Ⅰ はじめに
Ⅱ 本件元物配当に関するAの責任
1.462条1項の責任
+(配当等の制限)
第四百六十一条 次に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等(当該株式会社の株式を除く。以下この節において同じ。)の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない。
一 第百三十八条第一号ハ又は第二号ハの請求に応じて行う当該株式会社の株式の買取り
二 第百五十六条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得(第百六十三条に規定する場合又は第百六十五条第一項に規定する場合における当該株式会社による株式の取得に限る。)
三 第百五十七条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得
四 第百七十三条第一項の規定による当該株式会社の株式の取得
五 第百七十六条第一項の規定による請求に基づく当該株式会社の株式の買取り
六 第百九十七条第三項の規定による当該株式会社の株式の買取り
七 第二百三十四条第四項(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による当該株式会社の株式の買取り
八 剰余金の配当
2 前項に規定する「分配可能額」とは、第一号及び第二号に掲げる額の合計額から第三号から第六号までに掲げる額の合計額を減じて得た額をいう(以下この節において同じ。)。
一 剰余金の額
二 臨時計算書類につき第四百四十一条第四項の承認(同項ただし書に規定する場合にあっては、同条第三項の承認)を受けた場合における次に掲げる額
イ 第四百四十一条第一項第二号の期間の利益の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
ロ 第四百四十一条第一項第二号の期間内に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
三 自己株式の帳簿価額
四 最終事業年度の末日後に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
五 第二号に規定する場合における第四百四十一条第一項第二号の期間の損失の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
六 前三号に掲げるもののほか、法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
+(剰余金の配当等に関する責任)
第四百六十二条 前条第一項の規定に違反して株式会社が同項各号に掲げる行為をした場合には、当該行為により金銭等の交付を受けた者並びに当該行為に関する職務を行った業務執行者(業務執行取締役(指名委員会等設置会社にあっては、執行役。以下この項において同じ。)その他当該業務執行取締役の行う業務の執行に職務上関与した者として法務省令で定めるものをいう。以下この節において同じ。)及び当該行為が次の各号に掲げるものである場合における当該各号に定める者は、当該株式会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う。
一 前条第一項第二号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百五十六条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の金銭等の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役(当該株主総会に議案を提案した取締役として法務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)
ロ 第百五十六条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の金銭等の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役(当該取締役会に議案を提案した取締役(指名委員会等設置会社にあっては、取締役又は執行役)として法務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)
二 前条第一項第三号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百五十七条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第三号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第百五十七条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第三号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
三 前条第一項第四号に掲げる行為 第百七十一条第一項の株主総会(当該株主総会の決議によって定められた同項第一号に規定する取得対価の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合における当該株主総会に限る。)に係る総会議案提案取締役
四 前条第一項第六号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百九十七条第三項後段の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第百九十七条第三項後段の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
五 前条第一項第七号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第二百三十四条第四項後段(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた第二百三十四条第四項第二号(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第二百三十四条第四項後段(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた第二百三十四条第四項第二号(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
