民事訴訟法 基礎演習 文書提出命令


1.はじめに

・+(書証の申出)
第219条
書証の申出は、文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない。

・+(文書提出義務)
第220条  
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一  当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二  挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三  文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四  前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第196条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第197条第1項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書

+第197条  
1項 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
一  第191条第1項の場合
二  医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合
三  技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
2項 前項の規定は、証人が黙秘の義務を免除された場合には、適用しない。

・証拠申出の採否は裁判所の訴訟指揮の1つとして、裁判所の裁量にゆだねられる事項であり、その裁判について独立の不服申立ては認められないのが判例通説である。
文書提出命令の申立ての決定については、即時抗告による不服申立てが認められているが(223条7項)、証拠調べの必要性ののみを理由とする即時抗告は認められない!

+判例(H12.3.10)
理由
抗告代理人井上俊治、同松葉知幸、同小野範夫、同水間頼孝の抗告理由第一について
【要旨一】証拠調べの必要性を欠くことを理由として文書提出命令の申立てを却下する決定に対しては、右必要性があることを理由として独立に不服の申立てをすることはできないと解するのが相当である。論旨は採用することができない。
同第二について
一 記録によれば、主文第一項の文書に係る本件の経緯は次のとおりである。
1 本件の本案の請求は、大阪地方裁判所平成四年(ワ)第八一七八号事件判決別紙電話機目録記載の電話機器類(以下「本件機器」という。)を購入し利用している抗告人らが、本件機器にしばしば通話不能になる瑕疵があるなどと主張して、相手方に対し、不法行為等に基づく損害賠償を請求するものである。
2 本件は、抗告人らが、本件機器の瑕疵を立証するためであるとして、本件機器の回路図及び信号流れ図(以下「本件文書」という。)につき文書提出命令の申立てをした事件であり、相手方は、本件文書は民訴法二二〇条四号ロ所定の「第百九十七条第一項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」及び同号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるとして、本件文書につき文書提出の義務を負わないと主張した。

二 原審は、本件文書は、本件機器を製造したメーカーが持つノウハウなどの技術上の情報が記載されたものであって、これが明らかにされると右メーカーが著しく不利益を受けることが予想されるから、民訴法二二〇条四号ロ所定の文書に当たり、また、本件文書は、本件機器のメーカーがこれを製造するために作成し、外部の者に見せることは全く予定せず専ら当該メーカー、相手方及びその関連会社の利用に供するための文書であるから、同号ハ所定の文書にも当たり、相手方は本件文書を提出すべき義務を負わないとして、本件文書提出命令の申立てを却下した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 【要旨二】民訴法一九七条一項三号所定の「技術又は職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解するのが相当である。
本件において、相手方は、本件文書が公表されると本件機器のメーカーが著しい不利益を受けると主張するが、本件文書に本件機器のメーカーが有する技術上の情報が記載されているとしても、相手方は、情報の種類、性質及び開示することによる不利益の具体的内容を主張しておらず、原決定も、これらを具体的に認定していない。したがって、本件文書に右技術上の情報が記載されていることから直ちにこれが「技術又は職業の秘密」を記載した文書に当たるということはできない
2 ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるということは、当審の判例とするところである(平成一一年(許)第二号同年一一月一二日第二小法廷決定・民集五三巻八号登載予定)。
これを本件についてみると、原決定は、本件文書が外部の者に見せることを全く予定せずに作成されたものであることから直ちにこれが民訴法二二〇条四号ハ所定の文書に当たると判断しており、その具体的内容に照らし、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生じるおそれがあるかどうかについて具体的に判断していない。
四 以上によれば、本件文書に関する原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は裁判の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原決定中、本件文書に係る部分は破棄を免れない。そして、右に説示したところに従い更に審理を尽くさせるため、右部分について本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

++解説
《解  説》
一 本件の本案訴訟は、親子電話装置(本件機器)を購入し利用している原告らが、本件機器にしばしば通話不能になる瑕疵があるなどと主張して、被告に対し、債務不履行等に基づく損害賠償を請求する事案である。被告は、本件機器の売主は被告ではない、本件機器に瑕疵はないなどと主張する。一審判決は、被告の主張をいれ、原告らの請求を棄却した。原告らが控訴し、控訴審において、原告らが本件文書提出命令の申立てをした。

二 本件文書提出命令の申立ての対象である文書は、被告とその取次店との取次店契約書、本件機器の回路図及び信号流れ図(本件文書)などである。原審は、右取次店契約書は証拠調べの必要性を欠き、本件文書は民訴法二二〇条四号ロ及びハの文書に当たるから被告に文書提出義務がないなどとして、本件文書提出命令の申立てを却下した。原告から抗告許可申立てがあり、抗告が許可された。抗告許可申立ての理由は、右取次店契約書は本件機器の売主が被告であることを立証するために必要な文書であって証拠調べの必要性がある、本件文書は公表されることにより本件機器のメーカーが不利益を受けることはなく四号ロ及びハの文書に当たらない、というものである。

三 本決定は、右取次店契約書については、証拠調べの必要性を欠くことを理由として文書提出命令の申立てを却下する決定に対しては右必要性があることを理由として独立に不服の申立てをすることはできないとして、抗告を却下した。また、本件文書については、民訴法一九七条一項三号所定の「技術又は職業の秘密」とは「その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいう」と判示した上、原決定には本件文書が提出されることにより被告が被る不利益の具体的内容を認定していない違法があるとした。民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」の意義については、最高裁判例(平成一一年(許)第二号・最二小決平11・11・12民集五三巻八号登載予定)を引用し、原決定には、本件文書の開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生じるおそれがあるかどうかについて具体的に判断していない違法があるとした。そして、本決定は、原決定中本件文書に係る部分を破棄し原審に差し戻した。

四 文書提出義務がないことを理由とする文書提出命令の却下決定に対しては、民訴法二二三条四項により即時抗告をすることができるが、証拠調べの必要性がないことを理由とする却下決定に対しては、右のような規定はない。一般に、証拠の採否は受訴裁判所の専権に属するものであって、民訴法二二三条四項は「文書提出義務の有無」に限り即時抗告を認めたものと解されるから、証拠調べの必要性がないことを理由に文書提出命令の申立てを却下した決定に対しては、原則に戻り、独立の不服申立てはできないとする解釈がこれまでの通説及び下級審裁判例の大勢であった。許可抗告制度のない旧民訴法の下においては、この法理を示した最高裁判例はなく、本決定は、最高裁がこの法理を初めて判示したものである。

五 民訴法二二〇条四号ロは、同法一九七条一項二号に規定する事実又は同項三号に規定する事項で黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書は同号所定の文書提出義務から除外される旨を規定する。今回の民訴法改正において、一九六条以下の証言拒絶権に関する規定も一部改正されたが、本件で問題となる「技術又は職業の秘密」については、旧民訴法二八一条一項三号をそのまま平仮名化したもので、その解釈について旧法と現行法との間に連続性がある。旧民訴法二八一条一項三号に規定する「技術又ハ職業ノ秘密」の意義について、通説は、単に秘密保持者が主観的に秘密扱いしているというだけでは足りず、「技術の秘密」とは、これが公開されると技術の有する社会的価値が下落し当該技術に依存する活動が不可能あるいは困難になるものをいい、「職業ノ秘密」とは、これが公開されると当該職業に深刻な影響を与え以後の職業の維持遂行が不可能あるいは困難になるものをいうと解しており、下級審の裁判例もほぼ同様に解していた。旧民訴法二八一条一項三号についての右解釈は、これと連続性を有する現行民訴法一九七条一項三号における「技術又は職業の秘密」についても妥当するということができ、本決定は、この点について最高裁判所が従来の学説裁判例と基本的に同様の理解に立つことを初めて判示したものである。本決定は、右法理を示した上、文書提出義務の有無を判断する裁判所が、文書の提出により所持者等が被る不利益を具体的に審理判断すべきことを判示し、原決定の審理判断は不十分であるとしてこれを破棄したものであって、文書提出命令の許否に関して下級審が審理すべき内容につきその指針を示すものである。

六 民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」の意義については、近時、本判決の引用する最高裁判例により最高裁の判断が示されている。本決定は、四号ハの文書に当たるかどうかについても、原審の審理判断が不十分であるとしており、示唆に富むものである。
七 本決定は、最高裁が文書提出命令に関する基本的法理を初めて判示したものであり、実務に与える影響も大きいといえよう。

