民法 基本事例で考える民法演習 詐欺と相続~無権代理と相続と比較して


・+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

・要件
①欺罔行為の存在
②欺罔者にだます意図と意思表示させる意図があること(二重の故意)
③欺罔行為によって当該意思表示がされたこと(因果関係)

・+判例(S40.6.18)
理由
上告代理人諏訪徳寿の上告理由について。
原審の確定するところによれば、亡Aは上告人に対し何らの代理権を付与したことなく代理権を与えた旨を他に表示したこともないのに、上告人はAの代理人として訴外Bに対しA所有の本件土地を担保に他から金融を受けることを依頼し、Aの印鑑を無断で使用して本件土地の売渡証書にAの記名押印をなし、Aに無断で同人名義の委任状を作成し同人の印鑑証明書の交付をうけこれらの書類を一括してBに交付し、Bは右書類を使用して昭和三三年八月八日本件土地を被上告人Cに代金二四万五千円で売渡し、同月一一日右売買を原因とする所有権移転登記がなされたところ、Aは同三五年三月一九日死亡し上告人においてその余の共同相続人全員の相続放棄の結果単独でAを相続したというのであり、原審の前記認定は挙示の証拠により是認できる。
ところで、無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたつた場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であり(大判・大正一五年(オ)一〇七三号昭和二年三月二二日判決、民集六巻一〇六頁参照)、この理は、無権代理人が本人の共同相続人の一人であつて他の相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合においても妥当すると解すべきである。したがつて、原審が、右と同趣旨の見解に立ち、前記認定の事実によれば、上告人はBに対する前記の金融依頼が亡Aの授権に基づかないことを主張することは許されず、Bは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていたものと解すべき旨判断したのは正当である。そして原審は、原判示の事実関係のもとにおいては、Bが右授与された代理権の範囲をこえて本件土地を被上告人Cに売り渡すに際し、同被上告人においてBに右土地売渡につき代理権ありと信ずべき正当の事由が存する旨判断し、結局、上告人が同被上告人に対し右売買の効力を争い得ない旨判断したのは正当である。所論は、ひつきよう、原審の前記認定を非難し、右認定にそわない事実を前提とする主張であり、原判決に所論の違法は存しないから、所論は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

+判例(H10.7.17)
理由
上告人Bの代理人八代紀彦、同佐伯照道、同西垣立也、上告人C及びDの代理人新原一世、同田口公丈、同浜口卯一の上告理由二について
一 原審の適法に確定した事実等の概要は、次のとおりである。
1 Eは、第一審判決別紙物件目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。なお、右各物件は、同目録記載の番号に従い「物件(一)」のようにいう。)を所有していたが、遅くとも昭和五八年一一月には、脳循環障害のために意思能力を喪失した状態に陥った
2 昭和六〇年一月二一日から同六一年四月一九日までの間に、被上告人兵庫県信用保証協会は物件(一)ないし(三)について第一審判決別紙登記目録記載の(一)の各登記(以下「登記(一)」という。なお、同目録記載の他の登記についても、同目録記載の番号に従い右と同様にいう。)を、被上告人株式会社第一勧業銀行(以下「被上告銀行」という。)は物件(一)ないし(三)について各登記(二)を、被上告人Aは物件(一)ないし(三)について各登記(三)、物件(三)について登記(四)、物件(四)について登記(五)を、被上告人株式会社コミティ(以下「被上告会社」という。)は物件(一)について登記(六)、物件(二)について登記(七)、物件(三)について登記(八)及び登記(九)をそれぞれ経由した。しかし、右各登記は、同六〇年一月一日から同六一年四月一九日までの間に、Eの長男であるFがEの意思に基づくことなくその代理人として被上告人らとの間で締結した根抵当権設定契約等に基づくものであった
3 Fは、昭和六一年四月一九日、Eの意思に基づくことなくその代理人として、被上告会社との間で、Eが有限会社あざみの被上告会社に対する商品売買取引等に関する債務を連帯保証する旨の契約を締結した。
4 Fは、昭和六一年九月一日、死亡し、その相続人である妻のG及び子の上告人らは、限定承認をした。
5 Eは、昭和六二年五月二一日、神戸家庭裁判所において禁治産者とする審判を受け、右審判は、同年六月九日、確定した。そして、Eは、同人の後見人に就職したGが法定代理人となって、同年七月七日、被上告人らに対する本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したが、右事件について第一審において審理中の同六三年一〇月四日、Eが死亡し、上告人らが代襲相続により、本件各物件を取得するとともに、訴訟を承継した。

二 本件訴訟において、上告人らは、被上告人らに対し、本件各物件の所有権に基づき、本件各登記の抹消登記手続を求め、被上告会社は、反訴として、上告人らに対し、Eの相続人として前記連帯保証債務を履行するよう求めている。被上告人らは、本件各登記の原因となる根抵当権設定契約等がFの無権代理行為によるものであるとしても、上告人らは、Fを相続した後に本人であるEを相続したので、本人自ら法律行為をしたと同様の地位ないし効力を生じ、Fの無権代理行為についてEがした追認拒絶の効果を主張すること又はFの無権代理行為による根抵当権設定契約等の無効を主張することは信義則上許されないなどと主張するとともに、被上告銀行及び被上告会社は、Fの右行為について表見代理の成立をも主張する。これに対し、上告人らは、Eが本訴を提起してFの無権代理行為について追認拒絶をしたから、Fの無権代理行為がEに及ばないことが確定しており、また、上告人らはFの相続について限定承認をしたから、その後にEを相続したとしても、本人が自ら法律行為をしたのと同様の効果は生じないし、前記根抵当権設定契約等が上告人らに対し効力を生じないと主張することは何ら信義則に反するものではないなどと主張する。

三 原審は、前記事実関係の下において、次の理由により、上告人らの請求を棄却し被上告会社の反訴請求を認容すべきものとした。
1 Eは被上告銀行及び被上告会社が主張する表見代理の成立時点以前に意思能力を喪失していたから、右被上告人らの表見代理の主張は前提を欠く。
2 上告人らは、無権代理人であるFを相続した後、本人であるEを相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人であるEの資格において本件無権代理行為について追認を拒絶する余地はなく、本件無権代理行為は当然に有効になるものであるから、本人が訴訟上の攻撃防御方法の中で追認拒絶の意思を表明していると認められる場合であっても、その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するに至った場合、無権代理行為は当然に有効になるものと解すべきである。

四 しかしながら、原審の右三2の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。けだし、無権代理人がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法一一三条一項)、本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し、追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない
これを本件について見ると、Eは、被上告人らに対し本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したから、Fの無権代理行為について追認を拒絶したものというべく、これにより、Fがした無権代理行為はEに対し効力を生じないことに確定したといわなければならない。そうすると、その後に上告人らがEを相続したからといって、既にEがした追認拒絶の効果に影響はなく、Fによる本件無権代理行為が当然に有効になるものではない。そして、前記事実関係の下においては、その他に上告人らが右追認拒絶の効果を主張することが信義則に反すると解すべき事情があることはうかがわれない。
したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、前記追認拒絶によってFの無権代理行為が本人であるEに対し効力を生じないことが確定した以上、上告人らがF及びEを相続したことによって本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたとする被上告人らの主張は採用することができない。また、前記事実関係の下においては、被上告銀行及び被上告会社の表見代理の主張も採用することができない。上告人らの請求は理由があり、被上告会社の反訴請求は理由がないから、第一審判決を取り消し、上告人らの請求を認容し、被上告会社の反訴請求を棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

++解説
《解  説》
本件は、本人に無断で不動産に抵当権設定登記等が設定されたとして、本人がこの抵当権設定登記等の抹消登記手続を求めるなどの訴訟であり、本人と無権代理人の死亡によって両者を相続した場合の法律関係が問題になった。
事実関係は、次のとおりである。Aは、本件不動産を所有していたが、当時、脳循環障害のために意思能力を喪失した状態であった。Aの子であるBは、Aに無断で本件不動産にYらのために抵当権設定登記等をした。その後、Bが死亡し、その相続人である妻Cと子Xらは、Bの相続について限定承認をした。Aが禁治産宣告を受け、その後見人になったCは、本件訴訟を提起した。そして、一審係属中にAが死亡したため、孫であるXらが代襲相続するとともに本件の訴訟承継をした。
本件の争点は、第一に、Aの相続人であり、無権代理人Bの相続人であるXらは、Bの無権代理行為について追認拒絶をすることができるか、第二に、Aが本件訴訟の提起により追認拒絶をしたことになるとした場合、Xらは、Aのした追認拒絶の効果を主張することができるかである。
一審、原審とも、Xらが無権代理人を相続した後、本人を相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人の資格で追認を拒絶する余地はなく、また、無権代理行為は当然に有効になったとして、Xの請求を棄却した。
これに対し、Xらは、原審の判断には、前記第一、第二の争点に関する法令の解釈適用を誤った違法があるとして、上告した。
本判決は、第二の争点(Aが追認拒絶した後にA、Bの相続人であるXらが追認拒絶の効果を主張することができるか)について、本人であるAが追認を拒絶した以上、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないとして、原判決を破棄してXらの請求を認容する判決を言い渡した。
従来、本人が無権代理人を相続した場合や無権代理人が本人を相続した場合等、本人が無権代理行為の追認拒絶をする前に相続が生じた場合に、相続人は無権代理行為の追認拒絶ができるかについては、多いに論じられ、多数の判例がある(本人が無権代理人を相続した場合につき、最二小判昭37・4・20民集一六巻四号九五五頁、無権代理人が本人を相続した場合につき、最二小判昭40・6・18民集一九巻四号九八六頁、無権代理人を相続した者が更に本人を相続した場合につき、最三小判昭63・3・1本誌六九七号一九五頁、判時一三一二号九二頁等)。これに対し、本人が無権代理行為を追認拒絶した後に相続が開始された場合の法律関係については、あまり論じられてこなかったところであり、奥田昌道・法学論叢一三四巻五~六号二〇頁の相続人は追認拒絶の効果を当然に主張することができるとする見解と、安永正昭・曹時四二巻四号七九二頁のこれを否定する見解がある程度であった。本判決は、本人が無権代理行為を追認拒絶することにより、無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定するから、本人を相続した無権代理人も追認拒絶の効果を主張することができるとしたものである。なお、本判決は、追認拒絶の効果に関する原則を述べたものであり、信義則の適用を排除する趣旨ではないものと思われる。すなわち、相続人が本人の追認拒絶の効果を主張することが信義則に反するような特段の事情がある場合には、例外として、右相続人は追認拒絶の効果を主張することはできないことになるであろう。本件において、一方でBの相続について限定承認をし、他方でAの相続について単純承認をすることにより、Xらは、何の負担もない不動産を取得することになるが、これが信義則に反しないか一応問題になる。しかし、本判決は、相続において単純承認するか限定承認するかは、法律の規定に基づくものであることから、右のような事情だけでは信義則に反することにはならないとしたのである(Yらは、右以外に信義則に反するような具体的事実を主張しなかった。なお、最三小判平6・9・13民集四八巻六号一二六三頁、本誌八六七号一五九頁(禁治産者の後見人がその就職前に無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かの判断についての考慮すべき要素)、最一小判平7・11・9本誌九〇一号一三一頁、判時一五五七号七四頁(禁治産者の後見人がその就職前にした無権代理による訴えの提起等の効力を再審の訴えにおいて否定することの可否)参照)。仮にYらが右の具体的事情を主張していた場合には、最高裁としては、自判することはできず、原審に差し戻すことになった可能性もあると思われる。
また、本判決は、第二の争点で本件の決着をつけたため、第一の争点(無権代理人を限定承認相続した後、本人を相続した者は、無権代理行為の追認拒絶ができるか)について、何ら判断しておらず、これは残された問題である。
以上のとおり、本判決は、本人が無権代理行為の追認を拒絶した後に無権代理人が本人を相続した場合における無権代理行為の効力について最高裁として初めて判断したものであるので、ここに紹介する。

+判例(S37.4.20)
理由
上告代理人長尾章の上告理由は、本判決末尾添付の別紙記載のとおりである。
右上告理由第一点ないし第三点について。
原判決は、無権代理人が本人を相続した場合であると本人が無権代理人を相続した場合であるとを問わず、いやしくも無権代理人たる資格と本人たる資格とが同一人に帰属した以上、無権代理人として民法一一七条に基いて負うべき義務も本人として有する追認拒絶権も共に消滅し、無権代理行為の瑕疵は追完されるのであつて、以後右無権代理行為は有効となると解するのが相当である旨判示する。
しかし、無権代理人が本人を相続した場合においては、自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども、本人が無権代理人を相続した場合は、これと同様に論ずることはできない後者の場合においては、相続人たる本人那被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと解するのが相当である。
然るに、原審が、本人たる上告人において無権代理人亡Aの家督を相続した以上、原判示無権代理行為はこのときから当然有効となり、本件不動産所有権は被上告人に移転したと速断し、これに基いて本訴および反訴につき上告人敗訴の判断を下したのは、法令の解釈を誤つた結果審理不尽理由不備の違法におちいつたものであつて、論旨は結局理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。
よつて、その他の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

・+(即時取得)
第百九十二条  取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

要件
①目的物が動産であること
②前主に処分権限はないが、目的物を占有していること
③前主と取得者との間に有効な取引行為が存在すること
④取得者が平穏にかつ公然と目的物の占有を始めた事
⑤取得者が善意かつ無過失

・取消し事例での192条の類推適用
この場合⑤の善意無過失の対象に注意

・+(加工)
第二百四十六条  他人の動産に工作を加えた者(以下この条において「加工者」という。)があるときは、その加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する。ただし、工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する。
2  前項に規定する場合において、加工者が材料の一部を供したときは、その価格に工作によって生じた価格を加えたものが他人の材料の価格を超えるときに限り、加工者がその加工物の所有権を取得する。

+(付合、混和又は加工に伴う償金の請求)
第二百四十八条  第二百四十二条から前条までの規定の適用によって損失を受けた者は、第七百三条及び第七百四条の規定に従い、その償金を請求することができる。


行政法 基本行政法 行政立法 法規命令


・行政立法=行政機関によって定立される規範
国民の権利・義務に直接かかわるかどうかによって、法規命令と行政規則に区別される。

1.行政立法の種類と許容性
(1)法規命令
委任命令・執行命令

(2)行政規則

2.法規命令
(1)委任する法律側の問題~白紙委任の禁止

+判例(H24.12.7)
理 由
 1 弁護人小林容子ほか及び被告人本人の各上告趣意のうち,国家公務員法110条1項19号(平成19年法律第108号による改正前のもの),102条1項,人事院規則14-7(政治的行為)6項7号の各規定の憲法21条1項,15条,19条,31条,41条,73条6号違反及び上記各規定を本件に適用することの憲法21条1項,31条違反をいう点について
 (1) 原判決及びその是認する第1審判決並びに記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
 ア 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐として勤務する国家公務員(厚生労働事務官)であったが,日本共産党を支持する目的で,平成17年9月10日午後0時5分頃,東京都世田谷区(以下省略)所在の警視庁職員住宅であるAの各集合郵便受け合計32か所に,同党の機関紙である「しんぶん赤旗2005年9月号外」合計32枚を投函して配布した。」というものであり,これが国家公務員法(以下「本法」という。)110条1項19号(平成19年法律第108号による改正前のもの),102条1項,人事院規則14-7(政治的行為)(以下「本規則」という。)6項7号(以下,これらの規定を合わせて「本件罰則規定」という。)に当たるとして起訴された。
 イ 被告人が上記公訴事実記載の機関紙の配布行為(以下「本件配布行為」という。)を行ったことは,証拠上明らかである。
 ウ 被告人は,本件当時,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり,庶務係,企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに,同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあった。また,国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であった。
 (2) 第1審判決は,本件罰則規定は憲法21条1項,31条等に違反せず合憲であるとし,本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に当たるとして,被告人を有罪と認め,被告人を罰金10万円に処した。
 原判決は,第1審判決を是認して控訴を棄却した。
 (3) 所論は,① 本件罰則規定は,過度に広汎な規制であり,かつ,規制の目的,手段も相当でないこと,公安警察による濫用や人権侵害を招くことから,憲法21条1項,15条,19条,31条に違反する,② 本法102条1項による「政治的行為」の人事院規則への委任は,白紙委任であるから,本件罰則規定は憲法31条,41条,73条6号に違反する,③ 本件配布行為には法益侵害の危険がなく,これに対して本件罰則規定を適用することは,憲法21条1項,31条に違反すると主張する。
 ア そこで検討するに,本法102条1項は,「職員は,政党又は政治的目的のために,寄附金その他の利益を求め,若しくは受領し,又は何らの方法を以てするを問わず,これらの行為に関与し,あるいは選挙権の行使を除く外,人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」と規定しているところ,同項は,行政の中立的運営を確保し,これに対する国民の信頼を維持することをその趣旨とするものと解される。すなわち,憲法15条2項は,「すべて公務員は,全体の奉仕者であって,一部の奉仕者ではない。」と定めており,国民の信託に基づく国政の運営のために行われる公務は,国民の一部でなく,その全体の利益のために行われるべきものであることが要請されている。その中で,国の行政機関における公務は,憲法の定める我が国の統治機構の仕組みの下で,議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策を忠実に遂行するため,国民全体に対する奉仕を旨として,政治的に中立に運営されるべきものといえる。そして,このような行政の中立的運営が確保されるためには,公務員が,政治的に公正かつ中立的な立場に立って職務の遂行に当たることが必要となるものである。このように,本法102条1項は,公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し,これに対する国民の信頼を維持することを目的とするものと解される。
他方,国民は,憲法上,表現の自由(21条1項)としての政治活動の自由を保障されており,この精神的自由は立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって,民主主義社会を基礎付ける重要な権利であることに鑑みると,上記の目的に基づく法令による公務員に対する政治的行為の禁止は,国民としての政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度にその範囲が画されるべきものである。
このような本法102条1項の文言,趣旨,目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え,同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると,同項にいう「政治的行為」とは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,観念的なものにとどまらず,現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指し,同項はそのような行為の類型の具体的な定めを人事院規則に委任したものと解するのが相当である。そして,その委任に基づいて定められた本規則も,このような同項の委任の範囲内において,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為の類型を規定したものと解すべきである。上記のような本法の委任の趣旨及び本規則の性格に照らすと,本件罰則規定に係る本規則6項7号については,同号が定める行為類型に文言上該当する行為であって,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものを同号の禁止の対象となる政治的行為と規定したものと解するのが相当である。このような行為は,それが一公務員のものであっても,行政の組織的な運営の性質等に鑑みると,当該公務員の職務権限の行使ないし指揮命令や指導監督等を通じてその属する行政組織の職務の遂行や組織の運営に影響が及び,行政の中立的運営に影響を及ぼすものというべきであり,また,こうした影響は,勤務外の行為であっても,事情によってはその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まることなどによって生じ得るものというべきである。
そして,上記のような規制の目的やその対象となる政治的行為の内容等に鑑みると,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは,当該公務員の地位,その職務の内容や権限等,当該公務員がした行為の性質,態様,目的,内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。具体的には,当該公務員につき,指揮命令や指導監督等を通じて他の職員の職務の遂行に一定の影響を及ぼし得る地位(管理職的地位)の有無,職務の内容や権限における裁量の有無,当該行為につき,勤務時間の内外,国ないし職場の施設の利用の有無,公務員の地位の利用の有無,公務員により組織される団体の活動としての性格の有無,公務員による行為と直接認識され得る態様の有無,行政の中立的運営と直接相反する目的や内容の有無等が考慮の対象となるものと解される。
 イ そこで,進んで本件罰則規定が憲法21条1項,15条,19条,31条,41条,73条6号に違反するかを検討する。この点については,本件罰則規定による政治的行為に対する規制が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかによることになるが,これは,本件罰則規定の目的のために規制が必要とされる程度と,規制される自由の内容及び性質,具体的な規制の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁等)。そこで,まず,本件罰則規定の目的は,前記のとおり,公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し,これに対する国民の信頼を維持することにあるところ,これは,議会制民主主義に基づく統治機構の仕組みを定める憲法の要請にかなう国民全体の重要な利益というべきであり,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為を禁止することは,国民全体の上記利益の保護のためであって,その規制の目的は合理的であり正当なものといえる。他方,本件罰則規定により禁止されるのは,民主主義社会において重要な意義を有する表現の自由としての政治活動の自由ではあるものの,前記アのとおり,禁止の対象とされるものは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為に限られ,このようなおそれが認められない政治的行為や本規則が規定する行為類型以外の政治的行為が禁止されるものではないから,その制限は必要やむを得ない限度にとどまり,前記の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲のものというべきである。そして,上記の解釈の下における本件罰則規定は,不明確なものとも,過度に広汎な規制であるともいえないと解される。また,既にみたとおり,本法102条1項が人事院規則に委任しているのは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為の行為類型を規制の対象として具体的に定めることであるから,同項が懲戒処分の対象と刑罰の対象とで殊更に区別することなく規制の対象となる政治的行為の定めを人事院規則に委任しているからといって,憲法上禁止される白紙委任に当たらないことは明らかである。なお,このような禁止行為に対しては,服務規律違反を理由とする
懲戒処分のみではなく,刑罰を科すことをも制度として予定されているが,これは常に刑罰を科すという趣旨ではなく,国民全体の上記利益を損なう影響の重大性等に鑑みて禁止行為の内容,態様等が懲戒処分等では対応しきれない場合も想定されるためであり,あり得べき対応というべきであって,刑罰を含む規制であることをもって直ちに必要かつ合理的なものであることが否定されるものではない。
以上の諸点に鑑みれば,本件罰則規定は憲法21条1項,15条,19条,31条,41条,73条6号に違反するものではないというべきであり,このように解することができることは,当裁判所の判例(最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁,最高裁昭和57年(行ツ)第156号同59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁,最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁,最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁,最高裁平成10年(分ク)第1号同年12月1日大法廷決定・民集52巻9号1761頁)の趣旨に徴して明らかである。
 ウ 次に,本件配布行為が本件罰則規定の構成要件に該当するかを検討するに,本件配布行為が本規則6項7号が定める行為類型に文言上該当する行為であることは明らかであるが,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものかどうかについて,前記諸般の事情を総合して判断する。
前記のとおり,被告人は,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり,庶務係,企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに,同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあり,国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であったものであって,指揮命令や指導監督等を通じて他の多数の職員の職務の遂行に影響を及ぼすことのできる地位にあったといえる。このような地位及び職務の内容や権限を担っていた被告人が政党機関紙の配布という特定の政党を積極的に支援する行動を行うことについては,それが勤務外のものであったとしても,国民全体の奉仕者として政治的に中立な姿勢を特に堅持すべき立場にある管理職的地位の公務員が殊更にこのような一定の政治的傾向を顕著に示す行動に出ているのであるから,当該公務員による裁量権を伴う職務権限の行使の過程の様々な場面でその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まり,その指揮命令や指導監督を通じてその部下等の職務の遂行や組織の運営にもその傾向に沿った影響を及ぼすことになりかねない。したがって,これらによって,当該公務員及びその属する行政組織の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが実質的に生ずるものということができる
そうすると,本件配布行為が,勤務時間外である休日に,国ないし職場の施設を利用せずに,それ自体は公務員としての地位を利用することなく行われたものであること,公務員により組織される団体の活動としての性格を有しないこと,公務員であることを明らかにすることなく,無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって,公務員による行為と認識し得る態様ではなかったことなどの事情を考慮しても,本件配布行為には,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ,本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当するというべきである。そして,このように公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる本件配布行為に本件罰則規定を適用することが憲法21条1項,31条に違反しないことは,前記イにおいて説示したところに照らし,明らかというべきである。
エ 以上のとおりであり,原判決に所論の憲法違反はなく,論旨は採用することができない。
 2 その余の各上告趣意について
弁護人ら及び被告人本人のその余の各上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 3 よって,刑訴法408条により,裁判官須藤正彦の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

+補足意見
裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見の採る法解釈等に関し,以下の点について,私見を補足しておき
たい。
– 9 –
 1 最高裁昭和49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁(いわゆ
る猿払事件大法廷判決)との整合性について
 (1) 猿払事件大法廷判決の法令解釈の理解等
猿払事件大法廷判決は,国家公務員の政治的行為に関し本件罰則規定の合憲性と
適用の有無を判示した直接の先例となるものである。そこでは,特定の政党を支持
する政治的目的を有する文書の掲示又は配布をしたという行為について,本件罰則
規定に違反し,これに刑罰を適用することは,たとえその掲示又は配布が,非管理
職の現業公務員でその職務内容が機械的労務の提供にとどまるものにより,勤務時
間外に,国の施設を利用することなく,職務を利用せず又はその公正を害する意図
なく,かつ,労働組合活動の一環として行われた場合であっても憲法に違反しな
い,としており,本件罰則規定の禁止する「政治的行為」に限定を付さないという
法令解釈を示しているようにも読めなくはない。しかしながら,判決による司法判
断は,全て具体的な事実を前提にしてそれに法を適用して事件を処理するために,
更にはそれに必要な限度で法令解釈を展開するものであり,常に採用する法理論な
いし解釈の全体像を示しているとは限らない。上記の政治的行為に関する判示部分
も,飽くまでも当該事案を前提とするものである。すなわち,当該事案は,郵便局
に勤務する管理職の地位にはない郵政事務官で,地区労働組合協議会事務局長を務
めていた者が,衆議院議員選挙に際し,協議会の機関決定に従い,協議会を支持基
盤とする特定政党を支持する目的をもって,同党公認候補者の選挙用ポスター6枚
を自ら公営掲示場に掲示し,また,その頃4回にわたり,合計184枚のポスター
の掲示を他に依頼して配布したというものである。このような行為の性質・態様等
については,勤務時間外に国の施設を利用せずに行われた行為が中心であるとはい
– 10 –
え,当該公務員の所属組織による活動の一環として当該組織の機関決定に基づいて
行われ,当該地区において公務員が特定の政党の候補者の当選に向けて積極的に支
援する行為であることが外形上一般人にも容易に認識されるものであるから,当該
公務員の地位・権限や職務内容,勤務時間の内外を問うまでもなく,実質的にみて
「公務員の職務の遂行の中立性を損なうおそれがある行為」であると認められるも
のである。このような事案の特殊性を前提にすれば,当該ポスター掲示等の行為が
本件罰則規定の禁止する政治的行為に該当することが明らかであるから,上記のよ
うな「おそれ」の有無等を特に吟味するまでもなく(「おそれ」は当然認められる
として)政治的行為該当性を肯定したものとみることができる。猿払事件大法廷判
決を登載した最高裁判所刑集28巻9号393頁の判決要旨五においても,「本件
の文書の掲示又は配布(判文参照)に」本件罰則規定を適用することは憲法21
条,31条に違反しない,とまとめられているが,これは,判決が摘示した具体的
な本件文書の掲示又は配布行為を対象にしており,当該事案を前提にした事例判断
であることが明確にされているところである。そうすると,猿払事件大法廷判決の
上記判示は,本件罰則規定自体の抽象的な法令解釈について述べたものではなく,
当該事案に対する具体的な当てはめを述べたものであり,本件とは事案が異なる事
件についてのものであって,本件罰則規定の法令解釈において本件多数意見と猿払
事件大法廷判決の判示とが矛盾・抵触するようなものではないというべきである。
 (2) 猿払事件大法廷判決の合憲性審査基準の評価
 なお,猿払事件大法廷判決は,本件罰則規定の合憲性の審査において,公務員の
職種・職務権限,勤務時間の内外,国の施設の利用の有無等を区別せずその政治的
行為を規制することについて,規制目的と手段との合理的関連性を認めることがで
– 11 –
きるなどとしてその合憲性を肯定できるとしている。この判示部分の評価について
は,いわゆる表現の自由の優越的地位を前提とし,当該政治的行為によりいかなる
弊害が生ずるかを利益較量するという「厳格な合憲性の審査基準」ではなく,より
緩やかな「合理的関連性の基準」によったものであると説くものもある。しかしな
がら,近年の最高裁大法廷の判例においては,基本的人権を規制する規定等の合憲
性を審査するに当たっては,多くの場合,それを明示するかどうかは別にして,一
定の利益を確保しようとする目的のために制限が必要とされる程度と,制限される
自由の内容及び性質,これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を具体的に比
較衡量するという「利益較量」の判断手法を採ってきており,その際の判断指標と
して,事案に応じて一定の厳格な基準(明白かつ現在の危険の原則,不明確ゆえに
無効の原則,必要最小限度の原則,LRAの原則,目的・手段における必要かつ合
理性の原則など)ないしはその精神を併せ考慮したものがみられる。もっとも,厳
格な基準の活用については,アプリオリに,表現の自由の規制措置の合憲性の審査
基準としてこれらの全部ないし一部が適用される旨を一般的に宣言するようなこと
をしないのはもちろん,例えば,「LRA」の原則などといった講学上の用語をそ
のまま用いることも少ない。また,これらの厳格な基準のどれを採用するかについ
ては,規制される人権の性質,規制措置の内容及び態様等の具体的な事案に応じ
て,その処理に必要なものを適宜選択して適用するという態度を採っており,さら
に,適用された厳格な基準の内容についても,事案に応じて,その内容を変容させ
あるいはその精神を反映させる限度にとどめるなどしており(例えば,最高裁昭和
58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁(「よど号乗っ取り事件」
新聞記事抹消事件)は,「明白かつ現在の危険」の原則そのものではなく,その基
– 12 –
本精神を考慮して,障害発生につき「相当の蓋然性」の限度でこれを要求する判示
をしている。),基準を定立して自らこれに縛られることなく,柔軟に対処してい
るのである(この点の詳細については,最高裁平成4年7月1日大法廷判決・民集
46巻5号437頁(いわゆる成田新法事件)についての当職[当時は最高裁調査
官]の最高裁判例解説民事篇・平成4年度235頁以下参照。)。
 この見解を踏まえると,猿払事件大法廷判決の上記判示は,当該事案について
は,公務員組織が党派性を持つに至り,それにより公務員の職務遂行の政治的中立
性が損なわれるおそれがあり,これを対象とする本件罰則規定による禁止は,あえ
て厳格な審査基準を持ち出すまでもなく,その政治的中立性の確保という目的との
間に合理的関連性がある以上,必要かつ合理的なものであり合憲であることは明ら
かであることから,当該事案における当該行為の性質・態様等に即して必要な限度
での合憲の理由を説示したにとどめたものと解することができる(なお,判文中に
は,政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止されることにより失われ
る利益との均衡を検討することを要するといった利益較量論的な説示や,政治的行
為の禁止が表現の自由に対する合理的でやむを得ない制限であると解されるといっ
た説示も見られるなど,厳格な審査基準の採用をうかがわせるものがある。)。ち
なみに,最高裁平成10年12月1日大法廷決定・民集52巻9号1761頁(裁
判官分限事件)も,裁判所法52条1号の「積極的に政治運動をすること」の意味
を十分に限定解釈した上で合憲性の審査をしており,厳格な基準によりそれを肯定
したものというべきであるが,判文上は,その目的と禁止との間に合理的関連性が
あると説示するにとどめている。これも,それで足りることから同様の説示をした
ものであろう。
– 13 –
 そうであれば,本件多数意見の判断の枠組み・合憲性の審査基準と猿払事件大法
廷判決のそれとは,やはり矛盾・抵触するものでないというべきである。
 2 本件罰則規定の限定解釈の意義等
 本件罰則規定をみると,当該規定の文言に該当する国家公務員の政治的行為を文
理上は限定することなく禁止する内容となっている。本件多数意見は,ここでいう
「政治的行為」とは,当該規定の文言に該当する政治的行為であって,公務員の職
務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,現実的に起こり得るものとして実質的
に認められるものを指すという限定を付した解釈を示した。これは,いわゆる合憲
限定解釈の手法,すなわち,規定の文理のままでは規制範囲が広すぎ,合憲性審査
におけるいわゆる「厳格な基準」によれば必要最小限度を超えており,利益較量の
結果違憲の疑いがあるため,その範囲を限定した上で結論として合憲とする手法を
採用したというものではない。
 そもそも,規制される政治的行為の範囲が広範であるため,これを合憲性が肯定
され得るように限定するとしても,その仕方については,様々な内容のものが考え
られる。これを,多数意見のような限定の仕方もあるが,そうではなく,より類型
的に,「いわゆる管理職の地位を利用する形で行う政治的行為」と限定したり,
「勤務時間中,国の施設を利用して行う行為」と限定したり,あるいは,「一定の
組織の政治的な運動方針に賛同し,組織の一員としてそれに積極的に参加する形で
行う政治的行為」と限定するなど,事柄の性質上様々な限定が考え得るところであ
ろう。しかし,司法部としては,これらのうちどのような限定が適当なのかは基準
が明らかでなく判断し難いところであり,また,可能な複数の限定の中から特定の
限定を選び出すこと自体,一種の立法的作用であって,立法府の裁量,権限を侵害
– 14 –
する面も生じかねない。加えて,次のような問題もある。
 国家公務員法は,専ら憲法73条4号にいう官吏に関する事務を掌理する基準を
定めるものであり(国家公務員法1条2項),我が国の国家組織,統治機構を定め
る憲法の規定を踏まえ,その国家機構の担い手の在り方を定める基本法の一つであ
る。本法102条1項は,その中にあって,公務員の服務についての定めとして,
政治的行為の禁止を規定している。このような国家組織の一部ともいえる国家公務
員の服務,権利義務等をどう定めるかは,国の統治システムの在り方を決めること
でもあるから,憲法の委任を受けた国権の最高機関である国会としては,国家組織
全体をどのようなものにするかについての基本理念を踏まえて対処すべき事柄であ
って,国家公務員法が基本法の一つであるというのも,その意味においてである。
 このような基本法についての合憲性審査において,その一部に憲法の趣旨にそぐ
わない面があり,全面的に合憲との判断をし難いと考えた場合に,司法部がそれを
合憲とするために考え得る複数の限定方法から特定のものを選び出して限定解釈を
することは,全体を違憲とすることの混乱や影響の大きさを考慮してのことではあ
っても,やはり司法判断として異質な面があるといえよう。憲法が規定する国家の
統治機構を踏まえて,その担い手である公務員の在り方について,一定の方針ない
し思想を基に立法府が制定した基本法は,全体的に完結した体系として定められて
いるものであって,服務についても,公務員が全体の奉仕者であることとの関連
で,公務員の身分保障の在り方や政治的任用の有無,メリット制の適用等をも総合
考慮した上での体系的な立法目的,意図の下に規制が定められているはずである。
したがって,その一部だけを取り出して限定することによる悪影響や体系的な整合
性の破綻の有無等について,慎重に検討する姿勢が必要とされるところである。
– 15 –
 本件においては,司法部が基本法である国家公務員法の規定をいわばオーバール
ールとして合憲限定解釈するよりも前に,まず対象となっている本件罰則規定につ
いて,憲法の趣旨を十分に踏まえた上で立法府の真に意図しているところは何か,
規制の目的はどこにあるか,公務員制度の体系的な理念,思想はどのようなもの
か,憲法の趣旨に沿った国家公務員の服務の在り方をどう考えるのか等々を踏まえ
て,国家公務員法自体の条文の丁寧な解釈を試みるべきであり,その作業をした上
で,具体的な合憲性の有無等の審査に進むべきものである(もっとも,このこと
は,司法部の違憲立法審査は常にあるいは本来慎重であるべきであるということを
意味するものではない。国家の基本法については,いきなり法文の文理のみを前提
に大上段な合憲,違憲の判断をするのではなく,法体系的な理念を踏まえ,当該条
文の趣旨,意味,意図をまずよく検討して法解釈を行うべきであるということであ
る。)。
多数意見が,まず,本件罰則規定について,憲法の趣旨を踏まえ,行政の中立的
運営を確保し,これに対する国民の信頼を維持するという規定の目的を考慮した上
で,慎重な解釈を行い,それが「公務員の職務遂行の政治的中立性を損なうおそれ
が実質的に認められる行為」を政治的行為として禁止していると解釈したのは,こ
のような考え方に基づくものであり,基本法についての司法判断の基本的な姿勢と
もいえる。
 なお,付言すると,多数意見のような解釈適用の仕方は,米国連邦最高裁のブラ
ンダイス判事が,1936年のアシュワンダー対テネシー渓谷開発公社事件判決に
おいて,補足意見として掲げた憲法問題回避の準則であるいわゆるブランダイス・
ルールの第4準則の「最高裁は,事件が処理可能な他の根拠が提出されているなら
– 16 –
ば,訴訟記録によって憲法問題が適正に提出されていても,それの判断を下さない
であろう。」,あるいは,第7準則の「連邦議会の制定法の有効性が問題とされた
ときは,合憲性について重大な疑念が提起されている場合でも,当最高裁は,その
問題が回避できる当該法律の解釈が十分に可能か否かをまず確認することが基本的
な原則である。」(以上のブランダイス・ルールの内容の記載は,渋谷秀樹「憲法
判断の条件」講座憲法学6・141頁以下による。)という考え方とは似て非なる
ものである。ブランダイス・ルールは,周知のとおり,その後,Rescue Army v.
Municipal Court of City of Los Angeles,331 U.S. 549 (1947)の法廷意見におい
て採用され米国連邦最高裁における判例法理となっているが,これは,司法の自己
抑制の観点から憲法判断の回避の準則を定めたものである。しかし,本件の多数意
見の採る限定的な解釈は,司法の自己抑制の観点からではなく,憲法判断に先立
ち,国家の基本法である国家公務員法の解釈を,その文理のみによることなく,国
家公務員法の構造,理念及び本件罰則規定の趣旨・目的等を総合考慮した上で行う
という通常の法令解釈の手法によるものであるからである。
裁判官須藤正彦の反対意見は,次のとおりである。
私は,一般職の国家公務員が勤務外で行った政治的行為は,本法102条1項の
政治的行為に該当しないと解するので,多数意見とは異なり,被告人は無罪と考え
る。その理由は以下のとおりである。
 1 公務員の政治的行為の解釈について
 (1) 私もまた,多数意見と同様に,本法102条1項の政治的行為とは,国民
の政治的活動の自由が民主主義社会を基礎付ける重要な権利であること,かつ,同
項の規定が本件罰則規定の構成要件となることなどに鑑み,公務員の職務の遂行の
– 17 –
政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる(観念的なものにとどまらず,
現実的に起こり得るものとして認められる)ものを指すと解するのが相当と考え
る。
 (2) すなわち,まず,公務員の政治的行為とその職務の遂行とは元来次元を異
にする性質のものであり,例えば公務員が政党の党員となること自体では無論公務
員の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるとはいえない。公務員の政治的行為に
よってその職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが生ずるのは,公務員の
政治的行為と職務の遂行との間で一定の結び付き(牽連性)があるがゆえであり,
しかもそのおそれが観念的なものにとどまらず,現実的に起こり得るものとして実
質的に認められるものとなるのは,公務員の政治的行為からうかがわれるその政治
的傾向がその職務の遂行に反映する機序あるいはその蓋然性について合理的に説明
できる結び付きが認められるからである。そうすると,公務員の職務の遂行の政治
的中立性が損なわれるおそれが実質的に生ずるとは,そのような結び付きが認めら
れる場合を指すことになる。進んで,この点について敷えんして考察するに,以下
のとおり,多数意見とはいささか異なるものとなる。
 2 勤務外の政治的行為
 (1) しかるところ,この「結び付き」について更に立ち入って考察すると,問
題は,公務員の政治的行為がその行為や付随事情を通じて勤務外で行われたと評価
される場合,つまり,勤務時間外で,国ないし職場の施設を利用せず,公務員の地
位から離れて行動しているといえるような場合で,公務員が,いわば一私人,一市
民として行動しているとみられるような場合である。その場合は,そこからうかが
われる公務員の政治的傾向が職務の遂行に反映される機序あるいは蓋然性について
– 18 –
合理的に説明できる結び付きは認められないというべきである。
 (2) 確かに,このように勤務外であるにせよ,公務員が政治的行為を行えば,
そのことによってその政治的傾向が顕在化し,それをしないことに比べ,職務の遂
行の政治的中立性を損なう潜在的可能性が明らかになるとは一応いえよう。また,
職務の遂行の政治的中立性に対する信頼も損なわれ得るであろう。しかしながら,
公務員組織における各公務員の自律と自制の下では,公務員の職務権限の行使ない
し指揮命令や指導監督等の職務の遂行に当たって,そのような政治的傾向を持ち込
むことは通常考えられない。また,稀に,そのような公務員が職務の遂行にその政
治的傾向を持ち込もうとすることがあり得るとしても,公務員組織においてそれを
受け入れるような土壌があるようにも思われない。そうすると,公務員の政治的行
為が勤務外で行われた場合は,職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれがあ
るとしても,そのおそれは甚だ漠としたものであり,観念的かつ抽象的なものにと
どまるものであるといえる。
結局,この場合は,当該公務員の管理職的地位の有無,職務の内容や権限におけ
る裁量の有無,公務員により組織される団体の活動としての性格の有無,公務員に
よる行為と直接認識され得る態様の有無,行政の中立的運営と直接相反する目的や
内容の有無等にかかわらず──それらの事情は,公務員の職務の遂行の政治的中立
性に対する国民の信頼を損なうなどの服務規律違反を理由とする懲戒処分の対象と
なるか否かの判断にとって重要な考慮要素であろうが──その政治的行為からうか
がわれる政治的傾向がその職務の遂行に反映する機序あるいはその蓋然性について
合理的に説明できる結び付きが認められず,公務員の政治的中立性が損なわれるお
それが実質的に生ずるとは認められないというべきである。この点,勤務外の政治
– 19 –
的行為についても,事情によっては職務の遂行の政治的中立性を損なう実質的おそ
れが生じ得ることを認める多数意見とは見解を異にするところである。
 (3) ちなみに,念のためいえば,「勤務外」と「勤務時間外」とは意味を異に
する。本規則4項は,本法又は本規則によって禁止又は制限される政治的行為は,
「職員が勤務時間外において行う場合においても,適用される」と規定していると
ころであるが,これは,勤務時間外でも勤務外とは評価されず,上記の結び付きが
認められる場合(例えば,勤務時間外に,国又は職場の施設を利用して政治的行為
を行うような場合に認められ得よう。)にはその政治的行為が規制されることを規
定したものと解される。
 3 必要やむを得ない規制について
 (1) ところで,本法102条1項が政治的行為の自由を禁止することは,表現
の自由の重大な制約となるものである。しかるところ,民主主義に立脚し,個人の
尊厳(13条)を基本原理とする憲法は,思想及びその表現は人の人たるのゆえん
を表すものであるがゆえに表現の自由を基本的人権の中で最も重要なものとして保
障し(21条),かつ,このうち政治的行為の自由を特に保障しているものという
べきである。そのことは,必然的に,異なった価値観ないしは政治思想,及びその
発現としての政治的行為の共存を保障することを意味しているといってよいと思わ
れる。そのことからすると,憲法は,自分にとって同意できない他人の政治思想に
対して寛容で(時には敬意をさえ払う),かつ,それに基づく政治的行為の存在を
基本的に認めないしは受忍すること,いわば「異見の尊重」をすることが望ましい
としているともいえよう。当然のことながら,本件で問題となっている一般職の公
務員もまた,憲法上,公務員である前に国民の一人として政治に無縁でなく政治的
– 20 –
な信念や意識を持ち得る以上,前述の意味での政治的行為の自由を享受してしかる
べきであり,したがって,憲法は,公務員が多元的な価値観ないしは政治思想を有
すること,及びその発現として政治的行為をすることを基本的に保障しているもの
というべきである。
 (2) 以上の表現の自由を尊重すべきものとする点は多数意見と特に異なるとこ
ろはないと思われ,また,同意見が述べるとおり,本法102条1項の規制は,公
務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保
し,これに対する国民の信頼を維持することを目的とするものであるが,公務員の
政治的行為の自由が上記のように憲法上重大な性質を有することに照らせば,その
目的を達するための公務員の政治的行為の規制は必要やむを得ない限度に限られる
というべきである。そうすると,問題は,本法102条1項の政治的行為の解釈が
前記のようなものであれば,このような必要やむを得ない規制となるかどうかであ
る。
 そこで更に検討するに,まず,刑罰は国権の作用による最も峻厳な制裁で公務員
の政治的行為の自由の規制の程度の最たるものであって,処罰の対象とすることは
極力謙抑的,補充的であるべきことが求められることに鑑みれば,この公務員の政
治的行為禁止違反という犯罪は,行政の中立的運営を保護法益とし,これに対する
信頼自体は独立の保護法益とするものではなく,それのみが損なわれたにすぎない
場合は行政内部での服務規律違反による懲戒処分をもって必要にして十分としてこ
れに委ねることとしたものと解し,加うるに,公務員の職務の遂行の政治的中立性
が損なわれるおそれが実質的に認められるときにその法益侵害の危険が生ずるとの
考えのもとに,本法102条1項の政治的行為を上記のものと解することによっ
– 21 –
て,処罰の対象は相当に限定されることになるのである。
 のみならず,そのおそれが実質的に生ずるとは,公務員の政治的行為からうかが
われる政治的傾向がその職務の遂行に反映する機序あるいはその蓋然性について合
理的に説明できる結び付きが認められる場合を指し,しかも,勤務外の政治的行為
にはその結び付きは認められないと解するのであるから,公務員の職務の遂行の政
治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる場合は一層限定されることにな
る。
結局,以上の解釈によれば,本件罰則規定については,政党その他の政治的団体
の機関紙たる新聞その他の刊行物の配布は,上記の要件及び範囲の下で大幅に限定
されたもののみがその構成要件に該当するのであるから,目的を達するための必要
やむを得ない規制であるということが可能であると思われる。
 (3) ところで,本法102条1項の政治的行為の上記の解釈は,憲法の趣旨の
下での本件罰則規定の趣旨,目的に基づく厳格な構成要件解釈にほかならない。し
たがって,この解釈は,通常行われている法解釈にすぎないものではあるが,他面
では,一つの限定的解釈といえなくもない。しかるところ,第1に,公務員の政治
的行為の自由の刑罰の制裁による規制は,公務員の重要な基本的人権の大なる制約
である以上,それは職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ
るものを指すと解するのは当然であり,したがって,規制の対象となるものとそう
でないものとを明確に区別できないわけではないと思われる。第2に,そのように
おそれが実質的に認められるか否かということは,公務員の政治的行為からうかが
われる政治的傾向が職務の遂行に反映する機序あるいは蓋然性について合理的に説
明できる結び付きがあるか否かということを指すのであり,そのような判断は一般
– 22 –
の国民からみてさほど困難なことではない上,勤務外の政治的行為はそのような結
び付きがないと解されるのであるから,規制の対象となるかどうかの判断を可能な
らしめる相当に明確な指標の存在が認められ,したがって,一般の国民にとって具
体的な場合に規制の対象となるかどうかを判断する基準を本件罰則規定から読み取
ることができるといえる(最高裁昭和57年(行ツ)第156号同59年12月1
2日大法廷判決・民集38巻12号1308頁(札幌税関検査違憲訴訟事件)参
照)。
 以上よりすると,本件罰則規定は,上記の厳格かつ限定的である解釈の限りで,
憲法21条,31条等に反しないというべきである。
 (4) もっとも,上記のような限定的解釈は,率直なところ,文理を相当に絞り
込んだという面があることは否定できない。また,本法102条1項及び本規則に
対しては,規制の対象たる公務員の政治的行為が文理上広汎かつ不明確であるがゆ
えに,当該公務員が文書の配布等の政治的行為を行う時点において刑罰による制裁
を受けるのか否かを具体的に予測することが困難であるから,犯罪構成要件の明確
性による保障機能を損ない,その結果,処罰の対象にならない文書の配布等の政治
的行為も処罰の対象になるのではないかとの不安から,必要以上に自己規制するな
どいわゆる萎縮的効果が生じるおそれがあるとの批判があるし,本件罰則規定が,
懲戒処分を受けるべきものと犯罪として刑罰を科せられるべきものとを区別するこ
となくその内容についての定めを人事院規則に委任していることは,犯罪の構成要
件の規定を委任する部分に関する限り,憲法21条,31条等に違反し無効である
とする見解もある(最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法
廷判決・刑集28巻9号393頁(猿払事件)における裁判官大隅健一郎ほかの4
– 23 –
人の裁判官の反対意見参照)。このような批判の存在や,我が国の長い歴史を経て
の国民の政治意識の変化に思いを致すと(なお,公務員の政治的行為の規制につい
て,地方公務員法には刑罰規定はない。また,欧米諸国でも調査し得る範囲では刑
罰規定は見受けられない。),本法102条1項及び本規則については,更なる明
確化やあるべき規制範囲・制裁手段について立法的措置を含めて広く国民の間で一
層の議論が行われてよいと思われる。
 4 結論
 被告人の本件配布行為は,政治的傾向を有する行為ではあることは明らかである
ところ,被告人は,厚生労働大臣官房の社会統計課の筆頭課長補佐(総括課長補
佐)で,本法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,指揮命令や
指導監督等の裁量権を伴う職務権限の行使などの場面で他の多数の職員の職務の遂
行に影響を及ぼすことのできる地位にあるといえるが,勤務時間外である休日に,
国ないし職場の施設を利用せず,かつ,公務員としての地位を利用することも,公
務員であることを明らかにすることもなく,しかも,無言で郵便受けに文書を配布
したにとどまるものであって,いわば,一私人,一市民として行動しているとみら
れるから,それは勤務外のものであると評価される。そうすると,被告人の本件配
布行為からうかがわれる政治的傾向が被告人の職務の遂行に反映する機序あるいは
蓋然性について合理的に説明できる結び付きは認めることができず,公務員の職務
の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるとはいえないというべ
きである。したがって,被告人が上記のとおり管理職的地位にあること,その職務
の内容や権限において裁量権があること等を考慮しても,被告人の本件配布行為は
本件罰則規定の構成要件に該当しないというべきである。しかるに,第1審判決及
– 24 –
び原判決は,被告人の本件配布行為が本法102条1項の政治的行為に該当すると
するものであって,いずれも法令の解釈を誤ったものであるから,これを破棄する
のが相当であり,被告人を無罪とすべきである。
(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官小貫芳信)

