債権総論 3-2 債権の効力 履行の強制

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一.意義
1.履行の強制の意義
国家機関による債権内容の強制的実現

2.債務名義
債権の存在を確認した公的な文書であり、履行の強制の基礎となるもの

・債務名義の種類
確定判決
仮執行宣言付き判決
執行証書

二.履行の強制の方法
1.直接強制・代替執行・間接強制
(1)直接強制
債務者の意思にかかわらず、国家機関が債権の内容を直接的・強制的に実現する方法
与える債務に適した強制方法

(2)代替執行
債務者以外の者に債権の内容を実現させて、その費用を国家機関が債権者から取り立てる方法
+(履行の強制)
第四百十四条  債務者が任意に債務の履行をしないときは、債権者は、その強制履行を裁判所に請求することができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2  債務の性質が強制履行を許さない場合において、その債務が作為を目的とするときは、債権者は、債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。
3  不作為を目的とする債務については、債務者の費用で、債務者がした行為の結果を除去し、又は将来のため適当な処分をすることを裁判所に請求することができる。
4  前三項の規定は、損害賠償の請求を妨げない。

為す債務のうち、代替的作為債務について許される。

・414条の解釈についてえきさ
1項の「強制履行」は直接強制と間接強制を意味
2項の「強制履行」は直接強制を意味

(3)間接強制
債務者が履行するまでの間裁判所が債務者に一定額の金銭の支払義務を課し、これにより債務者を心理的に圧迫して、間接的に債権の内容を実現させる方法(民事執行法172条)

(4)履行の強制の要件
要件
①債権が存在すること
②債権が履行期にあること
③履行が可能であること
④債務の性質が履行の強制に適さないものでないこと
※債務がりこうされないことについて債務者に帰責事由のあることは必要とされない!

(5)履行の強制と損害賠償の請求
・履行の強制は損害賠償の請求を妨げない(414条4項)

2.各種債務の履行の強制
(1)金銭債務
・金銭債務の履行の強制は、直接強制による。
扶養義務等にかかる金銭債権については間接強制も認められる

(2)不動産の引渡義務
債権者は直接強制または間接強制を選択できる(民事執行法173条1項)

(3)動産の引渡債務
債権者は、直接強制または間接強制を選択できる(民事執行法173条1項)

(4)意思表示をすべき債務
意思表示を命ずる判決その他の裁判があれば、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる(414条2項ただし書き。判決代用)。
判決の確定時に債務者が意思表示をしたものとされる(民事執行法174条)

(5)不作為債務
①不作為債務に違反する行為が行われる場合
債権者は間接強制によりこれをやめさせることができる(民事執行法172条)

②不作為債務の違反によって一定の結果が生じた場合
代替執行または間接強制によってこの結果を除去できる。

③不作為債務の違反行為を防止するため、「将来のため適当な処分をすること」を裁判所に求めること(414条3項)

(6)問題となるケース
(ア)幼児の引渡し
幼児は物ではないので、直接強制は許されず、間接強制によるべきだとする説

(イ)謝罪広告
+(名誉毀損における原状回復)
第七百二十三条  他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。

強制の方法として、代替執行が認められる

・代替執行を認めることと憲法19条の思想良心の自由との兼ね合い
単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる程度のものであれば、代替執行が許される。
+判例(S31.7.4)


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労働法 事例演習労働法 U7 人事 C7-1


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1.
労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
解雇期間中の賃金支払い
配転・解雇によって生じた損害の賠償

2.
(1)配転命令の有効性
①労働契約上配転命令権が根拠付けられ
かつ
②その行使が権利濫用など強行法規に違反するような特段の事情のない場合
有効になる。

(a)配転命令権の労働契約上の根拠
・就業規則上の一般条項
→幅広い能力開発の必要性や雇用の柔軟性の確保の要請から合理的なものと解することができる。
また、周知されている
→労働契約の内容になっている!

・労働契約法
+第七条  労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない

・地域限定の合意の存在
⇔総合職として入社してるし・・・

(b)配転命令権の権利濫用性
①業務上の必要性がない場合
②不当な動機・目的をもってなされた場合
③労働者に通常甘受すべき程度を超える著しい不利益を負わせるものである場合
など、特段の事情が存在する場合には権利の濫用として無効!

(2)本権解雇の有用性と賃金請求

+(解雇)
第十六条  解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

+(債務者の危険負担等)
第五百三十六条  前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
2  債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

(3)結論

key

+判例(S61.7.14)東亜ペイント
理  由
上告代理人門間進、同角源三の上告理由について
一 原審が認定したところによれば、被上告人に対する本件懲戒解雇に関する事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告会社は、大阪に本店及び事務所を、東京に支店を、大阪外二か所に工場を、全国一三か所に営業所を置き、従業員約八〇〇名を擁して、塗料及び化成品の製造・販売を行つている。上告会社とその従業員組合との間の労働協約二九条は「会社は、業務の都合により組合員に転勤、配置転換を命ずることができる。」と定め、また、上告会社の就業規則一三条は「業務上の都合により社員に異動を命ずることがある。この場合には正当な理由なしに拒むことは出来ない。」と定めている。上告会社では、従業員、特に営業担当者の出向、転勤等が頻繁に行われており、大阪、東京から地方の営業所に転勤し、二、三年後にまた大阪、東京に戻るというような人事異動もしばしば行われている。
2 被上告人は、昭和四〇年三月関西学院大学経済学部を卒業し、同年四月上告会社に入社すると同時に大阪事務所の第一営業部に配属されたが、被上告人と上告会社との間で労働契約成立時に被上告人の勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかつた。被上告人は、大学卒業の資格で上告会社に入社し、入社当初から営業を担当していた者で、業務上の必要に基づき将来転勤のあることが当然に予定されていた。そして、被上告人は、昭和四四年四月に株式会社ヤマイチ商店大阪営業所へ出向となり、昭和四六年七月出向を解かれて上告会社の神戸営業所勤務となり、昭和四八年四月主任待遇となつたが、その間、塗料の販売活動に従事していた。
3 上告会社では、広島営業所の段主任を中国地方及び四国の瀬戸内沿岸地方における家庭塗料販売の専従員とすることとしたことから、その後任として、広島営業所の塗料販売力を増強することができ、かつ、所長の補佐もできる係長、主任、主任代理クラスの者を広島営業所へ転勤させることが必要となり、昭和四八年九月二八日、当時神戸営業所に勤務していた主任待遇の被上告人に対し広島営業所への転勤を内示した。しかし、被上告人は、家庭事情を理由に転居を伴う転勤には応じられないとして、右転勤を拒否した。上告会社は、被上告人があくまで右転勤を拒否する場合には、広島営業所の段主任の後任には名古屋営業所の金永主任を充て、金永主任の後任として被上告人を名古屋営業所へ転勤させることとし、同年一〇月一日、被上告人に対し広島営業所へ転勤するよう再度説得したが、被上告人がこれに応じなかつたため、その場で名古屋営業所への転勤を内示したところ、被上告人は、家庭事情を理由に、これも拒否した。上告会社は、同月八日に五〇名の定期異動を発令したが、被上告人に対する転勤発令は延ばして名古屋営業所への転勤の説得を重ねた。しかしながら、被上告人がこれに応じなかつたため、上告会社は、被上告人の同意が得られないまま、同月三〇日、被上告人に対し、名古屋営業所勤務を命ずる旨の本件転勤命令を発令したところ、被上告人は、これに応じず、名古屋営業所へ赴任しなかつた。そこで、上告会社は、やむなく、同年一二月一八日、被上告人に代えて大阪営業所勤務で昭和四五年入社の宮本昌敏を名古屋営業所金永主任の後任として転勤させた。そして、上告会社は、被上告人が本件転勤命令を拒否したことは就業規則六八条六号所定の懲戒事由たる「職務上の指示命令に不当に反抗し又は職場の秩序を紊したり、若しくは紊そうとしたとき」に該当するとして、昭和四九年一月二二日、被上告人に対し本件懲戒解雇を行つた。
4 上告会社においては、名古屋営業所の金永主任の後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要があつたが、是非とも被上告人でなければならないという事情はなく、名古屋営業所において被上告人の代わりに宮本昌敏を転勤させたための支障は生じなかつた。
5 被上告人は、本件転勤命令が発令された当時、母親(七一歳)、妻(二八歳)及び長女(二歳)と共に堺市内の母親名義の家屋に居住し、母親を扶養していた。母親は、元気で、食事の用意や買物もできたが、生まれてから大阪を離れたことがなく、長年続けて来た俳句を趣味とし、老人仲間で月二、三回句会を開いていた。妻は、昭和四八年八月三〇日に東洋紡績株式会社を退職し、同年九月一日から無認可の保育所に保母として勤め始めるとともに、右保育所の運営委員となつた。右保育所は、当時、保母三名、パートタイマー二名の陣容で発足したばかりで、全員が正式な保母の資格は有しておらず、妻も保母資格取得のための勉強をしていた。

二 原審は、右の事実関係に基づき、次のとおり判断した。
本件転勤命令が上告会社の業務上の必要性に基づくものであることは肯認されるべきであるが、右の必要性はそれほど強いものではなく、他の従業員を名古屋営業所へ転勤させることも可能であつたのに対し、被上告人が名古屋営業所へ転勤した場合には、母親、妻及び長女との別居を余儀なくされ、相当の犠牲を強いられることになること、また、被上告人は、昭和四〇年四月に上告会社に入社して以来、株式会社ヤマイチ商店に出向したほか、神戸営業所へ転勤し、神戸営業所勤務となつてから本件転勤命令が出されるまでに二年四か月しか経過していないこと等に照らすと、被上告人には名古屋営業所への転勤を拒否する正当な理由があつたものと認めるのが相当である。したがつて、被上告人が拒否しているにもかかわらず、あえて発せられた本件転勤命令は、権利の濫用に当たり、無効であり、被上告人が本件転勤命令に従わなかつたことを理由になされた本件懲戒解雇も、無効である。

三 思うに、上告会社の労働協約及び就業規則には、上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に上告会社では、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行つており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかつたという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。
そして、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
本件についてこれをみるに、名古屋営業所の金永主任の後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要があつたのであるから、主任待遇で営業に従事していた被上告人を選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令には業務上の必要性が優に存したものということができる。そして、前記の被上告人の家族状況に照らすと、名古屋営業所への転勤が被上告人に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである。したがつて、原審の認定した前記事実関係の下においては、本件転勤命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。
四 以上の次第であるから、原審がその認定した事実関係のみから本件転勤命令を無効とした判断には、法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法が原判決中上告会社敗訴部分の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の点で理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中右部分は破棄を免れない。
そして、被上告人の主張する本件転勤命令のその余の無効事由について更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭 裁判官 香川保一)


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労働法 労働関係の成立


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第1節 採用の自由
1.採用の自由
+判例(S48.12.12)三菱樹脂本採用拒否事件
理由
上告代理人鎌田英次、中島一郎の上告理由について。
第一、本件の問題点
一、本件は、被上告人が、東北大学在学中昭和三七年上告人の実施した大学卒業者の社員採用試験に合格し、翌年同大学卒業と同時に上告人に三か月の試用期間を設けて採用されたが、右試用期間の満了直前に、上告人から右期間の満了とともに本採用を拒否する旨の告知を受け、その効力を争つている事案である。被上告人に対する右本採用拒否の理由として上告人の主張するところによれば、被上告人は、上告人が採用試験の際に提出を求めた身上書の所定の記載欄に虚偽の記載をし、または記載すべき事項を秘匿し、面接試験における質問に対しても虚偽の回答をしたが、被上告人のこのような行為は、民法九六条にいう詐欺に該当し、また被上告人の管理職要員としての適格性を否定するものであるから、本採用を拒否するというのであり、さらに、被上告人が秘匿ないし虚偽の申告(以下、秘匿等という。)をしたとされる事実の具体的内容は、(1)被上告人は、東北大学に在学中、同大学内の学生自治会としては最も尖鋭な活動を行ない、しかも学校当局の承認を得ていない同大学川内分校学生自治会(全学連所属)に所属して、その中央委員の地位にあり、昭和三五年前・後期および同三六年前期において右自治会委員長らが採用した運動方針を支持し、当時その計画し、実行した日米安全保障条約改定反対運動を推進し、昭和三五年五月から同三七年九月までの間、無届デモや仙台高等裁判所構内における無届集会、ピケ等に参加(参加者の中には住居侵入罪により有罪判決を受けた者もある。)する等各種の違法な学生運動に従事したにもかかわらず、これらの事実を記載せず、面接試験における質問に対しても、学生運動をしたことはなく、これに興味もなかつた旨、虚偽の回答をした、(2)被上告人は、上記大学生活部員として同部から手当を受けていた事実がないのに月四、〇〇〇円を得ていた旨虚偽の記載をし、また、純然たる学外団体である生活協同組合において昭和三四年七月理事に選任されて、同三八年六月まで在任し、かつ、その組織部長の要職にあつたにもかかわらず、これを記載しなかつた、というのである。

