行政法 基本行政法 行政処分手続(2)


1.申請届出と救済方法
(1)申請に対する審査応答義務

+(申請に対する審査、応答)
行政手続法第七条
行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず、かつ、申請書の記載事項に不備がないこと、申請書に必要な書類が添付されていること、申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については、速やかに、申請をした者(以下「申請者」という。)に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め、又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。

←あえて「受理」という文言を用いないことによって、「受理」を法的概念と認めないことを示すという工夫された条文。

・新政権が保障されているかは、個別法の仕組み解釈
許可・認可・申請→◎
申出→○~△

(2)届出の法的取扱い

・申請と届出の違いは、法令上、行政庁が諾否の応答をすべきとされているか否か。
個別法に明示されていなくとも解釈により導かれることもある!

+判例(H16.4.26)
理由
上告代理人清水勉、同佃克彦、同関口正人の上告受理申立て理由第2について
1 本件は、上告人が「フローズン・スモークド・ツナ・フィレ」(冷凍スモークマグロ切り身)100kg(以下「本件食品」という。)を輸入しようとしたところ、被上告人から食品衛生法(平成15年法律第55号による改正前のもの。以下「法」という。)6条に違反する旨の通知(以下「本件通知」という。)を受けたため、その取消しを求める事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、平成13年5月14日、本件食品を販売の用に供するため、被上告人に対し、法16条及び食品衛生法施行規則15条(平成13年厚生労働省令第207号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づく輸入届出書を提出した。
(2) 被上告人は、同月16日、上告人に対し、本件食品について、一酸化炭素の含有状態の検査を受けるよう指導した。上告人は、財団法人千葉県薬剤師会検査センターに検査を依頼した上、同月18日、被上告人に対し、本件食品につき1kg当たり2370μg(マイクログラム)の一酸化炭素を検出したとの同検査センターの輸入食品等試験成績証明書を提出した。
(3) 被上告人は、同月24日、上告人に対し、上記検査結果によれば本件食品は法6条の規定に違反するから積戻し又は廃棄されたいとの記載のある食品衛生法違反通知書をもって本件通知を行った。
(4) 「輸入食品等監視指導業務基準」(平成8年1月29日付け衛検第26号厚生省生活衛生局長通知)によれば、法16条所定の食品、添加物、器具又は容器包装(以下「食品等」という。)の輸入の届出(以下「輸入届出」という。)に際し、検疫所長が法に違反すると判断した食品等については、食品衛生法違反通知書により原則として積戻し若しくは廃棄又は食用外への転用をするよう当該食品等を輸入しようとする者を指導することとされている。そして、通関実務においては、検疫所長が食品等を輸入しようとする者に対し食品衛生法違反通知書を交付した場合(以下、同通知書による通知を「食品衛生法違反通知」という。)には、同人に対し食品等輸入届出済証(食品等輸入届出書の副本に「輸入食品等届出済」の印を押なつしたもの。検査命令による検査に合格したものにあっては、更に「合格」の印を押なつしたもの。)を交付せず、税関長に対し食品衛生法違反物件通知書を交付して、当該食品等について輸入許可を与えないよう求め、これを受けて税関では、関税法基本通達(昭和47年3月1日付け蔵関第100号)に基づき上記の食品等輸入届出済証等の添付がない輸入申告書は受理しない取扱いが行われている。

3 原審は、次のように判断して、本件訴えを不適法として却下した第1審判決を是認した。
(1) 関税法70条2項は、他の法令の規定により輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物につき、その検査の完了又は条件の具備の最終的な判断権限を税関長に付与しており、税関長からその確認を受けられない貨物は、同条3項の規定により輸入が許可されない。そして、法6条で輸入を禁止されている添加物並びにこれを含む製剤及び食品に該当しないことは、関税法70条2項の「検査の完了又は条件の具備」に当たり、その最終的な判断権限は税関長に属する。
(2) 検疫所長が行う、食品衛生法違反通知は、法令に根拠を置くものではなく、食品等を輸入しようとする者のとるべき措置を事実上指導するものにすぎず、税関長を法的に拘束するものではない。また、検疫所長の発行する食品等輸入届出済証は、税関長が関税法70条2項の規定による確認を行う場合の立証手段の一つであるにすぎない。
(3) したがって、本件通知は、本件食品につき輸入許可が与えられないという法的効果を有するものではなく、取消訴訟の対象である行政処分に当たらず、その取消しを求める本件訴えは不適法である。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 法は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止することなどを目的とし、この目的を達成するために、厚生労働大臣に対し、食品等に関し、基準及び規格の設定、販売等の禁止、検査命令及び廃棄命令の発令等についての権限を付与している(法4条の2、7条、10条、15条、平成14年法律第104号による改正前の食品衛生法22条等)。このように、法は厚生労働大臣に対して食品等の安全を確保する責任と権限を付与しているところ、法16条は、販売の用に供し、又は営業上使用する食品等を輸入しようとする者は、厚生労働省令の定めるところにより、その都度厚生労働大臣に輸入届出をしなければならないと規定しているのであるから、同条は、厚生労働大臣に対し輸入届出に係る食品等が法に違反するかどうかを認定判断する権限を付与していると解される。そうであるとすれば、法16条は、厚生労働大臣が、輸入届出をした者に対し、その認定判断の結果を告知し、これに応答すべきことを定めていると解するのが相当である。
(2) ところで、食品衛生法施行規則15条は、法16条の輸入届出は所轄の検疫所長に対して輸入届出書を提出して行うべきことを規定しているが、検疫所において実施する法に基づく輸入食品等監視指導業務の取扱基準を定めた前記輸入食品等監視指導業務基準によると、検疫所長は、食品等を輸入しようとする者に対し、当該食品等が、法の規定に適合すると判断したときは食品等輸入届出済証を交付し、これに違反すると判断したときは食品衛生法違反通知書を交付することとされている。このような食品等輸入届出済証の交付は厚生労働大臣の委任を受けて検疫所長が行う当該食品等が法に違反しない旨の応答であり、食品衛生法違反通知書の交付はこれに違反する旨の応答であって、これらは、前記(1)の法16条が定める輸入届出をした者に対する応答が具体化されたものであると解される。
(3) 一方、関税法70条2項は、「他の法令の規定により輸出又は輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物については、第67条(輸出又は輸入の許可)の検査その他輸出申告又は輸入申告に係る税関の審査の際、当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明し、その確認を受けなければならない。」と規定しているところ、ここにいう「当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備」は、食品等の輸入に関していえば、法16条の規定による輸入届出を行い、法の規定に違反しないとの厚生労働大臣の認定判断を受けて、輸入届出の手続を完了したことを指すと解され、税関に対して同条の輸入届出の手続が完了したことを証明し、その確認を受けなければ、関税法70条3項の規定により、当該食品等の輸入は許可されないものと解される。関税法基本通達70-3-1が、関税法70条2項の規定の適用に関し、法6条等の規定については、「第16条の規定により厚生労働省、食品衛生監視員が交付する「食品等輸入届出書」の届出済証」により、関税法70条2項に規定する「検査の完了又は条件の具備」を証明させるとし、関税法基本通達67-3-6、67-1-9が、輸入申告書に食品等輸入届出済証等の証明書類の添付がないときは、輸入申告書の受理を行わず、申告者に返却すると規定しているのも、上記解釈と同じ趣旨を明らかにしたものである。
(4) そうすると、食品衛生法違反通知書による本件通知は、法16条に根拠を置くものであり、厚生労働大臣の委任を受けた被上告人が、上告人に対し、本件食品について、法6条の規定に違反すると認定し、したがって輸入届出の手続が完了したことを証する食品等輸入届出済証を交付しないと決定したことを通知する趣旨のものということができる。そして、本件通知により、上告人は、本件食品について、関税法70条2項の「検査の完了又は条件の具備」を税関に証明し、その確認を受けることができなくなり、その結果、同条3項により輸入の許可も受けられなくなるのであり、上記関税法基本通達に基づく通関実務の下で、輸入申告書を提出しても受理されずに返却されることとなるのである。
(5) したがって、本件通知は、上記のような法的効力を有するものであって、取消訴訟の対象となると解するのが相当である。論旨は理由がある。
5 以上述べたところと異なる見解に立って本件訴えを不適法であるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、第1審判決を取り消し、本案について審理させるため、本件を第1審に差し戻すべきである。
よって、裁判官横尾和子の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官横尾和子の反対意見は、次のとおりである。
私は、本件通知は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものではないと考える。その理由は、次のとおりである。
関税法67条は、貨物を輸入しようとする者は税関長の許可を受けなければならないと規定し、輸入許可の権限を税関長に付与しているが、他の法令に輸入に関する規制がある場合には、その規制の内容に応じて同法70条1項又は同条2項の要件を満たさなければ、同条3項により輸入許可を得ることができないものとされている。そして、同条1項は、他の法令の規定により輸出又は輸入に関して許可、承認等を必要とする貨物については、輸出申告又は輸入申告の際、当該許可、承認等を受けている旨を税関に証明しなければならないと規定しているのに対し、同条2項は、他の法令の規定により輸出又は輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物については、当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明し、その確認を受けなければならないと規定している。このような同法の規定に照らせば、同項は、同条1項とは異なり、他の行政機関の許可、承認等を介することなく、他の法令による検査の完了又は条件の具備を確認する権限を税関長に付与した規定であることは明らかである。
法は、6条において一定の添加物並びにこれを含む製剤及び食品(以下「添加物含有食品等」という。)の輸入を禁止しているが、16条に基づく輸入の届出に対し行政庁が個別の許可、承認等によりその輸入禁止を解除するという仕組みを何ら規定していない。これは、法6条にいう添加物含有食品等に該当するか否かは科学的に定まるものであって、権限を有する行政庁の認定判断を介することなく、科学的な検査をもって明らかとなる事項であるからである。法16条は、食品等を輸入しようとする者に厚生労働大臣に対する届出を義務付けているが、同条が厚生労働大臣に対し、申請に基づいて法6条の違反の有無を認定判断してその結果を示して応答する義務を課しているものと解することは、その文言に照らし困難である。したがって、同条の規定する添加物含有食品等に該当しないことは、関税法70条2項の「検査の完了又は条件の具備」に当たるものと解するのが相当である。
「輸入食品等監視指導業務基準」や「関税法基本通達」によれば、食品衛生法違反通知書を交付され、食品等輸入届出済証が交付されない場合には、食品等の輸入申告書は受理されない取扱いとなっているが、このような実務の取扱いは、行政機関相互間の協力関係を定めたものにすぎず、これを根拠に関税法70条2項が証明の手段を検疫所長による食品等輸入届出済証に限定しているものと解することはできない。この場合、食品等を輸入しようとする者は、科学的な検査結果等をもって当該食品等が法6条の規定する添加物含有食品等に該当しないことを証明し、税関長の確認を得ることができるのであり、食品等輸入届出済証の添付がないことをもって輸入申告を不受理とされた場合には、これを税関長の拒否処分として争えば足りるというべきである。
多数意見は、本件通知が法16条に根拠を有し、関税法70条2項及び3項により、輸入許可を得られないという法的効果が生じるというが、上記のとおりそのように解することはできない。本件通知は、法令の委任によるものではない「輸入食品等監視指導業務基準」に基づくものであるにすぎず、国民の権利義務に直接影響するものではないと解すべきである。
よって、本件通知は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものではなく、本件訴えを不適法とした原審の判断は、正当であり、本件上告は棄却すべきものであると考える。
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎)

++解説
《解  説》
1 本件は,Xが,冷凍スモークマグロ切り身を輸入するため,Yに対し,食品衛生法(平成15年法律第55号による改正前のもの。以下「法」という。)16条に基づく輸入届出書を提出したところ,Yから同切り身が一酸化炭素を含有しているとして添加物を含有する食品等の輸入等を禁ずる法6条に違反する旨の食品衛生法違反通知(以下「本件通知」という。)を受けたため,その取消しを求めた事案である。
2 食品衛生法違反通知は,直接には「輸入食品等監視指導業務基準」(平成8年1月29日付け衛検第26号厚生省生活衛生局長通知)に根拠を有するものであり,法16条所定の食品等の輸入の届出に際し,検疫所長が法に違反すると判断した食品等について,当該食品等が法の特定の規定に違反することを告げ,積戻し若しくは廃棄又は食用外への転用を指導することを内容とする食品衛生法違反通知書を交付することにより行われる。一方,検疫所長が法に違反しないと判断した食品等については,同基準によって輸入届出書の副本に「輸入食品等届出済」の印を押印した食品等輸入届出済証が交付される。
ところで,関税法70条2項は,他の法令により輸出又は輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物については,当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明し,その確認を受けなければならないと規定し,その確認が得られない場合は,同条3項により,輸入は許可されないこととなるが,関税法基本通達70―3―1は,食品等の輸入に関し,この検査の完了又は条件の具備を食品等輸入届出済証により証明させることとしている。そして,食品衛生法違反通知書を交付された場合は,食品等輸入届出済証の交付を受けられないため,同通達67―3―6,67―1―9によれば輸入申告書の受理が行われず,結局,当該食品等を輸入しようとする者は同項により輸入の許可を得られないこととなる。この場合,前記基準により,検疫所長は,税関長に対しても当該食品等が法に違反するものであることから同項の規定により輸入許可を与えないように依頼する旨の通知を行うこととされている。
このように,食品衛生法違反通知を受けると実務上採られている方法では円滑に輸入許可を受けることができないこととなることから,当該食品等について輸入許可を受けるという目的を達成するために,どの時点で誰を相手として不服を申し立てるべきかが問題となる。本件では,Xが食品衛生法違反通知の取消訴訟という形で訴訟を提起したため,同通知の処分性が争点となったものである。
3 1審千葉地判平14.8.9公刊物未登載及び原審東京高判平15.4.23公刊物未登載は,食品衛生法違反通知が,法令に直接の根拠を有するものではなく,その内容も検査結果の通知とその結果が法に違反する場合に輸入者のとるべき措置を事実上指導するものにすぎず,同通知がなされれば,その後に輸入の許可が与えられない可能性が極めて高くなるものの,税関長は,他の法令による制限を含め,輸出入の条件が具備されているか否かの最終的な判断権限を有しており,同通知が関税法70条2項による税関長の輸出入の条件が具備されているか否かの判断を法的に拘束する関係にはないとして,いずれも本件通知の処分性を否定し,本件訴えを却下すべきものとした。
4 本判決は,まず,法が厚生労働大臣に食品等の安全を確保する責任と権限を付与し,法16条が所定の食品等を輸入しようとする者に厚生労働大臣に対する輸入届出を義務づけていることから,同条が,厚生労働大臣に対して輸入届出に係る食品等が法に違反するかどうかを認定判断する権限を付与し,更に厚生労働大臣が輸入届出をした者に対しその認定判断の結果を告知して応答すべきことを定めていると解するのが相当であって,検疫所長による食品等輸入届出済証あるいは食品衛生法違反通知書の交付は,厚生労働大臣から委任を受けた検疫所長が行う法16条が定める輸入届出をした者に対する応答が具体化されたものであると解されるとした。
次に,本判決は,関税法70条2項にいう「当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備」とは,食品等の輸入に関していえば,法16条の規定による輸入届出を行い,法の規定に違反しないとの厚生労働大臣の認定判断を受けて,輸入届出の手続を完了したことを指し,その確認を受けなければ,関税法70条3項の規定により,当該食品等の輸入は許可されないものと解されるとした。
その上で,本判決は,本件通知が,法16条に根拠を置くものであり,厚生労働大臣の委任を受けたYが,Xに対し,当該食品について,法に違反すると認定し,したがって輸入届出の手続が完了したことを証する食品等輸入届出済証を交付しないと決定したことを通知する趣旨のものであり,その結果,関税法70条2項の「検査の完了又は条件の具備」を税関に証明し,その確認を受けることができなくなり,同条3項により輸入の許可も受けられなくなるものである,すなわち,本件通知が,法令に根拠を有し,輸入許可を受けられなくなるという法的効果を有するものであって,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当であるとして,これと異なる原判決を破棄し,1審判決を取り消し,本件を1審裁判所に差し戻した。
横尾裁判官の反対意見は,法16条が厚生労働大臣に対し応答義務を課しているものと解することができず,関税法に関する実務の取扱いは行政機関相互の協力関係を定めたものにすぎず,食品衛生法違反通知により輸入許可を得られないという法的効果が生じるものではないとして,本件通知には処分性が認められないとしたものである。
5 抗告訴訟の対象となるのは,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行訴法3条2項)とされている。その意義は,公権力の主体たる国又は地方公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものであるとするのが確定した判例(最一小判昭30.2.24民集9巻2号217頁,判タ47号46頁,最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁)である。
本件では,食品衛生法違反通知が「その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」に該当するか否か,すなわち,食品衛生法違反通知が法令上の根拠を有するものか,いかなる法的効果を有するものかが問題となった。前述のように,食品衛生法違反通知は,直接には法令ではなく厚生省生活衛生局長通知である「輸入食品等監視指導業務基準」に根拠を有するものであり,その内容自体も形式的には当該食品等が法の特定の条項に違反するものであることを告げ,積戻し等の措置をとるよう指導するものであるにすぎない。これらの点から考えると,食品衛生法違反通知は,当該食品等が法の特定の規定に違反するとの判断結果を告げ,積戻し等の措置を指導するものにすぎないとして,その処分性を否定する見解も理由がないものではない。
しかし,本判決は,法の全体的な構造から輸入食品等に関する厚生労働大臣の権限を明らかにし,法16条の解釈により輸入届出に対する厚生労働大臣の応答の義務を導き出して食品衛生法違反通知の法的根拠を明らかとし,さらに,関税法70条2項の解釈においても法16条の解釈から導き出された厚生労働大臣の応答義務を有機的に関連づけ食品衛生法違反通知の法的効果を明らかにして,その処分性を肯定したものである。
最大判昭59.12.12民集38巻12号1308頁,判タ545号69頁は,関税定率法(昭和55年法律第7号による改正前のもの)21条3項による当該貨物が輸入禁制品である「風俗を害すべき書籍,図画」に該当する旨の税関長の通知の行政処分性を肯定した。同判例は,同項の通知が,当該物件につき輸入が許されないとする税関長の意見が初めて公にされるもので,しかも以後不許可処分がされることはなく,その意味において輸入申告に対する行政庁側の最終的な拒否の態度を表明するものであり,実質的な拒否処分として機能しているとして,その処分性を認めたものであり,本件と類似した構造を有しているが,関税定率法21条3項の通知の主体が輸入申告に対する許可の権限を有する税関長自身であるのに対し食品衛生法違反通知の主体が検疫所長である点や法的効果の捉え方に違いがあり,本件の直接の先例となるものではなかろう。
6 処分性の有無の反面として不服申立て方法の実効性を検討すると,食品衛生法違反通知に処分性を認める見解によれば,当該通知の取消訴訟を提起すればよいこととなり,取消訴訟の対象を直截かつ明確にとらえることができる。なお,この立場に立っても税関長による輸入申告の拒否行為を処分として取消訴訟で争うことは可能であると解されるが,本判決の帰結として,法16条の届出の対象となる食品等が法に合致するか否かについては,検疫所長の食品衛生法違反通知の取消訴訟において争わなければならないことになると解され,注意が必要である。また,検疫所長には法16条の輸入届出に対する応答義務があることから,食品等を輸入しようとする者は,検疫所長が輸入届出を受理して応答しない場合には,不作為の違法確認訴訟を提起することが可能となろう。
これに対し,食品衛生法違反通知の処分性が認められないとした横尾裁判官の反対意見は,税関長による不受理を拒否処分として取消訴訟を提起することができるとの考えを示している。また,原審は,税関長による輸入申告の不受理を拒否処分とみてその取消しを求める取消訴訟,税関長が輸入申告を受けながら放置した場合の不作為の違法確認訴訟,厚生労働大臣が法22条による処分を行った場合の同処分の取消訴訟を挙げている。
7 本判決は,法全体の構造から解釈による補充を経て,法16条が定める厚生労働大臣の権限と応答の義務を明らかにした上,食品衛生法違反通知の法令上の根拠,法的効果を解明してその処分性を肯定した初めての最高裁判決であり重要な意義を有する。

・届出について
+(届出)
第三十七条
届出が届出書の記載事項に不備がないこと、届出書に必要な書類が添付されていることその他の法令に定められた届出の形式上の要件に適合している場合は、当該届出が法令により当該届出の提出先とされている機関の事務所に到達したときに、当該届出をすべき手続上の義務が履行されたものとする

・公法上の当事者訴訟として、Xが届出義務を履行したことの確認訴訟を提起することも考えられる。

・原告適格の問題
+判例(H1.4.13)近鉄特急事件
理由
上告代理人大原健司、同佐井孝和、同島川勝、同辻公雄、同山川元庸、同安木健の上告理由第一点について
地方鉄道法(大正八年法律第五二号)二一条は、地方鉄道における運賃、料金の定め、変更につき監督官庁の認可を受けさせることとしているが、同条に基づく認可処分そのものは、本来、当該地方鉄道利用者の契約上の地位に直接影響を及ぼすものではなく、このことは、その利用形態のいかんにより差異を生ずるものではない。また、同条の趣旨は、もっぱら公共の利益を確保することにあるのであって、当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することにあるのではなく他に同条が当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することを目的として認可権の行使に制約を課していると解すべき根拠はない。そうすると、たとえ上告人らが近畿日本鉄道株式会社の路線の周辺に居住する者であって通勤定期券を購入するなどしたうえ、日常同社が運行している特別急行旅客列車を利用しているとしても、上告人らは、本件特別急行料金の改定(変更)の認可処分によって自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということができず、右認可処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきであるから、本件訴えは不適法である。
これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は独自の見解に基づき原判決を非難するものであって、採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであって、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤哲郎 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官四ツ谷巖 裁判官大堀誠一)

(3)申請権がない場合

+   第四章の二 処分等の求め

第三十六条の三
1項 何人も、法令に違反する事実がある場合において、その是正のためにされるべき処分又は行政指導(その根拠となる規定が法律に置かれているものに限る。)がされていないと思料するときは、当該処分をする権限を有する行政庁又は当該行政指導をする権限を有する行政機関に対し、その旨を申し出て、当該処分又は行政指導をすることを求めることができる
2  前項の申出は、次に掲げる事項を記載した申出書を提出してしなければならない。
一  申出をする者の氏名又は名称及び住所又は居所
二  法令に違反する事実の内容
三  当該処分又は行政指導の内容
四  当該処分又は行政指導の根拠となる法令の条項
五  当該処分又は行政指導がされるべきであると思料する理由
六  その他参考となる事項
3  当該行政庁又は行政機関は、第一項の規定による申出があったときは、必要な調査を行い、その結果に基づき必要があると認めるときは、当該処分又は行政指導をしなければならない

+判例(H21.4.17)
理由
第1 事案の概要
1 本件は、上告人X3(以下「上告人父」という。)が世田谷区長(以下「区長」という。)に対し、上告人父と上告人X2(以下「上告人母」といい、上告人父と併せて「上告人父母」という。)との間の子である上告人X1(以下「上告人子」という。)につき住民票の記載を求める申出をしたところ、これをしない旨の応答を受け、その後も上告人母と共に同様の申入れをしたものの住民票の記載がされなかったことから、上告人らにおいて、被上告人に対し、上記応答及び住民票の記載をしない不作為が違法であると主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償等を求めるとともに、上記応答が行政処分であることを前提にその取消しを求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人父母は、平成11年以降、東京都世田谷区内で事実上の夫婦として共同生活をしている。上告人父母の間には、同17年3月▲日、上告人子が出生し、上告人父は、これに先立つ同年2月24日、我孫子市長に上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された。
(2) 上告人父は、区長に対し、同年4月11日、自らを届出人として上告人子に係る出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したが、非嫡出子という用語を差別用語と考えていたことから、届書中、嫡出子又は嫡出でない子(以下「非嫡出子」という。)の別を記載する欄(戸籍法49条2項1号参照)を空欄のままとした。このため、本件出生届には、上記の欄が空欄になっており、かつ、同法52条2項所定の届出義務者である上告人母ではなく、上告人父が届出人として記載されているという不備が認められた。区長は、上告人父に対し、これらの不備の補正を求めたが、拒否され、前者の不備については、届書の記載が上記のままでも、区長において届書のその余の記載事項から出生証明書の本人と届書の本人との同一性が確認されれば、その認定事項(例えば、父母との続柄を「嫡出でない子・女」と認める等)を記載した付せんを届書に貼付するという内部処理(以下「付せん処理」という。)をして受理する方法を提案したものの、この提案も拒絶された。そこで、区長は、同日、本件出生届を受理しないこととした(以下、これを「本件不受理処分」という。)。
(3) 上告人父は、区長に対し、同年5月19日、上告人子につき住民票の記載を求める申出をしたが、区長は、本件出生届が受理されていないことを理由に、上記記載をしない旨の応答(以下「本件応答」という。)をした。
(4) 上告人父母は、その後も区長に対し上告人子に係る住民票の記載を求める申入れをしたが、区長はこれに応じていない。
(5) 上告人父は、本件不受理処分を不服として、区長に本件出生届の受理を命ずることを求める家事審判の申立てをしたが、東京家庭裁判所は、同年12月2日、本件不受理処分に違法はないとして、同申立てを却下する決定をした。上告人父はこれを不服として抗告したが、東京高等裁判所は同18年1月30日、これを棄却する決定をし、これに対する特別抗告も同年9月8日の最高裁判所の決定により棄却された。上告人母は、その後も、現在に至るまで、上告人子に係る適法な出生届を提出していない。
(6) 上告人父母は、現在、世田谷区内で上告人子を監護養育している。なお、本件の第1審判決は、同19年5月31日、区長に上告人子に係る住民票の作成を命ずる判決を言い渡したが、被上告人は、原審の口頭弁論終結時(同年9月12日)までの間、本件出生届の提出後に上告人子の居住実態や通名(上告人子は出生届が受理されていないので戸籍上の名はない。)に変更を生じたなどの具体的な主張をしていない。
(7) なお、行政実務上、戸籍の記載と住民票の記載との連動を前提とした事務処理システムが全国的に構築されており、被上告人においても同様のシステムが導入されている。また、住民票は、行政実務上、選挙人名簿への登録のほか、就学、転出証明、国民健康保険、年金、自動車運転免許証の取得、都営住宅への入居等に係る事務処理の基礎とされているが、これらのうち、選挙人名簿への登録に関しては、上告人子が事実審の口頭弁論終結時において2歳であり、住民票の記載がされないことに伴う不利益が現実化しているものではない。その余の事務に関しても、被上告人は、住民基本台帳に記録されていない住民に対し、手続的に煩さな点はあり得るとしても、多くの場合、それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供している。 

 第2 職権による検討
原審は、本件応答が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たり、その取消しを求める上告人子の訴えが適法な取消訴訟であることを前提として、同訴えに係る請求を棄却した。
しかし上告人子につき住民票の記載をすることを求める上告人父の申出は、住民基本台帳法(以下「法」という。)の規定による届出があった場合に市町村(特別区を含む。以下同じ。)の長にこれに対する応答義務が課されている(住民基本台帳法施行令(以下「令」という。)11条参照)のとは異なり、申出に対する応答義務が課されておらず、住民票の記載に係る職権の発動を促す法14条2項所定の申出とみるほかないものである。したがって、本件応答は、法令に根拠のない事実上の応答にすぎず、これにより上告人子又は上告人父の権利義務ないし法律上の地位に直接影響を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないと解される(最高裁昭和43年(行ツ)第3号同47年11月16日第一小法廷判決・民集26巻9号1573頁、最高裁平成2年(行ツ)第202号同3年3月19日第三小法廷判決・裁判集民事162号211頁参照)。そうすると、本件応答の取消しを求める上告人子の訴えは不適法として却下すべきである。

第3 上告人らの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審は、前記事実関係等の下において、次のとおり判示して、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。
法8条及び令12条2項によれば、市町村長は、戸籍に関する届書を受理したとき等、同項1号所定の場合に、職権で出生した子に係る住民票の記載をすべきものとされており、法はそれ以外の場合に、出生した子に係る住民票の職権記載をすることを予定していないというべきである。仮に市町村長が無戸籍の子につき職権で住民票の記載をすべき場合があるとしても、それは極めて例外的な場合に限られ、せいぜい、出生届をすることによって届出義務者や子が重大な不利益を被る場合で、かつ、戸籍法によって義務付けられた出生届の提出を届出義務者に求めることを社会通念上期待することができないような事情がある場合に限定されると解すべきである。
本件において上記のような事情があると認めることはできないから、本件応答及び区長がその後も上告人子につき住民票の記載をしなかったことを違法ということはできない。

2(1) 法は、市町村において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、併せて住民に関する記録の適正な管理を図り、もって住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため、住民基本台帳の制度を定めている(法1条)。住民基本台帳は、個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳であり(法6条)、住民票には、住民の氏名、出生の年月日、男女の別、世帯主との続柄、戸籍の表示等を記載するところ、本籍のない者及び本籍の明らかでない者については、その旨を記載すべきものとされている(法7条)。また、市町村長は、新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは、その者につき住民票の作成又は記載をしなければならず(法8条、令7条)、住民基本台帳に脱漏等があったときは、当該事実を確認して、職権で住民票の記載等をしなければならないものとされている(法8条、令12条3項)。そして、市町村長は、常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされている(法3条)。
これらの規定によれば、法及び令は、当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして、住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としていることが明らかである。このことは、出生届が受理されず、戸籍の記載がされていない子についても変わりはない。
(2) ところで、法及び令は、子が出生した場合、世帯主等に、転入届、世帯変更届等の届出義務を課することなく(法22条1項括弧書参照)、出生届の受理等又はこれに関する関係市町村長からの通知に基づき、職権で住民票の記載をすべきものとしている(令12条2項1号、法9条2項)。そして、当該子につき出生届が提出されなかった場合において、当該子に係る住民票の記載をするための手続として、出生届の届出義務者に対し届出の催告等をし、出生届の提出を待って、戸籍の記載に基づき、職権で住民票の記載をする方法(法14条1項参照。以下「届出の催告等による方法」という。)と、職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し、その結果に基づき、職権で住民票の記載をする方法(法34条参照。以下「職権調査による方法」という。)の2種類の手続を設けている。
両手続の優先関係ないし補充関係に関しては、法及び令に明文の規定は置かれていない。しかし、戸籍法52条1項ないし3項所定の者は、出生の届出をすることを義務付けられており(同法49条参照)、その違反に対しては、届出の催告(同法44条)及び過料の制裁(同法135条)が予定されている。そして、法が出生した子に係る転入届等の届出義務を課さなかったのは、その義務を課すると、戸籍法の定める上記の届出義務に加えて二重の届出義務を課することとなるほか、出生届の提出を待って、戸籍の記載に基づき住民票の記載をする方が、戸籍の記載と住民票の記載との不一致を防止し、住民票の記載の正確性を確保するために適切であると判断されたことによるものと解される。また、法は、このような制度趣旨に基づき、住民票の記載を戸籍の記載と合致させるため、関係市町村長間の通知の制度(法9条2項)を設けている。なお、住民は、常に、住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならず、住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならないものとされている(法3条3項)。このような法の趣旨等にかんがみれば、法は、上記の両手続のうち、届出の催告等による方法を原則的な方法として定めているものと解するのが相当である。
したがって、市町村長は、父又は母の戸籍に入る子について出生届が提出されない結果、住民票の記載もされていない場合、常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく、原則として、出生届の届出義務者にその提出を促し、戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきである。
(3) もっとも、上記(1)のとおり、住民基本台帳は、出生した子が当該市町村に住所を有する限り、戸籍の記載がされたか否かにかかわらず、最終的には、それらの子につきすべて住民票の記載をすることを制度の基本としており、その記載を基礎として、住民に関する事務処理が行われるのであるから、その記載がされなければ、当該子が行政上のサービスを受ける上で少なからぬ支障が生ずることが予想される。したがって、戸籍に記載のない子については、届出の催告等による方法により住民票の記載をするのが原則的な手続であるとはいえ、その方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情がある場合にまで、出生届が提出されていないことを理由に住民票の記載をしないことが許されるものではなく、このような場合には、市町村長に職権調査による方法で当該子につき住民票の記載をすべきことが義務付けられることがあるものと解される。
(4) 本件においては、前記事実関係等のとおり、〈1〉 上告人父は上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された、〈2〉 本件出生届は、嫡出子又は非嫡出子の別を記載する欄及び届出人欄の記載を除けば、添付された出生証明書の記載も含めて、不備のない届出であった、〈3〉 上告人子は、現在も世田谷区内の上告人父母の住所で監護養育されており、その居住実態や通名に変更を生じたことはうかがわれないなどというのであるから、住民票に記載すべき上告人子の身分関係等は明らかであったというべきである。したがって、仮に区長において、上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしたとしても、法の趣旨に反する措置ということはできず、むしろ、このような措置を執ることで、上告人子に関する画一的な処理が可能となり、被上告人における行政上の事務処理の便宜に資する面もあるということができる。
それにもかかわらず区長が上記のような措置を講じていないのは、本件において、上告人母が上告人子に係る適式な出生届を提出することに格別の支障がないにもかかわらず、その提出を怠っていることによるものと考えられる。上告人母が上記提出をしていないのは、前記第1の2(2)の事情等からすれば、その信条に基づくものであることがうかがわれるところ、区長は、このような信条にも配慮して、付せん処理の方法による本件出生届の受理を提案したのであり、しかも、区長の本件不受理処分に違法がないことについては司法の最終的判断が確定しているのである。したがって、上告人母が出生届の提出をけ怠していることにやむを得ない合理的な理由があるということはできず、前記の特段の事情があるということもできないから、区長が上記のような措置を講じていないことが、この観点から法の趣旨に反するものということはできない。
(5) また、住民票の記載がされないことによって上告人子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合は、たとい上告人母の上記け怠にやむを得ない合理的な理由がないときであっても、前記の特段の事情があるものとして、区長が職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をしなければならないこともあり得ると解されるところではある。しかし、前記事実関係等によれば、上告人子においては、住民票の記載を欠くことに伴う最大の不利益ともいうべき、選挙人名簿への被登録資格を欠くことになるという点に関しては、その年齢からして、いまだその不利益が現実化しているものではなく、また、被上告人は、住民基本台帳に記録されていない住民に対しても、手続的に煩さな点があり得るとはいえ、多くの場合、それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供しているというのである。なお、本件記録によっても、上記のような措置が講じられないことにより上告人子に看過し難い不利益が現に生じているような事情はうかがわれない。 
したがって、区長が上記のような措置を講じていないことが、この観点から法の趣旨に反するものということもできない。
(6) 他に、区長において上記のような措置を講じていないことを違法とすべき特段の事情は見当たらない。
そうすると、区長において、上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしていないことは、法8条、令12条3項等の規定に違反するものではないというべきであり、もとより国家賠償法上も違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。
したがって、上告人らの損害賠償請求には理由がない。
3 よって、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。
第4 結論
以上のとおり、上告人子の取消請求に関する訴えは不適法であり、同訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であるから、原判決中同請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消し、上記訴えを却下すべきである。そして、上記訴えは、不適法でその不備を補正することができないものであるから、当裁判所は、口頭弁論を経ないで上記の判決をすることとする。また、上告人らの損害賠償請求に関する上告は理由がないから棄却すべきである。
なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官今井功の意見がある。

+意見
裁判官今井功の意見は、次のとおりである。
私は、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとする多数意見の結論に同調するものであるが、世田谷区長が上告人子につき住民票の記載をしなかったことが住民基本台帳法(以下「住基法」という。)上違法ということはできないとする多数意見とは見解を異にし、区長が上告人子につき住民票の記載をしなかったことは、住基法による義務に違反すると考える。その理由は、次のとおりである。
1 地方自治法は、市町村(特別区を含む。以下同じ。)の区域内に住所を有する者を当該市町村の住民とし、市町村は、別に法律の定めるところにより、その住民につき、住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならないと定めている(同法10条1項、13条の2)。住基法は、この規定に基づき制定されたものである。
子が出生した場合には、その子は、地方自治法の定めに基づき住所を有する地の市町村の住民となる。この場合の住民票の記載について、住基法は、出生届の提出を待って、戸籍の記載に基づき職権で住民票の記載をする方法(届出の催告等による方法)と、職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し、その結果に基づき、職権で住民票の記載をする方法(職権調査による方法)との2種類の手続を設けていること、前者の届出の催告等による方法を原則的な方法として定めていると解すべきこと、したがって、市町村長は、父又は母の戸籍に入る子について、出生届が提出されない結果、住民票の記載もされていない場合、常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく、原則として出生届の届出義務者にその提出を促し、戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきことは、多数意見の述べるとおりである。
2 しかし、届出の催告等による方法を促してもそれがされない場合には、次に述べるような理由から、市町村長は、職権調査による方法で住民票の記載をすべきことが義務付けられると解すべきである。
戸籍は夫婦とその子などの身分関係を公証するための公の登記簿であり、一方、住民基本台帳(個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳)は、住民の居住関係の公証等住民に関する事務の処理の基礎とするために、住民の住所等を記載する公の帳簿であり、両者は本来それぞれ独立の目的を持つ別個の制度である。子が出生した場合には、戸籍と住民票にその旨が記載されることになるが、戸籍法の規定に基づく出生届の提出による戸籍の記載があれば、その旨が住民基本台帳の編成を所掌する市町村長に通知され、市町村長が出生の事実を住民票に記載するという戸籍と住民票との連結の制度が採られている。これは、国民に対して、出生について、戸籍と住民票について、二重の届出義務を課さなくても、両者の所掌官庁間の連絡により住民票の記載ができること、及び、出生届に基づき住民票の記載をすることによって正確な記載ができることの二つの理由による。このことには合理性があり、届出の催告等による方法が原則的な方法で、職権調査による方法は補充的なものであるというのは、この意味であり、正当な解釈として是認できる。
ところで、住基法及び住民基本台帳法施行令の関係規定によれば、当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして、住民の居住関係の公証等住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としていることが明らかである。そのため、市町村長は、常に住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされ、住民は、常に住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならないものとされている(住基法3条)。すなわち、住基法は、当該市町村の住民すべてについて住民票を作成すべきものとし、住民に関する事務処理は、住民票の記載を基礎として行われることとしているのである。そして、住民に関する事務としては、国民健康保険、介護保険及び国民年金の各被保険者資格、児童手当の受給資格に関する事項等住基法に規定された事項のほか、学齢簿の編成、生活保護、予防接種、印鑑登録証明など多種、多様の事務が存在する。
市町村の住民は、住民であることによって、市町村から多種多様の行政サービスを受けることができる。市町村の区域内に住所を有する住民であるにもかかわらず、住民票に記載がされないことによって、行政上のサービスを受ける住民の側においては、これらのサービスを受けることができなかったり、たとえサービスを受けることができたとしても、住民票の記載がある場合に比較して、煩雑な手続を要するなど多くの不利益を受けることは明らかである。一方、市町村の側においても、住民票の記載がない場合には、その事務を処理する上で少なからぬ支障が生ずる。すなわち、各種の行政上のサービスの提供は、住民票の記載を基礎として行われるのであるが、住民票に記載されていないからといって、その住民に行政サービスを全く拒否することはできず、その住民に行政サービスを提供する場合には、市町村の側においても、その都度、住民票に記載されていないが実際には当該市町村に住所を有する旨の届出をさせたり、その事実の有無の調査が必要となるなど、住民票に記載があれば不要となる余計な手数を要することとなって、住民に関する事務がすべて住民基本台帳に基づいて行われるべきものとする住基法2条の趣旨にも反することになる。
このような住民基本台帳制度の趣旨に照らせば、子が出生した場合に、市町村の区域内に適法に住所を有する子について、届出の催告等による方法により住民票を記載することができないときは、市町村長は、職権調査の方法により住民票の記載をすべき義務があると解すべきである。多数意見も、住民票に記載されないことによって子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合には住民票に記載しなければならない場合もあり得るというが、住民の受ける行政サービスは、出生の時から始まるのであって、住民票に記載されないこと自体によって住民の側に重大な不利益が生じ、市町村の側においても少なからぬ支障が生ずることは上記のとおりである。一方、実際に区域内に住所を有することが確認できる住民について住民票の記載を拒否することは、市町村についても何の利点もないし、住民票の記載をしたからといって、市町村に何らの弊害も生じない。現に出生届が提出されない子について住民票の記載を行っている市町村が存在するが、それによって何らかの弊害が生じたという証跡はうかがわれない。
もちろん、出生した子について戸籍法の定めるところにより出生届を提出すべき義務を怠ることは許されることではなく、本件のように適式な出生届を提出しないことを理由とする出生届の不受理処分が違法でない旨の司法判断が確定したにもかかわらず、依然として適式な出生届を提出しないことは許容されない。出生届を提出しさえすれば住民票に記載されるのであるから、住民票に記載されないことについて、上告人母に責任があることは明らかである。しかし、そうであるからといって、市町村長の側で、そのことを理由として住民票の記載を拒否することは、関連が深いとはいえ、別個の制度である戸籍と住民基本台帳とを混同するものであって、先に述べたように、住基法の趣旨に反し、違法というべきである。住民票に記載されないことについて上告人母に責任があることは、国家賠償法による損害賠償責任を考える際に考慮すれば足り、かつそれで十分である。
3 以上のように、本件の住民票の記載を拒否した区長の措置は住基法による義務に違反し、違法であるといわなければならない。しかしながら、住基法上違法であるからといって、それにより国家賠償法上も直ちに違法となるわけではない。すなわち、本件は、上告人母が戸籍法の規定に違反して上告人子の出生届を提出しなかったため、区長が住民票に記載しなかったという事案である。ところで、戸籍に記載のない子については、出生届の提出を待って、戸籍の記載に基づき住民票の記載をするというのが、前記のように法の予定する原則的な方法であるとともに、従来の一般的な行政実務の取扱いであって、区長もこのような一般的な取扱いに従い、職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をする措置を講じなかったということができるのである。そうすると、区長の判断が、公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とされたものということはできず、区長の措置について国家賠償法1条1項にいう違法がないというべきである。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

++解説
《解 説》
1 事案の概要
本件は,X3(以下「X父」という。)が世田谷区長(以下「区長」という。)に対し,X父とX2(以下「X母」といい,X父と併せて「X父母」という。)との間の子であるX1(以下「X子」という。)につき住民票の記載を求める申出をしたところ,これをしない旨の応答を受け,その後もX母と共に同様の申入れをしたものの住民票の記載がされなかったことから,Xらにおいて,Yに対し,上記応答及び住民票の記載をしない不作為が住民基本台帳法(以下「法」という。)に反すると主張して,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求める(以下,この請求を「本件国賠請求」という。)とともに,上記応答が行政処分であることを前提にその取消し等を求めた(以下,この取消の訴えを「本件取消しの訴え」という。)事案である。
(1) X父母は,平成11年以降,東京都世田谷区内で事実上の夫婦として共同生活をしている。X父母の間には,同17年3月,X子が出生した。
(2) X父は,区長に対し,同年4月11日,自らを届出人としてX子に係る出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したが,非嫡出子という用語を差別用語と考えていたことから,届書中,嫡出子又は嫡出でない子の別を記載する欄を空欄のままとした。区長は,X父に対し,届書の記載が上記のままでも,区長において届書のその余の記載事項から出生証明書の本人と届書の本人との同一性が確認されれば,その認定事項を記載した付せんを届書に貼付するという内部処理をして受理する方法を提案したものの,この提案も拒絶された。そこで,区長は,同日,本件出生届を受理しないこととした。
(3) X父は,区長に対し,同年5月19日,X子につき住民票の記載を求める申出をしたが,区長は,本件出生届が受理されていないことを理由に,上記記載をしない旨の応答(以下「本件応答」という。)をした。X父母は,その後も区長に対しX子に係る住民票の記載を求める申入れをしたが,区長はこれに応じていない(以下「本件不作為」という。なお,本件応答を含めて用いることがある。)。なお,上記不受理処分については,それに違法がないとの司法の最終的判断が確定している。
(4)住民票は,行政実務上,選挙人名簿への登録,就学,転出証明等に係る事務処理の基礎とされているが,これらのうち,選挙人名簿への登録に関しては,X子が事実審の口頭弁論終結時において2歳であり,住民票の記載がされないことに伴う不利益が現実化しているものではない。その余の事務に関しても,Yは,住民基本台帳に記録されていない住民に対し,手続的に煩さな点はあり得るとしても,多くの場合,それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供している。
2 1審判決及び原判決
(1)1審判決(東京地判平19.5.31判タ1252号182頁,判時1981号9頁)は,本件応答は法に違反するものであって,これを取り消すべきものとしたが,本件国賠請求については,公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くさず漫然と本件応答及び本件不作為をしたということはできないとして,請求を棄却すべきものとした(1審判決の評釈として,田中孝男・速報判例解説1巻37頁がある。)。
(2) これに対し,原判決(東京高判平19.11.5判タ1277号67頁)は,本件応答及び本件不作為は法に違反するものではなく,国家賠償法上も違法ではないとして,1審判決を取り消し,本件取消しの訴えに係る請求及び本件国賠請求とも棄却すべきものとした(原判決に関する論稿として,北村和生・法教333号122頁がある。)。
(3)原判決に対し,Xらが上告受理申立てをした。
3 本判決
本判決は,①X母が出生届の提出をけ怠していることにやむを得ない合理的な理由があるとはいえないこと,②住民票の記載がされないことによりX子に看過し難い不利益が生じているとはうかがわれないことなど判示の事情の下では,本件不作為は法に反するということはできず,国家賠償法上も違法ではないと判断した。
また,本判決は,本件取消しの訴えの適否について職権で検討し,X子につき住民票の記載を求めるX父からの申出に対し区長がした上記記載をしない旨の応答は,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとして,同訴えを不適法と判断した。
4 本件不作為の適否について
(1)戸籍と住民票の関係等に関する沿革
法は,住民登録法(昭和26年法律第218号)を全面改正した法律であり,住民登録法は,寄留法(大正3年法律第27号)を全面改正した法律である。
寄留法は,本籍外に90日以上住所又は居所を有する者を寄留者とし(1条1項),寄留に関する事項は届出又は職権でこれを寄留簿に記載すべきものと定め(1条2項),寄留手続令は,寄留地の市町村長が戸籍に関する届出を自ら受け,又は本籍地の市町村からその通知を受けた場合,遅滞なく寄留簿の記載を更正又は抹消すべき旨を定めていた(14条,15条,19条)。そして,寄留者が非本籍地において戸籍に関する届出をし,この届出により寄留地の市町村長が寄留簿の記載を訂正する必要を認めたときは,市町村長は職権で寄留簿の記載を訂正することができ,寄留者が戸籍に関する届出と同時に寄留簿記載の変更届を差し出したときは,これにより寄留簿の記載を更正するものと解されていた。寄留中に寄留地において子が出生した場合,建前としては,届出義務者は,出生届とは別に寄留届を提出しなければならないこととされていたものの(丸亀区裁判所監督判事からの問い合わせに対する大正4年1月9日法務局長回答民第1919号等),職権をもって寄留簿にその者が寄留する旨の記載をする取扱いも広く認められていたようである(大正4年7月13日法務局長回答民第952号等)。
イ 寄留法を全面改正した住民登録法は,住民登録と戸籍との連絡措置を寄留法から受け継ぎ,届出を要しない場合には職権で住民票の記載をするものとし(5条),戸籍の記載と住民票の記載との間に連絡措置(9条)を設けた。その上で,同法は,出生の場合には転入届の提出を不要とし(22条1項ただし書),かつ,戸籍に関する届書の受理による戸籍の記載に基づいて住民票の記載の更正をすべき場合においては,明文(24条1項ただし書)をもって変更届の提出を不要とした。この点に関し,立法担当者は,出生等による居住関係の発生は,届出を待たず戸籍の届出等によってその事実を知ることができるため,住民登録事務と戸籍事務とを一元的に処理することによって戸籍と住民票の記載の不一致を防止し,住民票の記載の正確を図るとともに,届出義務の負担を軽減するという目的から,住民登録のための特別の届出義務を課さず,戸籍の届出等に基づいて職権で住民票の記載をすることができることとしたなどと説明している(法務府民事局内法務研究会『住民登録法詳解』等参照)。
ウ 住民登録法を改正した法は,上記のような戸籍と住民票の記載に関する連絡措置をほぼそのまま受け継ぎ(法9条),出生の場合を明文で転入届の対象から除外した(法22条1項)。その立法趣旨は,上記イと同旨のものであると説明されている。
エ なお,出生届未提出の子につき住民票の記載をすることができるか否かに関し,住民登録法及び法の下における行政上の取扱いは,極めて謙抑的に運用されていたが(昭和35年6月15・16日第13回栃木県連合戸籍事務協議会決議,昭和37年5月29・30日第24回兵庫県戸籍事務協議会決議,昭和49年4月16日沖縄県地方課宛て電話回答,平成元年12月22日自治振98号兵庫県総務部長宛て回答等),最近,総務省は,通達(総務省自治行政局市町村長課長の各都道府県住民基本台帳事務担当部長宛て平成20年7月7日総行市第143号)を発出し,民法772条2項(いわゆる300日条項)による嫡出の推定が及ぶため,母が婚姻外の男性との間に出生した子につき出生届の提出をけ怠している場合において,一定の要件を満たすときは,職権で住民票の記載をすることができることとするに至った。
(2)父又は母の戸籍に入る無戸籍児について住民票の記載をすることの許否
上記(1)の沿革を踏まえると,法は,戸籍と住民票の記載を厳格に一致させるため,両者の連絡措置を緊密なものとし,両者に共通する記載事項については,戸籍の記載を基礎として職権で住民票の記載をすべきものとしているのであるから,父又は母の戸籍に入る無戸籍児について住民票の記載をすることを安易に認めることが望ましくないことはいうまでもない。
しかし,他方で,①法は,7条5号において,本籍のない者及び本籍の明らかでない者についてはその旨を住民票に記載すべきことを定めていること,②住民基本台帳法施行令(以下「令」という。)は,市町村長は,その市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者の住民票を作成しなければならず(7条1項),住民基本台帳に脱漏がある場合,当該事実を確認して職権で住民票の記載等をしなければならない旨(12条3項)定めていることなどに照らせば,法が,常に戸籍の記載を基礎としてしか住民票の記載をすることができない(その結果として上記のような無戸籍児について職権で住民票の記載をすることは許されない)との立場に立つものと解するのは相当ではなく,一定の場合には,上記のような無戸籍児につき職権で住民票の記載をする余地も認めているものと解される。本判決もそのような考え方に立つことを明言している。
(3)父又は母の戸籍に入る無戸籍児について住民票の記載をすることが義務付けられる場合の有無及び判断基準
そこで,次に,父又は母の戸籍に入る無戸籍児について住民票の記載をすることが義務付けられる場合の有無及び判断基準が問題となる。
ア 法は,市町村において,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,併せて住民に関する記録の適正な管理を図り,もって住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため,住民基本台帳の制度を定めたのであり(法1条),本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨を記載すべきものとされ(法7条),また,市町村長は,新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者につき住民票の作成又は記載をしなければならないとされている(法8条,令7条)。そうすると,法及び令は,当該市町村に住所を有する者すべてについて,最終的には住民票の記載をして,住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としているものと解される。
イ もっとも,法22条1項が出生の場合を明文で転入届の対象から除外した上記(1)の立法趣旨に照らせば,法は,子が出生した場合に,出生届とは別に法に基づく届出をすることを義務付けていないものと解される。他方,戸籍法は,父又は母の戸籍に入る者以外の者については,職権で新戸籍を編製する手立てを用意しながら(同法22条,57条参照),父又は母の戸籍に入る無戸籍児についてはこのような職権による戸籍の記載という手法を設けていない。そこで,市町村長は,①このような子について,原則どおり戸籍の記載に基づいて住民票の記載をしようとすれば,届出の催告(同法44条)及び過料の制裁(同法135条)によって,間接的に届出義務者に届出義務の履行を促し,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき,職権で住民票の記載をする方法(以下「届出の催告等による方法」という。法14条1項参照)によるほかはなく,②父又は母がそれにもかかわらず出生届の提出に応じなかった場合,上記のような原則的な方法によって住民票の記載をすることができず,職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し,その結果に基づき,職権で住民票の記載をする方法(以下「職権調査による方法」という。法34条参照)によってしか,当該子の住民票の記載をすることができないということになる。
ウ 上記の両方法の優先関係ないし補充関係に関しては,法及び令に明文の規定は置かれていないが,上記(1)の立法趣旨に照らせば,法は,上記の両方法のうち,届出の催告等による方法を原則的な方法としていることが明らかである。したがって,市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について出生届が提出されない結果,住民票の記載もされていない場合,常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく,原則として,出生届の届出義務者にその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足り,そのような記載をしないことが違法となるのは,それが裁量権を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法と評価される場合に限られるものと解される。
エ このように,市町村長は,父又は母の戸籍に入る無戸籍児について,父又は母から住民票の記載を求める申出があった場合,第一次的には出生届の提出を催告すべきであり,それが提出された場合には,戸籍の記載に基づき職権で住民票の記載をすべきものである。そして,父又は母がその催告に応じない場合,市町村において当該子につき住民票の記載をしないことが直ちに違法と評価されるか否かが問題となる。
この問題に関しては,次の3つの基本的な考え方を想定することができる。
(ア)義務否定説
義務否定説は,上記のような場合,市町村長において当該子につき職権調査による方法で住民票の記載をすべきことが義務付けられることはないとする考え方である(本件の原判決は,基本的にこのような立場に立つものと解される。)。その論拠としては,法及び令が,上記のとおり,戸籍の記載と住民票の記載とを厳格に一致させるために戸籍と住民票の連結の制度を設けた以上,その趣旨を貫徹すべきであり,安易に例外を認めるべきではないという点が考えられよう。
(イ)原則肯定説
原則肯定説は,当該父又は母が当該子につき出生届の提出をすることに応じない以上,市町村長としては,職権で当該子の身分関係及び居住関係等を調査した上,職権で住民票の記載をすべきことが法によって義務付けられるとする考え方である(本件の1審判決は,基本的にこのような立場に立つものと解される。)。
その論拠としては,①身分関係を公証する戸籍と居住関係を公証する住民票とでは,制度の目的が異なる,②当該子につき住民票の記載がされない場合,その父又は母は,子につき行政サービスを受けようとする都度,当該子の居住関係を証明することを余儀なくされるという不利益を受ける,③上記のような場合に市町村長に当該子に係る住民票の記載を義務付けても不都合は生じないなどの点が考えられよう。
(ウ)限定肯定説
限定肯定説は,父又は母が当該子につき適法な出生届の提出を拒否したとしても,市町村長においては,なおその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をするという原則的手法によることを否定されるものではなく,職権調査による方法により住民票の記載をすることが義務付けられるのは,当該父又は母において出生届の提出をけ怠していることについてやむを得ない合理的な理由がある場合や,住民票の記載がされないことにより当該子に看過し難い不利益が生ずる可能性がある場合など,届出の催告等による方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情がある場合に限られるとする考え方である。
その論拠としては,単に父又は母が当該子につき適法な出生届の提出を拒絶したということだけで,市町村長に住民票の記載をすることが法的に義務付けられるとすれば,その拒絶に上記のようなやむを得ない合理的な理由もなく,住民票の不記載によって当該子に特段の不利益も生じないような場合にまで,上記の義務を肯定することとなって,法秩序維持の観点から相当ではないとする点が考えられよう。
オ まず,義務否定説については,限定肯定説の指摘する特段の事情が認められるような事案においてすら,職権調査による方法による住民票の記載が義務付けられることはないとする点で,その妥当性には疑問があろう。
次に,原則肯定説の挙げる論拠について検討すると,①の論拠については,上記(1)のとおり,法は,制度の目的を本来異にする戸籍と住民票について,少なくとも,人の同一性を識別するための根幹的な指標である氏名,出生年月日,男女の別,世帯主との続柄等に限っては,両者の記載を完全に一致させるという法制度を創設したのであるから,安易にその例外を認める措置が法自身によって義務付けられているとは解し難いといえよう。また,②の論拠については,このような不利益は,単なる手続上の不利益にすぎない上,それを直接的に被るのは,適法な出生届の提出をけ怠している父又は母自身であって,それは自らが招いた不利益であるとともに自らの行為(出生届の提出という戸籍法上の義務の履行)によって容易に解消することができる性質のものではないかとの疑問があり得よう。さらに,③の論拠については,住民票が現在我が国において広範囲にわたり果たしている重要な役割等にかんがみると,果たして直ちに上記論拠のようにいうことができるかどうかについて疑問があろう。
カ 本判決は,上記の考え方のうち限定肯定説に立ち,これを本件に当てはめて,YがX子につき職権調査による方法で住民票の記載をすべき義務を否定する判断をしたものであるが,その背景には,以上のような考慮があるのではないかと考えられる。本判決が説示する,「届出の催告等による方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情」の有無に関しては,法が戸籍と住民票の記載を合致させることとした趣旨目的を的確に踏まえつつ,事案に即して,諸般の事情を総合的に考慮し,社会通念に照らして合理的に判断してゆくほかはないものといえよう。
なお,本判決には,今井裁判官の意見が付されている。同意見は,原則肯定説に立って本件不作為が法に違反する状態にあるとするものである。
5 本件取消しの訴えの適否
1審判決及び原判決は,本件応答の行政処分性(行訴法3条2項。なお,法31条の2,31条の4所定の「処分」もこれと同義と解される。)を当然の前提として,本件取消しの訴えに関する実体判断をしている。
しかし,行訴法3条2項の処分は,「行政庁による公権力の行使としてされ,国民の権利義務の範囲を形成し又はその範囲を具体的に確定する行為」をいうものと解されている(最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁等)。そして,一般的に,「申請等に対する拒否行為は,申請人が法令に基づく申請権を有している場合においては,その手続的な権利を侵害し,又は申請に係る処分を得る可能性を奪うことにおいて申請人の法律上の地位に影響を及ぼすものとして,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるが,申請人が法令に基づく申請権を有していない場合においては,その法律上の地位に何ら影響を与えるものではないから,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない」と解され(最高裁判所事務総局編『主要行政事件裁判例概観(7)』行資67号241頁),判例も同様の立場に立つものと考えられる(最一小判昭47.11.16民集26巻9号1573頁,判タ286号228頁,最三小判平3.3.19判タ770号156頁参照)。
住民票の記載等は,法の規定による届出に基づいてされる場合と職権によってされる場合とがあるところ(法8条,令11条,12条),このうち,法の規定による届出については,令11条が,市町村長に対し,届出の内容が事実であるか否かを審査して所定の記載等をすべき義務を課していることから,当該届出に係る記載をすべき旨を求める申請権が付与されており,それに対する拒絶を行政処分と解する余地は十分にあると思われるが(最一小判平15.6.26判タ1128号368頁参照),子の出生の場合は,上記4(1),(3)イのとおり,出生届とは別に法に基づく届出義務が課されていないことから,仮に,出生した子について住民票の記載を求める申出があったとしても,それは,令11条所定の「法の規定による届出」には該当せず,住民票の職権記載を促す法14条2項所定の申出にすぎないというほかないものである。
本判決は,このような見地から,本件応答の取消しを求める本件取消しの訴えを不適法と判断したものと考えられる。
6 まとめ
本判決は,母がその戸籍に入る子につき適法な出生届を提出していない場合において,特別区の区長が住民である当該子につき上記母の世帯に属する者として住民票の記載をしていないことが違法とされる場合があるか否か,あるとすればどのような場合かという問題について,当審が初めての判断を示したものである。その判断の過程においては,類似事案についても参酌することができる程度の一般的な説示がされており,地方公共団体の住民登録実務に対して及ぼす影響は小さくなく,実務上重要な意義を有すると考えられる。(関係人一部仮名)

2.不利益処分における意見陳述の手続等

+ 第三章 不利益処分

第一節 通則

(処分の基準)
第十二条  行政庁は、処分基準を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならない
2  行政庁は、処分基準を定めるに当たっては、不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。

(不利益処分をしようとする場合の手続)
第十三条  行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、次の各号の区分に従い、この章の定めるところにより、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、当該各号に定める意見陳述のための手続を執らなければならない。
一  次のいずれかに該当するとき 聴聞
イ 許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。
ロ イに規定するもののほか、名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき。
ハ 名あて人が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる不利益処分、名あて人の業務に従事する者の解任を命ずる不利益処分又は名あて人の会員である者の除名を命ずる不利益処分をしようとするとき。
ニ イからハまでに掲げる場合以外の場合であって行政庁が相当と認めるとき
二  前号イからニまでのいずれにも該当しないとき 弁明の機会の付与
2  次の各号のいずれかに該当するときは、前項の規定は、適用しない。
一  公益上、緊急に不利益処分をする必要があるため、前項に規定する意見陳述のための手続を執ることができないとき。
二  法令上必要とされる資格がなかったこと又は失われるに至ったことが判明した場合に必ずすることとされている不利益処分であって、その資格の不存在又は喪失の事実が裁判所の判決書又は決定書、一定の職に就いたことを証する当該任命権者の書類その他の客観的な資料により直接証明されたものをしようとするとき。
三  施設若しくは設備の設置、維持若しくは管理又は物の製造、販売その他の取扱いについて遵守すべき事項が法令において技術的な基準をもって明確にされている場合において、専ら当該基準が充足されていないことを理由として当該基準に従うべきことを命ずる不利益処分であってその不充足の事実が計測、実験その他客観的な認定方法によって確認されたものをしようとするとき。
四  納付すべき金銭の額を確定し、一定の額の金銭の納付を命じ、又は金銭の給付決定の取消しその他の金銭の給付を制限する不利益処分をしようとするとき。
五  当該不利益処分の性質上、それによって課される義務の内容が著しく軽微なものであるため名あて人となるべき者の意見をあらかじめ聴くことを要しないものとして政令で定める処分をしようとするとき。

(不利益処分の理由の提示)
第十四条  行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。ただし、当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は、この限りでない。
2  行政庁は、前項ただし書の場合においては、当該名あて人の所在が判明しなくなったときその他処分後において理由を示すことが困難な事情があるときを除き、処分後相当の期間内に、同項の理由を示さなければならない。
3  不利益処分を書面でするときは、前二項の理由は、書面により示さなければならない。

第二節 聴聞

(聴聞の通知の方式)
第十五条  行政庁は、聴聞を行うに当たっては、聴聞を行うべき期日までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一  予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
二  不利益処分の原因となる事実
三  聴聞の期日及び場所
四  聴聞に関する事務を所掌する組織の名称及び所在地
2  前項の書面においては、次に掲げる事項を教示しなければならない。
一  聴聞の期日に出頭して意見を述べ、及び証拠書類又は証拠物(以下「証拠書類等」という。)を提出し、又は聴聞の期日への出頭に代えて陳述書及び証拠書類等を提出することができること。
二  聴聞が終結する時までの間、当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができること。
3  行政庁は、不利益処分の名あて人となるべき者の所在が判明しない場合においては、第一項の規定による通知を、その者の氏名、同項第三号及び第四号に掲げる事項並びに当該行政庁が同項各号に掲げる事項を記載した書面をいつでもその者に交付する旨を当該行政庁の事務所の掲示場に掲示することによって行うことができる。この場合においては、掲示を始めた日から二週間を経過したときに、当該通知がその者に到達したものとみなす。

(代理人)
第十六条  前条第一項の通知を受けた者(同条第三項後段の規定により当該通知が到達したものとみなされる者を含む。以下「当事者」という。)は、代理人を選任することができる。
2  代理人は、各自、当事者のために、聴聞に関する一切の行為をすることができる。
3  代理人の資格は、書面で証明しなければならない。
4  代理人がその資格を失ったときは、当該代理人を選任した当事者は、書面でその旨を行政庁に届け出なければならない。

(参加人)
第十七条  第十九条の規定により聴聞を主宰する者(以下「主宰者」という。)は、必要があると認めるときは、当事者以外の者であって当該不利益処分の根拠となる法令に照らし当該不利益処分につき利害関係を有するものと認められる者(同条第二項第六号において「関係人」という。)に対し、当該聴聞に関する手続に参加することを求め、又は当該聴聞に関する手続に参加することを許可することができる
2  前項の規定により当該聴聞に関する手続に参加する者(以下「参加人」という。)は、代理人を選任することができる。
3  前条第二項から第四項までの規定は、前項の代理人について準用する。この場合において、同条第二項及び第四項中「当事者」とあるのは、「参加人」と読み替えるものとする。

(文書等の閲覧)
第十八条  当事者及び当該不利益処分がされた場合に自己の利益を害されることとなる参加人(以下この条及び第二十四条第三項において「当事者等」という。)は、聴聞の通知があった時から聴聞が終結する時までの間、行政庁に対し、当該事案についてした調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができる。この場合において、行政庁は、第三者の利益を害するおそれがあるときその他正当な理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができない。
2  前項の規定は、当事者等が聴聞の期日における審理の進行に応じて必要となった資料の閲覧を更に求めることを妨げない。
3  行政庁は、前二項の閲覧について日時及び場所を指定することができる。
(聴聞の主宰)
第十九条  聴聞は、行政庁が指名する職員その他政令で定める者が主宰する。
2  次の各号のいずれかに該当する者は、聴聞を主宰することができない。
一  当該聴聞の当事者又は参加人
二  前号に規定する者の配偶者、四親等内の親族又は同居の親族
三  第一号に規定する者の代理人又は次条第三項に規定する補佐人
四  前三号に規定する者であったことのある者
五  第一号に規定する者の後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人又は補助監督人
六  参加人以外の関係人

