行政法 基本行政法 行政処分手続(2)


1.申請届出と救済方法
(1)申請に対する審査応答義務

+(申請に対する審査、応答)
行政手続法第七条
行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず、かつ、申請書の記載事項に不備がないこと、申請書に必要な書類が添付されていること、申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については、速やかに、申請をした者(以下「申請者」という。)に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め、又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。

←あえて「受理」という文言を用いないことによって、「受理」を法的概念と認めないことを示すという工夫された条文。

・新政権が保障されているかは、個別法の仕組み解釈
許可・認可・申請→◎
申出→○~△

(2)届出の法的取扱い

・申請と届出の違いは、法令上、行政庁が諾否の応答をすべきとされているか否か。
個別法に明示されていなくとも解釈により導かれることもある!

+判例(H16.4.26)
理由
上告代理人清水勉、同佃克彦、同関口正人の上告受理申立て理由第2について
1 本件は、上告人が「フローズン・スモークド・ツナ・フィレ」(冷凍スモークマグロ切り身)100kg(以下「本件食品」という。)を輸入しようとしたところ、被上告人から食品衛生法(平成15年法律第55号による改正前のもの。以下「法」という。)6条に違反する旨の通知(以下「本件通知」という。)を受けたため、その取消しを求める事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、平成13年5月14日、本件食品を販売の用に供するため、被上告人に対し、法16条及び食品衛生法施行規則15条(平成13年厚生労働省令第207号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づく輸入届出書を提出した。
(2) 被上告人は、同月16日、上告人に対し、本件食品について、一酸化炭素の含有状態の検査を受けるよう指導した。上告人は、財団法人千葉県薬剤師会検査センターに検査を依頼した上、同月18日、被上告人に対し、本件食品につき1kg当たり2370μg(マイクログラム)の一酸化炭素を検出したとの同検査センターの輸入食品等試験成績証明書を提出した。
(3) 被上告人は、同月24日、上告人に対し、上記検査結果によれば本件食品は法6条の規定に違反するから積戻し又は廃棄されたいとの記載のある食品衛生法違反通知書をもって本件通知を行った。
(4) 「輸入食品等監視指導業務基準」(平成8年1月29日付け衛検第26号厚生省生活衛生局長通知)によれば、法16条所定の食品、添加物、器具又は容器包装(以下「食品等」という。)の輸入の届出(以下「輸入届出」という。)に際し、検疫所長が法に違反すると判断した食品等については、食品衛生法違反通知書により原則として積戻し若しくは廃棄又は食用外への転用をするよう当該食品等を輸入しようとする者を指導することとされている。そして、通関実務においては、検疫所長が食品等を輸入しようとする者に対し食品衛生法違反通知書を交付した場合(以下、同通知書による通知を「食品衛生法違反通知」という。)には、同人に対し食品等輸入届出済証(食品等輸入届出書の副本に「輸入食品等届出済」の印を押なつしたもの。検査命令による検査に合格したものにあっては、更に「合格」の印を押なつしたもの。)を交付せず、税関長に対し食品衛生法違反物件通知書を交付して、当該食品等について輸入許可を与えないよう求め、これを受けて税関では、関税法基本通達(昭和47年3月1日付け蔵関第100号)に基づき上記の食品等輸入届出済証等の添付がない輸入申告書は受理しない取扱いが行われている。

3 原審は、次のように判断して、本件訴えを不適法として却下した第1審判決を是認した。
(1) 関税法70条2項は、他の法令の規定により輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物につき、その検査の完了又は条件の具備の最終的な判断権限を税関長に付与しており、税関長からその確認を受けられない貨物は、同条3項の規定により輸入が許可されない。そして、法6条で輸入を禁止されている添加物並びにこれを含む製剤及び食品に該当しないことは、関税法70条2項の「検査の完了又は条件の具備」に当たり、その最終的な判断権限は税関長に属する。
(2) 検疫所長が行う、食品衛生法違反通知は、法令に根拠を置くものではなく、食品等を輸入しようとする者のとるべき措置を事実上指導するものにすぎず、税関長を法的に拘束するものではない。また、検疫所長の発行する食品等輸入届出済証は、税関長が関税法70条2項の規定による確認を行う場合の立証手段の一つであるにすぎない。
(3) したがって、本件通知は、本件食品につき輸入許可が与えられないという法的効果を有するものではなく、取消訴訟の対象である行政処分に当たらず、その取消しを求める本件訴えは不適法である。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 法は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止することなどを目的とし、この目的を達成するために、厚生労働大臣に対し、食品等に関し、基準及び規格の設定、販売等の禁止、検査命令及び廃棄命令の発令等についての権限を付与している(法4条の2、7条、10条、15条、平成14年法律第104号による改正前の食品衛生法22条等)。このように、法は厚生労働大臣に対して食品等の安全を確保する責任と権限を付与しているところ、法16条は、販売の用に供し、又は営業上使用する食品等を輸入しようとする者は、厚生労働省令の定めるところにより、その都度厚生労働大臣に輸入届出をしなければならないと規定しているのであるから、同条は、厚生労働大臣に対し輸入届出に係る食品等が法に違反するかどうかを認定判断する権限を付与していると解される。そうであるとすれば、法16条は、厚生労働大臣が、輸入届出をした者に対し、その認定判断の結果を告知し、これに応答すべきことを定めていると解するのが相当である。
(2) ところで、食品衛生法施行規則15条は、法16条の輸入届出は所轄の検疫所長に対して輸入届出書を提出して行うべきことを規定しているが、検疫所において実施する法に基づく輸入食品等監視指導業務の取扱基準を定めた前記輸入食品等監視指導業務基準によると、検疫所長は、食品等を輸入しようとする者に対し、当該食品等が、法の規定に適合すると判断したときは食品等輸入届出済証を交付し、これに違反すると判断したときは食品衛生法違反通知書を交付することとされている。このような食品等輸入届出済証の交付は厚生労働大臣の委任を受けて検疫所長が行う当該食品等が法に違反しない旨の応答であり、食品衛生法違反通知書の交付はこれに違反する旨の応答であって、これらは、前記(1)の法16条が定める輸入届出をした者に対する応答が具体化されたものであると解される。
(3) 一方、関税法70条2項は、「他の法令の規定により輸出又は輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物については、第67条(輸出又は輸入の許可)の検査その他輸出申告又は輸入申告に係る税関の審査の際、当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明し、その確認を受けなければならない。」と規定しているところ、ここにいう「当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備」は、食品等の輸入に関していえば、法16条の規定による輸入届出を行い、法の規定に違反しないとの厚生労働大臣の認定判断を受けて、輸入届出の手続を完了したことを指すと解され、税関に対して同条の輸入届出の手続が完了したことを証明し、その確認を受けなければ、関税法70条3項の規定により、当該食品等の輸入は許可されないものと解される。関税法基本通達70-3-1が、関税法70条2項の規定の適用に関し、法6条等の規定については、「第16条の規定により厚生労働省、食品衛生監視員が交付する「食品等輸入届出書」の届出済証」により、関税法70条2項に規定する「検査の完了又は条件の具備」を証明させるとし、関税法基本通達67-3-6、67-1-9が、輸入申告書に食品等輸入届出済証等の証明書類の添付がないときは、輸入申告書の受理を行わず、申告者に返却すると規定しているのも、上記解釈と同じ趣旨を明らかにしたものである。
(4) そうすると、食品衛生法違反通知書による本件通知は、法16条に根拠を置くものであり、厚生労働大臣の委任を受けた被上告人が、上告人に対し、本件食品について、法6条の規定に違反すると認定し、したがって輸入届出の手続が完了したことを証する食品等輸入届出済証を交付しないと決定したことを通知する趣旨のものということができる。そして、本件通知により、上告人は、本件食品について、関税法70条2項の「検査の完了又は条件の具備」を税関に証明し、その確認を受けることができなくなり、その結果、同条3項により輸入の許可も受けられなくなるのであり、上記関税法基本通達に基づく通関実務の下で、輸入申告書を提出しても受理されずに返却されることとなるのである。
(5) したがって、本件通知は、上記のような法的効力を有するものであって、取消訴訟の対象となると解するのが相当である。論旨は理由がある。
5 以上述べたところと異なる見解に立って本件訴えを不適法であるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、第1審判決を取り消し、本案について審理させるため、本件を第1審に差し戻すべきである。
よって、裁判官横尾和子の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官横尾和子の反対意見は、次のとおりである。
私は、本件通知は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものではないと考える。その理由は、次のとおりである。
関税法67条は、貨物を輸入しようとする者は税関長の許可を受けなければならないと規定し、輸入許可の権限を税関長に付与しているが、他の法令に輸入に関する規制がある場合には、その規制の内容に応じて同法70条1項又は同条2項の要件を満たさなければ、同条3項により輸入許可を得ることができないものとされている。そして、同条1項は、他の法令の規定により輸出又は輸入に関して許可、承認等を必要とする貨物については、輸出申告又は輸入申告の際、当該許可、承認等を受けている旨を税関に証明しなければならないと規定しているのに対し、同条2項は、他の法令の規定により輸出又は輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物については、当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明し、その確認を受けなければならないと規定している。このような同法の規定に照らせば、同項は、同条1項とは異なり、他の行政機関の許可、承認等を介することなく、他の法令による検査の完了又は条件の具備を確認する権限を税関長に付与した規定であることは明らかである。
法は、6条において一定の添加物並びにこれを含む製剤及び食品(以下「添加物含有食品等」という。)の輸入を禁止しているが、16条に基づく輸入の届出に対し行政庁が個別の許可、承認等によりその輸入禁止を解除するという仕組みを何ら規定していない。これは、法6条にいう添加物含有食品等に該当するか否かは科学的に定まるものであって、権限を有する行政庁の認定判断を介することなく、科学的な検査をもって明らかとなる事項であるからである。法16条は、食品等を輸入しようとする者に厚生労働大臣に対する届出を義務付けているが、同条が厚生労働大臣に対し、申請に基づいて法6条の違反の有無を認定判断してその結果を示して応答する義務を課しているものと解することは、その文言に照らし困難である。したがって、同条の規定する添加物含有食品等に該当しないことは、関税法70条2項の「検査の完了又は条件の具備」に当たるものと解するのが相当である。
「輸入食品等監視指導業務基準」や「関税法基本通達」によれば、食品衛生法違反通知書を交付され、食品等輸入届出済証が交付されない場合には、食品等の輸入申告書は受理されない取扱いとなっているが、このような実務の取扱いは、行政機関相互間の協力関係を定めたものにすぎず、これを根拠に関税法70条2項が証明の手段を検疫所長による食品等輸入届出済証に限定しているものと解することはできない。この場合、食品等を輸入しようとする者は、科学的な検査結果等をもって当該食品等が法6条の規定する添加物含有食品等に該当しないことを証明し、税関長の確認を得ることができるのであり、食品等輸入届出済証の添付がないことをもって輸入申告を不受理とされた場合には、これを税関長の拒否処分として争えば足りるというべきである。
多数意見は、本件通知が法16条に根拠を有し、関税法70条2項及び3項により、輸入許可を得られないという法的効果が生じるというが、上記のとおりそのように解することはできない。本件通知は、法令の委任によるものではない「輸入食品等監視指導業務基準」に基づくものであるにすぎず、国民の権利義務に直接影響するものではないと解すべきである。
よって、本件通知は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものではなく、本件訴えを不適法とした原審の判断は、正当であり、本件上告は棄却すべきものであると考える。
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎)

++解説
《解  説》
1 本件は,Xが,冷凍スモークマグロ切り身を輸入するため,Yに対し,食品衛生法(平成15年法律第55号による改正前のもの。以下「法」という。)16条に基づく輸入届出書を提出したところ,Yから同切り身が一酸化炭素を含有しているとして添加物を含有する食品等の輸入等を禁ずる法6条に違反する旨の食品衛生法違反通知(以下「本件通知」という。)を受けたため,その取消しを求めた事案である。
2 食品衛生法違反通知は,直接には「輸入食品等監視指導業務基準」(平成8年1月29日付け衛検第26号厚生省生活衛生局長通知)に根拠を有するものであり,法16条所定の食品等の輸入の届出に際し,検疫所長が法に違反すると判断した食品等について,当該食品等が法の特定の規定に違反することを告げ,積戻し若しくは廃棄又は食用外への転用を指導することを内容とする食品衛生法違反通知書を交付することにより行われる。一方,検疫所長が法に違反しないと判断した食品等については,同基準によって輸入届出書の副本に「輸入食品等届出済」の印を押印した食品等輸入届出済証が交付される。
ところで,関税法70条2項は,他の法令により輸出又は輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物については,当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明し,その確認を受けなければならないと規定し,その確認が得られない場合は,同条3項により,輸入は許可されないこととなるが,関税法基本通達70―3―1は,食品等の輸入に関し,この検査の完了又は条件の具備を食品等輸入届出済証により証明させることとしている。そして,食品衛生法違反通知書を交付された場合は,食品等輸入届出済証の交付を受けられないため,同通達67―3―6,67―1―9によれば輸入申告書の受理が行われず,結局,当該食品等を輸入しようとする者は同項により輸入の許可を得られないこととなる。この場合,前記基準により,検疫所長は,税関長に対しても当該食品等が法に違反するものであることから同項の規定により輸入許可を与えないように依頼する旨の通知を行うこととされている。
このように,食品衛生法違反通知を受けると実務上採られている方法では円滑に輸入許可を受けることができないこととなることから,当該食品等について輸入許可を受けるという目的を達成するために,どの時点で誰を相手として不服を申し立てるべきかが問題となる。本件では,Xが食品衛生法違反通知の取消訴訟という形で訴訟を提起したため,同通知の処分性が争点となったものである。
3 1審千葉地判平14.8.9公刊物未登載及び原審東京高判平15.4.23公刊物未登載は,食品衛生法違反通知が,法令に直接の根拠を有するものではなく,その内容も検査結果の通知とその結果が法に違反する場合に輸入者のとるべき措置を事実上指導するものにすぎず,同通知がなされれば,その後に輸入の許可が与えられない可能性が極めて高くなるものの,税関長は,他の法令による制限を含め,輸出入の条件が具備されているか否かの最終的な判断権限を有しており,同通知が関税法70条2項による税関長の輸出入の条件が具備されているか否かの判断を法的に拘束する関係にはないとして,いずれも本件通知の処分性を否定し,本件訴えを却下すべきものとした。
4 本判決は,まず,法が厚生労働大臣に食品等の安全を確保する責任と権限を付与し,法16条が所定の食品等を輸入しようとする者に厚生労働大臣に対する輸入届出を義務づけていることから,同条が,厚生労働大臣に対して輸入届出に係る食品等が法に違反するかどうかを認定判断する権限を付与し,更に厚生労働大臣が輸入届出をした者に対しその認定判断の結果を告知して応答すべきことを定めていると解するのが相当であって,検疫所長による食品等輸入届出済証あるいは食品衛生法違反通知書の交付は,厚生労働大臣から委任を受けた検疫所長が行う法16条が定める輸入届出をした者に対する応答が具体化されたものであると解されるとした。
次に,本判決は,関税法70条2項にいう「当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備」とは,食品等の輸入に関していえば,法16条の規定による輸入届出を行い,法の規定に違反しないとの厚生労働大臣の認定判断を受けて,輸入届出の手続を完了したことを指し,その確認を受けなければ,関税法70条3項の規定により,当該食品等の輸入は許可されないものと解されるとした。
その上で,本判決は,本件通知が,法16条に根拠を置くものであり,厚生労働大臣の委任を受けたYが,Xに対し,当該食品について,法に違反すると認定し,したがって輸入届出の手続が完了したことを証する食品等輸入届出済証を交付しないと決定したことを通知する趣旨のものであり,その結果,関税法70条2項の「検査の完了又は条件の具備」を税関に証明し,その確認を受けることができなくなり,同条3項により輸入の許可も受けられなくなるものである,すなわち,本件通知が,法令に根拠を有し,輸入許可を受けられなくなるという法的効果を有するものであって,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当であるとして,これと異なる原判決を破棄し,1審判決を取り消し,本件を1審裁判所に差し戻した。
横尾裁判官の反対意見は,法16条が厚生労働大臣に対し応答義務を課しているものと解することができず,関税法に関する実務の取扱いは行政機関相互の協力関係を定めたものにすぎず,食品衛生法違反通知により輸入許可を得られないという法的効果が生じるものではないとして,本件通知には処分性が認められないとしたものである。
5 抗告訴訟の対象となるのは,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行訴法3条2項)とされている。その意義は,公権力の主体たる国又は地方公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものであるとするのが確定した判例(最一小判昭30.2.24民集9巻2号217頁,判タ47号46頁,最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁)である。
本件では,食品衛生法違反通知が「その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」に該当するか否か,すなわち,食品衛生法違反通知が法令上の根拠を有するものか,いかなる法的効果を有するものかが問題となった。前述のように,食品衛生法違反通知は,直接には法令ではなく厚生省生活衛生局長通知である「輸入食品等監視指導業務基準」に根拠を有するものであり,その内容自体も形式的には当該食品等が法の特定の条項に違反するものであることを告げ,積戻し等の措置をとるよう指導するものであるにすぎない。これらの点から考えると,食品衛生法違反通知は,当該食品等が法の特定の規定に違反するとの判断結果を告げ,積戻し等の措置を指導するものにすぎないとして,その処分性を否定する見解も理由がないものではない。
しかし,本判決は,法の全体的な構造から輸入食品等に関する厚生労働大臣の権限を明らかにし,法16条の解釈により輸入届出に対する厚生労働大臣の応答の義務を導き出して食品衛生法違反通知の法的根拠を明らかとし,さらに,関税法70条2項の解釈においても法16条の解釈から導き出された厚生労働大臣の応答義務を有機的に関連づけ食品衛生法違反通知の法的効果を明らかにして,その処分性を肯定したものである。
最大判昭59.12.12民集38巻12号1308頁,判タ545号69頁は,関税定率法(昭和55年法律第7号による改正前のもの)21条3項による当該貨物が輸入禁制品である「風俗を害すべき書籍,図画」に該当する旨の税関長の通知の行政処分性を肯定した。同判例は,同項の通知が,当該物件につき輸入が許されないとする税関長の意見が初めて公にされるもので,しかも以後不許可処分がされることはなく,その意味において輸入申告に対する行政庁側の最終的な拒否の態度を表明するものであり,実質的な拒否処分として機能しているとして,その処分性を認めたものであり,本件と類似した構造を有しているが,関税定率法21条3項の通知の主体が輸入申告に対する許可の権限を有する税関長自身であるのに対し食品衛生法違反通知の主体が検疫所長である点や法的効果の捉え方に違いがあり,本件の直接の先例となるものではなかろう。
6 処分性の有無の反面として不服申立て方法の実効性を検討すると,食品衛生法違反通知に処分性を認める見解によれば,当該通知の取消訴訟を提起すればよいこととなり,取消訴訟の対象を直截かつ明確にとらえることができる。なお,この立場に立っても税関長による輸入申告の拒否行為を処分として取消訴訟で争うことは可能であると解されるが,本判決の帰結として,法16条の届出の対象となる食品等が法に合致するか否かについては,検疫所長の食品衛生法違反通知の取消訴訟において争わなければならないことになると解され,注意が必要である。また,検疫所長には法16条の輸入届出に対する応答義務があることから,食品等を輸入しようとする者は,検疫所長が輸入届出を受理して応答しない場合には,不作為の違法確認訴訟を提起することが可能となろう。
これに対し,食品衛生法違反通知の処分性が認められないとした横尾裁判官の反対意見は,税関長による不受理を拒否処分として取消訴訟を提起することができるとの考えを示している。また,原審は,税関長による輸入申告の不受理を拒否処分とみてその取消しを求める取消訴訟,税関長が輸入申告を受けながら放置した場合の不作為の違法確認訴訟,厚生労働大臣が法22条による処分を行った場合の同処分の取消訴訟を挙げている。
7 本判決は,法全体の構造から解釈による補充を経て,法16条が定める厚生労働大臣の権限と応答の義務を明らかにした上,食品衛生法違反通知の法令上の根拠,法的効果を解明してその処分性を肯定した初めての最高裁判決であり重要な意義を有する。