二、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)は、上告人と被上告人との間に締結された試用期間を三か月とする雇傭契約の性質につき、上告人において試用期間中に被上告人が管理職要員として不適格であると認めたときは、それだけの理由で雇傭を解約しうるという解約権留保の特約のある雇傭契約と認定し、右留保解約権の行使は、雇入れ後における解雇にあたると解したうえ、上告人が被上告人の解雇理由として主張する上記秘匿等にかかる事実は、いずれも被上告人の政治的思想、信条に関係のある事実であることは明らかであるとし、企業者が労働者を雇傭する場合のように一方が他方より優越する地位にある場合には、その一方が他方の有する憲法一九条の保障する思想、信条の自由をその意に反してみだりに侵すことは許されず、また、通常の会社においては、労働者の思想、信条のいかんによつて事業の遂行に支障をきたすとは考えられないから、これによつて雇傭関係上差別をすることは憲法一四条、労働基準法三条に違反するものであり、したがつて、労働者の採用試験に際してその政治的思想、信条に関係のある事項について申告を求めることは、公序良俗に反して許されず、応募者がこれにつき秘匿等をしたとしても、これによる不利益をその者に課することはできないものと解すべきであるとし、それゆえ、被上告人に上告人主張のような秘匿等の行為があつたとしても、民法九六条の詐欺にも該当せず、また、上告人において、あらかじめ応募者に対し、申告を求める事項につき虚偽の申告をした場合には採用を取り消す旨告知していたとしても、これを理由に雇傭契約を解約することもできないとして、本件本採用の拒否を無効としたものである。
三、上告論旨は、要するに、憲法一九条、一四条の規定は、国家対個人の関係において個人の自由または平等を保障したものであつて、私人間の関係を直接規律するものではなく、また、これらの規定の内容は、当然にそのまま民法九〇条にいう公序良俗の内容をなすものでもないのに、これと反対の見解をとり、かつ、上告人が被上告人に申告を求めた事項は、被上告人の過去の具体的行動に関するものであつて、なんらその思想、信条に関するものでないのに、そうであると速断し、右のような申告を求め、これに対する秘匿等を理由として雇傭関係上の不利益を課することは、上記憲法等の各規定に違反して違法、無効であるとした原判決には、これらの法令の解釈、適用の誤りまたは理由不備もしくは理由齟齬の違法があり、また、上告人との間にいまだ正式の雇傭契約の締結がなく、単に試用されているにすぎない被上告人の地位を雇傭関係に立つものと解し、これに対する本採用の拒否を解雇と同視して、労働基準法三条に違反するとした原判決には、法律の解釈、適用の誤りまたは理由齟齬の違法がある、というのである。

第二、当裁判所の見解
一、まず、本件本採用拒否の理由とされた被上告人の秘匿等に関する上記第一の一の(1)の事実につき、これが被上告人の思想、信条に関係のある事実といいうるかどうかを考えるに、労働者を雇い入れようとする企業者が、労働者に対し、その者の在学中における右のような団体加入や学生運動参加の事実の有無について申告を求めることは、上告人も主張するように、その者の従業員としての適格性の判断資料となるべき過去の行動に関する事実を知るためのものであつて、直接その思想、信条そのものの開示を求めるものではないが、さればといつて、その事実がその者の思想、信条と全く関係のないものであるとすることは相当でない元来、人の思想、信条とその者の外部的行動との間には密接な関係があり、ことに本件において問題とされている学生運動への参加のごとき行動は、必ずしも常に特定の思想、信条に結びつくものとはいえないとしても、多くの場合、なんらかの思想、信条とのつながりをもつていることを否定することができないのである。企業者が労働者について過去における学生運動参加の有無を調査するのは、その者の過去の行動から推して雇入れ後における行動、態度を予測し、その者を採用することが企業の運営上適当かどうかを判断する資料とするためであるが、このような予測自体が、当該労働者の過去の行動から推測されるその者の気質、性格、道徳観念等のほか、社会的、政治的思想傾向に基づいてされる場合もあるといわざるをえない。本件において上告人が被上告人の団体加入や学生運動参加の事実の有無についてした上記調査も、そのような意味では、必ずしも上告人の主張するように被上告人の政治的思想、信条に全く関係のないものということはできないしかし、そうであるとしても、上告人が被上告人ら入社希望者に対して、これらの事実につき申告を求めることが許されないかどうかは、おのずから別個に論定されるべき問題である

二、原判決は、前記のように、上告人が、その社員採用試験にあたり、入社希望者からその政治的思想、信条に関係のある事項について申告を求めるのは、憲法一九条の保障する思想、信条の自由を侵し、また、信条による差別待遇を禁止する憲法一四条、労働基準法三条の規定にも違反し、公序良俗に反するものとして許されないとしている。
(一) しかしながら、憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではないこのことは、基本的人権なる観念の成立および発展の歴史的沿革に徴し、かつ、憲法における基本権規定の形式、内容にかんがみても明らかである。のみならず、これらの規定の定める個人の自由や平等は、国や公共団体の統治行動に対する関係においてこそ、侵されることのない権利として保障されるべき性質のものであるけれども、私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであつて、この点において国または公共団体と個人との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮を必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して当をえた解釈ということはできないのである。
(二) もつとも、私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限することとなるおそれがあることは否み難いが、そのためにこのような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない。何となれば、右のような事実上の支配関係なるものは、その支配力の態様、程度、規模等においてさまざまであり、どのような場合にこれを国または公共団体の支配と同視すべきかの判定が困難であるばかりでなく、一方が権力の法的独占の上に立つて行なわれるものであるのに対し、他方はこのような裏付けないしは基礎を欠く単なる社会的事実としての力の優劣の関係にすぎず、その間に画然たる性質上の区別が存するからである。すなわち、私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。そしてこの場合、個人の基本的な自由や平等を極めて重要な法益として尊重すべきことは当然であるが、これを絶対視することも許されず、統治行動の場合と同一の基準や観念によつてこれを律することができないことは、論をまたないところである。
(三) ところで、憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、二二条、二九条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。憲法一四条の規定が私人のこのような行為を直接禁止するものでないことは前記のとおりであり、また、労働基準法三条は労働者の信条によつて賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であつて、雇入れそのものを制約する規定ではない。また、思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない。
右のように、企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。もとより、企業者は、一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあるから、企業者のこの種の行為が労働者の思想、信条の自由に対して影響を与える可能性がないとはいえないが、法律に別段の定めがない限り、右は企業者の法的に許された行為と解すべきである。また、企業者において、その雇傭する労働者が当該企業の中でその円滑な運営の妨げとなるような行動、態度に出るおそれのある者でないかどうかに大きな関心を抱き、そのために採否決定に先立つてその者の性向、思想等の調査を行なうことは、企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであることにかんがみるときは、企業活動としての合理性を欠くものということはできない。のみならず、本件において問題とされている上告人の調査が、前記のように、被上告人の思想、信条そのものについてではなく、直接には被上告人の過去の行動についてされたものであり、ただその行動が被上告人の思想、信条となんらかの関係があることを否定できないような性質のものであるというにとどまるとすれば、なおさらこのような調査を目して違法とすることはできないのである。
右の次第で、原判決が、上告人において、被上告人の採用のための調査にあたり、その思想、信条に関係のある事項について被上告人から申告を求めたことは法律上許されない違法な行為であるとしたのは、法令の解釈、適用を誤つたものといわなければならない。
三、(一) 右に述べたように、企業者は、労働者の雇入れそのものについては、広い範囲の自由を有するけれども、いつたん労働者を雇い入れ、その者に雇傭関係上の一定の地位を与えた後においては、その地位を一方的に奪うことにつき、肩入れの場合のような広い範囲の自由を有するものではない。労働基準法三条は、前記のように、労働者の労働条件について信条による差別取扱を禁じているが、特定の信条を有することを解雇の理由として定めることも、右にいう労働条件に関する差別取扱として、右規定に違反するものと解される。
このことは、法が、企業者の雇傭の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階との間に区別を設け、前者については企業者の自由を広く認める反面、後者については、当該労働者の既得の地位と利益を重視して、その保護のために、一定の限度で企業者の解雇の自由に制約を課すべきであるとする態度をとつていることを示すものといえる。
(二) 本件においては、上告人と被上告人との間に三か月の試用期間を付した雇傭契約が締結され、右の期間の満了直前に上告人が被上告人に対して本採用の拒否を告知したものである。原判決は、冒頭記述のとおり、右の雇傭契約を解約権留保付の雇傭契約と認め、右の本採用拒否は雇入れ後における解雇にあたるとし、これに対して、上告人は、上告人の見習試用取扱規則の上からも試用契約と本採用の際の雇傭契約とは明らかにそれぞれ別個のものとされているから、原判決の上記認定、解釈には、右規則をほしいままにまげて解釈した違法があり、また、規則内容との関連においてその判断に理由齟齬の違法があると主張する。
思うに、試用契約の性質をどう判断するかについては、就業規則の規定の文言のみならず、当該企業内において試用契約の下に雇傭された者に対する処遇の実情、とくに本採用との関係における取扱についての事実上の慣行のいかんをも重視すべきものであるところ、原判決は、上告人の就業規則である見習試用取扱規則の各規定のほか、上告人において、大学卒業の新規採用者を試用期間終了後に本採用しなかつた事例はかつてなく、雇入れについて別段契約書の作成をすることもなく、ただ、本採用にあたり当人の氏名、職名、配属部署を記載した辞令を交付するにとどめていたこと等の過去における慣行的実態に関して適法に確定した事実に基づいて、本件試用契約につき上記のような判断をしたものであつて、右の判断は是認しえないものではない。それゆえ、この点に関する上告人の主張は、採用することができないところである。したがつて、被上告人に対する本件本採用の拒否は、留保解約権の行使、すなわち雇入れ後における解雇にあたり、これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。
(三) ところで、本件雇傭契約においては、右のように、上告人において試用期間中に被上告人が管理職要員として不適格であると認めたときは解約できる旨の特約上の解約権が留保されているのであるが、このような解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他上告人のいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであつて、今日における雇傭の実情にかんがみるときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるというべきである。それゆえ、右の留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。
しかしながら、前記のように法が企業者の雇傭の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階とで区別を設けている趣旨にかんがみ、また、雇傭契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考え、かつまた、本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ、いつたん特定企業との間に一定の試用期間を付した雇傭関係に入つた者は、本採用、すなわち当該企業との雇傭関係の継続についての期待の下に、他企業への就職の機会と可能性を放棄したものであることに思いを致すときは、前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。換言すれば、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである。
(四) 本件において、上告人が被上告人の本採用を拒否した理由として主張するところは、冒頭記述のとおり、被上告人が入社試験に際して一定の事実につき秘匿等をしたこと、なかんずく、被上告人が東北大学在学中に違法、過激な学生運動に関与した事実があるのにこれを秘匿したということであり、上告人は、このような被上告人の秘匿等の行為に照らすときは、信頼関係をとくに重視すべき上告人の管理職要員である社員としての適格性を欠くものとするに十分であると主張するのである。
思うに、企業者が、労働者の採用にあたつて適当な者を選択するのに必要な資料の蒐集の一方法として、労働者から必要事項について申告を求めることができることは、さきに述べたとおりであり、そうである以上、相手方に対して事実の開示を期待し、秘匿等の所為のあつた者について、信頼に値しない者であるとの人物評価を加えることは当然であるが、右の秘匿等の所為がかような人物評価に及ぼす影響の程度は、秘匿等にかかる事実の内容、秘匿等の程度およびその動機、理由のいかんによつて区々であり、それがその者の管理職要員としての適格性を否定する客観的に合理的な理由となるかどうかも、いちがいにこれを論ずることはできない。また、秘匿等にかかる事実のいかんによつては、秘匿等の有無にかかわらずそれ自体で右の適格性を否定するに足りる場合もありうるのである。してみると、本件において被上告人の解雇理由として主要な問題とされている被上告人の団体加入や学生運動参加の事実の秘匿等についても、それが上告人において上記留保解約権に基づき被上告人を解雇しうる客観的に合理的な理由となるかどうかを判断するためには、まず被上告人に秘匿等の事実があつたかどうか、秘匿等にかかる団体加入や学生運動参加の内容、態様および程度、とくに違法にわたる行為があつたかどうか、ならびに秘匿等の動機、理由等に関する事実関係を明らかにし、これらの事実関係に照らして、被上告人の秘匿等の行為および秘匿等にかかる事実が同人の入社後における行動、態度の予測やその人物評価等に及ぼす影響を検討し、それが企業者の採否決定につき有する意義と重要性を勘案し、これらを総合して上記の合理的理由の有無を判断しなければならないのである。
第三、結論
以上説示のとおり、所論本件本採用拒否の効力に関する原審の判断には、法令の解釈、適用を誤り、その結果審理を尽さなかつた違法があり、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は、この点において理由があり、原判決は、その余の上告理由について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、本件は、さらに審理する必要があるので、原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条にしたがい、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 大隅健一郎 裁判官 関根小郷 裁判官 藤林益三 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 岸上康夫 裁判官 江里口清雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 髙辻正己 裁判官 吉田豊)

