民法 総則 時効 その1 


第1節 時効総論
1.時効の意義

2.時効制度の正当化根拠
(1)社会の法律関係の安定
(2)権利の上に眠る者は保護に値しない
(3)証明困難の救済

3.時効制度の法的位置づけ
(1)実体法説
実体法上の権利の得喪という実体法上の効果が生じる制度であるとする見解
(2)訴訟法説
裁判で援用することにより、他の権利得喪原因の証明を要することなく、権利得喪の裁判を受けることを認める制度であるとする見解

4.多元的理解

第2節 取得時効

1.所有権の取得時効
(1)長期取得時効
+(所有権の取得時効)
第百六十二条  二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2  十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。

(2)短期取得時効
+(所有権の取得時効)
第百六十二条  二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2  十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。

・単なる誤信に基づく事実行為による占有取得にも短期取得時効を適用!
→162条2項類推適用
+判例(大正8.10.13)

2.要件
(1)物の占有
a)「他人の物」要件
・取得時効の完成を主張するための前提として、当該物が占有者以外の他人の所有に属することを積極的に立証する必要はない!
+判例(大正9.7.16)

b)自己物の取得時効
+判例(S44.12.18)
要旨
永続した事実状態を尊重するという趣旨は売買契約の契約当事者間にも等しく妥当

・対抗問題において
理由
上告代理人和田珍頼の上告理由一について。原判決は、上告人Aが昭和二七年一一月訴外Bから本件家屋の贈与を受けた事実を確定したうえ、所有権について取得時効が成立するためには、占有の目的物が他人の物であることを要するという見解のもとに、上告人Aが時効によつて本件家屋の所有権を取得した旨の上告人らの抗弁に対し、上告人Aは自己の物の占有者であり、取得時効の成立する余地はない旨説示して、右抗弁を排斥している。
しかし民法一六二条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする(大審院昭和八年(オ)第二三〇一号同九年五月二八日判決、民集一三巻八五七頁参照)。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法一六二条の適用があるものと解すべきである。けだし、取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、所有権に基づいて不動産を永く占有する者であつても、その登記を経由していない等のために所有権取得の立証が困難であつたり、または所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張できると解することが制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法一六二条が時効取得の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであつて、同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。しかるに、原判決は、右と異なる見解のもとに上告人ら主張の取得時効の抗弁を排斥したものであつて、右民法一六二条の解釈を誤つた違法があるから、その余の論旨について判断を加えるまでもなく、破棄を免れない。そして、上告人ら主張の右取得時効の抗弁の成否についてさらに審理を尽す必要がある。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

c)公物
+判例(S44.5.22)
理由
上告代理人納富義光の上告理由および上告補助参加代理人中村益之助の上告理由の各第一点について。
原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、所論の点について被上告人らの先代に過失がないとした原審の判断は、相当である。本件において、差戻の後の原審としては、あらたに事実の確定を必要とするような事実上の主張がなされない以上、すでに取り調べた証拠のみに基づいて所論の争点を審理判断しうることは当然であつて、所論の点について特段の説示をしなかつたとしても、原判決になんら所論の違法があるとはいえない。所論引用の判例はいずれも本件に適切でなく、これを引用する上告人の主張は、原審においてあらたな証拠の取り調べを必要ならしめるものとはいえない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二点について。
自作農創設特別措置法の規定に基づき、政府から売渡を受けて現に被上告人らの先代が耕作していた本件士地に対し、建設大臣が都市計画上公園と決定したとしても、原審の確定するところによれば、上告人京都市は右土地につき直ちに現実に外見上児童公園の形態を具備させたわけではなく(公用開始行為がないことは上告人も自認している)、したがつて、それは現に公共用財産としてその使命をはたしているものではなく、依然としてこれにつき被上告人らの先代の耕作占有状態が継続されてきたというのであるからかかる事実関係のもとにおいては、被上告人らの先代の本件土地に対する取得時効の進行が妨げられるものとは認められない。それゆえ、これと同旨の見解に立つて本件土地に対する被上告人らの先代の取得時効を肯定した原審の判断は、正当として是認するに足りる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第三点について。
取得時効の要件としての所有の意思の有無は、占有の根拠となつた客観的事実によつて決定さるべきところ、原審の確定するところによれば、被上告人らの先代は、自作農創設特別措置法に基づいて政府から本件土地の売渡を受けたもので、その無効であることを知らず、右売渡によつてその所有権を取得したものと信じて以後その占有を継続していたというのであるから、被上告人らの先代は右処分以来本件土地を所有の意思をもつて占有していたものということができ、これと同旨の原審の認定判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用するに足りない。
同第四点について。
かりに、本件土地の売渡処分に所論のような瑕疵があり、それが無効であるとしても、そのことから直ちに被上告人らの先代による本件土地の占有につき所有の意思が否定されることにはならないから、所論の点について原審が直接判断を加えなかつたからといつて、原判決に所論の違法は認められない。それゆえ、論旨は採用に値いしない。
同第五点について。
原審の確定した事実関係のもとにおいては、被上告人らの先代の取得時効の主張が権利の濫用とは認められない旨の原審の判断は、首肯するに足りる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

+判例(S51.12.24)
理由
上告代理人貞家克己、同菊池信男、同宮村素之、同森脇勝、同相川俊明、同柳本俊三、同星晃一の上告理由について
公共用財産が、長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなつた場合には、右公共用財産については、黙示的に公用が廃止されたものとして、これについて取得時効の成立を妨げないものと解するのが相当である。これと趣旨を異にする所論引用の大審院判例(大正九年(オ)第八四一号同一〇年二月一日判決・民録二七輯三巻一六〇頁、昭和四年(オ)第二八九号同年一二月一一日判決・民集八巻一二号九一四頁)は、変更されるべきであり、また、その他の引用の大審院判例は、事案を異にし、本件に適切でない。
これを本件についてみるに、原審の確定するところによれば、(一)本件係争地は、公図上水路として表示されている国有地であつたが、古くから水田、あるいは畦畔に作りかえられ、本件田あるいはその畦畔の一部となり、水路としての外観を全く喪失し、本件係争地及び本件田は、被上告人の祖父が訴外Aから借り受けて小作していた当時から、幅六〇糎ないし七五糎程度の細い畦畔によつて合計四五枚の水田に区分けされていた(原判決別紙図面参照)、(二)被上告人は、昭和二二年七月二日自作農創設特別措置法により上告人から本件田の売渡を受けたが、その当時の本件田と本件係争地の位置関係及び使用状況は、被上告人の祖父が耕作していた状態と全く同様であつたため、被上告人は、本件田及び本件係争地を含んだ水田と畦畔全体を売り渡されたものと信じ、水田あるいは畦畔として平穏かつ公然に本件係争地の占有を続けたというのであり(この事実の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。)、右事実によれば、本件係争地は、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、被上告人の祖父の時代から引き続き私人に占有されてきたが、そのために実際上公の目的が害されることもなく、もはやこれを公共用財産として維持すべき理由がなくなつたことは明らかであるから、本件係争地は、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の対象となりうるものと解すべきである。これと同旨の見解に立つて本件係争地に対する被上告人の取得時効の成立を肯定した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林讓 裁判官 栗本一夫)

(2)一定期間の占有の継続
a)占有継続の推定
+(占有の態様等に関する推定)
第百八十六条  占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
2  前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する
←法律上の事実推定

b)自然中断
+(占有の中止等による取得時効の中断)
第百六十四条  第百六十二条の規定による時効は、占有者が任意にその占有を中止し、又は他人によってその占有を奪われたときは、中断する。

+(占有権の消滅事由)
第二百三条  占有権は、占有者が占有の意思を放棄し、又は占有物の所持を失うことによって消滅する。ただし、占有者が占有回収の訴えを提起したときは、この限りでない

(3)占有の態様
a)自主占有
所有の意思をもってする占有

・所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によって外形的・客観的に決定され、個々的な占有者の内心の意思は問題ない
+判例(S45.6.18)
理由
上告人の上告理由および上告代理人幸野国夫の上告理由について。
所論指摘の事実関係に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、右認定判断の過程に何らの違法も存しない。上告人が昭和二一年五月一日被上告人から賃借して占有するに至つた土地が、等一審判決添付目録記載の区画整理前の本件土地二筆であることは、原判文上、その挙示する証拠と対比して明らかであり、所論の甲号各証は、必ずしも原審の所論の事実認定の妨げとなるものではないから、原判決がこれらの書証を判文上いちいち排斥し、または排斥する理由を説示することがなくても、これをもつて所論の違法があるとすることはできない。そして、占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によつて外形的客観的に定められるべきものであるから、賃貸借が法律上効力を生じない場合にあつても、賃貸借により取得した占有は他主占有というべきであり、原審の確定した事実によれば、前示の賃貸借が農地調整法五条(昭和二一年法律第四二号による改正前のもの)所定の認可を受けなかつたため効力が生じないものであるとしても、上告人の占有をもつて他主占有というに妨げなく、同旨の原審の判断は正当として首肯することができる。したがつて、民法一八六第所定の所有の意思の推定はくつがえされたものというべきであり、上告人が同決一八五条の規定により右占有の性質が変じたことを主張立証しないかぎり、上告人において本件土地を時効により取得したとする余地はないところ、所論の主張事実により占有の性質が変じたとすることができないことはいうまでもなく、上告人は他に同条の規定の適用を受けるべき事実関係を主張立証しないのであるから、原審が上告人において所論の期間所論の土地を占有したかどうか、またその占有が自主占有であるか否かにつき、いちいち判示することがなくても、これをもつて違法とすることはできないのである。原判決に所論の違法はなく、論旨は、すべて、原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するか、独自の見解に基づき原判決を攻撃するに帰し、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 大隅健一郎)

←原始取得だから占有者の主観を重視する必要はない。

・所有権移転の効果発生に法定の条件が付されている場合は
+判例(H13.10.26)
理由
上告代理人高間栄の上告受理申立て理由第2の2について
1 本件は、上告人が被上告人から農地を買い受け、農地法5条所定の転用許可を条件とする条件付所有権移転仮登記が経由されたのち、22年以上同許可申請が行われなかったところ、被上告人が、上告人の同許可申請手続協力請求権が時効により消滅したと主張し、当該農地の所有権に基づく妨害排除として、上告人に対し、同仮登記の抹消登記手続を求めている事案である。
原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、原判決物件目録記載の土地(以下「本件農地」という。)を所有していた。
(2) 上告人は、昭和52年7月17日、被上告人との間で、本件農地を代金800万円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。本件売買契約においては、昭和54年3月31日までに農地法5条所定の転用許可(以下「本件許可」という。)の申請手続を行う旨が約されていた。
(3) 上告人は、被上告人に対し、昭和52年7月23日までに本件売買契約の代金を完済した。
(4) 本件農地につき、昭和52年7月19日売買(条件 農地法5条の許可)を原因とし、上告人を権利者とする、条件付所有権移転仮登記が経由された。
(5) 上告人は、本件売買契約が成立した直後には自ら本件農地を管理していたが、その後被上告人に管理を委託し、平成元年11月ころからは、被上告人に対し、年5万円の賃料で本件農地を貸与し、被上告人は本件農地の耕作を再開した。
(6) 本件許可申請手続を行うべき期限として合意された昭和54年3月31日を経過しても、上告人は被上告人に対して、本件許可申請手続に対する協力を請求しなかった。
(7) 上告人は、被上告人との間で、平成3年11月15日付けで、本件農地につき、賃料年5万円、期間2年間とする賃貸借契約書を交わし、さらに、平成5年11月15日、これを更新して同様の賃貸借契約書を交わした。
(8) 本訴において、上告人は、本件売買契約の直後から本件農地の占有を開始し20年間占有を継続したことにより本件農地の所有権を時効取得した旨主張して、本件農地の取得時効を援用し、被上告人の所有権を争った
2 原審は、大略次のとおり判断して、本件農地の所有権を時効取得した旨の上告人の抗弁を排斥し、被上告人の本訴請求を全部認容した。
(1) 本件許可がない以上、本件売買契約によっても本件農地の所有権は上告人に移転せず、なお被上告人に保留されている。
(2) 本件売買契約において、本件許可が必要であることが明示され、登記簿上も本件許可を条件とする条件付所有権移転仮登記がされているのであるから、上告人の占有における所有の意思の内容も、条件付の所有権取得の意思であったと認められる。したがって、同条件が未成就である以上、上告人の占有における所有の意思も不完全な所有の意思であったと認めざるを得ず、上告人の占有は完全な所有の意思を欠くものというべきであるから、上告人による本件農地の時効取得を認めることはできない。
3 しかしながら、原審の上記2(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
【要旨】農地を農地以外のものにするために買い受けた者は、農地法5条所定の許可を得るための手続が執られなかったとしても、特段の事情のない限り、代金を支払い当該農地の引渡しを受けた時に、所有の意思をもって同農地の占有を始めたものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、上告人は、本件売買契約を締結した直後に本件農地の引渡しを受け、代金を完済して、自らこれを管理し、その後は被上告人に管理を委託し、又は賃貸していたのであるから、本件許可を得るための手続が執られなかったとしても、上告人は、所有の意思をもって本件農地を占有したものというべきである。
4 以上によれば、上告人の本件農地の占有につき所有の意思を欠くものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこれと同趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記事実関係によれば、上告人は、20年間の占有の継続により本件農地の所有権を時効取得したというべきであり、被上告人の本訴請求は理由がないことに帰するから、第1審判決中上告人敗訴部分を取り消した上、同部分につき被上告人の本訴請求を棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)

++解説
《解  説》
一 本件は、Xから本件農地を買受け、農地法五条の転用移転許可を条件とする条件付所有権移転仮登記を経由していたYが、二二年以上転用許可申請を行わなかったところ、Xが、Yの転用許可申請手続協力請求権が時効により消滅したと主張して、本件農地の所有権に基づく妨害排除として、Yに対し、同仮登記の抹消登記手続を求めた事案である。

二 本件の事実関係の概要は次のとおりであり、Yの取得時効の抗弁が主たる争点であった。
(1) Yは、昭和五二年七月一七日、本件農地を所有していたXとの間で、本件農地を代金八〇〇万円で買い受ける旨の本件売買契約を締結した。本件売買契約においては、昭和五四年三月三一日までに農地法五条所定の転用許可申請手続を行う旨が約されていた。
(2) Yは、Xに対し、昭和五二年七月二三日までに本件売買契約の代金を完済した。
(3) 本件農地につき、昭和五二年七月一九日売買(条件 農地法五条の許可)を原因としYを権利者とする条件付所有権移転仮登記が経由された。
(4) Yは、本件売買契約が成立した直後には自ら本件農地を管理していたが、その後Xに管理を委託し、平成元年一一月ころからは、Xに対し、本件農地を貸与し、Xが本件農地の耕作を再開した。
(5) 本訴において、Xは、Yの転用許可申請手続協力請求権の消滅時効を援用した。
(6) 他方、Yは、本件売買契約の直後から本件農地の占有を開始し二〇年間占有を継続したことにより、本件農地の所有権を時効取得した旨主張して、取得時効を援用した。

三 一審は、Yが売買契約の代金を完済したことにより自主占有を開始したものとは認め難いとして、Yの取得時効の抗弁を排斥した。原審は、(1)転用許可がない以上、本件農地の所有権はYに移転せず、なお、Xに保留されている、(2)本件売買契約において、転用許可が必要であることが明示され、登記簿上も転用許可を条件とする条件付所有権移転仮登記がされているのであるから、Yの占有における所有の意思の内容も、条件付の所有権取得の意思であったと認められる、したがって、同条件が未成就である以上、Yの占有における所有の意思も不完全な所有の意思であったと認めざるを得ず、Yの占有は完全なる所有の意思を欠くものというべきであり、Yの本件農地に対する時効取得を認めることはできない、として、Yの取得時効の抗弁を排斥し、Xの請求を認容した。原判決に対し、Yの本件農地の占有が自主占有であることを否定した点に判例と相反する判断を含むことなどを理由として、Yから上告受理申立てがされた(この点以外の受理申立理由は、受理決定において排除されている。)。

四 本判決は、「農地を農地以外のものにするために買い受けた者は、農地法五条所定の許可を得るための手続が執られなかったとしても、特段の事情のない限り、代金を支払い農地の引渡しを受けた時に、所有の意思をもって農地の占有を始めたものと解するのが相当である。」と判示し、Yの本件農地の占有につき所有の意思を欠くものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして、原判決を破棄し、Xの本訴請求を棄却する旨の自判をした。

五 取得時効の要件としての自主占有とは、占有者が所有権と同一内容の支配する意思をもって物に対してする事実支配であり、自主占有かどうかは、権原の性質すなわち事実上占有の根拠となった客観的性質によって決せられると解するのが判例通説(最一小判昭45・6・18裁判集民九九号三七五頁、本誌二五一号一八五頁、最一小判昭45・10・29裁判集民一〇一号二四三頁、本誌二五五号一五六頁、我妻榮・新訂民法総則四七八頁など)である。売買や贈与は、所有権の移転を目的とする法律行為であって、自主占有権原となることは明らかであろうが、取得時効の成否が争われる場合には、自主占有権原の根拠となる法律行為には何らかの瑕疵があるのが通常であるため、どのような内容程度の瑕疵があるときに自主占有を開始したといえるかは一つの問題である。本件では、農地法五条の許可の欠けつしたままの占有開始が自主占有といえるかという形でこの問題が問われている。
最一小判昭52・3・3民集三一巻二号一五七頁、本誌三四八号一九五頁は、農地を賃借していた者が所有者から同農地を買い受けたが農地調整法四条所定の知事の許可等を得るための手続が執られていない場合について、「農地調整法四条によって農地の所有権移転の効力発生要件とされていた許可等の手続がとられなかったとしても、買主は特段の事情のない限り、売買契約を締結し代金を支払った時に民法一八五条にいう新権原により所有の意思をもって同農地の占有を始めたものというべきである。」と判示している。また、その後の最二小判昭59・5・25民集三八巻七号七六四頁、本誌五四〇号一八六頁及び最三小判昭63・12・6裁判集民一五五号一八七頁も農地調整法四条所定の知事の許可等を受けることなく贈与、売買に基づき農地の占有を開始した事案において、その占有が自主占有であることを前提とした判示をしている。これらの判例の事案は、いずれも農地を農地として他に所有権を移転する場合等に知事の許可等を得なければならない旨規定していた農地調整法四条の許可についての事案であり、農地法でいうと三条の許可に当たる事案である。本件で問題となる農地法五条は、農地等を他の目的に転用するために他人に権利を移動する場合に、知事の許可を得なければならない旨定めたものであるが、権利の移動そのものを制限するいう点では農地法三条の制限と同様の性質を持っており、同条の場合と同様、知事の許可は法定条件の一種と考えられ、現実に知事の許可がない以上、農地所有権移転の効力は生じないと解されている(最二小判昭36・5・26民集一五巻五号一四〇四頁)。そうすると、前記昭和五二年判例の理は、農地法五条の転用許可未取得の場合でも変わることはないと解される。
六 本判決は、転用目的の農地の売買につき農地法五条所定の許可を得るための手続が執られていない場合における買主の自主占有の開始時期について、農地調整法四条(農地法三条)に関する前記昭和五二年判例の示した法理と同様に、特段の事情のない限り、代金を支払い農地の引渡しを受けた時に、所有の意思をもって農地の占有を始めたものと解するのが相当である旨判示した初めての最高裁判例であり、今後の執務の参考となると考えられるので、ここに紹介する。

b)平穏かつ公然の占有

c)占有の態様等に関する推定
+(占有の態様等に関する推定)
第百八十六条  占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
2  前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。

・他主占有について
+判例(S58.3.24)
理由
上告代理人金井清吉の上告理由第一点一について
原判決は、(1) 被上告人は、Aの長男として生れ、昭和二〇年に結婚したのちは被上告人夫婦が主体となつてAと共に農業に従事してきたが、昭和三三年元旦に本件各不動産の所有者であるAからいわゆる「お綱の譲り渡し」を受け、本件各不動産の占有を取得した、(2) 右「お綱の譲り渡し」は、熊本県郡部で今でも慣習として残つているところがあり、所有権を移転する面と家計の収支に関する権限を譲渡する面とがあつて、その両面にわたつて多義的に用いられている、(3) 被上告人は、右「お綱の譲り渡し」以後農業の経営とともに家計の収支一切を取りしきり、農業協同組合に対する借入金等の名義をAから被上告人に変更し、同組合から自己の一存で金融を得ていたほか、当初同組合からの信用を得るためその要望に応じてA所有の山林の一部を被上告人名義に移転したりし、本件各不動産の所有権の贈与を受けたと信じていた、(4) Aは、昭和四〇年三月一日死亡し、その子である被上告人及び上告人らがAを相続した、以上の事実を認定したうえ、右事実関係のもとでは、被上告人は、「お綱の譲り渡し」により、Aから家計の収支面の権限にとどまらず、本件各不動産を含む財産の処分権限まで付与されていたと認められるものの、所有権の贈与を受けたものとまでは断じ難いが、前記のように本件各不動産の所有権を取得したと信じたとしても無理からぬところがあるというべきであるとし、被上告人は本件各不動産を所有の意思をもつて占有を始めたものであり、その占有の始め善意無過失であつたから、占有開始時より一〇年を経過した昭和四三年一月一日本件各不動産を時効により取得したものと判断して、右時効取得を登記原因とする被上告人の上告人らに対する本件各不動産の所有権移転登記手続の請求を認容している。
ところで、民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有にあたらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が所有の意思のない占有にあたることについての立証責任を負うのであるが(最高裁昭和五四年(オ)第一九号同年七月三一日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号三一七頁参照)、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によつてではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから(最高裁昭和四五年(オ)第三一五号同年六月一八日第一小法廷判決・裁判集民事九九号三七五頁、最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁参照)、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものである。しかるところ、原判決は、被上告人はAからいわゆる「お綱の譲り渡し」により本件各不動産についての管理処分の権限を与えられるとともに右不動産の占有を取得したものであるが、Aが本件各不動産を被上告人に贈与したものとは断定し難いというのであつて、もし右判示が積極的に贈与を否定した趣旨であるとすれば、右にいう管理処分の権限は所有権に基づく権限ではなく、被上告人は、A所有の本件各不動産につき、実質的にはAを家長とする一家の家計のためであるにせよ、法律的には同人のためにこれを管理処分する権限を付与されたにすぎないと解さざるをえないから、これによつて被上告人がAから取得した本件各不動産の占有は、その原因である権原の性質からは、所有の意思のないものといわざるをえない。また、原判決の右判示が単に贈与があつたとまで断定することはできないとの消極的判断を示したにとどまり、積極的にこれを否定した趣旨ではないとすれば、占有取得の原因である権原の性質によつて被上告人の所有の意思の有無を判定することはできないが、この場合においても、Aと被上告人とが同居中の親子の関係にあることに加えて、占有移転の理由が前記のようなものであることに照らすと、その場合における被上告人による本件各不動産の占有に関し、それが所有の意思に基づくものではないと認めるべき外形的客観的な事情が存在しないかどうかについて特に慎重な検討を必要とするというべきところ、被上告人がいわゆる「お綱の譲り渡し」を受けたのち家計の収支を一任され、農業協同組合から自己の一存で金員を借り入れ、その担保とする必要上A所有の山林の一部を自己の名義に変更したことがあるとの原判決挙示の事実は、いずれも必ずしも所有権の移転を伴わない管理処分権の付与の事実と矛盾するものではないから、被上告人の右占有の性質を判断する上において決定的事情となるものではなく、かえつて、右「お綱の譲り渡し」後においても、本件各不動産の所有権移転登記手続はおろか、農地法上の所有権移転許可申請手続さえも経由されていないことは、被上告人の自認するところであり、また、記録によれば、Aは右の「お綱の譲り渡し」後も本件各不動産の権利証及び自己の印鑑をみずから所持していて被上告人に交付せず、被上告人もまた家庭内の不和を恐れてAに対し右の権利証等の所在を尋ねることもなかつたことがうかがわれ、更に審理を尽くせば右の事情が認定される可能性があつたものといわなければならないのである。そして、これらの占有に関する事情が認定されれば、たとえ前記のような被上告人の管理処分行為があつたとしても、被上告人は、本件各不動産の所有者であれば当然とるべき態度、行動に出なかつたものであり、外形的客観的にみて本件各不動産に対するAの所有権を排斥してまで占有する意思を有していなかつたものとして、その所有の意思を否定されることとなつて、被上告人の時効による所有権取得の主張が排斥される可能性が十分に存するのである。しかるに原審は、前記のような事実を認定したのみで、それ以上格別の理由を示すことなく、また、さきに指摘した点等について審理を尽くさないまま、被上告人による本件各不動産の占有を所有の意思によるそれであるとし、被上告人につき時効によるその所有権の取得を肯定しているのであつて、原判決は、所有の意思に関する法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽ないし理由不備の違法をおかしたものというべく、右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいう点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一)

+判例(H7.12.15)
理由
一 上告代理人長戸路政行の上告理由について
1 上告人らの第二次的請求は、A(上告人Bの父)による昭和三〇年一〇月三日の本件土地の占有をその起算点とする期間一〇年又は二〇年(昭和四二年一月初旬に上告人らが占有を承継)の取得時効の成立を理由として、被上告人らに対し、各持分移転登記手続を求めるものであり、第三次的請求は、上告人らによる昭和四二年四月三〇日の本件土地の占有をその起算点とする期間一〇年又は二〇年の取得時効の成立を理由として、被上告人らに対し、各持分移転登記手続を求めるものである。
原審は、(1) 本件土地の当時の所有者であったC(被上告人Dの夫Eの父、被上告人Fの祖父)とA(Cの弟)との間で、昭和三〇年一〇月に本件土地とA所有の五八九番の土地との交換契約が成立したと認めるに足りないこと、及びAが上告人らに対し、昭和四二年一月に本件土地を贈与したと認めるに足りないことを理由に、Aによる昭和三〇年一〇月ころの本件土地の占有の開始が交換契約により所有権を取得したと認識した上のものであると認めるに足りず、上告人らによる昭和四二年四月ころの本件土地の占有の開始も贈与契約により所有権を取得したと認識した上のものであると認めるに足りないとし、また、(2) A及び上告人らは、本件土地につき、登記簿上の所有名義がC又はEにあり、Aに移転していないことを知りながら、その移転登記手続を求めることなく長期間放置し、本件土地の固定資産税を負担することもしなかったなど、所有者としてとるべき当然の措置をとっていないことを総合して考慮すると、A及び上告人らには本件土地を占有するにつき所有の意思がなかったというのが相当であると判断した。

2 しかしながら、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が所有の意思のない占有に当たることについての立証責任を負うのであるが、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、占有者の内心の意思のいかんを問わず、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(このような事情を以下「他主占有事情」という。)が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和五七年
(オ)第五四八号同五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁参照)。
これを本件についてみると、原審の(1)の判断は、A又は上告人らの内心の意思が所有の意思のあるものと認めるに足りないことを理由に、同人らの本件土地の占有は所有の意思のない占有に当たるというに帰するものであって、同人らがその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実を確定した上でしたものではない。
原審の(2)の判断は、A及び上告人らが本件土地の登記簿上の所有名義人であったC又はEに対し長期間にわたって移転登記手続を求めなかったこと、及び本件土地の固定資産税を全く負担しなかったことをもって他主占有事情に当たると判断したものである。まず、所有権移転登記手続を求めないことについてみると、この事実は、基本的には占有者の悪意を推認させる事情として考慮されるものであり、他主占有事情として考慮される場合においても、占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。次に、固定資産税を負担しないことについてみると、固定資産税の納税義務者は「登記簿に所有者として登記されている者」である(地方税法三四三条一、二項)から、他主占有事情として通常問題になるのは、占有者において登記簿上の所有名義人に対し固定資産税が賦課されていることを知りながら、自分が負担すると申し出ないことであるが、これについても所有権移転登記手続を求めないことと大筋において異なるところはなく、当該不動産に賦課される税額等の事情によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。すなわち、これらの事実は、他主占有事情の存否の判断において占有に関する外形的客観的な事実の一つとして意味のある場合もあるが、常に決定的な事実であるわけではない
本件においては、原審は、A又は上告人らの本件土地の使用状況につき、(ア)Aは、それまで借家住まいであったが、昭和三〇年一〇月ころ、本件土地に建物を建築し、妻子と共にこれに居住し始めた、(イ)Aは、昭和三八年ころ、本件土地の北側角に右建物を移築した、(ウ)Aは、昭和四〇年八月ころ、移築した右建物の東側に建物を増築した、(エ)上告人Bと結婚していた上告人Gは、昭和四二年四月ころ、Aが移築し、増築した建物の東側に隣接して作業所兼居宅を建築した、(オ)上告人Gは、昭和六〇年、Aが移築し、増築した建物と上告人Gが建築した作業所兼居宅とを結合するなどの増築工事をして現在の建物とした、(カ)C又はEは、以上のA又は上告人Gによる建物の建築等について異議を述べたことがなかった、との事実を認定しているところ、AはCの弟であり、いわばA家が分家、C家が本家という関係にあって、当時経済的に苦しい生活をしていたA家がC家に援助を受けることもあったという原判決認定の事実に加えて、右(ア)ないし(カ)の事実をも総合して考慮するときは、A及び上告人らが所有権移転登記手続を求めなかったこと及び固定資産税を負担しなかったことをもって他主占有事情として十分であるということはできない。なお、原審は、本件土地の固定資産税につき、Cらに対していつからどの程度の金額が賦課されていたのか、A又は上告人らにおいていつそれを知ったのかについて審理判断していない。

3 以上の次第で、原審の右(1)、(2)の判断は、所有の意思に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、ひいて審理不尽、理由不備の違法をおかしたものであり、右違法は、原判決のうち上告人らの被上告人らに対する第二次的及び第三次的請求に係る部分の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
論旨は、右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は右部分につき破棄を免れない。そこで、更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
二 本件上告について提出された上告状及び上告理由書には上告人らの被上告人らに対する第一次的請求に係る部分についての上告理由の記載がないから、右部分については適法な上告理由書提出期間内に上告理由書の提出がなかったことに帰する。そうすると、右部分についての上告は、不適法であるから、これを却下すべきである。
三 よって、民訴法四〇七条一項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(4)他主占有の自主占有への転換
a)総論
+(占有の性質の変更)
第百八十五条  権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。
+判例(S51.12.2)
理由 
 上告代理人臼居直道の上告理由について 
 原判決の引用する第一審判決添付別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、昭和一四年四月二七日上告人が家督相続によりその所有権を取得したものであるが、かねてより訴外Aが小作人としてこれを耕作し、その小作料は、同人から本件土地の管理人のように振舞つていた訴外Bに支払われていたところ、昭和三一年七月二三日ごろ、上告人の代理人と称するBとAとの間で、上告人がAに本件土地を代金六〇万円で売り渡す旨の合意が成立し、Aは、右譲受につき農地法三条所定の許可を受けたうえで、昭和三二年三月九日その所有権移転登記を経由し、そのころ代金全額を支払つた。 
 かくしてAが本件土地の所有権を取得したものと信じてその占有を始めたが、本件土地の一部についてはその後Aによつてされた売買、交換に基づいてこれを取得した者がAの占有を承継している。 
 なお、Bには上告人を代理するなんらかの権限を有していたと認めるに足りる証拠はない。 
 以上は、原審が適法に確定したところであつて、本件土地の譲渡につきされた農地法所定の許可及び所有権移転登記の各申請手続になんらかの瑕疵があつたことは確定されていないところ、土地所有者である上告人には、すくなくとも、Bに公然と本件土地の管理人のような行動をする余地を与えた(事柄の性質上長期にわたるものであつたと推測することができ、原審認定の趣旨もここにあるものと考えられる。)等の点において権利者として本件土地につき適切な管理を怠つていたものといわれてもやむをえないところがあり、これらの点からすると、右所有権移転登記を経由したAがBを通じて適法に本件土地を譲り受けることができるものと信じ、その代金を支払つたことは無理ではないといえる。従つて、以上の事実関係のもとにおいては、Bに上告人を代理する権限がなかつたことを考慮に入れても、本件土地の小作人としてこれを他主占有していたAは、遅くとも右の登記がされた昭和三二年三月九日には民法一八五条にいう新権原により所有の意思をもつて本件土地の占有を始めたものであり、かつ、その占有の始めに土地所有権を取得したものと信じたことには過失がなかつたものというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光) 
+判例(S52.3.3)
理由 
 上告代理人下向井貞一の上告理由第一点及び第三点について 
 農地を賃借していた者が所有者から右農地を買い受けその代金を支払つたときは、当時施行の農地調整法四条によつて農地の所有権移転の効力発生要件とされていた都道府県知事の許可又は市町村農地委員会の承認を得るための手続がとられていなかつたとしても買主は、特段の事情のない限り、売買契約を締結し代金を支払つた時に民法一八五条にいう新権原により所有の意思をもつて右農地の占有を始めたものというべきである。これと同旨の見地に立つて、被上告人は売買契約を締結し代金を支払つた日に本件土地につき新権原により所有の意思をもつて占有を始めたものということができるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
 同第二点について 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫) 
b)相続を契機とする転換
+判例(S46.11.30)
理由 
 上告代理人大西芳雄の上告理由について。 
 所論の事実関係に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できないものではなく、右認定判断の過程に所論の違法を認めることはできない。 
 そして、原審の確定した事実によれば、訴外Aは、かねて兄である被上告人から、その所有の本件土地建物の管理を委託されたため、本件建物の南半分に居住し、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領していたところ、同訴外人は昭和二四年六月一五日死亡し、上告人らが相続人となり、その後も、同訴外人の妻上告人Bにおいて本件建物の南半分に居住するとともに、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領してこれを取得しており、被上告人もこの事実を了知していたというのである。しかも、上告人Cおよび同Dが、右訴外人死亡当時それぞれ六才および四才の幼女にすぎず、上告人Bはその母であり親権者であつて、上告人Cおよび同Dも上告人Bとともに本件建物の南半分に居住していたことは当事者間に争いがない。 
 以上の事実関係のもとにおいては、上告人らは、右訴外人の死亡により、本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに本件土地建物を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものというべく、したがつて、かりに上告人らに所有の意思があるとみられる場合においては、上告人らは、右訴外人の死亡後民法一八五条にいう「新権原ニ因リ」本件土地建物の自主占有をするに至つたものと解するのを相当とする。これと見解を異にする原審の判断は違法というべきである。 
 しかしながら、他方、原審の確定した事実によれば、上告人Bが前記の賃料を取得したのは、被上告人から右訴外人が本件土地建物の管理を委託された関係もあり、同人の遺族として生活の援助を受けるという趣旨で特に許されたためであり、右上告人は昭和三二年以降同三七年まで被上告人に本件家屋の南半分の家賃を支払つており、上告人らが右訴外人の死亡後本件土地建物を占有するにつき所有の意思を有していたとはいえないというのであるから、上告人らは自己の占有のみを主張しても、本件土地建物を、時効により取得することができないものといわざるをえない。したがつて、上告人らの取得時効に関する右主張を排斥した原審の判断は、結局相当であり、原判決の前記の違法はその結論に影響を及ぼすものではない。 
 その余の点については、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 下村三郎 裁判官 田中二郎 裁判官 松本正雄 裁判官 関根小郷) 
+判例(H8.11.12)
理由 
 上告代理人山口定男の上告理由第二点について 
 一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 
 1 旧門司市所在の本件土地建物、すなわちa町の土地、東門司の土地並びに花月園の土地及び建物は、いずれも、昭和二九年当時、Cの所有であり、このうち東門司の土地及び花月園の建物は第三者に賃貸されていた。Cの五男であったDは、当時福岡県門司市に居住していたところ、同年五月ころからCの所有不動産のうち同市に所在していた本件土地建物につき占有管理を開始し、本件土地建物のうち東門司の土地及び花月園の建物については、貸借人との間で、賃料の支払、賃貸家屋の修繕等についての交渉の相手方となり、賃料を取り立ててこれを生活費として費消していた。 
 2 Dが昭和三二年七月二四日に死亡したことから、その相続人である妻の上告人A(相続分三分の一)及び長男の上告人B(相続分三分の二。昭和三〇年七月一三日生)が本件土地建物の占有を承継したところ、上告人Aは、Dの死亡後、本件土地建物の管理を専行し、東門司の土地及び花月園の建物については、賃借人との間で、賃料額の改定、賃貸借契約の更新、賃貸家屋の修繕等を専決して、保守管理を行い、賃料を取り立ててこれを生活費の一部として費消している。 
 3 上告人Aは、本件土地建物の登記済証を所持し、昭和三三年以降現在に至るまで継続して本件土地建物の固定資産税を納付している。 
 4 Cは、昭和三六年二月二七日に死亡し、その相続人は、妻である被上告人E、長男であるF、二男である被上告人G、四男であるH、長女である被上告人I及び孫である上告人B(代襲相続人)であった。Cは、生前、その所有する多数の土地建物につきその評価額、賃料収入額等を記載したノートを作成していたところ、右ノートには本件土地建物について「Dニ分与スルモノ」との記載がされている。Fは、昭和三八年ないし三九年ころ、Cの経営に係る福井商店の債務整理のため本件土地建物を売却しようとしたが、上告人Aは、Dが本件土地建物をCから贈与された旨をDからその生前に聞いていたので、当時所持していた右ノートをFに示して本件土地建物の売却に反対し、結局、本件土地建物は売却されなかった。 
 5 本件土地建物の登記簿上の所有名義人は、Cの死亡後も依然として同人のままであったことから、上告人Aは、昭和四七年六月、本件土地建物につき上告人ら名義に所有権移転登記をしようと考えて、被上告人Eに協力を求めたところ、同被上告人は、上告人Aの求めに応じて、本件土地建物につき「亡C名義でありますが生前五男D夫婦に贈与せしことを認めます」との記載のある「承認書」に署名押印した。被上告人Eの助言もあったことから、上告人Aは、これに引き続いて、被上告人G及び被上告人Iを訪れて、本件土地建物につき上告人ら名義に所有権移転登記をすることの同意を求めたが、被上告人GはFの意向次第であると答え、被上告人Iは経緯を知らなかったことから同意せず、結局、本件土地建物について上告人ら名義への所有権移転登記はされなかった。 
 二 本件請求は、Cの相続人又はその順次の相続人である被上告人らに対して、上告人らが本件土地建物につき所有権移転登記手続を求めるものであるところ、上告人らの主張は、(1)Dは昭和三〇年七月にCから本件土地建物の贈与を受けた、(2)Dが昭和三〇年七月に本件土地建物の占有を開始した後(同三二年七月二四日に同人の死亡により上告人らが占有を承継)、一〇年又は二〇年が経過したことにより取得時効が成立した、(3)上告人らが昭和三二年七月二四日に本件土地建物の占有を開始した後、一〇年又は二〇年が経過したことにより取得時効が成立した、というものである。 
 原審は、次のとおり判断して、上告人らの請求を棄却した。 
 1 CからDに対する本件土地建物の贈与については、これを推認させる間接事実ないし証拠があるが、贈与の事実の心証までは得られず、Cは本件土地建物をDに贈与する心積もりはあったがこれを履行しないうちにDが死亡したという限度で事実を認定し得るにとどまる。 
 2 Dは昭和二九年五月ころに有償の委任契約に基づく受任者として本件土地建物の占有を開始したものであり、上告人らの主張する昭和三〇年七月の贈与が認められないのであるから、Dはその後も依然として受任者としての占有を継続していたものというべきであり、同人の占有は占有権原の性質上他主占有である。 
 3 上告人らはDの死亡に伴う相続により本件土地建物の占有を開始したものであるが、(1)Cの死亡に伴い提出された昭和三八年一二月三日付け相続税の修正申告書には本件土地建物のほか東門司の土地の賃料及び花月園の建物の賃料が相続財産として記載されているところ、上告人Aはそのころ右修正申告書の写しを受け取りながら、その記載内容について格別の対応をしなかったこと、(2)上告人らが昭和四七年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたことなどに照らせば、Dの他主占有が相続を境にして上告人らの自主占有に変更されたとは認められない。 
 三 しかしながら、原審の右判断中3の部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 1 被相続人の占有していた不動産につき、相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が所有の意思のないものであったとしても、相続人は、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるものというべきである(最高裁昭和四四年(オ)第一二七〇号同四六年一一月三〇日第三小法廷判決・民集二五巻八号一四三七頁参照)。 
 ところで、右のように相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合を除き、一般的には、占有者は所有の意思で占有するものと推定されるから(民法一八六条一項)、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が他主占有に当たることについての立証責任を負うべきところ(最高裁昭和五四年(オ)一九号同年七月三一日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号三一五頁)、その立証が尽くされたか否かの判定に際しては、(一)占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は(二)占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(ちなみに、不動産占有者において、登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めず、又は右所有名義人に固定資産税が賦課されていることを知りながら自己が負担することを申し出ないといった事実が存在するとしても、これをもって直ちに右事情があるものと断ずることはできない。)が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和五七年(オ)第五四八号同五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁、最高裁平成六年(オ)一九〇五号同七年一二月一五日第二小法廷判決・民集四九巻一〇号三〇八八頁参照)。 
 これに対し、他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである。 
 2 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、上告人Aは、Dの死亡後、本件土地建物について、Dが生前にCから贈与を受け、これを上告人らが相続したものと信じて、幼児であった上告人Bを養育する傍ら、その登記済証を所持し、固定資産税を継続して納付しつつ、管理使用を専行し、そのうち東門司の土地及び花月園の建物について、賃借人から賃料を取り立ててこれを専ら上告人らの生活費に費消してきたものであり、加えて、本件土地建物については、従来からCの所有不動産のうち門司市に所在する一団のものとして占有管理されていたことに照らすと、上告人らは、Dの死亡により、本件土地建物の占有を相続により承継しただけでなく、新たに本件土地建物全部を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものということができる。そして、他方、上告人らが前記のような態様で本件土地建物の事実的支配をしていることについては、C及びその法定相続人である妻子らの認識するところであったところ、同人らが上告人らに対して異議を述べたことがうかがわれないばかりか、上告人Aが昭和四七年に本件土地建物につき上告人ら名義への所有権移転登記手続を求めた際に、被上告人Eはこれを承諾し、被上告人G及び被上告人Iもこれに異議を述べていない、というのである。右の各事情に照らせば、上告人らの本件土地建物についての事実的支配は、外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当である。原判決の挙げる(1)Cの遺産についての相続税の修正申告書の記載内容について上告人Aが格別の対応をしなかったこと、(2)上告人らが昭和四七年になって初めて本件土地建物につき自己名義への所有権移転登記手続を求めたことは、上告人らとC及びその妻子らとの間の人的関係等からすれば所有者として異常な態度であるとはいえず、前記の各事情が存在することに照らせば、上告人らの占有を所有の意思に基づくものと認める上で妨げとなるものとはいえない。 
 右のとおり、上告人らの本件土地建物の占有は所有の意思に基づくものと解するのが相当であるから、相続人である上告人らは独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるというべきである。そうすると、被上告人らから時効中断事由についての主張立証のない本件においては、上告人らが本件土地建物の占有を開始した昭和三二年七月二四日から二〇年の経過により、取得時効が完成したものと認めるのが相当である。 
 四 したがって、これと異なる判断の下に、上告人らの本件土地建物の占有を他主占有として取得時効の主張を排斥し、上告人らの請求を棄却した原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものといわざるを得ず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、本件土地建物について所有権移転登記手続を求める上告人らの請求は理由があるから、これを認容すべきであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人らの控訴は棄却すべきものである。なお、第一審判決主文第一項に明白な誤謬があることがその理由に照らして明らかであるから、民訴法一九四条により主文のとおり更正する。 
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
+補足意見
 裁判官可部恒雄の補足意見は、次のとおりである。 
 一 本判決は、法廷意見の引用する「相続と民法一八五条にいう『新権原』」についての昭和四六年一一月三〇日第三小法廷判決を主要な先例とするものであり、これについては優れた判例解説及び評釈があるが(柳川・同年度解説〔42〕、四宮・法協九一巻一号一八八頁)、右判決の採り上げた取得時効の成否については、民法一八六条一項の推定規定をめぐって、(1)実務上大きな影響をもたらした昭和五八年三月二四日第一小法廷判決と、(2)その法理の運用に修正を加えた平成七年一二月一五日第二小法廷判決の二つがあり、本判決もこれら先例を踏まえて原判決の判断を覆した上、自判の結論に至っているので、昭和五八年第一小法廷判決以後の裁判例の動向を上告事件の審理の実際に当たって眺めて来た者の一人として、以下に若干の所見を述べて法廷意見の補足とすることにしたい。 
 二 「占有者は所有の意思で占有するものと推定されるのであるから(民法一八六条一項)、占有者の占有が自主占有にあたらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が他主占有にあたることの立証責任を負う」(前掲昭和五四年七月三一日第三小法廷判決)ところ、(一)「占有における所有の意思の有無[占有が自主占有であるかどうか]は、占有取得の原因たる事実によって外形的客観的に定められるべきものである」(最高裁昭和四五年(オ)第三一五号同年六月一八日第一小法廷判決・裁判集民事九九号三七五頁、前掲昭和五四年七月三一日第三小法廷判決)とすること判例である。 
  また、判例は、(二)家督相続制度の下にあった昭和十年代において、戸主甲が、家族乙の死亡による 相続が共同遺産相続であることに想到せず、戸主たる自己が「単独に相続したものと信じて疑わず、相続開始とともに相続財産を現実に占有し、その管理、使用を専行してその収益を独占し、公租公課も自己の名でその負担において納付してきており、これについて他の相続人がなんら関心をもたず、もとより異議を述べた事実もなかったような場合には、前記相続人はその相続のときから自主占有を取得したものと解するのが相当である」(最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁)とした。 
 三 これらの先例を踏まえて「民法一八六条一項の所有の意思の推定が覆される場合」について判示したのが、法廷意見の引用する昭和五八年三月二四日第一小法廷判決(いわゆる「お綱の譲り渡し」事件判決)である。 
  同判決は、占有者による占有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、(一)占有取得の原因である権原(前掲昭和四五年六月一八日第一小法廷判決参照)又は(二)占有に関する事情(前掲昭和四七年九月八日第二小法廷判決参照)により外形的客観的に定められるべきものである、とした上で、「1」「占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか」、又は「2」「占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明されるときは」、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならない旨を判示した。 
 四 判例集に登載された同判決の判示事項は、前述のとおり「民法一八六条一項の所有の意思の推定が覆される場合」であり、この点についての判例・学説は、同事件の判例解説や評釈に詳しい(淺生・同年度解説[6]、後掲有地=生野評釈等参照)。そして、同判決の意義は、「占有の権原」だけでなく「占有に関する事情」もまた、右の推定を覆す事実に当たることを正面から認めた点にある(解説七五頁)とされる。問題は、「2」の占有に関する事情(態様)のうち、a「真の所有者であれば通常はとらない態度を示し」、若しくはb「所有者であれば当然とるべき行動に出なかった」という、抽象的で美しく、一見分かり易くみえる判示の表現するところが、現実の具体的事案に適用される段階で果たしてどのように機能するか、の点にある。 
  同事件判例解説は、a「真の所有者であれば通常はとらない態度を示し」というのは、占有者が係争地の一部を相手方から買い受けた事実がある以上、係争地が相手方の所有であることを承認していたものであるとし(大判大四・三・一〇)、共同相続人の一人である占有者が相続人間で分割の話を持ち出してほしいと依頼したことから所有の意思を否定した(東京高決昭四二・四・一二)例の如きものを指し、また、b「所有者であれば当然とるべき行動に出なかつた」というのは、「占有者密ニ占有ヲ為シ他人ノ其原因ヲ糺スモ曖昧ナル答弁ヲ為シテ所有者ニ其所為ヲ知ラシメサルヲ勉ムルトキ」(ボアソナード)とか、会社が土地の贈与を受けたといいながら、長期間登記を受けずまた公租公課を納付していない(大判昭一〇・九・一八)例の如きものを指すものとしている(解説七六頁)。 
  右の解説の例示するところは、それぞれに、一応素直に肯定することができるもののように思われる。 
 五 ところで、この点について昭和五八年第一小法廷判決の判示するところはどうであろうか。 
  同事件の原審は、亡父Jから同居中の長xが「お綱の譲り渡し」を受け、単に家計の収支面の権限にとどまらず財産的な処分権限まで付与されていたもので、その処分権限の付与を以て未だ所有権の贈与と断じ難いとしても、なお「お綱の譲り渡し」によってxに移転した占有は、xの自主占有に当たるとした。 
  これに対し上告審判決は、原判決の判示が単に贈与があったとまで断定することはできないとの消極的判断を示したにとどまる趣旨であるとすれば、占有取得の原因である権原の性質によってxの所有の意思の有無[自主占有なりや否や]を判定することはできないが、Jとxとが同居中の親子の関係にあることに加えて、Jからxへの占有の移転がいわゆる「お綱の譲り渡し」により本件各不動産についての管理処分権の付与とともになされたことに照らすと、xによる本件各不動産の占有に関し、「それが所有の意思に基づくものではないと認めるべき外形的客観的な事情が存在しないかどうかについて特に慎重な検討を必要とする」とした上で、原判決がxの占有を自主占有と認める根拠として挙げた事実は、所有権の移転を伴わない管理処分権の付与の事実と必ずしも矛盾するものではないから、xの占有が自主占有なりや否やを判断する上において決定的事情となるものではない、と判示した。そして、第一小法廷判決は更に次のような説示を加える。 
  「かえって、右『お綱の譲り渡し』後においても、本件各不動産の所有権移転登記手続はおろか、農地法上の所有権移転許可申請手続さえも経由されていないことは、xの自認するところであり、また、記録によれば、Jは右の『お綱の譲り渡し』後も本件各不動産の権利証及び自己の印鑑をみずから所持していてxに交付せず、xもまた家庭内の不和を恐れてJに対し右の権利証等の所在を尋ねることもなかつたことがうかがわれ、更に審理を尽くせば右の[所有の意思に基づくものではないと認めるべき外形的客観的な]事情が認定される可能性があつたものといわなければならないのである。そして、これらの占有に関する事情が認定されれば、たとえ前記のようなxの管理処分行為があつたとしても、xは、本件各不動産の所有者であれば当然とるべき態度、行動に出なかったものであり、外形的客観的にみて本件各不動産に対するJの所有権を排斥してまで占有する意思を有していなかつたものとして、その所有の意思を否定されることとなつて、xの時効による所有権取得の主張が排斥される可能性が十分に存するのである」と。 
 六 占有が所有の意思に基づくものであるか否か[自主占有なりや否や]を占有に関する事情(態様)に着目して、具体的事案において判定するための指標として、同判決が一般的立言の形式において判示したのは、占有者が占有中、a「真の所有者であれば通常はとらない態度を示し」、若しくはb「所有者であれば当然とるべき態度に出なかつた」ことであるが、判決が同事件において後者bの実例として挙げたのは、「本件各不動産の所有権移転登記手続はおろか、農地法上の所有権移転許可申請手続さえも経由されていないこと」及びJが「お綱の譲り渡し」後も本件各不動産の権利証や自己の実印をxに交付しなかったのに、xが「家庭内の不和を恐れてJに対し右の権利証等の所在を尋ねることもなかつたこと」である。 
  判決の言及するJからxへの所有権移転登記手続及び農地法上の許可申請手続については、係争不動産の所在地である熊本県下益城郡a村及び係争不動産自体についての実体調査に基づく判例評釈において、「判決が指摘するような登記手続などがされていないこと、権利書が交付されていないことだけで、農地承継につき所有者であれば当然とるべき行動に出なかったというのはあまりにも農村の実状を無視した論拠ではないであろうか」との批判がなされている(注)。 
  (注)有地=生野・民商九〇巻五号七四八頁。なお、同評釈は、引用の結論部分に先立って次のように述べている。「本件で指摘された事実[bの実例として判決が挙げた箇所参照]は農村における実態からみれば、かなり現実離れした事実であることは否めない。農村社会では、農地について親からあとつぎへと相続がなされ、所有権が移転しても、移転登記手続や農地法上の所有権移転許可申請が一般になされない場合がむしろ普通であって、不動産の登記名義が二~三代前のもののままであることも珍しくない。本件不動産所在地の豊野村も例外ではなく、農地の名義換えは特別の事情がなければなされなかったようである。本件でも、本件不動産の中にはいまだ祖父名義のままのが残っているものもあるのがこのことを裏書している……本件の不動産の中には権利書が存在しないものもある」と。 
 七 この事件では、第一次的に同居中の父からの生前贈与が主張され、なお予備的にxによる時効取得が主張されているが、それがこの種の事案における紛争の通常の形態であり、同居の親族間においては互いに権利義務関係を露骨に主張することを憚り、結果として、法律的に明確な措置に出ることを怠って、後日に紛争の火種を残すことになるのがむしろ通常であるといえよう。そのような風土、習性、人情が日本の長所であるとはいい難いが、さりとて経済的な競争社会において、個人間の権利義務関係が契約によって初めて規律される状況を前提として、所有権が移転したというなら何故その旨の登記が経由されていないのか、何故その登記を求めなかったのかと声高に指摘して、その一点に贈与の有無ないし自主占有の成否をかからしめるのは、およそこの種紛争の実態に合致しない態度というべきであろう。贈与を原因とする登記が経由されれば、相続税よりも高額の贈与税の負担が目前に迫ることになる。被相続人が死亡した場合は、相続人にとって相続税の負担は、どのような状況の下においても免れることのできないものであるが、生前贈与があった場合には、登記即贈与税の賦課という目前の負担が、贈与を原因とする所有権移転登記の経由という明確な法律的処理をする上での大きな制約となろう。もし、その負担を敢えてして所有権移転登記が経由されたならば、実際上もはや紛争発生の余地はなく、生前贈与の有無や取得時効の成否が論議されることもない。のみならず、占有者が悪意であるときは、悪意の占有者が所有名義人に対し所有権移転登記を求めることがないのは当然であって、移転登記手続を求めないからといって、占有者の所有の意思が否定されることにならないのは、自明のことというべきであろう。要するに、生前贈与の有無ないし取得時効の成否が争われている事案において、所有権移転登記が経由されているか否かをこと新しく指摘してみても、基本的な事実関係を認定する上でさしたる意味を持ち得ないことを知るべきである。 
 八 翻って第一小法廷判決の判示するところをみるのに、判文中所有権移転登記に言及する箇所があるのはさきにみたとおりであるが、その文脈からすれば、必ずしも被相続人Jから同居中の長男xへの所有権移転登記の経由いかんを以て、占有者xの所有の意思の有無(自主占有の成否)を決する上での重要なポイントとしたものとはいえないのではないかと思われる。 
  この点につき特に注目されるのは、法廷意見の引用する平成七年一二月一五日第二小法廷判決の判旨である。同判決は、「登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めないなどの土地占有者の態度が他主占有と解される事情として十分であるとはいえないとされた事例」に関するものであるが、同判決は、占有者から登記簿上の所有名義人に対し所有権移転登記手続を求めなかったとしても、「占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある」とし、また、登記簿上の所有名義人に固定資産税が賦課されていることを知りながら、占有者がその負担を申し出なかったとしても、その「税額等の事情によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある」として、「これらの事実は、他主占有事情の存否の判断において占有に関する外形的客観的な事実の一つとして意味のある場合もあるが、常に決定的な事実であるわけではない」旨を判示した。 
  その判示するところは、「お綱の譲り渡し」事件につき第一小法廷判決が、占有者が占有中「真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど」云々と判示して以来、下級審裁判例において、占有者から登記簿上の所有名義人に対し所有権移転登記手続を求めず、その登記が経由されていないことを以て、自主占有の成否を決する上での重要なポイントであるかの如き解釈運用が少なからず見受けられた近時の状況の下において、その運用上の偏りを修正する上で、その意味するところは大きい。本判決も、この点につき第二小法廷判決と趣旨を同じくするものである。 
 (裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫) 
+判例(S47.9.8)
理由 
 上告代理人大滝一雄の上告理由について。 
 原審の適法に確定したところによれば、昭和一五年一二月二八日訴外Aの死亡により同人所有の本件土地について、遺産相続が開始し、原判示の続柄にあるB、C、上告人D、上告人E、上告人Fの五名が共同相続をしたが、そのうちCが昭和一八年二月一日死亡したので、原判示の続柄にあるG、H、I、J、Kの五名が同人の遺産相続をしたものであるところ、BはA死亡当時林家の戸主であつたので、当時は家督相続制度のもとにあつた関係もあり、家族であるAの死亡による相続が共同遺産相続であることに想到せず、本件土地は戸主たる自己が単独で相続したものと誤信し、原判示のような方法で自己が単独に所有するものとして占有使用し、その収益はすべて自己の手に収め、地租も自己名義で納入してきたが、昭和三〇年初頃長男である被上告人に本件土地を贈与して引渡し、爾後、被上告人においてB同様に単独所有者として占有し、これを使用収益してきた。一方、前記亡C、上告人D、上告人E、上告人Fらは、いずれもそれぞれAの遺産相続をした事実を知らず、Bおよび被上告人が右のように本件土地を単独所有者として占有し、使用収益していることについて全く関心を寄せず、異議を述べなかつたというのである。 
 ところで、右のように、共同相続人の一人が、単独に相続したものと信じて疑わず、相続開始とともに相続財産を現実に占有し、その管理、使用を専行してその収益を独占し、公租公課も自己の名でその負担において納付してきており、これについて他の相続人がなんら関心をもたず、もとより異議を述べた事実もなかつたような場合には、前記相続人はその相続のときから自主占有を取得したものと解するのが相当である。叙上のような次第でBしたがつて被上告人は本件土地を自主占有してきたものというべきであり、これと同趣旨の原審の判断は相当である。所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 小川信雄) 
(5)占有の承継
a)選択可能性
+(占有の承継)
第百八十七条  占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる
2  前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。

