会社法 事例で考える会社法 事例7 株主総会の準備が大変


Ⅰ 解答に当たっての考え方
1.本問のレベル
2.紛争防止型問題

+判例(福岡地判H3.5.14)

3.その他

Ⅱ 第2会場の適法性

+判例(大阪地判H10.3.18)
第四 争点に対する判断
一 当事者間に争いのない事実及び証拠(乙一、二ないし六、八の1、2、九、検乙二、三、検証、証人松枝、同楠及び原告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。
1(一) 被告は、平成八年五月二〇日、取締役会を開催して本件総会の招集を決定し、同月一一日、株主に対してその旨の通知を発送した。ところが、その後、銅地金取引による損失問題が明らかになったことから、被告は、同年六月一四日、損失問題を関係当局やマスコミなどに公表した。また、被告は、損失問題に伴い、一億二〇〇〇万円の取締役賞与金及び二五〇億円の株式消却積立金の計上を取り止めるとともに、新たに一五〇〇億円の特別損失積立金を計上することにし、同月一九日、取締役会を開催して、第一号議案(第一二八期利益処分案承認の件)を修正し、第三号議案(利益による株式消却のための自己株式取得の件)を撤回する旨の提案を本件総会で行うことを決定した。
被告は、株主に、右の提案を事前に知ってもらうため、個別に通知を発することを検討したが、日程や株主数などの関係から個別の通知が不可能であったため、同月二〇日、右取締役会の決定事項を朝日新聞及び日本経済新聞の全国版に掲載し、本件総会に出席した株主には、会場において、第一号議案の修正と第三号議案の撤回の趣旨を説明した資料を配付した。
(二)(1) 被告は、損失問題がマスコミを通じて報道されたことにより、例年より多数の株主が本件総会に出席すると予想したが、既に招集通知を発送し終わっていたことから、この時点で会場を変更し、そのことを株主に通知することは不可能であった。
そこで、被告は、当初予定していた会場を「第一会場」とし、その西側の隣室を「第二会場」、第一会場の東側の部屋を「第三会場」として準備し、第一会場の座席を例年よりも小さな椅子に変更するなどしてこれに備えた。そして、第二会場には、大型モニターテレビ三台を配備するとともに、第一会場株主席の後方に二台(内一台は予備)及び議長席の後方に一台それぞれビデオカメラを設置し、株主席後方のビデオカメラは広報室の職員がそのそばで操作して株主席後方から議長席側を、また、議長席後方のビデオカメラはシステム統括部の職員が事務局席の隣室に設置されたモニターテレビの映像とマイクを通した音声を見聞きしながら操作して議長席後方から株主席側を撮影し、第二会場に設置されたモニターテレビを通じて、第一会場の状況を放映するようにした。また、議長が第二会場の状況を把握するため、第二会場内にテレビカメラを設置するとともに、第一会場の議長席背後の事務局席にモニターテレビを設置し、右モニターテレビに第二会場のテレビカメラの映像を映し出し、さらに、第一会場及び第二会場の直ぐ近くの議決権集計室と議長席後方の事務局席に、直通の電話回線を設置し、第二会場内の動きなどが電話で事務局に伝わるようにした
第一会場及び第二会場などの位置関係、形状、議長席や役員席などの配置、モニターテレビやビデオカメラなどの配置状況は、別紙株主総会会場見取図のとおりである。
なお、被告は、本件総会をマスコミに公開するため、本件総会の会場と同じ建物の一〇階に一〇〇名程度収容できる部屋を用意し、第一会場の状況を映し出すため、モニターテレビを設置した。
(2) 被告は、会場の警備、警戒に当たるため、第一会場に警備員五名を配置するとともに、議場の広さから質問者にマイクを使用して発言してもらうため、議長が指名した株主にマイクを渡すために係員二名を配置し、これら二名の係員を含む案内係四名を配置した。また、第二会場には、案内係三名と警備員一名を配置し、第二会場の案内係三名は、株主に対する一般的な場内案内のほか、第二会場に質問者などがある場合に、速やかに第一会場に誘導するとともに、議長席の背後の事務局席に直通電話で連絡することになっていた。そして、これらの係員は、「株主総会事務局」と表示した名刺大のプレートを左胸に着用していた。
(三) 被告は、本件総会に先立ち、東京で二回、大阪で一回、株主総会のリハーサルを実施し、東京でのリハーサルは、被告の役員が多数であることから、出席役員を二組に分けて二回実施され、いずれのリハーサルも、想定問答に従って、被告の従業員が質問をし、議長をはじめ役員がこれに回答するという形で行われた。また、大阪でのリハーサルは、本件総会の前日の午後五時から、被告の全役員と四、五〇名の従業員株主が出席して行われ、役員の入場、議長の報告、被告の従業員による想定問答に従った質問とそれに対する議長又は役員による回答など、本件総会の手順に従って実施され、その際、議長の報告の終了や付議などの議事進行の節目で、従業員株主から一斉に「異議なし」「了解」との発言がなされていた。
被告は、全議案について株主から一括して質問を受けた後、各議案を付議するという議事進行を予定していたが、各議案を付議した段階で株主からの質問があれば、適宜受け付けることとしていた。

2 本件総会の会場は、午前八時に開場し、被告の係員は、到着した株主から順次第一会場に入場させ、第一会場が満席となった時点で第一会場の扉を閉め、その後に到着した株主を第二会場に入場させた。被告は多数の株主が出席することを予想していたが、出席した株主はすべて第一会場及び第二会場に収容され、結局、第三会場を使用するには至らなかった。そして、第一会場の前半分に、一般の株主とともに、従業員株主が四、五〇名着席していた。
原告代表者は、午前九時四〇分ころ、本件総会の会場に到着し、受付を済ませると、被告の係員から、第二会場に誘導された。この時、係員から原告代表者に、それが第二会場であることについて特に説明はなく、第二会場に入場した後も、係員からそこが第二会場であることや質問の仕方などについて特に説明はなかった。

3(一) 本件総会は、定刻の午前一〇時に開会し、まず、事務局から出席株主数及び株式数などの報告がなされ、秋山議長が、銅地金取引による損失問題に関する経過、現状及び見通しについて説明し、役員全員が起立して、株主に対し陳謝したところ、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、第一号議案の修正及び第三号議案の撤回についての趣旨説明をし、引き続いて、監査役から監査報告がなされたが、この時点で、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。次いで、秋山議長が、第一二八期営業報告書、貸借対照表及び損益計算書の内容について報告すると、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがり、さらに、秋山議長が、損失問題についての管理体制を強化する旨を説明すると、一部の株主から「責任を取れ」という不規則発言があったものの、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、あらかじめ株主から提出されていた質問書に対して、一括して回答するため、橋本副社長を指名し、橋本副社長は、質問書に対して回答していったが、回答の節目で、一部の株主から不規則発言はあったものの、従業員株主を中心として一斉に「了解」との声があがった。次いで、秋山議長は、松岡常任監査役を指名し、松岡常任監査役は、損失問題を発見できなかったことについて回答したところ、同様に、従業員株主を中心として一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、第一号議案の修正及び第三号議案の撤回を提案したところ、株主からも会社側の提案と同旨の動議が提出され、従業員株主を中心に「異議なし」「賛成」といった声があがり、これらを議案とすることが承認された。
(二) 秋山議長は、報告書、報告事項及び修正案を含む全議案について議場に質問、意見を促し、暫時株主からの質問を待ったが、第一会場及び第二会場の株主からは質問や意見は出なかった。そこで、秋山議長は、議案の審議に入り、第一号議案の修正議案を付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがったので、第一号議案を修正案どおり承認可決した。秋山議長は、第二号議案、次いで、第三号議案の撤回を付議したところ、同様に、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがったので、これらについて承認可決された。
(三) 原告代表者は、第二会場で、同所に設置されたモニターテレビを通じて第一会場の様子を見ていて、秋山議長が全議案について議場に質問、意見を促したときも、誰かが質問すると思い、自ら質問することを考えていなかった。しかし、秋山議長が第一号議案について付議し、これが承認可決された時も、何ら株主からの質問がなされなかったことから、自ら質問をしようと思い、第二会場を見渡したところ、第二会場にいた係員がそれを見つけた。その係員は、原告代表者に質問をするのかどうかを確認した上、原告代表者を第一会場に誘導するとともに、直通電話で、議長席の背後の事務局へ連絡した。この間、第一会場では、第一号議案の修正議案、第二号議案及び第三号議案の撤回が付議され、いずれも株主の賛成多数により承認可決されていた。
秋山議長は、第四号議案を付議したところで、第二会場に質問者がいることを知り、議事の進行を止め、原告代表者が第一会場に入ってくるのを待って、原告代表者にマイクを渡すよう係員に指示した。
(四) 原告代表者は、第一会場の議長席から見て左手後方の左端に誘導され、被告の係員が原告代表者のために補助椅子を用意した。秋山議長から原告代表者に対し、質問者の名前の確認がなされた後、原告代表者は、第四号議案について質問し、損失問題について取締役の責任を明らかにするため、取締役の退任を求めたところ、秋山議長は、原告代表者を含めた株主らに謝罪した上、会社の信用を回復することが現在の責務であると回答した。
原告代表者は、秋山議長の回答の途中から、「あなたにはできない。」とか、「新しい方が追求したらいい。」などと発言し、他の株主からも不規則発言がなされたが、別の株主から「了解」との発言があり、さらに、「議事進行」との発言もあったことから、秋山議長は、第四号議案について付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「了解」との声があがり、第四号議案は承認可決された。原告代表者は、第四号議案についてさらに質問したいと考えていたが、秋山議長からの指名はなく、第四号議案が承認可決された後も、その場に腰掛けて第一会場にいた。
(五) 続いて、秋山議長は、第五号議案について議場に付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがり、第五号議案は承認可決された。
原告代表者は、秋山議長が第五号議案を付議するや、右の「異議なし」「賛成」との発言とほぼ同時に、「できない、できない。」と発言し、株主票をあげて中腰の姿勢で「発言」「発言」と言って、秋山議長に発言を求めたが、この時議場は、「異議なし」「賛成」の声とともに、株主からの不規則発言もあって、やや混乱していたことから、原告代表者の発言は、秋山議長の席にまでは届いていなかった。また、秋山議長は、第五号議案を付議した後、手元の進行表を確認したが、質問者がいるかどうかを確認するため、議場を見渡すということはせず、第五号議案の付議とともに、「異議なし」「賛成」との声があったことから、第五号議案の承認可決を確認し、株主総会の閉会を宣言した。
この間、原告代表者は、前記の発言に続けて、「秋山さん、発言させてくださいよ。」と言い、さらに、近くにいた係員に「マイク、マイク」などと言って、マイクを渡すよう求めたが、係員は原告代表者にマイクを渡さなかったので、原告代表者は、「秋山さん、発言ささんか、株主に。」などと言って発言を求め、さらに、「何でそんな人らに慰労金渡すんや。」「功労がないやろが。」などと言っていた。そして、秋山議長が、株主総会の閉会を宣言し、新任の取締役の紹介をしていたときも、原告代表者は、「取締役もやめろ。」「秋山さん、あなたねぇ。株主無視するんですか。」などと発言していた。

