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1.設例へのアプローチ
(1)Aの罪責について
(2)Bの罪責について
(3)Cの罪責について
2.Aの罪責
(1)Vに対する昏睡強盗未遂
ア 問題の所在
+(未遂罪)
第二百四十三条 第二百三十五条から第二百三十六条まで及び第二百三十八条から第二百四十一条までの罪の未遂は、罰する。
+(昏酔強盗)
第二百三十九条 人を昏酔させてその財物を盗取した者は、強盗として論ずる。
イ 設例の検討
・実行行為=構成要件的結果を現実に引き起こす現実的危険のある行為をいう。
・酒を飲ませる行為も、飲ませ方によっては昏睡の現実的危険があるから、昏睡強盗の実行行為となりうる。
(2)Vに対する強盗
+(強盗)
第二百三十六条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
(3)Vに対する強姦
ア 問題の所在
+(強盗強姦及び同致死)
第二百四十一条 強盗が女子を強姦したときは、無期又は七年以上の懲役に処する。よって女子を死亡させたときは、死刑又は無期懲役に処する。
イ 共同正犯の処罰根拠
(ア)問題の所在
(イ)因果的共犯論
・共同正犯については、意思の連絡という心理的な働きかけによって共犯者の行為の結果に因果性を与えたから処罰される。
+判例(H1.6.26)
理由
弁護人田中清治の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であり、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、職権により判断する。
一 傷害致死の点について、原判決(原判決の是認する一審判決の一部を含む。)が認定した事実の要旨は次のとおりである。(1) 被告人は、一審相被告人のAの舎弟分であるが、両名は、昭和六一年一月二三日深夜スナツクで一緒に飲んでいた本件被害者のBの酒癖が悪く、再三たしなめたのに、逆に反抗的な態度を示したことに憤慨し、同人に謝らせるべく、車でA方に連行した。(2) 被告人は、Aとともに、一階八畳間において、Bの態度などを難詰し、謝ることを強く促したが、同人が頑としてこれに応じないで反抗的な態度をとり続けたことに激昂し、その身体に対して暴行を加える意思をAと相通じた上、翌二四日午前三時三〇分ころから約一時間ないし一時間半にわたり、竹刀や木刀でこもごも同人の顔面、背部等を多数回殴打するなどの暴行を加えた。(3) 被告人は、同日午前五時過ぎころ、A方を立ち去つたが、その際「おれ帰る」といつただけで、自分としてはBに対しこれ以上制裁を加えることを止めるという趣旨のことを告げず、Aに対しても、以後はBに暴行を加えることを止めるよう求めたり、あるいは同人を寝かせてやつてほしいとか、病院に連れていつてほしいなどと頼んだりせずに、現場をそのままにして立ち去つた。(4) その後ほどなくして、Aは、Bの言動に再び激昂して、「まだシメ足りないか」と怒鳴つて右八畳間においてその顔を木刀で突くなどの暴行を加えた。(5)Bは、そのころから同日午後一時ころまでの間に、A方において甲状軟骨左上角骨折に基づく頸部圧迫等により窒息死したが、右の死の結果が被告人が帰る前に被告人とAがこもごも加えた暴行にようて生じたものか、その後のAによる前記暴行により生じたものかは断定できない。
二 右事実関係に照らすと、被告人が帰つた時点では、Aにおいてなお制裁を加えるおそれが消滅していなかつたのに、被告人において格別これを防止する措置を講ずることなく、成り行きに任せて現場を去つたに過ぎないのであるから、Aとの間の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできず、その後のAの暴行も右の共謀に基づくものと認めるのが相当である。そうすると、原判決がこれと同旨の判断に立ち、かりにBの死の結果が被告人が帰つた後にAが加えた暴行によつて生じていたとしても、被告人は傷害致死の責を負うとしたのは、正当である。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巌 裁判官 大堀誠一)
ウ 共謀の有無の検討
・共同して犯罪を実行した(60条)
=相互に教唆又は心理的幇助を行い、心理的影響を及ぼしあう関係に基づいて犯罪が実行されたことが必要。
(4)Vに障害を負わせた点
ア 問題の所在
イ 共謀関係からの離脱
共謀による因果性が消滅すれば共同正犯としての責任を免れる。
ウ 共謀関係から離脱が認められるのはいかなる場合か
+判例(H21.6.30)
理由
弁護人須藤純正の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、いずれも事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、第1審判示第3の事実(以下「本件」という。)について、職権で判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば、本件の事実関係は、次のとおりである。
(1) 被告人は、本件犯行以前にも、第1審判示第1及び第2の事実を含め数回にわたり、共犯者らと共に、民家に侵入して家人に暴行を加え、金品を強奪することを実行したことがあった。
(2) 本件犯行に誘われた被告人は、本件犯行の前夜遅く、自動車を運転して行って共犯者らと合流し、同人らと共に、被害者方及びその付近の下見をするなどした後、共犯者7名との間で、被害者方の明かりが消えたら、共犯者2名が屋内に侵入し、内部から入口のかぎを開けて侵入口を確保した上で、被告人を含む他の共犯者らも屋内に侵入して強盗に及ぶという住居侵入・強盗の共謀を遂げた。