+判例(S37.5.18)
要旨
特定承継による場合のみならず、相続のような包括承継にも適用がある!

b)瑕疵の承継
+(占有の承継)
第百八十七条  占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。
2  前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する

c)無瑕疵の承継
・占有開始時に善意無過失でありさえすればよい。
+判例(S53.3.6)
理由
上告代理人貞家克己、同仙田富士夫、同岩渕正紀、同遠藤きみ、同村長剛二、同仲村参郎、同冨田穰、同小山内宏、同山内敏男の上告理由について
一〇年の取得時効の要件としての占有者の善意・無過失の存否については占有開始の時点においてこれを判定すべきものとする民法一六二条二項の規定は、時効期間を通じて占有主体に変更がなく同一人により継続された占有が主張される場合について適用されるだけではなく、占有主体に変更があつて承継された二個以上の占有が併せて主張される場合についてもまた適用されるものであり、後の場合にはその主張にかかる最初の占有者につきその占有開始の時点においてこれを判定すれば足りるものと解するのが相当である。
しかるに、原審は、原判示第二物件目録(三)ないし(七)の土地に関し、上告人から提出された、訴外Aの占有から訴外国の占有を経て訴外Bに至る占有期間中に一〇年の時効が完成した旨の抗弁を判断するにつき、占有主体に変更があつて悪意又は有過失の者が善意・無過失の者の占有を特定承継した場合には、前主の占有に瑕疵のないことについてまで承継してその者が瑕疵のない占有者となるものではなく、かつ、瑕疵のある中間者から更に占有を特定承継した者について取得時効の完成をいう場合には、前々主及び自己の占有に瑕疵がないときであつても、瑕疵のある中間者の占有期間を併せて主張する以上は全体として瑕疵のある占有となる旨の判断を示したうえ、本件の場合、右にいう中間者である訴外国の占有に過失があつたことを理由として取得時効の完成を否定し、上告人の右抗弁を排斥したものであつて、前記説示に照らせば、原審の右判断には民法一六二条二項、一八七条一、二項の解釈を誤つた違法があるというべきである。そして、右違法は、原判決中前記土地に関し被上告人らの上告人に対する所有権確認並びに所有権移転登記手続及び引渡しの各請求を認容した部分につき、その結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、右部分は破棄を免れないところ、上告人の主張にかかる最初の占有者である訴外Aの善意・無過失の点につき更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林讓 裁判官 栗本一夫)

3.時効完成の効果
(1)権利の原始取得

・地役権について
+(承役地の時効取得による地役権の消滅)
第二百八十九条  承役地の占有者が取得時効に必要な要件を具備する占有をしたときは、地役権は、これによって消滅する。

+(抵当不動産の時効取得による抵当権の消滅)
第三百九十七条  債務者又は抵当権設定者でない者が抵当不動産について取得時効に必要な要件を具備する占有をしたときは、抵当権は、これによって消滅する。

(2)事項の遡及効
+(時効の効力)
第百四十四条  時効の効力は、その起算日にさかのぼる。

・起算点について
+判例(S35.7.27)
理由
上告代理人石川功の上告理由第一点について。
元来時効の制度は、長期間継続した事実状態に法的価値を認め、これを正当なものとして、そのまま法律上の秩序たらしめることを期するものであつて、これにより社会生活における法的安定性を保持することを目的とする。従つて、時効制度の本来の性質からいえば、いわゆる起算日は常に暦日の上で確定していなければならないわけのものではなく、起算日を何時と定めるにしても、その時から法律の認めた一定期間を通じ同一の事実状態が継続し、いわゆる時効期間が経過した場合には、その事実に即して、遡って当初から権利の取得又は消滅があつたものとして取扱うことは、時効の当事者間にあつては、必ずしも不合理であるとはいえないであろう。しかし、時効による権利の取得の有無を考察するにあたつては、単に当事者間のみならず、第三者に対する関係も同時に考慮しなければならぬのであつて、この関係においては、結局当該不動産についていかなる時期に何人によつて登記がなされたかが問題となるのである。そして時効が完成しても、その登記がなければ、その後に登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗しえない(民法一七七条)のに反し、第三者のなした登記後に時効が完成した場合においてはその第三者に対しては、登記を経由しなくとも時効取得をもつてこれに対抗しうることとなると解すべきである。しからば、結局取得時効完成の時期を定めるにあたつては、取得時効の基礎たる事実が法律に定めた時効期間以上に継続した場合においても、必らず時効の基礎たる事実の開始した時を起算点として時効完成の時期を決定すべきものであつて、取得時効を援用する者において任意にその起算点を選択し、時効完成の時期を或いは早め或いは遅らせることはできないものと解すべきである。大正一四年七月八日大審院連合部判決、および昭和一三年五月七日、同一四年七月一九日の各大審院判決等は右の趣旨に出でたもので正当というべく、当裁判所においても、今日右判例を変更すべき必要を認めない。
原判決は右と趣旨を同じうするものであつて、その判断は正当である。所論はこれと異なる見解に立つて原判決の違法をいうものであつて、採るを得ない。
同第二点について。
所論の点に関する原審の事実の認定は、挙示の証拠によりこれを是認できる。所論は原審の裁量に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するに帰し、原判決には所論の違法は認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)

4.所有権以外の財産権の取得時効
(1)意義
+(所有権以外の財産権の取得時効)
第百六十三条  所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する。

←継続して行使することが可能な権利に限られる!

(2)財産権
a)用益物権
+(地役権の時効取得)
第二百八十三条  地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。

・「継続的に行使され」
+判例(S30.12.26)
理由
上告代理人重富義男、同佐藤英一の上告理由第一点について。
所論原判示は、所論不動産についての所有権移転登記が日本観光株式会社からAに対してなされていることにつき、当事者間に争なき趣旨を判示したものと認められるから、原判決には所論のような違法はない。論旨は理由がない。
同第二点について。
原判決は、上告人所有の土地を要役地とし本件土地を承役地とする通行地役権が設定されたとの上告人の主張については、これを肯認させるに足る疏明がない、と判示しているのである。それ故所論は、原判決の結論に影響のない民法一七七条の解釈に関する原判示を、独自の見解を前提として非難するに帰し、採用することができない。
同第三点、第四点及び第六点について。
原判決は、上告人の地役権の時効取得に関する主張を排斥するにつき、第一審判決の理由を引用しているのであつて、両者の間には何等の齟齬も存しない。従つて論旨第三点に主張するような違法はない。
民法二八三条による通行地役権の時効取得については、いわゆる「継続」の要件として、承役地たるべき他人所有の土地の上に通路の開設を要し、その開設は要役地所有者によつてなされることを要するものと解すべくこれと同趣旨に出でた原審の判断は相当である。論旨第四点及び第六点はいずれも独自の見解を前提として原判決を攻撃するものであるから採用することができない。
同第五点について。
袋地である上告人所有の土地のための最少限度の通路としては、字ab番のcの土地を以て足り、字de番のfの土地を必要としないとする趣旨の原判示は、相当と認められるから、論旨は理由がない。後段所論の大審院判例は本件に適切でない。
同第七点について。
所論の原判示は、仮りに本件土地を承役地とする上告人主張の地役権設定契約があつたとしても、これにつき登記なき以上、その後において承役地の所有権を取得した被上告人に対抗し得ないとする趣旨であつて所論のように時効による地役権取得に関し、登記の欠缺を云為するものではない。そうして原判決は本件について地役権の時効取得を否定しているのであるから、所論のような対抗要件に関しては問題を生ずる余地がない。論旨は採用することができない。
よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎) 

b)賃借権・使用借権
+判例(S43.10.8)
理由
上告代理人高野篤信、同平野保、同宇津呂公子の上告理由について。
原審が原判決添付第一号目録(二)記載の土地(以下たんに第一(二)土地という。その他これに準ずる。)について賃貸借の成立を否定した認定・判断は、その挙示する証拠関係によつて是認しえないものではなく、この点に関する論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用できない。
次に、所論土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法一六三条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である。
しかるに、記録によれば、上告人が原審において、第一(一)(二)土地、第二土地、第三土地について仮定的に賃借権の時効取得を主張したこと、これに対し原審は第一(一)土地について賃貸借の成立を認め、第二、第三土地について時効取得を否定したが、第一(二)土地については賃貸借の成立を否定しながら、時効取得の主張に対してなんら判断を加えていないことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、原判決は第一(二)土地について判断遺脱の違法あることを免れない。
また、原審は、第二土地について賃借権の時効取得を否定し、その判決理由一の(三)において「第一審原告(上告人)が第二土地については昭和二二年四月頃以降現在までこれを占有していることは、さきに、みたとおりで……あるが、前認定の事実関係に徴すると、未だ、第一審原告はその主張の如き賃借権を享受する意思を以て右……土地を占有していたとは認め難い」云々と判示するが、これに先だつ原判決理由中のどこにも、原判決が「さきにみた」といい、また「前認定」という、その判示に照応する事実の認定説示を発見することができない。しかも、占有開始の時期については、被上告人において、上告人が第一(二)土地および第二土地の一部の占有を始めたのは、昭和二五年一二月以降のことであると争つているところであり、また、第三土地はともかくとして、第二土地は、原審の認定によつても、賃貸借の成立した第一(一)土地と同時に占有を開始して現在に至り、また、上告人が土地使用の対価として被上告人に賃料を支払つて来たことは(土地の範囲は別として)争いがないというのであるから、原判示のように、上告人において賃借権享受の意思がなかつたとするには、当然なんらかの説明を要するところである。しかるに、原判決理由が「さきにみた」とする「前認定」事実の説示を欠くことは、前述のとおりであつて、原判決は第二土地につき賃借権の時効取得を否定した点において、審理不尽、理由不備の違法あることを免れず、論旨は、けつきよく、この点においても理由あるものといわなければならない。
なお、上告人は第三土地に関する請求が排斥されたことをも不服として上告するが、上告状および上告理由書中に、この点に関する上告理由として認めるに足りる記載がなく、排斥を免れない。
以上、原判決には第一(二)土地について賃借権の時効取得の主張に対する判断遺脱の違法、第二土地について賃借権の時効取得の主張を排斥するにつき審理不尽、理由不備の違法があり、これらの点において破棄を免れないが、その余の点については上告を失当として棄却すべきであり、右破棄部分については、さらに審理を尽くさせるため原審に差し戻すべきである。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

第3節 消滅時効

1.要件
(1)債権の消滅時効の要件
a)消滅時効の起算点

+(消滅時効の進行等)
第百六十六条  消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する。
2  前項の規定は、始期付権利又は停止条件付権利の目的物を占有する第三者のために、その占有の開始の時から取得時効が進行することを妨げない。ただし、権利者は、その時効を中断するため、いつでも占有者の承認を求めることができる。

・権利の行使につき法律上の障害がなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できる時をいう
+判例(S45.7.15)
理由
上告指定代理人岩佐善已、同柿原増夫の上告理由について。
原審判決が確定した事実は、次のとおりである。
被上告人は訴外A所有の宅地二二坪につき賃借権を有するとして同訴外人に対し賃料を提供したが、受領を拒絶されたため、昭和二七年五月七日から同訴外人を被供託者として東京法務局に対し賃料を一か月二〇〇〇円の割合で弁済のため供託してきた。その後、同訴外人は被上告人を被告として建物収去土地明渡の訴を提起したが、昭和三八年一月一八日上告審たる最高裁判所で和解が成立し、被上告人は右土地に賃借権を有しないことを認め、同年六月三〇日までに建物を収去して右土地を同訴外人に明け渡し、同訴外人は右土地に対する昭和二七年三月一四日から右土地明渡に至るまでの賃料相当の損害金債権を放棄することとなつた。そこで、被上告人は民法四九六条一項に基づき昭和三八年五月九日上告人に対して昭和二七年五月七日から昭和二八年二月二七日までに供託した合計二万四〇〇〇円の供託金の取戻を請求したところ、上告人は時効により消滅したことを理由に右請求を却下した。
以上の事実に基づいて、被上告人は上告人を被告として行政事件訴訟法三条二項により右却下処分の取消を求める訴を提起し、第一審判決はこれを認容し、該判決に対し上告人は控訴したが、原審判決はこれを棄却したことは、記録上明らかである。
よつて、まず、上告人のした本件却下処分の取消を求める被上告人の本訴が適法であるかどうかを検討する。
元来、債権者が金銭債務の弁済の受領を拒むときは、弁済者は債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができ、債権者が供託を受諾せずまたは供託を有効と宣告した判決が確定しない間は、弁済者は供託物を取り戻すことができることは、民法四九四条および四九六条の定めるところである。そうして、右供託事務を取り扱うのは国家機関である供託官であり(供託法一条、同条ノ二)、供託官が弁済者から供託物取戻の請求を受けた場合において、その請求を理由がないと認めるときは、これを却下しなければならず(供託規則三八条)、右却下処分を不当とする者は監督法務局または地方法務局の長に審査請求をすることができ、右の長は、審査請求を理由ありとするときは供託官に相当の処分を命ずることを要する(供託法一条ノ三ないし六)と定められており、実定法は、供託官の右行為につき、とくに、「却下」および「処分」という字句を用い、さらに、供託官の却下処分に対しては特別の不服審査手続をもうけているのである。
以上のことから考えると、もともと、弁済供託は、弁済者の申請により供託官が債権者のために供託物を受け入れ管理するもので、民法上の寄託契約の性質を有するものであるが、供託により弁済者は債務を免れることとなるばかりでなく、金銭債務の弁済供託事務が大量で、しかも、確実かつ迅速な処理を要する関係上、法律秩序の維持、安定を期するという公益上の目的から、法は、国家の後見的役割を果たすため、国家機関である供託官に供託事務を取り扱わせることとしたうえ、供託官が弁済者から供託物取戻の請求を受けたときには、単に、民法上の寄託契約の当事者的地位にとどまらず、行政機関としての立場から右請求につき理由があるかどうかを判断する権限を供託官に与えたものと解するのが相当である。
したがつて、右のような実定法が存するかぎりにおいては、供託官が供託物取戻請求を理由がないと認めて却下した行為は行政処分であり、弁済者は右却下行為が権限のある機関によつて取り消されるまでは供託物を取り戻すことができないものといわなければならず、供託関係が民法上の寄託関係であるからといつて、供託官の右却下行為が民法上の履行拒絶にすぎないものということは到底できないのである。
なお、供託官の処分を不当とする者の監督法務局または地方法務局の長に対してする前示不服審査請求については、期間の制限がないのである(供託法一条ノ七、行政不服審査法一四条参照)が、これは、供託官の処分が供託上の権利関係の有無を判断する確認行為であり、これに対する不服につきその利益のあるかぎりは不服を許すことが相当であるから、とくに期間の制限をもうけなかつたものであり、このことから、供託官の処分を行政処分として取り扱うべきでないとするのは、理由がない(不動産登記法一五七条ノ二参照)。
これを要するに、上告人が本件供託物取戻の請求を却下した処分に対し、被上告人が行政事件訴訟法三条二項に基づき上告人を被告として提起した本訴は適法というべきである。
つぎに、上告人は、本件供託金については民法四九六条一項に基づき被上告人において供託の時から取戻の請求をすることができたのであるから、本件供託金取戻請求権の消滅時効は供託の時から進行すると主張する。
もとより、債権の消滅時効が債権者において債権を「行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」るものであることは、民法一六六条一項に規定するところであるしかし、弁済供託における供託物の払渡請求、すなわち供託物の還付または取戻の請求について「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当である。けだし、本来、弁済供託においては供託の基礎となつた事実をめぐつて供託者と被供託者との間に争いがあることが多く、このような場合、その争いの続いている間に右当事者のいずれかが供託物の払渡を受けるのは、相手方の主張を認めて自己の主張を撤回したものと解せられるおそれがあるので、争いの解決をみるまでは、供託物払渡請求権の行使を当事者に期待することは事実上不可能にちかく、右請求権の消滅時効が供託の時から進行すると解することは、法が当事者の利益保護のために認めた弁済供託の制度の趣旨に反する結果となるからである。したがつて、弁済供託における供託物の取戻請求権の消滅時効の起算点は、供託の基礎となつた債務について紛争の解決などによつてその不存在が確定するなど、供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時と解するのが相当である。
上告人は、右のような見解をとると、供託者と被供託者との間の争いの有無など供託官の知ることのできない事柄で時効の起算点が決定されることとなり、客観的な時効制度の本質に反する旨主張する。
しかし、弁済供託は、もともと、供託者と被供託者との間の実体上の法律関係に基づいているものであるから、供託物の払渡請求権の時効の起算点を供託官と供託者との関係だけで画一的、客観的に決定されるものとすることはできないし、また、供託官において右の請求権の行使が期待できる時期を知ることができない場合のあることは、実定法上やむをえない結果というべきである。
上告人は、また、供託者は供託証明書の交付を受けることによつて、時効の中断をすることができる旨主張するが、供託物の払渡請求権の行使が期待できない場合において、当事者にこのような時効中断のための措置をとることを期待することは、通常人としての当事者に難きを強いる結果となるものというべく、右中断の方法があることは、供託物払渡請求権の時効の起算点を前示のように解することの妨げとなるものではない。
以上の次第で、本件供託金取戻請求権の消滅時効の起算点に関する前記所論はいずれも理由がなく、その余の所論もまた前記判示するところに照らし採用することはできない。
なお、弁済供託における供託物払渡請求権の消滅時効の期間に関し、原審判決は、供託は国が設けた金品保管の制度で、供託の原因も法定されており、供託官は供託が適法であればこれを受理しなければならず、契約自由の原則は適用されないというだけの理由から、供託上の法律関係は公法関係であり、供託金の払渡請求権は会計法三〇条の規定により五年の消滅時効にかかるものと解している。しかしながら、弁済供託が民法上の寄託契約の性質を有するものであることは前述のとおりであるから、供託金の払渡請求権の消滅時効は民法の規定により、一〇年をもつて完成するものと解するのが相当である。
したがつて、この点に関し、原審は、法令の解釈を誤つたものといわなければならない。
してみれば、上告人は、本件供託金取戻請求権の時効が本件供託の時から進行したことを前提として、すでに時効により消滅したことを理由に、被上告人の供託金取戻の請求を却下することはできないものというほかはない。したがつて、被上告人の右請求を却下した上告人の処分の取消を求める被上告人の本訴請求は正当で、これを認容した第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した原審判決は、結局、正当である。なお、供託物取戻請求権の時効期間に関する前記法令解釈の誤りは結論に影響を及ぼすものではない。
よつて、本件上告はこれを棄却すべきものとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官入江俊郎、同長部謹吾、同松田二郎、同岩田誠、同大隅健一郎、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官入江俊郎、同長部謹吾、同大隅健一郎、同松本正雄の反対意見は、次のとおりである。
われわれは、供託および供託官のする行為の法律上の性質は、供託官が行政機関であること等からして一見行政処分の如くであるけれども、その本質は、専ら私法上の法律関係と考えるのが相当であり、従つて、供託官の行為を不服とする場合の訴訟は、専ら民事訴訟によるべきものと解すべきであると考える。そして、かく解することが、実定法の解釈として正当であり、かつ、当事者の権利、利益保護の上からも極めて妥当であると思う。それ故、われわれは、多数意見が、本件訴訟は専ら行政訴訟たる抗告訴訟(取消訴訟)によるべきであり、民事訴訟によるべきではないとし、民事訴訟の形式による訴は不適法としてこれを却下すべきであるとする点には、同調することができず、本件のごとき行政訴訟の形式による訴こそ、不適法として却下すべきであると考える。その理由は、次のとおりである。(なお、多数意見のその余の、本案に関する法律判断には、われわれも同意見である。)
一 供託および供託官のする行為の法律上の性質
(一) 供託は、供託者の申請によつて供託機関が供託物を受け入れ、管理し、供託者または被供託者にこれを交付するものであつて、その法律上の性質は、民法上の寄託の性質を有する。従つて、供託法等には民法と異なる若干の規定が存在しているけれども、これを全体として観察すれば、元来私法的関係の事柄というべく、供託機関が法務局等の国家機関である場合においても、この理を異にするものではない。このことは、供託事務を民間の倉庫業者、銀行等が扱う場合(供託法五条、民法四九五条二項、非訟事件手続法八一条、八二条等参照)において、その間に何ら公権的作用は存しないことからも推論しうるところである。
しかし、事柄の実体が全体として私法関係に属するとしても、立法政策の必要から、法律は必要に応じこれに公法的要素を添加し、供託関係の発生、変更、消滅を行政行為にかからしめることは可能であり、そのような場合には、その限度において、これを公法関係の面から把握し理解せねばならぬ場合もある。そして、それは供託に関する実定法の解釈によりこれを決するほかない。
(二) そこで、供託の申請および受理ならびに供託物の払渡(還付、取戻)に関する供託法および供託規則の規定を見るに、
(1) 金銭および有価証券の供託の申請および受理については、供託官の受理行為がないかぎり、供託は成立せず、供託に伴う法の所期する法律上の効果は発生する余地がないのであつて、供託法は供託の申請を受理するか否かを供託官の判断にかからせているように見えないことはない。しかし、この場合の供託官の行為は、供託書や添付書類について、申請の適法、不適法を審査し、適法であると認めるときは、これを受理しなければならず、適法でないと認めるときは、却下するほかはないというだけであつて、これを行政処分とみることは相当でない。むしろ、供託官の右供託受理の行為は、供託申請者の寄託契約の申込に対する承諾であり、その法律上の性質は私法上の行為であつて、供託官は、適法な供託受理の申請(契約の申込)に対しては、これを受理(契約の承諾)すべき私法上の義務を供託法によつて課せられているとみるべきである。
(2) 金銭および有価証券たる供託物の払渡(還付または取戻)についても同様であつて、供託物の還付請求権や取房請求権自体は供託に伴い法律上当然に発生するものであり、一般の私法上の債権と同様、譲渡、質権設定、仮差押等の目的とされるものであり、供託官の認可によつて、はじめてその権利が発生するというようなものではない。供託物の払渡をするか杏かを供託官の判断にかからせているものではなく、供託官の右行為が私法上の行為であることは、供託の申請および受理についての供託官の行為の場合と同様である。
(3) そもそも、行政行為には一般に公定力が認められるが、これを認める理論的根拠は、要するに、行政庁の公権力の行使に当たる行為は、一般に公共性の強いものであるから、それが法律上当然無効とされる場合は別として、たとえそれに瑕疵があつたとしても、瑕疵あるが故に、何人によつてもただちにその効力が否定されるというような不安定なものとしておくことは、公共性の強い行政権の作用としては妥当ではないという理由によつて、権限ある機関による取消があるまでは、一応適法性の推定を受け、有効な行為として尊重され、他の国家機関も第三者もその効力を否定しえないものとし、これによつて公共的な面から社会生活の安定と法的秩序の保持を図ろうとする点にあるのである。また、本質は私法関係と何ら異ならないものにおいても、公益上の必要から行政行為を介在させる立法も考えられるが、この場合には、行政行為とする以上、一般的には公定力を認めることとなるであろう。供託法、供託規則に基づく供託官の行為のごときは、本来公権力の行使に当たる行政行為というべきではなく、民法上の寄託契約の当事者の地位におけるものにすぎず、また、後述するところからみて、立法政策として供託官の行政行為を介在させる必要もないと考えられるから、供託官の行為に公定力を認めることは、理論的にも実定法的にもまことに根拠が薄弱である。
なお、付言すれば、供託官の行為を行政行為であるとして、これに公定力を認めるとすれば、これを争う途は、現行法上抗告訴訟によるほかはないであろう。ところで、抗告訴訟には周知のごとく一定の出訴期間の定めがあるが、これも、公権力の行使に当たる行政権の作用は、行政権の公共的性質に鑑み、たとえ、これに瑕疵があり、取り消さるべきものであつたとしても、その効果を長く不安定の状態に置くことは公共的な要請からいつて好ましくないとして、これにいわゆる確定力(不可争力)を認めているからであつて、公定力を認めるとすれば、同時に確定力を認めるというのが、特段の事由のないかぎり、本来の姿というべきであろう。もし、多数意見のように、供託法に定める文言に従つて行政処分とみるとしても、供託官の供託法上の行為については、審査請求が認められ(供託法一条ノ三)、審査請求には行政不服審査法の規定が適用されていながら、供託法一条ノ七は、行政不服審査法中の重要な規定の適用を排除し、なかんずく、不服申立期間に関する同法一四条の規定を排除した関係で、供託官の行為に対しては審査請求の期間の制限はなく、従つて、当事者はいつでも審査請求をすることができ、右行為または裁決に対してはさらに抗告訴訟が提起できる(抗告訴訟自体には行政事件訴訟法一四条による出訴期間の定めのあることはもちろんである。)筋合いとなつているから、結局、供託官の行為については、行政不服審査法による審査請求をし、その裁決があつた後もとの行為または裁決に対し出訴するという手続をとることによつて、行政訴訟の面において出訴期間の定めがないことと同様となる(行政事件訴訟法一四条四項)のであつて、いわゆる確定力(不可争力)を欠いているのである。供託官の処分に公定力を認めるとすれば、これに確定力を認めるのが相当というべきであるが、実定法は、供託官の行為が実質的には私法上の法律関係に属するものとし、これに確定力を認めていないのではなかろうか。供託関係は、既に触れたように、必ずしも供託官が取扱うもののみではなく、民間の倉庫業者または銀行をして扱わしめる場合もある点を併せ考えれば、実定法は、供託官の行為につき、公定力のないことを前提として確定力をも認めなかつたと解することは、決して無理を解釈ではないと思う(もちろん、確定力がなければ理論上必ず公定力がないというわけではなく、例えば不動産登記法一五七条ノ二のような事例もないことはないが、要は実定法の解釈如何にかかるというべきであろう。)。
二 供託官の行為を不服とする場合の争訟の形式
供託官の行為を不服とする者が行政不服審査法による審査請求をなしうることは明文上問題はない(供託法一条ノ三)が、訴訟の形式については、供託法上供託官の行為がいかなる性質のものかという点に着眼し、実定法上いかに解するのが最も妥当であるかによつて決せらるべきものと思う。
(一) 供託の申請に対する供託官の行為について
この場合の供託官の行為は供託受理の決定(供託規則一八条)または供託申請の拒否であるが、前者についてはこれを争う訴の利益は通常考えられないが後者については、供託に伴う法律上の効果が発生しないことになるから、その効果の発生を求める者にとつては、訴の利益のあることは明らかである。そして、この場合には、法令は供託官の「却下」「処分」という語を使用している(供託法一条ノ三、供託規則三八条)けれども、既に述べたように、供託官の供託の受理は、寄託契約申込に対する承諾という私法上の行為であつて、権力的要素を含むものではないから、右供託官の却下に不服ある者は、民事訴訟により、国を相手方として供託官が供託受理行為をなすことを訴求することができると解して何ら差支えはなく、当事者の権利保護の上からもこれが事案に最も即した救済手段である。右供託官の行為が一見行政処分の如きものであるからといつて、これに公定力を認むべきものでないことが前叙の如くである以上はこれを不服とする場合における訴訟を行政訴訟である抗告訴訟(取消訴訟)によらしむべきであるとする合理的根拠は到底見出だしがたい。
(二) 供託物の払渡(還付または取戻)に関する供託官の行為について
この場合の供託官の行為の性質も、既に述べたごときものであつて、事柄の実体は専ら私法上の法律関係に関するものであつて、権力的要素を含むものではない。すなわち、供託官は供託法、供託規則の定めるところ(供託法八条、一〇条、供託規則二八条、二九条、三八条等)により、請求の理由の有無を審査し、許否を決するのであるが、還付請求権や取戻請求権自体は元来供託に伴う私法上の権利であつて、供託官のかかる行為によつて何ら実体を左右されるものではなく、払渡をするか否かを供託官の判断にかからせているものでもないと解するのを相当とするから、その請求が不法に拒否された場合には、還付または取戻を民事訴訟である給付訴訟によつて訴求させることが事案に最も即した救済手段というべきである。右供託官の行為が一見行政処分の如くであるからといつて、これに公定力を認むべきでないことが前叙の如くである以上は、これを不服とする場合における訴訟を行政訴訟である抗告訴訟(取消訴訟)によらしむべきであるとする合理的根拠は到底見出だしがたい。
仮りに、右の二つの場合について行政訴訟である抗告訴訟にのみよらしめるとするときは、これに勝訴しても、供託官の処分が取り消されるだけであつて、右勝訴判決によつては、当事者が実体的に争つている私法上の権利、利益自体の救済が直接的に裁判所によつて認められたことにはならない。また、抗告訴訟は行政行為の適法、不適法を審査するものであるから、この場合は、供託官が供託法、供託規則によつてした行為の適法、不適法を審査することが目的であつて、裁判所がどの程度まで実体的の司法審査ができるかの限界については、種々困難な問題がある。行政訴訟において、裁判所は、供託官の権限に属し、またはこれと表裏一体をなす事柄の限度までは審査をなしうるとは思うが、それにしても、供託官が供託法、供託規則に則り審査しうる範囲には限界があり、供託の受理、供託物の払渡に関連する私法上の権利関係の一切に及びうるものと解することには多くの問題があり、事案ごとにその限界を定めるほかはない。従つて、供託官の処分が行政訴訟で争われうるとした場合にも、司法審査の及びうる範囲については、理論的にも実務的にも必ずしも明確になつてはいないのであつて、その限界如何によつては、当事者の私法上の権利、利益の保護の面に問題が残るように思う。なお、供託法、供託規則に定める供託官の審査の方法は、供託官が私法関係である供託の当事者たる地位において遵守すべき事項にすぎないと解すべきであり、従つて、民事訴訟においては、供託官の審査権限内の事項はもとより、権限外の事項についても、審査することができると解せられる。
以上の次第で、われわれは、供託官の行為を不服とする場合の訴訟は、民事訴訟によらしめることをもつて、必要かつ充分であると考える。これを専ら行政訴訟のみによらしめるとする考え方は、供託関係の法律上の実体に適合せず、当事者の権利、利益の保護の上からも不充分であると思う。また、本件のごとき事案につき、民事訴訟のみによらしむべしとする詳細な理由を示した下級裁判所の判決も少なくなく、それらの事件が現に最高裁判所に係属していることを考えると、多数意見の説示をもつてしては、本件のごとき事案をすべて行政訴訟にのみよらしむべきであるとする実定法解釈上の具体的な論拠を、充分に示しえたものとは考えられない。(なお、最高裁判所昭和三六年(オ)第二九九号、同年一〇月一二日第一小法廷判決、裁判集民事五五号一二五頁は、供託官の供託受理処分に関して行政訴訟を認めている。同判決は、行政訴訟として第一審に係属した事案に対する上告審判決であるが、本件で職権事項として取り上げた本案前の問題については、何ら審理、判断をしたものでないから、右判決は右本案前の問題に関する最高裁判所の判例と目すべきものではない。)
よつて、本件訴は不適法として却下すべきである。