+判例(H15.12.22)JR北海道・日本貨物鉄道事件
理由
第1 事案の概要
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)による鉄道事業その他の事業の経営が破たんし、公共企業体による全国一元的経営体制の下においてはその事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となっている事態に対処して、これらの事業に関し、輸送需要の動向に的確に対応し得る新たな経営体制を実現し、その下において我が国の基幹的輸送機関として果たすべき機能を効率的に発揮させることが、国民生活及び国民経済の安定及び向上を図る上で緊要な課題であることにかんがみ、これに即応した効率的な経営体制を確立するための国鉄の経営形態の抜本的な改革に関する基本的な事項を定めるものである(1条)。改革法の骨子は、〈1〉国鉄の旅客鉄道事業を分割して被上告人北海道旅客鉄道株式会社(以下「JR北海道」という。)外5社を設立してこれらに引き継がせる(6条)、〈2〉国鉄の貨物鉄道事業を旅客鉄道事業から分離し、被上告人日本貨物鉄道株式会社(以下「JR貨物」という。)を設立してこれに引き継がせる(8条)、〈3〉運輸大臣は、国鉄の事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画を定め、国鉄は、基本計画に従って承継法人ごとにその事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継に関する実施計画を作成し、運輸大臣の認可を受ける(19条)、〈4〉認可を受けた実施計画の定めに従い、承継法人の成立の時において、承継法人に事業等が引き継がれ、権利及び義務が承継される(21条、22条)、〈5〉国は、国鉄が承継法人に事業等を引き継いだときは、国鉄を日本国有鉄道清算事業団(以下「事業団」という。)に移行させ、承継法人に承継されない資産、債務等を処理するための業務等を事業団に行わせるほか、臨時に、その職員の再就職の促進を図るための業務を行わせる(15条)、というものである。
(2) 被上告人ら承継法人の職員の採用手続について、改革法23条は、〈1〉承継法人の設立委員は、国鉄を通じ、その職員に対し、それぞれの承継法人の職員の労働条件及び採用の基準を提示して、職員の募集を行う(1項)、〈2〉国鉄は、〈1〉によりその職員に対し労働条件及び採用の基準が提示されたときは、承継法人の職員となることに関する国鉄の職員の意思を確認し、承継法人別に、その職員となる意思を表示した者の中から当該承継法人に係る〈1〉の採用の基準に従い、その職員となるべき者を選定し、その名簿(以下「採用候補者名簿」という。)を作成して設立委員に提出する(2項)、〈3〉採用候補者名簿に記載された国鉄の職員のうち、設立委員から採用する旨の通知を受けた者であって、昭和62年4月1日に国鉄の職員であるものは、承継法人の成立の時(同日)において、当該承継法人の職員として採用される(3項)、〈4〉承継法人の職員の採用について、当該承継法人の設立委員がした行為及び当該承継法人の設立委員に対してなされた行為は、それぞれ、当該承継法人がした行為及び当該承継法人に対してなされた行為とする(5項)、〈5〉〈3〉により国鉄の職員が承継法人の職員となる場合には、その者に対しては、国家公務員等退職手当法に基づく退職手当は支給せず(6項)、承継法人は、その者の退職に際し、退職手当を支給しようとするときは、その者の国鉄の職員としての引き続いた在職期間を当該承継法人の職員としての在職期間とみなして取り扱う(7項)旨を定める。
(3) 旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律附則2条は、運輸大臣は、旅客鉄道株式会社6社及び被上告人JR貨物(以下、この7社を「JR各社」という。)ごとに設立委員を命じ、当該会社の設立に関して発起人の職務を行わせる旨を(1項)、設立委員は、同項及び改革法23条に定めるもののほか、当該会社がその成立の時において事業を円滑に開始するために必要な業務を行うことができる旨を(2項)、それぞれ規定する。そして、運輸大臣は、昭和61年12月4日、JR各社の共通設立委員16人及び会社ごとに設立委員2ないし5人を任命した。
(4) 昭和61年12月11日、JR各社合同の第1回設立委員会が開催され、各社共通の採用の基準として、国鉄在職中の勤務の状況からみて、当該会社の業務にふさわしい者であること(なお、勤務の状況については、職務に対する知識技能及び適性、日常の勤務に関する実績等を、国鉄における既存の資料に基づき、総合的かつ公正に判断すること)等が定められ、同月19日、JR各社合同の第2回設立委員会において各社の労働条件の細部が決定され、採用の基準と共に国鉄に提示された。
(5) 運輸大臣は、昭和61年12月16日、改革法19条1項に基づき、閣議決定を経て基本計画を定め、国鉄職員のうち承継法人の職員となる者の総数を21万5000人、うち被上告人JR北海道の職員数を1万3000人、同JR貨物の職員数を1万2500人と決定した。
(6) 国鉄は、昭和61年12月24日、採用の基準に該当しないことが明白な者を除く職員約23万0400人に対し、承継法人の労働条件及び採用の基準を記載した書面並びに承継法人の職員となる意思を表明する意思確認書の用紙を配布したところ、昭和62年1月7日までに、国鉄職員22万7600人が意思確認書を提出した。そのうち承継法人への採用希望者は21万9340人であり、第2希望以下の複数の承継法人名を記載しているものを含めた就職申込総数は延べ52万5720人であった。このうち、被上告人JR北海道への就職申込総数は延べ2万3710人、同JR貨物への就職申込総数は延べ9万4400人であった。
(7) 国鉄は、承継法人ごとに採用候補者を選定して採用候補者名簿を作成し、昭和62年2月7日、これを設立委員に提出した。採用候補者名簿の記載者数は、被上告人JR北海道については1万3000人であり、同JR貨物については1万2289人であったが、上告補助参加人国鉄労働組合、同国鉄労働組合札幌地区本部、同国鉄労働組合青函地区本部、同国鉄労働組合旭川地区本部及び同国鉄労働組合釧路地区本部(以下「上告補助参加人国労ら」という。)に所属する第1審判決別紙1記載の者で、上告補助参加人国労らが本件で救済を求めているもの(以下「本件救済申立対象者」という。)は、採用候補者名簿に記載されなかった。
(8) 昭和62年2月12日、JR各社合同の第3回設立委員会において、採用候補者名簿に記載された者全員を当該承継法人の職員に採用することが決定されたが、本件救済申立対象者は、全員不採用となった。JR各社の採用予定者は、同年4月1日、JR各社の発足と同時に当該会社の職員となった(以下、この被上告人らの職員の採用を「4月採用」という。)。他方、承継法人に採用されなかった国鉄職員は、同日以降、事業団の職員となり、日本国有鉄道退職希望職員及び日本国有鉄道清算事業団職員の再就職の促進に関する特別措置法(以下「特措法」という。)に基づき、再就職が図られることとされたが、特措法が平成2年4月1日限りで失効することから、3年以内に再就職するものとされていた。
(9) 被上告人JR北海道は、職員に欠員が生じたことから、昭和62年4月13日、募集対象者を北海道地区に勤務する事業団の職員、採用予定人員を約280人、採用予定日を同年6月1日とする職員の追加採用(以下「6月採用」という。)を行った。応募者2947人中281人が採用されたが、上告補助参加人国労らに所属する組合員は応募者1901人中82人の採用にとどまり、本件救済申立対象者中の応募者で採用されたものはなかった。
(10) 上告補助参加人国労らは、4月採用及び6月採用に際し所属組合員が採用されなかったのは不当労働行為に当たると主張して、北海道地方労働委員会に対し、救済を申し立てたところ、同委員会は、平成元年1月12日、本件救済申立対象者につき、被上告人ら設立時(昭和62年4月1日)からの採用取扱い、被上告人らに採用されていたならば得たであろう賃金相当額(以下「賃金相当額」という。)と事業団から実際に支払われた賃金額との差額の支払等を命じる救済命令を発した。
被上告人らは、上告人に対し、上記初審命令を不服として再審査を申し立てたが、上告人は、平成5年12月15日、4月採用及び6月採用に関して、不利益取扱いを受けた組合員の具体的な特定はできないが本件救済申立対象者の少なくとも一部の者について不当労働行為の成立が認められると判断した上で、上記初審命令を変更して、本件救済申立対象者のうち同2年4月2日に事業団からの離職を余儀なくされた者であって被上告人らに採用を申し出たものについての職員採用に関する選考やり直し、選考やり直しの結果採用すべきものと判定した者についての採用取扱い及び同日以降の賃金相当額の60%相当額の支払等を命じ、その余の救済申立てを棄却する旨の命令を発した。
2 本件は、被上告人らが上記命令のうち再審査申立てを棄却して救済を命じた部分の取消しを求めた事案である。

第2 上告代理人菅野和夫、同諏訪康雄、同伊藤治、同西野幸雄、同三原裕子の上告受理申立て理由第一、第二、第四及び上告補助参加代理人宮里邦雄、同後藤徹、同今重一、同小笠原寛、同菅沼文雄、同山崎英二、同室田則之、同川村俊紀、同石井将、同福田護、同岡田尚、同河村武信、同上条貞夫、同海渡雄一の上告受理申立て理由第1点ないし第3点、第5点について
1 原審は、4月採用における採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成の過程に不当労働行為に該当する行為があったとしても、設立委員ひいては被上告人らは労働組合法7条の使用者としてその責任を負わないと判断した。論旨は、原審のこの判断には改革法及び労働組合法の解釈適用の誤りがある旨をいう。
2 改革法23条は、承継法人の職員の採用手続において、設立委員が、国鉄を通じ、労働条件及び採用の基準を提示して職員の募集を行い(1項)、これを受けて、国鉄が、職員の意思を確認し、採用の基準に従い採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成を行い(2項)、設立委員が、採用候補者名簿に記載された者の中から職員として採用すべき者を決定し、採用する旨を通知する(3項)とし、採用手続に段階を設け、各段階ごとに行う事務手続の内容、主体及び権限を規定する。
改革法は、前記のとおり、承継法人を設立して国鉄の事業等を引き継がせ、国鉄が承継法人に事業等を引き継いだときは、国鉄を事業団に移行させて、承継法人に承継されない資産、債務等を処理するための業務等を行わせるほか、その職員の再就職の促進を図るための業務を行わせることとしたのであり、これを受けて、国鉄の職員について、承継法人の職員に採用されるべき者と国鉄の職員のまま残留させる者とに振り分けることとし、国鉄にその振り分けを行わせることとしたのである。そして、改革法は、23条において、上記のとおり、承継法人設立時にその職員として採用する者を決定する手続を特に定めたのであるから、国鉄の職員であっても、同条所定の手続によらない限り、承継法人設立時にその職員として採用される余地はなかったものというべきである。国鉄によって承継法人の採用候補者に選定されず採用候補者名簿に記載されなかった者は、国鉄の職員の地位にとどまり、国鉄が事業団に移行するのに伴ってその職員となり、国鉄との従前の雇用契約関係が形を変えて存続することとなったのであるから、上記職員の雇用主は、国鉄、次いで事業団であることが明らかである。このように、改革法は、国鉄が上記振り分けに当たって採用候補者として選定せず採用候補者名簿に記載しなかったため承継法人の職員として採用されなかった国鉄の職員については、国鉄との間で雇用契約関係を存続させ、国鉄が事業団に移行するのに伴い事業団の職員とし、事業団との間に雇用契約関係を存続させることとしたが、この措置は、事業団の職員となった者について特措法により移行日から3年内に再就職を図るものとしてその間に再就職の準備をさせることとしたものであり、雇用契約関係終了に向けての準備期間を置くことを目的としたものである。承継法人の職員に採用されず国鉄の職員から事業団の職員の地位に移行した者は、承継法人の職員に採用された者と比較して不利益な立場に置かれることは明らかである。そうすると、仮に国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をした場合には、国鉄は、その職員に対し、労働組合法7条1号が禁止する労働組合の組合員であることのゆえをもって不利益な取扱いをしたことになるというべきであり、国鉄、次いで事業団は、その雇用主として同条にいう「使用者」としての責任を免れないものというべきである他方、改革法は、前記のとおり、所定の採用手続によらない限り承継法人設立時にその職員として採用される余地はないこととし、その採用手続の各段階における国鉄と設立委員の権限については、これを明確に分離して規定しており、このことに改革法及び関係法令の規定内容を併せて考えれば、【要旨1】改革法は、設立委員自身が不当労働行為を行った場合は別として、専ら国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をしたという場合には、労働組合法7条の適用上、専ら国鉄、次いで事業団にその責任を負わせることとしたものと解さざるを得ず、このような改革法の規定する法律関係の下においては、設立委員ひいては承継法人が同条にいう「使用者」として不当労働行為の責任を負うものではないと解するのが相当である
前記事実関係によれば、設立委員自身が不当労働行為を行ったとはいい難いところ、設立委員ひいては被上告人らが同条にいう「使用者」に当たらないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

