Ⅰ はじめに
Ⅱ 任務懈怠責任と経営判断原則
1.任務懈怠責任
(1)要件
+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一 第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。
+(取締役が自己のためにした取引に関する特則)
第四百二十八条 第三百五十六条第一項第二号(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引(自己のためにした取引に限る。)をした取締役又は執行役の第四百二十三条第一項の責任は、任務を怠ったことが当該取締役又は執行役の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができない。
2 前三条の規定は、前項の責任については、適用しない。
①任務懈怠
②会社に損害
③任務懈怠と損害に因果関係
④帰責事由(故意・過失)
(2)証明責任
責任を追及する側が①②③
役員側が④
・任務懈怠責任は債務不履行責任の性質を有する
→消滅時効は10年(民法167条1項)
遅延損害金の利率も民法所定の5分
2.任務懈怠と経営判断原則
(1)Y1Y2の任務懈怠
(2)経営判断原則
法令違反行為ではない業務執行の決定(362条2項1号・4項)・業務の執行(363条1項)についての注意義務違反
+(取締役会の権限等)
第三百六十二条 取締役会は、すべての取締役で組織する。
2 取締役会は、次に掲げる職務を行う。
一 取締役会設置会社の業務執行の決定
二 取締役の職務の執行の監督
三 代表取締役の選定及び解職
3 取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。
4 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一 重要な財産の処分及び譲受け
二 多額の借財
三 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五 第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除
5 大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない。
(取締役会設置会社の取締役の権限)
第三百六十三条 次に掲げる取締役は、取締役会設置会社の業務を執行する。
一 代表取締役
二 代表取締役以外の取締役であって、取締役会の決議によって取締役会設置会社の業務を執行する取締役として選定されたもの
2 前項各号に掲げる取締役は、三箇月に一回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならない。
+判例(H22.7.15)
理由
上告代理人手塚裕之ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 本件は、上告補助参加人(以下「参加人」という。)の株主である被上告人が、参加人の取締役である上告人らに対し、上告人らが、A(以下「A」という。)の株式を1株当たり5万円の価格で参加人が買い取る旨の決定をしたことにつき、取締役としての善管注意義務違反があり、会社法423条1項により参加人に対する損害賠償責任を負うと主張して、同法847条に基づき、参加人に連帯して1億3004万0320円及び遅延損害金を支払うことを求める株主代表訴訟である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 参加人は、Aを含む傘下の子会社等をグループ企業として、不動産賃貸あっせんのフランチャイズ事業等を展開し、平成18年9月期時点で、連結ベースで総資産約1038億円、売上高約497億円及び経常利益約43億円の経営規模を有していた。
(2) Aは、主として、備品付きマンスリーマンション事業を行うことなどを目的として平成13年に設立された会社であり、設立時の株式の払込金額は5万円であった。Aの株式は、発行済株式の総数9940株の約66.7%に相当する6630株を参加人が保有していたが、参加人が、上記(1)の事業の遂行上重要であると考えていた上記フランチャイズ事業の加盟店等(以下「加盟店等」という。)もこれを引き受け、保有していた。
(3) 参加人は、機動的なグループ経営を図り、グループの競争力の強化を実現するため、完全子会社に主要事業を担わせ、参加人を持株会社とする事業再編計画を策定し、平成18年5月ころ、同計画に沿って、関連会社の統合、再編を進めていた。Aについては、参加人の完全子会社であるB(以下「B」という。)に合併して不動産賃貸管理業務等を含む事業を担わせることが計画された。