+反対意見
裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。
(一) 本件のごとき金銭債務の弁済供託は民法の債権編に規定されるとともに、これに関する供託所における事務は国家機関たる供託官によつて取扱われ(供託法一条ノ二)、そこには、私法的要素と公法的要素が存在する。そして、供託が公法上の法律関係であるか、私法上の法律関係であるかは、かつて大いに争われたところである。私は、供託の法律的性質を寄託契約、すなわち、私法上の法律関係であると解する。ただ、供託手続が確実にかつ迅速に行なわれるために、国家機関たる供託官がその事務を行なうのであるが、そのことは、何等供託そのものが私法的の法律関係たることに影響するものではない。したがつて、供託者と供託官との間の関係も私法上の寄託関係であり、金銭を供託した場合、その払渡請求権は、金銭債権として一般の金銭債権同様、譲渡、相続、質権設定、仮差押等の目的となり得、供託金払渡請求権は、供託官を機関とする国に対する私法上の権利である。
しかして、本件においてまず問題となるのは、払渡請求者が供託関係法令に基づく供託官の行為を不服とする場合の争訟の形式は、通常訴訟によるべきか、あるいは抗告訴訟によるべきかの点である。この点につき、多数意見は、供託法および供託規則の規定を挙げて、次のごとくいう、「右のような実定法が存するかぎりにおいては、供託官が供託物取戻請求を理由がないと認めて却下した行為は行政処分であり、弁済者は右却下行為が権限のある機関によつて取り消されるまでは供託物を取り戻すことができないものといわなければならす、供託関係が民法上の寄託関係であるからといつて、供託官の右却下行為が民法上の履行拒絶にすぎないものということは到底できない」と。そして、多数意見はかかる見地に立ち、本件についていう、「これを要するに、上告人が本件供託物取戻の請求を却下した処分に対し、被上告人が行政事件訴訟法三条二項に基づき上告人を被告として提起した本訴は適法というべきである」と。そして、右に掲げた多数意見は、供託官が供託物の取戻請求を却下した行為に関するものであるが、そのいうところより見れば、多数意見は単に右の場合のみにとどまらず、一般に、供託申請または供託物払渡請求に関する供託官の行為を行政処分であるとし、したがつて、これを不服とするときは、常に審査請求ないし抗告訴訟によるべきものとする趣旨と解されるのである。しかし、私は後に述べるごとく、供託官の処分に対する争訟の形式としては、審査請求ないし抗告訴訟によるべき場合と通常の民事訴訟によるべき場合とがあると考える者である。以下、この点につき私の考えるところを述べる(なお、卑見は供託金払渡請求権の消滅時効の起算点については、多数意見と同一の見地に立つ)。
以上の争訟の形式を論じるにあたつては、まず、供託官の審査権限が形式的審査権のみか、実質的審査権をも含むかについて検討することを要する。私の解するところによれば、供託が実質関係と常に符合することは望ましく、この点を無視することは供託制度の信用を失わしめるものであるが、しかし、このことを余りに強調して実質関係を確保しようとすれば、供託関係手続は渋滞し、迅速を欠くこととなろう。しかも、供託は今日、かつてのように裁判所の所管に属さず、供託官は、裁判所の行なう非訟的の権限は有していないのである。ここにおいて、この実質的関係の確保と供託関係手続の迅速の双方を考慮に容れるとき、供託官の審査権限は、申請者によつて提出された書類による書面審理の範囲にとどまるものとし、その書面の成立または内容の実質的真正については、審査の権限なしとするのが原則であると考える(そしてこの点につき、留意を要するのは、供託官は、当事者が関係法令に基づいて提出した書面のみによつて申請の適否を判断すべく、提出された書面の実質的真正を審査するため、当事者に対しさらに書面の提出を求めることは許されないのである)。したがつて、たとえば、当該書面の成立の真正を担保するため法令の要求する要件が具備している場合、なおそこに押捺された印章が偽造または盗用にかかるものでないか否かについて、また供託の原因たる契約の存否について、あるいは後述のように書面の記載内容から一見して明らかに判断し得る場合でないのにかかわらずなお契約の効力の有無について、供託官は審査権を行使し得ないのである(登記官吏の審査権限についての昭和三三年(オ)第一〇六号同三五年四月二一日第一小法廷判決、民集一四巻六号九六三頁参照)。
ただし、叙上の原則に対し、次のような例外が存するものと思われる。すなわち、供託官が供託契約の当事者(債務者)的地位において当然知り得る事項が払渡請求の許否につき問題となる場合が、それである。たとえば、還付請求権者が供託書正本によつて供託金の還付または内渡を受けたのにかかわらず、供託通知書によつて再度その申請をしたとき(供託規則二四条、三一条参照)、払渡請求権が第三者に譲渡または転付され、譲渡通知または転付命令が供託官に到達した後に、譲渡人または旧権利者が払渡の請求をしたとき、払渡請求権につき仮差押または差押が競合する場合において優先権を有しない一の差押債権者が転付命令を得て払渡の請求をしたとき、のごときが右の例外にあたるものと解されるのである。かかる場合において、供託官は、供託契約の当事者(債務者)的地位において当然知り得た事項を理由として、払渡請求を却下し得るのである。なお、供託申請書の記載自体からして、当該契約が無効であり、したがつて供託によつて免責を得ようとする債務の不存在が一見して明らかである場合、たとえば、妾契約による債務の弁済供託のごときにおいては、供託官は、申請書の記載自体から一見して明らかな契約の無効、したがつて債務の不存在を理由として、供託申請を却下し得るものというべきである。
要するに、以上のような例外は存するが、供託官の審査権限は、申請書類による書面審理の範囲内にとどまり、その書面の実質的真正については審査権が及ばないのが原則である。すなわち、供託に関する法令は、供託を能う限り実質関係に符合させ、しかもその手続の迅速を図るという、いわば相反する二つの要請を満足させるため、実質的関係を確保するための詳細な規定を設けつつ、その規定を形式的に履践させることによつて手続の迅速を図り、大量処理の目的を達しようとするものであり、供託官の審査権限の範囲はこの目的によつて制約されるのである。供託官の審査権限は、叙上に説示した意味において形式的のものといい得るのである。そしてこの権限が、供託関係手続につきかかる意味において形式的のものであるからには、これに対する不服申立も簡易の方法によるのが便宜であり、これは国民の要望するところでもあろう。私の解するところによれば、供託法が「供託官ノ処分ヲ不当トスル者ハ監督法務局又ハ地方法務局ノ長ニ審査請求ヲナスコトヲ得」(同法一条ノ三)とし、その審査請求につき行政不服審査法の規定によるものとしたのは、このためである。しかも、この点に関し留意すべきことは、供託法が一面において、審査請求期間について行政不服審査法一四条の適用を排除しているため、供託の申請や払渡の請求を却下された者は何時にても審査請求をなし得ることであり、他面において、供託法自体が「法務局又ハ地方法務局ノ長ハ審査請求ヲ理由アリトスルトキハ供託官二相当ノ処分ヲ命スルコトヲ要ス」(同法一条ノ六)との規定を特に設けていることである。
叙上のことは、供託官の審査権が形式的のものであることを前提として、供託官がその審査権の行使を誤つた場合、何時たりともこれについて不服の申立を認め、それが理由があるときは、容易にその処分を取消し得る便法を設けたものと解されるのである。おそらく、供託官の処分に対する不服の多くは、この便法によつて解決されるであろうと思われる。もつとも、この審査請求の結果に不服のある者は、供託官の処分に対し、もし監督法務局または地方法務局の長の裁決に固有の瑕疵があると主張するときはその裁決に対して、抗告訴訟を提起することとなるが、この場合における裁判所の判断の範囲も、供託官の形式的審査権の行使の適否という、いわば形式面に限局されるので、迅速に行なわれ得るのである。これに反し、もし、抗告訴訟において裁判所は、本来供託官の権限に属しない実質的審査にわたる事項についてまで判断すべきものであるとすれば、その訴訟は迅速に行なわれ難くなるのみならず、供託官は自己の権限に属しない実質的審査の点について、その処分に違法があるとして取消される場合を生じることとなるのである。
(二) 叙上のごとく、供託官の処分につき、その不服申立が審査請求ないし抗告訴訟の手続によるのは、専ら供託関係手続の形式面に争いの存する場合であるが、これに対し、供託関係手続の実質面に争いの存する場合は、これと同一に論じ得ないのである。たとえば、払渡請求に対する形式的審査の結果、権利者と称する者が払渡を受けたが、関係書類が偽造にかかるものであつた場合においては、真の権利者は、供託官の処分が形式的審査の範囲内のみにおいては是認されるから、審査請求ないし抗告訴訟によつては救済され得ない。また、債権者不確知による弁済供託(民法四九四条)の場合において、真実債権者たる者であつても、その権利を有することを証する書面(供託規則二四条)を提出することが困難なとき、その権利の実現については、供託法令に基づく払渡請求またはその却下に対する審査請求ないし抗告訴訟によつては救済され難いであろう。
叙上のごとく、私は、供託関係法令に基づく供託官の処分に対する不服申立は審査請求ないし抗告訴訟によるべき場合と通常の民事訴訟手続によるべき場合とがあると考えるのである。そして、この後者の場合、供託官の処分の存するにかかわらず、直接国に対して供託金の支払等を請求することとなるが、既に述べたように、供託官の審査権限は形式面に限局され、審査請求における裁決庁ないし抗告訴訟における裁判所の判断の範囲も、また従つてこれに限局される以上、供託官の処分の有する公定力もこれに応じて制限され、当該処分の実質面に存する争いについては、民事訴訟において裁判所がその実質面について処分の当否を判断することとなるのである。
しかるに、叙上の見解に反し、多数意見によるときは、供託官の処分に対する不服は、常に行政不服審査法による審査請求ないし抗告訴訟によるべきものとなろう。しかし、このような手段によるときは、次のような煩瑣な結果を生じよう。
(1) 供託官が権限なき者に対し供託物を払渡したとき、真の請求権ある者は、まず供託官が権限なき者に対して払渡した処分そのものの取消を求めることを要することとなる。そして、その処分が取消されない限り、真の請求権者といえどもその払渡を請求し得ないこととなろう。これは、すこぶる迂遠のように思われる。
(2) 実際問題として、供託金払渡請求権については、差押命令や転付命令の発せられる場合が多いのであるが、多数意見によるときは(イ)払渡請求権につき有効な転付命令があつたのにかかわらず、供託官が供託書を提出した旧権利者に誤つて供託金を支払つたとき、転付命令を得た者もその払渡を求めるには、供託官の処分取消のため審査請求をなし、あるいは抗告訴訟を提起し、これが容れられなければ、払渡の請求をなし得ないこととなろう。また、(ロ)転付命令が無効であるのに、供託官がこれを有効として払渡したとき、真の供託物払渡請求権を有する者は、供託官の先にした払渡処分取消のため審査請求をなし、あるいは抗告訴訟を提起するを要しよう。私は、供託官をしてそのような審査をさせることは、妥当でないとともに煩瑣な手続を強いるものと考える。
もつとも、私のごとく供託官の処分の不服申立につき、形式面の不服については審査請求ないし抗告訴訟により、実質面の不服については通常訴訟によるべしと解することに対しては、あるいは形式面と実質面との境界が必ずしも明らかでなく、徒に何れによるべきかの問題を生じるとの非難があり得るであろう。おそらく、多数意見は、このことを一つの根拠として、すべて供託官の処分についての不服は審査請求ないし抗告訴訟によるべしと主張するのであろう。しかし、強制執行の異議の方法として、債務名義そのものの執行力の排除を目的とするところのもつとも根本的の強制執行阻止の手段たる請求異議の訴(民訴五四五条)と竝んで執行文付与の異議(民訴五二二条)および執行方法に関する異議(民訴五四四条)の存在を見るとき、たとえ、具体的場合にこれらの何れに帰属するかにつき疑問を生ずるものがないわけではないにせよ、かかる異議方法の併存に十分の理論的根拠と実際的必要があるのである。そして、その異議方法間の限界に不明の場合のあり得ることを理由として、強制執行における異議方法の併存を否定すべきでないことを思うとき、供託官の処分に関し、私の主張するごとき二方法の併存も理解し得るところであろう。
(三) 今、本件を見るに、被上告人は上告人に対し弁済供託における供託物の取戻を請求したところ、上告人は、供託の時より既に十年を経過し、取戻請求権は時効により既に消滅したとしてその請求を却下したのである。これに対し、被上告人は、本件の弁済供託の基礎となつた債務が、その後、裁判上の和解によつてその不存在が確定したのであるから、取戻請求権の消滅時効はその和解成立の時より進行することとなり、したがつて、該請求権は未だ時効により消滅しているのではないというのである。その争点たるや、民法一六六条の「消滅時効ハ権利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」につき、その「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」の解釈に関する。そして、叙上論じたところによれば、このような法律上の解釈の争いは、前記の意味における「実質面」の問題に属するものというべきものと解される。したがつて、被上告人は、本件については民事訴訟によつて争うべきであり、審査請求ないし抗告訴訟によつて争うべきものではないのである。
要するに、私は、叙上の見地に立つて見るとき、原判決を破棄し、本件訴を却下すべきものと考える(もつとも、このような見解をとるのは、訴訟経済上望ましくないとの反論があろう。しかし、このような反論は採り得ない。けだし、現在、供託官の処分の不服につき民事訴訟手続による請求が相当数裁判所に繋属している以上、本件の多数意見によるときは、すべて民事訴訟手続による訴を却下すべきこととなり、やはり訴訟経済上望ましくないからである)。
裁判官岩田誠は、裁判官松田二郎の反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 石田和外 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美 裁判官 村上朝一 裁判官 関根小郷)

+判例(H8.3.5)
理由
上告代理人松本光寿の上告理由について
一 本件は、交通事故の被害者である上告人が被上告人に対して自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)七二条一項前段の規定(以下「本件規定」という。)に基づき後遺障害による損害のてん補を請求するものである。被上告人は、上告人が本件規定による請求権を有していたこと及び上告人に少なくとも自動車損害賠償保障法施行令(以下「施行令」という。)別表の第一二級一四号に該当する後遺障害が存することを認めた上で、右請求権の時効による消滅を主張している。

二 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、昭和五九年三月二四日午後六時五五分ころ、鳥取県岩美郡a町b番地先路上を歩行中に自動車に衝突された。右自動車は、そのまま走り去り行方不明となった。上告人は、本件交通事故により入院治療二四〇日、通院治療三箇月を要する左脛骨膝関節内骨折、顔面挫創等の傷害を受け、昭和六〇年二月二日に症状固定し、左膝の関節や外貌などに後遺障害が残った。
2 Aは、本件交通事故直後の午後七時前ころ、相当程度酒に酔った状態で自動車を運転して本件交通事故現場付近に所在する自宅に帰り、そのまま寝入った。Aの妻は、Aが飲酒運転をしてきたこと、Aの自動車を見分したところ軽度の損傷がみられたこと、救急車のサイレンを聞いたことから、Aが交通事故を起こしたのではないかと心配して現場付近を捜査中の警察官に届け出た。警察は、Aを業務上過失傷害事件等の被疑者として捜査を開始した。Aは、本件交通事故当日以来一貫して司法警察員及び検察官に対して本件事故当時の記憶がないと供述したが、昭和五九年四月二三日付け司法警察員に対する供述調書及び同六〇年二月四日付け検察官に対する供述調書においては罪を認める旨の供述をし、その間二度にわたり上告人を見舞って謝罪し、見舞金を送った。しかし、Aは、昭和六一年二月二七日、業務上過失傷害事件については嫌疑不十分のため不起訴処分となった。
3 上告人は、Aの締結した自動車損害賠償責任共済契約に基づき農業協同組合から治療費相当額の給付を受けていたが、昭和六一年二月二七日にAについて不起訴処分がされたことにより右治療費の給付を打ち切られ、その後農業協同組合に対して右責任共済契約に基づき後遺障害による損害賠償額の支払も請求したが、同年五月八日に支払を拒絶された。上告人は、Aが本件交通事故の加害車両の保有者であると考えていたため、昭和六二年一月二〇日にAを被告として本件交通事故による後遺障害に係る損害賠償として五二二万円の支払を求める訴えを鳥取地方裁判所に提起した。同裁判所は、同六三年一二月二三日、Aが本件交通事故の加害車両の保有者であるとは認め難いとの理由で上告人の請求を棄却する旨の判決を言い渡し、右判決は昭和六四年一月六日の経過により確定した。
4 上告人は、平成元年二月六日に政府に対して本件規定に基づき後遺障害による損害のてん補の請求をしたが、同二年二月六日に消滅時効の完成を理由に右請求を却下する旨の通知(同年一月二四日付け)を受けたので、同年二月一三日に本件訴訟を提起した。
5 自動車安全運転センターが上告人の症状固定後に上告人に対して交付した本件交通事故についての交通事故証明書には、Aが事故当事者として記載されていた。本件交通事故の加害車両の保有者は、現在のところ明らかでない。

三 原審は、右事実関係の下において、次のとおり上告人の本件請求権は自賠法七五条の定める二年の時効期間の経過により消滅したと判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
1 本件規定による請求権は、不法行為による損害賠償請求権とは異なり、その消滅時効は民法一六六条一項の規定により権利を行使することを得る時から進行する。
2 自動車損害賠償保障法施行規則二七条二項二号は、本件規定に基づき政府に対して損害のてん補の請求をするには本件規定により政府に対し損害のてん補を請求することができる理由を証するに足りる書面を添付しなければならないと定めているが、右の書面は自動車安全運転センターの交付する交通事故証明書などの公的文書に限られるものではないし、そもそも政府に対する右請求手続を経ずに本件規定に基づく損害のてん補を求めて訴えを提起することも可能であるから、自動車安全運転センターの交通事故証明書にAが事故当事者として記載されていたことが本件規定による請求権の行使についての法律上の障害に当たるということはできない。
3 上告人には本件交通事故の加害者が自白をしたAであると考えたことについて無理からぬ事情があったから時効は進行しない旨の上告人の主張は、本件の事実関係や時効制度の趣旨に照らして採用することができない。
4 以上によれば、上告人の本件請求権は、症状固定の翌日である昭和六〇年二月三日に権利の行使が可能となったもので、同日から時効が進行し、昭和六二年二月二日の経過により消滅した。

四 しかしながら、原審の右三の3及び4の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 まず、上告人の本件請求権が症状固定の翌日である昭和六〇年二月三日に権利の行使が可能となった旨の原審の判断は是認することができない。
けだし、(一) 上告人は、少なくとも昭和六一年二月二七日までの間にはAの締結した自動車損害賠償責任共済契約に基づいて治療費相当額の給付を受けていたものであり、右の責任共済契約に基づく治療費相当額の給付は、実質的には、Aによる上告人への治療費相当額の賠償金の支払と評価することができる、(二) そうすると、他に特段の事情の認められない本件においては、Aは、右(一)の期間中には上告人に対する自賠法三条の責任を自認していたものと解される、(三) したがって、昭和六〇年二月三日の時点におい
ては、上告人の本件請求権は、本件規定の定める要件を欠くため、その行使が不可能であったといえるからである。
2 そもそも、ある者が交通事故の加害自動車の保有者であるか否かをめぐって、右の者と当該交通事故の被害者との間で自賠法三条による損害賠償請求権の存否が争われている場合においては、自賠法三条による損害賠償請求権が存在しないことが確定した時から被害者の有する本件規定による請求権の消滅時効が進行するというべきである。
けだし、(一) 民法一六六条一項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当である(最高裁昭和四〇年(行ツ)第一〇〇号同四五年七月一五日大法廷判決・民集二四巻七号七七一頁参照)、(二) 交通事故の被害者に対して損害賠償責任を負うのは本来は加害者であって、本件規定は、自動車損害賠償責任保険等による救済を受けることができない被害者に最終的に最小限度の救済を与える趣旨のものであり、本件規定による請求権は、自賠法三条による請求権の補充的な権利という性質を有する、(三) 交通事故の被害者に対して損害額の全部の賠償義務を負うのも加害者であって、本件規定による請求権は、請求可能な金額に上限があり、損害額の全部をてん補するものではない、(四) そうすると、交通事故の加害者ではないかとみられる者が存在する場合には、被害者がまず右の者に対して自賠法三条により損害賠償の支払を求めて訴えを提起するなどの権利の行使をすることは当然のことであるというべきであり、また、右の者に対する自賠法三条による請求権と本件規定による請求権は両立しないものであるし、訴えの主観的予備的併合も不適法であって許されないと解されるから、被害者に対して右の二つの請求権を同時に行使することを要求することには無理がある、(五) したがって、交通事故の加害者ではないかとみられる者との間で自賠法三条による請求権の存否についての紛争がある場合には、右の者に対する自賠法三条による請求権の不存在が確定するまでは、本件規定による請求権の性質からみて、その権利行使を期待することは、被害者に難きを強いるものであるからである。
本件においては、上告人とAとの間で本件交通事故の加害車両の保有者がAであるか否かをめぐつて自賠法三条による請求権の存否についての紛争があったところ、上告人のAに対する敗訴判決が昭和六四年一月六日に確定したので、上告人の本件請求権の消滅時効は、その翌日である同月七日から進行し、本件訴訟が提起された平成二年二月一三日に中断されたことになるから、上告人の本件請求権が時効により消滅したということはできない。

五 以上によれば、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記事実関係の下においては、上告人の本件請求を施行令別表の第一二級に相当する二〇九万円の限度で認容した第一審判決の結論は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

・債権者が権利の存在あるいは権利を行使し得ることを知らなくとも消滅時効は進行する!
+判例(S12.9.17)
・その例外
+(詐害行為取消権の期間の制限)
第四百二十六条  第四百二十四条の規定による取消権は、債権者が取消しの原因を知った時から二年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
+(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第七百二十四条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
+(相続回復請求権)
第八百八十四条  相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。

・債務不履行に基づく損害賠償債務については、損害賠償債務は本来の債務の拡張ないし内容の変更であって、債務の同一性に変更はないから、本来の債務の履行期が起算点になる!
+判例(H10.4.24)
理由
上告代理人野間美喜子、同宮﨑直己の上告理由三1について
所論の点に関し原審が確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
しかしながら、職権をもって調査するのに、原判決には次のとおり法令の解釈適用の誤りがあり、破棄を免れないものというべきである。
一 本件は、被上告人が、上告人の先代との間で農地の売買契約を締結し、被上告人を権利者とする条件付所有権移転仮登記を経由していたところ、上告人が確定判決により右仮登記の抹消登記を経由した上で右土地を第三者に売却して所有権移転登記を経由したとして、上告人に対し、履行不能による損害賠償を求めている事案である。

二 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、昭和三九年三月一二日、上告人の父近藤頼一との間で、当時農地であった同人所有の第一審判決添付物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金二〇〇万円で買い受ける旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、そのころ、右代金全額を支払うとともに、本件土地につき、同月一三日受付で被上告人を権利者とする条件付所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由した。
2 頼一は、昭和五一年九月ころ、本件契約に基づく所有権移転義務を履行するため、本件土地を農地から転用する手続を試みたものの果たせなかったが、被上告人は、そのころ、頼一に対し、右手続に要する費用の負担及び本件契約締結後の本件土地に係る固定資産税の精算のために、仲介業者を介して二二万円を支払った。
3 頼一は、昭和五四年七月二二日死亡し、相続人である上告人が本件土地及び本件契約に関する一切の権利義務を承継した。
4 上告人は、昭和六三年六月、被上告人を被告として、本件仮登記の抹消登記手続を求める訴訟を名古屋地方裁判所に提起し、右訴状において、本件契約に基づく本件土地についての所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効を援用した。右訴訟においては、被上告人の住居所が不明であるとして、公示送達により手続が進められ、同年九月二七日、上告人勝訴の判決が言い渡されて確定した。上告人は、右確定判決に基づき、昭和六三年一〇月二四日、本件仮登記の抹消登記を経由した。
5 上告人は、昭和六三年一二月九日、本件土地を高見重男に売り渡し、同人に対する所有権移転登記を経由した。
6 上告人は、被上告人に対し、平成五年一月二五日ころ、本件契約に基づく所有権移転許可申請協力請求権につき消滅時効を援用した。

三 原審は、本件契約に基づく所有権移転許可申請義務を含む所有権移転義務は、上告人が昭和六三年一二月九日に高見に本件土地を売却してその旨の所有権移転登記を経由したことにより、履行不能となったところ、上告人が平成五年一月二五日ころにした本件契約に基づく所有権移転許可申請協力請求権についての消滅時効の援用は、右売却後にされたものであるから、履行不能による損害賠償請求権の帰すうを左右しないとして、被上告人の本件請求を認容すべきものと判断した。

四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
契約に基づく債務について不履行があったことによる損害賠償請求権は、本来の履行請求権の拡張ないし内容の変更であって、本来の履行請求権と法的に同一性を有すると見ることができるから、債務者の責めに帰すべき債務の履行不能によって生ずる損害賠償請求権の消滅時効は、本来の債務の履行を請求し得る時からその進行を開始するものと解するのが相当である(大審院大正八年(オ)第五八五号同年一〇月二九日判決・民録二五輯一八五四頁、最高裁昭和三三年(オ)第五九九号同三五年一一月一日第三小法廷判決・民集一四巻一三号二七八一頁参照)。
これを本件についてみるのに、前記事実関係の下においては、上告人が本件土地を高見に売却してその旨の所有権移転登記を経由したことにより、本件契約に基づく上告人の売主としての義務は、上告人の責めに帰すべき事由に基づき履行不能となったのであるが、これによって生じた損害賠償請求権の消滅時効は、所有権移転許可申請義務の履行を請求し得る時、すなわち、本件契約締結時からその進行を開始するのであり、また、上告人が平成五年一月二五日ころにした消滅時効の援用は、本来の履行請求権とこれに代わる損害賠償請求権との法的同一性にかんがみれば、右損害賠償請求権についての消滅時効を援用する趣旨のものと解し得るものである。そうすると、右損害賠償請求権は、格別の事情がなければ、上告人の右時効の援用によって消滅することとなるはずのものである

五 してみると、これと異なる見解に立って、上告人のした消滅時効の援用が履行不能による損害賠償請求権の帰すうを左右しないとして、直ちに被上告人の本件請求を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決中、上告人の本件請求を認容した部分は破棄を免れない。
もっとも、本件においては、前示時効の進行開始後においてこれを阻害する事由が存在したこと及び上告人において消滅時効を援用することが信義則に照らして許されないと認めるべき特段の事情があること等が主張されており、これらの点につき更に審理を尽くさせる必要があるので、右破棄部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

++解説
《解  説》
一 本件は、Xが、Yの先代から買い受けた農地(本登記未了・仮登記経由)につき、売買から二〇年以上経過した後に、YがXのために経由されていた仮登記を抹消した上で第三者に売却したとして、Yに対し、債務不履行(履行不能)による損害賠償を求め、Yが消滅時効を主張して争っている事案である。
二 本件の事実関係及び訴訟経過の概要は、次のとおりである。
1 Xは、昭和三九年三月一二日、Yの先代Aとの間で、A所有の本件土地(農地)を代金二〇〇万円で買い受ける旨の契約(本件売買契約)を締結し、Xは、そのころ、代金全額を支払うとともに、Xのために条件付所有権移転仮登記(本件仮登記)を経由した。なお、本件土地については、昭和四五年に農業振興地域の整備に関する法律に基づく農業振興地域・農用地区域内の指定を受けて、農用地利用計画上農用地(畑)と用途指定されており、昭和四七年には農業振興地域整備計画が認可された。
2 Aは、昭和五一年九月ころ、本件土地を農地から転用する手続を試みたものの果たせなかったが、Xは、そのころ、Aに対し、右手続に要する費用の負担及び従来の固定資産税の精算として二二万円を支払った。
3 昭和五四年に死亡したAを相続したYは、昭和六三年六月、Xを相手方として本件仮登記の抹消を求める訴えを提起し、Xの住居所不明として公示送達により手続が進められた結果、勝訴判決を得て、同年一〇月に本件仮登記を抹消した。
4 Yは、昭和六三年一二月九日、本件土地を訴外Bに売却し、農地法三条所定の許可を得て所有権移転登記を経由した。
5 Xは、平成四年二月、Yに対し、本件土地のBへの譲渡によりXに対する所有権移転義務が履行不能となったとして、右譲渡時における本件土地の価格相当額の損害賠償を求めて、本訴を提起した。これに対してYは、本件売買契約上の所有権移転義務の履行不能、本件売買契約に基づく許可申請協力請求権等の時効消滅等を主張してこれを争っている。なお、Yは、本訴提起後の平成五年一月、Xに対し、改めて本件売買契約に基づく許可申請協力請求権の消滅時効を援用する旨の意思表示をしている。
6 一審は、本件土地が昭和六三年一二月のBへの譲渡時までに非農地化しており、本件売買契約によるXへの本件土地の所有権移転の効果が生じていたところ、Yによる本件土地の二重譲渡の結果、Xが本件土地の所有権を喪失したとして、履行不能による損害賠償を認めた。原審は、本件土地がBへの譲渡時においても農地であったとした上で、本件売買契約に基づく所有権移転許可申請義務を含む所有権移転義務は、YがBに本件土地を売却してその旨の所有権移転登記を経由したことにより履行不能となったところ、Yが本訴提起後にした本件売買契約に基づく所有権移転許可申請協力請求権についての消滅時効の援用は、右売却後にされたものであって、履行不能による損害賠償請求権の帰趨を左右しないとして、Xの損害賠償請求を認容すべきものと判断した。これに対してYから上告。

三 本件では、YがBに本件土地を売却してその旨の所有権移転登記を経由したことにより、本件売買契約に基づくYの売主としての義務は、Yの責めに帰すべき事由により履行不能となったいうことができるところ、原審は、本件売買契約に基づく本来の履行請求権とこれに代わる填補賠償請求権とが全く別個のものであって、後者の消滅時効の起算点は履行不能時であるとの見解を前提としているようである。
しかしながら、債務不履行による損害賠償請求権は、本来の履行請求権の拡張(遅延賠償の場合)ないし内容の変更(填補賠償の場合)であって、本来の履行請求権と法的に同一性を有するとして、本来の履行請求権が時効消滅する前に債務不履行により損害賠償請求権に変じても、このために時効期間が更新されることはなく、本来の履行請求権が時効消滅した後に、これにつき債務不履行による損害賠償請求権を生ずることはないと解するのが通説である(我妻榮・新訂債権総論一〇一頁、林良平=石田喜久夫=高木多喜男・債権総論[改訂版]一一四頁、北川善太郎・注釈民法10四六六頁、奥田昌道・債権総論[増補版]一四九頁)。大判大8・10・29民録二五輯一八五四頁は、期限の定めのない動産賃貸借契約の成立から一〇年経過後に目的物返還債務につき履行不能を生じ、その後になされた貸主からの履行不能による填賠償請求に対して、借主が消滅時効を援用したという事案につき、これと同旨の判示をしており、最三小判昭35・11・1民集一四巻一三号二七八一頁、本誌一一四号三三頁は、動産の修理請負契約が締結され(商行為)、一年後に修理義務不履行により請負契約を解除したところ、その二年後に請負人が目的物を紛失したため、解除に基づく原状回復としての目的物の返還義務が履行不能となり、更にその四年後(解除の六年後)に解除に基づく原状回復請求権の履行不能による填補賠償請求がされたのに対して、消滅時効が援用された事案につき、契約の解除に基づく原状回復義務の履行不能による損害賠償請求権の消滅時効は、契約解除の時から進行する旨判示している。このほか、大判昭18・6・15法学一三巻四号二六五頁(ただし、事案の詳細は不明)も、同旨の判示をしているところである。
債務者の責めに帰すべき履行不能の場合に認められる填賠償請求権は、本来の履行請求権が履行不能により消滅し、これに代わるものとして成立するものであって、両請求権は実体上併存しないと考えられるが、通説判例は、前記のとおり、両者の法的同一性を根拠として、填補賠償請求権についての消滅時効の起算点を本来の履行請求権についての「権利行使可能時、すなわち債務履行請求可能時」であるとする立場を採っているのに対し、債務不履行に対する救済手段としての損害賠償請求権の機能、債務不履行による損害賠償請求権の新規独立の権利性、債務不履行による契約解除に基づく原状回復請求権の消滅時効の起算点が契約解除時とされていることとの権衡等を理由として、債務不履行による損害賠償請求権の消滅時効の起算点を債務不履行時と解する説もある(平井宜雄・注釈民法(5)二九八頁)。
履行不能による填補賠償請求権の消滅時効の起算点の問題は、実質的には、債権者の本来の履行請求権についての権利不行使とその不履行による損害賠償請求権についての権利不行使とをどのように関連評価するべきかという問題であり、本来の履行請求権と填補賠償請求権との「同一性」の有無をもって一律に割り切れるものかどうかについては議論の余地がないわけではないが、通説判例の立場からすれば、本来の履行請求権に履行不能が生じたからといって、そのことの故に債権者の権利行使(本来の履行請求にしろ填補賠償にしろ)が妨げられるものではないから、消滅時効の事実的基礎である債権者の権利不行使の態度に関しては、両請求権を通じて一貫して評価するのが不当とはいえないし(両請求権に同一性があるとして、担保の不消滅や時効期間の点では同じ取扱いがされていることとの権衡からしても、その方が首尾一貫しているといえよう。)、填補賠償請求権につき債務不履行時を新たな時効の起算点とすると、時効期間経過直前に債務不履行となった場合等を想定すれば、権利関係の不安定な期間が長くなりすぎるということにもなろう(内池慶四郎・民法学1三二四頁)。
四 本判決は、右先例を引用しつつ、通説と同旨の理由付けにより、契約に基づく債務の不履行による損害賠償請求権の消滅時効は、本来の債務の履行を請求し得る時から進行する旨判示した上、本件においてYが平成五年一月にした消滅時効の援用は、履行不能による損害賠償請求権についての消滅時効を援用する趣旨のものと解し得るとして、原判決を破棄し、消滅時効の援用が信義則に照らして許されないかどうかなどにつき更に審理を尽くさせるために事件を原審に差し戻したものである(なお、Yの上告理由には的確な指摘がなかったため、職権による破棄となっている。)。
本判決が一般論として判示する点は、従来の通説の立場ないし判例の流れに沿うものであって、格別目新しいところはないが、「契約に基づく債務の履行不能」については、これまで最高裁において明示の判断を示した先例がなかったため、裁判集に登載されることとなったものである。

・安全配慮義務違反による損害賠償債務については、債務の同一性の理論は採用されておらず、その損害が発生したときに成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能になる!
+判例(H6.2.22)
理由
上告人ら代理人横山茂樹及び上告人A1、同A2、同A3、同A4、同A5、同A6、同A7、同A8、同A9、同A10の代理人佐伯静治の上告理由第一点ないし第五点について
一 本件は、被上告人が経営していた長崎県北松浦郡所在の各炭鉱の従業員として炭鉱労務に従事し、じん(塵)肺に罹患した患者六三名(別紙従業員目録(一)(二)(三)記載のとおり)の本人又は相続人が、被上告人に対し、雇用契約上の安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償を請求するものである(以下、右患者六三名、すなわち、上告人らのうち被上告人に雇用されていた者及びその余の各上告人の被相続人全員を「上告人ら元従業員」という)。
原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、昭和一四年に設立された株式会社であり、同年八月北松鉱業所を設け、鹿町、矢岳、神田、御橋などの各炭鉱を開発経営し、また同二九年から伊王島鉱業所も経営するようになったが、各炭鉱の終掘により、同四〇年北松鉱業所を廃止し、同四七年伊王島鉱業所を閉山した。
上告人ら元従業員は、被上告人と雇用契約を締結し、それぞれ、右各炭鉱のいずれかにおいて、炭鉱労務に従事した。
2 「粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病」(じん肺法二条一項一号)であるじん肺は、粉じん(粉塵)が肺内に沈着すると、肺組織が、長い年月をかけて、これを細胞内部に取り込む線維化と呼ばれる生体反応を続け、やがて肺胞腔内の線維が固い結節となり、最後には融合して手拳大の塊になり、肺胞壁を閉塞させるというものであり、吸い込む粉じんの種類により、けい(珪)肺、金属じん肺、炭素じん肺、有機じん肺等に分類される。
じん肺による病変は不可逆的であり、現在の医学では治療は不可能である。また、肺内に粉じんが存在する限り右反応が継続するところ、肺の線維増殖性変化は、粉じんの量に対応する進行であり、無限の進行ではないが、気管支変化、肺気腫は進行し続ける。そのため、粉じんを発散する職場を離れた後、長年月を経て初めてじん肺の所見が発現することも少なくない。進行の程度、速度は多様であるが、進行する場合の予後は不良であり、心肺機能障害は乏酸素血症を招き、その結果全身萎縮を来し、あるいは心不全より肺性心を招き、また肺感染症を合併して死亡に至るとされている。
3 昭和三〇年七月二九日けい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法(以下「けい特法」という)が制定され、けい肺第一症度からけい肺第四症度までのけい肺の症状を決定する手続が定められた。
そして、昭和三五年三月一日じん肺法が制定され、エックス線写真像、心肺機能検査の結果、結核精密検査の結果、胸部に関する臨床検査の結果の組合せによる、管理一から管理四までの「健康管理の区分」を決定する手続が定められ、更に同五二年七月一日同法が改正され、エックス線写真像と肺機能障害の組合せによる、管理一から管理四までの「じん肺管理区分」を決定する手続が定められた。じん肺の所見があると認められる者は、管理二以上に区分され、管理四と決定された者は、療養を要するものとされている。
4 上告人ら元従業員六三名は、いずれも、じん肺(けい肺)の所見がある旨の行政上の決定(けい持法に基づくけい肺の症度の決定、前記改正前のじん肺法に基づく管理二以上の健康管理の区分の決定又はじん肺法に基づく管理二以上のじん肺管理区分の決定)を受けており、その最終の行政上の決定をみると、五八名が管理四とされ、その余の二名は管理三に、また三名は管理二にとどまっている。
そして、右六三名のうち、別紙従業員目録(三)記載の二〇名については、最終の行政上の決定(最も重い行政上の決定)を受けた日から本訴提起の日までに一〇年を超える期間が経過している。その余の四三名については、最終の行政上の決定を受けた日から一〇年未満のうちに本訴が提起されているが、このうち別紙従業員目録(一)記載の一〇名については、最初の行政上の決定を受けた日から本訴提起の日までに一〇年を超える期間が経過している。右一〇名の中には、昭和四一年にじん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受け、その四年後である同四五年に管理四の決定を受けた者もあれば、同三〇年にじん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受け、その二一年後である同五一年に管理三の、次いで同五三年に管理四の決定を受けた者もある。

二 被上告人は、本訴において、民法一六七条一項の一〇年の消滅時効を援用した。
第一審は、上告人ら元従業員が最終の行政上の決定を受けた時から消滅時効が進行するとして、別紙従業員目録(三)記載の二〇名に係る損害賠償請求権は時効により消滅したと判断し、上告人目録(三)記載の上告人ら(右二〇名の本人又は相続人)の請求を棄却したところ、原審は、上告人ら元従業員が最初の行政上の決定を受けた時から消滅時効が進行するとして、右二〇名及び別紙従業員目録(一)記載の一〇名に係る損害賠償請求権は時効により消滅したと判断し、別紙上告人目録(三)記載の上告人らの控訴を棄却するとともに、別紙上告人目録(一)記載の上告人ら(右一〇名の本人又は相続人)の請求をも棄却した。

三 しかしながら、別紙従業員目録(一)記載の一〇名に係る損害賠償請求権が時効により消滅したとする原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法一六七条一項により一〇年と解され(最高裁昭和四八年(オ)第三八三号同五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁参照)、右一〇年の消滅時効は、同法一六六条一項により、右損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。そして、一般に、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となるというべきところ、じん肺に罹患した事実は、その旨の行政上の決定がなければ通常認め難いから、本件においては、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けた時に少なくとも損害の一端が発生したものということができる
しかし、このことから、じん肺に罹患した患者の病状が進行し、より重い行政上の決定を受けた場合においても、重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が、最初の行政上の決定を受けた時点で発生していたものとみることはできない。すなわち、前示事実関係によれば、じん肺は、肺内に粉じんが存在する限り進行するが、それは肺内の粉じんの量に対応する進行であるという特異な進行性の疾患であって、しかも、その病状が管理二又は管理三に相当する症状にとどまっているようにみえる者もあれば、最も重い管理四に相当する症状まで進行した者もあり、また、進行する場合であっても、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けてからより重い決定を受けるまでに、数年しか経過しなかった者もあれば、二〇年以上経過した者もあるなど、その進行の有無、程度、速度も、患者によって多様であることが明らかである。そうすると、例えば、管理二、管理三、管理四と順次行政上の決定を受けた場合には、事後的にみると一個の損害賠償請求権の範囲が量的に拡大したにすぎないようにみえるものの、このような過程の中の特定の時点の病状をとらえるならば、その病状が今後どの程度まで進行するのかはもとより、進行しているのか、固定しているのかすらも、現在の医学では確定することができないのであって、管理二の行政上の決定を受けた時点で、管理三又は管理四に相当する病状に基づく各損害の賠償を求めることはもとより不可能である。以上のようなじん肺の病変の特質にかんがみると、管理二、管理三、管理四の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には、質的に異なるものがあるといわざるを得ず、したがって、重い決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであり、最初の軽い行政上の決定を受けた時点で、その後の重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が発生していたとみることは、じん肺という疾病の実態に反するものとして是認し得ない。これを要するに、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時から進行するものと解するのが相当である。
そうすると、原審がこれと異なる見解に立ち、別紙従業員目録(一)記載の一〇名に係る損害賠償請求権が時効により消滅したとの理由で、別紙上告人目録(一)記載の上告人らの請求を棄却したのは、民法一六六条一項の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、この違法は原判決中右棄却部分に影響を及ぼすことが明らかである。論旨のうち、右の違法をいう部分は理由があり、原判決中、別紙上告人目録(一)記載の上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして、右破棄部分については、右上告人らが主張する損害と安全配慮義務違反との間の因果関係の有無、損害の額等につき更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

四 次に、別紙従業員目録(三)記載の二〇名に係る損害賠償請求権が時効により消滅したとする原審の判断は、前記説示に照らして是認することができ、その過程にも所論の違法はない。右部分に関する論旨は、採用することができない。
同第六点について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、被上告人が消滅時効を援用することをもって権利の濫用に該当し、又は信義則に反するとはいえないとした原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第八点について
一 別紙上告人目録(二)記載の上告人らは、別紙従業員目録(二)記載の上告人ら元従業員三三名の本人又は相続人であるところ、本訴において、被上告人に対し、本件安全配慮義務違反による損害賠償として、右上告人ら元従業員一人当たり一律三〇〇〇万円の慰謝料と弁護士費用三〇〇万円の支払を求め、財産上の損害を別途請求する意思がない旨を陳述した。
原審は、右三三名の慰謝料の額について、基本的に管理区分を重視するが、管理四該当者のうち原審における鑑定の結果軽度の障害と判定された者については、これを減額事情として斟酌すべきであるとした上、戦前及び終戦直後において本件安全配慮義務の履行が必ずしも容易であったとはいえないこと、石炭鉱業の社会的有用性及び被上告人が戦中・戦後に果たした社会的役割、上告人ら元従業員がその管理区分に対応する労働者災害補償保険法、厚生年金保険法に基づく保険給付を受けていること等のすべての事情を考慮して、〔A〕死者を含む管理四該当者(一八名)につき一二〇〇万円、〔B〕管理四該当者のうち鑑定により軽度の障害と判定された者(一一名)につき一〇〇〇万円、〔C〕管理三該当者(二名)につき六〇〇万円、〔D〕管理二該当者(二名)につき三〇〇万円とするのが相当と判断し、なお、弁護士費用については右各慰謝料額の一割に当たる金員を相当とした上、右上告人らの請求中、被上告人に対し右各慰謝料額及び各弁護士費用の合計額を超える金員の支払を求める部分を棄却した。