(3) 本件当日午前2時ころ、共犯者2名は、被害者方の窓から地下1階資材置場に侵入したが、住居等につながるドアが施錠されていたため、いったん戸外に出て、別の共犯者に住居等に通じた窓の施錠を外させ、その窓から侵入し、内側から上記ドアの施錠を外して他の共犯者らのための侵入口を確保した。
(4) 見張り役の共犯者は、屋内にいる共犯者2名が強盗に着手する前の段階において、現場付近に人が集まってきたのを見て犯行の発覚をおそれ、屋内にいる共犯者らに電話をかけ、「人が集まっている。早くやめて出てきた方がいい。」と言ったところ、「もう少し待って。」などと言われたので、「危ないから待てない。先に帰る。」と一方的に伝えただけで電話を切り、付近に止めてあった自動車に乗り込んだ。その車内では、被告人と他の共犯者1名が強盗の実行行為に及ぶべく待機していたが、被告人ら3名は話し合って一緒に逃げることとし、被告人が運転する自動車で現場付近から立ち去った。
(5) 屋内にいた共犯者2名は、いったん被害者方を出て、被告人ら3名が立ち去ったことを知ったが、本件当日午前2時55分ころ、現場付近に残っていた共犯者3名と共にそのまま強盗を実行し、その際に加えた暴行によって被害者2名を負傷させた。
2 上記事実関係によれば、被告人は、共犯者数名と住居に侵入して強盗に及ぶことを共謀したところ、共犯者の一部が家人の在宅する住居に侵入した後、見張り役の共犯者が既に住居内に侵入していた共犯者に電話で「犯行をやめた方がよい、先に帰る」などと一方的に伝えただけで、被告人において格別それ以後の犯行を防止する措置を講ずることなく待機していた場所から見張り役らと共に離脱したにすぎず、残された共犯者らがそのまま強盗に及んだものと認められる。そうすると、被告人が離脱したのは強盗行為に着手する前であり、たとえ被告人も見張り役の上記電話内容を認識した上で離脱し、残された共犯者らが被告人の離脱をその後知るに至ったという事情があったとしても、当初の共謀関係が解消したということはできず、その後の共犯者らの強盗も当初の共謀に基づいて行われたものと認めるのが相当である。これと同旨の判断に立ち、被告人が住居侵入のみならず強盗致傷についても共同正犯の責任を負うとした原判断は正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 那須弘平 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)
++解説
[解 説]
1 本件は,共犯関係の解消の成否が争われた事案であり,その職権判示に係る事案の概要は,被告人が,共犯者数名と住居に侵入して強盗に及ぶことを共謀したところ,共犯者の一部が家人の在宅する住居に侵入した後,見張り役の共犯者が既に住居内に侵入していた共犯者に電話で「犯行をやめた方がよい,先に帰る」などと一方的に伝えただけで,待機していた場所から見張り役らと共に離脱し,残された共犯者らがそのまま強盗に及んだというものである。
2 第1審判決は,「被告人が犯行をやめることについて,共犯者らが了承した事実はないし,共犯者らが犯行を実行するのを防止する措置を講じてもいない」として,共犯関係の解消を否定し,被告人からの控訴を受けた原判決も第1審判決の判断を是認したため,被告人が更に上告に及んだ。
弁護人は,上告趣意で,当初の共謀と被告人の離脱前までの加担行為は,後の強盗行為に何ら物理的ないし心理的因果的影響力を有していないとして,被告人の離脱により共犯関係が解消したと認めるべきである旨主張した。
本決定は,所論は適法な上告理由に当たらず,不適法であるとした上で,職権で,被告人は,共犯者数名と住居に侵入して強盗に及ぶことを共謀したところ,共犯者の一部が家人の在宅する住居に侵入した後,見張り役の共犯者が既に住居内に侵入していた共犯者に電話で「犯行をやめた方がよい,先に帰る」などと一方的に伝えただけで,被告人において格別それ以後の犯行を防止する措置を講ずることなく待機していた場所から見張り役らと共に離脱したにすぎず,残された共犯者らがそのまま強盗に及んだものと認められ,そうすると,被告人が離脱したのは強盗行為に着手する前であり,たとえ被告人も見張り役の上記電話内容を認識した上で離脱し,残された共犯者らが被告人の離脱をその後知るに至ったという事情があったとしても,当初の共謀関係が解消したということはできず,その後の共犯者らの強盗も当初の共謀に基づいて行われたものと認めるのが相当である旨判示した。
3 共犯関係ないし共謀関係の解消の問題については,これまで「共犯の離脱」と呼ばれ,離脱の時期が実行の着手前か着手後かで類型を分けて論じられており,多数説は,共犯の処罰根拠は結果との因果性にあるという因果的共犯論を前提に,最初の共犯行為によって設定された結果への因果性がどのような場合に切断されるのかという問題であるとし,共犯行為による物理的因果性及び心理的因果性の両者を除去することにより,共犯関係が解消されるとする。なお,文献等では,「離脱」という用語について,実際にその場から離れるという事実行為としての意味で用いたり,共犯関係の解消という法的評価を加えた意味で用いたりする例があるが,本決定は,「離脱」を事実行為の意味でのみ用いており,法的評価を加えた場合には「離脱」ではなく「共謀関係の解消」(「共犯関係の解消」でもよいであろう。)とする。用語の意味を明確にするという観点からすると,本決定のような用法が適切であると思われる。
