債権総論2-1 債権の目的 序説

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一.債権の目的
1.債権の目的の意義
(1)意義
・債権の目的とは、
請求の対象(客体)である債務者のなすべき一定の行為
=債務の内容

・債権の目的と債権の目的物とは区別しておく。

(2)債権の発生原因
・法律行為
・法律の規定(法定債権)
・信義則
契約関係にないが、一定の社会的接触関係にある者の間で信義則上の義務が発生し、それに違反した場合に、損害賠償請求権が発生することがある。
契約の交渉を開始した後に、その交渉を一方的に破棄した者に対して、契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任が肯定されることもある。

+判例(S59.9.18)
理由
 上告代理人伊藤茂昭の上告理由について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人の契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任を肯定した原審の判断は、是認することができ、また、上告人及び被上告人双方の過失割合を各五割とした原審の判断に所論の違法があるとはいえない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づき原判決を論難するか、又は原審の裁量に属する過失割合の判断の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(木戸口久治 伊藤正己 安岡滿彦長島敦)

2.債権の目的の要件
債権が有効に発生するためには、債権の目的である給付(債権の内容)が一定の要件を満たすことが必要。
給付の適法性
実現可能性
特定性

(1)給付の適法性
給付の内容は法律上適法であり、社会的に妥当なものでなければならない。

(2)給付の実現可能性
 (ア)不能の態様
・原始的不能・後発的不能
原始的不能とは、法律行為時(契約締結時)においてすでに給付が実現不可能。
後発的不能とは、法律行為後に給付が実現不可能になる場合

・客観的不能・主観的不能
客観的不能
=すべての人にとって給付の実現が不可能
主観的不能
=当該債権者にとって給付の実現が不可能

・全部不能・一部不能
一部不能では、それによって給付全体が価値を失う場合を除いて、残部について債権が有効に成立する

 (イ)原始的不能と後発的不能の効果
・原始的不能の場合には、契約は無効となり、債権は成立しない。
ただし、契約時にすでに存在しない物の売主が過失によって相手方に契約を締結させ、買主が契約が有効だと信じたために損害を受けた場合には、売主は契約締結上の過失に基づく損害賠償責任を負うことがある!
この場合の損害賠償は、履行利益(契約が有効に成立して履行されていれば得られたであろう利益)ではなく、信頼利益(無効な契約を有効と信じたために被った損害)の賠償に限られる!!!!
ここにいう過失とは、信義則上の注意義務違反

・後発的不能の場合は、契約は有効であり、債権も有効に成立する。
しかし、不能につき売主に帰責事由があれば売主の債務不履行の問題(415条後段・543条)
売主に帰責事由がなければ危険負担の問題になる(534条)

(3)給付の確定性
給付の内容は確定していなければならない。
←債務者がどのような給付をすればよいか判断できないし、裁判所も債権の強制的実現に助力できないから。
ただし、給付の内容は契約成立時に確定している必要はなく、後に何らかの方法で確定できればよい!!

(4)給付の経済的価値
+(債権の目的)
第三百九十九条  債権は、金銭に見積もることができないものであっても、その目的とすることができる

二.債権の種類
1.作為債務・不作為債務
・作為債務
=債務者の積極的な行為(作為)を給付の内容とする債務
与える債務と為す債務がある。

・不作為債務
=債務者の消極的な行為(不作為)を給付の内容とする債務

2.与える債務・為す債務
与える債務
=物の引渡しを内容とする債務
為す債務
=物の引渡し以外の作為を内容とする債務

与える債務では、物の引渡し自体が重要であり、債務者の引渡行為自体にはあまり重点が置かれていないのに対し、
為す債務では、債務者の行為自体が重要とされる。

3.可分債務不可分債務
給付の本質や価値を損なわずに、給付を分割して実現できるかどうか
給付が可分か不可分かは、
給付の性質または当事者の意思によって決まる。

4.結果債務・手段債務
結果債務
一定の結果の実現を内容とする債務
結果が実現されなければ、債務者は、原則として債務不履行責任を負う

手段債務
一定の結果の実現に向けて最善を尽くすことを内容とする債務


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労働法 事例演習労働法 U6 雇用関係の成立


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1.
・労働契約上の権利を有する地位の確認
・4月以降の賃金支払額の支払い請求

予備的請求
・仮に採用内定取り消しが有効であったとしても
採用に対するXの期待利益を侵害した不法行為に基づく損害賠償請求

2.
(1)採用内定の法的性質
労働契約の締結に関しその他には特段の意思表示は予定されていない
→始期付解約権留保付の労働契約

(2)採用内定期間中の法律関係
・契約の締結過程における両当事者の合意や認識等に照らして両当事者の権利義務の存否・内容を明らかにする必要がある。
・黙示の合意でもよい

・使用者は内定者が学業への支障等研修への参加が困難となる理由に基づいて入社前研修への欠席を申し出た場合には、たとえ従前内定者が異議を述べなかったとしても、入社前研修を免除すべき信義則上の義務を負う(労契法3条4項)