六 前条第一項第八号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第四百五十四条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた配当財産の帳簿価額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第四百五十四条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた配当財産の帳簿価額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
2 前項の規定にかかわらず、業務執行者及び同項各号に定める者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、同項の義務を負わない。
3 第一項の規定により業務執行者及び同項各号に定める者の負う義務は、免除することができない。ただし、前条第一項各号に掲げる行為の時における分配可能額を限度として当該義務を免除することについて総株主の同意がある場合は、この限りでない。
+(株主に対する求償権の制限等)
第四百六十三条 前条第一項に規定する場合において、株式会社が第四百六十一条第一項各号に掲げる行為により株主に対して交付した金銭等の帳簿価額の総額が当該行為がその効力を生じた日における分配可能額を超えることにつき善意の株主は、当該株主が交付を受けた金銭等について、前条第一項の金銭を支払った業務執行者及び同項各号に定める者からの求償の請求に応ずる義務を負わない。
2 前条第一項に規定する場合には、株式会社の債権者は、同項の規定により義務を負う株主に対し、その交付を受けた金銭等の帳簿価額(当該額が当該債権者の株式会社に対して有する債権額を超える場合にあっては、当該債権額)に相当する金銭を支払わせることができる。
・財源違反の分配はその全部が違法な分配と評価される。
2.善意の株主も462条1項の責任を負うのか
・462条2項の規定は、1項の責任は善意悪意や過失の有無を問わず発生することを前提としている。
→株主の善意悪意問わない。
・463条1項=クリーンハンドの原則から・・・。
3.Aは乙会社株式を保持できるか
(1)問題の所在
・462条1項は金銭の支払義務を負わせているにとどまるから、元物配当の場合の元物はどうなるのか。
(2)有効説と無効説:ことの経緯
(3)有効説と無効説:文言解釈について
(4)有効説と無効説:無効説の有効説に対する批判について
(5)Aは乙会社株式を保持できるか
無効説からでも保持できそう。
金銭の返還義務のみ。
4.Aの会社債権者に対する責任
+(株主に対する求償権の制限等)
第四百六十三条 前条第一項に規定する場合において、株式会社が第四百六十一条第一項各号に掲げる行為により株主に対して交付した金銭等の帳簿価額の総額が当該行為がその効力を生じた日における分配可能額を超えることにつき善意の株主は、当該株主が交付を受けた金銭等について、前条第一項の金銭を支払った業務執行者及び同項各号に定める者からの求償の請求に応ずる義務を負わない。
2 前条第一項に規定する場合には、株式会社の債権者は、同項の規定により義務を負う株主に対し、その交付を受けた金銭等の帳簿価額(当該額が当該債権者の株式会社に対して有する債権額を超える場合にあっては、当該債権額)に相当する金銭を支払わせることができる。
・直接自己に対して支払いを請求できる
Ⅲ 株式を会社に売り渡したAの責任
1.462条1項の責任
(1)問題の所在
+(配当等の制限)
第四百六十一条 次に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等(当該株式会社の株式を除く。以下この節において同じ。)の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない。
一 第百三十八条第一号ハ又は第二号ハの請求に応じて行う当該株式会社の株式の買取り
二 第百五十六条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得(第百六十三条に規定する場合又は第百六十五条第一項に規定する場合における当該株式会社による株式の取得に限る。)
三 第百五十七条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得
四 第百七十三条第一項の規定による当該株式会社の株式の取得
五 第百七十六条第一項の規定による請求に基づく当該株式会社の株式の買取り
六 第百九十七条第三項の規定による当該株式会社の株式の買取り
七 第二百三十四条第四項(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による当該株式会社の株式の買取り
八 剰余金の配当
2 前項に規定する「分配可能額」とは、第一号及び第二号に掲げる額の合計額から第三号から第六号までに掲げる額の合計額を減じて得た額をいう(以下この節において同じ。)。
一 剰余金の額
二 臨時計算書類につき第四百四十一条第四項の承認(同項ただし書に規定する場合にあっては、同条第三項の承認)を受けた場合における次に掲げる額
イ 第四百四十一条第一項第二号の期間の利益の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
ロ 第四百四十一条第一項第二号の期間内に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
三 自己株式の帳簿価額
四 最終事業年度の末日後に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
五 第二号に規定する場合における第四百四十一条第一項第二号の期間の損失の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
六 前三号に掲げるもののほか、法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
+(株式の取得に関する事項の決定)
第百五十六条 株式会社が株主との合意により当該株式会社の株式を有償で取得するには、あらかじめ、株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。ただし、第三号の期間は、一年を超えることができない。
一 取得する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)
二 株式を取得するのと引換えに交付する金銭等(当該株式会社の株式等を除く。以下この款において同じ。)の内容及びその総額
