会社法 事例で考える会社法 事例8 法令違反行為と取締役の責任


Ⅰ はじめに

Ⅱ 任務懈怠責任と経営判断原則
1.任務懈怠責任
(1)要件
+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4  前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

+(取締役が自己のためにした取引に関する特則)
第四百二十八条  第三百五十六条第一項第二号(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引(自己のためにした取引に限る。)をした取締役又は執行役の第四百二十三条第一項の責任は、任務を怠ったことが当該取締役又は執行役の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができない。
2  前三条の規定は、前項の責任については、適用しない。

①任務懈怠
②会社に損害
③任務懈怠と損害に因果関係
④帰責事由(故意・過失)

(2)証明責任
責任を追及する側が①②③
役員側が④

・任務懈怠責任は債務不履行責任の性質を有する
→消滅時効は10年(民法167条1項)
遅延損害金の利率も民法所定の5分

2.任務懈怠と経営判断原則
(1)Y1Y2の任務懈怠
(2)経営判断原則
法令違反行為ではない業務執行の決定(362条2項1号・4項)・業務の執行(363条1項)についての注意義務違反

+(取締役会の権限等)
第三百六十二条  取締役会は、すべての取締役で組織する。
2  取締役会は、次に掲げる職務を行う。
一  取締役会設置会社の業務執行の決定
二  取締役の職務の執行の監督
三  代表取締役の選定及び解職
3  取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。
4  取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない
一  重要な財産の処分及び譲受け
二  多額の借財
三  支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四  支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五  第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六  取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七  第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除
5  大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない。

(取締役会設置会社の取締役の権限)
第三百六十三条  次に掲げる取締役は、取締役会設置会社の業務を執行する。
一  代表取締役
二  代表取締役以外の取締役であって、取締役会の決議によって取締役会設置会社の業務を執行する取締役として選定されたもの
2  前項各号に掲げる取締役は、三箇月に一回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならない。

+判例(H22.7.15)
理由
上告代理人手塚裕之ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 本件は、上告補助参加人(以下「参加人」という。)の株主である被上告人が、参加人の取締役である上告人らに対し、上告人らが、A(以下「A」という。)の株式を1株当たり5万円の価格で参加人が買い取る旨の決定をしたことにつき、取締役としての善管注意義務違反があり、会社法423条1項により参加人に対する損害賠償責任を負うと主張して、同法847条に基づき、参加人に連帯して1億3004万0320円及び遅延損害金を支払うことを求める株主代表訴訟である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 参加人は、Aを含む傘下の子会社等をグループ企業として、不動産賃貸あっせんのフランチャイズ事業等を展開し、平成18年9月期時点で、連結ベースで総資産約1038億円、売上高約497億円及び経常利益約43億円の経営規模を有していた。
(2) Aは、主として、備品付きマンスリーマンション事業を行うことなどを目的として平成13年に設立された会社であり、設立時の株式の払込金額は5万円であった。Aの株式は、発行済株式の総数9940株の約66.7%に相当する6630株を参加人が保有していたが、参加人が、上記(1)の事業の遂行上重要であると考えていた上記フランチャイズ事業の加盟店等(以下「加盟店等」という。)もこれを引き受け、保有していた。
(3) 参加人は、機動的なグループ経営を図り、グループの競争力の強化を実現するため、完全子会社に主要事業を担わせ、参加人を持株会社とする事業再編計画を策定し、平成18年5月ころ、同計画に沿って、関連会社の統合、再編を進めていた。Aについては、参加人の完全子会社であるB(以下「B」という。)に合併して不動産賃貸管理業務等を含む事業を担わせることが計画された。
(4) 参加人には、社長の業務執行を補佐するための諮問機関として、役付取締役全員によって構成され、参加人及びその傘下のグループ各社の全般的な経営方針等を協議する経営会議が設置されている。平成18年5月11日に開催された経営会議には、上告人Y1が代表取締役として、上告人Y2及び同Y3が取締役として出席し、AとBとの合併に関する議題が協議された。そして、その席上、〈1〉 参加人の重要な子会社であるBは、完全子会社である必要があり、そのためには、AもBとの合併前に完全子会社とする必要があること、〈2〉 Aを完全子会社とする方法は、参加人の円滑な事業遂行を図る観点から、株式交換ではなく、可能な限り任意の合意に基づく買取りを実施すべきであること、〈3〉 その場合の買取価格は払込金額である5万円が適当であることなどが提案された。参加人から、上記提案につき助言を求められた弁護士は、基本的に経営判断の問題であり法的な問題はないこと、任意の買取りにおける価格設定は必要性とバランスの問題であり、合計金額もそれほど高額ではないから、Aの株主である重要な加盟店等との関係を良好に保つ必要性があるのであれば許容範囲である旨の意見を述べた。
協議の結果、上記提案のとおり1株当たり5万円の買取価格(以下「本件買取価格」という。)でAの株式の買取りを実施することが決定され(以下「本件決定」という。)、併せて、当時参加人との間で紛争が生じており買取りに応じないことが予想された株主については、株式交換の手続が必要となる旨の説明がされ、了承された。
(5) 参加人は、Aを完全子会社とするために実施を予定していた株式交換に備え、監査法人等2社に株式交換比率の算定を依頼した。提出された交換比率算定書の一つにおいては、Aの1株当たりの株式評価額が9709円とされ、他の一つにおいては、類似会社比較法による1株当たりの株主資本価値が6561円ないし1万9090円とされた。
(6) 参加人は、平成18年6月9日ころから同月29日までの間に、本件決定に基づき、参加人以外のAの株主のうち、買取りに応じなかった1社を除く株主から、株式3160株を1株当たり5万円、代金総額1億5800万円で買い取った(以下、これらの買取りを「本件取引」と総称する。)。
(7) その後、参加人とAとの間で株式交換契約が締結され、Aの株式1株について、参加人の株式0.192株の割合をもって割当交付するものとされた。

3 原審は、上告人らの善管注意義務違反の有無について次のとおり判断して、上告人らに対し参加人に連帯して1億2640万円及び遅延損害金の支払を命ずる限度で、被上告人の請求を認容した。
本件買取価格は、Aの株式1株当たりの払込金額が5万円であったことから、これと同額に設定されたものであり、それより低い額では買取りが円滑に進まないといえるか否かについて十分な調査、検討等がされていないこと、既にAの発行済株式の総数の3分の2以上の株式を保有していた参加人において、当時の状態を維持した場合と比較してAを完全子会社とすることが経営上どの程度有益な効果を生むかという観点から検討が十分にされていないこと、本件買取価格の設定当時のAの株式の1株当たりの価値は株式交換のために算定された評価額等から1万円であったと認めるのが相当であること等からすれば、本件買取価格の設定には合理的な根拠又は理由を見出すことはできず、上告人らは、取締役としての善管注意義務に違反して、その任務を怠ったものである。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
前記事実関係によれば、本件取引は、AをBに合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるという参加人のグループの事業再編計画の一環として、Aを参加人の完全子会社とする目的で行われたものであるところ、このような事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、参加人の財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。
以上の見地からすると、参加人がAの株式を任意の合意に基づいて買い取ることは、円滑に株式取得を進める方法として合理性があるというべきであるし、その買取価格についても、Aの設立から5年が経過しているにすぎないことからすれば、払込金額である5万円を基準とすることには、一般的にみて相応の合理性がないわけではなく、参加人以外のAの株主には参加人が事業の遂行上重要であると考えていた加盟店等が含まれており、買取りを円満に進めてそれらの加盟店等との友好関係を維持することが今後における参加人及びその傘下のグループ企業各社の事業遂行のために有益であったことや、非上場株式であるAの株式の評価額には相当の幅があり、事業再編の効果によるAの企業価値の増加も期待できたことからすれば、株式交換に備えて算定されたAの株式の評価額や実際の交換比率が前記のようなものであったとしても、買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い。そして、本件決定に至る過程においては、参加人及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって、その決定過程にも、何ら不合理な点は見当たらない
以上によれば、本件決定についての上告人らの判断は、参加人の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから、上告人らが、参加人の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。

5 以上と異なる見解の下に、本件決定についての上告人らの判断に参加人の取締役としての善管注意義務違反があるとして被上告人の請求を一部認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、同部分に関する被上告人の請求は理由がないから、同部分について被上告人の請求を棄却した第1審判決は正当であり、同部分についての被上告人の控訴は棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白木勇 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝)

++解説
[解 説]
1 本件は,上告補助参加人であるA社が,その子会社であるB社の株主らから同社株式を買い取ったことに関し,A社の株主であるXが,A社の取締役であるYらに対し,Yらが,B社の株式を1株当たり5万円の価格でA社が買い取る旨の決定をしたことについて,取締役としての善管注意義務違反があり,会社法423条1項によりA社に対する損害賠償責任を負うと主張して,同法847条に基づき,連帯してA社に1億3004万0320円を支払うことを求める株主代表訴訟である。

2 前提となる事実等は次のとおりである。
(1)A社は,B社を含む傘下の子会社等をグループ企業として,不動産賃貸あっせんのフランチャイズ事業等を展開する会社である。B社は,主として,備品付きマンスリーマンション事業を行うことなどを目的として平成13年に設立された会社であり,設立時の株式の払込金額は5万円であった。B社の株式は,発行済み株式の総数の約66.7%をA社が保有していたが,A社がその事業の遂行上重要であると考えていた上記フランチャイズ事業の加盟店等もこれを引き受け,保有していた。
(2)A社は,A社を持株会社とする事業再編計画を策定し,平成18年5月ころ,同計画に沿って,関連会社の統合,再編を進めた。B社については,A社の完全子会社であるC社に合併して不動産賃貸管理業務等を含む事業を担わせることが計画された。
(3)A社には,社長の業務執行を補佐するための諮問機関として役付取締役全員によって構成され,A社及びその傘下のグループ各社の全般的な経営方針等を協議する経営会議が設置されている。平成18年5月11日に開催されたA社の経営会議において,Y1がA社の代表取締役として,Y2,Y3が取締役として出席し,その席上,B社をC社との合併前に完全子会社とすること,B社の株式の買取りは,可能な限り任意の買取りを実施すること,その場合の買取価格は払込金額である5万円が適当であることが提案され,助言を求められた弁護士も,B社の株主である重要な加盟店等との関係を良好に保つ必要性があるのであれば許容範囲である旨の意見を述べ,協議の結果,1株当たり5万円の買取価格でB社の株式の買取りを実施することが決定された(以下,この決定を「本件決定」という。)。
(4)その後,平成18年6月29日までの間に,本件決定に基づき,A社は,自己以外のB社の株主のうち,買取りに応じなかった1社を除く株主から,株式3160株を1株当たり5万円,総額1億5800万円で買い取った。
(5)なお,A社は,株式の買取りに応じない株主との間では株式交換の手続を採ることを予定していたため,それに備えて,監査法人等2社に株式交換比率の算定を依頼したところ,提出された算定書の一つにおいては,B社の株式評価額が1株9709円とされ,他の一つにおいては,類似会社比較法による1株当たりの株主資本価値が6561円ないし1万9090円とされた。その後,A社とB社との間で株式交換契約が締結され,B社の株式1株について,A社の株式0.192株の割合をもって割当交付するものとされた。

3 原審は,Yらは,A社の取締役としての善管注意義務に違反したとして,Yらに対しA社に連帯して1億2640万円及び遅延損害金の支払を命ずる限度でXの請求を認容した。原審は,買取価格が5万円より低い額では買取りが円滑に進まないといえるのか否かについて十分な調査,検討等がされていないこと,B社の発行済み株式の総数の3分の2以上の株式を保有していたA社において,B社を完全子会社化することが経営上どの程度有益な効果を生むかという観点から検討が十分にされていないこと,本件決定当時のB社の1株当たりの価値は1万円であったと認めるのが相当であることなどから,本件の買取価格の設定には合理的な根拠を見出すことはできず,Yらは,取締役としての善管注意義務に違反したものと判断した。
そこで,Yらが上告受理申立てをした。

4 本判決は,事業再編計画の一環として行われた株式取得の方法や価格の決定における取締役としての善管注意義務違反の有無の考え方を示した上で,判決要旨記載の事情などを考慮し,本件の買取価格の決定について,YらにA社の取締役としての善管注意義務に違反したということはできないと判断した。本件は,A社がその事業の遂行上重要であると考えていたフランチャイズ事業の加盟店等がB社の株主に含まれていた点に事案の特色があるということができ,B社の設立から5年が経過した状況で設立時の株式の払込金額を基準としたことも,加盟店等との友好関係を維持することの重要性を背景としてその合理性が考慮されたものと思われる。

5 本件は,事業再編計画の一環として行われる子会社の株式買取りのための価格設定における取締役の善管注意義務違反が問題となったものであり,経営判断についての善管注意義務に関する事案である。
経営判断に関する取締役の善管注意義務違反の有無について,下級審裁判例及び学説上,概ね,「判断の過程・内容が取締役として著しく不合理なものであったか否か」という判断基準が多く採用されている(主な下級審裁判例として,東京地判平5.9.16判タ827号39頁,東京地判平8.2.8資料商事144号111頁,東京地判平16.3.26判時1863号128頁,東京地決平16.6.23金判1213号61頁,東京地判平17.3.3判タ1256号179頁,東京地判平18.4.13判タ1226号192頁,大阪高判平19.3.15判タ1239号294頁等がある。)。そして,その場合の審査対象は,①経営判断の前提となる情報収集とその分析・検討における不合理さの有無,②事実認識に基づく意思決定の推論過程及び内容の著しい不合理さの有無であるといわれている(東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ〔第2版〕』242頁等)。
この考え方は,アメリカの判例法理及びそれを取り込んだ制定法における経営判断の原則を参考にしたものといわれることもあるが,アメリカの経営判断の原則は,取締役の意思決定過程に不合理がないことを審査し,判断内容の合理性には一切踏み込まないなどの点で,我が国における実務及び学説とは異なっていると指摘されている(江頭憲治郎『株式会社法〔第2版〕』427頁~430頁)。我が国で議論されている経営判断の原則は,経営判断に係る善管注意義務違反の判断における審査基準をより明確化・具体化するものとして位置付けられていると考えられる。
近時,経営判断の善管注意義務違反の判断方法に関し,専門性を有する経営における判断内容に踏み込むべきではないとの価値判断を根拠に,経営判断の過程は厳重に審査すべきであるが,内容については抑制的でなければならないとして,異なる審査基準を採用すべきであるとする考え方が示されている(神崎克郎「経営判断の原則」森本滋ほか編『企業の健全性確保と取締役の責任』217頁~219頁,落合誠一「新会社法講義(10)株式会社のガバナンス(5)」法教317号35頁,江頭憲治郎=門口正人編『会社法大系(3)機関・計算等』234頁,235頁等)。経営判断の過程とその内容では,その性質上,取締役に認められる裁量の幅の程度が異なるということはできるように思われるが,その合理性の判断において有意な差異が生ずるのか否かはなお検討の余地があるとの議論もされている(齋藤毅「関連会社の救済・整理と取締役の善管注意義務・忠実義務」佐々木茂美編『民事実務研究Ⅰ』257頁,258頁)。
また,経営判断の経過や内容に関する事情をどのように総合考慮すべきかについては,いまだ議論が熟しているとはいえない状況のように思われる。
このような状況を踏まえ,本判決は,経営判断における善管注意義務違反の有無について,その判断の過程や内容に分析して検討すべきであるとの考え方を採用しつつも,判断過程や内容の合理性の審査基準に差異を設けるべきかなどの点まで示すことはしていない。本判決の意義は,経営判断における善管注意義務違反を否定する事例判断を示した点にあるということができると思われる。

・銀行の取締役
+判例(H21.11.9)
理由
被告人Aの弁護人和田丈夫ほか及び被告人Bの弁護人祖母井里重子ほかの各上告趣意のうち、原審の訴訟手続に関して判例違反をいう点は、原審は無罪判決を破棄して有罪判決をするのに必要な事実の取調べをしていると認められるから、前提を欠き、その余の各上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人Cの弁護人高橋智の上告趣意のうち、原審の訴訟手続に関して判例違反をいう点は、上記と同様の理由により前提を欠き、その余は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、銀行が取引先に対し不適切な融資をする際に問題となる特別背任罪における取締役の任務違背について、職権により判断する。
1 原判決の認定及び記録によれば、本件事実関係は次のとおりである。
(1) 被告人Aは平成元年4月1日から平成6年6月28日までの間、被告人Bは同月29日から平成9年11月20日までの間、それぞれ株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)の代表取締役頭取であったもの、被告人Cは、札幌市等で理美容業、不動産賃貸業等を営むD株式会社(以下「D」という。)及び同社から借り受けた土地上に総合健康レジャー施設を建設してこれを経営する株式会社E(以下「E」という。)の各代表取締役で、かつ、Dからホテル施設を借り受けて都市型高級リゾートホテルを経営する株式会社F(以下「F」という。)の実質的経営者であったものである(以下、D、E及びFの3社を併せて、「Dグループ」ということがある。)。拓銀は、昭和58年ころから、Dに対する本格的融資を開始し、拓銀の新興企業育成路線の対象企業として積極的に支援したが、拓銀と他行等との協調融資107億円により建設した上記レジャー施設(昭和63年4月開業)は当初見込みと違ってその売上げが減少し、また、建設費等266億円余のうち、その大半を拓銀1行からの融資により建設した上記ホテル(平成5年4月開業)は採算性が見込まれないものであり、売上高は当初見込みの半分程度にとどまっていた。さらに、Dは、上記レジャー施設の東側に位置する一帯の土地であるG地区約24万坪の総合開発を図るため、平成5年5月までに拓銀の系列ノンバンクである株式会社たくぎんファイナンスサービスから144億円余の融資を受けて土地の取得を進めていたが、未買収部分が点在し、開発計画の内容が定まらず、採算性にも疑問がある等、深刻な問題を抱えていた。このような状況の下、Dグループの資産状態、経営状況は悪化し、遅くとも平成5年5月ころまでには、同グループは、拓銀が赤字補てん等のための追加融資を打ち切れば直ちに倒産する実質倒産状態に陥っていた。平成6年3月期には、債務超過額は128億8600万円となり、借入金残高が696億3800万円で、そのうち拓銀グループからの借入金は629億2800万円を占めており、拓銀グループの借入金に対する保全不足額は358億8300万円に達し、Dグループ全体の事業の償却前営業利益は41億7100万円余の、償却前経常利益は75億8200万円余の赤字であった。その後、償却前営業利益、償却前経常利益の赤字幅は減少したものの、債務超過額、借入金残高は年々増加し、保全不足の状態が解消することはなかった。
(2) 被告人A及び同Bは、それぞれの頭取在任中に、Dグループがこのような資産状態、経営状況にあることを熟知しながら、赤字補てん資金等の本件各融資を決定し、実質無担保でこれを実行した。すなわち、被告人Aは、平成5年7月の経営会議でDグループが実質倒産状態に陥っていることを知ったが、経営改善や債権回収のための抜本的な方策を講じることもないまま、平成6年4月8日から同年6月30日までの間、前後10回にわたり、D及びFに対し、合計8億4000万円を貸し付け、また、被告人Bは、その路線を継承し、平成6年7月8日から平成9年10月13日までの間、前後88回にわたり、D、E及びFに対し、合計77億3150万円を貸し付けた。Dグループについては、本件各融資当時、営業改善努力によって既存の貸付金を含めその返済が期待できるような経営状況ではなかった上、貸付金の返済のために残されていたほとんど唯一の方途であったG地区の開発事業(融資額は、平成6年3月期までに162億円余に達していた。)も、同地区が市街化調整区域内にあり、その大半が農地であり、しかも、一部は農業振興地域の整備に関する法律の農用地区域に指定されていて、開発そのものが法的に厳しく制限された地域であって、許認可取得が容易でなかったこと、開発事業は対象地を地権者から漏れなく取得し、又はその同意を得ておく必要があるところ、平成5年時で約20%の、平成10年時でも約15%の未買収部分が残っていたこと、開発計画の内容が変転し、その詳細が決まらなかったことなどからその実現可能性に乏しく、仮に実現したとしてもその採算性に大きな疑問があるものであった。被告人A及び同Bは、拓銀のDグループ担当部から説明を受け、そのような状況も十分に認識していた。

2 所論は、本件融資の際の被告人A及び同Bの行為につき、両被告人が既存の貸付金の回収額をより多くして拓銀の損失を極小化し、拓銀自体に対する信用不安の発生を防止し、さらに、融資打切りによる地域社会の混乱を回避する等の様々な事情を考慮して総合的に判断することを求められていたこと、同判断が極めて高度な政策的、予測的、専門的な経営判断事項に属し、広い裁量を認めるべきものであること等を挙げて、それが著しく不当な判断でない限り尊重されるべきであるとして、任務違背がなかった旨主張する。
(1) そこで検討すると、銀行の取締役が負うべき注意義務については、一般の株式会社取締役と同様に、受任者の善管注意義務(民法644条)及び忠実義務(平成17年法律第87号による改正前の商法254条の3、会社法355条)を基本としつつも、いわゆる経営判断の原則が適用される余地があるしかし、銀行業が広く預金者から資金を集め、これを原資として企業等に融資することを本質とする免許事業であること、銀行の取締役は金融取引の専門家であり、その知識経験を活用して融資業務を行うことが期待されていること、万一銀行経営が破たんし、あるいは危機にひんした場合には預金者及び融資先を始めとして社会一般に広範かつ深刻な混乱を生じさせること等を考慮すれば、融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は一般の株式会社取締役の場合に比べ高い水準のものであると解され、所論がいう経営判断の原則が適用される余地はそれだけ限定的なものにとどまるといわざるを得ない
したがって、銀行の取締役は、融資業務の実施に当たっては、元利金の回収不能という事態が生じないよう、債権保全のため、融資先の経営状況、資産状態等を調査し、その安全性を確認して貸付を決定し、原則として確実な担保を徴求する等、相当の措置をとるべき義務を有する例外的に、実質倒産状態にある企業に対する支援策として無担保又は不十分な担保で追加融資をして再建又は整理を目指すこと等があり得るにしても、これが適法とされるためには客観性を持った再建・整理計画とこれを確実に実行する銀行本体の強い経営体質を必要とするなど、その融資判断が合理性のあるものでなければならず、手続的には銀行内部での明確な計画の策定とその正式な承認を欠かせない
(2) これを本件についてみると、Dグループは、本件各融資に先立つ平成6年3月期において実質倒産状態にあり、グループ各社の経営状況が改善する見込みはなく、既存の貸付金の回収のほとんど唯一の方途と考えられていたG地区の開発事業もその実現可能性に乏しく、仮に実現したとしてもその採算性にも多大の疑問があったことから、既存の貸付金の返済は期待できないばかりか、追加融資は新たな損害を発生させる危険性のある状況にあった。被告人A及び同Bは、そのような状況を認識しつつ、抜本的な方策を講じないまま、実質無担保の本件各追加融資を決定、実行したのであって、上記のような客観性を持った再建・整理計画があったものでもなく、所論の損失極小化目的が明確な形で存在したともいえず、総体としてその融資判断は著しく合理性を欠いたものであり、銀行の取締役として融資に際し求められる債権保全に係る義務に違反したことは明らかである。そして、両被告人には、同義務違反の認識もあったと認められるから、特別背任罪における取締役としての任務違背があったというべきである。これと同旨の原判断は正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官田原睦夫の補足意見がある。

++解説
[解 説]
1 本件事案の詳細は決定に示されたとおりであるが,要するに,拓銀の代表取締役頭取が,実質倒産状態にあったAグループの各社に対し,赤字補てん資金等を実質無担保で追加融資したという事案である。なお,本件の原判決である札幌高判平18.8.31判タ1229号116頁も参照されたい。
2 刑事法上,判例,学説において,回収が困難と予想される無担保貸付や担保の不十分な貸付は一般に背任罪の任務違背となると解されている(団藤重光編『注釈刑法(6)』298頁〔内藤謙〕,大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法(13)〔第2版〕』190頁〔日比幹夫〕等参照)。本件は,実質倒産企業に対する追加融資の事案であり,回収困難が予想される実質無担保融資であるから,一般には任務違背に当たるといえる。もっとも,学説上は,「倒産に瀕している企業に対して危険を冒してさらに救済融資をなすことも,企業を再建して企業の倒産によって貸付金が完全に回収不能となるのを防ぎ,結局,当該金融機関の利益をはかるという観点からは,是認されることもあり得る。この意味においては,無担保貸付が,ただちに,債権保全の任務に反する行為だとは断定しかねるものがある。」などと説かれていた(藤木英雄『経済取引と犯罪』234頁,芝原邦爾『経済刑法研究(上)』171頁も同旨)。
3(1) ところで,特別背任罪における取締役の任務違背は,その点についての認識が必要という点を除くと,銀行の取締役の善管注意義務,忠実義務に違反することが当然の前提となるものと解される。
(2)銀行の取締役の責任に関する民事法上の議論についてみると,会社取締役の義務違反の判断に経営判断原則(経営判断に裁量を認め,判断過程,内容等が著しく不合理なものでなければ,義務違反の責任を負わないというもの)が取り入れられていることを前提とした上で,銀行の取締役の義務の程度は一般の企業経営者よりも高く,裁量の幅が狭いとされていることが指摘できる(岩原紳作「金融機関取締役の注意義務─会社法と金融監督法の交錯」落合誠一先生還暦記念『商事法への提言』216頁等)。
(3)最二小判平20.1.28裁時1452号46頁,判タ1262号69頁,判時1997号148頁,金法1838号55頁,金判1291号38頁は,拓銀が,積極的な融資の対象であったが大幅な債務超過となって破たんに直面したカブトデコムに対し,継続中の大規模リゾート開発事業が完成する予定の数か月後まで同社を延命させる目的で409億円の追加融資を実行したことについて,大幅な担保不足,リゾート事業は完成しても採算性が疑わしく,同事業からの回収が期待できたとはいえないなどの事情の下では,善管注意義務に違反するとしているが,上記融資の決定につき,「当時の状況下において,銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし,著しく不合理なものといわざるを得ず,……銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があったというべきである。」と判示し,銀行の取締役に一般的に期待される水準を基準として,銀行の取締役としての経営判断の合理性を問題にし,著しく不合理なものであったとしている。
4 本件において,所論は,本件融資の際の拓銀の各代表取締役の行為につき,両名が既存の貸付金の回収額をより多くして拓銀の損失を極小化し,拓銀自体に対する信用不安の発生を防止する等の様々な事情を考慮して判断することを求められており,同判断が極めて高度な政策的,予測的,専門的な経営判断事項に属し,それが著しく不当な判断でない限り尊重されるべきであるとして,任務違背がなかった旨主張した。いわば本件に経営判断原則の適用を求めたといえる。
本決定は,これに対し,まず,「融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は一般の株式会社取締役の場合に比べ高い水準のものであると解され,所論がいう経営判断の原則が適用される余地はそれだけ限定的なものにとどまる」「銀行の取締役は,融資業務の実施に当たっては,元利金の回収不能という事態が生じないよう,債権保全のため,融資先の経営状況,資産状態等を調査し,その安全性を確認して貸付を決定し,原則として確実な担保を徴求する等,相当の措置をとるべき義務を有する。」とした上で,「例外的に,実質倒産状態にある企業に対する支援策として無担保又は不十分な担保で追加融資をして再建又は整理を目指すこと等があり得るにしても,これが適法とされるためには客観性を持った再建・整理計画とこれを確実に実行する銀行本体の強い経営体質を必要とするなど,その融資判断が合理性のあるものでなければならず,手続的には銀行内部での明確な計画の策定とその正式な承認を欠かせない。」との一般論を述べている。その上で,要旨として,「銀行の代表取締役頭取が,実質倒産状態にある融資先企業グループの各社に対し,客観性を持った再建・整理計画もなく,既存の貸付金の回収額をより多くして銀行の損失を極小化する目的も明確な形で存在したとはいえない状況で,赤字補てん資金等を実質無担保で追加融資したことは,その判断において著しく合理性を欠き,銀行の取締役として融資に際し求められる債権保全に係る義務に違反し,特別背任罪における取締役としての任務違背に当たる。」との判断を示している。
5 銀行取締役が実質倒産企業に対して赤字補てん資金等を実質無担保で追加融資をする場合,客観性を持った再建・整理計画等が不可欠であり,客観性のある計画もないまま,そのような融資をすることが銀行取締役の義務違反,任務違反になることを明示した点において,銀行実務も含め,広い意味において,実務上参照価値は高いものと思われる。また,田原裁判官の詳細な補足意見が付されており,併せて参照されるべきものであろう。

・債権整理機構の場合
+判例(H20.1.28)
理由
上告代理人菊池史憲ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は、預金保険法附則7条1項所定の整理回収業務を行う上告人が、経営破たんしたA銀行(以下「A銀行」という。)の取締役であった被上告人らに対し、A銀行の株式会社B不動産(以下「B不動産」という。)に対する融資の際に被上告人らに忠実義務、善管注意義務違反があったと主張して、商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)266条1項5号に基づく損害賠償の一部請求として10億円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める事案である。

2 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 当事者等
被上告人Y1は、平成元年4月から同6年6月までA銀行の代表取締役頭取の地位にあった。被上告人Y2は、平成元年4月から同5年6月までA銀行の代表取締役副頭取の地位にあった。被上告人Y3は、昭和63年4月にA銀行の代表取締役副頭取に就任し、後記の追加融資が決定された平成2年2月当時は東京に駐在して本州地区の統括業務を担当していたが、同年6月に取締役を退任した。被上告人Y4は、昭和62年12月にA銀行の常務取締役に就任し、平成2年2月当時は東京業務本部長を務めていたが、同年6月に取締役を退任した。
A銀行は、平成9年11月に経営が破たんし、同10年11月11日、株式会社整理回収銀行に対し、A銀行の役職員に対する損害賠償請求権等を含む資産を売り渡した。A銀行は、同年12月、内容証明郵便をもって、同債権譲渡の事実を被上告人らに通知した。
上告人は、その前身である株式会社住宅金融債権管理機構が、平成11年4月1日に株式会社整理回収銀行を吸収合併し、その商号を株式会社整理回収機構(現商号)に改めた会社である。
(2) 過振りの発生
ア A銀行千葉支店は、昭和63年7月ころ、Cとの間で取引を開始し、その後、Cの紹介で、B不動産とも取引を開始した。
イ Cは、平成2年1月10日(以下、月日のみを記載するときは、いずれも平成2年である。)以降、ほぼ連日、B不動産振出しの小切手をA銀行千葉支店に持ち込んだ。千葉支店の副支店長は、その都度、Cの要請に応じ、支払可能残高を超えて振り出された他行を支払銀行とする当該小切手について、これを交換に回す前に即日入金の上払い戻す処理を行った(以下、上記のような処理を「当日他券過振り」といい、B不動産振出しの小切手につき千葉支店の副支店長が行った一連の当日他券過振りを併せて「本件過振り」という。)。この払戻金の大半はB不動産の上記支払銀行の預金口座に送金され、Cがその前日に持ち込んだ同社振出しの小切手の決済資金に充てられた。このようにして過振り金額は次第に増加していき、2月21日の時点では48億4000万円に達していた。この過振り金は、実質的にはB不動産に対する与信であるが、その保全のための措置は何ら採られていなかった。当時、C及びB不動産は、D社の株式の大量売買(いわゆる仕手戦)を行っており、過振り金はこの株式売買資金等に用いられた。
被上告人Y4及び同Y3は、東京業務本部を通じて千葉支店の支店長であるE支店長(以下「E支店長」という。)から報告を受け、同日までに本件過振りについて認識した。千葉支店は、その後も同月26日までの間、B不動産振出しの小切手が資金不足により不渡りとなるのを避けるため、連日、同額の当日他券過振りを行った。
(3) 被上告人らの対応等
ア 被上告人Y4は、2月22日、B不動産の代表者であるFと面談した。Fは、過振りにつき陳謝し、A銀行に担保を提供すると述べた。被上告人Y4は、同日、不動産鑑定士であるG鑑定士(以下「G鑑定士」という。)に対し、B不動産の所有する12件の不動産(以下「本件不動産」という。)を至急鑑定するよう電話で依頼した。その際、被上告人Y4は、机上鑑定でよいから2日程度で返答してほしいこと、時間がないので地上げ途上の物件を含めすべて更地評価でよいことなどを伝えた。
イ 同月23日朝、被上告人らは、電話会議の方法で、今後の対応につき協議を行った。その際、B不動産から担保の提供を受けて過振り金相当額を同社に融資することについて異論は出なかった。
ウ 同月24日、G鑑定士から被上告人Y4に対し、電話で、本件不動産の評価額合計は約155億円であるとの鑑定結果の報告があった。
同日午後3時30分ころ、Fが千葉支店を訪れ、E支店長らに対し、資金繰りが苦しいので同月中にB不動産に20億円の追加融資をしてほしい、A銀行で融資ができないなら他社に依頼するのでA銀行には担保提供できないなどと述べて追加融資を強く要請した。
エ 同月26日午前9時ころ、被上告人らが全員参加して臨時の会議(以下「本件会議」という。)が開催された。被上告人Y4は、本件過振りの経緯を説明した上、東京業務本部の案として、B不動産から本件不動産の担保提供を受けて、本件過振り相当額の48億4000万円を同社に対して手形貸付けの方法で融資し、併せて20億円の追加融資を行うことを説明した。その際、本件不動産の担保価値について、G鑑定士による評価額が約155億円であり、B不動産自身による評価額が200億円であること、先順位担保権100億円を控除しても55億円から100億円は残ることなどが説明されたが、担保評価に関する資料の作成は間に合わず、同席上では口頭の説明のみにとどまった。また、20億円の具体的な使途や返済の見通し等について詳細な説明や資料の提供はなかった。
会議の席上では、20億円の追加融資に応じなければA銀行が担保を取得できず、48億4000万円の保全ができなくなる、B不動産は3月にも不渡りを出す可能性があるなどの意見が出された。協議の結果、B不動産から本件不動産の担保提供を受けることを条件に、同社振出しの小切手が資金不足により不渡りになることを避けるため、A銀行がB不動産に48億4000万円の手形貸付けを行うこと、併せて同社に上限20億円の追加融資を行うことが決定された。この決定に対し、被上告人らの中で異論を述べた者はいなかった。
オ 同月26日、A銀行からB不動産に対して48億4000万円の手形貸付け(以下「本件手形貸付け」という。)が行われた。これにより同社振出しの小切手は決済されて不渡りを免れ、同日以降、A銀行において同社振出しの小切手による他券過振りが行われることはなくなった。
また、A銀行は、B不動産の要請に応じ、本件会議の当日に5億円、翌27日に3億円、翌28日に3億円、3月1日に3億6000万円、翌2日に2億5000万円、同月8日に1億4000万円、同月12日に1億5000万円の合計20億円の追加融資(以下「本件追加融資」という。)を実行した。B不動産は、それ以降もA銀行に融資を要請したが、A銀行はこれに応じなかった。
(4) その後の経過等
ア 本件会議の後、東京第二支店部の次長兼審査役であったHは、本件不動産につき、時価にA銀行の評価基準による一定の掛け目を乗じた担保価格から先順位の被担保債権額を控除した価格(以下「実効担保価格」という。)を、当初は24億5000万円、次いで38億円とする担保明細表を起案したが、時価ベースで計算するようにとの被上告人Y4の指示を受け、最終的に、時価から先順位の被担保債権額を控除した担保余力を51億8700万円~78億4900万円とする担保明細表を作成して被上告人らの決裁を得た。
イ その後に実施されたA銀行内部の担保評価では、平成2年3月当時の本件不動産の実効担保価格は約25億円とされ、同年5月の時点における実効担保価格は約28億円とされたが、一部弁済を受けて本件不動産の一部につき担保を解除した後の7月には、本件不動産の実効担保価格(上記一部弁済による回収分相当額を担保を解除した不動産の実効担保価格とみて、これを残存する担保不動産の実効担保価格に加えた額)は約18億円~22億円とされた。
ウ 本件手形貸付けに係る48億4000万円はいまだ返済されていない。本件追加融資に係る20億円については、担保の実行等により一部回収されたが、貸付残高12億6816万4671円について回収が困難となっている。

3 第1審は、本件追加融資を決定した被上告人らの判断に取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があると判断して、遅延損害金請求の一部を棄却したほか、上告人の請求を認容した。これに対し、原審は、本件追加融資につき次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
G鑑定士による本件不動産の評価内容は正確性に欠けるが、短期間のうちに全国に散在する12件の不動産の担保価値を把握する必要に迫られていたことに照らすと、そのすべてについて実地調査その他の精密な検討を加えなかったからといって、評価方法がずさんであったということはできず、その評価内容が不当に高額なものであったとは認められない。したがって、被上告人らが、G鑑定士による調査結果を基礎として本件不動産に20億円を上回る担保余力があると判断したことが取締役としての忠実義務又は善管注意義務に違反するとはいえない。また、本件不動産について、平成2年6月に実施されたA銀行の内部調査でも約35億円の担保価値が認められていたことに照らすと、同年2月当時において、被上告人らが本件追加融資額である20億円を上回る担保余力を見込んだことをもって判断を誤ったということはできない。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係によれば、A銀行は、本件過振りの結果、B不動産に対して48億4000万円の無担保債権を有することとなり、その保全を図る目的でB不動産から本件不動産の担保提供を受けようとしたところ、担保を提供する条件としてB不動産に対する総額20億円の本件追加融資を求められたものであるが、B不動産は、本件過振りによって得た48億4000万円を株の仕手戦等に費消していて、過振りが継続されるか別途融資を受ける以外にはこれを返済する見通しがなかった上、資金繰りが悪化して近日中に不渡りを出すことが危ぶまれる状況にあったというのである。本件追加融資は、このように健全な貸付先とは到底認められない債務者に対する融資として新たな貸出リスクを生じさせるものであるから、本件過振りの事後処理に当たって債権の回収及び保全を第一義に考えるべき被上告人らにとって、原則として受け容れてはならない提案であったというべきである。それにもかかわらず、本件追加融資に応じるとの判断に合理性があるとすれば、それは、本件追加融資の担保として提供される本件不動産について、仮に本件追加融資後にその価格が下落したとしても、その下落が通常予測できないようなものでない限り、本件不動産を換価すればいつでも本件追加融資を確実に回収できるような担保余力(以下、このような担保余力を「確実な担保余力」という。)が見込まれる場合に限られるというべきである。したがって、A銀行の取締役であった被上告人らとしては、本件不動産について、総額20億円の本件追加融資の担保として確実な担保余力が見込まれるか否かを、客観的な判断資料に基づき慎重に検討する必要があったというべきである。
ところが、本件会議の席上で示された本件不動産の担保評価に関する判断資料としては、G鑑定士による評価額が約155億円であり、B不動産自身による評価額が200億円であるとの口頭の報告があったにすぎない。しかも、G鑑定士による評価額は、地上げ途上の物件も含めてすべてを更地として評価した場合の本件不動産の時価であって、およそ実態とかけ離れたものであり、また、B不動産自身による評価額についてもその根拠ないし裏付けとなる事実が示された形跡はうかがわれない。それにもかかわらず、被上告人らは、他に客観的な資料等を一切検討することなく、安易に本件不動産が本件追加融資の担保として確実な担保余力を有すると判断したものである。そして、前記認定事実によれば、本件追加融資の決定からわずか5か月後には、本件不動産の実効担保価格は約18億円~22億円程度にすぎなかったというのであり、この間、本件不動産について本件追加融資決定時には通常予測できないような価格の下落があったこともうかがわれないので、本件追加融資決定時において、本件不動産は、本件追加融資の担保として確実な担保余力を有することが見込まれる状態にはなかったというべきである。なお、原審は、平成2年6月に実施されたA銀行の内部調査でも本件不動産に約35億円の担保価値が認められていたというが、上記2(4)の経緯に照らせば、これが客観的な実効担保価格を示すものでないことは明らかである。
そうすると、B不動産に対し本件不動産を担保とすることを条件に本件追加融資を行うことを決定した被上告人らの判断は、本件過振りが判明してから短期間のうちにその対処方針及び本件追加融資に応じるか否かを決定しなければならないという時間的制約があったことを考慮しても、著しく不合理なものといわざるを得ず、被上告人らには取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。したがって、被上告人らは、商法266条1項5号に基づき、本件追加融資によってA銀行に生じた損害を連帯して賠償すべき責任を負うところ、前記事実関係によれば、本件追加融資により、回収困難となっている貸付残高相当額12億6816万4671円の損害がA銀行に生じたことが明らかである。
5 以上と異なる見解の下に、本件追加融資につき被上告人らの忠実義務、善管注意義務違反を否定して上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中被上告人らの控訴に基づいて第1審判決を変更した部分(主文第2項)は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、第1審判決中上告人の請求を認容した部分は正当であり、上記部分についての被上告人らの控訴はいずれも棄却すべきである。
なお、その余の上告については、上告受理申立書及び上告受理申立て理由書に遅延損害金の起算日に関する記載がなく、理由がないから棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)

++解説
《解  説》
1 本件は,北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)から債権譲渡を受けたX(株式会社整理回収機構)が,拓銀の元取締役であるYらに対し,融資に際し忠実義務,善管注意義務違反があったなどと主張して,平成17年法律第87号による改正前の商法266条1項5号に基づく損害賠償を請求した事案である。関連事件として,最二小判平20.1.28(平17(受)1440号)本号69頁〔カブトデコム関係〕及び最二小判平20.1.28(平18(受)1074号)本号56頁〔ミヤシタ関係〕がある。
1審は,融資に際しYらに忠実義務,善管注意義務違反があったと判断して,Xの請求を認容(ただし,遅延損害金請求については一部認容,一部棄却)した。これに対し,Yらが控訴し,Xも遅延損害金請求を一部棄却した部分に対して附帯控訴した。原審は,Yらの忠実義務,善管注意義務違反を否定して,原判決中Yらの敗訴部分を取り消した上,Xの請求を棄却するとともに,Xの附帯控訴を棄却した。これに対し,Xが上告受理申立てをしたのが本件である。
2 本件の事実経緯の概要は以下のとおりである。
(1) 拓銀千葉支店の副支店長は,平成2年1月10日以降(以下,特に断らない限り日付については平成2年である。),かねて取引関係のあったCの要請に応じ,ほぼ連日,(株)栄木不動産振出しの小切手について,当日他券過振りの処理(支払可能残高を超えて振り出された他行を支払銀行とする小切手について,これを交換に回す前に即日Cの口座に入金してこれを払い戻す処理)を行った(以下,一連の当日他券過振りを併せて「本件過振り」という。)。払戻金の大半は栄木不動産の預金口座に送金され,Cがその前日持ち込んだ小切手の決済資金に充てられたほか,C及び栄木不動産による仕手戦の株式購入資金等に用いられた。過振り金額は2月21日の時点では48億4000万円に達していた。
(2) Yらは,2月21日までに本件過振り事故の発生について認識した。栄木不動産の代表者Bは,同社が拓銀に対して48億4000万円の債務を負うことを前提に,同社の所有する12件の不動産(以下「本件不動産」という。)を担保提供すると申し出たものの,同月24日になって,同月中に栄木不動産に20億円の追加融資をするよう求め,それがなければ拓銀に担保提供することはできないなどと述べて追加融資を強く要請した。
同月26日に開催された会議において,不動産鑑定士Dによる本件不動産の評価額が約155億円であり,栄木不動産自身による評価額が200億円であることなどが口頭で説明された。Yらは,栄木不動産から本件不動産の担保提供を受けることを条件に,拓銀が栄木不動産に20億円の追加融資を行うことなどを決定した。
3 原審は,D鑑定士による本件不動産の評価内容は正確性に欠けるが,時間的制約があったことなどに照らすと,評価方法が杜撰であったということはできず,Yらが,D鑑定士による調査結果を基礎として本件不動産に20億円を上回る担保余力があると判断したことが取締役としての忠実義務,善管注意義務に違反するとはいえないなどと判示して,Yらの責任を否定した。
4 これに対し,本判決は,栄木不動産は近日中に不渡りを出すことが危ぶまれる状況にあるなど不健全な貸付先であったから,本件不動産について「確実な担保余力」(仮に追加融資後にその価格が下落したとしても,その下落が通常予測できないようなものでない限り,本件不動産を換価すればいつでも本件追加融資を確実に回収できるような担保余力)が認められる場合でない限り追加融資に応じるべきではないとの判断を前提に,Yらは,本件不動産の担保評価に際し,D鑑定士によるおよそ実態とかけ離れた評価額等のみを根拠とし,他に客観的な資料等を一切検討しなかったこと,本件追加融資決定時において,本件不動産は,本件追加融資の担保として確実な担保余力を有することが見込まれる状態にはなかったことなどから,本件追加融資を決定したYらには銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があると判断して,原判決を一部(Yらの控訴に基づき1審判決中Yら敗訴部分を取り消してXの請求を棄却した部分)破棄し,Yらの控訴を棄却した。なお,その余の上告(原判決中Xの附帯控訴を棄却した部分に対する上告)については理由がないとして棄却された。
5(1) 融資に関し取締役の忠実義務,善管注意義務が問題となった事案としては,甲社がグループ企業の関係にある乙社を支援するために無担保貸付け等を行った場合において,甲社の取締役に忠実義務,善管注意義務違反があるとした原審の判断を是認した最一小判平12.9.28金判1105号16頁があるが,銀行の取締役の忠実義務,善管注意義務違反の有無について判断した最高裁判例はない。
銀行の取締役の忠実義務,善管注意義務については,金融機関の公共性等の観点から,一般の企業の経営者よりも要求される注意義務の水準が高く,経営判断の裁量の幅が狭いとする裁判例もあるが(札幌地判平16.3.26判タ1158号196頁),他方で,金融機関とそれ以外の企業の取締役を特に区別することなく,通常の企業人としての注意義務を基準に決定すべきものとした裁判例もある(名古屋地判平9.1.20判タ946号108頁,判時1600号144頁〔中京銀行事件〕等)。金融機関に限らず,取締役に要求される注意義務の内容,程度は,当該業種や事業目的,企業規模等によって異なり得るものであるから,抽象的な「通常の企業人」を基準とするのではなく当該会社の属する業界・規模における通常の経営者を基準とするのが相当であると思われる(神崎克郎「銀行の取締役が融資の決定をする際の善管注意義務」金法1492号76頁,小林俊明「銀行取締役の注意義務と経営判断の原則」ジュリ1314号150頁)。銀行が公共性を有することのみから直ちに銀行の取締役が通常の企業よりも一般的に高度の注意義務を負うということはできないとしても,銀行については,事業経営の安定性,健全性が強く求められるという業界の特殊性があるから,投機的ないわゆるハイリスクハイリターンの取引を行うには慎重さが求められると考えられる。また,銀行の取締役には融資の専門家としての知識経験を有することが期待されるから,融資の審査,実行という場面では,通常の企業経営者より厳しく注意義務違反の有無が問われる傾向が強くなることは否定できないであろう(岩原紳作「金融機関取締役の注意義務―会社法と金融監督法の交錯」落合誠一先生還暦記念『商事法への提言』212頁等)。
本判決は,銀行の取締役の注意義務について一般的な判示をしたものではないが,Yらの判断が拓銀の取締役として著しく合理性を欠くものであったか否かを検討しており,拓銀と同程度の規模の銀行の取締役の有すべき知見及び経験等を基準としているものと解される。
(2) 本件では,本件過振り事故により拓銀は栄木不動産に対して48億4000万円の無担保債権を有することとなっており,緊急にその保全を計る必要があったという事情がある。他方で,追加融資先である栄木不動産は近日中に手形の不渡りを出すことが危ぶまれるなど,同社の事業収益等から融資金を回収することは期待できない状況にあったから,仮に追加融資を実行した場合,その回収は担保の実行によるほかはなかったものである。本判決は,このような事情を前提に,追加融資に応じることは,拓銀にとってかえって損失を拡大させるおそれがあったから,本件不動産に「確実な担保余力」がない限りはこれに応じるべきではないとの判断をしたものである。ところが,本件不動産の担保価値の判断資料としては,およそ実態とかけ離れたD鑑定士による評価額等があったのみで,Yらは,他に客観的な資料等を一切検討することがなかったというのであるから,杜撰であったと評価されてもやむを得ないと思われる。もっとも,追加融資決定時において,本件不動産が客観的に「確実な担保余力」を有していたとすれば,本件不動産の担保提供を受けて追加融資に応じるとの判断自体は,その時点において合理性のある判断であったということができる。しかし,本判決は,原審の認定した事実等に照らし,本件不動産は客観的にも「確実な担保余力」を有していたということはできないとした。その上で,本判決は,これらの事情に照らし,追加融資に応じることを決定したYらの判断は,拓銀の取締役としての忠実義務,善管注意義務に違反すると判断したものである。
6 本判決は,事例判断ではあるが,融資の際の銀行の取締役の忠実義務,善管注意義務違反の有無について最高裁として判断を示したものであり,実務上参考になると思われる。

(3)経営判断原則が用いられる場合の当事者の主張・立証責任

(4)Y1・Y2に注意義務違反があったといえるか

3.帰責事由

4.会社の損害

5.経営判断原則が用いられない場合

Ⅲ 法令違反行為と取締役の責任(1)過失による法令違反行為
1.法令違反行為と任務懈怠
(1)Y1・Y2の任務懈怠
(2)法令違反行為の場合の任務懈怠の捉え方

+判例(H12.7.7)
理由
第一 本件の概要
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 A證券株式会社(以下「A證券」という。)は、有価証券の売買、その媒介、取次ぎ及び代理、有価証券の引受け及び売出し等を目的とする我が国最大手の証券会社であり、被上告人らは、平成二年三月当時A證券の代表取締役の地位にあった者であり、上告人らは、A證券の株主である。
2 B株式会社(以下「B」という。)は、A證券の大口顧客であり、A證券は、昭和四八年三月からBと有価証券の売買等による資金運用の取引を継続し、また、Bの証券発行に際しては主幹事証券会社の地位にあって、多額の手数料収入を得ていた。
主幹事証券会社になると多額の引受手数料等の収入を得ることができるため、主幹事となることにつき証券会社相互間で競争があり、また、いったん主幹事から外れるとこれを取り返すことには困難が伴うため、各証券会社は、証券発行を行う事業法人との取引関係の維持、拡大に努めている。
3(一)委託者が受託者である信託銀行と締結した特定金銭信託契約に基づき、信託銀行が、証券会社にそのための口座を開設して、委託者の指図に従い有価証券の売買等を行う取引(以下「特金勘定取引」という。)のうち、委託者が投資顧問業者と投資顧問契約を締結することなく、専ら証券会社が委託者に代わって信託銀行に指図することにより運用されていたものがあり、「営業特金」と呼ばれていた。
(二)Bは、平成元年四月、C信託銀行株式会社(以下「C信託銀行」という。)との間で、Bを委託者、C信託銀行を受託者とし、期間を平成二年三月までとする特定金銭信託契約を締結して一〇億円を信託し、これに基づきC信託銀行がA證券に取引口座を開設して、有価証券の売買によるBのための資金運用が開始された。Bは右取引につき投資顧問業者との間で投資顧問契約を締結しておらず、営業特金による取引であった。
(三)Bのための特金勘定取引口座には、平成元年末ころに約二億七〇〇〇万円の損失が生じており、平成二年一月ころからの株式市況の急激な悪化によって、更に損失が拡大し、期間満了を待たずに取引を終了させた同年二月末ころには、損失額は約三億六〇〇〇万円となっていた。
4(一)D証券株式会社が大口顧客に対して約一〇〇億円に上る損失補てんをしていたなどと報道される中で、大蔵省は、平成元年一二月二六日、日本証券業協会会長あてに、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する証券局長通達(以下「本件通達」という。)を発し、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより、事後的な損失の補てんや特別の利益提供も厳にこれを慎むこと、特金勘定取引について、原則として、顧客と投資顧問業者との間に投資顧問契約が締結されたものとすること等について、所属証券会社に周知徹底させるべきものとした。その趣旨を徹底するために、同日付けの大蔵省証券局業務課長による各財務(支)局理財部長あての事務連絡が発せられ、証券会社に対し、既存の特金勘定取引について本件通達に沿う所要の措置を講ずべき期限は平成二年末までとし、各年三月末及び九月末に特金勘定取引の口座数、そのうち投資顧問契約のないものの口座数等を報告させるなどの指導をすべきものとされた。
(二)日本証券業協会は、平成元年一二月二六日、本件通達を受けて、同協会の内部規則である公正慣習規則第九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(以下「本件規則」という。)を改正し、「協会員は、損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘を行なわないことはもとより、事後的な損失の補填や特別の利益提供も厳にこれを慎む」ものとする旨の規定(同規則八条)を新設した。
(三)A證券を始めとする証券会社は、本件通達等の主眼が早急に営業特金の解消を求める点にあると理解し、株式市況が急激に悪化する中で顧客との関係を良好に維持しつつ営業特金の解消を進めていくためには、損失補てんを行うこともやむを得ないという考え方が大勢を占めるようになった。
5(一)A證券の担当者は、本件通達の直後から、Bの財務部長らと営業特金の解消について交渉したが解決に至らず、損失補てんをしなければ今後の取引関係に重大な影響が生ずると考えて、管理部門の最高責任者であった被上告人Eに対し、損失補てんの必要がある旨の報告をした。被上告人Eは、Bの営業特金については、有価証券市場が好況であった当時から損失が生じており、将来のBの証券発行に際しての主幹事証券会社の地位を失うおそれがあることも考慮して、損失補てんを実施する必要があると判断した。平成二年三月一三日、被上告人らが出席したA證券の専務会において、被上告人Eから、Bほかの顧客に生じた損失について総額約一六一億円の補てんをすることが提案され、了承された。なお、被上告人らは、右損失補てんの実施を決定するに当たり、その違法性の有無につき法律家等の専門家の意見を徴することをしなかった。
(二)A證券のBに対する損失補てん(以下「本件損失補てん」という。)の具体的な方法は、市場や一般投資者に影響が及ばないように外貨建てワラントの相対取引によることとされ、平成二年三月一四日、ルクセンブルク証券取引所に上場の大成建設ワラントをA證券がBに売却し、即日買い戻すという方法により実施された。この結果、Bは三億六〇一九万一一二七円の利益を得て、営業特金による損失が補てんされ、営業特金も解消された。
6 本件損失補てん後、A證券とBとの取引関係は維持され、Bが平成四年七月に三〇〇億円、平成五年三月に二〇〇億円の社債を発行した際、A證券は、その主幹事証券会社として一億二〇〇〇万円余の手数料を得るなど、既に相当額の収入を得ており、かつ今後も得られる見込みである。

二 本件は、A證券の株主である上告人らにおいて、本件損失補てんにつき、当時A證券の代表取締役であった被上告人らが取締役としての義務に違反して会社に損害を被らせたものであると主張して、被上告人らに対し、商法二六六条一項五号の規定(以下「本規定」という。)に基づく取締役の責任を追及する株主代表訴訟である。
原審は、(一)本件損失補てんは、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)五〇条一項三号、四号、五八条一号に違反しない、(二)本件損失補てんは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)二条九項三号に基づき公正取引委員会が指定した不公正な取引方法(昭和五七年同委員会告示第一五号。以下「一般指定」という。)の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、同法一九条に違反する、(三)しかし、同条は競争者の利益を保護することを意図した規定であって、同条違反の行為により損害を被るのは当該会社ではないから、同条違反が本規定にいう法令違反に含まれると解するのは相当でないなどとして、上告人らの本訴請求を棄却すべきものと判断した。
本件上告は、原審の右(一)及び(三)の判断が違法であるとして、原判決の破棄を求めるものである。

第二 上告人兼上告人Fの代理人亀田信男、上告代理人吉武伸剛、同飯田秀人の上告理由中、旧証券取引法違反に関する点について
前記事実関係の下において、本件損失補てんが、旧証券取引法五〇条一項三号、四号、五八条一号に違反するものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

第三 その余の上告理由について
一 株式会社の取締役は、取締役会の構成員として会社の業務執行を決定し、あるいは代表取締役として業務の執行に当たるなどの職務を有するものであって、商法二六六条は、その職責の重要性にかんがみ、取締役が会社に対して負うべき責任の明確化と厳格化を図るものである。本規定は、右の趣旨に基づき、法令に違反する行為をした取締役はそれによって会社の被った損害を賠償する責めに任じる旨を定めるものであるところ、【要旨1】取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定(以下、併せて「一般規定」という。)及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が、本規定にいう「法令」に含まれることは明らかであるが、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である。けだし、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからである。したがって、【要旨2】取締役が右義務に違反し、会社をして右の規定に違反させることとなる行為をしたときには、取締役の右行為が一般規定の定める義務に違反することになるか否かを問うまでもなく、本規定にいう法令に違反する行為をしたときに該当することになるものと解すべきである。
二 これを本件について見ると、証券会社が、一部の顧客に対し、有価証券の売買等の取引により生じた損失を補てんする行為は、証券業界における正常な商慣習に照らして不当な利益の供与というべきであるから、A證券がBとの取引関係の維持拡大を目的として同社に対し本件損失補てんを実施したことは、一般指定の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、独占禁止法一九条に違反するものと解すべきである。そして、独占禁止法一九条の規定は、同法一条所定の目的達成のため、事業者に対して不公正な取引方法を用いることを禁止するものであって、事業者たる会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定にほかならないから、本規定にいう法令に含まれることが明らかである。したがって、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施した行為は、本規定にいう法令に違反する行為に当たると解すべきものである
しかるに、原審は、独占禁止法一九条に違反する行為が当然に本規定にいう法令に違反する行為に当たると解するのは相当でないと判断しているのであって、この点において、原審は法令の解釈を誤ったものといわなければならない。

