民事訴訟法 基礎演習 境界確定訴訟


・形式的形成訴訟=伝統的に訴訟手続によって処理されてきたが、要件事実が具体的に規律されておらず、いかなる結論の判決を下すかが裁判所の裁量にゆだねられている訴訟

1.通説判例理論の理解
(1)二種類の「境界」
所有権界と筆界

(2)境界確定訴訟の対象となる「境界」
筆界が境界確定訴訟の対象!所有権界ではない。

+判例(S43.2.22)
理由
上告代理人青柳孝夫の上告理由第一点について。
境界確定の訴は、隣接する土地の境界が事実上不明なため争いがある場合に、裁判によつて新たにその境界を確定することを求める訴であつて、土地所有権の範囲の確認を目的とするものではない。したがつて、上告人主張の取得時効の抗弁の当否は、境界確定には無関係であるといわなければならない。けだし、かりに上告人が本件三番地の四二の土地の一部を時効によつて取得したとしても、これにより三番地の四一と三番地の四二の各土地の境界が移動するわけのものではないからである。上告人が、時効取得に基づき、右の境界を越えて三番地の四二の土地の一部につき所有権を主張しようとするならば、別に当該の土地につき所有権の確認を求めるべきである。それゆえ、取得時効の成否の問題は所有権の帰属に関する問題で、相隣接する土地の境界の確定とはかかわりのない問題であるとした原審の判断は、正当である。所論引用の判例は、当裁判所の採らないところである。原判決に所論の違法はなく、右と異なる見解に立つ論旨は採用することができない。
同第二点について。
本件三番地の四一の土地と三番地の四二の土地の境界がAB線である旨の原審の認定判断は正当であつて、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

・境界確定の訴えを提起する際、当事者は必ずしも特定の境界を主張する必要はない!

・不利益変更禁止原則の不適用
+判例(S38.10.15)
理由
上告代理人別府祐六の上告理由一乃至四について。
上告人が被上告人主張の有刺鉄線を張つて占有している本件四四八坪の土地は被上告人所有の本件九九七番の二山林(後に九九六番の一宅地となる。以下同じ)の一部であり、右土地の明渡を受けるまで被上告人は賃料相当の一箇月金二五〇〇円の損害を蒙るものとした原審認定は、挙示の証拠に照らして首肯し得られる。右認定に関する範囲では、所論は畢竟原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものに帰し、原判決に所論の違法は認められない。従つて所論のうち被上告人の施設物収去土地明渡の反訴請求に関する部分は採用し得ず、その上告は棄却すべきである。
次に所論一乃至三のうち上告人の土地境界確認の本訴請求に関する部分につき検討する。原判決は、甲第三号証、乙第二号証により、公図上では本件九九八番の八畑及び本件外九九八番の二の土地と本件九九七番の二山林との境界線は直線をなしているとの前提に立ち、これとほぼ合致することを根拠に、原判決添付第二図面の(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を本件九九八番の八畑と本件九九七番の二山林の境界線と認定しているが、右公図たる乙第二号証(或いは甲第三号証)によると、原判決添付各図面記載の道路の南東側では、まず本件九九七番の二山林と本件外九九八番の二畑(或いは九九八番の七畑)が接し、続いて上記両地の境界線(直線)を延長した線を境に本件九九七番の二山林と本件九九八番の八畑が接しているものと認められ、このことは本件記録上殆んど疑がないのである。右によれば、第二図面の(リ)(チ)の線を水路まで延長した線全部が本件九九七番の二山林と本件九九八番の八畑の境界であるのではなく、両地の境界は右線の一部であるということになる。しかるに原判決では、右線のうちどの部分が本件両地の境界であるか不明である(一端すなわち南東端が前記延長線の水路に交わる点であるとしていることは判るが、他の一端すなわち北西端は判明しない)。されば、原判決が第二図画(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を本件両地の境界線と認定しているのについては、理由不備の違法があるものというべく、この点に関し、所論は結局理由があり、原判決中土地境界確認請求に関する部分は破棄すべきである。
なお、原判決中の右部分につき職権をもつて調査するに、原判決は本件両地の境界につき第一審判決と判断を異にし、自ら証拠により第二図面(リ)(チ)の直線を水路まで延長した線を境界と認定しながら、その認定は第一審判決よりも被上告人に有利な認定であるから、被上告人が不服を申立てていない以上、第一審判決を変更しないとし、よつて上告人の控訴を棄却しているが、右判断には次のような違法があるものと認める。
境界確定訴訟にあつては、裁判所は当事者の主張に覇束されることなく、自らその正当と認めるところに従つて境界線を定むべきものであつて、すなわち、客観的な境界を知り得た場合にはこれにより、客観的な境界を知り得ない場合には常識に訴え最も妥当な線を見出してこれを境界と定むべく、かくして定められた境界が当事者の主張以上に実際上有利であるか不利であるかは問うべきではないのであり、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴一八六条の規定に違反するものではないのである(大審院大正一二年六月二日民事連合部判決、民集二巻三四五頁、同院昭和一一年三月一〇日判決、民集一五巻六九五頁参照)。されば、第一審判決が一定の線を境界と定めたのに対し、これに不服のある当事者が控訴の申立をした場合においても、控訴裁判所が第一審判決の定めた境界線を正当でないと認めたときは、第一審判決を変更して、自己の正当とする線を境界と定むべきものであり、その結果が控訴人にとり実際上不利であり、附帯控訴をしない被控訴人に有利であつても間うところではなく、この場合には、いわゆる不利益変更禁止の原則の適用はないものと解するのが相当である。以上によれば、前記のように、原審が第一審判決と判断を異にし自ら本件両地の境界を認定しながらも、被上告人が不服を申立てていないから、第一審判決を被上告人に有利に変更しないとしているのは正当でなく、原判決中の前記部分は、この点においても破棄を免れない。
よつて、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官五鬼上堅磐は海外出張中につき署名押印することができない。裁判長裁判官 横田正俊)

・当事者間に境界についての合意が成立しても、それのみを根拠として合意のとおりの境界を確定することは許されない。
+判例(S42.12.16)

(3)筆界と所有権界との密接関連性

+判例(47.6.29)

+判例(H7.3.7)
理由
上告代理人長谷則彦、同水石捷也、同秋元善行の上告理由について
本件訴訟は、被上告人らが上告人に対し、相隣接する被上告人ら共有の群馬県吾妻郡a町大字b字c番dの土地と上告人所有の同所同番eの土地との境界の確定を求めるものであるところ、所論は、要するに、右二筆の土地の境界が第一審判決添付別紙図面のイ点とロ点を結ぶ直線であるとすると、上告人は、被上告人らが共有する同番dの土地のうち、同図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結ぶ線で囲まれた範囲の土地を時効取得した結果、両土地の境界は上告人の所有する土地の内部にあることになり、境界線の東側の土地も西側の土地も所有者を同じくすることになるから、両土地の境界確定を求める被上告人らの本件訴えは原告適格を欠き不適法である、というのである。
しかしながら境界確定を求める訴えは、公簿上特定の地番により表示される甲乙両地が相隣接する場合において、その境界が事実上不明なため争いがあるときに、裁判によって新たにその境界を定めることを求める訴えであって、裁判所が境界を定めるに当たっては、当事者の主張に拘束されず、控訴された場合も民訴法三八五条の不利益変更禁止の原則の適用もない(最高裁昭和三七年(オ)第九三八号同三八年一〇月一五日第三小法廷判決・民集一七巻九号一二二〇頁参照)。右訴えは、もとより土地所有権確認の訴えとその性質を異にするが、その当事者適格を定めるに当たっては、何ぴとをしてその名において訴訟を追行させ、また何ぴとに対し本案の判決をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決すべきであるから、相隣接する土地の各所有者が、境界を確定するについて最も密接な利害を有する者として、その当事者となるのである。したがって、右の訴えにおいて、甲地のうち境界の全部に接続する部分を乙地の所有者が時効取得した場合においても、甲乙両地の各所有者は、境界に争いがある隣接土地の所有者同士という関係にあることに変わりはなく、境界確定の訴えの当事者適格を失わない。なお、隣接地の所有者が他方の土地の一部を時効取得した場合も、これを第三者に対抗するためには登記を具備することが必要であるところ、右取得に係る土地の範囲は、両土地の境界が明確にされることによって定まる関係にあるから、登記の前提として時効取得に係る土地部分を分筆するためにも両土地の境界の確定が必要となるのである(最高裁昭和五七年(オ)第九七号同五八年一〇月一八日第三小法廷判決・民集三七巻八号一一二一頁参照)。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇 一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
本件は、隣接する分譲別荘地の境界が争いになったものである。第一図の乙地を所有するYは、昭和四八年六月三〇日、斜線部分の中に建物を建て、以後斜線部分を占有してきた。平成四年に至り、甲地を所有するXらは、甲地と乙地の境界は、イとロを結ぶ線であるとしてYを相手に境界確定請求訴訟を提起した。これに対して、Yは、境界はハとニを結ぶ線であると争うとともに、仮に境界がイとロを結ぶ線であるなら斜線部分につき取得時効が成立したと主張した。
一審の東京地裁は、証拠調べをした結果、境界がXら主張のとおりイとロを結ぶ線であることを認めたが、Yの時効取得の主張について判断を進めて一〇年の取得時効の成立を認め、その結果、「Yは本件係争地の所有権を取得したことになるから、Xらの訴えは、Yが所有する土地の内部の境界を求めることになり、不適法になる」として本件境界確定の訴えを却下した。これに対して、Xらが控訴したところ、二審の東京高裁は、時効取得があったとしても、双方の土地所有者は境界確定の訴えの当事者適格を失わないとして、原判決を取り消した上、一審でも事実審理がされていることを理由に差し戻すことなく、一審と同じXら主張線を境界と認定して判断したため、Yが上告した。この上告に応えたのが本判決であるが、判文のとおりの理由でYの上告を棄却したものである。
二 解説
1 境界確定の訴えの性質については、確認訴訟説、形成訴訟説、形式的形成訴訟説など学説上の見解が分かれるが、判例は、通説である形式的形成訴訟の立場に立っている。この説は、境界確定訴訟を「その本質は非訟事件であるが、隣接する両地番の土地の公法上の境界が不明な場合に、訴訟の形式によってその境界を定める訴訟」と解するものである。すなわち、境界確定の訴えは、双方の土地の所有権の範囲の確認を目的とするのではなく、権利の客体となるべき土地自体を区別をすることを目的とするものとされる。裁判所が境界を定めるに当たっては、当事者の主張に拘束されず、控訴された場合も不利益変更禁止の原則の適用もない(大判民連大1・6・2民集二巻三四五頁、最三小判昭38・10・15民集一七巻九号一二二〇頁。)また、境界は、相隣者の合意(最二小判昭31・12・28民集一〇巻一二号一六三九頁)や、時効取得(最一小判昭43・2・22民集二二巻二号二七〇頁)によって変動するものでない。
2 ところで、境界確定の訴えについては、所有者以外の者に当事者適格が認められるかどうかは問題があるが(最一小判昭57・7・15裁集民一三六号五九九頁は、地上権者は境界確定の訴えの当事者適格を有する者に当たらないとしている。)少なくとも隣接する土地の所有者が当事者適格を有することには異論がない。
そして、この所有者とは、公簿上所有名義人になっていれば現実の所有者でなくてもよいとする見解もあるが(小川正澄「境界確定の訴についての若干の考察」本誌一五九号二四頁)、単なる名義人にすぎない者は含まないとするのが支配的見解である。すなわち、境界に接する具体的土地の所有権者に当事者適格が認められるとするのであるが、この見解を推し進めると、甲乙二筆の土地が接する場合に、乙地の所有者が甲地のうち境界に接続する土地部分を時効取得すると、甲地の所有者は当該部分の所有権を失うことから、境界確定の当事者適格を失うのではないかということが問題になり、後述の最高裁判決があるまで、これを肯定するのが学説では有力であった(吉川大二郎・民商一巻四号七一頁、松村俊夫・境界確定の訴(増補版)二八頁、奥村正策「土地境界確定訴訟の諸問題」実務民事訴訟講座4一九七頁など)。下級審の裁判例でみると、当事者適格を失うとするもの(東京高判昭37・5・31下民集一三巻五号一一二二頁、東京地判昭39・4・3本誌一六三号一八五頁、東京高判昭51・1・28本誌三三七号二二三頁など)と、隣接地の一部の時効取得は当事者適格に影響を与えないとするもの(東京地判昭47・1・26判時六七一号六〇頁、東京高判昭53・5・31本誌三六八号二三八頁など)とに分れていた。
3 この問題について、初めて最高裁の見解を示したのが本判決で引用する昭和五八年一〇月一八日の第三小法廷判決(民集三七巻八号一一二一頁)で、甲乙二筆の土地の境界確定の訴えにおいて、甲地のうち第二図のように境界の一部に接続する斜線部分を乙地の所有者が時効取得したとみられる事案につき、右斜線部分が時効取得されても、甲地の所有者はその部分を含めて境界の確定を求めることができるとした。右判決が説示するところは、時効取得された部分が境界の一部に接続する場合であると、第一図のように全部に接続する場合であるとを区別していないのであるが、この判決を論じた学説の中には、一部の場合と全部の場合とでは異なるのではないかと指摘するものがあり(畑郁夫・民商九一巻二号二六六頁)、右判決の後に言い渡された最一小判昭59・2・16(本誌五二三号一五〇頁判時一一〇九号九〇頁)が、隣接する甲乙二筆の境界争いの事件で甲地のうち乙地に隣接する部分全部を第三者が所有している場合(甲地の前所有者が一部を売り残したようである。)、甲地の所有者は当該境界確定の訴えの原告適格を欠くとしたため、本件のような場合の当事者適格につき疑問が生じ得るところであった。
4 こうした中で、本判決は、土地の一部が時効取得されても隣接する土地の所有者同士という関係が変わらない以上、双方の土地所有者は境界確定訴訟の当事者適格を失わないとしたものである。この判示からすると、実際には考え難いが、第一図の斜線部分を第三者が時効取得したような場合には結論が異なってくるものと思われる。また、一筆の土地の全部が時効取得されたような場合には、隣接する土地所有者同士という関係はなくなり、境界確定訴訟の当事者適格を失われる(本判決後に言い渡された最三小判平7・7・18裁判所時報一一五号三頁は、このことを明らかにした。)。
境界確定訴訟の中で取得時効の主張がされることは多く、実務においてもこの主張をめぐって混乱する場面があったところ、土地の一部についての隣地所有者による時効取得は、それが境界の全部に接続する部分であっても、境界確定の訴えの当事者適格になんら影響を及ぼさないことを確認した最高裁判決として実務上参考になるものと思われる。

・地上権者は、相隣接する土地につき処分権能を有する存在ではないので、境界確定訴訟の当事者適格を有しない!!!
+判例(S57.7.15)
理  由
上告代理人佐々木秀雄、同岩田広一、同上野進の上告理由第一点(1)について
相隣接する係争土地につき処分権能を有しない者は、土地境界確定の訴えの当事者となりえないと解するのが相当であるから、本件係争土地につき地上権を有すると主張するにすぎない上告人が本件土地境界確定の訴えの当事者適格を有する者にあたらないとした原審の判断は、これを正当として是認することができる。これと見解を異にする論旨は、採用することができない。

同第一点(2)について
国有土地森林原野下戻法(明治三二年法律第九九号)に基づく山林の下戻申請に対して不許可の処分を受けた者が右処分を不服として行政裁判所に出訴した場合において、行政裁判所が行政庁に対し係争山林を下戻申請者に下戻すべき旨の判決をしたときは、右判決によつて下戻申請者は新たに右山林の所有権を取得するに至つたものというべきであるから(大審院大正二年(オ)第一四八号同年一〇月六日判決・民録一九輯七九九頁、大審院大正二年(オ)第六〇九号同三年三月七日判決・民録二〇輯一九五頁参照)、その趣旨の原判決は、これを正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同代理人らのその余の上告理由並びに上告代理人佐藤哲郎、同寺坂吉郎、同中田真之助、同中田孝の上告理由及び上告代理人後藤信夫、同遠藤光男の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口正孝 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗)

+判例(S46.12.9)
理由
上告代理人横山市治名義の上告理由第一ないし第三、第五および第六について。
土地の境界は、土地の所有権と密接な関係を有するものであり、かつ、隣接する土地の所有者全員について合一に確定すべきものであるから、境界の確定を求める訴は、隣接する土地の一方または双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴えまたは訴えられることを要する固有必要的共同訴訟と解するのが相当である。
本件において、上告人らは、福島県相馬市a字b番の一山林とこれに、隣接する被上告人所有の同市a字c番山林との境界の確定を求めるものであるが、右b番の一山林は上告人らと訴外Aほか一名の共有に属するにもかかわらず、右共有者のうち本件訴訟の当事者となつていないものがあることは記録上明らかであるから、上告人らの本件訴は当事者適格を欠く不適法なものといわなければならない。したがつて、右と同じ見解のもとに上告人らの本件訴を却下した原審の判断は正当である。所論は、独自の見解にもとづき原判決を非難するものであつて、採用することができない。
同第四について。
訴訟告知を受けた者は、告知によつて当然当事者または補助参加人となるものではない。所論は、独自の見解を主張するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一)

+判例(H11.11.9)
理由
上告代理人森脇勝、同河村吉晃、同今村隆、同植垣勝裕、同小沢満寿男、同岩松浩之、同田中泰彦、同山本了三、同麦谷卓也の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は、(1) Bの相続人である被上告人らは、第一審判決別紙物件目録記載(1)の土地(以下「本件土地」という。)を持分各四分の一ずつの割合で相続した、(2) 本件土地は、その北側が上告人所有の道路敷(以下「本件道路敷」という。)に、南側が同人所有の河川敷(以下「本件河川敷」という。)に、それぞれ隣接している(以下、本件道路敷及び本件河川敷を併せて「上告人所有地」という。)、(3) 被上告人らの間においてBの遺産の分割について協議が調わず、被上告人Cを除く同Aら三名(以下「被上告人Aら」という。)が同Cを相手方として申し立てた遺産分割の審判が京都家庭裁判所に係属しているところ、本件土地と上告人所有地との境界が確定していないために右手続が進行しないでいる、(4) 被上告人Aらは、本件土地と上告人所有地との境界を確定するために、被上告人Cと共同して、上告人を被告として境界確定の訴えを提起しようとしたが、被上告人Cがこれに同調しなかったことから、同人及び上告人を被告として、本件境界確定の訴えを提起した、というものである。

二 第一審は、本件土地と本件道路敷との境界は第一審判決別紙図面記載イ、ロ、ハ、ニの各点を結ぶ直線であり、本件土地と本件河川敷との境界は同図面記載ホ、ヘ、トの各点を結ぶ直線であると確定した。上告人は、被上告人Aらを被控訴人として控訴を提起し、原審において、土地の共有者が隣接する土地との境界の確定を求める訴えは共有者全員が原告となって提起すべきものであると主張し、本件訴えの却下を求めた。原審は、本件訴えを適法なものであるとし、被上告人Cも被控訴人の地位に立つとした上で、被上告人Aらと上告人との間及び被上告人Aらと同Cとの間で、それぞれ第一審と同一の境界を確定した。

三 境界の確定を求める訴えは、隣接する土地の一方又は双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴え、又は訴えられることを要する固有必要的共同訴訟と解される(最高裁昭和四四年(オ)第二七九号同四六年一二月九日第一小法廷判決・民集二五巻九号一四五七頁参照)。したがって、共有者が右の訴えを提起するには、本来、その全員が原告となって訴えを提起すべきものであるということができる。しかし、【要旨】共有者のうちに右の訴えを提起することに同調しない者がいるときには、その余の共有者は、隣接する土地の所有者と共に右の訴えを提起することに同調しない者を被告にして訴えを提起することができるものと解するのが相当である。
けだし、境界確定の訴えは、所有権の目的となるべき公簿上特定の地番により表示される相隣接する土地の境界に争いがある場合に、裁判によってその境界を定めることを求める訴えであって、所有権の目的となる土地の範囲を確定するものとして共有地については共有者全員につき判決の効力を及ぼすべきものであるから、右共有者は、共通の利益を有する者として共同して訴え、又は訴えられることが必要となる。しかし、共有者のうちに右の訴えを提起することに同調しない者がいる場合であっても、隣接する土地との境界に争いがあるときにはこれを確定する必要があることを否定することはできないところ、右の訴えにおいては、裁判所は、当事者の主張に拘束されないで、自らその正当と認めるところに従って境界を定めるべきであって、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴法二四六条の規定に違反するものではないのである(最高裁昭和三七年(オ)第九三八号同三八年一〇月一五日第三小法廷判決・民集一七巻九号一二二〇頁参照)。このような右の訴えの特質に照らせば、共有者全員が必ず共同歩調をとることを要するとまで解する必要はなく、共有者の全員が原告又は被告いずれかの立場で当事者として訴訟に関与していれば足りると解すべきであり、このように解しても訴訟手続に支障を来すこともないからである。
そして、共有者が原告と被告とに分かれることになった場合には、この共有者間には公簿上特定の地番により表示されている共有地の範囲に関する対立があるというべきであるとともに、隣地の所有者は、相隣接する土地の境界をめぐって、右共有者全員と対立関係にあるから、隣地の所有者が共有者のうちの原告となっている者のみを相手方として上訴した場合には、民訴法四七条四項を類推して、同法四〇条二項の準用により、この上訴の提起は、共有者のうちの被告となっている者に対しても効力を生じ、右の者は、被上訴人としての地位に立つものと解するのが相当である。
右に説示したところによれば、本件訴えを適法なものであるとし、被上告人Cも被控訴人の地位に立つとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の各判例のうち、最高裁昭和三九年(オ)第七九七号同四二年九月二七日大法廷判決・民集二一巻七号一九二五頁は、本件と事案を異にし適切でなく、その余の各判例は、所論の趣旨を判示したものとはいえない。論旨は、右と異なる見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。なお、原審は、主文三項の1において被上告人Aらと上告人との間で、同項の2において被上告人Aらと同Cとの間で、それぞれ本件土地と上告人所有地との境界を前記のとおり確定すると表示したが、共有者が原告と被告とに分かれることになった場合においても、境界は、右の訴えに関与した当事者全員の間で合一に確定されるものであるから、本件においては、本件土地と上告人所有地との境界を確定する旨を一つの主文で表示すれば足りるものであったというべきである。
よって、裁判官千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官千種秀夫の補足意見は、次のとおりである。
私は、境界確定の訴えにおいて、共有者の一部の者が原告として訴えを提起することに同調しない場合、この者を本来の被告と共に被告として訴えを提起することができるとする法廷意見の結論に賛成するものであるが、これは、飽くまで、境界確定の訴えの特殊性に由来する便法であって、右の者に独立した被告適格を与えるものではなく、他の必要的共同訴訟に直ちに類推適用し得るものでないことを一言付言しておきたい。
すなわち、判示引用の最高裁判例の判示するとおり、土地の境界は、土地の所有権と密接な関係を有するものであり、かつ、隣接する土地の所有者全員について合一に確定すべきものであるから、境界の確定を求める訴えは、隣接する土地の一方又は双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴え、又は訴えられるのが原則である。したがって、共有者の一人が原告として訴えを提起することに同調しないからといって、その者が右の意味で被告となるべき者と同じ立場で訴えられるべき理由はない。もし、当事者に加える必要があれば、原告の一員として訴訟に引き込む途を考えることが筋であり、また、自ら原告となることを肯じない場合、参加人又は訴訟被告知者として、訴訟に参加し、あるいはその判決の効力を及ぼす途を検討すべきであろう。事実、共有者間に隣地との境界について見解が一致せず、あるいは隣地所有者との争いを好まぬ者が居たからといって、他の共有者らがその者のみを相手に訴えを起こし得るものではなく、その意味では、その者は、他の共有者らの提起する境界確定の訴えについては、当然には被告適格を有しないのである。したがって、仮に判示のとおり便宜その者を被告として訴訟に関与させたとしても、その者が、訴訟の過程で、原告となった他の共有者の死亡等によりその原告たる地位を承継すれば、当初被告であった者が原告の地位も承継することになるであろうし、判決の結果、双方が控訴し、当の被告がいずれにも同調しない場合、双方の被控訴人として取り扱うのかといった問題も生じないわけではない。かように、そのような非同調者は、これを被告とするといっても、隣地所有者とは立場が異なり、原審が「二次被告」と称したように特別な立場にある者として理解せざるを得ない。にもかかわらず、これを被告として取り扱うことを是とするのは、判示もいうとおり、境界確定の訴えが本質的には非訟事件であって、訴訟に関与していれば、その申立てや主張に拘らず、裁判所が判断を下しうるという訴えの性格によるものだからである。しかしながら、当事者適格は実体法上の権利関係と密接な関係を有するものであるから、本件の解釈・取扱いを他の必要的共同訴訟にどこまで類推できるのかには問題もあり、今後、立法的解決を含めて検討を要するところである。
以上、判示の結論は、この種事案に限り便法として許容されるべきものであると考える。
(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 本件は、国の所有する道路敷及び河川敷と南北を接する土地(本件土地)について、国との間で境界が争われた事件である。本件土地は、所有者であるAが死亡した後、その相続人であるX1~X3、Y1の四名によって相続された。Aの遺産の分割について協議が調わず、XらがY1を相手方として申し立てた遺産分割の審判が係属していたが、本件土地について、国(Y2)との間で境界が確定していなかったことから、右の審判の手続が進行しないでいる。ところが、Y1は、境界確定の訴えを提起することに同調しなかった。そこで、Xらは、Y1及びY2を被告として境界確定の訴えを提起した。第一審においては、ほとんど争いがないまま推移し、Xらの主張どおりに境界を確定する旨の判決が言い渡された。これに対し、Y2は、Xら三名を相手として控訴し、原審において、本件土地の共有者全員が原告となっていないので、本件訴えは不適法であると主張した。原審は、本件訴えは適法であり、Y1も被控訴人の地位に立つと判断した上で、主文において、XらとY1との間、XらとY2との間で、それぞれ第一審判決と同一内容の境界を確定する旨の判決を言い渡した(原判決は、本誌九六四号二七三頁に登載されており、評釈として、徳田和幸・判評四六九号三〇頁〔判時一六二五号一九二頁〕がある。)。Y2がXら及びY1の四名を相手として上告したのが本件である。
二 本判決は、共有地に係る境界確定の訴えは固有必要的共同訴訟であるが、共有地についても境界を確定する必要があることを否定することができないところ、右訴えの特質、すなわち、裁判所は当事者の主張に拘束されず、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴法二四六条の規定(処分権主義)に違反しないことからすると、共有者の全員が原告又は被告いずれかの立場で当事者として訴訟に関与していれば足りると解すべきであり、共有者のうちに境界確定の訴えを提起することに同調しない者がいる場合、その余の共有者は、隣接する土地の所有者と訴えを提起することに同調しない者とを被告にして右の訴えを提起することができるとした。そして、Y1も被控訴人の地位に立つものとした原審の判断は相当であるとした。ただし、原審が、XらとY1との間、XらとY2との間で、それぞれ境界を確定すると表示したことは相当でなく、本件土地とY2の所有地との境界を確定する旨を一つの主文で表示すれば足りる旨を説示した。
三 境界確定の訴えが、共有者全員が訴えを提起し、又は訴えられることを要する固有必要的共同訴訟であるというのは、本判決が引用する最一小判昭46・12・9民集二五巻九号一四五七頁、本誌二七七号一五一頁の判示するとおりである。ところで、固有必要的共同訴訟とされる場合において、一部の者が訴えを提起することに同調しないために、他の者の権利行使が妨げられる事態を避けるための方策として、次の考え方が提唱されている。(1) 非同調者以外の者は、非同調者を被告に加えて、訴えを提起することができるとする説(新堂幸司・新民事訴訟法六六六頁以下、高橋宏志「必要的共同訴訟について」民訴二三号四六、五三頁等)、(2) 非同調者以外の者のみによる訴えの提起を許容しようとする説(五十部豊久「第三者に対する共有持分権確認の訴えは共有者全員の共同提起を要しない」法学協会雑誌八三巻二号二四三頁、井上治典「共有地についての境界確定訴訟は共有者全員による提訴を要するか」本誌二七九号八六頁等)、(3) 非同調者に対する訴訟告知によって解決することを検討すべきであるとする説(小島武司「共同所有をめぐる紛争とその集団的処理」訴訟制度改革の理論一一七頁)。右のうち、(1)が多数説であるが、民訴法上、本来原告となるべき者を便宜的に被告に回すという考え方は予定されていないと考えられるところであり(現行の民訴法改正に際し、「参加命令」の制度の導入が検討されたが、実現に至らなかったとの経緯がある。研究会・新民事訴訟法をめぐって〔第四回〕ジュリ一一〇五号六八頁以下)、一部の者を被告とする場合、主文の表示、被告間における判決の効力等について種々の問題が存するといわざるを得ない(福永有利「共同所有関係と固有必要的共同訴訟―原告側の場合―」民訴二一号三九頁以下)。本判決は、右の多数説と同旨の考え方を採るべきであるとしているが、境界確定の訴えが有する特質に着目しているのであって、固有必要的共同訴訟とされる場合において、一般的にこのような方法が許されると判示したものと解することはできない。同様の特質を有するものであれば、同じ扱いを否定するものではないと考えられるが、極めて限定されたものにならざるを得ないであろう。千種裁判官の補足意見は、本判決の判断が境界確定の訴えの特殊性に由来する便法であり、本件のY1のような者に対して独立した被告適格を与えるものではないことを指摘するものである。
四 本判決は、固有必要的共同訴訟であることを前提としながら、共有者の一部の者を隣接地の所有者とともに被告として境界確定の訴えを提起することができることを明らかにしたものであって、今後の実務に与える影響は大きいと考えられる。

・境界確定の訴えの提起により係争部分についての土地所有権の取得時効は中断する!!!!!

+判例(S38.1.18)
理由
上告代理人高橋万五郎の上告理由第一点の一について。
論旨は、境界確定訴訟と所有権確認訴訟とは性格が相違し、両訴における攻撃防禦の方法、裁判官の釈明権行使の限度等に重大な相違を来し、従つて訴訟手続は一変し遅延を来すことは明白であるのに、原審が、その結審直前に前者から後者への請求の交替的変更を許したのは、請求の基礎に変更がないにしても、著しく訴訟手続を遅延させるから違法であると主張する。
しかし、本件記録によれば、被上告人が請求を変更したのは昭和三四年一月二〇日の口頭弁論においてであり、次回期日である二月一七日には証人二名を調べて弁論を終結しているのであるから、著しく訴訟手続を遅延させたとはいえない。論旨は理由なく、採用しえない。

同第一点の二について。
論旨は、旧訴の取下げについて、上告人が明白に同意したとはいつていないのに、原審が釈明権を行使せずに「それとなく同意した」と認定しているのは違法であり、旧訴の取下についての上告人の同意はなかつたと見るべきであると主張する。
しかし新訴により旧訴の請求の趣旨又は原因を変更した場合に、相手方がこれに対し異議を述べずに新訴につき弁論をしたときは、相手方は旧訴の取下につき暗黙の同意をしたものと解するのを相当とする(昭和一六年三月二六日大審院判決、民集二〇巻三六一頁参照)ところ、本件記録によれば上告人は異議なく新訴につき弁論をしていることが認められるから、この点についての原審の判断は相当である。論旨は理由なく、排斥を免れない。

同第二点前段について。
論旨は、時効中断を生ずる時期は相手方に訴状が送達された時と解すべきだと主張するにあるが、訴提起の時であること民訴法二三五条に明文の存するところであるから、所論は採用しえない。

同第二点後段について。
論旨は、旧訴である境界確定の訴は昭和三四年一月二〇日取下げられているのであるから、同訴の提起によつて生じた取得時効中断の効力は民法一四九条により消滅するのに、原判決は、旧訴と新訴とはその請求する権利関係に殆んど差異がないから、旧訴の取下げにも拘らず同訴によつて生じた時効中断の効力は消滅しないと判示したのは、民法一四九条、民訴法二三五条に背致すると主張する。
しかしながら本件繋争地域が被上告人の所有に属することの主張は終始変わることなく、唯単に請求の趣旨を境界確定から所有権確認に交替的に変更したに過ぎないこと、本件記録上明白である。このような場合には、裁判所の判断を求めることを断念して旧訴を取下げたものとみるべきではないから、訴の終了を意図する通常の訴の取下げとはその本質を異にし、民法一四九条の律意に徴して同条にいわゆる訴の取下中にはこのような場合を含まないものと解するを相当とする(昭和一八年六月二九日大審院判決、民集二二巻五五七頁参照)。されば、旧訴たる境界確定の訴提起によつて生じた上告人の所有権取得時効を中断する効力は、その後の訴の交替的変更にも拘わらず、失効しないものというべきである。右と同趣旨の原判決は相当であつて、所論は採用しえない。

同第三点について。
所論の事実は被上告人が事情として述べたこと、所論準備書面を通読すれば明白であり、本件境界が原判決別紙図面表示ニホへ線であることは、被上告人が本件訴訟において終始一貫主張してきたところであるから、原判決には被上告人の主張しない事実について判断した違法はなく、所論は排斥を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介)

(4)境界に接する土地の取得時効の場合

+判例(H7.7.18)
理由
上告代理人村山晃の上告理由第一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二について
上告人らの予備的請求は、第一審判決添付物件目録(二)記載の土地(以下「本件要役地」という。)の共有者の一部である上告人らが同目録(一)記載の土地(以下「本件承役地」という。)の所有者である被上告人に対して地役権設定登記手続を求めるものであるが、原審における上告人ら提出の昭和六三年三月三日付け「訴変更の申立書」によれば、その請求の趣旨は、「被上告人は上告人らに対し、本件承役地につき、上告人らの本件要役地の持分について、本件要役地を要役地とする通路や子供の遊び場等として使用することを内容とする地役権設定登記手続をせよ。」というものである。
原審は、本件要役地の共有者の全員と被上告人との間で本件要役地のために本件承役地の通行を目的とする地役権が設定されたことを認定した上、(1) 本件予備的請求は上告人らの有する本件要役地の共有持分について地役権設定登記手続を求めるものと解されるところ、要役地の共有持分のために地役権を設定することはできないから右請求は主張自体失当である、(2) 仮に本件予備的請求を共有者全員のため本件要役地のために地役権設定登記手続を求めるものと解すると、要役地が数人の共有に属する場合においては地役権設定登記手続を求める訴えは固有必要的共同訴訟であり上告人らは共有者の一部の者にすぎないから右請求は不適法な訴えとして却下を免れないとして、本件予備的請求を棄却すべきものと判断した。
しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
要役地の共有持分のために地役権を設定することはできないが、上告人らの予備的請求は、その原因として主張するところに照らせば、右のような不可能な権利の設定登記手続を求めているのではなく、上告人らがその共有持分権に基づいて、共有者全員のため本件要役地のために地役権設定登記手続を求めるものと解すべきである。
そして、要役地が数人の共有に属する場合、各共有者は、単独で共有者全員のため共有物の保存行為として、要役地のために地役権設定登記手続を求める訴えを提起することができるというべきであって、右訴えは固有必要的共同訴訟には当たらない
原判決には上告人らの申立ての趣旨の解釈及び法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決のうち本件予備的請求に関する部分は破棄を免れない。そして、右部分については、地役権設定の範囲等を明確にさせるなど更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻し、上告人らのその余の上告を棄却することとする。
よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 本判決は、要役地共有の場合の地役権設定登記は共有物の保存行為に当たり、右設定登記手続請求訴訟は固有必要的共同訴訟に当たらないと判断したものである。
要役地共有の場合の地役権設定登記が保存行為に当たるか、地役権設定登記手続請求訴訟が固有必要的共同訴訟か否かについては、今までほとんど論じられてこなかった。不動産登記手続の解説書(香川編著・全訂不動産登記書式精義上巻九七八頁、清野・ひろば一七巻八号五一頁、中村・不動産登記の理論と実務二三四頁)は、地役権設定登記は保存行為に該当し、登記権利者は要役地共有者全員であるが、要役地共有者の一名が全員のために申請することができると述べていたところである。
二 判決要旨のとおりの判断がされた主な根拠は、① 設定登記は地役権に対抗要件を付して権利の存続を確実にする行為であること、② 地役権の登記(前掲各文献参照)は承役地及び要役地の乙区欄に地役権の目的・対応する要役地(承役地)等が記載されるだけであって地役権者は記載されず、地役権に係る権利者・義務者は甲区欄の所有名義人の表示により公示されるから、共有者の一部の者による地役権設定登記訴訟の提起を認めてもこの者が地役権を単独で有するかのような登記簿上の外観を与えるおそれがないこと、にあると思われる。そのほか、③ 地役権の準共有者は自己の持分についてだけ地役権設定登記を受けることができないこと、④ 共有者の一部が地役権を時効取得することにより地役権が発生した場合(民法二八四条一項)に他の要役地共有者(地役権の準共有者)の協力がなければ地役権設定登記ができないとするのも問題があること、なども考慮すべき点であろう。
殊に右②の点は、地役権やその設定登記の特徴として重要であろう。所有権移転登記においては、共有者の一部の者の申請により申請人以外の共有者のためにも持分移転登記をすることについては、持分の真正をどのようにして担保するかという問題があるため、登記実務においては消極の見解があるようである(登記先例解説集二一九号一〇八頁参照。かつては、共有者の一部の者が全員のために移転登記の申請をすることを積極に解する見解もあったようである―登記研究一六五号五一頁参照)。また、右の場合において、共有者の一部の者にすぎない申請人の単独所有名義とすることには、真実に合致しない登記を認めることになり、他の共有者の利益を害するおそれもあるという問題がある。共有権に基づく所有権移転登記手続請求訴訟を固有必要的共同訴訟とする最一小判昭46・10・7民集二五巻七号八八五頁、本誌二七二号二二一頁も、以上と同様の考慮に基づくものと思われる。要役地共有の場合の地役権設定登記には、右のような共有地のための所有権移転登記に特有の問題がないから、これを殊更に固有必要的共同訴訟とする理由はないといえよう。原判決は、地役権やその設定登記の特徴を考慮せず、前記最一小判昭46・10・7の影響を受けて本判決と逆の結論を採ってしまったものとも思われ、本件の判決要旨は実務上注意を要するところであろう。
本判決は、共有関係と固有必要的共同訴訟について新たに一つの判断を加えたものとしても、意義があるといえよう。また、以上に述べたところからすると、承役地共有の場合の地役権設定登記手続請求訴訟や要役地共有の場合の地役権抹消登記手続請求訴訟などは本判決の射程外にあることは明らかであって、これらは今後に残された問題であるといえよう。
三 本件の事案は、分譲マンションの分譲業者(被上告人)とその購入者の一部(上告人ら)との間の紛争である。主要な争点の第一は本件承役地(持分割合に応じた持分)も分譲されたか否かであり、原審は分譲されていないと認定した。主要な争点の第二は本件承役地に本件要役地を要役地とする地役権が設定されたか否かであり、原審は黙示の地役権設定契約が締結されたと認定した。なお、本判決のいう本件承役地とは公道に通じる幅12mの路地状敷地部分のうち半分の幅6mの部分のことであり、本件要役地とはその余の分譲マンションの敷地部分(幅12mの路地状敷地部分のうち本件承役地以外の幅6mの部分を含む。)のことである(参考資料―図面―)も参照していただきたい)。
本件訴訟は、上告人らの提起した本訴事件と被上告人の提起した反訴事件から成る。本訴事件は、主位的に本件承役地の持分移転登記を求め(請求原因は、本件承役地〔建物の持分割合に応じた持分〕も分譲されたというもの)、予備的に本件判示事項に係る地役権設定登記を求めるもの(請求原因は、本件承役地に本件要役地を要役地とする地役権が設定されたというもの)。反訴事件は、本件承役地の明渡、賃料相当損害金の支払を求めるもの。原審は、本訴事件の主位的請求については本件承役地の分譲の事実の証明がないとして棄却すべきものとし、予備的請求については黙示の地役権設定契約が認められるが、本件予備的請求は「要役地共有持分について地役権設定登記を求めるもの」と解され、実体法上共有持分のための地役権設定はできないから持分についての地役権設定登記請求は理由がなく、仮に本件要役地(持分全部)のために地役権設定登記を求めるものとすればそれは共有者全員が原告となることを要する必要的共同訴訟である(ただし、その理由は示していない)から却下を免れないと説示して棄却すべきものとした。原審は、反訴事件については、黙示の地役権設定契約が認められることなどから棄却すべきものとした。
原判決に対して双方から上告がされた(購入者らからの上告が本件。分譲業者からの上告は最高裁平成三年(オ)第一六八三号事件)。分譲業者からの上告である一六八三号事件の上告理由は、主に黙示の地役権設定契約締結の事実の証明があるとした点を非難するものであり、本判決と同日、原審の専権に属する事実認定を非難するものとして、簡素な案文で上告棄却された。
本件の上告理由第一は、本件承役地の分譲の事実の証明がないとした点を非難するもので、原審の専権に属する事実認定を非難するものとして、本判決の冒頭において簡素な案文で排斥された。
本件の上告理由第二が判示事項に関する点であり、本判決は論旨を容れて、①予備的請求は(持分権に基づいて)共有者全員のため本件要役地のために地役権設定登記手続を求めるものと解するべきであるとして、原審がこれを要役地共有持分についての地役権設定登記を求めるものと解した点に違法があるとし、②各共有者は共有物の保存行為として要役地のために地役権設定登記を求める訴えを提起することができ、右訴えは固有必要的共同訴訟に当たらないと判断して、右請求を原審に差し戻したものである。
なお、原審判断のうち持分のために地役権を設定することができないとした部分は、通説の見解(我妻・新訂物権法四一四頁以下など)にも沿うものであり、異論のないところであろう。しかし、本件予備的請求を申立書記載の文言にこだわって持分のための地役権というような不可能な権利の設定登記手続を求めるものと解することは適当でなく、この点は、実務上注意を要する点であるといえよう。

2.判例理論を適用した場合の設問の解決

3.境界確定訴訟の意義
(1)所有権の範囲に関する紛争の解決
(2)境界確定訴訟の所有権範囲確定機能
証明責任の適用のない境界確定訴訟では、どちらが提起しようと請求棄却はありえず、必ず境界線が引かれることになり、紛争の解決を図ることができる!!!