(3)内定取消しの適法性
=留保解約権の行使の問題

・労働契約法
+(解雇)
第十六条  解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

(4)期待利益の侵害の有無
・内定者の採用に対する期待が法的な保護に値するといえる場合には、期待利益を侵害した不法行為(709条)を構成

採用内定取消しに至った経緯
内定者に対し誠実な態度で対応すべき信義則上の義務

(5)結論

key

+判例(東京地判H17.1.28)宣伝会議事件
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前提事実、証拠(文中に掲記したもの、甲11、12、乙11、証人A、同C、原告)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)ア 原告は、平成12年4月から、東京大学大学院工学系研究科博士課程に在籍し、A教授の指導の下、環境科学の研究に努めていた。
イ 科学ジャーナリストを目指していた原告は、平成14年4月5日、A教授に就職について相談したところ、A教授は、博士号を持った科学ジャーナリストが誕生することは有益であると考え、原告に対して、環境問題に関する雑誌を出版する被告を就職先として勧めた。なお、被告代表者は東京大学大学院で博士号取得のため研究を行っており、B教授の紹介で、論文審査の担当者となる可能性があるA教授と面識があった。
ウ 原告は、同月24日、被告代表者の面接を受けた。
エ 原告は、同年5月7日、被告取締役で人事担当者のC(以下「C」という)の面接を受けたが、その際、原告の就職について、原告及びA教授は平成15年4月の新規卒業者(以下「新卒」という)採用と考えていたのに対し、被告では平成14年の中途採用によるものと考えていたことが判明した。その後、A教授と被告代表者らの間で調整が図られ、同年5月中旬ころ、原告は、平成15年3月31日までに論文審査を終え、専門誌による論文の受理を待つ状態となることを条件として、同年度に新卒採用されることとなった。
オ なお、被告における同年度の新卒採用者の初任給は、月額19万6000円(賞与年2回)であった(甲3)。
(2)ア 被告は、平成14年6月17日、原告に平成15年4月から被告社員として採用するとの内定通知書を交付し、原告は、被告に入社承諾書及び誓約書を差し入れたが、誓約書には、本人の故意又は重大な過失により社会の風紀、秩序を乱したとき及びこれに準ずる不都合な行為をしたときには、内定を取り消されても異議がないと記載されていた(甲2、4、5)。
イ 原告は、本件内定通知の際、Cから、試用期間が3か月であること、平成14年10月から、2週間に1回、多少の課題が出される2、3時間程度の研修に参加しなければならないことなどの説明を受け、研究に支障はないと判断してこれに同意した。
ウ なお、原告が被告から就業規則を示されたことはない。
(3)ア 原告は、同年8月20日午前10時30分から午後1時30分ころまで開かれた第1回内定者懇親会に出席し、自己紹介をするとともに直前研修までの日程等の説明を受け、マンスリーレポートを同年9月以降毎月末提出し、同月分を次回の懇親会に持参するよう指示された(甲6)。
イ 原告は、同年10月1日午前10時30分から午後1時30分ころまで開かれた第2回内定者懇親会に出席し、入社前の自習や心構えの説明等を受けるとともに、〈1〉被告が出版する雑誌7種類、書籍4冊を入社前に必ず目を通し、広告関連書6冊及び出版関連書6冊も入社前に読んでおくべきである、〈2〉「当社の事業領域」というテーマでA4版7枚以内のレジュメを同月21日までに提出する、〈3〉被告主催の「宣伝会議賞」の43課題全てについて1作品以上作成し、同年11月15日までに提出する、〈4〉内定者のプロフィールを記載したシートを同年10月8日までに電子メール(以下「メール」という)で提出するとの指示を受けた(甲7)。
(4)ア 原告は、同月23日午前9時30分から午後1時ころまで開かれた第1回入社前研修に参加した。そこでは、被告取締役による講義、内定者提出のレジュメに係る発表と講評等が行われ、内定者に対し、〈1〉翌日以降、朝刊2紙を必ず読み、興味ある記事をスクラップし、次回以降研修に持参する、〈2〉「広告業界について(業界の仕組みと仕事の流れについて、近年の動向)」というテーマでA4版7枚以内のレジュメを同年11月4日までに提出するといった指示がされた。
イ 原告は、同月6日午前9時30分から午後1時ころまで開かれた第2回入社前研修に参加した。そこでは、内定者提出のレジュメに係る発表と講評等が行われ、内定者に対し、「出版業界について(業界の仕組みと仕事の流れについて、近年の動向)」というテーマでA4版7枚以内のレジュメを同月30日までに提出するといった指示がされた。
ウ 原告は、同月20日午前9時30分から午後1時ころまで開かれた第3回入社前研修に参加した。そこでは、内定者提出のレジュメに係る発表と講評等が行われ、内定者に対し、〈1〉広告会社上位20社の社名及び社長名を調べて暗記する、〈2〉雑誌でタイアップ広告を2、3個探しコピーする、〈3〉主要4媒体以外の広告を調べ、レジュメを作成し同年12月2日までにメールで提出する、〈4〉最初の課題であった「当社の事業領域」というテーマのレジュメを再提出するといった指示がされた。
エ 原告は、同月4日午前9時30分から午後1時ころまで開かれた第4回入社前研修に参加した。そこでは、内定者提出のレジュメに係る発表と講評等が行われ、内定者に対し、「環境ビジネスの市場分析と今後の展望」というテーマで「環境マーケティングアンドビジネス」誌の「(株)宣伝会議」における展望と読者ターゲット、宣伝広告主について分析したレジュメを作成し、同月16日までに提出するといった指示がされた。
(5)ア 被告が内定者に与えた各課題は、消化のために延べ1日ないし2日を要する分量であり、原告も各課題のため約1週間毎日2、3時間ずつを割くこととなり、研究との両立に困難を感じ、同年10月19日に行われたA教授研究室の合宿の際も、同年11月30日に博士論文の予備審査を控えていた原告が、被告の課題をこなすための資料を読んでいたところ、A教授から、研究を優先させ被告の課題は断るよう指示された。
イ 原告は、同年12月に入り、学会の発表等があったり、論文審査まで時間がなくなってきたことから、A教授に対して、本件研修への参加と課題の消化が負担となっていることを相談した。
ウ A教授は、同月6日、被告代表者に対して、忘年会の打合せの外、次のような内容のメールを送信した(甲13)。
「当方のXですが、今、博士論文作成の正念場に来て居りますが、貴社の新入社員のための事前教育のノルマがきつくて、どうも博士論文作成のためにいささかの障害になっているようです。理系の学生にとっては、この時期、もっとも大切な時期ですので、なんとか免除していただく訳にはいきませんでしょうか。ご検討いただければ幸いです。」
エ 被告代表者は、同月7日、A教授に対して、次の内容のメールを送信した(甲14)。
「メール内容、了解しました。ご返事、遅れ失礼しました。懇親会の件、12月20日でよろしくお願いします。できましたら、青山で行いたいと考えています。詳しい内容、後日ご連絡させていただきます。」
オ A教授は、同日、被告代表者に対して、次の内容のメールを送信した(甲15)。
「ありがとうございました。懇親会の件、20日の夜、楽しみにしております。6時ちょっと前程度まで、神保町におりますので、それから参加させていただきたく存じます。青山-表参道付近でしたら、極めて便利です。」
(6)ア 原告は、A教授から本件研修への参加は免除された旨伝えられたため、被告に連絡することなく同月18日以降の入社前研修に参加せず、研究に専念した。
イ 被告人事課D(以下「D」という)は、同月24日、原告に対して、今は研究に打ち込むため研修を欠席しているが、フォロー研修を実施する予定であるので、いつから研修に復帰できるか連絡を求めるとのメールを送信した(乙6)。
ウ これに対して、原告は、対応をA教授に相談したところ、A教授は、被告代表者との間で話が付いており、回答の必要はないと助言したことから、原告は、Dのメールに回答しなかった。
エ 原告は、平成15年2月26日、Dに対して、〈1〉大学側の審査規定等が成文化されておらず、日程がはっきりしなかったことから、返答が遅れたことを詫びる、〈2〉A教授と相談した結果、同年3月末日に論文審査を受けることとなった、〈3〉在学期間中は、研究及び論文執筆を最優先させたい、〈4〉同月末の直前研修には可能な限り出席する考えであるが、論文審査が間近であるため全日程参加は困難であるとのメールを送信した(乙7)。
オ Dは、同年2月27日、原告に対し、今後の日程について、正確な欠席日とその理由を明確にするよう求めるとのメールを送信した(乙12)。
カ Dは、同年3月20日ころ、原告に対して、直前研修の予定が1日ずれて同月26日から同月29日までになったとのメールを送信した。原告は、同月20日、Dに対し、直前研修のうち同月27日、28日は論文審査の打合せ、同月29日からは論文審査の練習を予定しており、同月26日以外の参加は困難であるが、他の日も参加できるよう日程調整を試みる旨のメールを返信した。(乙13)
(7) この間、原告と同期で内定を受けた者のうち1名は、本件研修と学業との両立が困難であるとして、内定を辞退した。
(8)ア Cは、同月25日、原告に対し、被告への入社を希望するのであれば、直前研修に必ず参加することを要求したが、原告は、直前研修に参加すれば、同月中の論文審査終了は難しくなるとCに説明した。
イ この際、Cは、原告が博士号自体を取得して入社すると誤解していたが、いずれにせよ博士号取得よりも直前研修の方が重要であると考え、原告に対し、博士号に係る条件は採用条件から外したので、直前研修に参加するよう求め、そうでなければ、同年4月1日の入社を取りやめ、同年度の中途採用試験を再度受験してもらうことになると告げた。
ウ これに対して、原告は、即答を避け、A教授と相談した結果、論文審査を延期して、直前研修に参加することとし、その旨Cに電話連絡した(乙10)。
(9)ア 直前研修は、社会人の心構え・基本姿勢、ビジネスマナー、電話研修、商品説明ロールプレイ、販売の実務、印刷・写真の基礎知識等を内容とするもので、同年3月26日ないし29日の4日間、午前9時30分から午後5時過ぎまで行われた(甲8)。
イ 原告は、同月26日ないし28日の3日間、直前研修に参加したが、研修担当の講師のレポートでは、原告の評価は、積極性が欠け、他の内定者から浮いており、レポートも良くないというものであり、また、進行が遅れがちであった研修の際、「予定があるので予定どおり終わっていただけるのでしょうか」と発言し、研修の目的・意義を理解していおらず、場の雰囲気も乱したとの指摘がされていた(乙4の1ないし3)。
(10)ア Cは、同日の研修終了後、原告に対し、研修が遅れているとして、就業規則に基づき試用期間を6か月に延長するか、博士号取得後、中途採用試験を受け直すかのいずれかを選択するよう求めたところ、原告は、即答せず、A教授と相談すると回答した。
イ 原告は、A教授と相談した結果、同日午後8時ころ、Cに電話を掛け、同年4月1日に入社するが試用期間延長は認めない、中途採用になるのであれば、再面接を行わずに採用するよう求めると回答した。
ウ Cは、同年4月1日に入社するならば試用期間延長となり、他方、再面接なしでの中途採用には応じられないとし、原告に対し、試用期間延長か中途採用試験の再受験を選択するよう再三要求したが、原告はいずれの選択も拒否し続けた。
(11)ア 原告は、同年3月29日午前9時ころ、被告に電話を掛け、前日夜、Cから内定を取り消されたため同日の研修に参加しないが、それでよいかと確認した。応対に出たDは、原告は内定を取り消されたのでなく、採用を辞退したと被告では認識していると回答した。
イ Dから報告を受けたCは、原告に電話を掛けたが、内定の取消しか辞退かで双方の認識が異なるとして、原告に来社するよう求めたが、原告は、A教授のところへ被告側が説明しに来るべきであるとのA教授の意見に従い、被告に行かなかった。
ウ 原告は、同月31日付けで、被告に対し、内定辞退の事実はなく、内定を取り消されたものであるが、かかる状態では、同年4月1日以降出社しても通常の業務に就くことはできないから、出社はしないとのファックス及び内容証明郵便を差し出した(甲9及び10の各1・2)。
(12)ア 原告は、同年5月1日から平成16年3月31日までの間、東京大学生産技術研究所に非常勤職員として勤務し、10万円強の月収を得ていた。
イ 原告は、博士論文の内容を充実させることとして研究を継続しており、平成16年10月20日時点においても論文審査を終了していない。
(13) 被告の就業規則では、試用期間について、次のとおり定めているが、内定について特段の定めはない(乙5)。
ア 新たに採用された者については、3か月間の試用期間を設ける。ただし、特殊の技能又は経験を有する者には、試用期間を短縮又は省略することがある。
イ 会社は、試用期間中において、採用することが不適当と認めたときは、その期間中いつでも解雇することができる。
ウ 会社は、必要と認めたときは試用期間を更に3か月間延長することができる。
以上のとおり認められ、前掲各証拠のうち、前記認定に反する部分は採用できない。

2 争点(1)(内定取消しか内定辞退か)について
(1) 原告は、平成15年3月28日午後8時ころ、Cから試用期間延長か中途採用試験の再受験を選択するよう再三求められ、これを拒否し続けたものであるが(認定事実(10)ウ)、その後のやりとりについて、原告は、Cから内定取消しと言われたと供述し(原告【17頁】)、他方、証人Cは、いずれも拒否するのであれば、〈1〉「入社を取りやめるしかない」(乙11【6頁】)、〈2〉「入社を取りやめられるしかありませんね」(証人C【9頁】)、〈3〉「入社を取りやめていただくということしかありませんね」(同【29頁】)と言ったところ、原告は、それでよいと答えたと陳述、証言する(なお、証人Cの陳述、証言は〈1〉から〈2〉〈3〉と変遷している)。
(2) ところで、Cは、翌29日、内定辞退であるとの認識を表明しているところ(認定事実(11)イ)、Cとしては、内定取消しでなく内定辞退の形を取る方が好ましいと考えられること、内定取消しに係るやりとりの具体的内容に関する原告供述は必ずしも明確でないこと(原告【17頁】」からすると、前記(1)の原告供述は、内定を取り消すとのCの明確な意思表示があったとする部分において、直ちに採用することは困難である。
(3) しかし、原告は、論文審査を延期して直前研修に参加し、同日の研修終了後、Cから試用期間延長か中途採用試験の再受験を選択するよう求められたが、A教授と相談の上、同日午後8時ころ、Cに対し、試用期間延長なしでの同年4月1日の入社か、中途採用となるとしても再面接なしでの採用を求めたもので(認定事実(8)ウ、同(10)アないしウ)、飽くまで入社に固執していたものであること、原告は、同年3月29日朝、内定取消しとの認識を表明した上、被告に対して、同月31日付けの同趣旨の内容証明郵便を差し出したこと(同(11)ア、ウ)からすると、原告が内定を辞退したとすることができないのは明らかであり、これに反する趣旨での証人Cの証言は採用できず、少なくとも、実質的な意味で内定を取り消す旨の意思表示が、同月28日午後8時ころ、Cから原告に対してされたとするのが相当である。
(4) この点、前記(1)のとおり、証人Cの証言は〈1〉から〈2〉〈3〉に変遷しているところ、前記(3)によれば、〈2〉〈3〉といった発言に原告が同意したとすることはできないが、〈1〉「入社を取りやめるしかない」との発言については、「取りやめ」の主体を原告とも被告とも解し得る表現であって、仮に前記発言があったとした場合、原告がそれでよいと答えた可能性がないわけではない。しかし、前記(3)のとおり、原告が自ら内定を辞退することは考えられないことからすると、〈1〉の発言は、内定辞退の形式を取ろうとしつつも、実質的には内定を取り消す趣旨でされたと解するのが相当である。なお、原告は、同月29日朝、被告に電話をかけているが、これが内定取消しを確認するためのものであったとしても不自然でなく、前記認定を左右するものではない。
(5) 以上によれば、Cは、原告に対して、同月28日午後8時ころ、実質的な意味で内定を取り消す旨の意思表示をしたと認められ、このことは、証人Cの証言内容を前提としても是認できるというべきである。なお、原告は、内定取消しの意思表示が実質的な意味でされたと明確に主張しているものでないが、争点(1)【原告の主張】イは、この趣旨を含むものと解される。