三 しかしながら、株式会社の取締役が、法令又は定款に違反する行為をしたとして、本規定に該当することを理由に損害賠償責任を負うには、右違反行為につき取締役に故意又は過失があることを要するものと解される(最高裁昭和四八年(オ)第五〇六号同五一年三月二三日第三小法廷判決・裁判集民事一一七号二三一頁参照)。
原審の適法に確定したところによれば、(一)被上告人らは、本件損失補てんが旧証券取引法あるいは本件通達に違反するものでないかどうかについては重大な関心を有していたが、それが一般の投資家に対して取引を勧誘するような性質のものではなかったことから、独占禁止法一九条に違反するか否かの問題については思い至らなかった、(二)被上告人らのみならず、関係当局においても、証券取引については所管の大蔵省によって証券取引法及びその関連法令を通じて規制が行われるべきであるとの基本的理解から、証券取引に伴う損失補てんが独占禁止法に違反するかどうかという問題は、本件損失補てんが行われた後一年半余にわたって取り上げられることがなかった、(三)公正取引委員会は、第一二一回衆議院証券及び金融問題に関する特別委員会が開催された平成三年八月三一日の時点においても、なお損失補てんが独占禁止法に違反するとの見解を採っておらず、公正取引委員会が、本件損失補てんを含む証券会社の一連の損失補てんが不公正な取引方法に該当し独占禁止法一九条に違反するとして、同法四八条二項に基づく勧告を行ったのは、同年一一月二〇日であった、というのである。
右事実関係の下においては、被上告人らが、本件損失補てんを決定し、実施した平成二年三月の時点において、その行為が独占禁止法に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を欠いたことにつき過失があったとすることもできないから、本件損失補てんが独占禁止法一九条に違反する行為であることをもって、被上告人らにつき本規定に基づく損害賠償責任を肯認することはできない
四 以上のとおりであるから、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施したことにつき、本規定に基づく損害賠償責任を否定すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響しない事項についての違法をいうものに帰し、採用することができない。
第四 G及び株式会社H設計事務所の上告審における地位について
商法二六七条に規定する株主代表訴訟は、株主が会社に代位して、取締役の会社に対する責任を追及する訴えを提起するものであって、その判決の効力は会社に対しても及び(民訴法一一五条一項二号)、その結果他の株主もその効力を争うことができなくなるという関係にあり、複数の株主の追行する株主代表訴訟は、いわゆる類似必要的共同訴訟と解するのが相当である。
類似必要的共同訴訟において共同訴訟人の一部の者が上訴すれば、それによって原判決の確定が妨げられ、当該訴訟は全体として上訴審に移審し、上訴審の判決の効力は上訴をしなかった共同訴訟人にも及ぶと解される。しかしながら、合一確定のためには右の限度で上訴が効力を生ずれば足りるものである上、取締役の会社に対する責任を追及する株主代表訴訟においては、既に訴訟を追行する意思を失った者に対し、その意思に反してまで上訴人の地位に就くことを求めることは相当でないし、複数の株主によって株主代表訴訟が追行されている場合であっても、株主各人の個別的な利益が直接問題となっているものではないから、提訴後に共同訴訟人たる株主の数が減少しても、その審判の範囲、審理の態様、判決の効力等には影響がない。そうすると、【要旨3】株主代表訴訟については、自ら上訴をしなかった共同訴訟人を上訴人の地位に就かせる効力までが民訴法四〇条一項によって生ずると解するのは相当でなく、自ら上訴をしなかった共同訴訟人たる株主は、上訴人にはならないものと解すべきである(最高裁平成四年(行ツ)第一五六号同九年四月二日大法廷判決・民集五一巻四号一六七三頁参照)。
したがって、本件において自ら上告を申し立てなかったG及び株式会社H設計事務所は上告人ではないものとして、本判決をする。
よって、裁判官河合伸一の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

++解説
《解  説》
一 本件は、大手証券会社Aが大口顧客である訴外会社Bに対して損失補填を行ったことによりAに補填相当額の損害を生じたとして、Aの株主であるXらが、その決定・実施に関わった当時のAの代表取締役であるYらに対し、商法二六六条一項五号に基づき損害賠償を求める株主代表訴訟である。
二 本件の事実関係及び訴訟経過の概要は次のとおりである(なお、詳細については判文を参照されたい。)。
1 Aは、大口顧客であるBと有価証券の売買等による資金運用取引を継続してきており、Bの証券発行に際しては主幹事証券会社の地位にあった。
2 Bは、訴外信託銀行との間で一〇億円の特定金銭信託契約を締結し、同銀行がAに開設した取引口座を通じて有価証券の売買を行う特金勘定取引を開始したが、実際にはAがBに代わって同銀行に取引の指図をすることによって運用されるいわゆる営業特金による取引であった。ところが、右取引により平成元年末には約二億七〇〇〇万円の損失が生じ、平成二年に入ってからの株式市況の急激な悪化により損失が更に拡大し、Bが期間満了を待たずに右取引を終了させた同年二月末には損失は約三億六〇〇〇万円に上っていた。
3 平成元年一一月ころから証券会社の大口顧客に対する損失補填が社会問題となり、大蔵省は、同年一二月二六日、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する証券局長通達(本件通達)を発し、証券会社において法令上の禁止行為である損失保証等による勧誘に限らず、事後的な損失補填等も厳にこれを慎むとともに、特金勘定取引についても顧客と投資顧問業者との間に投資顧問契約を締結させるべきものとした。日本証券業協会も、本件通達を受けて、同協会の内部規則である公正慣習規則第九号(本件規則)を改正し、事後的な損失補填等をも厳に慎むものとする旨の定めを置いた。
Aを始めとする証券会社においては、本件通達等の主眼が営業特金の早期解消にあると理解し、株式市況が急激に悪化する中で顧客との関係を良好に維持しつつ営業特金の解消を進めていくためには、損失補填を行うこともやむを得ないとする考え方が大勢を占めていた。
4 Aでは本件通達の直後からBと営業特金の解消に向けて交渉したが解決に至らず、Bとの円満な取引関係を維持するために損失補填を実施する必要があるとして、平成二年三月、Yらが出席したAの専務会においてBに対する損失補填が決定され、AがBに売却した外貨建てワラントを即日買い戻すという相対取引により実施された(本件損失補填)。この結果、Bは三億六〇〇〇万円強の利益を得て、営業特金も解消された。その後、AとBとの取引関係は良好に維持され、AはBとの取引により相応の利益を得ている。
5 Xらは、本件損失補填が①平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(旧証取法)五〇条一項等に違反する、②昭和五七年公取委告示第一五号の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、独禁法一九条に違反する、③取締役の善管注意義務・忠実義務に違反するなどとして、Yらに対し、商法二六六条一項五号に基づく損害賠償として損害金内金一億円の支払を請求している。
6 一、二審とも本件損失補填の独禁法一九条違反性のみを肯認したが、一審は、本件損失補填によりその後得られる利益を考慮すれば損害があるとはいえないとしたのに対し、原審は、独禁法一九条が競争者の利益を保護することを意図した規定であることを理由に、同条違反は商法二六六条一項五号にいう法令違反には含まれないとして、Xらの請求を棄却すべきものとした。これに対してXらのうち二名から上告がされたところ、最高裁は、商法二六六条一項五号にいう法令には、取締役を名あて人とし取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を定める規定のほか、会社を名あて人とし会社がその業務を行うに際して遵守すべき義務を定める規定も含まれるとした上で、Yらにおいて独禁法一九条違反の認識を欠いた点につき過失があったとはいえないとして、Yらの責任を否定した原審の判断を結論的に維持したものである。
二 取締役の任務は、会社の業務執行に関する意思決定に参画し、同時に他の取締役等の業務執行を監視するほか、取締役会からの委託等を受けて具体的な業務執行に携わるなど多岐に及ぶものであるところ、商法二六六条一項五号は、取締役がその任務を懈怠して会社に損害を被らせるすべての場合を包含する債務不履行責任であって、無過失責任であるとされる一ないし四号とは異なり、取締役の故意又は過失(帰責事由)を要すると解するのが通説及び判例(最三小判昭51・3・23裁判集民一一七号二三一頁)である。
そこでいう法令については、自己株式取得禁止(商法二一〇条)や競業避止義務(商法二六四条)等を定める商法中の具体的規定だけでなく、取締役の一般的な善管義務や忠実義務を定める規定(商法二五四条三項、二五四条ノ三)をも含むとするのが判例(最三小判昭47・4・25裁判集民一〇五号八四三頁)であり、従来の通説も、漠然と法令一般が含まれると考えていたようであるが、本件一審判決等を契機として、会社の財産・利益の保護を目的とする実質的意義の会社法に属する規定等に限定されるべきであるとする限定説が有力に唱えられる一方、これに対して、従来の通説とは異なる自覚的な非限定説が主張されるようになり、その中にも、法令違反行為があったからといって直ちに取締役の履行不完全と評価すべきではなく、法令違反の事実が主張立証されると、注意義務違反が事実上推定されるにとどまるとする見解や、取締役の法令遵守義務は、会社との間の委任契約に基づく善管注意義務とは別個の会社に対する義務であり、当該行為の決定に際して法令違反に当たることを知り得べき場合には、取締役に過失ありとして、損害賠償責任を負うとする見解が見受けられるなど、学説上議論が活発化していささか錯綜した状況にあって、下級審裁判例も分かれていたところである。
三 本判決は、商法二六六条一項五号にいう法令の意義について、取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定のほか、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定も含まれると解するのが相当であると判示して(判決要旨一)、前記限定説を採らないことを明らかにしている。営利法人である会社は会社ないしその所有者である株主の利益の極大化という目的を追求するものであるが、法認された社会的存在として、自然人と同様に、会社を名あて人とするあらゆる法令を遵守すべきは当然であり、取締役は、右の法令の直接の名あて人ではないが、受任者として会社に法令を遵守させるという義務を負い、その違反は取締役の責任原因となるものである。換言すれば、会社の意思決定に関与する機関たる取締役に対して、会社として法令を遵守するか否かに関して、これを否定する裁量権を認めることはできないというべきであろう。もっとも、本判決の採る立場は、前記の非限定説とも微妙に異なっており、近時の学説上の議論状況にかんがみて、漠然と法令一般が含まれるとしていた従来のいわば無自覚的な通説の見解を、明確な形で定式化し直したものと見ることもできるのではなかろうか。
取締役の会社に対する債務不履行責任は、いわゆる不完全履行の類型に属するものであるから、取締役の責任を追及する側で、問題とされている取締役の行為が取締役の受任者としての会社に対する義務に反するもの(受任者としての債務の本旨に従わざる履行)であることを主張立証しなければならない。商法二六六条一項は、各号で責任原因となるべき取締役の行為を列挙する形をとっており、五号にいう法令違反行為とは、不完全履行における履行不完全に相当する要件を規定しているものと解される。本判決は、取締役が会社をして会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定に違反させることとなる行為をしたときは、右行為が取締役の善管義務・忠実義務に違反することになるか否かを改めて問うまでもなく、商法二六六条一項五号にいう法令に違反する行為をしたときに該当する旨判示して(判決要旨二)、取締役の責任を追及する側において、取締役の行為が同号にいう法令(善管義務・忠実義務を定める規定を除く。)に違反するものであることを主張立証すれば、それにより直ちに履行不完全の要件を充足し、取締役側において、帰責事由(故意過失)の不存在又は違法性・責任阻却事由の存在を主張立証しなければならないことを明らかにした。前記非限定説の中には、商法二六六条一項五号にいう法令違反行為の主張立証がされても取締役の受任者としての義務違反を事実上推定させるにとどまるとする見解も見受けられるが、このように解するときは、取締役の個別的義務を定める規定及び会社が遵守すべき義務を定める規定が善管義務・忠実義務を定める規定の下位規範として位置付けられる結果となり、妥当でないとされたものであろう(河合裁判官の補足意見参照)。
本判決は、右の商法二六六条一項五号の解釈及び判断枠組みを前提とした上で、本件損失補填が独禁法一九条に違反するものであり、商法二六六条一項五号にいう法令違反に該当することを肯定しながら、Yらが本件当時において、その行為が独禁法に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を欠いたことにつき過失があったとすることはできないとして、Yらの損害賠償責任を否定した原審の判断を結論において是認している。具体的法令違反が問題となっている場合に法令違反の認識を欠いたことにつき過失がなかったとして取締役の賠償責任が否定された先例として、前掲最三小判昭51・3・23がある。本件では、Yらが本件損失補填の決定実施に当たって法律専門家の意見を聴くこともしていないにもかかわらず、法令違反の認識を欠いたことに過失がないとされるのは、本判決が指摘しているような本件当時の特殊な状況が存在していればこそであり、こうした形での免責が認められるのは極めて例外的なものというべきであろう。
また、本件損失補填の決定実施がYらの取締役としての善管義務・忠実義務に違反するか否かに関しては、Xらの上告理由において論旨となっていないことなどから、本判決は、この点につき明示的な理由説示をしてはいないが、右義務違反を否定した原審の判断を是認し得るものとしていることはいうまでもない。
四 最大判平9・4・2民集五一巻四号一六七三頁(玉串料大法廷判決)本誌九四〇号九八頁は、類似必要的共同訴訟である地方自治法二四二条の二に規定する住民訴訟においては、自ら上訴をしなかった共同訴訟人は、上訴人の地位には就かない旨判示して、類似必要的共同訴訟における上訴審での審判対象の問題と当事者の地位の問題が、従来考えられていたように分離不能なものではないことを明らかにした。
株主代表訴訟は、個々の株主が共益権に基づいて、実質的には他の株主全体を代表して、形式的には第三者の法定訴訟担当として提起追行する類似必要的共同訴訟であって、訴訟の構造ないし形式の点では住民訴訟のうちいわゆる四号訴訟に最も類似しているところ、個々の株主にとっての個別的具体的利益が直接問題となるものではなく、原告株主の数が提訴後に減少しても、審判の範囲、審理の態様、判決の効力には格別差違を生じない点や、株主全体の代表として訴訟を追行する意思を失った者に対して上訴人の地位に就き続けることを求めることが相当でないという点では、住民訴訟と基本的に変わるところはないことから、本判決は、大法廷判決の趣旨を推し及ぼして、複数の株主が共同して追行する株主代表訴訟においても、共同訴訟人である株主の一部の者のみが上訴した場合には、自ら上訴しなかった者は上訴人にはならないと判示した(判決要旨三)。本件では、自ら上告を提起したのは原審で参加した二名の株主だけであり、残りの二名は自ら上告をしていないところから、前者のみを上告人として取り扱っている。
五 取締役の責任が問題となるケースには、具体的法令違反が問題となるもの、経営判断の当否(善管注意義務)が問題となるもの、監視義務違反が問題となるものの三類型があるところ、本判決は、商法二六六条一項五号にいう法令の意義及び取締役の善管義務・忠実義務違反以外の具体的法令違反が問題となっている場合における判断枠組みに関して、最高裁として初めて明確な判断を示したものである。また、これらの点に関しては、河合裁判官の詳細な補足意見が付されており、法廷意見の採る立場を理論的に説明するとともに、取締役の責任追及の場面、とりわけ株主代表訴訟において問題とされることの多い取締役の責任の苛酷性ないし賠償金額の過大性という問題について、現行法下においても様々な工夫をこらすことによって妥当な結果を導くことが可能である旨説かれており、極めて示唆に富むものといえよう。平成五年の商法改正による貼用印紙額の固定化に伴って多数の株主代表訴訟が提起される一方で、株主代表訴訟制度をめぐる法改正への動きも活発化している昨今、裁判実務に大きな影響を有するだけでなく、会社経営陣に対しても遵法経営の必要性を強く迫るものであり、企業のコンプライアンスの観点からも注目すべき判例である。なお、本判決の評釈として、手塚裕之・商事一五七二号四頁、鳥山恭一・法セ五四九号一〇八頁等がある。

2.法令違反の認識を欠いたことについての過失

3.甲会社の損害
支出額を損害として認定するのか。総合考慮で行くのか・・・。

Ⅳ 法令違反行為と取締役の責任(2)法令違反の可能性はあった場合
1.Y1・Y2の任務懈怠
あくまでも独禁法19条に違反することを主張!

2.Y1・Y2の過失
経営判断原則を使用して過失がなかったとかしたい。
一般に、法令違反行為については経営判断原則は使用しないが。
←ほぼ確実に法令に違反することを認識していた場合だけどね。
+判例(東京地判H8.6.20)
第三 争点に対する判断
一 争点1について
原告ら引用の最高裁昭和四四年一一月二六日判決は、取締役の任務懈怠と第三者の損害との間に相当因果関係があるかぎり、会社が損害を被った結果ひいては第三者に損害を生じた場合(いわゆる間接損害の場合)も、商法二六六条ノ三に基づく損害賠償請求を認めるが、右判例の事案における第三者は会社の債権者であって、右判示を直ちに株主にも及ぼすことは相当でない。本件において原告らが主張している株主としての損害は、取締役の行為により会社財産が減少した結果としての保有株式の価値低下である。株主は商法二六六条ノ三にいう「第三者」におよそ当たらないと解すべきかどうかは別として、右のような損害に関する限り、会社財産が回復されれば、株主の損害も回復される。また、商法二六六条ノ三の適用範囲を考えるにあたって、商法上の他の制度、原則との調和を視野に入れるべきことは当然であるが、取締役がその任務に違反して会社に損害を与えた場合は、本来、会社が取締役に対する損害賠償請求を行うべきであり、会社が取締役との癒着等により、その請求を怠っているときは、株主は代表訴訟を提起することができる。この場合も、株主は、会社への賠償を請求することができるだけであって、自己に対する給付を求めることはできない。このような場合に株主への直接賠償を認めることは、利益配当等によらず株主への会社財産の分配を認めるに等しいから、資本維持の原則に反し許されないのである(株主への直接賠償を認めた場合、これが履行されれば、二重払いを正当化する根拠は見い出し難いから、取締役は免責されざるを得ない)商法二六六条ノ三においては、取締役の責任を認める主観的要件が商法二六六条より加重されているからといって、資本維持の原則を無視してよい理由にはならないのであって、結局、会社財産の減少による株式の価値低下という間接損害については、株主は商法二六六条ノ三に基づく請求を行うことはできないと解すべきである。
よって、第一事件の主位的請求は理由がない。

二 争点2について
原告らが、債権者代位の被保全権利の一つとして主張する債権は、公共航空が和解で認めた民法四四条に基づく損害賠償請求権だというのであるが、その損害の内容が公共航空の一般財産の減少による保有株式の価値低下であることは記録上明らかであるところ、一において述べたと同様の理由によりこのような請求権は商法に照らして認め難く、右損害は民法四四条にいう「他人に加えたる損害」にあたらないと解すべきである。このように法律上認められない請求権を、原告らが完全に支配する会社に承認させる和解は、公序良俗に反し、無効というべきである。

三 争点3について
1 取締役は、株主総会で選任され、いわば株主の委託を受けて会社経営にあたっているものであるから、職務の執行に際し株主の意向を尊重すべきであることは当然であるが、取締役は総株主のために職務執行にあたるべきであり、その責任は総株主の同意がなければ免除できないのであって、いかに有力であれ一部の株主の指示・承認に基づいて行動したというだけでは、免責されない。また、会社や株主に対する責任ではなく、債権者等の外部者に対する責任は、たとえ総株主の承認があったからといって免除されるものではない。主要な債権者の指示・承認を得ていたことが、会社の他の債権者に対する免責事由にならないことはいうまでもない。
したがって、被告が、公共航空の主要な債権者であり株式の大部分を持つ銀河計画破産管財人と協議しつつ、その指示・承認に基づいて資産処分等を行っていたとしても、直ちに善管注意義務・忠実義務違反にならないとはいえない
2(一) 北九州格納庫の敷地問題
争いのない事実及び丙一六、一七、二八ないし三〇、四〇ないし四八によれば、次の事実が認められる。
公共航空は、昭和五六年三月一〇日、前川電機鋳鋼所の取締役である西龍夫との間で、同人が所有する北九州小倉格納庫の敷地について、賃料を3.3平方メートル当たり月五〇〇円、期間を同年四月一日から昭和六一年三月三一日までと定めて賃貸する旨の賃貸借契約証書を作成したが、公共航空は、その後も西龍夫に賃料を支払ったことはなく、その代わり右格納庫で前川電機鋳鋼所所有のムーニー式M二〇型航空機の整備等を無償で行っていた。
ところが、右賃貸借期間内である昭和六〇年一月三〇日、同年二月一日から昭和六一年一月三一日までの一年間、賃料一平方メートル当たり月一八〇円(総額一二万円)で右土地を、前川電機鋳鋼所が公共航空に賃貸する旨の賃貸借契約書が作成される一方、同日、契約期間を右と同一、月間料金を八万円として、右航空機の整備等に関する契約書が、前川電機鋳鋼所と公共航空との間で作成されている。しかし、前川電機鋳鋼所はその後も整備等の料金の支払いはしていない。そして、前記のように、前川電機鋳鋼所から、昭和六〇年二月から五月までの賃料不払いを理由として、賃貸借契約解除の意思表示を受けたため、被告は、取り敢えず四か月分の賃料相当額を前川電機鋳鋼所に送金し、前川電機鋳鋼所から土地明渡訴訟を提起されたが、公共航空は昭和六〇年九月北九州運航所を閉鎖し、同六一年五月二一日格納庫について強制競売開始決定がなされたのち、同年一一月二五日、土地賃貸借契約の解除を確認し、昭和六〇年六月一日以降の賃料相当損害金の支払を免除する内容の訴訟上の和解が成立している。
右の事実経過には、昭和六〇年一月三〇日付けの各契約が締結された事情等、はっきりしない点も多いが、右事実からする限り、格納庫敷地の利用契約は、形式的に賃料は定めていたものの、現実には航空機の整備等を対価とするものであったと見るのが相当であり、前記の賃料不払いが解除事由になるかどうかは疑わしい。
また、和解で敷地を明け渡したことについても、北九州運航所の閉鎖、格納庫が差押えを受けたという事情も加わっており、単純に賃料不払いによる解除を承認したものとは考え難い。したがって、右明渡しが被告の注意義務違反に当たると認めることはできない。また、損害についても、原告らは、借地権の喪失により近隣土地の公示価格の七割が損害であると主張するだけで、現実の損害額を認めるに足りる証拠はない。
よって、北九州格納庫の敷地問題について、被告の損害賠償責任を認めるに足りる証拠はない。
(二) 慶良間飛行場の敷地問題
(1) 慶良間飛行場敷地の賃貸借契約については、座間味村は賃料支払の催告をすることなく解除通知を行い、公共航空は解除通知受領後一九〇万円の賃料を座間味村に提供したが、受領を拒絶されたため、被告は直ちにこれを供託したものと認められる(被告)。
会社の賃借物件の賃料の支払が契約どおり履行されるよう管理することは、管理職間に事務分掌が存在する程度の会社であれば、何か問題が起きている場合は別として、通常は、せいぜい経理担当者レベルの事務処理事項であろう。当時、公共航空は一応の事務分掌組織をもっていたこと(甲四三)、本件は無催告解除であり、解除通知後、賃料の提供と供託を行っており、飛行場敷地という賃借物件の性質も考慮すると、解除が無効とされる可能性は高いと思われること等からして、代表取締役としての被告に善管注意義務違反が認められるかどうかは、いささか疑わしい。慶良間飛行場が公共航空の事業の核をなす重要な資産であること、座間味村の解除通知到達前にすでに北九州格納庫敷地の賃料不払い問題が発生していたことを重視し、業務管理の不適切・不十分を根拠に善管注意義務違反を認める余地はあると考えるとしても(原告渋谷逸雄から業務、経理の引継ぎがなかったとすれば、就任後直ちに業務等の把握に努めるべきであるから、引継ぎがなかったことは、被告の代表取締役としての注意義務を免除するものとはいえない)、重過失までは認められない。
(2) 次に、訴訟上の和解により、慶良間飛行場の施設を琉球エアーコミューターに一億五三〇〇万円で売却するなどしたことが、取締役としての任務違反になるかどうかであるが、当時、公共航空は、すでに銀行取引停止処分を受け、また同飛行場に関する権利を担保とする約束で二億円を借り受けていたケラマ観光飛行場株式会社からは破産申立をされ、最大の債権者である銀河計画破産管財人の債務弁済の要求に応じなければならず、その他にも労働関係債務、国税等の支払があるという状況であって、売却可能な遊休資産があったわけでもない公共航空にとって、慶良間飛行場等の資産処分による弁済原資の調達を図ることはやむを得ない状態であったと認められる(前述のように、座間味村の解除は無効の可能性が高く、豊富な弁護士スタッフを擁していた銀河計画破産管財人がそのことを考えなかったはずはないから、賃料不払いが慶良間飛行場処分を余儀なくさせたという可能性は、客観的にも主観的にも小さいものと思われる)。
(3) そして、売却するとなれば、離島の飛行場という特殊な物件であるから、買い手は限られ、売却価格についても相当のデスカウントをせざるを得なくなるのは、常識的なことであろう。原告渋谷逸雄は、慶良間飛行場の建設費は一一億円であったと述べるが、それを裏付ける資料はなく(乙一の昭和六〇年三月三一日現在の貸借対照表で、どの勘定科目が慶良間飛行場に関係するのかはっきりしないが、航空機、有価証券、長期貸付金等、明らかに飛行場施設に関係がないと認められる勘定科目を除外すると、固定資産の総額は五億円に満たないことからも、右建設費の金額には疑問がある)、また、敷地の時価が約六億三〇〇〇万円であり、借地権価額はその約七割にあたる四億四〇〇〇万円とするのも、根拠薄弱といわざるを得ない。
(4) したがって、慶良間飛行場の処分について、被告の任務違反とそれに基づく損害の発生を認めるに足りる証拠はない。また、那覇・慶良間二地点間旅客輸送事業からの撤退は、慶良間飛行場施設の琉球エアーコミューターへの譲渡に当然に伴うものであるから、この点について独自の注意義務違反を考える余地はない。
(三) 那覇運航所の閉鎖
甲五九によれば、原告らの主張する営業収益は売上に過ぎないことが明らかであり、運航所の閉鎖による損害が特定年度の売上の三倍に当たるとする根拠はないから、原告らの主張は理由がない。
(四) 航空機の処分等
(1)ア 原告ら主張のように、朝日航洋に譲渡担保に供した航空機一三機の、担保権実行の際の価格評価が不当に低かったとすれば、公共航空は清算金請求権を有していることになるから、右価格評価と相当な価格との差額が、当然に損害となるわけではない。
イ 争いのない事実及び甲八〇、丙五〇、五一によれば、公共航空は、國場組からの借入金により、朝日航洋から航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二二五、JA五二三二)を買戻したが(原告らはその代金額が一億三〇三一万円であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない)、右借入金を返済できなかったので、航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二三二、JA三四二八)の所有権を國場組に移したこと、平成二年一月二五日付の債務弁済公正証書によれば、公共航空の國場組に対する債務は一億四九六六万一六二七円と確認されていたが、その後公共航空の代表者が原告渋谷逸雄になってから、公共航空、原告らと國場組との間で、右航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二三二、JA三四二八)の所有権が國場組に帰属するのを確認するとともに、債務額を一億〇八六六万一六二七円と確認し、なお原告ら及び公共航空が五〇〇万円を支払うなど和解契約上の義務を履行すれば一億〇三六六万一六二七円の債務を免除する等の和解をしたことが認められる。
右によれば、國場組への航空機の所有権移転当時の合意がどうであったかはともかく、実質的には航空機四機を四一〇〇万円と評価して債務額をその分減じたものと見られる。
ウ 原告らが、本件各航空機の相当な価格の根拠とする甲五二は、昭和六〇年一月、当時公共航空の取締役であった原告橋本洋を始め銀河計画関連の航空会社所属の者四名が集まって、航空機の使用料金を決める目的で評価した結果であるが、中古の航空機の場合、耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間といった点も価格に大きな影響があるのに(原告橋本、丙四八)、データとしては型式、製造年月日、総飛行時間程度が考慮されたに過ぎず、最高五五〇〇万円から最低一六五〇万円まで評価が分かれるものがあるなど、全ての機体について評価者による価格の差が著しく、腰だめ的な評価の感を免れないのであって、信頼できるものであるとは、とてもいえない。甲二一も甲五二を参考として作成されたものでしかない。
したがって、甲五二、二一は、各処分ないし購入時における本件各航空機の相当な価格を認定できる証拠とはならない。
エ 以上によれば、朝日航洋による譲渡担保の実行、朝日航洋からの航空機の買戻し及び國場組への航空機の所有権の移転により、公共航空に原告ら主張のような損害が生じたことを認めるに足りる証拠はないことに帰する。
(2) 航空機JA五二二五については、調査嘱託の結果、甲四二、七四ないし七六及び原告橋本によれば、同機は公共航空が所有していたが、平成二年一月二五日被告に対し売買を理由として所有権移転の登録がなされた後、平成三年一月から東邦航空株式会社に賃貸されていたところ、同年一二月に飛行中のエンジン火災により使用不能となり、平成四年一一月東京海上火災保険株式会社から二四〇五万五九〇七円の保険金が支払われていること、被告に対する所有権移転につき取締役会の承認はなく、平成四年一〇月、原告渋谷逸雄から被告に対して、右所有権移転は無償譲渡であるとし、詐害行為取消権等の行使により同機の引渡等を求める訴えを提起したところ、被告は平成五年三月一一日の口頭弁論期日において請求を認諾したことが認められる。
右事実によれば、JA五二二五は、商法二六五条に違反して被告に無償譲渡されたものであり、被告は右任務違反行為につき悪意があると認められる。被告は、同機は自己が購入し公共航空の名義にしておいたJA三四二八と交換したものである旨主張するが、裏付け証拠を欠き、採用できない。
そして、JA五二二五について支払われた保険金額は、同機の喪失により少なくとも右金額程度の損害が生じることを示すものといってよい。もとより、被告の任務違反行為時と事故時及び保険金支払時とはずれがあり、それぞれの時点で耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間がどうであったかといった点は不明であるが、任務違反行為から事故までの約二年間で機体の損耗は進んでいると思われることを考慮すれば、耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間等から任務違反行為時の方が同機の価値は低かったという反証のない本件においては、右保険金額をもって、被告の任務違反行為による損害と認めるのが相当である。
(五) 支払手数料及び寄付金
第一九期決算書に計上された支払手数料が不当な支出であったと認めるに足りる証拠はない。前期よりも支払手数料の額が多いというだけで、直ちに不当な支出があったと推認することはできない。
また、丙四九によれば、寄付金勘定に計上された一億九九六六万五六四二円は、原告らと銀河計画との昭和五九年一二月五日の株式譲渡契約において原告渋谷逸雄に無償譲渡することとされた地図事業部門の什器備品等について、本来、第一八期に寄附金処理すべきであったものが、第一九期にずれ込んで処理されたものと認められる(乙一の貸借対照表上の原材料、貯蔵品、仕掛品、機械装置、車輛運搬具、工具器具備品及び製品は地図事業部門の資産と思われるが、その合計数値と、金額的にも一致する)。
よって、この点について取締役の任務違反及び損害の発生は認められない。
(六) 破産管財人に対する債務承認
被告が銀河計画破産管財人との間で作成した公正証書に基づいて、公共航空が破産管財人に実際の借入金額以上に返済した事実を認めるに足りる証拠はないから、損害の立証がない。原告らは、右公正証書に基づき強制執行を受けたことにより公共航空が八〇〇万円の出費を余儀なくされた旨主張するようでもあるが、公正証書に過大な債務の記載がなされたことと、右出費との間に相当因果関係があることについて、主張立証がない。
3 甲七八によれば、公共航空は平成六年三月三一日現在で九一二四万三八四四円の債務超過状態にあったことが認められ、右事実及び弁論の全趣旨によれば、口頭弁論終結時においても大幅な債務超過状態にあることが推認される。したがって、第一事件の予備的請求は、原告渋谷逸雄が、公共航空に対する求償権を保全するため、航空機JA五二二五の違法処分に関し公共航空が被告に対して有する二四〇五万五九〇七円の損害賠償請求権を行使する限度で理由がある(右の点に関する限りで、商法二六六条の三に基づく請求も理由がある)。
しかし、第一事件のその余の予備的請求については、以上に述べたとおり、被告の任務違反行為、債権侵害行為あるいは損害を認めるに足りる証拠がなく、理由がない。

四 争点4について
商法二六七条に基づいて、株主が会社に対し、取締役の責任追及の訴えを提起するよう請求したのに、会社が三〇日以内に訴えを提起しない場合、一般的には、会社が訴えを提起しなかった理由の如何を問わず、株主は代表訴訟を提起することができると解すべきである。しかし、取締役の会社に対する責任の追及は、本来、会社が自ら行うべきものであって、株主代表訴訟は、会社が株主の意思に反して権利の行使を怠る場合のための制度である。また、商法二六七条四項が、訴訟の目的の価額の算定につき、株主代表訴訟を「財産権上ノ請求ニ非サル請求ニ係ル訴」と見做し、請求額の如何にかかわらず申立手数料が一律に八二〇〇円となっているのも、株主代表訴訟が株主の会社業務に対する監督是正権の行使という側面を持つ点が考慮されていると解されるのであって、取締役の責任追及一般について、申立手数料の軽減化が図られているわけではない。会社が訴えを提起する場合は、もちろん請求額に従った通常の申立手数料が必要とされるのである。したがって、会社と株主が意思を通じて、ただ申立手数料の節約を図ることを目的として株主代表訴訟を利用することは、まさに制度の濫用であり、許されないというべきである。
原告らは公共航空の株式の大部分を保有するとともに、原告ら金員が公共航空の代表取締役を始めとする役員に就任しており、原告ら以外の役員はいない。つまり、原告らが被告の責任追及を相当と認めたが、会社は不相当という見解の下に訴えを提起しなかったというようなことは考えられないのであって、弁論の全趣旨によれば、本件代表訴訟の提起は、もっぱら申立手数料の節約を図ることを目的としたものであることが認められる。
よって、本件代表訴訟の提起は訴権の濫用に当たるから、訴えを却下すべきである。
(裁判長裁判官金築誠志 裁判官棚橋哲夫 裁判官鈴木芳胤)

++解説
《解  説》
一 A会社は、航空運送事業等を目的とする株式会社であり、その株式の大部分をX1ないしX9(X1ら)が、保有するいわゆる同族会社であったが、X1らは、右株式をB会社に売り渡した。その後、B会社が代金完済前に破産したため、X1らは、株式売買契約が破産法五九条により解除されたとして、B会社破産管財人に対し、株券の引渡を請求し、また、右株式譲渡後、A会社の代表取締役となったYの行為により、会社財産が減少し、X1らが株価減少により、総額二〇億円の損害を受けたなどとして、Yに対して商法二六六条ノ三等、A会社に対して民法四四条等、B会社破産管財人に対して民法七〇九条に基づき、右二〇億円の一部である二億円の損害賠償を請求した。
B会社破産管財人に対する訴訟は、裁判上の和解(この結果、株式がX1らに復帰し、X1がA会社の代表取締役、X2~X9が取締役・監査役に就任した)、A会社に対する訴訟は、訴え取下(X1が同社の代表取締役として、取下に同意)により終了し、X1らのYに対する請求のみが残されていた。
X1らは、終結段階に至り、Yに対し、損害の残部一八億円について、株主代表訴訟を提起した。
本判決は、A会社の債権者たる地位に基づくX1の予備的請求(債権者代位・商法二六六ノ三)の一部を認容したが、株主たる地位に基づくX1らの主位的請求については、会社財産の減少による株式の価値低下という間接損害については、商法二六六条ノ三に基づく請求を行うことはできない等として、その余のX1らの請求を棄却し、株主代表訴訟については、もっぱら申立手数料の節約を図るものであり、訴権の濫用に当たるとして、訴えを却下した。
二 取締役の違法行為により会社財産が減少し、株式の減価という間接損害を被った場合、株主は、商法二六六条ノ三に基づく請求を行うことができるか。
損害と取締役の善管注意義務違反の行為との間に相当因果関係があれば、取締役は、第三者に対して同条所定の責任を負うとされており(最判昭44・11・26民集二三巻一一号二一五〇頁、本誌二四三号一〇七頁)、間接損害も商法二六六条ノ三の「損害」に含まれることは明らかである。
しかし、間接損害ではあっても、株価の減少の場合は、取締役が会社に損害を賠償すれば、株主も持分価値を回復するはずであるから、取締役が株主に対し責任を負うとする必要はないし、逆に、取締役が株主に対し責任を負うとすると、株主に賠償すれば会社に対する責任もその分だけ減少すると解さざるを得ないが、そうなると責任の免除に総株主の同意が必要なことと矛盾し、取締役に対する損害賠償債権という会社財産を株主が割取する結果となり、資本充実原則に反する。したがって、結論としては、株主に商法二六六条ノ三に基づく請求を認めないとする方が妥当ではないかと思われ、現に学説の多数を占める(大隅健一郎=今井宏・会社法論(中)〔第三版〕二七〇頁、河本一郎「商法二六六条ノ三第一項の『第三者』と株主」服部榮三先生古希記念論文・商法学における論争と省察二五八頁など)。本判決もこの多数説と同様、株主が会社の一般財産の減少により株式価値の低下という損害(間接損害)を被った場合については、株主は「第三者」に含まれないと解して右の結論を導き、X1らの主位的請求を棄却した(右の最高裁判例は、会社債権者を原告とするものであり、事案を異にする)。
三 民法一条三項は、「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」と規定し、これは、権利一般に妥当するものと解されるが、訴権も権利の一種であるから、訴えの提起が権利の濫用として許されない場合があり得る。会社法上の訴えの提起が訴権の濫用とされた例として最判昭53・7・10民集三二巻五号八八八頁が存するが、株主代表訴訟の提起に関し、本判決は、やや特殊ではあるが、一事例を加えるものといえよう。
株主の動機・目的が売名等の個人的な、それ自体は必ずしも芳しくないものであっても、会社の損害が回復されれば、客観的には株主全体の利益になるから、訴権の濫用とはいい難い。しかし、動機・目的が法制度上容認できない不法不当なものであるときは、訴権の濫用として訴えを却下すべき場合があり得るとされている。
本判決は、①取締役の責任追及は、本来、会社が自ら行うべきものであって、株主代表訴訟は、会社が株主の意思に反して権利の行使を怠る場合のための制度であること、②株主代表訴訟の申立手数料が請求額の如何にかかわらず八二〇〇円とされているのは、株主の会社業務に対する監督是正権の行使という側面を持つ点が考慮されているのであり、取締役の責任追及一般について申立手数料の軽減化が図られているわけではないことから、会社と株主が意思を通じて、ただ申立手数料の節約を図ることを目的として株主代表訴訟を利用することは、まさに制度の濫用であり、許されないと判示し、X1らが、A会社の株式の大部分を保有し、役員の全員であって、X1らがYの責任追及を担当と認めたが、A会社は不相当という見解の下に訴えを提起しなかったというようなことはあり得ない事案であったこと等から、もっぱら申立手数料の節約を図ることを目的としたものであると認定して、株主代表訴訟の訴えを却下した。

・違反するかどうか確実ではなかったような場合は経営判断原則を認めてもよいのでは!
→過失の有無について
情報収集や検討に一時利子依不合理はなかったか。そのような情報収集に基づいて取締役が当該行為を選択したことに著しい不合理がなかったか。

Ⅴ 任務懈怠責任が問題となる2つの事案

Ⅵ おわりに


会社法 事例で考える会社法 事例7 株主総会の準備が大変


Ⅰ 解答に当たっての考え方
1.本問のレベル
2.紛争防止型問題

+判例(福岡地判H3.5.14)

3.その他

Ⅱ 第2会場の適法性

+判例(大阪地判H10.3.18)
第四 争点に対する判断
一 当事者間に争いのない事実及び証拠(乙一、二ないし六、八の1、2、九、検乙二、三、検証、証人松枝、同楠及び原告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。
1(一) 被告は、平成八年五月二〇日、取締役会を開催して本件総会の招集を決定し、同月一一日、株主に対してその旨の通知を発送した。ところが、その後、銅地金取引による損失問題が明らかになったことから、被告は、同年六月一四日、損失問題を関係当局やマスコミなどに公表した。また、被告は、損失問題に伴い、一億二〇〇〇万円の取締役賞与金及び二五〇億円の株式消却積立金の計上を取り止めるとともに、新たに一五〇〇億円の特別損失積立金を計上することにし、同月一九日、取締役会を開催して、第一号議案(第一二八期利益処分案承認の件)を修正し、第三号議案(利益による株式消却のための自己株式取得の件)を撤回する旨の提案を本件総会で行うことを決定した。
被告は、株主に、右の提案を事前に知ってもらうため、個別に通知を発することを検討したが、日程や株主数などの関係から個別の通知が不可能であったため、同月二〇日、右取締役会の決定事項を朝日新聞及び日本経済新聞の全国版に掲載し、本件総会に出席した株主には、会場において、第一号議案の修正と第三号議案の撤回の趣旨を説明した資料を配付した。
(二)(1) 被告は、損失問題がマスコミを通じて報道されたことにより、例年より多数の株主が本件総会に出席すると予想したが、既に招集通知を発送し終わっていたことから、この時点で会場を変更し、そのことを株主に通知することは不可能であった。
そこで、被告は、当初予定していた会場を「第一会場」とし、その西側の隣室を「第二会場」、第一会場の東側の部屋を「第三会場」として準備し、第一会場の座席を例年よりも小さな椅子に変更するなどしてこれに備えた。そして、第二会場には、大型モニターテレビ三台を配備するとともに、第一会場株主席の後方に二台(内一台は予備)及び議長席の後方に一台それぞれビデオカメラを設置し、株主席後方のビデオカメラは広報室の職員がそのそばで操作して株主席後方から議長席側を、また、議長席後方のビデオカメラはシステム統括部の職員が事務局席の隣室に設置されたモニターテレビの映像とマイクを通した音声を見聞きしながら操作して議長席後方から株主席側を撮影し、第二会場に設置されたモニターテレビを通じて、第一会場の状況を放映するようにした。また、議長が第二会場の状況を把握するため、第二会場内にテレビカメラを設置するとともに、第一会場の議長席背後の事務局席にモニターテレビを設置し、右モニターテレビに第二会場のテレビカメラの映像を映し出し、さらに、第一会場及び第二会場の直ぐ近くの議決権集計室と議長席後方の事務局席に、直通の電話回線を設置し、第二会場内の動きなどが電話で事務局に伝わるようにした
第一会場及び第二会場などの位置関係、形状、議長席や役員席などの配置、モニターテレビやビデオカメラなどの配置状況は、別紙株主総会会場見取図のとおりである。
なお、被告は、本件総会をマスコミに公開するため、本件総会の会場と同じ建物の一〇階に一〇〇名程度収容できる部屋を用意し、第一会場の状況を映し出すため、モニターテレビを設置した。
(2) 被告は、会場の警備、警戒に当たるため、第一会場に警備員五名を配置するとともに、議場の広さから質問者にマイクを使用して発言してもらうため、議長が指名した株主にマイクを渡すために係員二名を配置し、これら二名の係員を含む案内係四名を配置した。また、第二会場には、案内係三名と警備員一名を配置し、第二会場の案内係三名は、株主に対する一般的な場内案内のほか、第二会場に質問者などがある場合に、速やかに第一会場に誘導するとともに、議長席の背後の事務局席に直通電話で連絡することになっていた。そして、これらの係員は、「株主総会事務局」と表示した名刺大のプレートを左胸に着用していた。
(三) 被告は、本件総会に先立ち、東京で二回、大阪で一回、株主総会のリハーサルを実施し、東京でのリハーサルは、被告の役員が多数であることから、出席役員を二組に分けて二回実施され、いずれのリハーサルも、想定問答に従って、被告の従業員が質問をし、議長をはじめ役員がこれに回答するという形で行われた。また、大阪でのリハーサルは、本件総会の前日の午後五時から、被告の全役員と四、五〇名の従業員株主が出席して行われ、役員の入場、議長の報告、被告の従業員による想定問答に従った質問とそれに対する議長又は役員による回答など、本件総会の手順に従って実施され、その際、議長の報告の終了や付議などの議事進行の節目で、従業員株主から一斉に「異議なし」「了解」との発言がなされていた。
被告は、全議案について株主から一括して質問を受けた後、各議案を付議するという議事進行を予定していたが、各議案を付議した段階で株主からの質問があれば、適宜受け付けることとしていた。

2 本件総会の会場は、午前八時に開場し、被告の係員は、到着した株主から順次第一会場に入場させ、第一会場が満席となった時点で第一会場の扉を閉め、その後に到着した株主を第二会場に入場させた。被告は多数の株主が出席することを予想していたが、出席した株主はすべて第一会場及び第二会場に収容され、結局、第三会場を使用するには至らなかった。そして、第一会場の前半分に、一般の株主とともに、従業員株主が四、五〇名着席していた。
原告代表者は、午前九時四〇分ころ、本件総会の会場に到着し、受付を済ませると、被告の係員から、第二会場に誘導された。この時、係員から原告代表者に、それが第二会場であることについて特に説明はなく、第二会場に入場した後も、係員からそこが第二会場であることや質問の仕方などについて特に説明はなかった。

3(一) 本件総会は、定刻の午前一〇時に開会し、まず、事務局から出席株主数及び株式数などの報告がなされ、秋山議長が、銅地金取引による損失問題に関する経過、現状及び見通しについて説明し、役員全員が起立して、株主に対し陳謝したところ、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、第一号議案の修正及び第三号議案の撤回についての趣旨説明をし、引き続いて、監査役から監査報告がなされたが、この時点で、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。次いで、秋山議長が、第一二八期営業報告書、貸借対照表及び損益計算書の内容について報告すると、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがり、さらに、秋山議長が、損失問題についての管理体制を強化する旨を説明すると、一部の株主から「責任を取れ」という不規則発言があったものの、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、あらかじめ株主から提出されていた質問書に対して、一括して回答するため、橋本副社長を指名し、橋本副社長は、質問書に対して回答していったが、回答の節目で、一部の株主から不規則発言はあったものの、従業員株主を中心として一斉に「了解」との声があがった。次いで、秋山議長は、松岡常任監査役を指名し、松岡常任監査役は、損失問題を発見できなかったことについて回答したところ、同様に、従業員株主を中心として一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、第一号議案の修正及び第三号議案の撤回を提案したところ、株主からも会社側の提案と同旨の動議が提出され、従業員株主を中心に「異議なし」「賛成」といった声があがり、これらを議案とすることが承認された。
(二) 秋山議長は、報告書、報告事項及び修正案を含む全議案について議場に質問、意見を促し、暫時株主からの質問を待ったが、第一会場及び第二会場の株主からは質問や意見は出なかった。そこで、秋山議長は、議案の審議に入り、第一号議案の修正議案を付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがったので、第一号議案を修正案どおり承認可決した。秋山議長は、第二号議案、次いで、第三号議案の撤回を付議したところ、同様に、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがったので、これらについて承認可決された。
(三) 原告代表者は、第二会場で、同所に設置されたモニターテレビを通じて第一会場の様子を見ていて、秋山議長が全議案について議場に質問、意見を促したときも、誰かが質問すると思い、自ら質問することを考えていなかった。しかし、秋山議長が第一号議案について付議し、これが承認可決された時も、何ら株主からの質問がなされなかったことから、自ら質問をしようと思い、第二会場を見渡したところ、第二会場にいた係員がそれを見つけた。その係員は、原告代表者に質問をするのかどうかを確認した上、原告代表者を第一会場に誘導するとともに、直通電話で、議長席の背後の事務局へ連絡した。この間、第一会場では、第一号議案の修正議案、第二号議案及び第三号議案の撤回が付議され、いずれも株主の賛成多数により承認可決されていた。
秋山議長は、第四号議案を付議したところで、第二会場に質問者がいることを知り、議事の進行を止め、原告代表者が第一会場に入ってくるのを待って、原告代表者にマイクを渡すよう係員に指示した。
(四) 原告代表者は、第一会場の議長席から見て左手後方の左端に誘導され、被告の係員が原告代表者のために補助椅子を用意した。秋山議長から原告代表者に対し、質問者の名前の確認がなされた後、原告代表者は、第四号議案について質問し、損失問題について取締役の責任を明らかにするため、取締役の退任を求めたところ、秋山議長は、原告代表者を含めた株主らに謝罪した上、会社の信用を回復することが現在の責務であると回答した。
原告代表者は、秋山議長の回答の途中から、「あなたにはできない。」とか、「新しい方が追求したらいい。」などと発言し、他の株主からも不規則発言がなされたが、別の株主から「了解」との発言があり、さらに、「議事進行」との発言もあったことから、秋山議長は、第四号議案について付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「了解」との声があがり、第四号議案は承認可決された。原告代表者は、第四号議案についてさらに質問したいと考えていたが、秋山議長からの指名はなく、第四号議案が承認可決された後も、その場に腰掛けて第一会場にいた。
(五) 続いて、秋山議長は、第五号議案について議場に付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがり、第五号議案は承認可決された。
原告代表者は、秋山議長が第五号議案を付議するや、右の「異議なし」「賛成」との発言とほぼ同時に、「できない、できない。」と発言し、株主票をあげて中腰の姿勢で「発言」「発言」と言って、秋山議長に発言を求めたが、この時議場は、「異議なし」「賛成」の声とともに、株主からの不規則発言もあって、やや混乱していたことから、原告代表者の発言は、秋山議長の席にまでは届いていなかった。また、秋山議長は、第五号議案を付議した後、手元の進行表を確認したが、質問者がいるかどうかを確認するため、議場を見渡すということはせず、第五号議案の付議とともに、「異議なし」「賛成」との声があったことから、第五号議案の承認可決を確認し、株主総会の閉会を宣言した。
この間、原告代表者は、前記の発言に続けて、「秋山さん、発言させてくださいよ。」と言い、さらに、近くにいた係員に「マイク、マイク」などと言って、マイクを渡すよう求めたが、係員は原告代表者にマイクを渡さなかったので、原告代表者は、「秋山さん、発言ささんか、株主に。」などと言って発言を求め、さらに、「何でそんな人らに慰労金渡すんや。」「功労がないやろが。」などと言っていた。そして、秋山議長が、株主総会の閉会を宣言し、新任の取締役の紹介をしていたときも、原告代表者は、「取締役もやめろ。」「秋山さん、あなたねぇ。株主無視するんですか。」などと発言していた。

二 争点1(一)について
1 原告は、本件総会の開催に当たり、<1>株主が会場に入場する前に、第一会場に出席して質問できることをあらかじめ文書、口頭で説明していなかった、<2>第二会場の株主から質問がなされた場合、直ちに第一会場へ誘導できるよう配慮し、その間議事を一時中断するなどして、第二会場の株主が発言できるよう両会場の一体性を確保しなかった、<3>各議案の審議に入った後も、各議案ごとに第一会場の株主のみならず、第二会場の株主にも質問がないかどうかを促し、発言の機会を与えるため相当の猶予をおかなかったとして、株主である原告の質問権を侵害したと主張する。
2(一) 右<1>の主張について
一の事実によると、被告は、本件総会において、株主が会場に入場する前に、第一会場に出席して質問できることをあらかじめ文書ないし口頭で説明していないことを認めることができる。
しかし、原告代表者を含め本件総会に出席した株主は、被告の株主総会であることを認識して出席しているのであるから、会社としては、株主から質問の要求があれば、直ちにそれに対応できるような態勢を整えておけば足りるというべきところ、一1(二)(2)の事実によると、被告は、第二会場の株主についても、質問の要求があれば、第一会場に誘導して質問ができるような態勢を整え、原告代表者もそれに従って実際に質問をしているのであるから、原告主張の説明等ないことをもって直ちに株主である原告の質問権が侵害されたということはできない。
(二) 右<2>の主張について
一の事実によると、被告は、第二会場に事務局係員であることが分かるように「株主総会事務局」と表示した名刺大のプレートを左胸に着用した係員三名を配置し、同会場の株主から質問の要求があった場合、直ちに第一会場の事務局席に直通電話でその旨を連絡するとともに、質問のある株主を同会場に誘導して質問ができるよう配慮し、原告代表者もそれに従って第一会場に案内されて質問をしたこと、秋山議長は、第二会場に質問者がいるとの連絡を受けるや直ちに議事を中断して、原告代表者が第一会場に入場するのを待って、原告代表者に質問の機会を与えたことを認めることができるから、第一会場と第二会場が分断され、質問の機会を逸するような一体性に欠けていたとまで認めることはできない。
もっとも、原告代表者が第一会場に移動する間、第一会場では、第二号議案及び第三号議案の審議が進められ終了するに至っていたが、秋山議長は、本件総会において、各議案の審議に入る前に、全議案について一括して株主に質問の機会を与えているし、原告代表者が第一会場に移動する時間もごくわずかで、第二会場の係員から議長への連絡にも多少の時間を要することも考慮すれば、この間、第一会場で議事が進行したとしても、これをもって、第一会場と第二会場の一体性が損なわれているとは到底いえない。
(三) 右<3>について
一の事実によると、本件総会において、秋山議長は、各議案の審議に入った後、各議案ごとに第一会場及び第二会場の株主に質問がないかどうかを促していないが、議案の審議に入る前に、全議案について一括して質問を受け付けることを、第一会場又は第二会場と議場を区別することなく議場に示し、暫時株主からの質問を待っていたし、議案の審議に入った後も、株主からの質問があれば、質問を受け付ける態勢をとり、現に、質問を求めた原告代表者に質問の機会を与えていることが認められるから、被告は、第一会場のみならず第二会場の株主にも質問する機会を与えたものということができる
3 したがって、被告は、本件総会において、株主の質問権に対する配慮を怠っていたとはいえず、原告の質問権を侵害したとも認め難いので、この点に関する原告の主張は理由がない。

三 争点1(二)について
1 原告は、被告が、本件総会に先立ち、従業員株主らと株主総会の議事進行について、あらかじめリハーサルをし、本件総会当日、従業員株主らを、第一会場の前半分の座席に着席させ、秋山議長と共謀の上、リハーサルどおり、秋山議長の提案に対し、瞬時に「議事進行」「異議なし」「了解」などと大きな声をあげさせて、他の株主に質問する余裕を与えないで議事を進めたとして、このような議事進行及び決議方法が著しく不公正であると主張する。
2(一) 被告が本件総会の前日に行った大阪でのリハーサルに、従業員株主も出席し、議長の報告や付議に対し、「議事進行」「異議なし」「了解」などと一斉に発言していたこと(この点について、証人松枝は、このようなことをさせていない旨の供述をしているが、右供述は、証人楠の供述に徴し採用し難い。)、本件総会の当日、従業員株主四、五〇名が第一会場の前半分に着席していたこと、本件総会において、これら従業員株主が、秋山議長らの報告や付議に対し、一斉に「賛成」「異議なし」「了解」などの声をあげていたことからすれば、このような従業員株主の発言は、被告が予定した株主総会の議事進行の一環と見ることができる。
(二) ところで、一般に、多数の株主が出席する大企業の株主総会において、円滑な議事進行が行われることは、会社ひいては株主にとって重要なことであり、特に、大企業の場合、いわゆる総会屋などによって株主総会の円滑な進行が阻害されることがあるなどの事情からすれば、会社が円滑な議事進行の確保のため、株主総会の開催に先立ってリハーサルを行うことは、会社ひいては株主の利益に合致することであり、取締役ないし取締役会に認められた業務執行権(商法二六〇条一項)の範囲内に属する行為であるということができる。
しかし、リハーサルにおいて、従業員株主ら会社側の株主を出席させ、その株主らに議長の報告や付議に対し、「異議なし」、「了解」、「議事進行」などと発言することを準備させ、これを株主総会において実行して一方的に議事を進行させた場合は、株主の提案権(商法二三二条ノ二)や取締役・監査役の説明義務(同法二三七条ノ三)などの規定を設けて、株主総会の活性化を図ろうとした法の趣旨を損ない、本来法が予定した株主総会とは異なるものになる危険性を有するばかりか、一般の株主から質問する機会を奪うことになりかねないところがあるなど、株主総会を形骸化させるおそれが大きいともいえる。
したがって、従業員株主らの協力を得て株主総会の議事を進行させる場合、一般の株主の利益について配慮することが不可欠であり、右従業員株主らの協力を得て一方的に株主総会の議事を進行させ、これにより株主の質問の機会などが全く奪われてしまうような場合には、取締役ないし取締役会に認められた業務執行権の範囲を越え、決議の方法が著しく不公正であるという場合もあり得るということができる。
(三) 前記事実によると、本件総会において、従業員株主四、五〇名が、第一会場の前半分に着席し、秋山議長の報告や付議に対して、一斉に「賛成」「異議なし」「了解」などと声をあげて、議事を進行していることが認められるが、他方、秋山議長は、各議案の審議に入る前に、全議案について一括して質問を受け付けることを議場に示し、暫時株主からの質問を待っていたのであり、また、各議案の審議に入った後も、株主からの質問があれば、質問を受け付ける態勢をとり、現に、原告代表者に質問の機会を与えたように、一般の株主に質問の機会を与えていることが認められる。
右の事実によると、本件総会の議事進行及び決議方法は、議場の雰囲気とも相まって、一般の株主の質問の機会を事実上奪うおそれがあるなど、法が本来予定した株主総会のあり方に徴し、いささか疑問のあるところもないではないものの、右認定のような質問の受け付け方等の事実からすると、本件総会における決議の方法が著しく不公正であるとはいえない
なお、原告は、従業員株主をリハーサルに参加させたことをもって、それ以外の一般株主と取扱を異にするもので不公正であると主張するが、従業員株主がリハーサルに参加したことにより株主として何らかの利益を受けたわけでもないから、株主平等の原則を損なうものではない。
よって、原告の主張はいずれにしても理由がない。

四 争点2(一)(1)について
原告は、本件決議2が被告の定款二〇条に違反することをもって、無効な決議である旨主張するが、決議の内容が、定款に違反したとしても、決議取消事由となるにすぎず(商法二四七条一項二号)、決議無効事由となるものではない。
よって、本件決議2が被告の定款に違反するかどうかについて判断するまでもなく、原告の右主張は失当である。

五 争点2(一)(2)について
1 退任取締役の退職慰労金も、それが報酬の後払いとしての性格を有する限り、商法二六九条にいう「報酬」に該当するが、退任取締役の退職慰労金について、明示もしくは黙示的にその支給に関する基準が存在し、株主総会が、右基準によって具体的な金額、支給時期、支給方法などを定めるべきものとして、その決定を取締役会に委任する決議をしても、取締役によるお手盛りの弊害は生じないから、このような株主総会決議は、商法二六九条に違反するものではない
そして、被告には、役員退職慰労金算定基準が存在し(乙七)、本件決議2は、右の基準によって退職慰労金を支給することを取締役会に一任しているから、本件決議2は何ら商法二六九条に違反しない
2 これに対し、原告は、一般個人が株式を保有する機会が増えている状況や、株式会社の所有者である株主に情報を公開すべきであるとの理念などからすると、右のような判例の見解は、時代の要請に合致しないし、また、この見解は、会社経営が安定し、従来の黙示的・明示的な支給基準を当てはめることが当期においても相当と考えられる状況を前提とし、本件総会のように、巨額の損失が発生している状況の下ではこの判例によることはできないとして、本件決議2が商法二六九条に違反すると主張する。
しかし、原告が主張するような、会社経営が安定し、従来の黙示的・明示的な支給基準を当てはめることが当期においても相当と考えられる状況を前提としているかどうかは、株主総会の決議により、退任取締役の退職慰労金の支給決定を取締役会に委任することが、商法二六九条に違反するかどうかということと関連を有するものではなく、また、一般個人が株式を保有する機会が増えている状況や、株式会社の所有者である株主に情報を公開すべきであるとの理念などによって、株主総会の右決議が影響を受けるものでもない。
よって、原告の右主張は、商法二六九条の解釈を誤った独自の見解といわざるを得ず、理由がない。

六 争点2(二)(1)について
原告は、前記二1と同様、株主の質問権が侵害されているから、本件総会決議2は、商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ法令ニ違反スル場合」に該当する旨主張する。
しかし、右主張に理由のないことは、前記二2判示のとおりである。
よって、原告の右主張は理由がない。

七 争点2(二)(2)について
1 原告は、秋山議長が、第五号議案を付議した後、原告代表者が質問を求めていることを知りながらこれを無視し、顔を上げて、会場に質問者がいるかどうかを確認することもなく、從業員株主らがリハーサルどおり瞬時に行った「異議なし」の声に乗じて、右議案が可決されたものとみなしていること、仮に、原告代表者の声が秋山議長に聞こえていなかったとしても、それは、秋山議長が従業員株主らと共謀して、第五号議案を付議した後、瞬時に「異議なし」の大声が出されることにより、一般株主の声がかき消されることを予定しているとして、本件決議2が商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ著シク不公正ナルトキ」に該当する旨主張する。
2(一) 前記一3(五)の事実によると、秋山議長は、第五号議案を付議した後、手元の進行表を確認していたため、視線を議場にやって、質問者がいるかどうかの確認をしていない。
この時、原告代表者は、第五号議案が付議されるや、「異議なし」「賛成」の声とほぼ同時に、「できない、できない。」と言い、株主票をあげて中腰の姿勢で「発言」「発言」と言っているが、原告代表者の発言は秋山議長にまで届いていないし(証人羽生は、原告の発言は秋山議長にまで届いていた旨供述しているが、同証人は、原告代表者のすぐ近くに着席し、秋山議長の近くに着席していたわけではないから、右供述の信用性には疑問がある。)、仮に秋山議長が原告代表者の発言を聞いたとしても、この時の原告代表者の発言内容や態度、他の株主からの発言などにより議場がやや混乱していたことからすれば、この時の原告代表者の発言は、客観的には不規則発言とみるべきもので、質問を求めていると認めることはできない。
したがって、秋山議長が、原告代表者が質問を求めていることを知りながらこれを無視したとは認めることができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
(二) また、秋山議長が第五号議案を付議すると、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」の声があがり、これは、被告が予定した議事進行によるものであるが、前記判示のように、秋山議長は、各議案を付議する前に、全議案について一括して株主の質問の機会を与えていたし、被告は、本件総会をマスコミに公開していたことなど前記事実に徴すると、秋山議長が従業員株主と共謀して、一般株主の声がかき消されることを予定していたとは認めるには至らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) もっとも、株主に対し質問の機会を広く与えるという見地からすれば、第五号議案を付議した際、質問者がいるかどうかを確認しなかった秋山議長の議事進行は、やや問題があったことは否めないが、前記三で判示したように、本件総会の議事進行をもって、「決議ノ方法ガ著シク不公正」であるとは認めることはできず、この点に関する原告の右主張は理由がない。
八 以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官松山恒昭 裁判官末吉幹和 裁判官小林邦夫)

Ⅲ 入場資格の確認

+(議決権の代理行使)
第三百十条  株主は、代理人によってその議決権を行使することができる。この場合においては、当該株主又は代理人は、代理権を証明する書面を株式会社に提出しなければならない
2  前項の代理権の授与は、株主総会ごとにしなければならない。
3  第一項の株主又は代理人は、代理権を証明する書面の提出に代えて、政令で定めるところにより、株式会社の承諾を得て、当該書面に記載すべき事項を電磁的方法により提供することができる。この場合において、当該株主又は代理人は、当該書面を提出したものとみなす。
4  株主が第二百九十九条第三項の承諾をした者である場合には、株式会社は、正当な理由がなければ、前項の承諾をすることを拒んではならない。
5  株式会社は、株主総会に出席することができる代理人の数を制限することができる。
6  株式会社は、株主総会の日から三箇月間、代理権を証明する書面及び第三項の電磁的方法により提供された事項が記録された電磁的記録をその本店に備え置かなければならない。
7  株主(前項の株主総会において決議をした事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除く。次条第四項及び第三百十二条第五項において同じ。)は、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。
一  代理権を証明する書面の閲覧又は謄写の請求
二  前項の電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求

・本人から議決権行使書面を預かって持参しても委任状には当たらない!

