会社法 事例で考える会社法 事例6 相続は争いの始まり


Ⅰ はじめに

Ⅱ 問1について
1.A保有の株式は、XYZにどのように帰属するか
(1)株式が共同相続された場合の法律関係~株式の共有

民法
+(共同相続の効力)
第八百九十八条  相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
+(準共有)
第二百六十四条  この節の規定は、数人で所有権以外の財産権を有する場合について準用する。ただし、法令に特別の定めがあるときは、この限りでない。

・株式は共同相続人間の準共有になる。
+判例(H26.2.25)
理 由
 上告代理人村井正昭の上告受理申立て理由について
 1 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人ら及び被上告人は,いずれも平成17年9月30日に死亡した亡Aの子である。亡Aの法定相続人は,上告人ら及び被上告人の4名であり,その法定相続分は各4分の1である。
 (2) 被上告人は,亡Aの遺産の分割等の審判を申し立て,第1審判決別紙有価証券目録(以下「本件有価証券目録」という。)記載1及び2の国債(以下「本件国債」という。),同目録記載3から5までの投資信託受益権(以下「本件投信受益権」という。)並びに同目録記載6の株式(以下「本件株式」といい,本件国債及び本件投信受益権と併せて「本件国債等」という。)をいずれも上告人ら及び被上告人が各持分4分の1の割合で共有することを内容とする遺産の分割等の審判(以下「本件遺産分割審判」という。)がされ,同審判は,平成21年3月25日,確定した。

 2 本件は,上告人らが,被上告人に対し,①主位的請求として,本件国債等の共有物分割を求めるとともに,②主位的請求に係る訴えが不適法とされた場合の予備的請求として,本件国債及び本件投信受益権につき上告人らと被上告人が4分の1ずつ分割して取得することができるようにする手続を行うこと並びに本件株式につき上告人らが4分の1ずつ分割して取得することができるよう名義書換手続を行うことを求める事案である。

 3 原審は,①上記主位的請求につき,本件国債等はいずれも亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され,共同相続人の準共有となることがないから,本件遺産分割審判は,本件国債等が4分の1の割合に相当する金額,口数又は数に分割されて上告人ら及び被上告人に帰属している旨を確認したにすぎないものと解するのが相当であるなどとして,主位的請求に係る訴えを不適法なものとして却下し,②上記予備的請求については,上告人らが,被上告人に対し,実体法上,上告人らが主張するような権利を有するものとは認められないとして,予備的請求に係る訴えを不適法なものとして却下した。

 4 しかし,上記主位的請求に係る原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 株式は,株主たる資格において会社に対して有する法律上の地位を意味し,株主は,株主たる地位に基づいて,剰余金の配当を受ける権利(会社法105条1項1号),残余財産の分配を受ける権利(同項2号)などのいわゆる自益権と,株主総会における議決権(同項3号)などのいわゆる共益権とを有するのであって(最高裁昭和42年(オ)第1466号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号804頁参照),このような株式に含まれる権利の内容及び性質に照らせば,共同相続された株式は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである(最高裁昭和42年(オ)第867号同45年1月22日第一小法廷判決・民集24巻1号1頁等参照)。
 (2) 本件投信受益権のうち,本件有価証券目録記載3及び4の投資信託受益権は,委託者指図型投資信託(投資信託及び投資法人に関する法律2条1項)に係る信託契約に基づく受益権であるところ,この投資信託受益権は,口数を単位とするものであって,その内容として,法令上,償還金請求権及び収益分配請求権(同法6条3項)という金銭支払請求権のほか,信託財産に関する帳簿書類の閲覧又は謄写の請求権(同法15条2項)等の委託者に対する監督的機能を有する権利が規定されており,可分給付を目的とする権利でないものが含まれている。このような上記投資信託受益権に含まれる権利の内容及び性質に照らせば,共同相続された上記投資信託受益権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである。
 また,本件投信受益権のうち,本件有価証券目録記載5の投資信託受益権は,外国投資信託に係る信託契約に基づく受益権であるところ,外国投資信託は,外国において外国の法令に基づいて設定された信託で,投資信託に類するものであり(投資信託及び投資法人に関する法律2条22項),上記投資信託受益権の内容は,必ずしも明らかではない。しかし,外国投資信託が同法に基づき設定される投資信託に類するものであることからすれば,上記投資信託受益権についても,委託者指図型投資信託に係る信託契約に基づく受益権と同様,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものとする余地が十分にあるというべきである。
 (3) 本件国債は,個人向け国債の発行等に関する省令2条に規定する個人向け国債であるところ,個人向け国債の額面金額の最低額は1万円とされ,その権利の帰属を定めることとなる社債,株式等の振替に関する法律の規定による振替口座簿の記載又は記録は,上記最低額の整数倍の金額によるものとされており(同令3条),取扱機関の買取りにより行われる個人向け国債の中途換金(同令6条)も,上記金額を基準として行われるものと解される。そうすると,個人向け国債は,法令上,一定額をもって権利の単位が定められ,1単位未満での権利行使が予定されていないものというべきであり,このような個人向け国債の内容及び性質に照らせば,共同相続された個人向け国債は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである。
 (4) 以上のとおり,本件国債等は,亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることがないものか,又はそう解する余地があるものである。そして,本件国債等が亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるものでなければ,その最終的な帰属は,遺産の分割によって決せられるべきことになるから,本件国債等は,本件遺産分割審判によって上告人ら及び被上告人の各持分4分の1の割合による準共有となったことになり,上告人らの主位的請求に係る訴えは適法なものとなる。

 5 以上と異なる見解の下,本件国債等が亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるとして上告人らの主位的請求に係る訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人らの主位的請求に係る訴えを却下した部分は破棄を免れない。そして,上告人らの主位的請求に係る訴えについて原判決が破棄を免れない以上,予備的請求に係る訴えを却下した部分についても原判決は当然に破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥)

+(共有者による権利の行使)
第百六条  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。

(2)当然分割説

2.共有株式の権利行使の方法
(1)権利行使者の指定・通知とその権限
+(共有者による権利の行使)
第百六条  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。

←会社の事務処理上の便宜のため
+判例(H11.12.14)
理由
上告代理人生駒和雄の上告理由について
株式を共有する数人の者が株主総会において議決権を行使するに当たっては、商法二〇三条二項の定めるところにより、右株式につき「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という。)を指定して会社に通知し、この権利行使者において議決権を行使することを要するのであるから、権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠くときには、共有者全員が議決権を共同して行使する場合を除き、会社の側から議決権の行使を認めることは許されないと解するのが相当である。なお、共有者間において権利行使者を指定するに当たっては、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができると解すべきであるが(最高裁平成五年(オ)第一九三九号同九年一月二八日第三小法廷判決・裁判集民事一八一号八三頁参照)、このことは右説示に反するものではない。
これを本件についてみると、原審が適法に確定したところによれば、(一) 亡林斗用の有していた本件株式は、被上告人を含む亡林斗用の共同相続人が相続により準共有するに至ったが、本件株主総会に先立ち、権利行使者の指定及び上告人に対する通知はされていない、(二) 本件株主総会には、右共同相続人全員が出席したが、被上告人が本件株式につき議決権の行使に反対しており、議決権の行使について共同相続人間で意思の一致がなかった、というのである。そうすると、本件株式については、権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠くものであるから、共同相続人全員が共同して議決権を行使したものとはいえない以上、たとい上告人が本件株式につき議決権の行使を認める意向を示していたとしても、本件株式については適法な議決権の行使がなかったものと解すべきである。
したがって、本件株式について適法な議決権の行使がなく、本件株主総会決議は取り消されるべきであるとした原審の判断は、その結論において是認することができる。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない部分についてその違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官奥田昌道 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

++解説
《解  説》
一 本件は、Y会社の株主の一人であるXが株主総会の決議の方法に違法があるとして、総会決議の取消しと取締役会決議の無効確認を求めた事件である(Xは総会決議の無効確認も求めていたが、一審で棄却され控訴をしなかったので右請求については触れない。)。
Y会社は、X(長男)とY会社代表者A(二男)を含む七名の兄妹の父であるBの創業した会社であり、BはY会社の発行済株式四万株のうち三万二〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を所有していたが、昭和五五年に死亡した。なお、残りの八〇〇〇株の株式は、X、Aほかが所有していた。Bの死亡後、XとAの間に本件株式の帰属をめぐる争いが生じ(Xは、本件株式がBの遺産であることを争い、本件株式の全部又は一部は自分が所有するとして他の相続人と争っていた。)、また、被告会社の経営をめぐって紛争が生じた。
Y会社は、取締役の選任を議題として、平成八年七月二二日、本件臨時株主総会を開催し、総会にはBの全相続人と全株主ないしその代理人が出席した。議長となったAは、本件株式については法定相続分に従って各相続人の議決権の行使を認める旨述べたが、Xはこれに反対した。しかし、Aは採決を行い、Xを除くBの相続人が議案に賛成して、取締役選任決議がされ、同日、選任された取締役によりAを代表取締役とする取締役会決議がされた。
Xは、共同相続人の準共有に属する本件株式につき、商法二〇三条二項所定の手続を経ることなく議決権の行使を認めた本件決議には決議の方法に違法があり取り消されるべきである、また、取締役会決議は無効であると主張した。これに対して、Y会社は、商法二〇三条二項の規定は、会社の事務処理の便宜を考慮したものであるから、会社が法定相続分に応じた権利行使を認めても同項の趣旨に反するものではなく、総会決議に違法はないなどと主張した。
一審判決はXの請求を認容し、原判決も一審判決をほぼ引用してY会社の控訴を棄却した。これに対して、Y会社が上告をしたのが本件であり、本判決は、要旨「株式が数人の共有に属する場合において、商法二〇三条二項による株主の権利を行使すべき者の指定及び会社に対する通知を欠くときは、共有者全員が議決権を共同して行使する場合を除き、会社の側から議決権の行使を認めることはできない。」との判断を示し、本件の場合、Xの反対により共同して議決権が行使されたとはいえないから、本件株式については適法な議決権の行使はなく、本件総会決議は取り消されるべきであるとして、原判決を結論において是認し、上告を棄却したのである。
二 株式につき共同相続が開始すると、株式は遺産分割が終了するまで各相続人の相続分に応じた共有(準共有)となるのであって、相続分に応じて当然分割されるのではないとするのが確定した判例(最一小判昭45・1・22民集二四巻一号一頁、本誌二四四号一六一頁、最三小判昭52・11・8民集三一巻六号八四七頁、本誌三五七号二二三頁などこれを前提とする判例は多い。)であり、通説である(大野正道「株式・持分の相続準共有と権利行使者の法的地位」鴻還暦・八十年代商事法の諸相二三六頁、青木正一「株式・有限会社持分の共同相続と社員権の行使(1)」判評四九一号二頁など。当然分割を主張する少数説として出口正義「株式の共同相続と商法二〇三条二項の適用に関する一考察」筑波一二号六七頁)。
そして、株式を共有する者は、商法二〇三条二項の定めるところに従い、共有者の中から「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一名」(以下「権利行使者」という。)を定めて会社に通知し、権利行使者において議決権等の株主権を行使することを要するのである。同項は、会社に対する通知を定めてはいないが、これを要するとするのが通説である。株式を相続により準共有するに至った共同相続人につき、権利行使者を定めて会社に通知し、権利行使者において株主権を行使することを要することを前提とする判例として、①前掲最一小判昭45・1・22、②最三小判平2・12・4民集四四巻九号一一六五頁、本誌七六一号一五四頁、判時一三八九号一四〇頁、③最三小判平3・2・19裁判集民一六二号一〇五頁、本誌七六一号一五四頁、判時一三八九号一四〇頁、④最三小判平9・1・28裁判集民一八一号八三頁、本誌九三六号二一二頁、判時一五九九号一三九頁がある(②、③判決は、決議不存在確認、合併無効確認の訴えにつき、権利行使者の指定と通知がない場合にも、共有株主の一部に原告適格を肯定すべき特段の事情を認めた判決である。)。
また、権利行使者の指定が、共有者全員一致によってされるべきか、持分価格に従って過半数で定めるべきかについては争いがあったが、④判決(商法二〇三条二項を準用する有限会社の持分の準共有の例)は、共有持分の価格に従い過半数をもって定めることを明らかにしている。右判決は、準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者のうちの一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能になるのみならず、会社の運営に支障を来すおそれがあり、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた右規定の趣旨にも反する結果となることを理由に挙げている(④判決の評釈として、荒谷裕子・平9重判解一〇一頁、柴田和史・会社判例百選〔第六版〕一九〇頁、片木晴彦・判評四六六号六〇頁、大野正道「商法二〇三条二項と最高裁第三小法廷判決」本誌九三七号七二頁など)。
本件では、権利行使者の指定と通知がない場合に、(1) 会社の側から共有株式に基づく議決権の行使を認めることができるか、(2) できるとすればどのような方法によるべきかが問題となる。
(1)については、商法二〇三条二項は、株式が数人によって共有されている場合、その行使が画一的に明確化されていないと極めて不便であるという会社の事務処理の便宜を考慮して定められたものであるから、会社の側からあえて株主の権利行使を認めることは差し支えないと解されており、これが通説でありほぼ異論がない(新版注釈会社法(3)五二頁〔米津昭子〕、大隅健一郎=今井宏・会社法論上巻〔第三版〕三三四頁、注解会社法上巻二三四頁〔倉沢康一郎〕、基本法コンメ会社法1〔第六版〕一七六頁〔蓮井良憲〕ほか多数。なお、否定説として田中誠二ほか・再全訂コンメンタール会社法四七〇頁、松田二郎=鈴木忠一・条解株式会社法上一一四頁、小室直人=上野泰男・民商六三巻四号九七頁)。
(2)については議論がある。(ア) 多数説は、共有者全員による共同した権利行使のみが許されるとする(米津・前掲、大隅=今井・前掲、倉沢・前掲、蓮井・前掲、片木・前掲、永井和之「商法二〇三条二項の意義」戸田古稀・現代企業法学の課題と展開二一一頁、片木晴彦・判評四六六号六一頁、吉本健一・判評三九七号五八頁、畑肇・リマークス一九九二(上)一〇五頁、青木英夫・金判八八三号四六頁、柳川俊一・昭45最判解説(民)二二頁、榎本恭博・昭53最判解説(民)一七八頁など。下級審判決として徳島地判昭46・1・19下民二二巻一=二号一八頁、本誌二五九号一七六頁)。(イ) これに対して、少数説として、主として個人会社の支配株式が共同相続された場合を念頭に置き、法定相続分に応じた議決権の個別行使を認める見解が唱えられている。少数説の中にも、議決権の行使が株式の内容を変更するような場合(合併、営業譲渡、解散など)は全員一致の行使でなければならないが、それ以外の議案に関する議決権行使は相続分に応じた個別の議決権行使が認められるとの説(山田泰彦「株式の共同相続と相続株主の株主権」早法六九巻四号一七七頁)、会社が認める以上、議案の内容のいかんを問わず、出席した共同相続人が相続分に応じた議決権の行使ができるとの説(田中啓一・ジュリ五五四号一〇九頁、山田攝子「株式の共同相続」本誌七八九号九頁)がある。少数説は、理由の中核として、多数説だと総会への全員出席、全員一致を要求され、総会の開催が困難になり会社運営に支障が生ずることを挙げる。
これに対し、多数説の根拠としては、(a)株式が共有である以上、共有物全体について単一の意思の表れとして議決権が行使される、(b)二〇三条二項の趣旨は、会社に対して株主の権利を行使し得る人格を一個に集約して混乱を避けるというところにある、(c)少数説は、相続による株式の当然分割を認めるに等しい、(d)個別行使を認めると行き詰まった状態を打開できるように見える反面、いっそう収拾のつかない混乱を招くおそれがある、といったところが挙げられよう。多数説では総会の開催が困難になり会社運営に支障が生ずるとの少数説からする批判については、権利行使者の指定は持分価格の過半数ですることができるので、多数決で権利行使者の指定をすれば支障はないとの反論が可能であろう。すなわち、④判決は、共有者の間で協議が整わず総会も開催できないとの事態を回避するために、権利行使者の指定を持分価格の過半数で行うことを肯定したのであり、そのような手段がある以上、権利行使者の指定をしていない場合に、少数説のように各人の個別行使を肯定する必要はないといえるのである。少数説の多数説に対する批判は、④判決が出た後は説得力の乏しいものとなったと思われる。
本判決は、(1)について肯定説、(2)について多数説に立ち、共有者全員が共同して行使する場合を除いて、会社の側から議決権の行使を認めることはできないと判示したものである。本判決は、相続財産である株式につき遺産分割が未了であるため起こりがちな紛争に関し、④判決とともに実務上参考となると思われる判決であるので紹介する。
なお、原判決は、本件株式に基づく議決権の行使が許されない理由として、「権利行使者の指定は全員一致でなければならないから、会社の側から法定相続分に応じた議決権の行使を認めることはできない」旨判示したものであり、上告論旨は、権利行使者の指定は全員一致でなければならないとする判断を争うものであった。原判決の判断は、権利行使者の指定方法について④判決に反しており、また、権利行使者の指定方法の問題と指定がない場合に会社の側から権利行使を認めることの可否の問題とを混同する点においていずれも正当ではないが、本件株式による議決権行使を認めなかった結論は是認し得るので、上告が棄却されたものである。

・+判例(S53.4.14)
理由
上告代理人小川秀一、同島田清の上告理由一及び二について
有限会社の社員総会において、その社員である特定の者を取締役に選任すべき決議をする場合に、その特定の者は、右決議につき特別の利害関係を有する者に当たらず、したがつて、社員として右総会の決議について適法に議決権を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、株式会社において、株主である取締役は、当該取締役の解任に関する株主総会の決議について商法二三九条五項にいう特別の利害関係を有する者に当たらないことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和四一年(オ)第八六八号同四二年三月一四日第三小法廷判決・民集二一巻二号三七八頁)、有限会社法四一条において商法二三九条五項の規定を準用する有限会社の社員総会において、社員である特定の者を取締役に選任する場合でも、この理は、同様というべきであるからである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同三について
有限会社において持分が数名の共有に属する場合に、その共有者が社員の権利を行使すべき者一人を選定し、それを会社に届け出たときは、社員総会における共有者の議決権の正当な行使者は、右被選定者となるのであつて、共有者間で総会における個々の決議事項について逐一合意を要するとの取決めがされ、ある事項について共有者の間に意見の相違があつても、被選定者は、自己の判断に基づき議決権を行使しうると解すべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論は、独自の見解であつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林讓 裁判官 栗本一夫)

(2)権利行使者の指定方法

・過半数説
民法252条本文の管理行為に当たるのだ!
+判例(H9.1.28)
理由
上告代理人田中俊充、同圓山司の上告理由について
有限会社の持分を相続により準共有するに至った共同相続人が、準共有社員としての地位に基づいて社員総会の決議不存在確認の訴えを提起するには、有限会社法二二条、商法二〇三条二項により、社員の権利を行使すべき者(以下「権利行使者」という)としての指定を受け、その旨を会社に通知することを要するのであり、この権利行使者の指定及び通知を欠くときは、特段の事情がない限り、右の訴えについて原告適格を有しないものというべきである(最高裁平成元年(オ)第五七三号同二年一二月四日第三小法廷判決・民集四四巻九号一一六五頁参照)。そして、この場合に、持分の準共有者間において権利行使者を定めるに当たっては、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができるものと解するのが相当である。けだし、準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者のうちの一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能となるのみならず、会社の運営にも支障を来すおそれがあり、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた右規定の趣旨にも反する結果となるからである。
記録によれば、亡新井重行は、被上告会社らの持分をすべて所有していたものであり、その法定相続人は、妻である上告人新井とよ子(法定相続分二分の一)と子である上告人新井久美子及び同新井千恵子(同各五分の一)の外、亡新井重行と新井幸子との間に生まれた新井吾一(同一〇分の一)の四名であるところ、上告人らは、新井吾一の法定代理人であった新井幸子が権利行使者を指定するための協議に応じないとして、権利行使者の指定及び通知をすることなく、被上告会社らの準共有社員としての地位に基づき、本件各社員総会決議不存在確認の訴えを提起するに至ったことが明らかである。
しかしながら、さきに説示したところからすれば、新井幸子ないし新井吾一が協議に応じないとしても、亡新井重行の相続人間において権利行使者を指定することが不可能ではないし、権利行使者を指定して届け出た場合に被上告会社らがその受理を拒絶したとしても、このことにより会社に対する権利行使は妨げられないものというべきであって、そもそも、有限会社法二二条、商法二〇三条二項による権利行使者の指定及び通知の手続を履践していない以上、上告人らに本件各訴えについて原告適格を認める余地はない。その他、本件において、右の権利行使者の指定及び通知を不要とすべき特段の事情を認めることもできない。
本件各訴えを却下すべきものとした原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができる。原判決に所論の違法は認められず、論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 本件は、有限会社の持分の共同相続人が提起した社員総会決議不存在確認の訴えであり、原告適格の有無が争われた事案である。事案の概要等は、次のとおりである。
1 亡Aは、生前、Y社(Y1有限会社及びY2有限会社)の持分をすべて所有しており、その代表取締役を務めていた。
2 Y社は、いずれも平成元年一〇月一八日にAを議長として臨時社員総会を開催し、B1(Aの内縁の妻)を代表取締役に選任する旨の決議等をしたとして、その旨の登記を経ている。
3 Aは、平成元年一一月九日に死亡した。法定相続分は、Xら(Aの妻X1と子X2及びX3)が合計一〇分の九、AとB1との間の未成年の子であるB2が一〇分の一である。
4 B1は、同人がAからY社の持分全部の生前贈与ないし遺贈を受けたから、XらはY社の持分を有していないと主張している。これに対し、Xらは、Aの持分を法定相続分に応じて相続したと主張し、有限会社法二二条、商法二〇三条二項の定める権利行使者の指定及びその通知をすることなく、Y社の持分の準共有者としての地位に基づいて、本件各決議が存在しないことの確認を求める本件各訴えを提起した。
二 通説・判例は、株式ないし有限会社の社員持分について共同相続が開始すると、金銭債権のように法定相続分に応じて当然分割されるのではなく、遺産分割がされるまで共同相続人が相続分に応じてこれを準共有すると解している。そして、株式を相続により準共有するに至った共同相続人は、商法二〇三条二項にいう「株主ノ権利ヲ行使スベキ者」の指定及びその旨の会社に対する通知を欠く場合には、「特段の事情」がない限り、株主総会決議不存在確認の訴えにつき原告適格を有しないとされており(最三小判平2・12・4民集四四巻九号一一六五頁、本誌七六一号一五四頁)、商法二〇三条二項は、有限会社法二二条により有限会社にも準用されている。
Xらは、右の手続を履践することなく本件各訴えを提起しているが、①相続人間で権利行使者を指定するための協議をすることが不可能である、②仮に権利行使者を指定して届け出てもY社が指定届の受理を拒絶することが明白である、との理由で、「特段の事情」が存在すると主張した。しかし、一、二審とも、「特段の事情」は認められないとして、権利行使者の指定・通知のないままに提起された本件各訴えを不適法却下した。
三 有限会社法二二条、商法二〇三条二項の権利行使者の指定については、準共有者全員によってすることを要するという見解(処分行為説ともいわれる。徳島地判昭46・1・19下民二二巻一~二号一八頁、本誌二五九号一七六頁、木内宣彦・判時一一八〇号二一五頁、畑肇・リマークス一九九二〈上〉一〇二頁等)と、持分価格に従って過半数で決すべきであるという見解(管理行為説ともいわれる。東京地判昭60・6・4判時一一六〇号一四五頁、平田浩・昭52最判解説(民)三〇八頁、榎本恭博・昭53最判解説(民)一六六頁、小林俊明・ジュリ九二一号九九頁等)との対立があり、折衷的な見解(出口正義・会社判例百選(第五版)一〇〇頁等)もある。
全員一致説の根拠を要約すると、次のとおりである。すなわち、社員の権利は、利益配当請求権や残余財産分配請求権のような自益権のみならず、議決権やその他の監督是正権のような共益権も包含する。このうち、自益権の行使は、指定された権利行使者にゆだねても他の準共有者の利益に影響を及ぼすことはないが、共益権の行使は、会社の経営を左右しかねないものであり、準共有者の利益に影響を及ぼし、事情によっては、その財産的価値を減少させ、権利の本質に変更を生じさせる可能性がある。しかも、権利行使者に指定された者は、自らの判断に従って社員の権利の全部を行使することができ、それ以外の準共有者は、その潜在的な持分の限度においてすら権利を行使することができない。権利行使者の指定は、このように準共有者の利益に重大な影響を及ぼす共益権の行使を含め、社員としての権利の行使を包括的に権利行使者にゆだねてしまうものである。したがって、権利行使者の指定は、一種の財産管理委託行為ということができ、また、権利行使者に白紙委任をするほどの重要な行為であって、処分行為ないしこれに準ずる行為として全員一致を要すると解すべきである。
これに対し、多数決説は、次のように説く。すなわち、権利行使者の指定は、単に会社に対する関係で権利行使の資格者を決定するものにすぎず、それ以外の者も社員であることには変わりがない。また、権利行使者は、第三者との関係で持分の処分権その他の権限を取得するものでもない。そして、持分の準共有者は、権利行使者を指定することによって初めて権利行使ができるのであるから、指定行為は、準共有者に権利行使の途を開くものであって、すべての準共有者に利益をもたらす行為であるということができ、この限りでは準共有者の利害は一致している。もし全員一致でなければ権利行使者が指定できないとすると、一人の反対によって、全員の社員権の行使が不可能になるのみならず、会社の運営にも支障を来すおそれがあり、不合理であって実際的でない。したがって、権利行使者の指定行為は、管理行為として、多数決ですることができると解すべきである。
このように、全員一致説は、指定された権利行使者の権限からアプローチするもので、共益権とりわけ議決権の行使が会社に及ぼす影響を重視し、これが社員権の本質に変更をもたらす危険があるとする。これに対し、多数決説は、権利行使者の指定行為自体の性質に着目し、指定は、準共有者に権利行使の途を開くものであり、準共有者にとって利益な行為であるとする。
権利行使者の指定には利益と危険という二面があり、指定行為の性質論からいずれの説が妥当かを理論的に決するのは必ずしも容易ではなく、結局、少数派の利益保護(=全員一致説)と会社の円滑な運営(=多数決説)のいずれを優先させるかという政策的判断で決するほかはないと思われる。本判決も、このような理解に立って、多数決説を採用することとしたものであると推測される。
最三小判昭52・11・8民集三一巻六号八四七頁及び最二小判昭53・4・14民集三二巻三号六〇一頁において、最高裁は多数決説を前提にした判断をしていると解する見解もあるが、判文上は必ずしも明確とはいえない。本判決は、最高裁が多数決説を採ることを明確にした点に、重要な意義があるものと思われる。
四 本件について、多数決説に立った場合には、X側の持分価格が九割に達するから、たといBらが協議に応じないとしても、Xらだけでそのうちの一人を権利行使者に指定し、適法に訴えを提起することが可能である。したがって、これが不可能であるとの理解に立って「特段の事情」が存在するという主張は、その前提を欠くものであって失当である。本判決は、本件において、「特段の事情」を認めることはできない旨を判示し、Xらの本件各訴えを却下すべきものとした原審の判断を是認して、上告を棄却した。
五 なお、総会決議不存在確認の訴えを提起しようとする者が、社員持分(株式)の準共有者のうちの少数派に属する者であった場合には、自派の者を権利行使者に指定して訴えを提起することが事実上不可能になるので、「特段の事情」が認められるのではないかが問題となる余地もないではない。会社の円滑な運営を重視するという観点から多数決説が採用されたことからすると、右のような事情があるからといって直ちに「特段の事情」が認められることにはならないように思われるが、いずれにしても、本判決の射程外であり、今後検討されるべき問題の一つといえよう。
ちなみに、前掲最三小判平2・12・4の事案は、共同相続が開始し、株式の準共有状態が発生した後に、被告会社の株主総会が開催されて取締役選任決議等がされ、その旨の登記がされたところ、原告が右決議の不存在確認を求める訴えを提起したというものである。したがって、被告会社は、一方で商法二〇三条二項所定の手続の履践を前提として総会及び決議の有効な成立を主張・立証すべき立場にありながら、他方で、右手続の欠缺を主張して原告適格を争うという矛盾した対応をしており、右判決は、このような被告会社の対応が「訴訟上の防御権を濫用し著しく信義則に反する」との理由により、「特段の事情」が存在するものとして、原告適格を肯定したものである。これに引き続いて出された最三小判平3・2・19本誌七六一号一五四頁も、これと同じ類型の事案である。これに対し、本件事案においては、Xらが瑕疵の存在を主張する総会の決議は、共同相続の開始前にされたものであって、会社側が矛盾した主張を同一手続内で恣意的に使い分けるというものではないから、右先例とは全く事案を異にしている。

・全員一致説
民法251条の共有物の変更に当たるのだ。

(3)Y(少数派)が自己の意思を株主総会に反映させる方法について:議決権の不統一行使
a)問題の所在
b)対会社関係
+(議決権の不統一行使)
第三百十三条  株主は、その有する議決権を統一しないで行使することができる。
2  取締役会設置会社においては、前項の株主は、株主総会の日の三日前までに、取締役会設置会社に対してその有する議決権を統一しないで行使する旨及びその理由を通知しなければならない。
3  株式会社は、第一項の株主が他人のために株式を有する者でないときは、当該株主が同項の規定によりその有する議決権を統一しないで行使することを拒むことができる

c)共有の内部関係
d)判例との関係

3.対抗関係~相続と株主名簿の書き換え

+(株式の譲渡の対抗要件)
第百三十条  株式の譲渡は、その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、株式会社その他の第三者に対抗することができない。
2  株券発行会社における前項の規定の適用については、同項中「株式会社その他の第三者」とあるのは、「株式会社」とする。

・失念株のケース
+判例(H19.3.8)
理由
上告代理人川島英明の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人らは、平成12年2月15日、A(以下「A」という。)を通じて、それぞれ、B(以下「B」という。)を転換対象銘柄とする他社株式転換特約付社債を購入し、同年5月18日、その償還として、Bの株式各29株(以下、併せて「本件親株式」という。)を取得した。
(2) 上告人らは、平成12年10月31日、Aから本件親株式に係る原判決別紙1株券目録1(1)及び(2)記載の株券合計58枚の交付を受けたが、その際、本件親株式につき名義書換手続をしなかったため、本件親株式の株主名簿上の株主は、かつて本件親株式の株主であった被上告人(当時の商号はC)のままであった。
(3) Bは、平成14年1月25日開催の取締役会において、同年3月31日を基準日として普通株式1株を5株に分割する旨の株式分割(以下「本件株式分割」という。)の決議をし、同年5月15日、これを実施した。
(4) 被上告人は、本件親株式の株主名簿上の株主として、そのころ、Bから本件株式分割により増加した新株式(以下「本件新株式」という。)に係る原判決別紙1株券目録2記載の株券232枚の交付を受けた(以下、これらの株券を併せて「本件新株券」という。)。
(5) 被上告人は、Bから本件新株式に係る配当金として、1万4235円(税金を控除した額)の配当を受けた。
(6) 被上告人は、平成14年11月8日、第三者に対して本件新株式を売却し、売却代金5350万2409円(経費を控除した額)を取得した。
(7) 上告人らは、平成15年10月10日ころ、Bに対し、本件親株式について名義書換手続を求め、そのころ、被上告人に対し、本件新株券及び配当金の引渡しを求めた。
これに対し、被上告人は、日本証券業協会が定める「株式の名義書換失念の場合における権利の処理に関する規則(統一慣習規則第2号)」により、本件新株券の返還はできないなどとして、上告人らそれぞれに対し、各6105円のみを支払った。
(8) 上告人らは、被上告人は法律上の原因なく上告人らの財産によって本件新株式の売却代金5350万2409円及び配当金8万0590円の利益を受け、そのために上告人らに損失を及ぼしたと主張して、それぞれ、被上告人に対し、不当利得返還請求権に基づき、上記売却代金の2分の1である2675万1204円(円未満切捨て。以下同じ。)及び上記配当金の2分の1である4万0295円の合計金相当額である2679万1499円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める訴えを提起した。
(9) 第1審は、被上告人は、上告人らに対し、それぞれ、口頭弁論終結時における本件新株式の価格相当額2680万7484円及び配当金1万4670円の2分の1である7335円の合計額である2681万4819円から既払額6105円を差し引いた2680万8714円の不当利得返還義務を負うとして、上記金額の範囲内である上告人らの請求をいずれも認容した。
原審は、平成17年5月18日に口頭弁論を終結したが、その前日である同月17日のBの株式の終値は16万1000円であった。

2 原審は、次のとおり判断して、上告人らの請求をそれぞれ1867万7012円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余をいずれも棄却した。
(1) 被上告人は、本件新株式及び配当金を取得し、法律上の原因なくして上告人らの財産により利益を受け、これによって上告人らに損失を及ぼしたものであるから、その利益を返還すべき義務を負う
(2) ところで、本件新株式は上場株式であり代替性を有するから、被上告人の得た利益及び上告人らが受けた損失は、いずれも本件株式分割により増加した本件新株式と同一の銘柄及び数量の株式である。
したがって、上告人らが本件新株券そのものの返還に代えて本件新株式の価格の返還を求めることは許されるが、その場合に返還を請求できる金額は、売却時の時価によるのでなければ公平に反するという特段の事情がない限り、被上告人が市場において本件新株式と同一の銘柄及び数量の株式を調達して返還する際の価格、すなわち事実審の口頭弁論終結時又はこれに近い時点における本件新株式の価格によって算定された価格相当額である。
本件においては上記特段の事情は認められないから、上告人らの被上告人に対する請求は、それぞれ、事実審の口頭弁論終結日の前日である平成17年5月17日のBの株式の終値である1株16万1000円に116株を乗じた1867万6000円に配当金1万4235円の2分の1である7117円を加えた額から既払額6105円を差し引いた1867万7012円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

3 しかしながら、原審の上記2(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、受益者にその利得の返還義務を負担させるものである(最高裁昭和45年(オ)第540号同49年9月26日第一小法廷判決・民集28巻6号1243頁参照)。
受益者が法律上の原因なく代替性のある物を利得し、その後これを第三者に売却処分した場合、その返還すべき利益を事実審口頭弁論終結時における同種・同等・同量の物の価格相当額であると解すると、その物の価格が売却後に下落したり、無価値になったときには、受益者は取得した売却代金の全部又は一部の返還を免れることになるが、これは公平の見地に照らして相当ではないというべきである。また、逆に同種・同等・同量の物の価格が売却後に高騰したときには、受益者は現に保持する利益を超える返還義務を負担することになるが、これも公平の見地に照らして相当ではなく、受けた利益を返還するという不当利得制度の本質に適合しない
そうすると、受益者は、法律上の原因なく利得した代替性のある物を第三者に売却処分した場合には、損失者に対し、原則として、売却代金相当額の金員の不当利得返還義務を負うと解するのが相当である。大審院昭和18年(オ)第521号同年12月22日判決・法律新聞4890号3頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。

4 以上によれば、上記原則と異なる解釈をすべき事情のうかがわれない本件においては、被上告人は、上告人らに対し、本件新株式の売却代金及び配当金の合計金相当額を不当利得として返還すべき義務を負うものというべきであって、これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。
そして、前記事実関係によれば、上告人らの請求は、それぞれ、被上告人が取得した本件新株式の売却代金5350万2409円の2分の1である2675万1204円及び配当金1万4235円の2分の1である7117円の合計額である2675万8321円から既払額である6105円を差し引いた2675万2216円並びにこれに対する平成16年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決を主文のとおり変更することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉徳治 裁判官 才口千晴 裁判官 涌井紀夫)

+(基準日)
第百二十四条  株式会社は、一定の日(以下この章において「基準日」という。)を定めて、基準日において株主名簿に記載され、又は記録されている株主(以下この条において「基準日株主」という。)をその権利を行使することができる者と定めることができる
2  基準日を定める場合には、株式会社は、基準日株主が行使することができる権利(基準日から三箇月以内に行使するものに限る。)の内容を定めなければならない。
3  株式会社は、基準日を定めたときは、当該基準日の二週間前までに、当該基準日及び前項の規定により定めた事項を公告しなければならない。ただし、定款に当該基準日及び当該事項について定めがあるときは、この限りでない。
4  基準日株主が行使することができる権利が株主総会又は種類株主総会における議決権である場合には、株式会社は、当該基準日後に株式を取得した者の全部又は一部を当該権利を行使することができる者と定めることができる。ただし、当該株式の基準日株主の権利を害することができない。
5  第一項から第三項までの規定は、第百四十九条第一項に規定する登録株式質権者について準用する。

+(株主に対する通知等)
第百二十六条  株式会社が株主に対してする通知又は催告は、株主名簿に記載し、又は記録した当該株主の住所(当該株主が別に通知又は催告を受ける場所又は連絡先を当該株式会社に通知した場合にあっては、その場所又は連絡先)にあてて発すれば足りる
2  前項の通知又は催告は、その通知又は催告が通常到達すべきであった時に、到達したものとみなす。
3  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、株式会社が株主に対してする通知又は催告を受領する者一人を定め、当該株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければならない。この場合においては、その者を株主とみなして、前二項の規定を適用する。
4  前項の規定による共有者の通知がない場合には、株式会社が株式の共有者に対してする通知又は催告は、そのうちの一人に対してすれば足りる。
5  前各項の規定は、第二百九十九条第一項(第三百二十五条において準用する場合を含む。)の通知に際して株主に書面を交付し、又は当該書面に記載すべき事項を電磁的方法により提供する場合について準用する。この場合において、第二項中「到達したもの」とあるのは、「当該書面の交付又は当該事項の電磁的方法による提供があったもの」と読み替えるものとする。

+(配当財産の交付の方法等)
第四百五十七条  配当財産(第四百五十五条第二項の規定により支払う金銭及び前条の規定により支払う金銭を含む。以下この条において同じ。)は、株主名簿に記載し、又は記録した株主(登録株式質権者を含む。以下この条において同じ。)の住所又は株主が株式会社に通知した場所(第三項において「住所等」という。)において、これを交付しなければならない。
2  前項の規定による配当財産の交付に要する費用は、株式会社の負担とする。ただし、株主の責めに帰すべき事由によってその費用が増加したときは、その増加額は、株主の負担とする。
3  前二項の規定は、日本に住所等を有しない株主に対する配当財産の交付については、適用しない。

Ⅲ 問2について
1.YZの株式保有状況及び名義書換に関して

名義書き換え未了の株主について
+判例(S30.10.20)
理由
論旨第一点について。
商法二〇六条一項(昭和二五年法律一六七号による改正前の、本件株主総会決議当時の同条項をいう。)によれば、記名株式の移転は、取得者の氏名及び住所を株主名簿に記載しなければ会社には対抗できないが、会社からは右移転のあつたことを主張することは妨げない法意と解するを相当とする。従つて、本件においては、訴外Aが訴外Bの被上告会社の株式一〇株を譲り受けたことについて、株主名簿に記載してないことは所論のとおりであるが、それは右譲渡をもつて被上告会社に対抗し得ないというに止まり、会社側においては、株主名簿の書換が何らかの都合でおくれていても、右株式の譲渡を認めて譲受人Aを株主として取り扱うことを妨げるものではない。そして仮に所論のとおり、会杜がAを株主名簿の記載により五〇〇株の株主と認めてこれに株主総会招集の通知を発したものであるとしても、原審は、証拠により、Aが昭和一八年一二月一日Bから被上告会社の株式一〇株を譲り受け、その頃被上告会社に名義書換を請求したことを認定しているのであるから、被上告会社が、Aを、その所有株数を何程と認めたかは別として、株主と認めてこれに株主総会招集の通知を発したこと及びこれに基き同人が株主総会に出頭したこと自体は、結局において違法ということはできない。それ故所論は採用できない。
同第二点について。
原審は証拠により昭和一八年一二月一日BよりAへ被上告会社の株式一〇株が譲渡されたことを認定した上、本件株主総会当時Aは少くとも一〇株の株主であつたものと認めるのを相当とすると判示しているのである。それ故原判決には所論のような違法は認められない。

同第三点、第四点について。
原審は、本件において、株主総会の決議事項について特別の利害関係を有する株主の株式を表決から除外する措置をとらなかつたこと、株主でない者に株主総会招集の通知を発したこと等の違法があつたとしても、若しそのような違法がなかつたならば決議の結果が違つたかもしれないと推測されるような事情は、乙一号証によつて認めうる本件株主総会の経過、その他の証拠から見て、存在しないと認定し、そのような場合においては、裁判所は株主総会の決議の取消請求を許容すべきでなく、そのことは、商法二五一条が昭和二五年法律一六七号商法の一部を改正する法律によつて削除されたと否とに拘らない旨を判示した。思うに、商法二五一条は、昭和二五年法律一六七号商法の一部を改正する法律によつて削除されたが、それは、従来の同条の規定が、裁判所に一切の事情の斟酌を許し、従つてその裁量権を余り広汎に認めすぎる如く解されるおそれがあつたため削除されたものであつて、商法二四七条によつて提起された株主総会の決議取消の訴訟において裁判所が合理的な判断の下に右取消請求を認容するか否かを決しうることまでも否定しようとする趣旨と解すベきではなく、たとえ株主総会招集の手続又はその決議の方法が違法であつても、株主総会における議事の経過その他から判断して、その違法が決議の結果に異動を及ぼすと推測されるような事情の存在は認められないと原審の認定した本件のような場合(原審の右認定は当審においても是認できる。)において本件請求を棄却した原判示は正当であつて、所論は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

2.Zに議決権を行使させたことの適法性
(1)問題の所在
+(共有者による権利の行使)
第百六条  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない

(2)106条ただし書きの適用範囲についての検討
(3)H27.2.19判決の理解

理 由
上告代理人清永敬文,上告復代理人小林敬正の上告受理申立て理由第3の1及び第4について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,特例有限会社であり,その発行済株式の総数は3000株である。上記3000株のうち2000株は,Aが保有していたが,Aが平成19年に死亡したため,いずれもAの妹である被上告人及びBが法定相続分である各2分の1の割合で共同相続した。Aの遺産の分割は未了であり,上記2000株は,被上告人とBとの共有に属する(以下,上記2000株を「本件準共有株式」という。)。
(2) Bは,平成22年11月11日に開催された上告人の臨時株主総会(以下「本件総会」という。)において,本件準共有株式の全部について議決権の行使(以下「本件議決権行使」という。)をした。上告人の発行済株式のうちその余の1000株を有するCも,本件総会において,議決権の行使をした。他方,被上告人は,本件総会に先立ち,その招集通知を受けたが,上告人に対し,本件総会には都合により出席できない旨及び本件総会を開催しても無効である旨を通知し,本件総会には出席しなかった。
(3) 本件総会において,上記(2)の各議決権の行使により,①Dを取締役に選任する旨の決議,②Dを代表取締役に選任する旨の決議並びに③本店の所在地を変更する旨の定款変更の決議及び本店を移転する旨の決議がされた(以下,上記各決議を「本件各決議」という。)。
(4) 本件準共有株式について,会社法106条本文の規定に基づく権利を行使する者の指定及び上告人に対するその者の氏名又は名称の通知はされていなかったが,上告人は,本件総会において,本件議決権行使に同意した。

2 本件は,被上告人が,本件各決議には決議の方法等につき法令違反があると主張して,上告人に対し,会社法831条1項1号に基づき,本件各決議の取消しを請求する訴えである。会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたままされた本件議決権行使が,同条ただし書の上告人の同意により適法なものとなるか否かが争われている。

3 原審は,会社法106条ただし書について,同条本文の規定に基づく権利を行使する者の指定及び通知の手続を欠いていても,株式の共有者間において当該株式についての権利の行使に関する協議が行われ,意思統一が図られている場合に限って,株式会社の同意を要件に当該権利の行使を認めたものであるとした。その上で,原審は,本件は上記の場合には当たらないから,上告人が本件議決権行使に同意していても,本件議決権行使は不適法であり,決議の方法に法令違反があることになるとして,本件各決議を取り消した。

4 所論は,会社法106条ただし書は株式会社の同意さえあれば特定の共有者が共有に属する株式について適法に権利を行使することができる旨を定めた規定であるというものである。

5 会社法106条本文は,「株式が二以上の者の共有に属するときは,共有者は,当該株式についての権利を行使する者一人を定め,株式会社に対し,その者の氏名又は名称を通知しなければ,当該株式についての権利を行使することができない。」と規定しているところ,これは,共有に属する株式の権利の行使の方法について,民法の共有に関する規定に対する「特別の定め」(同法264条ただし書)を設けたものと解される。その上で,会社法106条ただし書は,「ただし,株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は,この限りでない。」と規定しているのであって,これは,その文言に照らすと,株式会社が当該同意をした場合には,共有に属する株式についての権利の行使の方法に関する特別の定めである同条本文の規定の適用が排除されることを定めたものと解される。そうすると,共有に属する株式について会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたまま当該株式についての権利が行使された場合において,当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは,株式会社が同条ただし書の同意をしても,当該権利の行使は,適法となるものではないと解するのが相当である。そして,共有に属する株式についての議決権の行使は,当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し,又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り,株式の管理に関する行為として,民法252条本文により,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決せられるものと解するのが相当である。

6 これを本件についてみると,本件議決権行使は会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたままされたものであるところ,本件議決権行使の対象となった議案は,①取締役の選任,②代表取締役の選任並びに③本店の所在地を変更する旨の定款の変更及び本店の移転であり,これらが可決されることにより直ちに本件準共有株式が処分され,又はその内容が変更されるなどの特段の事情は認められないから,本件議決権行使は,本件準共有株式の管理に関する行為として,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決せられるものというべきである。そして,前記事実関係によれば,本件議決権行使をしたBは本件準共有株式について2分の1の持分を有するにすぎず,また,残余の2分の1の持分を有する被上告人が本件議決権行使に同意していないことは明らかである。そうすると,本件議決権行使は,各共有者の持分の価格に従いその過半数で決せられているものとはいえず,民法の共有に関する規定に従ったものではないから,上告人がこれに同意しても,適法となるものではない。
7 以上によれば,本件議決権行使が不適法なものとなる結果,本件各決議は,決議の方法が法令に違反するものとして,取り消されるべきものである。これと結論を同じくする原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木 勇 裁判官山浦善樹 裁判官 池上政幸)

(4)本問の解決

3.Yが決議取り消し訴訟を提起することの可否

+判例(H2.12.4)
理由
一 上告代理人楠田堯爾、同加藤知明、同田中穰の上告理由第一点及び第二点並びに上告補助参加人代理人初鹿野正の上告理由第二点及び第三点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
二 上告代理人楠田堯爾、同加藤知明、同田中穰の上告理由第三点及び上告補助参加人代理人初鹿野正の上告理由第一点について
株式を相続により準共有するに至った共同相続人は、商法二〇三条二項の定めるところに従い、右株式につき「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という。)を定めて会社に通知し、この権利行使者において株主権を行使することを要するところ(最高裁昭和四二年(オ)第八六七号同四五年一月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一号一頁参照)、右共同相続人が準共有株主としての地位に基づいて株主総会の決議不存在確認の訴えを提起する場合も、右と理を異にするものではないから、権利行使者としての指定を受けてその旨を会社に通知していないときは、特段の事情がない限り、原告適格を有しないものと解するのが相当である。
しかしながら、株式を準共有する共同相続人間において権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠く場合であっても、右株式が会社の発行済株式の全部に相当し、共同相続人のうちの一人を取締役に選任する旨の株主総会決議がされたとしてその旨登記されている本件のようなときは、前述の特段の事情が存在し、他の共同相続人は、右決議の不存在確認の訴えにつき原告適格を有するものというべきである。けだし、商法二〇三条二項は、会社と株主との関係において会社の事務処理の便宜を考慮した規定であるところ、本件に見られるような場合には、会社は、本来、右訴訟において、発行済株式の全部を準共有する共同相続人により権利行使者の指定及び会社に対する通知が履践されたことを前提として株主総会の開催及びその総会における決議の成立を主張・立証すべき立場にあり、それにもかかわらず、他方、右手続の欠缺を主張して、訴えを提起した当該共同相続人の原告適格を争うということは、右株主総会の瑕疵を自認し、また、本案における自己の立場を否定するものにほかならず、右規定の趣旨を同一訴訟手続内で恣意的に使い分けるものとして、訴訟上の防御権を濫用し著しく信義則に反して許されないからである。
記録によれば、(一) 被上告人の本件訴えは、(1) Aは、上告会社の発行済株式の全部である七〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を所有していたところ、昭和五七年三月二四日死亡し、妻B及び被上告人(長男)、上告会社代表者C(二男)、上告補助参加人D(三男)外四名の子が本件株式を共同相続し、昭和六〇年二月二三日右Bも死亡して、被上告人外六名がこれを共同相続した、(2) 同年二月二四日開催の上告会社の株主総会においてCの外E及びFを取締役に、Dを監査役にそれぞれ選任する旨の決議(以下「本件決議」という。)がされたとして、同年三月一一日その旨商業登記簿に登記された、(3) しかし、右株主総会が開催されて本件決議がされた事実は存在しない旨主張して、上告会社に対し、本件決議の不存在確認を求めるものであること、(二) これに対し、上告会社は、共同相続人間において、本件株式の遺産分割は未了であり、右株式につき権利行使者を定めてその旨上告会社に通知する手続もされていないとして被上告人の訴えの利益ないし原告適格を争っていることが明らかである。そうすると、前記説示に照らし、本件においては、被上告人が本件決議の不存在確認の訴えを提起しうる特段の事情が存在するものというべきであり、被上告人の原告適格を肯認した原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨は、以上と異なる見解に立ち、又は原判決の結論に影響を及ぼさない部分をとらえてその違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)


民法 基本事例で考える民法演習2 18 虚偽表示と第三者たる賃借人の地位~94条2項と原始取得 


1.小問1について
+(虚偽表示)
第九十四条  相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2  前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

・転得者も「第三者」に含まれる
+判例(S45.7.24)
理由
上告代理人皆川泉の上告理由第一点について。
被上告人が原審において、原判決事実摘示記載のような主張をしていることは、記録に徴し明らかである。所論の訴外Dの善意に関する主張は、同人が上告人Bとの間の売買を民法五六二条によつて解除した旨の再抗弁の前提として、予備的に主張されたものにほかならず、右主張事実と観念上相容れないからといつて、他の主張がなされなかつたことになるものといわなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、被上告人の主張およびこれを摘示した原判決の趣旨を正解しないものであつて、採用することができない。

同第二点ないし第四点について。
原審の認定によれば、「本件不動産中二一筆については、訴外EからDに対し、昭和二五年五月五日付の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産はもともと被上告人の所有に属し、登記簿上の所有名義のみを一時前記Eに移していたもので、被上告人がEからその所有名義の回復を受けるにあたり、自己の二男Dの名義を使用して前記移転登記を経由したものであり、また、その余の二筆については、訴外Fから右Dに対し、同年六月一二日の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産は、被上告人がFから買い受けて所有権を取得したものでありながら、同じくDの名義を使用して右移転登記を経由したものであつて、いずれについても、被上告人からDに所有権をただちに移転する合意はなく、同人は登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎないものであるところ、昭和三二年一〇月一二日に至り、右Dは、本件各不動産を目的として、上告人Bの代理人たる訴外Gとの間で売買契約を締結して、同上告人に対する所有権移転登記を経由し、現に同上告人が自己の所有不動産であると主張しているけれども、右買受当時、同上告人の代理人たる前記Gは、本件各不動産がDの所有に属しないことを知つていた、というのであつて、原審の右認定は、挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
ところで、不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することができないと解すべきことは、当裁判所の屡次の判例によつて判示されて来たところである(昭和二六年(オ)第一〇七号同二九年八月二〇日第二小法廷判決、民集八巻八号一五○五頁、昭和三四年(オ)第七二六号同三七年九月一四日第二小法廷判決、民集一六巻九号一九三五頁、昭和三八年(オ)第一五七号同四一年三月一八日第二小法廷判決、民集二〇巻三号四五一頁参照)が、右登記について登記名義人の承諾のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものである以上、右九四条二項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが相当である。けだし、登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づいて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべき理由はないからである。
したがつて、前記のような事実関係を前提として、本件不動産の所有権の帰属は、上告人BがDとの間の売買契約締結当時、右不動産がDの所有に属しないことを知つていたか否かにかかるとした上で、同上告人の代理人として右契約の締結にあたつたGが悪意であつたと認められるため、同上告人をもつて善意の第三者ということはできないとして、右不動産が自己の所有に属するとする被上告人の主張を是認した限度においては、原審の判断の過程およびその結論は、正当ということができる。
本件不動産がDの所有名義に登記されたのちにそのことが被上告人からDに通知された事実を認定してこれに対する法律的評価を示した原審の判断の違法をいい、また、右登記の経由に同人が全く介入していないから通謀虚偽表示として把握されるべき表示行為が実在しないとして、原判決に擬律錯誤、理由不備等の違法があるとする各論旨は、叙上の見地からは、いずれも、原審の結論の当否に影響のない議論というべきであり、まして、前記のように上告人Bが悪意であつたとする原審の認定判断を前提とすれば、右論旨が原判決を違法とすべき理由として採用しうるかぎりでないことは明らかである。もつとも、論旨には、第三者の善意・悪意にかかわらず、不実の登記を存置せしめた被上告人の所有権の主張は許されるべきでないとする趣旨に解される部分もあるが、到底左袒しえない独自の見解というほかはない。また、論旨は、悪意の対象たる事実が明確でないともいうが、ここにいう悪意が、原審の正当に判示しているとおり、本件不動産が登記名義人たるDの所有に属しないことを知つていたことを意味することは明らかであつて、右論旨も採用することができない。

同第五点について。
本件不動産中、第一審判決添付第一物件目録記載の一一筆は上告人Aに、また第二物件目録記載の一二筆は上告人Cに、それぞれ上告人Bから売り渡されたとして各所有権移転登記が経由されたが、被上告人が上告人Aおよび同Cを債務者として、各譲受不動産につき、それが被上告人の所有に属することを主張して、その処分および地上立木の伐採搬出等を禁止する仮処分の執行をした後において、右各売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消されたことは、原審において当事者間に争いのなかつたところであり、売買契約により一たん本件不動産の所有権を取得したとする上告人Aおよび同Cにおいても、現に本件不動産上に自己の権利が存することを主張するものではなく、右契約が合意解除されたことを自認し、右不動産は上告人Bの所有に属するものとして、被上告人の所有権を争つているものにほかならない。
してみれば、上告人Aおよび同Cは、原審口頭弁論終結時における法律関係として本件不動産所有権の帰属を確定するについては、上告人Bから独立した固有の利害関係を有しないものというべきであるから、原審が、右所有権を主張する被上告人の本訴請求を認容すべきものとするにあたつて、同上告人の悪意を認定するにとどまり、上告人Aおよび同Cの善意・悪意について判示しなかつたからといつて、右本訴請求に関するかぎり、両上告人に対する関係においても、原判決に所論の理由不備、擬律錯誤等の違法はなく、論旨は採用することができない。
しかし、本件において、上告人Aは被上告人に対し、上告人Bと上告人Aとの間の売買契約の解除前に被上告人のした前記仮処分の執行が、同上告人の取得した所有権を侵害する不法行為を構成するとして、それによつて被つた損害の賠償を求める反訴請求をしているので、この請求の当否の前提として、右仮処分が同上告人に対する不法行為を構成するか否かを決するためには、右仮処分執行時を基準として、被上告人が同上告人に対し自己の所有権を主張しうる関係にあつたか杏かが判断されるければならない。
ところで、民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい(最高裁昭和四一年(オ)第一二三一号・第一二三二号同四二年六月二九日第一小法廷判決、裁判集民事八七号一三九七頁参照)、虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はなく、これを本件についていえば、上告人Aは、その主張するとおり上告人Bとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによつて上告人Aが所有権を取得しうるか否かは、一に、被上告人において、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上のDの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、同上告人に対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、同上告人は、右売買契約の解除前においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前々主たるDが本件不動産の所有権を有しない不実の登記名義人であることを知らなかつたものであるかぎり、同条項の類推適用による保護を受けえたものというべきであり、右時点での同上告人に対する関係における所有権帰属の判断は、上告人Bが悪意であつたことによつては左右されないものと解すべきである。
そうすると、上告人Aは、原審において、目的不動産に関する登記簿上の表示が真実の権利関係と異なることは知らないでこれを上告人Bから買い受けた旨主張しているのであるから、上告人Aの反訴請求の当否を判断するにあたつては、右主張事実の有無が認定判示されるべきであつたにもかかわらず、原審は、これをなすことなく、上告人Bの悪意を認定しただけで、ただちに、被上告人のした仮処分が被保全権利を欠くものということはできないと断じ、上告人Aの反訴請求は失当であるとの判断を下しているのであつて、原判決には、この点において、理由不備の違法があるものといわざるをえないことは、上述したところにより明らかである。それゆえ、論旨は、この限度において理由があり、原判決中、上告人Aの右反訴請求に関する部分は破棄を免れず、右請求の成否についてはなお審理の必要があるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九二条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

・誰が賃貸人か

+判例(S49.3.19)
理由
上告代理人樫本信雄、同竹内敦男の上告理由第一点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠に照らして肯認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。
同第二点及び第三点について。
原判決は、訴外Aは昭和二五年四月原審控訴人Bから第一審判決添付目録第一記載の宅地(以下本件宅地という。)を買い受けたがその所有権移転登記をしなかつたところ、昭和二九年三月本件宅地を被上告人に売り渡したが、その所有権移転登記は中間を省略してBから直接被上告人に対してされる旨の合意が右三者間に成立し、被上告人は同年九月一二日主文第一項記載の仮登記を経由したこと、一方、上告人は本件宅地上に右目録第二記載の建物(以下本件建物という。)を所有しているが、そのうち家屋番号六七番の二、三木造瓦葺二階建店舗一棟床面積一階七坪六合九勺、二階七坪九勺については昭和二七年七月四日これを他から買い受けるとともに、当時本件宅地の所有者であつたAから本件宅地を建物所有の目的のもとに賃借し、右建物につき同月五日所有権移転登記を経由したこと、被上告人は昭和四六年六月一五日到達の書面をもつて上告人に対し昭和二九年九月一四日以降昭和四六年五月末日までの賃料を四日以内に支払うよう催告し、上告人がこれに応じなかつたので、同年六月二一日到達の書面をもつて上告人に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことを、それぞれ確定したうえ、右賃貸借契約は同日解除されたとして、被上告人が土地所有権に基づき主文第一項の所有権移転登記完了と同時に上告人に対して本件建物の収去を求める本訴請求を認容したものである。
しかしながら、本件宅地の賃借人としてその賃借地上に登記ある建物を所有する上告人は本件宅地の所有権の得喪につき利害関係を有する第三者であるから、民法一七七条の規定上、被上告人としては上告人に対し本件宅地の所有権の移転につきその登記を経由しなければこれを上告人に対抗することができず、したがつてまた、賃貸人たる地位を主張することができないものと解するのが、相当である(大審院昭和八年(オ)第六〇号同年五月九日判決・民集一二巻一一二三頁参照)。
ところで、原判文によると、上告人が被上告人の本件宅地の所有権の取得を争つていること、また、被上告人が本件宅地につき所有権移転登記を経由していないことを自陳していることは、明らかである。それゆえ、被上告人は本件宅地につき所有権移転登記を経由したうえではじめて、上告人に対し本件宅地の所有権者であることを対抗でき、また、本件宅地の賃貸人たる地位を主張し得ることとなるわけである。したがつて、それ以前には、被上告人は右賃貸人として上告人に対し賃料不払を理由として賃貸借契約を解除し、上告人の有する賃借権を消滅させる権利を有しないことになる。そうすると、被上告人が本件宅地につき所有権移転登記を経由しない以前に、本件宅地の賃貸人として上告人に対し賃料不払を理由として本件宅地の賃貸借契約を解除する権利を有することを肯認した原判決の前示判断には法令解釈の誤りがあり、この違法は原判決の結論に影響を与えることは、明らかである。したがつて、この点に関する論旨は理由があるから、その余の論旨について判断を示すまでもなく、原判決中本判決主文第一項掲記の部分は破棄を免れない。そして、右部分につきなお審理の必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己)

2.小問2(1)について(基礎編)
+(代物弁済)
第四百八十二条  債務者が、債権者の承諾を得て、その負担した給付に代えて他の給付をしたときは、その給付は、弁済と同一の効力を有する。
+判例(S40.4.30)
理由 
 上告代理人成田篤郎の上告理由第一点について。 
 原判決引用の第一審判決は、「昭和三四年一〇月八日頃原告(被上告人)Bと被告(上告人)との間において原告(被上告人)密所有の売市の土地(第一審判決添付第二目録記載の土地)を本件六五万円の債務の元利金並びに約束手形金債務の代物弁済として提供してそれらの債務を消滅せしめる契約が成立した」旨の事実を認定し、右代物弁済契約により本件債務が消滅した旨判示したものである。 
 しかしながら、債務者がその負担した給付に代えて不動産所有権の譲渡をもつて代物弁済する場合の債務消滅の効力は、原則として単に所有権移転の意思表示をなすのみでは足らず、所有権移転登記手続の完了によつて生ずるものと解すべきである。原判決は、前期認定事実のみで直ちに本件債務の消滅を肯定したのは違法である。原判決中控訴人A(上告人)の控訴を棄却した部分は破棄を免れず、なお叙上の点に関し審理判断をする必要があるから、原審仙台高等裁判所に差し戻すべきである。 
 よつて、その余の上告理由についての判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外) 
・取消権の代位行使
+(債権者代位権)
第四百二十三条  債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利は、この限りでない。
2  債権者は、その債権の期限が到来しない間は、裁判上の代位によらなければ、前項の権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。
+判例(S45.3.26)
理由 
 上告代理人原口酉男の上告理由一および二について。 
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係に照らして肯認することができ、その判断の過程に所論の違法はなく、論旨は理由がない。 
 同三について。 
 所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができるところ、右認定の事実関係に照らせば、訴外Aに重大な過失はないとした原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。 
 同四について。 
 原審は、訴外Aは、上告人から本件油絵二点を買い受けるに際し、上告人に対しとくにそれが真作に間違いないものかどうかを確めたところ、上告人が真作であることを保証する言動を示したので、これを信じて買い受けたものであるが、右作品はいずれも贋作であつたとの事実を確定し、右事実関係に照らせば、右両者の間の売買契約においては本件油絵がいずれも真作であることを意思表示の要素としたものであつて、Aの意思表示の要素に錯誤があり、右売買契約は要素に錯誤があるものとして無効で、上告人はAに対して売買代金三八万円を返還すべき義務がある旨判断したうえ、さらにすすんで、被上告人においてAの右意思表示の無効を主張し、被上告人のAに対する売買代金返還請求権を保全するため、Aの上告人に対する右売買代金返還請求権を代位行使することを肯認しているのである。 
 ところで、意思表示の要素の錯誤については、表意者自身において、その意思表示に瑕疵を認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないときは、原則として、第三者が右意思表示の無効を主張することは許されないものであるが(最高裁判所昭和三八年(オ)第一三四九号同四〇年九月一〇日第二小法廷判決、民集一九巻六号一五一二頁参照)、当該第三者において表意者に対する債権を保全するため必要がある場合において、表意者が意思表示の瑕疵を認めているときは、表意者みずからは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても、第三者たる債権者は表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することが許されるものと解するのが相当である。 
 これを本件についてみるに、被上告人は、Aに対する売買代金返還請求権を保全するため、Aのした意思表示の錯誤による無効を主張し、Aの上告人に対する売買代金返還請求権を代位行使するものであつて、しかも、A自身においてもその意思表示に瑕疵があつたことを認めているのであるから、Aみずからが意思表示の無効を主張する意思を有すると否とにかかわらず、被上告人がAの意思表示の無効を主張することは許されるものというべきである。したがつて、これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は理由がない。よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠) 
3.小問2(1)について(応用編)
・法定承継取得説
+判例(S42.10.31)
理由 
 上告代理人森田久治郎の上告理由第一点および第五点について。 
 論旨は、Aには全共有者を代表して本件共有地を売り渡す権限があつた旨の事実認定は、証拠によらない独断であり、かつ当事者双方の申し立てない事実であるというにあるが、被上告人が右事実を主張していることは明らかであり(他の共有者にもその権限があつたかどうかは本件に関係のないことである。)、かつ、右事実認定は、原判決の引用する一審判決が挙示する証拠関係に照らして是認できなくはない。論旨は、ひつきよう、原審の裁量に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用することができない。
 同第二点について。 
 上告人は本件不動産の共有者の一人であり、Aが全共有者を代表して被上告人に本件土地を売り渡した売買契約の当事者の一人というべきであるから、民法一七七条にいう「第三者」にあたらないものというべく、したがつて、被上告人の所有権取得を否認できないものというべきである。論旨は排斥を免れない。 
 同第三点について。 
 原判決に所論の点についての判断遺脱の違法のあることは認められない。論旨は採用することができない。 
 同第四点について。 
 本件訴訟は、被上告人が本件土地所有権に基づき、現に登記名義を有する上告に対して移転登記を訴求するものであつて、本件売買契約に基づく義務の履行を求めるものではない。したがつて、共有者全員を被告とすべきではなく、また上告人が現に単独所有の登記名義を有する以上、かつての共有持分のいかんにかかわらず、単独所有権の移転登記をする義務があること明らかである。論旨は、いずれも理由なく、採用することができない。 
 同第六点について。 
 原判決の所論の点についての判断は正当であつて、所論の違法はしにめられない。論旨は排斥を免れない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄) 
・時効完成後
+判例(S33.8.28)
理由 
 上告人A外一〇名代理人宇都宮潔の上告理由第一点、第二点について。 
 原判決はその主文において「原判決(第一審判決)中控訴人B勝訴の部分を除きその余を取消す。被控訴人等は控訴人Bに対し別紙図面(ほ)〃(ほ)〃(ハ)(ヘ)(ほ)の諸点を結ぶ線内の土地及び(ヘ)〃(ハ)〃(ニ)(ホ)(ヘ)の諸点を結ぶ線内の土地を各明渡すべし」と判示した。 
 しかし、原審の維持した第一審判決中、被上告人(原告)B勝訴の部分に当る土地の範囲を、第一審判決添付の図面及び同判決理由と照合すると、同人の請求を認容した部分の符合中、すくなくとも(甲)〃(ほ)(ほ)〃(ト)(ラ)の諸点は現地特定の説明を欠き、原判決の判示によるも、これらの諸点は明らかにされていないのであつて、結局同人の請求の範囲、勝訴、敗訴の部分は内容不明たるを免れない。また原判決中、控訴人らが控訴人Bに対し明渡すことを命ぜられた土地の部分を指定する符号中、〃(ほ)(ほ)の諸点は原判決判示中に現地特定の説明を欠いており((に)(ル)点の所在は添付図面の説明により明らかであるとしても、(に)点と(ル)点とを結ぶ直線上に〃(ほ)(ほ)の諸点が存在することは明らかにされていない。)、原判決が明渡しを命じた添付図面(ほ)〃(ほ)〃(ハ)(ヘ)(ほ)の諸点を結ぶ線内の土地は、現地特定を欠きこれまた内容不明のものといわぎるを得ない。原判決はこれらの点において審理不尽、理由不備の違法あるものというべく、所論第一点、第二点は理由あるに帰し、原判決はこの点において破棄を免れない(但し、原判決が明渡しを命じた(ヘ)〃(ハ)〃(ニ)(ホ)(ヘ)の諸点を結ぶ線内の土地については、右各点は添付図面と原判決の説示に徴し、現地につき特定していると認められる。)。 
 同第三点について。 
 取得時効による不動産の所有権の取得についても、登記なくしては、時効完成後当該不動産につき旧所有者から所有権を取得し登記を経た第三者に対して、その善意たると否とを問わず、時効による所有権の取得を対抗し得ないと解するを相当とするから、所論は採るを得ない(大正一四年七月八日大審院判決、民集四巻四一二頁参照)。 
 よつて、民訴四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫) 
+賃借権の取得時効
+判例(S43.10.8)
理由 
 上告代理人高野篤信、同平野保、同宇津呂公子の上告理由について。 
 原審が原判決添付第一号目録(二)記載の土地(以下たんに第一(二)土地という。その他これに準ずる。)について賃貸借の成立を否定した認定・判断は、その挙示する証拠関係によつて是認しえないものではなく、この点に関する論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用できない。 
 次に、所論土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法一六三条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である。 
 しかるに、記録によれば、上告人が原審において、第一(一)(二)土地、第二土地、第三土地について仮定的に賃借権の時効取得を主張したこと、これに対し原審は第一(一)土地について賃貸借の成立を認め、第二、第三土地について時効取得を否定したが、第一(二)土地については賃貸借の成立を否定しながら、時効取得の主張に対してなんら判断を加えていないことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、原判決は第一(二)土地について判断遺脱の違法あることを免れない。 
 また、原審は、第二土地について賃借権の時効取得を否定し、その判決理由一の(三)において「第一審原告(上告人)が第二土地については昭和二二年四月頃以降現在までこれを占有していることは、さきに、みたとおりで……あるが、前認定の事実関係に徴すると、未だ、第一審原告はその主張の如き賃借権を享受する意思を以て右……土地を占有していたとは認め難い」云々と判示するが、これに先だつ原判決理由中のどこにも、原判決が「さきにみた」といい、また「前認定」という、その判示に照応する事実の認定説示を発見することができない。しかも、占有開始の時期については、被上告人において、上告人が第一(二)土地および第二土地の一部の占有を始めたのは、昭和二五年一二月以降のことであると争つているところであり、また、第三土地はともかくとして、第二土地は、原審の認定によつても、賃貸借の成立した第一(一)土地と同時に占有を開始して現在に至り、また、上告人が土地使用の対価として被上告人に賃料を支払つて来たことは(土地の範囲は別として)争いがないというのであるから、原判示のように、上告人において賃借権享受の意思がなかつたとするには、当然なんらかの説明を要するところである。しかるに、原判決理由が「さきにみた」とする「前認定」事実の説示を欠くことは、前述のとおりであつて、原判決は第二土地につき賃借権の時効取得を否定した点において、審理不尽、理由不備の違法あることを免れず、論旨は、けつきよく、この点においても理由あるものといわなければならない。 
 なお、上告人は第三土地に関する請求が排斥されたことをも不服として上告するが、上告状および上告理由書中に、この点に関する上告理由として認めるに足りる記載がなく、排斥を免れない。 
 以上、原判決には第一(二)土地について賃借権の時効取得の主張に対する判断遺脱の違法、第二土地について賃借権の時効取得の主張を排斥するにつき審理不尽、理由不備の違法があり、これらの点において破棄を免れないが、その余の点については上告を失当として棄却すべきであり、右破棄部分については、さらに審理を尽くさせるため原審に差し戻すべきである。 
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致により、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美) 
4.小問2(2)について
+判例(S29.9.24)
要旨
物権的請求権を代位行使
転用事例なので無資力は要件とはならない。


憲法 日本国憲法の論じ方 Q9 憲法14条後段列挙事由


Q 社会的身分と門地はどこが違うのか?
(1)社会的身分の分析
(2)門地と社会的身分の関係
社会的身分(脱却不能地位説)
=人が社会において一時的でなく占めている地位で、自分の力ではそれから脱却できず、それについて事実上ある種の社会的評価がともなっているもの

・判例は
=人が社会において占める継続的な地位
+判例(S39.5.27)
理由
上告代理人吉井晃、同奥田実、同原田策司の上告理由第二点について。
所論の要旨は、上告人が高令であることを理由に被上告人がした本件待命処分は、社会的身分により差別をしたものであつて、憲法一四条一項及び地方公務員法一三条に違反するとの上告人の主張に対し、原審が、高令であることは社会的身分に当らないとして上告人の右主張を排斥したのは、(一)右各法条にいう社会的身分の解釈を誤つたものであり、また、(二)仮りに右解釈に誤りがないとしても、右各法条は、それに列挙された事由以外の事由による差別をも禁止しているものであるから、高令であることを理由とする本件待命処分を肯認した原判決には、右各法条の解釈を誤つた違法があるというにある。
思うに、憲法一四条一項及び地方公務員法一三条にいう社会的身分とは、人が社会において占める継続的な地位をいうものと解されるから、高令であるということは右の社会的身分に当らないとの原審の判断は相当と思われるが、右各法条は、国民に対し、法の下の平等を保障したものであり、右各法条に列挙された事由は例示的なものであつて、必ずしもそれに限るものではないと解するのが相当であるから、原判決が、高令であることは社会的身分に当らないとの一事により、たやすく上告人の前示主張を排斥したのは、必ずしも十分に意を尽したものとはいえないしかし、右各法条は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、なんら右各法条の否定するところではない
本件につき原審が確定した事実を要約すれば、被上告人立山町長は、地方公務員法に基づき制定された立山町待命条例により与えられた権限、すなわち職員にその意に反して臨時待命を命じ又は職員の申出に基づいて臨時待命を承認することができる旨の権限に基づき、立山町職員定員条例による定員を超過する職員の整理を企図し、合併前の旧町村の町村長、助役、収入役であつた者で年令五五歳以上のものについては、後進に道を開く意味でその退職を望み、右待命条例に基づく臨時待命の対象者として右の者らを主として考慮し、右に該当する職員約一〇名位(当時建設課長であつた上告人を含む)に退職を勧告した後、上告人も右に該当する者であり、かつ勤務成績が良好でない等の事情を考慮した上、上告人に対し本件待命処分を行つたというのであるから、本件待命処分は、上告人が年令五五歳以上であることを一の基準としてなされたものであることは、所論のとおりである。
ところで、昭和二九年法律第一九二号地方公務員法の一部を改正する法律附則三項は、地方公共団体は、条例で定める定員をこえることとなる員数の職員については、昭和二九年度及び昭和三〇年度において、国家公務員の例に準じて条例の定めるところによつて、職員にその意に反し臨時待命を命ずることができることにしており、国家公務員については、昭和二九年法律第一八六号及び同年政令第一四四号によつて、過員となる職員で配置転換が困難な事情にあるものについては、その意に反して臨時待命を命ずることができることにしているのであり、前示立山町待命条例ならびに被上告人立山町長が行つた本件待命処分は、右各法令に根拠するものであることは前示のとおりである。しかして、一般に国家公務員につきその過員を整理する場合において、職員のうちいずれを免職するかは、任命権者が、勤務成績、勤務年数その他の事実に基づき、公正に判断して定めるべきものとされていること(昭和二七年人事院規則一一―四、七条四項参照)にかんがみても、前示待命条例により地方公務員に臨時待命を命ずる場合においても、何人に待命を命ずるかは、任命権者が諸般の事実に基づき公正に判断して決定すべきもの、すなわち、任命権者の適正な裁量に任せられているものと解するのが相当である。これを本件についてみても、原判示のごとき事情の下において、任命権者たる被上告人が、五五歳以上の高令であることを待命処分の一応の基準とした上、上告人はそれに該当し(本件記録によれば、上告人は当時六六歳であつたことが明らかである)、しかも、その勤務成績が良好でないこと等の事情をも考慮の上、上告人に対し本件待命処分に出たことは、任命権者に任せられた裁量権の範囲を逸脱したものとは認められず、高令である上告人に対し他の職員に比し不合理な差別をしたものとも認められないから、憲法一四条一項及び地方公務員法一三条に違反するものではない。されば、本件待命処分は右各法条に違反するものではないとの原審の判断は、結局正当であり、原判決には所論のごとき違法はなく、論旨は採用のかぎりでない。
よつて、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 斎藤朔郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎)

Q 社会的身分として具体的に問題となったのは何か?
(1)親子の関係
・親子の関係は「自然的関係」だから尊属・卑属の地位は社会的身分ではない・・・。
でも、一定の評価をして差異を設定したりすると社会的身分に当たるのでは。

+判例(H7.7.5) 後々変わるが。
理由
抗告代理人榊原富士子、同吉岡睦子、同井田恵子、同石井小夜子、同石田武臣、同金住典子、同紙子達子、同酒向徹、同福島瑞穂、同小山久子、同小島妙子の抗告理由について
所論は、要するに、嫡出でない子(以下「非嫡出子」という。)の相続分を嫡出である子(以下「嫡出子」という。)の相続分の二分の一と定めた民法九〇〇条四号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)は憲法一四条一項に違反するというのである。
一 憲法一四条一項は法の下の平等を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない(最高裁昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁、最高裁昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁等参照)。
そこで、まず、右の点を検討する前提として、我が国の相続制度を概観する。
1 婚姻、相続等を規律する法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない旨を定めた憲法二四条二項の規定に基づき、昭和二二年の民法の一部を改正する法律(同年法律第二二二号)により、家督相続の制度が廃止され、いわゆる共同相続の制度が導入された。
現行民法は、相続人の範囲に関しては、被相続人の配偶者は常に相続人となり(八九〇条)、また、被相続人の子は相続人となるものと定め(八八七条)、配偶者と子が相続人となることを原則的なものとした上、相続人となるべき子及びその代襲者がない場合には、被相続人の直系尊属、兄弟姉妹がそれぞれ第一順位、第二順位の相続人となる旨を定める(八八九条)。そして、同順位の相続人が数人あるときの相続分を定めるが(九〇〇条。以下、右相続分を「法定相続分」という。)、被相続人は、右規定にかかわらず、遺言で共同相続人の相続分を定めることができるものとし(九〇二条)、また、共同相続人中に、被相続人から遺贈等を受けた者(特別受益者)があるときは、これらの相続分から右受益に係る価額を控除した残額をもって相続分とするものとしている(九〇三条)。
右のとおり、被相続人は、遺言で共同相続人の相続分を定めることができるが、また、遺言により、特定の相続人又は第三者に対し、その財産の全部又は一部を処分することができる(九六四条)。ただし、遺留分に関する規定(一〇二八条、一〇四四条)に違反することができず(九六四条ただし書)、遺留分権利者は、右規定に違反する遺贈等の減殺を請求することができる(一〇三一条)。
相続人には、相続の効果を受けるかどうかにつき選択の自由が認められる。すなわち、相続人は、相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない(九一五条)。
九〇六条は、共同相続における遺産分割の基準を定め、遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする旨規定する。共同相続人は、その協議で、遺産の分割をすることができるが(九〇七条一項)、協議が調わないときは、その分割を家庭裁判所に請求することができる(同条二項)。なお、被相続人は、遺言で、分割の方法を定め、又は相続開始の時から五年を超えない期間内分割を禁止することができる(九〇八条)。
2 昭和五五年の民法及び家事審判法の一部を改正する法律(同年法律第五一号)により、配偶者の相続分が現行民法九〇〇条一号ないし三号のとおりに改められた。すなわち、配偶者の相続分は、配偶者と子が共同して相続する場合は二分の一に(改正前は三分の一)、配偶者と直系尊属が共同して相続する場合は三分の二に(改正前は二分の一)、配偶者と兄弟姉妹が共同して相続する場合は四分の三に(改正前は三分の二)改められた。
また、右改正法により、寄与分の制度が新設された。すなわち、新設された九〇四条の二第一項は、共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、法定相続分ないし指定相続分によって算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする旨規定し、同条二項は、前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、同項に規定する寄与をした者の請求により、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、寄与分を定める旨規定する。この制度により、被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした者には、法定相続分又は指定相続分以上の財産を取得させることが可能となり、いわば相続の実質的な公平が図られることとなった。
3 右のように、民法は、社会情勢の変化等に応じて改正され、また、被相続人の財産の承継につき多角的に定めを置いているのであって、本件規定を含む民法九〇〇条の法定相続分の定めはその一つにすぎず、法定相続分のとおりに相続が行われなければならない旨を定めたものではない。すなわち、被相続人は、法定相続分の定めにかかわらず、遺言で共同相続人の相続分を定めることができる。また、相続を希望しない相続人は、その放棄をすることができる。さらに、共同相続人の間で遺産分割の協議がされる場合、相続は、必ずしも法定相続分のとおりに行われる必要はない。共同相続人は、それぞれの相続人の事情を考慮した上、その協議により、特定の相続人に対して法定相続分以上の相続財産を取得させることも可能である。もっとも、遺産分割の協議が調わず、家庭裁判所がその審判をする場合には、法定相続分に従って遺産の分割をしなければならない。
このように、法定相続分の定めは、遺言による相続分の指定等がない場合などにおいて、補充的に機能する規定である。
二 相続制度は、被相続人の財産を誰に、どのように承継させるかを定めるものであるが、その形態には歴史的、社会的にみて種々のものがあり、また、相続制度を定めるに当たっては、それぞれの国の伝統、社会事情、国民感情なども考慮されなければならず、各国の相続制度は、多かれ少なかれ、これらの事情、要素を反映している。さらに、現在の相続制度は、家族というものをどのように考えるかということと密接に関係しているのであって、その国における婚姻ないし親子関係に対する規律等を離れてこれを定めることはできない。これらを総合的に考慮した上で、相続制度をどのように定めるかは、立法府の合理的な裁量判断にゆだねられているものというほかない。
そして、前記のとおり、本件規定を含む法定相続分の定めは、右相続分に従って相続が行われるべきことを定めたものではなく、遺言による相続分の指定等がない場合などにおいて補充的に機能する規定であることをも考慮すれば、本件規定における嫡出子と非嫡出子の法定相続分の区別は、その立法理由に合理的な根拠があり、かつ、その区別が右立法理由との関連で著しく不合理なものでなく、いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り、合理的理由のない差別とはいえず、これを憲法一四条一項に反するものということはできないというべきである。
三 憲法二四条一項は、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する旨を定めるところ、民法七三九条一項は、「婚姻は、戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによつて、その効力を生ずる。」と規定し、いわゆる事実婚主義を排して法律婚主義を採用し、また、同法七三二条は、重婚を禁止し、いわゆる一夫一婦制を採用することを明らかにしているが、民法が採用するこれらの制度は憲法の右規定に反するものでないことはいうまでもない
そして、このように民法が法律婚主義を採用した結果として、婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じ、親子関係の成立などにつき異なった規律がされ、また、内縁の配偶者には他方の配偶者の相続が認められないなどの差異が生じても、それはやむを得ないところといわなければならない。
本件規定の立法理由は、法律上の配偶者との間に出生した嫡出子の立場を尊重するとともに、他方、被相続人の子である非嫡出子の立場にも配慮して、非嫡出子に嫡出子の二分の一の法定相続分を認めることにより、非嫡出子を保護しようとしたものであり、法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図ったものと解される。これを言い換えれば、民法が法律婚主義を採用している以上、法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子を優遇してこれを定めるが、他方、非嫡出子にも一定の法定相続分を認めてその保護を図ったものであると解される。
現行民法は法律婚主義を採用しているのであるから、右のような本件規定の立法理由にも合理的な根拠があるというべきであり、本件規定が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の二分の一としたことが、右立法理由との関連において著しく不合理であり、立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできないのであって、本件規定は、合理的理由のない差別とはいえず、憲法一四条一項に反するものとはいえない。論旨は採用することができない。
よって、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、裁判官園部逸夫、同可部恒雄、同大西勝也の各補足意見、裁判官千種秀夫、同河合伸一の補足意見、裁判官中島敏次郎、同大野正男、同高橋久子、同尾崎行信、同遠藤光男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