2.文書提出命令の概要

(書証の申出)
第219条
書証の申出は、文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない。

(文書提出義務)
第220条
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一  当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二  挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三  文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき
四  前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書

(文書提出命令の申立て)
第221条
1項 文書提出命令の申立ては、次に掲げる事項を明らかにしてしなければならない。
一  文書の表示
二  文書の趣旨
三  文書の所持者
四  証明すべき事実
五  文書の提出義務の原因
2項 前条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立ては、書証の申出を文書提出命令の申立てによってする必要がある場合でなければ、することができない。

(文書の特定のための手続)
第222条
1項 文書提出命令の申立てをする場合において、前条第一項第一号又は第二号に掲げる事項を明らかにすることが著しく困難であるときは、その申立ての時においては、これらの事項に代えて、文書の所持者がその申立てに係る文書を識別することができる事項を明らかにすれば足りる。この場合においては、裁判所に対し、文書の所持者に当該文書についての同項第一号又は第二号に掲げる事項を明らかにすることを求めるよう申し出なければならない。
2項 前項の規定による申出があったときは、裁判所は、文書提出命令の申立てに理由がないことが明らかな場合を除き、文書の所持者に対し、同項後段の事項を明らかにすることを求めることができる。

(文書提出命令等)
第223条
1項 裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がないと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる。
2項 裁判所は、第三者に対して文書の提出を命じようとする場合には、その第三者を審尋しなければならない。
3項 裁判所は、公務員の職務上の秘密に関する文書について第二百二十条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立てがあった場合には、その申立てに理由がないことが明らかなときを除き、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて、当該監督官庁(衆議院又は参議院の議員の職務上の秘密に関する文書についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣の職務上の秘密に関する文書については内閣。以下この条において同じ。)の意見を聴かなければならない。この場合において、当該監督官庁は、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べるときは、その理由を示さなければならない。
4項 前項の場合において、当該監督官庁が当該文書の提出により次に掲げるおそれがあることを理由として当該文書が第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは、裁判所は、その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対し、その提出を命ずることができる。
一 国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ
二 犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ
5  第三項前段の場合において、当該監督官庁は、当該文書の所持者以外の第三者の技術又は職業の秘密に関する事項に係る記載がされている文書について意見を述べようとするときは、第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べようとするときを除き、あらかじめ、当該第三者の意見を聴くものとする。
6  裁判所は、文書提出命令の申立てに係る文書が第二百二十条第四号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、文書の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された文書の開示を求めることができない。
7  文書提出命令の申立てについての決定に対しては、即時抗告をすることができる

(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果)
第224条
1項 当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる
2  当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。
3  前二項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

3.社内文書に関する自己使用文書性をめぐる判例法理

+判例(H11.11.12)
理由
抗告代理人海老原元彦、同広田寿徳、同竹内洋、同馬瀬隆之、同谷健太郎、同田路至弘の抗告理由について
一 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
1 本件の本案訴訟(東京高等裁判所平成九年(ネ)第五九九八号損害賠償請求事件)は、亡Bが抗告人から六億五〇〇〇万円の融資を受け、右資金で大和証券株式会社を通じて株式等の有価証券取引を行ったところ、多額の損害を被ったとして、Bの承継人である相手方が、抗告人の九段坂上支店長は、Bの経済状態からすれば貸付金の利息は有価証券取引から生ずる利益から支払う以外にないことを知りながら、過剰な融資を実行したもので、これは金融機関が顧客に対して負っている安全配慮義務に違反する行為であると主張して、抗告人に対し、損害賠償を求めるものである
2 本件は、相手方が、有価証券取引によって貸付金の利息を上回る利益を上げることができるとの前提で抗告人の貸出しの稟議が行われたこと等を証明するためであるとして、抗告人が所持する原決定別紙文書目録記載の貸出稟議書及び本部認可書(以下、これらを一括して「本件文書」という。)につき文書提出命令を申し立てた事件であり、相手方は、本件文書は民訴法二二〇条三号後段の文書に該当し、また、同条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない同号の文書に該当すると主張した。

二 本件申立てにつき、原審は、銀行の貸出業務に関して作成される稟議書や認可書は、民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらず、その他、同号に基づく文書提出義務を否定すべき事由は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、本件申立てには理由があるとして、抗告人に対し、本件文書の提出を命じた。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 【要旨第一】ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である。

2 これを本件についてみるに、記録によれば、銀行の貸出稟議書とは、支店長等の決裁限度を超える規模、内容の融資案件について、本部の決裁を求めるために作成されるものであって、通常は、融資の相手方、融資金額、資金使途、担保・保証、返済方法といった融資の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、融資についての担当者の意見などが記載され、それを受けて審査を行った本部の担当者、次長、部長など所定の決裁権者が当該貸出しを認めるか否かについて表明した意見が記載される文書であること、本件文書は、貸出稟議書及びこれと一体を成す本部認可書であって、いずれも抗告人がBに対する融資を決定する意思を形成する過程で、右のような点を確認、検討、審査するために作成されたものであることが明らかである。

3 右に述べた文書作成の目的や記載内容等からすると、銀行の貸出稟議書は、銀行内部において、融資案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、法令によってその作成が義務付けられたものでもなく、融資の是非の審査に当たって作成されるという文書の性質上、忌たんのない評価や意見も記載されることが予定されているものである。したがって、【要旨第二】貸出稟議書は、専ら銀行内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていない文書であって、開示されると銀行内部における自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとして、特段の事情がない限り、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきである。そして、本件文書は、前記のとおり、右のような貸出稟議書及びこれと一体を成す本部認可書であり、本件において特段の事情の存在はうかがわれないから、いずれも「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきであり、本件文書につき、抗告人に対し民訴法二二〇条四号に基づく提出義務を認めることはできない。

四 また、本件文書が、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解される以上、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当しないことはいうまでもないところである。
五 以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が裁判の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、相手方の本件申立ては理由がないので、これを却下することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)

++解説
《解  説》
一 本決定は、新民事訴訟法施行後、許可抗告制度の下で文書提出命令につき最高裁が判断を示した初めての決定であるとともに、学説、下級審の決定例が分かれていた銀行の貸出稟議書の提出義務について判断が示された決定である。
二 事案の概要
基本事件は、Y銀行から融資を受けて証券取引に投資をした結果、多額の損失を被ったXが、顧客に対する安全配慮義務違反があったとして、Yに対して損害賠償を求める事件であり(Xは証券会社に対しても損害賠償請求をしている。)、Xは、貸出稟議の内容を立証するためであるとして、Yの貸出稟議書について文書提出命令を申し立てた。Xは、本件文書は民訴法二二〇条三号後段の法律関係文書に該当し、また、四号ハの文書(これを「自己利用文書」と呼ぶ。)に当たらない文書であると主張した。
原決定(金判一〇五八号三頁、金法一五三八号七二頁)は、銀行の貸出稟議書は、(a)組織体の基本的な公式文書であること、(b)銀行法に基づく内閣総理大臣の検査の対象となること、(c)銀行が証拠として提出することもあることなどの理由を挙げて、本件文書は自己利用文書に当たらないとして、二二〇条四号による提出義務を認め、申立てを認容した。
これに対して、Yが抗告許可の申立てをしたのが本件事件である。本決定は、決定要旨一、二のとおりに判示し、特段の事情の存在がうかがわれない本件では、本件文書は自己利用文書に当たるとして、四号による提出義務を否定するとともに、自己利用文書に当たる以上、三号後段の法律関係文書に該当しないとして、原決定を破棄し、申立てを却下したのである。