(3)通説的理解に対する批判

(4)近時の学説
①所有権の範囲確定機能
②分筆の前提としての筆界確定機能

4.判例理論の内在的理解
(1)上記学説との関係
(2)境界全部に接する一部土地の取得時効と、隣接土地全部の時効取得の場合の判例の整合性
一部土地の取得=適法
全部土地の取得=不適法却下
←分筆の必要性の有無から。

(3)原告側必要的共同訴訟において提訴拒絶者を被告に回すことができるという判例の射程

+判例(H20.7.17)
理由
上告代理人中尾英俊、同増田博、同蔵元淳の上告受理申立て理由について
1 本件は、上告人らが、第1審判決別紙物件目録記載1~4の各土地(以下、同目録記載の土地を、その番号に従い「本件土地1」などといい、併せて「本件各土地」という。)は鹿児島県西之表市A集落の住民を構成員とする入会集団(以下「本件入会集団」という。)の入会地であり、上告人ら及び被上告人Y2(以下「被上告会社」という。)を除く被上告人ら(以下「被上告人入会権者ら」という。)は本件入会集団の構成員であると主張して、被上告人入会権者ら及び本件各土地の登記名義人から本件各土地を買い受けた被上告会社に対し、上告人ら及び被上告人入会権者らが本件各土地につき共有の性質を有する入会権を有することの確認を求める事案である。

2 原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
被上告会社は、本件土地1についてはその登記名義人である被上告人Y3及び同Y4から、本件土地2~4についてはその登記名義人である被上告人Y5及び同Y6から、それぞれ買い受け、その所有権を取得したとして、平成13年5月29日、共有持分移転登記を了した。

3 原審は、次のとおり判示して、本件訴えを却下すべきものとした。
(1) 入会権は権利者である入会集団の構成員に総有的に帰属するものであるから、入会権の確認を求める訴えは、権利者全員が共同してのみ提起し得る固有必要的共同訴訟であるというべきである。
(2) 本件各土地につき共有の性質を有する入会権自体の確認を求めている本件訴えは、本件入会集団の構成員全員によって提起されたものではなく、その一部の者によって提起されたものであるため、原告適格を欠く不適法なものであるといわざるを得ない。本件のような場合において、訴訟提起に同調しない者は本来原告となるべき者であって、民訴法にはかかる者を被告にすることを前提とした規定が存しないため、同調しない者を被告として訴えの提起を認めることは訴訟手続的に困難というべきである上、入会権は入会集団の構成員全員に総有的に帰属するものであり、その管理処分については構成員全員でなければすることができないのであって、構成員の一部の者による訴訟提起を認めることは実体法と抵触することにもなるから、上告人らに当事者適格を認めることはできない。

4 しかしながら、原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
上告人らは、本件各土地について所有権を取得したと主張する被上告会社に対し、本件各土地が本件入会集団の入会地であることの確認を求めたいと考えたが、本件入会集団の内部においても本件各土地の帰属について争いがあり、被上告人入会権者らは上記確認を求める訴えを提起することについて同調しなかったので、対内的にも対外的にも本件各土地が本件入会集団の入会地であること、すなわち上告人らを含む本件入会集団の構成員全員が本件各土地について共有の性質を有する入会権を有することを合一的に確定するため、被上告会社だけでなく、被上告人入会権者らも被告として本件訴訟を提起したものと解される。
特定の土地が入会地であることの確認を求める訴えは、原審の上記3(1)の説示のとおり、入会集団の構成員全員が当事者として関与し、その間で合一にのみ確定することを要する固有必要的共同訴訟である。そして、入会集団の構成員のうちに入会権の確認を求める訴えを提起することに同調しない者がいる場合であっても、入会権の存否について争いのあるときは、民事訴訟を通じてこれを確定する必要があることは否定することができず、入会権の存在を主張する構成員の訴権は保護されなければならない。そこで、入会集団の構成員のうちに入会権確認の訴えを提起することに同調しない者がいる場合には、入会権の存在を主張する構成員が原告となり、同訴えを提起することに同調しない者を被告に加えて、同訴えを提起することも許されるものと解するのが相当である。このような訴えの提起を認めて、判決の効力を入会集団の構成員全員に及ぼしても、構成員全員が訴訟の当事者として関与するのであるから、構成員の利益が害されることはないというべきである。
最高裁昭和34年(オ)第650号同41年11月25日第二小法廷判決・民集20巻9号1921頁は、入会権の確認を求める訴えは権利者全員が共同してのみ提起し得る固有必要的共同訴訟というべきであると判示しているが、上記判示は、土地の登記名義人である村を被告として、入会集団の一部の構成員が当該土地につき入会権を有することの確認を求めて提起した訴えに関するものであり、入会集団の一部の構成員が、前記のような形式で、当該土地につき入会集団の構成員全員が入会権を有することの確認を求める訴えを提起することを許さないとするものではないと解するのが相当である。
したがって、特定の土地が入会地であるのか第三者の所有地であるのかについて争いがあり、入会集団の一部の構成員が、当該第三者を被告として、訴訟によって当該土地が入会地であることの確認を求めたいと考えた場合において、訴えの提起に同調しない構成員がいるために構成員全員で訴えを提起することができないときは、上記一部の構成員は、訴えの提起に同調しない構成員も被告に加え、構成員全員が訴訟当事者となる形式で当該土地が入会地であること、すなわち、入会集団の構成員全員が当該土地について入会権を有することの確認を求める訴えを提起することが許され、構成員全員による訴えの提起ではないことを理由に当事者適格を否定されることはないというべきである。
以上によれば、上告人らと被上告人入会権者ら以外に本件入会集団の構成員がいないのであれば、上告人らによる本件訴えの提起は許容されるべきであり、上告人らが本件入会集団の構成員の一部であることを理由に当事者適格を否定されることはない。

5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、第1審判決を取り消した上、上告人らと被上告人入会権者ら以外の本件入会集団の構成員の有無を確認して本案につき審理を尽くさせるため、本件を第1審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉徳治 裁判官 才口千晴 裁判官 涌井紀夫)

++解説
《解  説》
1 本件は,原告ら26名が,1審判決別紙物件目録記載1~4の各土地は鹿児島県西之表市塰泊浦集落の住民を構成員とする入会集団(本件入会集団)の入会地であり,原告ら及び被告馬毛島開発株式会社(被告会社)を除く被告ら(以下「被告入会権者ら」という。)は本件入会集団の構成員であると主張して,被告入会権者ら41名及び本件各土地の登記名義人から本件各土地を買い受けた被告会社に対し,原告ら及び被告入会権者らが本件各土地につき共有の性質を有する入会権を有することの確認を求める事案である。
入会集団の一部の構成員が,第三者を相手方として,入会地であると考える土地について固有必要的共同訴訟たる入会権確認の訴えを提起する場合において,訴えを提起することに同調しない同じ入会集団の構成員を被告とすることができるかが争われた。

2 原審は,本件各土地につき共有の性質を有する入会権自体の確認を求めている本件訴えは,本件入会集団の構成員全員によって提起されたものではなく,その一部の者によって提起されたものであるため,原告適格を欠く不適法なものであるとして,本件訴えを却下すべきものとした。
これに対し,原告らが上告受理申立てをしたものであるが,第一小法廷は,本件を受理する決定をした上,原判決を破棄して第1審を取り消した上,本件を鹿児島地方裁判所に差し戻す旨の判断をした。

3 入会権確認の訴えが固有必要的共同訴訟であるとした判例である最二小判昭41.11.25民集20巻9号1921頁,判タ200号95頁は,「入会権は権利者である一定の部落民に総有的に帰属するものであるから,入会権の確認を求める訴えは,権利者全員が共同してのみ提起しうる固有必要的共同訴訟というべきである」と説示している。この事案では,入会集団の構成員330名のうちの316名が,第三者を相手方としてある土地の持分移転登記,抹消登記手続を求めて訴えを提起し(ただし,その後の取下げにより1審判決を受けたのは265名,控訴審判決を受けたのは216名,上告判決を受けたのは128名であるとされている。),控訴審において,原告らが請求を拡張し,当該土地について入会権を有することの確認請求を追加したが,入会権確認請求等に係る訴えは,入会権者と主張されている部落民全員によって提起されたものでなく,その一部の者によって提起されているものであるから,当事者適格を欠く不適法なものであるとされた。この判例の基礎には,ある土地が入会地であるかどうかの確認を求める訴えは,入会権の管理処分権行使の一形態であるから,入会権者全員に総有的に帰属する権限の行使として,その全員が原告となって提起されなければならないという考え方があったものと思われる。この立論を厳格かつ形式的に解するならば,入会権確認の訴えに同調しない入会権者がいるために入会権者の一部のみが第三者に対してその訴えを提起した場合には,常に原告適格を欠くということになり,入会権者の権利行使が妨げられる事態が生じ得ることになる。そこで,本件では,このような問題点の解決と上記判例の射程が争点となったものである。
本判決は,特定の土地が入会地であるのか第三者の所有地であるのかについて争いがあり,入会集団の一部の構成員が,当該第三者を被告として当該土地が入会地であることの確認を求めようとする場合において,訴えの提起に同調しない構成員を被告に加えて構成員全員が訴訟当事者となる形式で第三者に対する入会権確認の訴えを提起することができるとした。その理由として,①入会集団の構成員のうちに訴えの提起に同調しない者がいる場合であっても,民事訴訟を通じて入会権の存否を確定する必要があり,入会権の存在を主張する構成員の訴権は保護されなければならないこと,②このような訴えの提起を認めて,判決の効力を入会集団の構成員全員に及ぼしても,構成員全員が訴訟の当事者として関与するのであるから,構成員の利益が害されることはないことを挙げている。
また,前掲最二小判昭41.11.25が,「入会権の確認を求める訴えは,権利者全員が共同してのみ提起しうる固有必要的共同訴訟というべきである」と説示している点について,本判決は,入会集団の一部の構成員が,訴えの提起に同調しない構成員を被告に加えて構成員全員が訴訟当事者となる形式で,当該土地につき入会集団の構成員全員が入会権を有することの確認を求める訴えを提起することを許さないとするものではないとした。このように,本判決は,前掲最二小判昭41.11.25の判示を基本的には肯定しつつも,同最判と本件とでは,訴えの提起に同調しない構成員を被告に加えて構成員全員が訴訟当事者となっているか,入会集団の構成員全員が入会権確認を求めるという請求を立てているかどうかという点で差異がある点をとらえて,上記最判の射程を画する解釈を示したものである。

4 学説上は,固有必要的共同訴訟とされる共同所有関係に関する訴訟について,共有者のうちに非同調者がいるために,他の共有者の権利行使が妨げられる事態を避けるための方策として,①非同調者以外の者は,非同調者を被告に加えて,訴えを提起することができるとする説,②非同調者以外の者のみによる訴えの提起を許容しようとする説,③非同調者に対する訴訟告知により問題を解決しようとする説などが検討されてきたとされる(佐久間邦夫・平11最判解説(民)(下)703頁参照)。 このうち,非同調者以外の者が非同調者を被告に加えて訴えを提起することができるとする考え方については,土地の共有者のうちに境界確定の訴えを提起することに同調しない者がいるという事案において,既に最三小判平11.11.9民集53巻8号1421頁,判タ1021号128頁が採用するところとなっていた。ただし,その補足意見や判例解説において言及されているとおり,この考え方は,実質的な非訟事件である境界確定訴訟の特殊性に着目して採用されたものであり,他の必要的共同訴訟一般に採用され得るものではないと解されていたため,これを直ちに本件のような場合に当てはめることはできない。
一方,共有関係確認訴訟を見てみると,実務上,固有必要的共同訴訟である遺産確認の訴えにおいては,遺産であることの確認を求めたいと考える相続人は,他の相続人の訴訟に対する態度いかんにかかわらずそれらの者を被告として訴えの提起をすることが許されており,原告適格が問題とされることはないのであって,その点では,権利関係を確定し紛争を解決する必要がある場合には,共有関係にある物の処分権に係る訴えであっても,当事者全員が原告又は被告として関与しているのであれば,常に全員が原告になることが求められているわけではない。また,本件のような事例においては,訴訟手続によって紛争を解決すべき法律上の利益を当事者が有していると認められる上,入会集団の一部の構成員が入会権確認の訴えを提起することを許さないとするのは,管理処分権行使の方法における厳格性を貫こうとする余り,その本体である入会権自体が入会集団から不正に失われてしまうおそれがある。本判決が「入会権の存在を主張する構成員の訴権は保護されなければならない」としたのは,以上のような考慮から,権利保護の必要性を重視したものと考えられる。
なお,上告受理申立て理由が指摘する最二小判昭43.11.15裁判集民93号233頁,判タ232号100頁の事例を見ると,同最判は,本件で示された考え方を否定してはいないように解される。すなわち,この事案では,共有名義で登記されていた入会地の名義人3名がこれを第三者に売却し,又は抵当権を設定してしまったものであり,入会権者78名のうち75名が上記3名と移転登記,抵当権の登記を有する第三者を被告として,入会権確認と,抹消登記手続請求をしたのであるが,原告適格は全く問題とされていない。違法な行為をした者と第三者が被告となり,非同調者がいなかった事案であるので,別の考え方もできないわけではないが,本件のような考え方によっても原告適格に問題のない事例であったと説明することが可能であろう。

5 本判決は,入会権確認の訴えにおいて判示の方法による訴えの提起を許容する判断を示したものではあるが,その考え方は,少なくとも狭義の共有関係の確認を求める訴えについては同様に当てはまるものと解される。ただし,本件のような事例においては,入会集団の一部の構成員が土地の登記名義を有する第三者に対してその抹消登記手続を求める給付の訴えを提起することができるのかどうかも問題となるが,本判決は,この点についてまでは判断を示していないというべきであろう。本判決は,かねてから学説によっても論じられていた固有必要的共同訴訟における原告適格の問題点について,最高裁として初めての判断を示したものであり,民事訴訟の理論上も実務上も影響が少なくないと考えられる。


民事訴訟法 基礎演習 訴訟と非訟


1.夫婦の同居義務

+(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条  夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

+判例(S40.6.30)
理由
本件抗告の理由は別紙記載のとおりであり、これに対して当裁判所は次のように判断する。
憲法八二条は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」旨規定する。そして如何なる事項を公開の法廷における対審及び判決によつて裁判すべきかについて、憲法は何ら規定を設けていない。しかし、法律上の実体的権利義務自体につき争があり、これを確定するには、公開の法廷における対審及び判決によるべきものと解する。けだし、法律上の実体的権利義務自体を確定することが固有の司法権の主たる作用であり、かかる争訟を非訟事件手続または審判事件手続により、決定の形式を以て裁判することは、前記憲法の規定を回避することになり、立法を以てしても許されざるところであると解すべきであるからである。
家事審判法九条一項乙類は、夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する事件を婚姻費用の分担、財産分与、扶養、遺産分割等の事件と共に、審判事項として審判手続により審判の形式を以て裁判すべき旨規定している。その趣旨とするところは、夫婦同居の義務その他前記の親族法、相続法上の権利義務は、多分に倫理的、道義的な要素を含む身分関係のものであるから、一般訴訟事件の如く当事者の対立抗争の形式による弁論主義によることを避け、先ず当事者の協議により解決せしめるため調停を試み、調停不成立の場合に審判手続に移し、非公開にて審理を進め、職権を以て事実の探知及び必要な証拠調を行わしめるなど、訴訟事件に比し簡易迅速に処理せしめることとし、更に決定の一種である審判の形式により裁判せしめることが、かかる身分関係の事件の処理としてふさわしいと考えたものであると解する。しかし、前記同居義務等は多分に倫理的、道義的な要素を含むとはいえ、法律上の実体的権利義務であることは否定できないところであるから、かかる権利義務自体を終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によつて為すべきものと解せられる(旧人事訴訟手続法〔家事審判法施行法による改正前のもの〕一条一項参照)。従つて前記の審判は夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣旨のものではなく、これら実体的権利義務の存することを前提として、例えば夫婦の同居についていえば、その同居の時期、場所、態様等について具体的内容を定める処分であり、また必要に応じてこれに基づき給付を命ずる処分であると解するのが相当である。けだし、民法は同居の時期、場所、態様について一定の基準を規定していないのであるから、家庭裁判所が後見的立場から、合目的の見地に立つて、裁量権を行使してその具体的内容を形成することが必要であり、かかる裁判こそは、本質的に非訟事件の裁判であつて、公開の法廷における対審及び判決によつて為すことを要しないものであるからである。すなわち、家事審判法による審判は形成的効力を有し、また、これに基づき給付を命じた場合には、執行力ある債務名義と同一の効力を有するものであることは同法一五条の明定するところであるが、同法二五条三項の調停に代わる審判が確定した場合には、これに確定判決と同一の効力を認めているところより考察するときは、その他の審判については確定判決と同一の効力を認めない立法の趣旨と解せられる。然りとすれば、審判確定後は、審判の形成的効力については争いえないところであるが、その前提たる同居義務等自体については公開の法廷における対審及び判決を求める途が閉ざされているわけではない。従つて、同法の審判に関する規定は何ら憲法八二条、三二条に牴触するものとはいい難く、また、これに従つて為した原決定にも違憲の廉はない。それ故、違憲を主張する論旨は理由がなく、その余の論旨は原決定の違憲を主張するものではないから、特別抗告の理由にあたらない。
よつて民訴法八九条を適用し、主文のとおり決定する。
この裁判は、裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同奥野健一の補足意見、裁判官山田作之助、同横田正俊、同草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の意見があるほか、裁判官全員の一致した意見によるものである。

+補足意見
裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同奥野健一の補足意見は次のとおりである。
旧民法(昭和二二年法律二二二号による改正前の民法)上の夫婦の同居を目的とする訴は旧人事訴訟手続法(家事審判法施行法による改正前のもの)一条一項により、人事訴訟事件として地方裁判所に訴を提起すべく、裁判所は対審(口頭弁論)、公開の手続により、判決の形で裁判をなすべきものとされていた。現行民法七五二条の夫婦の同居の義務も旧民法のそれと本質的に異るものではない。即ち、夫婦の同居の義務は多分に倫理的、道義的な要素を含むとはいえ、法律上の実体的義務であつて、これが存否につき争があり、これを終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によつて裁判すべきものである。とくに現行憲法は、個人の尊重とその権利の保障を一つの根本精神とし、そのために、何人も裁判を受ける権利を奪われないこと(三二条)、すべて司法権は司法裁判所に属し、特別裁判所の設置を許さないこと(七六条)、裁判の対審と判決は公開法廷で行なうこと(八二条)を定めている。さらに、この精神にそつて、現行の訴訟法は対審公開の原則の下に、当事者が攻撃防禦を尽くし、厳格な証拠調を経た上で判決することとしている。これによつてはじめて真実が発見され、個人の権利が真に適正に保障されるからにほかならない。したがつて、いやしくも法律上の実体的権利義務の存否について争いがあれば、これを終局的に確定するには、司法裁判所において公開の法廷で対審の下に厳格な証拠調を経た上で判決することを要するのであり、そうでなければ、現行憲法の根本精神を無にするものといわなければならない。
然るところ、家事審判法九条一項乙類は、夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する事件を審判事項として非訟事件手続法に準ずる手続により非公開の手続で審理し、決定の形式を以て裁判すべきものと規定している。しかし、同条項にいう「夫婦の同居に関する処分」とは、夫婦の同居義務の存否を終局的に確定する趣旨のものではなく、夫婦の同居義務の存することを前提として、その同居の具体的な態様、場所、時期等に関する処分であると解すべきである。けだし、民法は同居の具体的な態様、場所、時期等について一定の基準を規定していないのであるから、家庭裁判所がこれらの点について、裁量権により具体的にこれを形成する必要があり、かかる裁判は本質的に非訟事件の裁判であつて、公開の法廷における対審及び判決によることを要しないものであるからである。即ち、家事審判による処分には形成力は生じるが、その前提要件についての既判力はないと解する。この関係は、仮処分を命ずるには、一応本案の請求権の存することを前提として、仮処分の裁判をなすのであるが、その裁判が確定してもその基礎である請求権の存在は、本案の訴訟で確定されるものであるのと類似していると考える。若しこれに反し家事審判において、かかる形成的な処分の外に、基本たる同居の義務の存否までも終局的に確定するものとすれば、国民の裁判を受ける権利の剥奪となり憲法三二条、八二条に違反するものと言わざるを得ない。けだし、訴訟事件とするか非訟事件とするかは、単なる立法上の便宜の問題ではなく、実体的権利義務の存否の確定は飽くまで訴訟手続によるべきもので、これを回避するため非訟事件手続とすることは、前記憲法の規定上許されないところであるからである。(戦時民事特別法を想起すべきである。昭和三五年七月六日当裁判所大法廷決定(昭和二六年(ク)第一〇九号、民集第一四巻第九号一六五七頁)は戦時民事特別法一九条二項に関して、「若し性質上純然たる訴訟事件につき、当事者の意思いかんに拘らず終局的に、事実を確定し当事者の主張する権利義務の存否を確定するような裁判が、憲法所定の例外の場合を除き、公開の法廷における対審及び判決によつてなされないとするならば、それは憲法八二条に違反すると共に、同三二条が基本的人権として裁判請求権を認めた趣旨をも没却するものといわねばならない。」と判示している。)
これを要するに、夫婦の一方が故なく同居しない、又は同居させない場合に、他の一方から同居すべきこと又は同居させるべきことを求める争訟においては、同居義務の存否を確認し、義務ありとすればこれが履行を命ずる裁判をなすべきであつて、その性質は、純然たる訴訟事件であり、固より形成訴訟ではない。従つて、かかる請求権の存否を確定するには公開の手続による対審、判決によつて裁判すべきものであつて、このことは人事訴訟手続法一条一項から夫婦の同居を目的とする訴が削除された現在でも、なお一般民事訴訟として訴を提起し得るものと解すべきである。従つて、「夫婦でないから同居の義務がない」とか、「夫婦であるが、同居請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がない」とかといつたような夫婦関係の存否又は同居請求が権利濫用であるか否か等について争がある場合に、その争を単なる非訟事件手続により審理し、決定で終局的に裁判することは許されないものというべきである。このことは、遺産分割の審判が、相続権自体の有無に対し、既判力を有しないのと同様である。若し、家庭裁判所が同居義務なしとして申立を却下し、その審判が確定した場合に、これがため夫婦同居義務不存在が単なる非訟事件手続による決定により、終局的に確定されるものとすれば、前示大法廷判例の趣旨に反し、正に前記憲法の規定に反するものといわざるを得ないであろう。
叙上の理由により、家事審判法九条一項乙類の規定は憲法八二条、三二条に違反するものではなく、これに従つてした原決定も違憲ではない。

+意見
裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。
一 多数意見ならびに横田(喜)、入江、奥野裁判官の補足意見によれば、憲法八二条が「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定した趣旨は、法律上の実体的権利義務自体につき争いがあり、これを確定するには、公開法廷における対審及び判決によるべきであると解すべきであつて、夫婦の同居に関する争いにおいても、同居の権利義務自体につきこれを確定するには、公開裁判によるべきであるところ、本件家庭裁判所の為したる「相手方(夫)はその住居で申立人(妻)と同居しなければならない」とした審判は単に「夫の住所で同居しなければならない」とする同居の時期、場所についてのみ形成的効力を生ずるにとどまり、その前提である同居の義務ありや否やの点につき、当事者に不服があれば、更に通常裁判所に出訴し得るというのである。
しかし、家庭裁判所がする審判が、しかく不徹底な軽いものであると解すべきであろうか。本件事案についてみるに、相手方たる夫は、妻と同居する義務なきことを主張して争つてきたのに対し、家庭裁判所は「妻と同居すること」との審判を与えているのであつて、これ正しく、妻に同居請求権あることを認めた審判であると解せざるを得ない。多数意見に従えば、本件当事者の一方は同居の義務ありや否やの点について争いがあるとして更に通常裁判所に出訴することができるというのであるが、かかる解釈をすることは一般世人をして首肯させることが出来ないばかりでなく、家事紛争の処理を司る家庭裁判所のなす審判の権威と機能を全く阻害するものといわなくてはならない。
二 いうまでもなく、憲法八二条が「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定する所以のものは、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」とする憲法三二条の規定と表裏相待ち、憲法が国民に保障している基本的人権ならびに自由の最後の保障は、結局裁判所における公正な裁判によつてなされるものであり、その裁判が公正に行われるためには、裁判を公開の法廷における対審手続により行うことによつてこれを国民の直接の監視の下におくことが肝要である、というにほかならない。
しかして、この裁判の対審公開の原則は、その沿革よりすれば、もと刑事事件について採用され、数世紀にわたる人々の経験から、対審公開の手続によつてはじめて裁判の公正が保たれ人権の窮極の保護が全うせられるとの経験より得られた経験主義的原理であり、近代国家にあつては、あまねく、憲法的要請として採用されるに至つたものである。
三 しかし、今日においては人の知るとおり、裁判の公正に行われることの保障については、(1)裁判官の独立(2)裁判官の身分の保障(3)特別裁判所の禁止(4)行政機関による終審的裁判の禁止等の諸原則が、憲法上採用されているのであつて、裁判の対審公開の原則のみが、その唯一の保障ではなくなつたのである。
しかのみならず、近代社会の複雑化と進展に伴い、裁判の対象である権利義務の内容本質の如何によつては、衆人環視の下に公開の法廷における対審手続によつて裁判されることが、当事者のプライバシーを公開するような結果を生じ、また、公開の法廷では容易に真実が述べられないおそれがある等却つてその当事者たる国民の人権を尊重しない結果となる例外的場合も生じてきていることも事実であつて、各国憲法を比較する観点よりすれば、裁判の対審公開の原則は幾分緩和されつつあるのである。
四 しかして、わが憲法八二条も、全部の裁判を必ず公開裁判で行うべしとは規定していない。同条第二項が、(1)政治犯罪(2)出版に関する犯罪(3)国民の基本的権利が問題となつている事件については常に対審公開の裁判によるべしと定めている点に鑑みれば、その他の事件については、原則として対審公開の裁判でなされることが要請されているのではあるが、例外を絶対認めない趣旨と解すべきではない。
五 然らば、如何なる場合に例外を認め得るやというに、もともと裁判の対審公開の原則は既に詳述した如く対審公開の手続によつてはじめて裁判が公正に行われることを期待し、因つてその関係者の権利を擁護せんとするものであるから、若しその争われる権利義務の本質上、公開の法廷における対審手続によつて裁判されることにより却つてその人の権利の擁護にならないと認められる場合には、必ずしも裁判公開の原則を固執する要なきものと解するを相当とする。
六 本件の如く家事審判法が家庭裁判所の審判事件として非公開の審判手続により審判すべきものと定めている夫婦間の同居に関する争いは、その内容たる権利義務自体の本質よりして正に裁判の対審公開の原則に親しまない例外の事例に該当するものと解するのを相当とする。けだし家族団体員相互の間の諸権利義務、就中夫婦同居請求を認容するか否かについては、夫婦間の微妙なる関係のほか、家族間の信頼関係等に影響される処多く、その内容も多岐多様にして、これを具体的に確定するにも、社会的、倫理的、経済的見地に立つて、国家が後見的隠密裡に介入すべきもの多く、裁判官の裁量に基づきこれを定める必要も多々あるのであり、国民一般も亦公開対審の場でこれが争いを決することを必ずしも好んではいないのが実情であるから、斯る権利義務(所謂家団における団体的権利義務)に関する裁判を、家庭裁判所の審判事件として非公開対審でなすこととすることは、この権利の本質からする当然の帰結であつて、毫も憲法八二条に違反するものというを得ない。そして、如何なる権利義務関係が、憲法八二条の対審公開の裁判に親しまないものであるかは、具体的法律関係につき、まず、立法問題として処遇さるべく、しかも、その立法につき、その権利の本質が争われたときは最高裁判所の最終判決によつて解決さるべきものと解すべきである。
叙上のとおり、夫婦同居請求は非訟事件手続法を準用する非公開の審判手続によるべき旨定める家事審判法の規定は合憲であり、従つて本件審判を是認した原決定が違憲でないことは、多数意見とその結論を同じくするけれども、その理由を異にするものであり、また、夫婦同居の権利義務自体について更に訴訟を以て争いうる旨の多数意見には、にわかに賛同し難い。

+意見
裁判官田中二郎の意見は次のとおりである。
私の意見は、本件抗告はこれを棄却すべきものとする結論において多数意見と同じであるが、その理由を異にする。多数意見によれば、憲法八二条に「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定した趣旨は、法律上の実体的権利義務自体につき争がある場合において、これを確定するには、公開の法廷における対審及び判決によるべきものと解すべきであつて、夫婦の同居義務に関する争であつても、同居義務自体は法律上の実体的権利義務であることは否定できないところであるから、かかる権利義務自体を終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によつてなすべきものである、という。かような見地に立つて、多数意見は、本件家庭裁判所のなした審判は、夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣旨のものではなく、これらの実体的権利義務の存することを前提として、その同居の時期・場所・態様等について具体的内容を定める処分であつて、審判確定後は、審判の形成的効力については争いえないところであるが、その前提たる同居義務等自体については公開の法廷における対審及び判決を求める途が閉ざされているわけではないから、家事審判法の審判に関する規定は、何ら憲法八二条、三二条に牴触するものではない、というのである。
これに対し、私は、夫婦の同居義務に関する民法の規定の改正並びに家事審判制度創設の経緯及びその趣旨に鑑み、夫婦関係の存続を前提とする家事審判法による夫婦の同居に関する審判そのものについては―離婚又は婚姻無効を理由とする同居義務の不存在を主張する場合を別として―公開の法廷における対審及び判決を求める途は閉ざされているものと解すべきであつて、このような制度の建前をとつたからといつて、そのこと自体が決して憲法八二条及び三二条に違反するものではないと考えるのである。その理由は、次のとおりである。
一 夫婦が一般的抽象的に同居義務を有することは、民法七五二条の明定するところであつて、夫婦関係の存続を前提とする限り、夫婦の同居義務等自体については、あえて訴訟により、裁判所の確定をまつまでもない。問題になるのは、この同居義務の存在を前提として、個々の事案に即し、その同居の場所・時期・態様等について、その具体的内容はどのようであるべきかの点である。ところが、これらの点については、民法には何らの基準を定めておらず、他にその基準を定めた規定もない。それは、一定の基準を設け、これによつて画一的な解決方法を講ずることが、事柄の性質上、必ずしも適当とはいえないからである。家事審判法がこれらの事件を家事審判事項としているのは、このような事件の特殊性―夫婦共同生活体の内部の倫理的・道義的な要素を多分にもつた、従つてまたプライバシーを尊重確保する必要性が大きいといつた特殊性―に鑑み、家庭裁判所が、後見的立場から、合目的的見地に立ち、その裁量権を行使して具体的事案に即した妥当な解決を図るようにするためにほかならない。従つて、かような家事審判法による夫婦同居義務に関する審判は、一種の形成処分の性質を有するものであつて、現行法全体の建前は、この種の問題の終局的解決を家庭裁判所の形成的作用に期待しているものと解すべきである。
ところで、多数意見は、右審判が右のような性質を有することを認めながら、それとは別に、夫婦同居義務自体に関する紛争があり得るものとし、それは法律上の実体的権利義務に関する紛争であるから、憲法上、通常訴訟の途が閉ざされていてはならないというのである。しかし、いつたい、多数意見のいうように、夫婦関係の存続を前提としつつ、夫婦同居義務自体等に関する紛争と夫婦同居義務の具体的内容、すなわち、その場所・時期・態様等に関する紛争とを切り離し、これを別個のものとして明確に区別して考えることができるであろうか。横田(喜)、入江、奥野各裁判官の補足意見は、「夫婦でないから同居の義務がない」とか、「夫婦であるが、同居請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がない」というような場合を「同居義務自体」、の例としてあげ、このような場合には、当然、通常訴訟の途が開かれていなければならないとするようである。ところで、右の引例のうち、「夫婦でないから同居義務がない」というのは、夫婦関係の存続を前提とするものではなく、離婚・婚姻無効を主張する等夫婦関係の存在そのものを争うか、その不存在を前提として、同居義務の不存在を主張するものであつて、それが通常訴訟の対象となることは、私も決して否定するわけではない。夫婦関係の不存在を主張して争う場合に、それが通常訴訟の対象となることはもちろんであり、その主張が肯認されれば、同居義務が否定されることは当然である。次に他の一つの例として引用される「夫婦であるが、同居請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がない」というのは、夫婦同居義務の存在を前提としつつ、同居請求をする場合であるから、前の例とは全く事情を異にする。この事例の同居請求は、その実質は、同居義務履行の具体的態様に関するものと解すべきであつて、同居請求に理由があるかどうかは、正に審判によつて最終的に決定すべきであると考える。結果的に、例えば精神病者である夫婦の一方からの同居請求のような場合に、具体的な事態のもとでは、その請求は権利濫用であるとして、相手方に対し、抽象的同居義務はあるが、具体的同居義務(同居の態様)がない、という決定を下すことはあり得るであろうが、それは、同居義務の存在そのものを前提としながら、具体的事案に即しての同居義務履行の一態様として、例えば病気療養中、一時的に同居する必要がないという裁量的形成処分にほかならないのである。従つて請求者の精神病が治癒した暁には、相手方の本来の同居義務が回復することは当然である。そもそも、夫婦関係の存続を前提としながら、終局的に同居義務の不存在の確認を訴訟によつて求めるがごときは、民法の予定しないところであり、そのような通常訴訟を認めるべき合理的根拠は見出しがたいように思う。
二 そもそも、一般の民事事件の裁判は、当事者間に権利義務に関する具体的な紛争のある場合に、一般的抽象的に定められた法規―慣習法等を否定する趣旨ではない―を具体的事件に適用し、何が正しい法であるかを宣言する作用(Recht―sprechung)であり、このような裁判について、憲法は、公開の原則及び対審構造を保障しているのである。ところが、夫婦同居義務の具体的内容に関する紛争については、さきに述べたように、適用すべき法の一般的基準の定めがあるわけではなく、もつぱら家庭裁判所の形成的作用に委ね、その後見的立場における広範かつ自由な裁量によつて、具体的に衡平・妥当な解決をもたらすことを期しているわけである。従つて家庭裁判所の行なう審判は、合目的性ないし具体的衡平を理念とする一種の形成的作用にほかならない。このような典型的な非訟事件の審判は、上述の法の宣言作用たる裁判とは、元来、その性質を異にするのであるから、この種の事件の処理について、一般の民事事件や刑事事件の裁判と異なつて、公開の原則及び対審構造が保障されていないからといつて、直ちに違憲といい得ないことはいうまでもない。それは、このような家庭裁判所の行なう審判は、さきに述べたように、憲法で公開・対審の原則の保障されている裁判そのものには当らないと解すべきであるからである。
もとより、いわゆる非訟事件のすべてが、右に述べた意味での裁判に当らないというわけではない。立法政策的に非訟事件とされることによつて、具体的な権利義務に関する紛争のすべてが通常訴訟に親しまなくなるというわけでもない。法律上、非訟事件とされているものについても、その事件の性質・内容によつて、通常訴訟の対象とされるべきかどうかの判断がなされなくてはならない。家事審判法九条一項乙類に掲げる各事項についても、通常訴訟が許されるかどうかについて、具体的に検討する必要があり、終局的には、判例法によつて解決されるべき問題である。
夫婦同居義務に関する紛争であつても、さきに述べたように、婚姻の無効又は離婚を主張し、婚姻関係の不存在を前提として、同居義務の不存在を主張する場合には、通常訴訟によつてこれを争うことを妨げるものではない。しかし、夫婦関係の存続を前提とする以上、公開・対審の原則が保障された裁判の対象となるべき具体的な権利義務に関する紛争は生ずる余地はなく、ただ、夫婦の同居義務履行の場所・時期・態様等の具体的内容に関する紛争―具体的事情のもとに同居義務を一時的に拒否するのも、その義務履行の一態様にすぎない―のみが予想されるのであつて、
これらの紛争は、事柄の性質からいつて、倫理的な夫婦共同生活体の内部の紛争であり、プライバシーの尊重を必要とする問題であるから、これを公開の法廷に曝すことは適当でなく、また、それは、当事者の対立抗争の法構造である対審構造のもとにおける裁判になじまない性質のものというべきである。従つて、このような典型的な非訟事件については、通常の民事訴訟事件と区別して、これに特別の家事審判制度を設け、特別の取扱いを認める合理的根拠は十分に存在するのであつて、このような制度や特別の取扱いをしたからといつて、憲法の趣旨に反するものとするいわれは毛頭ないものというべきである。
これを要するに、多数意見は、夫婦同居義務に関する家庭裁判所の審判の意義及び性質についての正しい理解を欠き、家庭裁判所創設の意義を没却する虞れがあるものというべきであつて、到底、賛成することができない。
裁判官横田正俊、同柏原語六は、裁判官田中二郎の右意見に同調する。

+意見
裁判官松田二郎の意見は、次のとおりである。
(一) 私は家事審判法九条一項乙類一号の夫婦の同居に関する審判は、憲法三二条、八二条に違反しないものと解するのであつて、この限りにおいて、多数意見と見解を同じくする。
しかしながら、その理論的根拠において、私は多数意見と全く異る見地に立つものである。すなわち、多数意見は、同居に関する家事審判とは別個に、同居義務の実体的権利義務自体を終局的に確定するためには、公開の法廷における対審および判決による訴訟の途が開かれていると主張し、このように解することによつて、右審判が前記憲法の条項に違反しないことを理由付けようとする。これに対して、私はそのような訴訟による途が開かれていることを否定するものなのである。私の見解によれば、夫婦同居に関する事項は、本質上、非訟事件に属するものであり、従つて非訟手続たる家事審判法の審判によることは、理論上当然のことなのである。換言すれば、本質上、非訟事件たるものを非訟手続のみによらしめても、何等違憲の問題を生ずる余地すらないのである。
(二) 思うに、夫婦間の婚姻関係は、法律的であるとともに倫理的であるところの生活協同体であり、他の法域におけるよりも遥かに高度に、法と道徳との二要素が密接に関連しているのである。このことは、当然に婚姻の法律関係を特徴づけるのである。そして今や新憲法の両性の本質的平等の理念の下で、婚姻は夫婦相互の協力により自主的に営まれることが期待されているのである(憲法二四条参照)。従つて、それは国家機関たる裁判所による訴訟的解決になじまない法域といえよう。たとえば夫婦間の契約は、婚姻中、何時でも第三者の権利を害しない限り、夫婦の一方からこれを取消し得ると規定していることも(民法七五四条)、夫婦間の契約に基づく争を訴訟によつて解決することは妥当でないとすることのあらわれである。要するに、婚姻関係については、その存続を前提とする限り、裁判所はただ後見的の立場において、これに関与するに止まるのである。ただ、この関係を解消せしめようとする離婚については、訴訟が認められているのである。
叙上の理由により、婚姻関係に関する事項―本件における同居義務に関する事項も含めて―については、婚姻の存続を前提とする限り、裁判所は民事訴訟手続と異るところの手続によつてこれに関与するに止まるべきものである。しかして、この場合における客観的真実発見の必要は、弁論主義を採ることを許さなくなり、また夫婦共同生活に関するプライバシーの尊重は、手続の非公開を要請することとなるのである。しかしてこれに適合する手続が、すなわち非訟事件としての性質を有する家事審判法である。
(三) しかるに、多数意見に賛成する横田(喜)、入江、奥野三裁判官は、補足意見として次のごとく主張される。すなわち、旧人事訴訟手続法(家事審判法施行法による改正前のもの)一条一項が「夫婦の同居を目的とする訴」を認めていたことを援用して、夫婦同居義務の権利義務自体を終局的に確定するには、公開の法廷における対審および判決によるべきであるとの主張の根拠とされるのである。
しかしながら
(1) 新憲法下で家庭裁判所が新たに設立され、家事審判法が夫婦同居に関する事項について審判を行なうに至つたことを忘るべきではない。旧人事訴訟手続法に規定された右の訴は、既に廃止されて、今や存在しない過去のものたるに過ぎないのである。
(2) そればかりでなく旧人事訴訟手続法の下においてすら、夫婦同居請求の訴を提起し、原告が勝訴し、その判決が確定した場合においても、相手方に対して、何等、直接にも間接にもその履行を強制する方法がなかつたことは(大審院昭和五年(ク)第八九〇号同年九月三〇日決定、大審院判例集九巻一一号九二六頁参照)、想起さるべきである。すなわち、この場合、国家機関たる裁判所は夫婦間の「訴訟」に介入しても、終局的には何等その介入の効果を収め得なかつたことを示しているからである。換言すれば、人事訴訟として「夫婦の同居を目的とする訴」なるものを認めたことが、無意味であつたことを示すに外ならない。
(3) 既に述べたように、多数意見は「夫婦同居の義務の実体的権利義務自体」といら概念を構成し、それを終局的に確定するには公開の法廷における対審および判決によるべきであると強調するのである。しかし、夫婦同居についての法律関係自体は、民法七五二条そのものが明定するところであり、敢て再びこれを訴訟によつて確定することを要しないのである。そして同居に関し夫婦間に協議の調わないとき、この民法の定めるところに基づいて、家庭裁判所は具体的事件につき諸般の事情を斟酌して具体的な態様を形成するのである。前示家事審判はこのような形成的作用を有する処分なのである。
(四) さらに多数意見のいうような訴訟を認めるときは、きわめて多くの疑問を生じ、裁判実務を混乱に導くものと思われる。
(1) もしこのような訴を許すならば、家庭裁判所の夫婦同居に関する審判について不服の者は、民事訴訟を提起するであろう(家庭裁判所の審判をまたず、その前において、民事訴訟を提起するものもあろう)。このことは、徒に多くの民事訴訟を誘発することとなろう。
(2) 右のよらな訴と家事審判とは、どのような関係に立つのであろうか。この点につき、横田(喜)、入江、奥野の三裁判官は、民事訴訟による裁判と家事審判との関係を本案訴訟と仮処分手続との関係に類似するものとされるのである。
しかし、このような見解によれば、夫婦同居の事項に関して、家庭裁判所は何等固有の権限を有しないこととなろう。
けだし、この見解によれば、家庭裁判所は単に仮処分的の機能のみを行うに過ぎないものとなるからである。そして家庭裁判所の審判は、常に民事訴訟によつて覆される可能性を有するものとなるからである。これは新憲法下で家庭裁判所の設立された意義を没却するものであろう。
(3) 多数意見の主張するごとき訴訟によつて、夫婦同居義務の存在または不存在の判決が確定したと仮定しよう。そしてもしこの判決確定後、これに反する事情が生じたときは、多数意見はいかにこれを処理するのであろうか。既にこの点の既判力が生じているからである。しかし、私のように同居義務について家事審判のみを認める以上、その審判には既判力がないから、事情変更を理由として、その審判の取消、変更を認めるに何等の妨げを見ないのである。そしてこのような点にこそ、夫婦同居義務に関する事項が非訟事件たる所以を見るのである。
(4) もし、夫婦同居についての訴が許されるとしても、現行法上このような訴はもはや人事訴訟手続法に規定されていないことを忘るべきでない。従つて、このような訴は民事訴訟法によらざるを得ないこととなるのであろう。そうであるならば、この訴訟において請求の認諾(民訴二〇三条)が認められ、擬制自白(民訴一四〇条一項本文)の規定が適用されるのであろうか。しかし、このような結論が失当なことは多言を俟たないのである。
(5) 多数意見のような訴が認められるならば、この訴を本案とする仮処分が認められることとなろう(旧人事訴訟手続法一六条参照)。それは果していかなる内容の仮処分なのであろうか。夫婦同居に関する審判と同居に関する訴の仮処分とは、いかなる関係に立つのであろうか。これらの疑問に対して、多数意見はすべからく答えるべきであるにかかわらず、何等述べるところがないのである。
(五) いうまでもなく、ある事項を訴訟事件とするか非訟事件とするかは、決して、単なる立法上の便宜の問題でないのであつて、実質上訴訟事件たるものを非訟事件とすることは、憲法三二条、八二条を回避するものとして許されないのである。しかし、本質上、非訟事件の性質を有するものを非訟手続によらしめることは、固より当然であり、何等憲法の右条項に反しないことは、いうまでもない。しかして新憲法下における夫婦同居に関する事項は正にこれに該当するのであつて、その性質が非訟事件に属し、民事訴訟になじまないものであるから、現行制度はこの本質に即して、その処理を非訟手続たる家事審判法に委ねているのである。多数意見はこの本質を正解しないものと思われる。そればかりでなく、その理論的誤りの結果として、裁判運営の上に、多大の支障を生ぜしめるに至るのである。
要するに、叙上の点からして、私は多数意見の理由に対して、反対せざるを得ないのである。
裁判官草鹿浅之介は、裁判官松田二郎の右意見に同調する。

+意見
裁判官岩田誠の意見は次のとおりである。
私も本件抗告は、これを棄却すべきものとする結論において多数意見と同じであるが、夫婦関係の存続を前提とする限り、夫婦の同居義務存否を確定する訴訟を裁判所に提起することは許されず、夫婦の同居に関する処分は専ら家庭裁判所の審判によるべきであり、又かく解したからといつて、家庭裁判所の右審判が憲法三二条、八二条に違反するものではないと思料する。そしてその理由は田中裁判官の意見と同一であるから、これを引用する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

・被告が同居しようとしない場合に、強制執行によって同居義務を実現することができるか?
→消極的。
夫婦の同居義務は、債務者が任意に履行しなければ債権の目的を達することのできない債務であるから。

2.同居義務の内容を定める手続き

・人事訴訟という方法。

+(民事訴訟法 の規定の適用除外)
人事訴訟法第十九条  人事訴訟の訴訟手続においては、民事訴訟法第百五十七条 、第百五十七条の二、第百五十九条第一項、第二百七条第二項、第二百八条、第二百二十四条、第二百二十九条第四項及び第二百四十四条の規定並びに同法第百七十九条 の規定中裁判所において当事者が自白した事実に関する部分は、適用しない
2  人事訴訟における訴訟の目的については、民事訴訟法第二百六十六条 及び第二百六十七条 の規定は、適用しない

職権探知
人事訴訟法第二十条  人事訴訟においては、裁判所は、当事者が主張しない事実をしん酌し、かつ、職権で証拠調べをすることができる。この場合においては、裁判所は、その事実及び証拠調べの結果について当事者の意見を聴かなければならない。

・家事事件手続法を使う方法

+(審判事項)
第三十九条  家庭裁判所は、この編に定めるところにより、別表第一及び別表第二に掲げる事項並びに同編に定める事項について、審判をする。

+(申立ての方式等)
第四十九条  家事審判の申立ては、申立書(以下「家事審判の申立書」という。)を家庭裁判所に提出してしなければならない。
2  家事審判の申立書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一  当事者及び法定代理人
二  申立ての趣旨及び理由
3  申立人は、二以上の事項について審判を求める場合において、これらの事項についての家事審判の手続が同種であり、これらの事項が同一の事実上及び法律上の原因に基づくときは、一の申立てにより求めることができる。
4  家事審判の申立書が第二項の規定に違反する場合には、裁判長は、相当の期間を定め、その期間内に不備を補正すべきことを命じなければならない。民事訴訟費用等に関する法律 (昭和四十六年法律第四十号)の規定に従い家事審判の申立ての手数料を納付しない場合も、同様とする。
5  前項の場合において、申立人が不備を補正しないときは、裁判長は、命令で、家事審判の申立書を却下しなければならない。
6  前項の命令に対しては、即時抗告をすることができる。

+(手続の非公開)
第三十三条  家事事件の手続は、公開しない。ただし、裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。

3.訴訟の非訟化とその限界

・憲法32条・82条との関係

訴訟=実体的権利義務の存否を確定する裁判
非訟=実体的権利義務が存在することを前提として、その具体的内容を裁判所が裁量権を行使して形成する裁判


民事訴訟法 基礎演習 審判権の限界


・+裁判所法第三条 (裁判所の権限)  裁判所は、日本国憲法 に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
2  前項の規定は、行政機関が前審として審判することを妨げない。
3  この法律の規定は、刑事について、別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。

・法律上の争訟
当事者間の具体的権利義務ないし法律関係の存否に関する争いであって(狭義の事件性)、法律の適用により終局的に解決できるもの(法律性)

1.判例の二段審査モデル

・第一段審理=まず訴訟物について。
第二段心理=訴訟物を判断する前提問題

+判例(S55.1.11)
理由
上告代理人浅野繁、同広江武彦の上告理由第一、一について
上告人が原審において提起した新訴は、上告人と被上告人宗教法人曹洞宗(以下「被上告人曹洞宗」という。)との間において上告人が被上告人宗教法人種徳寺(以下「被上告人種徳寺」という。)の住職たる地位にあることの確認を求める、というにあるが、原審の適法に確定したところによれば、曹洞宗においては、寺院の住職は、寺院の葬儀、法要その他の仏事をつかさどり、かつ、教義を宣布するなどの宗教的活動における主宰者たる地位を占めるにとどまるというのであり、また、原判示によれば、種徳寺の住職が住職たる地位に基づいて宗教的活動の主宰者たる地位以外に独自に財産的活動をすることのできる権限を有するものであることは上告人の主張・立証しないところであるというのであつて、この認定判断は本件記録に徴し是認し得ないものではない。このような事実関係及び訴訟の経緯に照らせば、上告人の新訴は、ひつきよう、単に宗教上の地位についてその存否の確認を求めるにすぎないものであつて、具体的な権利又は法律関係の存否について確認を求めるものとはいえないから、かかる訴は確認の訴の対象となるべき適格を欠くものに対する訴として不適法であるというべきである(最高裁判所昭和四一年(オ)第八〇五号同四四年七月一〇日第一小法廷判決・民集二三巻八号一四二三頁参照)。もつとも、上告人は、被上告人曹洞宗においては、住職たる地位と代表役員たる地位とが不即不離の関係にあり、種徳寺の住職たる地位は宗教法人種徳寺の代表役員たりうる基本資格となるものであるということをもつて、住職の地位が確認の訴の対象となりうるもののように主張するが、両者の間にそのような関係があるからといつて右訴が適法となるものではない
したがつて、結局、右と同旨に出て上告人の新訴を不適法として却下した原判決は正当である。論旨は、原審において主張しない事実関係を前提とするか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第一、二及び第二(一)について
所論は、要するに、原審が上告人の新訴については住職たる地位が宗教上の地位であるにすぎないことを理由としてその訴を不適法として却下しながら、これと併合して審理された被上告人種徳寺の上告人に対する不動産等引渡請求事件については曹洞宗管長のした住職罷免の行為をもつて法律的紛争であるとして取り扱い、本案の判断を示したのは、理由齟齬の違法を犯すものである、というにある。
しかしながら、論旨指摘の原審の各判断は、互いに当事者を異にし、訴訟物をも異にする別個の事件について示されたものであるから、その間に民訴法三九五条一項六号所定の理由齟齬の違法を生ずる余地はなく、したがつて、論旨はこの点において理由がない。のみならず、被上告人種徳寺の上告人に対する右不動産等引渡請求事件は、種徳寺の住職たる地位にあつた上告人がその包括団体である曹洞宗の管長によつて右住職たる地位を罷免されたことにより右事件第一審判決別紙物件目録記載の土地、建物及び動産に対する占有権原を喪失したことを理由として、所有権に基づき右各物件の引渡を求めるものであるから、上告人が住職たる地位を有するか否かは、右事件における被上告人種徳寺の請求の当否を判断するについてその前提問題となるものであるところ、住職たる地位それ自体は宗教上の地位にすぎないからその存否自体の確認を求めることが許されないことは前記のとおりであるが、他に具体的な権利又は法律関係をめぐる紛争があり、その当否を判定する前提問題として特定人につき住職たる地位の存否を判断する必要がある場合には、その判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたるものであるような場合は格別、そうでない限り、その地位の存否、すなわち選任ないし罷免の適否について、裁判所が審判権を有するものと解すべきであり、このように解することと住職たる地位の存否それ自体について確認の訴を許さないこととの間にはなんらの矛盾もないのである。所論は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二(二)について
原審の確定した事実関係のもとにおいて曹洞宗管長のした上告人の種徳寺住職たる地位を罷免する処分が有効であるとした原審の判断は、正当として是認するに足り、したがつて、右罷免処分が違法、無効であることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。
被上告人髙田静哉、同鈴木隆造、同鈴木哲に対する上告について
本件上告について提出された上告状及び上告理由書には右被上告人らに対する上告理由の記載がないから、右被上告人らについては適法な上告理由書提出期間内に上告理由書の提出がなかつたことに帰する。してみれば、右被上告人らに対する上告は、いずれも不適法であるから、これを却下すべきである。
よつて、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、三九九条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙辻正己 裁判官 江里口清雄 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三)

+判例(S55.4.10)
理由
上告代理人松井一彦、同中根宏、同落合光雄、同大谷昌彦、同市野沢邦夫の上告理由第一点について
本訴請求は、被上告人が宗教法人である上告人寺の代表役員兼責任役員であることの確認を求めるものであるところ、何人が宗教法人の機関である代表役員等の地位を有するかにつき争いがある場合においては、当該宗教法人を被告とする訴において特定人が右の地位を有し、又は有しないことの確認を求めることができ、かかる訴が法律上の争訟として審判の対象となりうるものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四一年(オ)第八〇五号同四四年七月一〇日第一小法廷判決・民集二三巻八号一四二三頁参照)。そして、このことは、本件におけるように、寺院の住職というような本来宗教団体内部における宗教活動上の地位にある者が当該宗教法人の規則上当然に代表役員兼責任役員となるとされている場合においても同様であり。この場合には、裁判所は、特定人が当該宗教法人の代表役員等であるかどうかを審理、判断する前提として、その者が右の規則に定める宗教活動上の地位を有する者であるかどうかを審理、判断することができるし、また、そうしなければならないというべきである。もつとも、宗教法人は宗教活動を目的とする団体であり、宗教活動は憲法上国の干渉からの自由を保障されているものであるがら、かかる団体の内部関係に関する事項については原則として当該団体の自治権を尊重すべく、本来その自治によつて決定すべき事項、殊に宗教上の教義にわたる事項のごときものについては、国の機関である裁判所がこれに立ち入つて実体的な審理、判断を施すべきものではないが、右のような宗教活動上の自由ないし自治に対する介入にわたらない限り、前記のような問題につき審理、判断することは、なんら差支えのないところというべきである。これを本件についてみるのに、本件においては被上告人が上告人寺の代表役員兼責任役員たる地位を有することの前提として適法、有効に上告人寺の住職に選任せられ、その地位を取得したかどうかが争われているものであるところ、その選任の効力に関する争点は、被上告人が上告人寺の住職として活動するにふさわしい適格を備えているかどうかというような、本来当該宗教団体内部においてのみ自治的に決定せられるべき宗教上の教義ないしは宗教活動に関する問題ではなく、専ら上告人寺における住職選任の手続上の準則に従つて選任されたかどうか、また、右の手続上の準則が何であるかに関するものであり、このような問題については、それが前記のような代表役員兼責任役員たる地位の前提をなす住職の地位を有するかどうかの判断に必要不可決のものである限り、裁判所においてこれを審理、判断することになんらの妨げはないといわなければならない。そして、原審は、上告人寺のように寺院規則上住職選任に関する規定を欠く場合には、右の選任はこれに関する従来の慣習に従つてされるべきものであるとしたうえ、右慣習の存否につき審理し、証拠上、上告人寺においては、包括宗派である日蓮宗を離脱して単立寺院となつた以降はもちろん、それ以前においても住職選任に関する確立された慣習が存在していたとは認められない旨を認定し、進んで、このように住職選任に関する規則がなく、確立された慣習の存在も認められない以上は、具体的にされた住職選任の手続、方法が寺院の本質及び上告人寺に固有の特殊性に照らして条理に適合したものということができるかどうかによつてその効力を判断するほかはないとし、結局、本件においては、被上告人を上告人寺の住職に選任するにあたり、上告人寺の檀信徒において、同寺の教義を信仰する僧侶と目した者の中から、沿革的に同寺と密接な関係を有する各末寺(塔中を含む。)の意向をも反映させつつ、その総意をもつてこれを選任するという手続、方法がとられたことをもつて、右条理に適合するものと認定、判断したものであり、右の事実関係に照らせば、原審の右認定、判断をもつて宗教団体としての上告人寺の自治に対する不当な介入、侵犯であるとするにはあたらない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つてこれを論難するに帰し、採用することができない。
同第二点及び第三点について
所論の点に関する原審の認定、判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗)