二 しかしながら、慰謝料額に関する原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
元来、慰謝料とは、物質的損害ではなく精神的損害に対する賠償、いわば内心の痛みを与えられたことへの償いを意味し、その苦痛の程度を彼此比較した上、客観的・数量的に把握することは困難な性質のものであるから、当裁判所の先例においても、「慰謝料額の認定は原審の裁量に属する事実認定の問題であり、ただ右認定額が著しく不相当であって経験則又は条理に反するような事情でも存するならば格別」である(最高裁昭和三五年(オ)第二四一号同三八年三月二六日第三小法廷判決・裁判集民事六五号二四一頁)とされている。
しかし、ここで留意を要するのは、上告人らによる本訴請求は慰謝料を対象とするものであるが、物質的損害の賠償は別途請求するというのではなく、かえって他に財産上の請求をしない旨を上告人らにおいて訴訟上明確に宣明し、上告人ら自身これに拘束されているのが本件であることである。
したがって、上告人らは、被上告人の安全配慮義務の不履行に起因するところの、財産上のそれを含めた全損害につき、本訴において請求し、かつ、認容される以外の賠償を受けることはできないのであるから、本訴請求の対象が慰謝料であるとはいえ、他に財産上の請求権の留保のないものとして、原審が慰謝料額を認定するに当たっても、その裁量にはおのずから限界があり、その裁量権の行使は社会通念により相当として容認され得る範囲にとどまることを要するのは当然である。
以上の考察に立って本件をみるのに、まず、上告人ら元従業員が被上告人の経営する炭鉱において長期間にわたって炭鉱労務に従事した結果、じん肺に罹患したものであること、じん肺が重篤な進行性の疾患であり、現在の医学では治療が不可能とされ、進行する場合の予後は不良であることは、前示のとおりである。
そして管理四該当者はすべて療養を要するものとされているが、前記管理四該当者合計二九名の個別の症状の経過及び生活状況に関する原審確定事実によれば、右二九名のうち、原審がAランクに格付けし慰謝料額一二〇〇万円をもって相当とした者は、症状が重篤で長期間にわたって入院し、あるいは入院しないまでも寝たり起きたりの状態であったり、呼吸困難のため日常の起居にも不自由を来すという状況にあり、そのままじん肺に伴う合併症により苦しみながら死亡した者もあること、また、原審がBランクに格付けし慰謝料額一〇〇〇万円をもって相当とした鑑定により軽度障害と判定された者でも、重い咳や息切れ等の症状に苦しみ、坂道等の歩行は困難で、家でも休んでいることが多く、夜間に重い咳が続いたり呼吸困難に陥るため、家族の介護を要するといった状況にあること、右の二九名は総じて、被上告人を退職した後じん肺の進行により徐々に労働能力を喪失して行ったもので、労働者災害補償保険法等による保険給付を受けるまでの間、極めて窮迫した生活を余儀なくされた者が少なくないこと等が明らかである。
これによると、本件において死者を含む管理四該当者の被った精神的損害に対する評価については、一般の不法行為等により労働能力を完全に喪失し、又は死亡するに至った場合のそれに比してさしたる違いを見出すことはできず、したがって、以上の事実関係の下においては、特段の事情がない限り、原審の認定した一二〇〇万円又は一〇〇〇万円という慰謝料額は低きに失し、著しく不相当であって、経験則又は条理に反し、右にみるような慰謝料額認定についての原審の裁量判断は、社会通念により相当として容認され得る範囲を超えるものというほかはない。
この点につき、原判決は種々の事情を挙げているが、被上告人が上告人ら元従業員の雇用者としてその健康管理・じん肺罹患の予防につき深甚の配慮をなすべき立場にあったことを勘案すれば、本件安全配慮義務の履行が必ずしも容易であったとはいい難い一時期があったことその他、原判決説示の被上告人側の事情を考慮しても、なお前記慰謝料額認定についての原審の裁量判断を正当化するには遠く、結局、原審の右判断には、損害の評価に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというに帰着する。そして、このことは、管理四該当者の慰謝料額の認定を前提とするとみられる管理三及び管理二該当者各二名の慰謝料額の認定判断にも、同様の違法があることを裏付けるものであって、以上の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
したがって、この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中、別紙上告人目録(二)記載の上告人らの敗訴部分は、破棄を免れない。そして、慰謝料額を当審において認定することはもとより相当でないから、右に説示したところに従い原審において改めて審理判断させるため、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
以上のとおりであるから、原判決中、別紙上告人目録(一)記載の上告人らに関する部分及び別紙上告人目録(二)記載の上告人らの敗訴部分を破棄し、右各部分につき本件を原審に差し戻すこととし、原判決中別紙上告人目録(三)記載の上告人らに関する部分については、その請求を棄却すべきものとした原審の判断は正当であって右上告人らの上告は理由がないから、これを棄却することとする。
よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
1 本件は、Yが、戦中、戦後にわたって経営していた長崎県所在の各炭鉱(既に閉山されている。)の従業員として粉じん作業に従事し、じん肺法によるじん肺管理区分等の行政上の決定を受けたじん肺患者(元従業員)六三名の本人又は相続人(Xら)が、Yに対し、雇用契約上の安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償(患者一名につき三〇〇〇万円及び弁護士費用三〇〇万円)を請求した事件の上告審判決である。一審判決は本誌五五一号三五一頁に、原判決は本誌六九八号六四頁に掲載されているので、併せて参照されたい。
じん肺は、現在の医学では治療不可能とされる特異な進行性の職業病であり、昭和三〇年から法的手当てがされるようになった。現行じん肺法は、エックス線写真像と肺機能障害の組合せによる、管理一から管理四までの「じん肺管理区分」を決定する手続を定めており、じん肺の所見があると認められる者は管理二以上に区分され、管理三とされた者については作業転換の勧奨又は指示がされ、管理四とされた者は療養を要するものとされているところ、この管理区分は、じん肺患者の症状の程度を知る客観的な指標であり、慰謝料額を認定するに際しての裁判実務上の主要な判断基準とされている。エックス線写真で確認し得るのは、吸い込まれた粉じんに対して肺の組織が反応して何年もかかってでき上がった線維化した組織であり、粉じんを発散する職場を離れて長年月を経過した後じん肺の所見が現れるというケースも少なくない。本件の元従業員の多くも、退職後にじん肺の所見がある旨の行政上の決定を受けており、潜伏期間の長い疾病といえる。そして、進行の程度、速度も患者によって多様であり、管理四まで病状が進行する者もあれば、管理二、三にとどまっているようにみえる者もあり、最初の行政上の決定を受けてから重い決定を受けるまでに、数年しか経過しなかった者もあれば、二〇年以上経過した者もある。
2 一審、原審とも、安全配慮義務の不履行を認めたが、消滅時効の成否、損害額(慰謝料額)の算定についての判断を異にした。冒頭掲記の判旨もこの二点に関する。
一審は、最終の行政上の決定を受けた時から時効が進行するとして、元従業員六三名中二〇名につき消滅時効の完成を理由に請求を棄却し、残り四三名については、①死亡又は管理区分四該当者三七名につき二三〇〇万円、②管理区分三該当者三名につき一八〇〇万円、③管理区分二該当者三名につき一〇〇〇万円の各一律の慰謝料と各弁護士費用の限度で請求を認容した。これに対し、原審は、最初の行政上の決定を受けた時から時効が進行するとして、元従業員六三名中、一審より一〇名多い三〇名につき消滅時効の完成を理由に、請求を棄却し、残り三三名については、原審で実施した鑑定の結果に基づき一ランクを加え、①死亡又は管理区分四該当者(次の者を除く)一八名につき一二〇〇万円、②管理区分四該当者中鑑定により軽度障害と判定された者一一名につき一〇〇〇万円、③管理区分三該当者二名につき六〇〇万円、④管理区分二該当者二名につき三〇〇万円の各一律の慰謝料と各弁護士費用の限度で、請求を認容した。
Yは、請求を一部認容されたXらに対する関係で上告し(平成元年(オ)第一六六六号)、Xらは全員が上告した(平成元年(オ)第一六六七号)。最高裁はYの上告は棄却した。
本判決は、Xらの上告に対するものであるが、(1) 右消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時から進行するとして、原判決中、原審で新たに請求を棄却された元従業員一〇名に関する部分を破棄し(差戻し)、一審、原審とも請求を棄却された元従業員二〇名に関する部分の上告を棄却し、(2) 原判決中、原審で請求を一部認容された三三名に関する部分については、原審認定の慰謝料額は低きに失し、著しく不相当であって、右認定には経験則又は条理に反する違法があるとして、破棄した(差戻し)。
二 判旨一について(消滅時効の起算点)
1 雇用契約上の使用者に対する安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、債務不履行に基づく損害賠償請求権の一であり、その時効期間は民法一六七条一項により一〇年となる(最三小判昭50・2・25民集二九巻二号一四三頁参照)。消滅時効は「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」から進行するのが原則だが(民法一六六条一項)、短期消滅時効が定められたいくつかの場合については権利者が一定の事情を知った時から時効が進行する旨の特則がある(民法四二六条、七二四条、八八四条等)。債務不履行に基づく損害賠償請求権については右のような特則はないから民法一六六条一項が適用されることになるが、判例(最二小判昭49・12・20民集二八巻一〇号二〇七二頁、本誌三一八号二二六頁)、通説は、右の特則との対比等から、同項の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」とは、権利を行使する上で法律上の障害(履行期未到来等)がないことを意味し、権利を行使し得ることを権利者が知らなかった等の事実上の障害は時効の進行を妨げないとしている。安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、権利として成立すればこれを行使する上での法律上の障害はないから、その成立時、すなわち損害が発生した時が右時効の起算点となるものと解される。
ところで、債務不履行に基づく損害賠償債務は、本来の債務と同一性を有するから、その消滅時効は、本来の債務の履行を請求しうる時から進行すると解されている(最三小判昭35・11・1民集一四巻一三号二七八一頁)。そこで、安全配慮義務違反による損害賠償債務についても、この債務の同一性理論により、使用者に対し安全配慮義務の履行を請求し得るのは在職中に限られるから、退職後に損害が発生した場合であっても、安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効は被用者が退職した時から進行するという見解を生じ、本訴においてYも同様の主張をしていた。しかし、最高裁は、本判決と同日に言い渡したYの上告に対する判決において、「安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務は、安全配慮義務と同一性を有するものではない。けだし、安全配慮義務は、特定の法律関係の付随義務として一方が相手方に対して負う信義則上の義務であって、この付随義務の不履行による損害賠償請求権は、付随義務を履行しなかった結果により積極的に生じた損害についての賠償請求権であり、付随義務履行請求権の変形物ないし代替物であるとはいえないからである。」と判示して、この見解を否定した(最三小判平6・2・22平元(オ)第一六六六号。裁判集不登載)。
2 じん肺にかかった否かは、事後的な行政上の決定がなければ通常認定し得ないから、本件では、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定があった時に損害が発生したとみてよい(厳密には、右決定の根拠となった診断を受けた時に損害が発生したというべきであるが、一〇年の時効が争われるような事件では、当該決定がいつの診断に基づくものかは、証拠上認定し得ないことが多い。)。
ところで、判例、通説は、加害行為は一回限りであったが、その損害の発生が継続的又は間歇的である場合、当初の加害行為時に将来起こるべき損害を含む全損害が発生したもの(全損害につき損害賠償請求権が成立している)という前提に立ち、その上で、不法行為については、損害を知った時から時効が進行する旨の民法七二四条の特則があるので、時効の関係では予見可能性の有無によって損害を分離し、当初予見しえなかった後発損害については、その発生を予見し得る時から別個に時効が進行すると解することができるとしている(最三小判昭42・7・18民集二一巻六号一五五九頁、本誌二一〇号一四八頁、末川博「不法行為による損害賠償請求権の時効」民法論集二九九頁等)。この考え方によると、継続的な加害行為が終了した後一定の期間を経て損害が発生し、その損害が進行拡大していく場合にも、実体法上は、最初の損害が発生した時点で将来生ずるべき全損害が発生しているとみるべきことになり、したがって、民法七二四条のような特則のない安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効は、一般に、最初の損害が発生した時から進行すると解すべきこととなろう。
3 問題は、じん肺についても右の考え方が妥当するか、すなわち、最初の行政上の決定を受けた時点で、その後の重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が発生していたものといえるかという点にある。
原審は、これを肯定し、最初の行政上の決定時から全損害について時効が進行するとした。この見解によると、(a)管理二程度の症状であったため、提訴まではしなかったところ、それから一〇年以上経過後に、管理三以上の決定を受けたという場合はもとより、(b)管理二の決定を受けて提訴したものの、口頭弁論終結時においても病状が進行していなかったため管理二に相当する病状に基づく損害の限度でしか認容判決を得ることができず、その判決が確定したところ、それから一〇年以上経過後に管理三以上の決定を受けたという場合(民法一五七条二項参照)であっても、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求権は、既に全損害について時効消滅しているため、管理三以上の決定に相当する現在の病状に基づく損害の賠償は得られないことになる。
しかし、本判決は、じん肺が特異な進行性の疾患であること、最初の決定から次の重い決定を受けるまでの間に二〇年以上経過する例もある等、その進行の有無、程度、速度等も多様であること、それゆえ、「管理二、管理三、管理四と順次行政上の決定を受けた場合には、事後的にみると一個の損害賠償請求権の範囲が量的に拡大したにすぎないようにみえるものの、このような過程の中の特定の時点の病状をとらえるならば、その病状が今後どの程度まで進行するのかはもとより、進行しているのか、固定しているのかすらも、現在の医学では確定することができない」こと等を理由に、これを否定し、管理二、管理三、管理四の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害は質的に異なり、したがって、重い決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるとした。これによれば、口頭弁論終結時において認定し得る最終の症状に基づく損害は、最終の行政上の決定を受けた時に発生し、この時からその(安全配慮義務違反による)賠償請求権の時効が進行すると解すべきことになる。
4 一審は、本判決と結論を同じくしたが、損害が発生したことを認識し又はその可能性がある時から時効が進行するとしており、全損害が発生してしまっているという前提に立った上で、損害の全部を認識し得ないという事実上の障害が時効の進行を妨げると解したもののようにも読める。しかし、本判決が詳細に説示しているじん肺の病変の特質に照らすと、最初の損害発生時に本来全損害が発生していたとする伝統的な考え方を、じん肺にも当てはめようとするのは無理がある。将来の重い決定に相当する病状に基づく損害は、認識し得ないのではなく、そもそも発生していないのだと考える方が適切であろう。本判決は、このような考慮に基づいて、各行政上の決定毎に別個の損害賠償請求権が成立し、各別に時効にかかることを明らかにしたものと考えられ、特殊な疾病の実態に即した権利構成を指向した判例として注目されよう。
なお、本判決は、じん肺というきわめて特異な進行性の疾患に限って、右の伝統的な考え方に対する例外を認めたものであり、その射程距離には限界がある。予見可能性のない後発損害はすべて別個の損害とみるとか、後遺症が進行する場合、その等級毎に各別の損害賠償請求権が発生するとみるのは、損害賠償請求権(訴訟物)の統一的理解を妨げることになりかねず、もとより、本判決はこのような考え方を採ったものではない。したがって、通常の労災事件において当初の予想を超えて症状が次第に悪化したというような場合については、民法七二四条の特則のある不法行為構成によった方が、時効の起算点の関係では被害者に有利であることに変わりはないから、注意しておく必要がある。
(参考文献として、民法七二四条に関する前記四二年判例につき、平井宜雄・法協八五巻七号三二一頁、飯塚重雄「判決の既判力と後遺症」新実務民訴法講座四巻一三七頁等、じん肺事件の時効論につき、牛山積・法時六一巻一三号四五頁等参照。)
三 判旨二(慰謝料額の認定)について
慰謝料額の認定は原審の裁量に属する事実認定の問題であり、右認定が著しく不相当であって経験則又は条理に反するような事情がない限り、違法とはいえない(最三小判昭38・3・26昭三五(オ)第二四一号裁集民六五号二四一頁)。これは確立した判例法理であり、これまで、慰謝料額の認定そのものの違法を理由に最高裁が原判決を破棄した先例はなかった。本判決は、この判断枠組みの中で例外的事情を認めた珍しい事例ということになる。Xらは財産上の損害の賠償を別途請求する意思のない旨を訴訟上明らかにしているから、慰謝料額の認定に関する原審の裁量にはおのずから限界があること、本件事実関係の下では、死者を含む管理四該当者の精神的損害に対する評価については、一般の不法行為等により労働能力を完全に喪失し、又は死亡するに至った場合のそれに比してさしたる違いを見出せないこと(一二〇〇万円又は一〇〇〇万円では低きに失する)等、詳細な理由が説示されており、実務上留意すべき事例判例といえよう。

・不法行為に基づく損害賠償請求について
+(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第七百二十四条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

・起算点について
+判例(H15.4.22)
理由
第1 事案の概要
1 本件は、上告人の従業員であった被上告人が、上告人に対し、職務発明について特許を受ける権利を上告人に承継させたことにつき、特許法35条3項の規定に基づき、相当の対価の支払を求めた事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、光学機械の製造販売等を業とする会社である。被上告人は、昭和44年5月に上告人に入社し、同48年から同53年ころまでの間、上告人の研究開発部に在籍して、ビデオディスク装置の研究開発に従事していた。被上告人は、平成6年11月に上告人を退職した。
(2) 被上告人は、昭和52年に、発明の名称を「ピックアップ装置」とする第1審判決別紙特許目録記載3の発明(以下「本件発明」という。)をした。本件発明は、上告人の業務範囲に属し、かつ、被上告人の職務に属するものであって、特許法35条1項所定の職務発明に当たる。
(3) 上告人においては、その従業者がした職務発明に関して、「発明考案取扱規定」(以下「上告人規定」という。)が定められている。上告人規定には、従業者の職務発明について特許を受ける権利が上告人に承継されること、上告人は、職務発明をした従業者に対して工業所有権収入取得時報償等の報償を行うこと、上告人が従業者の職務発明につき第三者から工業所有権収入を継続的に受領した場合には、受領開始日より2年間を対象として、上限額を100万円とする1回限りの工業所有権収入取得時報償を行うことなどの定めがある。
(4) 上告人は、上告人規定に基づいて、本件発明について特許を受ける権利を被上告人から承継し、これにつき特許出願をして、特許権を取得した。上告人は、この特許権を含めたピックアップ装置に関する多数の特許権及び実用新案権につき、平成2年10月以降、ピックアップ装置の製造会社数社と実施許諾契約を締結して、その後継続的に実施料を受領した。
(5) 被上告人は、本件発明について特許を受ける権利を上告人に承継させたことに関して、上告人規定に基づき、昭和53年1月5日に出願補償として3000円、平成元年3月14日に登録補償として8000円、同4年10月1日に工業所有権収入取得時報償として20万円を上告人から受領した。

3 原審は、以上の事実関係の下で、次のとおり判断し、本件における相当の対価の額であると認定した250万円から被上告人が既に受領した工業所有権収入取得時報償等の金額を差し引いた228万9000円の支払を求める限度で、被上告人の請求を認容すべきものとした。
(1) 職務発明について使用者等が定めた勤務規則その他の定めにより算出された対価の額が、特許法35条3項、4項所定の相当の対価に満たない場合には、従業者等は、上記定めに基づき使用者等が算出した額に拘束されることなく、上記各項による相当の対価を請求することができる。
(2) 被上告人に対し工業所有権収入取得時報償が支払われた平成4年10月1日までは、相当の対価の算定の基礎となる工業所有権収入が明らかではなく、被上告人が受領し得る報償金の額が不確定であったから、被上告人が相当の対価の支払を受ける権利を行使することを期待し得ない状況にあった。したがって、同日までは消滅時効が進行しないから、被上告人が本件訴訟を提起した同7年3月3日の時点において、被上告人の上記権利の消滅時効は完成していない。

第2 上告代理人大場正成、同鈴木修、同大平茂の上告受理申立て理由第1について
1 特許法35条は、職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提に(同法29条1項参照)、職務発明について特許を受ける権利及び特許権(以下「特許を受ける権利等」という。)の帰属及びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図った規定である。すなわち、(1) 使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について通常実施権を有すること(同法35条1項)、(2) 従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた条項が無効とされること(同条2項)、その反対解釈として、職務発明については、そのような条項が有効とされること、(3) 従業者等は、職務発明について使用者等に特許を受ける権利等を承継させたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項)、(4) その対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明につき使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)などを規定している。これによれば、使用者等は、職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく、使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において、特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり、また、その承継について対価を支払う旨及び対価の額、支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。しかし、いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであって、上述した同条の趣旨及び規定内容に照らしても、これが許容されていると解することはできない。換言すると、勤務規則等に定められた対価は、これが同条3項、4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別、それが直ちに相当の対価の全部に当たるとみることはできないのであり、その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項、4項所定の相当の対価に当たると解することができるのである。したがって、【要旨1】勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。

2 本件においては、前記第1の2のとおり、上告人規定に、上告人の従業者がした職務発明について特許を受ける権利が上告人に承継されること、上告人が工業所有権収入を受領した場合には工業所有権収入取得時報償を行うものとするが、その上限額は100万円とすることなどが規定されていたのであり、また、被上告人は、上告人規定に従って、本件発明につき報償金を受領したというのである。そうすると、特許法35条3項、4項所定の相当の対価の額が上告人規定による報償金の額を上回るときは、上告人はこの点を主張して、不足額を請求することができるというべきである。
3 原審の上記第1の3(1)の判断は、以上の趣旨をいうものとして、是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

第3 同第3について
1 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては、従業者等は、当該勤務規則等により、特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに、相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については、同条4項の規定があるので、勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが、対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって、勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは、勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができないというべきである。そうすると、【要旨2】勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には、その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。
2 本件においては、上告人規定に、上告人が工業所有権収入を第三者から継続的に受領した場合には、受領開始日より2年間を対象として、1回限りの報償を行う旨が定められていたこと、上告人が、平成2年10月以降、本件発明について実施料を受領したことは、前記第1の2のとおりである。そうすると、上告人規定に従って上記報償の行われるべき時が本件における相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となるから、被上告人が本件訴訟を提起した同7年3月3日までに、被上告人の権利につき消滅時効期間が経過していないことは明らかである。
3 所論の点に関する原審の上記第1の3(2)の判断は、結論において正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
第4 なお、第1審判決主文第一項に明白な誤りがあることがその理由に照らして明らかであるから、民訴法257条1項により主文のとおり更正する。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖)

++解説
《解  説》
一 会社の従業員等が職務上行った発明、すなわち、「職務発明」については、特許を受ける権利又は特許権が会社、従業員のいずれに帰属するのか、会社に帰属するとした場合に従業員は会社から代償を受けられるのかが問題となる。職務発明に関する法制度は国ごとにかなり異なるが、我が国の現行特許法では三五条にその定めがある。同条は、特許を受ける権利が従業員に原始的に帰属することを前提に、会社は、あらかじめ勤務規則で定めておけば、従業員から特許を受ける権利の承継を受けられること、従業員はその代償として相当の対価の支払を受ける権利を有することなどを規定して、会社と従業員の利害の調整を図っている。本件は、勤務規則により職務発明について特許を受ける権利を会社Yに承継させた元従業員Xが「相当の対価」の支払を求めた訴訟である。
二 事実関係及び訴訟の経過の概要は、次のとおりである。
1 Xは、Yの元従業員であり、その職務として「ピックアップ装置」に関する発明をした。Yは、従業員の職務発明について「発明考案取扱規定」を設けており、特許を受ける権利が発明をした従業員から会社に承継されること、この承継がされた場合、会社は当該従業員に対し、特許出願時や特許登録時に補償金を支払うこと、さらに、その発明により利益を上げたときは、実績に応じて報償金を支払うことなどを定めていた。本件発明についても、このY規定に従って、特許を受ける権利がXからYに承継され、Yは、特許出願をして特許権を取得した。また、YからXに対して、出願補償、登録補償、工業所有権収入取得時報償として、合計約二一万円が支払われた。
2 Xは、Yは本件発明について他社から多額の実施料収入を得ており、本件における相当の対価の額は一〇億円を下らないなどと主張して、内金二億円の支払を求めた。争点は、①会社があらかじめ定める勤務規則に、職務発明について特許を受ける権利を承継した会社が従業員に対して支払うべき報償金等の定めがある場合に、従業員が、相当の対価の額は勤務規則による額を上回ると主張して、不足額を請求できるか、②本件における相当の対価の額はいくらか、③Xの権利について消滅時効が完成しているかである。
3 一審(本誌一〇〇二号二五八頁)、二審(本誌一〇六四号一九六頁)とも、①勤務規則による額が特許法三五条三項、四項により定められる相当の対価に満たない場合、従業員は不足額を請求できる、②本件における相当の対価の額は二五〇万円である、③Y規定に基づく報償金がXに支払われた日までは、Xが相当の対価の支払を受ける権利を行使することを期待し得ない状況にあり、消滅時効が進行しないから、Xが本件訴訟を提起した時点では消滅時効は完成していないと判断して、原告の請求を一部(右②の額から被告規定による支払額を差し引いた額の支払を求める限度で)認容した(その余の請求は棄却されたわけであるが、一審判決の主文にその旨の記載が欠落しており、原審もこれを看過したため、本判決の主文において更正がされている。)。
4 本判決は、原判決に対するYの上告受理申立てを受理した上で、後述のように判示して、上告を棄却した(ただし、争点②については、Yの上告受理申立て理由〔原判決が、本件特許に無効原因が存在する蓋然性が極めて高いとしながら、本件発明の価値を認めて相当の対価の支払を命じたのは、無効であることが明らかな特許権に基づく損害賠償等の請求は許されないとする最三小判平12・4・11民集五四巻四号一三六八頁に違反する旨を主張〕が排除されたため〔民訴法三一八条三項〕、上告審の判断は示されていない。個々の職務発明に係る相当の対価の額がいくらであるかは、基本的には、下級審裁判例の積み重ねを待つべき事柄であると考えられよう。また、原判決に対するXの上告及び上告受理申立てについては、平15・3・25付けで、上告棄却・不受理の決定がされた。)。
三 争点①について
1 本判決は、勤務規則により職務発明について特許を受ける権利を会社に承継させた従業員は、勤務規則に会社が従業員に対して支払うべき対価に関する条項があり、従業員がこれに従って会社から報償金等を受領した場合であっても、その額が特許法三五条四項に従って定められる対価の額に満たないときは、同条三項に基づき、不足額の支払を求めることができる旨を判示した。
2 右の判断は、職務発明に関する特許法の規定内容及びその趣旨(職務発明について特許を受ける権利は元来従業員に帰属するが、会社は勤務規則をもってこの権利が会社に承継されることをあらかじめ定めておけば、従業員が実際に譲渡する意思を有しているかどうかを問わず、従業員から特許を受ける権利の承継を受けることができ、他方、その代償として、従業員に相当の対価の支払を受ける権利が保障されていること)に照らすと、現行法の解釈論としては、異論の余地の少ないところと思われる。
この点に関し、Yは、会社は、特許を受ける権利を承継することだけでなく、対価の額についても勤務規則で定めることができ、それが名目的な金額であるような場合は格別、Y規定の内容は同業他社のものと比べても遜色がない合理的なものであるから、それ以上の支払義務を負うことはないなどと主張した。また、従前の企業実務においては、Yの主張するように、会社は勤務規則に定める報償金等を支払えばそれで足りるとの取扱いが多くの企業で長年にわたり続けられてきたようである。本判決は、このような取扱いは特許法三五条に違反して許されないとしたものであって、実務に大きな影響を与えるものと思われる。
3 従業員が勤務規則の定めを上回る対価を請求できるとの判断自体は一審、二審、上告審とも共通するが、その根拠につき、(ⅰ)一審が、Y規定はYが一方的に定めたものであるから、個々の承継の対価の額についてXがこれに拘束される理由はない旨を、(ⅱ)二審が、特許法三五条三項、四項は強行規定である旨を、それぞれ判示したのに対し、本判決は、いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないなどと判示するにとどまっている。一審、二審の判断に対しては、(ⅰ)XがYへの入社に当たりYの社内規則を遵守するとの誓約書を提出していること、消滅時効との関係ではY規定における支払時期の定めが拘束力を持つとされることに照らすと、会社が一方的に定めたから拘束力がないといい切れるのか、(ⅱ)強行規定であるとすると、発明がされた後に会社と従業員が特許を受ける権利の承継につき契約をしたときや、相当の対価に関して和解が成立したときでも、対価の合意は拘束力を持たず、従業員は相当の対価に達するまでの請求権を失わないことになるのか、従業員から会社への特許を受ける権利の贈与や、従業員による相当の対価の放棄も認められないのかなどといった疑問が生じ得る。また、強行規定とみる見解は労働者保護の観点を重視するようであるが、同条が会社役員等にも適用されること、特許法の目的が産業の発達に寄与すること(同法一条)にあることに照らすと、異論もあり得よう。以上の点は、本判決(会社があらかじめ定めた勤務規則により職務発明について特許を受ける権利が会社に承継され、その勤務規則に対価の定めがある事案に関するもの)の射程範囲をどうみるのか(個別の契約を締結した場合、就業規則に定めがある場合等でも、従業員は拘束されないのか、会社役員や公務員の場合はどうかなど)にも関係すると思われ、今後の課題となると解される。
四 争点③について
1 本判決は、勤務規則に会社が従業員に対して支払うべき対価の支払時期が定められているときは、相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効はこの支払時期から進行する、本件においては、Y規定に従って報償金の支払われるべき時が消滅時効の起算点となるから、Xが本件訴訟を提起した日までに消滅時効期間は経過していない旨を判示して、消滅時効の成立を否定した。
2 相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効に関しては、特許を受ける権利の承継の時が起算点となると判示した大阪高判平6・5・27知的裁集二六巻二号三五六頁、名古屋地判平11・1・27本誌一〇二八号二二七頁等がある。Yは、Xによる本件訴訟の提起は本件発明について特許を受ける権利がXからYに承継されてから一〇年以上を経過した後であったから、既に消滅時効が完成しているなどと主張した。しかし、右の裁判例は、対価につき定めた勤務規則がない事案に関するものであるのに対し、本件ではY規定にその定めがある点において事案が異なるので、直ちに同様の理が妥当するとはいえないであろう。
一審、二審は、XがY規定に従って報償金を受領した日まではXにおいて相当の対価の支払を受ける権利を現実に行使することができなかったから、消滅時効が成立しないと判断した。これは、消滅時効は法律上の障害がない限り進行するのが原則であるが、例外的に、権利の性質上その行使を現実に期待できないときは消滅時効が進行しないとの考え方(最大判昭45・7・15民集二四巻七号七七一頁、本誌二五一号一六六頁等参照)によるものと推測される。しかし、相当の対価の額の算定が困難であることは、勤務規則に支払時期の定めがない場合も同様であり、また、在職中の従業員が会社に対して訴訟を提起することが現実的でないとしても事実上の障害にすぎないから、一審、二審の考え方を是認するのは困難であると思われる。
本判決は、消滅時効が成立しないとした原判決の結論は維持したが、その理由については次のように判示した。従業員から会社に対して特許を受ける権利が承継されるのは、その旨が勤務規則に定められているからであり、勤務規則が承継の根拠となるのであるから、会社と従業員との関係は勤務規則によって規律されるのが原則である、対価の額については特許法三五条四項の規定があるので勤務規則の定めがこれによって修正されるが、支払時期に関してはそのような規定がないので勤務規則に従うことになる、したがって、勤務規則の定める支払時期が従業員による相当の対価の支払を受ける権利の行使の上での法律上の障害となるから、その支払時期までは消滅時効が進行しない。
3 消滅時効の起算点につき、学説上は、勤務規則に支払時期の定めのないときは特許を受ける権利の承継の時であり、定めがあるときはその支払時期であるとする見解が有力であり(中山信弘編・注解特許法〔第三版〕(上)三五四頁〔中山〕、紋谷暢男編・特許法50講〔第四版〕四三頁〔紋谷〕、高林龍・標準特許法七六頁等)、本判決はこれに沿ったものと一応解し得る(ただし、これらの学説が、いかなる理論的根拠を採るのか〔一審、二審判決又は本判決のいずれかと同様に考えるのか、異なる理論によるのか。〕、また、勤務規則の定める額を上回る請求をする場合も念頭に置いて、従業員は勤務規則の定める支払時期まで相当の対価を請求することができないとみるのかは、必ずしも定かといい難い。)。
消滅時効の起算点を勤務規則の定めの有無によって分けることに対しては、勤務規則に対価の定めを設けて、発明をした従業員の保護を図ろうとする会社の方が、そうでない会社よりも、消滅時効の成立に関して不利益に扱われることとなり、バランスを欠くとの批判もあり得る。しかし、本判決は、特許法の明文に反しない限り勤務規則の定めを尊重しようというものであり、また、勤務規則の定める支払時期が到来するまで会社は従業員に対して対価の支払を拒むことができるわけであるから、会社に有利な面もあるということができると思われる。
他方、本判決の判断は、本件事案の解決としては従業員に有利なものであるが、会社が勤務規則をもって支払時期を自由に定めることができるとすると、相当の対価の支払を速やかに求めることができず、従業員に不利益となる場合もあるとの批判もあり得る。これに対しては、対価の額や支払時期に関する勤務規則の定めが著しく不合理で、特許法三五条三項が従業員に相当の対価の支払を受ける権利を保障した趣旨に反するようなときは、支払時期に関する条項が公序良俗に違反するとみて、従業員を救済する途もあると考えられよう。
4 本判決は、(ⅰ)本件における消滅時効の起算点はY規定に従って工業所有権収入取得時報償の行われるべき時であると判示するのみで、その年月日を特定することなく、また、(ⅱ)時効期間が何年であるかに触れることなく、消滅時効期間が経過していないことが明らかであるとして、消滅時効の成立をいうYの主張を排斥した。これは、本件においては、消滅時効の起算点(Y規定によれば、Yが実施料を取得した平成二年一〇月以降となる。)から訴訟の提起(平成七年三月)までに五年を経過していないので、いずれにしても消滅時効が成立しないから、あえて立ち入らなかったものと思われるが、これに関連する以下のような問題があり、今後の検討課題となると考えられる。
(ⅰ) 消滅時効の起算点が具体的にいつであるかは、基本的には各事案における規定内容に従って判断されることになる。なお、勤務規則が報償金を分割して支払うと定める場合などにおける消滅時効の起算点は、本判決の判示からは明確といい難いが、今後事案に応じて判断されることになると思われる(例えば、勤務規則が報償金を三回に分けて支払うと定めている場合には、特許法三五条による相当の対価の三分の一ごとに、勤務規則所定の各分割支払時期が起算点となるなどといった処理が考えられよう。)。
(ⅱ) 時効期間に関しては、勤務規則に対価の定めのない事案につき、従業員の権利は特許法三五条三項によって認められた法定の債権であるとして、これを一〇年とみる説が有力であるが(高林龍「前記大阪高判平6・5・27の判批」ジュリ一〇九一号二三二頁等)、商行為により生じた債権であるとして五年とする説もある(渋谷達紀「本件原判決の判批」発明九九巻二号一二二頁)。従業員の相当の対価の支払を受ける権利の性質については、勤務規則に対価の定めがない場合には特許法三五条三項により認められた権利であると解されようが、その定めがある場合には、消滅時効の起算点に関する本判決の判示によれば、勤務規則により発生する権利であるということとなろう。そうすると、時効期間についても、勤務規則に対価の定めがない場合とは異なるとする見解もあり得ると思われる。
五 職務発明については、近時、巨額の対価を請求をする訴訟が相次いでいると報道されるなどしたため、社会的な関心が高まっており、また、立法論を含めて、広く議論されている。本判決は、現行法の下における最高裁の解釈を示したものとして重要な意義を有すると思われる。

+判例(H19.4.24)
理由
上告代理人石田英治の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が、上告人に対し、自動継続特約付き定期預金(以下「自動継続定期預金」という。)の元本200万円並びにこれに対する預金の預入日の翌日である昭和62年2月24日から支払済みまで約定の年3.86%の割合による利息及び遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、昭和62年2月23日、A信用組合に対し、200万円を次の約定で預け入れた(以下、この預入れによる預金契約を「本件預金契約」という。)。
ア 利息 年3.86%
イ 期間 1年
ウ 満期日 昭和63年2月23日
(2) 本件預金契約においては、特約として、本件預金契約が満期日に前回と同一の期間の預金契約として自動的に継続されること、預金者が本件預金契約の継続を停止するときは満期日までにその旨を申し出るべきこと(以下、この申出を「継続停止の申出」という。)などが定められている(この特約は一般の金融機関において通常用いられている自動継続定期預金の特約と同旨のものであり、以下、このような特約を「自動継続特約」という。)。なお、上記特約によれば、預金者から本件預金契約の解約の申入れがあっても、A信用組合がこれに応じない場合には、預金者は、直ちに預金の払戻しを受けることはできず、その後に到来する満期日においてそれ以降自動継続の取扱いがされなくなって初めて預金の払戻しを受けることができることとされている。
(3) その後、A信用組合は、合併によりB信用組合となり、B信用組合は、平成14年8月19日、上告人に対し、営業の全部を譲渡した。
(4) 被上告人は、平成14年8月13日、B信用組合に対し、本件預金契約に係る定期預金証書を提示し、本件預金契約の解約を申し入れて(以下、この解約申入れを「本件解約申入れ」という。)、同契約に基づく預金(以下「本件預金」という。)の払戻しを請求した。これに対し、B信用組合は、本件預金が既に払い戻されているとして、本件解約申入れに応じなかった。
(5) 被上告人は、平成15年6月23日、本件訴えを提起したが、上告人は、同年9月5日の第1審第1回口頭弁論期日において、本件預金契約締結の約3か月後である昭和62年5月26日に同契約は解約され、本件預金は払い戻されたとして、弁済の主張をするとともに、本件預金の払戻請求権の消滅時効が既に完成しているとして、これを援用した。

3 第1審、原審とも、本件預金の弁済の事実は認められないとした。他方、本件預金の払戻請求権の消滅時効について、第1審は、本件預金契約締結後最初に到来する満期日(以下「初回満期日」という。)である昭和63年2月23日から時効が進行するから、その後10年の経過によりこれが完成したとして、被上告人の請求を棄却したのに対し、原審は、上記消滅時効は、本件解約申入れ後最初に到来する満期日である平成15年2月23日から進行するから、いまだ完成してはいないとして、第1審判決を取り消して被上告人の請求を認容した。

4(1) 自動継続定期預金契約における自動継続特約は、預金者から満期日における払戻請求がされない限り、当事者の何らの行為を要せずに、満期日において払い戻すべき元金又は元利金について、前回と同一の預入期間の定期預金契約として継続させることを内容とするものである(最高裁平成11年(受)第320号同13年3月16日第二小法廷判決・裁判集民事201号441頁参照)。消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)が、自動継続定期預金契約は、自動継続特約の効力が維持されている間は、満期日が経過すると新たな満期日が弁済期となるということを繰り返すため、預金者は、解約の申入れをしても、満期日から満期日までの間は任意に預金払戻請求権を行使することができないしたがって、初回満期日が到来しても、預金払戻請求権の行使については法律上の障害があるというべきである。
もっとも、自動継続特約によれば、自動継続定期預金契約を締結した預金者は、満期日(継続をしたときはその満期日)より前に継続停止の申出をすることによって、当該満期日より後の満期日に係る弁済期の定めを一方的に排除し、預金の払戻しを請求することができる。しかし、自動継続定期預金契約は、預金契約の当事者双方が、満期日が自動的に更新されることに意義を認めて締結するものであることは、その内容に照らして明らかであり、預金者が継続停止の申出をするか否かは、預金契約上、預金者の自由にゆだねられた行為というべきである。したがって、預金者が初回満期日前にこのような行為をして初回満期日に預金の払戻しを請求することを前提に、消滅時効に関し、初回満期日から預金払戻請求権を行使することができると解することは、預金者に対し契約上その自由にゆだねられた行為を事実上行うよう要求するに等しいものであり、自動継続定期預金契約の趣旨に反するというべきである。そうすると、初回満期日前の継続停止の申出が可能であるからといって、預金払戻請求権の消滅時効が初回満期日から進行すると解することはできない。
以上によれば、自動継続定期預金契約における預金払戻請求権の消滅時効は、預金者による解約の申入れがされたことなどにより、それ以降自動継続の取扱いがされることのなくなった満期日が到来した時から進行するものと解するのが相当である。
(2) 前記事実関係等によれば、本件預金契約は、本件解約申入れのあった平成14年8月13日の後における初めての満期日である平成15年2月23日において、それ以降自動継続の取扱いがされることがなくなったものと解されるから、本件預金の払戻請求権の消滅時効は、同満期日から進行するというべきである。
5 以上のとおりであるから、被上告人の請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 上田豊三 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫)