4 共犯関係(共謀関係)の解消につき,判例は,法益侵害の危険が質的に異なる実行の着手の前後で区別して判断していると整理されるのが通常であり,その概要は,実行着手前は比較的緩やかに,実行着手後はより厳格に処理されていると理解されている。すなわち,実行着手前に離脱した場合についての最高裁の判例はないものの,下級審の裁判例の一応の傾向としては,離脱者による離脱の意思の表明及び他の共犯者による離脱の了承により,共犯関係(共謀関係)の解消を認めてきており,最近では,例外的に,首謀者が離脱した事案については,離脱者において共謀関係がなかった状態に復元させなければ共謀関係は解消しないとする例もある。例えば,東京高判昭25.9.14高刑3巻3号407頁は,被告人が,窃盗の共謀をしたが犯行に行く途中で思いとどまり,単身引き返したという事案につき,着手前に実行を中止する旨を明示して他の共謀者もこれを了承し,同人らだけの共謀に基づき犯行を実行した場合には,前の共謀は全くなかったものと同一に評価すべきであるとして,窃盗罪につき無罪としたもので,大阪高判昭41.6.24高刑19巻4号375頁,判タ196号155頁は,被告人ほか2名が,共犯者Aと共に,B女を強姦する共謀を遂げ,B女を旅館に連れ込んだが,被告人ほか2名は旅館主から入室を拒絶されたため,強姦着手前に犯行を断念する意思を表明してAの了承を得た上,退去した事案につき,共謀関係は消滅し,その後のAによるB女に対する強姦行為について,被告人ほか2名は共同正犯の責任を負わないとしたものである。また,福岡高判昭28.1. 12高刑6巻1号1頁は,強盗の共謀をした被告人が実行着手前に明示的に離脱の表意もせずに立ち去ったという実行着手前の離脱の事案で,離脱の事実を認識した他の共謀者らのみで犯行を遂行したときには,黙示の表意を受領したと認められるとして,他の共犯者らがその後行った強盗について責任を負わないとし,強盗予備の限度で有罪としたもので,「黙示の表意を受領した」とあり,「離脱の了承」という構成をとることなく共謀関係の解消を認めたものである。これに対し,松江地判昭51.11.2刑月8巻11=12号495頁,判時845号127頁は,暴力団の若頭である被告人が,配下組員らと殺人の共謀をしたが,殺害の実行着手前に実行者とされた組員が躊躇して引き返してきたことから,いったんは上記組員を連れて帰るように指示した後,配下組員らだけで協議して殺害の実行に及んだという事案につき,組員を統制支配する立場にあり,殺人の共謀でも中心となっていた被告人としては,殺害計画のとりやめを周知徹底させ,共謀以前の状態に回復させることが必要であり,上記指示だけをした首謀者である被告人について共謀関係の解消を否定した。
実行の着手後に離脱した場合については,最一小決平1.6.26刑集43巻6号567頁,判タ699号184頁があり,これは,被告人が,共犯者と共謀の上,こもごも被害者に暴行を加えた後,被告人が「おれ帰る」と言っただけで共犯者と被害者を残したまま現場を立ち去ったところ,ほどなくして共犯者が被害者の言動に再び激昂してさらに暴行を加え,被害者が死亡した事案について,「被告人が帰った時点では,共犯者においてなお制裁を加えるおそれが消滅していなかったのに,被告人において格別これを防止する措置を講ずることなく,成り行きに任せて現場を去ったに過ぎないのであるから,共犯者との間の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできず,その後の共犯者の暴行も右の共謀に基づくものと認めるのが相当である。」としたものである。
5 これを本件に当てはめて検討すると,本件で問題となる離脱は,強盗については実行着手前であるが,住居侵入・強盗という共謀した犯行全体でみれば,その一部について着手した後となっており,このような事案について判断した裁判例は見当たらない。
前記のとおり,判例の一応の傾向としては,実行着手前の離脱については,離脱者による離脱の意思の表明及び他の共犯者による離脱の了承により,共犯関係(共謀関係)の解消を比較的緩やかに認め,着手後は比較的厳格に考えられているようであるが,ここでいう「離脱意思の表明と了承」という要件は,絶対的なものではなく,因果性の遮断を認定するための一つの指針に過ぎないのであるから,実質的に見れば,共犯行為による物理的因果性及び心理的因果性の両者を遮断したかどうかについてを具体的に判断するという枠組みが重要であって,この枠組み自体は,実行着手前と実行着手後とで異なるものではないはずである。
そこで,本件について見ると,共謀による心理的影響がさほど強くない平均的な共謀者の離脱が問題となっているケースであり,被告人自身による行為ではないが,家人が在宅する民家での住居侵入・強盗の事案であって,共謀に基づき共犯者らが現実に被害者方に侵入した以上,それによりその後の強盗に至るおそれが既に生じているといえ,屋内にいた共犯者2名以外にも,現場付近には未だ3名の共犯者が残っており,それらの者だけでもその後の強盗が実行可能な状態であったといえる。そうすると,平成元年の応用事例ともいえ,実質的には実行着手後に近い類型であるといえる。すなわち,当初の共謀に基づく住居侵入の実行行為による物理的・心理的な効果はなお残存しており,これを利用してなお犯行が継続され,強盗に至る危険性が十分あったにもかかわらず,既に住居侵入の実行行為に及んでいる共犯者に格別それ以後の犯行を止めさせる措置を講ずることなく,現場を立ち去って離脱したというだけであって,当初の共謀関係が解消したということはできないものと思われる。しかも,本件においては,屋内にいた共犯者2名がいったんは被害者方を出たものの,残された共犯者らと一緒に再び被害者方に侵入し,それまでの状態を利用し,当初の共謀どおりの強盗等の犯行に及んだというのであり,共謀した内容をいったん中止したとか,新たな共謀を形成したという事情も認められない。
そうすると,いったん住居侵入・強盗の共謀が成立し,その一部である住居侵入に着手し,それに基づく物理的・心理的効果が残存し,それがゆえに残余者の心理に対して影響をなお与え続けているといえ,物理的因果性のみならず心理的因果性もなお切断されておらず,外形的には意思の連絡が途切れたかのようにも見えるからといって,単に幇助犯や教唆犯の責任しか負わないということにはならないものと解するのが相当と思われる。