・届出について
+(届出)
第三十七条
届出が届出書の記載事項に不備がないこと、届出書に必要な書類が添付されていることその他の法令に定められた届出の形式上の要件に適合している場合は、当該届出が法令により当該届出の提出先とされている機関の事務所に到達したときに、当該届出をすべき手続上の義務が履行されたものとする

・公法上の当事者訴訟として、Xが届出義務を履行したことの確認訴訟を提起することも考えられる。

・原告適格の問題
+判例(H1.4.13)近鉄特急事件
理由
上告代理人大原健司、同佐井孝和、同島川勝、同辻公雄、同山川元庸、同安木健の上告理由第一点について
地方鉄道法(大正八年法律第五二号)二一条は、地方鉄道における運賃、料金の定め、変更につき監督官庁の認可を受けさせることとしているが、同条に基づく認可処分そのものは、本来、当該地方鉄道利用者の契約上の地位に直接影響を及ぼすものではなく、このことは、その利用形態のいかんにより差異を生ずるものではない。また、同条の趣旨は、もっぱら公共の利益を確保することにあるのであって、当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することにあるのではなく他に同条が当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することを目的として認可権の行使に制約を課していると解すべき根拠はない。そうすると、たとえ上告人らが近畿日本鉄道株式会社の路線の周辺に居住する者であって通勤定期券を購入するなどしたうえ、日常同社が運行している特別急行旅客列車を利用しているとしても、上告人らは、本件特別急行料金の改定(変更)の認可処分によって自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということができず、右認可処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきであるから、本件訴えは不適法である。
これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は独自の見解に基づき原判決を非難するものであって、採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであって、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤哲郎 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官四ツ谷巖 裁判官大堀誠一)

(3)申請権がない場合

+   第四章の二 処分等の求め

第三十六条の三
1項 何人も、法令に違反する事実がある場合において、その是正のためにされるべき処分又は行政指導(その根拠となる規定が法律に置かれているものに限る。)がされていないと思料するときは、当該処分をする権限を有する行政庁又は当該行政指導をする権限を有する行政機関に対し、その旨を申し出て、当該処分又は行政指導をすることを求めることができる
2  前項の申出は、次に掲げる事項を記載した申出書を提出してしなければならない。
一  申出をする者の氏名又は名称及び住所又は居所
二  法令に違反する事実の内容
三  当該処分又は行政指導の内容
四  当該処分又は行政指導の根拠となる法令の条項
五  当該処分又は行政指導がされるべきであると思料する理由
六  その他参考となる事項
3  当該行政庁又は行政機関は、第一項の規定による申出があったときは、必要な調査を行い、その結果に基づき必要があると認めるときは、当該処分又は行政指導をしなければならない

+判例(H21.4.17)
理由
第1 事案の概要
1 本件は、上告人X3(以下「上告人父」という。)が世田谷区長(以下「区長」という。)に対し、上告人父と上告人X2(以下「上告人母」といい、上告人父と併せて「上告人父母」という。)との間の子である上告人X1(以下「上告人子」という。)につき住民票の記載を求める申出をしたところ、これをしない旨の応答を受け、その後も上告人母と共に同様の申入れをしたものの住民票の記載がされなかったことから、上告人らにおいて、被上告人に対し、上記応答及び住民票の記載をしない不作為が違法であると主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償等を求めるとともに、上記応答が行政処分であることを前提にその取消しを求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人父母は、平成11年以降、東京都世田谷区内で事実上の夫婦として共同生活をしている。上告人父母の間には、同17年3月▲日、上告人子が出生し、上告人父は、これに先立つ同年2月24日、我孫子市長に上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された。
(2) 上告人父は、区長に対し、同年4月11日、自らを届出人として上告人子に係る出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したが、非嫡出子という用語を差別用語と考えていたことから、届書中、嫡出子又は嫡出でない子(以下「非嫡出子」という。)の別を記載する欄(戸籍法49条2項1号参照)を空欄のままとした。このため、本件出生届には、上記の欄が空欄になっており、かつ、同法52条2項所定の届出義務者である上告人母ではなく、上告人父が届出人として記載されているという不備が認められた。区長は、上告人父に対し、これらの不備の補正を求めたが、拒否され、前者の不備については、届書の記載が上記のままでも、区長において届書のその余の記載事項から出生証明書の本人と届書の本人との同一性が確認されれば、その認定事項(例えば、父母との続柄を「嫡出でない子・女」と認める等)を記載した付せんを届書に貼付するという内部処理(以下「付せん処理」という。)をして受理する方法を提案したものの、この提案も拒絶された。そこで、区長は、同日、本件出生届を受理しないこととした(以下、これを「本件不受理処分」という。)。
(3) 上告人父は、区長に対し、同年5月19日、上告人子につき住民票の記載を求める申出をしたが、区長は、本件出生届が受理されていないことを理由に、上記記載をしない旨の応答(以下「本件応答」という。)をした。
(4) 上告人父母は、その後も区長に対し上告人子に係る住民票の記載を求める申入れをしたが、区長はこれに応じていない。
(5) 上告人父は、本件不受理処分を不服として、区長に本件出生届の受理を命ずることを求める家事審判の申立てをしたが、東京家庭裁判所は、同年12月2日、本件不受理処分に違法はないとして、同申立てを却下する決定をした。上告人父はこれを不服として抗告したが、東京高等裁判所は同18年1月30日、これを棄却する決定をし、これに対する特別抗告も同年9月8日の最高裁判所の決定により棄却された。上告人母は、その後も、現在に至るまで、上告人子に係る適法な出生届を提出していない。
(6) 上告人父母は、現在、世田谷区内で上告人子を監護養育している。なお、本件の第1審判決は、同19年5月31日、区長に上告人子に係る住民票の作成を命ずる判決を言い渡したが、被上告人は、原審の口頭弁論終結時(同年9月12日)までの間、本件出生届の提出後に上告人子の居住実態や通名(上告人子は出生届が受理されていないので戸籍上の名はない。)に変更を生じたなどの具体的な主張をしていない。
(7) なお、行政実務上、戸籍の記載と住民票の記載との連動を前提とした事務処理システムが全国的に構築されており、被上告人においても同様のシステムが導入されている。また、住民票は、行政実務上、選挙人名簿への登録のほか、就学、転出証明、国民健康保険、年金、自動車運転免許証の取得、都営住宅への入居等に係る事務処理の基礎とされているが、これらのうち、選挙人名簿への登録に関しては、上告人子が事実審の口頭弁論終結時において2歳であり、住民票の記載がされないことに伴う不利益が現実化しているものではない。その余の事務に関しても、被上告人は、住民基本台帳に記録されていない住民に対し、手続的に煩さな点はあり得るとしても、多くの場合、それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供している。 

 第2 職権による検討
原審は、本件応答が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たり、その取消しを求める上告人子の訴えが適法な取消訴訟であることを前提として、同訴えに係る請求を棄却した。
しかし上告人子につき住民票の記載をすることを求める上告人父の申出は、住民基本台帳法(以下「法」という。)の規定による届出があった場合に市町村(特別区を含む。以下同じ。)の長にこれに対する応答義務が課されている(住民基本台帳法施行令(以下「令」という。)11条参照)のとは異なり、申出に対する応答義務が課されておらず、住民票の記載に係る職権の発動を促す法14条2項所定の申出とみるほかないものである。したがって、本件応答は、法令に根拠のない事実上の応答にすぎず、これにより上告人子又は上告人父の権利義務ないし法律上の地位に直接影響を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないと解される(最高裁昭和43年(行ツ)第3号同47年11月16日第一小法廷判決・民集26巻9号1573頁、最高裁平成2年(行ツ)第202号同3年3月19日第三小法廷判決・裁判集民事162号211頁参照)。そうすると、本件応答の取消しを求める上告人子の訴えは不適法として却下すべきである。

第3 上告人らの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審は、前記事実関係等の下において、次のとおり判示して、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。
法8条及び令12条2項によれば、市町村長は、戸籍に関する届書を受理したとき等、同項1号所定の場合に、職権で出生した子に係る住民票の記載をすべきものとされており、法はそれ以外の場合に、出生した子に係る住民票の職権記載をすることを予定していないというべきである。仮に市町村長が無戸籍の子につき職権で住民票の記載をすべき場合があるとしても、それは極めて例外的な場合に限られ、せいぜい、出生届をすることによって届出義務者や子が重大な不利益を被る場合で、かつ、戸籍法によって義務付けられた出生届の提出を届出義務者に求めることを社会通念上期待することができないような事情がある場合に限定されると解すべきである。
本件において上記のような事情があると認めることはできないから、本件応答及び区長がその後も上告人子につき住民票の記載をしなかったことを違法ということはできない。

2(1) 法は、市町村において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、併せて住民に関する記録の適正な管理を図り、もって住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため、住民基本台帳の制度を定めている(法1条)。住民基本台帳は、個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳であり(法6条)、住民票には、住民の氏名、出生の年月日、男女の別、世帯主との続柄、戸籍の表示等を記載するところ、本籍のない者及び本籍の明らかでない者については、その旨を記載すべきものとされている(法7条)。また、市町村長は、新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは、その者につき住民票の作成又は記載をしなければならず(法8条、令7条)、住民基本台帳に脱漏等があったときは、当該事実を確認して、職権で住民票の記載等をしなければならないものとされている(法8条、令12条3項)。そして、市町村長は、常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされている(法3条)。
これらの規定によれば、法及び令は、当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして、住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としていることが明らかである。このことは、出生届が受理されず、戸籍の記載がされていない子についても変わりはない。
(2) ところで、法及び令は、子が出生した場合、世帯主等に、転入届、世帯変更届等の届出義務を課することなく(法22条1項括弧書参照)、出生届の受理等又はこれに関する関係市町村長からの通知に基づき、職権で住民票の記載をすべきものとしている(令12条2項1号、法9条2項)。そして、当該子につき出生届が提出されなかった場合において、当該子に係る住民票の記載をするための手続として、出生届の届出義務者に対し届出の催告等をし、出生届の提出を待って、戸籍の記載に基づき、職権で住民票の記載をする方法(法14条1項参照。以下「届出の催告等による方法」という。)と、職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し、その結果に基づき、職権で住民票の記載をする方法(法34条参照。以下「職権調査による方法」という。)の2種類の手続を設けている。
両手続の優先関係ないし補充関係に関しては、法及び令に明文の規定は置かれていない。しかし、戸籍法52条1項ないし3項所定の者は、出生の届出をすることを義務付けられており(同法49条参照)、その違反に対しては、届出の催告(同法44条)及び過料の制裁(同法135条)が予定されている。そして、法が出生した子に係る転入届等の届出義務を課さなかったのは、その義務を課すると、戸籍法の定める上記の届出義務に加えて二重の届出義務を課することとなるほか、出生届の提出を待って、戸籍の記載に基づき住民票の記載をする方が、戸籍の記載と住民票の記載との不一致を防止し、住民票の記載の正確性を確保するために適切であると判断されたことによるものと解される。また、法は、このような制度趣旨に基づき、住民票の記載を戸籍の記載と合致させるため、関係市町村長間の通知の制度(法9条2項)を設けている。なお、住民は、常に、住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならず、住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならないものとされている(法3条3項)。このような法の趣旨等にかんがみれば、法は、上記の両手続のうち、届出の催告等による方法を原則的な方法として定めているものと解するのが相当である。
したがって、市町村長は、父又は母の戸籍に入る子について出生届が提出されない結果、住民票の記載もされていない場合、常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく、原則として、出生届の届出義務者にその提出を促し、戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきである。
(3) もっとも、上記(1)のとおり、住民基本台帳は、出生した子が当該市町村に住所を有する限り、戸籍の記載がされたか否かにかかわらず、最終的には、それらの子につきすべて住民票の記載をすることを制度の基本としており、その記載を基礎として、住民に関する事務処理が行われるのであるから、その記載がされなければ、当該子が行政上のサービスを受ける上で少なからぬ支障が生ずることが予想される。したがって、戸籍に記載のない子については、届出の催告等による方法により住民票の記載をするのが原則的な手続であるとはいえ、その方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情がある場合にまで、出生届が提出されていないことを理由に住民票の記載をしないことが許されるものではなく、このような場合には、市町村長に職権調査による方法で当該子につき住民票の記載をすべきことが義務付けられることがあるものと解される。
(4) 本件においては、前記事実関係等のとおり、〈1〉 上告人父は上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された、〈2〉 本件出生届は、嫡出子又は非嫡出子の別を記載する欄及び届出人欄の記載を除けば、添付された出生証明書の記載も含めて、不備のない届出であった、〈3〉 上告人子は、現在も世田谷区内の上告人父母の住所で監護養育されており、その居住実態や通名に変更を生じたことはうかがわれないなどというのであるから、住民票に記載すべき上告人子の身分関係等は明らかであったというべきである。したがって、仮に区長において、上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしたとしても、法の趣旨に反する措置ということはできず、むしろ、このような措置を執ることで、上告人子に関する画一的な処理が可能となり、被上告人における行政上の事務処理の便宜に資する面もあるということができる。
それにもかかわらず区長が上記のような措置を講じていないのは、本件において、上告人母が上告人子に係る適式な出生届を提出することに格別の支障がないにもかかわらず、その提出を怠っていることによるものと考えられる。上告人母が上記提出をしていないのは、前記第1の2(2)の事情等からすれば、その信条に基づくものであることがうかがわれるところ、区長は、このような信条にも配慮して、付せん処理の方法による本件出生届の受理を提案したのであり、しかも、区長の本件不受理処分に違法がないことについては司法の最終的判断が確定しているのである。したがって、上告人母が出生届の提出をけ怠していることにやむを得ない合理的な理由があるということはできず、前記の特段の事情があるということもできないから、区長が上記のような措置を講じていないことが、この観点から法の趣旨に反するものということはできない。
(5) また、住民票の記載がされないことによって上告人子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合は、たとい上告人母の上記け怠にやむを得ない合理的な理由がないときであっても、前記の特段の事情があるものとして、区長が職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をしなければならないこともあり得ると解されるところではある。しかし、前記事実関係等によれば、上告人子においては、住民票の記載を欠くことに伴う最大の不利益ともいうべき、選挙人名簿への被登録資格を欠くことになるという点に関しては、その年齢からして、いまだその不利益が現実化しているものではなく、また、被上告人は、住民基本台帳に記録されていない住民に対しても、手続的に煩さな点があり得るとはいえ、多くの場合、それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供しているというのである。なお、本件記録によっても、上記のような措置が講じられないことにより上告人子に看過し難い不利益が現に生じているような事情はうかがわれない。 
したがって、区長が上記のような措置を講じていないことが、この観点から法の趣旨に反するものということもできない。
(6) 他に、区長において上記のような措置を講じていないことを違法とすべき特段の事情は見当たらない。
そうすると、区長において、上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしていないことは、法8条、令12条3項等の規定に違反するものではないというべきであり、もとより国家賠償法上も違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。
したがって、上告人らの損害賠償請求には理由がない。
3 よって、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。
第4 結論
以上のとおり、上告人子の取消請求に関する訴えは不適法であり、同訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であるから、原判決中同請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消し、上記訴えを却下すべきである。そして、上記訴えは、不適法でその不備を補正することができないものであるから、当裁判所は、口頭弁論を経ないで上記の判決をすることとする。また、上告人らの損害賠償請求に関する上告は理由がないから棄却すべきである。
なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官今井功の意見がある。