第3 上告代理人菅野和夫、同諏訪康雄、同伊藤治、同西野幸雄、同三原裕子の上告受理申立て理由第三及び上告補助参加代理人宮里邦雄、同後藤徹、同今重一、同小笠原寛、同菅沼文雄、同山崎英二、同室田則之、同川村俊紀、同石井将、同福田護、同岡田尚、同河村武信、同上条貞夫、同海渡雄一の上告受理申立て理由第4点(いずれも4月採用に関する部分を除く。)について
1 原審は、6月採用は新規採用に当たるから、その採用の拒否は労働組合法7条1号本文の不利益な取扱いには当たらないと判断した。論旨は、原審のこの判断には同法の解釈適用の誤りがある旨をいう。
2 企業者は、経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するに当たり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるものであり、他方、企業者は、いったん労働者を雇い入れ、その者に雇用関係上の一定の地位を与えた後においては、その地位を一方的に奪うことにつき、雇入れの場合のような広い範囲の自由を有するものではない(最高裁昭和43年(オ)第932号同48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)。そして、労働組合法7条1号本文は、「労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもって、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱をすること」又は「労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること」を不当労働行為として禁止するが、雇入れにおける差別的取扱いが前者の類型に含まれる旨を明示的に規定しておらず、雇入れの段階と雇入れ後の段階とに区別を設けたものと解される。そうすると、【要旨2】雇入れの拒否は、それが従前の雇用契約関係における不利益な取扱いにほかならないとして不当労働行為の成立を肯定することができる場合に当たるなどの特段の事情がない限り、労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いに当たらないと解するのが相当である。
前記事実関係によれば、6月採用は、既に被上告人JR北海道が設立された後において、同被上告人が採用の条件、人員等を決定して行ったものであり、同被上告人が雇入れについて有する広い範囲の自由に基づいてした新規の採用というべきであって、6月採用における採用の拒否について上記特段の事情があるということはできない。したがって、6月採用における採用の拒否は、労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いに当たらないというべきである。
これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、裁判官深澤武久、同島田仁郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官深澤武久、同島田仁郎の反対意見は、次のとおりである。
1 私たちは、〈1〉承継法人の4月採用について、専ら国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をしたという場合には、労働組合法7条の適用上、国鉄、次いで事業団は、その責任を免れないが、設立委員ひいては承継法人が同条にいう「使用者」として不当労働行為の責任を負うものではない、〈2〉6月採用は、被上告人JR北海道が設立された後に雇入れについて有する広い範囲の自由に基づいてした新規の採用であって、6月採用における採用拒否は同条1号本文にいう不利益な取扱いに当たらない、とする多数意見に賛同することはできない。その理由は次のとおりである。
2 4月採用について
(1) 承継法人の職員採用は、改革法23条によって、〈1〉設立委員が、国鉄を通じ、その職員に対し、労働条件及び採用の基準を提示して職員の募集をし、〈2〉国鉄が、その職員の意思を確認し、設立委員から提示された採用の基準に従い、採用候補者の選定をした上、採用候補者名簿を作成して設立委員に提出し、〈3〉設立委員が、その判断と責任によって国鉄から提出された採用候補者名簿に記載された者の中から職員として採用すべき者を決定するものとされている。改革法は、採用手続の各段階について、国鉄と設立委員の行う事務手続を定めているが、これは承継法人の設立に際して27万人を超える国鉄職員の中から改革法成立後約4か月間に21万5000人という多数の職員を採用しなければならないため、職員についての資料を有し、その事情を把握している国鉄が採用候補者名簿の作成等を行うのが適切であるとされたからにすぎない。そのために、国鉄は、承継法人の職員の採用のために設立委員の提示した採用の基準に従って採用候補者名簿の作成等の作業をすることとされ、国鉄総裁が設立委員に加わり、設立委員会における実際の作業も国鉄職員によって構成された設立委員会事務局によって行われたものと考えられる。このような採用手続の各段階における作業は、各々独立の意味を持つものではなく、すべて設立委員の提示する採用の基準に従った承継法人の職員採用に向けられた一連の一体的なものであって、同条において国鉄と設立委員の権限が定められていることを理由に、その効果も分断されたものと解するのは、あまりにも形式論にすぎるものといわざるを得ない。
(2) 改革法の国会審議において、法案を所管する運輸大臣は、国鉄と設立委員の関係について、国鉄は設立委員の採用事務を補助する者で、民法上の準委任に近いものである旨を繰り返し答弁し、さらに、国鉄は設立委員の補助者であるから、国鉄の組合と団体交渉をする立場にはないと説明しているのである。国会の法案審議における大臣の答弁は、立法者意思として法解釈に際して重く評価しなければならない。特に、改革法は、国鉄の抜本的改革を目的として、昭和61年11月28日に成立し、同年12月4日に公布、施行されたものであるところ、同62年4月1日に国鉄改革を実施することとされ(同法5条)、極めて短期間のうちにその内容を実現して、役割を果たしたのであって、この経緯を考慮すれば、合理的な理由もなく立法者意思に反した法解釈をするのは避けるべきである。これら大臣の答弁は法案説明のために便宜的に用いられたものにすぎないというような見解は、国会の審議を軽視し、国民の国会審議に対する信頼を損なうもので、到底容認できない。また、大臣の上記発言を受けて、当時、国鉄が承継法人の職員採用に関しての団体交渉に応じなかった経緯も考慮すべきである。
(3) 上記のとおり、改革法は、承継法人の職員採用について国鉄に設立委員の補助的なものとして権限を付与したものと解すべきであるから、採用手続過程において国鉄に不当労働行為があったときは、設立委員ひいては承継法人が労働組合法7条の「使用者」として不当労働行為責任を負うことは免れないのである。
(4) したがって、承継法人が同条の「使用者」に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
3 6月採用について
(1) 雇主は、労働者を採用するに当たり、どのような者を採用するか、いかなる条件で採用するか、について採用の自由を有するのである。しかし、営業譲渡とか新会社を設立して旧会社の主たる資産を譲り受け、労働者を承継するといったような、雇主が労働者の従前の雇用関係と密接な関係があると認められるような事情がある場合には、採用の自由が制限されることもある。改革法は、国鉄の事業、権利、義務について、〈1〉国鉄が経営している旅客鉄道事業を承継法人に引き継がせる(6条2項)、〈2〉運輸大臣は、閣議の決定を経て、事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画を定め(19条1項)、国鉄がこれに従って実施計画を作成して運輸大臣の認可を受けたときは、承継法人成立の時に、国鉄の事業等は承継法人に引き継がれ(21条)、国鉄の権利及び義務のうち認可を受けた実施計画において定められたものは、その定めるところに従い、承継法人が承継する(22条)、〈3〉国鉄を事業団に移行させ、承継法人に承継されない国鉄の資産、債務等の処理をするための業務等のほか、職員の再就職の促進を図るための業務を行わせる(15条)と定めている。また、改革法は、〈1〉国鉄の職員が承継法人の職員となる場合には、退職手当は支給しない(23条6項)、〈2〉上記職員が承継法人を退職して退職手当の支給を受けるときは、国鉄職員としての在職期間を承継法人における在職期間に通算する(同条7項)と定め、上記基本計画においては、当時27万人を超える国鉄職員のうち、21万5000人を承継法人が採用し、うち1万3000人を被上告人JR北海道が採用することとすると定めている。
(2) 上記のとおり、承継法人は、国鉄の事業を引き継ぎ、上記実施計画の定めに従って権利及び義務を承継し、職員は国鉄職員のうちからのみ採用することとして、国鉄職員の約80%の職員を採用し、退職手当の支給について国鉄職員の在職期間を通算することとして雇用契約の一部を承継するなどしたのである。そして、6月採用は、被上告人JR北海道が、設立直後に追加採用として、募集対象者を北海道地区に勤務する事業団の職員に限定して行ったものである。同被上告人は、事業団移行前の上記職員と国鉄との雇用関係とこのような密接な関係を有していた以上、6月採用において労働者採用の自由について制限を受けるものというべきである。したがって、6月採用が新規の採用であることを理由として、その採用の拒否が労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いに当たらないと断ずることはできない。これと異なる原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
4 以上の次第であるから、原判決を破棄し、4月採用及び6月採用における不当労働行為の点について更に審理させるため、本件を原審に差し戻すべきである。
(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎)

