2 刑法 (明治四十年法律第四十五号)第三十五条 の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
2 刑法 (明治四十年法律第四十五号)第三十五条 の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
理由
上告代理人鈴木重信、同中津俊雄、同高橋正智、同阿部浩志の上告理由及び上告補助参加代理人豊川義明、同津留崎直美、同斎藤浩、同森信雄、同飯高輝の上告理由について
一 事実関係
原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係の概要は、次のとおりである。
1 大阪府地方労働委員会は、上告補助参加人を申立人、被上告人を被申立人とする大阪地労委昭和五一年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について、昭和五三年五月二六日付けで、別紙(二)のとおりの命令(以下「初審命令」という。)を発した。被上告人及び上告補助参加人の再審査申立て(中労委昭和五三年(不再)第二五号、第二六号事件)に対し、上告人は、昭和六一年九月一七日付けで、別紙(三)のとおりの命令(以下「本件命令」という。)を発した。
2 被上告人は、大阪市に本社を置いてテレビの放送事業等を営む会社であり、本件初審審問終結当時(昭和五二年五月一三日)の従業員は約八〇〇名であった。上告補助参加人は、近畿地方所在の民間放送会社等の下請事業を営む企業の従業員で組織された労働組合である。
株式会社大阪東通は、被上告人など近畿地方所在の民間放送会社からテレビ番組制作のための映像撮影、照明、フィルム撮影、音響効果等の業務を請け負う等の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約一六〇名であった。右従業員のうち約五〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場においてアシスタント・ディレクター、音響効果等の業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は三名であった。株式会社大東は、大阪東通のほか、近畿地方所在の民間放送会社等からの照明業務の請負の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約三〇名であった。右従業員のうち約一〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場において照明業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は二名であった。関東電機株式会社(以下、大阪東通、大東と併せて「請負三社」という。)は、被上告人など近畿地方所在の民間放送会社、ホール、劇場等における照明業務の請負の事業を目的とする会社であり、本件初審審問終結当時の従業員は約七〇名であった。右従業員のうち約一〇名は、後記請負契約に基づき、被上告人の番組制作の現場において照明業務に従事し、このうち上告補助参加人の組合員は二名であった。
3 被上告人は、大阪東通及び関東電機との間で、それぞれ、テレビの番組制作の業務につき請負契約を締結して、継続的に業務の提供を受け、大東は大阪東通と請負契約を締結し、これにより、大阪東通が被上告人から請け負った業務のうち照明業務の下請をしていた。請負三社は、右各請負契約に基づきその従業員を被上告人の下に派遣して番組制作の業務に従事させ、右各請負契約においては、作業内容及び派遣人員により一定額の割合をもって算出される請負料を支払う旨の定めがされていた。
番組制作に当たって、被上告人は、毎月、一箇月間の番組制作の順序を示す編成日程表を作成して請負三社に交付し、右編成日程表には、日別に、制作番組名、作業時間(開始・終了時刻)、作業場所等が記載されていた。請負三社は、右編成日程表に基づいて、一週間から一〇日ごとに番組制作連絡書を作成し、これによりだれをどの番組制作業務に従事させるかを決定することとしていたが、実際には、被上告人の番組制作業務に派遣される従業員はほぼ同一の者に固定されていた。請負三社の従業員は、その担当する番組制作業務につき、右編成日程表に従うほか、被上告人が作成交付する台本及び制作進行表による作業内容、作業手順等の指示に従い、被上告人から支給ないし貸与される器材等を使用し、被上告人の作業秩序に組み込まれて、被上告人の従業員と共に番組制作業務に従事していた。請負三社の従業員の業務の遂行に当たっては、実際の作業の進行はすべて被上告人の従業員であるディレクターの指揮監督の下に行われ、ディレクターは、作業時間帯を変更したり予定時間を超えて作業をしたりする必要がある場合には、その判断で請負三社の従業員に指示をし、どの段階でどの程度の休憩時間を取るかについても、作業の進展状況に応じその判断で右従業員に指示をするなどしていた。
請負三社の従業員の被上告人における勤務の結果は当該従業員の申告により出勤簿に記載され、請負三社はこれに基づいて残業時間の計算をした上、毎月の賃金を支払っていた。
4 請負三社は、それぞれ独自の就業規則を持ち、労働組合との間で賃上げ、夏季一時金、年末一時金等について団体交渉を行い、妥結した事項について労働協約を締結していた。
5 上告補助参加人は、被上告人に対して、昭和四九年九月二四日以降、賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置を含む労働条件の改善等を議題として団体交渉を申し入れたが、被上告人は、使用者でないことを理由として、交渉事項のいかんにかかわらず、いずれもこれを拒否した。
二 原審の判断
右事実関係の下において、原審は、上告補助参加人の組合員である請負三社の従業員との関係では、被上告人は労働組合法七条の「使用者」に当たらず、したがって、被上告人と上告補助参加人との間では同条二号の不当労働行為が成立する余地はなく、同条三号の支配介入による不当労働行為について判断を加えるまでもないとして、本件命令を取り消すべきものとした。
三 当裁判所の判断
