民法 基本事例で考える民法演習 民法の判例とは~判例の位置づけを正確に把握する


1.条文の構造からスタートする~無権代理と他人物売買との比較

+(他人の権利の売買における売主の義務)
第五百六十条  他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

+(無権代理人の責任)
第百十七条  他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明することができず、かつ、本人の追認を得ることができなかったときは、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
2  前項の規定は、他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき、若しくは過失によって知らなかったとき、又は他人の代理人として契約をした者が行為能力を有しなかったときは、適用しない

2.単純な例で考えてみる~基本線を確認するための思考実験
(1)他人物売買の場合
(2)無権代理の場合

3.基本線と判例を照合してみる~判例はどこをどのように変化させたのか

・他人物売買と相続
+判例(S49.9.4)
理由
上告人らの上告理由について。
他人の権利を目的とする売買契約においては、売主はその権利を取得して買主に移転する義務を負い、売主がこの義務を履行することができない場合には、買主は売買契約を解除することができ、買主が善意のときはさらに損害の賠償をも請求することができる。他方、売買の目的とされた権利の権利者は、その権利を売主に移転することを承諾するか否かの自由を有しているのである。
ところで、他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合には、権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが、そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものでないことはもちろん、これによつて売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠もない。また、権利者は、その権利により、相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが、他面において、権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであつて、それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によつて左右されるべき理由はなく、また権利者がその権利の移転を拒否したからといつて買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それゆえ、権利者は、相続によつて売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが、相当である。
このことは、もつぱら他人に属する権利を売買の目的とした売主を権利者が相続した場合のみでなく、売主がその相続人たるべき者と共有している権利を売買の目的とし、その後相続が生じた場合においても同様であると解される。それゆえ、売主及びその相続人たるべき者の共有不動産が売買の目的とされた後相続が生じたときは、相続人はその持分についても右売買契約における売主の義務の履行を拒みえないとする当裁判所の判例(昭和三七年(オ)第八一〇号同三八年一二月二七日第二小法廷判決・民集一七巻一二号一八五四頁)は、右判示と牴触する限度において変更されるべきである。
そして、他人の権利の売主をその権利者が相続した場合における右の法理は、他人の権利を代物弁済に供した債務者をその権利者が相続した場合においても、ひとしく妥当するものといわなければならない。 
しかるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。)は、亡Aが被上告人に代物弁済として供した本件土地建物が、Aの所有に属さず、上告人Bの所有に属していたとしても、その後Aの死亡によりBが、共同相続人の一人として、右土地建物を取得して被上告人に給付すべきAの義務を承継した以上、これにより右物件の所有権は当然にBから被上告人に移転したものといわなければならないとしているが、この判断は前述の法理に違背し、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
以上のとおりであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないところ、本件土地建物がだれの所有に属するか等につきさらに審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差し戻すのを相当とする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 大隅健一郎 裁判官 関根小郷 裁判官 藤林益三 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 岸上康夫 裁判官 江里口清雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 髙辻正己 裁判官 吉田豊)

・無権代理と相続
本人死亡の場合
+判例(S40.6.18)
理由 
 上告代理人諏訪徳寿の上告理由について。 