++解説
《解  説》
1 国鉄労働組合(以下「国労」という。)及び全国鉄動力車労働組合(現在の全日本建設交運一般労働組合全国鉄道本部,以下「全動労」という。)は,それぞれ傘下の労働組合と共に,昭和62年4月の日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の分割・民営化に伴って設立された日本貨物鉄道株式会社(以下「JR貨物」という。)及び北海道旅客鉄道株式会社(以下「JR北海道」という。)の成立の時の職員採用及びその後の同年6月のJR北海道の職員の追加採用に際し,所属組合員が採用されなかったのは不当労働行為に当たると主張して,北海道地方労働委員会に救済を申し立てた。中央労働委員会は,北海道地方労働委員会の初審命令を変更して,国労及び全動労の組合員のうち一定の要件を満たす者についての職員採用に関する選考やり直し,選考やり直しの結果採用すべきものと判定した者についての採用取扱い等を命じ,その余の救済申立てを棄却した。本件各事件は,JR貨物及びJR北海道が,中労委命令のうち救済を命じた部分の取消しを求めた事件であり,①事件は国労関係の中労委命令の取消訴訟であり,②事件は全動労関係の中労委命令の取消訴訟である。
2 日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)6条2項所定の六つの旅客鉄道株式会社及び同法8条2項所定のJR貨物(以下「JR各社」という。)の成立時の職員の採用手続においては,①JR各社の設立委員が,国鉄を通じ,その職員に対し,JR各社の職員の労働条件及び採用の基準を提示して,職員の募集を行い,②国鉄が,JR各社別に,その職員となる意思を表示した者の中から,設立委員から提示された採用の基準に従い,その職員となるべき者を選定し,採用候補者名簿を作成して設立委員に提出し,③採用候補者名簿に記載された者の中から,設立委員が職員として採用すべき者を決めることとされていた(改革法23条)。本件各組合員は,採用候補者名簿に記載されず,JR貨物及びJR北海道に採用されなかったため,採用候補者の選定及び名簿の作成過程で不当労働行為があった場合に,設立委員ひいてはJR各社が労働組合法7条の使用者として責任を負うかどうかが,争点となった(①,②事件)。
また,JR北海道は,昭和62年6月,北海道地区の日本国有鉄道清算事業団(以下「事業団」という。)の職員を対象に追加採用を行ったが,本件各組合員が不採用となった。この追加採用が新規採用の形式を採っていたため,新規採用における採用拒否が,労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いに当たるかどうか(①,②事件),同条3号の支配介入に当たるかどうか(②事件)が問題となった。
3 ①事件の原審(労判801号37頁)は,(1)採用候補者の選定及び名簿の作成過程での不当労働行為について,設立委員及びJR各社は労働組合法7条の使用者に当たらず,(2)新規採用における採用拒否は同条1号本文にいう不利益な取扱いに当たらないとして,中労委命令のうち救済を命じた部分には違法があると判断した。
②事件の原審(労判841号29頁)は,(1)採用候補者の選定及び名簿の作成過程での不当労働行為について,JR各社は労働組合法7条の使用者に当たり,(2)新規採用であることのみを根拠として,その採用拒否が同条1号本文にいう不利益な取扱いにも,同条3号の支配介入にも当たらないと解することはできないが,(3)JR各社成立時の職員採用について国鉄に,JR北海道の追加採用についてJR北海道に,それぞれ不当労働行為意思があったとは認められないとして,中労委命令のうち救済を命じた部分には違法があると判断した。
各事件について,中央労働委員会が上告受理を申し立てたが,本件各判決は,いずれの事件についても,上告を棄却した。
4 判示事項1について
JR各社の設立委員と国鉄との関係をどのようにとらえるかについては,見解が分かれていた。中央労働委員会は,国鉄を,いわば設立委員を補助する者として位置付けることによって,国鉄の行った不当労働行為については,設立委員ひいてはJR各社が使用者として責任を負うと解していた。
他方,①事件の原判決及び1審判決(本誌976号63頁,判時1644号50頁)並びに東京高判平12.11.8判時1732号27頁は,朝日放送事件の最三小判平7.2.28民集49巻2号559頁,本誌913号362頁(労働組合法7条にいう使用者の意義について,「一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが,……雇用主以外の事業主であっても,雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ,その労働者の基本的な労働条件等について,雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配,決定することができる地位にある場合には,その限りにおいて,右事業主は同条の「使用者」に当たるものと解するのが相当である」と判示する。)を引用した上で,設立委員は,自ら採用候補者の選定及び名簿の作成をすることができず,国鉄が行う採用候補者の選定及び名簿の作成を規制し又は指揮監督し得る権限もないから,設立委員は,採用候補者の選定及び名簿の作成に関し,雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配,決定することができる地位にあったと解することはできず,労働組合法7条にいう使用者に該当するといえないとしていた。
本件各判決は,改革法23条が,JR各社の職員の採用手続に段階を設け,各段階ごとに行う事務手続の内容,主体及び権限を規定し,各段階における国鉄と設立委員の権限を明確に分離して規定していること,国鉄の職員であっても,改革法23条所定の手続によらない限り,JR各社設立時にその職員として採用される余地はなかったこと,国鉄によってJR各社の採用候補者に選定されず採用候補者名簿に記載されなかった者は,国鉄の職員の地位にとどまり,国鉄が事業団に移行するのに伴ってその職員となり,国鉄との従前の雇用契約関係が形を変えて存続することとなったこと等を挙げて,仮に国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をした場合には,国鉄,次いで事業団は,雇用主として労働組合法7条にいう使用者としての責任を負うが,他方,改革法は,専ら国鉄が採用候補者の選定及び採用候補者名簿の作成に当たり組合差別をしたという場合には,労働組合法7条の適用上,専ら国鉄,次いで事業団にその責任を負わせることとしたものと解さざるを得ず,このような改革法の規定する法律関係の下においては,設立委員ひいてはJR各社が同条にいう使用者として不当労働行為の責任を負うものではないと判断を示した。
労働組合法7条にいう使用者の意義について,多数説は,労働契約の一方当事者である雇用主であるかどうかを中心的な基準にしつつ,同条の規定の趣旨,目的に照らして,どこまでそれを拡張することができるかという観点から問題を考察する立場(労働契約基準説)を採る。朝日放送事件についての前記最判の判断の進め方には,労働契約基準説の立場が現れているとされているが(福岡右武・平7最判解説(民)(上)245頁),同最判は,雇用主との間の請負契約により労働者の派遣を受けている事業主が労働組合法7条にいう使用者に当たるかどうかが問題となった事案について判断を示したものであり,その判断枠組みが,改革法が採用手続を定めている本件に直ちに当てはまるものではない。本件各判決が,朝日放送事件についての前記最判を引用することなく,前記のとおりの判断をしたのは,改革法の規定する法律関係に即して,労働組合法7条にいう使用者についての解釈を示したものということができる。
その上で,本件各判決は,原審が確定した事実関係の下においては,設立委員自身が不当労働行為を行ったとはいい難いとして,設立委員ひいてはJR北海道及びJR貨物が労働組合法7条にいう使用者に当たらないと判断した。
なお,この判断に対しては,改革法は,JR各社の職員採用について国鉄に設立委員の補助的なものとして権限を付与したものと解すべきであることを根拠として,採用手続過程において国鉄に不当労働行為があったときは,設立委員ひいてはJR各社が労働組合法7条の使用者として責任を負うとする深澤裁判官及び島田裁判官の反対意見が付されている。
5 判示事項2,3について
新規採用における採用拒否については,学説は,使用者が労働者の採否につき幅の広い自由を有すること等を根拠に労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱い及び同条3号の支配介入に当たらないとする否定説(石井照久・新版労働法〔第3版〕120頁,465頁,塚本重頼・不当労働行為の認定基準91頁,香川孝三・現代労働法講座(7)232頁,久保敬治・浜田冨士郎・労働法110頁)と,新規採用であってもこれらの不当労働行為に当たるとする肯定説(石川吉右衞門・労働組合法330頁,山口浩一郎・労働組合法〔第2版〕88頁,外尾健一・労働団体法230頁,菅野和夫・労働法〔第6版〕659頁等)とに分かれていた。裁判例では,①事件の原判決,②事件の1審判決(判時1729号123頁)及び東京地判平10.5.28本誌976号109頁,判時1644号73頁が否定説を,②事件の原判決及び東京地判平13.4.12判時1754号160頁が肯定説を,それぞれ採っていた。
本件各判決は,企業者は,労働者の雇入れについて,法律等による特別の制限がない限り,原則として自由に決定することができるものであること,労働組合法7条1号本文は,雇入れにおける差別的取扱いが不利益な取扱いの類型に含まれる旨を明示的に規定しておらず,雇入れの段階と雇入れ後の段階とに区別を設けたものと解されることを根拠として,労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いについて否定説を採ることを明らかにするとともに,②事件の判決は,同条3号の支配介入についても否定説を採ることを明らかにした。なお,本件各判決は,「雇入れの拒否が従前の雇用契約関係における不利益な取扱いにほかならないとして不当労働行為の成立を肯定することができる場合に当たるなどの特段の事情がない限り」という留保を付している。これは,典型的には,季節労働者の再採用拒否,経営再開に当たっての再採用拒否等のような従前の雇用契約関係における不利益な取扱いに当たる場合を想定したものと考えられるが,さらに,具体的にどのような場合がこれに該当するかについては,今後の事案に即した判断にゆだねたものということができよう。
以上の判示を踏まえて,本件各判決は,JR北海道のした追加採用は,JR北海道が設立後に採用の条件,人員等を決定して行ったものであり,JR北海道が雇入れについて有する広い範囲の自由に基づいてした新規の採用というべきであって,前記特段の事情があるということはできないとして,その採用の拒否が,労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いに当たらない旨判断し,②事件の判決は,同条3号の支配介入にも当たらない旨判断した。
この判断に対しては,新規採用において使用者に採用の自由があることを一般的には肯定しつつ,営業譲渡等雇主が労働者の従前の雇用関係と密接な関係があると認められるような事情がある場合には,採用の自由が制限されることもあるとして,本件の追加採用はこのような場合に当たるから,新規の採用であることを理由として,その採用の拒否が労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱い及び同条3号の支配介入に当たらないと断ずることはできないとする深澤裁判官及び島田裁判官の反対意見が付されている。
6 なお,②事件についての前記反対意見は,原審が国鉄及びJR北海道に不当労働行為意思があったとは認められないとした点について,原判示の事情からそのように断ずることはできないとして,不当労働行為の点について更に審理させるため,事件を原審に差し戻すべきであるとした。
7 本件各判決は,JR各社成立時の職員採用において労働組合法7条にいう使用者として不当労働行為の責任を負う者について,また,労働組合の組合員に対する雇入れの拒否が同条1号本文にいう不利益な取扱い及び同条3号の支配介入に当たるかどうかについて,最高裁の判断を示したものとして,重要な意義を有するものと思われる。

・採用拒否が違法となる場合でも、救済は一般的には不法行為による損害賠償にとどまる!!!!

2.調査の自由
採用の自由の一環として調査の自由をも幅広く認める!

3.採用の自由への法律上の制約
(1)労働組合

+労働組合法
(不当労働行為)
第七条  使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一  労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。
二  使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
三  労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
四  労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法 (昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。

(2)性別

(3)障害

(4)年齢

第2節 採用内定
1.採用内定の法的性質

+判例(S54.7.20)大日本印刷事件
理由
上告代理人和田良一、同西迪雄、同渡辺修、同竹内桃太郎、同成富安信、同美勢晃一の上告理由一について
企業が大学の新規卒業者を採用するについて、早期に採用試験を実施して採用を内定する、いわゆる採用内定の制度は、従来わが国において広く行われているところであるが、その実態は多様であるため、採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難というべきである。したがつて、具体的事案につき、採用内定の法的性質を判断するにあたつては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある
そこで、本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。すなわち、上告人は、綜合印刷を業とする株式会社であるが、昭和四三年六月頃、滋賀大学に対し、翌昭和四四年三月卒業予定者で上告人に入社を希望する者の推せんを依頼し、募集要領、会社の概要、入社後の労働条件を紹介する文書を送付して、右卒業予定者に対して求人の募集をした。被上告人は、昭和四〇年四月滋賀大学経済学部に入学し、昭和四四年三月卒業予定の学生であつたが、大学の推せんを得て上告人の右求人募集に応じ、昭和四三年七月二日に筆記試験及び適格検査を受け、同日身上調書を提出した。被上告人は、右試験に合格し、上告人の指示により同月五日に面接試験及び身体検査を受け、その結果、同月一三日に上告人から文書で採用内定の通知を受けた。右採用内定通知書には、誓約書(以下「本件誓約書」という。)用紙が同封されていたので、被上告人は、右用紙に所要事項を記入し、上告人が指定した同月一八日までに上告人に送付した。本件誓約書の内容は、
「この度御選考の結果、採用内定の御通知を受けましたことについては左記事項を確認の上誓約いたします

一、本年三月学校卒業の上は間違いなく入社致し自己の都合による取消しはいたしません
二、左の場合は採用内定を取消されても何等異存ありません
「1」 履歴書身上書等提出書類の記載事項に事実と相違した点があつたとき
「2」 過去に於て共産主義運動及び之に類する運動をし、又は関係した事実が判明したとき
「3」 本年三月学校を卒業出来なかつたとき
「4」 入社迄に健康状態が選考日より低下し勤務に堪えないと貴社において認められたとき
「5」 その他の事由によつて入社後の勤務に不適当と認められたとき」
というものであつた。ところで、滋賀大学では、就職について大学が推せんをするときは、二つの企業に制限し、かつ、そのうちいずれか一方に採用が内定したとき、直ちに未内定の他方の企業に対する推せんを取消し、学生にも先に内定した企業に就職するように指導を徹底するという、「二社制限、先決優先主義」をとつており、上告人においても、昭和四四年度の募集に際し、少なくとも滋賀大学において右の先決優先の指導が行われていたことは知つていた。被上告人は、上告人から前記採用内定通知を受けた後、大学にその旨報告するとともに、大学からの推せんを受けて求人募集に応募していた訴外ダイキン工業株式会社に対しても、大学を通じて応募を辞退する旨通知し、大学も右推せんを取り消した。その後、上告人は、昭和四三年一一月頃、被上告人に対し、会社の近況報告その他のパンフレツトを送付するとともに、被上告人の近況報告書を提出するよう指示したので、被上告人は、近況報告書を作成して上告人に送付した。ところが、上告人は、昭和四四年二月一二日、突如として、被上告人に対し、採用内定を取り消す旨通知した。この取消通知書には取消の理由は示されていなかつた。被上告人としては、前記のとおり上告人から採用内定通知を受け、上告人に就職できるものと信じ、他企業への応募もしないまま過しており、採用内定取消通知も遅かつた関係から、他の相当な企業への就職も事実上不可能となつたので、大いに驚き、大学を通じて上告人と交渉したが、何らの成果も得られず、他に就職することもなく、同年三月滋賀大学を卒業した。なお、上告人の昭和四四年度大学卒新入社員については、同月初旬に入社式の通知がなされ、同時に健康診断書の提出が求められた。右入社式は、同月三一日に大学新卒の採用者全員を東京に集めて行われたが、式典は一時間余りで、社長の挨拶、先輩の祝辞、新入社員の答辞、役員の紹介、社歌の合唱等がなされた。式典に集つた新入社員は、その日、式典終了後、卒業証明書、最終学年成績証明書、家族調書及び試用者としての誓約書を提出し、東京で約二週間の導入教育を受けたのち、上告人の各事業部へ配置され、若干期間の研修の後それぞれの労務に従事し、上告人の定める二か月の試用期間を過ぎた後の同年六月下旬に、更に本採用者としての誓約書を保証人と連署して提出し、社員としての辞令書の交付を受けた。上告人における大学新規卒業新入社員の本採用社員としての身分取得の方法は、昭和四四年度の前後を通じて、大体右のようなものであつた。
以上の事実関係のもとにおいて、本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたことを考慮するとき、上告人からの募集(申込みの誘引)に対し、被上告人が応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する上告人からの採用内定通知は、右申込みに対する承諾であつて、被上告人の本件誓約書の提出とあいまつて、これにより、被上告人と上告人との間に、被上告人の就労の始期を昭和四四年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の五項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当とした原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同二について
本件採用内定によつて、前記のように被上告人と上告人との間に解約権留保付労働契約が成立したものと解するとき、上告人が昭和四四年二月一二日被上告人に対してした前記採用内定取消の通知は、右解約権に基づく解約申入れとみるべきであるところ、右解約の事由が、社会通念上相当として是認することができるものであるかどうかが吟味されなければならない。
思うに、わが国の雇用事情に照らすとき、大学新規卒業予定者で、いつたん特定企業との間に採用内定の関係に入つた者は、このように解約権留保付であるとはいえ、卒業後の就労を期して、他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入つた者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。
ところで、試用契約における解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他いわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解され、今日における雇用の実情にかんがみるときは、このような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるが、他方、雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮するとき、留保解約権の行使は、右のような解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(当裁判所昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決、民集二七巻一一号一五三六頁)。右の理は、採用内定期間中の留保解約権の行使についても同様に妥当するものと考えられ、したがつて、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件採用内定取消事由の中心をなすものは「被上告人はグルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかつた。」というのであるが、グルーミーな印象であることは当初からわかつていたことであるから、上告人としてはその段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後右不適格性を打ち消す材料が出なかつたので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべきであり、右のような事由をもつて、本件誓約書の確認事項二、「5」所定の解約事由にあたるとすることはできないものというべきである。
これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。同三について
所論の点に関する原審の判断は、原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 栗本一夫 裁判官 塚本重頼 裁判官 鹽野宜慶)

・中途採用者のケース
+判例(東京地決H9.10.31)

+判例(東京地判H16.6.23)