(4) 参加人には、社長の業務執行を補佐するための諮問機関として、役付取締役全員によって構成され、参加人及びその傘下のグループ各社の全般的な経営方針等を協議する経営会議が設置されている。平成18年5月11日に開催された経営会議には、上告人Y1が代表取締役として、上告人Y2及び同Y3が取締役として出席し、AとBとの合併に関する議題が協議された。そして、その席上、〈1〉 参加人の重要な子会社であるBは、完全子会社である必要があり、そのためには、AもBとの合併前に完全子会社とする必要があること、〈2〉 Aを完全子会社とする方法は、参加人の円滑な事業遂行を図る観点から、株式交換ではなく、可能な限り任意の合意に基づく買取りを実施すべきであること、〈3〉 その場合の買取価格は払込金額である5万円が適当であることなどが提案された。参加人から、上記提案につき助言を求められた弁護士は、基本的に経営判断の問題であり法的な問題はないこと、任意の買取りにおける価格設定は必要性とバランスの問題であり、合計金額もそれほど高額ではないから、Aの株主である重要な加盟店等との関係を良好に保つ必要性があるのであれば許容範囲である旨の意見を述べた。
協議の結果、上記提案のとおり1株当たり5万円の買取価格(以下「本件買取価格」という。)でAの株式の買取りを実施することが決定され(以下「本件決定」という。)、併せて、当時参加人との間で紛争が生じており買取りに応じないことが予想された株主については、株式交換の手続が必要となる旨の説明がされ、了承された。
(5) 参加人は、Aを完全子会社とするために実施を予定していた株式交換に備え、監査法人等2社に株式交換比率の算定を依頼した。提出された交換比率算定書の一つにおいては、Aの1株当たりの株式評価額が9709円とされ、他の一つにおいては、類似会社比較法による1株当たりの株主資本価値が6561円ないし1万9090円とされた。
(6) 参加人は、平成18年6月9日ころから同月29日までの間に、本件決定に基づき、参加人以外のAの株主のうち、買取りに応じなかった1社を除く株主から、株式3160株を1株当たり5万円、代金総額1億5800万円で買い取った(以下、これらの買取りを「本件取引」と総称する。)。
(7) その後、参加人とAとの間で株式交換契約が締結され、Aの株式1株について、参加人の株式0.192株の割合をもって割当交付するものとされた。
3 原審は、上告人らの善管注意義務違反の有無について次のとおり判断して、上告人らに対し参加人に連帯して1億2640万円及び遅延損害金の支払を命ずる限度で、被上告人の請求を認容した。
本件買取価格は、Aの株式1株当たりの払込金額が5万円であったことから、これと同額に設定されたものであり、それより低い額では買取りが円滑に進まないといえるか否かについて十分な調査、検討等がされていないこと、既にAの発行済株式の総数の3分の2以上の株式を保有していた参加人において、当時の状態を維持した場合と比較してAを完全子会社とすることが経営上どの程度有益な効果を生むかという観点から検討が十分にされていないこと、本件買取価格の設定当時のAの株式の1株当たりの価値は株式交換のために算定された評価額等から1万円であったと認めるのが相当であること等からすれば、本件買取価格の設定には合理的な根拠又は理由を見出すことはできず、上告人らは、取締役としての善管注意義務に違反して、その任務を怠ったものである。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
前記事実関係によれば、本件取引は、AをBに合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるという参加人のグループの事業再編計画の一環として、Aを参加人の完全子会社とする目的で行われたものであるところ、このような事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、参加人の財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。
以上の見地からすると、参加人がAの株式を任意の合意に基づいて買い取ることは、円滑に株式取得を進める方法として合理性があるというべきであるし、その買取価格についても、Aの設立から5年が経過しているにすぎないことからすれば、払込金額である5万円を基準とすることには、一般的にみて相応の合理性がないわけではなく、参加人以外のAの株主には参加人が事業の遂行上重要であると考えていた加盟店等が含まれており、買取りを円満に進めてそれらの加盟店等との友好関係を維持することが今後における参加人及びその傘下のグループ企業各社の事業遂行のために有益であったことや、非上場株式であるAの株式の評価額には相当の幅があり、事業再編の効果によるAの企業価値の増加も期待できたことからすれば、株式交換に備えて算定されたAの株式の評価額や実際の交換比率が前記のようなものであったとしても、買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い。そして、本件決定に至る過程においては、参加人及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって、その決定過程にも、何ら不合理な点は見当たらない。
以上によれば、本件決定についての上告人らの判断は、参加人の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから、上告人らが、参加人の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。