 原審の確定するところによれば、亡Aは上告人に対し何らの代理権を付与したことなく代理権を与えた旨を他に表示したこともないのに、上告人はAの代理人として訴外Bに対しA所有の本件土地を担保に他から金融を受けることを依頼し、Aの印鑑を無断で使用して本件土地の売渡証書にAの記名押印をなし、Aに無断で同人名義の委任状を作成し同人の印鑑証明書の交付をうけこれらの書類を一括してBに交付し、Bは右書類を使用して昭和三三年八月八日本件土地を被上告人Cに代金二四万五千円で売渡し、同月一一日右売買を原因とする所有権移転登記がなされたところ、Aは同三五年三月一九日死亡し上告人においてその余の共同相続人全員の相続放棄の結果単独でAを相続したというのであり、原審の前記認定は挙示の証拠により是認できる。 
 ところで、無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたつた場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であり(大判・大正一五年(オ)一〇七三号昭和二年三月二二日判決、民集六巻一〇六頁参照)、この理は、無権代理人が本人の共同相続人の一人であつて他の相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合においても妥当すると解すべきである。したがつて、原審が、右と同趣旨の見解に立ち、前記認定の事実によれば、上告人はBに対する前記の金融依頼が亡Aの授権に基づかないことを主張することは許されず、Bは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていたものと解すべき旨判断したのは正当である。そして原審は、原判示の事実関係のもとにおいては、Bが右授与された代理権の範囲をこえて本件土地を被上告人Cに売り渡すに際し、同被上告人においてBに右土地売渡につき代理権ありと信ずべき正当の事由が存する旨判断し、結局、上告人が同被上告人に対し右売買の効力を争い得ない旨判断したのは正当である。所論は、ひつきよう、原審の前記認定を非難し、右認定にそわない事実を前提とする主張であり、原判決に所論の違法は存しないから、所論は採用できない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外) 
+判例(H10.7.17)
理由
上告人Bの代理人八代紀彦、同佐伯照道、同西垣立也、上告人C及びDの代理人新原一世、同田口公丈、同浜口卯一の上告理由二について
一 原審の適法に確定した事実等の概要は、次のとおりである。
1 Eは、第一審判決別紙物件目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。なお、右各物件は、同目録記載の番号に従い「物件(一)」のようにいう。)を所有していたが、遅くとも昭和五八年一一月には、脳循環障害のために意思能力を喪失した状態に陥った。
2 昭和六〇年一月二一日から同六一年四月一九日までの間に、被上告人兵庫県信用保証協会は物件(一)ないし(三)について第一審判決別紙登記目録記載の(一)の各登記(以下「登記(一)」という。なお、同目録記載の他の登記についても、同目録記載の番号に従い右と同様にいう。)を、被上告人株式会社第一勧業銀行(以下「被上告銀行」という。)は物件(一)ないし(三)について各登記(二)を、被上告人Aは物件(一)ないし(三)について各登記(三)、物件(三)について登記(四)、物件(四)について登記(五)を、被上告人株式会社コミティ(以下「被上告会社」という。)は物件(一)について登記(六)、物件(二)について登記(七)、物件(三)について登記(八)及び登記(九)をそれぞれ経由した。しかし、右各登記は、同六〇年一月一日から同六一年四月一九日までの間に、Eの長男であるFがEの意思に基づくことなくその代理人として被上告人らとの間で締結した根抵当権設定契約等に基づくものであった。
3 Fは、昭和六一年四月一九日、Eの意思に基づくことなくその代理人として、被上告会社との間で、Eが有限会社あざみの被上告会社に対する商品売買取引等に関する債務を連帯保証する旨の契約を締結した。
4 Fは、昭和六一年九月一日、死亡し、その相続人である妻のG及び子の上告人らは、限定承認をした。
5 Eは、昭和六二年五月二一日、神戸家庭裁判所において禁治産者とする審判を受け、右審判は、同年六月九日、確定した。そして、Eは、同人の後見人に就職したGが法定代理人となって、同年七月七日、被上告人らに対する本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したが、右事件について第一審において審理中の同六三年一〇月四日、Eが死亡し、上告人らが代襲相続により、本件各物件を取得するとともに、訴訟を承継した。

二 本件訴訟において、上告人らは、被上告人らに対し、本件各物件の所有権に基づき、本件各登記の抹消登記手続を求め、被上告会社は、反訴として、上告人らに対し、Eの相続人として前記連帯保証債務を履行するよう求めている。被上告人らは、本件各登記の原因となる根抵当権設定契約等がFの無権代理行為によるものであるとしても、上告人らは、Fを相続した後に本人であるEを相続したので、本人自ら法律行為をしたと同様の地位ないし効力を生じ、Fの無権代理行為についてEがした追認拒絶の効果を主張すること又はFの無権代理行為による根抵当権設定契約等の無効を主張することは信義則上許されないなどと主張するとともに、被上告銀行及び被上告会社は、Fの右行為について表見代理の成立をも主張する。これに対し、上告人らは、Eが本訴を提起してFの無権代理行為について追認拒絶をしたから、Fの無権代理行為がEに及ばないことが確定しており、また、上告人らはFの相続について限定承認をしたから、その後にEを相続したとしても、本人が自ら法律行為をしたのと同様の効果は生じないし、前記根抵当権設定契約等が上告人らに対し効力を生じないと主張することは何ら信義則に反するものではないなどと主張する。

三 原審は、前記事実関係の下において、次の理由により、上告人らの請求を棄却し被上告会社の反訴請求を認容すべきものとした。