+判例(H1.9.8)
理由
上告代理人色川幸太郎、同川島武宜、同宮川種一郎、同松本保三、同松井一彦、同中根宏、同中川徹也、同猪熊重二、同桐ケ谷章、同八尋頼雄、同福島啓充、同若旅一夫、同漆原良夫、同小林芳夫、同今井浩三、同大西佑二、同堀正視、同春木實、同川田政美、同稲毛一郎、同平田米男、同松村光晃の上告理由について
一 本件においては、上告人が被上告人に対し、包括宗教法人日蓮正宗(以下「日蓮正宗」という。)が被上告人を僧籍剥奪処分たる擯斥処分(以下「本件擯斥処分」という。)に付したことに伴い、被上告人が蓮華寺の住職たる地位ひいては上告人の代表役員及び責任役員たる地位を失い、上告人所有の第一審判決添付の物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の占有権原を喪失したとして、本件建物の所有権に基づきその明渡を求めるのに対し、被上告人は、本件擯斥処分は日蓮正宗の管長たる地位を有しない者によってされ、かつ、日蓮正宗宗規(以下「宗規」という。)所定の懲戒事由に該当しない無効な処分であると主張して、上告人の右請求を争っている。

二 裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、法令の適用により終局的に解決することができるものに限られ、したがって、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であっても、法令の適用により解決するに適しないものは、裁判所の審判の対象となり得ないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁参照)。
しかるところ、宗教法人法は、宗教団体に法律上の能力すなわち法人格を与えるものであるが、その趣旨は、「宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成すること」(同法二条)を主たる目的とし、固有の組織と活動の主体として存在する宗教団体について、その「礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営する」(同法一条一項)という、いわば経済的及び市民的生活にかかわる部分のために法人格を認めることにあるのであって、宗教団体は、法人格を取得して宗教法人となった後においても、それに包摂されない宗教活動の主体として存在するものであることはいうまでもない。そして、同法一二条一項五号に規定する宗教法人の代表役員及び責任役員の地位はもとより法律上の地位であるが、宗教団体と宗教法人とが右のような関係にあることから、本件においても、宗教団体内部における宗教活動上の地位としての宗教上の主宰者である法主、管長又は住職たる地位(これらの地位が法律上の地位でないことについては、最高裁昭和五一年(オ)第九五八号同五五年一月一一日第三小法廷判決・民集三四巻一号一頁参照)にある者が、宗教法人の代表役員及び責任役員となるものとされており、したがって、住職たる地位を喪失した場合には、当然代表役員及び責任役員の地位を喪失する関係にある。
そして、宗教団体における宗教上の教義、信仰に関する事項については、憲法上国の干渉からの自由が保障されているのであるから、これらの事項については、裁判所は、その自由に介入すべきではなく、一切の審判権を有しないとともに、これらの事項にかかわる紛議については厳に中立を保つべきであることは、憲法二〇条のほか、宗教法人法一条二項、八五条の規定の趣旨に鑑み明らかなところである(最高裁昭和五二年(オ)第一七七号同五五年四月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事一二九号四三九頁、前記昭和五六年四月七日第三小法廷判決参照)。かかる見地からすると、特定人についての宗教法人の代表役員等の地位の存否を審理判断する前提として、その者の宗教団体上の地位の存否を審理判断しなければならない場合において、その地位の選任、剥奪に関する手続上の準則で宗教上の教義、信仰に関する事項に何らかかわりを有しないものに従ってその選任、剥奪がなされたかどうかのみを審理判断すれば足りるときには、裁判所は右の地位の存否の審理判断をすることができるが、右の手続上の準則に従って選任、剥奪がなされたかどうかにとどまらず、宗教上の教義、信仰に関する事項をも審理判断しなければならないときには、裁判所は、かかる事項について一切の審判権を有しない以上、右の地位の存否の審理判断をすることができないものといわなければならない(前記昭和五五年四月一〇日第一小法廷判決参照)。したがってまた、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係に関する訴訟であっても、宗教団体内部においてされた懲戒処分の効力が請求の当否を決する前提問題となっており、その効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに、それが宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくしてその効力の有無を判断することができず、しかも、その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には、右訴訟は、その実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである(前記昭和五六年四月七日第三小法廷判決参照)。
三 これを本件についてみるに、原審の認定するところによれば、要するに、日蓮正宗の内部において創価学会を巡って教義、信仰ないし宗教活動に関する深刻な対立が生じ、その紛争の過程においてされた被上告人の言説が日蓮正宗の本尊観及び血脈相承に関する教義及び信仰を否定する異説であるとして、日蓮正宗の管長Aが責任役員会の議決に基づいて被上告人を訓戒したが、被上告人が所説を改める意思のないことを明らかにしたことから、宗規所定の手続を経たうえ、昭和五六年二月九日付宣告書をもって、被上告人を宗規二四九条四号所定の「本宗の法規に違反し、異説を唱え、訓戒を受けても改めない者」に該当するものとして、本件擯斥処分に付した、というのであり、原審の右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして、首肯するに足りる。
そして、本件においては、被上告人が本件擯斥処分によって日蓮正宗の僧侶たる地位を喪失したのに伴い蓮華寺の住職たる地位ひいては上告人の代表役員及び責任役員たる地位を失ったかどうか、すなわち本件擯斥処分の効力の有無が本件建物の明渡を求める上告人の請求の前提をなし、その効力の有無が帰するところ本件紛争の本質的争点をなすとともに、その効力についての判断が本件訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものであるところ、その判断をするについては、被上告人に対する懲戒事由の存否、すなわち被上告人の前記言説が日蓮正宗の本尊観及び血脈相承に関する教義及び信仰を否定する異説に当たるかどうかの判断が不可欠であるが、右の点は、単なる経済的又は市民的社会事象とは全く異質のものであり、日蓮正宗の教義、信仰と深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくして判断することのできない性質のものであるから、結局、本件訴訟の本質的争点である本件擯斥処分の効力の有無については裁判所の審理判断が許されないものというべきであり、裁判所が、上告人ないし日蓮正宗の主張、判断に従って被上告人の言説を「異説」であるとして本件擯斥処分を有効なものと判断することも、宗教上の教義、信仰に関する事項について審判権を有せず、これらの事項にかかわる紛議について厳に中立を保つべき裁判所として、到底許されないところである。したがって、本件訴訟は、その実質において法令の適用により終局的に解決することができないものといわざるを得ず、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に該当しないというべきである。
四 以上のとおり、本件訴えは不適法として却下を免れないというべきであり、これと同旨の原審の判断は、結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、ひっきょう、右と異なる見解に立って原判決の不当をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 奧野久之)

+判例(H10.3.10)

+判例(H12.1.30)
理由
上告代理人小見山繁、同河合怜、同片井輝夫、同仲田哲、同竹之内明の上告受理申立て理由第三の二、第四及び第五について
一 本件は、被上告人によって土地及び建物の占有を侵奪されたとする上告人が被上告人に対して民法二〇〇条に基づきその返還を求めている事件である。原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、宗教法人日蓮正宗の被包括宗教法人であるところ、被上告人の宗教法人正福寺規則では、「代表役員は、日蓮正宗の規程によってこの寺院の住職の職にある者をもって充てる。」と規定している(同規則八条一項)。
2 上告人は、昭和四一年八月一六日、当時の日蓮正宗の管長細井日達から被上告人の住職に任命され、同時に前記規則により被上告人の代表役員となって、被上告人所有に係る第一審判決別紙物件目録記載の土地建物(以下「旧寺院」という。)に対する管理、所持を開始した。
3 上告人は、昭和五五年一〇月に被上告人が三重県松阪市下村町西之庄八三八番地三に新寺院を建立したことに伴い、それまで居住していた旧寺院建物から新寺院建物に転居したが、その後も、月に一、二度旧寺院に赴いて風通しのために窓を開閉したり、年二回敷地の草刈りを行ったり、旧寺院の近隣住民に何かあったら連絡するよう依頼するなどして、旧寺院を空き家のまま管理していた。
4 日蓮正宗の管長阿部日顕は、昭和五七年二月五日、上告人が教義上の異説を唱えたとして上告人を僧籍はく奪処分である擯斥処分に付するとともに、上告人の後任として八木勝道を被上告人の住職に任命し、さらに昭和六〇年九月二六日、その後任住職に國井位道を任命した。
5 被上告人は、上告人が擯斥処分を受けて日蓮正宗の僧籍を失うと同時に被上告人の住職及び代表役員の地位を失い、新寺院建物を占有する権原を喪失したとの理由により、上告人に対して新寺院建物の明渡しを求める訴訟を提起し、これに対して上告人は、擯斥処分が無効であるとして、上告人が被上告人の代表役員・責任役員の地位にあることの確認を求める訴訟を提起し、両事件は併合して審理された(以下、両事件を併せて「別件訴訟」という。)。なお、被上告人は、当時上告人が新寺院建物に居住していたため、別件訴訟においては、新寺院建物についてのみ明渡しを求め、旧寺院を明渡請求の対象とはしていなかった。
別件訴訟については、平成二年三月八日、双方の訴えをいずれも法律上の争訟に当たらないことを理由に不適法として却下する旨の第一審判決が言い渡された。上告人と被上告人は、右第一審判決に対してそれぞれ控訴、上告を提起したが、いずれも棄却されて、平成五年七月二〇日に右第一判決が確定した。
6 上告人は、旧寺院の管理のため、昭和六〇年春ころ、壇徒である新田正道を旧寺院建物に居住させ、昭和六二年五月に同人が転居したため、壇徒である笠江篤を旧寺院建物に居住させたが、平成二年一二月に同人が転居した後、平成四年ころ、壇徒である湯谷勝夫を旧寺院建物に居住させていた。ところが、湯谷が平成五年暮れに荷物を残したまま不在となったため、これに気付いた上告人は、旧寺院の見回りを行うとともに、門扉が開かないよう施錠するなどしていた。
そして、上告人は、湯谷が平成七年四月ころに残していた荷物を持ち出して旧寺院建物から退去した後も、門扉の扉が開かないように施錠したり、施錠の代わりに針金でくくったりし、建物の窓を内側から施錠して雨戸を閉め、玄関等に施錠するなどしていたほか、年二回程度敷地の草刈りと除草剤散布を行っていた。なお、上告人が、平成八年一二月初めに旧寺院を見回った際には、建物の雨戸はすべて閉められ、玄関等もすべて施錠されていた。
7 上告人は、平成六年一月一〇日、國井に対し、上告人が管理している旧寺院建物を取り壊すこととしたので、これに異存があれば文書で申し入れられたい旨記載した申入書を送付した。これに対して、國井は、同月二六日、上告人に対し、旧寺院が被上告人の基本財産に当たり、その処分については正福寺における規則上の手続等が必要であるとして、旧寺院の明渡しを求めるとともに、上告人が勝手に処分することについて承諾しない旨記載した回答書を送付した。
國井は、被上告人の包括宗教法人の宗務院渉外部の阿部郭道から上告人が旧寺院建物の撤去に同意している旨聞いたことや近隣住民からも建物の撤去を求める申入れがあったことから、平成六年一二月一五日、上告人に対し、上告人が被上告人側で旧寺院建物を撤去することに異議がないと聞いたので、被上告人側で撤去する旨記載した通知書を送付した。これに対して上告人は、同月一九日、國井に対し、旧寺院建物の撤去には同意するが、その敷地は従前どおり上告人において占有することを了承されたい旨記載した通知書を送付した。
その後も上告人と國井との間で、代理人を通じて旧寺院建物の撤去につき話合いが持たれたが、上告人が建物撤去後も従前どおり敷地を占有するという条件を譲らなかったため、平成七年初めころに右話合いは物別れに終わり、國井としては、旧寺院建物を撤去して、旧寺院敷地の管理をすることは難しいと考えていた。
8 國井は、旧寺院敷地内の放置物件を除去し、門扉を閉めて旧寺院を管理することとし、平成九年一月一二日に被上告人の信徒である新田らと共に旧寺院敷地内に立ち入ったところ、建物の庫裏玄関左側の雨戸が何者かによって開けられており、その内側のガラス戸が施錠されていなかったため、國井らは、管理状況を確認するために建物内に立ち入ったが、建物内部も相当朽廃が進んでいる状態であった。そこで、國井は、旧寺院の門扉に新たに南京錠を取り付けるとともに、建物の庫裏玄関及び庫裏台所勝手口の錠前を付け替え、庫裏玄関のアルミドアに「無断で立ち入ることを禁ずる。平成九年一月一二日、宗教法人正福寺代表役員國井位道」と記載した張り紙を掲示するなどして、旧寺院の管理を開始した。その後も、國井は、月一回程度旧寺院を見回り、年二回程度敷地の除草を行うなどして、旧寺院を管理し、上告人の返還請求を拒否している。なお、上告人は、旧寺院の近隣に居住する知人からの通報を受けて、平成九年一月一五日、旧寺院を見回ったところ、國井が旧寺院の管理を開始したことを知った。

二 原審は、右事実関係の下において、(一) 上告人は当初被上告人の代表役員として旧寺院を占有していたところ、その後に受けた擯斥処分が有効であるとすれば、上告人は、被上告人の代表役員としての地位を喪失し、個人のために旧寺院を占有していることになり、擯斥処分が無効であるとすれば、上告人が引き続き被上告人の代表役員として旧寺院を占有していることになるが、この場合に、上告人において法人の機関として物を所持するにとどまらず、個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情があるときは、個人としての占有をも有していることになる、(二) 上告人は、新寺院に転居するまで家族と共に旧寺院に居住しており、その間の旧寺院の占有については、右特別の事情があったといえるが、右転居後の旧寺院の占有については、上告人が被上告人の代表者であるとされる場合において、上告人が被上告人の機関として旧寺院を占有しているにすぎず、右特別の事情は認められない、(三) そうすると、上告人の個人としての占有を認めるためには、上告人に対する擯斥処分が有効であることを確定する必要があるが、右の点を判断するには、宗教上の教義ないし信仰の内容に深く立ち入らざるを得ないから、結局、上告人の本件訴えは、法律上の争訟に該当しないと判断し、これを不適法として却下すべきものとした。

三 しかしながら、原審の右二の(二)、(三)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
法人の代表者が法人の業務として行う物の所持は、法人の機関としてその物を占有しているものであって、法人自体が直接占有を有するというべきであり、代表者個人は、特別の事情がない限り、その物の占有を有しているわけではないから、民法一九八条以下の占有の訴えを提起することはできないと解すべきである(最高裁昭和二九年(オ)第九二〇号同三二年二月一五日第二小法廷判決・民集一一巻二号二七〇頁、最高裁昭和三〇年(オ)第二四一号同三二年二月二二日第二小法廷判決・裁判集民事二五号六〇五頁参照)。しかしながら、代表者が法人の機関として物を所持するにとどまらず、代表者個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情がある場合には、これと異なり、代表者は、その物について個人としての占有をも有することになるから、占有の訴えを提起することができるものと解するのが相当である(最高裁平成六年(オ)第一九九八号同一〇年三月一〇日第三小法廷判決・裁判集民事一八七号二六九頁参照)。
これを本件についてみると、前記の事実関係によれば、上告人は、当初は被上告人の代表者として旧寺院の所持を開始し、旧寺院建物から新寺院建物へ転居した後も旧寺院の管理を継続して、これを所持していたのであり、別件訴訟の係属中及びその終了後においても、新田、笠江及び湯谷を通じ、あるいは自ら直接旧寺院を所持していたところ、その間に日蓮正宗管長から擯斥処分を受けたものの、これに承服せず新寺院への居住を続けていた。そして、上告人は、被上告人から新寺院の占有権原を喪失したとしてその明渡しを求める訴えを提起されたときにも、右擯斥処分の効力を否定し、上告人が被上告人の代表役員等の地位にあることの確認を求める訴えを提起するなどして争っていただけでなく、別件訴訟終了後にされた國井との間での旧寺院建物の撤去についての話合いの際にも、上告人が旧寺院を管理、所持していることを前提として、建物撤去後の敷地の占有継続を主張するなどしていたのである。右によれば、上告人は、平成九年一月一二日当時、上告人自身のためにも旧寺院を所持する意思を有し、現にこれを所持していたということができるのであって、前記特別の事情がある場合に当たると解するのが相当である。そして、本件においては、國井は、平成九年一月一二日、被上告人の代表者として、上告人が管理していた旧寺院に立ち入って、建物の錠前を付け替え、無断立入禁止の張り紙を掲示するなどして旧寺院の管理を行い、上告人の返還請求を拒否しているというのであるから、上告人は、その意思に反して旧寺院の占有を奪われたものというべきであり、旧寺院を占有している被上告人に対し、民法二〇〇条に基づき、その返還を求めることができると解すべきである。

四 以上によれば、本件事実関係の下で上告人の本件占有回収の訴えを却下すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。右の趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、上告人の請求を認容すべきものとした第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官梶谷玄 裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫)

++解説
《解  説》
一 本件の事案の概要は、次のとおりである(なお、詳細については、判文を参照されたい。)。
1 宗教法人日蓮正宗の被包括宗教法人Yの寺院規則では、代表役員は、日蓮正宗の管長(法主)の任命する住職を充てることとされていたところ、Xは、昭和四一年にYの住職に任命されてその代表役員となり、Y所有の旧寺院に入居してその管理、所持を開始し、昭和五五年に新寺院に転居した後も、月に一、二度風通しのために旧寺院に赴いたり、年二回敷地の草刈りを行ったりしていたが、昭和五七年二月五日、教義上の異説を唱えたとして日蓮正宗管長から僧籍はく奪処分である擯斥処分を受けた。
2 新たに住職として任命されたAを代表者とするYは、Xが僧籍喪失によりYの住職及び代表役員の地位を失ったとして新寺院の明渡しを求める訴訟を提起し、これに対してXは、擯斥処分が無効であるとして、XがYの代表役員・責任役員の地位にあることの確認を求める訴訟を提起したが(別件訴訟)、双方の訴えにつき、いずれも法律上の争訟に当たらないとして不適法却下する旨の判決が平成五年に確定した。
3 その後、旧寺院の管理のためにXの依頼により旧寺院に居住していた檀徒が不在となったことから、Xは、旧寺院の門扉や建物を施錠したり、年二回程度敷地の草刈りをしたりしてその管理を続けていた。その間に、XとAの間で旧寺院建物の撤去に関する話合いが行われたが、撤去後の敷地の占有者をいずれにするかなどの点をめぐって合意に至らず、物別れに終わった。
4 Aは、平成九年一月、旧寺院内に立ち入り、門扉及び建物の錠前を付け替えるとともに立入禁止の張り紙を掲示するなどして、旧寺院の管理を開始し、Xの返還請求を拒否している。
二 本件は、Xが、Yに対し、占有回収の訴えにより旧寺院の返還を求めるものである。
一審は、Xの旧寺院の占有は、Yの代表者(機関)としての所持にとどまらず、X個人のためにもするものと認めるべき特別の事情があるとして、Xの本訴請求を認容した。
原審は、XにおいてYの機関として物を所持するにとどまらず、個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情があるときは、個人としての占有をも有していることになるが、本件では、新寺院への転居後の旧寺院の占有について右特別の事情は認められないから、Xに対する擯斥処分が有効か無効かによって、Xの旧寺院の占有が個人占有であるか機関占有であるかが決せられることになるところ、擯斥処分の効力については宗教上の教義ないし信仰の内容に深く立ち入らないと判断できないから、これを法律上の争訟ということはできないとして、Xの本件訴えを不適法却下した。
三 法人の占有は、機関である個人を占有補助者とする占有であり、機関である個人が業務上行う物の所持は、法人の直接占有であって、個人としての固有の占有とはいえないから、占有訴訟の当事者となるのは法人であって機関である個人ではないと解するのが判例通説である(判例学説の状況につき、最三小判平10・3・10裁判集民一八七号二六九頁、本誌一〇〇七号二五九頁のコメント参照。)。右の判例学説は、専ら第三者との関係を念頭に置いた上で、機関である個人の占有を法人の占有とは別個独立に認めるべきかどうかを問題にしているもののようであるが、法人とその機関である個人との間で機関たる地位をめぐって争いがあり、これに関連して法人の所有物の占有が問題となっている場合に、右の理を貫くときは、個人が法人の機関である地位に基づいて法人に対して主張し得べき占有利益が、機関である地位の有無にかかわらず否定されることになり、法人による実力行使を助長するという結果がもたらされるおそれさえ生じかねない。前掲最三小判平10・3・10は、宗教法人の代表役員(住職)として寺院建物の所持を開始した者が、僧籍はく奪の処分を受け、宗教法人から右寺院建物の明渡しを訴求されたが、これに応訴してその管理を継続中に宗教法人から右寺院建物の占有を奪われたという本件と同種の事案において、個人のためにも右寺院建物を所持していたものと認めるべき特別の事情があるとして、占有回収の訴えによる返還請求を認めた(右判例の評釈として、生熊長幸・判評四九五号一二頁がある。)。
四 本判決は、右判例を引用しつつ、代表者が法人の機関として物を所持するにとどまらず、代表者個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情がある場合には、代表者は、その物について個人としての占有をも有することになるから、占有の訴えを提起することができるものと解するのが相当であるとした上で、本件では、XがYの代表役員(住職)として旧寺院の所持を開始した後にYを包括する宗教団体である日蓮正宗から僧籍はく奪の処分である擯斥処分を受けたが、Yから提起された訴訟において右処分の効力を争うとともに旧寺院の管理を続け、Yとの間の旧寺院建物の撤去についての話合いの際にも、撤去後の敷地の占有継続を主張していたなどの事実関係の下においては、Xが個人のためにも旧寺院を所持していたものと認めるべき特別の事情があるということができ、Xは、旧寺院の所持を奪ってこれを占有しているYに対して占有回収の訴えによりその返還を求めることができると判示して、原判決を破棄した上、同旨の一審判決を正当としてYの控訴を棄却した。原審は、前掲最三小判平10・3・10で示された法人の機関が個人のためにも所持していたものと認めるべき特別の事情について、機関である個人としての生活利益であると捉え、その占有態様から右利益が客観的に認定できないときには前記特別の事情を認め難いとしたものであろうが、前記判例に照らし、右判断には問題があるとされたものである。
五 法人とその機関である個人との間で機関たる地位をめぐる内部紛争がある場合には、機関たる地位は個人の法的利益でもあり、機関としての占有利益も個人利益に属する面があるところから、紛争の経過に照らして、機関たる個人が右個人利益のため機関たる地位を主張して争っているときには、当該法人との間では、原則として前記特別の事情の存在を肯認すべきであるという考え方が、前掲最三小判平10・3・10及び本判決の根底にあるように思われる。もっとも、日蓮正宗の内部紛争に絡んで擯斥処分を受けた被包括宗教法人の住職と右宗教法人との間で、寺院の明渡しの可否や従前の住職の地位の有無をめぐって多数の訴訟が係属していたが、いわゆる蓮華寺事件の最高裁判決(最二小判平1・9・8民集四三巻八号八八九頁、本誌七一一号八〇頁)が、右訴訟は法律上の争訟に当たらず、訴えを却下すべきものと判断して以後、同旨の最高裁判決が繰り返されているところ(直近の判例として、最三小判平11・9・28裁判集民一九三号七三九頁がある。)、右と同じ日蓮正宗の内部紛争に属する本件も、本権に基づく法的解決の途が閉ざされているという特殊性がある点では同様である。前述したような紛争態様(対外紛争か内部紛争か)によって占有意思(自己のためにする意思)ないし占有訴権の主体を区別して処理するという考え方が、前記のような特殊性を有する本件のような事例にとどまることなく、それ以外の事案にまで及ぼされ得るものかどうかは、今後に残された課題といえよう。
六 本判決は、第二小法廷が前掲最三小判平10・3・10で示された判断枠組みに従って、同種の事案について上告審として具体的な判断を示したものであり、実務の参考となると思われるので紹介する。

2.本案判決説とその問題点
・審理過程において相手に反論を許さず、一方的な主張立証を導き中立的でない!

3.当事者の争い方への着目

+判例(H14.2.22)
理由
上告代理人青木康、同鰍澤健三、同横山弘美、同青木清志、同大塚章男、同當山泰雄、同末川吉勝、同高瀬博之、同古谷野賢一、同島田新一郎、同長谷部修、同法月正志、同石川勝利の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が被上告人所有の第一審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を占有している上告人に対し、本件建物の所有権に基づきその明渡しを求める訴訟である。被上告人は、被上告人を包括する宗教法人日蓮正宗の管長が上告人を大経寺の住職から罷免する旨の処分(以下「本件罷免処分」という。)をしたことに伴い、上告人が本件建物の占有権原を失ったと主張しているのに対し、上告人は、本件罷免処分は日蓮正宗の管長たる地位を有しない者によってされた無効な処分であると主張している。
原審の適法に確定した事実関係等は、次のとおりである。
(1) 大経寺は昭和四一年四月に日蓮正宗の寺院として設立され、上告人が当時の日蓮正宗の管長細井日達から住職に任命され、その寺院である本件建物の占有を開始した。
(2) 大経寺は、昭和五一年七月、法人格を取得して日蓮正宗に包括される宗教法人(被上告人)となり、同時に住職である上告人が被上告人の代表役員となった。
(3) 日蓮正宗においては、代表役員は管長の職にある者をもって充て、管長は法主の職にある者をもって充てるものとされ、法主は宗祖以来の唯授一人の血脈を相承する者とされているところ、細井日達が昭和五四年七月二二日死亡した後、阿部日顕(以下「阿部」という。)が、細井日達から血脈相承を受けたとして日蓮正宗の法主に就任したことを祝う儀式が執り行われ、日蓮正宗の代表役員に就任した旨の登記がされた。
(4) 平成二年一二月ころから、日蓮正宗とその信徒団体である創価学会とが激しく対立するようになり、日蓮正宗は、平成三年一一月二八日、創価学会に対し破門通告をした。
(5) 上告人は、創価学会は日蓮正宗の教義を広めるに当たって多大の貢献があったし、今後も日蓮正宗の教義を広めるために創価学会が不可欠の存在であると考えていたところ、上記日蓮正宗と創価学会との一連の確執の中で、日蓮正宗の法主である阿部の在り方に次第に疑問を抱き、同人が血脈相承を受けていないと考えるに至り、宗祖日蓮大聖人の教えを守るとともに信徒の意思にこたえるために、被上告人と日蓮正宗との被包括関係を廃止しようと考えるようになった。
そこで、上告人は、日蓮正宗との被包括関係の廃止に係る被上告人の規則変更を行うために、平成四年一〇月一七日、阿部の承認を受けることなく、創価学会の会員でない信徒の中から選定されていた責任役員三名を解任するとともに、新たに創価学会の会員である信徒の中から責任役員三名を選定した。そして、同日、上告人及び新責任役員により開催された責任役員会において、日蓮正宗との被包括関係の廃止に係る規則変更について議決がされ、日蓮正宗に対してその旨の通知がされた。
(6) 日蓮正宗は、日蓮正宗の代表役員の承認を得ることなくされた上記解任行為は違法無効であるとして、これをただすために上告人を召喚しようとしたが、上告人はこれに応じなかったので、上告人に対し、上記解任行為を撤回し、非違を改めるように訓戒した。しかし、上告人は、同訓戒にも従わなかったため、阿部は、平成五年一〇月一五日付け宣告書をもって、上告人に対し本件罷免処分をした。
(7) 上告人は、神奈川県知事に対し、被上告人の規則の変更認証申請をし、同知事は、平成五年二月五日、これを認証したが、日蓮正宗等が審査請求をしたところ、文部大臣は、同年八月四日、同認証を取り消す旨の裁決をしたので、被上告人は依然として日蓮正宗の被包括宗教法人にとどまっている。

2 原審は、次のとおり判断して、本件訴えを却下した第一審判決を取り消し、本件を第一審に差し戻した。
上告人は、日蓮正宗内にとどまりながら懲戒処分の効力を争っているのではなく、被上告人と日蓮正宗との被包括関係の廃止を求めているのであるから、日蓮正宗の法主がだれであるかについて利害関係は認められない。本件訴訟の本質的争点は、上告人が、被上告人と日蓮正宗との被包括関係を廃止するために、日蓮正宗の代表役員の承認を受けることなく責任役員を解任し、新たに責任役員を選任した上で行った被上告人の規則変更の効力の有無にあり、その判断は、阿部が血脈相承を受けたか否かという宗教上の問題とは関係なく行うことができる。したがって、本件訴えは法律上の争訟に当たる。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
本件においては、日蓮正宗の管長として本件罷免処分をした阿部が正当な管長としての地位にあったかどうかが本件罷免処分の効力を判断するための争点となっており、本件罷免処分の効力は、被上告人の請求の当否の判断の前提問題となっている。そして、日蓮正宗においては、前記のとおり、管長は法主の職にある者をもって充てるものとされているから、本件罷免処分の効力の有無を決するためには、阿部が日蓮正宗においていわゆる血脈相承を受けて法主の地位に就いたか否かの判断が必要であり、阿部が血脈相承を受けたか否かを判断するためには、日蓮正宗の教義ないし信仰の内容に立ち入って血脈相承の意義を明らかにすることが避けられない。このように、請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が、宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっており、その内容に立ち入ることなくしてはその問題の結論を下すことができないときは、その訴訟は、実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁、最高裁昭和六一年(オ)第九四三号平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九頁参照)。
そうすると、被上告人の本件訴えが「法律上の争訟」に当たるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。したがって、原判決は破棄を免れない。本件訴えを却下した第一審判決の結論は正当であって、同判決に対する被上告人の控訴はこれを棄却すべきである。
よって、裁判官河合伸一、同亀山継夫の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官河合伸一の反対意見は、次のとおりである。
1 裁判所は、憲法に特別の定めのある場合を除き、一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するのであるが、この権限は、憲法の保障する裁判を受ける権利と表裏をなすものである。そして、裁判を受ける権利は、基本的人権であり、基本権の基本権ともいわれるものであって、この権利が十全に保障されることは、我が国の社会秩序の基盤を形成するものである。したがって、裁判所の上記権限は、同時に憲法上の責務でもあって、裁判所は、憲法に基づく制約のない限り、すべての法律上の争訟について裁判し、これを解決しなければならない。
法律上の争訟とは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものを意味する。本件は、被上告人が、その所有する建物を占有する上告人に対し、明渡しを請求する事件であるから、上記要件の前段を充たしていることは明らかである。このような事件について裁判所が裁判による解決を拒絶するならば、所有者としては、自力救済も許されず、自己の所有権の侵害に対してなすすべがなく、占有者としても、自己の占有ひいては生活関係の安定を得られないままとなり、さらには関係社会にもさまざまな支障が及びかねない。たしかに、本件には、上記要件の後段に関し、多数意見の指摘する問題がある。しかし、私は、その問題にかかわらず、本件の紛争を裁判によって終局的に解決することが可能であると考え、多数意見に反対するものである。
2 本件においては、阿部の日蓮正宗管長としての罷免処分権限の有無が、被上告人の本訴請求の当否を決する前提問題となっている。すなわち、日蓮正宗において住職の罷免の権限を有するのはその管長であり、管長は法主の職にある者が充てられるところ、上告人は、阿部は宗規に基づく法主の選定を受けておらず、したがって、本件罷免処分をする権限を有しないと主張しているのである。
記録によれば、日蓮正宗における法主の選定は、血脈相承によってされること、血脈相承とは、宗祖日蓮以来代々の法主に伝えられてきた特別な力ないし権能を、現法主が次の法主となる者に口伝及び秘伝によって伝授する宗教的行為であること、血脈相承がそのようなものであることは、同宗の信仰及び教義の核心をなしていること、そして、本件の当事者はいずれも、これらの点において特に認識を異にするものではないことがうかがわれる。
日蓮正宗における法主選定行為の性質がこのようなものであるとすれば、裁判所としては、その行為の存否ないし効力の有無を判断することができない。それを判断するためには、血脈相承についての日蓮正宗の信仰ないし教義として何が正しいかを判断した上、その正しい信仰ないし教義にかなった行為があったか否かを判断しなければならないが、そのような判断は、法令の適用によってすることができるものではないからである。
3 また、憲法は、同じく基本的人権として、信教の自由を保障しているが、この自由の中には、いかなる信仰ないし教義をもって正しいとし、人のある行為又は事実がその信仰ないし教義にかなうものであるか否かの判断(以下「宗教的判断」という。)をする自由が含まれることは明らかである。そして、信教の自由は、自然人のみならず、法人ことに宗教法人ないし宗教団体(以下「宗教団体」という。)も享有するものと解される。したがって、ある宗教団体において、ある行為又は事実について宗教的判断が定立されている場合には、国の機関たる裁判所は、公序良俗に反するなど格別の事由のない限り、その判断を信教の自由に属するものとして尊重しなければならず、自ら信仰の内容あるいは教義の解釈に立ち入って、独自の判断をすることは許されない。
阿部が日蓮正宗の信仰及び教義にかなう血脈相承を受けていたか否かの争点につき、裁判所が法令の適用によって判断することができないことは前項で述べたが、さらに、もしこの点について日蓮正宗としての宗教的判断が定立されているとすれば、上記の理由により、裁判所は、それについて自ら判断することが許されないことにもなるのである。
4 しかしながら、これらのことは必ずしも、本件紛争を裁判によって解決することができないとの結論に直結するものではない。
信教の自由に対する憲法の保障として、裁判所が、ある宗教団体の前記の意義での宗教的判断を尊重しなければならないということは、単にその内容に介入しないとの消極的意味にとどまらず、さらに、法律上の争訟について裁判するに当たって、その宗教的判断を受容し、これを前提として法令を適用しなければならないことを意味するものというべきである。けだし、宗教団体は、純粋な宗教活動のみならず、その宗教活動のための財産を所有管理し、さらにはこれらのための事業を行うなど、一般市民秩序にかかわる諸活動をすることを認められている。宗教団体のこれらの活動から生じる具体的な権利義務ないし法律関係の紛争において、当該団体が信教の自由の行使として定めた宗教的判断が裁判所によって受容されず、その宗教的判断を前提とする紛争の終局的解決を得られないとすれば、当該団体は、たとえば本件に見るように、市民法上の法律関係において不安定ないし不利な状況のまま放置され、あるいは、自己の宗教的判断と矛盾する法律関係を強制されることになりかねない。それでは、憲法が信教の自由を保障した趣旨に反すると考えられるからである。
5 これを本件についてみると、記録によれば、昭和五四年に、阿部が前法主から血脈相承を受けた者として法主に就任したことが日蓮正宗の諸機関において承認され、公表されたこと、それ以来、本件罷免処分がされるまでに一四年余を経過したこと、その間、阿部は終始同宗の法主兼管長として行動してきたことが認められる。
これらの事実によれば、本件罷免処分当時には、日蓮正宗において、阿部が前法主から血脈相承を受けて法主に選定された者であるとの宗教的判断が定立されていた可能性があると推認することができる(注)。そして、同宗の宗教的判断としてそのような判断が定立されていたか否かは、裁判所が事実認定に関する法則を含め、法令を適用して判断することができる事柄である。したがって、一審としては、その点について審理し、もし、本件罷免処分時において日蓮正宗のそのような宗教的判断が定立されていたと認定できるならば、阿部が同宗の法主であったことを前提として、その余の点について審理を進め、法令を適用して本案判決をするべきであった。
しかるに、一審は、阿部についての血脈相承の有無を審理判断することができないことから直ちに、本件紛争が法令の適用による終局的解決に適さず、法律上の争訟に当たらないとしたが、これは、結局、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽の違法をおかしたものであって、取消しを免れない。原審の判断は、結論において正当であり、上告は棄却すべきものである。
注 ある事柄に関する宗教的判断をめぐって、宗教団体の内部が大きく分裂し、異端紛争となっているような事案では、裁判所として、団体の宗教的判断が何であるかを認定し得ないのみか、認定すべきでない場合もあり得るであろう。けだし、そのような事案で、裁判所があえて一方の宗教的判断をもって団体の判断とし、他方を排除することが、憲法が裁判所に要求する宗教的中立性保持のために、許されない場合があり得るからである。いかなる事案がその場合に当たるかは、いずれも憲法が裁判所に求める前記責務とこの宗教的中立性保持の義務との調和の観点から、個々の事案ごとに決しなければならない。たとえば、多数意見が引用する最高裁第二小法廷平成元年九月八日判決の事案はこれに当たると考えられる。これに対し、本件事案は、記録による限り、そのような場合に当たるとは考えられない。すなわち、本件は、上記最高裁判決の事案とは事実関係を異にするものというべきである。

+反対意見
裁判官亀山継夫の反対意見は、次のとおりである。
私は、河合裁判官の反対意見(以下「河合意見」という。)に同調するとともに、事案にかんがみ、若干付言したい。
裁判を受ける権利が国民の基本的人権を守るための最も基本的な権利であり、これを十全に保障することが裁判所の重大な責務であることは、河合意見の説くとおりである。また、信教の自由を存立の基盤とする宗教団体の存在とその社会的活動が是認されている以上、そのような宗教団体についても信教の自由が保障されなければならないこともいうまでもない。
信教の自由も裁判を受ける権利によって守られるべき権利である上、宗教団体は、信仰を基盤としつつ、その構成員あるいは団体外の第三者との間にも広く、かつ多種多様な世俗的法律関係を作り出していくものであるから、このような宗教団体の宗教的判断に基づく種々の行動等の存否ないし当否について信教の自由に対する不介入の名の下に裁判の回避が安易に認められるならば、宗教団体自身の信教の自由が保障されないことになるおそれが大きいことになるのみならず、宗教団体の宗教的判断を前提とする紛争については、およそ裁判による解決を得られないという事態を招きかねず、当該宗教団体やその構成員のみならず、これらと関わりを持つ一般人のすべてにとって、法的に著しく不安定な状態を招来することになるのであって、裁判所の上記責務に著しくもとるものといわなければならない。したがって、上記のような理由による裁判の回避は、ある宗教的判断の当否を直接判断する結果、内心の意思に反する宗教的判断を公権力によって強制することとなるような場合、あるいは、争いのある宗教的判断の一方に裁判所が軍配を揚げたと受け取られざるを得ないため、裁判所の宗教的中立性に疑念を抱かせるおそれが強いような、極めて限局された場合にのみ許されるべきものである。多数意見が引用する最高裁第二小法廷平成元年九年八日判決が、「(懲戒処分の)効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに、(中略)その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には」裁判の回避が許されるとしているのもこのような趣旨と理解されなければならない。
これを本件についてみると、記録によれば、阿部は昭和五四年に前法主から血脈相承を受けた者として法主に就任し、その旨が日蓮正宗の諸機関において承認され、公表されたこと、それ以来、本件罷免処分がなされるまでに一四年余が経過し、その間、阿部は対内的にも対外的にも終始日蓮正宗の法主・管長として行動してきたことが認められる。さらに、本件に先立つ昭和五五年ころにも、日蓮正宗内部において創価学会との関係をめぐって対立が生じ、当時阿部の採っていた同学会との協調路線に反対する一派の僧侶から同人が血脈相承を受けたことを否定する主張がなされ、これに基づく訴訟も提起される事態になったが、上告人は、当時このような主張にくみすることなく、かえって阿部が法主であることを前提とした積極的な活動を続けてきたことが認められる。また、平成二年末ころ、創価学会との対立路線に転じた日蓮正宗の方針に反対して同宗からの離脱を企図した住職等に対し同宗が寺院の明渡訴訟を提起した事件は、本件訴訟を含めて一六件あるが、そのうち、阿部によって任命された住職に係る一三件においては阿部の血脈相承を否定する主張がなされていないことも認められる。
以上のような事実を総合的に考察するならば、上告人は、阿部ら日蓮正宗執行部が創価学会との対立路線に転じたことに反発し、たまたま上告人が阿部の前法主から任命されていたために阿部の法主たる地位を争っても自己の住職たる地位を否定することにはならないことを奇貨として、阿部の法主たる地位を争っているに過ぎず、本件訴訟において阿部が血脈相承を受けた法主であるか否かが当事者間の紛争の本質的争点をなすものとはいえないことが明らかである。したがって、本件は、上記最高裁判決とは事案を異にするものであって、この点が争点となるとしても、河合意見が説くところに従って判断すれば足りることになるのであるが、それ以前に、本件において、上告人が阿部の血脈相承を否定する主張をすることによって訴えの却下を求めることは、上記のような事情の下にあっては、訴訟を回避するために便宜的に争点を作出したとも見られるものであって、信義則違反ないし権利の濫用として許されないものというべきである。けだし、このような主張を認めることは、阿部を法主と認めて世俗的な法律関係を結んだ第三者が、後になって阿部の血脈相承を否定することによって訴えの却下を求めることと本質的に何ら変わるところがないからである。
以上の次第であるから、本件においては、裁判所としては、阿部の血脈相承の有無に関する主張の判断に入ることなく審理を進めれば足りたのであり、一審判決はこの点において違法といわざるを得ないから、原判決は、結論において正当である。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)

++解説
《解  説》
一 本件は、A宗の被包括宗教法人である各宗教法人が、その寺院の住職に任命されていたが、A宗の管長Bによって住職を罷免されるか(①事件)、僧階剥奪処分である奪階処分に付せられた(②事件)各僧侶らに対し、各僧侶らが各寺院建物の占有権原を失ったとして、所有権に基づき各寺院建物の明渡しを求める訴訟を提起した事案である。A宗においては、代表役員は管長の職にある者をもって充て、管長は法主の職にある者をもって充てるものとされており、法主は宗祖以来の唯授一人の血脈を相承する者とされている。A宗とその信徒団体であるC会とが激しく対立するようになった。各僧侶らは、その確執の中で、A宗の管長であるBが血脈相承(けちみゃくそうじょう)を受けていないと考えるに至り、各宗教法人とA宗との被包括関係を廃止しようと考え、責任役員会でA宗との被包括関係の廃止に係る各宗教法人の規則変更についての決議が成立したとして、A宗に対してその旨の通知をするなどの宗派離脱手続を行った。A宗は、A宗からの宗派離脱手続が違法、無効であるなどとして、各僧侶に対し上記各懲戒処分をした。各僧侶らは、各宗教法人とA宗との被包括関係を解消することができず、A宗の僧侶の地位にとどまっている。各僧侶らは、上記各懲戒処分はA宗の管長たる地位を有しない者によってされた無効な処分であると主張している。
二 ①、②事件の各一審は、いずれも本件訴えを却下したが、その理由の要旨は次のとおりである。本件訴えは、BがA宗の法主の地位に就任したか否かの判断を必要不可欠の前提にするところ、Bが法主の地位にあるか否かを判断するためには、A宗における血脈相承の意義を明らかにした上で、同人が血脈を相承したか否かを判断しなければならない。そのためには、A宗における教義ないし信仰の内容に立ち入らなければならないことになるから、本件訴えは、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである。
これに対し、①、②事件の各原審(①事件の原審は判時一六九六号一一一頁に登載)は、各判決二項に要約されているように説示し、本件訴えは法律上の争訟に当たると判断して、一審判決を取り消し、本件を一審に差し戻した。各僧侶から上告及び上告受理申立て。
三 各上告については、民訴法三一二条一項、二項所定の事由を主張するものではないとして棄却決定がされたが、法律上の争訟性の解釈の誤り及び判例違反をいう各上告受理申立てについてはこれが受理された(②事件についてはそれ以外の上告受理申立て理由は排除された。)。第二小法廷の①判決は、本件は、請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっており、その内容に立ち入ることなくしては前提問題の結論を下すことができないものであることを理由に、第三小法廷の②判決は、本件は、宗教団体内部における紛争において、訴訟の争点につき判断するために宗教上の教義及び信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないものであることを理由に、いずれも、その訴訟は、実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきであるとして、原判決を破棄してXの控訴を棄却した。なお、①、②事件と同様な事案に関し、一審が訴えを却下し、原審が控訴を棄却した事件についての上告及び上告不受理申立てについては(平成一二年(オ)第一四〇〇号、同年(受)第一二一四号事件)、第三小法廷が平成一四年一月二二日に上告棄却兼不受理決定をしている(この事件の事案の詳細は、井上治典「宗教団体の懲戒処分の効力をめぐる司法審査の新たな流れ(上)―寺院明渡し訴訟の現状と展望」判評五一〇号八頁、判時一七四九号一八六頁に妙道寺事件として紹介されている。なお、この論文の二頁の注(1)には本件問題に関する文献がほぼ網羅されている。)。
四 従前の判例の立場
宗教法人の自治によって決定すべき事項、ことに宗教上の教義にわたる事項は、裁判所が立ち入って実体的な審理、判断をすべきではなく(最一小判昭55・4・10裁集民一二九号四三九頁、本誌四一九号八〇頁)、訴訟が具体的権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、信仰の対象の価値ないし宗教上の教義に関する判断が請求の当否を決するについての前提問題にとどまる場合であっても、それが訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものであり、紛争の核心となっているときには、当該訴訟は、裁判所法三条にいう法律上の争訟に当たらない(①判決の引用する最三小判昭56・4・7民集三五巻三号四四三頁、本誌四四一号五九頁)。また、具体的な権利義務ないし法律関係に関する訴訟であっても、宗教団体内部においてされた懲戒処分の効力が請求の当否を決する前提問題となっており、その効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに、それが宗教上の教義・信仰の内容に深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくしてその効力の有無を判断することができず、しかも、その判断が訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものである場合には、右訴訟は、裁判所法三条にいう法律上の争訟には当たらない(①判決の引用する最二小判平1・9・8民集四三巻八号八八九頁、本誌七七一号八〇頁(いわゆる蓮華寺事件)。この事案は、本件と同様に宗教法人であるA宗を包括宗教法人とする宗教法人が住職を罷免された僧侶に対し寺院建物の明渡しを求める訴訟であった。なお、特定の者が宗教法人の代表役員の地位にあることが争われている訴訟につき、同旨の判断を示している判例として最三小判平5・9・7民集四七巻七号四六六七頁、本誌八五五号九〇頁がある。)。右平成元年判決に引き続く一連の判例は、宗教法人がその所有する建物の明渡しを求める訴訟において、訴訟が提起されるに至った紛争の経緯及び当事者双方の主張並びに訴訟の経過に照らして、当該訴訟の争点を判断するために宗教上の教義ないし信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができない場合には、右明渡しを求める訴えは裁判所法三条にいう法律上の争訟に当たらないとしている(最三小判平5・7・20裁集民一六九号三一九頁、本誌八五五号五八頁。最二小判平5・9・10裁集民一六九号六二九頁、本誌八五五号五八頁。最一小判平5・11・25裁集民一七〇号四七五頁、本誌八五五号五八頁)。最近の最三小判平11・9・28裁集民一九三号七三九頁、本誌一〇一四号一七四頁も、宗教法人の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める訴訟について同様の判断を示しているが、宗教団体とその外部の者との間における一般民事上の紛争に係るものであれば、これを適法とする余地を残したものと解する余地がある。

五 ①判決の法廷意見、②判決は、多少文言は異なっているが、実質的な差異はなく、従前の最高裁判例の立場を踏襲したものであることは、①判決が右平成元年判決等を引用していることからも明らかである。両判決とも、右平成元年判決等の使用していた「紛争の本質的争点」という用語の使用を避けているが、これは、この用語の意味が右平成元年判決後の一連の判例から見ても、当該訴訟の結論を下すために判断が避けられないという意味であるのに、①、②事件の各原審のように紛争全体の本質的争点の意味と誤解する向きもあったことから、あえてこの用語の使用を避けたのではないかと推測される
②判決は全員一致によるものであるが、①判決には二人の裁判官の反対意見が付されている。その内容の詳細については判決文を直接参照していただきたい。河合裁判官の反対意見は、憲法が宗教団体にも信教の自由を保障していることから、裁判所が自ら宗教団体の信仰の内容あるいは教義の解釈に立ち入って独自の判断をすることは許されないという点では法廷意見と同様の立場に立っている。しかし、そのことから法廷意見のように、請求の当否を決する前提問題が宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっており、その内答に立ち入ることなくしては前提問題の結論を下すことができない場合に法律上の争訟性を否定することは、憲法の保障する裁判を受ける権利と表裏をなす裁判所の責務にもとるのみならず、憲法の信教の自由を保障した趣旨に反するとして、裁判所は、公序良俗に反するなど格別の事由のない限り、宗教団体の宗教的判断を受容し、これを前提として法令を適用しなければならないとするものである。河合裁判官の反対意見は、部分社会論を理由に懲戒処分自体につき自律的判断を受容すべきであるとの立場に立つものではなく、憲法が信教の自由を保障する宗教的判断に限り受容すべきであるとの立場に立つものである。亀山裁判官の反対意見は、河合裁判官の反対意見に同調しつつ、本件記録から認められる事実関係に照らせば、本件において、当該僧侶がBの血脈相承を否定する主張をすることによって本件訴えの却下を求めることは、訴訟を回避するために便宜的に争点を作出したものとも見られるのであって、信義則違反ないし権利の濫用として許されないとするとの意見を付言するものである。
右平成元年判決等の事案と本件の事案とは、(1)明渡しを求められた僧侶が前者ではA宗の内部にとどまって批判的言動をした者であるのに対し、後者ではA宗から離脱しようとした者であること、(2)前者ではBが血脈相承を受けたか否かを巡ってA宗内で異端紛争となっていたのに対し、後者においてはBが血脈相承を受けたことがA宗内での宗教的判断として定立していた可能性があると推認されることなどに相違があることを理由として、事実関係を異にするとの見解もある。(1)の点を強調する見解として、①事件のXの訴訟代理人でもある井上治典「宗教団体の懲戒処分の効力をめぐる司法審査の新たな流れ(上)(下)―寺院明渡し訴訟の現状と展望」判評五一〇号二頁、判時一七四九号一八〇頁、判評五一一号二頁、判時一七五二号一八〇頁があり、(2)の点を指摘するものとして河合裁判官の反対意見がある。しかし、(1)の点を強調する見解は、本件において、各僧侶らが各宗教法人とA宗との被包括関係を解消することができず、A宗の僧侶の地位にとどまっていることを看過した議論ではないかと考えられるであろう。(2)の点についても、①判決の法廷意見の立場及び②判決の立場によれば結論を左右すべきものとは考えられないであろう。