Q 裁判所は、14条違反をどのように判定すべきか?
(1)定義(後段列挙)の法的意味
差別につき疑わしい範疇
(2)疑わしい区別
(3)差別の「合理性」

+判例(H20.6.4)
理由
上告代理人山口元一の上告理由第1ないし第3について
1 事案の概要
本件は、法律上の婚姻関係にない日本国民である父とフィリピン共和国籍を有する母との間に本邦において出生した上告人が、出生後父から認知されたことを理由として平成15年に法務大臣あてに国籍取得届を提出したところ、国籍取得の条件を備えておらず、日本国籍を取得していないものとされたことから、被上告人に対し、日本国籍を有することの確認を求めている事案である。
2 国籍法2条1号、3条について
国籍法2条1号は、子は出生の時に父又は母が日本国民であるときに日本国民とする旨を規定して、日本国籍の生来的取得について、いわゆる父母両系血統主義によることを定めている。したがって、子が出生の時に日本国民である父又は母との間に法律上の親子関係を有するときは、生来的に日本国籍を取得することになる。
国籍法3条1項は、「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で20歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であったときは、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を取得することができる。」と規定し、同条2項は、「前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。」と規定している。同条1項は、父又は母が認知をした場合について規定しているが、日本国民である母の非嫡出子は、出生により母との間に法律上の親子関係が生ずると解され、また、日本国民である父が胎児認知した子は、出生時に父との間に法律上の親子関係が生ずることとなり、それぞれ同法2条1号により生来的に日本国籍を取得することから、同法3条1項は、実際上は、法律上の婚姻関係にない日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した子で、父から胎児認知を受けていないものに限り適用されることになる。
3 原判決等
上告人は、国籍法2条1号に基づく日本国籍の取得を主張するほか、日本国民である父の非嫡出子について、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した者のみが法務大臣に届け出ることにより日本国籍を取得することができるとした同法3条1項の規定が憲法14条1項に違反するとして、上告人が法務大臣あてに国籍取得届を提出したことにより日本国籍を取得した旨を主張した。
これに対し、原判決は、国籍法2条1号に基づく日本国籍の取得を否定した上、同法3条1項に関する上記主張につき、仮に同項の規定が憲法14条1項に違反し、無効であったとしても、そのことから、出生後に日本国民である父から認知を受けたにとどまる子が日本国籍を取得する制度が創設されるわけではなく、上告人が当然に日本国籍を取得することにはならないし、また、国籍法については、法律上の文言を厳密に解釈することが要請され、立法者の意思に反するような類推解釈ないし拡張解釈は許されず、そのような解釈の名の下に同法に定めのない国籍取得の要件を創設することは、裁判所が立法作用を行うものとして許されないから、上告人が同法3条1項の類推解釈ないし拡張解釈によって日本国籍を取得したということもできないと判断して、上告人の請求を棄却した。

4 国籍法3条1項による国籍取得の区別の憲法適合性について
所論は、上記のとおり、国籍法3条1項の規定が憲法14条1項に違反する旨をいうが、その趣旨は、国籍法3条1項の規定が、日本国民である父の非嫡出子について、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した者に限り日本国籍の取得を認めていることによって、同じく日本国民である父から認知された子でありながら父母が法律上の婚姻をしていない非嫡出子は、その余の同項所定の要件を満たしても日本国籍を取得することができないという区別(以下「本件区別」という。)が生じており、このことが憲法14条1項に違反する旨をいうものと解される。所論は、その上で、国籍法3条1項の規定のうち本件区別を生じさせた部分のみが違憲無効であるとし、上告人には同項のその余の規定に基づいて日本国籍の取得が認められるべきであるというものである。そこで、以下、これらの点について検討を加えることとする。
(1) 憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨であると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁、最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
憲法10条は、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」と規定し、これを受けて、国籍法は、日本国籍の得喪に関する要件を規定している憲法10条の規定は、国籍は国家の構成員としての資格であり、国籍の得喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情、伝統、政治的、社会的及び経済的環境等、種々の要因を考慮する必要があることから、これをどのように定めるかについて、立法府の裁量判断にゆだねる趣旨のものであると解される。しかしながら、このようにして定められた日本国籍の取得に関する法律の要件によって生じた区別が、合理的理由のない差別的取扱いとなるときは、憲法14条1項違反の問題を生ずることはいうまでもないすなわち、立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても、なおそのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合、又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められない場合には、当該区別は、合理的な理由のない差別として、同項に違反するものと解されることになる
日本国籍は、我が国の構成員としての資格であるとともに、我が国において基本的人権の保障、公的資格の付与、公的給付等を受ける上で意味を持つ重要な法的地位でもある。一方、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否かということは、子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない父母の身分行為に係る事柄である。したがって、このような事柄をもって日本国籍取得の要件に関して区別を生じさせることに合理的な理由があるか否かについては、慎重に検討することが必要である。
(2)ア 国籍法3条の規定する届出による国籍取得の制度は、法律上の婚姻関係にない日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した子について、父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得すること(以下「準正」という。)のほか同条1項の定める一定の要件を満たした場合に限り、法務大臣への届出によって日本国籍の取得を認めるものであり、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した嫡出子が生来的に日本国籍を取得することとの均衡を図ることによって、同法の基本的な原則である血統主義を補完するものとして、昭和59年法律第45号による国籍法の改正において新たに設けられたものである。
そして、国籍法3条1項は、日本国民である父が日本国民でない母との間の子を出生後に認知しただけでは日本国籍の取得を認めず、準正のあった場合に限り日本国籍を取得させることとしており、これによって本件区別が生じている。このような規定が設けられた主な理由は、日本国民である父が出生後に認知した子については、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得することによって、日本国民である父との生活の一体化が生じ、家族生活を通じた我が国社会との密接な結び付きが生ずることから、日本国籍の取得を認めることが相当であるという点にあるものと解される。また、上記国籍法改正の当時には、父母両系血統主義を採用する国には、自国民である父の子について認知だけでなく準正のあった場合に限り自国籍の取得を認める国が多かったことも、本件区別が合理的なものとして設けられた理由であると解される。
イ 日本国民を血統上の親として出生した子であっても、日本国籍を生来的に取得しなかった場合には、その後の生活を通じて国籍国である外国との密接な結び付きを生じさせている可能性があるから、国籍法3条1項は、同法の基本的な原則である血統主義を基調としつつ、日本国民との法律上の親子関係の存在に加え我が国との密接な結び付きの指標となる一定の要件を設けて、これらを満たす場合に限り出生後における日本国籍の取得を認めることとしたものと解される。このような目的を達成するため準正その他の要件が設けられ、これにより本件区別が生じたのであるが、本件区別を生じさせた上記の立法目的自体には、合理的な根拠があるというべきである。
また、国籍法3条1項の規定が設けられた当時の社会通念や社会的状況の下においては、日本国民である父と日本国民でない母との間の子について、父母が法律上の婚姻をしたことをもって日本国民である父との家族生活を通じた我が国との密接な結び付きの存在を示すものとみることには相応の理由があったものとみられ、当時の諸外国における前記のような国籍法制の傾向にかんがみても、同項の規定が認知に加えて準正を日本国籍取得の要件としたことには、上記の立法目的との間に一定の合理的関連性があったものということができる。
ウ しかしながら、その後、我が国における社会的、経済的環境等の変化に伴って、夫婦共同生活の在り方を含む家族生活や親子関係に関する意識も一様ではなくなってきており、今日では、出生数に占める非嫡出子の割合が増加するなど、家族生活や親子関係の実態も変化し多様化してきているこのような社会通念及び社会的状況の変化に加えて、近年、我が国の国際化の進展に伴い国際的交流が増大することにより、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生する子が増加しているところ、両親の一方のみが日本国民である場合には、同居の有無など家族生活の実態においても、法律上の婚姻やそれを背景とした親子関係の在り方についての認識においても、両親が日本国民である場合と比べてより複雑多様な面があり、その子と我が国との結び付きの強弱を両親が法律上の婚姻をしているか否かをもって直ちに測ることはできないこれらのことを考慮すれば、日本国民である父が日本国民でない母と法律上の婚姻をしたことをもって、初めて子に日本国籍を与えるに足りるだけの我が国との密接な結び付きが認められるものとすることは、今日では必ずしも家族生活等の実態に適合するものということはできない。 
また、諸外国においては、非嫡出子に対する法的な差別的取扱いを解消する方向にあることがうかがわれ、我が国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約及び児童の権利に関する条約にも、児童が出生によっていかなる差別も受けないとする趣旨の規定が存する。さらに、国籍法3条1項の規定が設けられた後、自国民である父の非嫡出子について準正を国籍取得の要件としていた多くの国において、今日までに、認知等により自国民との父子関係の成立が認められた場合にはそれだけで自国籍の取得を認める旨の法改正が行われている。
以上のような我が国を取り巻く国内的、国際的な社会的環境等の変化に照らしてみると、準正を出生後における届出による日本国籍取得の要件としておくことについて、前記の立法目的との間に合理的関連性を見いだすことがもはや難しくなっているというべきである。
エ 一方、国籍法は、前記のとおり、父母両系血統主義を採用し、日本国民である父又は母との法律上の親子関係があることをもって我が国との密接な結び付きがあるものとして日本国籍を付与するという立場に立って、出生の時に父又は母のいずれかが日本国民であるときには子が日本国籍を取得するものとしている(2条1号)。その結果、日本国民である父又は母の嫡出子として出生した子はもとより、日本国民である父から胎児認知された非嫡出子及び日本国民である母の非嫡出子も、生来的に日本国籍を取得することとなるところ、同じく日本国民を血統上の親として出生し、法律上の親子関係を生じた子であるにもかかわらず、日本国民である父から出生後に認知された子のうち準正により嫡出子たる身分を取得しないものに限っては、生来的に日本国籍を取得しないのみならず、同法3条1項所定の届出により日本国籍を取得することもできないことになる。このような区別の結果、日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子のみが、日本国籍の取得について著しい差別的取扱いを受けているものといわざるを得ない。
日本国籍の取得が、前記のとおり、我が国において基本的人権の保障等を受ける上で重大な意味を持つものであることにかんがみれば、以上のような差別的取扱いによって子の被る不利益は看過し難いものというべきであり、このような差別的取扱いについては、前記の立法目的との間に合理的関連性を見いだし難いといわざるを得ない。とりわけ、日本国民である父から胎児認知された子と出生後に認知された子との間においては、日本国民である父との家族生活を通じた我が国社会との結び付きの程度に一般的な差異が存するとは考え難く、日本国籍の取得に関して上記の区別を設けることの合理性を我が国社会との結び付きの程度という観点から説明することは困難である。また、父母両系血統主義を採用する国籍法の下で、日本国民である母の非嫡出子が出生により日本国籍を取得するにもかかわらず、日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子が届出による日本国籍の取得すら認められないことには、両性の平等という観点からみてその基本的立場に沿わないところがあるというべきである。
オ 上記ウ、エで説示した事情を併せ考慮するならば、国籍法が、同じく日本国民との間に法律上の親子関係を生じた子であるにもかかわらず、上記のような非嫡出子についてのみ、父母の婚姻という、子にはどうすることもできない父母の身分行為が行われない限り、生来的にも届出によっても日本国籍の取得を認めないとしている点は、今日においては、立法府に与えられた裁量権を考慮しても、我が国との密接な結び付きを有する者に限り日本国籍を付与するという立法目的との合理的関連性の認められる範囲を著しく超える手段を採用しているものというほかなく、その結果、不合理な差別を生じさせているものといわざるを得ない。
カ 確かに、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し、父から出生後に認知された子についても、国籍法8条1号所定の簡易帰化により日本国籍を取得するみちが開かれている。しかしながら、帰化は法務大臣の裁量行為であり、同号所定の条件を満たす者であっても当然に日本国籍を取得するわけではないから、これを届出による日本国籍の取得に代わるものとみることにより、本件区別が前記立法目的との間の合理的関連性を欠くものでないということはできない。
なお、日本国民である父の認知によって準正を待たずに日本国籍の取得を認めた場合に、国籍取得のための仮装認知がされるおそれがあるから、このような仮装行為による国籍取得を防止する必要があるということも、本件区別が設けられた理由の一つであると解される。しかし、そのようなおそれがあるとしても、父母の婚姻により子が嫡出子たる身分を取得することを日本国籍取得の要件とすることが、仮装行為による国籍取得の防止の要請との間において必ずしも合理的関連性を有するものとはいい難く、上記オの結論を覆す理由とすることは困難である。
(3) 以上によれば、本件区別については、これを生じさせた立法目的自体に合理的な根拠は認められるものの、立法目的との間における合理的関連性は、我が国の内外における社会的環境の変化等によって失われており、今日において、国籍法3条1項の規定は、日本国籍の取得につき合理性を欠いた過剰な要件を課するものとなっているというべきである。しかも、本件区別については、前記(2)エで説示した他の区別も存在しており、日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子に対して、日本国籍の取得において著しく不利益な差別的取扱いを生じさせているといわざるを得ず、国籍取得の要件を定めるに当たって立法府に与えられた裁量権を考慮しても、この結果について、上記の立法目的との間において合理的関連性があるものということはもはやできない。
そうすると、本件区別は、遅くとも上告人が法務大臣あてに国籍取得届を提出した当時には、立法府に与えられた裁量権を考慮してもなおその立法目的との間において合理的関連性を欠くものとなっていたと解される。
したがって、上記時点において、本件区別は合理的な理由のない差別となっていたといわざるを得ず、国籍法3条1項の規定が本件区別を生じさせていることは、憲法14条1項に違反するものであったというべきである。

5 本件区別による違憲の状態を前提として上告人に日本国籍の取得を認めることの可否
(1) 以上のとおり、国籍法3条1項の規定が本件区別を生じさせていることは、遅くとも上記時点以降において憲法14条1項に違反するといわざるを得ないが、国籍法3条1項が日本国籍の取得について過剰な要件を課したことにより本件区別が生じたからといって、本件区別による違憲の状態を解消するために同項の規定自体を全部無効として、準正のあった子(以下「準正子」という。)の届出による日本国籍の取得をもすべて否定することは、血統主義を補完するために出生後の国籍取得の制度を設けた同法の趣旨を没却するものであり、立法者の合理的意思として想定し難いものであって、採り得ない解釈であるといわざるを得ない。そうすると、準正子について届出による日本国籍の取得を認める同項の存在を前提として、本件区別により不合理な差別的取扱いを受けている者の救済を図り、本件区別による違憲の状態を是正する必要があることになる。
(2) このような見地に立って是正の方法を検討すると、憲法14条1項に基づく平等取扱いの要請と国籍法の採用した基本的な原則である父母両系血統主義とを踏まえれば、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し、父から出生後に認知されたにとどまる子についても、血統主義を基調として出生後における日本国籍の取得を認めた同法3条1項の規定の趣旨・内容を等しく及ぼすほかはない。すなわち、このような子についても、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したことという部分を除いた同項所定の要件が満たされる場合に、届出により日本国籍を取得することが認められるものとすることによって、同項及び同法の合憲的で合理的な解釈が可能となるものということができ、この解釈は、本件区別による不合理な差別的取扱いを受けている者に対して直接的な救済のみちを開くという観点からも、相当性を有するものというべきである。
そして、上記の解釈は、本件区別に係る違憲の瑕疵を是正するため、国籍法3条1項につき、同項を全体として無効とすることなく、過剰な要件を設けることにより本件区別を生じさせている部分のみを除いて合理的に解釈したものであって、その結果も、準正子と同様の要件による日本国籍の取得を認めるにとどまるものである。この解釈は、日本国民との法律上の親子関係の存在という血統主義の要請を満たすとともに、父が現に日本国民であることなど我が国との密接な結び付きの指標となる一定の要件を満たす場合に出生後における日本国籍の取得を認めるものとして、同項の規定の趣旨及び目的に沿うものであり、この解釈をもって、裁判所が法律にない新たな国籍取得の要件を創設するものであって国会の本来的な機能である立法作用を行うものとして許されないと評価することは、国籍取得の要件に関する他の立法上の合理的な選択肢の存在の可能性を考慮したとしても、当を得ないものというべきである。
したがって、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し、父から出生後に認知された子は、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分を除いた国籍法3条1項所定の要件が満たされるときは、同項に基づいて日本国籍を取得することが認められるというべきである。
(3) 原審の適法に確定した事実によれば、上告人は、上記の解釈の下で国籍法3条1項の規定する日本国籍取得の要件をいずれも満たしていることが認められる。そうすると、上告人は、法務大臣あての国籍取得届を提出したことによって、同項の規定により日本国籍を取得したものと解するのが相当である。
6 結論
以上のとおり、上告人は、国籍法3条1項の規定により日本国籍を取得したものと認められるところ、これと異なる見解の下に上告人の請求を棄却した原審の判断は、憲法14条1項及び81条並びに国籍法の解釈を誤ったものである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、上告人の請求には理由があり、これを認容した第1審判決は結論において是認することができるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官横尾和子、同津野修、同古田佑紀の反対意見、裁判官甲斐中辰夫、同堀籠幸男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官泉徳治、同今井功、同那須弘平、同涌井紀夫、同田原睦夫、同近藤崇晴の各補足意見、裁判官藤田宙靖の意見がある。

・合理性の審査でいってるんだね!

Q 14条は私人間を直接規律するか?
(1)政治的・経済的・社会的関係とは

RQ
+判例(H7.12.5)
理由
上告人らの上告理由第一ないし第四点について
国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会ないし国会議員の立法行為(立法の不作為を含む。)は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというように、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものでないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和五三年(オ)第一二四〇号同六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁、最高裁昭和五八年(オ)第一三三七号同六二年六月二六日第二小法廷判決・裁判集民事一五一号一四七頁)。
これを本件についてみると、上告人らは、再婚禁止期間について男女間に差異を設ける民法七三三条が憲法一四条一項の一義的な文言に違反すると主張するが、合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法一四条一項に違反するものではなく、民法七三三条の元来の立法趣旨が、父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上、国会が民法七三三条を改廃しないことが直ちに前示の例外的な場合に当たると解する余地のないことが明らかである。したがって、同条についての国会議員の立法行為は、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではないというべきである。
そして、立法について固有の権限を有する国会ないし国会議員の立法行為が違法とされない以上、国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣の法律案不提出等の行為についても、これを国家賠償法一条一項の適用上違法とする余地はないといわなければならない。
論旨は、独自の見解に基づいて原判決の国家賠償法の解釈適用の誤りをいうか、又は原判決を正解しないで若しくは原審で主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうに帰し、採用することができない。
同第五点について
上告人らの被った不利益が特別の犠牲に当たらないことは、当裁判所の判例の趣旨に照らして明らかである(最高裁昭和三七年(あ)第二九二二号同四三年一一月二七日大法廷判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁参照)。したがって、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

+判例(東京高判H9.9.16)
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、被控訴人の本訴請求は、本件損害賠償金一六万七二〇〇円及びこれに対する不法行為の後である平成三年三月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第三当裁判所の判断」に記載のとおり(但し、控訴人と被控訴人に関する部分に限る。)であるから、これを引用する。
1 原判決四九頁四行目の「青年の家」から同六行目末尾までを、「青年の家が設立された頃は、東京都以外の道府県の中学校を卒業して東京に就業する青少年が非常に多くて、そのような青少年の余暇の利用に関する問題について、教育委員会として検討した結果、団体生活(宿泊生活)を通じて、右のような青少年の学習意欲を満たし、その健全育成を図るという趣旨で青年の家が設置されたものである。青年の家は、宿泊機能と活動機能が一体となった施設であり、青年たちが共同宿泊活動を通して成長する場として設置されたものである。その後、右のような就業者は減少し、大学生、中高生、小学生などの利用層が拡大していった。また、青年の家の設置当初は、宿泊を伴う利用が主体であったが、その後の社会の変化、余暇時間の増加等によって、宿泊を伴わない利用も増え、そういった利用者の需要に応えるため、日帰りの利用も認めてきている。しかし、それを宿泊に伴う利用と同列に扱っているわけではなく、あくまでも宿泊に伴う利用を優先していることに変わりはない。また、その使用料金は、「青少年の健全育成」という政策等から、極めて廉価に設定されている。したがって、青年の家においては、日帰りの利用もできるが、その施設の主要かつ特徴的な利用は、宿泊を伴う利用といえる。また、青年の家における生活の時程は、青年の家が予め決めている標準生活時程に合わせて利用者が自主的に決めることになっており、その生活も各グループの自主的な運営に任され、青年の家職員の指導・助言も団体の主体性に任せた上での指導・助言となっている。青年の家では、グループ内交流とともに、グループ間交流を図ることにも意義を認めているが、グループ間交流は実際にはなかなか思い通りには実施できず、現在は各グループの自主的な判断に委ねている現状である。(甲九、七七、一二九、当審証人高村延雄)」と改める。
2 同五三頁一行目から同二行目までを「東京都青年の家においては、昭和五二年四月以降宿直制度は廃止され、午後九時ないし九時三〇分以降は、警備員のみが管理することになっているが、同人らの業務は、所内外の見回りによる警備が中心であって、利用者に対する教育的見地からの指導は含まれていない。府中青年の家においては、職員の勤務時間は午後九時一五分までである。(甲九、一三、七七、一二九、乙二八、三〇、当審証人高村延雄)」と改める。
3 同六八頁八行目及び同八一頁六行目の「あったていうけど」をいずれも「あったっていうけど」と改める。
4 同八四頁六行目の末尾に「控訴人は、本件使用申込については、都教育委員会において、申込書を受理した場合と同様の事務処理をしていたから、実質的には受理行為はあったと主張するが、都青年の家条例施行規則によれば、青年の家を利用しようとする者は、都教育委員会に対し、使用申込書を提出して、その承認を得なければならないとされており(甲七)、右申込においては、使用申込書を提出する必要があり、それを提出するまでは、法的に申込があったとはいえないと解される。また、都教育委員会において、実質上、申込書の提出があった場合と同様の手続が進められていたとしても、それは、法律上は、事実上の内部的検討に過ぎないというべきものであり、使用を承認する場合には改めて使用申込書を提出する必要があると考えられるから、右瀬川所長の行為は申込書の不受理行為というべきものであって、本件において、申込書の受理行為があった場合と同様に手続が進められていたとしても、それによって、受理行為があった場合と同視することはできない。また、これによって、被控訴人は、不安定な地位におかれ、再び使用申込書を提出せざるを得なかったのであるから、右不受理行為に違法性がないともいえない。」を加える。
5 同八七頁二行目、同八九頁二行目及び同九〇頁一〇行目の各末尾にそれぞれ「<5>行政が性的行為が行われる可能性がある場を提供することは許されない。」を加える。
6 同九一頁四行目から同九三頁一一行目までを、次のとおり改める。
「Ⅰ まず、異性愛者である男女が同室に宿泊する場合について検討するに、男女が同室に宿泊することは、一般的には男女間で性的行為が行われる可能性があると共に、社会一般の道徳観念や慣習からしても好ましいことではなく、単に対価を得て宿泊場所を提供するに過ぎないホテルや旅館と異なり、青少年の健全な育成を図ることを目的として設立した教育施設である青年の家において、このような事態を避けるために、男女別室宿泊の原則を掲げ、この点を施設利用の承認不承認にあたって考慮すべき事項とすることは相当であり、国民もこれを一般的に承認していると考えられる。
そして、この原則を、性的行為が行われる可能性について着目して、同性愛者の同室宿泊について考えるならば、複数の同性愛者が同室に宿泊することは右原則に実質的に抵触することになる。すなわち、同性愛者は、その性的指向が同性に向かうものであり、異性愛者が異性に対して抱くのと同じ性的感情を同性に対し抱き、高ずれば同性との間で性的行為をもつものであるから、同性愛者を同室に宿泊させた場合、異性愛者である男女を同室に宿泊させた場合と同様に、一般的には性的行為が行われる可能性があるといわざるを得ないからである。そして、教育施設としての青年の家において、制度上一般的に性的行為が行われる可能性があることは、相当とはいえないから、同性愛者の宿泊利用の申込に対して、この点を施設利用の承認不承認にあたって考慮することは相当である。但し、その可能性については、異性愛者である男女の同室宿泊の場合と同程度と認めるべきであり、それ以上でもなければそれ以下でもないというべきである(なお、平成二年版「イミダス」には、「男性ホモの場合は強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い。」との記述部分があることは前記認定のとおりであるが、これによって、同性愛者の場合、異性愛者に比べ、性的行為の可能性が有意に高くなるとは直ちにいえないし、控訴人において、その点を問題にしているとも認められない。)。
ところで、青年の家における宿泊は、おおむね六名以上で構成されている団体がするものであることは前記認定のとおりであるから、その宿泊は、通常、特定の二人の利用者の宿泊ではなく、原則として数名の宿泊者の相部屋であると考えられる。そうすると、特定の二人による宿泊に比べ、性的行為が行われる可能性は、同性愛者においても、異性愛者同様に、それほど高いものとは認めがたい。また、夜間における管理は、前記認定のとおり、警備員が見回る程度であるから、性的行為が行われないかどうかは、最終的には、利用者の自覚に委ねられている面が大きいというべきである。
更に、介助を要する身体障害者について、異性の介助者しかいない場合には、利用者の便宜を優先して、青年の家の男女同室の利用を認めているのであり(当審証人高村延雄)、男女別室宿泊の原則も絶対の原則とはいえず、やむを得ない事由がある場合には例外を認めていることが認められる。
このように、青年の家において性的行為が行われる可能性はそれほど高いものとはいえず、また、それも利用者の自覚に委ねられているというべきものであって、これを絶対的に禁止することはそもそも不可能な事柄であり、しかも、やむを得ない場合には例外を認めるものであるから、男女別室宿泊の原則を施設利用の承認不承認にあたって考慮することは相当であるとしても、この適用においては、利用者の利用権を不当に侵害しないように十分に配慮する必要があるというべきである。」
7 同九六頁七行目の「蔑視」を「好奇心、蔑視」と改める。
8 同九七頁九行目の次に行を改めて、次のとおり加える。
「Ⅴ 更に、都教育委員会は、「行政が性的行為が行われる可能性がある場を提供することは許されない」と主張するが、これは、実質的には、都教育委員会の前記(二)(4)Ⅱ<1>の理由と同一に帰するというべきものであり、性的行為が行われる可能性がある場合でも、利用者の利用権を不当に侵害しないために、その利用を許す場合には、行政がそのような可能性がある利用に公的施設を提供することはやむを得ないことであるから、右<1>の理由と切り離してこれを独立の理由とする必要はないというべきである。したがって、都教育委員会の前記(二)(4)Ⅱ<5>の理由は採用できない。」
9 同九八頁九行目から同一〇四頁四行目までを次のとおり改める。
「Ⅱ ところで、控訴人は、男女別室宿泊の原則は青年の家において遵守すべきものであり、この原則を、同性愛者にも、性的行為が行われる可能性という観点から実質的に適用すると、同性愛者の宿泊利用は認められないと主張する。しかしながら、もともと男女別室宿泊の原則は、異性愛者である通常の利用者を念頭に、一般に承認されている男女別室の原則を青年の家においても当然に遵守させるべきであるとの考えから、その利用を承認するかどうかを決定するに際して考慮しているものと考えられるところ、右原則は、前記説示のとおり、性的行為に及ぶ可能性を含む種々の理由から異性愛者に関する社会的な慣習として長年遵守されてきたものであり、同性愛者はもともと念頭に置かれていなかったものである。そして、同性愛者について、この原則を適用するに際して、生物学的な男女にのみ着目するならば、同性愛者においても、これを遵守することは異性愛者と同様にそれほどの困難を伴わずに従うことができるのに、そうではなくて、性的行為が行われる可能性のみに着眼して、実質的にこれを判断しようとすると、青年の家が予定している宿泊形態(数名の者が同一の部屋に宿泊するものであって、一人ずつ個室に分かれて宿泊できるような相当数の個室はない。)では、同性愛者は、青年の家の宿泊利用は全くできなくなってしまうものであり、これは異性愛者に比べて著しく不利益であり、同性愛者である限り、青年の家の宿泊を伴う利用権は全く奪われるに等しいものである。
控訴人は、この点について、同性愛者も日帰り利用ができるから、それほど重大な不利益ではないと主張するが、青年の家は、宿泊機能と活動機能が一体となった施設であり、青少年が共同宿泊活動を通して成長する場として設置されたものであって、そこには、青少年の健全な育成という観点からは、共同宿泊活動が重要であるとの認識があること、したがって、その施設の主要かつ特徴的な利用は、宿泊を伴う利用であることは前記認定のとおりである。そして、同性愛者も、当然に青年の家を右のような共同宿泊活動の場として利用し、その利益を享受する権利を有するというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。
Ⅲ そこで、男女別室宿泊の原則は、同性愛者について青年の家の宿泊利用権を全く奪ってまでも、なお貫徹されなければならないものであるのか、検討する必要がある。
男女別室宿泊の原則は、青年の家において、性的行為に学ぶ可能性を少なくする男女別室という宿泊形態をとり、利用者にこれを遵守させることによって、性的行為が行われる可能性を一般的には少なくする効果はあるが、実際にそのような行為が行われないかどうかは、最終的には利用者の自覚に期待するしかない性質のものというべきである。そして、青年の家において、性的行為に及ぶ可能性をなくすために、特に利用者の自覚を促したり、監視をするなどの働きかけをしていることは本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。また、青年の家における宿泊形態においては、そもそも性的行為に及ぶ可能性がそれほど高いとはいえないことは前記説示のとおりである。このように、この原則がその防止を狙いとする性的行為に及ぶ可能性自体が高いものではなく、右原則を適用してみてもその効果は疑問であり、効果を挙げようとする試みもされていない。男女別室宿泊の原則といってもその必要性と効果はこの程度のものである。現実には生ずる可能性が極めて僅かな弊害を防止するために、この程度の必要性と効果を有するに過ぎず、また元来は異性愛者を前提とした右原則を、同性愛者にも機械的に適用し、結果的にその宿泊利用を一切拒否する事態を招来することは、右原則が身体障害者の利用などの際、やむを得ない場合にはその例外を認めていることと比較しても、著しく不合理であって、同性愛者の利用権を不当に制限するものといわざるを得ない。
なお、当該利用者が、具体的に性的行為に及ぶ可能性があると認められる場合には(このような可能性の有無を調査することは困難であり、調査すべきものでもない。しかし、例外的にこのような可能性があると認められる場合も全くないとはいえないと考えられる。)、教育施設としての青年の家の設立趣旨に反するといえるから、宿泊利用を拒否できると考えられるが(本件において被控訴人のメンバーについてこのような可能性があったことを認めるに足りる証拠はない。)、これは、同性愛者に限られるものではないので、以下においては、そのような具体的な可能性があるとは認められない場合を前提に検討する。
Ⅳ ところで、控訴人は、何が青少年の健全な育成にそうものであるかは、教育的配慮に基づく高度の専門的・技術的判断に服するものであるから、都教育委員会には広範な裁量権が認められるべきであり、この限界を超えない限り、違法とはいえないと主張するが、教育施設であるからといって、直ちに他の公共的施設の利用に比べて施設管理者に大幅な裁量権が与えられるとは直ちにいえないのであって、各公共的施設の設立趣旨、目的、運用の実情等を勘案して具体的に地方自治法二四四条二項に定める「正当な理由」があるかどうか判断すべきものである。そして、前記認定事実によれば、青年の家は、宿泊機能と活動機能が一体となった施設であり、青年たちが共同宿泊活動を通して成長する場として設置されたものであるが、その使用方法は、青年の家が予め決めている標準生活時程に合わせて利用者が自主的に決めることになっており、その生活も各グループの自主的な運営に任され、青年の家職員の指導・助言も現在は利用団体の主体性に任せた上での間接的な指導・助言となっている。このように青年の家の教育施設としての特色といっても、現在は、職員が青年の健全育成のため利用者に積極的に働きかけるというよりも、青少年の共同宿泊活動を通した自主的活動に適した施設を提供するという面が強いのであり、通常の公共的施設とは、利用者の対象が青少年であるという点が異なるとはいえ、できる限り広範にその利用を許すべきであるという点において、共通しているというべきであって、その利用において、一部の利用者の利用権が著しく制限されてもやむを得ないということはいえないと解するのが相当である。
Ⅴ また、控訴人は、青年の家の利用者は青少年であり、特に、小学生も利用しているところ、最も性的成熟度が未発達で、学習に対するレディネス(準備能力)が備わっていない小学生たちが同性愛者の同室宿泊を知れば、男女の同室宿泊以上に強い衝撃を受け、誤解あるいは理解不能な対象に対する過剰反応を起こす可能性は否定できず、有害であり、それば、青年の家の設立趣旨に反し、ひいては青年の家の秩序を乱すおそれがあり、管理上も支障があると主張する。
証拠(甲二六三、二八一、三一六、乙二二、三二ないし三四、当審証人山本直英)によれば、性教育を実施するについては、特に、児童・生徒の学習に対するレディネス(準備能力)―一般に学習に必要な身体的・精神的諸機能や諸能力、学習を進める上での基礎的な知識や技能の保持、学習態度の確立など―を重視する必要があるとされていること、中・高校生の性教育に関する副読本においては、同性愛についても理解できるとの判断のもとに、これに関しても具体的に記述されていること、高校生の副読本においては、平成二年当時、同性愛が差別の対象とされてはならないことも記載されていること、小学生に対しても、同性愛について説明し理解させることは可能であるが、それについては小学生の理解を前提とした特段の工夫が必要であること、小学生の性教育の副読本においては、大多数の人間が異性愛者であることから、基本的な性愛の説明として、異性愛者のそれを中心に説明し、同性愛者の説明は具体的にはされていないことが認められる。右事実によれば、青少年に対しても、ある程度の説明をすれば、同性愛について理解することが困難であるとはいえないのであり、青年の家においても、リーダー会を実施するかどうか、実施する場合にはどのように運営するかについて、青年の家職員が相応の注意を払えば、同性愛者の宿泊についても、管理上の支障を生じることなく十分対応できるものと考えられる。また、異性愛者を前提に社会の仕組みを理解しようとしている小学生等に対し、青年の家職員らが、同性愛について適切に説明指導することは困難であると考えられないでもないが、同性愛者と同宿させることにより、青少年、特に小学生等に、有害な影響を与えると都教育委員会が相応の根拠をもって判断する場合には、いずれかの団体のうち、後に使用申込をした団体の申込を都青年の家条例八条に基づき拒否することも場合によっては可能と考えられるから、右のような事態が生じる可能性があるからといって、当然に同性愛者の宿泊利用を全て拒否できるということはできない。
そして、平成二年二月一一日から一二日にかけて生じた小学生による本件言動が、同性愛者に対する好奇心や蔑視から生じたものと考えられることは前記説示のとおりであり、このようなことが生じたことが本件不承認処分を正当化するものではないことも前記説示のとおりである。
したがって、控訴人の前記主張は採用できない。
Ⅵ 以上のとおり、都教育委員会が、青年の家利用の承認不承認にあたって男女別室宿泊の原則を考慮することは相当であるとしても、右は、異性愛者を前提とする社会的慣習であり、同性愛者の使用申込に対しては、同性愛者の特殊性、すなわち右原則をそのまま適用した場合の重大な不利益に十分配慮すべきであるのに、一般的に性的行為に及ぶ可能性があることのみを重視して、同性愛者の宿泊利用を一切拒否したものであって、その際には、一定の条件を付するなどして、より制限的でない方法により、同性愛者の利用権との調整を図ろうと検討した形跡も窺えないのである。したがって、都教育委員会の本件不承認処分は、青年の家が青少年の教育施設であることを考慮しても、同性愛者の利用権を不当に制限し、結果的、実質的に不当な差別的取扱いをしたものであり、施設利用の承認不承認を判断する際に、その裁量権の範囲を逸脱したものであって、地方自治法二四四条二項、都青年の家条例八条の解釈適用を誤った違法なものというべきである。」
10 同一〇四頁一〇行目の「原告」から同一〇五頁四行目までを「同性愛者が青年の家を宿泊利用する場合の支障等について、更に調査検討し、またその際宿泊を拒否する以外にどのような対応が可能かについてより綿密に検討すべきであるのに、これらについて十分な調査検討をすることなく(前記認定事実によれば、瀬川所長が、「ハイト・レポート」、「イミダス」、文部省の発行した「生徒の問題行動に関する基礎資料」等の文献から直ちに同性愛が健全な社会道徳に反し、現代社会にあっても到底是認されるものではないとの結論に達したことは認められるが、都教育委員会がいかなる文献、専門家の意見を聞いて、本件不承認処分を行うに至ったかについては、本件全証拠によるもこれをつまびらかにすることはできない。)、男女別室宿泊の原則を、性的行為を行う可能性にのみ着目して、この観点から同性愛者にそのまま適用し、直ちに、本件使用申込を不承認としたものであって、都教育委員会にも、その職務を行うにつき過失があったというべきである。平成二年当時は、一般国民も行政当局も、同性愛ないし同性愛者については無関心であって、正確な知識もなかったものと考えられる。しかし、一般国民はともかくとして、都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うについて、少数者である同性愛者をも視野に入れた、肌理の細かな配慮が必要であり、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請されているものというべきであって、無関心であったり知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである。このことは、現在ではもちろん、平成二年当時においても同様である。」と改める。
11 同一〇五頁九行目を「(一) 被控訴人の弁護士費用以外の損害 三万七二〇〇円」と改め、同一〇六頁八行目の「一〇万円」を削除し、同一〇七頁一行目から二行目にかけての「余儀なくされた」から同三行目末尾までを「余儀なくされたと主張する。しかし、そのために交通費の支出、担当者の収入減に対する補填等の財産的損害が生じたのであれば、これを請求すべきであるし、それ以外の、余分の労力を余儀なくされたことによる労苦、迷惑といった非財産的損害(無形の損害)は、社会観念上金銭をもって賠償させることが必要な程のものとは認められない。したがって、このような損害賠償請求は認めることができない。」と改める。
12 同一〇九頁九行目の「二六万七二〇〇円」を「一六万七二〇〇円」と改める。
二 よって、原判決を右の趣旨に従って変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官山﨑健二は転補につき、同彦坂孝孔は差支えにつき、いずれも署名捺印することができない。裁判長裁判官矢崎秀一)


憲法 日本国憲法の論じ方 Q8 法の下の平等


Q 平等の理念は何を目指すか?
(1)古典古代から中世における平等
(2)近代における平等

Q 自由と平等は両立するか?
(1)自由との関係
(2)実質的平等の理念
自由の抱える問題を修正する原理。
相対的平等。
(3)相対的平等の正当性
(4)平等の中身は空疎か
憲法で保障される権利・自由は、それ固有の実体的保障によってその平等な享有も保障されるが、その平等な享有は平等権(原則)によっても重畳的に保障される。

Q 法の下の平等の法規範としてどのような性質を持つか?
(1)立法者を拘束するか
拘束する。
(2)平等は権利か原則か
主観的範囲としての平等権
客観的範囲としての平等原則

RQ
+判例(S60.3.27)サラリーマン税金訴訟
理由
上告代理人山田近之助の上告理由について
一 所論は、要するに、本件課税処分の根拠をなす昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下「旧所得税法」という。)中の給与所得に係る課税関係規定(以下「本件課税規定」という。)は、次のとおり、事業所得者等の他の所得者に比べて給与所得者に対し著しく不公平な所得税の負担を課し、給与所得者を差別的に扱つているから、憲法一四条一項の規定に違反し無効であるとの前提に立つて、本件課税規定を合憲と判断した原判決を非難するものである。
1 旧所得税法は、事業所得等の金額の計算について、事業所得者等がその年中の収入金額を得るために実際に要した金額による必要経費の実額控除を認めているにもかかわらず、給与所得の金額の計算については、給与所得者がその年中の収入金額を得るために実際に要した金額による必要経費の実額控除を認めず、右金額を著しく下回る額の給与所得控除を認めるにとどまるものである。
2 旧所得税法は、事業所得等の申告納税方式に係る所得の捕捉率に比し給与所得の捕捉率が極めて高くなるという仕組みになつており、給与所得者に対し所得税負担の不当なしわ寄せを行うものである。
3 旧所得税法は、合理的な理由のない各種の租税優遇措置が講じられている事業所得者等に比べて、給与所得者に対し過重な所得税の負担を課するものである。

二 まず、給与所得に係る必要経費の控除の点について判断する。
1 旧所得税法は、所得税の課税対象である所得をその性質に応じて一〇種類に分類した上、不動産所得、事業所得、山林所得及び雑所得の金額の計算については、それぞれその年中の総収入金額から必要経費を控除すること、右の必要経費は当該総収入金額を得るために必要な経費であり、家事上の経費、これに関連する経費(当該経費の主たる部分が右の総収入金額を得るために必要であり、かつ、その必要である部分が明瞭に区分できる場合における当該部分に相当する経費等を除く。以下同じ。)等は必要経費に算入しないことを定めている。また、旧所得税法は、配当所得、譲渡所得及び一時所得の金額の計算についても、「その元本を取得するために要した負債の利子」、「その資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費」又は「その収入を得るために支出した金額」を控除することを定めている。
一方、旧所得税法は、給与所得の金額はその年中の収入金額から同法所定の金額(収入金額が四一万七五〇〇円以下である場合には一万七五〇〇円と当該収入金額から一万七五〇〇円を控除した金額の一〇分の二に相当する金額との合計額、収入金額が四一万七五〇〇円を超え七一万七五〇〇円以下である場合には九万七五〇〇円と当該収入金額から四一万七五〇〇円を控除した金額の一〇分の一に相当する金額との合計額、収入金額が七一万七五〇〇円を超え八一万七五〇〇円以下である場合には一二万七五〇〇円と当該収入金額から七一万七五〇〇円を控除した金額の一〇分の〇・七五に相当する金額との合計額、収入金額が八一万七五〇〇円を超える場合には一三万五〇〇〇円)を控除した金額とすることを定めている(この控除を以下「給与所得控除」という。)。ところで、給与所得についても収入金額を得るための必要経費の存在を観念し得るところ、当時の税制調査会の答申及び立法の経過に照らせば、右の給与所得控除には、給与所得者の勤務に伴う必要経費を概算的に控除するとの趣旨が含まれていることが明らかであるから、旧所得税法は、事業所得等に係る必要経費については、事業所得者等が実際に要した金額による実額控除を認めているのに対し、給与所得については、必要経費の実額控除を認めず、代わりに同法所定額による概算控除を認めるものであり、必要経費の控除について事業所得者等と給与所得者とを区別するものであるということができる。

