不法行為法 8 損害賠償請求に対する抗弁(2)

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1.前章からのの続き

2.抗弁(その1)~過失の評価障害事実~

3.抗弁(その2)~過失相殺~
+(損害賠償の方法及び過失相殺)
第七百二十二条  第四百十七条の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2  被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる

=被害者の過失を認定しても、これを考慮するかどうかは裁判所の裁量にゆだねられている。

・過失相殺の制度趣旨
被害者に発生した損害を被害者と加害者との間で公平に分配する

・被害者の過失
=自己危険回避義務違反
損害軽減義務違反

・被害者たる未成年者の過失を斟酌する場合においても、未成年者に事理を弁識する能力が具わっていれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為責任を弁識するに足る知能が具わっていることを要しない!!!!!
=過失相殺をするためには、責任能力が具わっている必要はないとしつつ、
事理を弁識する能力は必要!!!

・責任能力
=行為の違法性認識能力
自分の行為の善悪について認識できる能力

・事理弁識能力
自分がこれから何をしようとしているのかについて認識できる能力

・過失相殺の割合の決め方~加害者複数の場合~
相対的過失割合による過失相殺
+判例(H13.3.13)
主文
1 原判決主文第1項を次のとおり変更する。
 第1審判決を次のとおり変更する。
 (1) 被上告人は、上告人ら各自に対し、1900万4634円及びうち1810万4634円に対する昭和63年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 上告人らのその余の請求を棄却する。
2 訴訟の総費用は、これを3分し、その1を上告人らの、その余を被上告人の負担とし、参加によって生じた費用は、これを3分し、その1を上告補助参加人らの、その余を被上告人の負担とする。
理由
上告代理人森永友健の上告受理申立て理由第一ないし第三及び第五について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
 (1) 上告人らの長男であるA(昭和57年1月13日生)は、昭和63年9月12日午後3時40分ころ、埼玉県上福岡市ab丁目c番d号先路上において、自転車を運転し、一時停止を怠って時速約15㎞の速度で交通整理の行われていない交差点内に進入したところ、同交差点内に減速することなく進入しようとした上告補助参加人川越乗用自動車株式会社の従業員である同B運転に係る普通乗用自動車と接触し、転倒した(以下「本件交通事故」という。)。
 (2) Aは、本件交通事故後直ちに、救急車で被上告人が経営する上福岡第二病院(以下「被上告人病院」という。)に搬送された。被上告人の代表者で被上告人病院院長であるC医師は、Aを診察し、左頭部に軽い皮下挫傷による点状出血を、顔面表皮に軽度の挫傷を認めたが、Aの意識が清明で外観上は異常が認められず、Aが事故態様についてタクシーと軽く衝突したとの説明をし、前記負傷部分の痛みを訴えたのみであったことから、Aの歩行中の軽微な事故であると考えた。そして、C医師は、Aの頭部正面及び左側面から撮影したレントゲン写真を検討し、頭がい骨骨折を発見しなかったことから、さらにAについて頭部のCT検査をしたり、病院内で相当時間経過観察をするまでの必要はないと判断し、前記負傷部分を消毒し、抗生物質を服用させる治療をした上、A及び上告人Dに対し、「明日は学校へ行ってもよいが、体育は止めるように。明日も診察を受けに来るように。」「何か変わったことがあれば来るように。」との一般的指示をしたのみで、Aを帰宅させた。
 (3) 上告人Dは、Aとともに午後5時30分ころ帰宅したが、Aが帰宅直後におう吐し、眠気を訴えたため、疲労のためと考えてそのまま寝かせたところ、Aは、夕食を欲しがることもなく午後6時30分ころに寝入った。Aは、同日午後7時ころには、いびきをかいたり、よだれを流したりするようになり、かなり汗をかくようになっていたが、上告人らは、多少の異常は感じたものの、Aは普段でもいびきをかいたりよだれを流したりして寝ることがあったことから、この容態を重大なこととは考えず、同日午後7時30分ころ、氷枕を使用させ、そのままにしておいた。しかし、Aは、同日午後11時ころには、体温が39度まで上昇してけいれん様の症状を示し、午後11時50分ころにはいびきをかかなくなったため、上告人らは初めてAが重篤な状況にあるものと疑うに至り、翌13日午前0時17分ころ、救急車を要請した。救急車は同日午前0時25分に上告人方に到着したが、Aは、既に脈が触れず呼吸も停止しており、同日午前0時44分、三芳厚生病院に搬送されたが、同日午前0時45分、死亡した(以下「本件医療事故」という。)。
 (4) Aは、頭がい外面線状骨折による硬膜動脈損傷を原因とする硬膜外血しゅにより死亡したものであり、被上告人病院から帰宅したころには、脳出血による脳圧の亢進によりおう吐の症状が発現し、午後6時ころには傾眠状態を示し、いびき、よだれを伴う睡眠、脳の機能障害が発生し、午後11時ころには、治療が困難な程度であるけいれん様の症状を示す除脳硬直が始まり、午後11時50分には自発呼吸が不可能な容態になったものである。
 硬膜外血しゅは、骨折を伴わずに発生することもあり、また、当初相当期間の意識清明期が存することが特徴であって、その後、頭痛、おう吐、傾眠、意識障害等の経過をたどり、脳障害である除脳硬直が開始した後はその救命率が著しく減少し、仮に救命に成功したとしても重い後遺障害をもたらすおそれが高いものであるが、早期に血しゅの除去を行えば予後は良く、高い確率での救命可能性があるものである。したがって、交通事故により頭部に強い衝撃を受けている可能性のあるAの診療に当たったC医師は、外見上の傷害の程度にかかわらず、当該患者ないしその看護者に対し、病院内にとどめて経過観察をするか、仮にやむを得ず帰宅させるにしても、事故後に意識が清明であってもその後硬膜外血しゅの発生に至る脳出血の進行が発生することがあること及びその典型的な前記症状を具体的に説明し、事故後少なくとも6時間以上は慎重な経過観察と、前記症状の疑いが発見されたときには直ちに医師の診察を受ける必要があること等を教示、指導すべき義務が存したのであって、C医師にはこれを懈怠した過失がある。
 (5) 他方、上告人らにおいても、除脳硬直が発生して呼吸停止の容態に陥るまでAが重篤な状態に至っていることに気付くことなく、何らの措置をも講じなかった点において、Aの経過観察や保護義務を懈怠した過失があり、その過失割合は1割が相当である。
 (6) なお、本件交通事故は、本件交差点に進入するに際し、自動車運転手として遵守すべき注意義務を懈怠した、上告補助参加人Bの過失によるものであるが、Aにも、交差点に進入するに際しての一時停止義務、左右の安全確認義務を怠った過失があり、その過失割合は3割が相当である。
 (7) 上告人らは、Aの本件交通事故及び本件医療事故による次の損害賠償請求権を各2分の1の割合で相続した。Aの死亡による上告人らの弁護士費用分を除く全損害は、次のとおりである。
  逸失利益 2378万8076円
  慰謝料 1600万円
  葬儀費用 100万円
 なお、上告人らは、上告補助参加人川越乗用自動車株式会社から葬儀費用として50万円の支払を受けた。
2 本件は、上告人らが、C医師の診療行為の過失によりAが死亡したとして、被上告人に対し、民法709条に基づき損害賠償を求めている事案である。
 原審は、前記事実関係の下において、概要次のとおり判断した。
 (1) 被害者であるAの死亡事故は、本件交通事故と本件医療事故が競合した結果発生したものであるところ、原因競合の寄与度を特定して主張立証することに困難を伴うので、被害者保護の見地から、本件交通事故における上告補助参加人Bの過失行為と本件医療事故におけるC医師の過失行為とを共同不法行為として、被害者は、各不法行為に基づく損害賠償請求を分別することなく、全額の損害の賠償を請求することもできると解すべきである。
 (2) しかし、本件の場合のように、個々の不法行為が当該事故の全体の一部を時間的前後関係において構成し、その行為類型が異なり、行為の本質や過失構造が異なり、かつ、共同不法行為を構成する一方又は双方の不法行為につき、被害者側に過失相殺すべき事由が存する場合には、各不法行為者は、各不法行為の損害発生に対する寄与度の分別を主張することができ、かつ、個別的に過失相殺の主張をすることができるものと解すべきである。すなわち、被害者の被った損害の全額を算定した上、各加害行為の寄与度に応じてこれを案分して割り付け、その上で個々の不法行為についての過失相殺をして、各不法行為者が責任を負うべき損害賠償額を分別して認定するのが相当である。
 (3) 本件においては、Aの死亡の経過等を総合して判断すると、本件交通事故と本件医療事故の各寄与度は、それぞれ5割と推認するのが相当であるから、被上告人が賠償すべき損害額は、Aの死亡による弁護士費用分を除く全損害4078万8076円の5割である2039万4038円から本件医療事故における被害者側の過失1割を過失相殺した上で弁護士費用180万円を加算した2015万4634円と算定し、上告人らの請求をこの金員の2分の1である各1007万7317円及びうち917万7317円に対する本件医療事故の後である昭和63年9月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものである。

3 しかしながら、原審の前記2(2)(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 原審の確定した事実関係によれば、本件交通事故により、Aは放置すれば死亡するに至る傷害を負ったものの、事故後搬入された被上告人病院において、Aに対し通常期待されるべき適切な経過観察がされるなどして脳内出血が早期に発見され適切な治療が施されていれば、高度の蓋然性をもってAを救命できたということができるから、本件交通事故と本件医療事故とのいずれもが、Aの死亡という不可分の一個の結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にある。したがって、【要旨1】本件交通事故における運転行為と本件医療事故における医療行為とは民法719条所定の共同不法行為に当たるから、各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯して責任を負うべきものである。本件のようにそれぞれ独立して成立する複数の不法行為が順次競合した共同不法行為においても別異に解する理由はないから、被害者との関係においては、各不法行為者の結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害の額を案分し、各不法行為者において責任を負うべき損害額を限定することは許されないと解するのが相当である。けだし、共同不法行為によって被害者の被った損害は、各不法行為者の行為のいずれとの関係でも相当因果関係に立つものとして、各不法行為者はその全額を負担すべきものであり、各不法行為者が賠償すべき損害額を案分、限定することは連帯関係を免除することとなり、共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとしている民法719条の明文に反し、これにより被害者保護を図る同条の趣旨を没却することとなり、損害の負担について公平の理念に反することとなるからである。
 したがって原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
 4 本件は、本件交通事故と本件医療事故という加害者及び侵害行為を異にする二つの不法行為が順次競合した共同不法行為であり、各不法行為については加害者及び被害者の過失の内容も別異の性質を有するものである。ところで、過失相殺は不法行為により生じた損害について加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準にして相対的な負担の公平を図る制度であるから、【要旨2】本件のような共同不法行為においても、過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり、他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしん酌して過失相殺をすることは許されない
 本件において被上告人の負担すべき損害額は、Aの死亡による上告人らの損害の全額(弁護士費用を除く。)である4078万8076円につき被害者側の過失を1割として過失相殺による減額をした3670万9268円から上告補助参加人川越乗用自動車株式会社から葬儀費用として支払を受けた50万円を控除し、これに弁護士費用相当額180万円を加算した3800万9268円となる。したがって、上告人ら各自の請求できる損害額は、この2分の1である1900万4634円となる。
 5 以上によれば、上告人らの本件請求は、各自1900万4634円及びうち1810万4634円に対する本件医療事故の後である昭和63年9月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決は、主文第1項のとおり変更するのが相当である。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