3 争点(2)(本件内定取消しの適法性)について
(1) 本件内定が、始期付解約権留保付労働契約の成立であることは当事者間に争いがない。
(2) 解約権留保の趣旨について
一般に内定において解約権が留保されるのは、新卒採用に当たり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力、その他社員としての適格性の有無に関連する事項について、必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨によるものと解されるところ、雇用契約締結に際しては使用者が一般的に個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮すると、そこでの解約権行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することのできる場合にのみ許されるというべきである。したがって、内定の取消事由は、使用者が、採用決定後における調査の結果により、当初知ることができず、また知ることができないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らし内定者を雇用することが適当でないと判断することが、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められることを要し、その程度に至らない場合には、解約権を行使することはできないと解される。
本件内定は、原告が平成15年3月31日までに論文審査を終了させることを前提とするものであり(認定事実(1)エ)、原告が同日までに論文審査を終了させることができなかった場合、被告は解約権を行使することができる。また、原告の故意又は重大な過失により社会の風紀、秩序を乱したとき及びこれに準ずる不都合な行為があったときも、被告は解約権を行使できると解される(同(2)ア)。
しかし、前記の解約権留保の趣旨からすれば、解約権行使の範囲は、必ずしも前記アの事由に限定されるものではない。
(3) 始期付の趣旨と入社日前の研修の許否について
ア(ア) 本件内定は、同年4月1日という確定日を入社日とする新卒採用であって、原告は、当時、東京大学大学院博士課程に在籍し、入社までに論文審査を終えることが採用条件とされていたものである(前提事実(2)、認定事実(1)ア、エ)。
(イ) 他方、原告は、本件内定通知の際、Cから入社前研修についての説明を受けて、参加することに同意し(認定事実(2)イ)、平成14年8月20日の第1回内定者懇親会で直前研修までの日程等の説明を受けたが、特に異を唱えなかった(同(3)ア)のであるから、直前研修への参加についても黙示的に同意したと解される。
イ(ア) ところで、一般に、入社日前の研修等は、入社後における本来の職務遂行のための準備として行われるもので、入社後の新入社員教育の部分的前倒しにほかならないと解されるが、本件研修もこれと異なるところはないというべきである(認定事実(3)、(4)並びに(5)及び(9)の各ア)。
(イ) 他方、新卒採用に係る内定者の内定段階における生活の本拠は、学生生活にあるのであり、原告も同様であるが、更に原告については、単に大学院の博士課程を卒業するにとどまらず、論文審査を終了させることが求められていたものである。
ウ(ア) そして、効力始期付の内定では、使用者が、内定者に対して、本来は入社後に業務として行われるべき入社日前の研修等を業務命令として命ずる根拠はないというべきであり、効力始期付の内定における入社日前の研修等は、飽くまで使用者からの要請に対する内定者の任意の同意に基づいて実施されるものといわざるを得ない。
(イ) また、使用者は、内定者の生活の本拠が、学生生活等労働関係以外の場所に存している以上、これを尊重し、本来入社以後に行われるべき研修等によって学業等を阻害してはならないというべきであり、入社日前の研修等について同意しなかった内定者に対して、内定取消しはもちろん、不利益な取扱いをすることは許されず、また、一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づき、入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を負っていると解するのが相当である。
エ 以上を総合すると、本件内定は、入社日において労働契約の効力が発生する効力始期付のものであって、原告が直前研修を含めた本件研修への参加に明示又は黙示的に同意したことにより、原被告間に本件研修参加に係る合意が成立したが、当該合意には、原告が、本件研修と研究の両立が困難となった場合には研究を優先させ、本件研修への参加をやめることができるとの留保が付されていたと解するのが相当である。なお、このことは、本件内定が就労始期付であるとしても、入社日前に就労義務がない以上、同様と解される。
(4) 本件研修参加免除の有無について
ア A教授は、同年12月6日、被告代表者に対し、忘年会の日程調整の連絡と同時に、原告について事前教育を免除することを検討するようメールで依頼したところ、被告代表者は、同月7日、「メール内容、了解しました」とのメールをA教授に返信したが、当該メールには、他に忘年会の調整についての記載があるものの、原告の研修については何ら触れておらず、これに対するA教授からの返信メールでは、「ありがとうございました」との記載の外は忘年会の調整のみが記載され、研修免除については何ら触れていない(認定事実(5)ウないしオ)。そして、原告は、被告に対して直接連絡を取ることなく同月18日の入社前研修に参加しなかったところ、当該不参加について被告から原告に対する照会等はなく、同月24日にDから原告に対して、今は研究に打ち込むため研修を欠席しているが、フォロー研修を実施する予定であるので、いつから研修に復帰できるか連絡を求めるとのメールが送信されるとともに(同(6)ア、イ)、Cは、原告が平成15年3月31日までに博士号自体を取得する予定であると誤解していたものである(同(8)イ)。
イ 以上によれば、A教授と被告代表者は、平成14年12月7日、原告が本件研修よりも研究を優先させることについて合意したものであるが、その具体的範囲については、平成15年3月31日までの論文審査終了を予定していた原告及びA教授は、本件研修全部の不参加が承認されたと理解する一方、原告が同日までに博士号自体を取得する予定であると誤解していたCは、近いうちに研究が終了し、それ次第、原告が本件研修に参加する趣旨と理解していたとするのが相当である。
ウ 原告は、本件研修への参加に同意したが、それには、研究との両立が困難となった場合、本件研修への参加を取りやめることができるとの留保があったもので(前記(3)エ)、原告は、入社前研修と課題消化が研究の支障となったため、平成14年12月7日、A教授を通じて、研修の免除を申し出ており(認定事実(5)ウ)、そこでの免除の対象に限定があったとは解されない以上、これにより原告は同月18日以降の入社前研修に参加する必要がなくなったというべきであり、このことは前記イの被告側の認識によって左右されるものではない。なお、原告は、平成15年2月26日及び同年3月20日のD宛の各メールでも、研究を最優先させること、直前研修への参加が困難であることを伝えてもいる(同(6)エ、カ)。
(5) 直前研修参加の要否
ア 原告は、Cから、平成15年3月25日、直前研修に参加することを求められ、直前研修への参加に同意している(認定事実(8))。なお、ここでのCからの直前研修参加の求めは、原告に対する要請としての効力しか持ち得ないというべきである(前記(3))。
イ しかし、原告が同意したのは、Cから、論文審査終了は入社条件でなくなり、直前研修に参加しなければ、同年度の中途採用試験を再度受験することになると告げられたためであり、論文審査を同年4月1日以降に終了させることにした結果であった(認定事実(8))。
ウ そして、原告は平成14年12月18日以降の本件研修に参加する必要はなかったものであること(前記(4)ウ)、原告が直前研修に参加しないからといって、原告に対して、内定取消しその他の不利益を課すことは許されないこと(前記(3)ウ(イ))、論文審査をいつ終了させるかは、専ら原告の判断によって決められるべき事柄であり、Cが干渉すべき事柄でないことからすると、Cにおいて、同年度の中途採用試験の再度受験という不利益を背景として、かつ、原告の論文審査終了という自律的決定事項に干渉しつつ、直前研修に参加することを求めることは、公序良俗に反し違法というべきであり、これに対する原告の同意は無効である。
エ よって、原告が直前研修に参加しなければならない理由はない。
(6) この点、被告は、本件研修は、社会通念上相当として是認できる範囲内にあるとし、証拠(乙8、9)を提出する。しかし、乙8によっても、入社前教育での集合研修の総日数は平均3.3日とされているにすぎない上、乙9は、専ら企業コストの観点から内定者教育の重要性を解くものにすぎず、卒業論文や卒業旅行等により内定者の入社に対するモチベーションが低下することを問題視するなど、内定者の生活の本拠に対する考慮を欠くものであって、これにより被告の主張が正当化されるものではない。
(7) 試用期間延長の適法性
ア 原告は、本件内定時に試用期間は3か月であるとの説明を受けている(認定事実(2)イ)。
イ これに対し、被告は、原則として3か月であると説明したと主張し、被告の就業規則では、試用期間は3か月であるが、必要と認めたときは試用期間を3か月間延長することができると定められている(認定事実(13))。
しかし、被告主張に沿う証人Cの証言は、必ずしも明確でなく(証人C【15頁】)、採用することができない上、仮に被告主張の説明があったとしても、例外の場合についての説明はないのであるから、これによって原告の試用期間を6か月に延長することはできない。
また、本件内定は、効力始期付のものであるから(前記(3)エ)、原告に就業規則の適用はない(この点、仮に就業始期付であるとしても、原告が被告から就業規則を示されたことはなく、内定者である原告が事業所備付けの就業規則を見る機会があったとも解されないから、原告が就業規則に拘束されるとするのは困難である)。
ウ よって、被告が、平成15年3月28日の段階で、原告の試用期間を6か月に延長する根拠はない。
(8) 本件内定取消しの適法性
ア 被告は、本件内定取消しの理由として、〈1〉原告が、本件研修を連続して無断欠席しながら、長期間被告への連絡を絶ったこと、〈2〉直前研修においても、講師の話を遮って講義を時間どおり終えるよう求めるなど極めて非常識な態度を取り、成績も著しく不良であったこと、〈3〉これらを踏まえた被告からの試用期間延長等の提案も受け入れなかったことを挙げる。
イ しかし、原告が平成14年12月18日以降の入社前研修に参加する義務はなかったのであるから(前記(4)ウ)、入社前研修への不参加を理由に本件内定を取り消すことはできない。
また、同日以降の入社前研修に参加しなかった原告から被告に対して連絡があったのは、平成15年2月26日と同年3月20日であるが(認定事実(6)エ、カ)、原告は、本件研修全部の参加を免除されたものと理解していたもので、そのように理解したことに一定の合理性がある一方(前記(4)イ)、この間の被告から原告への連絡も頻繁でなく、入社前研修への不参加を咎めるものでもなかったのであるから(認定事実(6)カ)、原告から被告に対する連絡が密でなかったことをもって、本件内定取消しに求められる客観的合理的理由として十分とすることはできない。
ウ(ア) ところで、直前研修の担当講師の報告では、原告の評価は、積極性が欠け、他の内定者から浮いており、レポートも良くないというもので、また、進行が遅れがちであった研修の際、「予定があるので予定どおり終わっていただけるのでしょうか」と発言し、研修の目的・意義を理解していおらず、場の雰囲気も乱したと指摘されていた(認定事実(9)イ)。
(イ) しかし、原告が直前研修に参加すべき義務はないのであるから(前記(5))、直前研修での出来事をもって、内定を取り消すことは許されない。
(ウ) また、前記の講師の評価は、抽象的な印象にすぎず、原告の社員としての適格性、従業員としての能力が著しく劣っており、教育可能性がないことを示すものということはできず、他の内定者との間に決定的な差異があることを示すものでもないから、当該評価をもって、本件内定取消しに客観的合理的理由があるとすることはできない。
(エ) さらに、原告が進行が遅れがちであった研修の際、「予定があるので予定どおり終わっていただけるのでしょうか」と発言した点については、常識不足との評価も成り立つが、改善が期待できないとする根拠はなく、また、講師自身、進行が遅れていたことを自認していること、直前研修内容(認定事実(9)ア)からすれば、直前研修は労働に該当し、賃金の支払が必要であるにもかかわらず、被告が内定者に賃金を支払った形跡はないことからすると、原告が、長時間の拘束について疑義を唱えたことに理由がないわけではなく、原告の前記発言をもって、本件内定取消しに客観的合理的理由があるとするには足りない。
(オ) なお、被告は、採用面接時の原告の態度に子供染みたところがあったとして、本件研修に参加し、かつ、子供染みた態度を改めることを採用の条件としたと主張し、証人Cはこれに沿う証言をする。しかし、証人Cの証言は、反対趣旨の原告供述に照らしてたやすく採用できず、他に被告主張の事実を認めるに足る的確な証拠はない。
そして、仮に被告主張の事実があったとしても、原告の子供染みた態度は、内定段階で判明していた事実であって、これを問題とするのであれば、その段階で調査を尽くすことが可能であったものである。それにもかかわらず、被告は、博士号をもった社員を得ることができるとの期待の下(乙11【2頁】)かかる調査を尽くさず、本件研修参加により態度が改善されることを条件とする一方、論文審査終了を採用条件とするのは、原告に困難を強いる蓋然性を含み、入社後に試用期間があることに照らすと、解約権留保の趣旨、目的を逸脱するものであって、原告の態度を内定取消しの理由とするのは相当でない。
エ 被告が、平成15年3月28日の段階で、原告の試用期間を6か月に延長する根拠はないから(前記(7))、原告が試用期間延長に応じなかったからといって、本件内定を取り消すことはできない。
オ そして、原告については、入社後に3か月の試用期間が設けられており、被告はこれを更に3か月延長することも可能であることに照らすと、以上の事情を総合したとしても、本件内定取消しに客観的合理的理由があるとするには十分でなく、本件内定取消しは違法というべきである(なお、原告は、一般の内定者と異なり、A教授の紹介で内定者となったものであるが、これによって、前記判断が左右されるものではない)。