(2)委任を受けた命令側の問題~法の委任の趣旨を逸脱していないか

+行政手続法
(命令等を定める場合の一般原則)
第三十八条  命令等を定める機関(閣議の決定により命令等が定められる場合にあっては、当該命令等の立案をする各大臣。以下「命令等制定機関」という。)は、命令等を定めるに当たっては、当該命令等がこれを定める根拠となる法令の趣旨に適合するものとなるようにしなければならない。
2  命令等制定機関は、命令等を定めた後においても、当該命令等の規定の実施状況、社会経済情勢の変化等を勘案し、必要に応じ、当該命令等の内容について検討を加え、その適正を確保するよう努めなければならない。

+判例(H3.7.9)
理由
上告代理人菊池信男、同森脇勝、同金子泰輔、同小林義弘、同大田黒昔生、同中山弘幸、同山口晴夫、同山田文夫、同澤村佳夫、同富山聡、同森幸夫の上告理由について
一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、爆発物取締罰則違反等により起訴され、昭和五〇年七月から東京拘置所(以下「拘置所」といい、その長を「所長」という。)に勾留されているが、昭和五四年一一月一二日第一審で死刑の判決を、昭和五七年一〇月二九日控訴審で控訴棄却の判決を受けた。
2 被上告人は、昭和五八年四月一四日、岩手県に居住する甲野春子と養子縁組をした。右養子縁組は、死刑廃止運動に賛同した春子が被上告人を自己の養子にしたいと決意しその旨を申し入れたことから成立した。したがって、被上告人と甲野一家とは従前生活を共にしたことはないが、それぞれが可能な範囲・方法で接触を保つように努力しており、現に春子及びその長女甲野夏子は何回となく被上告人に面会に来ていた。
3 ところで、従来、拘置所では、在監者と一四歳未満の者(以下「幼年者」という。)との面会をかなり広く認めていた。しかし、昭和五三年後半ころ、特定の事件の支援者が、子供を同伴した上在監者と接見し、その後子供と共に拘置所内でシュプレヒコール等をしたので、拘置所側がこれを排除しようとしたところ、子供の身体に危険が生じたことがあった。そこで、拘置所は、そのころから在監者と幼年者との面会を全面的に禁止した。昭和五四年八月二日、拘置所は、この取扱いを改め、在監者と幼年者との面会は、(ア)在監者の処遇上必要がある場合、及び、(イ) 勾留が長期にわたっていること、面会の相手が在監者の実子であること、進学、進級等子供の教育上必要があるか配偶者の病気、入院等子供の成育上必要があるなど特別の事情があること、年二回程度であることという条件をすべて具備した場合、にのみこれを許可することとした。そして、同日以降この取扱いが定着し、幼年者との面会を希望する在監者は、事前に所長に対し面会の許可の申請をしている。
4 被上告人は、養子縁組の成立前から夏子の長女甲野秋子(昭和四八年八月二六日生)と文通をしていたので、何回となく所長に対し秋子との面会の許可申請をし、その申請書に被上告人と秋子との関係、被上告人が秋子に面会したい理由等を記載したが、毎回不許可となった。被上告人は、昭和五八年五月三〇日、同年四月二七日にした秋子との面会許可申請が不許可となったので、その取消しを求めて法務大臣に情願書を提出し、春子、夏子及び秋子は、所長に上申書を提出するなどした。
5 被上告人は、昭和五九年四月二七日、所長に対し、秋子との面会の許可の申請をしたところ、所長は、翌二八日監獄法施行規則(以下「規則」という。)一二〇条によりこれを許可しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をし、同年五月二日被上告人に対し本件処分を告知した。
そして、秋子が同月四日、七日母夏子と共に所長に対し当時未決勾留中であった被上告人との面会の許可の申請をしたが、所長は秋子と被上告人との面会を許さなかった。

二 右事実関係の下において、原審は、所長のした本件処分につき裁量権の範囲を超え又はこれを濫用した違法があり、かつ、国家賠償法一条一項にいう「過失」があると判断した上、被上告人の請求のうち慰謝料五万円及びこれに対する昭和五九年五月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める部分を認容した第一審判決を相当であるとして控訴を棄却し、かつ、被上告人の附帯控訴に基づき弁護士費用一万円の支払請求を認容し、その余の請求を棄却した。

三 しかしながら、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 未決勾留は、刑事訴訟法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものである。そして、未決勾留により拘禁された者(以下「被勾留者」という。)は、(ア) 逃亡又は罪証隠滅の防止という未決勾留の目的のために必要かつ合理的な範囲において身体の自由及びそれ以外の行為の自由に制限を受け、また、(イ) 監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合には、右の障害発生の防止のために必要な限度で身体の自由及びそれ以外の行為の自由に合理的な制限を受けるが、他方、(ウ)当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障される(最高裁昭和四〇年(オ)第一四二五号同四五年九月一六日大法廷判決・民集二四巻一〇号一四一〇頁、同昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

2 ところで、被勾留者の接見に関する法律の定めは、次のとおりである。
(一) 刑事訴訟法八〇条は、勾留されている被告人は弁護人等同法三九条一項に規定する者以外の者と法令の範囲内で接見することができるとしている。
(二) そして、監獄法(以下「法」という。)四五条一項は、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と規定し、同条二項は、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト接見ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」と規定し、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者」以外の在監者である被勾留者の接見につき許可制度を採用することを明らかにした上、広く被勾留者との接見を許すこととしている。
右に前記1で説示したところを併せ考えると、被勾留者には一般市民としての自由が保障されるので、法四五条は、被勾留者と外部の者との接見は原則としてこれを許すものとし、例外的に、これを許すと支障を来す場合があることを考慮して、(ア) 逃亡又は罪証隠滅のおそれが生ずる場合にはこれを防止するために必要かつ合理的な範囲において右の接見に制限を加えることができ、また、(イ) これを許すと監獄内の規律又は秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合には、右の障害発生の防止のために必要な限度で右の接見に合理的な制限を加えることができる、としているにすぎないと解される。この理は、被勾留者との接見を求める者が幼年者であっても異なるところはない。
(三) これを受けて、法五〇条は、「接見ノ立会……其他接見……ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、命令(法務省令)をもって、面会の立会、場所、時間、回数等、面会の態様についてのみ必要な制限をすることができる旨を定めているが、もとより命令によって右の許可基準そのものを変更することは許されないのである。

3 ところが、規則一二〇条は、規則一二一条ないし一二八条の接見の態様に関する規定と異なり、「十四歳未満ノ者ニハ在監者ト接見ヲ為スコトヲ許サス」と規定し、規則一二四条は「所長ニ於テ処遇上其他必要アリト認ムルトキハ前四条ノ制限ニ依ラサルコトヲ得」と規定している。右によれば、規則一二〇条が原則として被勾留者と幼年者との接見を許さないこととする一方で、規則一二四条がその例外として限られた場合に監獄の長の裁量によりこれを許すこととしていることが明らかである。しかし、これらの規定は、たとえ事物を弁別する能力の未発達な幼年者の心情を害することがないようにという配慮の下に設けられたものであるとしても、それ自体、法律によらないで、被勾留者の接見の自由を著しく制限するものであって、法五〇条の委任の範囲を超えるものといわなければならない
原審は、規則一二〇条(及び一二四条)は幼年者の心情の保護を目的とするものであり、これに対する具体的な危険を避けるために必要な範囲で監獄の長が幼年者と被勾留者との接見を制限することを認めた規定であるという限定的な解釈を施した上、法はそのような制限を容認していると解する余地があるとして、右各規定が法五〇条の委任の範囲を超え、無効であるということはできないと判断した。しかし、前記のとおり、被勾留者も当該拘禁関係に伴う一定の制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるのであり、幼年者の心情の保護は元来その監護に当たる親権者等が配慮すべき事柄であることからすれば、法が一律に幼年者と被勾留者との接見を禁止することを予定し、容認しているものと解することは、困難である。そうすると、規則一二〇条(及び一二四条)は、原審のような限定的な解釈を施したとしても、なお法の容認する接見の自由を制限するものとして、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものというほかはない。 
そうだとすれば、規則一二〇条(及び一二四条)は、結局、被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものと断ぜざるを得ない。

4 以上によって本件をみるのに、原審の確定した事実関係によれば、被上告人と秋子とが接見したとしても、(ア) 被上告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれが生ずるとも、(イ) 監獄内の規律又は秩序が乱されるおそれが生ずるとも認められないというのであるから、所長は、法四五条の趣旨に従い、被上告人と秋子との接見を許可すべきであったといわなければならない。ところが、所長は、本件処分をし、これを許可しなかったのであるから、本件処分は法四五条に反する違法なものといわなければならない。
これと異なる見解に立つ上告理由第一点は、採用することができない。

5 そこで、進んで、国家賠償法一条一項にいう「過失」の有無につき検討を加える。
思うに、規則一二〇条(及び一二四条)が被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものであるということ自体は、重大な点で法律に違反するものといわざるを得ない。しかし、規則一二〇条(及び一二四条)は明治四一年に公布されて以来長きにわたって施行されてきたものであって(もっとも、規則一二四条は、昭和六年司法省令第九号及び昭和四一年法務省令第四七号によって若干の改正が行われた。)、本件処分当時までの間、これらの規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上とりたてて問題とされたこともなく、裁判上これが特に論議された本件においても第一、二審がその有効性を肯定していることはさきにみたとおりである。そうだとすると、規則一二〇条(及び一二四条)が右の限度において法五〇条の委任の範囲を超えることが当該法令の執行者にとって容易に理解可能であったということはできないのであって、このことは国家公務員として法令に従ってその職務を遂行すべき義務を負う監獄の長にとっても同様であり、監獄の長が本件処分当時右のようなことを予見し、又は予見すべきであったということはできない
本件の場合、原審の確定した事実関係によれば、所長は、規則一二〇条に従い本件処分をし、被上告人と秋子との接見を許可しなかったというのであるが、右に説示したところによれば、所長が右の接見を許可しなかったことにつき国家賠償法一条一項にいう「過失」があったということはできない。 
上告理由第二点は、所長に国家賠償法一条一項にいう「過失」がなかったことを主張する限りにおいて理由がある。

6 以上によれば、前記のとおり被上告人の請求を一部認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。そして、右に説示したところによれば被上告人の請求は理由がないから、原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、第一審判決中上告人敗訴の部分を取り消した上、右取消部分に関する被上告人の請求を棄却し、かつ、右破棄部分に関する被上告人の附帯控訴を棄却すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

++解説
《解  説》
一1 本件は、拘置所長が、監獄法施行規則(平成三年法務省令第二二号による改正前のもの。以下「規則」という。)一二〇条に従い、被勾留者とその養親の孫M(義理の姪 当時一〇歳)との接見を許さなかったので、その被勾留者(X)が、国家賠償法一条一項に基づき、国(Y)に対し、慰藉料五〇万円及びこれに対する遅延損害金並びに弁護士費用六〇万円を請求した事件である。
2 第一審判決は、(ア) 規則一二〇条及び一二四条は、幼年者の心情の保護に対する具体的な危険を避けるために必要な範囲で、監獄の長が幼年者と被勾留者との接見を制限することを認めた規定であるという限定解釈をした上、法はそのような制限を容認しているから、右各規定が監獄法(以下「法」という。)五〇条の委任の範囲を超え、無効であるということはできないと判断し、(イ) 所長のした本件処分につき裁量権の範囲を超え又はこれを濫用した違法があり、かつ、所長に国家賠償法一条一項にいう過失があるとし、(ウ) Xの請求のうち、慰藉料五万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める部分を認容し、その余の部分を棄却した。
原判決は、第一審判決とほぼ同旨の説示をした上、これを相当であるとして控訴を棄却し、かつ、Xの附帯控訴に基づき弁護士費用一万円の支払請求を認容し、その余の請求を棄却した。
3 本判決は、要旨のとおり説示して、原判決中Y敗訴の部分を破棄し、第一審判決中Y敗訴の部分を取り消した上、右取消部分に関するXの請求を棄却し、かつ、右破棄部分に関するXの附帯控訴を棄却した。
二1 要旨一について
(一) 法四五条一項は、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と規定しているが、その趣旨は、在監者の接見につき許可制度を採用した趣旨のみを明らかにしたものか、これに加えて原則として許可をするという許可の基準をも示したものか、については見解の分かれるところであろう。
しかし、(1) 被勾留者(在監者)は、当該拘禁関係に伴う制約(逃亡又は罪証隠滅の防止並びに監獄内の規律及び秩序の維持という要請に基づく必要かつ合理的な制限)の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保証される(最大判昭45・9・16民集二四巻一〇号一四一〇頁、最大判昭58・6・22民集三七巻五号七九三頁)。
(2) 刑事訴訟法八〇条は、勾留されている被告人は弁護人等同法三九条一項に規定する者以外の者と法令の範囲内で接見することができるとしている。
(3) 法四五条一項は、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と規定しているが、法は、「之ヲ許ス」(たとえば、法三一条一項、四五条一項)という文言と「之ヲ許スコトヲ得」(たとえば、法二九条、三五条、五三条一項)という文言とを使い分けているようであるが、法は、「之ヲ許ス」という文言には覊束行為的なニュアンスをもたせ、「之ヲ許スコトヲ得」という文言には裁量行為的なニュアンスをもたせていると思われる。
(4) 法四五条二項は「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト接見ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」と規定している。したがって、法は、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者」と被勾留者とを区別した上、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者」の接見については厳しい態度で臨む(四五条二項)反面、被勾留者の接見については緩やかな態度で臨む(四五条一項)こととしている。
これらの点にかんがみると、法は、後者の見解を採用し、在監者の接見につき、許可制度を採用するとともに、原則としてこれを許可するという許可の基準をも示している(四五条)、と解すべきであろう。
そして、命令(法務省令)には、法律の委任がなければ、国民の権利を制限する規定を設けることができない(国家行政組織法一二条四項参照)ところ、法五〇条は、委任する事項として、「接見ノ立会……其他接見……ニ関スル制限」をあげているが、右に例示としてあげられた「接見ノ立会」とは接見の態様に関する事項であり、接見の許可の基準ではない。そうすると、法は、命令(法務省令)をもって、接見の立会、場所、時間、回数等接見の態様についてのみ必要な制限をすることができることとしている(五〇条)、と解される。
(二) これに対し、規則一二〇条は、「十四歳未満ノ者ニハ在監者ト接見ヲ為スコトヲ許サス」と規定して接見の許可基準そのものを定めているから、接見の時限、度数、手続、場所、立会、外国語の使用等接見の態様について定める規則一二一条ないし一二三条、一二五条ないし一二八条とは異質のものといわざるを得ない。そして、規則一二〇条は、文理に即して、かつ、規則一二四条と併せて解釈すると、原則として被勾留者と幼年者との接見を許さないこととしている(規則一二四条は、その例外として、限られた場合に監獄の長の裁量によりこれを許すこととしている。)、と解される。このような規則一二〇条及び一二四条は、事物を弁別する能力の未発達な幼年者の心情を害さないという目的のために設けられたものであるが、右の目的は、法によって定められた目的ではなく、規則によって定められた目的である。しかも、幼年者の心情の保護は、元来、その監護に当たる親権者等が配慮すべき事柄であるから、その目的の当否自体疑わしい。
(三) そうすると、規則一二〇条及び一二四条は、法律によらないで、被勾留者と幼年者との接見の自由を著しく制限するものであって、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものといわなければならない。法は被勾留者と幼年者との接見を一律に禁止することを容認している訳ではないから、原審のように、規則一二〇条及び一二四条について限定解釈をして、これらの規定が法五〇条の委任の範囲を超えないということもできない。
本判決は、以上のように、主として、被勾留者の側からの接見の自由という観点に立って、すなわち、幼年者の側からの接見の自由という観点に立つまでもなく、規則一二〇条及び一二四条が、被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において、法五〇条の委任の範囲を超え、無効である、と判断したものと思われる。
(四) なお、本判決が規則一二〇条のみならず規則一二四条も被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において無効であるとしたのは、規則一二〇条と一二四条とはいわば本文と但書との関係に立つ規定であり(規則一二四条は、規則一二一条ないし一二三条の例外規定でもあるため、立法技術上、規則一二〇条と離れたところに置かれているにすぎない。)、本件の場合、XとMとの接見を許さなかった処分が違法であるというためには、規則一二〇条が右の限度で違法無効であるとしたのでは足りないからであろう。
蛇足ながら、本判決が「被勾留者と幼年者との接見をゆるさない限度において」という説示を加えたのは、本判決は、規則一二〇条及び一二四条の規定する受刑者等の接見の自由についてはなんらふれていないためと思われる。
2 要旨二について
(一) 規則一二〇条及び一二四条が法五〇条の委任の範囲を超え無効であるとした場合、所長に国家賠償法一条一項にいう過失があるかどうかについては、これを肯定する説(請求認容説)と否定する説(請求棄却説)とを考えることができる。
(二) 過失肯定説(請求認容説)は、所長の規則一二〇条及び一二四条の解釈についての注意義務違反(規則一二〇条及び一二四条が法五〇条の委任の範囲を超え無効であることについての注意義務違反)及び本件接見許可申請に対する措置についての注意義務違反をいずれも肯定するものである。
この過失肯定説(請求認容説)としては、次の二つの説が有力と思われる。
(1) 過失を違法性から事実上推定する説
この説は「法律による行政」の原則の下において、公務員の職務の執行が違法であれば、多くの場合、当該公務員に過失があったと推認するを妨げないという経験則に基づくものと思われる。たしかに、通常の場合、被害者は当該公務員の職務の執行の態様を知らないから、右のような推定をすることは被害者の主張立証の負担を軽減し、その救済に役立つことは否定できない。そのような事情も手伝ってか、裁判例のうちには、違法性について詳細な認定判断をした後、過失については比較的簡単にこれを推認し、原告の請求を認容しているものも多い(とくに、違法性の程度が高い場合には、比較的容易に過失の存在を推認しているように思われる。)。
しかし、この説を採用しても、常に違法性から過失を推認することができる訳ではない。とくに、本件の場合、所長は規則一二〇条に従って本件処分をしたのであって、いわば過失の推認を妨げる事情が明らかになっているから、違法性があるからといって過失があることを推認することはできない。本判決は、この説は採用することができないとしたのであろう。
(2) 過失を主観的・具体的に把握せず、客観的・抽象的に把握する説
過失の有無は、もともと職務の執行をした公務員の知識・能力及び具体的な事実の認識によってこれを認定すべきである(具体的過失説)。しかし、この具体的過失説を採用しても、原審は所長の過失を認定するに足りる事実を認定していないから、所長に過失があったということはできない。
これに対し、(ア) そもそも、公務員は、その職務を遂行するにあたり、その職務に応じた注意義務を要求される、(イ) 公務員の公権力の行使が行政処分としてされる場合には、いわば組織として公権力の行使がされるから、その過失の有無も組織として手落ちはなかったか、という点から考える必要がある、(ウ) 被害者が自己の関知しない公務員の知識・能力及び具体的な事実の認識を主張立証することは相当困難である、(エ) 具体的過失説の方が国家賠償法一条一項の文理により親しむことは否定できないが、これによって同条を公正に運用することはできない、等の点を考慮すると、公務員が職務上要求される標準的な注意義務に違反したと認められる場合には、過失を認めることができるし、過失を認めるべきである(抽象的過失説)。
判例をみると、最三小判昭28・11・20民集七巻一一号一一七七頁は「関係検察官又は裁判官」の注意義務を問題としているから具体的過失説を採用したと解されるが、最三小判昭37・7・3民集一六巻七号一四〇八頁は「通常の検察官又は裁判官」の注意義務を問題としているから抽象的過失説を採用したと理解できないではない。また、最二小判昭43・4・19判時五一八号四五頁が「通常公務員に要求される注意義務」をもって過失の有無を判断しているのも抽象的過失説を採用したと解する余地があるし、最一小判昭60・11・21判時一一七七号三頁が「公務員が個別の国民に対して負担する法的義務」を強調しているのも同様に解する余地がある。
この説によれば、所長は、その職務に関し有形力(実力)を行使していつでも被勾留者の権利自由を直接にかつたやすく侵害することができるし、その権利自由の侵害の程度も大きくなる可能性があるから、その職務上の注意義務は相当高度なものといわざるを得ない、そして、所長は、遅くとも前掲最大判昭58・6・22があらわれた後は、規則一二〇条及び一二四条が法五〇条の委任の範囲を超えていることを当然認識すべきであった、したがって、所長に国家賠償法一条一項にいう過失があった、と構成するのであろう。
しかし、本判決は、この説を採用しない、あるいは、この説を採用しても過失を認めることができないとしたものと思われる。
(三) 過失否定説(請求棄却説)
過失とは、権利侵害の結果の発生又はその可能性を認識しないで(認識なき過失)、又は、結果の発生が認容されないのに結果の発生又はその可能性を認識しながら(認識ある過失)、権利侵害の危険性のある行為をすることである。とくに、本件のように公務員が公権力を積極的に行使する場合(認識ある過失の場合)には、通常、私人の権利を侵害するから、権利の侵害を予見しただけでは過失があることにはならず、違法であることを予見できなければ過失があることにはならない。
本判決は、このような考え方に従い、監獄の長には、本件処分当時、規則一二〇条及び一二四条が被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において法五〇条の委任の範囲を超え、無効であることにつき予見可能性がなかった、したがって、所長に国家賠償法一条一項にいう過失はない、としたものと思われる。そして、本判決は、右の予見可能性がなかった理由として、これらの規則が明治四一年に公布されて以来本件処分当時まで約七六年にわたり法務行政上も裁判上も有効なものとして取り扱われてきたことをあげている。このような場合、法務事務官たる所長(監獄の長)としては、法令(とりわけ法律よりも具体的な法規である規則一二〇条及び一二四条)を遵守し、これに従って職務を遂行してきた筈であるから、所長に右の予見可能性があったとするのは酷に失するとしたのであろう。したがって、所長に過失があるとされるのは、もっぱら本判決により規則一二〇条及び一二四条が前記の限度で無効であることが明らかにされた後のこととなるものと思われる。
三 平成三年法務省令第二二号は、規則一二〇条を削除し、一二四条中に「前四条」とあるのを「前三条」に改めた。この結果、法務行政の実際においても、受刑者等と幼年者との接見も含めて、在監者と幼年者との接見は、大幅に自由になったといえよう。
本判決は、規則(法務省令)が法に違反し無効であるとして法務行政に相当な影響を及ぼした点においても、法令の解釈をめぐる過失の有無が問題となった事案においてこれを否定したという点においても、実務上重要な判例というべきであろう。

+判例(H14.1.31)
理由
上告代理人三住忍、同多田実、同横田保典、同福井英之の上告理由について
1 児童扶養手当法(以下「法」という。)4条1項は、児童扶養手当の支給要件として、都道府県知事は次の各号のいずれかに該当する児童の母がその児童を監護するとき、又は母がないか若しくは母が監護をしない場合において、当該児童の母以外の者がその児童を養育するときは、その母又は養育者に対し、児童扶養手当を支給するとし、支給対象となる児童として、「父母が婚姻を解消した児童」(1号)、「父が死亡した児童」(2号)、「父が政令で定める程度の障害の状態にある児童」(3号)、「父の生死が明らかでない児童」(4号)、「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」(5号)を規定している(ここに規定する場合を含め、法にいう「婚姻」には、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含むものとされている(法3条3項)。以下、本判決においても同じ。)。そして、児童扶養手当法施行令(平成10年政令第224号による改正前のもの。以下「施行令」という。)1条の2は、法4条1項5号に規定する政令で定める児童として、「父(母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、その母と事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。以下次号において同じ。)が引き続き1年以上遺棄している児童」(1号)、「父が法令により引き続き1年以上拘禁されている児童」(2号)、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)」(3号)、「前号に該当するかどうかが明らかでない児童」(4号)を規定している。

2 原審の適法に確定したところによれば、上告人は、婚姻によらないで子を懐胎、出産して、これを監護しており、施行令1条の2第3号に該当する児童を監護する母として平成3年2月分から児童扶養手当の支給を受けていたが、同5年5月12日、子がその父から認知されたため、被上告人は、これにより児童扶養手当の受給資格が消滅したとして、同年10月27日付けで児童扶養手当受給資格喪失処分(以下「本件処分」という。)をしたというのである。

3 上記事実関係の下で、原審は、次のとおり判断し、本件処分の取消しを求める上告人の請求を認容した第1審判決を取り消して、上告人の請求を棄却した。
(1) 施行令1条の2第3号は、「(父から認知された児童を除く。)」との括弧書部分(以下「本件括弧書」という。)を含め、全体として児童扶養手当支給の積極要件である支給対象となる児童を定めた規定であって、本件括弧書が独立した児童扶養手当支給の消極要件を定めたものとはいえない。同号の規定のうち本件括弧書のみを取り出して、それを無効として本件処分を取り消すことは、母が婚姻によらないで懐胎した児童(以下「婚姻外懐胎児童」という。)であって父から認知されていないものを児童扶養手当の支給対象とすることを一体として定めた同号の規定の趣旨に反し、法及び施行令が児童扶養手当の支給対象として規定していない父から認知された婚姻外懐胎児童についても児童扶養手当の支給対象に含める法令が存在するものとし、そのような法令を適用して本件処分を取り消すことと同一の結果となり、立法府又は政令制定者の権限を侵すことになるから、許されない。
(2) のみならず、本件括弧書を設けたことは、憲法に違反するものでもなく、法の委任の範囲内である。法は、法4条1項1号ないし4号に規定する児童に準ずる児童の中から児童扶養手当の支給対象児童の類型を指定することを政令制定者の裁量にゆだねているところ、法4条1項2号及び4号は、父が存在しないため父による扶養を受けることができない類型を定めたものであり、施行令1条の2第3号は、これに準ずるものとして規定されたと解される。父の不存在を指標として児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲を画することは、それなりに合理的なものということができ、その反面として、父の不存在という指標に該当する事実がなくなった場合には、類型的に児童扶養手当の支給対象とする必要性がなくなったものとすることも、それなりに合理的なものということができる。本件括弧書は、帰するところ父の不存在という指標に該当する事実を規定したものであり、本件括弧書を設けたことは、立法府ないし政令制定者の裁量の範囲内に属するものと解され、違憲、違法なものとはいえない。

4 しかしながら、原審の上記判断は、是認することができない。その理由は次のとおりである。
(1) 施行令1条の2第3号の規定は、婚姻外懐胎児童を児童扶養手当の支給対象児童として取り上げた上、認知された児童をそこから除外するとの明確な立法的判断を示していると解することができる。そして、このうち認知された児童を児童扶養手当の支給対象から除外するという判断が違憲、違法なものと評価される場合に、同号の規定全体を不可分一体のものとして無効とすることなく、その除外部分のみを無効とすることとしても、いまだ何らの立法的判断がされていない部分につき裁判所が新たに立法を行うことと同視されるものとはいえない。したがって、本件括弧書を無効として本件処分を取り消すことが、裁判所が立法作用を行うものとして許されないということはできない。
(2) そこで、政令制定者が施行令1条の2第3号において本件括弧書を設けたことが、法の委任の範囲を超えたものということができるか否かについて検討する。
法は、父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給し、もって児童の福祉の増進を図ることを目的としている(法1条)が、父と生計を同じくしていない児童すべてを児童扶養手当の支給対象児童とする旨を規定することなく、その4条1項1号ないし4号において一定の類型の児童を掲げて支給対象児童とし、同項5号で「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」を支給対象児童としている。同号による委任の範囲については、その文言はもとより、法の趣旨や目的、さらには、同項が一定の類型の児童を支給対象児童として掲げた趣旨や支給対象児童とされた者との均衡等をも考慮して解釈すべきである。
法は、いわゆる死別母子世帯を対象として国民年金法による母子福祉年金が支給されていたこととの均衡上、いわゆる生別母子世帯に対しても同様の施策を講ずべきであるとの議論を契機として制定されたものであるが、法が4条1項各号で規定する類型の児童は、生別母子世帯の児童に限定されておらず、1条の目的規定等に照らして、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童、すなわち、児童の母と婚姻関係にあるような父が存在しない状態、あるいは児童の扶養の観点からこれと同視することができる状態にある児童を支給対象児童として類型化しているものと解することができる。母が婚姻によらずに懐胎、出産した婚姻外懐胎児童は、世帯の生計維持者としての父がいない児童であり、父による現実の扶養を期待することができない類型の児童に当たり、施行令1条の2第3号が本件括弧書を除いた本文において婚姻外懐胎児童を法4条1項1号ないし4号に準ずる児童としていることは、法の委任の趣旨に合致するところである。一方で、施行令1条の2第3号は、本件括弧書を設けて、父から認知された婚姻外懐胎児童を支給対象児童から除外することとしている。確かに、婚姻外懐胎児童が父から認知されることによって、法律上の父が存在する状態になるのであるが、法4条1項1号ないし4号が法律上の父の存否のみによって支給対象児童の類型化をする趣旨でないことは明らかであるし、認知によって当然に母との婚姻関係が形成されるなどして世帯の生計維持者としての父が存在する状態になるわけでもない。また、父から認知されれば通常父による現実の扶養を期待することができるともいえない。したがって、婚姻外懐胎児童が認知により法律上の父がいる状態になったとしても、依然として法4条1項1号ないし4号に準ずる状態が続いているものというべきである。そうすると、施行令1条の2第3号が本件括弧書を除いた本文において、法4条1項1号ないし4号に準ずる状態にある婚姻外懐胎児童を支給対象児童としながら、本件括弧書により父から認知された婚姻外懐胎児童を除外することは、法の趣旨、目的に照らし両者の間の均衡を欠き、法の委任の趣旨に反するものといわざるを得ない
(3) 原判決は、法4条1項2号の「父が死亡した児童」及び4号の「父の生死が明らかでない児童」は、父が存在しないため父による扶養を受けることができない類型を定めたものであり、施行令1条の2第3号は、本件括弧書を含めてこれに準ずるものとして規定されたものであるとし、父の認知によって受給資格が失われるのは、法4条1項2号及び4号により支給対象とされた児童について養父の出現や父の生存の確認によって父の不存在という事実がなくなれば父が扶養義務を尽くすか否かにかかわらず児童扶養手当の支給が打ち切られるのと同様であるとする。しかしながら、上記各号に定める父の死亡や父の生死不明も、単なる法律上の父の不存在ではなく、世帯の生計維持者としての父の不存在の場合を類型化したものということができるのであり、上記各号の場合に養父の出現や父の生存の確認によって世帯の生計維持者としての父の不存在の状態が解消されたとしてその受給資格を喪失させることと、認知により法律上の父が存在するに至ったとの一事をもって受給資格を喪失させることとを同一視することはできないというべきである。
そして、このように解することは、事実上の婚姻関係にある父母の間に出生した児童が、事実上の婚姻関係の解消によって法4条1項1号の支給対象児童となった場合において、その後に父の認知があったとしても、その受給資格に消長を来さないと解されていることとも整合する。

5 以上のとおりであるから、【要旨】施行令1条の2第3号が父から認知された婚姻外懐胎児童を本件括弧書により児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲から除外したことは法の委任の趣旨に反し、本件括弧書は法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効と解すべきである。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件括弧書を根拠としてされた本件処分は違法といわざるを得ない。
以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、上告人の請求を認容した第1審判決は、結論において是認することができるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官町田顯の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官町田顯の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見が本件括弧書は法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効であると解することに、賛成することができない。その理由は、次のとおりである。
多数意見は、法が4条1項各号で規定する児童は世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童を支給対象児童として類型化しているものと解し、婚姻外懐胎児童は世帯の生計維持者としての父がいない児童であり、認知によって世帯の生計維持者としての父が存在する状態になるわけでもないから、父から認知された婚姻外懐胎児童を支給対象児童としない本件括弧書は法の委任の趣旨に反し、無効であるとする。
しかし、児童扶養手当の制度は、多数意見も指摘するとおり、死別母子世帯には母子福祉年金が支給されていたところ、生別の場合も、死別の場合と同様、これにより児童の経済状態が悪化することは異ならないので、死別母子世帯との均衡から、生別母子世帯に対しても同様の施策を講ずることを主眼に創設されたものであり、かつ、これと同視することができる状態にある児童である〈1〉父が死亡した児童、〈2〉父が一定の障害の状態にある児童(事故、疾病等により父が障害者となることも少なくない。)及び〈3〉父の生死が明らかでない児童を支給対象児童として明記し、これらに準ずる状態にある児童で政令で定めるものも支給対象児童とすることができるものとしたものである。法が世帯の生計維持者としての父のいない児童すべてを支給対象児童とするものではないことは、その文言上からも明らかであり、また、このことを前提に、法の議決に当たり衆議院の社会労働委員会が、政府は父と生計を同じくしていないすべての児童を対象として児童扶養手当を支給するよう措置することを求めていること(付帯決議が法的効力を持つものでないことは、いうまでもない。)によっても裏付けることができる。父と生計を同じくしていない児童のすべてではなく、父母の離婚等その児童の経済状態が悪化する特別の事情のある児童に限って児童扶養手当を支給する社会保障立法が、憲法に反するものでないことは、最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁に照らし明らかである。これを、多数意見のように、法は世帯の生計維持者としての父がいない児童を類型化して支給対象児童としているものと解すると、その一つの典型である婚姻外懐胎児童について、法が4条1項に列記しないことの説明が困難と思われる。
このように解すべきものとすれば、内閣は、法4条1項5号の委任に基づき、政令を定める場合に、婚姻外懐胎児童を支給対象児童とすることを義務付けられているものではない。同号が同項1号から4号までに準ずる状態にある児童として政令に定めるものを支給対象児童とすると包括的、抽象的に定める趣旨は、どのような状態にある児童を同項1号から4号までに準ずる状態にあるとして政令に定めるかを、政令の制定権者である内閣の裁量にゆだねているものというべきである。そして、内閣が婚姻外懐胎児童を支給対象児童として政令で定める場合に、父から認知されたものと認知されていないものとで異なった扱いをしても、別異に扱うことに合理的理由があるなら、なお裁量の範囲内にあるものと解される。同じ婚姻外懐胎児童であっても、父から認知されたものは父に対し扶養請求権を持つのに、認知されていないものにはそのような権利はないから、社会福祉制度の一つである本件児童扶養手当の支給について、認知されていないもののみを支給対象児童とすることも合理的な理由があり、施行令1条の2第3号の括弧書部分が法の委任の趣旨に反するものとは解されない。このように解しても、認知を受けた児童が父から引き続き1年以上遺棄されている場合など、法4条1項2号から4号まで又は施行令1条の2第1号若しくは2号に該当する場合には、婚姻関係にある父母の間で出生した児童と同じ事由に基づき児童扶養手当の支給を受けることができるのであるから、格段の不利益を受けるものともいえない。多数意見は、事実上の婚姻関係にある父母の間で出生した児童が事実上の婚姻関係の解消によって児童扶養手当の支給を受けている場合に、その後の父の認知によって受給資格に消長を来さないのに、婚姻外懐胎児童の場合は父の認知により受給資格を欠くこととなるのは、整合性に欠けるようにいうが、事実上の婚姻関係にある父母の間で出生した児童については、法は、父の認知の有無にかかわらず、父があるものとして法を適用するものとしているのであるから、認知によって法の適用上新たに父が出現するものではないのに対し、婚姻外懐胎児童の場合は、父の認知によって初めて父があることになるのであるから、受給資格に関し、認知の取扱いが異なっても、整合性に欠けることとなるものではない。
児童扶養手当は、前記のとおり、離婚等により経済状況が悪化した母子家庭等に支給される社会保障としての給付であるから、その運用は、この趣旨に従って行われるべきものであるところ、従前児童扶養手当を受ける事由となっていた受給資格に該当しなくなった場合でも、他の受給資格がある場合には、受給資格喪失処分をすることは許されないものと解するのが相当である。そして、本件のように父から認知を受けたことにより、施行令1条の2第3号の受給資格を欠くこととなった場合には、同条1号に規定する児童に該当する場合があることも十分予想されるから、児童扶養手当受給資格喪失処分の適否を判断するに当たっては、同号等に該当する事由の有無を釈明、審理する必要があるものというべきである。
よって、この点を判断させるため、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すのが相当である。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 町田顯 裁判官 深澤武久)

++解説
《解  説》
一 児童扶養手当は、いわゆる母子家庭の生活安定と自立促進のため、児童扶養手当法に基づき支給されるものであるが、同法四条一項は、その支給対象児童として、父母が婚姻を解消した児童(一号)など一定の類型の児童を定めた上で、同項五号で「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」と規定し、支給対象児童を定めることを政令に委任しており、同法施行令一条の二は、これを受け、一定の類型の児童を定めている(なお、同法の関係における「婚姻」はいわゆる事実婚を含むものである。)。本件で問題とされたのは、支給対象児童を定める同法施行令一条の二第三号(平成一〇年政令第二二四号による改正前のもの)の規定のうち、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童」から「父から認知された児童」を除外している括弧書部分(本件括弧書)である。
本件は、婚姻によらないで懐胎した児童(婚姻外懐胎児童)を出産し、同号該当児童を監護する母として平成三年から児童扶養手当の支給を受けていたXが、平成五年に、その子が父に認知されたことにより、Yから児童扶養手当の受給資格喪失通知をされたため、その根拠となった本件括弧書が違憲、違法であるなどとして、処分の取消しを求めた事案である。
なお、本件括弧書自体は、上記平成一〇年改正により既に削除されている。
二 本件の第一審判決は、本件括弧書は、法四条一項一号の定める父母婚姻解消児童に比較して、婚姻外の児童を社会的地位又は身分により差別するもので、差別は合理的な理由によるものとはいえないから、憲法一四条に違反し、無効であるとして処分を取り消した。これに対し、原審は、①施行令一条の二第三号は、本件括弧書を含め、全体として手当支給の積極要件を定めた規定であり、本件括弧書のみを無効として処分を取り消すことは、法及び施行令が規定していない認知された婚姻外懐胎児童をも支給対象に含める法令が存在するとして処分を取り消すことと同一の結果となり、立法府又は政令制定者の権限を侵し許されない、②のみならず、認知の有無、すなわち、父の存否を指標として支給対象児童を画する本件括弧書を設けることは、憲法に違反するものでもなく、法の委任の範囲内であるとし、第一審判決を取り消し、原告の請求を棄却した。
なお、本件括弧書に基づく児童扶養手当の受給資格喪失処分を争う訴訟は、本件以外にもあり、京都事件では、一審(京都地判平10・8・7本誌一〇三七号一二二頁)は本件括弧書を違法であるとしたが、二審(大阪高判平12・5・16訟月四七巻四号九一七頁)は違憲、違法とはいえないとし、広島事件では、一審(広島地判平11・3・31判自一九五号五二頁)はこれを違憲、違法といえないとしたが、二審(広島高判平12・11・16判時一七六五号三七頁)は違憲、違法であるとするなど、判断が分かれていたところである。
三 本判決は、まず、施行令一条の二第三号の規定は、婚姻外懐胎児童を児童扶養手当の支給対象児童として取り上げた上、認知された児童をそこから除外するという明確な立法的判断を示しているといえ、この判断が違憲、違法なものと評価される場合に、同号の規定全体を不可分一体のものとして無効とすることなく、その除外部分のみを無効とすることは、いまだ何らの立法的判断がされていない部分につき裁判所が新たに立法を行うことと同視されるものとはいえないとし、原審の上記①の判断を是認できないとした。
そして、本判決は、本件括弧書が法の委任の範囲を超えたものか否かについて検討し、法は、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童を類型化していると解することができるところ、婚姻外懐胎児童は、世帯の生計維持者としての父がいない児童で、父の現実の扶養を期待することができない類型の児童に当たるから、施行令が本件括弧書を除いた本文で婚姻外懐胎児童を法の定める支給対象児童に準ずる児童としたことは、法の委任の趣旨に合致するとし、他方で、本件括弧書を設けて認知された婚姻外懐胎児童を除外したことについては、認知がされれば法律上の父が存在する状態になるが、法四条一項一号ないし四号は法律上の父の存否のみによって支給対象児童の類型化をする趣旨ではないし、認知によって当然に世帯の生計維持者としての父が存在する状態になるわけでもなく、また、認知されれば通常父による現実の扶養を期待できるともいえないから、婚姻外懐胎児童が認知されても、依然として法四条一項各号に準ずる状態が続いているといえ、施行令一条の二第三号がその本文で婚姻外懐胎児童を支給対象児童としながら、本件括弧書により父から認知された婚姻外懐胎児童を除外することは、法の委任の趣旨に反するとして、憲法判断をするまでもなく、本件括弧書は無効であるとした(この点には町田裁判官の反対意見が付されている。)。
本判決は、社会保障立法の分野において、支給対象を定める政令の一部を違法無効としたものであるが、第一審判決のように、法四条一項一号が支給対象児童としている父母婚姻解消児童(法四条一項一号)との比較のみによって平等原則違反をいうものではないことは判旨からも明らかであろう。いわゆる社会保障立法において、給付の対象とされた類型と対象とされなかった類型との差異を個別に取り上げ、これだけを比較してその差異に十分に合理的な根拠がない限り直ちに憲法一四条一項違反とするような判断手法は、結局、社会保障立法における立法者の裁量権を極めて狭く解することにもなりかねず、反対意見が参照する最大判昭57・7・7民集三六巻七号一二三五頁、本誌四七七号五四頁(堀木訴訟大法廷判決)の示した判断基準からみても議論のあり得るところであろう。本判決は、他の支給対象児童を定めている法の規定も、準ずる児童を定めることを委任した法の委任の趣旨として考慮し、婚姻外懐胎児童につき、認知の有無、すなわち、法律上の父の有無による線引きをすることは、法の委任の趣旨に反するとしたものであり、認知婚姻外懐胎児童と父母婚姻解消児童との単純な対比ではなく、むしろ、認知婚姻外懐胎児童と未認知婚姻外懐胎児童とを対比し、両者の取扱いを異にすることが、その四条一項で種々の支給対象児童を規定している法の委任の趣旨に反するか否かを検討したものといえよう。
四 なお、前記京都事件及び広島事件についても、上告及び上告受理申立てがされ、前者は第二小法廷に、後者は第一小法廷に係属していたが、広島事件については、本判決と同日に同旨の判決がされ、京都事件については、平成一四年二月二二日に、全員一致でほぼ同旨の判決がされている。
本件は、平成一〇年の改正により既に削除されるに至った本件括弧書の適否が問題となった事案であるが、政令の法適合性について判断を示し、法の委任の趣旨に反するとして政令の一部を無効とした最高裁判決であるので(なお、法の委任の範囲を超えるとして、政令等を無効とした最高裁判例としては、農地法施行令一六条についての最大判昭46・1・20民集二五巻一号一頁、本誌二五七号一一七頁、監獄法施行規則一二〇条及び一二四条についての最三小判平3・7・9民集四五巻六号一〇四九頁、本誌七六九号八四頁がある。)、紹介する。