Ⅳ 従業員株主の配置等

・議長整理権限という観点から。
+(議長の権限)
第三百十五条  株主総会の議長は、当該株主総会の秩序を維持し、議事を整理する。
2  株主総会の議長は、その命令に従わない者その他当該株主総会の秩序を乱す者を退場させることができる。

善管注意義務に沿って行使されなければならない!
→相当な範囲にとどまればよし。

・株主の平等という観点から

109条1項の株主平等原則の1内容と考えるのか、一般法理として考えるのか。

+(株主の平等)
第百九条  株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない。
2  前項の規定にかかわらず、公開会社でない株式会社は、第百五条第一項各号に掲げる権利に関する事項について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる。
3  前項の規定による定款の定めがある場合には、同項の株主が有する株式を同項の権利に関する事項について内容の異なる種類の株式とみなして、この編及び第五編の規定を適用する。

+判例(H8.11.12)
理由
上告人高橋安明の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告会社の株主である上告人高橋は、平成二年六月二八日、被上告会社の第六六回定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)に出席するため、本件株主総会の会場である被上告会社本社ビルの前で、開門前の早朝から、被上告会社の原子力発電所に関する経営方針に反対する他の株主と共に列に並び、午前八時の開門と同時に本社ビルに入り、受付手続を済ませて会場に入場した。
2 被上告会社は、昭和六三年一月及び二月、原発反対派の者に本社ビルを取り囲まれたり、深夜数時間、ビルの一部を占拠されたことがあり、更に平成二年三月に結成された「未来を考える脱原発四電株主会」等の差出人から、本件株主総会の前に一〇〇〇項目を超える質問書の送付を受けていたことなどから、本件株主総会の議事進行が妨害されたり、議長席及び役員席を取り囲まれたりするといった事態が発生することをおそれ、被上告会社の株主である従業員ら(以下「従業員株主ら」という。)にあらかじめ指示し、本件株主総会当日、従業員株主らをして午前八時の受付開始時刻前に会場に入場させ株主席のうち前方部分に着席させた。
3 会場には株主席として約二三〇の椅子が並べられていたが、上告人高橋が会場に到着した時には従業員株主らが既に株主席の最前列から第五列目までのほとんど及び中央部付近の合計七八席に着席していた。上告人高橋は、前から第六列目の中央部付近に着席した。
4 上告人高橋は、本件株主総会において、議長から指名を受けた上で動議を一度提出した。

二 上告人高橋の本件請求は、本件株主総会の会場において希望する座席を確保するために被上告会社本社ビルの近くに宿泊して本件株主総会当日に早朝から入場者の列に並んだが、被上告会社から従業員株主らとの間で前記の差別的取扱いを受けたことにより、希望する席を確保することができず、これによって精神的苦痛を被り、更に宿泊料相当の財産的損害を被ったと主張して、被上告会社に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めるものである。

三 株式会社は、同じ株主総会に出席する株主に対しては合理的な理由のない限り、同一の取扱いをすべきである。本件において、被上告会社が前記一の2のとおり本件株主総会前の原発反対派の動向から本件株主総会の議事進行の妨害等の事態が発生するおそれがあると考えたことについては、やむを得ない面もあったということができるが、そのおそれのあることをもって、被上告会社が従業員株主らを他の株主よりも先に会場に入場させて株主席の前方に着席させる措置を採ることの合理的な理由に当たるものと解することはできず、被上告会社の右措置は、適切なものではなかったといわざるを得ないしかしながら、上告人高橋は、希望する席に座る機会を失ったとはいえ、本件株主総会において、会場の中央部付近に着席した上、現に議長からの指名を受けて動議を提出しているのであって、具体的に株主の権利の行使を妨げられたということはできず、被上告会社の本件株主総会に関する措置によって上告人高橋の法的利益が侵害されたということはできない。そうすると、被上告会社が不法行為の責任を負わないとした原審の判断は、是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
上告人佐々木徹の上告について
本件記録によれば、上告人佐々木は、平成五年八月四日に上告受理通知書の送達を受けたが、右送達の日から五〇日を経過した後の同年九月二七日に上告理由書を提出したことが明らかである。したがって、上告人佐々木の上告は不適法として却下すべきである。
よって、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 本件の事案の概要は次のとおりである。
電力会社であるY社は、平成二年六月開催の株主総会について、それまでの原発反対派の行動から、議事進行が妨害されたり、議長席及び役員席が取り囲まれたりする事態が発生することをおそれ、従業員株主らをして、受付開始時刻前に株主総会の会場に入場させた。そのため、他の原発反対株主とともに早朝から玄関前に並び開門と同時に会場に向かったXが会場に到着したときは、既に従業員株主が株主席の前方に着席しており、Xは、希望する席に座ることができなかった。Xは、Y社に対し、右の差別的取扱いを受けたことについて、①それによって被った精神的損害の賠償及び②総会で希望する席を確保するために近くに宿泊した宿泊料相当の損害の賠償を求めた。なお、第一審に提訴した六名のうち、控訴したのは二名であり、またそのうちの一名は、上告に際し、上告理由書の提出が期間(民訴規則五〇条)を徒過したために上告が却下された。本判決においては、X一名の上告に対して実質的な判断が示されている。
二 第一審(高松地判平4・3・16判時一四三六号一〇二頁)及び原審(高松高判平5・7・20本誌八三三号二四六頁)は、いずれもXらの請求を認めなかった。しかし、その理由は異なる。第一審は、Y社の取扱いの必要性、妥当性には疑問が残るが、これによってXらが株主権の行使に関して、具体的な不利益を受けたことを認めることができないとした。これに対し、原審は、Y社の措置は株主総会の議事運営を円滑に進行させるためのやむを得ない方策であり、合理的な理由による株主間の差別的取扱いであって、総会の会場設営に関する裁量権の濫用、逸脱はなかったことを主たる理由とし、付従的に、Xらが株主権の行使について実質的な不利益を受けていなかったことを挙げた。
三 本判決は、Y社が議事進行の妨害等の事態が発生するおそれがあると考えたことについてはやむを得ない面があったということができるが、そのおそれのあることをもって、従業員株主らを他の株主よりも先に入場させて株主席の前方に着席させる措置を採ることの合理的な理由に当たるものと解することはできず、Y社の措置は適切なものではなかったとして、原審の見解を採らないことを明らかにした。しかし、本件においては、Xが会場の中央部付近に着席した上、議長からの指名を受けて動議を提出しているのであって、具体的に株主の権利の行使を妨げられたということはできず、Y社の措置によってXの法的利益が侵害されたということはできないとして、原告の請求を棄却すべきものとした原審の判断を維持した。
四 本判決が判示した、同じ株主総会に出席する株主に対しては合理的な理由のない限り、同一の取扱いをすべきであるということは、株主平等の原則の現れといえよう。株主平等の原則は、いうまでもなく、株主としての資格に基づく法律関係については、原則としてその所有する株式の数に応じて平等の取り扱いを受けることをいい(鈴木=竹内・会社法〔第三版〕一〇六頁)、株式会社における最も重要な原則のひとつとされる。判例にも株主平等原則に反することを理由にして特定の大株主に対する金員の贈与契約を無効とした例(最三小判昭45・11・24民集二四巻一二号一九六三頁)がある。本件においては株主総会会場への入場方法、入場の時刻、着席場所に関し株主の間で差別的取扱いをすることに合理的な理由が認められないとされたわけである。
五 株主総会における株主の権利としては、①議決権の行使(商法二三九条)の外、②取締役から計算書類の提出を受け、その報告を受けること(同二八三条一項)、③取締役等に対し、説明を求めること(同二三七条ノ三第一項)等がある。本件では、右の権利行使を妨害されたとの主張はなく、会場の中央部付近に着席し、現に議長からの指名を受けた上で動議を提出しているXは、Y社の措置によって法的利益を侵害されたということはできないとされた。法的保護に値する利益の侵害が認められない以上、不法行為に基づく損害賠償請求が認められないことは、異論のないところであろう。
六 株主総会の運営等に関心が寄せられている現在、本判決が株主総会実務に与える影響は少なくないと考えられる。我が国の株主総会の実状については、商事法務一四四一号に詳細な紹介がある。なお、本判決については既に末永教授が商事法務一四四三号二頁に検討結果を発表されている。

Ⅴ 株主提案の取扱い

+第三百四条  株主は、株主総会において、株主総会の目的である事項(当該株主が議決権を行使することができる事項に限る。次条第一項において同じ。)につき議案を提出することができる。ただし、当該議案が法令若しくは定款に違反する場合又は実質的に同一の議案につき株主総会において総株主(当該議案について議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の賛成を得られなかった日から三年を経過していない場合は、この限りでない。

・提案権行使が権利の濫用に当たるのであれば、取り上げなくてもいいかも。
でも、無難さを求めるなら・・・。

Ⅵ 採決の方法

・拍手による採決
+判例(東京地判H14.2.21)
第三 争点に対する判断
一 争点(1)
株主総会における決議については、法律に特別の規定がないから、定款に別段の定めがない限り、議案に対する賛否あるいは反対が可決ないし否決の決議の成立に必要な数に達したことが明確になったときに成立するものであり、従って、決議の方法についても、定款に別段の定めがない限り、議案の賛否について判定できる方法であれば、いかなる方法によるかは総会の円滑な運営の職責を有する議長の合理的裁量に委ねられているものと解される。
しかるところ、被告の定款に、原告主張のように賛否を集計し明示すべきことを決議方法として定める規定が置かれていること、あるいは原告主張のような決議の方法が確立した慣行として一般的に定着していることを認めるに足りる証拠はなく、他方で、既に述べたとおり、本件株主総会の議長は、総会において、各議案ごとに出席した株主に対して挙手による採決を求め、これに応じた出席株主による議決権行使の状況と議決権行使書面による賛否の集計結果とを勘案し、第一号議案ないし第六号議案については可決されたこと及び第七号議案については否決されたことが明らかであったことから、その旨を議場で報告したものである。
以上によれば、本件株主総会においては、各議案に対する決議は相当な方法で実施され、出席株主もその議決権を行使しており、各決議が有効に成立したものであることは明らかであり、他に本件における決議の方法が会議の一般原則あるいは慣行に違反し株主の議決権の行使を不当に制限したり、あるいは決議の内容に不当な影響を及ぼすような特段の事情を窺わせるに足りる証拠はない
なお、株主による同一議案の再提案権の有無をめぐる不確定な状況については、紛争が現実化した段階で別途の手続により解決が図られるべきものであり、このこと自体をもって決議取消の訴えの理由となるものではない。
以上から原告の請求は失当である。
二 争点(2)
以上のとおり、本件決議の方法は相当であり、原告の主張するような不法行為は、いずれも認めるに足りる証拠はない。
三 したがって、原告の請求にはいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永野厚郎 裁判官 河本晶子 新田和憲)

・成否が微妙な場合
+判例(東京地判H16.5.13)
第3 当裁判所の判断
前記第2のとおり、本件訴訟では、被告の株主総会でなされた別紙総会決議目録記載の本件各決議に関し、被告の取締役及び監査役が商法237条の3で規定された説明義務を尽くしたといえるか否かが争点となっている。そこで、以下では、まず、同条で要求されている取締役及び監査役の株主総会における説明義務の範囲と程度(説明義務の限界)をどのように解するかの点と、取締役及び監査役が行った説明が、同条で要求されている説明義務を尽くしたといえるか否かの具体的な判断基準について検討する。そして、その上で、本件各決議について、共通する個別審議方式の採用の問題について検討し、その後個別の争点の検討を行うこととする。

1 商法237条の3で規定された説明義務の範囲と程度について
商法237条の3第1項は、株主が総会において会議の目的たる事項に関して質問を求めた場合、取締役及び監査役は、その事項について説明すべき義務を負う旨規定する。これは、取締役及び監査役に対し、会議の目的たる事項、すなわち株主総会における報告事項及び決議事項について、株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うため、必要な説明を受け得ることを保障したものである。そこで、取締役及び監査役が負うとされる説明義務の範囲と程度の問題について検討すると、同条項ただし書では、会議の目的たる事項に関しないときは株主の質問に対する説明を拒絶することができるとしてその範囲を画しているが、定時株主総会においては、会議の目的たる事項は、報告事項であると決議事項であると問わず、その範囲に含まれることからすると、同条項ただし書を形式的に適用した限りでは、取締役及び監査役が説明を拒み得る事項は、限定されざるを得ないことになる。しかし、取締役及び監査役がこのような説明を行うのは、株主が会議の目的たる事項を合理的に理解し、判断するためのものであることは明らかであるし、一方で、商法247条1項1号が、決議の方法が法令に違反したときには、決議の取消しを請求できると定めており、取締役及び監査役の説明義務の違背が決議の取消事由とされていることからすると、ここでいう説明義務の範囲と程度には自ずから限度があり、株主が会議の目的たる事項の合理的な理解及び判断をするために客観的に必要と認められる事項(以下「実質的関連事項」という)に限定されると解すべきである。

2 説明義務を尽くしたといえるか否かの具体的判断基準等について
ところで、実際の株主総会の場面において、議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状況にあったかどうかを判断するに当たっては、会議の目的たる事項が決議事項である場合には、原則として、平均的な株主が基準とされるべきであるなぜなら、説明義務違反が「決議の方法が法令に違反」(商法247条1項1号)するとして決議取消事由とされ、裁判所の審査に服する以上、その判断基準には客観性が要求され、また株主総会が多数の株主により構成される機関であり、説明の相手方が多数人であることを考え併せると、当該質問株主や当該説明者の実際の判断を基礎とすることは妥当ではないからである。
そうであるとすれば、本件訴訟の争点である、本件各決議に関し、被告の取締役及び監査役が説明義務を尽くしたといえるか否かの問題は、本件株主総会における株主の質問に対して、取締役及び監査役が、本件各決議事項の実質的関連事項について、平均的な株主が決議事項について合理的な理解及び判断を行い得る程度の説明を本件株主総会で行ったと評価できるか否かに帰するというべきである。
そして、平均的な株主が決議事項について合理的な理解及び判断を行い得る程度の説明がなされたかどうかの判断に当たっては、質問事項が本件各決議事項の実質的関連事項に該当することを前提に、当該決議事項の内容、質問事項と当該決議事項との関連性の程度、質問がされるまでに行われた説明(事前質問状が提出された場合における一括回答など)の内容及び質問事項に対する説明の内容に加えて、質問株主が既に保有する知識ないしは判断資料の有無、内容等をも総合的に考慮して、審議全体の経過に照らし、平均的な株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達しているか否かが検討されるべきである。
なお、前記のとおり、その場合に当該質問株主が平均的な株主よりも多くの知識ないしは判断資料を有していると認められるときには、そのことを前提として、説明義務の内容を判断することも許されると解すべきである。なぜなら、株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うために必要な説明を受け得ることを保障した説明義務の趣旨に照らし、既に質問株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達していることが認められる場合には、それを前提に説明義務の内容を判断したとしても、前記説明義務を定めた法の趣旨に反することとはならないからである。

3 個別審議方式の採否との関係について
原告は、本件各決議についての説明義務に関し、本件株主総会においては、各議案ごとに個別審議し、審議が熟したと認められる場合に採否を行うことができる個別審議方式が採用されていたから、株主は、個別議案ごとに適宜質問し、その説明内容を受けて、質問を追加したり、質問内容を変更することができたところ、そのような質疑応答が十分になされていない以上は、被告の取締役及び監査役に説明義務違反の違法があると主張するので検討する。
この点については、前記第2の1(5)ウ(ア)で認定したとおり、本件株主総会においては、決議事項である各議案の審議に入る際に、原告の監査役で、弁護士でもあるE株主が被告の議長に対し、各議案の審議について、各議案の説明後に質問を受けるよう求め、被告の議長もこれを了承したことが認められる。そして、原告は、この議長の了承をもって被告が個別の審議方式を採用したものと主張するものである。
しかしながら、商法237条の3第1項が、株主の求めた事項についての説明を要求していることからも明らかなとおり、取締役及び監査役の説明義務は、株主から実際に具体的な質問がなされて初めて生ずるものであって、質問の意思表明がなされた時点で既に質問の内容が予測できたというような場合であれば格別、具体的な質問がなされない以上説明義務は生じないというべきであり、しかも、前記2で述べたとおり、質問に対する説明が説明義務違反を構成するか否かは、その決議に至るまでの株主総会全体での審議の経過等に照らし、平均的な株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達しているかどうかの観点から決すべきものであり、株主総会の議事の運営について被告の議長が一定の方式を採用したか否か、あるいは株主が実際にどのような質問を予定していたか否かといった事情によって左右される問題とはいえないと解すべきである。そうであるとすれば、この点に関する原告の主張は採用できない。
なお、本件株主総会の議事の進行方法は、被告の議長の合理的な裁量に委ねられていたと解されるところ(議長の議事整理権限につき商法237条の4第2項参照)、前記認定の事実によれば、被告の議長はE株主の求めに応じて、各議案ごとに質問を受けることを了承したことは事実として認められる(もっとも、被告の議長は、陳述書(乙23号証)中では、一定の方式をとることを了承したものではない旨述べており、実際には、E株主の求めに対し「はい」と答えたにとどまるもので、被告の議長がその後の審議の過程でその点を意識していたかとの点では疑問が残るところである。)。しかし、被告の議長が、そのように了承したにもかかわらず、議長の議事整理権限の行使により質問を認めず、あるいは質問を制限したといった議事運営に関する問題は、商法247条1項1号でいう決議の方法が法令に違反するか否かの問題に直ちに結びつくものではないというべきであって、その方法が著しく不公正といえる場合に限って決議取消しの理由になるものというべきである。

4 争点1(本件決議1についての説明義務違反の有無)について
(1) 第4号議案の実質的関連事項について
第4号議案は、取締役の選任に関する決議事項であるから、同決議事項についての実質的関連事項は、再任取締役候補者あるいは新任取締役候補者の適格性の判断に必要な事項である。そして、具体的には、通常、商法施行規則13条1項1号所定の「候補者の氏名、生年月日、略歴、その有する会社の株式の数、他の会社の代表者であるときはその事実」等に関する事項であり、同事項に関する説明が行われなければならず(なお、これらの事項については、本件では、甲1号証の株主総会招集通知書中の「議決権行使についての参考書類および議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」によって、商法施行規則の定めるとおり、株主に明らかにされていたと認められる。)、また、株主が再任取締役候補者あるいは新任取締役候補者の適格性について質問をした場合には、同規則所定の事項にふえんして、それらの者の業績、再任取締役候補者の従来の職務執行の状況など、平均的な株主が議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うために必要な事項を付加的に明らかにしなければならないと解すべきである。
(2) 第4号議案に関する実際の説明の内容とその評価について
前記第2の1(5)エ(ア)によれば、G株主は、取締役選任候補者の監視義務の履行状況を確認するため、〈1〉有価証券投資に係る取締役会決議の要否の基準、〈2〉同基準に係る取締役会規程の存否、〈3〉本件投資時点における取締役会決議の要否の基準の存否及び〈4〉本件投資に関する取締役会決議の存否について質問しており、この点に関しては、実質的関連事項として代表取締役による投資判断の内容及びこれに対する各取締役による代表取締役の職務執行に対する監視状況を説明する必要があったというべきである。そして、この点については、G株主による質問がされる前に、被告の専務による一括回答として、前記第2の1(5)イのとおり、有価証券投資は総資産の一部であること、有価証券に係る損失について今後のチェック体制を一層充実させること、社外の専門家によるチェックに加えて、社内においても複数の担当者による稟申制度を採用したこと、さらに一定金額を超える投資案件について取締役会決議を要する旨定めたことを説明している。また、同第2の1(5)ウ(ア)のとおり、被告の議長は、第1号議案に入る前の一般質問の際には、被告の保有する有価証券800億円に係る損失の有無、額等を明らかにしてほしいとの質問に対し、流動資産項目の有価証券の含み損額が30億円であり、固定資産項目の投資有価証券の含み損が70億円に達することを説明し、また、含み損30億円については時間をかけてなくしていくことを説明している。さらに、前記第2の1(5)エ(ア)のとおり、被告の議長は、G株主の質問〈1〉については、10億円を超える投資案件について取締役会決議を要すること、同質問〈2〉については、現在取締役会規程が存在すること、同質問〈3〉については、当時投資案件に係る取締役会決議の要否の基準に関する取締役会規程が存在しなかったこと、同質問〈4〉については、本件投資の一部を除き取締役会の決議を経ていなかったことを説明している。
これらの事実によれば、取締役候補者の適格性の一部を構成すると考えられる本件投資に関する被告の議長を含めた取締役候補者の判断の是非や監視義務履行の状況等経営責任の有無を判断するために必要な事項の具体的な内容は明らかにされており、平均的な株主を前提とする限り、第4号議案の決議について合理的な理解及び判断をするために必要な事項の説明はされていたと評価することができるというべきである。
なお、被告の議長により質問要求が無視されたH株主については、後記5(2)ウで認定したとおり、当時原告が保有していた被告に関する情報を知りえたものと認められるから、後記8のとおり、この点に関する被告の議長の議事運営が不適切であったと認められるとはいえ、質問者との関係でも、被告の取締役及び監査役に説明義務違反はなかったと認めるべきである。
(3) H株主に対する質問打切りの点について
なお、原告は、H株主がマイカル関連債や他の劣後債の格付けや被告の投資基準等について質問した際には、他の株主が議題と関係がないと発言し、被告の議長が、H株主の質問を打ち切り、第4号議案に係る採決に移行した点について被告に説明義務違反が存すると主張する。
そこで検討すると、前記第2の1(5)エ(イ)で認定したところによれば、H株主が被告の議長に対し、マイカル関連債の取得の目的及び時期について質問し、また、前年度の株主総会において有価証券の格付けについて投資適格であるトリプルBよりも低い格付けの債券には投資しないとの説明があったにもかかわらず、マイカル関連債や他の劣後債を取得した理由について説明を求めたこと、これに対し、被告の議長は、取得された時期とH株主の指摘する格付けの時期が異なり、発行された時点での格付けはダブルAであったとの回答をしたこと、そこでH株主とI株主が異論を唱え、さらに詳細な説明を求めようとしたこと、ところが、被告の議長は、その場で他の出席株主から議事を早く進めるようにとの発言があったことをきっかけに、H株主の再三の質問要求を無視して採決を行ったことが認められる。
以上の事実によれば、被告の議長は、H株主から本件投資の適否の詳細についての質問を受けている途中で、これを一方的に打ち切ったものと認めざるを得ず、議長の議事整理権限の行使としても、必要な審議は終えたとの判断に至ったのであれば、他の出席株主から議事を早く進めるようにとの発言があったのであるから、これを審議打切りの動議ととらえ、まずは審議の打切りを総会の決議に諮り、その動議を可決したうえで審議を打ち切る等の措置をとるべきであったというべきである。そうであるとすれば、H株主の発言を途中で打ち切った被告の議長の議事進行が不適切であったことは否定できないというべきである。
しかしながら、前記(2)認定のとおり、審議の打切りの時点では、第4号議案の決議について平均的な株主が合理的な理解及び判断をするために必要な事項の説明は既になされていたというべきであるから、審議の打切りが被告の説明義務違反を構成するとの原告の主張は採用できない(なお、被告の議長の議事の進行の不適切ないし不公正さと本件各決議の取消しの問題については後に項を改めて検討する。)。
5 争点2(本件決議2についての説明義務違反の有無)について
(1) 第5号議案に関する審議の問題について
第5号議案の審議に当たっては、前記第2の1(5)オで認定したところによれば、第4号議案の採決後、F株主やE株主が被告の議長に質問を受けるように発言し、さらにH株主が質問を受けるよう繰り返し発言し、I株主やJ株主も質問があると発言していたにもかかわらず、被告の議長がこれを無視し、誰にも質問の機会を与えないまま、採決の手続をとったことが明らかである。このような被告の議長のとった措置は、前記認定のとおり、被告の議長が本件株主総会の議事の進行に関し、いったんは各議案の説明後に質問を受けることを了承していたといった事実も併せ考慮すると、株主総会の議長の議事整理権限の行使という観点からみる限りは、不適切ないし不公正なものといわざるを得ない(なお、被告の議長の議事の進行の不適切さと本件各決議の取消しの問題については後に項を改めて検討する。)。
ところで、前記3で述べたとおり、被告の議長の議事整理権限の行使の問題と取締役及び監査役の説明義務の問題は同列に論ずることはできないというべきであり、第5号議案の採決の際に被告の議長がとった措置が不適切ないしは不公正であると認めることはできるものの、第5号議案については、具体的な質問が一切なされていないことからすると、そもそも説明義務の問題自体が生じるかどうかをまず検討する必要があるというべきである。この点については、既に述べたとおり、株主から実際に質問の意思表明がなされた時点で、取締役及び監査役が質問の内容を予測できたというような場合であれば説明義務の問題が生じ得ると解すべきことからすると、第5号議案の審議に当たっては、すでに多数の株主が質問の意思を表明していたことは明らかであり、それまでの審議の経過と議案の性質上、被告の取締役及び監査役においては当該質問の内容が一応は予測できたものと認めるのが相当といえる。しかしながら、以下に述べるとおり、そのことがただちに第5号議案に関する被告の取締役及び監査役の説明義務違反を構成するとまで認めることはできないというべきである。
(2) 第5号議案に関する実質的関連事項及び実際の説明内容とその評価について
ア 第5号議案に関する実質的関連事項について
まず、第5号議案は、監査役の選任に関する決議事項であり、商法施行規則13条1項1号によれば、監査役の「候補者の氏名、生年月日、略歴、その有する会社の株式の数、他の会社の代表者であるときはその事実」等に関する事項について説明が行われなければならず(なお、これらの事項についても、本件では、甲1号証の株主総会招集通知書中の「議決権行使についての参考書類および議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」によって、商法施行規則の定めるとおり、株主に明らかにされていたと認められる。)、前記4(2)で認定したとおり、株主が、監査役候補者の適格性について質問をした場合、上記にふえんして、その者の業績、監査役候補者の従来の職務執行の状況など、合理的な理解及び判断を行うために必要な事項を付加的に明らかにしなければならないと解すべきである。
イ 実際の説明内容とその評価について
この点について、質問を求めていたH株主及びI株主は、証拠(甲23号証、同24号証)によれば、本件投資との関連において、監査役候補者が本件投資の当時被告の取締役であり、かつ、代表取締役(被告の議長)によるワンマン経営が継続されている被告の経営状況を考慮し監査役としての適格性に問題があり、その点を含めて質問する予定であったと述べていることが認められるが、前記4(2)で認定したとおり、少なくとも本件投資に関しては、被告の前取締役であった監査役候補者の監視義務の履行状況等を含む当時の取締役の職務執行状況等については、一応明らかにされていたと認められる。
ウ 原告の関係者の知識ないしは判断資料の保有の状態について
加えて、本件においては、質問を継続し、また質問を求めていた株主であるH株主(原告従業員)、I株主(原告従業員)及びJ株主(原告取締役副社長)は、いずれも原告の役員や従業員であるところ、前記第2の1(1)アで認定したとおり、原告は内外の有価証券等に関する投資顧問等を業とする株式会社であり、原告の役員やその従業員は、いわば投資の専門家集団であることが認められる。また、証拠(乙7号証ないし同12号証、同21号証)によれば、原告は、従来から、被告の株主として、あるいは、他の被告の株主との投資一任契約に基づく運用者として、被告に対し、取締役会議事録の閲覧、保有有価証券の開示等を請求し、それに関する情報の開示を受け、遅くとも平成15年5月19日までには、被告保有の有価証券の取得価額、種類及び内容等に加えて、被告がマイカル関連債による40億円の損失計上を行ったこと、新たにUFJ銀行出資の特別目的会社の優先株式を100億円取得したこと等を認識し、また、マイカル関連債(取得額40億円)、野村日本株戦略ファンド(取得額50億3000万円)及び住友不動産株式(取得額41億3000万円)の各取得に当たり、いずれも取締役決議を経ていないこと等の事実についても知悉していたものと認められる。
さらに、原告が本件株主総会の直前に、原告のホームページに掲載した文書によれば、原告は、第4号議案ないし第7号議案のいずれについても事前に賛成するとの立場を言明していたことが認められ(乙22号証、弁論の全趣旨)、これらのことからすると、原告においては、平均的株主が、第4号議案ないし第7号議案の各決議事項に関する判断をするために必要な情報については、いずれもこれを把握していたものと認めるべきである。そして、このような原告が保有していた情報については、当然に原告の役員あるいは従業員もまたこれを認識していたと認めるのが相当であることからすると、これらの質問株主としては、本件投資に係る監査役候補者の適格性について平均的な株主が判断するのに十分な資料を有していたものと認めるのが相当である。
なお、原告は、被告の株主で、原告、原告の役員や従業員でもある者は、いずれも独立の立場で活動しており、これを原告の関係者として一括りにするのは不当であると主張するが、議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うために必要な情報の提供を受けるという観点からは、原告の役員や従業員は、いずれも相互に原告あるいは原告の役員や従業員が保有していた被告に関する情報に接することができる立場にある以上、その限度で、原告の役員あるいは従業員である質問株主について、情報の共有化がなされているとみることは、何ら支障がないというべきである。
エ 小括
以上認定したところによれば、第5号議案で選任の対象とされた監査役候補者の適格性を判断するために必要な具体的な事項の内容は決議の時点で既に明らかにされており、平均的な株主を前提とする限りは、第5号議案の決議について合理的な理解及び判断を行うために必要な事項の説明はなされていたものと評価することができるというべきである。
したがって、被告の議長の議事運営により、第5号議案についての個別的な審議が行われなかった事実は認められるものの、そのことが被告の取締役及び監査役の説明義務違反を構成するとまでいうことはできない。
6 争点3(本件決議3についての説明義務違反の有無)について
(1) 第6号議案の実質的関連事項について
第6号議案は、退任取締役に対する退職慰労金の贈呈に関する決議事項であり、その実質的関連事項は「取締役の略歴」であるが(商法施行規則13条1項6号)、一定の基準に従い退職慰労金の額を決定することを取締役、監査役その他第三者に一任する場合においては、確定された基準の存在、基準の周知性(閲覧可能なこと)及びその内容が支給額を一意的に定め得ることも実質的関連事項となると解すべきである。なぜなら、商法施行規則13条4項によれば、一定の基準に従い退職慰労金の額を決定することを取締役、監査役その他第三者に一任する場合、その基準の内容を参考書類に記載するか、その基準を記載した書面を本店に備え置いて株主の閲覧に供していなければならないと規定されているからである(なお、「取締役の略歴」については、本件では、甲1号証の株主総会招集通知書中の「議決権行使についての参考書類および議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」によって、商法施行規則の定めるとおり、株主に明らかにされていたと認められる。また、証拠(乙5号証)及び弁論の全趣旨によれば、被告において、退職慰労金の支給に関する内規が存在し、従前原告がその閲覧を求めて被告が閲覧に応じた事実が認められ、これによると、上記内規を本店に備え置いて株主の閲覧に供していたと推認できる。)。
そこで、株主が退任取締役ごとの具体的金額又は支給基準に関して質問をしたときは、取締役は、支給基準について、確定された基準の存在、基準の周知性(閲覧可能なこと)及びその内容が支給額を一意的に定め得ることを説明しなければならず、また、退職慰労金の算定に関して、退任取締役の業務執行の状況等について質問があった場合には、それが退職慰労金の算定に関わる事項である以上、「取締役の略歴」にふえんして、それらの者の業績、退任取締役の従来の職務執行の状況など、平均的な株主が議決権行使を行う前提としての合理的な理解及び判断を行うため必要な事項を付加的に明らかにしなければならないと解すべきである。
(2) 第6号議案に関する実際の説明内容とその評価について
前記第2の1(5)カによれば、被告の議長が、退任取締役に対して内規に従い相当額の退職慰労金を贈呈し、その金額及び時期を取締役会に一任してほしいと説明したところ、E株主が、〈1〉本件投資についての取締役会決議の存在しないことの理由、〈2〉100億円の投資案件について取締役会決議を経た理由及び〈3〉取締役会決議の要否の基準を10億円を超える案件とした理由について質問をし、被告の議長は、〈1〉について取締役会決議を経ていないが、意見交換をしたこと、〈2〉について多額であるため取締役会決議を経たこと、〈3〉について社内外の意見を踏まえて決定したことを説明した。その後、E株主はそれ以上質問せずに、その後I株主が質問する旨発言したが、被告の議長は、I株主の発言を許可せず、そのまま第6号議案の採決に入った。
そこで、検討すると、本件投資に関する当時の取締役の職務執行(監視義務の履行)の状況については、前記4(2)で認定したとおりの説明がなされており、さらにこの点について上記のとおり付加的な事項が説明されたのであるから、本件投資に関する取締役の監視義務の履行の状況に関して、平均的な株主が退職慰労金の決議事項について議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うため必要な範囲は説明されたというべきものである。
(3) I株主の質問を受け付けなかった点について
なお、原告は、退任取締役の退職慰労金の総額、個別額及び支給基準等、さらには本件投資に関する取締役の責任による減額の問題等についての質問が予定されていたと主張し、原告の従業員であるI株主の陳述書(甲23号証)によれば、同株主がおおむねそのような内容の質問を予定していた旨の記載があることは事実である。しかしながら、I株主は原告の従業員であり、前記5(2)ウで認定したとおり、当時原告が保有していた被告に関する情報を知り得たものと認められるところ、証拠(乙5号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成13年5月の定時株主総会において、退職慰労金に関する具体的基準について説明を求め、これについて被告の議長が具体的に答えており、さらに、平成14年5月の定時株主総会の際には、あらかじめ退職慰労金規程の閲覧請求をし、これに被告が応じており、一方で、本件株主総会においては、事前の閲覧請求を行っていなかったことが認められるし、さらに前記のとおり、原告が本件株主総会の直前にそのホームページで公表した文書によれば原告は第6号議案についてもこれに賛成するとの態度を表明していたことが認められる。これらの事実に照らすと、被告の取締役及び監査役において、I株主が、実際に退任取締役の退職慰労金の総額、個別額及び支給基準等についての具体的質問を行うことが予測できたとすることは無理があるといわざるを得ない。
以上のとおりであって、本件投資に関連した事項については既に説明が行われていたものであり、実際に退職慰労金の算定根拠等に関する具体的な質問がなかったことも明らかであるから、被告の議長がI株主の質問を受け付けないまま第6号議案の採決に移行したことが、説明義務違反を構成すると認める余地はない。
7 争点4(本件決議4についての説明義務違反の有無)について
(1) 第7号議案に関する説明内容及び説明義務違反の有無について
第7号議案について説明を要する事項は、前記6(1)のとおりであるところ、この点に関して、原告は、監査役の退職慰労金に関する支給基準等について説明がなかったことから、第7号議案の採決について説明義務違反があると主張する。
しかし、前記第2の1(5)キによれば、被告の議長が、J株主の質問に対して、質問を一つだけ受ける旨述べて、同株主は、監査役に対する質問として、本件投資に関する監査役の責任等について質問し、被告の監査役は、監査役の職域の中でその責任を果たし、また、被告の当時の措置が相当であると考えていた旨説明し、J株主は、監査役の説明を受けて、監査役としての責任が果たされていない旨述べて質問を終えているものであって、本件投資に関する監査役の監視義務の履行の状況に関して、平均的な株主が退職慰労金の決議事項について議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行うため必要な事項は説明されたということができる。
したがって、この点について説明義務違反があったということはできない。
(2) Lの質問を無視した点について
原告は、原告の従業員が挙手と発声により質問することを求めたにもかかわらず、被告の議長がこれを無視して採決に入っており、質問をさせなかった点について説明義務違反があったと主張する。
この点に関しては、証拠(甲6号証、同18号証)及び弁論の全趣旨によれば、J株主の質問の後、被告の議長が第7号議案の採決に移ることを諮った際に、被告の株主で原告の従業員もであるL(以下「L株主」という。)が、「質問」と述べて挙手をしたこと、一方で議場内からは「異議なし」「了解」といった声があがり、被告の議長はL株主からの質問を受けることなく、第7号議案の採決に入ったことが認められる。
そこで検討すると、被告の議長の陳述書(乙23号証)によれば、L株主の発言は認識していなかったというのであり、その点に関する被告の議長の議事運営の適否の問題はともかくとしても、第7号議案の採決に先立って、L株主からの具体的な質問がなされなかったことは明らかであるし、質問の意思表明はあったとしてもその内容を被告の取締役及び監査役が予測できたとも認められないから、説明義務違反の問題は生じないというべきである。
8 被告の議長の議事整理権限の行使が著しく不公正といえるか。
以上、前記4ないし7で認定したところによれば、第4号議案ないし第7号議案の決議に関しては、被告の取締役及び監査役について説明義務違反の事実は認められないというべきである。しかし、また一方では、前記認定のとおり、被告の議長による本件株主総会における議事運営については、第4号議案ないし第7号議案の決議に関して、いったんは個別に質問を受けることを了承しておきながら、特に第5号議案については、一切質問を受けないまま決議を行い、あるいは他の議案については質問がなされているにもかかわらずこれを一方的に打ち切るといった措置がとられていることが認められる。そして、それらの措置のなかには株主総会の議長の議事整理権限の行使としてみた場合、不適切あるいは不公正なものが含まれていることは既に述べたとおりである。
そこで、本件の中心的な争点である被告の取締役及び監査役の説明義務違反を理由とする本件各決議の取消しの問題については、これが認められないというべきであるが、株主総会の議長の議事整理権限の行使が著しく不公正な場合には、商法247条1項1号により決議の取消しを認めることができると解されるので、原告がその点を明確に主張するものではないが、前記第2の2(1)イ(ア)cや同(1)ウ(ア)c、同(1)エ(ア)cなどのとおり、議事進行の不合理性についても指摘し、決議方法の著しい不公正の点も主張しており、また、被告は、前記第2の2(1)イ(イ)cなどのとおり、議長が不規則発言による議事の混乱を回避したものであり、合理的な議事運営であったことを主張するので、念のため、以上のような被告に議長の議事運営が著しく不公正なものとまで認められるか否かについても判断することとする。
既に認定した事実と証拠(甲4号証ないし同7号証、乙1号証ないし同9号証、乙16号証ないし同23号証)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件株主総会における被告の議長の議事運営とこれに対する原告の対応に関して、次の事実が認められる。
〈1〉原告は内外の有価証券等に関する投資顧問業務を行っている会社であり、原告の役員やその従業員はいわば投資の専門家集団で、しかも、原告は以前から被告の経営内容に強い関心を持っており、本件株主総会に臨むに当たっては、被告の会社の経営内容についての十分な知識を持っていたと認められること、また、原告の役員あるいは従業員は、平成12年以降それぞれが個人の立場で被告の株式を取得しており、平成15年2月末の時点では、その数は14人に達していること、〈2〉本件株主総会に当たっては、原告はその直前にインターネット上の自らのホームページで被告の株主総会での各議案について、第2号議案と第3号議案の定款変更の件の一部についてのみ反対し、それ以外の議案には一部意見は付したものの結論的には賛成する旨の態度をあらかじめ表明していたこと、〈3〉原告は本件株主総会に先立って被告に対し被告の有価証券投資及び経営体制に関する詳細な事前質問状を送付しており、本件株主総会では、冒頭の被告の専務による質問状についての一括回答(所要時間13分余り)のなかで、原告の事前質問状に対する被告側の一般的な回答がなされていること、〈4〉第1号議案の審議に入る前の総括審議の際には、5名の株主(うち2名が原告の従業員)からの質問があり、被告の議長との間で30分にわたって質疑応答が行われ、その後第1号議案の審議・採決に入る際に原告の監査役でもあるE株主から、本件各議案ごとに質問を受け付けて欲しい旨の申入れがあり被告の議長がこれを了承したこと、〈5〉第1号議案の審議・採決の際には、採決の方法につきE株主から動議が出されたが、動議の採否につき明確な判断がなされないまま、採決が行われたこと、〈6〉その後、第2号議案と第8号議案の審議がなされ、ここでは、第8号議案の提案者であり、原告の代表者でもあるF株主の補足説明を初めとして、4名の株主(うち2名は原告の従業員)の発言があり(質疑応答時間約8分)、さらにE株主から採決に関する動議が出されたが、動議の採否につき明確な判断がなされないまま、採決が行われ、この間に40分余りを要したこと、〈7〉第3号議案については、採決が終わるまでに全体で30分以上の時間を要したが、議案に対する質問はF株主のみで、ほかはE株主が1回、F株主が4回、いずれも採決の方法と結果に対する質問を行ったこと、〈8〉第4号議案については、原告の副社長でもあるG株主からの質問がなされ、これに被告の議長が答えた後、原告の従業員でもあるH株主からの質問がなされ、さらに同じく原告の従業員であるI株主も質問があると発言したにもかかわらず、被告の議長は、これらの質問を一方的に打ち切り、採決を行ったこと、〈9〉第5号議案については、F株主及びE株主が質問を受けるよう発言し、さらにI株主や同じく原告の副社長でもあるJ株主が質問があると発言したにもかかわらず、被告の議長は、原告の代表者であるF株主に対し、同じことの繰り返しを避けるよう求める趣旨の発言をするなどした上、これらの質問を一切受けずに採決を行ったこと、〈10〉第6号議案については、E株主からの質問があり、被告の議長はこれに答えた後、I株主からの質問については、これを受けずに採決を行い、さらに第7号議案については、J株主からの質問があり、同株主からの求めに応じて被告の監査役がこれに回答し、その後、原告の従業員であるL株主の質問がなされたが、被告の議長はこれを受けずに(なお、被告の議長はL株主の質問には気づかなかったと述べている。)、採決を行ったこと、〈11〉本件株主総会は、当日午前10時5分に始まり、事前質問状に対する一括回答とこれに対する質問を経て、午前11時10分ころから個別の議題の審議に入り、第1号ないし第3号議案の審議採決の後、午後12時46分ころから第4号議案の審議に入ったが、その後、第4号議案の審議採決には11分足らず、同じく第5号議案には1分余り、第6号議案には5分余り、第7号議案には9分余りの時間を要し、午後1時13分ころに閉会したこと、以上の事実が認められる。
以上認定した事実によれば、被告の議長は、いったんはE株主の求めに応じて個別の議案ごとに質問を受け付けることを了承したにもかかわらず、第4号議案ないし第6号議案の審議の際には、各質問者の質問を受け付けないまま、審議を一方的に打ち切っていることが認められ、特に第5号議案については、多数の株主からの質問要求がなされたにもかかわらず、これを一切無視して採決を行っていることが明らかである。この点に関しては、証拠(乙1号証、同2号証、同15号証ないし同18号証)及び弁論の全趣旨によれば、当時議場内から、質問を求める発言とこれに反対して早期に採決をするよう求める複数の発言がなされ、議場内が一時的に騒然とした状況に陥っていたという事情は認められるものの、前記〈9〉で認定した第5号議案の審議の際に被告の議長によるF株主に対する発言からも窺えるとおり、被告の議長が原告の関係者の発言ということでこれらの質問を受け付けなかったものと推認できることからしても、被告の議長の議事の運営自体が不公正であったことは認めざるを得ないというべきである。
しかしながら、このような被告の議長の議事運営が、著しく不公正とまでいえるかとの観点からみると、前記〈1〉ないし〈3〉で認定したとおり、原告とその役員及び従業員は、いわば投資の専門家集団といえるところ、本件株主総会の以前から被告の経営状況について十分な知識を持っていたことが認められ、本件株主総会に臨むに当たっては、原告は、事前に、被告の有価証券投資及び経営体制に関する詳細な事前質問状を提出するとともに、一方で、本件株主総会の第4号議案ないし第7号議案については賛成する意向を表明していたものである。さらに、本件株主総会における質疑の状況をみると、前記の〈4〉ないし〈10〉で認定したとおり、第4号議案の審議に入る前までに、被告の議長に対し、議事の進行に関する意見も含め、延べ17回余りの株主からの質問ないし発言がなされているところ、5名による5回の質問を除き、その余の12回はすべて原告の役員あるいは従業員の株主の質問ないし発言であり、その後の第4号議案ないし第7号議案の審議に関してみても、もっぱら原告の役員あるいは従業員の株主が入れ代わり立ち代わり質問ないし発言を繰り返している状況にあったものである。また、被告の議長がE株主に個別の議案ごとに質問を受けることを了承したという点についても、当時の審議状況に照らす限り、被告の議長がその後の審議の際にそのことを明確に意識していたかどうかは多分に疑問が残るところである。
以上のような事情を総合して考慮すると、被告の経営状況について既に十分な知識、情報を得ており、第4号議案ないし第7号議案に関する決議についても十分な情報を持っていると認められ、しかも事前に賛成の意向まで表明している原告の関係者からの質問が繰り返しなされた結果、被告の議長としては、一時的な混乱状態のもとで、既に原告の関係者に対しては必要な説明はなされていると即断して、前記のように原告の関係者からなされた質問を打ち切りあるいは無視するといった措置をとるに至ったものと認めるのが相当である。そうであるとすれば、原告の事前質問状に対しては、被告の側から一応の回答がなされており、しかも、第4号ないし第7号議案についての実質的関連事項の説明はそれぞれの決議の際には既になされているものと認められることをも併せ考慮すると、被告の議長の議事運営方法が不公正であり適切さを欠いていたとの点は否定できないにしても、本件各決議に際しての被告の議長の議事運営方法が、決議の取消しを認めざるを得ないほどに著しく不公正なものであったとまで認定することはできないと考える。
第4 結論
以上認定説示したところから明らかなとおり、本件訴訟は、内外の有価証券等に関する投資顧問等を業とする株式会社である原告の役員あるいは従業員が、自ら株主として出席した被告の定時株主総会において、株主からの質問に対する被告の取締役及び監査役の説明義務が尽くされないまま本件各決議がなされたとして、被告に対して当該各決議の取消しを求めた事案である。
そして、原告は、本件株主総会における本件各決議に関しては、被告の議長が株主の質問を途中で打ち切りあるいはこれを無視して採決を行っており、被告の取締役及び監査役による説明義務が尽くされていないと主張するが、前記第3での検討の結果のとおり、当裁判所としては、本件株主総会に出席した時点で原告及びその役員あるいは従業員である株主が有していた被告会社に対する知識・情報の内容や本件株主総会における審議の内容をも考慮した上で、いずれの決議についても被告の取締役及び監査役として必要な説明義務は尽くされていたものと判断したものである。さらに、当裁判所としては、被告の議長の議事運営の適否の観点からの本件各決議の取消しの問題について検討し、被告の議長による本件株主総会の議事運営については、被告の議長が株主の質問を打ち切りあるいはこれを無視した点において不公正さを否定できないと認められるものの、これが本件各決議を取り消すことを認めるに足るほどの著しい程度にまでは達していないと判断したものである。
民事第8部
(裁判長裁判官 西岡清一郎 裁判官 真鍋美穂子 裁判官 名島亨卓)