三 本決定が解決した問題と未解決の問題
文書提出命令の対象となる文書の拡充は、今回の民訴法改正の主要な改正事項の一つであったが、現在の条文に至った経過は単純ではない。旧民訴法三一二条は、提出義務の対象となる文書を限定列挙し、同条一号ないし三号所定の事由のある文書に限って提出義務を負うものとしていたが(限定義務)、昭和四〇年代ころから、現代型紛争事件(公害、医療、環境、製造物責任)、労働事件、行政事件など、証拠が構造的に偏在している訴訟が増加するにつれ、当事者の実質的対等を確保するために、同条三号の利益文書、法律関係文書の範囲を解釈によって拡大しようとする様々な決定例、学説が現れ、その解釈が区々に分かれていたことから、今回の民訴法の改正においてこの問題を立法的に解決することが期待されたのである。今回の改正作業は、各界に広く意見照会をしつつ行われたのであるが、文書提出義務については、(ア)文書提出義務を一般義務化する案と、(イ)列挙主義を維持しつつ提出義務の範囲を拡張しようとする案のいずれを選択するかについて各界の意見が鋭く対立し、「民事訴訟手続に関する改正要綱」の作成段階で一種の折衷案ともいうべき現行の二二〇条の基になる案が登場し、最終的にこれに一本化されたのである(周知のように、その後の国会における修正によって公務文書については改正が先送りにされた。)。このように、現行の二二〇条は一種の妥協の産物として登場したため、同条の解釈をめぐって、立法直後から学説の対立が続いている状況にある。
学説の対立点は、(1) 二二〇条四号の新設によって、一号ないし三号(特に三号)の意味内容は、旧法三一二条一号ないし三号のそれと変わるのか、変わらないのか、(2) 四号ハの自己利用文書の意義とその判断基準、(3) (2)のあてはめの問題として、銀行の貸出稟議書が自己利用文書に該当するか、(4) 一号ないし三号と四号は、補充的な関係にあるのか、選択的な関係にあるのか(判断順序の問題)などであった(論点の網羅的な摘示につき、平野哲郎「新民事訴訟法二二〇条をめぐる論点の整理と考察」本誌一〇〇四号四三頁参照)。
本決定はこれらの問題のうち、(2)と(3)について明示的に判断を示し、(4)の問題についても、明示的ではないものの回答を示したが、(1)の問題については判断を示さなかったのである。以下、各点について説明する。

四 四号ハの自己利用文書について(判示事項一について)
二二〇条四号は、文書提出義務の一般義務化を認めた規定であり、除外文書として、証言拒絶事由と同様の事由がある文書(イ、ロ)と、自己利用文書(ハ)を置いている。
自己利用文書が除外文書とされた立法趣旨につき、立法担当者は、このような文書についてまで提出義務を負うものとすると文書の作成者の自由な活動を妨げるおそれがあるし、文書の所持者が著しい不利益を受けるおそれがあるとしており(法務省民事局参事官室編・一問一答新民事訴訟法二五一頁)、学説が、(a)自然人や団体の内心領域についての沈黙の自由を確保し、内心領域の自由(意思形成過程の自由)を保護する趣旨(新堂幸司「貸出稟議書は文書提出命令の対象になるか」金法一五三八号一二頁)、(b)プライバシーの侵害を防いだり、将来提出を命じられることを慮って文書作成が不自由になることを防ぐ趣旨(原強「文書提出命令①―学者から見た文書提出義務」三宅ほか編・新民事訴訟法大系第三巻一三〇頁)、(c)個人についてはプライバシーの保護、法人については意思決定の過程なり討議の内容なりをみだりに公開されない自由を保護する趣旨(青山善充ほか「研究会 新民事訴訟法をめぐって(17)」ジュリ一一二五号一二二頁〔竹下守夫発言〕)と述べているところも、基本的に同趣旨と解されよう。
本決定はこのような立法趣旨にかんがみ、判示事項一につき、(1) ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、(2) 開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、(3) 特段の事情がない限り、当該文書は自己利用文書に当たる、との判断を示したものと思われる。
立法担当者は、自己利用文書かどうかは、「文書の記載内容や、それが作成され、現在の所持者が所持するに至った経緯・理由等の事情を総合考慮して、それがもっぱら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の関係のない者に見せることが予定されていない文書かどうかによって決まる」(法務省民事局参事官室・前掲二五二頁)と述べているところ、本決定が示した右(1)の判断はこれとほぼ同じであって、自己利用文書かどうかは、作成者の主観のみによるのではなく、文書の記載内容や作成経緯(法令上の作成義務があるかどうかも含む)等の諸事情を総合して判断するとの趣旨を示したものと思われる。
そして、本決定がこれに加えて(2)の限定を加えているところが注目される。これは、自己利用文書の範囲をさらに絞り込むことにより、文書提出義務を一般義務化し提出文書の範囲を拡大しようとした法改正の趣旨を実現することを所期したものと思われる。(2)の場合に当たるかどうかは、通常は(1)の検討を通じて類型的に判断することが可能であろうが、その判断が微妙であれば、イン・カメラ手続(二二三条三項)による審理が適当な場合もあろう。
なお、旧法下においては、いわゆる「自己使用文書」(所持者ないし作成者がもっぱら自己使用のために作成した文書)は法律関係文書に該当しないと解するのが、通説・決定例であった。「自己使用文書」はいわゆる共通文書でないものを法律関係文書から排除するために用いられる概念であるのに対し、自己利用文書は一般義務化された文書提出義務の除外事由であるから、両者は文言は類似しているが別の概念であるといわれている(伊藤眞「文書提出義務と自己使用文書の意義」法協一一四巻一二号一四五三頁ほか)。問題は両者の広狭である。旧法下において「自己使用文書」の判断基準について定説があったわけではないが、「作成者の主観によってではなく、(イ)文書作成の目的、(ロ)作成者・所持者の性格、(ハ)文書作成義務の有無、(ニ)文書の記載内容等の諸要素を勘案して客観的に認定されるべきである」との考え方が有力説であったと思われる(兼子=松浦=新堂=竹下・条解民事訴訟法一〇五九頁〔松浦馨〕ほか)。これと対比すると、本決定のいう自己利用文書は、前記(2)の「看過し難い不利益が生ずるおそれ」が意識的に求められている点において、右有力説のいう「自己使用文書」より限定的といえよう。
ところで、自己利用文書に該当するかどうかについては、所持者側の不利益の外に、訴訟における当該文書の証拠としての重要性、代替証拠の有無、当事者間の衡平、社会的見地から見た真実発見の重要性などの要素を加えた比較考量が必要であるとする説(比較考量説)が近時有力である(伊藤・前掲一四五三頁、新堂・前掲一三頁など)。本決定は、当該文書の性質と所持者側の不利益に着目しており、比較考量を基本とするものではないから、比較考量説とは一線を画していると解される。しかし、例外的に右のような要素を考慮した判断が可能かどうかは、本決定がいう「看過し難い不利益が生ずるおそれ」や「特段の事情」についての今後の解釈に委ねられた問題といえよう。いずれにしても、本決定は「特段の事情」の例を示していないので、「特段の事情」がどのような事情を指すのかは、今後の検討課題として残されたといえよう。

