12-7 多数当事者訴訟 訴訟告知

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1.訴訟告知の意義
訴訟告知
法律上の形式に則って、当事者の一方が、訴訟係属を第三者に知らせ、参加を促す行為。

告知者
訴訟係属を知らせる者

被告知者
知らせを受ける者

意義
①訴訟係属を第三者に知らせ、第三者にとっての参加の機会を実質化する。
②告知者の利益を保護する。
非告知者が実際に参加するか否かにかかわらず、一定の場合には告知者と被告知者との間に参加的効力が発生することになるため、告知者は、かかる効力によって被告智者との間で後に提起される訴訟を有利に進めることができる。

2.訴訟告知の要件と手続
(1)訴訟告知の要件
+(訴訟告知)
第五十三条  当事者は、訴訟の係属中、参加することができる第三者にその訴訟の告知をすることができる
2  訴訟告知を受けた者は、更に訴訟告知をすることができる。
3  訴訟告知は、その理由及び訴訟の程度を記載した書面を裁判所に提出してしなければならない。
4  訴訟告知を受けた者が参加しなかった場合においても、第四十六条の規定の適用については、参加することができた時に参加したものとみなす。

・上告審に係属中であってもよい。

・告知者は、当事者に限らず、補助参加人、非告知者であってもよい。

・告知者側だけでなく、相手方に参加することもできる。

(2)訴訟告知の手続
告知の理由とは
非告知者がその訴訟に参加するにあたって有する利益

訴訟の程度とは、
当該訴訟の進行状況

・裁判所は、訴訟告知書が提出された段階で参加的効力発生の有無を判断せず、参加的効力の有無は、告知者と非告知者との後訴が提起された段階で初めて判断される。

3.参加的効力の要件
(1)補助参加の利益
+(訴訟告知)
第五十三条  当事者は、訴訟の係属中、参加することができる第三者にその訴訟の告知をすることができる。
2  訴訟告知を受けた者は、更に訴訟告知をすることができる。
3  訴訟告知は、その理由及び訴訟の程度を記載した書面を裁判所に提出してしなければならない。
4  訴訟告知を受けた者が参加しなかった場合においても、第四十六条の規定の適用については、参加することができた時に参加したものとみなす

補助参加以外の参加をすることができる非告知者が参加しなかった場合に参加的効力が生じることは想定されていない。

(2)告知者と非告知者との間の実体関係
・参加的効力の根拠
実際に訴訟追行した参加人も被参加人と共に敗訴の責任を負担するのが衡平である。

・伝統的通説
補助参加の利益で足りる

・有力説
これに加えて、被告知者による告知者に対する協力が正当に期待できることも必要!

協力が正当に期待できる場合とは、
告知者が敗訴した場合、それを直接の原因として告知者が被告知者に求償ないし賠償を求め得るような実体関係がある場合をいう。

・告知者と被告知者の認識が異なる場合に参加的効力が発生するかどうかについては争いがある。

(3)補助参加が現実になされた場合
・被告知者が相手方に補助参加した場合に、訴訟告知に基づく参加的効力が告知者と被告知者との間に生じるか?

訴訟告知は、告知者に参加的効力を得させることを目的とする制度であることを強調すると、
告知者の主観による利害と被告知者の主観による利害が食い違った場合には前者を優先する。
→参加的効力は告知者と被告知者との間に生じる。

補助参加に基づく参加的効力のみが生じるとする立場も。
←補助参加をしても訴訟告知の効果が残存するとしたら、被告知者による相手方への参加を制限することになってしまう。
訴訟告知は参加を誘引するものであるから、現実の参加がなされれば訴訟告知は背後に退く。


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刑事訴訟法 事例演習刑事訴訟法 8 令状による捜索・差押え(2)


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1.捜査場所に居合わせた者の身体に対する捜索の可否

・場所に対する捜索差押許可状によって居合わせた者のバックを
+判例(H6.9.8)
理由
弁護人若松芳也の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、京都府中立売警察署の警察は、被告人の内妻であったAに対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、平成三年一月二三日・右許可状に基づき右居室の捜索を実施したが、その際、同室に居た被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索したというのであって・右のような事実関係の下においては、前記捜索差押許可状に基づき被告人が携帯する右ボストンバッグについても捜索できるものと解するのが相当であるから、これと同旨に出た第一審判決を是認した原判決は正当である。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 大白勝 裁判官 高橋久子)

++解説
《解  説》
一 本件は、被告人が覚せい剤約三三〇・八五グラムを営利目的で所持したという事案において、右覚せい剤が違法収集証拠であるとしてその証拠能力が争われたものである。すなわち、右覚せい剤の発見押収の経過は、捜査官が、被告人の内妻に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、右許可状に基づき右居室の捜索を実施した際、同室にいた被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索し、本件覚せい剤を発見したことから、覚せい剤営利目的所持の被疑事実により被告人を現行犯逮捕するとともに、逮捕の現場における差押えとして右覚せい剤を差し押さえたというものであり、右捜索差押手続の適法性が争われたものである。
二 本決定は、本件場所に対する捜索差押許可状によってその場所に居住する被告人がその場で携帯するボストンバッグについて捜索できるかとの争点につき、これを肯定した一、二審判決を是認する旨の職権判断をした。
三 本件のような場合における捜索の適否に関する最高裁の判断はこれまでなく、下級裁の裁判例としては、場所に対する捜索差押許可状によってその場所で生活していた者がその場から持ち出そうとしたバッグにつき捜索したことを適法としたものがあり(京都地決昭48・12・11本誌三〇七号三〇五頁、判時七四三号一一七頁)、学説も、通常そこにいる人の所持する物については、「その場所にある物」として捜索差押えの対象になるとするもの(山本正樹・同志社法学二六巻四号七六頁)、捜索場所に居合わせた者の携帯する手提げ鞄等について、もともと捜索場所にあった物と認められるものであれば捜索の対象として差し支えないとするもの(田宮裕編著・刑事訴訟法Ⅰ三七六頁〔青木吉彦〕)など、肯定的見解が目につく。
なお、場所に対する捜索令状によって捜索場所に居合わせた者の身体の捜索が許されるかについては、多くの見解があるが、下級裁裁判例は、一定の条件の下でこれを肯定しており(東京高判平6・5・11本誌八六一号二九九頁等)、学説も同様の見解が有力である(島田仁郎・新版令状基本問題五七四頁)。
四 本決定の理由としては、① 捜索場所の居住者は、被疑事件又は被疑者となんらかの関係があって差押えの目的物を所持しているのではないかとの疑いを抱かせるものであるから、その者の所持品につき捜索する必要性は大きいこと、② 人が携帯するバッグ等の捜索は、例えば上着ポケット内の財布等身体に密着させて所持する物の捜索と異なり、これを携帯する人の身体の捜索を伴うものではなく、あくまで当該物の捜索にすぎないから、これを捜索することによる権利の侵害は身体の捜索の場合に比較して小さいといってよいこと、③ 捜索場所の居住者がその場でバッグ等を携帯している場合には、右バッグ等は未だ捜索場所から離脱したものではないと見ることが可能であり、これらを捜索場所にある物と同一視して捜索場所に含ませて考えても不合理と思われないことが挙げられよう。
五 捜索の適法性については実務上争点となることが少なくないが、本決定は、捜索の適法性が肯定される一類型について最高裁の判断が示されたものとして意義がある。

・場所に対する捜索許可状によって、捜索場所にある箪笥や机などの物は捜索できる!!!
←捜索場所の「物」に対するプライバシーの利益は、場所に対するプライバシーの利益に包摂されているから、場所に対する捜索許可状によって、捜索場所にある「物」をも捜索することができる!

・第三者の排他的支配下にある場合は除く。

・「人の身体」が場所に対する捜索許可状によって捜索できない理由
①刑訴法が捜査の対象としての「人の身体」と「場所」とを区別して規定している(222条1項・102条)
②身体に対する捜索によって侵害される人身の自由やプライバシーの利益は、場所に対するプライバシーとは異質であり、包含できない。

+第二百二十二条  第九十九条第一項、第百条、第百二条から第百五条まで、第百十条から第百十二条まで、第百十四条、第百十五条及び第百十八条から第百二十四条までの規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について、第百十条、第百十一条の二、第百十二条、第百十四条、第百十八条、第百二十九条、第百三十一条及び第百三十七条から第百四十条までの規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条又は第二百二十条の規定によつてする検証についてこれを準用する。ただし、司法巡査は、第百二十二条から第百二十四条までに規定する処分をすることができない。
○2  第二百二十条の規定により被疑者を捜索する場合において急速を要するときは、第百十四条第二項の規定によることを要しない。
○3  第百十六条及び第百十七条の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条の規定によつてする差押え、記録命令付差押え又は捜索について、これを準用する。
○4  日出前、日没後には、令状に夜間でも検証をすることができる旨の記載がなければ、検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第二百十八条の規定によつてする検証のため、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入ることができない。但し、第百十七条に規定する場所については、この限りでない。
○5  日没前検証に着手したときは、日没後でもその処分を継続することができる。
○6  検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第二百十八条の規定により差押、捜索又は検証をするについて必要があるときは、被疑者をこれに立ち会わせることができる。
○7  第一項の規定により、身体の検査を拒んだ者を過料に処し、又はこれに賠償を命ずべきときは、裁判所にその処分を請求しなければならない。

