権授与を行ったと解されることは、前記(2)アに判示のとおりである。
そうであれば、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主にとっては、原告が本件会社提案に反対の議決権の代理行使をすることは代理権授与の趣旨に沿ったものであり、これにより不測の損害を受けるおそれはないということができる。
(イ) 株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主が、その後に、株主総会招集通知に添付された参考書類により会社提案に係る候補者の情報を得た時点で株主提案への賛成を翻意した場合には、株主に対する代理権授与の撤回をすることによって、その意図に沿った議決権行使を行うことが可能である。本件における手続の経過をみても、被告が、全株主に対する電話連絡の際に、原告に対する議決権行使の代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主については、その手続を行ったことは、前記第2の1(7)に認定のとおりである。
そうであれば、本件において、被告による本件株主総会招集通知及び本件会社提案に関する参考書類の送付に先立ち、原告が、本件株主提案に係る候補者に関する情報のみの提供により、本件株主提案に賛成するとともにその後に予想される会社提案に反対することを内容とする議決権の代理行使を勧誘することを許容したとしても、情報不足のため株主が不利益を受けるというおそれはないといえる。
(ウ) 取締役会設置会社において、株主は、株主提案権に基づき、一定の事項を株主総会の目的とすることを請求する場合には、株主総会の日の8週間前までにその請求をしなければならないのに対し(会社法303条2項)、会社は、株主総会を招集するには、2週間前までに株主に株主総会の目的である事項を通知すれば足りることとされている(同法299条1項)。
そうすると、会社が2週間前に株主に対して株主総会の招集を通知した場合、会社は、通知を行うのと同時に、株主提案についても賛否を記載する欄を設けた議決権行使書面を送付することにより、2週間の期間を利用して、会社提案に賛成するとともに株主提案に反対することを内容とする議決権行使の勧誘をすることができる。これに対し、株主が株主提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をする場合に、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の用紙を作成しなければならないとすると、株主は、株主総会招集通知の受領後に、会社提案について賛否を記載する欄を設けた委任状及び会社提案についての参考書類の作成、株主に対する送付等を行った上で、2週間から上記の作業期間を控除した残りの期間に議決権代理行使の勧誘を行わなければならず、会社と比較して著しく不利な地位に置かれることとなる。本件における手続の経過をみても、被告は平成19年6月11日に本件株主総会招集通知を発送し、原告はこれを同月13日に受領したものと認められるところ(前記第2の1(5)ア、弁論の全趣旨)、原告が同日から本件株主総会開催日である同月27日までの間に本件会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の作成、送付等をした上、本件会社提案に反対の議決権代理行使の勧誘をすることは、議決権を有する株主数が9586名に及ぶことや委任状の送付及び返送のために一定の郵送期間が必要となることにかんがみると、極めて困難であることが窺える。
このように、株主が、自らの提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をするためには、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状を作成しなければならないと解することは、株主に対する議決権代理行使の勧誘について会社と株主の公平を著しく害する結果となるといわざるを得ない。
ウ 上記の各事情を考慮すると、本件においては、本件委任状の交付をもって、本件会社提案についての株主から原告に対する議決権行使の代理権の授与を認めたとしても、議決権代理行使勧誘規制の趣旨に必ずしも反するものではないということができ、本件委任状が本件会社提案について賛否を記載する欄を欠くことは、本件会社提案に係る候補者についての原告に対する議決権行使の代理権授与の有効性を左右しないと解するのが相当である。
(4) 小括
以上によれば、本件会社提案に係る議案の採決に際しては、本件委任状に係る議決権数は、出席議決権に算入し、かつ本件会社提案に対し反対の議決権行使があったものと取り扱うべきであった。それにもかかわらず、本件株主総会の議長であるBは、前記第2の1(8)ウからオまでのとおり、本件集計方法により本件会社提案が出席議決権数の過半数の賛成を得たものとして可決承認された旨宣言したのであるから、本件各決議は、その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するといわざるを得ない。
そして、本件委任状に係る議決権数を出席議決権に算入するという取扱いによった場合、Aは出席議決権数の44.93%、Sは出席議決権数の46.74%の賛成しか得ていないことになり(前記第2の1(9)ア)、いずれも過半数に達していないから、両名の選任議案は否決されたというべきであり、両名を取締役に選任する旨の決議は取消しを免れないこれに対し、その余の6名の取締役及び3名の監査役の選任議案については、かかる取扱いによった場合でも、出席議決権数の過半数の賛成を得たという結果には変更がないことが認められ、本件集計方法によったことは、議決権行使の集計における評価の方法を誤ったのみであって違反する事実が重大とまではいえないし、決議に影響を及ぼさないものであると認められるから、会社法831条2項により、B、C、E、O、P及びQを取締役に選任する旨の決議並びにZ、V及びWを監査役に選任する旨の決議の取消しの請求は、棄却することとする。
なお、原告は、このような場合には全体としてその決議の方法が法令に違反し、又は著しく不公正といえるから、本件各決議はすべて取り消されるべきであると主張するが、上記(1)アに判示のとおり、本件においては、各議題につき候補者の数だけ議案が存在するのであるから、決議としては候補者ごとに別個のものと解さざるを得ず、原告の主張は採用することができない。