(聴聞の期日における審理の方式)
第二十条  主宰者は、最初の聴聞の期日の冒頭において、行政庁の職員に、予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因となる事実を聴聞の期日に出頭した者に対し説明させなければならない。
2  当事者又は参加人は、聴聞の期日に出頭して、意見を述べ、及び証拠書類等を提出し、並びに主宰者の許可を得て行政庁の職員に対し質問を発することができる。
3  前項の場合において、当事者又は参加人は、主宰者の許可を得て、補佐人とともに出頭することができる。
4  主宰者は、聴聞の期日において必要があると認めるときは、当事者若しくは参加人に対し質問を発し、意見の陳述若しくは証拠書類等の提出を促し、又は行政庁の職員に対し説明を求めることができる。
5  主宰者は、当事者又は参加人の一部が出頭しないときであっても、聴聞の期日における審理を行うことができる。
6  聴聞の期日における審理は、行政庁が公開することを相当と認めるときを除き、公開しない

(陳述書等の提出)
第二十一条  当事者又は参加人は、聴聞の期日への出頭に代えて、主宰者に対し、聴聞の期日までに陳述書及び証拠書類等を提出することができる。
2  主宰者は、聴聞の期日に出頭した者に対し、その求めに応じて、前項の陳述書及び証拠書類等を示すことができる。
(続行期日の指定)
第二十二条  主宰者は、聴聞の期日における審理の結果、なお聴聞を続行する必要があると認めるときは、さらに新たな期日を定めることができる。
2  前項の場合においては、当事者及び参加人に対し、あらかじめ、次回の聴聞の期日及び場所を書面により通知しなければならない。ただし、聴聞の期日に出頭した当事者及び参加人に対しては、当該聴聞の期日においてこれを告知すれば足りる。
3  第十五条第三項の規定は、前項本文の場合において、当事者又は参加人の所在が判明しないときにおける通知の方法について準用する。この場合において、同条第三項中「不利益処分の名あて人となるべき者」とあるのは「当事者又は参加人」と、「掲示を始めた日から二週間を経過したとき」とあるのは「掲示を始めた日から二週間を経過したとき(同一の当事者又は参加人に対する二回目以降の通知にあっては、掲示を始めた日の翌日)」と読み替えるものとする。
(当事者の不出頭等の場合における聴聞の終結)
第二十三条  主宰者は、当事者の全部若しくは一部が正当な理由なく聴聞の期日に出頭せず、かつ、第二十一条第一項に規定する陳述書若しくは証拠書類等を提出しない場合、又は参加人の全部若しくは一部が聴聞の期日に出頭しない場合には、これらの者に対し改めて意見を述べ、及び証拠書類等を提出する機会を与えることなく、聴聞を終結することができる。
2  主宰者は、前項に規定する場合のほか、当事者の全部又は一部が聴聞の期日に出頭せず、かつ、第二十一条第一項に規定する陳述書又は証拠書類等を提出しない場合において、これらの者の聴聞の期日への出頭が相当期間引き続き見込めないときは、これらの者に対し、期限を定めて陳述書及び証拠書類等の提出を求め、当該期限が到来したときに聴聞を終結することとすることができる。

(聴聞調書及び報告書)
第二十四条  主宰者は、聴聞の審理の経過を記載した調書を作成し、当該調書において、不利益処分の原因となる事実に対する当事者及び参加人の陳述の要旨を明らかにしておかなければならない。
2  前項の調書は、聴聞の期日における審理が行われた場合には各期日ごとに、当該審理が行われなかった場合には聴聞の終結後速やかに作成しなければならない。
3  主宰者は、聴聞の終結後速やかに、不利益処分の原因となる事実に対する当事者等の主張に理由があるかどうかについての意見を記載した報告書を作成し、第一項の調書とともに行政庁に提出しなければならない。
4  当事者又は参加人は、第一項の調書及び前項の報告書の閲覧を求めることができる。

(聴聞の再開)
第二十五条  行政庁は、聴聞の終結後に生じた事情にかんがみ必要があると認めるときは、主宰者に対し、前条第三項の規定により提出された報告書を返戻して聴聞の再開を命ずることができる。第二十二条第二項本文及び第三項の規定は、この場合について準用する。

(聴聞を経てされる不利益処分の決定)
第二十六条  行政庁は、不利益処分の決定をするときは、第二十四条第一項の調書の内容及び同条第三項の報告書に記載された主宰者の意見を十分に参酌してこれをしなければならない

(不服申立ての制限)
第二十七条  行政庁又は主宰者がこの節の規定に基づいてした処分については、行政不服審査法 (昭和三十七年法律第百六十号)による不服申立てをすることができない。
2  聴聞を経てされた不利益処分については、当事者及び参加人は、行政不服審査法 による異議申立てをすることができない。ただし、第十五条第三項後段の規定により当該通知が到達したものとみなされる結果当事者の地位を取得した者であって同項に規定する同条第一項第三号(第二十二条第三項において準用する場合を含む。)に掲げる聴聞の期日のいずれにも出頭しなかった者については、この限りでない。
(役員等の解任等を命ずる不利益処分をしようとする場合の聴聞等の特例)
第二十八条  第十三条第一項第一号ハに該当する不利益処分に係る聴聞において第十五条第一項の通知があった場合におけるこの節の規定の適用については、名あて人である法人の役員、名あて人の業務に従事する者又は名あて人の会員である者(当該処分において解任し又は除名すべきこととされている者に限る。)は、同項の通知を受けた者とみなす。
2  前項の不利益処分のうち名あて人である法人の役員又は名あて人の業務に従事する者(以下この項において「役員等」という。)の解任を命ずるものに係る聴聞が行われた場合においては、当該処分にその名あて人が従わないことを理由として法令の規定によりされる当該役員等を解任する不利益処分については、第十三条第一項の規定にかかわらず、行政庁は、当該役員等について聴聞を行うことを要しない。

第三節 弁明の機会の付与

(弁明の機会の付与の方式)
第二十九条  弁明は、行政庁が口頭ですることを認めたときを除き、弁明を記載した書面(以下「弁明書」という。)を提出してするものとする。
2  弁明をするときは、証拠書類等を提出することができる。

(弁明の機会の付与の通知の方式)
第三十条  行政庁は、弁明書の提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には、その日時)までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一  予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
二  不利益処分の原因となる事実
三  弁明書の提出先及び提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には、その旨並びに出頭すべき日時及び場所)
(聴聞に関する手続の準用)
第三十一条  第十五条第三項及び第十六条の規定は、弁明の機会の付与について準用する。この場合において、第十五条第三項中「第一項」とあるのは「第三十条」と、「同項第三号及び第四号」とあるのは「同条第三号」と、第十六条第一項中「前条第一項」とあるのは「第三十条」と、「同条第三項後段」とあるのは「第三十一条において準用する第十五条第三項後段」と読み替えるものとする。

3.手続きの瑕疵が処分の取消事由になるか

+  第二章 申請に対する処分

(審査基準)
第五条  行政庁は、審査基準を定めるものとする
2  行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。
3  行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない

(標準処理期間)
第六条  行政庁は、申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間(法令により当該行政庁と異なる機関が当該申請の提出先とされている場合は、併せて、当該申請が当該提出先とされている機関の事務所に到達してから当該行政庁の事務所に到達するまでに通常要すべき標準的な期間)を定めるよう努めるとともに、これを定めたときは、これらの当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしておかなければならない。
(申請に対する審査、応答)
第七条  行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず、かつ、申請書の記載事項に不備がないこと、申請書に必要な書類が添付されていること、申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については、速やかに、申請をした者(以下「申請者」という。)に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め、又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。

(理由の提示)
第八条  行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない。ただし、法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって、当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかであるときは、申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる
2  前項本文に規定する処分を書面でするときは、同項の理由は、書面により示さなければならない。
(情報の提供)
第九条  行政庁は、申請者の求めに応じ、当該申請に係る審査の進行状況及び当該申請に対する処分の時期の見通しを示すよう努めなければならない。
2  行政庁は、申請をしようとする者又は申請者の求めに応じ、申請書の記載及び添付書類に関する事項その他の申請に必要な情報の提供に努めなければならない。
(公聴会の開催等)
第十条  行政庁は、申請に対する処分であって、申請者以外の者の利害を考慮すべきことが当該法令において許認可等の要件とされているものを行う場合には、必要に応じ、公聴会の開催その他の適当な方法により当該申請者以外の者の意見を聴く機会を設けるよう努めなければならない。
(複数の行政庁が関与する処分)
第十一条  行政庁は、申請の処理をするに当たり、他の行政庁において同一の申請者からされた関連する申請が審査中であることをもって自らすべき許認可等をするかどうかについての審査又は判断を殊更に遅延させるようなことをしてはならない。
2  一の申請又は同一の申請者からされた相互に関連する複数の申請に対する処分について複数の行政庁が関与する場合においては、当該複数の行政庁は、必要に応じ、相互に連絡をとり、当該申請者からの説明の聴取を共同して行う等により審査の促進に努めるものとする。

+(定義)
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  法令 法律、法律に基づく命令(告示を含む。)、条例及び地方公共団体の執行機関の規則(規程を含む。以下「規則」という。)をいう。
二  処分 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。
三  申請 法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。
四  不利益処分 行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう。ただし、次のいずれかに該当するものを除く。
イ 事実上の行為及び事実上の行為をするに当たりその範囲、時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分
ロ 申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分
ハ 名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分
ニ 許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの
五  行政機関 次に掲げる機関をいう。
イ 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関若しくは内閣の所轄の下に置かれる機関、宮内庁、内閣府設置法 (平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項 若しくは第二項 に規定する機関、国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項 に規定する機関、会計検査院若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
ロ 地方公共団体の機関(議会を除く。)
六  行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
七  届出 行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)であって、法令により直接に当該通知が義務付けられているもの(自己の期待する一定の法律上の効果を発生させるためには当該通知をすべきこととされているものを含む。)をいう。
八  命令等 内閣又は行政機関が定める次に掲げるものをいう。
イ 法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む。次条第二項において単に「命令」という。)又は規則
ロ 審査基準申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ハ 処分基準(不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ニ 行政指導指針(同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときにこれらの行政指導に共通してその内容となるべき事項をいう。以下同じ。)

・審査基準は許認可をするかどうかの判断するために必要とされる基準
=ある事業を行うについて許認可が必要かどうかの基準は審査基準に当たらない!!!!

(2)理由提示の瑕疵

・理由提示の程度
+判例(S60.1.22)
理由
上告代理人柴田信夫、同菅充行、同谷池洋、同仲田隆明、同松本剛の上告理由第一について
外国旅行の自由は憲法二二条二項の保障するところであるが、その自由は公共の福祉のために合理的な制限に服するものであり、旅券発給の制限を定めた旅券法一三条一項五号の規定が、外国旅行の自由に対し公共の福祉のために合理的な制限を定めたものであつて、憲法二二条二項に違反しないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二九年(オ)第八九八号同三三年九月一〇日大法廷判決・民集一二巻一三号一九六九頁)。これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

同第二について
原審の適法に確定したところによれば、上告人が昭和五二年一月八日被上告人に対し渡航先をサウデイ・アラビアとする一般旅券の発給を申請したところ、被上告人は上告人に対し「旅券法一三条一項五号に該当する。」との理由を付した同年二月一六日付けの書面により右申請に係る一般旅券を発給しない旨を通知したというのである。
旅券法一四条は、外務大臣が、同法一三条の規定に基づき一般旅券の発給をしないと決定したときは、すみやかに、理由を付した書面をもつて一般旅券の発給を申請した者にその旨を通知しなければならないことを規定している。一般に、法律が行政処分に理由を付記すべきものとしている場合に、どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである(最高裁昭和三六年(オ)第八四号同三八年五月三一日第二小法廷判決・民集一七巻四号六一七頁)。旅券法が右のように一般旅券発給拒否通知書に拒否の理由を付記すべきものとしているのは、一般旅券の発給を拒否すれば、憲法二二条二項で国民に保障された基本的人権である外国旅行の自由を制限することになるため、拒否事由の有無についての外務大臣の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、拒否の理由を申請者に知らせることによつて、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきであり、このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、一般旅券発給拒否通知書に付記すべき理由としては、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して一般旅券の発給が拒否されたかを、申請者においてその記載自体から了知しうるものでなければならず、単に発給拒否の根拠規定を示すだけでは、それによつて当該規定の適用の基礎となつた事実関係をも当然知りうるような場合を別として、旅券法の要求する理由付記として十分でないといわなければならない。この見地に立つて旅券法一三条一項五号をみるに、同号は「前各号に掲げる者を除く外、外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」という概括的、抽象的な規定であるため、一般旅券発給拒否通知書に同号に該当する旨付記されただけでは、申請者において発給拒否の基因となつた事実関係をその記載自体から知ることはできないといわざるをえない。したがつて、外務大臣において旅券法一三条一項五号の規定を根拠に一般旅券の発給を拒否する場合には、申請者に対する通知書に同号に該当すると付記するのみでは足りず、いかなる事実関係を認定して申請者が同号に該当すると判断したかを具体的に記載することを要すると解するのが相当である。そうであるとすれば、単に「旅券法一三条一項五号に該当する。」と付記されているにすぎない本件一般旅券発給拒否処分の通知書は、同法一四条の定める理由付記の要件を欠くものというほかはなく、本件一般旅券発給拒否処分に右違法があることを理由としてその取消しを求める上告人の本訴請求は、正当として認容すべきである。原判決が右の程度の理由の記載をもつて旅券法一四条の要求する理由付記として欠けるところがないとしたのは、法律の解釈適用を誤つたものといわざるをえず、これをいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件一般旅券発給拒否処分を取り消した第一審判決は結論において正当であり、被上告人の控訴はこれを棄却すべきものである。

同第三について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
旅券の本来の機能は、外国に渡航する国民に対し、その所属する国が本人の身分や国籍を証明し、外国官憲に便宜の供与と保護とを依頼するところにあつたが、現在では、諸外国とも旅券を所持しない外国人を一般に入国させないという国際的慣行が確立しているから、およそ外国に渡航しようとする者にとつて旅券の所持は必要不可欠であり、したがつて旅券の発給は出国の許可と同じ働きを持つものであり、その発給拒否処分は外国渡航の禁止の効果を持つことになる。そこで、本件は、国民の持つ外国渡航の自由の制約にかかわる論点を提起するものといえる。私もまた、旅券法一三条一項五号の規定が憲法に違反して無効であるとすることはできない、しかし、本件一般旅券発給拒否処分に付された理由は、その付記を求める法の要件をみたすものではなく、本件一般旅券発給拒否処分は違法として取り消されるべきであると判示する法廷意見に賛成するものであるが、この問題は、国民の海外渡航の自由の制限の合憲性という重要な論点にかかるものであるから、以下に、この点に関する若干の意見を補足しておくこととしたい。
一 所論(上告理由第一)は、海外渡航の自由は憲法二二条二項において保障された基本的人権であるとし、旅券法一三条一項五号の規定が憲法の右規定に違反すると主張している(上告人は一審以来一貫してそのように主張する。)。そして、原判決の引用する第一審判決もまた、海外渡航の自由が憲法二二条二項の保障するところであることを前提としている。この点は、同項にいう外国に移住する自由には、外国に一時的に旅行する自由も含まれると解する当裁判所の判例(最高裁昭和二九年(オ)第八九八号同三三年九月一〇日大法廷判決・民集一二巻一三号一九六九頁)に沿うものである。
しかしながら、私の意見によれば、日本国民が一時的に海外に移動する形で渡航する海外旅行はもとより、勤務や留学などの目的で一定期間外国に居住する場合であつても、日本国の主権による保護を享受しつつその期間を過ごし、再びわが国に帰国することを予定しているような海外渡航については、その自由は、憲法二二条二項にいう外国に移住する自由に含まれるものではない。同項は、日本国民が日本国の主権から法律上も事実上も離脱するという国籍離脱の自由と並んで、外国に移住する自由を保障しているが、この自由は、移住という言葉の文理からいつても、その置かれた位置からいつても、日本国の主権の保護を受けながら一時的に日本国外に渡航することの自由ではなく、永久に若しくは少なくとも相当長期にわたつて外国に移住する目的をもつて日本国の主権から事実上半ば離脱することの自由をいうものと解されるからである(前記大法廷判決における田中耕太郎裁判官及び下飯坂潤夫裁判官の補足意見並びに最高裁昭和三七年(オ)第七五二号同四四年七月一一日第二小法廷判決・民集二三巻八号一四七〇頁における色川幸太郎裁判官の補足意見参照)。国籍離脱の自由と右のように解釈された外国移住の自由とは、現代の国際社会において強く保障を受けるものであり、政策的考慮に基づく制約を受けるべきものではない。憲法二二条二項が、同条一項の自由と異なつて公共の福祉による制限を明文上予定していないことも意味のあることといわねばならない。
以上のように解すると、一時的な海外渡航の自由は、憲法二二条一項によつて保障されるものと解するのが妥当であると思われる。同項にいう移転の自由は、住所を定め変更する自由のみでなく、人身の移動の自由を含むのであり、しかもこの移動は国の内外をもつて区別されないと考えられる。憲法二二条について、一項は国内の関係、二項は国外の関係を規律すると解する見解もあるが、形式的にすぎて適切ではない。したがつて、海外渡航の自由もまた、移転の自由に含まれることになる。このような移転の自由は、他の利益と抵触することも少なくなく、そのために公共の福祉を理由とする政策的見地からする制限を受けざるをえないのであり、憲法二二条一項が「公共の福祉に反しない限り」と特に明文で規定する趣旨もそこにあるとみることができる。海外渡航の自由に対してもまた、国際関係における日本国の利益などを考慮して合理的な制限を加えることが許されるのである(前記色川裁判官の補足意見参照)。
二 このようにして、海外渡航の自由は、移転の自由の一環として公共の福祉を理由とする制約に服するものである。しかし、その制約が合理的なものであるかどうかを判断するにあたつては、移転の自由、特に海外渡航の自由の持つ性質を考えておくことが必要である。もともと移転の自由は、人を一定の土地と結び付ける身分制度を固定させていた封建社会から脱却して近代社会を形成したときに、職業選択の自由の当然の前提として自由に住所を定めそれを移動させることを認めたところに発するものであり、それは職業選択の自由と結び付き(それらを同じ条文のうちに保障する憲法の例が多い。)、したがつて、経済的な自由に属するものと考えられていた。移転の自由を専らこのような性質を持つものと解する限り、現代の社会においては、政策的な理由に基づいて広い制約を受けざるをえず、どのような制限を課するかについて立法府の裁量の余地は大きいといわねばならない。しかし、今日では、国の内外を問わず自由に移動することは、単なる経済的自由にとどまらず人身の自由ともつながりを持ち、さらに他の人びととの意見や情報の交流などを通じて人格の形成に役立つという精神的自由の側面をも持つことに留意しなければならない。そこで、移動の自由の制約が合理的なものであるかどうかを判断するにあたつては、それがこの自由のどのような面を規制するかを考察すべきものと考えられる。そして、一般に、海外渡航の自由を制限する場合には、精神的自由の制約という面を持つことが多いのであり、それだけにたやすくその制約を合理的なものとして支持することができないのである。
三 このような観点に立つて、海外渡航の自由を抑止することとなる旅券の発給拒否処分の事由として旅券法一三条一項に挙げられるものをみてみると、その一号ないし四号の二の各事由は、公共の福祉に基づく合理的な制限であり、かつ、内容が明確であつて、合憲として是認することができる。問題となるのは、本件でその合憲性が争われている五号の規定である。所論は、この規定の定める拒否の基準は、極めて漠然かつ不明確であり、ほとんど政府の自由な裁量によりその拒否を決しうるとするに等しいから憲法に違反するものであると主張する。
確かに、旅券法一三条一項五号の規定する「外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」という旅券発給拒否の事由は、その内容が明確性を欠き、恣意的判断を招くおそれが大きいといえるかもしれない。もし、海外渡航の自由が専ら精神的自由に属するとすれば、その基準の不明確性の故をもつて、右規定は文面上違憲無効とされる疑いが強いといえる(最高裁昭和五七年(行ツ)第四二号同五九年一二月一二日大法廷判決及び同昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決における各反対意見参照)。しかしながら、前記のとおり、海外渡航の自由は、精神的自由の側面を持つものとはいえ、精神的自由そのものではないから、国際関係における日本国の利益を守るためなどの理由によつて、合理的範囲で制約を受けることもやむをえない場合があり、右の規定を文面上違憲無効とすることは相当ではないと思われる。
このようにして、旅券法一三条一項五号の規定が文面上無効であるとはいえないが、そのことの故をもつて、その規定の適用が常に合憲と判断されることにはならない。海外渡航の自由が精神的自由の側面をも持つ以上、それを抑止する旅券発給拒否処分には、外務大臣が抽象的に同号の規定に該当すると認めるのみでは足りず、そこに定める害悪発生の相当の蓋然性が客観的に存する必要があり、このような蓋然性の存在しない場合に旅券発給拒否処分を行うときは、その適用において違憲となると判断され、その処分は違憲の処分として正当性を有しないこととなる。
四 そのように考えると、旅券発給の拒否処分について旅券法一四条の要求する理由の付記は、重要な意味を持つといわなければならない。この理由付記が求められているのは、法廷意見のいうように、拒否事由の有無について外務大臣の判断の慎重さと公正さを担保してその恣意を抑制するとともに、拒否理由を申請者に告知することによつて、不服申立てに便宜を与えるためであるが、この不服申立てには、適用違憲を主張することも当然に含まれており、したがつて、外務大臣が申請者の海外渡航には法の定める害悪発生の相当の蓋然性が客観的に存在すると判断した根拠が拒否の理由のうちに示される必要があると思われる。そうであるとすれば、単に旅券法一三条一項五号に該当するとのみ付記されているにすぎないときは、そのような蓋然性の存在を示すに由なく、法の要求する理由付記の要件を欠くものというほかはない。同号の規定が抽象的であるだけに、理由において具体的な事実関係を明らかにして、適用について憲法に違背するものでないことを示さねばならないと解される。このようにして、海外渡航の自由の保障という憲法の見地からみても、本件一般旅券発給拒否に付された理由は十分なものでなく、本件処分は違法といわざるをえない。
(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 長島敦)

・理由提示と処分基準との関係

+判例(H23.6.7)一級建築士
理 由
 上告代理人川守田大介の上告受理申立て理由第1,第2,第6について
 1 本件は,一級建築士として建築士事務所の管理建築士を務めていた上告人X1が,国土交通大臣から,建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの。以下同じ。)10条1項2号及び3号に基づく一級建築士免許取消処分(以下「本件免許取消処分」という。)を受け,これに伴い, 同事務所の開設者であった上告人X2(以下「上告会社」という。)が,北海道知事から,同法26条2項4号に基づく建築士事務所登録取消処分(以下「本件登録取消処分」という。)を受けたため,上告人らにおいて,本件免許取消処分は,公にされている処分基準の適用関係が理由として示されておらず,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であり,これを前提とする本件登録取消処分も違法な処分であるなどとして,これらの各処分の取消しを求めている事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人X1は,昭和56年に一級建築士免許を取得し,上告会社が開設する建築士事務所の管理建築士を務めていた。
 (2) 国土交通大臣は,上告人X1に対し,平成18年9月1日付けで,本件免許取消処分をした。その通知書には,処分の理由として,次のとおり記載されていた。
 「あなたは,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,北海道札幌市厚別区厚別中央▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区平岸▲条▲丁目▲,北海道札幌市北区北▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区北▲条西▲丁目▲番▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させた。
また,北海道札幌市東区北▲条東▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区豊平▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区月寒西▲条▲丁目▲番▲,北海道札幌市豊平区月寒中央通▲丁目▲番▲,北海道札幌市白石区南郷通▲丁目北▲を敷地とする建築物の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った。
このことは,建築士法第10条第1項第2号及び第3号に該当し,一級建築士に対し社会が期待している品位及び信用を著しく傷つけるものである。」
 (3) 北海道知事は,上告人X1に対し本件免許取消処分がされたことを受けて,上告会社に対し,平成18年9月26日付けで,本件登録取消処分をした。
 (4) 建築士法10条1項は,建築士が「この法律若しくは建築物の建築に関する他の法律又はこれらに基づく命令若しくは条例の規定に違反したとき」(2号),「業務に関して不誠実な行為をしたとき」(3号)においては,免許を与えた国土交通大臣又は都道府県知事は,当該建築士に対する懲戒処分として,「戒告を与え,1年以内の期間を定めて業務の停止を命じ,又は免許を取り消すことができる。」と定めている。
本件免許取消処分がされた当時,建築士に対する上記懲戒処分については,意見公募の手続を経た上で,「建築士の処分等について」と題する通知(平成11年12月28日建設省住指発第784号都道府県知事宛て建設省住宅局長通知。平成19年6月20日廃止前のもの)において処分基準(以下「本件処分基準」という。)が定められ,これが公にされていた。本件処分基準によれば,その別表第1に従い,処分内容の決定を行うこととされており,上記別表第1の(2)は,建築士が建築士法10条1項2号又は3号に該当するときは,「表2の懲戒事由に記載した行為に対応する処分ランクを基本に,表3に規定する情状に応じた加減を行ってランクを決定し,表4に従い処分内容を決定する。ただし,当該行為が故意によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又は人の死傷が生じたとき(以下「結果が重大なとき」という。)は,業務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許取消の処分とする。」と定めていた。また,上記別表第1の表2は,「違反設計」に対応する処分ランクを「6」とし,「不適当設計」に対応する処分ランクを「2~4」とし,「その他の不誠実行為」に対応する処分ランクを「1~4」とするなど,懲戒事由の類型ごとに処分ランクを定め,表3は,その処分ランクから,「過失に基づく行為であり,情状をくむべき場合」には1~3を減じ,「法違反の状態が長期にわたる場合」や「常習的に行っている場合」には3を加えるなど,情状等による処分ランクの加減方法を定め,表4は,このようにして決定された処分ランクが「2」の場合は「戒告」とし,「3」ないし「15」の場合はそれぞれ「業務停止1月未満」ないし「業務停止1年」とし,「16」の場合は「免許取消」とするなど,処分ランクに対応する処分等(文書注意を含む。)の内容を定めるとともに,複数の処分事由に該当する場合の処理について,「二以上の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランクとする。ただし,同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる。」などと定めていた。
 (5) 上告人らは,本件訴訟の提起の段階で,本件免許取消処分の根拠は本件処分基準の別表第1の(2)本文であると理解していたが,被上告人国は,本件訴訟において,本件免許取消処分の根拠を,主位的に,同(2)ただし書であると主張し,予備的に,同(2)本文であると主張した。

 3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,本件免許取消処分に行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法はなく,その余の違法事由も認められず,本件登録取消処分にも違法はないとして,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に当該不利益処分の理由を示さなければならないとしている趣旨は,一級建築士に対する懲戒処分の場合,当該処分の根拠法条(建築士法10条1項各号)及びその法条の要件に該当する具体的な事実関係が明らかにされることで十分に達成できるというべきであり,更に進んで,処分基準の内容及び適用関係についてまで明らかにすることを要するものではないと解すべきである。国土交通大臣は,本件免許取消処分の通知書の中で具体的な根拠法条及びその要件に該当する具体的な事実関係を明らかにしているから,十分な理由が提示されていたといえる。

しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。
この見地に立って建築士法10条1項2号又は3号による建築士に対する懲戒処分について見ると,同項2号及び3号の定める処分要件はいずれも抽象的である上,これらに該当する場合に同項所定の戒告,1年以内の業務停止又は免許取消しのいずれの処分を選択するかも処分行政庁の裁量に委ねられている。そして,建築士に対する上記懲戒処分については,処分内容の決定に関し,本件処分基準が定められているところ,本件処分基準は,意見公募の手続を経るなど適正を担保すべき手厚い手続を経た上で定められて公にされており,しかも,その内容は,前記2(4)のとおりであって,多様な事例に対応すべくかなり複雑なものとなっている。そうすると,建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由としては,処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて,本件処分基準の適用関係が示されなければ,処分の名宛人において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられる。これを本件について見ると,本件の事実関係等は前記2のとおりであり,本件免許取消処分は上告人X1の一級建築士としての資格を直接にはく奪する重大な不利益処分であるところ,その処分の理由として,上告人X1が,札幌市内の複数の土地を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで,本件処分基準の適用関係が全く示されておらず,その複雑な基準の下では,上告人X1において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は相応に知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって免許取消処分が選択されたのかを知ることはできないものといわざるを得ない。このような本件の事情の下においては,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由提示としては十分でないといわなければならず,本件免許取消処分は,同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるというべきであって,取消しを免れないものというべきである。
そして,上記のとおり本件免許取消処分が違法な処分として取消しを免れないものである以上,これを前提とする本件登録取消処分もまた違法な処分として取消しを免れないものというべきである。
 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人らの請求は理由があるから,第1審判決を取り消し,上告人らの請求をいずれも認容すべきである。
よって,裁判官那須弘平,同岡部喜代子の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

+補足意見
 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に与するものであるが,本件において反対意見が存することに鑑み,多数意見の論拠等につき以下に私の理解するところを少しく敷衍するとともに,反対意見をも踏まえて多数意見を補足する。
 1 行政処分の理由付記に関する判例法理及び学説について
昭和30年代後半以降の幾多の判例(最高裁昭和36年(オ)第84号同38年5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617頁,最高裁昭和57年(行ツ)第70号同60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁,最高裁平成4年(行ツ)第48号同年12月10日第一小法廷判決・裁判集民事166号773頁ほか)の積重ねを経て,今日では,許認可申請に対する拒否処分や不利益処分をなすに当たり,理由の付記を必要とする旨の判例法理が形成されているといえる(この判例法理の適用は,税法事件に限られるものではない。)。そして,学説は,この判例法理を一般に以下のとおり整理し,多数説はそれを支持している。その法理は,平成5年に行政手続法が制定された後も基本的には妥当すると解されている。
① 不利益処分に理由付記を要するのは,処分庁の判断の慎重,合理性を担保して,その恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせることにより,相手方の不服申立てに便宜を与えることにある。その理由の記載を欠く場合には,実体法上その処分の適法性が肯定されると否とにかかわらず,当該処分自体が違法となり,原則としてその取消事由となる(仮に,取り消した後に,再度,適正手続を経た上で,同様の処分がなされると見込まれる場合であっても同様である。)。
② 理由付記の程度は,処分の性質,理由付記を命じた法律の趣旨・目的に照らして決せられる。
③ 処分理由は,その記載自体から明らかでなければならず,単なる根拠法規の摘記は,理由記載に当たらない。
④ 理由付記は,相手方に処分の理由を示すことにとどまらず,処分の公正さを担保するものであるから,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならない。

 2 行政手続法と不利益処分理由の提示
平成5年11月に制定された行政手続法は,「行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り,もって国民の権利利益の保護に資することを目的」として制定されたものであり,同法は,不利益処分については,行政庁は,不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的な処分基準を定め,これを公にするように努めなければならないとしている(同法12条)。
そして,行政庁は,不利益処分をなす場合には,その名宛人に対し,理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合を除き,その不利益処分と同時に当該理由を示さなければならないと定める(同法14条1項)。
ところで,行政庁のなす不利益処分に関して裁量権が認められている場合に,行政庁が同法12条に則って処分基準を定めそれを公表したときは,行政庁は,同基準に羈束されてその裁量権を行使することを対外的に表明したものということができる。
したがって,行政庁が不利益処分をなすには,原則としてその基準に従ってなすとともに,その処分理由の提示に当たっては,同基準の適用関係を含めて具体的に示さなければならないものというべきである。ただし,当該基準は行政庁自らが定めるものであることからして,不利益処分をなすに当たり同基準によることが相当でない場合にまで,行政庁が同基準に羈束されると解することは相当ではない。しかし,その場合には,同基準によることができない合理的理由が必要であり,またその理由についても,処分理由の提示において具体的に示されなければならないものというべきである。
そして,行政庁が不利益処分の処分基準を定めてそれを公表した後に,その基準によることなく不利益処分をなし,あるいは,理由の提示においてその基準との関係についての説明を欠くときは,前記1に述べたところの法理に基づいて違法との評価を受けるものというべきである。

 3 建築士法と処分基準
多数意見2(4)に記載するとおり,建築士法10条1項は,国土交通大臣又は都道府県知事が建築士法等に違反した建築士に対して戒告,業務停止又は免許の取消しの懲戒処分をすることができる旨定め,本件免許取消処分がなされた当時,同懲戒処分の基準として,多数意見にて記載したとおり「建築士の処分等について」と題する都道府県知事宛ての建設省住宅局長通知が発出され,それが公表されていた。
上記通知の法的性質は,通達であって,第三者の権利義務を直接規律するものではないが,建築士法に基づく懲戒処分の処分基準(本件処分基準)を詳細に定めるとともに,それが公表されていたのであるから,行政手続法12条に定める処分基準として公表されていたものというべきものであり,建築士法に基づく懲戒処分をなすに当たっては,本件処分基準に依拠するとともに,その処分理由において同基準の適用関係を摘示することが求められていたといえる。

4 本件免許取消処分と本件処分基準及び処分理由の提示
本件免許取消処分においてなされた処分理由の提示(以下「本件処分理由の提示」という。)は,多数意見2(2)に記載のとおりである。その理由の提示において,本件処分基準との関係について何ら言及することがないばかりか,以下に記載するとおり,上告人X1の処分対象行為の特定すら十分になされず,また,その提示された内容は具体性を欠き極めて不十分なものである。多数意見は以下に述べる違法事由のうち,(3)の点を捉えて本件免許取消処分の違法性を認めているが,私は,以下の(1)及び(2)それぞれ単独でも,行政手続法14条が定める「理由の提示」の要件を充足しているとは到底認められず,理由の提示を欠く処分として違法であり,取消しを免れないものであると考える。
(1) 本件処分理由の提示において,上告人X1の処分対象行為の特定が十分になされていない。
 ア 本件処分通知書の内容
本件免許取消処分の通知書(以下「本件処分通知書」という。)には,多数意見2(2)に記載するとおり,上告人X1は番地を特定した土地を敷地とする7件の建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計(以下「構造基準不適合設計」という。)を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,また,番地を特定した土地を敷地とする5件の建築物の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計(以下「構造計算偽装」という。)を行ったと記載されている。しかし,その記載からは,構造基準不適合設計がされた7件の建築物の種類,規模,構造等は全く不明であり(本件記録上は,地上9~15階,20~84戸のマンションであったことがうかがわれる。),また,その設計時期,上告人X1の行った構造基準不適合設計のいかなる点が具体的に問題となるのか,「耐震性等の不足する構造上危険な建築物」とあるが,どの程度耐震性に影響が存するのか(取壊しまで必要なのか,相当規模の耐震補強工事を必要とするのか,軽微な補強工事で足りるのか等)について何ら記載されていない(原判決の認定によれば,上記7件の建築物は,倒壊,破損に類するような危険性を有すると断定することはできないレベルのものである。)。
また,構造計算偽装に係る5件の建築物についても,その種類,規模,構造は全く不明であり(本件記録上は,地上9~15階,21~88戸のマンションであったことがうかがわれる。),その設計時期やその偽装と上告人X1の関わり合いの内容(上告人X1は,構造計算は下請業者に外注していたもので,その偽装を見抜くことは困難であったと主張している。),その偽装により,実際に建築された各建物にどのような問題が生じたのか(取壊しが必要なのか,補強工事が必要なのか,その場合,どの程度の工事が必要なのか等)について何ら記載されていない(原判決も,上記5件の建築物の耐震強度については認定していない。)。
 イ 違反設計建築物自体の特定の不十分及び設計時期の不記載について
上告人X1は,本件免許取消処分の対象である12件の建築物の設計に関わっているから,その建築物の内容や設計時期は当然に認識しているところではある。しかし,前記1④に記載したとおり,理由付記は相手方に処分の理由を示すにとどまらず公正さを担保するものであって,第三者においても,その記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならないことからすれば,本件処分通知書における建築物の特定は極めて不十分であり,また,設計が行われた時期が特定されていない点は,理由付記の基礎となる事実の特定を欠くものといわざるを得ない
なお,設計時期の点は,本件処分基準において,法違反の状態が長期にわたる場合や常習的に行っている場合には,違反点数の加算事由とされ,他方,「同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる」とされていることからして,違反行為を評価する上でも重要な要素をなすものである。
 ウ 違反内容の記載について
アにおいて指摘したとおり,本件処分通知書に記載されている違反行為の内容は極めて抽象的であって,その違反の具体的内容は明らかではない。仮に,上告人X1において,本件免許取消処分の基礎とされた違反行為の内容に争いがない場合であっても,前記1④に記載したとおり,不利益処分の理由提示においては,違反行為の具体的な内容が,第三者においても認識できるものでなければならないところ,本件処分通知書の記載内容からは,専門家たる建築士においても,上告人X1の行った違反行為の具体的内容を推知することは到底できないものである。
 エ 小括
以上述べたところからして,本件処分理由の提示は,前記1④に記載したところの要件を満たしておらず,違法との評価を受けざるを得ないものというべきである。
(2) 本件処分理由の提示の内容は,本件処分基準との関連性の点を除いても,本件免許取消処分の重大性と対比して,理由の提示としては極めて不十分であるといわざるを得ない。
本件免許取消処分は,上告人X1の建築士免許を取り消すという同上告人自身にとって極めて重大な処分であり,また,それに伴い同上告人が管理建築士を務める上告会社の建築士事務所の登録が取り消されることにつながるという重大な処分であることからすれば,本件処分基準が定められていない場合であっても,その処分理由として違反行為の内容を具体的に摘示し,その違反行為が建築士免許取消処分に該当するだけの重大なものであることを,上告人X1をして十分に認識させるものでなければならないというべき筋合いである。殊に,同上告人は,本件免許取消処分に係る聴聞手続の段階から,構造基準不適合設計及び構造計算偽装の本件処分基準との適用関係を問題とするなど違反行為の性質や程度を争っていたことからすれば,なおさらである。
また,本件免許取消処分の重大性に鑑みて,その処分理由は,その理由書を一読した第三者においても,その処分が適正なものであることを容易に理解できるものでなければならない。
ところが,本件処分通知書に記載された処分理由は,上記のとおり,上告人X1の設計に係る7件の建築物について構造基準不適合設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,また5件の建築物について構造計算偽装を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条が示されているのみであり,上記に記載したような,本件免許取消処分の重大性からして当然に求められる処分理由の詳細な提示を欠くものである。
かかる不適切な処分理由の提示は,処分理由に求められる前記1②~④の要件を満たすものとはいえず,違法との評価を受けざるを得ないものといえる。
なお,那須裁判官はその反対意見において,「(上告人X1が行った)各設計行為につき建築の専門家である建築士の職責(建築士法2条の2)の本質的部分に関わる重大な違法行為及び不適切な行為があったことは明らかである。本件免許取消処分通知書には,これらの違法行為及び不適切な行為の具体的事実が示され,また処分の根拠となった法令の条項も示されているのであり,その違法・不適切な行為の重大性とこれによって生じた深刻な結果とを直視することにより,本件懲戒規定の定める3種類の処分の中から最も重い免許取消処分が選択されたことがやむを得ないものであることは,専門家ならずとも一般人の判断力をもってすれば,容易に理解できるはずである。」として,本件処分通知書の処分理由の記載は取消しの効果に直結する瑕疵に当たらないとされる。
しかし,本件処分通知書に記載された処分理由は,本件免許取消処分に係る事実関係を争っている上告人X1の主張に何ら応答するものではなく,また,同業者たる建築士においても,同上告人が具体的にいかなる非違行為を行ったのかが一読して明らかなものとは到底いえないのであって,同意見にはその前提において賛成し難い。
 (3) 本件免許取消処分の理由と本件処分基準の適用関係の摘示について
本件免許取消処分においては,前記3に記載したとおり,本件処分基準が適用されるのであるから,本件処分通知書には,処分理由として,上告人X1の建築士法違反等の行為と本件処分基準の適用関係について具体的な摘示が必要とされるにもかかわらず,本件処分通知書にはその記載を全く欠いているのである。
この点に関して原判決は,構造基準不適合設計に係る7件の建築物と構造計算偽装に係る5件の建築物につき,それぞれ本件処分基準を当てはめると免許取消処分の要件を満たしていると判示するが,上記のとおり本件では上告人X1の行った違反行為の具体的内容が特定されていないのにかかわらず,その特定されていない行為を対象として,判決理由中で本件処分基準の適用関係につき論じることは相当とはいえない。
ところで,那須裁判官はその反対意見において,行政手続法12条1項は,行政庁に不利益処分に関する処分基準を設定し公表する努力義務を課しているにすぎないから,「行政庁が,適用関係を理由中に表示することまで必要ないと判断して,これを前提とした処分基準を設定することもその裁量権の範囲内に含まれると解する余地も十分ある。むしろ,そう解することが前記努力義務規定ともよく整合し,現実に対応した柔軟な処理を可能にすることになると考える。」と主張される。
行政庁が,不利益処分の処分基準を定めた上でそれを一切公表せず(そのこと自体,行政手続法12条1項の趣旨に反する。),全くの内部的な取扱基準として運用する場合には,那須裁判官の上記の見解も成り立ち得るといえる。しかし,行政庁が不利益処分の処分基準を定めてそれを公表することは,前記2に述べたとおり,当該行政庁は,不利益処分をなすに当たっては,特段の事情がない限りその処分基準に羈束されて手続を行うことを宣明することにほかならないのである。そして,一旦,不利益処分は自らが定めた処分基準に従って行うことを宣明しながら,その基準に拠ることなく現実に対応した柔軟な処理をすることもできると解することは,行政手続の透明性に背馳し,行政手続法の立法趣旨に相反するものであって,上記の見解には到底賛同できない。
 (4) 小括
以上検討したとおり,本件処分理由の提示は,多数意見にて指摘するとおり,上
告人X1の行った違反行為と本件処分基準の適用関係についての記載を欠く点にお
いて,行政手続法14条1項本文の要求する理由の提示として不十分であるのみな
らず,前記(1),(2)に記載した諸点からしても,同条の要求する理由の提示として
不十分であって,取消しを免れないものというべきである。
 なお,那須裁判官は,多数意見のように,当審で原判決を破棄し自判により上告
人らの請求を認容して本件免許取消処分を取り消しても,処分行政庁が,前回と同
様な懲戒手続により,再度同様の免許取消処分を行うこともあり得るところ,これ
に要する時間,労力及び費用等の訴訟経済の問題を考慮すれば,逆の評価をせざる
を得ない面もある,と主張される。
 しかし,そのような諸点をも考慮の対象とした上で,前記1に述べたように行政
処分において手続の公正さは貫かれるべきであるとする判例法理が,永年の多数の
下級審裁判例や前記1に記載した最高裁判例の積重ねによって形成されてきたので
あり,行政処分の正当性は,処分手続の適正さに担保されることによって初めて是
認されるのであって,適正手続の遂行の確立の前には,訴訟経済は譲歩を求められ
– 17 –
てしかるべきである。
 5 聴聞手続との関係について
 那須裁判官は,その反対意見において,上告人X1は,本件免許取消処分に先立
って行われた聴聞の審理が始まるまでには,自らがどのような基準に基づき,どの
ような不利益処分を受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審
理の中で更に詳しい情報を入手できるとされ,このような場合にもなお,不利益処
分の理由中に一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法になると
の原則を固持しなければならないものか,疑問が残る,とされる。
 しかし,不利益処分に理由付記を必要とする判例法理は,前記1④に記したとお
り,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらないとするものであって,聴
聞手続において上告人X1が自らの不利益処分の内容を予測できたか否かは,理由
付記を必要としない理由とはなり得ないのである。
 それに加えて本件の聴聞手続では,本件記録による限り,国土交通大臣は上告人
X1に対し,本件処分通知書記載の理由と同旨の事項を告知したことが認められる
にすぎず,同上告人の主張によれば,同上告人が本件処分基準の適用関係について
質問したのに対しては,何ら具体的な応答がなされなかったというのであって,那
須裁判官の反対意見の前提とされるところが本件の聴聞手続において満たされてい
ないのであるから,本件において聴聞手続が行われたことをもって,本件処分通知
書の理由記載の不備の瑕疵が治癒され得るとは到底解し得ないのである。
 裁判官那須弘平の反対意見は,次のとおりである。
 1 本件処分理由の適法性
 本件免許取消処分通知書においては,上告人X1が設計者として,7件の建築物
– 18 –
につき建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行って耐震性等の不足す
る構造上危険な建築物を現出させた上,更に5件の建築物につき構造計算書に偽装
が見られる不適切な設計を行った,という二つの類型の行為が挙げられている。
 指摘されるような構造基準に達しない設計や構造計算書における偽装が存在した
ことを前提とすれば,上記各設計行為につき建築の専門家である建築士の職責(建
築士法2条の2)の本質的部分に関わる重大な違法行為及び不適切な行為があった
ことは明らかである。本件免許取消処分通知書には,これらの違法行為及び不適切
な行為の具体的事実が示され,また処分の根拠となった法令の条項も示されている
のであり,その違法・不適切な行為の重大性とこれによって生じた深刻な結果とを
直視することにより,本件懲戒規定の定める3種類の処分の中から最も重い免許取
消処分が選択されたことがやむを得ないものであることは,専門家ならずとも一般
人の判断力をもってすれば,容易に理解できるはずである。
 本件では,処分基準が設定・公表されていることから,その「適用関係」表示の
要否をめぐり後述のとおりの難しい問題が生じている。しかし,本件と同様な事案
において,仮に処分基準がない場合を想定してみると,処分通知の事実記載自体か
ら免許取消しという結論に至ったことに格別の違和感を持たず,これを了解する者
が大半を占めるのではないか。結論として,裁量権の逸脱・濫用等の誤りないしこ
れに関する手続違背の主張を容れなかった原審判断を支持したい。
 2 処分基準の「適用関係」記載の要否
 本件では,行政手続法12条1項に基づき,本件処分基準(「建築士の処分等に
ついて」と題する建設省住宅局長通知(平成11年12月28日建設省住指発第7
84号))が設定・公表されている。そこで,本件処分基準の存在が,上記1の判
– 19 –
断に影響を与え,あるいは結論を左右することになるかどうかが問題となる。結論
から先に述べると,一般論としてはともかく,本件の事実関係を前提とする限り,
上記1で述べたところを変更する必要はないと考える。すなわち,
 (1) 本件処分基準は,「建築士の懲戒処分の強化」を図ることを目的とし,
「迅速かつ厳正」に処分を行うことを基本方針としている(通知本文1項)。同2
項(建築士の懲戒処分等の基準)には「建築士の処分等の内容の決定は,別表第1
に従い行うこと。」と明記されているが,理由の提示に関しては,3項(処分等に
伴う措置)及び4項(報告等)等にも全く記載されていない。そして,本件処分基
準の内容を見ても,後記(2)のとおり,処分ランクの算定をどうするかを中心とす
る技術的なものにとどまり,その適用関係を名宛人や他の外部関係者に知らしめる
ことに特別な意義を見いだせる内容のものとなっていないように読める。その結
果,本件処分基準を定めた上記建設省住宅局長通知が,果たして「適用関係」まで
理由中に表示することを求める趣旨で作られたものなのかどうかについては疑問が
湧いてくるのである。
 もっとも,処分基準については,一旦設定・公表された後は,通達等による場合
でも,外部的効果ないし自己拘束力を持つことになるとして,処分行政庁に一律に
同基準を反映した理由の提示義務を認める見解も有力に主張されている。しかし,
もともと,不利益処分に関する処分基準については,行政庁はこれを設定・公表す
る努力義務を負うにとどまるものとされている(行政手続法12条1項)。そうす
ると,行政庁が,適用関係を理由中に表示することまで必要ないと判断して,これ
を前提とした処分基準を設定することもその裁量権の範囲内に含まれると解する余
地も十分ある。むしろ,そう解することが前記努力義務規定ともよく整合し,現実
– 20 –
に対応した柔軟な処理を可能にすることになると考える。
 (2) 本件処分基準に関し,多数意見が明示すべしと主張する「適用関係」とは
何か。少なくとも,以下の①及び②の判断作業を含むものと理解できる。
 ① 本件処分基準別表第1の(2)本文を適用すべき場合にとどまるものか,それ
ともただし書を適用することも可能な場合(対象となる行為が故意又は過失による
もので,建築物の倒壊等,結果が重大であるときに限られる。)に当たるのか,に
ついて判別する作業。
 ② 上記判別の結果に対応して,本文を適用すべき場合には,表2(ランク表)
記載の処分ランクを基本として,表3(情状等による加減表)記載の情状に応じて
加減を行ってランクを決定した上で,表4(処分区分表)に従い文書注意,戒告,
業務停止及び免許取消しの中から処分内容を選択・決定する作業。ただし書を適用
すべき場合には,直接(上記処分ランクの決定作業を省いて),業務停止3月若し
くは6月以上又は免許取消しの中から相当な処分を決定する作業。
 上記の意味での「適用関係」を処分理由中に示すためには,本文を適用するか,
それともただし書を適用することもできるのかの判別に始まり,本文を適用する場
合の各種処分ランクの算定方法に至るまで,相当複雑な法的解釈・適用に類する作
業をしなければならない。その作業の一端は,第1審判決及び原判決からうかがう
ことができるが,これらの判示部分は,表2記載の処分ランクの算定及び表4によ
る処分内容の決定を中心とするものに限られていて,表3の情状による加減に関す
る作業にまで及んでいない。しかし,仮に適用関係を表示するとなると,表3の情
状による加減についても表示する必要が生じてくる。そのためには,処分ランクの
数値の算定だけではなく,情状による加減の根拠となる具体的事実についても記載
– 21 –
せざるを得ない。したがって,一口に「適用関係」を示すといっても,その作業は
相当複雑な内容のものとなり,それだけ時間と労力を要するものになる。結果とし
て,適用関係の表示に誤りや欠落が発見されることも生じ,これに対して処分の効
果等を争って訴訟に及ぶ者も出てくる可能性がある。以上のことを勘案すると,本
件の事実関係の下で「適用関係」を理由中に表示する必要性と合理性の存否につい
ては,なお疑問があり,多数意見にたやすく賛同することはできない。
 (3) 原判決は,適用関係の表示の要否につき,行政手続法12条1項が努力義
務を定めたものにすぎないとした上で,「この条項が存在するからといって,直ち
に,行政処分に際し,その理由として,処分基準の内容及び適用関係まで提示しな
ければならないということにはならない。」と判示している。また,訴訟の中での
本文とただし書との間での「理由の差替え」の当否の点に関連してではあるが,
「本件処分基準は,国土交通大臣が処分内容を決定するための内部基準にすぎず,
いわば処分内容を決定するための道具ともいうべきものである」と指摘し,国土交
通大臣がただし書によって本件免許取消処分をした場合であっても,審理の範囲が
ただし書の処分要件を充足する事実の存否に限られると解する理由はない旨判示し
ている。これらの判示部分は,問題とされている処分基準の設定・公表が努力義務
とされていることを重視し,通達の作用の限界をも勘案して,処分基準の適用関係
の表示の要否及びその前提としての本文とただし書の関係について柔軟に考える点
で,上記(1)及び(2)に述べたところと発想を共通にするものを含み,評価に値する
と考える。
 (4) 以上,検討したところを総合すれば,本件処分理由の中で本件処分基準の
適用関係を明示していなければ,常に行政手続法14条1項違反等の手続違背が生
– 22 –
じるとまではいえないと考える。
 3 行政手続法の下での処分基準の位置付け
 上記2に述べた見解を採ることに関連して,行政手続法の下で不利益処分のため
の処分基準をどう位置付けるべきか,やや一般論にわたるが,私の考えているとこ
ろを要約して記しておきたい。
 (1) 不利益処分に関する処分基準の機能としては,行政庁の判断の慎重と合理
性を担保してその恣意を抑制すること,及び処分の理由を名宛人に知らせて不服の
申立てに便宜を与える点が強調されることが多い。しかし,処分基準は,これと並
んで(あるいは,これに先行してというべきか),処分の基準を設けてこれを行政
機関内部に周知徹底させることで,不利益処分を厳正かつ迅速に遂行することに寄
与し,さらに,不利益処分に先立って行われる聴聞の審理に際し,審理の進行及び
処分の内容を予測するための有力な指針ともなる。このように,処分基準は,不利
益処分をめぐる手続の各段階で,多様な形で機能するものであるから,これが設定
・公表されているという一事から,直ちに理由提示においても基準に対応して細か
い事実関係や適用関係まで明示することを必要とすると解したり,あるいはこれを
欠くときは一律に取消事由となるとの解釈を導き出すことは性急かつ硬直にすぎて
賛成できない。処分基準といっても不利益処分の対象いかんで多様なものが想定で
き,その中には適用関係まで明示しなければ理由の体を成さないものから,全くそ
の必要のないものまで存在し得る。行政手続法12条1項及び14条1項の下で
は,理由提示の程度につき,多様な内容のものが併存することを認めるべきであろ
う。
 (2) 不利益処分に先行して行われる聴聞手続の審理では,名宛人となる者が,
– 23 –
自らの非違の有無・程度,不利益処分のあるべき内容等について相応の情報を取得
し,反論の機会を与えられる。この手続によって,処分行政庁による判断の慎重・
合理性を担保して恣意の抑制を図ることや,名宛人による不服の申立てに便宜を供
与することもある程度期待できる。この意味で,不利益処分の理由提示と聴聞と
は,その機能面において一部重なり合い,相互に補完する関係にあるといえる。
 特に,一級建築士等の国家資格に基づく専門職に対する聴聞の場合,名宛人とさ
れる者は,自らの資格の得喪に直接関わる不利益処分に関する事項について,質量
ともに通常人とは異なる水準の詳細かつ高度な情報を入手できる環境にある。専門
職として遵守すべき職業倫理の問題に関しては,専門職の資格を保持していくため
に必要不可欠のものであるから,処分基準の内容も含め熟知していると考えてよい
であろう。したがって,不利益処分の名宛人となるべき一級建築士は,遅くとも聴
聞の審理が始まるまでには自らがどのような基準に基づきどのような不利益処分を
受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審理の中で,更に詳し
い情報を入手することもできる。このような場合にもなお,不利益処分の理由中
に,一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法となるとの原則を
固持しなくてはならないものか,疑問が残る。むしろ,具体的事案に応じてその要
否を決めることで足りると解すべきであろう。
 これに対し,聴聞を経た後は,より詳しく理由を示すこともできるはずであると
の指摘もある。しかし,不利益処分の理由の中には,明示しないことが名宛人とさ
れる者の利益につながるものや,質的又は量的な側面から,文章化することに適し
ないものも含まれている。手続的正義も,常に書面の中に痕跡を残さなくてはこれ
を実現できない,ということではなかろう。
– 24 –
 (3) 主として税法を中心にして形成されてきた行政処分の理由付記に関する一
連の判例が存在することは田原裁判官の補足意見が指摘するとおりである。しか
し,これらの税法関係の判例は,所得税法45条2項(当時)を始めとするいくつ
かの税法上の規定で,更正処分等の通知書に理由を付記すべき旨を定めるものがあ
ることを前提とし,その解釈として形成されてきたものである。当然のことなが
ら,これらの理由付記規定にはそれぞれの固有の立法趣旨・目的が存在していたこ
とから,前記各判例もこれらの法令の解釈として上記のような結論を導き出したも
のと解される。税法に関する案件では,理由に金額等の数値を詳細かつ正確に表示
することが必要であり,これを欠いては,不利益処分の理由としての体を成さない
ものが多いという特殊固有な事情もある。これに対し,建築士法等の懲戒に関する
不利益処分では,税法と同様な趣旨での金額等の数値に関する厳格な理由付記を求
める規定は存在せず,これを必要とする現実的な事情があるとも思えない。ただ,
後に制定された行政手続法14条1項によって,理由提示の義務が課せられている
というにとどまる。そして,同規定は,同法3条等が特に定める例外的場合を除
き,行政庁による不利益処分一般に適用されるべきものであるから,理由提示の内
容・程度についても,様々な態様の事実関係にも適用可能な柔軟な内容のものとし
て解釈され,運用されなくてはならない。この観点からすると,理由付記法理と称
されるものの中でも,「処分理由は,その記載自体から明らかでなければならな
い。」及び「理由付記は,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第
三者においてもその記載自体から処分理由が明らかとなるものでなければならな
い。」とするもの(田原裁判官の補足意見1③及び④参照)については,行政手続
法12条1項及び14条1項の下で,税法分野以外の不利益処分に関してそのまま
– 25 –
妥当するものと解することに慎重でなくてはならないと考える。
 4 訴訟経済の視点
 本件では,多数意見のように,当審で原判決を破棄し自判により上告人らの請求
を認容して本件免許取消処分を取り消すことも,事例判断の一つとして論理的に採
り得ない話ではない。しかし,この場合,処分行政庁が前回と同様な懲戒手続によ
り,理由中で処分基準の適用関係を明示した上で,再度同様な内容の免許取消処分
を行い,更に訴訟で争われる事態が生じることもあり得る。このような事態も手続
的正義の貫徹という視点からは積極的に評価できる面もあろうが,これに要する時
間,労力及び費用等の訴訟経済の問題を考慮すれば逆の評価をせざるを得ない面も
ある。以上のことをも考慮すれば,本件では,原審の判断を維持するのを相当とす
べきであり,これと異なる多数意見には賛成できない。
 裁判官岡部喜代子は,裁判官那須弘平の反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官
大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)

・理由提示不備の瑕疵の治癒

+判例(S47.12.5)
理由
上告代理人島村芳見、同東熙、同上原光正、同笠原貞雄の上告理由一ないし七について。
所論は、要するに、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)には法人税法(昭和四〇年法律第三四号による改正前のもの。所論に昭和三七年法律第六七号による改正前のものとあるのは誤記と認める。)三二条の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
そこで、本件更正の附記理由をみるのに、その更正通知書の理由欄に、係争事業年度所得の加算項目として、(1)営業譲渡補償金計上もれ一一五五万円、(2)認定利息(代表者)計上もれ一万九八三九円、清算所得の加算項目として、(3)残余財産価格の違算分四〇〇〇円、(4)代表者仮払金三九万六八九〇円、(5)営業譲渡補償金九〇五万円と記載されていることは、原判決の適法に確定するところである。所論は、右各項目のうち(1)(5)の記載は、「被上告会社は訴外日興証券株式会社に営業を譲渡した対価として二五〇万円を清算所得に計上していたが、被上告会社代表者Aが右訴外会社から受領した借入金三〇〇万円、嘱託料二九〇万円、手数料三一五万円、計九〇五万円も右営業譲渡の対価であるのにこれが脱漏しており、営業譲渡の対価の総額は一一五五万円と評価されるので、これを加算すること」および「九〇五万円は営業譲渡の対価の債権であること」を端的に要約したものであり、また、(2)(4)の記載は、「被上告会社の前記Aに対する仮払金と立替金についての認定利息が一万九八三九円であること」および「被上告会社のAからの受入未済金が三九万六八九〇円であること」を端的に明らかにしたものであると主張する。しかし、(3)を除く前記各加算項目の記載から、右主張のごとき更正理由を理解することはとうてい不可能であり、その記載をもつてしては、更正にかかる金額がいかにして算出されたのか、それがなにゆえに被上告会社の課税所得とされるのか等の具体的根拠を知るに由ないものといわざるをえない。
してみると、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えることを目的として更正に附記理由の記載を命じた前記法人税法の規定の趣旨にかんがみ、本件更正の附記理由には不備の違法があるものというべきである。したがつて、これと同旨に出た原審の判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に立脚して原判決を非難するものであり、すべて採用することができない。

同八および九について。
所論は、かりに本件更正の附記理由に不備があるとしても、その瑕疵は、本件審査裁決に理由が附記されたことによつて治癒されたものと解すべきであり、これを認めなかつた原判決は違法であるというのである。しかし、更正に理由附記を命じた規定の趣旨が前示のとおりであることに徴して考えるならば、処分庁と異なる機関の行為により附記理由不備の瑕疵が治癒されるとすることは、処分そのものの慎重、合理性を確保する目的にそわないばかりでなく、処分の相手方としても、審査裁決によつてはじめて具体的な処分根拠を知らされたのでは、それ以前の審査手続において十分な不服理由を主張することができないという不利益を免れない。そして、更正が附記理由不備のゆえに訴訟で取り消されるときは、更正期間の制限によりあらたな更正をする余地のないことがあるなど処分の相手方の利害に影響を及ぼすのであるから、審査裁決に理由が附記されたからといつて、更正を取り消すことが所論のように無意味かつ不必要なこととなるものではない。 
それゆえ、更正における附記理由不備の瑕疵は、後日これに対する審査裁決において処分の具体的根拠が明らかにされたとしても、それにより治癒されるものではないと解すべきである。これと同旨の原審の判断は相当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝)

(3)手続の瑕疵が処分の取消事由になるか

個別法の聴聞だけどね・・・。
・結果に影響を及ぼす可能性のある場合に取消事由になる!
+判例(S46.10.28)
理由
上告人指定代理人鰍沢健三(名義)、同上野国天、同藤井康夫、同田中志満夫、同高橋勝義、同足立高八郎の上告理由について。
所論は、要するに、原判決は、道路運送法に基づく自動車運送事業および聴聞の各性質について、同法の解釈、適用を誤り、また、本件において実施された聴聞手続を不公正とした判断および右不公正が本件処分の違法事由となるとした判断において、それぞれ理由そごの違法を犯している、というのである。
原審の適法に確定した事実は、おおむね、つぎのとおりである。
(1) 上告人は道路運送法三条二項三号に定める一般乗用旅客自動車運送事業(一人一車制の個人タクシー事業)の免許に関する権限を有するところ、昭和三四年八月一一日、当面の輸送需要をみたすため一般乗用自動車の増車を決定、そのうち、個人タクシーのための増車数を九八三輛と定め、これに対応するものとして、同年九月一〇日までに六六三〇件の個人タクシー事業の免許申請を受理し、被上告人は同年八月六日免許を申請して受理された。
(2) 上告人は、聴聞による調査結果に基づき免許の許否を決するため、担当課長はじめ約一〇名の係長の協議により、道路運送法六条一項各号の趣旨を具体化した審査基準として、第一審判決別表のとおり、一七の項目および内容につき、審査基準欄記載のような基準事項(第一次と第二次の審査基準があり、前者をみたした者について後者を適用する)を設定し、一方、右基準事項に基づいて聴聞概要書調査書と題する書面(以下聴聞書という。)を作成し、その項目および聴聞内容の各欄には、右第一審判決別表の調査事項の項目および内容の各欄に掲げた事項とほぼ同一のもの(ただし、右別表6の内容欄に記載してある他業関係は掲げられていない)を記載して、聴聞担当官約二〇名が各申請人について右聴聞書の各項目ごとに聴聞を行つてその結果を記入することとし、昭和三四年九月中旬から同三五年三月までの間聴聞を実施し、被上告人に対しては、昭和三五年二月一一日に聴聞を行つた。
(3) 上告人は、右聴聞手続と並行して、差し迫つた年末の輸送事情緩和のため、昭和三四年一二月二日、前記基準中、優マーク、経験年数一〇年以上、年令四〇才以上の基準に該当する者のうち、免許することに全く問題がないと思われるもの一七三名を第一次分として免許し、ついで、前記聴聞の結果につき基準を適用して審査した末、昭和三五年七月二日第二次分として六一一名を免許したが、被上告人については、前記第一審判決別表の第一次審査基準のうち、6の「本人が他業を自営している場合には転業が困難なものでないこと」および7の「運転歴七年以上のもの」に該当しないとして、そのことから道路運送法六条一項三号ないし五号の要件をみたさないものと認め、右七月二日付で申請を却下した。
(4) 聴聞担当官のうち前記基準の協議に関与した七、八名の係長以外のものは、被上告人の担当官をも含め、前記第一審判決別表の基準事項の存在すら知らず、聴聞開始前に上司から聴聞書の項目および聴聞内容について説明をうけただけで、右基準事項については何らこれを知らされることなく、被上告人の聴聞担当官にあつても、被上告人の申請の却下事由となつた他業関係(転業の難易)および運転歴(軍隊における運転経験をも含む)に関しても格別の指示はなされず、したがつて、右担当官は、被上告人が洋品店を廃業してタクシー事業に専念する意思があるかどうか、軍隊における運転経験があるかどうか等の点について思いいたらず、これらの点を判断するについて必要な事実については何ら聴聞が行われなかつた、というのである。
おもうに、道路運送法においては、個人タクシー事業の免許申請の許否を決する手続について、同法一二二条の二の聴聞の規定のほか、とくに、審査、判定の手続、方法等に関する明文規定は存しない。しかし、同法による個人タクシー事業の免許の許否は個人の職業選択の自由にかかわりを有するものであり、このことと同法六条および前記一二二条の二の規定等とを併せ考えれば、本件におけるように、多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せられる。すなわち、右六条は抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである。
原審の確定した事実に徴すれば、被上告人の免許申請の却下事由となつた他業関係および運転歴に関する具体的審査基準は、免許の許否を決するにつき重要であるか、または微妙な認定を要するものであるのみならず、申請人である被上告人自身について存する事情、その財産等に直接関係のあるものであるから、とくに申請の却下処分をする場合には、右基準の適用上必要とされる事項については、聴聞その他適切な方法によつて、申請人に対しその主張と証拠の提出の機会を与えなければならないものと認むべきところ、被上告人に対する聴聞担当官は、被上告人の転業の意思その他転業を困難ならしめるような事情および運転歴中に含まるべき軍隊における運転経歴に関しては被上告人に聴聞しなかつたというのであり、これらの点に関する事実を聴聞し、被上告人にこれに対する主張と証拠の提出の機会を与えその結果をしんしやくしたとすれば、上告人がさきにした判断と異なる判断に到達する可能性がなかつたとはいえないであろうから、右のような審査手続は、前記説示に照らせば、かしあるものというべく、したがつて、この手続によつてされた本件却下処分は違法たるを免れない
以上説示するところによれば、本件処分を取り消すべきものとした原判決の判断は正当として首肯することができ、所論は、ひつきよう、以上の判示と異つた見解に立脚して原判決を攻撃するものというべきである。所論はすべて理由がなく、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