5 以上と異なる見解の下に、本件決定についての上告人らの判断に参加人の取締役としての善管注意義務違反があるとして被上告人の請求を一部認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、同部分に関する被上告人の請求は理由がないから、同部分について被上告人の請求を棄却した第1審判決は正当であり、同部分についての被上告人の控訴は棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白木勇 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝)
++解説
[解 説]
1 本件は,上告補助参加人であるA社が,その子会社であるB社の株主らから同社株式を買い取ったことに関し,A社の株主であるXが,A社の取締役であるYらに対し,Yらが,B社の株式を1株当たり5万円の価格でA社が買い取る旨の決定をしたことについて,取締役としての善管注意義務違反があり,会社法423条1項によりA社に対する損害賠償責任を負うと主張して,同法847条に基づき,連帯してA社に1億3004万0320円を支払うことを求める株主代表訴訟である。
2 前提となる事実等は次のとおりである。
(1)A社は,B社を含む傘下の子会社等をグループ企業として,不動産賃貸あっせんのフランチャイズ事業等を展開する会社である。B社は,主として,備品付きマンスリーマンション事業を行うことなどを目的として平成13年に設立された会社であり,設立時の株式の払込金額は5万円であった。B社の株式は,発行済み株式の総数の約66.7%をA社が保有していたが,A社がその事業の遂行上重要であると考えていた上記フランチャイズ事業の加盟店等もこれを引き受け,保有していた。
(2)A社は,A社を持株会社とする事業再編計画を策定し,平成18年5月ころ,同計画に沿って,関連会社の統合,再編を進めた。B社については,A社の完全子会社であるC社に合併して不動産賃貸管理業務等を含む事業を担わせることが計画された。
(3)A社には,社長の業務執行を補佐するための諮問機関として役付取締役全員によって構成され,A社及びその傘下のグループ各社の全般的な経営方針等を協議する経営会議が設置されている。平成18年5月11日に開催されたA社の経営会議において,Y1がA社の代表取締役として,Y2,Y3が取締役として出席し,その席上,B社をC社との合併前に完全子会社とすること,B社の株式の買取りは,可能な限り任意の買取りを実施すること,その場合の買取価格は払込金額である5万円が適当であることが提案され,助言を求められた弁護士も,B社の株主である重要な加盟店等との関係を良好に保つ必要性があるのであれば許容範囲である旨の意見を述べ,協議の結果,1株当たり5万円の買取価格でB社の株式の買取りを実施することが決定された(以下,この決定を「本件決定」という。)。
(4)その後,平成18年6月29日までの間に,本件決定に基づき,A社は,自己以外のB社の株主のうち,買取りに応じなかった1社を除く株主から,株式3160株を1株当たり5万円,総額1億5800万円で買い取った。
(5)なお,A社は,株式の買取りに応じない株主との間では株式交換の手続を採ることを予定していたため,それに備えて,監査法人等2社に株式交換比率の算定を依頼したところ,提出された算定書の一つにおいては,B社の株式評価額が1株9709円とされ,他の一つにおいては,類似会社比較法による1株当たりの株主資本価値が6561円ないし1万9090円とされた。その後,A社とB社との間で株式交換契約が締結され,B社の株式1株について,A社の株式0.192株の割合をもって割当交付するものとされた。
3 原審は,Yらは,A社の取締役としての善管注意義務に違反したとして,Yらに対しA社に連帯して1億2640万円及び遅延損害金の支払を命ずる限度でXの請求を認容した。原審は,買取価格が5万円より低い額では買取りが円滑に進まないといえるのか否かについて十分な調査,検討等がされていないこと,B社の発行済み株式の総数の3分の2以上の株式を保有していたA社において,B社を完全子会社化することが経営上どの程度有益な効果を生むかという観点から検討が十分にされていないこと,本件決定当時のB社の1株当たりの価値は1万円であったと認めるのが相当であることなどから,本件の買取価格の設定には合理的な根拠を見出すことはできず,Yらは,取締役としての善管注意義務に違反したものと判断した。
そこで,Yらが上告受理申立てをした。
4 本判決は,事業再編計画の一環として行われた株式取得の方法や価格の決定における取締役としての善管注意義務違反の有無の考え方を示した上で,判決要旨記載の事情などを考慮し,本件の買取価格の決定について,YらにA社の取締役としての善管注意義務に違反したということはできないと判断した。本件は,A社がその事業の遂行上重要であると考えていたフランチャイズ事業の加盟店等がB社の株主に含まれていた点に事案の特色があるということができ,B社の設立から5年が経過した状況で設立時の株式の払込金額を基準としたことも,加盟店等との友好関係を維持することの重要性を背景としてその合理性が考慮されたものと思われる。