4 争点(3)について
(1) 逸失利益について
ア 本件内定取消しは違法であるところ、被告は、内定者に対して、違法な内定取消しを行わないよう注意すべき義務を負っているにもかかわらず、これを怠ったものとして、債務不履行(誠実義務違反)に基づき、本件内定取消しと相当因果関係がある原告の損害を賠償すべき義務を負う。
イ 原告は、本件内定取消しにより平成15年4月1日から被告に入社することができなくなったが(前提事実(4)、認定事実(11)ウ)、同年5月1日から平成16年3月31日までの間、東京大学生産技術研究所に非常勤職員として勤務し、10万円強の月収を得ており、博士論文の内容を充実させるために研究を継続し、同年10月20日時点でも論文審査を終了していない(同(12))。
ウ これによれば、原告は、本件内定取消しにより平成15年4月1日以降得ることができた賃金を喪失させられたが、同年5月1日以降は、東京大学生産技術研究所に非常勤職員として勤務しながら研究を継続するという生活を自ら選択したものであって、本件内定取消しと相当因果関係がある逸失利益は、同年4月分の19万6000円と解される(なお、本件内定取消しは違法であり、原告は、被告に対して、賃金を請求することもできるが、両者は請求権競合の関係にあると解される)。
エ これに対し、被告は、本件内定取消しと逸失利益の間に相当因果関係はないと主張する。しかし、原告は、本件内定取消しがなければ、直前研修の最終日に参加し、同年4月1日に入社したものと解されるから、本件内定取消しと逸失利益の間に相当因果関係がないことにはならない(なお、前記3(5)によれば、原告において、直前研修への参加を拒否する選択もとり得るが、この場合、原告は同年3月31日に論文審査を終了させ、同年4月1日に入社していたと解される)。
(2) 慰謝料について
ア 原告は平成14年12月18日以降の本件研修に参加する必要はなく、被告において、原告が直前研修に参加しないからといって、原告に対し、内定取消しその他の不利益を課すことは許されないにもかかわらず、被告は、原告に対して、論文審査をいつ終了させるかという原告の自律的決定事項に干渉しながら、同年度の中途採用試験の再度受験という不利益を背景として、直前研修に参加することを求め、原告は、論文審査終了の日程を変更して直前研修への参加を強いられ(前記3(5)ウ)、3日間の拘束を受けた(認定事実(9)イ)。また、本件内定取消しは違法である。
イ これら被告の債務不履行(誠実義務違反)により原告は精神的苦痛を受けたものと認められるところ、債務不履行の態様、本件内定取消し後の経過その他本件に表れた諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するに相当な金額は、50万円とするのが相当である。
ウ 他方、原告は、当初本件研修に参加することに同意しており(前記3(3))、それに基づいて参加した入社前研修自体は違法でない。また、入社前研修で与えられた課題は、研究の支障となっており(認定事実(5))、本件研修と学業の両立が困難であるとして内定を辞退した者も存するが(同(7))、原告は、被告に対して、本件研修への不参加を申し出ることが可能であったのにそれをせず、他方、被告が原告の研究の進捗状況を把握していたとも認められないから、この点について、被告に債務不履行(誠実義務違反)があったとするのは困難である。
(3) 弁護士費用について
弁論の全趣旨によれば、原告は、原告訴訟代理人に対し、本訴の提起及びその追行を委任し、相当額の報酬の支払を約したと認められるところ、本件事案の性質、事件の経過及び請求認容額に照らせば、被告に対し賠償を求め得る弁護士費用は、10万円とするのが相当である。
5 以上によれば、原告の請求は主文掲記の限度で理由がある(なお、本訴請求は債務不履行に基づく損害賠償請求であるから、遅延損害金の起算日は、催告があったと解される訴状送達の日の翌日である平成15年10月1日である)。
(裁判官 増永謙一郎)

+判例(福岡地判H22.6.2)コーセーアールイー第2事件
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件内々定によって,労働契約が成立しているか。)について
(1) 前記第2の1の各事実に加え,証拠(甲1から5まで,甲8,9,甲14,甲16,17,甲19,20,甲23,34,乙1から7まで,乙8の1から10まで,乙9の1から6まで,乙10の1,2,乙11,乙12の1,2,乙13,14,乙16から21まで,乙26,証人 ,原告)及び弁論の C全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告は,不動産デベロッパーとして,マンションの計画から,土地所有者,金融機関,建築業者等との交渉,販売等を手掛けているが,平成19年の建築基準法改正や原油価格等の原材料の高騰等によって,マンションの製造コストや販売に影響が出て,被告の資金繰りが悪化した。そのため,平成20年1月ころ,平成21年4月の大学卒業予定者(新卒者)の採用予定について,平成20年4月採用の11名から5名に減らす方針を決定した。
しかし,その後もアメリカ経済を始めとする経済状況の悪化が続くことから,被告は,経営改善のために出張社員の住宅費見直し,時間外手当や出張旅費日当の削減等の経費削減策を実施したほか,同年5月ころには,新卒予定者の応募状況等を考慮して採用予定者を3名に減らすことを決定した。しかし,将来的な人材の確保等という観点もあって,経営環境の悪化には現行の経費削減で対応し,来年度以降の予算で対応できる新卒者の採用を取り止めるなどということは全く検討されていなかった。
イ Aは,平成21年3月にH大学を卒業予定であったが,平成20年4月ころから,被告の会社説明会,適性試験,面接等を経て,同年5月30日ころ,被告の採用内々定が決定し,そのころ本件内々定通知と同様の書類(以下, についての内々定やその受領書類についても,原告と同様の略称 Aを使用する。)を受領した。
また,原告は,同年6月ころから,被告の会社説明会,適性試験,面接等を経て,同年7月7日ころ,本件内々定が決定し,本件内々定通知を受領した。
被告においては,同年10月1日に正式な内定を予定しており,内定後に,内定者に対して,採用内定通知書(乙2)や労働条件通知書(雇入通知書。乙3)を交付して,具体的な労働条件を通知し,卒業見込証明書や健康診断書等を提出させることとしており,本件内々定通知にも,このことが明記されていた。
ただし,平成19年(平成20年4月採用)までの就職活動については,一般に新卒者に対する求人数が多く,新卒者側に有利な状況にあり,被告でも複数の内々定をもつ新卒者が被告の内々定あるいは内定を辞退する例も多く見られたため,被告では,辞退を少しでも減らすために,平成20年からは,本件内々定通知とともに入社承諾書を送付して,内々定者にこれを内定前の提出期限までに送り返すように求めることとした。
原告及びAは,正式な内定が同年10月1日に予定されており,未だに内々定の段階であることは知っていたが,被告への就職を希望しており,それまで内定(あるいは内々定)の取消しなどという話はほとんど聞いたことがなく,このまま被告に就職できるものと考えて,それぞれ直ちに入社承諾書を被告に返送すると,他の企業への訪問等を止めて就職活動を終了した。特に,Aは,採用内々定の通知を受けていた企業及び最終面接を受けていた企業にそれぞれ断りの連絡を入れた
ウ 被告においては,原告及びA以外の新卒予定者が内々定を辞退するなどしたことから,結局,原告及びAの2名のみが今年度の内々定者となった。被告の担当者である は,同年7月30日,原告及びBAを被告事務所に呼んで,同人らに説明等を行い,被告取締役管理部長である (以下「 」と C Cいう。)も原告やAと会って話をした。その際,アメリカでの銀行の経営破綻等によって,さらなる経済状況の悪化が続いていたことから,被告の経営状況や採用について話題となり,被告は,そのころ夏季賞与カットや退職勧奨等の経営改善策に着手していたが,Cは,前記のとおり新卒者の採用は維持する予定であったことから,上記経営改善策のことには触れず,原告及びAに対して,「うちは大丈夫」などと発言した。
エ その後も経済状況の世界的悪化は続き,福岡でもマンションデベロッパー数社が経営破綻したほか,同年9月には,アメリカ大手の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが経営破たんして,同社が発行している社債や投信を保有する企業やその取引先等に波及して,いわゆるリーマン・ショックといわれる世界的金融危機となった。
被告は,同年8月4日から同年9月20日までの間に,従業員4名を退職勧奨によって順次退職させるなど経営改善策を進めていたが,同年8月ころ,取締役会等において,これまでの経営改善策では不十分であり,新卒者の採用見直しを含めた更なる経営改善策が検討されるようになった。
しかし,Bは,そのような事情を知らされておらず,従前からの予定通り,同年9月25日ころ,原告及びAに対し,それぞれ電話をかけて,内定式等という形式張ったものは行わないが,被告事務所で採用内定通知書の授与を行うとして,原告及びAの日程の都合を確認し,その結果,被告は,同年10月2日に上記授与を行うことに決めた。
オ 被告は,同年9月中旬ころ,短期決算の結果がまとまり,同年3月の業績予想を大幅に下方修正せざるをえなくなったが,同年9月26日以降に至って,原告及びAの正式内定となればその取消しは困難になるなどと考えて,原告及びAの本件内々定を取り消すことを決定し,同年9月30日ころ, A原告及び それぞれに対し,本件取消通知を送付した
原告は,上記通知を受領すると,すぐにBに対して確認及び説明を求める電話をしたが,Bが書面のとおり決定されたのでどうしようもないという態度だったので,原告は,電話を切った。
一方,Aは,同年10月1日,被告に対して,本件内々定取消しと被告の説明及び対応の悪さに抗議するメール(甲19)を送付したが,被告からは一切連絡がなかった。
カ 原告は,本件内々定取消しに納得できず,宅建の試験を終えた同年10月末ころ,自らの大学の学生キャリアセンターに相談し,その勧めで,就職活動を再開するとともに,厚労省管轄の福岡学生職業センターに相談した。原告は,同年12月,福岡学生職業センターから,被告担当者を呼んで受けた説明によれば被告としては本件内々定取消に違法性はないと認識しているとのことであったこと,福岡学生職業センターから被告に対して事情説明の報告書の提出を指導したこと,などを聞かされた。
被告は,同月18日付け「内々定取消回避に関する事項」と題する書面(甲17)を福岡学生職業センターに送付したが,これには,A4版用紙2枚にわたって,これまでに組織の見直し(退職勧奨等),長期出張者の住居,出張旅費の削減及び日当の廃止,車両等のリース契約途中解約,社
員旅行の中止,冬季賞与支給額減額等を行ってきたなどと説明があり,内々定取消しを受けた本人からの依頼があれば,被告の取引先等へ紹介を行いたいと思う旨の記載があった。
また,被告は, 大学に対して,同月22日付けで「内々定取消しに関す Gるご報告」と題する書面(甲5)を送付したが,これには,A4版用紙2枚にわたって,原告に本件内々定取消しを行ったこと,経緯や理由について簡単な説明が記載されていた。
さらに,原告は,被告を相手方として,当庁に労働審判を申し立てたが,Aの在籍する 大学を通じて にも連絡を取り, も,同様に労働審判を申し H A A立てた。
原告は,平成21年1月ころ,現在の就職先から内定通知を受け,同年4月から働き始めた。一方, は,平成20年12月ころから就職活動を再 A開したが,その後も就職先が決まらず,同年4月以降も就労していない。
キ 被告では,平成21年5月から,被告取締役報酬について1年間15パーセントのカットが行われており,また,株主への配当も,前年度の1株あたり1750円から1000円に減額されている。
(2) 上記(1)の認定事実によると,被告は,倫理憲章の存在等を理由として,同年10月1日付けで正式内定を行うことを前提として,被告の人事事務担当者名で本件内々定通知をしたものであるところ,内々定後に具体的労働条件の提示,確認や入社に向けた手続等は行われておらず,被告が入社承諾書の提出を求めているものの,その内容は,内定の場合に多く見られるように,入社を誓約したり,企業側の解約権留保を認めるなどというものでもない
また,被告の人事事務担当者が,本件内々定の当時,被告のために労働契約を締結する権限を有していたことを裏付けるべき事情は見当たらない。さらに,平成19年(平成20年4月入社)までの就職活動では,複数の企業から内々定のみならず内定を得る新卒者も存在し,平成20年(平成21年4月入社)の就職活動も,当初は前年度の同様の状況であり, を含めて A内々定を受けながら就職活動を継続している新卒者も少なくなかったという事情もある。
したがって,本件内々定は,正式な内定(労働契約に関する確定的な意思の合致があること)とは明らかにその性質を異にするものであって,正式な内定までの間,企業が新卒者をできるだけ囲い込んで,他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきであり,原告及びAも,そのこと自体は十分に認識していたのであるから,本件内々定によって,原告主張のような始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえず,他にこれを認めるに足りる証拠はない
したがって,争点(2)について判断するまでもなく,労働契約の成立を前提とする原告の主張は理由がない。