+判例(S50.5.29)群馬中央バス
理由
上告代理人田代源七郎の上告理由第一点及び第四点の第一について。
論旨は、要するに、一般乗合旅客自動車運送事業及びその免許の性質をいかに解するかは、道路運送法六条一項所定の免許基準及び関係法令の解釈に著しい差異を生ずるところ、一般乗合旅客自動車運送事業を国家の独占事業としその免許を公企業の特許と解した原判決は、憲法前文第一段、憲法二二条一項に違背し、道路運送法四条、六条ないし八条、一二条、一五条、一六条、三三条、三四条、四一条、一二二条の二、運輸省設置法六条の解釈を誤つたものであるというのである。
原審は、まず、一般乗合旅客自動車運送事業を独占の一形態でありその免許を公企業の特許であるとしたうえで、運輸大臣は、道路運送法六条一項に定める基準のすべてに適合し、かつ、同法六条の二の欠格事由に該当しない場合でなければこれを免許することができず、右基準のいずれかに適合しないときは申請を却下しなければならないものであり、また、右免許基準に適合するかどうかの判断は覊束裁量に属すると解し、この見解に基づき、本件免許申請につき同法六条一項一号の基準に適合しないとした被上告人の判断の適否について検討し、右判断は相当であるとするとともに、他方、行政庁が行政処分を行うにあたつては、事実の認定、法律の適用等の実質的判断はもとより、その手続についても公正でなければならないと解し、この見解に基づき、本件免許申請に対する審理手続を検討し、右審理手続上においても違法は認められないとしたのである。
しかしながら、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかは、必ずしも、本件の結論に影響があるものとは考えられない。すなわち、自動車運送事業は高度の公益性を有し、その経営は直接社会公共の利益に関係があるものであるから、憲法二二条一項にいう職業選択の自由に対する公共の福祉に基づく制限として、道路運送法は、四条において、自動車運送事業を経営しようとする者は、運輸大臣の免許を受けなければならないとし、六条一項において、免許基準を設け、また、六条の二において、欠格事由を定めているのであり(当裁判所昭和三五年(あ)第二八五四号同三八年一二月四日大法廷判決・刑集一七巻一二号二四三四頁参照)、これにより、運輸大臣は、右免許基準のすべてに適合し、かつ、右欠格事由に該当しない場合でなければ免許を付与してはならない旨の拘束を受けるものと解されるのであつて、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかによりこの理が左右されるものではない。もつとも、右免許基準は極めて抽象的、概括的なものであり、右免許基準に該当するかどうかの判断は、行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があることを否定することはできないが、このことも、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と考えるかどうかによつて差異を生ずるものではない。また法は、道路運送法一二二条の二、運輸省設置法六条一項七号、八条以下、運輸審議会一般規則等において、右免許の許否の決定の適正と公正を保障するために制度上及び手続上特別の規定を設け、全体として適正な過程により右決定をなすべきことを法的に義務づけているのであり、このことから、右免許の許否の決定は手続的にも適正でなければならないものと解されるのであつて、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかによつてこれが左右されるものではない。そして、本件却下処分が実体的判断においても審理手続上においても違法でないとした原判決が結論において正当であることは、後に判断するとおりである。したがつて、論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響のない事項についてこれを非難することに帰着し、採用することができない。

同第二点について。
所論は、要するに、上告人が、原審において、憲法三一条は刑事手続のみならず行政手続にも適用ないし準用があり、したがつて、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否を決する手続は公正でなければならないと主張したのに対し、同条が行政手続にも適用ないし準用があるか否かにつき判断を示すことなく原判決の結論に導いたのは、憲法三一条の解釈を誤つたものであり、理由不備であるというのである。
一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否は、国民の基本的人権である職業選択の自由にかかわりをもつものであるから、法は、道路運送法六条において免許基準を法定するとともに、他方、右免許の許否の決定の適正と公正を保障するために制度上及び手続上特別の規定を設け、全体として適正な過程により右の決定をなすべきことを法的に義務づけていることは、前述のとおりである。そうすると、憲法三一条が行政手続にも適用ないし準用されるかどうかは、特にこれを論ずる必要はないところであり、原審がこの点の判断をしなかつたとしても、なんら違法ではない。論旨は、採用することができない。

同第三点について。
所論一の(一)指摘の原判決の判示は、本件免許申請に際し上告人が挙げた推定利用人員から上告人が本件申請路線に期待する輸送需要を推認したにすぎず、右推定利用人員の割合を正当として是認したものでないことは判文上明らかであるから、所論一の(三)指摘の原判決の判示となんら矛盾するものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用することができない。

同第四点の第二について。
所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第四点の第三及び第四について。
論旨は、要するに、運輸大臣が東京陸運局長に指示して行わせた聴聞手続及び運輸審議会の審理手続は適正な手続といえないにもかかわらず、これを違法な手続でないとし、また、運輸審議会の審理手続に違法があつたとしてもその答申に基づく運輸大臣の処分は違法ではないとした原判決は、道路運送法一二二条の二、六条一項、三項、運輸省設置法六条の解釈を誤つたものであるというのである。
一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否を決するにつき、法が、その免許基準を法定するとともに、右基準に該当するかどうかの判断の適正と公正を担保するために、制度上及び手続上特別の措置を講じていることは、前述のとおりである。これを詳述すれば、道路運送法一二二条の二は、陸運局長は、同条二項所定の場合には、聴聞をしなければならない旨規定し、運輸省設置法六条一項七号は、運輸大臣が自動車運送事業の免許の許否を決する場合には、運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、これをしなければならないと定め、同法八条以下において右審議会の機構及び手続を規定し、特に、同法一六条は、運輸審議会は、同法六条一項の規定により附議された事項については、必要があると認めるときは、公聴会を開くことができ、又は運輸大臣の指示若しくは運輸審議会の定める利害関係人の申請があつたときは、公聴会を開かなければならないと定め、更に運輸審議会一般規則一条は、運輸審議会は、事案に関し、できる限り公聴会を開き、公平かつ合理的な決定をしなければならないと規定している。これらの規定を通覧すると、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請があつたときは、原則として、法定の免許基準に該当するかどうかにつき、陸運局長が利害関係人又は参考人に対する聴聞を行い、更に運輸大臣の諮問を受けて、運輸審議会は、公聴会を開いて審理し、これに基づいて許否に関する決定(答申)を行い、運輸大臣は右の決定を尊重して最終的な許否の決定を行うべきものとされていることが知られるのである。このように、法が前記免許の許否を決定するについて原則として陸運局長の聴聞や運輸審議会の公聴会における審理を要求しているのは、免許の許否の決定の重要性にかんがみ、聴聞又は公聴会の審理手続を通じて、免許基準該当の有無の判断に関係のある事項につき、免許申請者のみならず許否の決定について重大な利害関係を有する者に対しても、意見及び証拠その他の資料を提出する機会を与え、判断の基礎及びその過程の客観性と公正を保障しようとする趣旨に出たものであることが明らかである。
このように見てくると、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否の決定手続において、陸運局長による聴聞及び運輸審議会における公聴会は、それぞれ重要な使命と役割を有するものというべきであるが、その重要性の程度、したがつてまたその手続上の瑕疵が運輸大臣による許否の決定の法的効力に及ぼすべき影響については、両者の間に差異があり、これを区別して考察する必要がある。すなわち、運輸審議会が機構的に運輸大臣から独立した地位と構成をもつ第三者的機関であるのに対し、陸運局長は運輸大臣の純然たる補助機関であり、またその行う聴聞も、運輸審議会における公聴会に比して簡略であることが予定されていると見受けられること、更に運輸審議会の決定に対しては運輸大臣がこれを尊重すべき旨を特に法が定めていること等から考えると、免許の許否の決定に関する審理手続において最も重要な意義を有するのは、運輸審議会における公聴会であり、陸運局長の聴聞は、主として運輸審議会における公聴会審理が行われない場合に特別の価値をもつものであつて、これが行われる場合には、単なる補充的な意義及び機能しか有しないものと解せられる。そうすると、陸運局長の聴聞が右のような従たる意義しかもたない場合には、たとえその聴聞手続に瑕疵があつたとしても、最終的な運輸大臣の許否の決定自体を取り消さなければならないほどの違法があるものとするには足りないと解するのが相当である。原審の確定したところによれば、本件免許申請については運輸審議会に諮問がなされ、同審議会において公聴会が開催されたというのであるから、仮に、陸運局長の聴聞手続に所論の瑕疵があつたとしても、本件却下処分を取り消すべき事由とはならないものといわなければならない
しかしながら運輸審議会における公聴会審理の瑕疵については、これと同一に論ずることはできない。さきに述べたように、運輸大臣は、自動車運送事業の免許の許否を決する場合には、原則として運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、これをしなければならないとされている。法は、運輸大臣が運輸審議会の決定を尊重すべきことを要求するにとどまり、その決定が運輸大臣を拘束するものとはしていないから、運輸審議会は、ひつきよう、運輸大臣の諮問機関としての地位と権限を有するにすぎないものというべきであるが、しかしこのことは、運輸審議会の決定が全体としての免許の許否の決定過程において有する意義と重要性、したがつてまた、運輸審議会の審理手続のもつ意義と重要性を軽視すべき理由となるものではない。一般に、行政庁が行政処分をするにあたつて、諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分をしなければならない旨を法が定めているのは、処分行政庁が、諮問機関の決定(答申)を慎重に検討し、これに十分な考慮を払い、特段の合理的な理由のないかぎりこれに反する処分をしないように要求することにより、当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期しているためであると考えられるから、かかる場合における諮問機関に対する諮問の経由は、極めて重大な意義を有するものというべく、したがつて、行政処分が諮問を経ないでなされた場合はもちろん、これを経た場合においても、当該諮問機関の審理、決定(答申)の過程に重大な法規違反があることなどにより、その決定(答申)自体に法が右諮問機関に対する諮問を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは、これを経てなされた処分も違法として取消をまぬがれないこととなるものと解するのが相当である。そして、この理は、運輸大臣による一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否についての運輸審議会への諮問の場合にも、当然に妥当するものといわなければならない。
ところで、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請があつた場合には、運輸大臣は原則として運輸審議会に諮問すべく、これを受けた運輸審議会は原則として公聴会を開いて審理したうえ決定をしなければならないことは、右に述べたとおりであるが、右の運輸審議会における審理及びこれに基づく決定の手続については、運輸省設置法及び運輸審議会一般規則にかなり詳細な定めが置かれている。しかし、これらの手続規定がいかなる趣旨、目的を有するものであり、したがつてその手続の運用についていかなる配慮を施すべきものであるかは、これらの規定自体からは明らかではなく、専ら審理手続の意義と性格に照らしてこれを決すべきものであるところ、公聴会の審理を要求する趣旨が、前記のとおり、免許の許否に関する運輸審議会の客観性のある適正かつ公正な決定(答申)を保障するにあることにかんがみると、法は、運輸審議会の公聴会における審理を単なる資料の収集及び調査の一形式として定めたにとどまり、右規定に定められた形式を踏みさえすれば、その審理の具体的方法及び内容のいかんを問わず、これに基づく決定(答申)を適法なものとする趣旨であるとすることはできないのであつて、これらの手続規定のもとにおける公聴会審理の方法及び内容自体が、実質的に前記のような要請を満たすようなものでなければならず、かつ、決定(答申)が、このような審理の結果に基づいてなされなければならないと解するのが相当である。すなわち、道路運送法六条一項の定めるところによれば、一般自動車運送事業の免許基準は、当該事業の開始の輸送需要に対する適切性、当該事業の開始による当該路線又は事業区域に係る供給輸送力と輸送需要量との均衡、当該事業遂行計画の適切性、適確な事業遂行能力の有無、当該事業の開始の公益上の必要性及び適切性等広い範囲において相互に関連する幾多の考慮事項を含み、かつ、その判断基準自体が著しく抽象的、概括的であるため、これについて客観的に適正かつ公正な判断を可能とするためには、その基礎となるべき関連諸事項に関する具体的事実について、多面的で、かつ、できるだけ正確な客観的資料をあまねく収集し、その分析、究明に基づく事実の適切な認定のうえに立つて、輸送に関する技術上及び公益上の適正な評価と比較考量を施さなければならないのであり、しかもこの判断たるや、事柄の性質上、ある程度の見解の相違をまぬがれないものであるため、政策遂行上の責任者である決定権者に対して、この点につき、ある程度の裁量の余地を認めざるをえないのである。しかもこれに加えて、免許の許否が、ひとり免許申請者のみならず、これと競争関係に立つ他の輸送業者や、一般利用者、地域住民等の第三者にも重大な影響を及ぼすものであることにかんがみると、許否の決定過程における申請者やその他の利害関係人の関与が決定の適正と公正の担保のうえにおいて有する意義は格別のものがあるというべく、この要請にこたえて法が定めた運輸審議会の公聴会における審理手続もまた、右の趣旨に沿い、その内容において、これらの関係者に対し、決定の基礎となる諸事項に関する諸般の証拠その他の資料と意見を十分に提出してこれを審議会の決定(答申)に反映させることを実質的に可能ならしめるようなものでなければならないと解すべきである。特に免許申請者に対する関係においては、免許の許否が直ちにその者の職業選択の自由に影響するものである関係上、免許の許否の決定過程におけるその関与の方法につき特段の配慮を必要とするのであつて、前記のような免許基準の抽象性と基準該当の有無の不明確性のために、行政庁側からみてその申請計画に問題点があると思われる場合であつても、必ずしもその点が申請者には認識されず、そのために、これについて提出しうべき追加資料や意見の提出の機会を失なわせるおそれが多分にあることにかんがみるときは、これらの点について申請者の注意が喚起され、あるいはまた、他の利害関係人の反対意見や資料の提出に対しても反駁の機会が与えられるようにする等、申請者に意見と証拠を十分に提出させることを可能ならしめるような形で手続を実施することが、公聴会審理を要求する法の趣旨とするところであると解さなければならない。
右の見地に立つて本件を見るに、原審が確定した事実によれば、運輸審議会は「a町と高崎、伊勢崎、太田の諸都市とを結ぶ交通機関としては、長野原、渋川経由の経路により既設の交通機関の乗り継ぎによる方が、申請路線によるよりも運転時間、運賃等の面はおいて便利であると考えられるので、上告人による申請区間におけるバス運行の開始は、現状においては、その緊要性に乏しく、上告人の申請は、道路運送法六条一項一号及び五号に適合しない。」との理由で、本件免許申請は却下することが適当である旨の答申をしたものであつて、要するに、申請計画による申請者の事業内容が既設輸送機関のそれに比して運転時間、運賃等の面において便利性に劣ることを決定的要因として、輸送需要と供給能力との関係において適切性と公益上の必要性を欠くとされたのである。ところで、原審の認定したところによれば、上告人の本件申請計画における右の諸難点については、すでに、右公聴会において、一応、他の利害関係人からの指摘がなされており、また、運輸審議会の委員からも、上告人の申請計画に関して乗車回数の推定根拠、乗車密度、平均乗車粁、道路舗装状況等について質問がなされたというのであるから、上告人においても、右申請の問題点が何であるかについては、おおよそ推知することができたものと考えられるのであるが、さらに進んで問題をより具体化し、上告人の事業計画並びにその根拠資料における上記運賃、輸送時間の比較及びこれとの関係における輸送需要(見込)量と供給力との均衡等に関する問題点ないしは難点を具体的に明らかにし、上告人をして進んでこれらの点についての補充資料や釈明ないしは反駁を提出させるための特段の措置はとられておらず、この点において、本件公聴会審理が上告人に主張立証の機会を与えるにつき必ずしも十分でないところがあつたことは、これを否定することができない。しかしながら、原審が当事者双方の完全な主張・立証のうえに立つて認定したところによれば、運輸審議会が重視した上記のごとき既設輸送機関との運賃及び輸送時間の比較については、本件処分当時においても、申請路線によるそれが、所要時間において相当に劣り、また運賃も太田、草津間を除いては計画自体においてもすでに他の輸送機関のそれよりも高額であるのみならず、上告人が申請路線について旅客に対し適切な役務を提供するに足りる企業の採算性を維持しようとするためには、遠距離逓減率を考慮しても申請にかかる運賃を根本的に修正しなければならないこととなり、既設交通機関を選択した場合の運賃と比較すれば、その差異は、太田、草津間においても、またその他の区間においても相当の懸隔を生ずることが明らかであるというのであり、原審が右認定の理由として説くところから見ても、仮に運輸審議会が、公聴会審理においてより具体的に上告人の申請計画の問題点を指摘し、この点に関する意見及び資料の提出を促したとしても、上告人において、運輸審議会の認定判断を左右するに足る意見及び資料を追加提出しうる可能性があつたとは認め難いのである。してみると、右のような事情のもとにおいて、本件免許申請についての運輸審議会の審理手続における上記のごとき不備は、結局において、前記公聴会審理を要求する法の趣旨に違背する重大な違法とするには足りず、右審理の結果に基づく運輸審議会の決定(答申)自体に瑕疵があるということはできないから、右諮問を経てなされた運輸大臣の本件処分を違法として取り消す理由とはならないものといわなければならない。
そうすると、原判決は結論において正当であり、論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第四点の第五について。
所論の点に関する原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第五点について。
一般自動車運送事業の免許は、道路運送法六条一項各号所定の基準のすべてに適合する場合でなければこれをすることができないものと解すべきことは、さきに述べたところであり、右基準の一に適合しない場合には、運輸大臣は免許の申請を却下することができることは明らかである。所論の事由は同条一項五号の基準に関するものであるところ、原審の確定した事実関係のもとにおいて、本件免許申請が同条一項一号所定の免許基準に適合しないとした運輸大臣の判断を違法と断ずることはできず、したがつて、同条一項五号所定の免許基準に適合するか否かの運輸大臣の判断の適否につき判断するまでもなく本件却下処分は違法でないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

(4)手続の瑕疵を理由に処分が取り消された場合に行政庁のとるべき措置

4.行手法の二面性~行為規範と裁判規範


行政法 基本行政法 行政処分手続(1) 成田新法


1.行手法の意義
(1)行政手続の重要性
+(目的等)
第1条
1項 この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。第46条において同じ。)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする。
2項 処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関しこの法律に規定する事項について、他の法律に特別の定めがある場合は、その定めるところによる。

・憲法と行政手続き
+判例(H4.7.1.)成田新法事件
理由
一 被上告人運輸大臣が昭和六〇年二月一日の公告をもってした主文第一項掲記の処分の取消しの訴えについて
職権をもって調査するに、上告人は、本件訴えにおいて、被上告人運輸大臣が昭和六〇年二月一日の公告をもってした主文第一項掲記の処分の取消しを求めているところ、右処分は、別紙記載の建築物の所有者である上告人に対し、昭和六〇年二月六日から昭和六一年二月五日までの間右工作物を新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの。以下「本法」という。)三条一項一号又は二号の用に供することを禁止することを命ずるものであり、右処分の効力は、昭和六一年二月五日の経過により失われるに至ったから、その取消しを求める法律上の利益も消滅したものといわざるを得ない。そうすると、右処分の取消しを求める訴えはこれを却下すべきであり、右訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であることに帰するから、原判決のうち右請求に関する部分を破棄し、右訴えを却下すべきである。

二 被上告人運輸大臣がしたその余の処分の取消しの訴え及び被上告人国に対する訴えについて
1 上告代理人高橋庸尚の上告理由第一点の(一)のうち、本法は制定の経緯、態様に照らして拙速を免れず、法全体として違憲無効であるという点について
本法の法案が衆議院及び参議院でそれぞれ可決されたものとされ、昭和五三年五月一三日、同年法律第四二号として公布されたものであることは公知の事実であるところ、法案の審議にどの程度の時間をかけるかは専ら各議院の判断によるものであり、その時間の長短により公布された法律の効力が左右されるものでないことはいうまでもない。論旨は、独自の見解であって、採用することができない。

2 同第一点の(二)について
現代民主主義社会においては、集会は、国民が様々な意見や情報等に接することにより自己の思想や人格を形成、発展させ、また、相互に意見や情報等を伝達、交流する場として必要であり、さらに、対外的に意見を表明するための有効な手段であるから、憲法二一条一項の保障する集会の自由は、民主主義社会における重要な基本的人権の一つとして特に尊重されなければならないものである。
しかしながら、集会の自由といえどもあらゆる場合に無制限に保障されなければならないものではなく、公共の福祉による必要かつ合理的な制限を受けることがあるのはいうまでもない。そして、このような自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決めるのが相当である(最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。
原判決が本法制定の経緯として認定するところは、次のとおりである。新東京国際空港(以下「新空港」という。)の建設に反対する上告人及び上告人を支援するいわゆる過激派等による実力闘争が強力に展開されたため、右建設が予定より大幅に遅れ、ようやく新空港の供用開始日を昭和五三年三月三〇日とする告示がされたが、その直前の同月二六日に、上告人の支援者である過激派集団が新空港内に火炎車を突入させ、新空港内に火炎びんを投げるとともに、管制塔に侵入してレーダーや送受信器等の航空管制機器類を破壊する等の事件が発生したため、右供用開始日を同年五月二〇日に延期せざるを得なくなった。このような事態に対し、政府は、同年三月二八日に過激派集団の暴挙を厳しく批判し、新空港を不法な暴力から完全に防護するための抜本的対策を強力に推進する旨の声明を発表した。また、国会においても、衆議院では同年四月六日に、参議院でも同月一〇日に、全会一致又は全党一致で、過激派集団の破壊活動を許し得ざる暴挙と断じた上、政府に対し、暴力排除に断固たる処置を採るとともに、地元住民の理解と協力を得るよう一段の努力を傾注すべきこと及び新空港の平穏と安全を確保し、我が国内外の信用回復のため万全の諸施策を強力に推進すべきことを求める決議をそれぞれ採択した。本法は、右のような過程を経て議員提案による法律として成立したものである。
本法は、新空港若しくはその機能に関連する施設の設置若しくは管理を阻害し、又は新空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する暴力主義的破壊活動を防止するため、その活動の用に供される工作物の使用の禁止等の措置を定め、もって新空港及びその機能に関連する施設の設置及び管理の安全の確保を図るとともに、航空の安全に資することを目的としている(一条)。本法において「暴力主義的破壊活動等」とは、新空港若しくは新空港における航空機の離陸若しくは着陸の安全を確保するために必要な航空保安施設若しくは新空港の機能を確保するために必要な施設のうち政令で定めるもの(以下、右の航空保安施設若しくは新空港の機能を確保するために必要な施設のうち政令で定めるものを「航空保安施設等」という。)の設置若しくは管理を阻害し、又は新空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する刑法九五条等に規定された一定の犯罪行為をすることをいうと定義され(二条一項)、「暴力主義的破壊活動者」とは、暴力主義的破壊活動等を行い又は行うおそれがあると認められる者をいうと定義されている(同条二項)。
ところで、本法三条一項一号は、規制区域内に所在する建築物その他の工作物が多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供され又は供されるおそれがあると認めるときは、運輸大臣は、当該工作物の所有者等に対し、期限を付して当該工作物をその用に供することを禁止することを命ずることができるとしているが、同号に基づく工作物使用禁止命令により当該工作物を多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することが禁止される結果、多数の暴力主義的破壊活動者の集会も禁止されることになり、ここに憲法二一条一項との関係が問題となるのである。
そこで検討するに、本法三条一項一号に基づく工作物使用禁止命令により保護される利益は、新空港若しくは航空保安施設等の設置、管理の安全の確保並びに新空港及びその周辺における航空機の航行の安全の確保であり、それに伴い新空港を利用する乗客等の生命、身体の安全の確保も図られるのであって、これらの安全の確保は、国家的、社会経済的、公益的、人道的見地から極めて強く要請されるところのものである。他方、右工作物使用禁止命令により制限される利益は、多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物を集合の用に供する利益にすぎない。しかも、前記本法制定の経緯に照らせば、暴力主義的破壊活動等を防止し、前記新空港の設置、管理等の安全を確保することには高度かつ緊急の必要性があるというべきであるから、以上を総合して較量すれば、規制区域内において暴力主義的破壊活動者による工作物の使用を禁止する措置を採り得るとすることは、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるといわなければならない。また、本法二条二項にいう「暴力主義的破壊活動等を行い、又は行うおそれがあると認められる者」とは、本法一条に規定する目的や本法三条一項の規定の仕方、さらには、同項の使用禁止命令を前提として、同条六項の封鎖等の措置や同条八項の除去の措置が規定されていることなどに照らし、「暴力主義的破壊活動を現に行っている者又はこれを行う蓋然性の高い者」の意味に解すべきである。そして、本法三条一項にいう「その工作物が次の各号に掲げる用に供され、又は供されるおそれがあると認めるとき」とは、「その工作物が次の各号に掲げる用に現に供され、又は供される蓋然性が高いと認めるとき」の意味に解すべきである。したがって、同項一号が過度に広範な規制を行うものとはいえず、その規定する要件も不明確なものであるとはいえない。 
以上のとおりであるから、本法三条一項一号は、憲法二一条一項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

3 同第一点の(三)について
本法三条一項一号に基づく工作物使用禁止命令により多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物に居住することができなくなるとしても、右工作物使用禁止命令は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づき、高度かつ緊急の必要性の下に発せられるものであるから、右工作物使用禁止命令によってもたらされる居住の制限は、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるといわなければならない。
したがって、本法三条一項一号は、憲法二二条一項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。なお、論旨は、本法三条一項三号についても憲法二二条一項違反を主張しているが、右三号は本件工作物使用禁止命令に関係がない。

4 同第一点の(四)について
本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令は、当該工作物を、(1) 多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供すること、(2) 暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用に供すること、又は(3) 新空港又はその周辺における航空機の航行に対する暴力主義的破壊活動者による妨害の用に供することの三態様の使用を禁止するものである。そして、右三態様の使用のうち、多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することを禁止することが、新空港の設置、管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づくものであり、高度かつ緊急の必要性を有するものであることは前記のとおりであり、この点は他の二態様の使用禁止についても同様であるから、右三態様の使用禁止は財産の使用に対する公共の福祉による必要かつ合理的な制限であるといわなければならない。また、本法三条一項一号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりであり、同項二号の規定する要件も不明確なものであるとはいえない。
したがって、本法三条一項一、二号は、憲法二九条一、二項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。なお、論旨は、同項三号についてもその規定する要件が不明確であると主張するが、同号は本件工作物使用禁止命令に関係がない。

5 同第一点の(五)について
憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない
しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。
本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の三態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものということはできない。また、本法三条一項一、二号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりである。
右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

6 同第一点の(六)について
憲法三五条の規定は、本来、主として刑事手続における強制につき、それが司法権による事前の抑制の下に置かれるべきことを保障した趣旨のものであるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない(最高裁昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁)。しかしながら、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政手続における強制の一種である立入りにすべて裁判官の令状を要すると解するのは相当ではなく、当該立入りが、公共の福祉の維持という行政目的を達成するため欠くべからざるものであるかどうか、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものであるかどうか、また、強制の程度、態様が直接的なものであるかどうかなどを総合判断して、裁判官の令状の要否を決めるべきである。 
本法三条三項は、運輸大臣は、同条一項の禁止命令をした場合において必要があると認めるときは、その職員をして当該工作物に立ち入らせ、又は関係者に質問させることができる旨を規定し、その際に裁判官の令状を要する旨を規定していない。しかし、右立入り等は、同条一項に基づく使用禁止命令が既に発せられている工作物についてその命令の履行を確保するために必要な限度においてのみ認められるものであり、その立入りの必要性は高いこと、右立入りには職員の身分証明書の携帯及び提示が要求されていること(同条四項)、右立入り等の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと規定され(同条五項)、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものではないこと、強制の程度、態様が直接的物理的なものではないこと(九条二項)を総合判断すれば、本法三条一、三項は、憲法三五条の法意に反するものとはいえない。 
右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

7 同第二点ないし第五点について
所論の点に関する原審の認定判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論違憲の主張は、前記説示と異なる前提に立つか又は独自の見解にすぎない。論旨は、いずれも採用することができない。
8 以上のとおり、被上告人運輸大臣がした前記一の使用禁止命令以外の使用禁止命令の取消しの訴え及び被上告人国に対する訴えに関する上告人の上告は、すべて理由がなく、これを棄却すべきである。

三 結論
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九五条、八九条に従い、裁判官園部逸夫、同可部恒雄の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+意見
上告理由第一点の(五)についての裁判官園部逸夫の意見は、次のとおりである。
私は、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものではないとする法廷意見の結論には同調するが、その理由を異にするので、以下、私の意見を述べることとする。
私は、行政庁の処分のうち、少なくとも、不利益処分(名宛人を特定して、これに義務を課し、又はその権利利益を制限する処分)については、法律上、原則として、弁明、聴聞等何らかの適正な事前手続の規定を置くことが、必要であると考える。このように行政手続を法律上整備すること、すなわち、行政手続法ないし行政手続条項を定めることの憲法上の根拠については、従来、意見が分かれるところであるが、上告理由は、これを憲法三一条に求めている。確かに、判例及び学説の双方にわたって、憲法三一条の法意の比較法的検討をめぐる議論が、我が国の行政手続法理の発展に寄与してきたことは、高く評価すべきことである。しかしながら、我が国を含め現代における各国の行政法理論及び行政法制度の発展状況を見ると、いわゆる法治主義の原理(手続的法治国の原理)、法の適正な手続又は過程(デュー・プロセス・オヴ・ロー)の理念その他行政手続に関する法の一般原則に照らして、適正な行政手続の整備が行政法の重要な基盤であることは、もはや自明の理とされるに至っている。したがって、我が国でも、憲法上の個々の条文とはかかわりなく、既に多数の行政法令に行政手続に関する規定が置かれており、また、現在、行政手続に関する基本法の制定に向けて努力が重ねられているところである。もとより、個別の行政庁の処分の趣旨・目的に照らし、刑事上の処分に準じた手続によるべきものと解される場合において、適正な手続に関する規定の根拠を、憲法三一条又はその精神に求めることができることはいうまでもない。
ところで、一般に、行政庁の処分は、刑事上の処分と異なり、その目的、種類及び内容が多種多様であるから、不利益処分の場合でも、個別的な法令について、具体的にどのような事前手続が適正であるかを、裁判所が一義的に判断することは困難というべきであり、この点は、立法当局の合理的な立法政策上の判断にゆだねるほかはないといわざるを得ない。行政手続に関する基本法の制定により、適正な事前手続についての的確な一般的準則を明示することは、この意味においても重要なのである。
もっとも、不利益処分を定めた法令に事前手続に関する規定が全く置かれていないか、あるいは事前手続に関する何らかの規定が置かれていても、実質的には全く置かれていないのと同様な状態にある場合は、行政手続に関する基本法が制定されていない今日の状況の下では、さきに述べた行政手続に関する法の一般原則に照らして、右の法令の妥当性を判断しなければならない事態に至ることもあろう。しかし、そのような場合においても、当該法令の立法趣旨から見て、右の法令に事前手続を置いていないこと等が、右の一般原則に著しく反すると認められない場合は、立法政策上の合理的な判断によるものとしてこれを是認すべきものと考える。
これを本法三条一項について見ると、右規定の定める工作物使用禁止命令は、処分の名宛人を確知できる限りにおいて、右名宛人に対し不作為義務を課する典型的な行政上の不利益処分に当たる。したがって、本法に右命令についての事前手続に関する規定が全く置かれていないことに着目すれば、右に述べた意味において、右条項の妥当性が問題とされなければならない。しかし、この点については、右工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、当該工作物の三態様における使用であり、右のような態様の使用を禁止することは、新空港の設置・管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づくものであり、高度かつ緊急の必要性を有するものである、という本判決理由の全体にわたる法廷意見の判断があり、私もこれに同調しているところである。本法三条一項の定める工作物使用禁止命令については、右命令自体の性質に着目すると、緊急やむを得ない場合の除外規定を付した上で、事前手続の規定を置くことが望ましい場合ではあるけれども、本法は、法律そのものが、高度かつ緊急の必要性という本件規制における特別の事情を考慮して制定されたものであることにかんがみれば、事前手続の規定を置かないことが直ちに前記の一般原則に著しく反するとまでは認められないのであって、右のような立法政策上の判断は合理的なものとして是認することができると考えるのである。このような見地から、私は、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものではないとする法廷意見に対し、その結論に同調するのである。

+意見
上告理由第一点の(五)についての裁判官可部恒雄の意見は、次のとおりである。
一 憲法三一条にいう「法律に定める手続」とは、単に国会において成立した法律所定の手続を意味するにとどまらず、「適正な法律手続」を指すものであること、同条による適正手続の保障はひとり同条の明規する刑罰にとどまらず「財産権」にも及ぶものであること(昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日大法廷判決・刑集一六巻一一号一五九三頁)、また、民事上の秩序罰としての過料を科する作用は、その実質においては一種の行政処分としての性質を有するものであるが、非訟事件手続法による過料の裁判は、過料を科するについての同法の規定内容に照らして、法律の定める適正な手続によるものということができ、憲法三一条に違反するものでないこと(昭和三七年(ク)第六四号同四一年一二月二七日大法廷決定・民集二〇巻一〇号二二七九頁)、また同条の法意に関連するものとして、憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあるとするのは相当でないこと(昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁)は、いずれも当裁判所の判例とするところである。
二 憲法三一条による適正手続の保障は、ひとり刑事手続に限らず、行政手続にも及ぶと解されるのであるが、行政手続がそれぞれの行政目的に応じて多種多様である実情に照らせば、同条の保障が行政処分全般につき一律に妥当し、当該処分につき告知・聴聞を含む事前手続を欠くことが直ちに違憲・無効の結論を招来する、と解するのは相当でない。多種多様な行政処分のいかなる範囲につき同条の保障を肯定すべきかは、それ自体解決困難な熟慮を要する課題であって、いわゆる行政手続法の制定が検討されていることも周知のところであるが、論点をより具体的に限定して、私人の所有権に対する重大な制限が行政処分によって課せられた事案を想定すれば、かかる場合に憲法三一条の保障が及ぶと解すべきことは、むしろ当然の事理に属し、かかる処分が一切の事前手続を経ずして課せられることは、原則として憲法の許容せざるところというべく、これが同条違反の評価を免れ得るのは、限られた例外の場合であるとしなければならない。例外の最たるものは、消防法二九条に規定する場合のごときであるが、これを極限状況にあるものとして、本件が例外の場合に当たるか否かを考察すべきであろう。
三 本法の制定をめぐる問題状況については、上告理由第一点の(二)について法廷意見の述べるとおりであるが、本件において注目されるのは、本件工作物の設置の時期、場所、特に当該工作物自体の構造である。すなわち、原判決(その引用する第一審判決を含む)の認定するところによれば、
「本件工作物は鉄骨鉄筋コンクリート地上三階、地下一階建の建物であり、東西11.47メートル、南北11.5メートル、地上部分の高さ約一〇メートルの立法体に類似した形状をしていて、七か所の小さな換気口及び明り取りのほかには窓及び出入口は存在せず、四方がコンクリートづくめの異様な外観であり、また、内部への出入りは地上から梯子をかけて屋上に昇りその開口部分から行う等の特異な構造を有し、その内部構造も、一階から二階へ、地下部分から直接二階へ、三階から屋上への各昇降口には鉄パイプ梯子がかけられており、二階から三階への昇降口には木製の踏み台が置かれているほかは各階相互間に階段等の昇降手段がない特異な構造となっていること、そして地下部分から緊急時の出入り用のトンネルが左右に掘られている」
というのであって、その構造は、右の判示にみられるように異様の一語に尽き、通常の居住用又は農作物等の格納用の建物とは著しく異なり、何びともその使用目的の何たるかを疑問とせざるを得ないであろう。
次に、本件工作物に対する行政処分の具体的内容をみるのに、そこにおいて禁止される財産権行使の態様としては、「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供すること」及び「暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用に供すること」という二態様に尽きるのである。
四 対象となる所有権の内容が、具体的には右にみるようなものであり、また、これを制限する行政処分の内容が右にみるとおりであるとすれば、本件の具体的案件を、行政処分による所有権に対する重大な制限として一般化した上で、本件処分を目して、事前の告知・聴聞を経ない限り、憲法三一条に違反するものとするのは相当でない。
すなわち、本件工作物の構造の異様さから考えられるその使用目的とこれに対する本件処分の内容とを総合勘案すれば、前記にみるような態様の財産権行使の禁止が憲法二九条によって保障される財産権に対する重大な制限に当たるか否か、疑問とせざるを得ないのみならず、これを強いて「重大な制限」に当たると観念するとしても、当該処分につき告知・聴聞を含む事前手続を経ない限り、三一条を含む憲法の法条に反するものとはたやすく断じ難いところである。
五 これを要するに、一般に、行政処分をもってする所有権の重大な制限には憲法三一条の保障が及ぶと解されるのであり、また、かく解することが当裁判所の累次の先例の趣旨に副う所以であると考えられるが、本件工作物につき前記態様の使用の禁止を命じた本件処分につき、事前手続を欠く限り憲法三一条に違反するものとすることはできない。
論旨は理由がなく、原判決は結論において是認すべきものと考える。
(裁判長裁判官草場良八 裁判官藤島昭 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官大堀誠一 裁判官園部逸夫 裁判官橋元四郎平 裁判官中島敏次郎 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官木崎良平 裁判官味村治 裁判官大西勝也 裁判官小野幹雄 裁判官三好達)

+上告理由とかもあった。

++解説
《解  説》
一 本件は、いわゆる成田闘争に絡む行政事件として、初めて最高裁の憲法判断が求められた事件である。
昭和五三年五月一三日、新東京国際空港の安全を確保するため、過激派集団の出撃の拠点となっていたいわゆる団結小屋の使用禁止を命ずることができること等を内容とする成田新法が公布、施行された。運輸大臣(Y)は、昭和五四年以降毎年二月に、Xに対し、成田新法三条一項に基づき、空港の規制区域(同法二条三項参照)内に所在するX所有の通称「横堀要塞」を、一年の期間、三条一項の一号の用(多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用)又は二号の用(暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用)に供することを禁止する旨の処分(以下「本件使用禁止命令」という。)を行った。
本件は、Xが、Yに対し、昭和五四年ないし五八年及び昭和六〇年に出された本件使用禁止命令の取消しを請求する(昭和六〇年に出された分については二審で追加請求)とともに、国に対し、慰謝料等として五〇〇万円等の支払を求めたものである。
1 Xは、本件使用禁止命令を違憲無効であると主張するが、その主たる論拠は、成田新法三条一項一、二号、三項が、憲法二一条一項、二二条一項、二九条一、二項、三一条、三五条に違反し、違憲無効であるというものである。
2 一、二審の判決は、昭和五四年以降の使用禁止命令のうち一年の使用禁止の期間が経過したものについては、その取消しを求める訴えの利益はなくなったとして、その部分の訴えを却下するとともに、その余については、成田新法三条一項一、二号、三項はいずれも憲法二一条等に違反していない等として、Xの請求を排斥した。
二 本判決の法廷意見は、昭和六〇年二月六日から一年間の期間に係る本件使用禁止命令の取消しの訴えにつき、右処分の効力は原審の口頭弁論終結時以後に期間の経過により消滅したので、その取消しを求める法律上の利益もなくなったとして、この部分につき本案の判断をした原判決を破棄し、右訴えを却下したほか、上告人の上告理由に逐一答える形で、次のとおり成田新法三条一項一、二号、三項の合憲性についての判断を示し、同条項は違憲とはいえないとして、その余の上告を棄却している。
1 憲法二一条一項違反の主張について
(一) 本件工作物使用禁止命令は、当該工作物における集会の禁止を含むことになり、憲法二一条一項に違反しないかが問題になる。
本判決は、この点の合憲性の審査基準として、「よど号乗取り事件」新聞記事抹消事件の大法廷判決(最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁、本誌五〇〇号八九頁)を引用し、いわゆる利益較量論を採用し、成田新法三条一項一号に基づく工作物使用禁止命令により保護される利益は、新空港若しくはその航空保安施設等の設置、管理の安全の確保並びに新空港及びその周辺における航空機の航行の安全の確保であり、それに伴い新空港を利用する乗客等の生命、身体の安全の確保も図られるのであって、これらの安全の確保は、国家的、社会経済的、公益的、人道的見地から極めて強く要請されるものであるところ、右工作物使用禁止命令により制限される利益は、多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物を集合の用に供する利益にすぎず、しかも、本法制定の経緯に照らせば、暴力主義的破壊活動等を防止し、右新空港の設置、管理等の安全を確保することには高度かつ緊急の必要性があるから、規制区域内において暴力主義的破壊活動者による工作物の使用を禁止する措置を採り得るとすることは、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるというべきであるとした。次いで、同法三条一項一号が過度に広範な規制を行うものとはいえず、その規定する要件も不明確なものであるとはいえないとし、結局、本法三条一項一号は、憲法二一条一項に違反するものではないとした。
(二) 基本的人権の中でも精神的自由とりわけ表現の自由には「優越的地位」が認められ、その制限に対する合憲性の審査基準は、従前の最高裁判例においても、それを明示するかどうかは別にして、いわゆる利益較量論を採り、その際の判断指標として、事案に応じて、「明白かつ現在の危険」の原則、「不明確のゆえに無効」の原則、「必要最小限」の原則、「LRA(Less Restrictive Alternative)」の原則等その他の厳格な基準ないしその精神を併せ考慮したものが多い(例えば、前記「よど号乗取り事件」新聞記事抹消事件大法廷判決、札幌税関検査違憲訴訟判決(最大判昭59・12・12民集三八巻一二号一三〇八頁、本誌五四五号六九頁)、北方ジャーナル事件判決(最大判昭61・6・11民集四〇巻四号八七二頁、本誌六〇五号四二頁)ほか。なお、これらの厳格な基準の内容を要領良く説明するものとして、佐藤幸治・憲法(新版)三三六頁以下及び樋口陽一ほか・注釈日本国憲法上巻四二三頁以下参照)。
本判決は、利益較量論を採用して判断が行われているが、本件は、利益較量が容易な事案であり、表現の自由・集会の自由に対する規制についての合憲性の審査基準としてよく登場する「必要最小限度」の原則、「LRA」の原則等は採用されていない。
2 憲法二二条一項違反の主張について
居住の自由を制限する規定の合憲性について正面から判断した初めての最高裁判決である。本判決は、ここでも利益較量論を採用し、憲法二二条一項に違反するものではないとした。
3 憲法二九条一、二項違反の主張について
成田新法三条一項に基づく工作物使用禁止命令による当該工作物の使用の禁止は、財産権に対する公共の福祉による必要かつ合理的な制限であり、また、同項一、二号の規定する要件が不明確なものであるとはいえないとし、同法三条一項一、二号は、憲法二九条一、二項に違反するものではないとした。
4 憲法三一条違反の主張について
(一) 憲法三一条の定める法定手続の保障としては、人権制約の手続・実体の両者を法律で定めるだけでなく、その両者の内容が適正であることをも要するとするのが一般的見解である。本件で問題になった事前手続の要否に触れた最高裁判例としては、次の三つがある。
関税法による第三者の所有物の没収につき、最大判昭37・11・28刑集一六巻一一号一五九三頁、本誌一三九号一四四頁は、この見地から、関税法一一八条一項による第三者所有物の没収は憲法三一条等に違反するとし、また、最大判昭40・4・28刑集一九巻三号二〇三頁、本誌一七六号一六〇頁は、右と同趣旨の見地から、刑法(昭和二三年法律第一〇七号による改正前のもの)一九七条の四により第三者に対し追徴を命ずることにつき、適正な法律手続によらないもので憲法三一条等に違反すると判示している。さらに、最大決昭41・12・27民集二〇巻一〇号二二七九頁、本誌二〇〇号一九九頁は、同様の見地から、非訟事件手続法による過料の裁判につき、法律の定める適正な手続によるものであり、憲法三一条に違反しないと判示している。
(二) 本件では、憲法三一条が典型的な行政手続にも及ぶかが問題とされたが、学説は、適用説、類推適用説、準用説、不適用説等多岐に分かれている。憲法三一条との関係を判示した前記の三つの最高裁判例は、いずれも刑事手続における附加刑や秩序罰としての過料(その法的性質は行政処分である。)についてのものであるので、本件は、典型的な行政処分についてこれを正面から問題にする初めての最高裁判例ということになろう。
本判決は、まず、憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではないとした上で、しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと判示した。これは、行政手続について憲法三一条の適用があるか否か、どのような行政手続に憲法三一条の適用があるのかについての一般的な見解を明示するのを避け、行政手続に同条が仮に適用ないし準用される場合であってもという仮定の下に、その場合でも常に事前手続が必要とされるものでないことを示したものである。
本判決は、これに続けて、成田新法三条一項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質と、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を利益較量し、その結果、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、同条項が憲法三一条の法意に反するものということはできず、また、本法三条一項一、二号の規定する要件が不明確なものであるとはいえないと判示した。
(三) この点につき、園部裁判官と可部裁判官の個別意見が付されている。園部裁判官の意見は、行政処分のうち不利益処分については、原則として何らかの適正な事前手続の規定を置く必要があり、その内容は、合理的な立法政策上の判断にゆだねられているが、成田新法は高度かつ緊急の必要性という特別の事情があるので、事前手続の規定を置かないことが直ちに、憲法三一条、法治主義の原理等の原則に反しないというものであり、可部裁判官の意見は、憲法三一条による適正手続の保障は行政手続にも及ぶとした上、行政手続が多種多様である実情に照らせば、当該処分につき告知・聴聞等の事前手続を欠くことが直ちに違憲となるものではなく、本件工作物の構造は異様であり、これに対する使用禁止命令は憲法二九条によって保障される財産権に対する重大な制約に当たるか疑問であるから、事前手続を経ないでも憲法三一条に反するとは断じ難いとしている。
5 憲法三五条違反の主張について
成田新法三条三項所定の職員の当該工作物への立入り又は関係者に対する質問についは、その必要性は高く、その目的、強制の程度、態様等を総合判断すれば、同条一、三項は、憲法三五条の法意に反するものとはいえないとした。

(2)行手法によるスタンダードの設定

2.行手法の適用除外

(適用除外)
行政手続法第3条
1項 次に掲げる処分及び行政指導については、次章から第四章の二までの規定は、適用しない。
一  国会の両院若しくは一院又は議会の議決によってされる処分
二  裁判所若しくは裁判官の裁判により、又は裁判の執行としてされる処分
三  国会の両院若しくは一院若しくは議会の議決を経て、又はこれらの同意若しくは承認を得た上でされるべきものとされている処分
四  検査官会議で決すべきものとされている処分及び会計検査の際にされる行政指導
五  刑事事件に関する法令に基づいて検察官、検察事務官又は司法警察職員がする処分及び行政指導
六  国税又は地方税の犯則事件に関する法令(他の法令において準用する場合を含む。)に基づいて国税庁長官、国税局長、税務署長、収税官吏、税関長、税関職員又は徴税吏員(他の法令の規定に基づいてこれらの職員の職務を行う者を含む。)がする処分及び行政指導並びに金融商品取引の犯則事件に関する法令に基づいて証券取引等監視委員会、その職員(当該法令においてその職員とみなされる者を含む。)、財務局長又は財務支局長がする処分及び行政指導
七  学校、講習所、訓練所又は研修所において、教育、講習、訓練又は研修の目的を達成するために、学生、生徒、児童若しくは幼児若しくはこれらの保護者、講習生、訓練生又は研修生に対してされる処分及び行政指導
八  刑務所、少年刑務所、拘置所、留置施設、海上保安留置施設、少年院、少年鑑別所又は婦人補導院において、収容の目的を達成するためにされる処分及び行政指導
九  公務員(国家公務員法 (昭和二十二年法律第百二十号)第二条第一項 に規定する国家公務員及び地方公務員法 (昭和二十五年法律第二百六十一号)第三条第一項 に規定する地方公務員をいう。以下同じ。)又は公務員であった者に対してその職務又は身分に関してされる処分及び行政指導
十  外国人の出入国、難民の認定又は帰化に関する処分及び行政指導
十一  専ら人の学識技能に関する試験又は検定の結果についての処分
十二  相反する利害を有する者の間の利害の調整を目的として法令の規定に基づいてされる裁定その他の処分(その双方を名宛人とするものに限る。)及び行政指導
十三  公衆衛生、環境保全、防疫、保安その他の公益に関わる事象が発生し又は発生する可能性のある現場において警察官若しくは海上保安官又はこれらの公益を確保するために行使すべき権限を法律上直接に与えられたその他の職員によってされる処分及び行政指導
十四  報告又は物件の提出を命ずる処分その他その職務の遂行上必要な情報の収集を直接の目的としてされる処分及び行政指導
十五  審査請求、異議申立てその他の不服申立てに対する行政庁の裁決、決定その他の処分
十六  前号に規定する処分の手続又は第三章に規定する聴聞若しくは弁明の機会の付与の手続その他の意見陳述のための手続において法令に基づいてされる処分及び行政指導
2  次に掲げる命令等を定める行為については、第六章の規定は、適用しない。
一  法律の施行期日について定める政令
二  恩赦に関する命令
三  命令又は規則を定める行為が処分に該当する場合における当該命令又は規則
四  法律の規定に基づき施設、区間、地域その他これらに類するものを指定する命令又は規則
五  公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について定める命令等
六  審査基準、処分基準又は行政指導指針であって、法令の規定により若しくは慣行として、又は命令等を定める機関の判断により公にされるもの以外のもの
3  第一項各号及び前項各号に掲げるもののほか、地方公共団体の機関がする処分(その根拠となる規定が条例又は規則に置かれているものに限る。)及び行政指導、地方公共団体の機関に対する届出(前条第七号の通知の根拠となる規定が条例又は規則に置かれているものに限る。)並びに地方公共団体の機関が命令等を定める行為については、次章から第六章までの規定は、適用しない。

(1)行政分野の特殊性等に基づくもの(3条1項)

1~6号=国会、裁判所、刑事司法トカ
7~9号=以前の特別権力関係、一般国民とはやや異なる
12号=三面関係における裁定
13号=警察官等が現場で行う処分
14号=行政調査
15号=行政上の不服申し立て
16号=手続きの過程において行われる処分

(2)地方公共団体の機関がする処分(根拠が条例または規則におかれているもの)(3条3項)
地方自治の尊重。
ただし、
+(地方公共団体の措置)
第四十六条
地方公共団体は、第三条第三項において第二章から前章までの規定を適用しないこととされた処分、行政指導及び届出並びに命令等を定める行為に関する手続について、この法律の規定の趣旨にのっとり、行政運営における公正の確保と透明性の向上を図るため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

地方公共団体の機関がする処分であっても、根拠が法律におかれているものについては、行手法が適用される!!

地方公共団体の機関がする行政指導については、根拠がどこにおかれているかを問わず、すべて行手法の適用が除外されている!!!
←行政指導は、もともと法律・条令の根拠がなくても行うことが可能なので、根拠がどこにおかれているかを厳密に確定することが困難な場合があるため。

(3)国・地方公共団体の機関(4条1項)、独立行政法人、特殊法人、認可法人(4条2項)、指定法人等(4条3項)

++(国の機関等に対する処分等の適用除外)
行政手続法第4条
1項 国の機関又は地方公共団体若しくはその機関に対する処分(これらの機関又は団体がその固有の資格において当該処分の名あて人となるものに限る。)及び行政指導並びにこれらの機関又は団体がする届出(これらの機関又は団体がその固有の資格においてすべきこととされているものに限る。)については、この法律の規定は、適用しない。
2  次の各号のいずれかに該当する法人に対する処分であって、当該法人の監督に関する法律の特別の規定に基づいてされるもの(当該法人の解散を命じ、若しくは設立に関する認可を取り消す処分又は当該法人の役員若しくは当該法人の業務に従事する者の解任を命ずる処分を除く。)については、次章及び第三章の規定は、適用しない。
一  法律により直接に設立された法人又は特別の法律により特別の設立行為をもって設立された法人
二  特別の法律により設立され、かつ、その設立に関し行政庁の認可を要する法人のうち、その行う業務が国又は地方公共団体の行政運営と密接な関連を有するものとして政令で定める法人
3  行政庁が法律の規定に基づく試験、検査、検定、登録その他の行政上の事務について当該法律に基づきその全部又は一部を行わせる者を指定した場合において、その指定を受けた者(その者が法人である場合にあっては、その役員)又は職員その他の者が当該事務に従事することに関し公務に従事する職員とみなされるときは、その指定を受けた者に対し当該法律に基づいて当該事務に関し監督上される処分(当該指定を取り消す処分、その指定を受けた者が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる処分又はその指定を受けた者の当該事務に従事する者の解任を命ずる処分を除く。)については、次章及び第三章の規定は、適用しない。
4  次に掲げる命令等を定める行為については、第六章の規定は、適用しない。
一  国又は地方公共団体の機関の設置、所掌事務の範囲その他の組織について定める命令等
二  皇室典範 (昭和二十二年法律第三号)第二十六条 の皇統譜について定める命令等
三  公務員の礼式、服制、研修、教育訓練、表彰及び報償並びに公務員の間における競争試験について定める命令等
四  国又は地方公共団体の予算、決算及び会計について定める命令等(入札の参加者の資格、入札保証金その他の国又は地方公共団体の契約の相手方又は相手方になろうとする者に係る事項を定める命令等を除く。)並びに国又は地方公共団体の財産及び物品の管理について定める命令等(国又は地方公共団体が財産及び物品を貸し付け、交換し、売り払い、譲与し、信託し、若しくは出資の目的とし、又はこれらに私権を設定することについて定める命令等であって、これらの行為の相手方又は相手方になろうとする者に係る事項を定めるものを除く。)
五  会計検査について定める命令等
六  国の機関相互間の関係について定める命令等並びに地方自治法 (昭和二十二年法律第六十七号)第二編第十一章 に規定する国と普通地方公共団体との関係及び普通地方公共団体相互間の関係その他の国と地方公共団体との関係及び地方公共団体相互間の関係について定める命令等(第一項の規定によりこの法律の規定を適用しないこととされる処分に係る命令等を含む。)
七  第二項各号に規定する法人の役員及び職員、業務の範囲、財務及び会計その他の組織、運営及び管理について定める命令等(これらの法人に対する処分であって、これらの法人の解散を命じ、若しくは設立に関する認可を取り消す処分又はこれらの法人の役員若しくはこれらの法人の業務に従事する者の解任を命ずる処分に係る命令等を除く。)

・これらの法人等は、行政法の基本的な枠組みである「国家と市民社会の二元論」のうちの「国家」の側に属すると考えられており、国家と国民との関係を規律する行手法は適用されない。

・地方公共団体が「固有の資格」において処分の名宛人となる者に限り、行手法の適用が除外される。
「固有の資格」=一般私人が立ちえないような立場

(4)聴聞・弁明機会付与の適用除外(13条2項)

+(不利益処分をしようとする場合の手続)
第十三条
1項 行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、次の各号の区分に従い、この章の定めるところにより、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、当該各号に定める意見陳述のための手続を執らなければならない。
一  次のいずれかに該当するとき 聴聞
イ 許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。
ロ イに規定するもののほか、名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき。
ハ 名あて人が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる不利益処分、名あて人の業務に従事する者の解任を命ずる不利益処分又は名あて人の会員である者の除名を命ずる不利益処分をしようとするとき。
ニ イからハまでに掲げる場合以外の場合であって行政庁が相当と認めるとき。
二  前号イからニまでのいずれにも該当しないとき 弁明の機会の付与
2  次の各号のいずれかに該当するときは、前項の規定は、適用しない。
一  公益上、緊急に不利益処分をする必要があるため、前項に規定する意見陳述のための手続を執ることができないとき
二  法令上必要とされる資格がなかったこと又は失われるに至ったことが判明した場合に必ずすることとされている不利益処分であって、その資格の不存在又は喪失の事実が裁判所の判決書又は決定書、一定の職に就いたことを証する当該任命権者の書類その他の客観的な資料により直接証明されたものをしようとするとき。
三  施設若しくは設備の設置、維持若しくは管理又は物の製造、販売その他の取扱いについて遵守すべき事項が法令において技術的な基準をもって明確にされている場合において、専ら当該基準が充足されていないことを理由として当該基準に従うべきことを命ずる不利益処分であってその不充足の事実が計測、実験その他客観的な認定方法によって確認されたものをしようとするとき。
四  納付すべき金銭の額を確定し、一定の額の金銭の納付を命じ、又は金銭の給付決定の取消しその他の金銭の給付を制限する不利益処分をしようとするとき。
五  当該不利益処分の性質上、それによって課される義務の内容が著しく軽微なものであるため名あて人となるべき者の意見をあらかじめ聴くことを要しないものとして政令で定める処分をしようとするとき。

・1号=緊急性
2号3号=要件充足が客観的に明らか
4号=金銭にかかわる問題なので事後的な回復が可能なこと
5号=不利益が著しく軽微であること
を理由とする。

3.申請に対する処分と不利益処分

+   第二章 申請に対する処分

(審査基準)
第五条  行政庁は、審査基準を定めるものとする。
2  行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。
3  行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。

(標準処理期間)
第六条
行政庁は、申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間(法令により当該行政庁と異なる機関が当該申請の提出先とされている場合は、併せて、当該申請が当該提出先とされている機関の事務所に到達してから当該行政庁の事務所に到達するまでに通常要すべき標準的な期間)を定めるよう努めるとともに、これを定めたときは、これらの当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしておかなければならない

・定められた期間を過ぎたからと言って直ちに違法になるわけではない!
しかし、不作為の違法確認訴訟における「相当の期間」(行訴法3条5項)を判断する際の考慮要素になる!!!