1 労働組合法七条にいう「使用者」の意義について検討するに、一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが、同条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正として正常な労使関係を回復することを目的としていることにかんがみると、雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件当について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の「使用者」に当たるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、請負三社は、被上告人とは別個独立の事業主体として、テレビの番組制作の業務につき被上告人との間の請負契約に基づき、その雇用する従業員を被上告人の下に派遣してその業務に従事させていたものであり、もとより、被上告人は右従業員に対する関係で労働契約上の雇用主に当たるものではない。しかしながら、前記の事実関係によれば、被上告人は、請負三社から派遣される従業員が従事すべき業務の全般につき、編成日程表、台本及び制作進行表の作成を通じて、作業日時、作業時間、作業場所、作業内容等その細部に至るまで自ら決定していたこと、請負三社は、単に、ほぼ固定している一定の従業員のうちのだれをどの番組制作業務に従事させるかを決定していたにすぎないものであること、被上告人の下に派薄される請負三社の従業員は、このようにして決定されたことに従い、被上告人から支給ないし貸与される器材等を使用し、被上告人の作業秩序に組み込まれて被上告人の従業員と共に番組制作業務に従事していたこと、請負三社の従業員の作業の進行は、作業時間帯の変更、作業時間の延長、休憩等の点についても、すべて被上告人の従業員であるディレクターの指揮監督下に置かれていたことが明らかである。これらの事実を総合すれば、被上告人は、実質的にみて、請負三社から派遣される従業員の勤務時間の割り振り、労務提供の態様、作業環境等を決定していたのであり、右従業員の基本的な労働条件等について、雇用主である請負三社と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあったものというべきであるから、その限りにおいて、労働組合法七条にいう「使用者」に当たるものと解するのが相当である。
そうすると、被上告人は、自ら決定することができる勤務時間の割り振り、労務提供の態様、作業環境等に関する限り、正当な理由がなければ請負三社の従業員が組織する上告補助参加人との団体交渉を拒否することができないものというべきである。ところが、被上告人は、昭和四九年九月二四日以降、賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置を含む労働条件の改善等の交渉事項について団体交渉を求める上告補助参加人の要求について、使用者でないことを理由としてこれを拒否したというのであり、右交渉事項のうち、被上告人が自ら決定することのできる労働条件(本件命令中の「番組制作業務に関する勤務の割り付けなど就労に係る諸条件」はこれに含まれる。)の改善を求める部分については、被上告人が正当な理由がなく団体交渉を拒否することは許されず、これを拒否した被上告人の行為は、労働組合法七条二号の不当労働行為を構成するものというべきである。
2 以上のとおりであるから、原判決には労働組合法七条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。原判決中、本件命令の主文第一項に関する部分については、取消請求を棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきであるが、本件命令主文第二項の維持した初審命令主文第二項に関する部分(別紙(一)記載の部分)については、被上告人が同条の「使用者」に当たることを前提とした上で、同条三号の不当労働行為の成否につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、四〇七条一項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)
理由
一 請求原因1(本件命令の存在)の事実は当事者間に争いがない。
二1 当事者間に争いがない事実、《証拠省略》を総合すると、以下の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(一) 当事者
(1) 原告は、ドイツ連邦共和国にその本拠を置くカール・ツアイス財団が全額出資して昭和三六年に設立した光学機器の輸出入、販売等を業とする会社であり、肩書地に本社を、大阪府ほか三か所に営業所を、本社近くにレンズ研磨の工場を有する。補助参加人らの被告に対する後記救済命令申立て当時における原告の従業員は約二三〇名であった。(右事実は当事者間に争いがない。)
(2) 補助参加人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部(以下「地本」という。)は、訴外日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下「全金」という。)に所属する東京都内の組合員で構成する労働組合であり、支部は、原告の従業員である地本所属の組合員で構成する労働組合であり、支部の後記救済命令申立て当時の組合員数は、約九〇名であった(地本及び支部の存在は当事者間に争いがない。以下、地本と支部を合わせて「組合」ということがある。)。
(二) 支部の結成後の労使関係
(1) 原告には従前労働組合がなかったが、原告の従業員約一五〇名が、昭和五九年五月九日労働組合を結成し、同時に地本に加盟してその支部になった。
(2) 支部は、同月一〇日、原告に対し、組合結成通知書を提出するとともに、同書面をもって、<1>ユニオン・ショップ協定の締結及び支部を唯一交渉団体として認めること、<2>組合役員の配置転換につき組合の同意を得ること、<3>団体交渉及びそれに伴う暫時の協議時間中の賃金保障、<4>チェック・オフ制の実施、<5>組合事務所、組合掲示板の設置、貸与(組合掲示板については、本社、別館、各支店)、<6>組合の日常活動における電話、会議室の利用の便宜、という組合活動に関する基本要求(以下、後記(四)(2)で認定の組合の昭和六一年六月一七日の申し入れにかかる事項と併せて「基本要求」ないし「基本要求事項」ということがある。)を提出し、これに関する団体交渉を申し入れた(右事実のうち、要求事項<3>及び<6>を除き当事者間に争いがない。)。