+意見
裁判官今井功の意見は、次のとおりである。
私は、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとする多数意見の結論に同調するものであるが、世田谷区長が上告人子につき住民票の記載をしなかったことが住民基本台帳法(以下「住基法」という。)上違法ということはできないとする多数意見とは見解を異にし、区長が上告人子につき住民票の記載をしなかったことは、住基法による義務に違反すると考える。その理由は、次のとおりである。
1 地方自治法は、市町村(特別区を含む。以下同じ。)の区域内に住所を有する者を当該市町村の住民とし、市町村は、別に法律の定めるところにより、その住民につき、住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならないと定めている(同法10条1項、13条の2)。住基法は、この規定に基づき制定されたものである。
子が出生した場合には、その子は、地方自治法の定めに基づき住所を有する地の市町村の住民となる。この場合の住民票の記載について、住基法は、出生届の提出を待って、戸籍の記載に基づき職権で住民票の記載をする方法(届出の催告等による方法)と、職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し、その結果に基づき、職権で住民票の記載をする方法(職権調査による方法)との2種類の手続を設けていること、前者の届出の催告等による方法を原則的な方法として定めていると解すべきこと、したがって、市町村長は、父又は母の戸籍に入る子について、出生届が提出されない結果、住民票の記載もされていない場合、常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく、原則として出生届の届出義務者にその提出を促し、戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきことは、多数意見の述べるとおりである。
2 しかし、届出の催告等による方法を促してもそれがされない場合には、次に述べるような理由から、市町村長は、職権調査による方法で住民票の記載をすべきことが義務付けられると解すべきである。
戸籍は夫婦とその子などの身分関係を公証するための公の登記簿であり、一方、住民基本台帳(個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳)は、住民の居住関係の公証等住民に関する事務の処理の基礎とするために、住民の住所等を記載する公の帳簿であり、両者は本来それぞれ独立の目的を持つ別個の制度である。子が出生した場合には、戸籍と住民票にその旨が記載されることになるが、戸籍法の規定に基づく出生届の提出による戸籍の記載があれば、その旨が住民基本台帳の編成を所掌する市町村長に通知され、市町村長が出生の事実を住民票に記載するという戸籍と住民票との連結の制度が採られている。これは、国民に対して、出生について、戸籍と住民票について、二重の届出義務を課さなくても、両者の所掌官庁間の連絡により住民票の記載ができること、及び、出生届に基づき住民票の記載をすることによって正確な記載ができることの二つの理由による。このことには合理性があり、届出の催告等による方法が原則的な方法で、職権調査による方法は補充的なものであるというのは、この意味であり、正当な解釈として是認できる。
ところで、住基法及び住民基本台帳法施行令の関係規定によれば、当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして、住民の居住関係の公証等住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としていることが明らかである。そのため、市町村長は、常に住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされ、住民は、常に住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならないものとされている(住基法3条)。すなわち、住基法は、当該市町村の住民すべてについて住民票を作成すべきものとし、住民に関する事務処理は、住民票の記載を基礎として行われることとしているのである。そして、住民に関する事務としては、国民健康保険、介護保険及び国民年金の各被保険者資格、児童手当の受給資格に関する事項等住基法に規定された事項のほか、学齢簿の編成、生活保護、予防接種、印鑑登録証明など多種、多様の事務が存在する。
市町村の住民は、住民であることによって、市町村から多種多様の行政サービスを受けることができる。市町村の区域内に住所を有する住民であるにもかかわらず、住民票に記載がされないことによって、行政上のサービスを受ける住民の側においては、これらのサービスを受けることができなかったり、たとえサービスを受けることができたとしても、住民票の記載がある場合に比較して、煩雑な手続を要するなど多くの不利益を受けることは明らかである。一方、市町村の側においても、住民票の記載がない場合には、その事務を処理する上で少なからぬ支障が生ずる。すなわち、各種の行政上のサービスの提供は、住民票の記載を基礎として行われるのであるが、住民票に記載されていないからといって、その住民に行政サービスを全く拒否することはできず、その住民に行政サービスを提供する場合には、市町村の側においても、その都度、住民票に記載されていないが実際には当該市町村に住所を有する旨の届出をさせたり、その事実の有無の調査が必要となるなど、住民票に記載があれば不要となる余計な手数を要することとなって、住民に関する事務がすべて住民基本台帳に基づいて行われるべきものとする住基法2条の趣旨にも反することになる。
このような住民基本台帳制度の趣旨に照らせば、子が出生した場合に、市町村の区域内に適法に住所を有する子について、届出の催告等による方法により住民票を記載することができないときは、市町村長は、職権調査の方法により住民票の記載をすべき義務があると解すべきである。多数意見も、住民票に記載されないことによって子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合には住民票に記載しなければならない場合もあり得るというが、住民の受ける行政サービスは、出生の時から始まるのであって、住民票に記載されないこと自体によって住民の側に重大な不利益が生じ、市町村の側においても少なからぬ支障が生ずることは上記のとおりである。一方、実際に区域内に住所を有することが確認できる住民について住民票の記載を拒否することは、市町村についても何の利点もないし、住民票の記載をしたからといって、市町村に何らの弊害も生じない。現に出生届が提出されない子について住民票の記載を行っている市町村が存在するが、それによって何らかの弊害が生じたという証跡はうかがわれない。
もちろん、出生した子について戸籍法の定めるところにより出生届を提出すべき義務を怠ることは許されることではなく、本件のように適式な出生届を提出しないことを理由とする出生届の不受理処分が違法でない旨の司法判断が確定したにもかかわらず、依然として適式な出生届を提出しないことは許容されない。出生届を提出しさえすれば住民票に記載されるのであるから、住民票に記載されないことについて、上告人母に責任があることは明らかである。しかし、そうであるからといって、市町村長の側で、そのことを理由として住民票の記載を拒否することは、関連が深いとはいえ、別個の制度である戸籍と住民基本台帳とを混同するものであって、先に述べたように、住基法の趣旨に反し、違法というべきである。住民票に記載されないことについて上告人母に責任があることは、国家賠償法による損害賠償責任を考える際に考慮すれば足り、かつそれで十分である。
3 以上のように、本件の住民票の記載を拒否した区長の措置は住基法による義務に違反し、違法であるといわなければならない。しかしながら、住基法上違法であるからといって、それにより国家賠償法上も直ちに違法となるわけではない。すなわち、本件は、上告人母が戸籍法の規定に違反して上告人子の出生届を提出しなかったため、区長が住民票に記載しなかったという事案である。ところで、戸籍に記載のない子については、出生届の提出を待って、戸籍の記載に基づき住民票の記載をするというのが、前記のように法の予定する原則的な方法であるとともに、従来の一般的な行政実務の取扱いであって、区長もこのような一般的な取扱いに従い、職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をする措置を講じなかったということができるのである。そうすると、区長の判断が、公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とされたものということはできず、区長の措置について国家賠償法1条1項にいう違法がないというべきである。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

++解説
《解 説》
1 事案の概要
本件は,X3(以下「X父」という。)が世田谷区長(以下「区長」という。)に対し,X父とX2(以下「X母」といい,X父と併せて「X父母」という。)との間の子であるX1(以下「X子」という。)につき住民票の記載を求める申出をしたところ,これをしない旨の応答を受け,その後もX母と共に同様の申入れをしたものの住民票の記載がされなかったことから,Xらにおいて,Yに対し,上記応答及び住民票の記載をしない不作為が住民基本台帳法(以下「法」という。)に反すると主張して,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求める(以下,この請求を「本件国賠請求」という。)とともに,上記応答が行政処分であることを前提にその取消し等を求めた(以下,この取消の訴えを「本件取消しの訴え」という。)事案である。
(1) X父母は,平成11年以降,東京都世田谷区内で事実上の夫婦として共同生活をしている。X父母の間には,同17年3月,X子が出生した。
(2) X父は,区長に対し,同年4月11日,自らを届出人としてX子に係る出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したが,非嫡出子という用語を差別用語と考えていたことから,届書中,嫡出子又は嫡出でない子の別を記載する欄を空欄のままとした。区長は,X父に対し,届書の記載が上記のままでも,区長において届書のその余の記載事項から出生証明書の本人と届書の本人との同一性が確認されれば,その認定事項を記載した付せんを届書に貼付するという内部処理をして受理する方法を提案したものの,この提案も拒絶された。そこで,区長は,同日,本件出生届を受理しないこととした。
(3) X父は,区長に対し,同年5月19日,X子につき住民票の記載を求める申出をしたが,区長は,本件出生届が受理されていないことを理由に,上記記載をしない旨の応答(以下「本件応答」という。)をした。X父母は,その後も区長に対しX子に係る住民票の記載を求める申入れをしたが,区長はこれに応じていない(以下「本件不作為」という。なお,本件応答を含めて用いることがある。)。なお,上記不受理処分については,それに違法がないとの司法の最終的判断が確定している。
(4)住民票は,行政実務上,選挙人名簿への登録,就学,転出証明等に係る事務処理の基礎とされているが,これらのうち,選挙人名簿への登録に関しては,X子が事実審の口頭弁論終結時において2歳であり,住民票の記載がされないことに伴う不利益が現実化しているものではない。その余の事務に関しても,Yは,住民基本台帳に記録されていない住民に対し,手続的に煩さな点はあり得るとしても,多くの場合,それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供している。
2 1審判決及び原判決
(1)1審判決(東京地判平19.5.31判タ1252号182頁,判時1981号9頁)は,本件応答は法に違反するものであって,これを取り消すべきものとしたが,本件国賠請求については,公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くさず漫然と本件応答及び本件不作為をしたということはできないとして,請求を棄却すべきものとした(1審判決の評釈として,田中孝男・速報判例解説1巻37頁がある。)。
(2) これに対し,原判決(東京高判平19.11.5判タ1277号67頁)は,本件応答及び本件不作為は法に違反するものではなく,国家賠償法上も違法ではないとして,1審判決を取り消し,本件取消しの訴えに係る請求及び本件国賠請求とも棄却すべきものとした(原判決に関する論稿として,北村和生・法教333号122頁がある。)。
(3)原判決に対し,Xらが上告受理申立てをした。
3 本判決
本判決は,①X母が出生届の提出をけ怠していることにやむを得ない合理的な理由があるとはいえないこと,②住民票の記載がされないことによりX子に看過し難い不利益が生じているとはうかがわれないことなど判示の事情の下では,本件不作為は法に反するということはできず,国家賠償法上も違法ではないと判断した。
また,本判決は,本件取消しの訴えの適否について職権で検討し,X子につき住民票の記載を求めるX父からの申出に対し区長がした上記記載をしない旨の応答は,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとして,同訴えを不適法と判断した。
4 本件不作為の適否について
(1)戸籍と住民票の関係等に関する沿革
法は,住民登録法(昭和26年法律第218号)を全面改正した法律であり,住民登録法は,寄留法(大正3年法律第27号)を全面改正した法律である。
寄留法は,本籍外に90日以上住所又は居所を有する者を寄留者とし(1条1項),寄留に関する事項は届出又は職権でこれを寄留簿に記載すべきものと定め(1条2項),寄留手続令は,寄留地の市町村長が戸籍に関する届出を自ら受け,又は本籍地の市町村からその通知を受けた場合,遅滞なく寄留簿の記載を更正又は抹消すべき旨を定めていた(14条,15条,19条)。そして,寄留者が非本籍地において戸籍に関する届出をし,この届出により寄留地の市町村長が寄留簿の記載を訂正する必要を認めたときは,市町村長は職権で寄留簿の記載を訂正することができ,寄留者が戸籍に関する届出と同時に寄留簿記載の変更届を差し出したときは,これにより寄留簿の記載を更正するものと解されていた。寄留中に寄留地において子が出生した場合,建前としては,届出義務者は,出生届とは別に寄留届を提出しなければならないこととされていたものの(丸亀区裁判所監督判事からの問い合わせに対する大正4年1月9日法務局長回答民第1919号等),職権をもって寄留簿にその者が寄留する旨の記載をする取扱いも広く認められていたようである(大正4年7月13日法務局長回答民第952号等)。
イ 寄留法を全面改正した住民登録法は,住民登録と戸籍との連絡措置を寄留法から受け継ぎ,届出を要しない場合には職権で住民票の記載をするものとし(5条),戸籍の記載と住民票の記載との間に連絡措置(9条)を設けた。その上で,同法は,出生の場合には転入届の提出を不要とし(22条1項ただし書),かつ,戸籍に関する届書の受理による戸籍の記載に基づいて住民票の記載の更正をすべき場合においては,明文(24条1項ただし書)をもって変更届の提出を不要とした。この点に関し,立法担当者は,出生等による居住関係の発生は,届出を待たず戸籍の届出等によってその事実を知ることができるため,住民登録事務と戸籍事務とを一元的に処理することによって戸籍と住民票の記載の不一致を防止し,住民票の記載の正確を図るとともに,届出義務の負担を軽減するという目的から,住民登録のための特別の届出義務を課さず,戸籍の届出等に基づいて職権で住民票の記載をすることができることとしたなどと説明している(法務府民事局内法務研究会『住民登録法詳解』等参照)。
ウ 住民登録法を改正した法は,上記のような戸籍と住民票の記載に関する連絡措置をほぼそのまま受け継ぎ(法9条),出生の場合を明文で転入届の対象から除外した(法22条1項)。その立法趣旨は,上記イと同旨のものであると説明されている。
エ なお,出生届未提出の子につき住民票の記載をすることができるか否かに関し,住民登録法及び法の下における行政上の取扱いは,極めて謙抑的に運用されていたが(昭和35年6月15・16日第13回栃木県連合戸籍事務協議会決議,昭和37年5月29・30日第24回兵庫県戸籍事務協議会決議,昭和49年4月16日沖縄県地方課宛て電話回答,平成元年12月22日自治振98号兵庫県総務部長宛て回答等),最近,総務省は,通達(総務省自治行政局市町村長課長の各都道府県住民基本台帳事務担当部長宛て平成20年7月7日総行市第143号)を発出し,民法772条2項(いわゆる300日条項)による嫡出の推定が及ぶため,母が婚姻外の男性との間に出生した子につき出生届の提出をけ怠している場合において,一定の要件を満たすときは,職権で住民票の記載をすることができることとするに至った。
(2)父又は母の戸籍に入る無戸籍児について住民票の記載をすることの許否
上記(1)の沿革を踏まえると,法は,戸籍と住民票の記載を厳格に一致させるため,両者の連絡措置を緊密なものとし,両者に共通する記載事項については,戸籍の記載を基礎として職権で住民票の記載をすべきものとしているのであるから,父又は母の戸籍に入る無戸籍児について住民票の記載をすることを安易に認めることが望ましくないことはいうまでもない。
しかし,他方で,①法は,7条5号において,本籍のない者及び本籍の明らかでない者についてはその旨を住民票に記載すべきことを定めていること,②住民基本台帳法施行令(以下「令」という。)は,市町村長は,その市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者の住民票を作成しなければならず(7条1項),住民基本台帳に脱漏がある場合,当該事実を確認して職権で住民票の記載等をしなければならない旨(12条3項)定めていることなどに照らせば,法が,常に戸籍の記載を基礎としてしか住民票の記載をすることができない(その結果として上記のような無戸籍児について職権で住民票の記載をすることは許されない)との立場に立つものと解するのは相当ではなく,一定の場合には,上記のような無戸籍児につき職権で住民票の記載をする余地も認めているものと解される。本判決もそのような考え方に立つことを明言している。
(3)父又は母の戸籍に入る無戸籍児について住民票の記載をすることが義務付けられる場合の有無及び判断基準
そこで,次に,父又は母の戸籍に入る無戸籍児について住民票の記載をすることが義務付けられる場合の有無及び判断基準が問題となる。
ア 法は,市町村において,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,併せて住民に関する記録の適正な管理を図り,もって住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため,住民基本台帳の制度を定めたのであり(法1条),本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨を記載すべきものとされ(法7条),また,市町村長は,新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者につき住民票の作成又は記載をしなければならないとされている(法8条,令7条)。そうすると,法及び令は,当該市町村に住所を有する者すべてについて,最終的には住民票の記載をして,住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としているものと解される。
イ もっとも,法22条1項が出生の場合を明文で転入届の対象から除外した上記(1)の立法趣旨に照らせば,法は,子が出生した場合に,出生届とは別に法に基づく届出をすることを義務付けていないものと解される。他方,戸籍法は,父又は母の戸籍に入る者以外の者については,職権で新戸籍を編製する手立てを用意しながら(同法22条,57条参照),父又は母の戸籍に入る無戸籍児についてはこのような職権による戸籍の記載という手法を設けていない。そこで,市町村長は,①このような子について,原則どおり戸籍の記載に基づいて住民票の記載をしようとすれば,届出の催告(同法44条)及び過料の制裁(同法135条)によって,間接的に届出義務者に届出義務の履行を促し,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき,職権で住民票の記載をする方法(以下「届出の催告等による方法」という。法14条1項参照)によるほかはなく,②父又は母がそれにもかかわらず出生届の提出に応じなかった場合,上記のような原則的な方法によって住民票の記載をすることができず,職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し,その結果に基づき,職権で住民票の記載をする方法(以下「職権調査による方法」という。法34条参照)によってしか,当該子の住民票の記載をすることができないということになる。
ウ 上記の両方法の優先関係ないし補充関係に関しては,法及び令に明文の規定は置かれていないが,上記(1)の立法趣旨に照らせば,法は,上記の両方法のうち,届出の催告等による方法を原則的な方法としていることが明らかである。したがって,市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について出生届が提出されない結果,住民票の記載もされていない場合,常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく,原則として,出生届の届出義務者にその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足り,そのような記載をしないことが違法となるのは,それが裁量権を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法と評価される場合に限られるものと解される。
エ このように,市町村長は,父又は母の戸籍に入る無戸籍児について,父又は母から住民票の記載を求める申出があった場合,第一次的には出生届の提出を催告すべきであり,それが提出された場合には,戸籍の記載に基づき職権で住民票の記載をすべきものである。そして,父又は母がその催告に応じない場合,市町村において当該子につき住民票の記載をしないことが直ちに違法と評価されるか否かが問題となる。
この問題に関しては,次の3つの基本的な考え方を想定することができる。
(ア)義務否定説
義務否定説は,上記のような場合,市町村長において当該子につき職権調査による方法で住民票の記載をすべきことが義務付けられることはないとする考え方である(本件の原判決は,基本的にこのような立場に立つものと解される。)。その論拠としては,法及び令が,上記のとおり,戸籍の記載と住民票の記載とを厳格に一致させるために戸籍と住民票の連結の制度を設けた以上,その趣旨を貫徹すべきであり,安易に例外を認めるべきではないという点が考えられよう。
(イ)原則肯定説
原則肯定説は,当該父又は母が当該子につき出生届の提出をすることに応じない以上,市町村長としては,職権で当該子の身分関係及び居住関係等を調査した上,職権で住民票の記載をすべきことが法によって義務付けられるとする考え方である(本件の1審判決は,基本的にこのような立場に立つものと解される。)。
その論拠としては,①身分関係を公証する戸籍と居住関係を公証する住民票とでは,制度の目的が異なる,②当該子につき住民票の記載がされない場合,その父又は母は,子につき行政サービスを受けようとする都度,当該子の居住関係を証明することを余儀なくされるという不利益を受ける,③上記のような場合に市町村長に当該子に係る住民票の記載を義務付けても不都合は生じないなどの点が考えられよう。
(ウ)限定肯定説
限定肯定説は,父又は母が当該子につき適法な出生届の提出を拒否したとしても,市町村長においては,なおその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をするという原則的手法によることを否定されるものではなく,職権調査による方法により住民票の記載をすることが義務付けられるのは,当該父又は母において出生届の提出をけ怠していることについてやむを得ない合理的な理由がある場合や,住民票の記載がされないことにより当該子に看過し難い不利益が生ずる可能性がある場合など,届出の催告等による方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情がある場合に限られるとする考え方である。
その論拠としては,単に父又は母が当該子につき適法な出生届の提出を拒絶したということだけで,市町村長に住民票の記載をすることが法的に義務付けられるとすれば,その拒絶に上記のようなやむを得ない合理的な理由もなく,住民票の不記載によって当該子に特段の不利益も生じないような場合にまで,上記の義務を肯定することとなって,法秩序維持の観点から相当ではないとする点が考えられよう。
オ まず,義務否定説については,限定肯定説の指摘する特段の事情が認められるような事案においてすら,職権調査による方法による住民票の記載が義務付けられることはないとする点で,その妥当性には疑問があろう。
次に,原則肯定説の挙げる論拠について検討すると,①の論拠については,上記(1)のとおり,法は,制度の目的を本来異にする戸籍と住民票について,少なくとも,人の同一性を識別するための根幹的な指標である氏名,出生年月日,男女の別,世帯主との続柄等に限っては,両者の記載を完全に一致させるという法制度を創設したのであるから,安易にその例外を認める措置が法自身によって義務付けられているとは解し難いといえよう。また,②の論拠については,このような不利益は,単なる手続上の不利益にすぎない上,それを直接的に被るのは,適法な出生届の提出をけ怠している父又は母自身であって,それは自らが招いた不利益であるとともに自らの行為(出生届の提出という戸籍法上の義務の履行)によって容易に解消することができる性質のものではないかとの疑問があり得よう。さらに,③の論拠については,住民票が現在我が国において広範囲にわたり果たしている重要な役割等にかんがみると,果たして直ちに上記論拠のようにいうことができるかどうかについて疑問があろう。
カ 本判決は,上記の考え方のうち限定肯定説に立ち,これを本件に当てはめて,YがX子につき職権調査による方法で住民票の記載をすべき義務を否定する判断をしたものであるが,その背景には,以上のような考慮があるのではないかと考えられる。本判決が説示する,「届出の催告等による方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情」の有無に関しては,法が戸籍と住民票の記載を合致させることとした趣旨目的を的確に踏まえつつ,事案に即して,諸般の事情を総合的に考慮し,社会通念に照らして合理的に判断してゆくほかはないものといえよう。
なお,本判決には,今井裁判官の意見が付されている。同意見は,原則肯定説に立って本件不作為が法に違反する状態にあるとするものである。
5 本件取消しの訴えの適否
1審判決及び原判決は,本件応答の行政処分性(行訴法3条2項。なお,法31条の2,31条の4所定の「処分」もこれと同義と解される。)を当然の前提として,本件取消しの訴えに関する実体判断をしている。
しかし,行訴法3条2項の処分は,「行政庁による公権力の行使としてされ,国民の権利義務の範囲を形成し又はその範囲を具体的に確定する行為」をいうものと解されている(最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁等)。そして,一般的に,「申請等に対する拒否行為は,申請人が法令に基づく申請権を有している場合においては,その手続的な権利を侵害し,又は申請に係る処分を得る可能性を奪うことにおいて申請人の法律上の地位に影響を及ぼすものとして,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるが,申請人が法令に基づく申請権を有していない場合においては,その法律上の地位に何ら影響を与えるものではないから,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない」と解され(最高裁判所事務総局編『主要行政事件裁判例概観(7)』行資67号241頁),判例も同様の立場に立つものと考えられる(最一小判昭47.11.16民集26巻9号1573頁,判タ286号228頁,最三小判平3.3.19判タ770号156頁参照)。
住民票の記載等は,法の規定による届出に基づいてされる場合と職権によってされる場合とがあるところ(法8条,令11条,12条),このうち,法の規定による届出については,令11条が,市町村長に対し,届出の内容が事実であるか否かを審査して所定の記載等をすべき義務を課していることから,当該届出に係る記載をすべき旨を求める申請権が付与されており,それに対する拒絶を行政処分と解する余地は十分にあると思われるが(最一小判平15.6.26判タ1128号368頁参照),子の出生の場合は,上記4(1),(3)イのとおり,出生届とは別に法に基づく届出義務が課されていないことから,仮に,出生した子について住民票の記載を求める申出があったとしても,それは,令11条所定の「法の規定による届出」には該当せず,住民票の職権記載を促す法14条2項所定の申出にすぎないというほかないものである。
本判決は,このような見地から,本件応答の取消しを求める本件取消しの訴えを不適法と判断したものと考えられる。
6 まとめ
本判決は,母がその戸籍に入る子につき適法な出生届を提出していない場合において,特別区の区長が住民である当該子につき上記母の世帯に属する者として住民票の記載をしていないことが違法とされる場合があるか否か,あるとすればどのような場合かという問題について,当審が初めての判断を示したものである。その判断の過程においては,類似事案についても参酌することができる程度の一般的な説示がされており,地方公共団体の住民登録実務に対して及ぼす影響は小さくなく,実務上重要な意義を有すると考えられる。(関係人一部仮名)