2 争点2(議決権行使株主に対するQuoカード送付の違法性)について
(1) 株主の権利行使に関する利益供与の要件
会社法120条1項は、「株式会社は、何人に対しても、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。…)をしてはならない。」と規定している。同項の趣旨は、取締役は、会社の所有者たる株主の信任に基づいてその運営にあたる執行機関であるところ、その取締役が、会社の負担において、株主の権利の行使に影響を及ぼす趣旨で利益供与を行うことを許容することは、会社法の基本的な仕組に反し、会社財産の浪費をもたらすおそれがあるため、これを防止することにある
そうであれば、株主の権利の行使に関して行われる財産上の利益の供与は、原則としてすべて禁止されるのであるが、上記の趣旨に照らし、当該利益が、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的に基づき供与される場合であって、かつ、個々の株主に供与される額が社会通念上許容される範囲のものであり、株主全体に供与される総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないときには、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合があると解すべきである。
(2) 本件贈呈の利益供与該当性
本件についてこれをみると、被告が有効な議決権行使を条件として株主1名につきQuoカード1枚(500円分)を交付したことは、前記第2の1(5)及び(10)に認定のとおりであり、これは議決権という株主の権利の行使に関し、被告の計算において財産上の利益を供与するものとして、株主の権利の行使に関する利益供与の禁止の規定に該当するものである。
そこで、本件贈呈が例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するか否かについて検討する。
ア 本件において株主に対して供与された利益の額について検討すると、個々の株主に対して供与されたQuoカードの金額は500円であり、一応、社会通念上許容される範囲のものとみることができる。また、株主全体に供与されたQuoカードの総額は452万1990円であるところ(前記第2の1(10))、平成19年3月期(第35期)における経常利益が3億5848万8000円、総資産が150億7296万5000円、純資産が76億8043万6000円であること(乙25)、第35期の中間配当及び期末配当の総額はそれぞれ6912万3500円(甲2の添付資料11-1)であることと比較すれば、上記の総額は会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえない
イ そして、被告は、本件贈呈は、被告役員のほぼ全員を入れ替えるか否かという被告の将来の事業方針に大きく影響を及ぼす議題が審議される本件株主総会に、できるだけ広く株主の意思を反映させるために行ったものであると主張する。
なるほど、前記第2の1(5)によれば、本件において、株主は、本件会社提案又は本件株主提案のいずれに賛成しても、また、議決権の代理行使、議決権行使書面及び株主総会の出席のいずれの形で議決権を行使しても、Quoカード1枚(500円分)の交付を受ける仕組となっていることが認められる。
ウ しかしながら、前記第2の1(5)イによれば、被告が議決権を有する全株主に送付した本件はがきには、「議決権を行使(委任状による行使を含む)」した株主には、Quoカードを贈呈する旨を記載しつつも、「【重要】」とした上で、「是非とも、会社提案にご賛同のうえ、議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」と記載し、Quoカードの贈呈の記載と重要事項の記載に、それぞれ下線と傍点を施して、相互の関連を印象付ける記載がされていることが認められる。
 また、弁論の全趣旨によれば、被告は、昨年の定時株主総会まではQuoカードの提供等、議決権の行使を条件とした利益の提供は行っておらず、原告との間で株主の賛成票の獲得を巡って対立関係が生じた本件株主総会において初めて行ったものであることが認められる。 
 さらに、株主による議決権行使の状況をみると、本件株主総会における議決権行使比率は81.62%で例年に比較して約30パーセントの増加となっていること(甲2、弁論の全趣旨)、白紙で返送された議決権行使書は本件会社提案に賛成したものとして取り扱われるところ、白紙で被告に議決権行使書を返送した株主数は1349名(議決権数1万4545個)に及ぶこと(甲24)、被告に返送された議決権行使書の中にはQuoカードを要求する旨の記載のあるものが存在すること(甲7の1から3)の各事実が認められ、Quoカードの提供が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われる。 
 そうであれば、Quoカードの提供を伴う議決権行使の勧誘が、一面において、株主による議決権行使を促すことを目的とするものであったことは否定されないとしても、本件は、原告ら及び被告の双方から取締役及び監査役の選任に関する議案が提出され、双方が株主の賛成票の獲得を巡って対立関係にある事実であること及び上記の各事実を考慮すると、本件贈呈は、本件会社提案へ賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであると推認することができ、この推認を覆すに足りる証拠はない
(3) 小括
以上によれば、本件贈呈は、その額においては、社会通念上相当な範囲に止まり、また、会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえないと一応いうことができるものの、本件会社提案に賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであって、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものということはできないから、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するとは解し得ず、結論として、本件贈呈は、会社法120条1項の禁止する利益供与に該当するというべきである。
そうであれば、本件株主総会における本件各決議は、会社法120条1項の禁止する利益供与を受けた議決権行使により可決されたものであって、その方法が法令に違反したものといわざるを得ず、取消しを免れない。また、株主の権利行使に関する利益供与禁止違反の事実は重大であって、本件贈呈が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われることは上記判示のとおりであるから、会社法831条2項により請求を棄却することもできない
なお、被告は、本件贈呈は、株主総会の決議の前段階の事実行為であって、株主総会の決議の方法ということはできないと主張するが、株主による議決権行使書の返送又は株主総会における議決権行使は決議そのものであって、議決権行使を条件としてQuoカードを贈呈するということは決議の方法というほかないから、被告の主張は採用することができない。
第4 結論
以上のとおりであって、本件各決議は、その余の取消事由の存否(予備的主張)について判断するまでもなく、取消しを免れないというべきであり、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
民事第8部
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 西村英樹 川原田貴弘)