二 争点1(一)について
1 原告は、本件総会の開催に当たり、<1>株主が会場に入場する前に、第一会場に出席して質問できることをあらかじめ文書、口頭で説明していなかった、<2>第二会場の株主から質問がなされた場合、直ちに第一会場へ誘導できるよう配慮し、その間議事を一時中断するなどして、第二会場の株主が発言できるよう両会場の一体性を確保しなかった、<3>各議案の審議に入った後も、各議案ごとに第一会場の株主のみならず、第二会場の株主にも質問がないかどうかを促し、発言の機会を与えるため相当の猶予をおかなかったとして、株主である原告の質問権を侵害したと主張する。
2(一) 右<1>の主張について
一の事実によると、被告は、本件総会において、株主が会場に入場する前に、第一会場に出席して質問できることをあらかじめ文書ないし口頭で説明していないことを認めることができる。
しかし、原告代表者を含め本件総会に出席した株主は、被告の株主総会であることを認識して出席しているのであるから、会社としては、株主から質問の要求があれば、直ちにそれに対応できるような態勢を整えておけば足りるというべきところ、一1(二)(2)の事実によると、被告は、第二会場の株主についても、質問の要求があれば、第一会場に誘導して質問ができるような態勢を整え、原告代表者もそれに従って実際に質問をしているのであるから、原告主張の説明等ないことをもって直ちに株主である原告の質問権が侵害されたということはできない。
(二) 右<2>の主張について
一の事実によると、被告は、第二会場に事務局係員であることが分かるように「株主総会事務局」と表示した名刺大のプレートを左胸に着用した係員三名を配置し、同会場の株主から質問の要求があった場合、直ちに第一会場の事務局席に直通電話でその旨を連絡するとともに、質問のある株主を同会場に誘導して質問ができるよう配慮し、原告代表者もそれに従って第一会場に案内されて質問をしたこと、秋山議長は、第二会場に質問者がいるとの連絡を受けるや直ちに議事を中断して、原告代表者が第一会場に入場するのを待って、原告代表者に質問の機会を与えたことを認めることができるから、第一会場と第二会場が分断され、質問の機会を逸するような一体性に欠けていたとまで認めることはできない。
もっとも、原告代表者が第一会場に移動する間、第一会場では、第二号議案及び第三号議案の審議が進められ終了するに至っていたが、秋山議長は、本件総会において、各議案の審議に入る前に、全議案について一括して株主に質問の機会を与えているし、原告代表者が第一会場に移動する時間もごくわずかで、第二会場の係員から議長への連絡にも多少の時間を要することも考慮すれば、この間、第一会場で議事が進行したとしても、これをもって、第一会場と第二会場の一体性が損なわれているとは到底いえない。
(三) 右<3>について
一の事実によると、本件総会において、秋山議長は、各議案の審議に入った後、各議案ごとに第一会場及び第二会場の株主に質問がないかどうかを促していないが、議案の審議に入る前に、全議案について一括して質問を受け付けることを、第一会場又は第二会場と議場を区別することなく議場に示し、暫時株主からの質問を待っていたし、議案の審議に入った後も、株主からの質問があれば、質問を受け付ける態勢をとり、現に、質問を求めた原告代表者に質問の機会を与えていることが認められるから、被告は、第一会場のみならず第二会場の株主にも質問する機会を与えたものということができる
3 したがって、被告は、本件総会において、株主の質問権に対する配慮を怠っていたとはいえず、原告の質問権を侵害したとも認め難いので、この点に関する原告の主張は理由がない。

三 争点1(二)について
1 原告は、被告が、本件総会に先立ち、従業員株主らと株主総会の議事進行について、あらかじめリハーサルをし、本件総会当日、従業員株主らを、第一会場の前半分の座席に着席させ、秋山議長と共謀の上、リハーサルどおり、秋山議長の提案に対し、瞬時に「議事進行」「異議なし」「了解」などと大きな声をあげさせて、他の株主に質問する余裕を与えないで議事を進めたとして、このような議事進行及び決議方法が著しく不公正であると主張する。
2(一) 被告が本件総会の前日に行った大阪でのリハーサルに、従業員株主も出席し、議長の報告や付議に対し、「議事進行」「異議なし」「了解」などと一斉に発言していたこと(この点について、証人松枝は、このようなことをさせていない旨の供述をしているが、右供述は、証人楠の供述に徴し採用し難い。)、本件総会の当日、従業員株主四、五〇名が第一会場の前半分に着席していたこと、本件総会において、これら従業員株主が、秋山議長らの報告や付議に対し、一斉に「賛成」「異議なし」「了解」などの声をあげていたことからすれば、このような従業員株主の発言は、被告が予定した株主総会の議事進行の一環と見ることができる。
(二) ところで、一般に、多数の株主が出席する大企業の株主総会において、円滑な議事進行が行われることは、会社ひいては株主にとって重要なことであり、特に、大企業の場合、いわゆる総会屋などによって株主総会の円滑な進行が阻害されることがあるなどの事情からすれば、会社が円滑な議事進行の確保のため、株主総会の開催に先立ってリハーサルを行うことは、会社ひいては株主の利益に合致することであり、取締役ないし取締役会に認められた業務執行権(商法二六〇条一項)の範囲内に属する行為であるということができる。
しかし、リハーサルにおいて、従業員株主ら会社側の株主を出席させ、その株主らに議長の報告や付議に対し、「異議なし」、「了解」、「議事進行」などと発言することを準備させ、これを株主総会において実行して一方的に議事を進行させた場合は、株主の提案権(商法二三二条ノ二)や取締役・監査役の説明義務(同法二三七条ノ三)などの規定を設けて、株主総会の活性化を図ろうとした法の趣旨を損ない、本来法が予定した株主総会とは異なるものになる危険性を有するばかりか、一般の株主から質問する機会を奪うことになりかねないところがあるなど、株主総会を形骸化させるおそれが大きいともいえる。
したがって、従業員株主らの協力を得て株主総会の議事を進行させる場合、一般の株主の利益について配慮することが不可欠であり、右従業員株主らの協力を得て一方的に株主総会の議事を進行させ、これにより株主の質問の機会などが全く奪われてしまうような場合には、取締役ないし取締役会に認められた業務執行権の範囲を越え、決議の方法が著しく不公正であるという場合もあり得るということができる。
(三) 前記事実によると、本件総会において、従業員株主四、五〇名が、第一会場の前半分に着席し、秋山議長の報告や付議に対して、一斉に「賛成」「異議なし」「了解」などと声をあげて、議事を進行していることが認められるが、他方、秋山議長は、各議案の審議に入る前に、全議案について一括して質問を受け付けることを議場に示し、暫時株主からの質問を待っていたのであり、また、各議案の審議に入った後も、株主からの質問があれば、質問を受け付ける態勢をとり、現に、原告代表者に質問の機会を与えたように、一般の株主に質問の機会を与えていることが認められる。
右の事実によると、本件総会の議事進行及び決議方法は、議場の雰囲気とも相まって、一般の株主の質問の機会を事実上奪うおそれがあるなど、法が本来予定した株主総会のあり方に徴し、いささか疑問のあるところもないではないものの、右認定のような質問の受け付け方等の事実からすると、本件総会における決議の方法が著しく不公正であるとはいえない
なお、原告は、従業員株主をリハーサルに参加させたことをもって、それ以外の一般株主と取扱を異にするもので不公正であると主張するが、従業員株主がリハーサルに参加したことにより株主として何らかの利益を受けたわけでもないから、株主平等の原則を損なうものではない。
よって、原告の主張はいずれにしても理由がない。

四 争点2(一)(1)について
原告は、本件決議2が被告の定款二〇条に違反することをもって、無効な決議である旨主張するが、決議の内容が、定款に違反したとしても、決議取消事由となるにすぎず(商法二四七条一項二号)、決議無効事由となるものではない。
よって、本件決議2が被告の定款に違反するかどうかについて判断するまでもなく、原告の右主張は失当である。

五 争点2(一)(2)について
1 退任取締役の退職慰労金も、それが報酬の後払いとしての性格を有する限り、商法二六九条にいう「報酬」に該当するが、退任取締役の退職慰労金について、明示もしくは黙示的にその支給に関する基準が存在し、株主総会が、右基準によって具体的な金額、支給時期、支給方法などを定めるべきものとして、その決定を取締役会に委任する決議をしても、取締役によるお手盛りの弊害は生じないから、このような株主総会決議は、商法二六九条に違反するものではない
そして、被告には、役員退職慰労金算定基準が存在し(乙七)、本件決議2は、右の基準によって退職慰労金を支給することを取締役会に一任しているから、本件決議2は何ら商法二六九条に違反しない
2 これに対し、原告は、一般個人が株式を保有する機会が増えている状況や、株式会社の所有者である株主に情報を公開すべきであるとの理念などからすると、右のような判例の見解は、時代の要請に合致しないし、また、この見解は、会社経営が安定し、従来の黙示的・明示的な支給基準を当てはめることが当期においても相当と考えられる状況を前提とし、本件総会のように、巨額の損失が発生している状況の下ではこの判例によることはできないとして、本件決議2が商法二六九条に違反すると主張する。
しかし、原告が主張するような、会社経営が安定し、従来の黙示的・明示的な支給基準を当てはめることが当期においても相当と考えられる状況を前提としているかどうかは、株主総会の決議により、退任取締役の退職慰労金の支給決定を取締役会に委任することが、商法二六九条に違反するかどうかということと関連を有するものではなく、また、一般個人が株式を保有する機会が増えている状況や、株式会社の所有者である株主に情報を公開すべきであるとの理念などによって、株主総会の右決議が影響を受けるものでもない。
よって、原告の右主張は、商法二六九条の解釈を誤った独自の見解といわざるを得ず、理由がない。

六 争点2(二)(1)について
原告は、前記二1と同様、株主の質問権が侵害されているから、本件総会決議2は、商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ法令ニ違反スル場合」に該当する旨主張する。
しかし、右主張に理由のないことは、前記二2判示のとおりである。
よって、原告の右主張は理由がない。

七 争点2(二)(2)について
1 原告は、秋山議長が、第五号議案を付議した後、原告代表者が質問を求めていることを知りながらこれを無視し、顔を上げて、会場に質問者がいるかどうかを確認することもなく、從業員株主らがリハーサルどおり瞬時に行った「異議なし」の声に乗じて、右議案が可決されたものとみなしていること、仮に、原告代表者の声が秋山議長に聞こえていなかったとしても、それは、秋山議長が従業員株主らと共謀して、第五号議案を付議した後、瞬時に「異議なし」の大声が出されることにより、一般株主の声がかき消されることを予定しているとして、本件決議2が商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ著シク不公正ナルトキ」に該当する旨主張する。
2(一) 前記一3(五)の事実によると、秋山議長は、第五号議案を付議した後、手元の進行表を確認していたため、視線を議場にやって、質問者がいるかどうかの確認をしていない。
この時、原告代表者は、第五号議案が付議されるや、「異議なし」「賛成」の声とほぼ同時に、「できない、できない。」と言い、株主票をあげて中腰の姿勢で「発言」「発言」と言っているが、原告代表者の発言は秋山議長にまで届いていないし(証人羽生は、原告の発言は秋山議長にまで届いていた旨供述しているが、同証人は、原告代表者のすぐ近くに着席し、秋山議長の近くに着席していたわけではないから、右供述の信用性には疑問がある。)、仮に秋山議長が原告代表者の発言を聞いたとしても、この時の原告代表者の発言内容や態度、他の株主からの発言などにより議場がやや混乱していたことからすれば、この時の原告代表者の発言は、客観的には不規則発言とみるべきもので、質問を求めていると認めることはできない。
したがって、秋山議長が、原告代表者が質問を求めていることを知りながらこれを無視したとは認めることができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
(二) また、秋山議長が第五号議案を付議すると、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」の声があがり、これは、被告が予定した議事進行によるものであるが、前記判示のように、秋山議長は、各議案を付議する前に、全議案について一括して株主の質問の機会を与えていたし、被告は、本件総会をマスコミに公開していたことなど前記事実に徴すると、秋山議長が従業員株主と共謀して、一般株主の声がかき消されることを予定していたとは認めるには至らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) もっとも、株主に対し質問の機会を広く与えるという見地からすれば、第五号議案を付議した際、質問者がいるかどうかを確認しなかった秋山議長の議事進行は、やや問題があったことは否めないが、前記三で判示したように、本件総会の議事進行をもって、「決議ノ方法ガ著シク不公正」であるとは認めることはできず、この点に関する原告の右主張は理由がない。
八 以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官松山恒昭 裁判官末吉幹和 裁判官小林邦夫)

Ⅲ 入場資格の確認

+(議決権の代理行使)
第三百十条  株主は、代理人によってその議決権を行使することができる。この場合においては、当該株主又は代理人は、代理権を証明する書面を株式会社に提出しなければならない
2  前項の代理権の授与は、株主総会ごとにしなければならない。
3  第一項の株主又は代理人は、代理権を証明する書面の提出に代えて、政令で定めるところにより、株式会社の承諾を得て、当該書面に記載すべき事項を電磁的方法により提供することができる。この場合において、当該株主又は代理人は、当該書面を提出したものとみなす。
4  株主が第二百九十九条第三項の承諾をした者である場合には、株式会社は、正当な理由がなければ、前項の承諾をすることを拒んではならない。
5  株式会社は、株主総会に出席することができる代理人の数を制限することができる。
6  株式会社は、株主総会の日から三箇月間、代理権を証明する書面及び第三項の電磁的方法により提供された事項が記録された電磁的記録をその本店に備え置かなければならない。
7  株主(前項の株主総会において決議をした事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除く。次条第四項及び第三百十二条第五項において同じ。)は、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。
一  代理権を証明する書面の閲覧又は謄写の請求
二  前項の電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求

・本人から議決権行使書面を預かって持参しても委任状には当たらない!