+判例(H21.11.18)
理由
上告代理人中北龍太郎の上告受理申立て理由及び上告代理人樺島正法、同小西憲太郎、同佐竹明の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 本件は、東洋町選挙管理委員会(以下「処分行政庁」という。)が、東洋町議会議員A(以下「A議員」という。)に係る解職請求者署名簿の署名について、解職請求代表者に非常勤の公務員である農業委員会委員が含まれているとして、そのすべてを無効とする旨の決定をし、さらに、請求代表者等の関係人である上告人らによる異議の申出も平成20年5月20日付けの決定(以下「本件異議決定」という。)により棄却したことから、上告人らにおいて本件異議決定の取消しを求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人X1を含む6名(以下「本件代表者ら」という。)は、処分行政庁に対し、平成20年3月14日、A議員に係る解職請求書を添えて、本件代表者らがその解職請求代表者である旨の証明書の交付を申請し、同月17日、処分行政庁からその旨の証明書の交付を受けた。当時、上告人X1は、非常勤の公務員である農業委員会委員であった。
(2) 公職選挙法(以下「公選法」という。)89条1項本文所定の公務員は、同項ただし書所定の者を除き、在職中、公職の候補者となることができないが、地方自治法(以下「地自法」という。)及び地方自治法施行令(以下「地自令」という。)は、公選法89条1項を議員の解職の投票に準用するに当たり、「公職の候補者」を「普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者」と読み替え、かつ、同項ただし書(同項2号に関する部分を除く。)の準用を除外している(地自法85条1項、地自令115条、113条、108条2項、109条。以下、地自令の上記4条項のうち、公選法89条1項を準用することにより議員の解職請求代表者の資格を制限している部分を併せて「本件各規定」という。)。したがって、本件各規定によれば、農業委員会委員は、公職の候補者となることができる場合であると否とを問わず、在職中、議員の解職請求代表者となることができないこととなる。
(3) 本件代表者らは、処分行政庁に対し、同年4月14日、上記解職請求書に係る1124名分の署名簿(以下「本件署名簿」という。)を提出し、同月17日に受理されたが、処分行政庁は、本件各規定により農業委員会委員は議員の解職請求代表者となることができないことを前提に、同年5月2日付けで、本件署名簿の署名をすべて無効とする旨の決定をした。
(4) 上告人らが上記決定に対し異議の申出をしたところ、処分行政庁は、本件署名簿の署名は農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集されたものであって、すべて成規の手続によらない署名であるなどとして、同月20日付けで、異議の申出を棄却する本件異議決定をした。

3 原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断して、上告人らの請求を棄却した。
本件各規定の委任の根拠規定である地自法85条1項は、議員の解職請求に係る投票手続のみならず、これと一連の手続の中で密接に関連する請求手続についても、公務員の職務遂行の中立性を確保し、手続の適正を期する観点から、公選法の規定の準用を認めたものであって、本件各規定はその委任の範囲内の適法かつ有効な定めと解されるから、農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集された本件署名簿の署名は、すべて成規の手続によらない署名として無効である。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 普通地方公共団体の議会の議員の選挙権を有する者は、法定の数以上の連署をもって、解職請求代表者から、当該普通地方公共団体の選挙管理委員会に対し、当該議会の議員の解職の請求をすることができ(地自法80条1項)、選挙管理委員会は、その請求があったときは、直ちに請求の要旨を関係区域内に公表するとともに(同条2項)、これを選挙人の投票に付さなければならないこととされている(同条3項)。このように、地自法は、議員の解職請求について、解職の請求と解職の投票という二つの段階に区分して規定しているところ、同法85条1項は、公選法中の普通地方公共団体の選挙に関する規定(以下「選挙関係規定」という。)を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているのであるから、その準用がされるのも、請求手続とは区分された投票手続についてであると解される。このことは、その文理からのみでなく、〈1〉 解職の投票手続が、選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており、公選法中の選挙関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えていること、〈2〉 他方、請求手続は、選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって、これに相当する制度は公選法中には存在せず、その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいえないこと、〈3〉 それゆえ、地自法80条1項及び4項は、請求手続について、公選法中の選挙関係規定を準用することによってではなく、地自法において独自の定めを置き又は地自令の定めに委任することによってその具体的内容を定めていることからも、うかがわれるところである。
したがって、地自法85条1項は、専ら解職の投票に関する規定であり、これに基づき政令で定めることができるのもその範囲に限られるものであって、解職の請求についてまで政令で規定することを許容するものということはできない
(2) しかるに、前記2(2)のとおり、本件各規定は、地自法85条1項に基づき公選法89条1項本文を議員の解職請求代表者の資格について準用し、公務員について解職請求代表者となることを禁止している。これは、既に説示したとおり、地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものであって、その資格制限が請求手続にまで及ぼされる限りで無効と解するのが相当である。
したがって、議員の解職請求において、請求代表者に農業委員会委員が含まれていることのみを理由として、当該解職請求者署名簿の署名の効力を否定することは許されないというべきである。
最高裁昭和28年(オ)第1439号同29年5月28日第二小法廷判決・民集8巻5号1014頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。

(3) 処分行政庁は、本件異議決定において、本件署名簿の署名は農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集されたものであって、すべて成規の手続によらない署名であるから無効であると判断し、原審も前記のとおり同様の判断をしたものであるところ、上記のとおり、本件各規定は少なくとも請求手続に適用される限りでは違法、無効な定めといわざるを得ないから、これに基づいて上記署名を成規の手続によらない署名であるとすることはできない。
なお、公務員は一般職、特別職を問わず議員の解職請求の請求手続の当初から解職請求代表者となることができないとするのが、地自法85条1項に関する従前からの一貫した行政解釈であり、前記の最高裁昭和29年5月28日第二小法廷判決も、これを是認するものであった。それにもかかわらず、本件代表者らにおいて上告人X1を含めて請求代表者証明書の交付を申請し、処分行政庁もこれを交付した理由は、定かでないが、上記の行政解釈が地自法の法文の文理とは整合しないものであり、解職請求代表者の資格制限を定める本件各規定が明確性を欠いていることも一因であることがうかがわれるところである。地自法の定める直接請求に関し請求代表者の資格制限を設けるのであれば、住民による利用の便宜や制度の運営の適正を図る見地からも、制限の及ぶ範囲は、法律の規定に基づき、可能な限り明確に規定されていることが望ましいことはいうまでもない。

5 以上によれば、本件署名簿の署名をすべて無効とした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、本件異議決定は違法であり、その取消しを求める上告人らの請求は理由があるから、本件異議決定を取り消すこととする。
よって、裁判官堀籠幸男、同古田佑紀、同竹内行夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖、同涌井紀夫の各補足意見、裁判官宮川光治、同櫻井龍子の補足意見がある。

+補足意見
裁判官藤田宙靖の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するが、「本件各規定」が地自法85条1項による委任の範囲を超え違法無効であると解すべき理由につき、若干の補足をしておくこととしたい。
1 私は、本件についての最終的判断は、問題となる法令の規定(特に地自法85条1項の規定)の解釈に当たり、解釈作法の在り方(解釈方法選択の視角)をどう考えるかに懸かるものと考える。
厳密な文言解釈による限り、地自法85条1項は、公選法上の普通地方公共団体の選挙に関する規定を「第80条3項・・・の規定による解職の投票」に準用すると定めているのであり、また、地自法80条は、解職の請求(1項)と解職の投票(3項)とを明確に書き分けているのであるから、同法85条1項にいう「解職の投票」の中には「解職の請求」は含まれないこととなるのが、当然の帰結であるといえよう。そうすると、地自法85条を受けた地自令115条が、公選法89条1項の「公職の候補者」を読み替えることによって公務員に「議会の議員の解職請求代表者」たり得る資格を与えないこととしているのは、法律の委任の範囲を超えて違法無効(全面的無効)であるか、あるいは、少なくとも解職請求代表者の「解職の投票」段階における役割を超えて規制する限りにおいて無効(限定合法解釈)、ということにならざるを得ないのであって、多数意見を支えているのは、基本的にはこのような法解釈であるということができる。
しかし、法解釈の方法として、法規定の合目的的解釈ないし立法趣旨の合理的解釈という方法を採用するならば、〈1〉一連の(広義の)解職請求手続の中で、公務員の政治的中立性が保障されなければならないとすれば、それは何よりも請求手続の段階においてであって、投票の段階における代表者の役割については、この見地からして見るべきものはさほど残されていないこと(言葉を換えるならば、地自法が、特に投票の段階に絞って公務員に代表者資格を否定しようとする合理的な根拠は余り無いこと)、〈2〉そもそも、地自法の定める直接請求制度は、住民の側から直接に請求ができるということに制度の根幹があるのであって、投票は、(条例制定における議会の議決などと同様に)直接請求がなされた(有効に成立した)ことの結果行政側が執らなければならない処置として位置付けられているものに過ぎない(そもそも地自法上、解職請求代表者と区別された固有の意味での解職投票代表者なるものの存在は予定されていない。同法82条等参照)こと、等に鑑みて、同法85条1項がいう「解職の投票」とは、少なくとも本件との関係では、あくまでも(広義での)解職請求手続の一環としての投票という意味と解すべきである、との解釈が成り立ち得ないではないようにも思われる。言葉を換えていえば、地自法は、確かに「解職の請求」と「解職の投票」とを制度的に区別してはいるが、しかし、両者は元々一つの目的を追求するためのプロセスの一環を成すものに他ならないのであるから、問題によっては、両者の一体性こそが重視されなければならない側面もあるのであって、「代表者」という制度は、正にこういった意味で両者に共通するものとして制度設計されているのだという考え方をすることもできるのではないか、ということである。
そして、従来の裁判例は全てがこのような解釈を採るものであり、また、国(旧自治省・総務省)においても、少なくともあえてこれに異を唱えるものではないといった状況にあること、また、このような解釈を採った結果に実質的な不都合があるとは必ずしもいえないこと(もとより、あらゆる公務員につきこのような制約を課することが合理的か否かの問題はあるかもしれないが、それは、公務員の概念の外延をめぐる問題であって、地自法85条1項の解釈に関するここでの問題とは、問題の次元を異にする)等を考えれば、昭和29年最高裁判決をあえて変更するまでもなく上告棄却とすべきであるとする反対意見にも、それなりの合理的理由は存在するものと考える。そこで、それにも拘らず、何故本件においては厳密な文言解釈の道を選択しなければならないのかが問題となるが、この点については、理論的には次のような回答がなされ得るであろう。
すなわち、仮に上記の合目的的解釈の立場に立ったときには、地自法85条の上記明文との違いをどう説明するのかが問題となるが、いずれにせよそれは、法令上用いられた概念を通常理解される意味を超えより広い意味に理解するという意味において、一種の拡張解釈をする結果とならざるを得ない。そして、本件の場合には、そのような拡張解釈が、公務員の権利の制限を拡大する目的のために行われることになるのである(もっともこの点、ことは立法技術の問題であって現行85条の明文の下でも「解職の投票」中に「解職の請求」が含まれているものと読める、という考え方をするならば、これは「拡張解釈」ではないことになろうが、ここでは、立法の専門家でなく、上記のように、一般国民の目線でどう読めるかを基準として「拡張解釈」の語を用いている)。
もとより、刑事法の分野に属さない公法の分野において、国民の権利の制限の幅を広げる目的の下に明文規定の拡張解釈をすることが、解釈作法としておよそ禁じられるものとは必ずしもいえず、より大なる公益目的のためにそれもやむを得ないと考えるべき場面が生じ得ないとはいえない。しかし、本件の権利制限の場合には、このような権利制限の拡張を(解釈上)認めないことが、取り返しのつかない重大な公益の侵害をもたらす結果につながるとは、必ずしも考えられない(例えば、直接請求に際しての公務員の政治的中立性を担保する結果をもたらす現行法上の規制は、必ずしも本件における規制のみに止まるわけではない)反面、制限される権利自体は、国民の参政権の行使に関わる、その性質上重要なものであるということができる。そうであるとすれば、権利制限の幅を広げようとする以上、明文の規定についての拡張解釈によってではなく、法的根拠と内容とを明確にした新たな立法によって行うのが本来の筋であるというべきことになろう。
2 問題はさらに、こういった規制の明確化を求めるという目的のために、本件において、あえて最高裁が判例変更の道にまで踏み込むべきであるという判例政策上の決断をすべきか否かである。
今回、当審が本件各規定を法律の委任の枠を超え違法無効と判断する解釈の道を選んだとき、その後始末をどうするのかは、もはや司法権の判断の枠を超えることであるが、仮に立法府(法律)ないし行政府(政令)が、公務員についてはおよそ解職請求代表者への就任資格を持たせないこととする政策自体を不可欠であると考えるのであれば、直ちにそれに対応した立法措置を執ることとなるであろうが、仮に、そのような措置が執られなかったとするならば、それはすなわち、そのような規制は必ずしも不可欠の規制ではなかったことを裏書きするものであるということになるはずである(なお、この点に関し、地自令115条が無効とされることによって、解職請求代表者の資格制限につきいわば空白事態が生じることをどう考えるかという問題もあるが、私自身は、公務員の政治的行為の制限につき、およそあらゆる場面につき一瞬の空白を置くことも無く法令による完全な規制がなされるのでなければ危機的事態が生じるとは考えていない)。国民の権利を制限する法令の規定の上記に見たようなあるべき姿に鑑みるとき、権利を制限される国民の側から問題が提起されている本件を契機として、この点についての再確認を行うことには、それなりに十分な意義があるものと考えられる。
また、本件のような訴訟が起き、また学界においてこれを支持する声が生じるのは、一つには、本件の農業委員会委員等も含め、およそ一切の公務員にこのような権利制限を加えることに果たして合理的な意味があるのかが問題とされるからであることは明らかであり、このような点も含め、改めて資格制限の在り方を検討するきっかけを創出すること自体に意味があると考えることもできよう。
上記の理由により、私は、上記のような決断に基づき昭和29年最高裁判決を変更し、本件各規定の違法を前提とした処理をするとの判断を採用することも一つの合理的判断であると考え、多数意見に同調するものである。

+補足意見
裁判官涌井紀夫の補足意見は、次のとおりである。
私の見解は、多数意見のとおりであるが、反対意見には、本件を処理するに当たっての多数意見の基本的な考え方について誤解を招き兼ねないところがあるように思われるので、念のためにこの点を明らかにしておくこととしたい。
本件では、農業委員会委員が議員の解職請求代表者になることができないものとした処分行政庁の判断の適否が争われているのであるが、その中心的な争点は、議員の解職請求代表者の資格を制限した地自令の本件各規定が委任の根拠規定である地自法85条1項の規定の文理との関係で有効なものと見られるか否かという点にある。そこで、多数意見は、専ら法文の文理からして、この地自法85条1項の規定が解職の投票に関する規定であって、解職の請求についてまで政令で規定することを許容する規定とは解し得ないものとし、このことを理由に、解職請求代表者の資格について定めた本件各規定が法の委任の範囲を超える定めをしたものであって、その効力を認めることができないとしているのである。すなわち、それは純粋な法理の問題であり、それ以上に、解職請求代表者の資格について本件各規定が定めるような制限を加えることが立法政策として相当であるか否かといった実体について判断しているものではない。
もちろん、このように本件各規定の効力が否定されることとなった場合、公務員について解職請求代表者となる資格を制限するためには、改めて法律の規定に基づく明確な定めを置くことが求められることになるが、この場合に、制限等の内容としてどのようなものが許容されるか、あるいはどのような定めが望ましいかといった問題は、立法政策の問題として、関係する当局の権限と責任において検討されるべきものであることは、いうまでもないところである。
裁判官宮川光治、同櫻井龍子の補足意見は、次のとおりである。
私たちは、多数意見に同調するものであるが、更に私たちが考えるところを補足して述べておきたい。
1 本件の経緯をみると、処分行政庁は議員の解職請求に関し農業委員会委員である上告人X1を含めた本件代表者らに対し請求代表者証明書を交付し、かつ、その旨を告示しており、本件代表者らはこれにより署名の収集を開始し、1か月以内に処分行政庁に対し選挙権を有する者の3分の1以上であるとする1124名分の議員の解職請求に係る署名簿を提出し受理されたところ、その後、処分行政庁は、農業委員会委員が請求代表者の一人となった署名簿の署名は成規の手続によらない署名であるという理由で、署名簿の署名をすべて無効とする旨の決定を行ったものである。私たちは、この事態は、住民の直接請求制度の在り方の根幹にかかわる重大な問題を提起しているものと考える。
地方行政の基本は間接(代表)民主制であるが(憲法93条、地自法89条、139条)、住民が主権者として選挙によって代表者を選んだ後、代表者の意思と住民の意思がかい離するという事態が生ずることがある。そのような間接民主制の欠陥を直接民主制の原理により補完するという直接参政制度が地自法において一定の範囲で設けられている。普通地方公共団体に一定の施策の実施を求めるいわゆるイニシアティブ(発案制度)として条例の制定又は改廃の請求(12条1項、74条~74条の4)及び事務の監査の請求(12条2項、75条)があり、いわゆるリコール(解散・解職請求制度)として議会の解散請求(13条1項、76条~79条)及び議員・長その他役員の解職請求(13条2項、3項、80条~88条)がある。後者は、憲法15条1項の「公務員の罷免権」を具現したものとしてみることができる。住民のこうした権利を実現するための重要な手続については、法により疑問の余地なく明確に規定されていなければならない。
そこで、請求代表者の資格制限についての根拠規定をみるに、多数意見において指摘したとおり、これまでの実務上の解釈、運用、また昭和29年最高裁判決が示すところについては明確な根拠を見いだすことは困難であるといわざるを得ない。それが署名簿の署名の効力をすべて失わせるという結果をもたらすということの重大さにかんがみると、私たちは、上記判例を変更せざるを得ないと考えるものである。
2 ところで、公選法において、公務員は、在職中、公職の候補者となることができないと定められているところであるが(89条1項本文)、一定の範囲の公務員についてはその制限が解除されている(同項ただし書)。例えば、非常勤の消防団員・水防団員(同項4号)、臨時又は非常勤の委員等で政令で指定する者(同項3号)がこれに該当する。農業委員会委員は在職のままで市町村の議会の議員及び長の選挙に関してはその候補者となることができる(公職選挙法施行令90条2項1号、別表第2及びその備考欄)。このような資格を有する農業委員会委員に関し、他方で、議員の解職請求については、請求手続段階において代表者となることを否定するといったことが、処分行政庁の実務における混乱の背景にはあるものと考えられる。今日、地方自治体の行政を支える非常勤の特別職公務員は、多種多様にわたっている。特に、地自法制定当時に比べると、各種審議会の数は著しく増え、様々な立場の者がそれらの委員に幅広く任命されるに至っており、中には公募の一般住民を審議会委員に任命する自治体も増えている。本件の東洋町は、記録によれば、人口がおよそ3300人の町であるが、このような規模の普通地方公共団体においては、青壮年者の相当数は何らかの役を担っているものと考えられる。これらの非常勤の特別職公務員について、一般職の常勤公務員と同様に、請求代表者になることを制限しなければならないのであれば、その根拠規定、理由等はできる限り明確で、かつ、一般の住民にも理解され周知されるような形のものであるべきであろう。
3 また、地自法85条1項の立法趣旨も必ずしも明確であるとはいい難い。地自法は、直接参政制度をいずれも請求手続と請求の効果に関する手続の二段階として構成しており、条例の制定・改廃の請求に関する規定を他の請求手続に準用している(75条5項、76条4項、80条4項、81条2項、86条4項)。以上の請求はいずれも代表者により行われる必要があるところ、地自法は、条例の制定・改廃の請求に関し、請求代表者の資格について選挙権を有すること以外に制約を設けていない。こうした構成からすると、他の直接請求に関しても、請求代表者についての請求段階における資格制限を設けるものとすることが地自法の趣旨であったのか否かは容易に断定できないと思われる。
4 直接請求制度は、我が国においては、これまで十分活用されてきたとはいい難い制度であったが、近年、住民の自治意識が高まるに伴い、全国的に件数も増え、重要性を増してきていることがうかがわれる。とりわけ、政策的な地方分権の推進により、都道府県、市町村の行う業務についての自治権限が強まってきているが、このような団体自治の確立と併せて、真の意味の地方自治の発展には、住民が自ら判断し、自ら責任を負うという形の住民自治の拡充が不可欠である。そして、その住民自治の拡充を進めるシステムの一つとして、各種の直接請求制度、住民投票制度などの直接民主制の機能の充実が要請されているところである。本件の直接請求制度における請求代表者の資格要件については、このような地方分権の流れを踏まえながら、住民の基本的な権利行使の問題として法的にも明確な整理を行い、住民自らの決定が滞りなく行われ得る環境を整えることが、法律の立案等に携わる者の責務であることを補足して強調しておきたい。
裁判官堀籠幸男、同古田佑紀、同竹内行夫の反対意見は、次のとおりである(裁判官竹内行夫については、本反対意見のほか、後記の追加反対意見がある。)。
私たちは、原判決は正当であり、最高裁昭和29年5月28日第二小法廷判決を変更すべき理由はなく、本件上告を棄却すべきものと考える。その理由は、以下のとおりである。
1 普通地方公共団体の議会の議員(以下「自治体の議員」という。)についての請求による解職制度(以下「解職制度」という。)は、署名収集等の請求のための手続と投票の手続の二つの部分からなるが、これらは解職制度の一部をなす一連のものである。解職請求代表者は、解職制度全体を通じた存在であり、法の関係規定から、解職制度において、請求者の代表として、解職の実現のため、解職を請求し、署名収集のみならず賛成投票を得るための活動(以下「投票運動」という。)などの一連の活動を主導し、投票の手続に関与する主体として位置付けられていることが認められ、解職制度を構成する重要な主体である。
地自法85条1項は、「政令で特別の定をするものを除く外、公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は、・・・第80条第3項・・・の規定による解職の投票にこれを準用する。」と規定する。これは、選挙によって選出された自治体の議員の解職は投票によって明らかにされた住民の意思により決すべきものであるところ、その投票が住民の意思を問うという点において、自治体の議員の選挙と実質的に同様の性質を有することにかんがみ、その選挙の場合と同様の公正を確保することが必要であることから、原則として選挙と同様の仕組みによることとしたものである。そして、解職請求代表者に公務員がなることは、その地位を利用して住民の投票に不当な影響を及ぼすおそれがあることなど、選挙において公務員が公職の候補者になる場合と同様、投票の公正を害するおそれがあることから、公選法89条1項の規定等の資格制限規定も除外することなく準用しているものであり、これを受けて、地自令115条は、自治体の議員の解職投票に公選法89条1項を準用する場合に、「公職の候補者」を自治体の議員の「解職請求代表者」と読み替える旨規定しているのであって、これらの規定により、公務員は解職請求代表者となることが禁止されているのである。地自法85条1項にいう「解職の投票」の意味も上記趣旨に照らして解釈しなければならない。同項にいう「解職の投票」とは、公選法の「選挙」に対応する概念として、解職の投票の仕組みの全体をいうものと解すべきである。
2 多数意見は、要旨、地自法85条1項は公選法中の選挙関係規定を同法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているから、準用されるのは請求手続と区分された投票手続についてであると解されることのほか、解職の投票手続が、選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており、公選法中の関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えていること、請求手続は選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって、これに相当する制度は公選法中には存在せず、その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいえないこと、それゆえ、地自法80条1項及び4項は、請求手続について、法に独自の定めを置き又は政令に委任することによってその具体的内容を定めていることを理由として、同法85条1項を受けた政令において、解職の請求について規定することはできず、したがって解職請求代表者の資格制限が請求手続にまで及ぼされる限度において公選法89条1項本文の規定を解職請求代表者の資格に準用することは許されないとする。
しかしながら、前記のとおり、地自法85条1項は、解職投票につき選挙と同様に公正を確保する観点から投票の仕組みを原則として選挙と同様のものとすることとしたものである。同法は請求の要件や署名収集等に関する規定を設けているが、これらは専ら請求に関する事項についての必要な規定を設けたものであって、投票に関する事項については原則として公選法の選挙に関する規定によることとしているものである。多数意見は請求手続と投票手続の区分を強調するが、前記のとおり、両者は一連の不可分のものであり、解職請求代表者は、両者を通じて投票による解職を実現しようとする者として解職投票の仕組みを構成する主体である。したがって、その資格は投票に関するものであり、公選法89条1項の準用があるのは明らかというべきである(多数意見によれば、請求及び投票の事務を管理する選挙管理委員会の委員等も請求手続に関しては代表者になることができることになるが、明らかに不当であろう。)。
多数意見に従えば、解職の実現という目的に向けて行われる一連かつ一体的な活動を主導する法律上1個の主体の資格を分断することになり、そのような主体の資格の決め方として不自然かつ不合理である。署名収集段階においても投票運動が認められていることとも整合しない。また、公務員が解職請求代表者になることにより投票の公正が害されることを防止しようとする法の趣旨に反するものである。公務員が解職請求代表者になれば、投票に不当な影響を及ぼすおそれがあることは、署名収集などの段階においても何ら変わりはない。投票手続に関して代表者になることができない者が解職請求の代表者となることは法の予定するところではない。
3 以上は、地自法85条1項その他法の関係規定から十分理解できるし、また、地自令において、同項の適用に関して、公選法の公職の候補者に関する部分は請求代表者に関する規定とみなす旨の規定が設けられているなど(108条2項等)、その適用関係が明確にされている(地自令は準用規定が多用されて複雑になっているが、これは、請求の種別ごとに規定を設ける必要によるものと思われる。)。
私たちの意見は、地自法85条1項その他法の関係規定から合理的に導かれ、法の趣旨に沿った解釈で、しかも行政実務のみならず、既に当審において是認され、裁判においても長年にわたり確立している解釈が相当であるというものである。多数意見は、解職請求代表者の資格に関して、投票の公正の確保を図る法の趣旨に反して、公務員につき、いかなる公務員であるかを問わず、自治体の議員の解職制度における請求手続段階では無制限であると宣言するものといわざるを得ず、このようなことまでしてあえて前記の昭和29年最高裁判決を変更すべき理由はないと考える。多数意見には到底賛同できない。
裁判官竹内行夫の追加反対意見は、次のとおりである。
私の意見は前記反対意見として述べたとおりであり、これと重複するところもあるが、多数意見に賛同し得ない私の基本的考えを補足して述べておきたい。
1 多数意見は、地自法は、議員の解職請求について、解職の請求と解職の投票という二つの段階に区分して規定しており、同法85条1項は、公選法中の選挙関係規定を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているのであるから、その準用がされるのも請求手続とは区別された投票手続についてのみであるとして、同法85条1項に基づき政令で定めることができるのは専ら投票手続の範囲に限られるのであって、解職請求代表者の資格制限が請求手続にまで及ぶとすることはできないとしている。
地自法85条1項に基づく解職請求代表者の資格制限をこのように専ら投票手続に限定する多数意見の解釈についての諸問題は、前記反対意見において指摘したところであるので、ここではあえて詳述しないが、多数意見の解釈姿勢が、規定の文言や法形式を重視する余り、地自法85条1項の立法趣旨や昭和29年5月28日の最高裁判決(以下「昭和29年最高裁判決」という。)を始めとする裁判例及び実務により定着してきた合理的解釈に十分考慮を払っていないところに根本的な問題があると考える。
2 地自法85条1項及び本件各規定の目的は、普通地方公共団体の議会の議員の解職請求(リコール)に関する手続の適正を確保することにあり、そのために公務員が公務遂行上の中立義務に反して解職請求代表者になることを認めないとする点にその立法趣旨があると解される。このことについて、昭和29年最高裁判決は、地自法85条1項によれば、公選法中の選挙関係規定は村長及び村会議員の「解職請求及びその投票に至る一連の行為に関し準用される」とした上で、「(農業委員会)委員在職中の者が請求代表者のうちに名をつらねていることが署名のしゆう集に影響を及ぼす可能性は常に否定し得ないところであるから、在職中の委員を請求代表者となり得ないものとする法意にかんがみれば、かような手続によりしゆう集された署名は、すべて成規の手続によらない署名として無効と解さざるを得ない。」とした。そして、下級審においても、神戸地裁昭和28年10月9日決定(行裁集4巻12号3149頁)、青森地裁昭和28年10月31日判決(昭和29年最高裁判決の1審判決)、神戸地裁昭和29年4月20日判決(行裁集5巻4号879頁)、広島地裁平成6年4月1日決定(公刊物未登載)、那覇地裁平成16年7月14日判決(最高裁ホームページ)において、一貫して同様の解釈が採られている。また、解職請求に関する実務においても、公務員が請求代表者となることは請求手続段階から否定されてきているところである(地方自治制度研究会編『新訂注釈地方自治関係実例集』119頁以下、同編『地方自治関係実例判例集(第13次改訂版)』341頁以下)。
3 多数意見は、昭和29年最高裁判決が述べた地自法85条1項の「法意」、すなわち、その立法趣旨について言及していないし、公務員の中立義務や解職請求の手続の適正といったことにも触れていない。しかしながら、公務員の中立義務、なかんずく政治的中立性は、憲法が求める極めて重要な原則であり、これを受けて、国家公務員法や地方公務員法等に服務規律が定められ、当然のことながら、公務員に関する法令上、公務員は、解職請求の投票手続の段階のみならず請求手続の段階においても署名運動を主宰したり投票の勧誘運動をしたりすることができないこととされている。そして、地自法はその85条1項において、住民の直接請求制度である解職請求の手続の適正の確保という視点から、解職請求代表者の資格について、中立であるべき公務員は解職請求代表者とはなり得ないとの制限を設けているものと解されるのである。確かに、解職請求代表者の資格制限は、国民の公務員罷免権の行使を制約するという側面を有するものではあるが、一般の国民の参政権に対する制限ではなく、飽くまでも上記のように中立であるべき公務員に対する制限にすぎない。しかも、公務員は、このような制限の下においても、自ら署名や投票を行うことは何ら妨げられていないのみならず、解職請求に係る署名収集受任者となり署名収集活動を行うこともできるのであるから、この程度の制限は、住民の自由な意思の形成に基づく直接請求制度の適正の確保のために、地自法85条1項が当然予定するところであると解される。
多数意見によれば、公務員に関する資格制限は請求手続段階には及ばないこととなるが、そのような新たな解釈は、裁判例や実務により既に定着した合理的な解釈をあえて覆すものであるといわざるを得ない。解職請求代表者は、請求手続の段階において、自ら署名活動を行い又は署名収集受任者にこれを委任するという権限を有し、解職請求者署名簿を選挙管理委員会に提出するという一連の手続についての責任者としての地位にある。このように、解職請求代表者は投票手続よりはむしろ請求手続において、解職請求を主導し、住民を一定の方向へ政治的に方向付けるという重要な役割を担っているのである。公務員が、その中立義務に反して、その地位を利用して、このような権限と地位を有する解職請求の主導者となってそのイニシアティヴをとるようなことは、本来住民の側から自由な意思に基づいて直接請求をすることに制度の根幹があるとされる解職請求の手続の適正を損なうので許されないというのが、地自法85条1項及び関連規定の立法趣旨にのっとった自然かつ合理的な解釈であり、仮に文理上や法形式において多少明確さを欠くことがあるとしても、上記の最高裁判決を始めとする裁判例及び実務により、かかる合理的解釈が既に定着しているのであり、このように確立した合理的解釈をあえて変更する必要は認められない。
4 また、多数意見によれば、国家公務員法の適用又は準用がある公務員及び地方公務員法の適用がある公務員について、結果として、公務員法上の服務規律があることを除けば、およそ公務員が普通地方公共団体の議員の解職請求に関する請求段階の手続において代表者となることを地自法は何ら規制しないこととなる。そして、内閣総理大臣、その他の国務大臣や各省副大臣、大臣政務官、さらに本件で対象となった農業委員会委員とともに公職選挙法施行令90条2項、別表第2に掲げられている中央選挙管理会及び選挙管理委員会の委員、国家公安委員会委員、公害等調整委員会委員、衆議院議員選挙区画定審議会委員、教育委員会委員等が解職請求を主導する代表者となり得ることとなる。公務員が解職請求手続の代表者のうちに名を連ねることが住民の態度に影響を与える可能性は否定できないとの昭和29年最高裁判決の指摘は今もなお重要である。地自法の定める解職請求は、直接民主制に基づき住民が有する重要な権利であり、その制度の根幹は住民がその自由な意思により直接請求をすることができるということにある。上記判例を変更することは、立法趣旨の合理的解釈という解釈方法を後退させ、直接請求制度の根幹を損ないかねないものであると危ぐする。
(裁判長裁判官 竹崎博允 裁判官 藤田宙靖 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 堀籠幸男 裁判官 古田佑紀 裁判官 那須弘平 裁判官 涌井紀夫 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 竹内行夫 裁判官 金築誠志)

++解説
[解 説]
1 事案の概要
本件は,町議会議員に係る解職請求において,公務員につき議員の解職請求代表者となることを禁止している地方自治法施行令(以下「地自令」という。)の規定が地方自治法(以下「地自法」という。)85条1項に違反し無効といえるか否かが争われた事案である。
(1) X1を含む6名(以下「本件代表者ら」という。)は,東洋町選挙管理委員会(以下「処分行政庁」という。)に対し,町議会議員Aに係る解職請求書を添えて,本件代表者らがその解職請求代表者である旨の証明書の交付を申請し,処分行政庁からその旨の証明書の交付を受けた。当時,X1は,非常勤の公務員である農業委員会委員であった。
(2)本件代表者らは,処分行政庁に対し,法定の期間内に上記解職請求書に係る1124名分の署名簿(以下「本件署名簿」という。)を提出し,受理されたが,処分行政庁は,農業委員会委員は議員の解職請求代表者となることができないことを前提に,本件署名簿の署名をすべて無効とする旨の決定をし,Xらの異議の申出も棄却する決定(以下「本件異議決定」という。)をした。これに対し,Xらが本件異議決定の取消しを求めて提訴したのが本件である(なお,本件訴えにおける取消しの対象は,署名を無効とする決定ではなく,本件異議決定である。また,本件訴えに係る地方裁判所の判決に不服がある者は,控訴することはできないが最高裁判所に上告することができるものとされている。地自法80条4項,74条の2第8項参照)。
2 問題の所在
地自法85条1項に基づき定められた地自令108条2項及びこれを準用する113条並びに115条は,普通地方公共団体の議員の解職投票に公職選挙法(以下「公選法」という。)89条1項(公務員の立候補制限)を準用するに当たり,同項中の「公職の候補者」を「普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者」とみなし又は読み替えている。そうすると,原則として国又は地方公共団体の公務員は解職請求代表者となることができないこととなる。また,同項ただし書に該当する公務員(例外的に公職の候補者となることができる公務員)に限っては代表者となることができることとなるべきところ,地自令113条によって準用される109条は,公選法89条1項ただし書の準用を除外している(ただし,同項第2号に関する部分を除く。)。このため,地自令のこれら各規定によれば,農業委員会委員等は,結局,解職請求代表者にはなることができないこととなる(以下,地自令の上記4条項のうち,公選法89条1項を準用することにより議員の解職請求代表者の資格を制限している部分を併せて「本件各規定」という。)。
もっとも,地自法の規定によれば,議員の解職に関する直接請求の制度は,解職の請求と解職の投票とから構成され,本件各規定は,いずれも,地自法85条(解散解職投票の手続)に基づき,公選法中の普通地方公共団体の選挙に関する規定(以下「選挙関係規定」という。)を解職の投票に関して準用する場合に関する規定である(このことは,本件各規定の文理上明らかである。)。
そこで,本件各規定は,少なくともそれが請求手続に適用される限りでは,地自法85条1項に基づく規定として許される範囲を超え,その限りで違法無効となるのではないかが問題となる(なお,この問題を検討する前提として,本件各規定による請求代表者の資格制限も,解職請求の投票手続についてのみ適用され,請求手続についての適用はないのではないかということも,一応問題となり得る。後記5(4)参照)。
3 原判決
原判決は,本件各規定の委任の根拠規定である地自法85条1項は,議員の解職請求に係る投票手続のみならず,これと一連の手続の中で密接に関連する請求手続についても,公務員の職務遂行の中立性を確保し,手続の適正を期する観点から,公選法中の選挙関係規定の準用を認めたものであって,本件各規定はその委任の範囲内の適法かつ有効な定めと解される旨判断した。
4 本判決
本判決は,次のとおり判示し,本件各規定は少なくとも請求手続に適用される限りでは違法,無効な定めといわざるを得ないから,これに基づいて本件署名簿の署名を成規の手続によらない署名であるとすることはできないと判断した。
(1)地自法は,議員の解職請求について,解職の請求と解職の投票という二つの段階に区分して規定しているところ,同法85条1項は,公選法中の選挙関係規定を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているのであるから,その準用がされるのも,請求手続とは区分された投票手続についてであると解される。このことは,その文理からのみでなく,①解職の投票手続が,選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており,公選法中の選挙関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えていること,②他方,請求手続は,選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって,これに相当する制度は公選法中には存在せず,その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいえないこと,③それゆえ,地自法80条1項及び4項は,請求手続について,公選法中の選挙関係規定を準用することによってではなく,地自法において独自の定めを置き又は地自令の定めに委任することによってその具体的内容を定めていることからも,うかがわれるところである。
したがって,地自法85条1項は,専ら解職の投票に関する規定であり,これに基づき政令で定めることができるのもその範囲に限られるものであって,解職の請求についてまで政令で規定することを許容するものということはできない。
(2)しかるに,本件各規定は,地自法85条1項に基づき公選法89条1項本文を議員の解職請求代表者の資格について準用し,公務員について解職請求代表者となることを禁止している。これは,地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものであって,その資格制限が請求手続にまで及ぼされる限りで無効と解するのが相当である。
したがって,議員の解職請求において,請求代表者に農業委員会委員が含まれていることのみを理由として,当該解職請求者署名簿の署名の効力を否定することは許されないというべきである。
最二小判昭29.5.28民集8巻5号1014頁,判タ41号29頁(以下「最高裁昭和29年判決」という。)は,以上と抵触する限度において,これを変更すべきである。
5 説明
(1)直接請求の制度(条例の制定改廃の請求,監査の請求,議会の解散の請求並びに議員,長及び主要公務員の解職の請求)は,昭和21年の戦後第一次地方制度改革の際にアメリカの制度を範として直接請求が定められたのを原型として,昭和22年の地自法制定の際に設けられた制度であり,アメリカ,ヨーロッパにおける住民の直接参加制度(イニシアティヴ,リコール,レファレンダム,タウン・ミーティング等)のうち,条例の制定改廃の請求はイニシアティヴに,解散・解職請求はリコールに相当するものである(以下,議会の解散請求及び長の解職請求に関する本件各規定に相当する規定と本件各規定とを併せて「本件各規定等」という。)。直接請求に関しては,地自法12条及び13条に,日本国民たる普通地方公共団体の住民は上記の直接請求をすることができる旨の総則的規定が置かれている(なお,憲法15条1項参照)。
(2)地自法及び地自令によれば,議員の解職請求に係る手続において解職請求代表者が果たす役割の概要は,次のとおりである。
ア 〔請求手続関係〕 議員の解職請求は,解職請求代表者が,請求の要旨その他必要な事項を記載した解職請求書を添えて,当該市町村の選挙管理委員会に対し,文書をもって請求代表者証明書の交付を申請することによって開始される(地自令110条,91条1項)。解職請求代表者は,証明書の交付があった旨の告示(地自令110条,91条2項)のされた日から1か月以内(都道府県の場合は2か月以内。地自令110条,92条4項)に,被請求議員の所属する選挙区において選挙権を有する者の総数の3分の1以上の署名を収集する(地自法80条1項)。署名の収集は,解職請求代表者又はこれから委任を受けた署名収集の受任者によって行われる(地自令110条,92条1項・2項)。解職請求代表者は,解職請求者署名簿を所定の様式に従って調製し(地自令110条,98条の4),署名数が選挙権を有する者の3分の1以上となったときは,所定の期間内に,解職請求者署名簿を市町村の選挙管理委員会に提出し(地自令110条,94条1項),これに署名押印した者が選挙人名簿に登録された者であることの証明を求める(地自法80条4項,74条の2第1項)。解職請求代表者は,選挙管理委員会から所定の審査,縦覧を終えて返付を受けた署名簿の署名の効力の決定に不服がないときは,その返付を受けた日から5日以内に,所定の要件を満たす有効署名があることを証明する書面及び署名簿を添えて,議員の解職請求をする(地自令110条,96条1項。いわゆる本請求)。選挙管理委員会は,上記請求を受理したときは,直ちにその旨を解職請求代表者に通知するとともに,その者の住所,氏名及び請求の要旨を告示し,かつ,公衆の見やすいその他の方法により公表しなければならない(地自法80条2項,地自令110条,98条1項)。
イ 〔投票手続関係〕 議員の解職の投票は,上記告示の日から60日以内に行われる(地自令113条,100条の2第1項)。解職の投票に関する運動に関しては,被請求議員及び解職請求代表者とも,原則として1か所ずつ事務所を設置することが認められている(地自令113条,109条,115条,公選法130条,131条1項5号。なお,解職の投票に関する運動についての期間制限はない。)。解職請求代表者は,解職請求についての開票に当たり,開票立会人となるべき者一人を定め,市町村の選挙管理委員会に届け出ることができる(地自法85条1項,地自令108条2項,115条,公選法62条1項)。投票の結果は,解職請求代表者に通知され,その投票の効力に関して異議のある解職請求代表者は,所定の期間内に異議を申し出ることができる。この解職の投票の効力に関する争訟に関しては,公選法の普通地方公共団体の選挙に関する規定が準用される(地自法85条1項,地自令105条,108条2項,公選法202条1項,206条1項,219条1項)。
ウ 以上のとおり,解職請求代表者は,議員の解職請求に関する一連の手続の中で,解職請求書を作成し,選挙権を有する者に署名押印を求め,その解職請求者署名簿を調製し,その署名について選挙管理委員会の証明を受け,その名簿を選挙管理委員会に提出する責任者としての地位を有しており,請求手続において特に重要な役割を果たしているということができる。
(3)本件各規定等の地自法85条1項適合性という本件の問題点をめぐる裁判例,実務及び学説の状況は,次のとおりである。
ア 〔裁判例〕 裁判例は,最高裁昭和29年判決が,地自法85条1項によれば,公選法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は村長及び村議会議員の解職請求及びその投票に至る一連の行為に関し準用されるなどとして,本件各規定が有効であることを前提とする判断をしており,他の下級審判決も,すべて,本件各規定等を違法無効ではないとし,又はそのことを前提とする判断をしていた(①神戸地決昭28.10.9行集4巻12号3149頁,②青森地判昭28.10.31〔最高裁昭和29年判決の1審判決〕,③広島地決平6.4.1〔公刊物未登載〕,④那覇地判平16.7.14〔最高裁HP〕)。
イ 〔実務〕 解散・解職請求に関する実務も,本件各規定等が請求手続にも適用されること及び有効な規定であることを前提として,衆議院議員,都議会議員,町議会議員,最低賃金審議会委員等につき,解散・解職請求の請求代表者となることを否定してきた(地方自治制度研究会編『注釈地方自治関係実例集〔新訂版〕』119頁以下,同編『地方自治関係実例判例集〔第13次改訂版〕』336頁以下参照)。なお,いずれも請求代表者の資格制限が問題とされた案件に関するものではないが,旧自治省は,①「地方自治法第85条1項にいう解散の投票及び解職の投票とは,請求代表者証明書交付の手続に始まる一連の手続をいうものと解せられる」との回答をしたことがあるところ(ただし,解散・解職の投票における届出等の時間〔公選法270条の2〕の準用の有無に関する案件。昭和28年1月28日自丙選発第17号山口県選管宛自治庁選挙部長回答),その後,②解散・解職の賛否の投票運動の許否に関する疑義が問題とされた案件に関し,解散・解職の請求の投票運動と,その前提である署名の収集を成立させ又は成立させない運動とは判然と区別されるべきものであり,地自法85条1項により準用される公選法13章の規制は,投票運動についてのみ適用されるとの回答をした(昭和32年11月18日自丙管発第90号福岡県選管委員長宛選挙局長回答)。ただし,旧自治省ないし総務省は,上記②の回答後も,公務員が解散・解職請求の請求手続においても請求代表者となることができないという解釈自体は改めていない(例えば,昭和39年10月28日和歌山市選管宛電話回答)。
ウ 〔学説〕 学説は,本件各規定等が請求手続にも適用されることを当然の前提とした上で,これを適法とする適法有効説(①綿貫芳源『注解地方自治法Ⅰ』203頁,②角島靖夫=山本鎮夫『直接請求制度の解説』80頁,③石津廣司「議会の解散の請求」古川俊一編『最新地方自治法講座(3)住民参政制度』282頁,④橋本勇「議員及び長等の解職請求」同326頁,⑤松本英昭『新版逐条地方自治法〔第4次改訂版〕』278頁等)と,これを違法とする違法無効説(①和田英夫「上記アの①神戸地判の判批」自研32巻12号79頁,②地方自治総合研究所『コンメンタール直接請求』215頁〔岡田彰執筆部分〕,③杉村敏正ら編『コンメンタール地方自治法』178頁〔浜川清〕,④千葉勇夫「住民の直接参加」『現代行政法大系(8)』345頁,⑤地方自治総合研究所編『逐条研究地方自治法Ⅰ』554頁,⑥安本典夫「非常勤消防団員の解散・解職請求権の制限」立命236号1頁,⑦太田和紀『注解法律学全集(6)地方自治法Ⅰ』189頁,⑧成田頼明ら編『注釈地方自治法〔全訂〕』1252頁,⑨室井力ら編『基本法コンメンタール地方自治法〔第4版〕』81頁〔安本典夫〕,⑩伊東健次「直接請求の署名の効力の確定及び署名に関する罰則」『最新地方自治法講座(3)住民参政制度』374頁等)とに分かれているが,適法有効説は少数であり,違法無効説が多数説といってよい状況にあった。
(4)本件の問題点を検討する前提として,地自法及び地自令において,議員の解職請求は請求手続と投票手続とが区別して規定されており,本件各規定は公選法中の選挙関係規定を解職の投票に準用する場合の定めとして規定されていることから,本件各規定による資格制限は,そもそも解職請求の請求手続には適用されないのではないかということが一応問題となり得る。このような解釈を推し進めていくと,選挙管理委員会は,請求手続の当初において解職請求代表者から請求代表者証明書の交付申請がされた場合,当該代表者が公務員であることを理由としては,その交付を拒絶することはできないということになる。
しかし,地自令115条は,公選法89条1項の「公職の候補者」を「普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者」と読み替えており,その結果,同項本文は,「国若しくは地方公共団体の公務員……は,在職中,普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者となることができない。」という規定として,議員の解職請求手続に準用されることになる。上記規定自体には,その適用される手続段階的ないし時期的な制限は付されておらず,また,上記(2)アに見たように,解職請求代表者の地位は,請求手続の当初の時点における請求代表者証明書の交付によって成立し,解職請求代表者は,その後終始一貫して手続に関与する地位が認められているのであるから,上記規定を素直に解釈する限り,それが請求手続の当初から適用される規定であることは,文理上も,事柄の性質上も,当然の前提とされているものといわざるを得ないであろう。また,実質的に考えても,上記(2)ウのとおり,請求代表者の請求手続における地位の重要性は,投票手続におけるものよりも格段に大きいものである。そもそも,本件各規定が公務員を請求代表者の資格者から除外したのは,公務の中立性を確保する趣旨に基づくものと考えられるところ,上記の地位の相違等にかんがみれば,その資格を制限する必要性は投票手続よりも請求手続に関するものの方が大きいというべきであるから,本件各規定が投票手続に関してのみその資格制限を適用する趣旨であったとは解し難い。
したがって,本件各規定の解釈としては,これに基づく資格制限は請求手続の当初から及ぶと解さざるを得ない。この点は,本判決の多数意見及び反対意見が共通の前提とするところであると考えられる。
(5)そこで,次に,本件各規定が請求手続の当初から適用されるとする考え方を前提として,本件各規定が請求手続に適用される限りで,地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものとして違法無効となるか否かを検討する。
ア 地自法85条1項は,「政令で特別の定をするものを除く外,公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は,……第80条第3項……の規定による解職の投票にこれを準用する。」と定めている。このように,地自法85条1項は,基本的には,公選法中の選挙関係規定を議員の解職の投票に準用するとしつつ,投票手続の特殊性等にかんがみ準用するのが相当ではない規定について準用から除外することを地自令に委任したものと解される。その意味において,選挙関係規定の準用除外を定める地自令の規定が地自法85条1項に基づく委任命令(法律の個別の委任に基づいて制定された政令。内閣法11条,内閣府設置法7条4項,国家行政組織法12条3項参照)としての性質を有していることは明らかであり,仮にその規定が委任の範囲を超えていると解される場合には,少なくともその限りで同規定は違法無効ということになる。また,一般的に,政令の立案当局は,法律による個別の委任がなくとも,法律の規定を実施するための手続等の細目を定める執行命令(実施政令)を定めることができると解される(内閣府設置法7条3項,国家行政組織法12条1項,地自法附則21条参照)。本件各規定のうち,少なくとも地自令108条2項及び115条において公職の候補者に関する読替えをしている部分は執行命令の性質を有していると解され,例えば,当該読替規定を置くことによって地自法が制限を想定していない事項にわたって住民の権利を制限するなどの結果になる場合には,少なくともその部分は違法無効と解されよう。
イ そこで,まず,地自法85条1項がどのような事項を地自令の定めに委任したと解されるかについて検討する。上記(2)のとおり,地自法は,議員の解職請求について,解職の請求と解職の投票という二つの段階に区分して規定しているところ,同法85条1項は,公選法中の選挙関係規定を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めている。そもそも,解職の投票手続は,選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており,公選法中の選挙関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えているのに対し,請求手続は,選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって,これに相当する制度は公選法中には存在しないのであるから,その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいい難い。また,そうだからこそ,地自法80条1項及び4項は,請求手続について,公選法中の選挙関係規定を準用することによってではなく,地自法において独自の定めを置き又は地自令の定めに委任することによってその具体的内容を定めていると解されよう。そうすると,地自法85条1項が定めているのは,専ら解職の投票について,公選法中の選挙関係規定の準用することであり,同項が地自令に委任しているのは,その場合における準用除外を定めることであって,同項が解職の請求についてまで政令で規定することを許容するものということはできないと解される。
ウ また,このような地自法85条1項の解釈を前提とすると,地自令において公選法中の選挙関係規定の準用に伴う読替え等を細目的規定として定める場合において,その定めが解職請求の請求手続の当初から解職請求代表者の資格を制限するようなものとなるときには,もはや地自法の実施上の細目的事項の範囲にとどまるものということはできず,許容されないということになろう。
エ それにもかかわらず,本件各規定は,地自法85条1項に基づき公選法89条1項本文を議員の解職請求代表者の資格について準用し,公務員について解職請求代表者となることを禁止している。そうすると,このような形による資格制限は,上記イ及びウの見地からも,地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものであって,その資格制限が請求手続にまで及ぼされる限りで無効と解されることとなる。本判決が本件各規定の一部を無効と説示したのは,以上のような基本的な考え方を前提とするものではないかと考えられる。
(6)このように,本判決は,公選法89条1項並びに公選令90条2項及び別表第2に列挙されている公職の候補者の公務員ごとに資格制限の当否を立法事実にまでさかのぼって実質的に検討したものではなく,解職請求に関する地自法の文理ないし構造に関する法論理的な理解を前提として,上記の結論を導いたものと考えられる。したがって,本件各規定の一部が無効とされた後に,立法当局ないし地自令の立案当局において,解職請求代表者につきどのような立法事実に基づきどのような資格制限を設け又は設けないこととするかという点について,本判決は何ら言及するところではないと考えられる。この点に関し,本判決が,「地自法の定める直接請求に関し請求代表者の資格制限を設けるのであれば,住民による利用の便宜や制度の運営の適正を図る見地からも,制限の及ぶ範囲は,法律の規定に基づき,可能な限り明確に規定されていることが望ましいことはいうまでもない。」と付言していることが注目されよう。
なお,政令等の定めを法律の委任の範囲を超えるとして無効とした最高裁の判例としては,①農地法施行令16条に関する最大判昭46.1.20民集25巻1号1頁,②監獄法施行規則120条及び124条に関する最三小判平3.7.9民集45巻6号1049頁,③児童扶養手当法施行令1条の2第3号に関する最一小判平14.1.31民集56巻1号246頁及び最二小判平14.2.22判タ1089号131頁,④貸金業の規制等に関する法律施行規則15条2項に関する最二小判平18.1.13民集60巻1号1頁がある。
(7)本判決には,藤田裁判官・涌井裁判官の各補足意見,宮川裁判官・櫻井裁判官の補足意見,堀籠裁判官・古田裁判官・竹内裁判官の共同反対意見,竹内裁判官の追加反対意見が付されている。
ア 藤田裁判官の補足意見は,法規定の合目的的解釈ないし立法趣旨の合理的解釈という方法を採用すると,「解職の投票」とは,少なくとも本件との関係では,(広義での)解職請求手続の一環としての投票を意味するとの解釈が成り立ち得ないではないものの,そのような立場は,法令上用いられた概念を通常理解される意味を超えより広い意味に理解するという意味において,一種の拡張解釈をする結果となるところ,本件において,そのような解釈をしなければ取り返しのつかない重大な公益の侵害をもたらす結果につながるとは,必ずしも考えられない反面,制限される権利自体は,国民の参政権の行使にかかわる重要なものであるとして,多数意見に賛意を表するものである。
イ 涌井裁判官の補足意見は,多数意見は専ら法文の文理からして地自令の規定の効力を認めることができないとしているのであり,それ以上に,解職請求代表者の資格について上記のような制限を加えることが立法政策として相当であるか否かといった実体について判断しているものではなく,改めて法律の規定に基づく明確な定めを置く場合に,制限等の内容としてどのようなものが許容されるか,あるいはどのような定めが望ましいかといった問題は,立法政策の問題として,関係する当局の権限と責任において検討されるべきものであるとするものである。
ウ 宮川裁判官・櫻井裁判官の補足意見は,真の意味の地方自治の発展には,住民が自ら判断し,自ら責任を負うという形の住民自治の拡充が不可欠であり,その拡充を進めるシステムの一つとして,各種の直接請求制度,住民投票制度などの直接民主制の機能の充実が要請されているところ,本件の直接請求制度における請求代表者の資格要件については,このような地方分権の流れを踏まえながら,住民の基本的な権利行使の問題として法的にも明確な整理を行い,住民自らの決定が滞りなく行われ得る環境を整えることが,法律の立案等に携わる者の責務であると指摘するものである。
エ 堀籠裁判官・古田裁判官・竹内裁判官の共同反対意見は,請求手続と投票手続は一連の不可分のものであって,解職請求代表者は両者を通じて投票による解職を実現しようとする者として解職投票の仕組みを構成する主体であり,その資格は投票に関するものとして公選法89条1項の準用があることは明らかであるとして,本件各規定を適法有効とした最高裁昭和29年判決を変更すべき理由はないとするものである。
オ 竹内裁判官の追加反対意見は,特に公務員の中立性に焦点を当て,解職請求代表者は,投票手続よりはむしろ請求手続において,解職請求を主導し,住民を一定の方向へ政治的に方向付けるという重要な役割を担っており,公務員が,中立義務に反して,その地位を利用して,このような権限と地位を有する解職請求の主導者となってそのイニシアティヴをとるようなことは,本来住民の側から自由な意思に基づいて直接請求をすることに制度の根幹があるとされる解職請求の手続の適正を損なうもので許されないというのが,地自法85条1項及び関連規定の立法趣旨にのっとった自然かつ合理的な解釈であるとするものである。
(8)本件各規定の地自法85条1項適合性という問題については,既に最高裁昭和29年判決によりこれを有効とする司法判断が確定しており,実務及び下級審の裁判例においても本件各規定を適法有効とする解釈が支配的であったが,学説の多数は,本件各規定は違法無効であるとの見解に立っていた。本判決は,この問題点につき,解職請求に関する地自法の定めを分析して,地自法85条1項が公選法中の選挙関係規定を準用する手続は投票手続に限定されるとした上で,本件各規定の一部を違法無効とし,最高裁昭和29年判決を55年ぶりに変更したものであって,実務上重要な意義を有すると考えられる。