(3) 原告は、翌一一日、組合に対し、団体交渉はドイツ本社との関係もあるので六月初旬を予定しているとの回答書を渡すとともに、組合員の範囲について申し入れをした。組合は、同年五月二二日付けの賃金引き上げと三六協定の締結を求める要求書を原告に提出した。(原告が右回答書を渡し、申し入れをしたこと、組合が右要求書を提出したことは当事者間に争いがない。)
(4) 原告は、支部に対し、同月二八日、団体交渉の日時を同年六月一一日と通知し、同月六日には団体交渉の場所、議題等を通知した。原告は、右通知書において、団体交渉の場所をホテルニューオータニの一室とし、議題を前記五月一〇日付け及び同月二二日付け書面の要求事項の趣旨説明とし、出席者を双方五名程度に調整して少人数で行うこととし、原告の出席者五名の氏名を明らかにするとともに、傍聴は一切認めないことを通知した。
これに対し、組合は、同年六月八日付け文書で、団体交渉の日時については応諾したうえ、場所は今回限り社外とすることを受け入れるとし、出席者については氏名を特定して地本及び支部の役員一二名を主張し、議題については既に団体交渉を求めてから日時が経過していることから組合の趣旨説明にとどまらず要求事項に対する原告の回答がなされるべきことを要求した。(以上の各事実は概ね当事者間に争いがない。)
(5) しかし、団体交渉の出席者の人数をめぐって見解が対立したまま折り合いがつかず、団体交渉が開かれないまま推移した。この間、原告は五名との主張を変えず、組合は予定された三、四回の団体交渉の期日に一二名のメンバーで会場に赴いたが、折り合いがつかなかった。
その後、組合がやむをえず六名で団体交渉に臨むこととし、組合が団体交渉の申し入れをしてから四か月も経過した同年九月一二日ようやく第一回の団体交渉が開かれた。
この間、支部は、同年八月二日、原告に時間外手当未払分の支給に関する要求書を提出した。(以上のうち組合がやむをえず交渉人員を六名にしたことを除き当事者間に争いがない。)
(6) 同年九月一二日に開かれた第一回の団体交渉は、午前九時ころから正午過ぎまで社外で行われた。その席上、原告は、組合の前記五月一〇日付け、同月二二日付け及び八月二日付けの各要求に対する回答及び昭和五九年度特別賞与の支給月数の申し入れ(支部結成後毎年原告が申し入れ)を内容とする「回答及び申入書」と題する書面を手交したうえ、これを読み上げた。
右書面の内容は、要旨次のとおりである。
前記五月一〇日付け基本要求の<1>に対しては、支部の自主性を尊重する意味から加入、脱退は従業員の自由意思によるものとし、組合員になれない者の範囲に関する申し入れをし、唯一の交渉団体であることは認められない、同<2>に対しては、支部三役の同一事業所外への配置転換は事前通知する、同<3>に対しては、団体交渉に関する協定が成立した場合には、その協定手続きに基づいた団体交渉における賃金を保障する、同<4>に対しては、支部の自主性を尊重する意味から支部自身で解決すべきである、同<5>に対しては、組合活動に対する便宜供与に属するものであり、本来会社からのサービス、恩恵であって組合活動の企業への依存であるから、組合の権利と化するものではなく、支部の自主性を尊重する意味から便宜供与は避けたいし、全金という企業外の組合が自主的に解決すべきである、同<6>に対しては、従来から業務以外の使用を一切断っているので現行どおりである。前記五月二二日付け要求に対しては、平均五・一パーセントの昇給、交通費の増額以外は現行どおりである。前記八月二日付け要求に対しては、原告から指示、承認された場合は今後とも法及び就業規則の定めにしたがって支給する。(以上の各事実は概ね当事者間に争いがない。)
その後、交渉に入り、組合が右五月一〇日付け基本要求について「会社と組合がうまくやっていくうえで組合事務所、掲示板を貸与してしかるべきではないか」などと追及しても、原告は、前記回答書の内容を出る発言はなく、回答書にあるような一般論を述べるにとどまった。
また、原告は、この団体交渉のなかで、九月末が決算期なので今日妥結しなければ昇給、特別賞与は零であるなどと強行姿勢を示したが、組合は、この日が始めての団体交渉ということもあって原告の説明に追いまくられたが、翌日もう一度話し合うということでその日は終わった(右事実は当事者間に争いがない。)。
(7) 翌一三日、組合と原告各二名による話し合いが持たれたが、原告側が、当時東京都地方労働委員会に係属していた組合員市田の雇止めの問題を原告に一任しなければ特別賞与は零であるとか、基本要求を棚上げにすれば昇給を五・三パーセントに、そうでなければ五・二パーセントにするなどと申し入れた。組合は、右申し入れを一旦は断ったが、その日のうちに原告から、市田問題は一任しなくてもよいが昇給は当初の回答どおり五・一パーセントとし、特別賞与は一・五か月分支給する旨の連絡があったため、組合は、やむをえず妥結することを決定した(一三日に話し合いが持たれたことは当事者間に争いがない。)。この結果、原告と組合は、同日、前記九月一二日付けの「回答及び申入書」に「本回答及び申入書のうち第一項については継続審議するものとし、その他は当事者双方すべて合意した。」と添え書きしたうえ(右の第一項とは、前記五月一〇日付けの基本要求に関するものである。)、署名、押印した(以下「九・一三協定」という。右事実は当事者間に争いがない。)。
(8) 支部は、基本要求について継続審議となっていたため、同年一〇月二日、同要求及び時間外、休日労働の協定化を議題とする団体交渉を同月九日又は一一日に行いたいと申し入れた。これに対し、原告は、組合の希望する日は業務の都合で開催できないので同月一八日にしたいと提案し(以後組合の団体交渉期日申し入れに対し、原告が別期日を申し入れることがほとんどであった。)、同日団体交渉が行われた。この団体交渉において、支部は、社内に労働組合が結成された以上、組合事務所、掲示板などの貸与は行ってしかるべきであると要求し、また労使関係一般におけるこの種の問題に関する慣習などにも触れた。(以上の各事実は概ね当事者間に争いがない。)原告は、これに対し、前記の「回答及び申入書」と同様全金にやってもらえばいい、組合の自主性を尊重するから便宜供与はしない、旨の発言に終始し、この日の議題は進展を見ることなく終わった。