五 銀行の貸出稟議書について(判示事項二について)
貸出稟議書について、旧法下においては三号後段の法律関係文書に該当するかどうかが問題とされ、ほとんどの決定例は、「自己使用文書」ないし「内部文書」であって法律関係文書に当たらないとの理由でこれを否定していた。
また、立法担当者は、稟議書を自己利用文書の例として挙げ(法務省民事局参事官室・前掲二三一頁)、新法施行後も貸出稟議書について文書提出義務は生じないと考えていたものと思われる。
ところが、新法施行後、貸出稟議書は新法二二〇条三号後段の法律関係文書に当たるとして申立てを認容した上、傍論として、稟議書につき自己利用文書に該当すると解すべきでないと説示した東京高裁の決定が現れた(①東京高決平10・10・5本誌九八八号二八八頁、金法一五三〇号三九頁、金判一〇五三号三頁)。①決定が示した法律関係文書の理解は、ほとんど無限定の提出義務を認めるに等しいものであったが(新堂・前掲八頁、山本和彦「稟議書に対する文書提出命令(上)」NBL六六一号一〇頁などが批判する。)、①決定がその後の下級審実務に与えた影響は大きく、貸出稟議書につき申立てを認容した高裁決定が相次ぎ(②東京高決平10・11・24〔本件の原決定〕、③大阪高決平11・2・26金判一〇六五号三頁。③決定は、貸出稟議書は法律関係文書に当たる、そうでないとしても自己利用文書に該当しないとの理由で認容)、これらに追随する地裁の決定も見られた(札幌地決平11・6・10金判一〇七一号三頁、東京地決平11・7・5金判一〇七一号三頁)。
しかし、③決定以後に現れた高裁の決定は、いずれも貸出稟議書につき、法律関係文書に当たらず、かつ、自己利用文書に該当するとして申立てを却下するか、申立てを却下した原決定を維持している(④東京高決平11・4・16判時一六八八号一四〇頁、⑤福岡高決平11・6・23金法一五五七号七五頁、⑥東京高決平11・7・14金判一〇七二号三頁、⑦東京高決平11・8・10未公刊。ただし、⑧東京高決平11・9・8金判一〇七六号三頁〔④と同一裁判体〕は、信用金庫の会員代表訴訟〔株主代表訴訟の規定を準用した制度〕の場合は別異の判断が必要との理由で、申立てを却下した原決定を取り消してこれを原審に差し戻した。)。また、申立てを却下した地裁決定例も多く存在する(東京地決平10・6・30金法一五二六号六九頁〔①の原決定〕、福岡地決平11・3・15金法一五五七号七五頁〔⑤の原決定〕、東京地決平11・4・19金判一〇六六号一二頁、東京地決平11・6・10金判一〇六九号三頁〔⑥の原決定〕、東京地決平11・6・21金法一五五四号八六頁、東京地決平11・8・16金法一五五七号七五頁など)。これらの決定は、いずれも、法令上の作成義務がないこと、内部の意思決定のために作成されたものであることなどを理由としていたが、提出義務を肯定する決定例が挙げる理由を意識した詳細な理由を付する決定も散見された。このようにして、下級審実務は、原則として提出義務を否定する見解が大勢を占める方向へと収れんする気配を見せていたと思われる。
学説では、(1) 単に自己利用文書に該当すると述べる説(中野貞一郎・解説新民事訴訟法五三頁、高橋宏志・新民事訴訟法論考二〇五頁)、(2) 原則として自己利用文書に該当し、例外を認めるのは慎重でなければならないとする説(新堂・前掲一三頁など)、(3) 原則として自己利用文書に該当するが、他の利益との比較考量により判断され得るとする説(伊藤・前掲一四五五頁)、(4) いかなる場合であっても外部に出さないことが客観的に認定でき、かつ、それが規範的にも正当化される場合を除き、自己利用文書に該当しないとする説(山本・前掲(下)NBL六六二号三二頁)、(5) 自己利用文書に該当するとはいえないとする説(田原睦夫「文書提出義務の範囲と不提出の効果」ジュリ一〇九八号六四頁)などが存在した(学説については、並木茂「銀行の融資稟議書は文書提出命令の対象となるか(上)」金法一五六一号四四頁参照)。
このように決定・学説が分かれ、②、③決定に対する抗告が許可されたため、最高裁の判断が待たれていたところである(①決定に対する抗告は許可されなかった。)。
そして、本決定は、要旨「銀行において支店長等の決裁限度を超える規模、内容の融資案件について本部の決裁を求めるために作成され、融資の内容に加えて、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、融資についての担当者の意見、審査を行った決裁権者が表明した意見などが記載される文書である貸出稟議書は、特段の事情がない限り、自己利用文書に当たる。」との判断を示し、②決定を破棄したのである。本決定は、右のような貸出稟議書は、銀行内部において、融資案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、法令によってその作成が義務付けられたものでもなく、融資の是非の審査に当たって作成されるという文書の性質上、忌たんのない評価や意見も記載されることが予定されているものであるから、(1) 専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていない文書であって、(2) 開示されると銀行内部の自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがある、とその理由を述べている。
また、③の大阪高裁決定(基本事件は、変額保険に加入したことにより被った損害につき融資銀行の責任を追及する訴訟)も、最二小決平11・11・26(金判一〇八一号五四頁参照)によって、本決定と同様の理由で破棄され、文書提出命令の申立ては却下された。
本決定は、判示のような貸出稟議書は特段の事情のない限り自己利用文書に該当することを明らかにしたが、「特段の事情」がどのような事情を意味するのかについては、前述のとおり今後の検討課題であり、また、貸出稟議書以外の社内文書、株主代表訴訟における貸出稟議書などが自己利用文書に当たるといえるかどうかも、今後の問題である。ただし、本件の基本事件は銀行のいわゆる貸し手責任を追及する訴訟、③決定の基本事件は変額保険により被った損害につき銀行の責任を追及する訴訟であるところ、最高裁が各事件につき、特段の事情を簡単に否定しているところからすると、右のような類型の訴訟においては、よほどのことがない限り、特段の事情が認められる余地はないといえよう。
なお、本決定は、原決定が自己利用文書に当たらないとした個々の理由(前記二の(a)から(c))をいずれも排斥したものと思われるが、その理由は判文上は明らかにされていない。原決定の挙げる理由に対して、学説は、(a)の理由(組織体の基本的な公式文書であること)に対しては、組織内の重要な公式文書であればこそ、組織体の意思形成過程に関する沈黙の自由が尊重されるべきであるとの批判、(b)の理由(銀行法に基づく内閣総理大臣の検査の対象となること)に対しては、右検査は行政上の監督として行われるものであるし、担当官には守秘義務があり稟議書が公に開示されることはないのであるから、検査の対象となることが自己利用文書性を否定する理由にはならないとの批判、(c)の理由(銀行が稟議書を証拠として提出することもあること)に対しては、訴訟では立証の都合から個人が日記帳を証拠として提出することもあるが、だからといって日記帳に文書提出命令を発するということにはならない等の批判を寄せていたところである(鈴木正裕「銀行の稟議書に対して文書提出命令を認めた事例」リマークス一九九九(下)一三六頁〔本件の原決定の評釈〕、新堂・前掲〔①決定の評釈〕、並木・前掲(下)金法一五六二号三六頁〔③決定の評釈〕など)。

六 一号ないし三号と四号の判断順序について
一号ないし三号と四号との関係については、(1) 一号ないし三号に該当しない場合に、はじめて四号該当性を検討すべきであるという、いわば予備的関係であるとする説(原・前掲一三一頁など)と、(2) どちらを先に検討してもかまわないという、いわば選択的関係にあるとする説(出水順「文書提出義務(二)―四号文書と証言拒絶権の関係」滝井ほか編・論点新民事訴訟法二六五頁、山下孝之「文書提出命令②―弁護士から見た文書提出義務」三宅ほか編・新民事訴訟法大系第三巻一五三頁など)があったが、本決定は、四号の判断を先行しその後三号後段の判断を行っているので、(2)説に立っていることは明らかである。本決定が(2)説を採った理由は明らかではないが、いずれの号で提出を認めるかで決定の効力に違いはないし、(2)説の方が実務的に便宜だからであろう。その場合、「前三号に掲げる場合のほか」との四号柱書きの文言は、「前三号に掲げる場合に当たらなくても」という程度に読むことになろう。

七 自己利用文書と三号後段の文書(法律関係文書)について
本決定は、「本件文書が自己利用文書に当たると解される以上、三号後段の文書に該当しないことはいうまでもない。」として、三号後段に当たるとの申立人の主張を簡単に退けているので、この記述をどのように読むかが問題になる。
前記三のとおり、二二〇条四号の新設によって、新法三号の意味内容は、旧法の三号と変わったのか、変わらないのかという問題があり、学説は、大きく分けて、(1) 旧法と同じと考える説(法務省民事局参事官室・前掲二五三頁、新堂・前掲一一頁、中野・前掲など)、(2) 旧法より狭くなり、四号イないしハのような除外事由が問題にならない文書に限られるとの説(前掲「研究会」ジュリ一一二五号一一八頁〔竹下守夫、青山善充発言〕、佐藤彰一「証拠収集」法時六八巻一一号一八、山本・前掲(上)NBL六六一号一〇頁ほか多数)に分かれる。しかし、いずれの説を採るにしても、本決定が明らかにした内容の自己利用文書に当たる文書が、新法三号後段の法律関係文書に当たることはあり得ないということができるから、本決定が、自己利用文書は三号後段の法律関係文書に当たらないとの結論を導く前提として、いずれの説を採っているのかは明らかではないといわざるを得ない。すなわち、本決定は、新法三号後段についてどのような解釈を採るのかを明らかにしたものではない。
ところで、三号と四号の判断順序は自由であり、かつ自己利用文書に該当すれば三号後段の文書に当たらないとすれば、当事者が提出義務の根拠として三号後段と四号を掲げた場合、(a) 自己利用文書に該当するとして四号該当性が否定されると、三号後段の該当性も否定されて申立ては却下され、(b) 逆に自己利用文書に該当しないとされると、他の除外事由がない限り、三号後段の該当性を問うまでもなく、申立ては認容されることになる。したがって、結果的に提出義務をめぐる判断の中心は四号に移ることになろう。