Ⅳ 従業員株主の配置等

・議長整理権限という観点から。
+(議長の権限)
第三百十五条  株主総会の議長は、当該株主総会の秩序を維持し、議事を整理する。
2  株主総会の議長は、その命令に従わない者その他当該株主総会の秩序を乱す者を退場させることができる。

善管注意義務に沿って行使されなければならない!
→相当な範囲にとどまればよし。

・株主の平等という観点から

109条1項の株主平等原則の1内容と考えるのか、一般法理として考えるのか。

+(株主の平等)
第百九条  株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない。
2  前項の規定にかかわらず、公開会社でない株式会社は、第百五条第一項各号に掲げる権利に関する事項について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる。
3  前項の規定による定款の定めがある場合には、同項の株主が有する株式を同項の権利に関する事項について内容の異なる種類の株式とみなして、この編及び第五編の規定を適用する。

+判例(H8.11.12)
理由
上告人高橋安明の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告会社の株主である上告人高橋は、平成二年六月二八日、被上告会社の第六六回定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)に出席するため、本件株主総会の会場である被上告会社本社ビルの前で、開門前の早朝から、被上告会社の原子力発電所に関する経営方針に反対する他の株主と共に列に並び、午前八時の開門と同時に本社ビルに入り、受付手続を済ませて会場に入場した。
2 被上告会社は、昭和六三年一月及び二月、原発反対派の者に本社ビルを取り囲まれたり、深夜数時間、ビルの一部を占拠されたことがあり、更に平成二年三月に結成された「未来を考える脱原発四電株主会」等の差出人から、本件株主総会の前に一〇〇〇項目を超える質問書の送付を受けていたことなどから、本件株主総会の議事進行が妨害されたり、議長席及び役員席を取り囲まれたりするといった事態が発生することをおそれ、被上告会社の株主である従業員ら(以下「従業員株主ら」という。)にあらかじめ指示し、本件株主総会当日、従業員株主らをして午前八時の受付開始時刻前に会場に入場させ株主席のうち前方部分に着席させた。
3 会場には株主席として約二三〇の椅子が並べられていたが、上告人高橋が会場に到着した時には従業員株主らが既に株主席の最前列から第五列目までのほとんど及び中央部付近の合計七八席に着席していた。上告人高橋は、前から第六列目の中央部付近に着席した。
4 上告人高橋は、本件株主総会において、議長から指名を受けた上で動議を一度提出した。

二 上告人高橋の本件請求は、本件株主総会の会場において希望する座席を確保するために被上告会社本社ビルの近くに宿泊して本件株主総会当日に早朝から入場者の列に並んだが、被上告会社から従業員株主らとの間で前記の差別的取扱いを受けたことにより、希望する席を確保することができず、これによって精神的苦痛を被り、更に宿泊料相当の財産的損害を被ったと主張して、被上告会社に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めるものである。

三 株式会社は、同じ株主総会に出席する株主に対しては合理的な理由のない限り、同一の取扱いをすべきである。本件において、被上告会社が前記一の2のとおり本件株主総会前の原発反対派の動向から本件株主総会の議事進行の妨害等の事態が発生するおそれがあると考えたことについては、やむを得ない面もあったということができるが、そのおそれのあることをもって、被上告会社が従業員株主らを他の株主よりも先に会場に入場させて株主席の前方に着席させる措置を採ることの合理的な理由に当たるものと解することはできず、被上告会社の右措置は、適切なものではなかったといわざるを得ないしかしながら、上告人高橋は、希望する席に座る機会を失ったとはいえ、本件株主総会において、会場の中央部付近に着席した上、現に議長からの指名を受けて動議を提出しているのであって、具体的に株主の権利の行使を妨げられたということはできず、被上告会社の本件株主総会に関する措置によって上告人高橋の法的利益が侵害されたということはできない。そうすると、被上告会社が不法行為の責任を負わないとした原審の判断は、是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
上告人佐々木徹の上告について
本件記録によれば、上告人佐々木は、平成五年八月四日に上告受理通知書の送達を受けたが、右送達の日から五〇日を経過した後の同年九月二七日に上告理由書を提出したことが明らかである。したがって、上告人佐々木の上告は不適法として却下すべきである。
よって、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 本件の事案の概要は次のとおりである。
電力会社であるY社は、平成二年六月開催の株主総会について、それまでの原発反対派の行動から、議事進行が妨害されたり、議長席及び役員席が取り囲まれたりする事態が発生することをおそれ、従業員株主らをして、受付開始時刻前に株主総会の会場に入場させた。そのため、他の原発反対株主とともに早朝から玄関前に並び開門と同時に会場に向かったXが会場に到着したときは、既に従業員株主が株主席の前方に着席しており、Xは、希望する席に座ることができなかった。Xは、Y社に対し、右の差別的取扱いを受けたことについて、①それによって被った精神的損害の賠償及び②総会で希望する席を確保するために近くに宿泊した宿泊料相当の損害の賠償を求めた。なお、第一審に提訴した六名のうち、控訴したのは二名であり、またそのうちの一名は、上告に際し、上告理由書の提出が期間(民訴規則五〇条)を徒過したために上告が却下された。本判決においては、X一名の上告に対して実質的な判断が示されている。
二 第一審(高松地判平4・3・16判時一四三六号一〇二頁)及び原審(高松高判平5・7・20本誌八三三号二四六頁)は、いずれもXらの請求を認めなかった。しかし、その理由は異なる。第一審は、Y社の取扱いの必要性、妥当性には疑問が残るが、これによってXらが株主権の行使に関して、具体的な不利益を受けたことを認めることができないとした。これに対し、原審は、Y社の措置は株主総会の議事運営を円滑に進行させるためのやむを得ない方策であり、合理的な理由による株主間の差別的取扱いであって、総会の会場設営に関する裁量権の濫用、逸脱はなかったことを主たる理由とし、付従的に、Xらが株主権の行使について実質的な不利益を受けていなかったことを挙げた。
三 本判決は、Y社が議事進行の妨害等の事態が発生するおそれがあると考えたことについてはやむを得ない面があったということができるが、そのおそれのあることをもって、従業員株主らを他の株主よりも先に入場させて株主席の前方に着席させる措置を採ることの合理的な理由に当たるものと解することはできず、Y社の措置は適切なものではなかったとして、原審の見解を採らないことを明らかにした。しかし、本件においては、Xが会場の中央部付近に着席した上、議長からの指名を受けて動議を提出しているのであって、具体的に株主の権利の行使を妨げられたということはできず、Y社の措置によってXの法的利益が侵害されたということはできないとして、原告の請求を棄却すべきものとした原審の判断を維持した。
四 本判決が判示した、同じ株主総会に出席する株主に対しては合理的な理由のない限り、同一の取扱いをすべきであるということは、株主平等の原則の現れといえよう。株主平等の原則は、いうまでもなく、株主としての資格に基づく法律関係については、原則としてその所有する株式の数に応じて平等の取り扱いを受けることをいい(鈴木=竹内・会社法〔第三版〕一〇六頁)、株式会社における最も重要な原則のひとつとされる。判例にも株主平等原則に反することを理由にして特定の大株主に対する金員の贈与契約を無効とした例(最三小判昭45・11・24民集二四巻一二号一九六三頁)がある。本件においては株主総会会場への入場方法、入場の時刻、着席場所に関し株主の間で差別的取扱いをすることに合理的な理由が認められないとされたわけである。
五 株主総会における株主の権利としては、①議決権の行使(商法二三九条)の外、②取締役から計算書類の提出を受け、その報告を受けること(同二八三条一項)、③取締役等に対し、説明を求めること(同二三七条ノ三第一項)等がある。本件では、右の権利行使を妨害されたとの主張はなく、会場の中央部付近に着席し、現に議長からの指名を受けた上で動議を提出しているXは、Y社の措置によって法的利益を侵害されたということはできないとされた。法的保護に値する利益の侵害が認められない以上、不法行為に基づく損害賠償請求が認められないことは、異論のないところであろう。
六 株主総会の運営等に関心が寄せられている現在、本判決が株主総会実務に与える影響は少なくないと考えられる。我が国の株主総会の実状については、商事法務一四四一号に詳細な紹介がある。なお、本判決については既に末永教授が商事法務一四四三号二頁に検討結果を発表されている。

Ⅴ 株主提案の取扱い

+第三百四条  株主は、株主総会において、株主総会の目的である事項(当該株主が議決権を行使することができる事項に限る。次条第一項において同じ。)につき議案を提出することができる。ただし、当該議案が法令若しくは定款に違反する場合又は実質的に同一の議案につき株主総会において総株主(当該議案について議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の賛成を得られなかった日から三年を経過していない場合は、この限りでない。

・提案権行使が権利の濫用に当たるのであれば、取り上げなくてもいいかも。
でも、無難さを求めるなら・・・。

Ⅵ 採決の方法

・拍手による採決
+判例(東京地判H14.2.21)
第三 争点に対する判断
一 争点(1)
株主総会における決議については、法律に特別の規定がないから、定款に別段の定めがない限り、議案に対する賛否あるいは反対が可決ないし否決の決議の成立に必要な数に達したことが明確になったときに成立するものであり、従って、決議の方法についても、定款に別段の定めがない限り、議案の賛否について判定できる方法であれば、いかなる方法によるかは総会の円滑な運営の職責を有する議長の合理的裁量に委ねられているものと解される。
しかるところ、被告の定款に、原告主張のように賛否を集計し明示すべきことを決議方法として定める規定が置かれていること、あるいは原告主張のような決議の方法が確立した慣行として一般的に定着していることを認めるに足りる証拠はなく、他方で、既に述べたとおり、本件株主総会の議長は、総会において、各議案ごとに出席した株主に対して挙手による採決を求め、これに応じた出席株主による議決権行使の状況と議決権行使書面による賛否の集計結果とを勘案し、第一号議案ないし第六号議案については可決されたこと及び第七号議案については否決されたことが明らかであったことから、その旨を議場で報告したものである。
以上によれば、本件株主総会においては、各議案に対する決議は相当な方法で実施され、出席株主もその議決権を行使しており、各決議が有効に成立したものであることは明らかであり、他に本件における決議の方法が会議の一般原則あるいは慣行に違反し株主の議決権の行使を不当に制限したり、あるいは決議の内容に不当な影響を及ぼすような特段の事情を窺わせるに足りる証拠はない
なお、株主による同一議案の再提案権の有無をめぐる不確定な状況については、紛争が現実化した段階で別途の手続により解決が図られるべきものであり、このこと自体をもって決議取消の訴えの理由となるものではない。
以上から原告の請求は失当である。
二 争点(2)
以上のとおり、本件決議の方法は相当であり、原告の主張するような不法行為は、いずれも認めるに足りる証拠はない。
三 したがって、原告の請求にはいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永野厚郎 裁判官 河本晶子 新田和憲)

・成否が微妙な場合
+判例(東京地判H16.5.13)
第3 当裁判所の判断
前記第2のとおり、本件訴訟では、被告の株主総会でなされた別紙総会決議目録記載の本件各決議に関し、被告の取締役及び監査役が商法237条の3で規定された説明義務を尽くしたといえるか否かが争点となっている。そこで、以下では、まず、同条で要求されている取締役及び監査役の株主総会における説明義務の範囲と程度(説明義務の限界)をどのように解するかの点と、取締役及び監査役が行った説明が、同条で要求されている説明義務を尽くしたといえるか否かの具体的な判断基準について検討する。そして、その上で、本件各決議について、共通する個別審議方式の採用の問題について検討し、その後個別の争点の検討を行うこととする。