+判例(H25.1.11)
理 由
 上告代理人青野洋士ほかの上告受理申立て理由について
 1 本件は,平成18年法律第69号1条の規定による改正後の薬事法(以下「新薬事法」という。)の施行に伴って平成21年厚生労働省令第10号により改正された薬事法施行規則(以下「新施行規則」という。)において,店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による医薬品の販売又は授与(以下「郵便等販売」という。)は一定の医薬品に限って行うことができる旨の規定及びそれ以外の医薬品の販売若しくは授与又は情報提供はいずれも店舗において薬剤師等の専門家との対面により行わなければならない旨の規定が設けられたことについて,インターネットを通じた郵便等販売を行う事業者である被上告人らが,新施行規則の上記各規定は郵便等販売を広範に禁止するものであり,新薬事法の委任の範囲外の規制を定める違法なものであって無効であるなどと主張して,上告人を相手に,新施行規則の規定にかかわらず郵便等販売をすることができる権利ないし地位を有することの確認等を求める事案である。
 2(1) 新薬事法の関係規定
一般用医薬品(医薬品のうち,その効能及び効果において人体に対する作用が著しくないものであって,薬剤師その他の医薬関係者から提供された情報に基づく需要者の選択により使用されることが目的とされているもの。25条1号)は,第一類医薬品(その副作用等により日常生活に支障を来す程度の健康被害が生ずるおそれがある医薬品のうちその使用に関し特に注意が必要なものとして厚生労働大臣が指定するもの等。36条の3第1項1号),第二類医薬品(その副作用等により日常生活に支障を来す程度の健康被害が生ずるおそれがある医薬品(第一類医薬品を除く。)であって厚生労働大臣が指定するもの。同項2号)及びそれ以外の第三類医薬品(同項3号)に区分される。なお,原審の認定によれば,平成19年当時における一般用医薬品の販売高に占める構成比は,第一類医薬品が約4%,第二類医薬品が約63%,第三類医薬品が約33%となっていた。
27条に規定する店舗販売業者は,厚生労働省令で定めるところにより,第一類医薬品については薬剤師,第二類医薬品及び第三類医薬品については薬剤師又は登録販売者(一般用医薬品の販売又は授与に従事するのに必要な資質を有することを確認するために都道府県知事が行う試験に合格するなどして36条の4第2項の登録を受けた者)に販売させ,又は授与させなければならない(36条の5)。
店舗販売業者は,① その店舗において第一類医薬品を販売し,又は授与する場合には,厚生労働省令で定めるところにより,薬剤師をして,所定の事項を記載した書面を用いて,その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならず(36条の6第1項),② その店舗において第二類医薬品を販売し,又は授与する場合には,厚生労働省令で定めるところにより,薬剤師又は登録販売者をして,その適正な使用のために必要な情報を提供させるよう努めなければならず(同条2項),③ その店舗において一般用医薬品を購入し,若しくは譲り受けようとする者又はその店舗において一般用医薬品を購入し,若しくは譲り受けた者若しくはこれらの者によって購入され,若しくは譲り受けられた一般用医薬品を使用する者から相談があった場合には,厚生労働省令で定めるところにより,薬剤師又は登録販売者をして,その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない(同条3項)。ただし,同条1項の規定は,医薬品を購入し,又は譲り受ける者から説明を要しない旨の意思の表明があった場合には,適用しない(同条4項)。
 (2) 新施行規則の関係規定
店舗販売業者は,当該店舗において,① 第一類医薬品については,薬剤師に,自ら又はその管理及び指導の下で登録販売者若しくは一般従事者をして,対面で販売させ,又は授与させなければならず(159条の14第1項),② 第二類医薬品又は第三類医薬品については,薬剤師又は登録販売者に,自ら又はその管理及び指導の下で一般従事者をして,対面で販売させ,又は授与させなければならないが(同条2項本文),第三類医薬品を販売し,又は授与する場合であって,郵便等販売を行う場合は,この限りでない(同項ただし書)。
店舗販売業者は,当該店舗内の情報提供を行う場所において,① 新薬事法36条の6第1項の規定による第一類医薬品に係る情報の提供を,薬剤師に対面で行わせなければならず(159条の15第1項1号),② 新薬事法36条の6第2項の規定による第二類医薬品に係る情報の提供を,薬剤師又は登録販売者に対面で行わせるよう努めなければならず(159条の16第1号),③ 新薬事法36条の6第3項の規定による第一類医薬品に係る情報の提供を,薬剤師に対面で行わせなければならず(159条の17第1号),④ 新薬事法36条の6第3項の規定による第二類医薬品又は第三類医薬品に係る情報の提供を,薬剤師又は登録販売者に対面で行わせなければならない(159条の17第2号)。
店舗販売業者は,郵便等販売を行う場合には,第三類医薬品以外の医薬品を販売し,又は授与してはならない(142条,15条の4第1項1号)。

3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人らは,平成18年法律第69号1条の規定による改正前の薬事法(以下「旧薬事法」という。)の下で店舗を開設してインターネットを通じた郵便等販売を行っていた事業者である。なお,旧薬事法の下においても,厚生省ないし厚生労働省は,各地方自治体に対し,医薬品については対面販売を実施するよう指導することや,郵便等販売は対面販売の趣旨が確保されないおそれがあるからその範囲を一定の薬効群のものに限るよう指導することを求める通知等を度々発出していたが,旧薬事法に郵便等販売を禁止する規定がなかったこともあり,平成18年頃までには多くの事業者がインターネットを通じた郵便等販売を行っており,その対象品目には新薬事法の下における第一類医薬品や第二類医薬品に相当するものが多数含まれていた。
 (2) 内閣府設置法37条2項に基づく合議制の機関として内閣府に設置されていた総合規制改革会議は,平成15年12月,コンビニエンスストアで解熱鎮痛剤等が販売可能となれば消費者の利便性は大幅に向上すること,薬局等において対面で服薬指導をしている実態は乏しい上,薬剤師が不在である例も多いにもかかわらず薬剤師が配置されていない事実に直接起因する副作用等による事故は報告されていないことなどからすれば,人体に対する作用が比較的緩やかな医薬品群については一般小売店でも早急に販売できるようにすべきであるなどとする旨の答申をした。
 (3) 厚生労働大臣の諮問機関である厚生科学審議会は,平成16年4月,医学,薬学,経営学,法律学,消費者保護の分野等関係各界の専門家・有識者等の委員による医薬品販売制度改正検討部会(以下「検討部会」という。)を設置した(なお,郵便等販売を行う事業者やその関係者は委員に加わっておらず,検討部会における意見陳述等の機会もなかった。)。検討部会は,平成17年12月,①旧薬事法は医薬品の販売に際し薬剤師等を店舗に配置することにより情報提供を行うことを求めているが,現実には薬剤師等が不在であったり情報提供が必ずしも十分に行われていない実態があるなどとした上,② セルフメディケーション(自分自身の健康に責任を持ち,軽度な身体の不調は自分で手当てをすること)を支援する観点から,安全性の確保を前提とし,利便性にも配慮しつつ,国民による医薬品の適切な選択,適正な使用に資するよう,薬局等において専門家によるリスクの程度に応じた情報提供等が行われる体制を整備することを薬事法改正の理念として掲げ,③ 同改正の内容として,一般用医薬品のリスクの程度に応じた情報提供等の確実な実施を担保するために購入者と専門家がその場で直接やり取りを行い得る対面販売を医薬品販売に当たっての原則とし,他方で情報通信技術の活用には慎重を期すべきであるが,第三類医薬品については一定の要件の下で郵便等販売を認めるなどとする報告書(以下「検討部会報告書」という。)を公表した。
 (4) 厚生労働省は,検討部会報告書の内容等を踏まえて旧薬事法を改正する法案を作成し,上記法案は平成18年3月に内閣から国会に提出された。上記法案の審議において,政府参考人である厚生労働省医薬食品局長は,医薬品については対面販売が重要であり,インターネット技術の進歩はめざましいものの,現時点では検討部会報告書を踏まえて医薬品販売におけるその利用には慎重な対応が必要である旨答弁した。また,参考人として出席した検討部会の部会長は,検討部会の審議の経緯及び検討部会報告書の内容を説明した上,上記法案はこれらを十分に踏まえたものであり,医薬品はその本質として副作用等のリスクを併せ持つから,適切な情報提供が伴ってこそ真に安全で有効なものとなるが,これを対面販売で行っていこうというのが今回の議論の出発点であるなどと述べた。こうした審議を経て,上記法案は,衆参両院で賛成多数により可決成立した。
 (5) 厚生労働省は,平成20年2月,新薬事法に規定された販売の体制や環境の整備を図るために必要な省令等の制定に当たって必要な事項を検討するため,薬学等の学識を有する者,都道府県の関係者及び一般用医薬品に関係する団体の代表を委員とする,医薬品の販売等に係る体制及び環境整備に関する検討会(以下「第一次検討会」という。)を設置した。第一次検討会は,同年7月,一般用医薬品に係る郵便等販売は,購入者の利便性やこれまでの経緯に照らして一定の範囲で認めざるを得ないが,販売時に情報提供を専門家が対面で行うことが困難であるから,販売時の情報提供に関する規定のない第三類医薬品を販売する限度で認めるのが適当であるなどとする趣旨の報告書を公表した。
 (6) 厚生労働省は,第一次検討会による上記(5)のような報告書の内容を踏まえ,薬事法施行規則等の一部を改正する省令案(以下「改正省令案」という。うち郵便等販売の規制に係る部分は,下記(7)のとおり新施行規則と基本的に同一である。)の立案作業を行った。他方,総合規制改革会議の後身として内閣府に設置されていた規制改革会議は,平成20年11月,改正省令案につき,新薬事法には郵便等販売を禁止する明示的な規定はなく,郵便等販売が店頭での販売よりも安全性に劣ることも実証されておらず,消費者の利便性を阻害することになるなどの理由から,郵便等販売の規制に係る部分を全て撤回すべきである旨の見解を示した。なお,厚生労働省が改正省令案につき行政手続法39条1項の規定による意見公募手続を実施したところ,郵便等販売に関する意見2353件のうち2303件は,郵便等販売を第三類医薬品以外の医薬品についても認めるべきであるという趣旨のものであった。
 (7) 改正省令案に基づき,薬事法施行規則等の一部を改正する省令(平成21年厚生労働省令第10号)が平成21年2月6日に制定・公布され,一部の規定を除き同年6月1日から施行するとされた。他方,厚生労働大臣の指示により,同年2月13日,新制度の下で国民が医薬品を適切に選択し,かつ,適正に使用することができる環境作りのために国民的議論を行うことを目的として,被上告人X1の代表者を含む関係各界の専門家・有識者等を構成員とする,医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会の設置が決定された。同検討会における検討は同年5月まで続けられたが,上記省令の維持を主張する趣旨の意見と上記省令中の郵便等販売に係る規制の緩和を求める趣旨の意見とが対立し,議論は収束しなかった。厚生労働省は,同月,上記省令の附則部分に離島居住者に対する第二類医薬品に係る郵便等販売を一定期間に限り認めるなどの経過措置を追加する等の省令案の作成作業を行い,同年6月1日,同経過措置等に係る部分(平成21年厚生労働省令第114号)を含む新施行規則が施行された。

 4 薬事法が医薬品の製造,販売等について各種の規制を設けているのは,医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから,医薬品の安全性を確保し,不良医薬品による国民の生命,健康に対する侵害を防止するためである(最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。このような規制の具体化に当たっては,医薬品の安全性や有用性に関する厚生労働大臣の医学的ないし薬学的知見に相当程度依拠する必要があるところである。なお,上記事実関係等からは,新薬事法の立案に当たった厚生労働省内では,医薬品の販売及び授与を対面によって行うべきであり,郵便等販売については慎重な対応が必要であるとの意見で一致していたことがうかがわれる。
そこで検討するに,上記事実関係等によれば,新薬事法成立の前後を通じてインターネットを通じた郵便等販売に対する需要は現実に相当程度存在していた上,郵便等販売を広範に制限することに反対する意見は一般の消費者のみならず専門家・有識者等の間にも少なからず見られ,また,政府部内においてすら,一般用医薬品の販売又は授与の方法として安全面で郵便等販売が対面販売より劣るとの知見は確立されておらず,薬剤師が配置されていない事実に直接起因する一般用医薬品の副作用等による事故も報告されていないとの認識を前提に,消費者の利便性の見地からも,一般用医薬品の販売又は授与の方法を店舗における対面によるものに限定すべき理由には乏しいとの趣旨の見解が根強く存在していたものといえる。しかも,憲法22条1項による保障は,狭義における職業選択の自由のみならず職業活動の自由の保障をも包含しているものと解されるところ(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照),旧薬事法の下では違法とされていなかった郵便等販売に対する新たな規制は,郵便等販売をその事業の柱としてきた者の職業活動の自由を相当程度制約するものであることが明らかである。これらの事情の下で,厚生労働大臣が制定した郵便等販売を規制する新施行規則の規定が,これを定める根拠となる新薬事法の趣旨に適合するもの(行政手続法38条1項)であり,その委任の範囲を逸脱したものではないというためには,立法過程における議論をもしんしゃくした上で,新薬事法36条の5及び36条の6を始めとする新薬事法中の諸規定を見て,そこから,郵便等販売を規制する内容の省令の制定を委任する授権の趣旨が,上記規制の範囲や程度等に応じて明確に読み取れることを要するものというべきである。
しかるところ,新施行規則による規制は,前記2(1)のとおり一般用医薬品の過半を占める第一類医薬品及び第二類医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止する内容のものである。これに対し,新薬事法36条の5及び36条の6は,いずれもその文理上は郵便等販売の規制並びに店舗における販売,授与及び情報提供を対面で行うことを義務付けていないことはもとより,その必要性等について明示的に触れているわけでもなく,医薬品に係る販売又は授与の方法等の制限について定める新薬事法37条1項も,郵便等販売が違法とされていなかったことの明らかな旧薬事法当時から実質的に改正されていない。また,新薬事法の他の規定中にも,店舗販売業者による一般用医薬品の販売又は授与やその際の情報提供の方法を原則として店舗における対面によるものに限るべきであるとか,郵便等販売を規制すべきであるとの趣旨を明確に示すものは存在しない。なお,検討部会における議論及びその成果である検討部会報告書並びにこれらを踏まえた新薬事法に係る法案の国会審議等において,郵便等販売の安全性に懐疑的な意見が多く出されたのは上記事実関係等のとおりであるが,それにもかかわらず郵便等販売に対する新薬事法の立場は上記のように不分明であり,その理由が立法過程での議論を含む上記事実関係等からも全くうかがわれないことからすれば,そもそも国会が新薬事法を可決するに際して第一類医薬品及び第二類医薬品に係る郵便等販売を禁止すべきであるとの意思を有していたとはいい難い。そうすると,新薬事法の授権の趣旨が,第一類医薬品及び第二類医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止する旨の省令の制定までをも委任するものとして,上記規制の範囲や程度等に応じて明確であると解するのは困難であるというべきである。
したがって,新施行規則のうち,店舗販売業者に対し,一般用医薬品のうち第一類医薬品及び第二類医薬品について,① 当該店舗において対面で販売させ又は授与させなければならない(159条の14第1項,2項本文)ものとし,② 当該店舗内の情報提供を行う場所において情報の提供を対面により行わせなければならない(159条の15第1項1号,159条の17第1号,2号)ものとし,③郵便等販売をしてはならない(142条,15条の4第1項1号)ものとした各規定は,いずれも上記各医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止することとなる限度において,新薬事法の趣旨に適合するものではなく,新薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきである。
 5 以上によれば,新施行規則の上記各規定にかかわらず第一類医薬品及び第二類医薬品に係る郵便等販売をすることができる権利ないし地位を有することの確認を求める被上告人らの請求を認容した原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美 裁判官小貫芳信)

+判例(H2.2.1)銃刀法
理由
上告代理人坂本誠一、同小林実、同清水京子の上告理由について
銃砲刀剣類所持等取締法(以下「法」という。)一四条一項による登録を受けた刀剣類が、法三条一項六号により、刀剣類の同条本文による所持禁止の除外対象とされているのは、刀剣類には美術品として文化財的価値を有するものがあるから、このような刀剣類について登録の途を開くことによって所持を許し、文化財として保存活用を図ることは、文化財保護の観点からみて有益であり、また、このような美術品として文化財的価値を有する刀剣類に限って所持を許しても危害の予防上重大な支障が生ずるものではないとの趣旨によるものと解される。このことは、法四条による刀剣類の所持の許可の場合は、危害予防の観点から、これを所持する者が法五条一項各号に該当しない者でなければ許可を受けることができないものとされているのに対し、法一四条一項による登録の場合は、登録を受けようとする者について右のような定めはなく、当該刀剣類それ自体が同項所定の「美術品として価値のある刀剣類」に該当すると認められるときは、その登録を受けることができ、登録を受ければ何人もこれを所持できるものとされており、しかもその登録事務は文化庁長官が所掌していることに照らしても明らかである(最高裁昭和五九年(行ツ)第一七号同六二年一一月二〇日第二小法廷判決・裁判集民事一五二号二〇九頁参照)。
そして、このような刀剣類の登録の手続に関しては、法一四条三項が「第一項の登録は、登録審査委員の鑑定に基いてしなければならない。」と定めるほか、同条五項が「第一項の登録の方法、第三項の登録審査委員の任命及び職務、同項の鑑定の基準及び手続その他登録に関し必要な細目は、文部省令で定める。」としており、これらの規定を受けて銃砲刀剣類登録規則(昭和三三年文化財保護委員会規則第一号。なお、右規則は、昭和四三年法律第九九号附則五項により、文部省令としての効力を有するものとされている。以下「規則」という。)が制定されている。その趣旨は、どのような刀剣類を我が国において文化財的価値を有するものとして登録の対象とするのが相当であるかの判断には、専門技術的な検討を必要とすることから、登録に際しては、専門的知識経験を有する登録審査委員の鑑定に基づくことを要するものとするとともに、その鑑定の基準を設定すること自体も専門技術的な領域に属するものとしてこれを規則に委任したものというべきであり、したがって、規則においていかなる鑑定の基準を定めるかについては、法の委任の趣旨を逸脱しない範囲内において、所管行政庁に専門技術的な観点からの一定の裁量権が認められているものと解するのが相当である(前記最高裁判決参照)。
そして、規則に定められた刀剣類の鑑定の基準をみるに、規則四条二項は、「刀剣類の鑑定は、日本刀であって、次の各号の一に該当するものであるか否かについて行なうものとする。」とした上、同項一号に「姿、鍛え、刃文、彫り物等に美しさが認められ、又は各派の伝統的特色が明らかに示されているもの」を、同項二号に「銘文が資料として価値のあるもの」を、同項三号に「ゆい緒、伝来が史料的価値のあるもの」を、同項四号に「前各号に掲げるものに準ずる刀剣類で、その外装が工芸品として価値のあるもの」をそれぞれ掲げており、これによると、法一四条一項の文言上は外国刀剣を除外してはいないものの、右鑑定の基準としては、日本刀であって、美術品として文化財的価値を有するものに限る旨の要件が定められていることが明らかである。
そこで、右の要件が法の委任の趣旨を逸脱したものであるか否かをみるに、刀剣類の文化財的価値に着目してその登録の途を開いている前記法の趣旨を勘案すると、いかなる刀剣類が美術品として価値があり、その登録を認めるべきかを決する場合にも、その刀剣類が我が国において有する文化財的価値に対する考慮を欠かすことはできないものというべきである。そして、原審の適法に確定するところによると、(1) 我が国がポツダム宣言を受諾して後、連合国占領軍(以下「占領軍」という。)は、日本政府に対し民間の武装解除の一環として昭和二〇年九月二日付け一般命令第一号一一項により一般国民の所有する一切の武器の収集及び占領軍への引渡の準備をすべき旨を命じたが、これに対し、日本政府は愛刀家の鑑賞の対象である日本古来の刀剣類までもが一般の武器と同一視されて接収されることに強く抵抗し、占領軍の理解を求めて折衝した結果、美術品として価値のある刀剣類については、占領軍への引渡の対象から除外されることになり、昭和二一年六月一五日施行された銃砲等所持禁止令(昭和二一年勅令第三〇〇号)により、地方長官の許可を得て所持できることとなった(これが本件登録制度の発端である。)、(2) その後、文化財保護法の制定に伴い、昭和二五年一一月二〇日施行された銃砲刀剣類等所持取締令(昭和二五年政令第三三四号。以下「旧取締令」という。)により、本件登録制度の前身である文化財保護委員会による登録制度が採用され、銃砲等所持禁止令は廃止されるに至ったが、右制度改正の趣旨は、従来、美術刀剣類をも凶器の一種とみて、治安上の取締りの観点から所持許可の対象としていたが、これを文化財に準ずるものとみて、その保存と活用を図るところにあった、(3) 昭和三三年四月一日から現行の法(ただし、当時は「銃砲刀剣類等所持取締法」といい、昭和四〇年法律第四七号により現行の題名に改められた。)が施行され、旧取締令は廃止されたが、登録に関する規定の文言は、法と旧取締令とで差異はない(もっとも、その後の法改正により、登録事務は文化庁長官が所掌することとなった。)、(4) 法施行後は、外国刀剣の登録例は一件もない(法施行前においては、第一審判決添付の別表記載のとおり、外国刀剣の登録例があるが、これは、旧取締令施行前の銃砲等所持禁止令の時代に許可基準の一部にあいまいな点があったために外国刀剣の所持許可がされたものを、旧取締令の施行に伴い、同令に基づく登録として引き継いだものがほとんどである。)、(5) 日本刀は、原材料に玉鋼を主体としたものを用い、折返し鍛練を行い、土取りを施し、焼入れをすることによって製作されるものであり、我が国独自の製作方法と様式美を持った刀剣であるが、その製作方法は奈良時代以後に次第に発達してきたものであって、平安時代以降は刀身に作者名を切るようになり、各派の作風の特徴が刀剣自体に具現されるようになったが、このような様式美を有する日本刀については、古くから我が国において美術品としての鑑賞の対象とされてきた、というのであり、これらの認定事実に照らすと、規則が文化財的価値のある刀剣類の鑑定基準として、前記のとおり美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定め、この基準に合致するもののみを我が国において前記の価値を有するものとして登録の対象にすべきものとしたことは、法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであるから、これをもって法の委任の趣旨を逸脱する無効のものということはできない。そうすると、上告人の登録申請に係る本件サーベル二本は上告人がスペインで購入して日本に持ち帰った外国刀剣であって、規則四条二項所定の鑑定の基準に照らして、登録の対象となる刀剣類に該当しないことが明らかであるから、以上と同旨の見解に立って、上告人の右登録申請を拒否した被上告人の本件処分に違法はないとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張は、その実質は原判決の単なる法令違背をいうものにすぎず、原判決に法令違背のないことは右に述べたとおりである。論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官角田禮次郎、同大堀誠一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官角田禮次郎、同大堀誠一の反対意見は、次のとおりである。
我々は、上告人の本件登録申請を拒否した被上告人の本件処分に違法はないとした原判決を正当として、本件上告を棄却すべきものとする多数意見に賛成することができない。その理由は、次のとおりである。
一 多数意見は、法一四条一項にいう刀剣類は、文言上は外国刀剣を除外しておらず、更に同条五項に基づきいかなる鑑定の基準を定めるかについては、法の委任の趣旨を逸脱しない範囲内において、所管行政庁に専門技術的な観点からの一定の裁量権が認められていると解した上、同項の委任に基づき、規則四条二項において登録の対象を美術品として文化財的価値を有する日本刀に限ることとしているのは、法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであるから、規則四条二項は、法の委任の趣旨を逸脱する無効のものということはできないとするものである。我々は、多数意見のうち、法一四条一項にいう刀剣類には外国刀剣が除外されていないという点には異論はないが、規則で登録の対象を美術品として文化財的価値を有する日本刀に限ることとしても、法の委任の趣旨を逸脱するものではなく、規則四条二項は無効ではないという点には賛成できない。すなわち、
(一) 法一四条一項にいう刀剣類には、文理上、外国刀剣を含むものと解される(法二条二項参照)。そして、法一四条一項に規定する登録制度の趣旨は、日本刀、外国刀剣を区別しないで、美術品として価値のある刀剣類で我が国に存するものを我が国の文化財として保存活用を図ることにあると解するのが相当である。そうだとすると、法の段階では、外国刀剣にも美術品として価値のあるものがあることを認めていることになるから、同条五項の委任に基づいて規則を定める場合にも、日本刀・外国刀剣の両者について、同項所定の事項を定めることこそ法の要請するところというべきであり、規則において外国刀剣を登録の対象から除外することを法が期待し、容認しているとは考えられない。換言すれば、登録の対象範囲というような登録制度の基本的事項については、本来、法で定めるべきものであって、登録の対象を日本刀に限るというような登録制度の基本的事項の変更に当たる事柄について、何らの指針を示すことなく規則に委任することが許されるとは考えられない。また、日本刀に限って登録の対象とし、外国刀剣は美術品として価値のあるものであっても登録の対象としないという判断は、政策的判断に属するというべきであり、法は、このような判断を規則に委任していると解すべきではないと考える。
(二) 鑑定の基準を定めるということと、登録の対象範囲を定めるということは、そもそも別の概念であって、鑑定基準を定めることのなかに、登録の対象範囲を定めることが当然に含まれるという解釈は、法文の用語の通常の解釈に反すると思う。更に、法一四条の法文の構成という点からいっても、登録の対象となる刀剣類の範囲を定めたうえで、登録の対象とされた刀剣類が、美術品としての価値があるかどうかは専門家の鑑定によることとし、その鑑定の基準は所管行政庁の規則で定めるというのが、もっとも法理にかなった構成であり、同条の解釈も、そのような構成に即してなされるべきである。
(三) 多数意見は、規則をもって登録の対象を日本刀に限ることができるとする実質的な理由として、本件登録制度の制定経緯、運用の実際、更には日本刀が古くから我が国において美術品として鑑賞の対象とされてきたことを挙げている。しかしながら、右のような理由は、日本刀を登録の対象とすることの合理的な理由にはなり得るとしても、外国刀剣を登録の対象から排除する積極的、合理的な理由にはなり得ないものと考える。
したがって、法一四条一項により登録の対象となる刀剣類を日本刀に限るとしている規則四条二項は、法一四条五項に基づく委任命令としては、委任の限度を超えた違法無効のものというべきであるから、本件サーベルが規則四条二項所定の日本刀に該当しないことを理由として本件登録申請を拒否した被上告人の本件処分は違法であって、取消しを免れないものというべきである。
二 前述したところと異なる見解の下に本件処分を適法とした原審の判断には、法一四条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、上告人の本訴請求は理由があることが明らかであるから、これを棄却した第一審判決を取り消し、上告人の本訴請求を認容すべきである。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官佐藤哲郎は、退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 大内恒夫)

++解説
《解  説》
1 X(原告・控訴人・上告人)は、スペインで購入した外国製刀剣であるサーベル二本を鉄砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)一四条一、二項、銃砲刀剣類登録規則(以下「登録規則」という。)一条に基づいて「美術品として価値のある刀剣類」に該当するとして登録申請をした(これにより登録されると銃刀法三条一項六号により所持することができることになる。)が、文化庁長官から右登録に関する事務の委任(銃刀法一九条一項)を受けているY(被告・被控訴人・被上告人)は、本件サーベルが法一四条五項の委任に基づいて定められた登録規則四条二項所定の「日本刀」に該当しないとして、右登録申請の拒否処分(以下「本件処分」という。)を行った。そこで、Yは、本件処分の取消しを求めて、本訴を提起した。
本件処分は、本件サーベルが登録規則四条二項所定の「日本刀」に該当しないとの理由でされたものであり、本件の争点は、右登録規則四条二項の規定が銃刀法一四条五項の委任の趣旨を逸脱し無効というべきものかという点にある。
2 Xは、銃刀法一四条一項は、登録の対象となる刀剣類を「美術品として価値のある」ものであれば足りるとし、他に何らの制限を設けていない、しかるに、銃刀法一四条五項の委任に基づき定められた登録規則四条二項が、銃刀法一四条一項の登録の対象となる「銃剣類」を日本刀に限定しているのは、合理性がなく、法の委任の範囲を超えた制限を課しているものであり、無効であると主張した。
原審は、第一審判決(東京地判昭62・4・20判時一二二八号五五頁)の判決理由をほぼ引用し、銃刀法一四条一項によって「美術品としての価値のある」ものとして登録の対象となる刀剣類とは、我が国の伝統的技法を駆使して制作された、文化財として保護すべき価値のある「日本刀」を意味するものと解するのが相当であるとし、登録規則四条二項が、銃刀法一四条一項所定の登録制度の対象となり得る刀剣類の鑑定基準を定めるに当たって、その基準の一つとして「日本刀であって」と明示したことは、立法の経緯、目的を踏まえて銃刀法一四条一項の趣旨を明確にしたにすぎないというべきであり、しかも、合理的理由を備えたものであって、何ら同条五項の委任の範囲を超えたものではないと判示し、本件サーベルの登録を拒否した本件処分は適法であるとして、Xの請求を棄却した第一審判決を相当とし、Xの控訴を棄却した。そこで、Xが上告した。
3 本判決は、銃刀法一四条一項による登録を受けた刀剣類が、同法三条一項六号により、刀剣類の同条本文による所持禁止の除外対象とされているのは、刀剣類には美術品として文化財的価値を有するものがあるから、このような刀剣類について登録の途を開くことによって所持を許し、文化財として保存活用を図ることは、文化財保護の観点からみて有益であり、また、このような美術品として文化財的価値を有する刀剣類に限って所持を許しても危害の予防上重大な支障が生ずるものではないとの趣旨によるものであるとし、刀剣類の文化財的価値に着目してその登録の途を開いている法の趣旨を勘案すると、いかなる刀剣類が美術品として価値があり、その登録を認めるべきかを決する場合にも、その刀剣類が我が国において有する文化財的価値に対する考慮を欠かすことはできないものというべきであると解した上、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革並びに日本刀が我が国独自の製作方法と様式美を持った刀剣であり、古くから我が国において美術品としての観賞の対象とされてきたことなどの諸点に照らすと、登録規則が文化財的価値のある刀剣類の鑑定基準として、美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定め、この基準に合致するもののみを我が国において右価値を有するものとして登録の対象にすべきものとしたことは、銃刀法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであるから、これをもって法の委任の趣旨を逸脱する無効のものということはできないと判示し、Xの右登録申請を拒否したYの本件処分に違法はないとした原審の判断は正当として是認することができるとしてXの上告を棄却した。
4 銃刀法一四条所定の登録制度の趣旨については、既に、最二小判昭62・11・20(裁判集民一五二号二〇九頁)が、銃刀法一四条一項が登録の対象としている「美術品若しくは骨とう品として価値のある火なわ式銃砲等の古式銃砲」につき、美術品又は骨とう品として文化財的価値を有する古式銃砲について、その文化財としての保存活用、その保護を図ることに本件登録制度の意義があることを明らかにしているところである。
本件登録制度の歴史的沿革は、本判決においても摘記されているとおりであり、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革等に照らすと、右最判が判示するように、本件登録制度は、古式銃砲については美術品又は骨董品としての、刀剣類については美術品としての、文化財的価値に着目し、文化財保護の観点から設けられたものとみるのが相当であろう。本判決が、本件登録制度の趣旨につき、「刀剣類には美術品として文化財的価値を有するものがあるから、このような刀剣類について登録の途を開くことによって所持を許し、文化財として保存活用を図ることは、文化財保護の観点からみて有益であり、また、このような美術品として文化財的価値を有する刀剣類に限って所持を許しても危害の予防上重大な支障が生ずるものではないとの趣旨によるものと解される。」と判示しているのも、同様の見解によるものであろう。
銃刀法一四条一項所定の「美術品として価値のある刀剣類」の意義につき、本件一、二審判決は、同項により「美術品としての価値のある」ものとして登録の対象となる刀剣類とは、我が国の伝統的技法を駆使して製作された、文化財として保護すべき価値のある「日本刀」を意味するものと解されると判示していたが、本判決は、この点につき、「美術品として文化財的価値を有する刀剣類」の意味である旨の判示をしているが、同項の解釈として、それが日本刀に限られるものと断定してはいない。
本判決が、本件一、二審判決のように、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革を踏まえた同項の条文解釈のみによって結論を導かず、鑑定基準(登録規則)を定立する上での行政庁の専門技術的な観点からの裁量論をも用いて結論を導いているのは、次のような見解によるものではないかと思われる。
銃刀法一四条一項により「美術品としての価値のある」ものとして登録の対象となる刀剣類とは、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革等を考慮すると、文化財として保護すべき価値のある「日本刀」を意味するものと解されるとの本件一、二審判決の見解にも十分首肯すべき面があるが、銃刀法における「刀剣類」の定義を定めた同法二条二項所定の刀剣類には外国刀剣も含まれることが、その定義内容に照らして明らかであることを考慮すると、銃刀法一四条一項の文言上は、同項所定の「美術品として価値のある刀剣類」が日本刀に限られるもの(外国刀剣を一切排除しているもの)と断定することは困難である。もっとも、銃刀法一四条一項が、登録の対象となる刀剣類の範囲を、何の指針も与えず、いわば手放しで登録規則に委任しているものと解すべきではない。右条項が登録の対象としている刀剣類は、美術品として「文化財的価値」を有する刀剣類と解すべきであり、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革を考慮すると、右のような美術品として「文化財的価値」を有する刀剣類として登録の対象となるべく本来的に予定されているのは、我が国において文化財的価値を有する刀剣類、すなわち、我が国の歴史、文化と深いつながりを有し、古くから我が国において美術品としての観賞の対象とされてきた日本刀を中心とするものであると解される。換言すれば、銃刀法一四条一項は、一般的に、我が国における文化財的価値の観点からみて差異の認められる日本刀と外国刀剣とを、その登録対象として同価値・同等のものとはみていないものと解される。このことは、登録規則四条二項が委任の趣旨を逸脱しているか否かを判断する上でも十分考慮されるべきである。
本判決が、「法一四条一項の文言上は外国刀剣を除外してはいない」としながらも、登録規則四条二項の定める要件が銃刀法の委任の趣旨を逸脱したものであるか否かをみる場合において、「刀剣類の文化財的価値に着目してその登録の途を開いている前記法の趣旨を勘案すると、いかなる刀剣類が美術品として価値があり、その登録を認めるべきかを決する場合にも、その刀剣類が我が国において有する文化財的価値に対する考慮を欠かすことはできないものというべきである。」と判示した上で、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革についての原審が確定した事実関係を摘記しているのは、右のような見解によるものではないかと思われる。
そして、本判決が、銃刀法一四条三項、五項による登録規則(四条二項)への委任の趣旨につき、前掲最二小判昭62・11・20と同様の判示をしているのは、銃刀法一四条五項の委任により制定された登録規則四条所定の鑑定の基準の趣旨につき、その一項と二項とを別異に解すべき合理的根拠はないから、本件においても右最二小判と同様の見解に立たざるを得ないとの見解によるものであろう。
本判決は、銃刀法一四条一項による登録の対象となる刀剣類の意義につき、「美術品として文化財的価値を有する刀剣類」と解し、規定の文言上は外国刀剣を除外してはいないとした上で、登録規則四条二項が登録の際の鑑定の基準として、美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定めていることが、銃刀法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであると判示したものであるが、その趣旨を、本来、銃刀法一四条一項において定められるべき事項である登録の対象範囲につき、同条が何らの指針も示さないでこれを登録規則に委任し登録規則により登録の対象範囲を限定することを無条件で是認したものと解するのは相当ではない。すなわち、本判決は、前述のとおり、銃刀法一四条一項は、その登録の対象となる刀剣類の範囲につき、「我が国において文化財的価値を有する刀剣類」という枠を設け、その範囲内で登録規則に「鑑定の基準」を設けることを委任したものと解し、所管行政庁が専門技術的な観点からの裁量権を行使して定めた登録規則四条二項が美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定め、この基準に合致するもののみを我が国において右価値を有するものとして登録の対象にすべきものとしたことが、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革、運用の実際、日本刀が古くから我が国において美術品として鑑賞の対象とされてきたことに照らし、銃刀法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものであり、銃刀法による委任の趣旨を逸脱するものとはいえないと判断したのであって、登録規則による登録対象の限定を無条件で是認したものと理解することは、本判決の趣旨に沿わないものと思われる。
5 本判決には、角田・大堀両裁判官の反対意見が付せられている。右反対意見は、要するに、銃刀法一四条一項にいう刀剣類には、文理上、外国刀剣を含むものと解し(同法二条二項参照)、同法一四条一項に規定する登録制度の趣旨は、日本刀、外国刀剣を区別しないで、美術品として価値のある刀剣類で我が国に存するものを我が国の文化財として保存活用を図ることにあると解した上、登録規則による、登録対象の範囲を日本刀に限定することは、銃刀法一四条五項に基づく委任の限度を超えたものと解すべきであるというものである。右反対意見は、多数意見が本件登録制度の制定の経緯・その沿革等のいわゆる立法事実を重視しているのに対し、銃刀法の規定の文理を重視し、法文に忠実な解釈論を展開し、その帰結として、委任命令たる登録規則四条二項は法の委任の限度を超えた違法無効のものと断定したものであり、その意見の中には、委任命令の法適合性についての司法審査の在り方について、その指針ともなるべき貴重な見解が示されているものと評価することができよう。
6 本判決は、銃刀法一四条一項の登録の対象となる古式銃砲の鑑定基準を定めた登録規則四条一項の法適合性を肯定した前掲最二小判昭62・11・20と基本的に同一の見解に立って、同法一四条一項の登録の対象となる刀剣類の鑑定基準を定めた登録規則四条二項の法適合性を肯定したものである。
本判決は、委任命令等の行政立法の法適合性を判断した数少ない最高裁判決の一つであり、委任命令等の行政立法の法適合性が問題となる同種の事案における重要な先例となるであろう。
本判決についての評釈として、飯村敏明・ひろば一四三巻一〇号六四頁、平岡久・民商一〇三巻五号九四頁、多賀谷一照・ジュリ九八〇号三五頁があり、本件第一審判決の評釈として、南川諦弘・判評三五四号二四頁がある。なお、最二小判昭62・11・20裁判集民一五二号二〇九頁の評釈として、平岡久・民商九九巻二号二三一頁、坂井満・昭和六二年行政関係判例解説二五三頁、北澤晶・本誌七〇六号三四六頁がある。


民事訴訟法 基礎演習 不利益変更禁止の原則


1.不利益変更禁止の原則の意義

+(第一審判決の取消し及び変更の範囲)
第三百四条  第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる。

+(附帯控訴)
第二百九十三条  被控訴人は、控訴権が消滅した後であっても、口頭弁論の終結に至るまで、附帯控訴をすることができる。
2  附帯控訴は、控訴の取下げがあったとき、又は不適法として控訴の却下があったときは、その効力を失う。ただし、控訴の要件を備えるものは、独立した控訴とみなす。
3  附帯控訴については、控訴に関する規定による。ただし、附帯控訴の提起は、附帯控訴状を控訴裁判所に提出してすることができる。

・自己の不服申し立ての限度を超えて自己に不利益に第1審判決を変更されることがない。

2.控訴裁判所における終局判決の種類
①控訴却下判決

+(控訴期間)
第二百八十五条  控訴は、判決書又は第二百五十四条第二項の調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。

+(口頭弁論を経ない控訴の却下)
第二百九十条  控訴が不適法でその不備を補正することができないときは、控訴裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、控訴を却下することができる。

②控訴棄却判決

+(控訴棄却)
第三百二条  控訴裁判所は、第一審判決を相当とするときは、控訴を棄却しなければならない。
2  第一審判決がその理由によれば不当である場合においても、他の理由により正当であるときは、控訴を棄却しなければならない

(控訴権の濫用に対する制裁)
第三百三条  控訴裁判所は、前条第一項の規定により控訴を棄却する場合において、控訴人が訴訟の完結を遅延させることのみを目的として控訴を提起したものと認めるときは、控訴人に対し、控訴の提起の手数料として納付すべき金額の十倍以下の金銭の納付を命ずることができる。
2  前項の規定による裁判は、判決の主文に掲げなければならない。
3  第一項の規定による裁判は、本案判決を変更する判決の言渡しにより、その効力を失う。
4  上告裁判所は、上告を棄却する場合においても、第一項の規定による裁判を変更することができる。
5  第百八十九条の規定は、第一項の規定による裁判について準用する。

③控訴認容判決

+(第一審判決が不当な場合の取消し)
第三百五条  控訴裁判所は、第一審判決を不当とするときは、これを取り消さなければならない。

+(上告の理由)
第三百十二条  上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
2  上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第三十四条第二項(第五十九条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。
一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
二の二  日本の裁判所の管轄権の専属に関する規定に違反したこと。
三  専属管轄に関する規定に違反したこと(第六条第一項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。
四  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
五  口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
六  判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。
3  高等裁判所にする上告は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときも、することができる。

+第三百八条  前条本文に規定する場合のほか、控訴裁判所が第一審判決を取り消す場合において、事件につき更に弁論をする必要があるときは、これを第一審裁判所に差し戻すことができる。
2  第一審裁判所における訴訟手続が法律に違反したことを理由として事件を差し戻したときは、その訴訟手続は、これによって取り消されたものとみなす。

+(第一審の判決の手続が違法な場合の取消し)
第三百六条  第一審の判決の手続が法律に違反したときは、控訴裁判所は、第一審判決を取り消さなければならない。

+(事件の差戻し)
第三百七条  控訴裁判所は、訴えを不適法として却下した第一審判決を取り消す場合には、事件を第一審裁判所に差し戻さなければならない。ただし、事件につき更に弁論をする必要がないときは、この限りでない。

+(第一審の管轄違いを理由とする移送)
第三百九条  控訴裁判所は、事件が管轄違いであることを理由として第一審判決を取り消すときは、判決で、事件を管轄裁判所に移送しなければならない。

3.設問1について

+判例(福岡高判18.6.29)
調べておく。

・第1審判決の認容額を下回る金額に第1審判決を変更することはできず、あくまで控訴棄却にとどめざる得ない。

・ただ、釈明権を行使するという考え方も。

4.設問2について
不利益変更禁止の原則について
判例通説→
「判決(取消し・変更)」の範囲を不服の範囲内に制限するものと考える!!