2 そこで、右の区別が憲法一四条一項の規定に違反するかどうかについて検討する。
(一) 憲法一四条一項は、すべて国民は法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない旨を明定している。この平等の保障は、憲法の最も基本的な原理の一つであつて、課税権の行使を含む国のすべての統治行動に及ぶものであるしかしながら、国民各自には具体的に多くの事実上の差異が存するのであつて、これらの差異を無視して均一の取扱いをすることは、かえつて国民の間に不均衡をもたらすものであり、もとより憲法一四条一項の規定の趣旨とするところではない。すなわち、憲法の右規定は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であつて、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないのである(最高裁昭和二五年(あ)第二九二号同年一〇月一一日大法廷判決・刑集四巻一〇号二〇三七頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁等参照)。
(二) ところで、租税は、国家が、その課税権に基づき、特別の給付に対する反対給付としてでなく、その経費に充てるための資金を調達する目的をもつて、一定の要件に該当するすべての者に課する金銭給付であるが、およそ民主主義国家にあつては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであり、我が国の憲法も、かかる見地の下に、国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことを定め(三〇条)、新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要としている(八四条)。それゆえ、課税要件及び租税の賦課徴収の手続は、法律で明確に定めることが必要であるが、憲法自体は、その内容について特に定めることをせず、これを法律の定めるところにゆだねているのである思うに、租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがつて、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうであるとすれば、租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である。
(三) 給与所得者は、事業所得者等と異なり、自己の計算と危険とにおいて業務を遂行するものではなく、使用者の定めるところに従つて役務を提供し、提供した役務の対価として使用者から受ける給付をもつてその収入とするものであるところ、右の給付の額はあらかじめ定めるところによりおおむね一定額に確定しており、職場における勤務上必要な施設、器具、備品等に係る費用のたぐいは使用者において負担するのが通例であり、給与所得者が勤務に関連して費用の支出をする場合であつても、各自の性格その他の主観的事情を反映して支出形態、金額を異にし、収入金額との関連性が間接的かつ不明確とならざるを得ず、必要経費と家事上の経費又はこれに関連する経費との明瞭な区分が困難であるのが一般である。その上、給与所得者はその数が膨大であるため、各自の申告に基づき必要経費の額を個別的に認定して実額控除を行うこと、あるいは概算控除と選択的に右の実額控除を行うことは、技術的及び量的に相当の困難を招来し、ひいて租税徴収費用の増加を免れず、税務執行上少なからざる混乱を生ずることが懸念される。また、各自の主観的事情や立証技術の巧拙によつてかえつて租税負担の不公平をもたらすおそれもなしとしない
旧所得税法が給与所得に係る必要経費につき実額控除を排し、代わりに概算控除の制度を設けた目的は、給与所得者と事業所得者等との租税負担の均衡に配意しつつ、右のような弊害を防止することにあることが明らかであるところ、租税負担を国民の間に公平に配分するとともに、租税の徴収を確実・的確かつ効率的に実現することは、租税法の基本原則であるから、右の目的は正当性を有するものというべきである。
(四) そして、右目的との関連において、旧所得税法が具体的に採用する前記の給与所得控除の制度が合理性を有するかどうかは、結局のところ、給与所得控除の額が給与所得に係る必要経費の額との対比において相当性を有するかどうかにかかるものということができる。もつとも、前記の税制調査会の答申及び立法の経過によると、右の給与所得控除は、前記のとおり給与所得に係る必要経費を概算的に控除しようとするものではあるが、なおその外に、(1) 給与所得は本人の死亡等によつてその発生が途絶えるため資産所得や事業所得に比べて担税力に乏しいことを調整する、(2) 給与所得は源泉徴収の方法で所得税が徴収されるため他の所得に比べて相対的により正確に捕捉されやすいことを調整する、(3) 給与所得においては申告納税の場合に比べ平均して約五か月早期に所得税を納付することになるからその間の金利を調整する、との趣旨を含むものであるというのである。しかし、このような調整は、前記の税制調査会の答申及び立法の経過によつても、それがどの程度のものであるか明らかでないばかりでなく、所詮、立法政策の問題であつて、所得税の性格又は憲法一四条一項の規定から何らかの調整を行うことが当然に要求されるものではない。したがつて、憲法一四条一項の規定の適用上、事業所得等に係る必要経費につき実額控除が認められていることとの対比において、給与所得に係る必要経費の控除のあり方が均衡のとれたものであるか否かを判断するについては、給与所得控除を専ら給与所得に係る必要経費の控除ととらえて事を論ずるのが相当である。しかるところ、給与所得者の職務上必要な諸設備、備品等に係る経費は使用者が負担するのが通例であり、また、職務に関し必要な旅行や通勤の費用に充てるための金銭給付、職務の性質上欠くことのできない現物給付などがおおむね非課税所得として扱われていることを考慮すれば、本件訴訟における全資料に徴しても、給与所得者において自ら負担する必要経費の額が一般に旧所得税法所定の前記給与所得控除の額を明らかに上回るものと認めることは困難であつて、右給与所得控除の額は給与所得に係る必要経費の額との対比において相当性を欠くことが明らかであるということはできないものとせざるを得ない。
(五) 以上のとおりであるから、旧所得税法が必要経費の控除について事業所得者等と給与所得者との間に設けた前記の区別は、合理的なものであり、憲法一四条一項の規定に違反するものではないというべきである。

三 次に、所論は事業所得等の捕捉率が給与所得の捕捉率を下回つていることを指摘するが、その趣旨は、捕捉率の著しい較差が恒常的に存する以上、それは単に徴税技術の巧拙等の事実上の問題であるにとどまらず、制度自体の欠陥を意味するものとして、本件課税規定を違憲ならしめるものである、というのである。
事業所得等の捕捉率が相当長期間にわたり給与所得の捕捉率を下回つていることは、本件記録上の資料から認められないではなく、租税公平主義の見地からその是正のための努力が必要であるといわなければならない。しかしながら、このような所得の捕捉の不均衡の問題は、原則的には、税務行政の適正な執行により是正されるべき性質のものであつて、捕捉率の較差が正義衡平の観念に反する程に著しく、かつ、それが長年にわたり恒常的に存在して租税法制自体に基因していると認められるような場合であれば格別(本件記録上の資料からかかる事情の存在を認めることはできない。)、そうでない限り、租税法制そのものを違憲ならしめるものとはいえないから、捕捉率の較差の存在をもつて本件課税規定が憲法一四条一項の規定に違反するということはできない。

四 また、所論は合理的理由のない租税優遇措置の存在をいうが、仮に所論の租税優遇措置が合理性を欠くものであるとしても、そのことは、当該措置自体の有効性に影響を与えるものにすぎず、本件課税規定を違憲無効ならしめるものということはできない。
五 以上のとおり、本件課税規定は憲法一四条一項の規定に違反しないから、原審の判断は結論において是認することができる。論旨は、憲法三二条違反をいう部分を含め、判決の結論に影響を及ぼさない点について原判決を非難するものであつて、いずれも採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官木下忠良、同伊藤正己、同谷口正孝、同木戸□久治、同島谷六郎、同長島敦の各補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
私も、法廷意見と同様に、給与所得に係る必要経費について、実額控除を認めず、概算控除を設けるにとどまる本件課税規定は、給与所得者を事業所得者等と区別するものではあるが、それ自体としては憲法一四条一項の規定に違反するものではないと解する。そして、そのように解する理由についてもまた、法廷意見の説示するところに全く異論はない。しかし、本件は、租税についての国民の公平かつ平等な負担という租税法と憲法との関係にかかわるものであることにかんがみ、次の二点について補足的に意見を述べておくこととしたい。
一 法廷意見の説くように、租税法は、特に強い合憲性の推定を受け、基本的には、その定立について立法府の広範な裁量にゆだねられており、裁判所は、立法府の判断を尊重することになるのであるが、そこには例外的な場合のあることを看過してはならない。租税法の分野にあつても、例えば性別のような憲法一四条一項後段所定の事由に基づいて差別が行われるときには、合憲性の推定は排除され、裁判所は厳格な基準によつてその差別が合理的であるかどうかを審査すべきであり、平等原則に反すると判断されることが少なくないと考えられる。性別のような事由による差別の禁止は、民主制の下での本質的な要求であり、租税法もまたそれを無視することを許されないのである。しかし、本件は、右のような事由に基づく差別ではなく、所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別であるから、厳格な基準による審査を必要とする場合でないことは明らかである。
二 本件課税規定それ自体は憲法一四条一項の規定に違反するものではないが、本件課税規定に基づく具体的な課税処分が常に憲法の右規定に適合するとまではいえない。特定の給与所得者について、その給与所得に係る必要経費(いかなる経費が必要経費に当たるかについては議論の余地があり得ようが、法廷意見もいうように、給与所得についても収入金額を得るための必要経費の存在を観念し得る。)の額がその者の給与所得控除の額を著しく超過するという事情がみられる場合には、右給与所得者に対し本件課税規定を適用して右超過額を課税の対象とすることは、明らかに合理性を欠くものであり、本件課税規定は、かかる場合に、当該給与所得者に適用される限度において、憲法一四条一項の規定に違反するものといわざるを得ないと考える(なお、必要経費の額が給与所得控除の額を著しく超過するような場合には、当該所得が真に旧所得税法の予定する給与所得に当たるかどうかについて、慎重な検討を要することは、いうまでもない。)。
この点を本件についてみるに、本件における必要経費の額が本件課税規定による給与所得控除の額を著しく超過するものと認められないことは、原判決の説示に照らして明らかであるから、本件課税規定を適用して本件課税処分をしたことに憲法一四条一項違反があるということはできない。
裁判官木下忠良、同長島敦は、裁判官伊藤正己の補足意見第二項に同調する。

+補足意見
裁判官谷口正孝の補足意見は、次のとおりである。
給与所得者について必要経費の実額控除を認めず旧所得税法所定の給与所得控除しか認めないことは、事業所得者等について必要経費の実額控除を認めていることとの対比において均衡を欠き、憲法一四条一項に違反するという上告人らの主張を排斥する法廷意見を補足して伊藤裁判官の敷衍して説示されているところには、私もまた、同じ考えを持つ者として同調する。しかし、それは同条項違反の有無を論ずる場面に限定してのことである。すなわち、そこでは、給与所得者が給与を得るについての必要経費の額が前記給与所得控除の額を著しく超える場合について、事業所得者等の必要経費の実額控除を認める制度と比較しての差別取扱いが論じられており、そのような場合については、旧所得税法の適用上憲法一四条一項違反の問題を生ずるとしたわけである。ところが、給与所得者の必要経費の額が右の給与所得控除の額を超過することが明らかであるが、その程度が著しいとまではいえない場合については明言されていない。私は、その場合については、もとより同条項違反の問題は生じないものと考える。そのことは、同条項について法廷意見の展開している合理的差別容認の考え方の系列の中に十分包摂し得るところであるからである。
しかし、給与所得者について給与所得控除の額を超える必要経費が存する場合には、その超過が明らかである限り、その程度が著しい場合であると否とを問わず、当該超過部分については実質上所得がないことになるのではないかが改めて問われてよい。なるほど、給与所得を得るについての必要経費の額をいかなる基準により算定するかについては多分に政策的考慮の働くことは認めざるを得ないであろう。だが、このような政策的考慮を認めるにせよ、給与所得者について必要経費の存在することは否定し難いところであり、しかも、その中には所得を得るために不可避的に支出しなければならない経費であつて、政策的考慮を容れる余地のないものがあることも承認せざるを得ない。法廷意見もまたこのことを前提としているものと思われる。してみると、給与所得者について給与所得控除の額を明らかに超えて必要経費の存する場合を想定し、これに論及する必要があることは当然である。もつとも、この場合にも給与所得として計上されるべきものが存する以上、その所得者に対し名目上の給与額に応じて課税することも立法府の裁量の問題として処理すれば足りるという見解もあろう。しかし、私はこのような見解は到底採用し得ないものと考える。けだし、前述のごとく必要経費の額が給与所得控除の額を明らかに超える場合は、その超過部分については、もはや所得の観念を容れないものと考えるべきであつて、所得の存しないところに対し所得税を課する結果となるのであり、およそ所得税賦課の基本理念に反することになるからである。
そして、所得と観念し得ないものを対象として所得税を賦課徴収することは、それがいかに法律の規定をもつて定められ租税法律主義の形式をとるにせよ、そして、憲法一四条一項の規定に違反するところがないにせよ、違憲の疑いを免れないものと考える。
もつとも、本件において具体的に支出された必要経費の額が給与所得控除の額を超過するものと認められないことは、記録上明らかであるから、この問題は争点として取り上げるべきことではない。

+補足意見
裁判官木戸口久治の補足意見は、次のとおりである。
旧所得税法中の給与所得に係る課税関係規定自体が憲法一四条一項の規定に違反するものでないことは、法廷意見において説示するとおりであつて、私もこれに賛成するものである。
しかし、給与所得に係る課税関係規定が法的評価において憲法一四条一項の規定に違反するものでないとしても、一般に、給与所得者が、事業所得者等よりも重い租税負担を課せられているという不公平感を抱いていることも、否定し得ないところである。
本件記録上の資料によると、本件係争年度である昭和三九年度において、所得の種類別の所得者数に対する納税者数の割合は、給与所得者(一年を通じて勤務した民間給与所得者)にあつては七九・三パーセント、農業所得者(専業農家及び第一種兼業農家)にあつては七・二パーセント、農業以外の事業所得者にあつては二四・九パーセントであり、また、国民所得に対する課税所得の割合は、給与所得にあつては七六・三パーセント、農業所得にあつては六・九パーセント、農業以外の事業所得にあつては二七・〇パーセントであり、これらの係数は、本件係争年度の前後数年においても大幅な変化のないことが認められる。さらに、近年における所得の種類別の所得者数に対する納税者数の割合が、給与所得者(前に同じ)にあつては約九〇パーセントに達しているのに対し、農業所得者(前に同じ)にあつては約一五パーセント、農業以外の事業所得者にあつては約四〇パーセントにとどまつていることは、周知のところである。このような納税者割合、課税所得割合の較差のある程度の部分が実質的な所得の差に基づいていることは否定できないとしても、その少なからぬ部分は、源泉徴収及び申告納税という徴税方式の違いを主因とする所得捕捉の不均衡や、各種の租税優遇措置によるものと考えられるのであつて、右に述べた較差から、事業所得者の租税負担が給与所得者のそれよりもかなり低くなつており、しかもそれが特定年度における特異な現象ではなく、相当長期にわたつて継続しているものということができ、この点が給与所得者に対し租税負担の不公平感を抱かせる原因となつているものと考えられる。
憲法一四条一項の命ずる租税公平主義は、租税法の制定及びその執行につき、合理的理由なくして、特定の者を不利益に取り扱うことを禁止するのみでなく、特定の者に対し特別の利益を与えることをも禁止するものである。右に指摘したように事業所得の捕捉率が低いということは、それだけ、事業所得者が租税負担を不当に免れていることを意味するのであり、また、各種の租税優遇措置も、それが当該立法目的に照らして合理性を欠くに至つたときは、事業所得者に不当な利益を与えることとなる。このような所得の捕捉漏れや不合理な租税優遇措置による事業所得者と給与所得者との実質的な租税負担の較差が恒常的となり、かつ、それが著しい程度に達したときは、かかる事態は憲法一四条一項違反の問題となり得るものと考える。右の較差が実際にどの程度に達しているかは必ずしも明らかであるとはいえないが、先に述べたように、事業所得者の租税負担が給与所得者のそれよりもかなり低くなつていることは現実であり、租税負担について給与所得者層の持つ不公平感は無視し得ないものとなつているのが実状であつて、その是正に向けての早急かつ積極的な努力が払われなければならないものと考える。
以上、給与所得課税に対する幅広い不公平感の存在が亡Aの提起した本件訴訟の背景をなしているものと思われることにかんがみ、補足的に意見を述べた次第である。
裁判官島谷六郎の補足意見は、次のとおりである。
上告人らは、旧所得税法が事業所得者等に必要経費の実額控除を認めながら、給与所得者にこれを認めないのは不公平である、と主張する。
給与所得者に認められた給与所得控除には必要経費を概算的に控除する趣旨が含まれていることは、法廷意見の説示するとおりであり、本件の場合には、具体的に支出された必要経費の実額が旧所得税法所定の給与所得控除の額を超えるものと認められないことが、原判決の説示に徴して明らかである。
しかしながら、一般論としては、給与所得者の必要経費の実額が給与所得控除の額を超える場合の存する可能性がないとはいえず、超過の程度が著しいときは、給与所得に係る課税関係規定の適用違憲の問題が生ずることになると考えられるのであつて、私は、この点において、伊藤裁判官の補足意見第二項に同調するものである。
また、右の超過の程度が著しいとはいえないときであつても、超過額の存する限り所得のないところに課税が行われる結果となり、それが直ちに違憲の問題を生ぜしめるものではないとしても、純所得課税という所得税の基本原則に照らし、安易に看過し得ないものとなるといわなければならない。
したがつて、右のような課税が行われることがないよう、給与所得者にも必要経費の実額控除を認め、概算控除と実額控除とのいずれかを任意に選び得るという選択制の採用の問題をも含めて、給与所得控除制度についての幅広い検討が期待されるところである。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 伊藤正己 裁判官 谷口正孝 裁判官 大橋進 裁判官 木戸口久治 裁判官 牧圭次 裁判官 和田誠一 裁判官 安岡滿彦 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一 裁判官 島谷六郎 裁判官 長島敦 裁判官藤﨑萬里は、退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 寺田治郎)


会社法 事例で考える会社法 事例5 合併比率の不満と株主


Ⅰ はじめに

Ⅱ 合併比率の不公正と合併の無効
1.合併比率
(1)合併比率の公正不公正
+(株式会社が存続する吸収合併契約)
第七百四十九条  会社が吸収合併をする場合において、吸収合併後存続する会社(以下この編において「吸収合併存続会社」という。)が株式会社であるときは、吸収合併契約において、次に掲げる事項を定めなければならない。
一  株式会社である吸収合併存続会社(以下この編において「吸収合併存続株式会社」という。)及び吸収合併により消滅する会社(以下この編において「吸収合併消滅会社」という。)の商号及び住所
二  吸収合併存続株式会社が吸収合併に際して株式会社である吸収合併消滅会社(以下この編において「吸収合併消滅株式会社」という。)の株主又は持分会社である吸収合併消滅会社(以下この編において「吸収合併消滅持分会社」という。)の社員に対してその株式又は持分に代わる金銭等を交付するときは、当該金銭等についての次に掲げる事項
イ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の株式であるときは、当該株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)又はその数の算定方法並びに当該吸収合併存続株式会社の資本金及び準備金の額に関する事項
ロ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の社債(新株予約権付社債についてのものを除く。)であるときは、当該社債の種類及び種類ごとの各社債の金額の合計額又はその算定方法
ハ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。)であるときは、当該新株予約権の内容及び数又はその算定方法
ニ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の新株予約権付社債であるときは、当該新株予約権付社債についてのロに規定する事項及び当該新株予約権付社債に付された新株予約権についてのハに規定する事項
ホ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の株式等以外の財産であるときは、当該財産の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法
三  前号に規定する場合には、吸収合併消滅株式会社の株主(吸収合併消滅株式会社及び吸収合併存続株式会社を除く。)又は吸収合併消滅持分会社の社員(吸収合併存続株式会社を除く。)に対する同号の金銭等の割当てに関する事項
四  吸収合併消滅株式会社が新株予約権を発行しているときは、吸収合併存続株式会社が吸収合併に際して当該新株予約権の新株予約権者に対して交付する当該新株予約権に代わる当該吸収合併存続株式会社の新株予約権又は金銭についての次に掲げる事項
イ 当該吸収合併消滅株式会社の新株予約権の新株予約権者に対して吸収合併存続株式会社の新株予約権を交付するときは、当該新株予約権の内容及び数又はその算定方法
ロ イに規定する場合において、イの吸収合併消滅株式会社の新株予約権が新株予約権付社債に付された新株予約権であるときは、吸収合併存続株式会社が当該新株予約権付社債についての社債に係る債務を承継する旨並びにその承継に係る社債の種類及び種類ごとの各社債の金額の合計額又はその算定方法
ハ 当該吸収合併消滅株式会社の新株予約権の新株予約権者に対して金銭を交付するときは、当該金銭の額又はその算定方法
五  前号に規定する場合には、吸収合併消滅株式会社の新株予約権の新株予約権者に対する同号の吸収合併存続株式会社の新株予約権又は金銭の割当てに関する事項
六  吸収合併がその効力を生ずる日(以下この節において「効力発生日」という。)
2  前項に規定する場合において、吸収合併消滅株式会社が種類株式発行会社であるときは、吸収合併存続株式会社及び吸収合併消滅株式会社は、吸収合併消滅株式会社の発行する種類の株式の内容に応じ、同項第三号に掲げる事項として次に掲げる事項を定めることができる。
一  ある種類の株式の株主に対して金銭等の割当てをしないこととするときは、その旨及び当該株式の種類
二  前号に掲げる事項のほか、金銭等の割当てについて株式の種類ごとに異なる取扱いを行うこととするときは、その旨及び当該異なる取扱いの内容
3  第一項に規定する場合には、同項第三号に掲げる事項についての定めは、吸収合併消滅株式会社の株主(吸収合併消滅株式会社及び吸収合併存続株式会社並びに前項第一号の種類の株式の株主を除く。)の有する株式の数(前項第二号に掲げる事項についての定めがある場合にあっては、各種類の株式の数)に応じて金銭等を交付することを内容とするものでなければならない。

(2)本件合併の合併比率

(3)合併比率算定の実際

2.合併の無効の訴え
(1)合併の無効の主張方法
+(会社の組織に関する行為の無効の訴え)
第八百二十八条  次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。
一  会社の設立 会社の成立の日から二年以内
二  株式会社の成立後における株式の発行 株式の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、株式の発行の効力が生じた日から一年以内)
三  自己株式の処分 自己株式の処分の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、自己株式の処分の効力が生じた日から一年以内)
四  新株予約権(当該新株予約権が新株予約権付社債に付されたものである場合にあっては、当該新株予約権付社債についての社債を含む。以下この章において同じ。)の発行 新株予約権の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、新株予約権の発行の効力が生じた日から一年以内)
五  株式会社における資本金の額の減少 資本金の額の減少の効力が生じた日から六箇月以内
六  会社の組織変更 組織変更の効力が生じた日から六箇月以内
七  会社の吸収合併 吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内
八  会社の新設合併 新設合併の効力が生じた日から六箇月以内
九  会社の吸収分割 吸収分割の効力が生じた日から六箇月以内
十  会社の新設分割 新設分割の効力が生じた日から六箇月以内
十一  株式会社の株式交換 株式交換の効力が生じた日から六箇月以内
十二  株式会社の株式移転 株式移転の効力が生じた日から六箇月以内
2  次の各号に掲げる行為の無効の訴えは、当該各号に定める者に限り、提起することができる。
一  前項第一号に掲げる行為 設立する株式会社の株主等(株主、取締役又は清算人(監査役設置会社にあっては株主、取締役、監査役又は清算人、指名委員会等設置会社にあっては株主、取締役、執行役又は清算人)をいう。以下この節において同じ。)又は設立する持分会社の社員等(社員又は清算人をいう。以下この項において同じ。)
二  前項第二号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
三  前項第三号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
四  前項第四号に掲げる行為 当該株式会社の株主等又は新株予約権者
五  前項第五号に掲げる行為 当該株式会社の株主等、破産管財人又は資本金の額の減少について承認をしなかった債権者
六  前項第六号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において組織変更をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は組織変更後の会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは組織変更について承認をしなかった債権者
七  前項第七号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収合併後存続する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収合併について承認をしなかった債権者
八  前項第八号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設合併により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設合併について承認をしなかった債権者
九  前項第九号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収分割契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収分割契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収分割について承認をしなかった債権者
十  前項第十号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設分割をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設分割をする会社若しくは新設分割により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設分割について承認をしなかった債権者
十一  前項第十一号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式交換契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は株式交換契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは株式交換について承認をしなかった債権者
十二  前項第十二号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式移転をする株式会社の株主等であった者又は株式移転により設立する株式会社の株主等、破産管財人若しくは株式移転について承認をしなかった債権者

(2)合併比率の不公正と合併無効原因

・合併比率の不公正そのものは合併無効原因にはならない。
+判例(東京高判H2.1.31)
理由
一 当裁判所は、被控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は原判決の理由と同一であるからこれを引用する(当審において提出された証拠を加えても右判断を左右しない。)。ただし、次のとおり訂正する。
1 原判決5枚目表6行目の「と本件承認決議の取消事由と」を削除する。
2 同5枚目表8行目の「及び(二)」を削除する。
3 同6枚目表11行目の「さらに、」から13行目の「主張するが、」までを次のとおり改める。
「なお、控訴人は、商法408条ノ2の趣旨に鑑みれば、本件では、増資や資産評価替え後の各合併会社の貸借対照表の備置・公示は不可欠であるにもかかわらず、被控訴人はこれを怠ったのみならず、著しく不公正な合併内容を秘匿したため、大多数の株主は本件合併契約の真の内容を知ることができないままに合併決議に臨まなければならなかったのであるから、本件合併決議は無効である旨主張するかのようであるが、」
4 同6枚目裏9行目の「ないが、」の次に、「被控訴人においてこれを秘匿して株主に周知させなかったことを認めるに足りる証拠はなく、また、」を加える。
5 同7枚目表3行目の「及び(四)」を削除する。
6 同7枚目表9行目の「次に、」から12行目の「であるが、」までを次のとおり改める。
「なお、控訴人は、商法408条の3による株式買取請求権制度では、合併そのものには反対ではないが、著しく不公正な合併比率のみに反対である株主の利益を保護することかできないから、合併比率が著しく不公正な場合には、当該合併は無効であると解すべきところ、本件合併比率は右の場合に当たる著しく不公正なものであるから、本件合併は無効である旨を主張するかのようである。しかし、仮に合併比率が著しく不公正な場合には、それが合併無効事由になるとの控訴人の主張を前提にしても、」
7 同7枚目裏11行目から8枚目表12行目の「かえって」までを削除する。
8 同8枚目表12行目の「15」の次に「、第10号証」を加える。
9 同8枚目裏9行目の「的」を削除する。
10 同9枚目裏5行目から7行目までを削除する。
二 以上の理由により、原判決は相当であるから、民訴法384条により、本件控訴を棄却する。
訴訟費用の負担につき、同法95条、89条適用。
第12民事部
(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 吉原耕平 裁判官 池田亮一)

・合併を承認する株主総会決議を取り消して合併無効原因とする方法も・・・。
+(株主総会等の決議の取消しの訴え)
第八百三十一条  次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。当該決議の取消しにより株主(当該決議が創立総会の決議である場合にあっては、設立時株主)又は取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役。以下この項において同じ。)、監査役若しくは清算人(当該決議が株主総会又は種類株主総会の決議である場合にあっては第三百四十六条第一項(第四百七十九条第四項において準用する場合を含む。)の規定により取締役、監査役又は清算人としての権利義務を有する者を含み、当該決議が創立総会又は種類創立総会の決議である場合にあっては設立時取締役(設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合にあっては、設立時監査等委員である設立時取締役又はそれ以外の設立時取締役)又は設立時監査役を含む。)となる者も、同様とする。
一  株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
二  株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
三  株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。
2  前項の訴えの提起があった場合において、株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に違反するときであっても、裁判所は、その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、同項の規定による請求を棄却することができる。

・特別の利害関係を有する者とは、問題となる議案の成立によって他の株主と共通しない特殊な利益を獲得し、または不利益を免れる株主をいう。

(3)合併承認決議の取消しの訴えと合併の無効の訴え
・合併無効の訴えにおいても、承認決議取り消しの無効原因を主張できるのは3か月以内と解すべき・・・・。

Ⅲ 合併比率の不公正と取締役の責任
1.合併比率の不公正と取締役の任務懈怠責任
+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4  前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

・合併対価として株式が交付。損害がない・・・・。

+判例(大阪地判H12.5.31)

2.合併比率の不公正と対第三者責任
(1)「第三者」としての株主
+(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
第四百二十九条  役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2  次の各号に掲げる者が、当該各号に定める行為をしたときも、前項と同様とする。ただし、その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りでない。
一  取締役及び執行役 次に掲げる行為
イ 株式、新株予約権、社債若しくは新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知又は当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載若しくは記録
ロ 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
ハ 虚偽の登記
ニ 虚偽の公告(第四百四十条第三項に規定する措置を含む。)
二  会計参与 計算書類及びその附属明細書、臨時計算書類並びに会計参与報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
三  監査役、監査等委員及び監査委員 監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
四  会計監査人 会計監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録

直接損害事例
→株主は第三者に含まれる
間接損害事例
→含まれない

+判例(S44.11.26)
理由
上告代理人岡本治太郎名義の上告理由一および三について。
商法は、株式会社の取締役の第三者に対する責任に関する規定として二六六条ノ三を置き、同条一項前段において、取締役がその職務を行なうについて悪意または重大な過失があつたときは、その取締役は第三者に対してもまた連帯して損害賠償の責に任ずる旨を定めている。もともと、会社と取締役とは委任の関係に立ち、取締役は、会社に対して受任者として善良な管理者の注意義務を負い(商法二五四条三項、民法六四四条)、また、忠実義務を負う(商法二五四条ノ二)ものとされているのであるから、取締役は、自己の任務を遂行するに当たり、会社との関係で右義務を遵守しなければならないことはいうまでもないことであるが、第三者との間ではかような関係にあるのではなく、取締役は、右義務に違反して第三者に損害を被らせたとしても、当然に損害賠償の義務を負うものではない
しかし、法は、株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して、第三者保護の立場から、取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したのである。
このことは、現行法が、取締役において法令または定款に違反する行為をしたときは第三者に対し損害賠償の責に任ずる旨定めていた旧規定(昭和二五年法律第十六七号による改正前の商法二六六条二項)を改め、右取締役の責任の客観的要件については、会社に対する義務違反があれば足りるものとしてこれを拡張し、主観的要件については、重過失を要するものとするに至つた立法の沿革に徴して明らかであるばかりでなく、発起人の責任に関する商法一九三条および合名会社の清算人の責任に関する同法一三四条ノ二の諸規定と対比しても十分に首肯することができる。
したがつて、以上のことは、取締役がその職務を行なうにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によつて、その損害を賠償する義務を負うことを妨げるものではないが、取締役の任務懈怠により損害を受けた第三者としては、その任務懈怠につき取締役の悪意または重大な過失を主張し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意または過失のあることを主張し立証するまでもなく、商法二六六条ノ三の規定により、取締役に対し損害の賠償を求めることができるわけであり、また、同条の規定に基づいて第三者が取締役に対し損害の賠償を求めることができるのは、取締役の第三者への加害に対する故意または過失を前提として会社自体が民法四四条の規定によつて第三者に対し損害の賠償義務を負う場合に限る必要もないわけである。
つぎに、株式会社の代表取締役は、自己のほかに、他の代表取締役が置かれている場合、他の代表取締役は定款および取締役会の決議に基づいて、また、専決事項についてはその意思決定に基づいて、業務の執行に当たるのであつて、定款に別段の定めがないかぎり、自己と他の代表取締役との間に直接指揮監督の関係はない。しかし、もともと、代表取締役は、対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行を担当する職務権限を有する機関であるから、善良な管理者の注意をもつて会社のため忠実にその職務を執行し、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義務を負うものであることはいうまでもない。したがつて、少なくとも、代表取締役が、他の代表取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりとし、その業務執行に何等意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、原審は、
一、訴外aは、訴外菊水工業株式会社の資産状態が相当悪化しており約束手形を振り出しても満期に支払うことができないことを容易に予見することができたにもかかわらず、代表取締役としての注意義務を著しく怠つたため、その支払の可能なことを軽信し、代金支払の方法として右訴外会社代表者としての上告人名義の本件七二万円の約束手形を振り出した上、被上告人をして本件鋼材一六トンを引き渡させ、右約束手形が支払不能となつた結果、被上告人に右金額に相当する損害を被らせたこと
二、右訴外会社の代表取締役である上告人は他の代表取締役であるaの職務執行上の重過失または不正行為を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、著しくこれを怠り、訴外会社の業務一切をaに任せきりとし、自己の不知の間に同人をして支払不能になるような前示訴外会社代表者上告人名義の本件約束手形を振り出して本件取引をさせ、上告人の代表取締役としての任務の遂行について重大な過失があつたことにより、被上告人に前記損害を被らせるに至つたものであること
を認定し、商法二六六条ノ三第一項前段の規定に基づいて、上告人に損害賠償の責任があるとしているのである。原審の右判断は、さきに説示したところに徴すれば、正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同二および四について。
原判決の認定によれば、前記のように、上告人が右訴外会社の代表取締役に就任中重大な過失による任務懈怠により被上告人に損害を被らせたというのであるから上告人には右損害を賠償すべき義務があるものというべく、その後、上告人が所論のように取締役を辞任したとしても、右義務に影響を及ぼさないものというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採ることができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎、同松田二郎、同岩田誠、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(2)悪意・重過失

(3)Xの損害

Ⅳ 合併の差止め
1.組織再編の差止め
(1)設問3で論じる差止め
(2)組織再編の差止め~H26年改正によって新設された規定

+(吸収合併等をやめることの請求)
第七百八十四条の二  次に掲げる場合において、消滅株式会社等の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、消滅株式会社等の株主は、消滅株式会社等に対し、吸収合併等をやめることを請求することができる。ただし、前条第二項に規定する場合は、この限りでない。
一  当該吸収合併等が法令又は定款に違反する場合
二  前条第一項本文に規定する場合において、第七百四十九条第一項第二号若しくは第三号、第七百五十一条第一項第三号若しくは第四号、第七百五十八条第四号、第七百六十条第四号若しくは第五号、第七百六十八条第一項第二号若しくは第三号又は第七百七十条第一項第三号若しくは第四号に掲げる事項が消滅株式会社等又は存続会社等の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当であるとき。

+(吸収合併等をやめることの請求)
第七百九十六条の二  次に掲げる場合において、存続株式会社等の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、存続株式会社等の株主は、存続株式会社等に対し、吸収合併等をやめることを請求することができる。ただし、前条第二項本文に規定する場合(第七百九十五条第二項各号に掲げる場合及び前条第一項ただし書又は第三項に規定する場合を除く。)は、この限りでない。
一  当該吸収合併等が法令又は定款に違反する場合
二  前条第一項本文に規定する場合において、第七百四十九条第一項第二号若しくは第三号、第七百五十八条第四号又は第七百六十八条第一項第二号若しくは第三号に掲げる事項が存続株式会社等又は消滅会社等の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当であるとき。

+(新設合併等をやめることの請求)
第八百五条の二  新設合併等が法令又は定款に違反する場合において、消滅株式会社等の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、消滅株式会社等の株主は、消滅株式会社等に対し、当該新設合併等をやめることを請求することができる。ただし、前条に規定する場合は、この限りでない。

・法令又は定款に違反するとは
会社を名宛人とする法令または定款の違反を意味するが、取締役の善管注意義務違反を含まない!

(3)合併承認決議に会社法831条1項3号の取消事由がある場合と組織再編の差止め
取消事由があるだけでは上記法令違反にはならない・・・。

2.会社法360条に基づく差止め
+(株主による取締役の行為の差止め)
第三百六十条  六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主は、取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。
2  公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。
3  監査役設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社における第一項の規定の適用については、同項中「著しい損害」とあるのは、「回復することができない損害」とする。

・この差止め請求を被保全権利として民事保全法23条2項の仮処分を。

・でも本件は損害がないからそもそも・・・。

3.合併承認決議の取消しの訴えの提起権を被保全権利とする仮の地位を求める仮処分

・合併承認決議の取消しの訴えの提起権を被保全権利として、合併承認決議の執行停止を。
民事保全法
+(仮処分命令の必要性等)
第二十三条  係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2  仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3  第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
4  第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。

+(申立て及び疎明)
第十三条  保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない。
2  保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。

Ⅴ おわりに


民法 基本事例で考える民法演習2 受領遅滞と解除~損害賠償の範囲と危険負担(その2)


1.小問2(1)について

+(解除権者の行為等による解除権の消滅)
第五百四十八条  解除権を有する者が自己の行為若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、若しくは返還することができなくなったとき、又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは、解除権は、消滅する。
2  契約の目的物が解除権を有する者の行為又は過失によらないで滅失し、又は損傷したときは、解除権は、消滅しない。

・請負代金そのものの請求について

+(債権者の危険負担)
第五百三十四条  特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。
2  不特定物に関する契約については、第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。

+(債務者の危険負担等)
第五百三十六条  前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
2  債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

+(請負)
第六百三十二条  請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

・Aが実際に請求できる額
+判例(S52.2.22)
理由
上告代理人莇立明の上告理由について
原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 住宅電気設備機器の設置販売等を業とする被上告人は、昭和四五年五月一二日訴外Aから、上告人所有家屋の冷暖房工事を、代金四三〇万円、工事完成時現金払の約旨で請け負い、上告人は被上告人に対し、Aが被上告人に負担すべき債務につき連帯保証した。
2 右冷暖房工事は、Aが同年五月初旬ころ上告人から請け負つたものであるが、Aは、従来規模の大きい工事を請け負つたときは、みずからこれを施行することなく、更に他と請負契約を締結して工事を完成させ、みずからは仲介料を得ていたところから、本件の場合も、これを被上告人に請け負わせたものである。
3 被上告人は、同年一一月中旬ころ、右冷暖房工事のうちボイラーとチラーの据付工事を残すだけとなつたので、右残余工事に必要な器材を用意してこれを完成させようとしたところ、上告人が、ボイラーとチラーを据え付けることになつていた地下室の水漏れに対する防水工事を行う必要上、その完了後に右据付工事をするよう被上告人に要請し、その後、被上告人及びAの再三にわたる請求にもかかわらず、上告人は右防水工事を行わずボイラーとチラーの据付工事を拒んでいるため、被上告人において本件冷暖房工事を完成させることができず、もはや工事の完成は不能と目される
以上の事実関係のもとにおいては、被上告人の行うべき残余工事は、おそくとも被上告人が本訴を提起した昭和四七年一月一九日の時点では、社会取引通念上、履行不能に帰していたとする原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
そして、Aと被上告人との間の本件契約関係のもとにおいては、前記防水工事は、本来、Aがみずからこれを行うべきものであるところ、同人が上告人にこれを行わせることが容認されていたにすぎないものというべく、したがつて、上告人の不履行によつて被上告人の残余工事が履行不能となつた以上、右履行不能はAの責に帰すべき事由によるものとして、同人がその責に任ずべきものと解するのが、相当である。
ところで、請負契約において、仕事が完成しない間に、注文者の責めに帰すべき事由によりその完成が不能となつた場合には、請負人は、自己の残債務を免れるが、民法五三六条二項によつて、注文者に請負代金全額を請求することができ、ただ、自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うにすぎないものというべきである。これを本件についてみると、本件冷暖房設備工事は、工事未完成の間に、注文者であるAの責に帰すべき事由により被上告人においてこれを完成させることが不能となつたというべきことは既述のとおりであり、しかも、被上告人が債務を免れたことによる利益の償還につきなんらの主張立証がないのであるから、被上告人はAに対して請負代金全額を請求しうるものであり、上告人はAの右債務につき連帯保証責任を免れないものというべきである。したがつて、原判決が被上告人はAに対し工事の出来高に応じた代金を請求しうるにすぎないとしたのは、民法五三六条二項の解釈を誤つた違法があるものといわなければならないところ、被上告人は、本訴請求のうち右工事の出来高をこえる自己の敗訴部分につき不服申立をしていないから、結局、右の違法は判決に影響を及ぼさないものというべきである。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙辻正己 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 服部髙顯 裁判官 環昌一)

2.小問2(2)(基礎編)
・仕事の完成がまだ可能である以上、Aは履行義務を負い、履行不能を前提とする危険負担は登場しない。

3.小問2について(応用編)
「履行不能」=債務者にそれ以上の行為を求めることは妥当ではないと判断される場合のこと。


刑事訴訟法 捜査法演習 第2講 自動車検問、職務質問・所持品検査その2 


(3)任意捜査に関する判例理論が職務質問等に妥当する理由

3.エンジンキーに対する有形力行使の事案についての最高裁判例と本件事案の比較

+判例(S53.9.22)
理由
弁護人中川恒雄の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決のいかなる法律判断部分が所論引用の各判例のいかなる部分と相反するものであるかを具体的に指摘するものでないから、不適法であり、その余は、憲法違反をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、原判決が認定したところによると、A巡査及びB巡査が交通違反の取締りに従事中、被告人の運転する車両が赤色信号を無視して交差点に進入したのを現認し、A巡査が合図して被告人車両を停車させ、被告人に右違反事実を告げたところ、被告人は一応右違反事実を自認し、自動車運転免許証を提示したので、同巡査は、さらに事情聴取のためパトロールカーまで任意同行を求めたが、被告人が応じないので、パトロールカーを被告人車両の前方まで移動させ、さらに任意同行に応ずるよう説得した結果、被告人は下車したのであるが、その際、約一メートル離れて相対する被告人が酒臭をさせており、被告人に酒気帯び運転の疑いが生じたため、同巡査が被告人に対し「酒を飲んでいるのではないか、検知してみるか。」といつて酒気の検知をする旨告げたところ、被告人は、急激に反抗的態度を示して「うら酒なんて関係ないぞ。」と怒鳴りながら、同巡査が提示を受けて持つていた自動車運転免許証を奪い取り、エンジンのかかつている被告人車両の運転席に乗り込んで、ギア操作をして発進させようとしたので、B巡査が、運転席の窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイツチを切り、被告人が運転するのを制止した、というのである。右のような原判示の事実関係のもとでは、B巡査が窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイツチを切つた行為は、警察官職務執行法二条一項の規定に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項の規定に基づき、自動車の運転者が酒気帯び運転をするおそれがあるときに、交通の危険を防止するためにとつた、必要な応急の措置にあたるから、刑法九五条一項にいう職務の執行として適法なものであるというべきである。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘)