以後、支部と原告との間では、五九年年末一時金、六〇年春闘、同年夏季一時金交渉等が行われたが、前記九・一三協定により継続審議とされた事項は組合が上記交渉に精力を注いだこともあって、交渉議題には上がらなかった。(右各交渉等が行われたが、継続審議事項が議題に上がらなかったことは当事者間に争いがない。)
(三) 六〇年春闘に関する団体交渉
(1) 組合は、昭和六〇年三月一一日六〇年春闘要求書を原告に提出し、組合提案の別表にしたがった賃金の是正、平均一一・二パーセントの賃上げ、諸手当(住宅手当の新設、家族手当の増額、勤続手当の新設)を要求事項としてあげ、また、回答日を同月二五日と指定した(右事実は当事者間に争いがない。)。
(2) 原告は、同年四月一五日、組合に対し、次の内容の回答書を手交した。
原告は組合の三月一一日付け要求書に対し慎重に検討した結果、事務折衝でも伝えたとおり誠意をもって次のとおり回答する。
1 昭和六〇年度昇給は次のとおりとする。
(1) 従業員一人当たり平均五・〇パーセント相当を昇給する。配分は次のとおりとする。
(イ) 基本給+職能給の平均三・八パーセント
(ロ) 家族手当増額
配偶者三〇〇〇円を六〇〇〇円に増額、その他の扶養者二〇〇〇円を三〇〇〇円に増額
(一人当たり基本給+職能給の平均〇・七七パーセントに相当)
(ハ) 是正分(一人当たり基本給+職能給の平均〇・四三パーセントに相当)
(2) 支給対象、考課、その他等については従来どおりとする。
(3) 昇給の実施時期については四月度よりとする。
2 その他の要求事項については現行どおりとする。
(以上の事実は当事者間に争いがない。)
(3) 前記回答を受けて、支部と原告は、同年四月一九日及び同月二四日に団体交渉を行ったが、原告は、昇給、手当、是正と組合の要求に則って解答した、昨年九月の昇給後を基準にすれば、それにプラス一万五〇〇〇円であり、まさに大盤振舞だ、住宅手当、勤続手当を支給する考えは全くない、と発言した。この間組合は時限ストを実施したが原告から譲歩を得られず、結局右の回答書どおりで妥結する旨原告に通告した。(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
そこで、原告は、同年五月一六日、前記四月一五日の回答書の前文を削除しただけの協定書を用意し、組合と調印することとしたが、組合は、協定書と前記の回答書とを照らし合わせ、回答書本文と全く同一であることを確認したうえ、格別の質疑もせず、短時間で協定書の調印をした(以下、この協定を「五・一六協定」という。組合が協定書と回答書が同一であることを確認したとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。)。
なお、前記二回にわたる団体交渉及び調印時には、基本要求事項に関しては全く話題とならず、組合も、基本要求事項を要求してはいなかった。また、前記回答書及び協定書の「その他要求事項」をめぐるやりとりもなかった。
(四) 本件団体交渉拒否の経過
(1) 支部は、六〇年春闘、夏季一時金交渉が一段落したこともあって、昭和六〇年九月一八日、原告に「職場環境の改善及び基本的な権利、生命と健康を守るため」と題する一七項目にわたる秋闘要求を提出した。右要求項目には、前記継続審議となった事項の一部である組合事務所、掲示板等の貸与などが含まれていた。(右各事実は当事者間に争いがない。)
原告は、同月三〇日、右要求事項につき現在慎重に検討中であるからしばらくの期間を要する旨回答し、一か月後の同年一〇月二九日、慎重に検討した結果要求事項中には既に協定ずみの事項があるので一旦要求書を撤回のうえ要求事項を整理して改めて要求書を提出するよう申し入れた(右事実は概ね当事者間に争いがない。)。組合は、この申入書に対し、協定ずみ事項が何を指すのか不明のため原告に説明を求めたところ、原告の大久保広司人事課長は、九・一三協定書を示し、継続審議事項として協定している旨説明し、組合の団体交渉の申し入れに対し、要求書の書き直しを再度求めた。
しかし、六〇年冬季一時金、次いで六一年春闘交渉に入り、組合はこれらの交渉に専念したため、右秋闘要求は先送りとなった。
(2) 六一年春闘が一段落した昭和六一年六月一七日、支部は、先に原告から継続審議事項の一部を含む六〇年秋闘要求について再整理を求のられていたままになっていたため、継続審議とされた基本要求事項のうち急務のものとして、組合事務所、掲示板の設置、貸与、組合役員の配置転換についての組合同意、チェック・オフ制の実施、組合活動のための電話、会議室利用についての便宜供与を取り上げ、これらを議題とする団体交渉を申し入れた(団体交渉申し入れの動機を除き当事者間に争いがない。)。しかし、原告が同月二三日、「今人がいないので二四日の団交は受けられない」旨電話で連絡してきたため、支部は、同月二六日、原告の都合のよい団体交渉開催日時を早急に連絡するよう文書で申し入れたが、原告は、同年七月一日になって、六月一七日付け申し入れの件は五・一六協定をもって解決ずみであると回答した(原告が「今人がいないので二四日の団交は受けられない」と連絡した点を除き当事者間に争いがない。)。
(3) また、原告は、同日人事異動を発令したが、この対象者の中に、本社勤務の組合員二名(うち一名は執行委員)と大阪営業所勤務の組合員二名の交換配転が含まれていた。支部は、同日付け申入書をもって、原告に対し、右人事異動が組合との事前協議なしに原告が一方的に決定したことを非常に遺憾である旨述べ、即刻団体交渉を行うよう申し入れた。しかし、原告は、同日付けで、支部の申し入れが人事異動に当たって事前協議を求められたものと理解する、組合役員の異動については、五・一六協定で現行どおりとすることで解決ずみであり、また、人事についての協議約款や同意約款もないので、今回の人事異動について事前協議する考えは全くないと回答した。(以上の各事実は当事者間に争いがない。)なお、右申入書には、今回の人事異動に関しては、組合との協議が終了するまでは、これを保留することを要求する旨の記載がある。