2 争点(3)(期待権侵害あるいは信義則違反の有無)について
上記(1)の認定事実によれば,被告は,世界的な経済状況の悪化,被告を含む不動産業界全体の不振,被告の資金繰りの悪化等を十分認識し,夏季賞与カット,退職勧奨等の経営改善策を進める一方で,平成20年7月までに原告及びAの内々定を決定し,入社承諾書を提出させたほか,同年7月30日には,原告及びABCを被告事務所に呼んで,担当者 及び取締役管理部長 で対応して,経済状態の悪化等があっても被告は大丈夫等と説明し,同年9月25日には,同年10月1日の原告及びAの正式内定を前提として,採用内定通知書交付の日程調整を行って,その日程を同月2日に決めたものである。
このような事実経緯からみる限り,被告は,平成20年9月下旬に至るまで,被告の経営状態や経営環境の悪化にもかかわらず,新卒者採用を断念せず,原告及びAの採用を行うという一貫した態度を取っていたものといえる。
したがって,原告が,被告から採用内定を得られること,ひいては被告に就労できることについて,強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり,特に,採用内定通知書交付の日程が定まり,そのわずか数日前に至った段階では,被告と原告との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は,法的保護に十分に値する程度に高まっていたというべきである。
それにもかかわらず,被告は,同月30日ころ,突然,本件取消通知を原告に送付して本件内定取消しを行っているところ,本件取消通知の内容は,建築基準法改正やサブプライムローン問題等という複合要因によって被告の経営環境は急速に悪化し,事業計画の見直しにより,来年度の新規学卒者の採用計画を取り止めるなどという極めて簡単なものである。また,その直後の電話による原告の直接の確認と説明の求めに対しても,原告に対して本件内定取消しの具体的理由の説明を行うこともなかった。このように,原告が相談した福岡学生職業センターからの指導に対する対応を含めても,被告が内々定を取り消した相手である原告に対し,誠実な態度で対応したとは到底いい難い
加えて,被告は,経営状態や経営環境の悪化を十分認識しながらも,なお新卒者である原告及び Aの採用を推し進めてきたのであるところ,その採用内定の直前に至って,上記方針を突然変更した具体的理由は,本件全証拠によっても,なお明らかとはいい難い。特に,被告における取締役報酬のカット幅や株主への配当状況等に照らせば,被告がいわゆるリーマン・ショック等によって緊急かつ直接的な影響が被告にあると認識していたのかは疑わしく,むしろ,経済状況がさらに悪化するという一般的危惧感のみから,原告及びAへの現実的な影響を十分考慮することなく,採用内定となる直前に急いで原告及びAの本件内々定取消しを行ったものと評価せざるを得ない。そして,本件全証拠によっても,当時,原告について被告との労働契約が成立していたと仮定しても,直ちに原告に対する整理解雇が認められるべき事情を基礎付ける証拠はない
そうすると,被告の本件内々定取消しは,労働契約締結過程における信義則に反し,原告の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから,被告は,原告が被告への採用を信頼したために被った損害について,これを賠償すべき責任を負うというべきである。

3 争点(4)(損害額)について
(1) 慰謝料
上記認定の本件内々定から本件内々定取消しに至る経緯,特に,本件内々定取消しの時期及び方法,その後の被告の説明及び対応状況,原告の就職活動の状況,平成21年1月に採用内定を得て現在は就労していることなど,本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,原告が本件内々定取消しによって被った精神的損害を填補するための慰謝料は,75万円と認めるのが相当である。
(2) 就職活動費
原告の支出した具体的費用やこれと通常必要とされる就職活動費との差額等は証拠上明らかでない上,これが期待権の侵害と相当因果関係を有する損害とも認められない。
(3) 弁護士費用
上記認容額,本件事案の内容,審理の経過等一切の事情を考慮すると,被告が負担すべき原告の弁護士費用相当の損害は,10万円と認めるのが相当である。
4 結論
以上によれば,原告の本訴請求は,損害賠償金85万円及びこれに対する不法行為の後である平成20年10月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官 岩 木 宰


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民法 事例で学ぶ民法演習 13 即時取得


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1.小問1(1)

+(所有権の取得時効)
第百六十二条  二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2  十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する

+(占有の態様等に関する推定)
第百八十六条  占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する
2  前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する

主張
占有の初めに無過失であったこと(所有権が自分に属すると信ずべき正当の理由があった)
10年間の占有

2.小問1(2)
・所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原または占有に関する事情により外形的客観的に定められるべき。

・他主占有事情
+判例(H7.12.15)
理由
一 上告代理人長戸路政行の上告理由について
1 上告人らの第二次的請求は、A(上告人Bの父)による昭和三〇年一〇月三日の本件土地の占有をその起算点とする期間一〇年又は二〇年(昭和四二年一月初旬に上告人らが占有を承継)の取得時効の成立を理由として、被上告人らに対し、各持分移転登記手続を求めるものであり、第三次的請求は、上告人らによる昭和四二年四月三〇日の本件土地の占有をその起算点とする期間一〇年又は二〇年の取得時効の成立を理由として、被上告人らに対し、各持分移転登記手続を求めるものである。
原審は、(1) 本件土地の当時の所有者であったC(被上告人Dの夫Eの父、被上告人Fの祖父)とA(Cの弟)との間で、昭和三〇年一〇月に本件土地とA所有の五八九番の土地との交換契約が成立したと認めるに足りないこと、及びAが上告人らに対し、昭和四二年一月に本件土地を贈与したと認めるに足りないことを理由に、Aによる昭和三〇年一〇月ころの本件土地の占有の開始が交換契約により所有権を取得したと認識した上のものであると認めるに足りず、上告人らによる昭和四二年四月ころの本件土地の占有の開始も贈与契約により所有権を取得したと認識した上のものであると認めるに足りないとし、また、(2) A及び上告人らは、本件土地につき、登記簿上の所有名義がC又はEにあり、Aに移転していないことを知りながら、その移転登記手続を求めることなく長期間放置し、本件土地の固定資産税を負担することもしなかったなど、所有者としてとるべき当然の措置をとっていないことを総合して考慮すると、A及び上告人らには本件土地を占有するにつき所有の意思がなかったというのが相当であると判断した。