+判例(H6.9.16)
理由
弁護人小野純一郎の上告趣意第一は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は事案を異にして本件に適切でなく、同第二は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、所論のように控訴審において訴因変更を許可した後控訴を棄却することは許されないという趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権により判断するに、原判決が被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を認めたのは、次の理由により、結論において正当である。
一 原判決及びその是認する第一審判決の認定並びに記録によれば、事件の経過は、次のとおりと認められる。
1 福島県会津若松警察署A警部補は、平成四年一二月二六日午前一一時前ころ、被告人から、同警察署八田駐在所に意味のよく分からない内容の電話があった旨の報告を受けたので、被告人が電話をかけた自動車整備工場に行き、被告人の状況及びその運転していた車両の特徴を聞くなどした結果、覚せい剤使用の容疑があると判断し、立ち回り先とみられる同県猪苗代方面に向かった
2 同警察署から捜査依頼を受けた同県猪苗代警察署のB巡査は、午前一一時すぎころ、国道四九号線を進行中の被告人運転車両を発見し、拡声器で停止を指示したが、被告人運転車両は、二、三度蛇行しながら郡山方面へ進行を続け、午前一一時五分ころ、磐越自動車道猪苗代インターチェンジに程近い同県耶麻郡a町大字b字cの通称堅田中丸交差点の手前(以下「本件現場」という。)で、B巡査の指示に従って停止し、警察車両二台もその前後に停止した。当時、付近の道路は、積雪により滑りやすい状態であった。
3 午前一一時一〇分ころ、本件現場に到着した同警察署C巡査部長が、被告人に対する職務質問を開始したところ、被告人は、目をキョロキョロさせ、落ち着きのない態度で、素直に質問に応ぜず、エンジンを空ふかししたり、ハンドルを切るような動作をしたため、C巡査部長は、被告人運転車両の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げた
4 午前一一時二五分ころ、猪苗代警察署から本件現場の警察官に対し、被告人には覚せい剤取締法違反の前科が四犯あるとの無線連絡が入った。午前一一時三三分ころ、A警部補らが本件現場に到着して職務質問を引き継いだ後、会津若松警察署の数名の警察官が、午後五時四三分ころまでの間、順次、被告人に対し、職務質問を継続するとともに、警察署への任意同行を求めたが、被告人は、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否し続けた。他方、警察官らは、車に鍵をかけさせるためエンジンキーをいったん被告人に手渡したが、被告人が車に乗り込もうとしたので、両脇から抱えてこれを阻止した。そのため、被告人は、エンジンキーを警察官に戻し、以後、警察官らは、被告人にエンジンキーを返還しなかった
5 右4の職務質問の間、被告人は、その場の状況に合わない発言をしたり、通行車両に大声を上げて近づこうとしたり、運転席の外側からハンドルに左腕をからめ、その手首を右手で引っ張って、「痛い、痛い」と騒いだりした
6 午後三時二六分ころ、本件現場で指揮を執っていた会津若松警察署D警部が令状請求のため現場を離れ、会津若松簡易裁判所に対し、被告人運転車両及び被告人の身体に対する各捜索差押許可状並びに被告人の尿を医師をして強制採取させるための捜索差押許可状(以下「強制採尿令状」という。)の発付を請求した。午後五時二分ころ、右各令状が発付され、午後五時四三分ころから、本件現場において、被告人の身体に対する捜索が被告人の抵抗を排除して執行された。
7 午後五時四五分ころ、同警察署E巡査部長らが、被告人の両腕をつかみ被告人を警察車両に乗車させた上、強制採尿令状を呈示したが、被告人が興奮して同巡査部長に頭を打ち付けるなど激しく抵抗したため、被告人運転車両に対する捜索差押手続を先行させた。ところが、被告人の興奮状態が続き、なおも暴れて抵抗しようとしたため、同巡査部長らは、午後六時三二分ころ、両腕を制圧して被告人を警察車両に乗車させたまま、本件現場を出発し、午後七時一〇分ころ、同県会津若松市鶴賀町所在の総合会津中央病院に到着した。午後七時四〇分ころから五二分ころまでの間、同病院において、被告人をベッドに寝かせ、医師がカテーテルを使用して被告人の尿を採取した。

二 以上の経過に即して被告人の尿の鑑定書の証拠能力について検討する。
1 本件における強制採尿手続は、被告人を本件現場に六時間半以上にわたって留め置いて、職務質問を継続した上で行われているのであるから、その適法性については、それに先行する右一連の手続の違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断ずる必要がある(最高裁昭和六〇年(あ)第四二七号同六一年四月二五日第二小法廷判決・刑集四〇巻三号二一五頁参照)。
2 そこで、まず、被告人に対する職務質問及びその現場への留め置きという一連の手続の違法の有無についてみる。
(一) 職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。
(二) これに対し、その後被告人の身体に対する捜索差押許可状の執行が開始されるまでの間、警察官が被告人による運転を阻止し、約六時間半以上も被告人を本件現場に留め置いた措置は、当初は前記のとおり適法性を有しており、被告人の覚せい剤使用の嫌疑が濃厚になっていたことを考慮しても、被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としてはその限度を超え、被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない
(三) しかし、右職務質問の過程においては、警察官が行使した有形力は、エンジンキーを取り上げてこれを返還せず、あるいは、エンジンキーを持った被告人が車に乗り込むのを阻止した程度であって、さほど強いものでなく、被告人に運転させないため必要最小限度の範囲にとどまるものといえる。また、路面が積雪により滑りやすぐ、被告人自身、覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動を繰り返していたのに、被告人があくまで磐越自動車道で宮城方面に向かおうとしていたのであるから、任意捜査の面だけでなく、交通危険の防止という交通警察の面からも、被告人の運転を阻止する必要性が高かったというべきである。しかも、被告人が、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否するという態度を取り続けたことを考慮すると、結果的に警察官による説得が長時間に及んだのもやむを得なかった面があるということができ、右のような状況からみて、警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったものとは認められない。これら諸般の事情を総合してみると、前記のとおり、警察官が、早期に令状を請求することなく長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置は違法であるといわざるを得ないが、その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない

3 次に、強制採尿手続の違法の有無についてみる。
(一) 記録によれば、強制採尿令状発付請求に当たっては、職務質問開始から午後一時すぎころまでの被告人の動静を明らかにする資料が疎明資料として提出されたものと推認することができる。
そうすると、本件の強制採尿令状は、被告人を本件現場に留め置く措置が違法とされるほど長期化する前に収集された疎明資料に基づき発付されたものと認められ、その発付手続に違法があるとはいえない
(二) 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができその際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。その場合、右令状に、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する旨を記載することができることはもとより、被疑者の所在場所が特定しているため、そこから最も近い特定の採尿場所を指定して、そこまで連行することを許可する旨を記載することができることも、明らかである。
本件において、被告人を任意に採尿に適する場所まで同行することが事実上不可能であったことは、前記のとおりであり、連行のために必要限度を超えて被疑者を拘束したり有形力を加えたものとはみられない。また、前記病院における強制採尿手続にも、違法と目すべき点は見当たらない。
したがって、本件強制採尿手続自体に違法はないというべきである。

4 以上検討したところによると、本件強制採尿手続に先行する職務質問及び被告人の本件現場への留め置きという手続には違法があるといわなければならないが、その違法自体は、いまだ重大なものとはいえないし、本件強制採尿手続自体には違法な点はないことからすれば、職務質問開始から強制採尿手続に至る一連の手続を全体としてみた場合に、その手続全体を違法と評価し、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない

5 そうであるとすると、被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定することができ、これと同旨の原判断は、結論において正当である。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 本件は、派出所に電話をかけてきた被告人の異常な言動等から、覚せい剤使用の嫌疑を抱いた警察官が、被告人運転車両のエンジンキーを引き抜き取り上げるなどして、被告人による運転を阻止し、任意同行を求めて約六時間半以上にわたり被告人を道路上に留め置いた上、尿を強制採取するための捜索差押許可状(以下「強制採尿令状」という。)の発付を得て、これにより、被告人を病院まで連行し、その尿を採取したところ、その尿中から覚せい剤が検出されたという事案である。被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力が争われた。
本決定は、まず、(一)強制採尿手続に先行する職務質問及びその現場である道路上への長時間にわたる留め置きという一連の手続(以下「先行手続」という。)について、(1)被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、最一小決昭53・9・22刑集三二巻六号一七七四頁、本誌三七〇号七〇頁の趣旨に従い、適法であるとする一方、(2)その後被告人による運転を阻止して約六時間半以上も職務質問の現場に留め置いた措置は、任意同行を求める説得行為としての限度を超え、被告人の自由を長時間奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱し違法といわざるを得ないが、(3)その違法の程度は、いまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえないと判示し、次いで、(二)その後の強制採尿手続については、(1)決定要旨一のとおりの一般論を示した上、(2)本件強制採尿手続自体に違法はないとし、(三)右(一)(二)の一連の手続を全体としてみた場合にも、その手続全体を違法と評価し、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められないとして、被告人の尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定した。
二 右(一)の先行手続については、強制捜査に移行するか被告人を解放するかの警察官の見極めが遅れたため、結果として令状に基づくことなく被告人の移動の自由を長時間奪った点で違法とされたもので、本決定は、右の点の違法を宣言することにより、警察官に対し、迅速かつ適切な対応を求めたものといえよう。もっとも、本決定は、警察官の行使した有形力が、被告人に運転させないため必要最小限度の範囲にとどまること、交通警察の面からも、運転を阻止する必要性が高かったこと、被告人が自ら運転することに固執し、他の方法による任意同行をかたくなに拒否したため、警察官による説得が長時間に及んだことなどを指摘して、違法の程度は重大なものとはいえないとした。
本決定の右のような判示は、行政警察的な面も考慮しながら任意捜査の限界及びそれを逸脱した場合の違法の程度に関する判断事例として参考となるものと思われる。
三 強制採尿令状により被疑者をその意思に反して採尿場所へ連行することの可否について、公刊された裁判例はすべてこれを是認していたが、その根拠については、令状の効力として認めるもの(東京高判平3・3・12判時一三八五号一二九頁)と刑訴法二二二条一項で準用される同法一一一条所定の「必要な処分」として認めるもの(東京高判平2・8・29判時一三七四号一三六頁等)とに分かれていた。これに対し、学説からは、事前の司法審査なく人身の自由が制約されるなどとの批判があった(最近のものとして酒巻匡・刑訴法判例百選〔六版〕六二頁参照)。
本決定は、最高裁がこの点について初めての判断を示したものであり、連行の要件(身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合)、連行すべき場所(採尿に適する最寄りの場所)及び手段(必要最小限度の有形力の行使)並びに理論的根拠(強制採尿令状の効力)を明らかにした点において、先例的価値を有し、捜査実務に対する影響の大きな判例であると思われる。
本決定は、連行の当否について、事前の司法審査に服することを前提としていることが明らかであって、被疑者を採尿場所まで任意に同行することが事実上不可能であり、かつ、警察で用意した採尿場所が最寄りの採尿に適する場所であることについて、令状を請求する者が疎明し、裁判官がその当否を審査することになる。また、当然のことながら、連行のために行使できる有形力も、必要最小限度にとどまるべきことを判示しているところ、強制採尿令状による連行は、逮捕の場合とはおのずから異なってくることに注意を要しよう(佐藤文哉・刑訴法判例百選〔五版〕五八頁参照)。
四 最後に、本決定は、被告人の尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定した原判断を是認したわけであるが、このように先行手続の違法の承継を認めつつ後行手続である強制採尿手続により得られた尿に関する鑑定書の証拠能力について判断した点は、従来の判例(最二小判昭61・4・25刑集四〇巻三号二一五頁、本誌六〇〇号七八頁、最二小決昭63・9・16刑集四二巻七号一〇五一頁、本誌六八〇号一二一頁)を踏まえた判断方法に従ったものではあるが、違法収集証拠の証拠能力の判断に関する新たな事例を加えたものとして実務上の意義があるものと思われる。

道路交通法
+(危険防止の措置)
第六十七条  警察官は、車両等の運転者が第六十四条第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第三項から第六項まで又は第八十五条第五項若しくは第六項の規定に違反して車両等を運転していると認めるときは、当該車両等を停止させ、及び当該車両等の運転者に対し、第九十二条第一項の運転免許証又は第百七条の二の国際運転免許証若しくは外国運転免許証の提示を求めることができる。
2  前項に定めるもののほか、警察官は、車両等の運転者が車両等の運転に関しこの法律(第六十四条第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第三項から第六項まで並びに第八十五条第五項及び第六項を除く。)若しくはこの法律に基づく命令の規定若しくはこの法律の規定に基づく処分に違反し、又は車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊(以下「交通事故」という。)を起こした場合において、当該車両等の運転者に引き続き当該車両等を運転させることができるかどうかを確認するため必要があると認めるときは、当該車両等の運転者に対し、第九十二条第一項の運転免許証又は第百七条の二の国際運転免許証若しくは外国運転免許証の提示を求めることができる。
3  車両等に乗車し、又は乗車しようとしている者が第六十五条第一項の規定に違反して車両等を運転するおそれがあると認められるときは、警察官は、次項の規定による措置に関し、その者が身体に保有しているアルコールの程度について調査するため、政令で定めるところにより、その者の呼気の検査をすることができる。
4  前三項の場合において、当該車両等の運転者が第六十四条第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第三項から第六項まで又は第八十五条第五項若しくは第六項の規定に違反して車両等を運転するおそれがあるときは、警察官は、その者が正常な運転ができる状態になるまで車両等の運転をしてはならない旨を指示する等道路における交通の危険を防止するため必要な応急の措置をとることができる。
(罰則 第一項については第百十九条第一項第八号 第三項については第百十八条の二)

第3 所持品検査の適法性
1.問題の所在
2.判例の立場
+判例(S53.6.20)米子銀行強盗事件
理由
弁護人川端和治、同弘中惇一郎の上告趣意第一の二の(一)について
所論は憲法三一条、三九条、七三条六号但書、九八条一項違反をいうが、爆発物取締罰則が日本国憲法施行後の今日においてもなお法律としての効力を保有しているものであることは当裁判所の判例とするところであるから(昭和二三年(れ)第一一四〇号同二四年四月六日大法廷判決・刑集三巻四号四五六頁、昭和三二年(あ)第三〇九号同三四年七月三日第二小法廷判決・刑集一三巻七号一〇七五頁参照)、所論は理由がない。
同第一の二の(二)の第一について
所論は憲法三一条、三六条違反をいうが、爆発物取締罰則一条に定める刑が残虐な刑罰といえないのみならず(最高裁昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日大法廷判決・刑集二巻七号七七七頁参照)、同条所定の行為に対し所定のような法定刑を定めることは立法政策の問題であつて憲法適否の問題ではないから(最高裁昭和二三年(れ)第一〇三三号同年一二月一五日大法廷判決・刑集二巻一三号一七八三頁、昭和四六年(あ)第二一七九号同四七年三月九日第一小法廷判決・刑集二六巻二号一五一頁参照)、所論は理由がない。
同第一の二の(二)の第二について
所論は憲法一九条、三一条違反をいうが、爆発物取締罰則一条は、所定の目的で爆発物を使用した者を処罰するものであつて、その思想、信条のいかんを問うものではなく、また、同条にいう「治安ヲ妨ケ」るの概念は不明確なものではないから(前掲昭和四七年三月九日第一小法廷判決参照)、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
同第一の二の(二)の第三について
所論は憲法三一条、三九条違反をいうが、爆発物取締罰則の規定のうち所論指摘のものは原判決の是認する第一審判決が適用していないものであり、また、本件に適用される同罰則一条及び三条の規定につきこれを合憲であるとした原判決の判断は正当であつて、犯行後の法令の適用を許容した趣旨のものではないのであるから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
同第二の二について
所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、Aの明示の意思に反してボーリングバツグを開披したB巡査長の行為を職務質問附随行為として適法であるとした原判決の判断は、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項の解釈を誤り、ひいて憲法三五条一項に違反し、違法収集証拠を本件の証拠とした点において憲法三一条に違反する、というのである。
一 原判決の認定した事実及び原判決の是認した第一審判決の認定した事実によれば、本件の経過は次のとおりである。(一)岡山県総社警察署巡査部長Cは、昭和四六年七月二三日午後二時過ぎ、同県警察本部指令室からの無線により、米子市内において猟銃とナイフを所持した四人組による銀行強盗事件が発生し、犯人は銀行から六〇〇万円余を強奪して逃走中であることを知つた、(二)同日午後一〇時三〇分ころ、二人の学生風の男が同県吉備郡a町b附近をうろついていたという情報がもたらされ、これを受けたC巡査部長は、同日午後一一時ころから、同署員のB勇巡査長ら四名を指揮して、総社市門田のD総社営業所前の国道三叉路において緊急配備につき検問を行つた、(三)翌二四日午前零時ころ、タクシーの運転手から、「伯備線広瀬駅附近で若い二人連れの男から乗車を求められたが乗せなかつた。
後続の白い車に乗つたかも知れない。」という通報があり、間もなく同日午前零時一〇分ころ、その方向から来た白い乗用車に運転者のほか手配人相のうちの二人に似た若い男が二人(被告人とA)乗つていたので、職務質問を始めたが、その乗用車の後部座席にアタツシユケースとボーリングバツグがあつた、(四)右運転者の供述から被告人とAとを前記広瀬駅附近で乗せ倉敷に向う途中であることがわかつたが、被告人とAとは職務質問に対し黙秘したので容疑を深めた警察官らは、前記営業所内の事務所を借り受け、両名を強く促して下車させ事務所内に連れて行き、住所、氏名を質問したが返答を拒まれたので、持つていたボーリングバツグとアタツシユケースの開披を求めたが、両名にこれを拒否され、その後三〇分くらい、警察官らは両名に対し繰り返し右バツグとケースの開披を要求し、両名はこれを拒み続けるという状況が続いた(五)同日午前零時四五分ころ、容疑を一層深めた警察官らは、継続して質問を続ける必要があると判断し、被告人については三人くらいの警察官が取り囲み、Aについては数人の警察官が引張るようにして右事務所を連れ出し、警察用自動車に乗車させて総社警察署に同行したうえ、同署において、引き続いて、C巡査部長らが被告人を質問し、B巡査長らがAを質問したが、両名は依然として黙秘を続けた、(六)B巡査長は、右質問の過程で、Aに対してボーリングバツグとアタツシユケースを開けるよう何回も求めたが、Aがこれを拒み続けたので、同日午前一時四〇分ころ、Aの承諾のないまま、その場にあつたボーリングバツグのチヤツクを開けると大量の紙幣が無造作にはいつているのが見え引き続いてアタツシユケースを開けようとしたが鍵の部分が開かず、ドライバーを差し込んで右部分をこじ開けると中に大量の紙幣がはいつており、被害銀行の帯封のしてある札束も見えた、(七)そこで、B巡査長はAを強盗被疑事件で緊急逮捕し、その場でボーリングバツク、アタツシユケース、帯封一枚、現金等を差し押えた、(八)C巡査部長は、大量の札束が発見されたことの連絡を受け、職務質問中の被告人を同じく強盗被疑事件で緊急逮捕した、というのである。

二 警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。

三 これを本件についてみると、所論のB巡査長の行為は、猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において、深夜に検問の現場を通りかかつたA及び被告人の両名が、右犯人としての濃厚な容疑が存在し、かつ、兇器を所持している疑いもあつたのに、警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから、これを警職法二条一項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である。
よつて、所論違憲の主張は、前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

同第二の三について
所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、アタツシユケースをこじ開けた前示B巡査長の行為を警職法に違反するものと認めながら、アタツシユケース及び在中の帯封の証拠能力を認めた原翻決の判断は、上記憲法の規定に違反する、というのである。
しかし、前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでにAを緊急逮捕することができるだけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、Aを逮捕する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず、これらを採証した第一審判決に違憲、違法はないとした原判決の判断は正当であつて、このことは当裁判所昭和三一年(あ)第二八六三号同三六年六月七日大法廷判決(刑集一五巻六号九一五頁)の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がない。その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
なお、Eから押収した証拠物に関する所論は、具体的な理由の記載を欠くので、不適法である。
同第三について
所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
同第四について
所論は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
よつて、刑訴法四〇八条、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 天野武一 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顯 裁判官 環昌一)