(4) 支部は、原告が団体交渉を拒否したため、同月七日、基本要求と人事異動に関する団交拒否について別々に反論を加えて原告に対し再度団体交渉を即刻行うよう申し入れた。右反論は、基本要求については、五・一六協定は六〇年春闘要求についての協定書であり、他の要求に対しては適用されるべきものではなく、仮に協定ずみであるとしても基本要求については九・一三協定で継続審議という申し合わせであって、原告には団体交渉を拒否する根拠はないと主張し、原告がいう解決ずみとは何を指すのか具体的に回答するよう釈明を求め、また、人事異動については、五・一六協定に関し右と同様の主張をしたうえ、発令後に団体交渉を申し入れているのであるから事前協議を求められたとする原告の解釈は誤りであり、人事異動に関する協議、同意約款がないことは団体交渉の申し入れを拒否する理由とならない、というものであった。
これらの支部の申し入れに対しても原告から回答がなかったため、支部は、同月一〇日再度団体交渉を申し入れた。(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
(5) 原告は、同月一四日、基本要求については解決ずみであり、また、今回の人事異動にともない支部所属の従業員の労働条件に変更があるのであれば、具体的な申し入れを待って交渉の対象事項についてのみ交渉するにやぶさかでない旨回答した。そこで支部は、同月二四日、人事異動に関し、ア組合と事前に協議し、本人の同意を得ること、イ執行委員の異動に関しては、組合の同意を得ること、ウ人事異動の規約を明文化すること、エ今回の人事異動殊に単身赴任をせざるをえない者についての異動の必要性を具体的に説明すること、オ営業所から東京へ転勤になった者に物価に見合った「都市手当」を支給すること、カ単身赴任手当が五万五〇〇〇円となっているが七万円支給されていたのではないか、キ今回の営業所間の異動期間を明らかにすること、ク転勤先から戻った者のうち借家をする者に対する頭金を補助すること、などを求めた具体的申し入れをした(以下「七・二四申し入れ」という。)。しかし、原告は、同年八月一一日、支部の右申し入れはその申し入れ事項がいずれも前記七月一四日付け回答の第2項(労働条件変更の具体的申し入れ)に該当しないと回答し、以後その姿勢を変えなかった。
そのため、組合は、昭和六一年九月八日、基本要求及び七・二四申し入れの前記アないしキを議題とする団体交渉の応諾を求める不当労働行為救済申立てを被告に行った(以下「本件救済申立て」という。)。(以上のうち、本件救済申立ての日を除き当事者間に争いがない。)
(五) 右申立て後の団体交渉
(1) 本件救済申立てについての第二回調査が同年一二月八日行われ、その席で次回調査(昭和六二年二月九日予定)後審問(同年三月四日予定)に入る予定となったが、原告は同年一月二〇日に至り支部に、解決ずみの事項については、本来、原告には、団体交渉を行う法的義務はないが、今回に限りこれによらずに、本件救済申立て事件を議題とする団体交渉を一月二七日に行いたいと申し入れた。
支部は、同月二二日、原告に対し、原告が都労働委員会での決着も辞さないと主張しておきながら右申し入れに至った真意が理解できないので慎重に調査して回答したい、回答は原告指定の日時には間に合わないので、改めて日時を知らせる旨の回答書を渡した。(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
(2) 原告は、本件救済申立て事件の第三回調査(同年二月九日)において、支部の一月二二日付け回答は団体交渉を放棄するものであり、救済目的が消滅しているので審問によることなく却下あるいは取り下げの指導をされたい旨の上申書を提出した。
被告が右上申書提出の趣旨を質したところ、原告は、本件救済申立てに関する原告の主張はともかくとして、同申立て書記載の団交事項(基本要求及び七・二四申し入れに関するもの)を議題とする団体交渉を行う旨述べ、組合もこれを了承した。(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
(3) このようにして、団体交渉が同年二月一九日午前九時三〇分から午後零時すぎまで行われた。冒頭、原告は、ア基本要求については昭和五九年九月一二日付け回答及び申入書をもってした回答を変更する考えはなく、現行どおりであり、しかも五・一六協定第2項により解決ずみであること、イ人事異動については、配置転換は業務の必要性から行うものであり、その必要性については配転該当者に直接説明ずみであり、その他については現行どおりであること、を骨子とする昭和六二年二月一九日付け回答書を手交し、これを読み上げた。(以上の事実は当事者間に争いがない。)
次いで、組合の質問に入り、遠山勝美執行委員長が冒頭の挨拶の中で「都労委に上程された問題」と述べたところ、中村部長が「上程とは何だ。何を言っているのかわからん。どういう意味だ。」と発言した。次に、組合は、前記回答書のイの人事異動及び配転基準の事項から入りたいと主張したが、原告は、「なぜアからやらないのか、緊急であると要求した以上アからやれ」と述べ、この順序をめぐって約三〇分の押し問答が続いた末、結局回答書どおりの順序で行われた。(以上のうち約三〇分との点を除き当事者間に争いがない。)
主題に入るにあたり、原告側交渉委員の中村部長が、団体交渉を申し込んだので、これで都労委の件は解決ずみである旨の発言をし、主題に入ってからも同趣旨の発言をした。
ア まず、基本要求事項について、組合は、支部が企業内組合であり、全金では約九割の組合が組合事務所の貸与を受けているなどから、支部に組合事務所や掲示板を貸与するのが当然である旨の意見を述べたが、原告は、全国的な傾向としては組合事務所の貸与は減少傾向にあり、便宜供与をする考えはないとの見解を譲らなかった。
イ 次に、配置転換の業務上の必要性についての質疑、応答がなされたが、組合が具体的な説明を求めても、原告は、会社の活性化を図るためであり、各人の必要性はそれぞれに説明してあり、プライベートなこともあり団交の場では言えないとか、従業員は将棋の駒であり、自由に動かせないと会社は困るなどと言うのみであり、それ以上に具体的な説明をしなかった。
ちなみに、原告は、異動対象者の組合員に対し、配置転換の必要性について具体的な説明をしていない。
ウ 都市手当について、組合は、東京、大阪の住居費、物価が地方に比して高いので支給するよう求めたが、原告は、現行どおりと答えつつ、最初から東京にいる者はどうなのか、この要求はおかしいのではないかなどと述べた(右事実は当事者間に争いがない。)。