八 以上のとおり、本決定は、文書提出命令をめぐるいくつかの問題点を解決した極めて重要な決定であり、裁判実務及び金融実務に与える影響も大きいので、紹介する次第である。
なお、新法下の文書提出命令や貸出稟議書の文書提出義務について発表された論文は多数に上るが、文中の引用文献や並木・前掲(上)金法一五六一号四三頁の文献一覧表参照。その他、吉野正三郎「銀行の貸出稟議書と文書提出命令」銀法21五六九号五頁、大越徹=伊藤治「金融実務と文書提出命令制度」銀法21五六九号一三頁など。本決定に関しては、銀法21五七〇号七頁以下の加藤新太郎判事ほかによる評釈、中村直人「稟議書の文書提出義務に関する最高裁決定」商事一五四五号二二頁、山本和彦「銀行の貸出稟議書に対する文書提出命令」NBL六七九号六頁がある。

+判例(H12.12.14)
理由
抗告代理人村田光男の抗告理由について
一 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
1 本件の本案事件(東京地方裁判所八王子支部平成八年(ワ)第二三六九号損害賠償請求事件)は、抗告人の会員である相手方が、抗告人の理事であった者らに対し、理事としての善管注意義務ないし忠実義務に違反し、十分な担保を徴しないで原々決定別紙融資目録記載の各融資(以下「本件各融資」という。)を行い、抗告人に損害を与えたと主張して、信用金庫法(以下「法」という。)三九条において準用する商法二六七条に基づき、損害賠償を求める会員代表訴訟である。
2 本件は、相手方が、理事らの善管注意義務違反ないし忠実義務違反を証明するためであるとして、抗告人が所持する原々決定別紙文書目録記載の本件各融資に際して作成された一切の稟議書及びこれらに添付された意見書(以下、これらを一括して「本件各文書」という。)につき文書提出命令を申し立てた事件であり、相手方は、本件各文書は民訴法二二〇条三号後段の文書に該当し、また、同条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない同号の文書に該当すると主張した。

二 原々審は、本件各文書が民訴法二二〇条三号後段の文書に該当せず、同条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるとして、本件申立てを却下したが、原審は、次のとおり判断して、原々決定を取り消し、本件を原々審に差し戻した。
信用金庫が所持する稟議書は、本来対外的利用を予定していないものであるが、事務処理の経過と理事等の責任の所在を明らかにすることがその作成目的に含まれている以上、会員代表訴訟の訴訟資料として使用されることはその属性として内在的に予定されているということができるのであり、また、信用金庫自身が理事の責任追及の訴えを提起するときにはこれを証拠として利用することに特段制約があるとは考えられないのであるから、会員の代表訴訟の提起が正当なものである限り、信用金庫が右訴訟を提起した会員に対して稟議書が内部文書である旨主張することは許されない。したがって、本件申立てに対しては、本件各文書の訴訟資料としての必要性や重要性を検討して民訴法二二〇条各号の文書といえるか否かを判断すべきところ、原々決定は、これをせずに本件各文書の提出義務を否定して申立てを却下したものであるから、取消しを免れない。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
記録によれば、本件各文書は、抗告人が本件各融資を決定する過程で作成した貸出稟議書であることが認められるところ、信用金庫の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきであり(最高裁平成一一年(許)第二号同年一一月一二日第二小法廷決定・民集五三巻八号一七八七頁参照)、右にいう特段の事情とは、文書提出命令の申立人がその対象である貸出稟議書の利用関係において所持者である信用金庫と同一視することができる立場に立つ場合をいうものと解される。信用金庫の会員は、理事に対し、定款、会員名簿、総会議事録、理事会議事録、業務報告書、貸借対照表、損益計算書、剰余金処分案、損失処理案、附属明細書及び監査報告書の閲覧又は謄写を求めることができるが(法三六条四項、三七条九項)、会計の帳簿・書類の閲覧又は謄写を求めることはできないのであり、会員に対する信用金庫の書類の開示範囲は限定されている。そして、信用金庫の会員は、所定の要件を満たし所定の手続を経たときは、会員代表訴訟を提起することができるが(法三九条、商法二六七条)、会員代表訴訟は、会員が会員としての地位に基づいて理事の信用金庫に対する責任を追及することを許容するものにすぎず、会員として閲覧、謄写することができない書類を信用金庫と同一の立場で利用する地位を付与するものではないから、会員代表訴訟を提起した会員は、信用金庫が所持する文書の利用関係において信用金庫と同一視することができる立場に立つものではない。そうすると、【要旨】会員代表訴訟において会員から信用金庫の所持する貸出稟議書につき文書提出命令の申立てがされたからといって、特段の事情があるということはできないものと解するのが相当である。したがって、本件各文書は、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきであり、本件各文書につき、抗告人に対し民訴法二二〇条四号に基づく提出義務を認めることはできない。また、本件各文書が、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解される以上、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当しないことはいうまでもないところである。

四 以上によれば、原審の前記判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。この趣旨をいう論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、相手方の本件申立てを却下した原々決定は正当であるから、これに対する相手方の抗告を棄却することとする。よって、裁判官町田顯の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

+反対意見
裁判官町田顯の反対意見は、次のとおりである。
私も、金融機関の貸出稟議書は、特段の事情がない限り民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するが、本件における貸出稟議書については、右の特段の事情があり、証拠としての必要性が認められる限り、抗告人は、文書提出義務を負うと解すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
本件の本案事件は、抗告人の会員である相手方が、抗告人の理事であった者らに対し、本件各融資につき善管注意義務違反又は忠実義務違反があったとして、抗告人のため、損害賠償を求める会員代表訴訟である。
ところで、信用金庫は、会員の出資による協同組織の非営利法人であり(法一条)、会員は、当該信用金庫の営業地域内に住居所又は事業所を有する者(一定規模以上の事業者を除く。)及びその地域内において勤労に従事する者で、定款で定めるものに限られ(法一〇条)、加入及び持分の譲渡については信用金庫の承諾を要し(法一三条、一五条)、定款で定める事由に該当する場合には総会の議決によって除名されること(法一七条三項)、信用金庫は、預金等の受信業務は会員以外の者からも受け入れることができるが、貸出業務は原則として会員に対してのみ行うことができるものとされていること(法五三条)、会員は出資口数にかかわらず平等に一箇の議決権を有すること(法一二条)など、会員による人的結合体たる性格を帯有する。
そして、会員代表訴訟は、右のような性質を持つ会員が、信用金庫のため(法三九条、商法二六七条二項)、その任務を怠った理事の責任(法三五条)を追及することを目的とするものであるから、これらを全体としてみれば、信用金庫の会員代表訴訟は、協同組織体内部の監視、監督機能の発動であると解するのが相当である。
金融機関の貸出稟議書は、当該金融機関が貸出しを行うに当たり、組織体として、意思決定の適正を担保し、その責任の所在を明らかにすることを目的として作成されるものと解されるから、貸出稟議書は、貸出しに係る意思形成過程において重要な役割を果たすとともに、当該組織体内において、後に当該貸出しの適否が問題となり、その責任が問われる場合には、それを検証する基本的資料として利用されることが予定されているものというべきである。
信用金庫における会員代表訴訟の前記の性質と貸出稟議書の右のような役割よりすれば、信用金庫の貸出稟議書は、会員代表訴訟において利用されることが当然に予定されているものというべきであり、本件のように理事の貸出行為の適否が問題とされる信用金庫の会員代表訴訟においては、当該貸出しに係る貸出稟議書は、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないと解すべき特段の事情があって、民訴法二二〇条四号の規定により、その所持者である抗告人に対し、提出を命ずることができるものと解すべきである。
もっとも、相手方は、本件各融資に際して作成された一切の稟議書及びこれらに添付された意見書の提出を求めるものであるところ、これらは本来外部に開示されることが予定されていないものであるから、その提出を命ずるに当たっては、当該訴訟の判断のため真に必要なものに限られるべきことは当然であって、受訴裁判所としては、証拠としての必要性について慎重な判断をしなければならない。
よって、これと同旨の原決定は正当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきである。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田顯 裁判官 深澤武久)