2.不利益処分における意見陳述の手続等

+ 第三章 不利益処分

第一節 通則

(処分の基準)
第十二条  行政庁は、処分基準を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならない
2  行政庁は、処分基準を定めるに当たっては、不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。

(不利益処分をしようとする場合の手続)
第十三条  行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、次の各号の区分に従い、この章の定めるところにより、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、当該各号に定める意見陳述のための手続を執らなければならない。
一  次のいずれかに該当するとき 聴聞
イ 許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。
ロ イに規定するもののほか、名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき。
ハ 名あて人が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる不利益処分、名あて人の業務に従事する者の解任を命ずる不利益処分又は名あて人の会員である者の除名を命ずる不利益処分をしようとするとき。
ニ イからハまでに掲げる場合以外の場合であって行政庁が相当と認めるとき
二  前号イからニまでのいずれにも該当しないとき 弁明の機会の付与
2  次の各号のいずれかに該当するときは、前項の規定は、適用しない。
一  公益上、緊急に不利益処分をする必要があるため、前項に規定する意見陳述のための手続を執ることができないとき。
二  法令上必要とされる資格がなかったこと又は失われるに至ったことが判明した場合に必ずすることとされている不利益処分であって、その資格の不存在又は喪失の事実が裁判所の判決書又は決定書、一定の職に就いたことを証する当該任命権者の書類その他の客観的な資料により直接証明されたものをしようとするとき。
三  施設若しくは設備の設置、維持若しくは管理又は物の製造、販売その他の取扱いについて遵守すべき事項が法令において技術的な基準をもって明確にされている場合において、専ら当該基準が充足されていないことを理由として当該基準に従うべきことを命ずる不利益処分であってその不充足の事実が計測、実験その他客観的な認定方法によって確認されたものをしようとするとき。
四  納付すべき金銭の額を確定し、一定の額の金銭の納付を命じ、又は金銭の給付決定の取消しその他の金銭の給付を制限する不利益処分をしようとするとき。
五  当該不利益処分の性質上、それによって課される義務の内容が著しく軽微なものであるため名あて人となるべき者の意見をあらかじめ聴くことを要しないものとして政令で定める処分をしようとするとき。

(不利益処分の理由の提示)
第十四条  行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。ただし、当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は、この限りでない。
2  行政庁は、前項ただし書の場合においては、当該名あて人の所在が判明しなくなったときその他処分後において理由を示すことが困難な事情があるときを除き、処分後相当の期間内に、同項の理由を示さなければならない。
3  不利益処分を書面でするときは、前二項の理由は、書面により示さなければならない。

第二節 聴聞

(聴聞の通知の方式)
第十五条  行政庁は、聴聞を行うに当たっては、聴聞を行うべき期日までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一  予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
二  不利益処分の原因となる事実
三  聴聞の期日及び場所
四  聴聞に関する事務を所掌する組織の名称及び所在地
2  前項の書面においては、次に掲げる事項を教示しなければならない。
一  聴聞の期日に出頭して意見を述べ、及び証拠書類又は証拠物(以下「証拠書類等」という。)を提出し、又は聴聞の期日への出頭に代えて陳述書及び証拠書類等を提出することができること。
二  聴聞が終結する時までの間、当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができること。
3  行政庁は、不利益処分の名あて人となるべき者の所在が判明しない場合においては、第一項の規定による通知を、その者の氏名、同項第三号及び第四号に掲げる事項並びに当該行政庁が同項各号に掲げる事項を記載した書面をいつでもその者に交付する旨を当該行政庁の事務所の掲示場に掲示することによって行うことができる。この場合においては、掲示を始めた日から二週間を経過したときに、当該通知がその者に到達したものとみなす。

(代理人)
第十六条  前条第一項の通知を受けた者(同条第三項後段の規定により当該通知が到達したものとみなされる者を含む。以下「当事者」という。)は、代理人を選任することができる。
2  代理人は、各自、当事者のために、聴聞に関する一切の行為をすることができる。
3  代理人の資格は、書面で証明しなければならない。
4  代理人がその資格を失ったときは、当該代理人を選任した当事者は、書面でその旨を行政庁に届け出なければならない。

(参加人)
第十七条  第十九条の規定により聴聞を主宰する者(以下「主宰者」という。)は、必要があると認めるときは、当事者以外の者であって当該不利益処分の根拠となる法令に照らし当該不利益処分につき利害関係を有するものと認められる者(同条第二項第六号において「関係人」という。)に対し、当該聴聞に関する手続に参加することを求め、又は当該聴聞に関する手続に参加することを許可することができる
2  前項の規定により当該聴聞に関する手続に参加する者(以下「参加人」という。)は、代理人を選任することができる。
3  前条第二項から第四項までの規定は、前項の代理人について準用する。この場合において、同条第二項及び第四項中「当事者」とあるのは、「参加人」と読み替えるものとする。

(文書等の閲覧)
第十八条  当事者及び当該不利益処分がされた場合に自己の利益を害されることとなる参加人(以下この条及び第二十四条第三項において「当事者等」という。)は、聴聞の通知があった時から聴聞が終結する時までの間、行政庁に対し、当該事案についてした調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができる。この場合において、行政庁は、第三者の利益を害するおそれがあるときその他正当な理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができない。
2  前項の規定は、当事者等が聴聞の期日における審理の進行に応じて必要となった資料の閲覧を更に求めることを妨げない。
3  行政庁は、前二項の閲覧について日時及び場所を指定することができる。
(聴聞の主宰)
第十九条  聴聞は、行政庁が指名する職員その他政令で定める者が主宰する。
2  次の各号のいずれかに該当する者は、聴聞を主宰することができない。
一  当該聴聞の当事者又は参加人
二  前号に規定する者の配偶者、四親等内の親族又は同居の親族
三  第一号に規定する者の代理人又は次条第三項に規定する補佐人
四  前三号に規定する者であったことのある者
五  第一号に規定する者の後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人又は補助監督人
六  参加人以外の関係人

(聴聞の期日における審理の方式)
第二十条  主宰者は、最初の聴聞の期日の冒頭において、行政庁の職員に、予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因となる事実を聴聞の期日に出頭した者に対し説明させなければならない。
2  当事者又は参加人は、聴聞の期日に出頭して、意見を述べ、及び証拠書類等を提出し、並びに主宰者の許可を得て行政庁の職員に対し質問を発することができる。
3  前項の場合において、当事者又は参加人は、主宰者の許可を得て、補佐人とともに出頭することができる。
4  主宰者は、聴聞の期日において必要があると認めるときは、当事者若しくは参加人に対し質問を発し、意見の陳述若しくは証拠書類等の提出を促し、又は行政庁の職員に対し説明を求めることができる。
5  主宰者は、当事者又は参加人の一部が出頭しないときであっても、聴聞の期日における審理を行うことができる。
6  聴聞の期日における審理は、行政庁が公開することを相当と認めるときを除き、公開しない

(陳述書等の提出)
第二十一条  当事者又は参加人は、聴聞の期日への出頭に代えて、主宰者に対し、聴聞の期日までに陳述書及び証拠書類等を提出することができる。
2  主宰者は、聴聞の期日に出頭した者に対し、その求めに応じて、前項の陳述書及び証拠書類等を示すことができる。
(続行期日の指定)
第二十二条  主宰者は、聴聞の期日における審理の結果、なお聴聞を続行する必要があると認めるときは、さらに新たな期日を定めることができる。
2  前項の場合においては、当事者及び参加人に対し、あらかじめ、次回の聴聞の期日及び場所を書面により通知しなければならない。ただし、聴聞の期日に出頭した当事者及び参加人に対しては、当該聴聞の期日においてこれを告知すれば足りる。
3  第十五条第三項の規定は、前項本文の場合において、当事者又は参加人の所在が判明しないときにおける通知の方法について準用する。この場合において、同条第三項中「不利益処分の名あて人となるべき者」とあるのは「当事者又は参加人」と、「掲示を始めた日から二週間を経過したとき」とあるのは「掲示を始めた日から二週間を経過したとき(同一の当事者又は参加人に対する二回目以降の通知にあっては、掲示を始めた日の翌日)」と読み替えるものとする。
(当事者の不出頭等の場合における聴聞の終結)
第二十三条  主宰者は、当事者の全部若しくは一部が正当な理由なく聴聞の期日に出頭せず、かつ、第二十一条第一項に規定する陳述書若しくは証拠書類等を提出しない場合、又は参加人の全部若しくは一部が聴聞の期日に出頭しない場合には、これらの者に対し改めて意見を述べ、及び証拠書類等を提出する機会を与えることなく、聴聞を終結することができる。
2  主宰者は、前項に規定する場合のほか、当事者の全部又は一部が聴聞の期日に出頭せず、かつ、第二十一条第一項に規定する陳述書又は証拠書類等を提出しない場合において、これらの者の聴聞の期日への出頭が相当期間引き続き見込めないときは、これらの者に対し、期限を定めて陳述書及び証拠書類等の提出を求め、当該期限が到来したときに聴聞を終結することとすることができる。

(聴聞調書及び報告書)
第二十四条  主宰者は、聴聞の審理の経過を記載した調書を作成し、当該調書において、不利益処分の原因となる事実に対する当事者及び参加人の陳述の要旨を明らかにしておかなければならない。
2  前項の調書は、聴聞の期日における審理が行われた場合には各期日ごとに、当該審理が行われなかった場合には聴聞の終結後速やかに作成しなければならない。
3  主宰者は、聴聞の終結後速やかに、不利益処分の原因となる事実に対する当事者等の主張に理由があるかどうかについての意見を記載した報告書を作成し、第一項の調書とともに行政庁に提出しなければならない。
4  当事者又は参加人は、第一項の調書及び前項の報告書の閲覧を求めることができる。

(聴聞の再開)
第二十五条  行政庁は、聴聞の終結後に生じた事情にかんがみ必要があると認めるときは、主宰者に対し、前条第三項の規定により提出された報告書を返戻して聴聞の再開を命ずることができる。第二十二条第二項本文及び第三項の規定は、この場合について準用する。

(聴聞を経てされる不利益処分の決定)
第二十六条  行政庁は、不利益処分の決定をするときは、第二十四条第一項の調書の内容及び同条第三項の報告書に記載された主宰者の意見を十分に参酌してこれをしなければならない

(不服申立ての制限)
第二十七条  行政庁又は主宰者がこの節の規定に基づいてした処分については、行政不服審査法 (昭和三十七年法律第百六十号)による不服申立てをすることができない。
2  聴聞を経てされた不利益処分については、当事者及び参加人は、行政不服審査法 による異議申立てをすることができない。ただし、第十五条第三項後段の規定により当該通知が到達したものとみなされる結果当事者の地位を取得した者であって同項に規定する同条第一項第三号(第二十二条第三項において準用する場合を含む。)に掲げる聴聞の期日のいずれにも出頭しなかった者については、この限りでない。
(役員等の解任等を命ずる不利益処分をしようとする場合の聴聞等の特例)
第二十八条  第十三条第一項第一号ハに該当する不利益処分に係る聴聞において第十五条第一項の通知があった場合におけるこの節の規定の適用については、名あて人である法人の役員、名あて人の業務に従事する者又は名あて人の会員である者(当該処分において解任し又は除名すべきこととされている者に限る。)は、同項の通知を受けた者とみなす。
2  前項の不利益処分のうち名あて人である法人の役員又は名あて人の業務に従事する者(以下この項において「役員等」という。)の解任を命ずるものに係る聴聞が行われた場合においては、当該処分にその名あて人が従わないことを理由として法令の規定によりされる当該役員等を解任する不利益処分については、第十三条第一項の規定にかかわらず、行政庁は、当該役員等について聴聞を行うことを要しない。

第三節 弁明の機会の付与

(弁明の機会の付与の方式)
第二十九条  弁明は、行政庁が口頭ですることを認めたときを除き、弁明を記載した書面(以下「弁明書」という。)を提出してするものとする。
2  弁明をするときは、証拠書類等を提出することができる。

(弁明の機会の付与の通知の方式)
第三十条  行政庁は、弁明書の提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には、その日時)までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一  予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
二  不利益処分の原因となる事実
三  弁明書の提出先及び提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には、その旨並びに出頭すべき日時及び場所)
(聴聞に関する手続の準用)
第三十一条  第十五条第三項及び第十六条の規定は、弁明の機会の付与について準用する。この場合において、第十五条第三項中「第一項」とあるのは「第三十条」と、「同項第三号及び第四号」とあるのは「同条第三号」と、第十六条第一項中「前条第一項」とあるのは「第三十条」と、「同条第三項後段」とあるのは「第三十一条において準用する第十五条第三項後段」と読み替えるものとする。

3.手続きの瑕疵が処分の取消事由になるか

+  第二章 申請に対する処分

(審査基準)
第五条  行政庁は、審査基準を定めるものとする
2  行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。
3  行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない

(標準処理期間)
第六条  行政庁は、申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間(法令により当該行政庁と異なる機関が当該申請の提出先とされている場合は、併せて、当該申請が当該提出先とされている機関の事務所に到達してから当該行政庁の事務所に到達するまでに通常要すべき標準的な期間)を定めるよう努めるとともに、これを定めたときは、これらの当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしておかなければならない。
(申請に対する審査、応答)
第七条  行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず、かつ、申請書の記載事項に不備がないこと、申請書に必要な書類が添付されていること、申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については、速やかに、申請をした者(以下「申請者」という。)に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め、又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。

(理由の提示)
第八条  行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない。ただし、法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって、当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかであるときは、申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる
2  前項本文に規定する処分を書面でするときは、同項の理由は、書面により示さなければならない。
(情報の提供)
第九条  行政庁は、申請者の求めに応じ、当該申請に係る審査の進行状況及び当該申請に対する処分の時期の見通しを示すよう努めなければならない。
2  行政庁は、申請をしようとする者又は申請者の求めに応じ、申請書の記載及び添付書類に関する事項その他の申請に必要な情報の提供に努めなければならない。
(公聴会の開催等)
第十条  行政庁は、申請に対する処分であって、申請者以外の者の利害を考慮すべきことが当該法令において許認可等の要件とされているものを行う場合には、必要に応じ、公聴会の開催その他の適当な方法により当該申請者以外の者の意見を聴く機会を設けるよう努めなければならない。
(複数の行政庁が関与する処分)
第十一条  行政庁は、申請の処理をするに当たり、他の行政庁において同一の申請者からされた関連する申請が審査中であることをもって自らすべき許認可等をするかどうかについての審査又は判断を殊更に遅延させるようなことをしてはならない。
2  一の申請又は同一の申請者からされた相互に関連する複数の申請に対する処分について複数の行政庁が関与する場合においては、当該複数の行政庁は、必要に応じ、相互に連絡をとり、当該申請者からの説明の聴取を共同して行う等により審査の促進に努めるものとする。

+(定義)
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  法令 法律、法律に基づく命令(告示を含む。)、条例及び地方公共団体の執行機関の規則(規程を含む。以下「規則」という。)をいう。
二  処分 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。
三  申請 法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。
四  不利益処分 行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう。ただし、次のいずれかに該当するものを除く。
イ 事実上の行為及び事実上の行為をするに当たりその範囲、時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分
ロ 申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分
ハ 名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分
ニ 許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの
五  行政機関 次に掲げる機関をいう。
イ 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関若しくは内閣の所轄の下に置かれる機関、宮内庁、内閣府設置法 (平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項 若しくは第二項 に規定する機関、国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項 に規定する機関、会計検査院若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
ロ 地方公共団体の機関(議会を除く。)
六  行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
七  届出 行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)であって、法令により直接に当該通知が義務付けられているもの(自己の期待する一定の法律上の効果を発生させるためには当該通知をすべきこととされているものを含む。)をいう。
八  命令等 内閣又は行政機関が定める次に掲げるものをいう。
イ 法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む。次条第二項において単に「命令」という。)又は規則
ロ 審査基準申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ハ 処分基準(不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ニ 行政指導指針(同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときにこれらの行政指導に共通してその内容となるべき事項をいう。以下同じ。)

・審査基準は許認可をするかどうかの判断するために必要とされる基準
=ある事業を行うについて許認可が必要かどうかの基準は審査基準に当たらない!!!!