三 株式を取得することができる期間
2 前項の規定は、前条第一号及び第二号並びに第四号から第十三号までに掲げる場合には、適用しない。
(取得価格等の決定)
第百五十七条 株式会社は、前条第一項の規定による決定に従い株式を取得しようとするときは、その都度、次に掲げる事項を定めなければならない。
一 取得する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び数)
二 株式一株を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法
三 株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の総額
四 株式の譲渡しの申込みの期日
2 取締役会設置会社においては、前項各号に掲げる事項の決定は、取締役会の決議によらなければならない。
3 第一項の株式の取得の条件は、同項の規定による決定ごとに、均等に定めなければならない。
・現物配当の場合よりも株式取引の安全という考慮も加わる。
(2)会社法の立法担当者の見解
(3)無効説からの応答①:悪意(重過失)のない株主を保護する見解
(4)無効説からの応答②:株主の善意・悪意を問わず責任を認める見解
(5)甲会社債権者に対するAの責任
2.Aは同時履行の抗弁権を主張できるか
(1)問題の所在と有効説の立場
契約が無効とされた場合、両当事者が有する不当利得返還請求権は同時履行の関係に立つ
民法533条類推適用
(2)無効説からの応答①:同時履行の抗弁権を認める見解
(3)無効説からの応答②:同時履行の抗弁権を認めない見解
3.まとめ
Ⅳ 業務執行者らの責任
1.Bの責任
(1)業務執行者等としての責任
+(剰余金の配当等に関する責任)
第四百六十二条 前条第一項の規定に違反して株式会社が同項各号に掲げる行為をした場合には、当該行為により金銭等の交付を受けた者並びに当該行為に関する職務を行った業務執行者(業務執行取締役(指名委員会等設置会社にあっては、執行役。以下この項において同じ。)その他当該業務執行取締役の行う業務の執行に職務上関与した者として法務省令で定めるものをいう。以下この節において同じ。)及び当該行為が次の各号に掲げるものである場合における当該各号に定める者は、当該株式会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う。
一 前条第一項第二号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百五十六条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の金銭等の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役(当該株主総会に議案を提案した取締役として法務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)
ロ 第百五十六条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の金銭等の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役(当該取締役会に議案を提案した取締役(指名委員会等設置会社にあっては、取締役又は執行役)として法務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)
二 前条第一項第三号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百五十七条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第三号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第百五十七条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第三号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
三 前条第一項第四号に掲げる行為 第百七十一条第一項の株主総会(当該株主総会の決議によって定められた同項第一号に規定する取得対価の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合における当該株主総会に限る。)に係る総会議案提案取締役
四 前条第一項第六号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百九十七条第三項後段の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第百九十七条第三項後段の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
五 前条第一項第七号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第二百三十四条第四項後段(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた第二百三十四条第四項第二号(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第二百三十四条第四項後段(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた第二百三十四条第四項第二号(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
六 前条第一項第八号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第四百五十四条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた配当財産の帳簿価額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第四百五十四条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた配当財産の帳簿価額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
2 前項の規定にかかわらず、業務執行者及び同項各号に定める者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、同項の義務を負わない。