2 しかしながら、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が所有の意思のない占有に当たることについての立証責任を負うのであるが、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、占有者の内心の意思のいかんを問わず、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(このような事情を以下「他主占有事情」という。)が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和五七年 (オ)第五四八号同五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁参照)。
これを本件についてみると、原審の(1)の判断は、A又は上告人らの内心の意思が所有の意思のあるものと認めるに足りないことを理由に、同人らの本件土地の占有は所有の意思のない占有に当たるというに帰するものであって、同人らがその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実を確定した上でしたものではない。
原審の(2)の判断は、A及び上告人らが本件土地の登記簿上の所有名義人であったC又はEに対し長期間にわたって移転登記手続を求めなかったこと、及び本件土地の固定資産税を全く負担しなかったことをもって他主占有事情に当たると判断したものである。まず、所有権移転登記手続を求めないことについてみると、この事実は、基本的には占有者の悪意を推認させる事情として考慮されるものであり、他主占有事情として考慮される場合においても、占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。次に、固定資産税を負担しないことについてみると、固定資産税の納税義務者は「登記簿に所有者として登記されている者」である(地方税法三四三条一、二項)から、他主占有事情として通常問題になるのは、占有者において登記簿上の所有名義人に対し固定資産税が賦課されていることを知りながら、自分が負担すると申し出ないことであるが、これについても所有権移転登記手続を求めないことと大筋において異なるところはなく、当該不動産に賦課される税額等の事情によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともあるすなわち、これらの事実は、他主占有事情の存否の判断において占有に関する外形的客観的な事実の一つとして意味のある場合もあるが、常に決定的な事実であるわけではない
本件においては、原審は、A又は上告人らの本件土地の使用状況につき、(ア)Aは、それまで借家住まいであったが、昭和三〇年一〇月ころ、本件土地に建物を建築し、妻子と共にこれに居住し始めた、(イ)Aは、昭和三八年ころ、本件土地の北側角に右建物を移築した、(ウ)Aは、昭和四〇年八月ころ、移築した右建物の東側に建物を増築した、(エ)上告人Bと結婚していた上告人Gは、昭和四二年四月ころ、Aが移築し、増築した建物の東側に隣接して作業所兼居宅を建築した、(オ)上告人Gは、昭和六〇年、Aが移築し、増築した建物と上告人Gが建築した作業所兼居宅とを結合するなどの増築工事をして現在の建物とした、(カ)C又はEは、以上のA又は上告人Gによる建物の建築等について異議を述べたことがなかった、との事実を認定しているところ、AはCの弟であり、いわばA家が分家、C家が本家という関係にあって、当時経済的に苦しい生活をしていたA家がC家に援助を受けることもあったという原判決認定の事実に加えて、右(ア)ないし(カ)の事実をも総合して考慮するときは、A及び上告人らが所有権移転登記手続を求めなかったこと及び固定資産税を負担しなかったことをもって他主占有事情として十分であるということはできない。なお、原審は、本件土地の固定資産税につき、Cらに対していつからどの程度の金額が賦課されていたのか、A又は上告人らにおいていつそれを知ったのかについて審理判断していない。
3 以上の次第で、原審の右(1)、(2)の判断は、所有の意思に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、ひいて審理不尽、理由不備の違法をおかしたものであり、右違法は、原判決のうち上告人らの被上告人らに対する第二次的及び第三次的請求に係る部分の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
論旨は、右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は右部分につき破棄を免れない。そこで、更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
二 本件上告について提出された上告状及び上告理由書には上告人らの被上告人らに対する第一次的請求に係る部分についての上告理由の記載がないから、右部分については適法な上告理由書提出期間内に上告理由書の提出がなかったことに帰する。そうすると、右部分についての上告は、不適法であるから、これを却下すべきである。
三 よって、民訴法四〇七条一項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

++解説
《解  説》
一 本判決は、土地の取得時効の成否が争われた事件において、不動産の占有者が登記簿上の所有名義人に対して移転登記手続を求めなかったこと及び当該不動産に賦課される固定資産税を負担しなかったことが、外形的客観的にみて他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(他主占有事情)として十分であるか、の問題を扱ったものである。事案の概要は、次のようなものである。
Aは、昭和三〇年一〇月当時本件土地の所有者であり、登記簿上の所有名義人であった。Aの弟Bは、昭和三〇年一〇月ころ、それまでの借家住まいから、本件土地に建物を建築して妻子と共に居住し始め、その後本件土地上で右建物を移築し、さらに移築した建物を増築した。また、Bの娘X1と結婚したX2は、昭和四二年四月ころ、Bが移築・増築した建物に隣接して作業所兼居宅を建築し、昭和六〇年にはBが移築・増築した建物とX2が建築した作業所兼居宅を結合するなどの増築工事をして現在の建物とした。昭和三一年八月二九日、Aが死亡し、その後、Aの長男Cが本件土地の所有名義人となった(Cは平成元年五月二四日に死亡し、その妻Y1と子Y2が現在の所有名義人である。)が、AもCも、B又はX2の右建物の建築等について異議を述べたことはなかった。他方、この間、BもX1・X2も、登記簿上の所有名義がA又はCにあり、Bに移転していないことを知りながら、所有権移転登記手続を求めず、固定資産税を負担することもしなかった。なお、Aの家が本家、Bの家が分家という関係にあって、当時経済的に苦しい生活をしていたBの家がAの家に援助を受けることもあった。
X1・X2がY1・Y2に対し、第一次的に昭和三〇年一〇月三日交換を原因とする、第二次的に昭和三〇年一〇月三日時効取得を原因とする、第三次的に昭和四二年四月三〇日時効取得を原因とする、各持分移転登記手続を求めるのが本件訴えである。
控訴審はX1・X2の各請求を棄却すべきものとしたが(第一審も結論は同じ)、その理由は(1) 昭和三〇年一〇月ころのBとAの代理人Cとの間の交換契約の成立、昭和四二年一月初旬のBとX1・X2との間の贈与契約の成立は、いずれも認めるに足りない、(2) そうすると、Bによる本件土地の占有開始が交換契約により所有権を取得したと認識した上のものであると認めるに足りず、X1・X2による本件土地の占有開始も贈与契約により所有権を取得したと認識した上のものであると認めるに足りないし、B及びX1・X2は、本件土地につき、登記簿上の所有名義がA又はCにあり、Bに移転していないことを知りながら、所有権移転登記手続を求めることなく長期間放置し、固定資産税を負担することもしなかったなど、所有者として当然とるべき措置をとっていないことを総合して考慮すると、B及びX1・X2には本件土地を占有するにつき所有の意思がなかったというのが相当である、というものである。
二 取得時効の成立を争う者において占有者の占有が「所有ノ意思」をもってするものでないことを主張立証すべきであるところ(最三小判昭54・7・31裁判集民一二七号三一五頁)、その「所有ノ意思」は、占有者の内心の意思によらず、純粋に客観的に、占有を生ぜしめた権原の性質によって決定すべきであるというのが通説の立場であり(我妻栄・新訂民法総則四七八頁、四宮和夫・民法総則〔第四版〕三〇〇頁など)、従来の最高裁判例の立場であった(最一小判昭45・6・18裁判集民九九号三七五頁、本誌二五一号一八四頁、最一小判昭45・10・29裁判集民一〇一号二四三頁、本誌二五五号一六五頁、最三小判昭56・1・27裁判集民一三二号三三頁など)。ところが、最一小判昭58・3・24民集三七巻二号一三一頁、本誌五〇二号九五頁(お綱の譲り渡し事件判決)は、「占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情」を主張立証することによっても他主占有を主張立証し得るとした。そこで、他主占有を理由に取得時効の成立を争う方法としては、占有者の「他主占有権原」の発生原因事実(及び占有者の占有が右他主占有権原に基づくこと)を主張立証する方法と、右の「外形的客観的事情」(本判決は、これを「他主占有事情」という。)を主張立証する方法の二つの方法があることとなった。

三 そこで、他主占有事情を主張立証して取得時効の成立を争う場合に、どのような具体的事実が他主占有事情に当たるのか、どの程度の具体的事実があれば他主占有事情ありといえるのか、が問題になる。
本判決は、まず、不動産の占有者が登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めないことにつき、「この事実は、基本的には占有者の悪意を推認させる事情として考慮されるものであり、他主占有事情として考慮される場合においても、占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。」と判示した。その趣旨は、悪意の占有者が登記簿上の所有名義人に対してこれを求めないのはむしろ当然であって、そのこと自体を不動産を自己の物として占有すること(自主占有)と矛盾する態度とみることはできない。せいぜい、善意の占有者であると仮定した場合に、他人の所有権を排斥して占有する意思を有していることと矛盾する態度ということができるものにすぎないのであるから、他主占有事情を基礎付ける事実として決定的なものということはできず、占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等を検討してその重要度を判定することが必須であるというものであろう
本判決は、次に、固定資産税を負担しないことにつき、その納税義務者は「登記簿に所有者として登記されている者」である(地方税法三四三条一、二項)から、「他主占有事情として通常問題になるのは、占有者において登記簿上の所有名義人に対し固定資産税が賦課されていることを知りながら、自分が負担すると申し出ないことであるが、これについても所有権移転登記手続を求めないことと大筋において異なるところはなく、当該不動産に賦課される税額等の事情によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。」と判示した。控訴審判決は、登記簿上の所有名義人に対していつからどの程度の金額が賦課されたのか、占有者においていつそれを知ったのかを全く確定しないまま、占有者が固定資産税を負担しなかったという事実を他主占有事情として意味のある事実としたようであるが、本判決は、それが誤りであることを明確にした。
そして、本判決は、冒頭掲記の判決要旨のとおり判示して、本件の事実関係の下においては、土地の占有者が所有権移転登記手続を求めず、固定資産税を負担しなかったことをもって、他主占有事情として十分であるということはできないとした。
本判決は、他主占有事情が問題になる典型的な事案において、基本的な判断の枠組みと事例に即した判断を示したものであり、実務上参考になろう。

・他主占有の場合に時効取得を主張したい場合。相続の場合。
+(占有の承継)
第百八十七条  占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。
2  前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。

+判例(S37.5.18)
理由
上告代理人田村五男、同浦上一郎の上告理由第三点について。
原判決は、上告人先々代Aの本件土地に対する占有は悪意であると認定した上、右Aの死亡によりその家督を相続して本件土地に対する占有を承継した上告人先代Bの占有は、新権原にもとづき占有を開始したものでないからその性質を変えることなく、Aの地位をそのまま承継した悪意の占有者というべきであるから、一〇年の取得時効を完成するに由なきものといわなければならない旨判示している。
しかし、民法一八七条一項は「占有者ノ承継人ハ其選択ニ従ヒ自己ノ占有ノミヲ主張シ又ハ自己ノ占有ニ前主ノ占有ヲ併セテ之ヲ主張スルコトヲ得」と規定し、右は相続の如き包括承継の場合にも適用せられ、相続人は必ずしも被相続人の占有についての善意悪意の地位をそのまま承継するものではなく、その選択に従い自己の占有のみを主張し又は被相続人の占有に自己の占有を併せて主張することができるものと解するを相当とする。従つて上告人は先代Bの占有に自己の占有を併せてこれを主張することができるのであつて、若し上告人先代Bが家督相続により上告人先々代Aの本件土地に対する占有を承継した始めに善意、無過失であつたとすれば、同人らが平穏かつ公然に占有を継続したことは原判示により明らかであるから、一〇年の取得時効の完成により本件土地の所有権は上告人に帰属することになる。そうすると、原判決は法令の解釈を誤つた違法があるものというべく、論旨は理由があり、この点に関する大審院判例(大正三年(オ)第五八七号大正四年六月二三日言渡判決民録二一輯一〇〇五頁、大正五年(オ)第六七四号大正六年二月二八日言渡判決民録二三輯三二二頁、昭和六年オ第三二二号同年八月七日言渡判決民集一〇巻七六三頁)は変更せらるべきものである。そして、本件においては、上告人先代Bが本件土地の占有を承継した始めに善意、無過失であつたか否かが時効完成の成否を決する要点であるが、この点について原審は何ら判断を与えていない。それ故、本件は、さらに審理を尽すため、原裁判所に差し戻すべきである。
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