反対説→
判決以前に「審理」の範囲を実質的な不利益の枠内に制限するものと考える!

+判例(S61.9.4)
理  由
上告代理人祝部啓一の上告理由二について
貸与される金銭が賭博の用に供されるものであることを知つてする金銭消費貸借契約は公序良俗に違反し無効であると解するのが相当であるところ(最高裁昭和四六年(オ)第一一七七号同四七年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一〇五号八五五頁)、原審の適法に確定した事実によれば、被上告人は、上告人甲野に対し本件金銭が賭場開帳の資金に供されるものであることを知りながら、本件金銭を貸与したというのであるから、本件金銭消費貸借契約は公序良俗に違反し無効であるというべきである。したがつて、本件金銭消費貸借契約は無効とはいえないとした原審の判断には、民法九〇条の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、これと同旨に帰着する論旨は理由があり、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、原審の確定した事実及び右の説示によれば、被上告人の請求は、上告人らの主張する相殺の抗弁について判断するまでもなく、原審における請求の拡張部分を含めて、その全部につき理由がなく、棄却すべきことが明らかである。

ところで、本件訴訟の経緯についてみるに、記録によれば、(一) 第一審は、被上告人の本件貸金請求につき本件金銭消費貸借契約は公序良俗に違反しないなどとして貸金債権が有効に成立したことを認めたものの、右貸金債権は、上告人らの主張する反対債権である売買代金返還請求債権と対当額で相殺されたことによりその全額につき消滅したとして、被上告人の本件貸金請求を棄却する旨の判決をした、(二) 第一審判決に対しては、被上告人のみが控訴し、上告人らは控訴も附帯控訴もしなかつた、(三) 原審は、被上告人の貸金債権については、第一審判決と同じく公序良俗違反などの抗弁を排斥してその有効な成立を認めたうえ、上告人らの主張する相殺の抗弁については、反対債権は認められないとしてこれを排斥し、被上告人の本件貸金請求(原審における請求の拡張部分を含む。)を認容する判決をした、(四) 上告人らは、原判決の全部につき上告の申立をした、というものであるところ、本件のように、訴求債権が有効に成立したことを認めながら、被告の主張する相殺の抗弁を採用して原告の請求を棄却した第一審判決に対し、原告のみが控訴し被告が控訴も附帯控訴もしなかつた場合において、控訴審が訴求債権の有効な成立を否定したときに、第一審判決を取り消して改めて請求棄却の判決をすることは、民訴法一九九条二項に徴すると、控訴した原告に不利益であることが明らかであるから、不利益変更禁止の原則に違反して許されないものというべきであり、控訴審としては被告の主張した相殺の抗弁を採用した第一審判決を維持し、原告の控訴を棄却するにとどめなければならないものと解するのが相当である。そうすると、本件では、第一審判決を右の趣旨において維持することとし、被上告人の本件控訴を棄却し、また被上告人の原審における請求の拡張部分を棄却すべきことになる。
よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)


刑法 気になる判例 強盗と職務質問と自首と・・・


・+判例(東京地判H13.7.25)
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中九〇日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する
被告人をその猶予の期間中保護観察に付する。
押収してある文化包丁一丁(平成一三年押第四七九号の一)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、平成一三年二月四日午後六時四五分ころ、東京都《番地省略》所在の理髪店「理容A野」店内において、散髪を終えた後、同店店主B(当時五四歳)から理容代金の支払いを請求されたところ、その支払いを免れようと考え、同人に対し、「金ないんだよ」と申し向けながら所携の刃体の長さ約一四・五センチメートルの文化包丁(平成一三年押第四七九号の一)を同人に向けて脅迫し、その反抗を抑圧してその場から逃走し、よって上記理容代金三六〇〇円の支払いを免れて同金額相当の財産上不法の利益を得たが、その犯行後直ちに警視庁千住警察署に向かい、同警察署前において、同警察署司法警察員に対し自首したものである。
(証拠の標目)《省略》
(事実認定の補足説明)
一 弁護人は、被告人の本件脅迫行為は、<1>被害者の反抗を抑圧する程度に達していないし、<2>財産上不法な利益を得るためのものでもなく、<3>ごく一般的に債権者の追求を免れるだけの効果しかなかったものであるから、いずれにしても、被告人には強盗罪は成立せず、脅迫罪かせいぜい恐喝罪が成立するにすぎないと主張するのでその検討をするとともに、自首の成立についても付言することにする。

二 まず、関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告人は、日雇いの土木作業員等として稼働していたが、平成一二年一〇月ころからは仕事もなく、次第に所持金も少なくなって、平成一三年一月中旬ころからは、簡易宿泊所などに泊まることもできず、満足な食事もできない状態で、駅や公園等で野宿する生活を送るようになった。被告人は、こうした生活のなかで、寒さや空腹から逃れるため、暖かくなるころまで警察の留置場で世話になった方がよいと考えるようになり、平成一三年一月末には、喫茶店で無銭飲食をして付近の交番に出頭し、自分が無銭飲食をしてきた旨申告したが、被害者側が被害届を出さなかったために事件にならず、警察官からは、警察はホテルではない旨言われて帰されてしまった
(2) 平成一三年二月四日、被告人は、後楽園の場外馬券売り場にいってモニターに写る競馬を見たりした後、生まれ育った千住に戻り、髪もボサボサで無精髭も生えていたことから、床屋で散髪してもらうと無銭飲食より金額も高いので、警察にも捕まりやすい等と考え、散髪の後にその料金を支払わずその店から逃走し自分で警察に行って捕まるつもりで(当時の所持金四〇〇円余)、判示の理髪店「理容A野」(以下「理容A野」という。)に入り、同店店主のBに散髪をしてもらった。
(3) 散髪終了後、Bが理容A野店内の奥にあるレジの所に行って、同店内入口付近でコートを着用した被告人に対し、利用代金三六〇〇円を請求すると、被告人は、右手でコートの内ポケットから所携の文化包丁(刃体の長さ約一四・五センチメートル)を取り出し、「金ないんだよ」と言いながら、Bに対してこの文化包丁の刃先を向け、同人は、これを見て、二、三歩後ろに下がった。
このときの被告人とBの距離は四~五メートルであり、刃先は四五度くらい上に向いている状態であった。
なお、被告人は、公判廷で、文化包丁をBに向けていない旨供述するが、Bは、上記に認定したとおり被告人が文化包丁の刃先を向けたなどと公判廷で明確に供述し、その際の被告人の言動や文化包丁の形状などについても具体的に述べているのであって、その供述自体の信用性は高いと考えられる上、被告人も捜査段階では文化包丁をBに向けた旨の供述をしているのに対し、公判廷での被告人の供述は、これらと矛盾し、被告人の供述経過も考えると、捜査段階からの変遷について必ずしも説得力のある説明ができているわけでもなく、そのまま信用することはできない。結局、Bが公判廷で供述するとおりの事実を認定することができる。
(4) 被告人が包丁を示すなどの行動を取ったのは、その場から逃走するためであり、被告人としては、その場で取り押さえられたり、追跡されて取り押さえられることがないようにするためであった。被告人としても、文化包丁を見せて逃げれば被害者が怖がって追ってこないであろうと考えていた。
(5) Bは、被告人に無理に散髪代金を請求して被告人ともみ合いになれば、刺されて怪我をしたり、最悪の場合は死ぬ可能性もあると思い、怖くて、散髪代金の請求はできず、先の料金請求に続いての請求の言葉は出なかった。
(6) 被告人は、すぐに文化包丁をポケット内にしまい、理容A野店内から出て、やや早足で立ち去った。
Bは、被告人が立ち去るのに対して何もせず、散髪代金の請求は断念した。
(7) この間、理容A野店内には、他に男性客一名がいてBの妹が接客に当たっており、同女は、被告人が「金ないんだよ」と言った際には、「冗談じゃないわよ」と言ったが、被告人の方は見ていなかった。
(8) 被告人は、当時七二歳で、身長約一六〇センチメートル、体重約四〇キログラムであった。他方で被害者Bは、当時五四歳で身長約一七五センチメートル、体重約六八キログラムであった。
(9) Bは、警察に電話連絡し、被害状況等を説明した。警察では、無線で、千住仲町で、六〇歳ぐらいの黒いコートを着た男性が散髪料金を踏み倒し、刃物を突きつけ逃げた等との情報が流され、捜査が開始された
(10) 被告人は、理容A野を出た後、すぐに付近の千住警察署の方に向かい、同署の前まで歩いていった。一方、本件の捜査に従事し始めて先のような情報を得ていた警察官Cらは、被告人の姿を見てその人相風体から本件の犯人であると考え、被告人に対する職務質問を開始した。被告人は、その職務質問において、警察官らから「床屋やったの、お前だな。」「包丁持っているな。」などと確認され、被害者の方から電話がなされて事件の内容が既に警察官に分かっていると思い、本件犯行を行ったとの趣旨でこれをいずれも認め、包丁を出すように言われて包丁も差し出した。その後、被告人は、強盗罪で緊急逮捕された
なお、証人C(以下、「C」という。)は、公判廷で、被告人は自ら事件の話はせず、Cらが被告人から事件の内容を確認したのは、千住警察署の取調室に被告人を任意同行し、被害者が同所に到着して被告人が犯人であると指示してからで、その後被告人が包丁を差し出し、事件についての話をしたなどとこれに反する供述をしているが、同時にその供述部分において、同証人は、被告人が犯人であると考えて事件のことで聞きたいことがあるとして取調室に任意同行したというのに、取調室での数分間(五分以上)に事件の話は何もせず、凶器についての確認もしていないなどそれ自体不自然不合理な供述をし、また、そうした不自然な点について合理的な説明もできていないばかりか、その供述態度においても、当然に説明できる事項について、言いよどんだり、結局合理的な説明ができないなどのことから、たやすくこれを信用することはできない。これに対し、被告人の述べるところは、捜査段階からほぼ一貫しており、一連の被告人の行動経緯からして、その供述内容にも特段不自然なところはなく、証人Cの供述との対比では、基本的にこれを信用することができる。もっとも、警察官に職務質問を受けた場所については、公判廷では、警察署の玄関に入ってからである旨供述しているが、捜査段階では一貫して警察署の前であったとしており、これに符合する証人Cの公判廷での供述も加味して考えると、警察署前であったと認定するのが相当である。

三 そこで、以上認定した事実関係を前提にして、強盗罪の成否について、以下検討することにする。
(1) まず、被告人の脅迫が、被害者の反抗を抑圧する程度に達しているかどうかについては、上記認定の<1>被告人が被害者に示した刃体の長さ約一四・五センチメートルの殺傷能力十分の鋭利な文化包丁の性状、<2>被告人が「金ないんだよ」と申し向けながらその刃先を被害者に向けて示した脅迫の態様、<3>五三歳の普通の理髪店の店主である被害者が被告人から脅迫された際の主観的な心理状態、<4>被害者が現実に理髪料金の請求を断念していることなどの諸点に照らすと、弁護人指摘の被告人と被害者との年齢や体格の違い(被告人の方が劣っている)、被告人と被害者との距離、被告人が殺すぞなどの脅迫文言は述べていないことなどの事情を考慮しても、本件脅迫行為は、社会通念上、客観的にみて被害者の反抗を抑圧するに足りるものと評価することができるし、現実に被害者の反抗を抑圧し理髪料金請求を被害者に断念させたと認めることができる。
(2) 次に、被告人の脅迫行為が財産上不法な利益を得るためのものといえるかどうかについては、上記認定のとおり、被告人は、理髪料金を請求された理容A野から逃走するために文化包丁を示して被害者を脅迫し、文化包丁を見せて脅迫した上で逃げれば被害者が怖れて追ってこないと考えて行動してもおり、結局、被害者に散髪料金請求を断念させてその請求を免れているのであるから、被告人の脅迫行為は、財産上不法な利益に向けてなされたものと評価することができる。被告人の行為は、確かに最終的には警察に捕まるためになされたものという面があるものの、そのことによって、被告人の脅迫行為が財産上不法な利益を得るためのものではなかったということにはならず、上記の認定が左右されるものではない
(3) さらに、財産上不法な利益を得たかどうかについては、上記認定のとおり、本件では、被害者は、その反抗を抑圧され、被告人に対する散髪料金の請求を断念し、被告人が店を出て逃走した段階で、被告人から散髪料金を回収することは事実上不可能になったと評価することができ、この時点で、被告人は財産上不法な利益を得たと認めることができるこのことは、その後、被告人が警察署に出頭するつもりであったかどうかという被告人の主観的な心理によって左右されるべきものとは言い難く、弁護人の主張を採用することはできない。
(4) 以上の検討によれば、被告人の本件行為は、強盗罪を構成するものであり、弁護人の主張には理由がない。

四 なお、弁護人は自首の成立を主張し、検察官はその成立を争うので、自首を認めたことについて付言するに、上記二で認定した事実関係からすると、まず、被告人が千住警察署前で職務質問を受けて犯行を自認する際には、捜査機関には本件の犯人のおよその年齢・人相・服装・体格等が判明していたものの、犯人の氏名や住所などは分かっておらず、犯人の特定にはなお不十分な状況であったと認められ、捜査機関に発覚する前の段階にあったと認定することができるし、また、前記のとおり、被告人は寒さや飢えから逃れるために警察に捕まりたいと考えて本件犯行を行い、その犯行直後に捕まえてもらおうと思って千住警察署に向かい、同警察署前で、本件犯行の概要や犯人の人相・風体等を把握し被告人が犯人であると考えた警察官から、職務質問を受けて、床屋で事件を起こしたこと等を確認されると、すぐにこれを自認し、犯行に使用した包丁も差し出しているのであって、こうした事実関係からすると、職務質問の前に被告人から明示的に事実を申告したわけではないものの、被告人が自ら捜査機関に自己の犯罪事実を申告したものと評価することができ、自首が成立するということができる。検察官は、被告人が、警察官の職務質問を受け、その問に答えて犯行を申告したのであるから自首は成立しない旨主張するが、前記認定の事実関係からすると、被告人は、警察官の職務質問という契機があったとはいえ、上記のとおり自ら犯罪事実を申告したと評価できる上、被告人は、警察に捕まりたいとの考えで本件犯行を行ってその直後に自らを捕まえてもらうために警察署に向かい、まさにその警察署の前まで至っており、そのまま推移すれば、警察署に自ら入って犯罪事実を申告したと推測され、自首が成立していたと考えられることからすると、その直前に警察官の職務質問という契機によって自己の犯罪事実を自認したことをとらえて、自ら捜査機関に自己の犯罪事実を申告したことにならないというのは合理的とは言い難い。被告人については、自首が成立するというべきである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二三六条二項に該当するが、自首が成立するので、同法四二条一項、六八条三号を適用して法律上の減軽をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中九〇日をその刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から四年間その刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二第一項前段を適用して被告人をその猶予の期間中保護観察に付すこととし、押収してある文化包丁一丁(平成一三年押第四七九号の一)は判示強盗の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は、包丁を示して散髪代金を免れた強盗の事案である。
本件犯行は、被告人が、散髪代金を請求されてその場から逃走するため殺傷能力の高い凶器を用いて被害者を脅迫したもので、その犯行態様は危険であり、被害者に現実的な身体的被害は及ばなかったものの、被害者に強い恐怖感を与えてもおり、その犯情はよくない。被害者は、本件後、その被害を思い出して恐怖感をよみがえらせるなどもしており、被害は金銭的なものにとどまらない。そして、被告人の経済状態もあって、被害者に対する被害弁償や慰謝の措置は何もなされていない。被告人は、寒さと飢えから逃れるために警察に逮捕されることを目的として本件犯行に及んだというのであって、そもそもその規範意識に問題がある上、そうした場合にも、凶器を使用してまで犯行に及ぶ必然性は何もなく、安易で身勝手な犯行といわざるを得ず、動機において特に酌量すべき事情があるともいえない。
こうした事情からすると、被告人の刑事責任は重いというべきである。
しかし、他方、強盗にまで至ったことについては被告人が当初から意図していたとはいえず、強盗の犯行自体は偶発的に行われた面があること、被害者の財産的被害は散髪代金三六〇〇円相当であり、必ずしも高額ではないこと、被告人は、事実関係について、概ねこれを認め、公判廷でも反省の態度を示し、被害者に対して謝罪の気持ちを表していること、本件犯行の動機自体には斟酌すべき事情があるとはいえないものの、無銭散髪をして警察に逮捕されようと考えるまで追い込まれていた被告人の生活状況には同情の余地があること、本件犯行後直ちに警察署に向かい自首していること、被告人には古い前科はあるものの、その後は約四〇年間にわたって前科もなく、何とか自らの生活を維持してきたものであること、すでに七三歳の高齢であること、被告人は、社会復帰後は、生活保護などを受け、何とか通常の社会生活を送っていきたいと述べ、本件のような犯行は二度と行わないと約束していること、本件によって五か月余りの身柄拘束も受けていることなど被告人にとって斟酌すべき事情が認められ、これらの事情からすると、被告人に対しては、実刑に処して矯正施設内での処遇を施すよりは、監督者がないなどの状況については、保護観察による補導援護を受けながら、社会の中で更生の道を歩ませるのが相当と認め、主文のとおり量刑した。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 懲役五年)
(裁判官 安井久治)


労働法 労働関係の当事者 労働組合


・自由設立主義

・法適合組合

(1)積極的要件

+(労働組合)
第二条  この法律で「労働組合」とは、労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう。但し、左の各号の一に該当するものは、この限りでない。
一  役員雇入解雇昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者、使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのためにその職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接にてい触する監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者の参加を許すもの
二  団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるもの。但し、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、且つ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
三  共済事業その他福利事業のみを目的とするもの
四  主として政治運動又は社会運動を目的とするもの

①労組法上の労働者(3条)が主体となって組織するものであること。
②労働者が自主的に組織するものであること(自主性)
③労使自治を通して労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的としていること
④複数の組合員を有し、規約と組織を持つこと(団体性)

(2)消極的要件
2条ただし書き各号。

・人事的権限を持たないスタッフ専門職
+判例(東京高判17.2.24)日本アイビーエム組合員資格事件
調べておく。

・「憲法組合」

(3)資格審査

+(労働組合として設立されたものの取扱)
第五条  労働組合は、労働委員会に証拠を提出して第二条及び第二項の規定に適合することを立証しなければ、この法律に規定する手続に参与する資格を有せず、且つ、この法律に規定する救済を与えられない。但し、第七条第一号の規定に基く個々の労働者に対する保護を否定する趣旨に解釈されるべきではない。
2  労働組合の規約には、左の各号に掲げる規定を含まなければならない。
一  名称
二  主たる事務所の所在地
三  連合団体である労働組合以外の労働組合(以下「単位労働組合」という。)の組合員は、その労働組合のすべての問題に参与する権利及び均等の取扱を受ける権利を有すること。
四  何人も、いかなる場合においても、人種、宗教、性別、門地又は身分によつて組合員たる資格を奪われないこと。
五  単位労働組合にあつては、その役員は、組合員の直接無記名投票により選挙されること、及び連合団体である労働組合又は全国的規模をもつ労働組合にあつては、その役員は、単位労働組合の組合員又はその組合員の直接無記名投票により選挙された代議員の直接無記名投票により選挙されること。
六  総会は、少くとも毎年一回開催すること。
七  すべての財源及び使途、主要な寄附者の氏名並びに現在の経理状況を示す会計報告は、組合員によつて委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少くとも毎年一回組合員に公表されること。
八  同盟罷業は、組合員又は組合員の直接無記名投票により選挙された代議員の直接無記名投票の過半数による決定を経なければ開始しないこと。
九  単位労働組合にあつては、その規約は、組合員の直接無記名投票による過半数の支持を得なければ改正しないこと、及び連合団体である労働組合又は全国的規模をもつ労働組合にあつては、その規約は、単位労働組合の組合員又はその組合員の直接無記名投票により選挙された代議員の直接無記名投票による過半数の支持を得なければ改正しないこと。

←民主制の要件


行政法 基本行政法 行政裁量その3 行政裁量に関する諸問題~


5.行政裁量に関する諸問題
(1)専門技術的裁量

+判例(H4.10.29)伊方原発訴訟

ア 最高裁判決のポイント
イ 判決が裁量という語を用いていない理由
=政治的、政策的裁量と同様の広範な裁量を認めたものと誤解されるのを避けるため。

ウ 「現在の科学技術水準」が基準とされる理由
=事実認定の問題だと思えばよい

(2)法律の文言と処分の性質
+判例(S56.2.26)ストロングライフ事件

(3)警察許可と公企業の特許

+判例(S47.5.19)
理由
上告代理人原田香留夫の上告理由第一の一ないし三について。
論旨は、要するに、公衆浴場営業許可は法規裁量事項であるから、右許可をめぐつて競願関係が生じた場合には、先に受理された許可申請に対して優先的に許可を与えるべきものであるところ、本件においては、訴外尾道市吉和漁業協同組合(以下訴外組合という。)の昭和三四年六月六日の許可申請は、同日不受理となつたこと、および上告人の同月八日の許可申請は、同日受理されたことが、いずれも争いなく確定しているのに、右のような場合にも行政庁の自由裁量権が認められるとして、上告人の先願権を無視してなされた知事の処分を維持した原判決は、法令に違背する、また、原判決は、何をもつて自由裁量の対象とするのか、必ずしも明らかではなく、理由不備の違法をおかすものである、というのである。
おもうに、公衆浴場法は、公衆浴場の経営につき許可制を採用し、その二条二項本文において、「都道府県知事は、公衆浴場の設置の場所若しくはその構造設備が、公衆衛生上不適当であると認めるとき又はその設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは、前項の許可を与えないことができる。」と規定しているが、それは、主として国民保健および環境衛生という公共の福祉の見地から営業の自由を制限するものである。そして右規定の趣旨およびその文言からすれば、右許可の申請が所定の許可基準に適合するかぎり、行政庁は、これに対して許可を与えなければならないものと解されるから、本件のように、右許可をめぐつて競願関係が生じた場合に、各競願者の申請が、いずれも許可基準をみたすものであつて、そのかぎりでは条件が同一であるときは、行政庁は、その申請の前後により、先願者に許可を与えなければならないものと解するのが相当である。けだし、許可の要件を具備した許可申請が適法になされたときは、その時点において、申請者と行政庁との間に許可をなすべき法律関係が成立したものというべく、この法律関係は、許可が法律上の覊束処分であるかぎり、その後になされた第三者の許可申請によつて格別の影響を受けるべきいわれはなく、後の申請は、上記のような既存の法律関係がなんらかの理由により許可処分に至らずして消滅した場合にのみ、これに対して許可をなすべき法律関係を成立せしめうるにとどまるというべきだからである。
なお、所論は、右の場合における先願後願は申請の受理の順序によつて決すべきであると主張するけれども、さきに述べた公衆浴場営業許可の性質および各申請を公平に取り扱うべき要請から考えれば、右先願後願の関係は、所定の申請書がこれを受け付ける権限を有する行政庁に提出された時を基準として定めるべきものと解するのが相当であつて、申請の受付なし受理というような行政庁の行為の前後によつてこれを定めるべきものと解することはできない
ところで、原審の確定するところによれば、
上告人が本件公衆浴場営業許可申請をしたのは昭和三四年六月八日であつた、一方、訴外組合は、さきに公衆浴場営業許可申請書を提出したところ、添付図面に不備があるとして、閉合トラバース測量による測量図面を添付するようにとの指示のもとに提出書類全部の返戻を受けたので、同月六日に、測量士の有資格者が作成した平板測量による測量図面を添付して、本件公衆浴場営業許可申請書を広島県立尾道保健所に提出した、ところが、同所係員は、補正(計算書の附記)を求めて添付の測量図面を持ち帰らせ、その他の書類はそのまま同保健所に保管した、その後、右係員において広島県の指示を求めた結果、さきに持ち帰らせた測量図面の添付を認めることとしてこれを提出させ、同月一一日にその受付の手続をした、というのである。原審は、右側量図面を添付したことによつて訴外組合の申請が不適法となるものではないとし、結局、訴外組合の右申請書は、同月六日に提出された時点においては、すでに受け付けるべき要件を具備していたとしているのである。そして、右原審の認定・判断は、挙示の証拠に照らし、いずれも正当として首肯しうるところである。
してみると、訴外組合の適式の申請書が権限ある行政庁に提出されたのは同月六日であり(同日、被上告人において右申請を受理しないという処分をしたものではない。)、結局、本件上告人と訴外組合との間の競願関係における先願者は訴外組合であるというべきであるから、同様の判断のもとになされた本件各処分を是認すべきものとした原判決は、その結論において正当である。
以上の次第で、上告人に先願権ありとする所論は、理由がない。また、原判決に所論理由不備の違法も認められないことは、その判文を通読すれば明らかである。結局、論旨は、採用することができない。

同第一の四について。
所論の点に関する原審の認定判断は、正当としてこれを首肯することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二について。
原判決理由の趣旨からすれば、所論の点に関する審理判断は、必ずしも必要ではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男)

・原告適格について
+判例(S37.1.19)
理由 
 上告代理人小林為太郎の上告理由について。 
 公衆浴場法は、公衆浴場の経営につき許可制を採用し、第二条において、「設置の場所が配置の適正を欠く」と認められるときは許可を拒み得る旨を定めているが、その立法趣旨は、「公衆浴場は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である。そして、若しその設立を業者の自由に委せて、何等その偏在及び濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、その偏在により、多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便を来たすおそれを保し難く、また、その濫立により、浴場経営に無用の競争を生じその経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれなきを保し難い。このようなことは、上記公衆浴場の性質に鑑み、国民保健及び環境衛生の上から、出来る限り防止することが望ましいことであり、従つて、公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在乃至濫立を来たすに至るがごときことは、公共の福祉に反するものであつて、この理由により公衆浴場の経営の許可を与えないことができる旨の規定を設け」たのであることは当裁判所大法廷判決の判示するところである(昭和二八年(あ)第四七八二号、同三〇年一月二六日判決、刑集九巻一号二二七頁)。そして、同条はその第三項において右設置場所の配置の基準については都道府県条例の定めるところに委任し、京都府公衆浴場法施行条例は各公衆浴場との最短距離は二百五十米間隔とする旨を規定している。 
 これら規定の趣旨から考えると公衆浴場法が許可制を採用し前述のような規定を設けたのは、主として「国民保健及び環境衛生」という公共の福祉の見地から出たものであることはむろんであるが、他面、同時に、無用の競争により経営が不合理化することのないように濫立を防止することが公共の福祉のため必要であるとの見地から、被許可者を濫立による経営の不合理化から守ろうとする意図をも有するものであることは否定し得ないところであつて、適正な許可制度の運用によつて保護せらるべき業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず公衆浴場法によつて保護せられる法的利益と解するを相当とする。!!!! 
 原判決並びに第一審判決がこの理を解せず、本件上告人の本訴請求をもつて訴訟上の利益を欠くものとして、排斥したのは違法であることを免れず、この点において上告は理由あり、よつてその余の上告理由についての判断を省略し、民訴四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官奥野健一の反対意見、裁判官池田克の意見ある外裁判官全員一致の意見をもつて、主文のとおり判決する。 
+意見
 裁判官池田克の意見は次のとおりである。 
 わたくしは、多数意見と同様原判決を破棄すべきものと考えるが、その理由を異にするので、この点に関するわたくしの意見を表明することとする。 
 およそ、営業許可は、本来自由なるべき営業に対する禁止を解除しその自由を回復せしめるにとどまり、新らたに独占的な財産権を付与するものではない。公衆浴場の営業許可についても、その本質が右のごとき普通一般の営業許可の本質と異なる所以を見出し得ない。もつとも、公衆浴場法は特に配置の適正ということを許可の要件として規定しているので、濫立の防止によつて既設業者が経済的利益をうけることは事実であるが、右の規定は、専ら、公衆浴場が国民多数の日常生活に必要欠くべからざる厚生施設であることにかんがみ、公衆衛生の維持・向上を図らうとする公益的見地に出たものであつて、直接業者の経済的利益を保護する趣旨に出たものでないことは、本来業者の自由競争に委かさるべき公衆浴場営業を許可制にした同法の立法目的に徴しても、また前叙のごとき営業許可の本質からみても、疑を容れないところであるし従つて、右の規定を有する公衆浴場法の下においても、既設業者のうける利益を、多数説のように一種の法的利益と解することはできず、単なる反射的利益に過ぎないというべきである。 
 しかし、かように既設業者のうける利益が事実上の利益に過ぎないからといつて、新規業者に対して違法に与えられた営業許可により既設業者が甚大な損害を蒙ることがあつても、これが是正のための法的救済を拒否し、違法な行政処分をそのまま放置しておくことは、新憲法が行政庁の違法な処分に対し広く出訴の途を開いた趣旨を全うする所以でないことを看過してはならない。むしろ、「違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタ」者に限り出訴することを許した旧憲法のような規定のない現行行政訴訟制度の下においては、違法な行政処分に対して出訴し得る者は、必ずしも法的権利ないし利益を有する者に限られることなく、事実上の利益を有するに過ぎない者であつても、その利益が一般抽象的なものではなくして具体的な個人的利益であり、しかも当該違法処分により直接且つ重大な損害を蒙つた場合には、その者に対し同処分の取消または無効確認を訴求する原告適格を認めるのを相当とする。本件についてこれをみるのに、上告人らはいずれも公衆浴場を経営している者であつて、京都府知事がAに対して与えた公衆浴場の営業許可が公衆浴場法二条三項に基く京都府公衆浴場法施行条例並びに同条例の実施に関する公衆浴場新設に関する内規に違反するとしてその無効確認を訴求するのであるが、右処分によつて侵害されたという上告人らの利益は、事実上のものに過ぎないとはいえ、具体的な個人的利益であり、またその利益の侵害が直接的で、しかもこれにより上告人らが重大な損害を蒙ることは見易いところであるから、上告人らは本件訴訟の原告適格を有するものといわなければならない。 
 わたくしは、以上の理由により、本件上告はその理由がある、と思料するのである。 
+反対意見
 裁判官奥野健一の反対意見は、次のとおりである。 
 元来公衆浴場営業は何人も自由になし得るものであるが、公衆浴場法は公衆衛生の維持、向上の目的から公衆浴場営業を一般的に禁止し、公衆衛生上支障がないと認められる場合に特定人に対してその禁止を解除し、営業の自由を回復せしめることとしている。しかして、このような制限は専ら公衆衛生上の見地からなされるものであつて、既設公衆浴場営業者の保護を目的とするものではない。尤も公衆浴場営業が許可を要するとされることから、競業者の出現が事実上ある程度の抑制を受け、その結果既設業者が営業上の利益を受けることがあつても、それはいわゆる反射的利益に過ぎないのであつて、決して許可を受けた既設業者に一種の独占的利益を与えようとするものではない。 
 そして、公衆浴場法二条二項は「都道府県知事は、……その設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは前項の許可を与えないことができる。……」と定めているが、これも専ら公衆衛生の維持、向上を目的とする規定であつて、既設業者の営業上の利益の保護を目的とするものではない。従つて、右二条二項の規定は、新規の営業許可にかかる浴場の設置場所が適正を欠くことを理由として、既設業者からその許可の無効を主張することを許す趣旨のものとは到底解することができない。それ故、これと同趣旨の理由により本訴請求は訴の利益がないものとしてこれを棄却した第一審判決及びこれを支持した原判決は正当であつて、本件上告は理由がない。 
 (裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助) 
・特許の仕組みに通常みられるような、許可の際のさまざまな考慮要素や許可業者の事業全般についての監督等の規定は置かれていない
→警察許可の性質
+判例(H1.1.20)
理由 
 弁護人林弘ほか二名の上告趣意は、公衆浴場法二条二項による公衆浴場の適正配置規制及び同条三項に基づく大阪府公衆浴場法施行条例二条の距離制限は憲法二二条一項に違反し無効であると主張するが、その理由のないことは、当裁判所大法廷判例(昭和二八年(あ)第四七八二号同三〇年一月二六日判決・刑集九巻一号八九頁)に徴し明らかである。 
 すなわち、公衆浴場法に公衆浴場の適正配置規制の規定が追加されたのは昭和二五年法律第一八七号の同法改正法によるのであるが、公衆浴場が住民の日常生活において欠くことのできない公共的施設であり、これに依存している住民の需要に応えるため、その維持、確保を図る必要のあることは、立法当時も今日も変わりはない。むしろ、公衆浴場の経営が困難な状況にある今日においては、一層その重要性が増している。そうすると、公衆浴場業者が経営の困難から廃業や転業をすることを防止し、健全で安定した経営を行えるように種々の立法上の手段をとり、国民の保健福祉を維持することは、まさに公共の福祉に適合するところであり、右の適正配置規制及び距離制限も、その手段として十分の必要性と合理性を有していると認められる。もともと、このような積極的、社会経済政策的な規制目的に出た立法については、立法府のとつた手段がその裁量権を逸脱し、著しく不合理であることの明白な場合に限り、これを違憲とすべきであるところ(最高裁昭和四五年(あ)第二三号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五八六頁参照)、右の適正配置規制及び距離制限がその場合に当たらないことは、多言を要しない。 
 よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之) 
(4)行政処分の附款
ア 付款の意義と種類
①条件
処分の効果の発生・消滅を発生不確実な事実に係らしめる附款
②期限
処分の効果の発生・消滅を発生確実な事実に係らしめる附款
③負担
法令により課される義務とは別に、作為・又は不作為の義務を課す附款
本体たる処分の効果の発生・消滅に直接かかわるものではない。
負担に違反しても処分の効果が当然に失われるわかではない!!
④撤回権の留保
将来撤回することがあることをあらかじめ宣言しておく附款
法令の解釈により定まるのであり、「撤回権の留保」の附款があるからといって、常に撤回ができるわけではない!
イ 附款の許容性と限界
・法律に附款を許容する明文の規定がなくとも、法律が当該処分につき裁量を認めている場合には、その範囲内で附款を付することが許される。
裁量の範囲内
ウ 本問へのあてはめ
・「条件」という文言が講学上の条件にあたるのかそれとも負担にあたるのか?
+判例(札幌高判H23.5.19)
調べておく!
・条件(負担)の取消訴訟を提起できるか?
=要害附款がなければ当該行政処分自体がなされなかったであろうことが客観的にいえるような場合には、当該処分全体が瑕疵を帯びているものとして当該処分の取消訴訟を提起すべきであり、附款だけの取消訴訟は提起できない!
=本体たる許可処分の効果を直接制限するものではないことからすると、許可処分から切り離して本件条件の取消訴訟を提起することが可能。


民事訴訟法 基礎演習 上訴の利益


1.問題の所在

2.不服概念
(1)形式的不服説
当事者の申立てと判決との差

(2)新実体的不服説
不利益な判決効の発生の有無によって不服の有無を判断する見解

3.結論から見た形式的不服説と新実体的不服説
(1)原則的な結論の一致

(2)形式的不服説と「例外的不服」

形式的不服説によると、予備的抗弁により請求棄却に追い込んだ場合、上訴の利益が認められないと思える。
but,形式的不服説の例外として「例外的不服」を肯定

4.形式的不服説と当事者の申立ての意味
(1)「例外的不服」を認める基準

(2)実体的不服概念

(3)形式的不服説と当事者の申立ての意味

+判例(名古屋高金沢支判H1.1.30)
理由
一 本件控訴の適否について
1 事実経過について
控訴人は昭和五八年七月三〇日亡新作に四〇〇万円を貸し渡した、亡新作は昭和六〇年四月六日死亡した、同人の法定相続人は、同人の妻である深川セツエ、同人の子である被控訴人、同深川清志、同真田卓己、同金沢浩子、同稲垣紀子、同深川健の七名であり、被控訴人の法定相続分は一二分の一である。よって、控訴人は、被控訴人に対し、四〇〇万円の一二分の一である三三万三三三三円及びこれに対する昭和五八年七月三〇日から昭和五九年七月二九日まで年九.二五パーセントの割合による利息金、同月三〇日から完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める、との支払命令を申立て、右支払命令に対する被控訴人の異議申立により訴訟手続に移行したこと、右訴訟中、真田卓己、金沢浩子、稲垣紀子、深川健の四名が昭和六一年一二月一三日富山家庭裁判所に相続放棄を申立て、同日同裁判所が受理したことにより、被控訴人の法定相続分は四分の一になったが、控訴人代理人は、右相続放棄の結果、被控訴人の法定相続分が増加したことを知ったにも拘わらず、被控訴人に対する請求を拡張しなかったこと、そのため原審は、昭和六二年一〇月二七日終結した口頭弁論に基づき、昭和六三年五月三一日控訴人の被控訴人に対する右請求を全部認容する勝訴判決を言渡したこと、そこで控訴人は、右請求を拡張するため本件控訴に及び、当審では被控訴人の法定相続分が四分の一であると主張を改め、被控訴人に対し、貸金一〇〇万円及びこれに対する前記同旨の利息金・遅延損害金の支払を求めるに至ったこと、以上の事実が記録上明らかである。

2 控訴の利益について
全部勝訴の判決を受けた当事者は、原則として控訴の利益がなく、訴えの変更又は反訴の提起をなすためであっても同様である人事訴訟手続法九条二項(別訴の禁止)、民事執行法三四条二項(異議事由の同時主張)等の如く、特別の政策的理由から別訴の提起が禁止されている場合には、別訴で主張できるものも、同一訴訟手続内で主張しておかないと、訴訟上主張する機会が奪われてしまうという不利益を受けるので、それらの請求については、同一訴訟手続内での主張の機会をできるだけ多く与える必要があり、また、この不利益は、全部勝訴の一審判決後は控訴という形で判決の確定を妨げることによってしか排除し得ないので、例外として、これらの場合には、訴えの変更又は反訴の提起をなすために控訴をする利益を認めるべきである。
そして、その理由を進めて行くと、いわゆる一部請求の場合につき、一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、ある金額の支払を請求権の全部として訴求し勝訴の確定判決を得た後、別訴において、右請求を請求権の一部である旨主張しその残額を訴求することは、許されないと解されるので(最高判昭和三二年六月七日民集一一巻六号九四八頁参照)、この場合には、一部請求についての確定判決は残額の請求を遮断し、債権者はもはや残額を訴求する機会を失ってしまうことになり、前述の別訴禁止が法律上規定されている場合と同一となる。したがって、黙示の一部請求につき全部勝訴の判決を受けた当事者についても、例外として請求拡張のための控訴の利益を認めるのが相当ということになる。

3 本件控訴の適否について
これを本件についてみるに、控訴人は、被控訴人が亡新作の債務を一二分の一法定相続したとして、貸金三三万三三三三円及びその利息金・遅延損害金の支払を、請求権の全部として訴求して本訴を提起したのであり、右請求を全部認容した原判決が確定すると、控訴人は、実は被控訴人の法定相続分は四分の一であったとして、右請求を請求権の一部である旨主張し、再度別訴で、その残額である貸金元本六六万六六六七円及びその利息金・遅延損害金を訴求することは許されないのであるから、控訴人は、全部勝訴の原判決に対しても、請求の拡張のため控訴の利益が認められるべきである。
控訴人は、本訴が原審の口頭弁論係属中に、亡新作の他の相続人が相続放棄をしたことによって、被控訴人の法定相続分が四分の一であったことを了知し、原審で請求を拡張することが可能であったのに、原審ではそれを失念していたことを自認している。しかし、攻撃防禦方法は、別段の規定ある場合を除き、口頭弁論の終結に至るまで提出することができ、訴えの変更についても同様であって、控訴審においても許されていること、もっとも訴訟手続を著しく遅延せしむべき場合は訴えの変更は許されないが、訴えの変更の許否は、訴訟手続を遅滞せしめるか否かにかかっており、原審において変更できたのにしなかったことに過失があるか否かを基準としてはいないこと攻撃防禦方法の提出の制限についても「故意又は重大な過失」を要件としており、単なる過失は含まれていないこと、控訴人が原審で請求拡張ができるのにそれを失念していたというのは、単なる過失であって重大な過失でなく、控訴人の請求拡張のための控訴の利益を否定すると、かえって控訴人は訴訟手続により残額を請求する機会を永久に奪われてしまうという重大な不利益を受けることになって、右過失と結果との間に不均衡を生ずることなどの理由から、控訴人が原審で請求拡張を失念したという一事によって、本件控訴の利益を否定するのは相当でないというべきである。
よって、本件控訴は適法であり、被控訴人の本案前の答弁は理由がない。

二 控訴人の本訴請求の当否について
1 民事訴訟法一三九条に基づく却下の主張について
被控訴人は、控訴人が当審になって被控訴人の法定相続分が四分の一であると主張するのは、時機に遅れた主張であるとして、民事訴訟法一三九条に基づき却下を求める。そして、請求の拡張を伴なうので訴えの変更にも当り、著しく訴訟手続を遅滞せしむべき場合であるか否かを審査する必要がある。しかし、控訴人は、被控訴人が法定相続分は一二分の一ではなく四分の一であると主張を変更したのみで、その他新たな攻撃防禦方法を提出したわけでなく、しかも前記のとおり被控訴人の法定相続分が四分の一であることは当事者間に争いがないから、計算問題が残っているに過ぎず、訴訟手続を著しく遅滞せしめることにはならないから、右主張は失当であって、本件訴えの変更は許される。

2 控訴人の本訴請求の当否について
控訴人の本訴請求は理由があるものと判断するところ、その理由は、原判決理由一、二項(同五枚目表二行目から同八枚目表末行まで)中、控訴人と被控訴人に関する部分記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。但し、原判決五枚目表二行目の「6項」を「(三)項」と、同六枚目裏末行の「請求原因1、2項の契約がなされた旨」を「、控訴人が昭和五八年七月三〇日訴外隆行に対し金二〇〇万円を貸し渡し、亡新作が同日控訴人に対し、右訴外隆行の控訴人に対する債務を連帯保証した旨」と、同七枚目表初行の「同3項」を「請求原因(一)項」と改め、同「各」を削り、同八枚目表七行目の「3項」を「(一)項」と改める。
三 結論
よって、控訴人の当審における拡張後の本訴請求は全て理由があり認容すべきであるから、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する
(裁判長裁判官井上孝一 裁判官井垣敏生 裁判官紙浦健二)

・上記判例に対して不利益が自己責任の原則になじまないといった事情がなければならないという見解もある。

5.上訴の利益の判断構造
(1)不服の所在と上訴の利益
(ア)判決の内容による不服
(イ)判決の内容によらない不服
(2)不服の程度と上訴の利益


民事訴訟法 基礎演習 訴訟承継


1.当然承継

・+(訴訟手続の中断及び受継
第124条
1項 次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。
一 当事者の死亡
相続人、相続財産管理人その他法令により訴訟を続行すべき者
二 当事者である法人の合併による消滅
合併によって設立された法人又は合併後存続する法人
三 当事者の訴訟能力の喪失又は法定代理人の死亡若しくは代理権の消滅
法定代理人又は訴訟能力を有するに至った当事者
四 次のイからハまでに掲げる者の信託に関する任務の終了 当該イからハまでに定める者
イ 当事者である受託者 新たな受託者又は信託財産管理者若しくは信託財産法人管理人
ロ 当事者である信託財産管理者又は信託財産法人管理人 新たな受託者又は新たな信託財産管理者若しくは新たな信託財産法人管理人
ハ 当事者である信託管理人 受益者又は新たな信託管理人
五 一定の資格を有する者で自己の名で他人のために訴訟の当事者となるものの死亡その他の事由による資格の喪失
同一の資格を有する者
六 選定当事者の全員の死亡その他の事由による資格の喪失
選定者の全員又は新たな選定当事者
2項 前項の規定は、訴訟代理人がある間は、適用しない
3項 第1項第一号に掲げる事由がある場合においても、相続人は、相続の放棄をすることができる間は、訴訟手続を受け継ぐことができない
4項 第1項第二号の規定は、合併をもって相手方に対抗することができない場合には、適用しない。
5項 第1項第三号の法定代理人が保佐人又は補助人である場合にあっては、同号の規定は、次に掲げるときには、適用しない。
一 被保佐人又は被補助人が訴訟行為をすることについて保佐人又は補助人の同意を得ることを要しないとき。
二 被保佐人又は被補助人が前号に規定する同意を得ることを要する場合において、その同意を得ているとき。

・判決前に承継の事実及び誰が承継人かが判明すれば、受継の手続を経ることなく承継人を当事者として判決に表示できる!
+判例(S33.9.19)
理由
上告代理人滝逞の上告理由第一点、第二点の一、第五点の(イ)について。
Aは、本件が原審に係属していた昭和三〇年一月一二日死亡し、その父B及び母Cがその権利義務を承継したが、登も同年六月九日死亡したので、同人の権利義務をその妻である控訴人Cとその直系卑属である他の控訴人ら(上告人を含む)が相続したことは、原審において当事者間に争のなかつたところである。当事者が死亡するときは、死亡の事実の発生とともに、当然に訴訟関係の承継を生ずるが、Aには訴訟代理人滝逞があつたのであるから、本件は、訴訟関係の承継が生じたにかかわらず、手続の中断を生じなかつた場合であつて、訴訟手続を受継すべき余地はなかつたのである。かかる場合には、被相続人の訴訟代理人であつた者は、訴訟承継の結果、新たに当事者となつた相続人らの訴訟代理人として訴訟行為をなすことができるものと解さなければならない。されば、原審が手続の受継のために必要な手続をとらず、また、原判決が訴訟承継人らを当事者として表示し、亡Aの訴訟代理人滝逞を訴訟承継人らの訴訟代理人として表示したことは正当であつて、論旨は採るをえない。その余の論旨は、憲法違反を主張する点もあるが、その実質は、いずれも原審が適法になした事実の認定を非難し又は証拠の取捨選択を争うに帰し、適法な上告理由と認め難い
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

・従前の当事者が判決に表示された場合には、承継人のために、またはこれに対して強制執行するには承継執行文(民事執行法27条2項)が必要。しかし、当事者名の更正で対応できるかについては争いがある!