3 第一項の規定により業務執行者及び同項各号に定める者の負う義務は、免除することができない。ただし、前条第一項各号に掲げる行為の時における分配可能額を限度として当該義務を免除することについて総株主の同意がある場合は、この限りでない。
(2)本件元物配当を受けた者としての責任
2.Cの責任
3.Dの責任
・信頼の法理
+判例(大阪地判H12.9.20)
++解説
《解 説》
一 本件は、大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失事件に関して、同行の株主二名が、取締役及び監査役合計五〇名(うち一名については、訴状却下)を相手取って提起した株主代表訴訟事件について、三八名の被告については原告らの請求を退けたものの、一一名の被告については、取締役としての善管注意義務、忠実義務に違反したとして、原告らの請求を一部認容した事案であるが、右認容額が総額で七億七五〇〇万ドル(約八三〇億円)と巨額であったことから、社会の注目を集め、株主代表訴訟制度の見直し論議に一石を投じた。
二 事案の概要
本件は、甲事件(第一次訴訟)と乙事件(第二次訴訟)からなっている。
甲事件は、大和銀行ニューヨーク支店の行員が、昭和五九年から平成七年までの間、財務省証券の無断取引を行って約一一億ドルの損失を出し、右損失を隠ぺいするために同支店が保管していた財務省証券を無断売却して、大和銀行に約一一億ドルの損害を与えたことについて、当時、代表取締役及びニューヨーク支店長の地位にあった取締役は、行員による不正行為を防止するとともに、損失の拡大を最小限にとどめるための内部統制システムを構築すべき善管注意義務及び忠実義務があったのにこれを怠った、また、その余の取締役及び監査役は、右代表取締役らが内部統制システムを構築しているか監視する善管注意義務又は忠実義務があったのにこれを怠ったため、右無断取引等を防止できなかったとして、右損害金一一億ドルを同行に賠償するよう求められた事案である。
また、乙事件は、大和銀行が、約一一億ドルの損害が発生したことを米国当局に隠匿したなどとして、米国において、刑事訴追を受け、有罪の答弁を行って罰金三億四〇〇〇万ドルを支払ったことについて、行員の米国法令違反行為の代位責任を問われた訴因に関しては、当時、代表取締役及びニューヨーク支店長の地位にあった取締役は、内部統制システムを構築すべき善管注意義務及び忠実義務があったのにこれを怠り、その余の取締役及び監査役は、右代表取締役らが内部統制システムを構築しているか監視する善管注意義務又は忠実義務があったのにこれを怠ったため、行員の米国法令違反行為を防止できなかったとして、また、大和銀行自身の米国法令違反行為を問われた訴因に関しては、当時、代表取締役及びニューヨーク支店長の地位にあった取締役は、米国において営業する際に、同国の法令を遵守すべき善管注意義務及び忠実義務があったのにこれを怠った、その余の取締役及び監査役は、右代表取締役らが米国の法令を遵守しているか監視する善管注意義務又は忠実義務があったのにこれを怠り、右代表取締役らの行為を防止することができなかったとして、大和銀行が支払った右罰金三億四〇〇〇万ドル及び弁護士報酬一〇〇〇万ドルの合計三億五〇〇〇万ドルを同行に賠償するよう求められた事案である。
三 本件訴訟の経緯
原告らが訴えを提起したのは、甲事件が平成七年一一月二七日であり、乙事件が平成八年五月八日であった。被告らは、両事件についていずれも担保提供の申立てを行い、応訴を拒絶した(商法二六七条五項、六項、一〇六条二項、旧民訴法一〇九条〔民訴法七五条四項参照〕)。大阪地裁は、平成九年四月一八日、被告らの申立てを容れ、両事件についていずれも原告らに対し担保の提供を命じた(本誌九五三号二五五頁、判時一六〇四号一三九頁、資料版商事一五八号五四頁参照)。これに対し、原告らが抗告を申し立てたところ、大阪高裁は、乙事件について平成九年一一月一八日、甲事件について同年一二月八日、いずれも原決定を取り消し、被告らの担保提供の申立てを却下した(判時一六二八号一三三頁、本誌九七一号二一六頁、資料版商事一六五号二九一頁、同一六六号一三八頁参照)。被告らは、甲事件についてのみ特別抗告を申し立てたが、最高裁は、平成一〇年六月二日、右申立てを却下した。
大阪地裁は、その後、実体審理を開始し、甲、乙両事件を併合して争点整理及び証拠調べを進め、平成一二年六月二八日弁論を終結し、同年九月二〇日判決を言い渡した。
四 主な争点
本件の主な争点は、①被告らに、内部統制システムの構築に関し、任務懈怠行為があったか(甲事件及び乙事件のうち行員の米国法令違反行為の代位責任を問われた訴因)、②被告らに、米国法令違反に関し、任務懈怠行為があったか(乙事件のうち大和銀行自身の米国法令違反行為を問われた訴因)、③被告らが賠償すべき損害の有無及び範囲のほかに、④取締役を退任して監査役に就任した被告について、取締役としての責任を追及する訴えを提起するよう請求するに当たり、同被告が監査役として会社を代表するものとして、同被告に対して右提訴請求をした場合、その訴えは適法であるかについても判示している。
五 訴えの適法性
本判決は、事前の提訴請求が必要とされる趣旨を、「本来、取締役の責任を追及する訴えを提起する権利を有するのは会社であるから、まずは会社に右訴えを提起することの要否及び当否を検討する機会を与えるべきであり、それにもかかわらず会社が訴えを提起しない場合に初めて、株主に右訴えを提起する資格を与えるのが相当であるからである」とし、取締役の責任を追及する訴えについて、会社を代表してこれを受けるのは、「会社と取締役との間の利益衝突を防止する趣旨」から、監査役であるとした上で、本件では、取締役を退任して監査役に就任した被告について、取締役としての責任を追及する訴えを提起するよう請求するに当たり、同被告が監査役として会社を代表するものとして、同被告に対して右提訴請求をしており、形式的には、事前の提訴請求の要件を具備しているが、実質的には、同被告に対する提訴の要否及び当否を同被告自身に判断させることとなり、「商法が会社に対する事前の提訴請求を要求する趣旨に照らし、原告らが事前の提訴請求を行ったものと評価することはできない」とした。そして、右手続上の瑕疵は重大である上、訴訟要件を具備しているか否かの判断は明確であることが要請されるから、同被告が他の監査役に提訴請求書を見せ、監査役会で提訴しない旨決議したこと、会社が同被告に対する提訴を知りながら、共同訴訟参加をしなかったことなどの事情を勘案しても、右瑕疵は治癒されないので、同被告に対する本件訴えのうち取締役としての責任を追及する部分については不適法であり、却下を免れないと判示した。
なお、事前の提訴請求の瑕疵を理由に訴えを不適法却下とした裁判例としては、東京地判平4・2・13本誌七九四号二一八頁がある。