++解説
《解  説》
 一 本件の本案事件は、S信用金庫の会員であるXが、S信用金庫の理事であったYらに対し、理事としての善管注意義務ないし忠実義務に違反し、十分な担保を徴しないで融資を行い、S信用金庫に損害を与えたと主張して、信用金庫法三九条において準用する商法二六七条に基づき、損害賠償を求める会員代表訴訟である。本件は、Xが、Yらの善管注意義務違反ないし忠実義務違反を証明するためであるとして、S信用金庫が所持する右融資に際して作成された一切の稟議書及びこれらに添付された意見書(以下「本件各文書」という。)について文書提出命令を申し立てた事件である。Xは、本件各文書は民訴法二二〇条三号後段の法律関係文書に該当し、また、同条四号ハの文書(これを「自己利用文書」と呼ぶ。)に当たらない文書であると主張した。
 二 原々審(金判一〇七六号七頁)は、本件各文書は民訴法二二〇条三号後段の文書に該当せず、同条四号ハ所定の自己利用文書に当たるとして、本件申立てを却下した。
 原審(金判一〇七六号三頁)は、(1)代表訴訟の提起が正当なものである限り、信用金庫が右訴訟を提起した会員に対して稟議書が内部文書であることを主張することはできないとの一般論を示した上、(2)証拠としての必要性や重要性を検討して民訴法二二〇条各号の文書に該当するかどうかを判断すべきであるとして、原々決定を取り消し、原々審に差し戻した。これに対して、S信用金庫が抗告許可の申立てをしたのが本件事件である。
 三 本決定は、最二小決平11・11・12民集五三巻八号一七八七頁を引用して「信用金庫の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、民訴法二二〇条四号ハ所定の自己利用文書に当たる。」とした上、「会員代表訴訟において会員から信用金庫の所持する貸出稟議書につき文書提出命令の申立てがされたからといって、特段の事情があるということはできない。」と判示し、本件各文書は自己利用文書に当たるとして四号による提出義務を否定するとともに、自己利用文書に当たる以上、三号後段の法律関係文書に該当しないとして、原決定を破棄し、原々決定に対する抗告を棄却した。
 四 民訴法改正によって新設された二二〇条四号ハ所定の自己利用文書の意義については、周知のとおり、前掲最二小決平11・11・12が、「(1)ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、(2)開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、(3)特段の事情がない限り、当該文書は自己利用文書に当たる。」と判示し、「銀行の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、自己利用文書に当たる。」との判断を示した。そこで、右最決の後は、「特段の事情」が認められるのはどのような場合であるかという点に議論が集中している。この点については、(1)例外的な事例に備えて一種の決まり文句を置いたもの、(2)証拠としての重要性等各訴訟の個々的な事情を勘案する手掛りを残したもの、(3)株主代表訴訟等訴訟類型の差異を勘案する手掛りを残したもの等の解釈が示されている(山本和彦「銀行の貸出稟議書に対する文書提出命令」NBL六七九号六頁、加藤新太郎「銀行の貸出稟議書と自己使用文書」NBL六八二号七一頁、小林秀之・塩崎勤ほか「〈座談会〉稟議書を中心とした文書提出命令(上)」本誌一〇二七号四頁、小野憲一「時の判例」ジュリ一一八四号一二〇頁)。なかでも、株主代表訴訟において貸出稟議書の文書提出命令が申し立てられた場合については、(1)株主と法人とを同一視することはできず、代表訴訟においても法人の内心領域の自由(意思形成過程の自由)は保護されるべきであるとして、自己利用文書該当性を肯定する見解(中村直人「稟議書の文書提出義務に関する最高裁決定」商事一五四五号二六頁、河本一郎「株主代表訴訟と文書提出命令」銀法21五七三号一頁)と、(2)株主は、団体の内部者であるから、団体内部の訴訟である代表訴訟においては、会社の内心領域の自由(意思形成過程の自由)は保護されないとして、自己利用文書該当性を否定する見解(前掲山本和彦六頁、前掲小林秀之・塩崎勤ほか四頁、大村雅彦「銀行の貸出稟議書を対象とする文書提出命令の許否」ジュリ一一七九号一二三頁、塩崎勤・塚原朋一ほか「〈座談会〉新民訴法施行一年を振り返って」金法一五三八号二七頁、並木茂「銀行の融資稟議書は文書提出命令の対象となるか」金法一五六二号四四頁、鈴木正裕「銀行の稟議書に対して文書提出命令を命じた事例」リマークス一九九九下一三六頁)とが対立している。
 五 本決定は、代表訴訟において文書提出命令の申立てがされた本件のような事案では、文書提出命令の申立人がその対象である貸出稟議書の利用関係において所持者である信用金庫と同一視することができる立場にあるのであれば「特段の事情」が認められるという前提に立った上(本決定は、本件の事案を離れて「特段の事情」の一般的な意義を定義付けたものではないと考えられる。)、(1)信用金庫法は、会員に対して限定的に書類の閲覧・謄写を認めているにすぎず(貸出稟議書は、閲覧・謄写の対象外である。)、会員を信用金庫の秘密や内心領域の自由(意思形成過程の自由)等の保護が及ばない相手とはみていないこと、(2)会員代表訴訟は、会員が会員としての地位に基づいて理事の信用金庫に対する責任を追及することを認めるものにすぎず、右のような会員の文書利用上の地位に変化をもたらすものではないこと等にかんがみて、会員代表訴訟において文書提出命令の申立てがされたことをもって、貸出稟議書が自己利用文書に当たらない特段の事情があるということはできないと判断したものと考えられる。このような本決定の判断枠組みに立てば、株主代表訴訟において株主から貸出稟議書につき文書提出命令が申し立てられた場合には、本件と同様の結論となるものと思われる。また、本決定は、「特段の事情」の判断に当たり、証拠としての重要性、必要性等の要素を考慮していないから、前述のような、証拠としての重要性等各訴訟における個々的な事情を比較考量するという立場に立つものではないといえよう。なお、本決定には、町田裁判官の反対意見が付されている。
 本決定は、かねてから注目を集めていた代表訴訟における特段の事情の有無という論点について、最高裁としての初めての判断を示したものであり、実務に与える影響は小さくないと思われるので、紹介する。
+判例(H13.12.7)
理由 
 抗告代理人田中清、同井上朗、同柏木泰英、同末永京子、同馬場康吏、同田村雅嗣、同高橋正人の抗告理由について 
 1 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。 
 (1) 本件の本案訴訟のうち、2つの事件(大阪地方裁判所平成10年(ワ)第11490号貸金等請求事件及び平成11年(ワ)第9243号貸金等請求事件)は、経営が破たんした木津信用組合(以下「木津信」という。)の営業の全部を譲り受けた抗告人が、貸金債権、求償債権等に基づき、相手方株式会社福一不動産及び相手方Aに対し金員の支払等を求めたものである。また、その余の事件(同平成10年(ワ)第11520号債権者代位請求事件、同年(ワ)第11634号債権者代位請求事件、同年(ワ)第11654号損害賠償等請求事件)は、抗告人が、相手方福一不動産又は相手方Aの所有する不動産について、相手方株式会社寿住建、相手方B又は相手方Cに対し、前記各債権を被保全債権とする債権者代位権に基づき所有権移転登記手続等を求めたものである。 
 (2) 相手方らは、前記本案訴訟において、相手方A及び相手方福一不動産が木津信に対する貸金債務、求償債務等を本件土地の売却代金によって弁済しようとしたところ、木津信は、本件土地についてされた根抵当権設定登記等を抹消することを不当に拒絶して本件土地の売却を妨害し、また、相手方A及び相手方福一不動産に対し、貸付残高を雪だるま式に増大させた上、自己の利益を図る目的で、上記相手方両名の支払利息相当分の金額を新たに融資し、これを支払利息に充当する、いわゆる「利貸し」を行ったと主張し、これらの不法行為に基づく損害賠償請求権と抗告人の前記各債権とを対当額で相殺する旨の抗弁を主張した。 
 (3) 本件は、相手方らが、前記(2)の抗弁に係る事実等を証明するためであるとして、抗告人が所持する原々決定別紙文書目録一ないし四記載の各稟議書及び付属書類一切(以下、これらを一括して「本件文書」という。)につき文書提出命令を申し立てた事件である。相手方らは、本件文書は、貸出稟議書ではあるが、民事訴訟法(平成13年法律第96号による改正前のもの。以下同じ。)220条4号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない特段の事情があり、同号の文書に当たるなどと主張した。 
 2 原審は、本件文書は、その開示によって所持者である抗告人に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるとは認められないから、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないと判断して、抗告人に対して本件文書の提出を命ずべきものとした。 
 3 本件文書は、木津信が相手方らへの融資を決定する過程で作成した稟議書とその付属書類であるところ、信用組合の貸出稟議書は、専ら信用組合内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていない文書であって、開示されると信用組合内部における自由な意見の表明に支障を来し信用組合の自由な意思形成が阻害されたりするなど看過し難い不利益を生ずるおそれがあるものとして、特段の事情がない限り、民事訴訟法220条4号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきである(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁参照)。 