絶対的過失割合による過失相殺
全ての過失の割合を認定することができる時
+判例(H15.7.11)
理由
第1 事案の概要
 1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 (1) 上告人の被用者であるAは、平成9年9月20日午前2時25分ころ、片側1車線の三重県松阪市五反田町1丁目1277番先道路(以下「本件道路」という。)上に、普通貨物自動車(以下「上告人車」という。)を西側路側帯から北行車線にはみ出るような状態で駐車させ、非常点滅表示灯等を点灯させることもなかった。被上告人堀口運輸有限会社(以下「被上告会社」という。)の被用者であるBは、そのころ、被上告会社の保有する普通貨物自動車(以下「被上告人車」という。)を運転して、本件道路を南方から北方に向けて進行し、上告人車を避けるため、中央線からはみ出して進行したところ、本件道路を北方から南方に向けて、最高速度として規制されている時速40㎞を上回る時速80㎞以上で進行してきたCの運転に係る普通乗用自動車と衝突した(以下「本件交通事故」という。)。
 本件道路は、終日駐車禁止の交通規制がされていたが、追越しのための右側部分はみ出し禁止の交通規制はされていなかった。また、本件道路は、北方から南方に向かう場合、本件交通事故現場の手前約60m付近で左にカーブしており、Cは、被上告人車を左カーブを抜けた地点で発見した。本件交通事故現場付近に街灯はなく、Cの進行方向からは、上記左カーブを抜けた地点より手前で被上告人車を発見することは容易ではなかった。
 (2) Aには非常点滅表示灯等を点灯させることなく、上告人車を駐車禁止の車道にはみ出して駐車させた過失、Bには被上告人車を対向車線にはみ出して進行させた過失、Cには速度違反、安全運転義務違反の過失がある。A、B、Cの各過失割合は1対4対1である。
 (3) 本件交通事故により、被上告会社は270万3110円の損害を被り、Cは581万1400円の損害を被った。
 (4) 被上告人車につき、被上告人三重県交通共済協同組合(以下「被上告組合」という。)を保険者として、自動車共済契約が締結されており、また、被上告人車につき、自動車損害賠償保障法により自動車損害賠償責任保険契約(以下、「自賠責保険」といい、自賠責保険に基づいて支払われる保険金を「自賠責保険金」という。)が締結されていた。
 (5) 被上告会社とCとの間では、本件交通事故による損害賠償につき示談が成立し、被上告会社は、Cから、36万5174円の支払を受け、被上告組合は、Cに対し、上記自動車共済契約に基づき、被上告会社に代わって、本件交通事故による損害賠償として474万7654円を支払った。
 (6) 被上告会社が本件交通事故による自己の損害額270万3110円のうち上告人及びCに対して請求し得る額の合計は、自己の過失割合6分の4を控除した6分の2に相当する90万1036円である。
 (7) 被上告組合は、Cに支払った損害賠償金につき自賠責保険金120万円の支払を受けた。
 2 本件は、上告人に対し、被上告会社が自動車損害賠償保障法3条又は民法715条に基づき損害賠償を請求し、Cに損害賠償金を支払った被上告組合が保険代位に基づいて上告人が被上告会社に対して負う求償義務の履行を求める事案である。
第2 上告代理人西村英一郎の上告理由について
 1 上告代理人西村英一郎の上告理由第1の2(2)について
 原審は、被上告会社が本件交通事故による自己の損害額のうち上告人及びCに対して請求し得る額の合計を90万1036円とし、Cから36万5174円の支払を受けたとしているので、被上告会社が上告人に対して請求し得る額は53万5862円となる。しかし、原審は、上告人に対し、これを上回る53万8242円の支払を命じており、原判決には理由の食違いがある。この点をいう論旨は理由がある。
 2 その余の上告理由について
 その余の上告理由は、理由の不備・食違いをいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、民訴法312条1項又は2項に規定する事由に該当しない。
第3 上告代理人西村英一郎の上告受理申立て理由第3の2(3)について
 1 原審は、概要次のとおり判断して、被上告組合の上告人に対する請求を170万6109円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
 (1) Cは、本件交通事故による自己の損害につき、自己の過失割合である6分の1を控除した6分の5の限度で、被上告会社及び上告人に対して、各当事者ごとの相対的な過失割合に従って損害賠償を請求することができる。したがって、Cは、581万1400円の6分の5である484万2833円を上限として、被上告会社に対しては581万1400円をCの過失割合5分の1による過失相殺をした後の464万9120円、上告人に対してはCの過失割合2分の1による過失相殺をした後の290万5700円を請求し得るものというべきである。
 (2) 被上告会社及び上告人の損害賠償義務が競合する範囲は、上記464万9120円と290万5700円を加え、484万2833円を控除した271万1987円であり、被上告会社のみが損害賠償義務を負うのは、上記464万9120円から上記271万1987円を控除した193万7133円である。
 被上告会社の負担部分は、上記271万1987円に5分の1を乗じ、上記193万7133円を加えた247万9530円である。
 被上告会社は、上告人に対し、Cに対して支払った474万7654円から上記247万9530円を控除した226万8124円を求償することができる。
 (3) 被上告組合が支払を受けた自賠責保険金120万円は、被上告会社のみが損害賠償義務を負う範囲、上告人のみが損害賠償義務を負う範囲及び被上告会社と上告人の損害賠償義務が競合する範囲に案分して充当される。したがって、上記120万円のうち、被上告会社の求償金から控除すべき金額は56万2015円である。
 (4) よって、被上告組合は、上告人に対し、226万8124円から56万2015円を控除した170万6109円を請求することができる。

 2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 (1) 【要旨】複数の加害者の過失及び被害者の過失が競合する一つの交通事故において、その交通事故の原因となったすべての過失の割合(以下「絶対的過失割合」という。)を認定することができるときには、絶対的過失割合に基づく被害者の過失による過失相殺をした損害賠償額について、加害者らは連帯して共同不法行為に基づく賠償責任を負うものと解すべきである。これに反し、各加害者と被害者との関係ごとにその間の過失の割合に応じて相対的に過失相殺をすることは、被害者が共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとすることによって被害者保護を図ろうとする民法719条の趣旨に反することになる。
 (2) 以上説示したところによれば、被上告会社及び上告人は、Cの損害581万1400円につきCの絶対的過失割合である6分の1による過失相殺をした後の484万2833円(円未満切捨て。以下同じ。)の限度で不真正連帯責任を負担する。このうち、被上告会社の負担部分は5分の4に当たる387万4266円であり、上告人の負担部分は5分の1に当たる96万8566円である。被上告会社に代わりCに対し損害賠償として474万7654円を支払った被上告組合は、上告人に対し、被上告会社の負担部分を超える87万3388円の求償権を代位取得したというべきである。
 なお、自賠責保険金は、被保険者の損害賠償債務の負担による損害をてん補するものであるから、共同不法行為者間の求償関係においては、被保険者の負担部分に充当されるべきである。したがって、自賠責保険金120万円は、被上告組合が支払った被上告会社の負担部分に充当される。
 そうすると、論旨はこの限度で理由があり、これと異なる原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
第4 結論
 以上によれば、被上告会社の請求は、上告人に対し、53万5862円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被上告組合の請求は、上告人に対し、87万3388円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被上告人らのその余の請求は理由がないから棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決を主文のとおり変更する。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 梶谷玄 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 滝井繁男)

4.抗弁(その3)~被害者側の過失
・本人以外の者の過失を被害者側の過失として斟酌するのが公平の理念に照らし相当な場合がある

・被害者側に当たるかどうか
被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者


保母×
夫○
職場の同僚×
交際中の者×
内縁配偶者○

・被害者側の過失の枠とは異なる減額
+判例(H20.7.4)
理由
 上告代理人田野壽、同宮崎隆博の上告受理申立て理由第3の3について
 1 本件は、A(当時22歳)運転の自動二輪車とパトカーとが衝突し、自動二輪車に同乗していたB(当時19歳)が死亡した交通事故につき、Bの相続人である被上告人らが、パトカーの運行供用者である上告人に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づく損害賠償を請求する事案である。
 2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
  (1) A及びBは、中学校時代の先輩と後輩の関係であり、平成13年8月13日午後9時ころから、友人ら約20名と共に、自動二輪車3台、乗用車数台に分乗して、集合、離散しながら、空吹かし、蛇行運転、低速走行等の暴走行為を繰り返した。Bは、ヘルメットを着用せずに、消音器を改造した自動二輪車(以下「本件自動二輪車」という。)にAと二人乗りし、交代で運転をしながら走行していた。
  (2) 岡山県警察勝山警察署のC警察官らは、付近の住民から暴走族が爆音を立てて暴走している旨の通報を受け、同日午後11時20分ころ、これを取り締まるためにC警察官が運転するパトカー(以下「本件パトカー」という。)及び他の警察官が運転する小型パトカー(以下「本件小型パトカー」という。)の2台で出動した。上告人は、本件パトカーの運行供用者である。
  (3) C警察官は、国道313号線(以下「本件国道」という。)を走行中、同日午後11時35分ころ、本件自動二輪車が対向車線を走行してくるのを発見し追跡したが、本件自動二輪車が転回して逃走したためこれを見失い、いったん本件国道に面した商業施設の駐車場(以下「本件駐車場」という。)に入って本件パトカーを停車させた。また、本件小型パトカーも本件駐車場に入って停車していた。本件駐車場先の本件国道は片側1車線で、制限速度は時速40㎞であった。
  (4) 同日午後11時49分ころ、Aが運転しBが同乗した本件自動二輪車が本件国道を時速約40㎞で走行してきたため、C警察官は、これを停止させる目的で、本件パトカーを本件国道上に中央線をまたぐ形で斜めに進出させ、本件自動二輪車が走行してくる車線を完全にふさいだ状態で停車させた。付近の道路は暗く、本件パトカーは前照灯及び尾灯をつけていたが、本件自動二輪車に遠くから発見されないように、赤色の警光灯はつけず、サイレンも鳴らしていなかった。
  (5) Aは、本件駐車場内に本件小型パトカーが停車しているのに気付き、時速約70~80㎞に加速して本件駐車場前を通過し逃走しようとしたが、その際、友人が捕まっているのではないかと思い、本件小型パトカーの様子をうかがおうとしてわき見をしたため、前方に停車した本件パトカーを発見するのが遅れ、回避する間もなく、その側面に衝突した(以下「本件事故」という。)。
  (6) Bは、本件事故により頭がい骨骨折等の傷害を負い、同月14日午前1時13分ころ死亡した。
  (7) 本件事故によりBが受けた損害の額は合計6600万5364円であり、Bの両親である被上告人らは、Bの有する損害賠償請求権を各2分の1の割合で相続した。被上告人らの固有の損害の額は各100万円である。
  また、被上告人らは、損害の一部てん補として、56万5000円の支払を受けた。