民事訴訟法 基礎演習 再審


1.民訴法338条1項3号の類推適用~指名冒用訴訟

+(再審の事由)
第三百三十八条  次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと
四  判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。
五  刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと
六  判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものであったこと。
七  証人、鑑定人、通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。
八  判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
九  判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。
十  不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。
2  前項第四号から第七号までに掲げる事由がある場合においては、罰すべき行為について、有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき、又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り、再審の訴えを提起することができる。
3  控訴審において事件につき本案判決をしたときは、第一審の判決に対し再審の訴えを提起することができない。

・3号の類推適用の事例
+判例(S10.10.28)
要旨
1.偽造委任状による訴訟代理人の提起した訴につき、本人に対して言渡された確定判決の既判力は本人に及ぶ。
2.第三者が他人の氏名を冒用して訴訟代理人を選任、提起した訴訟の判決に対し、被冒用者は再審の訴を提起できる。

・+判例(S43.2.27)
旧法下の督促手続きで
理由
上告代理人松岡末盛・同飯山悦治の上告理由第一点ないし第四点および第七点ないし第九点について。
原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判示するところによると、訴外Aは、訴外Bと通謀して、振出人重商株式会社、金額八万五〇〇〇円等の記入のある約束手形について、白地の受取人欄にCと記入し、かつ、裏書人欄に桐生市a町bのcB方Cと記入して「C」と刻した有合印を冒捺したうえ、右手形金について、右訴外Cを相手方(債務者)として桐生簡易裁判所に対し支払命令およびこれにもとづく仮執行宣言付支払命令の各申立をしたこと、Aは前記各申立において、Cの住所を桐生市a町b番地のcB(B)方と虚偽の記載をし、その結果、右各申立にもとづいて発せられた支払命令および仮執行宣言付支払命令の各正本は前記B方Cあてに送達され、右BがあたかもCであるように装つて、右各正本を受領したこと、そして、Aは、昭和三二年六月一日右仮執行宣言付支払命令にもとづいて前橋地方裁判所桐生支部に対しC所有の本件土地を含む宅地三〇〇坪について強制競売の申立をし、同支部は、強制競売手続の開始決定をしてその正本を前記債務名義に表示されている前記B方Cあてに送達したこと(その後その競売手続関係で右信夫および上告人らからなんらの異議の申立もなかつた。)、同年九月一四日同支部は被上告人に対し競落許可決定をし、同年一〇月一七日被上告人あてに本件土地の所有権取得登記がされたこと、上告人はこれよりさき同二五年九月四日本件土地を含む前記宅地三〇〇坪(一反歩)をCから買い受けたこと、なおAのCに対する前記手形債権が実体のない仮装の債権との確証はえられないことなどの各事実を確定していることが認められ、右事実にもとづいて、原判決は、おおむね、次のように判示している。すなわち、私法上の請求権が全く存在しない場合は格別、ひとたび仮執行宣言付支払命令が発せられ、その債務名義にもとづいてされた強制競売開始決定の正本が債務名義に表示された執行債務者の住所に送達されて差押の効力が生じ、強制競売手続が進行して、競落許可決定の確定により競落人が差押不動産の所有権を取得し、その競落手続が完結すると、執行当事者もしくは利害関係人は、右差押不動産の所有権の取得について争うことを得なくなると解すべきである。そして、本件では、本件仮執行宣言付支払命令の正本がCの虚偽の住所あてに送達されているから、その送達手続は違法であつても、当然には無効といえず、また、本件の基本たる債務名義も真実の債務者たるCに送達されてはいないけれども、そのように開始された強制競売手続ないし債務者に対する書類の送達がなくしてされたその後の競売手続もまた当然には無効とはいえず、その競売手続の開始決定ないし競落許可決定が取り消されないかぎり、競落人は、その強制競売手続によりその差押不動産の所有権を取得すると解すべきである。なお、本件では債務名義である本件仮執行宣言付支払命令は、のちにCからAに対する再審の訴において、取り消されて、その請求は棄却され、債務名義の効力は遡及的に消滅しているが、本件の強制競売手続はすでに終了している以上、右再審の訴の確定判決の存在をもつて、本件強制競売手続が遡つて失効するものとはいえないと判示し、結局、Cから所有権を譲り受けた上告人は対抗要件たる登記を経ていないから、競落人として所有権取得登記を経た被上告人に対し、その所有権を主張しえないとして、所有権移転登記の抹消登記等を求める本訴請求を排斥する旨を判示している。
しかし甲が乙と通謀のうえ、第三者丙に対して金銭債権を有すると称して丙に対する債務名義を騙取しようと企て、甲は、その主張する債権に関し丙あてにその住所を真実に反し乙方丙として、支払命令ないし仮執行宣言付支払命令の申立等の訴訟行為をし、裁判所がこれに応じた訴訟行為等をし、乙があたかも丙本人のように装つて、その支払命令ないし仮執行宣言付支払命令の正本等の訴訟書類を受領して、なんらの不服申立をすることなく、その裁判を確定させた場合においては、たとえ甲が丙あての金銭債権についての債務名義を取得したような形式をとつたとしても、その債務名義の効力は、丙に対しては及ばず、同人に対する関係では無効であると解するのが相当である。けだし、右のような場合には、当事者たる甲および同人と意思を通じている乙は、故意に、債務名義の相手方当事者と表示されている丙に対し、その支払命令ないし仮執行宣言付支払命令等の存在を知らせないように工作することにより、丙をしてこれに対する訴訟行為をし、その防禦をする手段方法等を講ずる機会を奪つているのであるから、訴訟行為における信義誠実の原則に照らし、甲は、丙に対し相手方当事者たる地位にもとづきその裁判の効力を及ぼしうべきものではないと解するのが相当だからである。なるほど、このような場合には、乙方丙の記載により、一応丙名義の表示がされ、一見丙あての債務名義は成立しているようであるが、前記のように、丙自身は、右の事実を全く知りえない事情にあるのであつて、甲および乙の行為に対し、防禦の訴訟行為をする機会を完全に奪われているのであるから、このような訴訟の実態にかんがみれば、単に丙がたまたまなんらかの事由により事実上訴訟行為等に関与しえなかつたときとは異なるのであつて、丙に対し、到底その裁判の効力が及ぶと解することは許されないのである。 
これを本件についてみれば、前記のように、Aは、Bと通謀してCの住所をいつわり、B方Cとして支払命令および仮執行宣言付支払命令の申立をし、裁判所がその各申立に応じた裁判をなし、BがC本人のように装つてその各正本を受領したというのであるから、本件債務名義の効力がCに及ぶいわれのないことは、前段に説示したところから明らかである。そして、本件債務名義がCに対する関係で効力が及ばない以上、本件債務名義にもとづいて同人所有の本件土地についてされた本件強制競売手続は、同人に対する関係では債務名義がなくしてされたものというべきであるから、その強制競売手続は同人に対する関係では効力を生ぜず、競落人は同人に対してその所有権の取得を主張しえない、と解するのが相当である。
そうだとすれば、原判決は、この点について、法令の解釈をあやまつた違法があり、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、原判決を破棄して本件を東京高等裁判所へ差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄)

・被害者である被冒用者をして救済の方法の選択を迷わせないよう、再審を選択してきたときはこれを認めるが、再審以外の方法を選択したときはこれを排斥しない趣旨

2.補充送達

+(交付送達の原則)
第百一条  送達は、特別の定めがある場合を除き、送達を受けるべき者に送達すべき書類を交付してする。

+(送達場所)
第百三条  送達は、送達を受けるべき者の住所、居所、営業所又は事務所(以下この節において「住所等」という。)においてする。ただし、法定代理人に対する送達は、本人の営業所又は事務所においてもすることができる。
2  前項に定める場所が知れないとき、又はその場所において送達をするのに支障があるときは、送達は、送達を受けるべき者が雇用、委任その他の法律上の行為に基づき就業する他人の住所等(以下「就業場所」という。)においてすることができる。送達を受けるべき者(次条第一項に規定する者を除く。)が就業場所において送達を受ける旨の申述をしたときも、同様とする。

+(補充送達及び差置送達)
第百六条  就業場所以外の送達をすべき場所において送達を受けるべき者に出会わないときは、使用人その他の従業者又は同居者であって、書類の受領について相当のわきまえのあるものに書類を交付することができる。郵便の業務に従事する者が日本郵便株式会社の営業所において書類を交付すべきときも、同様とする。
2  就業場所(第百四条第一項前段の規定による届出に係る場所が就業場所である場合を含む。)において送達を受けるべき者に出会わない場合において、第百三条第二項の他人又はその法定代理人若しくは使用人その他の従業者であって、書類の受領について相当のわきまえのあるものが書類の交付を受けることを拒まないときは、これらの者に書類を交付することができる。
3  送達を受けるべき者又は第一項前段の規定により書類の交付を受けるべき者が正当な理由なくこれを受けることを拒んだときは、送達をすべき場所に書類を差し置くことができる。

・相当のわきまえ
判例(H4.9.10)
理由
上告代理人大神周一の上告理由第一点について
一 本件は、上告人に被上告人への金員の支払を命ずる確定判決につき、上告人に対する訴状の送達がなかったことが民訴法四二〇条一項三号の事由に該当するとして申し立てられた再審事件である。原審が確定した事実関係の大要は、次のとおりである。
1 右確定判決は、昭和五四年ころ、上告人の妻であった訴外Aが、上告人の名で被上告人の特約店から買い受けた商品の代金の立替払を被上告人に委託し、これに応じて右代金を立て替えて支払った被上告人が上告人に対して立替金及び約定手数料の残額並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた訴え(以下「前訴」という。)に対するものである。
2 上告人の四女(昭和四七年一二月三〇日生・当時七歳九月)は、昭和五五年一〇月四日、上告人方において前訴の訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の交付を受けたが、上告人に対し、右各書類を交付しなかった
3 上告人が前訴提起の事実を知らないまま、その第一回口頭弁論期日に欠席したところ、口頭弁論は終結され、上告人において被上告人の主張する請求原因事実を自白したものとして、被上告人の請求を認容する旨の判決が言い渡された。
4 Aは、上告人方においてその同居者として、昭和五五年一一月三日に右判決の言渡期日(第二回口頭弁論期日)の呼出状の、同月一七日に判決正本の各交付を受けたが、この事実を上告人に知らせなかったため、上告人が右判決に対して控訴することなく、右判決は確定した。
5 上告人は、被上告人から、平成元年五月、本件立替金を支払うよう請求されて調査した結果、前訴の確定判決の存在を知った。

二 原審は、右事実関係の下において、次の理由で本件訴えを却下した。
1 前訴の訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の交付を受けた上告人の四女は、当時七歳であり、事理を弁識するに足るべき知能を備える者とは認められないから、右各書類の交付は、送達としての効力を生じない。
2 しかし、前訴の判決正本は上告人の同居者であるAが交付を受けたのであり、本件においては、右判決正本の送達を無効とすべき特段の事情もないから、民訴法一七一条一項による補充送達として有効である。
3 そうすると、上告人は右判決正本の送達を受けた時に1記載の送達の瑕疵を知ったものとみられるから、右瑕疵の存在を理由とする不服申立ては右判決に対する控訴によってすることができたものというべきである。
4 それにもかかわらず、上告人は控訴することなく、期間を徒過したから、本件再審の訴えは、適法な再審事由の主張のない訴えであって、その欠缺は補正することができないものである。

三 しかしながら、原審の右判断を是認することはできない。その理由は、次のとおりである。
1 民訴法一七一条一項に規定する「事理ヲ弁識スルニ足ルヘキ知能ヲ具フル者」とは、送達の趣旨を理解して交付を受けた書類を受送達者に交付することを期待することができる程度の能力を有する者をいうものと解されるから、原審が、前記二1のとおり、当時七歳九月の女子であった上告人の四女は右能力を備える者とは認められないとしたことは正当というべきである。
2 そして、有効に訴状の送達がされず、その故に被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされた場合には、当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があった場合と別異に扱う理由はないから、民訴法四二〇条一項三号の事由があるものと解するのが相当である。
3 また、民訴法四二〇条一項ただし書(現338条)は、再審事由を知って上訴をしなかった場合には再審の訴えを提起することが許されない旨規定するが、再審事由を現実に了知することができなかった場合は同項ただし書に当たらないものと解すべきである。けだし、同項ただし書の趣旨は、再審の訴えが上訴をすることができなくなった後の非常の不服申立方法であることから、上訴が可能であったにもかかわらずそれをしなかった者について再審の訴えによる不服申立てを否定するものであるからである。これを本件についてみるのに、前訴の判決は、その正本が有効に送達されて確定したものであるが、上告人は、前訴の訴状が有効に送達されず、その故に前訴に関与する機会を与えられなかったとの前記再審事由を現実に了知することができなかったのであるから、右判決に対して控訴しなかったことをもって、同項ただし書に規定する場合に当たるとすることはできないものというべきである。
4 そうすると、上告人に対して前訴の判決正本が有効に送達されたことのみを理由に、上告人が控訴による不服申立てを怠ったものとして、本件再審請求を排斥した原審の判断には、民訴法四二〇条一項ただし書の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響することは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、なお前訴の請求の当否について審理する必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。
四 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

++解説
《解  説》
一 本判決は、次の三点について判断を示したものである。
(1) 民訴法一七一条一項の事理を弁識するに足るべき知能を備える者の意義及び七歳九月の児童が事理を弁識するに足るべき知能を備える者に当たるか否か(補充送達の受領能力)。
(2) 訴状の有効な送達がないままされた判決が確定した場合に、同法四二〇条一項三号の再審事由があると解すべきか否か(訴状送達の瑕疵と再審事由)。
(3) 同条一項ただし書の再審事由を知りての意義及び本件事案にその適用があるか否か(再審の補充性)。
そのうち、(2)と(3)に係る部分が判示事項・判決要旨となっている。

二 事案の概要は、次のとおりである。
Xの妻AがXの名で買い受けた商品の代金の立替払をY(信販会社)に委託し、これに応じて右代金の立替払をしたYが、Xに対し、立替金等の支払を求めて訴え(前訴)を提起した。前訴の訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状は、当時七歳九月のXの子が交付を受けたが、Xには交付しなかったため、X不知の間に欠席判決がされた。第二回口頭弁論期日(判決言渡期日)呼出状及び前訴判決正本は、AがXの同居者として交付を受けたが、これを隠してしまったため、X不知の間に前訴判決が確定した。その後、前訴確定判決の存在を知ったXがYを相手として、訴状の有効な送達がなかったことが民訴法四二〇条一項三号の事由に該当すると主張して再審を申し立てたのが本件訴えである。
一審は、Xの右主張を容れ、前訴確定判決を取り消した上、XとYとの間で立替払契約が成立したものとは認められないとして、YのXに対する前訴請求を棄却した。しかし、原審は、前訴の訴状については、事理を弁識するに足るべき知能を備える者に交付されていないから、有効に送達されたということはできないが、前訴の判決正本については、民訴法一七一条一項による補充送達として有効であり、そうすると、Xは前訴判決正本の送達を受けた時に訴状等の送達の瑕疵を知ったものとみられるから、右瑕疵の存在を理由とする不服申立ては前訴判決に対する控訴によってすることができたものというべきであるところ、Xはそうしなかったのであるから、本件再審の訴えは、適法な再審事由の主張のない訴えであり、その欠缺は補正することができないものであるとして、一審判決を取り消し、本件再審の訴えを却下した。

三 本判決は、前記の各点について次のように判示し、結局、原審の判断には民訴法四二〇条一項ただし書の解釈適用を誤った違法があるものとして、原判決を破棄して、本件を高松高裁に差し戻した。

(1) 補充送達の受領能力
本判決は、まず、民訴法一七一条一項の事理を弁識するに足るべき知能を備える者の意義につき、「送達の趣旨を理解して交付を受けた書類を受送達者に交付することを期待することができる程度の能力を有する者をいうものと解される」と判示した。通説(菊井=村松・全訂民事訴訟法I九五四頁など)と同様の判断を示したものであり、異論のないところであろうが、最高裁の判断としては最初のものである。
そして、本判決は、「当時七歳九月の女子であったXの四女は右能力を備える者とは認められない」と判示し、前訴において訴状の有効な送達はなかったものとした。未成年者についての補充送達の受領能力の肯定例として、①一三歳一一月余の女子(大判大14・11・11民集四巻一一号五五二頁)、②一三歳四月の男子(東京高判昭52・7・18本誌三六〇号一六二頁、判時八六四号九一頁)、③一〇歳の女子(大阪高決昭56・6・10判時一〇三〇号四四頁)があり、否定例として、④九歳の女子(東京高判昭34・6・20東高民時報一〇巻六号一三三頁)がある。本判決は、七歳九月の女子について補充送達の受領能力を否定したものであり、実務上参考になる。

(2) 訴状送達の瑕疵と再審事由
再審事由は、民訴法四二〇条一項一号ないし一〇号に列挙されているが、再審が非常の不服申立方法であることから、この列挙は例示的なものではなく制限的なものであるとするのが判例(最三小判昭28・10・27集民一〇号三二七頁、最二小判昭29・4・30集民一三号七二三頁、最二小判昭37・6・22集民六一号三七七頁)の立場である。しかし、制限列挙であることをあまりに厳格に貫くときは、再審の制度を認めた法の趣旨を没却することとなりかねないため、慎重な考慮が求められていたところである。
本判決は、判決要旨一のように、① 前訴の被告であるXに対する訴状の有効な送達がなく、② その結果Xには前訴に関与する機会が与えられなかった(Xは、前訴が提起されていることを知らないまま判決が言い渡された。)という事情のある本件において、「当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があった場合と別異に扱う理由がない」との根拠を示して、民訴法四二〇条一項三号の事由があるものと解するのが相当であるとした。
本件は、訴状の有効な送達がない(その結果訴訟係属も生じない)という事案についてのものであり、この点において、不実の申立てによって訴状の送達が公示送達によってされ、被告が訴訟係属の事実を知らなかったという事案と異なる。公示送達は、裁判長の許可を得てするものであり(民訴法一七八条一項)、許可を得てした場合には後日要件の存在しなかったことが判明しても公示送達は有効であるからである。被告の住所を知りながら公示送達の申立てをし、被告欠席のまま勝訴の確定判決を得たとしても、民訴法四二〇条一項三号の再審事由に当たらないとの趣旨を判示した最一小判昭57・5・27集民一三六号一頁、本誌四八九号五六頁と本件とは、事案を異にするものというべきである。
本件と同様の事例において再審を認めた下級審裁判例として、高松高判昭28・5・28高民六巻四号二三八頁、東京地判昭52・2・21判時八六九号六七頁、釧路地判昭61・10・20本誌六四〇号二二二頁がある。なお、右高松高判は、民訴法一七一条一項の補充送達の受領資格者が受送達者の法定代理人の地位に立つことを根拠にして、無資格者が受領したことをもって民訴法四二〇条一項三号所定の法定代理権の欠缺に当たると構成したものであるが、本判決は前記のとおりこのような構成を採用していない。

(3) 再審の補充性(民訴法四二〇条一項ただし書)
本判決は、同項ただし書所定の再審事由を知りてとは、再審事由を現実に了知したことをいう旨を判示した。本判決は、最高裁としてこの点を明言した最初のものであるが、最二小判昭36・9・22民集一五巻八号二二〇三頁、最二小判昭39・6・26民集一八巻五号九〇一頁、本誌一六四号八八頁、最一小判昭41・12・22民集二〇巻一〇号二一七九頁、本誌二〇二号一一一頁などは、同様の解釈を前提にしていたものと思われる。
そして、本判決は、その根拠について、「同項ただし書の趣旨は、再審の訴えが上訴を提起することができなくなった後の非常の不服申立方法であることから、上訴が可能であったにもかかわらずそれをしなかった者について再審の訴えによる不服申立てを否定するものであるからである」と判示した。
本判決は、最後に、判決要旨二のように、前訴の判決正本はXの同居者である妻Aが交付を受けたため、その送達は有効であるが、Aが判決正本を隠してしまったために、Xは、前記の再審事由を現実に了知することができなかったのであるから、Xが控訴しなかったことは同項ただし書に規定する場合に当たらないとした。すなわち、本判決は、前訴の判決正本が有効に送達されたことを前提にしつつ(受送達者と事実上の利害対立のある同居者に対する補充送達の効力を否定した最近の下級審裁判例として、大阪高判平4・2・27本誌七九三号二六八頁があるが、本判決は、このような考え方を採用していないものと思われる。)、前訴の判決正本の送達が有効にされたか否かと再審事由を現実に了知したか否かとは別問題であるとしたのである。
四 近年、同種の紛争も稀ではないようである。本判決は、そのうち、訴状の有効な送達がないために被告が訴訟に関与することができなかったという事案において、最高裁として初めての判断を示したものであり、少なからぬ意義を有するものと思われる。

+判例(H19.3.20)
理由
抗告代理人伊藤諭、同田中栄樹の抗告理由について
1 本件は、抗告人が、相手方の抗告人に対する請求を認容した確定判決につき、民訴法338条1項3号の再審事由があるとして申し立てた再審事件である。
2 記録によれば、本件の経過は次のとおりである。
(1) 相手方は、平成15年12月5日、横浜地方裁判所川崎支部に、抗告人及びAを被告とする貸金請求訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。
相手方は、前訴において、〈1〉B1及びB2は、平成9年10月31日及び同年11月7日、Aに対し、いずれも抗告人を連帯保証人として、各500万円を貸し付けた、〈2〉相手方は、Bらから、BらがAに対して有する上記貸金債権の譲渡を受けたなどと主張して、抗告人及びAに対し、上記貸金合計1000万円及びこれに対する約定遅延損害金の連帯支払を求めた。
(2) Aは、抗告人の義父であり、抗告人と同居していたところ、平成15年12月26日、自らを受送達者とする前訴の訴状及び第1回口頭弁論期日(平成16年1月28日午後1時10分)の呼出状等の交付を受けるとともに、抗告人を受送達者とする前訴の訴状及び第1回口頭弁論期日の呼出状等(以下「本件訴状等」という。)についても、抗告人の同居者として、その交付を受けた
(3) 抗告人及びAは、前訴の第1回口頭弁論期日に欠席し、答弁書その他の準備書面も提出しなかったため、口頭弁論は終結され、第2回口頭弁論期日(平成16年2月4日午後1時10分)において、抗告人及びAが相手方の主張する請求原因事実を自白したものとみなして相手方の請求を認容する旨の判決(以下「前訴判決」という。)が言い渡された
(4) 抗告人及びAに対する前訴判決の判決書に代わる調書の送達事務を担当した横浜地方裁判所川崎支部の裁判所書記官は、抗告人及びAの住所における送達が受送達者不在によりできなかったため、平成16年2月26日、抗告人及びAの住所あてに書留郵便に付する送達を実施した。上記送達書類は、いずれも、受送達者不在のため配達できず、郵便局に保管され、留置期間の経過により同支部に返還された。
(5) 抗告人及びAのいずれも前訴判決に対して控訴をせず、前訴判決は平成16年3月12日に確定した。
(6) 抗告人は、平成18年3月10日、本件再審の訴えを提起した。

3 抗告人は、前訴判決の再審事由について、次のとおり主張している。
前訴の請求原因は、抗告人がAの債務を連帯保証したというものであるが、抗告人は、自らの意思で連帯保証人になったことはなく、Aが抗告人に無断で抗告人の印章を持ち出して金銭消費貸借契約書の連帯保証人欄に抗告人の印章を押印したものである。Aは、平成18年2月28日に至るまで、かかる事情を抗告人に一切話していなかったのであって、前訴に関し、抗告人とAは利害が対立していたというべきである。したがって、Aが抗告人あての本件訴状等の交付を受けたとしても、これが遅滞なく抗告人に交付されることを期待できる状況にはなく、現に、Aは交付を受けた本件訴状等を抗告人に交付しなかった。以上によれば、前訴において、抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達(民訴法106条1項)としての効力を生じていないというべきであり、本件訴状等の有効な送達がないため、抗告人に訴訟に関与する機会が与えられないまま前訴判決がされたのであるから、前訴判決には民訴法338条1項3号の再審事由がある(最高裁平成3年(オ)第589号同4年9月10日第一小法廷判決・民集46巻6号553頁参照)。

4 原審は、前訴において、抗告人の同居者であるAが抗告人あての本件訴状等の交付を受けたのであるから、抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達として有効であり、前訴判決に民訴法338条1項3号の再審事由がある旨の抗告人の主張は理由がないとして、抗告人の再審請求を棄却すべきものとした。

5 原審の判断のうち、抗告人に対する本件訴状等の送達は補充送達として有効であるとした点は是認することができるが、前訴判決に民訴法338条1項3号の再審事由がある旨の抗告人の主張は理由がないとした点は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 民訴法106条1項は、就業場所以外の送達をすべき場所において受送達者に出会わないときは、「使用人その他の従業者又は同居者であって、書類の受領について相当のわきまえのあるもの」(以下「同居者等」という。)に書類を交付すれば、受送達者に対する送達の効力が生ずるものとしておりその後、書類が同居者等から受送達者に交付されたか否か、同居者等が上記交付の事実を受送達者に告知したか否かは、送達の効力に影響を及ぼすものではない(最高裁昭和42年(オ)第1017号同45年5月22日第二小法廷判決・裁判集民事99号201頁参照)。
したがって、受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等が、その訴訟において受送達者の相手方当事者又はこれと同視し得る者に当たる場合は別として(民法108条参照)、その訴訟に関して受送達者との間に事実上の利害関係の対立があるにすぎない場合には、当該同居者等に対して上記書類を交付することによって、受送達者に対する送達の効力が生ずるというべきである。
そうすると、仮に、抗告人の主張するような事実関係があったとしても、本件訴状等は抗告人に対して有効に送達されたものということができる。
以上と同旨の原審の判断は是認することができる。
(2) しかし、本件訴状等の送達が補充送達として有効であるからといって、直ちに民訴法338条1項3号の再審事由の存在が否定されることにはならない同事由の存否は、当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられていたか否かの観点から改めて判断されなければならない。 
すなわち、受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等と受送達者との間に、その訴訟に関して事実上の利害関係の対立があるため、同居者等から受送達者に対して訴訟関係書類が速やかに交付されることを期待することができない場合において、実際にもその交付がされなかったときは、受送達者は、その訴訟手続に関与する機会を与えられたことにならないというべきである。そうすると、上記の場合において、当該同居者等から受送達者に対して訴訟関係書類が実際に交付されず、そのため、受送達者が訴訟が提起されていることを知らないまま判決がされたときには、当事者の代理人として訴訟行為をした者が代理権を欠いた場合と別異に扱う理由はないから、民訴法338条1項3号の再審事由があると解するのが相当である。
抗告人の主張によれば、前訴において抗告人に対して連帯保証債務の履行が請求されることになったのは、抗告人の同居者として抗告人あての本件訴状等の交付を受けたAが、Aを主債務者とする債務について、抗告人の氏名及び印章を冒用してBらとの間で連帯保証契約を締結したためであったというのであるから、抗告人の主張するとおりの事実関係が認められるのであれば、前訴に関し、抗告人とその同居者であるAとの間には事実上の利害関係の対立があり、Aが抗告人あての訴訟関係書類を抗告人に交付することを期待することができない場合であったというべきである。したがって、実際に本件訴状等がAから抗告人に交付されず、そのために抗告人が前訴が提起されていることを知らないまま前訴判決がされたのであれば、前訴判決には民訴法338条1項3号の再審事由が認められるというべきである。
抗告人の前記3の主張は、抗告人に前訴の手続に関与する機会が与えられないまま前訴判決がされたことに民訴法338条1項3号の再審事由があるというものであるから、抗告人に対する本件訴状等の補充送達が有効であることのみを理由に、抗告人の主張するその余の事実関係について審理することなく、抗告人の主張には理由がないとして本件再審請求を排斥した原審の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、以上の趣旨をいうものとして理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、上記事由の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 堀籠幸男 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫)

++解説
《解  説》
1 本件は,再審原告Xが,再審被告YのXに対する請求を認容した前訴確定判決につき,民訴法338条1項3号の再審事由(以下「3号事由」という。)があると主張して申し立てた再審事件である。
2 本件の経過は次のとおりである。
(1) Yは,Bから,BがXの義父であるAに対してXを連帯保証人として金銭を貸し付けたことによる貸金債権を譲り受けたとして,X及びAに対して貸金元金及びこれに対する約定遅延損害金の連帯支払を求める訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。
前訴において,Xを受送達者とする訴状及び第1回口頭弁論期日の呼出状等は,Xと同居していた義父AがXの同居者として受領した。X及びAは,前訴の第1回口頭弁論期日に欠席し,答弁書その他の準備書面も提出しなかったため,同期日に口頭弁論が終結され,1週間後の第2回口頭弁論期日において,擬制自白の成立によりYの請求を認容する旨の判決(以下「前訴判決」という。)が言い渡された。X及びAに対する前訴判決の判決書に代わる調書については,その住所における送達が受送達者不在によりできなかったため,付郵便送達が行われた。その後,X及びAのいずれからも控訴がなかったため,前訴判決は確定した。
(2) Xは,前訴判決確定の約2年後に本件再審の訴えを提起し,再審事由として,「Xは,自らの意思で連帯保証人になったことはなく,Xの義父Aが,自己の債務について,Xの氏名及び印章を冒用してBとの間で連帯保証契約を締結したものであるから,前訴に関し,XとAは利害が対立していたというべきである。したがって,AがXあての前訴の訴状等の交付を受けたとしても,これが遅滞なくXに交付されることを期待できる状況にはなく,現にAは交付を受けた前訴の訴状等をXに交付しなかったから,前訴においてXに対する訴状等の送達は補充送達として効力を生じていないというべきである。そうすると,訴状等の有効な送達がないため,Xに訴訟に関与する機会が与えられないまま前訴判決がされたことになるから,前訴判決には3号事由がある。」と主張した。
(3) 1審,原審とも,前訴においてXに対する訴状等の送達は補充送達として有効に行われているから,訴状等の有効な送達がなかったことを前提とするX主張の再審事由は認められないとして,本件再審請求を棄却すべきものとした。Xは,原決定を不服として抗告許可の申立てをし,原審は抗告を許可した。
(4) 本決定は,決定要旨のとおり判示して,原審の判断のうち,前訴におけるXに対する訴状等の送達が補充送達として有効であるとした点は是認することができるが,この点のみを理由として,Xの主張するその余の事実関係について審理することなく,本件再審請求を排斥した原審の判断には違法があるとして,原決定を破棄し,本件を原審に差し戻した。
3 本件でまず問題となるのは,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた民訴法106条1項所定の同居者等と受送達者との間に当該訴訟に関して事実上の利害関係の対立がある場合に,補充送達としての効力が生じるか否かである。
民訴法106条1項所定の同居者等は,受送達者あての送達書類の受領に限定された代理権を有する訴訟法上の法定代理人であると解するのが一般的であるところ,同居者等が当該書類の送達された訴訟自体において受送達者の相手方当事者又はこれと同視し得る者に当たる場合には,双方代理禁止の原則に照らし,当該同居者等には補充送達を受ける権限がないと解すべきであり,当該同居者等が訴訟関係書類の交付を受けたとしても補充送達の効力が生じないことについては,判例,学説上も異論がないところである。
これに対し,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等と受送達者との間に当該訴訟に関して事実上の利害関係の対立があるにすぎない場合の補充送達の効力については,下級審では,有効説(神戸地判昭61. 12. 23判タ638号247頁,名古屋地決昭62. 11. 16判タ669号217頁,判時1273号87頁,札幌簡判平2. 1. 25NBL454号43頁,東京地判平3. 5. 22判タ767号249頁など)と無効説(東京地判昭49. 9. 4判タ315号284頁,釧路簡判昭61. 8. 28NBL433号40頁,大阪高判平4.2. 27判タ793号268頁など)とに判断が分かれており,学説も同様に対立していた。そのような状況の下で,最一小判平4. 9. 10民集46巻6号553頁,判タ800号106頁(以下「平成4年判決」という。)は,有効説を前提としたと思われる判示をした。すなわち,平成4年判決は,受送達者の同居者として前訴の訴状の交付を受けた者が民訴法106条1項の要件を満たしておらず,訴状送達が補充送達として有効に行われなかったため,被告とされた者(再審原告)が前訴提起の事実を知らないまま前訴判決が言い渡され,確定したという事案について,訴状の有効な送達がないため被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされて確定した場合には,当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があった場合と別異に扱う理由はないとして,3号事由があると判示したものであるところ,その前提として,再審原告と事実上利害関係の対立がある同居の妻に対する判決正本の交付をもって,判決正本の送達が有効に行われ,前訴判決は確定したと判示した。
裁判所書記官による送達事務は,平成4年判決が有効説を採用したものであるとの理解の下に行われており,実務上は有効説が有力となっていたが,平成4年判決は有効説を採用する旨を明確に判示したものではなかった。本決定は,決定要旨1のとおり,有効説を採用すべきであることを明らかにしたものである。
4 次に問題となるのは,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた同居者等が,当該訴訟に関して事実上の利害関係の対立がある受送達者に対して当該書類を交付しなかった場合,送達自体は補充送達として有効であるとしても,受送達者が自己を被告とする訴訟が提起されていることすら知らないまま欠席判決が言い渡され確定したときに,3号事由があるといえるか否かである。
このような場合の受送達者の救済手段として,民訴法338条1項5号の再審事由による再審請求や,控訴の追完が考えられることについては異論はないが,3号事由を主張して再審請求をすることができるかどうかについては,学説上,①受送達者が訴訟に全く関与できなかった点では,当事者が適法に代理されなかった場合と異なるところはないから,この場合も3号事由に当たると解するべきであるとする3号事由肯定説(森勇・平4重判解149頁,中山幸二「付郵便送達と裁判を受ける権利(下)」NBL505号25頁,三谷忠之・判評412号42頁など)と,②訴状等の補充送達が有効である以上,判決言渡しに至るまでの手続に瑕疵はなく,判決が適法に確定するに至ったことになるので,3号事由には当たらないとする3号事由否定説(井田宏・平4主判解212頁,同・平6主判解234頁,池尻郁夫「補充送達に関する一考察(1)」愛媛20 巻1 号1 頁など)とが対立しており,平成4年判決後も残された問題であった(田中豊・平4最判解説(民)327頁)。
代理人として訴訟行為をした者の代理権の欠缺を再審事由として定めた民訴法338条1 項3号は,当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられなかった点に再審に値する違法事由を認める趣旨の規定であると解され,3号事由の存否は,当事者に保障されるべき手続関与の機会が与えられていたか否かの観点から判断されるべきであり,平成4年判決もこのような考え方を前提としているものと考えられる。
補充送達制度は,民訴法106条1項所定の同居者等の要件を満たす者に訴訟関係書類を交付すれば,それが速やかに受送達者に伝達されることが通常期待できることから,同居者等への交付をもって受送達者への直接交付と同一の効力を認めるものであり,通常の場合には,たとえ同居者等から受送達者に対して何らかの事情によって当該書類が交付されなかったとしても,同居者等への交付をもって受送達者に対して当該書類を了知する機会を与えたということができるものと考えられる。これに対し,受送達者あての訴訟関係書類の交付を受けた者が民訴法106条1項所定の同居者等の要件を満たす者であっても,その訴訟に関して受送達者との間に事実上の利害関係の対立があるため,当該同居者等から受送達者に対して訴訟関係書類が速やかに交付されることを期待することができないという例外的な場合において,実際にその交付がされず,そのため受送達者が訴訟が提起されていることすら知らないまま判決がされたときには,受送達者には,訴訟関係書類を了知する機会すら与えられておらず,したがって,その訴訟手続に関与する機会が実質的に与えられたことにはならないから,当事者の代理人として訴訟行為をした者が代理権を欠いた場合と別異に扱う必要はなく,3号事由があると解するのが相当であると考えられる。本決定は,以上の解釈に基づき,決定要旨2 のとおり判示して,3号事由肯定説を採用することを明らかにしたものである。
5 本決定は,下級審及び学説において見解が分かれていた補充送達と再審の問題について最高裁が初めての判断を示したものであり,重要な意義を有するものと思われる。

3.再審の補充性

+(訴訟行為の追完)
第九十七条  当事者がその責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合には、その事由が消滅した後一週間以内に限り、不変期間内にすべき訴訟行為の追完をすることができる。ただし、外国に在る当事者については、この期間は、二月とする。
2  前項の期間については、前条第一項本文の規定は、適用しない。

~~ケース2~~
1.郵便に付する送達

+(書留郵便等に付する送達)
第百七条  前条の規定により送達をすることができない場合には、裁判所書記官は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める場所にあてて、書類を書留郵便又は民間事業者による信書の送達に関する法律 (平成十四年法律第九十九号)第二条第六項 に規定する一般信書便事業者若しくは同条第九項 に規定する特定信書便事業者の提供する同条第二項 に規定する信書便の役務のうち書留郵便に準ずるものとして最高裁判所規則で定めるもの(次項及び第三項において「書留郵便等」という。)に付して発送することができる。
一  第百三条の規定による送達をすべき場合
同条第一項に定める場所
二  第百四条第二項の規定による送達をすべき場合
同項の場所
三  第百四条第三項の規定による送達をすべき場合
同項の場所(その場所が就業場所である場合にあっては、訴訟記録に表れたその者の住所等)
2  前項第二号又は第三号の規定により書類を書留郵便等に付して発送した場合には、その後に送達すべき書類は、同項第二号又は第三号に定める場所にあてて、書留郵便等に付して発送することができる。
3  前二項の規定により書類を書留郵便等に付して発送した場合には、その発送の時に、送達があったものとみなす。

+(公示送達の要件)
第百十条  次に掲げる場合には、裁判所書記官は、申立てにより、公示送達をすることができる。
一  当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合
二  第百七条第一項の規定により送達をすることができない場合
三  外国においてすべき送達について、第百八条の規定によることができず、又はこれによっても送達をすることができないと認めるべき場合
四  第百八条の規定により外国の管轄官庁に嘱託を発した後六月を経過してもその送達を証する書面の送付がない場合
2  前項の場合において、裁判所は、訴訟の遅滞を避けるため必要があると認めるときは、申立てがないときであっても、裁判所書記官に公示送達をすべきことを命ずることができる。
3  同一の当事者に対する二回目以降の公示送達は、職権でする。ただし、第一項第四号に掲げる場合は、この限りでない。

(公示送達の方法)
第百十一条  公示送達は、裁判所書記官が送達すべき書類を保管し、いつでも送達を受けるべき者に交付すべき旨を裁判所の掲示場に掲示してする。

(公示送達の効力発生の時期)
第百十二条  公示送達は、前条の規定による掲示を始めた日から二週間を経過することによって、その効力を生ずる。ただし、第百十条第三項の公示送達は、掲示を始めた日の翌日にその効力を生ずる。
2  外国においてすべき送達についてした公示送達にあっては、前項の期間は、六週間とする。
3  前二項の期間は、短縮することができない。

+判例(H10.9.10)
理由
第一 平成五年(オ)第一二一二号上告代理人小杉丈夫、同志賀剛一、同磯貝英男、同細川俊彦、同高橋秀夫、同飯野信昭、同新居和夫、同石田裕久、同西内聖、同奥野雅彦、同八代徹也、同松尾翼、同奥野〓久、同内藤正明、同森島庸介の上告理由第一について
一 本件は、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人(以下「一審原告」という。)が、平成五年(オ)第一二一一号被上告人・同第一二一二号上告人(以下「一審被告」という。)から提起された訴訟において、訴状等の書留郵便に付する送達(以下「付郵便送達」という。)が違法無効であったため訴訟に関与する機会が与えられないまま一審原告敗訴の判決が確定し、損害を被ったとして、一審被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めるものである。一審原告は、右訴訟における一審原告への付郵便送達について、一審被告には受訴裁判所からの照会に対して一審原告の就業場所不明との回答をしたことに故意又は重過失がある旨主張している。

二 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 一審被告は、一審原告の妻が、昭和五九年八月から同六〇年四月にかけて、一審被告が発行した一審原告名義のクレジットカードを利用したことによる貸金債務及び立替金債務の支払が滞りがちであったため、同年一一月、一審原告に対し、通知書を送付したり、電話をかけたりして、右債務等合計四二万円余の支払を督促した。一審原告は、自分は右契約の存在を初めて知ったものであり、妻が契約したらしいなどと述べつつも、右債務の分割払いに応じる姿勢を示していたが、結局同年一二月に合計四万円が支払われるにとどまった。
2 そこで、一審被告は、昭和六一年三月、一審原告に対し、一審原告の妻が右クレジットカードを利用したことによる一審原告名義の前記貸金の残金二六万五三一二円等及び前記立替金の残金七万九六五二円等の支払を求めて、札幌簡易裁判所に貸金請求訴訟及び立替金請求訴訟をそれぞれ提起した(以下併せて「前訴」という。)。受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における訴状等の送達が一審原告不在によりできなかったため、一審被告に対し、訴状記載の住所に一審原告が居住しているか否か及び一審原告の就業場所等につき調査の上回答するよう求める照会書をそれぞれ送付した。
3 その当時、一審原告は、釧路市内の株式会社網走交通釧路営業所に勤務していたが、たまたま昭和六一年一月から東京都内に長期出張をして、右勤務先会社が下請をした業務に従事中であり、同年四月二〇日ころ帰ってくる予定であった。右勤務先会社においては、出張中の社員あての郵便物が同社に送付されたときは社員の出張先に転送し、出張中の社員と連絡を取りたいとの申出があったときは連絡先を伝える手はずをとっていた。また、一審原告は、昭和六〇年一一月ころ、一審被告から右勤務先会社気付で一審原告あてに郵送された支払督促の通知書を同営業所長を介して受領したことがあり、一審被告の担当者に対し、一審原告あての郵便物を自宅ではなく右勤務先会社に送付してほしい旨要望していた
4 しかし、一審被告の担当者は、裁判所からの前記照会に際し、裁判所から回答を求められている一審原告の就業場所とは、一審原告が現実に仕事に従事している場所をいうとの理解の下に、昭和六〇年一一月当時に一審原告から稼働場所として伝えられていた富士セメントに問い合わせ、一審原告が本州方面に出張中で昭和六一年四月二〇日ころ帰ってくる旨の回答を受けただけで、更に右勤務先会社に一審原告の出張先や連絡方法等を確認するなどの調査をすることなく、貸金請求事件については、同月一一日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載した上、「本人は出張で四月二〇日帰ってきます。家族は訴状記載の住所にいる。」旨を付記して回答し、立替金請求事件については、同月一八日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載して回答した。
5 受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、いずれも、右各回答に基づき、一審原告の就業場所が不明であると判断し、一審原告の住所あてに各事件の訴状等の付郵便送達を実施した。右送達書類は、いずれも一審原告不在のため配達できず、郵便局に保管され、留置期間の経過により裁判所に還付された。なお、右付郵便送達は、札幌簡易裁判所の昭和五八年四月二一日付け「民事第一審訴訟の送達事務処理に関する裁判官・書記官との申し合わせ協議結果」による一般的取扱いに従って実施されたものである。
6 前訴における各第一回口頭弁論期日では、いずれも一審原告が欠席したまま弁論が終結され、昭和六一年五月下旬、一審原告において請求原因事実を自白したものとして、一審被告の請求を認容する旨の各判決(以下併せて「前訴判決」という。)が言い渡された。右各判決正本は、同年五月末から六月初めにかけて、それぞれ一審原告の住所に送達され、一審原告の妻が受領したが、これを一審原告に手渡さなかったため、一審原告において控訴することなく、前訴判決はいずれも確定した。
7 一審被告は、昭和六一年七月二二日、釧路地方裁判所に対し、前訴貸金請求事件の確定判決を債務名義として一審原告に対する給料債権差押命令の申立てをしたが、同月二七日、右申立てを取り下げた。一審原告は、一審被告に対し、同月二九日に二〇万円、同年一〇月から昭和六二年四月にかけて計八万円の合計二八万円を支払った。
8 一審原告は、昭和六二年一〇月五日に前訴判決の存在及びその裁判経過を知ったとして、同年一一月二日、札幌簡易裁判所に前訴判決に対する再審の訴えを提起したところ、同裁判所は、前訴における訴状等の付郵便送達が無効であり、旧民訴法四二〇条一項三号所定の事由があるとしたが、上訴の追完が可能であったから、同項ただし書により再審の訴えは許されないとして、右再審の訴えをいずれも却下する判決を言い渡した。これに対して一審原告は、札幌地方裁判所に控訴を、更に札幌高等裁判所に上告を提起したが、いずれも排斥されて、右各判決は確定した。

三 原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告による不法行為と因果関係のある損害であるとして、右の限度で一審原告の請求を一部認容した。
1 一審被告が、前訴において、一審原告に対する請求権の不存在を知りながらあえて訴えを提起したなど、訴訟提起自体について一審原告の権利を害する意図を有していたとは認められないが、一審被告は、前訴の提起に先立つ一審原告との交渉を通じて、一審原告の勤務先会社を知っていたのであるから、受訴裁判所からの前記照会に対して回答するについては、一審被告において把握していた右勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に詳細に調査確認をすべきであり、かつ、右調査確認が格別困難を伴うものでなかったにもかかわらず、これを怠り、安易に受訴裁判所に対して、一審原告の就業場所が不明であるとの誤った回答をしたものであって、この点において一審被告には重大な過失がある。
2 前訴における一審原告に対する訴状等の付郵便送達は、右のような一審被告の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたものであるから、付郵便送達を実施するための要件を欠く違法無効なものといわざるを得ず、そのため、前訴においては、一審原告に対し、有効に訴状等の送達がされず、訴訟に関与する機会が与えられないまま一審被告勝訴の判決が言い渡されて確定するに至ったものである。
3 前訴において一審原告に出頭の機会が与えられ、その口頭弁論期日において、一審原告から、一審被告との間のクレジット契約等につき、妻が一審原告の名義を無断で使用して一審被告との間で締結したものである旨の主張が提出されていれば、前訴判決の内容が異なったものとなった可能性が高い。
4 確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾するような不法行為に基づく損害賠償請求が是認されるのは、確定判決の取得又はその執行の態様が著しく公序良俗又は信義則に反し、違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性の要請を考慮してもなお容認し得ないような特段の事情がある場合に限られるところ、本件においては、一審被告の訴訟上の信義則に反する重過失に基づき、何ら落ち度のない一審原告が前訴での訴訟関与の機会を妨げられたまま、前訴判決が形式的に確定し、しかも、前訴判決の内容も、一審原告に訴訟関与の機会が与えられていれば異なったものとなった可能性が高いにもかかわらず、一審原告が訴訟手続上の救済を得られない状態となっているなどの諸般の事情にかんがみれば、確定判決の既判力制度による法的安定の要請を考慮しても、法秩序全体の見地から一審原告を救済しなければ正義に反するような特段の事情がある。

四 しかしながら、原審の右三の2ないし4の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 民事訴訟関係書類の送達事務は、受訴裁判所の裁判所書記官の固有の職務権限に属し、裁判所書記官は、原則として、その担当事件における送達事務を民訴法の規定に従い独立して行う権限を有するものである。受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量にゆだねられているのであって、担当裁判所書記官としては、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否につき判断すれば足りる担当裁判所書記官が、受送達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法であると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、前訴の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における送達ができなかったため、当時の札幌簡易裁判所における送達事務の一般的取扱いにのっとって、当該事件の原告である一審被告に対して一審原告の住所への居住の有無及びその就業場所等につき照会をした上、その回答に基づき、いずれも一審原告の就業場所が不明であると判断して、本来の送達場所である一審原告の住所あてに訴状等の付郵便送達を実施したものであり、一審被告からの回答書の記載内容等にも格別疑念を抱かせるものは認められないから、認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くものとはいえず、右付郵便送達は適法というべきである。したがって、前訴の訴訟手続及び前訴判決には何ら瑕疵はないといわなければならない。
2 当事者間に確定判決が存在する場合に、その判決の成立過程における相手方の不法行為を理由として、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求をすることは、確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果となるから、原則として許されるべきではなく当事者の一方が、相手方の権利を害する意図の下に、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行したなど、その行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限って、許されるものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第九〇六号同四四年七月八日第三小法廷判決・民集二三巻八号一四〇七頁参照)。
これを本件についてみるに、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告の不法行為により被った損害であるとして、その賠償を求める一審原告の請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるところ、前記事実関係によれば、前訴において、一審被告の担当者が、受訴裁判所からの照会に対して回答するに際し、前訴提起前に把握していた一審原告の勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に調査確認をすべきであったのに、これを怠り、安易に一審原告の就業場所を不明と回答したというのであって、原判決の判示するところからみれば、原審は、一審被告が受訴裁判所からの照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤って回答した点において、一審被告に重大な過失があるとするにとどまり、それが一審原告の権利を害する意図の下にされたものとは認められないとする趣旨であることが明らかである。そうすると、本件においては、前示特別の事情があるということはできない

五 したがって、一審原告の前記請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決中、一審被告敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、一審原告の右請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は結論において正当であるから、一審原告の控訴を棄却すべきである。