+判例(東京地判H19.12.6)
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件各決議に関する本件集計方法の違法性)について
(1) 本件株主提案と本件会社提案との関係
ア 本件において、原告ら及び被告の双方から、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」という議題によって各候補者の提案がされたこと、被告の定款上、本件株主総会において選任できる取締役の員数は最大で8名、監査役の員数は最大で3名となることは、前記第2の1(2)から(5)までに認定のとおりである。
そうであれば、本件株主提案と本件会社提案とはそれぞれ別個の議題を構成するものではなく、「取締役8名選任の件」及び「監査役3名選任の件」というそれぞれ一つの議題について、双方から提案された候補者の数だけ議案が存在すると解するのが相当である。
イ これに対して、被告は、本件株主提案と本件会社提案とは、候補者が異なるから議題としては別であり、本件委任状による授権は本件会社提案には及ばないと主張する。
しかしながら、いずれの提案も、本件株主総会終結時をもって平成19年6月現在の取締役全員及び監査役3名が任期満了によって退任することを前提に、その後任者の選任を目的とするものであって(前記第2の1(3))、被告自身、本件株主提案と本件会社提案とをそれぞれ相反議案の関係にあるものとして、一括して審議し、一括して採決することとしているところであるから(前記第2の1(6)及び(8)ア、イ)、本件株主提案と本件会社提案とは議題としては共通と解するのが相当であり、被告の主張は採用することができない。
(2) 本件委任状の趣旨
ア 原告が被告の株主から得た本件委任状には、委任事項として、「原案に対し修正案が提出された場合(株式会社モリテックスから原案と同一の議題について議案が提出された場合等を含む。)…(中略)…はいずれも白紙委任とします。」と記載されていることは、前記第2の1(4)イ認定のとおりである。
そこで、本件委任状による株主から原告に対する議決権行使の代理権授与の趣旨を検討する。
本件においては、原告らと被告経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じていることから、原告らがその提案に係る取締役及び監査役候補者の選任に関する議案を提出し、株主に対して議決権の代理行使の勧誘を行ってきた場合に、被告からもいずれその提案に係る候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことは、株主にとって顕著であったものと認められる(乙1、弁論の全趣旨)。また、被告の定款に定められた員数の関係から、本件株主総会において選任できる取締役の員数は最大で8名、監査役の員数は最大で3名であって、本件株主提案に賛成し、原告に議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案に係る候補者については賛成の議決権行使をする余地がない。
このような状況下においては、本件株主提案に賛成して本件委任状を原告に提出した株主は、委任事項における「白紙委任」との記載にかかわらず、本件委任状によって、本件会社提案については賛成しない趣旨で、原告に対して議決権行使の代理権の授与を行ったと解するのが相当である。
なお、本件委任状には、委任事項として、「賛否の指示をしていない場合…(中略)…はいずれも白紙委任とします。」と記載されているところ、賛否の欄を白紙にして本件委任状を提出した株主についても、上記の状況下では、本件株主提案に賛成するとともに、本件会社提案については賛成しない趣旨で、原告に対して議決権行使の代理権の授与を行ったと解して妨げないというべきである。
イ これに対し、被告は、本件委任状を原告に提出した大多数の株主は、本件委任状作成時に本件会社提案の内容を認識していないから、本件会社提案についての議決権行使の代理権までは授与していないと主張する。
なるほど、証拠(乙3)によれば、本件委任状1893枚のうち、平成19年6月13日以前の期日が記載された委任状は1258枚であって、原告に対して本件委任状を提出した株主の中には、本件株主総会招集通知によって本件会社提案に係る候補者を認識する前に本件委任状を提出した者が少なくないことが認められる。
しかしながら、原告に対して本件委任状を提出した株主が、仮に本件委任状提出後に本件会社提案の内容を認識し、その提案に係る候補者の一部に賛成することとするのであれば、原告に対する代理権授与の撤回をすることによって、自らその真意に沿った議決権行使を行うことは何ら妨げられない。また、被告が、全株主に対して電話を行い、議決権行使書面の送付を依頼するとともに、原告に対する代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主に対しては、「委任状撤回通知書」と題する書面を送付して、原告に対する代理権授与の撤回の手続を行ったことは、前記第2の1(7)に認定のとおりである。
そうであれば、本件株主提案に賛成して本件委任状を原告に提出した株主が、その後、被告からの本件株主総会招集通知によって本件会社提案に係る候補者の情報を得るとともに、被告からの電話により原告に対する代理権授与の撤回の機会を持ったにもかかわらず、代理権授与の撤回をしていない以上は、本件委任状提出の当初から、本件会社提案には賛成しない意思であったと解して妨げないというべきである。
ウ なお、被告は、原告代理人である久保利英明弁護士から、本件委任状は本件株主提案についてのものであり、本件会社提案については議決権代理行使の勧誘の意思はない旨を伝えられていたため、これを前提に本件会社提案につき議決権不行使と扱った旨主張する。
しかしながら、事前打ち合わせの際の原告代理人の上記発言内容を的確に認めるに足りる証拠はないし、また、本件株主提案に賛成して本件委任状を提出した株主から原告に対する議決権行使の代理権授与の趣旨は、上記アのとおり、本件会社提案については賛成しないという範囲では明確ということができるから、原告代理人の発言に関する被告の主張は採用することができない。
(3) 議決権代理行使勧誘規制との関係
被告は、本件委任状には本件会社提案について賛否を記載する欄が設けられていないこと及び本件会社提案に係る候補者に関する参考書類の提供等がないことから、本件委任状は証券取引法194条、同法施行令36条の2第1項、勧誘内閣府令43条等に違反し無効であって、本件委任状による本件会社提案についての議決権行使の代理権授与も無効となると主張する。
ア 議決権代理行使勧誘規制の趣旨
証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)194条は、「何人も、政令で定めるところに違反して、証券取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者に議決権の行使を代理させることを勧誘してはならない。」と規定し、これを受けて同法施行令36条の2第1項は、「議決権の代理行使の勧誘(法194条に規定する証券取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者にその議決権の行使を代理させることの勧誘をいう。…(中略)…)を行おうとする者(以下…(中略)…「勧誘者」という。)は、当該勧誘に際し、その相手方(以下…(中略)…「被勧誘者」という。)に対し、委任状の用紙及び代理権の授与に関し参考となるべき事項として内閣府令で定めるものを記載した書類(以下…(中略)…「参考書類」という。)を交付しなければならない。」と規定し、同条5項は、「第1項の委任状の用紙の様式は、内閣府令で定める。」と規定している。
これを受けて勧誘内閣府令1条1項は、参考書類の記載事項について、「証券取引法施行令(以下「令」という。)第36条の2第1項に規定する参考書類(以下「参考書類」という。)には、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める事項を記載しなければならない。」とし、1号において「勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員である場合」には「イ 勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員である旨、ロ 議案、ハ 議案につき会社法(…(中略)…)第384条又は第389条第3項の規定により株主総会に報告すべき調査の結果があるときは、その結果の概要」を、2号において「勧誘者が当該株式の発行会社又はその役員以外の者である場合」には「イ 議案、ロ 勧誘者の氏名又は名称及び住所」を定めている。また、勧誘内閣府令21条1項は、「株式の発行会社の取締役が取締役の選任に関する議案を提出する場合において、当該会社により又は当該会社のために当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われる場合以外の場合に当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われるときは、参考書類には、候補者の氏名、生年月日及び略歴を記載しなければならない。」と規定し、同条2項は、「前項に規定する場合において、株式の発行会社が公開会社であるときは、参考書類には、次に掲げる事項を記載しなければならない。1 候補者が他の法人等を代表する者であるときは、その事実(重要でないものを除く。)、2 候補者と当該会社との間に特別の利害関係があるときは、その事実の概要、3 候補者が現に当該会社の取締役であるときは、当該会社における地位及び担当」と規定し、勧誘内閣府令23条は、監査役について概ね同旨を規定しており、これらの規定は、株式の発行会社の株主が議案を提出する場合において、当該会社により又は当該会社のために当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われる場合以外の場合に当該株式について議決権の代理行使の勧誘が行われるときにも、適用される(勧誘内閣府令40条)。さらに、勧誘内閣府令43条は、「令36条の2第5項に規定する委任状の用紙には、議案ごとに被勧誘者が賛否を記載する欄を設けなければならない。ただし、別に棄権の欄をもうけることを妨げない。」と規定している。
これらの議決権代理行使勧誘規制の趣旨は、被勧誘者である上場会社の一般株主にとって、勧誘者から株主総会の議案を知らされるだけでは、議案の可否を判断するための情報としては十分ではないため、勧誘者は所定の事項を記載した参考書類を交付すべきこととするとともに、被勧誘者が株主総会における議決権の代理行使について勧誘者に白紙委任することにより、自分にとって不利な議決権の行使がなされ不測の損害を受けることがないように、委任状には議案ごとに賛否を記載する欄を設けるべきこととしたものである。
イ 原告による議決権の代理行使の勧誘についての検討
これを本件についてみるに、本件委任状には本件会社提案について賛否を記載する欄が設けられていないこと及び原告による議決権の代理行使の勧誘に際して本件会社提案に係る候補者に関する参考書類の交付がされていないことは、第2の1(4)イに認定のとおりである。
他方、本件における原告による議決権の代理行使の勧誘については、以下の事情を認めることができる。
(ア) 本件においては、原告らと被告経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じており、被告からもいずれその提案に係る候補者の選任に関する議案が提出されるであろうことが、株主にとって顕著であったこと、また、被告の定款に定められた取締役及び監査役の員数の関係から、本件株主提案に賛成し、原告に議決権行使の代理権を授与した株主は、本件会社提案に係る候補者については賛成の議決権行使をする余地がないこと、こうした状況から、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主は、被告から提案が予想される議案に反対する趣旨で代理権授与を行ったと解されることは、前記(2)アに判示のとおりである。
そうであれば、本件株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主にとっては、原告が本件会社提案に反対の議決権の代理行使をすることは代理権授与の趣旨に沿ったものであり、これにより不測の損害を受けるおそれはないということができる。
(イ) 株主提案に賛成する議決権行使の代理権を授与した株主が、その後に、株主総会招集通知に添付された参考書類により会社提案に係る候補者の情報を得た時点で株主提案への賛成を翻意した場合には、株主に対する代理権授与の撤回をすることによって、その意図に沿った議決権行使を行うことが可能である。本件における手続の経過をみても、被告が、全株主に対する電話連絡の際に、原告に対する議決権行使の代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主については、その手続を行ったことは、前記第2の1(7)に認定のとおりである。
そうであれば、本件において、被告による本件株主総会招集通知及び本件会社提案に関する参考書類の送付に先立ち、原告が、本件株主提案に係る候補者に関する情報のみの提供により、本件株主提案に賛成するとともにその後に予想される会社提案に反対することを内容とする議決権の代理行使を勧誘することを許容したとしても、情報不足のため株主が不利益を受けるというおそれはないといえる。
(ウ) 取締役会設置会社において、株主は、株主提案権に基づき、一定の事項を株主総会の目的とすることを請求する場合には、株主総会の日の8週間前までにその請求をしなければならないのに対し(会社法303条2項)、会社は、株主総会を招集するには、2週間前までに株主に株主総会の目的である事項を通知すれば足りることとされている(同法299条1項)。
そうすると、会社が2週間前に株主に対して株主総会の招集を通知した場合、会社は、通知を行うのと同時に、株主提案についても賛否を記載する欄を設けた議決権行使書面を送付することにより、2週間の期間を利用して、会社提案に賛成するとともに株主提案に反対することを内容とする議決権行使の勧誘をすることができる。これに対し、株主が株主提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をする場合に、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の用紙を作成しなければならないとすると、株主は、株主総会招集通知の受領後に、会社提案について賛否を記載する欄を設けた委任状及び会社提案についての参考書類の作成、株主に対する送付等を行った上で、2週間から上記の作業期間を控除した残りの期間に議決権代理行使の勧誘を行わなければならず、会社と比較して著しく不利な地位に置かれることとなる。本件における手続の経過をみても、被告は平成19年6月11日に本件株主総会招集通知を発送し、原告はこれを同月13日に受領したものと認められるところ(前記第2の1(5)ア、弁論の全趣旨)、原告が同日から本件株主総会開催日である同月27日までの間に本件会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の作成、送付等をした上、本件会社提案に反対の議決権代理行使の勧誘をすることは、議決権を有する株主数が9586名に及ぶことや委任状の送付及び返送のために一定の郵送期間が必要となることにかんがみると、極めて困難であることが窺える。
このように、株主が、自らの提案に賛成するとともに会社提案に反対することを内容とする議決権代理行使の勧誘をするためには、常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状を作成しなければならないと解することは、株主に対する議決権代理行使の勧誘について会社と株主の公平を著しく害する結果となるといわざるを得ない。
ウ 上記の各事情を考慮すると、本件においては、本件委任状の交付をもって、本件会社提案についての株主から原告に対する議決権行使の代理権の授与を認めたとしても、議決権代理行使勧誘規制の趣旨に必ずしも反するものではないということができ、本件委任状が本件会社提案について賛否を記載する欄を欠くことは、本件会社提案に係る候補者についての原告に対する議決権行使の代理権授与の有効性を左右しないと解するのが相当である。
(4) 小括
以上によれば、本件会社提案に係る議案の採決に際しては、本件委任状に係る議決権数は、出席議決権に算入し、かつ本件会社提案に対し反対の議決権行使があったものと取り扱うべきであった。それにもかかわらず、本件株主総会の議長であるBは、前記第2の1(8)ウからオまでのとおり、本件集計方法により本件会社提案が出席議決権数の過半数の賛成を得たものとして可決承認された旨宣言したのであるから、本件各決議は、その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するといわざるを得ない。
そして、本件委任状に係る議決権数を出席議決権に算入するという取扱いによった場合、Aは出席議決権数の44.93%、Sは出席議決権数の46.74%の賛成しか得ていないことになり(前記第2の1(9)ア)、いずれも過半数に達していないから、両名の選任議案は否決されたというべきであり、両名を取締役に選任する旨の決議は取消しを免れない。これに対し、その余の6名の取締役及び3名の監査役の選任議案については、かかる取扱いによった場合でも、出席議決権数の過半数の賛成を得たという結果には変更がないことが認められ、本件集計方法によったことは、議決権行使の集計における評価の方法を誤ったのみであって違反する事実が重大とまではいえないし、決議に影響を及ぼさないものであると認められるから、会社法831条2項により、B、C、E、O、P及びQを取締役に選任する旨の決議並びにZ、V及びWを監査役に選任する旨の決議の取消しの請求は、棄却することとする。
なお、原告は、このような場合には全体としてその決議の方法が法令に違反し、又は著しく不公正といえるから、本件各決議はすべて取り消されるべきであると主張するが、上記(1)アに判示のとおり、本件においては、各議題につき候補者の数だけ議案が存在するのであるから、決議としては候補者ごとに別個のものと解さざるを得ず、原告の主張は採用することができない。
2 争点2(議決権行使株主に対するQuoカード送付の違法性)について
(1) 株主の権利行使に関する利益供与の要件
会社法120条1項は、「株式会社は、何人に対しても、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。…)をしてはならない。」と規定している。同項の趣旨は、取締役は、会社の所有者たる株主の信任に基づいてその運営にあたる執行機関であるところ、その取締役が、会社の負担において、株主の権利の行使に影響を及ぼす趣旨で利益供与を行うことを許容することは、会社法の基本的な仕組に反し、会社財産の浪費をもたらすおそれがあるため、これを防止することにある。
そうであれば、株主の権利の行使に関して行われる財産上の利益の供与は、原則としてすべて禁止されるのであるが、上記の趣旨に照らし、当該利益が、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的に基づき供与される場合であって、かつ、個々の株主に供与される額が社会通念上許容される範囲のものであり、株主全体に供与される総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないときには、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合があると解すべきである。
(2) 本件贈呈の利益供与該当性
本件についてこれをみると、被告が有効な議決権行使を条件として株主1名につきQuoカード1枚(500円分)を交付したことは、前記第2の1(5)及び(10)に認定のとおりであり、これは議決権という株主の権利の行使に関し、被告の計算において財産上の利益を供与するものとして、株主の権利の行使に関する利益供与の禁止の規定に該当するものである。
そこで、本件贈呈が例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するか否かについて検討する。
ア 本件において株主に対して供与された利益の額について検討すると、個々の株主に対して供与されたQuoカードの金額は500円であり、一応、社会通念上許容される範囲のものとみることができる。また、株主全体に供与されたQuoカードの総額は452万1990円であるところ(前記第2の1(10))、平成19年3月期(第35期)における経常利益が3億5848万8000円、総資産が150億7296万5000円、純資産が76億8043万6000円であること(乙25)、第35期の中間配当及び期末配当の総額はそれぞれ6912万3500円(甲2の添付資料11-1)であることと比較すれば、上記の総額は会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえない。
イ そして、被告は、本件贈呈は、被告役員のほぼ全員を入れ替えるか否かという被告の将来の事業方針に大きく影響を及ぼす議題が審議される本件株主総会に、できるだけ広く株主の意思を反映させるために行ったものであると主張する。
なるほど、前記第2の1(5)によれば、本件において、株主は、本件会社提案又は本件株主提案のいずれに賛成しても、また、議決権の代理行使、議決権行使書面及び株主総会の出席のいずれの形で議決権を行使しても、Quoカード1枚(500円分)の交付を受ける仕組となっていることが認められる。
ウ しかしながら、前記第2の1(5)イによれば、被告が議決権を有する全株主に送付した本件はがきには、「議決権を行使(委任状による行使を含む)」した株主には、Quoカードを贈呈する旨を記載しつつも、「【重要】」とした上で、「是非とも、会社提案にご賛同のうえ、議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」と記載し、Quoカードの贈呈の記載と重要事項の記載に、それぞれ下線と傍点を施して、相互の関連を印象付ける記載がされていることが認められる。
また、弁論の全趣旨によれば、被告は、昨年の定時株主総会まではQuoカードの提供等、議決権の行使を条件とした利益の提供は行っておらず、原告との間で株主の賛成票の獲得を巡って対立関係が生じた本件株主総会において初めて行ったものであることが認められる。
さらに、株主による議決権行使の状況をみると、本件株主総会における議決権行使比率は81.62%で例年に比較して約30パーセントの増加となっていること(甲2、弁論の全趣旨)、白紙で返送された議決権行使書は本件会社提案に賛成したものとして取り扱われるところ、白紙で被告に議決権行使書を返送した株主数は1349名(議決権数1万4545個)に及ぶこと(甲24)、被告に返送された議決権行使書の中にはQuoカードを要求する旨の記載のあるものが存在すること(甲7の1から3)の各事実が認められ、Quoカードの提供が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われる。
そうであれば、Quoカードの提供を伴う議決権行使の勧誘が、一面において、株主による議決権行使を促すことを目的とするものであったことは否定されないとしても、本件は、原告ら及び被告の双方から取締役及び監査役の選任に関する議案が提出され、双方が株主の賛成票の獲得を巡って対立関係にある事実であること及び上記の各事実を考慮すると、本件贈呈は、本件会社提案へ賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであると推認することができ、この推認を覆すに足りる証拠はない。
(3) 小括
以上によれば、本件贈呈は、その額においては、社会通念上相当な範囲に止まり、また、会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえないと一応いうことができるものの、本件会社提案に賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであって、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものということはできないから、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するとは解し得ず、結論として、本件贈呈は、会社法120条1項の禁止する利益供与に該当するというべきである。
そうであれば、本件株主総会における本件各決議は、会社法120条1項の禁止する利益供与を受けた議決権行使により可決されたものであって、その方法が法令に違反したものといわざるを得ず、取消しを免れない。また、株主の権利行使に関する利益供与禁止違反の事実は重大であって、本件贈呈が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われることは上記判示のとおりであるから、会社法831条2項により請求を棄却することもできない。
なお、被告は、本件贈呈は、株主総会の決議の前段階の事実行為であって、株主総会の決議の方法ということはできないと主張するが、株主による議決権行使書の返送又は株主総会における議決権行使は決議そのものであって、議決権行使を条件としてQuoカードを贈呈するということは決議の方法というほかないから、被告の主張は採用することができない。
第4 結論
以上のとおりであって、本件各決議は、その余の取消事由の存否(予備的主張)について判断するまでもなく、取消しを免れないというべきであり、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
民事第8部
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 西村英樹 川原田貴弘)

++解説
《解  説》
1 本件は,会社の大株主である原告と会社経営陣が,それぞれ取締役及び監査役の選任議案を提出し,経営権を争ういわゆるプロキシーファイトを行ったところ,株主総会では会社側提案が可決されたのに対し,株主側が,株主総会における決議の方法の違法を主張して,決議の取消しを求めた事案である。
原告は,主位的に,①会社提案に係る議案の採決に際し,原告に提出された委任状に係る議決権の個数を出席議決権数に含めなかったこと,②被告が有効な議決権行使を条件とする株主1名につきQuoカード1枚(500円分)の提供(以下「本件贈呈」という。)に基づき議決権行使の勧誘を行ったことはいずれも違法であり,決議取消事由に該当すると主張し,予備的に,このほか4つの取消事由を主張した。

2 上記①につき,本判決は,まず,原告に対する委任の趣旨について,原告らと会社経営陣との間で経営権の獲得を巡って紛争が生じており,会社からもいずれ選任議案が提案されることが株主にとって顕著であり,また,定款の役員定数からみて,株主提案に賛成した株主は,会社提案には賛成する余地がないという状況の下では,原告に本件委任状を交付した株主は,会社提案については賛成しない趣旨で委任を行ったと解すべきとした。次に,本件委任状が会社提案について賛否を記載する欄を欠くことが証券取引法等に違反するかについて,本件においては,本件委任状の交付をもって会社提案について議決権行使の委任を認めたとしても,委任状勧誘規制の趣旨に必ずしも反せず,また,常に会社提案についても賛否を記載する欄を設けた委任状の作成を株主に要求することは会社と株主の公平を著しく害するとして,本件委任状は有効とした。そして,会社提案の採決に際しては,本件委任状に係る議決権数は,出席議決権に算入し,かつ会社提案に対し反対したものと取り扱うべきであったとし,会社提案を可決した決議は,その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するとした。
また,上記②の争点に関し,本判決は,株主の権利の行使に関して行われる財産上の利益の供与は,原則として禁止されるが,当該利益が,株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的に基づき供与される場合であって,かつ,個々の株主に供与される額が社会通念上許容される範囲のものであり,株主全体に供与される総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないときには,例外的に違法性を有しないとの一般論を判示した。そして,会社が議決権行使を条件として本件贈呈をしたことは利益供与の禁止に該当するとした上で,会社が,各株主に対して,議決権を行使した株主にはQuoカードを贈呈する旨を記載するとともに,「是非とも,会社提案にご賛同のうえ,議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」と記載した葉書を送付した事実に基づき,本件贈呈は,その額においては社会通念上相当な範囲に止まり,また,その総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすとはいえないものの,会社提案に賛成する議決権行使の獲得をも目的としており,株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものとはいえないとして,違法性阻却事由を否定した。そして,かかる利益供与を受けてされた決議は,その方法が法令に違反したものとして決議取消事由を有するとした

3 議案ごとの賛否欄の記載がない委任状用紙による勧誘がされた場合における決議取消事由が問題となった事例としては,東京地判平17.7.7判時1915号150頁がある。もっとも,同判決では,議決権代理行使勧誘規制に違反することを前提に決議の方法の法令違反に該当するか等が問題となったのに対し,本判決では,会社提案について賛否を記載する欄を欠く委任状による委任の趣旨の判断に基づいて,会社の行った集計方法が決議の方法の法令違反に該当するかが問題とされており,初めての判断である。
次に,会社による利益提供が会社法120条1項の禁止する利益供与に該当するか否かが問題となった事例としては,株式を譲り受けるための対価の供与につき最二小判平18.4.10民集60巻4号1273頁,判タ1214号82頁〔蛇の目ミシン事件〕,東京地判平7.12.27判タ912号238頁〔國際航業事件〕,従業員持株会に対する奨励金の支出につき福井地判昭60.3.29判タ559号275頁,株主優待乗車券につき高松高判平2.4.11金判859号3頁がある。
4 本判決は,東証1部上場企業の株主総会決議が取り消されたという珍しい事案である。その審理経過をみると,あらかじめ選任された総会検査役の報告書により事実関係については概ね争いがなく,原告及び被告ともに詳細な法的主張をまとめて各1回提出した後,第2回口頭弁論期日で弁論終結となり,総会から5か月余りで判決に至っている。経営陣と株主が双方の経営に係る提案を行い,プロキシーファイトを行うという事案は,今後ますます増加することが予想され,審理スケジュールの点でも,今後の同種事案の参考となろう。

Ⅶ 最後に~株主総会の法律問題の考え方


会社法 事例で考える会社法 事例6 相続は争いの始まり


Ⅰ はじめに

Ⅱ 問1について
1.A保有の株式は、XYZにどのように帰属するか
(1)株式が共同相続された場合の法律関係~株式の共有

民法
+(共同相続の効力)
第八百九十八条  相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
+(準共有)
第二百六十四条  この節の規定は、数人で所有権以外の財産権を有する場合について準用する。ただし、法令に特別の定めがあるときは、この限りでない。

・株式は共同相続人間の準共有になる。
+判例(H26.2.25)
理 由
 上告代理人村井正昭の上告受理申立て理由について
 1 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人ら及び被上告人は,いずれも平成17年9月30日に死亡した亡Aの子である。亡Aの法定相続人は,上告人ら及び被上告人の4名であり,その法定相続分は各4分の1である。
 (2) 被上告人は,亡Aの遺産の分割等の審判を申し立て,第1審判決別紙有価証券目録(以下「本件有価証券目録」という。)記載1及び2の国債(以下「本件国債」という。),同目録記載3から5までの投資信託受益権(以下「本件投信受益権」という。)並びに同目録記載6の株式(以下「本件株式」といい,本件国債及び本件投信受益権と併せて「本件国債等」という。)をいずれも上告人ら及び被上告人が各持分4分の1の割合で共有することを内容とする遺産の分割等の審判(以下「本件遺産分割審判」という。)がされ,同審判は,平成21年3月25日,確定した。

 2 本件は,上告人らが,被上告人に対し,①主位的請求として,本件国債等の共有物分割を求めるとともに,②主位的請求に係る訴えが不適法とされた場合の予備的請求として,本件国債及び本件投信受益権につき上告人らと被上告人が4分の1ずつ分割して取得することができるようにする手続を行うこと並びに本件株式につき上告人らが4分の1ずつ分割して取得することができるよう名義書換手続を行うことを求める事案である。

 3 原審は,①上記主位的請求につき,本件国債等はいずれも亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され,共同相続人の準共有となることがないから,本件遺産分割審判は,本件国債等が4分の1の割合に相当する金額,口数又は数に分割されて上告人ら及び被上告人に帰属している旨を確認したにすぎないものと解するのが相当であるなどとして,主位的請求に係る訴えを不適法なものとして却下し,②上記予備的請求については,上告人らが,被上告人に対し,実体法上,上告人らが主張するような権利を有するものとは認められないとして,予備的請求に係る訴えを不適法なものとして却下した。

 4 しかし,上記主位的請求に係る原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 株式は,株主たる資格において会社に対して有する法律上の地位を意味し,株主は,株主たる地位に基づいて,剰余金の配当を受ける権利(会社法105条1項1号),残余財産の分配を受ける権利(同項2号)などのいわゆる自益権と,株主総会における議決権(同項3号)などのいわゆる共益権とを有するのであって(最高裁昭和42年(オ)第1466号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号804頁参照),このような株式に含まれる権利の内容及び性質に照らせば,共同相続された株式は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである(最高裁昭和42年(オ)第867号同45年1月22日第一小法廷判決・民集24巻1号1頁等参照)。
 (2) 本件投信受益権のうち,本件有価証券目録記載3及び4の投資信託受益権は,委託者指図型投資信託(投資信託及び投資法人に関する法律2条1項)に係る信託契約に基づく受益権であるところ,この投資信託受益権は,口数を単位とするものであって,その内容として,法令上,償還金請求権及び収益分配請求権(同法6条3項)という金銭支払請求権のほか,信託財産に関する帳簿書類の閲覧又は謄写の請求権(同法15条2項)等の委託者に対する監督的機能を有する権利が規定されており,可分給付を目的とする権利でないものが含まれている。このような上記投資信託受益権に含まれる権利の内容及び性質に照らせば,共同相続された上記投資信託受益権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである。
 また,本件投信受益権のうち,本件有価証券目録記載5の投資信託受益権は,外国投資信託に係る信託契約に基づく受益権であるところ,外国投資信託は,外国において外国の法令に基づいて設定された信託で,投資信託に類するものであり(投資信託及び投資法人に関する法律2条22項),上記投資信託受益権の内容は,必ずしも明らかではない。しかし,外国投資信託が同法に基づき設定される投資信託に類するものであることからすれば,上記投資信託受益権についても,委託者指図型投資信託に係る信託契約に基づく受益権と同様,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものとする余地が十分にあるというべきである。
 (3) 本件国債は,個人向け国債の発行等に関する省令2条に規定する個人向け国債であるところ,個人向け国債の額面金額の最低額は1万円とされ,その権利の帰属を定めることとなる社債,株式等の振替に関する法律の規定による振替口座簿の記載又は記録は,上記最低額の整数倍の金額によるものとされており(同令3条),取扱機関の買取りにより行われる個人向け国債の中途換金(同令6条)も,上記金額を基準として行われるものと解される。そうすると,個人向け国債は,法令上,一定額をもって権利の単位が定められ,1単位未満での権利行使が予定されていないものというべきであり,このような個人向け国債の内容及び性質に照らせば,共同相続された個人向け国債は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである。
 (4) 以上のとおり,本件国債等は,亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることがないものか,又はそう解する余地があるものである。そして,本件国債等が亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるものでなければ,その最終的な帰属は,遺産の分割によって決せられるべきことになるから,本件国債等は,本件遺産分割審判によって上告人ら及び被上告人の各持分4分の1の割合による準共有となったことになり,上告人らの主位的請求に係る訴えは適法なものとなる。

 5 以上と異なる見解の下,本件国債等が亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるとして上告人らの主位的請求に係る訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人らの主位的請求に係る訴えを却下した部分は破棄を免れない。そして,上告人らの主位的請求に係る訴えについて原判決が破棄を免れない以上,予備的請求に係る訴えを却下した部分についても原判決は当然に破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥)

+(共有者による権利の行使)
第百六条  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。

(2)当然分割説

2.共有株式の権利行使の方法
(1)権利行使者の指定・通知とその権限
+(共有者による権利の行使)
第百六条  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。

←会社の事務処理上の便宜のため
+判例(H11.12.14)
理由
上告代理人生駒和雄の上告理由について
株式を共有する数人の者が株主総会において議決権を行使するに当たっては、商法二〇三条二項の定めるところにより、右株式につき「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という。)を指定して会社に通知し、この権利行使者において議決権を行使することを要するのであるから、権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠くときには、共有者全員が議決権を共同して行使する場合を除き、会社の側から議決権の行使を認めることは許されないと解するのが相当である。なお、共有者間において権利行使者を指定するに当たっては、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができると解すべきであるが(最高裁平成五年(オ)第一九三九号同九年一月二八日第三小法廷判決・裁判集民事一八一号八三頁参照)、このことは右説示に反するものではない。
これを本件についてみると、原審が適法に確定したところによれば、(一) 亡林斗用の有していた本件株式は、被上告人を含む亡林斗用の共同相続人が相続により準共有するに至ったが、本件株主総会に先立ち、権利行使者の指定及び上告人に対する通知はされていない、(二) 本件株主総会には、右共同相続人全員が出席したが、被上告人が本件株式につき議決権の行使に反対しており、議決権の行使について共同相続人間で意思の一致がなかった、というのである。そうすると、本件株式については、権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠くものであるから、共同相続人全員が共同して議決権を行使したものとはいえない以上、たとい上告人が本件株式につき議決権の行使を認める意向を示していたとしても、本件株式については適法な議決権の行使がなかったものと解すべきである。
したがって、本件株式について適法な議決権の行使がなく、本件株主総会決議は取り消されるべきであるとした原審の判断は、その結論において是認することができる。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない部分についてその違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官奥田昌道 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

++解説
《解  説》
一 本件は、Y会社の株主の一人であるXが株主総会の決議の方法に違法があるとして、総会決議の取消しと取締役会決議の無効確認を求めた事件である(Xは総会決議の無効確認も求めていたが、一審で棄却され控訴をしなかったので右請求については触れない。)。
Y会社は、X(長男)とY会社代表者A(二男)を含む七名の兄妹の父であるBの創業した会社であり、BはY会社の発行済株式四万株のうち三万二〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を所有していたが、昭和五五年に死亡した。なお、残りの八〇〇〇株の株式は、X、Aほかが所有していた。Bの死亡後、XとAの間に本件株式の帰属をめぐる争いが生じ(Xは、本件株式がBの遺産であることを争い、本件株式の全部又は一部は自分が所有するとして他の相続人と争っていた。)、また、被告会社の経営をめぐって紛争が生じた。
Y会社は、取締役の選任を議題として、平成八年七月二二日、本件臨時株主総会を開催し、総会にはBの全相続人と全株主ないしその代理人が出席した。議長となったAは、本件株式については法定相続分に従って各相続人の議決権の行使を認める旨述べたが、Xはこれに反対した。しかし、Aは採決を行い、Xを除くBの相続人が議案に賛成して、取締役選任決議がされ、同日、選任された取締役によりAを代表取締役とする取締役会決議がされた。
Xは、共同相続人の準共有に属する本件株式につき、商法二〇三条二項所定の手続を経ることなく議決権の行使を認めた本件決議には決議の方法に違法があり取り消されるべきである、また、取締役会決議は無効であると主張した。これに対して、Y会社は、商法二〇三条二項の規定は、会社の事務処理の便宜を考慮したものであるから、会社が法定相続分に応じた権利行使を認めても同項の趣旨に反するものではなく、総会決議に違法はないなどと主張した。
一審判決はXの請求を認容し、原判決も一審判決をほぼ引用してY会社の控訴を棄却した。これに対して、Y会社が上告をしたのが本件であり、本判決は、要旨「株式が数人の共有に属する場合において、商法二〇三条二項による株主の権利を行使すべき者の指定及び会社に対する通知を欠くときは、共有者全員が議決権を共同して行使する場合を除き、会社の側から議決権の行使を認めることはできない。」との判断を示し、本件の場合、Xの反対により共同して議決権が行使されたとはいえないから、本件株式については適法な議決権の行使はなく、本件総会決議は取り消されるべきであるとして、原判決を結論において是認し、上告を棄却したのである。
二 株式につき共同相続が開始すると、株式は遺産分割が終了するまで各相続人の相続分に応じた共有(準共有)となるのであって、相続分に応じて当然分割されるのではないとするのが確定した判例(最一小判昭45・1・22民集二四巻一号一頁、本誌二四四号一六一頁、最三小判昭52・11・8民集三一巻六号八四七頁、本誌三五七号二二三頁などこれを前提とする判例は多い。)であり、通説である(大野正道「株式・持分の相続準共有と権利行使者の法的地位」鴻還暦・八十年代商事法の諸相二三六頁、青木正一「株式・有限会社持分の共同相続と社員権の行使(1)」判評四九一号二頁など。当然分割を主張する少数説として出口正義「株式の共同相続と商法二〇三条二項の適用に関する一考察」筑波一二号六七頁)。
そして、株式を共有する者は、商法二〇三条二項の定めるところに従い、共有者の中から「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一名」(以下「権利行使者」という。)を定めて会社に通知し、権利行使者において議決権等の株主権を行使することを要するのである。同項は、会社に対する通知を定めてはいないが、これを要するとするのが通説である。株式を相続により準共有するに至った共同相続人につき、権利行使者を定めて会社に通知し、権利行使者において株主権を行使することを要することを前提とする判例として、①前掲最一小判昭45・1・22、②最三小判平2・12・4民集四四巻九号一一六五頁、本誌七六一号一五四頁、判時一三八九号一四〇頁、③最三小判平3・2・19裁判集民一六二号一〇五頁、本誌七六一号一五四頁、判時一三八九号一四〇頁、④最三小判平9・1・28裁判集民一八一号八三頁、本誌九三六号二一二頁、判時一五九九号一三九頁がある(②、③判決は、決議不存在確認、合併無効確認の訴えにつき、権利行使者の指定と通知がない場合にも、共有株主の一部に原告適格を肯定すべき特段の事情を認めた判決である。)。
また、権利行使者の指定が、共有者全員一致によってされるべきか、持分価格に従って過半数で定めるべきかについては争いがあったが、④判決(商法二〇三条二項を準用する有限会社の持分の準共有の例)は、共有持分の価格に従い過半数をもって定めることを明らかにしている。右判決は、準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者のうちの一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能になるのみならず、会社の運営に支障を来すおそれがあり、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた右規定の趣旨にも反する結果となることを理由に挙げている(④判決の評釈として、荒谷裕子・平9重判解一〇一頁、柴田和史・会社判例百選〔第六版〕一九〇頁、片木晴彦・判評四六六号六〇頁、大野正道「商法二〇三条二項と最高裁第三小法廷判決」本誌九三七号七二頁など)。
本件では、権利行使者の指定と通知がない場合に、(1) 会社の側から共有株式に基づく議決権の行使を認めることができるか、(2) できるとすればどのような方法によるべきかが問題となる。
(1)については、商法二〇三条二項は、株式が数人によって共有されている場合、その行使が画一的に明確化されていないと極めて不便であるという会社の事務処理の便宜を考慮して定められたものであるから、会社の側からあえて株主の権利行使を認めることは差し支えないと解されており、これが通説でありほぼ異論がない(新版注釈会社法(3)五二頁〔米津昭子〕、大隅健一郎=今井宏・会社法論上巻〔第三版〕三三四頁、注解会社法上巻二三四頁〔倉沢康一郎〕、基本法コンメ会社法1〔第六版〕一七六頁〔蓮井良憲〕ほか多数。なお、否定説として田中誠二ほか・再全訂コンメンタール会社法四七〇頁、松田二郎=鈴木忠一・条解株式会社法上一一四頁、小室直人=上野泰男・民商六三巻四号九七頁)。
(2)については議論がある。(ア) 多数説は、共有者全員による共同した権利行使のみが許されるとする(米津・前掲、大隅=今井・前掲、倉沢・前掲、蓮井・前掲、片木・前掲、永井和之「商法二〇三条二項の意義」戸田古稀・現代企業法学の課題と展開二一一頁、片木晴彦・判評四六六号六一頁、吉本健一・判評三九七号五八頁、畑肇・リマークス一九九二(上)一〇五頁、青木英夫・金判八八三号四六頁、柳川俊一・昭45最判解説(民)二二頁、榎本恭博・昭53最判解説(民)一七八頁など。下級審判決として徳島地判昭46・1・19下民二二巻一=二号一八頁、本誌二五九号一七六頁)。(イ) これに対して、少数説として、主として個人会社の支配株式が共同相続された場合を念頭に置き、法定相続分に応じた議決権の個別行使を認める見解が唱えられている。少数説の中にも、議決権の行使が株式の内容を変更するような場合(合併、営業譲渡、解散など)は全員一致の行使でなければならないが、それ以外の議案に関する議決権行使は相続分に応じた個別の議決権行使が認められるとの説(山田泰彦「株式の共同相続と相続株主の株主権」早法六九巻四号一七七頁)、会社が認める以上、議案の内容のいかんを問わず、出席した共同相続人が相続分に応じた議決権の行使ができるとの説(田中啓一・ジュリ五五四号一〇九頁、山田攝子「株式の共同相続」本誌七八九号九頁)がある。少数説は、理由の中核として、多数説だと総会への全員出席、全員一致を要求され、総会の開催が困難になり会社運営に支障が生ずることを挙げる。
これに対し、多数説の根拠としては、(a)株式が共有である以上、共有物全体について単一の意思の表れとして議決権が行使される、(b)二〇三条二項の趣旨は、会社に対して株主の権利を行使し得る人格を一個に集約して混乱を避けるというところにある、(c)少数説は、相続による株式の当然分割を認めるに等しい、(d)個別行使を認めると行き詰まった状態を打開できるように見える反面、いっそう収拾のつかない混乱を招くおそれがある、といったところが挙げられよう。多数説では総会の開催が困難になり会社運営に支障が生ずるとの少数説からする批判については、権利行使者の指定は持分価格の過半数ですることができるので、多数決で権利行使者の指定をすれば支障はないとの反論が可能であろう。すなわち、④判決は、共有者の間で協議が整わず総会も開催できないとの事態を回避するために、権利行使者の指定を持分価格の過半数で行うことを肯定したのであり、そのような手段がある以上、権利行使者の指定をしていない場合に、少数説のように各人の個別行使を肯定する必要はないといえるのである。少数説の多数説に対する批判は、④判決が出た後は説得力の乏しいものとなったと思われる。
本判決は、(1)について肯定説、(2)について多数説に立ち、共有者全員が共同して行使する場合を除いて、会社の側から議決権の行使を認めることはできないと判示したものである。本判決は、相続財産である株式につき遺産分割が未了であるため起こりがちな紛争に関し、④判決とともに実務上参考となると思われる判決であるので紹介する。
なお、原判決は、本件株式に基づく議決権の行使が許されない理由として、「権利行使者の指定は全員一致でなければならないから、会社の側から法定相続分に応じた議決権の行使を認めることはできない」旨判示したものであり、上告論旨は、権利行使者の指定は全員一致でなければならないとする判断を争うものであった。原判決の判断は、権利行使者の指定方法について④判決に反しており、また、権利行使者の指定方法の問題と指定がない場合に会社の側から権利行使を認めることの可否の問題とを混同する点においていずれも正当ではないが、本件株式による議決権行使を認めなかった結論は是認し得るので、上告が棄却されたものである。

・+判例(S53.4.14)
理由
上告代理人小川秀一、同島田清の上告理由一及び二について
有限会社の社員総会において、その社員である特定の者を取締役に選任すべき決議をする場合に、その特定の者は、右決議につき特別の利害関係を有する者に当たらず、したがつて、社員として右総会の決議について適法に議決権を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、株式会社において、株主である取締役は、当該取締役の解任に関する株主総会の決議について商法二三九条五項にいう特別の利害関係を有する者に当たらないことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和四一年(オ)第八六八号同四二年三月一四日第三小法廷判決・民集二一巻二号三七八頁)、有限会社法四一条において商法二三九条五項の規定を準用する有限会社の社員総会において、社員である特定の者を取締役に選任する場合でも、この理は、同様というべきであるからである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同三について
有限会社において持分が数名の共有に属する場合に、その共有者が社員の権利を行使すべき者一人を選定し、それを会社に届け出たときは、社員総会における共有者の議決権の正当な行使者は、右被選定者となるのであつて、共有者間で総会における個々の決議事項について逐一合意を要するとの取決めがされ、ある事項について共有者の間に意見の相違があつても、被選定者は、自己の判断に基づき議決権を行使しうると解すべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論は、独自の見解であつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林讓 裁判官 栗本一夫)

(2)権利行使者の指定方法

・過半数説
民法252条本文の管理行為に当たるのだ!
+判例(H9.1.28)
理由
上告代理人田中俊充、同圓山司の上告理由について
有限会社の持分を相続により準共有するに至った共同相続人が、準共有社員としての地位に基づいて社員総会の決議不存在確認の訴えを提起するには、有限会社法二二条、商法二〇三条二項により、社員の権利を行使すべき者(以下「権利行使者」という)としての指定を受け、その旨を会社に通知することを要するのであり、この権利行使者の指定及び通知を欠くときは、特段の事情がない限り、右の訴えについて原告適格を有しないものというべきである(最高裁平成元年(オ)第五七三号同二年一二月四日第三小法廷判決・民集四四巻九号一一六五頁参照)。そして、この場合に、持分の準共有者間において権利行使者を定めるに当たっては、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができるものと解するのが相当である。けだし、準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者のうちの一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能となるのみならず、会社の運営にも支障を来すおそれがあり、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた右規定の趣旨にも反する結果となるからである。
記録によれば、亡新井重行は、被上告会社らの持分をすべて所有していたものであり、その法定相続人は、妻である上告人新井とよ子(法定相続分二分の一)と子である上告人新井久美子及び同新井千恵子(同各五分の一)の外、亡新井重行と新井幸子との間に生まれた新井吾一(同一〇分の一)の四名であるところ、上告人らは、新井吾一の法定代理人であった新井幸子が権利行使者を指定するための協議に応じないとして、権利行使者の指定及び通知をすることなく、被上告会社らの準共有社員としての地位に基づき、本件各社員総会決議不存在確認の訴えを提起するに至ったことが明らかである。
しかしながら、さきに説示したところからすれば、新井幸子ないし新井吾一が協議に応じないとしても、亡新井重行の相続人間において権利行使者を指定することが不可能ではないし、権利行使者を指定して届け出た場合に被上告会社らがその受理を拒絶したとしても、このことにより会社に対する権利行使は妨げられないものというべきであって、そもそも、有限会社法二二条、商法二〇三条二項による権利行使者の指定及び通知の手続を履践していない以上、上告人らに本件各訴えについて原告適格を認める余地はない。その他、本件において、右の権利行使者の指定及び通知を不要とすべき特段の事情を認めることもできない。
本件各訴えを却下すべきものとした原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができる。原判決に所論の違法は認められず、論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 本件は、有限会社の持分の共同相続人が提起した社員総会決議不存在確認の訴えであり、原告適格の有無が争われた事案である。事案の概要等は、次のとおりである。
1 亡Aは、生前、Y社(Y1有限会社及びY2有限会社)の持分をすべて所有しており、その代表取締役を務めていた。
2 Y社は、いずれも平成元年一〇月一八日にAを議長として臨時社員総会を開催し、B1(Aの内縁の妻)を代表取締役に選任する旨の決議等をしたとして、その旨の登記を経ている。
3 Aは、平成元年一一月九日に死亡した。法定相続分は、Xら(Aの妻X1と子X2及びX3)が合計一〇分の九、AとB1との間の未成年の子であるB2が一〇分の一である。
4 B1は、同人がAからY社の持分全部の生前贈与ないし遺贈を受けたから、XらはY社の持分を有していないと主張している。これに対し、Xらは、Aの持分を法定相続分に応じて相続したと主張し、有限会社法二二条、商法二〇三条二項の定める権利行使者の指定及びその通知をすることなく、Y社の持分の準共有者としての地位に基づいて、本件各決議が存在しないことの確認を求める本件各訴えを提起した。
二 通説・判例は、株式ないし有限会社の社員持分について共同相続が開始すると、金銭債権のように法定相続分に応じて当然分割されるのではなく、遺産分割がされるまで共同相続人が相続分に応じてこれを準共有すると解している。そして、株式を相続により準共有するに至った共同相続人は、商法二〇三条二項にいう「株主ノ権利ヲ行使スベキ者」の指定及びその旨の会社に対する通知を欠く場合には、「特段の事情」がない限り、株主総会決議不存在確認の訴えにつき原告適格を有しないとされており(最三小判平2・12・4民集四四巻九号一一六五頁、本誌七六一号一五四頁)、商法二〇三条二項は、有限会社法二二条により有限会社にも準用されている。
Xらは、右の手続を履践することなく本件各訴えを提起しているが、①相続人間で権利行使者を指定するための協議をすることが不可能である、②仮に権利行使者を指定して届け出てもY社が指定届の受理を拒絶することが明白である、との理由で、「特段の事情」が存在すると主張した。しかし、一、二審とも、「特段の事情」は認められないとして、権利行使者の指定・通知のないままに提起された本件各訴えを不適法却下した。
三 有限会社法二二条、商法二〇三条二項の権利行使者の指定については、準共有者全員によってすることを要するという見解(処分行為説ともいわれる。徳島地判昭46・1・19下民二二巻一~二号一八頁、本誌二五九号一七六頁、木内宣彦・判時一一八〇号二一五頁、畑肇・リマークス一九九二〈上〉一〇二頁等)と、持分価格に従って過半数で決すべきであるという見解(管理行為説ともいわれる。東京地判昭60・6・4判時一一六〇号一四五頁、平田浩・昭52最判解説(民)三〇八頁、榎本恭博・昭53最判解説(民)一六六頁、小林俊明・ジュリ九二一号九九頁等)との対立があり、折衷的な見解(出口正義・会社判例百選(第五版)一〇〇頁等)もある。
全員一致説の根拠を要約すると、次のとおりである。すなわち、社員の権利は、利益配当請求権や残余財産分配請求権のような自益権のみならず、議決権やその他の監督是正権のような共益権も包含する。このうち、自益権の行使は、指定された権利行使者にゆだねても他の準共有者の利益に影響を及ぼすことはないが、共益権の行使は、会社の経営を左右しかねないものであり、準共有者の利益に影響を及ぼし、事情によっては、その財産的価値を減少させ、権利の本質に変更を生じさせる可能性がある。しかも、権利行使者に指定された者は、自らの判断に従って社員の権利の全部を行使することができ、それ以外の準共有者は、その潜在的な持分の限度においてすら権利を行使することができない。権利行使者の指定は、このように準共有者の利益に重大な影響を及ぼす共益権の行使を含め、社員としての権利の行使を包括的に権利行使者にゆだねてしまうものである。したがって、権利行使者の指定は、一種の財産管理委託行為ということができ、また、権利行使者に白紙委任をするほどの重要な行為であって、処分行為ないしこれに準ずる行為として全員一致を要すると解すべきである。
これに対し、多数決説は、次のように説く。すなわち、権利行使者の指定は、単に会社に対する関係で権利行使の資格者を決定するものにすぎず、それ以外の者も社員であることには変わりがない。また、権利行使者は、第三者との関係で持分の処分権その他の権限を取得するものでもない。そして、持分の準共有者は、権利行使者を指定することによって初めて権利行使ができるのであるから、指定行為は、準共有者に権利行使の途を開くものであって、すべての準共有者に利益をもたらす行為であるということができ、この限りでは準共有者の利害は一致している。もし全員一致でなければ権利行使者が指定できないとすると、一人の反対によって、全員の社員権の行使が不可能になるのみならず、会社の運営にも支障を来すおそれがあり、不合理であって実際的でない。したがって、権利行使者の指定行為は、管理行為として、多数決ですることができると解すべきである。
このように、全員一致説は、指定された権利行使者の権限からアプローチするもので、共益権とりわけ議決権の行使が会社に及ぼす影響を重視し、これが社員権の本質に変更をもたらす危険があるとする。これに対し、多数決説は、権利行使者の指定行為自体の性質に着目し、指定は、準共有者に権利行使の途を開くものであり、準共有者にとって利益な行為であるとする。
権利行使者の指定には利益と危険という二面があり、指定行為の性質論からいずれの説が妥当かを理論的に決するのは必ずしも容易ではなく、結局、少数派の利益保護(=全員一致説)と会社の円滑な運営(=多数決説)のいずれを優先させるかという政策的判断で決するほかはないと思われる。本判決も、このような理解に立って、多数決説を採用することとしたものであると推測される。
最三小判昭52・11・8民集三一巻六号八四七頁及び最二小判昭53・4・14民集三二巻三号六〇一頁において、最高裁は多数決説を前提にした判断をしていると解する見解もあるが、判文上は必ずしも明確とはいえない。本判決は、最高裁が多数決説を採ることを明確にした点に、重要な意義があるものと思われる。
四 本件について、多数決説に立った場合には、X側の持分価格が九割に達するから、たといBらが協議に応じないとしても、Xらだけでそのうちの一人を権利行使者に指定し、適法に訴えを提起することが可能である。したがって、これが不可能であるとの理解に立って「特段の事情」が存在するという主張は、その前提を欠くものであって失当である。本判決は、本件において、「特段の事情」を認めることはできない旨を判示し、Xらの本件各訴えを却下すべきものとした原審の判断を是認して、上告を棄却した。
五 なお、総会決議不存在確認の訴えを提起しようとする者が、社員持分(株式)の準共有者のうちの少数派に属する者であった場合には、自派の者を権利行使者に指定して訴えを提起することが事実上不可能になるので、「特段の事情」が認められるのではないかが問題となる余地もないではない。会社の円滑な運営を重視するという観点から多数決説が採用されたことからすると、右のような事情があるからといって直ちに「特段の事情」が認められることにはならないように思われるが、いずれにしても、本判決の射程外であり、今後検討されるべき問題の一つといえよう。
ちなみに、前掲最三小判平2・12・4の事案は、共同相続が開始し、株式の準共有状態が発生した後に、被告会社の株主総会が開催されて取締役選任決議等がされ、その旨の登記がされたところ、原告が右決議の不存在確認を求める訴えを提起したというものである。したがって、被告会社は、一方で商法二〇三条二項所定の手続の履践を前提として総会及び決議の有効な成立を主張・立証すべき立場にありながら、他方で、右手続の欠缺を主張して原告適格を争うという矛盾した対応をしており、右判決は、このような被告会社の対応が「訴訟上の防御権を濫用し著しく信義則に反する」との理由により、「特段の事情」が存在するものとして、原告適格を肯定したものである。これに引き続いて出された最三小判平3・2・19本誌七六一号一五四頁も、これと同じ類型の事案である。これに対し、本件事案においては、Xらが瑕疵の存在を主張する総会の決議は、共同相続の開始前にされたものであって、会社側が矛盾した主張を同一手続内で恣意的に使い分けるというものではないから、右先例とは全く事案を異にしている。

・全員一致説
民法251条の共有物の変更に当たるのだ。

(3)Y(少数派)が自己の意思を株主総会に反映させる方法について:議決権の不統一行使
a)問題の所在
b)対会社関係
+(議決権の不統一行使)
第三百十三条  株主は、その有する議決権を統一しないで行使することができる。
2  取締役会設置会社においては、前項の株主は、株主総会の日の三日前までに、取締役会設置会社に対してその有する議決権を統一しないで行使する旨及びその理由を通知しなければならない。
3  株式会社は、第一項の株主が他人のために株式を有する者でないときは、当該株主が同項の規定によりその有する議決権を統一しないで行使することを拒むことができる

c)共有の内部関係
d)判例との関係

3.対抗関係~相続と株主名簿の書き換え

+(株式の譲渡の対抗要件)
第百三十条  株式の譲渡は、その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、株式会社その他の第三者に対抗することができない。
2  株券発行会社における前項の規定の適用については、同項中「株式会社その他の第三者」とあるのは、「株式会社」とする。

・失念株のケース
+判例(H19.3.8)
理由
上告代理人川島英明の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人らは、平成12年2月15日、A(以下「A」という。)を通じて、それぞれ、B(以下「B」という。)を転換対象銘柄とする他社株式転換特約付社債を購入し、同年5月18日、その償還として、Bの株式各29株(以下、併せて「本件親株式」という。)を取得した。
(2) 上告人らは、平成12年10月31日、Aから本件親株式に係る原判決別紙1株券目録1(1)及び(2)記載の株券合計58枚の交付を受けたが、その際、本件親株式につき名義書換手続をしなかったため、本件親株式の株主名簿上の株主は、かつて本件親株式の株主であった被上告人(当時の商号はC)のままであった。
(3) Bは、平成14年1月25日開催の取締役会において、同年3月31日を基準日として普通株式1株を5株に分割する旨の株式分割(以下「本件株式分割」という。)の決議をし、同年5月15日、これを実施した。
(4) 被上告人は、本件親株式の株主名簿上の株主として、そのころ、Bから本件株式分割により増加した新株式(以下「本件新株式」という。)に係る原判決別紙1株券目録2記載の株券232枚の交付を受けた(以下、これらの株券を併せて「本件新株券」という。)。
(5) 被上告人は、Bから本件新株式に係る配当金として、1万4235円(税金を控除した額)の配当を受けた。
(6) 被上告人は、平成14年11月8日、第三者に対して本件新株式を売却し、売却代金5350万2409円(経費を控除した額)を取得した。
(7) 上告人らは、平成15年10月10日ころ、Bに対し、本件親株式について名義書換手続を求め、そのころ、被上告人に対し、本件新株券及び配当金の引渡しを求めた。
これに対し、被上告人は、日本証券業協会が定める「株式の名義書換失念の場合における権利の処理に関する規則(統一慣習規則第2号)」により、本件新株券の返還はできないなどとして、上告人らそれぞれに対し、各6105円のみを支払った。
(8) 上告人らは、被上告人は法律上の原因なく上告人らの財産によって本件新株式の売却代金5350万2409円及び配当金8万0590円の利益を受け、そのために上告人らに損失を及ぼしたと主張して、それぞれ、被上告人に対し、不当利得返還請求権に基づき、上記売却代金の2分の1である2675万1204円(円未満切捨て。以下同じ。)及び上記配当金の2分の1である4万0295円の合計金相当額である2679万1499円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める訴えを提起した。
(9) 第1審は、被上告人は、上告人らに対し、それぞれ、口頭弁論終結時における本件新株式の価格相当額2680万7484円及び配当金1万4670円の2分の1である7335円の合計額である2681万4819円から既払額6105円を差し引いた2680万8714円の不当利得返還義務を負うとして、上記金額の範囲内である上告人らの請求をいずれも認容した。
原審は、平成17年5月18日に口頭弁論を終結したが、その前日である同月17日のBの株式の終値は16万1000円であった。

2 原審は、次のとおり判断して、上告人らの請求をそれぞれ1867万7012円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余をいずれも棄却した。
(1) 被上告人は、本件新株式及び配当金を取得し、法律上の原因なくして上告人らの財産により利益を受け、これによって上告人らに損失を及ぼしたものであるから、その利益を返還すべき義務を負う
(2) ところで、本件新株式は上場株式であり代替性を有するから、被上告人の得た利益及び上告人らが受けた損失は、いずれも本件株式分割により増加した本件新株式と同一の銘柄及び数量の株式である。
したがって、上告人らが本件新株券そのものの返還に代えて本件新株式の価格の返還を求めることは許されるが、その場合に返還を請求できる金額は、売却時の時価によるのでなければ公平に反するという特段の事情がない限り、被上告人が市場において本件新株式と同一の銘柄及び数量の株式を調達して返還する際の価格、すなわち事実審の口頭弁論終結時又はこれに近い時点における本件新株式の価格によって算定された価格相当額である。
本件においては上記特段の事情は認められないから、上告人らの被上告人に対する請求は、それぞれ、事実審の口頭弁論終結日の前日である平成17年5月17日のBの株式の終値である1株16万1000円に116株を乗じた1867万6000円に配当金1万4235円の2分の1である7117円を加えた額から既払額6105円を差し引いた1867万7012円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

3 しかしながら、原審の上記2(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、受益者にその利得の返還義務を負担させるものである(最高裁昭和45年(オ)第540号同49年9月26日第一小法廷判決・民集28巻6号1243頁参照)。
受益者が法律上の原因なく代替性のある物を利得し、その後これを第三者に売却処分した場合、その返還すべき利益を事実審口頭弁論終結時における同種・同等・同量の物の価格相当額であると解すると、その物の価格が売却後に下落したり、無価値になったときには、受益者は取得した売却代金の全部又は一部の返還を免れることになるが、これは公平の見地に照らして相当ではないというべきである。また、逆に同種・同等・同量の物の価格が売却後に高騰したときには、受益者は現に保持する利益を超える返還義務を負担することになるが、これも公平の見地に照らして相当ではなく、受けた利益を返還するという不当利得制度の本質に適合しない
そうすると、受益者は、法律上の原因なく利得した代替性のある物を第三者に売却処分した場合には、損失者に対し、原則として、売却代金相当額の金員の不当利得返還義務を負うと解するのが相当である。大審院昭和18年(オ)第521号同年12月22日判決・法律新聞4890号3頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。

4 以上によれば、上記原則と異なる解釈をすべき事情のうかがわれない本件においては、被上告人は、上告人らに対し、本件新株式の売却代金及び配当金の合計金相当額を不当利得として返還すべき義務を負うものというべきであって、これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。
そして、前記事実関係によれば、上告人らの請求は、それぞれ、被上告人が取得した本件新株式の売却代金5350万2409円の2分の1である2675万1204円及び配当金1万4235円の2分の1である7117円の合計額である2675万8321円から既払額である6105円を差し引いた2675万2216円並びにこれに対する平成16年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決を主文のとおり変更することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉徳治 裁判官 才口千晴 裁判官 涌井紀夫)

+(基準日)
第百二十四条  株式会社は、一定の日(以下この章において「基準日」という。)を定めて、基準日において株主名簿に記載され、又は記録されている株主(以下この条において「基準日株主」という。)をその権利を行使することができる者と定めることができる
2  基準日を定める場合には、株式会社は、基準日株主が行使することができる権利(基準日から三箇月以内に行使するものに限る。)の内容を定めなければならない。
3  株式会社は、基準日を定めたときは、当該基準日の二週間前までに、当該基準日及び前項の規定により定めた事項を公告しなければならない。ただし、定款に当該基準日及び当該事項について定めがあるときは、この限りでない。
4  基準日株主が行使することができる権利が株主総会又は種類株主総会における議決権である場合には、株式会社は、当該基準日後に株式を取得した者の全部又は一部を当該権利を行使することができる者と定めることができる。ただし、当該株式の基準日株主の権利を害することができない。
5  第一項から第三項までの規定は、第百四十九条第一項に規定する登録株式質権者について準用する。