(1)所持品検査の根拠規定
(2)所持品検査の適法要件
3.自動車内検査の事案についての最高裁判例と本件事案との比較
(1)比較検討とあてはめ
+判例(H7.5.30)
理由 
 弁護人内山成樹の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は所論のいうような趣旨まで判示したものではないから、所論は、前提を欠き、その余は、違憲をいう点を含め、その実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 所論にかんがみ、被告人の尿の鑑定書の証拠能力にっき、職権で判断する。 
一 原判決の認定によれば、本件捜査の経過は、次のとおりである。 
 1 平成五年三月一一日午前三時一〇分ころ、同僚とともにパトカーで警ら中の警視庁三田警察署A巡査は、東京都港区内の国道上で、信号が青色に変わったのに発進しない普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を認め、運転者が寝ているか酒を飲んでいるのではないかという疑いを持ち、パトカーの赤色灯を点灯した上、後方からマイクで停止を呼び掛けた。すると、本件自動車がその直後に発進したため、A巡査らが、サイレンを鳴らし、マイクで停止を求めながら追跡したところ、本件自動車は、約二・七キロメートルにわたって走行した後停止した。 
 2 A巡査が、本件自動車を運転していた被告人に対し職務質問を開始したところ、被告人が免許証を携帯していないことが分かり、さらに、照会の結果被告人に覚せい剤の前歴五件を含む九件の前歴のあることが判明した。そして、A巡査は、被告人のしゃべり方が普通と異なっていたことや、停止を求められながら逃走したことなども考え合わせて、覚せい剤所持の嫌疑を抱き被告人に対し約二〇分間にわたり所持品や本件自動車内を調べたいなどと説得したものの、被告人がこれに応じようとしなかったため、三田警察署に連絡を取り、覚せい剤事犯捜査の係官の応援を求めた
 3 五分ないし一〇分後、部下とともに駆けっけた三田警察署B巡査部長は、A巡査からそれまでの状況を聞き、皮膚が荒れ、目が充血するなどしている被告人の様子も見て、覚せい剤使用の状態にあるのではないかとの疑いを持ち、被告人を捜査用の自動車に乗車させ、同車内でA巡査が行ったのと同様の説得を続けた。そうするうち、窓から本件自動車内をのぞくなどしていた警察官から、車内に白い粉状の物があるという報告があったため、B巡査部長が、被告人に対し、検査したいので立ち会ってほしいと求めたところ、被告人は、「あれは砂糖ですよ。見てくださいよ。」などと答えたので、同巡査部長が、被告人を本件自動車のそばに立たせた上、自ら車内に乗り込み、床の上に散らばっている白い結晶状の物にっいて予試験を実施したが、覚せい剤は検出されなかった。 
 4 その直後、B巡査部長は、被告人に対し、「車を取りあえず調べるぞ。これじゃあ、どうしても納得がいかない。」などと告げ、他の警察官に対しては、「相手は承諾しているから、車の中をもう一回よく見ろ。」などと指示した。そこで、A巡査ら警察官四名が、懐中電灯等を用い、座席の背もたれを前に倒し、シートを前後に動かすなどして、本件自動車の内部を丹念に調べたところ、運転席下の床の上に白い結晶状の粉末の入ったビニール袋一袋が発見された。なお、被告人は、A巡査らが車内を調べる間、その様子を眺めていたが、異議を述べたり口出しをしたりすることはなかった。 
 5 B巡査部長は、被告人に対し、「物も出たことだから本署へ行ってもらうよ。」などと同行を求め、被告人もこれに素直に応じたので、被告人を三田警察署まで任意同行した上、同署内で覚せい剤の予試験を実施し、覚せい剤反応が出たのを確認して、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕した。 
 6 被告人は、同署留置場で就寝した後、同日午前九時三〇分ころから取調べを受けていたが、しばらくして尿の提出を求められ、午前一一時一〇分ころ、同署内で尿を提出した。その間、被告人は、尿の提出を拒否したり、抵抗するようなことはなく、警察官の指示に素直に協力する態度をとっていた。 
二 以上の経過に照らして検討すると、警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難い警察官は、停止の求めを無視して自動車で逃走するなどの不審な挙動を示した被告人にっいて、覚せい剤の所持又は使用の嫌疑があり、その所持品を検査する必要性緊急性が認められる状況の下で、覚せい剤の存在する可能性の高い本件自動車内を調べたものであり、また、被告人は、これに対し明示的に異議を唱えるなどの言動を示していないのであって、これらの事情に徴すると、右違法の程度は大きいとはいえない。 
 次に、本件採尿手続についてみると、右のとおり、警察官が本件自動車内を調べた行為が違法である以上、右行為に基づき発見された覚せい剤の所持を被疑事実とする本件現行与逮捕手続は違法であり、さらに、本件採尿手続も、右一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用し、これに引き続いて行われたものであるから、違法性を帯びるといわざるを得ないが、被告人は、その後の警察署への同行には任意に応じており、また、採尿手続自体も、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思による応諾に基づいて行われているのであって、前記のとおり、警察官が本件自動車内を調べた行為の違法の程度が大きいとはいえないことをも併せ勘案すると、右採尿手続の違法は、いまだ重大とはいえず、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、被告人の尿の鑑定書の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当であり(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決。刑集三二巻六号一六七二頁参照)、右と同旨に出た原判断は、正当である。 
 よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
++解説
《解  説》
 違法収集証拠の証拠能力について、最高裁は、①最一小判昭53・9・7刑集三二巻六号一六七二頁、本誌三六九号一二五頁をリーディングケースとし、以後、②最二小判昭61・4・25刑集四〇巻三号二一五頁、本誌六〇〇号七八頁、③最二小決昭63・9・16刑集四二巻七号一〇五一頁、本誌六八〇号一二一頁、④最三小決平6・9・16刑集四八巻六号四二〇頁と判例を積み重ねてきているが、本決定は、これに新たな事例判断を付け加えるものである。
 事実関係は、本決定中に要約されているが、その概要は、深夜、路上で、警察官が、不審な動きをした普通乗用自動車を運転していた被告人に対し職務質問を行ううち、覚せい剤所持の嫌疑を抱き、自動車内を調べたところ、覚せい剤が発見されたため、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、逮捕中に尿の提出を得たというものである。尿から覚せい剤が検出され、被告人は、覚せい剤使用の事実で起訴された(覚せい剤所持の事実は不起訴となっている。)。
 一、二審では、警察官が被告人の運転していた自動車内を調べた行為の適法性が主な争点となった。一審は、右行為に対し被告人が承諾を与えていたと認定し、本件捜査に違法があったということはできないとして、被告人を懲役二年に処した。原判決は、警察官が自動車内を調べた行為は、態様、実質において捜索に等しく、被告人の任意の承諾があったとは認められないとした上で、違法な行為によって発見された覚せい剤の所持を被疑事実とする現行犯逮捕手続は違法であり、さらにその逮捕された状態を利用して行われた採尿手続も違法となるが、違法の度合いは重大でないとして、結論において尿の鑑定書の証拠能力を認め、控訴を棄却した。これに対し、憲法違反、判例違反等を理由に上告がされたものである。
 本決定は、原判決認定の事実関係を前提に、大要、(1) 自動車内を調べた行為は違法であるが、違法の程度は大きいとはいえない、(2) 違法な行為に基づき発見された覚せい剤の所持を被疑事実とする現行犯逮捕手続は違法であり、採尿手続も違法性を帯びる、(3) 採尿手続の違法は重大とはいえず、尿の鑑定書の証拠能力は肯定できると説示して、上告を棄却した。
 本件では、承諾なく自動車内を調べた行為の適法性が問題となっている。この種事例を取り扱った最高裁判例はなく、下級審の裁判例もほとんどみられないが、本件では、警察官四人が、車内に乗り込んで、懐中電灯等を用い、座席の背もたれを前に倒すなどして丹念に車内を調べたというのであり、右行為が、承諾のない限り職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものであることは、おおむね異論のないところであろう。
 本決定は、このように違法とされた行為に引き続いて行われた現行犯逮捕手続、その逮捕中に行われた採尿手続をそれぞれ違法としている。証拠収集手続(本件では、採尿手続)に先行する捜査手続に違法がある場合、証拠収集手続それ自体が違法性を帯び、それによって得られた証拠の証拠能力に影響を及ぼすことがあることについては、前記②ないし④の各判例が明らかにしており、本決定がこれらの判例を前提にしていることは、決定文からも明らかである。
 その上で、本決定は、結論として被告人の尿の鑑定書の証拠能力を認めている。この点を検討するに当たっては、②、③が参考となる。本件とこれらの判例とは、違法な捜査手続に起因する身柄の留め置きないし逮捕中に被告人から提出された尿に関する証拠の証拠能力が争われたという点で共通の要素を含むからである。
 まず、先行する捜査手続の違法性の程度という観点から各事案を比較すると、②は、承諾のない任意同行、身柄の留め置きに違法があるとされた事案であり、③は、暴れる被告人を制止しながらパトカーで連行するなどしたという事案であって、いずれも違法とされた手続が被告人の身体に向けられているのに対し、本件は、覚せい剤の存在する可能性の高い自動車内を調べたというもので、身体に対する有形力の行使はない。また、判示の事実関係によれば、被告人につき覚せい剤の所持ないし使用の嫌疑があり、所持品検査の必要性、緊急性が認められることについては、さほど異論はないと思われる。このように、本件は、②、③の事案に比べ、先行する捜査手続の違法の程度は小さいということができよう。次いで、その後の捜査手続についてみると、本件では、採尿手続は何らの強制も加えられることなく行われるなど、手続にはそれ自体として違法はなく、この観点からは、本件と右各判例の事案との間に大きな差はないといってよいと思われる。
 こうしてみると、捜査手続を全体としてみた場合、本件は、前記各判例に比較し、違法の程度が大きいとはいえない事案であるように思われる。本決定が、本件自動車内を調べた行為の違法の程度は大きいとはいえないとし、採尿手続の違法についても、「いまだ重大とはいえない」とした上で、結論において被告人の尿の鑑定書の証拠能力を肯定しているのは、そうした趣旨であろう。
(2)検索型所持品検査と捜索との識別
証拠物の発見を目的とする探索は捜索、所持品の単なる確認は所持品検査・・・。
+判例(H15.5.26)
理由 
(各上告趣意に対する判断) 
 弁護人内山成樹、同大熊裕起の上告趣意及び被告人本人の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は実質において単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は所論引用の判例が事案を異にして本件に適切でなく、その余は事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。 
(職権判断) 
 以下、所論にかんがみ、職権をもって判断する。 
 第1 原判決の認定及び記録によれば、本件に関する捜査経過の概要は、次のとおりである。 
 (1) 被告人は、平成9年8月11日午後1時過ぎ、東京都西多摩郡瑞穂町(以下略)所在のいわゆるラブホテルである「A」(以下「本件ホテル」という。)301号室に1人で投宿した。本件ホテルの責任者Bは、同月12日朝、被告人がチェックアウト予定の午前10時になってもチェックアウトをせず、かえって清涼飲料水を一度に5缶も注文したことや、被告人が入れ墨をしていたことから、暴力団関係者を宿泊させてしまい、いつ退去するか分からない状況になっているのではないかと心配になり、また、職務上の経験から飲料水を大量に飲む場合は薬物使用の可能性が高いとの知識を有していたので、薬物使用も懸念した。Bは、再三にわたり、チェックアウト時刻を確認するため被告人に問い合わせたが、返答は要領を得ず、この間、被告人は、「フロントの者です。」とドア越しに声をかけられると「うるさい。」と怒鳴り返し、料金の精算要求に対しては「この部屋は二つに分かれているんじゃないか。」と言うなど、不可解な言動をした。このため、Bは、110番通報をし、警察に対し、被告人が宿泊料金を支払わないこと、被告人にホテルから退去してほしいことのほか、薬物使用の可能性があることを告げた。 
 (2) 警視庁福生警察署地域課所属の司法巡査C及び同Dは、同日午後1時11分ころ、パトカーで警ら中、通信指令本部から、本件ホテルで「料金上のゴタ」との無線通報を傍受し、直ちに本件ホテルへ向かった。その途中、通信指令本部から「相手は入れ墨をしている一見やくざ風の男」との連絡があり、また、福生警察署の上司から、薬物がらみの可能性もあるので事故防止には十分注意するようにとの指示を受けた。 
 (3) C、D両巡査は、同日午後1時38分ころ、本件ホテルに到着し、Bから事情説明を受けた。Bは、C巡査らに対し、被告人を部屋から退去させてほしいこと、被告人は入れ墨をしており、薬物を使用している可能性があること等を述べた(なお、同巡査らがBから、被告人が清涼飲料水を一度に5缶も注文したり、部屋が二つに分かれているのではないかなどと意味不明の言葉を発したりしていることを具体的に聞いた形跡がないことは、所論指摘のとおりと認められる。)。C巡査が301号室の被告人に電話をかけて料金の支払を促したところ、被告人から「分かった、分かった。」との返事があったが、Bからこれまでと同じ反応であると聞かされて、同巡査は、被告人が無銭宿泊ではないかとも考えた。しかし、C巡査は、被告人のいる場所がホテルの客室であるため、慎重を期す必要があると考え、福生警察署の上司に電話で相談したところ、部屋に行って事情を聞くようにとの指示を受けたので、Bの了解の下に、無銭宿泊の疑いのほか、薬物使用のことも念頭に置いて、警察官職務執行法2条1項に基づき職務質問を行うこととし、B、D巡査及び先に臨場していた駐在所勤務のE巡査部長と共に、4人で301号室へ赴いた。 
 (4) C巡査は、301号室に到着すると、ドアをたたいて声をかけたが、返事がなかったため、無施錠の外ドアを開けて内玄関に入り、再度室内に向かって「お客さん、お金払ってよ。」と声をかけた。すると、被告人は、内ドアを内向きに約20ないし30センチメートル開けたが、すぐにこれを閉めた同巡査は、被告人が全裸であり、入れ墨をしているのを現認したことに加え、制服姿の自分と目が合うや被告人が慌てて内ドアを閉めたことに不審の念を強め、職務質問を継続するため、被告人が内側から押さえているドアを押し開け、ほぼ全開の状態にして、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止したが、その途端に被告人が両手を振り上げて殴りかかるようにしてきた。そこで、同巡査は、とっさに被告人の右腕をつかみ、次いで同巡査の後方にいたD巡査も被告人の左腕をつかみ、その手を振りほどこうとしてもがく被告人を同室内のドアから入って右手すぐの場所に置かれたソファーに座らせ、C巡査が被告人の右足を、D巡査がその左足をそれぞれ両足ではさむようにして被告人を押さえつけた。このとき、被告人は右手に注射器を握っていた。両巡査は、被告人が突然暴行に出るという瞬間的な出来事に対し、ほとんど反射的に対応するうち、一連の流れの中で被告人を制止するため不可避的に内ドアの中に立ち入る結果になったものであり、意識的に内ドアの中に立ち入ったものではなかった。 
 (5) C巡査は、被告人の目がつり上がった様子やその顔色も少し悪く感じられたこと等から、「シャブでもやっているのか。」と尋ねたところ、被告人は、「体が勝手に動くんだ。」、「警察が打ってもいいと言った。」などと答えた。そのころ、D巡査は、被告人が右手に注射器を握っているのに気付き、C巡査が被告人の手首付近を握ってこれを手放させた。被告人は、その後も暴れたので、C、D両巡査は、引き続き被告人を押さえつけていた。 
 (6) 応援要請に基づき臨場したF巡査は、同室内の床に落ちていた財布や注射筒、注射針を拾って付近のテーブル上に置いた。警察官らが被告人に対し氏名等を答えるよう説得を続けるうち、やがて被告人が氏名等を答えたので、無線で犯罪歴の照会をしたところ、被告人には覚せい剤取締法違反の前歴のあることが判明した。F巡査は、被告人に対し、テーブル上の財布について、「これはだれのだ。」などと質問し、C、D両巡査も加わって追及するうち、被告人が自分の物であることを認めたので、F巡査において、「中を見せてもらっていいか。」と尋ねた。被告人は返答しなかったが、警察官らで説得を続けるうち、被告人の頭が下がったのを見て、F巡査は、被告人が財布の中を見せるのを了解したものと判断し、二つ折りの上記財布を開いて、ファスナーの開いていた小銭入れの部分からビニール袋入りの白色結晶を発見して抜き出した(なお、財布に係る所持品検査について、被告人の承諾があったものとは認められない。)。警察官らは、被告人に対し、これは覚せい剤ではないかと追及したが、被告人は、「おれは知らねえ。おれんじゃねえから、勝手にしろ。」などと言った。 
 (7) 薬物の専務員として臨場した福生警察署生活安全課のG巡査は、被告人に対して覚せい剤の予試験をする旨告げた上で、被告人に見えるように同室内のベッド上で前記ビニール袋入りの白色結晶につき予試験を実施したところ、覚せい剤の陽性反応があった。そこで、同日午後2時11分、C巡査らは、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、その場でビニール袋入りの白色結晶1袋、注射筒1本、注射針2本等を差し押さえた。C、D両巡査は、上記逮捕に至るまで全裸の被告人を押さえ続けていたが、仮に押さえるのをやめた場合には、警察官側が殴られるような事態が予想される状況にあった。 
 (8) 警察官らは、被告人を逮捕中の同月13日、被告人の覚せい剤使用事実を明らかにするため、上記覚せい剤所持事件の捜査過程で収集された証拠を疎明資料として、被告人の尿に係る捜索差押許可状の発付を受け、同許可状に基づき医師が被告人の尿を採取した。 
 第2 以上の事実関係に基づき、本件捜査手続の適否及びその過程で収集された関係証拠の証拠能力について検討する。 
 1 警察官が内ドアの敷居上辺りに足を踏み入れた措置について 
 一般に、警察官が警察官職務執行法2条1項に基づき、ホテル客室内の宿泊客に対して職務質問を行うに当たっては、ホテル客室の性格に照らし、宿泊客の意思に反して同室の内部に立ち入ることは、原則として許されないものと解される。 
 しかしながら、【要旨1】前記の事実経過によれば、被告人は、チェックアウトの予定時刻を過ぎても一向にチェックアウトをせず、ホテル側から問い合わせを受けても言を左右にして長時間を経過し、その間不可解な言動をしたことから、ホテル責任者に不審に思われ、料金不払、不退去、薬物使用の可能性を理由に110番通報され、警察官が臨場してホテルの責任者から被告人を退去させてほしい旨の要請を受ける事態に至っており、被告人は、もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。そして、警察官は、職務質問を実施するに当たり、客室入口において外ドアをたたいて声をかけたが、返事がなかったことから、無施錠の外ドアを開けて内玄関に入ったものであり、その直後に室内に向かって料金支払を督促する来意を告げている。これに対し、被告人は、何ら納得し得る説明をせず、制服姿の警察官に気付くと、いったん開けた内ドアを急に閉めて押さえるという不審な行動に出たものであった。このような状況の推移に照らせば、被告人の行動に接した警察官らが無銭宿泊や薬物使用の疑いを深めるのは、無理からぬところであって、質問を継続し得る状況を確保するため、内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止したことは、警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随するものとして、適法な措置であったというべきである。本件においては、その直後に警察官らが内ドアの内部にまで立ち入った事実があるが、この立入りは、前記のとおり、被告人による突然の暴行を契機とするものであるから、上記結論を左右するものとは解されない。 
 2 財布に係る所持品検査について 
 職務質問に付随して行う所持品検査は、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合がある(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。 
 【要旨2】前記の事実経過によれば、財布に係る所持品検査を実施するまでの間において、被告人は、警察の許可を得て覚せい剤を使用している旨不可解なことを口走り、手には注射器を握っていた上、覚せい剤取締法違反の前歴を有することが判明したものであって、被告人に対する覚せい剤事犯(使用及び所持)の嫌疑は、飛躍的に高まっていたものと認められる。また、こうした状況に照らせば、覚せい剤がその場に存在することが強く疑われるとともに、直ちに保全策を講じなければ、これが散逸するおそれも高かったと考えられる。そして、眼前で行われる所持品検査について、被告人が明確に拒否の意思を示したことはなかった。他方、所持品検査の態様は、床に落ちていたのを拾ってテーブル上に置いておいた財布について、二つ折りの部分を開いた上ファスナーの開いていた小銭入れの部分からビニール袋入りの白色結晶を発見して抜き出したという限度にとどまるものであった。以上のような本件における具体的な諸事情の下においては、上記所持品検査は、適法に行い得るものであったと解するのが相当である。 
 なお、警察官らが約30分間にわたり全裸の被告人をソファーに座らせて押さえ続け、その間衣服を着用させる措置も採らなかった行為は、職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えており、そのような状況の下で実施された上記所持品検査の適否にも影響するところがあると考えられる。しかし、前記の事実経過に照らせば、被告人がC巡査に殴りかかった点は公務執行妨害罪を構成する疑いがあり、警察官らは、更に同様の行動に及ぼうとする被告人を警察官職務執行法5条等に基づき制止していたものとみる余地もあるほか、被告人を同罪の現行犯人として逮捕することも考えられる状況にあったということができる。また、C巡査らは、暴れる被告人に対応するうち、結果として前記のような制圧行為を継続することとなったものであって、同巡査らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があった証跡はない。したがって、上記行為が職務質問に付随するものとしては許容限度を超えていたとの点は、いずれにしても、財布に係る所持品検査によって発見された証拠を違法収集証拠として排除することに結び付くものではないというべきである。 
 3 採取された尿について 
 上記のとおり、覚せい剤所持事件の捜査過程で収集された証拠については、違法収集証拠として排除すべき事由はないから、これらを疎明資料として発付された令状により採取された尿について、その収集手続の違法を問題とする余地はないというべきである。 
 4 結論 
 以上のとおりであるから、財布に係る所持品検査によって発見された前記ビニール袋入りの白色結晶を含め、覚せい剤所持罪による現行犯逮捕に伴って被告人から押収された証拠及びその派生証拠については、その収集手続に証拠能力に影響を及ぼすような違法はなく、また、これらの証拠を疎明資料として発付された捜索差押許可状により採取された尿の鑑定結果についても、上記のような違法はないことに帰する。したがって、これと同旨の原判決の結論は正当である。 
 よって、刑訴法414条、386条1項3号より、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎) 
++解説
《解  説》
 一 事案の概要
 本件は、覚せい剤の自己使用及びホテル客室における覚せい剤所持の事案である。
 本件摘発の発端は、ラブホテルに単身で投宿した被告人が、翌日チェックアウトの時刻になっても一向にその手続をしなかったため、無銭宿泊などの疑いを生じたことにある。ホテル側からの一一〇番通報を受けて警察官が臨場し、ホテル客室に赴いて職務質問を実施したところ、その過程で、被告人が覚せい剤を所持していることが発覚した。その後、強制採尿令状に基づく尿検査により、覚せい剤を使用していたことも発覚した。
 本件の公訴事実は、次のようなものであった。
 「被告人は、
第1 法定の除外事由がないのに、平成九年八月上旬から同月一二日までの間、東京都内又はその周辺において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン若干量を自己の身体に摂取し、もって、覚せい剤を使用し、
第2 みだりに、同月一二日、東京都西多摩郡〈番地略〉ホテルA三〇一号室において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約〇・二三二グラムを所持した
ものである。」
 二 争点
 本件では、令状を持たない警察官が、ホテル側の要請に基づき、職務質問のためホテル客室へ立ち入ったことの適法性等が争われた。
 一審判決(東京地八王子支判平10・10・28本誌一〇〇九号二九五頁、判時一六六六号一五六頁)は、警察官がホテル客室へ立ち入った点等を違法とした上、その際獲得された覚せい剤及びそこから派生した鑑定書等の証拠は、すべて証拠能力がないとして、被告人を無罪とした(一審判決を紹介したものとして、宇藤崇「覚せい剤取締法違反と違法収集証拠の排除」平11重判解一九三頁)。
 これに対し、原判決(東京高判平11・8・23本誌一〇二四号二八九頁)は、客室への立入りは適法であったとし、また、その後の所持品検査には一部行き過ぎた点もあったが、その違法は、覚せい剤等の証拠能力に影響を及ぼすほど重大であるとまではいえないとして、破棄・差戻しの判断を示した(原判決を紹介したものとして、髙部道彦「違法収集証拠であることを理由に押収に係る覚せい剤等の証拠能力を否定して無罪を言い渡した原判決を破棄し、その証拠能力を肯定した事例」研修六二〇号三頁)。
 なお、三井誠「違法収集証拠の排除」法教二六四号一一八頁、二六五号一二三頁、二六六号一三一頁は、違法収集証拠の排除に関する事例紹介の中で、本件一、二審判決に言及している。
 三 職務質問及び立入りの適否
 本決定は、原判決の認定及び記録に基づき、捜査経過について比較的詳しい事実摘示をした上で、「警察官が内ドアの敷居上辺りに足を踏み入れた措置について」と題する項目で、その適否を取り上げている。これは、この問題が一、二審の判断が分かれた基本的な論点であったからであろう。
 本決定は、まず、ホテル客室の性格に照らし、職務質問を行う警察官が宿泊客の意思に反してホテル客室内に立ち入ることは、原則として許されない旨を判示している。これは、ホテル客室が住居に準ずる場所であることに照らし、原則論としては、当然の判示であろう。その上で、本決定は、具体的な事実関係に即して、決定要旨一のとおり判示した。
 職務質問等の適否及び違法収集証拠の取扱いに関する最高裁の先例としては、①最一小判昭53・9・7刑集三二巻六号一六七二頁、本誌三六九号一二五頁、②最二小判昭61・4・25刑集四〇巻三号二一五頁、本誌六〇〇号七八頁、③最二小決昭63・9・16刑集四二巻七号一〇五一頁、本誌六八〇号一二一頁、④最三小決平6・9・16刑集四八巻六号四二〇頁、本誌八六二号二六七頁、⑤最三小決平7・5・30刑集四九巻五号七〇三頁、本誌八八四号一三〇頁などがある。これらは、いずれも薬物事犯に係るものである。なお、薬物事犯に係るものではないが、判例①に先立ち、職務質問に付随して行う所持品検査の適否につき、判例①と同旨を判示したものとして、⑥最三小判昭53・6・20刑集三二巻四号六七〇頁、本誌三六六号一五二頁(米子の銀行強盗事件)がある。また、下級審のものであるが、本件と同様、ホテルの客室への立入りが問題となった事例としては、⑦福岡高判平4・1・20本誌七九二号二五三頁、⑧福岡地小倉支判平3・3・29本誌七九二号二五六頁(⑦の原判決)がある。
 本件は、事実関係の個性が強いため、これらの先例から直ちに結論を演繹できるようなケースではないであろうが、本決定においては、被告人の宿泊客としての地位が、自らの不審な言動に起因して既に大きく揺らいでいたことが重視されており、そのことは、「被告人は、もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。」との説示部分に端的に現れているということができよう。
 ところで、一、二審判決を対比すると、警察官が本件客室へ立ち入る際の状況については、法律判断の前提となる事実認定を異にする点がある。すなわち、原判決は、警察官が客室内に立ち入った後に被告人が暴行行為に及んだとする一審判決の認定は事実誤認であるとし、正しくは、警察官が内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れた途端、被告人が両手の拳を振り上げて殴りかかるようにしてきたものであるとして、認定替えをしている。本決定は、この原判決の認定(本決定理由第1の(4)に相当)を前提に法律判断を示したものである。なお、一審判決も、「職務質問の実施・継続を確保するため、被告人が自ら開けた客室のドアを閉めようとするときに、そのドアを手で引き留めたり、ドアとドア枠の間に足を挟み入れるなどして、ドアが閉まることを阻止するため必要かつ相当な有形力を行使することは、警職法二条一項に定める停止行為に準ずるものとして許されると解される。」と説示していた。そうしてみると、原判決によって認定替えされた事実を共通の前提とするときは、一審判決の立場と原判決及び本決定の立場との間には、さほどの相違はないとの見方も可能であろう。
 四 所持品検査の適否
 次に、本決定は、「財布に係る所持品検査について」と題する項目で、覚せい剤が入っていた財布の所持品検査の適否を検討している。
 本決定は、前記各最高裁判例のうち、基本判例と目される①を引用して、職務質問に付随して行う所持品検査に関する一般論を確認している。その上で、本件の事実経過を踏まえて、決定要旨二のとおり判示した。
 警察官が内ドアの敷居上辺りに足を踏み入れた措置が適法であるとすれば、その後の事態の推移に照らし、財布に係る所持品検査の適法性は、判例の示す指針からみて、あまり問題はないように思われる。ただし、本件においては、所持品検査の間、警察官が全裸の被告人を約三〇分間にわたりソファーに座らせて押え続け、その間衣服を着用させる措置も採らなかったという事情があった。
 本決定は、この点についても検討を加え、警察官のこうした行為は、職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えている旨を指摘している。しかしながら、本決定は、警察官は、殴りかかってくる被告人を警職法五条等に基づき制止していたものとみる余地もあるほか、公務執行妨害罪の現行犯人としてこれを逮捕することも考えられる状況にあったと指摘し、警察官の行為が職務質問とは別の根拠で正当化され得ることに言及しており、所持品検査が違法であった旨の判示はみられない。これは、原判決が、全裸の被告人を約三〇分間にわたって押さえ続けた行為について、職務質問に伴うものとして許容される限度を超えて行き過ぎがあったとし、そのような行き過ぎた身体拘束下に置かれた被告人に対する所持品検査も、その許容される限度を超えたものと評価せざるを得ない(ただし、その違法は証拠能力に影響を及ぼすほど重大であるとまではいえない。)と判示していたのとは、趣を異にしている。他方、本決定は、警察官らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があった証跡はないことにも言及した上で、所持品検査によって発見された覚せい剤の証拠能力を肯定している。
 本決定が、所持品検査によって発見された覚せい剤の証拠収集過程を完全に適法とみているのか、それとも一定の限度では違法とみているのかは、必ずしも明確ではない。これは、警察官に殴りかかってきた被告人の行為が真実公務執行妨害罪を構成するのかどうか、また、警察官の行為が実際に警職法五条等に基づく制止行為であったのかどうか等の認定問題と関連しているのではないかと思われる。すなわち、本決定は、法律審としての性格上、新たな認定に立ち入ることは避け、上記のような認定問題については、ある程度の幅を想定しながら、当面のテーマである証拠能力の有無という論点について、訴訟の進行上必要な結論的判断を示したものと理解されよう。なお、本決定のいう制止行為としては、警職法五条に基づくもののほか、いわゆる現行犯鎮圧行為(横浜郵便局事件に関する東京高判昭41・8・26高刑一九巻六号六三一頁、本誌二〇二号一五七頁、同事件に関する第二次控訴審判決である東京高判昭47・10・20高刑二五巻四号四六一頁、本誌二八三号一二〇頁、判時六八九号五一頁、東京地裁庁外退去命令事件に関する東京地判昭46・4・16判時六三四号九七頁など)が考えられるであろう。
 本件の論点と直接関連するものではないが、違法収集証拠の排除をめぐる最近の最高裁判例として、最二小判平15・2・14刑集五七巻二号一二一頁、本誌一一一八号九四頁(大津覚せい剤証拠排除事件)がある。
 五 本決定の意義
 ホテル客室における薬物使用と職務質問をめぐる問題は、日常的に生起し得るものと思われるが、先例の集積という観点からみると、この点に関する判例、裁判例は、これまで必ずしも多くはなかったのが実情である。本決定は、一、二審の判断が分かれた事案について、最高裁が詳細な事実関係を摘示した上で具体的な判断を示したものであり、その実務上の意義は少なくないものと思われる。
+判例(S63.9.16)
理由 
 被告人本人の上告趣意のうち、捜査手続及び違法収集証拠の採用の各違憲をいう点は、証拠の証拠能力に関する原判決の判断を論難する実質単なる法令違反、事実誤認の主張に帰するものであり、憲法三八条一項違反をいう点は、所論の自白調書の任意性を疑わせる証跡は認められないから前提を欠き、憲法三七年二項違反をいう点は、実質単なる法令違反の主張であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、すべて適法な上告理由に当たらない。弁護人二瓶廣志の上告趣意のうち、捜査手続及び違法収集証拠の採用の各違憲をいう点が実質単なる法令違反、事実誤認の主張であり、憲法三八条違反をいう点が前提を欠くことは、前同様であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、すべて適法な上告理由に当たちない。 
 本件覚せい剤等の証拠物並びに覚せい剤及び尿に関する各鑑定書を違法収集証拠として排除すべきであるとする所論にかんがみ、以下職権により検討する。 
 一 原判決の是認する一審判決の認定によれば、次の経過が認められる。 
 (1) 昭和六一年六月一四日午前一時ころ、警視庁第二自動車警ら隊所属のA巡査部長とB巡査が東京都台東区内の通称浅草国際通りをパトカーで警ら中、暗い路地から出て来た一見暴力団員風の被告人を発見し、A巡査部長がパトカーを降りて被告人に近づいて見ると、覚せい剤常用者特有の顔つきをしていたことから、覚せい剤使用の疑いを抱き、職務質問をすべく声をかけたところ、被告人が返答をせずに反転して逃げ出したため、被告人を停止すべく追跡した。(2) 途中から応援に駆けつけた付近の交番のC巡査とD巡査らも加わつて追跡し、被告人が自ら転倒したところに追いつき、B巡査を加えた四名の警察官が、その場で暴れる被告人を取り押さえ、凶器所持の有無を確かめるべく、着衣の所持品検査を行つたが、凶器等は発見されなかつた。(3) そのころ、多くの野次馬が集まつてきたため、A巡査部長は、その場で職務質問を続けるのが適当でないと判断し、取り押さえている被告人に対し、車で二、三分の距離にある最寄りの浅草署へ同行するよう求めたが、被告人が片手をパトカーの屋根上に、片手をドアガラスの上に置き、突つ張るような状態で乗車を拒むので、説得したところ、被告人、渋々ながら手の力を抜いて後部座席に自ら乗車した。(4) その際、被告人の動静を近くから注視していたA巡査部長は、被告人が紙包みを路上に落とすのを現認し、被告人にこれを示したが、同人が知らない旨答えたため、中味を見分したところ、覚せい剤様のものを発見し、それまでの捜査経験からそれが覚せい剤であると判断して、そのまま保管した。(5)被告人が乗車後も肩をゆすり、腕を振るなどして暴れるため、警察官が両側から被告人の手首を握るなどして制止する状態のまま、浅草署に到着し、両側から抱えるような状態で同署四階の保安係の部屋まで被告人を同行した。(6) 同室では、被告人の態度も落ち着いてきたため、A巡査部長が職務質問に当たり、被告人の氏名、生年月日等を尋ねたところ、被告人が着衣のポケツトから自ら身体障害者手帳等を取り出して机の上に置き、次いで所持品検査を求めると、被告人がふてくされた態度で上衣を脱いで投げ出したので、所持品検査についての黙示の承認があつたものと判断し、A巡査部長が右上衣を調べ、B、Dの両巡査が被告人の着衣の上から触れるようにして所持品検査をするうち、外部から見て被告人の左足首付近の靴下の部分が脹らんでいるのを見つけ、そのまま中のものを取り出して確認したところ、覚せい剤様のもの一包みや注射器、注射針等が発見された。(7)右(4)及び(6)の覚せい剤様のものの試薬検査を実施したところ、覚せい剤特有の反応が出たため、同日午前一時二〇分ころ、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕するとともに、右覚せい剤二包みと注射器等を差し押さえた。(8) その後、被告人に排尿とその尿の提出を求めたところ、被告人は当初弁護人の立ち会いを求めるなどして応じなかつたが、警察官から説得され、納得して任意に尿を出し提出したため、右尿を領置した。 
 二 以上の経過に即して、警察官の捜査活動の適否についてみるに、右(3)及び(5)の浅草署への被告人の同行は、被告人が渋々ながら手の力を抜いて後部座席に自ら乗車した点をいかに解しても、その前後の被告人の抵抗状況に徴すれば、同行について承諾があつたものとは認められない。次に、浅草署での(6)の所持品検査(以下、「本件所持品検査」という。)についても、被告人がふてくされた態度で上衣を脱いで投げ出したからといつて、被告人がその意思に反して警察署に連行されたことなどを考えれば、黙示の承諾があつたものとは認められない。本件所持品検査は、被告人の承諾なく、かつ、違法な連行の影響下でそれを直接利用してなされたものであり、しかもその態様が被告人の左足首付近の靴下の脹らんだ部分から当該物件を取り出したものであることからすれば、違法な所持品検査といわざるを得ない。次に、(8)の採尿手続自体は、被告人の承諾があつたと認められるが、前記一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用して、これに引き続いて行われたものであるから、違法性を帯びるものと評価せざるを得ない(最高裁昭和六〇年(あ)第四二七号同六一年四月二五日第二小法廷判決・刑集四〇巻三号二一五頁参照。 
 三 所持品検査及び採尿手続が違法であると認められる場合であつても、違法手続によつて得られた証拠の証拠能力が直ちに否定されると解すべきではなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、その証拠能力が否定されるといつべきである(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。 
 これを本件についてみると、職務質問の要件が存在し、所持品検査の必要性と緊急性とが認められること、A巡査部長は、その捜査経験から被告人が落とした紙包みの中味が覚せい剤であると判断したのであり、被告人のそれまでの行動、態度等の具体的な状況からすれば、実質的には、この時点で被告人を右覚せい剤所持の現行犯人として逮捕するか、少なくとも緊急逮捕するてとが許されたといえるのであるから、警察官において、法の執行方法の選択ないし捜査の手順を誤つたものにすぎず、法規からの逸脱の程度が実質的に大きいとはいえないこと、警察官らの有形力の行使には暴力的な点がなく、被告人の抵抗を排するためにやむを得ずとられた措置であること、警察官において令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があつたとはいえないこと、採尿手続自体は、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思での応諾に基づいて行われていることなどの事情が認められる。これらの点に徴すると、本件所持品検査及び採尿手続の違法は、未だ重大であるとはいえず、右手続により得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、右証拠の証拠能力を肯定することができる。なお、右(4)の被告人が落とした覚せい剤の差押手続には、何ら違法な点はないのであるから、その証拠能力を肯定することができる。 
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、主文のとおり決定する。 
 この決定は、裁判官島谷六郎、同奥野久之の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。 
+反対意見
 裁判官島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。 
 私は、本件所持品検査及び採尿手続により得られた証拠の証拠能力を肯定する多数意見には、賛成することができない。本件は、被告人をその意に反して警察署に連行したうえ、被告人をその支配下に置いた状況を直接利用して、違法な所持品検査を行い、引き続き一連の行為として違法と評価される採尿手続により尿を提出させたという事案であつて、最も典型的な違法捜査というべきものである。特に、警察署への意に反する本件連行は、いかに被告人が抵抗していたからとはいえ、警察官職務執行法二条三項によつて厳に禁じられているところであり、まさに逮捕に類するものというべきであああつて、その違法性はまことに重大である。このように違法な連行に引き続き、かつ、これを直接利用してなされた本件所持品検査及び採尿手続の違法も重大なものといわなければならない。かかる態様の捜査について、単にこれを違法とするだけで、その結果得られた証拠の証拠能力を認めることは、違法な捜査を抑制するという見地からして、相当ではない。けだし、このような違法捜査は、警察官において職務熱心の余り偶々なされる類のものであるとしても、なお構造的に再発する危険をはらむ事象であるから、警察官職務執行法二条三項は、そのきつかけとなる警察署への意に反する連行を例外を許さず禁じているのである。したがつて、本件のような違法収集証拠の証拠能力を否定することが、かかる違法捜査を抑制する上で肝要であるといわざるをえない。 
 多数意見が証拠能力を肯定する根拠として挙げている点のうち、本件を捜査手順の誤りとする前提として、(4)の時点において、被告人が落した紙包みの中味が覚せい剤であり、これを所持する被告人を現行犯逮捕又は緊急逮捕することが許されたとする点については、疑問がある。すなわち、覚せい剤であることの確認について、もとより必ず予試験の実施が必要である訳ではないが、判例等において、予試験を経ずに覚せい剤であると確認しうるとされた事案を見れば、例えば、身近に注射器等が散在するといつたより具体的に覚せい剤の所持た疑わせる客観的状況が認められる場合であつて、本件程度の状況で現行犯逮捕ないし緊急逮捕が許されるとなしうるか疑問が残るといわざるをえない。そうであるからこそ、A巡査部長もその時点での逮捕に踏み切らなかつたのであつて、これを単なる捜査手順の誤りとみるのは、相当でない。また、現に捜査実務ではより慎重を期して予試験による結果を待つて、覚せい剤であることの確認を得て、現行犯逮捕に移つているのが一般であると思われるから、多数意見のような判断は、この妥当な実務の扱いを弛緩させるおそれがあり、問題である。なお、少なくとも浅草署に到着した時点で、所持品検査に先立ち、被告人が落した紙包みの中味についての予試験をして、それが覚せい剤であることを確認しておれば、現行犯逮捕が許されたのであるから、これをせずに所持品検査を行つた点を捉えて、単なる捜査手順の誤りに過ぎないとする見方もあるも知れないが、こう解したとしても、それ以前には逮捕が許されなかつたことには変わりがないから、それに先立つ連行の違法の重大性を拭い去ることはできないというべきである。その他多数意見が挙げる諸点を考慮しても、本件連行とそれに引き続く所持品検査及び採尿手続には令状主義の精神を没却するような重大な違法があるといわざるをえず、本件証拠を証拠として許容することは、将来における違法な搜査の抑制の見地から相当でなく、その証拠能力は否定されるべきである。よつて、本件証拠の証拠能カを肯定した原判決は、法会の解釈適用を誤つた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。 
 裁判官奥野久之は、裁判官島谷六郎の反対意見に同調する。 
 (裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 牧圭次 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之) 
第4 その他の論点
(1)予試験の法的根拠
・222条1項が準用する111条所定の「必要な処分」とするもの
まあ、こっちか・・・。
・「鑑定処分」とするもの
(2)証拠発見手続の違法性
+判例(S61.4.25)
理由 
 検察官の上告趣意は、判例違反をいうが、原判決は所論引用の判例と相反する法律判断をしておらず、あるいは所論引用の判例は事案を異にして本件に適切でないから、所論は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決は以下の理由により破棄を免れない。 
 一 原判決が認定する事実関係は、次のとおりである。 
 奈良県生駒警察署防犯係の係長巡査部長A、巡査部長B、巡査Cの三名は、複数の協力者から覚せい剤事犯の前科のある被告人が再び覚せい剤を使用しているとの情報を得たため、昭和五九年四月一一日午前九時三〇分ころ、いずれも私服で警察用自動車(ライトバン)を使つて、生駒市内の被告人宅に赴き、門扉を開けて玄関先に行き、引戸を開けずに「Dさん、警察の者です」と呼びかけ、更に引戸を半開きにして「生駒署の者ですが、一寸尋ねたいことがあるので、上つてもよろしいか」と声をかけ、それに対し被告人の明確な承諾があつたとは認められないにもかかわらず、屋内に上がり、被告人のいた奥八畳の間に入つた。右警察官三名は、ベツトで目を閉じて横になつていた被告人の枕許に立ち、A巡査部長が「Dさん」と声をかけて左肩を軽く叩くと、被告人が目を開けたので、同巡査部長は同行を求めたところ、金融屋の取立てだろうと認識したと窺える被告人は、「わしも大阪に行く用事があるから一緒に行こう」と言い、着替えを始めたので、警察官三名は、玄関先で待ち、出てきた被告人を停めていた前記自動車の運転席後方の後部座席に乗車させ、その隣席及び助手席にそれぞれB、A両巡査部長が乗車し、C巡査が運転して、午前九時四〇分ころ被告人宅を出発した。被告人は、車中で同行しているのは警察官達ではないかと考えたが、反抗することもなく、一行は、午前九時五〇分ころ生駒警察署に着いた。午前一〇時ころから右警察署二階防犯係室内の補導室において、B巡査部長は被告人から事情聴取を行つたが、被告人は、午前一一時ころ本件覚せい剤使用の事実を認め、午前一一時三〇分ころ右巡査部長の求めに応じて採尿してそれを提出し、腕の注射痕も見せた。被告人は、警察署に着いてから右採尿の前と後の少なくとも二回、B巡査部長に対し、持参の受験票を示すなどして、午後一時半までに大阪市鶴見区のタクシー近代化センターに行つてタクシー乗務員になるための地理試験を受けることになつている旨申し出たが、同巡査部長は、最初の申し出については返事をせず、尿提出後の申し出に対しては、「尿検の結果が出るまでおつたらどうや」と言つて応じなかつた。午後二時三〇分ころ尿の鑑定結果について電話回答があつたことから、逮捕状請求の手続がとられ、逮捕状の発付を得て、B巡査部長が午後五時二分被告人を逮捕した。 
 二 原判決は、右のような事実認定を前提に、警察官三名による被告人宅への立ち入りは、被告人の明確な承諾を得たものとは認め難く、本件任意同行は、被告人の真に任意の承諾の下に行われたものでない疑いのある違法なものであり、受験予定である旨の申し出に応じることなく退去を阻んで、逮捕に至るまで被告人を警察署に留め置いたのは、任意の取調べの域を超える違法な身体拘束であるといわざるを得ないので、そのような違法な一連の手続中に行われた本件尿の提出、押収手続(以下、採尿手続という)は、被告人の任意提出書や尿検査についての同意書があるからといつて、適法となるものではなく、その尿についての鑑定書の証拠能力は否定されるべきであるとする。 
 そこで勘案するに、本件においては、被告人宅への立ち入り、同所からの任意同行及び警察署への留め置きの一連の手続と採尿手続は、被告人に対する覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられたものであるうえ、採尿手続は右一連の手続によりもたらされた状態を直接利用してなされていることにかんがみると、右採尿手続の適法違法については、採尿手続前の右一連の手続における違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断するのが相当である。そして、そのような判断の結果、採尿手続が違法であると認められる場合でも、それをもつて直ちに採取された尿の鑑定書の証拠能力が否定されると解すべきではなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、右鑑定書を証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、右鑑定書の証拠能力が否定されるというべきである(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。以上の見地から本件をみると、採尿手続前に行われた前記一連の手続には、被告人宅の寝室まで承諾なく立ち入つていること、被告人宅からの任意同行に際して明確な承諾を得ていないこと、被告人の退去の申し出に応ぜず警察署に留め置いたことなど、任意捜査の域を逸脱した違法な点が存することを考慮すると、これに引き続いて行われた本件採尿手続も違法性を帯びるものと評価せざるを得ないしかし、被告人宅への立ち入りに際し警察官は当初から無断で入る意図はなく、玄関先で声をかけるなど被告人の承諾を求める行為に出ていること、任意同行に際して警察官により何ら有形力は行使されておらず、途中で警察官と気付いた後も被告人は異議を述べることなく同行に応じていること、警察官において被告人の受験の申し出に応答しなかつたことはあるものの、それ以上に警察署に留まることを強要するような言動はしていないこと、さらに、採尿手続自体は、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思での応諾に基づき行われていることなどの事情が認められるのであつて、これらの点に徴すると、本件採尿手続の帯有する違法の程度は、いまだ重大であるとはいえず、本件尿の鑑定書を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、本件尿の鑑定書の証拠能力は否定されるべきではない。 
 三 してみると、本件尿の鑑定書の証拠能力を否定した原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。 
 よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、同法四一三条本文に従い、本件を原裁判所である大阪高等裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。 
 この判決は、裁判官島谷六郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。 
+反対意見
 裁判官島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。 
 私は、本件における尿の鑑定書の証拠能力を肯定する多数意見には、賛成することができない。 
 本件では、警察官らの被告人宅への立ち入り、警察署への任意同行及び同所での留め置きの点に違法がある。すなわち、第一に、被告人宅への立ち入りの点は、警察官らが被告人の承諾を得ないままその家に上がり、奥八畳間まで入つて寝ていた被告人の枕許に立ち、被告人の肩を叩いて起床させたというのであるから、それは住居の不可侵の権利を侵し、私生活の平穏を害することはなはだしい行為である。第二に、警察署への同行の点は、警察官の身分と要件を明らかにしたうえで被告人の承諾を得たものでなく、起床したばかりの被告人が、枕許に立つ私服の警察官らを見て、取り立てに来た金融屋だと考え、自分も大阪へ行く用があるからと言つて、警察官らの車に乗り込んだ疑いが濃いものであつて、警察への同行を求められてこれに応じたものではなく、任意同行とは到底評価し得ないものである。第三の警察署に留め置いた点は、同日午後に行われるタクシー乗務員となるための試験の受験の申し出を無視して取調べを続行したというものであり、任意の取調べにおいては、警察官としては被取調者からの理由ある退去の要求は尊重し、それなりの対応をすべきであつて、それを無視してよいものではなく、本件での警察官の所為は、退去の自由を認める任意の取調べの原則に悖るものとの非難を免れることはできない。そして、この留め置きの間に採尿が行われたのである。 
 多数意見は、このような本件採尿までの手続及び採尿手続を違法であると評価はするのであるが、その結果得られた尿の鑑定書の証拠能力は否定すべきものではないとする。しかし、私はそのようには考えない。採尿に至るまでの経過に徴すると、本件警察官らの行為の違法性はまことに重大であつて、それによつて得られた証拠の証拠能力を肯定することは、このような違法な捜査を容認する結果になると思料する。 
 とくに、警察官らが被告人の明確な承諾なしにその住居に立ち入つた点は、重大である。警察官らは被告人の任意同行を求めるつもりで被告人宅に赴いたのであろうが、警察官らが赴いた午前九時半ころには、まだ被告人は就床中であつた。警察官らははじめは屋外から声をかけたが、これに対する応答がないまま住居に入り、被告人の寝室にまで立ち入つたのである。しかし、一応声はかけてあるのだから、応答がなくとも、私人の住居に立ち入つてよい、というものではない。居住者の明確な承諾を得ることなく、警察官が私人の住居に入り込むことは、許されない。これは憲法三五条の明白な違反である。いかに捜査の必要があるといつても、警察官としてはそのような行動をとるべきでなく、被告人に任意同行を求めるのであるならば、それに相応した慎重な行動がなされるべきである。本件における警察官らの行動は、令状なしに私人の住居へ入るという重大な違法性を帯びているものである。しかも、その後の警察署への同行は任意同行といいえないものであること、及び警察署への留め置きが違法であることは、前述のとおりである。このような状況においてなされた採尿は、それだけを切り離して評価すべきものではなく、被告人宅への立ち入り以降の一連の手続とともに全体として評価すべきものである。そして、全体として評価するとき、これらの手続には令状主義の精神を没却するような重大な違法があるといわざるを得ず、右の鑑定書を証拠として許容することは、違法な捜査の抑制の見地から相当でなく、その証拠能力は否定されるべきである。 
 よつて、本件上告は、職権で破棄すべき理由はないので、棄却すべきである。 
 検察官押谷靱雄 公判出席 
 (裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 大橋進 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一) 
+判例(H15.2.14)
理由 
 検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。 
 しかしながら、所論にかんがみ、職権をもって調査すると、以下のとおり、原判決のうち、覚せい剤使用に関する部分は是認することができるが、覚せい剤所持及び窃盗に関する部分は破棄を免れない。 
 1 原判決の認定及び記録によれば、本件捜査及びその後の経過は、次のとおりである。 
 (1) 被告人に対しては、かねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕状」という。)が発付されていたところ、平成10年5月1日朝、滋賀県大津警察署の警部補A外2名の警察官は、被告人の動向を視察し、その身柄を確保するため、本件逮捕状を携行しないで同署から警察車両で三重県上野市内の被告人方に赴いた。 
 (2) 上記警察官3名は、被告人方前で被告人を発見して、任意同行に応ずるよう説得したところ、被告人は、警察官に逮捕状を見せるよう要求して任意同行に応じず、突然逃走して、隣家の敷地内に逃げ込んだ。 
 (3) 被告人は、その後、隣家の敷地を出て来たところを上記警察官3名に追いかけられて、更に逃走したが、同日午前8時25分ころ、被告人方付近の路上(以下「本件現場」という。)で上記警察官3名に制圧され、片手錠を掛けられて捕縛用のロープを身体に巻かれ、逮捕された。 
 (4) 被告人は、被告人方付近の物干し台のポールにしがみついて抵抗したものの、上記警察官3名にポールから引き離されるなどして警察車両まで連れて来られ、同車両で大津警察署に連行され、同日午前11時ころ同署に到着した後、間もなく警察官から本件逮捕状を呈示された。 
 (5) 本件逮捕状には、同日午前8時25分ころ、本件現場において本件逮捕状を呈示して被告人を逮捕した旨のA警察官作成名義の記載があり、さらに、同警察官は、同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書を作成した。 
 (6) 被告人は、同日午後7時10分ころ、大津警察署内で任意の採尿に応じたが、その際、被告人に対し強制が加えられることはなかった。被告人の尿について滋賀県警察本部刑事部科学捜査研究所研究員が鑑定したところ、覚せい剤成分が検出された。 
 (7) 同月6日、大津簡易裁判所裁判官から、被告人に対する覚せい剤取締法違反被疑事件について被告人方を捜索すべき場所とする捜索差押許可状が発付され、既に発付されていた被告人に対する窃盗被疑事件についての捜索差押許可状と併せて同日執行され、被告人方の捜索が行われた結果、被告人方からビニール袋入り覚せい剤1袋(以下「本件覚せい剤」という。)が発見されて差し押さえられた。 
 (8) 被告人は、同年6月11日、「法定の除外事由がないのに、平成10年4月中旬ころから同年5月1日までの間、三重県下若しくはその周辺において、覚せい剤若干量を自己の身体に摂取して、使用した」との事実(公訴事実第1)、及び「同年5月6日、同県上野市内の被告人方において、覚せい剤約0.423gをみだりに所持した」との事実(公訴事実第2)により起訴され、同年10月15日、本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。 
 (9) 上記被告事件の公判において、本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争われ、被告人側から、逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張がされたのに対し、前記3名の警察官は、証人として、本件逮捕状を本件現場で被告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の証言をした。原審は、上記証言を信用せず、警察官は本件逮捕状を本件現場に携行していなかったし、逮捕時に本件逮捕状が呈示されなかったと認定している(この原判決の認定に、採証法則違反の違法は認められない。)。 
 2 以上の事実を前提として、原審が違法収集証拠に当たるとして証拠から排除した被告人の尿に関する鑑定書、これを疎明資料として発付された捜索差押許可状により押収された本件覚せい剤、本件覚せい剤に関する鑑定書について、その証拠能力を検討する。 
 (1) 【要旨1】本件逮捕には、逮捕時に逮捕状の呈示がなく、逮捕状の緊急執行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていないことは、本件の経過から明らかである。)という手続的な違法があるが、それにとどまらず、警察官は、その手続的な違法を糊塗するため、前記のとおり、逮捕状へ虚偽事項を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、更には、公判廷において事実と反する証言をしているのであって、本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして、このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから、その証拠能力を否定すべきである(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。 
 (2) 前記のとおり、本件採尿は、本件逮捕の当日にされたものであり、その尿は、上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接な関連を有する証拠であるというべきである。また、その鑑定書も、同様な評価を与えられるべきものである。 
 したがって、原判決の判断は、上記鑑定書の証拠能力を否定した点に関する限り、相当である。 
 (3) 次に、【要旨2】本件覚せい剤は、被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし、被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた捜索により発見されて差し押さえられたものであるが、上記捜索差押許可状は上記(2)の鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから、証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠というべきである。 
 しかし、本件覚せい剤の差押えは、司法審査を経て発付された捜索差押許可状によってされたものであること、逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど、本件の諸事情にかんがみると、本件覚せい剤の差押えと上記(2)の鑑定書との関連性は密接なものではないというべきである。したがって、本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書については、その収集手続に重大な違法があるとまではいえず、その他、これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力を否定することはできない。 
 そうすると、原判決は、上記の点において判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがあり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。 
 (4) なお、原判決が維持した第1審判決は、被告人の尿に関する鑑定書、本件覚せい剤、これに関する鑑定書をいずれも違法収集証拠として排除した結果、本件公訴事実中、覚せい剤使用及び所持の点については、犯罪の証明がないとして、いずれも無罪とし、窃盗の点についてのみ有罪として、懲役1年6月の刑を科したものであるところ、前記のとおり、覚せい剤使用の事実については第1審判決の無罪の判断を維持すべきであるが、覚せい剤所持の事実については、第1審判決の無罪の判断は破棄を免れず、覚せい剤所持の事実が認められれば、その罪と窃盗の罪とは刑法45条前段の併合罪となり得るので、上記の両事実に関する部分を破棄し、更に審理を尽くさせる必要がある。 
 よって、原判決及び第1審判決中、覚せい剤所持及び窃盗に関する部分については、刑訴法411条1号によりこれを破棄し、同法413条本文により、更に審理を尽くさせるため、上記破棄部分を大津地方裁判所に差し戻し、原判決中、その余の部分については、検察官の上告は理由がないことに帰するので、同法414条、396条により、これを棄却することとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 検察官山田弘司 公判出席 
 (裁判長裁判官 梶谷玄 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 滝井繁男) 
++解説
《解  説》
 一 本件は、覚せい剤の自己使用及び所持の事案について、違法収集証拠の証拠能力が争われた事案である。本件の捜査及びその後の経過は、本判決中にも要約されているが、おおむね以下のとおりである。
 1 被告人にはかねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕状」という。)が発付されていたところ、滋賀県大津警察署の警察官三名は、平成一〇年五月一日朝、本件逮捕状を携行しないで三重県上野市内の被告人方に赴いた。
 2 警察官三名は、被告人方前で被告人を発見して、任意同行に応ずるよう説得したが、被告人は、これに応じず、隣家の敷地内に逃げ込んだ。
 3 被告人は、隣家の敷地を出て来たところを警察官三名に追いかけられて、同日午前八時二五分ころ、被告人方付近の路上で警察官三名に制圧され、片手錠を掛けられて捕縛用のロープを身体に巻かれ、逮捕された。
 4 被告人は、抵抗したものの、警察車両に乗せられて、大津警察署に連行され、同日午前一一時ころ同署に到着した後、間もなくA警察官から本件逮捕状を呈示された。
 5 本件逮捕状には、同日午前八時二五分ころ、上記3の路上において本件逮捕状を呈示して被告人を逮捕した旨の記載があり、さらに、同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書も作成された。
 6 被告人は、同日午後七時一〇分ころ、同署内で尿の任意提出に応じ、鑑定の結果、被告人の尿から覚せい剤成分が検出された。
 7 同月六日、被告人に対する覚せい剤使用事件について被告人方を捜索場所とする捜索差押許可状が発付され、同日被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて、捜索が行われた結果、本件覚せい剤が発見されて差し押さえられた。
 8 被告人は、同年六月一一日、覚せい剤の自己使用の事実及び上記捜索差押場所における覚せい剤所持の事実により起訴され、さらに、本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。
 9 上記被告事件の公判において、本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争われ、被告人側から、逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張がされたのに対し、三名の警察官は、証人として、本件逮捕状を本件現場で被告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の事実と反する証言をした。
 二1 第一審の大津地裁は、上記一とほぼ同様の事実を認定した上、窃盗の事実については、被告人を有罪と認めたものの、覚せい剤使用及び所持の各事実については、窃盗の事実による被告人の逮捕手続には、逮捕状を呈示していないという違法があり、しかも、警察官が逮捕状の緊急執行の手続を知りながら、これを採らないで、一致して逮捕状を呈示したと不自然な証言をしていることを考慮すると、上記逮捕手続を利用して収集された被告人の尿の鑑定書及び本件覚せい剤等の証拠の収集手続には、令状主義の精神を没却する違法があるなどとして、その証拠能力を否定し、被告人に無罪を言い渡した。
 2 検察官が控訴したところ、原審の大阪高裁は、第一審と同様、被告人には本件逮捕状が呈示されなかったと認定した上、上記鑑定書等の証拠能力についても、これを否定した第一審の判断を支持して、検察官の控訴を棄却した。
 三1 検察官の上告趣意は、原判決が違法収集証拠の排除法則に関する最高裁判例と相反する判断をしたという判例違反の主張、単なる法令違反の主張(逮捕状呈示の有無に関する原判決の認定を経験則違反と論難するもの)である。
 2 本判決は、検察官の上告趣意が適法な上告理由に当たらないとした上、違法収集証拠の証拠能力を否定した原判決のうち、覚せい剤使用に関する部分は是認できるが、覚せい剤所持に関する部分は是認できないとして、覚せい剤使用に関する部分は、上告を棄却したが、覚せい剤所持に関する部分は、窃盗に関する部分と併せて、第一審判決の当該部分とともに破棄し、更に審理を尽くさせるため、第一審に差し戻した。
 3 本判決の覚せい剤使用に関する判断の要旨は、「本件逮捕には、逮捕時に逮捕状の呈示がなく、逮捕状の緊急執行もされていないという手続的な違法があるが、それにとどまらず、警察官は、その手続的な違法を糊塗するため、逮捕状へ虚偽事項を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、更には、公判廷において事実と反する証言をしているのであって、本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして、このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから、その証拠能力を否定すべきである。本件採尿は、本件逮捕の当日にされたものであり、その尿は、上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接に関連を有する証拠であるというべきである。また、その鑑定書も、同様な評価を与えられるべきものである。」というものである。
 次に、本判決の覚せい剤所持に関する判断の要旨は、「本件覚せい剤は、被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし、被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた捜索により発見されて差し押さえられたものであるが、上記捜索差押許可状は上記鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから、証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠というべきである。しかし、本件覚せい剤の差押えは、司法審査を経て発付された捜索差押許可状によってされたものであること、逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど、本件の諸事情にかんがみると、本件覚せい剤の差押えと上記尿の鑑定書との関連性は密接なものではないというべきである。したがって、本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書については、その収集手続に重大な違法があるとまではいえず、その他、これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力を否定することはできない。」というものである。
 四1 周知のように、違法収集証拠の証拠能力について、最一小判昭53・9・7刑集三二巻六号一六七二頁、本誌三六九号一二五頁は、証拠収集手続の違法が令状主義の精神を没却するような重大なものであって、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないと認められる場合に、その証拠能力を否定すべきであるという判断を示し、これがリーディングケースとなっており、その後の最高裁判例は、すべてこの最一小判の一般論を踏襲し、下級審においても、この判断方法が定着している。下級審においては、この最一小判の後、違法収集証拠の証拠能力を否定し、高裁段階で確定したものも少なくないが(下級審判例を概観したものとして、石井一正・刑事実務証拠法〔第二版〕九一頁以下参照)、最高裁判例には、これまでこの判例理論を適用して違法収集証拠の証拠能力を否定したものはなかった(最二小判昭61・4・25刑集四〇巻三号二一五頁、本誌六〇〇号七八頁、最二小決昭63・9・16刑集四二巻七号一〇五一頁、本誌六八〇号一二一頁、最三小決平6・9・16刑集四八巻六号四二〇頁、本誌八六二号二六七頁、最三小決平7・5・30刑集四九巻五号七〇三頁、本誌八八四号一三〇頁等)。
 2 本件においては、警察官が被疑者を逮捕するのに逮捕状を呈示しなかったという違法があるが、逮捕状自体は発付されていたため、警察官としては、逮捕状の緊急執行の手続を採ることができたのであって、本件は、見方によっては、警察官が法の執行方法の選択を誤ったにすぎず、重大な違法には当たらないともいえそうな事案である(前記最二小決昭63・9・16、原田國男・昭63最判解三三四頁参照)。しかし、本件において、警察官は、逮捕状の緊急執行の手続を採らなかったばかりか、逮捕状を呈示して被告人を逮捕した旨本件逮捕状に虚偽の記入をした上、逮捕当日にこれと同旨の内容虚偽の捜査報告書を作成したほか、公判廷においても、三名が揃って、同趣旨の事実と反する証言をしており、逮捕手続の違法を糊塗する態度に終始している。本判決は、本件逮捕手続自体の違法性と並んで、このような警察官の態度を重視した結果、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大な違法があり、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないという判断に達したものである。
 3 本判決が公判廷における警察官の証言態度に言及している点については、違法逮捕に続く逮捕状への虚偽記入等といった一連の手続における警察官の令状主義の精神を没却する態度を推認させ、これを強める事情であって、従来の最高裁判例と同様に、違法の重大性の枠内で判断したものとみることができよう(石井・前掲一一〇頁は、捜査官の悪意等の事情は、「違法の重大性」の判断の一要素として扱うのが妥当であるとする。)。もっとも、上記の点に関する本判決の判断は、「違法の重大性」に関するものというよりは、将来における違法捜査抑制の見地からの「排除相当性」に関するものとみる見方もあり得よう。本件は、逮捕状の緊急執行の手続を採っていれば手続の適法性に何ら問題のない事案であり、警察官が公判廷において事実をありのままに証言していれば、証拠排除の結論には至らなかったという可能性も考えられるところであって、上記の第二の見方に立った場合、本判決は、「排除相当性」をかなり重視しているとみる余地もあろう。このように、本判決は、違法収集証拠の証拠能力に関する従来の最高裁判例の理論的枠組みに沿ったものとみることができるが、専ら「違法の重大性」の枠内で判断してきた従来の判例理論から一歩踏み出したものとみる余地もあり、今後の判例理論の展開が注目されるところである。
 4 なお、従前の最高裁判例(前記最二小判昭61・4・25等)は、先行手続の違法性が後行の証拠収集手続に及ぼす影響について、かなり厳格に解し、利用関係の直接性がある場合に限って後行の証拠収集手続を違法と判断する傾向にあったと思われる。本件において、被告人からの採尿手続は、その身柄拘束状態を利用して行われているという点で、違法な逮捕手続の利用関係が認められるが、本件逮捕は、窃盗を被疑事実とするものであって、覚せい剤使用の嫌疑に基づく採尿手続とは一応別個の捜査目的に向けられたものといえるから、利用関係の直接性は乏しいとみる余地もあろう。この点について、本判決は、従前の判例のような厳格な立場には立っていないと考えられる。
 五1 次に、本判決の本件覚せい剤の証拠能力に関する判断部分は、違法収集証拠から派生した証拠の証拠能力を検討したもので、いわゆる「毒樹の果実」の理論の適用が問題となる一場面ということができる。この問題については、かつては、学説上、証拠能力のない違法収集証拠から派生した証拠はすべて証拠能力がないとする見解(光藤景皎・刑事訴訟行為論三二九頁以下等)が有力であったが、近時は、派生証拠と違法手続との関連性、派生証拠の重要性等を総合的に考慮して、証拠能力の有無を判断するという立場が、下級審判例(大阪高判平4・1・30高刑集四五巻一号一頁等)、学説(髙木俊夫=大渕敏和・司法研究報告書三九輯一号二二七頁、高橋省吾「違法排除法則―裁判の立場から」刑事手続〔旧版〕(下)六一四頁、松尾浩也編・刑事訴訟法Ⅱ二八一頁〔島田仁郎執筆〕、田宮裕・刑事訴訟法〔新版〕四〇六頁、三好幹夫「違法排除法則―裁判の立場から」新刑事手続Ⅲ三四一頁等)において有力となっている。最高裁においては、そもそも違法収集証拠の証拠能力が否定される場面がなかったので、この派生証拠の証拠能力が直接問題となることはなかったが、最三小判昭58・7・12刑集三七巻六号七九一頁(違法な別件逮捕中の自白を資料として発付された勾留状による勾留中の被疑者に対する勾留質問調書等の証拠能力が争われた事案について、勾留質問が捜査官とは別個独立の機関である裁判官によって行われることなどを理由として、その証拠能力を肯定した。)の伊藤裁判官の補足意見においては、近時の有力説と同旨の見解が述べられていた。
 2 本判決は、本件覚せい剤が司法審査を経て発付された令状に基づいて押収されたものであること、本件捜索差押許可状の執行が別件の捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなどを考慮し、このような事情の下では、証拠能力のない尿の鑑定書との関連性が密接なものとはいえないなどとして、本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書の証拠能力を肯定した。このように、本判決は、違法な第一次証拠の証拠能力と派生証拠の証拠能力を一体視する第一、二審判決のような立場を採用せず、前記の下級審判例や多数説の立場と同様に、関連性等の要素を総合的に考慮して、証拠能力の有無を判断するという立場を採ったものと考えられる。
 3 本判決は、このような派生証拠の証拠能力について、第一次証拠と派生証拠との関連性を重視していると考えられるが、本件覚せい剤の差押えは、司法審査を経て発付された令状によってされたものであるという点に特色があり、本判決は、この点を重視していると考えられる。
 派生証拠の収集が司法審査を経て発付された令状によって行われた場合には、(ア)令状の発付によっても派生証拠の収集手続の違法性が影響を受けることはなく、第一次証拠の違法性が承継されるとする見解、(イ)令状の発付により派生証拠の収集手続の違法性が遮断されるとする見解、(ウ)令状の発付により派生証拠の違法性が希釈され、関連性が弱められるという見解があるところである。このうち、(ア)の見解は、適正手続を担保するという違法収集証拠の排除法則の理由は、捜査段階においても妥当することなどを根拠とするものであり(田宮裕編・刑事訴訟法Ⅰ二二三頁〔田宮裕執筆〕、大阪高判昭55・3・25判時一〇九二号一三〇頁、旭川地決昭59・8・27判時一一七一号一四八頁)、(イ)の見解は、簡易、迅速な判断が要求される令状審査の段階にあっては、違法収集証拠の排除法則は適用されず、令状審査に当たって用いられた疎明資料の中に将来公判段階で違法収集証拠として証拠能力が排除されるべきものが含まれていても、このことによって令状発付が違法性を帯びることはないとする(河村博・捜査研究三五巻七号六一頁、東京地判昭62・3・24判時一二三三号一五五頁)。もっとも、(イ)の見解が、およそ捜査手続の違法性を考慮すべきでないという趣旨であるかは、なお検討の余地があろう(津村政孝・ジュリ九一〇号〔昭62重判解〕一八〇頁参照)。本判決は、この問題に直接触れる判示をしてはいないが、(ア)の見解に立つものではなく、(イ)又は(ウ)のいずれかの見解を前提とするものであって、前記最三小判昭58・7・12の法廷意見と同様の考え方によるものと考えられる。
 4 次に、本判決は、本件覚せい剤の差押えが逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることを挙げているが、この点は、アメリカ連邦最高裁がウィリアム事件(Nixv.Williams,104S.Ct.2501(1984)。同判決の評釈として、関哲夫「弁護権を侵害して得られた物的証拠と不可避的発見の理論」鈴木義男編・アメリカ刑事判例研究第三巻五六頁参照。)等において採用した「不可避的発見の法理」と関連するものとみることもできよう。すなわち、本件覚せい剤は、覚せい剤使用事件の捜査によって発見された証拠としては、違法性を帯びるとしても、別件の窃盗事件についての捜索差押許可状に基づく捜索のみが行われたとしても、その過程で発見された可能性が高く、立会人からの任意提出等により、適法に押収された可能性も認められるところである。
 アメリカでは、絶対的排除法則が採られており、「毒樹の果実」の理論に対する例外法理として、「不可避的発見の法理」等が重要な役割を帯びているが、わが国においては、証拠収集手続に違法があっても直ちには証拠排除には至らないという相対的排除法則が採用されているので、「不可避的発見の法理」がそのまま妥当すると解する必要はなく、この法理が働くような場合には、違法行為と証拠収集との関連性あるいは因果関係が欠けると考えれば足りるであろう(石井「違法収集証拠排除の基準―最判昭53・9・7以降の判例を中心として―」本誌五七七号一五頁)。この点に関する本判決の立場は、必ずしも明らかではないが、上記の見解に近いものとみることもできよう。
 六 本判決は、違法収集証拠の証拠能力に関する判例理論を適用して、最高裁として初めて証拠能力否定の判断を示したものであり、また、派生証拠の証拠能力についても新たな判断を示したものである。本判決は、事例判断を示したものにとどまるが、理論的に極めて興味深いものを含んでおり、今後の捜査や下級審の実務に与える影響も大きいと予想され、違法収集証拠の証拠能力に関しては、最一小判昭53・9・7と並んで重要な先例と位置づけられるものと思われる。
2.その他の違法承継場面について
(1)採尿手続の適法性
(2)交流手続の適法性