(2)理由提示の瑕疵

・理由提示の程度
+判例(S60.1.22)
理由
上告代理人柴田信夫、同菅充行、同谷池洋、同仲田隆明、同松本剛の上告理由第一について
外国旅行の自由は憲法二二条二項の保障するところであるが、その自由は公共の福祉のために合理的な制限に服するものであり、旅券発給の制限を定めた旅券法一三条一項五号の規定が、外国旅行の自由に対し公共の福祉のために合理的な制限を定めたものであつて、憲法二二条二項に違反しないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二九年(オ)第八九八号同三三年九月一〇日大法廷判決・民集一二巻一三号一九六九頁)。これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

同第二について
原審の適法に確定したところによれば、上告人が昭和五二年一月八日被上告人に対し渡航先をサウデイ・アラビアとする一般旅券の発給を申請したところ、被上告人は上告人に対し「旅券法一三条一項五号に該当する。」との理由を付した同年二月一六日付けの書面により右申請に係る一般旅券を発給しない旨を通知したというのである。
旅券法一四条は、外務大臣が、同法一三条の規定に基づき一般旅券の発給をしないと決定したときは、すみやかに、理由を付した書面をもつて一般旅券の発給を申請した者にその旨を通知しなければならないことを規定している。一般に、法律が行政処分に理由を付記すべきものとしている場合に、どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである(最高裁昭和三六年(オ)第八四号同三八年五月三一日第二小法廷判決・民集一七巻四号六一七頁)。旅券法が右のように一般旅券発給拒否通知書に拒否の理由を付記すべきものとしているのは、一般旅券の発給を拒否すれば、憲法二二条二項で国民に保障された基本的人権である外国旅行の自由を制限することになるため、拒否事由の有無についての外務大臣の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、拒否の理由を申請者に知らせることによつて、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきであり、このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、一般旅券発給拒否通知書に付記すべき理由としては、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して一般旅券の発給が拒否されたかを、申請者においてその記載自体から了知しうるものでなければならず、単に発給拒否の根拠規定を示すだけでは、それによつて当該規定の適用の基礎となつた事実関係をも当然知りうるような場合を別として、旅券法の要求する理由付記として十分でないといわなければならない。この見地に立つて旅券法一三条一項五号をみるに、同号は「前各号に掲げる者を除く外、外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」という概括的、抽象的な規定であるため、一般旅券発給拒否通知書に同号に該当する旨付記されただけでは、申請者において発給拒否の基因となつた事実関係をその記載自体から知ることはできないといわざるをえない。したがつて、外務大臣において旅券法一三条一項五号の規定を根拠に一般旅券の発給を拒否する場合には、申請者に対する通知書に同号に該当すると付記するのみでは足りず、いかなる事実関係を認定して申請者が同号に該当すると判断したかを具体的に記載することを要すると解するのが相当である。そうであるとすれば、単に「旅券法一三条一項五号に該当する。」と付記されているにすぎない本件一般旅券発給拒否処分の通知書は、同法一四条の定める理由付記の要件を欠くものというほかはなく、本件一般旅券発給拒否処分に右違法があることを理由としてその取消しを求める上告人の本訴請求は、正当として認容すべきである。原判決が右の程度の理由の記載をもつて旅券法一四条の要求する理由付記として欠けるところがないとしたのは、法律の解釈適用を誤つたものといわざるをえず、これをいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件一般旅券発給拒否処分を取り消した第一審判決は結論において正当であり、被上告人の控訴はこれを棄却すべきものである。

同第三について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
旅券の本来の機能は、外国に渡航する国民に対し、その所属する国が本人の身分や国籍を証明し、外国官憲に便宜の供与と保護とを依頼するところにあつたが、現在では、諸外国とも旅券を所持しない外国人を一般に入国させないという国際的慣行が確立しているから、およそ外国に渡航しようとする者にとつて旅券の所持は必要不可欠であり、したがつて旅券の発給は出国の許可と同じ働きを持つものであり、その発給拒否処分は外国渡航の禁止の効果を持つことになる。そこで、本件は、国民の持つ外国渡航の自由の制約にかかわる論点を提起するものといえる。私もまた、旅券法一三条一項五号の規定が憲法に違反して無効であるとすることはできない、しかし、本件一般旅券発給拒否処分に付された理由は、その付記を求める法の要件をみたすものではなく、本件一般旅券発給拒否処分は違法として取り消されるべきであると判示する法廷意見に賛成するものであるが、この問題は、国民の海外渡航の自由の制限の合憲性という重要な論点にかかるものであるから、以下に、この点に関する若干の意見を補足しておくこととしたい。
一 所論(上告理由第一)は、海外渡航の自由は憲法二二条二項において保障された基本的人権であるとし、旅券法一三条一項五号の規定が憲法の右規定に違反すると主張している(上告人は一審以来一貫してそのように主張する。)。そして、原判決の引用する第一審判決もまた、海外渡航の自由が憲法二二条二項の保障するところであることを前提としている。この点は、同項にいう外国に移住する自由には、外国に一時的に旅行する自由も含まれると解する当裁判所の判例(最高裁昭和二九年(オ)第八九八号同三三年九月一〇日大法廷判決・民集一二巻一三号一九六九頁)に沿うものである。
しかしながら、私の意見によれば、日本国民が一時的に海外に移動する形で渡航する海外旅行はもとより、勤務や留学などの目的で一定期間外国に居住する場合であつても、日本国の主権による保護を享受しつつその期間を過ごし、再びわが国に帰国することを予定しているような海外渡航については、その自由は、憲法二二条二項にいう外国に移住する自由に含まれるものではない。同項は、日本国民が日本国の主権から法律上も事実上も離脱するという国籍離脱の自由と並んで、外国に移住する自由を保障しているが、この自由は、移住という言葉の文理からいつても、その置かれた位置からいつても、日本国の主権の保護を受けながら一時的に日本国外に渡航することの自由ではなく、永久に若しくは少なくとも相当長期にわたつて外国に移住する目的をもつて日本国の主権から事実上半ば離脱することの自由をいうものと解されるからである(前記大法廷判決における田中耕太郎裁判官及び下飯坂潤夫裁判官の補足意見並びに最高裁昭和三七年(オ)第七五二号同四四年七月一一日第二小法廷判決・民集二三巻八号一四七〇頁における色川幸太郎裁判官の補足意見参照)。国籍離脱の自由と右のように解釈された外国移住の自由とは、現代の国際社会において強く保障を受けるものであり、政策的考慮に基づく制約を受けるべきものではない。憲法二二条二項が、同条一項の自由と異なつて公共の福祉による制限を明文上予定していないことも意味のあることといわねばならない。
以上のように解すると、一時的な海外渡航の自由は、憲法二二条一項によつて保障されるものと解するのが妥当であると思われる。同項にいう移転の自由は、住所を定め変更する自由のみでなく、人身の移動の自由を含むのであり、しかもこの移動は国の内外をもつて区別されないと考えられる。憲法二二条について、一項は国内の関係、二項は国外の関係を規律すると解する見解もあるが、形式的にすぎて適切ではない。したがつて、海外渡航の自由もまた、移転の自由に含まれることになる。このような移転の自由は、他の利益と抵触することも少なくなく、そのために公共の福祉を理由とする政策的見地からする制限を受けざるをえないのであり、憲法二二条一項が「公共の福祉に反しない限り」と特に明文で規定する趣旨もそこにあるとみることができる。海外渡航の自由に対してもまた、国際関係における日本国の利益などを考慮して合理的な制限を加えることが許されるのである(前記色川裁判官の補足意見参照)。
二 このようにして、海外渡航の自由は、移転の自由の一環として公共の福祉を理由とする制約に服するものである。しかし、その制約が合理的なものであるかどうかを判断するにあたつては、移転の自由、特に海外渡航の自由の持つ性質を考えておくことが必要である。もともと移転の自由は、人を一定の土地と結び付ける身分制度を固定させていた封建社会から脱却して近代社会を形成したときに、職業選択の自由の当然の前提として自由に住所を定めそれを移動させることを認めたところに発するものであり、それは職業選択の自由と結び付き(それらを同じ条文のうちに保障する憲法の例が多い。)、したがつて、経済的な自由に属するものと考えられていた。移転の自由を専らこのような性質を持つものと解する限り、現代の社会においては、政策的な理由に基づいて広い制約を受けざるをえず、どのような制限を課するかについて立法府の裁量の余地は大きいといわねばならない。しかし、今日では、国の内外を問わず自由に移動することは、単なる経済的自由にとどまらず人身の自由ともつながりを持ち、さらに他の人びととの意見や情報の交流などを通じて人格の形成に役立つという精神的自由の側面をも持つことに留意しなければならない。そこで、移動の自由の制約が合理的なものであるかどうかを判断するにあたつては、それがこの自由のどのような面を規制するかを考察すべきものと考えられる。そして、一般に、海外渡航の自由を制限する場合には、精神的自由の制約という面を持つことが多いのであり、それだけにたやすくその制約を合理的なものとして支持することができないのである。
三 このような観点に立つて、海外渡航の自由を抑止することとなる旅券の発給拒否処分の事由として旅券法一三条一項に挙げられるものをみてみると、その一号ないし四号の二の各事由は、公共の福祉に基づく合理的な制限であり、かつ、内容が明確であつて、合憲として是認することができる。問題となるのは、本件でその合憲性が争われている五号の規定である。所論は、この規定の定める拒否の基準は、極めて漠然かつ不明確であり、ほとんど政府の自由な裁量によりその拒否を決しうるとするに等しいから憲法に違反するものであると主張する。
確かに、旅券法一三条一項五号の規定する「外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」という旅券発給拒否の事由は、その内容が明確性を欠き、恣意的判断を招くおそれが大きいといえるかもしれない。もし、海外渡航の自由が専ら精神的自由に属するとすれば、その基準の不明確性の故をもつて、右規定は文面上違憲無効とされる疑いが強いといえる(最高裁昭和五七年(行ツ)第四二号同五九年一二月一二日大法廷判決及び同昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決における各反対意見参照)。しかしながら、前記のとおり、海外渡航の自由は、精神的自由の側面を持つものとはいえ、精神的自由そのものではないから、国際関係における日本国の利益を守るためなどの理由によつて、合理的範囲で制約を受けることもやむをえない場合があり、右の規定を文面上違憲無効とすることは相当ではないと思われる。
このようにして、旅券法一三条一項五号の規定が文面上無効であるとはいえないが、そのことの故をもつて、その規定の適用が常に合憲と判断されることにはならない。海外渡航の自由が精神的自由の側面をも持つ以上、それを抑止する旅券発給拒否処分には、外務大臣が抽象的に同号の規定に該当すると認めるのみでは足りず、そこに定める害悪発生の相当の蓋然性が客観的に存する必要があり、このような蓋然性の存在しない場合に旅券発給拒否処分を行うときは、その適用において違憲となると判断され、その処分は違憲の処分として正当性を有しないこととなる。
四 そのように考えると、旅券発給の拒否処分について旅券法一四条の要求する理由の付記は、重要な意味を持つといわなければならない。この理由付記が求められているのは、法廷意見のいうように、拒否事由の有無について外務大臣の判断の慎重さと公正さを担保してその恣意を抑制するとともに、拒否理由を申請者に告知することによつて、不服申立てに便宜を与えるためであるが、この不服申立てには、適用違憲を主張することも当然に含まれており、したがつて、外務大臣が申請者の海外渡航には法の定める害悪発生の相当の蓋然性が客観的に存在すると判断した根拠が拒否の理由のうちに示される必要があると思われる。そうであるとすれば、単に旅券法一三条一項五号に該当するとのみ付記されているにすぎないときは、そのような蓋然性の存在を示すに由なく、法の要求する理由付記の要件を欠くものというほかはない。同号の規定が抽象的であるだけに、理由において具体的な事実関係を明らかにして、適用について憲法に違背するものでないことを示さねばならないと解される。このようにして、海外渡航の自由の保障という憲法の見地からみても、本件一般旅券発給拒否に付された理由は十分なものでなく、本件処分は違法といわざるをえない。
(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 長島敦)

・理由提示と処分基準との関係

+判例(H23.6.7)一級建築士
理 由
 上告代理人川守田大介の上告受理申立て理由第1,第2,第6について
 1 本件は,一級建築士として建築士事務所の管理建築士を務めていた上告人X1が,国土交通大臣から,建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの。以下同じ。)10条1項2号及び3号に基づく一級建築士免許取消処分(以下「本件免許取消処分」という。)を受け,これに伴い, 同事務所の開設者であった上告人X2(以下「上告会社」という。)が,北海道知事から,同法26条2項4号に基づく建築士事務所登録取消処分(以下「本件登録取消処分」という。)を受けたため,上告人らにおいて,本件免許取消処分は,公にされている処分基準の適用関係が理由として示されておらず,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であり,これを前提とする本件登録取消処分も違法な処分であるなどとして,これらの各処分の取消しを求めている事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人X1は,昭和56年に一級建築士免許を取得し,上告会社が開設する建築士事務所の管理建築士を務めていた。
 (2) 国土交通大臣は,上告人X1に対し,平成18年9月1日付けで,本件免許取消処分をした。その通知書には,処分の理由として,次のとおり記載されていた。
 「あなたは,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,北海道札幌市厚別区厚別中央▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区平岸▲条▲丁目▲,北海道札幌市北区北▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区北▲条西▲丁目▲番▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させた。
また,北海道札幌市東区北▲条東▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区豊平▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区月寒西▲条▲丁目▲番▲,北海道札幌市豊平区月寒中央通▲丁目▲番▲,北海道札幌市白石区南郷通▲丁目北▲を敷地とする建築物の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った。
このことは,建築士法第10条第1項第2号及び第3号に該当し,一級建築士に対し社会が期待している品位及び信用を著しく傷つけるものである。」
 (3) 北海道知事は,上告人X1に対し本件免許取消処分がされたことを受けて,上告会社に対し,平成18年9月26日付けで,本件登録取消処分をした。
 (4) 建築士法10条1項は,建築士が「この法律若しくは建築物の建築に関する他の法律又はこれらに基づく命令若しくは条例の規定に違反したとき」(2号),「業務に関して不誠実な行為をしたとき」(3号)においては,免許を与えた国土交通大臣又は都道府県知事は,当該建築士に対する懲戒処分として,「戒告を与え,1年以内の期間を定めて業務の停止を命じ,又は免許を取り消すことができる。」と定めている。
本件免許取消処分がされた当時,建築士に対する上記懲戒処分については,意見公募の手続を経た上で,「建築士の処分等について」と題する通知(平成11年12月28日建設省住指発第784号都道府県知事宛て建設省住宅局長通知。平成19年6月20日廃止前のもの)において処分基準(以下「本件処分基準」という。)が定められ,これが公にされていた。本件処分基準によれば,その別表第1に従い,処分内容の決定を行うこととされており,上記別表第1の(2)は,建築士が建築士法10条1項2号又は3号に該当するときは,「表2の懲戒事由に記載した行為に対応する処分ランクを基本に,表3に規定する情状に応じた加減を行ってランクを決定し,表4に従い処分内容を決定する。ただし,当該行為が故意によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又は人の死傷が生じたとき(以下「結果が重大なとき」という。)は,業務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許取消の処分とする。」と定めていた。また,上記別表第1の表2は,「違反設計」に対応する処分ランクを「6」とし,「不適当設計」に対応する処分ランクを「2~4」とし,「その他の不誠実行為」に対応する処分ランクを「1~4」とするなど,懲戒事由の類型ごとに処分ランクを定め,表3は,その処分ランクから,「過失に基づく行為であり,情状をくむべき場合」には1~3を減じ,「法違反の状態が長期にわたる場合」や「常習的に行っている場合」には3を加えるなど,情状等による処分ランクの加減方法を定め,表4は,このようにして決定された処分ランクが「2」の場合は「戒告」とし,「3」ないし「15」の場合はそれぞれ「業務停止1月未満」ないし「業務停止1年」とし,「16」の場合は「免許取消」とするなど,処分ランクに対応する処分等(文書注意を含む。)の内容を定めるとともに,複数の処分事由に該当する場合の処理について,「二以上の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランクとする。ただし,同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる。」などと定めていた。
 (5) 上告人らは,本件訴訟の提起の段階で,本件免許取消処分の根拠は本件処分基準の別表第1の(2)本文であると理解していたが,被上告人国は,本件訴訟において,本件免許取消処分の根拠を,主位的に,同(2)ただし書であると主張し,予備的に,同(2)本文であると主張した。

 3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,本件免許取消処分に行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法はなく,その余の違法事由も認められず,本件登録取消処分にも違法はないとして,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に当該不利益処分の理由を示さなければならないとしている趣旨は,一級建築士に対する懲戒処分の場合,当該処分の根拠法条(建築士法10条1項各号)及びその法条の要件に該当する具体的な事実関係が明らかにされることで十分に達成できるというべきであり,更に進んで,処分基準の内容及び適用関係についてまで明らかにすることを要するものではないと解すべきである。国土交通大臣は,本件免許取消処分の通知書の中で具体的な根拠法条及びその要件に該当する具体的な事実関係を明らかにしているから,十分な理由が提示されていたといえる。

しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。
この見地に立って建築士法10条1項2号又は3号による建築士に対する懲戒処分について見ると,同項2号及び3号の定める処分要件はいずれも抽象的である上,これらに該当する場合に同項所定の戒告,1年以内の業務停止又は免許取消しのいずれの処分を選択するかも処分行政庁の裁量に委ねられている。そして,建築士に対する上記懲戒処分については,処分内容の決定に関し,本件処分基準が定められているところ,本件処分基準は,意見公募の手続を経るなど適正を担保すべき手厚い手続を経た上で定められて公にされており,しかも,その内容は,前記2(4)のとおりであって,多様な事例に対応すべくかなり複雑なものとなっている。そうすると,建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由としては,処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて,本件処分基準の適用関係が示されなければ,処分の名宛人において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられる。これを本件について見ると,本件の事実関係等は前記2のとおりであり,本件免許取消処分は上告人X1の一級建築士としての資格を直接にはく奪する重大な不利益処分であるところ,その処分の理由として,上告人X1が,札幌市内の複数の土地を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで,本件処分基準の適用関係が全く示されておらず,その複雑な基準の下では,上告人X1において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は相応に知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって免許取消処分が選択されたのかを知ることはできないものといわざるを得ない。このような本件の事情の下においては,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由提示としては十分でないといわなければならず,本件免許取消処分は,同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるというべきであって,取消しを免れないものというべきである。
そして,上記のとおり本件免許取消処分が違法な処分として取消しを免れないものである以上,これを前提とする本件登録取消処分もまた違法な処分として取消しを免れないものというべきである。
 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人らの請求は理由があるから,第1審判決を取り消し,上告人らの請求をいずれも認容すべきである。
よって,裁判官那須弘平,同岡部喜代子の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

+補足意見
 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に与するものであるが,本件において反対意見が存することに鑑み,多数意見の論拠等につき以下に私の理解するところを少しく敷衍するとともに,反対意見をも踏まえて多数意見を補足する。
 1 行政処分の理由付記に関する判例法理及び学説について
昭和30年代後半以降の幾多の判例(最高裁昭和36年(オ)第84号同38年5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617頁,最高裁昭和57年(行ツ)第70号同60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁,最高裁平成4年(行ツ)第48号同年12月10日第一小法廷判決・裁判集民事166号773頁ほか)の積重ねを経て,今日では,許認可申請に対する拒否処分や不利益処分をなすに当たり,理由の付記を必要とする旨の判例法理が形成されているといえる(この判例法理の適用は,税法事件に限られるものではない。)。そして,学説は,この判例法理を一般に以下のとおり整理し,多数説はそれを支持している。その法理は,平成5年に行政手続法が制定された後も基本的には妥当すると解されている。
① 不利益処分に理由付記を要するのは,処分庁の判断の慎重,合理性を担保して,その恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせることにより,相手方の不服申立てに便宜を与えることにある。その理由の記載を欠く場合には,実体法上その処分の適法性が肯定されると否とにかかわらず,当該処分自体が違法となり,原則としてその取消事由となる(仮に,取り消した後に,再度,適正手続を経た上で,同様の処分がなされると見込まれる場合であっても同様である。)。
② 理由付記の程度は,処分の性質,理由付記を命じた法律の趣旨・目的に照らして決せられる。
③ 処分理由は,その記載自体から明らかでなければならず,単なる根拠法規の摘記は,理由記載に当たらない。
④ 理由付記は,相手方に処分の理由を示すことにとどまらず,処分の公正さを担保するものであるから,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならない。

 2 行政手続法と不利益処分理由の提示
平成5年11月に制定された行政手続法は,「行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り,もって国民の権利利益の保護に資することを目的」として制定されたものであり,同法は,不利益処分については,行政庁は,不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的な処分基準を定め,これを公にするように努めなければならないとしている(同法12条)。
そして,行政庁は,不利益処分をなす場合には,その名宛人に対し,理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合を除き,その不利益処分と同時に当該理由を示さなければならないと定める(同法14条1項)。
ところで,行政庁のなす不利益処分に関して裁量権が認められている場合に,行政庁が同法12条に則って処分基準を定めそれを公表したときは,行政庁は,同基準に羈束されてその裁量権を行使することを対外的に表明したものということができる。
したがって,行政庁が不利益処分をなすには,原則としてその基準に従ってなすとともに,その処分理由の提示に当たっては,同基準の適用関係を含めて具体的に示さなければならないものというべきである。ただし,当該基準は行政庁自らが定めるものであることからして,不利益処分をなすに当たり同基準によることが相当でない場合にまで,行政庁が同基準に羈束されると解することは相当ではない。しかし,その場合には,同基準によることができない合理的理由が必要であり,またその理由についても,処分理由の提示において具体的に示されなければならないものというべきである。
そして,行政庁が不利益処分の処分基準を定めてそれを公表した後に,その基準によることなく不利益処分をなし,あるいは,理由の提示においてその基準との関係についての説明を欠くときは,前記1に述べたところの法理に基づいて違法との評価を受けるものというべきである。

 3 建築士法と処分基準
多数意見2(4)に記載するとおり,建築士法10条1項は,国土交通大臣又は都道府県知事が建築士法等に違反した建築士に対して戒告,業務停止又は免許の取消しの懲戒処分をすることができる旨定め,本件免許取消処分がなされた当時,同懲戒処分の基準として,多数意見にて記載したとおり「建築士の処分等について」と題する都道府県知事宛ての建設省住宅局長通知が発出され,それが公表されていた。
上記通知の法的性質は,通達であって,第三者の権利義務を直接規律するものではないが,建築士法に基づく懲戒処分の処分基準(本件処分基準)を詳細に定めるとともに,それが公表されていたのであるから,行政手続法12条に定める処分基準として公表されていたものというべきものであり,建築士法に基づく懲戒処分をなすに当たっては,本件処分基準に依拠するとともに,その処分理由において同基準の適用関係を摘示することが求められていたといえる。

4 本件免許取消処分と本件処分基準及び処分理由の提示
本件免許取消処分においてなされた処分理由の提示(以下「本件処分理由の提示」という。)は,多数意見2(2)に記載のとおりである。その理由の提示において,本件処分基準との関係について何ら言及することがないばかりか,以下に記載するとおり,上告人X1の処分対象行為の特定すら十分になされず,また,その提示された内容は具体性を欠き極めて不十分なものである。多数意見は以下に述べる違法事由のうち,(3)の点を捉えて本件免許取消処分の違法性を認めているが,私は,以下の(1)及び(2)それぞれ単独でも,行政手続法14条が定める「理由の提示」の要件を充足しているとは到底認められず,理由の提示を欠く処分として違法であり,取消しを免れないものであると考える。
(1) 本件処分理由の提示において,上告人X1の処分対象行為の特定が十分になされていない。
 ア 本件処分通知書の内容
本件免許取消処分の通知書(以下「本件処分通知書」という。)には,多数意見2(2)に記載するとおり,上告人X1は番地を特定した土地を敷地とする7件の建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計(以下「構造基準不適合設計」という。)を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,また,番地を特定した土地を敷地とする5件の建築物の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計(以下「構造計算偽装」という。)を行ったと記載されている。しかし,その記載からは,構造基準不適合設計がされた7件の建築物の種類,規模,構造等は全く不明であり(本件記録上は,地上9~15階,20~84戸のマンションであったことがうかがわれる。),また,その設計時期,上告人X1の行った構造基準不適合設計のいかなる点が具体的に問題となるのか,「耐震性等の不足する構造上危険な建築物」とあるが,どの程度耐震性に影響が存するのか(取壊しまで必要なのか,相当規模の耐震補強工事を必要とするのか,軽微な補強工事で足りるのか等)について何ら記載されていない(原判決の認定によれば,上記7件の建築物は,倒壊,破損に類するような危険性を有すると断定することはできないレベルのものである。)。
また,構造計算偽装に係る5件の建築物についても,その種類,規模,構造は全く不明であり(本件記録上は,地上9~15階,21~88戸のマンションであったことがうかがわれる。),その設計時期やその偽装と上告人X1の関わり合いの内容(上告人X1は,構造計算は下請業者に外注していたもので,その偽装を見抜くことは困難であったと主張している。),その偽装により,実際に建築された各建物にどのような問題が生じたのか(取壊しが必要なのか,補強工事が必要なのか,その場合,どの程度の工事が必要なのか等)について何ら記載されていない(原判決も,上記5件の建築物の耐震強度については認定していない。)。
 イ 違反設計建築物自体の特定の不十分及び設計時期の不記載について
上告人X1は,本件免許取消処分の対象である12件の建築物の設計に関わっているから,その建築物の内容や設計時期は当然に認識しているところではある。しかし,前記1④に記載したとおり,理由付記は相手方に処分の理由を示すにとどまらず公正さを担保するものであって,第三者においても,その記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならないことからすれば,本件処分通知書における建築物の特定は極めて不十分であり,また,設計が行われた時期が特定されていない点は,理由付記の基礎となる事実の特定を欠くものといわざるを得ない
なお,設計時期の点は,本件処分基準において,法違反の状態が長期にわたる場合や常習的に行っている場合には,違反点数の加算事由とされ,他方,「同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる」とされていることからして,違反行為を評価する上でも重要な要素をなすものである。
 ウ 違反内容の記載について
アにおいて指摘したとおり,本件処分通知書に記載されている違反行為の内容は極めて抽象的であって,その違反の具体的内容は明らかではない。仮に,上告人X1において,本件免許取消処分の基礎とされた違反行為の内容に争いがない場合であっても,前記1④に記載したとおり,不利益処分の理由提示においては,違反行為の具体的な内容が,第三者においても認識できるものでなければならないところ,本件処分通知書の記載内容からは,専門家たる建築士においても,上告人X1の行った違反行為の具体的内容を推知することは到底できないものである。
 エ 小括
以上述べたところからして,本件処分理由の提示は,前記1④に記載したところの要件を満たしておらず,違法との評価を受けざるを得ないものというべきである。
(2) 本件処分理由の提示の内容は,本件処分基準との関連性の点を除いても,本件免許取消処分の重大性と対比して,理由の提示としては極めて不十分であるといわざるを得ない。
本件免許取消処分は,上告人X1の建築士免許を取り消すという同上告人自身にとって極めて重大な処分であり,また,それに伴い同上告人が管理建築士を務める上告会社の建築士事務所の登録が取り消されることにつながるという重大な処分であることからすれば,本件処分基準が定められていない場合であっても,その処分理由として違反行為の内容を具体的に摘示し,その違反行為が建築士免許取消処分に該当するだけの重大なものであることを,上告人X1をして十分に認識させるものでなければならないというべき筋合いである。殊に,同上告人は,本件免許取消処分に係る聴聞手続の段階から,構造基準不適合設計及び構造計算偽装の本件処分基準との適用関係を問題とするなど違反行為の性質や程度を争っていたことからすれば,なおさらである。
また,本件免許取消処分の重大性に鑑みて,その処分理由は,その理由書を一読した第三者においても,その処分が適正なものであることを容易に理解できるものでなければならない。
ところが,本件処分通知書に記載された処分理由は,上記のとおり,上告人X1の設計に係る7件の建築物について構造基準不適合設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,また5件の建築物について構造計算偽装を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条が示されているのみであり,上記に記載したような,本件免許取消処分の重大性からして当然に求められる処分理由の詳細な提示を欠くものである。
かかる不適切な処分理由の提示は,処分理由に求められる前記1②~④の要件を満たすものとはいえず,違法との評価を受けざるを得ないものといえる。
なお,那須裁判官はその反対意見において,「(上告人X1が行った)各設計行為につき建築の専門家である建築士の職責(建築士法2条の2)の本質的部分に関わる重大な違法行為及び不適切な行為があったことは明らかである。本件免許取消処分通知書には,これらの違法行為及び不適切な行為の具体的事実が示され,また処分の根拠となった法令の条項も示されているのであり,その違法・不適切な行為の重大性とこれによって生じた深刻な結果とを直視することにより,本件懲戒規定の定める3種類の処分の中から最も重い免許取消処分が選択されたことがやむを得ないものであることは,専門家ならずとも一般人の判断力をもってすれば,容易に理解できるはずである。」として,本件処分通知書の処分理由の記載は取消しの効果に直結する瑕疵に当たらないとされる。
しかし,本件処分通知書に記載された処分理由は,本件免許取消処分に係る事実関係を争っている上告人X1の主張に何ら応答するものではなく,また,同業者たる建築士においても,同上告人が具体的にいかなる非違行為を行ったのかが一読して明らかなものとは到底いえないのであって,同意見にはその前提において賛成し難い。
 (3) 本件免許取消処分の理由と本件処分基準の適用関係の摘示について
本件免許取消処分においては,前記3に記載したとおり,本件処分基準が適用されるのであるから,本件処分通知書には,処分理由として,上告人X1の建築士法違反等の行為と本件処分基準の適用関係について具体的な摘示が必要とされるにもかかわらず,本件処分通知書にはその記載を全く欠いているのである。
この点に関して原判決は,構造基準不適合設計に係る7件の建築物と構造計算偽装に係る5件の建築物につき,それぞれ本件処分基準を当てはめると免許取消処分の要件を満たしていると判示するが,上記のとおり本件では上告人X1の行った違反行為の具体的内容が特定されていないのにかかわらず,その特定されていない行為を対象として,判決理由中で本件処分基準の適用関係につき論じることは相当とはいえない。
ところで,那須裁判官はその反対意見において,行政手続法12条1項は,行政庁に不利益処分に関する処分基準を設定し公表する努力義務を課しているにすぎないから,「行政庁が,適用関係を理由中に表示することまで必要ないと判断して,これを前提とした処分基準を設定することもその裁量権の範囲内に含まれると解する余地も十分ある。むしろ,そう解することが前記努力義務規定ともよく整合し,現実に対応した柔軟な処理を可能にすることになると考える。」と主張される。
行政庁が,不利益処分の処分基準を定めた上でそれを一切公表せず(そのこと自体,行政手続法12条1項の趣旨に反する。),全くの内部的な取扱基準として運用する場合には,那須裁判官の上記の見解も成り立ち得るといえる。しかし,行政庁が不利益処分の処分基準を定めてそれを公表することは,前記2に述べたとおり,当該行政庁は,不利益処分をなすに当たっては,特段の事情がない限りその処分基準に羈束されて手続を行うことを宣明することにほかならないのである。そして,一旦,不利益処分は自らが定めた処分基準に従って行うことを宣明しながら,その基準に拠ることなく現実に対応した柔軟な処理をすることもできると解することは,行政手続の透明性に背馳し,行政手続法の立法趣旨に相反するものであって,上記の見解には到底賛同できない。
 (4) 小括
以上検討したとおり,本件処分理由の提示は,多数意見にて指摘するとおり,上
告人X1の行った違反行為と本件処分基準の適用関係についての記載を欠く点にお
いて,行政手続法14条1項本文の要求する理由の提示として不十分であるのみな
らず,前記(1),(2)に記載した諸点からしても,同条の要求する理由の提示として
不十分であって,取消しを免れないものというべきである。
 なお,那須裁判官は,多数意見のように,当審で原判決を破棄し自判により上告
人らの請求を認容して本件免許取消処分を取り消しても,処分行政庁が,前回と同
様な懲戒手続により,再度同様の免許取消処分を行うこともあり得るところ,これ
に要する時間,労力及び費用等の訴訟経済の問題を考慮すれば,逆の評価をせざる
を得ない面もある,と主張される。
 しかし,そのような諸点をも考慮の対象とした上で,前記1に述べたように行政
処分において手続の公正さは貫かれるべきであるとする判例法理が,永年の多数の
下級審裁判例や前記1に記載した最高裁判例の積重ねによって形成されてきたので
あり,行政処分の正当性は,処分手続の適正さに担保されることによって初めて是
認されるのであって,適正手続の遂行の確立の前には,訴訟経済は譲歩を求められ
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てしかるべきである。
 5 聴聞手続との関係について
 那須裁判官は,その反対意見において,上告人X1は,本件免許取消処分に先立
って行われた聴聞の審理が始まるまでには,自らがどのような基準に基づき,どの
ような不利益処分を受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審
理の中で更に詳しい情報を入手できるとされ,このような場合にもなお,不利益処
分の理由中に一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法になると
の原則を固持しなければならないものか,疑問が残る,とされる。
 しかし,不利益処分に理由付記を必要とする判例法理は,前記1④に記したとお
り,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらないとするものであって,聴
聞手続において上告人X1が自らの不利益処分の内容を予測できたか否かは,理由
付記を必要としない理由とはなり得ないのである。
 それに加えて本件の聴聞手続では,本件記録による限り,国土交通大臣は上告人
X1に対し,本件処分通知書記載の理由と同旨の事項を告知したことが認められる
にすぎず,同上告人の主張によれば,同上告人が本件処分基準の適用関係について
質問したのに対しては,何ら具体的な応答がなされなかったというのであって,那
須裁判官の反対意見の前提とされるところが本件の聴聞手続において満たされてい
ないのであるから,本件において聴聞手続が行われたことをもって,本件処分通知
書の理由記載の不備の瑕疵が治癒され得るとは到底解し得ないのである。
 裁判官那須弘平の反対意見は,次のとおりである。
 1 本件処分理由の適法性
 本件免許取消処分通知書においては,上告人X1が設計者として,7件の建築物
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につき建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行って耐震性等の不足す
る構造上危険な建築物を現出させた上,更に5件の建築物につき構造計算書に偽装
が見られる不適切な設計を行った,という二つの類型の行為が挙げられている。
 指摘されるような構造基準に達しない設計や構造計算書における偽装が存在した
ことを前提とすれば,上記各設計行為につき建築の専門家である建築士の職責(建
築士法2条の2)の本質的部分に関わる重大な違法行為及び不適切な行為があった
ことは明らかである。本件免許取消処分通知書には,これらの違法行為及び不適切
な行為の具体的事実が示され,また処分の根拠となった法令の条項も示されている
のであり,その違法・不適切な行為の重大性とこれによって生じた深刻な結果とを
直視することにより,本件懲戒規定の定める3種類の処分の中から最も重い免許取
消処分が選択されたことがやむを得ないものであることは,専門家ならずとも一般
人の判断力をもってすれば,容易に理解できるはずである。
 本件では,処分基準が設定・公表されていることから,その「適用関係」表示の
要否をめぐり後述のとおりの難しい問題が生じている。しかし,本件と同様な事案
において,仮に処分基準がない場合を想定してみると,処分通知の事実記載自体か
ら免許取消しという結論に至ったことに格別の違和感を持たず,これを了解する者
が大半を占めるのではないか。結論として,裁量権の逸脱・濫用等の誤りないしこ
れに関する手続違背の主張を容れなかった原審判断を支持したい。
 2 処分基準の「適用関係」記載の要否
 本件では,行政手続法12条1項に基づき,本件処分基準(「建築士の処分等に
ついて」と題する建設省住宅局長通知(平成11年12月28日建設省住指発第7
84号))が設定・公表されている。そこで,本件処分基準の存在が,上記1の判
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断に影響を与え,あるいは結論を左右することになるかどうかが問題となる。結論
から先に述べると,一般論としてはともかく,本件の事実関係を前提とする限り,
上記1で述べたところを変更する必要はないと考える。すなわち,
 (1) 本件処分基準は,「建築士の懲戒処分の強化」を図ることを目的とし,
「迅速かつ厳正」に処分を行うことを基本方針としている(通知本文1項)。同2
項(建築士の懲戒処分等の基準)には「建築士の処分等の内容の決定は,別表第1
に従い行うこと。」と明記されているが,理由の提示に関しては,3項(処分等に
伴う措置)及び4項(報告等)等にも全く記載されていない。そして,本件処分基
準の内容を見ても,後記(2)のとおり,処分ランクの算定をどうするかを中心とす
る技術的なものにとどまり,その適用関係を名宛人や他の外部関係者に知らしめる
ことに特別な意義を見いだせる内容のものとなっていないように読める。その結
果,本件処分基準を定めた上記建設省住宅局長通知が,果たして「適用関係」まで
理由中に表示することを求める趣旨で作られたものなのかどうかについては疑問が
湧いてくるのである。
 もっとも,処分基準については,一旦設定・公表された後は,通達等による場合
でも,外部的効果ないし自己拘束力を持つことになるとして,処分行政庁に一律に
同基準を反映した理由の提示義務を認める見解も有力に主張されている。しかし,
もともと,不利益処分に関する処分基準については,行政庁はこれを設定・公表す
る努力義務を負うにとどまるものとされている(行政手続法12条1項)。そうす
ると,行政庁が,適用関係を理由中に表示することまで必要ないと判断して,これ
を前提とした処分基準を設定することもその裁量権の範囲内に含まれると解する余
地も十分ある。むしろ,そう解することが前記努力義務規定ともよく整合し,現実
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に対応した柔軟な処理を可能にすることになると考える。
 (2) 本件処分基準に関し,多数意見が明示すべしと主張する「適用関係」とは
何か。少なくとも,以下の①及び②の判断作業を含むものと理解できる。
 ① 本件処分基準別表第1の(2)本文を適用すべき場合にとどまるものか,それ
ともただし書を適用することも可能な場合(対象となる行為が故意又は過失による
もので,建築物の倒壊等,結果が重大であるときに限られる。)に当たるのか,に
ついて判別する作業。
 ② 上記判別の結果に対応して,本文を適用すべき場合には,表2(ランク表)
記載の処分ランクを基本として,表3(情状等による加減表)記載の情状に応じて
加減を行ってランクを決定した上で,表4(処分区分表)に従い文書注意,戒告,
業務停止及び免許取消しの中から処分内容を選択・決定する作業。ただし書を適用
すべき場合には,直接(上記処分ランクの決定作業を省いて),業務停止3月若し
くは6月以上又は免許取消しの中から相当な処分を決定する作業。
 上記の意味での「適用関係」を処分理由中に示すためには,本文を適用するか,
それともただし書を適用することもできるのかの判別に始まり,本文を適用する場
合の各種処分ランクの算定方法に至るまで,相当複雑な法的解釈・適用に類する作
業をしなければならない。その作業の一端は,第1審判決及び原判決からうかがう
ことができるが,これらの判示部分は,表2記載の処分ランクの算定及び表4によ
る処分内容の決定を中心とするものに限られていて,表3の情状による加減に関す
る作業にまで及んでいない。しかし,仮に適用関係を表示するとなると,表3の情
状による加減についても表示する必要が生じてくる。そのためには,処分ランクの
数値の算定だけではなく,情状による加減の根拠となる具体的事実についても記載
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せざるを得ない。したがって,一口に「適用関係」を示すといっても,その作業は
相当複雑な内容のものとなり,それだけ時間と労力を要するものになる。結果とし
て,適用関係の表示に誤りや欠落が発見されることも生じ,これに対して処分の効
果等を争って訴訟に及ぶ者も出てくる可能性がある。以上のことを勘案すると,本
件の事実関係の下で「適用関係」を理由中に表示する必要性と合理性の存否につい
ては,なお疑問があり,多数意見にたやすく賛同することはできない。
 (3) 原判決は,適用関係の表示の要否につき,行政手続法12条1項が努力義
務を定めたものにすぎないとした上で,「この条項が存在するからといって,直ち
に,行政処分に際し,その理由として,処分基準の内容及び適用関係まで提示しな
ければならないということにはならない。」と判示している。また,訴訟の中での
本文とただし書との間での「理由の差替え」の当否の点に関連してではあるが,
「本件処分基準は,国土交通大臣が処分内容を決定するための内部基準にすぎず,
いわば処分内容を決定するための道具ともいうべきものである」と指摘し,国土交
通大臣がただし書によって本件免許取消処分をした場合であっても,審理の範囲が
ただし書の処分要件を充足する事実の存否に限られると解する理由はない旨判示し
ている。これらの判示部分は,問題とされている処分基準の設定・公表が努力義務
とされていることを重視し,通達の作用の限界をも勘案して,処分基準の適用関係
の表示の要否及びその前提としての本文とただし書の関係について柔軟に考える点
で,上記(1)及び(2)に述べたところと発想を共通にするものを含み,評価に値する
と考える。
 (4) 以上,検討したところを総合すれば,本件処分理由の中で本件処分基準の
適用関係を明示していなければ,常に行政手続法14条1項違反等の手続違背が生
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じるとまではいえないと考える。
 3 行政手続法の下での処分基準の位置付け
 上記2に述べた見解を採ることに関連して,行政手続法の下で不利益処分のため
の処分基準をどう位置付けるべきか,やや一般論にわたるが,私の考えているとこ
ろを要約して記しておきたい。
 (1) 不利益処分に関する処分基準の機能としては,行政庁の判断の慎重と合理
性を担保してその恣意を抑制すること,及び処分の理由を名宛人に知らせて不服の
申立てに便宜を与える点が強調されることが多い。しかし,処分基準は,これと並
んで(あるいは,これに先行してというべきか),処分の基準を設けてこれを行政
機関内部に周知徹底させることで,不利益処分を厳正かつ迅速に遂行することに寄
与し,さらに,不利益処分に先立って行われる聴聞の審理に際し,審理の進行及び
処分の内容を予測するための有力な指針ともなる。このように,処分基準は,不利
益処分をめぐる手続の各段階で,多様な形で機能するものであるから,これが設定
・公表されているという一事から,直ちに理由提示においても基準に対応して細か
い事実関係や適用関係まで明示することを必要とすると解したり,あるいはこれを
欠くときは一律に取消事由となるとの解釈を導き出すことは性急かつ硬直にすぎて
賛成できない。処分基準といっても不利益処分の対象いかんで多様なものが想定で
き,その中には適用関係まで明示しなければ理由の体を成さないものから,全くそ
の必要のないものまで存在し得る。行政手続法12条1項及び14条1項の下で
は,理由提示の程度につき,多様な内容のものが併存することを認めるべきであろ
う。
 (2) 不利益処分に先行して行われる聴聞手続の審理では,名宛人となる者が,
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自らの非違の有無・程度,不利益処分のあるべき内容等について相応の情報を取得
し,反論の機会を与えられる。この手続によって,処分行政庁による判断の慎重・
合理性を担保して恣意の抑制を図ることや,名宛人による不服の申立てに便宜を供
与することもある程度期待できる。この意味で,不利益処分の理由提示と聴聞と
は,その機能面において一部重なり合い,相互に補完する関係にあるといえる。
 特に,一級建築士等の国家資格に基づく専門職に対する聴聞の場合,名宛人とさ
れる者は,自らの資格の得喪に直接関わる不利益処分に関する事項について,質量
ともに通常人とは異なる水準の詳細かつ高度な情報を入手できる環境にある。専門
職として遵守すべき職業倫理の問題に関しては,専門職の資格を保持していくため
に必要不可欠のものであるから,処分基準の内容も含め熟知していると考えてよい
であろう。したがって,不利益処分の名宛人となるべき一級建築士は,遅くとも聴
聞の審理が始まるまでには自らがどのような基準に基づきどのような不利益処分を
受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審理の中で,更に詳し
い情報を入手することもできる。このような場合にもなお,不利益処分の理由中
に,一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法となるとの原則を
固持しなくてはならないものか,疑問が残る。むしろ,具体的事案に応じてその要
否を決めることで足りると解すべきであろう。
 これに対し,聴聞を経た後は,より詳しく理由を示すこともできるはずであると
の指摘もある。しかし,不利益処分の理由の中には,明示しないことが名宛人とさ
れる者の利益につながるものや,質的又は量的な側面から,文章化することに適し
ないものも含まれている。手続的正義も,常に書面の中に痕跡を残さなくてはこれ
を実現できない,ということではなかろう。
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 (3) 主として税法を中心にして形成されてきた行政処分の理由付記に関する一
連の判例が存在することは田原裁判官の補足意見が指摘するとおりである。しか
し,これらの税法関係の判例は,所得税法45条2項(当時)を始めとするいくつ
かの税法上の規定で,更正処分等の通知書に理由を付記すべき旨を定めるものがあ
ることを前提とし,その解釈として形成されてきたものである。当然のことなが
ら,これらの理由付記規定にはそれぞれの固有の立法趣旨・目的が存在していたこ
とから,前記各判例もこれらの法令の解釈として上記のような結論を導き出したも
のと解される。税法に関する案件では,理由に金額等の数値を詳細かつ正確に表示
することが必要であり,これを欠いては,不利益処分の理由としての体を成さない
ものが多いという特殊固有な事情もある。これに対し,建築士法等の懲戒に関する
不利益処分では,税法と同様な趣旨での金額等の数値に関する厳格な理由付記を求
める規定は存在せず,これを必要とする現実的な事情があるとも思えない。ただ,
後に制定された行政手続法14条1項によって,理由提示の義務が課せられている
というにとどまる。そして,同規定は,同法3条等が特に定める例外的場合を除
き,行政庁による不利益処分一般に適用されるべきものであるから,理由提示の内
容・程度についても,様々な態様の事実関係にも適用可能な柔軟な内容のものとし
て解釈され,運用されなくてはならない。この観点からすると,理由付記法理と称
されるものの中でも,「処分理由は,その記載自体から明らかでなければならな
い。」及び「理由付記は,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第
三者においてもその記載自体から処分理由が明らかとなるものでなければならな
い。」とするもの(田原裁判官の補足意見1③及び④参照)については,行政手続
法12条1項及び14条1項の下で,税法分野以外の不利益処分に関してそのまま
– 25 –
妥当するものと解することに慎重でなくてはならないと考える。
 4 訴訟経済の視点
 本件では,多数意見のように,当審で原判決を破棄し自判により上告人らの請求
を認容して本件免許取消処分を取り消すことも,事例判断の一つとして論理的に採
り得ない話ではない。しかし,この場合,処分行政庁が前回と同様な懲戒手続によ
り,理由中で処分基準の適用関係を明示した上で,再度同様な内容の免許取消処分
を行い,更に訴訟で争われる事態が生じることもあり得る。このような事態も手続
的正義の貫徹という視点からは積極的に評価できる面もあろうが,これに要する時
間,労力及び費用等の訴訟経済の問題を考慮すれば逆の評価をせざるを得ない面も
ある。以上のことをも考慮すれば,本件では,原審の判断を維持するのを相当とす
べきであり,これと異なる多数意見には賛成できない。
 裁判官岡部喜代子は,裁判官那須弘平の反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官
大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)