++解説
《解  説》
1 本件は,会社の大株主である原告と会社経営陣が,それぞれ取締役及び監査役の選任議案を提出し,経営権を争ういわゆるプロキシーファイトを行ったところ,株主総会では会社側提案が可決されたのに対し,株主側が,株主総会における決議の方法の違法を主張して,決議の取消しを求めた事案である。
原告は,主位的に,①会社提案に係る議案の採決に際し,原告に提出された委任状に係る議決権の個数を出席議決権数に含めなかったこと,②被告が有効な議決権行使を条件とする株主1名につきQuoカード1枚(500円分)の提供(以下「本件贈呈」という。)に基づき議決権行使の勧誘を行ったことはいずれも違法であり,決議取消事由に該当すると主張し,予備的に,このほか4つの取消事由を主張した。
2 上記①につき,本判決は,まず,原告に対する委任の趣旨について,原告らと会社経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じており,会社からもいずれ選任議案が提案されることが株主にとって顕著であり,また,定款の役員定数からみて,株主提案に賛成した株主は,会社提案には賛成する余地がないという状況の下では,原告に本件委任状を交付した株主は,会社提案については賛成しない趣旨で委任を行ったと解すべきとした。次に,本件委任状が会社提案について賛否を記載する欄を欠くことが証券取引法等に違反するかについて,本件においては,本件委任状の交付をもって会社提案について議決権行使の委任を認めたとしても,委任状勧誘規制の趣旨に必ずしも反せず,また,常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の作成を株主に要求することは会社と株主の公平を著しく害するとして,本件委任状は有効とした。そして,会社提案の採決に際しては,本件委任状に係る議決権数は,出席議決権に算入し,かつ会社提案に対し反対したものと取り扱うべきであったとし,会社提案を可決した決議は,その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するとした。
また,上記②の争点に関し,本判決は,株主の権利の行使に関して行われる財産上の利益の供与は,原則として禁止されるが,当該利益が,株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的に基づき供与される場合であって,かつ,個々の株主に供与される額が社会通念上許容される範囲のものであり,株主全体に供与される総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないときには,例外的に違法性を有しないとの一般論を判示した。そして,会社が議決権行使を条件として本件贈呈をしたことは利益供与の禁止に該当するとした上で,会社が,各株主に対して,議決権を行使した株主にはQuoカードを贈呈する旨を記載するとともに,「是非とも,会社提案にご賛同のうえ,議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」と記載した葉書を送付した事実に基づき,本件贈呈は,その額においては社会通念上相当な範囲に止まり,また,その総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすとはいえないものの,会社提案に賛成する議決権行使の獲得をも目的としており,株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものとはいえないとして,違法性阻却事由を否定した。そして,かかる利益供与を受けてされた決議は,その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するとした。
3 議案ごとの賛否欄の記載がない委任状用紙による勧誘がされた場合における決議取消事由が問題となった事例としては,東京地判平17.7.7判時1915号150頁がある。もっとも,同判決では,議決権代理行使勧誘規制に違反することを前提に決議の方法の法令違反に該当するか等が問題となったのに対し,本判決では,会社提案について賛否を記載する欄を欠く委任状による委任の趣旨の判断に基づいて,会社の行った集計方法が決議の方法の法令違反に該当するかが問題とされており,初めての判断である。
次に,会社による利益提供が会社法120条1項の禁止する利益供与に該当するか否かが問題となった事例としては,株式を譲り受けるための対価の供与につき最二小判平18.4.10民集60巻4号1273頁,判タ1214号82頁〔蛇の目ミシン事件〕,東京地判平7.12.27判タ912号238頁〔國際航業事件〕,従業員持株会に対する奨励金の支出につき福井地判昭60.3.29判タ559号275頁,株主優待乗車券につき高松高判平2.4.11金判859号3頁がある。
4 本判決は,東証1部上場企業の株主総会決議が取り消されたという珍しい事案である。その審理経過をみると,あらかじめ選任された総会検査役の報告書により事実関係については概ね争いがなく,原告及び被告ともに詳細な法的主張をまとめて各1回提出した後,第2回口頭弁論期日で弁論終結となり,総会から5か月余りで判決に至っている。経営陣と株主が双方の経営に係る提案を行い,プロキシーファイトを行うという事案は,今後ますます増加することが予想され,審理スケジュールの点でも,今後の同種事案の参考となろう。

2.会社の支配と利益供与

3.不特定多数の株主への利益供与


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