(申請に対する審査、応答)
第七条  行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず、かつ、申請書の記載事項に不備がないこと、申請書に必要な書類が添付されていること、申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については、速やかに、申請をした者(以下「申請者」という。)に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め、又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。

(理由の提示)
第八条  行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない。ただし、法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって、当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかであるときは、申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる。
2  前項本文に規定する処分を書面でするときは、同項の理由は、書面により示さなければならない。

(情報の提供)
第九条  行政庁は、申請者の求めに応じ、当該申請に係る審査の進行状況及び当該申請に対する処分の時期の見通しを示すよう努めなければならない。
2  行政庁は、申請をしようとする者又は申請者の求めに応じ、申請書の記載及び添付書類に関する事項その他の申請に必要な情報の提供に努めなければならない。

(公聴会の開催等)
第十条  行政庁は、申請に対する処分であって、申請者以外の者の利害を考慮すべきことが当該法令において許認可等の要件とされているものを行う場合には、必要に応じ、公聴会の開催その他の適当な方法により当該申請者以外の者の意見を聴く機会を設けるよう努めなければならない。

(複数の行政庁が関与する処分)
第十一条  行政庁は、申請の処理をするに当たり、他の行政庁において同一の申請者からされた関連する申請が審査中であることをもって自らすべき許認可等をするかどうかについての審査又は判断を殊更に遅延させるようなことをしてはならない。
2  一の申請又は同一の申請者からされた相互に関連する複数の申請に対する処分について複数の行政庁が関与する場合においては、当該複数の行政庁は、必要に応じ、相互に連絡をとり、当該申請者からの説明の聴取を共同して行う等により審査の促進に努めるものとする。

・申請拒否処分は申請に対する処分であり、不利益処分ではない!
+(定義)
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  法令 法律、法律に基づく命令(告示を含む。)、条例及び地方公共団体の執行機関の規則(規程を含む。以下「規則」という。)をいう。
二  処分 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。
三  申請 法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。
四  不利益処分 行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう。ただし、次のいずれかに該当するものを除く
イ 事実上の行為及び事実上の行為をするに当たりその範囲、時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分
ロ 申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分
ハ 名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分
ニ 許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの
五  行政機関 次に掲げる機関をいう。
イ 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関若しくは内閣の所轄の下に置かれる機関、宮内庁、内閣府設置法 (平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項 若しくは第二項 に規定する機関、国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項 に規定する機関、会計検査院若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
ロ 地方公共団体の機関(議会を除く。)
六  行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
七  届出 行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)であって、法令により直接に当該通知が義務付けられているもの(自己の期待する一定の法律上の効果を発生させるためには当該通知をすべきこととされているものを含む。)をいう。
八  命令等 内閣又は行政機関が定める次に掲げるものをいう。
イ 法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む。次条第二項において単に「命令」という。)又は規則
ロ 審査基準(申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ハ 処分基準(不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ニ 行政指導指針(同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときにこれらの行政指導に共通してその内容となるべき事項をいう。以下同じ。)

(2)申請に対する処分の手続と不利益処分手続きの共通点相違点

+ 第三章 不利益処分

第一節 通則

(処分の基準)
第十二条  行政庁は、処分基準を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならない。
2  行政庁は、処分基準を定めるに当たっては、不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。
(不利益処分をしようとする場合の手続)
第十三条  行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、次の各号の区分に従い、この章の定めるところにより、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、当該各号に定める意見陳述のための手続を執らなければならない。
一  次のいずれかに該当するとき 聴聞
イ 許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。
ロ イに規定するもののほか、名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき。
ハ 名あて人が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる不利益処分、名あて人の業務に従事する者の解任を命ずる不利益処分又は名あて人の会員である者の除名を命ずる不利益処分をしようとするとき。
ニ イからハまでに掲げる場合以外の場合であって行政庁が相当と認めるとき。
二  前号イからニまでのいずれにも該当しないとき 弁明の機会の付与
2  次の各号のいずれかに該当するときは、前項の規定は、適用しない。
一  公益上、緊急に不利益処分をする必要があるため、前項に規定する意見陳述のための手続を執ることができないとき。
二  法令上必要とされる資格がなかったこと又は失われるに至ったことが判明した場合に必ずすることとされている不利益処分であって、その資格の不存在又は喪失の事実が裁判所の判決書又は決定書、一定の職に就いたことを証する当該任命権者の書類その他の客観的な資料により直接証明されたものをしようとするとき。
三  施設若しくは設備の設置、維持若しくは管理又は物の製造、販売その他の取扱いについて遵守すべき事項が法令において技術的な基準をもって明確にされている場合において、専ら当該基準が充足されていないことを理由として当該基準に従うべきことを命ずる不利益処分であってその不充足の事実が計測、実験その他客観的な認定方法によって確認されたものをしようとするとき。
四  納付すべき金銭の額を確定し、一定の額の金銭の納付を命じ、又は金銭の給付決定の取消しその他の金銭の給付を制限する不利益処分をしようとするとき。
五  当該不利益処分の性質上、それによって課される義務の内容が著しく軽微なものであるため名あて人となるべき者の意見をあらかじめ聴くことを要しないものとして政令で定める処分をしようとするとき。
(不利益処分の理由の提示)
第十四条  行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。ただし、当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は、この限りでない。
2  行政庁は、前項ただし書の場合においては、当該名あて人の所在が判明しなくなったときその他処分後において理由を示すことが困難な事情があるときを除き、処分後相当の期間内に、同項の理由を示さなければならない。
3  不利益処分を書面でするときは、前二項の理由は、書面により示さなければならない。
第二節 聴聞

(聴聞の通知の方式)
第十五条  行政庁は、聴聞を行うに当たっては、聴聞を行うべき期日までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一  予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
二  不利益処分の原因となる事実
三  聴聞の期日及び場所
四  聴聞に関する事務を所掌する組織の名称及び所在地
2  前項の書面においては、次に掲げる事項を教示しなければならない。
一  聴聞の期日に出頭して意見を述べ、及び証拠書類又は証拠物(以下「証拠書類等」という。)を提出し、又は聴聞の期日への出頭に代えて陳述書及び証拠書類等を提出することができること。
二  聴聞が終結する時までの間、当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができること。
3  行政庁は、不利益処分の名あて人となるべき者の所在が判明しない場合においては、第一項の規定による通知を、その者の氏名、同項第三号及び第四号に掲げる事項並びに当該行政庁が同項各号に掲げる事項を記載した書面をいつでもその者に交付する旨を当該行政庁の事務所の掲示場に掲示することによって行うことができる。この場合においては、掲示を始めた日から二週間を経過したときに、当該通知がその者に到達したものとみなす。
(代理人)
第十六条  前条第一項の通知を受けた者(同条第三項後段の規定により当該通知が到達したものとみなされる者を含む。以下「当事者」という。)は、代理人を選任することができる。
2  代理人は、各自、当事者のために、聴聞に関する一切の行為をすることができる。
3  代理人の資格は、書面で証明しなければならない。
4  代理人がその資格を失ったときは、当該代理人を選任した当事者は、書面でその旨を行政庁に届け出なければならない。
(参加人)
第十七条  第十九条の規定により聴聞を主宰する者(以下「主宰者」という。)は、必要があると認めるときは、当事者以外の者であって当該不利益処分の根拠となる法令に照らし当該不利益処分につき利害関係を有するものと認められる者(同条第二項第六号において「関係人」という。)に対し、当該聴聞に関する手続に参加することを求め、又は当該聴聞に関する手続に参加することを許可することができる。
2  前項の規定により当該聴聞に関する手続に参加する者(以下「参加人」という。)は、代理人を選任することができる。
3  前条第二項から第四項までの規定は、前項の代理人について準用する。この場合において、同条第二項及び第四項中「当事者」とあるのは、「参加人」と読み替えるものとする。
(文書等の閲覧)
第十八条  当事者及び当該不利益処分がされた場合に自己の利益を害されることとなる参加人(以下この条及び第二十四条第三項において「当事者等」という。)は、聴聞の通知があった時から聴聞が終結する時までの間、行政庁に対し、当該事案についてした調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができる。この場合において、行政庁は、第三者の利益を害するおそれがあるときその他正当な理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができない。
2  前項の規定は、当事者等が聴聞の期日における審理の進行に応じて必要となった資料の閲覧を更に求めることを妨げない。
3  行政庁は、前二項の閲覧について日時及び場所を指定することができる。
(聴聞の主宰)
第十九条  聴聞は、行政庁が指名する職員その他政令で定める者が主宰する。
2  次の各号のいずれかに該当する者は、聴聞を主宰することができない。
一  当該聴聞の当事者又は参加人
二  前号に規定する者の配偶者、四親等内の親族又は同居の親族
三  第一号に規定する者の代理人又は次条第三項に規定する補佐人
四  前三号に規定する者であったことのある者
五  第一号に規定する者の後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人又は補助監督人
六  参加人以外の関係人
(聴聞の期日における審理の方式)
第二十条  主宰者は、最初の聴聞の期日の冒頭において、行政庁の職員に、予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因となる事実を聴聞の期日に出頭した者に対し説明させなければならない。
2  当事者又は参加人は、聴聞の期日に出頭して、意見を述べ、及び証拠書類等を提出し、並びに主宰者の許可を得て行政庁の職員に対し質問を発することができる。
3  前項の場合において、当事者又は参加人は、主宰者の許可を得て、補佐人とともに出頭することができる。
4  主宰者は、聴聞の期日において必要があると認めるときは、当事者若しくは参加人に対し質問を発し、意見の陳述若しくは証拠書類等の提出を促し、又は行政庁の職員に対し説明を求めることができる。
5  主宰者は、当事者又は参加人の一部が出頭しないときであっても、聴聞の期日における審理を行うことができる。
6  聴聞の期日における審理は、行政庁が公開することを相当と認めるときを除き、公開しない。
(陳述書等の提出)
第二十一条  当事者又は参加人は、聴聞の期日への出頭に代えて、主宰者に対し、聴聞の期日までに陳述書及び証拠書類等を提出することができる。
2  主宰者は、聴聞の期日に出頭した者に対し、その求めに応じて、前項の陳述書及び証拠書類等を示すことができる。
(続行期日の指定)
第二十二条  主宰者は、聴聞の期日における審理の結果、なお聴聞を続行する必要があると認めるときは、さらに新たな期日を定めることができる。
2  前項の場合においては、当事者及び参加人に対し、あらかじめ、次回の聴聞の期日及び場所を書面により通知しなければならない。ただし、聴聞の期日に出頭した当事者及び参加人に対しては、当該聴聞の期日においてこれを告知すれば足りる。
3  第十五条第三項の規定は、前項本文の場合において、当事者又は参加人の所在が判明しないときにおける通知の方法について準用する。この場合において、同条第三項中「不利益処分の名あて人となるべき者」とあるのは「当事者又は参加人」と、「掲示を始めた日から二週間を経過したとき」とあるのは「掲示を始めた日から二週間を経過したとき(同一の当事者又は参加人に対する二回目以降の通知にあっては、掲示を始めた日の翌日)」と読み替えるものとする。
(当事者の不出頭等の場合における聴聞の終結)
第二十三条  主宰者は、当事者の全部若しくは一部が正当な理由なく聴聞の期日に出頭せず、かつ、第二十一条第一項に規定する陳述書若しくは証拠書類等を提出しない場合、又は参加人の全部若しくは一部が聴聞の期日に出頭しない場合には、これらの者に対し改めて意見を述べ、及び証拠書類等を提出する機会を与えることなく、聴聞を終結することができる。
2  主宰者は、前項に規定する場合のほか、当事者の全部又は一部が聴聞の期日に出頭せず、かつ、第二十一条第一項に規定する陳述書又は証拠書類等を提出しない場合において、これらの者の聴聞の期日への出頭が相当期間引き続き見込めないときは、これらの者に対し、期限を定めて陳述書及び証拠書類等の提出を求め、当該期限が到来したときに聴聞を終結することとすることができる。
(聴聞調書及び報告書)
第二十四条  主宰者は、聴聞の審理の経過を記載した調書を作成し、当該調書において、不利益処分の原因となる事実に対する当事者及び参加人の陳述の要旨を明らかにしておかなければならない。
2  前項の調書は、聴聞の期日における審理が行われた場合には各期日ごとに、当該審理が行われなかった場合には聴聞の終結後速やかに作成しなければならない。
3  主宰者は、聴聞の終結後速やかに、不利益処分の原因となる事実に対する当事者等の主張に理由があるかどうかについての意見を記載した報告書を作成し、第一項の調書とともに行政庁に提出しなければならない。
4  当事者又は参加人は、第一項の調書及び前項の報告書の閲覧を求めることができる。
(聴聞の再開)
第二十五条  行政庁は、聴聞の終結後に生じた事情にかんがみ必要があると認めるときは、主宰者に対し、前条第三項の規定により提出された報告書を返戻して聴聞の再開を命ずることができる。第二十二条第二項本文及び第三項の規定は、この場合について準用する。
(聴聞を経てされる不利益処分の決定)
第二十六条  行政庁は、不利益処分の決定をするときは、第二十四条第一項の調書の内容及び同条第三項の報告書に記載された主宰者の意見を十分に参酌してこれをしなければならない。
(不服申立ての制限)
第二十七条  行政庁又は主宰者がこの節の規定に基づいてした処分については、行政不服審査法 (昭和三十七年法律第百六十号)による不服申立てをすることができない。
2  聴聞を経てされた不利益処分については、当事者及び参加人は、行政不服審査法 による異議申立てをすることができない。ただし、第十五条第三項後段の規定により当該通知が到達したものとみなされる結果当事者の地位を取得した者であって同項に規定する同条第一項第三号(第二十二条第三項において準用する場合を含む。)に掲げる聴聞の期日のいずれにも出頭しなかった者については、この限りでない。
(役員等の解任等を命ずる不利益処分をしようとする場合の聴聞等の特例)
第二十八条  第十三条第一項第一号ハに該当する不利益処分に係る聴聞において第十五条第一項の通知があった場合におけるこの節の規定の適用については、名あて人である法人の役員、名あて人の業務に従事する者又は名あて人の会員である者(当該処分において解任し又は除名すべきこととされている者に限る。)は、同項の通知を受けた者とみなす。
2  前項の不利益処分のうち名あて人である法人の役員又は名あて人の業務に従事する者(以下この項において「役員等」という。)の解任を命ずるものに係る聴聞が行われた場合においては、当該処分にその名あて人が従わないことを理由として法令の規定によりされる当該役員等を解任する不利益処分については、第十三条第一項の規定にかかわらず、行政庁は、当該役員等について聴聞を行うことを要しない。
第三節 弁明の機会の付与

(弁明の機会の付与の方式)
第二十九条  弁明は、行政庁が口頭ですることを認めたときを除き、弁明を記載した書面(以下「弁明書」という。)を提出してするものとする。
2  弁明をするときは、証拠書類等を提出することができる。
(弁明の機会の付与の通知の方式)
第三十条  行政庁は、弁明書の提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には、その日時)までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一  予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
二  不利益処分の原因となる事実
三  弁明書の提出先及び提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には、その旨並びに出頭すべき日時及び場所)
(聴聞に関する手続の準用)
第三十一条  第十五条第三項及び第十六条の規定は、弁明の機会の付与について準用する。この場合において、第十五条第三項中「第一項」とあるのは「第三十条」と、「同項第三号及び第四号」とあるのは「同条第三号」と、第十六条第一項中「前条第一項」とあるのは「第三十条」と、「同条第三項後段」とあるのは「第三十一条において準用する第十五条第三項後段」と読み替えるものとする。

・処分基準の設定・公表が努力義務なのは
不利益処分については個別の判断が必要で画一的な基準を定めることが合理的でない場合があること
処分基準を公表することにより、基準ぎりぎりまでは違反しても処分されないと受け取られて、違反を助長するおそれがありうる

・申請に対する処分については、申請者の意見陳述の手続は保障されていない!

・昔の判例、個別法に意見聴取の規定があった場合
(S46.10.28)個人タクシー事件
理由
上告人指定代理人鰍沢健三(名義)、同上野国天、同藤井康夫、同田中志満夫、同高橋勝義、同足立高八郎の上告理由について。
所論は、要するに、原判決は、道路運送法に基づく自動車運送事業および聴聞の各性質について、同法の解釈、適用を誤り、また、本件において実施された聴聞手続を不公正とした判断および右不公正が本件処分の違法事由となるとした判断において、それぞれ理由そごの違法を犯している、というのである。
原審の適法に確定した事実は、おおむね、つぎのとおりである。
(1) 上告人は道路運送法三条二項三号に定める一般乗用旅客自動車運送事業(一人一車制の個人タクシー事業)の免許に関する権限を有するところ、昭和三四年八月一一日、当面の輸送需要をみたすため一般乗用自動車の増車を決定、そのうち、個人タクシーのための増車数を九八三輛と定め、これに対応するものとして、同年九月一〇日までに六六三〇件の個人タクシー事業の免許申請を受理し、被上告人は同年八月六日免許を申請して受理された。
(2) 上告人は、聴聞による調査結果に基づき免許の許否を決するため、担当課長はじめ約一〇名の係長の協議により、道路運送法六条一項各号の趣旨を具体化した審査基準として、第一審判決別表のとおり、一七の項目および内容につき、審査基準欄記載のような基準事項(第一次と第二次の審査基準があり、前者をみたした者について後者を適用する)を設定し、一方、右基準事項に基づいて聴聞概要書調査書と題する書面(以下聴聞書という。)を作成し、その項目および聴聞内容の各欄には、右第一審判決別表の調査事項の項目および内容の各欄に掲げた事項とほぼ同一のもの(ただし、右別表6の内容欄に記載してある他業関係は掲げられていない)を記載して、聴聞担当官約二〇名が各申請人について右聴聞書の各項目ごとに聴聞を行つてその結果を記入することとし、昭和三四年九月中旬から同三五年三月までの間聴聞を実施し、被上告人に対しては、昭和三五年二月一一日に聴聞を行つた
(3) 上告人は、右聴聞手続と並行して、差し迫つた年末の輸送事情緩和のため、昭和三四年一二月二日、前記基準中、優マーク、経験年数一〇年以上、年令四〇才以上の基準に該当する者のうち、免許することに全く問題がないと思われるもの一七三名を第一次分として免許し、ついで、前記聴聞の結果につき基準を適用して審査した末、昭和三五年七月二日第二次分として六一一名を免許したが、被上告人については、前記第一審判決別表の第一次審査基準のうち、6の「本人が他業を自営している場合には転業が困難なものでないこと」および7の「運転歴七年以上のもの」に該当しないとして、そのことから道路運送法六条一項三号ないし五号の要件をみたさないものと認め、右七月二日付で申請を却下した。
(4) 聴聞担当官のうち前記基準の協議に関与した七、八名の係長以外のものは、被上告人の担当官をも含め、前記第一審判決別表の基準事項の存在すら知らず、聴聞開始前に上司から聴聞書の項目および聴聞内容について説明をうけただけで、右基準事項については何らこれを知らされることなく、被上告人の聴聞担当官にあつても、被上告人の申請の却下事由となつた他業関係(転業の難易)および運転歴(軍隊における運転経験をも含む)に関しても格別の指示はなされず、したがつて、右担当官は、被上告人が洋品店を廃業してタクシー事業に専念する意思があるかどうか、軍隊における運転経験があるかどうか等の点について思いいたらず、これらの点を判断するについて必要な事実については何ら聴聞が行われなかつた、というのである。
おもうに、道路運送法においては、個人タクシー事業の免許申請の許否を決する手続について、同法一二二条の二の聴聞の規定のほか、とくに、審査、判定の手続、方法等に関する明文規定は存しないしかし、同法による個人タクシー事業の免許の許否は個人の職業選択の自由にかかわりを有するものであり、このことと同法六条および前記一二二条の二の規定等とを併せ考えれば、本件におけるように、多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せられる。すなわち、右六条は抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである。
原審の確定した事実に徴すれば、被上告人の免許申請の却下事由となつた他業関係および運転歴に関する具体的審査基準は、免許の許否を決するにつき重要であるか、または微妙な認定を要するものであるのみならず、申請人である被上告人自身について存する事情、その財産等に直接関係のあるものであるから、とくに申請の却下処分をする場合には、右基準の適用上必要とされる事項については、聴聞その他適切な方法によつて、申請人に対しその主張と証拠の提出の機会を与えなければならないものと認むべきところ、被上告人に対する聴聞担当官は、被上告人の転業の意思その他転業を困難ならしめるような事情および運転歴中に含まるべき軍隊における運転経歴に関しては被上告人に聴聞しなかつたというのであり、これらの点に関する事実を聴聞し、被上告人にこれに対する主張と証拠の提出の機会を与えその結果をしんしやくしたとすれば、上告人がさきにした判断と異なる判断に到達する可能性がなかつたとはいえないであろうから、右のような審査手続は、前記説示に照らせば、かしあるものというべく、したがつて、この手続によつてされた本件却下処分は違法たるを免れない
以上説示するところによれば、本件処分を取り消すべきものとした原判決の判断は正当として首肯することができ、所論は、ひつきよう、以上の判示と異つた見解に立脚して原判決を攻撃するものというべきである。所論はすべて理由がなく、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

(3)申請に対する処分に関するその他の規定


行政法 基本行政法 行政過程論の骨格~行為形式と行政手続・行政訴訟 


1.行政行為(行政処分)の概念
(1)行政の行為形式~行政活動を型にはめる
(2)行政行為(行政処分)とは
行政行為(行政処分)=公権力の主体たる国または公共団体の行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの

(3)行政行為の特徴①~国民の権利義務とのかかわり(行政行為・内部行為との違い)

(4)行政行為の特徴②~具体性(法律・行政立法との違い)

(5)行政行為の特徴③~公権力性(契約との違い)
公権力=行政機関が法令に基づいて、国民より優越的な立場で一方的に国民の権利義務を形成すること

2.行政行為を中核とする行政法体系の骨格

3.行為形式と行政手続・行政訴訟との関係

4.複数の行為形式の組み合わせ

「聴聞」は、行政行為をするための手続であってそれ自体は行政行為ではない


行政法 基本行政法 行政組織法 群馬中央 墓地 成田新幹線


1.作用法的行政機関概念
(1)行政機関・行政庁
ア 行政機関と行政庁

行政機関=行政主体のために行政活動を行うべき地位を行政機関という
行政庁=行政機関のうち、行政主体のために私人に対して法律行為を自己の名において行う権限を付与された機関

・審議会手続の瑕疵
+判例(S50.5.29)群馬中央バス事件
理由
上告代理人田代源七郎の上告理由第一点及び第四点の第一について。
論旨は、要するに、一般乗合旅客自動車運送事業及びその免許の性質をいかに解するかは、道路運送法六条一項所定の免許基準及び関係法令の解釈に著しい差異を生ずるところ、一般乗合旅客自動車運送事業を国家の独占事業としその免許を公企業の特許と解した原判決は、憲法前文第一段、憲法二二条一項に違背し、道路運送法四条、六条ないし八条、一二条、一五条、一六条、三三条、三四条、四一条、一二二条の二、運輸省設置法六条の解釈を誤つたものであるというのである。
原審は、まず、一般乗合旅客自動車運送事業を独占の一形態でありその免許を公企業の特許であるとしたうえで、運輸大臣は、道路運送法六条一項に定める基準のすべてに適合し、かつ、同法六条の二の欠格事由に該当しない場合でなければこれを免許することができず、右基準のいずれかに適合しないときは申請を却下しなければならないものであり、また、右免許基準に適合するかどうかの判断は覊束裁量に属すると解し、この見解に基づき、本件免許申請につき同法六条一項一号の基準に適合しないとした被上告人の判断の適否について検討し、右判断は相当であるとするとともに、他方、行政庁が行政処分を行うにあたつては、事実の認定、法律の適用等の実質的判断はもとより、その手続についても公正でなければならないと解し、この見解に基づき、本件免許申請に対する審理手続を検討し、右審理手続上においても違法は認められないとしたのである。
しかしながら自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかは、必ずしも、本件の結論に影響があるものとは考えられない。すなわち、自動車運送事業は高度の公益性を有し、その経営は直接社会公共の利益に関係があるものであるから、憲法二二条一項にいう職業選択の自由に対する公共の福祉に基づく制限として、道路運送法は、四条において、自動車運送事業を経営しようとする者は、運輸大臣の免許を受けなければならないとし、六条一項において、免許基準を設け、また、六条の二において、欠格事由を定めているのであり(当裁判所昭和三五年(あ)第二八五四号同三八年一二月四日大法廷判決・刑集一七巻一二号二四三四頁参照)、これにより、運輸大臣は、右免許基準のすべてに適合し、かつ、右欠格事由に該当しない場合でなければ免許を付与してはならない旨の拘束を受けるものと解されるのであつて、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかによりこの理が左右されるものではない。もつとも、右免許基準は極めて抽象的、概括的なものであり、右免許基準に該当するかどうかの判断は、行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があることを否定することはできないが、このことも、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と考えるかどうかによつて差異を生ずるものではない。また法は、道路運送法一二二条の二、運輸省設置法六条一項七号、八条以下、運輸審議会一般規則等において、右免許の許否の決定の適正と公正を保障するために制度上及び手続上特別の規定を設け、全体として適正な過程により右決定をなすべきことを法的に義務づけているのであり、このことから、右免許の許否の決定は手続的にも適正でなければならないものと解されるのであつて、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかによつてこれが左右されるものではない。そして、本件却下処分が実体的判断においても審理手続上においても違法でないとした原判決が結論において正当であることは、後に判断するとおりである。したがつて、論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響のない事項についてこれを非難することに帰着し、採用することができない。

同第二点について。
所論は、要するに、上告人が、原審において、憲法三一条は刑事手続のみならず行政手続にも適用ないし準用があり、したがつて、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否を決する手続は公正でなければならないと主張したのに対し、同条が行政手続にも適用ないし準用があるか否かにつき判断を示すことなく原判決の結論に導いたのは、憲法三一条の解釈を誤つたものであり、理由不備であるというのである。
一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否は、国民の基本的人権である職業選択の自由にかかわりをもつものであるから、法は、道路運送法六条において免許基準を法定するとともに、他方、右免許の許否の決定の適正と公正を保障するために制度上及び手続上特別の規定を設け、全体として適正な過程により右の決定をなすべきことを法的に義務づけていることは、前述のとおりである。そうすると、憲法三一条が行政手続にも適用ないし準用されるかどうかは、特にこれを論ずる必要はないところであり、原審がこの点の判断をしなかつたとしても、なんら違法ではない。論旨は、採用することができない。

同第三点について。
所論一の(一)指摘の原判決の判示は、本件免許申請に際し上告人が挙げた推定利用人員から上告人が本件申請路線に期待する輸送需要を推認したにすぎず、右推定利用人員の割合を正当として是認したものでないことは判文上明らかであるから、所論一の(三)指摘の原判決の判示となんら矛盾するものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用することができない。
同第四点の第二について。
所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第四点の第三及び第四について。
論旨は、要するに、運輸大臣が東京陸運局長に指示して行わせた聴聞手続及び運輸審議会の審理手続は適正な手続といえないにもかかわらず、これを違法な手続でないとし、また、運輸審議会の審理手続に違法があつたとしてもその答申に基づく運輸大臣の処分は違法ではないとした原判決は、道路運送法一二二条の二、六条一項、三項、運輸省設置法六条の解釈を誤つたものであるというのである。
一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否を決するにつき、法が、その免許基準を法定するとともに、右基準に該当するかどうかの判断の適正と公正を担保するために、制度上及び手続上特別の措置を講じていることは、前述のとおりである。これを詳述すれば、道路運送法一二二条の二は、陸運局長は、同条二項所定の場合には、聴聞をしなければならない旨規定し、運輸省設置法六条一項七号は、運輸大臣が自動車運送事業の免許の許否を決する場合には、運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、これをしなければならないと定め、同法八条以下において右審議会の機構及び手続を規定し、特に、同法一六条は、運輸審議会は、同法六条一項の規定により附議された事項については、必要があると認めるときは、公聴会を開くことができ、又は運輸大臣の指示若しくは運輸審議会の定める利害関係人の申請があつたときは、公聴会を開かなければならないと定め、更に運輸審議会一般規則一条は、運輸審議会は、事案に関し、できる限り公聴会を開き、公平かつ合理的な決定をしなければならないと規定している。これらの規定を通覧すると、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請があつたときは、原則として、法定の免許基準に該当するかどうかにつき、陸運局長が利害関係人又は参考人に対する聴聞を行い、更に運輸大臣の諮問を受けて、運輸審議会は、公聴会を開いて審理し、これに基づいて許否に関する決定(答申)を行い、運輸大臣は右の決定を尊重して最終的な許否の決定を行うべきものとされていることが知られるのである。このように、法が前記免許の許否を決定するについて原則として陸運局長の聴聞や運輸審議会の公聴会における審理を要求しているのは、免許の許否の決定の重要性にかんがみ、聴聞又は公聴会の審理手続を通じて、免許基準該当の有無の判断に関係のある事項につき、免許申請者のみならず許否の決定について重大な利害関係を有する者に対しても、意見及び証拠その他の資料を提出する機会を与え、判断の基礎及びその過程の客観性と公正を保障しようとする趣旨に出たものであることが明らかである。
このように見てくると、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否の決定手続において、陸運局長による聴聞及び運輸審議会における公聴会は、それぞれ重要な使命と役割を有するものというべきであるが、その重要性の程度、したがつてまたその手続上の瑕疵が運輸大臣による許否の決定の法的効力に及ぼすべき影響については、両者の間に差異があり、これを区別して考察する必要がある。すなわち、運輸審議会が機構的に運輸大臣から独立した地位と構成をもつ第三者的機関であるのに対し、陸運局長は運輸大臣の純然たる補助機関であり、またその行う聴聞も、運輸審議会における公聴会に比して簡略であることが予定されていると見受けられること、更に運輸審議会の決定に対しては運輸大臣がこれを尊重すべき旨を特に法が定めていること等から考えると、免許の許否の決定に関する審理手続において最も重要な意義を有するのは、運輸審議会における公聴会であり、陸運局長の聴聞は、主として運輸審議会における公聴会審理が行われない場合に特別の価値をもつものであつて、これが行われる場合には、単なる補充的な意義及び機能しか有しないものと解せられる。そうすると、陸運局長の聴聞が右のような従たる意義しかもたない場合には、たとえその聴聞手続に瑕疵があつたとしても、最終的な運輸大臣の許否の決定自体を取り消さなければならないほどの違法があるものとするには足りないと解するのが相当である。原審の確定したところによれば、本件免許申請については運輸審議会に諮問がなされ、同審議会において公聴会が開催されたというのであるから、仮に、陸運局長の聴聞手続に所論の瑕疵があつたとしても、本件却下処分を取り消すべき事由とはならないものといわなければならない。
しかしながら、運輸審議会における公聴会審理の瑕疵については、これと同一に論ずることはできない。さきに述べたように、運輸大臣は、自動車運送事業の免許の許否を決する場合には、原則として運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、これをしなければならないとされている。法は、運輸大臣が運輸審議会の決定を尊重すべきことを要求するにとどまり、その決定が運輸大臣を拘束するものとはしていないから、運輸審議会は、ひつきよう、運輸大臣の諮問機関としての地位と権限を有するにすぎないものというべきであるが、しかしこのことは、運輸審議会の決定が全体としての免許の許否の決定過程において有する意義と重要性、したがつてまた、運輸審議会の審理手続のもつ意義と重要性を軽視すべき理由となるものではない一般に、行政庁が行政処分をするにあたつて、諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分をしなければならない旨を法が定めているのは、処分行政庁が、諮問機関の決定(答申)を慎重に検討し、これに十分な考慮を払い、特段の合理的な理由のないかぎりこれに反する処分をしないように要求することにより、当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期しているためであると考えられるから、かかる場合における諮問機関に対する諮問の経由は、極めて重大な意義を有するものというべく、したがつて、行政処分が諮問を経ないでなされた場合はもちろん、これを経た場合においても、当該諮問機関の審理、決定(答申)の過程に重大な法規違反があることなどにより、その決定(答申)自体に法が右諮問機関に対する諮問を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは、これを経てなされた処分も違法として取消をまぬがれないこととなるものと解するのが相当である。そして、この理は、運輸大臣による一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否についての運輸審議会への諮問の場合にも、当然に妥当するものといわなければならない。
ところで、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請があつた場合には、運輸大臣は原則として運輸審議会に諮問すべく、これを受けた運輸審議会は原則として公聴会を開いて審理したうえ決定をしなければならないことは、右に述べたとおりであるが、右の運輸審議会における審理及びこれに基づく決定の手続については、運輸省設置法及び運輸審議会一般規則にかなり詳細な定めが置かれている。しかし、これらの手続規定がいかなる趣旨、目的を有するものであり、したがつてその手続の運用についていかなる配慮を施すべきものであるかは、これらの規定自体からは明らかではなく、専ら審理手続の意義と性格に照らしてこれを決すべきものであるところ、公聴会の審理を要求する趣旨が、前記のとおり、免許の許否に関する運輸審議会の客観性のある適正かつ公正な決定(答申)を保障するにあることにかんがみると、法は、運輸審議会の公聴会における審理を単なる資料の収集及び調査の一形式として定めたにとどまり、右規定に定められた形式を踏みさえすれば、その審理の具体的方法及び内容のいかんを問わず、これに基づく決定(答申)を適法なものとする趣旨であるとすることはできないのであつて、これらの手続規定のもとにおける公聴会審理の方法及び内容自体が、実質的に前記のような要請を満たすようなものでなければならず、かつ、決定(答申)が、このような審理の結果に基づいてなされなければならないと解するのが相当である。すなわち、道路運送法六条一項の定めるところによれば、一般自動車運送事業の免許基準は、当該事業の開始の輸送需要に対する適切性、当該事業の開始による当該路線又は事業区域に係る供給輸送力と輸送需要量との均衡、当該事業遂行計画の適切性、適確な事業遂行能力の有無、当該事業の開始の公益上の必要性及び適切性等広い範囲において相互に関連する幾多の考慮事項を含み、かつ、その判断基準自体が著しく抽象的、概括的であるため、これについて客観的に適正かつ公正な判断を可能とするためには、その基礎となるべき関連諸事項に関する具体的事実について、多面的で、かつ、できるだけ正確な客観的資料をあまねく収集し、その分析、究明に基づく事実の適切な認定のうえに立つて、輸送に関する技術上及び公益上の適正な評価と比較考量を施さなければならないのであり、しかもこの判断たるや、事柄の性質上、ある程度の見解の相違をまぬがれないものであるため、政策遂行上の責任者である決定権者に対して、この点につき、ある程度の裁量の余地を認めざるをえないのである。しかもこれに加えて、免許の許否が、ひとり免許申請者のみならず、これと競争関係に立つ他の輸送業者や、一般利用者、地域住民等の第三者にも重大な影響を及ぼすものであることにかんがみると、許否の決定過程における申請者やその他の利害関係人の関与が決定の適正と公正の担保のうえにおいて有する意義は格別のものがあるというべく、この要請にこたえて法が定めた運輸審議会の公聴会における審理手続もまた、右の趣旨に沿い、その内容において、これらの関係者に対し、決定の基礎となる諸事項に関する諸般の証拠その他の資料と意見を十分に提出してこれを審議会の決定(答申)に反映させることを実質的に可能ならしめるようなものでなければならないと解すべきである。特に免許申請者に対する関係においては、免許の許否が直ちにその者の職業選択の自由に影響するものである関係上、免許の許否の決定過程におけるその関与の方法につき特段の配慮を必要とするのであつて、前記のような免許基準の抽象性と基準該当の有無の不明確性のために、行政庁側からみてその申請計画に問題点があると思われる場合であつても、必ずしもその点が申請者には認識されず、そのために、これについて提出しうべき追加資料や意見の提出の機会を失なわせるおそれが多分にあることにかんがみるときは、これらの点について申請者の注意が喚起され、あるいはまた、他の利害関係人の反対意見や資料の提出に対しても反駁の機会が与えられるようにする等、申請者に意見と証拠を十分に提出させることを可能ならしめるような形で手続を実施することが、公聴会審理を要求する法の趣旨とするところであると解さなければならない。
右の見地に立つて本件を見るに、原審が確定した事実によれば、運輸審議会は「a町と高崎、伊勢崎、太田の諸都市とを結ぶ交通機関としては、長野原、渋川経由の経路により既設の交通機関の乗り継ぎによる方が、申請路線によるよりも運転時間、運賃等の面はおいて便利であると考えられるので、上告人による申請区間におけるバス運行の開始は、現状においては、その緊要性に乏しく、上告人の申請は、道路運送法六条一項一号及び五号に適合しない。」との理由で、本件免許申請は却下することが適当である旨の答申をしたものであつて、要するに、申請計画による申請者の事業内容が既設輸送機関のそれに比して運転時間、運賃等の面において便利性に劣ることを決定的要因として、輸送需要と供給能力との関係において適切性と公益上の必要性を欠くとされたのである。ところで、原審の認定したところによれば、上告人の本件申請計画における右の諸難点については、すでに、右公聴会において、一応、他の利害関係人からの指摘がなされており、また、運輸審議会の委員からも、上告人の申請計画に関して乗車回数の推定根拠、乗車密度、平均乗車粁、道路舗装状況等について質問がなされたというのであるから、上告人においても、右申請の問題点が何であるかについては、おおよそ推知することができたものと考えられるのであるが、さらに進んで問題をより具体化し、上告人の事業計画並びにその根拠資料における上記運賃、輸送時間の比較及びこれとの関係における輸送需要(見込)量と供給力との均衡等に関する問題点ないしは難点を具体的に明らかにし、上告人をして進んでこれらの点についての補充資料や釈明ないしは反駁を提出させるための特段の措置はとられておらず、この点において、本件公聴会審理が上告人に主張立証の機会を与えるにつき必ずしも十分でないところがあつたことは、これを否定することができない。しかしながら、原審が当事者双方の完全な主張・立証のうえに立つて認定したところによれば、運輸審議会が重視した上記のごとき既設輸送機関との運賃及び輸送時間の比較については、本件処分当時においても、申請路線によるそれが、所要時間において相当に劣り、また運賃も太田、草津間を除いては計画自体においてもすでに他の輸送機関のそれよりも高額であるのみならず、上告人が申請路線について旅客に対し適切な役務を提供するに足りる企業の採算性を維持しようとするためには、遠距離逓減率を考慮しても申請にかかる運賃を根本的に修正しなければならないこととなり、既設交通機関を選択した場合の運賃と比較すれば、その差異は、太田、草津間においても、またその他の区間においても相当の懸隔を生ずることが明らかであるというのであり、原審が右認定の理由として説くところから見ても、仮に運輸審議会が、公聴会審理においてより具体的に上告人の申請計画の問題点を指摘し、この点に関する意見及び資料の提出を促したとしても、上告人において、運輸審議会の認定判断を左右するに足る意見及び資料を追加提出しうる可能性があつたとは認め難いのである。してみると、右のような事情のもとにおいて、本件免許申請についての運輸審議会の審理手続における上記のごとき不備は、結局において、前記公聴会審理を要求する法の趣旨に違背する重大な違法とするには足りず、右審理の結果に基づく運輸審議会の決定(答申)自体に瑕疵があるということはできないから、右諮問を経てなされた運輸大臣の本件処分を違法として取り消す理由とはならないものといわなければならない。
そうすると、原判決は結論において正当であり、論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第四点の第五について。
所論の点に関する原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第五点について。
一般自動車運送事業の免許は、道路運送法六条一項各号所定の基準のすべてに適合する場合でなければこれをすることができないものと解すべきことは、さきに述べたところであり、右基準の一に適合しない場合には、運輸大臣は免許の申請を却下することができることは明らかである。所論の事由は同条一項五号の基準に関するものであるところ、原審の確定した事実関係のもとにおいて、本件免許申請が同条一項一号所定の免許基準に適合しないとした運輸大臣の判断を違法と断ずることはできず、したがつて、同条一項五号所定の免許基準に適合するか否かの運輸大臣の判断の適否につき判断するまでもなく本件却下処分は違法でないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

イ 独任制と合議制

(2)権限の委任・代理

権限の委任は、法律で定められた行政庁の権限を他の行政機関に移すのであるから、法律の根拠が必要である

・+(被告適格等)
行政事件訴訟法第11条
1項 処分又は裁決をした行政庁(処分又は裁決があつた後に当該行政庁の権限が他の行政庁に承継されたときは、当該他の行政庁。以下同じ。)が国又は公共団体に所属する場合には、取消訴訟は、次の各号に掲げる訴えの区分に応じてそれぞれ当該各号に定める者を被告として提起しなければならない。
一  処分の取消しの訴え 当該処分をした行政庁の所属する国又は公共団体
二  裁決の取消しの訴え 当該裁決をした行政庁の所属する国又は公共団体
2  処分又は裁決をした行政庁が国又は公共団体に所属しない場合には、取消訴訟は、当該行政庁を被告として提起しなければならない
3  前二項の規定により被告とすべき国若しくは公共団体又は行政庁がない場合には、取消訴訟は、当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体を被告として提起しなければならない。
4  第一項又は前項の規定により国又は公共団体を被告として取消訴訟を提起する場合には、訴状には、民事訴訟の例により記載すべき事項のほか、次の各号に掲げる訴えの区分に応じてそれぞれ当該各号に定める行政庁を記載するものとする。
一  処分の取消しの訴え 当該処分をした行政庁
二  裁決の取消しの訴え 当該裁決をした行政庁
5  第一項又は第三項の規定により国又は公共団体を被告として取消訴訟が提起された場合には、被告は、遅滞なく、裁判所に対し、前項各号に掲げる訴えの区分に応じてそれぞれ当該各号に定める行政庁を明らかにしなければならない。
6  処分又は裁決をした行政庁は、当該処分又は裁決に係る第一項の規定による国又は公共団体を被告とする訴訟について、裁判上の一切の行為をする権限を有する

(3)専決・代決

専決=行政庁の行為を補助機関が当該行政庁の名前で行うこと

・専決は事実上の補助執行であって、対外的に権限を変更するわけではないので、法律に基づかなくても可能

・住民訴訟において職員の個人責任が追及される場合
+判例(H3.12.20)
理由
上告代理人辻中一二三、同辻中栄世、同森薫生の上告理由第一点について
一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 大阪府水道企業は、同府下の水道事業及び工業用水道事業を行うために地方公営企業法に基づいて設置された大阪府が経営する地方公営企業であり、その業務を執行させるため大阪府に管理者が置かれ(同法七条)、大阪府水道部は、右管理者の権限に属する事務を処理させるために設けられた組織である(同法一四条)。上告人は、昭和五七年四月二日から同五九年六月三〇日までの間、大阪府水道企業の管理者として、Aは、同五六年四月一日から同五八年四月三〇日までの間、大阪府水道部の総務課長として在職していた。

2 大阪府水道部事務決裁規程(昭和五三年大阪府水道企業訓令第三号。以下「本件事務決裁規程」という。)は、大阪府水道部における事務の円滑かつ適正な執行を確保するとともに責任の明確化を図るため、事務の決裁に関して必要な事項を定めることを目的として制定されたものであり、これによれば、管理者の権限に属する事務について、最終的にその意思を決定することを「決裁」といい、常時、管理者に代わって決裁することを「専決」というものとされ、「一件百万円未満の予算の執行及び義務的かつ軽易な予算の執行に関すること」は、総務課長の専決事項とされている。そして、本件事務決裁規程は、専決事項のうち、議会に付議すべき事項については管理者の、特命のあった事項又は特に重要若しくは異例と認める事項については上司の決裁を受けなければならず、また、専決をした者は、必要があると認めるとき、又は上司から報告を求められたときは、その専決した事項を上司に報告しなければならないものと定めている。

3 大阪府水道部会計規程(昭和三九年大阪府営水道企業管理規程第一号)及び本件事務決裁規程等によれば、大阪府水道部における会議接待費の支出事務の手続は、次のとおりである。すなわち、会議接待を開催する場合には、その主催課において、会議接待開催に先立って、会議接待の目的、開催年月日、開催場所、出席者、債権者、経費支出予定額、会計年度及び予算科目等を記載した経費支出伺を作成し、上司の決裁を受けて会議接待を開催し、右開催後、債権者からの請求に基づき、会議接待の主催課の課長が上司の決裁を受けた上で支出伝票を発行し、金銭出納員である会計課長又は会計課長代理が支出伝票を審査した上で支出決定し、小切手を振り出して支払を行うものとされ、会議接待一件の費用が一〇〇万円未満である場合には、その経費支出伺の決裁は総務課長が専決により処理するものとされている。

4 昭和五七年五月上旬ころ、当時、総務課長であったAは、総務課の担当職員に指示して、実際には開催されない埼玉県企業局職員及び岐阜市水道部職員と大阪府水道部職員との会議接待を行うものと仮装して、会議の目的をいずれも「七拡事業調査に伴い水道事業の諸問題についての種々懇談のため」とし、開催年月日、開催場所、出席者、債権者、会議費支出金額を第一審判決添付の別表一記載のとおりとした内容虚偽の経費支出伺を作成させて、自らその決裁を専決し、さらに、これに見合う支出伝票を作成させて、会計課長の審査を受けた。そして、同月三一日、前記の方法により、同表記載の各債権者に対し、それぞれ同表の会議費支出金額欄記載の各金額合計六七万八三七〇円が支出された(以下、右各支出を「本件各支出」という。)。
5 本件各支出が、第一審判決添付の別表二記載の各会議接待の費用に充てられたとの事実を認めることはできず、大阪府水道企業の経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用として支出されたものとは認められない。

二 原審は、右事実を前提とし、地方公営企業の管理者が自己の権限に属する公金の支出行為を補助職員に専決させた場合において、管理者は、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当し、右補助職員に違法な公金支出について故意又は過失の帰責事由があるときは、管理者は、現実に右支出行為に関与していなくとも、補助職員をいわば手足として自己の権限に属する行為を行わせる者として、補助職員の責任をそのまま自己の責任として負うものであると解した上、上告人は、本件各支出につき、内部的な事務処理の便宜上、総務課長であるAを自己の手足として、管理者である自己の権限に属する右支出行為の補助執行を行わせたものであり、また、Aは、本件各支出が違法なものであることを知りながら右支出手続を行ったものであるから、上告人は、違法な本件各支出によって大阪府に与えた損害を賠償する責任を免れない、と判断した。

三 しかしながら、原審の右判断のうち、地方公営企業の管理者が自己の権限に属する公金の支出行為を補助職員に専決させた場合であっても、管理者は、法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」に該当する旨の判断は是認することができるが、その余の原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味するものである(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五七号同六二年四月一〇日第二小法廷判決民集四一巻三号二三九頁)。地方公営企業の管理者は、地方公営企業の業務の執行に関し、当該地方公共団体を代表する者であり、種々の財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている(地方公営企業法八条、九条)ことからすると、地方公営企業の業務の執行に関しては、普通地方公共団体における長と同視すべき地位にあるものとみるべきである(同法三四条参照)。したがって、地方公営企業の管理者は、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、その権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させることとしている場合であっても、地方公営企業法上、右財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている以上、右財務会計上の行為の適否が問題とされている当該代位請求住民訴訟において、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するものと解すべきである。そして、右専決を任された補助職員が管理者の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合は、管理者は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体に対し、右補助職員がした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である。けだし、管理者が右訓令等により法令上その権限に属する財務会計上の行為を特定の補助職員に専決させることとしている場合においては、当該財務会計上の行為を行う法令上の権限が右補助職員に委譲されるものではないが、内部的には、右権限は専ら右補助職員にゆだねられ、右補助職員が常時自らの判断において右行為を行うものとされるのであるから、右補助職員が、専決を任された財務会計上の行為につき違法な専決処理をし、これにより当該普通地方公共団体に損害を与えたときには、右損害は、自らの判断において右行為を行った右補助職員がこれを賠償すべきものであって、管理者は、前記のような右補助職員に対する指揮監督上の帰責事由が認められない限り、右補助職員が専決により行った財務会計上の違法行為につき、損害賠償責任を負うべきいわれはないものというべきだからである。

四 そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、上告人において、本件各支出につき、右に述べた帰責事由が存することを確定することなく、本件各支出につき専決をしたA総務課長に帰責事由があるときは、同課長に専決処理を任せた上告人は、同課長がした違法な本件各支出によって大阪府に与えた損害を賠償する責任があるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、上告人において、本件各支出につき、右の帰責事由が存するか否かについて更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すのが相当である。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

++解説
《解  説》
一 Xら七名は大阪府の住民であり、昭和五七年五月ころ、Y1は地方公営企業である大阪府水道企業の管理者、Y2は大阪府水道部長、Y3は同部次長、Y4は同部の総務課長として在職していた。
Yらは、スナック、バー、割烹、焼肉屋等において会議接待をしたとして、昭和五七年度水道事業費の会議接待費の名目の下に公金を支出したが、Xらは、右各会議接待はいずれも実在せず、本件各支出は、他の目的のためになされたものであって、違法であると主張して、Yらに対して、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、大阪府に代位して、右違法な公金支出により大阪府が被った損害合計金九〇万八七九〇円の支払いを求めた。
これに対し、Yらは、本案前の主張として、本件請求中、その一部の支出(二三万〇四二〇円)については、監査請求を経ていないから不適法である、と主張し、さらに、本案の主張として、本件各支出の支出目的とされたものが、現実には行われなかった架空の会議接待であったことは認めるが、本件各支出は、大阪府営水道第七次拡張事業に関連する別の会議接待のために支出されたものであり、社会通念上是認される範囲内の接待・支出であり、その支出手続にも違法な点はない、と主張した。
二 第一審及び原審の判断
第一審は、右の一部の支出(二三万〇四二〇円)は監査請求の対象とはされず、したがって、監査を経ていない不適法なものというべきであるとして、本件請求のうち、右支出分についての請求に係る訴えを、却下した。
さらに、職権で、Yらが法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当するか否かを検討し、本件会議接待費の支出につき、その原因となる契約を締結し、その支出決定をする権限を本来的に有するとされている者は管理者Y1であり、右権限が他のY2~Y4に委任されているとは認められないから、本件会議接待費の支出につき、その支出権限を有するのは、当時、水道企業管理者であったY1のみであり、その余のY2~Y4は、右権限を有しないから、Y1を除くY2~Y4に対する訴えは不適法であるとして却下した。
本案については、次のとおり判断した。
本件各支出は、昭和五七年五月上旬ころ、当時、総務課長であったY4が、総務課の担当職員に指示して、実際には開催されないS県企業局職員及びG市水道部職員との会議接待を行うものと仮装して、開催年月日、開催場所、出席者等について内容虚偽の記載をした経費支出伺を提出させて、自らその決裁を専決し、さらに、これに見合う支出伝票を作成させて、会計課長の審査を受け、同月三一日、所定の方法で各債権者に対してそれぞれの金額を支払うことにより行われたものである。そして、本件各支出が水道企業経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用として支出されたものとは認められないから、本件各支出は違法な公金の支出に当たるものというべきである。
地方公営企業の管理者が自己の権限に属する公金の支出行為を補助職員を用いてする場合には、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当するのは管理者のみであって、補助職員はこれに該当しないと解される反面、補助職員に違法な公金支出について故意若しくは過失の帰責事由があるときは、管理者は、現実に右支出行為に関与していなくとも、補助職員をいわば手足として自己の権限に属する行為を行わせる者として、補助職員の責任をそのまま自己の責任として負うものというべきである。本件では、Y1は、本件各支出につき管理者としてその権限を有し、内部的な事務処理の便宜上、総務課長であるY4を自己の手足として自己の権限に属する右支出行為の補助執行を行わせたにすぎないのであり、また、Y4は、本件各支出が違法なものであることを知りながら右支出手続を行ったものというべきであるから、Y1は、違法な本件各支出によって大阪府に与えた損害を賠償する責任を免れない。
第一審判決は、右のとおり判示し、Y2~Y4に対する訴えを却下するとともに、Y1に対する請求の一部(六七万八三七〇円)を認容し、大阪府への支払いを命じた。
右第一審判決に対し、Xらは、Y1に対する請求のうちの却下部分及びY2~Y4に対する訴えをいずれも却下したことを不服として、控訴し(昭和六三年(行コ)第二七号事件)、Y1も、右認容部分を不服として、控訴した(昭和六三年(行コ)第二六号事件)。
原審は、第一審判決の判断を相当として、右各控訴をいずれも棄却した。
原判決を不服として、Xら及びY1が上告した(Y1上告=平成二年(行ツ)第一三七号事件=本判決、Xら上告=平成二年(行ツ)第一三八号事件本誌本号八三頁)。
三 本判決は、地方公営企業の管理者Y1は、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、その権限に属する財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させることとしている場合であっても、右専決により処理された財務会計上の行為の適否が問題とされている本件代位請求住民訴訟において、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するとし、右の場合において、管理者Y1は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものであると判示した上、Y1(管理者)について右帰責事由が存することを確定しないで、Y4に専決処理を任せたY1は、Y4がした違法な本件各支出によって大阪府に与えた損害を賠償する責任があるとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあるとして、原判決を破棄し、Y1敗訴部分を原審に差し戻した。
四 法二四二条の二第一項四号所定の「普通地方公共団体に代位して行なう当該職員に対する損害賠償の請求」における「当該職員」の意義については、本判決が引用している最二小判昭62・4・10民集四一巻三号二三九頁、本誌六四〇号八三頁が、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味するものであり、およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者を被告として提起された同号所定の「当該職員」に対する損害賠償請求に係る訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法と解するのが相当であると判示し、この点についての最高裁の見解を明らかにしたところである。
その後の下級審裁判例は、右最判の見解に従っているのであるが、右判例の見解を、本件のような専決処理が行われたケースに具体的に適用する場合において、見解の対立が生じた。
五 補助職員に専決処理させた長等と法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」
1 財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている地方公共団体の長その他の職員がその権限に属する事務を補助職員に専決させている場合、長等は、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するかという点に関し、下級審の裁判例の見解は分かれているが、積極に解するものが多数である(積極に解するものとして、浦和地判昭55・12・14行裁集三一巻一二号二六七九頁、東京地判昭57・9・16行裁集三三巻九号一七九六頁、本誌四八二号一三〇頁、その控訴審東京高判昭58・7・28行裁集三四巻七号一三八九頁、本誌五一〇号一四九頁、神戸地判昭61・10・29本誌六三七号九九頁、京都地判昭62・7・13行裁集三八巻六=七号五五〇頁、本誌六五三号九六頁、東京地判昭63・3・15本誌六六七号一〇九頁、判時一二六六号一七頁、その控訴審東京高判平1・3・30判時一三一一号五八頁、札幌高判昭63・2・18本誌六六九号一三八頁、判時一二九二号九二頁、大阪高判平1・1・27本誌六九〇号二六一頁、松山地判平1・3・17本誌六九六号五七頁、判時一三〇五号二六頁、仙台高判平3・1・10本誌七五〇号五八頁、判時一三七〇号三頁、本件訴訟の一、二審判決があり、消極に解するものとして、右仙台高判の原審盛岡地判昭62・3・5本誌六三〇号九〇頁、判時一二二三号三〇頁、右札幌高判の原審札幌地判昭62・7・24判時一二六三号一〇頁がある。)。
2 専決の場合は、行政機関がその権限に属する特定の事項を、権限を委譲せずに内部的に補助職員に処理させるものであり、内部委任的な補助執行の一態様であって、あくまで対外的には自己の名において事務処理を行うものであるから、法令上財務会計上の行為を行う権限を付与されている長等は、その権限に属する特定の事項を専決事項としたとしても、公金の支出権限等の財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者である以上、「およそ」右権限を有する地位ないし職にあると認められない者とはいえず、「当該職員」に該当することを肯定して良いであろう。消極に解する見解は、当該専決事項(財務会計上の行為)に現実に関与していない長に対して賠償責任を負わせるのは酷であるとの考えによるものと思われるが、専決の場合に、長等がどのような要件のもとに賠償責任を負うと解すべきかは本案の問題であり、右最判の趣旨からしても、当該財務会計上の行為につきこれを行う権限を法令上本来的に有するとされている者である長等を、訴訟の入口の段階で訴訟要件を欠くとする論拠は乏しいものと思われる(山崎敏充・昭62最判解説(民)一三五頁参照)。
本判決は、長(管理者)は、補助職員に専決処理をさせている場合であっても、「当該職員」に該当すると判示したが、これは、右のような見解に立つものであろう。
六 補助職員に専決処理をさせた長等の賠償責任
1 原審(第一審)は、Y1(管理者)に対する請求につき、いわば「補助職員手足論」ともいうべき見解に立って、管理者は専決をした補助職員の責任をそのまま自己の責任として負担すると解して、管理者に対する請求の一部を認容している。原審の右見解は、是認し得るものであるのか、換言すれば、管理者であるY1が法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するとして、Y1はいかなる要件のもとに補助職員のした財務会計上の非違行為につき賠償責任を負うと解すべきか、これが次の問題である。
2 長等がその権限に属する事務を補助職員に専決処理させた場合に、当該補助職員が違法な財務会計上の行為を行ったときの長等の賠償責任の捉え方としては、①右補助職員の責任をそのまま長等の責任として長等の賠償責任を肯定する考え方(補助職員手足論)と、②補助職員とは独自に長等の帰責事由(補助職員に対する指揮監督責任等)の有無を判断すべきであるとする考え方とが対立している。下級審の裁判例は分かれているが、②の見解が多数である(①の見解に立つものとして、前掲東京地判昭63・3・15、本件の一、二審判決があり、②の見解に立つものとして、名古屋地判昭46・12・24行裁集二二巻一一=一二号二〇五八頁、その控訴審名古屋高判昭50・2・10行裁集二六巻二号一五五頁、前掲浦和地判昭55・12・14、前掲東京地判昭57・9・16、その控訴審前掲東京高判昭58・7・28、前掲京都地判昭62・7・13、前掲東京地判昭63・3・15の控訴審前掲東京高判平1・3・30、前掲大阪高判平1・1・27、前掲松山地判平1・3・17、前掲仙台高判平3・1・10がある。)。
3 本判決は②の見解を採用したが、以下の諸点を考慮したものであろう。
(1) 仮に、財務会計上の行為をする権限を有する長等が、例えば、個人的に信頼している職員に対し、私的に事務処理を依頼し、職印を預けて盲判を押させていたというような場合であれば、文字通り、右職員は長等の手足とみるべきであり、その者の非違行為は、すなわち長等の非違行為と評価すべきであろう。しかしながら、国及び地方公共団体において広く行われている専決処理は、右のようなものではなく、長等が、その権限に属する事務の処理を適切かつ能率的に行うために、一定の事項に限定して、その処理(意思決定を含む。)を相当の地位にある下部職員に委ねるものであり、専決処理をする者及びその対象となる事項は、訓令等によりあらかじめ明確に定められているのが通例である(本件における事務決裁規程は、大阪府公報に掲載されて公布され、住民にもその内容が知り得る状態になっている。大阪府水道企業管理規程等の公布に関する規程二条、五条)。要するに、事務の専決は、法の許容しない事務処理の方法とみるべきではなく、行政機関が組織的にその所管事項を処理し、決定するための法の許容する事務処理の方法とみるべきであろう。右のとおり、専決処理が内部的には正規の事務処理の方法であることを考慮すると、専決者のした行為につき組織体としての行政責任が問われたときには、長は、専決者のした行為につき行政責任を負うべきであるが、代位請求住民訴訟により当該地方公共団体に対する民法上の損害賠償責任が問われたときには、民法上の帰責事由(故意又は過失)がない限り、その責任を負わないものと解すべきである(自己責任の原則)。
(2) 前期①の見解は、債務者の履行補助者の故意・過失を債務者個人の故意・過失と同視する債権法の理論を専決の場合の長等の責任に当てはめようとするものであるが、その妥当性には疑問がある上、これを長(管理者)に対する不法行為による損害賠償責任が問われている本件のようなケースに適用することには、理論的にも問題がある(専決を任される補助職員は、いわゆるポスト指定であり、私的に選任されるものではない。)。
(3) 予算執行職員の賠償責任について定めた法二四三条の二第一項の後段の規定部分は、昭和三八年の法改正により新設されたものであるが、その趣旨は、予算執行職員の権限に属する事務を執行するに当たり実質的責任を有する者が賠償責任を負うべきであるとする観点から立法されたものであるといわれている(石川善則・昭61最判解説(民)七九頁、九一頁(注一九)参照)。しかるに、専決者が故意又は重過失により同条一項所定の非違行為を行い同項による損害賠償責任を負う場合に、長等について、指揮監督責任を問題とすることなく直ちに民法上の賠償責任を肯定したり、また、専決者が過失による非違行為を行った場合において、非違行為を行った専決者自身は法二四三条の二第一項の賠償責任を負わないのに(軽過失免責)、長等はその履行補助者の過失であるとして民法上の賠償責任を負わされるとの解釈は、右立法趣旨に反するものではないか。
(4) 本判決のように、長等の指揮監督責任の内容を限定的かつ具体的なものと捉える見解に立てば、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている長等の補助職員に対する指揮監督の懈怠は、財務会計上の非違行為とみてよいから、非財務的行為につき長の責任を問うものであるとの批判は当たらない。
4 本判決は、以上のような点を考慮して、長(管理者)の権限に属する財務会計上の行為を補助職員が専決により処理した場合は、長(管理者)は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当であると判示したものであろう。そして、本判決が、右の場合において、長(管理者)の帰責事由としているものの内容は、上司の下部職員に対する一般的な選任監督責任ではなく、本来自己の権限に属する当該財務会計上の行為を補助職員が専決する際の個別具体的な指揮監督の懈怠であることは、判文上、明らかである。したがって、本判決の趣旨からすれば、長等は、自ら当該財務会計上の非違行為を行ったのと同視し得る程度の指揮監督の懈怠がある場合に限り、損害賠償責任を負うものと解すべきであろう。
違法な専決処理をした補助職員とその指揮監督を怠った長等が、いずれも地方公共団体に対し賠償責任を負う場合における両賠償責任の関係は、共同不法行為(民法七一九条)の場合と同様に考えるべきであろう。
七 本判決の意義
長等の権限に属する財務会計上の行為が補助職員の専決により処理された場合に、住民が、右財務会計上の行為が違法であるとして、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に対する損害賠償請求に係る訴えを提起するときに、長等は被告とされるべき「当該職員」に該当するか、長等は右補助職員がした財務会計上の違法行為につき、どのような要件のもとに地方公共団体に対し損害賠償責任を負うべきか、という代位請求住民訴訟の基本的な枠組みともいうべき重要な点につき、従来、下級審の見解が分かれていたのであるが、本判決は、これらの点につき、前記のような明確な判断を示し、解釈の統一を図ったものであり、住民訴訟の実務において重要な意義を有するものといえよう。

2.事務配分的行政機関概念

3.国の行政組織

4.地方公共団体

5.国と地方公共団体との関係

・通達
+判例(S43.12.24)墓地埋葬通達事件
理由
上告代理人池谷四郎の上告理由について。
論旨は、要するに、本件通達は従来慣習法上認められていた異宗派を理由とする埋葬拒否権の内容を変更し、新たに上告人に対して一般第三者の埋葬請求を受忍すべき義務を負わせたものであつて、この通達によれば、爾後このような理由による拒否に対しては刑罰を科せられるおそれがあり、また、右通達が発せられてからは現に多くの損害、不利益を被つている、従つて、右通達は上告人ら国民をも拘束し、直接具体的に上告人らに法律上の効果を及ぼしているのであつて、原判決が上告人のこのような主張を排斥して本訴を許すべからざるものとしたのは、本件通達の内容、効果を誤認し、ひいて法律の適用を誤つたものであり、また、審理不尽の違法を犯している、というのである。
しかし、本件通達は、厚生省公衆衛生局環境衛生部長から都道府県指定都市衛生主管部局長にあてて発せられたもので、その内容は、墓地、埋葬等に関する法律一三条に関し、昭和二四年八月二二日付東京都衛生局長あて回答に示した見解を改め、今後は内閣法制局第一部長の昭和三五年二月一五日付回答の趣旨にそつて解釈、運用することとしたことを明らかにすると同時に、諸機関において、この点に留意して埋葬等に関する事務処理をするよう求めたものであり、行政組織および右法律の施行事務に関する関係法令を参しやくすれば、本件通達は、被上告人がその権限にもとづき所掌事務について、知事をも含めた関係行政機関に対し、法律の解釈、運用の方針を示して、その職務権限の行使を指揮したものと解せられる。
元来、通達は、原則として、法規の性質をもつものではなく、上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであり、このような通達は右機関および職員に対する行政組織内部における命令にすぎないから、これらのものがその通達に拘束されることはあつても、一般の国民は直接これに拘束されるものではなく、このことは、通達の内容が、法令の解釈や取扱いに関するもので、国民の権利義務に重大なかかわりをもつようなものである場合においても別段異なるところはない。このように、通達は、元来、法規の性質をもつものではないから、行政機関が通達の趣旨に反する処分をした場合においても、そのことを理由として、その処分の効力が左右されるものではない。また、裁判所がこれらの通達に拘束されることのないことはもちろんで、裁判所は、法令の解釈適用にあたつては、通達に示された法令の解釈とは異なる独自の解釈をすることができ、通達に定める取扱いが法の趣旨に反するときは独自にその違法を判定することもできる筋合である。
このような通達一般の性質、前述した本件通達の形式、内容および原判決の引用する一審判決議定の事実(拳示の証拠に照らし肯認することができる。)その他原審の適法に確定した事実ならびに墓地、埋葬等に関する法律の規定を併せ考えれば、本件通達は従来とられていた法律の解釈や取扱いを変更するものではあるが、それはもつぱら知事以下の行政機関を拘束するにとどまるもので、これらの機関は右通達に反する行為をすることはできないにしても、国民は直接これに拘束されることはなく、従つて、右通達が直接に上告人の所論墓地経営権、管理権を侵害したり、新たに埋葬の受忍義務を課したりするものとはいいえない。また、墓地、埋葬等に関する法律二一条違反の有無に関しても、裁判所は本件通達における法律解釈等に拘束されるものではないのみならず、同法一三条にいわゆる正当の理由の判断にあたつては、本件通達に示されている事情以外の事情をも考慮すべきものと解せられるから、本件通達が発せられたからといつて直ちに上告人において刑罰を科せられるおそれがあるともいえず、さらにまた、原審において上告人の主張するような損害、不利益は、原判示のように、直接本件通達によつて被つたものということもできない。 
そして、現行法上行政訴訟において取消の訴の対象となりうるものは、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分等でなければならないのであるから、本件通達中所論の趣旨部分の取消を求める本件訴は許されないものとして却下すべきものである。
以上のとおりであるから、これと同旨の原判決の判断は正当として首肯することができる。所論はるる主張するが、ひつきよう、原判決のした事実の認定を非難するか、原判示を誤解するか、または、原判示にそわない事実もしくは独自の見解を前提として原判決の違法を主張するものであり、原判決には所論の違法は認められない。所論はすべて採用することはできない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

・自治事務だけでなく法定受託事務も国の事務ではなく地方公共団体の事務である(改正前の機関委任事務は国の事務だった)!!
→国が地方公共団体の事務処理に関与するには法律の根拠が必要。

6.独立行政法人等
(1)独立行政法人
(2)特殊法人
(3)公共組合
(4)認可法人
(5)指定法人
(6)独立行政法人等の法的取扱い

内部関係
+(国の機関等に対する処分等の適用除外)
行政手続法第4条
1項 国の機関又は地方公共団体若しくはその機関に対する処分(これらの機関又は団体がその固有の資格において当該処分の名あて人となるものに限る。)及び行政指導並びにこれらの機関又は団体がする届出(これらの機関又は団体がその固有の資格においてすべきこととされているものに限る。)については、この法律の規定は、適用しない。
2  次の各号のいずれかに該当する法人に対する処分であって、当該法人の監督に関する法律の特別の規定に基づいてされるもの(当該法人の解散を命じ、若しくは設立に関する認可を取り消す処分又は当該法人の役員若しくは当該法人の業務に従事する者の解任を命ずる処分を除く。)については、次章及び第三章の規定は、適用しない。
一  法律により直接に設立された法人又は特別の法律により特別の設立行為をもって設立された法人
二  特別の法律により設立され、かつ、その設立に関し行政庁の認可を要する法人のうち、その行う業務が国又は地方公共団体の行政運営と密接な関連を有するものとして政令で定める法人
3  行政庁が法律の規定に基づく試験、検査、検定、登録その他の行政上の事務について当該法律に基づきその全部又は一部を行わせる者を指定した場合において、その指定を受けた者(その者が法人である場合にあっては、その役員)又は職員その他の者が当該事務に従事することに関し公務に従事する職員とみなされるときは、その指定を受けた者に対し当該法律に基づいて当該事務に関し監督上される処分(当該指定を取り消す処分、その指定を受けた者が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる処分又はその指定を受けた者の当該事務に従事する者の解任を命ずる処分を除く。)については、次章及び第三章の規定は、適用しない。
4  次に掲げる命令等を定める行為については、第六章の規定は、適用しない。
一  国又は地方公共団体の機関の設置、所掌事務の範囲その他の組織について定める命令等
二  皇室典範 (昭和二十二年法律第三号)第二十六条 の皇統譜について定める命令等
三  公務員の礼式、服制、研修、教育訓練、表彰及び報償並びに公務員の間における競争試験について定める命令等
四  国又は地方公共団体の予算、決算及び会計について定める命令等(入札の参加者の資格、入札保証金その他の国又は地方公共団体の契約の相手方又は相手方になろうとする者に係る事項を定める命令等を除く。)並びに国又は地方公共団体の財産及び物品の管理について定める命令等(国又は地方公共団体が財産及び物品を貸し付け、交換し、売り払い、譲与し、信託し、若しくは出資の目的とし、又はこれらに私権を設定することについて定める命令等であって、これらの行為の相手方又は相手方になろうとする者に係る事項を定めるものを除く。)
五  会計検査について定める命令等
六  国の機関相互間の関係について定める命令等並びに地方自治法 (昭和二十二年法律第六十七号)第二編第十一章 に規定する国と普通地方公共団体との関係及び普通地方公共団体相互間の関係その他の国と地方公共団体との関係及び地方公共団体相互間の関係について定める命令等(第一項の規定によりこの法律の規定を適用しないこととされる処分に係る命令等を含む。)
七  第二項各号に規定する法人の役員及び職員、業務の範囲、財務及び会計その他の組織、運営及び管理について定める命令等(これらの法人に対する処分であって、これらの法人の解散を命じ、若しくは設立に関する認可を取り消す処分又はこれらの法人の役員若しくはこれらの法人の業務に従事する者の解任を命ずる処分に係る命令等を除く。)

+判例(S53.12.8)成田新幹線事件
理由
上告代理人重富義男、同古山昭三郎、同大江忠の上告理由について
本件認可は、いわば上級行政機関としての運輸大臣が下級行政機関としての日本鉄道建設公団に対しその作成した本件工事実施計画の整備計画との整合性等を審査してなす監督手段としての承認の性質を有するもので、行政機関相互の行為と同視すべきものであり、行政行為として外部に対する効力を有するものではなく、また、これによつて直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。また、所論違憲の主張は、本件認可が直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものであることを前提とするものであつて、その前提を欠く。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を論難するにすぎないものであつて、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林讓 裁判官 栗本一夫)