+第百二条  裁判所は、必要があるときは、被告人の身体、物又は住居その他の場所に就き、捜索をすることができる。
○2  被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。

・隠匿所持している場合

+判例(東京高判H6.5.11)
理由
本件控訴の趣意は、弁護人松本和英名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
一 訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は、被告人は、原判示日時場所において、本件覚せい剤所持の現行犯人として逮捕されたものであるが、右覚せい剤の押収手続には令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、押収された覚せい剤並びにその押収手続書類、鑑定嘱託書及び鑑定書等の関係書証には証拠能力がなく、それにもかかわらずこれらを事実認定の証拠として用いた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
1 当審公判調書中証人A1、同B1及び被告人の供述部分並びに当審第七回公判廷における被告人の供述(以下、公判調書中の供述部分及び公判廷における供述を区別せず、単に「供述」という。)をはじめ関係証拠を総合すると、本件覚せい剤の押収について次のような経緯が認められる。
「1」 警視庁捜査四課及び立川警察署ほかの警察署は、C1会D1一家E1組幹部及びその輩下組員による多摩地区一帯における組織的、かつ、大規模な覚せい剤及びコカインの密輸入、密売事件の共同捜査の過程で、右E1組幹部F1の覚せい剤譲渡事犯の捜査を進めていた。
「2」 立川警察署警察官らは、被疑者F1に対する覚せい剤取締法違反被疑事件(平成四年一一月一〇日ころ、東京都福生市内の右被疑者方居室において、G1に対し覚せい剤約三グラムを無償譲渡したという譲渡事犯)につき、平成五年二月一九日、立川簡易裁判所裁判官から、捜索場所を原判示「東京都八王子市a町b丁目c番地dB棟e号室H1ことH1方居室」差し押えるべき物を右被疑事実に関係のある「取引メモ、電話番号控帳、覚せい剤の小分け道具」とする捜索差押許可状の発付を受けた。
「3」 H1は、昭和二一年生れで、I1会J1会K1連合の幹部であるところ、内偵の結果、H1とF1は親しく付き合っており、H1方はF1の立ち回り先のひとつであることが判明しており、また、警察官らは、H1がL1(被告人)名義の乗用車を利用していることを把握していた。
「4」 立川警察署の捜査員A1警部補、M1巡査部長、N1巡査部長、B1巡査及び警視庁派遣O1巡査の計五名は、右許可状に基づく捜索差押を実施するため、同月二六日午前八時四五分ころ、H1方マンションに至り、H1が利用している前示被告人名義の乗用車が駐車しているのを確認し、H1が在室するものと判断して、管理人と共にH1方玄関に至った。
「5」 午前九時ころ、管理人がチャイムを押したが応答がなかったので、手でドアを、三、四回ノックし、「H1さん、H1さん」と大きな声で呼び掛けたところ、中からドアが開けられた。そこで、A1、B1の順にまず玄関のたたきに入ったところ、乳飲み子を抱えた女性(H1の妻P1)と、短いパンツをはき、軽くセーターを羽織るという服装の若い女性(被告人の内妻Q1)が出てきていたので、A1は警察手帳を示して「立川警察署のものだ。ガサに来た。親父さんいるの」と告げた。
「6」 Q1はおろおろした様子で落ち着きがなく、後ろを振り返るような素振りをし、玄関右奥の部屋の方を気にしている様子だった。そこで、B1がその方を見たところ、ドアが少し開いており、人の気配を感じた。B1は、H1がいるのではないかと思いその部屋へ入ったところ、そこに、紺色のトレーナー(スウェットスーツ)上下を着て両手をズボンのポケットに突っ込んで立っている被告人を認めた。
「7」 B1は、被告人に対して「警察だ。お前何しているんだ。ガサに来た」との趣旨のことを告げ、被告人に名前を聞いたところL1と答えたので、自動車の所有者の名前と一致したことや前示の風体、年格好などから被告人はH1の舎弟であり、H1方に居候しているものと判断した。
「8」 B1は、被告人がポケットに両手を突っ込んだままであることや被告人の表情などに不審を抱き、ポケットに何が入っているんだと追及したところ、依然として手を出そうとしないので、捜索の目的物などを隠しているものと判断した。もし被告人を同部屋にそのまま残せば、目的物などを発見困難な場所に隠匿したり、投棄したり、飲み込んだりするおそれがあるところから、また、H1方に居合わせた者を一堂に集めて捜索差押許可状の提示等をする必要上、B1は、俺は関係ないとして素直に応じようとしない被告人を、A1らがH1の妻やQ1を集めていたりビングルームへ連れ込んだ
「9」 九時三分ころ、A1は、リビングルームにH1の妻、Q1及び被告人が揃ったところで、H1の妻を捜索の立会人とし、同女に対して前記捜索差押許可状を示して趣旨を説明した。
「10」 B1らは、その前後を通じて、依然としてポケットに両手を突っ込み、俺は関係ないなどと言いながら捜査員を振り切ってリビングルームを出て行こうとする気配を示していた被告人に対し、「ポケットに手を突っ込んでいるが何が入っているんだ。手を出してみなさい」と再三再四強い口調で説得した。しかし、被告人は、「俺は知らねえ」、「うるせえ」などと言って応ずる気配もなく、出て行こうとするので、とにかく落ち着いて座るように説得し、両肩を押さえ付けるなどして床の絨毯の上に座らせ、説得を続けた。
「11」 被告人は、なおも、両手をポケットに入れたまま、両肩を揺さぶり、起き上がって捜査員に体当たりするなど、その場から逃れようと次第に激しく抵抗を続けたので、B1が被告人の背中を膝で押さえ付けるなどして数人がかりで制圧し、もつれ合ううち、被告人は絨毯の上にうつ伏せで押さえ込まれる格好になった。
「12」 この間、B1は、被告人の抵抗があまり激しいので、H1の妻及びQ1に対し、「ぼうっと見てないで何か言ったらどうなんだ」と言ったところ、Q1が、被告人に対しては「L1ちゃん、L1ちゃん、もう騒がないで」、捜査員らに対しては「もうおとなしくするからやめて」という趣旨のことを言った。
「13」 捜査員らは、うつ伏せ状態の被告人の腕を引っ張って、まず左手、次いで右手を順次ポケットから引き抜いたが、左手を引き抜いた際、左ポケットから茶色の小物入れが飛び出したので、B1がこれを拾い上げ、中を確認したところ、何も入っていなかった。また、右手は、右ポケットから引き抜いた後も拳を握ったままであったので、指を一本ずつこじ開けて掌中を確認したが、何も握っていなかった
「14」 そうこうするうち、被告人の下半身に覆いかぶさるようにして押さえ付けていたN1が被告人の股間付近の絨毯の上にピンク色の小物入れが落ちているのを発見し、その中を確認したところ、覚せい剤と思われる白色結晶の入ったビニール袋三袋を発見した。
「15」 捜査員らは、被告人に対し「これは何だ」と言ったが答はなく、「これは覚せい剤じゃないのか。今から予試験をして確認するから」と告げたところ、被告人は「俺は知らない。俺は見たことはない」と言って応じないので、側にいたH1の妻とQ1にその物を見せ、「これから予試験をする。これに薬を入れて青い色に変われば覚せい剤だからよく見ていてくれ」と告げ、両名がこれに同意したため、B1が試薬を使って予試験をした。
「16」 予試験の結果、右結晶は覚せい剤の反応を呈したので、その直後の同日午前九時一一分、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、なおも暴れて抵抗する被告人に対し、うつ伏せのまま後手錠を施し、前記小物入れの中にあった覚せい剤三袋、注射針二本、小型はさみ一本、綿棒三本、爪楊枝一本、大小のビニール袋合計二〇数枚及び右小物入れを差し押さえた。その後、A1らは被告人を前手錠にし、立川警察署に派遣を要請した応援の警察官が到着した時点で同人らにH1方の捜索を引き継ぎ、同日午前一〇時四〇分、被告人を同署の司法警察員に引致した。
以上のような経緯が認められ、被告人の供述中右認定に反する部分は、その余の関係証拠に照らし信用できない。

2 所論は、本件捜索差押許可状は、「H1方居室」という場所に対するものであり、被告人の身体に対する捜索令状(所論は「被告人の身体に対する検査令状」というが、本件で被告人の身体検査が行われていないことは明らかであるから、その言わんとするところは身体捜索令状の趣旨と解するのが相当である。)は発せられていないから、被告人に対する捜査は任意捜査の方法によるべきところ、本件警察官らの行為は、特別公務員暴行陵虐といっても過言でないような、任意捜査の限界をはるかに超えた違法不当なものである、と主張する。
ところで、本件捜査における警察官らの行為の適法性は、前記一連の経過を、
(一) 捜索差押許可状に基づく捜索の段階(前記1の「2」ないし「14」)、
(二) 捜索の結果発見した差押の対象外の覚せい剤らしき物の領置、予試験実施の段階(前記1の「15」)、(三)予試験の結果に基づく現行犯人逮捕及び差押の段階(前記1の「16」)に分けて考察する必要がある。このうち、右(三)の現行犯人逮捕については、その要件は十分充たされており、それ以前の捜査の違法を引き継ぐものと認められない限り、その適法性に疑問はない。また、現行犯人逮捕が適法であれば、その現場において令状によらない差押が許されることはいうまでもない(刑訴法二二〇条参照)。そこで、右(一)及び(二)の点につき、以下に検討する。