 そこで、本件文書について、上記の特段の事情があるかどうかについて検討すると、記録により認められる事実関係等は、次のとおりである。 
 (1) 本件文書の所持者である抗告人は、預金保険法1条に定める目的を達成するために同法によって設立された預金保険機構から委託を受け、同機構に代わって、破たんした金融機関等からその資産を買い取り、その管理及び処分を行うことを主な業務とする株式会社である。 
 (2) 抗告人は、木津信の経営が破たんしたため、その営業の全部を譲り受けたことに伴い、木津信の貸付債権等に係る本件文書を所持するに至った。 
 (3) 本件文書の作成者である木津信は、営業の全部を抗告人に譲り渡し、清算中であって、将来においても、貸付業務等を自ら行うことはない。 
 (4) 抗告人は、前記のとおり、法律の規定に基づいて木津信の貸し付けた債権等の回収に当たっているものであって、本件文書の提出を命じられることにより、抗告人において、自由な意見の表明に支障を来しその自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとは考えられない。 
【要旨】上記の事実関係等の下では、本件文書につき、上記の特段の事情があることを肯定すべきである。このような結論を採ることによって、現に営業活動をしている金融機関において、作成時には専ら内部の利用に供する目的で作成された貸出稟議書が、いったん経営が破たんして抗告人による回収が行われることになったときには、開示される可能性があることを危ぐして、その文書による自由な意見の表明を控えたり、自由な意思形成が阻害されたりするおそれがないか、という点が問題となり得る。しかし、このような危ぐに基づく影響は、上記の結論を左右するに足りる程のものとは考えられない。所論引用の判例(最高裁平成11年(許)第35号同12年12月14日第一小法廷決定・民集54巻9号2709頁)は、本件とは事案を異にするものであり、その他原決定の違法をいう論旨は採用することができない。 
 4 以上のとおりであるから、本件文書の提出を命ずべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)
++解説
《解  説》
 一 本件は、信用組合が作成した貸出稟議書が平成一三年法律第九六号による改正前の民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるかどうかが問題となった事案である。
 二 本件の基本事件は、木津信用組合の経営の破綻により、木津信からその営業の全部を譲り受けたX(株式会社整理回収機構)が、木津信の貸付先等であるYらに対して貸金債権等の回収のために提起した事件である。これを争うYらから、Xが木津信から譲り受けて所持している木津信作成に係る貸出稟議書の提出命令を求める本件申立てがされ、原々審、原審とも、提出命令を発すべきものとした。
 Xの許可抗告申立ての理由は、原決定は最二小決平11・11・12民集五三巻八号一七八七頁、本誌一〇一七号一〇二頁及び最一小決平12・12・14民集五四巻九号二七〇九頁、本誌一〇五三号九五頁と相反する判断をしたものであり、上記各決定にいう「特段の事情」の解釈を誤り、ひいては民訴法二二〇条四号ハに規定する「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」の解釈を誤ったというものである。
 三 本決定は、まず、前掲最二小決平11・11・12を引用して、信用組合の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、民事訴訟法二二〇条四号ハ所定の『専ら文書の所持者の利用に供するための文書』に当たると解すべきであるとした上で、決定要旨記載のような本件の事実関係等の下では、本件文書につき、この特段の事情があることを肯定すべきであるとの判断をした。
 四 民訴法二二〇条四号ハ所定の自己利用文書の意義については、前掲最二小決平11・11・12が、「ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は、民訴法二二〇条四号ハ所定の『専ら文書の所持者の利用に供するための文書』に当たる」と判示し、「銀行の貸出稟議書は、特段の事情がない限り、『専ら文書の所持者の利用に供するための文書』に当たる。」としている。
 そこで、その後は、この「特段の事情」が認められるのはどのような場合であるかということが問題となった。前掲最一小決平12・12・14は、この「特段の事情」があるとはいえないとされた事例である。
 本決定が「特段の事情」の存在を肯定するに当たって考慮した要素は次のようなものである。
 1 文書の所持者の特殊性
 本件文書の所持者であるX(株式会社整理回収機構)は、「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」(いわゆる住専法)の規定する債務処理会社として、平成八年九月に、預金保険機構から金融安定化拠出基金のうちの一〇〇〇億円及び日銀からの拠出金一〇〇〇億円の合計二〇〇〇億円の出資を受けて、預金保険機構の一〇〇パーセント子会社として株式会社住宅金融債権管理機構の商号で設立された会社であったが、平成一一年四月に株式会社整理回収銀行を吸収合併するとともに、株式会社整理回収機構に商号を変更したものである。その代表者は、日弁連元会長であり、破たん金融機関等から債権を買い取り、その債権回収を行うことを主な業務としている。このように法律により特殊な任務を与えられている会社であって、株式会社の形態をとってはいるが、業務の内容は、公益にかかわるものである。すなわち、我が国における金融制度の安定化のため、破たん金融機関等の有する債権を買い取ることによって破たん処理を容易にさせるとともに、買取資金が国庫等から拠出された出資金によるものであるところから、買取債権の回収を図ることによって、国庫等の負担を軽減させようとする業務である。
 2 文書の作成者の特殊事情と文書の所持者交替の特殊性
 前掲最二小決平11・11・12が貸出稟議書について特段の事情のない限り提出義務はないとしたのは、法人内部の意思形成過程を保護するという点にポイントがあったと考えられるところ、それは当該法人の営業活動が継続していくことが前提となっていたと考えられる。
 本件においては、木津信は既に清算中であって、将来とも貸付業務等をする可能性はなくなっており、貸出稟議書に関して木津信の意思形成過程を保護すべき必要性は消滅していると考えられるそして、木津信からXへの債権譲渡は、通常の健全な金融機関の間における債権譲渡とは異なり、木津信の法的な破たん処理手続の中で行われたものであり、本件文書について、X自体の意思形成過程を問題とする余地もない
 3 本決定は、以上のような諸点を総合考慮して、前掲最二小決平11・11・12にいう「特段の事情」が存在すると判断したものである。本決定は、最高裁判所として初めてこの「特段の事情」を認めた事例として意味があるほか、この問題についての基本的な考え方を再確認するものとしても意義があると考えられる。
+判例(H18.2.17)
理由 
 抗告代理人小田木毅ほかの抗告理由について 
 1 記録によれば、本件の経緯等は次のとおりである。 
 本件の本案訴訟(横浜地方裁判所平成16年(ワ)第1459号貸金等請求事件)は、銀行である抗告人が、相手方らに対し、消費貸借契約及び連帯保証契約に基づき合計11億5644万円余の支払を求めるものである。 
 相手方らは、上記本案訴訟において、(1) 抗告人と相手方らとの取引(本件取引)は融資一体型変額保険に係る融資契約に基づく債務を旧債務とする準消費貸借契約であるところ、同融資契約は錯誤により無効である、(2) 仮に本件取引が消費貸借契約であったとしても、融資一体型変額保険に係る融資契約は錯誤により無効であり、同契約に関して相手方らが抗告人に支払った金員について、相手方らは不当利得返還請求権を有するので、同請求権と抗告人の本訴請求債権とを対当額で相殺すると主張して争っている。 
 本件は、相手方らが、融資一体型変額保険の勧誘を抗告人が保険会社と一体となって行っていた事実を証明するためであるとして、抗告人が所持する原々決定別紙文書目録(ただし、原決定により訂正されたもの)1ないし7記載の各文書(本件各文書)につき文書提出命令を申し立てた事件である。相手方らは、本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない同号の文書に該当すると主張した。 
 2 ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁参照)。 
 これを本件各文書についてみると、記録によれば、本件各文書は、いずれも銀行である抗告人の営業関連部、個人金融部等の本部の担当部署から、各営業店長等にあてて発出されたいわゆる社内通達文書であって、その内容は、変額一時払終身保険に対する融資案件を推進するとの一般的な業務遂行上の指針を示し、あるいは、客観的な業務結果報告を記載したものであり、取引先の顧客の信用情報や抗告人の高度なノウハウに関する記載は含まれておらずその作成目的は、上記の業務遂行上の指針等を抗告人の各営業店長等に周知伝達することにあることが明らかである。 
 このような文書の作成目的や記載内容等からすると、本件各文書は、基本的には抗告人の内部の者の利用に供する目的で作成されたものということができるしかしながら、本件各文書は、抗告人の業務の執行に関する意思決定の内容等をその各営業店長等に周知伝達するために作成され、法人内部で組織的に用いられる社内通達文書であって、抗告人の内部の意思が形成される過程で作成される文書ではなく、その開示により直ちに抗告人の自由な意思形成が阻害される性質のものではないさらに、本件各文書は、個人のプライバシーに関する情報や抗告人の営業秘密に関する事項が記載されているものでもない。そうすると、本件各文書が開示されることにより個人のプライバシーが侵害されたり抗告人の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって抗告人に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるということはできない。 