+(株主に対する通知等)
第百二十六条  株式会社が株主に対してする通知又は催告は、株主名簿に記載し、又は記録した当該株主の住所(当該株主が別に通知又は催告を受ける場所又は連絡先を当該株式会社に通知した場合にあっては、その場所又は連絡先)にあてて発すれば足りる
2  前項の通知又は催告は、その通知又は催告が通常到達すべきであった時に、到達したものとみなす。
3  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、株式会社が株主に対してする通知又は催告を受領する者一人を定め、当該株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければならない。この場合においては、その者を株主とみなして、前二項の規定を適用する。
4  前項の規定による共有者の通知がない場合には、株式会社が株式の共有者に対してする通知又は催告は、そのうちの一人に対してすれば足りる。
5  前各項の規定は、第二百九十九条第一項(第三百二十五条において準用する場合を含む。)の通知に際して株主に書面を交付し、又は当該書面に記載すべき事項を電磁的方法により提供する場合について準用する。この場合において、第二項中「到達したもの」とあるのは、「当該書面の交付又は当該事項の電磁的方法による提供があったもの」と読み替えるものとする。

+(配当財産の交付の方法等)
第四百五十七条  配当財産(第四百五十五条第二項の規定により支払う金銭及び前条の規定により支払う金銭を含む。以下この条において同じ。)は、株主名簿に記載し、又は記録した株主(登録株式質権者を含む。以下この条において同じ。)の住所又は株主が株式会社に通知した場所(第三項において「住所等」という。)において、これを交付しなければならない。
2  前項の規定による配当財産の交付に要する費用は、株式会社の負担とする。ただし、株主の責めに帰すべき事由によってその費用が増加したときは、その増加額は、株主の負担とする。
3  前二項の規定は、日本に住所等を有しない株主に対する配当財産の交付については、適用しない。

Ⅲ 問2について
1.YZの株式保有状況及び名義書換に関して

名義書き換え未了の株主について
+判例(S30.10.20)
理由
論旨第一点について。
商法二〇六条一項(昭和二五年法律一六七号による改正前の、本件株主総会決議当時の同条項をいう。)によれば、記名株式の移転は、取得者の氏名及び住所を株主名簿に記載しなければ会社には対抗できないが、会社からは右移転のあつたことを主張することは妨げない法意と解するを相当とする。従つて、本件においては、訴外Aが訴外Bの被上告会社の株式一〇株を譲り受けたことについて、株主名簿に記載してないことは所論のとおりであるが、それは右譲渡をもつて被上告会社に対抗し得ないというに止まり、会社側においては、株主名簿の書換が何らかの都合でおくれていても、右株式の譲渡を認めて譲受人Aを株主として取り扱うことを妨げるものではない。そして仮に所論のとおり、会杜がAを株主名簿の記載により五〇〇株の株主と認めてこれに株主総会招集の通知を発したものであるとしても、原審は、証拠により、Aが昭和一八年一二月一日Bから被上告会社の株式一〇株を譲り受け、その頃被上告会社に名義書換を請求したことを認定しているのであるから、被上告会社が、Aを、その所有株数を何程と認めたかは別として、株主と認めてこれに株主総会招集の通知を発したこと及びこれに基き同人が株主総会に出頭したこと自体は、結局において違法ということはできない。それ故所論は採用できない。
同第二点について。
原審は証拠により昭和一八年一二月一日BよりAへ被上告会社の株式一〇株が譲渡されたことを認定した上、本件株主総会当時Aは少くとも一〇株の株主であつたものと認めるのを相当とすると判示しているのである。それ故原判決には所論のような違法は認められない。

同第三点、第四点について。
原審は、本件において、株主総会の決議事項について特別の利害関係を有する株主の株式を表決から除外する措置をとらなかつたこと、株主でない者に株主総会招集の通知を発したこと等の違法があつたとしても、若しそのような違法がなかつたならば決議の結果が違つたかもしれないと推測されるような事情は、乙一号証によつて認めうる本件株主総会の経過、その他の証拠から見て、存在しないと認定し、そのような場合においては、裁判所は株主総会の決議の取消請求を許容すべきでなく、そのことは、商法二五一条が昭和二五年法律一六七号商法の一部を改正する法律によつて削除されたと否とに拘らない旨を判示した。思うに、商法二五一条は、昭和二五年法律一六七号商法の一部を改正する法律によつて削除されたが、それは、従来の同条の規定が、裁判所に一切の事情の斟酌を許し、従つてその裁量権を余り広汎に認めすぎる如く解されるおそれがあつたため削除されたものであつて、商法二四七条によつて提起された株主総会の決議取消の訴訟において裁判所が合理的な判断の下に右取消請求を認容するか否かを決しうることまでも否定しようとする趣旨と解すベきではなく、たとえ株主総会招集の手続又はその決議の方法が違法であつても、株主総会における議事の経過その他から判断して、その違法が決議の結果に異動を及ぼすと推測されるような事情の存在は認められないと原審の認定した本件のような場合(原審の右認定は当審においても是認できる。)において本件請求を棄却した原判示は正当であつて、所論は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

2.Zに議決権を行使させたことの適法性
(1)問題の所在
+(共有者による権利の行使)
第百六条  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない

(2)106条ただし書きの適用範囲についての検討
(3)H27.2.19判決の理解

理 由
上告代理人清永敬文,上告復代理人小林敬正の上告受理申立て理由第3の1及び第4について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,特例有限会社であり,その発行済株式の総数は3000株である。上記3000株のうち2000株は,Aが保有していたが,Aが平成19年に死亡したため,いずれもAの妹である被上告人及びBが法定相続分である各2分の1の割合で共同相続した。Aの遺産の分割は未了であり,上記2000株は,被上告人とBとの共有に属する(以下,上記2000株を「本件準共有株式」という。)。
(2) Bは,平成22年11月11日に開催された上告人の臨時株主総会(以下「本件総会」という。)において,本件準共有株式の全部について議決権の行使(以下「本件議決権行使」という。)をした。上告人の発行済株式のうちその余の1000株を有するCも,本件総会において,議決権の行使をした。他方,被上告人は,本件総会に先立ち,その招集通知を受けたが,上告人に対し,本件総会には都合により出席できない旨及び本件総会を開催しても無効である旨を通知し,本件総会には出席しなかった。
(3) 本件総会において,上記(2)の各議決権の行使により,①Dを取締役に選任する旨の決議,②Dを代表取締役に選任する旨の決議並びに③本店の所在地を変更する旨の定款変更の決議及び本店を移転する旨の決議がされた(以下,上記各決議を「本件各決議」という。)。
(4) 本件準共有株式について,会社法106条本文の規定に基づく権利を行使する者の指定及び上告人に対するその者の氏名又は名称の通知はされていなかったが,上告人は,本件総会において,本件議決権行使に同意した。

2 本件は,被上告人が,本件各決議には決議の方法等につき法令違反があると主張して,上告人に対し,会社法831条1項1号に基づき,本件各決議の取消しを請求する訴えである。会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたままされた本件議決権行使が,同条ただし書の上告人の同意により適法なものとなるか否かが争われている。

3 原審は,会社法106条ただし書について,同条本文の規定に基づく権利を行使する者の指定及び通知の手続を欠いていても,株式の共有者間において当該株式についての権利の行使に関する協議が行われ,意思統一が図られている場合に限って,株式会社の同意を要件に当該権利の行使を認めたものであるとした。その上で,原審は,本件は上記の場合には当たらないから,上告人が本件議決権行使に同意していても,本件議決権行使は不適法であり,決議の方法に法令違反があることになるとして,本件各決議を取り消した。

4 所論は,会社法106条ただし書は株式会社の同意さえあれば特定の共有者が共有に属する株式について適法に権利を行使することができる旨を定めた規定であるというものである。

5 会社法106条本文は,「株式が二以上の者の共有に属するときは,共有者は,当該株式についての権利を行使する者一人を定め,株式会社に対し,その者の氏名又は名称を通知しなければ,当該株式についての権利を行使することができない。」と規定しているところ,これは,共有に属する株式の権利の行使の方法について,民法の共有に関する規定に対する「特別の定め」(同法264条ただし書)を設けたものと解される。その上で,会社法106条ただし書は,「ただし,株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は,この限りでない。」と規定しているのであって,これは,その文言に照らすと,株式会社が当該同意をした場合には,共有に属する株式についての権利の行使の方法に関する特別の定めである同条本文の規定の適用が排除されることを定めたものと解される。そうすると,共有に属する株式について会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたまま当該株式についての権利が行使された場合において,当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは,株式会社が同条ただし書の同意をしても,当該権利の行使は,適法となるものではないと解するのが相当である。そして,共有に属する株式についての議決権の行使は,当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し,又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り,株式の管理に関する行為として,民法252条本文により,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決せられるものと解するのが相当である。

6 これを本件についてみると,本件議決権行使は会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたままされたものであるところ,本件議決権行使の対象となった議案は,①取締役の選任,②代表取締役の選任並びに③本店の所在地を変更する旨の定款の変更及び本店の移転であり,これらが可決されることにより直ちに本件準共有株式が処分され,又はその内容が変更されるなどの特段の事情は認められないから,本件議決権行使は,本件準共有株式の管理に関する行為として,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決せられるものというべきである。そして,前記事実関係によれば,本件議決権行使をしたBは本件準共有株式について2分の1の持分を有するにすぎず,また,残余の2分の1の持分を有する被上告人が本件議決権行使に同意していないことは明らかである。そうすると,本件議決権行使は,各共有者の持分の価格に従いその過半数で決せられているものとはいえず,民法の共有に関する規定に従ったものではないから,上告人がこれに同意しても,適法となるものではない。
7 以上によれば,本件議決権行使が不適法なものとなる結果,本件各決議は,決議の方法が法令に違反するものとして,取り消されるべきものである。これと結論を同じくする原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木 勇 裁判官山浦善樹 裁判官 池上政幸)

(4)本問の解決

3.Yが決議取り消し訴訟を提起することの可否

+判例(H2.12.4)
理由
一 上告代理人楠田堯爾、同加藤知明、同田中穰の上告理由第一点及び第二点並びに上告補助参加人代理人初鹿野正の上告理由第二点及び第三点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
二 上告代理人楠田堯爾、同加藤知明、同田中穰の上告理由第三点及び上告補助参加人代理人初鹿野正の上告理由第一点について
株式を相続により準共有するに至った共同相続人は、商法二〇三条二項の定めるところに従い、右株式につき「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という。)を定めて会社に通知し、この権利行使者において株主権を行使することを要するところ(最高裁昭和四二年(オ)第八六七号同四五年一月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一号一頁参照)、右共同相続人が準共有株主としての地位に基づいて株主総会の決議不存在確認の訴えを提起する場合も、右と理を異にするものではないから、権利行使者としての指定を受けてその旨を会社に通知していないときは、特段の事情がない限り、原告適格を有しないものと解するのが相当である。
しかしながら、株式を準共有する共同相続人間において権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠く場合であっても、右株式が会社の発行済株式の全部に相当し、共同相続人のうちの一人を取締役に選任する旨の株主総会決議がされたとしてその旨登記されている本件のようなときは、前述の特段の事情が存在し、他の共同相続人は、右決議の不存在確認の訴えにつき原告適格を有するものというべきである。けだし、商法二〇三条二項は、会社と株主との関係において会社の事務処理の便宜を考慮した規定であるところ、本件に見られるような場合には、会社は、本来、右訴訟において、発行済株式の全部を準共有する共同相続人により権利行使者の指定及び会社に対する通知が履践されたことを前提として株主総会の開催及びその総会における決議の成立を主張・立証すべき立場にあり、それにもかかわらず、他方、右手続の欠缺を主張して、訴えを提起した当該共同相続人の原告適格を争うということは、右株主総会の瑕疵を自認し、また、本案における自己の立場を否定するものにほかならず、右規定の趣旨を同一訴訟手続内で恣意的に使い分けるものとして、訴訟上の防御権を濫用し著しく信義則に反して許されないからである。
記録によれば、(一) 被上告人の本件訴えは、(1) Aは、上告会社の発行済株式の全部である七〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を所有していたところ、昭和五七年三月二四日死亡し、妻B及び被上告人(長男)、上告会社代表者C(二男)、上告補助参加人D(三男)外四名の子が本件株式を共同相続し、昭和六〇年二月二三日右Bも死亡して、被上告人外六名がこれを共同相続した、(2) 同年二月二四日開催の上告会社の株主総会においてCの外E及びFを取締役に、Dを監査役にそれぞれ選任する旨の決議(以下「本件決議」という。)がされたとして、同年三月一一日その旨商業登記簿に登記された、(3) しかし、右株主総会が開催されて本件決議がされた事実は存在しない旨主張して、上告会社に対し、本件決議の不存在確認を求めるものであること、(二) これに対し、上告会社は、共同相続人間において、本件株式の遺産分割は未了であり、右株式につき権利行使者を定めてその旨上告会社に通知する手続もされていないとして被上告人の訴えの利益ないし原告適格を争っていることが明らかである。そうすると、前記説示に照らし、本件においては、被上告人が本件決議の不存在確認の訴えを提起しうる特段の事情が存在するものというべきであり、被上告人の原告適格を肯認した原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨は、以上と異なる見解に立ち、又は原判決の結論に影響を及ぼさない部分をとらえてその違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)


会社法 事例で考える会社法 事例5 合併比率の不満と株主


Ⅰ はじめに

Ⅱ 合併比率の不公正と合併の無効
1.合併比率
(1)合併比率の公正不公正
+(株式会社が存続する吸収合併契約)
第七百四十九条  会社が吸収合併をする場合において、吸収合併後存続する会社(以下この編において「吸収合併存続会社」という。)が株式会社であるときは、吸収合併契約において、次に掲げる事項を定めなければならない。
一  株式会社である吸収合併存続会社(以下この編において「吸収合併存続株式会社」という。)及び吸収合併により消滅する会社(以下この編において「吸収合併消滅会社」という。)の商号及び住所
二  吸収合併存続株式会社が吸収合併に際して株式会社である吸収合併消滅会社(以下この編において「吸収合併消滅株式会社」という。)の株主又は持分会社である吸収合併消滅会社(以下この編において「吸収合併消滅持分会社」という。)の社員に対してその株式又は持分に代わる金銭等を交付するときは、当該金銭等についての次に掲げる事項
イ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の株式であるときは、当該株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)又はその数の算定方法並びに当該吸収合併存続株式会社の資本金及び準備金の額に関する事項
ロ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の社債(新株予約権付社債についてのものを除く。)であるときは、当該社債の種類及び種類ごとの各社債の金額の合計額又はその算定方法
ハ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。)であるときは、当該新株予約権の内容及び数又はその算定方法
ニ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の新株予約権付社債であるときは、当該新株予約権付社債についてのロに規定する事項及び当該新株予約権付社債に付された新株予約権についてのハに規定する事項
ホ 当該金銭等が吸収合併存続株式会社の株式等以外の財産であるときは、当該財産の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法
三  前号に規定する場合には、吸収合併消滅株式会社の株主(吸収合併消滅株式会社及び吸収合併存続株式会社を除く。)又は吸収合併消滅持分会社の社員(吸収合併存続株式会社を除く。)に対する同号の金銭等の割当てに関する事項
四  吸収合併消滅株式会社が新株予約権を発行しているときは、吸収合併存続株式会社が吸収合併に際して当該新株予約権の新株予約権者に対して交付する当該新株予約権に代わる当該吸収合併存続株式会社の新株予約権又は金銭についての次に掲げる事項
イ 当該吸収合併消滅株式会社の新株予約権の新株予約権者に対して吸収合併存続株式会社の新株予約権を交付するときは、当該新株予約権の内容及び数又はその算定方法
ロ イに規定する場合において、イの吸収合併消滅株式会社の新株予約権が新株予約権付社債に付された新株予約権であるときは、吸収合併存続株式会社が当該新株予約権付社債についての社債に係る債務を承継する旨並びにその承継に係る社債の種類及び種類ごとの各社債の金額の合計額又はその算定方法
ハ 当該吸収合併消滅株式会社の新株予約権の新株予約権者に対して金銭を交付するときは、当該金銭の額又はその算定方法
五  前号に規定する場合には、吸収合併消滅株式会社の新株予約権の新株予約権者に対する同号の吸収合併存続株式会社の新株予約権又は金銭の割当てに関する事項
六  吸収合併がその効力を生ずる日(以下この節において「効力発生日」という。)
2  前項に規定する場合において、吸収合併消滅株式会社が種類株式発行会社であるときは、吸収合併存続株式会社及び吸収合併消滅株式会社は、吸収合併消滅株式会社の発行する種類の株式の内容に応じ、同項第三号に掲げる事項として次に掲げる事項を定めることができる。
一  ある種類の株式の株主に対して金銭等の割当てをしないこととするときは、その旨及び当該株式の種類
二  前号に掲げる事項のほか、金銭等の割当てについて株式の種類ごとに異なる取扱いを行うこととするときは、その旨及び当該異なる取扱いの内容
3  第一項に規定する場合には、同項第三号に掲げる事項についての定めは、吸収合併消滅株式会社の株主(吸収合併消滅株式会社及び吸収合併存続株式会社並びに前項第一号の種類の株式の株主を除く。)の有する株式の数(前項第二号に掲げる事項についての定めがある場合にあっては、各種類の株式の数)に応じて金銭等を交付することを内容とするものでなければならない。

(2)本件合併の合併比率

(3)合併比率算定の実際

2.合併の無効の訴え
(1)合併の無効の主張方法
+(会社の組織に関する行為の無効の訴え)
第八百二十八条  次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。
一  会社の設立 会社の成立の日から二年以内
二  株式会社の成立後における株式の発行 株式の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、株式の発行の効力が生じた日から一年以内)
三  自己株式の処分 自己株式の処分の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、自己株式の処分の効力が生じた日から一年以内)
四  新株予約権(当該新株予約権が新株予約権付社債に付されたものである場合にあっては、当該新株予約権付社債についての社債を含む。以下この章において同じ。)の発行 新株予約権の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、新株予約権の発行の効力が生じた日から一年以内)
五  株式会社における資本金の額の減少 資本金の額の減少の効力が生じた日から六箇月以内
六  会社の組織変更 組織変更の効力が生じた日から六箇月以内
七  会社の吸収合併 吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内
八  会社の新設合併 新設合併の効力が生じた日から六箇月以内
九  会社の吸収分割 吸収分割の効力が生じた日から六箇月以内
十  会社の新設分割 新設分割の効力が生じた日から六箇月以内
十一  株式会社の株式交換 株式交換の効力が生じた日から六箇月以内
十二  株式会社の株式移転 株式移転の効力が生じた日から六箇月以内
2  次の各号に掲げる行為の無効の訴えは、当該各号に定める者に限り、提起することができる。
一  前項第一号に掲げる行為 設立する株式会社の株主等(株主、取締役又は清算人(監査役設置会社にあっては株主、取締役、監査役又は清算人、指名委員会等設置会社にあっては株主、取締役、執行役又は清算人)をいう。以下この節において同じ。)又は設立する持分会社の社員等(社員又は清算人をいう。以下この項において同じ。)
二  前項第二号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
三  前項第三号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
四  前項第四号に掲げる行為 当該株式会社の株主等又は新株予約権者
五  前項第五号に掲げる行為 当該株式会社の株主等、破産管財人又は資本金の額の減少について承認をしなかった債権者
六  前項第六号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において組織変更をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は組織変更後の会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは組織変更について承認をしなかった債権者
七  前項第七号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収合併後存続する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収合併について承認をしなかった債権者
八  前項第八号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設合併により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設合併について承認をしなかった債権者
九  前項第九号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収分割契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収分割契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収分割について承認をしなかった債権者
十  前項第十号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設分割をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設分割をする会社若しくは新設分割により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設分割について承認をしなかった債権者
十一  前項第十一号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式交換契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は株式交換契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは株式交換について承認をしなかった債権者
十二  前項第十二号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式移転をする株式会社の株主等であった者又は株式移転により設立する株式会社の株主等、破産管財人若しくは株式移転について承認をしなかった債権者

(2)合併比率の不公正と合併無効原因

・合併比率の不公正そのものは合併無効原因にはならない。
+判例(東京高判H2.1.31)
理由
一 当裁判所は、被控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は原判決の理由と同一であるからこれを引用する(当審において提出された証拠を加えても右判断を左右しない。)。ただし、次のとおり訂正する。
1 原判決5枚目表6行目の「と本件承認決議の取消事由と」を削除する。
2 同5枚目表8行目の「及び(二)」を削除する。
3 同6枚目表11行目の「さらに、」から13行目の「主張するが、」までを次のとおり改める。
「なお、控訴人は、商法408条ノ2の趣旨に鑑みれば、本件では、増資や資産評価替え後の各合併会社の貸借対照表の備置・公示は不可欠であるにもかかわらず、被控訴人はこれを怠ったのみならず、著しく不公正な合併内容を秘匿したため、大多数の株主は本件合併契約の真の内容を知ることができないままに合併決議に臨まなければならなかったのであるから、本件合併決議は無効である旨主張するかのようであるが、」
4 同6枚目裏9行目の「ないが、」の次に、「被控訴人においてこれを秘匿して株主に周知させなかったことを認めるに足りる証拠はなく、また、」を加える。
5 同7枚目表3行目の「及び(四)」を削除する。
6 同7枚目表9行目の「次に、」から12行目の「であるが、」までを次のとおり改める。
「なお、控訴人は、商法408条の3による株式買取請求権制度では、合併そのものには反対ではないが、著しく不公正な合併比率のみに反対である株主の利益を保護することかできないから、合併比率が著しく不公正な場合には、当該合併は無効であると解すべきところ、本件合併比率は右の場合に当たる著しく不公正なものであるから、本件合併は無効である旨を主張するかのようである。しかし、仮に合併比率が著しく不公正な場合には、それが合併無効事由になるとの控訴人の主張を前提にしても、」
7 同7枚目裏11行目から8枚目表12行目の「かえって」までを削除する。
8 同8枚目表12行目の「15」の次に「、第10号証」を加える。
9 同8枚目裏9行目の「的」を削除する。
10 同9枚目裏5行目から7行目までを削除する。
二 以上の理由により、原判決は相当であるから、民訴法384条により、本件控訴を棄却する。
訴訟費用の負担につき、同法95条、89条適用。
第12民事部
(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 吉原耕平 裁判官 池田亮一)

・合併を承認する株主総会決議を取り消して合併無効原因とする方法も・・・。
+(株主総会等の決議の取消しの訴え)
第八百三十一条  次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。当該決議の取消しにより株主(当該決議が創立総会の決議である場合にあっては、設立時株主)又は取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役。以下この項において同じ。)、監査役若しくは清算人(当該決議が株主総会又は種類株主総会の決議である場合にあっては第三百四十六条第一項(第四百七十九条第四項において準用する場合を含む。)の規定により取締役、監査役又は清算人としての権利義務を有する者を含み、当該決議が創立総会又は種類創立総会の決議である場合にあっては設立時取締役(設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合にあっては、設立時監査等委員である設立時取締役又はそれ以外の設立時取締役)又は設立時監査役を含む。)となる者も、同様とする。
一  株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
二  株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
三  株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。
2  前項の訴えの提起があった場合において、株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に違反するときであっても、裁判所は、その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、同項の規定による請求を棄却することができる。

・特別の利害関係を有する者とは、問題となる議案の成立によって他の株主と共通しない特殊な利益を獲得し、または不利益を免れる株主をいう。

(3)合併承認決議の取消しの訴えと合併の無効の訴え
・合併無効の訴えにおいても、承認決議取り消しの無効原因を主張できるのは3か月以内と解すべき・・・・。

Ⅲ 合併比率の不公正と取締役の責任
1.合併比率の不公正と取締役の任務懈怠責任
+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4  前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

・合併対価として株式が交付。損害がない・・・・。

+判例(大阪地判H12.5.31)

2.合併比率の不公正と対第三者責任
(1)「第三者」としての株主
+(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
第四百二十九条  役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2  次の各号に掲げる者が、当該各号に定める行為をしたときも、前項と同様とする。ただし、その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りでない。
一  取締役及び執行役 次に掲げる行為
イ 株式、新株予約権、社債若しくは新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知又は当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載若しくは記録
ロ 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
ハ 虚偽の登記
ニ 虚偽の公告(第四百四十条第三項に規定する措置を含む。)
二  会計参与 計算書類及びその附属明細書、臨時計算書類並びに会計参与報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
三  監査役、監査等委員及び監査委員 監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
四  会計監査人 会計監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録

直接損害事例
→株主は第三者に含まれる
間接損害事例
→含まれない

+判例(S44.11.26)
理由
上告代理人岡本治太郎名義の上告理由一および三について。
商法は、株式会社の取締役の第三者に対する責任に関する規定として二六六条ノ三を置き、同条一項前段において、取締役がその職務を行なうについて悪意または重大な過失があつたときは、その取締役は第三者に対してもまた連帯して損害賠償の責に任ずる旨を定めている。もともと、会社と取締役とは委任の関係に立ち、取締役は、会社に対して受任者として善良な管理者の注意義務を負い(商法二五四条三項、民法六四四条)、また、忠実義務を負う(商法二五四条ノ二)ものとされているのであるから、取締役は、自己の任務を遂行するに当たり、会社との関係で右義務を遵守しなければならないことはいうまでもないことであるが、第三者との間ではかような関係にあるのではなく、取締役は、右義務に違反して第三者に損害を被らせたとしても、当然に損害賠償の義務を負うものではない
しかし、法は、株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して、第三者保護の立場から、取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したのである。
このことは、現行法が、取締役において法令または定款に違反する行為をしたときは第三者に対し損害賠償の責に任ずる旨定めていた旧規定(昭和二五年法律第十六七号による改正前の商法二六六条二項)を改め、右取締役の責任の客観的要件については、会社に対する義務違反があれば足りるものとしてこれを拡張し、主観的要件については、重過失を要するものとするに至つた立法の沿革に徴して明らかであるばかりでなく、発起人の責任に関する商法一九三条および合名会社の清算人の責任に関する同法一三四条ノ二の諸規定と対比しても十分に首肯することができる。
したがつて、以上のことは、取締役がその職務を行なうにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によつて、その損害を賠償する義務を負うことを妨げるものではないが、取締役の任務懈怠により損害を受けた第三者としては、その任務懈怠につき取締役の悪意または重大な過失を主張し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意または過失のあることを主張し立証するまでもなく、商法二六六条ノ三の規定により、取締役に対し損害の賠償を求めることができるわけであり、また、同条の規定に基づいて第三者が取締役に対し損害の賠償を求めることができるのは、取締役の第三者への加害に対する故意または過失を前提として会社自体が民法四四条の規定によつて第三者に対し損害の賠償義務を負う場合に限る必要もないわけである。
つぎに、株式会社の代表取締役は、自己のほかに、他の代表取締役が置かれている場合、他の代表取締役は定款および取締役会の決議に基づいて、また、専決事項についてはその意思決定に基づいて、業務の執行に当たるのであつて、定款に別段の定めがないかぎり、自己と他の代表取締役との間に直接指揮監督の関係はない。しかし、もともと、代表取締役は、対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行を担当する職務権限を有する機関であるから、善良な管理者の注意をもつて会社のため忠実にその職務を執行し、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義務を負うものであることはいうまでもない。したがつて、少なくとも、代表取締役が、他の代表取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりとし、その業務執行に何等意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、原審は、
一、訴外aは、訴外菊水工業株式会社の資産状態が相当悪化しており約束手形を振り出しても満期に支払うことができないことを容易に予見することができたにもかかわらず、代表取締役としての注意義務を著しく怠つたため、その支払の可能なことを軽信し、代金支払の方法として右訴外会社代表者としての上告人名義の本件七二万円の約束手形を振り出した上、被上告人をして本件鋼材一六トンを引き渡させ、右約束手形が支払不能となつた結果、被上告人に右金額に相当する損害を被らせたこと
二、右訴外会社の代表取締役である上告人は他の代表取締役であるaの職務執行上の重過失または不正行為を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、著しくこれを怠り、訴外会社の業務一切をaに任せきりとし、自己の不知の間に同人をして支払不能になるような前示訴外会社代表者上告人名義の本件約束手形を振り出して本件取引をさせ、上告人の代表取締役としての任務の遂行について重大な過失があつたことにより、被上告人に前記損害を被らせるに至つたものであること
を認定し、商法二六六条ノ三第一項前段の規定に基づいて、上告人に損害賠償の責任があるとしているのである。原審の右判断は、さきに説示したところに徴すれば、正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同二および四について。
原判決の認定によれば、前記のように、上告人が右訴外会社の代表取締役に就任中重大な過失による任務懈怠により被上告人に損害を被らせたというのであるから上告人には右損害を賠償すべき義務があるものというべく、その後、上告人が所論のように取締役を辞任したとしても、右義務に影響を及ぼさないものというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採ることができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎、同松田二郎、同岩田誠、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(2)悪意・重過失

(3)Xの損害

Ⅳ 合併の差止め
1.組織再編の差止め
(1)設問3で論じる差止め
(2)組織再編の差止め~H26年改正によって新設された規定

+(吸収合併等をやめることの請求)
第七百八十四条の二  次に掲げる場合において、消滅株式会社等の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、消滅株式会社等の株主は、消滅株式会社等に対し、吸収合併等をやめることを請求することができる。ただし、前条第二項に規定する場合は、この限りでない。
一  当該吸収合併等が法令又は定款に違反する場合
二  前条第一項本文に規定する場合において、第七百四十九条第一項第二号若しくは第三号、第七百五十一条第一項第三号若しくは第四号、第七百五十八条第四号、第七百六十条第四号若しくは第五号、第七百六十八条第一項第二号若しくは第三号又は第七百七十条第一項第三号若しくは第四号に掲げる事項が消滅株式会社等又は存続会社等の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当であるとき。

+(吸収合併等をやめることの請求)
第七百九十六条の二  次に掲げる場合において、存続株式会社等の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、存続株式会社等の株主は、存続株式会社等に対し、吸収合併等をやめることを請求することができる。ただし、前条第二項本文に規定する場合(第七百九十五条第二項各号に掲げる場合及び前条第一項ただし書又は第三項に規定する場合を除く。)は、この限りでない。
一  当該吸収合併等が法令又は定款に違反する場合
二  前条第一項本文に規定する場合において、第七百四十九条第一項第二号若しくは第三号、第七百五十八条第四号又は第七百六十八条第一項第二号若しくは第三号に掲げる事項が存続株式会社等又は消滅会社等の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当であるとき。

+(新設合併等をやめることの請求)
第八百五条の二  新設合併等が法令又は定款に違反する場合において、消滅株式会社等の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、消滅株式会社等の株主は、消滅株式会社等に対し、当該新設合併等をやめることを請求することができる。ただし、前条に規定する場合は、この限りでない。

・法令又は定款に違反するとは
会社を名宛人とする法令または定款の違反を意味するが、取締役の善管注意義務違反を含まない!

(3)合併承認決議に会社法831条1項3号の取消事由がある場合と組織再編の差止め
取消事由があるだけでは上記法令違反にはならない・・・。

2.会社法360条に基づく差止め
+(株主による取締役の行為の差止め)
第三百六十条  六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主は、取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。
2  公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。
3  監査役設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社における第一項の規定の適用については、同項中「著しい損害」とあるのは、「回復することができない損害」とする。

・この差止め請求を被保全権利として民事保全法23条2項の仮処分を。

・でも本件は損害がないからそもそも・・・。

3.合併承認決議の取消しの訴えの提起権を被保全権利とする仮の地位を求める仮処分

・合併承認決議の取消しの訴えの提起権を被保全権利として、合併承認決議の執行停止を。
民事保全法
+(仮処分命令の必要性等)
第二十三条  係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2  仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3  第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
4  第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。

+(申立て及び疎明)
第十三条  保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない。
2  保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。

Ⅴ おわりに


会社法 事例で考える会社法 事例4 その行為、誰の権限、誰の負担


Ⅰ はじめに

Ⅱ 本件賃貸借契約について
1.前提となる法律関係

+第二十五条  株式会社は、次に掲げるいずれかの方法により設立することができる。
一  次節から第八節までに規定するところにより、発起人が設立時発行株式(株式会社の設立に際して発行する株式をいう。以下同じ。)の全部を引き受ける方法
二  次節、第三節、第三十九条及び第六節から第九節までに規定するところにより、発起人が設立時発行株式を引き受けるほか、設立時発行株式を引き受ける者の募集をする方法
2  各発起人は、株式会社の設立に際し、設立時発行株式を一株以上引き受けなければならない。

・発起人組合

+判例(S35.12.9)
理由
上告代理人長谷川勉、同沢荘一、同音喜多賢次の上告理由第一点について。
本訴の訴旨は、発起人組合がその本来の目的に属しない石炭売買取引を行つた事実を主張し、各組合員らに対し商法五一一条一項に基き右売買代金の連帯支払を求めるにあり、商法一九四条一項に基き会社不成立の場合における発起人の責任を追及するものではない。従つて、右取引後に会社が設立されたか否かは、本訴請求の当否に何ら関係なく、この点に関する原判示にたとえ所論の違法があつても、原判決の結果に影響しない。されば、論旨は採用し難い。
同第二点について。
本訴の訴旨は、論旨第一点に関し説示したとおりであり、従つて、本論旨摘録の原判示もまた、上告人らは中外石炭株式会社設立の目的を以て発起人組合を結成したが、右組合本来の目的でない石炭売買の事業を「中外石炭株式会社」名義で営み、そのため本件売買取引を行つたものと認定した趣旨と解すべきである。
所論はすべて、これと相容れない見解に立脚するものであつて、理由がない。
同第三点について。
原判決は、本件石炭売買取引の実際にあつたのが上告人A、同B、同C、同Dの四名にすぎないことは当事者間に争いのないところであるが、右売買の法律上の効果は本件組合員たる上告人ら七名全員について生じたものと判断した趣旨と解すべきであり、右判断は正当である。何故ならば、組合契約その他により業務執行組合員が定められている場合は格別、そうでないかぎりは、対外的には組合員の過半数において組合を代理する権限を有するものと解するのが相当であるからである。されば、論旨は理由がない。
同第四点について。
所論乙第一三号証の成立は、被上告人が不知を以て争うところであり、原審はこれが真正に成立したことを認めていないのであるから、同号証につき特に判示をしなくても所論の違法はなく、論旨は理由がない。よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、九三条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官河村大助の反対意見があるほか全裁判官一致の意見によるものである。

+反対意見
裁判官河村大助の反対意見は次のとおりである。
本件石炭売買の衝に実際当つたのが、上告人A、同B、同C、同Dの四名にすぎないことは、当事者間に争のない事実である(原判決引用にかかる第一審判決事実摘示参照)。ところが、原判決は、上告人らは「共同して」昭和二七年一〇月二九日被上告会社から本件石炭を買受ける契約をし、同月三〇日から翌月一日までの間に右石炭一九八・五五〇トンの引渡を受けたことが認められる旨判示している。若し、右判示が、上告人ら七名共同して取引の衝に当つたと認定した趣旨ならば、当事者間に争いなき事実と異る事実を認定した違法を免れない。また、若し、右判示が、取引の衝に当つたのは前記上告人Aら四名にすぎないが、その法律上の効果は上告人ら組合員全員について生じたと判断した趣旨であるならば、このように判断すべき理由の説示を欠く点において、これまた理由不備の違法があるものといわなければならない。
元来組合の業務執行と組合代理とは区別すべきものであるが、組合契約その他により、特定の組合員に業務執行を委任した場合において、その業務が第三者と法律行為を為す必要あるものについては、別段の定めのない限り右委任に代理権授与の契約をも包含するものと解すべきである。又業務執行者の定めのない場合において組合の常務に属しない或特定の事項を特定の組合員又は第三者に委任しようとする場合は、民法六七〇条一項により組合員の過半数を以て決することを要するものと解すべきであるが、その特定事項が対外関係に属する場合は、別段の定めのない限り右委任に代理権の授与も包含するものと解するを相当とする。しかして同条の「組合員の過半数を以て決す」とは総組合員に決議に参与する機会を与え、その過半数の同意によつて業務執行の方法を決定することを要する趣旨と解すべきであつて、各組合員に対し賛否の意見を表する機会を与えることなく単に組合員の過半数の者において、業務執行を為し得ることを決めたものではない。この理は代理の場合においても同様であつて、多数者が少数者に意見を述べる機会を与えることなくして、総組合員を代理する権限を有するに由ないことも当然の帰結である。然るに多数意見が組合の過半数の者は当然に総組合員を代理して法律行為を為す権限ありと判断し、組合員七名中の四名が組合を代理して為した行為は、他の三名の者が意見表示の機会を与えられたと否とを問わず、これらの者に当然その効力が及ぶものと解せられたことには賛成できない。けだし、常務にあらざる業務につき組合員が予めその計画を知るにおいては、自己の不利益と思う債務負担行為等につき、これを阻止するための手段を講じ、場合によつては組合を脱退する機会もあるに拘らず、かかる機会を与えられることなく、一部の組合員の独断専行による代理行為により、全く関知しない組合員がその責任を負わなければならないような結果は到底認容できないからである。
そうとすれば、本件上告論旨第三点は結局理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

2.本件賃貸借契約の締結
(1)本件賃貸借契約の当事者

+民法
(業務の執行の方法)
第六百七十条  組合の業務の執行は、組合員の過半数で決する。
2  前項の業務の執行は、組合契約でこれを委任した者(次項において「業務執行者」という。)が数人あるときは、その過半数で決する。
3  組合の常務は、前二項の規定にかかわらず、各組合員又は各業務執行者が単独で行うことができる。ただし、その完了前に他の組合員又は業務執行者が異議を述べたときは、この限りでない。

+(業務執行組合員の辞任及び解任)
第六百七十二条  組合契約で一人又は数人の組合員に業務の執行を委任したときは、その組合員は、正当な事由がなければ、辞任することができない。
2  前項の組合員は、正当な事由がある場合に限り、他の組合員の一致によって解任することができる。

(2)本件賃貸借契約にかかる費用負担

・発起人負担とする場合
+(組合員の損益分配の割合)
第六百七十四条  当事者が損益分配の割合を定めなかったときは、その割合は、各組合員の出資の価額に応じて定める。
2  利益又は損失についてのみ分配の割合を定めたときは、その割合は、利益及び損失に共通であるものと推定する。

・会社の負担にする場合
+第二十八条  株式会社を設立する場合には、次に掲げる事項は、第二十六条第一項の定款に記載し、又は記録しなければ、その効力を生じない。
一  金銭以外の財産を出資する者の氏名又は名称、当該財産及びその価額並びにその者に対して割り当てる設立時発行株式の数(設立しようとする株式会社が種類株式発行会社である場合にあっては、設立時発行株式の種類及び種類ごとの数。第三十二条第一項第一号において同じ。)
二  株式会社の成立後に譲り受けることを約した財産及びその価額並びにその譲渡人の氏名又は名称
三  株式会社の成立により発起人が受ける報酬その他の特別の利益及びその発起人の氏名又は名称
四  株式会社の負担する設立に関する費用(定款の認証の手数料その他株式会社に損害を与えるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く。)

・設立手続きにおいて生じた費用が会社の負担として認められるのは、それが会社設立のために必要不可欠であるから。

+(定款の記載又は記録事項に関する検査役の選任)
第三十三条  発起人は、定款に第二十八条各号に掲げる事項についての記載又は記録があるときは、第三十条第一項の公証人の認証の後遅滞なく、当該事項を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをしなければならない。
2  前項の申立てがあった場合には、裁判所は、これを不適法として却下する場合を除き、検査役を選任しなければならない。
3  裁判所は、前項の検査役を選任した場合には、成立後の株式会社が当該検査役に対して支払う報酬の額を定めることができる。
4  第二項の検査役は、必要な調査を行い、当該調査の結果を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録(法務省令で定めるものに限る。)を裁判所に提供して報告をしなければならない。
5  裁判所は、前項の報告について、その内容を明瞭にし、又はその根拠を確認するため必要があると認めるときは、第二項の検査役に対し、更に前項の報告を求めることができる。
6  第二項の検査役は、第四項の報告をしたときは、発起人に対し、同項の書面の写しを交付し、又は同項の電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により提供しなければならない。
7  裁判所は、第四項の報告を受けた場合において、第二十八条各号に掲げる事項(第二項の検査役の調査を経ていないものを除く。)を不当と認めたときは、これを変更する決定をしなければならない。
8  発起人は、前項の決定により第二十八条各号に掲げる事項の全部又は一部が変更された場合には、当該決定の確定後一週間以内に限り、その設立時発行株式の引受けに係る意思表示を取り消すことができる。
9  前項に規定する場合には、発起人は、その全員の同意によって、第七項の決定の確定後一週間以内に限り、当該決定により変更された事項についての定めを廃止する定款の変更をすることができる。
10  前各項の規定は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に定める事項については、適用しない。
一  第二十八条第一号及び第二号の財産(以下この章において「現物出資財産等」という。)について定款に記載され、又は記録された価額の総額が五百万円を超えない場合 同条第一号及び第二号に掲げる事項
二  現物出資財産等のうち、市場価格のある有価証券(金融商品取引法 (昭和二十三年法律第二十五号)第二条第一項 に規定する有価証券をいい、同条第二項 の規定により有価証券とみなされる権利を含む。以下同じ。)について定款に記載され、又は記録された価額が当該有価証券の市場価格として法務省令で定める方法により算定されるものを超えない場合 当該有価証券についての第二十八条第一号又は第二号に掲げる事項
三  現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額が相当であることについて弁護士、弁護士法人、公認会計士(外国公認会計士(公認会計士法 (昭和二十三年法律第百三号)第十六条の二第五項 に規定する外国公認会計士をいう。)を含む。以下同じ。)、監査法人、税理士又は税理士法人の証明(現物出資財産等が不動産である場合にあっては、当該証明及び不動産鑑定士の鑑定評価。以下この号において同じ。)を受けた場合 第二十八条第一号又は第二号に掲げる事項(当該証明を受けた現物出資財産等に係るものに限る。)
11  次に掲げる者は、前項第三号に規定する証明をすることができない。
一  発起人
二  第二十八条第二号の財産の譲渡人
三  設立時取締役(第三十八条第一項に規定する設立時取締役をいう。)又は設立時監査役(同条第三項第二号に規定する設立時監査役をいう。)
四  業務の停止の処分を受け、その停止の期間を経過しない者
五  弁護士法人、監査法人又は税理士法人であって、その社員の半数以上が第一号から第三号までに掲げる者のいずれかに該当するもの

・賃料滞納の場合
設立手続きが完了しても発起人に対して請求すべき・・・。

Ⅲ 本件特許権の帰属について
1.現物出資・財産引受
+33条10項

+(出資された財産等の価額が不足する場合の責任)
第五十二条  株式会社の成立の時における現物出資財産等の価額が当該現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額(定款の変更があった場合にあっては、変更後の価額)に著しく不足するときは、発起人及び設立時取締役は、当該株式会社に対し、連帯して、当該不足額を支払う義務を負う。
2  前項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、発起人(第二十八条第一号の財産を給付した者又は同条第二号の財産の譲渡人を除く。第二号において同じ。)及び設立時取締役は、現物出資財産等について同項の義務を負わない。
一  第二十八条第一号又は第二号に掲げる事項について第三十三条第二項の検査役の調査を経た場合
二  当該発起人又は設立時取締役がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合
3  第一項に規定する場合には、第三十三条第十項第三号に規定する証明をした者(以下この項において「証明者」という。)は、第一項の義務を負う者と連帯して、同項の不足額を支払う義務を負う。ただし、当該証明者が当該証明をするについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、この限りでない。

2.事後設立

+(事業譲渡等の承認等)
第四百六十七条  株式会社は、次に掲げる行為をする場合には、当該行為がその効力を生ずる日(以下この章において「効力発生日」という。)の前日までに、株主総会の決議によって、当該行為に係る契約の承認を受けなければならない。
一  事業の全部の譲渡
二  事業の重要な一部の譲渡(当該譲渡により譲り渡す資産の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えないものを除く。)
二の二  その子会社の株式又は持分の全部又は一部の譲渡(次のいずれにも該当する場合における譲渡に限る。)
イ 当該譲渡により譲り渡す株式又は持分の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えるとき。
ロ 当該株式会社が、効力発生日において当該子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないとき。
三  他の会社(外国会社その他の法人を含む。次条において同じ。)の事業の全部の譲受け
四  事業の全部の賃貸、事業の全部の経営の委任、他人と事業上の損益の全部を共通にする契約その他これらに準ずる契約の締結、変更又は解約
五  当該株式会社(第二十五条第一項各号に掲げる方法により設立したものに限る。以下この号において同じ。)の成立後二年以内におけるその成立前から存在する財産であってその事業のために継続して使用するものの取得。ただし、イに掲げる額のロに掲げる額に対する割合が五分の一(これを下回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えない場合を除く。
イ 当該財産の対価として交付する財産の帳簿価額の合計額
ロ 当該株式会社の純資産額として法務省令で定める方法により算定される額
2  前項第三号に掲げる行為をする場合において、当該行為をする株式会社が譲り受ける資産に当該株式会社の株式が含まれるときは、取締役は、同項の株主総会において、当該株式に関する事項を説明しなければならない。

+(株主総会の決議)
第三百九条  株主総会の決議は、定款に別段の定めがある場合を除き、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。
2  前項の規定にかかわらず、次に掲げる株主総会の決議は、当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。この場合においては、当該決議の要件に加えて、一定の数以上の株主の賛成を要する旨その他の要件を定款で定めることを妨げない。
一  第百四十条第二項及び第五項の株主総会
二  第百五十六条第一項の株主総会(第百六十条第一項の特定の株主を定める場合に限る。)
三  第百七十一条第一項及び第百七十五条第一項の株主総会
四  第百八十条第二項の株主総会
五  第百九十九条第二項、第二百条第一項、第二百二条第三項第四号、第二百四条第二項及び第二百五条第二項の株主総会
六  第二百三十八条第二項、第二百三十九条第一項、第二百四十一条第三項第四号、第二百四十三条第二項及び第二百四十四条第三項の株主総会
七  第三百三十九条第一項の株主総会(第三百四十二条第三項から第五項までの規定により選任された取締役(監査等委員である取締役を除く。)を解任する場合又は監査等委員である取締役若しくは監査役を解任する場合に限る。)
八  第四百二十五条第一項の株主総会
九  第四百四十七条第一項の株主総会(次のいずれにも該当する場合を除く。)
イ 定時株主総会において第四百四十七条第一項各号に掲げる事項を定めること。
ロ 第四百四十七条第一項第一号の額がイの定時株主総会の日(第四百三十九条前段に規定する場合にあっては、第四百三十六条第三項の承認があった日)における欠損の額として法務省令で定める方法により算定される額を超えないこと。
十  第四百五十四条第四項の株主総会(配当財産が金銭以外の財産であり、かつ、株主に対して同項第一号に規定する金銭分配請求権を与えないこととする場合に限る。)
十一  第六章から第八章までの規定により株主総会の決議を要する場合における当該株主総会
十二  第五編の規定により株主総会の決議を要する場合における当該株主総会
3  前二項の規定にかかわらず、次に掲げる株主総会(種類株式発行会社の株主総会を除く。)の決議は、当該株主総会において議決権を行使することができる株主の半数以上(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)であって、当該株主の議決権の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。
一  その発行する全部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要する旨の定款の定めを設ける定款の変更を行う株主総会
二  第七百八十三条第一項の株主総会(合併により消滅する株式会社又は株式交換をする株式会社が公開会社であり、かつ、当該株式会社の株主に対して交付する金銭等の全部又は一部が譲渡制限株式等(同条第三項に規定する譲渡制限株式等をいう。次号において同じ。)である場合における当該株主総会に限る。)
三  第八百四条第一項の株主総会(合併又は株式移転をする株式会社が公開会社であり、かつ、当該株式会社の株主に対して交付する金銭等の全部又は一部が譲渡制限株式等である場合における当該株主総会に限る。)
4  前三項の規定にかかわらず、第百九条第二項の規定による定款の定めについての定款の変更(当該定款の定めを廃止するものを除く。)を行う株主総会の決議は、総株主の半数以上(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)であって、総株主の議決権の四分の三(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。
5  取締役会設置会社においては、株主総会は、第二百九十八条第一項第二号に掲げる事項以外の事項については、決議をすることができない。ただし、第三百十六条第一項若しくは第二項に規定する者の選任又は第三百九十八条第二項の会計監査人の出席を求めることについては、この限りでない。

・この場合利益相反取引にも注意!
+(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条  取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2  民法第百八条 の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。

Ⅳ 発起人取締役の責任について
1.Aに対する請求

・定款に署名を行った時点でAは「発起人」の地位に就く。
・設立手続き中に、出資の履行後取締役として選任(38条1項)
=設立時取締役の地位にも就いた。
・会社設立の登記
=取締役に。

+(設立時役員等の選任)
第三十八条  発起人は、出資の履行が完了した後、遅滞なく、設立時取締役(株式会社の設立に際して取締役となる者をいう。以下同じ。)を選任しなければならない。
2  設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合には、前項の規定による設立時取締役の選任は、設立時監査等委員(株式会社の設立に際して監査等委員(監査等委員会の委員をいう。以下同じ。)となる者をいう。以下同じ。)である設立時取締役とそれ以外の設立時取締役とを区別してしなければならない。
3  次の各号に掲げる場合には、発起人は、出資の履行が完了した後、遅滞なく、当該各号に定める者を選任しなければならない。
一  設立しようとする株式会社が会計参与設置会社である場合 設立時会計参与(株式会社の設立に際して会計参与となる者をいう。以下同じ。)
二  設立しようとする株式会社が監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)である場合 設立時監査役(株式会社の設立に際して監査役となる者をいう。以下同じ。)
三  設立しようとする株式会社が会計監査人設置会社である場合 設立時会計監査人(株式会社の設立に際して会計監査人となる者をいう。以下同じ。)
4  定款で設立時取締役(設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合にあっては、設立時監査等委員である設立時取締役又はそれ以外の設立時取締役。以下この項において同じ。)、設立時会計参与、設立時監査役又は設立時会計監査人として定められた者は、出資の履行が完了した時に、それぞれ設立時取締役、設立時会計参与、設立時監査役又は設立時会計監査人に選任されたものとみなす。

+(発起人等の損害賠償責任)
第五十三条  発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、株式会社の設立についてその任務を怠ったときは、当該株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  発起人設立時取締役又は設立時監査役がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う

・出資の履行が仮装の払込によるという主張
+判例(S38.12.6)
理由
上告代理人吉永多賀誠、同徳田敬二郎の上告理由第一点および同第二点について。
所論は、原審の確定した事実によれば、本件株式の払込は単に外形上払込の形式を整えたに過ぎず、いわゆる見せ金による払込であつて、現実に払込のなされたものでないことが明らかであるのに、右仮装の払込を以て真実の払込としてその効力を認めた原判決には、商法一七七条一項の解釈適用を誤つた違法があり、また、本件のような仮装の払込について、発起人たる被上告人らに同法一九二条所定の払込責任を負わせないためには、なんらかの事情がある筈であるのに、かかる特段の事情を判示することなく、有効な払込があつたものと認めて被上告人らの払込責任を否定した原判決には、理由不備の違法があるという。
よつて審案するに株式の払込は、株式会社の設立にあたつてその営業活動の基盤たる資本の充実を計ることを目的とするものであるから、これにより現実に営業活動の資金が獲得されなければならないものであつて、このことは、現実の払込確保のため商法が幾多の規定を設けていることに徴しても明らかなところである。従つて、当初から真実の株式の払込として会社資金を確保するの意図なく、一時的の借入金を以て単に払込の外形を整え、株式会社成立の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済する場合の如きは、右会社の営業資金はなんら確保されたことにはならないのであつて、かかる払込は、単に外見上株式払込の形式こそ備えているが、実質的には到底払込があつたものとは解し得ず、払込としての効力を有しないものといわなければならない。しかして本件についてこれを見るに、原判決の確定するところによれば、訴外中部缶詰株式会社は資本金二〇〇万円全額払込ずみの株式会社として昭和二四年一一月五日その設立登記を経由したものであるが、被上告人Aは、発起人総代として同じく発起人たるその余の被上告人らから、設立事務一切を委任されて担当し、株式払込については、被上告人Aが主債務者としてその余の被上告人らのため一括して訴外第一銀行名古屋支店から金二〇〇万円を借り受け、その後右金二〇〇万円を払込取扱銀行である右銀行支店に株式払込金として一括払い込み、同支店から払込金保管証明書の発行を得て設立登記手続を進め、右手続を終えて会社成立後、同会社は右銀行支店から株金二〇〇万円の払戻を受けた上、被上告人Aに右金二〇〇万円を貸し付け、同被上告人はこれを同銀行支店に対する前記借入金二〇〇万円の債務の弁済にあてたというのであつて、会社成立後前記借入金を返済するまでの期間の長短、右払戻金が会社資金として運用された事実の有無、或は右借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等、その如何によつては本件株式の払込が実質的には会社の資金とするの意図なく単に払込の外形を装つたに過ぎないものであり、従つて株式の払込としての効力を有しないものではないかとの疑いがあるのみならず、むしろ記録によれば、被上告人Aの前記銀行支店に対する借入金二〇〇万円の弁済は会社成立後間もない時期であつて、右株式払込金が実質的に会社の資金として確保されたものではない事情が窺われないでもない。然るに、原審がかかる事情につきなんら審理を尽さず、従つてなんら特段の事情を判示することなく、本件株式の払込につき単にその外形のみに着目してこれを有効な払込と認めて被上告人らの本件株式払込責任を否定したのは、審理不尽理由不備の違法があるものといわざるを得ず、その結果は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の論点に対する判断を俟つまでもなく、破棄を免れない。
よつて民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