1 Eは被上告銀行及び被上告会社が主張する表見代理の成立時点以前に意思能力を喪失していたから、右被上告人らの表見代理の主張は前提を欠く。
2 上告人らは、無権代理人であるFを相続した後、本人であるEを相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人であるEの資格において本件無権代理行為について追認を拒絶する余地はなく、本件無権代理行為は当然に有効になるものであるから、本人が訴訟上の攻撃防御方法の中で追認拒絶の意思を表明していると認められる場合であっても、その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するに至った場合、無権代理行為は当然に有効になるものと解すべきである。

四 しかしながら、原審の右三2の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。けだし、無権代理人がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法一一三条一項)、本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し、追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない
これを本件について見ると、Eは、被上告人らに対し本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したから、Fの無権代理行為について追認を拒絶したものというべく、これにより、Fがした無権代理行為はEに対し効力を生じないことに確定したといわなければならない。そうすると、その後に上告人らがEを相続したからといって、既にEがした追認拒絶の効果に影響はなく、Fによる本件無権代理行為が当然に有効になるものではない。そして、前記事実関係の下においては、その他に上告人らが右追認拒絶の効果を主張することが信義則に反すると解すべき事情があることはうかがわれない。
したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、前記追認拒絶によってFの無権代理行為が本人であるEに対し効力を生じないことが確定した以上、上告人らがF及びEを相続したことによって本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたとする被上告人らの主張は採用することができない。また、前記事実関係の下においては、被上告銀行及び被上告会社の表見代理の主張も採用することができない。上告人らの請求は理由があり、被上告会社の反訴請求は理由がないから、第一審判決を取り消し、上告人らの請求を認容し、被上告会社の反訴請求を棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

++解説
《解  説》
本件は、本人に無断で不動産に抵当権設定登記等が設定されたとして、本人がこの抵当権設定登記等の抹消登記手続を求めるなどの訴訟であり、本人と無権代理人の死亡によって両者を相続した場合の法律関係が問題になった。
事実関係は、次のとおりである。Aは、本件不動産を所有していたが、当時、脳循環障害のために意思能力を喪失した状態であった。Aの子であるBは、Aに無断で本件不動産にYらのために抵当権設定登記等をした。その後、Bが死亡し、その相続人である妻Cと子Xらは、Bの相続について限定承認をした。Aが禁治産宣告を受け、その後見人になったCは、本件訴訟を提起した。そして、一審係属中にAが死亡したため、孫であるXらが代襲相続するとともに本件の訴訟承継をした。
本件の争点は、第一に、Aの相続人であり、無権代理人Bの相続人であるXらは、Bの無権代理行為について追認拒絶をすることができるか、第二に、Aが本件訴訟の提起により追認拒絶をしたことになるとした場合、Xらは、Aのした追認拒絶の効果を主張することができるかである。
一審、原審とも、Xらが無権代理人を相続した後、本人を相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人の資格で追認を拒絶する余地はなく、また、無権代理行為は当然に有効になったとして、Xの請求を棄却した。
これに対し、Xらは、原審の判断には、前記第一、第二の争点に関する法令の解釈適用を誤った違法があるとして、上告した。
本判決は、第二の争点(Aが追認拒絶した後にA、Bの相続人であるXらが追認拒絶の効果を主張することができるか)について、本人であるAが追認を拒絶した以上、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないとして、原判決を破棄してXらの請求を認容する判決を言い渡した。
従来、本人が無権代理人を相続した場合や無権代理人が本人を相続した場合等、本人が無権代理行為の追認拒絶をする前に相続が生じた場合に、相続人は無権代理行為の追認拒絶ができるかについては、多いに論じられ、多数の判例がある(本人が無権代理人を相続した場合につき、最二小判昭37・4・20民集一六巻四号九五五頁、無権代理人が本人を相続した場合につき、最二小判昭40・6・18民集一九巻四号九八六頁、無権代理人を相続した者が更に本人を相続した場合につき、最三小判昭63・3・1本誌六九七号一九五頁、判時一三一二号九二頁等)。これに対し、本人が無権代理行為を追認拒絶した後に相続が開始された場合の法律関係については、あまり論じられてこなかったところであり、奥田昌道・法学論叢一三四巻五~六号二〇頁の相続人は追認拒絶の効果を当然に主張することができるとする見解と、安永正昭・曹時四二巻四号七九二頁のこれを否定する見解がある程度であった。本判決は、本人が無権代理行為を追認拒絶することにより、無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定するから、本人を相続した無権代理人も追認拒絶の効果を主張することができるとしたものである。