 3 以上のとおりであるから、本件各文書は、民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には当たらないというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 今井功 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)
++解説
《解  説》
 1 本件は,銀行の本部の担当部署から各営業店長等にあてて発出されたいわゆる社内通達文書であって一般的な業務遂行上の指針等が記載されたものが,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(自己利用文書)に当たらないかどうかが問題となった事案である。
 本件の基本事件は,銀行である抗告人が,相手方らに対し,消費貸借契約及び連帯保証契約に基づき合計11億円余りの貸金及び連帯保証金の返還等を求めて提訴した事件であり,相手方らは,融資一体型変額保険に係る融資契約は錯誤により無効であるなどと主張して争い融資一体型変額保険の勧誘を抗告人が保険会社と一体となって行っていた事実を証明するためであるとして,抗告人が所持する社内通達文書の提出を求める本件申立てをした。申立ての対象となった7通の文書(本件各文書)は,いずれも銀行である抗告人の営業関連部,個人金融部等の本部の担当部署から,各営業店長等にあてて発出されたいわゆる社内通達文書であって,「一時払終身保険に対する融資案件の推進について」「対策例,推進の好事例」「変額一時払終身保険の取引先紹介に関わる生保会社からのメリット吸収について」などと題するものであり,その内容は,変額一時払終身保険に対する融資案件を推進するとの一般的な業務遂行上の指針を示し,あるいは,客観的な業務結果報告を記載したものであり,取引先の顧客の信用情報や銀行の高度なノウハウに関する記載は含まれておらず,その作成目的は上記の業務遂行上の指針等を銀行の各営業店長等に周知伝達するというものであった。なお,本件各文書は,抗告人が一方当事者になっている別件訴訟において相手方当事者から書証として提出されており,相手方ら代理人は,別件訴訟の記録等により本件各文書の特定をしたものとうかがわれる。
 原々審,原審とも,文書の提出を命ずべきものとした。抗告人から許可抗告の申立てがされたが,その理由は,原決定は,最二小決平11.11.12民集53巻8号1787頁,判タ1017号102頁(銀行の貸出禀議書についてのもの,平成11年決定)と相反する判断をし,民訴法220条4号ニの解釈を誤ったものであるというものである。
 2 本決定は,まず,この平成11年決定を引用して,「ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の『専ら文書の所持者の利用に供するための文書』に当たると解するのが相当である。」と説示した。
 その上で,「文書の作成目的や記載内容等からすると,本件各文書は,基本的には抗告人の内部の者の利用に供する目的で作成されたものということができるが,本件各文書は,抗告人の業務の執行に関する意思決定の内容等をその各営業店長等に周知伝達するために作成され,法人内部で組織的に用いられる社内通達文書であって,抗告人の内部の意思が形成される過程で作成される文書ではなく,その開示により直ちに抗告人の自由な意思形成が阻害される性質のものではないし,個人のプライバシーに関する情報や抗告人の営業秘密に関する事項が記載されているものでもないから,本件各文書が開示されることにより個人のプライバシーが侵害されたり抗告人の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって抗告人に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるということはできない。」として,民訴法220条4号ニ所定の文書には当たらず,文書の提出義務を肯定すべきものと判断した。
 3 平成11年決定は,自己利用文書に当たるというには,①専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であり,かつ②個人のプライバシーの侵害や個人ないし団体の自由な意思形成の阻害など,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるという2つの要件を満たす必要があることを示したものと理解されているが,本決定は,本件各文書につき,②の要件を満たすとはいえないとして自己利用文書の該当性を否定したものである。②の要件を検討するにあたり,本決定は,本件各文書の組織の意思決定の内容等をその各営業店長等の下部組織に周知伝達するために作成され,法人内部で組織的に用いられる社内通達文書であるという文書の類型的な性質のほか,個人のプライバシーに関する情報や営業秘密に関する事項の記載がないという個別の事情を考慮している。いわゆる社内通達文書といっても,多種多様な内容のものがあるが,本決定は社内通達文書についての一つの事例判断を示したものとして参考になろう。
 4 自己利用文書についての当審の先例としては,銀行の貸出禀議書についてのもの(平成11年決定,最一小決平12.12.14民集54巻9号2709頁,判タ1053号95頁,最二小決平13.12.7民集55巻7号1411頁,判タ1080号91頁),保険業法に基づいて設置された調査委員会の作成した調査報告書についてのもの(最二小決平16.11.26民集58巻8号2393頁,判タ1169号138頁),市の議会の会派に所属する議員が政務調査費を用いてした調査研究の内容及び経費の内訳を記載して当該会派に提出した調査研究報告書についてのもの(最一小決平17.11.10民集59巻9号登載予定)があるが,本決定は事例の集積の意義を有するほか,実務に与える影響も少なくないと思われる。
4.文書提出義務の判断過程におけるイン・カメラ手続の利用
+(文書提出命令等)
第223条
1項 裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がないと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる。
2項 裁判所は、第三者に対して文書の提出を命じようとする場合には、その第三者を審尋しなければならない。
3項 裁判所は、公務員の職務上の秘密に関する文書について第二百二十条第四号に掲げる場合であることを文書の提出義務の原因とする文書提出命令の申立てがあった場合には、その申立てに理由がないことが明らかなときを除き、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当するかどうかについて、当該監督官庁(衆議院又は参議院の議員の職務上の秘密に関する文書についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣の職務上の秘密に関する文書については内閣。以下この条において同じ。)の意見を聴かなければならない。この場合において、当該監督官庁は、当該文書が同号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べるときは、その理由を示さなければならない。
4項 前項の場合において、当該監督官庁が当該文書の提出により次に掲げるおそれがあることを理由として当該文書が第220条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは、裁判所は、その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対し、その提出を命ずることができる。
一 国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ
二 犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ
5項 第3項前段の場合において、当該監督官庁は、当該文書の所持者以外の第三者の技術又は職業の秘密に関する事項に係る記載がされている文書について意見を述べようとするときは、第220条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べようとするときを除き、あらかじめ、当該第三者の意見を聴くものとする。
6項 裁判所は、文書提出命令の申立てに係る文書が第二百二十条第四号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、文書の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された文書の開示を求めることができない。
7項 文書提出命令の申立てについての決定に対しては、即時抗告をすることができる。

5.文書提出命令不服従の効果

+(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果)
第224条
1項 当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる
2項 当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。
3項 前二項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる

・1項の申立人の主張とは、文書の記載内容であるとして申立中に示されたものであり、主には文書の趣旨(221条1項2号)に該当する。
これに対し、証明すべき事実(221条4号)を指すわけではないことに注意!

・1項2項だけでは提出しなかったものに相対的に有利になりかねない。
→3項の出番。

6.おわりに