6 本決定は,事例判断ではあるが,共犯関係ないし共謀関係の解消について,単に実行の着手前後で区別するのではなく,事案に応じた具体的な事情を考慮して判断すべきであるとの考え方を示したものといえ,住居侵入・強盗の共謀をした者が住居侵入後強盗着手前に離脱した事案についての先例はなく,実務において参照価値が高いものと思われる。
+判例(名古屋高判H14.8.29)
理由
本件控訴の趣意は、弁護人田邊正紀作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴趣意中事実誤認の主張について
論旨は、要するに、被告人は、原判示檜原公園駐車場において主犯格のBらとの共謀に基づき、Bと一緒に被害者に対して暴行(第一の暴行)を加えた後、Bの暴行を制止して被害者と話をし始めたところBから殴打されて気を失い、Bらと行動をともにすることができない状態になってしまったから、共犯関係からの離脱(あるいは共犯関係の解消)を認めるべき場合であるのに、これを認めず、その後Bが行った衣浦港岸壁における暴行(第二の暴行)の結果生じた傷害についてまで刑事責任を負わせた原判決は事実を誤認したものであって、これが判決に影響することは明らかである、というのである。
そこで、原審記録を調査して検討するに、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、本件の事実関係は原判決が(補足説明)(2)の<1>ないし<9>及び(3)において認定説示するとおりと認められる。これを要するに、被告人は共犯者Bとともに上記駐車場で被害者に暴行(第一の暴行)を加えたところ、これを見ていたCがやりすぎではないかと思って制止したことをきっかけとして同所における暴行が中止され、被告人が被害者をベンチに連れて行って「大丈夫か」などと問いかけたのに対し、勝手なことをしていると考えて腹を立てたBが、被告人に文句を言って口論となり、いきなり被告人に殴りつけて失神させた上、被告人(及びD子)をその場に放置したまま他の共犯者と一緒に被害者ともども上記岸壁に赴いて同所で第二の暴行に及び、さらに逮捕監禁を実行したものであり、被害者の負傷は(1)通院加療約二週間を要する上顎左右中切歯亜脱臼、(2)通院加療約一週間を要する顔面挫傷、左頭頂部切傷、(3)安静加療約一週間を要した頸部、左大腿挫傷、右大腿挫傷挫創、(4)安静加療約一週間を要した両手関節、両足関節挫傷挫創であるが、(1)は第一の暴行によって生じ、(4)は第二の暴行後の逮捕監禁行為によって生じたものと認められるが、(2)及び(3)は第一、第二のいずれの暴行によって生じたか両者あいまって生じたかが明らかでないものである。このような事実関係を前提にすると、Bを中心とし被告人を含めて形成された共犯関係は、被告人に対する暴行とその結果失神した被告人の放置というB自身の行動によって一方的に解消され、その後の第二の暴行は被告人の意思・関与を排除してB、Cらのみによってなされたものと解するのが相当である。したがって、原判決が、被告人の失神という事態が生じた後も、被告人とBらとの間には心理的、物理的な相互利用補充関係が継続、残存しているなどとし、当初の共犯関係が解消されたり、共犯関係からの離脱があったと解することはできないとした上、(2)及び(3)の傷害についても被告人の共同正犯者としての刑責を肯定したのは、事実を誤認したものというほかない(なお、原判決が(4)の傷害についてまで被告人の刑責を肯定したものでないことは、その補足説明(3)及び(4)に照らし明らかである。)。しかしながら、叙上の事実関係によれば、被告人は第一の暴行の結果である(1)の傷害について共同正犯者として刑責を負うだけでなく、(2)及び(3)の各傷害についても同時傷害の規定によって刑責を負うべきものであって、被害者の被った最も重い傷が(1)の傷害である本件においては、(2)及び(3)の各傷害について訴因変更の手続をとることなく上記規定による刑責を認定することが許されると解されるから、結局、原判決が(2)及び(3)の各傷害についての被告人の責任を肯認したことに誤りはなく、原判決はその根拠ないしは理由について誤りを犯したにすぎないことになる。原判決の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえず、論旨は理由がない。
二 控訴趣意中量刑不当の主張について
論旨は、要するに、原判決の量刑が重すぎて不当である、というものである。
そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果も加えて検討するに、本件は、被告人が共犯者らとともに被害者に焼き入れと称して集団で暴行を加えて加療約二週間の傷害を負わせた事案であるが、知人の女性らの虚言を盲信して短絡的に犯行に及んだというその経緯や動機に特に酌むべき点がない上、態様も無抵抗の被害者を車から引きずり出して一方的かつ執拗に暴行を加えるなど悪質であって、被害者の受けた肉体的・精神的苦痛が大きいこと、平成一一年八月に恐喝未遂罪により懲役一年六月、五年間刑執行猶予に処せられたにもかかわらず、その後二年余りで本件に及んでいること、事件当時の生活状況も芳しいものではなかったことなどに照らせば、被告人の刑責は重いというべきである。
しかしながら、さらに子細に検討すると、被告人はBに誘われて犯行に加担したものであり、直接の関与は第一の暴行のみであって、被告人の刑責とBのそれとの間には相当の差異があること、負傷の程度が約二週間にとどまること、被害者にも被告人らの怒りを誘発した側面があること、被害者との間で共犯者を含めて示談が成立し、これに基づいて六〇万円が支払われていて、被害者が宥恕していること、原審公判廷において事実関係を認めて反省の態度を示していること、父親が更生に協力する旨誓っていること等被告人のために斟酌すべき事情も多々存在する。これら諸般の事情を総合して考慮すると、被告人に対する実刑は免れないものの、懲役一年二月に処した原判決の量刑は、重きにすぎるといわざるを得ない。論旨は理由がある。