 3 原審は、次のとおり判断して、被上告人らの上告人に対する請求を、各2961万9645円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとした。
  (1) C警察官が本件自動二輪車を停止させるために執った措置は、赤色の警光灯をつけず、サイレンも鳴らさずに片側1車線を完全にふさいで本件パトカーを停車させるという交通事故発生の危険が高いものであり、相当と認められる限度を超えるもので、自賠法3条ただし書所定の免責事由は存しないし、正当業務行為として違法性が阻却されるものでもない。したがって、上告人は、同条本文に基づき、被上告人らに対し損害賠償責任を負う。
  (2) Aには前方注視義務違反及び制限速度違反が、Bにはヘルメット着用義務違反及びAと共に暴走行為をしてパトカーに追跡される原因を作ったという事情があることを考慮すれば、A、B、C警察官の過失割合は6対2対2である。本件事故は、Bとの関係では、AとC警察官との共同不法行為により発生したものである。そして、AとBとの間に身分上、生活関係上の一体性はないから、過失相殺をするに当たってAの過失をいわゆる被害者側の過失として考慮することはできない。
  したがって、上告人は、被上告人らに対して、Aと連帯して損害の8割を賠償する責任を負う。損害の一部てん補額を控除し、弁護士費用を加算すると、被上告人らの上告人に対する損害賠償の請求は、各2961万9645円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

 4 しかしながら、原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
  前記事実関係によれば、AとBは、本件事故当日の午後9時ころから本件自動二輪車を交代で運転しながら共同して暴走行為を繰り返し、午後11時35分ころ、本件国道上で取締りに向かった本件パトカーから追跡され、いったんこれを逃れた後、午後11時49分ころ、Aが本件自動二輪車を運転して本件国道を走行中、本件駐車場内の本件小型パトカーを見付け、再度これから逃れるために制限速度を大きく超過して走行するとともに、一緒に暴走行為をしていた友人が捕まっていないか本件小型パトカーの様子をうかがおうとしてわき見をしたため、本件自動二輪車を停止させるために停車していた本件パトカーの発見が遅れ、本件事故が発生したというのである(以下、本件小型パトカーを見付けてからのAの運転行為を「本件運転行為」という。)。
  以上のような本件運転行為に至る経過や本件運転行為の態様からすれば、本件運転行為は、BとAが共同して行っていた暴走行為から独立したAの単独行為とみることはできず、上記共同暴走行為の一環を成すものというべきであるしたがって、上告人との関係で民法722条2項の過失相殺をするに当たっては、公平の見地に照らし、本件運転行為におけるAの過失もBの過失として考慮することができると解すべきである。
  これと異なり、Aの過失はBの過失として考慮することができないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上の見解の下にBとC警察官との過失割合等につき更に審理を尽くさせるため、上記部分及び上告人の民訴法260条2項の裁判を求める申立てにつき、本件を原審に差し戻すこととする。
  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋)

5.抗弁(その4)~被害者の素因
素因
=損害の発生・拡大の原因となった被害者の素質
・心的素因が損害の拡大に寄与している事件で、722条2項を類推適用することで賠償額の減額を認めた
・疾患とは言えない被害者の身体的特徴を賠償額算定に当たり考慮するかどうか
特段の事情がない限り考慮しない!
←個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されている
6.抗弁(その5)~損益相殺
・損益相殺とは
被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受けた場合には、損害と利益との間に同質性と相互補完性がある限り、その利益の額を賠償されるべき損害額から控除する。
・損益相殺の抗弁
①被害者に生じた利益とその額
出費節約による利益も含む
②その利益が不法行為を原因として生じたものであること
生命保険金が支払われたとしても、控除すべきではない
損害保険は損害の填補を目的としたものであるから、生命保険と異なり、第三者の負担する損害賠償債務の履行との間で重複填補の問題が生じる
③その損益が損害と同質性と相互補完性を有すること
養育費は控除されない
生活費は損益相殺の対象となる
居住利益について、建物自体に社会的経済的価値のないほどの瑕疵がある場合には、控除はできない
+判例(H22.6.17)
7.抗弁(その6)~損益相殺的な調整
・不法行為による被害者の死亡によって相続人が社会保険給付ほかの利益を得た場合に、被害者が相続した損害賠償請求権につき、子の相続人が得た利益を控除することができるか?
被害者が不法行為により死亡し、その損害賠償請求を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合に、相続人が得た利益を賠償額から控除する!!!

・不法行為の被害者らに社会保険給付がされるとき、これが損益相殺の対象とされて賠償額から控除されるのは、被害者やその相続人が現実に損害を填補されたということができる範囲またはこれと同視し得る範囲に限られる。

8.過失相殺と損益相殺の順序
・相殺後控除説
労災保険金と損害賠償との重複填補が問題となっている場合に判例の採る立場。
過失相殺により減額された損害の総額が上限となり、この上限額から損益相殺がされるべき。
←被害者が不法行為により取得できる賠償額は被害者の損害を填補する以上に出るものではないうえに、被害者の過失に基づく部分については、過失相殺制度の趣旨から見てこれを加害者のみならず第三者にも転化することはできないと考えるのが相当。

・控除後相殺説

9.抗弁(その7)~3年の消滅時効

+(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第七百二十四条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

・理由
証拠の散逸・立証困難
被害者感情の鎮静化

・加害者を知った時とは、
加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味する

・損害を知った時
被害者が損害の発生を現実に認識したとき
損害の程度や金額まで知る必要はない。
被害者が損害の発生を現実に認識していない場合には、被害者が加害者に対して損害賠償請求に及ぶことを期待できないから

・後遺障害の残存による逸出利益を理由とする損害賠償請求
後遺障害としての症状が固定したときが、損害を知った時にあたる。

・潜伏していた後遺障害の発生
およそ事故当時に医学的にも予想できなかった後遺症が生じたのであれば、その後遺症が顕在化したときが、消滅時効の起算点とされる。

・弁護士費用相当額の損害賠償請求権
不法行為時ではなく、弁護士への委任契約時を起算点とする。

・継続的不法行為の場合の損害賠償請求権
損害が性質上分断可能な被害の場合には、分割して把握可能な個々の損害の発生ごとに損害賠償請求権を観念でき、個々に消滅時効を観念できる。

継続的不法行為による被害を集積し、統一的に把握すべき累積的被害の場合は、全体として1個の損害賠償請求権を観念することにより、その累積的性質を損害賠償に反映させる。全体としての1個の損害賠償請求権につき消滅時効を観念し、被害者との関係で継続的加害行為が終了した時点を起算点とすべき

加害行為継続中に被害者が死亡したときは、被害者死亡時を起算点とすべき。

10.抗弁(その8)~20年の除斥期間
・除斥期間とは
被害者の認識の如何を問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたもの
←権利不行使の継続という事実により権利を消滅させることで権利関係の安定を図るという公益的要請に出たものであるから、私人たる権利者の意思を考慮する余地がない!

消滅時効との違い
①期間の延長が画一的・絶対的に遮断されること(中断・停止を認めないこと)
②援用が必要とされない
③20年の機関の抗弁が権利濫用・信義則違反の再抗弁の対抗を受けない

・除斥期間の始期
損害発生時説
損害が現実化した時点
←加害行為時と損害発生時との間に時間的間隔がある場合を考慮すると、損害発生前に機関の進行を認めるのはおかしい

判例は、不法行為の時とは、
①加害行為がされた時に損害が発生する不法行為の場合は加害行為の時。
②身体に蓄積した場合に人の健康を害することになる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、不法行為にり発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合は、
当該損害の全部または一部が発生したとき

・除斥期間の伸長
20年を経過する前6か月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しなかった場合につき、
民法158条の法意に照らし、724条後段の効果は生じないとするのは相当!

+(未成年者又は成年被後見人と時効の停止)
第百五十八条  時効の期間の満了前六箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。
2  未成年者又は成年被後見人がその財産を管理する父、母又は後見人に対して権利を有するときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は後任の法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その権利について、時効は、完成しない。

・除斥期間の伸長(例その2)
民法160条の法意に照らすと、被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知りえない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま除斥期間が経過した場合にも、相続人は一切の権利行使をすることが許されず、相続人が確定しないということの原因を作った加害者は損害賠償義務を免れるということは、著しく正義公平の理念に反する!!!!
=724条後段の効果は生じない

+(相続財産に関する時効の停止)
第百六十条  相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。


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民法 事例から考える民法 19 財布はひとつ?


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Ⅰ はじめに

Ⅱ 日常家事債務の連帯責任
1.761条の一般的な説明

+(日常の家事に関する債務の連帯責任)
第七百六十一条  夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。

趣旨
夫婦が共同生活を維持するためには一定の法律行為が必要になると考えられるところ、そのような法律行為は夫婦の共同生活に伴うものであり、また行為の相手方としてもそれが夫婦の共同生活に関する事項であるから夫婦が共に責任を負うと期待すると考えられるから。

・761条は夫婦相互に法定代理権を定めたものだ。

2.日常家事の範囲
(1)日常家事性の判断基準=昭和44年判決

+判例(S44.12.18)
理由
上告代理人小宮正己の上告理由第一点について。
本件売買契約締結の当時、被上告人が訴外Aに対しその売買契約を締結する代理権またはその他の何らかの代理権を授与していた事実は認められない、とした原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係および本件記録に照らし、首肯することができないわけではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点について。
民法七六一条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。
そして、民法七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。
しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
したがつて、民法七六一条および一一〇条の規定の解釈に関して以上と同旨の見解に立つものと解される原審の判断は、正当である。
ところで、原審の確定した事実関係、とくに、本件売買契約の目的物は被上告人の特有財産に属する土地、建物であり、しかも、その売買契約は上告人の主宰する訴外株式会社千代田べヤリング商会が訴外Aの主宰する訴外株式会社西垣商店に対して有していた債権の回収をはかるために締結されたものであること、さらに、右売買契約締結の当時被上告人は右Aに対し何らの代理権をも授与していなかつたこと等の事実関係は、原判決挙示の証拠関係および本件記録に照らして、首肯することができないわけではなく、そして、右事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であつた右Aと被上告人との日常の家事に関する法律行為であつたといえないことはもちろん、その契約の相手方である上告人においてその契約が被上告人ら夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたといえないことも明らかである。
してみれば、上告人の所論の表見代理の主張を排斥した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を争い、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)

・主観的要素と客観的要素との相関判断を行う
要素
①夫婦の個別事情(個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等及びその夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習)
②行為の個別的、主観的な目的
③行為の客観的事情(法律行為の種類、性質等)

(2)昭和44年判決の意義の限界

3.日常家事の範囲~具体例で考える
(1)僅少金額での基本食材等の購入

(2)高額での家電、寝具、学習教材等の購入

(3)金銭の借入れ
行為の種類性質だけからは共同生活にかかわるともかかわらないともいえない行為・・・
主観的な動機目的次第・・・
相手方に使途をどのように説明したか・・・

(4)購入の方法や購入の経緯

・たとえ売買契約自体が日常家事に属するとしても、立て替え払い契約が日常家事に属すると直ちにいうべきではなく、手数料が加えられ、割賦弁済が長期にわたり、期限の利益喪失の約定が置かれている等の点が日常家事性を否定する要素として考慮

・長時間居座ったという事情
夫婦の一方が他方に相談せずにすることが通常想定されないような契約であることを示す事情として、日常家事性の判断に影響を与える要素となる。