5 本件は,事業再編計画の一環として行われる子会社の株式買取りのための価格設定における取締役の善管注意義務違反が問題となったものであり,経営判断についての善管注意義務に関する事案である。
経営判断に関する取締役の善管注意義務違反の有無について,下級審裁判例及び学説上,概ね,「判断の過程・内容が取締役として著しく不合理なものであったか否か」という判断基準が多く採用されている(主な下級審裁判例として,東京地判平5.9.16判タ827号39頁,東京地判平8.2.8資料商事144号111頁,東京地判平16.3.26判時1863号128頁,東京地決平16.6.23金判1213号61頁,東京地判平17.3.3判タ1256号179頁,東京地判平18.4.13判タ1226号192頁,大阪高判平19.3.15判タ1239号294頁等がある。)。そして,その場合の審査対象は,①経営判断の前提となる情報収集とその分析・検討における不合理さの有無,②事実認識に基づく意思決定の推論過程及び内容の著しい不合理さの有無であるといわれている(東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ〔第2版〕』242頁等)。
この考え方は,アメリカの判例法理及びそれを取り込んだ制定法における経営判断の原則を参考にしたものといわれることもあるが,アメリカの経営判断の原則は,取締役の意思決定過程に不合理がないことを審査し,判断内容の合理性には一切踏み込まないなどの点で,我が国における実務及び学説とは異なっていると指摘されている(江頭憲治郎『株式会社法〔第2版〕』427頁~430頁)。我が国で議論されている経営判断の原則は,経営判断に係る善管注意義務違反の判断における審査基準をより明確化・具体化するものとして位置付けられていると考えられる。
近時,経営判断の善管注意義務違反の判断方法に関し,専門性を有する経営における判断内容に踏み込むべきではないとの価値判断を根拠に,経営判断の過程は厳重に審査すべきであるが,内容については抑制的でなければならないとして,異なる審査基準を採用すべきであるとする考え方が示されている(神崎克郎「経営判断の原則」森本滋ほか編『企業の健全性確保と取締役の責任』217頁~219頁,落合誠一「新会社法講義(10)株式会社のガバナンス(5)」法教317号35頁,江頭憲治郎=門口正人編『会社法大系(3)機関・計算等』234頁,235頁等)。経営判断の過程とその内容では,その性質上,取締役に認められる裁量の幅の程度が異なるということはできるように思われるが,その合理性の判断において有意な差異が生ずるのか否かはなお検討の余地があるとの議論もされている(齋藤毅「関連会社の救済・整理と取締役の善管注意義務・忠実義務」佐々木茂美編『民事実務研究Ⅰ』257頁,258頁)。
また,経営判断の経過や内容に関する事情をどのように総合考慮すべきかについては,いまだ議論が熟しているとはいえない状況のように思われる。
このような状況を踏まえ,本判決は,経営判断における善管注意義務違反の有無について,その判断の過程や内容に分析して検討すべきであるとの考え方を採用しつつも,判断過程や内容の合理性の審査基準に差異を設けるべきかなどの点まで示すことはしていない。本判決の意義は,経営判断における善管注意義務違反を否定する事例判断を示した点にあるということができると思われる。
・銀行の取締役
+判例(H21.11.9)
理由
被告人Aの弁護人和田丈夫ほか及び被告人Bの弁護人祖母井里重子ほかの各上告趣意のうち、原審の訴訟手続に関して判例違反をいう点は、原審は無罪判決を破棄して有罪判決をするのに必要な事実の取調べをしていると認められるから、前提を欠き、その余の各上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人Cの弁護人高橋智の上告趣意のうち、原審の訴訟手続に関して判例違反をいう点は、上記と同様の理由により前提を欠き、その余は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、銀行が取引先に対し不適切な融資をする際に問題となる特別背任罪における取締役の任務違背について、職権により判断する。
1 原判決の認定及び記録によれば、本件事実関係は次のとおりである。
(1) 被告人Aは平成元年4月1日から平成6年6月28日までの間、被告人Bは同月29日から平成9年11月20日までの間、それぞれ株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)の代表取締役頭取であったもの、被告人Cは、札幌市等で理美容業、不動産賃貸業等を営むD株式会社(以下「D」という。)及び同社から借り受けた土地上に総合健康レジャー施設を建設してこれを経営する株式会社E(以下「E」という。)の各代表取締役で、かつ、Dからホテル施設を借り受けて都市型高級リゾートホテルを経営する株式会社F(以下「F」という。)の実質的経営者であったものである(以下、D、E及びFの3社を併せて、「Dグループ」ということがある。)。