第二 平成五年(オ)第一二一一号上告代理人宇都宮健児、同今瞭美、同山本政明、同茨木茂、同釜井英法、同米倉勉の上告理由第七及び第八について
一 一審原告が一審被告から前訴判決に基づく給料債権差押えの通告を受けたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に帰するものであって、前記第一の四の説示に照らして理由のないことは明らかであるから、右請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものであって、採用することができない。
二 一審原告の前訴判決に対する再審訴訟の提起に係る弁護士費用相当額の損害賠償請求については、前記第一の四のとおり、前訴における訴訟手続及び前訴判決には瑕疵はなく、再審は本来成り立ち得ないものであって、右弁護士費用相当額の損害賠償請求は理由がないというべきであるから、これを棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するか、又は原審において主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうものであって、採用することができない。
三 一審原告の別紙記載の請求について、原審は、これが確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるとの前提に立って、一審原告が主張するような精神的苦痛を受けたとしても、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告に対し損害賠償を命ずる以上、それを超えて精神的損害の点についてまで賠償請求を認める必要はないとして、これを棄却すべきものと判断した。しかしながら、右請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求には当たらず、しかも、前記第一の四のとおり、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円についての損害賠償請求を肯認することはできないのであるから、原審の右判断における理由付けは、その前提を欠くものであって、これを直ちに是認することはできない。
したがって、前記理由付けをもって一審原告の別紙記載の請求を棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中、一審原告の右請求に関する部分は破棄を免れず、損害発生の有無を含め、右請求の当否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
第三 以上の次第で、原判決中、一審被告敗訴の部分を破棄して、同部分に関する一審原告の控訴を棄却するとともに、一審原告の別紙記載の請求に関する部分を破棄して、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし、一審原告のその余の上告は理由がないから、これを棄却することとする。
よって、判示第二の三につき裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
判示第二の三についての裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見が原判決のうち一審原告の別紙記載の請求を棄却した部分について破棄差戻しを免れないとした点には、賛成することができない。
この点に関する一審原告の請求は、一審被告が前訴の担当各裁判所書記官からの照会に対して誤った回答をしたことに基づき、一審原告に訴状等の付郵便送達が実施されたが、一審原告が実際にその交付を受けるに至らず、前訴の第一審手続に関与する機会を奪われたとして、一審被告に対し、これにより被った精神的損害の賠償を求めるというものである。
民事訴訟は、私法上の権利の存否を国の設ける裁判機構によって確定する手続であり、対立する両当事者に手続への関与の機会を等しく保障することが基本をなすことはもちろんである。しかし、その手続は、争われている権利の存否とは無関係に手続の実施そのものに独自の価値があるというものではない。ある当事者が民事訴訟の訴訟手続に事実上関与する機会を奪われたとする場合において、これにより自己の正当な権利利益の主張をすることができず、その結果、本来存在しないはずの権利が存在するとされ、あるいは存在するはずの権利が存在しないとされるなど、不当な内容の判決がされ、確定力が生じてもはや争い得ない状態となったときに、その者に償うに値する精神的損害が生じるものと解すべきであり、判決の結論にかかわりなく訴訟手続への関与を妨げられたとの一事をもって、当然に不法行為として慰謝料請求権が発生するということはできない。
また、訴訟手続における当事者の権利は、これをわが国の裁判制度の三審制のもとで考えた場合、当事者がたとえ第一審の手続に事実上関与する機会を得られなかったとしても、上訴の機会があり上級審の手続を追行することが可能であったならば、その段階で攻撃防御を尽くすことができ、当事者の手続関与の要請は満たされたことになるのであり、上級審の手続のために特別の費用を要したことは別として、第一審手続に関与できなかったこと自体による精神的損害を考える必要はないというべきである。
本件においては、前訴の第一審判決は一審原告の住所にあてて正規の特別送達が行われ、一審原告の妻が同居者としてその交付を受けたが、一審原告にこれを手渡さなかったために、一審原告の目に触れることなく、判決が確定してしまったのである。しかし、これは、夫婦間に確執があり、相互の意思の疎通を欠いていたためにそうなったことがうかがわれるのであって、上訴の手続をとる時機を逸したことは一審原告の支配領域内における事情によるもので、自らの責めに帰するほかはなく、訴訟への関与の機会を不当に奪われたことにはならない。手続に関して瑕疵があるとするときは、上級審で是正されるのが本筋であり、本件ではそれが可能であったのである。
さらに、記録によれば、一審被告が一審原告に対して昭和六一年四月に起こした別件の立替金請求訴訟においては、一審原告の勤務先会社にあてて訴状等の特別送達が実施され、一審原告は受交付者を介してこれを受領したにもかかわらず、口頭弁論期日に出頭せず、何らの争う手段もとらなかったことがうかがわれ、また、本件の貸金及び立替金についても、一審原告は訴訟前には分割払いに応じる姿勢を示していたことは、原判決の確定するところであり、前訴判決の結論が、本来存在しないはずの権利を存在するとした不当なものであったと認めるに足りないといわざるをえない(原判決は、前訴において一審原告が出頭の機会を与えられていれば、異なった判決になった可能性が高いというが、確かな根拠は示されていない。)。
そうすると、原判決中、一審原告が前訴の第一審手続への関与の機会を不当に奪われたことを理由とする慰謝料請求を棄却した部分は、結論において正当であるから、この点に関する一審原告の上告は理由がないというべきである。
(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

++解説
《解  説》
一 本件は、Xが、Y1(信販会社)から提起された前訴において、訴状等の付郵便送達が違法無効であったため、訴訟手続に関与する機会が与えられないまま、理由のないX敗訴の判決が確定して損害を被った旨主張し、Y1に対しては、前訴での受訴裁判所からの照会に対しXの就業場所不明との誤った回答をしたことにつき故意又は重過失があるとして(民法七〇九条)、Y2(国)に対しては、裁判所書記官による付郵便送達の要件の認定及びその実施につき過失があり、担当裁判官にもこれを看過した過失があるとして(国家賠償法一条一項)、損害賠償を求めた事案である。第一審はXの請求を全部棄却したが、原審はY1に対する請求を一部認容したため、これに対しX(平成五年(オ)第一二一一号事件)とY1(同第一二一二号事件)がそれぞれ上告したところ、最高裁は、弁論の分離・併合により、XのY2に対する請求(①事件)とXのY1に対する請求(②事件)とに分けて判決をした。
二 本件の事実関係の概要は、次のとおりである(なお、各事件の判文を参照)。
1 Y1は、昭和六一年三月、Xに対し、Xの妻がY1発行のX名義のクレジットカードを利用したことによる貸金及び立替金残元金合計三四万円余の支払を求めて、札幌簡裁に二件の訴訟(前訴)を提起した。受訴裁判所の担当書記官は、X不在により訴状等の送達ができなかったため、Y1に対し、Xの就業場所等につき調査の上回答するよう求める照会書を送付した。
2 当時Xは、釧路市内の勤務先A社から東京に長期出張をしており、昭和六〇年秋にY1の担当者との間でやりとりをした際、Xあての郵便物は自宅ではなく右勤務先に送付してほしい旨要望していた。しかし、Y1の担当者は、右照会に対し、就業場所とはXが現実に仕事に従事している場所をいうとの理解の下に、A社に問い合わせをすることなく、昭和六一年四月、Xの就業場所が不明であり、Xは出張中で家族は訴状記載の住所にいる旨を回答した。
3 担当書記官は、右回答に基づきXの就業場所が不明であると判断し、Xの住所あてに訴状等の付郵便送達を実施したが、留置期間経過により訴状等は裁判所に還付された。前訴では、昭和六一年五月に、X不出頭のまま擬制自白によりY1勝訴の判決が言い渡され、Xの住所に送達された判決正本をXの妻が受領したが、これをXに手渡さなかったため、Xからの控訴はなく、そのまま前訴判決は確定した。
4 Y1は、前訴判決を債務名義として、昭和六一年七月にXのA社に対する給料債権の差押えをしたが、まもなくこれを取り下げ、その後Xから合計二八万円の弁済を受けた。
5 Xは、昭和六二年一一月、前訴判決に対する再審訴訟を提起したが、上訴の追完が可能であったから、旧民訴法四二〇条一項ただし書により再審の訴えは許されないとして却下された。
三 ①事件関係
1 原審(一審も同様)は、前訴におけるXに対する訴状等の付郵便送達が、Y1の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたもので、要件を欠き違法無効であるが、本件の具体的事情の下では、Y1からの回答に基づきXの就業場所が不明であるとした担当書記官の判断が不合理とはいえず、その裁量の範囲を逸脱したものとはいえないとして、担当書記官の国賠法上の過失を否定するとともに、担当裁判官の過失も否定して、XのY2に対する請求を棄却すべきものとした。これに対してXが上告し、担当書記官及び担当裁判官の過失を否定した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるなどと主張した。
2 付郵便送達は、受送達者の住居所等が判明しているにもかかわらず、右住居所等における交付送達(補充送達・差置送達を含む)が不奏功であり、かつ、就業場所における交付送達(ただし、代人への差置送達を含まない)ができない場合等に認められる送達方法であるところ(民訴法一〇三条二項、一〇七条一項一号、旧民訴法一六九条二項、一七二条)、右にいう就業場所における送達ができない場合とは、受送達者の就業場所が判明してそこへの送達を実施したが不奏功となった場合のみならず、就業場所が判明しないためそこへの送達を実施すること自体ができない場合をも含むと解されている(三輪和雄・注釈民事訴訟法(3)五七三頁、兼子一ほか・条解民事訴訟法四四三頁)。後者の場合については、送達事務取扱者である担当書記官にとって就業場所が判明しているかどうかが問題であって、就業場所の不存在が要件とされているのではなく、担当書記官が通常の調査方法を講じてもなお判明しないときには、右要件を充足することになるわけである。
3 本判決は、受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集は担当書記官の裁量にゆだねられており、担当書記官は、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、受送達者の就業場所の存否につき判断すれば足りるとし、担当書記官が受送達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法と解するのが相当である旨の一般論を説示した上で、本件の具体的状況の下では、右のような事情があるとはいえないから、前訴における訴状等の付郵便送達は適法であるとして、Xの上告を棄却したものである。
受送達者の住居所等への送達が不奏功となった場合には、担当書記官が、原告に対し被告の就業場所の有無等につき調査の上書面での回答を求めるなどして積極的な認定資料を収集し、これに基づいて就業場所の存否につき判断することになるが、実務では、各庁で送達事務に関する運用基準が策定され、これに従って送達事務処理が行われているところである(民事裁判資料一五二号、同一九五号、民事訴訟関係書類の送達実務の研究[改訂版]・書記官実務研究報告書二〇巻二号)。付郵便送達は、書留郵便の発送の時に送達の効力が生ずるものであり、留置期間満了により送達書類が裁判所に戻され、受送達者が付郵便送達の実施を現実には知らない場合でも送達は有効とされるから、その運用にあたっては当事者の手続上の利益にも十分配慮する必要がある。本件においては、前訴の貸金請求事件でのY1からの回答中に「Xが出張中で四月二〇日帰ってくる」旨付記されていたというのであり、本判決では、この点は前訴における付郵便送達の適法性を損なうべき事情に当たるとまではいえないとされたものであるが、送達の適否の問題とは別に、実務の運用としては、個々の事案に応じた配慮の行き届いた対応が期待されよう。
本判決の説くところは、格別目新しいものではないが、担当書記官による就業場所の調査ないし認定と付郵便送達の関係について判断を示した上、前訴における付郵便送達を違法とした一、二審とは異なり、右付郵便送達を適法として、理由差替えによりXの上告を棄却したものであって、実務上参考になると思われる。
四 ②事件関係
1 原審は、前訴におけるXに対する訴状等の付郵便送達が、Y1の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたもので、要件を欠き違法無効であるとした上、Y1による前訴判決の取得の態様が著しく信義則に反しており、前訴判決の内容についても、Xに出頭の機会が与えられれば異なったものとなった可能性が高く、Xとしては必要な救済手段を行使していないとも評価できないにもかかわらず、何ら救済が得られない状態となっていることからすると、既判力による法的安定性の要請を考慮しても、法秩序全体の見地からXを救済しなければ正義に反するような特段の事情があると判示し、XがY1に対して支払った二八万円につき、Y1による不法行為と相当因果関係のある損害であるとして、右の限度でXの請求を一部認容したが、Xが前訴の訴訟手続に関与する機会を奪われたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、それが確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であり、前記のとおり財産的損害につき賠償を命ずる以上、精神的損害についてまで賠償請求を認める必要はないとして、これを棄却していた。
2 前記①事件において判示されているように、前訴におけるXに対する訴状等の付郵便送達は適法であるから、前訴の訴訟手続及び判決には瑕疵はなく、前訴確定判決には既判力が生じている(Xとしては、前訴において控訴の追完によって争うほかなかったであろう。)。Y1に対して支払った二八万円につき不法行為による損害賠償を求めるXの請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であり、いわゆる確定判決の不当取得(騙取)の問題として論じられてきているところである。右のような損害賠償請求は、原則として許されるべきではないが、当事者の一方が相手方の権利を害する意図のもとに、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行したなど、その行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限って、許されるものとするのが当審判例の立場である(最三小判昭44・7・8民集二三巻八号一四〇七頁参照)。
本判決は、本件では、Y1が安易にXの就業場所不明との誤った回答をした点で重大な過失があるとされるにとどまり、Xの権利を害する意図のもとにされたものとは認められない以上、前記特別の事情があるとはいえないとして、原判決中Y1敗訴部分を破棄してXの控訴を棄却したものであり、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求の可否に関して、①当事者の目的意図の不当性(相手方の権利を害する意図)、②手続的な不当性(相手方の訴訟手続に対する関与を妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為)、③判決結果の不当性(本来あり得べからざる内容の確定判決)を考慮要素とする当審判例の判断枠組みを踏襲した上で、新たな判断事例を付け加えたものであって、その先例的価値は少なくないと思われる(なお、原判決が、前訴におけるY1のXに対する請求の当否につき審理を尽くさないまま、Xに出頭の機会が与えられていれば前訴判決の内容が異なるものとなった可能性が高い旨判示して、Xの請求を認容すべきものとしている点についても、③との関係で問題があると思われる。)。
3 XのY1に対する請求のうち、Xが前訴の訴訟手続に関与する機会を奪われたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、その性質上、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求には当たらないと解される。原判決は、前記四1のような理由付けをもってXの右請求を排斥すべきものとしているが、前記四2及び右で述べたところからすれば、原判決の理由付けは二重の意味でその前提を欠くものといわざるを得ないであろう。本判決は、原判決の右理由付けをもってしてはXの右請求を排斥し得ないとして、原判決中右部分を破棄して原審に差し戻すこととしたものである。訴訟手続への関与の機会の喪失を理由とする慰謝料請求の可否については、これまでほとんど論じられておらず、どのような場合に認められる余地があり得るかにつき一般的な定式化を図ることは困難である上、この点に関する原判決の認定事実も十分でない点が考慮されたものであろう。なお、この差戻しの点については、藤井裁判官の反対意見が付されている。

2.可罰行為を理由とする損害賠償請求
+判例(S44.7.8)
理由 
 上告代理人田辺俊明の上告理由について。 
 原審における上告人の主張によれば、被上告人は、上告人に対する別件貸金等請求事件において、裁判外の和解が成立し、上告人において和解金額を支払つたため、上告人に対して右訴を取り下げる旨約したにもかかわらず、右約旨に反し確定判決を不正に取得し、このような確定判決を不正に利用した悪意または過失ある強制執行によつて、上告人をして右判決の主文に表示された一三万余円の支払を余儀なくさせ、もつて右相当の損害を負わせたので、上告人は、被上告人に対し右不法行為による損害の賠償を求めるというのである。 
 これに対し、原審は、右確定判決は当事者間に有効に確定しているから、その既判力の作用により、上告人は以後右判決に表示された請求権の不存在を主張することは許されず、再審事由に基づいて前示判決が取り消されないかぎり、右確定判決に基づく強制執行を違法ということはできない、したがつて、右強制執行の違法を前提とする上告人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくその理由がないとして、右請求を排斥している。 
 しかしながら判決が確定した場合には、その既判力によつて右判決の対象となつた請求権の存在することが確定し、その内容に従つた執行力の生ずることはいうをまたないが、その判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によつて相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行ない、その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し、かつこれを執行した場合においては、右判決が確定したからといつて、そのような当事者の不正が直ちに問責しえなくなるいわれなく、これによつて損害を被つた相手方は、かりにそれが右確定判決に対する再審事由を構成し、別に再審の訴を提起しうる場合であつても、なお独立の訴によつて、右不法行為による損害の賠償を請求することを妨げられないものと解すべきである。 
 本件において、原審の確定するところによれば、被上告人は、上告人に対する別件貸金請求事件において、請求権債権を一部免除したうえで右訴を取り下げる旨の和解をし、右約旨に従つた弁済を受けたが、右訴の取下に関する債務を履行せず、自己の訴訟代理人に対してこの事実を告げなかつたため、右訴訟の手続は、その後に開かれた第一回口頭弁論期日において、上告人不出頭のまま終結され、被上告人側の主張するとおりの判決がなされたというのであり、上告人が右口頭弁論期日に出頭しなかつたのは、右和解契約が締結された結果、上告人としてはその趣旨に従つた弁済をし、被上告人が右訴の取下を約したことによるというのである。そして、原審は、上告人は右判決の送達を受けた後、人を介して被上告人に右訴の取下を申し入れ、その夫が同人に対して訴の取引をすすめていたとの事実を認めているのである。 
 これらの事実によれば、上告人は、和解によつて、もはや訴訟手続を続行する必要はないと信じたからこそ、その後裁判所の呼出状を受けても右事件の口頭弁論期日に出頭せず、かつ、判決送達後もなお控訴の手続をしなかつたものであり、その後に、被上告人が真に右請求権について判決をうるために訴訟手続を続行する気であることを知つたならば、自らも期日に出頭して和解の抗弁を提出し、もつて自己の敗訴を防止し、かりに敗訴してもこれを控訴によつて争つたものと推認するに難くない。しかも、原審は、右和解を詐欺によつて取り消す旨の被上告人の主張は採用し難い旨判示しているのであるから、被上告人において、右和解後上告人に対して特に積極的な欺罔行為を行ない、同人の訴訟活動を妨げた事実がないとしても、被上告人は、他に特段の事情のないかぎり、上告人が前記和解の趣旨を信じて訴訟活動をしないのを奇貨として、訴訟代理人をして右訴訟手続を続行させ、右確定判決を取得したものと疑われるのである。そして、その判決の内容が、右和解によつて消滅した請求権を認容したものである以上、被上告人としては、なお、この判決により上告人に対して前記強制執行に及ぶべきではなかつたものといえるのである。しからば、本件においては、被上告人としては、右確定判決の取得およびその執行にあたり、前示の如き正義に反する行為をした疑いがあるものというべきである。したがつて、この点について十分な説示をすることなく、単に確定判決の既判力のみから上告人の本訴請求を排斥した原判決は、この点に関する法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべく、その違法は原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、さらに右の点について審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。 
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 飯村義美 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 関根小郷) 


民事訴訟法 基礎演習 不利益変更禁止の原則


1.不利益変更禁止の原則の意義

+(第一審判決の取消し及び変更の範囲)
第三百四条  第一審判決の取消し及び変更は、不服申立ての限度においてのみ、これをすることができる。

+(附帯控訴)
第二百九十三条  被控訴人は、控訴権が消滅した後であっても、口頭弁論の終結に至るまで、附帯控訴をすることができる。
2  附帯控訴は、控訴の取下げがあったとき、又は不適法として控訴の却下があったときは、その効力を失う。ただし、控訴の要件を備えるものは、独立した控訴とみなす。
3  附帯控訴については、控訴に関する規定による。ただし、附帯控訴の提起は、附帯控訴状を控訴裁判所に提出してすることができる。

・自己の不服申し立ての限度を超えて自己に不利益に第1審判決を変更されることがない。

2.控訴裁判所における終局判決の種類
①控訴却下判決

+(控訴期間)
第二百八十五条  控訴は、判決書又は第二百五十四条第二項の調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。

+(口頭弁論を経ない控訴の却下)
第二百九十条  控訴が不適法でその不備を補正することができないときは、控訴裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、控訴を却下することができる。

②控訴棄却判決

+(控訴棄却)
第三百二条  控訴裁判所は、第一審判決を相当とするときは、控訴を棄却しなければならない。
2  第一審判決がその理由によれば不当である場合においても、他の理由により正当であるときは、控訴を棄却しなければならない

(控訴権の濫用に対する制裁)
第三百三条  控訴裁判所は、前条第一項の規定により控訴を棄却する場合において、控訴人が訴訟の完結を遅延させることのみを目的として控訴を提起したものと認めるときは、控訴人に対し、控訴の提起の手数料として納付すべき金額の十倍以下の金銭の納付を命ずることができる。
2  前項の規定による裁判は、判決の主文に掲げなければならない。
3  第一項の規定による裁判は、本案判決を変更する判決の言渡しにより、その効力を失う。
4  上告裁判所は、上告を棄却する場合においても、第一項の規定による裁判を変更することができる。
5  第百八十九条の規定は、第一項の規定による裁判について準用する。

③控訴認容判決

+(第一審判決が不当な場合の取消し)
第三百五条  控訴裁判所は、第一審判決を不当とするときは、これを取り消さなければならない。

+(上告の理由)
第三百十二条  上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
2  上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第三十四条第二項(第五十九条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。
一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
二の二  日本の裁判所の管轄権の専属に関する規定に違反したこと。
三  専属管轄に関する規定に違反したこと(第六条第一項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。
四  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
五  口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
六  判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。
3  高等裁判所にする上告は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときも、することができる。

+第三百八条  前条本文に規定する場合のほか、控訴裁判所が第一審判決を取り消す場合において、事件につき更に弁論をする必要があるときは、これを第一審裁判所に差し戻すことができる。
2  第一審裁判所における訴訟手続が法律に違反したことを理由として事件を差し戻したときは、その訴訟手続は、これによって取り消されたものとみなす。

+(第一審の判決の手続が違法な場合の取消し)
第三百六条  第一審の判決の手続が法律に違反したときは、控訴裁判所は、第一審判決を取り消さなければならない。

+(事件の差戻し)
第三百七条  控訴裁判所は、訴えを不適法として却下した第一審判決を取り消す場合には、事件を第一審裁判所に差し戻さなければならない。ただし、事件につき更に弁論をする必要がないときは、この限りでない。

+(第一審の管轄違いを理由とする移送)
第三百九条  控訴裁判所は、事件が管轄違いであることを理由として第一審判決を取り消すときは、判決で、事件を管轄裁判所に移送しなければならない。

3.設問1について

+判例(福岡高判18.6.29)
調べておく。

・第1審判決の認容額を下回る金額に第1審判決を変更することはできず、あくまで控訴棄却にとどめざる得ない。

・ただ、釈明権を行使するという考え方も。

4.設問2について
不利益変更禁止の原則について
判例通説→
「判決(取消し・変更)」の範囲を不服の範囲内に制限するものと考える!!

反対説→
判決以前に「審理」の範囲を実質的な不利益の枠内に制限するものと考える!

+判例(S61.9.4)
理  由
上告代理人祝部啓一の上告理由二について
貸与される金銭が賭博の用に供されるものであることを知つてする金銭消費貸借契約は公序良俗に違反し無効であると解するのが相当であるところ(最高裁昭和四六年(オ)第一一七七号同四七年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一〇五号八五五頁)、原審の適法に確定した事実によれば、被上告人は、上告人甲野に対し本件金銭が賭場開帳の資金に供されるものであることを知りながら、本件金銭を貸与したというのであるから、本件金銭消費貸借契約は公序良俗に違反し無効であるというべきである。したがつて、本件金銭消費貸借契約は無効とはいえないとした原審の判断には、民法九〇条の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、これと同旨に帰着する論旨は理由があり、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、原審の確定した事実及び右の説示によれば、被上告人の請求は、上告人らの主張する相殺の抗弁について判断するまでもなく、原審における請求の拡張部分を含めて、その全部につき理由がなく、棄却すべきことが明らかである。

ところで、本件訴訟の経緯についてみるに、記録によれば、(一) 第一審は、被上告人の本件貸金請求につき本件金銭消費貸借契約は公序良俗に違反しないなどとして貸金債権が有効に成立したことを認めたものの、右貸金債権は、上告人らの主張する反対債権である売買代金返還請求債権と対当額で相殺されたことによりその全額につき消滅したとして、被上告人の本件貸金請求を棄却する旨の判決をした、(二) 第一審判決に対しては、被上告人のみが控訴し、上告人らは控訴も附帯控訴もしなかつた、(三) 原審は、被上告人の貸金債権については、第一審判決と同じく公序良俗違反などの抗弁を排斥してその有効な成立を認めたうえ、上告人らの主張する相殺の抗弁については、反対債権は認められないとしてこれを排斥し、被上告人の本件貸金請求(原審における請求の拡張部分を含む。)を認容する判決をした、(四) 上告人らは、原判決の全部につき上告の申立をした、というものであるところ、本件のように、訴求債権が有効に成立したことを認めながら、被告の主張する相殺の抗弁を採用して原告の請求を棄却した第一審判決に対し、原告のみが控訴し被告が控訴も附帯控訴もしなかつた場合において、控訴審が訴求債権の有効な成立を否定したときに、第一審判決を取り消して改めて請求棄却の判決をすることは、民訴法一九九条二項に徴すると、控訴した原告に不利益であることが明らかであるから、不利益変更禁止の原則に違反して許されないものというべきであり、控訴審としては被告の主張した相殺の抗弁を採用した第一審判決を維持し、原告の控訴を棄却するにとどめなければならないものと解するのが相当である。そうすると、本件では、第一審判決を右の趣旨において維持することとし、被上告人の本件控訴を棄却し、また被上告人の原審における請求の拡張部分を棄却すべきことになる。
よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)


民事訴訟法 基礎演習 上訴の利益


1.問題の所在

2.不服概念
(1)形式的不服説
当事者の申立てと判決との差

(2)新実体的不服説
不利益な判決効の発生の有無によって不服の有無を判断する見解

3.結論から見た形式的不服説と新実体的不服説
(1)原則的な結論の一致

(2)形式的不服説と「例外的不服」

形式的不服説によると、予備的抗弁により請求棄却に追い込んだ場合、上訴の利益が認められないと思える。
but,形式的不服説の例外として「例外的不服」を肯定

4.形式的不服説と当事者の申立ての意味
(1)「例外的不服」を認める基準

(2)実体的不服概念

(3)形式的不服説と当事者の申立ての意味

+判例(名古屋高金沢支判H1.1.30)
理由
一 本件控訴の適否について
1 事実経過について
控訴人は昭和五八年七月三〇日亡新作に四〇〇万円を貸し渡した、亡新作は昭和六〇年四月六日死亡した、同人の法定相続人は、同人の妻である深川セツエ、同人の子である被控訴人、同深川清志、同真田卓己、同金沢浩子、同稲垣紀子、同深川健の七名であり、被控訴人の法定相続分は一二分の一である。よって、控訴人は、被控訴人に対し、四〇〇万円の一二分の一である三三万三三三三円及びこれに対する昭和五八年七月三〇日から昭和五九年七月二九日まで年九.二五パーセントの割合による利息金、同月三〇日から完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める、との支払命令を申立て、右支払命令に対する被控訴人の異議申立により訴訟手続に移行したこと、右訴訟中、真田卓己、金沢浩子、稲垣紀子、深川健の四名が昭和六一年一二月一三日富山家庭裁判所に相続放棄を申立て、同日同裁判所が受理したことにより、被控訴人の法定相続分は四分の一になったが、控訴人代理人は、右相続放棄の結果、被控訴人の法定相続分が増加したことを知ったにも拘わらず、被控訴人に対する請求を拡張しなかったこと、そのため原審は、昭和六二年一〇月二七日終結した口頭弁論に基づき、昭和六三年五月三一日控訴人の被控訴人に対する右請求を全部認容する勝訴判決を言渡したこと、そこで控訴人は、右請求を拡張するため本件控訴に及び、当審では被控訴人の法定相続分が四分の一であると主張を改め、被控訴人に対し、貸金一〇〇万円及びこれに対する前記同旨の利息金・遅延損害金の支払を求めるに至ったこと、以上の事実が記録上明らかである。

2 控訴の利益について
全部勝訴の判決を受けた当事者は、原則として控訴の利益がなく、訴えの変更又は反訴の提起をなすためであっても同様である人事訴訟手続法九条二項(別訴の禁止)、民事執行法三四条二項(異議事由の同時主張)等の如く、特別の政策的理由から別訴の提起が禁止されている場合には、別訴で主張できるものも、同一訴訟手続内で主張しておかないと、訴訟上主張する機会が奪われてしまうという不利益を受けるので、それらの請求については、同一訴訟手続内での主張の機会をできるだけ多く与える必要があり、また、この不利益は、全部勝訴の一審判決後は控訴という形で判決の確定を妨げることによってしか排除し得ないので、例外として、これらの場合には、訴えの変更又は反訴の提起をなすために控訴をする利益を認めるべきである。
そして、その理由を進めて行くと、いわゆる一部請求の場合につき、一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、ある金額の支払を請求権の全部として訴求し勝訴の確定判決を得た後、別訴において、右請求を請求権の一部である旨主張しその残額を訴求することは、許されないと解されるので(最高判昭和三二年六月七日民集一一巻六号九四八頁参照)、この場合には、一部請求についての確定判決は残額の請求を遮断し、債権者はもはや残額を訴求する機会を失ってしまうことになり、前述の別訴禁止が法律上規定されている場合と同一となる。したがって、黙示の一部請求につき全部勝訴の判決を受けた当事者についても、例外として請求拡張のための控訴の利益を認めるのが相当ということになる。

3 本件控訴の適否について
これを本件についてみるに、控訴人は、被控訴人が亡新作の債務を一二分の一法定相続したとして、貸金三三万三三三三円及びその利息金・遅延損害金の支払を、請求権の全部として訴求して本訴を提起したのであり、右請求を全部認容した原判決が確定すると、控訴人は、実は被控訴人の法定相続分は四分の一であったとして、右請求を請求権の一部である旨主張し、再度別訴で、その残額である貸金元本六六万六六六七円及びその利息金・遅延損害金を訴求することは許されないのであるから、控訴人は、全部勝訴の原判決に対しても、請求の拡張のため控訴の利益が認められるべきである。
控訴人は、本訴が原審の口頭弁論係属中に、亡新作の他の相続人が相続放棄をしたことによって、被控訴人の法定相続分が四分の一であったことを了知し、原審で請求を拡張することが可能であったのに、原審ではそれを失念していたことを自認している。しかし、攻撃防禦方法は、別段の規定ある場合を除き、口頭弁論の終結に至るまで提出することができ、訴えの変更についても同様であって、控訴審においても許されていること、もっとも訴訟手続を著しく遅延せしむべき場合は訴えの変更は許されないが、訴えの変更の許否は、訴訟手続を遅滞せしめるか否かにかかっており、原審において変更できたのにしなかったことに過失があるか否かを基準としてはいないこと攻撃防禦方法の提出の制限についても「故意又は重大な過失」を要件としており、単なる過失は含まれていないこと、控訴人が原審で請求拡張ができるのにそれを失念していたというのは、単なる過失であって重大な過失でなく、控訴人の請求拡張のための控訴の利益を否定すると、かえって控訴人は訴訟手続により残額を請求する機会を永久に奪われてしまうという重大な不利益を受けることになって、右過失と結果との間に不均衡を生ずることなどの理由から、控訴人が原審で請求拡張を失念したという一事によって、本件控訴の利益を否定するのは相当でないというべきである。
よって、本件控訴は適法であり、被控訴人の本案前の答弁は理由がない。

二 控訴人の本訴請求の当否について
1 民事訴訟法一三九条に基づく却下の主張について
被控訴人は、控訴人が当審になって被控訴人の法定相続分が四分の一であると主張するのは、時機に遅れた主張であるとして、民事訴訟法一三九条に基づき却下を求める。そして、請求の拡張を伴なうので訴えの変更にも当り、著しく訴訟手続を遅滞せしむべき場合であるか否かを審査する必要がある。しかし、控訴人は、被控訴人が法定相続分は一二分の一ではなく四分の一であると主張を変更したのみで、その他新たな攻撃防禦方法を提出したわけでなく、しかも前記のとおり被控訴人の法定相続分が四分の一であることは当事者間に争いがないから、計算問題が残っているに過ぎず、訴訟手続を著しく遅滞せしめることにはならないから、右主張は失当であって、本件訴えの変更は許される。

2 控訴人の本訴請求の当否について
控訴人の本訴請求は理由があるものと判断するところ、その理由は、原判決理由一、二項(同五枚目表二行目から同八枚目表末行まで)中、控訴人と被控訴人に関する部分記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。但し、原判決五枚目表二行目の「6項」を「(三)項」と、同六枚目裏末行の「請求原因1、2項の契約がなされた旨」を「、控訴人が昭和五八年七月三〇日訴外隆行に対し金二〇〇万円を貸し渡し、亡新作が同日控訴人に対し、右訴外隆行の控訴人に対する債務を連帯保証した旨」と、同七枚目表初行の「同3項」を「請求原因(一)項」と改め、同「各」を削り、同八枚目表七行目の「3項」を「(一)項」と改める。
三 結論
よって、控訴人の当審における拡張後の本訴請求は全て理由があり認容すべきであるから、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する
(裁判長裁判官井上孝一 裁判官井垣敏生 裁判官紙浦健二)

・上記判例に対して不利益が自己責任の原則になじまないといった事情がなければならないという見解もある。

5.上訴の利益の判断構造
(1)不服の所在と上訴の利益
(ア)判決の内容による不服
(イ)判決の内容によらない不服
(2)不服の程度と上訴の利益


民事訴訟法 基礎演習 訴訟承継


1.当然承継

・+(訴訟手続の中断及び受継
第124条
1項 次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。
一 当事者の死亡
相続人、相続財産管理人その他法令により訴訟を続行すべき者
二 当事者である法人の合併による消滅
合併によって設立された法人又は合併後存続する法人
三 当事者の訴訟能力の喪失又は法定代理人の死亡若しくは代理権の消滅
法定代理人又は訴訟能力を有するに至った当事者
四 次のイからハまでに掲げる者の信託に関する任務の終了 当該イからハまでに定める者
イ 当事者である受託者 新たな受託者又は信託財産管理者若しくは信託財産法人管理人
ロ 当事者である信託財産管理者又は信託財産法人管理人 新たな受託者又は新たな信託財産管理者若しくは新たな信託財産法人管理人
ハ 当事者である信託管理人 受益者又は新たな信託管理人
五 一定の資格を有する者で自己の名で他人のために訴訟の当事者となるものの死亡その他の事由による資格の喪失
同一の資格を有する者
六 選定当事者の全員の死亡その他の事由による資格の喪失
選定者の全員又は新たな選定当事者
2項 前項の規定は、訴訟代理人がある間は、適用しない
3項 第1項第一号に掲げる事由がある場合においても、相続人は、相続の放棄をすることができる間は、訴訟手続を受け継ぐことができない
4項 第1項第二号の規定は、合併をもって相手方に対抗することができない場合には、適用しない。
5項 第1項第三号の法定代理人が保佐人又は補助人である場合にあっては、同号の規定は、次に掲げるときには、適用しない。
一 被保佐人又は被補助人が訴訟行為をすることについて保佐人又は補助人の同意を得ることを要しないとき。
二 被保佐人又は被補助人が前号に規定する同意を得ることを要する場合において、その同意を得ているとき。

・判決前に承継の事実及び誰が承継人かが判明すれば、受継の手続を経ることなく承継人を当事者として判決に表示できる!
+判例(S33.9.19)
理由
上告代理人滝逞の上告理由第一点、第二点の一、第五点の(イ)について。
Aは、本件が原審に係属していた昭和三〇年一月一二日死亡し、その父B及び母Cがその権利義務を承継したが、登も同年六月九日死亡したので、同人の権利義務をその妻である控訴人Cとその直系卑属である他の控訴人ら(上告人を含む)が相続したことは、原審において当事者間に争のなかつたところである。当事者が死亡するときは、死亡の事実の発生とともに、当然に訴訟関係の承継を生ずるが、Aには訴訟代理人滝逞があつたのであるから、本件は、訴訟関係の承継が生じたにかかわらず、手続の中断を生じなかつた場合であつて、訴訟手続を受継すべき余地はなかつたのである。かかる場合には、被相続人の訴訟代理人であつた者は、訴訟承継の結果、新たに当事者となつた相続人らの訴訟代理人として訴訟行為をなすことができるものと解さなければならない。されば、原審が手続の受継のために必要な手続をとらず、また、原判決が訴訟承継人らを当事者として表示し、亡Aの訴訟代理人滝逞を訴訟承継人らの訴訟代理人として表示したことは正当であつて、論旨は採るをえない。その余の論旨は、憲法違反を主張する点もあるが、その実質は、いずれも原審が適法になした事実の認定を非難し又は証拠の取捨選択を争うに帰し、適法な上告理由と認め難い
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

・従前の当事者が判決に表示された場合には、承継人のために、またはこれに対して強制執行するには承継執行文(民事執行法27条2項)が必要。しかし、当事者名の更正で対応できるかについては争いがある!

+民事執行法第二十七条
1項 請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合においては、執行文は、債権者がその事実の到来したことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。
2  債務名義に表示された当事者以外の者を債権者又は債務者とする執行文は、その者に対し、又はその者のために強制執行をすることができることが裁判所書記官若しくは公証人に明白であるとき、又は債権者がそのことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる
3  執行文は、債務名義について次に掲げる事由のいずれかがあり、かつ、当該債務名義に基づく不動産の引渡し又は明渡しの強制執行をする前に当該不動産を占有する者を特定することを困難とする特別の事情がある場合において、債権者がこれらを証する文書を提出したときに限り、債務者を特定しないで、付与することができる。
一  債務名義が不動産の引渡し又は明渡しの請求権を表示したものであり、これを本案とする占有移転禁止の仮処分命令(民事保全法 (平成元年法律第九十一号)第二十五条の二第一項 に規定する占有移転禁止の仮処分命令をいう。)が執行され、かつ、同法第六十二条第一項 の規定により当該不動産を占有する者に対して当該債務名義に基づく引渡し又は明渡しの強制執行をすることができるものであること。
二  債務名義が強制競売の手続(担保権の実行としての競売の手続を含む。以下この号において同じ。)における第八十三条第一項本文(第百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による命令(以下「引渡命令」という。)であり、当該強制競売の手続において当該引渡命令の引渡義務者に対し次のイからハまでのいずれかの保全処分及び公示保全処分(第五十五条第一項に規定する公示保全処分をいう。以下この項において同じ。)が執行され、かつ、第八十三条の二第一項(第百八十七条第五項又は第百八十八条において準用する場合を含む。)の規定により当該不動産を占有する者に対して当該引渡命令に基づく引渡しの強制執行をすることができるものであること。
イ 第五十五条第一項第三号(第百八十八条において準用する場合を含む。)に掲げる保全処分及び公示保全処分
ロ 第七十七条第一項第三号(第百八十八条において準用する場合を含む。)に掲げる保全処分及び公示保全処分
ハ 第百八十七条第一項に規定する保全処分又は公示保全処分(第五十五条第一項第三号に掲げるものに限る。)
4  前項の執行文の付された債務名義の正本に基づく強制執行は、当該執行文の付与の日から四週間を経過する前であつて、当該強制執行において不動産の占有を解く際にその占有者を特定することができる場合に限り、することができる。
5  第三項の規定により付与された執行文については、前項の規定により当該執行文の付された債務名義の正本に基づく強制執行がされたときは、当該強制執行によつて当該不動産の占有を解かれた者が、債務者となる。

+(更正決定)
第257条
1項 判決に計算違い、誤記その他これらに類する明白な誤りがあるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、いつでも更正決定をすることができる。
2項 更正決定に対しては、即時抗告をすることができる。ただし、判決に対し適法な控訴があったときは、この限りでない。

+判例(S42.8.25)
理   由
上告代理人石川惇三の上告理由第一点について。
被上告人は、本件家屋を明治二五年家督相続により先代から取得したものであり、大正七年当時これを木村信に贈与したことがない旨の原審のなした事実認定は、原判決挙示の証拠および証拠説明により、首肯できないものではなく、原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。

同第二点について。
昭和七年当時から、あるいは同一八年四月から木村信が本件家屋を自主占有したものでない旨の原審のなした事実認定は、原判決挙示の証拠および証拠説明に照らして首肯できないものではない。所論は、原判決の認定事実と異なつた事実に基づく独自の見解であり、原判決には所論の違法はない。論旨は採用の限りでない。

同第三点について。
被上告人は信に対し、本件家屋を昭和一八年四月、期限を定めず、信が将来他に転居し得るに至るまでの間、その居住の用に供することを目的として、黙示に使用貸借したものである旨の原審のなした事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できないものではない。原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。

同第四点について。
民訴法八五条は訴訟代理権は本人の死亡によつて消滅しないと規定しているが、これは新しい正当な当事者の代理人として任務を続行させる趣旨と解すべきである。したがつて、もとの当事者が上訴の特別授権をしているときは、その授権事項の完了するまでは、代理人ある間ということになつて、たとえ、委任した当事者にき死亡の事由が生じても、訴訟追行者なきに帰するということにならないから、手続を中断する必要はない(同法二一三条)。この場合には当事者の変動はあるが、中継受継の手続を省略しただけであるから、判決には当事者として新当事者を表示すべきであり、旧当事者を表示しているときには、判決を更正すべきである(同法一九四条)。
これを本件についてみるに、被控訴人であつた木村正は昭和三九年六月二四日死亡したが、同人が控訴審で提出した本件の委任状においては、控訴上告の権限をその代理人信正義雄に与えておること(上告の代理権を与えているから、相手方からなされた上告に対して応訴する権限を当然含むと解せられる。)、木村正の死亡により、その妻木村勝が相続して本件家屋の所有権を取得したこと、そして、本件の原審口頭弁論は昭和四〇年八月二五日終結されたものであることは、いずれも本件記録上明らかである。そうすれば、前記説示に照し、本件については、木村正の死亡にも拘らず訴訟手続の中断受継は生ぜず、ただ当事者として、「木村正」に代えて相続人の「木村勝」を掲げれば足りる場合と解すべきである。したがつて、木村正は死亡し、その訴訟代理人もなくなつているのに、木村正を被控訴人としてなされた原判決は効力を生じないとの所論の理由ないことは明らかである。論旨は採用できない。ただ原判決は、右のとおり、新当事者を表示すべきであるのに、誤まつて旧当事者を表示しているから、民訴法一九四条により、職権で同判決の当事者の表示中「被控訴人木村正」とあるを「被控訴人木村正相続人木村勝」と更正する。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

2.参加承継・引受承継

+(権利承継人訴訟参加の場合における時効の中断等)
第四十九条  訴訟の係属中その訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けたことを主張して、第四十七条第一項の規定により訴訟参加をしたときは、その参加は、訴訟の係属の初めにさかのぼって時効の中断又は法律上の期間の遵守の効力を生ずる。

義務承継人訴訟引受け
第五十条  訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したときは、裁判所は、当事者の申立てにより、決定で、その第三者に訴訟を引き受けさせることができる。
2  裁判所は、前項の決定をする場合には、当事者及び第三者を審尋しなければならない。
3  第四十一条第一項及び第三項並びに前二条の規定は、第一項の規定により訴訟を引き受けさせる決定があった場合について準用する。

(義務承継人の訴訟参加及び権利承継人の訴訟引受け)
第五十一条  第四十七条から第四十九条までの規定は訴訟の係属中その訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したことを主張する第三者の訴訟参加について、前条の規定は訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けた場合について準用する。

・一般には口頭弁論終結後の承継人の範囲と、訴訟承継の承継人の範囲は同じ。
←生成中の既判力が及ぼされる者だから。

・派生的権利関係の設定もここでいう特定承継に当たる。
賃借権の設定について
+判例(S41.3.22)
理由
上告代理人辻丸勇次の上告理由について。
本件宅地の賃貸借契約は、本件土地が都市計画の実施により道路敷とされるとき、または、被上告人がこれを他に売却処分する必要が生ずるという事態の発生したときでない限り、一カ年毎に契約を更新する約旨であつたとの点、従前の更新はまさに右約旨に従つてなされたものであるとの点および期間を一カ年と定めたのが所論のような趣旨に出たものであるとの点は、いずれも原審の認定しないところである。所論は、原審の認定しない事実に立脚して、原判決の理由不備をいうものであつて、その前提を欠き、採用できない。

上告代理人田中実の上告理由について。
賃貸人が、土地賃貸借契約の終了を理由に、賃借人に対して地上建物の収去、土地の明渡を求める訴訟が係属中に、土地賃借人からその所有の前記建物の一部を賃借し、これに基づき、当該建物部分および建物敷地の占有を承継した者は、民訴法七四条にいう「其ノ訴訟ノ目的タル債務ヲ承継シタル」者に該当すると解するのが相当である。けだし、土地賃借人が契約の終了に基づいて土地賃貸人に対して負担する地上建物の収去義務は、右建物から立ち退く義務を包含するものであり、当該建物収去義務の存否に関する紛争のうち建物からの退去にかかる部分は、第三者が土地賃借人から係争建物の一部および建物敷地の占有を承継することによつて、第三者の土地賃貸人に対する退去義務の存否に関する紛争という型態をとつて、右両者間に移行し、第三者は当該紛争の主体たる地位を土地賃借人から承継したものと解されるからである。これを実質的に考察しても、第三者の占有の適否ないし土地賃貸人に対する退去義務の存否は、帰するところ、土地賃貸借契約が終了していないとする土地賃借人の主張とこれを支える証拠関係(訴訟資料)に依存するとともに、他面において、土地賃貸人側の反対の訴訟資料によつて否定されうる関係にあるのが通常であるから、かかる場合、土地賃貸人が、第三者を相手どつて新たに訴訟を提起する代わりに、土地賃借人との間の既存の訴訟を第三者に承継させて、従前の訴訟資料を利用し、争いの実効的な解決を計ろうとする要請は、民訴法七四条の法意に鑑み、正当なものとしてこれを是認すべきであるし、これにより第三者の利益を損うものとは考えられないのである。そして、たとえ、土地賃貸人の第三者に対する請求が土地所有権に基づく物上請求であり、土地賃借人に対する請求が債権的請求であつて、前者と後者とが権利としての性質を異にするからといつて、叙上の理は左右されないというべきである。されば、本件土地賃貸借契約の終了を理由とする建物収去土地明渡請求訴訟の係属中、土地賃借人であつた第一審被告亡小能見唯次からその所有の地上建物中の判示部分を賃借使用するにいたつた上告人富永キクエに対して被上告人がした訴訟引受の申立を許容すべきものとした原審の判断は正当であり、所論は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

・脱退がなければ、従前の当事者の当事者適格と承継人の当事者適格は並存し、承継によって従前の当事者が権利者または義務者足りえなくなれば、訴え却下ではなく請求棄却の本案判決が下される!

・民事保全法に当事者恒定を目的とする仮処分の手続きがある。

(2)参加承継
・参加承継は独立当事者参加の方法による

+(権利承継人の訴訟参加の場合における時効の中断等)
第四十九条  訴訟の係属中その訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けたことを主張して、第四十七条第一項の規定により訴訟参加をしたときは、その参加は、訴訟の係属の初めにさかのぼって時効の中断又は法律上の期間の遵守の効力を生ずる。

+(独立当事者参加)
第四十七条  訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者又は訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方又は一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる。
2  前項の規定による参加の申出は、書面でしなければならない。
3  前項の書面は、当事者双方に送達しなければならない。
4  第四十条第一項から第三項までの規定は第一項の訴訟の当事者及び同項の規定によりその訴訟に参加した者について、第四十三条の規定は同項の規定による参加の申出について準用する。

+(必要的共同訴訟
第四十条  訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合には、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる。
2  前項に規定する場合には、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為は、全員に対してその効力を生ずる。
3  第一項に規定する場合において、共同訴訟人の一人について訴訟手続の中断又は中止の原因があるときは、その中断又は中止は、全員についてその効力を生ずる。
4  第三十二条第一項の規定は、第一項に規定する場合において、共同訴訟人の一人が提起した上訴について他の共同訴訟人である被保佐人若しくは被補助人又は他の共同訴訟人の後見人その他の法定代理人のすべき訴訟行為について準用する。

(3)引受承継

+(義務承継人の訴訟引受け)
第五十条  訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したときは、裁判所は、当事者の申立てにより、決定で、その第三者に訴訟を引き受けさせることができる。
2  裁判所は、前項の決定をする場合には、当事者及び第三者を審尋しなければならない。
3  第四十一条第一項及び第三項並びに前二条の規定は、第一項の規定により訴訟を引き受けさせる決定があった場合について準用する。

(義務承継人の訴訟参加及び権利承継人の訴訟引受け)
第五十一条  第四十七条から第四十九条までの規定は訴訟の係属中その訴訟の目的である義務の全部又は一部を承継したことを主張する第三者の訴訟参加について、前条の規定は訴訟の係属中第三者がその訴訟の目的である権利の全部又は一部を譲り受けた場合について準用する。

+(同時審判の申出がある共同訴訟
第四十一条  共同被告の一方に対する訴訟の目的である権利と共同被告の他方に対する訴訟の目的である権利とが法律上併存し得ない関係にある場合において、原告の申出があったときは、弁論及び裁判は、分離しないでしなければならない。
2  前項の申出は、控訴審の口頭弁論の終結の時までにしなければならない。
3  第一項の場合において、各共同被告に係る控訴事件が同一の控訴裁判所に各別に係属するときは、弁論及び裁判は、併合してしなければならない。

・前主が承継人に対して引受申立てをすることができるか。

肯定説
+判例(S52.3.18)


民事訴訟法 基礎演習 補助参加人の権限と判決効・訴訟告知の効力


1.補助参加人の訴訟上の地位
補助参加人は、自分の利益を守るために参加が認められているので、当事者に意思に反してでも自分の名と計算において訴訟に関与する地位を有する(補助参加人の独立的性格)

+(補助参加人の訴訟行為)
第45条
1項 補助参加人は、訴訟について、攻撃又は防御の方法の提出、異議の申立て、上訴の提起、再審の訴えの提起その他一切の訴訟行為をすることができるただし、補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないものは、この限りでない
2項 補助参加人の訴訟行為は、被参加人の訴訟行為と抵触するときは、その効力を有しない
3項 補助参加人は、補助参加について異議があった場合においても、補助参加を許さない裁判が確定するまでの間は、訴訟行為をすることができる。
4項 補助参加人の訴訟行為は、補助参加を許さない裁判が確定した場合においても、当事者が援用したときは、その効力を有する。

・従来の通説は参加人は、参加の時点で被参加人が既にできない訴訟行為や、被参加人の行為と抵触する行為のほか、訴訟自体を処分・変更する行為や、被参加人に不利な行為(裁判上の自白等)も行うことはできない。

・参加人に独自の上訴期間が認められるか?