(一) 捜索差押許可状による着衣・身体捜索の適法性について
本件捜索差押許可状が被疑者F1に対する被疑事実につき関連場所とみられる「H1方居室」を捜索すべき場所として指定するものであることは、所論のとおりである(前記1の「2」参照)。
しかしながら、場所に対する捜索差押許可状の効力は、当該捜索すべき場所に現在する者が当該差し押さえるべき物をその着衣・身体に隠匿所持していると疑うに足りる相当な理由があり、許可状の目的とする差押を有効に実現するためにはその者の着衣・身体を捜索する必要が認められる具体的な状況の下においては、その者の着衣・身体にも及ぶものと解するのが相当である(もとより「捜索」許可状である以上、着衣・身体の捜索に限られ、身体の検査にまで及ばないことはいうまでもない。)。
これを本件についてみるに、まず、前示のとおり、(1)捜査員がH1方玄関内に入った際、応対に出た女性二人のうち、若い方の女性(被告人の内妻Q1)がおろおろした様子で落ち着きがなく、玄関右奥の部屋の方を気にしていたこと、(2)その部屋で発見された被告人は、真冬であるのにトレーナー上下という服装であり、Q1も短いパンツをはき、その上に軽くセーターを羽織るという服装であったこと、(3)B1が被告人の氏名を尋ねたところ、L1と答えており、H1が使用する乗用車の登録名義人と一致したこと、(4)H1の妻やQ1は被告人を「L1ちゃん」と呼んでいたことなどの状況から、捜査員は、被告人は一時的な来客ではなく、H1方に継続的に同居している者で、H1の輩下であると判断しており、その判断は客観的事実と一致する。
次に、(5)本件は、暴力団関係者による組織的かつ大規模な覚せい剤密売事犯の一端をなすものと目され、したがって、関係者による罪証隠滅の虞が高いこと、(6)本件差押の目的物は「取引メモ、電話番号控帳、覚せい剤の小分け道具」という比較的小さい物で、衣服のポケットなどに容易に隠匿できるものであること、(7)H1は捜索差押許可状の被疑事実と関係のある暴力団の幹部であることなどの事情からすれば、本件捜索に際し、同人と前示のような関係にある被告人において、H1方に存在する差押の目的物を隠匿・廃棄しようとする虞は十分に考えられるところである。しかも、(8)被告人は、最初に発見されたときから両手をトレーナーのズボンのポケットに突っ込んだままという異常な挙動を続けていたのであるから、そのポケット内に本件差押の目的物を隠匿している疑いはきわめて濃厚である。したがって、捜査員において、被告人に対し、ポケットから手を出し、中に入っている物を見せるよう説得したことは、適切な措置と認められる。(9)これに対し、被告人は、「関係ない」などと言って説得に従わず、部屋を出ていく素振りを見せ、捜査員において、部屋に留まるよう両肩を押さえ付けて座らせ、説得を続けたにもかかわらず、なおも激しく抵抗してその場から逃れようとしているのであるから、捜査員の目の届かない所でポケットの中の物を廃棄するなどの行為に出る危険性が顕著に認められる。
以上のような本件の具体的状況の下においては、被告人が本件捜索差押許可状の差押の目的物を所持していると疑うに足りる十分な理由があり、かつ、直ちにその物を確保すべき必要性、緊急性が認められるから、右許可状に基づき、強制力を用いて被告人の着衣・身体を捜索することは適法というべきである。前示のとおり、捜査員らが用いた強制力はかなり手荒なものであるが、それは被告人の抵抗が激しかったことに対応するものであり、抵抗排除に必要な限度を超えるものとは認められない。被告人の両手をポケットから引き抜き、ポケットの中から出てきた小物入れの中身を確認するまでの捜査員の行為に所論の違法はない。

(二) 捜索の結果発見された物の領置・予試験について
以上のような経過で被告人のズボンのポケット内から発見された茶色の小物入れは空であり、また、ピンク色の小物入れには覚せい剤と思われる結晶その他が入っていただけで、捜索差押許可状により差し押さえるべき物と指定された「取引メモ、電話番号控帳、覚せい剤の小分け道具」は発見されなかった。
もとより、ピンク色の小物入れから発見された覚せい剤と思われる結晶は、新たに被告人による覚せい剤所持の犯行を疑わせるものであって、捜査員においてこれを確保し、覚せい剤であることを確認するための予試験を行う必要のあったことが認められる。しかし、それは、明らかに本件捜索差押許可状の差押の対象外の物であるから、これを取得するために右許可状による強制処分を行うことは認められない。そこで、これを発見した段階でその所持者と認められる被告人に任意提出を求め、更に、被告人の同意を得た上で予試験(鑑定処分の一種である。)を行うのが本筋である。
しかし、(1)右覚せい剤と思われる結晶は、被告人に対する適法な着衣・身体の捜索の結果絨毯の上から取得した右ピンク色の小物入れの中から発見されたもので、捜査員がその占有を取得するために新たに被告人の積極的な行為を必要とするものではないこと、(2)被告人は、捜査員の「これは何だ」との問いにも答えていないこと、(3)ビニール袋に入った結晶は、その形状、包装などから予試験の結果をまつまでもなく、覚せい剤である蓋然性がきわめて高く、現行犯人逮捕も不可能とはいえない状況であること、(4)被告人は、予試験をする旨の捜査員の発言に対しても「俺は知らない。俺は見たことない」などとそれが被告人の所持する物であることすら否定するようなことを言って応じないので、やむなくH1の妻とQ1に予試験の趣旨を説明して同意を得たことなど、一連の経過及び状況を総合すると、捜査員が、右党せい剤と思われる物の任意提出及びこれに対する予試験の実施について、なお被告人に対する説得を継続し、その明確な同意を得なかったことをもって、直ちに違法な捜査であるとまでは断定し難く、仮に若干の違法が認められるとしても、その違法はこれに引き続く現行犯人逮捕の適法性及びこれに伴う差押によって取得された証拠物の証拠能力を否定するほどの重大なものとは認められない
以上のとおり、本件捜査の違法をいう論旨は理由がない。

二 事実誤認等の主張について
論旨は、要するに、本件覚せい剤は、被告人が二月二六日早朝H1方に戻った際玄関脇下駄箱の上に置いてあるのを発見し、自分らの寝室に持ち込んでおいたものを、捜査官らの入室に際し、咄嗟に着衣のポケットに入れたものであって、被告人の所有物ではないから、これを被告人所有のものと認定し、覚せい剤所持の罪の成立を認めた原判決は事実を誤認したものであり、これを没収したのは違法である、というのである。
まず、実体関係から検討すると、覚せい剤所持の罪の成立にその所有関係の如何は問うところではないから、被告人において、それが覚せい剤であることを認識した上でこれを隠匿携帯した以上、同罪の成立に欠けるところはない。原判決は、本件覚せい剤が被告人の所有に属するとは何ら判示していないから、所論誤認の主張は前提を欠くものというべきである。
次に、手続関係を検討すると、被告人以外の者の所有に属する物を没収するには、その者に被告事件の審理に参加する機会を与える必要があるが、原審においてそのような手続を経た形跡は窺われない。しかし、本件覚せい剤は被告人の所有に属する物と認められるから、原審の訴訟手続に法令の違反は認められない。すなわち、被告人は、逮捕直後を除き、捜査及び原審公判段階を通じて一貫して本件覚せい剤が自己の所有する物であることを認めており、右供述は、P1及びQ1の司法警察員に対する各供述調書の内容とも符合し、信用性が認められる。
なお、被告人は、当審公判廷において、「本件当日の午前零時過ぎころ、父が経営しているオートバイ修理工場の建て替え現場へ行って工事の進み具合を見た上、工場横の空き地に自動車を止めて暫く仮眠し、午前六時過ぎころH1方に戻った。玄関に入ったら、下駄箱の上にピンクの小物入れが置かれているのに気付いたので、それを手に取り中を見ながら内妻が寝ている部屋に入ってベッドの枕元の棚の上に広げてなお中を確かめたところ、ビニール袋入りの覚せい剤や注射針等が入っていることが分かった。内妻が目を覚ましそうになったので、あわててまた詰め直し、プラスチック製の皿の下に隠した。そうこうするうちに、人(警察官)が来たので、そのままではまずいと思って、その辺にあった綿棒とかはさみなども右ピンクの小物入れに納め、側にあった茶色の小物入れと一緒に手に取り、隣の部屋(前示玄関右奥の部屋)へ行ってトレーナーの上下を着込み、二つの小物入れを左右のポケットにいれて立っていた。そこへ人(警察官)が入ってきた」という。しかし、右のような外出の経緯をはじめ、玄関先の下駄箱の上に覚せい剤が入った小物入れが置かれていたということ、それを居候の被告人が勝手に自分の所に持って行ったということ、しかもそれを、被告人に言わせれば警察官が来たと思わないのに、やばいと思ってわざわざポケットに入れて隠したということなどは、いずれもきわめて不自然な状況であって、被告人の右供述は前記捜査及び原審段階における供述と対比して到底信用できない。
論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中二〇〇日を原判決の刑に算入し、刑訴法一八一条一項本文により当審における訴訟費用は被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
第1刑事部
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 森眞樹 裁判官 浜井一夫)