+(出資の履行)
第三十四条  発起人は、設立時発行株式の引受け後遅滞なく、その引き受けた設立時発行株式につき、その出資に係る金銭の全額を払い込み、又はその出資に係る金銭以外の財産の全部を給付しなければならない。ただし、発起人全員の同意があるときは、登記、登録その他権利の設定又は移転を第三者に対抗するために必要な行為は、株式会社の成立後にすることを妨げない。
2  前項の規定による払込みは、発起人が定めた銀行等(銀行(銀行法 (昭和五十六年法律第五十九号)第二条第一項 に規定する銀行をいう。第七百三条第一号において同じ。)、信託会社(信託業法 (平成十六年法律第百五十四号)第二条第二項 に規定する信託会社をいう。以下同じ。)その他これに準ずるものとして法務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の払込みの取扱いの場所においてしなければならない。
・53条2項に基づく請求
①Aが発起人の地位
②Aが発起人として職務を行うについて悪意・重過失
③Gに損害
④Aの悪意重過失ある行為とGの損害との間に相当因果関係
②を主張するに当たっては仮装の払込の点を主張
+判例(H3.2.28)
理由 
 弁護士秋山昭八の上告趣意は、憲法三二条違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であり、弁護士杉野修平の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 
 所論にかんがみ、職権により検討する。原判決の是認する第一審判決の認定によれば、被告人両名らの合意により、株式会社アイデン(以下「アイデン」という。)が第三者割当増資の方法により新株の発行(発行価額一株二五〇円、払込期日昭和五九年二月二五日)を行った際に、発行総株式数一二八〇万株のうち六四〇万株について、以下の方法で払込みが行われたことが認められる。 
  1 アイデン商事株式会社(以下「アイデン商事」という。)の引受分二〇〇万株のうちの一二〇万株については、アイデンは、昭和五九年二月二三日、アイデン振出の額面三億円及び二億円の手形二通をアマストコンピューター株式会社に交付し、アマストコンピューターは、同月二四日、東京都商工信用金庫秋葉原支店で割引きを受け、割引金のうち三億円をアイデンに交付し(二億円は同支店の要求でアマストコンピューター名義の通知預金とされた。)、アイデン商事は、これをアイデンから借り受け、申込証拠金として大和銀行上野支店のアイデンの別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から右三億円についての株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右三億円を右口座から当座預金口座に振り替え、同月二九日、右額面三億円の手形の決済に充てた。 
  2 東洋電子工業株式会社の引受分四〇〇万株については、東洋電子工業は、同年二月二四日、アイデンの連帯保証の下に株式会社アイチから一〇億円を借り受け、申込証拠金として富士銀行四谷支店のアイデンの別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右一〇億円を右口座から普通預金口座に振り替え、東洋電子工業のアイチに対する右一〇億円の借入金債務の代位弁済に充てた。 
  3 アイデン商事の引受分の前記残りの八〇万株については、アイデンが前記1のアマストコンピューター名義の二億円の通知預金証明書を担保に提供し、アイデン商事がアイチの代表取締役の第一審相被告人甲野一郎個人から二億円を借り受け、2と同様の経過をたどって、アイデンは、申込証拠金として払い込まれた二億円をアイデン商事の甲野一郎に対する右二億円の借入金債務の代位弁済に充てた。 
  4 アイデン商事が株式会社タモンの名義で引き受けた四〇万株については、アイデン商事は、同年二月二四日、大和銀行の連帯保証の下に富士火災海上保険株式会社から一億円を借り受け、申込証拠金として大和銀行上野支店のアイデン商事の別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右一億円を右口座から普通預金口座に振り替えた上、小切手で引き出して直ちに同支店の定期預金に預け入れ、これに大和銀行の質権が設定された。 
 前記認定によれば、右1ないし3の各払込みは、いずれもアイデンの主導の下に行われ、当初から真実の株式の払込みとして会社資金を確保させる意図はなく、名目的な引受人がアイデン自身あるいは他から短期間借り入れた金員をもって単に払込みの外形を整えた後、アイデンにおいて直ちに右払込金を払い戻し、貸付資金捻出のために使用した手形の決済あるいは借入金への代位弁済に充てたものであり、右4の払込みも、同様の意図に基づく仮装の払込みであって、アイデン名義の定期預金債権が成立したとはいえ、これに質権が設定されたため、アイデン商事が富士火災海上保険に対する借入金債務を弁済しない限り、アイデンにおいてこれを会社資金として使用することができない状態にあったものであるというのであるから、1ないし4の各払込みは、いずれも株式の払込みとしての効力を有しないものといわなければならない(最高裁昭和三五年(オ)第一一五四号同三八年一二月六日第二小法廷判決・民集一七巻一二号一六三三頁参照)。もっとも、本件の場合、アイデンが東洋電子工業に対する一〇億円及びアイデン商事に対する五億円の各債権並びに一億円の定期預金債権を有している点で典型的ないわゆる見せ金による払込みの場合とは異なるが、右各債権は、当時実質的には全く名目的な債権であったとみるべきであり、また、右定期預金債権は、これに質権が設定されているところ、アイデン商事において富士火災海上保険に債務を弁済する能力がなかったのであるから、これまたアイデンの実質的な資産であると評価することができないものである。したがって、公正証書原本不実記載の罪の成立を認めた原判決の判断は正当である。 
 よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄) 
++解説
《解  説》
 一、本件は、二部上場会社であった株式会社アイデンの倒産に至る過程で起こった見せ金による増資について公正証書原本不実記載罪の成立が認められた事案である。アイデンは、官公庁に照明関係器具を納入していた優良会社であったが、石油ショックによる需要の後退を契機として経営に行き詰まり、その子会社のアイデン商事ともども多額の債務を負い、倒産の危機に陥った。そこで最後の手段として、アイデンの社長の被告人Y及び常務取締役の被告人Wらは、第三者割当増資の方法により新株を発行して、返済資金の導入を図った。しかし、払込み期日の直前になって、業界紙にこの増資を疑問視する記事が出たため、一部の内定していた割当て先が引受けを辞退した。そこで、発行総株式数一二八〇万株(三二億円)のうち六四〇万株(一六億円)について、割当て先きがないことになり、二部上場会社が増資に失敗すれば、直ちに倒産に結びつくことから、何とかしてこの穴を埋める必要が生じた。そこで、判示されている次の四つの方法で払込みが行われた。すなわち、(1) アイデン商事がアイデン振出の手形の割引金をアイデンから借り、(2) 東洋電子工業がアイデンの連帯保証の下に金融業のアイチから金を借り、(3)アイデン商事がアイデンの通知預金を担保にアイチの社長である一審相被告人M個人から金を借り、(4) アイデン商事が銀行保証の下に保険会社から金を借り、それぞれ払込みをしたのである。(1)ないし(3)については、払込み後直ちに払込金は払い戻され、手形の決済や借入金への返済に充てられ、(4)については、払込金が定期預金に振り替えられ、それに連帯保証人である銀行のための質権が設定された。要するに、払込みの体裁は整えられたが、アイデンの手元には資金が残らないか、定期預金として残っても質権が設定され自由に処分できない状態にあった
 二、従来、見せ金による払込みは仮装のものとして無効とされ(最二小判昭38・12・6民集一七巻一二号一六三三頁)、これを秘して商業登記簿の原本に増資の記載をさせる行為は、公正証書原本不実記載罪に当たるとされてきた(最一小決昭40・6・24刑集一九巻四号四六九頁、最三小判昭41・10・11刑集二〇巻八号八一七頁、最三小判昭47・1・18刑集二六巻一号一頁)。見せ金というのは、引受人が他から金を借り入れ、それで株式の払込みをし、会社成立後又は増資登記の完了後に、会社がこれを引き出して右の貸主に返済するものをいう。本件も、その延長線上の事案であるが、そこで採られた手段が従来になく、多種多様である上、アイデンは払込人であるアイデン商事及び東洋電子工業に対して一応債権を有し、あるいは自己名義の定期預金を有している点に特徴がある。
 この債権や定期預金が実質的にアイデンの資産を形成するものであれば、見せ金による仮装払込みを禁じる根拠である資本充実の原則は害されていないことになり、払込みを有効と解する余地も生じる。しかし、本件では、右払込人は、いずれも倒産寸前でアイデンに対する右債権を返済する能力はなく、右定期預金にも質権が設定され、アイデン商事が保険会社に債権を返済する能力もなかったから、いずれも名目的なものに過ぎなかったのである。このような場合、仮装の払込みとして、商業登記簿の原本に増資の記載をさせた行為が公正証書原本記載罪に当たるとした点に、本件の事例的意味がある。第一審判決については、河本一郎ほか、座談会「アイデン架空増資事件判決をめぐって」商事法務一一〇八号二頁、一一〇九号一〇頁がある。
・429条1項の請求
①Aが取締役の地位
②Aが取締役としての職務を行うについて悪意・重過失
③Gに損害
④相当因果関係
2.B・Cに対する請求
Ⅴ おわりに


会社法 事例で考える会社法 事例3 消えた報酬


1.初めに

+(取締役の報酬等)
第三百六十一条  取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める
一  報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二  報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法
三  報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容
2  監査等委員会設置会社においては、前項各号に掲げる事項は、監査等委員である取締役とそれ以外の取締役とを区別して定めなければならない。
3  監査等委員である各取締役の報酬等について定款の定め又は株主総会の決議がないときは、当該報酬等は、第一項の報酬等の範囲内において、監査等委員である取締役の協議によって定める。
4  第一項第二号又は第三号に掲げる事項を定め、又はこれを改定する議案を株主総会に提出した取締役は、当該株主総会において、当該事項を相当とする理由を説明しなければならない。
5  監査等委員である取締役は、株主総会において、監査等委員である取締役の報酬等について意見を述べることができる。
6  監査等委員会が選定する監査等委員は、株主総会において、監査等委員である取締役以外の取締役の報酬等について監査等委員会の意見を述べることができる。

+判例(H4.12.18)
理由
上告代理人佐々木信行の上告理由について
株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である。この理は、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に右株主総会決議がされた場合であっても異ならない
これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によると、(一) 被上告会社は、倉庫業を営む株式会社であり、上告人は、昭和四五年一二月から昭和六〇年六月一四日に任期満了により退任するまで被上告会社の取締役であった、(二) 被上告会社においては、その定款に取締役の報酬は株主総会の決議をもって定める旨の規定があり、株主総会の決議によって取締役報酬総額の上限が定められ、取締役会において各取締役に期間を定めずに毎月定額の報酬を支払う旨の決議がされ、その決議に従って上告人に対し毎月末日限り定額の報酬が支払われており、その額は昭和五八年一二月現在五〇万円であった、(三) 被上告会社の株主総会は、昭和五九年七月一三日、上告人が常勤取締役から非常勤取締役に変更されたことを前提として上告人の報酬につきこれを無報酬とする旨を決議したが、上告人はこれに同意していなかった、というのであるから、株主総会において上告人の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議がされたことによって、上告人がその任期中の報酬の請求権を失うことはないというべきである。
したがって、右株主総会決議によって、上告人は、その翌日である昭和五九年七月一四日以降の取締役報酬請求権を失ったとして、上告人の本訴請求のうち同日から上告人が取締役を退任した昭和六〇年六月一四日までの報酬及び各月分の報酬についての翌月一日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める部分を棄却すべきものとした原審の判断は、株式会社の取締役の報酬についての法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、この違法が原判決の結論に影響することは明らかである。論旨は理由があり、原判決中の上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記事実関係の下においては、上告人の本訴請求は理由があるので、右部分を棄却した第一審判決を取り消し、昭和五九年七月一四日から昭和六〇年六月一四日までの間の報酬合計五五二万三六五六円及びこれに対する各月分についての翌月一日以降支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分についても上告人の請求を認容すべきものである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

++解説
《解  説》
一 本判決は、具体的な額が定められた取締役の報酬を、株主総会決議によって一方的に変更することの可否が争点となった取締役報酬請求事件について、具体的に定まった取締役報酬を一方的に無報酬に変更することができないことを判示した最高裁の判決である。
原告は、被告株式会社の取締役であり、毎月月末に定額の報酬を支給されていたが、常勤の取締役から非常勤取締役に職務を変更されたことに伴い、取締役会の支給停止の決議、その後の株主総会の原告の報酬を無報酬とする旨の決議に基づき、原告は取締役を退任するまで報酬を支給されなかった。そこで、原告が右の期間の取締役報酬を請求した。
一審は、取締役の職務内容に変更が生じたときには、次の営業年度から取締役報酬を無報酬に変更することができるとして、支給停止後の新営業年度からの報酬請求は棄却し、二審(判時一三七三号一三三頁)は、取締役の職務内容の著しい変更を前提として株主総会で決議したときは、例外的に、同意なくして将来に向かって減額ないし無報酬とすることができるとして、株主総会までの報酬請求の限度で認容した。
これに対し、本判決は、判決要旨のとおり判示して、原告の請求を認容した。
二 商法二六九条は取締役の報酬は、定款で定めるか株主総会決議で定めることとしているので、有償委任契約であっても、それだけでは、抽象的な報酬請求権があるにすぎず、定款あるいは株主総会決議で具体的な報酬金額が定められなければ具体的な報酬請求権は発生しないことになる。しかし、株主総会決議等によって報酬額が定められたときには、それが会社と取締役間の契約内容となり、当事者の一方が他方の同意なしにこれを変更することができない。この点は、学説もほとんど異論がない(大隅=今井・会社法論(第三版)中巻一六七頁、味村=品川・役員報酬の実務(改訂版)九七頁など)。判例(最二小判昭31・10・5集民二三号四〇九頁)も取締役報酬を一方的に変更することができないことを明らかにしている(取締役会決議によって減額した事案)。
右の判例の事案は、取締役会決議によって報酬を減額し、また、取締役の職務内容変更を伴わない事案であったため、株主総会決議によって、職務に著しい変更があったことを理由とする場合は例外とならないかが争われたのが本件である。
この点について、大阪地判昭58・11・29本誌五一五号一六二頁は、常勤取締役であった者が同意して非常勤取締役となり、それに伴い一方的に報酬を取締役会の決議によって減額されたという事案において、任期中に当該取締役の承諾の下に従前担当していた業務執行を担当しなくなってその職務内容に変更が生ずる等の事情の変更があった場合には、例外的に一方的に報酬を減額することができる旨を判示して、報酬の減額を認めた。この判決は、事情変更の原則を適用して、一方的な取締役報酬の減額を認めたものと理解されている。本件の原判決は、取締役報酬が職務執行の対価であるから、職務内容に著しい変更があれば報酬もそれに応じた変更を加える必要があること、株主総会に報酬金額を定める権限があることを理由とするだけであって、それ以上の根拠を示していないが、右大阪地判と同様の考え方に立つものであろうか。学説中にも、職務内容の著しい変更に応じて、取締役の業務執行と対価たる報酬の間に甚だしい不均衡を生じ、従来の契約をそのまま存続させることが信義衡平の原則に反する結果となる場合には取締役報酬の変更は認められるとするもの(加美「判批」判評三九二号四三頁)もある。
これに対し、本判決は、右の場合も例外とならないことを明らかにしたものである。取締役の報酬額の変更は、会社と取締役間の契約の変更の問題であって、会社の組織に関する問題ではないから、会社内部の意思決定手続を履践することは取締役と会社間の契約を一方的に変更し得る理由とならないし(前記最二小判の場合とは、報酬額の決定に関する会社の意思決定機関が報酬の変更を決議したという点では異ならない。)、任期中の役職の変更は稀なことではなく、また、報酬額の定めが当事者を拘束する期間も最大二年とそれほど長期でないことから、取締役としての職務の変更は、事情変更の原則が問題となるような場合ではないとしたものであろう。学説も、職務の変更の場合に事情変更の原則を適用して報酬額の変更を認めることには消極のものが多い(宮島「判批」法研六二巻一一号一一九頁、川島「判批」ひろば四五巻二号七五頁など)。
本判決は、直接には無報酬に変更することを否定したものである。そして、取締役である限り、その役職にかかわらず一定の取締役としての職務及び責任を有するのであるから、役職の変更は、無報酬とするのを相当とするような事情の変更とは考えられず、無報酬化については減額とは同一ではないが、本判決は、契約の拘束力を理由とするところからすると、減額についても同様であろう。また、各取締役の報酬が役職ごとに定められているような場合などに報酬変更についての黙示の同意があると見られる、そのような場合には報酬の減額も可能とする学説(味村=品川・前掲一〇〇頁、大隅=今井・前掲一七一頁など)、裁判例(東京地判平2・4・20本誌七六五号二二三頁、判時一三五〇号一三八頁)があるが、本判決は、黙示の同意がある場合の報酬の減額を否定するものでもないと考えられる。
本判決は、原則的な報酬額の決定機関である株主総会の決議により、取締役としての職務の著しい変更を理由とする場合であっても、いったん決定された取締役の報酬額を一方的に変更できないことを確認したものとして実務上参考となろう。本判決の判批として、弥永・法教一五二号一四六頁、西山・平4重判解説(ジュリ一〇二四号)一一九頁がある。

Ⅱ 報酬請求権の成立

+判例(S60.3.26)
理由
上告人の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、記録に照らし、正当として是認することができる。そして、右事実関係のもとにおいて、
昭和六〇年三月二六日判決 昭和五九年(オ)第一一〇〇号
(1) 商法二六九条の規定の趣旨は取締役の報酬額について取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止する点にあるから、株主総会の決議で取締役全員の報酬の総額を定め、その具体的な配分は取締役会の決定に委ねることができ、株主総会の決議で各取締役の報酬額を個別に定めることまでは必要でなく、この理は、使用人兼務取締役が取締役として受ける報酬額の決定についても、少なくとも被上告会社のように使用人として受ける給与の体系が明確に確立されており、かつ、使用人として受ける給与がそれによつて支給されている限り、同様であるということができる、(2) 右のように使用人として受ける給与の体系が明確に確立されている場合においては、使用人兼務取締役について、別に使用人として給与を受けることを予定しつつ、取締役として受ける報酬額のみを株主総会で決議することとしても、取締役としての実質的な意味における報酬が過多でないかどうかについて株主総会がその監視機能を十分に果たせなくなるとは考えられないから、右のような内容の本件株主総会決議が商法二六九条の脱法行為にあたるとはいえない、(3) 代表取締役以外の通常の取締役が当該会社の使用人を兼ねることが会社の機関の本質に反し許されないということもできない、とした原審の判断もまた、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、所論引用の判例の趣旨に抵触するところもない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(木戸口久治 伊藤正己 安岡滿彦 長島敦)

Ⅲ 参考判例の理解と本問事実へのあてはめ

Ⅳ 継続的契約としての任用契約

+(解任)
第三百三十九条  役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
2  前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。

Ⅴ 減額の成否について
事前の同意を認めるかどうか

Ⅵ 会計処理の変更について


会社法 事例で考える会社法 事例2 やったもの勝ち


Ⅰ はじめに
+第二百十条  次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第百九十九条第一項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。
一  当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二  当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合

+(会社の組織に関する行為の無効の訴え)
第八百二十八条  次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。
一  会社の設立 会社の成立の日から二年以内
二  株式会社の成立後における株式の発行 株式の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、株式の発行の効力が生じた日から一年以内)
三  自己株式の処分 自己株式の処分の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、自己株式の処分の効力が生じた日から一年以内)
四  新株予約権(当該新株予約権が新株予約権付社債に付されたものである場合にあっては、当該新株予約権付社債についての社債を含む。以下この章において同じ。)の発行 新株予約権の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、新株予約権の発行の効力が生じた日から一年以内)
五  株式会社における資本金の額の減少 資本金の額の減少の効力が生じた日から六箇月以内
六  会社の組織変更 組織変更の効力が生じた日から六箇月以内
七  会社の吸収合併 吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内
八  会社の新設合併 新設合併の効力が生じた日から六箇月以内
九  会社の吸収分割 吸収分割の効力が生じた日から六箇月以内
十  会社の新設分割 新設分割の効力が生じた日から六箇月以内
十一  株式会社の株式交換 株式交換の効力が生じた日から六箇月以内
十二  株式会社の株式移転 株式移転の効力が生じた日から六箇月以内
2  次の各号に掲げる行為の無効の訴えは、当該各号に定める者に限り、提起することができる。
一  前項第一号に掲げる行為 設立する株式会社の株主等(株主、取締役又は清算人(監査役設置会社にあっては株主、取締役、監査役又は清算人、指名委員会等設置会社にあっては株主、取締役、執行役又は清算人)をいう。以下この節において同じ。)又は設立する持分会社の社員等(社員又は清算人をいう。以下この項において同じ。)
二  前項第二号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
三  前項第三号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
四  前項第四号に掲げる行為 当該株式会社の株主等又は新株予約権者
五  前項第五号に掲げる行為 当該株式会社の株主等、破産管財人又は資本金の額の減少について承認をしなかった債権者
六  前項第六号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において組織変更をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は組織変更後の会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは組織変更について承認をしなかった債権者
七  前項第七号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収合併後存続する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収合併について承認をしなかった債権者
八  前項第八号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設合併により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設合併について承認をしなかった債権者
九  前項第九号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収分割契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収分割契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収分割について承認をしなかった債権者
十  前項第十号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設分割をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設分割をする会社若しくは新設分割により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設分割について承認をしなかった債権者
十一  前項第十一号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式交換契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は株式交換契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは株式交換について承認をしなかった債権者
十二  前項第十二号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式移転をする株式会社の株主等であった者又は株式移転により設立する株式会社の株主等、破産管財人若しくは株式移転について承認をしなかった債権者

+(新株発行等の不存在の確認の訴え)
第八百二十九条  次に掲げる行為については、当該行為が存在しないことの確認を、訴えをもって請求することができる。
一  株式会社の成立後における株式の発行
二  自己株式の処分
三  新株予約権の発行

Ⅱ 若干の検討
1.新株発行規制の変遷
・授権資本制度
=取締役会決議により定款所定の発行可能㈱総数の範囲内で自由に新株発行をすることができるという制度

+(募集事項の決定)
第百九十九条  株式会社は、その発行する株式又はその処分する自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは、その都度、募集株式(当該募集に応じてこれらの株式の引受けの申込みをした者に対して割り当てる株式をいう。以下この節において同じ。)について次に掲げる事項を定めなければならない。
一  募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び数。以下この節において同じ。)
二  募集株式の払込金額(募集株式一株と引換えに払い込む金銭又は給付する金銭以外の財産の額をいう。以下この節において同じ。)又はその算定方法
三  金銭以外の財産を出資の目的とするときは、その旨並びに当該財産の内容及び価額
四  募集株式と引換えにする金銭の払込み又は前号の財産の給付の期日又はその期間
五  株式を発行するときは、増加する資本金及び資本準備金に関する事項
2  前項各号に掲げる事項(以下この節において「募集事項」という。)の決定は、株主総会の決議によらなければならない
3  第一項第二号の払込金額が募集株式を引き受ける者に特に有利な金額である場合には、取締役は、前項の株主総会において、当該払込金額でその者の募集をすることを必要とする理由を説明しなければならない。
4  種類株式発行会社において、第一項第一号の募集株式の種類が譲渡制限株式であるときは、当該種類の株式に関する募集事項の決定は、当該種類の株式を引き受ける者の募集について当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議を要しない旨の定款の定めがある場合を除き、当該種類株主総会の決議がなければ、その効力を生じない。ただし、当該種類株主総会において議決権を行使することができる種類株主が存しない場合は、この限りでない。
5  募集事項は、第一項の募集ごとに、均等に定めなければならない。

+(公開会社における募集事項の決定の特則)
第二百一条  第百九十九条第三項に規定する場合を除き、公開会社における同条第二項の規定の適用については、同項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。この場合においては、前条の規定は、適用しない。
2  前項の規定により読み替えて適用する第百九十九条第二項の取締役会の決議によって募集事項を定める場合において、市場価格のある株式を引き受ける者の募集をするときは、同条第一項第二号に掲げる事項に代えて、公正な価額による払込みを実現するために適当な払込金額の決定の方法を定めることができる。
3  公開会社は、第一項の規定により読み替えて適用する第百九十九条第二項の取締役会の決議によって募集事項を定めたときは、同条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該募集事項(前項の規定により払込金額の決定の方法を定めた場合にあっては、その方法を含む。以下この節において同じ。)を通知しなければならない。
4  前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
5  第三項の規定は、株式会社が募集事項について同項に規定する期日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項 から第三項 までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、適用しない。

+(株主に株式の割当てを受ける権利を与える場合)
第二百二条  株式会社は、第百九十九条第一項の募集において、株主に株式の割当てを受ける権利を与えることができる。この場合においては、募集事項のほか、次に掲げる事項を定めなければならない。
一  株主に対し、次条第二項の申込みをすることにより当該株式会社の募集株式(種類株式発行会社にあっては、当該株主の有する種類の株式と同一の種類のもの)の割当てを受ける権利を与える旨
二  前号の募集株式の引受けの申込みの期日
2  前項の場合には、同項第一号の株主(当該株式会社を除く。)は、その有する株式の数に応じて募集株式の割当てを受ける権利を有する。ただし、当該株主が割当てを受ける募集株式の数に一株に満たない端数があるときは、これを切り捨てるものとする。
3  第一項各号に掲げる事項を定める場合には、募集事項及び同項各号に掲げる事項は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定める方法によって定めなければならない
一  当該募集事項及び第一項各号に掲げる事項を取締役の決定によって定めることができる旨の定款の定めがある場合(株式会社が取締役会設置会社である場合を除く。) 取締役の決定
二  当該募集事項及び第一項各号に掲げる事項を取締役会の決議によって定めることができる旨の定款の定めがある場合(次号に掲げる場合を除く。) 取締役会の決議
三  株式会社が公開会社である場合 取締役会の決議
四  前三号に掲げる場合以外の場合 株主総会の決議
4  株式会社は、第一項各号に掲げる事項を定めた場合には、同項第二号の期日の二週間前までに、同項第一号の株主(当該株式会社を除く。)に対し、次に掲げる事項を通知しなければならない。
一  募集事項
二  当該株主が割当てを受ける募集株式の数
三  第一項第二号の期日
5  第百九十九条第二項から第四項まで及び前二条の規定は、第一項から第三項までの規定により株主に株式の割当てを受ける権利を与える場合には、適用しない。

2.平成17年改正前商法の元での最高裁判所例

授権資本制度
+判例(S36.3.31)
理由
上告代理人大久保兤の上告理由第一、二点について。
原判決が本件に関し、昭和二五年法律第一六七号によつて改正された商法の解釈として、株式会社の新株発行に関し、いやしくも対外的に会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、たとえ右新株の発行について有効な取締役会の決議がなくとも、右新株の発行は有効なものと解すべきであるとした判示は、すべて正当である。そして原判決が右判断の理由として、改正商法(株式会社法)はいわゆる授権資本制を採用し、会社成立后の株式の発行を定款変更の一場合とせず、その発行権限を取締役会に委ねており、新株発行の効力発生のためには、発行決定株式総数の引受及び払込を必要とせず、払込期日までに引受及び払込のあつた部分だけで有効に新株の発行をなし得るものとしている(第二八〇条の九)等の点から考えると、改正法にあつては、新株の発行は株式会社の組織に関することとはいえ、むしろこれを会社の業務執行に準ずるものとして取扱つているものと解するのが相当であることをあげていることもすべて首肯し得るところである。なお、取締役会の決議は会社内部の意思決定であつて、株式申込人には右決議の存否は容易に知り得べからざるものであることも、又右判断を支持すべき一事由としてあげることができる。論旨は右と反対の見地に立つて原判決を非難するものであるが、論旨の見解は当裁判所の採らないところである。よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条を適用して裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

+判例(S46.7.16)
理由
上告人の上告理由について。
株式会社の代表取締役が新株を発行した場合には、右新株が、株主総会の特別決議を経ることなく、株主以外の者に対して特に有利な発行価額をもつて発行されたものであつても、その瑕疵は、新株発行無効の原因とはならないものと解すべきである。このことは当裁判所の判例(最高裁判所昭和三九年(オ)第一〇六二号、同四〇年一〇月八日第二小法廷判決、民集一九巻七号一七四五頁参照)の趣旨に徴して明らかである。そうであれば、特別決議のないことをもつて本件新株発行の無効をいう上告人の本訴請求は、失当であつて、棄却を免れず、これを排斥した原審の判断は結論として相当であり、本件上告は、上告理由について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(村上朝一 色川幸太郎 岡原昌男 小川信雄)

+判例(40.10.8)
理由
上告人の上告理由について。
新株引受権を株主以外の者に付与することについては株主総会の特別決議を要するのであるが、既に取締役会の決定に基づき対外的に会社の代表権限を有する取締役が当該新株を発行したものであるかぎり、右第三者引受についての株主総会の特別決議がなされなかつたことは、新株発行無効の原因となるものではないと解すべきである。けだし、新株の発行は、元来株式会社の組織に関するものではあるが、授権資本制度を採用する現行商法が新株発行の権限を取締役会に委ねており、たゞ株主以外の者に新株引受権を与える場合には、株式の額面無額面の別、種類、数及び最低発行価額について株主総会の特別決議を要するに過ぎないものとしている点等にかんがみるときは、新株発行は、むしろ、会社の業務執行に準ずるものとして、取り扱つているものと解するのを相当とすべく、右株主総会の特別決議の要件も、取締役会の権限行使についての内部的要件であつて、取締役会の決議に基づき代表権を有する取締役により既に発行された新株の効力については、会社内部の手続の欠缺を理由にその効力を否定するよりは右新株の取得者および会社債権者の保護等の外部取引の安全に重点を置いてこれを決するのが妥当であり、従つて新株発行につき株主総会の決議のなかつた欠缺があつても、これをもつて新株の発行を無効とすべきではなく、取締役の責任問題等として処理するのが相当であるからである。このことは、既に当裁判所判例の趣旨とするところである(当裁判所昭和三二年(オ)第七九号同三六年三月三一日第二小法廷判決判例集第一五巻六四五頁)。論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を非難するものであるから、採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官山田作之助は外国出張につき署名押印することができない。裁判長裁判官 奥野健一)

+判例(H6.7.14)
理由 
 上告代理人吉田朝彦の上告理由一について 
 一 被上告人の本訴請求は、(一) 昭和六一年一一月一四日開催の上告人会社の取締役会は、その招集通知が当時の代表取締役である被上告人に対してされておらず同人も出席していないので不適法であり、右のような瑕疵のある取締役会における新株発行決議に基づく本件新株発行は無効である、(二) 本件新株発行は、藤井捷之助(以下「捷之助」という。)がこれを全部自ら引き受け、自己の株式持分比率を高めて実質上自らが上告人会社を支配できるようにする目的の下にしたものであり、著しく不公正な方法によりされたものであるから無効である旨を主張して、本件新株発行の無効を求めるものである。 
 二 原審は、右(二)の主張について、1の事実を認定した上、2の判断を示し、被上告人の請求を認容した第一審判決を是認して、上告人の控訴を棄却した。 
  1 上告人会社の取締役であった捷之助は、創業以来の代表取締役で発行済株式の過半数を有する被上告人と不仲となり、その信頼を失ったことから、被上告人が株主総会を招集して上告人会社を解散する決議をしたり又は捷之助を解任する決議をすることを恐れるに至った。そこで、捷之助は、これを阻止する目的をもって、専ら、被上告人から上告人会社の支配権を奪い取り、自己及び自己の側に立つ者が過半数の株式を有するようにするために、昭和六一年九月一六日に取締役会を開催して自らの代表取締役選任決議を経て代表取締役に就任し、同年一一月一四日に当時入院中であった被上告人に招集通知をしないで取締役会を開催し、本件新株発行の決議を得て、被上告人に秘したまま右新株を発行し、右決議において新株の募集の方法は公募によるものとされていたが、その全部を自らが引き受けて払い込み、現在これを保有している。 
  2 右の経緯によれば、本件新株発行は著しく不公正な方法によりされたものであるというべきである。そして、著しく不公正な方法による新株発行は特別の事情がある場合に限って無効となると解すべきところ、本件においては、新株はすべてその発行を計画した捷之助によって引き受けられ、保有されているのであるから、取引の安全のために新株発行を無効とすることを特に制限する事情はなく、上告人会社が小規模で閉鎖的な会社で、本件新株発行が前記の目的でされたことを併せ考えると、右の特別事情がある場合に当たるというべきである。したがって、本件新株発行は無効である。 
 三 しかしながら、原審の右2の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 新株発行は、株式会社の組織に関するものであるとはいえ、会社の業務執行に準じて取り扱われるものであるから、右会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、たとい、新株発行に関する有効な取締役会の決議がなくても、右新株の発行が有効であることは、当裁判所の判例(最高裁昭和三二年(オ)第七九号同三六年三月三一日第二小法廷判決・民集一五巻三号六四五頁)の示すところである。この理は、新株が著しく不公正な方法により発行された場合であっても、異なるところがないものというべきである。また、発行された新株がその会社の取締役の地位にある者によって引き受けられ、その者が現に保有していること、あるいは新株を発行した会社が小規模で閉鎖的な会社であることなど、原判示の事情は、右の結論に影響を及ぼすものではない。けだし、新株の発行が会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があることにかんがみれば、その効力を画一的に判断する必要があり、右のような事情の有無によってこれを個々の事案ごとに判断することは相当でないからである。そうすると、本件新株発行を無効と判断した原判決には、商法二八〇条ノ一五の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由がある。 
 四 以上の説示によれば、前記一の(一)及び(二)のいずれもその主張自体理由がなく、本訴請求は失当であるから、原判決を破棄し、第一審判決中主文第一項を取り消した上、被上告人の本訴請求を棄却すべきである。 
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官大白勝 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官高橋久子)
++解説
 《解  説》
 一 本件は、いわゆる不公正発行が新株発行の無効事由に当たるかどうかが問題になった事案であるが、その事実関係の概要は、次のとおりである。
 Y株式会社は、創業以来、Xのワンマン会社であって、Xが発行済株式の過半数を有して代表取締役に就任していた。ところが、Xが健康を害してから、Y会社の取締役であったAは、その業務全般を取り仕切っていたが、その後の営業成績が不振ということもあってXと不仲になり、その信頼を失ったことから、Xが株主総会を招集してY会社を解散する決議をしたり又はAを解任する決議をすることを恐れるに至った。そこで、Aは、これを阻止する目的をもって、専ら、XからY会社の支配権を奪い取り、A及びAの側に立つ者が過半数の株式を有するようにするために、まず①取締役会を開催して自らが代表取締役に選任される旨の決議を経て代表取締役に就任し、次いで当時入院中であったXに招集通知をしないで②取締役会を開催し、本件新株発行の決議を得て、Xに秘したまま右新株を発行し、右決議においては新株の募集の方法は公募によるものとされていたが(公募に応ずる者はなかったので)、その全部を自らが引き受けて払い込んだ。その結果、A及びAの側に立つ者の持株の合計が過半数を超え、Xとの立場は逆転した。
 そのため、Xは、(1)右の②取締役会は、その招集通知が当時の代表取締役であるXに対してされておらず同人も出席していないので不適法であり、このように瑕疵のある取締役会での新株発行決議に基づく本件新株発行は無効である、(2)本件新株発行は、Aがこれを全部自ら引き受け、自己の株式持分比率を高めて実質上自らがY会社を支配できるようにする目的の下にしたものであり、著しく不公正な方法によりされたものであるから無効である旨主張して、右新株発行の無効を求める訴えを提起した。
 第一、二審とも、Xの請求を認容したが、その理由として右(2)の点を取り上げて、本件新株発行は著しく不公正な方法によりなされたものであるところ、不公正な方法による新株の発行は原則として無効原因とはならないが、本件においては、新株がすべてAによって引き受けられ保有されていること、Y会社は小規模閉鎖会社であることを併せ考えると、これを無効と解しても株式取引の安全を害しない特別事情がある場合に当たるとして、これを例外的に無効とする旨判示した。これに対してY会社から上告。
 二 新株発行が(a)手続的に有効な取締役会に基づかないで発行された場合、(b)不公正な方法又は目的により発行された場合に、これらを無効とすべきかどうかについては、古くから学説上の争いがある((a)との関係で学説等の状況を整理したものに植村啓治郎・ジュリ・商法の判例第三版一一二頁)。まず無効説は、新株発行が資本増加に影響する組織法上の行為であることに重点を置き、これを社債発行等のような取引行為と同視することができないとして、(a)(b)いずれの場合も無効事由に当たり、新株発行は一律無効であるとする(田中誠二・再全訂会社法詳論下巻九六七頁、野津務「代表取締役」株式会社法講座三巻一一〇五頁、大隅健一郎・新訂会社法概説一九六頁等)。これに対して、有効説は、新株発行が取引法上の行為ないし業務執行に準ずる行為であることに重点を置き、とくにそれによって生ずる法律関係の安定を図ることを重視するためには、取引法上の原理が組織法上の原理に優先すべきであるとして、いずれの場合であっても、新株発行がされた限り、一律有効であるとしている(石井照久・会社法下巻六一頁、西原寛一・会社法一五八頁、伊沢孝平・注解新会社法四三〇頁、山崎悠基・注釈会社法(5)二三五頁等)。
 この点について判例をみると、(ア)(有効な取締役会の決議を経ない新株発行の効力につき)株式会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、これにつき有効な取締役会の決議がなくとも、右新株の発行は有効であるとするもの(最判昭36・3・31民集一五卷三号六四五頁)、(イ)(新株引受権を株主以外の第三者に付与することについて株主総会の特別決議を経ない新株発行の効力につき)株式会社の代表取締役が新株を発行した場合には、右新株が、新株引受権を株主以外の者に付与することについての株主総会の特別決議を経ることなく右株主以外の者に引受権を付与して発行されたものであっても、その瑕疵は新株発行の無効原因にはならないとされたもの(最判昭40・10・8民集一九卷七号一七四五頁、本誌一八三号二〇四頁、同昭46・7・16裁集民一〇三号四〇七頁、本誌二六六号一七七頁、同昭52・10・11金法八四三号二四頁)がある。これら一連の最高裁判例は、当然、右のうち有効説を採ったものと理解されていたが、その後に、原則的に有効説に立ちながら、瑕疵についての悪意の株式引受人ないし当初の株式引受人の手元に発行新株が保有されている場合など特別の事情がある場合には新株の発行が無効になるとの折衷説が出現した(鈴木竹雄・商法研究Ⅲ会社法(2)二三一頁)。そして、下級審の裁判例には、この折衷説に従って、新株数が少なく、引受人が代表取締役と特殊な関係にある少数者に限られ、その新株が発行後六か月以内に譲渡されておらず、会社が小規模閉鎖会社であるなどの事案においては、「新株発行を無効としても株式取引の安全を害さない特別の事情」がある場合として、有効な取締役会決議に基づかない等の瑕疵ある新株発行を無効としたものが現れた(大分地判昭47・3・30判時六六五号九〇頁、名古屋地判昭50・6・10判時七九二号八四頁、浦和地判昭59・7・23本誌五三三号二四三頁、大阪高判平3・9・20本誌七六七号二二四頁)。本件の第一、二審判決も、これらの見解に従ったことは明らかである。前記の一連の最高裁判例では、こうした特別事情が問題になる事案ではなかっただけに、最高裁がこうした折衷説を全面的に排斥したものかどうかについては議論があり、実務的にも若干の混乱があって、この点についての最高裁の判断が待たれていたのである。
 三 本判決は、以上のような背景事情の下で、前記(a)事由がある場合だけでなく、(b)の不公正方法による発行の場合であっても、新株発行が有効である旨を判示して、有効説の立場を採ることを再確認した上、折衷説を全面的に排斥することを明示して、一部の下級審の動揺に終止符を打ったのである(x主張のとおり(a)(b)の事由があったとしても主張自体失当であるとして、原判決を破棄して請求を棄却した。)。新株発行の効力の問題は、株主との利害関係だけでなく、会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律に影響を及ぼす可能性があるから、新株発行が発行後どのような状態にあるかどうか、あるいは引受人等の善意・悪意いかんによって、その効力を個別事案ごとに判断するものとすれば、法律関係をいたずらに錯綜させることになろう。そうしたことから、本判決は、右のような特別事情の存否にかかわらず、その効力を画一的に判断する必要があるとしたものである。学説上議論のある新株発行の無効事由について、最高裁の見解をさらに明確にしたものとして、実務上も注目すべき判決である。
・非公開会社について
+判例(H24.4.24)
理 由
 上告補助参加人Aの代理人源光信及び上告補助参加人B,同Cの代理人内田智,同石岡修の各上告受理申立て理由について
 1 本件は,上告人の監査役である被上告人が,上告人の取締役であった上告補助参加人(以下,単に「補助参加人」という。)らによる新株予約権の行使は,行使条件を変更する取締役会決議が無効であるにもかかわらずそれに従ってされたものであって,当初定められた行使条件に反するものであるから,上記新株予約権の行使による株式の発行は無効であると主張して,主位的に会社法828条1項2号に基づいて上記株式の発行を無効とすることを求め,予備的に上記株式の発行は当然に無効であるとしてその確認を求める事案である。
 
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,信用保証業務等を目的として昭和56年に設立された株式会社であり,発行する株式の全部について,譲渡により取得するためには取締役会の承認を受けなければならない旨の定款の定めを設けている。
 (2) 上告人は,経営陣の意欲や士気の高揚を目的として,ストックオプションを付与することとし,平成15年6月24日,その株主総会において,以下のとおり,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)280条ノ20,280条ノ21及び280条ノ27の規定により,新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)を発行する旨の特別決議(以下「本件総会決議」という。)がされた。
 ア 新株予約権の目的である株式の種類及び数 普通株式6万株
 イ 発行する新株予約権の総数 6万個
 ウ 新株予約権の割当てを受ける者
 平成15年6月25日及び新株予約権の発行日の各時点において上告人の取締役である者
 エ 新株予約権の発行価額 無償
 オ 新株予約権の発行日 平成15年8月25日
 カ 新株予約権の行使に際して払込みをすべき額
 新株予約権1個当たり750円
 キ 新株予約権の行使期間
 平成16年6月19日から平成25年6月24日まで
 ク 新株予約権の行使条件
 (ア) 新株予約権の行使時に上告人の取締役であること
 (イ) その他の行使条件は,取締役会の決議に基づき,上告人と割当てを受ける取締役との間で締結する新株予約権の割当てに係る契約で定めるところによる(以下,本件総会決議による上記の委任を「本件委任」という。)。
 (3) 上告人の取締役会において,平成15年8月11日,補助参加人Aに対し4万個,同Cに対し1万個,同Bに対し1万個の本件新株予約権を割り当てる旨の決議がされた。そして,同月,上告人と補助参加人らは,上記決議に基づき,本件新株予約権の行使条件として,上告人の株式が店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録された後又は日本国内の証券取引所に上場された後6箇月が経過するまで本件新株予約権を行使することができないとの条件(以下「上場条件」という。)を定めるなどして,新株予約権の割当てに係る各契約を締結し,上告人は,本件新株予約権を発行した。
 (4) 上告人は,平成17年10月頃から補助参加人Aが収受したリベート等をめぐって税務調査を受けるようになり,税務当局から重加算税を賦課する可能性があることを指摘され,株式を公開することが困難な状況となった。
 (5) 上告人の取締役会において,平成18年6月19日,本件新株予約権の行使条件としての上場条件を撤廃するなどの決議(以下「本件変更決議」という。)がされ,同日,上告人と補助参加人らは,上記各契約の内容を本件変更決議に沿って変更する旨の各契約を締結した。
 (6) 補助参加人らは,平成18年6月から同年8月までの間に,本件新株予約権を行使し,上告人は,これに応じて,補助参加人らに対し,合計2万6000株の普通株式を発行した(以下,この発行を「本件株式発行」という。)。
 (7) 上告人の株式は,店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録されたことはなく,また,日本国内の証券取引所に上場されたこともない。
 3 原審は,上記事実関係の下において,取締役会には,所定の手続を経て新株予約権が発行された後において,行使条件を新たに設定し,又は変更する権限はないから,本件変更決議に上場条件を撤廃するなどの効力はなく,本件変更決議による行使条件の変更を前提とする本件株式発行は無効であるとして,被上告人の主位的請求を認容すべきものと判断した。
 
4 所論は,本件総会決議による本件委任は,本件新株予約権の発行後に上場条件を取締役会決議によって撤廃することも委任の範囲内のこととして許容するものであるから,本件変更決議は有効であり,本件株式発行に無効原因はないというのである。
 