行政法 基本行政法 法の一般原則 宜野座 青色 在ブラジル 余目


1.平等原則
(1)法律による行政の原理と対立しない場合
区別して取り扱うことに合理的な理由があるか

(2)法律による行政の原理と対立する場合
平等原則を根拠に違法な行政行為をするように求めることはできない

2.比例原則
比例原則=行政目的を達成するために必要な範囲でのみ行政権限を用いることが許される

3.信義則・信頼保護原則
(1)法律による行政の原理と対立しない場合

+判例(S56.1.27)
理由
上告代理人中居久雄の上告理由第二点について
一 原審の確定した本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。
(一) 上告人は、被上告人宜野座村内に製紙工場(以下「本件工場」という。)の建設を計画し、昭和四五年一一月に当時被上告人の村長であつたAに対し右工場の誘致及び被上告人所有地を工場敷地として上告人に譲渡することを陳情した。これに対し、同村長は、本件工場を誘致し右工場敷地の一部として村有地を上告人に譲渡する旨の被上告人村議会の議決を経由したうえ、昭和四六年三月上告人に対し右工場建設に全面的に協力することを言明した。
(二) そこで、上告人は、A村長及び村議会議員らの協力のもとに被上告人村内に工場敷地を選定したうえ、当時河川を管理していた米国民政府に対し工場操業に必要な水利権設定の申請を行うため、右申請に対する被上告人村長の同意書を得た
(三) 上告人は、昭和四六年八月ごろ本件工場敷地の一部として予定された村有地の耕作者らに土地明渡に対する補償料を支払い、更に昭和四七年三月ごろより本件工場に備え付ける機械設備の発注の準備を進めていたが、A村長は、これを了承していたばかりでなく、引き続き工場建設に協力する意向を示し、その速やかな推進を希望し、同年一〇月には、かねての上告人との約定に基づき、沖縄振興開発金融公庫に対し、上告人が機械設備発注のために必要としている融資を促進されたい旨の依頼文書を送付した。
同じころ、上告人は右機械設備を発注し、更に前記工場敷地の整地工事に着手して同年一二月初めにはこれを完了した。
(四) ところが、同月行われた村長選挙において当選し、昭和四八年一月初めにAに代わつて被上告人村長に就任したBは、本件工場設置に反対する工場予定地周辺の住民の支持を得て当選したものであるところから、本件工場建設に反対する意向を固め、上告人が沖縄県建築基準法施行細則二条一項の規定に基づき同村長のもとに提出した本件工場の建築確認申請書を同条二項の規定に反しその名宛人たる沖縄県の建築主事に送付することなく、上告人に対し、工場予定地周辺の住民が工場建設に反対していること、村議会の本件工場誘致の議決後に社会情勢が急変したこと、本体工場の建設は将来付近地域の開発に支障をもたらすおそれがあること、本件工場予定地の上流に農業用ダムの建設計画があることを理由として、同年三月二九日付で右建築確認申請に不同意である旨の通知をした。
(五) 上告人は、このようにして本件工場建設に対する被上告人の協力が得られなくなつた結果、右工場の建設ないし操業は不可能となつたので、やむなくこれを断念した。
所論の本訴請求は、以上のような事実関係に基づき、被上告人の所為は上告人との間に形成された信頼関係を不当に破るものであるとして、上告人が被上告人に対し、前記機械設備の発注により支払義務を負担することとなつた代金相当額等その被つた積極的損害(元本額五五七四万五六一四円)の賠償を求めるものであるところ原判決は、本件工場建設に対する被上告人の積極的な協力は住民の福祉増進を目的とし、住民意思に副うことを前提とするものであるから、A前村長らによる企業誘致の方針が村民によつて批判され、批判勢力の支持するB村長が選出された以上、上告人は被上告人の協力を期待すべきではなく、被上告人の協力拒否を違法ということはできないとして、右請求を排斥した第一審判決を維持した。

二 そこで、原審の右判断の当否について検討するのに、地方公共団体の施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則は地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則であり、また、地方公共団体のような行政主体が一定内容の将来にわたつて継続すべき施策を決定した場合でも、右施策が社会情勢の変動等に伴つて変更されることがあることはもとより当然であつて、地方公共団体は原則として右決定に拘束されるものではない。しかし、右決定が、単に一定内容の継続的な施策を定めるにとどまらず、特定の者に対して右施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものである場合には、右特定の者は、右施策が右活動の基盤として維持されるものと信頼し、これを前提として右の活動ないしその準備活動に入るのが通常である。このような状況のもとでは、たとえ右勧告ないし勧誘に基づいてその者と当該地方公共団体との間に右施策の維持を内容とする契約が締結されたものとは認められない場合であつても、右のように密接な交渉を持つに至つた当事者間の関係を規律すべき信義衡平の原則に照らし、その施策の変更にあたつてはかかる信頼に対して法的保護が与えられなければならないものというべきである。すなわち、右施策が変更されることにより、前記の勧告等に動機づけられて前記のような活動に入つた者がその信頼に反して所期の活動を妨げられ、社会観念上看過することのできない程度の積極的損害を被る場合に、地方公共団体において右損害を補償するなどの代償的措置を講ずることなく施策を変更することは、それがやむをえない客観的事情によるのでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体の不法行為責任を生ぜしめるものといわなければならない。そして、前記住民自治の原則も、地方公共団体が住民の意思に基づいて行動する場合にはその行動になんらの法的責任も伴わないということを意味するものではないから、地方公共団体の施策決定の基盤をなす政治情勢の変化をもつてただちに前記のやむをえない客観的事情にあたるものとし、前記のような相手方の信頼を保護しないことが許されるものと解すべきではない
これを本件についてみるのに、前記事実関係に照らせば、A前村長は、村議会の賛成のもとに上告人に対し本件工場建設に全面的に協力することを言明したのみならず、その後退任までの二年近くの間終始一貫して本件工場の建設を促し、これに積極的に協力していたものであり、上告人は、これによつて右工場の建設及び操業開始につき被上告人の協力を得られるものと信じ、工場敷地の確保・整備、機械設備の発注等を行つたものであつて、右は被上告人においても予想し、期待するところであつたといわなければならない。また、本件工場の建設が相当長期にわたる操業を予定して行われ、少なからぬ資金の投入を伴うものであることは、その性質上明らかである。このような状況のもとにおいて、被上告人の協力拒否により、本件工場の建設がこれに着手したばかりの段階で不可能となつたのであるから、その結果として上告人に多額の積極的損害が生じたとすれば、右協力拒否がやむをえない客観的事情に基づくものであるか、又は右損害を解消せしめるようななんらかの措置が講じられるのでない限り、右協力拒否は上告人に対する違法な加害行為たることを免れず、被上告人に対しこれと相当因果関係に立つ損害としての積極的損害の賠償を求める上告人の請求は正当として認容すべきものといわなければならない。

三 以上によれば、前記の理由によつて、被上告人が前言をひるがえし本件工場建設に対する協力を拒否したことの違法を原因とする本訴請求を排斥した原判決は法令の解釈適用を誤つたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中右請求に関する部分は破棄を免れない。右請求については、被上告人の本件工場建設に対する協力拒否がやむをえない事情に基づくものであるかどうか、右協力拒否と本件工場の建設ないし操業の不能との因果関係の有無、上告人に生じた損害の程度等の点につき更に審理を尽くす必要があると認められるので、本件のうち右請求に関する部分を原審に差し戻すこととする。
本件上告中、被上告人村長が上告人提出の建築確認申請書の送付を怠つたことを理由とする損害賠償請求につき原判決の破棄を求める部分については、上告人は民訴法三九八条に違背し民訴規則五〇条所定の期間内に上告理由を記載した書面を提出しないので、右上告は却下を免れない。
よつて、民訴法四〇七条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 環昌一 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

(2)法律による行政の原理と対立する場合
・租税の賦課のように、裁量が認められない処分については、信頼保護と法律による行政の原理とが対立する場合がある

+判例(S62.10.30)青色申告
理  由
上告代理人藤井俊彦、同松村利教、同宮崎直見、同岡光民雄、同田邉安夫、同中本尚、同西修一郎、同大城正春、同岩田登、同戸田信次、同坂田嘉一の上告理由について
一 原審が確定したところによれば、(1) 被上告人の実兄であり、かつ養父であつた式貞道(昭和四七年九月二一日死亡)は、戦前から酒類販売業の免許を受け、式商店の商号で酒類販売業を営んでいた、(2) 被上告人は、昭和二五年四月門司税務署を退職し、式商店の営業に従事するようになり、昭和二九年一一月ころから事実上被上告人が中心となつて同店の業務を運営するようになつた。(3) 貞道は青色申告の承認を受けており、式商店の営業による事業所得については、昭和二九年分から同四五年分まで貞道名義により青色申告がされてきたが、昭和四七年三月、同四六年分につき、被上告人が青色申告の承認を受けることなく自己の名義で青色申告書による確定申告をしたところ、上告人は、被上告人につき青色申告の承認があるかどうかの確認を怠り、右申告書を受理し、さらに昭和四七年分から同五〇年分までの所得税についても、被上告人に青色申告用紙を送付し、被上告人の青色申告書による確定申告を受理するとともにその申告に係る所得税額を収納してきた、(4) 貞道名義で青色申告を継続してきた間、青色申告の承認を取り消されるようなことはなく、昭和四六年以降も式商店の帳簿書類の整備保存態勢に変化はなかつた、(5) 被上告人は、昭和五一年三月、上告人から青色申告の承認申請がなかつたことを指摘されるや直ちにその申請をし、同年分以降についてその承認を受けた、というものである。

二 原審は、青色申告制度が課税所得額の基礎資料となる帳簿書類を一定の形式に従つて保存整備させ、その内容に隠蔽、過誤などの不実記載がないことを担保させることによつて、納税者の自主的かつ公正な申告による課税の実現を確保しようとする制度であることから考えると、右のような制度の趣旨を潜脱しない限度においては、青色申告書の提出について税務署長の承認を受けていなくても、青色申告としての効力を認めてもよい例外的な場合があるとしたうえ、右の事実関係のもとにおいては、被上告人が青色申告書を提出することについてその承認申請をしなかつたとしても、必ずしも青色申告制度の趣旨に背馳するとは考えられず、上告人が青色申告書による確定申告を受理し、これにつきその承認があるかどうかの確認を怠り、単に被上告人が承認申請をしていなかつたことだけで青色申告の効力を否認するのは信義則に違反し許されないとし、被上告人の昭和四八年分及び同四九年分の各所得税の確定申告について、これを白色申告とみなして行つた本件各更正処分は違法である、と判断した。
論旨は、要するに、原審の右判断は、法令の解釈適用を誤り、審理不尽、理由不備の違法を犯したものである、というのである。

三 所得税法第二編第五章第三節に規定する青色申告の制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算し自主的に申告して納税する申告納税制度のもとにおいて、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであつて、同法一四三条所定の所得を生ずべき業務を行う納税者で、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する者について、当該納税者の申請に基づき、その者が特別の申告書(青色申告書)により申告することを税務署長が承認するものとし、その承認を受けた年分以後青色申告書を提出した納税者に対しては、推計課税を認めないなどの課税手続上の特典及び事業専従者給与や各種引当金・準備金の必要経費算入、純損失の繰越控除など所得ないし税額計算上の種々の特典を与えるものである。青色申告の承認は、所得税法一四四条の規定に基づき所定の申請書を提出した居住者(同法二条三号)に与えられる(同法一四六条、一四七条)。そして、青色申告の承認の効力は、その承認を受けた居住者が一定の業務を継続する限りにおいて存続する一身専属的なものとされている(同法一五一条二項)。
以上のような青色申告の制度をみれば、青色申告の承認は、課税手続上及び実体上種々の特典(租税優遇措置)を伴う特別の青色申告書により申告することのできる法的地位ないし資格を納税者に付与する設権的処分の性質を有することが明らかである。そのうえ、所得税法は、税務署長が青色申告の承認申請を却下するについては申請者につき一定の事実がある場合に限られるものとし(一四五条)、かつ、みなし承認の規定を設け(一四七条)、同法所定の要件を具備する納税者が青色申告の承認申請書を提出するならば、遅滞なく青色申告の承認を受けられる仕組みを設けている。このような制度のもとにおいては、たとえ納税者が青色申告の承認を受けていた被相続人の営む事業にその生前から従事し、右事業を継承した場合であつても、青色申告の承認申請書を提出せず、税務署長の承認を受けていないときは、納税者が青色申告書を提出したからといつて、その申告に青色申告としての効力を認める余地はないものといわなければならない。これと異なり、青色申告書の提出について税務署長の承認を受けていなくても青色申告としての効力を認めてもよい例外的な場合がある、とした原審の判断は、青色申告の制度に関する法令の解釈適用を誤つたものというほかない。
原審の確定した事実関係によれば、被上告人は、その昭和四八年分及び同四九年分の各所得税について青色申告の承認を受けていないというのであるから、被上告人の右両年分の所得税の確定申告については、青色申告としての効力を認める余地はなく、これを白色申告として取り扱うべきものである。そのうえで、被上告人の確定申告につき、上告人が法令の規定どおりに白色申告として所得金額及び所得税額を計算し、更正処分をすることを違法とする特別の事情があるかどうかを検討すべきものである。

四 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たつては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになつたものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない
これを本件についてみるに、納税申告は、納税者が所轄税務署長に納税申告書を提出することによつて完了する行為であり(国税通則法一七条ないし二二条参照)、税務署長による申告書の受理及び申告税額の収納は、当該申告書の申告内容を是認することを何ら意味するものではない(同法二四条参照)。また、納税者が青色申告書により納税申告したからといつて、これをもつて青色申告の承認申請をしたものと解しうるものでないことはいうまでもなく、税務署長が納税者の青色申告書による確定申告につきその承認があるかどうかの確認を怠り、翌年分以降青色申告の用紙を当該納税者に送付したとしても、それをもつて当該納税者が税務署長により青色申告書の提出を承認されたものと受け取りうべきものでないことも明らかである。そうすると、原審の確定した前記事実関係をもつてしては、本件更正処分が上告人の被上告人に対して与えた公的見解の表示に反する処分であるということはできないものというべく、本件更正処分について信義則の法理の適用を考える余地はないものといわなければならない

五 したがつて、以上とは異なる見解に立ち、本件更正処分を違法なものとした原判決には、法律の解釈適用を誤つた違法があり、ひいては審理不尽の違法があるものといわなければならず、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、本件更正処分の適否について更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂上壽夫 伊藤正己 安岡滿彦 長島敦)

・地方公共団体による消滅時効の主張と信義則

+判例(H19.2.6)在ブラジル被爆者健康管理手当不支給事件
理由
上告代理人大竹たかしほかの上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人らは、いずれも、広島市に投下された原子爆弾に被爆した者であり、昭和30年ころから同40年にかけてブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」という。)に移住した。
(2) 昭和32年に原子爆弾被爆者の医療等に関する法律が、同43年に原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「原爆特別措置法」という。)がそれぞれ制定され、平成6年にこれらの法律を統合する形で原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」といい、原爆特別措置法と併せて「被爆者援護法等」という。)が制定された。健康管理手当は、原爆特別措置法5条又は被爆者援護法27条に基づき、造血機能障害、肝臓機能障害、循環器機能障害等の疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっている被爆者に支給される手当である。その支給に係る事務は、都道府県知事が国の機関として主務大臣(厚生大臣)の指揮監督の下に処理すべき事務とされていたが(地方自治法(平成11年法律第87号による改正前のもの)148条2項、150条、別表第3第1項(10の2)、地方自治法(平成6年法律第117号による改正前のもの)別表第3第1項(10の3)、国家行政組織法(平成11年法律第87号による改正前のもの)15条2項)、その後、平成11年法律第87号による地方自治法の改正に伴い、第1号法定受託事務に改められた(同法2条9項1号、10項、別表第1)
(3) 厚生省公衆衛生局長は、昭和49年7月22日付けで、各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あての「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の施行について」と題する通達(昭和49年衛発第402号。以下「402号通達」という。)を発出し、原爆特別措置法に基づく健康管理手当の受給権は、当該被爆者が我が国の領域を越えて居住地を移した場合、失権の取扱いとなるものと定めた。被爆者援護法が制定された後も、厚生事務次官が平成7年5月15日付けで各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あてに発出した「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の施行について」と題する通知(平成7年発健医第158号)に基づき、402号通達による上記の取扱いが継続されてきたしかし、被爆者援護法等には、健康管理手当の受給権を取得した被爆者が国外に居住地を移した場合に同受給権を失う旨の規定は存在せず、402号通達の上記定め及びこれに基づく行政実務は、被爆者援護法等の解釈を誤る違法なものであった
(4) 被上告人らは、いずれも、平成3年から同7年にかけて、ブラジルから一時帰国し、被爆者援護法等に基づき、広島県知事から循環器機能障害等の疾病の認定を受け、被上告人X1及び同X2については平成7年6月から同12年5月までの間、同X3については同6年6月から同11年5月までの間をそれぞれ支給期間とする健康管理手当を支給する旨の健康管理手当証書の交付を受けた(以下、これらの健康管理手当を併せて「本件健康管理手当」という。)。
(5) 広島県知事は、被上告人らがその後間もなくブラジルに出国したことから、402号通達を根拠として、被上告人X1については平成7年7月分以降、同X2については同年8月分以降、同X3については同6年7月分以降の本件健康管理手当の支給をそれぞれ打ち切った。
(6) その後、被上告人らは、平成14年7月から12月にかけて、本件健康管理手当の支払を求めて本件訴えを提起した。同15年3月1日、402号通達は廃止され、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令及び原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則にも、被爆者健康手帳の交付を受けた者であって国内に居住地及び現在地を有しないものも健康管理手当の支給を受けることができることを前提とする規定が設けられるに至った上告人は、これらの改正に伴い、被上告人らに健康管理手当を支給したが、本件健康管理手当のうち、本件各提訴時点で既に各支給月の末日から5年を経過していた分については、地方自治法236条所定の時効により受給権が消滅したとして、その支給をしなかった

2 本件は、被上告人らが上告人に対し、原爆特別措置法5条又は被爆者援護法27条に基づき、未支給の本件健康管理手当及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
3(1) 被爆者援護法等に基づく健康管理手当は、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、原子爆弾の放射能の影響による造血機能障害等の障害に苦しみ続け、不安の中で生活している被爆者に対し、毎月定額の手当を支給することにより、その健康及び福祉に寄与することを目的とするものである(原爆特別措置法5条、被爆者援護法前文、27条参照)。前記事実関係等によれば、被上告人らは、その申請により本件健康管理手当の受給権を具体的な権利として取得したところ、上告人は、被上告人らがブラジルに出国したとの一事により、同受給権につき402号通達に基づく失権の取扱いをしたものであり、しかも、このような通達や取扱いには何ら法令上の根拠はなかったというのである。通達は、行政上の取扱いの統一性を確保するために、上級行政機関が下級行政機関に対して発する法解釈の基準であって、国民に対し直接の法的効力を有するものではないとはいえ、通達に定められた事項は法令上相応の根拠を有するものであるとの推測を国民に与えるものであるから、前記のような402号通達の明確な定めに基づき健康管理手当の受給権について失権の取扱いをされた者に、なおその行使を期待することは極めて困難であったといわざるを得ない。他方、国が具体的な権利として発生したこのような重要な権利について失権の取扱いをする通達を発出する以上、相当程度慎重な検討ないし配慮がされてしかるべきものである。しかも、402号通達の上記失権取扱いに関する定めは、我が国を出国した被爆者に対し、その出国時点から適用されるものであり、失権取扱い後の権利行使が通常困難となる者を対象とするものであったということができる。
 以上のような事情の下においては、上告人が消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れようとすることは、違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け、又は事務を受託し、自らも上記通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が、受給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しいものといわざるを得ない。そうすると、上告人の消滅時効の主張は、402号通達が発出されているにもかかわらず、当該被爆者については同通達に基づく失権の取扱いに対し訴訟を提起するなどして自己の権利を行使することが合理的に期待できる事情があったなどの特段の事情のない限り、信義則に反し許されないものと解するのが相当である。本件において上記特段の事情を認めることはできないから、上告人は、消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れることはできないものと解される。
(2) 論旨は、地方自治法236条2項所定の普通地方公共団体に対する権利で金銭の給付を目的とするものは、同項後段の規定により、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要することなく、時効期間の満了により当然に消滅するから、その消滅時効の主張が信義則に反し許されないと解する余地はないというものである。
ところで、同規定が上記権利の時効消滅につき当該普通地方公共団体による援用を要しないこととしたのは、上記権利については、その性質上、法令に従い適正かつ画一的にこれを処理することが、当該普通地方公共団体の事務処理上の便宜及び住民の平等的取扱いの理念(同法10条2項参照)に資することから、時効援用の制度(民法145条)を適用する必要がないと判断されたことによるものと解される。このような趣旨にかんがみると、普通地方公共団体に対する債権に関する消滅時効の主張が信義則に反し許されないとされる場合は、極めて限定されるものというべきである。
しかしながら地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならないものとされている(地方自治法2条16項)。この法令遵守義務は、地方公共団体の事務処理に当たっての最も基本的な原則ないし指針であり、普通地方公共団体の債務についても、その履行は、信義に従い、誠実に行う必要があることはいうまでもない。そうすると、本件のように、普通地方公共団体が、上記のような基本的な義務に反して、既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し、法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし、その行使を著しく困難にさせた結果、これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては、上記のような便宜を与える基礎を欠くといわざるを得ず、また、当該普通地方公共団体による時効の主張を許さないこととしても、国民の平等的取扱いの理念に反するとは解されず、かつ、その事務処理に格別の支障を与えるとも考え難い。したがって、本件において、上告人が上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されないものというべきである。論旨の引用する判例(最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁)は、事案を異にし本件に適切でない。
4 原審の判断は、これと同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖の補足意見がある。

+補足意見
裁判官藤田宙靖の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛成するものであるが、地方自治法236条2項の規定にもかかわらず、本件において消滅時効の成立を認めない理論的根拠について、若干の補足をしておくこととしたい。
信義誠実の原則は、法の一般原理であって、行政法規の解釈に当たってもその適用が必ずしも排除されるものではないことは、今日広く承認されているところである。地方自治法236条2項の解釈・適用に当たってもこのことは変わらないのであって、住民が権利行使を長期間行わなかったことの主たる原因が、行政主体が権利行使を妨げるような違法な行動を積極的に執っていたことに見出される場合にまで、消滅時効を理由に相手方の請求権を争うことを認めるような結果は、そもそも同条の想定しないところと考えるべきである。その意味において、本件のようなケースにおいては、同条2項ただし書にいう「法律に特別の定めがある場合」に準ずる事情があるものとして、なお時効援用の必要及びその信義則違反の有無につき論じる余地が認められるものというべきである。
(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 上田豊三 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平)

++解説
《解  説》
1 事案の概要
広島市及び長崎市に投下された原子爆弾に被爆した被爆者に対して,各種の手当を支給する措置が,「原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律」(以下「旧原爆特別措置法」という。)及び「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」(以下,「被爆者援護法」といい,旧原爆特別措置法と併せて「被爆者援護法等」という。)によって講じられてきた。本件は,被爆者であるXらが,被爆者援護法等に基づき,健康管理手当の受給権を取得したものの,その後,ブラジルに出国したことに伴い同手当の支給を打ち切られたことから,Yに対し,未支給の健康管理手当の支払を求めた事案である。
(1) 本件のXらは,広島市に投下された原子爆弾に被爆した被爆者であるが,いずれも,戦後,ブラジルに移住した。
Xらは,平成3年から7年にかけて,ブラジルから一時帰国し,広島県知事に対し被爆者援護法等に基づく申請をした結果,いずれも5年の期間を指定した健康管理手当(以下「本件健康管理手当」という。)の受給権を取得した。
しかるに,広島県知事は,Xらがその後間もなくブラジルに出国したことを理由に,本件健康管理手当の支給を打ち切った。
(2) 広島県知事がこのように,本件健康管理手当の支給を打ち切ったのは,いわゆる402 号通達の「健康管理手当の受給権は,当該被爆者が我が国の領域を越えて居住地を移した場合,失権の取扱いとなる」との定めを根拠とするものであった。
しかしながら,被爆者援護法等には,健康管理手当の受給権を取得した被爆者が国外に居住地を移した場合にその受給権を失う旨の規定は存在せず,402号通達及びこれに基づく行政実務は,被爆者援護法等の解釈を誤る違法なものであった。
(3) 結局,402号通達は廃止され,Yは,Xらに健康管理手当を支給したが,本件健康管理手当のうち,本件提訴時点で既に各支給月の末日から5年を経過していた分については,地方自治法(以下「法」という。)236条所定の時効により受給権が消滅したとして,その支給をしなかった。そこで,このようなYによる消滅時効の主張が信義則に照らし許されるか否かが争われたのが本件である。

2 問題の所在
(1) 上記事実関係によれば,402号通達が廃止されるまでの間は,Xらが支給を打ち切られた健康管理手当の受給権を行使しようとしても,Yが同通達を根拠にこれを拒絶することが明らかであり,Xらはこのような権利行使をすることが困難であったと認められるばかりか,その支給義務者においてXらの権利行使を妨げていたと評価すべき事情があった。そうすると,これが民法上の消滅時効であれば,このようなYが,その権利の不行使を理由に消滅時効を援用することは,信義則(禁反言の法理)に反し許されないと解する余地が十分にある。ところが,本件健康管理手当の受給権のような公法上の債権については,法236条2項後段により,消滅時効の援用が不要とされており,そもそも信義則違反とすべき対象である「援用」がないのであるから,信義則違反の主張は主張自体失当なのではないかが問題となる(以下「問題点(1)」という。)。
(2) また,最一小判平1. 12. 21民集43巻12号2209頁,判タ753号84頁(以下「最高裁平成元年判決」という。)は,民法724条後段所定の除斥期間につき,一定の時の経過によって法律関係を確定させるための請求権の存続期間を画一的に定めたものであり,同条所定の期間の経過とともに権利が法律上当然に消滅するものであるから,除斥期間の主張が信義則に違反するとの債権者の主張は主張自体失当である旨判示している。そうすると,法236条2項所定の消滅時効も,義務者による援用を要することなく権利が消滅する点においては除斥期間と同一であるから,同判決と同様,XらがYによる消滅時効の主張を信義則違反であると主張することは,そもそも主張自体失当ではないかが問題となる(以下「問題点(2)」という。)。

3 本判決の判断
1審判決は,Yの消滅時効の主張を認め,Xらの請求を棄却すべきものとしたが,原審は,Yの主張を排斥し,Xらの請求を認容すべきものとした。本判決は,次のとおり判示して,原審の判断を正当として是認し,Yの上告を棄却したものである。
(1) 本件の事実関係の下においては,Yが消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れようとすることは,違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け,又は事務を受託し,自らも上記通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が,受給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しく,特段の事情のない限り,信義則に反し許されない。
(2) 普通地方公共団体が,最も基本的な注意義務である法令遵守義務に反して,既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し,法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし,その行使を著しく困難にさせた結果,これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては,当該普通地方公共団体に対し,法236条2項が趣旨とする事務処理上の便宜という利益を与える基礎を欠き,また,当該普通地方公共団体による時効の主張を許さないこととしても,国民の平等的取扱いの理念に反するとは解されず,かつ,その事務処理に格別の支障を与えるとも考え難いから,上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されない。
(3) 最高裁平成元年判決は,事案を異にし本件に適切でない。

4 説明
本件と同様の問題は,下級審においても結論が分かれ,消滅時効の成立を認めた裁判例として,①福岡高判平16. 2. 27最高裁HP,②福岡高判平19. 1. 22判例集未登載,③広島地判平16. 10. 14判自267号89頁〔本件1審判決〕が,これを否定した裁判例として,④長崎地判平15. 3. 19判例集未登載,⑤長崎地判平17. 12. 20判例集未登載,⑥広島高判平18. 2. 8判例集未登載〔本件原判決〕があった。
(1) 問題点(1)について
まず,問題点(1)について検討する。
ア 法236条2項は,昭和38年法律第99号により新設された規定であるが,この規定は,国税徴収法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律(昭和34年法律第148号)により新設された会計法31条の規定とほぼ同じ構造を採っており,国に係る公法上の債権と同様の規定を普通地方公共団体にも導入したものということができる。そして,同規定は,大正10年法律第42号による会計法における時効制度,更には明治22年法律第4号による会計法における期満免除の制度にまで沿源をたどることができる。そして,これらの制度の下において,時効の援用を要することなく国の債権債務が時効消滅する最大の理由として,会計の整理上の不便を防止し,速やかに会計を結了させることが挙げられていた。これに対し,戦後は,同様の理由に加え,行政の画一的・平等処理の要請や国民にとっての便宜といった視点が重要な理由として付加されるに至ったということができる(例えば,松田晴夫「国の債権債務に関する時効について(5)」会計と監査37巻12号28頁,高柳信一「国の普通財産売払代金債権と会計法30条」法協84巻10号1395頁参照)。
そうすると,法236条2項は,これらの趣旨,目的にかなう債権に適用されるべきであって,これを適用した結果,著しく衡平,正義の理念に反するような債権についてまで適用されることは予定していないと解すべきであろう。
本判決が上記3(2)のとおり判示しているのも,同様の理解に立つものと考えられる。
イ ちなみに,最三小判昭50. 2. 25民集29巻2号143頁は,国家公務員の国に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効に会計法30条の適用があるか否かが争われた事案において,「会計法30条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき5年の消滅時効期間を定めたのは,国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから,同条の5年の消滅時効期間の定めは,右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であつて他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべきである。そして,国が,公務員に対する安全配慮義務を解怠し違法に公務員の生命,健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は,その発生が偶発的であつて多発するものとはいえないから,右義務につき前記のような行政上の便宜を考慮する必要はなく,また,国が義務者であつても,被害者に損害を賠償すべき関係は,公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点において,私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないから,国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は,会計法30条所定の5年と解すべきではなく,民法167条1項により10年と解すべきである。」と判示している。
本判決に関する上記アの理解は,最高裁昭和50年判決の説示にもよく整合するものといえよう。
ウ もっとも,本判決の理解については,①上記ア,イのように,本判決の判示するような極めて例外的な事情が認められる場合には,法236条2項の適用が制限されるとの法律構成のほかに,②このような場合は,法律が個別に消滅時効の援用を定める場合に準ずる事情のある場合であり,法236条2項所定の「法律に特別の定めがある場合」に準じて,時効消滅には義務者の援用が必要であると解する法律構成,③公法上の債権の消滅時効に関しては,法236条2項により援用が不要とされているものの,それが時効である以上,少なくとも,弁論主義の適用上,当該債権の行使可能時からの一定期間の経過の主張は不可欠であり,この訴訟上の主張が信義則の適用によって制限されるとの法律構成も考えられよう。
本判決を検討する限り,本判決はこれらのいずれの考え方によっても説明することが可能であり,また,どの法律構成に立つかによって大きな相違は生じないものと思われる(藤田裁判官の補足意見は,②の法律構成を表明するものである。)。
エ したがって,問題点(1)の点は,必ずしも,Xらの信義則違反の主張を排斥する理由とはならないと考えられる。
(2) 問題点(2)について
次に,問題点(2)について検討する。
一般に,除斥期間と消滅時効との主な相違点として,①除斥期間においては中断(民法147条参照)が認められないこと,②除斥期間の経過による権利消滅の効果は当然かつ絶対的に生じ,当事者の援用がなくとも,裁判所はこれに基づいて裁判をしなければならないことの2 点が挙げられる(例えば,我妻栄『新訂民法講義(1)民法総則』437頁以下)。
このような性質の相違にかんがみると,除斥期間について当事者の主張がないまま裁判所がこれを認定して当該債権の消滅を判断しても,もとより当該債権は除斥期間の経過により当然かつ絶対的に消滅しているのであるから,不都合は生じないと考えられるが,公法上の債権については,時効の中断があり得るのであるから,裁判所において,当該債権の行使可能時から5年を経過したとして,時効消滅を当然の前提として判断することは問題があろう。このことは,普通地方公共団体が有する金銭債権については,むしろ時効中断の措置が講じられていることが通常であると考えられることに照らしても明らかであろう。
除斥期間と公法上の債権の消滅時効とでは,このような相違があるのであるから,公法上の債権の消滅時効について,極めて例外的な事情が認められる場合においては当該普通地方公共団体による援用を要すると解しても,最高裁平成元年判決に矛盾抵触するものではないと解される。
(3) 本判決の射程等
ア 以上のとおり,問題点(1)及び(2)は,いずれも,Xらの消滅時効の主張がいかなる場合にも主張自体失当として排斥されるとの考え方を理由付けるものではないと解される。
本判決は,上記のような理解を踏まえた上で,「本件のように,普通地方公共団体が,上記のような基本的な義務に反して,既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し,法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし,その行使を著しく困難にさせた結果,これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては,……上告人が上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されないものというべきである。」と判示したものと考えられる。
イ 本判決が,普通地方公共団体による消滅時効の主張が制限される場合を一般の信義則の適用場面と比して極めて厳格に解していることは,上記判示からも明らかである。
これは,上記(1)ウ①又は②の考え方によれば,法236条2項の規定にかかわらず消滅時効の援用を要すると解する場合が極めて限定されるのは当然であると理解することができよう。また,③の考え方によっても,上記アのような場面(訴訟外又は訴訟前における義務者の行為を問題として訴訟上の主張を信義則により制限する場面)における信義則の適用は,本来的な訴訟行為に対する信義則の適用の場面とは異なるのであるから,信義則違反が認められる場合を厳格に解する考え方が採られたものと理解することができよう。
ウ したがって,上記アの判示は,普通地方公共団体による公法上の債権に係る消滅時効の主張が制限される場合を一般的に相当程度厳格に解したものと理解することができ,例えば,単なる窓口指導において誤った教示がされた場合や,いまだ申請すらされておらず,具体的権利が発生しているとはいえないような場合は,本判決の射程外にあるといえるであろう。
(4) まとめ
本判決は,最高裁が,①公法上の債権につき,極めて限定された要件の下においては,普通地方公共団体による消滅時効の主張が許されない場合があり得ることを明示した点,②高裁も含め下級審の判断が分かれていた事項について,その解釈を統一する判断を示した点で,実務上重要な意義を有するものと考えられる。

4.権利濫用の禁止原則

+判例(S53.6.16)余目町個室付浴場事件
理由
一 弁護人安達十郎の上告趣意は、憲法二二条、二九条、三一条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
二 しかしながら、所論にかんがみ職権により調査すると、原判決及び第一審判決は、次の理由により破棄を免れない。
(一) 原判決の是認する第一審判決の認定事実の要旨は、「個室付公衆浴場の営業を営む被告会社は、浴場施設から一三四・五メートル離れた地域に余目町立A児童遊園(児童福祉法七条に規定する児童福祉施設で、被告会社に対する山形県知事の公衆浴場経営許可の日よりも五一日前に同知事の認可を受けていた。)があるため、浴場個室において異性の客に接触する役務を提供する営業(いわゆるトルコぶろ営業)ができないのに、昭和四三年八月一六日ころから同四四年二月七日ころまでの間に女性従業員五名(いわゆるトルコ嬢)による男性客相手(延七〇名)のトルコぶろ営業を営んだ」というものである。
(二) 本件の争点は、山形県知事のA児童遊園設置認可処分(以下「本件認可処分」という。)の適法性、有効性にある。すなわち、風俗営業等取締法は、学校、児童福祉施設などの特定施設と個室付浴場業(いわゆるトルコぶろ営業)の一定区域内における併存を例外なく全面的に禁止しているわけではない(同法四条の四第三項参照)ので、被告会社のトルコぶろ営業に先立つ本件認可処分が行政権の濫用に相当する違法性を帯びているときには、A児童遊園の存在を被告会社のトルコぶろ営業を規制する根拠にすることは許されないことになるからである
(三) ところで、原判決は、余目町が山形県の関係部局、同県警察本部と協議し、その示唆を受けて被告会社のトルコぶろ営業の規制をさしあたつての主たる動機、目的として本件認可の申請をしたこと及び山形県知事もその経緯を知りつつ本件認可処分をしたことを認定しながら、A児童遊園を認可施設にする必要性、緊急性の有無については具体的な判断を示すことなく、公共の福祉による営業の自由の制限に依拠して本件認可処分の適法性、有効性を肯定している。また、記録を精査しても、本件当時余目町において、被告会社のトルコぶろ営業の規制以外に、A児童遊園を無認可施設から認可施設に整備する必要性、緊急性があつたことをうかがわせる事情は認められない。
本来、児童遊園は、児童に健全な遊びを与えてその健康を増進し、情操をゆたかにすることを目的とする施設(児童福祉法四〇条参照)なのであるから、児童遊園設置の認可申請、同認可処分もその趣旨に沿つてなされるべきものであつて、前記のような、被告会社のトルコぶろ営業の規制を主たる動機、目的とする余目町のA児童遊園設置の認可申請を容れた本件認可処分は、行政権の濫用に相当する違法性があり、被告会社のトルコぶろ営業に対しこれを規制しうる効力を有しないといわざるをえない(なお、本件認可処分の適法性、有効性が争点となつていた被告会社対山形県間の仙台高等裁判所昭和四七年(行コ)第三号損害賠償請求控訴事件において被告会社のトルコぶろ営業に対する関係においての本件認可処分の違法・無効を認めた控訴審判決が、最高裁判所昭和四九年(行ツ)第九二号の上告棄却判決(本件認可処分は行政権の著しい濫用によるものとして違法であるとした。)により確定していることは、当裁判所に顕著である。)。
三 そうだとすれば、被告会社の本件トルコぶろ営業については、これを規制しうる児童福祉法七条に規定する児童福祉施設の存在についての証明を欠くことになり、被告会社に無罪の言渡をすべきものである。したがつて、原判決及び第一審判決は、犯罪構成要件に関連する行政処分の法的評価を誤つて被告会社を有罪としたものにほかならず、右の違法は判決に影響を及ぼすもので、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
よつて、刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決を破棄し、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲)


行政法 基本行政法 行政と法律との関係~法律による行政の原理


1.制定法のピラミッドと行政法の解釈
(1)制定法のピラミッド

(2)憲法学と行政法学の着眼点の違い

(3)法律と条令との関係
法律と条令とが矛盾抵触する場合=地方公共団体は、法律の範囲内で条例を制定することができる!
+判例(S50.9.10)徳島県公安条例事件
理由
検察官の上告趣意について
第一 本事件の経過
本件公訴事実の要旨は、「被告人は、日本労働組合総評議会の専従職員兼徳島県反戦青年委員会の幹事であるところ、昭和四三年一二月一〇日県反戦青年委員会主催の『B五二、松茂・和田島基地撤去、騒乱罪粉砕、安保推進内閣打倒』を表明する徳島市藍場浜公園から同市新町橋通り、東新町、籠屋町、銀座通り、東新町、元町を経て徳島駅に至る集団示威行進に青年、学生約三〇〇名と共に参加したが、右集団行進の先頭集団数十名が、同日午後六時三五分ころから同六時三九分ころまでの間、同市a丁目藍場浜公園南東入口から出発し、新町橋西側車道上を経て同市a丁目b番地豊栄堂小間物店前付近に至る車道上においてだ行進を行い交通秩序の維持に反する行為をした際、自らもだ行進をしたり、先頭列外付近に位置して所携の笛を吹きあるいは両手を上げて、前後に振り、集団行進者にだ行進をさせるよう刺激を与え、もつて集団行進者が交通秩序の維持に反する行為をするようにせん動し、かつ、右集団示威行進に対し所轄警察署長の与えた道路使用許可には『だ行進をするなど交通秩序を乱すおそれがある行為をしないこと』の条件が付されていたにもかかわらず、これに違反したものである。」というのであり、このうち被告人が「自らもだ行進をした」点が道路交通法(昭和三五年法律第一〇五号)七七条三項、一一九条一項一三号に該当し、被告人が「集団行進者にだ行進をさせるよう刺激を与え、もつて集団行進者がな通秩序の維持に反する行為をるようにせん動した」点が「集団行進及び集団示威運動に関する条例」(昭和二七年一月二四日徳島市条例第三号、以下「本条例」という。)三条三号、五条に該当するとして、起訴されたものである。
第一審判決は、道路交通法七七条三項、一一九条一項二二号該当の点については被告人を有罪としたが、本条例三条三号、五条該当の点については、被告人を無罪とした。右無罪の理由とするところは、道路交通法七七条は、表現の自由として憲法二一条に保障されている集団行進等の集団行動をも含めて規制の対象としていると解され、集団行動にりいても道路交通法七七条一項四号に該当するものとして都道府県公安委員会が定めた場合には、同条三項により所轄警察署長が道路使用許可条件を付しうるものとされているから、この道路使用許可条件と本条例三条三号の「交通秩序を維持すること」の関係が問題となるが、条例は「法令に違反しない限りにおいて」、すなわち国の法令と競合しない限度で制定しうるものであつて、もし条例が法令に違反するときは、その形式的効力がないのであるから、本条例三条三号の「交通秩序を維持すること」は道路交通法七七条三項の道路使用許可条件の対象とされるものを除く行為を対象とするものと解さなければならないところ、いかなる行為がこれに該当するかが明確でなく、結局、本条例三条三号の規定は、一般的、抽象的、多義的であつて、これに合理的な限定解釈を加えることは困難であり、右規定は、本条例五条によつて処罰されるべき犯罪構成要件の内容として合理的解釈によつて確定できる程度の明確性を備えているといえず、罪刑法定主義の原則に背き憲法三一条の趣旨に反するというのである。
原判決は、本条例三条三号の規定が刑罰法令の内容となるに足る明白性を欠き、罪刑法定主義の原則に背き憲法三一条に違反するとした第一審判決の判断に過誤はないとして、検察官の控訴を棄却した。
検察官の上告趣意は、原判決の右判断につき憲法三一条の解釈適用の誤りを主張するものである。

第二 当裁判所の見解
一 本条例三条三号、五条と道路交通法七七条、一一九条一項一三号との関係について
道路交通法は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的として制定された法律であるが、同法七七条一項は、「次の各号のいずれかに該当する者は、それぞれ当該各号に掲げる行為について」所轄警察署長の許可を受けなければならないとし、その四号において、「前各号に掲げるもののほか、道路において祭礼行事をし、又はロケーシヨンをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしょうとする者」と規定し、同条三項は、一項の規定による許可をする場合において、必要があると認めるときは、所轄警察署長は、当該許可に道路における危険を防止しその他交通の安全と円滑を図るため必要な条件を付することができるとし、同法一一九条一項一三号は、七七条三項により警察署長が付した条件に違反した者に対し、これを三月以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する旨の罰則を定めている。そして、徳島県においては、徳島県公安委員会が、右規定により許可を受けなければならない行為として、徳島県道路交通施行細則(昭和三五年一二月一八日徳島県公安委員会規則第五号)一一条三号において、「道路において競技会、踊、仮装行列、パレード、集団行進等をすること」と定めており、本件集団示威行進についても、主催者から所轄徳島東警察署長に対し、道路交通法七七条一項四号、徳島県道路交通施行細則一一条三号により道路使用許可申請がされ、徳島東警察署長から、「だ行進、うず巻行進、ことさらなかけ足又はおそ足行進、停滞、すわり込み、先行てい団との併進、先行てい団の追越し及びいわゆるフランスデモ等交通秩序を乱すおそれがある行為をしないこと」等四項目の条件を付して、道路使用許可がされている。
他方、本条例は、一条において、道路その他公共の場所で集団行進を行おうとするとき、又は場所のいかんを問わず集団示威運動を行おうとするときは、同条一号、二号に該当する場合を除くほか、徳島市公安委員会に届け出なければならないとし、三条において、
「集団行進又は集団示威運動を行おうとする者は、集団行進又は集団示威運動の秩序を保ち、公共の安寧を保持するため、次の事項を守らなければならない。
一 官公署の事務の妨害とならないこと。
二 刃物棍棒その他人の生命及び身体に危害を加えるに使用される様な器具を携帯しないこと。
三 交通秩序を維持すること。
四 夜間の静穏を害しないこと。」と規定し、五条において、三条の規定等に違反して行われた集団行進又は集団示威運動(以下、「集団行進等」という。)の主催者、指導者又はせん動者に対し、これを一年以下の懲役若しくは禁錮又は五万円以下の罰金に処する旨の罰則を定めている。
本件一、二審判決は、憲法九四条、地方自治法一四条一項により、地方公共団体の条例は国の法令に違反することができないから、本条例三条三号の「交通秩序を維持すること」とは道路交通法七七条三項の道路使用許可条件の対象とされる行為を除くものでなければならないという限定を付したうえ、本条例五条の罰則の犯罪構成要件の内容となる本条例三条三号の規定の明確性の有無につき判断しているのであるが、まず、このような限定を加える必要があるかどうかを検討する。 
道路交通法は、前述のとおり、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ること等、道路交通秩序の維持を目的として制定されたものであり、同法七七条三項による所轄警察署長の許可条件の付与もかかる目的のためにされるものであることは、多言を要しない。
これに対し、本条例の対象は、道路その他公共の場所における集団行進及び場所のいかんを問わない集団示威運動であつて、学生、生徒その他の遠足、修学旅行、体育競技、及び通常の冠婚葬祭等の慣例による行事を除くものである。
このような集団行動は、通常、一般大衆又は当局に訴えようとする政治、経済、労働問題、世界観等に関する思想、主張等の表現を含むものであり、表現の自由として憲法上保障されるべき要素を有するのであるが、他面、それは、単なる言論、出版等によるものと異なり、多数人の身体的行動を伴うものであつて、多数人の集合体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持されていることを特徴とし、したがつて、それが秩序正しく平穏に行われない場合にこれを放置するときは、地域住民又は滞在者の利益を害するばかりでなく、地域の平穏をさえ害するに至るおそれがあるから、本条例は、このような不測の事態にあらかじめ備え、かつ、集団行動を行う者の利益とこれに対立する社会的諸利益との調和を図るため、一条において集団行進等につき事前の届出を必要とするとともに、三条において集団行進等を行う者が遵守すべき事項を定め、五条において遵守事項に違反した集団行進等の主催者、指導者又はせん動者に対し罰則を定め、もつて地方公共の安寧と秩序の維持を図つているのである。
このように、道路交通法は道路交通秩序の維持を目的とするのに対し、本条例は道路交通秩序の維持にとどまらず、地方公共の安寧と秩序の維持という、より広はん、かつ、総合的な目的を有するのであるから、両者はその規制の目的を全く同じくするものとはいえないのである。
もつとも、地方公共の安寧と秩序の維持という概念は広いものであり、道路交通法の目的である道路交通秩序の維持をも内包するものであるから、本条例三条三号の遵守事項が単純な交通秩序違反行為をも対象としているものとすれば、それは道路交通法七七条三項による警察署長の道路使用許可条件と部分的には共通する点がありうる。しかし、そのことから直ちに、本条例三条三号の規定が国の法令である道路交通法に違反するという結論を導くことはできない。
すなわち、地方自治法一四条一項は、普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて同法二条二項の事務に関し条例を制定することができる、と規定しているから、普通地方公共団体の制定する条例が国の法令に違反する場合には効力を有しないことは明らかであるが、条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによつてこれを決しなければならない。例えば、ある事項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなりうるし、逆に、特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によつて前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであつても、国の法令が必ずしもその規定によつて全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間にはなんらの矛盾牴触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえないのである。
これを道路交通法七七条及びこれに基づく徳島県道路交通施行細則と本条例についてみると、徳島市内の道路における集団行進等について、道路交通秩序維持のための行為規制を施している部分に関する限りは、両者の規律が併存競合していることは、これを否定することができない。しかしながら、道路交通法七七条一項四号は、同号に定める通行の形態又は方法による道路の特別使用行為等を警察署長の許可によつて個別的に解除されるべき一般的禁止事項とするかどうかにつき、各公安委員会が当該普通地方公共団体における道路又は交通の状況に応じてその裁量により決定するところにゆだね、これを全国的に一律に定めることを避けているのであつて、このような態度から推すときは、右規定は、その対象となる道路の特別使用行為等につき、各普通地方公共団体が、条例により地方公共の安寧と秩序の維持のための規制を施すにあたり、その一環として、これらの行為に対し、道路交通法による規制とは別個に、交通秩序の維持の見地から一定の規制を施すこと自体を排斥する趣旨まで含むものとは考えられず各公安委員会は、このような規制を施した条例が存在する場合には、これを勘案して、右の行為に対し道路交通法の前記規定に基づく規制を施すかどうか、また、いかなる内容の規制を施すかを決定することができるものと解するのが、相当である。そうすると、道路における集団行進等に対する道路交通秩序維持のための具体的規制が、道路交通法七七条及びこれに基づく公安委員会規則と条例の双方において重複して施されている場合においても、両者の内容に矛盾牴触するところがなく、条例における重複規制がそれ自体としての特別の意義と効果を有し、かつ、その合理性が肯定される場合には、道路交通法による規制は、このような条例による規制を否定、排除する趣旨ではなく、条例の規制の及ばない範囲においてのみ適用される趣旨のものと解するのが相当であり、したがつて、右条例をもつて道路交通法に違反するものとすることはできない
ところで、本条例は、さきにも述べたように、道路における場合を含む集団行進等に対し、このような社会的行動のもつ特殊な性格にかんがみ、道路交通秩序の維持を含む地方公共の安寧と秩序の維持のための特別の、かつ、総体的な規制措置を定めたものであつて、道路交通法七七条及びこれに基づく徳島県道路交通施行細則による規制とその目的及び対象において一部共通するものがあるにせよ、これとは別個に、それ自体として独自の目的と意義を有し、それなりにその合理性を肯定することができるものである。そしてその内容をみても、本条例は集団行進等に対し許可制をとらず届出制をとつているが、それはもとより道路交通法上の許可の必要を排除する趣旨ではなく、また、本条例三条に遵守事項として規定しているところも、のちに述べるように、道路交通法に基づいて禁止される行為を特に禁止から解除する等同法の規定の趣旨を妨げるようなものを含んでおらず、これと矛盾牴触する点はみあたらない。もつとも、本条例五条は、三条の規定に違反する集団行進等の主催者、指導者又はせん動者に対して一年以下の懲役若しくは禁錮又は五万円以下の罰金を科するものとしているのであつて、これを道路交通法一一九条一項一三号において同法七七条三項により警察署長が付した許可条件に違反した者に対して三月以下の懲役又は三万円以下の罰金を科するものとしているのと対比するときは、同じ道路交通秩序維持のための禁止違反に対する法定刑に相違があり、道路交通法所定の刑種以外の刑又はより重い懲役や罰金の刑をもつて処罰されることとなつているから、この点において本条例は同法に違反するものではないかという疑問が出されるかもしれない。しかしながら、道路交通法の右罰則は、同法七七条所定の規制の実効性を担保するために、一般的に同条の定める道路の特別使用行為等についてどの程度に違反が生ずる可能性があるか、また、その違反が道路交通の安全をどの程度に侵害する危険があるか等を考慮して定められたものであるのに対し、本条例の右罰則は、集団行進等という特殊な性格の行動が帯有するさまざまな地方公共の安寧と秩序の侵害の可能性及び予想される侵害の性質、程度等を総体的に考慮し、殊に道路における交通の安全との関係では、集団行進等が、単に交通の安全を侵害するばかりでなく、場合によつては、地域の平穏を乱すおそれすらあることをも考慮して、その内容を定めたものと考えられる。そうすると、右罰則が法定刑として道路交通法には定めのない禁錮刑をも規定し、また懲役や罰金の刑の上限を同法より重く定めていても、それ自体としては合理性を有するものということができるのである。そして、前述のとおり条例によつて集団行進等について別個の規制を行うことを容認しているものと解される道路交通法が、右条例においてその規制を実効あらしめるための合理的な特別の罰則を定めることを否定する趣旨を含んでいるとは考えられないところであるから、本条例五条の規定が法定刑の点で同法に違反して無効であるとすることはできない
右の次第であつて、本条例三条三号、五条の規定は、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、徳島県道路交通施行細則一一条三号に違反するものということはできないから、本条例三条三号に定める遵守事項の内容についても、道路交通法との関係からこれに限定を加える必要はないものというべく、したがつて、この点に関する原判決の見解は、これを是認することができない。

二 本条例三条三号、五条の犯罪構成要件としての明確性について
次に、本条例三条三号の「交通秩序を維持すること」という規定が犯罪構成要件の内容をなすものとして明確であるかどうかを検討する。
右の規定は、その文言だけからすれば、単に抽象的に交通秩序を維持すべきことを命じているだけで、いかなる作為、不作為を命じているのかその義務内容が具体的に明らかにされていない。全国のいわゆる公安条例の多くにおいては、集団行進等に対して許可制をとりその許可にあたつて交通秩序維持に関する事項についての条件の中で遵守すべき義務内容を具体的に特定する方法がとられており、また、本条例のように条例自体の中で遵守義務を定めている場合でも、交通秩序を侵害するおそれのある行為の典型的なものをできるかぎり列挙例示することによつてその義務内容の明確化を図ることが十分可能であるにもかかわらず、本条例がその点についてなんらの考慮を払つていないことは、立法措置として著しく妥当を欠くものがあるといわなければならない。しかしながら、およそ、刑罰法規の定める犯罪構成要件があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反し無効であるとされるのは、その規定が通常の判断能力を有する一般人に対して、禁止される行為とそうでない行為とを識別するための基準を示すところがなく、そのため、その適用を受ける国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果たさず、また、その運用がこれを適用する国又は地方公共団体の機関の主観的判断にゆだねられて恣意に流れる等、重大な弊害を生ずるからであると考えられる。しかし、一般に法規は、規定の文言の表現力に限界があるばかりでなく、その性質上多かれ少なかれ抽象性を有し、刑罰法規もその例外をなすものではないから、禁止される行為とそうでない行為との識別を可能ならしめる基準といつても、必ずしも常に絶対的なそれを要求することはできず、合理的な判断を必要とする場合があることを免れない。それゆえ、ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきである。
そもそも、道路における集団行進等は、多数人が集団となつて継続的に道路の一部を占拠し歩行その他の形態においてこれを使用するものであるから、このような行動が行われない場合における交通秩序を必然的に何程か侵害する可能性を有することを免れないものである。本条例は、集団行進等が表現の一態様として憲法上保障されるべき要素を有することにかんがみ、届出制を採用し、集団行進等の形態が交通秩序に不可避的にもたらす障害が生じても、なおこれを忍ぶべきものとして許容しているのであるから、本条例三条三号の規定が禁止する交通秩序の侵害は、当該集団行進等に不可避的に随伴するものを指すものでないことは、極めて明らかである。ところが、思想表現行為としての集団行進等は、前述のようにへこれに参加する多数の者が、行進その他の一体的行動によつてその共通の主張、要求、観念等を一般公衆等に強く印象づけるために行うものであり、専らこのような一体的行動によつてこれを示すところにその本質的な意義と価値があるものであるから、これに対して、それが秩序正しく平穏に行われて不必要に地方公共の安寧と秩序を脅かすような行動にわたらないことを要求しても、それは、右のような思想表現行為としての集団行進等の本質的な意義と価値を失わしめ憲法上保障されている表現の自由を不当に制限することにはならないのである。そうすると本条例三条が、集団行進等を行おうとする者が、集団行進等の秩序を保ち、公共の安寧を保持するために守らなければならない事項の一つとして、その三号に「交通秩序を維持すること」を掲げているのは、道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきことを命じているものと解されるのである。そして、通常の判断能力を有する一般人が、具体的場合において、自己がしょうとする行為が右条項による禁止に触れるものであるかどうかを判断するにあたつては、その行為が秩序正しく平穏に行われる集団行進等に伴う交通秩序の阻害を生ずるにとどまるものか、あるいは殊更な交通秩序の阻害をもたらすようなものであるかを考えることにより、通常その判断にさほどの困難を感じることはないはずであり、例えば各地における道路上の集団行進等に際して往々みられるだ行進、うず巻行進、すわり込み、道路一杯を占拠するいわゆるフランスデモ等の行為が、秩序正しく平穏な集団行進等に随伴する交通秩序阻害の程度を超えて、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為にあたるものと容易に想到することができるというべきである。
さらに、前述のように、このような殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為は、思想表現行為としての集団行進等に不可欠な要素ではなく、したがつて、これを禁止しても国民の憲法上の権利の正当な行使を制限することにはならず、また、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為てあるかどうかは、通常さほどの困難なしに判断しうることであるから、本条例三条三号の規定により、国民の憲法上の権利の正当な行使が阻害されるおそれがあるとか、国又は地方公共団体の機関による恣意的な運用を許すおそれがあるとは、ほとんど考えられないのである(なお、記録上あらわれた本条例の運用の実態をみても、本条例三条三号の規定が、国民の憲法上の権利の正当な行使を阻害したとか、国又は地方公共団体の機関の恣意的な運用を許したとかいう弊害を生じた形跡は、全く認められない。)。
このように見てくると、本条例三条三号の規定は、確かにその文言が抽象的であるとのそしりを免れないとはいえ、集団行進等における道路交通の秩序遵守についての基準を読みとることが可能であり、犯罪構成要件の内容をなすものとして明確性を欠き憲法三一条に違反するものとはいえないから、これと異なる見解に立つ原判決及びその維持する第一審判決は、憲法三一条の解釈適用を誤つたものというべく、論旨は理由がある。
よつて、刑訴法四一〇条一項本文により第一審判決及び原判決を破棄し、直ちに判決をすることができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決する。

第一審判決の認定によると、被告人は、昭和四三年一二月一〇日徳島県反戦青年委員会主催の「B五二、松茂・和田島基地撤去、騒乱罪粉砕、安保推進内閣打倒」、を表明する徳島市藍場町二丁目藍場浜公園から同市新町橋通り、東新町、籠屋町、銀座通り、東新町丸新デパート前路上に至る集団示威行進に、青年労働者、学生ら約三〇〇名とともに参加したが、右集団示威行進に対しては、所轄徳島東警察署長がその道路使用を許可するにあたり、「だ行進、うず巻行進、ことさらなかけ足又はおそ足行進、停滞、すわり込み、先行てい団との併進、先行てい団の追越し及びいわゆるフランスデモ等交通秩序を乱すおそれがある行為をしないこと」との条件を付していたのに、右集団示威行進の先頭集団約八〇名が同日午後六時三六分ころから同六時三八分すぎころまでの間、県道宮倉徳島線上の同市a丁目藍場浜公園南東出入口付近の車道から同市新町橋西側車道南詰付近までの約七〇メートルの区間において最大幅約八メートルの右車道幅員一杯の、また、同日午後六時三九分ころ、同県道上同市a丁目八百秀食料品店前横断歩道北側端から同豊栄堂小間物店前付近までの約三五メートルの区間において、右車道幅員の約三分の二程度の部分を占める最大幅約五メートルの、それぞれだ行進をし交通秩序の維持に反する行為をした際、みずから右先頭集団直近の隊列外に位置して断続的に右先頭集団とともにだ行進をしたり、笛を吹いたり、両腕を前後に振つて合図する等し、集団行進者にだ行進をさせるよう刺激を与え、もつて集団行進者が交通秩序の維持に反する行為をするようにせん動し、かつ、右徳島東警察署長の付した道路使用許可条件に違反したもの(第一審判決の証拠の標目掲記の各証拠及び証人a、同b、同c、同dの各第一審公判廷における供述による。)であり、右事実に法令を適用すると、被告人の右所為のうち、先頭集団直近の隊列外に位置して、だ行進をしたり、笛を吹いたり、両腕を前後に振つて合図する等して、集団行進者にだ行進をさせるよう刺激を与え、もつて集団行進者が交通秩序の維持に反する行為をするまうにせん動した点は、本条例三条三号、五条(刑法六条、一〇条により罰金額の寡額は、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項所定の額による。)に、被告人がみずからだ行進をし徳島東警察署長の付した道路使用許可条件に違反した点は、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、徳島県道路交通施行細則一一条三号(罰金額の寡額につき前に同じ。)に、それぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として、重い本条例三条三号、五条の罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、被告人において右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、第一審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官小川信雄、同坂本吉勝の補足意見、裁判官岸盛一、同団藤重光の各補足意見、裁判官高辻正己の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

+補足意見
裁判官小川信雄、同坂本吉勝の補足意見は、次のとおりである。
われわれは多数意見に同調するものであるが、左の点について念のため補足的に意見を述べておきたいと思う。
集団行進等は、多数の人が、社会、政治、経済等の問題につき、公然とその主張、要求、観念等を力強く表示し、一般公衆に訴えてその賛成をえようとする集団的行動であるから、その性質上常に粛然とした行進であるにとどまらず、ある程度これを超える行進形態にわたることは、当然これを容認しなければならない。
したがつて、多数意見が徳島市公安条例三条三号にいう「交通秩序を維持すること」とは「道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきことを命じているもの……」と解するといつている意味は、正常な集団行進等に通常伴うであろう程度を超えた殊更な交通秩序阻害行為、すなわち集団行進等がその本来の性質上粛然とした行進の程度を何程か超える行進形態にわたりうるものであることを容認しながら、さらにその程度を超えた殊更な交通秩序阻害行為を避止すべきことを命じているという意味であると理解して、その意見に同調するものである。
事は、憲法の保障する国民の表現の自由にかかわる重要な問題であるので、この点を誤解した行過ぎの取締りのないことを願うものである。右の点を付加するほかは、われわれは裁判官団藤重光の補足意見に同調する。