++解説
《解  説》
1 本件(①,②事件)は,自動継続特約付きの定期預金(以下「自動継続定期預金」という。)の預金契約における預金払戻請求権の消滅時効の起算点がいつかが問題となった事案である。
(1) ①事件の事案は,原告X1が,昭和62年2月23日にA信用組合に対し200万円を,期間1年,利息の利率年3.86%,自動継続特約付きで預け入れていたところ,A信用組合を承継したB信用組合に対し,預入れから約15年半後の平成14年8月にその定期預金契約の解約を申し入れたが,これを拒絶されたことから,B信用組合を承継した被告Y1銀行に対し,預金払戻しを請求するものである。同預金契約においては,継続の回数の制限や最長預入期間は定められていない。
A信用組合作成の取引明細表には,同預金契約が,契約締結の約3か月後である昭和62年5月26日に解約され,同日元金200万円及び利息2570円が支払われた旨の記載があるが,他方で,X1は,払戻しや再発行をうかがわせる記載のない定期預金証書を現に所持しており,昭和62年の解約については全く覚えがないと主張している。なお,Y1銀行は,当時の個別取引の資料等を引き継いでいないとして,取引明細表に前記の記載がされた経緯についての立証はしておらず,また,昭和62年当時,預金証書が再発行されたこと,あるいは預金証書の受戻しや預金証書への払戻し記載をしないまま払戻しがされたことなどをうかがわせる具体的な事情の立証もされていない。
1審(千葉地判平16.7.22金判1198号5頁)は,自動継続定期預金契約締結後最初に到来する満期日(以下「初回満期日」という。)である昭和63年2月23日から消滅時効が進行するから,その後10年の経過によりこれが完成したとして,X1の請求を棄却した。これに対し,原審(東京高判平17.1.19金法1736号57頁)は,その消滅時効期間は,前記解約申入れ後最初に到来する満期日(以下「申出後満期日」という。)の翌日から進行を開始するものであり,消滅時効はいまだ完成してはいないとして,1審判決を取り消してX1の請求を認容した。
①事件の最高裁判決は,Y1の上告受理申立てを受理した上,判決要旨のとおり判示して原審の判断を是認し,Y1の上告を棄却した。
(2) ②事件は,原告X2が,昭和61年11月19日にC信用組合に対し100万円を,期間1年,利息の利率年4.23%,自動継続特約付きで預け入れていたが,預入れから約16年半後の平成15年6月,C信用組合を承継した被告Y2銀行に対し,預金払戻しを請求し,これを拒絶されたことから,預金返還請求訴訟を提起したものである。②事件の自動継続定期預金契約においては,継続の回数は10回を限度とする旨が定められている。
Y2銀行がC信用組合から引き継いだ定期預金勘定残高一覧表等には,本件の預金が存在する旨の記載はなかったが,他方で,X2は,払戻しや再発行をうかがわせる記載のない定期預金証書を現に所持している。なお,C信用組合は,過去に,X2が経営する会社の定期積金等のうち何件かにつき,「便宜扱い」として,預金証書の返還を受けずに払戻しに応ずるといった取扱いをしていた。また,X2は,C信用組合に対する別の定期預金について,定期預金証書の喪失届けをして証書の再発行を受けた後,当該定期預金解約の際,喪失したはずの旧証書を提示したことがあった。
1審,原審とも,②事件の自動継続定期預金払戻請求権について,Y2銀行の主張する過去の払戻しの事実は立証が不十分であるとして排斥した上で,初回満期日である昭和62年11月19日から消滅時効が進行し,10年間の経過によりこれが完成したとして,X2の請求を棄却すべきものとした。
②事件の最高裁判決は,X2の上告受理申立てを受理した上,①事件判決と同旨の判断を示して原判決を破棄し,X2の請求を認容した。
2 民法166条1項は,権利を行使することができる時から消滅時効が進行すると定めるが,「権利を行使することができる時」とは,権利の行使に「法律上の障害」がなくなった時を意味すると解するのが通説であり,債権に関する「弁済期未到来」は,典型的な「法律上の障害」であると解されている。
ところで,自動継続定期預金契約における自動継続特約は,預金者から満期日における払戻請求がされない限り,当事者の何らの行為を要せずに,満期日において払い戻すべき元金又は元利金について,前回と同一の預入期間の定期預金契約として継続させることを内容とするものと解されており(最二小判平13.3.16判タ1059号56頁参照),各満期日における権利行使は可能であるから,このような場合,初回満期日以降にも,弁済期未到来という障害があるか否かが問題となる。
この点について,本件各判決は,預金者が,満期日から満期日までの間は任意に預金払戻請求権を行使することができないことを指摘して初回満期日以降における障害を肯定する。各満期日にのみ単発的に権利行使が可能となるとしても,自動継続定期預金の権利関係を全体としてみれば,自動継続中においては預金払戻請求権の行使について弁済期未到来という障害があるといえると解したものと考えられる。
3 次に,債権に弁済期未到来という障害があっても,例えば,債権に留置権の抗弁,同時履行の抗弁権,保証人の抗弁権が付着する場合など,当該障害を債権者側の意思によって取り除くことができる場合には,当該障害は,時効の進行を止めないものと解されている(川島武宜編『注釈民法(5)』281頁〔森島昭夫〕等)。そして,自動継続定期預金契約においても,預金者は,満期日(継続をしたときはその満期日)より前に継続停止の申出をすることによって,当該満期日より後の満期日に係る弁済期の定めを一方的に取り除くことができ,これにより最も早い段階では初回満期日から預金払戻請求権を行使し得ることから,初回満期日から消滅時効が進行するか否かが問題となる。
この問題については,大別すると,消滅時効が初回満期日から進行するという説(以下「初回満期日説」という。)と,継続停止の申出後の満期日から進行するという説(以下「申出後満期日説」という。)とがある。下級審の判断は分かれるが,どちらかというと初回満期日説ないしこれに近いものの方が多かった(初回満期日説ないしこれに近いものとして,①事件の1審,②事件の1審及び原審のほか,東京地判昭54.4.12判時926号109頁,大阪高判平15.3.18金法1740号33頁及びその原審があり,申出後満期日説ないしこれに近いものとして,①事件の原審のほか,大阪高判平14.11.12金法1740号40頁がある。潮見佳男・銀法676号4頁参照)。
他方,学説上は,両説のほかにも諸説があるが(学説の整理等について,関沢正彦「自動継続特約付定期預金債権の消滅時効の起算点」塩崎勤ほか編『新・裁判実務大系銀行関係訴訟法』134頁参照),全体としては,申出後満期日説が優勢な状況にあり,①事件の原判決に対する評釈も申出後満期日説を支持する見解が多数であった(原判決を支持するものとして,小磯武男・金法1743号32頁,山田誠一・金法1748号26頁,吉野内謙志・銀法652号32頁,賀集唱・銀法658号11頁等。反対するものとして,小田垣亨・金法1738号80頁,菅原胞治・銀法648号22頁等)。
4 本件各判決は,預金者が継続停止の申出をするか否かは,預金契約上,預金者の自由にゆだねられた行為というべきであるとした上で,消滅時効に関し,初回満期日から預金払戻請求権を行使することができると解することは,預金者に対し契約上その自由にゆだねられた行為を事実上行うよう要求するに等しいものであり,自動継続定期預金契約の趣旨に反するとして,初回満期日説は採用できないとし,権利の行使に法律上の障害がある間は消滅時効は進行しないという原則に従って申出後満期日説を採る旨を判示した。
この判示は,自動継続定期預金契約において継続停止の申出が預金者の自由にゆだねられている点を重視し,その結果,本件の論点が,債権に留置権の抗弁が付着する場合などとは,同列には論じられないことをいうものと解される。
5 本判決の採用した申出後満期日説に対しては,①事件のように,契約上,自動継続の反復に対する制限が定められていない場合には,債権者たる預金者が継続停止の申出をしない限り,いつまでも時効が進行しないことになり時効制度の趣旨に反する,あるいは,時効の利益を予め放棄することができないとする民法146条に実質的に違反するといった批判がある(菅原・前掲26頁等)。しかし,預金契約に当たり自動継続が反復されている限り最終的な弁済期が到来しないものと当事者が合意することは契約自由の原則から可能であるというべきであり,その結果,債権者からの申出等がない限り消滅時効の進行が開始しないこととなるとしても,そのことは当事者が特殊な弁済期を定めたことによる反射的な結果であって,当該弁済期の合意が時効制度の趣旨に反するものではないということも可能ではないかと思われる(小磯・前掲38頁は,消滅時効がいつまでも進行しないような弁済期の定めが時効制度の強行法規性に反して違法であるというのであれば,そもそも自動継続定期預金契約全体の効力が否定されることにならないかと指摘する。)。そして,このことによる金融機関側の不都合は,①事件の原審が指摘するように,金融機関において当初から自動継続の回数の制限や最長預入期間を定めることなどにより解消することが可能であろう(昭和40年代ころの文献によれば,その当時の自動継続定期預金契約においては,最長預入期間を5年としたり,自動継続の回数を4~5回に制限するのが普通であったものとみられる。)。また,民法146条違反の点については,自動継続特約が債務者である金融機関の窮状に乗じて締結されたなどの状況にはないから,同条の趣旨に照らし,実質的違反は生じていないといえよう(吉野内・前掲36頁)。
他方,初回満期日説によれば,例えば,銀行における1年物の自動継続定期預金契約においては,最短で6年で預金払戻請求権が時効消滅するといった事態が生じ得ることになり,そのままでは,自動継続が反復されていると信頼して権利行使をしなかった預金者の保護に欠けることは明らかである。
本件各判決が申出後満期日説を相当とした背景には,以上の点も考慮されているものとみられる。
6 なお,本件各判決は,消滅時効が申出後満期日から進行すると判示するが,これは,民法166条1項所定の消滅時効の起算点(「権利を行使することができる時」がいつか)を判示したものであって,時効期間の計算に当たり民法140条本文の適用を排除して初日を算入すべきことをいうものではないと解される。弁済期日の定めのある債権の消滅時効が進行する場合,その時効期間は当該弁済期日の翌日から起算されるとするのが大審院以来の判例であるが(大判昭6.6.9新聞3292号14頁等),本件各判決からは,自動継続定期預金契約における預金払戻請求権についてこれを変更する趣旨はうかがわれないものである。
7 ②事件は,X2が過去に払戻しを受けながら二重に請求している可能性を必ずしも否定できない事案であるが,②事件判決は,そのことから直ちに消滅時効の起算点に関する法解釈が左右されるものではないという前提で判示されたものと考えられる(差戻しとされずに,自判とされたのは,過去の弁済の事実が認定できないなどとした原判決の事実認定の下では,更なる審理の対象がないことによるものであろう。)。もっとも,一般的には,預金者の払戻請求に至る経緯等に不自然・不合理な点の大きい事案では,そのことが,過去の預金払戻しの事実の認定や,預金払戻請求権行使に係る権利濫用の成否の認定判断などに影響を及ぼし,その結果,預金者の請求が棄却される場合も生じ得るものと思われる。
また,②事件は,10回にわたる自動継続の際における預金利率の変更(低下)について,Y2から主張立証がされなかった事案であるが,②事件判決は,X2の請求する10年分の利息について,預入れ当初の利率である年4.23%を適用して42万3000円を認容している。①事件の原審も同様の手法を用いて判断している。このことからすると,本件各判決は,自動継続の際における利息の利率の変更,その他自動継続定期預金契約の内容の変更の事実は,預金者が請求原因事実として主張立証する必要はなく,当該事実を有利に援用する者が主張立証すべきであると解しているものと考えられる。
8 本件各判決は,自動継続定期預金契約における預金払戻請求権の消滅時効の起算点という下級審判例及び学説が分かれる論点について,最高裁の2つの小法廷が同様の判断を示したものであり,実務上,重要な意義を有するものと考えられるので,紹介する。

+判例(H21.1.22)
理由
上告代理人山口正徳の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が、貸金業者である上告人に対し、基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引に係る弁済金のうち利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)1条1項所定の利息の制限額を超えて利息として支払われた部分を元本に充当すると、過払金が発生していると主張して、不当利得返還請求権に基づき、その支払を求める事案である。
上告人は、上記不当利得返還請求権の一部については、過払金の発生時から10年が経過し、消滅時効が完成していると主張して、これを援用した。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
貸主である上告人と借主である被上告人は、1個の基本契約に基づき、第1審判決別紙「法定金利計算書〈8〉」の「借入金額」欄及び「弁済額」欄記載のとおり、昭和57年8月10日から平成17年3月2日にかけて、継続的に借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借取引を行った。
上記の借入れは、借入金の残元金が一定額となる限度で繰り返し行われ、また、上記の返済は、借入金債務の残額の合計を基準として各回の最低返済額を設定して毎月行われるものであった。
上記基本契約は、基本契約に基づく借入金債務につき利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超える利息の弁済により過払金が発生した場合には、弁済当時他の借入金債務が存在しなければ上記過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意(以下「過払金充当合意」という。)を含むものであった。

3 このような過払金充当合意においては、新たな借入金債務の発生が見込まれる限り、過払金を同債務に充当することとし、借主が過払金に係る不当利得返還請求権(以下「過払金返還請求権」という。)を行使することは通常想定されていないものというべきである。したがって、一般に、過払金充当合意には、借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点、すなわち、基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし、それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず、これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解するのが相当である。そうすると、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり、過払金返還請求権の行使を妨げるものと解するのが相当である。
借主は、基本契約に基づく借入れを継続する義務を負うものではないので、一方的に基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引を終了させ、その時点において存在する過払金の返還を請求することができるが、それをもって過払金発生時からその返還請求権の消滅時効が進行すると解することは、借主に対し、過払金が発生すればその返還請求権の消滅時効期間経過前に貸主との間の継続的な金銭消費貸借取引を終了させることを求めるに等しく、過払金充当合意を含む基本契約の趣旨に反することとなるから、そのように解することはできない(最高裁平成17年(受)第844号同19年4月24日第三小法廷判決・民集61巻3号1073頁、最高裁平成17年(受)第1519号同19年6月7日第一小法廷判決・裁判集民事224号479頁参照)。
したがって、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、同取引により発生した過払金返還請求権の消滅時効は、過払金返還請求権の行使について上記内容と異なる合意が存在するなど特段の事情がない限り、同取引が終了した時点から進行するものと解するのが相当である。

4 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、本件において前記特段の事情があったことはうかがわれず、上告人と被上告人の間において継続的な金銭消費貸借取引がされていたのは昭和57年8月10日から平成17年3月2日までであったというのであるから、上記消滅時効期間が経過する前に本件訴えが提起されたことが明らかであり、上記消滅時効は完成していない。
以上によれば、原審の判断は結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 涌井紀夫 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子)

++解説
《解  説》
1 本件は,貸金業者Yとの間で,基本契約に基づく継続的金銭消費貸借取引をしていた借主Xが,不当利得返還請求権に基づき過払金の返還を請求する事案である。Yは,過払金に係る不当利得返還請求権(以下「過払金返還請求権」という。)は,過払金発生時から消滅時効が進行するから,過払金の発生時から10年が経過した過払金返還請求権については消滅時効が完成していると主張し,時効を援用した。
2 XとYは,1個の基本契約に基づき,昭和57年8月10日から平成17年3月2日にかけて,継続的に借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借取引を行った(以下「本件取引」という。)。
上記の借入れは,借入金の残元金が一定額となる限度で繰り返し行われ,また,上記の返済は,借入金債務の残額の合計を基準として各回の最低返済額を設定して毎月行われるものであった。また,上記基本契約は,基本契約に基づく借入金債務につき利息制限法所定の利息の制限額を超える利息の弁済により過払金が発生した場合には,弁済当時他の借入金債務が存在しなければ上記過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意(以下「過払金充当合意」という。)を含むものであった。
3 本判決は,次のとおり判示して,過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引により発生した過払金返還請求権の消滅時効は,特段の事情がない限り,同取引が終了した時点から進行するとして,Yの消滅時効の主張を排斥した。
すなわち,過払金充当合意においては,新たな借入金債務の発生が見込まれる限り,過払金を同債務に充当することとし,借主が過払金返還請求権を行使することは通常想定されていないものというべきである。したがって,一般に,過払金充当合意には,借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点,すなわち,基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし,それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず,これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解するのが相当である。そうすると,過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては,同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり,過払金返還請求権の行使を妨げるものと解するのが相当である。
借主は,基本契約に基づく借入れを継続する義務を負うものではないので,一方的に基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引を終了させ,その時点において存在する過払金の返還を請求することができるが,それをもって過払金発生時からその返還請求権の消滅時効が進行すると解することは,借主に対し,過払金が発生すればその返還請求権の消滅時効期間経過前に貸主との間の継続的な金銭消費貸借取引を終了させることを求めるに等しく,過払金充当合意を含む基本契約の趣旨に反することとなるから,そのように解することはできない。
4 消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)。「権利を行使することができる」という要件については,最大判昭45.7.15民集24巻7号771頁,判タ251号166頁は,①権利の行使につき法律上の障害がないことのほか,②権利の性質上,その権利行使が現実に期待できるものであることが必要であると述べた。
このうち,①の法律上の障害とは,権利は存在するが,停止条件が未成就であるとか,履行期が未到来であるなどの理由でその行使ができないことを指すが,法律上の障害が債権者の意思により除去可能なものであれば,時効の進行を妨げるものではないと解される(川島武宜編『注釈民法(5)』281頁〔森島昭夫〕)。
また,②は,「権利の性質上」とされていることに注意を要する。すなわち,民法166条1項は,その立法経緯に照らして,不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効を規定した同法724条前段と異なり,権利者の知不知など主観的事情を時効起算点の考慮要素としていないと解されるので,権利者の主観的事情により権利行使が現実に期待できない場合であっても,本来,時効の進行は妨げられないのである。
前掲最大判昭45.7.15は,前記の一般論を提示した上で,弁済供託における供託金取戻請求権の消滅時効起算点は供託時ではなく供託の基礎となった紛争の終了時であるとした。その理由は,供託者は法律的には供託後いつでも取戻請求をすることができ法律上の障害はないものの,供託者は紛争が発生したからこそ弁済供託をしたのであって,上記紛争が終了する以前に取戻請求をすることは,これと矛盾した行為であり期待できないためであると解される(供託時から時効が進行するとすれば,紛争が10年以上にわたった場合は紛争終了前に時効期間が経過するので,供託者は,紛争が発生したために供託した金員を,紛争が解決する前に取戻請求をしなければならないという矛盾した行為を強いられることになる。)。
5 過払金返還請求権の時効起算点に関する説は,過払金発生時説,取引終了時説,取引履歴開示時説などに分類される。
このうち取引履歴開示時説は,借主は取引履歴開示を受けるまでは過払金返還請求権の存在,内容を知ることができないから,権利行使を現実に期待できないということを主な根拠とするが,前記のとおり権利者の知不知を問題にしない民法166条1項の解釈論としては,やや無理があるといわざるを得ない。残るは,過払金発生時説と取引終了時説であり,地裁や高裁の裁判例も両説に分かれていた。
不当利得返還請求権は,一般的な期限の定めのない債権と同様に,権利発生時(不当利得成立時)から権利行使が可能であり,消滅時効が進行すると解されるから,過払金返還請求権も同様に過払金発生時から消滅時効が進行するという過払金発生時説は素直な考え方である(近藤昌昭=影山智彦「過払金返還請求訴訟における一連計算の可否をめぐる問題点について」判タ1250号14頁等)。したがって,過払金返還請求権は,原則として,過払金発生時から消滅時効が進行するといってよい。
しかし,問題になっているのは,過払金が基本契約に基づく継続的金銭消費貸借につき発生したという事情により,この原則が何らかの修正を受けるかである。
本判決は,本件取引が過払金充当合意を含む基本契約に基づくものであることに着目し,これを法律上の障害であると判断した。
最一小判平19.6.7民集61巻4号1537頁,判タ1248号113頁は,いわゆるリボルビング方式の基本契約に基づく継続的金銭消費貸借取引について,契約当事者の合理的意思解釈として,弁済により生じた過払金は,弁済当時他の借入金債務がなくても,その後に発生する新たな借入金債務(将来債務)に充当する旨の過払金充当合意を含んでいるものと解されるとした。本判決は,この過払金充当合意の内容を更に敷えんし,取引の継続中は,発生した過払金につきその都度返還請求権を行使するのではなく,過払金は将来債務に充当するため温存し,取引終了時に精算するというのが契約当事者の合理的意思解釈であり,過払金返還請求権の精算方法及び精算時期につき取引終了時とする旨の内容が含まれているものと解し,それまでは法律上の障害があると判断したものと考えられる。
なお,借主はいつでも取引を終了して過払金返還請求をすることができるから,過払金充当合意は法律上の障害とはいえないのではないかという問題があるが,本判決は,これについて,自動継続定期預金に関する2件の判決(最三小判平19.4.24民集61巻3号1073頁,判タ1248号107頁,最一小判平19.6.7判タ1248号107頁)を引用し,借主はいつでも取引を終了させ過払金返還請求をすることができるものの,時効成立までに取引を終了することを強制することになるから,取引の継続性を認めた基本契約の趣旨に反すると述べた。前記最大判昭45.7.15についても同様であるが,相当期間継続することが予定されている法律関係に関する権利について,その法律関係が終了する以前に時効が進行し権利が消滅することを避けるためには当事者はその法律関係を終了させなければならないという場合には,最高裁は,時効の起算点を判断するに当たって,当該法律関係の趣旨,目的をかなり慎重に検討していることがうかがわれる。
6 本判決の射程距離は,前掲最一小判平19.6.7のいう過払金充当合意が認められる範囲と一致するものと理解される。すなわち,過払金充当合意が認められない事案では,本判決のいう法律上の障害はないから,他に時効障害がない限り,原則どおり過払金発生時から時効が進行すると解するのが自然であろう。
また,本判決の説示内容からすれば,基本契約に基づく取引が複数存在する場合であって,第1取引により発生した過払金が第2取引に充当されない場合は,時効期間は取引毎に別途進行するということになろう。すなわち,第1取引が昭和60年4月1日から平成5年3月31日にかけて,第2取引が平成10年4月1日から平成20年3月31日にかけて行われた事案において,第1取引により発生した過払金が第2取引に充当されない場合には(充当の可否の判断基準については最二小判平20.1.18民集62巻1号28頁,判タ1264号115頁等を参照),第1取引に係る過払金返還請求権の消滅時効起算点は,第1取引が終了した平成5年3月31日と解される。
7 本判決は,高裁レベルで判断が分かれ,最高裁による判例統一が切望されていた争点に関する新判断であり,実務に与える影響は大きいものと思われる。
なお,本判決と同一の争点を含む事件について,最高裁第三小法廷及び第二小法廷も,それぞれ平成21年3月3日及び同月6日に,本判決と同様に取引終了時説に立った判決を言い渡した(最高裁HP参照)。

・割賦払債務
①ある回の不履行があると当然に期限到来と同じ効果が発生するという場合には、その不履行の時から全額について消滅時効が進行
②ある会の債務不履行があると、債権者は一方的意思表示によって期限到来と同じ効果を生じさせることができるというものである場合には、債権者が期限の利益を失わせる意思表示をした時から

b)消滅時効期間の長さ
+(債権等の消滅時効)
第百六十七条  債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2  債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。

・定期金債権
+(定期金債権の消滅時効)
第百六十八条  定期金の債権は、第一回の弁済期から二十年間行使しないときは、消滅する。最後の弁済期から十年間行使しないときも、同様とする。
2  定期金の債権者は、時効の中断の証拠を得るため、いつでも、その債務者に対して承認書の交付を求めることができる。

・定期給付債権
+(定期給付債権の短期消滅時効)
第百六十九条  年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は、五年間行使しないときは、消滅する。

c)短期消滅時効
3年
+(三年の短期消滅時効)
第百七十条  次に掲げる債権は、三年間行使しないときは、消滅する。ただし、第二号に掲げる債権の時効は、同号の工事が終了した時から起算する。
一  医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権
二  工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権
+第百七十一条  弁護士又は弁護士法人は事件が終了した時から、公証人はその職務を執行した時から三年を経過したときは、その職務に関して受け取った書類について、その責任を免れる。

2年
+(二年の短期消滅時効)
第百七十二条  弁護士、弁護士法人又は公証人の職務に関する債権は、その原因となった事件が終了した時から二年間行使しないときは、消滅する。
2  前項の規定にかかわらず、同項の事件中の各事項が終了した時から五年を経過したときは、同項の期間内であっても、その事項に関する債権は、消滅する。
第百七十三条  次に掲げる債権は、二年間行使しないときは、消滅する。
一  生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権
二  自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権
三  学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権

1年
+(一年の短期消滅時効)
第百七十四条  次に掲げる債権は、一年間行使しないときは、消滅する。
一  月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権
二  自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権
三  運送賃に係る債権
四  旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権
五  動産の損料に係る債権

+判例(S44.10.7)
理由
上告代理人春原源太郎の上告理由第一、二点について。
民法一七三条一号が、生産者、卸売商人および小売商人が売却した産物および商品の代金債権について、特に二年の短期消滅時効を規定したのは、この種物品の流通性に鑑み、その売買ないし売買類似の有償契約による代金決済が一般の経済取引の実情に照らして早期迅速に処理されることに基づくものと解するのが相当である。本件旅館白雲閣の宣伝用パンフレツトのように、その性質上、その内容、体裁等を注文者の個別的注文に合わせて作成しなければその契約の目的を果たしえず、したがつて、その製品も流通を予定していないような場合には、その代金債権は同条号の債権に該当しないものと解すべきである。
また、同条二号が、居職人および製造人の仕事に関する債権について同様の短期消滅時効を規定したのは、手工業、家内工業的規模で注文により他人のために仕事をし、または物を製造加工する者の代金決済が、社会の取引の実情に照らして短期に決済されることを理由とするものと解せられるから、近代工業的な機械設備を備えた製造業者の如きはこれに含まれないと解するのが相当である。原審の確定するところによれば、被上告人は資本金四、四八〇万円で従業員二三〇名を擁し、高度な印刷技術を要する高級印刷物の印刷販売を目的とする相当規模の会社であるというのであるから、被上告人は同号の製造人に該当しないものというべきである。
したがつて、これと同旨の見解にたち、本件印刷物の代金債権が民法一七三条により二年の短期消滅時効により消滅したものとはいえないとする原審の判断は相当であつて、これと異なる論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷) 

・判決で確定した権利
+(判決で確定した権利の消滅時効)
第百七十四条の二  確定判決によって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。裁判上の和解、調停その他確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利についても、同様とする。
2  前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。
(2)債権以外の財産権の消滅時効の要件
a)所有権
+(債権等の消滅時効)
第百六十七条  債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2  債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。
b)債権及び所有権以外の財産権
・用益物権
・担保物権
抵当権については、債務者でも抵当権設定者でもない者との関係では、被担保債権と独立に20年の消滅時効にかかる!
・占有権、留置権
消滅時効にはかからない。

c)形成権
・期限の定めのない形成権について
+判例(S62.10.8)
理由
上告代理人菅生浩三、同葛原忠知、同川崎全司、同丸山恵司、同甲斐直也、同川本隆司、同藤田整治の上告理由第一点について
所論の点についての原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点について
賃貸土地の無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除権は、賃借人の無断転貸という契約義務違反事由の発生を原因として、賃借人を相手方とする賃貸人の一方的な意思表示により賃貸借契約関係を終了させることができる形成権であるから、その消滅時効については、債権に準ずるものとして、民法一六七条一項が適用され、その権利を行使することができる時から一〇年を経過したときは時効によつて消滅するものと解すべきところ、右解除権は、転借人が、賃借人(転貸人)との間で締結した転貸借契約に基づき、当該土地について使用収益を開始した時から、その権利行使が可能となつたものということができるから、その消滅時効は、右使用収益開始時から進行するものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、(1) 本件(一)土地の所有者であるAは、大正初年ころ、六ノ坪合資会社(以下「訴外会社」という。)を設立し、同社をして右土地を含む自己所有不動産の管理をさせてきたものであるところ、上告人は、昭和三四年六月二二日、相続により、本件(一)土地の所有権を取得した、(2) Bは、前賃借人の賃借期間を引き継いで、昭和一一年七月二九日、訴外会社から本件(一)土地を昭和一五年九月三〇日までの約定で賃借し、同地上に三戸一棟の建物(家屋番号二二番、二二番の二及び二二番の三)を所有していたものであるところ、被上告人Cは、昭和二〇年三月一七日、家督相続によりBの権利義務を承継した(右賃貸借契約は昭和一五年九月三〇日及び同三五年九月三〇日にそれぞれ法定更新された。)、(3) 被上告人伊藤染工株式会社(以下「被上告人伊藤染工」という。)は、昭和二五年一二月七日、被上告人Cから前記二二番の三の建物を譲り受けるとともに、本件(一)土地のうち右建物の敷地に当たる本件(四)土地を訴外会社の承諾を受けることなく転借し、同日以降これを使用収益している、(4) 訴外会社は、昭和五一年七月一六日到達の書面をもつて被上告人Cに対し、右無断転貸を理由として本件(一)土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした、というのであり、また、被上告人伊藤染工及び同Dを除くその余の被上告人らが、本訴において、右無断転貸を理由とする本件(一)土地の賃貸借契約の解除権の消滅時効を援用したことは訴訟上明らかである。以上の事実関係のもとにおいては、右の解除権は、被上告人伊藤染工が本件(四)土地の使用収益を開始した昭和二五年一二月七日から一〇年後の昭和三五年一二月七日の経過とともに時効により消滅したものというべきであるから、上告人主張に係る訴外会社の被上告人Cに対する前記賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生ずるに由ないものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、これと異なる見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
同第三点について
原判決が上告人の被上告人伊藤染工及び同Dに対する請求に関して所論指摘の判示をしているものでないことは、その説示に照らし明らかであるから、原判決に所論の違法があるものとは認められない。論旨は、原判決を正解しないでその違法をいうものにすぎず、採用することができない。
同第四点について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人伊藤染工は、訴外会社ひいて上告人に対抗できる転借権を時効により取得したものということができるものというべきであるから、これと同旨の原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、ひつきよう、判決の結論に影響しない事由について原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖)

2.効果(遡及効)

+(時効の効力)
第百四十四条  時効の効力は、その起算日にさかのぼる。

+(時効により消滅した債権を自働債権とする相殺)
第五百八条  時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる

3.消滅時効類似の制度
(1)除斥期間
a)除斥期間の意義と特質
=一定の権利について権利関係を速やかに確定するために、法律の予定する権利の存続期間!

+判例(H10.6.12)
理由
上告代理人中平健吉、同大野正男、同廣田富男、同山川洋一郎、同秋山幹男、同河野敬の上告理由について
一 本件訴訟において、予防接種法(昭和二八年法律第二一三号による改正前のもの)に基づいて実施された痘そうの予防接種により重度の心身障害者となった上告人Aは、その両親である上告人B及び同Cと共に、被上告人に対し、国家賠償法に基づく損害賠償(以下「国家賠償」という。)を求めている。原審の確定した事実関係の概要及び記録上明らかな本件訴訟の経過は、次のとおりである。
1 上告人Aは、昭和二七年五月一九日、出生し、同年一〇月二〇日、呉市保健所において、予防接種法(昭和二八年法律第二一三号による改正前のもの)五条、一〇条一項一号に基づき呉市長が実施した痘そうの集団接種(以下「本件接種」という。)を受けた。ところが、上告人Aは、同月二七日から、けいれん、発熱を発症し、以後、けいれんが止まらず、通常ならば直立や歩行ができる時期に至っても、これができない状態となった
2 上告人Aは、昭和三五年一月ころには、座ったり、身体を転がして移動することができるようになり、また、わずかに歩けるようになった時期もあったが、その後、高度の精神障害、知能障害、運動障害及び頻繁なけいれん発作を伴う寝たきりの状態となっている。
3 上告人Aの右1及び2の症状は、本件接種を原因とするものである。
4 上告人らは、昭和四九年一二月五日、本件訴訟を提起した。なお、上告人Aについては、同人が既に成年に達していたにもかかわらず、上告人B及び同Cが同Aの親権者と称して弁護士中平健吉外五名(以下「中平弁護士ら」という。)に本件訴訟の提起ないし追行を委任し、同弁護士らによって第一審の訴訟手続が追行された。
5 上告人Aは、第一審判決の言渡しの後である昭和五九年一〇月一九日、禁治産宣告を受け、上告人Bが後見人に就職した。上告人Bは、上告人Aの後見人として、改めて中平弁護士らに本件訴訟の追行を委任し、同年一一月一日、原審にその旨の訴訟委任状を提出し、同弁護士らは、以降の訴訟手続を追行した。

二 原審は、右事実関係の下において、上告人らの国家賠償請求について次のように判示して、第一審判決のうち上告人らの請求を一部認容した部分を取り消し、上告人らの請求をいずれも棄却した。
1 上告人らの本件訴訟の提起は、不法行為の時から二〇年を経過した後にされたことが明らかであり、上告人らの損害賠償請求権は、既に本件訴訟提起前の右二〇年の期間が経過した時点で法律上当然に消滅した。
2 民法七二四条後段の規定は損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであるから、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであり、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという上告人らの主張は、主張自体失当である。
3 一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、被害者側の事情等は特に顧慮することなく、請求権の存続期間を画一的に定めるという除斥期間の趣旨からすると、本件で訴えの提起が遅れたことにつき被害者側にやむを得ない事情があったとしても、本件で除斥期間の経過を認定することが正義と公平に著しく反する結果をもたらすということはできない。

三 上告人らの国家賠償請求に関する原審の右判断のうち、上告人B及び同Cの請求を棄却した部分は是認することができるが、同Aの請求を棄却した部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 民法七二四条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであるから、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は、主張自体失当であると解すべきである(最高裁昭和五九年(オ)第一四七七号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁参照)。
2 ところで、民法一五八条は、時効の期間満了前六箇月内において未成年者又は禁治産者が法定代理人を有しなかったときは、その者が能力者となり又は法定代理人が就職した時から六箇月内は時効は完成しない旨を規定しているところ、その趣旨は、無能力者は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、無能力者が法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは無能力者に酷であるとして、これを保護するところにあると解される。 
これに対し、民法七二四条後段の規定の趣旨は、前記のとおりであるから、右規定を字義どおりに解すれば、不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合には、右二〇年が経過する前に右不法行為による損害賠償請求権を行使することができないまま、右請求権が消滅することとなる。 
  しかし、これによれば、その心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、被害者は、およそ権利行使が不可能であるのに、単に二〇年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面、心神喪失の原因を与えた加害者は、二〇年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない。そうすると、少なくとも右のような場合にあっては、当該被害者を保護する必要があることは、前記時効の場合と同様であり、その限度で民法七二四条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきである。
したがって、不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から六箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法一五八条の法意に照らし、同法七二四条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。
3 これを本件についてみると、原審の確定した事実は、上告人Aは、本件接種の七日後にけいれん等を発症し、その後、高度の精神障害、知能障害等を有する状態にあり、かつ、右の各症状はいずれも本件接種を原因とするものであったというのであるから、不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内においても、本件接種を原因とする心神喪失の常況にあったというべきである。そして、本件訴訟が提起された後、上告人Aが昭和五九年一〇月一九日に禁治産宣告を受け、その後見人に就職した上告人Bが、中平弁護士らに本件の訴訟委任をし、同年一一月一日にその旨の訴訟委任状を原審に提出することによって、上告人Aの本件損害賠償請求権を行使したのであるから、本件においては前記特段の事情があるものというべきであり、民法七二四条後段の規定にかかわらず、右損害賠償請求権が消滅したということはできない
そうすると、これと異なる見解に立ち、上告人Aの国家賠償請求にっき、右請求権は本件訴訟が提起される前に既に消滅したとしてこれを棄却した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は、原判決のうち右請求に関する部分の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決はこの限度で破棄を免れない。

4 他方、上告人B及び同Cについては、原審の適法に確定した事実関係の下においては、何ら除斥期間の適用を妨げる事情は認められないから、同人らの国家賠償請求につき、右請求権は本件訴訟が提起される前に既に消滅したものであるとしてこれらをいずれも棄却した原審の判断は、正当として是認することができる。右部分に関する論旨は、採用することができない。
四 以上の次第であるから、原判決中、上告人Aの国家賠償請求に関する部分を破棄し、更に審理を尽くさせるため右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、上告人B及び同Cの本件上告は棄却することとする。
よって、上告人Aの上告について裁判官河合伸一の意見、上告人B及び同Cの上告について同裁判官の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+意見・反対意見
裁判官河合伸一の意見及び反対意見は、次のとおりである。
多数意見は、民法七二四条後段の規定は除斥期間を定めたものであり、裁判所は当事者の主張がなくても期間の経過による権利の消滅を判断すべきであるから、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張はそれ自体失当であると判示している。私は、これに賛成することができない。その理由は、次のとおりである。
一 不法行為制度の究極の目的は損害の公平な分担を図ることにあり、公平が同制度の根本理念である(注)。この理念は、損害の分担の当否とその内容すなわち損害賠償請求権の成否とその数額を決する段階においてのみならず、分担の実現すなわち同請求権の実行の段階に至るまで、貫徹されなければならない。
これを民法七二四条(以下「本条」という。)後段の規定についていうと、不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が右規定の定める期間内に権利を行使しなかったが、その権利の不行使について義務者の側に責むべき事由があり、当該不法行為の内容や結果、双方の社会的・経済的地位や能力、その他当該事案における諸般の事実関係を併せ考慮すると、右期間経過を理由に損害賠償請求権を消滅せしめることが前記公平の理念に反すると認めるべき特段の事情があると判断される場合には、なお同請求権の行使を許すべきである。けだし、右のような特段の事情(以下「前記特段の事情」という。)がある場合にまで、それを顧慮することなく、単に期間経過の一事をもって損害の分担の実現を遮断することは、その限りにおいて、前記不法行為制度の究極の目的を放棄することになるからである。そして、この理は、国家賠償法に基づく損害賠償請求についても、そのまま適用されるべきものである(同法四条)。
注 最高裁昭和三六年(オ)第四一三号同三九年六月二四日第三小法廷判決・民集一八巻五号八七四頁、最高裁昭和四七年(オ)第四五七号同五一年三月二五日第一小法廷判決・民集三〇巻二号一六〇頁、最高裁昭和四九年(オ)第一〇七三号同五一年七月八日第一小法廷判決・民集三〇巻七号六八九頁、最高裁昭和五九年(オ)第三三号同六三年四月二一日第一小法廷判決・民集四二巻四号二四三頁、最高裁昭和六三年(オ)第一三八三号平成三年一〇月二五日第二小法廷判決・民集四五巻七号一一七三頁、最高裁昭和六三年(オ)第一〇九四号平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁等参照
二 多数意見の頭記判示は、本条後段の規定は除斥期間を定めたものであると解すべきことを根拠として、上告人らの主張を主張自体失当としているのであるが、右のように解すべき理由を自ら示さず、最高裁平成元年一二月二一日判決(以下「平成元年判決」という。)を引用するのみである。そこで、同判決を見ると、右の理由として、(1)本条がその前段及び後段のいずれにおいても時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わないこと、及び、(2)本条後段の規定は、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であることの二点が示されている。
1 しかし、本条後段の規定も時効を定めたものと解しても、本条前段の規定によっては被害者が損害等を知らない限り時効期間の進行が開始しないところ、後段によれば被害者の右認識の有無にかかわらず行為の時から時効期間が進行することになるのであるから、後段の規定もまた、前段の規定とは別の意味で、法律関係の速やかな確定に寄与し得るものである。したがって、右(1)の理由で、本条後段の規定は除斥期間を定めたものと断定することはできない。
2 次に、右(2)の理由であるが、まず、本条後段の規定の文理はむしろ時効を定めたものと解するのが、その沿革からしても、妥当であろう。ことを実質的に考えても、一定期間の経過によって法律関係を確定させるため、権利の存続期間ないし行使期間を画一的に定めるものとして除斥期間制度を採ることが相当とされる理由としては、一般に、相手方の保護、それ以外の取引関係者等の法的地位の安定、その他公益上の必要等があり得るところ、これを本条後段の規定について見ると、権利者の期間徒過を理由としてその徒過につき責むべき事由のある相手方を画一的に保護するというのは不当であり、前記の不法行為法の究極の目的にも沿わない。取引関係者の地位の安定、その他公益上の必要という理由も、不法行為に基づく損害賠償請求権については考えることができない。
平成元年判決が掲げる前記(1)(2)の理由は、いずれも、本条後段の規定をもって除斥期間を定めたものと断定する理由としては、十分でないというほかはない。
三 そもそも、ここでの問題の核心は、不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が本条後段の期間内にこれを行使しなかった場合に、(イ)当該事案における具体的事情を審理判断し、その内容によっては例外的に右期間経過後の権利行使を許すこととするのか、それとも、(ロ)そのような審理判断をすることなく、常に期間経過の一事をもって画一的に権利行使を許さないこととするかである。そして右のいずれの立場を採るにしても、その理由が示されなければならない。しかるに、平成元年判決の判示するところは、除斥期間の概念を中間的に用いてはいるけれども、結局、(ロ)と解するのが相当であるからそう解するというに尽きるのであって、問題の核心について十分な理由を示しているとはいえないと思われる。
以上のとおり、平成元年判決は、不法行為に基づく損害賠償請求権の権利者が本条後段の規定の定める期間内に訴えを提起しなかったときは、そのしなかったことに関する事情のいかんを問わず、同請求権は期間の経過によって当然に消滅するから、これに反する主張はそれ自体失当として排斥すべきものとしているのであるが、少なくとも前記特段の事情のある場合については、そのように解することは不法行為制度の目的ないし理念に反するものであり、また、そのように解する十分な理由も示されていないといわざるを得ない。したがって私は、平成元年判決は、少なくとも右の限度で変更されるべきものと考えるのである。
四 ところで、前項で述べた(イ)(ロ)いずれの立場を採るかは、学説上、本条後段の規定による期間制限を時効と解するか、又は除斥期間と解するかの問題として、論じられている。そして、かっては右規定をもって除斥期間を定めたものと解する学説が通説であるとされていた。しかし、実は、それらの学説は、本件のような事案とそこに含まれる前記の問題を視野に入れて検討した上で提唱されたものではなかった。平成元年判決以後、この判決が契機となって前記問題が鮮明に意識されるようになり、多くの学説が発表されたが、そのほとんどは右規定をもって消滅時効を定めたものと解している。私は、これら近時の時効説の説くところは概ね首肯できると考えるし、また、その説を採れば、義務者の時効援用権の行使を信義則あるいは権利濫用の法理によって制限するという既に確立した調整手法を用いることによって、私の正当と考える結論を容易に導くことができる。
しかしながら、本条後段の規定が除斥期間と消滅時効のいずれを定めたものとするかについては、前記の問題のほかにも多くの重要な問題があり、関連する論点も多岐にわたる。他方、たとえ除斥期間を定めたものとしても、義務者がその利益を受けることを制限する方法があり得ることは近時の学説が明らかにしているところである。したがって、本件において除斥期間説と時効説のいずれが正しいかを決する必要はなく、相当でもない。要は、前記特段の事情の存在が主張され、あるいはうかがわれるときには、期間経過の一事をもって直ちに権利者の権利行使を遮断するべきではなく、当該事案における諸事情を考究して具体的正義と公平にかなう解決を発見することに努めるべきなのであって、それについて民法一条の宣言する信義誠実ないし権利濫用禁止の法理に依拠するか、あるいは、前述の不法行為制度の目的ないし理念から出発するかは、結局、同じ山頂に達する道の相違として、いずれであってもよいと考えるのである。
五 本件においては、上告人らがその主張する不法行為に基づく損害賠償請求権について本条後段の規定の定める期間内に訴えを提起しなかったことは原審の確定するところであるが、上告人らは、原審において、前記特段の事情の存在を理由に右規定による制限を受けない旨を主張していると解することができる。そして、かかる主張を主張自体失当として排斥すべきものとした平成元年判決が変更されるべきものであることは前述のとおりであるから、これと同旨の理由により上告人らの右主張を採用しなかった原判決は、まずその点で法令の解釈を誤った違法があるというべきである。この違法は、原判決のうち上告人らの国家賠償請求に関する部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中の右部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため右部分を原審に差し戻すべきものである。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

++解説
《解  説》
一 本件は、いわゆる予防接種禍集団訴訟のうちの東京訴訟であって、原審で敗訴した一家族(被害児X1とその両親X2、X3)が上告した事件であり、上告審における争点は、民法七二四条後段の適用の有無である。事案の概要は、次のとおりである。
X1は、生後五月時に予防接種法に基づき痘そうの集団接種を受けたが、その一週間後からけいれん、発熱を発症し、全く意思能力を有しない寝たきりの状態になった。
接種の時から二二年経過後(X1の二二歳時)、Xらは、X1が予防接種によって右の状態になったことについて、Y国に対し、国賠法一条に基づく損害賠償、安全配慮義務違反による損害賠償又は憲法に基づく損失補償を求める本件訴訟を提起した。なお、X1については、X2、X3が親権者と称して弁護士に訴訟委任したものであり、一審判決後、X1は禁治産宣告を受け、その後見人に選任されたX2が従前の弁護士に再度訴訟委任をした。Yは、本件訴訟は民法七二四条後段の除斥期間の経過後に提起されたものであるなどと主張したのに対し、Xらは、Yの右主張は、信義則に反し、権利の濫用であるなどと主張した。
原審は、Xらの請求をいずれも棄却したが、国家賠償請求を棄却する理由は、本件請求は右除斥期間の経過後のものであるから、Xらの請求権は消滅したというものであった。
これに対し、Xらは、国家賠償請求についてのみ上告し、原審の判断には民法七二四条の解釈適用を誤った違法があると主張した。
二 本判決は、次のとおりの理由により、X1については国家賠償請求について破棄差戻、X2、X3については上告棄却した。
後記最一小判平1・12・21民集四三巻一二号二二〇九頁を引用し、不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間経過後に提起された場合には、裁判所は、除斥期間の経過により右損害賠償請求権が消滅したと判断すべきであるから、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は、主張自体失当である。しかし、不法行為の被害者が不法行為の時から二〇年経過する前六箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しない場合において、禁治産宣告により就職した後見人が六箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法一五八条の法意に照らし、同法七二四条後段の効果は生じない。
(なお、河合裁判官は、民法七二四条後段の規定が時効を定めたものか、又は除斥期間を定めたものかはともかくとして、特段の事情があるときは、期間経過の一事をもって権利行使を遮断すべきではないとの見解から、平成元年判決を変更し、被害児と両親とも破棄差戻すべきであるとの個別意見を述べた。したがって、判旨に関する部分の結論に異論を述べたものではない。)
三 従来、民法七二四条後段の規定の法意について、除斥期間説と消滅時効説の対立があった。最一小判平1・12・21民集四三巻一二号二二〇九頁(河野信夫・平1最判解説六〇〇頁)は、右規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、裁判所は、除斥期間の性質にかんがみ、不法行為による損害賠償請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても、右期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであり、信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当であるとした。これに対し、内池慶四郎・リマークス一九九一〈上〉七八頁、半田吉信・民商一〇三巻一号一三一頁、大村敦志・法律協会雑誌一〇八巻一二号二一二四頁等は、こぞって右判決を強く批判した。しかし、最三小判平2・3・6裁判集民一五九号一九九頁が右平成元年判決を踏襲することを明らかにし、その後、下級審もこれに追随し、右平成元年判決は定着していった。
ところで、除斥期間は、明文の規定のない講学上の用語であるが、判例・学説ともその存在自体は承認している。しかし、その性質や内容について、消滅時効との相違点として、中断が認められないこと、当事者の援用が不要であること以外は、見解の一致をみない。時効の停止の規定が除斥期間に適用されるかについても見解が分かれている(川島武宜・民法総則五七四頁は、特定の規定に限定することなく時効の停止の規定を除斥期間に類推することを認め、我妻榮・新版民法総則四三七頁は、民法一六一条の類推を認める。)。民法七二四条後段の除斥期間について民法一五八条が類推適用されるか論じたものはなく、右類推を認めた裁判例として、大阪高判平6・3・16判時一五〇〇号一五頁(本件と同様の争点の予防接種禍大阪訴訟)があるだけである。
本判決は、平成元年判決を前提にしながら、前記のとおり、その例外を認めた。しかし、本判決は、一般的に民法七二四条後段の除斥期間に民法一五八条の時効の停止の類推適用の可否について検討をしてこれを認めたのではなく、本件の被害児のような不法行為の被害者であって不法行為を原因として心神喪失の常況にある者について民法七二四条後段を適用することが正義・公平の理念に反することから、右の者に限って例外を認めたのである。したがって、本判決は、それ以外の場合について民法七二四条後段の適用の例外が認められるかについては言及してない。本判決が平成元年判決の枠組みの中でのものであることからすると、本判決の適用の範囲は極めて狭いものと思われる。以上のとおり、本判決は、最高裁として初めて平成元年判決の例外を認めたものであるので紹介する。