5(1) そこでまず,本件変更決議の効力について検討する。
 旧商法280条ノ21第1項は,株主以外の者に対し特に有利な条件をもって新株予約権を発行する場合には,同項所定の事項につき株主総会の特別決議を要する旨を定めるが,同項に基づく特別決議によって新株予約権の行使条件の定めを取締役会に委任することは許容されると解されるところ,株主総会は,当該会社の経営状態や社会経済状況等の株主総会当時の諸事情を踏まえて新株予約権の発行を決議するのであるから,行使条件の定めについての委任も,別途明示の委任がない限り,株主総会当時の諸事情の下における適切な行使条件を定めることを委任する趣旨のものであり,一旦定められた行使条件を新株予約権の発行後に適宜実質的に変更することまで委任する趣旨のものであるとは解されない。また,上記委任に基づき定められた行使条件を付して新株予約権が発行された後に,取締役会の決議によって行使条件を変更し,これに沿って新株予約権を割り当てる契約の内容を変更することは,その変更が新株予約権の内容の実質的な変更に至らない行使条件の細目的な変更にとどまるものでない限り,新たに新株予約権を発行したものというに等しく,それは新株予約権を発行するにはその都度株主総会の決議を要するものとした旧商法280条ノ21第1項の趣旨にも反するものというべきである。そうであれば,取締役会が旧商法280条ノ21第1項に基づく株主総会決議による委任を受けて新株予約権の行使条件を定めた場合に,新株予約権の発行後に上記行使条件を変更することができる旨の明示の委任がされているのであれば格別,そのような委任がないときは,当該新株予約権の発行後に上記行使条件を取締役会決議によって変更することは原則として許されず,これを変更する取締役会決議は,上記株主総会決議による委任に基づき定められた新株予約権の行使条件の細目的な変更をするにとどまるものであるときを除き,無効と解するのが相当である。
 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件総会決議による本件委任を受けた取締役会決議に基づき,上場条件をその行使条件と定めて本件新株予約権が発行されたものとみるべきところ,本件総会決議において,取締役会決議により一旦定められた行使条件を変更することができる旨の明示的な委任がされたことはうかがわれない。そして,上場条件の撤廃が行使条件の細目的な変更に当たるとみる余地はないから,本件変更決議のうち上場条件を撤廃する部分は無効というべきである。
 (2) 以上のように,本件変更決議のうちの上場条件を撤廃する部分が無効である以上,本件変更決議に従い上場条件が撤廃されたものとしてされた補助参加人らによる本件新株予約権の行使は,当初定められた行使条件に反するものである。そこで,行使条件に反した新株予約権の行使による株式発行の効力について検討する。
 会社法上,公開会社(同法2条5号所定の公開会社をいう。以下同じ。)については,募集株式の発行は資金調達の一環として取締役会による業務執行に準ずるものとして位置付けられ,発行可能株式総数の範囲内で,原則として取締役会において募集事項を決定して募集株式が発行される(同法201条1項,199条)のに対し,公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。)については,募集事項の決定は取締役会の権限とはされず,株主割当て以外の方法により募集株式を発行するためには,取締役(取締役会設置会社にあっては,取締役会)に委任した場合を除き,株主総会の特別決議によって募集事項を決定することを要し(同法199条),また,株式発行無効の訴えの提訴期間も,公開会社の場合は6箇月であるのに対し,非公開会社の場合には1年とされている(同法828条1項2号)。これらの点に鑑みれば,非公開会社については,その性質上,会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益の保護を重視し,その意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救済するというのが会社法の趣旨と解されるのであり,非公開会社において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合,その発行手続には重大な法令違反があり,この瑕疵は上記株式発行の無効原因になると解するのが相当である。所論引用の判例(最高裁昭和32年(オ)第79号同36年3月31日第二小法廷判決・民集15巻3号645頁,最高裁平成2年(オ)第391号同6年7月14日第一小法廷判決・裁判集民事172号771頁)は,事案を異にし,本件に適切でない。
 そして,非公開会社が株主割当て以外の方法により発行した新株予約権に株主総会によって行使条件が付された場合に,この行使条件が当該新株予約権を発行した趣旨に照らして当該新株予約権の重要な内容を構成しているときは,上記行使条件に反した新株予約権の行使による株式の発行は,これにより既存株主の持株比率がその意思に反して影響を受けることになる点において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合と異なるところはないから,上記の新株予約権の行使による株式の発行には,無効原因があると解するのが相当である。
 これを本件についてみると,本件総会決議の意味するところは,本件総会決議の趣旨に沿うものである限り,取締役会決議に基づき定められる行使条件をもって,本件総会決議に基づくものとして本件新株予約権の内容を具体的に確定させることにあると解されるところ,上場条件は,本件総会決議による委任を受けた取締役会の決議に基づき本件総会決議の趣旨に沿って定められた行使条件であるから,株主総会によって付された行使条件であるとみることができる。また,本件新株予約権が経営陣の意欲や士気の高揚を目的として発行されたことからすると,上場条件はその目的を実現するための動機付けとなるものとして,本件新株予約権の重要な内容を構成していることも明らかである。したがって,上場条件に反する本件新株予約権の行使による本件株式発行には,無効原因がある。
 6 以上によれば,会社法828条1項2号に基づき本件株式発行を無効とした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官大谷剛
彦,同寺田逸郎の各補足意見がある。
+補足意見
 裁判官寺田逸郎の補足意見は,次のとおりである。
 1(1) 戦後,昭和25年の会社法制の整備において,株式の自由な流通が想定される会社を典型視し,授権株式制度の下で,新株の発行を資金調達の一環として取締役会の業務執行の枠内で捉える新たな制度整備が図られてから,この制度は長く株式会社法制の一つの柱をなしており,昭和41年の商法等の一部改正により定款による株式の譲渡制限に道が開かれた後も揺らぐことなく,今日に至っても柱であり続けている。しかし,平成2年の商法等の一部改正において,典型視されてきた定款に株式譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めのない株式会社においては,第三者に対する有利発行の場合を除き,取締役会の権限で新株の発行を行うこの原則が堅持されたのに対し(旧商法280条ノ2),定款に株式譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めのある株式会社(株式譲渡制限会社)については,有限会社法(平成17年会社法整備法により廃止)にならって,新株の発行には原則として株主が新株の引受権を有するとする制約が課され,この制約を排して株主以外の者を相手に新株を発行しようとするときは,株主総会の特別決議を要するものとされ(旧商法280条ノ5ノ2第1項),増資と既存の株主の新株引受権との関係の整理とともに,株式の流通性を基礎とする資金調達と株主保護とのバランスの再調整が図られた。一般に,株主は投資家という側面と会社という組織の構成員という側面とを持つわけであるが,ここでは,株式譲渡に制限のない会社に比べて後者の側面がより前面に出る株式譲渡制限会社の特質が考慮され,どのような株主間にどういう割合で株式保有がされているかが重要であることから株式の取得に制約が課されている株式譲渡制限会社においては,既存の株主の権利を尊重し,株主総会の権限を基本に据えようとする姿勢が明らかにされたものといえるであろう。これが会社法制定に当たって受け継がれ,自己株式の処分をも新株発行とひとくくりにして募集株式の発行等と位置付けた上で,公開会社(株式の一部にでも譲渡に会社の承認を要する旨の定款の定めがない株式会社)における募集株式の発行等に当たっては,取締役会が決定権限を有するのに対し,非公開会社(全株式につき譲渡に会社の承認を要する旨の定款の定めがある株式会社)における募集株式の発行等に当たっては,株主総会が決定権限を有することを原則とする仕組みがとられたのである(会社法2条5号,199条から202条まで,204条,309条2項5号)。
 (2) 他方,平成9年の商法の一部改正によって,いわゆるストックオプション
としての新株引受権が定款により取締役及び使用人に対して与えられる制度として
発足した当初は,その権利の内容は全て株主総会の特別決議により決めるべきもの
とされていたものの,平成13年の商法の一部改正により,汎用的な新株予約権と
して,原則として内容も取締役会が決める権限を有するものへと利用しやすさへの
譲歩がされた際に,株式譲渡制限会社については,新株の発行にならって,原則と
して株主が新株予約権の引受権を有するとする制約が課され,この制約を排して株
主以外の者を相手に新株予約権を発行しようとするときは,株主総会の特別決議を
要するものとされ(旧商法280条ノ19,20,280条ノ27),会社法にお
いては,これが実質的に引き継がれて,公開会社が新株予約権を発行する場合に
は,原則として募集事項の決定が取締役会によって行われるのに対し,非公開会社
が新株予約権を発行する場合については,原則として募集事項を株主総会決議自体
で決めなければならないものとされると同時に,取締役ないし取締役会に委任する
ことができる一部の事項の中にも新株予約権の内容は含まれないという扱いに改め
られた(会社法238条から240条まで,243条,309条2項6号)。旧商
法当時は,新株予約権にどのような行使条件を付すかについては株主総会が取締役
会に決定を委任することができるとする解釈が広くとられていたが,会社法の下で
は,新株予約権の行使条件のうち少なくともその実質的内容に当たるものは取締役
会に委任することができないものとされたと解され,旧商法下でのように取締役会
によって上記のような行使条件が決められる余地はなくなったのであって,募集株
– 10 –
式の発行等と同様,非公開会社における株主の権利の尊重への歩みが確実に進めら
れたものといえる。
 (3) 本件においては,会社法施行前に,定時株主総会における特別決議(本件
総会決議)による新株予約権の発行から,上場条件を含む行使条件の決定,3人の
取締役との間でのこれに従った新株予約権割当契約の締結,登記手続の完了までの
一連の手続により当該3人の取締役が新株予約権を取得した。そして,その後に会
社の株式上場が困難な事態が生ずるや,取締役会で上場条件を行使条件から削除
し,行使時に取締役でなくても取締役会が認めた者ならよいとすることに条件を改
めた上で,新株予約権が行使され,株式が発行されたのであるが(会社法282
条),これらは,平成18年5月の会社法施行直後のことなのである。
 会社法の下では,本件のような経過で新株予約権が行使され,3人の取締役らが
株主としての地位を獲得することはあり得ない。上記のような取締役らによる,お
手盛り的で,株主総会の意向に背く処理は,(1),(2)で要約した会社法制の進んで
きた方向に対する真っ向からの挑戦というほかないのである。外部監査役とみられ
る監査役がこの事態を見過ごすことなく提訴したことも,その意味で頷ける。
 2(1) 株主総会による委任に基づき一旦決められた行使条件を変更できるかど
うかについては,法廷意見のとおり,旧商法施行当時の基準として,原則として,
決議のあった株主総会当時の諸事情の下における適切な行使条件を新株予約権の発
行までに定めることが委任の趣旨であるとみて,以後の変更を許容することが明示
されていない限り変更は許されないという考え方に基づき,本件における行使条件
の変更が許されないものであるとの結論が導かれるのであって,そのことが当事者
の主張に対応する判断として相当である。しかし,本件において,会社法の施行に
– 11 –
より,会社自体,旧商法施行時の譲渡制限の定め,株主総会決議,取締役会決議及
び登記がそれぞれ会社法上の相当存在となって,以後,会社法が適用されることと
なり(会社法附則2項,会社法整備法66条1項,2項,76条1項,3項,91
条,96条,113条1項),また,株式及び新株予約権については規定を欠くも
のの,当然会社法上の相当存在となるものと解されるから,以後の新株予約権のあ
りようを計るには,全て会社法の規定に照らしてみることが本来の在り方ともいえ
る。そうであるとすると,上記1(2)のとおり,そもそも会社法の下においては新
株予約権の内容としての行使条件を取締役会が決めることはできないのであるか
ら,一旦決められた条件を取締役会が変更することなどおよそ許される余地などな
く,本件の行使条件の変更が許されないことがより強い形で説明できるようにも思
える。
 (2) かねて,当審は,株式譲渡制限会社において行われるものを含めて,新株
発行を無効とすることに慎重であるとみられてきた。補助参加人らが原審判断を判
例違反と主張するに当たって引用する2つの当審裁判例が,その根拠とされるので
あろう。しかし,それは旧商法の下で長く新株発行が取締役会の業務執行と位置付
けられてきたことにかかわる解釈であると考えられる。
 本件での新株予約権行使による株式発行の有効性については,会社法の下で判断
されるべきところ(会社法整備法98条1項は,施行時に発行されていない新株予
約権の発行手続について旧商法を適用すべきとする規定であり,会社法整備法11
1条1項は,施行前に提起された新株発行無効の訴えの手続を旧商法等を適用して
行うものとする規定にすぎない。),法廷意見に示されたとおり,第一に,非公開
会社における株主割当て以外の方法による募集株式の発行が株主総会の特別決議を
– 12 –
欠く状況で行われると,株式発行無効原因となるとの考え方が十分成り立ち,第二
に,新株予約権の行使が株主総会の付した行使条件に反している場合には,この行
使条件が当該新株予約権を発行した趣旨に照らしてその重要な内容を構成している
ものである限り,既存の株主にとって持株比率の在り方が株主総会決議時に想定し
ていたものと異なる形で歪められることになる(取締役会が設置されていない非公
開会社(会社法139条1項参照)の既存株主を中心に殊に関心の強い株主構成の
在り方までも歪められることになる)点で株主総会決議を欠いた募集株式の発行の
場合と基本的な差がないとみることができるのである。そこで,さらに,会社法の
下では,もはや取締役会が前記のとおり行使条件の決定を行う余地はないことを正
面から受け止めるならば,同法施行前に株主総会が取締役会に委任した結果付され
た行使条件を施行後は株主総会が付した条件と同視するほかないというべきで,し
かも,条件変更は単なる手続違背ではなく,およそ受け入れる余地がない性格のも
のなのであるから,結局,本件の取締役会による変更後の条件に従った新株予約権
の行使による株式の発行については,株主総会決議を欠く募集株式の発行と同視す
るという結論に至らざるを得ず,したがって,これを無効視する結論がより明確に
導かれるように思われる。なお,このように解しても,非公開会社の株式流通には
限界があり,取引安全に支障が生ずる余地が限られていることも付言しておくこと
が適切であろう。もっとも,上記の株主の権利の尊重及び会社運営における決定機
関としての株主総会重視という角度からこのような解釈を導くについては,本来,
その会社が非公開会社であるかどうかということだけでなく,取締役会が設置され
ているかどうか,あるいは株式の譲渡承認が株主総会自体によって行われるかどう
か(会社法施行前の有限会社型かどうか)という要素を含めて判断すべきであると
– 13 –
いう考え方もあり得るであろう。しかし,ここでの解釈においては,非公開会社と
いう法律の定める大枠に着目することが,簡明でありながら,概ねとはいえ相当性
を見出せるという意味で,無理がないところといえるように思われる。
 3 以上のとおり,会社法の施行下での株式発行であるということをより強く受
け止めて施行後の経過を意味付けようとすることも見方としてあり得るところで,
その見方に立つと,株式発行無効原因があることをより抵抗なく受け止めることが
できるように思えるのである。
 裁判官大谷剛彦は,裁判官寺田逸郎の補足意見に同調する。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 田原睦夫 裁判官 大谷剛彦 裁判官寺田逸郎) 
Ⅲ 設問について
1.はじめに
2.株主総会の特別決議によらない新株の有利発行
・「特に有利な金額」に当たるかどうか
+判例(S50.4.8)
理由 
 上告代理人渡辺忠雄の上告理由一、二について。 
 控訴審がその判決の理由を記載するにあたつては一審判決の理由を引用することができる(民訴法三九一条)のであるから、原審のした一審判決の引用に違法はなく、また、所論指摘の主張は、ひつきよう、事実認定又は法律解釈についての主張であつて、原審がこれにつき逐一判断を示さなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 同一、三ないし六について。 
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。 
 ところで、普通株式を発行し、その株式が証券取引所に上場されている株式会社が、額面普通株式を株主以外の第三者に対していわゆる時価発行をして有利な資本調達を企図する場合に、その発行価額をいかに定めるべきかは、本来は、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるべきものであり、この見地からする発行価額は旧株の時価と等しくなければならないのであつて、このようにすれば旧株主の利益を害することはないが、新株を消化し資本調達の目的を達成することの見地からは、原則として発行価額を右より多少引き下げる必要があり、この要請を全く無視することもできない。そこで、この場合における公正発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行ずみ株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。 
 本件についてみるに、原審認定の前記事実によれば、株式会社横河電機製作所(以下「横河電機」という。)発行にかかる本件新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)の発行価額は、本件新株を買取引受の方式によつて引受けた証券業者である被上告人らが昭和三六年一月七日に横河電機に対して具申した意見に基づき、同月九日の取締役会において右意見どおり決定されたものであるところ、右意見は、具申の前日である同月六日の終値三六五円、前一週間(昭和三五年一二月二六日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均三五九円一七銭、前一か月(昭和三五年一二月七日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均三五〇円二七銭の三者の単純平均三五八円一五銭から、新株の払込期日が期中であつたので、配当差二円四一銭を差引いた三五五円七四銭を基準とし、横河電機の株式の価格動向としては人気化していたため急落する可能性が強く過去六年間における一か月以内の下落率の大勢は一〇ないし一四パーセントに集中していたこと、その売買出来高が昭和三五年九月から同年一二月まで一日平均一九万三〇〇〇株であるのに比べると本件公募株数は一五〇万株の大量であること、その他、当時における株式市況の見通し等を勘案すれば、本件新株を売出期間中に消化するためには前記基準額を最低一〇パーセント値引する必要がある等の事由による減額修正をして、発行価額としては一株あたり三二〇円をもつて相当とするというのである。このように、右の意見が出されるにあたつては、客観的な資料に基づいて前記考慮要因が斟酌されているとみることができ、そこにおいてとられている算定方法は前記公正発行価額の趣旨に照らし一応合理的であるというを妨げず、かつ、その意見に従い取締役会において決定された右価額は、決定直前の株価に近接しているということができるこのような場合、右の価額は、特別の事情がないかぎり、商法二八〇条ノ一一に定める「著シク不公正ナル発行価額」にあたるものではないと解するのを相当とすべく、右価額が当該新株をいわゆる買取引受方式によつて引受ける証券業者が具申した意見に基づきその意見どおり決定されたとの前記事実も、右の意見の合理性が肯定できる以上、それだけで右の判断を異にすべき理由にはならない。そして、本件新株の発行後横河電機の株価が値上りしたことは原審の確定するところであるが、本件発行価額決定時点においてそのことが確実であることを保証する事実が顕著であつたとはいえないとする原審確定の事実関係のもとにおいては、右値上りの事実をもつて特別の事情と認めるには足りず、他に特別の事情を認めるに足る事実関係のない本件においては、本件発行価額が「著シク不公正ナル発行価額」であるということはできないのである。これと同旨の原審判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 髙辻正己) 
+判例(東京地決H16.6.1)
第三 当裁判所の判断 
  一 被保全権利について 
   (1) 商法二八〇条ノ二第二項にいう「特ニ有利ナル発行価額」とは、公正な発行価額よりも特に低い価額をいうところ、株式会社が普通株式を発行し、当該株式が証券取引所に上場され証券市場において流通している場合において、新株の公正な発行価額は、旧株主の利益を保護する観点から本来は旧株の時価と等しくなければならないが、新株を消化し資本調達の目的を達成する見地からは、原則として発行価額を時価より多少引き下げる必要もある。そこで、この場合における公正な発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、上記株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行済株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。もっとも、上記の公正な発行価額の趣旨に照らすと、公正な発行価額というには、その価額が、原則として、発行価額決定直前の株価に近接していることが必要であると解すべきである(最高裁判所昭和五〇年四月八日第三小法廷判決・民集二九巻四号三五〇頁参照)。 
   (2) これを本件についてみると、本件発行価額三九三円は、平成一六年五月一七日時点の証券市場における一株あたりの株価一〇一〇円と比較して約三九パーセントにすぎない。また、前記自主ルールは、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の観点から日本証券業協会における取扱いを定めたものとして一応の合理性を認めることができるところ、本件発行価額は、本件新株発行決議の直前日の価額に〇・九を乗じた九〇九円と比較して約四三パーセント、本件新株発行決議の日の前日から六か月前までの平均の価額に〇・九を乗じた六五〇円と比較しても約六〇パーセントにすぎない。 
 本件発行価額は、本件鑑定に基づいて決定されたものであるが、上記のとおり、本件新株発行決議の直前日の株価と著しく乖離しており、本件鑑定を精査しても、こうした乖離が生じた理由が客観的な資料に基づいて前記考慮要因を斟酌した結果であると認めることはできず、その算定方法が前記公正発行価額の趣旨に照らし合理的であるということはできない。 
   (3) これに対し、債務者は、債務者の株価は本年一月以降に急激に上昇しており、平成一六年五月一七日時点における債務者株式の市場価格一株当たり一〇一〇円の数値は、株価の操縦、投機を目的とした債権者らによる違法な買占めを原因とするものであり、債務者の企業価値を正確に反映したものではないので、本年一月以降の市場価格は公正な発行価額算定基礎から排除すべきであると主張する。 
 なるほど、前記第二の三のとおり、債務者の一株当たりの株価は、平成一五年八月ころは概ね二〇〇円台で推移していたところ、同年九月ころから上昇し、平成一六年一月に入り概ね五〇〇円台に上昇し、同年二月には概ね六〇〇円台から七〇〇円台で推移し、同年三月には八〇〇円台を超えて九〇〇円台ないし一〇〇〇円台に上昇し、同年四月には九〇〇円台から一〇〇〇円台で推移し、同年五月には概ね一〇〇〇円台で推移していることが認められ、本件各《証拠省略》によれば、債権者らによる大量の株式取得が、債務者株式の証券市場における株価に影響を与えていることは否定できない。しかし、本件各《証拠省略》によれば、債権者らは債務者への経営参加や技術提携の要望を有しており、債務者に対する企業買収を目的として長期的に保有するために株式を取得したものであることが窺われ、本件全証拠を精査しても、債権者らが不当な肩代わりや投機的な取引を目的として株式を取得したものと認めるに足りる資料はない。また、本件各《証拠省略》によれば、債務者の業績も改善していること、証券業界(会社四季報)における債務者の業績の評価も向上していること、債務者と同様にバルブ事業を営む企業においても、昨年後半から今年にかけて株価が二倍ないし四倍に高騰している事例があることの各事実が認められ、これらの事実に加え、前記のとおり債務者の一株当たりの株価が今年に入って五〇〇円以上で推移している事実に照らせば、債務者株式の株価の上昇が一時的な現象に止まると認めることはできない。 
 そうすると、本件において、公正な発行価額を決定するに当たって、本件新株発行決議の直前日である平成一六年五月一七日の株価、又は本件新株発行決議以前の相当期間内における株価を排除すべき理由は見出しがたい。 
   (4) 以上によれば、本件発行価額三九三円は、公正な発行価額より特に低い価額すなわち「特ニ有利ナル発行価額」といわざるを得ず、商法三四三条の特別決議を経ないで行われた本件新株発行は、商法二八〇条ノ二第二項に違反するというべきである。 
 そして、本件新株発行が行われた場合、既存株主が株価下落による不利益を被ることは明らかであり、債権者らは、債務者に対して商法二八〇条ノ一〇に基づく本件新株発行の差止請求権を有する。 
  二 保全の必要性 
 本件新株発行決定時の株価と本件発行価額との差額の程度及び従前の発行済株式総数一六三〇万株に対し本件新株発行に係る発行予定総数が七七〇万株であるというその数量にかんがみると、既存株主の被る不利益は極めて重大なものであるから、著しい損害を被るおそれを認めることができる。 
 そして、本件新株発行の払込期日は、平成一六年六月三日と定められていて間近に迫っているところ、その期日が到来し、引受人が払込みをして本件新株発行の効力が生じた場合、その後は商法二八〇条ノ一〇に基づく差止請求権それ自体が無意味なものとなるだけでなく、商法三四三条所定の特別決議を経ないで株主以外の者に特に有利なる発行価額をもって新株を発行したことは、新株発行無効の訴え(商法二八〇条ノ一五)における無効原因とならないと解されるから、本件新株発行の手続を差し止めるについての保全の必要性も認めることができる。 
  三 結論 
 以上によれば、債権者の申立ては、その余の点を判断するまでもなく理由があると認められるから、債権者らに代わり債権者代理人弁護士新保克芳に、債権者らの共同の担保として金一〇〇〇万円の担保を立てさせたうえでこれを認容することとし、申立費用につき民事保全法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり決定する。 
 (裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 佐々木宗啓 名島亨卓) 
・非上場会社について
+判例(H27.2.19)
理 由
上告代理人加々美博久ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告補助参加人(以下「参加人」という。)の株主である被上告人が,参加人の取締役であった上告人らに対し,平成16年3月の新株発行(以下「本件新株発行」という。)における発行価額は商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)280条ノ2第2項の「特ニ有利ナル発行価額」に当たるのに,上告人らは同項後段の理由の開示を怠ったから,同法266条1項5号の責任を負うなどと主張して,同法267条に基づき,連帯して22億5171万5618円及びこれに対する遅延損害金を参加人に支払うことを求める株主代表訴訟である。
上告人らは,本件新株発行における発行価額は「特ニ有利ナル発行価額」に当たらないなどと主張して,これを争っている。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 参加人は,平成16年3月当時,非上場会社であり,株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあった。
本件新株発行前における参加人の発行済株式の総数は40万株であり,これらは役員,幹部従業員等によって保有されていた。
(2) 参加人は,株式の上場を計画し,平成12年5月,新株引受権の権利行使価額を1株1万円とする新株引受権付社債を発行した。しかしながら,その後,参加人では,主力商品の展開に失敗して売上げの減少が続いた上,不動産について巨額の含み損を抱えるに至り,有利子負債の額も増大した。参加人は,取引銀行に対して返済停止や追加融資を要請したが,いずれも断られたり,難色を示されたりした。そこで,参加人は,役員報酬及び従業員給与の削減,定期昇給の凍結,広告費の削減等を断行したほか,不動産を順次売却した。参加人では,平成10年度から平成12年度までの3事業年度(4月1日から翌年の3月31日までをいう。以下同じ。)には1株当たり150円の配当がされていたが,平成13年度及び平成14年度には配当がされなかった。
(3) 参加人では,平成13年頃から,参加人の株式を保有する役員,幹部従業員等の退職が相次いだ。代表取締役の上告人Y1その他の役員等は,退職者からその保有する株式の買取りを求められ,その都度,1株1500円でこれらを買い取った。
参加人は,平成14年7月から同年10月までの間,上告人Y1から上記株式の一部を1株1500円で購入し,自己株式とした。もっとも,参加人は,取引銀行からの要請等を踏まえ,平成15年11月,上告人Y1に対してこれらの自己株式を1株1500円で売却した。
なお,上告人Y1は,平成14年12月,幹部従業員約40名に対し,上告人Y1の引き続き保有する株式を1株1500円で購入するよう希望者を募ったが,希望者はほとんど現れなかった。また,上記(2)の新株引受権付社債については,平成15年6月,参加人の株主総会において,新株引受権の権利行使価額を1株1500円に変更する旨の特別決議がされた。
(4) 参加人は,平成15年11月に行われた自己株式の処分に先立ち,B公認会計士(以下「B会計士」という。)に参加人の株価の算定を依頼した。B会計士は,平成15年10月頃,参加人から,①平成12年度から平成14年度までの決算書(貸借対照表,損益計算書及び利益処分計算書),営業報告書及び附属明細書,②平成14年度の法人税確定申告書及び勘定科目内訳書,③参加人の過去の株式売買実績例及び株式移動表並びに株主名簿,④相続税路線価による参加人保有土地の評価資料,ゴルフ場等の含み損益に関する資料及び債権の貸倒引当金の明細等の提出を受けた。また,B会計士は,参加人の担当部長と面談し,建物及び子会社株式にも含み損があることや,株価算定の基礎資料となる事業計画は存在しないことなどを確認した。その上で,B会計士は,平成15年10月31日,次のアからウまでの理由により,参加人の同年6月26日以降の株価を1株1500円と算定し,その旨参加人に報告した。
ア 参加人の株式は,一時的に無配であるものの,それ以前は継続して配当が行われてきたことや,一定期間,利益配当に係る期待値によって評価された価格により株式売買が行われてきたことを考慮すると,配当還元法により算定するのが適切と考えられる。
イ 参加人では,従前は1株当たり150円の配当がされており,直近の過去2事業年度は経営体質の強化を目的として一時的に無配としたものにすぎず,今後,利益配当を復活させることを予定しているのであって,直近の取引事例にも照らすと,株価の算定に当たっては,1株当たりの配当金額を150円とするのが相当である。そして,これを財産評価基本通達の配当還元法の算式で用いられている資本還元率で還元すると,1株当たりの評価額は1500円と算定される。
ウ 参加人の時価純資産に巨額のマイナスが生じていることや,株価算定の基礎資料となる事業計画はないこと,売上げも減少傾向にあることなどからすれば,簿価純資産法,時価純資産法,収益還元法,DCF法及び類似会社比準法は採用しない。
(5)ア 参加人は,店舗改修等の設備投資資金及び運転資金を調達するとともに,役員や幹部従業員に株式を保有させて経営への参画意識を高めることを目的として,本件新株発行を行うことにした。もっとも,これは上記(3)の自己株式の処分と同一事業年度内での新株発行であり,B会計士の算定結果の報告から4箇月程度しか経過していなかったため,改めて専門家の意見を聴取することはなかった。
イ まず,平成16年2月19日,参加人の取締役会において,次のとおり本件新株発行を行う旨の決議がされた。
新株の種類及び数 普通株式4万株
発行価額 1株1500円
払込期日 同年3月24日
割当先 上告人Y12万3000株,上告人Y25000株,上告人Y31000株,C6000株,D2000株,E2000株,F1000株
ウ これを踏まえ,上告人Y1は,株主らに対し,本件新株発行における新株の種類及び数,発行価額,払込期日,割当先等を記載した株主総会招集通知を送付した。
そして,平成16年3月8日,参加人の株主総会において,本件新株発行を行う旨の特別決議がされた。その際,上告人らは,「特ニ有利ナル発行価額」をもって株主以外の者に対し新株を発行することを必要とする理由の説明はしなかった。
(6) 参加人の平成15年度の決算は増収増益となり,有利子負債の額も減少に転じ,1株100円の配当が行われた。また,平成16年度には広告宣伝の効果もあって新商品の売上げが伸び,増収増益となり,有利子負債の額も大きく減少し,1株150円の配当がされた。平成17年度には,新商品の相次ぐ投入や,店舗の刷新等の設備投資の結果,商品の売行きは好調となった。参加人は,株式の上場を再び視野に入れるようになり,平成18年2月には1株を10株にする株式分割を行い,同年3月には新株22万株を1株900円で発行した。
3 原審は,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
参加人の株式は,平成12年5月時点で1株1万円程度,平成18年3月時点で1株(株式分割前)9000円程度の価値を有していたというべきところ,DCF法によれば平成16年3月時点の価値は1株7897円と算定されるのであって,これに諸般の事情も併せ考慮すると,本件新株発行における公正な価額は少なくとも1株7000円を下らないというべきであるから,本件新株発行の発行価額(1株1500円)は「特ニ有利ナル発行価額」に当たる。なお,B会計士の採用した配当還元法は,主として少数株主の株式評価において,安定した配当が継続的に行われている場合に用いられる評価手法であって,本件においては相当性を欠く。
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 非上場会社の株価の算定については,簿価純資産法,時価純資産法,配当還元法,収益還元法,DCF法,類似会社比準法など様々な評価手法が存在しているのであって,どのような場合にどの評価手法を用いるべきかについて明確な判断基準が確立されているというわけではない。また,個々の評価手法においても,将来の収益,フリーキャッシュフロー等の予測値や,還元率,割引率等の数値,類似会社の範囲など,ある程度の幅のある判断要素が含まれていることが少なくない。
株価の算定に関する上記のような状況に鑑みると,取締役会が,新株発行当時,客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額を決定していたにもかかわらず,裁判所が,事後的に,他の評価手法を用いたり,異なる予測値等を採用したりするなどして,改めて株価の算定を行った上,その算定結果と現実の発行価額とを比較して「特ニ有利ナル発行価額」に当たるか否かを判断するのは,取締役らの予測可能性を害することともなり,相当ではないというべきである。
したがって,非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し,客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたといえる場合には,その発行価額は,特別の事情のない限り,「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,B会計士は決算書を初めとする各種の資料等を踏まえて株価を算定したものであって,B会計士の算定は客観的資料に基づいていたということができる。
B会計士は,参加人の財務状況等から配当還元法を採用し,従前の配当例や直近の取引事例などから1株当たりの配当金額を150円とするなどして株価を算定したものであって,本件のような場合に配当還元法が適さないとは一概にはいい難く,また,B会計士の算定結果の報告から本件新株発行に係る取締役会決議までに4箇月程度が経過しているが,その間,参加人の株価を著しく変動させるような事情が生じていたことはうかがわれないから,同算定結果を用いたことが不合理であるとはいえない。これに加え,本件新株発行の当時,上告人Y1その他の役員等による買取価格,参加人による買取価格,上告人Y1が提案した購入価格,株主総会決議で変更された新株引受権の権利行使価額及び自己株式の処分価格がいずれも1株1500円であったことを併せ考慮すると,本件においては一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたということができる。
そして,参加人の業績は,平成12年5月以降は下向きとなり,しばらく低迷した後に上向きに転じ,平成18年3月には再度良好となっていたものであって,平成16年3月の本件新株発行における発行価額と,平成12年5月及び平成18年3月当時の株式の価値とを単純に比較することは相当でなく,他に上記特別の事情に当たるような事実もうかがわれない。
したがって,本件新株発行における発行価額は「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求をいずれも棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官白木 勇)
+判例(H27.2.19)同日だったけど違ったか・・・。一応。
理 由
上告代理人清永敬文,上告復代理人小林敬正の上告受理申立て理由第3の1及び第4について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,特例有限会社であり,その発行済株式の総数は3000株である。
上記3000株のうち2000株は,Aが保有していたが,Aが平成19年に死亡したため,いずれもAの妹である被上告人及びBが法定相続分である各2分の1の割合で共同相続した。Aの遺産の分割は未了であり,上記2000株は,被上告人とBとの共有に属する(以下,上記2000株を「本件準共有株式」という。)。
(2) Bは,平成22年11月11日に開催された上告人の臨時株主総会(以下「本件総会」という。)において,本件準共有株式の全部について議決権の行使(以下「本件議決権行使」という。)をした。上告人の発行済株式のうちその余の1000株を有するCも,本件総会において,議決権の行使をした。他方,被上告人は,本件総会に先立ち,その招集通知を受けたが,上告人に対し,本件総会には都合により出席できない旨及び本件総会を開催しても無効である旨を通知し,本件総会には出席しなかった。
(3) 本件総会において,上記(2)の各議決権の行使により,①Dを取締役に選任する旨の決議,②Dを代表取締役に選任する旨の決議並びに③本店の所在地を変更する旨の定款変更の決議及び本店を移転する旨の決議がされた(以下,上記各決議を「本件各決議」という。)。
(4) 本件準共有株式について,会社法106条本文の規定に基づく権利を行使する者の指定及び上告人に対するその者の氏名又は名称の通知はされていなかったが,上告人は,本件総会において,本件議決権行使に同意した。
2 本件は,被上告人が,本件各決議には決議の方法等につき法令違反があると主張して,上告人に対し,会社法831条1項1号に基づき,本件各決議の取消しを請求する訴えである。会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたままされた本件議決権行使が,同条ただし書の上告人の同意により適法なものとなるか否かが争われている。
3 原審は,会社法106条ただし書について,同条本文の規定に基づく権利を行使する者の指定及び通知の手続を欠いていても,株式の共有者間において当該株式についての権利の行使に関する協議が行われ,意思統一が図られている場合に限って,株式会社の同意を要件に当該権利の行使を認めたものであるとした。その上で,原審は,本件は上記の場合には当たらないから,上告人が本件議決権行使に同意していても,本件議決権行使は不適法であり,決議の方法に法令違反があることになるとして,本件各決議を取り消した。
4 所論は,会社法106条ただし書は株式会社の同意さえあれば特定の共有者が共有に属する株式について適法に権利を行使することができる旨を定めた規定であるというものである。
5 会社法106条本文は,「株式が二以上の者の共有に属するときは,共有者は,当該株式についての権利を行使する者一人を定め,株式会社に対し,その者の氏名又は名称を通知しなければ,当該株式についての権利を行使することができない。」と規定しているところ,これは,共有に属する株式の権利の行使の方法について,民法の共有に関する規定に対する「特別の定め」(同法264条ただし書)を設けたものと解される。その上で,会社法106条ただし書は,「ただし,株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は,この限りでない。」と規定しているのであって,これは,その文言に照らすと,株式会社が当該同意をした場合には,共有に属する株式についての権利の行使の方法に関する特別の定めである同条本文の規定の適用が排除されることを定めたものと解される。そうすると,共有に属する株式について会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたまま当該株式についての権利が行使された場合において,当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは,株式会社が同条ただし書の同意をしても,当該権利の行使は,適法となるものではないと解するのが相当である。
そして,共有に属する株式についての議決権の行使は,当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し,又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り,株式の管理に関する行為として,民法252条本文により,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決せられるものと解するのが相当である。
6 これを本件についてみると,本件議決権行使は会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたままされたものであるところ,本件議決権行使の対象となった議案は,①取締役の選任,②代表取締役の選任並びに③本店の所在地を変更する旨の定款の変更及び本店の移転であり,これらが可決されることにより直ちに本件準共有株式が処分され,又はその内容が変更されるなどの特段の事情は認められないから,本件議決権行使は,本件準共有株式の管理に関する行為として,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決せられるものというべきである。そして,前記事実関係によれば,本件議決権行使をしたBは本件準共有株式について2分の1の持分を有するにすぎず,また,残余の2分の1の持分を有する被上告人が本件議決権行使に同意していないことは明らかである。そうすると,本件議決権行使は,各共有者の持分の価格に従いその過半数で決せられているものとはいえず,民法の共有に関する規定に従ったものではないから,上告人がこれに同意しても,適法となるものではない。
7 以上によれば,本件議決権行使が不適法なものとなる結果,本件各決議は,決議の方法が法令に違反するものとして,取り消されるべきものである。これと結論を同じくする原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木 勇 裁判官山浦善樹 裁判官 池上政幸)
3.瑕疵ある取締役会決議に基づく新株発行
+判例(S44.12.2)
理由 
 上告代理人梅澤秀次の上告理由第一点について。 
 取締役会を招集するにあたり、取締役全員に対してその通知を発しなければならないことは、商法二五九条ノ二の規定に徴して明らかであり、所論のように、たんに名目的に取締役の地位にあるにすぎない者に対しては右通知を発することを要しないと解すべき合理的根拠はないから、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つものにすぎず、採用するに足りない。 
 同第三点について。 
 取締役会の開催にあたり、取締役の一部の者に対する招集通知を欠くことにより、その招集手続に瑕疵があるときは、特段の事情のないかぎり、右瑕疵のある招集手続に基づいて開かれた取締役会の決議は無効になると解すべきであるが、この場合においても、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、右の瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になると解するのが相当である(最高裁判所昭和三六年(オ)第一一四七号同三九年八月二八日第二小法廷判決、民集一八巻七号一三六六頁参照)。 
 しかるところ、記録に徴すれば、第一審判決は、右の法理に基づき、被上告会社取締役会において本件取引に対する承認決議がなされた際の事情を認定したうえ、右取締役会に出席しなかつた訴外Aおよび同Bに対しては取締役会の招集通知がなされなかつたが、右Aはいわば名目的に取締役に名を連ねているにすぎず、したがつて、同人らに対して適法を招集通知がなされ、同人らが取締役会に出席しても、前記承認の意思決定に影響がなかつたものと認められるとし、本件承認決議が有効になされたものとの判断を示したところ、上告人は、原審において右判断を援用し、本件決議の有効性を主張していることが認められるから、上告人は、原審において前記特段の事情を主張していたものと解すべきである。しかるに、原判決は、本件取締役会の開催については、取締役の一人であるAに対し招集通知がなされなかつたこと(Bに対する招集手続の有無については確定するところがない。)、AおよびBが前記取締役会に出席しないまま前記承認決議がなされたこと、右両名がのちに右決議内容を承認した事実は認められないことを確定しただけで、上告人の前記主張については格別の判断を示さないまま本件承認決議は無効であると断定し、これが有効であることを前提とする上告人の請求を排斥しているのである。 
 してみれば、原判決には当事者の主張に対する判断を遺脱した違法があるが、右主張の成否は原判決の結論に影響を及ぼすものであるから、同旨をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。 
 よつて、右主張の成否についてさらに審理を尽くさせるため、民訴法四〇七条に従い本件を原審に差し戻すべきものとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷) 
4.選定決議に瑕疵がある代表取締役による新株発行
+判例(S44.11.27)
理由 
 上告代理人黒須弥三郎、同五十嵐芳男の上告理由第一点一について。 
 朝日商工株式会社取締役Aが使用した朝日商工株式会社代表取締役代行者なる名称は、外観上第三者をして代表権の存在を窺わしめるに十分であり、商法二六二条にいう会社を代表する権限を有するものと認むべき名称に該当する旨の原審の判断は是認できる。原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。 
 同第一点二について。 
 朝日商工株式会社の取締役は、当時、代表取締役B、取締役A、同C、同Dの四名であつたが、代表取締役Bが昭和三四年九月中旬頃から、金策に行くと称して出掛けたまま所在不明となる緊急状態が生じたので、右代表取締役を除く取締役三名は、取締役Aをして会社を代表する権限を行使せしめるため、昭和三四年九月三〇日、「朝日商工株式会社代表取締役Bが昭和三四年九月一六日以降所在不明につき朝日商工株式会社の代表取締役の権限は取締役Aが代行することを承認する」旨の承認書に、いわゆる持ち廻りの方式により、各自の自宅等において署名押印して、取締役Aが朝日商工株式会社の代表取締役の権限を代行することを明示的に表明し、これに基づき、取締役Aは朝日商工株式会社代表取締役代行者名義の被上告人宛通告書を以て、被上告人に対し、本件ブルドーザー売買契約の合意解除を申込み、被上告人は右承諾書及び通告書の交付をうけて、取締役Aに右会社を代表する権限があると信じ右申込を承諾したものであること、以上の事実は、原審の適法に確定するところである。 
 右の事実によれば、行方不明の代表取締役を除く、朝日商工株式会社の取締役全員は、代表取締役B行方不明の間、取締役Aをして会社を代表させるため、同取締役に代表権を付与することとし、同取締役が朝日商工株式会社代表取締役代行者なる名称を以て代表権を行使することを承認したものと認められる。しかし、取締役らの右承認は、いわゆる持ち廻りの方式でなされたものにすぎないから、有効な取締役会の選任ということはできず、取締役Aは、これによつて、会社の代表権を取得することはできない。 
 しかし、株式会社の代表取締役が行方不明のため、他の取締役全員により、正式に代表取締役が選任せられるまでの間一時的に、会社の代表権を行使することを承認された取締役が、右承認にもとづき、代表権を有するものと認むべき名称を使用してその職務を行つたようなときは、右承認が有効な取締役会の代表者選任決議と認められず、無効である場合においても、会社は商法二六二条の法意に鑑み、同条の類推適用により、右名称を附した取締役の行為につき、善意の第三者に対してその責に任ずべきものと解するのが相当である。 
 そして、前記説示の本件事実関係は、右の場合にあたるものというべきであるから、朝日商工株式会社は、代表取締役代行者取締役Aのなした本件所為につき、商法二六二条に則り、被上告人に対しその責に任ずべきものである。結論において右と同旨の原審の判断は結局正当であり、論旨は採用することができない。 
 同第二点、第三について。 
 所論摘示の原審の事実認定は、原判決の挙示する証拠に照らして首肯するに足り、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎) 
+判例(S56.4.24)
理由 
 上告代理人小林昭の上告理由第一点について 
 原審の確定したところによれば、昭和四七年四月当時、上告会社の取締役は、代表取締役木山元度、取締役木山錦也、同高山太幹、同太田義夫、同高山祐吉の五名であつたが、取締役高山太幹は、同月一三日、代表取締役木山元度に通知しないで上告会社の取締役会を招集し、取締役高山太幹、同太田義夫、同高山祐吉の三名が出席した取締役会において、木山元度を代表取締役から解任したうえ高山太幹を上告会社の代表取締役に選任してその旨の登記を了し、次いで、高山太幹は、同月二〇日、上告会社の代表取締役として同会社所有の本件採掘権を被上告会社に譲渡し、同月二六日、その旨の移転登録を経由した、というのである。 
 右の事実によれば、上告会社の右取締役会の開催にあたり代表取締役木山元度に対する招集通知を欠いていたのであるから、高山太幹を上告会社の代表取締役に選任する右決議は商法二五九条ノ二に違反して無効であり(最高裁昭和四三年(オ)第一一四四号同四四年一二月二日第三小法廷判決・民集二三巻一二号二三九六頁参照)、高山太幹は、これによつて、上告会社の代表権を取得したということはできないが、上告会社の代表取締役木山元度、取締役木山錦也を除いた取締役高山太幹、同太田義夫、同高山祐吉の三名は、取締役会を開催して高山太幹を代表取締役に選任し、同人が上告会社の代表権を行使することを承認したものと認められる。 
判旨 ところで、代表取締役に通知しないで招集された取締役会において代表取締役に選任された取締役が、この選任決議に基づき代表取締役としてその職務を行つたときは、右選任が有効な取締役会の代表取締役選任決議として認められず、無効である場合であつても、会社は、商法二六二条の規定の類推適用により、代表取締役としてした取締役の行為について、善意の第三者に対してその責に任ずべきものと解するのが相当である。したがつて、これと同旨の原審の判断は、正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
 同第二点について 
 本件採掘権の譲渡が商法二四五条一項一号にいう「営業ノ譲渡」にあたらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 
 同第三点について 
 原判決は、(一) 被上告会社の代表取締役小林富雄こと具宅書が韓国滞在中同会社の一切の事務を代行処理していた専務取締役の吉川寿一は、本件採掘権の譲渡の交渉当初から、高山太幹が上告会社の代表取締役であると思つていたが、本件譲渡契約が締結された昭和四七年四月二〇日の二、三日前に、法務局で、上告会社の商業登記簿を閲覧して高山太幹が上告会社の代表取締役として登記されていることを確認したこと、(二) 右譲渡契約締結の当日、吉川寿一は、高山太幹から、上告会社は同月一八日同人、太田義夫及び高山祐吉の三名が出席した取締役会で本件採掘権を代金一二〇〇万円で被上告会社に譲渡することにし、その日時、代金授受の方法等は高山太幹に一任することを承認した旨の取締役会議事録とこれに添付された右三名の取締役の印鑑証明書及び上告会社の資格証明書等の交付を受け、真実、高山太幹が上告会社の代表取締役であり、かつ、上告会社では本件採掘権の譲渡が取締役会で承認されているものと信じて、本件譲渡契約を締結し、同月二六日前記のとおりその移転登録を経由したこと、(三) 被上告会社は、鉱業を実施した実績がなかつたのに、あらかじめ本件採掘権の価値について客観的な資料による調査、検討を加えることなく本件譲渡契約を締結したこと、(四) 本件譲渡契約においては、上告会社の被上告会社に対する本件採掘権の移転登録手続は直ちにすべきものとされているのに、被上告会社の上告会社に対する譲渡代金の支払は、分割払で、しかもその期限は採掘事業開始後七か月目の末日から起算するという不確定なものであること、(五) 本件譲渡契約締結後、まもなく上告会社の代表取締役として契約締結にあたつた高山太幹や上告会社の取締役太田義夫、同高山祐吉は、被上告会社の取締役に就任し、そのうち太田義夫は、吉川寿一とともに被上告会社の代表取締役に就任し、本件採掘権の移転登録を経由した日と同日の同月二六日いずれもその旨の商業登記を経由するとともに具宅書の取締役及び代表取締役の退任登記をしていること、以上の事実を認定したうえ、右(三)ないし(五)の事実関係からすると、本件譲渡契約は、その目的物が採掘権であることを考慮に入れてもなお不自然の感を抱かせるものがあるとしながらも、本件譲渡代金の支払方法が前記のごとく約定されたのは、高山太幹が上告会社の代表取締役木山元度に気付かれないうちに、同人を出し抜いて何とか当時手持資金のない被上告会社に本件採掘権を譲り受けてもらうために譲歩したことによるものであり、また、高山太幹、太田義夫、高山祐吉が被上告会社の取締役や代表取締役に就任したのも、上告会社の譲渡代金の支払確保のためであるということも十分考えられるので、右(三)ないし(五)の諸事情があるからといつて、右吉川寿一が当時高山太幹が上告会社の正規の代表取締役でないことにつき悪意であつたとは断定し難い、と判示している。 
 しかしながら、(一) 上告会社が重要な会社財産である本件採掘権を譲渡するのに取締役五名のうち三名のみが出席した取締役会でこれを承認するというのは、上告会社のような規模の会社の運営としては異例のことのように考えられるし、また、本件採掘権のような会社の重要な財産を譲渡するにあたつては、譲渡人側に緊急に資金を獲得する必要があるのを普通とし、その移転登録手続のごときも代金と引換えに行うのが経験則上通例であるのにかかわらず、本件では、その登録手続は直ちに行うが、代金は採掘事業開始後に分割して支払うというのであつて、取引としては極めて異常であるといわざるをえない。(二) 他方、被上告会社としても、真実鉱業を実施しようとする意図があつたとすれば、本件採掘権の譲渡を受けるにあたつてあらかじめ本件採掘権の価値について十分調査し、また将来の採掘の可能性、操業計画、採算等についても深く検討してしかるべきものであると考えられるのに、このような点について調査、検討をしなかつたというのは、会社経営の衝にあたる者のとる措置、態度としては極めて不自然であるとみられる。(三) のみならず、さらに重要な点は、上告会社の代表取締役として契約の締結にあたつた高山太幹が同会社の取締役太田義夫、同高山祐吉とともに本件譲渡契約締結直後に被上告会社の代表取締役や取締役に就任し、しかも本件採掘権の移転登録のされた日と同日に右各就任の商業登記を経由していることであつて、原審は、この点について、その目的は上告会社の譲渡代金支払確保のためである旨判示するが、さらに特段の説明がないかぎり、右三名の被上告会社の役員就任が何故に上告会社の代金支払確保のためになるのかは容易に首肯し難いところである。 
 以上のような諸点に照らして考えると、上告会社の取締役高山太幹、同太田義夫、同高山祐吉の三名は、被上告会社の吉川寿一と意を通じ、上告会社の正規の代表取締役木山元度の承認を得ないで本件採掘権を被上告会社名義に移転したものであると疑われてもやむをえない状況にあつたと窺われないではないから、原判決のような説示だけから、直ちに被上告会社において高山太幹が上告会社の正規の代表取締役でないことにつき悪意であつたとは断定し難いとした原判決には、経験則の適用を誤つたか又は審理不尽の違法があるものといわざるをえず、その違法が原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本件については、なお審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻す必要がある。 
 よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
   (宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶) 
5.著しく不公正な方法による新株発行と無効事由
+第二百十条  次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第百九十九条第一項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。
一  当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二  当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合
主要目的ルール
支配維持目的と資金調達目的のいずれが上回るか。
+判例(東京地決H1.7.25)
第二、当裁判所の判断 
一、当事者間に争いのない事実並びに一件記録及び当事者各審尋の結果によって認められる事実は次のとおりである。 
 1. 被申請人は、資本の額が一二五億五九八二万四六九四円、発行済株式総数が九〇二九万二四七六株(額面金五〇円)で、東京証券取引所一部上場の株式会社であり、申請人は、被申請人の株式三〇一一万一〇〇〇株を有する株主である。 
 2. 被申請人の東京証券取引所における株価は、昭和六二年一二月ころまでは九〇〇円ないし一二〇〇円前後で推移していたが、昭和六三年一月以降急騰し、同年二月から同年五月ころまでには四〇〇〇円前後となり、その後さらに上昇して、同年八月にはいったん八〇〇〇円をつけたものの、その後は概ね四八〇〇円ないし六〇〇〇円程度の価格で推移し、本件仮処分申請時まで、被申請人の株価が、昭和六三年二月以降は三〇〇〇円を、同年七月以降は四〇〇〇円を、同年一〇月以降は四六〇〇円をそれぞれ下まわったことはない。 
 3. 申請人は、昭和六二年一〇月ころから、被申請人の株式を大量に取得し始めたが、その後現在までの東京証券取引所における被申請人の株式の取引高総数に占める申請人の取得株式数の割合は約四分の一に過ぎない。 
 4. 申請人は、昭和六三年六月から一〇月にかけて、被申請人と会談し、被申請人の株式を二七〇〇万株ないし二八〇〇万株取得したことを明らかにしたうえで、被申請人、いなげやと株式会社ライフストア(以下「ライフストア」という。)の三社合併を提案し、それにともなう人事についても申請人の構想を述べたが、被申請人及びいなげやは右の提案を拒否した。 
 5. 被申請人といなげやは、昭和六三年一二月に本件業務提携の交渉を開始し、業務提携をすることについては直ちに合意した後、その具体的方法について交渉を継続し、平成元年二月以降、野村企業情報株式会社にその方法についての情報の提供を依頼した。両社間の業務提携の機運は従来からあったが、右両社間でそれを真剣に話し合ったことは昭和六三年一二月まではなく、本件業務提携は、被申請人、いなげやとライフストアの合併を申請人から提案されたことに誘発され、申請人の要求に対抗し、これを拒否するため、一気に具体化したものである。 
 6. 申請人は、平成元年七月七日に三〇〇九万株の、同月一〇日に二万一〇〇〇株の、被申請人株式の各名義書換手続をし、その名義人となった。 
 7. 被申請人は、平成元年七月八日、いなげやとの間で、各会社の取締役会の承認決議を停止条件として、本件業務提携及び資本提携をすることを合意し、同月一〇日両社の取締役会において、それぞれの承認決議をするとともに、次のとおり本件新株発行をすることを決議し、その発行価額の決定にあたっては、市場価格が極めて高騰していたことを理由に、これを基礎とすることなく、他の株式価格算定方式を用いて被申請人としてあるべき株式価格を算定し、これを基準にした価格を発行価額とした。 
 (一) 発行新株数 記名式額面普通株式 
   二二〇〇万株 
 (二) 割当方法 発行する株式全部をいなげやに割り当てる。 
 (三) 発行価額 一株につき 
   金一一二〇円 
 (四) 払込期日 平成元年七月二六日 
 また、申請人といなげやは、同日、業務提携のためのプロジェクト・チームを発足させ、その後、業務提携のための具体的作業を進行中である。 
 8. 本件新株発行は、被申請人といなげやとの本件業務提携にともない、同時期に相互に新株を発行して資本提携をする目的でされるものであり、相互に相手方会社の発行済株式総数の一九・五パーセントの株式を保有することとしている。そして、被申請人のいなげやに対して発行する新株二二〇〇万株の発行価額総額は二四六億四〇〇〇万円、いなげやの被申請人に対して発行する新株一二四〇万株の発行価額総額は一九五億九二〇〇万円である。両社は、いずれもインパクト・ローンによって右資金を調達し、払込期日の直後に相手会社からの新株払込金をもってその返済にあてるが、右発行価額総額の差額である約五〇億円についても、被申請人においてこれを特定の業務上の資金として使用する具体的な目的のもとに本件新株発行がされたわけではなく、いなげやにおいては金融機関からの長期借入金としてこれを処理することとしている。 
 9. 本件新株発行にあたっては、商法二八〇条の二第二項所定の被申請人の株主総会決議はされていない。 
 10. 本件新株発行が実行されると、被申請人の発行済株式総数に対する申請人の持株比率は、三三・三四パーセントから二六・八一パーセントに低下するうえ、東京証券取引所における被申請人の株価が一挙に低下する蓋燃性が極めて高い。 
二、そこで、まず、本件新株発行の発行価額が商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するか否かについて判断する。 
 ところで、新株の公正な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませることが新旧株主の間において公平であるかという観点から算定されるべきものである。本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社資産の内容、収益力および将来の事業の見通し等を考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価が新株の公正な発行価額を算定するにあたっての基準になるというべきである。そして、株式が株式市場で投機の対象となり、株価が著しく高騰した場合にも、市場価格を基礎とし、それを修正して公正な発行価額を算定しなければならない。なぜなら、株式市場での株価の形成には、株式を公開市場における取引の対象としている制度からみて、投機的要素を無視することはできないため、株式が投機の対象とされ、それによって株価が形成され高騰したからといって、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することはできないからである。もっとも、株式が市場においてきわめて異常な程度にまで投機の対象とされ、その市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、しかも、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合に限っては、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することができるというべきである。 
 これを本件についてみるに、被申請人の東京証券取引市場における株価の推移は前記一2に認定のとおりであって、三〇〇〇円以上の状態が一年五か月間、四〇〇〇円以上の状態が一年間と相当長期間にわたって続いており、しかもこのような株価の高騰は、申請人が被申請人の株式を大量に取得したことにその原因の一があるとともに、被申請人の株式が投機の対象となっていることは否定できないところであると考えられる。しかし、本件においては、被申請人の株価の推移、特に一定額以上の株価が相当長期間にわたって維持されていることに照らすと、その価格を新株発行にあたっての公正な発行価額の算定基礎から排除することは相当ではない。したがって、本件新株発行において市場価格を無視してこれを基準とすることなく算定され決定された一一二〇円という発行価額は、当時の市場価格からはるかに乖離したものであることからみて、商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するというべきである。よって、それにもかかわらず同条項所定の株主総会決議を経ていない本件新株発行は、その手続に法令違反があるといわなければならない。 
三、次に、本件新株発行が不公正発行に該当するか否かについて判断する。 
 商法は、株主の新株引受権を排除し、割当自由の原則を認めているから、新株発行の目的に照らし第三者割当を必要とする場合には、授権資本制度のもとで取締役に認められた経営権限の行使として、取締役の判断のもとに第三者割当をすることが許され、その結果、従来の株主の持株比率が低下しても、それをもってただちに不公正発行ということはできないしかし、株式会社においてその支配権につき争いがある場合に、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきであり、また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたるというべきである。 
 これを本件新株発行についてみるに、前記認定事実によると、被申請人といなげやとの業務提携の機運は従来からまったくなかったわけではないものの、右両者間でそれが真剣に話し合われたことはなく、本件業務提携は、被申請人、いなげや、ライフストアの三社合併を申請人から提案されたことにより、被申請人といなげやが、申請人の要求を拒否し、対抗するため具体化したものであるところ、本件業務提携にあたり被申請人がいなげやに対し従来の発行済株式総数の一九・五パーセントもの多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であると認めることのできる十分な疎明はなくしかも、本件新株発行によって調達された資金の大半は、実質的には、いなげやが発行する新株の払込金にあてられるものであって、差額として被申請人のもとに留保される約五〇億円についても、特定の業務上の資金としてこれを使用するために本件新株発行がされたわけではないこと、また、申請人が被申請人の経営に参加することが被申請人の業務にただちに重大な不利益をもたらすことの疎明もないことからみると、被申請人がした本件新株発行は、申請人の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的とするものであり、又は少なくともこれにより申請人の持株比率が著しく低下されることを認識しつつされたものであるのに、本件のような多量の新株発行を正当化させるだけの合理的な理由があったとは認められないから、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行にあたるというべきである。 
四、本件新株発行により申請人が損害を被ることは前記認定のとおりであって、それは容易に回復することのできない損害というべきであり、他方、本件新株発行を差し止めることによって被申請人が重大な不利益を被ることの疎明はない。そして、本件新株発行の払込期日が間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込みを済ませ本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味となることも明らかであるから、本件仮処分申請については保全の必要性もあるというべきである。 
五、よって、本件仮処分申請は理由があるから、申請人に担保を立てさせることなくこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。 
民事第8部 
 (裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐賀義史 垣内正) 
+判例(東京高決H17.3.23)
第3 当裁判所の判断 
 1 当裁判所は、本件における新株予約権が商法280条ノ39第4項、280条ノ10に規定する「著シク不公正ナル方法」によるものであり、これを事前に差し止める必要があると認めるべきであるから、本件仮処分命令申立てには被保全権利及び保全の必要性が存するとして、これを認容した原審仮処分決定は正当であり、したがってこれに対する異議申立事件において原審仮処分決定を認可した原審異議決定も正当であると判断する。その理由は、以下のとおりである。 
 2 本件新株予約権の発行の適否について 
  (1) 商法は授権資本制度を採用し(166条1項3号)、授権資本枠内の新株等の発行を、原則として取締役会の決議事項としている(280条ノ2第1項、280条ノ20第2項)。そして、公開会社においては、株主に新株等の引受権は保障されていないから(280条ノ5ノ2、280条ノ27参照)、取締役会決議により第三者に対する新株等の発行が行われ、既存株主の持株比率が低下する場合があること自体は、商法も許容しているということができる。 
  しかしながら、一方で、商法280条ノ39第4項、280条ノ10が株主に新株等の発行を差し止める権能を付与しているのは、取締役会が上記権限を濫用するおそれがあることを認め、新株等の発行を株主総会の決議事項としない代わりに、会社の取締役会が株主の利益を毀損しないよう牽制する権能を株主に直接的に与えたものである。 
  取締役会の上記権限は、具体化している事業計画の実施のための資金調達、他企業との業務提携に伴う対価の提供あるいは業務上の信頼関係を維持するための株式の持ち合い、従業員等に対する勤務貢献等に対する報賞の付与(いわゆる職務貢献のインセンティブとしてのストック・オプションの付与)や従業員の職務発明に係る特許権の譲受けの対価を支払う方法としての付与などというような事柄は、本来取締役会の一般的な経営権限にゆだねている。これらの事項について、実際にこれらの事業経営上の必要性と合理性があると判断され、そのような経営判断に基づいて第三者に対する新株等の発行が行われた場合には、結果として既存株主の持株比率が低下することがあっても許容されるが、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、取締役会が、支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営者又はこれを支持して事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株等を発行することまで、これを取締役会の一般的権限である経営判断事項として無制限に認めているものではないと解すべきである。 
  商法上、取締役の選任・解任は株主総会の専決事項であり(254条1項、257条1項)、取締役は株主の資本多数決によって選任される執行機関といわざるを得ないから、被選任者たる取締役に、選任者たる株主構成の変更を主要な目的とする新株等の発行をすることを一般的に許容することは、商法が機関権限の分配を定めた法意に明らかに反するものである。この理は、現経営者が、自己あるいはこれを支持して事実上の影響力を及ぼしている特定の第三者の経営方針が敵対的買収者の経営方針より合理的であると信じた場合であっても同様に妥当するものであり、誰を経営者としてどのような事業構成の方針で会社を経営させるかは、株主総会における取締役選任を通じて株主が資本多数決によって決すべき問題というべきである。したがって、現経営者が自己の信じる事業構成の方針を維持するために、株主構成を変更すること自体を主要な目的として新株等を発行することは原則として許されないというべきである。
  一般論としても、取締役自身の地位の変動がかかわる支配権争奪の局面において、果たして取締役がどこまで公平な判断をすることができるのか疑問であるし、会社の利益に沿うか否かの判断自体は、短期的判断のみならず、経済、社会、文化、技術の変化や発展を踏まえた中長期的展望の下に判断しなければならない場合も多く、結局、株主や株式市場の事業経営上の判断や評価にゆだねるべき筋合いのものである。 
  そして、仮に好ましくない者が株主となることを阻止する必要があるというのであれば、定款に株式譲渡制限を設けることによってこれを達成することができるのであり、このような制限を設けずに公開会社として株式市場から資本を調達しておきながら、多額の資本を投下して大量の株式を取得した株主が現れるやいなや、取締役会が事後的に、支配権の維持・確保は会社の利益のためであって正当な目的があるなどとして新株予約権を発行し、当該買収者の持株比率を一方的に低下させることは、投資家の予測可能性といった観点からも許されないというべきである。 
  これに対して、債務者は、会社の機関等の権限分配を根拠とするのであれば事前の対抗策も全部否定されることになって明らかに不当であるし、原審異議決定が機関の権限分配を根拠としながら事前の対抗策の余地を残したのは矛盾していると主張する。しかし、上記の機関権限の分配を前提としても、今後の立法によって、事前の対抗策を可能とする規定を設けることまで否定されるわけではない。また、後記のとおり、機関権限の分配も、株主全体の利益保護の観点からの対抗策をすべて否定するものではないから、新たな立法がない場合であっても、事前の対抗策としての新株予約権発行が決定されたときの具体的状況・新株予約権の内容(株主割当か否か、消却条項が付いているか否か)・発行手続(株主総会による承認決議があるか否か)等といった個別事情によって、適法性が肯定される余地もある。このように、機関権限の分配を根拠としたからといって、事前の対抗策が論理必然的に否定されることになるわけではないから、債務者の上記主張は失当である。 
  (2) 以上のとおり、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営者又はこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には、原則として、商法280条ノ39第4項が準用する280条ノ10にいう「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に該当するものと解するのが相当である。 
  もっとも、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権発行が許されないのは、取締役は会社の所有者たる株主の信認に基礎を置くものであるから、株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情がある場合には、例外的に、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする発行も不公正発行に該当しないと解すべきである。 
  例えば、株式の敵対的買収者が、〈1〉真に会社経営に参加する意思がないにもかかわらず、ただ株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で株式の買収を行っている場合(いわゆるグリーンメイラーである場合)〈2〉会社経営を一時的に支配して当該会社の事業経営上必要な知的財産権、ノウハウ、企業秘密情報、主要取引先や顧客等を当該買収者やそのグループ会社等に移譲させるなど、いわゆる焦土化経営を行う目的で株式の買収を行っている場合〈3〉会社経営を支配した後に、当該会社の資産を当該買収者やそのグループ会社等の債務の担保や弁済原資として流用する予定で株式の買収を行っている場合〈4〉会社経営を一時的に支配して当該会社の事業に当面関係していない不動産、有価証券など高額資産等を売却等処分させ、その処分利益をもって一時的な高配当をさせるかあるいは一時的高配当による株価の急上昇の機会を狙って株式の高価売り抜けをする目的で株式買収を行っている場合など、当該会社を食い物にしようとしている場合には、濫用目的をもって株式を取得した当該敵対的買収者は株主として保護するに値しないし、当該敵対的買収者を放置すれば他の株主の利益が損なわれることが明らかであるから、取締役会は、対抗手段として必要性や相当性が認められる限り、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行を行うことが正当なものとして許されると解すべきである。そして、株式の買収者が敵対的存在であるという一事のみをもって、これに対抗する手段として新株予約権を発行することは、上記の必要性や相当性を充足するものと認められない。 
  したがって、現に経営支配権争いが生じている場面において、経営支配権の維持・確保を目的とした新株予約権の発行がされた場合には、原則として、不公正な発行として差止請求が認められるべきであるが、株主全体の利益保護の観点から当該新株予約権発行を正当化する特段の事情があること、具体的には、敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情があることを会社が疎明、立証した場合には、会社の経営支配権の帰属に影響を及ぼすような新株予約権の発行を差し止めることはできない。 
 3 本件新株発行予約権の発行の目的について 
  (1) 債務者は、本件新株予約権の発行の目的は、Aの子会社となり債務者の企業価値を維持・向上させる点にあり、現経営陣の経営支配権の維持が主な目的であるとはいえないと主張する。 
  そこで検討すると、甲14、15、37の1及び2、乙62、93、121、122によれば、債務者取締役会は、債権者等が債務者の株式を大量に取得する以前から、債務者をAの完全子会社化して株式の上場廃止も意図し、Aによる公開買付けに賛同することを決議していたものであり、社外取締役4名が本件新株予約権の発行に賛成していることが認められ、これらの事実からみて、本件新株予約権の発行が債務者の現取締役個人の保身を目的として決定されたとは認められない。また、Bに属する経営陣の個人的利益を図る目的で本件新株予約権の発行が決定されたことをうかがわせる資料もない。 
  しかしながら、甲4、23及び審尋の全趣旨によれば、本件新株予約権の発行は、債権者等が債務者の発行済株式総数の約29.6%に相当する株式を買い付けた後にこれに対する対抗措置として決定されたものであり、かつ、その予約権すべてが行使された場合には、現在の発行済株式総数の約1.44倍にも当たる膨大な株式が発行され、債権者等による持株比率は約42%から約17%となり、Aの持株比率は新株予約権を行使した場合に取得する株式数だけで約59%になることが認められる。 
  そうすると、債務者は企業価値の維持・向上が目的であると主張しているものの、その実体をみる限り、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収を行って経営支配権を争う債権者等の持株比率を低下させ、現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主であるAによる債務者の経営支配権確保を主要な目的とするものであることは明白である。 
  (2) また、債務者は、本件新株予約権の発行の目的は、Aと共同で計画しているOプロジェクトへの整備資金を調達することにあるとも主張する。 
  甲18、25、26の1及び2、乙42、43、61によれば、上記プロジェクトの整備資金のうち債務者が負担する分は、当初債務者の保有しているA株をAに売却することで調達されることが予定されていたのであり、その後それでは資金不足のおそれがあることが判明したとの理由で本件新株予約権の発行による手取金約158億円でもって調達することに計画を一部変更したことが認められる。しかしながら、本件新株予約権の発行及びその行使に基づく新株発行によって債務者が調達する資金は上記金額をはるかに上回るものであり、その後にもAは本件新株予約権の全部を取得しても債務者の株式の過半数を取得する限りでしか権利行使しないことを表明しているから(乙168)、本件新株予約権の発行の主要な目的が上記プロジェクトへの整備資金にあるというのは、本件紛争になって言い出した口実である疑いが強く、にわかに信用し難い。かえって、債権者等による株式の敵対的買収対抗策としてAによる債務者の経営支配権の確保を主要な目的としていることが認められる。 
  (3) 以上によれば、本件新株予約権の発行は、債務者の取締役が自己又は第三者の個人的利益を図るために行ったものでないとはいえるものの、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収を行って経営支配権を争う債権者等の持株比率を低下させ、現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主であるAによる債務者の経営支配権を確保することを主要な目的として行われたものであるから、上記2のとおりのこれを正当化する特段の事情がない限り、原則として著しく不公正な方法によるもので、株主一般の利益を害するものというべきである。 
 4 本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情について 
  債務者は、債権者がマネーゲーム本位で債務者のラジオ放送事業を解体し、資産を切り売りしようとしていると主張する。 
  しかしながら、債権者が上記のような債務者の事業や資産を食い物にするような目的で株式の敵対的買収を行っていることを認めるに足りる確たる資料はない。 
 5 債権者による債務者の経営支配による企業価値の毀損のおそれとBに属して債務者を経営支配することの企業価値との対比について 
  (1) 債務者は、債権者が債務者の親会社となり経営支配権を取得した場合、債務者及びその子会社に回復し難い損害が生ずるのは極めて明らかであり、債務者がBにとどまり、Aの子会社となって経営されることがより企業価値を高めることから、そのための企業防衛目的の新株予約権の発行であると主張する。 
  しかしながら、債務者が債権者の経営支配下あるいはその企業グループとして経営された場合の企業価値とAの子会社としてBの企業として経営された場合の企業価値との比較検討は、事業経営の当否の問題であり、経営支配の変化した直後の短期的事情による判断評価のみでこと足りず、経済事情、社会的・文化的な国民意識の変化、事業内容にかかわる技術革新の状況の発展などを見据えた中長期的展望の下に判断しなければならない場合が多く、結局、株主や株式取引市場の事業経営上の判断や評価にゆだねざるを得ない事柄である。そうすると、それらの判断要素は、事業経営の判断に関するものであるから、経営判断の法理にかんがみ司法手続の中で裁判所が判断するのに適しないものであり、上記のような事業経営判断にかかわる要素を、本件新株予約権の発行の適否の判断において取り込むことは相当でない。 
  したがって、債務者の上記主張は主張自体失当といわざるを得ない。 
  (2) なお、上記(1)の点は原審以来事実上争点とされ、原審仮処分決定も原審異議決定もこれに言及しているので、当裁判所も念のため、以下のとおり判断を付加しておく。 
  ア 債務者の企業価値毀損の防止策について 
  (ア) 債務者は、本件新株予約権の発行は、債務者の当初からの事業戦略(Bとの連携強化)を妨害している債権者を排除することにより、債務者の企業価値の毀損を防ぎ、企業価値を維持・向上させるために行ったものであり、本件新株予約権の発行は正当なものであると主張する。 
  そして、債務者は、債権者の子会社になりBから離脱すると企業価値が毀損するおそれがあることの根拠として、〈1〉放送事業のうち看板放送である野球放送について契約を打ち切られ、番組作成についてグループからの協力が得られず聴取率が低下してスポンサーを失い、グループ各社との共催によって実施していたイベントができなくなって収入が激減する、〈2〉債務者の子会社らもB各社との取引を中止されることにより収入が激減する、〈3〉債務者の従業員は債権者の経営参画に反対する旨の声明を出しており、債務者が債権者の子会社となると、債務者の人的資産が流出する、〈4〉Bとしての債務者のブランド価値も失われる、〈5〉既に債権者が債務者の経営支配をするなら債務者との出演契約を見合わせることなども表明する芸能人、タレント、パーソナリティなどがいることなどを挙げる。 
  (イ) しかしながら、新株予約権の発行差止めは、新株予約権の違法又は不公正な発行によって株主が不利益を被ることを防ぐために株主に認められた権利であり、その抗弁事由として位置づけられる特段の事情が株主全体の利益保護の観点から認められるものであることに照らすと、特段の事情の有無は、基本的には買収者による支配権の獲得が株主全体の利益を回復し難いほどに害するものであるか否かによって判断すべきである。 
  そうすると、債務者の主張する企業価値毀損の防止策のうち、債務者が債権者の子会社となった場合に、債務者がBから離脱することにより債務者やその子会社の売上げ及び粗利益が債務者が主張するとおり減少し、債権者による支配権取得が債務者に回復し難い損害をもたらすかどうかは、一応特段の事情として引き直す余地もある。これに対し、買収者による支配権の獲得についての従業員の意向等の事情は、経営者が代わった段階での労使間の処理問題であり、株式の取引等の次元で制約要因として法的に論ずるのが相当な事柄にならないというべきである。 
  以下、個別の論点ごとに順に検討する。 
  (ウ) 債務者は、債権者がインターネットにおいてアダルトサイトを運営したり、Sの粉飾決算にかかわったり、架空取引を行うなど問題のある会社であることや、債権者代表者の言動等からすると、債務者が債権者の子会社となり、Bから離脱した場合に、債務者の取引先やB各社から取引を打ち切られるのは当然であり、そのような取引の打切りは独占禁止法違反に当たらないと主張する。 
  しかしながら、債務者は、債権者が債務者の経営支配権を手中にした場合には、A等から債務者やその子会社が取引を打ち切られ多大な損失を被ることを主張しており、このことは有力な取引先であるA等は取引の相手方である債務者及びその子会社が自己以外に容易に新たな取引先を見い出せないような事情にあることを認識しつつ、取引の相手方の事業活動を困難に陥らせること以外の格別の理由もないのに、あえて取引を拒絶するような場合に該当することを自認していると同じようなものである。そうであれば、これらの行為は、独占禁止法及び不公正な取引方法の一般指定第2項に違反する不公正な取引行為に該当するおそれもある。 
  そして、債務者が債権者の子会社となった場合に、AやB各社が取引停止を示唆したことが独占禁止法違反に該当するか否かについては、個々の取引関係を詳細に検討して判断すべきであり、B各社の取引打切りの当否について、現段階で断定的に論ずることはできず、独占禁止法違反に当たらず当然に適法に行うことができるものともいい難い。 
  そもそも、Aが株式の公開買付けの期間中に、公開買付けがその所期の目的を達することができず、敵対的買収者に株式買収競争において敗れそうな状況にあるとき、公開買付価格を上回っている株式時価を引き下げるような債務者の企業価値についてのマイナス情報を流して、公開買付けに有利な株式市場の価格状況を作り出すことは、証券取引法159条に違反するとまでいわないとしても、公開買付けを実行する者として公正を疑われるような行動といわなければならない。 
  また、B各社以外の取引先との取引についても、それらの取引先の取引打切りが許されるかどうかは、個々の取引関係を詳細に検討して判断すべきものである。 
  そうすると、債務者の上記主張は、その前提とする事実がいまだ不確実であるから、このような不確実な前提事実を基に算出した企業価値毀損の数値の信用性も疑義があるといわざるを得ない。 
  この点をおき、債務者の主張する企業価値毀損に関する資料についても念のため検討しておく。 
  株式会社Hなどの債務者の子会社には、その事業につきBとの取引に大きく依存しているものが少なくなく、債務者が債権者の子会社になったことにより同グループから取引を打ち切られた場合には、少なからぬ影響を受けることは否定できない(乙15の1から4まで、乙48、68)。また、B各社以外の取引先も、債務者がBの一員であるために取引を継続しており、債務者が同グループを離脱した場合には取引継続を再考する場合もあることも否定できない(乙67、124から130まで、184、185)。 
  しかし、債務者の放送事業のうち野球放送の契約が打ち切られる点については、球団との契約の中に債務者の主張する解除条項が従前の契約にはなかった平成17年2月22日になって加えられていることは認められるが(乙12の1及び2、乙13)、本件係争を債務者が有利に展開することを狙って意図的に合意した疑いが強く、債務者が債権者の子会社になった場合に球団側が放送権料の収入を放棄してまで解除権を行使するのか否かは、現段階では明確ではないといわざるを得ない。 
  さらに、番組に出演する芸能人、タレント、パーソナリティの人材の確保ができなくなるとの点についても、それらの人材には代替性がないわけでもないことなどをも考慮すると、将来継続するか、代替の人員で行うのか、多様な展開が予想されるのであって、現段階でそれらの人材の確保ができなくなることまでを認めるに足りる的確な資料があるとはいえない。また、番組コンテンツの提供を受けることができなくなるとの点についても、上記人材の確保の点と同様である。 
  これに加え、債務者とB各社との取引は、平成16年3月期の売上高の実績で13億4000万円、同期の債務者の単体の売上高が308億円以上であることを考慮すると、B各社との取引中止が債務者の単体の業績に及ぼす影響は必ずしも甚大ということはできない。 
  以上によると、債務者の単体に対する売上等の低下が債務者の試算するほどの金額に上ることの確たる資料はない。 
  (エ) 債務者は、Bの一員として大きなブランド力を有しており、それによって強い営業力を維持しているとし、債権者の子会社となってBを離れれば、ブランド力は大きく毀損されると主張する。 
  しかしながら、債務者はもともとAMラジオ業界における売上高1位のラジオ局であり、高い知名度を有すること等からみて、債務者の事業がBのブランド力にどれほど依存しているかは必ずしも明らかとはいえず、債務者がBから離脱することによってブランドイメージが毀損され、中長期的にも回復し難いほどに著しく営業力が損なわれるとまで認めるに足りる確たる資料はない。 
  逆に、債務者がBのグループ内取引に拘束されないという営業上の利点が生ずる可能性もある。 
  (オ) 放送事業者において、人的ネットワークや各種特殊技能を用いて番組の企画制作や営業に当たる従業員は、極めて重要な役割を担う利害関係者であるところ、債務者の従業員らは、債権者が支配株主となることに反対を表明している(乙56から58まで)。 
  しかし、債権者が債務者の従業員らに対し、これまで自らの事業計画を説明したことはなく、債務者の従業員らが反対しているのは債権者代表者の発言をとらえてのことであることなどを考慮すると、債務者が債権者の子会社になった場合に、債権者が信認した新しい経営者が従業員らと十分な協議を行うとともに、真摯な経営努力を続ける可能性がないわけでなく、債務者の従業員らの大量流出が生ずるとまでは認めるに足りない。 
  イ 債権者の真摯な合理的経営意思の有無について 
  (ア) 債務者は、債権者は真摯に債務者との事業提携、債務者の合理的経営を目指すものでないと主張し、その根拠として、〈1〉債権者は、債務者の株式の大量取得に先立ち、債務者と業務提携を行うことを前提とした詳細な事業計画を一切検討していない、〈2〉債権者作成の事業計画書の試算は極めていいかげんであり、提案内容は実現困難なものである、〈3〉債権者の事業は主に金融子会社の収益によって成り立っており、ポータルサイト運営事業の基盤は極めて脆弱である、〈4〉債権者の真の意図は、債務者との事業提携でなく、Aを支配することであることを挙げる。 
  (イ) しかしながら、債権者が債務者の経営支配権を確立していない段階で債務者の上記主張のような事柄を明らかにすることは無理であり、企業秘密上得策でないこともあるから、その一事をもって債権者に債務者を合理的に経営する意思も能力もないと断定するわけにはいかない。 
  ウ まとめ 
  以上のとおりであるから、債権者が債務者の支配株主となった場合に、債務者に回復し難い損害が生ずることを認めるに足りる資料はなく、また、債権者が真摯に合理的経営を目指すものでないとまでいうことはできない。 
 6 株式買収者の株式買収手段の証券取引法上の適否と現経営者による対抗手段としての新株予約権発行との関係について 
  (1) 債務者は、債権者等が本件ToSTNeT取引により平成17年2月8日に発行済株式総数の約30%に当たる債務者株式を買い付け、その結果、発行済株式総数の約35%の債務者株式を保有することとなったのは、証券取引法27条の2に違反するものであり、仮にこれが証券取引法違反ではないとしても、公開買付規制の趣旨に反した不当な株式買占行為であるとし、このような買収者の違法性は「著シク不公正ナル方法」に該当するかどうかの判断において当然に勘案すべきであり、これに対する対抗措置として本件新株予約権の発行を行うことは不公正発行に該当しないと主張する。 
  (2) 債務者の上記主張は、まず、本件ToSTNeT取引につき、〈1〉ToSTNeT取引によって抗告人の発行済株式総数の3分の1超を取得した点、〈2〉売主との事前合意に基づくものである点において、証券取引法27条の2に違反するというものである。 
  しかしながら、上記〈1〉の点につき、証券取引法は、その規制対象の明確化を図るため、その2条において定義規定を置き、「取引所有価証券市場」は「証券取引所の開設する有価証券市場」と定義しているところ(2条17項)、ToSTNeT-1は、東京証券取引所が立会外取引を執行するためのシステムとして多数の投資家に対し有価証券の売買等をするための場として設けているものであるから、取引所有価証券市場に当たる。そうすると、本件ToSTNeT取引は、東京証券取引所が開設する、証券取引法上の取引所有価証券市場における取引であるから、取引所有価証券市場外における買付け等には該当せず、取引所有価証券市場外における買付け等の規制である証券取引法27条の2に違反するとはいえない。 
  また、上記〈2〉の点につき、乙101、103、193によれば、売主に対する事前の勧誘や事前の交渉があったことが推認されるものの、それ自体は証券取引法上違法視できるものでなく、売主との事前売買合意に基づくものであることを認めるに足りる資料はないから、この点の証券取引法違反をいう主張は、その前提において失当である。 
  (3) ところで、ToSTNeT-1は競争売買の市場ではないから、そこにおいて投資者に対して十分な情報開示がされないまま、会社の経営支配権の変動を伴うような大量の株式取得がされるおそれがあることは否定できない。これに対し、公開買付制度は、支配権の変動を伴うような株式の大量取得について、株主が十分に投資判断をなし得る情報開示を担保し、会社の支配価値の平等分配に与る機会を与えることを制度的に保障するものである。公開買付制度の上記趣旨に照らすと、債権者等が、Aによる債務者の株式の公開買付期間中に、本件ToSTNeT取引によって発行済株式総数の約30%にも上る債務者の株式の買付けを行ったことは、それによって市場の一般投資家が会社の支配価値の平等分配に与る機会を失う結果となって相当でなく、その程度の大規模の株式を買い付けるのであれば、公開買付制度を利用すべきであったとの批判もあり得るところである。 
  しかしながら、本件ToSTNeT取引が取引所有価証券市場外における買付け等の規制である証券取引法27条の2に違反するものでないことは前示のとおりであるから、上記問題があるとしても、それは証券取引運営上の当不当の問題にとどまり、証券取引法上の処分や措置をもって対処すべき事柄であって、それ故に債権者の本件株式の取得を無効視したり、債務者に対抗的な新株予約権の発行を許容して証券取引法の不当を是正すべく制裁的処置をさせる権能を付与する根拠にはならない。 
  そうすると、債権者等が本件ToSTNeT取引によって債務者の株式を大量に買い付けたことが、証券取引法27条の2以下の公開買付制度の趣旨・目的に照らし相当性を欠くとみる余地があるとの一事をもって、主要な目的が経営支配権確保にある本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるということはできない。 
  (4) したがって、債務者の上記主張は採用することができない。 
 7 株主としての不利益が存在しないとの主張について 
  (1) 債務者は、商法280条ノ39第4項、280条ノ10にいう不利益を受けるおそれがある株主とは、当然株主であることを会社に対抗できる株主のことをいうから、名義書換を完了していない分も含めて債権者の不利益性を判断するのは同法206条に違反すると主張する。 
  (2) 債権者等への実質株主名簿の書換えがされていない現時点では、債権者は3万1420株を超える株主であることを、株式会社Kは1062万7410株(平成17年3月7日現在)の株主であることを、債務者に対抗することができない。 
  しかしながら、本件のように、債務者も債権者等が大量の株式を有することを自認しており(甲11、16)、名義書換請求を拒絶し得る正当な理由も特になく、間もなく実質株主名簿が書き換えられることが確実であるにもかかわらず、保管振替機関からの実質株主名簿書換えのための通知が9月末日と3月末日に限られている制度上の制約ゆえに、名義書換未了の株式数を不利益性判断の基礎から除外するのは明らかに不合理というべきである。上記のような事実関係の下においては、平成17年3月31日以降に債務者に対抗できることになる株式数も含めて不利益性を判断すべきである。 
  したがって、債務者の上記主張は採用することができない。 
  (3) 平成17年3月24日に発行され、翌25日から行使請求期間となる本件新株予約権がすべて行使された場合、債権者等による債権者株式の保有割合は約42%から約17%に減少することからすると、債権者が本件新株予約権の発行によって著しい不利益ないし損害を被るおそれがあることが明らかである。 
 8 保全の必要性について 
  債務者の本件新株予約権の発行によって債権者が著しい損害を被るおそれがあることは、前記7に判示したとおりであるから、保全の必要性も認めることができる。 
 9 結論 
  以上述べたとおりであって、債務者による本件新株予約権の発行は、その内容及び発行の経緯に照らしても、債権者等による債務者の経営支配を排除し、現在債務者の経営に事実上の影響力を及ぼす関係にある特定の株主であるAによる債務者に対する経営支配権を確保するために行われたことが明らかである。そして、本件に現れた事実関係の下では、債権者による株式の敵対的買収に対抗する手段として採用した本件新株予約権の大量発行の措置は、既に論じたとおり、債務者の取締役会に与えられている権限を濫用したもので、著しく不公正な新株予約権の発行と認めざるを得ない。 
  したがって、債権者の本件仮処分命令申立ては理由があるから、これを認容した原審仮処分決定及びこれを認可した原審異議決定は正当である。 
  よって、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。 
第16民事部 
 (裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 福岡右武 裁判官 畠山稔) 
++解説
《解  説》
 1 事案の概要
 本件は,仮処分申立て当時すでに債務者の発行済株式総数の約35パーセントの割合を保有する株主であった債権者が,ラジオ放送事業を行う株式会社であり,その発行する普通株式を東京証券取引所第2部に上場している債務者に対して,そのすべてが行使されると従来の発行済株式総数の1.44倍にあたる数量の普通株式が発行されることとなる数量の新株予約権を発行して,これをテレビ放送事業を行う株式会社である第三者に割り当てるとする内容の債務者の新株予約権発行が,商法280条ノ39第4項,280条ノ10の「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に当たるとして,その発行差止めを求めた仮処分申立ての事案である。
 抗告審の決定に至るまでの債務者株式の保有状況等に関する簡単な事実経過は以下のとおりである。
 第三者であるテレビ局は,以前より債務者の発行済株式総数の約12パーセントの割合を保有していたが,平成17年1月17日(以下の日付の記載は全て平成17年の日付である),債務者の全ての発行済株式の取得を目指して,証券取引法に定める公開買付けを開始することを決定し(買付価格1株5950円,当初の買付株式数の下限は発行済株式総数の50パーセントと設定),これを公表した。債務者は,同日,この公開買付けに賛同する旨を公表した。
 債権者は,以前より債務者の発行済株式総数の約5パーセントの株主であったが,2月8日,東京証券取引所のToSTNeT-1を利用した取引により,子会社を通じて債務者の発行済株式総数の約30パーセントを買い付けて,約35パーセントの株主となった。
 債務者の取締役会は,2月23日,割当先を当該テレビ局として,発行価額を1株当たり336円,払込期日を3月24日,当初行使価格を5950円,行使請求期間を3月25日以降とする内容の新株予約権を発行する旨の決議をした。なお,同決議の前日における債務者株式の東京証券取引所での終値は6750円であった。
 この新株予約権発行の発表を受けて,債権者は,東京地方裁判所に,①「特ニ有利ナル条件」による発行であるのに株主総会の特別決議を経ていないという法令違反があること,②「著シク不公正ナル方法」による発行であることを理由として,新株予約権発行差止め仮処分の本件申立てを行った。
 当該テレビ局の公開買付けは3月7日に終了し,当該テレビ局は,これにより新たに債務者株式を取得して,債務者の発行済株式総数の約37パーセントを保有する株主になった。他方,債権者は,さらに市場で債務者株式を買い進め,3月7日時点で,発行済株式総数の約42パーセントを有する株主となった。
 本件申立ての原審である東京地方裁判所は,3月11日,本件新株予約権の発行は「特ニ有利ナル条件」による発行とは認められないが,「著シク不公正ナル方法」による発行にあたるとして,5億円の担保を立てることを条件に本件新株予約権の発行差止めを認める旨の仮処分決定をした。
 債務者はこの仮処分決定に対して直ちに異議を申し立てた。これに対して,東京地方裁判所は,3月16日,やはり本件新株予約権発行を「著シク不公正ナル方法」であると認めて,上記仮処分決定を認可する旨の決定をした。
 債務者はこの異議決定を不服として直ちに抗告した。これに対して,抗告審である東京高等裁判所は,3月23日,原審仮処分決定及び原審異議決定と同じく本件新株予約権発行を「著シク不公正ナル方法」であると認め,抗告を棄却した(なお,抗告審において,債権者は本件新株予約権発行が「特ニ有利ナル条件」による新株予約権の発行である旨の主張を撤回した。)。
 2 抗告審決定の内容
 抗告審の決定(本決定)は,本件新株予約権の発行は「著シク不公正ナル方法」にあたるとする原審仮処分決定及び原審異議決定をいずれも正当と判断し,その理由について概要以下のとおり述べた。
 まず,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者またはこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には,原則として,商法280条ノ39第4項,280条ノ10の「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に該当するとする法解釈論を述べ,そのような解釈をすべき理由について,商法が機関権限の分配を定めた法意,支配権争奪の局面では取締役による公平な判断が難しいこと,投資家の予測可能性などの点を指摘した。その上で,株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情がある場合には,例外的に経営支配権の維持・確保を主要な目的とする発行であっても不公正発行に該当しないと述べた。そして,敵対的買収者が会社を食い物にしようとしている場合には,濫用目的をもって株式を取得した当該敵対的買収者は株主として保護するに値しないし,当該敵対的買収者を放置すれば他の株主の利益が損なわれることが明らかであるから,取締役会は,対抗手段として必要性や相当性が認められる限り,経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行を行うことが正当なものとして許されるとして,上記特段の事情を認めることができる敵対的買収者が会社を食い物にしている場合として,敵対的買収者がグリーンメイラー(会社関係者に株式を高値で引き取らせることを目的とする者)である場合などの4つの類型を指摘した。そして,これらの特段の事情があることについては会社側に立証責任があるとした。
 次に,以上の規範を前提とし,本件新株予約権発行の概要及び本件新株予約権発行前後における債務者株式の保有や売買を巡る状況等についての一連の事実経過を前提として,本件新株予約権の発行の目的が当該テレビ局の子会社となり債務者の企業価値を維持・向上させる点にあり,現経営陣の経営支配権の維持が主な目的ではないなどとする債務者の主張に対して,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収を行って経営支配を争う債権者等の持株比率を低下させ,現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主である当該テレビ局による債務者の経営支配権確保を主要な目的とするものであることは明白であるとし,他方で,そのような本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情を認める確たる資料はない旨判示した。
 さらに,債権者が債務者の親会社となる場合には債務者に回復し難い損害が生じるのは明らかであり,債務者が当該テレビ局の親会社となる場合には企業価値が高まるとする債務者の主張について,そのような企業価値の比較検討は事業経営の当否の問題であり,そうした問題は経営判断の法理にかんがみ司法手続の中で裁判所が判断するのに適しないものであるから,債務者の主張は主張自体失当であるとして,これを退け(もっとも,この点については念のために判断するものであるとして,債務者の主張するような企業価値に関する事実について検討を加えた上で,そのような事実を認めるに足りない旨を指摘している。),また,債権者が行った証券取引法違反となるToSTNeT取引の対抗措置として債務者が本件新株予約権の発行を行うことは不公正発行に該当しないとの債務者の主張については,債権者のToSTNeT取引は証券取引法違反にあたらないとし,仮に問題があるとしても証券取引法上の運営の当不当の問題に止まり,債務者に対抗的な新株予約権の発行を許容する根拠にはならず,これにより本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるとはいえないとした。
 3 説明
 新株の発行差止めの要件である「著シク不公正ナル方法」とは,不当な目的を達成する手段として新株発行が利用される場合であり,会社支配の帰属をめぐる争いがあるときに,取締役会が自派で議決権の過半数を維持・争奪する目的のため新株発行を行う場合などはこれにあたると解されている。これまでの下級裁判例も新株発行差止めの仮処分事件において基本的にそのような考え方に沿った判断をしている(東京地決平1.7.25判タ704号84頁等)。会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者またはこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には,原則として,「著シク不公正ナル方法」にあたると述べる本決定の判示部分は,そのような従来からの新株発行をめぐる不公正発行の考え方と基本的にはほぼ同じものであると考えてよいと思われる。
 次に,本決定は,特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合であっても,「株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情」がある場合には不公正発行にあたらないと述べている。すなわち,これまでそのような特段の事情について言及した裁判例はなく,支配権維持目的であっても正当化される場合があることを明らかにした点に意義があるといえよう。一口に敵対的買収者といってもそれは支配的株主になることを現経営陣に拒絶されているものというだけであって,それ自体では何ら会社から排除されるべき理由はないのであるが,本決定は,どのような敵対的買収者であれば取締役会の判断により新株予約権発行等の相当な手段でこれを排除することが許されるのかについて,敵対的買収者が会社を食い物にしようとしている場合であるとして,4つの具体例を上げてその内容を明らかにしている。これらの具体例は,現行法においても敵対的買収者への対抗措置として新株予約権を発行することが許容されると本決定が考えているものであり,現行法上における一応の規範として参考になろう。
 これまで不公正な新株発行について判断した多くの下級裁判例では,新株発行が複数の目的をもって行われる場合にはそのうち主要な目的が何かにより新株発行の公正性を判断することとし,すなわち,種々の目的ないし動機のうち,会社の支配関係上の争いに介入するという不当な目的が資金調達目的等の他の正当な目的よりも優越し,それが新株発行の主要な目的と認められる場合に,不公正発行であるとする考え方(いわゆる主要目的ルール)が採用されてきた(東京地決平1.9.5判タ711号256頁,大阪地決平2.7.12判時1364号100頁,東京地決平16.7.30,東京高決平16.8.4)。ところが,本件において債務者は本件新株予約権の発行には企業価値毀損防止という正当な目的がある旨主張したものの,本決定においては,新株予約権発行の目的が並列的に存在することを前提として,それらのうち不当な目的が優越するものかどうかという判断の過程を経てはいない。これは,例えば新株発行差止め事件の場合における資金調達目的を問題とするのであれば,そうした目的はその性質上,常に特定の株主の支配権の確保・維持を通じて達成されることを必然とするものではないことから,そこでは目的の並存というものが観念できるのに対して(新株とは異なり,新株予約権が資金調達目的で発行されること自体あまり考えられないが,当然ながら新株予約権の発行においても,ストックオプションを付与する目的など,支配権維持目的と性質の異なる発行目的は存在する。),債務者がいうところの目的は,結局のところ債権者を排除して特定の株主の支配権の確保・維持をする方法によらなけば達成されることのないものであることから,そこではもはや目的が並存している状況がない(いわば,実質的に同じ目的について,別の言い方をするものに過ぎない。)と本決定が考えたことによるものと思われる。そうした考え方によれば,本件については目的の並存を前提としてその優越を比較する主要目的ルールの枠組みは問題にならないことになる。
 ところで,本決定に関する一連の事実の報道を契機として,巷ではいわゆるポイズンピル導入の議論が立法レベルないし現行法を前提とした運用レベルでなされているようである。本決定は,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面における取締役会による株主構成変更目的の新株等の発行を原則として不公正発行としたものであるが,敵対的買収者に対する事前の対抗策に関しては,株主全体の利益保護の観点から個別事情に応じてその適法性が肯定される余地があると述べている。もっとも,会社の機関権限の分配秩序を重視する本決定の考え方からすれば,基本的には現行法のままでは事前の対抗策としてであっても取締役会が意図的に会社の株主構成を決定することについては一定の限界があるものと解すべきであろう。そして,今後,取締役会に会社の株主構成の決定権を付与する方向での立法を行うのであれば,公開会社の場合には会社が何らかの事前の対抗策を導入しているか否かは株式の市場価格に明らかに影響を与えるものであろうから,本決定も指摘しているように投資家の予測可能性の観点からの手当てをも配慮する必要があると思われる。
 なお,原審異議決定及び原審仮処分決定とも,「著シク不公正ナル方法」にあたるかの判断については,その判断基準と判断枠組み,そして,本件におけるあてはめとその結論は,いずれも抗告審決定のそれとほぼ同じ内容のものとなっている。その詳細については各決定文を参照されたい。また,原審仮処分決定では,本件新株予約権発行が「特ニ有利ナル条件」による発行であるかについての判断もなされているところ,本件の新株予約権の発行数量が巨大であることなどもあり特殊な事例であると思われるが,新株予約権の発行に関してこの論点が争われた裁判例が公刊物に見当たらないこともあり,実務上の参考になると思われる。
6.官報による公告
+判例(H9.1.28)
理由 
 上告代理人奥村回の上告理由について 
 原審の適法に確定したところによれば、上告会社の昭和六三年六月の新株発行については、(一) 新株発行に関する事項について商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知がされておらず、(二) 新株発行を決議した取締役会について、取締役Aに招集の通知(同法二五九条ノ二)がされておらず、(三) 代表取締役Bが来る株主総会における自己の支配権を確立するためにしたものであると認められ、(四) 新株を引き受けた者が真実の出資をしたとはいえず、資本の実質的な充実を欠いているというのである。 
 原判決は、このうち(三)及び(四)の点を理由として右新株発行を無効としたが、原審のこの判断は是認することができない。けだし、会社を代表する権限のある取締役によって行われた新株発行は、それが著しく不公正な方法によってされたものであっても有効であるから(最高裁平成二年(オ)第三九一号同六年七月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一七二号七七一頁参照)、右(三)の点は新株発行の無効原因とならず、また、いわゆる見せ金による払込みがされた場合など新株の引受けがあったとはいえない場合であっても、取締役が共同してこれを引き受けたものとみなされるから(同法二八〇条ノ一三第一項)、新株発行が無効となるものではなく(最高裁昭和二七年(オ)第七九七号同三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五一一頁参照)、右(四)の点も新株発行の無効原因とならないからである。 
 しかしながら新株発行に関する事項の公示(同法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知)は、株主が新株発行差止請求権(同法二八〇条ノ一〇)を行使する機会を保障することを目的として会社に義務付けられたものであるから(最高裁平成元年(オ)第六六六号同五年一二月一六日第一小法廷判決・民集四七巻一〇号五四二三頁参照)、新株発行に関する事項の公示を欠くことは、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解するのが相当であり、右(三)及び(四)の点に照らせば、本件において新株発行差止請求の事由がないとはいえないから、結局、本件の新株発行には、右(一)の点で無効原因があるといわなければならない。 
 したがって、本件の新株発行を無効とすべきものとした原判決は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうものにすぎず、採用することができない。 
 よって、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
++解説
《解  説》
 一 本判決は、別掲の五年(オ)第三一六号事件(本誌本号一七九頁)と同一の原判決のうち昭和六三年の新株発行に関するものである(別掲コメントの二項を参照)。A社の昭和六三年の二四〇〇株の新株発行のうち九〇〇株をXが引き受け、Yの引受けはなかった。その結果、Xが一二七〇株、Yが八〇〇株となって、両者の持株数が再び逆転した。そこで、Yは、Aを被告として、新株発行無効の訴え(商法二八〇条ノ一五)をその出訴期間内に提起し、昭和六三年の新株発行を無効とすることを請求した(この事件と昭和五四年の新株発行についてXがYに対して提起した不存在確認の訴えとが、併合審理された。)。
 第一審は、Yの請求を認容して昭和六三年の新株発行を無効とし、原審も、Aの控訴を棄却した。原審は、昭和六三年の新株発行について大要次のように認定した。①新株発行に関する事項について商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知がされていない、②新株発行を決議した取締役会について、取締役Bに招集の通知(同法二五九条ノ二)がされていない、③代表取締役Xが来る株主総会における自己の支配権を確立するためにしたものと認められる、④新株を引き受けた者が真実の出資をしたとはいえず、資本の実質的な充実を欠いている。原判決は、このうち③④の点を理由として新株発行を無効とするものである。
 二 本判決は、③④の点は新株発行の無効原因とならず、逆に①の点が無効原因になるとして、理由を差し替えてAの上告を棄却した。
 まず③の点であるが、ある者の支配権を確立する等の意図によって著しく不公正な方法でされた新株発行の効力については、かつて有効説、無効説、折衷説の対立があったが、本件原判決後に言い渡された最一小判平6・7・14(裁集民一七二号七七一頁)は、「株式会社を代表する権限のある取締役によって行われた新株の発行は、それが著しく不公正な方法によって行われたもので……ある場合でも、有効である」として、有効説を採用した。本判決は、右判例を引用して、③の点は新株発行の無効原因とならないとした。
 次に④の点は、いわゆる「見せ金」による払込みであることが問題とされたものである。「見せ金」とは、当初から真実の株式払込みとして会社資金を確保する意図なく、一時的借入金をもって単に払込みの外形を整え、株式会社成立ないし新株発行の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済するような行為のことであり、最二小判昭38・12・6(民集一七巻一二号一六三三頁)は、会社設立時における株式払込みについて、見せ金による払込みは払込みとしての効力を有しないとした。しかし、払込みとしての効力はなくても、新株の払込みについては、払込期日までに引受けと払込みのあった部分のみで有効に新株発行が成立するとされており(鈴木竹雄=竹内昭夫・会社法〔第三版〕四一九頁等通説)、新株発行による変更登記がされた場合には、引受けのなかった株式について取締役が共同して引受担保責任を負う(商法二八〇条ノ一三第一項)のであるから、「見せ金」による払込みであっても、取締役の引受担保責任の問題として処理すれば足り、新株発行が無効になるわけではないと考えるべきである(新版注釈会社法(7)三二二頁〔近藤弘二〕、注釈会社法(5)〔旧版〕二〇六頁〔喜多了祐〕。なお、東京地判昭57・3・30本誌四七一号二二〇頁参照)。昭和二五年改正前の商法が規定する増資手続について、本判決が引用する最三小判昭30・4・19(民集九巻五号五一一頁)が、一万五〇〇〇株の増資のうち五九五〇株に引受けの欠缺があっても、特別の事情のない限り、右欠缺は取締役の引受払込みの責任により補充されるものであって、直ちに増資の無効を来すものではないと判示しているのも、この趣旨をいうものと解される。本判決は、右最三小判を引用して、④の点も新株発行の無効原因とならないとした。
 三 そこで、商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知を欠いたという①の点であるが、公告又は通知を欠いてされた新株発行の効力については、有効説(取引の安全を理由とする)、無効説(株主が新株発行差止請求権を行使する機会を保障するためとする)、折衷説(原則として無効となるが、会社が当該新株発行について公示義務違反のほかには新株発行差止めの事由がないことを立証すれば、瑕疵が治癒するとするものなど)の対立があるが、近時は折衷説が有力であるといわれる(新版注釈会社法(7)一四五頁〔森本滋〕参照)。公刊物に登載された最高裁判決でこの問題を直接判示したものは見当たらず、下級審裁判例は、有効説を採ったものもある(東京高判平7・10・25金判一〇〇四号一一頁)が、大部分のものは無効説又は折衷説を採っている。
 最一小判平5・12・16(民集四七巻一〇号五四二三頁、本誌八四二号一三一頁)は、新株発行差止めの仮処分命令に違反して新株発行がされたことは新株発行の無効原因となるとしたものであるが、その理由中で、「〔商〕法二八〇条ノ三ノ二は、新株発行差止請求の制度の実効性を担保するため、払込期日の二週間前に新株の発行に関する事項を公告し、又は株主に通知することを会社に義務付け、もって株主に新株発行差止めの仮処分命令を得る機会を与えていると解される」と判示している。その趣旨からすれば、本件の問題点については、やはり無効説又は折衷説がなじむであろう。有効説を採ると、公告又は通知がなかったために株主が新株発行の差止め(商法二八〇条ノ一〇)を請求する機会を得られなくても、新株の発行がされてしまえば、他に無効原因がない限りこれを無効とする余地はないということになってしまうからである。
 そして、商法二八〇条ノ三ノ二の趣旨が新株発行差止請求の制度の実効性を担保することにあるとすると、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されない場合にまで、公告又は通知を欠くことが一律に新株発行の無効原因になるとする無効説は、いささか行き過ぎであるということになろう。したがって、折衷説が最も妥当な見解であると考えられる。折衷説を採る場合には、差止めの事由の有無についていずれの当事者が立証責任を負うのかが問題になるが、差止事由がなかったことについて会社側が立証責任を負うという見解が有力である(大隅健一郎=今井宏・新版会社法論中巻Ⅱ六三一頁、鈴木=竹内・前掲書四二八頁)。本判決は、この見解を採用して、「〔新株発行差止請求〕が許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となる」と判示した。折衷説とはいっても、あくまでも原則は無効であり、公告又は通知を欠くにもかかわらず新株発行が有効とされるのは例外にすぎないと考えるものであるといえよう。本件においては、前記③④の点に照らして新株発行差止請求の事由がないとはいえないから、右例外の場合には当たらず、折衷説によっても新株発行の無効原因があることになる。本判決は、以上の理由で原判決の結論だけを是認したものである。
 なお、前記②の点であるが、最二小判昭36・3・31(民集一五巻三号六四五頁)は、「株式会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、これにつき有効な取締役会の決議がなくても、右新株の発行は有効である」としているから、本件新株発行の無効原因にはならないと考えられる。
 四 本判決の判示したところは従前の判例・学説の流れに沿ったものにすぎないともいえるが、新株発行の無効原因の一つについて最高裁の見解が明らかになったことの意義は大きいといえよう。
+判例(H5.12.16)
理由 
 一 上告代理人小林昭、同大戸英樹、同南出喜久治の上告理由二、三について 
 1 本件記録及び原審の適法に確定したところによると、訴えの変更に関する事実関係の概要は次のとおりである。 
 (一) 上告人は、昭和三三年に設立されたタクシー事業及び貸切バス事業等を営む株式会社であり、昭和五九年八月当時の資本の額は三五〇〇万円、会社が発行する株式の総数は一〇万株、発行済株式の総数は七万株(一株の額面金額は五〇〇円)であったところ、同年八月二三日開催の取締役会において、発行株式の種類及び数を記名式普通額面株式一万株、発行価額を一株につき三九〇七円、申込期日を同年九月一三日、払込期日を同月一四日、募集の方法を第三者割当、割当てを受ける者を株式会社明星観光サービスとする新株発行を決議した。 
 (二) 上告人の株主である被上告人Aは、本件新株発行に対して、京都地方裁判所に商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分の申立てをし、昭和五九年九月一二日、仮処分命令(以下「本件仮処分命令」という。)を得た。その上で、上告人の株主である被上告人ら(被上告人B、同Cを除く。)及びD(以下「被上告人ら」という。)は、同月二〇日、新株発行差止請求の訴えを提起した。右訴えの理由とするところは、本件新株発行は、現在の取締役会の方針に反対する株主の持株比率を減少させ、上告人会社の支配確立を目的としたもので、商法二八〇条ノ二第二項に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるものであって、株主である被上告人らが不利益を受けるおそれがあるというものであった。 
 (三) 上告人は、昭和五九年九月一三日、本件仮処分命令に対して異議を申し立てたが、本件新株発行はそのまま実施することにし、前記明星観光サービスから払込期日に新株払込金の支払を受けた。 
 (四) 本件新株発行に対する差止請求訴訟は、昭和五九年一〇月二三日に第一審の第一回口頭弁論期日が開かれて以来審理が続けられたが、昭和六〇年一〇月三一日の第一審第八回口頭弁論期日において、上告人から本件新株発行は既に実施されているから新株発行差止請求は訴えの利益がなくなったとの主張がされた。 
 (五) そのため、被上告人らは、昭和六〇年一二月二日に第一審に提出した同日付け準備書面で、本件仮処分命令に違反する新株発行は効力を生じないが、仮に効力を有するとすれば、予備的に、右新株発行差止請求の訴えを商法二八〇条ノ一五に基づく新株発行無効の訴えに変更する旨の申立てをした。右新株発行無効の訴えで主張する無効事由は、仮処分命令違反が付加された以外は、それまで差止事由として主張してきたものと同一であった。 
 2 右事実関係に照らすと、本件新株発行に対する差止請求の訴えと右訴えを本案とする本件仮処分命令に違反してされた新株発行に対する無効の訴えとは、事前と事後の違いはあるが、ともに本件新株発行により不利益を受けるとする被上告人ら株主がその新株発行を阻止し、若しくはその効力を否定しようとするものであって、同一の経済的利益を追求するものということができる上、新株発行差止請求の訴えの訴訟資料、証拠資料を新株発行無効の訴えの審理に利用することが期待できる関係にあるということができるから、旧訴である新株発行差止請求の訴えと新訴である新株発行無効の訴えとの間には請求の基礎に同一性があるものというべきである。 
 3 ところで、訴えの変更は、変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから、変更後の訴えにつき出訴期間の制限がある場合には、出訴期間の遵守の有無は、原則として、訴えの変更の時を基準としてこれを決すべきであるが、変更前後の請求の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起時に提起されたものと同視することができる特段の事情があるときは、出訴期間が遵守されたものとして取り扱うのが相当である(最高裁昭和五九年(行ツ)第七〇号同六一年二月二四日第二小法廷判決・民集四〇巻一号六九頁参照)。 
 これを本件についてみるに、前示事実関係によれば、本件新株発行に対する差止請求の訴えは、被上告人Aが本件仮処分命令を得た後、新株発行がされることにより持株比率の減少等の不利益を受けるとする被上告人らによって、本件新株発行を阻止する目的の下に提起されたものであって、被上告人らは、右訴えの提起により、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右新株発行の効力を争い、仮処分命令違反をその理由とする意思をも表明していると認められるから、本件で変更された新株発行無効の訴えについては、新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視することができる特段の事情が存するものというべきである。 
 4 以上の次第であるから、新株発行無効の訴えへの変更を認め、無効原因として本件仮処分命令違反の主張をすることは許されるとした原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。 
 二 同四について 
 商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分命令があるにもかかわらず、あえて右仮処分命令に違反して新株発行がされた場合には、右仮処分命令違反は、同法二八〇条ノ一五に規定する新株発行無効の訴えの無効原因となるものと解するのが相当である。けだし、同法二八〇条ノ一〇に規定する新株発行差止請求の制度は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって新株を発行することにより従来の株主が不利益を受けるおそれがある場合に、右新株の発行を差し止めることによって、株主の利益の保護を図る趣旨で設けられたものであり、同法二八〇条ノ三ノ二は、新株発行差止請求の制度の実効性を担保するため、払込期日の二週間前に新株の発行に関する事項を公告し、又は株主に通知することを会社に義務付け、もって株主に新株発行差止めの仮処分命令を得る機会を与えていると解されるのであるから、この仮処分命令に違反したことが新株発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうことになるからである。
 右と同旨の見解に立ち、本件仮処分命令に違反して行われた本件新株発行を無効とした原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。 
 三 その余の上告理由について 
 所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。 
 四 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官味村治、同大白勝の補足意見、裁判官大堀誠一、同三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
7.新株が当初の引受人(B)のもとにあることについて
・新株発行の効力は画一的に判断!
+判例前出(H6.7.14)
Ⅳ 蛇足~H26改正会社法について
1.支配株主の異動を伴う新株発行
+(公開会社における募集株式の割当て等の特則)
第二百六条の二  公開会社は、募集株式の引受人について、第一号に掲げる数の第二号に掲げる数に対する割合が二分の一を超える場合には、第百九十九条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該引受人(以下この項及び第四項において「特定引受人」という。)の氏名又は名称及び住所、当該特定引受人についての第一号に掲げる数その他の法務省令で定める事項を通知しなければならない。ただし、当該特定引受人が当該公開会社の親会社等である場合又は第二百二条の規定により株主に株式の割当てを受ける権利を与えた場合は、この限りでない。
一  当該引受人(その子会社等を含む。)がその引き受けた募集株式の株主となった場合に有することとなる議決権の数
二  当該募集株式の引受人の全員がその引き受けた募集株式の株主となった場合における総株主の議決権の数
2  前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
3  第一項の規定にかかわらず、株式会社が同項の事項について同項に規定する期日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項 から第三項 までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、第一項の規定による通知は、することを要しない。
4  総株主(この項の株主総会において議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主が第一項の規定による通知又は第二項の公告の日(前項の場合にあっては、法務省令で定める日)から二週間以内に特定引受人(その子会社等を含む。以下この項において同じ。)による募集株式の引受けに反対する旨を公開会社に対し通知したときは、当該公開会社は、第一項に規定する期日の前日までに、株主総会の決議によって、当該特定引受人に対する募集株式の割当て又は当該特定引受人との間の第二百五条第一項の契約の承認を受けなければならない。ただし、当該公開会社の財産の状況が著しく悪化している場合において、当該公開会社の事業の継続のため緊急の必要があるときは、この限りでない。
5  第三百九条第一項の規定にかかわらず、前項の株主総会の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行わなければならない。
2.見せ金による新株発行
+判例(S38.12.6)
理由 
 上告代理人吉永多賀誠、同徳田敬二郎の上告理由第一点および同第二点について。 
 所論は、原審の確定した事実によれば、本件株式の払込は単に外形上払込の形式を整えたに過ぎず、いわゆる見せ金による払込であつて、現実に払込のなされたものでないことが明らかであるのに、右仮装の払込を以て真実の払込としてその効力を認めた原判決には、商法一七七条一項の解釈適用を誤つた違法があり、また、本件のような仮装の払込について、発起人たる被上告人らに同法一九二条所定の払込責任を負わせないためには、なんらかの事情がある筈であるのに、かかる特段の事情を判示することなく、有効な払込があつたものと認めて被上告人らの払込責任を否定した原判決には、理由不備の違法があるという。 
 よつて審案するに株式の払込は、株式会社の設立にあたつてその営業活動の基盤たる資本の充実を計ることを目的とするものであるから、これにより現実に営業活動の資金が獲得されなければならないものであつて、このことは、現実の払込確保のため商法が幾多の規定を設けていることに徴しても明らかなところである。従つて、当初から真実の株式の払込として会社資金を確保するの意図なく、一時的の借入金を以て単に払込の外形を整え、株式会社成立の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済する場合の如きは、右会社の営業資金はなんら確保されたことにはならないのであつて、かかる払込は、単に外見上株式払込の形式こそ備えているが、実質的には到底払込があつたものとは解し得ず、払込としての効力を有しないものといわなければならない。しかして本件についてこれを見るに、原判決の確定するところによれば、訴外中部缶詰株式会社は資本金二〇〇万円全額払込ずみの株式会社として昭和二四年一一月五日その設立登記を経由したものであるが、被上告人Aは、発起人総代として同じく発起人たるその余の被上告人らから、設立事務一切を委任されて担当し、株式払込については、被上告人Aが主債務者としてその余の被上告人らのため一括して訴外第一銀行名古屋支店から金二〇〇万円を借り受け、その後右金二〇〇万円を払込取扱銀行である右銀行支店に株式払込金として一括払い込み、同支店から払込金保管証明書の発行を得て設立登記手続を進め、右手続を終えて会社成立後、同会社は右銀行支店から株金二〇〇万円の払戻を受けた上、被上告人Aに右金二〇〇万円を貸し付け、同被上告人はこれを同銀行支店に対する前記借入金二〇〇万円の債務の弁済にあてたというのであつて、会社成立後前記借入金を返済するまでの期間の長短、右払戻金が会社資金として運用された事実の有無、或は右借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等、その如何によつては本件株式の払込が実質的には会社の資金とするの意図なく単に払込の外形を装つたに過ぎないものであり、従つて株式の払込としての効力を有しないものではないかとの疑いがあるのみならず、むしろ記録によれば、被上告人Aの前記銀行支店に対する借入金二〇〇万円の弁済は会社成立後間もない時期であつて、右株式払込金が実質的に会社の資金として確保されたものではない事情が窺われないでもない。然るに、原審がかかる事情につきなんら審理を尽さず、従つてなんら特段の事情を判示することなく、本件株式の払込につき単にその外形のみに着目してこれを有効な払込と認めて被上告人らの本件株式払込責任を否定したのは、審理不尽理由不備の違法があるものといわざるを得ず、その結果は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の論点に対する判断を俟つまでもなく、破棄を免れない。 
 よつて民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外) 
+判例(H9.1.28)
理由 
 上告代理人奥村回の上告理由について 
 原審の適法に確定したところによれば、上告会社の昭和六三年六月の新株発行については、(一) 新株発行に関する事項について商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知がされておらず、(二) 新株発行を決議した取締役会について、取締役Aに招集の通知(同法二五九条ノ二)がされておらず、(三) 代表取締役Bが来る株主総会における自己の支配権を確立するためにしたものであると認められ、(四) 新株を引き受けた者が真実の出資をしたとはいえず、資本の実質的な充実を欠いているというのである。 
 原判決は、このうち(三)及び(四)の点を理由として右新株発行を無効としたが、原審のこの判断は是認することができない。けだし、会社を代表する権限のある取締役によって行われた新株発行は、それが著しく不公正な方法によってされたものであっても有効であるから(最高裁平成二年(オ)第三九一号同六年七月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一七二号七七一頁参照)、右(三)の点は新株発行の無効原因とならず、また、いわゆる見せ金による払込みがされた場合など新株の引受けがあったとはいえない場合であっても、取締役が共同してこれを引き受けたものとみなされるから(同法二八〇条ノ一三第一項)、新株発行が無効となるものではなく(最高裁昭和二七年(オ)第七九七号同三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五一一頁参照)、右(四)の点も新株発行の無効原因とならないからである。 
 しかしながら新株発行に関する事項の公示(同法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知)は、株主が新株発行差止請求権(同法二八〇条ノ一〇)を行使する機会を保障することを目的として会社に義務付けられたものであるから(最高裁平成元年(オ)第六六六号同五年一二月一六日第一小法廷判決・民集四七巻一〇号五四二三頁参照)、新株発行に関する事項の公示を欠くことは、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解するのが相当であり、右(三)及び(四)の点に照らせば、本件において新株発行差止請求の事由がないとはいえないから、結局、本件の新株発行には、右(一)の点で無効原因があるといわなければならない。 
 したがって、本件の新株発行を無効とすべきものとした原判決は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうものにすぎず、採用することができない。 
 よって、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
Ⅴ 終わりに