2.コンピュータ・電磁的記録媒体の差押え

+判例(H10.5.1)
理由
本件抗告の趣意は、憲法違反をいうが、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法四三三条の抗告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権により判断する。
本件は、自動車登録ファイルに自動車の使用の本拠地について不実の記録をさせ、これを備え付けさせたという電磁的公正証書原本不実記録、同供用被疑事実に関して発付された捜索差押許可状に基づき、司法警察職員が申立人からパソコン一台、フロッピーディスク合計一〇八枚等を差し押さえた処分等の取消しが求められている事案である。原決定の認定及び記録によれば、右許可状には、差し押さえるべき物を「組織的犯行であることを明らかにするための磁気記録テープ、光磁気ディスク、フロッピーディスク、パソコン一式」等とする旨の記載があるところ、差し押さえられたパソコン、フロッピーディスク等は、本件の組織的背景及び組織的関与を裏付ける情報が記録されている蓋然性が高いと認められた上、申立人らが記録された情報を瞬時に消去するコンピュータソフトを開発しているとの情報もあったことから、捜索差押えの現場で内容を確認することなく差し押さえられたものである。
令状により差し押さえようとするパソコン、フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは、内容を確認することなしに右パソコン、フロッピーディスク等を差し押さえることが許されるものと解される。したがって、前記のような事実関係の認められる本件において、差押え処分を是認した原決定は正当である。
よって、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

・令状記載の物かどうか
①記載された物件の類型に当たる②被疑事実と関連性を有する

・抵抗された場合
+判例(H9.3.28)