+判例(H21.4.28)
理由
上告代理人秋山賢三、同今村核の上告受理申立て理由について
1 本件は、殺人事件の被害者の有していた権利義務を相続した被上告人らが、加害者である上告人に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求する事案であり、不法行為から20年が経過したことによって、民法724条後段の規定に基づき損害賠償請求権が消滅したか否かが争われている

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) Aは、D区立a小学校(以下「本件小学校」という。)に図工教諭として勤務していた者であり、上告人は、本件小学校に学校警備主事として勤務していた者である。
(2) 上告人は、昭和53年8月14日、本件小学校内においてAを殺害し(以下「本件殺害行為」という。)、その死体を同月16日までに上告人の自宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿した。
(3) Aの両親であるB及びCは、Aの行方が分からなくなったため、警察に捜索願を出し、本件小学校の教職員らと共に校内やAの住んでいたアパートの周辺を捜すなどしたが、手掛かりをつかむことができなかった。
(4) Bは、昭和57年▲月▲日に死亡し、C及び被上告人ら(いずれもBとCの間の子であり、Aの弟である。)が、その権利義務を相続した。
(5) 上告人は、本件殺害行為の発覚を防ぐため、自宅の周囲をブロック塀、アルミ製の目隠し等で囲んで内部の様子を外部から容易にうかがうことができないようにし、かつ、サーチライトや赤外線防犯カメラを設置するなどした。
(6) 上告人の自宅を含む土地は、平成6年ころ、土地区画整理事業の施行地区となった。上告人は、当初は自宅の明渡しを拒否していたが、最終的には明渡しを余儀なくされたため、死体が発見されることは避けられないと思い、本件殺害行為から約26年後の平成16年8月21日に、警察署に自首した。
(7) 上告人の自宅の捜索により床下の地中から白骨化した死体が発見され、DNA鑑定の結果、平成16年9月29日、それがAの死体であることが確認された。これにより、C及び被上告人らは、Aの死亡を知った。
(8) C及び被上告人らは、平成17年4月11日、本件訴えを提起した。
(9) Cは平成19年▲月▲日に死亡し、被上告人らがその権利義務を相続した。

3 民法724条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により上記請求権が消滅したものと判断すべきである(最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照)。
ところで、民法160条は、相続財産に関しては相続人が確定した時等から6か月を経過するまでの間は時効は完成しない旨を規定しているが、その趣旨は、相続人が確定しないことにより権利者が時効中断の機会を逸し、時効完成の不利益を受けることを防ぐことにあると解され、相続人が確定する前に時効期間が経過した場合にも、相続人が確定した時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しない(最高裁昭和35年(オ)第348号同年9月2日第二小法廷判決・民集14巻11号2094頁参照)。そして、相続人が被相続人の死亡の事実を知らない場合は、同法915条1項所定のいわゆる熟慮期間が経過しないから、相続人は確定しない
これに対し、民法724条後段の規定を字義どおりに解すれば、不法行為により被害者が死亡したが、その相続人が被害者の死亡の事実を知らずに不法行為から20年が経過した場合は、相続人が不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する機会がないまま、同請求権は除斥期間により消滅することとなる。しかしながら、被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま除斥期間が経過した場合にも、相続人は一切の権利行使をすることが許されず、相続人が確定しないことの原因を作った加害者は損害賠償義務を免れるということは、著しく正義・公平の理念に反する。このような場合に相続人を保護する必要があることは、前記の時効の場合と同様であり、その限度で民法724条後段の効果を制限することは、条理にもかなうというべきである(最高裁平成5年(オ)第708号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁参照)。
そうすると、被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において、その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法160条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。
4 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、上告人が本件殺害行為後にAの死体を自宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿するなどしたため、B、C及び被上告人らはAの死亡の事実を知ることができず、相続人が確定せず損害賠償請求権を行使する機会がないまま本件殺害行為から20年が経過したというのである。 
 そして、C及び被上告人らは、平成16年9月29日にAの死亡を知り、それから3か月内に限定承認又は相続の放棄をしなかったことによって単純承認をしたものとみなされ(民法915条1項、921条2号)、これにより相続人が確定したところ、更にそれから6か月内である平成17年4月11日に本件訴えを提起したというのであるから、本件においては前記特段の事情があるものというべきであり、民法724条後段の規定にかかわらず、本件殺害行為に係る損害賠償請求権が消滅したということはできない。 
5 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官田原睦夫の意見がある。

+意見
裁判官田原睦夫の意見は、次のとおりである。
私は、上告人の殺害行為によって死亡した被害者の遺族たる被上告人らの、本件損害賠償請求を認容した原判決は維持されるべきである、との多数意見の結論に賛成するものであるが、その理由は、多数意見とは異なる。私は、民法724条後段の規定は、時効と解すべきであって、本件においては民法160条が直接適用される結果、被上告人らの請求は認容されるべきものと考える。以下敷衍する。
民法724条後段の規定の法的性質について、時効と解すべきか、除斥期間と解すべきかにつき、かつて学説、下級審裁判例でそれぞれ見解の対立が存したところ、最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁(以下「平成元年判決」という。)は、同規定は、除斥期間を定めたものと解すべきものとし、除斥期間の性質にかんがみ、その期間の経過により原告の主張する損害賠償請求権は消滅した旨の主張がなくても、裁判所は同期間の経過により、同請求権は消滅したものと判断すべきであり、除斥期間の経過を主張することが信義則違反又は権利濫用であるとの主張は、主張自体失当である、と判示した。
平成元年判決の説くところに従えば、本件訴えは、被害者が殺害されてから26年余を経て提起されたものであって、被上告人らの損害賠償請求権は、既に除斥期間の経過によって消滅しているところ、多数意見は、本件事案にかんがみ法的には既に消滅している請求権の行使を認めるものであって、論理的には極めて困難な解釈をしているものと言わざるを得ない。
ところで、上記平成元年判決は、民法724条後段の規定を除斥期間と解すべきであるとする理由として、〈1〉同条後段の規定を時効と解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の趣旨に沿わないこと、〈2〉同条後段の規定は、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であること、の二点を示している。
しかし、そのうち〈1〉の点は、時効と解しても法律関係の速やかな確定に寄与するものと評することができるのであり、また、〈2〉の点は、除斥期間の制度は、相手方の保護、取引関係者の法的地位の安定、その他公益上の必要から一定期間の経過によって法律関係を確定させるために権利の存続期間ないし行使期間を画一的に定めることを目的とするものと一般に解されているところ、不法行為に基づく損害賠償請求権について、加害者につき時効制度と別に除斥期間によって保護すべき特段の事情は認められず、また、被害者の損害賠償請求権の行使期間を一定の期間に制限すべき公益上の必要性も認められないのであって、〈2〉に掲げる理由が同条後段の規定を除斥期間と解すべき理由とならないというべきである。これらの点については、最高裁平成5年(オ)第708号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁におけるE裁判官の意見及び反対意見において詳細に指摘されているところである。
また、民法724条後段の規定を時効と解した場合には、中断の規定が適用される結果、法律関係の速やかな確定が損なわれるとする見解が存するが、民法724条後段の20年の時効期間が中断されるのは、事実上は同条前段の3年の時効期間の中断によるものであって、最長で20年の期間が23年に延びるにすぎず、その3年間の伸長をもって法的安定が害されると評するには値しない(論理的には、その後3年の時効の中断が更に更新されることがあり得るが、それは債務者による承認等極めて特殊な事例であり、法的安定性という側面からは個別に評価すれば足りることである。)。
次に民法724条後段の規定を時効と解することが、民法の定める不法行為法体系と整合するか否かが問題となり得るところ、一般に時効に関する民法の諸規定のうち、除斥期間には類推適用されないものとして、〈1〉中断、〈2〉援用、〈3〉起算点、〈4〉遡及効、〈5〉停止、〈6〉放棄、〈7〉確定判決による期間延長(民法174条の2)、〈8〉相殺(民法508条)の諸規定が上げられる。そのうち、〈1〉の中断については、上記に検討したとおりであり、また、〈3〉の起算点の点は、加害行為から長期間を経て損害が発生する事案においては、民法724条後段の適用については、損害発生時をその起算点とすることは、当裁判所の判例(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁、最高裁平成13年(オ)第1194号、第1196号、同年(受)第1172号、第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁、最高裁平成16年(受)第672号、第673号同18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁)であり、また通説も認めているところであって、後段の規定を時効と解することに何ら支障をもたらすものではない。また、上記のうちのその余の諸点についても、同規定を時効と解し、その適用を認めることについて理論上、実務上支障となるような点は認められない。
かえって、同規定を除斥期間と解し、不法行為時(損害の発生が遅発するものについては損害発生時)から20年の経過によって、その損害賠償請求権が絶対的に消滅するものと解する場合には、19年目に被害者が損害の発生及び加害者を知り、加害者が債務を承認した場合であっても、20年の終了までに訴えを提起しなければ(除斥期間説に立つ学説も、20年以内に訴えを提起すれば、20年を経過した後でもその訴訟を遂行することができると解している。)その権利を行使できないこととなり、また、不法行為時から15年目に損害賠償請求にかかる勝訴判決が確定して、民法174条の2により時効期間が判決確定時から10年伸長したと思っていたところ、不法行為時から20年の経過によって、権利が失効し、同判決に基づいて強制執行することができないと解すべきことになるが、かかる結論には何人も違和感を禁じ得ないであろう。また、損害賠償請求権の存在が明確ではあるが、種々の事情からその具体的行使を控えていたところ、不法行為時から21年目に、加害者からの反対債権に基づく請求に対し、被害者がその損害賠償請求権を自働債権として相殺の主張をすることが許されないとすることについても、同様に違和感を禁じ得ないであろう。
さらに、民法724条後段の規定を時効と解することにより、その適用は加害者の援用をまたなければならないと解することとなるが、そのことにより、個々の事案において、その援用が権利濫用や信義則違反に該当すると認められる場合には、その援用の効力を否定するという既に確立した手法を用いることができるのであって、損害賠償請求権という個別性の強い事案において、当該事案に応じた社会的に妥当な解決を導くことができることとなるのである。
他方、民法724条の文意からすれば、後段の規定は時効と解するのが自然な解釈であり、また、学説が指摘するようにその立法経緯からしても時効と解すべきものであることに加え、学界では、平成元年判決に対しては批判が強く、今日では、民法724条後段の規定は除斥期間ではなく、時効期間を定めたものと解する説が多数を占めており、また、近年、債権法改正の一環として時効制度の見直しを含めた法改正がなされたドイツ、フランス、オランダ等の欧州諸国においても、不法行為による損害賠償請求権について、民法724条と同様、二重の期間制限を設ける場合において、長期の期間については、何れも「時効」とする制度が設けられているのである。
このように、民法724条後段の規定を、除斥期間と解する場合には、本件に典型的に見られる如く具体的妥当な解決を図ることは、法論理的に極めて難しく、他方、時効期間を定めたものと解することにより、本件において具体的に妥当な解決を図る上で理論上の問題はなく、また、そのように解しても上記のとおり不法行為法の体系に特段の支障を及ぼすとは認められないのであり、さらに、そのように解することが、今日の学界の趨勢及び世界各国の債権法の流れに沿うことからすれば、平成元年判決は変更されるべきである。
そして、上記のように解することによって、今後、不法行為時から20年以上経過した損害賠償請求訴訟が提起された場合には、上記のとおり既に確立している権利濫用、信義則違反の法理に則って適切な解決を図ることができるのである。
なお、実務上は、上記の平成元年判決を受け、その後の下級審裁判例が、民法724条後段の規定を除斥期間と解する運用をなしているところから、ここで上記判例変更をなす場合には、一定の混乱が生じかねない可能性がある。しかし、上記の判例変更の結果を受けて真に救済せざるを得ない事案は、社会的には極く僅かに止まり、また、それは個別に対応することが可能であると推察されるのであって、判例変更が社会的に相当な混乱を引き起こすおそれはないと思われる。
おって、現在、法務省において債権法の改正作業が開始されているところ、時効制度の見直しに当たっては、かかる観点を踏まえた見直しがなされることを望むものである。
(裁判長裁判官 那須弘平 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)

++解説
《解  説》
1 本件は,YがAをひそかに殺害してその死体を隠匿したため,Aは長期間にわたって行方不明とされていたが,約26年後にYが自首して死体が発見されたという事案において,Aの相続人XのYに対する不法行為に基づく損害賠償請求権が,民法724条後段の規定により消滅したか否かが問題になった事案である。
2 本件の事実関係の概要は,次のようなものである。
(1) Yは,昭和53年8月14日,Aを殺害し(以下「本件殺害行為」という。),その死体を同月16日までにYの自宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿した。
(2) Aの家族は,警察に捜索願を出すなどしてAの行方を捜したが,手掛かりをつかむことができなかった。
(3) Yは,本件殺害行為の発覚を防ぐため,自宅の周囲をブロック塀,アルミ製の目隠し等で囲んで内部の様子を外部から容易にうかがうことができないようにし,かつ,サーチライトや赤外線防犯カメラを設置するなどした。
(4) しかし,Yの自宅を含む土地は,平成6年ころ,土地区画整理事業の施行地区となった。Yは,当初は自宅の明渡しを拒否していたが,最終的には明渡しを余儀なくされたため,死体が発見されることは避けられないと思い,本件殺害行為から約26年後の平成16年8月21日に,警察署に自首した。
(5) 上告人の自宅の捜索により床下の地中から白骨化した死体が発見され,DNA鑑定の結果,平成16年9月29日,それがAの死体であることが確認された。これにより,Aの相続人であるXらは,Aの死亡を知った。
(6) Xらは,平成17年4月11日,本件訴えを提起した。
3 1審(東京地判平18.9.26判タ1222号90頁,判時1945号61頁)は,民法724条後段の規定する20年の期間は除斥期間であると解されるところ,本件殺害行為に係る不法行為の除斥期間の起算点は,本件殺害行為のあった昭和53年8月14日であり,同日から20年の経過によって上記不法行為に基づく損害賠償請求権は消滅したと判断した(ただし,死体遺棄に関する不法行為については,その消滅時効及び除斥期間の起算点は死体発見日であるとして,慰謝料等合計330万円を認容した。)。
これに対し,原審(東京高判平20.1.31判タ1268号208頁,判時2013号68頁)は,不法行為により被害者が死亡し,不法行為の時から20年を経過する前に相続人が確定しなかった場合において,その後相続人が確定し,当該相続人がその時から6か月以内に相続財産に係る被害者本人の取得すべき損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,上記相続財産に係る損害賠償請求権について同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当であるとした上で,本件において,Xらが相続開始を知ったのは,DNA鑑定により発見された死体がAのものであると確認された平成16年9月29日であり,その時から3か月の熟慮期間が経過して法定単純承認により相続人が確定した時(同年12月29日)から6か月以内である平成17年4月11日に本件訴えを提起したものであるから,上記の特段の事情があり,民法724条後段の効果は生じないとして,本件殺害行為に係る不法行為に基づく損害賠償請求を認容した。
1審判決に対する主な評釈は,橋本英史「生死不明であった死亡被害者の遺族による加害者に対する不法行為に基づく損害賠償請求と除斥期間の適用」判時1946号3頁,松本克美「後発顕在型不法行為と民法724条後段の20年期間の起算点」立命310号424頁が,原判決に対する主な評釈は,福田健太郎・法時81巻2号116頁,加藤雅信・判タ1284号83頁,田中宏治・判評602号13頁がある。
4 本判決は,要旨次のとおり説示して,原審の判断を是認した。
民法160条の趣旨は,相続人が確定しないことにより権利者が時効中断の機会を逸し,時効完成の不利益を受けることを防ぐことにあり,相続人が確定する前に時効期間が経過した場合にも,相続人が確定した時から6か月を経過するまでの間は,時効は完成しない。そして,相続人が被相続人の死亡の事実を知らない場合は,同法915条1項所定のいわゆる熟慮期間が経過しないから,相続人は確定しない。
民法724条後段の規定は,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり,その規定を字義どおりに解すれば,不法行為により被害者が死亡したが,その相続人が被害者の死亡の事実を知らずに不法行為から20年が経過した場合は,相続人が不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する機会がないまま,同請求権は除斥期間により消滅することとなる。しかしながら,被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま除斥期間が経過した場合にも,相続人は一切の権利行使をすることが許されず,相続人が確定しないことの原因を作った加害者は損害賠償義務を免れるということは,著しく正義・公平の理念に反する。このような場合に相続人を保護する必要があることは,前記の時効の場合と同様であり,その限度で民法724条後段の効果を制限することは,条理にもかなうというべきである。
そうすると,上記の場合において,その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,Yが本件殺害行為後にAの死体を隠匿するなどしたため,XらはAの死亡の事実を知ることができず,相続人が確定せず損害賠償請求権を行使する機会がないまま本件殺害行為から20年が経過し,Xらは,相続人確定時から6か月内に本件訴えを提起したから,本件においては前記特段の事情があり,民法724条後段の規定にかかわらず,本件殺害行為に係る損害賠償請求権が消滅したということはできない。
5(1) 除斥期間説と時効説
周知のとおり,民法724条後段の法的性質については,除斥期間説と時効説の激しい対立がある。
通説は除斥期間説であり(我妻栄=有泉亨『債権法』592頁,四宮和夫『事務管理・不当利得・不法行為(下)』651頁等),最一小判平1.12.21民集43巻12号2209頁,判タ753号84頁(以下「平成元年判決」という。)も除斥期間説を採用することを明らかにしたが,平成元年判決に対する評釈は,時効説の立場から判例を批判するものが多数を占めている状況にある(内池慶四郎・リマークス1991(上)78頁,半田吉信・民商103巻1号131頁,大村敦志・法協108巻12号2124頁等)。
本判決の多数意見は,平成元年判決を引用して除斥期間説を前提とすることを明らかにしている。
(2) 民法160条の趣旨
ところで,民法158条~161条に規定する時効の停止とは,時効完成直前に権利者の権利行使を不能又は著しく困難とする事由がある場合は,その事由の消滅後一定期間が経過するまで,時効の完成を延期させる制度である。時効の中断と異なり,それまでに経過した期間が無意味になる(リセットされる)わけではない。
本件で問題になっている民法160条は,相続財産に関する時効停止の規定である。相続財産に関する権利については,相続人未確定の間は時効中断の措置をとることが困難であり,その間に時効が完成してしまうと権利者の保護に欠けることから,相続人が確定した時,相続財産管理人が選任された時又は相続財産につき破産手続開始決定があった時から6か月が経過するまでの間は時効が完成しないものとされた。
同条は,「相続人が確定した時……から6か月を経過するまでの間は,時効は,完成しない」と規定するが,これをもって,同条は相続人確定時から6か月を経過するまでの間に時効期間が経過した場合についてのみ適用される規定であって,相続人確定前に時効期間が経過した場合(時効期間経過後に相続人が確定した場合)についてまで定めたものではないという限定的な解釈も考えられる。
しかし,最二小判昭35.9.2民集14巻11号2094頁,判タ110号55頁は,「民法160条は時効期間経過前6か月前に相続財産管理人が選任された場合の規定であって,時効完成後に管理人が選任された場合にはその適用がない」とした原判決の限定的な解釈を誤りであるとし,「相続財産に関しては相続人が確定し又は管理人の選任せられた時より6か月以内は時効が完成しないことは民法160条の明定するところであって,従って相続人確定又は管理人選任なき限り相続財産に属する権利及び相続財産に対する権利については時効完成はあり得ないのである」と判示して,時効期間経過後に相続人が確定し又は相続財産管理人が選任された場合にも民法160条の適用があり,相続人確定又は相続財産管理人選任の時から6か月が経過するまでの間は時効が完成しないことを明らかにした。
(3) 除斥期間への時効停止の規定の類推の可否
学説は,除斥期間については時効中断の規定は適用されないこと及び債務者による援用を要しないことについては一致しているが,時効の停止の規定を適用することができるか否かについては議論が分かれている。
除斥期間の制度は権利関係の早期・画一的な確定を目的とするものであることを重視し,時効の停止の規定の類推適用を否定する説(梅謙次郎『民法要義 巻之一 総則編』322頁,鳩山秀夫『注釈民法全書(2)』594頁等),客観的に権利行使が不可能である時効停止事由が存在する場合にも除斥期間経過により一律に権利が消滅するのは相当性を欠くことや,時効停止による期間延長は一時的なものであるし,客観的な事由であるから法律関係の早期確定という除斥期間制度の趣旨目的に著しく反するわけではないことなどを根拠に,時効の停止の規定の類推適用を肯定する説(川島武宜『民法総則』574頁,星野英一『民法概論Ⅰ』292頁等),少なくとも天災による時効停止を定めた民法161条については,類推適用を認めるべきであるとする説(我妻栄『新訂版民法総則』437頁)などがある。
(4) 平成10年判決
最二小判平10.6.12民集52巻4号1087頁,判タ980号85頁は,被害者が予防接種を原因として重い障害を負い,心神喪失の常況にあるという事案において,不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において,その後当該被害者が禁治産宣告を受け,後見人に就職した者がその時から6箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法158条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないと説示した。
この平成10年判決は,民法724条後段の除斥期間の例外を認めた初めての判断として知られている。
同判決は,時効停止の規定である民法158条を類推適用するのではなく,その「法意」に照らして除斥期間の適用を制限すると説示しているが,これは,おそらく,法律関係の速やかな確定のために期間の経過により画一的に権利が消滅するという除斥期間の性質に照らして,その例外を広く認めるのは相当ではないので,単に時効停止事由に相当する事由があるというだけで時効停止の規定を除斥期間に類推適用するのではなく,条理や正義・衡平の理念を根拠とし,加害者側による権利行使妨害があったことも要件に加えることにより,除斥期間の例外にいっそうの絞りをかけた趣旨ではないかと思われる。
そうすると,同判決の射程距離は,極めて短いものと解される(春日通良・平10最判解説(民)576頁)が,①時効の停止等その根拠となる規定があり,②適用することが著しく正義・公平に反する事案については,これと同様に民法724条後段の効果を否定する余地があるといえるような場合には,やはり時効の停止の規定の「法意」に照らして除斥期間の適用を制限する余地がないわけではない
本判決は,平成10年判決の枠組みに従い,時効停止規定である民法160条の趣旨と,本件においてXらが不法行為から20年内に権利を行使しなかったのは加害者Yの証拠隠滅工作によるもので,Xらの側に落度はないことなどを考慮して,除斥期間の例外を認めたものであると解される。そうすると,本判決の射程も,平成10年判決のそれと同様,極めて短いものであるというべきであろう。
本件は,前記のような特殊な事情の下で,民法724条後段の除斥期間に2つ目の例外を認めたものであり,理論上及び実務上重要な意義があるものと思われる。
なお,本判決には,平成10年判決の河合裁判官の意見及び反対意見に賛同し,民法724条後段の規定は除斥期間ではなく時効期間と解すべきである旨の田原裁判官の意見が付されている。

b)除斥期間とされる期間制限規定
・形成権の期間制限
・請求権に関する短期期間制限
・長短二重期間がある場合
+判例(H1.12.21)
理由
上告代理人藤井俊彦、同並木茂、同横山匡輝、同前田順司、同北野節夫、同森脇勝、同堀江憲二、同末永紘一、同長谷川哲、同松下邦男、同谷山幸雄、同田林均、同石山利夫、同大重五男の上告理由第一点について
一 原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
(一) 被上告人Aは、昭和二四年二月一四日、鹿児島県鹿児島郡a村b(現在、鹿児島市b町)cの山林中において、同山林中で発見された三個の不発油脂焼夷弾の処理作業に伴う山林の防火活動に従事していたものであるが、その際、右不発弾の一個が同人の至近距離で突然爆発し、燃焼した油脂を顔面その他身体前面部全体に浴びて重傷を負った(以下「本件事故」という。)。(二)右不発弾の処理は、国の公権力の行使に当たる公務員である国家地方警察鹿児島地区警察署西桜島派出所勤務、同警察署二俣派出所補勤の巡査B又はその要請を受けた米軍小倉弾薬処理班の将兵二名がその職務として行ったものであり、前記山林の防火活動は、B巡査の出動要請を受けた東桜島消防分団高免分団長Cの求めに応じて消防団員でない被上告人Aがb部落の消防団員約二〇名と共に参加したものであった。(三)右不発弾の処理作業は、米兵が不発弾の露出部分に爆薬を詰めて爆破装置により爆発させる方法をとり、爆破の際は全員が不発弾から五、六〇メートル離れた箇所に避難して行われた。このような方法で二個の不発弾の処理作業は終わったが、三個目の不発弾に前記爆破装置を付けて爆発させようとしたところ爆発せず、不発弾の胴体が割れ、そこから火が出て燻焼し、山火事の発生のおそれがある状況であったので、B巡査らの指図で被上告人Aや消防団員らが右不発弾にスコップで砂をかぶせる作業をした。ところが、その作業が終わると同時に不発弾が突然爆発して本件事故が発生した。(四)本件事故は、不発弾の爆発による人身事故等の発生を未然に防止すべき義務を負っていたB巡査が、被上告人Aら消防団員に燻焼し続ける極めて危険な不発弾にスコップで砂をかぶせる作業をさせる等した過失により発生したものである。(五)本件事故の結果、被上告人Aは、全身の火傷に丹毒症を併発し、約六か月間入院加療して漸く一命をとりとめたものの、現在、顔面全体の瘢痕、高度の醜貌、左無眼球、右眼視力の極度の低下、両耳の難聴、瘢痕性萎縮による左肘関節の伸展位の固定等の後遺症がある。(六)上告人は、昭和二四年八月から同年一二月までの間、四回にわたり療養見舞金として合計五万二三九〇円、同年一一月に療養費として四万五〇六〇円、昭和二六年三月及び同二八年二月に特別補償費事故見舞金として合計一〇万八〇〇〇円を被上告人Aに支払った。また、上告人は、昭和三七年九月に被上告人Aに対し、連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律(昭和三六年法律第二一五号)に基づく障害給付金として一三万円、休業給付金として七五〇〇円を支払い、同四二年一二月には同法(昭和四二年法律第二号による改正後のもの)に基づき、被上告人Aに対し特別障害給付金として一八万四〇〇〇円、同人の妻である被上告人Dに対し障害者の妻に対する支給金として七万五〇〇〇円を支払った。(七)被上告人A及び同Dは、上告人に対し、本件事故発生の日から二八年一〇か月余を経過した昭和五二年一二月一七日、国家賠償法一条に基づき、本件事故による損害の賠償を求めて本訴を提起した。

二 原審は、以上の事実関係のもとにおいて、次の理由により、被上告人らは、上告人に対し、国家賠償法一条に基づき、損害賠償請求権(以下「本件請求権」という。)を有するとした上、被上告人らの請求は、被上告人Aにつき慰謝料五〇〇万円、被上告人Dにつき慰謝料二五〇万円及び右両名に対しそれぞれ右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年一月六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものであり、被上告人らの請求を全部棄却した第一審判決は右のとおり変更すべきである旨判決した。
1 本件事故は国の公権力の行使に当たるB巡査らがその職務を行うにつき過失によって被上告人らに損害を加えたものであり、上告人は、被上告人らに対し、国家賠償法一条により本件事故による損害を賠償する責任がある。
2 上告人は、本件事故発生の日から本訴提起の日まで二八年一〇か月余を経過しており、本件請求権は民法七二四条後段に規定する二〇年の除斥期間の経過により消滅した旨を主張するが、同条後段の二〇年の期間は、同条の規定の文言、立法者の説明、三年の短期時効に対する補充的機能、時効の中断、停止、援用を認めないと被害者に極めて酷な場合が生ずること等に照らし消滅時効を定めたものと考えるべきであり、仮に、これを除斥期間と解するとしても、被害者保護の観点から中断、停止を認めるいわゆる弱い除斥期間(混合除斥期間)であると解すべきである。
3 そして、本件事故当時、上告人の被用者である前記鹿児島地区警察署係員らにおいて上告人の右損害賠償義務を知り、又は容易に知りうべかりし状況にあった上、右事故直後、同警察署長名で本件事故の責任の所在を不明確にしたと認められる被害調査書が作成されたこと、被上告人らは、本件事故後、鹿児島市役所、鹿児島県庁等上告人の出先機関等に何度となく被害の救済を求めており、権利の上に眠る者とはいえないこと等原判示の事情を総合すると、上告人が本訴において被上告人らの本件請求権につき二〇年の長期の消滅時効を援用し、又は前記除斥期間の徒過を主張することは信義則に反し、権利の濫用として許されない。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
民法七二四条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である。けだし、同条がその前段で三年の短期の時効について規定し、更に同条後段で二〇年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の三年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の二〇年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである。
これを本件についてみるに、被上告人らは、本件事故発生の日である昭和二四年二月一四日から二〇年以上経過した後の昭和五二年一二月一七日に本訴を提起して損害賠償を求めたものであるところ、被上告人らの本件請求権は、すでに本訴提起前の右二〇年の除斥期間が経過した時点で法律上当然に消滅したことになる。そして、このような場合には、裁判所は、除斥期間の性質にかんがみ、本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても、右期間の経過により本件請求権が消滅したものと判断すべきであり、したがって、被上告人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当であって採用の限りではない
してみると、被上告人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、これを棄却すべきものである。しかるに、これと異なる見解に立って本訴請求を一部認容した原判決は、民法七二四条後段の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中、上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上判示したところと結論を同じくする第一審判決は正当であるから、右部分に対する控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一)

++解説
《解  説》
一、事案の概要は、次のとおりである。
甲は、昭和二四年二月一四日、鹿児島県鹿児島郡東桜島村高免(現在、鹿児島市高免町)の山林中において、不発焼夷弾の爆破作業中、不発弾一発が至近距離で爆発し、燃焼した油脂を体に浴びて重度の火傷を負った。この作業は、当時の国家地方警察鹿児島地区の巡査A又はその要請を受けた米軍小倉弾薬処理班の将兵二名が職務として行った不発弾処理作業中に発生したもので、甲は、Aの出動要請を受けた地元消防分団長の求めに応じて右処理に伴う山林の防火活動に従事していたものであった。甲は、現在、右事故の後遺症として顔面全体の瘢痕、高度の醜貌、左無眼球、視力の極度の低下、難聴、肘関節の固定等の障害がある。甲とその妻乙は、丙(国)に対し、右事故から二八年一〇か月を経過した後の昭和五二年一二月一七日、鹿児島地裁に訴えを提起し、国家賠償法一条に基づき、慰謝料として甲は一〇〇〇万円、乙は五〇〇万円の支払を請求した。乙は夫甲の看病に尽くし、夫に代わって農業に従事し家計を支え、多大の精神的苦痛を被ったことを理由とする。
二、一審は、甲、乙の請求を棄却した(事故発生から三年間の経過により時効消滅)が、原審は、ア 三年の短期時効消滅を認めることができないこと、イ 民法七二四条後段の長期時効の援用ないし除斥期間経過の主張は信義則違反又は権利の濫用であって許されないこと等を理由に、甲につき五〇〇万円、乙につき二五〇万円の限度で慰謝料請求を認めた。
三、本判決は、前記のとおり、民法七二四条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解すべきであるとして、丙の主張を採用し、原判決を破棄して控訴を棄却した。結局、甲、乙の請求を棄却した一審判決を結論において維持したことになる。なお、丙側で甲、乙の権利行使を妨害した事実は是認されていない。本判決は、二〇年の期間を除斥期間と解する理由として、要旨次のとおり述べる。すなわち、同条がその前段で三年の短期時効を規定し、更に同条後段で二〇年の長期時効を規定していると解するのは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わないこと、むしろ同条前段の三年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の二〇年は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当である。
四、我が民法上、一定の期間の経過による権利消滅の原因として消滅時効のほかに、明文の規定はないけれども、除斥期間があることは、学説、判例のひとしく認めるところである。消滅時効と除斥期間の主な相違点として従来、ア 除斥期間は中断が認められないこと、イ 除斥期間の経過による権利消滅の効果は当然かつ絶対的に生じ、当事者の援用がなくても裁判所はこれに基づいて裁判しなければならないことなどの点が指摘されている。しかし、民法の規定だけから時効期間と除斥期間を区別することが必ずしも容易でないものが多い。近時の学説は、法文の字句から形式的に判別するのでなく、権利の性質や規定の趣旨・目的などに従って実質的に判定すべきであるという(我妻・民法総則四三八頁等)。七二四条後段の二〇年の期間の性質については、かつての通説は立法関係者の説明等に従い、これを時効期間と解していた(梅・民法要義巻之三債権篇九〇四頁、岡松・註釈民法理由債権編五〇四頁、鳩山・日本債権法各論下巻九四六頁等)。しかし、現在の通説はこれを除斥期間と解しており(我妻=有泉・債権法五九二頁、加藤・不法行為二六三頁、谷口=植松・損害賠償法概説一八四頁、幾代・不法行為三二八頁、四宮・事務管理・不当利得・不法行為六五一頁、広中・債権各論講義第五版四八九頁等)、これを時効期間と解する説(内池・「損害賠償請求権の消滅時効」現代損害賠償法講座I二一一頁、新美・ジュリ七五八号七四頁等)は少数説である。下級審の裁判例の多くも除斥期間と解している(東京高判昭53・12・18本誌三七八号九九頁等)。更に、最一小判昭54・3・15裁判集民一二六号二四三頁は、これを除斥期間と解した原審の判断を是認している。本判決は右期間が除斥期間であることを明確にした最高裁の初めての判例である。
五、本判決は、当事者が除斥期間の経過により請求権が消滅した旨を主張しなくても、裁判所は、除斥期間の性質から、当然に右期間の経過により請求権が消滅したものと判断すべきものであり、信義則違反や権利濫用の主張は、主張自体失当である旨を述べる。除斥期間は期間中の経過により権利消滅の効果が当然に生じ、当事者の援用がなくても裁判所はこれに基づいて裁判しなければならない性質を有するから(司法研修所・民事訴訟における要件事実第一巻一七六頁、通説)、信義則違反や権利濫用の判断の対象となる当事者の主張の存在は本来予定されていないと解される。
なお、最三小判平2・3・6裁判集民一五九号一九九頁は、不法行為(暴行・傷害)の時から約四一年を経過した後に訴えを提起した私人間の損害賠償請求事件につき、前記二〇年の期間を除斥期間と解すべきであるとして、右請求を棄却した原判決を結論において是認し、本判決を引用してこれと同旨の判断を示している。

(2)権利失効の原則
+判例(S30.11.22)
理由
上告代理人成富信夫の上告理由第一点について。
権利の行使は、信義誠実にこれをなすことを要し、その濫用の許されないことはいうまでもないので、解除権を有するものが、久しきに亘りこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、もはや右解除は許されないものと解するのを相当とする。ところで、本件において所論解除権が久しきに亘り行使せられなかったことは、正に論旨のいうとおりであるが、しかし原審判示の一切の事実関係を考慮すると、いまだ相手方たる上告人において右解除権がもはや行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有し、本件解除権の行使が信義誠実に反するものと認むべき特段の事由があつたとは認めることができない。それ故、原審が本件解除を有効と判断したのは正当であつて、原判決には所論の違法はない。なお、論旨中には憲法二九条違反を主張しているけれども、その実質は、要するに民法上本件解除が許されないという見解に帰着するものであるから、違憲の論旨として採用することはできない。
同第二点について。
原判決が本件につき所論失効の原則適用の主張を排斥した趣旨であることは、原判決理由(ハ)の判文に徴し明らかであるから、原判決には所論のような判断遺脱はない。また、論旨引用の大審院判例は本件に適切でなく、原判決は右判例と相反する判断をしたものではない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

(3)抗弁権の永久性

第4節 時効の中断と停止
1.時効の中断
(1)時効中断の意義と根拠
a)時効中断の意義
+(時効の中断事由)
第百四十七条  時効は、次に掲げる事由によって中断する。
一  請求
二  差押え、仮差押え又は仮処分
三  承認

b)時効中断の根拠

(2)中断事由
a)請求
理由
上告人ら代理人三宅仙太郎の上告理由第一点について。
本件記録によれば、上告人らは、本件係争物件は上告人らの所有(共有)に属するとして、所有権(共有権)に基づき被上告人らに対しその所有権移転登記抹消登記手続請求の訴(後に本件係争物件の持分の割合による所有権移転登記、建物退去明渡等請求の訴に変更)を提起し、上告人らの所有権取得の原因として予備的に昭和一三年六月二七日を始期とする取得時効の完成を主張したのに対し、被上告人らは、本件係争物件につき自己の所有権を主張し、これと相容れない上告人らの所有権を否認して上告人らの本訴請求を棄却するとの判決を求める旨の答弁書を提出し、第一審の昭和三三年三月四日第二回準備手続期日においてこれを陳述したことが明らかである。
右の場合において、被上告人らの右答弁書による所有権の主張は、その主張が原審で認められた本件においては、裁判上の請求に準ずるものとして民法一四七条一号の規定により上告人らの主張する二〇年の取得時効を中断する効力を生じたものと解すべきである。けだし、原判決は、本件係争物件につき、上告人らに所有権(共有権)に基づく所有権移転登記請求権がないことを確定しているに止まらず、進んで被上告人らにその所有権(共有権)があることを肯定していると解されるのであるから、時効制度の本旨にかんがみ、被上告人らの前示主張には、時効中断の関係においては、所有権そのものに基づく裁判上の請求に準じ、これと同じ効力を伴うものとするのが相当であるからである。したがつて、取得時効の中断があつたとした原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用しえない。
同第二点について。
取得時効に関しても消滅時効におけると同様、裁判上の請求が時効中断の効力を生ずるものと解すべきである(大審院昭和一二年(オ)第二四二九号昭和一三年五月一一日判決、民集一七巻一一号九〇一頁、同昭和一五年(オ)第八四五号昭和一六年三月七日判決、判決全集八輯一二号九頁参照)から、これと同趣旨の見解に立つ原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用しえない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条一項本文に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

・留置権について
+判例(S38.10.30)
理由
上告代理人浅野亨の上告理由について。
民法三〇〇条は「留置権ノ行使ハ債権ノ消滅時効ノ進行ヲ妨ケス」と規定する。その趣旨は、留置権によつて目的物を留置するだけでは、留置権の行使に止り、被担保債権の行使ではないから、被担保債権の消滅時効の中断、停止の効力を生ずるものでないことを規定したものと解するのを相当とする従つて、単に留置物を占有するに止らず、留置権に基づいて被担保債権の債務者に対して目的物の引渡を拒絶するに当り、被担保債権の存在を主張し、これが権利の主張をなす意思が明らかである場合には、留置権行使と別個なものとしての被担保債権行使ありとして民法一四七条一号の時効中断の事由があるものと認めても、前記三〇〇条に反するものとはなし得ない
そして、訴訟において留置権の抗弁を提出する場合には、留置権の発生、存続の要件として被担保債権の存在を主張することが必要であり、裁判所は被担保債権の存否につき審理判断をなし、これを肯定するときは、被担保債権の履行と引換に目的物の引渡をなすべき旨を命ずるのであるから、かかる抗弁中には被担保債権の履行さるべきものであることの権利主張の意思が表示されているものということができる。従つて、被担保債権の債務者を相手方とする訴訟における留置権の抗弁は被担保債権につき消滅時効の中断の効力があるものと解するのが相当である。固より訴訟上の留置権の主張は反訴の提起ではなく、単なる抗弁に過ぎないのであり、訴訟物である目的物の引渡請求権と留置権の原因である被担保債権とは全く別個な権利なのであるから、目的物の引渡を求むる訴訟において、留置権の抗弁を提出し、その理由として被担保債権の存在を主張したからといつて、積極的に被担保債権について訴の提起に準ずる効力があるものということはできない。従つて、原判決が本件の留置権の主張に訴の提起に準ずる時効中断の事由があると判断したことは、法令の解釈を誤つたものといわなければならない。
しかし、訴訟上の留置権の抗弁は、これを撤回しない限り、当該訴訟の係属中継続して目的物の引渡を拒否する効力を有するものであり、従つて、該訴訟が被担保債権の債務者を相手方とするものである場合においては、右抗弁における被担保債権についての権利主張も継続してなされているものいい得べく。時効中断の効力も訴訟係属中存続するものと解すべきである。そして、当該訴訟の終結後六ケ月内に他の強力な中断事由に訴えれば、時効中断の効力は維持されるものと解する。然らば、本件留置権の主張は裁判上の請求としての時効中断の効力は有しないが、訴訟係属中継続して時効中断の効力を有するものであるから、本件につき被担保債権の時効は完成しないとして、留置権の存続を肯定した原判決の判断は、結局これを正当として是認し得るものというべきである。
上告人の上伸書と題する書面記載の上告理由について。
所論は、原審の専権に属する事実認定、証拠の取捨判断に対する非難ないしは原審の認定しない事実を前提として、原判決を攻撃するものであつて、採用できない。
よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官山田作之助の意見あるほか、全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。

+意見
裁判官や間だ作之助の意見は次のとおりである。
一、被上告人は、本件において、上告人の係争株券返還の請求に対する抗弁として、該株券について上告人に対して金七万五千円也の立替金債権があることを原因として、留置権を主張し、所謂留置権の抗弁を提出したのである。原審は、この留置権の抗弁につき審理の結果、被上告人主張の金七万五千円也の立替金債権の存在する事を確定し、その結果、主文において「被告(被上告人)は原告(上告人)より金七万五千円の支払を受けるのと引換に原告に対し訴外A名義の訴外株式会社台湾銀行旧株式七百九十四株及び同新株式七百九十四株を引渡せ」とした第一審判決主文をそのまま維持しているのである。
二、被上告人の本件留置権の主張は、訴訟物としての権利の主張でないことは勿論ではあるが、少くとも、訴訟手続において、自己に請求権あることを主張し、右について裁判所の審理判断を求めているものであることはいうまでもない(裁判所は、この抗弁が提出されたるときは、その基本の権利の存否につき審理判断すべき責を負担するのである)。しかも、訴訟における審理判断の過程は、訴訟物となりたるの権利関係についての審理判断をなすと少しも異なるところがないのであるから、かかる抗弁の提出は、訴の提起ありたるに準じて取扱われてしかるべきものと考える。多数意見が、この点につき、単に催告の効力のみを認めていることには、にわかに賛同することは出来ない。
三、被上告人が、本訴において抗弁中主張した、上告人に対する金七万五千円也の立替金債権については、裁判所が審理判断した結果、その存在を認め、判決主文において、その金額を示しているのであるから、その債権関係を確定しているものといわなくてはならない。
四、このように、裁判所の審理判断を経、判決主文でその債権関係が確定明示された債権についての、所謂時効中断の関係を考えてみると、それが訴訟物として争われたる権利関係たると、抗弁として提出された権利関係であるとを問わず、裁判所の審理判断を受け、判決主文において明示されているという点については変ることがないのであるから、いずれも、民法一七四条ノ二に所謂「判決ニ依リテ確定シタル権利」に準ずるものとして取扱うのが相当であると考える。そうして、その権利は同条の規定による判決確定後十年の時効により消滅するものと解すべきである。多数意見が「判決確定後六ケ月以内に更に有効なる時効中断の手続をとるを要する」としているのは、前示民法一七四ノ二の立法理由から考えてみても、また訴訟経済の点からするも、たやすく賛同することが出来ない。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 横田正俊 裁判官 斎藤朔郎 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官五鬼上堅磐は海外出張のため署名押印することができない。裁判長裁判官 横田喜三郎)