+民事執行法第二十七条
1項 請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合においては、執行文は、債権者がその事実の到来したことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。
2  債務名義に表示された当事者以外の者を債権者又は債務者とする執行文は、その者に対し、又はその者のために強制執行をすることができることが裁判所書記官若しくは公証人に明白であるとき、又は債権者がそのことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる
3  執行文は、債務名義について次に掲げる事由のいずれかがあり、かつ、当該債務名義に基づく不動産の引渡し又は明渡しの強制執行をする前に当該不動産を占有する者を特定することを困難とする特別の事情がある場合において、債権者がこれらを証する文書を提出したときに限り、債務者を特定しないで、付与することができる。
一  債務名義が不動産の引渡し又は明渡しの請求権を表示したものであり、これを本案とする占有移転禁止の仮処分命令(民事保全法 (平成元年法律第九十一号)第二十五条の二第一項 に規定する占有移転禁止の仮処分命令をいう。)が執行され、かつ、同法第六十二条第一項 の規定により当該不動産を占有する者に対して当該債務名義に基づく引渡し又は明渡しの強制執行をすることができるものであること。
二  債務名義が強制競売の手続(担保権の実行としての競売の手続を含む。以下この号において同じ。)における第八十三条第一項本文(第百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による命令(以下「引渡命令」という。)であり、当該強制競売の手続において当該引渡命令の引渡義務者に対し次のイからハまでのいずれかの保全処分及び公示保全処分(第五十五条第一項に規定する公示保全処分をいう。以下この項において同じ。)が執行され、かつ、第八十三条の二第一項(第百八十七条第五項又は第百八十八条において準用する場合を含む。)の規定により当該不動産を占有する者に対して当該引渡命令に基づく引渡しの強制執行をすることができるものであること。
イ 第五十五条第一項第三号(第百八十八条において準用する場合を含む。)に掲げる保全処分及び公示保全処分
ロ 第七十七条第一項第三号(第百八十八条において準用する場合を含む。)に掲げる保全処分及び公示保全処分
ハ 第百八十七条第一項に規定する保全処分又は公示保全処分(第五十五条第一項第三号に掲げるものに限る。)
4  前項の執行文の付された債務名義の正本に基づく強制執行は、当該執行文の付与の日から四週間を経過する前であつて、当該強制執行において不動産の占有を解く際にその占有者を特定することができる場合に限り、することができる。
5  第三項の規定により付与された執行文については、前項の規定により当該執行文の付された債務名義の正本に基づく強制執行がされたときは、当該強制執行によつて当該不動産の占有を解かれた者が、債務者となる。

+(更正決定)
第257条
1項 判決に計算違い、誤記その他これらに類する明白な誤りがあるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、いつでも更正決定をすることができる。
2項 更正決定に対しては、即時抗告をすることができる。ただし、判決に対し適法な控訴があったときは、この限りでない。

+判例(S42.8.25)
理   由
上告代理人石川惇三の上告理由第一点について。
被上告人は、本件家屋を明治二五年家督相続により先代から取得したものであり、大正七年当時これを木村信に贈与したことがない旨の原審のなした事実認定は、原判決挙示の証拠および証拠説明により、首肯できないものではなく、原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。

同第二点について。
昭和七年当時から、あるいは同一八年四月から木村信が本件家屋を自主占有したものでない旨の原審のなした事実認定は、原判決挙示の証拠および証拠説明に照らして首肯できないものではない。所論は、原判決の認定事実と異なつた事実に基づく独自の見解であり、原判決には所論の違法はない。論旨は採用の限りでない。

同第三点について。
被上告人は信に対し、本件家屋を昭和一八年四月、期限を定めず、信が将来他に転居し得るに至るまでの間、その居住の用に供することを目的として、黙示に使用貸借したものである旨の原審のなした事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できないものではない。原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。

同第四点について。
民訴法八五条は訴訟代理権は本人の死亡によつて消滅しないと規定しているが、これは新しい正当な当事者の代理人として任務を続行させる趣旨と解すべきである。したがつて、もとの当事者が上訴の特別授権をしているときは、その授権事項の完了するまでは、代理人ある間ということになつて、たとえ、委任した当事者にき死亡の事由が生じても、訴訟追行者なきに帰するということにならないから、手続を中断する必要はない(同法二一三条)。この場合には当事者の変動はあるが、中継受継の手続を省略しただけであるから、判決には当事者として新当事者を表示すべきであり、旧当事者を表示しているときには、判決を更正すべきである(同法一九四条)。
これを本件についてみるに、被控訴人であつた木村正は昭和三九年六月二四日死亡したが、同人が控訴審で提出した本件の委任状においては、控訴上告の権限をその代理人信正義雄に与えておること(上告の代理権を与えているから、相手方からなされた上告に対して応訴する権限を当然含むと解せられる。)、木村正の死亡により、その妻木村勝が相続して本件家屋の所有権を取得したこと、そして、本件の原審口頭弁論は昭和四〇年八月二五日終結されたものであることは、いずれも本件記録上明らかである。そうすれば、前記説示に照し、本件については、木村正の死亡にも拘らず訴訟手続の中断受継は生ぜず、ただ当事者として、「木村正」に代えて相続人の「木村勝」を掲げれば足りる場合と解すべきである。したがつて、木村正は死亡し、その訴訟代理人もなくなつているのに、木村正を被控訴人としてなされた原判決は効力を生じないとの所論の理由ないことは明らかである。論旨は採用できない。ただ原判決は、右のとおり、新当事者を表示すべきであるのに、誤まつて旧当事者を表示しているから、民訴法一九四条により、職権で同判決の当事者の表示中「被控訴人木村正」とあるを「被控訴人木村正相続人木村勝」と更正する。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

2.参加承継・引受承継

+(権利承継人訴訟参加の場合における時効の中断等)
第四十九条  訴訟の係属中その訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けたことを主張して、第四十七条第一項の規定により訴訟参加をしたときは、その参加は、訴訟の係属の初めにさかのぼって時効の中断又は法律上の期間の遵守の効力を生ずる。

義務承継人訴訟引受け
第五十条  訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したときは、裁判所は、当事者の申立てにより、決定で、その第三者に訴訟を引き受けさせることができる。
2  裁判所は、前項の決定をする場合には、当事者及び第三者を審尋しなければならない。
3  第四十一条第一項及び第三項並びに前二条の規定は、第一項の規定により訴訟を引き受けさせる決定があった場合について準用する。

(義務承継人の訴訟参加及び権利承継人の訴訟引受け)
第五十一条  第四十七条から第四十九条までの規定は訴訟の係属中その訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したことを主張する第三者の訴訟参加について、前条の規定は訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けた場合について準用する。

・一般には口頭弁論終結後の承継人の範囲と、訴訟承継の承継人の範囲は同じ。
←生成中の既判力が及ぼされる者だから。

・派生的権利関係の設定もここでいう特定承継に当たる。
賃借権の設定について
+判例(S41.3.22)
理由
上告代理人辻丸勇次の上告理由について。
本件宅地の賃貸借契約は、本件土地が都市計画の実施により道路敷とされるとき、または、被上告人がこれを他に売却処分する必要が生ずるという事態の発生したときでない限り、一カ年毎に契約を更新する約旨であつたとの点、従前の更新はまさに右約旨に従つてなされたものであるとの点および期間を一カ年と定めたのが所論のような趣旨に出たものであるとの点は、いずれも原審の認定しないところである。所論は、原審の認定しない事実に立脚して、原判決の理由不備をいうものであつて、その前提を欠き、採用できない。

上告代理人田中実の上告理由について。
賃貸人が、土地賃貸借契約の終了を理由に、賃借人に対して地上建物の収去、土地の明渡を求める訴訟が係属中に、土地賃借人からその所有の前記建物の一部を賃借し、これに基づき、当該建物部分および建物敷地の占有を承継した者は、民訴法七四条にいう「其ノ訴訟ノ目的タル債務ヲ承継シタル」者に該当すると解するのが相当である。けだし、土地賃借人が契約の終了に基づいて土地賃貸人に対して負担する地上建物の収去義務は、右建物から立ち退く義務を包含するものであり、当該建物収去義務の存否に関する紛争のうち建物からの退去にかかる部分は、第三者が土地賃借人から係争建物の一部および建物敷地の占有を承継することによつて、第三者の土地賃貸人に対する退去義務の存否に関する紛争という型態をとつて、右両者間に移行し、第三者は当該紛争の主体たる地位を土地賃借人から承継したものと解されるからである。これを実質的に考察しても、第三者の占有の適否ないし土地賃貸人に対する退去義務の存否は、帰するところ、土地賃貸借契約が終了していないとする土地賃借人の主張とこれを支える証拠関係(訴訟資料)に依存するとともに、他面において、土地賃貸人側の反対の訴訟資料によつて否定されうる関係にあるのが通常であるから、かかる場合、土地賃貸人が、第三者を相手どつて新たに訴訟を提起する代わりに、土地賃借人との間の既存の訴訟を第三者に承継させて、従前の訴訟資料を利用し、争いの実効的な解決を計ろうとする要請は、民訴法七四条の法意に鑑み、正当なものとしてこれを是認すべきであるし、これにより第三者の利益を損うものとは考えられないのである。そして、たとえ、土地賃貸人の第三者に対する請求が土地所有権に基づく物上請求であり、土地賃借人に対する請求が債権的請求であつて、前者と後者とが権利としての性質を異にするからといつて、叙上の理は左右されないというべきである。されば、本件土地賃貸借契約の終了を理由とする建物収去土地明渡請求訴訟の係属中、土地賃借人であつた第一審被告亡小能見唯次からその所有の地上建物中の判示部分を賃借使用するにいたつた上告人富永キクエに対して被上告人がした訴訟引受の申立を許容すべきものとした原審の判断は正当であり、所論は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

・脱退がなければ、従前の当事者の当事者適格と承継人の当事者適格は並存し、承継によって従前の当事者が権利者または義務者足りえなくなれば、訴え却下ではなく請求棄却の本案判決が下される!

・民事保全法に当事者恒定を目的とする仮処分の手続きがある。

(2)参加承継
・参加承継は独立当事者参加の方法による

+(権利承継人の訴訟参加の場合における時効の中断等)
第四十九条  訴訟の係属中その訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けたことを主張して、第四十七条第一項の規定により訴訟参加をしたときは、その参加は、訴訟の係属の初めにさかのぼって時効の中断又は法律上の期間の遵守の効力を生ずる。

+(独立当事者参加)
第四十七条  訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者又は訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方又は一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる。
2  前項の規定による参加の申出は、書面でしなければならない。
3  前項の書面は、当事者双方に送達しなければならない。
4  第四十条第一項から第三項までの規定は第一項の訴訟の当事者及び同項の規定によりその訴訟に参加した者について、第四十三条の規定は同項の規定による参加の申出について準用する。

+(必要的共同訴訟
第四十条  訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合には、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる。
2  前項に規定する場合には、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為は、全員に対してその効力を生ずる。
3  第一項に規定する場合において、共同訴訟人の一人について訴訟手続の中断又は中止の原因があるときは、その中断又は中止は、全員についてその効力を生ずる。
4  第三十二条第一項の規定は、第一項に規定する場合において、共同訴訟人の一人が提起した上訴について他の共同訴訟人である被保佐人若しくは被補助人又は他の共同訴訟人の後見人その他の法定代理人のすべき訴訟行為について準用する。

(3)引受承継

+(義務承継人の訴訟引受け)
第五十条  訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したときは、裁判所は、当事者の申立てにより、決定で、その第三者に訴訟を引き受けさせることができる。
2  裁判所は、前項の決定をする場合には、当事者及び第三者を審尋しなければならない。
3  第四十一条第一項及び第三項並びに前二条の規定は、第一項の規定により訴訟を引き受けさせる決定があった場合について準用する。

(義務承継人の訴訟参加及び権利承継人の訴訟引受け)
第五十一条  第四十七条から第四十九条までの規定は訴訟の係属中その訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したことを主張する第三者の訴訟参加について、前条の規定は訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けた場合について準用する。

+(同時審判の申出がある共同訴訟
第四十一条  共同被告の一方に対する訴訟の目的である権利と共同被告の他方に対する訴訟の目的である権利とが法律上併存し得ない関係にある場合において、原告の申出があったときは、弁論及び裁判は、分離しないでしなければならない。
2  前項の申出は、控訴審の口頭弁論の終結の時までにしなければならない。
3  第一項の場合において、各共同被告に係る控訴事件が同一の控訴裁判所に各別に係属するときは、弁論及び裁判は、併合してしなければならない。

・前主が承継人に対して引受申立てをすることができるか。

肯定説
+判例(S52.3.18)


民事訴訟法 基礎演習 補助参加人の権限と判決効・訴訟告知の効力


1.補助参加人の訴訟上の地位
補助参加人は、自分の利益を守るために参加が認められているので、当事者に意思に反してでも自分の名と計算において訴訟に関与する地位を有する(補助参加人の独立的性格)

+(補助参加人の訴訟行為)
第45条
1項 補助参加人は、訴訟について、攻撃又は防御の方法の提出、異議の申立て、上訴の提起、再審の訴えの提起その他一切の訴訟行為をすることができるただし、補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないものは、この限りでない
2項 補助参加人の訴訟行為は、被参加人の訴訟行為と抵触するときは、その効力を有しない
3項 補助参加人は、補助参加について異議があった場合においても、補助参加を許さない裁判が確定するまでの間は、訴訟行為をすることができる。
4項 補助参加人の訴訟行為は、補助参加を許さない裁判が確定した場合においても、当事者が援用したときは、その効力を有する。

・従来の通説は参加人は、参加の時点で被参加人が既にできない訴訟行為や、被参加人の行為と抵触する行為のほか、訴訟自体を処分・変更する行為や、被参加人に不利な行為(裁判上の自白等)も行うことはできない。

・参加人に独自の上訴期間が認められるか?

+判例(S37.1.19)
理由
上告人補助参加人代理人仁藤一、同菅生浩三の上告理由について。
補助参加人は、独立して上訴の提起その他一切の訴訟行為をなしうるが、補助参加の性質上、当該訴訟状態に照らし被参加人のなしえないような行為はもはやできないものであるから、被参加人(被告・控訴人・上告人)のために定められた控訴申立期間内に限つて控訴の申立をなしうるものと解するを相当とする(最高裁昭和二四年(オ)第三二一号同二五年九月八日第二小法廷判決、民集四巻三五九頁参照)。所論は、これと異る見解を前提とするものであつて、採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九四条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

2.補助参加の効果

・+(補助参加人に対する裁判の効力)
第46条
補助参加に係る訴訟の裁判は、次に掲げる場合を除き、補助参加人に対してもその効力を有する。
一 前条第1項ただし書の規定により補助参加人が訴訟行為をすることができなかったとき。
二 前条第2項の規定により補助参加人の訴訟行為が効力を有しなかったとき。
三 被参加人が補助参加人の訴訟行為を妨げたとき。
四 被参加人が補助参加人のすることができない訴訟行為を故意又は過失によってしなかったとき。

←関連紛争の統一的解決を図ろうとする趣旨

・参加的効力
=敗訴責任の負担
被参加人敗訴の場合のみ、被参加人と参加人との間に限って生じる!

+判例(S45.10.22)
理由
上告代理人土田吉清の上告理由一ないし四、八および九について。
まず、民訴法七〇条の定める判決の補助参加人に対する効力の性質およびその効力の及ぶ客観的範囲について考えるに、この効力は、いわゆる既判力ではなく、それとは異なる特殊な効力、すなわち、判決の確定後補助参加人が被参加人に対してその判決が不当であると主張することを禁ずる効力であつて、判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でなされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものと解するのが相当である。けだし、補助参加の制度は、他人間に係属する訴訟の結果について利害関係を有する第三者、すなわち、補助参加人が、その訴訟の当事者の一方、すなわち、被参加人を勝訴させることにより自己の利益を守るため、被参加人に協力して訴訟を追行することを認めた制度であるから、補助参加人が被参加人の訴訟の追行に現実に協力し、または、これに協力しえたにもかかわらず、被参加人が敗訴の確定判決を受けるに至つたときには、その敗訴の責任はあらゆる点で補助参加人にも分担させるのが衡平にかなうというべきであるし、また、民訴法七〇条が判決の補助参加人に対する効力につき種々の制約を付しており、同法七八条が単に訴訟告知を受けたにすぎない者についても右と同一の効力の発生を認めていることからすれば、民訴法七〇条は補助参加人につき既判力とは異なる特殊な効力の生じることを定めたものと解するのが合理的であるからである。
そこで、本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば、訴外兵庫建設株式会社(旧商号兵庫県住宅建設株式会社)が、本件建物は同会社の所有であると主張して、被上告人株式会社テレビ西日本(以下被上告会社という。)に対し、その建物の一部である本件貸室の明渡などを請求した別件訴訟(大阪地裁昭和三四年(ワ)第五八三号、大阪高裁昭和三八年(ネ)第五三二号、同第六七七号、最高裁昭和三九年(オ)第一二〇九号)において、上告人は、その訴訟が第一審に係属中に、被上告会社側に補助参加し、以来終始、本件建物の所有権は、上告人が被上告会社に本件貸室を賃貸した昭和三三年五月三一日当時から、訴外兵庫建設株式会社にではなく、上告人に属していたと主張して、右請求を争う被上告会社の訴訟の追行に協力したが、それにもかかわらず、被上告会社は、その訴訟の結果、本件建物の所有権は、右賃貸当時から、訴外兵庫建設株式会社に属し、上告人には属していなかつたとの理由のもとに、全部敗訴の確定判決を受けるに至つたというのである。
してみれば、右別件訴訟の確定判決の効力は、その訴訟の被参加人たる被上告会社と補助参加人たる上告人との間においては、その判決の理由中でなされた判断である本件建物の所有権が右賃貸当時上告人には属していなかつたとの判断にも及ぶものというべきであり、したがつて、上告人は、右判決の効力により、本訴においても、被上告会社に対し、本件建物の所有権が右賃貸当時上告人に属していたと主張することは許されないものと解すべきである。
以上と同旨に出た原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。なお、民訴法七〇条所定の判決の補助参加人に対する効力に関する所論引用の大審院判例(昭和一四年(オ)第一二〇五号・同一五年七月二六日判決・民集一九巻一三九五頁)は、前記判示の限度において、変更すべきものである。したがつて、論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
同五ないし七について。
原判決に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、上告人が原審において主張しなかつた事項について原判決を非難し、または、独自の見解に立つて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三)

・衡平の理由に基づくことから、職権調査事項ではなく、当事者の援用があった場合にのみ考慮される!!

・+判例(H14.1.22)

理由
上告代理人洪性模、同許功、同安由美の上告理由について
1 本件訴訟は、被上告人が上告人に対し、家具等の商品(以下「本件商品」という。)の売買代金の支払を求めるものである。原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人は、カラオケボックス(以下「本件店舗」という。)建築のため、平成六年一〇月、白柳美佐男との間で店舗新築工事請負契約を締結した。
(2) 被上告人は、白柳に対し、本件商品を含む家具等の商品を販売したとして、平成七年九月一八日、和歌山地方裁判所にその残代金の支払を求める訴えを提起した(同裁判所平成七年(ワ)第四六六号。以下、同訴訟を「前訴」という。)。
前訴において、白柳は、被上告人が本件店舗に納入した本件商品を含む商品について、施主である上告人が被上告人から買い受けたものであると主張したことから、被上告人は、上告人に対し、平成八年一月二七日送達の訴訟告知書により訴訟告知をした。しかし、上告人は、前訴に補助参加しなかった
(3) 前訴につき、本件商品に係る代金請求部分について、被上告人の請求を棄却する旨の判決が言い渡され確定したが、その理由中に、本件商品は上告人が買い受けたことが認められる旨の記載がある

2 以上の事実関係の下において、原審は、旧民訴法七八条、七〇条所定の訴訟告知による判決の効力が被告知人である上告人に及ぶことになり、上告人は、本訴において、被上告人に対し、前訴の判決の理由中の判断と異なり、本件商品を買い受けていないと主張することは許されないとして、被上告人の請求を認容した。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 旧民訴法七八条、七〇条の規定により裁判が訴訟告知を受けたが参加しなかった者に対しても効力を有するのは、訴訟告知を受けた者が同法六四条にいう訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られるところ、ここにいう法律上の利害関係を有するとは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される(最高裁平成一二年(許)第一七号同一三年一月三〇日第一小法廷決定・民集五五巻一号三〇頁参照)。
また、旧民訴法七〇条所定の効力は、判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものであるが(最高裁昭和四五年(オ)第一六六号同年一〇月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一一号一五八三頁参照)、この判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断とは、判決の主文を導き出すために必要な主要事実に係る認定及び法律判断などをいうものであって、これに当たらない事実又は論点について示された認定や法律判断を含むものではないと解される。けだし、ここでいう判決の理由とは、判決の主文に掲げる結論を導き出した判断過程を明らかにする部分をいい、これは主要事実に係る認定と法律判断などをもって必要にして十分なものと解されるからである。そして、その他、旧民訴法七〇条所定の効力が、判決の結論に影響のない傍論において示された事実の認定や法律判断に及ぶものと解すべき理由はない
(2) これを本件についてみるに、前訴における被上告人の白柳に対する本件商品売買代金請求訴訟の結果によって、上告人の被上告人に対する本件商品の売買代金支払義務の有無が決せられる関係にあるものではなく、前訴の判決は上告人の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすものではないから、上告人は、前訴の訴訟の結果につき法律上の利害関係を有していたとはいえない。したがって、上告人が前訴の訴訟告知を受けたからといって上告人に前訴の判決の効力が及ぶものではない。しかも、前訴の判決理由中、白柳が本件商品を買い受けたものとは認められない旨の記載は主要事実に係る認定に当たるが、上告人が本件商品を買い受けたことが認められる旨の記載は、前訴判決の主文を導き出すために必要な判断ではない傍論において示された事実の認定にすぎないものであるから、同記載をもって、本訴において、上告人は、被上告人に対し、本件商品の買主が上告人ではないと主張することが許されないと解すべき理由もない
4 以上によれば、前訴の判決の理由中に本件商品は上告人が被上告人から買い受けたことが認められる旨の記載があるからといって、前訴の判決の効力が上告人に及び、上告人が本件商品の買主であるとして売買代金の支払を認めるべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人の本件商品の売買代金支払債務の有無について更に審理を遂げさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 本件は、家具販売等を業とする会社である原告が、被告が施主となって建築されたカラオケボックスに納入したテーブル等(本件商品)の売買代金一〇〇万円余りの支払を求めた代金請求の事案である(なお、本件は旧民訴法適用の事案である。)。
原告は、本件訴訟に先立ち、同カラオケボックスの建築業者に対し、同建築業者からの注文によりカラオケボックスに本件商品を含む家具等を納入したとして、商品残代金五五〇万円余りの支払を求める別件訴訟を提起したところ、同建築業者は、この納入商品の一部について、注文者は自分ではなく、施主である被告が直接注文したものであるとして争ったため、原告は、被告に対し、訴訟告知をしたが、被告は補助参加しなかった。別件訴訟は、本件商品に係る代金請求部分については請求が棄却されて確定したが、その判決の理由中において、本件商品は別件訴訟の被告である建築業者が購入したものではなく、本件訴訟の被告が購入したものであるとの認定がされた。
二 本件訴訟において、原審は、参加的効力が判決理由中の事実認定や法律判断等にも及ぶ旨を述べる最一小判昭45・10・22民集二四巻一一号一五八三頁、本誌二五五号一五三頁を引用し、訴訟告知による参加的効力(旧民訴法七八条、七〇条)により、被告は、別件訴訟判決の理由中の判断である本件商品の買主が被告であるとの判断と異なる主張をすることは許されないとして、本件商品の買主が被告であるか否かという点について認定をすることなく、原告の本件商品代金請求を認容すべきとした。
これに対し、本判決は、本件訴訟の被告には別件訴訟の参加的効力が及ばないこと、しかも、参加的効力は、傍論において示された判断には及ばないことを述べて、原判決を破棄すべきものとした。なお、本件の判示部分は、このうち、後者の参加的効力の客観的範囲について述べた部分である。
三 訴訟告知による参加的効力は参加利益ある者にのみ生ずると解されるが、その補助参加の利益は、訴訟の結果について「利害関係」を有する場合に認められる(民訴法四二条、旧六四条)。この「利害関係」は、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係であることを要するとする点では、判例・学説上ほぼ一致しており、最近では、取締役に対し提起された株主代表訴訟において株式会社が取締役を補助するため訴訟に参加することの許否について判断した最一小決平13・1・30民集五五巻一号三〇頁、本誌一〇五四号一〇六頁がその旨を述べている。また、同最高裁決定は、法律上の利害関係を有する場合とは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解されるとしている。本件では、別件訴訟において、原告の建築業者に対する本件商品の売買代金請求が認められないということが決まるだけでは、被告に何ら事実上の影響をも与えるものではなく、被告が法律上の利害関係を有するものとはいえないものといえ、被告には参加的効力が及ぶものではないことになろう。
なお、補助参加の利益が認められる場合の「訴訟の結果」については、終局判決の主文で判断される訴訟物たる権利関係の存否を指すとする訴訟物限定説と、これに限らず、判決理由中の判断も含まれるとする訴訟物非限定説との争いがあるところであるが、本件判決は、訴訟物限定説によった場合は勿論、訴訟物非限定説によっても説明できるものと解され、いずれにしても、本判決は、この点について、いずれの見解に立つものかは明らかにしていないものと思われる。
四 また、前述の昭和四五年最高裁判決は、参加的効力は、判決理由中の事実認定や法律判断にも及ぶ旨を述べるところであるが、この判決の理由とは、判決書の必要的記載事項として挙げられている「理由」(民訴法二五三条一項三号、旧一九一条一項三号)をいうものと解され、これは、主文に掲げる結論を導き出した判断過程をいうものであるから、主文を導き出すために判断を要する攻撃防御方法についての事実認定と法律判断等をもって必要にして十分ということになる。そうであるから、事実認定や判断についての説得力を増すため、あるいは当事者の納得を得るために、判断を要する攻撃防御方法以外の関連事項について示された判断、いわゆる傍論について参加的効力が及ぶものではないといえる。このことは、傍論を説示するか、傍論としていかなる事項を取り上げるのかも判決裁判所の一存に係っていることを考えると、傍論に参加的効力を肯定することは、被告知者の地位を著しく不安定にすることになるもので妥当でないことからも肯定できるものといえる。
なお、学説においては、参加的効力が及ぶのは、前訴における主要事実の存否の判断についてであるとする見解(兼子一ほか編・判例民事法(上)〔増補〕三〇五頁、上原敏夫・注釈民事訴訟法(2)二九七頁等)と、必ずしも主要事実の判断には限らないとすると思われる見解(井上治典・多数当事者訴訟の法理三八一頁等)とがある。
五 本件の判示部分は、旧民訴法についていうものであるが、現行民訴法四六条の参加的効力についても同様にいえるものと解され、参加的効力の客観的範囲についていう前述の昭和四五年最高裁判決の内容を更に明確にし、学説においても見解が分かれていた点について最高裁としての判断を示したものであって、今後の実務の参考になるものと思われる。

3.訴訟告知とその効力

・+(訴訟告知)
第53条
1項 当事者は、訴訟の係属中、参加することができる第三者にその訴訟の告知をすることができる。
2項 訴訟告知を受けた者は、更に訴訟告知をすることができる。
3項 訴訟告知は、その理由及び訴訟の程度を記載した書面を裁判所に提出してしなければならない。
4項 訴訟告知を受けた者が参加しなかった場合においても、第46条の規定の適用については、参加することができた時に参加したものとみなす

・被告知者が告知者の相手側に参加した場合にも、告知者との後訴で参加的効力を生ずるかが問題となる。

+判例(仙台高判S55.1.28)
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人Aに対し金二〇五万三三三三円、その余の控訴人らに対し各金六八万四四四四円及び右各金員に対する昭和四六年一〇月二二日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、左記のほか原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決七枚目表一一行目の「否認する」を「知らない」と改める。)から、これを引用する。
(控訴人らの陳述)
民事訴訟法第七八条、第七〇条によれば、訴訟告知者とその相手方との間の訴訟の確定判決の判決理由中に示された事実の認定及び先決的権利関係の存否に関する判断は、訴訟告知の当事者を拘束し、訴訟告知者と被告知者との間にその後提起された訴訟において、被告知者が前訴判決の示した判断と異なる事実又は法律関係を主張することは許されない(最高裁判所第一小法廷昭和四五年一〇月二二日判決・民集二四巻一一号一五八三頁参照)。
原判決は、訴訟告知者と被告知者との利害が一致する事項についてのみ右の効力が生じる旨判示するが、右の効力をそのように狭く解すべき根拠はない。
本件において、前訴確定判決は、被控訴人がHの代理人として訴外Iに対し本件係争地を売渡した事実を認定するとともに、被控訴人が本件土地の売却につきHから代理権を与えられた事実を認定しえないと判断したのであるから、被控訴人は本訴において右の認定判断と異なる事実を主張することは許されないのである。
(被控訴人の陳述)
訴訟告知の効力の客観的範囲に関する原判決の理論は正当であつて、この点に関する控訴人らの主張は失当である。
かりに控訴人らの主張するとおり、被控訴人の代理行為につき表見代理の効果を認めた前訴判決の認定判断が本訴において被控訴人を拘束するとしても、前訴判決は被控訴人の無権代理及び故意、過失につきなんら判断をしていないから、被控訴人の代理行為が控訴人に対する不法行為に当たると即断することはできない。
(証拠関係)(省略)
理由
一 控訴人AがHの妻であること及びHが昭和四一年一月七日死亡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、二によれば、その余の控訴人らはいずれもHと控訴人Aとの間の子であることを認めることができる。右の諸事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人らはHの遺産を法定相続分すなわち控訴人Aは三分の一、その余の控訴人らは各九分の一の割合により共同相続したものということができる。
二 成立に争いのない甲第二号証の一、二及び甲第三号証によれば、Hはもと福島市a町b番畑c反四歩を所有していたが、右土地は昭和三七年二月二四日同所b番c畑五畝四歩(本件係争地)及び同所同番d畑五畝歩に分筆登記され、本件係争地は昭和三九年五月七日同所同番c宅地一五四坪四合と変更登記され、更にその後地積の表示が五一〇・四一平方メートルと改められたこと、後記前訴判決において本件係爭地は右同所同番c宅地五一〇・四一平方メートル(一五四坪四〇)と表示されでいること並びに本件係争地につき昭和三七年一二月二七日Iのため、同三九年九月一〇日Jのため、順次所有権移転登記手続がなされた事実を認めることができる(右各事実のうち、本件係争地につきHからIに、同人からJに、順次所有権移転登記が存する事実は、当事者間に争いがない。)。
三 控訴人らは、被控訴人がHから代理権を与えられたことがないにもかかわらず同人の代理人として右Iに対し昭和三七年一一月二六日本件係争地を売渡し、同人に対し右所有権移転登記手続をした旨及び被控訴人は福島地方裁判所昭和四四年(ワ)第二九八号土地所有権確認等請求事件(前訴)における訴訟告知の効果により本訴において右無権代理行為と異なる事実を主張しえない旨主張するのに対し、被控訴人は右各主張を争い、本件係争地は被控訴人がHから買受けてIに転売し、登記手続は被控訴人を中間省略したものである旨及び仮定的に被控訴人はHから本件係争地の売却につき代理権を与えられ右代理権に基づきIに売渡したものである旨主張する。そこで、前訴の訴訟告知の効果につき判断する。

1 先ず、次の諸事実は当事者間に争いがない。
(一) 前訴の原告は控訴人ら、被告は前記Jであつで、控訴人らは、本件係争地はHの所有であつたが、同人の死亡に因りその共同相続人である控訴人らが法定の相続分に従つて本件係争地を共有するに至つたと主張し、Jに対し本件係争地の共有持分権の確認を求めるとともに、真正な登記名義の回復のための共有持分移転登記手続を請求した。
(二) Jは、右に対する抗弁として、本件係争地はHからIに売渡されたことによりHはその所有権を失つた旨及び右売買についてはHが被控訴人に代理権を与え、被控訴人がHの代理人としてIに売渡したのであるが、かりに被控訴人が右代理権を与えられでいなかつたとしても、民法一一〇条の表見代理が成立する旨を主張した。
(三) 控訴人らは前訴の係属中被控訴人を被告知者とする訴訟告知をなし、その訴訟告知書は昭和四四年一一月一五日被控訴人に送達されたところ、被控訴人は同年同月二六日Jを被参加人とする補助参加をした。
(四) 前訴裁判所は右表見代理の仮定抗弁を容れ、昭和四六年七月一六日控訴人ら敗訴の判決を言渡し、右判決は確定した。

2 成立に争いのない甲第三号証によれば、前訴判決は、「Hは昭和三五年ころ以降しばしば被控訴人に対し所有土地の売却方を委任したが、本件係争地については、いずれ被控訴人に処分方を委せることと予定されてはいたものの、明確には定められていなかつたにもかかわらず、被控訴人は昭和三七年一二月二七日ころHから売却方を委任されていた他の土地と共に本件係争地をも一括してIに売渡し、右他の土地の売却等のため控訴人Aから預かつていたHの実印を売買契約書に押印した。」旨の事実を認定したうえ、「Hにおいて被控訴人に本件係争地の売却についての代理権を授与しでいたとまで認定することは困難である」が、前訴被告Jの表見代理の主張は理由がある旨判示していることを認めることができる。

3 右1、2の諸事実によれば、第一に、前訴係属時において、かりに控訴人らが勝訴すれば、JはIに対し支払代金額相当の不当利得の返還を、同人は被控訴人に対し民法一一七条による損害賠償又は不当利得の返還を、順次請求する法律関係が生じ、また、かりにJが勝訴すれば被控訴人は控訴人らから不法行為に因る損害賠償を請求される法律関係が生ずることが当然予想されえたものというべく、したがつて、被控訴人は前訴の当事者双方との間において民事訴訟法六四条所定の「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」に該当したものということができ、第二に、したがつて、控訴人らは前訴係属時において同法七六条所定の訴訟告知をなしうる当事者に該当したものということができ、第三に、前訴における控訴人らの訴訟告知に対し、被控訴人は控訴人らのための補助参加をしなかつたのであるから、同法七八条により、被控訴人は前訴の係属中に控訴人らのため補助参加をしたものとみなされ、第四に、その結果同法七〇条により前訴の裁判は被控訴人に対してもその効力を有するものであるところ、同条にいう裁判とは、判決の主文のみならず、判決理由中に示された認定、判断をも含むものと解すべきである。したがつて、前記前訴判決主文の効力すなわち控訴人らが本件係争地につき共有持分権を有しないこと及びJに対し共有持分移転登記請求権を有しないことについてはもとより、前記前訴判決理由中に示された「Hの被控訴人に対する本件係争地の売却方委任については、予定されてはいたが明確には定められていなかつた」旨及び「Hにおいて被控訴人に本件係争地の売却についての代理権を授与していたとまで認定することは困難である」旨の認定判断は、本訴において被控訴人を拘束し、被控訴人は右と異なる事実を主張することができないものといわなければならない。

4 被控訴人は、訴訟告知の効力の客観的範囲に関する原判決の理論は正当であると主張し、これを援用するので、原判決の理由説示につき検討する。
(一) 原判決は、次のとおり説く。
「訴訟告知の効果は、被告知者において告知者に補助参加する利益を有する場合に、民事訴訟法七〇条に規定する参加的効力を受けることにほかならない。ところで、参加的効力は、補助参加人が被参加人を勝訴させることによつて自己自身の利益を守る立場にあることを前提として、被参加人敗訴の場合に、その責任を分担させようとするものであるから、訴訟告知の場合に被告知者が参加的効力を受けるのは、被告知者において告知者と協同して相手方に対し攻撃防禦を尽くすことにつき利害が一致し、そうすることを期待できる立場にあることが前提となるものというべく、そのような場合に、右のように告知者と利害が一致し協同しうる争点に限つて、訴訟告知の効果が被告知者に及ぶものと解すべきである。」
(二) しかし訴訟告知の制度は、「被告知者において告知者に補助参加する利益を有する場合」のために設けられたものと解すべきではない。訴訟告知の制度は、告知者が被告知者に訴訟参加をする機会を与えることにより、被告知者との間に告知の効果(民事訴訟法七八条)を取得することを目的とする制度であり、告知者に対し、同人が係属中の訴訟において敗訴した場合には、後日被告知者との間に提起される訴訟において同一争点につき別異の認定判断がなされないことを保障するものである。したがつて、同法七六条にいう「参加をなしうる第三者」に該当する者であるか否かは、当該第三者の利益を基準として判定されるべきではなく、告知者の主観的利益を基準として判定されるべきである。
(三) 次に原判決は、参加的効力を規定する同法七八条は「補助参加人が被参加人を勝訴させることによつて自己自身の利益を守る立場にあることを前提」とすると説く右の説示は訴訟告知に基づかず、単純に同法六四条により補助参加をした者と被参加人との間については妥当であろうが、訴訟告知者と被告知者との間については必らずしも妥当しない。けだし、前述のとおり、被告知者が参加をなしうる第三者であることは告知者がその主観において決定するものであり、右の主観が客観的に理由あるものであれば、当該訴訟告知は有効であつて、被告知者の主観上告知者のために参加すべき場合であることを要しないからである。
(四) したがつて、「被告知者において告知者と協同して相手方に対し攻撃防禦を尽くすことにつき利害が一致し、そうすることを期待できる立場にある」場合にのみ被告知者に対して参加的効力が及ぶとする原判決の理論は、採用することができない。旧民事訴訟法五九条一項は「原告若クハ被告若シ敗訴スルトキハ第三者ニ対シ担保又ハ賠償ノ請求ヲナシ得ヘシト信シ又ハ第三者ヨリ請求ヲ受ク可キコトヲ恐ルル場合ニ於テハ」告知をなしうる旨を規定していたが、現行法はその適用範囲を広げるべく改正されたものと解されているところ、右旧規定においてさえ、被告知者は告知者の主観的利害を基準として定められるべきものとされでいることが明らかである。
(五) もとより、係属中の訴訟における争点であつても、被告知者が当該訴訟に参加してその主張、立証をすることができない法律関係又は事実については、かかる事項についての判決理由中の認定判断の効力を被告知者に及ぼすことは衡平に反するものといわなければならない。しかし、被告知者は必ず告知者のために参加すべき法律上の義務を負うものではなく、被告知者の主観による利害が告知者の主観による利害と反するときは、敢て告知者の相手方たる当事者のために補助参加し、又は民事訴訟法七一条、七三条もしくは七五条による参加をすることによつて、自己に有利な主張、立証を尽くすことができるのである。したがつて、被告知者は、かような参加が可能であるにもかかわらず参加を怠つた場合には、訴訟告知により参加の機会を与えられながらその権利を行使しないことによる不利益を受けでも衡平に反するとは言えないものといわなければならない。
(六) これを本件についてみるに、本件前訴において、控訴人らは本件係争地につき共同相続に因る共有持分権を有すると主張し、前訴被告Jに対し右持分権の確認及び真正な登記名義の回復のための共有持分移転登記手続を請求したのに対し、前訴被告は、控訴人らの被相続人であるHがIに対し本件係争地を売渡して所有権移転登記手続をした旨及び右売買については被控訴人がHから代理権を与えられその代理人として契約をしたものである旨を主張したので、控訴人らは右各主張事実を否認したうえ、被控訴人を被告知者として訴訟告知をしたのであつて、右の諸事実によれば、前訴係属中控訴人らの主観においては被控訴人は右代理権を有せず、かつ右代理行為は存しなかつたものというべきである。したがつて、控訴人らは、一方において被控訴人に対し右代理権及び代理行為の各不存在の立証(反証)を求めるために補助参加を求める利益を有し、他方において、仮に被控訴人が右代理権を有し、かつ右代理行為をしたことを理由として敗訴するときは、場合により被控訴人に対しその受領した代金の支払を求め、或いは受領すべかりし代金額相当の損害賠償を請求することができ、また、仮に右代理権は存在しないが代理行為は存在し、かつ表見代理が成立するとの理由で敗訴するときは、被控訴人に対し不法な無権代理行為に因る損害賠償を請求しうる立場にあつたものということができるから、控訴人らは、敗訴のときをおもんばかり、右代理権及び代理行為の各存否につき、被控訴人に対し参加的効力を及ぼすために本件訴訟告知をする利益を有したものというべく、右の判断は、控訴人らの主観においてのみならず、客観的にも正当である。
更に、被告知者たる被控訴人は、その主観において前記代理権が存在しないと信ずるときは控訴人らのために補助参加することにより、また、これが存在すると信ずるときは前訴被告のため補助参加することによつて、その主張立証を尽くすことができる地位にあつたものというべきであり、また、被控訴人がその主観において前記代理行為が存しなかつたと信ずるときは控訴人らのため、これが存したと信ずるときは前訴被告のため、それぞれ補助参加をして主張立証を尽くしうる立場にあつたものというべきであつて、被控訴人がこれらの補助参加をすることを阻害した事実の存在については、主張も立証もないのみならず、現に、被控訴人はその主観に従い前訴被告のために補助参加をしたのである。
(七) 以上説示したとおり、控訴人らは本件訴訟告知により被控訴人の代理権及び代理行為の存否につき被控訴人に参加的効力を及ぼす主観的、客観的な利益を有し、かつ、被控訴人は右の各争点につき前訴において補助参加をすることが可能であつたのであるから、右各争点に関する前訴判決理由中の認定判断は、本件訴訟において被控訴人を拘束するものといわなければならない。したがつて、被控訴人は、本訴において、代理行為の不存在(転売人である旨の主張)及び代理権の存在を主張することは許されないものというべきであり、これと異なる原判決の見解は左袒することを得ない。

5 被控訴人は、前訴判決は被控訴人の代理行為につき民法一一〇条の適用を肯定したにとどまり、被控訴人が代理権を有しなかつたことを認定したものではないと主張する。しかし、前記認定のとおり、前訴判決は「本件土地については、いずれ被控訴人に処分方をまかせることと予定されてはいたが、その点については明確には定められなかつた。」「以上認定した事実によれば、Hにおいて被控訴人に本件土地の売却についての代理権を授与していたとまで認定することは困難である」と認定判断し、被控訴人が代理権を有したとする前訴被告の主張を排斥したのであるから、民事訴訟法七八条、七〇条により、被控訴人は本訴において控訴人らに対し自己の代理権を主張しえず、したがつて被控訴人の代理行為は無権代理行為であるとの控訴人らの主張を甘受しなければならないものというべきである。