拓銀は、昭和58年ころから、Dに対する本格的融資を開始し、拓銀の新興企業育成路線の対象企業として積極的に支援したが、拓銀と他行等との協調融資107億円により建設した上記レジャー施設(昭和63年4月開業)は当初見込みと違ってその売上げが減少し、また、建設費等266億円余のうち、その大半を拓銀1行からの融資により建設した上記ホテル(平成5年4月開業)は採算性が見込まれないものであり、売上高は当初見込みの半分程度にとどまっていた。さらに、Dは、上記レジャー施設の東側に位置する一帯の土地であるG地区約24万坪の総合開発を図るため、平成5年5月までに拓銀の系列ノンバンクである株式会社たくぎんファイナンスサービスから144億円余の融資を受けて土地の取得を進めていたが、未買収部分が点在し、開発計画の内容が定まらず、採算性にも疑問がある等、深刻な問題を抱えていた。このような状況の下、Dグループの資産状態、経営状況は悪化し、遅くとも平成5年5月ころまでには、同グループは、拓銀が赤字補てん等のための追加融資を打ち切れば直ちに倒産する実質倒産状態に陥っていた。平成6年3月期には、債務超過額は128億8600万円となり、借入金残高が696億3800万円で、そのうち拓銀グループからの借入金は629億2800万円を占めており、拓銀グループの借入金に対する保全不足額は358億8300万円に達し、Dグループ全体の事業の償却前営業利益は41億7100万円余の、償却前経常利益は75億8200万円余の赤字であった。その後、償却前営業利益、償却前経常利益の赤字幅は減少したものの、債務超過額、借入金残高は年々増加し、保全不足の状態が解消することはなかった。
(2) 被告人A及び同Bは、それぞれの頭取在任中に、Dグループがこのような資産状態、経営状況にあることを熟知しながら、赤字補てん資金等の本件各融資を決定し、実質無担保でこれを実行した。すなわち、被告人Aは、平成5年7月の経営会議でDグループが実質倒産状態に陥っていることを知ったが、経営改善や債権回収のための抜本的な方策を講じることもないまま、平成6年4月8日から同年6月30日までの間、前後10回にわたり、D及びFに対し、合計8億4000万円を貸し付け、また、被告人Bは、その路線を継承し、平成6年7月8日から平成9年10月13日までの間、前後88回にわたり、D、E及びFに対し、合計77億3150万円を貸し付けた。Dグループについては、本件各融資当時、営業改善努力によって既存の貸付金を含めその返済が期待できるような経営状況ではなかった上、貸付金の返済のために残されていたほとんど唯一の方途であったG地区の開発事業(融資額は、平成6年3月期までに162億円余に達していた。)も、同地区が市街化調整区域内にあり、その大半が農地であり、しかも、一部は農業振興地域の整備に関する法律の農用地区域に指定されていて、開発そのものが法的に厳しく制限された地域であって、許認可取得が容易でなかったこと、開発事業は対象地を地権者から漏れなく取得し、又はその同意を得ておく必要があるところ、平成5年時で約20%の、平成10年時でも約15%の未買収部分が残っていたこと、開発計画の内容が変転し、その詳細が決まらなかったことなどからその実現可能性に乏しく、仮に実現したとしてもその採算性に大きな疑問があるものであった。被告人A及び同Bは、拓銀のDグループ担当部から説明を受け、そのような状況も十分に認識していた。
2 所論は、本件融資の際の被告人A及び同Bの行為につき、両被告人が既存の貸付金の回収額をより多くして拓銀の損失を極小化し、拓銀自体に対する信用不安の発生を防止し、さらに、融資打切りによる地域社会の混乱を回避する等の様々な事情を考慮して総合的に判断することを求められていたこと、同判断が極めて高度な政策的、予測的、専門的な経営判断事項に属し、広い裁量を認めるべきものであること等を挙げて、それが著しく不当な判断でない限り尊重されるべきであるとして、任務違背がなかった旨主張する。
(1) そこで検討すると、銀行の取締役が負うべき注意義務については、一般の株式会社取締役と同様に、受任者の善管注意義務(民法644条)及び忠実義務(平成17年法律第87号による改正前の商法254条の3、会社法355条)を基本としつつも、いわゆる経営判断の原則が適用される余地がある。しかし、銀行業が広く預金者から資金を集め、これを原資として企業等に融資することを本質とする免許事業であること、銀行の取締役は金融取引の専門家であり、その知識経験を活用して融資業務を行うことが期待されていること、万一銀行経営が破たんし、あるいは危機にひんした場合には預金者及び融資先を始めとして社会一般に広範かつ深刻な混乱を生じさせること等を考慮すれば、融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は一般の株式会社取締役の場合に比べ高い水準のものであると解され、所論がいう経営判断の原則が適用される余地はそれだけ限定的なものにとどまるといわざるを得ない。