エ 単身赴任手当について、組合が、今回の異動対象者であり、大阪から東京へ単身で赴任する組合員の単身赴任手当が五万五〇〇〇円に下げられたことを質問したところ、原告は、単身赴任手当というものは支給していない、そういう制度も名称のものもないとの答えに終始した。そこで、組合は、具体的にある組合員の名前を挙げて単身赴任手当が支給されていると追及したが、中村部長は、比喩として「ここに組合によっては灰皿というものがある。要するに吸殻の入っている容物があるんだ。われわれはこれを灰皿とは言わない。だからその中の吸殻もないんだ。」と述べて、単身赴任手当は支給しないと繰り返した。(右各事実は当事者間に争いがない。)
この応酬の中で、原告が根拠を示すよう求めたので、組合が次回にこれを提出することで終わった。
オ 今回の配置転換の期間について、組合が質問したところ、中村部長が現行どおりと答えたため、組合が更に転勤を命ぜられた場合いつ戻れるかというのは、当人にとっては一番重要なことである、なぜ言えないのか、と追及した(右事実は当事者間に争いがない。)。これに対し、原告は、期間の定めはなく、いつ戻れるかは言えない、戻す必要があるときは戻す、という見解であった。
カ 組合の配置転換に関する基本的基準の定立の求めに対し、中村部長は、迅速性が要求され、また、人事権は会社にあるので、組合と事前協議したり、組合、本人の同意を得るという約款を締結する意思はないと、回答書どおりの発言をした(原告が回答書どおりの発言をしたことは当事者間に争いがない。)。そこで、組合が組合役員の配置転換については組合の同意が当然必要であって原告はその同意を得るべきであると主張したが、原告は、組合三役については事前に通知するという従前の回答を繰り返した(右事実は当事者間に争いがない。)。
キ 最後に、組合が人事異動の規約の明文化を求めたところ、中村部長が、「人事異動の規約」という言葉の意味がわからないと述べつつ、人事異動は会社の権利である、組合から何も言われる筋合いではない旨答えた。そこで、組合が、人事異動は従業員の労働条件の変更であり、当然事前協議事項であると反論したが、同部長は右発言を繰り返すのみであった。(以上の事実は当事者間に争いがない。)
以上のようなやりとりで推移したため、組合は、事前に用意していた「人事異動の規約(案)」(これには人事異動の事前協議、同意約款などとともに、転勤規定として、転勤休暇日数、転勤手当額、住宅手当額、借家に伴う費用の会社負担、引越費用の会社負担、単身赴任手当額等が記載されていた。)を原告に示す機会を失い、最後に同案を原告に手交して、団体交渉を終了した。
(4) 組合は、前項の団体交渉が何ら見るべき内容がないものであったため、同月二四日に再び団体交渉を行うよう申し入れた。しかし、原告がその日は都合が悪いとのことで、結局同月二六日に団体交渉が行われ、同日午前九時三〇分から同一一時すぎまで行われた。(団体交渉の申し入れ及び団体交渉が右のとおり行われたことは当事者間に争いがない。)
この団体交渉においては、前回の経緯もあり、単身赴任手当問題から入り、組合は、前回の団体交渉で指摘した組合員の給与明細書を示し、単身赴任手当が出ていると追及したところ、中村部長が単身赴任手当ではないなどと答えたため、組合が本人がこれは単身赴任手当であると言っている、明細書に記載してあるものは何かと追及したが、同部長は、そんなことはない、そんなことは言えないなどと言うのみであった。結局すれ違いの議論に終わり、原告が本件訴訟で主張しているような別居手当であるとの説明も全くなされなかった。(中村部長の発言を除き当事者間に争いがない。)
また、基本要求事項における便宜供与についても議論となり、組合は、全金でも組合と会社がうまくいっているところでは、こういう組合事務所、掲示板その他を会社は組合に貸与していると説明し、通達も示して便宜供与を求めたが、中村部長は、右通達は組合が弱かった昭和二〇年代、三〇年代のときに、政府が組合を育てるためにしたものであり、また、便宜供与が不当労働行為にならないという趣旨のものである、と反論し、全金は古い、カール・ツアイスの組合は全金の組合だから組合の自主性を尊重する、全金から然るべくそういう問題はやってもらえ、会社はやる気はないなどの発言をするのみで、設置スペース、会議室の利用状況などの具体的な内容に及ぶ議論に入る余地のないまま終わった(基本要求事項における便宜供与について議論となったこと、中村部長が全金は古い、組合の自主性を尊重する、全金からやってもらえなどと発言し、具体的内容に及ぶ議論に入る余地のないまま終わったことは当事者間に争いがない。)。
以上のように、この日の団体交渉も具体的内容に踏み込んでの議論にならなかったため、組合は、都市手当問題、配置転換に関する基準等に議論を及ぼすことなく、この日の団体交渉を終了させた。
(5) そして、組合は、原告の対応からして労働委員会の結論を待って進展を図る以外に原告の対応を変えることは不可能とみて、被告の判定を求める態度をとった。そして、組合は、同年五月二八日、本件救済申立ての請求する救済の内容に誠意をもって団体交渉に応じなければならないことを追加、変更した。
三 以上認定の事実をもとに、本件命令の適法性について検討する。
1 請求原因2の(一)(主文の誤りとの主張)について
(一) 救済命令の内容は、その主文において明らかにされるのが望ましいが、理由をも併せて救済命令全部をみてその内容を理解することが許されないと解すべきではない。これに反する原告の主張は採用することができない。
(二) 前記認定したところによれば、本件命令は、主文第1項において、組合から改めて「下記の事項を議題とする団体交渉の申し入れがなされた場合は、昭和六〇年五月一六日付協定書をもって解決ずみであるとして団体交渉を拒否してはならず、誠実に団体交渉に応じなければならない。」と命じている(下記の事項とは、(1)昭和六〇年六月一七日付け申し入れにかかる基本要求事項、(2)昭和六一年七月一日付け人事異動中組合員の人事異動に関する事項及び(3)配置転換の基準の定立に関する事項のことである。)が、本件命令の理由とりわけ第2及び第3をみれば、その趣旨が、右基本要求事項については右協定書をもって解決ずみであるとして団体交渉を拒否したこと及び各事項について昭和六二年二月一九日、同月二六日の団体交渉での誠実さを欠いた対応をしたことを不当労働行為であると認定したうえで、原告に右基本要求事項については右のような理由で団体交渉を拒否してはならず、また、各事項について誠実に団体交渉に応じなければならないことを命じていることが明らかであるから、右理由中の判断をも併せて本件命令全部をみれば、主文第1項を右のように基本要求事項については協定ずみであるとして団体交渉を拒否することを禁じ、また、各事項について誠実に団体交渉に応じるよう命じているものと理解することができる。