1 商法237条の3で規定された説明義務の範囲と程度について
商法237条の3第1項は、株主が総会において会議の目的たる事項に関して質問を求めた場合、取締役及び監査役は、その事項について説明すべき義務を負う旨規定する。これは、取締役及び監査役に対し、会議の目的たる事項、すなわち株主総会における報告事項及び決議事項について、株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うため、必要な説明を受け得ることを保障したものである。そこで、取締役及び監査役が負うとされる説明義務の範囲と程度の問題について検討すると、同条項ただし書では、会議の目的たる事項に関しないときは株主の質問に対する説明を拒絶することができるとしてその範囲を画しているが、定時株主総会においては、会議の目的たる事項は、報告事項であると決議事項であると問わず、その範囲に含まれることからすると、同条項ただし書を形式的に適用した限りでは、取締役及び監査役が説明を拒み得る事項は、限定されざるを得ないことになる。しかし、取締役及び監査役がこのような説明を行うのは、株主が会議の目的たる事項を合理的に理解し、判断するためのものであることは明らかであるし、一方で、商法247条1項1号が、決議の方法が法令に違反したときには、決議の取消しを請求できると定めており、取締役及び監査役の説明義務の違背が決議の取消事由とされていることからすると、ここでいう説明義務の範囲と程度には自ずから限度があり、株主が会議の目的たる事項の合理的な理解及び判断をするために客観的に必要と認められる事項(以下「実質的関連事項」という)に限定されると解すべきである。

2 説明義務を尽くしたといえるか否かの具体的判断基準等について
ところで、実際の株主総会の場面において、議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状況にあったかどうかを判断するに当たっては、会議の目的たる事項が決議事項である場合には、原則として、平均的な株主が基準とされるべきであるなぜなら、説明義務違反が「決議の方法が法令に違反」(商法247条1項1号)するとして決議取消事由とされ、裁判所の審査に服する以上、その判断基準には客観性が要求され、また株主総会が多数の株主により構成される機関であり、説明の相手方が多数人であることを考え併せると、当該質問株主や当該説明者の実際の判断を基礎とすることは妥当ではないからである。
そうであるとすれば、本件訴訟の争点である、本件各決議に関し、被告の取締役及び監査役が説明義務を尽くしたといえるか否かの問題は、本件株主総会における株主の質問に対して、取締役及び監査役が、本件各決議事項の実質的関連事項について、平均的な株主が決議事項について合理的な理解及び判断を行い得る程度の説明を本件株主総会で行ったと評価できるか否かに帰するというべきである。
そして、平均的な株主が決議事項について合理的な理解及び判断を行い得る程度の説明がなされたかどうかの判断に当たっては、質問事項が本件各決議事項の実質的関連事項に該当することを前提に、当該決議事項の内容、質問事項と当該決議事項との関連性の程度、質問がされるまでに行われた説明(事前質問状が提出された場合における一括回答など)の内容及び質問事項に対する説明の内容に加えて、質問株主が既に保有する知識ないしは判断資料の有無、内容等をも総合的に考慮して、審議全体の経過に照らし、平均的な株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達しているか否かが検討されるべきである。
なお、前記のとおり、その場合に当該質問株主が平均的な株主よりも多くの知識ないしは判断資料を有していると認められるときには、そのことを前提として、説明義務の内容を判断することも許されると解すべきである。なぜなら、株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うために必要な説明を受け得ることを保障した説明義務の趣旨に照らし、既に質問株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達していることが認められる場合には、それを前提に説明義務の内容を判断したとしても、前記説明義務を定めた法の趣旨に反することとはならないからである。

3 個別審議方式の採否との関係について
原告は、本件各決議についての説明義務に関し、本件株主総会においては、各議案ごとに個別審議し、審議が熟したと認められる場合に採否を行うことができる個別審議方式が採用されていたから、株主は、個別議案ごとに適宜質問し、その説明内容を受けて、質問を追加したり、質問内容を変更することができたところ、そのような質疑応答が十分になされていない以上は、被告の取締役及び監査役に説明義務違反の違法があると主張するので検討する。
この点については、前記第2の1(5)ウ(ア)で認定したとおり、本件株主総会においては、決議事項である各議案の審議に入る際に、原告の監査役で、弁護士でもあるE株主が被告の議長に対し、各議案の審議について、各議案の説明後に質問を受けるよう求め、被告の議長もこれを了承したことが認められる。そして、原告は、この議長の了承をもって被告が個別の審議方式を採用したものと主張するものである。
しかしながら、商法237条の3第1項が、株主の求めた事項についての説明を要求していることからも明らかなとおり、取締役及び監査役の説明義務は、株主から実際に具体的な質問がなされて初めて生ずるものであって、質問の意思表明がなされた時点で既に質問の内容が予測できたというような場合であれば格別、具体的な質問がなされない以上説明義務は生じないというべきであり、しかも、前記2で述べたとおり、質問に対する説明が説明義務違反を構成するか否かは、その決議に至るまでの株主総会全体での審議の経過等に照らし、平均的な株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達しているかどうかの観点から決すべきものであり、株主総会の議事の運営について被告の議長が一定の方式を採用したか否か、あるいは株主が実際にどのような質問を予定していたか否かといった事情によって左右される問題とはいえないと解すべきである。そうであるとすれば、この点に関する原告の主張は採用できない。
なお、本件株主総会の議事の進行方法は、被告の議長の合理的な裁量に委ねられていたと解されるところ(議長の議事整理権限につき商法237条の4第2項参照)、前記認定の事実によれば、被告の議長はE株主の求めに応じて、各議案ごとに質問を受けることを了承したことは事実として認められる(もっとも、被告の議長は、陳述書(乙23号証)中では、一定の方式をとることを了承したものではない旨述べており、実際には、E株主の求めに対し「はい」と答えたにとどまるもので、被告の議長がその後の審議の過程でその点を意識していたかとの点では疑問が残るところである。)。しかし、被告の議長が、そのように了承したにもかかわらず、議長の議事整理権限の行使により質問を認めず、あるいは質問を制限したといった議事運営に関する問題は、商法247条1項1号でいう決議の方法が法令に違反するか否かの問題に直ちに結びつくものではないというべきであって、その方法が著しく不公正といえる場合に限って決議取消しの理由になるものというべきである。