したがって、銀行の取締役は、融資業務の実施に当たっては、元利金の回収不能という事態が生じないよう、債権保全のため、融資先の経営状況、資産状態等を調査し、その安全性を確認して貸付を決定し、原則として確実な担保を徴求する等、相当の措置をとるべき義務を有する。例外的に、実質倒産状態にある企業に対する支援策として無担保又は不十分な担保で追加融資をして再建又は整理を目指すこと等があり得るにしても、これが適法とされるためには客観性を持った再建・整理計画とこれを確実に実行する銀行本体の強い経営体質を必要とするなど、その融資判断が合理性のあるものでなければならず、手続的には銀行内部での明確な計画の策定とその正式な承認を欠かせない。
(2) これを本件についてみると、Dグループは、本件各融資に先立つ平成6年3月期において実質倒産状態にあり、グループ各社の経営状況が改善する見込みはなく、既存の貸付金の回収のほとんど唯一の方途と考えられていたG地区の開発事業もその実現可能性に乏しく、仮に実現したとしてもその採算性にも多大の疑問があったことから、既存の貸付金の返済は期待できないばかりか、追加融資は新たな損害を発生させる危険性のある状況にあった。被告人A及び同Bは、そのような状況を認識しつつ、抜本的な方策を講じないまま、実質無担保の本件各追加融資を決定、実行したのであって、上記のような客観性を持った再建・整理計画があったものでもなく、所論の損失極小化目的が明確な形で存在したともいえず、総体としてその融資判断は著しく合理性を欠いたものであり、銀行の取締役として融資に際し求められる債権保全に係る義務に違反したことは明らかである。そして、両被告人には、同義務違反の認識もあったと認められるから、特別背任罪における取締役としての任務違背があったというべきである。これと同旨の原判断は正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官田原睦夫の補足意見がある。
++解説
[解 説]
1 本件事案の詳細は決定に示されたとおりであるが,要するに,拓銀の代表取締役頭取が,実質倒産状態にあったAグループの各社に対し,赤字補てん資金等を実質無担保で追加融資したという事案である。なお,本件の原判決である札幌高判平18.8.31判タ1229号116頁も参照されたい。
2 刑事法上,判例,学説において,回収が困難と予想される無担保貸付や担保の不十分な貸付は一般に背任罪の任務違背となると解されている(団藤重光編『注釈刑法(6)』298頁〔内藤謙〕,大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法(13)〔第2版〕』190頁〔日比幹夫〕等参照)。本件は,実質倒産企業に対する追加融資の事案であり,回収困難が予想される実質無担保融資であるから,一般には任務違背に当たるといえる。もっとも,学説上は,「倒産に瀕している企業に対して危険を冒してさらに救済融資をなすことも,企業を再建して企業の倒産によって貸付金が完全に回収不能となるのを防ぎ,結局,当該金融機関の利益をはかるという観点からは,是認されることもあり得る。この意味においては,無担保貸付が,ただちに,債権保全の任務に反する行為だとは断定しかねるものがある。」などと説かれていた(藤木英雄『経済取引と犯罪』234頁,芝原邦爾『経済刑法研究(上)』171頁も同旨)。
3(1) ところで,特別背任罪における取締役の任務違背は,その点についての認識が必要という点を除くと,銀行の取締役の善管注意義務,忠実義務に違反することが当然の前提となるものと解される。
(2)銀行の取締役の責任に関する民事法上の議論についてみると,会社取締役の義務違反の判断に経営判断原則(経営判断に裁量を認め,判断過程,内容等が著しく不合理なものでなければ,義務違反の責任を負わないというもの)が取り入れられていることを前提とした上で,銀行の取締役の義務の程度は一般の企業経営者よりも高く,裁量の幅が狭いとされていることが指摘できる(岩原紳作「金融機関取締役の注意義務─会社法と金融監督法の交錯」落合誠一先生還暦記念『商事法への提言』216頁等)。
(3)最二小判平20.1.28裁時1452号46頁,判タ1262号69頁,判時1997号148頁,金法1838号55頁,金判1291号38頁は,拓銀が,積極的な融資の対象であったが大幅な債務超過となって破たんに直面したカブトデコムに対し,継続中の大規模リゾート開発事業が完成する予定の数か月後まで同社を延命させる目的で409億円の追加融資を実行したことについて,大幅な担保不足,リゾート事業は完成しても採算性が疑わしく,同事業からの回収が期待できたとはいえないなどの事情の下では,善管注意義務に違反するとしているが,上記融資の決定につき,「当時の状況下において,銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし,著しく不合理なものといわざるを得ず,……銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があったというべきである。」と判示し,銀行の取締役に一般的に期待される水準を基準として,銀行の取締役としての経営判断の合理性を問題にし,著しく不合理なものであったとしている。