四 控訴人らは、被控訴人の前記無権代理行為はHに対する不法行為を構成する旨主張し、これに対し被控訴人は、無権代理行為即不法行為ということはできない旨主張する。
しかし、前記認定の前訴判決理由によれば、被控訴人はHから他の土地については売却の委任を受けたが本件係争地については売却方の委任を受けていなかつたにもかかわらず、これを右受任にかかる他の土地と共に一括して売却したのであるから、本件係争地の売却については、少くとも代理権を与えられたと軽信した点に過失があるといわなければならない。
成立に争いのない乙第六号証並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中被控訴人が本件係争地の売却についても代理権を与えられたと信ずるにつき過失がなかつたことを伺わせるような記載・供述部分は、成立に争いのない甲第三三号証並びに原審及び当審における控訴人A本人尋問の結果に比して措信し難く、他に右の過失の認定を左右するに足る的確な証拠はない。
以上認定判断したところによれば、Hは被控訴人の不法行為に因り本件係争地の所有権を失い、同土地の価格相当の損害を被つたものということができる。
五 被控訴人は、本件係争地につき被控訴人とIとの間に売買契約が成立した昭和三七年二月二六日当日、Hは被控訴人の不法行為に因る損害発生の事実を知つた旨主張し、同日から三年の経過によりHの損害賠償請求権につき消滅時効が完成したと主張する。
しかし、成立に争いのない乙第五号証、原審証人Iの証言並びに、原、当審における被控訴人本人尋問の結果中、本件係争地及びその隣地である前掲b番dの土地の売買交渉時及び農地法五条の規定による許可申請に対する係官の現地見分に際し、Hが本件係争地についても境界を指示し、或いはIから境界の変更について相談を受けた旨の記載及び供述部分は、いずれも前記前訴判決の認定事実と対比して措信し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。したがつて、右時効の抗弁は採用することができない。
六 そこで進んでHの被つた本件係争地の価格相当の損害額につき判断する。
控訴人らは、本件訴訟を提起した昭和四六年一〇月当時における本件係争地の時価は金六一六万円であり、控訴人らは右金額相当の損害を被つた旨主張する。
前掲乙第六号証によれば、被控訴人は前記本件不法行為当時福島市において不動産取引業を営んでいた事実を認めることができ、右の事実によれば、被控訴人は本件不法行為時において将来本件係争地の価格が上昇することを予見しえたものということができる。しかし、被控訴人の本件不法行為に因る被害者はHであることは前記認定のとおりであり、控訴人らはHの取得した被控訴人に対する損害賠償請求権を相続に因り承継したのであるから、たとえHの死亡後も本件係争地の価格が上昇を続けたとしても、Hの損害額はその死亡時における価格相当額であると言わざるをえない。
そこで、Hの死亡した昭和四一年一月七日当時における本件係争地の価格につき検討する。前掲甲第三号証によれば、前訴判決はその理由において、Hは昭和三七年二月二〇日ごろ被控訴人に依頼して福島市a町b番畑三〇四坪を本件係争地及び同所同番d畑一五〇坪に分筆したうえ、同土地を代金四五万円で売却した事実を認定したことを認めうるので、右認定事実は本件訴訟において控訴人らを拘束するものというべきである。よつて、右認定事実を基礎として本件係争地の昭和四一年一月七日当時の価格を検討する。
成立に争いのない甲第二号証の一、二、同第二四号証、同第二八号証、乙第三号証に当審における鑑定の結果の一部を総合すると、
1 前記分筆前のb番の土地はほゞ南北に長い長方形の土地で、短辺である北辺のみが道路と接していたこと、
2 右土地から本件係争地が分筆された結果、本件係争地は右土地の南側部分であるため、いわゆる盲地となつたこと、
3 盲地である本件係争地の価格を評価する方法としては、分筆前の一筆の土地の価格から前記b番dの土地の価格を差引いた価格の七五%と算定するのが適当であるところ、分筆前の一筆の土地全体の価格は、その形状上利用効率が悪いため、その単位面積当たり価格は前記b番dの土地のそれに比して九%低落すること、
4 前記b番dの土地の実測面積は四九六・九五平方メートル(一五〇坪三合三勺)、本件係争地の実測面積は五一〇・四一平方メートルであること、
5 Hが前記b番dの土地を売却した当時の本件係争地の価格を前記3の方式で算出すると、
{(四五万円÷四九六・九五)×(四九六・九五+五一〇・四一)×〇・九一-四五万円}×〇・七五=二八万五〇六八円
となること
6 Hが前記b番dの土地を売却した時から被控訴人の不法行為時を経て昭和三七年一二月末までの間に本件係争地の価格が上昇した事実を認めるに足る証拠はないが、本件係争地の価格は、右時点を一〇〇とすれば昭和四〇年一二月末は一四〇であつた。したがつて、昭和四〇年一二月末における本件係争地の価格は
二八万五〇六八円×一・四=三九万九〇九五円
となること、
以上のとおり認めることができる。したがつて、Hの死亡時における本件係争地の価格も右と同一の三九万九〇〇〇円(一〇〇円未満切捨)であつたと認めることができる。
もつとも、前掲甲第二八号証によれば、Iは昭和三九年に至り前記b番dの土地を更に同番のd、eに分筆したこと及び新b番dの土地は分筆前のb番dの土地の西側及び南側を』形に分割したものである事実を認めることができ、右の事実によれば、新b番dの土地は本件係争地から道路に通ずるための私道敷として分筆されたものと推定することができ、したがつて、Hの死亡時における本件係争地の客観的価格は前記認定価格よりも高額であつたと認められるが、右はIが自己の費用で私道敷を設けたことによるのであるから、かかる措置をとることなく旧b番dの土地を売却したHの損害額を算定するに当たつては、右の事実を考慮すべきではない。
当審における鑑定の結果中前記認定に副わない部分は、その基礎とする事実が前記前訴判決の認定事実と異なるので採用することができず、他に前記認定を左右するに足る的確な証拠はない。

七 被控訴人は、右Hの損害の発生についてはHにも過失があると主張するので、この点につき判断する。
原審証人Iの証言により成立を認めうる乙第一号証の五、成立に争いのない同号証の六、甲第三三号証に右証人Iの証言、原審及び当審における控訴人A及び被控訴人各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、前記分筆前のb番dの土地と本件係争地のIに対する所有権移転登記手続は同時になされたが、その際Hの権利を証する証書が存在しなかつたため、Iはその弟及び母に依頼して右二筆の土地がHの所有であることを証する保証書を作成し、これを所有権移転登記申請書に添付しで登記手続をしたところ、所轄の福島地方法務局登記官吏はHに対し、右申請につき不動産登記法四四条ノ二第一項に基づき確認を求める昭和三七年一二月一二日付のはがきを郵送し、右はがきには、不動産の表示として本件係争地の表示が明記されたうえ「外土地一筆」と記載され、更に登記原因売買、登記の目的所有権移転、登記権利者Iと明記されでいたにもかかわらず、その頃右はがきの配達を受けたHからこれを示された控訴人Aは、前記分筆前のb番dの土地一筆のみにつき確認を求められたものと誤信し、Hのため保管していた同人の印章を同人を代理して右はがきの確認欄に押印して、これを福島地方法務局に返送した事実を認めることができる。
当審における控訴人A本人尋問の結果中、同控訴人が右のように誤信したのは被控訴人から右問い合わせのはがきはHが売却を依頼した旧b番の土地のうちの半分のみに関するものであると告げられていたからである旨の供述部分は、前掲甲第三三号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果と対比して措信し難く、他に右の認定を左右するに足る証拠はない。
右の事実によれば、H又はその代理人であつた控訴人Aが登記官吏の問い合わせに対し的確な返答をしたならば、本件係争地についてIに対する所有権移転登記を阻止し、損害の発生を未然に防止することができたにもかかわらず、右両名は右問い合わせは本件係争地に関するものでないと軽信し、その所有権移転登記を許容したのであるから、前記認定の損害の発生についてはHにも過失があつたものと言わなければならない。
なお、被控訴人は、Hは本件係争地につき福島県知事に対し農地法五条に基づく許可申請をなし、また司法書士に対し登記申請用委任状を交付した点にも過失があると主張する。しかし、弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第一号証の一、四(同号証の一のうち官署作成部分の成立は争いがない。)によれば、右許可申請書及び登記申請書は、いずれも一通の書面に本件係争地及び前記分筆前のb番dの土地の二筆の土地の表示を記載し、司法書士Lが申請代理人となつて作成されたものであることを認めることができるところ、原審における証人Kの証言並びに控訴人A及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、右許可申請は被控訴人から依頼を受けたKがL司法書士に依頼してなされたものであり、右登記申請は被控訴人がH名義の委任状を同司法書士に交付しで依頼したものであつて、Hも控訴人Aも右各申請の委任状に自ら押印したことはなく、Hの印章を保管していた控訴人Aは被控訴人に対し前記分筆前のb番dの土地の売却手続に使用させるためHの印章を預けていたものであることを認めることができ、前掲乙第六号証並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中右の認定に反する部分はいずれも措信し難い。乙第一号証の三のうち登記申請用委任状のうちH名下の印影が同人の印章により顕出されたものであることは当事者間に争いがないが、右認定事実によれば、右印影がHにより押印されたものと推定することはできず、却つて被控訴人によつて押印されたものと推定するに十分である。したがつて、被控訴人の前記各主張を採用することはできない。
前記認定したH及びその代理人であつた控訴人Aの過失を考慮するときは、前記Hの損害額のうち被控訴人に請求しうべき金額は金二七万円と認めるのが相当である。したがつて、Hの死亡に因る相続により、被控訴人に対し控訴人Aは金九万円、その余の控訴人らはそれぞれ金三万円及び右各金員に対するHの死亡後完済まで民法所定の年五分の利率による遅延損害金の請求権を取得したものということができる。
八 以上認定判断したところによれば、控訴人らの本訴請求中被控訴人に対し控訴人Aは金九万円、その余の控訴人らはそれぞれ金三万円及び右各金員に対する相続開始後である昭和四六年一〇月二二日以降完済まで年五分の割合による金員の各支払を求める部分は理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の各請求は理由がないからこれを棄却すべきであつて、右と異なり控訴人らの請求を全部棄却した原判決は一部失当である。
よつて、原判決を右認定の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
民事第2部
(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 桜井敏雄 裁判官 渡辺公雄)


民事訴訟法 基礎演習 補助参加


1.補助参加の利益の意義

+第三節 訴訟参加

(補助参加)
第四十二条  訴訟の結果について利害関係を有する第三者は、当事者の一方を補助するため、その訴訟に参加することができる。

(補助参加の申出)
第四十三条  補助参加の申出は、参加の趣旨及び理由を明らかにして、補助参加により訴訟行為をすべき裁判所にしなければならない。
2  補助参加の申出は、補助参加人としてすることができる訴訟行為とともにすることができる。

(補助参加についての異議等)
第四十四条  当事者が補助参加について異議を述べたときは、裁判所は、補助参加の許否について、決定で、裁判をする。この場合においては、補助参加人は、参加の理由を疎明しなければならない。
2  前項の異議は、当事者がこれを述べないで弁論をし、又は弁論準備手続において申述をした後は、述べることができない。
3  第一項の裁判に対しては、即時抗告をすることができる。

(補助参加人の訴訟行為)
第四十五条  補助参加人は、訴訟について、攻撃又は防御の方法の提出、異議の申立て、上訴の提起、再審の訴えの提起その他一切の訴訟行為をすることができる。ただし、補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないものは、この限りでない。
2  補助参加人の訴訟行為は、被参加人の訴訟行為と抵触するときは、その効力を有しない。
3  補助参加人は、補助参加について異議があった場合においても、補助参加を許さない裁判が確定するまでの間は、訴訟行為をすることができる。
4  補助参加人の訴訟行為は、補助参加を許さない裁判が確定した場合においても、当事者が援用したときは、その効力を有する。

(補助参加人に対する裁判の効力)
第四十六条  補助参加に係る訴訟の裁判は、次に掲げる場合を除き、補助参加人に対してもその効力を有する。
一  前条第一項ただし書の規定により補助参加人が訴訟行為をすることができなかったとき。
二  前条第二項の規定により補助参加人の訴訟行為が効力を有しなかったとき。
三  被参加人が補助参加人の訴訟行為を妨げたとき。
四  被参加人が補助参加人のすることができない訴訟行為を故意又は過失によってしなかったとき。

2.補助参加の利益に関する判例とその評価

+判例(H15.1.24)
理由
本件抗告中相手方吉永町に関する部分について
本件抗告許可申立理由書には、相手方吉永町に関する抗告理由の記載がないから、本件抗告中相手方吉永町に関する部分は、不適法としてこれを却下すべきである。
その余の相手方らに対する抗告代理人加瀬野忠吉、同松井健二、同大林裕一、同永井一弘の抗告理由について
1 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1) 本件の本案訴訟(岡山地方裁判所平成11年(行ウ)第20号産業廃棄物処理施設設置不許可処分取消請求事件)は、抗告人が、岡山県知事に対し、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成9年法律第85号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)15条に基づいてした岡山県和気郡吉永町都留岐字釜ヶ谷所在の土地を設置予定地とする廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(平成9年政令第353号による改正前のもの)7条14号ハ所定の産業廃棄物のいわゆる管理型最終処分場(以下「本件施設」という。)の設置許可申請に対して同知事から受けた不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)について、その取消しを請求する行政訴訟である。
(2) 本案訴訟において、相手方ら(相手方吉永町を除く。以下同じ。)は、本件施設の設置予定地を水源とする水道水ないし井戸水を飲料水等として使用しており、本件施設が設置されればその生命、健康が損なわれるおそれがあるなどと主張して、民訴法42条に基づき、被告を補助するため補助参加を申し出たところ、抗告人はこれに対して異議を述べた

2 原々審は、相手方らの申出に係る補助参加を許す旨の決定をし、原審も、同決定に対する抗告人の抗告を棄却した。その理由の要旨は、本案訴訟において被告が敗訴した場合には、本件施設が建設され、その操業により、相手方らの生命、身体の安全が脅かされるおそれが生じることなどから、相手方らは、民訴法42条所定の「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」に当たるというにある。

3 本件の本案訴訟において本件不許可処分を取り消す判決がされ、同判決が確定すれば、岡山県知事は、他に不許可事由がない限り、同判決の趣旨に従い、抗告人に対し、本件施設設置許可処分をすることになる(行政事件訴訟法33条2項)。ところで、廃棄物処理法15条2項2号は、産業廃棄物処理施設である最終処分場の設置により周辺地域に災害が発生することを未然に防止するため、都道府県知事が産業廃棄物処理施設設置許可処分を行うについて、産業廃棄物処理施設が「産業廃棄物の最終処分場である場合にあっては、厚生省令で定めるところにより、災害防止のための計画が定められているものであること」を要件として規定しており、同号を受けた廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(平成10年厚生省令第31号による改正前のもの)12条の3は、災害防止のための計画において定めるべき事項を規定している。また、廃棄物処理法15条2項1号は、産業廃棄物処理施設設置許可につき、申請に係る産業廃棄物処理施設が「厚生省令(産業廃棄物の最終処分場については、総理府令、厚生省令)で定める技術上の基準に適合していること」を要件としているが、この規定は、同項2号の規定と併せ読めば、周辺地域に災害が発生することを未然に防止するという観点からも上記の技術上の基準に適合するかどうかの審査を行うことを定めているものと解するのが相当である。そして、人体に有害な物質を含む産業廃棄物の処理施設である管理型最終処分場については、設置許可処分における審査に過誤、欠落があり有害な物質が許容限度を超えて排出された場合には、その周辺に居住する者の生命、身体に重大な危害を及ぼすなどの災害を引き起こすことがあり得る。このような同項の趣旨・目的及び上記の災害による被害の内容・性質等を考慮すると、同項は、管理型最終処分場について、その周辺に居住し、当該施設から有害な物質が排出された場合に直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって、上記の範囲の住民に当たることが疎明された者は、民訴法42条にいう「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」に当たるものと解するのが相当である。
以上の見地から考えると、本件施設から排出される有害物質により水源が汚染される事態が生じた場合に、これにより住民が直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲は、いまだ証拠をもって確定されているとはいえないものの、原審が適法に確定した事実関係によれば、相手方らにつき上記の疎明があったといえなくはないから、相手方らが民訴法42条にいう「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」に当たるとした原審の判断に違法があるとはいえず、結論においてこれを是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖)

(1)判決の判断の枠組み
①「利害関係」
・法律上の利害関係を有する場合
=当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼす恐れがある場合をいう

+判例(H13.1.30)
理由
抗告代理人野島達雄の抗告理由について
1 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1)本件の本案訴訟(名古屋地方裁判所平成11年(ワ)第3675号取締役責任追及事件)は、抗告人の株主である相手方が、抗告人の取締役らに対し、同取締役らが取締役としての忠実義務に違反して、抗告人の第48期及び第49期の各決算における粉飾決算を指示し、又は粉飾の存在を見逃し、その結果、法人税等の過払をし、検査役に報酬を支払い、株主に利益配当するなどして、抗告人に損害を与えたと主張して、商法267条に基づき、損害賠償を請求する株主代表訴訟である。
(2)本案訴訟において、抗告人が取締役らのため補助参加を申し出たところ、相手方はこれに対して異議を述べた

2 原審は、概要次のとおり判示して、抗告人の補助参加の申出を却下すべきものとした。
(1)補助参加の制度は、被参加人が勝訴判決を受けることにより補助参加人も利益を受ける関係にある場合に参加を認めるものであるから、被参加人が勝訴判決を受けることにより補助参加人が不利益を受ける関係にある場合に参加を認めることは、民事訴訟の構造に反することとなる。
(2)本案訴訟の訴訟物は、抗告人の取締役らに対する損害賠償請求権であり、判決主文における判断について、抗告人は取締役らとは実体法上の利害が相反し対立する関係にあることは明らかである。もし、取締役らへの補助参加を認めると、抗告人は自己に帰属し、自らがその存否について既判力を受ける損害賠償請求権につき、その存在を争う当事者のために訴訟行為をすることが許されるという関係になり、民事訴訟の構造に反する結果となるから、抗告人は、「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」ということはできない。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)民訴法42条所定の補助参加が認められるのは、専ら訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られ、単に事実上の利害関係を有するにとどまる場合は補助参加は許されない(最高裁昭和38年(オ)第722号同39年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事71号271頁参照)。そして、法律上の利害関係を有する場合とは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される。
(2)【要旨】取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟において、株式会社は、特段の事情がない限り、取締役を補助するため訴訟に参加することが許されると解するのが相当である。けだし、取締役の個人的な権限逸脱行為ではなく、取締役会の意思決定の違法を原因とする、株式会社の取締役に対する損害賠償請求が認められれば、その取締役会の意思決定を前提として形成された株式会社の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがあるというべきであり、株式会社は、取締役の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有するということができるからである。そして、株式会社が株主代表訴訟につき中立的立場を採るか補助参加をするかはそれ自体が取締役の責任にかかわる経営判断の一つであることからすると、補助参加を認めたからといって、株主の利益を害するような補助参加がされ、公正妥当な訴訟運営が損なわれるとまではいえず、それによる著しい訴訟の遅延や複雑化を招くおそれはなく、また、会社側からの訴訟資料、証拠資料の提出が期待され、その結果として審理の充実が図られる利点も認められる

(3)これを本件についてみると、前記のとおり、本件は、抗告人の第48期及び第49期の各決算において取締役らが忠実義務に違反して粉飾決算を指示し又は粉飾の存在を見逃したことを原因とする抗告人の取締役らに対する損害賠償請求権を訴訟物とするものであるところ、決算に関する計算書類は取締役会の承認を受ける必要があるから(商法281条)、本件請求は、取締役会の意思決定が違法であるとして提起された株主代表訴訟である。そして、上記損害賠償請求権が認められて取締役らが敗訴した場合には、抗告人の第48期以降の各期の計算関係に影響を及ぼし、現在又は将来の取引関係にも影響を及ぼすおそれがあることが推認されるのであって、抗告人の補助参加を否定すべき特段の事情はうかがわれない

4 以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は裁判に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、抗告人の補助参加を許可すべきである。
よって、裁判官町田顯の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

+反対意見
裁判官町田顯の反対意見は、次のとおりである。
1 本件の本案訴訟は、抗告人の株主である相手方が抗告人の取締役らに対し、同取締役らが抗告人に対する忠実義務に違反し、その結果抗告人に損害を与えたと主張する株主代表訴訟である。したがって、相手方は抗告人のため(商法267条2項)訴訟を遂行するものであり、本案訴訟の訴訟物は抗告人の取締役らに対する損害賠償請求権であるから、抗告人は、訴訟の構造上も、実体法の権利上も取締役らと対立する関係にあるのであって、抗告人が取締役らのため補助参加することが許されないことは、原決定の述べるとおりである。
2 多数意見は、本件請求は取締役会の意思決定が違法であるとして提起された株主代表訴訟であるから抗告人の取締役らに対する補助参加が許されるとするが、本件本案訴訟において審判の対象となるのは、上記のとおり、取締役らの行動が取締役の負う忠実義務に違反するかどうかであって、その行動が取締役会の意思決定の際のものであっても、その意思決定そのものの適否や効力が審判の対象となるものではない。確かに、本件請求のように粉飾決算を指示し、又は粉飾の事実を見逃したことを忠実義務違反の理由とする場合には、粉飾決算の有無が判断されることとなるが、それは取締役個人の忠実義務違反の存否を確定するために判断されるものであって、抗告人がその判断に利害関係を有するとしても、それは事実上のものにとどまり、補助参加の要件としての法律上の利害関係に当たるものと解することはできない。したがって、この意味からも本件補助参加は、許されない。
3 多数意見は、また、本件補助参加を認めることにより抗告人からの訴訟資料等の提出が期待できるともいうが、本案訴訟の被告である取締役らのうちには、抗告人の代表者も含まれていることよりすれば、補助参加を認めなければ適切な訴訟資料等の提出が期待できないとも考えられない。
4 よって、これと同旨の原審の判断は正当であるから、本件抗告は棄却すべきである。
(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 深澤武久)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
1 抗告人は、衣料品の製造販売を目的とする非上場株式会社である。本件の基本事件は、抗告人の株主である相手方(原告)が抗告人の取締役である被告らに対し,提起した株主代表訴訟(商法二六七条)である。原告は,被告らが取締役としての忠実義務に違反し、抗告人の第四八期及び第四九期の各決算における粉飾決算を指示し、又は粉飾の存在を見逃し、その結果、法人税等の過払をし、検査役に報酬を支払い、株主に利益配当するなどして、抗告人に損害を与えたと主張して、被告らに対し、損害賠償を請求する。
本件は、基本事件において、抗告人が被告取締役らを補助するため訴訟に参加することを申し出たところ(民訴法四三条一項)、原告がこれに対して異議を述べたため(同法四四条一項)、抗告人の補助参加の許否が問題となったものである。
2 原々決定及び原決定とも、抗告人の補助参加の申出を却下した。
3 原決定に対し、抗告人が抗告許可を申し立て、抗告が許可された。
二 本決定
本決定は、取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟において、株式会社は、特段の事情がない限り、取締役を補助するため訴訟に参加することが許されるとして、原決定を破棄し、原々決定を取り消して、抗告人の参加を許可する旨の自判をした。なお、原決定と同じく補助参加を否定する町田裁判官の反対意見がある。

三 説明
1 補助参加の利益
(1) 補助参加制度は、当事者以外の者が訴訟に参加して当事者の一方を補助する訴訟活動をすることによって被参加人に有利な判決を得させることを助け、併せて被参加人に対し敗訴判決がされることによって補助参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に事実上の不利益な影響を受けることを防止することを目的とするものである。
補助参加の利益は「訴訟の結果」について「利害関係」を有する場合に認められる(民訴法四二条)。参加の利益の判断は、判決における「何に関する判断」が補助参加人の「いかなる利害関係」にどのように影響するかという、二点に分けて考察することができる。
(2) 「訴訟の結果」についての学説、裁判例
「訴訟の結果」の意義、すなわち、判決における何に関する判断が法律上の利害関係に影響するかという問題については、以下のとおり、学説に争いがある。
① 「訴訟の結果」を終局判決の主文で判断される訴訟物たる権利関係の存否を指すとし、判決理由中の判断に利害関係があるだけでは足りないとする訴訟物限定説が、従前の通説的見解である。
② これに対し、「訴訟の結果」には、訴訟物たる権利又は法律関係のみならず判決理由中の判断も含まれ、判決理由中の判断につき法律上の利害関係が認められる場合にも補助参加の利益を認めるべきであるとする訴訟物非限定説が、近時有力に主張されるようになった。この中には、参加人の具体的な権利義務への影響から考える見解と当該手続内における手続保障から考える立場がある。
③ この点を一般論として明らかにした最高裁判決はない。補助参加の利益に関する裁判例として、最判昭51・3・30裁判集民一一七号三二三頁、本誌三三六号二一六頁があり、甲の乙丙に対する乙丙の共同不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟の第一審において、乙に対する請求を認容し、丙に対する請求を棄却する判決があり、乙が自己に対する判決につき控訴しないときは、乙は、甲丙間の判決について控訴するため甲に補助参加をすることができるとした。この判例に対しては、訴訟物非限定説を採ったものとする評釈もあるが、訴訟物限定説からの説明も可能である。下級審裁判例も、訴訟物限定説、訴訟物非限定説に分かれている。
(3) 「利害関係」の意義
いかなる「利害関係」かについては、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係であることを要し、法律上の利害関係であれば、財産法上のものに限られず、身分法上のものでも、私法上のものでもよく、さらには公法上のものでもよい(大決昭8・9・9民集一二巻二二号二二九四頁、最判昭39・1・23裁判集民七一号二七一頁)とする点については、判例・学説上ほぼ一致している。
そして、その影響の程度については、法律上の利害関係があれば、判決がその地位の決定に参考となるおそれ(事実上の影響)があればよいといわれている。また、この法律上の利害関係があるというためには、必ずしも判決が直接に参加人の実体権に影響を及ぼすべき場合に限らず(前掲大決昭8・9・9)、判決の効力が直接参加人に及ぶ必要はない(判決の効力が及ぶ場合は共同訴訟的補助参加になる)。
2 株主代表訴訟における会社の取締役側への補助参加の許否に関する学説
(1) 補助参加否定説
補助参加を認めるためには補助参加人と被参加人が共通の利害を有することを必要とするところ、株主代表訴訟の訴訟物は、会社の取締役に対する損害賠償請求権であり、被告が敗訴すれば会社に利益となり、被告が勝訴すれば会社に不利益となる関係にあるから、会社には訴訟物たる権利関係について法律上の利害関係はないとする。そして、補助参加肯定説が法律上の利益として主張するものはいずれも事実上の利害関係であるとする。また、商法は、株主代表訴訟に関し、取締役の責任追及の訴訟の提訴の是非、ひいては会社の意思決定の適法性に関する取締役会・代表取締役・監査役の判断に信頼を置かず、株主の判断を尊重するという態度をとっているから、会社がその判断で被告取締役に補助参加することは許されず、会社は株主の判断を尊重して、中立的な立場を貫くべきであり、会社が提訴株主の訴訟遂行を妨げるような訴訟行為をするのは疑問であるという。
なお、会社の参加を認めることの不都合として、① 会社が被告取締役の弁護士費用を負担することは、会社から取締役への贈与又は報酬の供与にあたり、前者の場合は取締役会の承認が(商法二六五条)、後者の場合は定款の定め又は株主総会による承認決議が(二六九条)それぞれ必要であると考えられるが、被告取締役側に補助参加することで会社が被告取締役の弁護士費用を実質的に負担することとなる危険があること、② 会社の顧問弁護士が被告側の訴訟代理人となることは利益相反行為(弁護士法二五条二号、日弁連弁護士倫理二六条二号)に当たる可能性があること、③ 会社の被告取締役への補助参加を認めると会社が被告に有利な訴訟資料・証拠資料のみを提出する危険があることなどが指摘されている。
(2) 補助参加肯定説
株主代表訴訟における会社の被告取締役への補助参加を肯定する見解は、補助参加の利益につき、訴訟物に限定せず判決理由中の判断を含むとする説を採用する。法律上の利害関係として、① 行政庁から立入検査、業務の停止、解散命令等の公法上の監督処分を受ける可能性があること、② 会社の継続的な業務の方針に影響を与えること、③ 被告取締役が敗訴すれば重要な取引先から取引中止を通告されるおそれがあり、取引が中止されると会社の事業継続に重大な支障が生じるおそれがあること、④ 経営判断に属する事柄について株主代表訴訟が提起され、被告取締役が敗訴すると今後の経営判断に萎縮的効果が生じ、又は会社のイメージに致命的な打撃を受けるおそれがあること、⑤ 原告が勝訴すると、会社が原告株主に対し弁護士費用等の償還義務を負担することになること、⑥ 会社の意思決定の適法性自体が会社の法律上の地位であるとの立場から、株主代表訴訟において、会社に対する責任の根拠として主張されている被告取締役の行為が当該取締役の独自の判断に基づくものではなく、会社の意思決定の結果としてなされている場合には、訴訟の争点としてその意思決定の適法性が争われることになるため、会社の意思決定の適法性という会社自身の組織法上の法的地位が訴訟の争点として判断を受けることになるから、会社の意思決定の適否の判断が会社の業務運営に直接重大な影響を与える場合には、現経営陣が会社を代表して争う機会を与えなければ手続保障を欠くことになること等が挙げられている。
なお、株主代表訴訟においては、原告が株主全体に帰属する権利を行使しているという代表訴訟性が認められるべきであり、会社が被告取締役に補助参加しても自分の権利を行使する訴訟の棄却を求めていることにはならないから、論理矛盾ではないとする。
経済界や自民党からも補助参加を認めるべきであるとする提言がされている(自由民主党法務部会商法に関する小委員会「コーポレート・ガバナンスに関する商法等改正試案骨子」(平成九年九月八日)、経済団体連合会コーポレート・ガバナンス特別委員会「コーポレート・ガバナンスのあり方に関する緊急提言」(平成九年九月一〇日))。
3 株主代表訴訟における会社の取締役側への補助参加の許否に関する下級審裁判例
(1) 補助参加否定説を採るものとして,原決定のほか、名古屋高決平8・7・11本誌九二三号二八四頁、判時一五八八号一四五頁(及びその原審名古屋地決平8・3・29判時一五八八号一四八頁[中部電力事件])がある。
(2) 補助参加肯定説を採るものとして,東京地決平7・11・30本誌九〇四号一九八頁、判時一五五六号一三七頁[東京商銀信用組合事件]、東京高決平9・9・2本誌九八四号二三四頁、判時一六三三号一四〇頁[セイコー事件]、東京地決平12・4・25判時一七〇九号三頁[興銀事件]がある。
4 本決定の意義
(1) 従来の学説、裁判例は、訴訟物限定説即補助参加否定、訴訟物非限定説即補助参加肯定のように図式化されて説明されてきたため、補助参加を認めた本決定が訴訟物非限定説を採ったとの評価もあり得ると思われる。しかし、本件の訴訟物は、単に「会社の取締役らに対する損害賠償請求権」ではなく、判例理論であるところの旧訴訟物理論によれば、「会社の四八期、四九期の決算において取締役らが忠実義務に違反して粉飾決算を指示し又はこれを見逃したことを原因とする会社の取締役らに対する損害賠償請求権」である。本決定が、このような損害賠償請求権が認められて取締役らが敗訴した場合には、会社のそれ以降の各期の計算関係に影響を及ぼし、現在又は将来の取引関係にも影響を及ぼすおそれがあることが推認されると判示しているところからすれば、訴訟物限定説に立ったものとして説明することも可能であると思われる。いずれにせよ、本決定は、この点についていずれの見解を採用するかを明らかにしたものではない。
(2) 原決定を含む補助参加否定説が、株主代表訴訟の訴訟構造上会社と取締役の利害が相反するとしたのに対し、本決定は株主代表訴訟の訴訟構造に触れるところがない。おそらく、補助参加の利益は、訴訟構造にかかわらず、その法律上の利害関係の有無によって定まるものと解したのであろう。
(3) 本決定は、取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟においては、取締役会の意思決定の違法を原因とする株式会社の取締役に対する損害賠償請求が認められれば、その取締役会の意思決定を前提として形成された株式会社の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがあるというべきであり、株式会社は、取締役の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有するということができるとしている。取締役会の意思決定の違法を原因とする株主代表訴訟においては、会社には、原則として、このような法律上の利害関係があるとする趣旨であり、具体的には、本件の場合、会社の四八期以降の各期の計算関係に影響を及ぼし、現在又は将来の取引関係にも影響を及ぼすおそれがあるとしたものである。
(4) 補助参加否定説が挙げる不都合について、本決定は、補助参加をすること自体が取締役の責任にかかわる経営判断の一つであり、補助参加を認めたからといって、株主の利益を害するとか、公正妥当な訴訟運営が損なわれるとまではいえず、それによる著しい訴訟の遅延や複雑化を招くおそれはないこと、また、会社側からの訴訟資料等の提出が期待され、審理の充実が図られること等をも理由として、会社の取締役側への補助参加を認めたものである。
(5) 本決定は、従前、学説・下級審裁判例が分かれていた問題について最高裁判所として初めての判断を示したものであり、実務に大きな影響を及ぼすとともに、経済界からも注目を集めたものであるので、紹介する。

+判例(H14.1.22)
理由
上告代理人洪性模、同許功、同安由美の上告理由について
1 本件訴訟は、被上告人が上告人に対し、家具等の商品(以下「本件商品」という。)の売買代金の支払を求めるものである。原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人は、カラオケボックス(以下「本件店舗」という。)建築のため、平成六年一〇月、白柳美佐男との間で店舗新築工事請負契約を締結した。
(2) 被上告人は、白柳に対し、本件商品を含む家具等の商品を販売したとして、平成七年九月一八日、和歌山地方裁判所にその残代金の支払を求める訴えを提起した(同裁判所平成七年(ワ)第四六六号。以下、同訴訟を「前訴」という。)。
前訴において、白柳は、被上告人が本件店舗に納入した本件商品を含む商品について、施主である上告人が被上告人から買い受けたものであると主張したことから、被上告人は、上告人に対し、平成八年一月二七日送達の訴訟告知書により訴訟告知をした。しかし、上告人は、前訴に補助参加しなかった。
(3) 前訴につき、本件商品に係る代金請求部分について、被上告人の請求を棄却する旨の判決が言い渡され確定したが、その理由中に、本件商品は上告人が買い受けたことが認められる旨の記載がある。
2 以上の事実関係の下において、原審は、旧民訴法七八条、七〇条所定の訴訟告知による判決の効力が被告知人である上告人に及ぶことになり、上告人は、本訴において、被上告人に対し、前訴の判決の理由中の判断と異なり、本件商品を買い受けていないと主張することは許されないとして、被上告人の請求を認容した。
3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 旧民訴法七八条、七〇条の規定により裁判が訴訟告知を受けたが参加しなかった者に対しても効力を有するのは、訴訟告知を受けた者が同法六四条にいう訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られるところ、ここにいう法律上の利害関係を有するとは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される(最高裁平成一二年(許)第一七号同一三年一月三〇日第一小法廷決定・民集五五巻一号三〇頁参照)。
また、旧民訴法七〇条所定の効力は、判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものであるが(最高裁昭和四五年(オ)第一六六号同年一〇月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一一号一五八三頁参照)、この判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断とは、判決の主文を導き出すために必要な主要事実に係る認定及び法律判断などをいうものであって、これに当たらない事実又は論点について示された認定や法律判断を含むものではないと解される。けだし、ここでいう判決の理由とは、判決の主文に掲げる結論を導き出した判断過程を明らかにする部分をいい、これは主要事実に係る認定と法律判断などをもって必要にして十分なものと解されるからである。そして、その他、旧民訴法七〇条所定の効力が、判決の結論に影響のない傍論において示された事実の認定や法律判断に及ぶものと解すべき理由はない
(2) これを本件についてみるに、前訴における被上告人の白柳に対する本件商品売買代金請求訴訟の結果によって、上告人の被上告人に対する本件商品の売買代金支払義務の有無が決せられる関係にあるものではなく、前訴の判決は上告人の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすものではないから、上告人は、前訴の訴訟の結果につき法律上の利害関係を有していたとはいえない。したがって、上告人が前訴の訴訟告知を受けたからといって上告人に前訴の判決の効力が及ぶものではない。しかも、前訴の判決理由中、白柳が本件商品を買い受けたものとは認められない旨の記載は主要事実に係る認定に当たるが、上告人が本件商品を買い受けたことが認められる旨の記載は、前訴判決の主文を導き出すために必要な判断ではない傍論において示された事実の認定にすぎないものであるから、同記載をもって、本訴において、上告人は、被上告人に対し、本件商品の買主が上告人ではないと主張することが許されないと解すべき理由もない
4 以上によれば、前訴の判決の理由中に本件商品は上告人が被上告人から買い受けたことが認められる旨の記載があるからといって、前訴の判決の効力が上告人に及び、上告人が本件商品の買主であるとして売買代金の支払を認めるべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人の本件商品の売買代金支払債務の有無について更に審理を遂げさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 本件は、家具販売等を業とする会社である原告が、被告が施主となって建築されたカラオケボックスに納入したテーブル等(本件商品)の売買代金一〇〇万円余りの支払を求めた代金請求の事案である(なお、本件は旧民訴法適用の事案である。)。
原告は、本件訴訟に先立ち、同カラオケボックスの建築業者に対し、同建築業者からの注文によりカラオケボックスに本件商品を含む家具等を納入したとして、商品残代金五五〇万円余りの支払を求める別件訴訟を提起したところ、同建築業者は、この納入商品の一部について、注文者は自分ではなく、施主である被告が直接注文したものであるとして争ったため、原告は、被告に対し、訴訟告知をしたが、被告は補助参加しなかった。別件訴訟は、本件商品に係る代金請求部分については請求が棄却されて確定したが、その判決の理由中において、本件商品は別件訴訟の被告である建築業者が購入したものではなく、本件訴訟の被告が購入したものであるとの認定がされた。

二 本件訴訟において、原審は、参加的効力が判決理由中の事実認定や法律判断等にも及ぶ旨を述べる最一小判昭45・10・22民集二四巻一一号一五八三頁、本誌二五五号一五三頁を引用し、訴訟告知による参加的効力(旧民訴法七八条、七〇条)により、被告は、別件訴訟判決の理由中の判断である本件商品の買主が被告であるとの判断と異なる主張をすることは許されないとして、本件商品の買主が被告であるか否かという点について認定をすることなく、原告の本件商品代金請求を認容すべきとした。
これに対し、本判決は、本件訴訟の被告には別件訴訟の参加的効力が及ばないこと、しかも、参加的効力は、傍論において示された判断には及ばないことを述べて、原判決を破棄すべきものとした。なお、本件の判示部分は、このうち、後者の参加的効力の客観的範囲について述べた部分である。

三 訴訟告知による参加的効力は参加利益ある者にのみ生ずると解されるが、その補助参加の利益は、訴訟の結果について「利害関係」を有する場合に認められる(民訴法四二条、旧六四条)。この「利害関係」は、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係であることを要するとする点では、判例・学説上ほぼ一致しており、最近では、取締役に対し提起された株主代表訴訟において株式会社が取締役を補助するため訴訟に参加することの許否について判断した最一小決平13・1・30民集五五巻一号三〇頁、本誌一〇五四号一〇六頁がその旨を述べている。また、同最高裁決定は、法律上の利害関係を有する場合とは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解されるとしている。本件では、別件訴訟において、原告の建築業者に対する本件商品の売買代金請求が認められないということが決まるだけでは、被告に何ら事実上の影響をも与えるものではなく、被告が法律上の利害関係を有するものとはいえないものといえ、被告には参加的効力が及ぶものではないことになろう
なお、補助参加の利益が認められる場合の「訴訟の結果」については、終局判決の主文で判断される訴訟物たる権利関係の存否を指すとする訴訟物限定説と、これに限らず、判決理由中の判断も含まれるとする訴訟物非限定説との争いがあるところであるが、本件判決は、訴訟物限定説によった場合は勿論、訴訟物非限定説によっても説明できるものと解され、いずれにしても、本判決は、この点について、いずれの見解に立つものかは明らかにしていないものと思われる。

四 また、前述の昭和四五年最高裁判決は、参加的効力は、判決理由中の事実認定や法律判断にも及ぶ旨を述べるところであるが、この判決の理由とは、判決書の必要的記載事項として挙げられている「理由」(民訴法二五三条一項三号、旧一九一条一項三号)をいうものと解され、これは、主文に掲げる結論を導き出した判断過程をいうものであるから、主文を導き出すために判断を要する攻撃防御方法についての事実認定と法律判断等をもって必要にして十分ということになる。そうであるから、事実認定や判断についての説得力を増すため、あるいは当事者の納得を得るために、判断を要する攻撃防御方法以外の関連事項について示された判断、いわゆる傍論について参加的効力が及ぶものではないといえる。このことは、傍論を説示するか、傍論としていかなる事項を取り上げるのかも判決裁判所の一存に係っていることを考えると、傍論に参加的効力を肯定することは、被告知者の地位を著しく不安定にすることになるもので妥当でないことからも肯定できるものといえる。
なお、学説においては、参加的効力が及ぶのは、前訴における主要事実の存否の判断についてであるとする見解(兼子一ほか編・判例民事法(上)〔増補〕三〇五頁、上原敏夫・注釈民事訴訟法(2)二九七頁等)と、必ずしも主要事実の判断には限らないとすると思われる見解(井上治典・多数当事者訴訟の法理三八一頁等)とがある。
五 本件の判示部分は、旧民訴法についていうものであるが、現行民訴法四六条の参加的効力についても同様にいえるものと解され、参加的効力の客観的範囲についていう前述の昭和四五年最高裁判決の内容を更に明確にし、学説においても見解が分かれていた点について最高裁としての判断を示したものであって、今後の実務の参考になるものと思われる。

+判例(S39.1.23)

②「訴訟の結果」

+判例(仙台高決42.2.28)
理  由
本件抗告の趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。
補助参加の要件たる民事訴訟法第六四条にいわゆる訴訟の結果につき利害関係を有する第三者とは、判決主文における訴訟物自体に関する判断の結果につき法律上の利害関係を有する者をいうのであつて、右利害関係は、判決主文に直接するものであることを要せず、いやしくも判決主文から法論理的に推知される利害関係であれば、たとえ間接的なものであつても、補助参加の利益があるものと解するのが相当である。
本件についてこれを見るに、抗告人が被告を補助するため参加しようとする本訴訟は、「被告は、原告(相手方)が本件各不動産につき所有権移転仮登記の抹消登記手続をなすことを承諾せよ。」との裁判を求めるもので、その請求原因は、要するに、(一)被告は、昭和三六年七月三〇日頃訴外羽田庄司および羽田吉郎治からその各所有にかかる本件各不動産を、福島県知事の許可を条件として買い受け、同年一一月一六日右停止条件付売買契約を登記原因として右各不動産につき仮登記を経由した。(二)一方、原告は、昭和三八年二月一日羽田庄司との間に手形取引および証書貸付契約を締結し、羽田吉郎治は、右契約に基づく羽田庄司の債務につき連帯保証をした。(三)同年二月二三日原告は、右貸付契約に基づき羽田庄司および羽田吉郎治との間に債権極度額金四〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、本件各不動産につき根抵当権設定登記を経由した。(四)その後原告は、前記貸付契約に基づき羽田庄司に対し金員を貸し付け、昭和三八年四月一日現在貸付元金総額は金五二三万五、〇〇〇円に達した。(五)しかるに、前記農地法に基づく許可申請は、福島県知事によつて却下されたので、昭和三九年一一月二三日被告と羽田庄司および羽田吉郎治は、合意の上本件各不動産に関する前記停止条件付売買契約を解除した。(六)よつて、原告は、登記上の利害関係人として、予備的に羽田庄司および羽田吉郎治に対する前記貸付金債権に基づき、右両名に代位して、被告に対し本件所有権移転仮登記の抹消登記手続をすることの承諾を求めるため本訴請求に及んだ、というにある。
一方補助参加をしようとする抗告人の参加理由は、要するに、(一)抗告人は、羽田庄司(羽田吉郎治は連帯納税義務者)に対する昭和三九年度分贈与税等合計金九九万九、三二〇円の租税債権に基づき、国税徴収法による滞納処分として、昭和四〇年一月二五日羽田庄司の被告に対する本件各不動産の売買代金債権金一五〇万円のうち金一三〇万円を差し押えた。(二)被告の羽田庄司および羽田吉郎治に対する本件各不動産に関する所有権移転請求権と右両名の被告に対する売買代金債権とは双務契約上の牽連関係にあるので、本訴訟の判決において、右所有権移転請求権が存在しないと判断されるときは、当然に右売買代金債権も存在しないものとして取り扱われる関係にあるから、もし被告が敗訴した場合、抗告人が被告を相手方として前記売買代金につき羽田庄司らを代位して取立訴訟を提起しても抗告人は不利益な取扱を受けるし、該確定判決によつて本件仮登記が抹消されると、順位保全の効力を失い、その結果は、右仮登記後に所有権取得登記を経由した者に対抗し得ないこととなり、また後順位の抵当権者も先順位に浮上することは必然で、そうなると、抗告人の前記租税債権の取立に影響を及ぼすことになるので、右租税債権に基づく債権差押の効力を保持し、満足な取立を確保するため、差押の対象たる権利を擁護する必要がある、というのである。
右事実関係のもとにおいては、原被告間の本訴訟の訴訟物は、本件各不動産に対する仮登記抹消登記請求権であつて、右訴訟における判決の結果如何により直接抗告人の羽田庄司および羽田吉郎治に対する前記租税債権に影響を及ぼすものではないが登記は、実体上の権利関係を反映すべきもので、実体上の権利関係との不一致を理由に登記の変更訂正を求める訴においては、常に実体上の権利関係の存否自体が請求の主たる内容をなし、判断の対象となるのであるから、本訴訟において被告が敗訴すると、本件所有権移転仮登記が抹消されることになるが、その場合の判決理由は、原告の請求原因に照らし、羽田庄司および羽田吉郎治と被告間の本件各不動産に関する前記売買契約が解除され、その結果、実体上の権利関係と登記とが符合せざるに至つたということになるわけである。そうなると、双務契約たる売買契約解除の当然の結果として、被告の羽田庄司および羽田吉郎治に対する本件各不動産の所有権移転請求権が消滅するとともに、右両名の被告に対する売買代金債権もまた消滅することとなるので、抗告人が前記租税債権を保全するためにした羽田庄司の被告に対する前記売買代金債権の差押は、結局その目的を遂げざるに至るべく、しかも、疎丙第一三号証によると、国税滞納者たる羽田庄司および羽田吉郎治は無資力で、差押にかかる右売買代金債権以外に見るべき財産がないことが疎明されるので、抗告人は、右租税債権を確保するため、右売買代金債権差押の効力を保持する必要があるものといわねばならない。したがつて、抗告人は、原被告間の本訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する第三者に該当するものというべきであるから、抗告人の本件補助参加の申出を許容するのが相当であつたにかかわらず、原審が右と異る見解のもとに右申出を許さない旨の決定をしたのは不当であるので、これを取り消すべきものとし、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第九四条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 檀崎喜作 野村喜芳 佐藤幸太郎)