+判例(S37.1.19)
理由
上告人補助参加人代理人仁藤一、同菅生浩三の上告理由について。
補助参加人は、独立して上訴の提起その他一切の訴訟行為をなしうるが、補助参加の性質上、当該訴訟状態に照らし被参加人のなしえないような行為はもはやできないものであるから、被参加人(被告・控訴人・上告人)のために定められた控訴申立期間内に限つて控訴の申立をなしうるものと解するを相当とする(最高裁昭和二四年(オ)第三二一号同二五年九月八日第二小法廷判決、民集四巻三五九頁参照)。所論は、これと異る見解を前提とするものであつて、採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九四条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

2.補助参加の効果

・+(補助参加人に対する裁判の効力)
第46条
補助参加に係る訴訟の裁判は、次に掲げる場合を除き、補助参加人に対してもその効力を有する。
一 前条第1項ただし書の規定により補助参加人が訴訟行為をすることができなかったとき。
二 前条第2項の規定により補助参加人の訴訟行為が効力を有しなかったとき。
三 被参加人が補助参加人の訴訟行為を妨げたとき。
四 被参加人が補助参加人のすることができない訴訟行為を故意又は過失によってしなかったとき。

←関連紛争の統一的解決を図ろうとする趣旨

・参加的効力
=敗訴責任の負担
被参加人敗訴の場合のみ、被参加人と参加人との間に限って生じる!

+判例(S45.10.22)
理由
上告代理人土田吉清の上告理由一ないし四、八および九について。
まず、民訴法七〇条の定める判決の補助参加人に対する効力の性質およびその効力の及ぶ客観的範囲について考えるに、この効力は、いわゆる既判力ではなく、それとは異なる特殊な効力、すなわち、判決の確定後補助参加人が被参加人に対してその判決が不当であると主張することを禁ずる効力であつて、判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でなされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものと解するのが相当である。けだし、補助参加の制度は、他人間に係属する訴訟の結果について利害関係を有する第三者、すなわち、補助参加人が、その訴訟の当事者の一方、すなわち、被参加人を勝訴させることにより自己の利益を守るため、被参加人に協力して訴訟を追行することを認めた制度であるから、補助参加人が被参加人の訴訟の追行に現実に協力し、または、これに協力しえたにもかかわらず、被参加人が敗訴の確定判決を受けるに至つたときには、その敗訴の責任はあらゆる点で補助参加人にも分担させるのが衡平にかなうというべきであるし、また、民訴法七〇条が判決の補助参加人に対する効力につき種々の制約を付しており、同法七八条が単に訴訟告知を受けたにすぎない者についても右と同一の効力の発生を認めていることからすれば、民訴法七〇条は補助参加人につき既判力とは異なる特殊な効力の生じることを定めたものと解するのが合理的であるからである。
そこで、本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば、訴外兵庫建設株式会社(旧商号兵庫県住宅建設株式会社)が、本件建物は同会社の所有であると主張して、被上告人株式会社テレビ西日本(以下被上告会社という。)に対し、その建物の一部である本件貸室の明渡などを請求した別件訴訟(大阪地裁昭和三四年(ワ)第五八三号、大阪高裁昭和三八年(ネ)第五三二号、同第六七七号、最高裁昭和三九年(オ)第一二〇九号)において、上告人は、その訴訟が第一審に係属中に、被上告会社側に補助参加し、以来終始、本件建物の所有権は、上告人が被上告会社に本件貸室を賃貸した昭和三三年五月三一日当時から、訴外兵庫建設株式会社にではなく、上告人に属していたと主張して、右請求を争う被上告会社の訴訟の追行に協力したが、それにもかかわらず、被上告会社は、その訴訟の結果、本件建物の所有権は、右賃貸当時から、訴外兵庫建設株式会社に属し、上告人には属していなかつたとの理由のもとに、全部敗訴の確定判決を受けるに至つたというのである。
してみれば、右別件訴訟の確定判決の効力は、その訴訟の被参加人たる被上告会社と補助参加人たる上告人との間においては、その判決の理由中でなされた判断である本件建物の所有権が右賃貸当時上告人には属していなかつたとの判断にも及ぶものというべきであり、したがつて、上告人は、右判決の効力により、本訴においても、被上告会社に対し、本件建物の所有権が右賃貸当時上告人に属していたと主張することは許されないものと解すべきである。
以上と同旨に出た原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。なお、民訴法七〇条所定の判決の補助参加人に対する効力に関する所論引用の大審院判例(昭和一四年(オ)第一二〇五号・同一五年七月二六日判決・民集一九巻一三九五頁)は、前記判示の限度において、変更すべきものである。したがつて、論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
同五ないし七について。
原判決に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、上告人が原審において主張しなかつた事項について原判決を非難し、または、独自の見解に立つて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三)

・衡平の理由に基づくことから、職権調査事項ではなく、当事者の援用があった場合にのみ考慮される!!

・+判例(H14.1.22)

理由
上告代理人洪性模、同許功、同安由美の上告理由について
1 本件訴訟は、被上告人が上告人に対し、家具等の商品(以下「本件商品」という。)の売買代金の支払を求めるものである。原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人は、カラオケボックス(以下「本件店舗」という。)建築のため、平成六年一〇月、白柳美佐男との間で店舗新築工事請負契約を締結した。
(2) 被上告人は、白柳に対し、本件商品を含む家具等の商品を販売したとして、平成七年九月一八日、和歌山地方裁判所にその残代金の支払を求める訴えを提起した(同裁判所平成七年(ワ)第四六六号。以下、同訴訟を「前訴」という。)。
前訴において、白柳は、被上告人が本件店舗に納入した本件商品を含む商品について、施主である上告人が被上告人から買い受けたものであると主張したことから、被上告人は、上告人に対し、平成八年一月二七日送達の訴訟告知書により訴訟告知をした。しかし、上告人は、前訴に補助参加しなかった
(3) 前訴につき、本件商品に係る代金請求部分について、被上告人の請求を棄却する旨の判決が言い渡され確定したが、その理由中に、本件商品は上告人が買い受けたことが認められる旨の記載がある

2 以上の事実関係の下において、原審は、旧民訴法七八条、七〇条所定の訴訟告知による判決の効力が被告知人である上告人に及ぶことになり、上告人は、本訴において、被上告人に対し、前訴の判決の理由中の判断と異なり、本件商品を買い受けていないと主張することは許されないとして、被上告人の請求を認容した。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 旧民訴法七八条、七〇条の規定により裁判が訴訟告知を受けたが参加しなかった者に対しても効力を有するのは、訴訟告知を受けた者が同法六四条にいう訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られるところ、ここにいう法律上の利害関係を有するとは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される(最高裁平成一二年(許)第一七号同一三年一月三〇日第一小法廷決定・民集五五巻一号三〇頁参照)。
また、旧民訴法七〇条所定の効力は、判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものであるが(最高裁昭和四五年(オ)第一六六号同年一〇月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一一号一五八三頁参照)、この判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断とは、判決の主文を導き出すために必要な主要事実に係る認定及び法律判断などをいうものであって、これに当たらない事実又は論点について示された認定や法律判断を含むものではないと解される。けだし、ここでいう判決の理由とは、判決の主文に掲げる結論を導き出した判断過程を明らかにする部分をいい、これは主要事実に係る認定と法律判断などをもって必要にして十分なものと解されるからである。そして、その他、旧民訴法七〇条所定の効力が、判決の結論に影響のない傍論において示された事実の認定や法律判断に及ぶものと解すべき理由はない
(2) これを本件についてみるに、前訴における被上告人の白柳に対する本件商品売買代金請求訴訟の結果によって、上告人の被上告人に対する本件商品の売買代金支払義務の有無が決せられる関係にあるものではなく、前訴の判決は上告人の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすものではないから、上告人は、前訴の訴訟の結果につき法律上の利害関係を有していたとはいえない。したがって、上告人が前訴の訴訟告知を受けたからといって上告人に前訴の判決の効力が及ぶものではない。しかも、前訴の判決理由中、白柳が本件商品を買い受けたものとは認められない旨の記載は主要事実に係る認定に当たるが、上告人が本件商品を買い受けたことが認められる旨の記載は、前訴判決の主文を導き出すために必要な判断ではない傍論において示された事実の認定にすぎないものであるから、同記載をもって、本訴において、上告人は、被上告人に対し、本件商品の買主が上告人ではないと主張することが許されないと解すべき理由もない
4 以上によれば、前訴の判決の理由中に本件商品は上告人が被上告人から買い受けたことが認められる旨の記載があるからといって、前訴の判決の効力が上告人に及び、上告人が本件商品の買主であるとして売買代金の支払を認めるべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人の本件商品の売買代金支払債務の有無について更に審理を遂げさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 本件は、家具販売等を業とする会社である原告が、被告が施主となって建築されたカラオケボックスに納入したテーブル等(本件商品)の売買代金一〇〇万円余りの支払を求めた代金請求の事案である(なお、本件は旧民訴法適用の事案である。)。
原告は、本件訴訟に先立ち、同カラオケボックスの建築業者に対し、同建築業者からの注文によりカラオケボックスに本件商品を含む家具等を納入したとして、商品残代金五五〇万円余りの支払を求める別件訴訟を提起したところ、同建築業者は、この納入商品の一部について、注文者は自分ではなく、施主である被告が直接注文したものであるとして争ったため、原告は、被告に対し、訴訟告知をしたが、被告は補助参加しなかった。別件訴訟は、本件商品に係る代金請求部分については請求が棄却されて確定したが、その判決の理由中において、本件商品は別件訴訟の被告である建築業者が購入したものではなく、本件訴訟の被告が購入したものであるとの認定がされた。
二 本件訴訟において、原審は、参加的効力が判決理由中の事実認定や法律判断等にも及ぶ旨を述べる最一小判昭45・10・22民集二四巻一一号一五八三頁、本誌二五五号一五三頁を引用し、訴訟告知による参加的効力(旧民訴法七八条、七〇条)により、被告は、別件訴訟判決の理由中の判断である本件商品の買主が被告であるとの判断と異なる主張をすることは許されないとして、本件商品の買主が被告であるか否かという点について認定をすることなく、原告の本件商品代金請求を認容すべきとした。
これに対し、本判決は、本件訴訟の被告には別件訴訟の参加的効力が及ばないこと、しかも、参加的効力は、傍論において示された判断には及ばないことを述べて、原判決を破棄すべきものとした。なお、本件の判示部分は、このうち、後者の参加的効力の客観的範囲について述べた部分である。
三 訴訟告知による参加的効力は参加利益ある者にのみ生ずると解されるが、その補助参加の利益は、訴訟の結果について「利害関係」を有する場合に認められる(民訴法四二条、旧六四条)。この「利害関係」は、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係であることを要するとする点では、判例・学説上ほぼ一致しており、最近では、取締役に対し提起された株主代表訴訟において株式会社が取締役を補助するため訴訟に参加することの許否について判断した最一小決平13・1・30民集五五巻一号三〇頁、本誌一〇五四号一〇六頁がその旨を述べている。また、同最高裁決定は、法律上の利害関係を有する場合とは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解されるとしている。本件では、別件訴訟において、原告の建築業者に対する本件商品の売買代金請求が認められないということが決まるだけでは、被告に何ら事実上の影響をも与えるものではなく、被告が法律上の利害関係を有するものとはいえないものといえ、被告には参加的効力が及ぶものではないことになろう。
なお、補助参加の利益が認められる場合の「訴訟の結果」については、終局判決の主文で判断される訴訟物たる権利関係の存否を指すとする訴訟物限定説と、これに限らず、判決理由中の判断も含まれるとする訴訟物非限定説との争いがあるところであるが、本件判決は、訴訟物限定説によった場合は勿論、訴訟物非限定説によっても説明できるものと解され、いずれにしても、本判決は、この点について、いずれの見解に立つものかは明らかにしていないものと思われる。
四 また、前述の昭和四五年最高裁判決は、参加的効力は、判決理由中の事実認定や法律判断にも及ぶ旨を述べるところであるが、この判決の理由とは、判決書の必要的記載事項として挙げられている「理由」(民訴法二五三条一項三号、旧一九一条一項三号)をいうものと解され、これは、主文に掲げる結論を導き出した判断過程をいうものであるから、主文を導き出すために判断を要する攻撃防御方法についての事実認定と法律判断等をもって必要にして十分ということになる。そうであるから、事実認定や判断についての説得力を増すため、あるいは当事者の納得を得るために、判断を要する攻撃防御方法以外の関連事項について示された判断、いわゆる傍論について参加的効力が及ぶものではないといえる。このことは、傍論を説示するか、傍論としていかなる事項を取り上げるのかも判決裁判所の一存に係っていることを考えると、傍論に参加的効力を肯定することは、被告知者の地位を著しく不安定にすることになるもので妥当でないことからも肯定できるものといえる。
なお、学説においては、参加的効力が及ぶのは、前訴における主要事実の存否の判断についてであるとする見解(兼子一ほか編・判例民事法(上)〔増補〕三〇五頁、上原敏夫・注釈民事訴訟法(2)二九七頁等)と、必ずしも主要事実の判断には限らないとすると思われる見解(井上治典・多数当事者訴訟の法理三八一頁等)とがある。
五 本件の判示部分は、旧民訴法についていうものであるが、現行民訴法四六条の参加的効力についても同様にいえるものと解され、参加的効力の客観的範囲についていう前述の昭和四五年最高裁判決の内容を更に明確にし、学説においても見解が分かれていた点について最高裁としての判断を示したものであって、今後の実務の参考になるものと思われる。

3.訴訟告知とその効力

・+(訴訟告知)
第53条
1項 当事者は、訴訟の係属中、参加することができる第三者にその訴訟の告知をすることができる。
2項 訴訟告知を受けた者は、更に訴訟告知をすることができる。
3項 訴訟告知は、その理由及び訴訟の程度を記載した書面を裁判所に提出してしなければならない。
4項 訴訟告知を受けた者が参加しなかった場合においても、第46条の規定の適用については、参加することができた時に参加したものとみなす

・被告知者が告知者の相手側に参加した場合にも、告知者との後訴で参加的効力を生ずるかが問題となる。

+判例(仙台高判S55.1.28)
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人Aに対し金二〇五万三三三三円、その余の控訴人らに対し各金六八万四四四四円及び右各金員に対する昭和四六年一〇月二二日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、左記のほか原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決七枚目表一一行目の「否認する」を「知らない」と改める。)から、これを引用する。
(控訴人らの陳述)
民事訴訟法第七八条、第七〇条によれば、訴訟告知者とその相手方との間の訴訟の確定判決の判決理由中に示された事実の認定及び先決的権利関係の存否に関する判断は、訴訟告知の当事者を拘束し、訴訟告知者と被告知者との間にその後提起された訴訟において、被告知者が前訴判決の示した判断と異なる事実又は法律関係を主張することは許されない(最高裁判所第一小法廷昭和四五年一〇月二二日判決・民集二四巻一一号一五八三頁参照)。
原判決は、訴訟告知者と被告知者との利害が一致する事項についてのみ右の効力が生じる旨判示するが、右の効力をそのように狭く解すべき根拠はない。
本件において、前訴確定判決は、被控訴人がHの代理人として訴外Iに対し本件係争地を売渡した事実を認定するとともに、被控訴人が本件土地の売却につきHから代理権を与えられた事実を認定しえないと判断したのであるから、被控訴人は本訴において右の認定判断と異なる事実を主張することは許されないのである。
(被控訴人の陳述)
訴訟告知の効力の客観的範囲に関する原判決の理論は正当であつて、この点に関する控訴人らの主張は失当である。
かりに控訴人らの主張するとおり、被控訴人の代理行為につき表見代理の効果を認めた前訴判決の認定判断が本訴において被控訴人を拘束するとしても、前訴判決は被控訴人の無権代理及び故意、過失につきなんら判断をしていないから、被控訴人の代理行為が控訴人に対する不法行為に当たると即断することはできない。
(証拠関係)(省略)
理由
一 控訴人AがHの妻であること及びHが昭和四一年一月七日死亡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、二によれば、その余の控訴人らはいずれもHと控訴人Aとの間の子であることを認めることができる。右の諸事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人らはHの遺産を法定相続分すなわち控訴人Aは三分の一、その余の控訴人らは各九分の一の割合により共同相続したものということができる。
二 成立に争いのない甲第二号証の一、二及び甲第三号証によれば、Hはもと福島市a町b番畑c反四歩を所有していたが、右土地は昭和三七年二月二四日同所b番c畑五畝四歩(本件係争地)及び同所同番d畑五畝歩に分筆登記され、本件係争地は昭和三九年五月七日同所同番c宅地一五四坪四合と変更登記され、更にその後地積の表示が五一〇・四一平方メートルと改められたこと、後記前訴判決において本件係爭地は右同所同番c宅地五一〇・四一平方メートル(一五四坪四〇)と表示されでいること並びに本件係争地につき昭和三七年一二月二七日Iのため、同三九年九月一〇日Jのため、順次所有権移転登記手続がなされた事実を認めることができる(右各事実のうち、本件係争地につきHからIに、同人からJに、順次所有権移転登記が存する事実は、当事者間に争いがない。)。
三 控訴人らは、被控訴人がHから代理権を与えられたことがないにもかかわらず同人の代理人として右Iに対し昭和三七年一一月二六日本件係争地を売渡し、同人に対し右所有権移転登記手続をした旨及び被控訴人は福島地方裁判所昭和四四年(ワ)第二九八号土地所有権確認等請求事件(前訴)における訴訟告知の効果により本訴において右無権代理行為と異なる事実を主張しえない旨主張するのに対し、被控訴人は右各主張を争い、本件係争地は被控訴人がHから買受けてIに転売し、登記手続は被控訴人を中間省略したものである旨及び仮定的に被控訴人はHから本件係争地の売却につき代理権を与えられ右代理権に基づきIに売渡したものである旨主張する。そこで、前訴の訴訟告知の効果につき判断する。

1 先ず、次の諸事実は当事者間に争いがない。
(一) 前訴の原告は控訴人ら、被告は前記Jであつで、控訴人らは、本件係争地はHの所有であつたが、同人の死亡に因りその共同相続人である控訴人らが法定の相続分に従つて本件係争地を共有するに至つたと主張し、Jに対し本件係争地の共有持分権の確認を求めるとともに、真正な登記名義の回復のための共有持分移転登記手続を請求した。
(二) Jは、右に対する抗弁として、本件係争地はHからIに売渡されたことによりHはその所有権を失つた旨及び右売買についてはHが被控訴人に代理権を与え、被控訴人がHの代理人としてIに売渡したのであるが、かりに被控訴人が右代理権を与えられでいなかつたとしても、民法一一〇条の表見代理が成立する旨を主張した。
(三) 控訴人らは前訴の係属中被控訴人を被告知者とする訴訟告知をなし、その訴訟告知書は昭和四四年一一月一五日被控訴人に送達されたところ、被控訴人は同年同月二六日Jを被参加人とする補助参加をした。
(四) 前訴裁判所は右表見代理の仮定抗弁を容れ、昭和四六年七月一六日控訴人ら敗訴の判決を言渡し、右判決は確定した。

2 成立に争いのない甲第三号証によれば、前訴判決は、「Hは昭和三五年ころ以降しばしば被控訴人に対し所有土地の売却方を委任したが、本件係争地については、いずれ被控訴人に処分方を委せることと予定されてはいたものの、明確には定められていなかつたにもかかわらず、被控訴人は昭和三七年一二月二七日ころHから売却方を委任されていた他の土地と共に本件係争地をも一括してIに売渡し、右他の土地の売却等のため控訴人Aから預かつていたHの実印を売買契約書に押印した。」旨の事実を認定したうえ、「Hにおいて被控訴人に本件係争地の売却についての代理権を授与しでいたとまで認定することは困難である」が、前訴被告Jの表見代理の主張は理由がある旨判示していることを認めることができる。

3 右1、2の諸事実によれば、第一に、前訴係属時において、かりに控訴人らが勝訴すれば、JはIに対し支払代金額相当の不当利得の返還を、同人は被控訴人に対し民法一一七条による損害賠償又は不当利得の返還を、順次請求する法律関係が生じ、また、かりにJが勝訴すれば被控訴人は控訴人らから不法行為に因る損害賠償を請求される法律関係が生ずることが当然予想されえたものというべく、したがつて、被控訴人は前訴の当事者双方との間において民事訴訟法六四条所定の「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」に該当したものということができ、第二に、したがつて、控訴人らは前訴係属時において同法七六条所定の訴訟告知をなしうる当事者に該当したものということができ、第三に、前訴における控訴人らの訴訟告知に対し、被控訴人は控訴人らのための補助参加をしなかつたのであるから、同法七八条により、被控訴人は前訴の係属中に控訴人らのため補助参加をしたものとみなされ、第四に、その結果同法七〇条により前訴の裁判は被控訴人に対してもその効力を有するものであるところ、同条にいう裁判とは、判決の主文のみならず、判決理由中に示された認定、判断をも含むものと解すべきである。したがつて、前記前訴判決主文の効力すなわち控訴人らが本件係争地につき共有持分権を有しないこと及びJに対し共有持分移転登記請求権を有しないことについてはもとより、前記前訴判決理由中に示された「Hの被控訴人に対する本件係争地の売却方委任については、予定されてはいたが明確には定められていなかつた」旨及び「Hにおいて被控訴人に本件係争地の売却についての代理権を授与していたとまで認定することは困難である」旨の認定判断は、本訴において被控訴人を拘束し、被控訴人は右と異なる事実を主張することができないものといわなければならない。

4 被控訴人は、訴訟告知の効力の客観的範囲に関する原判決の理論は正当であると主張し、これを援用するので、原判決の理由説示につき検討する。
(一) 原判決は、次のとおり説く。
「訴訟告知の効果は、被告知者において告知者に補助参加する利益を有する場合に、民事訴訟法七〇条に規定する参加的効力を受けることにほかならない。ところで、参加的効力は、補助参加人が被参加人を勝訴させることによつて自己自身の利益を守る立場にあることを前提として、被参加人敗訴の場合に、その責任を分担させようとするものであるから、訴訟告知の場合に被告知者が参加的効力を受けるのは、被告知者において告知者と協同して相手方に対し攻撃防禦を尽くすことにつき利害が一致し、そうすることを期待できる立場にあることが前提となるものというべく、そのような場合に、右のように告知者と利害が一致し協同しうる争点に限つて、訴訟告知の効果が被告知者に及ぶものと解すべきである。」
(二) しかし訴訟告知の制度は、「被告知者において告知者に補助参加する利益を有する場合」のために設けられたものと解すべきではない。訴訟告知の制度は、告知者が被告知者に訴訟参加をする機会を与えることにより、被告知者との間に告知の効果(民事訴訟法七八条)を取得することを目的とする制度であり、告知者に対し、同人が係属中の訴訟において敗訴した場合には、後日被告知者との間に提起される訴訟において同一争点につき別異の認定判断がなされないことを保障するものである。したがつて、同法七六条にいう「参加をなしうる第三者」に該当する者であるか否かは、当該第三者の利益を基準として判定されるべきではなく、告知者の主観的利益を基準として判定されるべきである。
(三) 次に原判決は、参加的効力を規定する同法七八条は「補助参加人が被参加人を勝訴させることによつて自己自身の利益を守る立場にあることを前提」とすると説く右の説示は訴訟告知に基づかず、単純に同法六四条により補助参加をした者と被参加人との間については妥当であろうが、訴訟告知者と被告知者との間については必らずしも妥当しない。けだし、前述のとおり、被告知者が参加をなしうる第三者であることは告知者がその主観において決定するものであり、右の主観が客観的に理由あるものであれば、当該訴訟告知は有効であつて、被告知者の主観上告知者のために参加すべき場合であることを要しないからである。
(四) したがつて、「被告知者において告知者と協同して相手方に対し攻撃防禦を尽くすことにつき利害が一致し、そうすることを期待できる立場にある」場合にのみ被告知者に対して参加的効力が及ぶとする原判決の理論は、採用することができない。旧民事訴訟法五九条一項は「原告若クハ被告若シ敗訴スルトキハ第三者ニ対シ担保又ハ賠償ノ請求ヲナシ得ヘシト信シ又ハ第三者ヨリ請求ヲ受ク可キコトヲ恐ルル場合ニ於テハ」告知をなしうる旨を規定していたが、現行法はその適用範囲を広げるべく改正されたものと解されているところ、右旧規定においてさえ、被告知者は告知者の主観的利害を基準として定められるべきものとされでいることが明らかである。
(五) もとより、係属中の訴訟における争点であつても、被告知者が当該訴訟に参加してその主張、立証をすることができない法律関係又は事実については、かかる事項についての判決理由中の認定判断の効力を被告知者に及ぼすことは衡平に反するものといわなければならない。しかし、被告知者は必ず告知者のために参加すべき法律上の義務を負うものではなく、被告知者の主観による利害が告知者の主観による利害と反するときは、敢て告知者の相手方たる当事者のために補助参加し、又は民事訴訟法七一条、七三条もしくは七五条による参加をすることによつて、自己に有利な主張、立証を尽くすことができるのである。したがつて、被告知者は、かような参加が可能であるにもかかわらず参加を怠つた場合には、訴訟告知により参加の機会を与えられながらその権利を行使しないことによる不利益を受けでも衡平に反するとは言えないものといわなければならない。
(六) これを本件についてみるに、本件前訴において、控訴人らは本件係争地につき共同相続に因る共有持分権を有すると主張し、前訴被告Jに対し右持分権の確認及び真正な登記名義の回復のための共有持分移転登記手続を請求したのに対し、前訴被告は、控訴人らの被相続人であるHがIに対し本件係争地を売渡して所有権移転登記手続をした旨及び右売買については被控訴人がHから代理権を与えられその代理人として契約をしたものである旨を主張したので、控訴人らは右各主張事実を否認したうえ、被控訴人を被告知者として訴訟告知をしたのであつて、右の諸事実によれば、前訴係属中控訴人らの主観においては被控訴人は右代理権を有せず、かつ右代理行為は存しなかつたものというべきである。したがつて、控訴人らは、一方において被控訴人に対し右代理権及び代理行為の各不存在の立証(反証)を求めるために補助参加を求める利益を有し、他方において、仮に被控訴人が右代理権を有し、かつ右代理行為をしたことを理由として敗訴するときは、場合により被控訴人に対しその受領した代金の支払を求め、或いは受領すべかりし代金額相当の損害賠償を請求することができ、また、仮に右代理権は存在しないが代理行為は存在し、かつ表見代理が成立するとの理由で敗訴するときは、被控訴人に対し不法な無権代理行為に因る損害賠償を請求しうる立場にあつたものということができるから、控訴人らは、敗訴のときをおもんばかり、右代理権及び代理行為の各存否につき、被控訴人に対し参加的効力を及ぼすために本件訴訟告知をする利益を有したものというべく、右の判断は、控訴人らの主観においてのみならず、客観的にも正当である。
更に、被告知者たる被控訴人は、その主観において前記代理権が存在しないと信ずるときは控訴人らのために補助参加することにより、また、これが存在すると信ずるときは前訴被告のため補助参加することによつて、その主張立証を尽くすことができる地位にあつたものというべきであり、また、被控訴人がその主観において前記代理行為が存しなかつたと信ずるときは控訴人らのため、これが存したと信ずるときは前訴被告のため、それぞれ補助参加をして主張立証を尽くしうる立場にあつたものというべきであつて、被控訴人がこれらの補助参加をすることを阻害した事実の存在については、主張も立証もないのみならず、現に、被控訴人はその主観に従い前訴被告のために補助参加をしたのである。
(七) 以上説示したとおり、控訴人らは本件訴訟告知により被控訴人の代理権及び代理行為の存否につき被控訴人に参加的効力を及ぼす主観的、客観的な利益を有し、かつ、被控訴人は右の各争点につき前訴において補助参加をすることが可能であつたのであるから、右各争点に関する前訴判決理由中の認定判断は、本件訴訟において被控訴人を拘束するものといわなければならない。したがつて、被控訴人は、本訴において、代理行為の不存在(転売人である旨の主張)及び代理権の存在を主張することは許されないものというべきであり、これと異なる原判決の見解は左袒することを得ない。

5 被控訴人は、前訴判決は被控訴人の代理行為につき民法一一〇条の適用を肯定したにとどまり、被控訴人が代理権を有しなかつたことを認定したものではないと主張する。しかし、前記認定のとおり、前訴判決は「本件土地については、いずれ被控訴人に処分方をまかせることと予定されてはいたが、その点については明確には定められなかつた。」「以上認定した事実によれば、Hにおいて被控訴人に本件土地の売却についての代理権を授与していたとまで認定することは困難である」と認定判断し、被控訴人が代理権を有したとする前訴被告の主張を排斥したのであるから、民事訴訟法七八条、七〇条により、被控訴人は本訴において控訴人らに対し自己の代理権を主張しえず、したがつて被控訴人の代理行為は無権代理行為であるとの控訴人らの主張を甘受しなければならないものというべきである。

四 控訴人らは、被控訴人の前記無権代理行為はHに対する不法行為を構成する旨主張し、これに対し被控訴人は、無権代理行為即不法行為ということはできない旨主張する。
しかし、前記認定の前訴判決理由によれば、被控訴人はHから他の土地については売却の委任を受けたが本件係争地については売却方の委任を受けていなかつたにもかかわらず、これを右受任にかかる他の土地と共に一括して売却したのであるから、本件係争地の売却については、少くとも代理権を与えられたと軽信した点に過失があるといわなければならない。
成立に争いのない乙第六号証並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中被控訴人が本件係争地の売却についても代理権を与えられたと信ずるにつき過失がなかつたことを伺わせるような記載・供述部分は、成立に争いのない甲第三三号証並びに原審及び当審における控訴人A本人尋問の結果に比して措信し難く、他に右の過失の認定を左右するに足る的確な証拠はない。
以上認定判断したところによれば、Hは被控訴人の不法行為に因り本件係争地の所有権を失い、同土地の価格相当の損害を被つたものということができる。
五 被控訴人は、本件係争地につき被控訴人とIとの間に売買契約が成立した昭和三七年二月二六日当日、Hは被控訴人の不法行為に因る損害発生の事実を知つた旨主張し、同日から三年の経過によりHの損害賠償請求権につき消滅時効が完成したと主張する。
しかし、成立に争いのない乙第五号証、原審証人Iの証言並びに、原、当審における被控訴人本人尋問の結果中、本件係争地及びその隣地である前掲b番dの土地の売買交渉時及び農地法五条の規定による許可申請に対する係官の現地見分に際し、Hが本件係争地についても境界を指示し、或いはIから境界の変更について相談を受けた旨の記載及び供述部分は、いずれも前記前訴判決の認定事実と対比して措信し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。したがつて、右時効の抗弁は採用することができない。
六 そこで進んでHの被つた本件係争地の価格相当の損害額につき判断する。
控訴人らは、本件訴訟を提起した昭和四六年一〇月当時における本件係争地の時価は金六一六万円であり、控訴人らは右金額相当の損害を被つた旨主張する。
前掲乙第六号証によれば、被控訴人は前記本件不法行為当時福島市において不動産取引業を営んでいた事実を認めることができ、右の事実によれば、被控訴人は本件不法行為時において将来本件係争地の価格が上昇することを予見しえたものということができる。しかし、被控訴人の本件不法行為に因る被害者はHであることは前記認定のとおりであり、控訴人らはHの取得した被控訴人に対する損害賠償請求権を相続に因り承継したのであるから、たとえHの死亡後も本件係争地の価格が上昇を続けたとしても、Hの損害額はその死亡時における価格相当額であると言わざるをえない。
そこで、Hの死亡した昭和四一年一月七日当時における本件係争地の価格につき検討する。前掲甲第三号証によれば、前訴判決はその理由において、Hは昭和三七年二月二〇日ごろ被控訴人に依頼して福島市a町b番畑三〇四坪を本件係争地及び同所同番d畑一五〇坪に分筆したうえ、同土地を代金四五万円で売却した事実を認定したことを認めうるので、右認定事実は本件訴訟において控訴人らを拘束するものというべきである。よつて、右認定事実を基礎として本件係争地の昭和四一年一月七日当時の価格を検討する。
成立に争いのない甲第二号証の一、二、同第二四号証、同第二八号証、乙第三号証に当審における鑑定の結果の一部を総合すると、
1 前記分筆前のb番の土地はほゞ南北に長い長方形の土地で、短辺である北辺のみが道路と接していたこと、
2 右土地から本件係争地が分筆された結果、本件係争地は右土地の南側部分であるため、いわゆる盲地となつたこと、
3 盲地である本件係争地の価格を評価する方法としては、分筆前の一筆の土地の価格から前記b番dの土地の価格を差引いた価格の七五%と算定するのが適当であるところ、分筆前の一筆の土地全体の価格は、その形状上利用効率が悪いため、その単位面積当たり価格は前記b番dの土地のそれに比して九%低落すること、
4 前記b番dの土地の実測面積は四九六・九五平方メートル(一五〇坪三合三勺)、本件係争地の実測面積は五一〇・四一平方メートルであること、
5 Hが前記b番dの土地を売却した当時の本件係争地の価格を前記3の方式で算出すると、
{(四五万円÷四九六・九五)×(四九六・九五+五一〇・四一)×〇・九一-四五万円}×〇・七五=二八万五〇六八円
となること
6 Hが前記b番dの土地を売却した時から被控訴人の不法行為時を経て昭和三七年一二月末までの間に本件係争地の価格が上昇した事実を認めるに足る証拠はないが、本件係争地の価格は、右時点を一〇〇とすれば昭和四〇年一二月末は一四〇であつた。したがつて、昭和四〇年一二月末における本件係争地の価格は
二八万五〇六八円×一・四=三九万九〇九五円
となること、
以上のとおり認めることができる。したがつて、Hの死亡時における本件係争地の価格も右と同一の三九万九〇〇〇円(一〇〇円未満切捨)であつたと認めることができる。
もつとも、前掲甲第二八号証によれば、Iは昭和三九年に至り前記b番dの土地を更に同番のd、eに分筆したこと及び新b番dの土地は分筆前のb番dの土地の西側及び南側を』形に分割したものである事実を認めることができ、右の事実によれば、新b番dの土地は本件係争地から道路に通ずるための私道敷として分筆されたものと推定することができ、したがつて、Hの死亡時における本件係争地の客観的価格は前記認定価格よりも高額であつたと認められるが、右はIが自己の費用で私道敷を設けたことによるのであるから、かかる措置をとることなく旧b番dの土地を売却したHの損害額を算定するに当たつては、右の事実を考慮すべきではない。
当審における鑑定の結果中前記認定に副わない部分は、その基礎とする事実が前記前訴判決の認定事実と異なるので採用することができず、他に前記認定を左右するに足る的確な証拠はない。

七 被控訴人は、右Hの損害の発生についてはHにも過失があると主張するので、この点につき判断する。
原審証人Iの証言により成立を認めうる乙第一号証の五、成立に争いのない同号証の六、甲第三三号証に右証人Iの証言、原審及び当審における控訴人A及び被控訴人各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、前記分筆前のb番dの土地と本件係争地のIに対する所有権移転登記手続は同時になされたが、その際Hの権利を証する証書が存在しなかつたため、Iはその弟及び母に依頼して右二筆の土地がHの所有であることを証する保証書を作成し、これを所有権移転登記申請書に添付しで登記手続をしたところ、所轄の福島地方法務局登記官吏はHに対し、右申請につき不動産登記法四四条ノ二第一項に基づき確認を求める昭和三七年一二月一二日付のはがきを郵送し、右はがきには、不動産の表示として本件係争地の表示が明記されたうえ「外土地一筆」と記載され、更に登記原因売買、登記の目的所有権移転、登記権利者Iと明記されでいたにもかかわらず、その頃右はがきの配達を受けたHからこれを示された控訴人Aは、前記分筆前のb番dの土地一筆のみにつき確認を求められたものと誤信し、Hのため保管していた同人の印章を同人を代理して右はがきの確認欄に押印して、これを福島地方法務局に返送した事実を認めることができる。
当審における控訴人A本人尋問の結果中、同控訴人が右のように誤信したのは被控訴人から右問い合わせのはがきはHが売却を依頼した旧b番の土地のうちの半分のみに関するものであると告げられていたからである旨の供述部分は、前掲甲第三三号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果と対比して措信し難く、他に右の認定を左右するに足る証拠はない。
右の事実によれば、H又はその代理人であつた控訴人Aが登記官吏の問い合わせに対し的確な返答をしたならば、本件係争地についてIに対する所有権移転登記を阻止し、損害の発生を未然に防止することができたにもかかわらず、右両名は右問い合わせは本件係争地に関するものでないと軽信し、その所有権移転登記を許容したのであるから、前記認定の損害の発生についてはHにも過失があつたものと言わなければならない。
なお、被控訴人は、Hは本件係争地につき福島県知事に対し農地法五条に基づく許可申請をなし、また司法書士に対し登記申請用委任状を交付した点にも過失があると主張する。しかし、弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第一号証の一、四(同号証の一のうち官署作成部分の成立は争いがない。)によれば、右許可申請書及び登記申請書は、いずれも一通の書面に本件係争地及び前記分筆前のb番dの土地の二筆の土地の表示を記載し、司法書士Lが申請代理人となつて作成されたものであることを認めることができるところ、原審における証人Kの証言並びに控訴人A及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、右許可申請は被控訴人から依頼を受けたKがL司法書士に依頼してなされたものであり、右登記申請は被控訴人がH名義の委任状を同司法書士に交付しで依頼したものであつて、Hも控訴人Aも右各申請の委任状に自ら押印したことはなく、Hの印章を保管していた控訴人Aは被控訴人に対し前記分筆前のb番dの土地の売却手続に使用させるためHの印章を預けていたものであることを認めることができ、前掲乙第六号証並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中右の認定に反する部分はいずれも措信し難い。乙第一号証の三のうち登記申請用委任状のうちH名下の印影が同人の印章により顕出されたものであることは当事者間に争いがないが、右認定事実によれば、右印影がHにより押印されたものと推定することはできず、却つて被控訴人によつて押印されたものと推定するに十分である。したがつて、被控訴人の前記各主張を採用することはできない。
前記認定したH及びその代理人であつた控訴人Aの過失を考慮するときは、前記Hの損害額のうち被控訴人に請求しうべき金額は金二七万円と認めるのが相当である。したがつて、Hの死亡に因る相続により、被控訴人に対し控訴人Aは金九万円、その余の控訴人らはそれぞれ金三万円及び右各金員に対するHの死亡後完済まで民法所定の年五分の利率による遅延損害金の請求権を取得したものということができる。
八 以上認定判断したところによれば、控訴人らの本訴請求中被控訴人に対し控訴人Aは金九万円、その余の控訴人らはそれぞれ金三万円及び右各金員に対する相続開始後である昭和四六年一〇月二二日以降完済まで年五分の割合による金員の各支払を求める部分は理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の各請求は理由がないからこれを棄却すべきであつて、右と異なり控訴人らの請求を全部棄却した原判決は一部失当である。
よつて、原判決を右認定の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
民事第2部
(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 桜井敏雄 裁判官 渡辺公雄)


民事訴訟法 基礎演習 補助参加


1.補助参加の利益の意義

+第三節 訴訟参加

(補助参加)
第四十二条  訴訟の結果について利害関係を有する第三者は、当事者の一方を補助するため、その訴訟に参加することができる。

(補助参加の申出)
第四十三条  補助参加の申出は、参加の趣旨及び理由を明らかにして、補助参加により訴訟行為をすべき裁判所にしなければならない。
2  補助参加の申出は、補助参加人としてすることができる訴訟行為とともにすることができる。

(補助参加についての異議等)
第四十四条  当事者が補助参加について異議を述べたときは、裁判所は、補助参加の許否について、決定で、裁判をする。この場合においては、補助参加人は、参加の理由を疎明しなければならない。
2  前項の異議は、当事者がこれを述べないで弁論をし、又は弁論準備手続において申述をした後は、述べることができない。
3  第一項の裁判に対しては、即時抗告をすることができる。

(補助参加人の訴訟行為)
第四十五条  補助参加人は、訴訟について、攻撃又は防御の方法の提出、異議の申立て、上訴の提起、再審の訴えの提起その他一切の訴訟行為をすることができる。ただし、補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないものは、この限りでない。
2  補助参加人の訴訟行為は、被参加人の訴訟行為と抵触するときは、その効力を有しない。
3  補助参加人は、補助参加について異議があった場合においても、補助参加を許さない裁判が確定するまでの間は、訴訟行為をすることができる。
4  補助参加人の訴訟行為は、補助参加を許さない裁判が確定した場合においても、当事者が援用したときは、その効力を有する。

(補助参加人に対する裁判の効力)
第四十六条  補助参加に係る訴訟の裁判は、次に掲げる場合を除き、補助参加人に対してもその効力を有する。
一  前条第一項ただし書の規定により補助参加人が訴訟行為をすることができなかったとき。
二  前条第二項の規定により補助参加人の訴訟行為が効力を有しなかったとき。
三  被参加人が補助参加人の訴訟行為を妨げたとき。
四  被参加人が補助参加人のすることができない訴訟行為を故意又は過失によってしなかったとき。

2.補助参加の利益に関する判例とその評価

+判例(H15.1.24)
理由
本件抗告中相手方吉永町に関する部分について
本件抗告許可申立理由書には、相手方吉永町に関する抗告理由の記載がないから、本件抗告中相手方吉永町に関する部分は、不適法としてこれを却下すべきである。
その余の相手方らに対する抗告代理人加瀬野忠吉、同松井健二、同大林裕一、同永井一弘の抗告理由について
1 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1) 本件の本案訴訟(岡山地方裁判所平成11年(行ウ)第20号産業廃棄物処理施設設置不許可処分取消請求事件)は、抗告人が、岡山県知事に対し、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成9年法律第85号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)15条に基づいてした岡山県和気郡吉永町都留岐字釜ヶ谷所在の土地を設置予定地とする廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(平成9年政令第353号による改正前のもの)7条14号ハ所定の産業廃棄物のいわゆる管理型最終処分場(以下「本件施設」という。)の設置許可申請に対して同知事から受けた不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)について、その取消しを請求する行政訴訟である。
(2) 本案訴訟において、相手方ら(相手方吉永町を除く。以下同じ。)は、本件施設の設置予定地を水源とする水道水ないし井戸水を飲料水等として使用しており、本件施設が設置されればその生命、健康が損なわれるおそれがあるなどと主張して、民訴法42条に基づき、被告を補助するため補助参加を申し出たところ、抗告人はこれに対して異議を述べた

2 原々審は、相手方らの申出に係る補助参加を許す旨の決定をし、原審も、同決定に対する抗告人の抗告を棄却した。その理由の要旨は、本案訴訟において被告が敗訴した場合には、本件施設が建設され、その操業により、相手方らの生命、身体の安全が脅かされるおそれが生じることなどから、相手方らは、民訴法42条所定の「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」に当たるというにある。

3 本件の本案訴訟において本件不許可処分を取り消す判決がされ、同判決が確定すれば、岡山県知事は、他に不許可事由がない限り、同判決の趣旨に従い、抗告人に対し、本件施設設置許可処分をすることになる(行政事件訴訟法33条2項)。ところで、廃棄物処理法15条2項2号は、産業廃棄物処理施設である最終処分場の設置により周辺地域に災害が発生することを未然に防止するため、都道府県知事が産業廃棄物処理施設設置許可処分を行うについて、産業廃棄物処理施設が「産業廃棄物の最終処分場である場合にあっては、厚生省令で定めるところにより、災害防止のための計画が定められているものであること」を要件として規定しており、同号を受けた廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(平成10年厚生省令第31号による改正前のもの)12条の3は、災害防止のための計画において定めるべき事項を規定している。また、廃棄物処理法15条2項1号は、産業廃棄物処理施設設置許可につき、申請に係る産業廃棄物処理施設が「厚生省令(産業廃棄物の最終処分場については、総理府令、厚生省令)で定める技術上の基準に適合していること」を要件としているが、この規定は、同項2号の規定と併せ読めば、周辺地域に災害が発生することを未然に防止するという観点からも上記の技術上の基準に適合するかどうかの審査を行うことを定めているものと解するのが相当である。そして、人体に有害な物質を含む産業廃棄物の処理施設である管理型最終処分場については、設置許可処分における審査に過誤、欠落があり有害な物質が許容限度を超えて排出された場合には、その周辺に居住する者の生命、身体に重大な危害を及ぼすなどの災害を引き起こすことがあり得る。このような同項の趣旨・目的及び上記の災害による被害の内容・性質等を考慮すると、同項は、管理型最終処分場について、その周辺に居住し、当該施設から有害な物質が排出された場合に直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって、上記の範囲の住民に当たることが疎明された者は、民訴法42条にいう「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」に当たるものと解するのが相当である。
以上の見地から考えると、本件施設から排出される有害物質により水源が汚染される事態が生じた場合に、これにより住民が直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲は、いまだ証拠をもって確定されているとはいえないものの、原審が適法に確定した事実関係によれば、相手方らにつき上記の疎明があったといえなくはないから、相手方らが民訴法42条にいう「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」に当たるとした原審の判断に違法があるとはいえず、結論においてこれを是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖)

(1)判決の判断の枠組み
①「利害関係」
・法律上の利害関係を有する場合
=当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼす恐れがある場合をいう

+判例(H13.1.30)
理由
抗告代理人野島達雄の抗告理由について
1 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1)本件の本案訴訟(名古屋地方裁判所平成11年(ワ)第3675号取締役責任追及事件)は、抗告人の株主である相手方が、抗告人の取締役らに対し、同取締役らが取締役としての忠実義務に違反して、抗告人の第48期及び第49期の各決算における粉飾決算を指示し、又は粉飾の存在を見逃し、その結果、法人税等の過払をし、検査役に報酬を支払い、株主に利益配当するなどして、抗告人に損害を与えたと主張して、商法267条に基づき、損害賠償を請求する株主代表訴訟である。
(2)本案訴訟において、抗告人が取締役らのため補助参加を申し出たところ、相手方はこれに対して異議を述べた

2 原審は、概要次のとおり判示して、抗告人の補助参加の申出を却下すべきものとした。
(1)補助参加の制度は、被参加人が勝訴判決を受けることにより補助参加人も利益を受ける関係にある場合に参加を認めるものであるから、被参加人が勝訴判決を受けることにより補助参加人が不利益を受ける関係にある場合に参加を認めることは、民事訴訟の構造に反することとなる。
(2)本案訴訟の訴訟物は、抗告人の取締役らに対する損害賠償請求権であり、判決主文における判断について、抗告人は取締役らとは実体法上の利害が相反し対立する関係にあることは明らかである。もし、取締役らへの補助参加を認めると、抗告人は自己に帰属し、自らがその存否について既判力を受ける損害賠償請求権につき、その存在を争う当事者のために訴訟行為をすることが許されるという関係になり、民事訴訟の構造に反する結果となるから、抗告人は、「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」ということはできない。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)民訴法42条所定の補助参加が認められるのは、専ら訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られ、単に事実上の利害関係を有するにとどまる場合は補助参加は許されない(最高裁昭和38年(オ)第722号同39年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事71号271頁参照)。そして、法律上の利害関係を有する場合とは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される。
(2)【要旨】取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟において、株式会社は、特段の事情がない限り、取締役を補助するため訴訟に参加することが許されると解するのが相当である。けだし、取締役の個人的な権限逸脱行為ではなく、取締役会の意思決定の違法を原因とする、株式会社の取締役に対する損害賠償請求が認められれば、その取締役会の意思決定を前提として形成された株式会社の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがあるというべきであり、株式会社は、取締役の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有するということができるからである。そして、株式会社が株主代表訴訟につき中立的立場を採るか補助参加をするかはそれ自体が取締役の責任にかかわる経営判断の一つであることからすると、補助参加を認めたからといって、株主の利益を害するような補助参加がされ、公正妥当な訴訟運営が損なわれるとまではいえず、それによる著しい訴訟の遅延や複雑化を招くおそれはなく、また、会社側からの訴訟資料、証拠資料の提出が期待され、その結果として審理の充実が図られる利点も認められる