会社法 事例で考える会社法 事例4 その行為、誰の権限、誰の負担


Ⅰ はじめに

Ⅱ 本件賃貸借契約について
1.前提となる法律関係

+第二十五条  株式会社は、次に掲げるいずれかの方法により設立することができる。
一  次節から第八節までに規定するところにより、発起人が設立時発行株式(株式会社の設立に際して発行する株式をいう。以下同じ。)の全部を引き受ける方法
二  次節、第三節、第三十九条及び第六節から第九節までに規定するところにより、発起人が設立時発行株式を引き受けるほか、設立時発行株式を引き受ける者の募集をする方法
2  各発起人は、株式会社の設立に際し、設立時発行株式を一株以上引き受けなければならない。

・発起人組合

+判例(S35.12.9)
理由
上告代理人長谷川勉、同沢荘一、同音喜多賢次の上告理由第一点について。
本訴の訴旨は、発起人組合がその本来の目的に属しない石炭売買取引を行つた事実を主張し、各組合員らに対し商法五一一条一項に基き右売買代金の連帯支払を求めるにあり、商法一九四条一項に基き会社不成立の場合における発起人の責任を追及するものではない。従つて、右取引後に会社が設立されたか否かは、本訴請求の当否に何ら関係なく、この点に関する原判示にたとえ所論の違法があつても、原判決の結果に影響しない。されば、論旨は採用し難い。
同第二点について。
本訴の訴旨は、論旨第一点に関し説示したとおりであり、従つて、本論旨摘録の原判示もまた、上告人らは中外石炭株式会社設立の目的を以て発起人組合を結成したが、右組合本来の目的でない石炭売買の事業を「中外石炭株式会社」名義で営み、そのため本件売買取引を行つたものと認定した趣旨と解すべきである。
所論はすべて、これと相容れない見解に立脚するものであつて、理由がない。
同第三点について。
原判決は、本件石炭売買取引の実際にあつたのが上告人A、同B、同C、同Dの四名にすぎないことは当事者間に争いのないところであるが、右売買の法律上の効果は本件組合員たる上告人ら七名全員について生じたものと判断した趣旨と解すべきであり、右判断は正当である。何故ならば、組合契約その他により業務執行組合員が定められている場合は格別、そうでないかぎりは、対外的には組合員の過半数において組合を代理する権限を有するものと解するのが相当であるからである。されば、論旨は理由がない。
同第四点について。
所論乙第一三号証の成立は、被上告人が不知を以て争うところであり、原審はこれが真正に成立したことを認めていないのであるから、同号証につき特に判示をしなくても所論の違法はなく、論旨は理由がない。よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、九三条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官河村大助の反対意見があるほか全裁判官一致の意見によるものである。

+反対意見
裁判官河村大助の反対意見は次のとおりである。
本件石炭売買の衝に実際当つたのが、上告人A、同B、同C、同Dの四名にすぎないことは、当事者間に争のない事実である(原判決引用にかかる第一審判決事実摘示参照)。ところが、原判決は、上告人らは「共同して」昭和二七年一〇月二九日被上告会社から本件石炭を買受ける契約をし、同月三〇日から翌月一日までの間に右石炭一九八・五五〇トンの引渡を受けたことが認められる旨判示している。若し、右判示が、上告人ら七名共同して取引の衝に当つたと認定した趣旨ならば、当事者間に争いなき事実と異る事実を認定した違法を免れない。また、若し、右判示が、取引の衝に当つたのは前記上告人Aら四名にすぎないが、その法律上の効果は上告人ら組合員全員について生じたと判断した趣旨であるならば、このように判断すべき理由の説示を欠く点において、これまた理由不備の違法があるものといわなければならない。
元来組合の業務執行と組合代理とは区別すべきものであるが、組合契約その他により、特定の組合員に業務執行を委任した場合において、その業務が第三者と法律行為を為す必要あるものについては、別段の定めのない限り右委任に代理権授与の契約をも包含するものと解すべきである。又業務執行者の定めのない場合において組合の常務に属しない或特定の事項を特定の組合員又は第三者に委任しようとする場合は、民法六七〇条一項により組合員の過半数を以て決することを要するものと解すべきであるが、その特定事項が対外関係に属する場合は、別段の定めのない限り右委任に代理権の授与も包含するものと解するを相当とする。しかして同条の「組合員の過半数を以て決す」とは総組合員に決議に参与する機会を与え、その過半数の同意によつて業務執行の方法を決定することを要する趣旨と解すべきであつて、各組合員に対し賛否の意見を表する機会を与えることなく単に組合員の過半数の者において、業務執行を為し得ることを決めたものではない。この理は代理の場合においても同様であつて、多数者が少数者に意見を述べる機会を与えることなくして、総組合員を代理する権限を有するに由ないことも当然の帰結である。然るに多数意見が組合の過半数の者は当然に総組合員を代理して法律行為を為す権限ありと判断し、組合員七名中の四名が組合を代理して為した行為は、他の三名の者が意見表示の機会を与えられたと否とを問わず、これらの者に当然その効力が及ぶものと解せられたことには賛成できない。けだし、常務にあらざる業務につき組合員が予めその計画を知るにおいては、自己の不利益と思う債務負担行為等につき、これを阻止するための手段を講じ、場合によつては組合を脱退する機会もあるに拘らず、かかる機会を与えられることなく、一部の組合員の独断専行による代理行為により、全く関知しない組合員がその責任を負わなければならないような結果は到底認容できないからである。
そうとすれば、本件上告論旨第三点は結局理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

2.本件賃貸借契約の締結
(1)本件賃貸借契約の当事者

+民法
(業務の執行の方法)
第六百七十条  組合の業務の執行は、組合員の過半数で決する。
2  前項の業務の執行は、組合契約でこれを委任した者(次項において「業務執行者」という。)が数人あるときは、その過半数で決する。
3  組合の常務は、前二項の規定にかかわらず、各組合員又は各業務執行者が単独で行うことができる。ただし、その完了前に他の組合員又は業務執行者が異議を述べたときは、この限りでない。

+(業務執行組合員の辞任及び解任)
第六百七十二条  組合契約で一人又は数人の組合員に業務の執行を委任したときは、その組合員は、正当な事由がなければ、辞任することができない。
2  前項の組合員は、正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によって解任することができる。

(2)本件賃貸借契約にかかる費用負担

・発起人負担とする場合
+(組合員の損益分配の割合)
第六百七十四条  当事者が損益分配の割合を定めなかったときは、その割合は、各組合員の出資の価額に応じて定める。
2  利益又は損失についてのみ分配の割合を定めたときは、その割合は、利益及び損失に共通であるものと推定する。

・会社の負担にする場合
+第二十八条  株式会社を設立する場合には、次に掲げる事項は、第二十六条第一項の定款に記載し、又は記録しなければ、その効力を生じない。
一  金銭以外の財産を出資する者の氏名又は名称、当該財産及びその価額並びにその者に対して割り当てる設立時発行株式の数(設立しようとする株式会社が種類株式発行会社である場合にあっては、設立時発行株式の種類及び種類ごとの数。第三十二条第一項第一号において同じ。)
二  株式会社の成立後に譲り受けることを約した財産及びその価額並びにその譲渡人の氏名又は名称
三  株式会社の成立により発起人が受ける報酬その他の特別の利益及びその発起人の氏名又は名称
四  株式会社の負担する設立に関する費用(定款の認証の手数料その他株式会社に損害を与えるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く。)

・設立手続きにおいて生じた費用が会社の負担として認められるのは、それが会社設立のために必要不可欠であるから。

+(定款の記載又は記録事項に関する検査役の選任)
第三十三条  発起人は、定款に第二十八条各号に掲げる事項についての記載又は記録があるときは、第三十条第一項の公証人の認証の後遅滞なく、当該事項を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをしなければならない。
2  前項の申立てがあった場合には、裁判所は、これを不適法として却下する場合を除き、検査役を選任しなければならない。
3  裁判所は、前項の検査役を選任した場合には、成立後の株式会社が当該検査役に対して支払う報酬の額を定めることができる。
4  第二項の検査役は、必要な調査を行い、当該調査の結果を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録(法務省令で定めるものに限る。)を裁判所に提供して報告をしなければならない。
5  裁判所は、前項の報告について、その内容を明瞭にし、又はその根拠を確認するため必要があると認めるときは、第二項の検査役に対し、更に前項の報告を求めることができる。
6  第二項の検査役は、第四項の報告をしたときは、発起人に対し、同項の書面の写しを交付し、又は同項の電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により提供しなければならない。
7  裁判所は、第四項の報告を受けた場合において、第二十八条各号に掲げる事項(第二項の検査役の調査を経ていないものを除く。)を不当と認めたときは、これを変更する決定をしなければならない。
8  発起人は、前項の決定により第二十八条各号に掲げる事項の全部又は一部が変更された場合には、当該決定の確定後一週間以内に限り、その設立時発行株式の引受けに係る意思表示を取り消すことができる。
9  前項に規定する場合には、発起人は、その全員の同意によって、第七項の決定の確定後一週間以内に限り、当該決定により変更された事項についての定めを廃止する定款の変更をすることができる。
10  前各項の規定は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に定める事項については、適用しない。
一  第二十八条第一号及び第二号の財産(以下この章において「現物出資財産等」という。)について定款に記載され、又は記録された価額の総額が五百万円を超えない場合 同条第一号及び第二号に掲げる事項
二  現物出資財産等のうち、市場価格のある有価証券(金融商品取引法 (昭和二十三年法律第二十五号)第二条第一項 に規定する有価証券をいい、同条第二項 の規定により有価証券とみなされる権利を含む。以下同じ。)について定款に記載され、又は記録された価額が当該有価証券の市場価格として法務省令で定める方法により算定されるものを超えない場合 当該有価証券についての第二十八条第一号又は第二号に掲げる事項
三  現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額が相当であることについて弁護士、弁護士法人、公認会計士(外国公認会計士(公認会計士法 (昭和二十三年法律第百三号)第十六条の二第五項 に規定する外国公認会計士をいう。)を含む。以下同じ。)、監査法人、税理士又は税理士法人の証明(現物出資財産等が不動産である場合にあっては、当該証明及び不動産鑑定士の鑑定評価。以下この号において同じ。)を受けた場合 第二十八条第一号又は第二号に掲げる事項(当該証明を受けた現物出資財産等に係るものに限る。)
11  次に掲げる者は、前項第三号に規定する証明をすることができない。
一  発起人
二  第二十八条第二号の財産の譲渡人
三  設立時取締役(第三十八条第一項に規定する設立時取締役をいう。)又は設立時監査役(同条第三項第二号に規定する設立時監査役をいう。)
四  業務の停止の処分を受け、その停止の期間を経過しない者
五  弁護士法人、監査法人又は税理士法人であって、その社員の半数以上が第一号から第三号までに掲げる者のいずれかに該当するもの

・賃料滞納の場合
設立手続きが完了しても発起人に対して請求すべき・・・。

Ⅲ 本件特許権の帰属について
1.現物出資・財産引受
+33条10項

+(出資された財産等の価額が不足する場合の責任)
第五十二条  株式会社の成立の時における現物出資財産等の価額が当該現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額(定款の変更があった場合にあっては、変更後の価額)に著しく不足するときは、発起人及び設立時取締役は、当該株式会社に対し、連帯して、当該不足額を支払う義務を負う。
2  前項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、発起人(第二十八条第一号の財産を給付した者又は同条第二号の財産の譲渡人を除く。第二号において同じ。)及び設立時取締役は、現物出資財産等について同項の義務を負わない。
一  第二十八条第一号又は第二号に掲げる事項について第三十三条第二項の検査役の調査を経た場合
二  当該発起人又は設立時取締役がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合
3  第一項に規定する場合には、第三十三条第十項第三号に規定する証明をした者(以下この項において「証明者」という。)は、第一項の義務を負う者と連帯して、同項の不足額を支払う義務を負う。ただし、当該証明者が当該証明をするについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、この限りでない。

2.事後設立

+(事業譲渡等の承認等)
第四百六十七条  株式会社は、次に掲げる行為をする場合には、当該行為がその効力を生ずる日(以下この章において「効力発生日」という。)の前日までに、株主総会の決議によって、当該行為に係る契約の承認を受けなければならない。
一  事業の全部の譲渡
二  事業の重要な一部の譲渡(当該譲渡により譲り渡す資産の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えないものを除く。)
二の二  その子会社の株式又は持分の全部又は一部の譲渡(次のいずれにも該当する場合における譲渡に限る。)
イ 当該譲渡により譲り渡す株式又は持分の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えるとき。
ロ 当該株式会社が、効力発生日において当該子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないとき。
三  他の会社(外国会社その他の法人を含む。次条において同じ。)の事業の全部の譲受け
四  事業の全部の賃貸、事業の全部の経営の委任、他人と事業上の損益の全部を共通にする契約その他これらに準ずる契約の締結、変更又は解約
五  当該株式会社(第二十五条第一項各号に掲げる方法により設立したものに限る。以下この号において同じ。)の成立後二年以内におけるその成立前から存在する財産であってその事業のために継続して使用するものの取得。ただし、イに掲げる額のロに掲げる額に対する割合が五分の一(これを下回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えない場合を除く。
イ 当該財産の対価として交付する財産の帳簿価額の合計額
ロ 当該株式会社の純資産額として法務省令で定める方法により算定される額
2  前項第三号に掲げる行為をする場合において、当該行為をする株式会社が譲り受ける資産に当該株式会社の株式が含まれるときは、取締役は、同項の株主総会において、当該株式に関する事項を説明しなければならない。

+(株主総会の決議)
第三百九条  株主総会の決議は、定款に別段の定めがある場合を除き、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。
2  前項の規定にかかわらず、次に掲げる株主総会の決議は、当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。この場合においては、当該決議の要件に加えて、一定の数以上の株主の賛成を要する旨その他の要件を定款で定めることを妨げない。
一  第百四十条第二項及び第五項の株主総会
二  第百五十六条第一項の株主総会(第百六十条第一項の特定の株主を定める場合に限る。)
三  第百七十一条第一項及び第百七十五条第一項の株主総会
四  第百八十条第二項の株主総会
五  第百九十九条第二項、第二百条第一項、第二百二条第三項第四号、第二百四条第二項及び第二百五条第二項の株主総会
六  第二百三十八条第二項、第二百三十九条第一項、第二百四十一条第三項第四号、第二百四十三条第二項及び第二百四十四条第三項の株主総会
七  第三百三十九条第一項の株主総会(第三百四十二条第三項から第五項までの規定により選任された取締役(監査等委員である取締役を除く。)を解任する場合又は監査等委員である取締役若しくは監査役を解任する場合に限る。)
八  第四百二十五条第一項の株主総会
九  第四百四十七条第一項の株主総会(次のいずれにも該当する場合を除く。)
イ 定時株主総会において第四百四十七条第一項各号に掲げる事項を定めること。
ロ 第四百四十七条第一項第一号の額がイの定時株主総会の日(第四百三十九条前段に規定する場合にあっては、第四百三十六条第三項の承認があった日)における欠損の額として法務省令で定める方法により算定される額を超えないこと。
十  第四百五十四条第四項の株主総会(配当財産が金銭以外の財産であり、かつ、株主に対して同項第一号に規定する金銭分配請求権を与えないこととする場合に限る。)
十一  第六章から第八章までの規定により株主総会の決議を要する場合における当該株主総会
十二  第五編の規定により株主総会の決議を要する場合における当該株主総会
3  前二項の規定にかかわらず、次に掲げる株主総会(種類株式発行会社の株主総会を除く。)の決議は、当該株主総会において議決権を行使することができる株主の半数以上(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)であって、当該株主の議決権の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。
一  その発行する全部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要する旨の定款の定めを設ける定款の変更を行う株主総会
二  第七百八十三条第一項の株主総会(合併により消滅する株式会社又は株式交換をする株式会社が公開会社であり、かつ、当該株式会社の株主に対して交付する金銭等の全部又は一部が譲渡制限株式等(同条第三項に規定する譲渡制限株式等をいう。次号において同じ。)である場合における当該株主総会に限る。)
三  第八百四条第一項の株主総会(合併又は株式移転をする株式会社が公開会社であり、かつ、当該株式会社の株主に対して交付する金銭等の全部又は一部が譲渡制限株式等である場合における当該株主総会に限る。)
4  前三項の規定にかかわらず、第百九条第二項の規定による定款の定めについての定款の変更(当該定款の定めを廃止するものを除く。)を行う株主総会の決議は、総株主の半数以上(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)であって、総株主の議決権の四分の三(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。
5  取締役会設置会社においては、株主総会は、第二百九十八条第一項第二号に掲げる事項以外の事項については、決議をすることができない。ただし、第三百十六条第一項若しくは第二項に規定する者の選任又は第三百九十八条第二項の会計監査人の出席を求めることについては、この限りでない。

・この場合利益相反取引にも注意!
+(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条  取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2  民法第百八条 の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。

Ⅳ 発起人取締役の責任について
1.Aに対する請求

・定款に署名を行った時点でAは「発起人」の地位に就く。
・設立手続き中に、出資の履行後取締役として選任(38条1項)
=設立時取締役の地位にも就いた。
・会社設立の登記
=取締役に。

+(設立時役員等の選任)
第三十八条  発起人は、出資の履行が完了した後、遅滞なく、設立時取締役(株式会社の設立に際して取締役となる者をいう。以下同じ。)を選任しなければならない。
2  設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合には、前項の規定による設立時取締役の選任は、設立時監査等委員(株式会社の設立に際して監査等委員(監査等委員会の委員をいう。以下同じ。)となる者をいう。以下同じ。)である設立時取締役とそれ以外の設立時取締役とを区別してしなければならない。
3  次の各号に掲げる場合には、発起人は、出資の履行が完了した後、遅滞なく、当該各号に定める者を選任しなければならない。
一  設立しようとする株式会社が会計参与設置会社である場合 設立時会計参与(株式会社の設立に際して会計参与となる者をいう。以下同じ。)
二  設立しようとする株式会社が監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)である場合 設立時監査役(株式会社の設立に際して監査役となる者をいう。以下同じ。)
三  設立しようとする株式会社が会計監査人設置会社である場合 設立時会計監査人(株式会社の設立に際して会計監査人となる者をいう。以下同じ。)
4  定款で設立時取締役(設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合にあっては、設立時監査等委員である設立時取締役又はそれ以外の設立時取締役。以下この項において同じ。)、設立時会計参与、設立時監査役又は設立時会計監査人として定められた者は、出資の履行が完了した時に、それぞれ設立時取締役、設立時会計参与、設立時監査役又は設立時会計監査人に選任されたものとみなす。

+(発起人等の損害賠償責任)
第五十三条  発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、株式会社の設立についてその任務を怠ったときは、当該株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  発起人設立時取締役又は設立時監査役がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う

・出資の履行が仮装の払込によるという主張
+判例(S38.12.6)
理由
上告代理人吉永多賀誠、同徳田敬二郎の上告理由第一点および同第二点について。
所論は、原審の確定した事実によれば、本件株式の払込は単に外形上払込の形式を整えたに過ぎず、いわゆる見せ金による払込であつて、現実に払込のなされたものでないことが明らかであるのに、右仮装の払込を以て真実の払込としてその効力を認めた原判決には、商法一七七条一項の解釈適用を誤つた違法があり、また、本件のような仮装の払込について、発起人たる被上告人らに同法一九二条所定の払込責任を負わせないためには、なんらかの事情がある筈であるのに、かかる特段の事情を判示することなく、有効な払込があつたものと認めて被上告人らの払込責任を否定した原判決には、理由不備の違法があるという。
よつて審案するに株式の払込は、株式会社の設立にあたつてその営業活動の基盤たる資本の充実を計ることを目的とするものであるから、これにより現実に営業活動の資金が獲得されなければならないものであつて、このことは、現実の払込確保のため商法が幾多の規定を設けていることに徴しても明らかなところである。従つて、当初から真実の株式の払込として会社資金を確保するの意図なく、一時的の借入金を以て単に払込の外形を整え、株式会社成立の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済する場合の如きは、右会社の営業資金はなんら確保されたことにはならないのであつて、かかる払込は、単に外見上株式払込の形式こそ備えているが、実質的には到底払込があつたものとは解し得ず、払込としての効力を有しないものといわなければならない。しかして本件についてこれを見るに、原判決の確定するところによれば、訴外中部缶詰株式会社は資本金二〇〇万円全額払込ずみの株式会社として昭和二四年一一月五日その設立登記を経由したものであるが、被上告人Aは、発起人総代として同じく発起人たるその余の被上告人らから、設立事務一切を委任されて担当し、株式払込については、被上告人Aが主債務者としてその余の被上告人らのため一括して訴外第一銀行名古屋支店から金二〇〇万円を借り受け、その後右金二〇〇万円を払込取扱銀行である右銀行支店に株式払込金として一括払い込み、同支店から払込金保管証明書の発行を得て設立登記手続を進め、右手続を終えて会社成立後、同会社は右銀行支店から株金二〇〇万円の払戻を受けた上、被上告人Aに右金二〇〇万円を貸し付け、同被上告人はこれを同銀行支店に対する前記借入金二〇〇万円の債務の弁済にあてたというのであつて、会社成立後前記借入金を返済するまでの期間の長短、右払戻金が会社資金として運用された事実の有無、或は右借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等、その如何によつては本件株式の払込が実質的には会社の資金とするの意図なく単に払込の外形を装つたに過ぎないものであり、従つて株式の払込としての効力を有しないものではないかとの疑いがあるのみならず、むしろ記録によれば、被上告人Aの前記銀行支店に対する借入金二〇〇万円の弁済は会社成立後間もない時期であつて、右株式払込金が実質的に会社の資金として確保されたものではない事情が窺われないでもない。然るに、原審がかかる事情につきなんら審理を尽さず、従つてなんら特段の事情を判示することなく、本件株式の払込につき単にその外形のみに着目してこれを有効な払込と認めて被上告人らの本件株式払込責任を否定したのは、審理不尽理由不備の違法があるものといわざるを得ず、その結果は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の論点に対する判断を俟つまでもなく、破棄を免れない。
よつて民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

+(出資の履行)
第三十四条  発起人は、設立時発行株式の引受け後遅滞なく、その引き受けた設立時発行株式につき、その出資に係る金銭の全額を払い込み、又はその出資に係る金銭以外の財産の全部を給付しなければならない。ただし、発起人全員の同意があるときは、登記、登録その他権利の設定又は移転を第三者に対抗するために必要な行為は、株式会社の成立後にすることを妨げない。
2  前項の規定による払込みは、発起人が定めた銀行等(銀行(銀行法 (昭和五十六年法律第五十九号)第二条第一項 に規定する銀行をいう。第七百三条第一号において同じ。)、信託会社(信託業法 (平成十六年法律第百五十四号)第二条第二項 に規定する信託会社をいう。以下同じ。)その他これに準ずるものとして法務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の払込みの取扱いの場所においてしなければならない。
・53条2項に基づく請求
①Aが発起人の地位
②Aが発起人として職務を行うについて悪意・重過失
③Gに損害
④Aの悪意重過失ある行為とGの損害との間に相当因果関係
②を主張するに当たっては仮装の払込の点を主張
+判例(H3.2.28)
理由 
 弁護士秋山昭八の上告趣意は、憲法三二条違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であり、弁護士杉野修平の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 所論にかんがみ、職権により検討する。原判決の是認する第一審判決の認定によれば、被告人両名らの合意により、株式会社アイデン(以下「アイデン」という。)が第三者割当増資の方法により新株の発行(発行価額一株二五〇円、払込期日昭和五九年二月二五日)を行った際に、発行総株式数一二八〇万株のうち六四〇万株について、以下の方法で払込みが行われたことが認められる。 
  1 アイデン商事株式会社(以下「アイデン商事」という。)の引受分二〇〇万株のうちの一二〇万株については、アイデンは、昭和五九年二月二三日、アイデン振出の額面三億円及び二億円の手形二通をアマストコンピューター株式会社に交付し、アマストコンピューターは、同月二四日、東京都商工信用金庫秋葉原支店で割引きを受け、割引金のうち三億円をアイデンに交付し(二億円は同支店の要求でアマストコンピューター名義の通知預金とされた。)、アイデン商事は、これをアイデンから借り受け、申込証拠金として大和銀行上野支店のアイデンの別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から右三億円についての株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右三億円を右口座から当座預金口座に振り替え、同月二九日、右額面三億円の手形の決済に充てた。 
  2 東洋電子工業株式会社の引受分四〇〇万株については、東洋電子工業は、同年二月二四日、アイデンの連帯保証の下に株式会社アイチから一〇億円を借り受け、申込証拠金として富士銀行四谷支店のアイデンの別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右一〇億円を右口座から普通預金口座に振り替え、東洋電子工業のアイチに対する右一〇億円の借入金債務の代位弁済に充てた。 
  3 アイデン商事の引受分の前記残りの八〇万株については、アイデンが前記1のアマストコンピューター名義の二億円の通知預金証明書を担保に提供し、アイデン商事がアイチの代表取締役の第一審相被告人甲野一郎個人から二億円を借り受け、2と同様の経過をたどって、アイデンは、申込証拠金として払い込まれた二億円をアイデン商事の甲野一郎に対する右二億円の借入金債務の代位弁済に充てた。 
  4 アイデン商事が株式会社タモンの名義で引き受けた四〇万株については、アイデン商事は、同年二月二四日、大和銀行の連帯保証の下に富士火災海上保険株式会社から一億円を借り受け、申込証拠金として大和銀行上野支店のアイデン商事の別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右一億円を右口座から普通預金口座に振り替えた上、小切手で引き出して直ちに同支店の定期預金に預け入れ、これに大和銀行の質権が設定された。 
 前記認定によれば、右1ないし3の各払込みは、いずれもアイデンの主導の下に行われ、当初から真実の株式の払込みとして会社資金を確保させる意図はなく、名目的な引受人がアイデン自身あるいは他から短期間借り入れた金員をもって単に払込みの外形を整えた後、アイデンにおいて直ちに右払込金を払い戻し、貸付資金捻出のために使用した手形の決済あるいは借入金への代位弁済に充てたものであり、右4の払込みも、同様の意図に基づく仮装の払込みであって、アイデン名義の定期預金債権が成立したとはいえ、これに質権が設定されたため、アイデン商事が富士火災海上保険に対する借入金債務を弁済しない限り、アイデンにおいてこれを会社資金として使用することができない状態にあったものであるというのであるから、1ないし4の各払込みは、いずれも株式の払込みとしての効力を有しないものといわなければならない(最高裁昭和三五年(オ)第一一五四号同三八年一二月六日第二小法廷判決・民集一七巻一二号一六三三頁参照)。もっとも、本件の場合、アイデンが東洋電子工業に対する一〇億円及びアイデン商事に対する五億円の各債権並びに一億円の定期預金債権を有している点で典型的ないわゆる見せ金による払込みの場合とは異なるが、右各債権は、当時実質的には全く名目的な債権であったとみるべきであり、また、右定期預金債権は、これに質権が設定されているところ、アイデン商事において富士火災海上保険に債務を弁済する能力がなかったのであるから、これまたアイデンの実質的な資産であると評価することができないものである。したがって、公正証書原本不実記載の罪の成立を認めた原判決の判断は正当である。 
 よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄) 
++解説
《解  説》
 一、本件は、二部上場会社であった株式会社アイデンの倒産に至る過程で起こった見せ金による増資について公正証書原本不実記載罪の成立が認められた事案である。アイデンは、官公庁に照明関係器具を納入していた優良会社であったが、石油ショックによる需要の後退を契機として経営に行き詰まり、その子会社のアイデン商事ともども多額の債務を負い、倒産の危機に陥った。そこで最後の手段として、アイデンの社長の被告人Y及び常務取締役の被告人Wらは、第三者割当増資の方法により新株を発行して、返済資金の導入を図った。しかし、払込み期日の直前になって、業界紙にこの増資を疑問視する記事が出たため、一部の内定していた割当て先が引受けを辞退した。そこで、発行総株式数一二八〇万株(三二億円)のうち六四〇万株(一六億円)について、割当て先きがないことになり、二部上場会社が増資に失敗すれば、直ちに倒産に結びつくことから、何とかしてこの穴を埋める必要が生じた。そこで、判示されている次の四つの方法で払込みが行われた。すなわち、(1) アイデン商事がアイデン振出の手形の割引金をアイデンから借り、(2) 東洋電子工業がアイデンの連帯保証の下に金融業のアイチから金を借り、(3)アイデン商事がアイデンの通知預金を担保にアイチの社長である一審相被告人M個人から金を借り、(4) アイデン商事が銀行保証の下に保険会社から金を借り、それぞれ払込みをしたのである。(1)ないし(3)については、払込み後直ちに払込金は払い戻され、手形の決済や借入金への返済に充てられ、(4)については、払込金が定期預金に振り替えられ、それに連帯保証人である銀行のための質権が設定された。要するに、払込みの体裁は整えられたが、アイデンの手元には資金が残らないか、定期預金として残っても質権が設定され自由に処分できない状態にあった
 二、従来、見せ金による払込みは仮装のものとして無効とされ(最二小判昭38・12・6民集一七巻一二号一六三三頁)、これを秘して商業登記簿の原本に増資の記載をさせる行為は、公正証書原本不実記載罪に当たるとされてきた(最一小決昭40・6・24刑集一九巻四号四六九頁、最三小判昭41・10・11刑集二〇巻八号八一七頁、最三小判昭47・1・18刑集二六巻一号一頁)。見せ金というのは、引受人が他から金を借り入れ、それで株式の払込みをし、会社成立後又は増資登記の完了後に、会社がこれを引き出して右の貸主に返済するものをいう。本件も、その延長線上の事案であるが、そこで採られた手段が従来になく、多種多様である上、アイデンは払込人であるアイデン商事及び東洋電子工業に対して一応債権を有し、あるいは自己名義の定期預金を有している点に特徴がある。
 この債権や定期預金が実質的にアイデンの資産を形成するものであれば、見せ金による仮装払込みを禁じる根拠である資本充実の原則は害されていないことになり、払込みを有効と解する余地も生じる。しかし、本件では、右払込人は、いずれも倒産寸前でアイデンに対する右債権を返済する能力はなく、右定期預金にも質権が設定され、アイデン商事が保険会社に債権を返済する能力もなかったから、いずれも名目的なものに過ぎなかったのである。このような場合、仮装の払込みとして、商業登記簿の原本に増資の記載をさせた行為が公正証書原本記載罪に当たるとした点に、本件の事例的意味がある。第一審判決については、河本一郎ほか、座談会「アイデン架空増資事件判決をめぐって」商事法務一一〇八号二頁、一一〇九号一〇頁がある。
・429条1項の請求
①Aが取締役の地位
②Aが取締役としての職務を行うについて悪意・重過失
③Gに損害
④相当因果関係
2.B・Cに対する請求
Ⅴ おわりに


行政法 基本行政法 行政上の義務履行確保の手法


総説 行政上の義務履行確保手段の種類と位置づけ

1.義務履行強制
・行政上の強制執行
←法律上の根拠がある場合に限って認められる!!

行政代執行法
+第一条  行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。
第二条  法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

・1条の「法律」には条令を含まない!!