+判例(名古屋高決S44.6.4)
理由
一、抗告人は、「原決定を取消す。本件補助参加の申出を許可する。」との裁判を求め、その理由とするところは別紙抗告の理由記載のとおりである。
二、申請人A外一名・被申請人岐阜三星染整株式会社間の岐阜地方裁判所昭和四三年(ヨ)第二四六号地位保全仮処分申請事件の記録によれば、次の(一)ないし(三)の事実が明らかである。
(一) 抗告組合は、昭和四三年一月一七日仮処分申請人らを組合の統制を乱したものとして除名処分に付し、同日これを被申請会社に通告した。右通告を受けた被申請会社は、「会社の従業員は原則として組合員でなければならない。組合員で組合の除名したる者は、会社は原則として解雇する。」とのユニオン・シヨツプ協定に基づき、翌一八日申請人両名を解雇した。
(二) 申請人両名は昭和四三年七月一六日右解雇の無効を主張して岐阜地方裁判所に対し本件仮処分の申請をなした。その申請の趣旨は、「申請人らが被申請会社の従業員としての地位を有することを仮に定める。被申請会社は、昭和四三年一月一九日以降毎月二五日限り、申請人Aに対しては金三〇、三一三円、申請人Bに対しては金二四、九四一円を仮に支払え。申請費用は被申請会社の負担とする。」との裁判を求めるというのであつて、その申請理由の要旨は、(1)本件解雇の前提たる除名処分は無効であるから解雇も無効である、(2)本件解雇は不当労働行為であるから無効である、(3)本件解雇は解雇権の濫用であるから無効である、というのである。
(三) 右仮処分申請事件の第八回口頭弁論期日において抗告組合は補助参加の申出をしたが、その申出につき申請人らから異議が申立てられ、原審において、抗告組合は判決主文における判断についてはなんら法律上の利害関係を有しないものとして、右参加申出は却下された。

三、ところで抗告組合は、本件の訴訟物は抗告組合の申請人らに対する除名処分の無効を原因とする被申請会社の解雇処分の無効確認ないしはその従業員たる地位の確認であるので、右除名処分に関する判断は、訴訟物に関する判断であつて、単に判決理由中の判断に止まるものではないから、抗告組合は民事訴訟法六四条にいう「訴訟の結果につき利害の関係を有する第三者」に該当する旨主張する。
しかし、前記事実から明らかなとおり、申請人らの主張する解雇無効の理由は、単に除名処分の無効のみに限られるのではなく、不当労働行為および解雇権の濫用をもその理由としているのであつて、抗告組合のなした除名処分の効力の有無のみにより本件解雇の効力が決せられるとは限らないのであり、除名処分の効力とは無関係に解雇の効力の有無が判断されることもあり得るのであるから、本件の訴訟物は従業員たる地位および給料請求権の存否のみに限られ、除名の無効は訴訟物(請求)を理由あらしめる事由に過ぎないものというべきであつて、除名処分に関する判断が本件の訴訟物に関する判断に属するものということはできない。したがつて、仮に除名処分が無効であり、無効な除名に基づきなされた解雇も無効であると判断されて、申請人ら主張のとおりの仮処分がなされたとしても、除名無効の点に関する判断は判決理由中における判断に過ぎないのであつて、主文における判断は従業員たる地位および給料請求権の存在の確定のみに限られるのであるから、右判決から、抗告組合において直ちに申請人らを組合員として扱うべき義務を負うこととなるいわれはないし、また抗告組合において被申請会社または申請人らに対し除名の無効を原因として損害賠償責任を負うことが確定されるいわれもないのである。
抗告組合において、自らのなした除名処分の効力が争われている本件に関心を抱き、その結果につき利害の関係を有するものと考えることは理解し得ないではないが、民事訴訟法六四条にいう「訴訟の結果につき利害の関係を有する第三者」とは、判決の主文における判断につき法律上の利害関係を有する者に限られ、単に判決理由中の判断につき事実上ないし感情上の利害を有するに過ぎない者は、これに含まれないものと解すべきところ、先に説示したところから明らかなとおり、抗告組合は本件の結果につき法律上の利害関係を有する第三者ということはできず、その利害は単に判決理由中の判断に関する事実上ないしは感情上のものといわざるを得ないから、抗告組合の本件参加申出は理由がない。
よつて、右参加申出を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文のとおり決定する。
(裁判官 県宏 裁判官 西川正世 裁判官 浅香恒久)

+判例(東京高決49.4.17)スモン
理  由
本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。抗告人らが東京地方裁判所昭和四八年(ワ)第八七〇七、第九四八〇、第九四九一号損害賠償請求併合事件に被告国及び同田辺製薬株式会社を補助するため参加することを許可する。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙「抗告の理由」(一)(二)に記載のとおりである。
これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。
民事訴訟法六四条に基づき、補助参加をするには、同条に定めている「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル」場合でなければならない
そして、右「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル」場合とは、補助参加の制度の趣旨と補助参加人に対する判決の効力とを関連させてその意味を理解すべきであるといえる。
補助参加の制度は、第三者(参加申出人)が他人間に係属する訴訟の当事者の一方(被参加人)の敗訴によつて蒙る自己の法律上不利益を守るために、その当事者の一方に協力して訴訟を追行することを認める制度であるが、第三者(参加申出人)が右当事者の一方(被参加人)の訴訟の追行に協力し、又はこれに協力しえたにもかかわらず、当事者の一方(被参加人)が敗訴の確定判決を受けるに至つたときは、その敗訴の責任をその当事者(被参加人)と第三者(参加申出人)との間で公平に分担させようとするものと解される。それで、右他人間の訴訟でなされた判決の第三者(参加申出人)に対する効力は、いわゆる既判力でなく、それとは異なる特殊な効力(いわゆる参加的効力)であり、右効力の及ぶ客観的範囲は、判決の主文に包含される訴訟物たる権利関係についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でなされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶのであるが、右効力の及ぶ主観的範囲は、もとより参加人と被参加人との間に生ずるものであるが、前示参加制度の目的に鑑みると参加人と相手方との間には生ずるものではないと解するのが相当である(最判昭和四五年一〇月二二日・民集二四巻一一号一五八三頁参照)。
そうすると、前述の民事訴訟法六四条にいう「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル」場合とは、本案判決の主文に包含される訴訟物たる権利関係の存否についてだけではなく、その判決理由中で判断される事実や法律関係の存否について法律上の利害関係を有する場合も含まれるといえるが、当該他人間の訴訟の当事者の一方(被参加人)の敗訴によつてその当事者(被参加人)から第三者(参加申出人)が一定の請求をうける蓋然性がある場合及びその当事者の一方(被参加人)と第三者(参加申出人)を当事者とする第二の訴訟で当事者の一方(被参加人)の敗訴の判断に基づいて第三者(参加申出人)が責任を分担させられる蓋然性のある場合でなければならず、第一の訴訟で当事者の一方(被参加人)が相手方から訴えられているのと同じ事実上又は法律上の原因に基づき第二の訴訟で第三者が右相手方から訴えられる立場にあるというだけでは、補助参加の要件を充足しないというべきである。
判決の正確性を高め利害関係者の便宜をはかるためには、広く補助参加を認め証人尋問等の機会を与えるのがよいように思われるが、他方、訴訟が遅延し、複雑化するのを避ける必要があるので、これらの両者の関係を合理的に調整するには、民事訴訟法六四条所定の右要件を前述のとおり解するのを相当と考える。
ところで、一件記録によると、抗告人らが補助参加を申立てている本訴(標記各事件)の各被告ら(被参加人)は、相手方である原告らからキノホルム剤がスモン病の原因であることを前提として、キノホルム剤を製造、販売もしくは製造承認した点を違法として損害賠償を求められているのに対し、抗告人らは別訴(東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第六四〇〇号事件)で、右相手方たる原告らからキノホルム剤がスモン病の原因であることを前提として、キノホルム剤を投与した点を違法として損害賠償を求められているものである。そして、抗告人らは、要するに、本訴におけるキノホルム剤がスモン病の原因であるかどうかという因果関係の判断は、別訴の抗告人らに利害関係があるというのである。
しかし、キノホルム剤がスモン病の原因であるかどうかという因果関係についての判断が本訴と別訴とを通じて共通の前提問題となつているというのは、所詮本訴と別訴が同一の事実上の原因に基づいているというものにすぎず、本件において本訴の被告ら(被参加人)の敗訴によつて抗告人らが右被告ら(被参加人)から請求をうけ責任を分担させられる蓋然性がうかがえないばかりか、本訴における判決中の右因果関係の存否についての判断は、抗告人らの補助参加を認めても、いわゆる参加的効力は、別訴における原告らと抗告人らの間に及ぶものではないので、前述のとおり抗告人らが補助参加の要件を充足するとは認めがたい。
そうすると、本件補助参加の申出を不適法として却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

+判例(13.2.22)
理由
抗告代理人大下慶郎、同納谷廣美、同西修一郎、同石橋達成の抗告理由について
1 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1) 本件の本案訴訟(宇都宮地方裁判所平成10年(行ウ)第14号労災不支給処分取消請求事件)は、抗告人の小山工場に勤務していたAの妻である相手方が、Aの死亡は長時間労働の過労によるもので、業務起因性があるとして、栃木労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づいて遺族補償給付等の請求をしたところ、これを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたので、その取消しを求める行政訴訟である。
(2) 抗告人は、本案訴訟においてAの死亡につき業務起因性を肯定する判断がされると、相手方から労働基準法(以下「労基法」という。)に基づく災害補償又は安全配慮義務違反による損害賠償を求める訴訟を提起された場合に自己に不利益な判断がされる可能性があり、また、労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)12条3項により次年度以降の保険料が増額される可能性があると主張し、栃木労働基準監督署長に対する補助参加を申し出たが、相手方はこれに対して異議を述べた

2 原審は、概要次のとおり判示して、抗告人の補助参加の申出を却下すべきものとした。
(1) 本案訴訟において業務起因性を肯定する判断がされたとしても、これによって相手方の抗告人に対する安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟において当然に相当因果関係を肯定する判断がされるものではない上、後訴における抗告人の責任の有無、賠償額の範囲は、使用者の故意又は過失、過失相殺等の判断を経て初めて確定されるものであるから、本案訴訟における業務起因性についての判断が後訴における判断に事実上不利益な影響を及ぼす可能性があることをもって抗告人が本件訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。 
(2) 徴収法12条3項は、本案訴訟の結果により当然に保険料が増額されることを定めたものではないから、保険料増額の可能性があることをもって抗告人が本件訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。

3 しかしながら、原審の判断のうち上記(1)は是認することができるが、(2)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 労基法84条によると、労災保険法に基づいて労基法の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合においては、使用者は補償の責を免れるものとされているから、本案訴訟において本件処分が取り消され、相手方に対して労災保険法に基づく遺族補償給付等を支給する旨の処分がされた場合には、使用者である抗告人は、労基法に基づく遺族補償給付等の支払義務を免れることになる。そうすると、本案訴訟において被参加人となる栃木労働基準監督署長が敗訴したとしても、抗告人が相手方から労基法に基づく災害補償請求訴訟を提起されて敗訴する可能性はないから、この点に関して抗告人の補助参加の利益を肯定することはできない。また、本案訴訟における業務起因性についての判断は、判決理由中の判断であって、労災保険法に基づく保険給付(以下「労災保険給付」という。)の不支給決定取消訴訟と安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟とでは、審判の対象及び内容を異にするのであるから、抗告人が本案訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。原決定中、抗告人の上記主張を排斥した部分は、これと同旨をいうものとして、是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。
(2) 徴収法12条3項によると、同項各号所定の一定規模以上の事業については、当該事業の基準日以前3年間における「業務災害に係る保険料の額に第1種調整率を乗じて得た額」に対する「業務災害に関する保険給付の額に業務災害に関する特別支給金の額を加えた額から労災保険法16条の6第1項2号に規定する遺族補償一時金及び特定疾病にかかった者に係る給付金等を減じた額」の割合が100分の85を超え又は100分の75以下となる場合には、労災保険率を一定範囲内で引き上げ又は引き下げるものとされている。そうすると、徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業においては、労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると、行政事件訴訟法33条の定める取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、当該事業の事業主は、労働基準監督署長の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有し、これを補助するために労災保険給付の不支給決定の取消訴訟に参加をすることが許されると解するのが相当である。したがって、抗告人の小山工場(小山工場につき徴収法9条による継続事業の一括の認可がされている場合には、当該認可に係る指定事業)が徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業に該当する場合には、本件処分が取り消されると、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、抗告人は、栃木労働基準監督署長を補助するために本案訴訟に参加することが許されるというべきである。原決定中、これと異なる見解に立って抗告人の補助参加の利益を否定した部分には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。論旨はこの趣旨をいう限度で理由がある。
4 以上の次第で、原決定は破棄を免れず、本件については、抗告人の小山工場(小山工場につき徴収法9条による継続事業の一括の認可がされている場合には、当該認可に係る指定事業)が徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業に該当するかどうかにつき更に審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田顯)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
本件の本案訴訟は、抗告人の小山工場に勤務していたAの妻である原告が、Aの死亡は長時間労働の過労によるもので、業務起因性があるとして、被告労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償給付等の請求をしたところ、これを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことから、その取消しを求める行政訴訟である。
抗告人は、第一審において被告労働基準監督署長に対する補助参加の申出をし、本案訴訟において業務起因性を肯定する判断がされると、(1) 原告から労働基準法(以下「労基法」という。)に基づく災害補償又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求める訴訟を提起された場合に自己に不利益な判断がされる可能性があり、また、(2) 労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)一二条三項所定のいわゆるメリット制により次年度の保険料が増額される可能性があると主張したが、原告はこれに対して異議を述べた。
原々決定は、抗告人の補助参加の申出を却下し、原決定(労働判例七九三号七一頁)も、(1) 本案訴訟において業務起因性が肯定されたとしても、これによって当然に安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟における相当因果関係が肯定されるものではないから、本案訴訟における業務起因性についての判断が後訴における判断に事実上不利益な影響を及ぼす可能性があることをもって抗告人が訴訟の結果につき法律上の利害関係があるということはできない、(2) 徴収法一二条三項は、本案訴訟の結果により当然に保険料が増額されることを定めたものではないから、保険料増額の可能性があることをもって訴訟の結果につき法律上の利害関係を有するということはできない、として抗告人の抗告を却下した。そこで、抗告人から許可抗告の申立てがされた。
二 本決定の判断の概要
本決定は、原決定の判断のうち(1)の部分については、① 本案訴訟において本件処分が取り消され、相手方に対して労災保険法に基づく遺族補償給付等を支給する処分がされた場合には、使用者である抗告人は、労基法八四条により同法に基づく遺族補償給付等の支払義務を免れることになるから、本案訴訟において被告労働基準監督署長が敗訴したとしても、抗告人が相手方から労基法に基づく災害補償請求訴訟を提起されて敗訴する可能性はない、② 本案訴訟における業務起因性についての判断は、理由中の判断であって、労災保険給付の不支給決定取消訴訟と安全配慮義務訴訟に基づく損害賠償請求訴訟とでは、審判の対象及び内容を異にするから、抗告人が訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない、としてこれを是認したが、(2)の部分については、徴収法一二条三項各号所定の事業においては、労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると、行訴法三三条の定める取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、当該事業の事業主は、労働基準監督署長を補助するため訴訟に参加することが許される、として原決定を破棄し、本件を原審に差し戻した。
三 説明
1 補助参加の利益について
補助参加は、「訴訟の結果について利害関係を有する」場合に認められる(民訴法四二条)。「利害関係」の意義については、一般に、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係であることを要するが、必ずしも判決が直接に参加人の実体権に影響を及ぼす場合に限られず、判決が参加人の地位の決定に参考とされるおそれ(事実上の影響)があれば足りるものと解されており、この点に関し特に異論はみられない。一方、「訴訟の結果」の意義については、従前は、「訴訟の結果」を終局判決の主文で示される訴訟物たる権利関係の存否を指すものと解し、判決理由中の判断に利害関係があるだけでは足りないとする訴訟物限定説(菊井=村松・全訂民事訴訟法〔補訂版〕四〇三頁、注解民事訴訟法〔第二版〕(2)二〇五頁、兼子一・条解民事訴訟法(上)一六二頁、三ヶ月章・民事訴訟法〔第三版〕二七九頁、伊東乾「補助参加の利益」演習民事訴訟法六九八頁、木川統一郎「補助参加の利益」民事訴訟法重要問題講義(上)一〇六頁等)が通説であったが、近時は、判決理由中の判断について利害関係がある場合を含むとする訴訟物非限定説(兼子=松浦=竹下・条解民事訴訟法一七七頁、伊藤眞「補助参加の利益再考」民訴四一巻一頁、井上治典「補助参加の利益」多数当事者訴訟の法理六五頁、同「補助参加の利益・再論」同一七五頁、高橋宏志「補助参加について(二)(三)」法教一九五号八八頁、一九六号七六頁等)が有力に唱えられている。
訴訟物非限定説は、「通説は、判決主文における訴訟物についての判断が、補助参加人を当事者とする将来の訴訟においてその法律上の地位を裁判所が判断する上で不利に参考とされる場合に、補助参加の利益が認められるとする。しかし、補助参加人自身の法律上の地位が争われる場合に事実上不利な影響が生じるという点では、判決主文中の判断であろうと理由中の判断であろうと違いはないはずである。」という通説への批判を契機に唱えられるようになったものであり(伊藤眞・前掲・補助参加の利益再考・四頁、同・民事訴訟法五七〇頁等)、その指摘には鋭いものがあるように思われる。しかし、この批判から直ちに訴訟物非限定説の結論が論理必然的なものとして導き出されるものではないし、訴訟物非限定説には、その論者自身が指摘するように(井上治典「補助参加の利益・半世紀の軌跡」本誌一〇四七号四頁)、① 補助参加の申出の時点では、何が判決理由中の主要な争点となるかは不確定であるから、補助参加の利益の有無の判断が困難になる上、② 補助参加の利益を広く認めると、実際には被参加人と利害関係が相反する補助参加人の参加によって、被参加人の訴訟追行が阻害・撹乱されたり、訴訟引き延ばしに利用されるなどの弊害があるほか、争点の拡散や期日指定の困難、送達手続の煩雑化を招き、訴訟の機動性を失わせるおそれがあるなどの問題点がある。これに加え、③ 訴訟では、補助参加人が利害関係を有する争点について判決理由中で判断が示される保障はないばかりか、理由中の判断に対する不服を理由とする上訴は認められないから、理由中の判断についての利害関係は、訴訟において保護することを予定されたものとはいえないこと、④ 本来、訴訟は当事者のためにあるから、当事者の双方又は一方が第三者の補助参加に反対する以上、当該第三者の手続関与の利益は、当事者の利益の背後に後退すべき問題であること等を考慮すると、訴訟物非限定説に立って第三者の補助参加を広く認めることには問題がないわけではなく、むしろ、訴訟物限定説の立場は、民訴法の構造に沿うものであって、実務の実際にも合致したものといえるようにも思われる。
2 行政処分の取消訴訟における被告行政庁側への補助参加について
ところで、行政処分の取消訴訟においては、取消判決は当事者たる行政庁その他関係行政庁を拘束するものとされているから(行訴法三三条)、第三者が被告行政庁の敗訴により不利益を被るとして補助参加を申し出た場合には、当該不利益が取消判決の拘束力によって生じるものであるとしても、前述のような法律上の利害関係に当たるときは、これを保護する必要があるものと思われる。例えば、申請拒否処分の取消訴訟では、被告行政庁が敗訴すると、取消判決の理由中の判断に沿って改めて行政処分がされることになるから、取消判決の拘束力により新たな行政処分がされることについて法律上の利害関係を有する者に関しては、補助参加の利益が肯定されることになろう。行政処分の取消訴訟においては、訴訟の結果により権利を害される第三者は、職権又は申立てにより訴訟に参加することができるとされているところ(行訴法二二条)、同条にいう「訴訟の結果により権利を害される第三者」とは、取消判決の効力自体によって権利を侵害される場合に限られず、取消判決の拘束力を通じて権利を害される場合を含むものと解されている(杉本良吉・行政事件訴訟法の解説七九頁、園部逸夫編・注解行政事件訴訟法三二八頁、南博方編・注釈行政事件訴訟法二〇四頁、南博方編・条解行政事件訴訟法五七九頁、渡部吉隆園部逸夫編・行政事件訴訟法体系三五八頁等、最三小決平8・11・1本誌九二七号九一頁、判時一五九〇号一四四頁〔ただし特別抗告事件における傍論〕)。この規定と対比しても、民訴法四二条にいう「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」とは、取消判決の拘束力を通じて自己の権利関係に事実上の影響を受ける場合を含むと解するのが相当であろう。そうすると、行政処分の取消訴訟においては、民訴法四二条にいう「訴訟の結果」の意義について訴訟物限定説、訴訟物非限定説のいずれの立場に立ったとしても、取消判決の拘束力を通じて自己の権利関係に事実上の影響を受ける第三者については、補助参加が認められることになるものと思われる。
四 本決定の意義
徴収法一二条三項は、事業主の負担の具体的公平を図るとともに事業主の災害防止努力を促進するため、その事業の業務災害に関して行われた保険給付の額に応じて保険料を変動させるメリット制を採用している。本決定は、徴収法一二条三項各号所定の一定規模以上の事業においては、業務災害に関して行われた保険給付の額が増減した場合には、労災保険率を一定範囲内で引き上げ又は引き下げるものとされているので、労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると、取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、当該事業の事業主は、労働基準監督署長を補助するために労災保険給付の不支給決定の取消訴訟に参加をすることが許されるとして原決定を破棄したものであり、取消判決の拘束力を通じて自己の権利関係に事実上の影響を受ける場合には補助参加の利益が認められるとする前記見解に立脚するものと考えられる。
また、本決定は、補助参加の利益についての一般論を述べていないが、前述のとおり、本案訴訟における業務起因性についての判断は理由中の判断にすぎないとして、安全配慮義務違反による損害賠償を求める訴訟を提起された場合に不利益な判断がされる可能性があることをもって補助参加の利益があるということはできないとしている。右判示からすると、本決定は、補助参加の利益を広く認める訴訟物非限定説の立場とは一線を画するもののように思われる。
本決定は、従前あまり議論されていなかった労災保険給付の不支給決定取消訴訟において事業主が労働基準監督署長を補助するため訴訟に参加することの許否について最高裁判所として初めての判断を示したものであり、実務上、参考になると考えられるので、紹介する。

③「因果関係」
事実上のもので足りる。

+判例(S63.2.25)
理由
上告補助参加人代理人Aの上告理由について
一 原審が適法に確定した事実及び記録に徴すれば、本件訴訟の経過は次のとおりである。
(一) 坂出市の住民である上告人ら外三名は、昭和五二年五月一六日、同市監査委員に対し、同市の市長である被上告人Bが林田・阿河浜地区工業用地造成事業の施行に伴い関係漁業団体に支出した漁業補償金は違法、不当なものであるとして、同市が被つた損害の返還の措置を求める旨の監査請求をしたところ、同市監査委員は、これに対し、同年七月一三日付けで右監査請求はいずれも理由がない旨の通知をしたので、上告人ら外二名が、同年八月八日地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の規定に基づき、同市に代位して被上告人らに対し前記損害の賠償を求める本件訴訟を提起した。
(二) 坂出市の住民である上告補助参加人は、昭和五二年九月一九日上告人らの右監査請求と同趣旨の監査請求をしたところ、同市監査委員は、上告補助参加人に対し、同年一一月七日付けで右監査請求は理由がない旨の通知をしたので、上告補助参加人は、同年一二月六日本件訴訟について、上告人ら外二名を補助するため参加する旨の本件補助参加の申出をした。
(三) 第一審裁判所は、昭和六〇年一〇月三一日本件訴訟につき、上告人らの請求をいずれも棄却する旨の判決をした。これに対し、上告補助参加人は、同年一一月一三日原審裁判所に控訴を申し立てたところ、上告人らは、昭和六一年五月七日控訴取下書を提出した。
(四) 原審は、上告人らの控訴取下げにより本件訴訟は終了したとして、前文記載の判決をもつて訴訟終了宣言をした。

二 論旨は、要するに本件補助参加につき、いわゆる共同訴訟的補助参加の効力を認めなかつた原審の判断は、法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。

三 法二四二条の二第四項は、同条一項の規定による訴訟(以下「住民訴訟」という。)が係属しているときは、当該普通地方公共団体の他の住民は、別訴をもつて同一の請求をすることができないと規定しているが、右規定は、住民訴訟が係属している場合に、当該住民訴訟の対象と同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象とする適法な監査請求手続を経た他の住民が、同条二項所定の出訴期間内に民訴法七五条の規定に基づき共同訴訟人として右住民訴訟の原告側に参加することを禁ずるものではなく、右出訴期間は監査請求をした住民ごとに個別に定められているものと解するのが相当であるから、共同訴訟参加申出についての期間は、参加の申出をした住民がした監査請求及びこれに対する監査結果の通知があつた日等を基準として計算すべきである。そして、右期間内において、前記の適法な監査請求手続を経た住民が住民訴訟の原告側に補助参加の申出をしたときは、当該住民は右住民訴訟に共同訴訟参加をすることが可能であるところ補助参加の途を選択したものというべく、右補助参加をいわゆる共同訴訟的補助参加と解し、民訴法六二条一項の類推適用など、共同訴訟参加をしたのと同様の効力を認めることは相当ではないというべきである。
本件についてこれをみるに、前記の事実関係によれば、上告補助参加人は、本件訴訟の対象と同一の財務会計上の行為を対象とする適法な監査請求手続を経たうえ、法二四二条の二第二項所定の出訴期間内に、本件訴訟につき、原告である上告人ら外二名を補助するため本件補助参加の申出をしたのであり、本件補助参加の申出は、共同訴訟参加をすることが可能である場合に行われたものであることが明らかであるから、本件補助参加をいわゆる共同訴訟的補助参加と解することはできない。
そうすると、上告補助参加人がした本件補助参加は通常の補助参加と解するのが相当であるから、上告補助参加人がした本件控訴は、上告人らの控訴の取下げによつてその効力を失い(民訴法六九条二項)、本件訴訟は右控訴の取下げにより終了したものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖)

3.設例についての考え方

+判例(H13.3.13)
理由
上告代理人森永友健の上告受理申立て理由第一ないし第三及び第五について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人らの長男であるA(昭和57年1月13日生)は、昭和63年9月12日午後3時40分ころ、埼玉県上福岡市ab丁目c番d号先路上において、自転車を運転し、一時停止を怠って時速約15㎞の速度で交通整理の行われていない交差点内に進入したところ、同交差点内に減速することなく進入しようとした上告補助参加人川越乗用自動車株式会社の従業員である同B運転に係る普通乗用自動車と接触し、転倒した(以下「本件交通事故」という。)。
(2) Aは、本件交通事故後直ちに、救急車で被上告人が経営する上福岡第二病院(以下「被上告人病院」という。)に搬送された。被上告人の代表者で被上告人病院院長であるC医師は、Aを診察し、左頭部に軽い皮下挫傷による点状出血を、顔面表皮に軽度の挫傷を認めたが、Aの意識が清明で外観上は異常が認められず、Aが事故態様についてタクシーと軽く衝突したとの説明をし、前記負傷部分の痛みを訴えたのみであったことから、Aの歩行中の軽微な事故であると考えた。そして、C医師は、Aの頭部正面及び左側面から撮影したレントゲン写真を検討し、頭がい骨骨折を発見しなかったことから、さらにAについて頭部のCT検査をしたり、病院内で相当時間経過観察をするまでの必要はないと判断し、前記負傷部分を消毒し、抗生物質を服用させる治療をした上、A及び上告人Dに対し、「明日は学校へ行ってもよいが、体育は止めるように。明日も診察を受けに来るように。」「何か変わったことがあれば来るように。」との一般的指示をしたのみで、Aを帰宅させた。
(3) 上告人Dは、Aとともに午後5時30分ころ帰宅したが、Aが帰宅直後におう吐し、眠気を訴えたため、疲労のためと考えてそのまま寝かせたところ、Aは、夕食を欲しがることもなく午後6時30分ころに寝入った。Aは、同日午後7時ころには、いびきをかいたり、よだれを流したりするようになり、かなり汗をかくようになっていたが、上告人らは、多少の異常は感じたものの、Aは普段でもいびきをかいたりよだれを流したりして寝ることがあったことから、この容態を重大なこととは考えず、同日午後7時30分ころ、氷枕を使用させ、そのままにしておいた。しかし、Aは、同日午後11時ころには、体温が39度まで上昇してけいれん様の症状を示し、午後11時50分ころにはいびきをかかなくなったため、上告人らは初めてAが重篤な状況にあるものと疑うに至り、翌13日午前0時17分ころ、救急車を要請した。救急車は同日午前0時25分に上告人方に到着したが、Aは、既に脈が触れず呼吸も停止しており、同日午前0時44分、三芳厚生病院に搬送されたが、同日午前0時45分、死亡した(以下「本件医療事故」という。)。
(4) Aは、頭がい外面線状骨折による硬膜動脈損傷を原因とする硬膜外血しゅにより死亡したものであり、被上告人病院から帰宅したころには、脳出血による脳圧の亢進によりおう吐の症状が発現し、午後6時ころには傾眠状態を示し、いびき、よだれを伴う睡眠、脳の機能障害が発生し、午後11時ころには、治療が困難な程度であるけいれん様の症状を示す除脳硬直が始まり、午後11時50分には自発呼吸が不可能な容態になったものである。
硬膜外血しゅは、骨折を伴わずに発生することもあり、また、当初相当期間の意識清明期が存することが特徴であって、その後、頭痛、おう吐、傾眠、意識障害等の経過をたどり、脳障害である除脳硬直が開始した後はその救命率が著しく減少し、仮に救命に成功したとしても重い後遺障害をもたらすおそれが高いものであるが、早期に血しゅの除去を行えば予後は良く、高い確率での救命可能性があるものである。したがって、交通事故により頭部に強い衝撃を受けている可能性のあるAの診療に当たったC医師は、外見上の傷害の程度にかかわらず、当該患者ないしその看護者に対し、病院内にとどめて経過観察をするか、仮にやむを得ず帰宅させるにしても、事故後に意識が清明であってもその後硬膜外血しゅの発生に至る脳出血の進行が発生することがあること及びその典型的な前記症状を具体的に説明し、事故後少なくとも6時間以上は慎重な経過観察と、前記症状の疑いが発見されたときには直ちに医師の診察を受ける必要があること等を教示、指導すべき義務が存したのであって、C医師にはこれを懈怠した過失がある。
(5) 他方、上告人らにおいても、除脳硬直が発生して呼吸停止の容態に陥るまでAが重篤な状態に至っていることに気付くことなく、何らの措置をも講じなかった点において、Aの経過観察や保護義務を懈怠した過失があり、その過失割合は1割が相当である。
(6) なお、本件交通事故は、本件交差点に進入するに際し、自動車運転手として遵守すべき注意義務を懈怠した、上告補助参加人Bの過失によるものであるが、Aにも、交差点に進入するに際しての一時停止義務、左右の安全確認義務を怠った過失があり、その過失割合は3割が相当である。
(7) 上告人らは、Aの本件交通事故及び本件医療事故による次の損害賠償請求権を各2分の1の割合で相続した。Aの死亡による上告人らの弁護士費用分を除く全損害は、次のとおりである。
逸失利益 2378万8076円
慰謝料 1600万円
葬儀費用 100万円
なお、上告人らは、上告補助参加人川越乗用自動車株式会社から葬儀費用として50万円の支払を受けた。
2 本件は、上告人らが、C医師の診療行為の過失によりAが死亡したとして、被上告人に対し、民法709条に基づき損害賠償を求めている事案である。
原審は、前記事実関係の下において、概要次のとおり判断した。
(1) 被害者であるAの死亡事故は、本件交通事故と本件医療事故が競合した結果発生したものであるところ、原因競合の寄与度を特定して主張立証することに困難を伴うので、被害者保護の見地から、本件交通事故における上告補助参加人Bの過失行為と本件医療事故におけるC医師の過失行為とを共同不法行為として、被害者は、各不法行為に基づく損害賠償請求を分別することなく、全額の損害の賠償を請求することもできると解すべきである。
(2) しかし、本件の場合のように、個々の不法行為が当該事故の全体の一部を時間的前後関係において構成し、その行為類型が異なり、行為の本質や過失構造が異なり、かつ、共同不法行為を構成する一方又は双方の不法行為につき、被害者側に過失相殺すべき事由が存する場合には、各不法行為者は、各不法行為の損害発生に対する寄与度の分別を主張することができ、かつ、個別的に過失相殺の主張をすることができるものと解すべきである。すなわち、被害者の被った損害の全額を算定した上、各加害行為の寄与度に応じてこれを案分して割り付け、その上で個々の不法行為についての過失相殺をして、各不法行為者が責任を負うべき損害賠償額を分別して認定するのが相当である。
(3) 本件においては、Aの死亡の経過等を総合して判断すると、本件交通事故と本件医療事故の各寄与度は、それぞれ5割と推認するのが相当であるから、被上告人が賠償すべき損害額は、Aの死亡による弁護士費用分を除く全損害4078万8076円の5割である2039万4038円から本件医療事故における被害者側の過失1割を過失相殺した上で弁護士費用180万円を加算した2015万4634円と算定し、上告人らの請求をこの金員の2分の1である各1007万7317円及びうち917万7317円に対する本件医療事故の後である昭和63年9月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものである。
3 しかしながら、原審の前記2(2)(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
原審の確定した事実関係によれば、本件交通事故により、Aは放置すれば死亡するに至る傷害を負ったものの、事故後搬入された被上告人病院において、Aに対し通常期待されるべき適切な経過観察がされるなどして脳内出血が早期に発見され適切な治療が施されていれば、高度の蓋然性をもってAを救命できたということができるから、本件交通事故と本件医療事故とのいずれもが、Aの死亡という不可分の一個の結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にある。したがって、【要旨1】本件交通事故における運転行為と本件医療事故における医療行為とは民法719条所定の共同不法行為に当たるから、各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯して責任を負うべきものである。本件のようにそれぞれ独立して成立する複数の不法行為が順次競合した共同不法行為においても別異に解する理由はないから、被害者との関係においては、各不法行為者の結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害の額を案分し、各不法行為者において責任を負うべき損害額を限定することは許されないと解するのが相当である。けだし、共同不法行為によって被害者の被った損害は、各不法行為者の行為のいずれとの関係でも相当因果関係に立つものとして、各不法行為者はその全額を負担すべきものであり、各不法行為者が賠償すべき損害額を案分、限定することは連帯関係を免除することとなり、共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとしている民法719条の明文に反し、これにより被害者保護を図る同条の趣旨を没却することとなり、損害の負担について公平の理念に反することとなるからである。
したがって原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
4 本件は、本件交通事故と本件医療事故という加害者及び侵害行為を異にする二つの不法行為が順次競合した共同不法行為であり、各不法行為については加害者及び被害者の過失の内容も別異の性質を有するものである。ところで、過失相殺は不法行為により生じた損害について加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準にして相対的な負担の公平を図る制度であるから、【要旨2】本件のような共同不法行為においても、過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり、他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしん酌して過失相殺をすることは許されない。
本件において被上告人の負担すべき損害額は、Aの死亡による上告人らの損害の全額(弁護士費用を除く。)である4078万8076円につき被害者側の過失を1割として過失相殺による減額をした3670万9268円から上告補助参加人川越乗用自動車株式会社から葬儀費用として支払を受けた50万円を控除し、これに弁護士費用相当額180万円を加算した3800万9268円となる。したがって、上告人ら各自の請求できる損害額は、この2分の1である1900万4634円となる。
5 以上によれば、上告人らの本件請求は、各自1900万4634円及びうち1810万4634円に対する本件医療事故の後である昭和63年9月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決は、主文第1項のとおり変更するのが相当である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
本件は、Xらが、その子Aが交通事故後搬送されたY病院の医師Bの医療過誤により死亡したと主張して、Yに対し不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
Aは、自転車を運転中タクシーと接触して転倒し、頭部等を打撲し、頭蓋骨骨折を伴う急性硬膜外血腫の傷害を負った。急性硬膜外血腫は、当初は、意識清明期が存在するものの、その後に頭痛、おう吐、傾眠、意識障害等が発生し、脳障害が始まって死亡するに至るものであり、脳障害が始まってからの救命率は著しく低いものの早期に血腫の除去手術を行えば高い確率での救命の可能性がある。しかし、Aが搬送されたY病院の医師は、経過観察をするかあるいは看護者に対し、急性硬膜外血腫の具体的症状等を説明し、経過観察を怠らないよう注意する義務があるのにこれを怠り、頭部打撲挫傷などと診断し、「明日も診察を受けに来るように」「何か変わったことがあれば来院するように」等の指示をしただけで帰宅させた。そのため、Xらは、帰宅後におう吐してそのまま食事もせずに、いびきをかくなどして寝てしまったAの容態を重大なことと考えず、夜半、けいれん様の症状が出るなどして初めて異常に気付き、救急車でAを病院に搬送したものの、Aはまもなく死亡した、というものである。
二 一審、原審
一審は、Aの死亡は本件交通事故と本件医療過誤が競合した結果発生し、本件交通事故における運転者の行為と本件医療過誤における医師の行為は共同不法行為であるとし、被告に、発生した全損害の賠償責任を負わせた。
しかし、原審は、各行為が共同不法行為であるとしながら、「個々の不法行為が当該事故の全体の一部を時間的前後関係において構成し、しかもその行為類型が異なり、行為の本質や過失構造が異なり、かつ、共同不法行為とされる各不法行為につき、その一方又は双方に被害者側の過失相殺事由が存する場合には、各不法行為者の損害発生に対する寄与度の分別を主張、立証でき、個別的に過失相殺の主張をできるものと解すべきであり、このような場合は、個々の不法行為の寄与度を定め、個々の不法行為についての過失相殺をした上で、各不法行為者が責任を負うべき賠償額を分別して認定するのが相当である。」とした上で(なお、原審は、交通事故の関係でAに三割の、Yとの関係でXらに一割の過失相殺事由があるとした。)、本件において、本件医療過誤の寄与度は五割とし、全損害の五割相当額について、一割の過失相殺をする等して、被告が責任を負うべき損害額を算定した。Xの申立てにより受理決定がされた
三 本判決
本判決は、本件交通事故と本件医療過誤とは、いずれもがAの死亡という不可分一個の結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にあって、本件交通事故における運転行為と本件医療過誤における医療行為とは共同不法行為に当たるから、各不法行為者は連帯責任を負うべきものであり、結果発生に対する各不法行為者の寄与度の割合をもって被害者の被った損害額を案分し、責任を負うべき損害額を限定することは許されないとして、原判決を破棄し、一割の過失相殺をして賠償額を算定して、自判した。
四 交通事故と医療過誤の競合事案における各不法行為者の責任
1 下級審裁判例、学説の状況
交通事故による被害者が、その後に受けた医師の医療行為の過誤によって死亡したり、後遺障害を負うなどの結果が生じた場合、交通事故の加害者の責任と医師の責任との関係をどのように把握するか、という、一般に「交通事故と医療過誤の競合」と言われる問題は、原因競合の一類型として、従来から、種々の点から議論がされている。従来、実務においては、民法七一九条一項前段について、各人の行為が客観的に関連共同していればよいと解する従来の通説の見解に立ち、交通事故と医療過誤の競合事案においては、両者は一連のものと評価できるから客観的関連共同性があるから共同不法行為に当たるとして両者に全額の連帯責任を課し、寄与度減額の抗弁自体を否定し、損害の発生、拡大についての各加害者の寄与度は加害者間の求償の関係で意味を持つにすぎないとみるのが大勢であった(福永政彦・民事交通事件の処理に関する研究三三九頁、東京高判昭57・2・17判時一〇三八号二九五頁、札幌高判昭58・7・7交民一六巻四号九一六頁、福岡地判昭59・8・10判時一一四〇号一一〇頁、東京地判昭60・5・31判時一一七四号九〇頁、横浜地判平3・3・19本誌七六一号二三一頁など。宮川博史「交通事故と医療過誤の競合」現代民事裁判の課題⑧一四四頁等)。これに対し、近時は、共同不法行為の成立は認めるものの、それぞれの過失行為の全損害に対する寄与度による損害賠償の分割を認める考え方、あるいは、交通事故と医療過誤との時間的近接の程度、医療過誤の態様等を総合的に斟酌して全額責任と寄与度に応じた分割責任を認める場合に分けて妥当な解決を図るべきであるとする見解(塩崎勤「因果関係(1)」裁判実務大系(17)医療過誤三二七頁、本田純一「交通事故と医療過誤の競合」ジュリ八六一号一三三頁、西島梅治「交通事故と医療過誤との競合」ジュリ八六九号一二〇頁)などが有力になっている。さらには、共同不法行為理論の適用自体を否定し、独立した不法行為が競合しているとする見解もある(稲垣喬「自賠法三条と医療過誤」裁判実務大系(8)三九頁、木ノ元直樹「交通事故と医療過誤」本誌九四三号一四九頁)。
そもそも、民法七一九条一項に規定する共同不法行為の意義そのものについてその要件、効果について議論が多岐にわたって錯綜しており、近時はますます混迷を深めていると評されている状況にあり、交通事故と医療過誤の競合の場合の議論も複雑である。しかし、学説は、法律構成上の違いはあるものの、各不法行為者の責任について寄与度の立証による責任の分割の余地を認める見解が多数になっているといってよい状況にある。寄与度減額による分割責任を肯定した下級審裁判例も現れていた。原判決は、このような最近の学説に流れに沿ったものと思われる。
2 本判決の意義
一口に交通事故と医療過誤の競合といっても、例えば、交通事故により、死亡するに至らない程度の傷害を負った被害者が、病院の医師の医療過誤により死亡するに至った場合など、いろいろの態様が考えられるのであり、事案によっては、各不法行為の損害を区分し、不法行為の独立性を肯定し得る場合があると考えられ、常に共同不法行為に当たるとはいえない。しかし、競合する不法行為による損害が渾然一体となっている場合に個別損害を特定主張すべしということは被害者に不可能を強いるに等しい上、また、交通事故と医療過誤の競合の事案において、共同不法行為に当たるとしながら、寄与度による分割責任が公平の見地から要請されるといえるかどうかは、そのデメリットもつとに指摘されているところであり(宮川博史「医療過誤との競合」現代裁判法大系(6)一二一頁、西島・前掲一二〇頁)、慎重な検討が必要であろう。
本件交通事故と本件医療事故とは、前述のとおり、そのいずれもの行為が被害者の死亡という渾然一体となった一個の損害を招来しているのであり、この損害を交通事故の加害者と医師とに区分することはできず、各行為と結果との間に相当因果関係の存在が認められず、医師の行為と因果関係のない結果を特定することはできない。このような場合には、原則としてそれぞれが全損害について責任を負うべきものであって、他方の不法行為があることによってそれぞれ責任が軽減されるのはいかにも不合理と考えられよう。本判決は、共同不法行為についての一般論は明らかにしていないが、前記の関係にある本件各不法行為は共同不法行為として各不法行為者は民法七一九条の明文どおり連帯責任を負うとし、損害に対する寄与の割合をもって責任を分別することはできないことを明らかにした。
3 過失相殺の方法
次に、交通事故加害者との関係でのAの過失をYとの関係で過失相殺をすることができるかどうかが第二の問題である。
この点について、甲、乙の各不法行為が順次競合した場合の、実務における過失相殺の方法をみると、①甲との関係での過失を乙との関係でもしん酌し、共通の割合により過失相殺をするもの、②甲との関係での過失を乙との関係ではしん酌せず、個別の割合で相対的に過失相殺を行うもの、の二方法が見られる。
本判決は、過失相殺は加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準として相対的な負担の公平を図る制度であるから、本件のような侵害行為を異にする不法行為行為が順次競合し不可分の損害を生ずる場合については、過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間における過失の割合に応じてすべきものであるとし、②の方法によるとの判断を示した。その結果、各自の負担する賠償額に差が生じたときは重なる限度での一部連帯債務となることになる。①は、乙が負担すべき損害額を、本来考慮すべきでない甲との関係での過失を理由に減少させることになり適当ではない、と考えたものと思われる。
五 まとめ
本判決は、従来から多数の議論がされている交通事故と医療過誤との競合事案における一類型について、共同不法行為の成立を認めて各不法行為者の賠償責任の範囲等について判示したものである。あくまで不法行為の競合の一類型における判断であって、これとは異なる類型における競合事案において、共同不法行為の成否、責任の範囲等についてどのように考えるべきかは、今後の裁判例の集積、議論の発展に待つということになろう。この論点に関する最高裁としての初めての判決であり、実務に与える影響は小さくないものと思われるので紹介する。

+判例(S51.3.30)
理由
上告代理人中林裕一、同安田忠の上告理由第一点について
記録によれば、被上告人は、本訴により、補助参加人の保有し運転する自動車と上告人成田精吉の保有し同下山正二の運転する自動車が交差点で衝突した反動により傷害を負つたことに基づき、補助参加人及び上告人らを共同被告として損害賠償を請求したが、第一審においては補助参加人に対する請求はほぼ全部認容され、上告人らに対する請求は棄却されたところ、補助参加人が、自己に対する第一審判決については控訴しなかつたが、上告人らもまた右事故につき損害賠償責任を免れないとして、被上告人のため補助参加を申し立てると同時に、原審に対し被上告人を控訴人とする控訴を提起したことが認められる。右の場合においては、被上告人と上告人らの間の本件訴訟の結果いかんによつて補助参加人の被上告人に対する損害賠償責任に消長をきたすものではないが、本件訴訟において上告人らの被上告人に対する損害賠償責任が認められれば、補助参加人は被上告人に対し上告人らと各自損害を賠償すれば足りることとなり、みずから損害を賠償したときは上告人らに対し求償し得ることになるのであるから、補助参加人は、本件訴訟において、被上告人の敗訴を防ぎ、上告人らの被上告人に対する損害賠償責任が認められる結果を得ることに利益を有するということができ、そのために自己に対する第一審判決について控訴しないときは第一審において相手方であつた被上告人に補助参加することも許されると解するのが、相当である。これと同旨の見解のもとに、補助参加人の補助参加の申立及び控訴の提起を適法とした原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(髙辻正己 天野武一 江里口清雄 服部髙顯)