六 内部統制システム
1 本争点で問題となっているのは、甲事件及び乙事件で行員の米国法令違反行為の代位責任を問われた訴因(本件訴因14ないし20)である。
2 本判決は、まず、健全な会社経営を行うためには、リスク管理が欠かせず、その会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制(内部統制システム)を整備する必要があるとした上で、重要な業務執行については、取締役会が決定することを要するから、会社経営の根幹に係わるリスク管理体制の大綱は、取締役会で決定することを要し、業務執行を担当する代表取締役及び業務担当取締役は、大綱を踏まえ、担当する部門におけるリスク管理体制を具体的に決定するべき職務を負う。したがって、取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は業務担当取締役として、リスク管理体制を構築し、さらに、代表取締役及び業務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか監視する善管注意義務及び忠実義務を負っており、監査役も、取締役がリスク管理体制の整備を行っているか監査すべき善管注意義務を負っているとした。なお、内部統制システムの構築について、取締役及び監査役のいずれにとっても、業務執行対象ないし監視対象とすべきであるとしたものとして、大阪高決平9・12・8〔前掲〕がある。
そして、本件では、「財務省証券取引には、取引担当者が自己又は第三者の利益を図るため、その権限を濫用する誘惑に陥る危険性があるとともに、価格変動リスクが現実化して損失が生じた場合に、その隠ぺいを図ったり、その後の取引で挽回をねらいかえって損失を拡大させる危険性を抱えている。また、カストディ業務には、保管担当者が自己又は第三者の利益を図って保管物を無断で売却して代金を流用する等、権限を濫用する危険性が内在している。このような不正行為を未然に防止し、損失の発生及び拡大を最小限に止めるためには、そのリスクの状況を正確に認識・評価し、これを制御するため、様々な仕組みを組み合せてより効果的なリスク管理体制を構築する必要がある」とした。
3 続いて、本判決は、原告らが、構築すべきであった内部統制システムとして主張している、①フロント・オフィスとバック・オフィスの分離、②財務省証券取引業務とカストディ業務の分離、③財務省証券の保管残高の確認方法等について、順次検討している。
すなわち、①については、財務省証券取引のリスクを適切に管理するためには、取引担当者に対し取引に関する制限を課した上、取引担当者がこの制限を遵守していることを確認するため、フロント・オフィス(取引部門)と、取引の相手方から会社宛て送付される売買確認書を受領し、取引部門から送付される取引伝票とを照合するバック・オフィス(事務管理部門)とを組織上分離して、右両部門が相互に牽制しあう体制を整備することが考えられるとした上で、本件では、証拠上、右分離は一応実施されていたものと評価されるとした。
また、②についても、財務省証券取引業務の担当者が、カストディ業務の担当者を兼ねる場合には、無権限で行った財務省証券取引の損失を、カストディ業務で保管中の財務省証券の無断売却により隠ぺいし、さらに、無権限での財務省証券取引を繰り返して、銀行に巨額の損失を与えるおそれがあり、銀行が抱える危険性は飛躍的に増大するので、担当者による不正行為を未然に防止し、損失の発生及び拡大を最小限に止めるためには、財務省証券取引を担当する部門とカストディ業務を担当する部門を組織上分離して、両部門が相互に牽制しあう体制を整備し、また、右体制を実質的に機能させるため、人事配置に当たっては同一の従業員に両部門を兼任させないように配慮することが考えられるとした上で、本件では、当初、両部門は分離されておらず、また、分離後も人事配置の面で十全ではなかったものの、証拠上、右分離により本件無断取引及び無断売却を発見、防止することができたとは必ずしも言えないとした。
しかし、③については、カストディ業務のリスクを適切に管理するためには、保管証券の性質に応じた適切な方法によって残高を確認することが必要であり、本件で無断売却された財務省証券は証券が発行されない登録債であって、現物との突合を行うことはできず、また、再保管銀行に保管を再委託しており、保管残高を確認するためには、右銀行に対する照会を行うほか適切な方法がなかったのであるから、検査担当者において、カストディ業務の担当者を介さず、直接右銀行に対して保管残高の照会を行うことが考えられるとし、本件では、支店の店内検査、内部監査担当者による検査、検査部による臨店検査、米州企画室による検査、会計監査人による監査で、財務省証券の保管残高の確認を行っていたところ、いずれの検査においても、検査対象である支店あるいはカストディ係に再保管銀行から財務省証券の保管残高明細書を入手させ、その保管残高明細書と支店の帳簿とを照合するという検査方法を採用していたため、財務省証券の無断売却を行った行員が偽造した保管残高明細書と支店の帳簿とを照合する結果となり、右無断売却及び右偽造等を内容とする行員の米国法令違反行為(本件訴因14ないし20)を発見、防止することができなかったのであって、カストディ業務に内在するリスクを適切に管理するための、財務省証券の保管残高を確認する仕組みは、整備、実施されていたものの、その検査方法は、検査対象者に隠ぺいの機会を残すものであったとした。
4 その上で、本判決は、総括として、ニューヨーク支店における財務省証券取引及びカストディ業務に関するリスク管理体制は、証拠上、大綱のみならずその具体的な仕組みについても、整備されていなかったとまではいえないとし、ただ、財務省証券の保管残高の検査方法が著しく適切さを欠いていたとした。
5 本判決は、右検査方法が著しく適切さを欠いていたことについて、まず、支店の店内検査を統括し、臨店検査も実施していた検査部の担当取締役、店内検査及び内部監査担当者による検査を指揮していたニューヨーク支店長、検査を実施していた米州企画室の担当取締役が任務懈怠責任を負い、被告らのうちでは、ニューヨーク支店長であった被告三名が責任を負うものとした。
次に、財務省証券の保管残高の検査業務については、頭取、副頭取、検査部又は支店の業務担当取締役という指揮系統であると思われるとした上で、右副頭取が誰であったかについては主張、立証がない。頭取についても、巨大な組織を有する大規模な企業においては、頭取が個々の業務についてつぶさに監督することは、効率的かつ合理的な経営という観点から適当でないのはもとより、可能でもなく、各業務担当取締役にその担当業務の遂行を委ねることが許され、右業務執行の内容につき疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、監督義務懈怠の責を負うことはなく、本件では、右特段の事情についての主張、立証はないとして、その責任を否定した。