4.日常家事性の判断基準の検討
(1)判断の基準要素について
・客観的事情の評価
金額が重視
・主観的目的
主観的な目的は、実際に当該行為の結果が夫婦の共同生活の便益に供されることを前提としている。

(2)判断基準の根拠
①婚姻費用分担との関係
個別的、主観的な事情の重視は、婚姻費用の分担(760条)に対応した夫婦の対外的責任を定めたのが761条であるとの趣旨理解に基づく!
→個々の夫婦の共同生活の内部事情に応じて必要になり、その便益となる行為の負担は、対外的にも共同で責任を負ってしかるべき。

+(婚姻費用の分担)
第七百六十条  夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。

②日常性

③761条の趣旨
・夫婦の共同生活の本質と、それに対応した行為の相手方の期待

Ⅲ 本問へのあてはめ
(1)設問1について
目的物が客観的に子の養育に関連する物なので、その面からは日常家事性は否定されず、夫婦の個別事情や主観的目的をどのように評価するかによって結論が分かれる。

(2)設問2について
借入の主観的目的及び実際の使途が問われ、生活費の補てんのための本件借入は、日常家事の範囲に含まれる。

Ⅳ まとめ


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労働法 事例演習労働法 U20 団体行動 C20-2


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1.認容額
30×3+18×10=270

2.ロックアウトの正当性の判断基準
・労働者の争議行為の態様等によって労使間の均衡が崩れ、逆に、使用者に不当に大きな圧力がかかっている場合には、争議行為への対抗措置として使用者にロックアウトを行う権限を認めるのが相当。

・正当性の判断基準
労働組合が争議行為に至る契機となった団交における交渉態度や争議行為に至る経緯、そして使用者が当該争議行為によって受ける打撃の程度に照らして慎重に判断!
正当性は、開始時のみならず継続中も!
防御的なものである必要!

3.本件ロックアウトについて
(1)争議行為に至った経緯
団交に応じるべき義務あり
しかし、支部組合の行為が信義に反する・・・

(2)支部組合の争議行為の態様

(3)Y社の被る打撃の程度
労使間の力の均衡が崩れ、Y社には大きな圧力がかかっている

(4)スト解除、就労申し入れ後のロックアウトの正当性
労働組合からスト解除の申し入れがあった場合、使用者は原則としてロックアウトを解除せねばならない。

4.賃金額について

・民法536条2項によればXらは中間収入について使用者に償還しなければならないが、労基法26条が休業手当として平均賃金の6割を保障していることに照らして、中間収入はその期間についてXらの有する賃金債権のうち平均賃金の6割を超える部分から控除されるべき。

+(休業手当)
第二十六条  使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

Key
・ロックアウト
+判例(S50.4.25)丸島水門
理由
上告代理人福岡福一の上告理由について。
一 本件は、水門の製作、請負工事等を業とする株式会社である被上告会社が、当時その従業員で、かつ、日本労働組合総同盟丸島水門製作所労働組合(以下「組合」という。)の組合員であつた別紙選定者目録記載の八〇名及びその余の上告人ら(以下「上告人ら」という。)を含む組合員全員に対し、賃上げ要求に関連して昭和三四年六月二日にロツクアウトを通告し、同年七月六日までこれを継続して同人らの就労を拒否した間の上告人らの賃金請求権の存否が争われている事件であるが、所論は、要するに、右ロツクアウトを正当と認めた原判決は、法律の解釈適用を誤つたものであり、また、審理不尽、判断遺脱、理由不備の違法をおかすものである、というのである。

二 憲法二八条、労働組合法その他の労働法令は、労働関係の内容が使用者と労働者との団体交渉を通じて自主的に決定、形成されることを期待し、右の団体交渉の場における当事者の交渉力の対等化をはかるために、一般に使用者に対して社会的経済的に劣位にあると認められる労働者に対し、明文をもつて争議権を保障しているが、これに対応する使用者の争議権については、なんらこれを規定するところがないしかし、このことから直ちに、使用者は一切争議権を有せず、労働争議の場においてそのとりうる措置は、個別的労働契約関係その他の一般市民法(以下「一般市民法」という。)上許される行為に限られるとするのが法の趣旨であると解することは相当でなく、使用者もまた争議権を有するかどうか、又はどの範囲において争議権を有するかは、争議行為の意義と性質、及びこれを争議権として認めた法の趣旨、目的に照らしてこれを決しなければならない。思うに、争議行為は、主として団体交渉における自己の主張の貫徹のために、現存する一般市民法による法的拘束を離れた立場において、就労の拒否等の手段によつて相手方に圧力を加える行為であり、法による争議権の承認は、集団的な労使関係の場におけるこのような行動の法的正当性を是認したもの、換言すれば、労働争議の場合においては一定の範囲において一般市民法上は義務違反とされるような行為をも、そのような効果を伴うことなく、することができることを認めたものにほかならず(労働組合法八条参照)、憲法二八条や労働法令がこのような争議権の承認を専ら労働者のそれの保障の形で明文化したのは、労働者のとりうる圧力行使手段が一般市民法によつて大きく制約され、使用者に対して著しく不利な立場にあることから解放する必要が特に大きいためであると考えられるのである。このように、争議権を認めた法の趣旨が争議行為の一般市民法による制約からの解放にあり、労働者の争議権について特に明文化した理由が専らこれによる労使対等の促進と確保の必要に出たもので、窮極的には公平の原則に立脚するものであるとすれば、力関係において優位に立つ使用者に対して、一般的に労働者に対すると同様な意味において争議権を認めるべき理由はなく、また、その必要もないけれども、そうであるからといつて、使用者に対し一切争議権を否定し、使用者は労働争議に際し一般市民法による制約の下においてすることのできる対抗措置をとりうるにすぎないとすることは相当でなく、個々の具体的な労働争議の場において、労働者側の争議行為によりかえつて労使間の勢力の均衡が破れ、使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、使用者側においてこのような圧力を阻止し、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められるかぎりにおいては、使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきである。労働者の提供する労務の受領を集団的に拒否するいわゆるロツクアウト(作業所閉鎖)は、使用者の争議行為の一態様として行われるものであるから、それが正当な争議行為として是認されるかどうか、換言すれば、使用者が一般市民法による制約から離れて右のような労務の受領拒否をすることができるかどうかも、右に述べたところに従い、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによつてこれを決すべく、このような相当性を認めうる場合には、使用者は、正当な争議行為をしたものとして、右ロツクアウト期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務をまぬかれるものといわなければならない
三 ところで、本件ロツクアウトに至るまでの経過等として原審の認定するところは、おおむね次のとおりである。
(一) 被上告会社は、当時その従業員は約一四〇名で、その職制を総務、営業、資材、技術、工務の五部に分ち、工務部の現場としては、機械、仕上(組立)、製缶、木工の四工場と倉庫等があり、営業方法としては、いわゆる受注生産を主としていた。組合は、昭和三三年八月六日に結成され、同年中二回にわたり合計一か月金三〇〇〇円の賃上げを獲得していたが、なお、昭和三四年四月当時における従業員の平均賃金は同業他社に比べて低廉であるとし、組合大会の決定に基づき、同年五月二日の労使協議会において、被上告会社に対し、一か月金三〇〇〇円の賃上げ要求を申し入れた。被上告会社は、その平均賃金は同業他社よりむしろ高額であると判断し、かつ、当時の会社の事業につき先行不安ありと考えていることをも理由として、五月九日、右要求には一か月金八〇〇円の限度でしか応じられない旨回答した。その後、同月一三日、一五日、一八日(一九日早朝まで)と団体交渉を重ねたが、双方その主張を固執して譲らず、妥結に至らなかつたので、組合は、一九日午前八時三〇分、被上告会社に対し、要求貫徹のため闘争態勢による実力行使に入る旨の闘争宣言を通告した。右団体交渉の段階においても、一二日、一五日には組合員らが総務部長ら会社側の交渉委員に対し、これを取り囲み、罵言を浴せる等して集団的威圧を加え、また、一六日には五名の組合員が命ぜられた出張を理由もなく拒否するなどのことがあつた。
(二) 闘争宣言後の経過
(1) 一九日から二二日にかけて、組合は、昼の休憩時間と始業前とを利用してアジビラや被上告会社ないしその役員を誹謗する文言を記載したビラを、工場、事務室等の窓ガラス、壁等に、所かまわず乱雑に貼りつけ、そのため、保安室の窓はほとんどビラで覆われ、事務室等も外光が著しく減ずる有様となつた。工務、総務部長や臨時保安係等が右のビラを剥がし、あるいはビラ貼りの情況を写真にとろうとすると、組合員が、これを包囲して罵倒、威嚇し、あるいはその前に立ち塞がる等して妨害した。
(2) 二〇日、二一日には、組合員は、事務所内で喚声をあげてデモ行進をしたり、執務中の常務等を取り囲んで労働歌を高唱する等して、役員、職員の執務を妨害した。
(3) 二〇日から二二日まで、組合幹部は、携帯拡声器二基を用いて、就業時間休憩時間を区別せず、被上告会社やその役員を誹謗する等の内容の放送をした。
(4) 一九日から二一日まで、終業後、二〇名前後の組合員は、無届で翌朝まで会社構内に残留し、たびたびの退去要求にも応じなかつた。
(5) 二二日頃から、製缶工場を中心として怠業状態があらわれはじめ、それは日を追つて著しくなり、二七日頃の各工場における作業能率は平均して少なくとも平時の半分程度に低下し、その状態は五月末頃に至るも一向改善されず、却つて悪化の傾向もないではなかつた。その間において、会社側がその防止のために職制による巡視を強化したところ、組合員らは後をつけまわつて暴言を吐く等してこれを妨害し、二三日には、巡視中の工務部長に対して製缶工が鉄板やハンマーを投げつけ、同行の保安係員が同部長を囲んで気勢をあげる組合員に押し倒されて治療約三日間を要する打僕傷を負うという事態も生じた。
(6) 被上告会社は、その業務の性質上契約上の義務として負担する現地における納入製品の据付、試運転等の業務のため、一九日、二〇日、二五日にわたり、九名の組合員に対して出張を命じたが、同人らは、「一か月前に出張したばかりだから」等の理由で、いずれもこれに応じなかつた。会社は、これらの作業を下請会社に依頼せざるをえなくなつた。
(7) 六月一日には、工務部の四工場及び倉庫係の正副班長たる組合員八名中木工工場の班長一名を除く七名が一斉に休暇をとつたため、これら各工場の作業過程が麻痺し、正常な作業が不能に陥り、他方、現場各作業所入口で少年工を見張らせて会社側の行動を監視させ、全員ほとんど作業に従事せず、終日怠業状態が続き、会社職制の巡視に対してはこれを妨害する等、職場の秩序は極度に混乱した。
(三) このようにして、被上告会社は、前記のような組合の争議行為等により、作業能率が著しく低下し、正常な業務の遂行が困難となつたので、このままの状態では会社の経営にも危殆を招く虞があると考え、六月二日組合員に対してロツクアウトを通告した。
(四) 右ロツクアウトは七月六日まで継続されたが、この間組合は会社のロツクアウトの宣言の不当であることを主張するのみで、争議の状況は何ら改善されることがなかつた
そして、原審は、右の事実によると、組合は被上告会社との団体交渉の中途において、組合側の賃上げ要求貫徹のため、より強力な手段に訴えるべく前記闘争宣言を発して争議行為に入つたのであるが、その争議行為は暴力行為を伴う相当熾烈なものであつて、漸次怠業状態が深刻化し、さらに出張拒否や正副班長の一斉休暇という部分ストにも発展し、これら一連の争議行為によつて被上告会社の正常な業務の遂行が著しく阻害され、作業能率も低下して、このままで経過するときは被上告会社(資本金一四〇〇万円程度の中小企業)の経営にも支障をきたす虞が生じたので、被上告会社としては、このような事態に対処するため組合の争議行為に対抗して一時的に作業所を閉鎖し、前記のような組合員の不完全な労務の提供の受領を拒否し、その結果としての賃金の支払を免れることによつて当面の著しい損害の発生を阻止しようとしたものである、としている。原審の右認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、すべて正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。
四 前記二のような見地からすれば、前記三のような具体的事情のもとにおいてされた本件ロツクアウトは、衡平の見地からみて、労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当であると認めることができる。原判決は、前記二と異なる見地に立つものではあるけれども、本件ロツクアウトを正当と認め、被上告会社はその間の賃金支払義務を負わないとしたその結論は、正当である。したがつて、論旨は採用することができない。
五 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂本吉勝 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己)