4 争点1(本件決議1についての説明義務違反の有無)について
(1) 第4号議案の実質的関連事項について
第4号議案は、取締役の選任に関する決議事項であるから、同決議事項についての実質的関連事項は、再任取締役候補者あるいは新任取締役候補者の適格性の判断に必要な事項である。そして、具体的には、通常、商法施行規則13条1項1号所定の「候補者の氏名、生年月日、略歴、その有する会社の株式の数、他の会社の代表者であるときはその事実」等に関する事項であり、同事項に関する説明が行われなければならず(なお、これらの事項については、本件では、甲1号証の株主総会招集通知書中の「議決権行使についての参考書類および議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」によって、商法施行規則の定めるとおり、株主に明らかにされていたと認められる。)、また、株主が再任取締役候補者あるいは新任取締役候補者の適格性について質問をした場合には、同規則所定の事項にふえんして、それらの者の業績、再任取締役候補者の従来の職務執行の状況など、平均的な株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うために必要な事項を付加的に明らかにしなければならないと解すべきである。
(2) 第4号議案に関する実際の説明の内容とその評価について
前記第2の1(5)エ(ア)によれば、G株主は、取締役選任候補者の監視義務の履行状況を確認するため、〈1〉有価証券投資に係る取締役会決議の要否の基準、〈2〉同基準に係る取締役会規程の存否、〈3〉本件投資時点における取締役会決議の要否の基準の存否及び〈4〉本件投資に関する取締役会決議の存否について質問しており、この点に関しては、実質的関連事項として代表取締役による投資判断の内容及びこれに対する各取締役による代表取締役の職務執行に対する監視状況を説明する必要があったというべきである。そして、この点については、G株主による質問がされる前に、被告の専務による一括回答として、前記第2の1(5)イのとおり、有価証券投資は総資産の一部であること、有価証券に係る損失について今後のチェック体制を一層充実させること、社外の専門家によるチェックに加えて、社内においても複数の担当者による稟申制度を採用したこと、さらに一定金額を超える投資案件について取締役会決議を要する旨定めたことを説明している。また、同第2の1(5)ウ(ア)のとおり、被告の議長は、第1号議案に入る前の一般質問の際には、被告の保有する有価証券800億円に係る損失の有無、額等を明らかにしてほしいとの質問に対し、流動資産項目の有価証券の含み損額が30億円であり、固定資産項目の投資有価証券の含み損が70億円に達することを説明し、また、含み損30億円については時間をかけてなくしていくことを説明している。さらに、前記第2の1(5)エ(ア)のとおり、被告の議長は、G株主の質問〈1〉については、10億円を超える投資案件について取締役会決議を要すること、同質問〈2〉については、現在取締役会規程が存在すること、同質問〈3〉については、当時投資案件に係る取締役会決議の要否の基準に関する取締役会規程が存在しなかったこと、同質問〈4〉については、本件投資の一部を除き取締役会の決議を経ていなかったことを説明している。
これらの事実によれば、取締役候補者の適格性の一部を構成すると考えられる本件投資に関する被告の議長を含めた取締役候補者の判断の是非や監視義務履行の状況等経営責任の有無を判断するために必要な事項の具体的な内容は明らかにされており、平均的な株主を前提とする限り、第4号議案の決議について合理的な理解及び判断をするために必要な事項の説明はされていたと評価することができるというべきである。
なお、被告の議長により質問要求が無視されたH株主については、後記5(2)ウで認定したとおり、当時原告が保有していた被告に関する情報を知りえたものと認められるから、後記8のとおり、この点に関する被告の議長の議事運営が不適切であったと認められるとはいえ、質問者との関係でも、被告の取締役及び監査役に説明義務違反はなかったと認めるべきである。
(3) H株主に対する質問打切りの点について
なお、原告は、H株主がマイカル関連債や他の劣後債の格付けや被告の投資基準等について質問した際には、他の株主が議題と関係がないと発言し、被告の議長が、H株主の質問を打ち切り、第4号議案に係る採決に移行した点について被告に説明義務違反が存すると主張する。
そこで検討すると、前記第2の1(5)エ(イ)で認定したところによれば、H株主が被告の議長に対し、マイカル関連債の取得の目的及び時期について質問し、また、前年度の株主総会において有価証券の格付けについて投資適格であるトリプルBよりも低い格付けの債券には投資しないとの説明があったにもかかわらず、マイカル関連債や他の劣後債を取得した理由について説明を求めたこと、これに対し、被告の議長は、取得された時期とH株主の指摘する格付けの時期が異なり、発行された時点での格付けはダブルAであったとの回答をしたこと、そこでH株主とI株主が異論を唱え、さらに詳細な説明を求めようとしたこと、ところが、被告の議長は、その場で他の出席株主から議事を早く進めるようにとの発言があったことをきっかけに、H株主の再三の質問要求を無視して採決を行ったことが認められる。
以上の事実によれば、被告の議長は、H株主から本件投資の適否の詳細についての質問を受けている途中で、これを一方的に打ち切ったものと認めざるを得ず、議長の議事整理権限の行使としても、必要な審議は終えたとの判断に至ったのであれば、他の出席株主から議事を早く進めるようにとの発言があったのであるから、これを審議打切りの動議ととらえ、まずは審議の打切りを総会の決議に諮り、その動議を可決したうえで審議を打ち切る等の措置をとるべきであったというべきである。そうであるとすれば、H株主の発言を途中で打ち切った被告の議長の議事進行が不適切であったことは否定できないというべきである。
しかしながら、前記(2)認定のとおり、審議の打切りの時点では、第4号議案の決議について平均的な株主が合理的な理解及び判断をするために必要な事項の説明は既になされていたというべきであるから、審議の打切りが被告の説明義務違反を構成するとの原告の主張は採用できない(なお、被告の議長の議事の進行の不適切ないし不公正さと本件各決議の取消しの問題については後に項を改めて検討する。)。
5 争点2(本件決議2についての説明義務違反の有無)について
(1) 第5号議案に関する審議の問題について
第5号議案の審議に当たっては、前記第2の1(5)オで認定したところによれば、第4号議案の採決後、F株主やE株主が被告の議長に質問を受けるように発言し、さらにH株主が質問を受けるよう繰り返し発言し、I株主やJ株主も質問があると発言していたにもかかわらず、被告の議長がこれを無視し、誰にも質問の機会を与えないまま、採決の手続をとったことが明らかである。このような被告の議長のとった措置は、前記認定のとおり、被告の議長が本件株主総会の議事の進行に関し、いったんは各議案の説明後に質問を受けることを了承していたといった事実も併せ考慮すると、株主総会の議長の議事整理権限の行使という観点からみる限りは、不適切ないし不公正なものといわざるを得ない(なお、被告の議長の議事の進行の不適切さと本件各決議の取消しの問題については後に項を改めて検討する。)。
ところで、前記3で述べたとおり、被告の議長の議事整理権限の行使の問題と取締役及び監査役の説明義務の問題は同列に論ずることはできないというべきであり、第5号議案の採決の際に被告の議長がとった措置が不適切ないしは不公正であると認めることはできるものの、第5号議案については、具体的な質問が一切なされていないことからすると、そもそも説明義務の問題自体が生じるかどうかをまず検討する必要があるというべきである。この点については、既に述べたとおり、株主から実際に質問の意思表明がなされた時点で、取締役及び監査役が質問の内容を予測できたというような場合であれば説明義務の問題が生じ得ると解すべきことからすると、第5号議案の審議に当たっては、すでに多数の株主が質問の意思を表明していたことは明らかであり、それまでの審議の経過と議案の性質上、被告の取締役及び監査役においては当該質問の内容が一応は予測できたものと認めるのが相当といえる。しかしながら、以下に述べるとおり、そのことがただちに第5号議案に関する被告の取締役及び監査役の説明義務違反を構成するとまで認めることはできないというべきである。
(2) 第5号議案に関する実質的関連事項及び実際の説明内容とその評価について
ア 第5号議案に関する実質的関連事項について
まず、第5号議案は、監査役の選任に関する決議事項であり、商法施行規則13条1項1号によれば、監査役の「候補者の氏名、生年月日、略歴、その有する会社の株式の数、他の会社の代表者であるときはその事実」等に関する事項について説明が行われなければならず(なお、これらの事項についても、本件では、甲1号証の株主総会招集通知書中の「議決権行使についての参考書類および議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」によって、商法施行規則の定めるとおり、株主に明らかにされていたと認められる。)、前記4(2)で認定したとおり、株主が、監査役候補者の適格性について質問をした場合、上記にふえんして、その者の業績、監査役候補者の従来の職務執行の状況など、合理的な理解及び判断を行うために必要な事項を付加的に明らかにしなければならないと解すべきである。
イ 実際の説明内容とその評価について
この点について、質問を求めていたH株主及びI株主は、証拠(甲23号証、同24号証)によれば、本件投資との関連において、監査役候補者が本件投資の当時被告の取締役であり、かつ、代表取締役(被告の議長)によるワンマン経営が継続されている被告の経営状況を考慮し監査役としての適格性に問題があり、その点を含めて質問する予定であったと述べていることが認められるが、前記4(2)で認定したとおり、少なくとも本件投資に関しては、被告の前取締役であった監査役候補者の監視義務の履行状況等を含む当時の取締役の職務執行状況等については、一応明らかにされていたと認められる。
ウ 原告の関係者の知識ないしは判断資料の保有の状態について
加えて、本件においては、質問を継続し、また質問を求めていた株主であるH株主(原告従業員)、I株主(原告従業員)及びJ株主(原告取締役副社長)は、いずれも原告の役員や従業員であるところ、前記第2の1(1)アで認定したとおり、原告は内外の有価証券等に関する投資顧問等を業とする株式会社であり、原告の役員やその従業員は、いわば投資の専門家集団であることが認められる。また、証拠(乙7号証ないし同12号証、同21号証)によれば、原告は、従来から、被告の株主として、あるいは、他の被告の株主との投資一任契約に基づく運用者として、被告に対し、取締役会議事録の閲覧、保有有価証券の開示等を請求し、それに関する情報の開示を受け、遅くとも平成15年5月19日までには、被告保有の有価証券の取得価額、種類及び内容等に加えて、被告がマイカル関連債による40億円の損失計上を行ったこと、新たにUFJ銀行出資の特別目的会社の優先株式を100億円取得したこと等を認識し、また、マイカル関連債(取得額40億円)、野村日本株戦略ファンド(取得額50億3000万円)及び住友不動産株式(取得額41億3000万円)の各取得に当たり、いずれも取締役決議を経ていないこと等の事実についても知悉していたものと認められる。
さらに、原告が本件株主総会の直前に、原告のホームページに掲載した文書によれば、原告は、第4号議案ないし第7号議案のいずれについても事前に賛成するとの立場を言明していたことが認められ(乙22号証、弁論の全趣旨)、これらのことからすると、原告においては、平均的株主が、第4号議案ないし第7号議案の各決議事項に関する判断をするために必要な情報については、いずれもこれを把握していたものと認めるべきである。そして、このような原告が保有していた情報については、当然に原告の役員あるいは従業員もまたこれを認識していたと認めるのが相当であることからすると、これらの質問株主としては、本件投資に係る監査役候補者の適格性について平均的な株主が判断するのに十分な資料を有していたものと認めるのが相当である。
なお、原告は、被告の株主で、原告、原告の役員や従業員でもある者は、いずれも独立の立場で活動しており、これを原告の関係者として一括りにするのは不当であると主張するが、議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うために必要な情報の提供を受けるという観点からは、原告の役員や従業員は、いずれも相互に原告あるいは原告の役員や従業員が保有していた被告に関する情報に接することができる立場にある以上、その限度で、原告の役員あるいは従業員である質問株主について、情報の共有化がなされているとみることは、何ら支障がないというべきである。
エ 小括
以上認定したところによれば、第5号議案で選任の対象とされた監査役候補者の適格性を判断するために必要な具体的な事項の内容は決議の時点で既に明らかにされており、平均的な株主を前提とする限りは、第5号議案の決議について合理的な理解及び判断を行うために必要な事項の説明はなされていたものと評価することができるというべきである。
したがって、被告の議長の議事運営により、第5号議案についての個別的な審議が行われなかった事実は認められるものの、そのことが被告の取締役及び監査役の説明義務違反を構成するとまでいうことはできない。
6 争点3(本件決議3についての説明義務違反の有無)について
(1) 第6号議案の実質的関連事項について
第6号議案は、退任取締役に対する退職慰労金の贈呈に関する決議事項であり、その実質的関連事項は「取締役の略歴」であるが(商法施行規則13条1項6号)、一定の基準に従い退職慰労金の額を決定することを取締役、監査役その他第三者に一任する場合においては、確定された基準の存在、基準の周知性(閲覧可能なこと)及びその内容が支給額を一意的に定め得ることも実質的関連事項となると解すべきである。なぜなら、商法施行規則13条4項によれば、一定の基準に従い退職慰労金の額を決定することを取締役、監査役その他第三者に一任する場合、その基準の内容を参考書類に記載するか、その基準を記載した書面を本店に備え置いて株主の閲覧に供していなければならないと規定されているからである(なお、「取締役の略歴」については、本件では、甲1号証の株主総会招集通知書中の「議決権行使についての参考書類および議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」によって、商法施行規則の定めるとおり、株主に明らかにされていたと認められる。また、証拠(乙5号証)及び弁論の全趣旨によれば、被告において、退職慰労金の支給に関する内規が存在し、従前原告がその閲覧を求めて被告が閲覧に応じた事実が認められ、これによると、上記内規を本店に備え置いて株主の閲覧に供していたと推認できる。)。
そこで、株主が退任取締役ごとの具体的金額又は支給基準に関して質問をしたときは、取締役は、支給基準について、確定された基準の存在、基準の周知性(閲覧可能なこと)及びその内容が支給額を一意的に定め得ることを説明しなければならず、また、退職慰労金の算定に関して、退任取締役の業務執行の状況等について質問があった場合には、それが退職慰労金の算定に関わる事項である以上、「取締役の略歴」にふえんして、それらの者の業績、退任取締役の従来の職務執行の状況など、平均的な株主が議決権行使を行う前提としての合理的な理解及び判断を行うため必要な事項を付加的に明らかにしなければならないと解すべきである。
(2) 第6号議案に関する実際の説明内容とその評価について
前記第2の1(5)カによれば、被告の議長が、退任取締役に対して内規に従い相当額の退職慰労金を贈呈し、その金額及び時期を取締役会に一任してほしいと説明したところ、E株主が、〈1〉本件投資についての取締役会決議の存在しないことの理由、〈2〉100億円の投資案件について取締役会決議を経た理由及び〈3〉取締役会決議の要否の基準を10億円を超える案件とした理由について質問をし、被告の議長は、〈1〉について取締役会決議を経ていないが、意見交換をしたこと、〈2〉について多額であるため取締役会決議を経たこと、〈3〉について社内外の意見を踏まえて決定したことを説明した。その後、E株主はそれ以上質問せずに、その後I株主が質問する旨発言したが、被告の議長は、I株主の発言を許可せず、そのまま第6号議案の採決に入った。