+補足意見
裁判官岸盛一の補足意見は、次のとおりである。
わたくしは、多数意見に同調する者として、集団行動と表現の自由の制約の点について、いささか意見を補足しておきたい。
(一) 表現活動に対して、法令による規制がなされる場合に、それが憲法二一条に違反するか否かを判断するにあたつては、その目的が、表現そのものを抑制することにあるのか、それとも当該表現に伴う行動を抑制することにあるのかを一応区別して考察する必要があると考える。もとより、すべての表現活動は、なんらかの意味において行動を伴うものともいいうるのであるから、この区別は、表現活動を表現そのものと行動を伴う表現とに截然と二分して憲法上の保障に差等を設けようとするものではない。それは、規制の目的を重視し、表現そのものがもたらす弊害の防止に規制の重点があるのか、もしくは表現に伴う行動がもたらす弊害の防止が重点であるのかを識別したうえで、規制の合憲性を厳密に審査する必要があるとの見地から、右の区別をしょうとするものである。そして、そのことは、判断を正確にし、かつ、理解を容易にするために極めて有意義なことであると思うのである。
(二) 規制の目的が表現そのものを抑制することにある場合には、それはまさに、国又は地方公共団体にとつて好ましくない表現と然らざるものとの選別を許容することとなり、いわば検閲を認めるにひとしく、多くの場合、基本的人権としての表現の自由を抑圧するものであつて、違憲の判断をうけることはいうまでもない。当裁判所の判例が、例えば、国民の重要な法的義務の不履行を煽動すること(昭和二四年五月一八日大法廷判決・刑集三巻六号八三九頁、同三七年二月二一日大法廷判決・刑集一六巻二号一〇七頁など)、猥褻文書を頒布すること(昭和三二年三月一三日大法廷判決・刑集一一巻三号九九七頁、同四四年一〇月一五日大法廷判決・刑集二三巻一〇号一二三九頁)、故なく他人の名誉を毀損すること(昭和三三年四月一〇日第一小法廷判決・刑集一二巻五号八三〇頁、なお同三一年七月四日大法廷判決・民集一〇巻七号七八五頁)を犯罪として処罰する規定につき、利益較量の手法によることなく、それらの表現活動は、表現の自由に内在する制約を逸脱し、それ自体憲法上の保障をうけるに値しないことを根拠として、憲法二一条に違反するものではないとしたのは、これらの規制が右のような性質を有し、これらを合憲とすることには、本質的、根源的な理由を必要とするとの考えがあつたものと解される。ちなみに、右に摘示した従来の判例の中には、「公共の福祉に反する」という語句が用いられているものがあるとはいえ、その真意は、決して安易に公共の福祉論を展開しているのではなく、表現の自由にもそれに内在する制約のあることを説いているものであることは、判文全体を通じて理解することができるのである。
アメリカの連邦最高裁判所の判例が、違憲審査にあたり、いわゆる「明白かつ現在の危険」の原則を適用しているのも、規制の目的が表現そのものの抑制を志向している場合であつて、そのような規制については厳しい基準で合憲性を判断しようとする努力にほかならない。この原則は、当初は、国が憲法上阻止することが許されるような実質的害悪をもたらす行為の教唆、煽動を処罰することが違憲であるか否かの審査について用いられたものであつて、その抑制の根拠は、このような実質的な害悪が発生するさしせまつた危険を生じさせるような表現は、そのような害悪を発生させる行動にひとしく、自由な表現の交換による自然的な抑制を待ついとまがないということにあつた。この原則は、特に一九三〇年代以降広く適用され、表現活動に対する規制を違憲とする場合の決り文句のように判例に登場したが、次第にそれが妥当する範囲につき思索が重ねられ、一九五〇年には、この原則はあらゆる型態の表現活動にあてはまるものではなく、規制の目的が行動のもたらす重大な弊害の防止ということにある場合には適用されないことが明示され、翌一九五一年には、この原則が従来は保護される利益が非実質的で規制を合憲とするに足りない場合について広く適用されてきたことが指摘されたうえ、たとえ表現そのものがもたらす弊害の防止を目的とする規制であつても、保護される利益が極めて重大である場合には、規制の巾が拡大されることもありうるとされ、この原則の適用については利益較量による吟味が必要であることが明らかにされたのである。さらに、一九六五年には、集団行進やピケツテイング等の表現活動は行動と表現との混合であり、行動の面がもたらす実質的な弊害を防止するために裁判所近くでの集団示威運動を処罰することは合憲であるとされ、一九六八年には、公衆の面前で徴兵カードを焼却したいわゆる象徴的行動の事件について、言論と非言論とが同一の行動に結合している場合に、非言論の面を規制することにつき十分な国の利益が認められるならば、これに付随した表現の自由が制約されても違憲ではないとされた。そしてさらに、公務員の政治行為の禁止を合憲とした一九七三年の判例においても、純粋な言論と行動を伴う言論との区別が重視されている。
もとより、わたくしは、アメリカの判例に教条的に追随しようとするものではない。右に略説した判例のなかにも傾聴すべき反対意見が述べられているものもあるし、また、事案の内容が、わが国で問題とされている性質のものと必ずしも同様とはいえないものもあるのである。それにもかかわらず、あえてこれを引合いに出したのは、前述のような判例にみられるこの原則の適用についての変遷は、単なる論理の演繹によるものではなく、経験に基づく帰納の結果であること、その裁判過程において合理的な価値の選択が重視されていること、そしてさらに、この原則の適用範囲が拡大された時代があつたとはいえ、今日では自覚的に表現そのものの規制が合憲であるか否かの判断基準として用いられていることに注目したいと思うからである。
(三) ところが、規制の目的が表現を伴う行動を抑制することにあるときは右と事情を異にする。この場合の規制は、国又は地方公共団体による検閲にひとしいような性質のものではない。そればかりでなく、表現を伴うあらゆる行動が、表現という要素をもつということだけの理由で憲法上絶対的な地位を占めるものとするときは、利益較量による相対立する利益の調和(それは、単なる平均的な調和ではなく、いわば配分的なそれというべきであろうか)という憲法解釈の要諦を忘れたものとの譏を免れないであろう。当裁判所の従来からの判例が、このような類型の規制について、適正な利益較量の手法により、大阪市屋外広告物条例(昭和四三年一二月一八日大法廷判決・刑集二二巻一三号一五四九頁)、他人の家屋その他の工作物にはり紙をすることを禁止する軽犯罪法一条三三号(昭和四五年六月一七日大法廷判決・刑集二四巻六号二八〇頁)公務員の政治活動の禁止(昭和四九年一一月六日大法廷判決・刑集二八巻九号三九三頁、六九四頁、七四三頁)などを合憲と判断したことには、このような考慮がめぐらされたものと解されるのである。
また、その行動を伴うことが、当該表現活動にとつて唯一又は極めて重要な意義をもつ場合には・行動それ自体が思想意見の伝達と評価され、表現そのものと同様に憲法上の保障に値することもありうるが、そのようなときでも、規制の真の目的が行動による思想、意見の伝達を抑制することにあるのではなく、行動自体のもたらす実質的な弊害を防止することにある限りは、これを直ちに違憲であるということはできない。
ところで、集団行動の規制について、しばしば、一定の時間、場所、方法の規制あるいは一定の態様の行動(一定の属性をもつた行動)の規制であれば合憲であるとされるのは、その規制が概して当該行動のもたらす弊害の防止を目的とするものであると認められるからであつて、その真の根拠は前述したところに存するのである。換言すれば、ある一定の態様の集団行動についていうならば、一定の態様に限定された規制であるが故に直ちにそれが合憲とされるのではなくて、実質的な弊害をもたらすような当該行動の規制であり、しかも、それに伴う表現そのものに対する制約の程度も適正な利益較量として許容されるものであるからにほかならない。一定の態様による集団行動を禁止する規制であつて、他の態様による表現活動の余地が残されている場合であつても、規制の目的が表現そのものを抑制することにあるならば、その規制は矢張り違憲であるとされなければならない。
(四) 本件におけるような集団行動の規制を目的とするわが国の公安条例について、上述した見解をあてはめてみるに、もし表現そのものが国又は地方公共団体にとつて好ましくないものとしてこれを規制しようとするのであれば、違憲であるといわざるをえない。しかしながら、本件の徳島市条例がそのような規制を目的とするものではなく、行動のもたらす弊害の防止を目的とするものであることは明白である。そしてまた、蛇行進、うづ巻行進、すわり込み、道路一杯を占拠して行進するいわゆるフランスデモ等の殊更な道路交通秩序の阻害をもたらす虞のある表現活動が表現の自由の名に値するものであるかは別論としても、上述のような見地からすれば、その規制は合憲であるとすることには異論はないと考えるものである。
(五) 以上の次第で、わたくしは、表現そのものと行動に伴う表現とを一応区別して考える当裁判所の従来の判例を維持したいと考えるとともに、そのような考えに立つて本件を処理する多数意見を支持したいと思うのである。

+補足意見
裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。
わたくしは多数意見に同調するものであるが、左の諸点について補足的に意見を述べておきたいと思う。(一)第一は、表現の自由の制約の問題である。これについては、表現そのものと表現の態様とを区別して考えなければならない。単に表現の態様にすぎないようなもの、換言すれば、問題となつている当の態様によらなくても、他の態様によつて表現の目的を達しうるようなばあいには、法益の権衡を考えた上で、単なる道路交通秩序のような、それほど重大でない法益を守るためにも、当の態様による表現を制約することができるものと解するべきであろう。多数意見が「道路交通秩序の維持をも内包」する広い概念としての「地方公共の安寧と秩序」ということを持ち出しているのは、表現の態様に関するかぎりにおいて、理解されうる。本件は、被告人らのとつたような態様の行動によらなくても表現の目的を達しえたであろう事案であつたとみとめられるのであつて、多数意見の判示するところは正当であるとおもう。これに反し、表現そのものについては別論であつて、万が一にも本条例の濫用によつて単なる「交通秩序の維持」のために、表現そのものを抑圧 するような処分が行われたならば、その処分はあきらかに違憲だといわなければならない。本条例が、そのような表現の自由の抑圧を容認するものでないことは、いうまでもない。
ちなみに、ここにわたくしが表現そのものと表現の態様とを区別するのは、表現の中に「純粋な言論」と「行動」とを区別する見解とは同一ではないことを、念のために、あきらかにしておく必要がある。表現はしばしば行動を伴うのであり、もしその行動によらなければ当の表現の目的を達成することが客観的・合理的にみて不可能なようなばあいには、その行動は表現そのものと考えられなければならない。日本国憲法が単に「言論」だけでなく、「言論、出版その他一切の表現」についてその自由を保障するものとしているのは、このような含蓄をも有するものと解するべきであろう。
(二) 第二は、犯罪構成要件の明確性に関する問題である。本条例五条は、三条とあいまつて、本件で問題となつている犯罪構成要件を規定しているが、三条三号は単純に「交通秩序の維持」としているだけであつて、同条本文の「公共の安寧を保持するため」とあわせてみるにせよ、「立法措置として著しく妥当を欠くものがある」ことは多数意見もみとめるとおりである。罪刑法定主義が犯罪構成要件の明確性を要請するのは、一方、裁判規範としての面において、刑罰権の恣意的な発動を避止することを趣旨とするとともに、他方、行為規範としての面において、可罰的行為と不可罰的行為との限界を明示することによつて国民に行動の自由を保障することを目的とする。後者の見地における行動の自由の保障は、表現の自由に関しては、とくに重要であつて、もし、可罰的行為と不可罰的行為との限界が不明確であるために、国民が本来表現の自由に属する行動さえをも遠慮するような事態がおこれば、それは国民一般の表現の自由に対する重大な侵害だといわなければならない。これは不明確な構成要件が国民一般の表現の自由に対して有するところの萎縮的ないし抑止的作用の問題である。もちろん、本件についてかような問題に立ち入ることが、司法権行使のありかたとして許されるかどうかについては、疑問がないわけではない。けだし、一般国民(徳島市の住民および滞在者一般)が本条例の規定によつて表現の自由の関係で萎縮的ないし抑止的影響を受けていたかどうか、また、現に受けているかどうかは、本件の審理の対象外とされるべきではないかとも考えられるからである。しかし、このような考え方は、裁判所が国民一般の表現の自由を保障する機能を大きく制限する結果をもたらす。わたくしは、これは、とうてい憲法の趣旨とするところではないと考えるのである。
かようにして、わたくしは、本条例三条、五条の構成要件の明確性の問題を検討するにあたつては、それが表現の自由との関連において国民一般に対して有するかも知れないところの萎縮的・抑止的作用をもとくに考慮に入れたつもりである。
そうして、わたくしは、多数意見もまた、同じ見地に立つものと理解している。第一に、多数意見がとくに、「記録上あらわれた本条例の運用の実態をみても、本条例三条三号の規定が、国民の憲法上の権利の正当な行使を阻害したとか、国又は地方公共団体の機関の恣意的な運用を許したとかいう弊害を生じた形跡は、全く認められない」ことを付言しているのは、実際にこうした萎縮的・抑止的作用が認定されえなかつたことをあきらかにするものであるとおもう(現に、記録上、弁護側から、かような点についてのなんらの立証活動もされていない)。第二に、規定じたいをみても、その適用の有無について、「通常の判断能力を有する一般人が具体的場合に」「通常その判断にさほどの困難を感じることはないはず」であることは、これまた、多数意見の説示するとおりである。およそ公安条例の規定する罪には一定の型があつて、本条例の罪にはとくに明示的な例示はないが、その内容がどのようなものであるかは、一般国民にとつてほぼ周知のことといえよう。純粋に文理的には疑問があるとはいえ、こうしたことを考慮に入れれば、多数意見の説示するところは、結局において、正当であるといわなければならない。ただ、本条例のような構成要件の規定のしかたは、かろうじて合憲とはいえるものの、立法措置としてはなはだ妥当を欠くものであることを繰り返して指摘しておかざるをえない。
(三) なお、第三に、多数意見は、本条例三条三号の趣旨について、同号に「交通秩序を維持すること」が掲げられているのは、「道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきことを命じているものと解される」としているが、ここに「集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合」といつているのは、いうまでもなく、正常な集団行進等のことを念頭に置いているものにほかならないであろう。この意味において、わたくしは小川、坂本両裁判官の補足意見にも同調するものである。

+意見
裁判官高辻正己の意見は、次のとおりである。
私は、原判決破棄の多数意見の結論には同調するが、本条例三条三号、五条の犯罪構成要件としての明確性の点については、多数意見と見解を一にすることができない。この点を明らかにしながら、私の意見を述べる。
一 いうまでもなく、刑罰法規の定める犯罪構成要件が明確であるかどうかの判断は、主として、裁判規範としての機能の面ではなく、その行為規範としての機能の面に着目し、裁判時を基準とするのではなく、行為者の行為の当時を基準として、されなければならない。その判断が、「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきである」ことは、多数意見のいうとおりである。そして、そのような基準が読みとれるかどうかについて最も重視されるべきものが、当該規定の文言自体であることは、多言を要しない。
二 ところが、本件で問題とされる本条例三条三号の規定は、多数意見も自らいうように、「その文言だけからすれば、単に抽象的に交通秩序を維持すべきことを命じているだけで、いかなる作為、不作為を命じているのかその義務内容が具体的に明らかにされていない」ものである。もとより、法規の適用には解釈がつきものであつて、その解釈については、規定の文言だけではなく、その規定と法規全体との関係、当該法規の立法の目的、規定の対象の性質と実態等が、考慮されてよい。多数意見は、そのような諸点について考慮を重ねた上、、本条例三条三号の規定は、「道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきことを命じているもの」と解釈するのである。それは、一個の解釈としては間然するところがないが、そのような解釈をもつて、直ちに、通常の判断能力を有する一般人である行為者が、行為の当時において、理解するところであるとすることができようか。「禁止される行為とそうでない行為との識別を可能ならしめる基準」を読みとるについて行為者に期待されるところは、通常の判断能力を有する者が規定の文言から素ぼくに感得するところの常識的な理解であつて、多数意見にあるような考慮を重ねて得られる解釈ではあるまい。
三 たとえ、通常の判断能力を有する一般人である行為者に対し、多数意見にあるような考慮を重ねた解釈を期待することができるとしても、その解釈の成果が、果たして、「禁止される行為とそうでない行為との識別を可能ならしめる基準」を示すにつき欠けるところがないといえるであろうか。本条例三条三号の規定が避止すべきことを命じているのは集団行進等における「殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為」であるといつたところで、そこから具体的な行為としての限定を見出すことはできず、これをもつて「禁止される行為とそうでない行為との識別を可能ならしめる基準」であるとすることができないことに、変わりはない。確かに、多数意見の掲示する「だ行進、うず巻行進、すわり込み、道路一杯を占拠するいわゆるフランスデモ」が、その種の「殊更な……行為」の典型的なものであるとは解されよう。そして・そのような典型的なものは、それが典型的なものであればこそ、本条例三条三号の避止すべきことを命じている行為に当たると「容易に想到することができる」のであり、そうした理解は、通常の判断能力を有する者が、その常識において、規定の文言から素ぼくに感得するところのものであるということができるのである。しかし、そのような典型的な行為ではないが集団行進等において粛然とした形態にとどまらない形態をもたらすような行為については、どのような程度のものまでがその種の「殊更な……行為」に当たるとされるのか、「通常その判断にさほどの困難を感じることはない」といいきるには、疑問が残る。禁止行為に例示を設け、それによつて、禁止される行為が、例示の行為のほかには、それと同等程度の行為だけに限られるとする基準が示されている場合とは、場合が違うのである。
四 このようなわけで、私は、本条例三条三号の規定が集団行進等における道路交通の秩序遵守についての基準を読みとることを可能とするものであり、犯罪構成要件の内容をなすものとして明確性を欠くものではないとする一般的見解には、多分に疑問があると考える。それにもかかわらず、私が原判決破棄の結論に同調しようとするのは、次の理由による。
さきにも述べたように、本件におけるだ行進が、交通秩序侵害行為の典型的のものとして、本条例三条三号の文言上、通常の判断能力を有する者の常識において、その避止すべきことを命じている行為に当たると理解しえられるものであることは、疑問の余地がない。それ故、本件事実に本条例三条三号、五条を適用しても、これによつて被告人が、格別、憲法三一条によつて保障される権利を侵害されることにはならないのである。元来、裁判所による法令の合憲違憲の判断は、司法権の行使に附随して、されるものであつて、裁判における具体的事実に対する当該法令の適用に関して必要とされる範囲においてすれば足りるとともに、また、その限度にとどめるのが相当であると考えられ、本件において、殊更、その具体的事実に対する適用関係を超えて、他の事案についての適用関係一般にわたり、前記規定の罰則としての明確性の有無を論じて、その判断に及ぶべき理由はない。もつとも、刑罰法規の対象とされる行為が思想の表現又はこれと不可分な表現手段の利用自体に係るものであつて、規制の存在すること自体が、本来自由であるべきそれらを思いとどまらせ、又はその自由の取返しのつかない喪失をもたらすようなものである場合には、憲法がその保障に寄せる関心の重大さにかんがみ、別異の配慮を加えるべき憲法上の合理性とそれに由来する要請があるというべきである。しかし、本件において規制の対象とされる行為は、表現手段としての集団行進等をすることそれ自体ではなく、集団行進等がされる場合のその態様に関するものであつて、本件の場合は、右に述べたような特段の配慮を加えるべき場合には当たらないのである。
五 要するに、私は、本条例三条三号の規定は犯罪構成要件の内容をなすものとして明確性を欠くものとはいえないとする多数意見には賛成することができないが、本条例三条三号、五条の定める犯罪構成要件に当たることの明らかな本件事実については、上述の理由によつて、それらの規定の適用が排除されるべきではないと考えるのであつて、この点において、結局、原判決は破棄を免れないのである。
検察官大石宏、同蒲原大輔、同海治立憲、同石原一彦公判出席
(裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 関根小郷 裁判官 藤林益三 裁判官 岡原昌男 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 江里口清雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 高辻正己 裁判官 吉田豊 裁判官 団藤重光 裁判官小川信雄は退官のため、裁判官坂本吉勝は海外出張のため、いずれも署名押印することができない。裁判長裁判官 村上朝一)

2.法律による行政の原理
(1)法律に優位・法律の法規創造力
(2)法律の留保
ア 侵害留保説=行政活動のうち、私人の自由と財産を侵害する行為については法律の根拠を必要とする!
イ 組織規範・規制規範・根拠規範
a)組織規範
b)規制規範=行政活動の適正を図るために規律を求める規範

・法律の留保にいう「法律」とは、規制規範ではなく根拠規範を指す

ウ 全部留保説・重要事項留保説・権力留保説

・法律に基づかない補助金交付が違憲・違法であって、これを誰がどのような訴訟で争うことができるか?
→地方公共団体の補助金交付については住民訴訟(地方自治法242条の2)
+(住民訴訟)
第242条の2
1項 普通地方公共団体の住民は、前条第1項の規定による請求をした場合において、同条第4項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第9項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第4項の規定による監査若しくは勧告を同条第五項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
一 当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求
二 行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求
三 当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求
四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第243条の2第3項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合にあつては、当該賠償の命令をすることを求める請求
2項 前項の規定による訴訟は、次の各号に掲げる期間内に提起しなければならない。
一 監査委員の監査の結果又は勧告に不服がある場合は、当該監査の結果又は当該勧告の内容の通知があつた日から三十日以内
二 監査委員の勧告を受けた議会、長その他の執行機関又は職員の措置に不服がある場合は、当該措置に係る監査委員の通知があつた日から三十日以内
三 監査委員が請求をした日から六十日を経過しても監査又は勧告を行なわない場合は、当該六十日を経過した日から三十日以内
四 監査委員の勧告を受けた議会、長その他の執行機関又は職員が措置を講じない場合は、当該勧告に示された期間を経過した日から三十日以内
3項 前項の期間は、不変期間とする。
4項 第1項の規定による訴訟が係属しているときは、当該普通地方公共団体の他の住民は、別訴をもつて同一の請求をすることができない。
5項 第1項の規定による訴訟は、当該普通地方公共団体の事務所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属する。
6項 第1項第一号の規定による請求に基づく差止めは、当該行為を差し止めることによつて人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他w:公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるときは、することができない。
7項 第1項第四号の規定による訴訟が提起された場合には、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実の相手方に対して、当該普通地方公共団体の執行機関又は職員は、遅滞なく、その訴訟の告知をしなければならない。
8項 前項の訴訟告知は、当該訴訟に係る損害賠償又は不当利得返還の請求権の時効の中断に関しては、民法第147条第一号 の請求とみなす。
9項 第7項の訴訟告知は、第1項第四号の規定による訴訟が終了した日から六月以内に裁判上の請求、破産手続参加、仮差押若しくは仮処分又は第231条に規定する納入の通知をしなければ時効中断の効力を生じない。
10項 第一項に規定する違法な行為又は怠る事実については、民事保全法(平成元年法律第91号)に規定する仮処分をすることができない。
11項 第2項から前項までに定めるもののほか、第1項の規定による訴訟については、行政事件訴訟法第43条 の規定の適用があるものとする。
12項 第1項の規定による訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、弁護士又は弁護士法人に報酬を支払うべきときは、当該普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる。

(3)法律による行政の原理をめぐる諸問題
ア 行政指導と根拠規範・規制規範
イ 公表と法律の根拠
・侵害留保説からは情報提供目的の公表は法律の根拠は不要だが、正妻目的の公表には法律の根拠が必要となる!

・情報提供目的の公表について

+判例(H15.5.21)カイワレ大根
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は、控訴人C株式会社に対し82万2000円、同株式会社Hに対し63万2000円、同Iに対し88万7000円、同株式会社Kに対し70万2000円、同有限会社Oに対し40万9000円、同R有限会社に対し46万2000円及びその余の控訴人らに対し各100万円並びに各金員に対する平成8年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人C株式会社、同株式会社H、同I、同株式会社K、同有限会社O及び同R有限会社を除く控訴人らのその余の損害賠償請求を棄却する。
4 控訴人らの当審において追加された損失補償請求に係る訴えを却下する。
5 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを20分し、その1を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人A協会に対し、1000万円、及び同控訴人を除くその余の控訴人それぞれに対し、別紙請求額表の控訴請求金額欄各記載の金員、並びにこれらに対する平成8年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(主位的請求及び当審において追加された損失請求について同じ)。
第2 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人らの当審における追加請求(損失補償請求)に係る訴えを却下する。

第3 事案の概要(略語等は、特に記すほか、原判決に従う。)
1 本件の概要
本件は、堺市において平成8年7月中旬ころ発生した腸管出血性大腸菌O-157に起因する学童らの集団食中毒につき、厚生大臣(当時)が、貝割れ大根が原因食材とは断定できないが、その可能性も否定できない(中間報告)、原因食材としては特定施設から7月7日、8日及び9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる(最終報告)などと公表し、これにより、貝割れ大根が前記食中毒の原因食材であり、貝割れ大根一般の安全性に疑問があるかのような印象を与え、貝割れ大根の売上が激減したとして、控訴人A協会(控訴人協会)が、前記集団食中毒の真の原因究明や貝割れ大根の販売促進活動等に要した費用に相当する損害、信用毀損等による損害として1000万円、及びその余の控訴人ら(控訴人業者ら)が、逸失利益及び貝割れ大根の廃棄費用等の積極損害、信用毀損等による損害が生じたとして、被控訴人に対し、それぞれ国家賠償法1条に基づき、別紙請求額表の控訴請求金額欄記載の損害賠償金(当審において、損害賠償金の一部及び弁護士費用の全部につき、減縮された。)並びに中間報告が公表された平成8年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求し、当審において、憲法29条3項に基づく損失補償として同額の金員を追加的に請求した事案である。
被控訴人は、控訴棄却を求め、損失補償請求の追加に同意せず(控訴審における損失補償請求の追加的併合には相手方の同意を要する。最高裁平成5年7月20日第三小法廷判決・民集47巻7号4627頁)、同請求に係る訴えの却下を求めた。
原判決は本件各報告の疫学的判断及び結論に不合理な点は認められず、これらの公表が国家賠償法上違法であるとはいえないとして、控訴人らの請求を棄却した。
当裁判所は本件各報告の疫学的判断及び結論に不合理な点は認められないとした点について原審の判断を是認したが、原審とは異なり、中間報告の公表の方法には、違法があるとして、控訴人らの請求につき、貝割れ大根の廃棄、販売減少に基づく損害賠償請求は認めなかったものの、貝割れ大根の商品としての評価、信用が毀損されたことによる損害の賠償として、控訴人ら各自100万円(同金額以下の請求をする者については、請求額)及びこれに対する違法行為の日(平成8年8月7日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を認め、当審における新たな訴えは却下すべきものと判断した。

2 争いのない事実等
争いのない事実等は、原判決の事実及び理由の「第2 事案の概要」の1(原判決14頁初行から16頁19行目まで)記載を引用する。
3 争点(争点(4)の他は、原判決16頁再掲)
(1)本件各報告の基礎にある疫学的な調査の適否及びその判断の合理性の有無
(2)本件各報告を公表したことについての国家賠償法上の違法性の有無
(3)損害額
(4)損失補償請求の可否
4 当事者の主張
争点に関する当事者の主張は、別紙のとおり、当審における当事者双方の主張を付加するほか、原判決の事実及び理由の「第2 事案の概要」の3(原判決16頁25行目から133頁3行目まで)の記載を引用する。

第4 当裁判所の判断
1 事実関係
前提となる事実関係は、原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」1記載(原判決133頁5行目から174頁17行目まで)を引用する。
2 争点(1)(疫学的調査の適否及び本件各報告の判断の合理性)について
(1)原判決の引用
当裁判所も、本件各報告が基礎とした疫学的な調査は適切で、その判断を合理的なものと認めた原判決を是認すべきものと判断した。その理由は、当審における控訴人らの主張に鑑み、下記(2)において補正及び付加をするほかは、原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」2記載(原判決174頁20行目から298頁3行目までの部分。ただし、原判決266頁16行目から269頁7行目まで、280頁3行目から285頁16行目まで及び296頁9行目から298頁3行目までを除く。)を引用する。
(2)補正及び付加
ア 「原因食喫食日の特定」(原判決206~233頁)について
控訴人らの主張の要旨は、〈1〉入院者の欠食調査には、入院者約500名中99名の調査漏れがあり、これに早期退院者が多数含まれている可能性があり、同調査に基づく推論には限界がある、〈2〉有症者の欠食(出席簿)調査の結果による推論は、統計学の手法の合理性や基礎資料の正確性に疑義がある、〈3〉学校行事による欠食調査については、入院者の絶対数が少なく、早期退院者が漏れており、7月5日までの給食が原因食である可能性を否定できない、というにある。
控訴人らの指摘する事実は、それぞれもっともな点を含み、調査結果を公表するに当たり、慎重な取扱いを要する点であるとは考えるが、〈1〉については、同調査の回答率は、約80%(7月18日現在の入院者534名に対しては約75%)で、疫学的な調査の観点からは有意な結果であるといえ、〈2〉については、有症者の欠食(出席簿)調査と入院者調査の結果は、全体の傾向を把握する上では有用なものとされており、〈3〉については、本件において、発症者の分布からは二次感染の可能性は低いと考えられ、控訴人らの主張を考慮しても、なお、本件集団下痢症の原因食喫食日について、北・東地区では7月8日、中・南地区では7月9日とした判断を是認した原判決の判断は、左右されるまでには至らない。
イ 「原因献立の特定」「原因食材の特定」(原判決233~263頁)について
(ア)控訴人らの「原因献立の特定」に関する当審における主張は、要旨、〈1〉喫食調査の個票の空欄を喫食したとして集計しており、実態を正確に反映していない、〈2〉中・南地区において、原因献立とされた7月9日の冷やしうどんを喫食しなかった入院児童が4名いることを十分な論拠なしに軽視するのは科学的ではない、〈3〉中・南地区において、7月9日の冷やしうどんの貝割れ大根のほか、同月10日の給食(鶏肉とレタスの甘酢あえ)に提供された貝割れ大根がO-157に汚染されていたとみる(複数日曝露説)のは、客観的な証拠もなく、発症者の分布状況から説明できるかも疑問がある、〈4〉カイ二乗検定により有意差があればただちに因果関係があるとはいえず、入院者と有症者とでは、カイ二乗検定の結果が異なっているうえ、そもそも喫食率にあまり差を生じない学校給食において喫食率をもとに原因献立との関連性を検討するのは無理がある、というにある。
しかしながら、〈1〉については、学校給食の特性を考慮しても、本件調査の内容を考慮すると杜撰の感を免れず、喫食傾向に歪みが生じる余地が十分ありうるが、〈2〉については、全体の傾向として、中・南地区において冷やしうどんを欠食した入院者及び有症者が少ない傾向があり、特定の因子に曝露した者が100%当該疾病に罹患するとも、これに曝露しなかった者が100%当該疾病に罹患しないともいえず、他の機会にO-157に感染する可能性もあることに鑑みると(原審甲証人、原審乙証人)、入院者のうち4名の欠食者がいる事実によって疫学的調査の結論が左右されるわけではなく、〈3〉については、中・南地区の発症者の分布状況が、同月12日にピークに達した後、翌13日もそれほど減少せず、右側に裾を引く発症曲線を形成していることからすると、連続曝露の可能性も推測されないではなく、〈4〉については、喫食調査及びカイ二乗検定の結果のみから導かれた判断ではないことをも考慮すると、控訴人らの主張を考慮しても、なお、本件集団下痢症の原因献立につき、中・南地区においては、同月9日の牛乳及び冷やしうどん、北・東地区においては、同月10日の牛乳及びとり肉とレタスの甘酢あえの可能性が高いとした結論を是認した原判決の判断は、なお、左右されるまでには至らない。
(イ)控訴人らの「原因食材の特定」についての主張の要旨は、牛乳の除外について、〈1〉学校に納入した2業者の双方が汚染された原乳を仕入れていた場合、納入校と多発発症校との分布が一致しないことはあり得るが、本件においては、2業者の原乳仕入れ状況、生産工程、流通過程等について調査されておらず、O-157が混入した可能性を完全には否定できない、〈2〉殺菌記録の記載を確認しただけで、保存乳の検体調査もされず、実際に殺菌されたかどうか不明である、というにあり、また、非加熱食材である、レタスときゅうりの除外について、同じ業者が出荷したものであるか、流通過程において原因菌に接触する機会があったかは全く不明で、これらの食材が原因食材である可能性も否定できず、異なる原因により、同時多発的に本件集団下痢症が発生した可能性を否定する根拠はない、というにある。
O-157は、貝割れ大根に常在する菌ではなく、牛等の家畜の腸内に常在する菌であり、原乳がO-157に汚染される可能性があることに鑑みると、原乳が汚染されていた可能性は否定できず、加熱滅菌処理のデータは時系列的に記録されるものである(原審丙証人)ものの、企業のモラルに対する信頼を失わせる事実の多発を多く見る上、本件における調査の意義を考慮すると、この点も杜撰な調査の1例と言えるが、保管状況の違いを考慮に入れても、堺・西地区の全校が非発生校であったことを考慮すると、牛乳を原因食材から除外したことに不合理な点は認められないとした原審の判断は、一応、是認することができる。
流通過程において汚染される場合、同一の機会に複数の食材が汚染されることが想定されうるが、本件においては、流通経路等の関係施設や食材運搬車からO-157が検出されず、7月8日(中・南地区の冷やしうどんの前日)、貝割れ大根をT株式会社が、きゅうりを株式会社U及びV株式会社が、7月9日(北・東地区の鶏肉とレタスの甘酢あえの前日)、貝割れ大根及びレタスをV株式会社(甲105)が、それぞれ納入し、流通過程における複数の食材への汚染を窺わせる具体的な事情は特段認められず、中・南地区と北・東地区について、原因食材が共通であることを前提に、レタス及びきゅうりを除外したことに不合理な点は認められないとした原審の判断は、是認することができる。
ウ 「貝割れ大根の出荷状況」(原判決263~268頁)について
(原判決266頁16行目から268頁19行目までに代える当裁判所の判断)
控訴人らは、本件特定施設の出荷した他の貝割れ大根からは、集団下痢症が発生しておらず、本件集団下痢症が、一般家庭には供給されず、学校給食に提供された食材を原因としてのみ発症したと考えるべきで、本件特定施設の出荷した貝割れ大根は除外されるべきであると主張する。
本件特定施設は、7月1日から15日までの間に、総合計24.6トンの貝割れ大根を25カ所の一次卸売業者(販売施設967カ所(大阪府、京都府はじめ近畿地方の5県。1日平均1.6トン))に出荷し、堺市内の小学校には、7月8日北・東地区57㎏(同月5日、7日出荷)、同月9日中・南地区69㎏(同月8日、9日出荷)、同月10日中・南地区85㎏(同月9日、10日出荷)、計211㎏(1日平均70㎏。出荷量の約4.3%)出荷した(乙5、乙48)。大阪府の調査によれば、府下における散発事例における発症者数累計218名、うち84名について、本件特定施設から出荷された貝割れ大根を喫食した者7名、喫食していない者38名であり、散発事例におけるO-157のDNAパターンは、貝割れ大根を喫食していない者7名中4名につき、本件集団下痢症の原因菌と一致した(甲97、99、109、乙5、6、48)。また、本件特定施設が貝割れ大根を納入した販売施設967か所中958カ所についての販売実績及び散発事例の調査によると、10施設についてO-157の陽性者が認められた(乙5)。
以上の事実関係の下においては、貝割れ大根を原因食材から除外すべき理由は見あたらない。しかしながら、本件特定施設が出荷した貝割れ大根のうち、堺市内の小学校への納入量が出荷量全体の約4.3%にとどまるにもかかわらず、本件集団下痢症が、小学校において有症者合計6121名にものぼる大規模な発生をみており、このことは、本件特定施設から出荷された貝割れ大根を原因食材から除外することは相当でないにしても、本件集団下痢症が学校給食に関連する諸事情を主たる原因とするものであることを端的に物語るものとして重視すべき事実である。
エ 「羽曳野市の老人ホームでの集団発生」(原判決276~278頁)について
控訴人らの主張の要旨は、老人ホームの事例と本件集団下痢症とで原因菌のDNAパターンが一致したからといって、同一食材によるとはいえないというにある。
DNAパターンが同一であるか、又は近縁性があることは、発生原因を特定するに足る事実ではないが、発生原因が同一であるとする判断を補強しうる事実で、本件特定施設の出荷した貝割れ大根が本件集団下痢症の原因食材の疑いがあるとする判断と矛盾しないということはでき、また、それ以上の意味を有するものでもない。
オ 「京都事業所での集団発生」(原判決278~283頁)について
(原判決280頁3行目から283頁4行目までに代える当裁判所の判断)
これらの事実によれば、上記事業所におけるO-157感染症の集団発生は、本件集団下痢症と時間的場所的に接近しており、O-157のDNAパターンも、本件集団下痢症の原因菌のものと同一であるか、又は近縁性があるとされ、本件特定施設から中・南地区に出荷されたのと同時期に出荷された貝割れ大根が原因食喫食日と疑われた日の昼食に使用されており、本件特定施設から出荷された貝割れ大根が本件集団下痢症の原因食材であるとした判断と矛盾するものではない。
控訴人らはDNAパターンの一致について上記と同旨の主張をするが、これについての判断も、上記のとおりである。
カ 「その他の事例について」(原判決283~285頁)について
(原判決283頁6行目から285頁初行までに代える当裁判所の判断)
本件特定施設から中・南地区に出荷されたのと同時期に出荷された貝割れ大根を喫食した者が、本件集団下痢症と時間的場所的に接近し、本件集団下痢症の原因菌と同一ないし近縁性のあるDNAパターンのO-157に感染し発症した事実は、本件集団下痢症の原因食材が貝割れ大根であるとする判断と矛盾しないし、DNAパターンが同一であるか、又は近縁性があることの意味も、上記のとおりで、それ以上の意味を有するものではない。キ 「施設及びその運営状況について」(原判決293頁~294頁)について
控訴人らの主張に関連して付言するに、配送の経路と発生校、非発生校の分布が必ずしも合致せず、自校調理方式にもかかわらず、発生校が広範囲に及ぶ(以上、原判決)上、本件の流通過程において、他の食材から貝割れ大根が汚染されたことを窺わせるような特段の事情はない(原審乙証人)ことに鑑みると、流通や運送の過程における汚染ではなく、食材自体の汚染の可能性を検討したことに不合理な点は見あたらないとした原判決の判断は、是認することができる。
一方、O-157の菌は貝割れ大根に常在するものでなく、本件特定施設の水、土壌、種子等からO-157の菌が検出されず、同所から出荷されるまでの過程における汚染の経路が明らかにならなかったことに鑑みると、本件において、汚染を疑うにしても、流通過程における汚染の可能性も否定できない(原審丙証人は、中間報告の段階では、流通過程における汚染の可能性も考えられていた旨証言する。)。殊に、前記のとおり、学校給食のために納入された量が本件特定施設の出荷した貝割れ大根の総量の約4.3%に過ぎないにもかかわらず、学童及び教職員に本件集団下痢症が大量発生し、他に出荷された圧倒的多数の量からの発症例が皆無に近く、貝割れ大根が原因食材であることを否定する方が、事実に則している感を否めない上、貝割れ大根自体の汚染の疑いを否定できないにしても、本件集団下痢症の大量発生には、学校給食を含む流通の過程が寄与した可能性の方が大きかったと見られ、この過程における衛生管理にも、大きな関心が向けられるべきであった。
ク 小括(総合判断)(原判決296~297頁)
(原判決296頁9行目から297頁末行までに代える当裁判所の判断)
以上のとおり、本件集団下痢症の原因食材として、本件特定施設から特定の日に出荷された貝割れ大根と断定できないが、その可能性も否定できない(中間報告)、又はその可能性が最も高いと考えられる(最終報告)とした本件各報告における判断は、中間報告においては、内容自体曖昧に過ぎるが、当時、貝割れ大根が原因食材であると断定できないとしたこと自体は格別の問題を生じないし、最終報告については、前記のような疑問を抱く点もあるものの、調査や分析の手法等において疫学的な調査の手法に則ったもので、(ア)本件集団下痢症が発生した時期及び場所の特定、(イ)発生原因の特定、(ウ)原因食喫食日の特定、(エ)原因献立の特定、(オ)原因食材の特定の各項目を順次検討して上記結論に至った点も不合理とまではいうことができず、本件集団下痢症の原因食材として本件特定施設から出荷された貝割れ大根が疑われるとの判断を否定することにはならず、本件調査及びその分析の過程において、恣意的な判断があったともいえない。これによれば、本件各報告における判断に不合理な点は認められないとした原審の判断は、是認することができる。
(3)要約
本件各報告の内容及び前記認定の事実は、次のとおり要約することができる。
本件集団下痢症の原因食材につき、中間報告は、本件特定施設から特定の日に出荷され、学校給食用に納入された貝割れ大根と断定できないが、その可能性も否定できないとし、最終報告は、汚染源、汚染経路の特定はできなかったが、本件特定施設から7月7日、8日及び9日に出荷された貝割れ大根の可能性が最も高いと考えられ、上記日以外に出荷されたもの及び他の生産施設から出荷されたものについての安全性に問題があるという結論が導かれるわけではないとした。
本件各調査においては、本件特定施設の水や土壌、種子からはO-157の菌が検出されず、汚染源、汚染経路については、生産過程、流通過程を含め、解明されなかった(原審丙証人)。原審乙証人は、流通過程において他の食材により貝割れ大根が汚染された可能性は考えられないと証言するが、原審丙証人は、中間報告の段階においては、流通経路における汚染の可能性も考えられたと証言している。本件においては、実験による検証の結果、生産過程における汚染の可能性が明らかになったにとどまり、O-157の菌が、貝割れ大根の常在菌ではなく、本件特定施設からも発見されていない以上、流通経路における汚染こそ、疑われるべきで、それがおよそないと結論付けることは到底できない。
また、本件特定施設から出荷された総量と学校給食に納入された量とを比較すると、出荷量の95%超を占める出荷先からは発症の報告が皆無に近く、本件集団下痢症が学校関係者に大量発生したことは、学校給食を含む流通の過程が大きく寄与した疑いを抱かせ、貝割れ大根の汚染の事実に疑問を抱かせる事実である。
本件各報告は、原因食材の観点から調査の結果を分析しており、その分析及びこれにより得られた結論には合理性を認めうるが、学校給食に関してのみ本件集団下痢症の大量発生を見た原因についての検討は不十分であったという他ない。

3 争点(2)(本件各報告の公表の適法性及び相当性)について
(1)本件各報告の公表の意義、法的根拠の要否
ア 主権国家は、生命や身体の安全に対する侵害及びその危険から国民を守ることも国民に負託された任務の一つで、国民も、これを理解し、納税等により必要な負担をすることを了解する自国民の生命や身体の安全の確保に関心を払わない国家及び政府は、自国民の信頼を得ることはなく、他国の侮りと干渉に翻弄されるに至るのが常で、国際社会における名誉ある地位(憲法前文)を得ることもない
イ 有毒ガスにより自国民を虐殺したとされる他国政府の例に加え、有毒ガスにより無差別殺戮を実行した我が国のカルト集団等の例に接しては、無法国家やテロ組織による生物化学兵器による攻撃も、杞憂とばかり言い切れず、昨今の原因不明の疾病の蔓延という異常事態の発生(公知の事実)を目の当たりにすると、我が国の国家としての危機管理の有り様が問われている感を強くする。生物化学兵器等の人為的なもの、又は疾病の蔓延等の人為的でないもの、いずれであれ、国民の生命、身体に危険を及ぼす異常事態に対しては、国家及び政府は、国民に負託された任務の遂行として、事態を科学的に解明し、これに基づく適切な対策を講ずることが求められる事実の隠ぺいは、事態の悪化を招くに終わるのが常である。殊に、疾病の場合においても、法制上、患者を隔離し、治療と病気の蔓延の防止に実効のある措置を講じることの困難な我が国においては、事態の悪化を防ぐ方策は、原因が究明され、有効な対策が講じられるまで、国民に正確な情報を開示して事態を理解させ、その理性的な対処に待つ他ないのが実情である。
ウ 国民の生命及び身体の安全の確保に関し、厚生省が、第2次世界大戦後の我が国の復興、発展とこれによりもたらされた国民生活の向上に絶大な寄与をして来たことは、国民の等しく認めるところである。一方において、この約40年の間、サリドマイド、スモン、クロロキン、コラルジル及びHIVによる薬剤による被害が争われた訴訟において、厚生省は、薬剤の危険に関する情報に接しながら、利用者の生命、身体の安全より、製造者の利益を重視し、適切な対処又は情報の開示をしなかったとして、被害者から追及を受けて来たことも、公知の事実である。
エ 本件においては、前記(原判決14~16頁「争いのない事実等」、同133~174頁「事実関係」参照)のとおり、大阪府堺市において平成8年7月中旬ころ発生したO-157に起因する数千人規模の学童の集団下痢症に関してされた調査に基づく本件各報告の内容についての厚生大臣による公表の適否が問われている。本件各報告の公表は、本件集団下痢症の原因が未だ解明されない段階において、食品製造業者の利益よりも消費者の利益を重視して講じられた厚生省の初めての措置として歴史的意義を有し、情報の開示の目的、方法、これによる影響についての配慮が十分であったか、疑問を残すものの、国民一般からは、歓迎すべきことである。
オ 本件各報告の公表は、現行法上、これを許容し、又は命ずる規定が見あたらないものの、関係者に対し、行政上の制裁等、法律上の不利益を課すことを予定したものでなく、これをするについて、明示の法的根拠を必要としない。本件各報告の公表を受けてされた報道の後、貝割れ大根の売上が激減し、これにより控訴人らが不利益を受けたことも、前記(原判決157頁以下)のとおりであるが、それらの不利益は、本件各報告の公表の法的効果ということはできず、これに法的根拠を要することの裏付けとなるものではない本件各報告の公表について法律上の根拠を要することを前提とする控訴人らの主張は、前提を欠き、また、憲法29条2項違反をいう点も、採用の限りではないしかしながら、本件各報告の公表は、なんらの制限を受けないものでもなく、目的、方法、生じた結果の諸点から、是認できるものであることを要し、これにより生じた不利益につき、注意義務に違反するところがあれば、国家賠償法1条1項に基づく責任が生じることは、避けられない。 
(2)本件各報告の公表の適法性
ア 本件集団下痢症発生後の厚生省の対応及び中間報告の公表に至る経緯、中間報告の内容は、先に引用した原判決(同14頁末行から15頁12行目まで及び同149頁2行目から157頁8行目まで)のとおりであり、本件中間報告に至るまでの国内の状況は、原判決(同303頁11行目から306頁2行目までを引用する。)記載のとおりである。本件各報告は、学童を中心に大量に発症した本件集団下痢症についてのもので、内容を再掲すれば、貝割れ大根につき、本件集団下痢症の原因食材としては、〈1〉断定できないが、その可能性も否定できない(中間報告)、〈2〉本件特定施設から7月7日、8日及び9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる(最終報告)、とする。
イ 本件各報告の公表は、当時、O-157による食中毒が多発し、一方、原因が究明されず、国民の間に食品一般に対する不安が広がっていた事情の下において、殊に、規模が大きく、国民の関心の高かった本件集団下痢症について、調査の結果得られた情報を公表し、国民の不安感を除去するとともに、一般消費者や食品関係者に対して注意を喚起することによって、食中毒の拡大・再発の防止を図ることを目的としてされた(乙38、54、原審甲及び同丙各証人)。前記のような国家及び政府の任務を前提とすると、本件各報告の公表の目的は、これに適うものとして是認すべきで、目的の点においては、本件各報告の公表を違法視することはできない。また、前記の経緯に鑑みると、本件各報告の公表は、これをすること自体は、情報不足による不安感の除去のため、隠ぺいされるよりは、国民には遙かに望ましく、適切であったと評すべきで、この点も、違法とすべきものではない。

(3)厚生大臣による中間報告の公表の適法性、相当性
ア 前記(原判決153~159頁)のとおり、中間報告は、厚生大臣による記者会見を通じて公表され、中間報告の全文及び概要を記載した書面も、報道機関に交付され、新聞等を通じて報道された。スーパーマーケット等の小売店は、報道から日を置かず、店頭から貝割れ大根を撤去し、生産業者に対する注文を撤回し、新規注文もほとんど停止した。
イ 貝割れ大根は、中間報告当時も、後にも、O-157への汚染が裏付けられず、本件特定施設の出荷量の95%超を占める学校給食用以外のものが汚染されたことは、後にも、裏付けられていない。中間報告は、前記のとおり、本件特定施設が出荷した貝割れ大根について、本件集団下痢症の原因食材であるとまでは断定できないとする。尤も、上記貝割れ大根については、その可能性も否定できないともされていたが、本件特定施設以外の生産する貝割れ大根(調査対象でもない。)はもとより、本件特定施設の出荷した学校給食以外に供給された貝割れ大根は、中間報告当時も、O-157への汚染を疑われるべき理由もなかったと認められる。
ウ 報道機関は、総じて、中間報告の内容を正確に記事として報道している。中間報告は、科学的な調査と分析であり、厳密に表現する必要に迫られ、断定を避けた曖昧とも見える表現が用いられるなど、正確を期すために、かえって読者による的確な理解が妨げられる表現及び内容となっていると認められる。実際にも、中間報告においては、貝割れ大根について、原因食材と「断定できないが、可能性も否定できない」としており、原因食材であると「断定できない」と否定的判断を示しながら、「可能性も否定できない」という表現を付加して、読み方によっては、本件集団下痢症の原因食材である疑いを抱かれていることを明らかにする内容である。新聞記事においては、大阪府堺市を中心に発生した本件集団下痢症の原因食材についての記述であることを明示しているものの、多くは、中間報告を引用し、曖昧な内容が記述され、一部には、端的に、貝割れ大根が原因食材として疑われていることを見出しに掲げ、本文において、学校給食の納入業者に対する食品衛生法等に基づく調査(「検査」と表現するものもある。)が行われる旨記述するものもあり、本件特定施設が特定の日に出荷したものに限定して貝割れ大根が疑われていると読みとることが困難で、他の業者の生産する貝割れ大根が食中毒の原因と疑われるかどうかについては、明確な記述もない(原判決157頁以下参照)。
エ 上記事実経過の下においては、小売店が、報道後、日を置かず上記行動をとったことは、中間報告の内容と対比すると、不可解に見える。中間報告は、端的に言えば、未だ上記貝割れ大根を原因食材と決めるまでの裏付けはないと言っているに他ならず、小売店は、大半、学校給食はもとより、本件特定施設とかかわりを有するとはおよそ考え難い遠隔地にあり、原因食材が確定されるに至っていないことも、公表の前後を通じて変わらない以上、貝割れ大根を店頭から撤去したり、注文を撤回したりする理由が見あたらないからである。遠隔地にある小売店までによる上記行動は、記者会見を利用したことにより、厚生大臣が、貝割れ大根そのものについて5月以降多数の地域に発生した食中毒の原因食材であると疑っていると公表したと理解されたからにほかならないと認められ、それ以外には、合理的な理由と説明を見出すことはできない。
オ 中間報告は、「国民の関心の高かった本件集団下痢症について、国民の不安感を除去するとともに、一般消費者や食品関係者に対して注意を喚起することによって、食中毒の拡大・再発の防止を図ることを目的として」(前記(2)イ参照)、記者会見の方法が選ばれ、これを通じて厚生大臣により公表された。「国民の不安感を除去する」目的は、記者会見によらず、他の方法により、調査報告書の内容を正確に国民に伝えても達成できたことは疑いない(本件においては、原因食材を特定するに至らなかった以上、結果として、中間報告の公表により、この目的が達成されたかどうかについては、疑問が残る。)。しかしながら、「一般消費者や食品関係者に対して注意を喚起することによって、食中毒の拡大・再発の防止を図」る目的は、調査報告書の内容を正確に伝えるだけの、いわば取捨選択及び評価を情報の受領者に委ねる方法によっては、必ずしも達成できるものではない。報道を介することにより、情報の伝達範囲が格段に拡大されるものの、それだけのことである。厚生大臣も、単に調査報告書を報道機関に配布して報道を求めるだけでは目的が達成されないことを危惧したか、又はより効果的に目的を達成することを意図して、記者会見の方法を選択し、これを通じ、前記「食中毒の拡大、再発の防止の目的」のため、原因食材と疑われる理由のある食材について、一般消費者による購入及び食品関係者による供給について注意を喚起しようとしたと推認される。
カ しかしながら、【要旨】本件において、厚生大臣が、記者会見に際し、一般消費者及び食品関係者に「何について」注意を喚起し、これに基づき「どのような行動」を期待し、「食中毒の拡大、再発の防止を図る」目的を達しようとしたのかについて、所管する行政庁としての判断及び意見を明示したと認めることはできない。かえって、厚生大臣は、中間報告においては、貝割れ大根を原因食材と断定するに至らないにもかかわらず、記者会見を通じ、前記のような中間報告の曖昧な内容をそのまま公表し、かえって貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせ、これにより、貝割れ大根そのものについて、O-157による汚染の疑いという、食品にとっては致命的な市場における評価の毀損を招き、全国の小売店が貝割れ大根を店頭から撤去し、注文を撤回するに至らせたと認められる。
キ 厚生大臣によるこのような中間報告の公表により、貝割れ大根の生産及び販売に従事する控訴人業者ら並びに同業者らを構成員とし、貝割れ大根の生産及び販売について利害関係を有すると認められる控訴人協会の事業が困難に陥ることは、容易に予測することができたというべきで、食材の公表に伴う貝割れ大根の生産及び販売等に対する悪影響について農林水産省も懸念を表明していた(原判決153頁)のであり、それにもかかわらず、上記方法によりされた中間報告の公表は、違法であり、被控訴人は、国家賠償法1条1項に基づく責任を免れない

(4)その他の問題点について
ア 控訴人らは、原因食材名を公表すべきでなかったと主張するが、前記のとおり、中間報告当時、本件特定施設の出荷した「貝割れ大根」が原因食材として疑われ、調査の対象とされていたと認められ、そのこと自体は、是認しうる以上、中間報告の公表の際、貝割れ大根を明示したこと自体に違法の点はなく、前記のとおり、中間報告の公表の方法が相当性を欠いたというべきである。
イ 厚生大臣が、最終報告を待たず、中間報告を公表したことは、調査結果について、未だ最終結論を得るに至っていない制約と目的を的確に意識し、情報を選別して公表し、それが適切、相当である限り、格別には、違法の問題を生じない。
ウ 食品を扱う小売店は、記事に接し、僅かでも危険のあるものを避けるため、貝割れ大根を店頭から撤去する等の行動に出たものと解され、中間報告の内容との関係においては合理性を欠くと評せざるを得ないものの、記事に基づく行動としては、無理からぬものがある。小売店の行動は、小売店に責めがあるのではなく、一般消費者及び食品関係者に対して注意を喚起すべき点を明らかにしないまま(検討されたかどうかも、疑わしい。)、厚生大臣が、正確な公表の名の下に、中間報告から得るべき情報の解釈を報道機関、視聴者及び読者にいわゆる丸投げしたために生じたと評せざるを得ない。
エ 厚生大臣の記者会見の際の質疑においては、本件特定施設に言及され、原因としては土壌か水が疑われるとの認識が示され、報道関係者において他の大阪府内の業者に迷惑が及ばない配慮を求めるなど、本件特定施設の貝割れ大根が疑われていることを前提とする応答がされているものの、これのみによっては、本件特定施設以外の生産する貝割れ大根について、食中毒の原因食材であるとのいわれのない疑いを除くには、不十分である。また、中間報告の公表後、内閣官房長官による記者会見の際、貝割れ大根全般に言及したものでないとして、報道機関に慎重な対応が求められた(原判決157頁参照)が、これによっても、厚生大臣による中間報告の公表を違法とする前記判断は、左右されない。
オ 本件においては、報道後、小売店が店頭から貝割れ大根を撤去する等し、厚生大臣が、国会において、中間報告は本件特定施設が生産した貝割れ大根を対象とするもので、貝割れ大根全般について言及したものでない旨を明らかにし、農林水産省が、小売店団体等に対し、同旨の理由により、冷静な対応を求める通達を出し、厚生大臣が報道関係者の面前において生の貝割れ大根を喫食した(原判決158~159頁)。これらは、本件特定施設以外の生産する貝割れ大根がO-157に汚染された疑いを抱かれていない事実を明らかにすることをも意図したものであることは、内容から明らかで、真摯なものであることは疑わないが、控訴人らに生じたことは、中間報告の公表に当たり、農林水産省も懸念していたとおり、十分予想できたことで、高々程度が予想を超えたのにとどまり、厚生大臣の中間報告の公表の違法性を左右しない。殊に、厚生大臣が報道関係者の面前において貝割れ大根を生で食べるなどという行動は、控訴人らが納得するのであれば、批判の限りでないが、それにより、貝割れ大根のO-157への汚染について厚生大臣自ら招いた疑いを解くことができると期待してのことであれば、国民の知性を低く見過ぎるのではあるまいか。
カ 中間報告の公表に当たり、前記目的のため、報道を通じ、国民に何を伝えるべきかは、厚生大臣が困難な決定を迫られた筈の事柄であったことは疑いない。控訴人らの主張するとおり、端的に、本件特定施設が特定の日に出荷し、学校給食用に納入された貝割れ大根が疑われている事実を明らかにし、これにより、大阪府堺市周辺以外の地の消費者や食品関係者に対しては、5月以来、各地に発生していた食中毒の原因と疑うべき食材から、貝割れ大根を除外しても良いと判断する根拠となる情報を伝達するのも、1方法であったであろう。また、これにより、本件特定施設にとっても、特定の日に学校給食用に出荷した貝割れ大根のみが原因食材として疑われたにとどまり、それ以外の時期に生産され、一般消費者用に出荷される貝割れ大根は、なんら上記疑いを抱かれていないことを明示することにもなったと思われる。控訴人ら主張の内容の公表がされたとしても、本件特定施設は、厚生大臣が実際にした中間報告の公表により生じた注文の停止等を超える不利益を受けることは想定し難かったというべきである。ちなみに、本件特定施設は、国に対し、損害賠償を求めて提訴し、大阪地裁判決により請求の一部が認容され(甲202)、中間報告の内容の合理性について、原判決及び当裁判所と判断を異にするところもあるやも知れない。中間報告において検討の対象とされた貝割れ大根と対象とされなかった貝割れ大根を取り扱うことに伴って生じる差異に他ならず、同判決に依拠する控訴人らの主張に対しては、必要な範囲において応答するにとどめた。
キ 控訴人ら主張の被害は、中間報告の公表により生じたと認められ、最終報告の公表により生じたと認めうる部分は見あたらず、最終報告の当否については、判断の限りでないが、最終報告において、本件特定施設の出荷した貝割れ大根が汚染された裏付けは見あたらず、汚染の疑いを招いた貝割れ大根が本件特定施設が出荷した総量の5%以下にとどまり、学校給食以外に出荷された95%超のものについて、食中毒の原因食材の疑いを抱かれたものがないことは、考慮の対象とした。

4 争点(3)(損害額)について
(1)控訴人ら主張の損害について1
ア 控訴人らは、中間報告の公表後、貝割れ大根について、返品、注文の取消しを受ける等して被った積極的損害及び販売量が極端に落ち込んだことによる逸失利益、信用毀損による損害の一部を請求する。
イ 控訴人業者らは、前記のとおり、公表後、小売店による貝割れ大根の店頭からの撤去、注文の取消し等に起因し、色々な損害を被ったことは推測に難くない。しかしながら、中間報告の内容自体は、前記のとおり、本件集団下痢症の原因について科学的厳密さに基づき、曖昧に表現し、その報道も、上記理由による曖昧さをも含めて正確であり、厚生大臣の違法は、中間報告について、内容を誤って公表したのではなく、正確に公表したものの、国民に伝達すべき情報を的確に明示しなかったために、逆に、貝割れ大根についての理由のない汚染の疑いを国民に広めた点にある。控訴人らが主張する損害は、上記理由により曖昧さも含めてされた報道に接した小売店が採った行動により生じたのであり、報道機関に責任はないものの、報道されたことにより、結果的には、予想外に拡大したと認められる。
ウ 我が国においては、かつて、いわゆる石油危機の昭和40年代末期、トイレットペーパーを巡る一種の社会不安(パニック)状態が生じた。根拠のない情報に起因し、消費者が通常備える量を超えて購入する動きが広がって上記商品が品薄となり、このことが更に消費者の購入意欲を強め、品薄状態がいっそう進んだ。消費者は、製造者等が不当な利益を得るため、当該商品を売り惜しみ、隠匿したと主張して追及する動きすら見せた。(以上は、公知の事実である。)上記商品は、安価で、容量が大きく、隠匿して利益を得るにはおよそ不適当で、大幅な価格上昇を期待しうるものでないことは容易に理解しうる。また、上記商品は、代価と容量との関係もあり、保管費用を極力避け、需要予測を基礎に、流通の過程をも保管に利用することも、初歩的経済知識に属する。それにもかかわらず、我が国において、本件と遠くない時代に、上記商品を巡り、およそ不合理で、理由のない社会不安が生じ、沈静化するまでに期間を要した。この例は、消費者の行動が、時に想像を超えて異常に走ることを教え、本件において、上記理由により曖昧さを残す中間報告の報道に接した小売店の極端な行動も1例と見られる。加えて、貝割れ大根が、嗜好に左右され、日常の食生活にとって不可欠のものとはいい難いこともあって、消費者が汚染とはかかわりのないものまで買い控えることも予想された。
エ このような事情の下においては、控訴人らの主張する損害が、すべて、被控訴人の注意義務違反によるものと認めることはできず、他に、これを確定するに足りる証拠も見あたらず、貝割れ大根の売上減少等を理由とする控訴人ら主張の損害は、これを認めることができない。
(2)控訴人ら主張の損害について2
ア 控訴人らの取り扱う貝割れ大根が、O-157による汚染とはかかわりがないにもかかわらず、明示的に除外することもないまま中間報告が公表され、商品としての評価、信用が毀損され、これにより、控訴人らが損害を被ったと認められる。
イ 控訴人らの扱う商品の評価、信用の毀損による損害は、控訴人らが貝割れ大根を生産する等して得られる利益を償うべきものではなく、控訴人らの扱う貝割れ大根が、厚生大臣による中間報告の違法な公表方法により、市場における商品としての評価、信用を毀損されたことによる損害であり、本判決により厚生大臣の公表に違法があると判断されることにより、大部分は回復される性質のものと認められ、更にこれを補うため、控訴人それぞれについて、100万円(100万円以下の請求をする控訴人については、請求額)をもって相当と認める(控訴人協会は、貝割れ大根を生産し、販売して利益を得ている者ではなく、生産等をする業者全体のために、貝割れ大根の普及、啓蒙活動等に従事する者で、控訴人業者らと異なるところもあるが、貝割れ大根の生産、販売について利害関係を有することは明らかで、同様に被害を被ったと認められ、同額を認容する。)。
5 争点(4)(損失補償の可否)について
控訴人らが当審において追加的に併合して審理することを求める損失補償請求については、被控訴人が請求の追加に同意せず、当審において、この請求について審理することはできず(最高裁平成5年7月20日第三小法廷判決・民集47巻7号4627頁)、損失補償に係る訴えは、不適法であり、却下を免れない。

6 まとめ
以上のとおり、控訴人らの請求は、取り扱う商品について違法に市場評価及び信用を毀損されたことに基づき、本判決により、市場評価及び信用が回復されることをも考慮し、各100万円(一部の者は、請求額)及び遅延損害金の限度において認容する。中間報告の公表後、貝割れ大根の生産及び販売が受けた苛酷な影響は、前記認定の事実からも、その一端を窺うことができる。控訴人らの貝割れ大根の生産及び販売が、今もなお、当時の販売量を回復しない(控訴人らの主張)ことを考慮すると、控訴人らの怒りの程は察するにあまりあるが、当裁判所は、この判決において判断した以上の解決を見出すことはできない。控訴人らが突きつける怒りは、この訴訟を契機として、被控訴人において、非常時に遭遇してから対処するのではなく、将来の危機に備え、国民の利益をどのように調整し、確保するかについての技能を高める契機とすることによって解消されることを期待すべきものと考える。
第5 結論
よって、原判決を変更し、控訴人らの請求の一部各100万円(同額以下の請求をする者については、請求額)及び平成8年8月7日(厚生大臣による違法行為の日)から支払済みまで、民法所定の年5分の割合による遅延損害金を認容し、その余を棄却し、当審において追加された損失補償請求に係る訴えを却下することとして、主文のとおり判決する(仮執行宣言は、付さない。)。
第1民事部
(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 白石研二 裁判官 土谷裕子)

+++あまり関係ないけど 履行利益と信頼利益のおさらい
・「履行利益」とは、契約が完全に履行されたならば債権者が受けるであろう利益をいいます。「信頼利益」とは、無効な契約を有効であると信じたことによって受けた損害をいいます。
履行利益の具体例としては、転売利益等が挙げられ、信頼利益の具体例としては、他人物売買における目的物検分のための費用・代金支払のために金融機関から融資を受けたことによる利息等が挙げられます。そして、通常、履行利益よりも信頼利益のほうが少額と言われています。答案作成上は、これくらいのイメージをつかんでおけば十分ではないかと思います。
ただ、従来の理解からは、区別が難しいものもあります。例えば、ディーラーから中古自動車を購入したユーザーが自動車を走行中に、契約前から故障していたブレーキが利かなくなって事故を起こし、大けがをしたとしましょう。この場合に、ユーザーはディーラーに対して瑕疵担保責任に基づく損害賠償(570条)を請求できるとして、古典的な学説である法定責任説によれば、損害賠償の範囲は「信頼利益」に限られると解されています。そこで、入院治療費や休業中の逸失利益・慰謝料等は、「履行利益に該当する」という理由で賠償を請求できないことになると考えるのが素直です。
しかし、ユーザーはブレーキの欠陥を知っていれば、故障のあるまま自動車を運転するはずもなく、事故に遭わずに済み、入院・休業等の損害を被ることもなかったと思われます(かかる結論の不当性から、上記の形式論理を修正して、当該損害を損害賠償の範囲に含めるべきであるとの主張もあります)。このように、近時、「信頼利益」の概念はすべてを定式化しているわけではないと批判されており、信頼利益・履行利益という概念は、完全な履行がなされたのと同じ利益状況におかれたことを求めることができるか、それとも契約の清算と投下資本の回収に向けられているか、という対照関係を示す対置概念であるという考えが主張されていることも付言して置きます。

ウ 行政行為の取消し・撤回と法律の根拠
取消し=成立時から瑕疵のある行政行為について、成立時に遡って効力を失わせる。
法律上の根拠は不要・・・
撤回=瑕疵なく成立した行政行為について、その後の事情により、その効力を存続させることが妥当でなくなった場合に将来に向かって効力を失わせること
法律上の根拠は不要・・・
←撤回を制裁と考えていない。