・理由提示不備の瑕疵の治癒

+判例(S47.12.5)
理由
上告代理人島村芳見、同東熙、同上原光正、同笠原貞雄の上告理由一ないし七について。
所論は、要するに、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)には法人税法(昭和四〇年法律第三四号による改正前のもの。所論に昭和三七年法律第六七号による改正前のものとあるのは誤記と認める。)三二条の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
そこで、本件更正の附記理由をみるのに、その更正通知書の理由欄に、係争事業年度所得の加算項目として、(1)営業譲渡補償金計上もれ一一五五万円、(2)認定利息(代表者)計上もれ一万九八三九円、清算所得の加算項目として、(3)残余財産価格の違算分四〇〇〇円、(4)代表者仮払金三九万六八九〇円、(5)営業譲渡補償金九〇五万円と記載されていることは、原判決の適法に確定するところである。所論は、右各項目のうち(1)(5)の記載は、「被上告会社は訴外日興証券株式会社に営業を譲渡した対価として二五〇万円を清算所得に計上していたが、被上告会社代表者Aが右訴外会社から受領した借入金三〇〇万円、嘱託料二九〇万円、手数料三一五万円、計九〇五万円も右営業譲渡の対価であるのにこれが脱漏しており、営業譲渡の対価の総額は一一五五万円と評価されるので、これを加算すること」および「九〇五万円は営業譲渡の対価の債権であること」を端的に要約したものであり、また、(2)(4)の記載は、「被上告会社の前記Aに対する仮払金と立替金についての認定利息が一万九八三九円であること」および「被上告会社のAからの受入未済金が三九万六八九〇円であること」を端的に明らかにしたものであると主張する。しかし、(3)を除く前記各加算項目の記載から、右主張のごとき更正理由を理解することはとうてい不可能であり、その記載をもつてしては、更正にかかる金額がいかにして算出されたのか、それがなにゆえに被上告会社の課税所得とされるのか等の具体的根拠を知るに由ないものといわざるをえない。
してみると、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えることを目的として更正に附記理由の記載を命じた前記法人税法の規定の趣旨にかんがみ、本件更正の附記理由には不備の違法があるものというべきである。したがつて、これと同旨に出た原審の判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に立脚して原判決を非難するものであり、すべて採用することができない。

同八および九について。
所論は、かりに本件更正の附記理由に不備があるとしても、その瑕疵は、本件審査裁決に理由が附記されたことによつて治癒されたものと解すべきであり、これを認めなかつた原判決は違法であるというのである。しかし、更正に理由附記を命じた規定の趣旨が前示のとおりであることに徴して考えるならば、処分庁と異なる機関の行為により附記理由不備の瑕疵が治癒されるとすることは、処分そのものの慎重、合理性を確保する目的にそわないばかりでなく、処分の相手方としても、審査裁決によつてはじめて具体的な処分根拠を知らされたのでは、それ以前の審査手続において十分な不服理由を主張することができないという不利益を免れない。そして、更正が附記理由不備のゆえに訴訟で取り消されるときは、更正期間の制限によりあらたな更正をする余地のないことがあるなど処分の相手方の利害に影響を及ぼすのであるから、審査裁決に理由が附記されたからといつて、更正を取り消すことが所論のように無意味かつ不必要なこととなるものではない。 
それゆえ、更正における附記理由不備の瑕疵は、後日これに対する審査裁決において処分の具体的根拠が明らかにされたとしても、それにより治癒されるものではないと解すべきである。これと同旨の原審の判断は相当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝)

(3)手続の瑕疵が処分の取消事由になるか

個別法の聴聞だけどね・・・。
・結果に影響を及ぼす可能性のある場合に取消事由になる!
+判例(S46.10.28)
理由
上告人指定代理人鰍沢健三(名義)、同上野国天、同藤井康夫、同田中志満夫、同高橋勝義、同足立高八郎の上告理由について。
所論は、要するに、原判決は、道路運送法に基づく自動車運送事業および聴聞の各性質について、同法の解釈、適用を誤り、また、本件において実施された聴聞手続を不公正とした判断および右不公正が本件処分の違法事由となるとした判断において、それぞれ理由そごの違法を犯している、というのである。
原審の適法に確定した事実は、おおむね、つぎのとおりである。
(1) 上告人は道路運送法三条二項三号に定める一般乗用旅客自動車運送事業(一人一車制の個人タクシー事業)の免許に関する権限を有するところ、昭和三四年八月一一日、当面の輸送需要をみたすため一般乗用自動車の増車を決定、そのうち、個人タクシーのための増車数を九八三輛と定め、これに対応するものとして、同年九月一〇日までに六六三〇件の個人タクシー事業の免許申請を受理し、被上告人は同年八月六日免許を申請して受理された。
(2) 上告人は、聴聞による調査結果に基づき免許の許否を決するため、担当課長はじめ約一〇名の係長の協議により、道路運送法六条一項各号の趣旨を具体化した審査基準として、第一審判決別表のとおり、一七の項目および内容につき、審査基準欄記載のような基準事項(第一次と第二次の審査基準があり、前者をみたした者について後者を適用する)を設定し、一方、右基準事項に基づいて聴聞概要書調査書と題する書面(以下聴聞書という。)を作成し、その項目および聴聞内容の各欄には、右第一審判決別表の調査事項の項目および内容の各欄に掲げた事項とほぼ同一のもの(ただし、右別表6の内容欄に記載してある他業関係は掲げられていない)を記載して、聴聞担当官約二〇名が各申請人について右聴聞書の各項目ごとに聴聞を行つてその結果を記入することとし、昭和三四年九月中旬から同三五年三月までの間聴聞を実施し、被上告人に対しては、昭和三五年二月一一日に聴聞を行つた。
(3) 上告人は、右聴聞手続と並行して、差し迫つた年末の輸送事情緩和のため、昭和三四年一二月二日、前記基準中、優マーク、経験年数一〇年以上、年令四〇才以上の基準に該当する者のうち、免許することに全く問題がないと思われるもの一七三名を第一次分として免許し、ついで、前記聴聞の結果につき基準を適用して審査した末、昭和三五年七月二日第二次分として六一一名を免許したが、被上告人については、前記第一審判決別表の第一次審査基準のうち、6の「本人が他業を自営している場合には転業が困難なものでないこと」および7の「運転歴七年以上のもの」に該当しないとして、そのことから道路運送法六条一項三号ないし五号の要件をみたさないものと認め、右七月二日付で申請を却下した。
(4) 聴聞担当官のうち前記基準の協議に関与した七、八名の係長以外のものは、被上告人の担当官をも含め、前記第一審判決別表の基準事項の存在すら知らず、聴聞開始前に上司から聴聞書の項目および聴聞内容について説明をうけただけで、右基準事項については何らこれを知らされることなく、被上告人の聴聞担当官にあつても、被上告人の申請の却下事由となつた他業関係(転業の難易)および運転歴(軍隊における運転経験をも含む)に関しても格別の指示はなされず、したがつて、右担当官は、被上告人が洋品店を廃業してタクシー事業に専念する意思があるかどうか、軍隊における運転経験があるかどうか等の点について思いいたらず、これらの点を判断するについて必要な事実については何ら聴聞が行われなかつた、というのである。
おもうに、道路運送法においては、個人タクシー事業の免許申請の許否を決する手続について、同法一二二条の二の聴聞の規定のほか、とくに、審査、判定の手続、方法等に関する明文規定は存しない。しかし、同法による個人タクシー事業の免許の許否は個人の職業選択の自由にかかわりを有するものであり、このことと同法六条および前記一二二条の二の規定等とを併せ考えれば、本件におけるように、多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せられる。すなわち、右六条は抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである。
原審の確定した事実に徴すれば、被上告人の免許申請の却下事由となつた他業関係および運転歴に関する具体的審査基準は、免許の許否を決するにつき重要であるか、または微妙な認定を要するものであるのみならず、申請人である被上告人自身について存する事情、その財産等に直接関係のあるものであるから、とくに申請の却下処分をする場合には、右基準の適用上必要とされる事項については、聴聞その他適切な方法によつて、申請人に対しその主張と証拠の提出の機会を与えなければならないものと認むべきところ、被上告人に対する聴聞担当官は、被上告人の転業の意思その他転業を困難ならしめるような事情および運転歴中に含まるべき軍隊における運転経歴に関しては被上告人に聴聞しなかつたというのであり、これらの点に関する事実を聴聞し、被上告人にこれに対する主張と証拠の提出の機会を与えその結果をしんしやくしたとすれば、上告人がさきにした判断と異なる判断に到達する可能性がなかつたとはいえないであろうから、右のような審査手続は、前記説示に照らせば、かしあるものというべく、したがつて、この手続によつてされた本件却下処分は違法たるを免れない
以上説示するところによれば、本件処分を取り消すべきものとした原判決の判断は正当として首肯することができ、所論は、ひつきよう、以上の判示と異つた見解に立脚して原判決を攻撃するものというべきである。所論はすべて理由がなく、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