(1)行政代執行

ア 「法律に基づき行政庁により命ぜられた行為」

+判例(大阪高決S40.10.5)
理  由
一、抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。
二、当裁判所の判断
抗告人主張の茨木市庁舎の相手方に対する一部使用は、行政財産たる公有公用物の使用としてその用途または目的を妨げない限度で許されるものであることはいうまでもないが、これが公法関係に属することは、使用について公共団体の長の許可形態をとるとともに許可取消による使用の終了を規定していること(地方自治法二三八条の四、三項、五項)、借地法、借家法の適用がないことを明定していること(同条四項)、行政財産を使用する権利に関する処分についての不服申立の規定を設けていること(同法二三八条の七)などの点よりみて明らかであるとともに、右使用許可取消処分に対し、抗告訴訟が許されることも亦明白である。
本件では、抗告人が昭和三九年一二月一五日相手方に対し、従来茨木市庁舎の一部を組合事務所として使用することの許可をしていたのを取消す旨の処分をし、ついで、昭和四〇年一月一七日相手方に対し右組合事務所内の存置物件搬出についての行政代執行法上の戒告をするに至つたので、相手方は右庁舎使用許可の取消処分と戒告の各取消を求める抗告訴訟を提起するとともに、(1)庁舎(組合事務所)使用許可取消処分の効力の停止と(2)右取消処分に基く、相手方組合事務所内存置物件搬出についての行政代執行法上の戒告ならびにこれに続く行政代執行手続の続行停止を求め、原審は右(2)の申立を認容し、これと同趣旨の決定をしたものである。
そこでまず庁舎使用許可の取消処分に基いて行政代執行法による代執行ができるかどうかを考えてみる。
本件庁舎の管理権者たる抗告人が、相手方に対する庁舎の使用許可を取消すときは、庁舎の使用関係はこれによつて終了し、抗告人が管理権に基いて相手方に対し庁舎の明渡ないし立退きを求めることができ、相手方はこれに応ずべき義務あることはいうまでもないが、右義務は行政代執行によつてその履行の確保が許される行政上の義務ではない。けだし、行政代執行による強制実現が許される義務は、行政代執行法第二条によつて明らかな如く、法律が直接行為を命じた結果による義務であるかまたは行政庁が法律に基き行為を命じた結果に基く義務に限定されているのである。ところで、本件の如き庁舎使用許可取消処分については、処分があれば、庁舎の明渡ないしは立退きをなすべき旨を直接命じた法律の規定はない。また右使用許可取消処分は単に庁舎の使用関係を終了せしめるだけで、庁舎の明渡ないしは立退きを命じたものではないし、またこれを命じうる権限を与えた法律の規定もないからである。
抗告人の相手方に対する前記明渡し、立退き要求は、庁舎管理権に基く事実行為に過ぎないし、また相手方のこれに応ずべき義務は、使用関係の終了に伴い権利主体(茨木市)に対して生ずる公法上の義務であつて、これを以て法律が直接命じた義務とすることはできないのである。
抗告人は行政代執行が公法上の義務をそのまゝの形において実現するのであつて、これにつき直接的な法律の根拠規定を必要としないことを理由に代替的な公法上の作為義務はすべて代執行に親しむかのように主張するのであるが、右の所論は行政代執行法二条の規定に反し、失当であることはいうまでもない。 
しかのみならず、行政代執行により履行の確保される行政上の義務は、いわゆる「為す義務」たる作為義務のうち代替的なものに限られるのであつて、庁舎の明渡しないしは立退きの如き、いわゆる「与える義務」は含まれないものと解すべきである。
これらの義務の強制的実現には実力による占有の解除を必要とするのであつて、法律が直接強制を許す場合においてのみこれが可能となるのである。
もつとも、抗告人が相手方に対してなした行政代執行の前提たる戒告は、前記の如く、庁舎内にある相手方組合事務所の存置物件の搬出についてであつて、組合事務所の明渡しないしは立退きについてではないが、組合事務所存置物件の搬出は組合事務所の明渡しないしは立退き義務の履行に伴う必然的な行為であり、それ自体独立した義務内容をなすものではなく、况んや、法律が直接命じた義務あるいは法律に基ずく行政処分により命じた義務でないこと勿論である。従つて、組合事務所の明渡しないしは立退きについて前記の如く代執行が許されないからといつて、組合事務所存置物件の搬出のみを取り上げ、これが物件の搬出という面では代替的な作為義務に属することの故に、代執行の対象とするが如きことが許されないのは、いうまでもない
そうであるから、前記庁舎使用許可取消処分に基ずく行政代執行は、その執行の範囲を相手方組合事務所内の存置物件搬出に限定すると否とを問はず、行政代執行法二条の要件を欠き違法であるといわなければならない。
右の如き庁舎の明渡しないしは立退き請求については、庁舎の権利主体たる茨木市より相手方に対し、公法上の法律関係に関する訴えたる、当事者訴訟を提起し、その確定判決に基く強制執行によるか、あるいは仮処分によるなど、民訴法上の強制的実現の方法に出ずべきものである。
右庁舎の明渡しないし立退き請求は、前記の如く公法上の請求権ではあるが、その実質において私法上の賃貸借、使用貸借の終了による返還請求と異るところはないのであるから、民訴法の強制執行ないしは仮処分の規定の類推適用が許されるものと解すべきである。また庁舎所有権に基き、相手方の不法占拠を理由に明渡しないしは立退きを求める民訴法上の訴えを提起し、あるいは仮処分を求めて、その強制的実現をはかる方法もないではなく、行政代執行を許さないからといつて、不当な結果を生ずるものではない。
そこで庁舎使用許可取消処分に基く代執行が許されないのにかゝわらず、抗告人が代執行の前提である戒告をなし、代執行の強制手段に出ること確実であると認められる場合において、その行政処分の違法を理由に取消訴訟を提起するとともに、処分の執行停止を求め、これにより違法な執行を停止することができるかどうかを考察するに、庁舎使用許可取消の行政処分は、前記の如く庁舎の使用関係を終了せしめる効果を生ぜしめるに過ぎないのである。かような観念的な法律状態の形成を目的とする行政処分には執行はありえないのであつて、従つて執行停止もありえないのである(もつとも処分の効力の停止は考えられるし、相手方はその効力の停止の申請をもしているようであるが、原審はこの点についての判断を示していない。かりに申請棄却の趣旨であるとしても、相手方より抗告の申立がないのであるから、当裁判所はこの点についての審理はしない。)。かつ行政処分取消訴訟に伴う執行停止制度は、本案の取消訴訟の判決確定に相当の日時を要し、その間に行政処分の執行がなされて回復し難い損害を生じたときには、折角本案勝訴の確定判決を得ても、これが画餠に帰するおそれあることを考慮した救済規定であるから、行政処分が執行に親しむものであることを当然の前提とするものであり、当該行政処分が執行の観念を容れる余地のない性質のものであるのに、その処分を根拠にして違法な執行がなされた場合の救済は右執行停止制度の関知しないところである。
右の如く行政処分の執行そのものが違法であるときは、むしろ当該執行の違法を理由にその取消を求める抗告訴訟を提起し(行政代執行が行政事件訴訟法三条の公権力の行使にあたる事実行為であり、これに対する抗告訴訟が許されることは同条の規定ならびに旧行政代執行法七条の規定との沿革的な関係に照して明らかなところである。)、執行手続の続行を停止する意味での執行停止を求めるべきである。
本件では、相手方は抗告人のなした前記戒告に対しても取消訴訟を提起しているのである。もつとも戒告は代執行そのものではなく、またこれによつて新な義務ないし拘束を課する行政処分ではないが、代執行の前提要件として行政代執行手続の一環をなすとともに、代執行の行われることをほぼ確実に示す表示でもある。そして代執行の段階には入れば多くの場合直ちに執行は終了し、救済の実を挙げえない点よりすれば、戒告は後に続く代執行と一体的な行為であり、公権力の行使にあたるものとして、これに対する抗告訴訟を許すべきである。そうであれば、前記の如く戒告に対する抗告訴訟の提起がある以上、行政事件訴訟法二五条により戒告に続く代執行手続の続行を停止する意味での執行停止が許されるものといわなければならない(もつとも相手方の申立書によると組合事務所使用許可取消処分に基く戒告その他の代執行手続の続行停止を求めるかのような体裁になつているが、組合事務所使用許可取消処分についてその効力の停止を求めている点よりすれば、「組合事務所使用許可取消処分に基ずく戒告その他の代執行手続」という表現は、抗告人の発した戒告書の文言にそつたまでで、その真意は戒告その他代執行手続の違法を理由にその執行停止を求める趣旨であることは本件記録に照して容易に推知しうるところである。)。そして本件記録によれば、抗告人の違法な代執行により相手方は場所的に有利な組合事務所の利用ができなくなり、回復し難い損害を生ずることならびに右損害を回避するためその執行を停止すべき緊急の必要性あることが疎明せられ、かつ右執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすものとは認め難いから、執行停止をなすべき要件に欠けるところはないものといわなければならない。
抗告人は組合事務所使用許可取消処分及び戒告の各取消を求める本案請求は理由がないと主張するが、少くとも本件に直接関係をもつ戒告の取消を求める部分については、理由がないとみえる場合に該当しないこと前説示のとおりであるから、右主張は採用できない。
さらに抗告人は、本件組合事務所の移転先として庁舎の別の一部を相手方に提供する旨申出でているのであるから、相手方は本件事務所を失つたからといつて、回復し難い損害を被る筈はなく、従つて、執行停止を求める緊急の必要性を欠くと主張するのであるが、抗告人が本件組合事務所の移転先として相手方に提供を申出でた庁舎の一部は、従来の窮屈な事務所よりも多少狭い上に、相手方組合から分裂した第二、第三、第四組合の各事務所が隣合せに存在し、かつ裏側は茨木警察署に隣接しており、かくては相手方組合の運動方針、企画など組合運営に関する秘密が漏洩察知されることが懸念され、また相手方の組合活動の中心たる組合事務所が敵対的な分裂組合の事務所に囲まれていては組合活動も自ら制約されて萎縮し、はては強固な団結の維持も困難となり、組合員の脱退あるいは再分裂による組合の脆弱化ないしは崩潰が憂慮される状況にあることは、甲第三ないし六号証、同第七号証の一、二、同第八号証の一ないし四、同第一一号証、原審での相手方組合代表者原田保に対する審尋の結果によつて疎明できるから、本件代執行により相手方の被る回復し難い損害ならびにこれを避けるための緊急な必要性を否定することはできないものというべく、この点に関する抗告人の主張も亦採用し難い
そうであれば、本件は前記戒告取消訴訟の判決確定に至るまで、戒告に続く代執行手続(代執行令書の発行及び代執行)の続行を停止すべきである。原決定は「組合事務所使用許可取消処分に基く戒告その他の代執行手続の続行停止」を命じ、使用許可取消処分に基く代執行が許されることを前提とするかの如く解せられ、かつ戒告はすでになされてしまつた行為であり、もはや執行停止の余地がないのにかゝわらず、これを執行停止の対象としたかの如く解せられる点において失当であるから、これを変更すべきものとする。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、九二条但書を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 金田宇佐夫 日高敏夫 中島一郎)

イ 「法律の委任に基づく・・・条令」

+第二条  法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

この条例にはすべての条例が含まれる・・・。

ウ 代替的作為義務

エ 代執行の戒告とその処分性

+第三条  前条の規定による処分(代執行)をなすには、相当の履行期限を定め、その期限までに履行がなされないときは、代執行をなすべき旨を、予め文書で戒告しなければならない。
○2  義務者が、前項の戒告を受けて、指定の期限までにその義務を履行しないときは、当該行政庁は、代執行令書をもつて、代執行をなすべき時期、代執行のために派遣する執行責任者の氏名及び代執行に要する費用の概算による見積額を義務者に通知する。
○3  非常の場合又は危険切迫の場合において、当該行為の急速な実施について緊急の必要があり、前二項に規定する手続をとる暇がないときは、その手続を経ないで代執行をすることができる。

(2)その他の行政上の強制執行手段
ア 行政上の直接強制
ほぼなし。
イ 執行罰~行政上の間接強制
過料
砂防法のみ。
ウ 行政上の強制徴収
国税徴収法

(3)行政上の強制執行の機能不全
簡易迅速にできない・・・

(4)民事手続による強制

・行政上の強制執行制度が利用可能である場合には、それによるべきであって、民事手続きは利用できない
+判例(S41.2.23)
理由
上告代理人大谷政雄の上告理由について。
農業災害補償法八七条の二によれば、農業共済組合は、農作物共済もしくは蚕繭共済にかかる共済掛金又は賦課金を滞納する者がある場合には、督促状により期限を指定してこれを督促することを要し、その督促を受けた者が指定期限までにこれを完納しないときは、市町村に対し、その徴収を請求することができ、市町村は、右請求に応じて地方税の滞納処分の例によりこれを処分すべく、若し市町村が右請求を受けた日から三〇日以内にその処分に着手せず、又は九〇日以内にこれを終了しないときは、農業共済組合は、都道府県知事の認可を受けて、自ら地方税の滞納処分の例により処分することができることになつており、右徴収金の先取特権の順位は、国税及び地方税に次ぐものとされる等、その債権の実現について、特別の便宜が与えられている。また、きよ出金の滞納についても、農業共済基金法四六条により、前示農業災害補償法八七条の二の規定が準用され、右と同じ取扱いが認められている。かように、農業共済組合が組合員に対して有するこれら債権について、法が一般私法上の債権にみられない特別の取扱いを認めているのは、農業災害に関する共済事業の公共性に鑑み、その事業遂行上必要な財源を確保するためには、農業共済組合が強制加入制のもとにこれに加入する多数の組合員から収納するこれらの金円につき、租税に準ずる簡易迅速な行政上の強制徴収の手段によらしめることが、もつとも適切かつ妥当であるとしたからにほかならない。
論旨は、農業災害補償法八七条の二がこれら債権に行政上の強制徴収の手段を認めていることは、これら債権について、一般私法上の債権とひとしく、民訴法上の強制執行の手段をとることを排除する趣旨ではないと主張する。
しかし農業共済組合が、法律上特にかような独自の強制徴収の手段を与えられながら、この手段によることなく、一般私法上の債権と同様、訴えを提起し、民訴法上の強制執行の手段によつてこれら債権の実現を図ることは、前示立法の趣旨に反し、公共性の強い農業共済組合の権能行使の適正を欠くものとして、許されないところといわなければならない。
論旨は、また、農業共済組合連合会がその会員たる各農業共済組合に対して有する保険料債権に関しては、法は何ら特別の徴収方法を認めておらず、したがつてその徴収は、民訴法に基づく以外方法がないものとし、第一審判決を引用する原判決が公法上の金銭債権である共済掛金等の実現は民訴法に基づく強制執行にわることは許されない旨判示したのは矛盾であるというが、この点につき原判決の引用する第一審判決は、法が特に行政上の強制徴収を認めた債権について、右の判示をしたものであることその判文上明らかであるから、所論の非難は当らない。
ちなみに、本件は、農業共済組合連合会が、その会員たる農共済組合に代位して、農業共済組合の組合員に対し、右各債権訴求したものであるが、元来、農業共済組合自体が有しない権能を農業共済組合連合会が代位行使することは許されないと解すべきである。
なお、その余の論旨は、何れも本件各債権に関する法条の趣旨を正解したものとは認めがたく、採用することができない。
論旨は、何れも理宙がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎)

+判例(H14.7.9)
理由
1 本件は、地方公共団体である上告人の長が、宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(昭和58年宝塚市条例第19号。以下「本件条例」という。)8条に基づき、宝塚市内においてパチンコ店を建築しようとする被上告人に対し、その建築工事の中止命令を発したが、被上告人がこれに従わないため、上告人が被上告人に対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。第1審は、本件訴えを適法なものと扱い、本件請求は理由がないと判断して、これを棄却し、原審は、この第1審判決を維持して、上告人の控訴を棄却した。
2 そこで、職権により本件訴えの適否について検討する。
行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁参照)。国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきであるが、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許されるものと解される。そして、行政代執行法は、行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、同法の定めるところによるものと規定して(1条)、同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で、その具体的な方法としては、同法2条の規定による代執行のみを認めている。また、行政事件訴訟法その他の法律にも、一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。したがって、【要旨1】国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである。
【要旨2】本件訴えは、地方公共団体である上告人が本件条例8条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり、原審が確定したところによると、当該義務が上告人の財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから、法律上の争訟に当たらず、不適法というほかはない。そうすると、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、第1審判決を取り消して、本件訴えを却下すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三)

++解説
《解  説》
一 本件は、宝塚市長が、宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(宝塚市昭和五八年条例第一九号。以下「本件条例」という。)八条に基づき、市内においてパチンコ店を建築しようとするYに対し、建築工事の中止命令を発したが、これに従わないため、X(宝塚市)がYに対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。本件においては、一審以来、①行政主体が私人に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することが許されるか、②パチンコ店の建築を規制する本件条例は風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律及び建築基準法に違反しないか、③本件条例は職業の自由を保障する憲法二二条一項及び財産権を保障する憲法二九条二項に違反しないか、という点が争われていた。一審(判時一六一三号三六頁)及び二審(判時一六六八号三七頁)は、ともに、①の論点について判断しないまま、②の論点につき、本件条例は風営法及び建築基準法に違反するとの判断を示し、Xの請求を棄却すべきものとした。

二 本判決は、職権をもって、「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである。」とした上、「本件訴えは、地方公共団体であるXが本件条例八条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり、原審が確定したところによると、当該義務がXの財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから、法律上の争訟に当たらず、不適法というほかない。」として、原判決を破棄し、一審判決を取り消して本件訴えを却下した。

三 行政上の義務の履行を確保するための法制度には、行政の自力執行の方法による行政的執行制度と裁判所の介入による実現を図る司法的執行制度とがある。戦前の我が国では、国税徴収法と行政執行法を中心とする行政的執行制度が構築されていた。戦後、公法上の金銭債権に関しては、強制徴収による行政的執行の仕組みに変更はなかったが、それ以外の行政上の義務に関しては、昭和二三年に行政執行法が廃止され、これに代わる行政上の義務の履行確保に関する一般法として制定された行政代執行法は、行政代執行のみを認め、直接強制及び執行罰については個別立法の規定に委ねることにした。ところが、実際には、個別立法において直接強制や執行罰の規定が置かれることはほとんどなかったこともあって、国又は地方公共団体が行政上の義務の履行を求める仮処分等を提起する例が現われるようになり、その許否が論じられるようになった。

四 この点について、学説や下級審裁判例の中には、行政主体と私人の間には行政上の義務の履行を求める債権債務関係がある、あるいは、行政主体は行政上の権限に由来する履行請求権を有するなどとして、これに基づく履行請求訴訟を提起することができるとして、これを肯定する見解がある一方(細川俊彦「公法上の義務履行と強制執行」民商八二巻五号六四一頁、磯野弥生「行政上の義務履行確保」現代行政法大系(2)二五二頁、阿部泰隆「行政上の義務の民事執行」行政法の解釈三二二頁、村上順・判評三三二号一二頁、岐阜地決昭43・2・14訟月一四巻四号三八四頁、岐阜地判昭44・11・27判時六〇〇号一〇〇頁、大阪高決昭60・11・25判時一一八九号三九頁、横浜地決平1・12・8本誌七一七号二二〇頁、富山地決平2・6・5訟月三七巻一号一頁、神戸地伊丹支決平6・6・9判自一二八号六八頁等)、①戦後の法改正の趣旨は、戦前における行政機関による強制が過剰であったという反省から、これを大幅に縮減するという点にあったのであり、その際、行政的執行に代わるものとして司法的執行を認めるという選択が立法者によって行われたわけではないこと、②裁判所の権限の原則的範囲を定める憲法七六条一項及び裁判所法三条一項の規定も、司法的執行を包含するまでに裁判所の権限を拡大する趣旨であったとはいえないこと、③法令又は行政処分によって国民に何らかの行政上の義務が課されたからといって、直ちに行政主体が当該義務の履行を求める実体法上の請求権を有するとはいい難いこと等の問題点を指摘するものもあり(小早川光郎「行政による裁判の作用」法教一五一号一〇六頁、芝池義一・行政法総論講義〔第3版〕二〇二頁、ジュリ増刊行政強制一八頁、最高裁判所事務総局編・行政資料第六二号二二〇頁、宇賀克也・高田裕成「行政上の義務履行確保」法教二五三号一一頁等)、消極説に立つ下級審裁判例もみられた(神戸地伊丹支決昭60・10・18判時一一八九号四二頁、神戸地伊丹支決平9・9・9本誌九六二号一三三頁等)。

五 行政代執行法の規定や制定経緯等に照らすと、同法は、行政上の義務の履行確保の一般的手段としては行政代執行に限って認める趣旨で制定された法律であることは明らかであるから、行政上の義務の履行確保の手段が不十分なのは不都合であるという制度の必要性のみから、行政上の義務の履行請求訴訟を認めようとする積極説の立場は、法解釈論としては問題がある。また、行政上の義務には、法令により直接命じられるものと、行政庁が法令に基づいて発した行政処分によって命じられるものとがあるが、いずれの場合であっても、その根拠となる行政上の権限は、通常、公益確保のために認められているにすぎないのであって、行政主体がその実現について主観的な権利を有するとは解し難い。
ところで、通説・判例によると、①憲法七六条一項にいう「司法権」とは、具体的な争訟事件について法を適用し宣言することによってこれを解決する国家作用である、②裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」の概念は、このような司法権の本質的な要素である具体的事件・争訟性の要件を表現したものである、③行政訴訟のうち、個人的な権利利益の保護救済を目的とする主観訴訟は、「法律上の争訟」として裁判所の本来的な裁判権の範囲に属するが、個人の権利利益の侵害を前提としない客観訴訟は、司法権の当然の内容を成すものではなく、裁判所法三条一項後段にいう「その他法律において特に定める権限」として立法政策的に裁判所の裁判権の範囲に属せられたものである、と解されている(佐藤幸治〔第3版〕二九八頁、注釈日本国憲法(下)一一二七頁、最高裁判所事務総局編・裁判所法逐条解説(上)二四頁、兼子一165C竹下守夫・裁判法〔第4版〕六五頁、杉本良吉・行政事件訴訟法の解説二五頁、一三三頁、南博方編・条解行政事件訴訟法一八八頁、二二一頁、八五九頁、塩野宏・行政法Ⅱ〔第2版〕二一四頁、芦部信喜・憲法〔新版〕三〇二頁、最一小判昭28・5・28民集七巻五号六〇一頁、最二小判昭28・6・12民集七巻六号六六三頁、最三小判昭41・2・8民集二〇巻二号一九六頁、本誌一九〇号一二六頁、最三小判昭56・4・7民集三五巻三号四四三頁等)。そこで、このような見地から行政上の義務の履行請求訴訟について検討すると、国や地方公共団体が財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合は別として、国や地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の主観的な権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではないと考えられる。本判決は、このような観点から、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として私人に対して行政上の義務の履行を求める訴訟の適法性を否定したものであり、実務上、重要な意義を有するものと思われる。

2.義務違反に対する制裁
(1)刑罰と反則金

+判例(S57.7.15)
理由
上告代理人中田明男、同井上善雄、同山川元庸の上告理由について
所論は、道路交通法一二七条一項の規定による警視総監又は道府県警察本部長(以下「警察本部長」という。)の反則金の納付の通告は抗告訴訟の対象とはなりえないから本件訴えは不適法であるとした原判決の判断は、憲法三一条、三二条、七六条二項後段に違反する、というのである。
交通反則通告制度は、車両等の運転者がした道路交通法違反行為のうち、比較的軽微であつて、警察官が現認する明白で定型的なものを反則行為とし、反則行為をした者に対しては、警察本部長が定額の反則金の納付を通告し、その通告を受けた者が任意に反則金を納付したときは、その反則行為について刑事訴追をされず、一定の期間内に反則金の納付がなかつたときは、本来の刑事手続が進行するということを骨子とするものであり、これによつて、大量に発生する車両等の運転者の道路交通法違反事件について、事案の軽重に応じた合理的な処理方法をとるとともに、その処理の迅速化を図ろうとしたものである。
このような見地から、道路交通法は、反則行為に関する処理手続の特例として、警察官において、反則者があると認めるときは、その者に対し、すみやかに反則行為となるべき事実の要旨及び当該反則行為が属する反則行為の種別等を告知し(一二六条一項)、警察官から報告を受けた警察本部長は、告知を受けた者が当該告知に係る種別に属する反則行為をした反則者であると認めるときは、その者に対し、当該反則行為が属する種別に係る反則金の納付を書面で通告し(一二七条一項)、通告を受けた者は、反則行為に関する処理手続の特例の適用を受けようとする場合には、当該通告を受けた日の翌日から起算して一〇日以内に通告に係る反則金を国に対して納付しなければならず(一二八条一項、一二五条三項)、右反則金を納付した者は、当該通告の理由となつた行為に係る事件について、公訴を提起されないことになり(一二八条二項)、反則者は、当該反則行為についてその者が当該反則行為が属する種別に係る反則金の納付の通告を受け、かつ、前記一〇日の期間が経過した後でなければ、当該反則行為に係る事件について、公訴を提起されないこと(一三〇条)等を定めている。
右のような交通反則通告制度の趣旨とこれを具体化した道路交通法の諸規定に徴すると、反則行為は本来犯罪を構成する行為であり、したがつてその成否も刑事手続において審判されるべきものであるが、前記のような大量の違反事件処理の迅速化の目的から行政手続としての交通反則通告制度を設け、反則者がこれによる処理に服する途を選んだときは、刑事手続によらないで事案の終結を図ることとしたものと考えられる。道路交通法一二七条一項の規定による警察本部長の反則金の納付の通告(以下「通告」という。)があつても、これにより通告を受けた者において通告に係る反則金を納付すべき法律上の義務が生ずるわけではなく、ただその者が任意に右反則金を納付したときは公訴が提起されないというにとどまり、納付しないときは、検察官の公訴の提起によつて刑事手続が開始され、その手続において通告の理由となつた反則行為となるべき事実の有無等が審判されることとなるものとされているが、これは上記の趣旨を示すものにほかならない。してみると、道路交通法は、通告を受けた者が、その自由意思により、通告に係る反則金を納付し、これによる事案の終結の途を選んだときは、もはや当該通告の理由となつた反則行為の不成立等を主張して通告自体の適否を争い、これに対する抗告訴訟によつてその効果の覆滅を図ることはこれを許さず、右のような主張をしようとするのであれば、反則金を納付せず、後に公訴が提起されたときにこれによつて開始された刑事手続の中でこれを争い、これについて裁判所の審判を求める途を選ぶべきであるとしているものと解するのが相当である。もしそうでなく、右のような抗告訴訟が許されるものとすると、本来刑事手続における審判対象として予定されている事項を行政訴訟手続で審判することとなり、また、刑事手続と行政訴訟手続との関係について複雑困難な問題を生ずるのであつて、同法がこのような結果を予想し、これを容認しているものとは到底考えられない
右の次第であるから、通告に対する行政事件訴訟法による取消訴訟は不適法というべきであり、これと趣旨を同じくする原審の判断は正当である。
所論は、憲法三二条違反をいうが、通告が通告に係る反則金納付の法律上の義務を課するものではなく、また、通告の理由となつた反則行為となるべき事実の有無等については刑事手続においてこれを争う途が開かれていることは前記のとおりであるから、通告自体に対する不服申立ての途がないからといつて、所論憲法の条規に違反するものではなく、このことは従来の判例の趣旨に徴して明らかである(最高裁判所昭和三八年(オ)第一〇八一号同三九年二月二六日大法廷判決・民集一八巻二号三五三頁参照)。また、所論中憲法三一条、七六条二項後段違反をいう点は、通告は、前記のような性質の行政行為であつて、刑罰を科するものではなく、行政機関のする裁判でもないから、いずれもその前提を欠くものというべきである。
論旨はすべて理由がなく、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)

(2)過料~行政上の秩序罰

(3)加算税
+判例(S33.4.30)
理由
上告代理人青木一男、池田義秋の上告理由
第一点について。
法人税法(昭和二二年法律二八号。昭和二五年三月三一日法律七二号による改正前のもの。以下単に法という)四三条の追徴税は、申告納税の実を挙げるために、本来の租税に附加して租税の形式により賦課せられるものであつて、これを課することが申告納税を怠つたものに対し制裁的意義を有することは否定し得ないところであるが、詐欺その他不正の行為により法人税を免れた場合に、その違反行為者および法人に科せられる同法四八条一項および五一条の罰金とは、その性質を異にするものと解すべきである。すなわち、法四八条一項の逋脱犯に対する刑罰が「詐欺その他不正の行為により云々」の文字からも窺われるように、脱税者の不正行為の反社会性ないし反道義性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであるに反し、法四三条の追徴税は、単に過少申告・不申告による納税義務違反の事実があれば、同条所定の已むを得ない事由のない限り、その違反の法人に対し課せられるものであり、これによつて、過少申告・不申告による納税義務違反の発生を防止し、以つて納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であると解すべきである。法が追徴税を行政機関の行政手続により租税の形式により課すべきものとしたことは追徴税を課せらるべき納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として、これを課する趣旨でないこと明らかである。追徴税のかような性質にかんがみれば、憲法三九条の規定は刑罰たる罰金と追徴税とを併科することを禁止する趣旨を含むものでないと解するのが相当であるから所論違憲の主張は採用し得ない。

第二点ないし第一二点について、
法人税の未納が逋脱犯を構成する場合においても、逋脱犯が成立すること自体が課税の原因となるわけではなく、逋税犯が成立する場合には、同時に課税の原因となるべき事実が存在し、そのことが一般の規定による課税権発動の原因となるに過ぎないのであるから、法四八条所定の詐欺その他不正の行為により法人税を逋脱した場合は、その基本の性格において、法二九条以下の過少申告・不申告の一の場合にほかならないものと解すべぎであり、従つて法四八条三項の規定によつてなされる課税標準の更正又は決定も当然法二九条以下の課税標準の更正又は決定の手続によつてなさるべきものであり、この場合に法四三条の追徴税の徴収を排除すべき理由はない。しかも法が申告納税の実を挙げるため法四八条の刑罰を以つて臨むだけでは十分でないとして、別に追徴税の制度を設けた趣旨にかんがみれば、法人税の未納が逋脱犯を構成するかどうかにかかわらず、徴税庁は、その独自の認定により未納税額を認定し、これを基礎として追徴税を課し得るものとする趣旨であることは明らかであつて、逋脱犯として処罰されたからといつて、追徴税を免れしめる理由はない。そして、この場合の更正又は決定が、一般の過少申告・不申告の一の場合である以上、徴税庁が課税標準を更正又は決定するについては、必ずしも刑事裁判の確定した逋脱税額に拘束せられるものでなく、また、徴税庁のした更正又は決定の処分に対しては、法三六条以下の規定により審査、訴願および訴訟をなすことができ、その結果民事裁判と刑事裁判が課税標準額について一致しない場合を生ずることがあつても、両者はその目的と手続を異にする以上、また已むを得ないものといわねばならぬ。
すなわち、法四八条三項の法意は、同条一項の逋脱犯があつた場合において、その逋脱税額が未徴収であるときは徴税庁は直ちに、その課税標準を更正又は決定して、その税金を徴収すべきことを規定したに止り、この場合徴税庁は刑事裁判の確定した逋脱税額に拘束され、その額のみを徴収すべく、法四三条の追徴税の徴収を許さない趣旨と解すべきものではない。所論は右判示と異り、法四八条三項に定める課税標準の更正又は決定は、法二九条以下の更正又は決定の手続とは別個な特殊な徴税手続であつて、刑事裁判によつて確定された逋脱税額に拘束され、その税額のみを直ちに徴収すべきものであり、その場合法四三条の追徴税の徴収は許されないものであるとの見解に立脚して、原判決の示した法律判断を縷々論難するに帰し採用することを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官下飯坂潤夫の補足意見があるほか裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
裁判官下飯坂潤夫の補足意見は次のとおりである。
論旨第一点に関する判決理由を補足する意味合において卑見を左に開陳する。
わが国における納税制度は直接税に関する限り昭和二二年を境として一変した。すなわち従来の賦課制度から申告納税制度に改められたのである。申告納税制度とは一口に言えば納税義務者が自己の課税標準と税額を自主的に計算しこれを税務署に申告するとともに、その税額を自発的に納入する制度である。しかし、多数の納税義務者の中には利己的な立場から、これれに協力しない者がないわけではなく、これを法人税について言えば、(イ)所定の期限内に申告書を提出しなかつたり、(ロ)期限内に申告書を提出しても税額が過少であつたり、(ハ)課税標準や欠損金額の計算の基そとなる事実を隠ぺい又は仮装して申告したりする者があるのである。そこで法律はかかる利己的納税義務者に対処して申告納税制度を確保すべく、それらの納税義務者に対しては更に重率の税金を課することとし、右(イ)の者からは無申告加算税、(ロ)の者からは過少申告加算税、(ハ)の者からは重加算税をそれぞれ徴収すべきものと定めているのである。そしてこの最後の(ハ)に属するものが現行法人税法の重加算税に該当するものであり、本件における問題の追徴税なのである。従つて追徴税と言つても、また重加算税と言つても、ひとしく法人税そのものであり、しかも独立科目の税種ではないのである。このことは旧法人税法四三条が明規している「前略……割合を乗じて算出した金額に相当する税額の法人税を追徴する」との文言によつても明らかであろう。因に、改正前の所得税法にいわゆる追徴税も、また現行所得税法にいう重加算税も、法人税に於けると同じように所得税そのものであつて、それ以外の何ものでもないのである。(これら税金の徴収は国税徴収法所定の手続によるべきであるに反し罰金、科料は刑事訴訟法により裁判の執行として納付されるものであることを記憶する必要がある。)
上叙のとおりであるからわが法律体系の下において所論追徴税は税金そのものであり、憲法三九条後段にいう刑事上の責任を、刑罰そのものと解しても、また学者のいわゆる二重の危険と解しても、そのいずれの範ちゆうにも属しないものなのである。もし所論追徴税を強いて憲法上の論議の対象とするならば、国民の納税義務に関する憲法三〇条ないしは正当手続の保障に関する憲法三一条が取上げらるべきであろう。これを要するに私は所論が憲法三九条後段を論拠とする限り到底首肯し難いものとするのである。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一)

(4)課徴金

(5)制裁的公表
ア 設問4(1)~制裁的公表と条例
侵害留保説からは、情報提供目的の公表には法律の根拠は不要

行政代執行法
+第一条  行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。
=行政上の義務履行確保の手段に含まれるとすれば、条例で定めることはできないことになる!
→含まれない。
←超自治の理念

イ 制裁的公表の争い方
当事者訴訟→勧告の違法確認

3.即時強制
相手方の義務の存在を前提とせずに、行政機関が直接に身体または財産に実力を行使して行政上望ましい状態を実現すること

・条例によっても即時強制を定めることも可能
←義務履行確保手段ではないので、行政代執行法1条の適用はない。


民法 基本事例で考える民法演習2 受領遅滞と解除~損害賠償の範囲と危険負担(その1)


1.小問1(1)について

+(受領遅滞)
第四百十三条  債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないときは、その債権者は、履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。

+判例(S40.12.3)
理由
上告代理人伊藤仁の上告理由第一点について。
論旨は、債権者にも信義則の要求する程度において給付の実現に協力すべき法律上の義務があり、給付の不受領はあたかも債務者が履行しない場合と同じく債務不履行となるものと解すべきである、と主張し、債権者は債権の目的物を受領する義務なく債権者の受領遅滞を理由として債務者は契約解除をなしえない旨の原判決の判断は、民法の基本原則である信義則に違反する、という。
しかし、債務者の債務不履行と債権者の受領遅滞とは、その性質が異なるのであるから、一般に後者に前者と全く同一の効果を認めることは民法はの予想していないところというべきである。民法四一四条・四一五条・五四一条等は、いずれも債務者の債務不履行のみを想定した規定であること明文上明らかであり、受領遅滞に対し債務者のとりうる措置としては、供託・自動売却等の規定を設けているのである。されば、特段の事由の認められない本件において被上告人の受領遅滞を理由として上告人は契約を解除することができない旨の原判決は正当であつて、論旨は採用することができない。
同第二点について。
上告人の本訴は損害賠償の請求であつて、請負代金の支払を求めるものでないこと明らかであるから、論旨は無用の論議に帰し、排斥を免れない。よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

+判例(S46.12.16)
理由 
 上告代理人浅沼澄次、同神田洋司(以下、上告代理人浅沼澄次らという。)の上告理由第一点および第三点について。 
 本件記録によれば、原判決の理由第一の一の(四)の事実は当事者間に争いがないとの説示は、相当である。また、所論甲第二号証にいわゆる別紙買鉱契約の成立の有無および甲第二号証の契約と甲第三号証(鉱石売買契約書)との関係に関する原判決の認定判断は、その拳示する証拠に照らして、首肯するに足りる。論旨は、採用しがたい。 
 同第二点の一、二および上告代理人浜本一夫、同二宮節二郎(以下、上告代理人浜本一夫らという。)の上告理由第一点ないし第三点について。 
 本件硫黄鉱石売買契約においては、被上告人北海硫黄鉱業株式会社(以下、被上告会社という。)が本件鉱区から採掘する硫黄鉱石の全量が売買の対象となつていたものである旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠および原審が右証拠により適法に認定した諸事実によれば、首肯しえないものではない。そして、記録によれば、被上告人らは、第一審以来、右のとおり被上告会社の採掘する鉱石の全量が売買の対象となつていた旨主張していたものと認めるのが相当であつて、上告代理人浜本一夫らの上告理由が指摘する被上告人らの主張の趣旨は、売買の対象となつていたのは、前述のとおり、採掘鉱石の全量であるが、本件において、被上告人らが上告人にその引取義務があると主張している二四〇〇トン(湿鉱量)の鉱石は、実際に、品位七〇パーセント以上のものであつたというにあるものと解すべきである。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰するものであるか、または、被上告人らの主張を正解しないで、原判決に民訴法二五七条、一八六条の違反があると主張するものであつて、採用することができない。 
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第四点について。 
 原審が適法に確定した事実によれば、本件甲第二号証の契約においては、被上告会社が上告人に対し昭和三二年中に引き渡す硫黄鉱石の代金中、前渡金四〇〇万円への充当は、乾鉱量一トンにつき金一〇〇〇円の割合によるとの約旨であつたというのであるから、原審が、所論のいう同年一一月の四車分の鉱石についても、右の割合で計算を行ない、同年末における前渡金残額は金三八三万円となつた旨判示したのは相当であつて、何ら所論の違法はない。
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第五点、第六点および第八点ならびに同浜本一夫らの上告理由第四点について。 
 本件硫黄鉱石売買契約は、その期間が更新されて、昭和三三年一二月末日まで存続することとなつたものである等所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らして、首肯しえないものではない(原判決一三枚目裏末行および一五枚目表三行目に、それぞれ、「昭和三二年」とあるのは「昭和三三年」の誤記と認める。)。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用のかぎりでない。 
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第七点、第九点および第一一点ならびに同浜本一夫らの上告理由第六点の一および第七点について。 
 原判決は、つぎのとおり事実を確定している。すなわち、被上告会社は、昭和三二年四月一六日上告人との間に、期間を同年一二月末日とし、被上告会社が本件硫黄鉱区から採掘する硫黄鉱石の全量(所論は、全量ではなく、品位七〇パーセント以上のものにかぎると主張するが、その採用できないことは、すでに説示したとおりである。)を対象として、原判示硫黄鉱石売買契約(その内容は甲第三号証と同旨)を締結したが、その後、右契約期間は更新されて昭和三三年一二月末日までとなつた。ところで、被上告会社は、右契約に基づいて採掘をはじめ、まず昭和三二年中に鉱石約一七〇トン(乾鉱量)を上告人に引き渡した。ついで同三三年六月鉱石一一三・九一トン(乾鉱量)を出荷し、その旨を上告人に通知したが、上告人から市況の悪化を理由に出荷中止を要請され、ここにおいて被上告会社は、上告人を翻意させるべく折衝したが成功せず、同年九月一一日頃には採掘を中止するのやむなきに至り、採掘分(乾鉱量にして一六一二・六九トン)は集積して出荷を準備したにとどまつた。そして、右一一三・九一トンの鉱石は、ともかく上告人において引き取つたのであるが、その後は引取を拒絶したまま、同年一〇月二九日被上告会社に対し、前渡金の返還を要求する通知書(乙第五号証の一)を発するに至り、右鉱石売買契約の関係は、前記契約期間の満了日である昭和三三年一二月末日の経過をもつて終了するに至つた、というのである。 
 ところで、右事実関係によれば、前記鉱石売買契約においては、被上告会社が右契約期間を通じて採掘する鉱石の全量が売買されるべきものと定められており、被上告会社は上告人に対し右鉱石を継続的に供給すべきものなのであるから、信義則に照らして考察するときは、被上告会社は、右約旨に基づいて、その採掘した鉱石全部を順次上告人に出荷すべく、上告人はこれを引き取り、かつ、その代金を支払うべき法律関係が存在していたものと解するのが相当である。したがつて、上告人には、被上告会社が採掘し、提供した鉱石を引き取るべき義務があつたものというべきであり、上告人の前示引取の拒絶は、債務不履行の効果を生ずるものといわなければならない。 
 所論は、被上告会社には、信義にもとる不履行の責任があり、重大な過失があると非難し、その根拠として、被上告会社が昭和三二年の出鉱を遅延したこと、同会社が昭和三三年六月上告人に何の予告もなく鉱石を送つてきたこと、被上告会社は、鉱石価格の下降を辿る業界の実情をよそに、みずから危険を冒して採掘を続行したこと等を列挙し、これらが斟酌されるべきであると主張する。しかし、原判決は、その理由の六において、被上告会社が昭和三二年度中僅少の出鉱をなしたにとどまつた事情について詳細説示しており、また、上告人側が本件鉱石売買契約の存続について明確な認識をもたず、ひいて市況の変化に対処して適切な協議の方法をとらなかつた事実も、原審の認定判示するところであつて、こうした事実関係のもとにおいては、被上告会社において信義則に違反し、重大な過失があるとする所論は、採用のかぎりでない。 
 よつて、上告人に引取義務を認めた原審の判断は、正当として是認することができる。右のとおりであるから、所論中、売主側が、買主側の要求により、履行の準備に相当の努力を費した場合には信義則上も買主の引取義務を肯定すべきである旨の原判示を非難する部分は、その当否を論ずるまでもなく、原判決に影響を及ぼしえないものとして、排斥を免れない。 
 論旨は、いずれも採用することができない。 
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第一〇点および同浜本一夫らの上告理由第六点の二について。 
 所論は、原判決が、上告人に対し、引取義務の履行不能による損害賠償義務を認めたことを非難する。 
 しかし、原審の確定した前記事実関係によれば、本件のような継続的供給契約において、被上告会社がその採掘にかかる鉱石を上告人に送付し、上告人がこれを引き取るべき義務を負うのは、本件硫黄鉱石売買契約関係の存続を前提とするものと解されるところ、上告人が、その義務に違反し、前示鉱石一六一二・六九トンの引取を拒絶したまま、昭和三三年末をもつて右契約関係を終了するに至らしめたのである以上、右引取義務は、上告人の責に帰すべき事由により履行不能になつたものというべきであり、所論原判示は正当である。論旨は採用することができない。
 
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第一二点ないし第一五点ならびに同浜本一夫らの上告理由第五点および第八点について。 
 所論は、被上告会社が被つた損害の額に関する原判決の判断は違法である旨種々主張する。 
 しかし、被上告会社が引取を拒絶された原判示硫黄鉱石一九四三トン(湿鉱量)には、甲第三号証における純硫黄一〇キログラムにつき九〇円の約定が適用されるべきであるとした原判決の説示は、正当として是認することができる。所論は、昭和三二年七月以降の分については、当事者間の協議によつて価格が定められることを要するのであり、当事者間の協議により右価格が定められなかつた以上、価格のない状態にとどまると主張する。しかし、本件のような採掘される鉱石の全量が対象とされている売買契約において、かような結果を認めることは、却つて不条理である。のみならず、原判示によれば、昭和三二年秋以後、とくに昭和三三年になつてから硫黄の市況がとみに悪化したというのであるから、こうした場合には、むしろ買主の立場にある上告人の側から協議を求めることが期待されるべきである。しかるに、その協議が行なわれなかつた(この旨の原審の認定は是認できる。)というのであるから、右原判示は相当であるというべく、所論は、採ることができない。その他の所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の拳示する証拠に照らして、首肯しえないものではなく、所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰する。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない(原判決一七枚目裏一行目に「一四八一・四立方メートル」とあるのは「一四八五・四立方メートル」の、同五行目に「控訴会社」とあるのは「被控訴会社」の、一九枚目表末行に「金六六八万一八七六円」とあるのは「金六五八万一八七六円」の、同裏九行目に「六八・九一トン」とあるのは「六八・四九トン」の、二〇枚目表六行目および同裏九行目に、それぞれ、「三四六万八二八六円」とあるのは「三三六万八二八六円」の、各明白な誤りであると認める。)。 
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第一六点および同浜本一夫らの上告理由第九点について。 
 所論は、被上告会社の上告人に対する原判示損害賠償請求権は成立しないとするその前提において失当であるから、採用のかぎりでない。 
 なお、右に説示したところによれば、原判決主文第二項に「金三四六万八二八六円」とあるのは、「金三三六万八二八六円」の明白な誤りであるから、民訴法一九四条により、職権で右のとおり更正する。 
 よつて、民説法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 藤林益二 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一) 
+(弁済の費用)
第四百八十五条  弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする
+(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
+(弁済の提供の方法)
第四百九十三条  弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
2.小問1(2)について(基礎編)
+(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない
・賠償の範囲は履行利益。
・+(損害賠償の範囲)
第四百十六条  債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2  特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
3.小問1(2)について(応用編)
+(損害賠償による代位)
第四百二十二条  債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する。
+(供託)
第四百九十四条  債権者が弁済の受領を拒み、又はこれを受領することができないときは、弁済をすることができる者(以下この目において「弁済者」という。)は、債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも、同様とする。
+(供託に適しない物等)
第四百九十七条  弁済の目的物が供託に適しないとき、又はその物について滅失若しくは損傷のおそれがあるときは、弁済者は、裁判所の許可を得て、これを競売に付し、その代金を供託することができる。その物の保存について過分の費用を要するときも、同様とする。