+判例(H18.4.18)安威川生コンクリート
理由
上告代理人池田俊、同奥村正道の上告受理申立て理由について
1 本件は、生コンクリートの製造等を営む上告人に雇用され、車両の運転等の業務に従事してきた被上告人らが、上告人の行ったロックアウトにより就労することができなかった期間に係る賃金の支払等を求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、生コンクリート(以下「生コン」という。)の製造及び販売を営む資本金1000万円の株式会社であり、A協同組合(以下「協同組合」という。)に加入している。被上告人らは、上告人に雇用され、コンクリートミキサー車の運転等の業務に従事してきた。上告人の従業員は、管理職を除けば、後記の本件争議行為当時、被上告人らのほかにはいなかった。
(2) 上告人の従業員が加入していた労働組合(以下「旧組合」という。)は、昭和58年10月10日、B労組(以下「B労組」という。)とC労組(以下「C労組」という。)とに分かれた。この際、被上告人らは、いずれもC労組に加入した。
(3)ア 上告人は、C労組所属の従業員に対する解雇をめぐるC労組との協議において、この解雇を無効と認めた上で、昭和57年に旧組合がした争議行為の責任をC労組において追及すべきこと、同争議行為により上告人の被った損害を回復するための同62年3月までの賃上げの停止及び一時金の不支給を受け入れるべきことなどから成る6項目の要求をした。次いで、上告人は、上記要求に係る措置を実施するとして、C労組及びB労組に対し、同59年10月29日付けで、労働条件の切下げ(労働時間の延長、割増賃金の減額等)、同62年3月までの賃上げの停止及び一時金の不支給等を申し入れた。
イ これに対し、C労組は、昭和60年4月11日、上記要求について解決に努力することなどを上告人との間で合意し、さらに、同年6月25日、上記の争議における旧組合の行為のすべてが正しかったとは考えていない旨を表明した。もっとも、上記の労働条件の切下げの実施に対しては、C労組所属の従業員(被上告人らを含む。)が、それまでの労働条件による割増賃金等の仮払の仮処分を申し立てて争ったが、結局、上告人とC労組との間で、同61年5月17日、上告人からの金員の支払と引換えに、C労組が、同62年3月20日まで、上記の労働条件の切下げを受け入れ、賃上げの停止、一時金の不支給等にも応ずるとの合意が成立し、上記仮処分申立ては取り下げられた。
ウ B労組は、昭和59年12月13日、昭和59年度から同61年度までの3年間企業再建に協力し、賃上げ及び一時金支給の凍結を受け入れることなどについては上告人と合意したが、前記の労働条件の切下げの実施に対しては抗議した。
その後、上告人の従業員でB労組に所属するものは、全員が退職した。
(4) 上告人の従業員でC労組に所属するもの(被上告人らを含む。)は、昭和62年9月16日、C労組を脱退し、その当時上告人の従業員で所属するものはいなくなっていたB労組に加入した。B労組は、同日、上告人に対し、賃上げの凍結を解除し、さかのぼって賃上げ及び一時金支給をし、かつ、切り下げられた労働条件をさかのぼって旧に復し、賃金差額の全額及び一時金を支払うよう要求して団体交渉を申し入れた。
団体交渉において、上告人は、前記の6項目の要求についての解決策を先に協議すべきであるなどの主張をしたが、B労組及び被上告人らは、C労組が先にした同61年5月17日付け合意には拘束されないとして交渉を決裂させた。
(5) 被上告人らは、昭和62年11月5日に24時間ストライキを行い、更に同月13日、26日、同年12月2日、7日、14日、15日にもそれぞれ1時間ないし8時間の時限ストライキを行ったほか(以下、これらのストライキを併せて「本件ストライキ」という。)、車両の運転速度を殊更に落とす、生コンの車両積載量を減らす、納入先工事現場への輸送等の途中であるにもかかわらず休憩を取るため生コンを上告人の工場に持ち帰るなどの怠業的行為(以下、これらの行為と本件ストライキとを併せて「本件争議行為」という。)にも及んだ。このため、上告人は、管理職等を動員して持ち帰られた生コンを納入先に輸送するなどの対応をしなければならず、納入先では工程に遅れが生じた。
(6)ア 協同組合に加入している業者による生コンの製造及び販売に関しては、需要者からD協同組合へ、更に協同組合へと順次注文がされ、これを受けて、協同組合が加入業者に対し実績に基づきあらかじめ定めてある配分率に従って決めた量を日々発注して売買契約を締結し、加入業者が受注した生コンを協同組合の指定した納入先に納入するという方式の取引が行われていた。上告人の売上げも、大半はこの方式によるものであった。
協同組合に加入している業者は、ストライキが行われた場合、それにより出荷不能となった分の受注を協同組合に返上し、協同組合がその分を他の業者に割り替えて発注し直すこととしていたが、ストライキの解除時期が不明な場合には、出荷不能となる注文がどれほどであるかが判明しないため、業者は、その日に割り当てられた分の受注の全部を返上するほかなかった。
また、業者において争議が発生し、ストライキが予告なく行われることが見込まれる場合には、発注先業者を当日急きょ割り替えることにより対処するのが容易でないため、協同組合は、当該業者に割り当てる注文をあらかじめ定めてある配分率による量よりも大幅に減らし、業者もそれを受け入れるのが慣例であった。
イ 本件ストライキは、事前には通告しないか、又はせいぜい開始約3分前に通告して開始し、解除時期の予告はせず、上告人が割り当てられたその日の受注を協同組合に返上したころ合いを見計らって解除するという態様で繰り返された。そのため、上告人は、その日の受注の全部を返上して、終日、事実上休業の状態にせざるを得ず、また、協同組合からの割当てそのものを大幅に減らされることも受け入れざるを得なかった。
これにより、上告人は、昭和62年11月にはあらかじめ定められた配分率から予定されていた量の23%、同年12月(同月1日から19日まで)には同じく13%しか受注及び出荷をすることができず、その結果、売上げが1億1000万円以上減少し、資金繰りが著しく悪化した。
さらに、前記のとおり上告人の生コンの納入の遅れにより納入先の工程の遅延が生じたため、上告人の取引上の信用は少なからず害された。
(7) そこで、上告人は、昭和62年12月20日、被上告人らに対しロックアウトを行う旨を通告してその工場への立入り及び就労を拒否した(以下、これによるロックアウトを「本件ロックアウト」という。)。このため、現場作業員として就労する者が皆無となり、上告人の操業は全面的に停止した。上告人は、被上告人らに対し、同月21日以降の分の賃金を支払っていない。
B労組及び被上告人らは、それぞれ、上告人に対し、本件ロックアウトは容認することができないから、直ちにこれを解除し、B労組の要求について解決をすることを求める旨の申入れをした。
上告人は、本件ロックアウト開始後も、被上告人らとの間では交渉を続け、同63年11月23日には、被上告人らが退職した上、会社を設立し、上告人から生コンの輸送を請け負うこととすることでおおむね交渉がまとまったが、B労組の委員長の反対により、結局合意の成立には至らなかった。
上告人は、平成元年1月ころ事業の継続を断念した。

3 原審は、上記事実関係の下において次のとおり判断し、本件ロックアウトに正当性を認めることはできないとして、被上告人らの賃金請求を一部認容すべきものとした。
(1) 本件争議行為においては、上告人の被上告人らに対する賃金の負担は、被上告人らの提供した労務に見合わないものとなっており、被上告人らの就労を受け入れて賃金の支払を継続するのは、上告人の損害を拡大することになる。しかし、本件争議行為は、暴力的態様のものではなく、また、上告人は、操業再開の努力を全くといってよいほどしていない。そうすると、本件争議行為によって上告人が著しく不利な圧力を受けたとまではいえない。
(2) 上告人とC労組との間に成立していた昭和61年5月17日付けの合意は、同62年3月20日までの暫定的措置を約したにすぎず、権利放棄を明確に定めたものではないから、これとの関係からみても、本件争議行為を労使間の信義に反するものとはいえない。
(3) 上記の各点に加え、上告人が操業再開に向けた真しな努力をしているとは評価し難いことを考慮すれば、本件ロックアウトは、被上告人らの要求に対して一切妥協しないために強行されたものであり、防衛手段としての域を超え、攻撃的な意図をもってされたものというべきであるから、正当性を認めることができない。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 個々の具体的な労働争議の場において、労働者の争議行為により使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りにおいては、使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきであり、使用者のロックアウトが正当な争議行為として是認されるかどうかも、上記に述べたところに従い、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによって使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地からみて労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによってこれを決すべきである。このような相当性を認めることができる場合には、使用者は、正当な争議行為をしたものとして、当該ロックアウトの期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務を免れるものというべきである(最高裁昭和44年(オ)第1256号同50年4月25日第三小法廷判決・民集29巻4号481頁、最高裁昭和51年(オ)第541号同55年4月11日第二小法廷判決・民集34巻3号330頁、最高裁昭和53年(行ツ)第29号同58年6月13日第二小法廷判決・民集37巻5号636頁参照)。
(2) 本件についてこれをみると、前記事実関係によれば、次のように解するのが相当である。
ア 本件争議行為のうちの時限ストライキは、事前には通告しないか、又は直前に通告して開始し、上告人が割り当てられたその日の受注を協同組合に返上したころ合いを見計らって解除するという態様で6回にわたり繰り返された。そのため、これらがいずれも比較的短時間の時限ストライキであったにもかかわらず、上告人は、取引慣行上、その日の受注を全部返上するなどして、終日、事実上休業の状態にせざるを得なかった。このような状況においては、被上告人らの提供した労務は、ストライキにより就労しなかった時間に係る減額がされた後の賃金にも到底見合わないものであり、かえって上告人に賃金負担による損害を被らせるだけのものであった。そして、上告人は、本件争議行為が開始された後は、受注が減少して資金繰りが著しく悪化し、納入先の信用も損なわれたというのであるから、本件争議行為によって上告人が被った損害は、その規模等からみて甚大なものであったというべきである。
このような本件争議行為の態様及びこれによって上告人の被った打撃の程度に照らすと、上告人が本件争議行為により著しく不利な圧力を受けたことは明らかである。本件争議行為が暴力的態様のものではなかったことなどの原審の指摘する事情は、上告人が上記のようにして著しく不利な圧力を受けたことを否定する理由になるものではない
イ 上告人とC労組との間に成立していた昭和61年5月17日付けの合意は、確認書の文言やその締結に至る経緯を考慮すれば、〈1〉 同59年11月1日から同62年3月20日までの期間については、上告人による申入れのとおり切り下げられた労働条件に従って賃金請求権が発生するものとし、C労組は、その期間の賃金については引上げの要求をせず、同期間に係る一時金の支払も要求しない、〈2〉 同月21日以降の労働条件は、従来の労働協約を基本として協議し、同日以降の期間に係る賃金についての引上げ及び一時金の支払についても協議するという趣旨のものと解するのが相当である。一方、本件争議行為におけるB労組の要求は、そ及的な賃上げ並びに一時金及び割増賃金の支払を求めるというものであり、上記合意を覆すものであることが明らかである。そして、本件争議行為当時B労組に所属していた上告人の従業員は、被上告人らを含め、上記合意の当時は皆C労組に属していたのであるから、C労組との間に成立していた合意を覆すような要求を、しかも、C労組を脱退した直後に持ち出すのは、労使間の信義の見地からみて相当な交渉態度とはいい難い
労使間のこのような交渉態度、経過からすると、本件争議行為に対し上告人が本件ロックアウトをもって臨んだことも、やむを得ないところであったということができる。
ウ 本件争議行為が開始される以前から上告人が事業を放棄する機をうかがっていたというような事情は見当たらない。また、本件争議行為の態様及びそれによる打撃の程度等からすると、上告人としては、操業再開を図るより先に、過重な賃金の負担を免れるためまずはロックアウトによってこれに対抗しようとするのもやむを得ないものというべきである。したがって、本件ロックアウトをもって攻撃的な意図でされたものとみるのは当たらない。
エ 上記アないしウに説示したところその他前記事実関係によれば、本件ロックアウトは、本件争議行為の態様、それによって上告人の受ける打撃の程度、争議における上告人と被上告人ら及びB労組との交渉態度、経過に関する具体的事情に照らし、衡平の見地からみて、本件争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるものというべきである。
5 上記のとおり、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、被上告人らの賃金請求は全部理由がないから、これを棄却した第1審判決は正当であり、被上告人らの控訴をいずれも棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男)