したがって、本件命令は、右の基本要求以外の事項について原告が五・一六協定により解決ずみであるとして団体交渉を拒否してはいないのに、右のような理由で団体交渉を拒否してはならないと命じているのではないから、原告の主張するような違法はない。
2 同2の(二)(主文と理由の齟齬との主張)について
前判示のとおり、本件命令の主文第1項は、七・二四申し入れ事項(右1(二)の基本要求事項以外の事項)についてまで五・一六協定により解決ずみであるとして団体交渉を拒否してはならないと命じているのではないから、原告の主張はその前提を欠き、理由がない。
3 同2の(三)(五・一六協定により解決ずみであるとの主張)について
(一) 五・一六協定は、組合の昭和六〇年春闘要求に対する原告の回答、団体交渉を経たのちに締結されたものであるが、組合は、右春闘要求に基本要求事項に関する要求を掲げておらず、原告の右回答の後行われた二回の団体交渉においても、組合はもちろん原告も基本要求事項について全く話題にしなかった。
(二) 組合は、同年の春闘要求書に賃金の是正、賃上げ及び諸手当の新設、増額を要求事項として掲げたが、原告は、その前文に明記してあるように同年四月一五日付け回答書をもって組合の右春闘要求に対する回答としたのである。したがって、右回答書による回答事項は、右春闘要求書に記載された事項に限られていると認められるところ、右春闘要求書と右回答書とを照らし合わせてみれば、右回答書第2項の「その他要求事項については現行どおり」とするとは、右春闘要求書における要求のうち回答書の第1項で回答されていない事項(諸手当のうち住宅手当と勤続手当)であることは明らかである。
(三) 右団体交渉の後、組合が原告の回答を受諾する旨の通知をしたことから、原告が前記回答書の前文を削除したのみの協定書を用意し、組合がそれと回答書とを照らし合わせて同一であることを確認したうえ、双方が格別の質問や説明もしないで協定書に調印したものである。そうすると、右協定書は、前記回答書の前文が削除されているとはいえ、右回答書と同一内容のものとして調印されたものと認められる。したがって、五・一六協定書の第2項は、右回答書と同じく、右春闘要求のうち協定書第1項で回答されていない住宅手当と勤務手当に関する規定であると認めるのが相当である。
なお、原告は、住宅手当、勤続手当については、右協定書第1項の支給対象、考課、その他等については従来どおりとするとの規定に含まれていると主張し、証人中村晃も同旨の供述をするが、その文面からいって、第1項は昭和六〇年度昇給を実施するについての規定であるから、支給しないこととする右各手当についてまで規定したものと解することはできず、したがって右主張及び供述は採用することができない。
(四) 原告が組合の基本要求事項が右協定により解決ずみであると主張するようになったのは、昭和六一年七月になってからであり、昭和六〇年一〇月には、原告の大久保人事課長が組合に対し、同月二九日付けの原告の申入書(組合の後記(五)の秋闘要求に対するもの)にある協定ずみ事項とは九・一三協定により継続審議事項になっていることを指すと説明している。
(五) 九・一三協定締結後基本要求事項が取り上げられたのは、昭和五九年一〇月一八日に行われた団体交渉においてであるが、この団体交渉では何の進展もなく終わり、継続審議とする従前の合意を改めたことはない。そして、組合は、昭和六〇年九月一八日の秋闘要求において基本要求の一部を掲げたが、結局、基本要求に関する交渉は行われることなく、昭和六一年六月の組合の申し入れに至っている。
(六) 以上によれば、五・一六協定の第2項に組合の六〇年春闘要求以外の要求項目が含まれていると認めることは到底できないのであって、基本要求が右協定によって解決ずみであるということはできない。証人中村晃は、原告としては右協定の第2項に基本要求に関するものも含むと考えていた旨供述するが、以上に照らしこれを採用することはできない。したがって、本件命令に原告の主張するような違法はなく、原告の主張は理由がない。
4 同2の(四)(被救済利益を欠くとの主張)について
原告は、原告が基本要求について解決ずみであるとの主張をあえて棚上げにして基本要求についての団体交渉に臨んでいるのであって、組合が右要求を打ち切っている点を考え併せれば、本件救済申立ては被救済利益を欠くと主張するが、前記認定のとおり原告は右団体交渉において基本要求に対する回答をしているものの、なお解決ずみであることをも表明しており、また、組合は、要求事項についての団体交渉を一旦打ち切った状態にあるが、これは原告が団体交渉において後記説示のとおり著しく不誠実な対応をしたためであり、組合は求める救済内容に誠実な団体交渉をすることを追加、変更して、その解決を被告に委ねたというものであるから、本件救済申立ての被救済利益がなくなったということはできず、原告の主張は理由がない。
5 同2の(五)(便宜供与が当然といわんばかりの判断をしているとの主張)について
本件命令は、原告の本件救済申立て後の二回の団体交渉での対応が、支部の会社従業員で組織する労働組合としての側面を踏まえたうえで、これに対し便宜供与すべきか否かをも含めた応答を一切していないとしているのであって、原告が必ず組合の要求に応じなければならないと判断しているのではないことは、別紙の本件命令文の説示から明らかである。したがって、これの反する原告の主張は採用することができない。
6 同2の(六)(誠実な団体交渉をしたとの主張)について
(一) 労働組合法七条二号は、使用者が団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止しているが、使用者が労働者の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったとは認められないような場合も、右規定により団体交渉の拒否として不当労働行為となると解するのが相当である。このように、使用者には、誠実に団体交渉にあたる義務があり、したがって、使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるものと解すべきである。
以下、右のような見地から本件について検討する。