そこで、検討すると、本件投資に関する当時の取締役の職務執行(監視義務の履行)の状況については、前記4(2)で認定したとおりの説明がなされており、さらにこの点について上記のとおり付加的な事項が説明されたのであるから、本件投資に関する取締役の監視義務の履行の状況に関して、平均的な株主が退職慰労金の決議事項について議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うため必要な範囲は説明されたというべきものである。
(3) I株主の質問を受け付けなかった点について
なお、原告は、退任取締役の退職慰労金の総額、個別額及び支給基準等、さらには本件投資に関する取締役の責任による減額の問題等についての質問が予定されていたと主張し、原告の従業員であるI株主の陳述書(甲23号証)によれば、同株主がおおむねそのような内容の質問を予定していた旨の記載があることは事実である。しかしながら、I株主は原告の従業員であり、前記5(2)ウで認定したとおり、当時原告が保有していた被告に関する情報を知り得たものと認められるところ、証拠(乙5号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成13年5月の定時株主総会において、退職慰労金に関する具体的基準について説明を求め、これについて被告の議長が具体的に答えており、さらに、平成14年5月の定時株主総会の際には、あらかじめ退職慰労金規程の閲覧請求をし、これに被告が応じており、一方で、本件株主総会においては、事前の閲覧請求を行っていなかったことが認められるし、さらに前記のとおり、原告が本件株主総会の直前にそのホームページで公表した文書によれば原告は第6号議案についてもこれに賛成するとの態度を表明していたことが認められる。これらの事実に照らすと、被告の取締役及び監査役において、I株主が、実際に退任取締役の退職慰労金の総額、個別額及び支給基準等についての具体的質問を行うことが予測できたとすることは無理があるといわざるを得ない。
以上のとおりであって、本件投資に関連した事項については既に説明が行われていたものであり、実際に退職慰労金の算定根拠等に関する具体的な質問がなかったことも明らかであるから、被告の議長がI株主の質問を受け付けないまま第6号議案の採決に移行したことが、説明義務違反を構成すると認める余地はない。
7 争点4(本件決議4についての説明義務違反の有無)について
(1) 第7号議案に関する説明内容及び説明義務違反の有無について
第7号議案について説明を要する事項は、前記6(1)のとおりであるところ、この点に関して、原告は、監査役の退職慰労金に関する支給基準等について説明がなかったことから、第7号議案の採決について説明義務違反があると主張する。
しかし、前記第2の1(5)キによれば、被告の議長が、J株主の質問に対して、質問を一つだけ受ける旨述べて、同株主は、監査役に対する質問として、本件投資に関する監査役の責任等について質問し、被告の監査役は、監査役の職域の中でその責任を果たし、また、被告の当時の措置が相当であると考えていた旨説明し、J株主は、監査役の説明を受けて、監査役としての責任が果たされていない旨述べて質問を終えているものであって、本件投資に関する監査役の監視義務の履行の状況に関して、平均的な株主が退職慰労金の決議事項について議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うため必要な事項は説明されたということができる。
したがって、この点について説明義務違反があったということはできない。
(2) Lの質問を無視した点について
原告は、原告の従業員が挙手と発声により質問することを求めたにもかかわらず、被告の議長がこれを無視して採決に入っており、質問をさせなかった点について説明義務違反があったと主張する。
この点に関しては、証拠(甲6号証、同18号証)及び弁論の全趣旨によれば、J株主の質問の後、被告の議長が第7号議案の採決に移ることを諮った際に、被告の株主で原告の従業員もであるL(以下「L株主」という。)が、「質問」と述べて挙手をしたこと、一方で議場内からは「異議なし」「了解」といった声があがり、被告の議長はL株主からの質問を受けることなく、第7号議案の採決に入ったことが認められる。
そこで検討すると、被告の議長の陳述書(乙23号証)によれば、L株主の発言は認識していなかったというのであり、その点に関する被告の議長の議事運営の適否の問題はともかくとしても、第7号議案の採決に先立って、L株主からの具体的な質問がなされなかったことは明らかであるし、質問の意思表明はあったとしてもその内容を被告の取締役及び監査役が予測できたとも認められないから、説明義務違反の問題は生じないというべきである。
8 被告の議長の議事整理権限の行使が著しく不公正といえるか。
以上、前記4ないし7で認定したところによれば、第4号議案ないし第7号議案の決議に関しては、被告の取締役及び監査役について説明義務違反の事実は認められないというべきである。しかし、また一方では、前記認定のとおり、被告の議長による本件株主総会における議事運営については、第4号議案ないし第7号議案の決議に関して、いったんは個別に質問を受けることを了承しておきながら、特に第5号議案については、一切質問を受けないまま決議を行い、あるいは他の議案については質問がなされているにもかかわらずこれを一方的に打ち切るといった措置がとられていることが認められる。そして、それらの措置のなかには株主総会の議長の議事整理権限の行使としてみた場合、不適切あるいは不公正なものが含まれていることは既に述べたとおりである。
そこで、本件の中心的な争点である被告の取締役及び監査役の説明義務違反を理由とする本件各決議の取消しの問題については、これが認められないというべきであるが、株主総会の議長の議事整理権限の行使が著しく不公正な場合には、商法247条1項1号により決議の取消しを認めることができると解されるので、原告がその点を明確に主張するものではないが、前記第2の2(1)イ(ア)cや同(1)ウ(ア)c、同(1)エ(ア)cなどのとおり、議事進行の不合理性についても指摘し、決議方法の著しい不公正の点も主張しており、また、被告は、前記第2の2(1)イ(イ)cなどのとおり、議長が不規則発言による議事の混乱を回避したものであり、合理的な議事運営であったことを主張するので、念のため、以上のような被告に議長の議事運営が著しく不公正なものとまで認められるか否かについても判断することとする。
既に認定した事実と証拠(甲4号証ないし同7号証、乙1号証ないし同9号証、乙16号証ないし同23号証)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件株主総会における被告の議長の議事運営とこれに対する原告の対応に関して、次の事実が認められる。
〈1〉原告は内外の有価証券等に関する投資顧問業務を行っている会社であり、原告の役員やその従業員はいわば投資の専門家集団で、しかも、原告は以前から被告の経営内容に強い関心を持っており、本件株主総会に臨むに当たっては、被告の会社の経営内容についての十分な知識を持っていたと認められること、また、原告の役員あるいは従業員は、平成12年以降それぞれが個人の立場で被告の株式を取得しており、平成15年2月末の時点では、その数は14人に達していること、〈2〉本件株主総会に当たっては、原告はその直前にインターネット上の自らのホームページで被告の株主総会での各議案について、第2号議案と第3号議案の定款変更の件の一部についてのみ反対し、それ以外の議案には一部意見は付したものの結論的には賛成する旨の態度をあらかじめ表明していたこと、〈3〉原告は本件株主総会に先立って被告に対し被告の有価証券投資及び経営体制に関する詳細な事前質問状を送付しており、本件株主総会では、冒頭の被告の専務による質問状についての一括回答(所要時間13分余り)のなかで、原告の事前質問状に対する被告側の一般的な回答がなされていること、〈4〉第1号議案の審議に入る前の総括審議の際には、5名の株主(うち2名が原告の従業員)からの質問があり、被告の議長との間で30分にわたって質疑応答が行われ、その後第1号議案の審議・採決に入る際に原告の監査役でもあるE株主から、本件各議案ごとに質問を受け付けて欲しい旨の申入れがあり被告の議長がこれを了承したこと、〈5〉第1号議案の審議・採決の際には、採決の方法につきE株主から動議が出されたが、動議の採否につき明確な判断がなされないまま、採決が行われたこと、〈6〉その後、第2号議案と第8号議案の審議がなされ、ここでは、第8号議案の提案者であり、原告の代表者でもあるF株主の補足説明を初めとして、4名の株主(うち2名は原告の従業員)の発言があり(質疑応答時間約8分)、さらにE株主から採決に関する動議が出されたが、動議の採否につき明確な判断がなされないまま、採決が行われ、この間に40分余りを要したこと、〈7〉第3号議案については、採決が終わるまでに全体で30分以上の時間を要したが、議案に対する質問はF株主のみで、ほかはE株主が1回、F株主が4回、いずれも採決の方法と結果に対する質問を行ったこと、〈8〉第4号議案については、原告の副社長でもあるG株主からの質問がなされ、これに被告の議長が答えた後、原告の従業員でもあるH株主からの質問がなされ、さらに同じく原告の従業員であるI株主も質問があると発言したにもかかわらず、被告の議長は、これらの質問を一方的に打ち切り、採決を行ったこと、〈9〉第5号議案については、F株主及びE株主が質問を受けるよう発言し、さらにI株主や同じく原告の副社長でもあるJ株主が質問があると発言したにもかかわらず、被告の議長は、原告の代表者であるF株主に対し、同じことの繰り返しを避けるよう求める趣旨の発言をするなどした上、これらの質問を一切受けずに採決を行ったこと、〈10〉第6号議案については、E株主からの質問があり、被告の議長はこれに答えた後、I株主からの質問については、これを受けずに採決を行い、さらに第7号議案については、J株主からの質問があり、同株主からの求めに応じて被告の監査役がこれに回答し、その後、原告の従業員であるL株主の質問がなされたが、被告の議長はこれを受けずに(なお、被告の議長はL株主の質問には気づかなかったと述べている。)、採決を行ったこと、〈11〉本件株主総会は、当日午前10時5分に始まり、事前質問状に対する一括回答とこれに対する質問を経て、午前11時10分ころから個別の議題の審議に入り、第1号ないし第3号議案の審議採決の後、午後12時46分ころから第4号議案の審議に入ったが、その後、第4号議案の審議採決には11分足らず、同じく第5号議案には1分余り、第6号議案には5分余り、第7号議案には9分余りの時間を要し、午後1時13分ころに閉会したこと、以上の事実が認められる。
以上認定した事実によれば、被告の議長は、いったんはE株主の求めに応じて個別の議案ごとに質問を受け付けることを了承したにもかかわらず、第4号議案ないし第6号議案の審議の際には、各質問者の質問を受け付けないまま、審議を一方的に打ち切っていることが認められ、特に第5号議案については、多数の株主からの質問要求がなされたにもかかわらず、これを一切無視して採決を行っていることが明らかである。この点に関しては、証拠(乙1号証、同2号証、同15号証ないし同18号証)及び弁論の全趣旨によれば、当時議場内から、質問を求める発言とこれに反対して早期に採決をするよう求める複数の発言がなされ、議場内が一時的に騒然とした状況に陥っていたという事情は認められるものの、前記〈9〉で認定した第5号議案の審議の際に被告の議長によるF株主に対する発言からも窺えるとおり、被告の議長が原告の関係者の発言ということでこれらの質問を受け付けなかったものと推認できることからしても、被告の議長の議事の運営自体が不公正であったことは認めざるを得ないというべきである。
しかしながら、このような被告の議長の議事運営が、著しく不公正とまでいえるかとの観点からみると、前記〈1〉ないし〈3〉で認定したとおり、原告とその役員及び従業員は、いわば投資の専門家集団といえるところ、本件株主総会の以前から被告の経営状況について十分な知識を持っていたことが認められ、本件株主総会に臨むに当たっては、原告は、事前に、被告の有価証券投資及び経営体制に関する詳細な事前質問状を提出するとともに、一方で、本件株主総会の第4号議案ないし第7号議案については賛成する意向を表明していたものである。さらに、本件株主総会における質疑の状況をみると、前記の〈4〉ないし〈10〉で認定したとおり、第4号議案の審議に入る前までに、被告の議長に対し、議事の進行に関する意見も含め、延べ17回余りの株主からの質問ないし発言がなされているところ、5名による5回の質問を除き、その余の12回はすべて原告の役員あるいは従業員の株主の質問ないし発言であり、その後の第4号議案ないし第7号議案の審議に関してみても、もっぱら原告の役員あるいは従業員の株主が入れ代わり立ち代わり質問ないし発言を繰り返している状況にあったものである。また、被告の議長がE株主に個別の議案ごとに質問を受けることを了承したという点についても、当時の審議状況に照らす限り、被告の議長がその後の審議の際にそのことを明確に意識していたかどうかは多分に疑問が残るところである。
以上のような事情を総合して考慮すると、被告の経営状況について既に十分な知識、情報を得ており、第4号議案ないし第7号議案に関する決議についても十分な情報を持っていると認められ、しかも事前に賛成の意向まで表明している原告の関係者からの質問が繰り返しなされた結果、被告の議長としては、一時的な混乱状態のもとで、既に原告の関係者に対しては必要な説明はなされていると即断して、前記のように原告の関係者からなされた質問を打ち切りあるいは無視するといった措置をとるに至ったものと認めるのが相当である。そうであるとすれば、原告の事前質問状に対しては、被告の側から一応の回答がなされており、しかも、第4号ないし第7号議案についての実質的関連事項の説明はそれぞれの決議の際には既になされているものと認められることをも併せ考慮すると、被告の議長の議事運営方法が不公正であり適切さを欠いていたとの点は否定できないにしても、本件各決議に際しての被告の議長の議事運営方法が、決議の取消しを認めざるを得ないほどに著しく不公正なものであったとまで認定することはできないと考える。
第4 結論
以上認定説示したところから明らかなとおり、本件訴訟は、内外の有価証券等に関する投資顧問等を業とする株式会社である原告の役員あるいは従業員が、自ら株主として出席した被告の定時株主総会において、株主からの質問に対する被告の取締役及び監査役の説明義務が尽くされないまま本件各決議がなされたとして、被告に対して当該各決議の取消しを求めた事案である。
そして、原告は、本件株主総会における本件各決議に関しては、被告の議長が株主の質問を途中で打ち切りあるいはこれを無視して採決を行っており、被告の取締役及び監査役による説明義務が尽くされていないと主張するが、前記第3での検討の結果のとおり、当裁判所としては、本件株主総会に出席した時点で原告及びその役員あるいは従業員である株主が有していた被告会社に対する知識・情報の内容や本件株主総会における審議の内容をも考慮した上で、いずれの決議についても被告の取締役及び監査役として必要な説明義務は尽くされていたものと判断したものである。さらに、当裁判所としては、被告の議長の議事運営の適否の観点からの本件各決議の取消しの問題について検討し、被告の議長による本件株主総会の議事運営については、被告の議長が株主の質問を打ち切りあるいはこれを無視した点において不公正さを否定できないと認められるものの、これが本件各決議を取り消すことを認めるに足るほどの著しい程度にまでは達していないと判断したものである。
民事第8部
(裁判長裁判官 西岡清一郎 裁判官 真鍋美穂子 裁判官 名島亨卓)