+判例(大阪高判H3.11.6)
理由
本件控訴の趣意は、弁護人信岡登紫子及び同小田幸児連名作成の控訴趣意書(主任弁護人信岡登紫子作成の正誤表を含む)に、これに対する答弁は、検察官三ツ本輝彦作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。
一 控訴趣意第一について
論旨は、本件各公訴の提起は、被告人両名に対する捜査段階の逮捕・勾留等に数々の手続違反があるため、検察官において公訴の提起が許されない状態にあるのに、これに反して行われたものであるから、原審裁判所は、公訴権の濫用として、公訴棄却の裁判をすべきであったのに、原判決が実体判決をしたのは、不法に公訴を受理したものである、というのである。
そこで検討するに、所論指摘のとおり、被告人甲については、まず原判示第一の二の事実につき逮捕、勾留、起訴がなされ、次いで同第一の一及び三の事実につき逮捕、勾留、起訴がなされ、被告人乙については、まず、免状不実記載・同行使の被疑事実により逮捕、勾留がなされ、その釈放後直ちに原判示第二の事実につき逮捕がなされ、引き続き勾留、起訴がなされているが、これら逮捕、勾留(勾留期間延長、勾留取消請求却下、勾留理由開示等を含む)に関しては、その都度裁判官による判断が加えらているし、被告人甲の第一次勾留の勾留期間延長、勾留取消請求却下及び第二次勾留の各裁判、並びに被告人乙の第一次勾留、第二次勾留及びその勾留期間延長の各裁判に対しては、弁護人からそれぞれ準抗告の申立がなされたが、いずれについても、各原裁判を支持する準抗告棄却決定がなされている。所論は、これら勾留関係の裁判や準抗告決定が誤っていると主張するところ、検察官の訴追裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合がありうるが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られると解されるので(最高裁昭和五五年一二月一七日第一小法廷決定・刑集三四巻七号六七二頁参照)、事後的にみて、仮に被告人らに関する前記逮捕、勾留に違法ないし不当とすべき点があるといえるとしても、右のような勾留関係裁判等を経たうえでなされた本件各公訴の提起が無効とはいえないことは明かということができる。そのほか、記録を精査しても、被告人両名の取調状況に関する各原審供述をそのとおり信用することは困難というほかなく、本件各公訴を無効ならしめるような訴追裁量権の逸脱があったと疑わせるような証跡は見当たらない。論旨は理由がない。
二 控訴趣意第二について
論旨は、捜査機関が平成元年五月一八日○○社関西支社において被告人甲の原判示第一の二の事実を被疑事実とする捜索差押許可状に基づいてなしたフロッピーディスク二七一枚の差押は、現場で被疑事実との関連性があるフロッピーディスクのみを容易に選別することが可能であったのに、その選別を行わず現場にあった全部のフロッピーディスクを差押えた一般的探索的なものであって、右支社内のパソコンの稼働を全く不可能にしたものであるから、憲法三一条、二九条、刑訴法二二二条、九九条(当審弁論では更に憲法三五条を付加している。)に違反し無効である、そして、原判決が証拠として用いたフロッピーディスク六枚は、右二七一枚の一部であるから、原審の訴訟手続には違法に収集された証拠能力のない証拠を採用した法令違反があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、所論及び答弁(弁護人及び検察官の各当審弁論を含む)にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原判決は、所論とほぼ同旨のフロッピーディスク二七一枚差押に関する弁護人の主張に対し、「捜査機関はフロッピーディスクの記載内容が当該被疑事実に関係するか否かを確認することなく、○○社関西支社内に存した全部のフロッピーディスクを差し押さえたのではあるが、<1>差押当時、右支社内にあった各フロッピーディスクには、被疑事実に関係する事項が記載されていると疑うに足りる合理的な事由があったこと、<2>その場でこれらフロッピーディスクの記録内容を確認するには、右支社関係者の協力が必要であるが、中核派の拠点である○○社の関係者に協力を求めれば、フロッピーディスクの記載内容を改変される危険があったことなどから、現場で各フロッピーディスクの記録内容を確認して選別することは、実際上極めて困難であったと認められること、以上の事情に照らすと、フロッピーディスクの差押は違法とまではいえない」旨説示しているところ、右説示は、結論において正当として是認することができる。以下、その理由を説明する。
1 捜査機関による差押は、そのままでは記録内容が可視性・可読性を有しないフロッピーディスクを対象とする場合であっても、被疑事実との関連性の有無を確認しないで一般的探索的に広範囲にこれを行うことは、令状主義の趣旨に照らし、原則的には許されず捜索差押の現場で被疑事実との関連性がないものを選別することが被押収者側の協力等により容易であるらば、これらは差押対象から除外すべきであると解するのが相当である。しかし、その場に存在するフロッピーディスクの一部に被疑事実に関連する記載が含まれていると疑うに足りる合理的な理由があり、かつ、捜索差押の現場で被疑事実との関連性がないものを選別することが容易でなく、選別に長時間を費やす間に、被押収者側から罪証隠滅をされる虞れがあるようなときには、全部のフロッピーディスクを包括的に差し押さえることもやむを得ない措置として許容されると解すべきである。
2 所論も本件のフロッピーディスク二七一枚の何枚かに被疑事実に関連する事項の記載があると疑うに足りる合理的な事由があったことは争わないところであり、所論の力点は、右多数のフロッピーディスクの中には、市販のアプリケーションソフトないしパソコン通信等で公開されたソフト類などの被疑事実と無関係なフロッピーディスクが大量に存在することも明白であったこと、及びその見分けが極めて容易であったというところにある。
3 関係証拠によると、○○社関西支社内には当時NEC製PC九八〇一VM二一という機種のパソコンが一台あり、右二七一枚のフロッピーディスクのうち二五〇枚がそのパソコン用のものであり(残りはワープロ専用機用のものであった。)その中には市販のアプリケーションソフトのオリジナルディスクは殆ど含まれておらず、所論がアプリケーションソフトのフロッピーディスクというものの大半は手書きのラベルを貼ったバックアップディスク(コピー)であったこと、アプリケーションソフトのフロッピーディスクは、それがオリジナルディスクであっても、空き容量がある限りデータの書き込みは可能であるし、バックアップディスクであれば、アプリケーションソフトの一部を削除したりして、データを多く書き込むことも可能であること、前記機種で可能なアプリケーションソフトや公開されたソフトの種類はかなりの多数にのぼっており、しかもそれらは改良を重ねており版(バージョン)を異にするものもあり、捜査官がこれらのソフトの多くにつき直ちに書き込みや改変の有無を判別できるほどの予備知識を持つことは容易ではないこと、フロッピーディスクのラベルと内容を一致させないことや、辞書ファイル等アプリケーションソフトの一部のような名称でデータファイルを保存することも可能であること、データファイルを解読するにはそれを作成するのに用いたアプリケーションソフトが必要な場合もあり、いわゆる外字を利用しているデータファイルの解読には、その外字ファイルが記入されたフロッピーディスクが不可欠であることが認められる。そして、捜査機関としては、パソコンが原判示のような犯罪に使用された疑いがある以上、フロッピーディスクの内容とラベルを一致させていなかったり、ファイル名を書き変えているなどの偽装工作の可能性をも考慮に入れるのは無理もないところである。
4 関係証拠によると、所論指摘の「エコロジーⅡ」や「FD」というツール(ソフト)を利用すれば、ファイルの種類や内容を直ちにディスプレー画面に表示させることはできるが、これらのツールによっても、かな漢字等の形で判読できるのはテキストファイルだけであり、データファイルであってもその内容が直ちに解読できないものもあることが認められ、わずか一台のパソコンで前記のような偽装工作の可能性にも配慮しつつ二五〇枚ものフロッピーディスクの内容の検討を行うには多大の時間を要することは明らかというべきであり、数時間程度で被疑事実との関連性があるフロッピーディスクのみを容易に選別することが可能であったなどとは到底認めることができない(なお、本件捜索差押当時捜査官がこれらのツールを持参していたか否か明らかでないし、○○社側の立会人Fは当審証人としてエコロジーⅡの使用を申し入れた旨供述しているが、捜査官側がこのツールにつきどの程度の知識を有していたのかも明らかでない。また、ワープロ専用機用のフロッピーディスクもあり、その解読に要する時間も考慮する必要がある。)。
5 以上によると、たとえ○○社関係者の協力が得られたとしても、捜査機関において納得できるようなフロッピーディスクの選別が現場で可能であったとは認められないが、更に、関係証拠によると、本件捜索差押当日は、警察官らが○○社関西支社に赴き、インターホンで捜索に来た旨告げ、直ちにドアを開けるように繰り返し求めたのに、○○社関係者(二二名居た)はこれを無視したので、警察官らがエンジンカッターで扉のノブを破壊したがなおも開扉せず、当初から約一八分後になってようやく内部から開扉に応じ、責任者と称するFに令状を示すと同人は大声でこれを読み上げようとし、警察官らが内部に立ち入ったときは、すでに浴槽などに水溶紙が大量に処分されるなどの大掛りな罪証隠滅工作がなされた形跡があったことが認められるので、捜査機関において、フロッピーディスクに関しても罪証隠滅が行われる可能性を考慮するのは当然であるし(関係証拠によると、フロッピーディスクにプロテクトシールが貼られる前であれば、パソコンのキー操作でも簡単にファイルを消去できるし、フロッピーディスクはその内容が読み取れないように傷つけたりすることも容易であることが認められる。)、中核派の拠点の一つである○○社関西支社でフロッピーディスクの検討に長時間を費やすのは相当ではないと判断したのもそれなりに理解できるところである。
6 なお、本件フロッピーディスク二七一枚の差押(平成元年七月六日大半は還付)により、○○社側のパソコン等の使用にかなりの支障が生じた可能性もあるが(もっとも、Fの当審証言によると、当時アプリケーションソフトやデータをコピーしたハードディスクがあった可能性もあり、そうだとすると殆ど支障は生じていないと推定される。また、市販のアプリケーションソフトのオリジナルディスクは別に保管していたであろうから、新たに生のフロッピーディスクを入手すればそれらのアプリケーションソフトの使用も可能であったはずである。)、それだけで右差押が違法視されることにはならない(パソコンが捜査機関において容易に入手できない機種であったり、改造されたものであれば、フロッピーディスクと共にパソコン自体の差押も適法と解される。)。また、所論が指摘する捜査機関がフロッピーディスクの内容を改変しても容易に分からないとの点は傾聴に値するが、フロッピーディスクの押収に特有の問題ではなく、他の証拠物についても程度の差はあれいえることであるから、被押収者側にコピーを取らせるなどしないでおこなうフロッピーディスクの押収が一般的に違法であるとはいえないし、本件においては、被押収者側からの罪証隠滅の虞れがあり、かつ捜査機関で実際に改変が行われたとは考えられない(Fの当審証言によっても、不審な点は見当たらなかったとのことである。)から、所論の点を理由に本件フロッピーディスクの差押を違法ということはできない。
7 以上のとおり、本件捜索差押当時の具体的状況に照らして考えると、捜査機関が現場に存在したフロッピーディスク二七一枚全部を差し押さえたのは、まことにやむを得ない措置であり、その他所論が縷々主張する点を検討しても、この差押を違法ということはできない。したがって、原判決が証拠として用いたフロッピーディスク六枚の証拠能力は、これを是認することができる。
論旨は理由がない。
三 控訴趣意第三について
論旨は、Ⅰ本件の各自動車登録事項等証明書交付請求書は、刑法一五九条一項にいう文書に該当しない、Ⅱ仮に該当するとしても、これらの請求書を架空人名義で作成・行使することによっては、文書に対する社会的信用は殆ど害されず、極めて軽微な法益侵害しかないから、被告人両名の本件各行為は、可罰的違法性を欠くか、社会的相当行為であると解すべきである、したがって被告人両名に有印私文書偽造・同行使の罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
そこで、まず論旨Ⅰについて検討するに、原判決は、本件の各自動車登録事項等証明書交付請求書は刑法一五九条一項にいう「事実証明ニ関スル文書」に当たるとし、その理由として、「道路運送車両法及び自動車登録令によると、自動車の登録事項等証明書は、行政当局が道路運送車両の所有権について公証を行なうこと等を目的として交付するもので、これには、車名及び型式等自動車の特徴に関する事項、所有者の氏名又は名称及び住所、使用の本拠の位置等、社会生活上重要な情報が記載されることとなっている。何人も右登録事項等証明書の交付請求ができるとされているが、運輸省令により登録事項等証明書交付請求書の様式が定められており、請求者は、右請求書に氏名又は名称及び住所を記して押印するものとされている。本件の各自動車登録事項等証明書交付請求書も運輸省令の様式によるものであるが、このように請求者の氏名又は名称及び住所が記されて押印のある自動車登録事項等証明書交付請求書は、その特定の請求者が当該自動車の登録事項等証明書の交付を請求したという事実を証明するものであり、登録事項等証明証明の交付の趣旨及び記載事項のほか、交付された登録事項等証明書が悪用されることもありうることを考えると、その交付請求者を明らかにしておくことは、実社会生活に大いにかかわりのある事柄である」旨説示しているところ、右判断は、その理由説示をも含め正当として是認することができる(なお、東京高裁平成二年二月二〇日判決・高刑集四三巻一号一一頁参照)。
所論にかんがみ若干補足して説明する。所論は、<1>自動車登録事項等証明書交付請求書は、請求者と陸運局担当者との間で取り交わされるだけで、全く流通性を有さず、<2>交付請求の目的は問われないから、社会生活上重要な利害関係のある事実を証明する文書とはいえない、<3>被告人らが本件各自動車登録事項等証明書交付請求書に架空名義を使用したとしても、作成者と名義人の人格の同一性につき齟齬を生ずるおそれはないなどと主張する。しかし、<1>については、一般に流通性は私文書偽造罪の客体としての文書の要件とは解されていない。<2>については、自動車登録事項等証明書の交付請求は、口頭や電話では認められず、請求者の氏名又は名称及び住所を記し押印をした交付請求書によらなければならないと定めており、自動車登録事項等証明書が悪用されるなどした場合、何人が交付請求をしたのかを明らかにすることは、行政当局、その請求書の名義人、その証明書に記載された車両の所有者、その他の利害関係人にとって重要な意味を有する事柄であり、また、自動車登録制度や自動車登録事項等証明制度の趣旨・目的に照らすと、行政当局としても、犯罪に利用する目的であることが判明した交付請求に対しては、当然、交付を拒絶するか、少なくとも留保し得るとものと解される。<3>についても、行政当局は、交付請求に架空名義が使用されていることを知れば、交付を拒絶し得たはずであり、本件各自動車登録事項等証明書交付請求書につき、作成者と名義人の人格の同一性につき齟齬を生じていることが明らかである。所論はいずれも採用できず、論旨は理由がない。
次に、論旨Ⅱについては、原判決がこれと同旨の弁護人の主張に対し、被告人両名の原判示の各行為は、その動機、態様、規模等に照らし、可罰的違法性を欠くとか、社会的相当行為であるなどとはいえないことが明らかである旨説示するところは、所論にかんがみ検討しても、すべて正当として是認することができる。この点の論旨も理由がない。