三 よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い当裁判所において更に判決する。
原判決が認定した犯罪事実(ただし、その一二行目の「暴行を加え、」の次に「その結果、同人に通院加療約二週間を要する上顎左右中切歯亜脱臼の傷害を負わせ、」を加え、さらにその一五行目の「同人に」以下を「通院または安静加療約一週間を要する顔面挫傷、左頭頂部切傷、頸部、左大腿挫傷、右大腿挫傷挫創の傷害を負わせたが、その傷害が上記駐車場における被告人とBの暴行により生じたものか、上記岸壁におけるBの暴行により生じたものか、これらがあいまって生じたものか知ることができない。」と改める。)に法令を適用すると、被告人の所為は包括して刑法六〇条、二〇四条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処することとし、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一一〇日をその刑に算入し、なお原審及び当審の訴訟費用については刑訴法一八一条一項ただし書によりこれらを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 堀内信明 裁判官 久保豊 手﨑政人)
エ 設例の検討
(5)Wに対する強盗
ア 問題の所在
+(強盗致死傷)
第二百四十条 強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。
イ 強盗の機会
・人の傷害の結果が強盗の機会に生じればよい。
+判例(S24.5.28)
理由
弁護人若林清の上告趣意第一点について。
しかし原判決はその摘示事実と之に照応する挙示の証拠とによつて、被告人を所論強盗罪の共同正犯に問擬したことは明白であるから、原判決が当該事実に対する擬律において刑法第二三六条と同時に同第六〇条を適用したことは明かである。たゞ後者を併せて掲記することを遺脱したに過ぎない。このように判決書に刑法総則の法条を遺脱しても判文全体よりその遺脱が明白な場合は所論のように擬律錯誤の違法ありというべきでない。論旨は理由がない。
同第二点について。
弁護人は原審第六回公判期日においてAとB二人の証人申請について「裁判所において再度御召喚方御取計い願いましたが何れも送達不能につきこの外には別に証拠申請はありません」と述べているところより察するに、右は少くとも弁護人においてこれら証人の申請を固執する趣旨でないことを伺うに難くはない。裁判所は審理の進行に伴い心証を形成するに機が熟して、これら証人の事案に対する関係において必しもその重要性を認めざるに至り、旁々弁護人の前記陳述の趣旨にも鑑み原審公判調書にも記載しているように原審は「送達不能の証人尋問は之を為さず」として曩にした証人喚問の決定を取消したものと解せられる。果して然らば証拠調の範囲、限度を定めるのは事実審の専権に属するところであるから、前記の決定をしたからといつて直ちに憲法第三七条第二項の規定に違反するということはできない。論旨は理由がない。
同第三点について。
刑法第二四〇条後段の強盗殺人罪は強盗犯人が強盗をなす機会において他人を殺害することによりて成立する罪である。原判決の摘示した事実によれば、家人が騒ぎ立てたため他の共犯者が逃走したので被告人も逃走しようとしたところ同家表入口附近で被告人に追跡して来た被害者両名の下腹部を日本刀で突刺し死に至らしめたというのである。即ち殺害の場所は同家表入口附近といつて屋内か屋外か判文上明でないが、強盗行為が終了して別の機会に被害者両名を殺害したものではなく、本件強盗の機会に殺害したことは明である。然らば原判決が刑法第二四〇条に問擬したのは正当であつて所論のような違法はない。論旨は理由がない。
同第四点について。
所論日本刀及鞘が被告人Cの父Dの所有物であつたことは記録上明であるが、同時に右Dが生駒警察署に提出した始末書には「御署において然るべく処置して頂いて結構で御座います」という記載があつて右Dは所論日本刀の返還請求権を拠棄したものと認められる。然らば原判決が犯人以外のものゝ所有に属しないとして没収したのは正当であつて所論のような違法はない。論旨は理由がない。
被告人左達Cの上告趣意について。
論旨は要するに原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定、証拠調の限度を攻撃するの外寛大な処置を願うというに帰するから、いずれも上告適法の理由とならない。
よつて、刑訴施行法第二条、旧刑訴法第四四六条に則り主文のとおり判決する。
右は裁判官全員の一致した意見である
検察官 岡本梅次郎関与。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官藤田八郎は出張中につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 霜山精一)
ウ 設例の検討
(6)罪数
昏睡強盗未遂と強盗は手段が異なるものの、1個の法益に向けられた行為といえるから、包括して強盗罪が成立する。
強盗罪と強盗致傷は保護法益が少し違う・・・。併合罪でいくか。
3.Bの罪責
(1)Vに対する昏睡強盗未遂
(2)Vに対する強盗
ア 問題の所在
イ 共犯の錯誤
因果的共犯論
→共同正犯は、共犯者の犯行及びその結果に対して因果性を与えたことを理由に処罰
因果性を与えていても、自らが認識認容していた限度に限られる!