4 本件において,所論は,本件融資の際の拓銀の各代表取締役の行為につき,両名が既存の貸付金の回収額をより多くして拓銀の損失を極小化し,拓銀自体に対する信用不安の発生を防止する等の様々な事情を考慮して判断することを求められており,同判断が極めて高度な政策的,予測的,専門的な経営判断事項に属し,それが著しく不当な判断でない限り尊重されるべきであるとして,任務違背がなかった旨主張した。いわば本件に経営判断原則の適用を求めたといえる。
本決定は,これに対し,まず,「融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は一般の株式会社取締役の場合に比べ高い水準のものであると解され,所論がいう経営判断の原則が適用される余地はそれだけ限定的なものにとどまる」「銀行の取締役は,融資業務の実施に当たっては,元利金の回収不能という事態が生じないよう,債権保全のため,融資先の経営状況,資産状態等を調査し,その安全性を確認して貸付を決定し,原則として確実な担保を徴求する等,相当の措置をとるべき義務を有する。」とした上で,「例外的に,実質倒産状態にある企業に対する支援策として無担保又は不十分な担保で追加融資をして再建又は整理を目指すこと等があり得るにしても,これが適法とされるためには客観性を持った再建・整理計画とこれを確実に実行する銀行本体の強い経営体質を必要とするなど,その融資判断が合理性のあるものでなければならず,手続的には銀行内部での明確な計画の策定とその正式な承認を欠かせない。」との一般論を述べている。その上で,要旨として,「銀行の代表取締役頭取が,実質倒産状態にある融資先企業グループの各社に対し,客観性を持った再建・整理計画もなく,既存の貸付金の回収額をより多くして銀行の損失を極小化する目的も明確な形で存在したとはいえない状況で,赤字補てん資金等を実質無担保で追加融資したことは,その判断において著しく合理性を欠き,銀行の取締役として融資に際し求められる債権保全に係る義務に違反し,特別背任罪における取締役としての任務違背に当たる。」との判断を示している。
5 銀行取締役が実質倒産企業に対して赤字補てん資金等を実質無担保で追加融資をする場合,客観性を持った再建・整理計画等が不可欠であり,客観性のある計画もないまま,そのような融資をすることが銀行取締役の義務違反,任務違反になることを明示した点において,銀行実務も含め,広い意味において,実務上参照価値は高いものと思われる。また,田原裁判官の詳細な補足意見が付されており,併せて参照されるべきものであろう。
・債権整理機構の場合
+判例(H20.1.28)
理由
上告代理人菊池史憲ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は、預金保険法附則7条1項所定の整理回収業務を行う上告人が、経営破たんしたA銀行(以下「A銀行」という。)の取締役であった被上告人らに対し、A銀行の株式会社B不動産(以下「B不動産」という。)に対する融資の際に被上告人らに忠実義務、善管注意義務違反があったと主張して、商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)266条1項5号に基づく損害賠償の一部請求として10億円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
2 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 当事者等
被上告人Y1は、平成元年4月から同6年6月までA銀行の代表取締役頭取の地位にあった。被上告人Y2は、平成元年4月から同5年6月までA銀行の代表取締役副頭取の地位にあった。被上告人Y3は、昭和63年4月にA銀行の代表取締役副頭取に就任し、後記の追加融資が決定された平成2年2月当時は東京に駐在して本州地区の統括業務を担当していたが、同年6月に取締役を退任した。被上告人Y4は、昭和62年12月にA銀行の常務取締役に就任し、平成2年2月当時は東京業務本部長を務めていたが、同年6月に取締役を退任した。
A銀行は、平成9年11月に経営が破たんし、同10年11月11日、株式会社整理回収銀行に対し、A銀行の役職員に対する損害賠償請求権等を含む資産を売り渡した。A銀行は、同年12月、内容証明郵便をもって、同債権譲渡の事実を被上告人らに通知した。
上告人は、その前身である株式会社住宅金融債権管理機構が、平成11年4月1日に株式会社整理回収銀行を吸収合併し、その商号を株式会社整理回収機構(現商号)に改めた会社である。
(2) 過振りの発生
ア A銀行千葉支店は、昭和63年7月ころ、Cとの間で取引を開始し、その後、Cの紹介で、B不動産とも取引を開始した。
イ Cは、平成2年1月10日(以下、月日のみを記載するときは、いずれも平成2年である。)以降、ほぼ連日、B不動産振出しの小切手をA銀行千葉支店に持ち込んだ。千葉支店の副支店長は、その都度、Cの要請に応じ、支払可能残高を超えて振り出された他行を支払銀行とする当該小切手について、これを交換に回す前に即日入金の上払い戻す処理を行った(以下、上記のような処理を「当日他券過振り」といい、B不動産振出しの小切手につき千葉支店の副支店長が行った一連の当日他券過振りを併せて「本件過振り」という。)。この払戻金の大半はB不動産の上記支払銀行の預金口座に送金され、Cがその前日に持ち込んだ同社振出しの小切手の決済資金に充てられた。このようにして過振り金額は次第に増加していき、2月21日の時点では48億4000万円に達していた。この過振り金は、実質的にはB不動産に対する与信であるが、その保全のための措置は何ら採られていなかった。当時、C及びB不動産は、D社の株式の大量売買(いわゆる仕手戦)を行っており、過振り金はこの株式売買資金等に用いられた。
