7-1 事案の解明 弁論主義

(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});

1.弁論主義の意義
(1)弁論主義の趣旨
弁論主義とは、
裁判における事実の認定に必要な資料の収集および訴訟の場への提出が、当事者の「権能」でありかつ「責任」であるとする原則。

当事者の権能
=当事者による自治が裁判所による職権に優先することを意味する!

当事者の責任
=訴訟資料が不十分なときは当事者の自己責任として処理されること。

・弁論主義は、当事者と裁判所の関係を規律する原理であり、当事者相互の関係までを規律するものではない。

・公益性の高い訴訟要件の審理については、弁論主義ではなく職権探知主義が妥当。

(2)弁論主義の根拠
本質説
民事訴訟の対象たる訴訟物は「私人間」の権利であり、当事者の自由な処分を認める「私的自治の原則」が妥当するので、訴訟物の判断のための訴訟資料の収集と提出についても、同じく私的自治の原則が妥当することに弁論主義の実質的根拠を求める。

手段説
有利な結果を得たいという当事者の利己心を通じて、もっとも効果的に事案の解明ができることに根拠を求める見解!

(3)弁論主義の内容
ⅰ)主張原則
・裁判所は、当事者のいずれもが主張しない事実を、裁判の基礎にしてはならない。
=どのような事実を審理対象とするかについては、当事者が決定する権限を有している!

・証拠資料と主張資料の峻別
裁判所は、たとえ証拠調べの結果からある事実の存否について心証を得たとしても、その事実が当事者のいずれかからも口頭弁論で主張されていなければ、その事実を基礎として裁判をすることはできない。

・弁論主義の不意打ち防止機能

ⅱ)自白原則
裁判所は、当事者の間で争いのない事実については、証拠調べなしに裁判の基礎にしなければならない

+(自白の擬制)
第百五十九条  当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべきときは、この限りでない。
2  相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。
3  第一項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。

+(証明することを要しない事実)
第百七十九条  裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない

ⅲ)証拠原則
当事者間に争いのある事実について証拠調べをするときは、当事者の申し出た証拠によらなければならない。
職権証拠調べの禁止

一方で
裁判所は、当事者の申し出た証拠方法を取り調べるかどうかの裁量権を有する。
また、当事者尋問(207条1項)や調査嘱託(186条)では職権証拠調べが許されている。

←証拠原則において、当事者自治が徹底していないのは、証拠調べの段階に至った後では、当事者自治よりも事案解明の要請が高くなるものと立法者が考えたから。

(4)主張責任
当事者の一方にとって有利な事実が口頭弁論に現れないことによって、当事者の一方が裁判において不利益を受ける場合の不利益

(5)主張共通の原則
主張責任を負わない当事者によって主張された場合でも、ある事実が口頭弁論に現れていれば、裁判所はこれを裁判の基礎とすることができる。

2.弁論主義の対象
(1)事実の種類

要件事実
=訴訟物の発生・障害・消滅・阻止などを導く実体法上の抽象的な法律要件に当たる事実

主要事実
=抽象的な要件事実に該当する具体的な事実

間接事実
=主要事実の存否を経験則によって推認させる具体的な事実

補助事実
=証拠の評価に関わる事実
=証拠能力や証明力に影響を与える事実

事情
=事件の由来や経過など紛争の背後に存在する事実関係

(2)弁論主義が適用される事実
ⅰ)伝統的な見解
弁論主義が適用されるのは主要事実のみ
←間接事実と証拠の等質性
自由心証主義の制約の廃除

=間接事実と証拠はともに主要事実の存否を推認させるという点で同様の機能を営むから、間接事実も証拠と同じく当事者の主張の有無による制約を受けないと解すべき
間接事実にも弁論主義が及ぶものとすると、裁判所は既に証拠から判明している間接事実を用いることができなくなり、不自然で窮屈な判断を強いられることになるので、自由心証主義を認めた趣旨に反することになる。

ⅱ)弁論主義と間接事実
有力説
間接事実については、重要な間接事実に限って弁論主義が適用される。
重要な間接事実とは、主要事実の存否を推認する蓋然性の程度が高い事実であり、訴訟の勝敗を左右し得る事実、あるいは訴訟の勝敗に直結する事実