さらに、右指揮系統外の取締役については、リスク管理体制の構築について監視義務を負うとしながらも、本件では、財務省証券取引及びカストディ業務に関するリスク管理体制は、その大綱のみならず具体的な仕組みについても、整備がされていなかったとまではいえず、ただ、財務省証券の保管残高の検査方法が著しく適切さを欠いていたものであること、検査業務については、検査部という専門の部署が設けられていたこと、検査専門の部署が、財務省証券の保管残高を確認するに当たり、前記のような基本的な過誤を犯すことを想定することは困難であることなどを理由とし、右検査方法について疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、取締役としての監視義務違反を認めることはできず、右特段の事情についての主張、立証はないとして、その責任を否定した。
なお、監査役については、取締役の職務の執行を監査する職務を負うのであって、検査部及びニューヨーク支店を担当する取締役が適切な検査方法をとっているか、また、会計監査人が行う監査の方法及び結果が適正かを監査する職務も負っていたとしながらも、本件では、監査役は、十分な監査を行っていたにもかかわらず、財務省証券の保管残高の検査方法の問題点を発見することができなかったのであるから、右検査方法の問題点を知り得なかったものと認められるとして、その責任を否定した。ただ、ニューヨーク支店に往査した監査役である被告は、会計監査人による財務省証券の保管残高の確認方法が不適切であることを知り得たものであるとして、任務懈怠責任を負うものとした(なお、大和銀行の監査を担当していた監査法人と公認会計士四名は、日本公認会計士協会から厳重注意処分を受けたとのことである〔平成一一年一二月一四日付け日本経済新聞朝刊〕。)。
6 ところで、被告らは、①大和銀行が採用していた財務省証券の保管残高の検査方法は、当時の検査方法として他の銀行においても通常行われていた、②大蔵省、日本銀行、米国の監督機関の検査を受け、右検査方法について不適切との指摘を受けたことはない、③本件無断取引等を発見、防止できなかったのは、行員の異常に巧妙な隠ぺい工作によるものであったと主張した。
これに対し、本判決は、①について、カストディ業務を行っている金融機関が、大和銀行のように重大な不備のある検査方法を一般的に採用していたとは考え難いし、証拠上、それを認めることはできないとした。そして、検査方法に重大な不備がある以上、仮に他の金融機関が同じ方法を採用していたとしても、右検査方法が不適切でなかったものと評価されるものではないとした。なお、同業他社の管理体制を基準とした裁判例として東京高判平3・11・28本誌七七四号一〇七頁がある。
また、②について、証拠上、大蔵省、日本銀行、米国の監督機関が、大和銀行が採用していた財務省証券の保管残高の検査方法を適切であると評価したと認めることはできないし、銀行の経営の健全性を確保する第一次的な責任を負っているのは銀行自体であって、自ら行うべき管理を監督当局の検査をもって代替しようとしてはならないとした。
さらに、③についても、大和銀行は、顧客から預かり保管中の財務省証券の残高確認に当たり、証券の性質に応じた現物確認という欠くべからざる方法を採らないという重大な過誤を犯したために、本件無断売却を発見できなかったのであって、行員が異常に巧妙な隠ぺい工作をとった訳はないとした。
7 なお、金融機関における内部統制システムに関しては、①「〈現役法務部室長匿名座談会〉金融機関の不祥事と内部管理体制」金法一四八一号二二頁、②「〈座談会〉金融機関・証券会社の取締役と株主代表訴訟Ⅱ(その2)」金法一四八七号二八頁、③「〈匿名座談会〉金融機関におけるコンプライアンス体制の構築―現状と課題」金法一五四六号四六頁、④野村修也「金融機関に求められるコンプライアンス体制」商事一五二七号一一頁、⑤松井秀樹「内部管理体制構築義務と株主代表訴訟」金法一五七一号一二七頁、⑥同「内部通報制度と第二次災害の防止」同一五七〇号九五頁、⑦銀行研修社編・リスク・内部管理必携(銀行研修社)、⑧吉見宏・企業不正と監査(税務経理協会)などが参考となる。
七 米国法令違反
1 本争点で問題となっているのは、乙事件で、大和銀行自身の米国法令違反行為を問われた訴因(本件訴因1ないし7、23、24)であり、右訴因も、本件無断取引発覚前の訴因(本件訴因23、24)と発覚後の訴因(本件訴因1ないし7)とに分かれる(米国における刑事手続については、デービッド・E・ブロドスキー=河井聡「米国における企業犯罪の訴追」際商二四巻五号四六九頁が参考となる。)。
2 本判決は、まず、商法二六六条一項五号にいう「法令」には外国法令は含まれないことを前提に、事業を海外に展開するに当たって、当該国の法令に遵うことは取締役の善管注意義務の内容をなすとした。なお、最二小判平12・7・7は、「会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属する」旨判示している。
3 本件無断取引発覚前の訴因(本件訴因23、24)について、証拠上、本件訴因23に係る事実は認められないが、「米国連邦準備制度理事会(FRB)による検査期間中、財務省証券のトレーダーを移動させ、右検査を妨害し、又は妨害しようとした」とされる本件訴因24に係る事実は認められるとした上で、右訴因について、ニューヨーク支店長としてトレーダーを移動させた被告は米国法令違反の行為を行った。また、それ以前に同支店長を務め、自らも、検査の際にトレーダーを移動させた経験を持つ被告は右米国法令違反行為を未然に防止することができたはずであって、いずれも取締役の善管注意義務及び忠実義務に違反するとした。しかしながら、その余の被告らについては、右米国法令違反行為を知っていたと認めるに足りる証拠はなく、また、事前に知り得たことを窺わせる事情も主張、立証がなく、責任を負うものではないとした。
4 米国当局に犯罪届を提出しなかったこと、米国の監督機関であるFRBに対し虚偽の報告書を提出したこと、支店の帳簿等に虚偽の記載をしたこと、財務省証券の再保管銀行の書類を偽造したことなどを内容とする本件無断取引発覚後の訴因(本件訴因1ないし7)については、いずれも、事実として認められるとした上で、無断取引等を行った行員の書簡を受け取り、右事実の発生を知った頭取、そして、頭取より右事実を知らされた会長(前頭取)、副頭取、代表取締役国際部長、ニューヨーク支店長ら一一名の被告は、右各訴因に係る行為を自ら行い、指示・了解を与え、あるいは少なくとも未然に防止できたはずであるので、いずれも、取締役の善管注意義務及び忠実義務に違反するとした。