+(占有の性質の変更)
第百八十五条  権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない

・自主占有事情
+判例(H8.11.12)
理由
上告代理人山口定男の上告理由第二点について
一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
1 旧門司市所在の本件土地建物、すなわちa町の土地、東門司の土地並びに花月園の土地及び建物は、いずれも、昭和二九年当時、Cの所有であり、このうち東門司の土地及び花月園の建物は第三者に賃貸されていた。Cの五男であったDは、当時福岡県門司市に居住していたところ、同年五月ころからCの所有不動産のうち同市に所在していた本件土地建物につき占有管理を開始し、本件土地建物のうち東門司の土地及び花月園の建物については、貸借人との間で、賃料の支払、賃貸家屋の修繕等についての交渉の相手方となり、賃料を取り立ててこれを生活費として費消していた。
2 Dが昭和三二年七月二四日に死亡したことから、その相続人である妻の上告人A(相続分三分の一)及び長男の上告人B(相続分三分の二。昭和三〇年七月一三日生)が本件土地建物の占有を承継したところ、上告人Aは、Dの死亡後、本件土地建物の管理を専行し、東門司の土地及び花月園の建物については、賃借人との間で、賃料額の改定、賃貸借契約の更新、賃貸家屋の修繕等を専決して、保守管理を行い、賃料を取り立ててこれを生活費の一部として費消している。
3 上告人Aは、本件土地建物の登記済証を所持し、昭和三三年以降現在に至るまで継続して本件土地建物の固定資産税を納付している。
4 Cは、昭和三六年二月二七日に死亡し、その相続人は、妻である被上告人E、長男であるF、二男である被上告人G、四男であるH、長女である被上告人I及び孫である上告人B(代襲相続人)であった。Cは、生前、その所有する多数の土地建物につきその評価額、賃料収入額等を記載したノートを作成していたところ、右ノートには本件土地建物について「Dニ分与スルモノ」との記載がされている。Fは、昭和三八年ないし三九年ころ、Cの経営に係る福井商店の債務整理のため本件土地建物を売却しようとしたが、上告人Aは、Dが本件土地建物をCから贈与された旨をDからその生前に聞いていたので、当時所持していた右ノートをFに示して本件土地建物の売却に反対し、結局、本件土地建物は売却されなかった。
5 本件土地建物の登記簿上の所有名義人は、Cの死亡後も依然として同人のままであったことから、上告人Aは、昭和四七年六月、本件土地建物につき上告人ら名義に所有権移転登記をしようと考えて、被上告人Eに協力を求めたところ、同被上告人は、上告人Aの求めに応じて、本件土地建物につき「亡C名義でありますが生前五男D夫婦に贈与せしことを認めます」との記載のある「承認書」に署名押印した。被上告人Eの助言もあったことから、上告人Aは、これに引き続いて、被上告人G及び被上告人Iを訪れて、本件土地建物につき上告人ら名義に所有権移転登記をすることの同意を求めたが、被上告人GはFの意向次第であると答え、被上告人Iは経緯を知らなかったことから同意せず、結局、本件土地建物について上告人ら名義への所有権移転登記はされなかった。
二 本件請求は、Cの相続人又はその順次の相続人である被上告人らに対して、上告人らが本件土地建物につき所有権移転登記手続を求めるものであるところ、上告人らの主張は、(1)Dは昭和三〇年七月にCから本件土地建物の贈与を受けた、(2)Dが昭和三〇年七月に本件土地建物の占有を開始した後(同三二年七月二四日に同人の死亡により上告人らが占有を承継)、一〇年又は二〇年が経過したことにより取得時効が成立した、(3)上告人らが昭和三二年七月二四日に本件土地建物の占有を開始した後、一〇年又は二〇年が経過したことにより取得時効が成立した、というものである。
原審は、次のとおり判断して、上告人らの請求を棄却した。
1 CからDに対する本件土地建物の贈与については、これを推認させる間接事実ないし証拠があるが、贈与の事実の心証までは得られず、Cは本件土地建物をDに贈与する心積もりはあったがこれを履行しないうちにDが死亡したという限度で事実を認定し得るにとどまる。
2 Dは昭和二九年五月ころに有償の委任契約に基づく受任者として本件土地建物の占有を開始したものであり、上告人らの主張する昭和三〇年七月の贈与が認められないのであるから、Dはその後も依然として受任者としての占有を継続していたものというべきであり、同人の占有は占有権原の性質上他主占有である。
3 上告人らはDの死亡に伴う相続により本件土地建物の占有を開始したものであるが、(1)Cの死亡に伴い提出された昭和三八年一二月三日付け相続税の修正申告書には本件土地建物のほか東門司の土地の賃料及び花月園の建物の賃料が相続財産として記載されているところ、上告人Aはそのころ右修正申告書の写しを受け取りながら、その記載内容について格別の対応をしなかったこと、(2)上告人らが昭和四七年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたことなどに照らせば、Dの他主占有が相続を境にして上告人らの自主占有に変更されたとは認められない。