+判例(東京地判H19.12.6)
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件各決議に関する本件集計方法の違法性)について
(1) 本件株主提案と本件会社提案との関係
ア 本件において、原告ら及び被告の双方から、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」という議題によって各候補者の提案がされたこと、被告の定款上、本件株主総会において選任できる取締役の員数は最大で8名、監査役の員数は最大で3名となることは、前記第2の1(2)から(5)までに認定のとおりである。
そうであれば、本件株主提案と本件会社提案とはそれぞれ別個の議題を構成するものではなく、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」というそれぞれ一つの議題について、双方から提案された候補者の数だけ議案が存在すると解するのが相当である。
イ これに対して、被告は、本件株主提案と本件会社提案とは、候補者が異なるから議題としては別であり、本件委任状による授権は本件会社提案には及ばないと主張する。
しかしながら、いずれの提案も、本件株主総会終結時をもって平成19年6月現在の取締役全員及び監査役3名が任期満了によって退任することを前提に、その後任者の選任を目的とするものであって(前記第2の1(3))、被告自身、本件株主提案と本件会社提案とをそれぞれ相反議案の関係にあるものとして、一括して審議し、一括して採決することとしているところであるから(前記第2の1(6)及び(8)ア、イ)、本件株主提案と本件会社提案とは議題としては共通と解するのが相当であり、被告の主張は採用することができない。
(2) 本件委任状の趣旨
ア 原告が被告の株主から得た本件委任状には、委任事項として、「原案に対し修正案が提出された場合(株式会社モリテックスから原案と同一の議題について議案が提出された場合等を含む。)…(中略)…はいずれも白紙委任とします。」と記載されていることは、前記第2の1(4)イ認定のとおりである。
そこで、本件委任状による株主から原告に対する議決権行使の代理権授与の趣旨を検討する。
本件においては、原告らと被告経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じていることから、原告らがその提案に係る取締役及び監査役候補者の選任に関する議案を提出し、株主に対して議決権の代理行使の勧誘を行ってきた場合に、被告からもいずれその提案に係る候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことは、株主にとって顕著であったものと認められる(乙1、弁論の全趣旨)。また、被告の定款に定められた員数の関係から、本件株主総会において選任できる取締役の員数は最大で8名、監査役の員数は最大で3名であって、本件株主提案に賛成し、原告に議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案に係る候補者については賛成の議決権行使をする余地がない。
このような状況下においては、本件株主提案に賛成して本件委任状を原告に提出した株主は、委任事項における「白紙委任」との記載にかかわらず、本件委任状によって、本件会社提案については賛成しない趣旨で、原告に対して議決権行使の代理権の授与を行ったと解するのが相当である。
なお、本件委任状には、委任事項として、「賛否の指示をしていない場合…(中略)…はいずれも白紙委任とします。」と記載されているところ、賛否の欄を白紙にして本件委任状を提出した株主についても、上記の状況下では、本件株主提案に賛成するとともに、本件会社提案については賛成しない趣旨で、原告に対して議決権行使の代理権の授与を行ったと解して妨げないというべきである。
イ これに対し、被告は、本件委任状を原告に提出した大多数の株主は、本件委任状作成時に本件会社提案の内容を認識していないから、本件会社提案についての議決権行使の代理権までは授与していないと主張する。
なるほど、証拠(乙3)によれば、本件委任状1893枚のうち、平成19年6月13日以前の期日が記載された委任状は1258枚であって、原告に対して本件委任状を提出した株主の中には、本件株主総会招集通知によって本件会社提案に係る候補者を認識する前に本件委任状を提出した者が少なくないことが認められる。
しかしながら、原告に対して本件委任状を提出した株主が、仮に本件委任状提出後に本件会社提案の内容を認識し、その提案に係る候補者の一部に賛成することとするのであれば、原告に対する代理権授与の撤回をすることによって、自らその真意に沿った議決権行使を行うことは何ら妨げられない。また、被告が、全株主に対して電話を行い、議決権行使書面の送付を依頼するとともに、原告に対する代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主に対しては、「委任状撤回通知書」と題する書面を送付して、原告に対する代理権授与の撤回の手続を行ったことは、前記第2の1(7)に認定のとおりである。
そうであれば、本件株主提案に賛成して本件委任状を原告に提出した株主が、その後、被告からの本件株主総会招集通知によって本件会社提案に係る候補者の情報を得るとともに、被告からの電話により原告に対する代理権授与の撤回の機会を持ったにもかかわらず、代理権授与の撤回をしていない以上は、本件委任状提出の当初から、本件会社提案には賛成しない意思であったと解して妨げないというべきである。
ウ なお、被告は、原告代理人である久保利英明弁護士から、本件委任状は本件株主提案についてのものであり、本件会社提案については議決権代理行使の勧誘の意思はない旨を伝えられていたため、これを前提に本件会社提案につき議決権不行使と扱った旨主張する。
しかしながら、事前打ち合わせの際の原告代理人の上記発言内容を的確に認めるに足りる証拠はないし、また、本件株主提案に賛成して本件委任状を提出した株主から原告に対する議決権行使の代理権授与の趣旨は、上記アのとおり、本件会社提案については賛成しないという範囲では明確ということができるから、原告代理人の発言に関する被告の主張は採用することができない。
(3) 議決権代理行使勧誘規制との関係
被告は、本件委任状には本件会社提案について賛否を記載する欄が設けられていないこと及び本件会社提案に係る候補者に関する参考書類の提供等がないことから、本件委任状は証券取引法194条、同法施行令36条の2第1項、勧誘内閣府令43条等に違反し無効であって、本件委任状による本件会社提案についての議決権行使の代理権授与も無効となると主張する。
ア 議決権代理行使勧誘規制の趣旨
証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)194条は、「何人も、政令で定めるところに違反して、証券取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者に議決権の行使を代理させることを勧誘してはならない。」と規定し、これを受けて同法施行令36条の2第1項は、「議決権の代理行使の勧誘(法194条に規定する証券取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者にその議決権の行使を代理させることの勧誘をいう。…(中略)…)を行おうとする者(以下…(中略)…「勧誘者」という。)は、当該勧誘に際し、その相手方(以下…(中略)…「被勧誘者」という。)に対し、委任状の用紙及び代理権の授与に関し参考となるべき事項として内閣府令で定めるものを記載した書類(以下…(中略)…「参考書類」という。)を交付しなければならない。」と規定し、同条5項は、「第1項の委任状の用紙の様式は、内閣府令で定める。」と規定している。
これを受けて勧誘内閣府令1条1項は、参考書類の記載事項について、「証券取引法施行令(以下「令」という。)第36条の2第1項に規定する参考書類(以下「参考書類」という。)には、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める事項を記載しなければならない。」とし、1号において「勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員である場合」には「イ 勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員である旨、ロ 議案、ハ 議案につき会社法(…(中略)…)第384条又は第389条第3項の規定により株主総会に報告すべき調査の結果があるときは、その結果の概要」を、2号において「勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員以外の者である場合」には「イ 議案、ロ 勧誘者の氏名又は名称及び住所」を定めている。また、勧誘内閣府令21条1項は、「株式の発行会社の取締役が取締役の選任に関する議案を提出する場合において、当該会社により又は当該会社のために当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われる場合以外の場合に当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われるときは、参考書類には、候補者の氏名、生年月日及び略歴を記載しなければならない。」と規定し、同条2項は、「前項に規定する場合において、株式の発行会社が公開会社であるときは、参考書類には、次に掲げる事項を記載しなければならない。1 候補者が他の法人等を代表する者であるときは、その事実(重要でないものを除く。)、2 候補者と当該会社との間に特別の利害関係があるときは、その事実の概要、3 候補者が現に当該会社の取締役であるときは、当該会社における地位及び担当」と規定し、勧誘内閣府令23条は、監査役について概ね同旨を規定しており、これらの規定は、株式の発行会社の株主が議案を提出する場合において、当該会社により又は当該会社のために当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われる場合以外の場合に当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われるときにも、適用される(勧誘内閣府令40条)。さらに、勧誘内閣府令43条は、「令36条の2第5項に規定する委任状の用紙には、議案ごとに被勧誘者が賛否を記載する欄を設けなければならない。ただし、別に棄権の欄をもうけることを妨げない。」と規定している。
これらの議決権代理行使勧誘規制の趣旨は、被勧誘者である上場会社の一般株主にとって、勧誘者から株主総会の議案を知らされるだけでは、議案の可否を判断するための情報としては十分ではないため、勧誘者は所定の事項を記載した参考書類を交付すべきこととするとともに、被勧誘者が株主総会における議決権の代理行使について勧誘者に白紙委任することにより、自分にとって不利な議決権の行使がなされ不測の損害を受けることがないように、委任状には議案ごとに賛否を記載する欄を設けるべきこととしたものである。
イ 原告による議決権の代理行使の勧誘についての検討
これを本件についてみるに、本件委任状には本件会社提案について賛否を記載する欄が設けられていないこと及び原告による議決権の代理行使の勧誘に際して本件会社提案に係る候補者に関する参考書類の交付がされていないことは、第2の1(4)イに認定のとおりである。
他方、本件における原告による議決権の代理行使の勧誘については、以下の事情を認めることができる。
(ア) 本件においては、原告らと被告経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じており、被告からもいずれその提案に係る候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことが、株主にとって顕著であったこと、また、被告の定款に定められた取締役及び監査役の員数の関係から、本件株主提案に賛成し、原告に議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案に係る候補者については賛成の議決権行使をする余地がないこと、こうした状況から、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主は、被告から提案が予想される議案に反対する趣旨で代理権授与を行ったと解されることは、前記(2)アに判示のとおりである。
そうであれば、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主にとっては、原告が本件会社提案に反対の議決権の代理行使をすることは代理権授与の趣旨に沿ったものであり、これにより不測の損害を受けるおそれはないということができる。
(イ) 株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主が、その後に、株主総会招集通知に添付された参考書類により会社提案に係る候補者の情報を得た時点で株主提案への賛成を翻意した場合には、株主に対する代理権授与の撤回をすることによって、その意図に沿った議決権行使を行うことが可能である。本件における手続の経過をみても、被告が、全株主に対する電話連絡の際に、原告に対する議決権行使の代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主については、その手続を行ったことは、前記第2の1(7)に認定のとおりである。
そうであれば、本件において、被告による本件株主総会招集通知及び本件会社提案に関する参考書類の送付に先立ち、原告が、本件株主提案に係る候補者に関する情報のみの提供により、本件株主提案に賛成するとともにその後に予想される会社提案に反対することを内容とする議決権の代理行使を勧誘することを許容したとしても、情報不足のため株主が不利益を受けるというおそれはないといえる。
(ウ) 取締役会設置会社において、株主は、株主提案権に基づき、一定の事項を株主総会の目的とすることを請求する場合には、株主総会の日の8週間前までにその請求をしなければならないのに対し(会社法303条2項)、会社は、株主総会を招集するには、2週間前までに株主に株主総会の目的である事項を通知すれば足りることとされている(同法299条1項)。
そうすると、会社が2週間前に株主に対して株主総会の招集を通知した場合、会社は、通知を行うのと同時に、株主提案についても賛否を記載する欄を設けた議決権行使書面を送付することにより、2週間の期間を利用して、会社提案に賛成するとともに株主提案に反対することを内容とする議決権行使の勧誘をすることができる。これに対し、株主が株主提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をする場合に、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の用紙を作成しなければならないとすると、株主は、株主総会招集通知の受領後に、会社提案について賛否を記載する欄を設けた委任状及び会社提案についての参考書類の作成、株主に対する送付等を行った上で、2週間から上記の作業期間を控除した残りの期間に議決権代理行使の勧誘を行わなければならず、会社と比較して著しく不利な地位に置かれることとなる。本件における手続の経過をみても、被告は平成19年6月11日に本件株主総会招集通知を発送し、原告はこれを同月13日に受領したものと認められるところ(前記第2の1(5)ア、弁論の全趣旨)、原告が同日から本件株主総会開催日である同月27日までの間に本件会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の作成、送付等をした上、本件会社提案に反対の議決権代理行使の勧誘をすることは、議決権を有する株主数が9586名に及ぶことや委任状の送付及び返送のために一定の郵送期間が必要となることにかんがみると、極めて困難であることが窺える。
このように、株主が、自らの提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をするためには、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状を作成しなければならないと解することは、株主に対する議決権代理行使の勧誘について会社と株主の公平を著しく害する結果となるといわざるを得ない。
ウ 上記の各事情を考慮すると、本件においては、本件委任状の交付をもって、本件会社提案についての株主から原告に対する議決権行使の代理権の授与を認めたとしても、議決権代理行使勧誘規制の趣旨に必ずしも反するものではないということができ、本件委任状が本件会社提案について賛否を記載する欄を欠くことは、本件会社提案に係る候補者についての原告に対する議決権行使の代理権授与の有効性を左右しないと解するのが相当である。
(4) 小括
以上によれば、本件会社提案に係る議案の採決に際しては、本件委任状に係る議決権数は、出席議決権に算入し、かつ本件会社提案に対し反対の議決権行使があったものと取り扱うべきであった。それにもかかわらず、本件株主総会の議長であるBは、前記第2の1(8)ウからオまでのとおり、本件集計方法により本件会社提案が出席議決権数の過半数の賛成を得たものとして可決承認された旨宣言したのであるから、本件各決議は、その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するといわざるを得ない。
そして、本件委任状に係る議決権数を出席議決権に算入するという取扱いによった場合、Aは出席議決権数の44.93%、Sは出席議決権数の46.74%の賛成しか得ていないことになり(前記第2の1(9)ア)、いずれも過半数に達していないから、両名の選任議案は否決されたというべきであり、両名を取締役に選任する旨の決議は取消しを免れない。これに対し、その余の6名の取締役及び3名の監査役の選任議案については、かかる取扱いによった場合でも、出席議決権数の過半数の賛成を得たという結果には変更がないことが認められ、本件集計方法によったことは、議決権行使の集計における評価の方法を誤ったのみであって違反する事実が重大とまではいえないし、決議に影響を及ぼさないものであると認められるから、会社法831条2項により、B、C、E、O、P及びQを取締役に選任する旨の決議並びにZ、V及びWを監査役に選任する旨の決議の取消しの請求は、棄却することとする。
なお、原告は、このような場合には全体としてその決議の方法が法令に違反し、又は著しく不公正といえるから、本件各決議はすべて取り消されるべきであると主張するが、上記(1)アに判示のとおり、本件においては、各議題につき候補者の数だけ議案が存在するのであるから、決議としては候補者ごとに別個のものと解さざるを得ず、原告の主張は採用することができない。
2 争点2(議決権行使株主に対するQuoカード送付の違法性)について
(1) 株主の権利行使に関する利益供与の要件
会社法120条1項は、「株式会社は、何人に対しても、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。…)をしてはならない。」と規定している。同項の趣旨は、取締役は、会社の所有者たる株主の信任に基づいてその運営にあたる執行機関であるところ、その取締役が、会社の負担において、株主の権利の行使に影響を及ぼす趣旨で利益供与を行うことを許容することは、会社法の基本的な仕組に反し、会社財産の浪費をもたらすおそれがあるため、これを防止することにある。
そうであれば、株主の権利の行使に関して行われる財産上の利益の供与は、原則としてすべて禁止されるのであるが、上記の趣旨に照らし、当該利益が、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的に基づき供与される場合であって、かつ、個々の株主に供与される額が社会通念上許容される範囲のものであり、株主全体に供与される総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないときには、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合があると解すべきである。
(2) 本件贈呈の利益供与該当性
本件についてこれをみると、被告が有効な議決権行使を条件として株主1名につきQuoカード1枚(500円分)を交付したことは、前記第2の1(5)及び(10)に認定のとおりであり、これは議決権という株主の権利の行使に関し、被告の計算において財産上の利益を供与するものとして、株主の権利の行使に関する利益供与の禁止の規定に該当するものである。
そこで、本件贈呈が例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するか否かについて検討する。
ア 本件において株主に対して供与された利益の額について検討すると、個々の株主に対して供与されたQuoカードの金額は500円であり、一応、社会通念上許容される範囲のものとみることができる。また、株主全体に供与されたQuoカードの総額は452万1990円であるところ(前記第2の1(10))、平成19年3月期(第35期)における経常利益が3億5848万8000円、総資産が150億7296万5000円、純資産が76億8043万6000円であること(乙25)、第35期の中間配当及び期末配当の総額はそれぞれ6912万3500円(甲2の添付資料11-1)であることと比較すれば、上記の総額は会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえない。
イ そして、被告は、本件贈呈は、被告役員のほぼ全員を入れ替えるか否かという被告の将来の事業方針に大きく影響を及ぼす議題が審議される本件株主総会に、できるだけ広く株主の意思を反映させるために行ったものであると主張する。
なるほど、前記第2の1(5)によれば、本件において、株主は、本件会社提案又は本件株主提案のいずれに賛成しても、また、議決権の代理行使、議決権行使書面及び株主総会の出席のいずれの形で議決権を行使しても、Quoカード1枚(500円分)の交付を受ける仕組となっていることが認められる。
ウ しかしながら、前記第2の1(5)イによれば、被告が議決権を有する全株主に送付した本件はがきには、「議決権を行使(委任状による行使を含む)」した株主には、Quoカードを贈呈する旨を記載しつつも、「【重要】」とした上で、「是非とも、会社提案にご賛同のうえ、議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」と記載し、Quoカードの贈呈の記載と重要事項の記載に、それぞれ下線と傍点を施して、相互の関連を印象付ける記載がされていることが認められる。
また、弁論の全趣旨によれば、被告は、昨年の定時株主総会まではQuoカードの提供等、議決権の行使を条件とした利益の提供は行っておらず、原告との間で株主の賛成票の獲得を巡って対立関係が生じた本件株主総会において初めて行ったものであることが認められる。
さらに、株主による議決権行使の状況をみると、本件株主総会における議決権行使比率は81.62%で例年に比較して約30パーセントの増加となっていること(甲2、弁論の全趣旨)、白紙で返送された議決権行使書は本件会社提案に賛成したものとして取り扱われるところ、白紙で被告に議決権行使書を返送した株主数は1349名(議決権数1万4545個)に及ぶこと(甲24)、被告に返送された議決権行使書の中にはQuoカードを要求する旨の記載のあるものが存在すること(甲7の1から3)の各事実が認められ、Quoカードの提供が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われる。
そうであれば、Quoカードの提供を伴う議決権行使の勧誘が、一面において、株主による議決権行使を促すことを目的とするものであったことは否定されないとしても、本件は、原告ら及び被告の双方から取締役及び監査役の選任に関する議案が提出され、双方が株主の賛成票の獲得を巡って対立関係にある事実であること及び上記の各事実を考慮すると、本件贈呈は、本件会社提案へ賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであると推認することができ、この推認を覆すに足りる証拠はない。
(3) 小括
以上によれば、本件贈呈は、その額においては、社会通念上相当な範囲に止まり、また、会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえないと一応いうことができるものの、本件会社提案に賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであって、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものということはできないから、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するとは解し得ず、結論として、本件贈呈は、会社法120条1項の禁止する利益供与に該当するというべきである。
そうであれば、本件株主総会における本件各決議は、会社法120条1項の禁止する利益供与を受けた議決権行使により可決されたものであって、その方法が法令に違反したものといわざるを得ず、取消しを免れない。また、株主の権利行使に関する利益供与禁止違反の事実は重大であって、本件贈呈が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われることは上記判示のとおりであるから、会社法831条2項により請求を棄却することもできない。
なお、被告は、本件贈呈は、株主総会の決議の前段階の事実行為であって、株主総会の決議の方法ということはできないと主張するが、株主による議決権行使書の返送又は株主総会における議決権行使は決議そのものであって、議決権行使を条件としてQuoカードを贈呈するということは決議の方法というほかないから、被告の主張は採用することができない。
第4 結論
以上のとおりであって、本件各決議は、その余の取消事由の存否(予備的主張)について判断するまでもなく、取消しを免れないというべきであり、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
民事第8部
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 西村英樹 川原田貴弘)