なお、本判決は、追認拒絶の効果に関する原則を述べたものであり、信義則の適用を排除する趣旨ではないものと思われる。すなわち、相続人が本人の追認拒絶の効果を主張することが信義則に反するような特段の事情がある場合には、例外として、右相続人は追認拒絶の効果を主張することはできないことになるであろう。本件において、一方でBの相続について限定承認をし、他方でAの相続について単純承認をすることにより、Xらは、何の負担もない不動産を取得することになるが、これが信義則に反しないか一応問題になる。しかし、本判決は、相続において単純承認するか限定承認するかは、法律の規定に基づくものであることから、右のような事情だけでは信義則に反することにはならないとしたのである(Yらは、右以外に信義則に反するような具体的事実を主張しなかった。なお、最三小判平6・9・13民集四八巻六号一二六三頁、本誌八六七号一五九頁(禁治産者の後見人がその就職前に無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かの判断についての考慮すべき要素)、最一小判平7・11・9本誌九〇一号一三一頁、判時一五五七号七四頁(禁治産者の後見人がその就職前にした無権代理による訴えの提起等の効力を再審の訴えにおいて否定することの可否)参照)。仮にYらが右の具体的事情を主張していた場合には、最高裁としては、自判することはできず、原審に差し戻すことになった可能性もあると思われる。
また、本判決は、第二の争点で本件の決着をつけたため、第一の争点(無権代理人を限定承認相続した後、本人を相続した者は、無権代理行為の追認拒絶ができるか)について、何ら判断しておらず、これは残された問題である。
以上のとおり、本判決は、本人が無権代理行為の追認を拒絶した後に無権代理人が本人を相続した場合における無権代理行為の効力について最高裁として初めて判断したものであるので、ここに紹介する。

・本人が無権代理人の地位を相続した場合
+判例(S37.4.20)
理由
上告代理人長尾章の上告理由は、本判決末尾添付の別紙記載のとおりである。
右上告理由第一点ないし第三点について。
原判決は、無権代理人が本人を相続した場合であると本人が無権代理人を相続した場合であるとを問わず、いやしくも無権代理人たる資格と本人たる資格とが同一人に帰属した以上、無権代理人として民法一一七条に基いて負うべき義務も本人として有する追認拒絶権も共に消滅し、無権代理行為の瑕疵は追完されるのであつて、以後右無権代理行為は有効となると解するのが相当である旨判示する。
しかし、無権代理人が本人を相続した場合においては、自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども、本人が無権代理人を相続した場合は、これと同様に論ずることはできない後者の場合においては、相続人たる本人那被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと解するのが相当である。
然るに、原審が、本人たる上告人において無権代理人亡Aの家督を相続した以上、原判示無権代理行為はこのときから当然有効となり、本件不動産所有権は被上告人に移転したと速断し、これに基いて本訴および反訴につき上告人敗訴の判断を下したのは、法令の解釈を誤つた結果審理不尽理由不備の違法におちいつたものであつて、論旨は結局理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。
よつて、その他の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助) 

+判例(S48.7.3)
理由 
 上告代理人君野駿平の上告理由第一点について。 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠に照らし首肯するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。 
 同第二点について。 
 民法一一七条による無権代理人の債務が相続の対象となることは明らかであつて、このことは本人が無権代理人を相続した場合でも異ならないから、本人は相続により無権代理人の右債務を承継するのであり、本人として無権代理行為の追認を拒絶できる地位にあつたからといつて右債務を免れることはできないと解すべきである。まして、無権代理人を相続した共同相続人のうちの一人が本人であるからといつて、本人以外の相続人が無権代理人の債務を相続しないとか債務を免れうると解すべき理由はない。 
 してみると、これと同旨の原審の判断は正当として首肯することができる(原判示のいう損害賠償債務、責任は履行債務、責任を含む趣旨であることが明らかである。)。 
 なお、所論引用の判例(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁)は、本人が無権代理人を相続した場合、無権代理行為が当然に有効となるものではない旨判示したにとどまり、無権代理人が民法一一七条により相手方に債務を負担している場合における無権代理人を相続した本人の責任に触れるものではないから、前記判示は右判例と抵触するものではない。論旨は採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 天野武一 裁判官 関根小郷 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己) 
4.判例の事案を読み解く~その事案はいかなる事案に対して下されたのか。
(1)無権代理人が本人を相続した場合と、本人が無権代理人を相続した場合
・資格融合説はいわば履行責任が追及された事案で展開されているにすぎず、資格並存説をとりつつ、無権代理人による追認拒絶を信義則に反するとする考え方と結論において差はない!