(3)これを本件についてみると、前記のとおり、本件は、抗告人の第48期及び第49期の各決算において取締役らが忠実義務に違反して粉飾決算を指示し又は粉飾の存在を見逃したことを原因とする抗告人の取締役らに対する損害賠償請求権を訴訟物とするものであるところ、決算に関する計算書類は取締役会の承認を受ける必要があるから(商法281条)、本件請求は、取締役会の意思決定が違法であるとして提起された株主代表訴訟である。そして、上記損害賠償請求権が認められて取締役らが敗訴した場合には、抗告人の第48期以降の各期の計算関係に影響を及ぼし、現在又は将来の取引関係にも影響を及ぼすおそれがあることが推認されるのであって、抗告人の補助参加を否定すべき特段の事情はうかがわれない

4 以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は裁判に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、抗告人の補助参加を許可すべきである。
よって、裁判官町田顯の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

+反対意見
裁判官町田顯の反対意見は、次のとおりである。
1 本件の本案訴訟は、抗告人の株主である相手方が抗告人の取締役らに対し、同取締役らが抗告人に対する忠実義務に違反し、その結果抗告人に損害を与えたと主張する株主代表訴訟である。したがって、相手方は抗告人のため(商法267条2項)訴訟を遂行するものであり、本案訴訟の訴訟物は抗告人の取締役らに対する損害賠償請求権であるから、抗告人は、訴訟の構造上も、実体法の権利上も取締役らと対立する関係にあるのであって、抗告人が取締役らのため補助参加することが許されないことは、原決定の述べるとおりである。
2 多数意見は、本件請求は取締役会の意思決定が違法であるとして提起された株主代表訴訟であるから抗告人の取締役らに対する補助参加が許されるとするが、本件本案訴訟において審判の対象となるのは、上記のとおり、取締役らの行動が取締役の負う忠実義務に違反するかどうかであって、その行動が取締役会の意思決定の際のものであっても、その意思決定そのものの適否や効力が審判の対象となるものではない。確かに、本件請求のように粉飾決算を指示し、又は粉飾の事実を見逃したことを忠実義務違反の理由とする場合には、粉飾決算の有無が判断されることとなるが、それは取締役個人の忠実義務違反の存否を確定するために判断されるものであって、抗告人がその判断に利害関係を有するとしても、それは事実上のものにとどまり、補助参加の要件としての法律上の利害関係に当たるものと解することはできない。したがって、この意味からも本件補助参加は、許されない。
3 多数意見は、また、本件補助参加を認めることにより抗告人からの訴訟資料等の提出が期待できるともいうが、本案訴訟の被告である取締役らのうちには、抗告人の代表者も含まれていることよりすれば、補助参加を認めなければ適切な訴訟資料等の提出が期待できないとも考えられない。
4 よって、これと同旨の原審の判断は正当であるから、本件抗告は棄却すべきである。
(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 深澤武久)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
1 抗告人は、衣料品の製造販売を目的とする非上場株式会社である。本件の基本事件は、抗告人の株主である相手方(原告)が抗告人の取締役である被告らに対し,提起した株主代表訴訟(商法二六七条)である。原告は,被告らが取締役としての忠実義務に違反し、抗告人の第四八期及び第四九期の各決算における粉飾決算を指示し、又は粉飾の存在を見逃し、その結果、法人税等の過払をし、検査役に報酬を支払い、株主に利益配当するなどして、抗告人に損害を与えたと主張して、被告らに対し、損害賠償を請求する。
本件は、基本事件において、抗告人が被告取締役らを補助するため訴訟に参加することを申し出たところ(民訴法四三条一項)、原告がこれに対して異議を述べたため(同法四四条一項)、抗告人の補助参加の許否が問題となったものである。
2 原々決定及び原決定とも、抗告人の補助参加の申出を却下した。
3 原決定に対し、抗告人が抗告許可を申し立て、抗告が許可された。
二 本決定
本決定は、取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟において、株式会社は、特段の事情がない限り、取締役を補助するため訴訟に参加することが許されるとして、原決定を破棄し、原々決定を取り消して、抗告人の参加を許可する旨の自判をした。なお、原決定と同じく補助参加を否定する町田裁判官の反対意見がある。

三 説明
1 補助参加の利益
(1) 補助参加制度は、当事者以外の者が訴訟に参加して当事者の一方を補助する訴訟活動をすることによって被参加人に有利な判決を得させることを助け、併せて被参加人に対し敗訴判決がされることによって補助参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に事実上の不利益な影響を受けることを防止することを目的とするものである。
補助参加の利益は「訴訟の結果」について「利害関係」を有する場合に認められる(民訴法四二条)。参加の利益の判断は、判決における「何に関する判断」が補助参加人の「いかなる利害関係」にどのように影響するかという、二点に分けて考察することができる。
(2) 「訴訟の結果」についての学説、裁判例
「訴訟の結果」の意義、すなわち、判決における何に関する判断が法律上の利害関係に影響するかという問題については、以下のとおり、学説に争いがある。
① 「訴訟の結果」を終局判決の主文で判断される訴訟物たる権利関係の存否を指すとし、判決理由中の判断に利害関係があるだけでは足りないとする訴訟物限定説が、従前の通説的見解である。
② これに対し、「訴訟の結果」には、訴訟物たる権利又は法律関係のみならず判決理由中の判断も含まれ、判決理由中の判断につき法律上の利害関係が認められる場合にも補助参加の利益を認めるべきであるとする訴訟物非限定説が、近時有力に主張されるようになった。この中には、参加人の具体的な権利義務への影響から考える見解と当該手続内における手続保障から考える立場がある。
③ この点を一般論として明らかにした最高裁判決はない。補助参加の利益に関する裁判例として、最判昭51・3・30裁判集民一一七号三二三頁、本誌三三六号二一六頁があり、甲の乙丙に対する乙丙の共同不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟の第一審において、乙に対する請求を認容し、丙に対する請求を棄却する判決があり、乙が自己に対する判決につき控訴しないときは、乙は、甲丙間の判決について控訴するため甲に補助参加をすることができるとした。この判例に対しては、訴訟物非限定説を採ったものとする評釈もあるが、訴訟物限定説からの説明も可能である。下級審裁判例も、訴訟物限定説、訴訟物非限定説に分かれている。
(3) 「利害関係」の意義
いかなる「利害関係」かについては、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係であることを要し、法律上の利害関係であれば、財産法上のものに限られず、身分法上のものでも、私法上のものでもよく、さらには公法上のものでもよい(大決昭8・9・9民集一二巻二二号二二九四頁、最判昭39・1・23裁判集民七一号二七一頁)とする点については、判例・学説上ほぼ一致している。
そして、その影響の程度については、法律上の利害関係があれば、判決がその地位の決定に参考となるおそれ(事実上の影響)があればよいといわれている。また、この法律上の利害関係があるというためには、必ずしも判決が直接に参加人の実体権に影響を及ぼすべき場合に限らず(前掲大決昭8・9・9)、判決の効力が直接参加人に及ぶ必要はない(判決の効力が及ぶ場合は共同訴訟的補助参加になる)。
2 株主代表訴訟における会社の取締役側への補助参加の許否に関する学説
(1) 補助参加否定説
補助参加を認めるためには補助参加人と被参加人が共通の利害を有することを必要とするところ、株主代表訴訟の訴訟物は、会社の取締役に対する損害賠償請求権であり、被告が敗訴すれば会社に利益となり、被告が勝訴すれば会社に不利益となる関係にあるから、会社には訴訟物たる権利関係について法律上の利害関係はないとする。そして、補助参加肯定説が法律上の利益として主張するものはいずれも事実上の利害関係であるとする。また、商法は、株主代表訴訟に関し、取締役の責任追及の訴訟の提訴の是非、ひいては会社の意思決定の適法性に関する取締役会・代表取締役・監査役の判断に信頼を置かず、株主の判断を尊重するという態度をとっているから、会社がその判断で被告取締役に補助参加することは許されず、会社は株主の判断を尊重して、中立的な立場を貫くべきであり、会社が提訴株主の訴訟遂行を妨げるような訴訟行為をするのは疑問であるという。
なお、会社の参加を認めることの不都合として、① 会社が被告取締役の弁護士費用を負担することは、会社から取締役への贈与又は報酬の供与にあたり、前者の場合は取締役会の承認が(商法二六五条)、後者の場合は定款の定め又は株主総会による承認決議が(二六九条)それぞれ必要であると考えられるが、被告取締役側に補助参加することで会社が被告取締役の弁護士費用を実質的に負担することとなる危険があること、② 会社の顧問弁護士が被告側の訴訟代理人となることは利益相反行為(弁護士法二五条二号、日弁連弁護士倫理二六条二号)に当たる可能性があること、③ 会社の被告取締役への補助参加を認めると会社が被告に有利な訴訟資料・証拠資料のみを提出する危険があることなどが指摘されている。
(2) 補助参加肯定説
株主代表訴訟における会社の被告取締役への補助参加を肯定する見解は、補助参加の利益につき、訴訟物に限定せず判決理由中の判断を含むとする説を採用する。法律上の利害関係として、① 行政庁から立入検査、業務の停止、解散命令等の公法上の監督処分を受ける可能性があること、② 会社の継続的な業務の方針に影響を与えること、③ 被告取締役が敗訴すれば重要な取引先から取引中止を通告されるおそれがあり、取引が中止されると会社の事業継続に重大な支障が生じるおそれがあること、④ 経営判断に属する事柄について株主代表訴訟が提起され、被告取締役が敗訴すると今後の経営判断に萎縮的効果が生じ、又は会社のイメージに致命的な打撃を受けるおそれがあること、⑤ 原告が勝訴すると、会社が原告株主に対し弁護士費用等の償還義務を負担することになること、⑥ 会社の意思決定の適法性自体が会社の法律上の地位であるとの立場から、株主代表訴訟において、会社に対する責任の根拠として主張されている被告取締役の行為が当該取締役の独自の判断に基づくものではなく、会社の意思決定の結果としてなされている場合には、訴訟の争点としてその意思決定の適法性が争われることになるため、会社の意思決定の適法性という会社自身の組織法上の法的地位が訴訟の争点として判断を受けることになるから、会社の意思決定の適否の判断が会社の業務運営に直接重大な影響を与える場合には、現経営陣が会社を代表して争う機会を与えなければ手続保障を欠くことになること等が挙げられている。
なお、株主代表訴訟においては、原告が株主全体に帰属する権利を行使しているという代表訴訟性が認められるべきであり、会社が被告取締役に補助参加しても自分の権利を行使する訴訟の棄却を求めていることにはならないから、論理矛盾ではないとする。
経済界や自民党からも補助参加を認めるべきであるとする提言がされている(自由民主党法務部会商法に関する小委員会「コーポレート・ガバナンスに関する商法等改正試案骨子」(平成九年九月八日)、経済団体連合会コーポレート・ガバナンス特別委員会「コーポレート・ガバナンスのあり方に関する緊急提言」(平成九年九月一〇日))。
3 株主代表訴訟における会社の取締役側への補助参加の許否に関する下級審裁判例
(1) 補助参加否定説を採るものとして,原決定のほか、名古屋高決平8・7・11本誌九二三号二八四頁、判時一五八八号一四五頁(及びその原審名古屋地決平8・3・29判時一五八八号一四八頁[中部電力事件])がある。
(2) 補助参加肯定説を採るものとして,東京地決平7・11・30本誌九〇四号一九八頁、判時一五五六号一三七頁[東京商銀信用組合事件]、東京高決平9・9・2本誌九八四号二三四頁、判時一六三三号一四〇頁[セイコー事件]、東京地決平12・4・25判時一七〇九号三頁[興銀事件]がある。
4 本決定の意義
(1) 従来の学説、裁判例は、訴訟物限定説即補助参加否定、訴訟物非限定説即補助参加肯定のように図式化されて説明されてきたため、補助参加を認めた本決定が訴訟物非限定説を採ったとの評価もあり得ると思われる。しかし、本件の訴訟物は、単に「会社の取締役らに対する損害賠償請求権」ではなく、判例理論であるところの旧訴訟物理論によれば、「会社の四八期、四九期の決算において取締役らが忠実義務に違反して粉飾決算を指示し又はこれを見逃したことを原因とする会社の取締役らに対する損害賠償請求権」である。本決定が、このような損害賠償請求権が認められて取締役らが敗訴した場合には、会社のそれ以降の各期の計算関係に影響を及ぼし、現在又は将来の取引関係にも影響を及ぼすおそれがあることが推認されると判示しているところからすれば、訴訟物限定説に立ったものとして説明することも可能であると思われる。いずれにせよ、本決定は、この点についていずれの見解を採用するかを明らかにしたものではない。
(2) 原決定を含む補助参加否定説が、株主代表訴訟の訴訟構造上会社と取締役の利害が相反するとしたのに対し、本決定は株主代表訴訟の訴訟構造に触れるところがない。おそらく、補助参加の利益は、訴訟構造にかかわらず、その法律上の利害関係の有無によって定まるものと解したのであろう。
(3) 本決定は、取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対し提起された株主代表訴訟においては、取締役会の意思決定の違法を原因とする株式会社の取締役に対する損害賠償請求が認められれば、その取締役会の意思決定を前提として形成された株式会社の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがあるというべきであり、株式会社は、取締役の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有するということができるとしている。取締役会の意思決定の違法を原因とする株主代表訴訟においては、会社には、原則として、このような法律上の利害関係があるとする趣旨であり、具体的には、本件の場合、会社の四八期以降の各期の計算関係に影響を及ぼし、現在又は将来の取引関係にも影響を及ぼすおそれがあるとしたものである。
(4) 補助参加否定説が挙げる不都合について、本決定は、補助参加をすること自体が取締役の責任にかかわる経営判断の一つであり、補助参加を認めたからといって、株主の利益を害するとか、公正妥当な訴訟運営が損なわれるとまではいえず、それによる著しい訴訟の遅延や複雑化を招くおそれはないこと、また、会社側からの訴訟資料等の提出が期待され、審理の充実が図られること等をも理由として、会社の取締役側への補助参加を認めたものである。
(5) 本決定は、従前、学説・下級審裁判例が分かれていた問題について最高裁判所として初めての判断を示したものであり、実務に大きな影響を及ぼすとともに、経済界からも注目を集めたものであるので、紹介する。

+判例(H14.1.22)
理由
上告代理人洪性模、同許功、同安由美の上告理由について
1 本件訴訟は、被上告人が上告人に対し、家具等の商品(以下「本件商品」という。)の売買代金の支払を求めるものである。原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人は、カラオケボックス(以下「本件店舗」という。)建築のため、平成六年一〇月、白柳美佐男との間で店舗新築工事請負契約を締結した。
(2) 被上告人は、白柳に対し、本件商品を含む家具等の商品を販売したとして、平成七年九月一八日、和歌山地方裁判所にその残代金の支払を求める訴えを提起した(同裁判所平成七年(ワ)第四六六号。以下、同訴訟を「前訴」という。)。
前訴において、白柳は、被上告人が本件店舗に納入した本件商品を含む商品について、施主である上告人が被上告人から買い受けたものであると主張したことから、被上告人は、上告人に対し、平成八年一月二七日送達の訴訟告知書により訴訟告知をした。しかし、上告人は、前訴に補助参加しなかった。
(3) 前訴につき、本件商品に係る代金請求部分について、被上告人の請求を棄却する旨の判決が言い渡され確定したが、その理由中に、本件商品は上告人が買い受けたことが認められる旨の記載がある。
2 以上の事実関係の下において、原審は、旧民訴法七八条、七〇条所定の訴訟告知による判決の効力が被告知人である上告人に及ぶことになり、上告人は、本訴において、被上告人に対し、前訴の判決の理由中の判断と異なり、本件商品を買い受けていないと主張することは許されないとして、被上告人の請求を認容した。
3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 旧民訴法七八条、七〇条の規定により裁判が訴訟告知を受けたが参加しなかった者に対しても効力を有するのは、訴訟告知を受けた者が同法六四条にいう訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られるところ、ここにいう法律上の利害関係を有するとは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される(最高裁平成一二年(許)第一七号同一三年一月三〇日第一小法廷決定・民集五五巻一号三〇頁参照)。
また、旧民訴法七〇条所定の効力は、判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものであるが(最高裁昭和四五年(オ)第一六六号同年一〇月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一一号一五八三頁参照)、この判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断とは、判決の主文を導き出すために必要な主要事実に係る認定及び法律判断などをいうものであって、これに当たらない事実又は論点について示された認定や法律判断を含むものではないと解される。けだし、ここでいう判決の理由とは、判決の主文に掲げる結論を導き出した判断過程を明らかにする部分をいい、これは主要事実に係る認定と法律判断などをもって必要にして十分なものと解されるからである。そして、その他、旧民訴法七〇条所定の効力が、判決の結論に影響のない傍論において示された事実の認定や法律判断に及ぶものと解すべき理由はない
(2) これを本件についてみるに、前訴における被上告人の白柳に対する本件商品売買代金請求訴訟の結果によって、上告人の被上告人に対する本件商品の売買代金支払義務の有無が決せられる関係にあるものではなく、前訴の判決は上告人の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすものではないから、上告人は、前訴の訴訟の結果につき法律上の利害関係を有していたとはいえない。したがって、上告人が前訴の訴訟告知を受けたからといって上告人に前訴の判決の効力が及ぶものではない。しかも、前訴の判決理由中、白柳が本件商品を買い受けたものとは認められない旨の記載は主要事実に係る認定に当たるが、上告人が本件商品を買い受けたことが認められる旨の記載は、前訴判決の主文を導き出すために必要な判断ではない傍論において示された事実の認定にすぎないものであるから、同記載をもって、本訴において、上告人は、被上告人に対し、本件商品の買主が上告人ではないと主張することが許されないと解すべき理由もない
4 以上によれば、前訴の判決の理由中に本件商品は上告人が被上告人から買い受けたことが認められる旨の記載があるからといって、前訴の判決の効力が上告人に及び、上告人が本件商品の買主であるとして売買代金の支払を認めるべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人の本件商品の売買代金支払債務の有無について更に審理を遂げさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 本件は、家具販売等を業とする会社である原告が、被告が施主となって建築されたカラオケボックスに納入したテーブル等(本件商品)の売買代金一〇〇万円余りの支払を求めた代金請求の事案である(なお、本件は旧民訴法適用の事案である。)。
原告は、本件訴訟に先立ち、同カラオケボックスの建築業者に対し、同建築業者からの注文によりカラオケボックスに本件商品を含む家具等を納入したとして、商品残代金五五〇万円余りの支払を求める別件訴訟を提起したところ、同建築業者は、この納入商品の一部について、注文者は自分ではなく、施主である被告が直接注文したものであるとして争ったため、原告は、被告に対し、訴訟告知をしたが、被告は補助参加しなかった。別件訴訟は、本件商品に係る代金請求部分については請求が棄却されて確定したが、その判決の理由中において、本件商品は別件訴訟の被告である建築業者が購入したものではなく、本件訴訟の被告が購入したものであるとの認定がされた。

二 本件訴訟において、原審は、参加的効力が判決理由中の事実認定や法律判断等にも及ぶ旨を述べる最一小判昭45・10・22民集二四巻一一号一五八三頁、本誌二五五号一五三頁を引用し、訴訟告知による参加的効力(旧民訴法七八条、七〇条)により、被告は、別件訴訟判決の理由中の判断である本件商品の買主が被告であるとの判断と異なる主張をすることは許されないとして、本件商品の買主が被告であるか否かという点について認定をすることなく、原告の本件商品代金請求を認容すべきとした。
これに対し、本判決は、本件訴訟の被告には別件訴訟の参加的効力が及ばないこと、しかも、参加的効力は、傍論において示された判断には及ばないことを述べて、原判決を破棄すべきものとした。なお、本件の判示部分は、このうち、後者の参加的効力の客観的範囲について述べた部分である。

三 訴訟告知による参加的効力は参加利益ある者にのみ生ずると解されるが、その補助参加の利益は、訴訟の結果について「利害関係」を有する場合に認められる(民訴法四二条、旧六四条)。この「利害関係」は、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係であることを要するとする点では、判例・学説上ほぼ一致しており、最近では、取締役に対し提起された株主代表訴訟において株式会社が取締役を補助するため訴訟に参加することの許否について判断した最一小決平13・1・30民集五五巻一号三〇頁、本誌一〇五四号一〇六頁がその旨を述べている。また、同最高裁決定は、法律上の利害関係を有する場合とは、当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解されるとしている。本件では、別件訴訟において、原告の建築業者に対する本件商品の売買代金請求が認められないということが決まるだけでは、被告に何ら事実上の影響をも与えるものではなく、被告が法律上の利害関係を有するものとはいえないものといえ、被告には参加的効力が及ぶものではないことになろう
なお、補助参加の利益が認められる場合の「訴訟の結果」については、終局判決の主文で判断される訴訟物たる権利関係の存否を指すとする訴訟物限定説と、これに限らず、判決理由中の判断も含まれるとする訴訟物非限定説との争いがあるところであるが、本件判決は、訴訟物限定説によった場合は勿論、訴訟物非限定説によっても説明できるものと解され、いずれにしても、本判決は、この点について、いずれの見解に立つものかは明らかにしていないものと思われる。

四 また、前述の昭和四五年最高裁判決は、参加的効力は、判決理由中の事実認定や法律判断にも及ぶ旨を述べるところであるが、この判決の理由とは、判決書の必要的記載事項として挙げられている「理由」(民訴法二五三条一項三号、旧一九一条一項三号)をいうものと解され、これは、主文に掲げる結論を導き出した判断過程をいうものであるから、主文を導き出すために判断を要する攻撃防御方法についての事実認定と法律判断等をもって必要にして十分ということになる。そうであるから、事実認定や判断についての説得力を増すため、あるいは当事者の納得を得るために、判断を要する攻撃防御方法以外の関連事項について示された判断、いわゆる傍論について参加的効力が及ぶものではないといえる。このことは、傍論を説示するか、傍論としていかなる事項を取り上げるのかも判決裁判所の一存に係っていることを考えると、傍論に参加的効力を肯定することは、被告知者の地位を著しく不安定にすることになるもので妥当でないことからも肯定できるものといえる。
なお、学説においては、参加的効力が及ぶのは、前訴における主要事実の存否の判断についてであるとする見解(兼子一ほか編・判例民事法(上)〔増補〕三〇五頁、上原敏夫・注釈民事訴訟法(2)二九七頁等)と、必ずしも主要事実の判断には限らないとすると思われる見解(井上治典・多数当事者訴訟の法理三八一頁等)とがある。
五 本件の判示部分は、旧民訴法についていうものであるが、現行民訴法四六条の参加的効力についても同様にいえるものと解され、参加的効力の客観的範囲についていう前述の昭和四五年最高裁判決の内容を更に明確にし、学説においても見解が分かれていた点について最高裁としての判断を示したものであって、今後の実務の参考になるものと思われる。

+判例(S39.1.23)

②「訴訟の結果」

+判例(仙台高決42.2.28)
理  由
本件抗告の趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。
補助参加の要件たる民事訴訟法第六四条にいわゆる訴訟の結果につき利害関係を有する第三者とは、判決主文における訴訟物自体に関する判断の結果につき法律上の利害関係を有する者をいうのであつて、右利害関係は、判決主文に直接するものであることを要せず、いやしくも判決主文から法論理的に推知される利害関係であれば、たとえ間接的なものであつても、補助参加の利益があるものと解するのが相当である。
本件についてこれを見るに、抗告人が被告を補助するため参加しようとする本訴訟は、「被告は、原告(相手方)が本件各不動産につき所有権移転仮登記の抹消登記手続をなすことを承諾せよ。」との裁判を求めるもので、その請求原因は、要するに、(一)被告は、昭和三六年七月三〇日頃訴外羽田庄司および羽田吉郎治からその各所有にかかる本件各不動産を、福島県知事の許可を条件として買い受け、同年一一月一六日右停止条件付売買契約を登記原因として右各不動産につき仮登記を経由した。(二)一方、原告は、昭和三八年二月一日羽田庄司との間に手形取引および証書貸付契約を締結し、羽田吉郎治は、右契約に基づく羽田庄司の債務につき連帯保証をした。(三)同年二月二三日原告は、右貸付契約に基づき羽田庄司および羽田吉郎治との間に債権極度額金四〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、本件各不動産につき根抵当権設定登記を経由した。(四)その後原告は、前記貸付契約に基づき羽田庄司に対し金員を貸し付け、昭和三八年四月一日現在貸付元金総額は金五二三万五、〇〇〇円に達した。(五)しかるに、前記農地法に基づく許可申請は、福島県知事によつて却下されたので、昭和三九年一一月二三日被告と羽田庄司および羽田吉郎治は、合意の上本件各不動産に関する前記停止条件付売買契約を解除した。(六)よつて、原告は、登記上の利害関係人として、予備的に羽田庄司および羽田吉郎治に対する前記貸付金債権に基づき、右両名に代位して、被告に対し本件所有権移転仮登記の抹消登記手続をすることの承諾を求めるため本訴請求に及んだ、というにある。
一方補助参加をしようとする抗告人の参加理由は、要するに、(一)抗告人は、羽田庄司(羽田吉郎治は連帯納税義務者)に対する昭和三九年度分贈与税等合計金九九万九、三二〇円の租税債権に基づき、国税徴収法による滞納処分として、昭和四〇年一月二五日羽田庄司の被告に対する本件各不動産の売買代金債権金一五〇万円のうち金一三〇万円を差し押えた。(二)被告の羽田庄司および羽田吉郎治に対する本件各不動産に関する所有権移転請求権と右両名の被告に対する売買代金債権とは双務契約上の牽連関係にあるので、本訴訟の判決において、右所有権移転請求権が存在しないと判断されるときは、当然に右売買代金債権も存在しないものとして取り扱われる関係にあるから、もし被告が敗訴した場合、抗告人が被告を相手方として前記売買代金につき羽田庄司らを代位して取立訴訟を提起しても抗告人は不利益な取扱を受けるし、該確定判決によつて本件仮登記が抹消されると、順位保全の効力を失い、その結果は、右仮登記後に所有権取得登記を経由した者に対抗し得ないこととなり、また後順位の抵当権者も先順位に浮上することは必然で、そうなると、抗告人の前記租税債権の取立に影響を及ぼすことになるので、右租税債権に基づく債権差押の効力を保持し、満足な取立を確保するため、差押の対象たる権利を擁護する必要がある、というのである。
右事実関係のもとにおいては、原被告間の本訴訟の訴訟物は、本件各不動産に対する仮登記抹消登記請求権であつて、右訴訟における判決の結果如何により直接抗告人の羽田庄司および羽田吉郎治に対する前記租税債権に影響を及ぼすものではないが登記は、実体上の権利関係を反映すべきもので、実体上の権利関係との不一致を理由に登記の変更訂正を求める訴においては、常に実体上の権利関係の存否自体が請求の主たる内容をなし、判断の対象となるのであるから、本訴訟において被告が敗訴すると、本件所有権移転仮登記が抹消されることになるが、その場合の判決理由は、原告の請求原因に照らし、羽田庄司および羽田吉郎治と被告間の本件各不動産に関する前記売買契約が解除され、その結果、実体上の権利関係と登記とが符合せざるに至つたということになるわけである。そうなると、双務契約たる売買契約解除の当然の結果として、被告の羽田庄司および羽田吉郎治に対する本件各不動産の所有権移転請求権が消滅するとともに、右両名の被告に対する売買代金債権もまた消滅することとなるので、抗告人が前記租税債権を保全するためにした羽田庄司の被告に対する前記売買代金債権の差押は、結局その目的を遂げざるに至るべく、しかも、疎丙第一三号証によると、国税滞納者たる羽田庄司および羽田吉郎治は無資力で、差押にかかる右売買代金債権以外に見るべき財産がないことが疎明されるので、抗告人は、右租税債権を確保するため、右売買代金債権差押の効力を保持する必要があるものといわねばならない。したがつて、抗告人は、原被告間の本訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する第三者に該当するものというべきであるから、抗告人の本件補助参加の申出を許容するのが相当であつたにかかわらず、原審が右と異る見解のもとに右申出を許さない旨の決定をしたのは不当であるので、これを取り消すべきものとし、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第九四条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 檀崎喜作 野村喜芳 佐藤幸太郎)

+判例(名古屋高決S44.6.4)
理由
一、抗告人は、「原決定を取消す。本件補助参加の申出を許可する。」との裁判を求め、その理由とするところは別紙抗告の理由記載のとおりである。
二、申請人A外一名・被申請人岐阜三星染整株式会社間の岐阜地方裁判所昭和四三年(ヨ)第二四六号地位保全仮処分申請事件の記録によれば、次の(一)ないし(三)の事実が明らかである。
(一) 抗告組合は、昭和四三年一月一七日仮処分申請人らを組合の統制を乱したものとして除名処分に付し、同日これを被申請会社に通告した。右通告を受けた被申請会社は、「会社の従業員は原則として組合員でなければならない。組合員で組合の除名したる者は、会社は原則として解雇する。」とのユニオン・シヨツプ協定に基づき、翌一八日申請人両名を解雇した。
(二) 申請人両名は昭和四三年七月一六日右解雇の無効を主張して岐阜地方裁判所に対し本件仮処分の申請をなした。その申請の趣旨は、「申請人らが被申請会社の従業員としての地位を有することを仮に定める。被申請会社は、昭和四三年一月一九日以降毎月二五日限り、申請人Aに対しては金三〇、三一三円、申請人Bに対しては金二四、九四一円を仮に支払え。申請費用は被申請会社の負担とする。」との裁判を求めるというのであつて、その申請理由の要旨は、(1)本件解雇の前提たる除名処分は無効であるから解雇も無効である、(2)本件解雇は不当労働行為であるから無効である、(3)本件解雇は解雇権の濫用であるから無効である、というのである。
(三) 右仮処分申請事件の第八回口頭弁論期日において抗告組合は補助参加の申出をしたが、その申出につき申請人らから異議が申立てられ、原審において、抗告組合は判決主文における判断についてはなんら法律上の利害関係を有しないものとして、右参加申出は却下された。

三、ところで抗告組合は、本件の訴訟物は抗告組合の申請人らに対する除名処分の無効を原因とする被申請会社の解雇処分の無効確認ないしはその従業員たる地位の確認であるので、右除名処分に関する判断は、訴訟物に関する判断であつて、単に判決理由中の判断に止まるものではないから、抗告組合は民事訴訟法六四条にいう「訴訟の結果につき利害の関係を有する第三者」に該当する旨主張する。
しかし、前記事実から明らかなとおり、申請人らの主張する解雇無効の理由は、単に除名処分の無効のみに限られるのではなく、不当労働行為および解雇権の濫用をもその理由としているのであつて、抗告組合のなした除名処分の効力の有無のみにより本件解雇の効力が決せられるとは限らないのであり、除名処分の効力とは無関係に解雇の効力の有無が判断されることもあり得るのであるから、本件の訴訟物は従業員たる地位および給料請求権の存否のみに限られ、除名の無効は訴訟物(請求)を理由あらしめる事由に過ぎないものというべきであつて、除名処分に関する判断が本件の訴訟物に関する判断に属するものということはできない。したがつて、仮に除名処分が無効であり、無効な除名に基づきなされた解雇も無効であると判断されて、申請人ら主張のとおりの仮処分がなされたとしても、除名無効の点に関する判断は判決理由中における判断に過ぎないのであつて、主文における判断は従業員たる地位および給料請求権の存在の確定のみに限られるのであるから、右判決から、抗告組合において直ちに申請人らを組合員として扱うべき義務を負うこととなるいわれはないし、また抗告組合において被申請会社または申請人らに対し除名の無効を原因として損害賠償責任を負うことが確定されるいわれもないのである。
抗告組合において、自らのなした除名処分の効力が争われている本件に関心を抱き、その結果につき利害の関係を有するものと考えることは理解し得ないではないが、民事訴訟法六四条にいう「訴訟の結果につき利害の関係を有する第三者」とは、判決の主文における判断につき法律上の利害関係を有する者に限られ、単に判決理由中の判断につき事実上ないし感情上の利害を有するに過ぎない者は、これに含まれないものと解すべきところ、先に説示したところから明らかなとおり、抗告組合は本件の結果につき法律上の利害関係を有する第三者ということはできず、その利害は単に判決理由中の判断に関する事実上ないしは感情上のものといわざるを得ないから、抗告組合の本件参加申出は理由がない。
よつて、右参加申出を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文のとおり決定する。
(裁判官 県宏 裁判官 西川正世 裁判官 浅香恒久)

+判例(東京高決49.4.17)スモン
理  由
本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。抗告人らが東京地方裁判所昭和四八年(ワ)第八七〇七、第九四八〇、第九四九一号損害賠償請求併合事件に被告国及び同田辺製薬株式会社を補助するため参加することを許可する。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙「抗告の理由」(一)(二)に記載のとおりである。
これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。
民事訴訟法六四条に基づき、補助参加をするには、同条に定めている「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル」場合でなければならない
そして、右「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル」場合とは、補助参加の制度の趣旨と補助参加人に対する判決の効力とを関連させてその意味を理解すべきであるといえる。
補助参加の制度は、第三者(参加申出人)が他人間に係属する訴訟の当事者の一方(被参加人)の敗訴によつて蒙る自己の法律上不利益を守るために、その当事者の一方に協力して訴訟を追行することを認める制度であるが、第三者(参加申出人)が右当事者の一方(被参加人)の訴訟の追行に協力し、又はこれに協力しえたにもかかわらず、当事者の一方(被参加人)が敗訴の確定判決を受けるに至つたときは、その敗訴の責任をその当事者(被参加人)と第三者(参加申出人)との間で公平に分担させようとするものと解される。それで、右他人間の訴訟でなされた判決の第三者(参加申出人)に対する効力は、いわゆる既判力でなく、それとは異なる特殊な効力(いわゆる参加的効力)であり、右効力の及ぶ客観的範囲は、判決の主文に包含される訴訟物たる権利関係についての判断だけではなく、その前提として判決の理由中でなされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶのであるが、右効力の及ぶ主観的範囲は、もとより参加人と被参加人との間に生ずるものであるが、前示参加制度の目的に鑑みると参加人と相手方との間には生ずるものではないと解するのが相当である(最判昭和四五年一〇月二二日・民集二四巻一一号一五八三頁参照)。
そうすると、前述の民事訴訟法六四条にいう「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル」場合とは、本案判決の主文に包含される訴訟物たる権利関係の存否についてだけではなく、その判決理由中で判断される事実や法律関係の存否について法律上の利害関係を有する場合も含まれるといえるが、当該他人間の訴訟の当事者の一方(被参加人)の敗訴によつてその当事者(被参加人)から第三者(参加申出人)が一定の請求をうける蓋然性がある場合及びその当事者の一方(被参加人)と第三者(参加申出人)を当事者とする第二の訴訟で当事者の一方(被参加人)の敗訴の判断に基づいて第三者(参加申出人)が責任を分担させられる蓋然性のある場合でなければならず、第一の訴訟で当事者の一方(被参加人)が相手方から訴えられているのと同じ事実上又は法律上の原因に基づき第二の訴訟で第三者が右相手方から訴えられる立場にあるというだけでは、補助参加の要件を充足しないというべきである。
判決の正確性を高め利害関係者の便宜をはかるためには、広く補助参加を認め証人尋問等の機会を与えるのがよいように思われるが、他方、訴訟が遅延し、複雑化するのを避ける必要があるので、これらの両者の関係を合理的に調整するには、民事訴訟法六四条所定の右要件を前述のとおり解するのを相当と考える。
ところで、一件記録によると、抗告人らが補助参加を申立てている本訴(標記各事件)の各被告ら(被参加人)は、相手方である原告らからキノホルム剤がスモン病の原因であることを前提として、キノホルム剤を製造、販売もしくは製造承認した点を違法として損害賠償を求められているのに対し、抗告人らは別訴(東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第六四〇〇号事件)で、右相手方たる原告らからキノホルム剤がスモン病の原因であることを前提として、キノホルム剤を投与した点を違法として損害賠償を求められているものである。そして、抗告人らは、要するに、本訴におけるキノホルム剤がスモン病の原因であるかどうかという因果関係の判断は、別訴の抗告人らに利害関係があるというのである。
しかし、キノホルム剤がスモン病の原因であるかどうかという因果関係についての判断が本訴と別訴とを通じて共通の前提問題となつているというのは、所詮本訴と別訴が同一の事実上の原因に基づいているというものにすぎず、本件において本訴の被告ら(被参加人)の敗訴によつて抗告人らが右被告ら(被参加人)から請求をうけ責任を分担させられる蓋然性がうかがえないばかりか、本訴における判決中の右因果関係の存否についての判断は、抗告人らの補助参加を認めても、いわゆる参加的効力は、別訴における原告らと抗告人らの間に及ぶものではないので、前述のとおり抗告人らが補助参加の要件を充足するとは認めがたい。
そうすると、本件補助参加の申出を不適法として却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

+判例(13.2.22)
理由
抗告代理人大下慶郎、同納谷廣美、同西修一郎、同石橋達成の抗告理由について
1 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1) 本件の本案訴訟(宇都宮地方裁判所平成10年(行ウ)第14号労災不支給処分取消請求事件)は、抗告人の小山工場に勤務していたAの妻である相手方が、Aの死亡は長時間労働の過労によるもので、業務起因性があるとして、栃木労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づいて遺族補償給付等の請求をしたところ、これを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたので、その取消しを求める行政訴訟である。
(2) 抗告人は、本案訴訟においてAの死亡につき業務起因性を肯定する判断がされると、相手方から労働基準法(以下「労基法」という。)に基づく災害補償又は安全配慮義務違反による損害賠償を求める訴訟を提起された場合に自己に不利益な判断がされる可能性があり、また、労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)12条3項により次年度以降の保険料が増額される可能性があると主張し、栃木労働基準監督署長に対する補助参加を申し出たが、相手方はこれに対して異議を述べた

2 原審は、概要次のとおり判示して、抗告人の補助参加の申出を却下すべきものとした。
(1) 本案訴訟において業務起因性を肯定する判断がされたとしても、これによって相手方の抗告人に対する安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟において当然に相当因果関係を肯定する判断がされるものではない上、後訴における抗告人の責任の有無、賠償額の範囲は、使用者の故意又は過失、過失相殺等の判断を経て初めて確定されるものであるから、本案訴訟における業務起因性についての判断が後訴における判断に事実上不利益な影響を及ぼす可能性があることをもって抗告人が本件訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。 
(2) 徴収法12条3項は、本案訴訟の結果により当然に保険料が増額されることを定めたものではないから、保険料増額の可能性があることをもって抗告人が本件訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。

3 しかしながら、原審の判断のうち上記(1)は是認することができるが、(2)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 労基法84条によると、労災保険法に基づいて労基法の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合においては、使用者は補償の責を免れるものとされているから、本案訴訟において本件処分が取り消され、相手方に対して労災保険法に基づく遺族補償給付等を支給する旨の処分がされた場合には、使用者である抗告人は、労基法に基づく遺族補償給付等の支払義務を免れることになる。そうすると、本案訴訟において被参加人となる栃木労働基準監督署長が敗訴したとしても、抗告人が相手方から労基法に基づく災害補償請求訴訟を提起されて敗訴する可能性はないから、この点に関して抗告人の補助参加の利益を肯定することはできない。また、本案訴訟における業務起因性についての判断は、判決理由中の判断であって、労災保険法に基づく保険給付(以下「労災保険給付」という。)の不支給決定取消訴訟と安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟とでは、審判の対象及び内容を異にするのであるから、抗告人が本案訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。原決定中、抗告人の上記主張を排斥した部分は、これと同旨をいうものとして、是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。
(2) 徴収法12条3項によると、同項各号所定の一定規模以上の事業については、当該事業の基準日以前3年間における「業務災害に係る保険料の額に第1種調整率を乗じて得た額」に対する「業務災害に関する保険給付の額に業務災害に関する特別支給金の額を加えた額から労災保険法16条の6第1項2号に規定する遺族補償一時金及び特定疾病にかかった者に係る給付金等を減じた額」の割合が100分の85を超え又は100分の75以下となる場合には、労災保険率を一定範囲内で引き上げ又は引き下げるものとされている。そうすると、徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業においては、労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると、行政事件訴訟法33条の定める取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、当該事業の事業主は、労働基準監督署長の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有し、これを補助するために労災保険給付の不支給決定の取消訴訟に参加をすることが許されると解するのが相当である。したがって、抗告人の小山工場(小山工場につき徴収法9条による継続事業の一括の認可がされている場合には、当該認可に係る指定事業)が徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業に該当する場合には、本件処分が取り消されると、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、抗告人は、栃木労働基準監督署長を補助するために本案訴訟に参加することが許されるというべきである。原決定中、これと異なる見解に立って抗告人の補助参加の利益を否定した部分には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。論旨はこの趣旨をいう限度で理由がある。
4 以上の次第で、原決定は破棄を免れず、本件については、抗告人の小山工場(小山工場につき徴収法9条による継続事業の一括の認可がされている場合には、当該認可に係る指定事業)が徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業に該当するかどうかにつき更に審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田顯)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
本件の本案訴訟は、抗告人の小山工場に勤務していたAの妻である原告が、Aの死亡は長時間労働の過労によるもので、業務起因性があるとして、被告労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償給付等の請求をしたところ、これを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことから、その取消しを求める行政訴訟である。
抗告人は、第一審において被告労働基準監督署長に対する補助参加の申出をし、本案訴訟において業務起因性を肯定する判断がされると、(1) 原告から労働基準法(以下「労基法」という。)に基づく災害補償又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求める訴訟を提起された場合に自己に不利益な判断がされる可能性があり、また、(2) 労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)一二条三項所定のいわゆるメリット制により次年度の保険料が増額される可能性があると主張したが、原告はこれに対して異議を述べた。
原々決定は、抗告人の補助参加の申出を却下し、原決定(労働判例七九三号七一頁)も、(1) 本案訴訟において業務起因性が肯定されたとしても、これによって当然に安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟における相当因果関係が肯定されるものではないから、本案訴訟における業務起因性についての判断が後訴における判断に事実上不利益な影響を及ぼす可能性があることをもって抗告人が訴訟の結果につき法律上の利害関係があるということはできない、(2) 徴収法一二条三項は、本案訴訟の結果により当然に保険料が増額されることを定めたものではないから、保険料増額の可能性があることをもって訴訟の結果につき法律上の利害関係を有するということはできない、として抗告人の抗告を却下した。そこで、抗告人から許可抗告の申立てがされた。
二 本決定の判断の概要
本決定は、原決定の判断のうち(1)の部分については、① 本案訴訟において本件処分が取り消され、相手方に対して労災保険法に基づく遺族補償給付等を支給する処分がされた場合には、使用者である抗告人は、労基法八四条により同法に基づく遺族補償給付等の支払義務を免れることになるから、本案訴訟において被告労働基準監督署長が敗訴したとしても、抗告人が相手方から労基法に基づく災害補償請求訴訟を提起されて敗訴する可能性はない、② 本案訴訟における業務起因性についての判断は、理由中の判断であって、労災保険給付の不支給決定取消訴訟と安全配慮義務訴訟に基づく損害賠償請求訴訟とでは、審判の対象及び内容を異にするから、抗告人が訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない、としてこれを是認したが、(2)の部分については、徴収法一二条三項各号所定の事業においては、労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると、行訴法三三条の定める取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、当該事業の事業主は、労働基準監督署長を補助するため訴訟に参加することが許される、として原決定を破棄し、本件を原審に差し戻した。
三 説明
1 補助参加の利益について
補助参加は、「訴訟の結果について利害関係を有する」場合に認められる(民訴法四二条)。「利害関係」の意義については、一般に、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係であることを要するが、必ずしも判決が直接に参加人の実体権に影響を及ぼす場合に限られず、判決が参加人の地位の決定に参考とされるおそれ(事実上の影響)があれば足りるものと解されており、この点に関し特に異論はみられない。一方、「訴訟の結果」の意義については、従前は、「訴訟の結果」を終局判決の主文で示される訴訟物たる権利関係の存否を指すものと解し、判決理由中の判断に利害関係があるだけでは足りないとする訴訟物限定説(菊井=村松・全訂民事訴訟法〔補訂版〕四〇三頁、注解民事訴訟法〔第二版〕(2)二〇五頁、兼子一・条解民事訴訟法(上)一六二頁、三ヶ月章・民事訴訟法〔第三版〕二七九頁、伊東乾「補助参加の利益」演習民事訴訟法六九八頁、木川統一郎「補助参加の利益」民事訴訟法重要問題講義(上)一〇六頁等)が通説であったが、近時は、判決理由中の判断について利害関係がある場合を含むとする訴訟物非限定説(兼子=松浦=竹下・条解民事訴訟法一七七頁、伊藤眞「補助参加の利益再考」民訴四一巻一頁、井上治典「補助参加の利益」多数当事者訴訟の法理六五頁、同「補助参加の利益・再論」同一七五頁、高橋宏志「補助参加について(二)(三)」法教一九五号八八頁、一九六号七六頁等)が有力に唱えられている。
訴訟物非限定説は、「通説は、判決主文における訴訟物についての判断が、補助参加人を当事者とする将来の訴訟においてその法律上の地位を裁判所が判断する上で不利に参考とされる場合に、補助参加の利益が認められるとする。しかし、補助参加人自身の法律上の地位が争われる場合に事実上不利な影響が生じるという点では、判決主文中の判断であろうと理由中の判断であろうと違いはないはずである。」という通説への批判を契機に唱えられるようになったものであり(伊藤眞・前掲・補助参加の利益再考・四頁、同・民事訴訟法五七〇頁等)、その指摘には鋭いものがあるように思われる。しかし、この批判から直ちに訴訟物非限定説の結論が論理必然的なものとして導き出されるものではないし、訴訟物非限定説には、その論者自身が指摘するように(井上治典「補助参加の利益・半世紀の軌跡」本誌一〇四七号四頁)、① 補助参加の申出の時点では、何が判決理由中の主要な争点となるかは不確定であるから、補助参加の利益の有無の判断が困難になる上、② 補助参加の利益を広く認めると、実際には被参加人と利害関係が相反する補助参加人の参加によって、被参加人の訴訟追行が阻害・撹乱されたり、訴訟引き延ばしに利用されるなどの弊害があるほか、争点の拡散や期日指定の困難、送達手続の煩雑化を招き、訴訟の機動性を失わせるおそれがあるなどの問題点がある。これに加え、③ 訴訟では、補助参加人が利害関係を有する争点について判決理由中で判断が示される保障はないばかりか、理由中の判断に対する不服を理由とする上訴は認められないから、理由中の判断についての利害関係は、訴訟において保護することを予定されたものとはいえないこと、④ 本来、訴訟は当事者のためにあるから、当事者の双方又は一方が第三者の補助参加に反対する以上、当該第三者の手続関与の利益は、当事者の利益の背後に後退すべき問題であること等を考慮すると、訴訟物非限定説に立って第三者の補助参加を広く認めることには問題がないわけではなく、むしろ、訴訟物限定説の立場は、民訴法の構造に沿うものであって、実務の実際にも合致したものといえるようにも思われる。
2 行政処分の取消訴訟における被告行政庁側への補助参加について
ところで、行政処分の取消訴訟においては、取消判決は当事者たる行政庁その他関係行政庁を拘束するものとされているから(行訴法三三条)、第三者が被告行政庁の敗訴により不利益を被るとして補助参加を申し出た場合には、当該不利益が取消判決の拘束力によって生じるものであるとしても、前述のような法律上の利害関係に当たるときは、これを保護する必要があるものと思われる。例えば、申請拒否処分の取消訴訟では、被告行政庁が敗訴すると、取消判決の理由中の判断に沿って改めて行政処分がされることになるから、取消判決の拘束力により新たな行政処分がされることについて法律上の利害関係を有する者に関しては、補助参加の利益が肯定されることになろう。行政処分の取消訴訟においては、訴訟の結果により権利を害される第三者は、職権又は申立てにより訴訟に参加することができるとされているところ(行訴法二二条)、同条にいう「訴訟の結果により権利を害される第三者」とは、取消判決の効力自体によって権利を侵害される場合に限られず、取消判決の拘束力を通じて権利を害される場合を含むものと解されている(杉本良吉・行政事件訴訟法の解説七九頁、園部逸夫編・注解行政事件訴訟法三二八頁、南博方編・注釈行政事件訴訟法二〇四頁、南博方編・条解行政事件訴訟法五七九頁、渡部吉隆園部逸夫編・行政事件訴訟法体系三五八頁等、最三小決平8・11・1本誌九二七号九一頁、判時一五九〇号一四四頁〔ただし特別抗告事件における傍論〕)。この規定と対比しても、民訴法四二条にいう「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」とは、取消判決の拘束力を通じて自己の権利関係に事実上の影響を受ける場合を含むと解するのが相当であろう。そうすると、行政処分の取消訴訟においては、民訴法四二条にいう「訴訟の結果」の意義について訴訟物限定説、訴訟物非限定説のいずれの立場に立ったとしても、取消判決の拘束力を通じて自己の権利関係に事実上の影響を受ける第三者については、補助参加が認められることになるものと思われる。
四 本決定の意義
徴収法一二条三項は、事業主の負担の具体的公平を図るとともに事業主の災害防止努力を促進するため、その事業の業務災害に関して行われた保険給付の額に応じて保険料を変動させるメリット制を採用している。本決定は、徴収法一二条三項各号所定の一定規模以上の事業においては、業務災害に関して行われた保険給付の額が増減した場合には、労災保険率を一定範囲内で引き上げ又は引き下げるものとされているので、労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると、取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、当該事業の事業主は、労働基準監督署長を補助するために労災保険給付の不支給決定の取消訴訟に参加をすることが許されるとして原決定を破棄したものであり、取消判決の拘束力を通じて自己の権利関係に事実上の影響を受ける場合には補助参加の利益が認められるとする前記見解に立脚するものと考えられる。
また、本決定は、補助参加の利益についての一般論を述べていないが、前述のとおり、本案訴訟における業務起因性についての判断は理由中の判断にすぎないとして、安全配慮義務違反による損害賠償を求める訴訟を提起された場合に不利益な判断がされる可能性があることをもって補助参加の利益があるということはできないとしている。右判示からすると、本決定は、補助参加の利益を広く認める訴訟物非限定説の立場とは一線を画するもののように思われる。
本決定は、従前あまり議論されていなかった労災保険給付の不支給決定取消訴訟において事業主が労働基準監督署長を補助するため訴訟に参加することの許否について最高裁判所として初めての判断を示したものであり、実務上、参考になると考えられるので、紹介する。