ⅲ)弁論主義と補助事実
補助事実は、証拠の証拠能力や証明力に対して影響を与える事実であり、基本的には争点が設定された後の段階で問題になる事実。
補助事実は、争点の設定には関与しないことが普通であるし、証拠調べの段階では、むしろ裁判所の自由心証を尊重することが必要であることを考えると、原則として補助事実には主張原則は適用されない。

(3)規範的要件と弁論主義
ⅰ)規範的要件における主要事実
過失のような規範的要件は事実ではなく、事実に対する法的な評価(評価根拠概念)であって、評価の対象であるわき見運転や整備不良などの事実こそが、主要事実であると解する。

ⅱ)公益性の高い規範的要件
・公序良俗違反のような公益性の高い規範的要件については弁論主義が適用されない!!
←弁論主義は当事者の私的自治に根拠を有するものであるが、公益性の高い規範的要件は、私的自治の範疇を超えるから。

・裁判所は、一定の事実が公序良俗違反と評価されることについては、法的観点詩的義務を負うものと解すべき!

3.職権探知主義
(1)職権探知主義の趣旨
職権探知主義とは、
裁判に必要な訴訟資料の収集を当事者の権限と責任にのみ委ねるのではなく、裁判所が必要に応じて補完すべきであるとする原則

職権探知主義のもとでも、訴訟資料の収集における主導的な役割は当事者が担っている。

職権探知主義のもとでも結果責任としての主張責任や証明責任は存在する。

・職権探知主義がとられる理由
裁判の対象が当事者の自由な処分を許す法律関係ではないから
真実発見の要請が優先されるため、裁判所の後見的な関与の可能性を確保しておく必要がある

(2)職権探知主義の内容
①裁判所は、当事者のいずれもが主張しない事実であっても、裁判の基礎として採用することができる
②裁判所は、当事者間で争いのない事実であっても、裁判の基礎にしないことができる。
③裁判所は、当事者の申し出ていない証拠であっても、職権で取り調べることができる。

・裁判所の権能のみならず、職権探知主義は、職権探知の義務をも内包する。

(3)職権探知主義と弁論権
職権探知主義のもとにおいても、弁論権は否定されない!
弁論権は、訴訟において問題となる事項について、訴訟資料を提出する機会の補償を受ける権利であるが、これは憲法の裁判を受ける権利に由来するものであって、弁論主義であると職権探知主義であるとを問わず、等しく妥当する!

4.釈明権及び釈明義務
(1)釈明権・釈明義務の意義
・釈明権
=裁判所は、当事者の主張や立証を正確に受領するためや、当事者にできるだけ十分な手続保障の機会を与えるために、当事者に対して事実上または法律上の事項について問いを発し、または立証を促すことができる。

・釈明権と釈明義務の関係
釈明権と釈明義務は表裏の関係にあり、両者の範囲は一致するが、上告審での破棄事由となるのは釈明義務違反の一部にとどまるとする考え方。
←事実審の行為規範としての釈明義務の範囲は釈明権と一致するが、上告審の評価規範としての釈明義務は行為規範としての釈明義務よりも狭くなるものと解すべきだから。

・釈明権は、個々の裁判官ではなく「裁判所」に帰属する権能である
+(釈明権等)
第百四十九条  裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる
2  陪席裁判官は、裁判長に告げて、前項に規定する処置をすることができる
3  当事者は、口頭弁論の期日又は期日外において、裁判長に対して必要な発問を求めることができる
4  裁判長又は陪席裁判官が、口頭弁論の期日外において、攻撃又は防御の方法に重要な変更を生じ得る事項について第一項又は第二項の規定による処置をしたときは、その内容を相手方に通知しなければならない。

(訴訟指揮等に対する異議)
第百五十条  当事者が、口頭弁論の指揮に関する裁判長の命令又は前条第一項若しくは第二項の規定による裁判長若しくは陪席裁判官の処置に対し、異議を述べたときは、裁判所は、決定で、その異議について裁判をする。