・+判例(H5.1.21)
理由 
 上告代理人佐々木健次の上告理由について 
 一 原審が適法に確定した事実は、次のとおりである。 
 (一) 訴外Aは、昭和五七年二月二日、訴外Bから二〇〇万円の融資を依頼されたが、Bに対し、さきにAがBに貸し付け、未回収となっていた貸金債権六〇〇万円に金利を加え、これに依頼された新規の融資分二〇〇万円を加えた八五〇万円について、改めてBが借用証書を書き換え、上告人の父であるCがそれに連帯保証人として署名捺印することを求めた。そこで、Bは、上告人に対し、短期間内に自己の責任で債務全額の処理をすることを誓って、借用証書に連帯保証人としてのCの名による署名捺印を依頼した。 
 (二) 上告人は、前同日、Cから代理権を授与されていなかったにもかかわらず、その了解を得ずにBの依頼に応じ、貸金額八五〇万円、借主B、弁済期昭和五七年四月二〇日、遅延損害金年三割、公正証書を作成すべきこと等を内容とする借用証書に連帯保証人としてCの名を記載し、預かっていた同人の実印を押捺し、同人が右貸金債務について連帯保証をする旨の契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結した。 
 (三) 被上告人は、昭和五七年五月一一日、Aから、Bに対する前記八五〇万円の貸金債権の譲渡を受けた。 
 (四) Cは、昭和六二年四月二〇日に死亡し、同人の妻の訴外D及び上告人が、Cの権利義務を各二分の一の割合で相続により承継した。 
 二 原審は、右事実関係の下において、無権代理人が単独で本人を相続した場合に限らず、無権代理人と他の者とが共同で本人を相続した場合であっても、その無権代理人が承継すべき被相続人(本人)の法的地位の限度では、本人自らしたのと同様の効果が生じるとした上、本件においては、Dと無権代理人たる上告人とが、金銭債務について、本件連帯保証契約の当事者たる本人の地位を各二分の一の割合により相続承継し、この地位は既に確定的なものとなっているのであるから、無権代理人たる上告人が相続により本人たるCの地位を承継した分について、本人自らが本件連帯保証契約をしたのと同様の効果が生じ、上告人がその連帯保証責任を負うべきであり、上告人は、被上告人に対し、Cの連帯保証のうち上告人が相続承継した二分の一に相当する部分、すなわち、被上告人の請求額の二分の一の四二五万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年四月二一日から完済まで約定の年三割の割合による遅延損害金の支払をすべきことを命じた。 
 三 しかし、原審の右判断は、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 すなわち、無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。そして、以上のことは、無権代理行為が金銭債務の連帯保証契約についてされた場合においても同様である。 
 これを本件についてみるに、前記の事実関係によれば、上告人は、Cの無権代理人として本件連帯保証契約を締結し、Cの死亡に伴い、Dと共にCの権利義務を各二分の一の割合で共同相続したものであるが、右無権代理行為の追認があった事実について被上告人の主張立証のない本件においては、上告人の二分の一の相続分に相当する部分においても本件連帯保証契約が有効になったものということはできない。 
 四 そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、被上告人の上告人に対する請求を前記のとおり一部認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は、理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中の上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、右説示に徴すれば、被上告人の請求は棄却すべきものであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、被上告人の右部分に対する控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。 
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
+反対意見
 裁判官三好達の反対意見は、次のとおりである。 
 私は、多数意見と異なり、原判決を維持し、上告人の上告を棄却すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。 