(二) 原告の本件救済申立てまでの対応についてみるに、原告は、基本要求事項について、当初組合の自主性を尊重し、便宜供与は一切しない、組合三役の配置転換については事前に通知するとの回答をし、団体交渉を経て、九・一三協定により継続審議とすることの合意がなされた後に、組合から基本要求事項に関する要求がなされたのに対し、右と同様の回答をし、更に、五・一六協定締結後は、協定ずみであるとか、前記認定のとおり五・一六協定を基本要求事項についても協定したものとは到底解することができないにもかかわらず、右協定により解決ずみであるとの態度に終始し、その内容に入った交渉を持とうとせず、また、七・二四申し入れについては、それが労働条件にかかわる具体的要求であるにもかかわらず、これを否定して団体交渉に応じようとしなかったのである。
(三) そこで、組合が右団交拒否に対する救済を求めて本件救済申立てをしたところ、右事件の審査の過程で、原告は、団体交渉に応じる意思を表明し、組合に対し団体交渉の開催を申し出て、その結果二回にわたって組合との間で団体交渉を行った。
(四) しかるに、原告は、この団体交渉において、基本要求については、冒頭九・一三協定締結前の昭和五九年九月一二日付け回答及び申入書の回答を変更する考えはなく、また、五・一六協定により解決ずみであると表明し、更に、質疑応答において、組合が便宜供与をするところも多く企業内組合である以上便宜供与は当然であると追及しても、全国的には便宜供与をするところは減少している、便宜供与をする考えはないとの見解に終始しており、組合の要求が可能であるかあるいは適切であるかについて真摯に検討しようとしたと認めることはできない。
二回目の団体交渉においても、原告は、全金の考えは古いとか、企業外の全金の自主性を尊重するあるいは全金自身で解決すべきであるなどと主張し、具体的な検討をしようとしなかった。
このように、原告は、便宜供与については、全金は企業外組合であるから行わないとか便宜供与は組合の自主性を尊重する立場から好ましくないとの一般論を述べるにとどまり、支部が産業別組合の一支部という組織形態をとっているとはいえ、それ自体が原告の従業員で組織する一個の労働組合であるにもかかわらず、支部のこのような側面を踏まえたうえで、これに対し便宜供与を認めるべきか否か、認めるとしてどの程度認めるべきかに関する応答を一切しておらず、そのような内容に立ち入った議論をしようともしなかった。
なるほど、使用者の団交応諾義務は、労働組合の要求に対し、これに応じたり譲歩したりする義務まで含むものではないが、前説示のとおり、右要求に応じられないのであれば、その理由を十分説明し納得が得られるよう努力すべきであり、また、使用者は、労働組合に対しその活動のためにする企業の物的施設の利用その他の便宜供与を受忍しなければならない義務を負うものではないが、これらについては義務的団体交渉事項と解するのが相当であるから、労働組合から右のような事項について団体交渉の申し入れがあれば、使用者は、その要求をよく検討し、要求に応じられないのであればその理由を十分説明するなどして納得が得られるよう努力すべきである。原告の団体交渉における前記のような態度は、組合の要求を真摯に受けとめ、これをよく検討したうえ、組合の要求に応じられないことを納得させようとする態度が見られず、誠実性を著しく欠く態度と認められ、不当労働行為であるといわざるをえない。
(五)組合員に対する具体的な人事異動の必要性、期間、異動に伴う労働条件の改善、人事異動の手続(組合との協議や同意)等について組合から要求がなされた場合には、使用者は、人事異動の必要性、配転対象者として選択した理由等について十分な説明をし、組合が要求する労働条件の改善が不可能であるなら、その理由を具体的に説明して組合を説得する試みをなし、人事異動に関する事前協議や同意約款の締結要求が過大であるとするなら社会一般あるいは業界などの実例などを踏まえつつその非を問うなどの努力をする必要があるというべきである。
しかるに、原告は、七・二四申し入れ事項について、配置転換の必要性につき単に企業の活性化のためであるとか、個人の能力等個人的な理由があり、団体交渉の場では言えないと説明するのみで、その具体的な必要性について説明することをせず(個人の能力等個人的な理由があり、団体交渉の場では言えないと言うだけでは不十分である。)、また、単身赴任手当については、組合から給与明細書を示されて説明を求められても、単身赴任手当との記載がない、単身赴任手当は支給してないと言うのみで、現に支給されている手当が何であるかの説明をしようともしなかった。更に、原告は、組合が人事異動に関する一般的な基準の定立を求めたのに対し、人事異動の規約化の意味がわからないと述べつつ、人事異動は会社の権利である、組合から何も言われる筋合いではないと答えるのみであり、内容に入って検討しようともしなかった。人事に関する事項が労働条件その他の待遇に関する事項であり、義務的団体交渉事項であると解すべきであることをも考えると、会社の権利であるとか組合から何も言われる筋合いでないという原告の対応は、合理性を欠くものといわざるをえない。
原告は、都市手当の新設要求に対しては、賃金体系が全社的に同一であるのに、地方から東京への配転対象者のみ優遇することは東京在勤者に対して不平等になる旨反論してはいるが、原告の七・二四申し入れ事項についての右団体交渉での対応は、十分な説明をしなかったり、合理性のある説明をしなかったりなど、誠実さを欠く態度であったというべきである。
(六) 以上のとおり、本件救済申立て後の二回の団体交渉での原告の対応は、全体としてみれば、組合の要求等を真摯に検討し、これに応じられないのであればその理由、根拠を十分説明し、組合を説得しようとの態度がなかったといわざるをえず、団体交渉に誠実に応じたものということはできず、労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であると認めるのが相当である。したがって、誠実に団体交渉をし、回答ずみであったり、見解の相違による行きづまりの状態にあるとの原告の主張は理由がなく、本件命令には原告主張の違法はない。
三 以上の次第で、本件命令には原告が主張するような違法はなく、本件命令は適法であって、原告の本訴請求は結局理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹内民生)