・内々定について
+判例(福岡高判H23.3.10)コーセーアールイー

2.採用内定取消しの可否

+判例(S55.5.30)電電公社近畿電通局事件
理由
上告代理人松本健男、同在間秀和、同正木孝明の上告理由について
一 原審が適法に確定した事実関係は、およそ次のとおりである。
(一) 上告人は、昭和四三年三月大阪府立の高等学校を卒業、一時学校の事務職員として就職したが、同四四年六月三〇日退職し、同年八月被上告人近畿電気通信局(以下「近畿電通局」という。)の社員公募に応じ、同年九月七日に一次試験(適性検査、一般教養筆記試験、作文)を受けてこれに合格し、同月二六日に二次試験(面接、健康診断)を受け、その際同時に、高等学校卒業証明書、同成績証明書、戸籍抄本及び健康診断書を提出し、同年一〇月上旬に身元調査があり、同年一一月一〇日ころに近畿電通局長名義の同月八日付の本件採用通知を受領した。
(二) 本件採用通知には、(1)上告人を昭和四五年四月一日付で被上告人において採用すること、(2)上告人を仮に大阪北地区管理部に配置し、別途、上告人の通勤が可能である管内の局所に正式に配置すること、(3)採用職種は機械職とし、身分は見習社員とすること、(4)入社前に再度健康診断を行い、異常があれば採用を取り消すことがあること、(5)入社を辞退する場合は、速やかに被上告人所定の事務所に書面でその旨を連絡することなどが記載されており、併せて、その同封書類として、身元保証書用紙、誓約書用紙及び「貸与被服の号型調査について」と題する書面が被上告人から上告人に送達された。
(三) 上告人は、所定期限であつた昭和四四年一二月二〇日までに、被服号型報告表に所定事項を記載して近畿電通局長に送付した。また、昭和四五年元旦に、被上告人の大阪北地区管理部長から「来る四月からの上告人の入社を歓迎する」旨の年賀状を受領し、更に右管理部長から「懇談会の御案内と諸行事のお知らせ」と題する同年二月三日付書面を受領したので、それに従つて入社懇談会に出席し、約四〇〇名の出席者とともに、被上告人の事業内容について説明を受けたうえ、健康診断を受け、次いで同年三月中旬入社前教育の一環として、大阪府池田電報電話局を見学した。
(四) 被上告人に勤務する者は、役員、職員及び準職員に区分され、そのうち準職員は、更に見習社員、特別社員等に区分されるが、いずれも二か月以内の期間を定めて雇用する者であるところ、見習社員とは、職員に採用することを予定して雇用される者をいうものである。
(五) 被上告人の見習社員の採用については、「職員及び準職員採用規程」及び「準職員の雇用等に関する取扱について」と題する通達があり、それらによれば、募集、採用試験、身上調査、誓約書・身元保証書・戸籍の謄本又は抄本の提出、就業規則の指示説明等について規定がなされており、見習社員に採用することに決定した者に対しては、誓約書、身元保証書、戸籍の謄本又は抄本を提出させた後において、辞令書を交付するものとし、右各書類を所定期日までに提出しなかつた者については、その採用を取り消し得る旨が定められている。
(六) 上告人は、高等学校卒業後豊能地区反戦青年委員会に所属し、その指導的地位にあつた者であるが、昭和四四年一〇月三一日午後九時ころに大阪鉄道管理局前において開催された国鉄労働組合及び動力車労働組合の機関助士廃止反対に関する集会に右地区反戦青年委員会の一員として参加し、場所を移動すべく、約五〇名の集団を指揮して車道に入り、シユプレヒコールをしながら車道上をデモした際、その先頭に立つて笛を吹き、約五〇メートル移動した際に、待機中の警察機動隊によつて無届デモとして規制を受け、大阪市公安条例違反及び道路交通法違反の現行犯として逮捕され、右行為につき、同年一二月一一日に起訴猶予処分を受けた。
(七) 被上告人は(六)の事実を知らずに本件採用通知をしたのであるが、被上告人の職場の一部においては、昭和四四年秋ころから同四五年初にかけて、反戦青年委員会に所属ないし同調する被上告人の職員によつて、種々の激烈な闘争行為がなされ、そのため、職場の秩序が混乱し、業務の遂行も阻害されたことがあり、同年三月六日ころ被上告人において上告人が前記のとおり逮捕・起訴猶予処分を受けた事実を探知するに至つたため、近畿電通局長は上告人に対し、本件採用通知による採用を同月二〇日付で取り消す旨の本件採用取消通知をなし、それが翌二一日上告人に到達した。

二 以上の事実関係によれば、被上告人から上告人に交付された本件採用通知には、採用の日、配置先、採用職種及び身分を具体的に明示しており、右採用通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたと解することができるから、上告人が被上告人からの社員公募に応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する被上告人からの右採用通知は、右申込みに対する承諾であつて、これにより、上告人と被上告人との間に、いわゆる採用内定の一態様として、労働契約の効力発生の始期を右採用通知に明示された昭和四五年四月一日とする労働契約が成立したと解するのが相当である。もつとも、前記の事実関係によれば、被上告人は上告人に対し辞令書を交付することを予定していたが、辞令書の交付はその段階で採用を決定する手続ではなく、見習社員としての身分を付与したことを明確にするにとどまるものと解すべきである。そして、右労働契約においては、上告人が再度の健康診断で異常があつた場合又は誓約書等を所定の期日までに提出しない場合には採用を取り消しうるものとしているが、被上告人による解約権の留保は右の場合に限られるものではなく、被上告人において採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる場合をも含むと解するのが相当であり、本件採用取消の通知は、右解約権に基づく解約申入れとみるべきである。したがつて、採用内定を取り消すについては、労働契約が効力を発生した後に適用されるべき日本電信電話公社法三一条、日本電信電話公社職員就業規則五五条、日本電信電話公社準職員就業規則五八条の規定が適用されるものでないことも明らかである。
ところで、前記の事実関係からすれば、被上告人において本件採用の取消をしたのは、上告人が反戦青年委員会に所属し、その指導的地位にある者の行動として、大阪市公安条例等違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしたことが判明したためであつて、被上告人において右のような違法行為を積極的に敢行した上告人を見習社員として雇用することは相当でなく、被上告人が上告人を見習社員としての適格性を欠くと判断し、本件採用の取消をしたことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから、解約権の行使は有効と解すべきである。したがつて、原審が、上告人の採用試験への参加等が労働契約の申込みに、辞令書の交付が右契約の承諾にあたり、これに先立つてなされた本件採用通知は以後の手続を円滑に進展させるための事実上の通知にすぎず、労働契約的な関係を生ぜしめるものではないと判断したところは失当であるが、上告人の本訴請求は理由がないと判示しているから、原審の判断は、その結論において正当として是認することができる。論旨は、結局理由がなく原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張は、ひつきよう、原審の事実認定を非難するものにすぎない。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮崎梧一 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 塚本重頼 裁判官 鹽野宜慶)

3.内定期間中の法律関係

+判例(東京地判H17.1.28)宣伝会議事件
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前提事実、証拠(文中に掲記したもの、甲11、12、乙11、証人A、同C、原告)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)ア 原告は、平成12年4月から、東京大学大学院工学系研究科博士課程に在籍し、A教授の指導の下、環境科学の研究に努めていた。
イ 科学ジャーナリストを目指していた原告は、平成14年4月5日、A教授に就職について相談したところ、A教授は、博士号を持った科学ジャーナリストが誕生することは有益であると考え、原告に対して、環境問題に関する雑誌を出版する被告を就職先として勧めた。なお、被告代表者は東京大学大学院で博士号取得のため研究を行っており、B教授の紹介で、論文審査の担当者となる可能性があるA教授と面識があった。
ウ 原告は、同月24日、被告代表者の面接を受けた。
エ 原告は、同年5月7日、被告取締役で人事担当者のC(以下「C」という)の面接を受けたが、その際、原告の就職について、原告及びA教授は平成15年4月の新規卒業者(以下「新卒」という)採用と考えていたのに対し、被告では平成14年の中途採用によるものと考えていたことが判明した。その後、A教授と被告代表者らの間で調整が図られ、同年5月中旬ころ、原告は、平成15年3月31日までに論文審査を終え、専門誌による論文の受理を待つ状態となることを条件として、同年度に新卒採用されることとなった。
オ なお、被告における同年度の新卒採用者の初任給は、月額19万6000円(賞与年2回)であった(甲3)。
(2)ア 被告は、平成14年6月17日、原告に平成15年4月から被告社員として採用するとの内定通知書を交付し、原告は、被告に入社承諾書及び誓約書を差し入れたが、誓約書には、本人の故意又は重大な過失により社会の風紀、秩序を乱したとき及びこれに準ずる不都合な行為をしたときには、内定を取り消されても異議がないと記載されていた(甲2、4、5)。
イ 原告は、本件内定通知の際、Cから、試用期間が3か月であること、平成14年10月から、2週間に1回、多少の課題が出される2、3時間程度の研修に参加しなければならないことなどの説明を受け、研究に支障はないと判断してこれに同意した。
ウ なお、原告が被告から就業規則を示されたことはない。
(3)ア 原告は、同年8月20日午前10時30分から午後1時30分ころまで開かれた第1回内定者懇親会に出席し、自己紹介をするとともに直前研修までの日程等の説明を受け、マンスリーレポートを同年9月以降毎月末提出し、同月分を次回の懇親会に持参するよう指示された(甲6)。
イ 原告は、同年10月1日午前10時30分から午後1時30分ころまで開かれた第2回内定者懇親会に出席し、入社前の自習や心構えの説明等を受けるとともに、〈1〉被告が出版する雑誌7種類、書籍4冊を入社前に必ず目を通し、広告関連書6冊及び出版関連書6冊も入社前に読んでおくべきである、〈2〉「当社の事業領域」というテーマでA4版7枚以内のレジュメを同月21日までに提出する、〈3〉被告主催の「宣伝会議賞」の43課題全てについて1作品以上作成し、同年11月15日までに提出する、〈4〉内定者のプロフィールを記載したシートを同年10月8日までに電子メール(以下「メール」という)で提出するとの指示を受けた(甲7)。
(4)ア 原告は、同月23日午前9時30分から午後1時ころまで開かれた第1回入社前研修に参加した。そこでは、被告取締役による講義、内定者提出のレジュメに係る発表と講評等が行われ、内定者に対し、〈1〉翌日以降、朝刊2紙を必ず読み、興味ある記事をスクラップし、次回以降研修に持参する、〈2〉「広告業界について(業界の仕組みと仕事の流れについて、近年の動向)」というテーマでA4版7枚以内のレジュメを同年11月4日までに提出するといった指示がされた。
イ 原告は、同月6日午前9時30分から午後1時ころまで開かれた第2回入社前研修に参加した。そこでは、内定者提出のレジュメに係る発表と講評等が行われ、内定者に対し、「出版業界について(業界の仕組みと仕事の流れについて、近年の動向)」というテーマでA4版7枚以内のレジュメを同月30日までに提出するといった指示がされた。
ウ 原告は、同月20日午前9時30分から午後1時ころまで開かれた第3回入社前研修に参加した。そこでは、内定者提出のレジュメに係る発表と講評等が行われ、内定者に対し、〈1〉広告会社上位20社の社名及び社長名を調べて暗記する、〈2〉雑誌でタイアップ広告を2、3個探しコピーする、〈3〉主要4媒体以外の広告を調べ、レジュメを作成し同年12月2日までにメールで提出する、〈4〉最初の課題であった「当社の事業領域」というテーマのレジュメを再提出するといった指示がされた。
エ 原告は、同月4日午前9時30分から午後1時ころまで開かれた第4回入社前研修に参加した。そこでは、内定者提出のレジュメに係る発表と講評等が行われ、内定者に対し、「環境ビジネスの市場分析と今後の展望」というテーマで「環境マーケティングアンドビジネス」誌の「(株)宣伝会議」における展望と読者ターゲット、宣伝広告主について分析したレジュメを作成し、同月16日までに提出するといった指示がされた。
(5)ア 被告が内定者に与えた各課題は、消化のために延べ1日ないし2日を要する分量であり、原告も各課題のため約1週間毎日2、3時間ずつを割くこととなり、研究との両立に困難を感じ、同年10月19日に行われたA教授研究室の合宿の際も、同年11月30日に博士論文の予備審査を控えていた原告が、被告の課題をこなすための資料を読んでいたところ、A教授から、研究を優先させ被告の課題は断るよう指示された。
イ 原告は、同年12月に入り、学会の発表等があったり、論文審査まで時間がなくなってきたことから、A教授に対して、本件研修への参加と課題の消化が負担となっていることを相談した。
ウ A教授は、同月6日、被告代表者に対して、忘年会の打合せの外、次のような内容のメールを送信した(甲13)。
「当方のXですが、今、博士論文作成の正念場に来て居りますが、貴社の新入社員のための事前教育のノルマがきつくて、どうも博士論文作成のためにいささかの障害になっているようです。理系の学生にとっては、この時期、もっとも大切な時期ですので、なんとか免除していただく訳にはいきませんでしょうか。ご検討いただければ幸いです。」
エ 被告代表者は、同月7日、A教授に対して、次の内容のメールを送信した(甲14)。
「メール内容、了解しました。ご返事、遅れ失礼しました。懇親会の件、12月20日でよろしくお願いします。できましたら、青山で行いたいと考えています。詳しい内容、後日ご連絡させていただきます。」
オ A教授は、同日、被告代表者に対して、次の内容のメールを送信した(甲15)。
「ありがとうございました。懇親会の件、20日の夜、楽しみにしております。6時ちょっと前程度まで、神保町におりますので、それから参加させていただきたく存じます。青山-表参道付近でしたら、極めて便利です。」
(6)ア 原告は、A教授から本件研修への参加は免除された旨伝えられたため、被告に連絡することなく同月18日以降の入社前研修に参加せず、研究に専念した。
イ 被告人事課D(以下「D」という)は、同月24日、原告に対して、今は研究に打ち込むため研修を欠席しているが、フォロー研修を実施する予定であるので、いつから研修に復帰できるか連絡を求めるとのメールを送信した(乙6)。
ウ これに対して、原告は、対応をA教授に相談したところ、A教授は、被告代表者との間で話が付いており、回答の必要はないと助言したことから、原告は、Dのメールに回答しなかった。
エ 原告は、平成15年2月26日、Dに対して、〈1〉大学側の審査規定等が成文化されておらず、日程がはっきりしなかったことから、返答が遅れたことを詫びる、〈2〉A教授と相談した結果、同年3月末日に論文審査を受けることとなった、〈3〉在学期間中は、研究及び論文執筆を最優先させたい、〈4〉同月末の直前研修には可能な限り出席する考えであるが、論文審査が間近であるため全日程参加は困難であるとのメールを送信した(乙7)。
オ Dは、同年2月27日、原告に対し、今後の日程について、正確な欠席日とその理由を明確にするよう求めるとのメールを送信した(乙12)。
カ Dは、同年3月20日ころ、原告に対して、直前研修の予定が1日ずれて同月26日から同月29日までになったとのメールを送信した。原告は、同月20日、Dに対し、直前研修のうち同月27日、28日は論文審査の打合せ、同月29日からは論文審査の練習を予定しており、同月26日以外の参加は困難であるが、他の日も参加できるよう日程調整を試みる旨のメールを返信した。(乙13)
(7) この間、原告と同期で内定を受けた者のうち1名は、本件研修と学業との両立が困難であるとして、内定を辞退した。
(8)ア Cは、同月25日、原告に対し、被告への入社を希望するのであれば、直前研修に必ず参加することを要求したが、原告は、直前研修に参加すれば、同月中の論文審査終了は難しくなるとCに説明した。
イ この際、Cは、原告が博士号自体を取得して入社すると誤解していたが、いずれにせよ博士号取得よりも直前研修の方が重要であると考え、原告に対し、博士号に係る条件は採用条件から外したので、直前研修に参加するよう求め、そうでなければ、同年4月1日の入社を取りやめ、同年度の中途採用試験を再度受験してもらうことになると告げた。
ウ これに対して、原告は、即答を避け、A教授と相談した結果、論文審査を延期して、直前研修に参加することとし、その旨Cに電話連絡した(乙10)。
(9)ア 直前研修は、社会人の心構え・基本姿勢、ビジネスマナー、電話研修、商品説明ロールプレイ、販売の実務、印刷・写真の基礎知識等を内容とするもので、同年3月26日ないし29日の4日間、午前9時30分から午後5時過ぎまで行われた(甲8)。
イ 原告は、同月26日ないし28日の3日間、直前研修に参加したが、研修担当の講師のレポートでは、原告の評価は、積極性が欠け、他の内定者から浮いており、レポートも良くないというものであり、また、進行が遅れがちであった研修の際、「予定があるので予定どおり終わっていただけるのでしょうか」と発言し、研修の目的・意義を理解していおらず、場の雰囲気も乱したとの指摘がされていた(乙4の1ないし3)。
(10)ア Cは、同日の研修終了後、原告に対し、研修が遅れているとして、就業規則に基づき試用期間を6か月に延長するか、博士号取得後、中途採用試験を受け直すかのいずれかを選択するよう求めたところ、原告は、即答せず、A教授と相談すると回答した。
イ 原告は、A教授と相談した結果、同日午後8時ころ、Cに電話を掛け、同年4月1日に入社するが試用期間延長は認めない、中途採用になるのであれば、再面接を行わずに採用するよう求めると回答した。
ウ Cは、同年4月1日に入社するならば試用期間延長となり、他方、再面接なしでの中途採用には応じられないとし、原告に対し、試用期間延長か中途採用試験の再受験を選択するよう再三要求したが、原告はいずれの選択も拒否し続けた。
(11)ア 原告は、同年3月29日午前9時ころ、被告に電話を掛け、前日夜、Cから内定を取り消されたため同日の研修に参加しないが、それでよいかと確認した。応対に出たDは、原告は内定を取り消されたのでなく、採用を辞退したと被告では認識していると回答した。
イ Dから報告を受けたCは、原告に電話を掛けたが、内定の取消しか辞退かで双方の認識が異なるとして、原告に来社するよう求めたが、原告は、A教授のところへ被告側が説明しに来るべきであるとのA教授の意見に従い、被告に行かなかった。
ウ 原告は、同月31日付けで、被告に対し、内定辞退の事実はなく、内定を取り消されたものであるが、かかる状態では、同年4月1日以降出社しても通常の業務に就くことはできないから、出社はしないとのファックス及び内容証明郵便を差し出した(甲9及び10の各1・2)。
(12)ア 原告は、同年5月1日から平成16年3月31日までの間、東京大学生産技術研究所に非常勤職員として勤務し、10万円強の月収を得ていた。
イ 原告は、博士論文の内容を充実させることとして研究を継続しており、平成16年10月20日時点においても論文審査を終了していない。
(13) 被告の就業規則では、試用期間について、次のとおり定めているが、内定について特段の定めはない(乙5)。
ア 新たに採用された者については、3か月間の試用期間を設ける。ただし、特殊の技能又は経験を有する者には、試用期間を短縮又は省略することがある。
イ 会社は、試用期間中において、採用することが不適当と認めたときは、その期間中いつでも解雇することができる。
ウ 会社は、必要と認めたときは試用期間を更に3か月間延長することができる。
以上のとおり認められ、前掲各証拠のうち、前記認定に反する部分は採用できない。