・一部請求と中断
+判例(S34.2.20)
理由
上告代理人鈴木於用の上告理由並びに民訴第一九八条第二項の裁判を求める申立の趣旨及び理由は、いずれも本判決末尾添付の別紙(一)(二)(三)記載のとおりである。
右上告理由第一点について。
裁判上の請求による時効の中断が、請求のあつた範囲においてのみその効力を生ずべきことは、裁判外の請求による場合と何等異るところはない。そして、裁判上の請求があつたというためには、単にその権利が訴訟において主張されたというだけでは足りず、いわゆる訴訟物となつたことを要するものであつて、民法一四九条、同一五七条二項、民訴二三五条等の諸規定はすべてこのことを前提としていものと解すべきである。
ところで、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であつて全部の存否でないことが明らかであるから、訴訟物となるのは右債権の一部であつて全部ではない
それ故、債権の一部についてのみ判決を求める旨明示した訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ、その後時効完成前残部につき請求を拡張すれば、残部についての時効は、拡張の書面を裁判所に提出したとき中断するものと解すべきである。(民訴二三五条参照)若し、これに反し、かかる場合訴提起と共に債権全部につき時効の中断を生ずるとの見解をとるときは、訴提起当時原告自身裁判上請求しない旨明示している残部についてまで訴提起当時時効が中断したと認めることになるのであつて、このような不合理な結果は到底是認し得ない。
これを本件について見るに、本訴が本件不法行為により各自の蒙つた損害の全額を明らかにした上そのうち一割に相当する各金額についてのみ権利を行使する旨明示して提起されたものであることは原判示のとおりであるから、右訴の提起による消滅時効中断の効力は右当初訴求の金額の範囲に限つて生ずべく、その後請求の拡張により訴訟物となつた残額には及ばないものと解すべきところ、原判決がこれを右残額に及ぶものと解し、この理由をもつて右残額に関する上告人の時効の抗弁をたやすく排斥し去つたのは、法令の解釈を誤り審理不尽の違法に陥つたものであつて、論旨は理由がある。
されば、原判決中請求拡張にかかる残額につき被上告人らの請求を認容した部分を破棄し、なお時効完成の有無につき更に審理を遂げさせるためこれを原審に差戻すべきものとする。
右上告理由第二点ないし第五点について。
論旨は、すべて原審が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、上告適法の理由とならない。
されば、原判決中前記破棄すべき部分を除くその余については本件上告を棄却すべきものとする。
民訴第一九八条第二項の裁判を求める申立について。
上告人が右申立の理由として主張する事実関係は、被上告人らの争わないところである。そして、本件原判決の一部が破棄を免れないこと前説示の如くなる以上、原判決に付せられた仮執行宣言がその限度で効力を失うべきこと勿論である。
されば、右仮執行宣言に基き給付した金員を仮執行宣言失効の限度において返還を求めると共にこれに対する給付の翌日から返還済まで民事法定利率たる年五分の割合による損害金の支払を求める上告人の申立は、これを正当として認容しなければならない。
よつて、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、一九八条二項、九五条、八九条、九三条一項本文に従い、主文のとおり判決する。
この判決は、藤田裁判官の少数意見を除き、全裁判官一致の意見である。

+少数意見
藤田裁判官の少数意見は次のとおりである。
被上告人等(その前主を含む以下同じ)は、本件訴提起の当初にあたつて、その訴状に、上告人の不法行為を原因とする本件損害賠償債権を特定し、該不法行為に因つて被上告人各自の蒙つた損害の全額を明らかにした上、本訴において、その一割に相当する金額の支払を請求したのであるが、後、本訴の第一審に係属中に右請求の趣旨を拡張して原料決摘記の金額の支払を請求するに至つたことは、本件記録上明白である。
多数意見は、本訴のごとき一部請求の場合に、残部については訴の提起による時効中断の効力を認めず従つて右請求の趣旨拡張にかかる部分は右拡張申立の当時、既に消滅時効にかかつていたものであるとの見解の下に、上告人の時効の抗弁を排斥した原判決を破棄したのである。
しかし、自分は本件におけるがごとく、訴状に損害賠償債権の全部について、その請求の原因、並びに損害額の全額を明示し、ただ、本訴においてその一割に相当する金額の支払を請求する旨の訴を提起した場合には、この訴の提起によつて、該債権の全額について消滅時効中断の効力を生ずるものと解する。
多数意見は「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であつて全部の存否でないことが明らかであるから、訴訟物となるのは右債権の一部であつて全部ではない。それ故、債権の一部についてのみ判決を求める旨明示した訴提起による消滅時効中断の効力はその一部の範囲においてのみ生じ」、残部については訴の提起による時効中断の効力は認められないとするのである。請求の一部訴求の場合、その一部についてのみ訴訟法上、訴訟係属の効力を生じ残部について訴訟係属の効力の生じないこと、その残部は、その訴訟において、訴訟物となつていないことは多数意見の説くとおりである。
が、訴訟法上訴訟係属の効果が生ずるということと民法の規定する消滅時効中断の効力との間に、しかく必然的な関係があるものであろうか。
わが民法は、時効中断の事由としては「請求」、「裁判上ノ請求」と規定していて、独乙民法のごとく訴の提起とは規定していないのである。独民法は、権利者が請求権の履行を求める訴又は確認の訴を提起したときに消滅時効は中断する旨を規定している、(独民法二〇九条)そして独民訴は独民法が訴の提起に附着する効力は訴の提起のあつたときから始まる旨(二六七条)訴の提起は訴状の送達をもつてする旨(二五三条)を規定し、訴の提起によつて訴訟事件の権利拘束を生ずと規定しているから、(二六三条)独乙法では訴の提起による時効中断と訴訟事件の権利拘束―訴訟係属―とは切つても切れない関係を生ずるのである。であるから、一部訴訟では、他の部分については権利拘束―訴訟係属―の関係を生じないのであるから、その部分については時効中断の効力を生じないとすることも当然の結論である。
また、独乙法では、時効の規定の本源をなす民法の規定自体に中断の事由として、請求権の履行を求める訴(給付訴訟)又はその確認の訴を提起したときと規定しているのであるから、中断の効力を生ずるのはその訴訟において判決を求める対象となつている請求の部分に限るのであつて、その訴訟において判決の対象となつていない請求の一部のごときは問題とならない、後に請求の拡張によつてその部分が判決の対象となつたときは、その部分につき権利拘束を生じたときから中断の効力を生ずるということは当然である。又確認の訴についても、積極的に権利の存在の確認を求める訴に限るのであつて、不存在確認訴訟における被告としての主張のごときは、中断の効力はないとせられるのである。
これと異つてわが民法では、時効中断の事由としては「裁判上の請求」という解釈上きわめてゆとりのある言葉を使つているのみならず、裁判外の請求にすら一定の条件の下に時効中断の効力をみとめているのであつて、(独乙民法においてはかかる中断事由を認めていない)かかる法制の下においては独乙法のように、厳格な意義における訴訟係属なる観念にこだわる要はないのであつて、民法が時効中断の制度を設けた本来の趣旨に従つてその実質的な理由にもとづいて「裁判上ノ請求」の意義を究明すれば足るのである。
翻つて、従来のわが大審院判例の趨勢を見るに、大審院が、「請求ニ因ル時効ノ中断ハ裁判上ノ請求タルト裁判外ノ請求タルトヲ問ハス其ノ請求アリタル範囲ニ於テノミ時効ノ中断ヲ来スモノナルヲ以テ一部ノ請求ハ残部ノ請求ニ対スル時効中断ノ効カヲ生スルコトナシ従テ債権者カ裁判上一部ノ請求ヲ為シタル後其ノ訴ノ申立ヲ拡張シテ残部ノ請求ヲ為シタル場合ニ於テモ其ノ申立拡張ノ時ニ始メテ残部ノ請求ニ対シテ時効中断ノ効カヲ生スルモノト解セサルヘカラス」(昭和四年(オ)第一一六号同年三月一九日民事第二部判決)としていることは上告論旨指摘のとおりである。
しかしながら、大審院にもこれと反対の判例もある。船舶の沈没の為め生じた損害について、船舶沈没当時の価格を基礎とする積極的損害賠償の請求の訴は、之によりまだ、訴の目的となつていない船舶価格騰貴に因る利益喪失及び船舶使用不能に因る利益喪失の各消極的損害賠償債権の消滅時効をも中断するとするものである。(大正一〇年(オ)六九八号同一一年七月一〇日民事第二部判決)右のように、この問題に関する大審院の判例は、必ずしも一貫していないといわなければならない。
さらに、確認訴訟の提起による時効中断の問題についても、大審院は、「債務者ヨリ提起セラレタル債権不存在確認ノ訴ニ於テ被告トシテ債権ノ存在ヲ主張スルカ如キハ単ニ防禦ヲ為スニ止マリ権利者自ラ権利ヲ行使スル行動タラサルヲ以テ時効中断ノ効力アルモノニアラス」との判例を持続して来たのであつたが、(大正一一年(オ)二四号同年四月一四日民事第一部判決、昭和六年(オ)四七八号同年一二月一九日民事第三部判決)昭和一四年に至り民事聯合部の判決をもつてこれを変改し「相手方カ自己ノ権利ノ存在ヲ争ヒ消極的債務不存在ノ確認訴訟ヲ提起シタル場合ニ於テ之ニ対シ被告トシテ自己ノ権利ノ存在ヲ主張シ原告ノ請求棄却ノ判決ヲ求ムルコトハ之ヲ裁判上ノ権利行使ノ一態様ト做スニ何等ノ妨ケナク」として「被告カ請求棄却ノ判決ヲ求ムル答弁書又ハ準備書面ヲ裁判所ニ提出シタル時ヲ以テ又若シ斯ル書面ヲ提出セサル場合ニハ口頭弁論ニ於テ同様ノ主張ヲ為シタル時ヲ以テ債権ノ消滅時効ハ中断スルモノト解スルヲ妥当ト断セサルヲ得ス」と判示している。(昭和一二年(オ)一五五三号同一四年三月二二日民事聯合部中間判決)そしてこの判決においては訴訟において被告として自己の権利の存在を主張することも、民法の「裁判上ノ請求ニ準スヘキ」ものとしているのであつて、時効中断の事由として訴の提起なる観念にとらわれていないことを注目すべきである。
なお、大審院の判例に保険契約関係の存在確認の訴は、その後に生じた保険事故に基く保険金請求権の時効を中断するとするものがある。(昭和四年(オ)一九五六号同五年六月二七日民事第二部判決)かかる保険金請求権は当該訴訟の目的となつていない従つて訴訟係属の関係を生じないことは勿論であるけれども、その基本的法律関係である保険契約について存在確認の訴の提起があればかかる訴はまた保険金請求権の「裁判上ノ請求」に包含せられるものと解するを妥当とするというのである。ここに至つては大審院も請求権の消滅時効中断の事由としての「裁判上ノ請求」は、その請求権の訴訟係属と必然の関係あるものとはみていないのである。
かくして、旧来の大審院もその態度は必ずしも一貫していない憾はあるけれども民法の「裁判上ノ請求」とは必ずしも、訴の提起たるを要せず、訴訟においてその権利の存在を主張するをもつて足る場合もあるものとし、又必ずしもその請求権の訴訟係属と必然的な関係に在るものと見ていないことが理解されるのである。
そもそも請求をもつて請求権の消滅時効中断の事申とした所以のものは、前示大審院聯合部判決もいうごとく「蓋シ消滅時効ノ中断ハ法律カ権利ノ上ニ眠レル者ノ保護ヲ拒否シテ社会ノ永続セル状態ヲ安定ナラシムルコトヲ一事由トスル時効制度ニ対シ其ノ権利ノ上ニ眠レル者ニ非サル所以ヲ表明シテ該時効ノ効カヲ遮断セントスルモノ」であつて、民法が単なる請求をもつて確定的に中断の効力あるものとせず、更に「裁判上ノ請求」に因ることを要するものとした所以は、訴訟という確定の形式をもつて、確実に権利の存在主張することを必要としたのにとどまるのであつて、必ずしも権利拘束乃至訴訟係属というまでの訴訟法上の効果を要求するものと解する必要はないのである。権利の上に眠らずとするにはさまでの訴訟法上の効果を必要としないからである。
殊に本件のごとき当初から特定の損害賠償債権そのものは訴訟物とされ、その請求の一部につき判決が訴求されている状態であつて、権利者は訴訟の係属中は、なんどきでも、請求の拡張という方法によつて残部の請求全部につき容易に判決を求めることができる状態におかれているのである。(請求の潜在的訴訟係属)これをしも民法の「裁判上ノ請求」若しくは前記大審院聯合部判決のいわゆる「裁判上ノ請求ニ準スヘキモノ」と看做すことは民法時効中断の制度の趣旨に何の背反するところもないのではないか。
また、現に損害賠償債権の存否そのものが訴訟において争われ、その請求の一部が訴訟係属している以上、残部の請求についても、後に確実な証拠による証明の困難を避けんとする時効制度存在の一理由もその事由の大半を失うこととなりこの点からしても時効中断の合理的な事由となり得るものと解してあやまりないであろう。(さらに、給付訴訟は、必然的に権利の存在確認の請求をその前提として包含するものと云われる。この見地に立てば本訴のごとき一部請求の給付訴訟においても基本たる損害賠償債権の存在確認の趣旨はこれに包含されているのであつて、基本たる保険契約存在確認の訴訟は、その契約から派生する保険金支払請求権の時効を中断するという前掲大審院判例の趣旨を是認するならば、本件給付訴訟に包含される損害賠償債権存在確認の訴旨は、まだ訴訟係属を生じていない残部の請求をも含めて損害全額の請求権について時効中断の効力を生ずるものと解することもできるであろう。)いずれにしても、同一債権が訴訟物とされてその存否が訴訟上争われ、その訴訟が現に進行中であるにかかわらず、その一部が時効によつて消滅するという考え方のごときは著しく吾人の常識に反するというべきではなかろうか。右大審院判例も「一方ニ於テ権利関係ノ存否カ訴訟上争ハレツツアル間ニ他ノ一方ニ於テ該権利カ時効ニ因リ消滅スルコトアルヲ是認セントスルカ如キ結果ヲ招来スヘキ解釈ヲ採用スルコトハ条理ニモ合致セサルモノト謂フヘケレハナリ」といつているのであるがこの論法は、またもつて本件の場合にも妥当するのではなかろうか。
論者、或は、民訴二三五条の規定をもつて、以上のごとき解釈の妨げとなるものとする。しかし、同条は訴の提起による時効中断の効力は、訴の提起、即ち訴状を裁判所に提出したときに効力を生ずるのであつて、訴状が相手方に送達されたとき(独民訴はかく解する)でもなければ、口頭弁論において訴状に基き陳述がなされたときでもないとして時効中断の効力を生ずべき時点を明らかにしたにすぎない。わが旧民訴においては「訴訟物ノ権利拘束ハ訴状ノ送達ニ因リテ生ス」(一九五条一項)という規定があつたにかかわらず、当時から、時効中断の効力は訴状を裁判所に差出すことによつて生ずるものとされていた。(ここにも、訴訟係属と時効中断とは必ずしも、必然の関係に立つものでないとする考え方があらわれている)民訴二三五条はこの旧民訴の考え方を踏襲してこれを明文化したものである。従つて同条後段の「二三二条二項の規定により書面を裁判所に提出したときに時効中断の効力を生ずる旨」の規定も、二三二条二項の規定により書面を提出して新訴を提起する場合にも訴提起の例にならいその書面を裁判所に提出した時をもつて時効中断の効力発生の時点とするということをあきらかにしたまでのものであつて、二三二条二項により書面を提出するすべての場合につきその時効中断の効力は書面提出の時に生ずるとの趣旨を規定したものと解すべきでない。例えば損害の額につき鑑定の結果、後に至つて賠償請求額を増額する場合にも、その増額の請求は必ず、二三二条の書面を裁判所に提出して為すべきであるが、この場合においても時効中断の効力はその全額につき当初の訴提起のときに生ずると解すべきことについてはおそらく異論を見ないであろう。(時効中断と権利拘束との関係について厳格な規定を有する独乙法においてすら、貨幣価値の変動による請求額の増加の場合は当初訴提起のときよりその全額につき時効中断の効ありとすること判例学説の一致するところのようである。)民訴二三五条の趣旨を以上のごとく解する以上、本件のごとき場合、二三二条により書面を提出して請求の趣旨を拡張するときと雖も、時効中断の効力はその全額について訴提起のときに生ずると解しても、何ら二三五条の規定に牴触するところはないのである。
以上自分は民法が消滅時効中断を認めた制度の趣旨から理解して、本件のごとき場合において、時効中断の効力は、後に請求の趣旨拡張によつて拡張された請求の部分についても訴提起のときに生ずる、そして、右中断の効力は訴訟の係属中は持続するのであるから、本件のごとく、訴提起の時から請求の趣旨拡張までの間に時効期間を経過した事実があるとしても、これによつて消滅時効が完成したと解すべきものでないと思料するのである。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

+判例(S45.7.24)
理由
上告代理人佐野正秋、同香川文雄の上告理由一、二について。
上告人Aによる加害自動車の運転状況と被害者たる被上告人の行動および現場の交通事情等、本件事故発生当時における事実関係について原審(第一審判決引用部分を含む。以下同じ。)の認定するところは、挙示の証拠関係に照らし、首肯することができ、右事実関係によるときは、本件事故は同上告人が自動車運転者としての注意義務を守らなかつた過失に基因するものというべく、被上告人にも歩行者としての注意義務違反があるにせよ、いわゆる信頼の原則を適用して同上告人に過失の責がないということはできないとした原審の判断は、正当であつて、右認定判断に関し、原判決に、所論のような理由不備、審理不尽等の違法は認められない。論旨は、その実質において、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものか、その認定にそわない事実を前提として原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
同三について。
被上告人が本件事故による負傷のためたばこ小売業を廃業するのやむなきに至り、右営業上得べかりし利益を喪失したことによつて被つた損害額を算定するにあたつて、営業収益に対して課せられるべき所得税その他の租税額を控除すべきではないとした原審の判断は正当であり、税法上損害賠償金が非課税所得とされているからといつて、損害額の算定にあたり租税額を控除すべきものと解するのは相当でない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同四について。
一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨を明らかにして訴を提起した場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ、残部には及ばないが、右趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべくこの場合には、訴の提起により、右債権の同一性の範囲内において、その全部につき時効中断の効力を生ずるものと解するのが相当である。これを本件訴状の記載について見るに、被上告人の本訴損害賠償請求をもつて、本件事故によつて被つた損害のうちの一部についてのみ判決を求める趣旨であることを明示したものとはなしがたいから、所論の治療費金五万〇一九八円の支出額相当分は、当初の請求にかかる損害額算定根拠とされた治療費中には包含されておらず、昭和四一年一〇月五日の第一審口頭弁論期日においてされた請求の拡張によつてはじめて具体的に損害額算定の根拠とされたものであるとはいえ、本訴提起による時効中断の効力は、右損害部分をも含めて生じているものというべきである。
したがつて、これと同旨の見解に立つて、上告人らの時効の抗弁を排斥すべきものとした原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

・支払督促
+(支払督促)
第百五十条  支払督促は、債権者が民事訴訟法第三百九十二条 に規定する期間内に仮執行の宣言の申立てをしないことによりその効力を失うときは、時効の中断の効力を生じない。

・和解、調停
+(和解及び調停の申立て)
第百五十一条  和解の申立て又は民事調停法 (昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法 (平成二十三年法律第五十二号)による調停の申立ては、相手方が出頭せず、又は和解若しくは調停が調わないときは、一箇月以内に訴えを提起しなければ、時効の中断の効力を生じない。

・催告
=裁判外で債務者に対して履行を請求する債権者の意思の通知
+(催告)
第百五十三条  催告は、六箇月以内に、裁判上の請求、支払督促の申立て、和解の申立て、民事調停法 若しくは家事事件手続法 による調停の申立て、破産手続参加、再生手続参加、更生手続参加、差押え、仮差押え又は仮処分をしなければ、時効の中断の効力を生じない。

+判例(S45.9.10)
理由
上告人らの上告理由について。
原審の適法に確定したところによると、本訴請求にかかる貸金債権については、その消滅時効期間の経過前に、被上告人の先代Aが、外六名と共同で上告人両名を被申立人として破産の申立をし、その審理手続上、破産原因の存在を明らかにするため、右債権の元利金の明細を記載した計算書およびその立証方法たる約束手形等を提出して、上告人らに対し権利行使の意思を表示したが、右吉助の相続人たる被上告人およびその余の選定者において、本訴を提起したのち、右破産の申立を取り下げたというのであり、右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし首肯することができる。
右のような事実関係のもとにおいては、被上告人の先代が破産手続上においてした右権利行使の意思の表示は、破産の申立が申立の適法要件として申述された債権につき消滅時効の中断事由となるのと同様に、一種の裁判上の請求として、当該権利の消滅時効の進行を中断する効力を有するものというべきであり、かつ、破産の申立がのちに取り下げられた場合でも、破産手続上権利行使の意思が表示されていたことにより継続してなされていたものと見るべき催告としての効力は消滅せず、取下後六ケ月内に他の強力な中断事由に訴えることにより、消滅時効を確定的に中断することができるものと解するのを相当とする。それゆえ、破産申立の取下前にされた本訴の提起をもつて、時効完成前にされたものと認めた原審の判断は結局正当であり、論旨は、これと異なる独自の見解に立つて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)

b)差押え、仮差押え、仮処分
+判例(H10.11.24)
理由
上告代理人浜田次雄の上告理由について
一 本件は、被上告人の上告人に対する貸金債務が時効により消滅したことを理由として、被上告人がその不存在確認を求める事件である。原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 上告人の亡夫Aは、被上告人に対し、昭和四八年一月一〇日から同年六月五日までの間、五回にわたり、合計二七五〇万円を貸し渡した(弁済期は、内金一〇〇〇万円につき昭和五〇年四月末日、内金一七五〇万円につき昭和五一年四月末日)。
2 Aは、昭和五一年一一月二二日、右金銭消費貸借契約に基づく債権(以下「本件貸金債権」という。)の内金一〇〇〇万円を被保全債権として、被上告人所有の原判決別紙物件目録記載(一)ないし(五)の各不動産に対する仮差押命令(以下「本件仮差押え」という。)を得て、同月二五日、仮差押えの登記を了した
3 Aは、昭和五四年、被上告人に対し、本件貸金債権について支払を求める本案訴訟を提起し(京都地方裁判所昭和五四年(ク)第五九二号貸金請求事件)、昭和五五年三月一八日、Aの請求どおり、二七五〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五〇年五月一日から、内金一七五〇万円に対する昭和五一年五月一日から、各支払済みまで年三割の割合による遅延損害金の支払を命ずる判決(以下「本件判決」という。)が言い渡され、同年四月三日ころ、本件判決は確定した。
4 原判決別紙物件目録記載(一)及び(二)の各不動産について、昭和五五年一〇月、Aの申立てにより、本件判決を債務名義として、強制競売手続が開始され、その後、昭和五七年一〇月一四日ころ、Aが配当を受けたことによって右手続は終了した。
5 原判決別紙物件目録記載(三)ないし(五)の各不動産については、仮差押えの登記が存しており、本件仮差押命令の執行保全の効力が、仮差押命令の取消し、申請の取下げ等によって消滅した事実はない。
6 Aは、平成五年九月三〇日に死亡し、相続により上告人が本件貸金債権を承継した。
7 被上告人は、平成六年一月一一日、本件訴訟を提起し、本件貸金債権につき、消滅時効を援用した。

二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判示して、本件仮差押えの被保全債権につき、消滅時効の完成を肯定して、被上告人の債務不存在確認請求を認容すべきものとした。
1 時効中断事由としての不動産仮差押えの手続は、仮差押えの登記と仮差押命令の債務者への送達とが終わった時に終了し、その時から新たな時効が進行を開始するというべきであり、仮に、そうでないとしても、仮差押え後、被保全債権について本案の勝訴判決が確定した場合には、仮差押えによる時効中断の効力は、確定判決の時効中断の効力に吸収され、判決確定後一〇年の時効期間の経過により右債権は消滅すると解すべきである。
2 本件貸金債権については、本件仮差押えの登記及びその直後に終了したと推認される仮差押命令の被上告人への送達により、いったん中断された時効が進行を開始し、本案訴訟提起により再び時効が中断されて(そうでないとしても、その時まで本件仮差押えによる時効中断の効力が存続した後)、昭和五五年四月三日ころ、本件判決の確定により時効が進行を開始し、その後、同年一〇月、原判決別紙物件目録記載(一)及び(二)の各不動産に対する差押えによって時効が中断し、昭和五七年一〇月一四日ころ、右執行手続が終了した後、新たに時効が進行を開始し、その後一〇年を経過することにより、時効が完成した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 仮差押えによる時効中断の効力は、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は継続すると解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第八二四号同五九年三月九日第二小法廷判決・裁判集民事一四一号二八七頁、最高裁平成二年(オ)第一二一一号同六年六月二一日第三小法廷判決・民集四八巻四号一一〇一頁参照)。けだし、民法一四七条が仮差押えを時効中断事由としているのは、それにより債権者が、権利の行使をしたといえるからであるところ、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は仮差押債権者による権利の行使が継続するものと解すべきだからであり、このように解したとしても、債務者は、本案の起訴命令や事情変更による仮差押命令の取消しを求めることができるのであっで、債務者にとって酷な結果になるともいえないからである。
また、民法一四七条が、仮差押えと裁判上の請求を別個の時効中断事由と規定しているところからすれば、仮差押えの被保全債権につき本案の勝訴判決が確定したとしても、仮差押えによる時効中断の効力がこれに吸収されて消滅するものとは解し得ない
2 これを本件についてみると、前記の事実関係によれば、原判決別紙物件目録記載(三)ないし(五)の各不動産については、本件仮差押えの執行保全の効力が現在まで存続しているのであるから、本件仮差押えの被保全債権について時効は中断しているものといわなければならない。したがって、以上と異なり、右債権について消滅時効の完成を肯定した原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件仮差押えの被保全債権の残存額について、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

++解説
《解  説》
一 本件は、仮差押えによる時効中断の効力の継続に関して、学説及び下級審判決において対立のあった論点について、最高裁の見解を明らかにした判例である。
二 Yの夫であるAは、Xに対して貸金債権を有していたが、内金一〇〇〇万円を被保全債権として、Xの所有する(一)から(五)の物件につき仮差押えをした。その後、AはXに対して貸金請求訴訟を提起して勝訴判決を受け、判決は確定した。そこで、Aは、仮差押えをした不動産の一部である(一)及び(二)の物件について強制競売を申し立て、右手続において配当を受けた。(三)ないし(五)の物件については強制競売の申立てはされず、仮差押えがされたままであった(Aが右各物件について強制競売の申立てをしなかったのは、右物件には抵当権が設定されているなどの事情があったためのようである。)。右配当から約一一年を経過した後に、Xが、貸金債権は一〇年の経過により時効によって消滅したとして、Aの相続人であるYを相手に債務不存在の確認を求めたのが本件訴訟である。これに対して、Yは、貸金債権のうち仮差押えの被保全債権である一〇〇〇万円については、仮差押えによって時効が中断していると主張した。
原判決は、(1)時効中断事由としての不動産仮差押えの手続は、仮差押えの登記と仮差押命令の債務者への送達が終わったときに終了し、その時から新たな時効が進行を開始する、(2)そうでないとしても、仮差押えの後、本案の勝訴判決が確定した場合には、仮差押えの時効中断の効力は、確定判決の時効中断の効力に吸収されると述べ、本件の場合は、(一)及び(二)の物件に対する執行手続が終了したとき(すなわち配当時)から一〇年が経過したので、消滅時効が完成したと判断し、Xの請求を認容した。Yが上告。
三 本判決は、(1)仮差押えの時効中断の効力は、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は継続する、(2)仮差押えの被保全債権につき本案の勝訴判決が確定したとしても、仮差押えによる時効中断の効力がこれに吸収されて消滅すると解することはできないと判示し、本件の場合、仮差押えによる時効中断は継続しているとして原判決を破棄し、仮差押えの被保全債権の残存額を明らかにさせるために(原判決は、Aに対する前記配当額を認定していなかった。)、本件を原審に差し戻したものである。
四 民法一四七条二号は仮差押えを時効の中断事由とし、同一五七条一項は「中断ノ事由ノ終了シタル時」から新たな時効が進行すると規定する。仮差押えが「終了シタル時」とは、「仮差押えの手続終了の時」と解するのが通説であるが、それがいつなのかが問題である。
基本的には次の二つの説が対立している。(一) 仮差押えの執行保全の効力が存続する限り時効中断が継続するとの説(継続説と呼ぶ。継続説の内部でも仮差押えの効力の終期をいつと解するかによって見解の相違がある。)と(2) 仮差押えの執行行為が終了したとき(不動産仮差押えについては、仮差押登記のとき。民事保全法四七条一項)に中断事由が終了するとの説(非継続説と呼ぶ。)である。
継続説は、(a)仮差押えの効力が存続する以上、債権者の権利行使は継続している、(b)(継続説に立った場合時効中断の効力がいつまでも存続することになるから不当であるとの批判に応えて)債権者が仮差押執行後に本案訴訟を提起せず放置している場合、債務者は起訴命令の申立てができ、債権者が右命令に従わなければ仮差押命令が取り消される(同法三七条)のであるし、債権者が債務名義を取得したにもかかわらず強制執行に着手しない場合は、債務者は、保全の必要性が失われたことを理由に、事情変更による仮差押命令の取消しを求めることができる(同法三八条)、債権者が仮差押えを通じて権利行使をしているのに、債務者が右の対抗手段を執らない場合には時効中断の効力を継続しても不当とはいえないことなどを理由とする(なお、右各事由により仮差押命令が取り消された場合、民法一五四条により時効中断の効力は生じなかったことになると解される。)。一方、非継続説は、(a)時効中断の終期を執行保全の効力の終期と同一に解する必要はない、(b)仮差押えは暫定的な手続にすぎないのに、時効中断の効力がいつまでも終了しないことになるのは、確定判決を得た場合でさえ一〇年で消滅時効が完成する(民法一七四条ノ二)ことと対比して強力にすぎ、不当であることなどを理由とするが、(b)をもって理由の中核とする。
大審院及び最高裁判例は、次のとおり一貫して継続説を採っている。①大判明37・12・16民録一〇輯一六三二頁(仮差押執行が本執行に移転したときは、仮差押えの時効中断の効力はその時点で本執行の中断の効力に引き継がれる)、②大判昭3・7・21民集七巻五六九頁(仮差押債権者が債務名義を取得したとしても、仮差押えが存続する限り仮差押えによる時効中断の効力は存続する)、③大判昭8・10・28新聞三六六四号七頁(仮差押えの執行継続中は時効の進行は開始しない)、④最二小判昭59・3・9裁判集民一四一号二八七頁、本誌五二五号九八頁(仮差押後、不動産が第三者に譲渡され、新所有者に対する債権者が申し立てた強制競売の結果、仮差押登記が抹消された場合、右抹消時まで時効中断の効力が続く)、⑤最三小判平6・6・21民集四八巻四号一一〇一頁、本誌八六五号一三一頁(仮差押解放金の供託により仮差押えの執行が取り消された場合においても、仮差押えの執行保全の効力は供託金取戻請求権の上に存続するから、仮差押えによる時効中断の効力は継続する)。④、⑤の最高裁判決は、仮差押えの執行行為が終了しても、時効中断の効力が終了しないことを当然の前提としたものである(滝澤泉・平6最判解説四二七頁)。
下級審判決も、継続説が多数であり、⑥東京高判昭48・5・31金法七〇二号三頁、⑦東京高判昭56・5・28本誌四五〇号九九頁、⑧東京高判平6・3・30判時一四九八号八三頁、⑨東京高判平6・4・28本誌八七五号一三六頁、判時一四九八号八六頁、⑩東京高判平9・10・29金商一〇三三号二七頁がある。これに対して、非継続説をとる下級審判決として、⑪東京高判平4・10・28判時一四四一号七九頁(上告取下げにより確定)、⑫東京地裁平5・11・17金法一三八八号三九頁(⑧判決により破棄された。)、⑬京都地判平6・1・13判時一五三五号一二四頁(確定)、⑭大阪高判平7・2・28(金法一四一九号三七頁・本件の原判決)がある。
学説においても、継続説が通説の地位を占めていた(民法学説では、川島武宜・民法総則四九九頁、川井健・注釈民法(5)一一七頁、岡本坦・注釈民法(5)一三六頁(改説前)、石田穣・民法総則五八九頁、篠原弘志・手研四七五号一二八頁など。明言はしないが我妻榮・新訂民法総則四六八頁も継続説を前提としていると解される。手続法学説では、吉川大二郎・保全処分の研究一〇八頁、同・増補保全訴訟の基本問題二四九頁、山内敏彦「保全執行の終了」保全処分の体系上巻四四一頁など)。
ところが、最二小昭59年判決(④判決)の評釈として、非継続説を採る松久三四彦・判評三〇九号三三頁が現れ、ついで戸根住夫「仮差押、仮処分による時効中断」姫路法学二号一六七頁が続き、平成4年に至って⑪判決が詳細な理由付けをもって非継続説に立つことを明らかにしたところ、学説はこれを好意的に迎え、非継続説が有力になった(⑪判決の評釈として、岡本坦・手研四八九号四頁、金山直樹・判評四一四号四一頁、山本克己・金法一三九六号三三頁、松久三四彦・金法一三九八号三六頁、上野隆司・金法一三五四号四頁)。そして、前記⑫、⑬の地裁判決がこれに追随したのであるが、平成6年に、東京高裁の二つの部において、継続説に立つ旨の詳細な説示をした⑧、⑨の判決が示され(⑫は⑧に破棄された。)、さらに最高裁が継続説を前提とした⑤判決を示すに及んで、実務的には継続説で落ち着くかに見えたところへ、本件の原判決(⑭判決)が示されたのである。右以外に非継続説に立つか、これに好意的な論文として、野村秀敏「仮差押えによる時効中断の時期(一)~(四)」判時一五六六号、一五六八号、一五六九号、一五七一号(判例、学説等を網羅的に研究した論文)、金山直樹・本誌八八二号三三頁、同・リマークス一九九五年度〈上〉一四頁、栗田隆・判評四四一号六四頁、松岡久和・金法一四二八号二五頁、中田裕康・平6重判解六三頁などがある。これに対し、継続説に立つものとして、石川明「仮差押解放金の供託による仮差押えの執行の取消しと時効中断の効力」法研六八巻九号一四五頁(非継続説に対する詳細な反論を行った論文)、秦光昭・NBL五六九号六八頁がある。一方、弁護士などの実務家には、非継続説では従前より継続説で運用してきた債権管理の実務に混乱を招くことなどから、継続説を支持する見解が強い(中務嗣治郎・金法一三八八号一頁、北秀昭・銀法21五三二号三六頁、佐伯一郎・銀法21五三四号四頁など)。
本件判決の判示事項一は、先例に従った判断ではあるが、以上のような学説や下級審判決の状況にかんがみて、判示の理由を付して継続説に立つ判例の立場を確認したものである。
なお、東京高裁の⑧、⑩判決は、継続説に立ちつつ、「権利の上に眠っていることの具体的事実」や「客観的に見て権利行使の意思を撤回し若しくは権利行使を断念ないし放棄したものと推認することを相当とする特段の事情」がある場合には、例外的に時効中断の効力が消滅する場合を認めている。これは、中断期間が長きに失するとの非継続説の批判を意識したものと思われるが、定型的事実を中断事由とし、その中断事由の終了の時から時効が改めて進行するとした民法の構造の中に、非定型的な時効中断の終了事由を持ち込むことは理論的に問題があるし、債務者が本案の起訴命令や事情変更による保全命令取消の申立権を行使しないのに中断の効力の消滅を認めることは、継続説の基本的立場に反するように思われる。本判決も、右高裁判決のような例外について触れていない。
五 また、仮差押登記後も時効中断の効力が継続するとの見解の中にも、暫定的な制度である仮差押えの時効中断の効力を本案の債務名義が確定した後まで存続させるのは不当であるとの理由から、仮差押えの時効中断の効力は、後に確定した本案の債務名義に吸収されるとの見解(吸収説と呼ぶ。)があり(宮崎孝治郎・判例民事法昭和三年度二八二頁。吸収説に立つ判決として、福井地判昭44・5・26民集二〇巻五・六号三八九頁、新潟地判平9・3・17金商一〇三三号三〇頁がある。後者は⑩判決により破棄された。)、原判決の前記説示(2)はこれに従ったものである。しかし、吸収説は、仮差押えと請求とを同列の中断事由として定めている民法の条文を離れた説であり、採り得ないものと思われ、②の大審院判決、⑦、⑩の東京高裁判決は、いずれも吸収説の結論を否定していたところである。本件判決の判示事項二は、吸収説を採り得ないことを明らかにしたものである。
六 本件判決は、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は仮差押えの時効中断の効力が継続することを明らかにしたが、(一)本執行が無剰余によって取り消された場合の仮差押えの効力の消長など、本執行がされた場合の仮差押えの効力をめぐる問題や、(二)具体的にどのような場合に事情変更による仮差押命令の取消が認められるか(たとえば、本案判決を取得したものの、執行を申し立てると無剰余取消になるので、仮差押えをしただけで先順位抵当権者に対する弁済や不動産価格の上昇を待っているような場合に、事情変更による取消が認められるか。)といった点は、残された問題である。
七 本判決は、学説、下級審判決において対立があった仮差押えの時効中断の効力の継続をめぐる議論に決着を付けたもので、実務的に重要な判決であると思われるので、紹介する。

+(差押え、仮差押え及び仮処分)
第百五十四条  差押え、仮差押え及び仮処分は、権利者の請求により又は法律の規定に従わないことにより取り消されたときは、時効の中断の効力を生じない
第百五十五条  差押え、仮差押え及び仮処分は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、時効の中断の効力を生じない

+判例(S50.11.21)
理由
上告代理人菅井俊明、同塩谷脩の上告理由第一点について
抵当権実行のためにする競売法による競売は、被担保債権に基づく強力な権利実行手段であるから、時効中断の事由として差押と同等の効力を有すると解すべきことは、判例(大審院大正九年(オ)第一〇九号同年六月二九日判決・民録二六輯九四九頁、同昭和一三年(ク)第二一九号同年六月二七日決定・民集一七巻一四号一三二四頁)の趣旨とするところである。そして、差押による時効中断の効果は、原則として中断行為の当事者及びその承継人に対してのみ及ぶものであることは、民法一四八条の定めるところであるが、他人の債務のために自己所有の不動産につき抵当権を設定した物上保証人に対する競売の申立は、被担保債権の満足のための強力な権利実行行為であり、時効中断の効果を生ずべき事由としては、債務者本人に対する差押と対比して、彼此差等を設けるべき実質上の理由はない民法一五五条は、右のような場合について、同法一四八条の前記の原則を修正し、時効中断の効果が当該中断行為の当事者及びその承継人以外で時効の利益を受ける者にも及ぶべきことを定めるとともに、これにより右のような時効の利益を受ける者が中断行為により不測の不利益を蒙ることのないよう、その者に対する通知を要することとし、もつて債権者と債務者との間の利益の調和を図つた趣旨の規定であると解することができる
したがつて、債権者より物上保証人に対し、その被担保債権の実行として任意競売の申立がされ、競売裁判所がその競売開始決定をしたうえ、競売手続の利害関係人である債務者に対する告知方法として同決定正本を当該債務者に送達した場合には、債務者は、民法一五五条により、当該被担保債権の消滅時効の中断の効果を受けると解するのが相当である。同条所定の差押等を受ける者の範囲を所論の如く限定しなければならない理由はなく(所論引用の当裁判所昭和三九年(オ)第五二三号、第五二四号同四二年一〇月二七日第二小法廷判決・民集二一巻八号二一一〇頁及び昭和四一年(オ)第七七号同四三年九月二六日第一小法廷判決・民集二二巻九号二〇〇二頁各判例は、同条にいわゆる「時効ノ利益ヲ受クル者」の範囲について判示したものではない。)、また、競売裁判所による前記の競売開始決定の送達は債務者に対する同条所定の通知として十分であり、右通知が所論の如く債権者から発せられねばならないと解すべき理由も見出し難い。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、所論はこれと異なる独自の見解に基づいて原判決を非難するものであつて、論旨は採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の判断は正当であり、その過程に所論の違法はなく、原判決に所論の法令違背のあることを前提とする所論違憲の主張もまた理由がない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 岡原昌男 裁判官 吉田豊 裁判官 本林讓)

+判例(H8.7.12)
理由
上告代理人戸田隆俊の上告理由について
一 本件請求は、上告人らが被上告人に対し、上告人らの所有する不動産に設定された被上告人のAに対する求償債権等を被担保債権とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定登記の抹消を求めるものである。原審の確定したところによれば、被上告人からAに対して本件根抵当権の被担保債務の履行を求める訴訟が提起され、昭和五七年四月一八日に被上告人勝訴の判決が確定しているところ、被上告人は、平成四年四月三日に本件根抵当権の実行としての不動産競売を申し立て、これに基づいて、同月七日に競売開始決定がされ、同年六月一三日に債務者であるAに右競売開始決定正本が送達されたものである。
上告人らは右判決確定の時から一〇年を経過した平成四年四月一八日に本件根抵当権の被担保債権は時効によって消滅した旨を主張し、被上告人は不動産競売の申立てをした同月三日に右債権についての時効中断の効力が生じた旨を主張している。したがって、本件においては、物上保証人に対する不動産競売の申立てによって時効中断の効力が生ずる時期が、債権者が競売を申し立てた時であると解するか、競売開始決定正本が債務者に送達された時であると解するかによって、消滅時効の成否の判断が左右されることになる。

二 原審は、物上保証人に対する不動産競売の申立てによる被担保債権の消滅時効の中断の効力は、債権者が執行裁判所に競売の申立てをした時に生ずると解するのが相当であるところ、本件においては、時効期間の満了前に本件根抵当権の実行としての不動産競売の申立てがされているから、これにより本件根抵当権の被担保債権の消滅時効は中断されたとして、上告人らの本件請求を棄却すべきものとした。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
債権者から物上保証人に対する不動産競売の申立てがされ、執行裁判所のした競売開始決定による差押えの効力が生じた後、同決定正本が債務者に送達された場合には、民法一五五条により、債務者に対し、当該担保権の実行に係る被担保債権についての消滅時効の中断の効力が生ずるが(最高裁昭和四七年(オ)第七二三号同五〇年一一月二一日第二小法廷判決・民集二九巻一〇号一五三七頁、最高裁平成七年(オ)第三七四号同年九月五日第三小法廷判決・民集四九巻八号二七八四頁参照)、右の時効中断の効力は、競売開始決定正本が債務者に送達された時に生ずると解するのが相当である。けだし、民法一五五条は、時効中断の効果が当該時効中断行為の当事者及びその承継人以外で時効の利益を受ける者に及ぶべき場合に、その者に対する通知を要することとし、もって債権者と債務者との間の利益の調和を図った趣旨の規定であると解されるところ(前掲昭和五〇年一一月二一日第二小法廷判決参照)、競売開始決定正本が時効期間満了後に債務者に送達された場合に、債権者が競売の申立てをした時にさかのぼって時効中断の効力が生ずるとすれば、当該競売手続の開始を了知しない債務者が不測の不利益を被るおそれがあり、民法一五五条が時効の利益を受ける者に対する通知を要求した趣旨に反することになるからである。
したがって、右の場合に、債権者が競売の申立てをした時をもって消滅時効の中断の効力が生ずるとの見解に立って、上告人らの本件請求を棄却した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、被上告人は、債務者であるAが昭和五七年一二月二二日に本件根抵当権の被担保債務を承認したとの主張をしているので、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すことにする。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