会社法 事例で考える会社法 事例1 苦しい台所事情


Ⅰ はじめに
+(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
第四百二十九条  役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う
2  次の各号に掲げる者が、当該各号に定める行為をしたときも、前項と同様とする。ただし、その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りでない。
一  取締役及び執行役 次に掲げる行為
イ 株式、新株予約権、社債若しくは新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知又は当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載若しくは記録
ロ 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
ハ 虚偽の登記
ニ 虚偽の公告(第四百四十条第三項に規定する措置を含む。)
二  会計参与 計算書類及びその附属明細書、臨時計算書類並びに会計参与報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
三  監査役、監査等委員及び監査委員 監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
四  会計監査人 会計監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録

・両損害包含説
+判例(S44.11.26)
理由
上告代理人岡本治太郎名義の上告理由一および三について。
商法は、株式会社の取締役の第三者に対する責任に関する規定として二六六条ノ三を置き、同条一項前段において、取締役がその職務を行なうについて悪意または重大な過失があつたときは、その取締役は第三者に対してもまた連帯して損害賠償の責に任ずる旨を定めている。もともと、会社と取締役とは委任の関係に立ち、取締役は、会社に対して受任者として善良な管理者の注意義務を負い(商法二五四条三項、民法六四四条)、また、忠実義務を負う(商法二五四条ノ二)ものとされているのであるから、取締役は、自己の任務を遂行するに当たり、会社との関係で右義務を遵守しなければならないことはいうまでもないことであるが、第三者との間ではかような関係にあるのではなく、取締役は、右義務に違反して第三者に損害を被らせたとしても、当然に損害賠償の義務を負うものではない
しかし、法は、株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して、第三者保護の立場から、取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したのである。
このことは、現行法が、取締役において法令または定款に違反する行為をしたときは第三者に対し損害賠償の責に任ずる旨定めていた旧規定(昭和二五年法律第十六七号による改正前の商法二六六条二項)を改め、右取締役の責任の客観的要件については、会社に対する義務違反があれば足りるものとしてこれを拡張し、主観的要件については、重過失を要するものとするに至つた立法の沿革に徴して明らかであるばかりでなく、発起人の責任に関する商法一九三条および合名会社の清算人の責任に関する同法一三四条ノ二の諸規定と対比しても十分に首肯することができる。
したがつて、以上のことは、取締役がその職務を行なうにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によつて、その損害を賠償する義務を負うことを妨げるものではないが、取締役の任務懈怠により損害を受けた第三者としては、その任務懈怠につき取締役の悪意または重大な過失を主張し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意または過失のあることを主張し立証するまでもなく、商法二六六条ノ三の規定により、取締役に対し損害の賠償を求めることができるわけであり、また、同条の規定に基づいて第三者が取締役に対し損害の賠償を求めることができるのは、取締役の第三者への加害に対する故意または過失を前提として会社自体が民法四四条の規定によつて第三者に対し損害の賠償義務を負う場合に限る必要もないわけである。
つぎに、株式会社の代表取締役は、自己のほかに、他の代表取締役が置かれている場合、他の代表取締役は定款および取締役会の決議に基づいて、また、専決事項についてはその意思決定に基づいて、業務の執行に当たるのであつて、定款に別段の定めがないかぎり、自己と他の代表取締役との間に直接指揮監督の関係はない。しかし、もともと、代表取締役は、対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行を担当する職務権限を有する機関であるから、善良な管理者の注意をもつて会社のため忠実にその職務を執行し、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義務を負うものであることはいうまでもない。したがつて、少なくとも、代表取締役が、他の代表取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりとし、その業務執行に何等意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、原審は、
一、訴外aは、訴外菊水工業株式会社の資産状態が相当悪化しており約束手形を振り出しても満期に支払うことができないことを容易に予見することができたにもかかわらず、代表取締役としての注意義務を著しく怠つたため、その支払の可能なことを軽信し、代金支払の方法として右訴外会社代表者としての上告人名義の本件七二万円の約束手形を振り出した上、被上告人をして本件鋼材一六トンを引き渡させ、右約束手形が支払不能となつた結果、被上告人に右金額に相当する損害を被らせたこと
二、右訴外会社の代表取締役である上告人は他の代表取締役であるaの職務執行上の重過失または不正行為を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、著しくこれを怠り、訴外会社の業務一切をaに任せきりとし、自己の不知の間に同人をして支払不能になるような前示訴外会社代表者上告人名義の本件約束手形を振り出して本件取引をさせ、上告人の代表取締役としての任務の遂行について重大な過失があつたことにより、被上告人に前記損害を被らせるに至つたものであること
を認定し、商法二六六条ノ三第一項前段の規定に基づいて、上告人に損害賠償の責任があるとしているのである。原審の右判断は、さきに説示したところに徴すれば、正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同二および四について。
原判決の認定によれば、前記のように、上告人が右訴外会社の代表取締役に就任中重大な過失による任務懈怠により被上告人に損害を被らせたというのであるから上告人には右損害を賠償すべき義務があるものというべく、その後、上告人が所論のように取締役を辞任したとしても、右義務に影響を及ぼさないものというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採ることができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎、同松田二郎、同岩田誠、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

Ⅱ 事後の債権者保護としての会社法429条1項

Ⅲ 両損害包含説の意味(Aの責任について)
1.代金支払いの見込みのない取引・放漫経営

2.直接損害・間接損害
(1)教科書の説明
直接損害=会社が損害を受けたか否かを問わず、取締役の行為によって第三者が直接被った損害
間接損害=第1次的に会社に損害が生じ、その結果第2次的に第三者が被った損害

(2)もし会社法429条1項がなかったら

(3)直接責任限定説・間接損害限定説・両損害包含説

3.代金の支払見込みのない取引と任務懈怠

4.経営悪化時における取締役の注意義務

Ⅳ 監視義務違反に基づく会社法429条1項の責任
1.監視義務の内容
・間接損害構成の場合
=その時期における取締役の業務執行全般が審査の対象になる。
←これに対する監視
・直接損害構成の場合
=業務執行の中の一取引のみを取り出して、その際の取締役の悪意・重過失が問われる
←これに対する監視

2.名目上の取締役
・監視義務
+判例(S48.5.22)
理由
上告代理人逢坂修造の上告理由第一、二点について。
株式会社の取締役会は会社の業務執行につき監査する地位にあるから、取締役会を構成する取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事柄についてだけ監視するにとどまらず、代表取締役の業務執行一般につき、これを監視し、必要があれば、取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行なわれるようにする職務を有するものと解すべきである。
そして、原審の確定した事実関係のもとにおいて、上告人らに右職務を行なうにつき重大な過失があり、そのため被上告人らに本件損害を生じたとする原審の認定・判断は正当として肯認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄)

+判例(S55.3.18)
理由
上告代理人木戸徹夫の上告理由Aの一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同Aの二について
原審が確定した事実の要旨は、被上告人岸武は、村田満津次(第一審被告)が代表取締役を勤めていた訴外淀川ラセン株式会社(以下「訴外会社」という。)の取引先である宇野工業株式会社の代表取締役であつたが、村田の要請によつて、訴外会社が新株一万株(一株五〇〇円)を発行した際(これによりその資本の額は一〇〇〇万円となる。)、そのうち四〇〇〇株(二〇〇万円)を引き受けるとともに、訴外会社の取締役に就任したものの、右就任は、同被上告人において訴外会社に常勤せずその経営内容にも深く関与しないことを前提とするいわゆる社外重役として名目的にしたものであり、実際にも同被上告人は訴外会社に一度も出社したことがなく、その業務の執行は村田の独断専行に任せこれにつき何ら監視することもなく、村田に対し取締役会を招集することを求めたり、自らそれを招集したりしたこともなかつたところ、その間、村田は、代金支払の見込みもないのに訴外会社を代表して上告会社から液体アルゴン等を買い受け、その代金を支払うことができなかつたため、上告会社に損害を与えた、というのである。
ところで、株式会社の取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事項についてのみならず、代表取締役の業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば代表取締役に対し取締役会を招集することを求め、又は自らそれを招集し、取締役会を通じて業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有するものである(最高裁昭和四六年(オ)第六七三号同四八年五月二二日第三小法廷判決・民集二七巻五号六五五頁)が、このことは、前記被上告人岸武につき原審が認定したような会社の内部的事情ないし経緯によつていわゆる社外重役として名目的に就任した取締役についても同様であると解するのが相当である。そうすると、前記のように同被上告人が取締役として訴外会社の業務執行を監視するにつき何らなすところがなかつたことはその職責を尽くさなかつたものといわなければならないから、これと見解を異にし、同被上告人には村田の業務の執行につきこれを監視する義務はないとしたものと解される原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はこの点において理由がある。もつとも原判決は、村田が被上告人菅以外の者の要求によつて取締役会を招集したことがないことや取締役会が開かれた際にも村田に出席取締役の意見を尊重する態度が全く見られなかつたとの認定事実に基づいて、被上告人岸武において村田が前記のような上告会社からの買入れをすることを事前に阻止すべきであるといつてもそれはいうべくして実際上は不可能であつたから、同被上告人は上告人の被つた前記損害につき責任を負わないことをも付加して判示するのであるが、前記のように、同被上告人が訴外会社の取引先の会社の代表者であり、村田の要請によつて、訴外会社の資本の五分の一に当たる株式を保有する株主となり、かつ、その取締役に就任した事情・経緯にかんがみると、同被上告人の村田に対する影響力は少なくなかつたものと考えられるから、右のような事実があつたからといつて直ちに同被上告人が前記職責を尽くすことが不可能であつたとすることは、たやすく肯認しがたいところといわなければならない。そうすると、結局、原判決中上告会社の同被上告人に対する請求を排斥した部分は破棄を免れず、本件は、以上の点について更に審理を尽くさせるのを相当とするから、右部分につきこれを原審に差し戻すこととする。
同Bについて
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(環昌一 江里口清雄 横井大三 伊藤正己)

・悪意重過失がない、相当因果関係がないことを理由に責任を否定する例もある!!

Ⅴ 直接損害と監視義務


会社法判例 大阪高判H27.5.21 監査役の任務懈怠と重過失


1.事実
監査役Xは、A株式会社との間で会社法427条所定の責任限定契約を締結している。
A社の破産手続き開始決定がなされる。破産管財人YがXらを相手方として、役員責任査定を申し立てた。大阪地方裁判所は、XがYに対して負担すべき損害賠償債務の額を648万円とする損害賠償査定決定をした。
Xは、損害賠償査定決定の取消しを求めて訴えを提起。一方、YもXの善管注意義務違反に基づく損害賠償請求権の額を8000万円とするよう求めて訴えを提起。

2.判旨
(1)監査役の義務違反について・・・
監査役の職務として、本件監査役監査規定に基づき、内部統制システムを構築するよう助言勧告すべき義務があった。上記助言勧告をしなかった義務違反。
取締役会に対して、Bを代表取締役から解職すべきである旨を助言勧告すべきであった。!!

(2)因果関係
義務を履行していれば・・・本件金員交付を防止することも可能だった。
解職勧告の義務を履行していれば、Bは解職されてたorBは金員交付を思いとどまっただろう。

(3)重過失
監査役としての任務懈怠に当たるべきことを知るべきであったのに、著しく注意を欠いていたためにそれを知らなかった場合に重過失あり。

Bの任務懈怠について疑義の表明、事実関係の報告を求めることはしていた。
内部統制システムの整備が全くされていなかったわけでもない。
重過失なし。