 一 無権代理人が本人を単独相続した場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であるとされている(最高裁昭和三九年(オ)第一二六七号同四〇年六月一八日第二小法廷判決・民集一九巻四号九八六頁)。これは、大審院以来裁判実務が一貫して採用し、また理論付けにおいて異なるところがあるにしても、その結論は、学説の大方の支持も得てきていたところである。しかし、本来追認という行為によってのみ有効となるべき無権代理行為につき、本人の死亡により開始した相続の効果だけから、本人又は相続人による何らの行為なくして、これを有効なものとするのには、理論的に困難な点があることは否定できないのであって、この結論を導く理論付けについて判例、学説等が必ずしも一致していないのもその故である。それにもかかわらず、そのような法理が採られてきている根底にあるものは、自ら無権代理行為をした者が本人を相続した場合に、本人の資格において追認を拒み、その行為の効果が自己に帰属するのを回避するのは、身勝手に過ぎるという素朴な衡平感覚であるといえよう。してみれば、右法理は、次のように理論付けるのが相当である。すなわち、本人を相続した無権代理人が、自らした無権代理行為につき、相手方からその行為の効果を主張された場合に、本人を保護するために設けられた追認拒絶権を本人の資格において行使して、追認を拒むことは、信義則に違背し、許されないといわなければならず、このように無権代理人において追認を拒み得ない以上、相手方は、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対しその行為の効果を主張することができることとなり、結局相続人は、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位におかれる結果となる(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁参照)。 
 二 これまで、この法理が採られてきたのは、本人の相続人が無権代理人のみである場合、あるいは無権代理人が共同相続人の一人であるが、他の共同相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合についてであるが、無権代理人が他の相続人と共に共同相続をした場合においても、相手方から、その相続分に相当する限度において、無権代理行為の効果を主張されたときには、同様に考えるのが相当である。けだし、その行為の効果が自己に帰属するのを回避するため、その追認を拒むことが信義則に違背することは、唯一の相続人であったときと同様であるのみならず、他の共同相続人が追認しておらず、又は拒絶した事実を自己の利益のために主張することもまた、自ら無権代理行為をした者としては、同じく信義則に違背するものとして、許されないというべきであるからである。そうしてみると、無権代理人は、相手方から、自己の相続分に相当する限度において、その行為の効果を主張された場合には、共同相続人全員の追認がないことを主張して、その効果を否定することは信義則上許されず、このように無権代理人において追認がないことを主張し得ない以上、相手方は、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対して、その相続分に相当する限度において、その行為の効果を主張することができることとなり、無権代理人たる相続人は、右の限度において本人が自ら法律行為をしたと同様な法律上の地位におかれる結果となるというべきである。 
 多数意見は、無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合は、共同相続人全員において追認をしなければ、無権代理行為が有効となることはないとするが、この点は私も肯認するところである。私の意見も、共同相続人全員の追認がない場合に、無権代理行為それ自体が、たとえ無権代理人の相続分に相当する限度においても、当然に有効となるとするものではなく、ただ、信義則適用の効果として、相手方は、右の限度においては、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対しその行為の効果を主張することができることとなるというのである。 
 三 付言するに、私の意見は、二に述べたように、無権代理行為それ自体がその相続分に相当する限度において有効となると説くものではない。したがって、これを有効とすることに伴う難点が生ずることはなく、それを理由とする批判は当たらないといえる。すなわち、部分的に有効とすることに伴う難点は、部分的有効は相手方に不利益をもたらし、かえってその保護に欠けるというものであるが、私の意見は、無権代理人が相手方からその相続分に相当する限度で無権代理行為の効果を主張された場合には、追認がないことを理由として、これを否定することはできないとするものであるにすぎないから、相手方において、民法一一五条の取消権を行使し、あるいは同法一一七条により無権代理人の責任を追及するという法的手段を採ることを妨げるものでないことはいうまでもなく、相手方に対し何ら不利益をもたらすことはないのである。 