なお、原判決は(法令の適用)欄において、原判示の偽造にかかる登録事項等証明書交付請求書の各行使の点につき、刑法六〇条、一六一条一項に該当するとしているのみであるが、右一六一条一項は、一五九条及び所定の文書等を行使した場合に、これら各条項所定の刑と同一の刑に処すると定めているところ、これらは法定刑が異なるのであるから(但し一五九条一項と同条二項は同一)、本件においては、更に一五九条一項をも挙示する必要があったと解される。また、科刑上一罪の処理については、いずれも犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断するとしているが、正しくは、原判示第一の一ないし三及び第二の各事実毎にそれぞれ原判決末尾添付の別表一ないし四から、どの番号の事実に関する偽造有印私文書行使罪が犯情が最も重いかを判断して、それらの罪の刑で処断するとすべきであったのである。しかし、これらの誤りは判決に影響を及ぼすことが明かとはいえない。なお、原判決七丁表末行の「判示第二の二の罪」は「判示第一の二の罪」の明白な誤記と認められる。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官重富純和 裁判官川上美明 裁判官安廣文夫)
《参考・原審判決》
主文
被告人甲を懲役一年二月に、被告人乙を懲役八月に処する。
未決勾留日数中、被告人甲に対しては八〇日を、被告人乙に対しては四〇日をそれぞれその刑に算入する。
この裁判確定の日から、被告人甲に対しては三年間、被告人乙に対しては二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
被告人甲から押収してある登録事項等証明書交付請求書六二枚(〈書証番号略〉)を、被告人乙から同請求書二六枚(〈書証番号略〉)を没収する。
訴訟費用のうち、証人杉山友信、同橋詰五郎及び同土谷彰克に支給した分は、その二分の一ずつを各被告人の負担とし、証人東本隆及び同宮辻佳久に支給した分は、被告人甲の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人甲(以下「被告人甲」という。)及び被告人乙(以下「被告人乙」という。)は、いずれも革命的共産主義者同盟(いわゆる中核派、以下「中核派」という。)に所属するか同調するものであるが、
第一 被告人甲は、いずれも中核派に所属するか同調する者ら数名の者と共謀のうえ、警察関係等の自動車を割り出して、その所有者の氏名または名称及び住所、使用者などの情報を入手するために、偽名を用いて自動車の登録事項等証明書の交付を受けようと企て、
一 昭和六三年一月二五日ころ、大阪市〈番地略〉所在の近畿運輸局大阪陸運支局なにわ自動車検査登録事務所等において、行使の目的をもって、ほしいままに、登録事項等証明書交付請求書用紙二四枚の各自動車登録番号欄に別表一記載のとおり「京59た2562」などと自動車登録番号を記載し、同用紙の各請求者の氏名又は名称欄に「伊藤広」、住所欄に「吹田市朝日町3―14」と冒書し、いずれもその名下に「伊藤」と刻した丸印を押捺し、もって伊藤広作成名義の前記請求書二四通(〈書証番号略〉)を偽造したうえ、同月二五日、同事務所において、同事務所係員に対し、これらを真正に作成したもののように装って一括して提出して行使し
二 同年五月六日ころ、右近畿運輸局大阪陸運支局なにわ自動車検査登録事務所等において、行使の目的をもって、ほしいままに、登録事項等証明書交付請求書用紙二五枚の各自動車登録番号欄に別表二記載のとおり「大阪54ぬ2052」などと自動車登録番号を記載し、同用紙の各請求者の氏名又は名称欄に「伊藤洋一」、住所欄に「吹田市朝日町2―21」と冒書し、いずれもその名下に「伊藤」と刻した丸印を押捺し、もって伊藤洋一作成名義の前記請求書二五通〈書証番号略〉を偽造したうえ、同月六日、同事務所において、同事務所係員に対し、これらを真正に作成したもののように装って一括して提出して行使し
三 同年九月三〇日ころ、大阪府〈番地略〉所在の近畿運輸局大阪陸運支局等において、行使の目的をもって、ほしいままに、登録事項等証明書交付請求書用紙一三枚の各自動車登録番号欄に別表三記載のとおり「なにわ56せ7170」などと自動車登録番号を記載し、同用紙の各請求者の氏名又は名称欄に「伊藤洋一」、住所欄に「吹田市朝日町2―21」と冒書し、いずれもその名下に「伊藤」と刻した丸印を押捺し、もって伊藤洋一作成名義の前記請求書一三通〈書証番号略〉を偽造したうえ、同月三〇日、同支局において、同支局係員に対し、これらを真正に作成したもののように装って一括して提出して行使し
第二 被告人乙は、中核派に所属するか同調する者ら数名の者と共謀のうえ、前同様の目的で、偽名を用いて自動車の登録事項等証明書の交付を受けようと企て、平成元年一月三〇日ころ、前記近畿運輸局大阪陸運支局なにわ自動車検査登録事務所等において、行使の目的をもって、ほしいままに、登録事項等証明書交付請求書用紙二六枚の各自動車登録番号欄に別表四記載のとおり「神戸58は8044」などと自動車登録番号を記載し、同用紙の各請求者の氏名又は名称欄に「前田武夫(但し、同表番号二四については『前田武男』)」、住所欄に「西区新町2―5」と冒書し、いずれもその名下に「前田」と刻した印を押捺し、もって前田武夫ないし前田武男作成名義の前記請求書二六通〈書証番号略〉を偽造したうえ、同月三〇日、同事務所において、同事務所係員に対し、これらを真正に作成したもののように装って一括して提出して行使し
たものである。
(証拠の標目)〈省略〉
(法令の適用)
被告人甲の判示第一の一ないし三の各所為及び被告人乙の判示第二の所為のうち、登録事項等証明書交付請求書の各偽造の点はいずれも刑法六〇条、一五九号一項に、偽造にかかる同請求書の各行使の点はいずれも同法六〇条、一六一条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の一ないし三及び第二の各偽造有印私文書の行使はいずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であり、また、判示第一の一ないし三及び第二の各有印私文書偽造とその行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、いずれも同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局それぞれ一罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断することとし、被告人甲については、判示第一の一ないし三の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第二の二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一年二月に処し、被告人乙については、判示第二の罪の所定刑期の範囲内で同被告人を懲役八月に処し、同法二一条を適用して各未決勾留日数中、被告人甲に対しては八〇日を、被告人乙に対しては四〇日をそれぞれその刑に算入し、いずれも情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から、被告人甲に対し三年間、被告人乙に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予し、押収してある登録事項等証明書交付請求書二四枚(〈書証番号略〉)は判示第一の一の、同請求書二五枚(〈書証番号略〉)は同二の、同請求書一三枚(〈書証番号略〉)は同三の、同請求書二六枚(〈書証番号略〉)は判示第二の各偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物であって、いずれも何人の所有をも許さない物であるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用して、被告人甲から同請求書六二枚(〈書証番号略〉)を、被告人乙から同請求書二六枚(〈書証番号略〉)を没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、証人杉山友信、同橋詰五郎及び同土谷彰克に支給した分は、被告人両名にその二分の一ずつを負担させ、証人東本隆及び同宮辻佳久に支給した分は、被告人甲に負担させることとする。
(弁護人の主張に対する判断)
一 被告人甲及び被告人乙の各弁護人らは、本件登録事項等証明書交付請求書は、刑法一五九条一項にいう文書に該当しない旨主張するので、この点の判断を補足して説明する。道路運送車両法及及び自動車登録令によれば、自動車の登録事項等証明書は、行政当局が道路運送車両に関しその所有権について公証を行なうこと等を目的として交付するものであり、同証明書には、車名及び型式等自動車の特徴に関する事項、所有者の氏名又は名称及び住所、使用の本拠の位置等の自動車登録事項その他の社会生活上重要な情報が記載されていることになっている。ところで、同法によれば、何人も右登録事項等証明書の交付請求ができるのであるが、このことと、その請求手続において請求者を明らかにすべきかどうかは、別個の事柄であって、所管官庁である運輸省の「自動車の登録及び検査に関する申請書等の様式等を定める省令」により定められた登録事項等証明書交付請求書の様式には請求者の氏名又は名称及び住所を記して押印することになっている。そして、本件の各登録事項等証明書交付請求書も右運輸省令の様式によるものであるが、このように請求者の住所、氏名を記載して押印した登録事項等証明書交付請求書は、その特定の請求者が当該自動車の登録事項等証明書の交付を請求したという事実を証明するものであるところ、前記のような登録事項等証明書の交付の趣旨、その記載事項の内容に加えて、その内容に照らして交付された登録事項等証明書が如何様に利用されるかわからず、場合によっては悪用されるかも知れないことを考えると、その交付請求者を明らかにしておくことは、実社会生活に大いにかかわりのある事柄であり、この意味で、請求者の氏名及び住所を記して押印した本件の登録事項等証明書交付請求書は、実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書であって、刑法一五九条一項にいう事実証明に関する文書に該当するものと解するのが相当である。
二 また、右弁護人らは、本件起訴に係る被告人らの各行為は、たとえ私文書偽造、同行使の各構成要件に該当するとしても、可罰的違法性がないか、あるいは違法性を有さない社会的相当行為である旨主張する。しかし、関係各証拠によると、被告人らの本件行為は、中核派の活動のために、自動車の登録事項等証明書交付制度の趣旨に反して、自動車の登録番号からその自動車の所有者の氏名又は名称、住所や使用者等を割り出して警察車両や対立する組織のいわゆる革マル派の車両等を調査するなどの目的で犯した組織的犯行と認められ、しかも、被告人甲においては、自動車登録事項等証明書交付請求書合計六二通を偽造して三回にわたり一括行使し、被告人乙においては、同請求書二六通を偽造して一括行使したものであって、その犯行の動機、態様、規模等に照らして、被告人両名の本件各行為が社会的相当行為といえないことは勿論、可罰的違法性を欠くものでないことも明らかであり、弁護人の右主張は採用できない。
三 なお、右弁護人らは、本件各公訴の提起は、捜査の過程に重大な違法があるため、もはや検察官において公訴を提起することが許されなかったのに、これに反して起訴したものであり、また、他の被疑者の同様の事件が不起訴処分に付されていることからして、検察官の恣意による起訴でもあって、公訴権を濫用した違法な公訴提起であるとして、公訴棄却を求めるので、以下、弁護人らの指摘する点についての判断を示しておく。
(一) 被告人甲の弁護人らは、被告人甲に対する判示第一の二の事実と同一及び三の各事実とについての二度にわたる逮捕・勾留は、何らの合理的理由がなく、もっぱら捜査機関が同被告人の政治活動を妨害しようとする不法な意図のもとに長期の身柄拘束を図ったものである旨主張する。しかし、本件記録によれば、二度にわたる右各逮捕・勾留は、手続においても適法で、実質的にもそれぞれその理由及び必要性があったことは明らかであって、捜査機関が不法な意図のもとに被告人甲をむし返し逮捕・勾留して不当に長期の身柄拘束をしたものとは認められない。
(二) 被告人乙の弁護人らは、被告人乙は、先ず「昭和六三年一〇月四日、自動車運転免許の申請にあたり、住所欄に虚偽の住所を記載した申請書を大阪府警察本部交通部係員に提出し、よって、同係員らをしてその旨誤信させて自動車運転免許証に不実の記載をさせ、平成元年二月二五日、大阪府旭警察署員に対し右運転免許証を行使した。」旨の免状不実記載・同行使の被疑事実により、平成元年六月二七日に逮捕されて同月三〇日から同年七月八日まで勾留され(以下「第一次逮捕、勾留」という。)、同日釈放と同時に判示第二の事実及び他の同様有印私文書偽造、同行使の被疑事実について逮捕され、続いて同月一〇日から勾留されて、同月二九日に判示第二の事実についてのみ起訴されたのであるが、第一次逮捕、勾留は、何らその必要性・相当性がないにもかかわらず、本件に関し証拠を収集する目的で行われ、かつ、その目的に利用された違法な別件逮捕・勾留に該当し、従って、第一次逮捕、勾留中の捜査を利用してこれに引き続いてなされた本件の逮捕、勾留も違法である旨主張する。しかし、被告人乙の当公判廷における供述のほか本件記録によると、同被告人についての本件起訴に至るまでの身柄拘束の経過は、前記弁護人主張のとおりであったことが認められるものの、本件記録、就中そのうちの第一次勾留に対する準抗告審の決定書の写によれば、被告人乙は、前記自動車運転免許証申請当時から第一次逮捕、勾留の時点においても、同運転免許証の申請書に記載した住所にも、また、これと同一文化住宅内の母親方にも居住しておらず、捜査機関の捜査によっても、その住居が明らかでなかったものと窺われるのであって、第一次逮捕、勾留の免状不実記載、同行使の被疑事実は、必ずしも軽微な事案とは言えず、これについて逮捕、勾留の理由も必要性もあったと認められるし、また、捜査機関が、もっぱら本件に関し証拠を収集するために第一次逮捕、勾留を執行し、利用したとも認められない。
(三) 被告人甲及び被告人乙の各弁護人らは、本件捜査の過程で司法警察員によって被告人甲の判示第一の二の事実を被疑事実とする捜索差押許可状に基づき平成元年五月一八日に実施された○○社関西支社における本件各公訴事実の証拠とされたものを含む多数のフロッピーディスクの差押えは、一般的捜索的差押えであって憲法二九条、三一条、三五条に違反する旨主張する。ところで、関係証拠によれば、確かに、右差押えについて、捜査機関は、フロッピーディスクの記録内容が当該被疑事実に関係するか否かを確認することなく、○○社関西支社内に存した全てのフロッピーディスクを差し押さえたことが認められる。しかしながら、関係各証拠によれば、右差押え当時、○○社関西支社内にあった各フロッピーディスクには、右被疑事実に関係する事項が記録されていると疑うに足りる合理的な事由が存したところ、その場で改めてこれらフロッピーディスクの記録内容を確認するには、○○社関西支社関係者の協力によらねばならず、さりとて、中核派の活動拠点である○○社の関係者にその協力を求めれば、これらフロッピーディスクの記録内容を改変される危険があったことなどから、右捜索差押現場で各フロッピーディスクの記録内容を確認してこれを選別することは、実際上極めて困難であったと認められ、以上の事情からすれば、右各フロッピーディスクの差押えは、違法であるとまではいえない
更に、右弁護人らは、フロッピーディスクの記録内容が極めて壊れやすく、また容易にその内容を偽造変更でき、しかも偽造変更された事実が判明し難いことを指摘して、前記差押えにつき、これを防ぐ特段の措置がとられていない点からも、前記差押えは違憲違法である旨主張するが、右弁護人らも、前記差押えにかかる各フロッピーディスクの記録内容が現実に偽造変更されたとまでは主張しておらず、本件全証拠によっても、右各フロッピーディスクの記録内容が偽造変更された事実は認められない以上、右各フロッピーディスクの押収に違法があるとはいえない。
(四) 右弁護人らは、本件各起訴後に本件各公訴事実と同様の被疑事実で逮捕、勾留された者が起訴されなかった事実を指摘して、被告人両名に対する本件各公訴提起は、元来嫌疑なき起訴であり、検察官によるきわめて恣意的な起訴である旨主張するが、本件各公訴事実が起訴状記載の各罰条の構成要件に該当し、可罰的違法性も帯有することは前述のとおりであって、弁護人の右主張は当たらない。
以上のとおり、弁護人ら主張の公訴棄却を求める事由は、いずれも認容できない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官米田俊昭 裁判官白石史子 裁判官井上一成)