・釈明処分
+(釈明処分)
第百五十一条  裁判所は、訴訟関係を明瞭にするため、次に掲げる処分をすることができる。
一  当事者本人又はその法定代理人に対し、口頭弁論の期日に出頭することを命ずること。
二  口頭弁論の期日において、当事者のため事務を処理し、又は補助する者で裁判所が相当と認めるものに陳述をさせること。
三  訴訟書類又は訴訟において引用した文書その他の物件で当事者の所持するものを提出させること。
四  当事者又は第三者の提出した文書その他の物件を裁判所に留め置くこと。
五  検証をし、又は鑑定を命ずること。
六  調査を嘱託すること。
2  前項に規定する検証、鑑定及び調査の嘱託については、証拠調べに関する規定を準用する。

・裁判所から釈明を求められた当事者は、これに応じる義務があるわけではない。しかし、釈明に応じなかったことによって、結果としてふりな判決を受けることはあり得る。

(2)釈明権と弁論主義の関係
・釈明権は弁論主義と対立関係にはなく、むしろ弁論主義を補完するものである。
=弁論主義を形式的に適用すると当事者の注意力や力不足などによって不当な結果が生じ、適正かつ公平な裁判の実現が阻害されるおそれがある。そこで、こうした弁論主義に伴う不都合を補完するものとして釈明権がもうけられている。

・釈明権の趣旨
①当事者の真意が適切に訴訟手続に反映されることを確保することにより、当事者の弁論権ないし手続保障を実質化する
②訴訟の結果に対する当事者の納得や受容を確保するために必要な制度

(3)釈明権の範囲
・裁判所の行為規範として、釈明権の行使にどのような限界があるか

釈明権が過渡にわたる場合の危険
①裁判所に対する依存を助長するおそれ
②当事者の公平を損なう危険
③真相を裁判所の意向に沿って曲げる恐れ
④判決による紛争解決の受容を妨げるおそれ
⑤司法の中立に対する社会の信頼を失わせるおそれ

→それまでの審理経過や訴訟資料から合理的に予想できる範囲を超えて一方当事者に申立てや主張を促したり、実質的に職権証拠調べに当たるような形で証拠の提出を示唆するなどの釈明権の行使は許されない!

・もっとも、上級審がとりうる効果的な是正手段はない!!
←違法不当な釈明権の行使がなされ、それに応じて当事者が主張や立証を行った場合に、これを無効として処理すると、かえって当事者にとって不利になってしまうから!

・結局、釈明権の犯意については、評価規範としての違法はほとんど考えられず、基本的には裁判所の行為規範にとどまる。

(4)釈明義務の範囲
・釈明義務については、裁判所の行為規範としてのみならず、評価規範として上級審による違法審査の対象となり得る。
控訴審が釈明権を適切に行使すれば、下級審における釈明義務違反の瑕疵は治癒される。

・消極的釈明
=当事者の申立てや主張が不明瞭または矛盾している場合に、その趣旨を問いただす釈明権の行使

・積極的釈明
=当事者が申立てや主張をしていない場合に、これを積極的に示唆する釈明権の行使

・消極的釈明がなされない場合には、釈明義務違反が認められやすい。

・積極的釈明が釈明義務違反となる場合の考慮要素
判決における逆転可能性
当事者による法的構成の当否
当事者自治の期待可能性
当事者の実質的公平

(5)法的観点指摘義務
裁判官が当該事案に関して採用を考えている法的観点について、そのことを当事者に示すべき義務
=当事者が事実の主張や立証に際してある法的観点を前提としているときに、裁判所が別の法的構成の方が妥当であると考えた場合には、裁判所がこれを当事者に示すことによって、当事者に裁判所と議論する機会や再考の機会を与える
これを怠ると、当事者は不意打ちを受けることになって手続保障の侵害が生じる。

・弁論主義のと関係では
裁判所は、当事者が主張しない事実を判決の基礎とするわけではないので、弁論主義違反の問題は直接的には生じない。

・弁論権との関係では、
攻撃防御を行うのに必要な情報が与えられていないことになるので、裁判所が法的観点指摘義務を十分に果たさない場合には弁論権の侵害となる!


(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});