+判例(S63.6.17)
理由
上告代理人佐々木泉の上告理由第一点及び第三点並びに上告人の上告理由について
原審の適法に確定したところによれば、(1) 上告人は、昭和二五年に医師免許を付与され、昭和三三年一〇月以降石巻市において、産科、婦人科、肛門科の医院を開設している医師である、(2) そして、昭和二八年に被上告人社団法人宮城県医師会(以下「被上告人医師会」という。)から、優生保護法一四条一項により人工妊娠中絶(以下「中絶」という。)を行いうる医師(以下「指定医師」という。)の指定を受け、それ以降、途中一年間を除き、二年ごとの指定の更新により、最終的には、昭和五一年一一月一日付をもって指定を受けた、(3) 上告人は、中絶の時期を逸しながらその施術を求める女性に対し、勧めて出産をさせ、当該嬰児を子供を欲しがっている他の婦女が出産したとする虚偽の出生証明書を発行することによって、戸籍上も右婦女の実子として登載させ、右嬰児をあっせんする、いわゆる赤ちゃんあっせん(以下「実子あっせん行為」という。)を行ってきたが、上告人が昭和四八年四月新聞等を通じてこのことを公表するまでにあっせんした数は約一〇〇件に及んだ、(4) 実子あっせん行為についての問題点が指摘されたことなどから、上告人は、昭和四九年三月、指定医師の団体である社団法人日本母性保護医協会の全理事会において、今後実子あっせん行為は繰り返さない旨言明したが、その後も、中絶時期を逸したにもかかわらず中絶を望む妊婦は、胎児ないし嬰児に対して強い殺意を抱いているので、上告人提唱のいわゆる実子特例法が制定されるまでは、実子あっせん行為は嬰児等の生命を救うための緊急避難行為であるとしてこれを続け、結局、昭和四八年四月以降更に約一二〇件の実子あっせん行為をした、(5)そのうちの一例である昭和五〇年一二月にした実子あっせん行為につき、上告人は、昭和五二年八月三一日付で愛知県産婦人科医会長から医師法違反等の嫌疑により仙台地方検察庁に告発され、昭和五三年三月一日仙台簡易裁判所において、犯罪事実の要旨を「上告人は、(一) 昭和五〇年一二月一八日ころ、上告人方医院において、A女に対し、自ら同女の出産に立ち会わないのに、同女が男子を出産した旨の出生証明書を交付し、(二) A夫婦と共謀して、B女が出産した男子をA夫婦の実子として届け出ようと企て、同月二二日ころ、A女が市役所係員に、右男子がA夫婦間の長男として出生した旨の出生届と前記出生証明書を提出して虚偽の申立をし、情を知らない右係員らをして公正証書の原本である戸籍薄にその旨不実の記載をなさしめ、これを真正なものとして市役所に備えつけさせて行使した」とする医師法違反、公正証書原本不実記載・同行使の罪により、罰金二〇万円に処する旨の略式命令を受け、右裁判は正式裁判に移行することなく確定した、(6) 被上告人医師会は、昭和五三年五月二四日付で上告人に対し、昭和五一年一一月一日付の指定医師の指定を取り消す旨の本件取消処分をしたが、その理由の要旨は、右罰金刑の確定とその裁判の違法事実に徴するとき、上告人は指定医師として不適当と認められるというものである、(7) 上告人は、昭和五三年一〇月一日被上告人医師会に対し指定医師の指定申請をしたところ、被上告人医師会は、同月三〇日付で、本件取消処分と同じ理由により、右申請を却下する旨の本件却下処分をした、というのである。
右事実関係に基づいて、上告人が行った実子あっせん行為のもつ法的問題点について考察するに、実子あっせん行為は、医師の作成する出生証明書の信用を損ない、戸籍制度の秩序を乱し、不実の親子関係の形成により、子の法的地位を不安定にし、未成年の子を養子とするには家庭裁判所の許可を得なければならない旨定めた民法七九八条の規定の趣旨を潜脱するばかりでなく、近親婚のおそれ等の弊害をもたらすものであり、また、将来子にとって親子関係の真否が問題となる場合についての考慮がされておらず、子の福祉に対する配慮を欠くものといわなければならない。したがって、実子あっせん行為を行うことは、中絶施術を求める女性にそれを断念させる目的でなされるものであっても、法律上許されないのみならず、医師の職業倫理にも反するものというべきであり、本件取消処分の直接の理由となった当該実子あっせん行為についても、それが緊急避難ないしこれに準ずる行為に当たるとすべき事情は窺うことができない。しかも、上告人は、右のような実子あっせん行為に伴う犯罪性、それによる弊害、その社会的影響を不当に軽視し、これを反復継続したものであって、その動機、目的が嬰児等の生命を守ろうとするにあったこと等を考慮しても、上告人の行った実子あっせん行為に対する少なからぬ非難は免れないものといわなければならない。 
そうすると、被上告人医師会が昭和五一年一一月一日付の指定医師の指定をしたのちに、上告人が法秩序遵守等の面において指定医師としての適格性を欠くことが明らかとなり、上告人に対する指定を存続させることが公益に適合しない状態が生じたというべきところ、実子あっせん行為のもつ右のような法的問題点、指定医師の指定の性質等に照らすと、指定医師の指定の撤回によって上告人の被る不利益を考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められるから、法令上その撤回について直接明文の規定がなくとも、指定医師の指定の権限を付与されている被上告人医師会は、その権限において上告人に対する右指定を撤回することができるものというべきである。したがって、本件取消処分及びそれと同じ理由による本件却下処分に違法な点はなく、右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

上告代理人佐々木泉の上告理由第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官香川保一 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭裁判官奥野久之)

++上告理由
上告代理人佐々木泉の上告理由
原判決には、次のような判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある。第一点 原判決は、行政行為撤回制限の法理の解釈をあやまり、その結果理由不備の違法をおかしている。
一、原判決およびその引用する第一審判決(以下あわせて原判決という。)は、優生保護法一四条に基づく指定医師の指定は、医師であっても一般に禁じられている人工妊娠中絶を一定の要件のもとに行うことができる資格ないし地位を被指定者に附与するものであるから、授益的行政処分たる性質をもつものとしながら(この点につき、第一審判決の見解が改められた。しかし、第一審判決理由三7の部分は依然として改められておらず、理由齟齬の違法をきたしている。)、この場合でも被指定者の責に帰すべき事由により公益に適合しない事情が発生した場合には、法律による明文の根拠がなくとも、指定を撤回できるものと判示している。
(一) 本件指定医の指定の性質は、原判決のように、古典的な特許理論に従い「特許に近いもの」とみるべきではなく、国民において本来なしうる行為について、刑法による禁止を前提とした上、法令により不可罰とされるべき行為者の限定に過ぎないものであることに着目すると、講学上の許可に近いものとみるべきであり、ただその効果(授益性、設権性)において特許に近いものとなっているに過ぎない。してみると、指定の取消処分は、本質的に羈束裁量行為であるとともに、その取消をするについては法律の明文の根拠を必要とするものである。原判決には、法律の解釈をあやまった違法がある。
(二) 次に行政行為の撤回については、相手方の同意がある場合、附款が存在する場合および充分な補償がなされる場合を除き、たとえ相手方の責に帰すべき事由がある場合でも、法律の明文の根拠を必要とする。現行取締法規は当該法律以外の法律に違反しただけでは当然には撤回を認めていないし、その上相手方の義務違反の場合でも、「この法律又はこの法律に基く命令に違反したとき」として(麻薬取締法、古物営業法、道路法など)、更には法律違反だけでは直ちに撤回を認めず、右違反に基く処分に違反したとき(医療法、火薬取締法など)もしくは他の要件を加重して(風俗営業法四四条)、はじめて撤回を認めるという慎重な定めをしており、いずも行政行為の撤回について明文の根拠を設けているのである。
(三) このような法の態度は、法治主義の原則を尊重するとともに、撤回により相手方のこうむる打撃を考慮し、相手方の義務違反をもって直ちに撤回事由とせず、相手方の利益と公益との慎重な比較考量を要求していることを示すものであり、このことは、相手方の義務違反の場合でも、不利益処分については、法律上の定めを必要とすることの根拠となる。
(四) 本件指定は、原判決も認めるように医師の一部の者について、厳格な要件のもとに与えられる資格であり、しかも継続的性格を有し、取消の結果は極めて重大なものであるところ、同じく義務違反の場合において、例えば古物営業者に対する許可の取消についてさえ、慎重な法律上の定めがあるのに、指定医師の指定の取消については全く法律上の根拠を要しないと解することはあまりにも不当であり、単なる法の不備ではすまされないことである。なお、優生保護法は、指定の要件、取消権者、取消の要件について全く定めのない不備な非近代的な法律であり、このような不備な法律は指定の取消については法律としては機能しないものというべきである。
(五) 以上の次第で、被指定者の責に帰すべき事由のあるときは、公益の必要上法律の根拠なくして指定を撤回できるとの原判決の判示は、法律の解釈をあやまったもので、その結果理由不備の違法をおかしている。
二、次に、原判決は「相手方の責に帰すべき事由」として、上告人の行為が指定医師として、「人格面の適格性」を欠くに至ったことをあげている。
(一) 原判決は、優生保護法が指定医師の資格要件ないし指定基準について全く明文を設けていないことを前提として、指定のための要件として人格面、技能面、設備面の適格性を想定している。しかし、右のとおり法自体全く要件を定めていないし、右要件を推認しうる定めもしくは委任条項を設けていないのであるから、指定の取消という不利益な行政処分をする場合に限り、右のような要件を解釈によって創造することは、法治主義の原則に反し、法の解釈の限界を超えるものである。ましてや「右のように指定の要件について明文の規定を設けていないことから、指定要件の認定については、医師会の合理的な裁量に委ねられている」旨の原判決の解釈は、指定の撤回をする場面においては法治主義の原則に反するものである。
(二) 次に、法の解釈として、指定医の要件を設定しうるとしても「人格面の適格性」を要件とすることはあやまりである。
(1) 指定医は、母体に重大な影響を与える妊娠中絶を行うものであるから、一般の医師以上に妊娠中絶に必要な専門的知識や経験を必要とするであろうし、右手術を行うにふさわしい医療設備をもたなければならないのは当然である。
(2) しかし、指定は医師に対してのみ附与されるものであるところ、医師法四条、七条二項により明らかなとおり、指定医は既に医師としての品位を要求されており、医師としての品位を損するような行為があったときは、厚生大臣はその免許の取消、業務停止を命ずることができるものとされている。すなわち、指定医は、指定医以前に医師としての人格面における品位を要求されているのであって、それ以上に指定医として高い品位を要求する実定法上の根拠はない。
人格面における品位は、優生保護法の目的、立法趣旨とは全くかかわりのない問題であって、これを指定の要件として特に附加すべきものではない。逆に言えば、人格面における品位を損するような行為があったときは基本法たる医師法に基づく処分をすれば足りる(これによって当然に指定医としての業務を行い得ない。)のであって、さらに同一の理由で指定医の指定取消処分を行うこと(二重の不利益処分)は許されない。
(3) 法が任意団体である医師会に対して指定権を委任したのは、医師としての専門技術性の判断をする上において、よりふさわしいものと考えたからである。故に医師会には、技術専門性に関する判断権能は認められても、人格面、品位に関する判断を委ねられたものとみることはできない(判例評論二九三号一七頁)。
(4) よって、原判決が、指定医師として人格面における適格性を欠くに至ったことを「相手方の責に帰すべき事由」としたことは、法律の解釈をあやまったものであり、その結果理由不備の違法をおかしている。
三、さらに、原判決には「公益に適合しない事情」ないし「公益背馳」の解釈をあやまった違法がある。
(一) 原判決は、上告人が実子あっせんを行ったこと、医師法違反等の罪により罰金刑に処せられたことその他諸種の事情から、指定医師として人格面における適格性を欠き、「公益に適合しない事情」ないし「公益背馳」の状況に立ち至り、指定撤回の公益上の必要が生じたものと判示している。
(二) まず原判決は、多くの個所で「公益」なる概念を用いているが、その具体的な内容を全く示していない。全体的な観察をすれば、原判決は、優生保護法自体の予定する公益ではなく、「法遵守義務」とか「正しい医業」、「現行法秩序に対する挑戦」とかの表現から明らかなように、同法以外の予定する公益もしくは一般的な法秩序を指しているものと思われる。
(三) しかし、指定医の指定の取消(撤回)を論ずる場合には、その公益概念は優生保護法の立法趣旨、目的に従いその限界を画されるものであり、たまたま別の法律の予定する公益に反したとしても、指定医の指定を撤回する根拠とはなりえない(医業に関する他の法律違反のすべてが「公益背馳」となるとすれば、それはまさに法治主義に反することである。)。
(四) 優生保護法は一条に定められているように、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の健康を保護することを目的とする。そして同法はその目的を達成するため、一定の要件のもとに優生手術、人工妊娠中絶、受胎調節の実地指導という手段を予定しているが、指定医に関するものは人工妊娠中絶のみであり、同法一四条は一項一号ないし四号に該当し、かつ、関係者が希望する場合においてのみ、指定医師の指定業務として妊娠中絶を認めるのである。
(五) してみると、指定医に関する限り、同法の予定する「公益」とは、関係者が希望し、法一四条一項一号ないし四号の要件をみたす限度において、不良な子孫が生まれないようにするために妊娠中絶をすることおよび母性の健康を保護することであるといわなければならない。従って、指定医師が他の法律に違反した場合であっても、右のような公益に反するような行為のない限り、指定の撤回の要件としての「公益に適合しない事情」に該当することはありえない。なお、原判決は、実子あっせんの結果、近親婚を生ぜしめ、悪性遺伝子の発現を助長する可能性もあり、優生上の見地から「不良の子孫の出生を防止する」と定める優生保護法の目的にも背馳するという。しかしながら、実子あっせんそれ自体は同法の予定する指定医師の業務ではありえないし、上告人の取り扱ったケースはすべて同法ではもはや妊娠中絶の許されない時期にある胎児に関するものであるから、右行為は右優生保護法の予定する目的には何ら反するものでないことが明らかである。右判示を推し進めると、同法の目的を達成するため、中絶時期を過ぎた胎児も、出産させないで中絶せよという短絡的な発想となってしまうおそれがある。
(六) 上告人は、医師法等には違反する結果とはなったが、優生保護法の目的や定めに反する行為をしたことはない。中絶の時期を逸した妊婦に対し、胎児の生命を救い、かつ、母性の健康を保護するために出産を勧めたのであり、同法一四条一項各号の要件に反して出産させたわけではない。
(七) 以上のように原判決は、公益の解釈、ひいては「公益に適合しない事情」の解釈をあやまったもので、その結果理由不備の違法をおかしている。
第二点 原判決には、行政における公正手続の保障の法理の解釈適用をあやまり、かつ、証拠に基づかないで事実を認定した違法があり、その結果理由不備の違法をおかしている。
一、行政手続においては、何人も告知、弁明の機会を与えられることなく不利益な処分を受けることはない。これはいわゆる行政における公正手続の保障の原理である(憲法一三条、三一条)。本件取消処分は、指定医師の有する重要な法的利益ないし資格を剥奪するものであるから、その誤りなきを期するため、事前に被指定者に対して告知した上、十分事情を聴取すべきであり、被指定者としても事前に当該処分手続において当然弁明、立証する機会を与えられなければならない(最高裁判所昭和四六年一〇月二八日判決民集二五巻七号一〇三七頁、東京高裁昭和四〇年九月一六日判決行判集一六巻九号一五八五頁参照)。特に現在司法審査の範囲を裁量の踰越、濫用の著しい場合にのみ限定しようとする判例の傾向からみると、行政における裁量権の公正、適切な行使を期待するためにも、この原理は極めて重要な役割をもち、その手続もますます厳格なものであることが要求される。
二、ところで、原判決は、本件取消処分の手続に右のような公正手続の保障の原理の適用があることを前提とした上で、
(1) 本件においては、事前に事情聴取や弁明の機会を与える手続をとらなかったこと。
(2) しかし、上告人は国会や日本母性保護医協会において直接実子あっせん行為に関する実情や意見を開陳し、著書、新聞等によりその考え方を公表するとともに、これが問責に対する弁明をなしてきたこと(この点は第二審判決によって附加されたもの)。
(3) 医師会の審議会の構成員は、上告人の意見や弁明について十分了知、検討した上で本件取消処分をしたこと(前同)。
(4) 本件取消処分に対する不服申立後に上告人に対し不服審査委員会において弁明の機会が与えられていること。
を認定した上、処分手続のなかで直接弁明する機会を与えられなかったとはいえ、公正手続保障の原理に反するところはないものと判示した。
三、まず前項(2)の認定のうち、上告人が問責に対する弁明をなしてきたとの点について検討するに、本件においては処分前にこのような弁明をなしてきたことは認めるに足りる証拠はなく(従って、この部分は証拠に基づかない事実の認定である。)、かつ、理論上不利益処分につき事前に全く告知のない段階において上告人が「問責に対する弁明」をなす余地のありえないことからみて、右判示は既にこの点において理由齟齬の違法をおかしている。
さらに前項(3)の点について検討するに、被上告人医師会は第一審において「指定審査委員会の答申と被上告人自身で収集した資料に基づいて、本件取消処分をした」旨主張したのみで、全くこの点の立証をしていないのであるからこれを肯認できる証拠はなく、ましてや審議会の構成員が上告人の意見や弁明について十分了知、検討した事実を認めるに足りる証拠も全くないのであるから、原判決は証拠に基づかないで事実を認定した違法がある。
四、上告人が国会や日母においてなした意見の開陳、著書等による公表は、本件取消処分の告知のなされる以前において、主として自ら実行した実子あっせんおよびいわゆる実子特例法に関する自己の見解を述べたに過ぎないもので、その段階においては全く取消処分を予想しておらず、少なくとも指定医の指定の取消処分を前提とした意見弁明は述べていないし、また理論上述べる余地はありえなかったのである。しかも、右意見の開陳、公表は、本件処分手続外において、本件処分とは全く無関係になされた意見の表明に過ぎないものであった。
このように、不利益処分を全く予想しない(問題意識を異にする。)、不利益処分と全く無関係になされた個人的意見の表明(防衛方法とはなりえない)をもって問責に対する弁明であるとし、これをもって公正手続における弁明にあたるとした原判決の判断は、公正手続保障の法理の解釈をあやまったものである。
五、次いで、不利益処分に必要な聴問、弁明は、処分決定に先立つ事前手続でなされなければならない。事後的にいかに周到な手続をとろうとも、事前聴問の実質のない瑕疵を事後の不服審査手続において追完し、その瑕疵を治癒するわけにはいかない。従って、本件取消処分に対する不服申立後に不服審査委員会において弁明の機会が与えられたことをもって公正手続保障の要請が満たされたとした原判決の判断は、公正手続の保障の法理の解釈をあやまったものである。
第三 撤回の必要性および処分の選択に関する本件処分の判断は、社会通念上著しく不合理であって、裁量権の濫用があるにもかかわらず、これを肯認した原判決には行政事件訴訟法第三〇条の解釈をあやまった違法がある。
一、原判決は、「本件取消処分の直接の理由は、前記罰金刑の確定と確定した違法事実に徴するとき、上告人は指定医師として不適当と認められるというのであるが、その実質的な理由は、前記一四の(3)(上告人が開業以来昭和四八年四月までの一五年間に約一〇〇例以上の赤ちゃんあっせんを行ってきたという事実)ないし(8)に示されていると理解され、結局上告人が指定医師として人格面でその適格性を欠くに至ったと………するものであると解される。」と判示している。
二、適格性の判定にあたり、処分理由として掲げられた事実のほか、行為に関する附随的事情をも考慮しうることは当然であるが、この場合考慮できる「附随的事情」とは、その行為の動機や背景事情を指すものであって、右処分の対象となった違法事実(刑事処分の対象となった事実)以外の事実(右に述べた一〇〇例の赤ちゃんあっせんの事実)のような、独立して処分の対象となる事実を含まないものである。もし独立して処分の対象となる事実をも考慮しうるとするときは、それらを含めて行政処分の対象としたことになり、その結果は極めて不当である。
三、前記の一の判示は、まさに考慮すべきでない事実が本件処分にあたり考慮されていることを容認したものであり、そうだとすると既に本件処分はこの点において、撤回の必要性、処分の選択に関し社会通念上著しく不合理なものであることが明らかである。
四、本件処分は、右のように考慮すべきでない事実を考慮した違法があるのみならず、考慮すべき事項を考慮しなかった違法が存する。すなわち、本件処分にあたっては、上告人の行為の動機、目的や上告人が世に訴えようとしている意図、その功績についても充分考慮すべきであるのに、これを考慮した形跡は全くうかがわれないのである。
五、考慮すべき上告人の行為の動機、目的は、原審において提出した第三準備書面第三、二、(三)、6記載のとおり、殺害される危険の大きい胎児の生命を一人でも多く守ろうとしたことにある。この点は、「胎児ないしは生まれ来る嬰児の生命を救おうという人道的動機と善意から本件の実子あっせんに出たのであるとの上告人の弁明はそのとおり受け取ってよいと考える。」という原判決の判断にもはっきりと示されている。
六、行為の動機が人道的であり、善意から出たものであるという事実は、本件のような不利益処分をするについては最大限に考慮されなければならないことである。このような立派な動機を肯定する以上、指定医として適格性を否定する公益上の必要はないし、処分の選択にあたっても罪一等を減じて一定期間の業務停止もしくは戒告で足りるとするのが社会通念である。
特に本件処分は、半永久的に指定医の資格を奪うような極刑であること、上告人の右行為は私利私欲のためになされたものでないこと、刑事処分も、上告人のなした複数の行為のうち、一事例だけを処分の対象とし、軽い罰金刑を略式命令により科したこと、法制審議会身分法部会は、昭和五七年九月から特別養子制度の検討を開始したが、世界の潮流に従うものとはいえ、これは主として上告人の提唱がきっかけとなったものであることなどの諸点を考慮するとき日本国民の一般的な感情からみると、本件処分は、不当に重いもので、裁量権の濫用と評価すべきものである。
上告人の上告理由
原判決は、判決の総括として、上告人の行為が公益に適合しないものであることを示すため、後記のような見解を示しているが、右説示は本件の如き特殊な事案について、証拠に基づいて充分検討された結果とは思えない、非論理的かつ皮相の見解であって、それは社会通念ないし経験則に著しく反するものであり、その結果理由不備の違法をおかしており、判決に影響を及ぼすことが明らかであると思料するので、以下その理由を述べる。
一、判決は、「人工妊娠中絶の適期徒過後に控訴人を訪れる妊婦の多くが控訴人から施術を断られれば、自ら又は他の産科医のもとで胎児の生命を断ち、或は嬰児を殺害するに相違ないとする控訴人の判断は、それが何らかの経験と伝聞に基づくものであるとしても、客観性のある裏付けや信頼するに足りる根拠を有するものとは言いがたいので、短絡的な思い込みないしは速断であると評さざるを得ない」という。
(一) 中絶を求められる対象は、通例母から望まれぬ子である。“望まれぬ子”とは“母子の縁”がつながることを望まれぬ子、すなわち、母が、“母子の縁”を断ちたい子を意味する。
母が望まぬ子と“母子の縁”を断つ方法は、生まれぬ前は人工中絶(子殺し)、また中絶の時期を逸して生んだあとでは“子捨て”“子殺し”以外にはないのである。すなわち、“望まぬ子”を受胎し中絶の時期を逸したため、生まねばならなくなった母に“子殺し”をさせないためには、安全な場所への“子捨て”を認めなければならない。控訴人の“実子あっせん”は、望まない子を妊娠し、中絶の時期を逸して生まねばならないのに、なおも“母子の縁”を断つことを狙う母に“子殺し”をさせないために菊田医院に捨子することを認め、その後、養親を探して家庭を与えたのである。
(二) 「人工妊娠中絶の適期後に控訴人を訪れ」“望まぬ子”と“母子の縁”を断つことを狙って人工中絶(実は医師の手による嬰児殺し)を求める妊婦が、控訴人から施術を断られた場合、直ちに“望まれぬ子”が“望まれた子”に変わるわけもなく、また“母子の縁”を断つ決意が直ちに“母子の縁”をつなぐ決意に変わるわけもないのである。したがって、控訴人に施術を断られれば「自ら、又は他の産科のもとで胎児の生命を断ち、或は嬰児を殺害する」確率が大であると考える控訴人の判断は「短絡的な思い込み、ないしは速断」ではない。
(三) 控訴人の判断が「客観性のある裏付けや信頼するに足りる根拠を有するもの」であると主張する論拠を次に示そう。
元神戸市民病院長で産科医の中野理は、ある産科医に施術を断られても、結局はどこかの産科医で中絶を果たすことになることを、菊田昇著「天よ大空へ翔べ」(甲第二号証)の中で次のように述べている。
1 「妊娠中絶をたのみに来る婦人のなかには、いろいろの事情のためつい時期を逸して、七、八ケ月にもなってしまった身重の人もある。こんな人には、中絶してやったにしても産まれてくる子はほとんどが生きて産まれてくる。だから、どの医者だって、一応は正期のお産をすることをすすめるだろう。
しかしどうしても堕ろさなければ自殺するよりほかないというようなせっぱつまった立場に追い込まれている妊婦であったとしたら、甲医に断られれば乙医を訪ね、さらに丙医へ行くであろう。とどのつまりは、どこからか死産としての届けが出されるのが実態であろう。」(大阪新聞“コラム”欄、昭和四八、四、二〇)
2 次に人工妊娠中絶の適期徒過後に産科医に中絶を求め、施術を断られたあとで、自らの手で嬰児を殺害した実例を示す。(甲第二七号証)
「宮城県古川市で二三日、乗用車のトランクから赤ちゃんの死体が見つかり、事件の犯人は車の持ち主の同市、無職、阿部京子(二九)とわかり、古川署は同日夜、阿部を殺人、死体遺棄の疑いで緊急逮捕した。……
自供によると京子は、一月二四日午後九時半ごろ車で仙台に向かう途中陣痛が起き、車をわき道に入れて出産、泣き出した赤ちゃんの処置に困り車内にあった“ふろしき”で首をしめた。このあと死体は車のシートカバーにくるんでトランクに入れっ放しにしておいたという。
京子は四四年に結婚、仙台市に住み長男が産まれたが、四六年に離婚して実家に戻っていた。最近まで化粧品、生命保険のセールスをするかたわら、月に数回は仙台の実姉の経営するバーに手伝いに行っていた。妊娠に気づき中絶しようと京子は仙台市内の産婦人科を訪ねたが、臨月近くになりダメだったという。」(朝日新聞、宮城版、昭和五三、二、二八)
二、次に判決文は「仮に控訴人の判断に誤りがなく、実際に殺害に至ることが憂慮される場合には全力を挙げて翻意するよう説得すべきである。」という。
控訴人が「人工妊娠中絶の適期後に控訴人を訪れる妊婦の多くが、控訴人から施術を断られれば自ら又は他の産科医のもとで胎児の生命を断ち、或いは嬰児を殺害するに相違ない。」と判断したことが、判決のいうように「短絡的な思い込み、ないしは速断である」なら、「控訴人の判断に誤りがない」はずはなく、「実際に殺害に至ることが憂慮される場合」もあるはずがなく、「全力をあげて翻意するよう説得すべき」ケースに会うこともないはずである。本判決が「仮に」と但し書きをつけながらも、右のような想定をおこなっていること自体が控訴人の主張が「短絡的な思い込みないしは速断」ではないことを示すものである。
三、次に判決文は、「説得には力の限界がある。実子あっせんのような対策を示さない限り、殺害に至るのを阻止することはできないというが、これも結局のところ、同じく短絡的な手段選択と安易な事態収束であるといわなければならない。」という。
(一) 中絶の適期徒過後になおも中絶を求める母の狙い(目的)は、“望まない子”と“親子の縁”を断ち生まないことにすることであり、中絶又は嬰児殺しで子の命を断つのは、その目的を果たすための手段に過ぎないのである。
これに対して判決文のいう「説得」とは現行法の枠内での解決、すなわち“親子の縁”をつなぐことを決定づけるよう説得することなのである。生まれる間近の子の命を断つという強行手段に訴えても“親子の縁”を断つ(生まないことにする)ことを狙っている母に、彼女の狙いとは逆に“親子の縁”をつなげることを決定づけるように説得し、それに成功することは至難であると控訴人が主張することは決して誇張ではないのである。このことはたとえて言えば、冷房器具を買いに来た客に暖房器具をすすめる店主に似ている。
(一) 「戸籍に入れる」ことが強制され、“望まぬ子”を生み養子に出したことが世間に知られる養子縁組では、嬰児殺し又は中絶は防止できないが、「戸籍に入れず」に縁組できる“実子あっせん”または“実子特例法”(政府の手で実子あっせんを行う法律)があれば、嬰児殺し又は中絶を減らせることは、欧米や日本の法学者の間ではすでに認められているのである。
1 ジャン・シャザルは、年若い母親が嬰児を捨てようとする(控訴人註、生んだ子を世間体は生まれなかったことにする)時は、たいてい出産の秘密がもれないことを望むものだから、もし堕胎や嬰児殺しが再び盛んにならないようにしようと思えば、……その望みをかなえてやらなければならない。……今日では児童福祉局が捨子受付所を開設している。」(ジャン・シャザル著、清水霧生訳「子供の権利」二五頁、白水社)と述べている。
2 中谷瑾子(慶大教授)は、「マリア・ルイーゼ・ルンゲという人が望まない子どもを生まないような状況ができれば(控訴人註、“実子あっせん”は生んでしまった子を生まないような状況にする行為である。)嬰児殺しは少なくなるだろうと言っております。」(佐々木保行編著、「日本の子殺しの研究」一六三頁、高文堂)と述べている。
3 中川高男(明学大教授)は、「菊田医師が主張されるように、事情があって妊娠中絶時期を過ぎてしまった女性は、この絶縁が認められ保証される限り、中絶と同じ状態になるため、無理な中絶や子捨て、子殺しをすることはなくなるだろう。」と述べている(甲第五七号証)。
4 カリフォルニア大学のヴィルツェ教授(社会福祉学)の言によれば、特別養子ができて以来、子殺しや悲惨な子捨てはなくなったとのことである。(婦人公論、昭和五〇年六月号、一九二頁)
5 江守五夫(千葉大教授)は、リンゼイ判事の“実子あっせん”事件について、「今日おこなわれている堕胎が未婚の母に対する社会的不名誉にある以上、堕胎から胎児の生命を守るためには、婚前に妊娠した娘の社会的な名誉を保証することが前提要件であった。つまり、完全な秘密のうちに娘を分娩させ、その子どもを養子にやるという手筈をととのえることしか胎児の生命を救う道がないと判断されたのである。……
菊田医師が『中絶手術をすれば、密殺に手を貸すことになる』と主張して赤ちゃんの斡旋をおこなったように、リンゼイもまた、胎児の殺戮か赤ちゃんの斡旋か、という二者択一の関係に直面して後者を選んだのである。」(江守五夫「現代の性解放論とリンゼイの思想、行動Ⅱ」、昭和四八年、十七号、一〇〇頁、小学館)と述べている(甲第三号証)。
四、次に判決文は、「自分の戸籍を汚したくないとする妊婦の希望が全くの得手勝手であり、養親子関係を知られたくないとの貰い親の意向もさして理由のあるものでないのは明らかであるから、双方に対してその不心得と非を悟らせる努力を傾注し継続すべきである。」という。
(一) 「自分の戸籍を汚したくないとする妊婦の希望が全くの得手勝手」であるかどうかについては疑問がある。日本国憲法は、男女平等の権利を保障しているが、未婚の父は子を入籍する義務はないが、未婚の母には入籍する義務が課せられているのである。また「自分の戸籍を汚したくないとする妊婦の希望」を「全くの得手勝手」としりぞければ、胎児が死の危機にさらされる。しかし、その希望を容認すれば胎児の生命が完全にまもられる。このような場合でも、やはり胎児の生命を見殺しにすべきなのであろうか。
(二) また判決は、「養親子関係を知られたくないとの貰い親の意向もさして理由のあるものでないのは明らかである。」と述べたが、控訴人のケースは大部分が実親から事実上捨てられた子であり、婚外の養子なのである。日本社会がこのような不遇な子らに、いかに冷酷な目を向けるかを考慮しなければならない。この場合、第三者が貰い親の意向を「さして理由のあるものでない」と片付けることこそ短絡的というべきである。
(三) 判決は、「自分の戸籍を汚したくないとする妊婦」に「その不心得と非を悟らせる努力を傾注し、継続すべきである。」という。
しかし、「戸籍を汚したくないとする妊婦」は産科医に嬰児殺しを求めたのであって、「その不心得と非」について教えを請い、「自分の戸籍を汚す」結果を期待して産科医を訪れたわけではないのである。むしろ、「その不心得と非を悟らせる努力を傾注し継続」されることを恐れて産科医を訪れたのである。通例、彼女らは医師の言葉に長い時間耳を傾けることなく、悄然として立ち去り、二度と現れない。つまり中絶を求めて産科医を訪れた妊婦に、その場で子殺しを断念させることに成功しなければ、胎児を救う機会は永遠に失われるものと考えなければならない。その意味では控訴人は待ったなしの一本勝負を強いられているのである。
彼女は「戸籍を汚すくらいなら、子を殺すことも辞さない」と決意したのである。彼女が狙っているのは、「戸籍を汚さない」ことで、「子を殺すこと」は手段にすぎない。「戸籍を汚すこと」を強制されるから子殺しをするのであって、戸籍に目をつぶれば子は救われるのである。つまり、従来、日本の法律が「戸籍を汚したくないとする妊婦」に「その不心得と非を悟らせる努力を傾注し、継続すべし」という姿勢を変えず、「この命を守ること」に努力を傾注し、継続しなかったことが、「子を殺したくない。戸籍に目をつぶって欲しい」と願った母に子殺しを強制してきたのである。
五、本判決は、「目的と手段の点を云々するのであれば、方便として妊婦を騙してでも出産までに至らせることも許されるのではないか。望まなかった子でも産んだ後は、何故あのように思ったのかと後悔する例が多いのはよく見聞きすることである。」という。
母は“望まない子”を受胎しても、「生む前は“望まない子”でも生んだ後では“望んだ子”に変わり、その変化が子殺しを行う前におこる」のなら日本に嬰児殺しはおこるはずもなく、嬰児殺し防止に狂奔した控訴人は狂人に違いないのである。しかし本判決のように太平楽を構えて大丈夫なのであろうか。
六、また判決は、「方便として妊婦の中絶(子殺し)の希望を翻意させるために“実子あっせん”を約束し、無事出産せしめたあとで“実子あっせん”の約束を撤回する方法もあったのではないか」という。
(一) この妊婦は、“未婚の母”という烙印を押されることを深く恐れ、あるいは“望まない子”を生まないため必死になって血路をひらこうとしているのである。そのような女性に土壇場になってから“実子あっせん”の約束を撤回して、逆に未婚の母となることを強制し、あるいは“望まない子”と“親子の縁”がつながることを強制し、彼女および彼女の家族に回復しがたい不利益を与えた場合、彼等は控訴人に対し終生変わらない憎悪の炎を燃やすことになろう。控訴人はこのようなかたちで多くの女性を不幸におとし入れ、その憎悪を一身に集め、平然としていられる神経は持ち合わせていないのである。
(二) また、もしも控訴人の「説得には力の限界がある。実子あっせんのような対策を示さない限り殺害に至るのを阻止することはできない」という主張が「短絡的な手段選択と安易な事態収束」であり、「双方に対してその不心得と非を悟らせる努力を傾注し、継続」することによって、嬰児殺し防止がほとんど成功を収めることができるという確信が判事にあるのなら、「方便として妊婦に“実子あっせん”をしてやると騙してでも出産までに至らせること」など考慮の余地はないはずである。判決文が「騙してでも」と述べることはやはり「“実子あっせん”をしてやる」と言わなければ「出産までに至らない」ケースが多いことを認めたことになろう。
七、次に判決は、「控訴人の手許にも実親子関係を証する記録を残していないというのである。その結果、将来その子が成長した暁において、実親を知りたいと望んでもこれを探知する手掛かりが全く得られなくなるわけであり、加えて血統を隠蔽し擬装することにより近親婚を生ぜしめ、悪性遺伝子の発現を助長する可能性もあり」という。
(一) 世間体は“望まぬ子”を生まなかったことにするためには、子を殺害するもやむなしと決意した母に、子殺しを翻意させるための要件は、実母が「現在および将来にわたって、“望まない子”を生んだこと、その子を養子に出した事実をこの世から抹殺すること」なのである。そのためには、控訴人は実父母の記録を残してはならないのである。個人(控訴人)が実父母の秘密を将来共に守ることを保証するためには、これ以上の方法は考えられないのである。“実子特例法”が制定されれば、国家が秘密保持を保証するから記録を残すことを実父母は拒まないであろう。
(二) 控訴人が、将来おこり得べき「親を知る権利」「近親結婚」「優生学上の配慮」から実父母の記録を残すことに熱意を示し、実父母の名前、家族構成、住所などを根掘り葉掘り尋ねても、実母は真実を述べないことが多く、また述べても医師はそのことの真偽を確かめるすべを持たず、そのことがかえって彼女を不安におとし入れ、子を殺さないという決心を再び鈍らせる危険がある。
(三) 実母の出産の秘密を守ることが嬰児殺しを防止する要件で、そのためには出産の記録を残さない配慮を必要とするのである。現在、子が生死の境にあり、母の記録を残さないことによってこの命が確実に守られ、母の記録を残すことが母に子殺しを断念させる決意を鈍らせる場合、将来の問題「実親を知る権利」「近親婚の危険」「優生学の配慮」などのゆえに、記録を残すことに固執し、そのために子を見殺しにすることも止むなしといえるのであろうか。将来おこりうる問題をあれこれ考えて、今おこりつつあるこの危機に目をつむるべきであろうか。桃太郎を拾い上げた「おじいさん」「おばあさん」は、必死になって桃太郎を川からひきあげたのであり、数年後の「実親を知る権利」「近親婚の危険」「優生学の配慮」など、その時点では考慮する余地はなかったであろう。
八、また判決は、「生命を救うためという言葉にのみ耽溺するな」と述べたが、日本国中が、本判決を含めて“望まぬ子”の生命軽視に耽溺する世相にあって、「生命を救うためという言葉にのみ耽溺する」医師の稀少価値も認められるべきではないか。

++++公正証書不実記載罪のおさらい
+(公正証書原本不実記載等)
刑法第157条
1項 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2項 公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
3項 前2項の罪の未遂は、罰する。

(1) 公正証書原本不実記載罪・電磁的公正証書原本不実記録罪(1項)
ア 公正証書原本不実記載罪(前段)
「公正証書原本等不実記載罪」は,公務員に対し虚偽の申立をして,権利・義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせるという犯罪です。
(ア) 客 体
本罪の客体は,登記簿・戸籍簿その他の「権利・義務に関する公正証書の原本」です。
権利・義務に関する「公正証書」とは,公務員がその職務上作成する文書であって,権利・義務に関する事実を証明する効力を有するものをいいます(最判昭36・3・30)。
「権利・義務」は,財産上のものだけでなく,身分上のものも含みます。
不動産登記簿・商業登記簿・戸籍簿のほか,住民票などがこれにあたります(最判昭36・6・20)。
(イ) 行 為
本罪の行為は,公務員に対し「虚偽の申立て」をして,権利・義務に関する公正証書の原本に「不実の記載をさせる」ことです。
a 公務員に対する虚偽の申立て
(a) 公務員
意 義
ここでいう「公務員」は,登記官・公証人など,公正証書の原本に記載をする権限を有するものをいいます。
公務員は,記載すべき事項が不実であることを知らない者であることを要します
したがって,たとえば,登記官甲と私人乙が,共謀のうえ,土地登記簿の原本に,ある土地の所有権がAから乙に移転した旨の虚偽の記載をしたというときには,甲と乙に本罪(公正証書原本等不実記載罪)の共同正犯が成立することはありません。
※ この場合は,甲に156条の「虚偽公文書作成罪」が成立します。そして,乙も65条1項により同罪の適用を受け,両者は「虚偽公文書作成罪の共同正犯」ということになります(大判明44・4・27,大谷・山口など通説)。
なお,乙については,虚偽公文書作成罪の教唆犯または従犯とする見解(大塚),公正証書原本等不実記載罪にとどまるとする見解(西田)もあります。

公務員がたまたま気づいた場合①-「実質的審査権」を有するとき-
申立てを受けた公務員が,たまたまその事項の不実であることに気づいたのに公正証書に記載した場合において,当該公務員が申立てについての実質的審査権を有するときは,前条について述べたとおり,当該公務員には「虚偽公文書作成罪」が成立します。

そうすると,(共謀のない)申立人は,客観的には「虚偽公文書作成罪の教唆」をしたことになりますが,主観的には「公正証書原本不実記載罪の故意」であったということになります(抽象的事実の錯誤)。
この点については,発生した事実(虚偽公文書作成罪の教唆)と認識(公正証書原本不実記載罪の故意)との間に構成要件の範囲内で重なる部分があるとして,軽い「公正証書原本不実記載罪」の成立を認めるべきです(法定的符合説,通説)。

公務員がたまたま気づいた場合②-形式的審査権を有するにすぎないとき-
当該公務員が申立てについて形式的審査権を有するにすぎないときも,「その届出事項が明白に虚偽であることを知りながら,これを受理して記載したのであれば,当該公務員に虚偽公文書作成罪が成立する」との立場(前条参照)からすれば,同様に解してよいと考えられます(大谷など近時の有力説)。
※ これに対して,従来の通説は,前述のように,公務員に「形式的審査権」があるにすぎないときは,虚偽であることを知りながら文書を作成しただけでは,虚偽公文書作成罪は成立しないとします。それゆえ,この場合,当該公務員は罪責を負わず,申立人に「公正証書原本不実記載罪」が成立するにすぎないとされます(大塚)(錯誤の問題にはならないわけです)。

(b) 虚偽の申立て
「虚偽の申立て」とは,真実に反することを申し立てることです。
※ 客観的に真実に合致している事項であれば,虚偽と錯覚して申し立てたとしても,本罪を構成しないとされます(大判大5・1・27,大塚・大谷)。
以下のような行為が,これにあたるとされます。
① 他人所有の未登記不動産を,自己所有の不動産である旨を申し立てた場合
② 他人の印鑑を使用し,その土地を譲り受けたように装って,所有権移転登記を申請した場合(最決昭35・1・11)
③ 債務者が,債権者からの強制執行を免れる目的で,第三者と共謀し,自己の建物を第三者に移転したように装い,所有権移転登記を申請した場合
④ 他人を欺くため,当事者双方が合意して,仮装の債権・債務にもとづいて,虚偽の抵当権設定登記を申請した場合
⑤ 所有権移転の不動産登記について,その原因が贈与であるのに,売買による所有権移転であると申し立てた場合(大判大10・12・9)
⑥ 当事者双方に真実離婚する意思がないのに,外形上離婚したように装うため離婚届を提出した場合(大判大8・6・6)
⑦ 仮装の株式払込みにもとづいて,新株発行による変更登記を申請した場合(最決平3・2・28<アイデン架空増資事件>)

b 不実記載
「不実の記載」とは,存在しない事実を存在するものとし,存在する事実を存在しないものとして記載することをいいます。

イ 電磁的公正証書原本不実記録罪(後段)
本罪は,公務員に対し虚偽の申立てをして,権利・義務に関する公正証書の原本として用いられる「電磁的記録」に「不実の記録」をさせるという犯罪です。
客 体
本罪の客体は,権利・義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録です。
※ 「電磁的記録」とは,人の知覚によっては認識することができない方式(電子的方式・磁気的方式など)で作られる記録であって,電子計算機(コンピュータ)による情報処理の用に供されるものをいいます(7条の2)。
不動産登記簿ファイル,商業登記簿ファイル,戸籍簿ファイル,住民基本台帳ファイル,自動車登録ファイルなどが,これにあたります。

行 為
本罪の行為は,公務員に対し「虚偽の申立て」をして,権利・義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に「不実の記録をさせる」ことです。
「不実の記録」とは,事実に反する情報を入力して電磁的記録に記録することをいいます。