++解説
《解  説》
1 本件は,会社の大株主である原告と会社経営陣が,それぞれ取締役及び監査役の選任議案を提出し,経営権を争ういわゆるプロキシーファイトを行ったところ,株主総会では会社側提案が可決されたのに対し,株主側が,株主総会における決議の方法の違法を主張して,決議の取消しを求めた事案である。
原告は,主位的に,①会社提案に係る議案の採決に際し,原告に提出された委任状に係る議決権の個数を出席議決権数に含めなかったこと,②被告が有効な議決権行使を条件とする株主1名につきQuoカード1枚(500円分)の提供(以下「本件贈呈」という。)に基づき議決権行使の勧誘を行ったことはいずれも違法であり,決議取消事由に該当すると主張し,予備的に,このほか4つの取消事由を主張した。

2 上記①につき,本判決は,まず,原告に対する委任の趣旨について,原告らと会社経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じており,会社からもいずれ選任議案が提案されることが株主にとって顕著であり,また,定款の役員定数からみて,株主提案に賛成した株主は,会社提案には賛成する余地がないという状況の下では,原告に本件委任状を交付した株主は,会社提案については賛成しない趣旨で委任を行ったと解すべきとした。次に,本件委任状が会社提案について賛否を記載する欄を欠くことが証券取引法等に違反するかについて,本件においては,本件委任状の交付をもって会社提案について議決権行使の委任を認めたとしても,委任状勧誘規制の趣旨に必ずしも反せず,また,常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の作成を株主に要求することは会社と株主の公平を著しく害するとして,本件委任状は有効とした。そして,会社提案の採決に際しては,本件委任状に係る議決権数は,出席議決権に算入し,かつ会社提案に対し反対したものと取り扱うべきであったとし,会社提案を可決した決議は,その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するとした。
また,上記②の争点に関し,本判決は,株主の権利の行使に関して行われる財産上の利益の供与は,原則として禁止されるが,当該利益が,株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的に基づき供与される場合であって,かつ,個々の株主に供与される額が社会通念上許容される範囲のものであり,株主全体に供与される総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないときには,例外的に違法性を有しないとの一般論を判示した。そして,会社が議決権行使を条件として本件贈呈をしたことは利益供与の禁止に該当するとした上で,会社が,各株主に対して,議決権を行使した株主にはQuoカードを贈呈する旨を記載するとともに,「是非とも,会社提案にご賛同のうえ,議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」と記載した葉書を送付した事実に基づき,本件贈呈は,その額においては社会通念上相当な範囲に止まり,また,その総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすとはいえないものの,会社提案に賛成する議決権行使の獲得をも目的としており,株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものとはいえないとして,違法性阻却事由を否定した。そして,かかる利益供与を受けてされた決議は,その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するとした

3 議案ごとの賛否欄の記載がない委任状用紙による勧誘がされた場合における決議取消事由が問題となった事例としては,東京地判平17.7.7判時1915号150頁がある。もっとも,同判決では,議決権代理行使勧誘規制に違反することを前提に決議の方法の法令違反に該当するか等が問題となったのに対し,本判決では,会社提案について賛否を記載する欄を欠く委任状による委任の趣旨の判断に基づいて,会社の行った集計方法が決議の方法の法令違反に該当するかが問題とされており,初めての判断である。
次に,会社による利益提供が会社法120条1項の禁止する利益供与に該当するか否かが問題となった事例としては,株式を譲り受けるための対価の供与につき最二小判平18.4.10民集60巻4号1273頁,判タ1214号82頁〔蛇の目ミシン事件〕,東京地判平7.12.27判タ912号238頁〔國際航業事件〕,従業員持株会に対する奨励金の支出につき福井地判昭60.3.29判タ559号275頁,株主優待乗車券につき高松高判平2.4.11金判859号3頁がある。
4 本判決は,東証1部上場企業の株主総会決議が取り消されたという珍しい事案である。その審理経過をみると,あらかじめ選任された総会検査役の報告書により事実関係については概ね争いがなく,原告及び被告ともに詳細な法的主張をまとめて各1回提出した後,第2回口頭弁論期日で弁論終結となり,総会から5か月余りで判決に至っている。経営陣と株主が双方の経営に係る提案を行い,プロキシーファイトを行うという事案は,今後ますます増加することが予想され,審理スケジュールの点でも,今後の同種事案の参考となろう。

Ⅶ 最後に~株主総会の法律問題の考え方