③「因果関係」
事実上のもので足りる。

+判例(S63.2.25)
理由
上告補助参加人代理人Aの上告理由について
一 原審が適法に確定した事実及び記録に徴すれば、本件訴訟の経過は次のとおりである。
(一) 坂出市の住民である上告人ら外三名は、昭和五二年五月一六日、同市監査委員に対し、同市の市長である被上告人Bが林田・阿河浜地区工業用地造成事業の施行に伴い関係漁業団体に支出した漁業補償金は違法、不当なものであるとして、同市が被つた損害の返還の措置を求める旨の監査請求をしたところ、同市監査委員は、これに対し、同年七月一三日付けで右監査請求はいずれも理由がない旨の通知をしたので、上告人ら外二名が、同年八月八日地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の規定に基づき、同市に代位して被上告人らに対し前記損害の賠償を求める本件訴訟を提起した。
(二) 坂出市の住民である上告補助参加人は、昭和五二年九月一九日上告人らの右監査請求と同趣旨の監査請求をしたところ、同市監査委員は、上告補助参加人に対し、同年一一月七日付けで右監査請求は理由がない旨の通知をしたので、上告補助参加人は、同年一二月六日本件訴訟について、上告人ら外二名を補助するため参加する旨の本件補助参加の申出をした。
(三) 第一審裁判所は、昭和六〇年一〇月三一日本件訴訟につき、上告人らの請求をいずれも棄却する旨の判決をした。これに対し、上告補助参加人は、同年一一月一三日原審裁判所に控訴を申し立てたところ、上告人らは、昭和六一年五月七日控訴取下書を提出した。
(四) 原審は、上告人らの控訴取下げにより本件訴訟は終了したとして、前文記載の判決をもつて訴訟終了宣言をした。

二 論旨は、要するに本件補助参加につき、いわゆる共同訴訟的補助参加の効力を認めなかつた原審の判断は、法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。

三 法二四二条の二第四項は、同条一項の規定による訴訟(以下「住民訴訟」という。)が係属しているときは、当該普通地方公共団体の他の住民は、別訴をもつて同一の請求をすることができないと規定しているが、右規定は、住民訴訟が係属している場合に、当該住民訴訟の対象と同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象とする適法な監査請求手続を経た他の住民が、同条二項所定の出訴期間内に民訴法七五条の規定に基づき共同訴訟人として右住民訴訟の原告側に参加することを禁ずるものではなく、右出訴期間は監査請求をした住民ごとに個別に定められているものと解するのが相当であるから、共同訴訟参加申出についての期間は、参加の申出をした住民がした監査請求及びこれに対する監査結果の通知があつた日等を基準として計算すべきである。そして、右期間内において、前記の適法な監査請求手続を経た住民が住民訴訟の原告側に補助参加の申出をしたときは、当該住民は右住民訴訟に共同訴訟参加をすることが可能であるところ補助参加の途を選択したものというべく、右補助参加をいわゆる共同訴訟的補助参加と解し、民訴法六二条一項の類推適用など、共同訴訟参加をしたのと同様の効力を認めることは相当ではないというべきである。
本件についてこれをみるに、前記の事実関係によれば、上告補助参加人は、本件訴訟の対象と同一の財務会計上の行為を対象とする適法な監査請求手続を経たうえ、法二四二条の二第二項所定の出訴期間内に、本件訴訟につき、原告である上告人ら外二名を補助するため本件補助参加の申出をしたのであり、本件補助参加の申出は、共同訴訟参加をすることが可能である場合に行われたものであることが明らかであるから、本件補助参加をいわゆる共同訴訟的補助参加と解することはできない。
そうすると、上告補助参加人がした本件補助参加は通常の補助参加と解するのが相当であるから、上告補助参加人がした本件控訴は、上告人らの控訴の取下げによつてその効力を失い(民訴法六九条二項)、本件訴訟は右控訴の取下げにより終了したものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖)

3.設例についての考え方

+判例(H13.3.13)
理由
上告代理人森永友健の上告受理申立て理由第一ないし第三及び第五について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人らの長男であるA(昭和57年1月13日生)は、昭和63年9月12日午後3時40分ころ、埼玉県上福岡市ab丁目c番d号先路上において、自転車を運転し、一時停止を怠って時速約15㎞の速度で交通整理の行われていない交差点内に進入したところ、同交差点内に減速することなく進入しようとした上告補助参加人川越乗用自動車株式会社の従業員である同B運転に係る普通乗用自動車と接触し、転倒した(以下「本件交通事故」という。)。
(2) Aは、本件交通事故後直ちに、救急車で被上告人が経営する上福岡第二病院(以下「被上告人病院」という。)に搬送された。被上告人の代表者で被上告人病院院長であるC医師は、Aを診察し、左頭部に軽い皮下挫傷による点状出血を、顔面表皮に軽度の挫傷を認めたが、Aの意識が清明で外観上は異常が認められず、Aが事故態様についてタクシーと軽く衝突したとの説明をし、前記負傷部分の痛みを訴えたのみであったことから、Aの歩行中の軽微な事故であると考えた。そして、C医師は、Aの頭部正面及び左側面から撮影したレントゲン写真を検討し、頭がい骨骨折を発見しなかったことから、さらにAについて頭部のCT検査をしたり、病院内で相当時間経過観察をするまでの必要はないと判断し、前記負傷部分を消毒し、抗生物質を服用させる治療をした上、A及び上告人Dに対し、「明日は学校へ行ってもよいが、体育は止めるように。明日も診察を受けに来るように。」「何か変わったことがあれば来るように。」との一般的指示をしたのみで、Aを帰宅させた。
(3) 上告人Dは、Aとともに午後5時30分ころ帰宅したが、Aが帰宅直後におう吐し、眠気を訴えたため、疲労のためと考えてそのまま寝かせたところ、Aは、夕食を欲しがることもなく午後6時30分ころに寝入った。Aは、同日午後7時ころには、いびきをかいたり、よだれを流したりするようになり、かなり汗をかくようになっていたが、上告人らは、多少の異常は感じたものの、Aは普段でもいびきをかいたりよだれを流したりして寝ることがあったことから、この容態を重大なこととは考えず、同日午後7時30分ころ、氷枕を使用させ、そのままにしておいた。しかし、Aは、同日午後11時ころには、体温が39度まで上昇してけいれん様の症状を示し、午後11時50分ころにはいびきをかかなくなったため、上告人らは初めてAが重篤な状況にあるものと疑うに至り、翌13日午前0時17分ころ、救急車を要請した。救急車は同日午前0時25分に上告人方に到着したが、Aは、既に脈が触れず呼吸も停止しており、同日午前0時44分、三芳厚生病院に搬送されたが、同日午前0時45分、死亡した(以下「本件医療事故」という。)。
(4) Aは、頭がい外面線状骨折による硬膜動脈損傷を原因とする硬膜外血しゅにより死亡したものであり、被上告人病院から帰宅したころには、脳出血による脳圧の亢進によりおう吐の症状が発現し、午後6時ころには傾眠状態を示し、いびき、よだれを伴う睡眠、脳の機能障害が発生し、午後11時ころには、治療が困難な程度であるけいれん様の症状を示す除脳硬直が始まり、午後11時50分には自発呼吸が不可能な容態になったものである。
硬膜外血しゅは、骨折を伴わずに発生することもあり、また、当初相当期間の意識清明期が存することが特徴であって、その後、頭痛、おう吐、傾眠、意識障害等の経過をたどり、脳障害である除脳硬直が開始した後はその救命率が著しく減少し、仮に救命に成功したとしても重い後遺障害をもたらすおそれが高いものであるが、早期に血しゅの除去を行えば予後は良く、高い確率での救命可能性があるものである。したがって、交通事故により頭部に強い衝撃を受けている可能性のあるAの診療に当たったC医師は、外見上の傷害の程度にかかわらず、当該患者ないしその看護者に対し、病院内にとどめて経過観察をするか、仮にやむを得ず帰宅させるにしても、事故後に意識が清明であってもその後硬膜外血しゅの発生に至る脳出血の進行が発生することがあること及びその典型的な前記症状を具体的に説明し、事故後少なくとも6時間以上は慎重な経過観察と、前記症状の疑いが発見されたときには直ちに医師の診察を受ける必要があること等を教示、指導すべき義務が存したのであって、C医師にはこれを懈怠した過失がある。
(5) 他方、上告人らにおいても、除脳硬直が発生して呼吸停止の容態に陥るまでAが重篤な状態に至っていることに気付くことなく、何らの措置をも講じなかった点において、Aの経過観察や保護義務を懈怠した過失があり、その過失割合は1割が相当である。
(6) なお、本件交通事故は、本件交差点に進入するに際し、自動車運転手として遵守すべき注意義務を懈怠した、上告補助参加人Bの過失によるものであるが、Aにも、交差点に進入するに際しての一時停止義務、左右の安全確認義務を怠った過失があり、その過失割合は3割が相当である。
(7) 上告人らは、Aの本件交通事故及び本件医療事故による次の損害賠償請求権を各2分の1の割合で相続した。Aの死亡による上告人らの弁護士費用分を除く全損害は、次のとおりである。
逸失利益 2378万8076円
慰謝料 1600万円
葬儀費用 100万円
なお、上告人らは、上告補助参加人川越乗用自動車株式会社から葬儀費用として50万円の支払を受けた。
2 本件は、上告人らが、C医師の診療行為の過失によりAが死亡したとして、被上告人に対し、民法709条に基づき損害賠償を求めている事案である。
原審は、前記事実関係の下において、概要次のとおり判断した。
(1) 被害者であるAの死亡事故は、本件交通事故と本件医療事故が競合した結果発生したものであるところ、原因競合の寄与度を特定して主張立証することに困難を伴うので、被害者保護の見地から、本件交通事故における上告補助参加人Bの過失行為と本件医療事故におけるC医師の過失行為とを共同不法行為として、被害者は、各不法行為に基づく損害賠償請求を分別することなく、全額の損害の賠償を請求することもできると解すべきである。
(2) しかし、本件の場合のように、個々の不法行為が当該事故の全体の一部を時間的前後関係において構成し、その行為類型が異なり、行為の本質や過失構造が異なり、かつ、共同不法行為を構成する一方又は双方の不法行為につき、被害者側に過失相殺すべき事由が存する場合には、各不法行為者は、各不法行為の損害発生に対する寄与度の分別を主張することができ、かつ、個別的に過失相殺の主張をすることができるものと解すべきである。すなわち、被害者の被った損害の全額を算定した上、各加害行為の寄与度に応じてこれを案分して割り付け、その上で個々の不法行為についての過失相殺をして、各不法行為者が責任を負うべき損害賠償額を分別して認定するのが相当である。
(3) 本件においては、Aの死亡の経過等を総合して判断すると、本件交通事故と本件医療事故の各寄与度は、それぞれ5割と推認するのが相当であるから、被上告人が賠償すべき損害額は、Aの死亡による弁護士費用分を除く全損害4078万8076円の5割である2039万4038円から本件医療事故における被害者側の過失1割を過失相殺した上で弁護士費用180万円を加算した2015万4634円と算定し、上告人らの請求をこの金員の2分の1である各1007万7317円及びうち917万7317円に対する本件医療事故の後である昭和63年9月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものである。
3 しかしながら、原審の前記2(2)(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
原審の確定した事実関係によれば、本件交通事故により、Aは放置すれば死亡するに至る傷害を負ったものの、事故後搬入された被上告人病院において、Aに対し通常期待されるべき適切な経過観察がされるなどして脳内出血が早期に発見され適切な治療が施されていれば、高度の蓋然性をもってAを救命できたということができるから、本件交通事故と本件医療事故とのいずれもが、Aの死亡という不可分の一個の結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にある。したがって、【要旨1】本件交通事故における運転行為と本件医療事故における医療行為とは民法719条所定の共同不法行為に当たるから、各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯して責任を負うべきものである。本件のようにそれぞれ独立して成立する複数の不法行為が順次競合した共同不法行為においても別異に解する理由はないから、被害者との関係においては、各不法行為者の結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害の額を案分し、各不法行為者において責任を負うべき損害額を限定することは許されないと解するのが相当である。けだし、共同不法行為によって被害者の被った損害は、各不法行為者の行為のいずれとの関係でも相当因果関係に立つものとして、各不法行為者はその全額を負担すべきものであり、各不法行為者が賠償すべき損害額を案分、限定することは連帯関係を免除することとなり、共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとしている民法719条の明文に反し、これにより被害者保護を図る同条の趣旨を没却することとなり、損害の負担について公平の理念に反することとなるからである。
したがって原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
4 本件は、本件交通事故と本件医療事故という加害者及び侵害行為を異にする二つの不法行為が順次競合した共同不法行為であり、各不法行為については加害者及び被害者の過失の内容も別異の性質を有するものである。ところで、過失相殺は不法行為により生じた損害について加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準にして相対的な負担の公平を図る制度であるから、【要旨2】本件のような共同不法行為においても、過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり、他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしん酌して過失相殺をすることは許されない。
本件において被上告人の負担すべき損害額は、Aの死亡による上告人らの損害の全額(弁護士費用を除く。)である4078万8076円につき被害者側の過失を1割として過失相殺による減額をした3670万9268円から上告補助参加人川越乗用自動車株式会社から葬儀費用として支払を受けた50万円を控除し、これに弁護士費用相当額180万円を加算した3800万9268円となる。したがって、上告人ら各自の請求できる損害額は、この2分の1である1900万4634円となる。
5 以上によれば、上告人らの本件請求は、各自1900万4634円及びうち1810万4634円に対する本件医療事故の後である昭和63年9月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決は、主文第1項のとおり変更するのが相当である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
本件は、Xらが、その子Aが交通事故後搬送されたY病院の医師Bの医療過誤により死亡したと主張して、Yに対し不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
Aは、自転車を運転中タクシーと接触して転倒し、頭部等を打撲し、頭蓋骨骨折を伴う急性硬膜外血腫の傷害を負った。急性硬膜外血腫は、当初は、意識清明期が存在するものの、その後に頭痛、おう吐、傾眠、意識障害等が発生し、脳障害が始まって死亡するに至るものであり、脳障害が始まってからの救命率は著しく低いものの早期に血腫の除去手術を行えば高い確率での救命の可能性がある。しかし、Aが搬送されたY病院の医師は、経過観察をするかあるいは看護者に対し、急性硬膜外血腫の具体的症状等を説明し、経過観察を怠らないよう注意する義務があるのにこれを怠り、頭部打撲挫傷などと診断し、「明日も診察を受けに来るように」「何か変わったことがあれば来院するように」等の指示をしただけで帰宅させた。そのため、Xらは、帰宅後におう吐してそのまま食事もせずに、いびきをかくなどして寝てしまったAの容態を重大なことと考えず、夜半、けいれん様の症状が出るなどして初めて異常に気付き、救急車でAを病院に搬送したものの、Aはまもなく死亡した、というものである。
二 一審、原審
一審は、Aの死亡は本件交通事故と本件医療過誤が競合した結果発生し、本件交通事故における運転者の行為と本件医療過誤における医師の行為は共同不法行為であるとし、被告に、発生した全損害の賠償責任を負わせた。
しかし、原審は、各行為が共同不法行為であるとしながら、「個々の不法行為が当該事故の全体の一部を時間的前後関係において構成し、しかもその行為類型が異なり、行為の本質や過失構造が異なり、かつ、共同不法行為とされる各不法行為につき、その一方又は双方に被害者側の過失相殺事由が存する場合には、各不法行為者の損害発生に対する寄与度の分別を主張、立証でき、個別的に過失相殺の主張をできるものと解すべきであり、このような場合は、個々の不法行為の寄与度を定め、個々の不法行為についての過失相殺をした上で、各不法行為者が責任を負うべき賠償額を分別して認定するのが相当である。」とした上で(なお、原審は、交通事故の関係でAに三割の、Yとの関係でXらに一割の過失相殺事由があるとした。)、本件において、本件医療過誤の寄与度は五割とし、全損害の五割相当額について、一割の過失相殺をする等して、被告が責任を負うべき損害額を算定した。Xの申立てにより受理決定がされた
三 本判決
本判決は、本件交通事故と本件医療過誤とは、いずれもがAの死亡という不可分一個の結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にあって、本件交通事故における運転行為と本件医療過誤における医療行為とは共同不法行為に当たるから、各不法行為者は連帯責任を負うべきものであり、結果発生に対する各不法行為者の寄与度の割合をもって被害者の被った損害額を案分し、責任を負うべき損害額を限定することは許されないとして、原判決を破棄し、一割の過失相殺をして賠償額を算定して、自判した。
四 交通事故と医療過誤の競合事案における各不法行為者の責任
1 下級審裁判例、学説の状況
交通事故による被害者が、その後に受けた医師の医療行為の過誤によって死亡したり、後遺障害を負うなどの結果が生じた場合、交通事故の加害者の責任と医師の責任との関係をどのように把握するか、という、一般に「交通事故と医療過誤の競合」と言われる問題は、原因競合の一類型として、従来から、種々の点から議論がされている。従来、実務においては、民法七一九条一項前段について、各人の行為が客観的に関連共同していればよいと解する従来の通説の見解に立ち、交通事故と医療過誤の競合事案においては、両者は一連のものと評価できるから客観的関連共同性があるから共同不法行為に当たるとして両者に全額の連帯責任を課し、寄与度減額の抗弁自体を否定し、損害の発生、拡大についての各加害者の寄与度は加害者間の求償の関係で意味を持つにすぎないとみるのが大勢であった(福永政彦・民事交通事件の処理に関する研究三三九頁、東京高判昭57・2・17判時一〇三八号二九五頁、札幌高判昭58・7・7交民一六巻四号九一六頁、福岡地判昭59・8・10判時一一四〇号一一〇頁、東京地判昭60・5・31判時一一七四号九〇頁、横浜地判平3・3・19本誌七六一号二三一頁など。宮川博史「交通事故と医療過誤の競合」現代民事裁判の課題⑧一四四頁等)。これに対し、近時は、共同不法行為の成立は認めるものの、それぞれの過失行為の全損害に対する寄与度による損害賠償の分割を認める考え方、あるいは、交通事故と医療過誤との時間的近接の程度、医療過誤の態様等を総合的に斟酌して全額責任と寄与度に応じた分割責任を認める場合に分けて妥当な解決を図るべきであるとする見解(塩崎勤「因果関係(1)」裁判実務大系(17)医療過誤三二七頁、本田純一「交通事故と医療過誤の競合」ジュリ八六一号一三三頁、西島梅治「交通事故と医療過誤との競合」ジュリ八六九号一二〇頁)などが有力になっている。さらには、共同不法行為理論の適用自体を否定し、独立した不法行為が競合しているとする見解もある(稲垣喬「自賠法三条と医療過誤」裁判実務大系(8)三九頁、木ノ元直樹「交通事故と医療過誤」本誌九四三号一四九頁)。
そもそも、民法七一九条一項に規定する共同不法行為の意義そのものについてその要件、効果について議論が多岐にわたって錯綜しており、近時はますます混迷を深めていると評されている状況にあり、交通事故と医療過誤の競合の場合の議論も複雑である。しかし、学説は、法律構成上の違いはあるものの、各不法行為者の責任について寄与度の立証による責任の分割の余地を認める見解が多数になっているといってよい状況にある。寄与度減額による分割責任を肯定した下級審裁判例も現れていた。原判決は、このような最近の学説に流れに沿ったものと思われる。
2 本判決の意義
一口に交通事故と医療過誤の競合といっても、例えば、交通事故により、死亡するに至らない程度の傷害を負った被害者が、病院の医師の医療過誤により死亡するに至った場合など、いろいろの態様が考えられるのであり、事案によっては、各不法行為の損害を区分し、不法行為の独立性を肯定し得る場合があると考えられ、常に共同不法行為に当たるとはいえない。しかし、競合する不法行為による損害が渾然一体となっている場合に個別損害を特定主張すべしということは被害者に不可能を強いるに等しい上、また、交通事故と医療過誤の競合の事案において、共同不法行為に当たるとしながら、寄与度による分割責任が公平の見地から要請されるといえるかどうかは、そのデメリットもつとに指摘されているところであり(宮川博史「医療過誤との競合」現代裁判法大系(6)一二一頁、西島・前掲一二〇頁)、慎重な検討が必要であろう。
本件交通事故と本件医療事故とは、前述のとおり、そのいずれもの行為が被害者の死亡という渾然一体となった一個の損害を招来しているのであり、この損害を交通事故の加害者と医師とに区分することはできず、各行為と結果との間に相当因果関係の存在が認められず、医師の行為と因果関係のない結果を特定することはできない。このような場合には、原則としてそれぞれが全損害について責任を負うべきものであって、他方の不法行為があることによってそれぞれ責任が軽減されるのはいかにも不合理と考えられよう。本判決は、共同不法行為についての一般論は明らかにしていないが、前記の関係にある本件各不法行為は共同不法行為として各不法行為者は民法七一九条の明文どおり連帯責任を負うとし、損害に対する寄与の割合をもって責任を分別することはできないことを明らかにした。
3 過失相殺の方法
次に、交通事故加害者との関係でのAの過失をYとの関係で過失相殺をすることができるかどうかが第二の問題である。
この点について、甲、乙の各不法行為が順次競合した場合の、実務における過失相殺の方法をみると、①甲との関係での過失を乙との関係でもしん酌し、共通の割合により過失相殺をするもの、②甲との関係での過失を乙との関係ではしん酌せず、個別の割合で相対的に過失相殺を行うもの、の二方法が見られる。
本判決は、過失相殺は加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準として相対的な負担の公平を図る制度であるから、本件のような侵害行為を異にする不法行為行為が順次競合し不可分の損害を生ずる場合については、過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間における過失の割合に応じてすべきものであるとし、②の方法によるとの判断を示した。その結果、各自の負担する賠償額に差が生じたときは重なる限度での一部連帯債務となることになる。①は、乙が負担すべき損害額を、本来考慮すべきでない甲との関係での過失を理由に減少させることになり適当ではない、と考えたものと思われる。
五 まとめ
本判決は、従来から多数の議論がされている交通事故と医療過誤との競合事案における一類型について、共同不法行為の成立を認めて各不法行為者の賠償責任の範囲等について判示したものである。あくまで不法行為の競合の一類型における判断であって、これとは異なる類型における競合事案において、共同不法行為の成否、責任の範囲等についてどのように考えるべきかは、今後の裁判例の集積、議論の発展に待つということになろう。この論点に関する最高裁としての初めての判決であり、実務に与える影響は小さくないものと思われるので紹介する。

+判例(S51.3.30)
理由
上告代理人中林裕一、同安田忠の上告理由第一点について
記録によれば、被上告人は、本訴により、補助参加人の保有し運転する自動車と上告人成田精吉の保有し同下山正二の運転する自動車が交差点で衝突した反動により傷害を負つたことに基づき、補助参加人及び上告人らを共同被告として損害賠償を請求したが、第一審においては補助参加人に対する請求はほぼ全部認容され、上告人らに対する請求は棄却されたところ、補助参加人が、自己に対する第一審判決については控訴しなかつたが、上告人らもまた右事故につき損害賠償責任を免れないとして、被上告人のため補助参加を申し立てると同時に、原審に対し被上告人を控訴人とする控訴を提起したことが認められる。右の場合においては、被上告人と上告人らの間の本件訴訟の結果いかんによつて補助参加人の被上告人に対する損害賠償責任に消長をきたすものではないが、本件訴訟において上告人らの被上告人に対する損害賠償責任が認められれば、補助参加人は被上告人に対し上告人らと各自損害を賠償すれば足りることとなり、みずから損害を賠償したときは上告人らに対し求償し得ることになるのであるから、補助参加人は、本件訴訟において、被上告人の敗訴を防ぎ、上告人らの被上告人に対する損害賠償責任が認められる結果を得ることに利益を有するということができ、そのために自己に対する第一審判決について控訴しないときは第一審において相手方であつた被上告人に補助参加することも許されると解するのが、相当である。これと同旨の見解のもとに、補助参加人の補助参加の申立及び控訴の提起を適法とした原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(髙辻正己 天野武一 江里口清雄 服部髙顯)


民事訴訟法 基礎演習 独立当事者参加


・+(独立当事者参加)
第47条
1項 訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者又は訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方又は一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる。
2項 前項の規定による参加の申出は、書面でしなければならない。
3項 前項の書面は、当事者双方に送達しなければならない。
4項 第40条第1項から第3項までの規定は第一項の訴訟の当事者及び同項の規定によりその訴訟に参加した者について、第43条の規定は同項の規定による参加の申出について準用する。

+(必要的共同訴訟)
第40条
1項 訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合には、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる
2項 前項に規定する場合には、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為は、全員に対してその効力を生ずる。
3項 第一項に規定する場合において、共同訴訟人の一人について訴訟手続の中断又は中止の原因があるときは、その中断又は中止は、全員についてその効力を生ずる。
4項 第32条第1項の規定は、第1項に規定する場合において、共同訴訟人の一人が提起した上訴について他の共同訴訟人である被保佐人若しくは被補助人又は他の共同訴訟人の後見人その他の法定代理人のすべき訴訟行為について準用する。

1.制度趣旨
・紛争の統一的な解決自体
・第三者が当事者間の訴訟によって不利益を被ることを避けるための制度
・三者間での矛盾のない紛争の一挙的解決

2.参加の要件

・前段参加
広く詐害的な訴訟の場合に参加を認める方向

・後段参加
請求が両立しない場合

+判例(H6.9.27)
理由
上告代理人藤平芳雄の上告理由第三点について
一 記録によれば、本件訴訟の経過は次のとおりである。
1 上告人は、被上告人河原林孟夫に対し、昭和五〇年五月二二日、売買契約に基づく本件土地(一)、(二)の所有権移転登記手続及び不法行為に基づく損害賠償を求める本訴を提起した。その主張の骨子は、(1) 上告人は、被上告人河原林から、昭和四二年一二月九日、本件土地(一)、(二)及び本件土地(一)の上に存する本件建物を代金合計一七〇万円で買い受けた(以下、この売買を「本件売買契約」という。)、(2) 上告人は、昭和四五年ころ、本件土地(二)の上に建物を建築する目的で三〇〇万円相当の木材を購入したが、被上告人河原林が建築を妨害したため、建築に着手することができず、右木材が朽廃し、三〇〇万円の損害を被った、というものである。

2 第一審裁判所は、本件売買契約の成否などの争点につき審理を遂げた上、昭和六〇年一二月一三日、本件売買契約の成立が認められるとして、本件土地(一)、(二)につき上告人の所有権移転登記手続請求を認容したが、被上告人河原林の建築妨害の事実は認めるに足りないとして、上告人の損害賠償請求を棄却する旨の判決をした。

3 被上告人河原林が控訴の申立てをして、原審係属中の平成二年三月一日、被上告人橋本治郎衛は、被上告人河原林に対し本件土地(一)、(二)につき所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続を、上告人に対し右本登記手続の承諾をそれぞれ求めて、民訴法七一条による参加の申出(以下「本件参加の申出」という。)をした。その主張の骨子は、次のとおりである。(1)社寺信用組合は、被上告人河原林に対し、昭和四一年四月五日、五〇〇万円を貸し付け、その担保として本件土地(一)につき代物弁済予約をして、同月一三日、所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。(2) 被上告人橋本は、社寺信用組合に対し、昭和五〇年六月二五日、被上告人河原林の残債務相当額を支払って、社寺信用組合から貸金債権及び仮登記担保権の譲渡を受け、同年八月一四日、右仮登記の移転付記登記を経由した。(3) 被上告人橋本は、被上告人河原林との間で、昭和四二年一〇月二六日、本件土地(一)、(二)を代金一六〇万円で買い受けることとする旨の売買の一方の予約をし、同四九年一一月一三日、本件土地(二)につき所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。(4) 被上告人橋本は、被上告人河原林に対し、昭和五六年六月二四日、本件土地(一)につき代物弁済の予約完結の意思表示をし、本件土地(二)につき売買の予約完結の意思表示をした。(5) 被上告人橋本は、上告人及び被上告人河原林に対し、平成二年三月二日、本件参加の申出書によって本件土地(一)につき清算金がない旨の通知をした。(6) 上告人は、昭和五一年三月二三日、本件土地(一)、(二)につき処分禁止の仮処分登記を経由した。
4 上告人は、本件参加の申出につき民訴法七一条の要件を欠くものであるとして争い、また、右3の(3)の売買の一方の予約は通謀虚偽表示であるなどとして被上告人橋本の主張事実を争った。

二 原審は、まず、本件参加の申出は民訴法七一条後段の要件を満たすものであるとし、さらに、右一の3の被上告人橋本の主張事実は認めることができ、同4の上告人の通謀虚偽表示の主張事実は認めるに足りないから、被上告人橋本の請求をいずれも認容すべきであるとした上、本件参加の申出は、本件土地(一)、(二)の所有権をめぐる紛争を上告人と被上告人河原林との間及び被上告人橋本と上告人、被上告人河原林との間で同時に矛盾なく解決するためのものであるところ、上告人の被上告人河原林に対する所有権移転登記手続請求は民訴法七一条に基づく参加訴訟の形態及び目的からの制約を受け、被上告人橋本に対して所有権を主張できない立場にある上告人は、被上告人河原林に対しても所有権を前提とする請求をすることができなくなるものと解すべきであるとして、上告人の主張事実について判断するまでもなく、上告人の請求を棄却すべきものであるとした。

三 しかしながら、上告人の被上告人河原林に対する売買契約に基づく所有権移転登記手続を求める本訴につき、被上告人橋本が、被上告人河原林に対し代物弁済の予約又は売買の一方の予約による各予約完結の意思表示をしたことを理由とする所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続を求め、かつ、右仮登記後にされた処分禁止の仮処分登記の名義人である上告人に対し右本登記手続の承諾を求めてした本件参加の申出は、民訴法七一条の要件を満たすものと解することはできない。けだし、同条の参加の制度は、同一の権利関係について、原告、被告及び参加人の三者が互いに相争う紛争を一の訴訟手続によって、一挙に矛盾なく解決しようとする訴訟形態であって、一の判決により訴訟の目的となった権利関係を全員につき合一に確定することを目的とするものであるところ(最高裁昭和三九年(オ)第七九七号同四二年九月二七日大法廷判決・民集二一巻七号一九二五頁)、被上告人橋本の本件参加の申出は、本件土地(一)、(二)の所有権の所在の確定を求める申立てを含むものではないので、上告人、被上告人河原林及び被上告人橋本の間において右各所有権の帰属が一の判決によって合一に確定されることはなく、また、他に合一に確定されるべき権利関係が訴訟の目的とはなっていないからである。 

 四 以上の次第で、本件参加の申出は、民訴法七一条の参加の申出ではなく、その実質は新訴の提起と解すべきであるから、原審としては、被上告人橋本の参加請求に係る部分を管轄を有することが明らかな京都地方裁判所に移送し、被上告人河原林の控訴に基づき第一審判決の当否について審理判断すべきであったのである。そうすると、これと異なる原審の前記二の判断には、民訴法七一条の解釈適用を誤った違法及び理由不備の違法があり、右違法が判決に影響することは明らかである。以上の趣旨をいうものとして論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。したがって、原判決を破棄した上、原判決中、上告人の本訴請求に係る部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻すこととし、被上告人橋本の参加請求に係る部分につき本件を京都地方裁判所に移送することとする。
よって、民訴法四〇七条一項、四〇八条、三〇条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官尾崎行信 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫)

++解説
《解  説》
一 本件は、不動産の二重譲渡事例において、参加の申出が民訴法七一条の要件を満たすか否かが問題となったものである。
甲は、乙に対し、本件土地(一)、(二)につき昭和四二年一二月九日の売買契約に基づく所有権移転登記手続を求める本訴を提起した。一審判決は甲の右請求を認容した。丙は、控訴審において、乙に対しては本件土地(一)、(二)につき所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続を、甲に対しては右本登記手続の承諾を求めて、民訴法七一条による参加の申出をした。丙の主張の骨子は、(ア)丁は、乙との間で貸金の担保として本件土地(一)につき代物弁済予約をして、昭和四一年四月一三日、所有権移転請求権保全の仮登記を経由したが、丙は、丁に対し乙の残債務を支払い、昭和五〇年八月一四日、右仮登記の移転付記登記を経由した、(イ)丙は、乙との間で、昭和四二年一〇月二六日、本件土地(一)、(二)につき売買の一方の予約をし、昭和四九年一一月一三日、本件土地(二)につき所有権移転請求権保全の仮登記を経由した、(ウ)丙は、乙に対し、昭和五六年六月二四日、本件土地(一)につき代物弁済の、本件土地(二)につき売買の各予約完結の意思表示をした、(エ)甲は、昭和五一年三月二三日、本件土地(一)、(二)につき処分禁止の仮処分登記を経由した、というものである。
本件参加の申出につき、甲は、民訴法七一条の要件を欠くものであると主張して争った。
しかし、原審は、(1)本件参加の申出は、本件土地(一)、(二)の所有権をめぐる紛争を甲と乙との間及び丙と甲・乙との間で同時に矛盾なく解決するためのものであり、民訴法七一条後段の要件を満たすものであるとし、(2)丙の主張事実がいずれも認められるから、丙の甲・乙に対する請求を認容すべきであるとした上、(3)甲の乙に対する本訴請求は民訴法七一条に基づく参加訴訟の形態及び目的からの制約を受け、丙に対して所有権を主張できない立場にある甲は、乙に対しても所有権を前提とする請求をすることができないとして、甲の主張事実について判断するまでもなく、その請求を棄却すべきものと判断した。甲が上告。

二 最高裁は、冒頭掲記の判決要旨のように判示し、本件参加の申出は、民訴法七一条の参加の申出ではなく、その実質は新訴の提起と解すべきであるから、原審としては、丙の参加請求に係る部分を管轄を有する一審裁判所に移送し、乙の控訴に基づき一審判決の当否について審理判断すべきであったとして、原判決を破棄した上、原判決中、甲の本訴請求に係る部分を原審に差し戻し、丙の参加請求に係る部分を管轄一審裁判所に移送した。

三 独立当事者参加訴訟の構造については、本判決の引用する最大判昭42・9・27民集二一巻七号一九二五頁、本誌二一三号九八頁が、「民訴法七一条の参加の制度は、同一の権利関係について、原被告および参加人の三者が互に相争う紛争を一の訴訟手続によって、一挙に矛盾なく解決しようとする訴訟形態であって、右三者を互にてい立、牽制しあう関係に置き、一の判決により訴訟の目的を全員につき合一にのみ確定することを目的とする」旨判示して、三面訴訟説に立つことを宣明して一応の決着をつけたが、なお判例上未解決の個別具体的な問題も多い。不動産の二重譲渡事例における独立当事者参加の許否もそのような問題の一つである。
不動産が二重譲渡された場合に、買主が売主に対し売買契約に基づき所有権移転登記手続を求める本訴に、他の買主が原告に対しては所有権の確認を、被告に対しては売買契約に基づき所有権移転登記手続を求めて独立当事者参加をし得るかについては、見解の対立がある。
二人の買主のいずれもが売主に対する所有権移転登記請求権を取得し、この二個の請求権は論理的に両立するものであり、参加人の原告に対する所有権確認請求は、参加人が未登記権利者であることからして主張自体失当であるから、独立当事者参加は原則として許されないが、参加人が原被告間の所有権移転が実体上無効であると主張する場合には許されるとする少数説(吉野衛「不動産の二重譲渡と独立当事者参加の許否」民事法の諸問題Ⅱ三〇八、三三二―三三三頁)もあるが、多数説は、参加の許否(原告の請求と参加人の請求が両立するか否か)は参加の申出の段階で参加請求の趣旨と原因とによって判断すべきであることを理由に、独立当事者参加を認める(上田=井上(治)編・注釈民事訴訟法(2)一九六頁〔河野正憲〕、斎藤=小室=西村=林屋編・注解民事訴訟法(2)二五七頁〔小室直人・東孝行〕、兼子=松浦=新堂=竹下・条解民事訴訟法一九八頁〔新堂幸司〕など)。
なお、多数説は、民訴法七一条後段の参加の要件について、「参加人の請求と本訴の請求が請求の趣旨において両立しない関係にあることが必要である」又は「参加人の請求及びそれを理由づける権利主張が本訴の請求又はそれを理由づける権利主張と論理的に両立しない関係にあることが必要である」との立場を前提とするものであるところ、右の二重譲渡事例においては、本訴の請求についてみると、(少なくとも参加人との関係における)所有権の帰属が問題になっていないから、その要件論と前記の結論とが厳密な意味で整合しているのかには、疑問がなくはない。その採る結論からすると、多数説は、参加人が原告との間での所有権の確認を求める場合には、当該不動産の所有権の帰属についての紛争があるものと考え、これをもって民訴法七一条後段の参加の要件を満たすものとするのであろう。
類似の二重譲渡事例において独立当事者参加を認めた下級審裁判例として、福岡高判昭30・10・10下民集六巻一〇号二一〇二頁、大阪高判昭43・5・16判時五五四号四七頁、本誌二二三号二〇六頁などがある。

四 右の二重譲渡事例における参加の申出と比較して特徴的なのは、本件参加の申出が所有権の所在の確定を求める申立てを含むものではないことである。そこで、丙の乙に対する登記請求は、その訴訟物をどのように構成しても、甲の乙に対する請求と両立するものであるし、丙の甲に対する承諾請求(その訴訟物は不動産登記法一〇五条が仮登記権利者に付与した承諾請求権である。吉野衛「仮登記の一考察(一)」判評七九号六四、七〇頁)もまた甲の乙に対する請求と両立する関係にある。結局、請求のレベルにおいては甲のそれと丙のそれとは論理的に両立するものである。また、請求を理由づける権利主張のレベルにおいても甲のそれと丙のそれとは論理的に両立するものである。
すなわち、先の二重譲渡事例における参加の申出については、参加人の原告に対する所有権確認請求があったため、所有権の帰属についての紛争があるものとみることもできないではないのであるが、本件においては、所有権の帰属についての紛争があるものとみることはできないのである。本判決は、「甲、乙及び丙の間において所有権の帰属が一の判決によって合一に確定されることはなく、また、他に合一に確定されるべき権利関係が訴訟の目的とはなっていない」と判示する。
既判力をもって確定されるべき訴訟物になっておらず、請求を理由づける主張としても取り上げられていない甲・丙間の所有権の帰属の問題を参加の許否の判断に際して考慮し得ないことは当然であろう。本件においては、先の二重譲渡事例における多数説、少数説のいずれの立場に立っても、本判決と同様の結論になるものと思われる。

五 なお、本判決は、本件参加の申出が民訴法七一条の要件を満たすものではないとしたため、原審の前記一の(3)の判断について直接的に判断を示すことはしていない。原審とほぼ同趣旨の判断をした下級審裁判例に新潟地判昭38・7・9下民集一四巻七号一三五四頁がある。
しかし、手続法の用意した道具によって実体法の内容が変容されることを認めるこのような見解は、通説の立場とは相いれないものと思われる(菊井=村松・全訂民事訴訟法Ⅰ〔追補版〕三九二頁、井上治典「独立当事者参加」新・実務民事訴訟講座3四五、五七頁など)。

3.必要的共同訴訟との違い

4.二当事者間の自白

5.訴訟物を処分する行為
・他の当事者の不利にならない限りこれを認めてもよいのではないかという視点。

6.敗訴当事者の一方からの実の上訴

+判例(S48.7.20)
理由
上告代理人小野実雄の上告理由第一点について。
所論は、要するに、上告人(参加人)岡山宮地弘商事株式会社(以下「参加人」という。)と被上告人(被告)広島駅弁当株式会社(以下「被告」という。)との間の訴訟は一審判決どおり確定しているのであつて、該請求が被上告人(原告)A(以下「原告」という。)の控訴にもとづく控訴審における審判の対象にはならない、というのである。
しかし、本件は、訴訟の目的が原告、被告および参加人の三者間において合一にのみ確定すべき場合(民訴法七一条、六二条)に当たることが明らかであるから、一審判決中参加人の被告に対する請求を認容した部分は、原告のみの控訴によつても確定を遮断され、かつ、控訴審においては、被告の控訴または附帯控訴の有無にかかわらず、合一確定のため必要な限度で一審判決中前記部分を参加人に不利に変更することができると解するのが相当である(最高裁昭和三九年(オ)第七九七号同四二年九月二七日大法廷判決・民集二一巻七号一九二五頁、最高裁昭和三四年(オ)第二一二号同三六年三月一六日第一小法廷判決・民集一五巻三号五二四頁、最高裁昭和四一年(オ)策二八八号同四三年四月一二日第二小法廷判決・民集二二巻四号八七七頁参照)。原判決に所論の違法はなく、所論は、これと異なる独自の見解にたつものであつて採用するをえない。

同第二点ないし第六点について。
所論に関する原審の事実認定は、原判決の挙示する証拠関係に照らし是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。
同第七点について。
原審はBが代理人として所論の債権譲渡の承諾をしたものと認定しているものであることは、判文に徴して明らかであるところ、債権譲渡の承諾は、観念の通知であるが、意思表示に関する規定が類推適用されるべきであつて、代理に親しむと解するのが相当である(大審院昭和三年(オ)第九四四号同四年二月二三日判決・民集八巻三三七頁参照)から、原判決に所論の違法はない。引用の判例は、本件に適切でなく、論旨は採用することができない。
同第八点について。
債権譲渡の承諾書が作成された後譲受人がその承諾書に確定日付を得た場合であつても、その確定日付の時から所定の対抗力を生じるものと解するのが相当である(大審院大正三年(オ)第三九一号同四年二月九日判決・民録二一輯九二頁参照)。これと同旨の原審判断は相当で、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)

・債権の二重譲渡の事案でXから債務者Yへの支払請求訴訟にZが独立当事者参加したところ、第1審は対抗問題においてZがXに優先するとしてZ全面勝訴!
これに対してXの実が控訴したのが上記判例。
ではYのみが控訴したらどうなっていたのか?
合一確定の要請but
当事者の利害に着目する方向から行くと、控訴したYに不利益な変更をして、Xに棚ぼた的な利益を与えるような理由はない!
(XY請求はそもそも移審せず確定するという考え方と、Xに附帯控訴の機会を与えるために移審はするという考え方がある)

・+判例(S50.3.13)
理由
本件訴訟において、第一審原告は第一審被告に対し本件溜池の所有権移転登記手続を請求し、第一審参加人は第一審原告に対しては売買を原因とする本件溜池の所有権移転登記手続を、第一審被告に対しては本件溜池の所有権確認を各請求し、第一審被告は第一審原告及び第一審参加人の両名を反訴被告として、本件溜池の所有権確認及び明渡を請求する反訴を提起したものである。そして第一審判決は第一審原告の請求を棄却し、第一審参加人の請求中第一審原告に対する請求を認容したが、第一審被告に対する請求を棄却し、また第一審被告の反訴請求を認容し、この第一審判決に対する控訴審において、原判決は控訴人ら(第一審参加人及び第一審原告)の各控訴を棄却したところ、これに対し、第一審参加人は第一審被告のみを相手方として本件上告を提起した。ところで、民訴法七一条による参加のなされた訴訟においては、原告、被告及び参加人の三者間にそれぞれ対立関係が生じ、かつ、その一人の上訴により全当事者につき移審の効果が生ずるものであるところ、かかる三当事者間の訴訟において、そのうちの一当事者が他の二当事者のうちの一当事者のみを相手方として上訴した場合には、この上訴の提起は同法六二条二項の準用により残る一当事者に対しても効力を生じ、この当事者は被上訴人としての地位に立つものと解するのを相当とする。そしてこの場合、上訴審は、上訴提起の相手方とされなかつた右当事者の上訴又は附帯上訴がなくても、当該訴訟の合一確定に必要な限度においては、その当事者の利益に原審判決を変更することができるものと解すべきであるから(最高裁昭和四八年七月二〇日第二小法廷判決・民集二七巻七号八六三頁参照)、上訴を提起した当事者とその上訴の相手方とされなかつた当事者との利害が実質的に共通である場合であつても、そのことは後者を上訴人として取扱うべきであるとする理由とはならない。したがつて、本件第一審原告は、当審においては被上告人の地位に立つものである(原審は、本件第一審判決に対する控訴を提起しなかつた第一審原告は第一審参加人と実質上利害を同じくするものであるとの理由で同原告を控訴人として取扱い、その控訴を棄却したのであつて、この点において原判決は違法であることを免れないが、この点については当審において不服申立がなく、かつ、後記のとおり上告人(第一審参加人)の本件上告は理由なく、原判決中第一審参加人の控訴を棄却した部分は正当であるから、原判決中第一審原告の控訴を棄却した部分も変更の要なく、これを破棄すべきではない。)。
上告代理人青木永光の上告理由について。
原判決の挙示する証拠関係に照らすときは、本件溜池の所有権は大宮村の成立と同時に同村に帰属したとする原審の認定は、これを首肯しえないものではない。原判決に所論の違法はなく、諭旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

+判例(S45.12.24)
理由
職権をもつて審按するのに、記録によれば、本件訴訟は、第一審原告(以下単に原告という。)が、本件係争土地について自己に所有権のあることを主張し、これに所有権取得登記を有する第一審被告義蔵およびこれに抵当権設定登記を有する第一審被告畑山(以下両名を単に被告らという。)に対し、それぞれ右各登記の抹消登記手続を求めたのに対し、第一審参加人孝一(以下単に参加人という。)が、同様右土地について自己に所有権のあることを主張したうえ、原告および被告らを相手として民訴法七一条に基づく参加を申し立て、右三名に対して所有権の確認を求めるとともに、被告らに対して右各登記の抹消登記手続を求めたものであること、しかして、第一審は、被告ら勝訴、原告および参加人敗訴の判決をしたため、原告および参加人がそれぞれ控訴したが、原告が後に控訴を取り下げたこと、以上の事実が明らかである。
ところで、原審は、右訴訟関係を前提としたうえ、かかる場合は、第一審判決に対して参加人のみが控訴したにすぎないから、原告の請求は控訴審における審判の対象とはなつていない旨判示し、参加人の請求についてのみ判断を加え、原告の本訴請求については判断を加えていない。
しかしながら民訴法七一条による訴訟は、同一の権利関係について、原告、被告および参加人の三者が互に相い争う紛争を一つの訴訟手続によつて一挙に矛盾なく解決する訴訟形態であつて、その申出は、つねに原被告双方を相手方としなければならず、その一方のみを相手とすることは許されないのであり、同条に基づく原告、被告、参加人間の訴訟について本案判決をするときは、右三当事者を判決の名宛人とする一個の終局判決のみが許され、右当事者の一部に関する判決をすることも、また、残余の者に関する追加判決をすることも許されないものであることは、いずれも、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三九年(オ)第七九七号同四二年九月二七日大法廷判決、民集二一巻七号一九二五頁、同四一年(オ)第二八八号同四三年四月一二日第二小法廷判決、民集二二巻四号八七七頁参照。)。この趣旨に照らせば、本件訴訟において、参加人が控訴の申立をしたことにより、参加人、原告、被告ら間の三個の請求は、当然控訴審の審判の対象となるべきものであるから、原審としては、原告の控訴取下の有無にかかわらず、同人の被告らに対する請求についても、同一判決により判断を加えるべきであつたといわなければならない。したがつて、これと異なる見解のもとに、原告の本訴請求について判断を加えなかつた原判決は、民訴法七一条の解釈適用を誤つたものというべきであり、原判決のこの瑕疵は、訴訟要件に準じ、職権をもつて調査すべき事項にあたるものと解すべきことも前掲判例(昭和四三年四月一二第二小法廷判決)の示すところであるから、本訴については、上告代理人の上告理由について審理判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、さらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項を適用し、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 岩田誠 大隅健一郎 藤林益三)

+判例(S36.3.16)
理由
本件は、民訴七三条七一条により同法六二条が準用される場合であるから、上告人の相手方Aに対する上告の申立は原審被控訴人Bのためにも効力を生じ(六二条二項)、同人は被上告人たる地位を取得したものと解すべきである。 
上告人ら代理人弁護士小田成就の上告理由第一点第二点について。
所論はるる論述するが、ひつきょうするに、原審がその専権に基ずいてなした証拠の自由な取捨選択並びに評価及びこれによつてなした自由な事実認定に対し、これと相容れない事実を主張しつつ原審の判断を非難攻撃するに外ならないものであつて、上告適法の理由となすを得ないところのものである。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七)