昏睡強盗と強盗の間で重なっている部分については認識認容していたことになる。
・手段についての異なる認識
+判例(東京地判H7.10,9)
ウ 小括
(3)Vに対する強姦
(4)Wに対する強姦致傷
ア 問題の所在
イ 共謀関係からの離脱の有無
ウ 致傷結果に対する主観的要件
結果的加重犯→基本犯について認識認容があれば、結果的加重犯の重い結果については、故意過失がなくても、結果的加重犯の認識認容にかけるところはない。
(5)結論
4.Cの罪責
(1)Vから100万円を奪取した点
ア 問題の所在
イ 承継的共同正犯
(ア)問題の所在
(イ)学説の状況
(ウ)判例
+判例(H24.11.6)
理 由
弁護人長谷川紘一の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論に鑑み,傷害罪の共同正犯の成立範囲について,職権で判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
(1) A及びB(以下「Aら」という。)は,平成22年5月26日午前3時頃,愛媛県伊予市内の携帯電話販売店に隣接する駐車場又はその付近において,同店に誘い出したC及びD(以下「Cら」という。)に対し,暴行を加えた。その態様は,Dに対し,複数回手拳で顔面を殴打し,顔面や腹部を膝蹴りし,足をのぼり旗の支柱で殴打し,背中をドライバーで突くなどし,Cに対し,右手の親指辺りを石で殴打したほか,複数回手拳で殴り,足で蹴り,背中をドライバーで突くなどするというものであった。
(2) Aらは,Dを車のトランクに押し込み,Cも車に乗せ,松山市内の別の駐車場(以下「本件現場」という。)に向かった。その際,Bは,被告人がかねてよりCを捜していたのを知っていたことから,同日午前3時50分頃,被告人に対し,これからCを連れて本件現場に行く旨を伝えた。
(3) Aらは,本件現場に到着後,Cらに対し,更に暴行を加えた。その態様は,Dに対し,ドライバーの柄で頭を殴打し,金属製はしごや角材を上半身に向かって投げつけたほか,複数回手拳で殴ったり足で蹴ったりし,Cに対し,金属製はしごを投げつけたほか,複数回手拳で殴ったり足で蹴ったりするというものであった。これらの一連の暴行により,Cらは,被告人の本件現場到着前から流血し,負傷していた。
(4) 同日午前4時過ぎ頃,被告人は,本件現場に到着し,CらがAらから暴行を受けて逃走や抵抗が困難であることを認識しつつAらと共謀の上,Cらに対し,暴行を加えた。その態様は,Dに対し,被告人が,角材で背中,腹,足などを殴打し,頭や腹を足で蹴り,金属製はしごを何度も投げつけるなどしたほか,Aらが足で蹴ったり,Bが金属製はしごで叩いたりし,Cに対し,被告人が,金属製はしごや角材や手拳で頭,肩,背中などを多数回殴打し,Aに押さえさせたCの足を金属製はしごで殴打するなどしたほか,Aが角材で肩を叩くなどするというものであった。被告人らの暴行は同日午前5時頃まで続いたが,共謀加担後に加えられた被告人の暴行の方がそれ以前のAらの暴行よりも激しいものであった。
(5) 被告人の共謀加担前後にわたる一連の前記暴行の結果,Dは,約3週間の安静加療を要する見込みの頭部外傷擦過打撲,顔面両耳鼻部打撲擦過,両上肢・背部右肋骨・右肩甲部打撲擦過,両膝両下腿右足打撲擦過,頚椎捻挫,腰椎捻挫の傷害を負い,Cは,約6週間の安静加療を要する見込みの右母指基節骨骨折,全身打撲,頭部切挫創,両膝挫創の傷害を負った。
2 原判決は,以上の事実関係を前提に,被告人は,Aらの行為及びこれによって生じた結果を認識,認容し,さらに,これを制裁目的による暴行という自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思の下に,一罪関係にある傷害に途中から共謀加担し,上記行為等を現にそのような制裁の手段として利用したものであると認定した。その上で,原判決は,被告人は,被告人の共謀加担前のAらの暴行による傷害を含めた全体について,承継的共同正犯として責任を負うとの判断を示した。
3 所論は,被告人の共謀加担前のAらの暴行による傷害を含めて傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には責任主義に反する違法があるという。
そこで検討すると,前記1の事実関係によれば,被告人は,Aらが共謀してCらに暴行を加えて傷害を負わせた後に,Aらに共謀加担した上,金属製はしごや角材を用いて,Dの背中や足,Cの頭,肩,背中や足を殴打し,Dの頭を蹴るなど更に強度の暴行を加えており,少なくとも,共謀加担後に暴行を加えた上記部位についてはCらの傷害(したがって,第1審判決が認定した傷害のうちDの顔面両耳鼻部打撲擦過とCの右母指基節骨骨折は除かれる。以下同じ。)を相当程度重篤化させたものと認められる。この場合,被告人は,共謀加担前にAらが既に生じさせていた傷害結果については,被告人の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから,傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく,共謀加担後の傷害を引き起こすに足りる暴行によってCらの傷害の発生に寄与したことについてのみ,傷害罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。原判決の上記2の認定は,被告人において,CらがAらの暴行を受けて負傷し,逃亡や抵抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ趣旨をいうものと解されるが,そのような事実があったとしても,それは,被告人が共謀加担後に更に暴行を行った動機ないし契機にすぎず,共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得る理由とはいえないものであって,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断を左右するものではない。そうすると,被告人の共謀加担前にAらが既に生じさせていた傷害結果を含めて被告人に傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する刑法60条,204条の解釈適用を誤った法令違反があるものといわざるを得ない。