3.差押えに代わる手段

4.設例の検討


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民法 事例で学ぶ民法演習 32 債務不履行解除


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1.はじめに

2.付随的義務の不履行と541条解除(小問1について)

+(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。

・債務不履行解除ができるのは契約の要素をなす債務の場合のみ。
+判例(S36.11.21)
理由
上告代理人宮下文夫の上告理由について。
論旨は、原判決には理由齟齬、審理不尽、理由不備の違法があると主張する。しかし、原判決の引用する一審判決の趣旨は、判示租税負担義務が本件売買契約の目的達成に必須的でない附随的義務に過ぎないものであり、特段の事情の認められない本件においては、右租税負担義務は本件売買契約の要素でないから、該義務の不履行を原因とする上告人の本件売買契約の解除は無効である、というにあること判文上明白である。そして、法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣意は、契約の要素をなす債務の履行がないために、該契約をなした目的を達することができない場合を救済するためであり、当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない附随的義務の履行を怠つたに過ぎないような場合には、特段の事情の存しない限り、相手方は当該契約を解除することができないものと解するのが相当であるから、右と同趣旨に出でた原判決は正当であり、原判決には所論の違法はない。所論は、要するに、原判決を正解せざることによる原判決の主文に影響を及ぼさない事項についての主張に過ぎない。論旨はすべて理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋潔 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)

・複合的契約
+判例(H8.11.12)
理由
上告代理人齋藤護の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人は、不動産の売買等を目的とする株式会社であり、兵庫県佐用郡に別荘地を開発し、いわゆるリゾートマンションである佐用コンドミニアム(以下「本件マンション」という)を建築して分譲するとともに、スポーツ施設である佐用フュージョン倶楽部(以下「本件クラブ」という)の施設を所有し、管理している。
2(一) 上告人らは、平成三年一一月二五日、被上告人から、持分を各二分の一として、本件マンションの一区分である本件不動産を代金四四〇〇万円で買い受け(以下「本件売買契約」という)、同日手付金四四〇万円を、同年一二月六日残代金を支払った。本件売買契約においては、売主の債務不履行により買主が契約を解除するときは、売主が買主に手付金相当額を違約金及び損害賠償として支払う旨が合意されている。(二)上告人Aは、これと同時に、被上告人から本件クラブの会員権一口である本件会員権を購入し(以下「本件会員権契約」という)、登録料五〇万円及び入会預り金二〇〇万円を支払った。
3(一) 被上告人が書式を作成した本件売買契約の契約書には、表題及び前書きに「佐用フュージョン倶楽部会員権付」との記載があり、また、特約事項として、買主は、本件不動産購入と同時に本件クラブの会員となり、買主から本件不動産を譲り受けた者についても本件クラブの会則を遵守させることを確約する旨の記載がある。(二)被上告人による本件マンション分譲の新聞広告には、「佐用スパークリンリゾートコンドミニアム(佐用フュージョン倶楽部会員権付)」との物件の名称と共に、本件マンションの区分所有権の購入者が本件クラブを会員として利用することができる旨の記載がある。(三)本件クラブの会則には、本件マンションの区分所有権は、本件クラブの会員権付きであり、これと分離して処分することができないこと、区分所有権を他に譲渡した場合には、会員としての資格は自動的に消滅すること、そして、区分所有権を譲り受けた者は、被上告人の承認を得て新会員としての登録を受けることができる旨が定められている。
4(一) 被上告人は、本件マンションの区分所有権及び本件クラブの会員権を販売するに際して、新聞広告、案内書等に、本件クラブの施設内容として、テニスコート、屋外プール、サウナ、レストラン等を完備しているほか、さらに、平成四年九月末に屋内温水プール、ジャグジー等が完成の予定である旨を明記していた。(二)その後、被上告人は、上告人らに対し、屋内プールの完成が遅れる旨を告げるとともに、完成の遅延に関連して六〇万円を交付した。上告人らは、被上告人に対し、屋内プールの建設を再三要求したが、いまだに着工もされていない。(三)上告人らは、被上告人に対し、屋内プール完成の遅延を理由として、平成五年七月一二日到達の書面で、本件売買契約及び本件会員権契約を解除する旨の意思表示をした。
二 本件訴訟は、(1)上告人らがそれぞれ、被上告人に対し、本件不動産の売買代金から前記の六〇万円を控除し、これに手付金相当額を加えた金額の半額である各二三九〇万円の支払を、(2)上告人Aが、被上告人に対し、本件会員権の登録料及び入会預り金の額である二五〇万円の支払を請求するものである。
原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、上告人らの請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人らの請求をいずれも棄却した。すなわち、(一)本件不動産と本件会員権とは別個独立の財産権であり、これらが一個の客体として本件売買契約の目的となっていたものとみることはできない。(二)本件のように、不動産の売買契約と同時にこれに随伴して会員権の購入契約が締結された場合において、会員権購入契約上の義務が約定どおり履行されることが不動産の売買契約を締結した主たる目的の達成に必須であり、かつ、そのことが不動産の売買契約に表示されていたときは、売買契約の要素たる債務が履行されないときに準じて、会員権購入契約上の義務の不履行を理由に不動産の売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。(三)しかし、上告人らが本件不動産を買い受けるについては、本件クラブの屋内プールを利用することがその重要な動機となっていたことがうかがわれないではないが、そのことは本件売買契約において何ら表示されていなかった。(四)したがって、屋内プールの完成の遅延が本件会員権契約上の被上告人の債務不履行に当たるとしても、上告人らがこれを理由に本件売買契約を解除することはできない。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 前記一4(一)の事実によれば、本件クラブにあっては、既に完成しているテニスコート等の外に、その主要な施設として、屋外プールとは異なり四季を通じて使用の可能である屋内温水プールを平成四年九月末ないしこれからそれほど遅れない相当な時期までに完成することが予定されていたことが明らかであり、これを利用し得ることが会員の重要な権利内容となっていたものというべきであるから、被上告人が右の時期までに屋内プールを完成して上告人らの利用に供することは、本件会員権契約においては、単なる付随的義務ではなく、要素たる債務の一部であったといわなければならない
2 前記一3の事実によれば、本件マンションの区分所有権を買い受けるときは必ず本件クラブに入会しなければならず、これを他に譲渡したときは本件クラブの会員たる地位を失うのであって、本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とは密接に関連付けられている。すなわち、被上告人は、両者がその帰属を異にすることを許容しておらず、本件マンションの区分所有権を買い受け、本件クラブに入会する者は、これを容認して被上告人との間に契約を締結しているのである。
このように同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個以上の契約から成る場合であっても、それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて、社会通念上、甲契約又は乙契約のいずれかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認められる場合には、甲契約上の債務の不履行を理由に、その債権者が法定解除権の行使として甲契約と併せて乙契約をも解除することができるものと解するのが相当である。
3 これを本件について見ると、本件不動産は、屋内プールを含むスポーツ施設を利用することを主要な目的としたいわゆるリゾートマンションであり、前記の事実関係の下においては、上告人らは、本件不動産をそのような目的を持つ物件として購入したものであることがうかがわれ、被上告人による屋内プールの完成の遅延という本件会員権契約の要素たる債務の履行遅滞により、本件売買契約を締結した目的を達成することができなくなったものというべきであるから、本件売買契約においてその目的が表示されていたかどうかにかかわらず、右の履行遅滞を理由として民法五四一条により本件売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。
四 したがって、上告人らが本件売買契約を解除することはできないとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、上告人らの請求を認容した第一審判決は正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、原判決を破棄して被上告人の控訴を棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