・中間収入
+判例(H18.3.28)あけぼのタクシー事件
理由
上告代理人河津和明、同福山富士男、同鹿瀬島正剛の上告受理申立て理由第2について
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、昭和48年7月、上告人に雇用され、その設置する保育所において、保母として保育業務に従事してきたが、平成10年10月31日、その担当を保育業務から清掃整備業務に変更する旨の配置転換命令を受けた。
(2) 上告人においては、従業員に対し、本俸のほか、期末手当及び勤勉手当(以下、併せて「期末手当等」という。)を支払うものとされ、保育業務に従事する保母に対しては、更に特殊業務手当及び特別給与改善手当(以下、併せて「特業手当等」という。)も支払うものとされていた。
被上告人は、上記配置転換命令を受けるまでは、本俸及び特業手当等として毎月合計24万0102円を支給されていたが、上告人は、上記配置転換命令を前提として、平成11年2月分以降は特業手当等を支払わないこととするとともに、同年3月分以降の本俸及び同月支給の期末手当を減額した。
(3) 上告人は、被上告人に対し、平成11年4月1日、被上告人に用務員を命ずる旨の配置転換命令(以下、(1)の配置転換命令と併せて「本件各配転命令」という。)をした。
(4) 上告人は、被上告人に対し、平成11年5月15日、同月18日限り被上告人を解雇する旨の意思表示をした(以下、これによる解雇を「本件解雇」という。)。
(5) 本件解雇に係る雇用契約終了の日の翌日である平成11年5月19日から同14年12月31日までの期間(以下「本件期間」という。)において、本件各配転命令及び本件解雇がいずれも無効であるとすれば被上告人に支払われるべきであった賃金の額等は、次のとおりである。
ア 平成11年5月19日から同13年4月30日までの間(以下「本件期間1」という。)に係る賃金等
(ア) 被上告人に支払われるべきであった本件期間1に係る本俸及び特業手当等の合計額は552万2346円であり、被上告人に支払われるべきであった本件期間1に係る期末手当等の合計額は249万7060円である。
(イ) 被上告人は、本件期間1のうち平成11年9月から同13年4月までの間(以下「就労期間1」という。)は、他で就労して合計358万0123円の収入を得ていた。
(ウ) (ア)の本俸及び特業手当等のうち、就労期間1に係るものは合計480万2040円であり、その余の期間に係るものは合計72万0306円である。(ア)の期末手当等のうち、就労期間1に係るものは合計196万8836円であり、その余の期間に係るものは52万8224円である。
(エ) 就労期間1における被上告人の労働基準法12条1項所定の平均賃金の合計額は、1か月24万0102円に20か月を乗じた金額である480万2040円となる。
イ 平成13年5月1日から同14年12月31日までの間(以下「本件期間2」という。)に係る賃金等
(ア) 被上告人に支払われるべきであった本件期間2に係る本俸及び特業手当等の合計額は480万2040円であり、被上告人に支払われるべきであった本件期間2に係る期末手当等の合計額は237万7009円である。
(イ) 被上告人は、本件期間2のうち平成13年5月から同14年3月までの間(以下「就労期間2(1)」という。)及び同年10月から同年12月までの間(以下「就労期間2(2)」という。)は、他で就労して、就労期間2(1)において211万9269円、就労期間2(2)において59万3395円の各収入を得ていた。
(ウ) (ア)の本俸及び特業手当等のうち、就労期間2(1)に係るものは合計264万1122円であり、就労期間2(2)に係るものは合計72万0306円であり、その余の期間に係るものは合計144万0612円である。(ア)の期末手当等のうち、就労期間2(1)に係るものは合計124万8530円であり(そのうち、平成13年6月分の期末手当は52万8224円である。)、就労期間2(2)に係るものは60万0255円であり、その余の期間に係るものは52万8224円である。
(エ) 被上告人の平均賃金の合計額は、就労期間2(1)については1か月24万0102円に11か月を乗じた金額である264万1122円となり、就労期間2(2)については同様に3か月を乗じた金額である72万0306円となる。
2 本件は、被上告人が、本件各配転命令及び本件解雇はいずれも権利を濫用してされたものであって無効であると主張して、上告人に対し賃金及びそのうち期末手当等に対する遅延損害金の支払等を求めている事案である。

3 原審は、上記事実関係等の下において次のとおり判断し、本件期間に係る賃金等の請求について、その一部を認容すべきものとした。
(1) 本件各配転命令及び本件解雇は、いずれも無効である。したがって、上告人は、被上告人に対し、被上告人が保母として保育業務に従事したことを前提として賃金を支払うべきである。もっとも、被上告人は、民法536条2項ただし書に従い、本件期間に他で就労して得た利益を上告人に償還しなければならず、賃金請求は、この償還しなければならない金額を控除した金額の限度で認容すべきこととなる。
(2) そして、他で就労していた期間に係る賃金に関しては、労働基準法26条を類推適用し、そこから上記利益の額を同賃金の額の4割の限度で控除した後の金額が支払われるべきであるから、本件期間に係る賃金として上告人の支払うべき金額は、次のとおりとなる。
ア 本件期間1に係る賃金
本件期間1における本俸及び特業手当等並びに期末手当等の合計額801万9406円から、被上告人が他で就労して得た利益の合計額358万0123円を、就労期間1における本俸及び特業手当等並びに期末手当等の合計額の4割に当たる270万8350円の限度で控除した後の金額である531万1056円
イ 本件期間2に係る賃金
本件期間2における本俸及び特業手当等並びに期末手当等の合計額717万9049円から、被上告人が他で就労して得た利益の合計額271万2664円を、就労期間2(1)及び同2(2)における本俸及び特業手当等並びに期末手当等の合計額の4割に当たる208万4085円の限度で控除した後の金額である509万4964円
(3) よって、本件期間に係る賃金等の請求は、原判決主文第2項(3)、(4)の限度で認容すべきである。

4 しかしながら、原審の上記3(2)及び(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益(以下「中間利益」という。)を得たときは、使用者は、当該労働者に解雇期間中の賃金を支払うに当たり中間利益の額を賃金額から控除することができる上記賃金額のうち労働基準法12条1項所定の平均賃金の6割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることが禁止されているものと解するのが相当であるしたがって、使用者が労働者に対して負う解雇期間中の賃金支払債務の額のうち平均賃金額の6割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきであり、上記中間利益の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(同条4項所定の賃金)の全額を対象として利益額を控除することが許されるものと解される(最高裁昭和36年(オ)第190号同37年7月20日第二小法廷判決・民集16巻8号1656頁、最高裁昭和59年(オ)第84号同62年4月2日第一小法廷判決・裁判集民事150号527頁参照)。
(2) 上記に従って本件期間に係る賃金から控除されるべき被上告人の中間利益の金額を算定すると、前記事実関係等によれば、本件期間に係る賃金として上告人が被上告人に支払うべき金額については、次のとおりである。
ア 本件期間1に係る賃金等
(ア) 被上告人に支払われるべきであった就労期間1における本俸及び特業手当等の合計額480万2040円のうち、就労期間1における平均賃金の合計額の6割に当たる288万1224円は、そこから控除をすることが禁止され、その全額が被上告人に支払われるべきである。
(イ) 他方、上記の本俸及び特業手当等の合計額480万2040円のうち(ア)を超える金額(192万0816円)については、就労期間1に被上告人が他から得ていた合計358万0123円の中間利益を、まずそこから控除することとなるので、支払われるべき金員はない
(ウ) 就労期間1に被上告人が他から得ていた上記の中間利益のうち(イ)の控除(192万0816円)をしてもなお残っている165万9307円については、これを、被上告人に支払われるべきであった就労期間1における期末手当等の合計額196万8836円から控除すべきである。したがって、上記期末手当等は、合計30万9529円が支払われるべきこととなる。
(エ) 結局、上告人は、被上告人に対し、就労期間1に係る賃金としては、本俸及び特業手当等のうち(ア)の288万1224円と、期末手当等のうち(ウ)の30万9529円との合計額319万0753円を支払うべきこととなる。
(オ) 就労期間1に係る賃金として支払われるべき(エ)の319万0753円と、その余の期間に係る賃金合計124万8530円(本俸及び特業手当等72万0306円と期末手当等52万8224円とを合わせた金額)とを合わせると、443万9283円となる。これが、本件期間1に係る賃金として上告人が支払義務を負う金額である。
イ 本件期間2に係る賃金
アと同様にして計算し、就労期間2(1)に係る賃金として支払われるべき控除後の金額合計177万0383円と、就労期間2(2)に係る賃金として支払われるべき控除後の金額合計72万7166円と、その余の期間に係る賃金合計196万8836円(本俸及び特業手当等144万0612円と期末手当等52万8224円とを合わせた金額)とを合わせると、446万6385円となる。これが、本件期間2に係る賃金として上告人が支払義務を負う金額である。
(3) そうすると、本件期間に係る賃金等の請求は、次の金額の限度で認容し、その余を棄却すべきこととなる。
ア 本件期間1に係る賃金
賃金合計443万9283円及びうち期末手当等である83万7753円(就労期間1に係る30万9529円とその余の期間に係る52万8224円との合計額)に対する平成13年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
イ 本件期間2に係る賃金
(ア) 平成13年6月分の期末手当7万8569円(控除前の同期末手当の額に、就労期間2(1)に係る期末手当等の控除前の合計金額に対する控除後の合計金額の割合を乗じた金額)及びこれに対する同年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
(イ) その余の賃金合計438万7816円及びうち期末手当等である93万0348円(就労期間2(1)に係る18万5710円から(ア)の7万8569円を引き、就労期間2(2)に係る29万4983円及びその余の期間に係る52万8224円を加えた金額)に対する平成14年12月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
5 以上と異なる見解に立って賃金から控除すべき中間利益の金額の算定を誤り、本件期間に係る賃金等の請求につき上記4(3)の金額を超えて過大に認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの限度で理由がある。
その余の請求に関しては、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除された。
そうすると、原判決を主文第1項のとおり変更すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 堀籠幸男 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖)