もっとも,原判決の上記法令違反は,一罪における共同正犯の成立範囲に関するものにとどまり,罪数や処断刑の範囲に影響を及ぼすものではない。さらに,上記のとおり,共謀加担後の被告人の暴行は,Cらの傷害を相当程度重篤化させたものであったことや原判決の判示するその余の量刑事情にも照らすと,本件量刑はなお不当とはいえず,本件については,いまだ刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
よって,同法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
+補足意見
なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。
私は,法廷意見に補足して,次の点について私見を述べておきたい。
1 法廷意見の述べるとおり,被告人は,共謀加担前に他の共犯者らによって既に被害者らに生じさせていた傷害結果については,被告人の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから,傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく,共謀加担後の暴行によって傷害の発生に寄与したこと(共謀加担後の傷害)についてのみ責任を負うべきであるが,その場合,共謀加担後の傷害の認定・特定をどのようにすべきかが問題となる。
一般的には,共謀加担前後の一連の暴行により生じた傷害の中から,後行者の共謀加担後の暴行によって傷害の発生に寄与したことのみを取り出して検察官に主張立証させてその内容を特定させることになるが,実際にはそれが具体的に特定できない場合も容易に想定されよう。その場合の処理としては,安易に暴行罪の限度で犯罪の成立を認めるのではなく,また,逆に,この点の立証の困難性への便宜的な対処として,因果関係を超えて共謀加担前の傷害結果まで含めた傷害罪についての承継的共同正犯の成立を認めるようなことをすべきでもない。
この場合,実務的には,次のような処理を検討すべきであろう。傷害罪の傷害結果については,暴行行為の態様,傷害の発生部位,傷病名,加療期間等によって特定されることが多いが,上記のように,これらの一部が必ずしも証拠上明らかにならないこともある。例えば,共謀加担後の傷害についての加療期間は,それだけ切り離して認定し特定することは困難なことが多い。この点については,事案にもよるが,証拠上認定できる限度で,適宜な方法で主張立証がされ,罪となるべき事実に判示されれば,多くの場合特定は足り,訴因や罪となるべき事実についての特定に欠けることはないというべきである。もちろん,加療期間は,量刑上重要な考慮要素であるが,他の項目の特定がある程度されていれば,「加療期間不明の傷害」として認定・判示した上で,全体としてみて被告人に有利な加療期間を想定して量刑を決めることは許されるはずである。本件を例にとれば,共謀加担後の被告人の暴行について,凶器使用の有無・態様,暴行の加えられた部位,暴行の回数・程度,傷病名等を認定した上で,被告人の共謀加担後の暴行により傷害を重篤化させた点については,「安静加療約3週間を要する背部右肋骨・右肩甲部打撲擦過等のうち,背部・右肩甲部に係る傷害を相当程度重篤化させる傷害を負わせた」という認定をすることになり,量刑判断に当たっては,凶器使用の有無・態様等の事実によって推認される共謀加担後の暴行により被害者の傷害を重篤化させた程度に応じた刑を量定することになろう。また,本件とは異なり,共謀加担後の傷害が重篤化したものとまでいえない場合(例えば,傷害の程度が小さく,安静加療約3週間以内に止まると認定される場合等)には,まず,共謀加担後の被告人の暴行により傷害の発生に寄与した点を証拠により認定した上で,「安静加療約3週間を要する共謀加担前後の傷害全体のうちの一部(可能な限りその程度を判示する。)の傷害を負わせた」という認定をするしかなく,これで足りるとすべきである。
仮に,共謀加担後の暴行により傷害の発生に寄与したか不明な場合(共謀加担前の暴行による傷害とは別個の傷害が発生したとは認定できない場合)には,傷害罪ではなく,暴行罪の限度での共同正犯の成立に止めることになるのは当然である。
2 なお,このように考えると,いわゆる承継的共同正犯において後行者が共同正犯としての責任を負うかどうかについては,強盗,恐喝,詐欺等の罪責を負わせる場合には,共謀加担前の先行者の行為の効果を利用することによって犯罪の結果について因果関係を持ち,犯罪が成立する場合があり得るので,承継的共同正犯の成立を認め得るであろうが,少なくとも傷害罪については,このような因果関係は認め難いので(法廷意見が指摘するように,先行者による暴行・傷害が,単に,後行者の暴行の動機や契機になることがあるに過ぎない。),承継的共同正犯の成立を認め得る場合は,容易には想定し難いところである。
(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官小貫芳信)
(エ)設例の検討
・因果的共犯論をとると、承継的共同正犯を説明しにくい点に注意。
(2)Vに暴行を加え、姦淫した点
+(強盗強姦及び同致死)
第二百四十一条 強盗が女子を強姦したときは、無期又は七年以上の懲役に処する。よって女子を死亡させたときは、死刑又は無期懲役に処する。
(3)Vの傷害についての評価
強盗強姦罪と強盗致傷罪(両罪は観念的競合)
(4)Aに暴行を加え、気絶させた点
気絶と傷害
+判例(S27.6.6)
理由
弁護人堂野達也の上告趣意第一点について