三 しかしながら、原審の右判断中3の部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 被相続人の占有していた不動産につき、相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が所有の意思のないものであったとしても、相続人は、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるものというべきである(最高裁昭和四四年(オ)第一二七〇号同四六年一一月三〇日第三小法廷判決・民集二五巻八号一四三七頁参照)。
ところで、右のように相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合を除き、一般的には、占有者は所有の意思で占有するものと推定されるから(民法一八六条一項)、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が他主占有に当たることについての立証責任を負うべきところ(最高裁昭和五四年(オ)一九号同年七月三一日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号三一五頁)、その立証が尽くされたか否かの判定に際しては、(一)占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は(二)占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(ちなみに、不動産占有者において、登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めず、又は右所有名義人に固定資産税が賦課されていることを知りながら自己が負担することを申し出ないといった事実が存在するとしても、これをもって直ちに右事情があるものと断ずることはできない。)が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和五七年(オ)第五四八号同五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁、最高裁平成六年(オ)一九〇五号同七年一二月一五日第二小法廷判決・民集四九巻一〇号三〇八八頁参照)。
これに対し、他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである
2 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、上告人Aは、Dの死亡後、本件土地建物について、Dが生前にCから贈与を受け、これを上告人らが相続したものと信じて、幼児であった上告人Bを養育する傍ら、その登記済証を所持し、固定資産税を継続して納付しつつ、管理使用を専行し、そのうち東門司の土地及び花月園の建物について、賃借人から賃料を取り立ててこれを専ら上告人らの生活費に費消してきたものであり、加えて、本件土地建物については、従来からCの所有不動産のうち門司市に所在する一団のものとして占有管理されていたことに照らすと、上告人らは、Dの死亡により、本件土地建物の占有を相続により承継しただけでなく、新たに本件土地建物全部を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものということができる。そして、他方、上告人らが前記のような態様で本件土地建物の事実的支配をしていることについては、C及びその法定相続人である妻子らの認識するところであったところ、同人らが上告人らに対して異議を述べたことがうかがわれないばかりか、上告人Aが昭和四七年に本件土地建物につき上告人ら名義への所有権移転登記手続を求めた際に、被上告人Eはこれを承諾し、被上告人G及び被上告人Iもこれに異議を述べていない、というのである。右の各事情に照らせば、上告人らの本件土地建物についての事実的支配は、外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当である。原判決の挙げる(1)Cの遺産についての相続税の修正申告書の記載内容について上告人Aが格別の対応をしなかったこと、(2)上告人らが昭和四七年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたことは、上告人らとC及びその妻子らとの間の人的関係等からすれば所有者として異常な態度であるとはいえず、前記の各事情が存在することに照らせば、上告人らの占有を所有の意思に基づくものと認める上で妨げとなるものとはいえない。
右のとおり、上告人らの本件土地建物の占有は所有の意思に基づくものと解するのが相当であるから、相続人である上告人らは独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるというべきである。そうすると、被上告人らから時効中断事由についての主張立証のない本件においては、上告人らが本件土地建物の占有を開始した昭和三二年七月二四日から二〇年の経過により、取得時効が完成したものと認めるのが相当である。
四 したがって、これと異なる判断の下に、上告人らの本件土地建物の占有を他主占有として取得時効の主張を排斥し、上告人らの請求を棄却した原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものといわざるを得ず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、本件土地建物について所有権移転登記手続を求める上告人らの請求は理由があるから、これを認容すべきであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人らの控訴は棄却すべきものである。なお、第一審判決主文第一項に明白な誤謬があることがその理由に照らして明らかであるから、民訴法一九四条により主文のとおり更正する。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官可部恒雄の補足意見は、次のとおりである。
一 本判決は、法廷意見の引用する「相続と民法一八五条にいう『新権原』」についての昭和四六年一一月三〇日第三小法廷判決を主要な先例とするものであり、これについては優れた判例解説及び評釈があるが(柳川・同年度解説〔42〕、四宮・法協九一巻一号一八八頁)、右判決の採り上げた取得時効の成否については、民法一八六条一項の推定規定をめぐって、(1)実務上大きな影響をもたらした昭和五八年三月二四日第一小法廷判決と、(2)その法理の運用に修正を加えた平成七年一二月一五日第二小法廷判決の二つがあり、本判決もこれら先例を踏まえて原判決の判断を覆した上、自判の結論に至っているので、昭和五八年第一小法廷判決以後の裁判例の動向を上告事件の審理の実際に当たって眺めて来た者の一人として、以下に若干の所見を述べて法廷意見の補足とすることにしたい。
二 「占有者は所有の意思で占有するものと推定されるのであるから(民法一八六条一項)、占有者の占有が自主占有にあたらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が他主占有にあたることの立証責任を負う」(前掲昭和五四年七月三一日第三小法廷判決)ところ、(一)「占有における所有の意思の有無[占有が自主占有であるかどうか]は、占有取得の原因たる事実によって外形的客観的に定められるべきものである」(最高裁昭和四五年(オ)第三一五号同年六月一八日第一小法廷判決・裁判集民事九九号三七五頁、前掲昭和五四年七月三一日第三小法廷判決)とすること判例である。
また、判例は、(二)家督相続制度の下にあった昭和十年代において、戸主甲が、家族乙の死亡による 相続が共同遺産相続であることに想到せず、戸主たる自己が「単独に相続したものと信じて疑わず、相続開始とともに相続財産を現実に占有し、その管理、使用を専行してその収益を独占し、公租公課も自己の名でその負担において納付してきており、これについて他の相続人がなんら関心をもたず、もとより異議を述べた事実もなかったような場合には、前記相続人はその相続のときから自主占有を取得したものと解するのが相当である」(最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁)とした。
三 これらの先例を踏まえて「民法一八六条一項の所有の意思の推定が覆される場合」について判示したのが、法廷意見の引用する昭和五八年三月二四日第一小法廷判決(いわゆる「お綱の譲り渡し」事件判決)である。
同判決は、占有者による占有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、(一)占有取得の原因である権原(前掲昭和四五年六月一八日第一小法廷判決参照)又は(二)占有に関する事情(前掲昭和四七年九月八日第二小法廷判決参照)により外形的客観的に定められるべきものである、とした上で、「1」「占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか」、又は「2」「占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明されるときは」、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならない旨を判示した。
四 判例集に登載された同判決の判示事項は、前述のとおり「民法一八六条一項の所有の意思の推定が覆される場合」であり、この点についての判例・学説は、同事件の判例解説や評釈に詳しい(淺生・同年度解説[6]、後掲有地=生野評釈等参照)。そして、同判決の意義は、「占有の権原」だけでなく「占有に関する事情」もまた、右の推定を覆す事実に当たることを正面から認めた点にある(解説七五頁)とされる。問題は、「2」の占有に関する事情(態様)のうち、a「真の所有者であれば通常はとらない態度を示し」、若しくはb「所有者であれば当然とるべき行動に出なかった」という、抽象的で美しく、一見分かり易くみえる判示の表現するところが、現実の具体的事案に適用される段階で果たしてどのように機能するか、の点にある。
同事件判例解説は、a「真の所有者であれば通常はとらない態度を示し」というのは、占有者が係争地の一部を相手方から買い受けた事実がある以上、係争地が相手方の所有であることを承認していたものであるとし(大判大四・三・一〇)、共同相続人の一人である占有者が相続人間で分割の話を持ち出してほしいと依頼したことから所有の意思を否定した(東京高決昭四二・四・一二)例の如きものを指し、また、b「所有者であれば当然とるべき行動に出なかつた」というのは、「占有者密ニ占有ヲ為シ他人ノ其原因ヲ糺スモ曖昧ナル答弁ヲ為シテ所有者ニ其所為ヲ知ラシメサルヲ勉ムルトキ」(ボアソナード)とか、会社が土地の贈与を受けたといいながら、長期間登記を受けずまた公租公課を納付していない(大判昭一〇・九・一八)例の如きものを指すものとしている(解説七六頁)。
右の解説の例示するところは、それぞれに、一応素直に肯定することができるもののように思われる。
五 ところで、この点について昭和五八年第一小法廷判決の判示するところはどうであろうか。
同事件の原審は、亡父Jから同居中の長xが「お綱の譲り渡し」を受け、単に家計の収支面の権限にとどまらず財産的な処分権限まで付与されていたもので、その処分権限の付与を以て未だ所有権の贈与と断じ難いとしても、なお「お綱の譲り渡し」によってxに移転した占有は、xの自主占有に当たるとした。
これに対し上告審判決は、原判決の判示が単に贈与があったとまで断定することはできないとの消極的判断を示したにとどまる趣旨であるとすれば、占有取得の原因である権原の性質によってxの所有の意思の有無[自主占有なりや否や]を判定することはできないが、Jとxとが同居中の親子の関係にあることに加えて、Jからxへの占有の移転がいわゆる「お綱の譲り渡し」により本件各不動産についての管理処分権の付与とともになされたことに照らすと、xによる本件各不動産の占有に関し、「それが所有の意思に基づくものではないと認めるべき外形的客観的な事情が存在しないかどうかについて特に慎重な検討を必要とする」とした上で、原判決がxの占有を自主占有と認める根拠として挙げた事実は、所有権の移転を伴わない管理処分権の付与の事実と必ずしも矛盾するものではないから、xの占有が自主占有なりや否やを判断する上において決定的事情となるものではない、と判示した。そして、第一小法廷判決は更に次のような説示を加える。
「かえって、右『お綱の譲り渡し』後においても、本件各不動産の所有権移転登記手続はおろか、農地法上の所有権移転許可申請手続さえも経由されていないことは、xの自認するところであり、また、記録によれば、Jは右の『お綱の譲り渡し』後も本件各不動産の権利証及び自己の印鑑をみずから所持していてxに交付せず、xもまた家庭内の不和を恐れてJに対し右の権利証等の所在を尋ねることもなかつたことがうかがわれ、更に審理を尽くせば右の[所有の意思に基づくものではないと認めるべき外形的客観的な]事情が認定される可能性があつたものといわなければならないのである。そして、これらの占有に関する事情が認定されれば、たとえ前記のようなxの管理処分行為があつたとしても、xは、本件各不動産の所有者であれば当然とるべき態度、行動に出なかったものであり、外形的客観的にみて本件各不動産に対するJの所有権を排斥してまで占有する意思を有していなかつたものとして、その所有の意思を否定されることとなつて、xの時効による所有権取得の主張が排斥される可能性が十分に存するのである」と。
六 占有が所有の意思に基づくものであるか否か[自主占有なりや否や]を占有に関する事情(態様)に着目して、具体的事案において判定するための指標として、同判決が一般的立言の形式において判示したのは、占有者が占有中、a「真の所有者であれば通常はとらない態度を示し」、若しくはb「所有者であれば当然とるべき態度に出なかつた」ことであるが、判決が同事件において後者bの実例として挙げたのは、「本件各不動産の所有権移転登記手続はおろか、農地法上の所有権移転許可申請手続さえも経由されていないこと」及びJが「お綱の譲り渡し」後も本件各不動産の権利証や自己の実印をxに交付しなかったのに、xが「家庭内の不和を恐れてJに対し右の権利証等の所在を尋ねることもなかつたこと」である。
判決の言及するJからxへの所有権移転登記手続及び農地法上の許可申請手続については、係争不動産の所在地である熊本県下益城郡a村及び係争不動産自体についての実体調査に基づく判例評釈において、「判決が指摘するような登記手続などがされていないこと、権利書が交付されていないことだけで、農地承継につき所有者であれば当然とるべき行動に出なかったというのはあまりにも農村の実状を無視した論拠ではないであろうか」との批判がなされている(注)。
(注)有地=生野・民商九〇巻五号七四八頁。なお、同評釈は、引用の結論部分に先立って次のように述べている。「本件で指摘された事実[bの実例として判決が挙げた箇所参照]は農村における実態からみれば、かなり現実離れした事実であることは否めない。農村社会では、農地について親からあとつぎへと相続がなされ、所有権が移転しても、移転登記手続や農地法上の所有権移転許可申請が一般になされない場合がむしろ普通であって、不動産の登記名義が二~三代前のもののままであることも珍しくない。本件不動産所在地の豊野村も例外ではなく、農地の名義換えは特別の事情がなければなされなかったようである。本件でも、本件不動産の中にはいまだ祖父名義のままのが残っているものもあるのがこのことを裏書している……本件の不動産の中には権利書が存在しないものもある」と。
七 この事件では、第一次的に同居中の父からの生前贈与が主張され、なお予備的にxによる時効取得が主張されているが、それがこの種の事案における紛争の通常の形態であり、同居の親族間においては互いに権利義務関係を露骨に主張することを憚り、結果として、法律的に明確な措置に出ることを怠って、後日に紛争の火種を残すことになるのがむしろ通常であるといえよう。そのような風土、習性、人情が日本の長所であるとはいい難いが、さりとて経済的な競争社会において、個人間の権利義務関係が契約によって初めて規律される状況を前提として、所有権が移転したというなら何故その旨の登記が経由されていないのか、何故その登記を求めなかったのかと声高に指摘して、その一点に贈与の有無ないし自主占有の成否をかからしめるのは、およそこの種紛争の実態に合致しない態度というべきであろう。贈与を原因とする登記が経由されれば、相続税よりも高額の贈与税の負担が目前に迫ることになる。被相続人が死亡した場合は、相続人にとって相続税の負担は、どのような状況の下においても免れることのできないものであるが、生前贈与があった場合には、登記即贈与税の賦課という目前の負担が、贈与を原因とする所有権移転登記の経由という明確な法律的処理をする上での大きな制約となろう。もし、その負担を敢えてして所有権移転登記が経由されたならば、実際上もはや紛争発生の余地はなく、生前贈与の有無や取得時効の成否が論議されることもない。のみならず、占有者が悪意であるときは、悪意の占有者が所有名義人に対し所有権移転登記を求めることがないのは当然であって、移転登記手続を求めないからといって、占有者の所有の意思が否定されることにならないのは、自明のことというべきであろう。要するに、生前贈与の有無ないし取得時効の成否が争われている事案において、所有権移転登記が経由されているか否かをこと新しく指摘してみても、基本的な事実関係を認定する上でさしたる意味を持ち得ないことを知るべきである。
八 翻って第一小法廷判決の判示するところをみるのに、判文中所有権移転登記に言及する箇所があるのはさきにみたとおりであるが、その文脈からすれば、必ずしも被相続人Jから同居中の長男xへの所有権移転登記の経由いかんを以て、占有者xの所有の意思の有無(自主占有の成否)を決する上での重要なポイントとしたものとはいえないのではないかと思われる。
この点につき特に注目されるのは、法廷意見の引用する平成七年一二月一五日第二小法廷判決の判旨である。同判決は、「登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めないなどの土地占有者の態度が他主占有と解される事情として十分であるとはいえないとされた事例」に関するものであるが、同判決は、占有者から登記簿上の所有名義人に対し所有権移転登記手続を求めなかったとしても、「占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある」とし、また、登記簿上の所有名義人に固定資産税が賦課されていることを知りながら、占有者がその負担を申し出なかったとしても、その「税額等の事情によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある」として、「これらの事実は、他主占有事情の存否の判断において占有に関する外形的客観的な事実の一つとして意味のある場合もあるが、常に決定的な事実であるわけではない」旨を判示した。
その判示するところは、「お綱の譲り渡し」事件につき第一小法廷判決が、占有者が占有中「真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど」云々と判示して以来、下級審裁判例において、占有者から登記簿上の所有名義人に対し所有権移転登記手続を求めず、その登記が経由されていないことを以て、自主占有の成否を決する上での重要なポイントであるかの如き解釈運用が少なからず見受けられた近時の状況の下において、その運用上の偏りを修正する上で、その意味するところは大きい。本判決も、この点につき第二小法廷判決と趣旨を同じくするものである。
(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)

3.小問2
・時効完成前の第三者
+判例(S41.11.22)
理由
上告代理人池田純亮名義の上告理由について。
時効による不動産所有権取得の有無を考察するにあたつては、単に当事者間のみならず第三者に対する関係も同時に考慮しなければならないのであつて、この関係においては、結局当該不動産についていかなる時期に何人によつて登記がなされたかが問題となるのである。そして、時効が完成しても、その登記がなければ、その後に登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗することができないのに反し、第三者のなした登記後に時効が完成した場合においては、その第三者に対しては、登記を経由しなくても時効取得をもつてこれに対抗することができるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和三二年(オ)三四四号同三五年七月二七日第一小法廷判決、集一四巻一〇号一八七一頁以下、同三四年(オ)七七九号同三六年七月二〇日第一小法廷判決、集一五巻七号一九〇三頁以下)、これを変更すべき必要を認めない。
しかるところ、原審は、右と異なる見解のもとに、上告人の時効取得に関する主張を失当として排斥したものであつて違法であり、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本訴請求の当否を判断するためには、上告人の前記時効取得に関する主張についてなお審理をする必要があるから、この点について審理を尽させるため、本件を原審に差し戻すのを相当と認める。
(裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)


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