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民法 事例で学ぶ民法演習 5 虚偽表示と詐欺


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1.小問1について
・登記に公信力はない
→次に94条2項の類推について検討していく。

+判例(H15.6.13)
理由
上告代理人辰田昌弘の上告受理申立て理由1ないし3について
1 本件は、第一審判決別紙物件目録記載一ないし四の土地(以下「本件土地」という。)及び同物件目録記載五の建物(以下、本件土地と併せて「本件土地建物」という。)を所有している上告人が、被上告人らに対し、本件土地建物の所有権に基づき、本件土地建物についての被上告人らの所有権移転登記の各抹消登記手続を求めている事案である。
原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、平成一一年二月二八日(以下、月日のみを記載する。)、訴外株式会社××(以下「××」という。)との間で、五月三一日を期限として、上告人所有の本件土地建物の所有権移転及び所有権移転登記手続と売買代金八二〇〇万円の支払とを引換えとするとの約定で、本件土地建物の売買契約を締結した。
その際、××の代表者である丙野三郎が、本件土地の地目を田から宅地に変更し、道路の範囲の明示や測量をし、近隣者から承諾を得るために委任状が必要であるというので、上告人は、委任事項が白紙の委任状二通(以下「本件各委任状」という。)を作成して、これを丙野に交付した。この際、丙野は、上告人に対し、司法書士の手間、費用、時間などを考えると、五月三一日の所有権移転登記に間に合わせるために本件土地の地目の田から宅地への変更、道路の範囲の明示、測量等の所有権移転の事前準備の必要があるので、登記済証を預かりたいといって、「事前に所有権移転しますので、本日、土地、建物の権利書を預かります」との記載がされた預り証(以下「本件預り証」という。)を交付した。上告人は、その記載を見たものの、深く考えず、丙野に言われるままに、本件土地建物の登記済証を預けた
(2) 上告人は、三月四日、道路の範囲の明示に必要であるという説明に従い、丙野に対し、更に委任事項が白紙の委任状を作成して交付したほか、同日から同月九日にかけて、自己の印鑑登録証明書を交付した。上告人の妻は、四月二日に上告人の意を受けて、丙野の求めに応じ、上告人名義の委任事項が白紙の委任状を作成して交付した。
(3) 三月九日、上告人は、丙野から本件各委任状の写しの交付を受けたところ、それらには、「事前に所有権移転をしてもらってけっこうです」、又は「上記の物件の土地、建物の売買いに関して一切の権限を委任します」との記載が書き加えられていることに気付いた
(4) 丙野は、上告人に対し、五月三一日に売買代金の決済と同時に××に本件土地建物の所有名義を移転すると述べていたことから、上告人は、これを信じており、同日よりも前に××に対して所有権を移転させる意思はなかった。
(5) 丙野ないし××関係者は、上告人又はその妻から交付を受けた上記各書類を悪用して、上告人に対して本件土地建物の売買代金を支払うことなく、本件土地建物につき、四月五日受付で、上告人から××への第一審判決別紙登記目録一記載の所有権移転登記(以下「本件第一登記」という。)をした
(6) ××は、四月一五日、被上告人株式会社オツノ総合企画(以下「被上告人オツノ総合企画」という。)との間で、本件土地建物を代金六五〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、これに基づき、同月一六日、××から被上告人オツノ総合企画への第一審判決別紙登記目録二記載の所有権一部移転登記及び持分全部移転登記(以下、これらの各登記を併せて「本件第二登記」という。)がされた。同被上告人は、××に本件土地建物の所有権が移転していないことにつき善意、無過失であった。
(7) 被上告人オツノ総合企画は、四月二八日、被上告人有限会社○○(以下「被上告人○○」という。)との間で、本件土地建物を代金六五〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、これに基づき、同日、被上告人オツノ総合企画から被上告人○○への第一審判決別紙登記目録三記載の所有権一部移転登記及び持分全部移転登記(以下、これらの各登記を併せて「本件第三登記」という。)がされた。同被上告人は、××に本件土地建物の所有権が移転していないことにつき善意、無過失であった。

2 原審は、上記事実関係に基づき、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1) 上告人は、不動産取引、不動産登記手続において重要な登記済証、白紙委任状及び印鑑登録証明書等を安易に丙野に交付していること、本件第一登記がされる前の二月二八日には、上記1の(1)のとおりの本件預り証の記載を見ており、また、三月九日には、丙野から、上記1の(3)のとおりに書き加えられた本件各委任状の写しの交付を受けており、事前に××に対して本件土地建物の所有権移転登記がされる危険性があることを予測することができるとともに、丙野に対してこれを問いただすことが十分にでき、そうすることによって、上告人から××への不実の登記がされることを防止することは十分に可能であったこと、以上によれば、上告人において落ち度があったものであり、その後に取引を行った者との関係では、上告人に帰責事由があったものと評価せざるを得ない。
(2) したがって、上告人は、民法九四条二項、一一〇条の類推適用により、××に本件土地建物の所有権が移転していないことにつき善意、無過失で××から本件土地建物を買い受けた被上告人オツノ総合企画に対して、××に本件土地建物の所有権が移転していないことを対抗することができず、本件第二登記の抹消登記手続を求めることができない。また、被上告人○○は、上記の保護を受ける被上告人オツノ総合企画から本件土地建物を買い受けたものであり、かつ、××に本件土地建物の所有権が移転していないことにつき善意、無過失であったから、上告人は被上告人○○に対し、××に本件土地建物の所有権が移転していないことを対抗することができず、本件第三登記の抹消登記手続を求めることができない。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 前記原審の認定の事実によれば、上告人は、地目変更などのために利用するにすぎないものと信じ、丙野に白紙委任状、本件土地建物の登記済証、印鑑登録証明書等を交付したものであって、もとより本件第一登記がされることを承諾していなかったところ、上告人が丙野に印鑑登録証明書を交付した三月九日の二七日後の四月五日に本件第一登記がされ、その一〇日後の同月一五日に本件第二登記が、その一三日後の同月二八日に本件第三登記がされるというように、接着した時期に本件第一ないし第三登記がされている。
(2) また、記録によれば、上告人は、工業高校を卒業し、技術職として会社に勤務しており、これまで不動産取引の経験のない者であり、不動産売買等を業とする××の代表者である丙野からの言葉巧みな申入れを信じて、同人に上記(1)の趣旨で白紙委任状、本件土地建物の登記済証、印鑑登録証明書等を交付したものであって、上告人には、本件土地建物につき虚偽の権利の帰属を示すような外観を作出する意図は全くなかったこと、上告人が本件第一登記がされている事実を知ったのは五月二六日ころであり、被上告人らが本件土地建物の各売買契約を行った時点において、上告人が本件第一登記を承認していたものでないことはもちろん、同登記の存在を知りながらこれを放置していたものでもないこと、丙野は、白紙委任状や登記済証等を交付したことなどから不安を抱いた上告人やその妻からの度重なる問い合わせに対し、言葉巧みな説明をして言い逃れをしていたもので、上告人が××に対して本件土地建物の所有権移転登記がされる危険性について丙野に対して問いただし、そのような登記がされることを防止するのは困難な状況であったことなどの事情をうかがうことができる。
(3) 仮に上記(2)の事実等が認められる場合には、これと上記(1)の事情とを総合して考察するときは、上告人は、本件土地建物の虚偽の権利の帰属を示す外観の作出につき何ら積極的な関与をしておらず、本件第一登記を放置していたとみることもできないのであって、民法九四条二項、一一〇条の法意に照らしても、××に本件土地建物の所有権が移転していないことを被上告人らに対抗し得ないとする事情はないというべきである。そうすると、上記の点について十分に審理をすることなく、上記各条の類推適用を肯定した原審の判断には、審理不尽の結果法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ず、論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。
したがって、原審の前記判断には、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、上記の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 滝井繁男 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)