5 ところで、被告らは、本件無断取引発覚後の訴因(本件訴因1ないし7)について、①高度に複雑でまれにみる困難な経営判断を誠実に行っており、裁量の範囲を逸脱した義務違反があったとはいえない、②大蔵省の要望、示唆に反して本件無断取引等の事実を米国当局に報告する期待可能性はなかった、③米国の法規制の内容を知らなかったなどと主張した。
これに対し、本判決は、①について、取締役はその職務を遂行するに当たり広い裁量が与えられているとした上で、「取締役は、会社経営を行うに当たり、外国法令を含む法令を遵守することが求められているのであり、取締役に与えられた裁量も法令に違反しない限りにおいてのものであって、取締役に対し、外国法令を含む法令に遵うか否かの裁量が与えられているものではない」として、外国法令違反行為について、経営判断の原則の適用を否定した。なお、東京地判平8・2・8資料版商事一四四号一一一頁は、「株式会社の取締役は、法令及び定款の定め並びに株主総会の決議に違反せず、会社に対する忠実義務に背かない限り、広い経営上の裁量を有している」と判示している。
また、②について、大蔵省が、頭取らに対し、権限に基づき、米国当局に対する報告を行わないよう指示ないし命令を行ったことを認めるに足りる証拠はないとした上、被告らは、銀行の経営者として、自ら、適切な経営判断を行う職責を負っており、大蔵省の判断及び指示に依存して銀行経営を行い、自らの責任において判断を行わないことは許されないとした。
さらに、③についても、米国の監督機関に対し虚偽の報告書を提出すること、書類を偽造することなどが違法であることを知らなかったとは到底考えられない、また、米国当局に対する犯罪届の提出についても、米国において外国銀行に対する監督が強化されて、大和銀行も米国の監督機関による検査を受けていたことなどを理由として米国の法規制について、少なくともその概要は承知していたものと推認できるとした。そして、仮に、右各訴因に係る行為が米国法令に違反することを知らなかったとしても、行員の犯罪行為により約一一億ドルもの多額の損害を受けるというのは、希有で異常な事件であるから、米国において事業を展開する銀行の経営者として、直ちに、米国法制の調査及び検討を行わなかったことについて過失があることは明らかであるとした(なお、最二小判平12・7・7〔前掲〕は、「株式会社の取締役が、法令又は定款に違反する行為をしたとして、本規定(商法二六六条一項五号)に該当することを理由に損害賠償責任を負うには、右違反行為につき取締役に故意又は過失があることを要するものと解される」旨判示している。)。
八 損害の有無、範囲
本判決は、甲事件に関し、取締役ニューヨーク支店長であった被告三名及び同支店に往査した監査役であった被告一名に任務懈怠責任が認められるところ、昭和六二年一〇月から平成元年二月までニューヨーク支店長であった被告について、同被告が支店長に就任した時点で既に発生していた損害を賠償する義務を負うものではないとして、本件無断取引及び無断売却による損害が、平成元年七月ころ約五億七〇〇〇万ドルで、最終的に平成七年七月一三日当時約一一億ドルになったことは当事者間に争いがないから、その差額五億三〇〇〇万ドル相当額の損害を賠償する義務を負うとした。しかしながら、その余の被告らについては、証拠上、支店長に就任した時点及び支店に往査した時点以降損害が生じたか不明であり、賠償義務を負うものではないとした。
また、乙事件に関して、原告らが、損害として、罰金等を主張したところ、本判決は、有罪答弁を行った訴因について任務懈怠責任が認められる以上、「司法取引が介在しているとしても、その司法取引の過程や結果が通常予測されうるところと著しく異なる等の特段の事情が認められない限り、任務懈怠行為と罰金を支払ったことによる損害との間の法律上の因果関係が否定されるものではない」とし、本件においては、右特段の事情についての主張、立証がないとして因果関係を肯定した。
その上で、本件においては、被告らは、有罪の答弁を行った訴因の一部についてのみ任務懈怠責任が認められるから、右罰金等全額に相当する金額の賠償義務を認めるのは相当でなく、「寄与度に応じた因果関係の割合的認定を行うのが合理的である」とし、各被告について、任務懈怠責任の認められる訴因の数及び法定刑に応じて、賠償すべき損害額を限定した。
なお、本判決と同じく、会社が米国において司法取引を行って罰金を支払った場合に、取締役の任務懈怠行為と罰金の支払いとの間の因果関係を認め、また、取締役としての責任が原因行為の一部に止まる場合に、寄与度に応じた因果関係の割合的認定を行い、取締役の損害賠償責任を限定した裁判例として、東京地判平8・6・20判時一五七二号二七頁がある。
Ⅴ 監査役Eの責任
+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一 第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。
・善管注意義務違反(330条・民法644条)
+(計算書類等の監査等)
第四百三十六条 監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含み、会計監査人設置会社を除く。)においては、前条第二項の計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書は、法務省令で定めるところにより、監査役の監査を受けなければならない。
2 会計監査人設置会社においては、次の各号に掲げるものは、法務省令で定めるところにより、当該各号に定める者の監査を受けなければならない。
一 前条第二項の計算書類及びその附属明細書 監査役(監査等委員会設置会社にあっては監査等委員会、指名委員会等設置会社にあっては監査委員会)及び会計監査人
二 前条第二項の事業報告及びその附属明細書 監査役(監査等委員会設置会社にあっては監査等委員会、指名委員会等設置会社にあっては監査委員会)
3 取締役会設置会社においては、前条第二項の計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書(第一項又は前項の規定の適用がある場合にあっては、第一項又は前項の監査を受けたもの)は、取締役会の承認を受けなければならない。
+(株主総会に対する報告義務)
第三百八十四条 監査役は、取締役が株主総会に提出しようとする議案、書類その他法務省令で定めるものを調査しなければならない。この場合において、法令若しくは定款に違反し、又は著しく不当な事項があると認めるときは、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない。