2 争点(1)(内定取消しか内定辞退か)について
(1) 原告は、平成15年3月28日午後8時ころ、Cから試用期間延長か中途採用試験の再受験を選択するよう再三求められ、これを拒否し続けたものであるが(認定事実(10)ウ)、その後のやりとりについて、原告は、Cから内定取消しと言われたと供述し(原告【17頁】)、他方、証人Cは、いずれも拒否するのであれば、〈1〉「入社を取りやめるしかない」(乙11【6頁】)、〈2〉「入社を取りやめられるしかありませんね」(証人C【9頁】)、〈3〉「入社を取りやめていただくということしかありませんね」(同【29頁】)と言ったところ、原告は、それでよいと答えたと陳述、証言する(なお、証人Cの陳述、証言は〈1〉から〈2〉〈3〉と変遷している)。
(2) ところで、Cは、翌29日、内定辞退であるとの認識を表明しているところ(認定事実(11)イ)、Cとしては、内定取消しでなく内定辞退の形を取る方が好ましいと考えられること、内定取消しに係るやりとりの具体的内容に関する原告供述は必ずしも明確でないこと(原告【17頁】」からすると、前記(1)の原告供述は、内定を取り消すとのCの明確な意思表示があったとする部分において、直ちに採用することは困難である。
(3) しかし、原告は、論文審査を延期して直前研修に参加し、同日の研修終了後、Cから試用期間延長か中途採用試験の再受験を選択するよう求められたが、A教授と相談の上、同日午後8時ころ、Cに対し、試用期間延長なしでの同年4月1日の入社か、中途採用となるとしても再面接なしでの採用を求めたもので(認定事実(8)ウ、同(10)アないしウ)、飽くまで入社に固執していたものであること、原告は、同年3月29日朝、内定取消しとの認識を表明した上、被告に対して、同月31日付けの同趣旨の内容証明郵便を差し出したこと(同(11)ア、ウ)からすると、原告が内定を辞退したとすることができないのは明らかであり、これに反する趣旨での証人Cの証言は採用できず、少なくとも、実質的な意味で内定を取り消す旨の意思表示が、同月28日午後8時ころ、Cから原告に対してされたとするのが相当である。
(4) この点、前記(1)のとおり、証人Cの証言は〈1〉から〈2〉〈3〉に変遷しているところ、前記(3)によれば、〈2〉〈3〉といった発言に原告が同意したとすることはできないが、〈1〉「入社を取りやめるしかない」との発言については、「取りやめ」の主体を原告とも被告とも解し得る表現であって、仮に前記発言があったとした場合、原告がそれでよいと答えた可能性がないわけではない。しかし、前記(3)のとおり、原告が自ら内定を辞退することは考えられないことからすると、〈1〉の発言は、内定辞退の形式を取ろうとしつつも、実質的には内定を取り消す趣旨でされたと解するのが相当である。なお、原告は、同月29日朝、被告に電話をかけているが、これが内定取消しを確認するためのものであったとしても不自然でなく、前記認定を左右するものではない。
(5) 以上によれば、Cは、原告に対して、同月28日午後8時ころ、実質的な意味で内定を取り消す旨の意思表示をしたと認められ、このことは、証人Cの証言内容を前提としても是認できるというべきである。なお、原告は、内定取消しの意思表示が実質的な意味でされたと明確に主張しているものでないが、争点(1)【原告の主張】イは、この趣旨を含むものと解される。