++解説
《解  説》
本件は、物上保証人に対する抵当権の実行によって被担保債権の消滅時効の中断効の生ずる時点についての解釈が争われた事件である。
本件土地の所有者であるAとX1は、昭和五四年一二月四日、その所有する本件土地上に債務者をBとし、Yを権利者とする極度額一九〇〇万円の本件根抵当権を設定した。その後、YはBに対し、本件根抵当権の被担保債権である求償金の支払を求める訴えを提起し、昭和五七年四月一八日にY勝訴の判決が確定した。Yは平成四年四月三日に本件根抵当権に基づく競売を申立て、四月七日競売開始決定がされた。そして、四月九日に本件土地についての差押えの登記が経由されたが、競売開始決定正本がBに送達されたのは六月一三日であった。
本件訴訟は、A及びX1が、Yに対し、本件根抵当権の抹消登記手続を求めるものであり、A及びX1は、昭和五七年四月一八日の判決確定後、一〇年が経過した平成四年四月一八日に本件根抵当権の被担保債権は、時効によって消滅した旨主張した。これに対し、Yは、(1)Bは、昭和五七年一二月二二日、別件訴訟において、本件根抵当権の被担保債権の存在を認める証言をしたから、主債務者が債務を承認したことにより右債権の消滅時効は中断した、(2)不動産競売開始決定がBに送達されたことによって、本件根抵当権の被担保債権についての消滅時効中断の効力は、競売申立てをした平成四年四月三日にさかのぼって生じた、との抗弁を提出した。
原判決は、(1)の抗弁についての判断は示さなかったが、不動産執行による金銭債権についての消滅時効の中断の効力は、債権者が執行裁判所に当該金銭債権についての不動産執行の申立てをした時に生ずるものと解するのが相当である、と述べて(2)の抗弁を採用し、X1らの請求を棄却した。A及びX1が上告したが、Aは上告提起後死亡し、X1ないしX4がAの地位を承継した。本判決は、原審の(2)の抗弁に対する判断に法令の解釈適用を誤った違法があるとして、(1)の抗弁についての審理を更に尽くさせるため、事件を原審に差し戻した。
本判決の引用する最二小判昭50・11・21民集二九巻一〇号一五三七頁、本誌三三〇号二五〇頁は、民法一五五条は時効中断行為の当事者以外で時効の利益を受ける者を保護するための規定であり、債権者が物上保証人に対して不動産競売を申立てた場合にも右の規定が適用されると判示している。
民法の立法担当者は、法典調査会の審議において、時効による利益を受ける者の知らない間に時効中断の効力が生ずることはその者に酷であることを民法一五五条の立法理由として強調していたが、その後、物上保証人に対して競売の申立てがされる場合にも民法一五五条が適用されるとの解釈を打ち出した。これに対し、物上保証人のように、時効中断が問題となる当の当事者以外の者を法律上の当事者として差押えなどがなされた場合に、一片の通知をもって当の債務者についても中断の効力を生ぜしめることは、中断の人的相対効の原則(民法一四八条)を逸脱する解釈であり、民法一五五条は、執行手続が事実上第三者に対してなされた場合(債務者所有動産を占有ないし所持している第三者について差押えがなされる場合など)に限って適用されると解すべきであるとする反対説がある。しかしながら、通説は、立法担当者と同様に、物上保証人に対して抵当権の実行としての競売申立てがなされる場合にも、民法一五五条が適用されるとの立場を採っている(我妻栄・新訂民法総則四六九頁等)。
民法の立法担当者は、物上保証人に対して競売が申し立てられ、差押えがされた場合には、債権者が自ら債務者に対して差押えの事実の通知をしなければならない、と考えていた。ところが、その後、民訴法二〇四条を根拠に、物上保証人に対して競売が申し立てられた場合、書留郵便等により、債務者に対しても競売開始決定を告知すべきであるとの解釈がとられるようになり、債務者に対しても競売開始決定を送達する裁判所が多数を占めるようになった。前掲最二小判昭50・11・21は、右のような執行実務を前提に、民法一五五条の通知は必ずしも債権者自身から発せられなければならないと解する必要はなく、競売開始決定正本が債務者に送達された場合には、債務者は、民法一五五条により、当該被担保債権の消滅時効の中断の効果を受けると解するのが相当である、と判示したものである。最近の学説においても、物上保証人に対する競売申立ての場合には、民法一五五条が適用されるとの理解が一般的であり(清水暁「連帯保証債務の物上保証人に対する担保権の実行としての競売手続の申立・追行が、主債務の消滅時効の中断事由となるか」判評三九六号四〇頁〔平成四年〕、山野目章夫「民法判例レビュー43」本誌八三一号四八頁〔平成六年〕)、最三小判平7・9・5民集四九巻八号二七八四頁も、前掲最二小判昭50・11・21が示した解釈が、民事執行法が施行された後も妥当することを前提とした説示をしている。
物上保証人に対する不動産競売の申立てによって時効中断効の生ずる時期に関しては、従来から競売申立時に時効中断効が生ずるという申立時説(石田穣・民法総則五八二頁、秦光昭「物上保証人に対する競売申立てと被担保債権についての時効中断効等」金法一三三〇号一二頁(通知の到達を条件として、申立時に遡って中断の効力が生ずるとする。))と、債務者に対する競売開始決定が到達した時に時効中断効が生ずるという到達時説(友納治夫・昭50最判解説(民)五二一頁、菊井=村松「全訂民事訴訟法Ⅱ」二〇七頁、上野隆司「不動産競売手続における時効中断」三二三頁(鈴木正和先生古稀記念『債権回収の法務と問題点』)、荒木新吾「民法一五五条の通知と競売開始決定の告知」ジュリ臨時増刊=担保法の判例Ⅱ三五九頁、野村重信「競売の申立による時効中断効の発生時期」手研四七五号一九四頁、廣渡鉄「不動産の仮差押え、差押えと時効中断効」金法一三七六号二三頁、高山満「不動産競売と時効の中断」金法一三七八号一〇七頁、酒井廣幸「時効の管理」〔増補改訂版〕二四五頁等)とが対立していた。訴えの提起については、訴状を裁判所に提出した時点で時効中断の効力が発生する旨の明文の規定があり(民訴法二三五条)、支払命令の申立てについては、送達されることを条件として、申請の時に効力を生ずると解されている。申立時説は、このような他の事由による時効中断効の発生時期とのバランスをとる意味からも、申立時に時効中断効を認めるべきであるとするものである。これに対し、到達時説は、民法一五五条の「之ヲ其者ニ通知シタル後ニ非サレハ時効中断ノ効力ヲ生セス」との規定の文言等を根拠とするものである。
動産執行による金銭債権の消滅時効中断の効力は、債権者が執行官に対しその執行の申立てをした時に生ずる旨を判示した最三小判昭59・4・24民集三八巻六号六八七頁、本誌五二六号一三八頁は、傍論として、時効中断の効力が生ずる時期は、権利者が法定の手続に基づく権利の行使に当たる行為に出たと認められる時期、すなわち、差押えについては債権者が執行機関である裁判所又は執行官に対し金銭債権について執行の申立てをした時であると解すべきであると述べている。原判決は、右の債務者に対する競売申立ての場合に申立て時に時効中断の効力が生ずるとの解釈を物上保証人に対する競売申立ての場合にも及ぼすことができると解したものと思われる。原判決に対する評釈として、金山直樹「物上保証人に対する担保権実行としての不動産競売と被担保債権の消滅時効の中断時期(競売申立時)」判評四二八号四二頁、吉田光碩「物上保証人に対する競売実行と主債務の時効中断効」金法一三九八号四八頁、松久三四彦「物上保証人に対する担保権実行通知の送達と被担保債権の時効中断時期」法時別冊リマークス一〇号一〇頁がある。
ところで、最三小判平7・9・5民集四九巻八号二七八四頁は、競売開始決定正本の債務者に対する送達に関し、付郵便送達による発送の手続が執られただけではいまだ時効中断の効力を生ぜず、右正本の送達によって初めて、債務者に対して消滅時効の中断の効力を生ずるとの判断を示した。右最判は、時効の利益を受ける者の保護を図っている民法一五五条所定の通知の趣旨からすれば、債務者に右の通知がされたというためには、債務者自身が当該競売手続の開始を了知し得る状態に置かれることを要すると解したものである。右最判は、物上保証人に対する競売の申立てによって当然に債務者に対する時効中断の効力が発生しないことを前提にするものであるが、競売開始決定正本が債務者に現実には到達していない事案に関するものであるため、物上保証人に対する不動産競売の申立てによって時効中断効の生ずる時期に関して直接の判断はされていない。このため、右最判が出された後も、物上保証人に対する競売の申立てがされ、競売開始決定が債務者に送達された場合には、申立時に遡って時効中断効が生ずると解すべきであるとの学説が公表されている(秦光昭「物上保証人に対する抵当権実行としての競売開始決定の正本が書留郵便に付して発送された場合と民法一五五条による時効中断効」銀行法務21五二一号四頁)。なお、執行実務においては、債務者、所有者の所在不明により、競売開始決定正本が送達できないことが多いが、債務者の所在不明により送達ができない場合に、民事訴訟法四三三条により命令の申立て却下される支払命令の場合とは異なり、執行手続においては、競売開始決定がされた後長期間経過した後に債務者に対する送達が行われることも稀ではない。
本判決は、以上のような学説判例等の状況を踏まえ、民法一五五条が時効の利益を受ける者に対する通知を要求することによって時効の利益を受ける者の立場に配慮していることを考慮し、物上保証人に対する競売が申し立てられた場合に、競売開始決定が債務者に送達されることを条件として時効中断の効力が申立時に遡って生ずると解することは相当ではなく、競売開始決定正本が債務者に送達された時に時効中断の効力が生ずると解すべきことを明らかにしたものである。
本判決は、物上保証人に対する不動産競売の申立てによって時効中断効の生ずる時期に関し、最高裁として初めての判断を示したものであり、実務に与える影響も大きいと思われる。

・連帯保証債務を被担保債権とする抵当権の実行によって主債務の時効が中断することはない!!!!
+判例(H8.9.27)
理由
上告代理人森本紘章及び上告補助参加代理人小山晴樹、同渡辺実の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要及び記録によって明らかな本件訴訟の経緯等は、次のとおりである。
1 住宅ローン融資等を業とする被上告人は、株式会社都市開発(以下「訴外会社」という。)の販売又は仲介する不動産を購入した顧客との間で住宅ローン取引を行っていたが、訴外会社は、昭和五九年二月八日ころ、被上告人に対し、訴外会社の顧客が被上告人から住宅ローンの融資を受けたことにより負担する債務につき、合計一億一〇〇〇万円を限度として、包括して連帯保証する旨を約した
2 上告補助参加人らは、昭和五九年二月九日、被上告人に対し、上告補助参加人ら各所有の不動産に、被上告人の訴外会社に対する右連帯保証契約上の債権を被担保債権とする極度額一億一〇〇〇万円の根抵当権を設定した(以下「本件根抵当権」という。)。
3 被上告人は、昭和五九年六月二七日、訴外会社の顧客である上告人aとの間で、一九〇〇万円を同上告人に貸し付ける旨の契約(以下「本件ローン契約」という。)を締結し、上告人bは、同日、被上告人に対し、右契約に基づく上告人aの債務を連帯保証する旨を約した
なお、上告人aは、真実マンションを購入する意思がないのに、訴外会社の資金繰りのため、訴外会社から三〇万円の謝礼を受け取る約束の下に、マンション購入者として本件ローン契約を締結し、被上告人から一九〇〇万円の交付を受けたものであり、上告人bも、訴外会社の勧誘に応じて右連帯保証をしたものである。
4 上告人cは、昭和五九年八月七日、割賦金の返済を怠ったため、本件ローン契約所定の約定により、期限の利益を喪失した。
5 被上告人は、昭和五九年一〇月二六日、本件根抵当権の実行としての競売を各管轄裁判所に申し立て、東京地方裁判所は同月二九日上告補助参加人ら各所有の不動産について、千葉地方裁判所佐倉支部は同月三〇日上告補助参加人小郷建設株式会社所有の不動産について、それぞれ競売開始決定をし、各競売開始決定正本は、前者については同年一一月一四日、後者については同年一二月二八日、右各競売事件の債務者である訴外会社に送達された。
6 被上告人は、平成元年一〇月二五日、上告人aに対しては本件ローン契約上の債務の履行を求め、上告人bに対してはその連帯保証債務の履行を求めて本件訴訟を提起し、上告人らは、本件訴訟において、本件ローン契約上の債権についての五年の商事消滅時効を援用した。

二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断して、本件ローン契約上の債権が時効により消滅したとの上告人らの主張を排斥した。
1(一) 物上保証人所有の不動産を目的とする抵当権の実行としての競売を申し立てた債権者は、右手続において被担保債権の弁済を受けることを最終の目的とするものであること、右手続の競売開始決定正本は債務者に送達されることになっており、被担保債権の弁済を求める債権者の意思を債務者に通知することが手続的に保障されていること、競売開始決定正本が債務者に送達されたときは、差押えの効力として、被担保債権についての消滅時効は中断すると解されるが、一つの行為が効力を異にする二個の中断事由に重畳的に該当することを否定すべき理由はないこと等を考慮すれば、右競売の申立ては、債務者に対する関係で民法一四七条一号の「請求」に当たるものと解するのが相当である。そして、抵当権の実行としての競売手続は、請求権の存否を確定する効力を有するものではないから、右競売の申立ては、裁判上の請求に当たらず、催告としての効力を有するにすぎないものといわなければならないが、右競売の申立てによる催告は、その手続の進行中はその効力が継続的に維持され、そのことを前提に、債権者の弁済要求にこたえるための競売手続が行われるものというべきであるから、右催告は、手続終了後六箇月以内に債務者に対し裁判上の請求等をすることにより確定的に時効中断の効力を生じさせることができるいわゆる裁判上の催告に当たるものと解するのが相当である。
(二) 民法四五八条において準用される同法四三四条により、連帯保証人に対する履行の請求は主債務者に対しても効力を生ずるから、本件ローン契約上の債務の連帯保証人である訴外会社を債務者とする本件根抵当権の実行としての競売の申立てによる裁判上の催告の効力の継続中に本件訴訟が提起されたことにより、本件ローン契約上の債権の消滅時効は中断している。
2 また、上告人aは、訴外会社から三〇万円の謝礼を受け取る約束の下に、訴外会社の資金繰りのために本件ローン契約を締結したものであり、上告人bも訴外会社と相通じた連帯保証人であること等からすれば、上告人らが本件ローン契約上の債権についての消滅時効を援用することは、信義則に反し、許されないというべきである。

三 しかしながら、原審の右1、2の判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1(一) 物上保証人所有の不動産を目的とする抵当権の実行としての競売の申立てがされ、執行裁判所が、競売開始決定をした上、同決定正本を債務者に送達した場合には、債務者は、民法一五五条により、当該抵当権の被担保債権の消滅時効の中断の効果を受けるが(最高裁昭和四七年(オ)第七二三号同五〇年一一月二一日第二小法廷判決・民集二九巻一〇号一五三七頁参照)、債権者甲が乙の主債務についての丙の連帯保証債務を担保するために抵当権を設定した物上保証人丁に対する競売を申し立て、その手続が進行することは、乙の主債務の消滅時効の中断事由に該当しないと解するのが相当である。
けだし、抵当権の実行としての競売手続においては、抵当権の被担保債権の存否及びその額の確定のための手続が予定されておらず、競売開始決定後は、執行裁判所が適正な換価を行うための手続を職権で進め、債権者の関与の度合いが希薄であることにかんがみれば、債権者が抵当権の実行としての競売を申し立て、その手続が進行することは、抵当権の被担保債権に関する裁判上の請求(同法一四九条)又はこれに準ずる消滅時効の中断事由には該当しないと解すべきであり、また、執行裁判所による債務者への競売開始決定正本の送達は、本来債権者の債務者に対する意思表示の方法ではなく、競売の申立ての対象となった財産を差し押さえる旨の裁判がされたことを競売手続に利害関係を有する債務者に告知し、執行手続上の不服申立ての機会を与えるためにされるものであり、右の送達がされたことが、直ちに抵当権の被担保債権についての催告(同法一五三条)としての時効中断の効力を及ぼすものと解することもできないことなどに照らせば、債権者が抵当権の実行としての競売を申し立て、その手続が進行すること自体は、同法一四七条一号の「請求」には該当せず、したがって、右抵当権が連帯保証債務を担保するために設定されたものである場合にも、同法四五八条において準用される同法四三四条による主債務者に対する「履行ノ請求」としての効力を生ずる余地がないと解すべきであるからである。
(二) 以上によれば、本件においても、被上告人がした本件根抵当権の実行としての競売の申立ては、本件ローン契約上の債権の消滅時効を中断しないというべきである。
2 被上告人は、上告人らによる本件ローン契約上の債権についての消滅時効の援用が信義則に反すると主張するけれども、上告人aが、真実マンションを購入する意思がなく、訴外会社の資金繰りのために本件ローン契約を締結したとしても、上告人らは、自らマンション購入者として本件ローン契約を締結するなどしたのであるから、上告人らが本件ローン契約上の債権の消滅時効を援用することが信義則に反するということはできない。
以上のとおり、本件ローン契約上の債権が時効により消滅したとの上告人らの主張を排斥した原審の判断には、法令の解釈を誤った違法があるというべきであり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
四 被上告人は、上告人らと訴外会社及び上告補助参加人らは取引上一体というべき関係にあるとして、上告補助参加人らが被上告人に対して本件根抵当権の設定登記の抹消登記手続を求めて提起した訴訟(東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第三八七六号事件。以下「別件訴訟」という。)に被上告人が応訴し、請求棄却を求めるとともに、上告人a及び訴外会社に対する債権の存在を主張立証したことには裁判上の請求に準ずるもの又は裁判上の催告としての時効中断の効力があり、上告補助参加人らが別件訴訟の和解手続において被上告人に対する債務の存在を認めたことは時効中断事由としての承認に当たる旨を主張するが、記録によってうかがわれる被上告人の主張事実によっても、上告人らと訴外会社及び上告補助参加人らが取引上一体というべき関係にあったということはできない上、上告人ら及び訴外会社はいずれも別件訴訟の当事者ではなかったのであるから、別件訴訟における被上告人又は上告補助参加人らの訴訟活動が本件ローン契約上の債権につき消滅時効の中断の効力を及ぼすと解する余地のないことは明らかである。そして、他に右債権の消滅時効の中断事由に関する主張立証はない。そうすると、本件ローン契約上の債権は上告人らによる時効の援用により消滅し、それに伴い、上告人bの連帯保証債務も消滅したものであるから、被上告人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものである。
よって、原判決を破棄し、第一審判決を取り消した上、被上告人の請求をいずれも棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官河合伸一の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+意見
裁判官河合伸一の意見は、次のとおりである。
私は、本件ローン契約上の債権が時効によって消滅したとする多数意見の結論には賛成するが、その理由を異にするので、私見の要点を述べておきたい。
一 民法一五三条のいう催告とは、債務者に対して債務の履行を求める債権者の意思の通知であって、その形式、方法の如何を問わないというのが、一般的な理解である。
競売の申立ては、債権者が被担保債権の弁済を得るためにする強力な手続であるから、直接的には抵当権の行使であっても、その背後に債務者に対して債務の履行を求める意思が含まれていることは明らかである。そして、その債権者の意思は、競売開始決定正本の送達により、債務者に到達することが予定されている。これを受領した債務者が債権者の右意思を認識することもまた当然である。したがって、頭記の一般的理解に従い、債権者が競売を申し立て、これに基づく競売開始決定正本が債務者に送達されることは、民法一四七条二号の差押えとなることとは別に、同法一五三条の催告にも当たると解すべきである。
二 しかしながら、いわゆる裁判上の催告として通常の催告を超える効力があるとされるのは、単に裁判所における手続で権利を主張したというだけでは足りず、(1) その手続において、当該権利の存否につき審理、判断されることが予定されているため、権利者が、その審理中、当該権利の存在を継続して主張していると認め得る場合、又は、(2) その手続が係属している間、権利者が別途当該権利の時効中断の手続をとることが著しく困難又は不合理であるなど、特段の事情があり、右の間の時効の進行を暫定的に中断しなければ権利者に酷であると認め得る場合であると考える。
抵当権の実行としての競売手続においては、債務者から執行異議の申立てがあった場合などを除き、原則として被担保債権の存否を審理、判断することは予定されていないから、右の(1)の場合に当たるとすることはできない。また、抵当権に基づく競売手続の係属中に、主債務者に対して訴えを提起するなど、被担保債権について適宜の時効中断措置をとることが著しく困難又は不合理であるとはいえず、その他一般に右(2)の場合に当たると認めることもできない。
したがって、抵当権の実行としての競売手続が係属していることをもって、一般的に、被担保債権につきいわゆる裁判上の催告があったと解することはできない。
三 これを本件についてみると、被上告人が本件根抵当権の実行としての競売を申し立て、各競売開始決定正本が訴外会社に送達されたことは、本件ローン契約上の債務についての連帯保証人たる同社に対して民法一五三条の催告があったものと解することができ、かつ、その催告は同法四五八条により準用される同法四三四条の履行の請求に含まれると解すべきであるから、主債務者たる上告人aに対する関係でも、時効中断の効力を生じたというべきである。
しかしながら、右の中断は暫定的なものにすぎず、その後の競売手続の係属をもって直ちにいわゆる裁判上の催告と解し得ないこと前示のとおりであり、その例外とすべき事情も認められないから、被上告人が右送達後六箇月以内に民法一五三条所定の手続をしなかったことにより右暫定的中断の効力は失われ、結局、本件ローン契約上の債権は上告人らの時効の援用により消滅したものというべきなのである。
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

++解説
《解  説》
一 連帯保証債務を担保するための抵当権に基づく競売の申立て及び競売開始決定正本の連帯保証人に対する送達が、連帯保証の主債務の時効中断の効力を有するかが争われた事件である。
二 本件の事実関係の概要は次のとおりである。
1 Xは、住宅ローン融資などを業とする会社、Aは、不動産の販売、仲介を業とする会社であり、Xは、Aが販売、仲介する物件の買主との間で住宅ローン取引を行ってきた。ところが、Aが、買主への移転登記が経由される前に実行された住宅ローンの融資金の一部を資金繰りのために流用するようになったため、Xの融資が実行されながら、買主への移転登記が経由されず、このため、Xが融資対象物件に抵当権を設定できない事態が生じた。このような事情から、昭和五八年一二月ころ、一旦、XとAの紹介した買主との間の住宅ローン取引が打ち切られることになった。その後、XとAとの間で、Aが買主の住宅ローン債務を連帯保証し、Z1、Z2の所有不動産にAの右連帯保証債務を担保するための抵当権を設定することを条件に、XとAの紹介した買主との住宅ローン取引を再開する話がまとまった。そして、昭和五九年二月八日、Aは、同社が販売又は仲介する不動産の買主のXに対する住宅ローン債務を一億円(後に二億一一〇三万円に変更)の限度で連帯保証する旨の契約(差し入れた保証書の日付は、昭和五八年一〇月七日とされた。)を締結し、Yらは、翌九日、Aの右連帯保証債務を担保するため、Z1、Z2所有の本件不動産にXを権利者とする根抵当権(本件根抵当権)を設定した。
2 XとAの顧客との住宅ローン取引が再開された後は、Xの担当者が、Aの顧客が予め作成した住宅ローンの融資金の振込先の預金口座の預金払戻請求書を預かり、融資の担保となる物件の登記関係書類が揃ったことを確認してから、預金払戻請求書をAに渡すようになった。しかしながら、その後も、Aが紹介したY1を含む九名の顧客(住宅ローン主債務者)に対してXが実行した住宅ローン融資については、融資が実行されながら抵当権設定登記が経由されないまま残ることになった。右の住宅ローン契約では、住宅ローン主債務者は、毎月及び毎ボーナス時(八月及び二月)に元利金を分割弁済し、右の分割金の支払を一回でも怠ったときは当然に期限の利益を失うことが定められていたが、Y1ら九名の住宅ローン主債務者は、期日に支払うべき分割金の支払を怠り、いずれも昭和五九年八月七日までに期限の利益を失った。なお、住宅ローン主債務者の中には、真実マンションを購入する意思がないのに、Aから謝礼を受け取る約束の下にAの資金繰りのためにマンション購入の名義人となることを了承した者も含まれていた。
3 Xは、昭和五九年一〇月二六日、本件根抵当権に基づいて東京地裁及び千葉地裁佐倉支部に対して本件不動産の競売を申し立て、東京地裁は同月二九日、千葉地裁佐倉支部は同月三〇日、それぞれ競売開始決定をなし、その開始決定正本は、同年一一月一四日(東京地裁関係)及び一二月二八日(千葉地裁佐倉支部関係)、それぞれAに送達された。
4 昭和六〇年四月九日、Z1、Z2は、本件根抵当権の被担保債権となっているXのY1ら九名に対する融資は、消費貸借契約における要物性の要件を充足していない、本件根抵当権の設定契約は錯誤により無効であるなどと主張して、本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する訴訟(別件抹消登記請求訴訟)を提起した。
5 Z1は、千葉地方裁判所佐倉支部における昭和六三年五月一六日の右競売事件の配当期日において、同裁判所がXが提出した債権計算書に基づいて作成した配当表の記載に対する異議を述べ、配当異議の訴え(別件配当異議訴訟)を提起した。なお、東京地裁に申し立てられた競売事件については、売却前に抵当権実行禁止の仮処分が発令されたことにより、売却手続が停止された。
6 Z1、Z2は、平成元年九月二五日の別件抹消登記請求訴訟の口頭弁論期日及び平成元年一一月二九日の別件配当異議訴訟の口頭弁論期日において、住宅ローン主債務者の消滅時効を援用した。
7 Xは、平成元年一〇日二五日及び二六日に、Y1ら九名の住宅ローン主債務者に対してはローン契約上の貸金債務の履行を求め、各連帯保証人(Y2はY1の連帯保証人)に対しては連帯保証債務の履行を求める九件の訴訟を提起した。
三 民法四五八条、四四〇条、四三四条によれば、連帯保証人に生じた時効中断事由は主債務者に効力を及ぼさないが、民法四三四条の「履行の請求」に該当する事由は、主債務者にもその効力が及ぶことになる。
民法四三四条と一四七条の関係につき、大判大3・10・19(民録二〇輯七七七頁)は、民法四三四条の「履行の請求」は民法一四七条一号の「請求」のみを意味し、同条二号の「差押」は「履行の請求」に含まれないとの解釈を明らかにし、大判昭14・8・30(法律新聞四四六五号七頁)は、物上保証人が同時に連帯保証人である場合にも、抵当権による競売申立ては、主たる債務の消滅時効を中断しないと判示している。通説も、民法一四七条二項の「差押」は、民法四五八条によって準用される民法四三四条の「履行の請求」には含まれないと解している。
最二小昭和50・11・21(民集二九巻一〇号一五三七頁)は、物上保証人に対する抵当権の実行により、競売裁判所が競売開始決定をし、これを債務者に告知した場合には、被担保債権についての消滅時効は中断すると判示したが、右最判は、競売開始決定正本の債務者への送達に民法一五五条による時効中断効を認めたものであるから、本件の事案では、右の最判の示した解釈から、主債務の消滅時効が中断することを根拠付けることはできない。このため、Xは、不動産競売の申立て及びAに対する開始決定の送達は、Aに対する催告としての効力を有し、この催告は、裁判所の手続を通じて継続的に権利を行使するものであるから、いわゆる「裁判上の催告」として、競売事件の係属中はその効果が継続すると解すべきであり、Xは右催告の効果の継続中に住宅ローン主債務者に対する貸金等請求の訴えを提起したから、本件住宅ローン契約上の債務の消滅時効は完成していないと主張した。民法一四七条の「請求」には一四九条の「請求」から一五三条の「催告」までが含まれると解されているため、抵当権に基づく競売の申立てに「裁判上の催告」としての暫定的時効中断効が認められるとすれば、主債務者に対しても時効中断の効力が及ぶことになると考えられる。そこで、一連の一一件の訴訟において抵当権に基づく競売の申立てが「裁判上の催告」に当たるか否かが本件の主たる争点となった。

四 一、二審判決のうち、東京地判平2・8・23(判時一三八六号一一六頁、本誌七三三号一一五頁、金法一二八一号二八頁、金商八六七号三〇頁)、東京地判裁平2・10・22(本誌七五六号二二三頁、金法一二九四号二六頁)、東京髙判平7・5・31(本誌八九五号一三四頁、金法一四二五号四一頁。同一の裁判体が同日付けで三件の判決を言い渡している。)は右の点を積極に解し、競売事件の係属による時効中断効を認めてXを勝訴させたが、その余の一、二審判決は、右の点を消極に解し、Xを敗訴させた。なお、消極説に立つ下級審判決のうち、東京地判平2・10・25(金法一二九四号二六頁)、東京高判平4・2・17(本誌七八六号一八六頁、金法一三四〇号三一頁、金商八九二号一三頁。同一の裁判体が同日付けで二件の判決を言い渡している。)は、競売開始決定正本の債務者への送達に催告としての側面を否定することはできないとしながらも、競売事件が係属する限り催告が継続的にされていると評価することはできないと解しているが、その余の消極説の判決(東京地判平2・3・28(判時一三七四号五八頁、本誌七四三号一六〇頁、金法一二八一号二八頁、金商八五七号一七頁)、東京地判平2・8・27(本誌七五六号二二三頁、金商八六七号三三頁)、東京地判平2・8・30(本誌七五六号二二三頁)、東京地判平2・12・4(判時一三八六号一一六頁、本誌七四六号一五九頁)、東京地判平3・12・20(本誌七八三号一三八頁)、東京高判平4・1・29(本誌七九二号一六六頁、金法一三六三号三八頁、金商八九一号三頁)等)は、競売開始決定正本の債務者への送達は、民法一五三条の「催告」に当たらないと解している。

五 本判決は、積極説に立つ原判決を破棄し、Xの請求に係る債権は時効によって消滅したとして請求棄却の自判をしたものである。なお、Xは、Y1の主債務の時効中断事由として、(1)Z1、Z2とY1及びY2とは実質的に一体であるから、別件抹消登記請求訴訟においてXがY1に対する貸金債権の存在を主張立証し、Z1、Z2が和解金の支払いを提案したことによってY1の主債務の消滅時効は中断した、(2)Y1らはAと共謀してXから不正に資金を借り入れたものであるから、Y1らが消滅時効を援用することは信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許されないなどと主張していたが、これらの主張はいずれも採用されなかった。

六 裁判上の催告に関する最高裁の裁判例には、裁判上の請求に準ずる時効中断効を認めたものとして、最大判昭43・11・13(民集二二巻一二号二五一〇頁、本誌二三〇号一五六頁。所有権に基づく登記手続請求の訴訟において、被告が自己に所有権があることを主張して請求棄却の判決を求め、その主張が判決によって認められた場合には、右主張は、裁判上の請求に準ずるものとして、原告のための取得時効を中断する効力を生ずる、と判示したもの)、最一小判昭44・11・27(民集二三巻一一号二二五一頁、本誌二四二号一七三頁。債務者兼抵当権設定者が債務の不存在を理由として提起した抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟において、債権者兼抵当権者が請求棄却の判決を求め被担保債権の存在を主張したときは、右主張は、裁判上の請求に準ずるものとして、被担保債権につき消滅時効中断の効力を生ずる、と判示したもの)があり、講学上の「裁判上の催告」と同様の時効中断効を認めたものとして、最大判昭38・10・30(民集一七巻九号一二五二頁。留置権の抗弁は、被担保債権の債務者が原告である訴訟において提出された場合には、当該債権について消滅時効中断の効力があり、かつ、その効力は、右抗弁の撤回されないかぎり、その訴訟係属中存続すると判示したもの)、最三小判昭43・12・24(裁集民九三号九〇七頁。農地の受贈者から贈与者に対し、時効期間内に、農地所有権移転登記手続の請求が提訴された場合において、その後、時効期間経過後に知事に対する許可申請手続の請求が追加されたときは、これにより右許可申請の請求権の消滅時効は中断される、と判示したもの)、最一小判昭45・9・10(民集二四巻一〇号一三八九頁。破産の申立債権者の破産宣告手続における権利行使意思の表示は、破産の申立が取り下げられた場合においても、債務者に対する催告としての時効中断の効力を有し、右債権者は、取下の時から六か月内に訴を提起することにより、当該債権の消滅時効を確定的に中断することができる、と判示したもの)、最三小昭48・10・30(民集二七巻九号一二五八頁、本誌三〇七号一七七頁。代理人がした商行為による債権につき本人が提起した債権請求訴訟の係属中に、相手方が商法五〇四条但書に基づき債権者として代理人を選択したときは、本人の請求は、右訴訟が係属している間代理人の債権につき催告に準じた時効中断の効力を及ぼす、と判示したもの)がある。一方、最二小判昭48・2・16(民集二七巻一号一四七頁、本誌二九一号一九一頁)は、公正証書に関する請求異議訴訟において、債権者が応訴して債権の存在を主張した場合でも、右証書の作成嘱託についての代表権欠缺を理由に請求が認容され、その債権の存否が判断されなかったときは、右債権につき、裁判上の請求に準ずる消滅時効中断の効力は生じない、と判示している。
「裁判上の催告」と呼ばれる考え方の適用が問題になる場面には、時効中断事由である「裁判上の請求」の外延を、補充的に拡張する機能を果たす観念として用いられる場面と、取り下げや却下によって失効した「裁判上の請求」を、別の中断事由としての催告に転換するための観念として用いられる場面とがあるとされている(昭45最判解説(民)五〇五頁〔横山長〕)。
学説は、時効中断効を認めたこれらの裁判例の結論を支持しているが、法律構成としては、「裁判上の請求に準ずるもの」としての時効中断効を広く認めれば足り、「裁判上の催告」という概念を認める必要はないとする立場(石田穣・民法総則五六七頁以下、平井一雄「裁判上の請求と時効の中断」民法の争点Ⅰ九三頁)と、「裁判上の請求」は、当該権利が債務名義につながる一連の手続に接続する形で主張される場合に限られると解すべきであり、「訴え提起」以外の形式で裁判上の権利主張がなされた場合には、「裁判上の催告」としての暫定的な時効中断効が認められるにすぎないと解すべきであるとする立場(松久三四彦「消滅時効制度の根拠と中断の範囲」北大法学論集三一巻二号八一〇頁以下)とがある。
七 消極説は、立法者は民法一四七条一号の「請求」は実体上の請求による時効中断に関する規定、二号の「差押」は執行手続による時効中断に関する規定ととらえていたから、差押えの申請行為だけを取り出して「請求」に含めたり、不動産競売開始決定の送達が一四七条一号と二号の時効中断事由の両方に該当するという解釈は、右の立法者の意図を超えるものであること、積極説によれば、主債務者に対する通知等を全く行わずに主債務の消滅時効が中断することを認めることになり、民法一四八条の原則に対する例外を拡張することになること、不動産の競売手続は被担保債権の確定を目的とする手続ではないため、債権者や債務者は限られた場面で手続に関与するにすぎないこと、物上保証人に対する競売においては、手続の相手方は債務者ではなく、所有者と見るべきであること等を理由とする。これに対し、積極説は、抵当権の実行としての競売の申立ては、被担保債権の満足を受けることを目的として行われるものであること、競売開始決定正本の送達により、被担保債務の履行を求める債権者の意思(権利主張の意思)が債務者に伝達されることになっている上、入札期間等の通知、配当期日の呼出しにより、債務の履行を求める債権者の意思が継続的に債務者に伝達されることが予定されていること、時効中断のためだけに主債務者を訴訟に巻き込むことは妥当でないこと等を理由とする。
なお、最一小判平5・4・22(裁集民一六九号二五頁)は、仮差押えは、民法四三四条にいう「履行の請求」に含まれない、と判示している(右判決に対する評釈として、山野目章夫「民法判例レビュー43―連帯保証人に対する仮差押と主たる債務に係る消滅時効の中断」本誌八三一号四四頁がある。)が、本件の原判決は、差押えが請求権の履行を目的とするのとは異なり、仮差押え、仮処分は、請求権の保全を目的とするものであるから、仮差押え、仮処分には、裁判上の催告としての機能はないと説示している。

八 「裁判上の催告」としての時効中断効がどのような場合に認められるかに関する一般論を述べた最高裁の判例はないが、最高裁の判例は、権利行使と権利確定の両面から時効中断効の有無を判断しているものと解される。一方、最二小判平1・10・13(民集四三巻九号九八五頁、本誌七一三号六九頁)は、不動産強制競売手続において申立債権者以外の抵当権者がする債権の届出は、その届出に係る債権に関する裁判上の請求、破産手続参加又はこれらに準ずる時効中断事由に該当しないと判示し、最一小判平8・3・28(民集五〇巻四号一一七二頁、本誌九〇六号二七七頁)は、申立債権者以外の抵当権者が、債権の届出をし、その届出に係る債権の一部に対する配当を受けたとしても、右配当を受けたことは、右債権の残部について、差押えその他の消滅時効の中断事由に該当しないと判示している。右最判は、執行手続においては、債権者の届出に係る債権の存否及びその額の確定のための手続が予定されていないことに言及している。
九 本判決の法廷意見は、権利の行使と権利の確定のいずれの面から考察しても抵当権の実行としての競売手続に裁判上の請求に準ずるものとしての時効中断効を認めることは相当ではないこと、競売開始決定正本の債務者への送達が民法一五三条の催告に当たると解することもできないこと等を理由に、抵当権の実行としての競売の申立てが民法一四七条一項の請求に当たらないとの解釈を明らかにしたものである。なお、本判決には、競売開始決定正本の債務者への送達は民法一五三条の催告に当たると解した上で、「裁判上の催告」が認められるための要件を検討し、抵当権の実行としての競売手続が裁判所に係属することは「裁判上の催告」に当たらないとされる河合裁判官の意見が付されている。
本判決は、下級審の裁判例が分かれ、学説上の対立があった問題について最高裁としての初めての判断を示したものであり、金融実務等に与える影響も大きいものと思われる。

c)承認
+(承認)
第百五十六条  時効の中断の効力を生ずべき承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力又は権限があることを要しない。

(3)中断の効果
a)中断の基本的効果
+(中断後の時効の進行)
第百五十七条  中断した時効は、その中断の事由が終了した時から、新たにその進行を始める。
2  裁判上の請求によって中断した時効は、裁判が確定した時から、新たにその進行を始める。

+(判決で確定した権利の消滅時効)
第百七十四条の二  確定判決によって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。裁判上の和解、調停その他確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利についても、同様とする。
2  前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。

b)中断の効果の人的範囲
+(時効の中断の効力が及ぶ者の範囲)
第百四十八条  前条の規定による時効の中断は、その中断の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有する。

+判例(H7.3.10)
理由
上告代理人吉成重善の上告理由について
他人の債務のために自己の所有物件につき根抵当権等を設定したいわゆる物上保証人が、債務者の承認により被担保債権について生じた消滅時効中断の効力を否定することは、担保権の付従性に抵触し、民法三九六条の趣旨にも反し、許されないものと解するのが相当である。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一)

++解説
《解  説》
一 Xは、Sに対する貸金債権の回収が滞ったため、連帯保証人であるAの所有物件につき強制競売の申立てをした。Y信用組合も、Sに対して貸金債権を有し、右Aの被相続人(父)から右物件につきSのために信用組合取引による債権等を被担保債権とする根抵当権の設定を受けていたため、債権届出をした。本件は、Xが、右根抵当権による被担保債権は民法三九八条ノ二〇第一項四号により元本確定したところ、その債権は既に時効消滅しているとして、Aに代位し、Yに対し、右根抵当権設定登記の抹消登記手続を請求した事案である。
二 原審は、時効完成前にSが本件債務を逐次承認した事実が認められ、順次時効が中断したといえるから、本件債務は有効に存在し、そうである以上、本件根抵当権は別個に時効消滅することはないから、本件請求は認容できないとして、請求を棄却した。これに対し、Xは上告して、債務者の時効利益の放棄は物上保証人(当該事案では、自己所有物を弱い譲渡担保に供した者)に影響を及ぼさないとした最二小判昭42・10・27民集二一巻八号二一一〇頁を援用し、債務承認の効果が相対的であることは、時効利益の放棄と時効中断とで異なる理由はないとして、Sの債務承認によりA(に代位したX)の時効援用も認められないとした原審の判断は、右判例に反すると主張した。

三 上告理由の引用する右最二小判昭42・10・27は、他人の債務のために自己の所有物件につき抵当権等を設定した物上保証人は、民法一四五条にいう当事者に当たり、独自の時効援用権を有することを認めている。したがって、物上保証人であるAはSと別に本件債務の消滅時効について固有の時効援用権を有することになる。そこで、Aは、被担保債権の消滅時効につき債務者Sの承認により時効中断が生じた場合でも、自己の時効援用権の行使に当たっては、それを否定し得るのかどうかが問題となる。民法一四八条は、「時効中断は当事者及びその承継人の間においてのみその効力を有す」と規定しており、主たる債務者に対する時効の中断は保証人に対してもその効力を生ずるとする民法四五七条一項のような例外規定は、物上保証人との関係については存在しない。したがって、債務者の承認による時効中断効は物上保証人には及ばず、物上保証人は独自に中断されていない時効を援用し得るとする見解もないわけではない(鈴木祿弥・民法総則講義二三二頁)。しかし、民法一四八条は、事物の性質上、中断の効力を他者に及ぼすべき場合があることを否定するものではない。抵当権設定者との間だけで中断されないことを認めることは、抵当権の付従性に反し、抵当権は債務者及び抵当権設定者に対しては被担保債権と同時でなければ時効によって消滅しないとする民法三九六条の趣旨にも反することとなろう。保証人の場合は、保証人自身も保証債務を負うものであり、主債務に生じた事由が保証債務にどのような影響を与えるかが問題となるため、民法四五七条一項のような規定を設ける必要があるところ、物上保証人については、中断が問題となる権利義務関係は被担保債権に係る債権債務関係以外にはなく、その債権債務当事者間に生じた事由を物上保証人において否定することができると解すべき理由はないため、特に規定を設ける必要がなかったものと考えられる。したがって、債務者の承認による中断の効力は、物上保証人が債務の時効を援用する場合にもこれを否定することはできないものと解される(四宮和夫「時効」新民法演習1二四八~二五〇頁、松久三四彦・民法注解財産法1民法総則七一二頁、塩崎勤・金法一二四七号一四頁参照。なお、保証債務に関する民法四五七条一項の類推適用を理由に同様の結論を採るものとして、柳川俊一・金法七二三号一六~一七頁、丸山昌一「被担保債権の消滅時効の中断」裁判実務大系14三七頁)。前記最二小判昭42・10・27は、時効利益の放棄の効果は相対的であって、被担保債権の消滅時効の利益を債務者が放棄しても、それは物上保証人に影響を及ぼすものではないとしている。しかし、時効利益の放棄は、既に時効が完成していることを前提として、各人がそれぞれの援用権の行使に当たりこれを援用するかどうかという形で個別に判断し得る問題である。これに対し、その債務について時効が完成しているかどうかを判断する際の中断事由の有無の問題は相対的認定に親しまない事実の問題である。両者を同視することはできないであろう。
他方、物上保証人は時効中断としての承認をすることはできず、物上保証人が被担保債権の存在を承認していても、当該物上保証人に対する関係においても時効中断の効力を生ずる余地はないと解されている。(最一小判昭62・9・3裁集民一五一号六三三頁、判時一三一六号九一頁)。したがって、債権者としては、担保権を実行してそれが債務者に通知されない限り、債務者との間で中断の措置をとるほかはなく、仮に債務者との間での中断事由を生じさせても物上保証人に及ばないと解すると、債権者としては不測の不利益を受けることになる。金融実務は、右のような見解に従った時効管理をしているものとされ、同様の判断を判示する下級審裁判例(大阪高判平5・10・27金判九四八号三〇頁)も見られるところであった。本判決は、こうした多数説的見解を明示的に是認したものとして意義がある。なお、参考文献として、本文中に記したもののほか、菅野佳夫「時効の中断効について」本誌八六四号五六頁などがある。

2.時効の停止
(1)停止の意義
(2)停止事由
+(未成年者又は成年被後見人と時効の停止)
第百五十八条  時効の期間の満了前六箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。
2  未成年者又は成年被後見人がその財産を管理する父、母又は後見人に対して権利を有するときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は後任の法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その権利について、時効は、完成しない。
(夫婦間の権利の時効の停止)
第百五十九条  夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については、婚姻の解消の時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
(相続財産に関する時効の停止)
第百六十条  相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
(天災等による時効の停止)
第百六十一条  時効の期間の満了の時に当たり、天災その他避けることのできない事変のため時効を中断することができないときは、その障害が消滅した時から二週間を経過するまでの間は、時効は、完成しない。