 なお、このように、相続分に相当する限度において、相手方に対して無権代理行為の効果を否定することができないとすることは、特定物の取引行為等に関しては、相手方と他の相続人その他関係人との法律関係を複雑にするとの批判があり得よう。しかし、相手方は、右の限度での無権代理行為の効果を主張した以上、たとえその結果複雑な法律関係を生じても、それは自らの選択によるものといわなければならないし、他の相続人その他当該特定物に法律関係を有する者に及ぼす影響としては、共同相続人の一人が、相続財産たる物件につき、自己の相続分と共に、他の共同相続人の相続分についてもその無権代理人として、他と取引をした場合、あるいは当該物件につきその相続分の限度において他と取引をした場合に生ずる法律関係の複雑さと径庭はないといえるから、他の相続人その他においては、これを甘受せざるを得ないというべきである。 
 (裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達) 
++解説
《解  説》
 一 本件は、無権代理人であるBが、本人である父親Aを代理して、第三者の債務につきA名義で連帯保証契約を締結した後、Aの死亡に伴い、母親と共にAの権利義務を各二分の一の割合で共同相続したため、債権者Kが、Bに対し、貸金八五〇万円の支払を求めて提起した貸金請求事件である。Kは、八五〇万円の連帯保証債務の請求につき、その二分の一は資格融合を理由とする無権代理人Bの相続分に相当する契約責任の履行を求め、残る二分の一は民法一一七条の無権代理人の責任の履行を求める旨を主張した。
 争点は、無権代理人が他の相続人と共に本人を共同相続した場合に、連帯保証契約が、無権代理人の相続分に相当する限度で、当然に有効となるか否かである。
 二 原審は、貸主には過失があるので民法一一七条に基づくBの無権代理人としての責任は認められないとしたが、無権代理人が単独で本人を相続した場合に限らず、無権代理人と他の者とが共同で本人を相続した場合であっても、その無権代理人が承継すべき本人の法的地位の限度では、本人自らしたのと同様の効果が生じるとした上、本件においては、母親と無権代理人たるBとが、金銭債務について、本件連帯保証契約の当事者たる本人Aの地位を各二分の一の割合により相続承継し、この地位は既に確定的なものとなっているのであるから、無権代理人たるBが相続により本人たるAの地位を承継した分について、本人自らが本件連帯保証契約をしたのと同様の効果を生じ、Bがその連帯保証責任を負うべきであり、Bは、Kに対し、Aの連帯保証のうちBが相続承継した二分の一に相当する部分、すなわち、Kの請求額の二分の一の四二五万円の支払をなすべきであると判断し、その限度でKの請求を認容した。
 Bが上告し、無権代理人が他の相続人と共に本人を共同相続した場合に、無権代理行為が無権代理人の相続分に相当する部分において有効となるとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあると主張した。
 三 本判決は、「無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。」として、共同相続人全員が共同して無権代理行為の追認をしない限り、無権代理行為は無権代理人の相続分に相当する部分においても有効とはならない旨を判示して、KのBに対する請求を一部認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるとして、原判決を破棄し、原告の請求を棄却した。
 四 無権代理と相続に関する判例には、(1) 最二小判昭40・6・18民集一九巻四号九八六頁、本誌一七九号一二四頁(無権代理人相続型の事案につき、「無権代理人が本人を相続し、本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたった場合には、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当である。」旨を判示して、資格融合説に立ち、無権代理行為が当然有効となるとするもの)、(2) 最二小判昭37・4・20民集一六巻四号九五五頁、本誌一三九号六五頁(本人相続型の事案につき、「本人が無権代理人の家督を相続した場合、被相続人の無権代理行為は、右相続により当然には有効となるものではない。」旨を判示して、信義則説に立ち、無権代理行為が当然有効とはならないとするもの)などがある。しかし、無権代理人が他の相続人と共に本人を共同相続した場合に、右(1)判例と同様の結論となるか否かは、残された問題とされていた。
 五 金銭債権と金銭債務の共同相続の効果に関する判例としては、金銭債権の共同相続につき、「相続人数人ある場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解すべきである。」旨を判示する最一小判昭29・4・8民集八巻四号八一九頁、及び、金銭債務の共同相続につき「連帯債務者の一人が死亡し、その相続人が数人ある場合に、相続人らは、被相続人の債務の分割されたものを承継し、各自その承継した範囲において、本来の債務者とともに連帯債務者となると解すべきである。」を判示する最二小判昭34・6・19民集一三巻六号七五七頁があり、金銭その他の可分債権及び金銭債務その他の可分債務は、法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するとの判例法理が確立しているものと解される。