3 争点(2)(本件内定取消しの適法性)について
(1) 本件内定が、始期付解約権留保付労働契約の成立であることは当事者間に争いがない。
(2) 解約権留保の趣旨について
一般に内定において解約権が留保されるのは、新卒採用に当たり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力、その他社員としての適格性の有無に関連する事項について、必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨によるものと解されるところ、雇用契約締結に際しては使用者が一般的に個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮すると、そこでの解約権行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することのできる場合にのみ許されるというべきである。したがって、内定の取消事由は、使用者が、採用決定後における調査の結果により、当初知ることができず、また知ることができないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らし内定者を雇用することが適当でないと判断することが、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められることを要し、その程度に至らない場合には、解約権を行使することはできないと解される。
本件内定は、原告が平成15年3月31日までに論文審査を終了させることを前提とするものであり(認定事実(1)エ)、原告が同日までに論文審査を終了させることができなかった場合、被告は解約権を行使することができる。また、原告の故意又は重大な過失により社会の風紀、秩序を乱したとき及びこれに準ずる不都合な行為があったときも、被告は解約権を行使できると解される(同(2)ア)。
しかし、前記の解約権留保の趣旨からすれば、解約権行使の範囲は、必ずしも前記アの事由に限定されるものではない。
(3) 始期付の趣旨と入社日前の研修の許否について
ア(ア) 本件内定は、同年4月1日という確定日を入社日とする新卒採用であって、原告は、当時、東京大学大学院博士課程に在籍し、入社までに論文審査を終えることが採用条件とされていたものである(前提事実(2)、認定事実(1)ア、エ)。
(イ) 他方、原告は、本件内定通知の際、Cから入社前研修についての説明を受けて、参加することに同意し(認定事実(2)イ)、平成14年8月20日の第1回内定者懇親会で直前研修までの日程等の説明を受けたが、特に異を唱えなかった(同(3)ア)のであるから、直前研修への参加についても黙示的に同意したと解される。
イ(ア) ところで、一般に、入社日前の研修等は、入社後における本来の職務遂行のための準備として行われるもので、入社後の新入社員教育の部分的前倒しにほかならないと解されるが、本件研修もこれと異なるところはないというべきである(認定事実(3)、(4)並びに(5)及び(9)の各ア)。
(イ) 他方、新卒採用に係る内定者の内定段階における生活の本拠は、学生生活にあるのであり、原告も同様であるが、更に原告については、単に大学院の博士課程を卒業するにとどまらず、論文審査を終了させることが求められていたものである。
ウ(ア) そして、効力始期付の内定では、使用者が、内定者に対して、本来は入社後に業務として行われるべき入社日前の研修等を業務命令として命ずる根拠はないというべきであり、効力始期付の内定における入社日前の研修等は、飽くまで使用者からの要請に対する内定者の任意の同意に基づいて実施されるものといわざるを得ない。
(イ) また、使用者は、内定者の生活の本拠が、学生生活等労働関係以外の場所に存している以上、これを尊重し、本来入社以後に行われるべき研修等によって学業等を阻害してはならないというべきであり、入社日前の研修等について同意しなかった内定者に対して、内定取消しはもちろん、不利益な取扱いをすることは許されず、また、一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づき、入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を負っていると解するのが相当である。
エ 以上を総合すると、本件内定は、入社日において労働契約の効力が発生する効力始期付のものであって、原告が直前研修を含めた本件研修への参加に明示又は黙示的に同意したことにより、原被告間に本件研修参加に係る合意が成立したが、当該合意には、原告が、本件研修と研究の両立が困難となった場合には研究を優先させ、本件研修への参加をやめることができるとの留保が付されていたと解するのが相当である。なお、このことは、本件内定が就労始期付であるとしても、入社日前に就労義務がない以上、同様と解される。
(4) 本件研修参加免除の有無について
ア A教授は、同年12月6日、被告代表者に対し、忘年会の日程調整の連絡と同時に、原告について事前教育を免除することを検討するようメールで依頼したところ、被告代表者は、同月7日、「メール内容、了解しました」とのメールをA教授に返信したが、当該メールには、他に忘年会の調整についての記載があるものの、原告の研修については何ら触れておらず、これに対するA教授からの返信メールでは、「ありがとうございました」との記載の外は忘年会の調整のみが記載され、研修免除については何ら触れていない(認定事実(5)ウないしオ)。そして、原告は、被告に対して直接連絡を取ることなく同月18日の入社前研修に参加しなかったところ、当該不参加について被告から原告に対する照会等はなく、同月24日にDから原告に対して、今は研究に打ち込むため研修を欠席しているが、フォロー研修を実施する予定であるので、いつから研修に復帰できるか連絡を求めるとのメールが送信されるとともに(同(6)ア、イ)、Cは、原告が平成15年3月31日までに博士号自体を取得する予定であると誤解していたものである(同(8)イ)。
イ 以上によれば、A教授と被告代表者は、平成14年12月7日、原告が本件研修よりも研究を優先させることについて合意したものであるが、その具体的範囲については、平成15年3月31日までの論文審査終了を予定していた原告及びA教授は、本件研修全部の不参加が承認されたと理解する一方、原告が同日までに博士号自体を取得する予定であると誤解していたCは、近いうちに研究が終了し、それ次第、原告が本件研修に参加する趣旨と理解していたとするのが相当である。
ウ 原告は、本件研修への参加に同意したが、それには、研究との両立が困難となった場合、本件研修への参加を取りやめることができるとの留保があったもので(前記(3)エ)、原告は、入社前研修と課題消化が研究の支障となったため、平成14年12月7日、A教授を通じて、研修の免除を申し出ており(認定事実(5)ウ)、そこでの免除の対象に限定があったとは解されない以上、これにより原告は同月18日以降の入社前研修に参加する必要がなくなったというべきであり、このことは前記イの被告側の認識によって左右されるものではない。なお、原告は、平成15年2月26日及び同年3月20日のD宛の各メールでも、研究を最優先させること、直前研修への参加が困難であることを伝えてもいる(同(6)エ、カ)。
(5) 直前研修参加の要否
ア 原告は、Cから、平成15年3月25日、直前研修に参加することを求められ、直前研修への参加に同意している(認定事実(8))。なお、ここでのCからの直前研修参加の求めは、原告に対する要請としての効力しか持ち得ないというべきである(前記(3))。
イ しかし、原告が同意したのは、Cから、論文審査終了は入社条件でなくなり、直前研修に参加しなければ、同年度の中途採用試験を再度受験することになると告げられたためであり、論文審査を同年4月1日以降に終了させることにした結果であった(認定事実(8))。
ウ そして、原告は平成14年12月18日以降の本件研修に参加する必要はなかったものであること(前記(4)ウ)、原告が直前研修に参加しないからといって、原告に対して、内定取消しその他の不利益を課すことは許されないこと(前記(3)ウ(イ))、論文審査をいつ終了させるかは、専ら原告の判断によって決められるべき事柄であり、Cが干渉すべき事柄でないことからすると、Cにおいて、同年度の中途採用試験の再度受験という不利益を背景として、かつ、原告の論文審査終了という自律的決定事項に干渉しつつ、直前研修に参加することを求めることは、公序良俗に反し違法というべきであり、これに対する原告の同意は無効である。
エ よって、原告が直前研修に参加しなければならない理由はない。
(6) この点、被告は、本件研修は、社会通念上相当として是認できる範囲内にあるとし、証拠(乙8、9)を提出する。しかし、乙8によっても、入社前教育での集合研修の総日数は平均3.3日とされているにすぎない上、乙9は、専ら企業コストの観点から内定者教育の重要性を解くものにすぎず、卒業論文や卒業旅行等により内定者の入社に対するモチベーションが低下することを問題視するなど、内定者の生活の本拠に対する考慮を欠くものであって、これにより被告の主張が正当化されるものではない。
(7) 試用期間延長の適法性
ア 原告は、本件内定時に試用期間は3か月であるとの説明を受けている(認定事実(2)イ)。
イ これに対し、被告は、原則として3か月であると説明したと主張し、被告の就業規則では、試用期間は3か月であるが、必要と認めたときは試用期間を3か月間延長することができると定められている(認定事実(13))。
しかし、被告主張に沿う証人Cの証言は、必ずしも明確でなく(証人C【15頁】)、採用することができない上、仮に被告主張の説明があったとしても、例外の場合についての説明はないのであるから、これによって原告の試用期間を6か月に延長することはできない。
また、本件内定は、効力始期付のものであるから(前記(3)エ)、原告に就業規則の適用はない(この点、仮に就業始期付であるとしても、原告が被告から就業規則を示されたことはなく、内定者である原告が事業所備付けの就業規則を見る機会があったとも解されないから、原告が就業規則に拘束されるとするのは困難である)。
ウ よって、被告が、平成15年3月28日の段階で、原告の試用期間を6か月に延長する根拠はない。
(8) 本件内定取消しの適法性
ア 被告は、本件内定取消しの理由として、〈1〉原告が、本件研修を連続して無断欠席しながら、長期間被告への連絡を絶ったこと、〈2〉直前研修においても、講師の話を遮って講義を時間どおり終えるよう求めるなど極めて非常識な態度を取り、成績も著しく不良であったこと、〈3〉これらを踏まえた被告からの試用期間延長等の提案も受け入れなかったことを挙げる。
イ しかし、原告が平成14年12月18日以降の入社前研修に参加する義務はなかったのであるから(前記(4)ウ)、入社前研修への不参加を理由に本件内定を取り消すことはできない。
また、同日以降の入社前研修に参加しなかった原告から被告に対して連絡があったのは、平成15年2月26日と同年3月20日であるが(認定事実(6)エ、カ)、原告は、本件研修全部の参加を免除されたものと理解していたもので、そのように理解したことに一定の合理性がある一方(前記(4)イ)、この間の被告から原告への連絡も頻繁でなく、入社前研修への不参加を咎めるものでもなかったのであるから(認定事実(6)カ)、原告から被告に対する連絡が密でなかったことをもって、本件内定取消しに求められる客観的合理的理由として十分とすることはできない。
ウ(ア) ところで、直前研修の担当講師の報告では、原告の評価は、積極性が欠け、他の内定者から浮いており、レポートも良くないというもので、また、進行が遅れがちであった研修の際、「予定があるので予定どおり終わっていただけるのでしょうか」と発言し、研修の目的・意義を理解していおらず、場の雰囲気も乱したと指摘されていた(認定事実(9)イ)。
(イ) しかし、原告が直前研修に参加すべき義務はないのであるから(前記(5))、直前研修での出来事をもって、内定を取り消すことは許されない。
(ウ) また、前記の講師の評価は、抽象的な印象にすぎず、原告の社員としての適格性、従業員としての能力が著しく劣っており、教育可能性がないことを示すものということはできず、他の内定者との間に決定的な差異があることを示すものでもないから、当該評価をもって、本件内定取消しに客観的合理的理由があるとすることはできない。
(エ) さらに、原告が進行が遅れがちであった研修の際、「予定があるので予定どおり終わっていただけるのでしょうか」と発言した点については、常識不足との評価も成り立つが、改善が期待できないとする根拠はなく、また、講師自身、進行が遅れていたことを自認していること、直前研修内容(認定事実(9)ア)からすれば、直前研修は労働に該当し、賃金の支払が必要であるにもかかわらず、被告が内定者に賃金を支払った形跡はないことからすると、原告が、長時間の拘束について疑義を唱えたことに理由がないわけではなく、原告の前記発言をもって、本件内定取消しに客観的合理的理由があるとするには足りない。
(オ) なお、被告は、採用面接時の原告の態度に子供染みたところがあったとして、本件研修に参加し、かつ、子供染みた態度を改めることを採用の条件としたと主張し、証人Cはこれに沿う証言をする。しかし、証人Cの証言は、反対趣旨の原告供述に照らしてたやすく採用できず、他に被告主張の事実を認めるに足る的確な証拠はない。
そして、仮に被告主張の事実があったとしても、原告の子供染みた態度は、内定段階で判明していた事実であって、これを問題とするのであれば、その段階で調査を尽くすことが可能であったものである。それにもかかわらず、被告は、博士号をもった社員を得ることができるとの期待の下(乙11【2頁】)かかる調査を尽くさず、本件研修参加により態度が改善されることを条件とする一方、論文審査終了を採用条件とするのは、原告に困難を強いる蓋然性を含み、入社後に試用期間があることに照らすと、解約権留保の趣旨、目的を逸脱するものであって、原告の態度を内定取消しの理由とするのは相当でない。
エ 被告が、平成15年3月28日の段階で、原告の試用期間を6か月に延長する根拠はないから(前記(7))、原告が試用期間延長に応じなかったからといって、本件内定を取り消すことはできない。
オ そして、原告については、入社後に3か月の試用期間が設けられており、被告はこれを更に3か月延長することも可能であることに照らすと、以上の事情を総合したとしても、本件内定取消しに客観的合理的理由があるとするには十分でなく、本件内定取消しは違法というべきである(なお、原告は、一般の内定者と異なり、A教授の紹介で内定者となったものであるが、これによって、前記判断が左右されるものではない)。

4 争点(3)について
(1) 逸失利益について
ア 本件内定取消しは違法であるところ、被告は、内定者に対して、違法な内定取消しを行わないよう注意すべき義務を負っているにもかかわらず、これを怠ったものとして、債務不履行(誠実義務違反)に基づき、本件内定取消しと相当因果関係がある原告の損害を賠償すべき義務を負う。 
イ 原告は、本件内定取消しにより平成15年4月1日から被告に入社することができなくなったが(前提事実(4)、認定事実(11)ウ)、同年5月1日から平成16年3月31日までの間、東京大学生産技術研究所に非常勤職員として勤務し、10万円強の月収を得ており、博士論文の内容を充実させるために研究を継続し、同年10月20日時点でも論文審査を終了していない(同(12))。
ウ これによれば、原告は、本件内定取消しにより平成15年4月1日以降得ることができた賃金を喪失させられたが、同年5月1日以降は、東京大学生産技術研究所に非常勤職員として勤務しながら研究を継続するという生活を自ら選択したものであって、本件内定取消しと相当因果関係がある逸失利益は、同年4月分の19万6000円と解される(なお、本件内定取消しは違法であり、原告は、被告に対して、賃金を請求することもできるが、両者は請求権競合の関係にあると解される)。
エ これに対し、被告は、本件内定取消しと逸失利益の間に相当因果関係はないと主張する。しかし、原告は、本件内定取消しがなければ、直前研修の最終日に参加し、同年4月1日に入社したものと解されるから、本件内定取消しと逸失利益の間に相当因果関係がないことにはならない(なお、前記3(5)によれば、原告において、直前研修への参加を拒否する選択もとり得るが、この場合、原告は同年3月31日に論文審査を終了させ、同年4月1日に入社していたと解される)。
(2) 慰謝料について
ア 原告は平成14年12月18日以降の本件研修に参加する必要はなく、被告において、原告が直前研修に参加しないからといって、原告に対し、内定取消しその他の不利益を課すことは許されないにもかかわらず、被告は、原告に対して、論文審査をいつ終了させるかという原告の自律的決定事項に干渉しながら、同年度の中途採用試験の再度受験という不利益を背景として、直前研修に参加することを求め、原告は、論文審査終了の日程を変更して直前研修への参加を強いられ(前記3(5)ウ)、3日間の拘束を受けた(認定事実(9)イ)。また、本件内定取消しは違法である。
イ これら被告の債務不履行(誠実義務違反)により原告は精神的苦痛を受けたものと認められるところ、債務不履行の態様、本件内定取消し後の経過その他本件に表れた諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するに相当な金額は、50万円とするのが相当である。
ウ 他方、原告は、当初本件研修に参加することに同意しており(前記3(3))、それに基づいて参加した入社前研修自体は違法でない。また、入社前研修で与えられた課題は、研究の支障となっており(認定事実(5))、本件研修と学業の両立が困難であるとして内定を辞退した者も存するが(同(7))、原告は、被告に対して、本件研修への不参加を申し出ることが可能であったのにそれをせず、他方、被告が原告の研究の進捗状況を把握していたとも認められないから、この点について、被告に債務不履行(誠実義務違反)があったとするのは困難である。
(3) 弁護士費用について
弁論の全趣旨によれば、原告は、原告訴訟代理人に対し、本訴の提起及びその追行を委任し、相当額の報酬の支払を約したと認められるところ、本件事案の性質、事件の経過及び請求認容額に照らせば、被告に対し賠償を求め得る弁護士費用は、10万円とするのが相当である。
5 以上によれば、原告の請求は主文掲記の限度で理由がある(なお、本訴請求は債務不履行に基づく損害賠償請求であるから、遅延損害金の起算日は、催告があったと解される訴状送達の日の翌日である平成15年10月1日である)。
(裁判官 増永謙一郎)

第3節 試用期間
1.試用期間の法的性質

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