+(取締役への報告義務)
第三百八十二条 監査役は、取締役が不正の行為をし、若しくは当該行為をするおそれがあると認めるとき、又は法令若しくは定款に違反する事実若しくは著しく不当な事実があると認めるときは、遅滞なく、その旨を取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会)に報告しなければならない。
+(監査役による取締役の行為の差止め)
第三百八十五条 監査役は、取締役が監査役設置会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該監査役設置会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。
2 前項の場合において、裁判所が仮処分をもって同項の取締役に対し、その行為をやめることを命ずるときは、担保を立てさせないものとする。
・違法配当金相当額の損害賠償責任
+判例(大阪地判H20.4.18)
++解説
《解 説》
本件は,被告である監査法人が,被監査会社である再生会社の平成10年3月期から平成13年3月期の各決算期において,再生会社が架空工事の工事代金を売上として計上するなどの粉飾決算を行っていたにもかかわらず,これを発見せずに漫然と監査を行い,必要な監査手続を実施せずに適法ないし適正意見を発したとして,再生会社の管財人が原告となって,監査契約の債務不履行に基づき,株主への違法配当金及び社外流出金の合計10億円余りの損害賠償を請求した事案である。
本件の争点は,多岐に渡るが,主要な争点としては,監査人が行うべき「通常実施すべき監査手続」の内容とはいかなるものかという点と本件で被告は再生会社の売上等の監査要点について「通常実施すべき監査手続」を行ったかという点である。また,原告は,自ら粉飾決算を実行した再生会社の管財人であることから,管財人が再生会社の被告に対する損害賠償請求権を行使することがクリーンハンズの原則に反するかという点も争点となった。
本判決は,まず,「民事再生法における管財人は,裁判所の管理命令によって選任されるものであり,再生債務者たる会社は,自らは業務遂行権や財産の管理処分権を失い,管財人の業務に矛盾抵触しない限度で経営を行うことができるにすぎなくなることから,再生債務者たる会社とは同一の立場にはない」とし,「管財人が監査人の監査契約上の責任を追及することは,むしろ株主や債権者の利益にかなうことであり,……特に本件では,ナナボシは解散しており,会社として存続されることもないことも考慮すると,クリーンハンズの原則にも反するものではない。」と判示して,本件で管財人である原告が監査人に対する損害賠償請求権を行使することが,クリーンハンズの原則にも反しないとした(判示事項1)。
本判決は,「通常実施すべき監査手続」を「監査基準・一般基準の適格性基準に適合した職業監査人を前提として,監査人がその能力と実務経験に基づき十分な監査証拠を入手するために『正当な注意』をもって必要と判断して実施する監査手続」と認定した上で,「通常実施すべき監査手続」であったかはリスク・アプローチの考え方を考慮すべきことを指摘した。そして,本来,確実な入金が見込めるはずの公共工事での支払遅延の不自然な点を検討し,「被告としては,単に入金を確認するのみならず,契約の実在性についても監査手続を行うべきであったといえる。」とし,「平成13年3月期では,売上計上された御坊地区の工事全てについて工事代金が入金されず支払遅延が生じ,平成13年6月末日においても,予定通りの入金がされず,被告が入金遅れの理由を詳しく調査したのは,平成13年3月期の監査意見の表明後であったと認められる。……被告は,公共工事でありながら度重なる入金遅れに対して疑念を抱くべきであったといえ,少なくとも入金されない理由を詳しく問い合わせる等の追加監査手続をとるべきだったといえる。」として,「平成13年3月期において,御坊地区の工事の実在性について追加監査手続を実施しなかったことは,『通常実施すべき監査手続』を満たしているとはいえず,被告の監査手続に過失が認められる。」と判示して,被告が御坊地区の工事の支払遅延について追加の監査手続を実施しなかったことが「通常実施すべき監査手続」を満たしていないと判断して,原告の請求のうち,再生会社が民事再生手続を申し立てる直前の平成13年3月期に限って,被告の過失を認めた(判示事項2)。そして,原告の損害は,違法配当については認めたが,社外流出金については,「御坊地区の工事の売上が計上された時点で,すでに外注費として支出されていたのであり,粉飾に基づいて支出されたものであるが,被告が監査意見を差し控えることによって,その支出を阻止できた関係にあるとはいえない。」として被告の過失との間の相当因果関係を否定して,再生会社が自ら粉飾決算を行った点を重視して,およそ8割の過失相殺を行った。
監査法人が粉飾決算を発見できなかったことに対する過失責任について,従来の裁判例は,これを否定するものが多かった(例えば,東京地判平19.5.23判時1985号79頁,大阪地判平18.3.20判時1951号129頁,大阪地判平17.2.24判時1931号152頁,東京高判平7. 9.28判タ921号203頁等。もっとも,無限定適正意見を付けたことが証券取引法上の虚偽記載に当たらないと判断され,監査法人の過失を否定したものとして,東京地判平18.9.27資料版商事275号241頁)。これらの裁判例は,経営陣による粉飾決算の手法が巧妙であることや会計監査の目的が財務諸表が適正に作成されているかという点にあることを重視し,監査法人の責任を否定したものである。学説上も,監査法人の責任に対しては,特に経営者の不正が関わっている場合は消極的であった(弥永真生「不正発見と会計監査人(下)」ジュリ1116号72頁等)。本判決は,特に上場会社の法定監査において,粉飾決算に気づくことができなかった監査法人の過失を認めたものとして,画期的なものといえる。しかし,本判決は,会計監査の目的自体は肯定しつつも,本件の粉飾決算の手法は,架空売上を計上するという比較的ありふれたものであり,しかも,監査を担当した会計士が実際に工事現場を見て不自然であると指摘した点も重視して,粉飾決算を発見することができたはずであると判断し,監査法人の過失を認めたものであり,従来のような監査人による粉飾の発見が困難であった事例とは事案を異にする。
近年,企業のコンプライアンスが重要視されるようになり,特に会計の分野では,上場企業の粉飾決算の事件が多発していることから,法定監査を担当する監査法人の責任はますます大きくなっている。その意味では,本判決は,今後の企業法務の分野に重大な影響を及ぼすものといえるであろう。
Ⅵ おわりに