(2) 免状等不実記載罪(2項)
本罪は,公務員に対し虚偽の申立てをして,「免状・鑑札・旅券」に不実の記載をさせるという罪です。
・客 体
「免状」とは,一定の人に対し一定の行為をなす権能を付与する公務所・公務員の証明書をいいます(医師免許証・運転免許証など)。
「鑑札」とは,公務所の許可・登録の存在を証明するもので,交付を受けた者がその備付け・携帯を必要とするものをいいます(犬の鑑札など)。
「旅券」とは,旅券法に定める外国渡航の許可証をいいます(いわゆるパスポートです)。
・行 為
公務員に対し「虚偽の申立て」をして,免状等に「不実の記載をさせる」ことです。
なお,免状等の交付を受ける行為は,当然に本罪が予定するものですから,別途に犯罪(詐欺罪など)を構成しません。

~~~

エ 租税の減免と法律の根拠
租税の賦課は侵害行為なので法律の根拠が必要であり、かつ、租税法律主義を徹底する見地から、法律で定められた租税を賦課・徴収するかどうかについて行政機関に裁量はない!
→行政機関が独自の判断で租税を減免することは法律優位の原理から認められず、租税の減免には法律の根拠が必要となる!

まとめ
法律留保の問題
=法律がないときに、一定の行政活動を行えるか
法律優位の問題
=法律があるときに、一定の行政活動を行えるか


行政法 基本行政法 行政の存在理由・行政法の特色~民事法刑事法との比較~


1.鉄道運賃・料金の規制

+判例(H1.4.13)近鉄特急事件
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人大原健司、同佐井孝和、同島川勝、同辻公雄、同山川元庸、同安木健の上告理由第一点について
地方鉄道法(大正八年法律第五二号)二一条は、地方鉄道における運賃、料金の定め、変更につき監督官庁の認可を受けさせることとしているが、同条に基づく認可処分そのものは、本来、当該地方鉄道利用者の契約上の地位に直接影響を及ぼすものではなく、このことは、その利用形態のいかんにより差異を生ずるものではない。また、同条の趣旨は、もっぱら公共の利益を確保することにあるのであって、当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することにあるのではなく、他に同条が当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することを目的として認可権の行使に制約を課していると解すべき根拠はない。そうすると、たとえ上告人らが近畿日本鉄道株式会社の路線の周辺に居住する者であって通勤定期券を購入するなどしたうえ、日常同社が運行している特別急行旅客列車を利用しているとしても、上告人らは、本件特別急行料金の改定(変更)の認可処分によって自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということができず、右認可処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきであるから、本件訴えは不適法である。
これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は独自の見解に基づき原判決を非難するものであって、採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであって、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤哲郎 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官四ツ谷巖 裁判官大堀誠一)

上告代理人大原健司、同佐井孝和、同島川勝、同辻公雄、同山川元庸、同安木健の上告理由
第一 原告適格について
原判決は、上告人らの原告適格に関し行政事件訴訟法九条の解釈を誤り、結論に影響を及ぼす法令違反を犯している。以下その理由を述べる。
一 第三者の原告適格
1 はじめに
原審判決は、上告人らの訴えの利益を否定し、訴えを却下した。しかし特急料金の認可処分権限の存しない大阪陸運局長が料金変更を認可した近鉄特急は日々運行され、近鉄は上告人らをふくむ一般通勤客から莫大な特急料金を徴収している。原審判決で訴えの利益が否定されても、一審判決の認めた被上告人近畿運輸局長の処分権限の違法は放置されたままである。この違法状態の是正を誰が求めうるのであろうか。
認可処分の名宛人である近鉄はこの値上認可処分によって利益を受けるのであるから、処分の違法を争うことはありえない。認可処分によって料金の変更が行われ、値上げされた特急料金を支払わされる上告人ら乗客以外にない。
そもそも司法制度は、不利益を受けた者が、裁判所に提訴し不利益の回復が図られ、総体としての社会秩序が維持されることが予定されている。利益を受けた者が裁判所に費用と労力を費して、自己の利益を削減することを求めることはありえないし、法の予定しているところではない。不利益を受けた者がその痛みを原動力として、訴訟が起動するのである。行政事件訴訟においても、その構造は変るところではない。行政事件訴訟法九条の処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、まさに行政庁の処分によって不利益を受けた者を指すのであり、処分の形式的な名宛人に限定されるものではない。
2 第三者の原告適格
そもそも、社会の複雑化・多様化とともに、現代の行政は国民生活と深いかかわりをもつようになり、行政庁の処分が及ぼす影響の範囲が拡大する一方であることは、否定することができない事実である。それはたんに、処分の名宛人のみならず、第三者に対してもしばしば大きな影響を及ぼす。したがって行政庁の違法な公権力の行使により権利・利益を侵害された国民は、裁判所にその救済を求めることができるとするのが、法の支配の理念に適う。行政処分の効果に応じて行政庁の処分の取消を求めうる者の範囲は、必然的に拡大されざるをえない。
我国の多くの判例もその傾向を示しており、第三者の原告適格を次第に拡大しつつあるのが現状である。
最高裁昭和三七年一月一九日判決(判例時報二九〇号六頁)によれば、既存の公衆浴場営業者は第三者に対する公衆浴場営業許可処分の無効確認を求める訴の利益が認められた。公衆浴場は都道府県知事の営業許可を受けることを要する営業であるが、公衆浴場の配置について配置の適正を欠く場合に営業許可を与えられないことがある。右判例の事案は、既存の公衆浴場営業が第三者に与えられた営業許可につき、営業許可の配置基準に合致しないものであり、自分達の営業上の利益が侵害されるとして、新たな者が受けた営業許可処分を争った事案である。
この事案は、結局のところ新たに営業許可を受けた者が、公衆浴場の配置に関する許可基準に適合しない営業許可を受けた場合、営業許可を受けた者自体は、許可処分の違法を争うことがありえないから、その営業許可処分によって不利益を受ける第三者、すなわち既存の公衆浴場営業者に許可処分の違法を争わせるのが合理的であると判断されたのである。
次に、近鉄の地方鉄道事業と同様の地域独占企業に対する行政庁の供給条件の認可処分に対し、一般消費者に原告適格を認めた東京地裁判決(昭和四三年七月一一日判例時報五三一号二四頁)が注目されるべきである。
右の判決では本来ガス会社が負担しなければならない工事費を消費者に負担することを認めたガス会社に対する通産大臣の特別供給条件の違法を争うにつき、ガスの供給希望者に原告適格を認めた。本件特急料金の場合、上告人らは近鉄の地域独占の結果、日々通勤のために近鉄を利用せざるをえない立場にあり、ガス会社に対する供給希望者と類似の法律関係であるから、上告人らに原告適格が認められるべきである。
また原子炉設置許可処分の取消を求める地域住民の行政訴訟では、地域住民に原告適格が認められている(例えば伊方原子力発電所事件松山地方裁判所判決昭和五三年四月二五日判例時報八九一号三八頁)。原子力発電所の行政訴訟では、地域住民の主張するのは、将来の被害の可能性であり、被害の及びうる地域住民に原告適格が認められているのである。
以上のように見て来ると、第三者に原告適格が認められるか否かは、結局のところ、当該行政処分によって直接かつ重大な不利益を被る者又はその可能性のある者に処分の違法を争わせるのが適正かつ合理的であり、行政処分の形式上の名宛人であるか否かは、原告適格を判断するうえ最終的な決め手になるものではないのである。
二 ジュース表示事件判決及び長沼ナイキ基地事件判決について
原判決は、行政事件訴訟法九条の法律上の利益を有する者の解釈に関し、最高裁のいわゆるジュース表示事件(昭和五三年三月一四日判決)を引用して、反射的利益を論じ、いわゆる長沼ナイキ基地事件(昭和五七年九月九日判決)を引用して、公益との関係を論じ、本件の原告適格を否定する論拠として判示している。原判決の判示はいずれも誤りであり、かつ最高裁判決の判断の及ぶ範囲を誤ってしたものであるので、以下批判する。
1 ジュース表示事件判決について
原判決は「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として、行政権の行使に制約を課していることにより保護されている利益であって、それは、行政法規則が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきである」と判示している。
そもそも反射的利益、ないし事実上の利益の考え方は原告適格の制限する理論として登場してきたものであるが、何が反射的利益か、あるいは法律上の利益か事実上の利益かは、必ずしも明らかではなく、判決の結論は区々に分かれており、原告適格有無の統一的な判断基準とはなりえない(甲第四〇号証千柄泰論文七二ないし七五頁参照)。結局、行政処分の結果原告がこうむる不利益の内容と程度を考慮して、ある場合は法律上の利益とし、ある場合は反射的利益ないし事実上の利益としているものと言っても決して過言ではない。
最高裁は、ジュース表示事件において、景表法(不当景品類及び不当表示防止法)の規定により一般消費者が受ける利益は、同法の規定の目的である公益の保護の結果として生ずる反射的利益ないし事実上の利益であり、法律上保護された利益ではないと判示した。
しかしながら、右最高裁判決は第三者の原告適格の枠を狭く解するものとして批判が強いばかりか、公益と消費者の個々的利益の関係のとらえ方についても疑問が呈されている。
すなわち、一般消費者の利益といっても、結局個々の消費者の利益の総和にすぎないのに、右判決はこれを無視しており、一般消費者の利益すなわち「公益」(判決はそう解しているようである)に個々の消費者の権利を否定する作用を果させているのである(甲第四二号証布村勇二論文八三頁参照)。結局、最高裁判決によれば、行政の処分による影響が厖大な数の国民に及べば及ぶほど、「個々の国民の利益が公益に包摂される」ことになって、違法な処分から国民を救済する途が閉ざされる結果となる。これはまことに奇妙な論理というほかない。(なお右論文のほか最高裁判決を批判するものとして甲第四三号証上原敏夫論文二一七、二一八頁等がある。甲三九号証の一田中舘論文も最高裁判決に反対である。)
2 長沼ナイキ基地事件判決について
原判決は、長沼ナイキ基地事件判決を引用して以下のとおり判示している。
「法律が対立する利益の調整として一方の利益のために他方の利益を制約する場合、それが、個々の利益主体間の利害の調整を図るというよりむしろ、一方の利益が現在及び将来における不特定多数の顕在的又は潜在的な利益の全体を包含するものであることに鑑み、これを個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益としてとらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する他方の利益に制限を課したものとみられるときには、通常、当該公益に包含される不特定多数者の個別的に帰属する具体的利益は、直接的には右法律の保護する個別的利益としての地位を有せず、いわば右の一般的公益の保護を通じて付随的、反射的に保護される利益たる地位を有するにすぎないとされているものと解され、ただ特定の法律の規定が、これらの利益を専ら右のような一般的公益の中に吸収せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべき趣旨を含むものと解されるときは、右法律に違反してされた行政庁の処分に対し、これらの利益を害されたとする個々人においてその処分の取消しを訴求する原告適格を有するものと解せられる。」
ところで、最高裁判決は、<1>法が不特定多数者の個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益の保護を目的としている場合には、公益に包含される不特定多数者の個別利益の侵害は単なる反射的利益の侵害にとどまり、その侵害を受けた者は処分の取消しを求めることができないこと、<2>他方で、法が公益とならんで個々人の個別的利益を保護するべきものとすることも可能であって、特定の法律がこのような趣旨を含むものと解されるときは、処分によって利益を侵害されたとする個々人が処分の取消しを求めることができること、以上の二点を一般論として判示しているのである。要するに、最高裁判決は、法が公益のみの保護を目的としているか、個々人の個人的利益をも保護しているかによって、利益を侵害されたとする個々人の原告適格の存否が決せられるべきであるということを述べているのであり、原判決が判示しているように、法が公益の保護を目的としている場合には、個々人について原告適格が認められるのは例外的な場合に限るべきであるなどと解する余地はどこにもないのである。
さらに付言すると、被上告人らは原審において長沼ナイキ基地判決につき、最高裁は、<1>森林法が保安林の指定に「直接の利害関係を有する者」に対して一定の権利を与えていること、<2>旧森林法には保安林の編入解除に関し「直接の利害関係を有する者」に行政訴訟の提起を認める規定があり、これが裁判事項の制限的列挙主義を廃した行政事件訴訟特例法の制定にともない廃止されたこと、以上の二点を原告適格を認める根拠として挙げていることを述べ、原告適格が認められるためには、このような具体的な規定によって個々人の利益が保護されていることが最低限必要であるというのが最高裁の判断であると解されると主張していた。
最高裁判決において、原告適格を認める根拠として右二点を挙げていることは事実である。しかしながら、森林法のような具体的規定によって個々人の利益が保護されていることが、原告適格肯定の最低限度の要件であるとするのは論理の飛躍である。すなわち、長沼ナイキ基地訴訟においては、森林法に前記のような規定があったために、原告適格を肯定する際にその根拠としてこれらの規定の存在を挙げるのは当然のことである。このような規定が存在しない場合、そのことを根拠に原告適格を否定したのであれば、被上告人の主張するとおりであろうが、そうでない以上最高裁が原告適格について右のように限定的に解していると断定するのは、論理の飛躍というべきである。
被上告人の主張するとおり、原告適格が認められるためには前記のような具体的な規定が最低限必要だとすれば、法律の列記する事項についてのみ出訴を認めるという旧行政裁判法の列記主義に逆もどりし、現行行政事件法の採用した概括主義に相反する結果になりかねない。
3 最高裁判決の及ぶ範囲
イ 最高裁判決における公益
最高裁は、ジュース表示事件において、「国民一般が共通してもつにいたる抽象的、平均的、一般的な利益」を「公益」と表現しており、長沼ナイキ基地事件においては、「不特定多数者の……個別的利益を超えた抽象的・一般的(利益)」を「公益」と表現している。個々人の具体的利益が、右のような「公益」に「完全に包摂されるような性質のもの」(ジュース表示事件最高裁判決)あるいは、「公益」に「包含される(もの)」(長沼ナイキ基地事件最高裁判決)である場合は、そこの利益は「反射的ないし事実上の利益」であるというのが最高裁の考え方である。したがって、原告適格の有無を論じる場合は、当該原告の利益が右のような公益に包摂しつくされるものかどうかを考察しなければならないことになろう。
最高裁判決の考え方を前提とする場合、前記二事件で問題とされる原告の利益、あるいはこれと対置される公益の内容がどのようなものであるかを考察し、それらと本件とがどのような関係にあるかを比較しなければならない。その詳細は次のとおりである。
ロ 二事件における公益と具体的利益
ジュース表示事件で処分の結果個々の消費者がうける不利益は、ジュースという商品を選択する自由というような抽象的・一般的なものであり、しかもその選択の自由を奪われる可能性があるというものである。これを原告となりうる者の範囲についてみても、国民は誰でもジュースの消費者となりうるところから、同事件で原告らに当事者適格を認めるならば、国民は誰でも同種事案において原告となることができる結果となり、その範囲は無限定となってしまう。
このような場合、原告の利益は「国民一般が共通してもつにいたる抽象的・一般的な利益とみることが可能であり、個々人の利益は公益に「完全に包摂される性質のもの」ということも、あるいはできるであろう。
長沼ナイキ基地事件では、森林法によって保護される公益は、保安林の周辺住民その他の不特定多数者が受ける自然災害の防止、環境の保全・風致の保存などの一般的利益である(最高裁判決)。これに対し原告適格を認められた原告らは、保安林の伐採による理水機能の低下により洪水緩和、渇水予防の点で直接に影響を被る地域に居住する住民である。このような地域住民の利益は右のような公益に包含されてしまうものでないことは明らかであり、保安林解除処分の取消しを求める訴訟について、原告となりうる者もおのずと特定されることになる。従って、旧森林法以来の沿革等をまつまでもなく、原告適格が肯定されてしかるべき事案である。
ハ 二事件との差異
以上に対し本件の場合は次のような点で特異性がある。
第一に、地方鉄道二一条によって保護される利益は利用者の経済的利益であり、これは結局個々の利用者の利益に還元されることになる。逆にいえば、利用者一般の利益といっても個々の利用者の総和以外のなにものでもなく、これを離れた公益などというものは存在しないのである。
すなわち、個々の利用者の利益は「不特定多数にわたる一般利用者の利益すなわち公益」に包摂されてしまうものではないのである。
第二に、本件の原告らは近鉄沿線に居住し、通勤のために定期券を購入し日常的に近鉄を利用せざるをえない立場にあるものであり、また現に近鉄特急をほとんど毎日利用している者である。そのような原告らにとってみれば、本件認可処分によって値上げされた分だけ経済的負担が増大するのであり、これらは「公益に包摂される」結果雲散霧消してしまうような不利益ではない。このように本件原告らは近鉄特急の利用者という特定された存在であり、ジュース表示事件のように一般消費者というような抽象的存在ではない。同じような立場の者が多数存在することは事実であるが、これは認可処分によって影響をうける者の範囲が著しく広いことを物語っているにすぎず、多数存在する結果その利益が公益に昇華してしまうというものではない。
上告人らの近鉄特急利用にかかわる法律関係は、各上告人の立場からみれば各上告人がそれぞれ直接かつ具体的、個別的に近鉄との間でなす特急による旅客運送契約であって、大阪陸運局長の認可は、その旅客運送契約上の一要素である運送料金についての直接的な効力発生要件である。そしてこれが近鉄と多数の乗客との旅客運送契約の内容を構成する普通約款並びにこれに対する予めの認可という形態を採っているため恰も地方鉄道法二一条による認可がいわば公益に包含される単なる一般的、抽象的利用者と近鉄との利害の調整をなすもののように誤解されがちなのである。
この場合、各上告人は独占的な免許をもつ近鉄との旅客運送契約上の本来自由競争下に形成されるであろう公正な運送料金を、権限ある運輸大臣の認可により正しい監督下に確定し効力を発生させて、これにより運送を受ける法律上の利益を有するものである。
この利益はかかる法律関係と地方鉄道法第二一条又は独禁法の法意から必然的に導かれるものであって、直接的かつ具体的、個別的な法律関係と利益を有する各上告人と、一般公益、反射的利益を有するにすぎないものとは区別される。
従って、原審判決が本件訴訟での原告適格を判示するに当って両事件を引用するのは妥当でなく、本件訴訟で原告適格が認められることと、従前の最高裁判例との間には、判例抵触は起こらないのである。
二 本件訴訟における上告人らの原告適格
1 地方鉄道法二一条の解釈
イ 原判決の表示
原判決は、地方鉄道法二一条について、「同法二一条は地方鉄道の運賃・料金を監督官庁たる運輸大臣の認可にかからせているが、地方鉄道法の目的とするところは、本来自由であるべき交通事業を規制することにより公益の実現を図ろうとしているものと解すべきであり、その一般利用者の利益の保護も、右による公益保護の一環として、換言すれば一般利用者の利益は一般的公益に包摂されたものとして、その公益の保護を通じ保護されるものと解せられる。」と判示し、「もとより一般利用者といっても、個々の利用者を離れて存在するものではないが、地方鉄道法上このような個々の利用者の利益は、同法の規定が目的とする公益の保護を通じ、その結果として保護されるもの、すなわち公益に完全に包摂されるような性質のものにすぎないと解される。したがって運輸大臣による地方鉄道法の規定の適正な運用によって得られる一般利用者の利益は反射的な利益ないし事実上の利益である」と述べ、地方鉄道法二一条には、利用者たる乗客の利益は、法律上の利益として含まれていないと結論する。
第一審判決は、同法二一条の解釈において、公益的利益と利用者の利益が併存するとの判断を示していたが、原判決は同法二一条が利用者の利益が公益的利益に包摂されるとの結論を選ぶと、上告人らの主張を次のとおり切って捨てている。
第一に、独禁法及び消費者保護基本法の法意に照らし、上告人らは地方鉄道法二一条により、近鉄の利用者として当然公正・適正な料金で特急を利用する権利あるいは法的に保護された利益を有する旨の主張については、「独禁法及び消費者保護基本法によって消費者が受ける利益は、特別の規定による場合を除き、一般にこれらの法律の適正な運用によって実現されるべき公益の保護を通じ消費者一般が共通してもつに至る抽象的、平均的、一般的な利益であり、右各法律の規定の目的である公益の保護の結果として生じる反射的な利益ないし事実上の利益である」と判示した。
第二に、地方鉄道法によって保護される利益は経済的利益であり、個々の利用者の利益に還元されるものであり、第一審原告らは通勤のため日常的に近鉄を利用する者であって、本件認可処分によって値上げされた分だけ経済的負担が増大するから、これは公益に包摂されるものではないとの主張については、
「公益は個々の住民・利用者の利益と離れては存しないが、その具体的内容・性質等に鑑み、法はこれを公益として包摂して保護することが行われるのであるから、当該利益が経済的利益であることを根拠に包摂されつくされないと当然にいいうるものではない。かえってこのような利益の性質、程度、利用者が不特定多数に亘るものであることに鑑みると、公益として包摂される適正を有するものとさえいいうるのである。」と判示した。
ロ 第一審判決の判示
しかるに第一審判決は、地方鉄道法二一条の解釈について、以下のとおり判示している。
「地方鉄道業者は、主務大臣の免許を得て一定の地域における鉄道運輸を独占的に営む地位が保証されることになるので、右運賃等を鉄道業者限りで決定できるとすれば、右独占的地位を背景としてこれが恣意的に定められるおそれがある。しかし、その恣意を許すと、わが国の交通秩序、経済秩序が破壊され、利用者に経済的打撃を与えることは、必至である。そこで、同項は、運賃や料金の認可という行政処分を通して、監督官庁に介入させ、運賃、料金が、運輸政策や物価政策的見地から適正額にきめられるようにしたのである。したがって、この認可によって受ける利益は、我が国の経済秩序の維持、物価抑制といった公益的利益にとどまらず、鉄道利用者の利益も併存しているといえる。
このように、同項が運賃等の定めについて認可を必要とする趣旨が、右のように鉄道利用者の利益を保護することにもあるから、ここにいう鉄道利用者の利益とは、鉄道利用者の個別的具体的な利益を含むものとしなければならない。なぜならば、(1)運賃等の改訂の認可は、運賃等の改訂そのものではなく、また、当該鉄道を利用しない限り運賃等の支払義務が生じないけれども、鉄道運送事業の独占的地位のために当該鉄道を利用せざるを得ないことや、認可は自動的に運賃等の具体的改訂に結びつくことからみて、運賃等の認可処分は、個々の鉄道利用者の利益に直接影響を及ぼすものであるということができ、(2)不特定多数の一般利用者が持つ共通の利益は、結局、個々の利用者の具体的利益の抽象化されたものであるから、個々の利用者の具体的利益に基礎があるものであって、個々の利用者の具体的利益に還元されるからである。この点では、電気、ガス供給事業の料金等を定めるについて、認可制度を採用しているのと同断である(電気事業法三条、一九条一項、ガス事業法一条、三条、一七条一項参照)。」
ハ 原判決の誤りについて
両判決の結論の異なるキーポイントは、地方鉄道法二一条が保護の対象としている利益に関して、公益的利益と利用者の利益が併存していると解するか、包摂されていると解するかである。一審判決は運賃料金の改定の認可が鉄道事業者の独占的地位のため、個々の鉄道利用者は改定された運賃料金の支払を強制させられる結果となることに着目し、そこに利用者の経済的利益を見ている。一方原審判決は、利用者の具体的利益は公益に包摂されると、何んらの理由づけなしに「結論」を出して、その「結論」を繰り返しているに過ぎない。とくに前記ロ、第二で述べた「公益は、個々の住民、利用者の利益と離れては存しないが、その具体的内容、性質等に鑑み、法はこれを公益として包摂して保護することが行われているのであるから、当該利益が経済的利益であることを根拠に公益に包摂されつくされないとは当然にいいうるものではない」との判示は全くの詭弁であり、理解できない。また右の判示のいう「その具体的内容、性質等に鑑み」はその内容が全く述べられていないので、実質的な理由を示していない。
ニ 上告人らの解釈
上告人らは地方鉄道法二一条の解釈については、第一審判決の判示と同様である。
(ⅰ) すべての契約は公正かつ自由な競争のもとではじめて公正・適正な契約の締結が可能である。しかるに現代社会においては、消費者は企業に対し、市場支配力、資金力、組織力、専門的知識など、契約当事者としてあらゆる意味で弱者の地位にあり、独占もしくは寡占のもとでは公正かつ自由な競争は排除され、企業から一方的に不公正な契約条件による契約を強制されている。
こうしたことから今日、消費者を保護し価格その他取引条件の公正を図るべきであるとする法的確信が生れている。
アメリカ合衆国では、一九六二年三月ケネディ大統領の「消費者の利益保護に関する大統領特別教書」で、消費者は「安全を求める権利」、「知らされる権利」、「意見を聞いてもらう権利」ならびに「選ぶ権利」を有するとし、これらの権利を保護することによって取引条件の公正を保護することを宣言した。
我国でも、昭和三八年六月国民生活向上対策審議会は、「消費者保護に関する答申」において、消費者は安全性保障の権利・表示広告適正化の権利とならんで、商品・サービスの価格等取引条件が自由かつ公正な競争によってもたらされるものであることを要求する具体的権利を有すると指摘している。
そして学説においても、消費者は商品・サービスを適正・公正な価格取引条件で提供を受ける権利を有するとされている(正田彬「消費者の権利」岩波新書、竹内昭夫、現代法学全集「現在の経済構造と法」一六頁以下、等)
このような消費者の価格等取引条件の公正を要求する権利・利益は、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下独禁法という)により、法的強制手続をもって具体的に保護されている。
独禁法は公正かつ自由な競争を促進することにより、消費者の利益を保護することを目的として制定され(同法一条)、私的独占もしくは不当な取引制限をし、又は不公正な取引方法を用いた事業者は損害賠償の責に任ずる(同法二五条)としている。すなわち、企業の不公正な取引方法によって価格が不当に高額に決定・維持され、このため消費者が不当な価格で商品・サービスの提供を受けるに至ったとき、消費者は、公正かつ自由な競争によって形成されたであろう適正価格との差額につき損害を被ったものとして不公正な取引方法を用いた業者に対し、無過失損害賠償責任を問うことを認めている(通説、東京高裁昭52.9.19判決、判例時報八六三号二〇頁)。
このように、消費者は、法的権利としてあるいは少なくとも法的に保護された利益として、「公正・適正な取引条件で商品・サービスの提供を受ける権利・利益」を有している。
ところで、消費者である上告人らが近鉄と締結する近鉄特急の利用契約は後述のとおり附合契約であり、原告は右契約において本件認可による特急料金を強制されることになるから、本件認可は正に、消費者たる上告人らの「公正・適正な価格等の取引条件でサービスの提供を受ける権利」に係るものといわなければならない。
(ⅱ) 地方鉄道法は、鉄道事業の公共性に鑑み、事業の健全な経営が、自由競争の弊害により破綻をきたし、地域住民の日常生活上必要不可決な輸送手段の確保に支障を生ずることをおそれ、事業者に事業の独占を認める一方、事業独占のゆえに生じる場外について行政庁が、諸々の行政処分や指導をおこなうことにより、これを排除しようとしている。
地方鉄道法二一条事業者が運賃その他運輸に関する料金を定めるにつき行政庁の認可を要するとしている。この規定は、鉄道事業の独占性の弊害として、利用者は、事業者が一方的に定めた不当な運賃・料金の支払を強制されることになるので、利用者に対しその運賃・料金の公正・適正を保障しようとする趣旨にも出たものである。
独禁法により消費者は適正・公正な取引条件により商品サービスの提供を受ける権利・利益を法律上保護されていることは前述のとおりであるが、独禁法の適用が除外された鉄道事業のような各種公益事業においても、独禁法に代って各個の公益事業法により、自由競争の代替措置として行政庁の行政処分等を介在されることで消費者の右権利・利益が保護されている(消費者保護基本法第一一条参照)。
地方鉄道法二一条の規定の趣旨も、独禁法適用除外の代替措置として消費者の価格等取引条件の適正・公正を要求する権利を具体的に保護しようとするものに他ならない。
以上のとおり、消費者たる原告らは地方鉄道法により適正・公正な料金で特急を利用する権利、あるいは少なくとも法律上保護された利益を有するものである。
同法二一条にもとづき認可された運賃・料金は、具体的な運送契約上の契約条件となり、それが個々の利用者の具体的運送契約の締結によってはじめて具体化現実化するものであり、個々の利用者の運送契約をはなれては何んらの意義をもたないものである。したがって同法二一条が認可によって保護しようとした利益は、個々の具体的利用者が適正・公正な運賃・料金で運送サービスを受ける権利、利益そのものといわねばならない。原判決のいう一般公衆の利益(公益)は、個々の利用者の利益の総和以外の何ものでもないのである。このことは本件認可により不当に高額な料金の支払を強制されるのは個々の具体的鉄道利用者であって、抽象的な一般公衆でないという一事をみても明らかである。
なお、原判決は、運輸審議会に諮問された運賃変更認可について、公聴会で公述することのできる利害関係人や公聴会の開催を要求することのできる利害関係人には利用者は含まれないとし、これを理由に地方鉄道法第二一条と個々の鉄道利用者の利益を保護したものではないという。しかしながら、このような論理は本末転倒である。なぜならば、「利害関係人」については明確な定義はなく、これに何人を含めるかは、地方鉄道法第二一条が保護しようとしている利益を指標にして判断されるべきであるからである。
以上のとおり、原告らは適正・公正な運賃・料金により運送サービスを受ける権利・利益あるいは地方鉄道法上保護された権利・利益を有するところ本件認可は原告らの右権利・利益を侵害するものであるから原告らは本件認可取消訴訟について行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益」を有することは明らかである。
2 上告人らは認可処分の名宛人である。
上告人らは、本件認可処分の当事者としても、本件認可処分の取消しを求める法律上の利益がある。
近鉄は、その沿線において独占事業者であるため、沿線住民である上告人らは、近鉄を利用するほかなく、特急を利用する以上、近鉄の定めた条件にしたがわざるをえない。つまり、上告人ら利用者は、本件認可処分による効果を名宛人たる近鉄と一体に受けることになる。
もっとも、本件認可処分は、その手続上あるいは形式上、近鉄からの申請に対して近鉄を処分の名宛人としてなされたものである。しかし、本件認可処分は、一方で近鉄の料金設定行為を制限しながら、他方では、利用者たる上告人らに対し一定の金員の支払いを強制する効果を有する。
したがって、上告人ら利用者は、本件認可処分について、第三者として影響を受ける者というより、むしろ本件認可処分の名宛人或いは少なくとも名宛人に準ずる立場にある。
3 利益侵害の直接かつ重大性
仮にそうでないとしても上告人らは、通勤のため常時特急料金が改定されることによって、直接かつ重大な不利益を被っている。それであるのに上告人らは、本件申請に関する近鉄の認可申請の閲覧の機会も認可に対する意見陳述の機会も与えられなかった。しかし、上告人ら利用者には、本件認可処分の適法性を問うことができる途が確保されるべきである。したがって、上告人らの訴の利益は、肯認されるべきである。
もし、近鉄の利用者である上告人らには、本件認可処分に対し取消しを求める法律上の利益がないとすると、近鉄が、本件認可処分を争わない限り、裁判所の審理判断が得られないことになる。しかし、近鉄が、本件認可処分を争う理由も必要もない(本件認可処分は、本件申請どおり認められている)。そこで、このような場合には、近鉄の利用者こそ本件認可処分の適法性審査を求める最適任者であり、上告人ら利用者に原告適格を認めることが合理的である。
なお、本件は、認可処分の手続違法、殊に処分権限の有無が争点となっている事案であって、このような場合に、当事者適格の範囲を厳格に解釈して、実体的判断を回避する結果になることは、行政の民主化、行政手続の適正化を目的とする行政訴訟制度にそぐわないというべきである。
第二〈省略〉

2.自動車の運転免許制度

3.ストーカー行為の規制

4.生活保護:給付行政の例~憲法上ンお権利の実現、法律上の制度~

5.環境保護のための補助金:給付行政の例~行政目的の実現、法律に基づかない制度~

6.まとめ

7.補論~行政の定義と公法私法二元論~

公法私法二元論
必ずしも公法私法二元論を前提とするものではなく、それぞれの法的仕組みの趣旨を解釈したものと理解するのが可能。

判例(S28.2.18)
理由
上告理由第一、第二について。
自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する)は、今次大戦の終結に伴い、我国農地制度の急速な民主化を図り、耕作者の地位の安定、農業生産力の発展を期して制定せられたものであつて、政府は、この目的達成のため、同法に基いて、公権力を以て同法所定の要件に従い、所謂不在地主や大地主等の所有農地を買収し、これを耕作者に売渡す権限を与えられているのである。即ち政府の同法に基く農地買収処分は、国家が権力的手段を以て農地の強制買上を行うものであつて、対等の関係にある私人相互の経済取引を本旨とする民法上の売買とは、その本質を異にするものである。従つて、かかる私経済上の取引の安全を保障するために設けられた民法一七七条の規定は、自作法による農地買収処分には、その適用を見ないものと解すべきである。されば、政府が同法に従つて、農地の買収を行うには、単に登記簿の記載に依拠して、登記簿上の農地の所有者を相手方として買収処分を行うべきものではなく、真実の農地の所有者から、これを買収すべきものであると解する。
そのことは、自作法一条に明らかにせられた前叙同法制定の趣旨からしても十分に理解せられるところであるのみならず、同法が農地買収についての基準を、いわゆる不在地主の農地であるかどうか即ち農地の所有者が実際に農地の所在市町村に居住しているかどうか、又は、地主が農地を自作しているか、小作人をして、小作せしめているか等所有者とその農地との間に存する現実の事実関係にかからしあている等、自作法に定あられた各種の規定自体から推しても、同法の買収は、真実の農地所有者について行うべきであつて、登記簿その他公簿の記載に農地所有権の所在を求むべきでないことが窺い知られるのである。
もとより、本事業はわが国劃期的の大事業で、短期間に全国一齊に、大量的に農地の買収を行うものであつて、かかる大量的な行政処分において、個々の農地について登記簿其他の公簿をはなれて真実の所有者を探求することは事実上困難であり、公簿の記載は一応真実に合するものと推量することは、極めて自然であるから、政府が右の買収を行うに当つては一応登記簿その他の公簿の記載に従つて、買収計画を定めることは、行政上の事務処理の立場から是認せられるところであるけれども、右買収計画に対して真実の所有者が自作法に規定せられた異議を述べるときは、この計画の実施者たる農地委員会は、その異議者が真実の所有者なりや否やの事実を審査して、その真実の所有権の所在に従つて、買収計画を是正すべきものであつて、同委員会は、民法一七七条の規定に依拠して、異議者がその所有権の取得についての登記を欠くの故を以て、その異議を排斥し去ることは許されないものと解すべきである。論旨は、これと反対の主張をするものであつて、採用することはできない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
この判決は裁判官霜山精一の少数意見、裁判官井上登同岩松三郎の少数意見、裁判官真野毅の意見を除き、裁判官全員一致の意見によるものである。

+少数意見
裁判官霜山精一の少数意見は次のとおりである。
自作農創設特別措置法に基く農地の買収に関し国(又は農地委員会)が民法一七七条にいう「第三者」に該当するかどうか、換言すれば農地買収について民法一七七条が適用又は準用されるかどうかの問題に対し、多数意見は消極説を採るものであるが、私は積極説を主張するものである。以下その理由を述べる。一、民法上登記原因が絶対無效の場合には、その無效は何人に対しても主張できるのであるから、幾ら登記を信用して登記名義人と不動産の取引をしてもその取引り安全は保護されないのであつて、真の権利者が保護されるのである。これに反し登記原因は無效であるがその無效をもつて善意の第三者に対抗できない場合(例えば民法九四条二項)、及び民法一七七条の場合即ち物権の変動について登記をしなかつた場合には登記名義人と取引をした第三者が保護されて真の権利者はその権利を取引の相手方である第三者に対抗できないのである。従つてこの場合には取引の安全の保護に重点が措かれ、いわゆる動的安全を保護するために真の権利者の権利が犠牲となるのである。そして以上の民法上の原則が農地買収について如何に適用せられるかというに、登記原因の絶対無效の場合の原則は適用されるものと解される。買収が公権力の発動だからといつて右原則の適用を排除することはできない。それゆえ登記原因の絶対無效の場合に登記名義人に対して買収手続が行われても、真の権利者が適法に異議を申立てた以上、買収農地が耕作者に売渡された後でも国は買収手続を取消さなければならないし、買受人なる耕作者は農地を権利者に返還しなければならない。それはこの場合には取引の安全を保護しないという原則からくる当然の結果でありこのことは農地の買収に多少の支障を来すことになつても已むを得ないのである。
次に民法一七七条同九四条二項のように取引の安全が保護される場合民法上の原則も農地買収の場合に適用があると解すべきである。民法一七七条の規定によつて不動産の買主が登記を経ないときはその買受けたことを第三者に対抗できないのである。それゆえ所有権は買主にあるといつても、その権利は完全な排他的の所有権といえないのであるから、登記名義人たる売主と第三者との間になされた取引の安全を保護する必要のためには未登記の権利は犠牲にならなければならない。そして取引の安全ということは必ずしも売主自身がする取引即ち二重譲渡をした様な場合に限るのではなく、苟しくもその不動産について変動のあつた場合の動的安全をいうのであるから、私的取引による変動たると、公権力による変動たるとを問わず、登記を怠つている買主に比して動的安全を保護することがより必要であると認められる場合には民法一七七条を適用しなければならない。大審院の判例でも売主の一般債権者が移転登記のしてない不動産について差押をしたときには差押債権者は第三者に当り買主は所有権の取得をもつてこれに対抗できないとしているのである。これを農地の買収について考えてみると、買主が登記を怠つているときには登記簿上は売主の所有名義となつており、国は登記簿によつて売主の農地としてこれを買収し、これを耕作者に売渡すのである。たとえ買主が買収手続中適法に異議を申立てても、行政処分の執行の停止のない限り、手続は進行して買収を完了し、耕作者に売渡されるであろう、また売渡を受けた耕作者に移転登記をし土地も引渡されて耕作者は現にこれを耕作しているであろう、本件においてはそこまで確定していないけれども恐らく同様であると思われる。もし多数説のように消極説を採るならば国はその買収処分を取消さなければならない、その結果は農地を買受けた小作人は農地を買主から追奪されることになる。農地の買収は耕作者に売渡す目的でするのである。それであるから農地の買収と耕作者えの売渡は一連の行為である。この一の変動に対する動的安全の保護が犠牲にされて登記を怠つている買主の方が保護されることになる。かくの如き結果が是認されてよいであろうか、もし耕作者が売主から直接買受けたならば一七七条によつて保護されるが国を通して買つた場合は保護を受けないということは動的安全の保護の上からみて了解し難いことである。また登記を怠つている買主の権利の保護と国及耕作者によつて為された一連の変動に対する動的安全の保護の必要とを比較衡量してみると、それは後者の比重が遙かに重いことは言うまでもないのであるから、この場合には民法一七七条を適用して、未登記の買主の権利は充分な保護を受けられないものと解して差支ないのではないか、元来不動産の取引が頻繁に行われている現代においては不動産取引の安全はできるだけ広くこれを保護することが要請きれるのである。それであるから登記に公信力を与えて登記を信頼して取引した者は充分に保護されるというように改正する必要があるのでないかと考えるのであるが、それはさて措き現行民法の下においても一七七条等の規定を活用して不動産の取引の安全をできるだけ広く保護することが必要とされるのである。この観点からみて農地買収の場合に一七七条九四条二項等の適用がないと解し動的安全の保護を無視することは決して当を得たものとはいえないのみならず、多数意見によると農地買収に関しては未登記の買主の権利を登記原因が絶対無效の場合の権利と同一視する結果となるのであつて、民法がその間に区別を設けている精神を没却するものといわざるを得ない。
二、多数意見は農地の買収には民法一七七条の規定は適用がないというのである。この見解をとれば、農地につき二重譲渡が行われ、先づ甲に譲渡した後未登記のうちに更らにこれを乙に譲渡し、乙に移転登記をした場合に、国が乙に対して農地の買収をしたと仮定する。甲は国に対してその権利を対抗してきたときに国は民法一七七条の規定が適用がないから、買収処分を取消きなければならないと解すべきであろうか、この問題については多数意見は必ずしも明瞭ではないが民法一七七条が適用がないという説をとる以上この場合に未登記の権利の対抗を認めることも已むを得ないと結論する意見もあるようである。しかし、かかる結論を肯定することは暴論というの外はない。国が甲と乙と何れを所有者として農地を買収すべきかは明らかである。民法一七七条の適用によつて乙を所有者として買収すべきは当然である。然らば甲が国に対してその権利を対抗してきたときに国は甲に対し一七七条の規定によつてその権利の主張を拒否することが許されなければならない。多数意見のうちにはこの場合には民法一七七条の適用があるという意見もある。然し農地買収は公権力の発動だから民法一七七条は適用がないというのが多数意見である。しかるに右の場合も公権力の発動であるにかかわらず一七七条の適用があるというのは如何なる理由によるか、公権力の発動ということは一七七条の適用を妨げる理由にならないから右の場合に一七七条の適用があることに結論されるのではないか、もし然りとすれば右の場合に限らず進んで本件のような場合にも一七七条の適用があると解するのが筋が通つた考え方であるといわなければならない。
裁判官井上登、同岩松三郎の少数意見は次のとおりである。
私どもは霜山裁判官と同じく積極説を採るものであるが、同裁判官の少数意見に、更に次のような理由を補足したいと思う。
国が行政権を発動して私人間の権利関係の変動を計らうとする場合においても、その対象である私権関係そのものに関しては、原則として本来その私権関係を規律する実体私法の適用あるベきは当然のことである。行政活動だからというて、私権本来の姿を変更してこれを対象としなければならない筈はないからである。だから国が行政権を発動して私人の所有する土地を買収する本件のような場合にあつても、法律上特に別段の定めのない限り、民法一七七条の適用あるべきことは勿論なのである。多数説は、その法律上の特段ら明規かないにも拘わらず、唯国が行政権を発動して土地を買収するのであるから、所謂「真の所有者」を探査すべき義務があり、民法一七七条の適用による保護を与うべきではないとするものの如くであるが、到底賛同することはできない。そもそも、真の所有者が誰であるかということそれ自体が、民法の規定により決定せらるべきことであり、国が行政権の発動により土地を買収する場合であるからというて実体法によらずして(特別措置法にも真の所有者を決定すベき特別な実体法規を定めてはいない。)決定さるべきものではない。いうまでもなく民法一七六条は物権の移転は当事者の意思表示のみに因りその效力を生ずと規定して居るがこれには一七七条及び一七八条の制限があるのである。不動産に関する物権の得喪及び変更は、その登記をしなければ之を第三者に対抗できないと規定しているのが一七七条である。例えば土地所有者甲が乙にその所有権を譲渡してもその登記を経ない限り、当事者間ではともかく、第三者の関係では乙はその所有権の取得、すなはち所有権の移転を対抗できないのである。換言すれば、乙は所有権の移転が対抗できない結果第三者からは依然甲が所有権を保有していることを主張され得る状態にあるのである。いまさら、こんなわかりきった蛇足を書く所以のものは、どうも多数説は一七七条の法文が明示していること、すなわち同条が物権の移転そのものの対抗要件を規定しているのを誤解し、移転した物権の対抗要件を規定していると解して設例の場合乙に所有権は移転しているのであり唯、その所有権を第三者に対抗できないに過ぎないのであるから、乙は真の所有者であるとでも考えているのではあるまいかと想像したからである。しかし、この場合実体上何人の関係でも所有権者であることを主張し得るものは未確定なのである。甲から乙への移転を否定するにつき正当の利害関係を有する第三者が右移転を否定する場合にはその第三者に対する関係においては右移転は存在しないことになり従つて乙は全然所有者でないのであつて「真の所有者」なる観念自体が誤りなのである。だから、多数説のように行政権を発動する国に対して一七七条の保護を拒否しても国以外の第三者の関係では乙がその登記を経ない限り、なお真に所有権を収得したとは主張し得ない立場にあるのであるから、国以外の第三者丙が甲から所有権の移転を受けてその登記を経れば実体法上真の所有者は丙となるのであり、乙は甲から所有権の移転を受けたことを終局的に主張し得ないこととなるのである。この点においては乙ばかりでなく行政権を発動した国と雖も同様でなければならぬ。もしそうでないとすれば、国に対して民法一七七条の保護を拒否するだけではなく、国のために民法一七六条のみを適用する特権を認める結果となるのである。すなわち、この場合もし、国が行政権の発動により買収に着手したからというて乙を所有権者としてあくまで取扱うということは、実体上権利を取得したことのないものに権利を認める結果となるのである。国に民法一七七条の保護を与えないつもりの多数説は、実は行政権を発動する国のために、実体法上保護を受くべき第三者丙及び丙からの承継人の権利を無視する特権を認めているのである。民法一七七条の適用に関し「登記の欠缺を主張する利益を有しない第三者」なる観念はある(例えば不法占拠者の如き)、しかし、それは唯、消極的にかかる第三者に対して民法一七七条の保護を与えないというだけのことであつて、積極的にかかる第三者のために、民法一七六条のみを適用せんとするものではない。民法一七七条の保護を与えないということと、民法一七七条の適用を排除し同一七六条のみを適用するということとは同一ではない。多数説はこの区別がわからないのである。以下少しく一七七条の適用なしとした場合の実際の結果について考えて見よう。
(一)前記設例において甲から譲受けた乙がまだ登記をしない間に、丙は甲乙間の譲渡の事実を知らず、甲から譲受け登記を済ませて安心して居ると、国が乙から買収して、丙は登記までした正当の権利を奪い取られることになるのである。なお丙の登記に信頼して丙から丁、丁から戌といつたように順次に所有権又はその他の物権を承継取得した者がありとすれば、それ等の者も尽く正当な権利を剥奪されなければならない。そして多数説によれば設例のような場合には乙が「真の所有者」であり丙は所有者でないのだから、国は常に乙から買収しなければならないのであり、従つて丙以下の権利は常に奪われることにならざるを得ないのである。かかる不合理極まる結果を生ずるのは、多数説が実体私法の定むる法律関係を無視して、国のみにつき法律に何等規定なき特別の権利関係を認めたためである。なお(二)国に対しては民法一七七条の保護がないとすれば、国は各個の買収毎に登記の如何に拘わらず、先ず所謂「真の所有者」なるものの有無を探究した後に買収計画を立てなければならないことになり、その為め非常に多くの時間を要し急速の処理を必要とする此の法律の精神に反すること甚しい結果を来すであらう。多数説では国は一応登記上の所有者から買収すればいいから、その為め買収が遅れることはないというけれども、これは矛盾である。多数説によれば前記設例の場合乙が「真の所有者」で、その所有権を国に対して主張し得る絶対的所有者であり、その結果丙(登記上の所有者)は何等権利を有しないものとなさざるを得ないから、かかる(丙)からの買収は絶対無效たらざるを得ない。従つて国から小作人に対する譲渡も無效となり小作人は所有権を取得することは出来ないであらう(法は原始取得の様な字句を用いて居る個処もあるけれども無権利者からの取得を認めたものとは思えない)国の大政策の実施に当る者がかかる絶対無效の行為をしていいわけがない。所謂「真の所有者」なる者が出て来て異議を主張すれば買収手続は総て駄目になつてしまうのであるから「一応登記面の所有者から買収する」などということは危険千万であり、買収に関与する者が職務に忠実である限り到底為し得る処でない。所謂「真の所有者」の有無を調査せずして登記面の所有者から買収すれば職務怠慢の責を免れ得ないであらう(法は厳重な調査義務を負わせて居るのである)。苟くも多数説を是認する限り「一応登記面の所有者から買収すればいい」などとは到底いえない筈である。更に又(三)多数説のようにすれば所謂「真の所有者」なりと称して(これを偽称する者も無論あるであらう)異議を述べる者ある毎に(一七七条の適用ありとすればかかる異議は出現する余地がない)一々詳細な証拠調をしてその真偽を判断しなければならず大変な遅延になる。のみならず認定を誤り偽称者の為めにそれこそ法律上の真の所有者の権利が奪われる虞もないではない。民法一七七条はこれを避ける趣旨もあるのである。翻つて法律の定めるとおり登記をしない者は民法一七七条により第三者たる国に対抗し得ないものとすれば前記のような不合理不都合は総て生じない。平穏に急速に買収手続を為し得るであらう。それにも拘らず多数説がこれを嫌う根底には設例の乙を「真の所有者」なりと考え、国の買収によつて「真の所有者」が権利を失うのは不都合だといつたような素朴なセンチメントが支配して居るものと思うが、設例乙の如き者が不利益を蒙ることは多数説を採つても、国の買収以外の場合には常に生ずることであり、民法一七七条が登記を怠つた者よりは第三者を保護することとして取引の安全を計つた為あの当然の結果である。自ら法の定めた権利擁護の手段を怠つたが為めに受くる不利益は已むを得ないのであつて、これは国の買収の場合たると、私人の売買の場合たるとによつて区別さるべき理由はない。
裁判官真野毅の意見は次のとおりである。
わたくしは、上告棄却で結論であり、その理由も一部においては多数意見に賛成であるが、多数意見の理論構成は粗雑の嫌いがあり用語も甚だ不明確である。わたくしの理論構成は大いに異る点もあるので問題の重要性にかんがみやや詳しく意見を述べてみたいと思うのである。
農地の所有者とその登記名義人とが合致している場合には、農地買収について別段本件のような問題は起らない。しかし、社会の実際においては民法上の所有者と登記名義人とが違う場合が生ずる。その主な場合としては、(一)所有権の移転原因が不存在もしくは無效であり又は取消されたにかかわらず、登記名義の変更があつたとき及びこれを前提としてさらにその後の一連の登記名義の変更があつたとき、(二)所有権の移転原因が有效に存在したにかかわらず、登記名義がもとのまま変更されずに残つているとき、(三)所有権の移転原因が有效に存在し所有権が移転したにかかわらず、移転前の所有者がさらにこれを他の第三者に譲渡し(例えば二重売買)登記名義が変更されたと及びその後の一連の登記名義の変更があったときの三種の類型を挙げることができる。
そこで、自作農創設特別措置法(以下自農法という)に基き政府が農地を買収するために市町村農地委員会が農地買収計画を立つるに当つて(三条、六条)、前述のごとく農地の所有者と登記名義人とが異つている場合に、その何れを標準とすべきかは相当議論の岐れで来た問題てある。そして、何れを所有者とするかによつてそれが不在地主であるか在村地主であるかが異り、また何れもが在村地主であつてもその保有面積が異るわけてあるから、これは買収計画を定ある上においては重要な問題であるといわなければならぬ。
もし、農地の買収が任意売買の方法によるものであれば、政府は民法一七七条の登記の公示による対抗力に信頼して行動すればよいわけである。しかし、自農法による農地の買収は、自作農を急速かつ広範に創設し、また土地の農業上の利用を増進し、もって農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的としたもので、その方法は任意売買ではなく、政府が公権力により、相手方の同意なくして一方的、強制的に買上げる方法によるのである。すなわち、政府の農地買収処分は、行政庁が行政的権力の行使によつて農地の強制買上げを実行するものであって、国家と被買収者との間の法律関係は、疑いもなく純然たる公法関係で、ある。かように急速かつ広範に自作農を創設するというがごとき全国的な極あて大量的な行政処分を実施するに当つては、すべてに亙り一々実際の所有者を探求することは、非常に困難な事柄であるのみならず、時間的にいえば殆んど不可能に近いほどの難事業である。それ故、市町村農地委員会が、農地買収計画を定めるに際しては、土地登記簿または土地台帳に表示されているところに従つて、農地所有者を定めて手続を進めてゆくことは、まことにやむを得ない場合があり一応適法であるということができよう。
しかし、これは実際上手続を進めてゆく必要上是認きれるに過ぎないものであつて、理論上からいえば農地買収の立法目的は農地の所有者からの解放であり、従つて買収は実際の所有者からなさるべきことが本筋であるといわなければならぬ。なぜならば、農地に対して真に実体的の利害関係を有するのは、実際の所有者であつて、登記名義人または台帳名義人ではないからである。これは、自農法の諸規定が農地とその所有者との実体的関係を規準として定められていることからも十分窺知することができる。また行政庁が土地の買収をするには、所有者を職権で調査するのが本則であるべきである。だから、自農法の施行のために設けられた農地調査規則(昭和二二年一月一四日農林省令第二号)一条においては、「市町村農地委員会は、当該市町村の区域内にある農地に関し、各筆毎に、地方長官の定める期日現在で、地方長官の定める期日までに左に掲げる事項の調査をしなければならない」と規定し、その七号に「所有者(土地台帳に登録した所有者と実際の所有者と異るときは、土地台帳に登録した所有者及び実際の所有者、以下同じ)の氏名若しくは名称及び住所並びに土地台帳に登録した所有者と実際の所有者と異なるときはその理由」を掲げている。そして、市町村農地委員会は、右調査の結果を一定期日までに地方長官に報告すべきものときれている(同規則四条)。
さて問題となるのは、ここにいう、「実際の所有者」とは果して何であるかということである。この分析が実は甚だ大切となつて来る。前述(一)の場合においては「実際の所有者」は、所有権の移転原因の不存在もしくは無效であり又は取消されたにかかわらず登記名義の変更の行われた現在の登記名義人ではなく、民法上所有権を有する原所有者である。この場合には登記の欠缺の問題は起らない(不動産登記法五条)。前述(二)の場合においては「実際の所有者」は、登記名義人ではなく、所有権の譲受人である。なぜならば、この場合民法上所有権は有效に移転し、登記名義人は、譲受人に対して登記の欠缺を主張することを得ない立場にあるからである(不動産登記法五条)。前述(三)の場合においては「実際の所有者」は、登記名義人であつて、先に所有権を譲受けた者ではない。なぜならば、この場合先に所有権を譲受けても登記をしなかつた者は、後に譲受けて登記をした者に対しては民法上所有権の取得を対抗することを得ないのに反し、後者は前者に対してこれを対抗することを得る立場にあるからである(民法一七七条)。結局すべての場合を綜合して考えると、「実際の所有者」とは、登記対抗の諸規定をも考慮した上で、実体法上所有権の取得を対抗し得る者であるということに帰着する(民法一七七条、不動産登記法四条、五条)。そして、それは前述のように登記名義人であることもあり、またしからざることもあるのである。
そこで、市町村農地委員会が農地買収計画を定あるに当つては、(A)前述の「実際の所有者」を対象として計画を定あることは適法であり本筋であつて、登記名義人その他の者から当該農地買収計画についてこれを理由として異議を申立てることはできない(自農法七条)。
これに反して、(B)「実際の所有者」が農地調査規則による調査の結果明らかである場合に、登録名義人を対象として計画を定あることは、本来不適法であり筋違いであり、従つてこの場合には実際の所有者から自農法七条の異議を申立てることができるのは言うを俟たない。
しかし、(C)調査の結果実際の所有者が明らかでない場合には、前に述べたように自農法による農地の買収は急速かつ広範に自作農を創設するために全国的な極めて大量的な行政処分を実施するものであるから、土地台帳又は土地登記簿のごとき表見的な基本公簿の表見的な登録又は登記に従つて、対象となる農地所有者を定めて手続を進めてゆくことは、実際的な見地から行政上の事務遂行の方法としてはまことにやむを得ざるところであり、一応これを適法であると認めなければならない。これは、公示主義による登記対抗の民法の原則の適用から来るのではなくして、当該行政処分の特質から来るものであると見るべきである。かようにして、登記名義人を対象として農地買収計画が定められた場合には、実際の所有者は自農法七条により異議の申立をすることができる。本来農地買収計画は、農地に対し真に正当の利害関係を有する実際の所有者を対象として定めらるべきものあるから、実際の所有者が現われて実際の所有権を証明し、異議の理由を明らかにすることは当然許されなければならない。この際、行政庁が実際の所有者の不利益において登記名義人を対象として一方的に強制買収することは、不必要に国家権力により国民の権利を侵害するものであつて、法律正義の許さざるものと言わなければならぬ。すなわち、実際の所有者の異議申立があれば、行政処分の表見主義による登記名義人を対象とする一応の適法性は打破せられ、その後は実際の所有者を対象とする買収計画に是正さるべきものである。農地委員会は、異議の理由が認あらるべきものであれば之に従つて買収計画を是正すべきが当然であり、従つて実際の所有者に対して登記の欠缺を主張して異議を理由なしとすることはできない。またかく解したからといつて、自農法の目的の達成を阻害するほどのことはないと考える。この範囲に於ては対等者間の取引の安全に関する民法上の登記対抗の原理は適用がないのである。国家が登記名義人から任意に農地所有権を譲受けたというのではなく、これから強制買収をやろうという場合に、実際の所有者に対して登記欠缺を主張する立場において手続を進めることは、国家が国民の権利を侵害するものであり、不合理であり、許さるべきではない。
この見解に対しては、農地の仮装売買等による脱法行為を防ぐことが困難となるという非難が起ることは予想できる。しかし、譲渡が仮装であるか真実であるかは、審理の結果多くの場合において誤りなく認定されるであろうから、裁判所の最後の判定に信頼していい事柄である。それよりも、かかる仮装譲渡の脱法行為をおそれるのあまり、正義の顕現であるべき国家が、却つて真実の売買等による実際の所有者の権利の保護を奪い得るような解釈を打ち立てることの方が、角を矯めんとして牛を殺すというか、アッモノに懲りてナマスを吹くというか、物の本質、事の軽重の判断に誤りがあるそしりを免れないように思う。
しかしながら、実際の所有者が時間的に無制限に異議の申立ができるものとすれば、買収計画の安定性を欠くことになるから、自農法は異議申立期間を法定し、買収計画を公告した日から十日間の関係書類を縦覧に供する期間内に限るものとした。それ故、実際の所有者といえどもこの法定の期間内に異議を申立てなければ、後日買収手続及びその結果に対して不服を称えることはできなくなるわけである。
(多数意見は、「真の所有者」と登記名義人とを対比せしめているが、「真の所有者」が何であるかは漠然としていて捕えどころがない。また多数意見は、自農法による農地買収処分には民法一七七条の適用を見ないという。しかし、それは前述のごとく農地委員会は買収計画につき実際の所有者に対し登記の欠缺を主張することを得ないという意義及び範囲に遣いては正当であるが、買収計画につき対象となるべき且つ異議を申立つることを得る実際の所有者を確定するに当っては、前に述べたように民法一七七条等の登記対抗の諸規定を適用考慮しなければならぬことを無視する点においては誤りであると考える。それ故、霜山、井上、岩松裁判官等の主張するような非難も当然生れてくるわけである。)
本件において被上告人(原告)は訴外aから本件農地を買受けたが登記はされていなかつた。登記名義人の訴外aは不在地主であり、被上告人は在村地主であつた。そして、原審の是認した第一審の理由によれば、本件別府市朝日地区農地委員会は「右農地について買収計画を定めるに当り右のような事情から原告がその所有者であること、従つて原告はいわゆる不在地主ではないことを知つていたが……右農地の登記簿上の所有者である訴外aを所有者なりとして本件買収計画を定めた事実を認めることができる」と明らかに認定しているのである。それ故、登記名義人の訴外aを所有者として農地買収計画を定めたことは、前に(B)において述べたとおり最初から違法であつて実際の所有者被上告人から自農法七条の異議の申立てができることは当然である。(前に(C)において述べた実際の所有者が明らかでないから、登記名義人を対象とする計画が一応適法であるが、その後実際の所有者の出現によるその異議申立で適法性が打破される場合とは異る)。従つて被上告人の異議申立却下に対する訴願を理由なしとした裁決は違法であり、これを取消すべきものとした第一審及び原審判決は正当である。上告論旨は理由がなく、本件上告は棄却さるべきものである。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

+判例(S31.4.24)
理由
上告代理人杉本良吉の上告理由は、別紙記載のとおりであつて、これに対し、当裁判所は、次のとおり判断する。
国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法により、その満足を得ようとするものであつて、滞納者の財産を差し押えた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない。それ故、滞納処分による差押の関係においても、民法一七七条の適用があるものと解するのが相当である。
そこで、本件において、国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に当るかどうかが問題となるが、ここに、第三者が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しない場合とは、当該第三者に、不動産登記法四条、五条により登記の欠缺を主張することの許されない事由がある場合、その他これに類するような、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合に限るものと解すべきである。
ところで、本件においては、上告人富山税務署長は、訴外北陸鋳造株式会社に対する国税滞納処分として、登記簿上同会社名義となつていた本件不動産につき差押を実施したところ、たまたま、右不動産は、これよりさき、財産税実施の際に、被上告人からその所有不動産として財産申告があり、これに基き所轄税務署において財産税を徴収ずみであつたというのであるが、原審の認定事実によれば、本件差押に当つて、上告人富山税務署長は、財産税徴収当時の経緯を現実に熟知しながら、これを奇貨として差押を実施したとは考えられない。もちろん、財産申告書の調査その他の方法により右の経緯を確かめることはできたはずであるが、財産税が一回限りの申告納税であつて、本件差押当時財産税徴収の時からすでに約三年六箇月の日時を経過していたことを思えば、上告人が差押の実施に当つて、本件不動産が登記簿上右訴外会社名義となつていることを確かめ、かつ同会社についてその実質上の所有関係を調査した以上、さらに、財産税施行当時に遡つて右不動産が何人の所有として申告されていたかを調査しなかつたというだけで、直ちに、本件において国が登記の欠缺を主張することが背信的であるということはできない。もつとも、差押後これに対する不服申立の手続等において、上告人富山税務署長は、被上告人より財産税徴収の経緯を知らされているはずであるから、その際に、さらに慎重な調査を遂げ、財産税徴収の誤りを認めて過納金還付の措置をとつた上で滞納処分を続行するか、それとも、財産税の徴収を正当とし差押の誤りを認あてこれを解放するか、いずれか一の措置を選ぶことが行政上妥当の措置であつたというべきであろう。けれども、本件訴訟の経過からもわかるように、本件不動産の所有権の帰属を判定することは極めて困難な仕事であつて後に訴訟において争われる可能性のあることを思えば、直ちに財産税還付の手続をとることなく滞納処分の続行を図つたとしても、これをもつて背信的態度として非難することもまた行き過ぎといわねばならない。
かようにして滞納処分が続行され、公売が実施された以上、公売制度の信用を維持すべき国家の立場が、本件の事案の判断において、しんしゃくさるべき重要な要素の一つとして附加されることも、またやむを得ないところである。これを競落人の立場からいえば、国家の実施する公売制度を信じて本件不動産を競落した競落人こそ、まつたく善意無過失であり、競落人の利益こそ、もつとも保護に値するともいうことができる。本件において、単に、競落人の立場と被上告人の立場とのみを比較してみても、滞納処分の開始される三年六箇月前に被上告人が本件不動産をその所有に属するものとして財産申告をし財産税を納付したという事実は、競落人の利益をまつたく無視してよいということの理由になるものではなく、また、この事実は、被上告人が一般に、不動産の所有権を所得した者が所有権移転登記の経由を怠ることにより取引上通常被ることあるべき損失を免れることの根拠となるものでもない。
そこで、本件において、一方において一般国民のために租税を徴収し公売制度の信用を維持すベき国の公益的立場および善意無過失の第三者としてもつとも保護に値する競落人の立場と他方において同情に値するとはいえ、移転登記の経由を怠つていたことのために、これにより取引上通常被ることあるべき損失を被ることはやむを得ないものとされる被上告人の立場とを比較考量すれば、本件において、国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に当らないというためには、財産税の徴収に関し、原審の認定するような経緯があつたということだけでは足りず、このためには、所轄税務署長がとくに被上告人の意に反して積極的に本件不動産を被上告人の所有と認定し、あるいは、爾後もなお引き続いて右土地が被上告人の所有であることを前提として徴税を実施する等、被上告人において本件土地が所轄税務署長から被上告人の所有として取り扱わるべきことをさらに強く期待することがもつともと思われるような特段の事情がなければならないものと解するのが相当である。
しかるに、原審が右特段の事情の存在につき何等判示することなく、本件において国は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に当らないと判断したのは、法の解釈を誤り、その結果審理不尽の違法に陥つたものといわねばならない。
よつてその他の論旨については判断を省略し、民訴四〇七条に従い主文のとおり判決する。
この判決は裁判官小林俊三の少数意見を除く外その他の裁判官の一致した意見によるものである。

+少数意見
裁判官小林俊三の少数意見は次のとおりである。
私は、本件は原判決が相当であるから上告を棄却すべきものと考える。
多数意見の前提とする見解、すなわち民法一七七条が国税滞納処分による差押の関係においても適用があると解すること、従つて本件において国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に当るかどうかが問題であると解することは、原判決も同趣旨と認められるところ、その結論に差を生じたのは、結局本件における「正当の利益を有する第三者」の解釈において、多数意見(末段参照)は、上告人が「財産税の徴収に関し、原審の認定するような経緯があつたということだけでは足りず」、さらに原審の触れていない「特段の事情」を審理判断しなければならないとしたところにある。何故さらにこのような事情を認定しなければ足りないかの理由を十分に納得することができない。国税そのものの公的意義の重いことはいうまでもないが、国といえども、ひと度租税債権者として納税人と私法の支配する関係に入つた以上、その特殊の性質から出て来る事項を除いては、法律の解釈適用についてすべて他の当事者と同等の地位に立つべきものである。このことは新憲法の下においては特に強調されなければならない。本件を考えるにはこのことを特に念頭におくことが必要であると思う。
多数意見の要点は二つに帰する。一は、本件の場合は信義に反するとはいえないということ、他の一は、公売制度の信用を維持すべき国家の立場から競落人を保護しなければならないということである。そこでこの順序に従つて私見を述べる。
(一) 民法一七七条について「正当の利益を有する第三者」という考え方を確立した大審院判例も、その意義を直接説明したことはなく、各事案に現われた事実によつて例示してゆく方法をとつて来たことは周知のとおりである。そして多くの実例から抽象し得る一つの要素に「信義に反する関係」のあることは多数意見とともにおそらく争のないところであろう。ところで本件事案において問題となる要点は、上告人国(当時魚津税務署長)は、昭和二一年二月一五日被上告人が本件土地の登記名義が訴外会杜であることを示して、しかも自己の所有として申告したのに対し、これを承認し財産税を徴収しながら、その後に至つて国(当時富山税務署長)は、昭和二六年八月二一日前記事実と全く相反する訴外会社の土地として滞納処分による差押をしたという経過についてである。はじめに、多数意見がこれについて信義に反する関係を生じないと強調する背景に賛同できない二つの立場があることを述べておきたい。その一つは、国(税務署長)は、国税の関係において国民に重大な利害ある事項であつても、それが国税徴収に利益がないかぎり、国民のために進んで積極的に調査し適切な措置をとる責務はないという見解に立つと思われる点と、他の一つは、「信義に反する関係」というようなことは、個々の公務員または機関について別々に判断すべきであり、国について一体として考えるべきでないという見解に立つと思われる点である。前者は、本件差押があつたとき、被上告人から滞納処分取消申請書を提出し取消を懇請したのにかかわらず、国(税務署長)は、結局これを無視し、はじめの財産税を徴収した関係について何の責任をも示さず滞納処分を続行した点において明らかにうかがわれ、また後者は、被上告人の財産税徴収が魚津税務署長であり、訴外会社に対する滞納処分が富山税務署長であることによつて、「本件差押に当つて、上告人富山税務署長は、財産税徴収当時の経緯を現実に熟知しながら、これを奇貨として差押を実施したとは考えられない」とし、取消申請があつても署長が異なるからこれを無視することを当然とするような趣旨に受けとれることによつて認められる。
そもそも納税は国民のもつとも重要な義務の一つであるが、それは国民各個人が正しき税額を正しく徴収されるという原則の上においてのみ認められるのであり、国税に関する国家機関の責務もただこの原則に過誤なきを期する以外の何ものでもないと考える。そして、本件において正しい税額を正しく徴収するということは、相異なる前後の税務署長の行為を一貫することであり、後の差押に過誤あることを認めたなら、前の措置と一致せしめることにほかならない。また各行為の国家機関が前後異なつても(従つて公務員として別異な人間であろうとも)、国としてはすべて一体としての責任を負うべく、本件土地についていえば、魚津税務署長の先行行為が、後に富山税務署長の全く相反する後行行為によつて理由なく無意義とされることは許されないのである。試みに前示の本件事案の要点によつて、国税を私債権に、国を個人に置き換えて考えれば、その関係において背信という評価を受けるべきこというをまたないであろう。そうとすれば、多数意見は、民法の適用を受くべき本件の関係においても、国なるが故に特例有利な地位に立つとする見解によつて、その結論に到達したものと見るのほかない。このことは冒頭に「滞納者の財産を差し押えた国の地位はあたかも民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類する」とし、また「滞納処分による差押の関係においても、民法一七七条の適用があるものと解するのが相当である」とした見解と矛盾するといわざるを得ない。
(二)前示のように、本件の差押があつたとき被上告人は、冨山税務署長に、滞納処分取消申請書を提出したのであるが、多数意見も「上告人冨山税務署長は、被上告人より財産税徴収の経緯を知らされているはずであるから、その際にさらに慎重な調査を遂げ」、判示のいずれかの方法をとることが「行政上妥当であつたというべきであろう」ことを認めている。そもそも本件において、土地所有権が訴外会社の登記名義であることを知りながら、被上告人の申告に基き被上告人を所有権者とする実質関係を認め、財産税を徴収したのは、国としての税務署長である。しかるに多数意見は、「本件訴訟の経過からもわかるように、本件不動産の所有権の帰属を判定することは極めて困難な仕事」であるから、同じ国としての税務署長(このときは冨山税務署長であるが)が、滞納処分を続行しても背信的態度として非難できないというのである。一体国が、はじめ被上告人を所有権者とする前提に立つておきながら、後に登記が被上告人申告当時のまま訴外会社名義であるというだけで、反転して直ちに訴外会社の所有地と認め会社の滞納国税にかかつて行くというのは、「所有権の帰属を判定することは極めて困難な仕事」であるということと相容れないではないか。もちろん税務署長が、前の所有権の承認が誤であるという明白な事由と証拠を発見したのなら問題は別である。しかし所有権の帰属の判定が困難といいながら、前の承認とは逆に訴外会社の所有地として滞納処分を続行するのは、国税に関するかぎり本件土地が訴外会社の所有に属すと判定したのと同じことになるのではないか。何故税務署長はこのように国として前の態度を自由に放棄し、後の滞納国税を徴収する方向に判断を変えて行くことができるかの理由を解することができない。
おそらく多数意見の根拠は、国は、被上告人の所有権を積極的に承認したことはなく申告を受理したに止まるから、後に登記面の訴外会社の所有権を認めても背信的態度とはいえないというのであろう。しかし本件において国としては前と後と税務署が異なり署長が異なることを理由とすることの許されないこと前示(一)に述べたとおりである。被上告人の申告に基き被上告人の所有地として財産税を徴収したのは国であり、後に訴外会社の所有地として滞納処分をし、被上告人の取消申請をも無視しこれを断行したのも国である。前の行為は、国が第三者として、わが民法一七六条のとる意思主義の原則に則り被上告人の所有権の実質関係を承認したのであり、後の行為は、その国が同じ第三者として、対抗要件を定めた民法一七七条によつて被上告人に対し登記の欠缺を主張するのであつて、国が同じ資格をもつて同じ土地に対し前後相反する行為をすることが背信的でないとどうしていい切れるであろうか。もし国(税務署長)なるが故に前後二様の使い分が認められると解するならば、その根拠の説明がなければならない。そうでなければ国民は安んじて税務署長の指示承認を信ずることが困難となるであろう。
また多数意見が「一方において一般国民の利益のために租税を徴収し、公売制度の信用を維持すべさ国の公益的立場」云々ということは、文言自体に異議はない。しかし公売制度の面は後に触れるとして((三)参照)「一般国民」というものが国民各個人を離れて現実に存在するものではなく、そして「一般国民の利益」という中には、国税を納付する国民の側から見て、正しい税額を正しく徴収されることの利益を含むことを無視することは許されないこと前に述べたとおりである。しかるに本件のような滞納処分をすることが、国として正しいことであるというならば、たとえ多数意見のいう「比較考量」をしても、租税債権者としての国は、「一般私法上の債権者より」特別利益な地位を認められると解するのほかない。
また被上告人に対する関係において、国税滞納処分における国の地位が、一般私法上の債権者の地位に準ずべきことは多数意見のとおりであり、従つて「国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない」ことはいうまでもない。しかしこの趣旨は「国は特に利益な取扱を受ける理由はある」という逆を含むものではあるまい。そしてまた原判決の結論は決して国に一般私法上の債権者より不利益な地位を与えたものとは考えられない。(なお本件の関係を私債権者の場合に置き換えて例をとつてみると、債務者が第三者から買い取つた家屋について、登記面はなお第三者名義のままで、その家屋から生ずる賃料を債務の支払に当てることを債権者に申出でた場合を考えることができる〔賃貸借その他の承継対抗等の諸関係はすべて適法有効に備われるものと仮定する〕。この場合債権者が、登記面第三者名義であることを知りながら、債務者の不動産物権における実質関係を承認し、ある期間家屋から生ずる賃料を債務に充当することをつづけた後、債権者は別にその第三者に対する債権があるので、今度は登記面により第三者の所有家屋として強制競売を申立てたとすれば、この関係をいかに判断ずべきであろうか。私の解するところによれば、この債権者は正当の利益を有する第三者に当らないこというまでもないのである。そしてこの設例は、国を私人に置き換えただけで、相互の基本関係は理において一致し異なるところはないと考える。多数意見は、この例の場合でも、債権者は右のような経過事実だけではいわゆる第三者の地位を否認されないという結論になるのであろうか。そうとすれば、多数意見の説示する「信義に反すると認められる事由」の解釈は異例であると考えざるを得ない。)
なお参考として本件の判断に資すべき大審院判例がある。(昭和八年オ第二六一〇号同九年三月六日五民判決。民集一三巻三号二三〇頁)。すなわちその事案は、甲に対する村税滞納処分で甲の不動産が公売に附され、これを競落した乙が未だ移転登記をしない間に、丙が甲に対する債権でこの不動産を差押えた。しかし丙はその前に右不動産の公売処分に立会い、公売売得金から甲に対する自分の抵当債権に対する配当を受けていたというのである。大審院はこれに対し「村税滞納ニ因ル公売処分ニ於テ不動産ノ売得金ヨリ配当ヲ受ヶタル債権者ハ該公売処分ニ因ル不動産ノ取得者ニ対シ民法一七七条所定ノ登記欠缺ヲ主張スル正当ノ利益ヲ有スル第三者ト謂フヲ得ザルモノトス」と判示した。この判例に対する批判において特に反対説を聞かない。もとよりこの事案における債権者丙の背信的態度は著しく積極的であつて、その程度からいえば本件には適切でないといえるかもしれない。しかし本件の国の地位を個人たる債権者に置き換えて、双方の事案の経路を要約してみると理において甚しく異なるとは考えられない。
(三) 何人がもつとも保護するに値するかという面から考えてみる。いうまでもなく民法一七七条は、本来不動産物権の変動につき、登記という公示方法を信頼した第三者をその限度において保護し、よつて不動産取引の動的安全を保障しようとする制度である。しかしその前提に、わが民法が意思主義をとり、当事者間においては物権変動について公示方法を必要としないという原則をとつていることを念頭におかなければならない。いいかえれば静的安全が一応まず保障されることによつてはじめて動的安全の保障が意義を生ずるのである。判例が文理に泥まず「正当の利益を有する第三者」の原則を積み重ねて来た趣旨もここにあるのである。従つていわゆる正当の利益を判断するには、この観点から、何人がもつとも保護するに値するかを考察して定めるべきであり、このことがもつとも決定的な要素であることを忘れてはならないのである。ところで本件を見ると、国(魚津税務署長)は、くりかえし述べるように、土地の登記面と異なる被上告人の所有権すなわち物権変動の実質関係を承認し、財産税を徴収したのであるから、わが登記制度の有する公示の効力を信頼し(すなわち訴外会社を所有権者として)それによつて租税事務を進めたという関係は全くない。かえつて国は、被上告人の申告により、本件土地の登記に公示された訴外会社の所有権を信じないで、被上告人の実質上の所有権を信じたのである。かかる関係においても国は登記という公示方法を信じた第三者として被上告人より以上に保護するに値する理由があるであろうか。さらに正確を期するため被上告人側の経緯を調べてみよう。原審の確定する事実と記録に存する資料によると、(イ)被上告人が本件土地を買受け所有権を取得したのは、訴外会社が昭和二一年一月三一日、二月五日の二回にわたり北日本新聞に売却の広告をしたのでこれに応じたのであること(甲第五号証ノ一及び二)、(ロ)被上告人は同年二月八日訴外会社代表者Aから本件土地を他の物件と共に金七万八千円也で買受けその所有権を取得したこと(甲第二号証)、(ハ)被上告人は昭和二二年二月一五日魚津税務署長に対し右土地を自己の所有である旨の財産申告をしたこと(すなわち甲第四号証「財産税課税価格等申告書」の第四枚目(記録七七丁)第三欄の本件土地の細目記載末項「摘要」に「登記面ハ北陸製作代表者A分」と記載されている)、(ニ)税務署長は右申告に基き被上告人から財産税を徴収したこと、等が認められる。従つて被上告人としては、税務署長が申告どおり本件土地が被上告人の所有であることを承認し財産税を徴収した以上、これを信頼し安心していたであろうことは十分に推認することができる。従つてすべての角度から見て現在の取引通念においては責むべきものを認められない。ただ一つ被上告人に不利な面は、移転登記を遅滞したことであるが(その理由は原判決ては必しも明らかでない)、前記の経過を見れば、被上告人は、税務署長が、前とは逆に訴外会社の土地として滞納処分をするなどとは予想もしなかつたであろうと思われる。かかる状況において遅滞ということが直ちに保護を受けるに値しないと断ずることはできない。
また多数意見は、「公売が実施された以上」と前提して、公売制度の信用を維持すべき国家の立場が本件の事案において重視されなければならないという趣旨を強調する。しかし不動産物権の変動における動的安全の保障は、まず静的安全を肯定し、その上の比較考量によつて生ずる原理である。そうでなければわが登記制度が単に公示の原則に立つた趣旨を無意義とするであろう。国は前に本件土地を被上告人の所有地として財産税を徴収したのであるから、本来後に訴外会社の土地として滞納処分などすべきではなかつたのであり、またそれは許されないはずである。しかるに国は、被上告人から差押取消の申出があつたのに何の調査も措置もとらず公売処分を断行しながら、「公売が実施された以上」公売制度の信用を保つたあ競落人を保護しなければならない、というのは、あまりに独善専恣であり、またこの過誤の責任を他人に転嫁するものといわなければなるまい。
本件においては被上告人は国を信じて行動して来たのであるから、まずこれを保護すべきである。そして本件の競落人は、国の過誤により蒙つた損害について、公売代金の返還その他正当な補償を受けることができるから、希望した土地が得られなかつたことが、さほど酷であるとは思われない。これに反し被上告人は、すでに代金を支払つて取得した土地所有権を失うが、その補償を何人に対し請求できるか、仮りに訴外会社に請求するとしても、同会社は国税を滞納しているほど窮状にあるのだからその実効はきわめて疑わしいといわなければならない。
(四) 「対抗」ということとその手続の面から考えてみる。民法一七七条に定める「対抗」の意義については議論の存するところであり、判例もこの点に触れているものが多く存在するが、その趣旨において各々多少の相異があることは、学者の指摘するとおりである。しかしこれらの判例を通じて理解し得る一つの趣旨は、第三者が民法一七七条の保護を受けようとするには、登記の欠缺を主張(すなわち物権変動の否認)しなければならない、ということである(明治四五年六月二八日、大正七年一一月一四日等の各判例参照)。判例のこの趣旨が、「対抗」の意義についていかなる理論的立場をとると解すべきかは別として、少くとも第三者が登記の欠缺を主張することを要求していることは明らかである。そしてこれが裁判上における主張の趣旨であることもまた異存はない。しかしこの趣旨が、裁判外においてはいかなる制約もないという意味を含むものとは考えられない。裁判外においては、第三者は、単にこの主張をしなかつたというだけで、直ちに同条の保護を放棄したと認められないことはいう裟でもない。しかし裁判外において第三者が、積極的にこの主張をしないこと、すなわち民法の保護を受ける意思のないことを表示した場合、またはこれと同視すべき行為があつた場合でも、裁判上においては、いつでも無条件にいわば前言をひるがえし、改めて有効に登記の欠缺を主張することができるとはとうてい解することはできない。反対の見解がありとすれば、判例が一貫して正当に判示する「正当な利益」という原則と相容れないものと考える。本件の場合国なるが故に前後相反する行為が是認され、それが信義に反しないというならば、特にその理由が示されなければならない。
多数意見は、「上告入が差押の実施に当つて、本件不動産が登記簿上右会社名義となつていることを確かめ、かつ同会社についてその実質上の所有関係を調査した以上」というが、国ははじめ本件土地につき被上告人の申告に基き被上告人の実質土の所有権を承認し財産税を徴収しておきながら、後に訴外会社の滞納国税の関係となるや、急に態度を変じ、今度は訴外会社について登記面の所有権を主張するのみならず、さらにその「実質上の所有権を調査」云々というのは、納得しかねる論理である。そして「さらに、財産税施行当時に遡つて右不動産が何人の所有として申告されていたかを調査しなかつたというだけで、直ちに、本件において国が登記の欠缺を主張することが背信的であるということはできない」というが、前示のように被上告人は滞納処分取消申請書を提出したのであるから、税務署長としては調査する責務があると考えられる。しかるにこれを無視し、国税のために利益である方に責務を転ずるという態度は、むしろ国なるが故に採るべきでなく、国民の信をつなぐゆえんでないと考えたい。
(五) なお最後に、多数意見の「特段の事情」について触れておきたい。特段の事情として例示されていることは「所轄税務署長がとくに被上告人の意に反して積極的に本件不動産を被上告人の所有と認定し」、あるいは「爾後もなお引き続いて右土地が被上告人の所有であることを前提として徴税を実施する等」というのである。この設例は、前後一連の関係にあると認められるが、これを本件に当てはめてみると、前段の場合は、税務署長が訴外会社の登記ある本件土地につき独自の調査の結果、被上告人からはなんの申告もなく、また被上告人の否定にもかかわらず、被上告人の所有と認定したようなことを指し、また後段の場合は、右のような認定の下に、その土地に基く税を引全つづいて徴収したというようなことを指すものと認められる。しかしこのようなことが容易に現実に起り得るとは考えられない。財産税は、不動産についても、納税人の申告によつて課税するものであるから(財産税法三七条ないし一一九条、同施行規則第四章、同細則一二条一三条、一七条等)、自ら申告する以上、台帳の登録または登記簿上の記載と一致することを通例とするが、仮りに一致しない場合でも、税務署長は、申告の理由を否認すべき特段の事由のない限り、申告者を納税義務者として徴税すれば足りるのである。(本件の事案のはじめの経過はこれに当る。)前記設例の場合を強いて仮想すれば、不動産の所有権を取得した者が、自己が国税を滞納しているため、その公売処分を避ける意図をもつて移転登記を遅滞しているようなことが考えられる。かかる場合税務署長が、所有権変動の実質関係を確認したときは、その所有者に対し適法な手続によつて徴税を追行することを妨げないであろう。しかし本件の場合は逆であつて被上告人が自ら申告し、課税を求めたのであるから、全く当らない。これに反し国税を滞納している甲がその所有の不動産を乙に譲渡し、乙が移転登記未済のまま自己の所有不動産として申告しても、税務署長はこのときこそ登記の欠缺を主張し、甲の不動産として滞納処分をすることがむしろその責務であり(本件の場合は、かえつて申告者たる被上告人の所有権を承認して徴税した)、また乙がいち早く自己の名義に移転登記をしても、税務署長は詐害行為取消権を行使することをなんら妨げられるものではない(国税徴収法一五条)。かく考えてくると、本件の場合、多数意見のいう「特段の事情」を審理することが、何故特に国について必要とされるか、その理由を解することができない。税務署長は、徴税手続に関し、前後相反する行為をしても許されると解すべきいかなる根拠もないと考える。以上のとおりの理由により本件上告を棄却すべきものである。
(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

+判例(S50.2.25)
理由
上告代理人井上恵文、同大嶋芳樹、同曽田淳夫、同植西剛史、同加藤芳文の上告理由第一及び第二について。
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法は認められない。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいては、本件事故に基づく自動車損害賠償保障法三条による損害賠償請求権の短期消滅時効は昭和四〇年七月一五日から進行すると解すべきであり、また、被上告人が右消滅時効を援用することをもつて権利の濫用又は信義則に反するものとはいえない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第三について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第四について。
所論は、要するに、被上告人は、公務員に対し公務遂行のための場所、設備等を供給すべき場合には、公務員が公務に服する過程において、生命、健康に危険が生じないように注意し、物的及び人的環境を整備する義務を負つているというべきであり、本件事故は被上告人が右義務を懈怠したことによつて生じたものであるから、被上告人は右義務違背に基づく損害賠償義務を負つているものと解すべきであるとし、これを否定した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というものである。
思うに、国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法一〇一条一項前段、自衛隊法六〇条一項等)並びに法令及び上司の命令に従うべき義務(国家公務員法九八条一項、自衛隊法五六条、五七条等)を負い、国がこれに対応して公務員に対し給与支払義務(国家公務員法六二条、防衛庁職員給与法四条以下等)を負うことを定めているが、国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであり、自衛隊員の場合にあつては、更に当該勤務が通常の作業時、訓練時、防衛出動時(自衛隊法七六条)、治安出動時(同法七八条以下)又は災害派遣時(同法八三条)のいずれにおけるものであるか等によつても異なりうべきものであるが、国が、不法行為規範のもとにおいて私人に対しその生命、健康等を保護すべき義務を負つているほかは、いかなる場合においても公務員に対し安全配慮義務を負うものではないと解することはできない。けだし、右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、公務員が前記の義務を安んじて誠実に履行するためには、国が、公務員に対し安全配慮義務を負い、これを尽くすことが必要不可欠であり、また、国家公務員法九三条ないし九五条及びこれに基づく国家公務員災害補償法並びに防衛庁職員給与法二七条等の災害補償制度も国が公務員に対し安全配慮義務を負うことを当然の前提とし、この義務が尽くされたとしてもなお発生すべき公務災害に対処するために設けられたものと解されるからである。
そして、会計法三〇条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき五年の消滅時効期間を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから、同条の五年の消滅時効期間の定めは、右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であつて他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべきである。そして、国が、公務員に対する安全配慮義務を懈怠し違法に公務員の生命、健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は、その発生が偶発的であつて多発するものとはいえないから、右義務につき前記のような行政上の便宜を考慮する必要はなく、また、国が義務者であつても、被害者に損害を賠償すべき関係は、公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点において、私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないから、国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は、会計法三〇条所定の五年と解すべきではなく、民法一六七条一項により一〇年と解すべきである
ところが、原判決は、自衛隊員であつた訴外亡Aが特別権力関係に基づいて被上告人のために服務していたものであるとの理由のみをもつて、上告人らの被上告人に対する安全配慮義務違背に基づく損害賠償の請求を排斥しているが、右は法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本件については前叙のような観点から、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すべきものとする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己)