+判例(S50.5.29)群馬中央バス
理由
上告代理人田代源七郎の上告理由第一点及び第四点の第一について。
論旨は、要するに、一般乗合旅客自動車運送事業及びその免許の性質をいかに解するかは、道路運送法六条一項所定の免許基準及び関係法令の解釈に著しい差異を生ずるところ、一般乗合旅客自動車運送事業を国家の独占事業としその免許を公企業の特許と解した原判決は、憲法前文第一段、憲法二二条一項に違背し、道路運送法四条、六条ないし八条、一二条、一五条、一六条、三三条、三四条、四一条、一二二条の二、運輸省設置法六条の解釈を誤つたものであるというのである。
原審は、まず、一般乗合旅客自動車運送事業を独占の一形態でありその免許を公企業の特許であるとしたうえで、運輸大臣は、道路運送法六条一項に定める基準のすべてに適合し、かつ、同法六条の二の欠格事由に該当しない場合でなければこれを免許することができず、右基準のいずれかに適合しないときは申請を却下しなければならないものであり、また、右免許基準に適合するかどうかの判断は覊束裁量に属すると解し、この見解に基づき、本件免許申請につき同法六条一項一号の基準に適合しないとした被上告人の判断の適否について検討し、右判断は相当であるとするとともに、他方、行政庁が行政処分を行うにあたつては、事実の認定、法律の適用等の実質的判断はもとより、その手続についても公正でなければならないと解し、この見解に基づき、本件免許申請に対する審理手続を検討し、右審理手続上においても違法は認められないとしたのである。
しかしながら、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかは、必ずしも、本件の結論に影響があるものとは考えられない。すなわち、自動車運送事業は高度の公益性を有し、その経営は直接社会公共の利益に関係があるものであるから、憲法二二条一項にいう職業選択の自由に対する公共の福祉に基づく制限として、道路運送法は、四条において、自動車運送事業を経営しようとする者は、運輸大臣の免許を受けなければならないとし、六条一項において、免許基準を設け、また、六条の二において、欠格事由を定めているのであり(当裁判所昭和三五年(あ)第二八五四号同三八年一二月四日大法廷判決・刑集一七巻一二号二四三四頁参照)、これにより、運輸大臣は、右免許基準のすべてに適合し、かつ、右欠格事由に該当しない場合でなければ免許を付与してはならない旨の拘束を受けるものと解されるのであつて、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかによりこの理が左右されるものではない。もつとも、右免許基準は極めて抽象的、概括的なものであり、右免許基準に該当するかどうかの判断は、行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があることを否定することはできないが、このことも、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と考えるかどうかによつて差異を生ずるものではない。また法は、道路運送法一二二条の二、運輸省設置法六条一項七号、八条以下、運輸審議会一般規則等において、右免許の許否の決定の適正と公正を保障するために制度上及び手続上特別の規定を設け、全体として適正な過程により右決定をなすべきことを法的に義務づけているのであり、このことから、右免許の許否の決定は手続的にも適正でなければならないものと解されるのであつて、自動車運送事業の免許の性質を公企業の特許と解するかどうかによつてこれが左右されるものではない。そして、本件却下処分が実体的判断においても審理手続上においても違法でないとした原判決が結論において正当であることは、後に判断するとおりである。したがつて、論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響のない事項についてこれを非難することに帰着し、採用することができない。

同第二点について。
所論は、要するに、上告人が、原審において、憲法三一条は刑事手続のみならず行政手続にも適用ないし準用があり、したがつて、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否を決する手続は公正でなければならないと主張したのに対し、同条が行政手続にも適用ないし準用があるか否かにつき判断を示すことなく原判決の結論に導いたのは、憲法三一条の解釈を誤つたものであり、理由不備であるというのである。
一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否は、国民の基本的人権である職業選択の自由にかかわりをもつものであるから、法は、道路運送法六条において免許基準を法定するとともに、他方、右免許の許否の決定の適正と公正を保障するために制度上及び手続上特別の規定を設け、全体として適正な過程により右の決定をなすべきことを法的に義務づけていることは、前述のとおりである。そうすると、憲法三一条が行政手続にも適用ないし準用されるかどうかは、特にこれを論ずる必要はないところであり、原審がこの点の判断をしなかつたとしても、なんら違法ではない。論旨は、採用することができない。

同第三点について。
所論一の(一)指摘の原判決の判示は、本件免許申請に際し上告人が挙げた推定利用人員から上告人が本件申請路線に期待する輸送需要を推認したにすぎず、右推定利用人員の割合を正当として是認したものでないことは判文上明らかであるから、所論一の(三)指摘の原判決の判示となんら矛盾するものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用することができない。

同第四点の第二について。
所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第四点の第三及び第四について。
論旨は、要するに、運輸大臣が東京陸運局長に指示して行わせた聴聞手続及び運輸審議会の審理手続は適正な手続といえないにもかかわらず、これを違法な手続でないとし、また、運輸審議会の審理手続に違法があつたとしてもその答申に基づく運輸大臣の処分は違法ではないとした原判決は、道路運送法一二二条の二、六条一項、三項、運輸省設置法六条の解釈を誤つたものであるというのである。
一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否を決するにつき、法が、その免許基準を法定するとともに、右基準に該当するかどうかの判断の適正と公正を担保するために、制度上及び手続上特別の措置を講じていることは、前述のとおりである。これを詳述すれば、道路運送法一二二条の二は、陸運局長は、同条二項所定の場合には、聴聞をしなければならない旨規定し、運輸省設置法六条一項七号は、運輸大臣が自動車運送事業の免許の許否を決する場合には、運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、これをしなければならないと定め、同法八条以下において右審議会の機構及び手続を規定し、特に、同法一六条は、運輸審議会は、同法六条一項の規定により附議された事項については、必要があると認めるときは、公聴会を開くことができ、又は運輸大臣の指示若しくは運輸審議会の定める利害関係人の申請があつたときは、公聴会を開かなければならないと定め、更に運輸審議会一般規則一条は、運輸審議会は、事案に関し、できる限り公聴会を開き、公平かつ合理的な決定をしなければならないと規定している。これらの規定を通覧すると、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請があつたときは、原則として、法定の免許基準に該当するかどうかにつき、陸運局長が利害関係人又は参考人に対する聴聞を行い、更に運輸大臣の諮問を受けて、運輸審議会は、公聴会を開いて審理し、これに基づいて許否に関する決定(答申)を行い、運輸大臣は右の決定を尊重して最終的な許否の決定を行うべきものとされていることが知られるのである。このように、法が前記免許の許否を決定するについて原則として陸運局長の聴聞や運輸審議会の公聴会における審理を要求しているのは、免許の許否の決定の重要性にかんがみ、聴聞又は公聴会の審理手続を通じて、免許基準該当の有無の判断に関係のある事項につき、免許申請者のみならず許否の決定について重大な利害関係を有する者に対しても、意見及び証拠その他の資料を提出する機会を与え、判断の基礎及びその過程の客観性と公正を保障しようとする趣旨に出たものであることが明らかである。
このように見てくると、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否の決定手続において、陸運局長による聴聞及び運輸審議会における公聴会は、それぞれ重要な使命と役割を有するものというべきであるが、その重要性の程度、したがつてまたその手続上の瑕疵が運輸大臣による許否の決定の法的効力に及ぼすべき影響については、両者の間に差異があり、これを区別して考察する必要がある。すなわち、運輸審議会が機構的に運輸大臣から独立した地位と構成をもつ第三者的機関であるのに対し、陸運局長は運輸大臣の純然たる補助機関であり、またその行う聴聞も、運輸審議会における公聴会に比して簡略であることが予定されていると見受けられること、更に運輸審議会の決定に対しては運輸大臣がこれを尊重すべき旨を特に法が定めていること等から考えると、免許の許否の決定に関する審理手続において最も重要な意義を有するのは、運輸審議会における公聴会であり、陸運局長の聴聞は、主として運輸審議会における公聴会審理が行われない場合に特別の価値をもつものであつて、これが行われる場合には、単なる補充的な意義及び機能しか有しないものと解せられる。そうすると、陸運局長の聴聞が右のような従たる意義しかもたない場合には、たとえその聴聞手続に瑕疵があつたとしても、最終的な運輸大臣の許否の決定自体を取り消さなければならないほどの違法があるものとするには足りないと解するのが相当である。原審の確定したところによれば、本件免許申請については運輸審議会に諮問がなされ、同審議会において公聴会が開催されたというのであるから、仮に、陸運局長の聴聞手続に所論の瑕疵があつたとしても、本件却下処分を取り消すべき事由とはならないものといわなければならない
しかしながら運輸審議会における公聴会審理の瑕疵については、これと同一に論ずることはできない。さきに述べたように、運輸大臣は、自動車運送事業の免許の許否を決する場合には、原則として運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、これをしなければならないとされている。法は、運輸大臣が運輸審議会の決定を尊重すべきことを要求するにとどまり、その決定が運輸大臣を拘束するものとはしていないから、運輸審議会は、ひつきよう、運輸大臣の諮問機関としての地位と権限を有するにすぎないものというべきであるが、しかしこのことは、運輸審議会の決定が全体としての免許の許否の決定過程において有する意義と重要性、したがつてまた、運輸審議会の審理手続のもつ意義と重要性を軽視すべき理由となるものではない。一般に、行政庁が行政処分をするにあたつて、諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分をしなければならない旨を法が定めているのは、処分行政庁が、諮問機関の決定(答申)を慎重に検討し、これに十分な考慮を払い、特段の合理的な理由のないかぎりこれに反する処分をしないように要求することにより、当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期しているためであると考えられるから、かかる場合における諮問機関に対する諮問の経由は、極めて重大な意義を有するものというべく、したがつて、行政処分が諮問を経ないでなされた場合はもちろん、これを経た場合においても、当該諮問機関の審理、決定(答申)の過程に重大な法規違反があることなどにより、その決定(答申)自体に法が右諮問機関に対する諮問を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは、これを経てなされた処分も違法として取消をまぬがれないこととなるものと解するのが相当である。そして、この理は、運輸大臣による一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否についての運輸審議会への諮問の場合にも、当然に妥当するものといわなければならない。
ところで、一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請があつた場合には、運輸大臣は原則として運輸審議会に諮問すべく、これを受けた運輸審議会は原則として公聴会を開いて審理したうえ決定をしなければならないことは、右に述べたとおりであるが、右の運輸審議会における審理及びこれに基づく決定の手続については、運輸省設置法及び運輸審議会一般規則にかなり詳細な定めが置かれている。しかし、これらの手続規定がいかなる趣旨、目的を有するものであり、したがつてその手続の運用についていかなる配慮を施すべきものであるかは、これらの規定自体からは明らかではなく、専ら審理手続の意義と性格に照らしてこれを決すべきものであるところ、公聴会の審理を要求する趣旨が、前記のとおり、免許の許否に関する運輸審議会の客観性のある適正かつ公正な決定(答申)を保障するにあることにかんがみると、法は、運輸審議会の公聴会における審理を単なる資料の収集及び調査の一形式として定めたにとどまり、右規定に定められた形式を踏みさえすれば、その審理の具体的方法及び内容のいかんを問わず、これに基づく決定(答申)を適法なものとする趣旨であるとすることはできないのであつて、これらの手続規定のもとにおける公聴会審理の方法及び内容自体が、実質的に前記のような要請を満たすようなものでなければならず、かつ、決定(答申)が、このような審理の結果に基づいてなされなければならないと解するのが相当である。すなわち、道路運送法六条一項の定めるところによれば、一般自動車運送事業の免許基準は、当該事業の開始の輸送需要に対する適切性、当該事業の開始による当該路線又は事業区域に係る供給輸送力と輸送需要量との均衡、当該事業遂行計画の適切性、適確な事業遂行能力の有無、当該事業の開始の公益上の必要性及び適切性等広い範囲において相互に関連する幾多の考慮事項を含み、かつ、その判断基準自体が著しく抽象的、概括的であるため、これについて客観的に適正かつ公正な判断を可能とするためには、その基礎となるべき関連諸事項に関する具体的事実について、多面的で、かつ、できるだけ正確な客観的資料をあまねく収集し、その分析、究明に基づく事実の適切な認定のうえに立つて、輸送に関する技術上及び公益上の適正な評価と比較考量を施さなければならないのであり、しかもこの判断たるや、事柄の性質上、ある程度の見解の相違をまぬがれないものであるため、政策遂行上の責任者である決定権者に対して、この点につき、ある程度の裁量の余地を認めざるをえないのである。しかもこれに加えて、免許の許否が、ひとり免許申請者のみならず、これと競争関係に立つ他の輸送業者や、一般利用者、地域住民等の第三者にも重大な影響を及ぼすものであることにかんがみると、許否の決定過程における申請者やその他の利害関係人の関与が決定の適正と公正の担保のうえにおいて有する意義は格別のものがあるというべく、この要請にこたえて法が定めた運輸審議会の公聴会における審理手続もまた、右の趣旨に沿い、その内容において、これらの関係者に対し、決定の基礎となる諸事項に関する諸般の証拠その他の資料と意見を十分に提出してこれを審議会の決定(答申)に反映させることを実質的に可能ならしめるようなものでなければならないと解すべきである。特に免許申請者に対する関係においては、免許の許否が直ちにその者の職業選択の自由に影響するものである関係上、免許の許否の決定過程におけるその関与の方法につき特段の配慮を必要とするのであつて、前記のような免許基準の抽象性と基準該当の有無の不明確性のために、行政庁側からみてその申請計画に問題点があると思われる場合であつても、必ずしもその点が申請者には認識されず、そのために、これについて提出しうべき追加資料や意見の提出の機会を失なわせるおそれが多分にあることにかんがみるときは、これらの点について申請者の注意が喚起され、あるいはまた、他の利害関係人の反対意見や資料の提出に対しても反駁の機会が与えられるようにする等、申請者に意見と証拠を十分に提出させることを可能ならしめるような形で手続を実施することが、公聴会審理を要求する法の趣旨とするところであると解さなければならない。
右の見地に立つて本件を見るに、原審が確定した事実によれば、運輸審議会は「a町と高崎、伊勢崎、太田の諸都市とを結ぶ交通機関としては、長野原、渋川経由の経路により既設の交通機関の乗り継ぎによる方が、申請路線によるよりも運転時間、運賃等の面はおいて便利であると考えられるので、上告人による申請区間におけるバス運行の開始は、現状においては、その緊要性に乏しく、上告人の申請は、道路運送法六条一項一号及び五号に適合しない。」との理由で、本件免許申請は却下することが適当である旨の答申をしたものであつて、要するに、申請計画による申請者の事業内容が既設輸送機関のそれに比して運転時間、運賃等の面において便利性に劣ることを決定的要因として、輸送需要と供給能力との関係において適切性と公益上の必要性を欠くとされたのである。ところで、原審の認定したところによれば、上告人の本件申請計画における右の諸難点については、すでに、右公聴会において、一応、他の利害関係人からの指摘がなされており、また、運輸審議会の委員からも、上告人の申請計画に関して乗車回数の推定根拠、乗車密度、平均乗車粁、道路舗装状況等について質問がなされたというのであるから、上告人においても、右申請の問題点が何であるかについては、おおよそ推知することができたものと考えられるのであるが、さらに進んで問題をより具体化し、上告人の事業計画並びにその根拠資料における上記運賃、輸送時間の比較及びこれとの関係における輸送需要(見込)量と供給力との均衡等に関する問題点ないしは難点を具体的に明らかにし、上告人をして進んでこれらの点についての補充資料や釈明ないしは反駁を提出させるための特段の措置はとられておらず、この点において、本件公聴会審理が上告人に主張立証の機会を与えるにつき必ずしも十分でないところがあつたことは、これを否定することができない。しかしながら、原審が当事者双方の完全な主張・立証のうえに立つて認定したところによれば、運輸審議会が重視した上記のごとき既設輸送機関との運賃及び輸送時間の比較については、本件処分当時においても、申請路線によるそれが、所要時間において相当に劣り、また運賃も太田、草津間を除いては計画自体においてもすでに他の輸送機関のそれよりも高額であるのみならず、上告人が申請路線について旅客に対し適切な役務を提供するに足りる企業の採算性を維持しようとするためには、遠距離逓減率を考慮しても申請にかかる運賃を根本的に修正しなければならないこととなり、既設交通機関を選択した場合の運賃と比較すれば、その差異は、太田、草津間においても、またその他の区間においても相当の懸隔を生ずることが明らかであるというのであり、原審が右認定の理由として説くところから見ても、仮に運輸審議会が、公聴会審理においてより具体的に上告人の申請計画の問題点を指摘し、この点に関する意見及び資料の提出を促したとしても、上告人において、運輸審議会の認定判断を左右するに足る意見及び資料を追加提出しうる可能性があつたとは認め難いのである。してみると、右のような事情のもとにおいて、本件免許申請についての運輸審議会の審理手続における上記のごとき不備は、結局において、前記公聴会審理を要求する法の趣旨に違背する重大な違法とするには足りず、右審理の結果に基づく運輸審議会の決定(答申)自体に瑕疵があるということはできないから、右諮問を経てなされた運輸大臣の本件処分を違法として取り消す理由とはならないものといわなければならない。
そうすると、原判決は結論において正当であり、論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第四点の第五について。
所論の点に関する原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第五点について。
一般自動車運送事業の免許は、道路運送法六条一項各号所定の基準のすべてに適合する場合でなければこれをすることができないものと解すべきことは、さきに述べたところであり、右基準の一に適合しない場合には、運輸大臣は免許の申請を却下することができることは明らかである。所論の事由は同条一項五号の基準に関するものであるところ、原審の確定した事実関係のもとにおいて、本件免許申請が同条一項一号所定の免許基準に適合しないとした運輸大臣の判断を違法と断ずることはできず、したがつて、同条一項五号所定の免許基準に適合するか否かの運輸大臣の判断の適否につき判断するまでもなく本件却下処分は違法でないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

(4)手続の瑕疵を理由に処分が取り消された場合に行政庁のとるべき措置

4.行手法の二面性~行為規範と裁判規範