しかし、傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問はないのであり、本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである。従つて、これと見解を異にする論旨は採用できない(所論引用の判例は暴行を手段とした傷害の案件に関するものであつて、本件には適切でない。)
同第二点について
性病を感染させる懸念あることを認識して本件所為に及び他人に病毒を感染させた以上、当然傷害罪は成立するのであるから論旨は理由なき見解というべく、憲法違反の問題も成立する余地がない。
よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)
+判例(H24.1.30)
理 由
弁護人門馬博ほかの上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論に鑑み,職権で判断する。
原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,被告人は,大学病院内において,フルニトラゼパムを含有する睡眠薬の粉末を混入した洋菓子を同病院の休日当直医として勤務していた被害者に提供し,事情を知らない被害者に食させて,被害者に約6時間にわたる意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,6日後に,同病院の研究室において,医学研究中であった被害者が机上に置いていた飲みかけの缶入り飲料に上記同様の睡眠薬の粉末及び麻酔薬を混入し,事情を知らない被害者に飲ませて,被害者に約2時間にわたる意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせたものである。
所論は,昏酔強盗や女子の心神を喪失させることを手段とする準強姦において刑法239条や刑法178条2項が予定する程度の昏酔を生じさせたにとどまる場合には強盗致傷罪や強姦致傷罪の成立を認めるべきでないから,その程度の昏酔は刑法204条の傷害にも当たらないと解すべきであり,本件の各結果は傷害に当たらない旨主張する。
しかしながら,上記事実関係によれば,被告人は,病院で勤務中ないし研究中であった被害者に対し,睡眠薬等を摂取させたことによって,約6時間又は約2時間にわたり意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,もって,被害者の健康状態を不良に変更し,その生活機能の障害を惹起したものであるから,いずれの事件についても傷害罪が成立すると解するのが相当である。所論指摘の昏酔強盗罪等と強盗致傷罪等との関係についての解釈が傷害罪の成否が問題となっている本件の帰すうに影響を及ぼすものではなく,所論のような理由により本件について傷害罪の成立が否定されることはないというべきである。
したがって,本件につき傷害罪の成立を認めた第1審判決を維持した原判断は正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 那須弘平 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)
(5)Wに暴行を加え、傷害を負わせた点
(6)罪責
・被害者の数だけ強盗致傷罪が成立し、併合罪となる。
+判例(S26.8.9)
理 由
被告人古川和夫の弁護人古川豊吉の上告趣意第一点について。
所論は、第一審の訴訟手続の違法を主張するに過ぎないから、明らかに刑訴四〇五条に定める上告理由に当らない。そして、被告人が在廷する公判廷における口頭の罰条追加の場合には裁判所が特に被告人に対しこれが通知の手続を執る必要のないことは多言を要しないし、また、犯罪事実認定の資料となるべき医師の診断書は刑訴三二一条、三二六条等の要件あるを以て足り(本件では同三二六条の同意があること記録上明白である。)、同二七八条刑訴規則一八三条所定の事実を記載するの必要ないこと勿論であるから、刑訴四一一条を適用すべきものとも認められない。
同第二点について。
所論は、刑の量定不当の主張であるから、刑訴四〇五条所定の事由に当らないし、また、記録を精査しても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
被告人伊藤恒廷の上告趣意について。
所論一点は、第一審判決は相被告人古川和夫といずれが主犯であるかその他犯罪の動機等につき重大な事実の誤認があるというのであり、同二点は、被害者に暴行及び傷害を加えたことがないのに虚偽の診断書並びに証言でこれを認定したのは法令の違反があるというのであり、同三点は第一審判決当時満一八歳以上であったが判決後昭和二六年一月一日から新少年法が施行になり刑の変更があったというのであるから、いずれも刑訴四〇五条に定める上告理由に当らない。また、記録を精査しても(ことに新少年法が施行されても被告人は現に満二〇歳以上である)同四一一条を適用すべきものとは認められない。
被告人伊藤恒廷の弁護人薬師寺志光の上告趣意について。
所論は、明らかに刑訴四〇五条に当らない。また、犯罪の箇数は所論のごとく犯人の内心に生ずる犯意の度数のみによって決すべきではなく、そして、第一審判決は、のぶえ並に康輔の両名に対し夫々判示の暴行を加え、因って両名に対し夫々判示傷害を加えたものと認定したのであるから、二箇の強盗傷人の併合罪として処断したからといって法の適用を誤ったとはいえない。その他記録を精査しても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
よって同四一四条、三八六条一項三号に従い各上告を棄却し被告人伊藤恒廷に対する未決勾留日数の算入につき刑法二一条に則り主文のとおり決定する。
この決定は裁判官全員の一致した意見である。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野 毅 裁判官 岩松三郎)
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