3.541条解除における帰責事由要件(小問2について)
・帰責事由を要件とするのか?
帰責事由
=債務者の故意過失又は信義則上それと同視すべき事由

・帰責事由必要論
←415条、543条とのバランス

・帰責事由不要論
←解除の存在意義
債権者を反対債権から免れさせるという性質

4.使用者利益の返還(小問3について)

・当事者が契約に基づいて受けた給付は不当利得となる
・545条に基づく原状回復義務は703条・704条に基づく不当利得返還請求権の特則!

+(不当利得の返還義務)
第七百三条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条  悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

+(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。

・金銭以外の現物を返還する場合
545条1項による原状回復義務の一環として、果実と使用収益の返還義務を肯定!
+判例(S34.9.22)
理由
上告代理人森信一の上告理由は末尾記載のとおりである。原審が、本件催告に示された残代金額は金三七五〇〇〇円であり、真の残代金債務金三二五〇〇〇円を超過すること五〇〇〇〇円なる旨認定していることは所論のとおりである。しかし、この一事によつて、被上告人は催告金額に満たない提供があつてもこれを受領する意思がないものとは推定し難く、その他かかる意思がないと推認するに足りる事情は原審の認定しないところであるから、本件催告は、たとえ前記の如く真の債務額を多少超過していても、契約解除の前提たる催告としての効力を失わないものと解すべきである。
次に、原判決の確定するところによると、被上告人は、本件売買契約から約二週間後に支払を受ける約であつた本件残代金につき、履行期到来後再三上告人に支払を求めたが応じないので、遂に履行期から四ケ月余をを経て改めて本件催告に及んだというのである。このような事実関係のもとでは、たとえ三十万円をこえる金員の支払につき定めた催告期間が三日にすぎなくても、必ずしも不相当とはいい難い
更に、特定物の売買により買主に移転した所有権は、解除によつて当然遡及的に売に復帰すると解すべきであるから、その間買主が所有者としてその物を使用収益した利益は、これを売主に償還すべきものであること疑いない(大審院昭一)一・五・一一言渡判決、民集一五卷一〇号八〇八頁参照)。そして、右償還の義務の法律的性質は、いわゆる原状回復義務に基く一種の不当利得返還義務にほかならないのであつて、不法占有に基く損害賠償義務と解すべきではない。ところで、被上告人の本訴における事実上及法律上の陳述中には、不法占拠若しくは損害金というような語が用いられているけれども、その求めるところは前記使用収益による利益の償還にほかならない部分のあることが明らかであるから、その部分の訴旨を一種の不当利得返還請求と解することは何ら違法ではない。けだし、被上告人は、不当利得返還請求権と損害賠償請求権の競合して成立すべき場合に後者を主張したわけではなく、本来不当利得返還請求権のみが成立すべき場合に、該権利を主張しながら、その法律的評価ないし表現を誤つたにすぎないからである。
されば、以上の諸点に関する原審の判断はすべて正当なるに帰し、これらの点に関する所論はすべて理由がない。その他の論旨は、原審の適法な事実認定を争うのでなければ、原判示にそわない事実又は原審において主張立証しなかつた事実を前提として原判決を非難し、或は、独自の見解に立脚して原審の正当な判断を攻撃するものであつて、採用のかぎりでない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

+判例(S51.2.13)
理由
上告代理人高木喬の上告理由一について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同三について
原審の適法に確定した事実は、次のとおりである。
中古自動車の販売業者である上告人は、訴外Aから買い受けた本件自動車を、昭和四二年九月四日被上告人に転売し、被上告人は、同日代金五七万五〇〇〇円全額を支払つてその引渡を受けた。ところが、本件自動車は、訴外いすず販売金融株式会社(以下「訴外会社」という。)が所有権留保特約付で割賦販売したものであつて、その登録名義も訴外会社のままであり、Aは、本件自動車を処分する権限を有していなかつた。そして、訴外会社が、留保していた所有権に基づき、昭和四三年九月一一日本件自動車を執行官の保管とする旨の仮処分決定を得、翌一二日その執行をしたため、本件自動車は、被上告人から引き揚げられた。被上告人は、右仮処分の執行を受けて、はじめて本件自動車が上告人の所有に属しないものであることを知り、上告人に対し、民法五六一条の規定により、同年一二月二二日限り本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
右事実によると、上告人が、他人の権利の売主として、本件自動車の所有権を取得してこれを被上告人に移転すべき義務を履行しなかつたため、被上告人は、所有権者の追奪により、上告人から引渡を受けた本件自動車の占有を失い、これを上告人に返還することが不能となつたものであつて、このように、売買契約解除による原状回復義務の履行として目的物を返還することができなくなつた場合において、その返還不能が、給付受領者の責に帰すべき事由ではなく、給付者のそれによつて生じたものであるときは、給付受領者は、目的物の返還に代わる価格返還の義務を負わないものと解するのが相当である。これと同旨と解される原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同二及び四について
売買契約が解除された場合に、目的物の引渡を受けていた買主は、原状回復義務の内容として、解除までの間目的物を使用したことによる利益を売主に返還すべき義務を負うものであり、この理は、他人の権利の売買契約において、売主が目的物の所有権を取得して買主に移転することができず、民法五六一条の規定により該契約が解除された場合についても同様であると解すべきである。けだし、解除によつて売買契約が遡及的に効力を失う結果として、契約当事者に該契約に基づく給付がなかつたと同一の財産状態を回復させるためには、買主が引渡を受けた目的物を解除するまでの間に使用したことによる利益をも返還させる必要があるのであり、売主が、目的物につき使用権限を取得しえず、したがつて、買主から返還された使用利益を究極的には正当な権利者からの請求により保有しえないこととなる立場にあつたとしても、このことは右の結論を左右するものではないと解するのが、相当だからである。
そうすると、他人の権利の売主には、買主の目的物使用による利得に対応する損失がないとの理由のみをもつて、被上告人が本件自動車の使用利益の返還義務を負わないとした原審の判断は、解除の効果に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右使用利益の点について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが、相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林讓)

・果実の返還と使用利益の返還を区別はしていないようだ・・・

189条、190条は、給付利得(契約の清算関係・給付の巻き戻し)の場面には適用されず、その適用は侵害利得の場面に限定される!!

+(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。
(悪意の占有者による果実の返還等)
第百九十条  悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。
2  前項の規定は、暴行若しくは強迫又は隠匿によって占有をしている者について準用する。


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