 しかしながら、無権代理人は、無権代理人としての地位(民一一七条の責任のある地位)と、本人から相続により承継取得した本人としての地位(追認ないし追認拒絶をなし得る地位)とを併有し、無権代理人を含む共同相続人が、本人の有していた無権代理行為の追認権を共同で不可分的に承継取得する場合には、追認権の準共有関係が生じ(民二六四条)、無権代理行為を有効とするには無権代理人を含む相続人全員の同意が必要であり(民二五一条)、相続人全員の同意があってはじめて有効となるものと解される。無権代理人が本人を共同相続した場合に、無権代理行為が無権代理人の相続分に相当する部分において当然有効になるとする見解は、他の共同相続人の利益を損ない、法律関係を複雑にするのみならず、相手方の利益をも害する結果となる。
 そして、前記のとおり、本人から相続するのは追認権であり、本件における追認の対象はあくまでも無権代理行為たる連帯保証契約であり、右追認権の分割行使も許されないものと考えられるから、共同相続人全員が追認をした事実、あるいは、他の共同相続人が追認をした事実も認められない本件においては、無権代理行為たる連帯保証契約は、無権代理人の相続分に相当する部分についても当然に有効になるものではないと解すべきであろう。
 なお、無権代理行為が当然に有効とならないとする本判決の見解に立つと、(1)共同相続人は、本人の資格で追認をするかどうかを各自の立場で選択することができ(民一一三条)、(2)共同相続人の全員で追認をすれば無権代理行為は当初から有効なものと確定するが(民一一六条)、(3)追認のない場合ないし共同相続人の一人でも追認を拒絶した場合には、無権代理人自身の法的責任が問題となり、無権代理人において相手方が悪意・有過失であったことを証明しない限り(民一一七条二項)、相手方の選択に従い、無権代理人は履行ないし損害賠償の義務を負担しなければならないものとなる(民一一七条一項)。
 六 本判決は、無権代理人が本人を共同相続した場合における無権代理行為の効力につき、最高裁として初めての判断を示したもので、重要な判例である。
 なお、本判決と同日に言い渡された最高裁第一小法廷判決(本誌八一五号一二一頁)も、不動産を処分した無権代理人が、他の相続人と共に本人を共同相続した事案につき、無権代理行為は無権代理人の相続分に相当する部分においても当然に有効となるものではない旨、本判決と同じ法理を示して、無権代理人を含む共同相続人から右不動産に根抵当権設定登記を得た者に対する抹消登記請求を認容している。
(2)無権代理人相続型における、悪意ないし有過失の相手方の処遇
(3)本人相続型における、本人が相続する無権代理人の責任の範囲
5.理解をさらに展開する~より複雑な事案に挑戦する
・双方相続型
+判例(S63.3.31)
・無権代理人が本人から譲り受けた場合
+判例(S41.4.26)
理由
上告代理人入谷規一、同守田利弘の上告理由について。
原審の確定するところによれば、上告人Aは、昭和三四年一一月二六日訴外Bの無権代理人として同訴外人所有の本件不動産を被上告人に売り渡したところ、その後の同三五年一月五日同訴外人から右不動産の譲渡をうけ、その所有権を取得するにいたつたというのである。
右の事実によれば、前記売買契約は、上告人Aの無権代理行為に基づくもので無効であるが、無権代理人たる同上告人は、民法一一七条の定めるところにより、相手方たる被上告人の選択に従い履行又は損害賠償の責に任ずべく、相手方が履行を選訳し無権代理人が前記不動産の所有権を取得するにいたつた場合においては、前記売買契約が無権代理人(同上告人)自身と、相手方(被上告人)との間に成立したと同様の効果を生ずると解するのが相当である。したがつて、上告人Aが被上告人の代金支払債務不履行を理由に本件売買契約を解除した旨主張していること記録上明らかな本件においては、右契約の効果が被上告人主張の追認により本人たるBに帰属し上告人Aは民法一一七条による履行の責に任じない等の事実が明らかにされないかぎり、原審としては前記上告人主張事実の存否について審理判断すべきであるにかゝわらず、原審が、前記追認の存否について審理することなく原判示の理由のもとに上告人Aは本件売買契約における売主でないとして、上告人の前記主張を排斥したのは違法であり、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、前記事実の存否については、なお審理をする必要があるから、この点についてさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのを相当と認める。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柏原語六 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)