2.小問2(1)について
+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

「第三者」=表意者が意思表示を取り消す前に、その意思表示の存在を前提として法律関係に入った者

・第三者には転得者も含む
+判例(S45.7.24)
理由
上告代理人皆川泉の上告理由第一点について。
被上告人が原審において、原判決事実摘示記載のような主張をしていることは、記録に徴し明らかである。所論の訴外Dの善意に関する主張は、同人が上告人Bとの間の売買を民法五六二条によつて解除した旨の再抗弁の前提として、予備的に主張されたものにほかならず、右主張事実と観念上相容れないからといつて、他の主張がなされなかつたことになるものといわなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、被上告人の主張およびこれを摘示した原判決の趣旨を正解しないものであつて、採用することができない。
同第二点ないし第四点について。
原審の認定によれば、「本件不動産中二一筆については、訴外EからDに対し、昭和二五年五月五日付の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産はもともと被上告人の所有に属し、登記簿上の所有名義のみを一時前記Eに移していたもので、被上告人がEからその所有名義の回復を受けるにあたり、自己の二男Dの名義を使用して前記移転登記を経由したものであり、また、その余の二筆については、訴外Fから右Dに対し、同年六月一二日の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産は、被上告人がFから買い受けて所有権を取得したものでありながら、同じくDの名義を使用して右移転登記を経由したものであつて、いずれについても、被上告人からDに所有権をただちに移転する合意はなく、同人は登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎないものであるところ、昭和三二年一〇月一二日に至り、右Dは、本件各不動産を目的として、上告人Bの代理人たる訴外Gとの間で売買契約を締結して、同上告人に対する所有権移転登記を経由し、現に同上告人が自己の所有不動産であると主張しているけれども、右買受当時、同上告人の代理人たる前記Gは、本件各不動産がDの所有に属しないことを知つていた、というのであつて、原審の右認定は、挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
ところで、不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することができないと解すべきことは、当裁判所の屡次の判例によつて判示されて来たところである(昭和二六年(オ)第一〇七号同二九年八月二〇日第二小法廷判決、民集八巻八号一五○五頁、昭和三四年(オ)第七二六号同三七年九月一四日第二小法廷判決、民集一六巻九号一九三五頁、昭和三八年(オ)第一五七号同四一年三月一八日第二小法廷判決、民集二〇巻三号四五一頁参照)が、右登記について登記名義人の承諾のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものである以上、右九四条二項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが相当である。けだし、登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づいて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべき理由はないからである。
したがつて、前記のような事実関係を前提として、本件不動産の所有権の帰属は、上告人BがDとの間の売買契約締結当時、右不動産がDの所有に属しないことを知つていたか否かにかかるとした上で、同上告人の代理人として右契約の締結にあたつたGが悪意であつたと認められるため、同上告人をもつて善意の第三者ということはできないとして、右不動産が自己の所有に属するとする被上告人の主張を是認した限度においては、原審の判断の過程およびその結論は、正当ということができる。
本件不動産がDの所有名義に登記されたのちにそのことが被上告人からDに通知された事実を認定してこれに対する法律的評価を示した原審の判断の違法をいい、また、右登記の経由に同人が全く介入していないから通謀虚偽表示として把握されるべき表示行為が実在しないとして、原判決に擬律錯誤、理由不備等の違法があるとする各論旨は、叙上の見地からは、いずれも、原審の結論の当否に影響のない議論というべきであり、まして、前記のように上告人Bが悪意であつたとする原審の認定判断を前提とすれば、右論旨が原判決を違法とすべき理由として採用しうるかぎりでないことは明らかである。もつとも、論旨には、第三者の善意・悪意にかかわらず、不実の登記を存置せしめた被上告人の所有権の主張は許されるべきでないとする趣旨に解される部分もあるが、到底左袒しえない独自の見解というほかはない。また、論旨は、悪意の対象たる事実が明確でないともいうが、ここにいう悪意が、原審の正当に判示しているとおり、本件不動産が登記名義人たるDの所有に属しないことを知つていたことを意味することは明らかであつて、右論旨も採用することができない。
同第五点について。
本件不動産中、第一審判決添付第一物件目録記載の一一筆は上告人Aに、また第二物件目録記載の一二筆は上告人Cに、それぞれ上告人Bから売り渡されたとして各所有権移転登記が経由されたが、被上告人が上告人Aおよび同Cを債務者として、各譲受不動産につき、それが被上告人の所有に属することを主張して、その処分および地上立木の伐採搬出等を禁止する仮処分の執行をした後において、右各売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消されたことは、原審において当事者間に争いのなかつたところであり、売買契約により一たん本件不動産の所有権を取得したとする上告人Aおよび同Cにおいても、現に本件不動産上に自己の権利が存することを主張するものではなく、右契約が合意解除されたことを自認し、右不動産は上告人Bの所有に属するものとして、被上告人の所有権を争つているものにほかならない。
してみれば、上告人Aおよび同Cは、原審口頭弁論終結時における法律関係として本件不動産所有権の帰属を確定するについては、上告人Bから独立した固有の利害関係を有しないものというべきであるから、原審が、右所有権を主張する被上告人の本訴請求を認容すべきものとするにあたつて、同上告人の悪意を認定するにとどまり、上告人Aおよび同Cの善意・悪意について判示しなかつたからといつて、右本訴請求に関するかぎり、両上告人に対する関係においても、原判決に所論の理由不備、擬律錯誤等の違法はなく、論旨は採用することができない。
しかし、本件において、上告人Aは被上告人に対し、上告人Bと上告人Aとの間の売買契約の解除前に被上告人のした前記仮処分の執行が、同上告人の取得した所有権を侵害する不法行為を構成するとして、それによつて被つた損害の賠償を求める反訴請求をしているので、この請求の当否の前提として、右仮処分が同上告人に対する不法行為を構成するか否かを決するためには、右仮処分執行時を基準として、被上告人が同上告人に対し自己の所有権を主張しうる関係にあつたか杏かが判断されるければならない。
ところで、民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい(最高裁昭和四一年(オ)第一二三一号・第一二三二号同四二年六月二九日第一小法廷判決、裁判集民事八七号一三九七頁参照)、虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はなく、これを本件についていえば、上告人Aは、その主張するとおり上告人Bとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによつて上告人Aが所有権を取得しうるか否かは、一に、被上告人において、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上のDの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、同上告人に対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、同上告人は、右売買契約の解除前においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前々主たるDが本件不動産の所有権を有しない不実の登記名義人であることを知らなかつたものであるかぎり、同条項の類推適用による保護を受けえたものというべきであり、右時点での同上告人に対する関係における所有権帰属の判断は、上告人Bが悪意であつたことによつては左右されないものと解すべきである。
そうすると、上告人Aは、原審において、目的不動産に関する登記簿上の表示が真実の権利関係と異なることは知らないでこれを上告人Bから買い受けた旨主張しているのであるから、上告人Aの反訴請求の当否を判断するにあたつては、右主張事実の有無が認定判示されるべきであつたにもかかわらず、原審は、これをなすことなく、上告人Bの悪意を認定しただけで、ただちに、被上告人のした仮処分が被保全権利を欠くものということはできないと断じ、上告人Aの反訴請求は失当であるとの判断を下しているのであつて、原判決には、この点において、理由不備の違法があるものといわざるをえないことは、上述したところにより明らかである。それゆえ、論旨は、この限度において理由があり、原判決中、上告人Aの右反訴請求に関する部分は破棄を免れず、右請求の成否についてはなお審理の必要があるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九二条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

3.小問2(2)について
・仮装の売買契約書の作成
自ら意図的に虚偽の外観を作出したという帰責性に鑑み、94条2項と110条の法意に照らしてAは善意無過失の第三者との関係では、虚偽表示による無効を主張できない
+判例(S45.6.2)
理由
上告代理人堀口嘉平太の上告理由第一点および第二点について。
上告人Bは、金融機関から融資を受けるためCから預かつた登記済証、委任状、印鑑証明書を使用して、本件土地について所有権を取得していないにもかかわらず、原判決の別紙(2)の登記を経由したものである旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できないものではない。所論は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、独自の見解を述べるもので、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
同第三点について。
原審の確定したところによれば、被上告人は、融資を受けるため、Cと通謀して、本件土地の所有権を同人に移転する旨の契約を仮装し、それに基づき、被上告人からCへの所有権移転登記を経由し、上告人Bは、Cに対し融資をあつせんすると称して同人の承諾のもとに同人から本件土地の登記済証、登記手続委任状、印鑑証明書を預かり、同人から右土地の所有権を取得していないのにかかわらず、右書類により同人から上告人Bへの所有権移転登記を経由し、さらに、上告人Aは、上告人Bから右土地を買い受け、代金の支払を完了し、本件土地につき所有権移転請求権保全の仮登記を経由したというのである。
ところで、甲が、融資を受けるため、乙と通謀して、甲所有の不動産について甲乙間に売買がされていないのにかかわらず、売買を仮装して甲から乙に所有権移転登記手続をした場合もその登記権利者である乙がさらに丙に対し融資のあつせん方を依頼して右不動産の登記手続に必要な登記済証、委任状、印鑑証明書等を預け、これらの書類により丙が乙から丙への所有権移転登記を経由したときは、甲は、丙の所有権取得登記の無効をもつて善意無過失の第三者に対抗できないと解すべきであり、このような場合、乙に対し所有権移転登記の外観を仮装した甲は、乙から右登記名義を取り戻さないかぎり、さらに乙の意思に基づいて登記済証、登記委任状、印鑑証明書等が丙に交付され、これらの書類により丙のため経由された所有権取得登記を信頼した善意無過失の第三者に対して責に任ずべきものといわなければならないそれは民法九四条二項、同法一一〇条の法意に照らし、外観尊重および取引保護の要請に応ずるゆえんだからである(最高裁判所昭和四一年(オ)第二三八号、同四三年一〇月一七日第一小法廷判決、民集二二巻一〇号二一八八頁参照)。
叙上の見地に立つて本件をみるに、本件土地については、被上告人からCに所有権移転登記が仮装された後、同人から上告人Bに交付された登記済証、委任状、印鑑証明書等に基づき、登記簿上同人から上告人Bに所有権移転登記がなされ、上告人Aは、上告人Bから右土地を買い受け、代金の支払を完了し、所有権移転請求権保全の仮登記を経由しているのであるから、原審は、右見地に立つて本件を釈明し、上告人Aが本件土地の取得につき善意無過失であつたかどうか、すなわち、被上告人は上告人Bの本件土地の所有権取得の無効をもつて上告人Aに対抗できるかどうかについて審理すべきであつたのである。しかるに、原審は、この点につきなんら釈明するところなく、Cは本件土地の所有権を被上告人から取得せず、上告人Bも右土地の所有権をCから取得したものでないから、上告人Aが上告人Bから右土地を買い受けたことは認められるが、上告人Aも右土地の所有権を取得することができないとして、本訴請求を認容しているのであつて、前記説示に徴すれば、右原審の判断には、審理不尽の違法があるものといわなければならない。したがつて、上告人Aが民法九四条二項の解釈として本件土地に対する被上告人の所有権を争い、前記所有権移転請求権保全の仮登記が有効であると主張する論旨は、理由があり、原判決は、この部分につき破棄を免れない。
よつて、右の点についてさらに審理させるため、原判決中上告人Aに関する部分を破棄し、上告人Bの上告は棄却することとし、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

・110条の第三者
直接の相手方に限られる
+判例(S36.12.12)
理由
上告代理人鍜治利一名義、同増岡正三郎の上告理由について。
論旨は要するに、上告人は、本件約束手形が正当の権限の下に振出されたものであると信ずべき正当の理由を有して居つたので、受取人よりその裏書譲渡を受けたものであるに拘らず、原審は、上告人の善意による取得を否定する判断をしたが、これに経験則違反、採証法則違反、審理不尽、民法一一〇条の解釈適用の誤りがあり、ひいては原判決に理由不備の違法を招いたものである旨主張するにある。
しかしながら、約束手形が代理人によりその権限を踰越して振出された場合、民法一一〇条によりこれを有効とするには、受取人が右代理人に振出の権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るものであつて、かゝる事由のないときは、縦令、その後の手形所持人が、右代理人にかゝる権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたものとしても、同条を適用して、右所持人に対し振出人をして手形上の責任を負担せしめ得ないものであることは、大審院判例(大審院大正一三年(オ)第六〇一号、同一四年三月一二日判決、同院民集四巻一二〇頁)の示す所であつて、いま、これを改める要はない。
而して原判決によれば、原審は、被上告寺の経理部長Aの代理人であつた訴外Bがその権限外であるにも拘らず、右経理部長の記名印章を冒用して本件約束手形を振出し、その受取人である訴外Cが、本件約束手形の交付を受けた当時、右Bにおいて何等正当の権限なくしてこれを作成交付したものであることを十分察知して居つたものであるとの事実を認定して居る。
されば右判例の趣旨よりすれば、右認定の事実関係の下においては、本件約束手形の被裏書人である上告人が、仮に所論の如く、右Bに、本件約束手形振出を代理する権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたとしても、被上告寺は、上告人に対し本件約束手形上の責任を負担しないものとなすべきである。原判決は結局これと同趣旨に出て居るのであるから正当であつて、何等所論の違法はない。
論旨は、すべて理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 五鬼上堅磐)

・しかし、本問において、Cが信じているのは、Bが所有者であることであって、BがAの代理人であることではない
=この法理では、所有者でない者を所有者と信じた第三者の保護が問題となっており、その意味で94条2項と同一で、110条とは異なっている。
=第三者の意義についても94条2項と同様に転得者も含まれると解すべき!!!!!


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