被上告人Y4及び同Y3は、東京業務本部を通じて千葉支店の支店長であるE支店長(以下「E支店長」という。)から報告を受け、同日までに本件過振りについて認識した。千葉支店は、その後も同月26日までの間、B不動産振出しの小切手が資金不足により不渡りとなるのを避けるため、連日、同額の当日他券過振りを行った。
(3) 被上告人らの対応等
ア 被上告人Y4は、2月22日、B不動産の代表者であるFと面談した。Fは、過振りにつき陳謝し、A銀行に担保を提供すると述べた。被上告人Y4は、同日、不動産鑑定士であるG鑑定士(以下「G鑑定士」という。)に対し、B不動産の所有する12件の不動産(以下「本件不動産」という。)を至急鑑定するよう電話で依頼した。その際、被上告人Y4は、机上鑑定でよいから2日程度で返答してほしいこと、時間がないので地上げ途上の物件を含めすべて更地評価でよいことなどを伝えた。
イ 同月23日朝、被上告人らは、電話会議の方法で、今後の対応につき協議を行った。その際、B不動産から担保の提供を受けて過振り金相当額を同社に融資することについて異論は出なかった。
ウ 同月24日、G鑑定士から被上告人Y4に対し、電話で、本件不動産の評価額合計は約155億円であるとの鑑定結果の報告があった。
同日午後3時30分ころ、Fが千葉支店を訪れ、E支店長らに対し、資金繰りが苦しいので同月中にB不動産に20億円の追加融資をしてほしい、A銀行で融資ができないなら他社に依頼するのでA銀行には担保提供できないなどと述べて追加融資を強く要請した。
エ 同月26日午前9時ころ、被上告人らが全員参加して臨時の会議(以下「本件会議」という。)が開催された。被上告人Y4は、本件過振りの経緯を説明した上、東京業務本部の案として、B不動産から本件不動産の担保提供を受けて、本件過振り相当額の48億4000万円を同社に対して手形貸付けの方法で融資し、併せて20億円の追加融資を行うことを説明した。その際、本件不動産の担保価値について、G鑑定士による評価額が約155億円であり、B不動産自身による評価額が200億円であること、先順位担保権100億円を控除しても55億円から100億円は残ることなどが説明されたが、担保評価に関する資料の作成は間に合わず、同席上では口頭の説明のみにとどまった。また、20億円の具体的な使途や返済の見通し等について詳細な説明や資料の提供はなかった。
会議の席上では、20億円の追加融資に応じなければA銀行が担保を取得できず、48億4000万円の保全ができなくなる、B不動産は3月にも不渡りを出す可能性があるなどの意見が出された。協議の結果、B不動産から本件不動産の担保提供を受けることを条件に、同社振出しの小切手が資金不足により不渡りになることを避けるため、A銀行がB不動産に48億4000万円の手形貸付けを行うこと、併せて同社に上限20億円の追加融資を行うことが決定された。この決定に対し、被上告人らの中で異論を述べた者はいなかった。
オ 同月26日、A銀行からB不動産に対して48億4000万円の手形貸付け(以下「本件手形貸付け」という。)が行われた。これにより同社振出しの小切手は決済されて不渡りを免れ、同日以降、A銀行において同社振出しの小切手による他券過振りが行われることはなくなった。
また、A銀行は、B不動産の要請に応じ、本件会議の当日に5億円、翌27日に3億円、翌28日に3億円、3月1日に3億6000万円、翌2日に2億5000万円、同月8日に1億4000万円、同月12日に1億5000万円の合計20億円の追加融資(以下「本件追加融資」という。)を実行した。B不動産は、それ以降もA銀行に融資を要請したが、A銀行はこれに応じなかった。
(4) その後の経過等
ア 本件会議の後、東京第二支店部の次長兼審査役であったHは、本件不動産につき、時価にA銀行の評価基準による一定の掛け目を乗じた担保価格から先順位の被担保債権額を控除した価格(以下「実効担保価格」という。)を、当初は24億5000万円、次いで38億円とする担保明細表を起案したが、時価ベースで計算するようにとの被上告人Y4の指示を受け、最終的に、時価から先順位の被担保債権額を控除した担保余力を51億8700万円~78億4900万円とする担保明細表を作成して被上告人らの決裁を得た。
イ その後に実施されたA銀行内部の担保評価では、平成2年3月当時の本件不動産の実効担保価格は約25億円とされ、同年5月の時点における実効担保価格は約28億円とされたが、一部弁済を受けて本件不動産の一部につき担保を解除した後の7月には、本件不動産の実効担保価格(上記一部弁済による回収分相当額を担保を解除した不動産の実効担保価格とみて、これを残存する担保不動産の実効担保価格に加えた額)は約18億円~22億円とされた。
ウ 本件手形貸付けに係る48億4000万円はいまだ返済されていない。本件追加融資に係る20億円については、担保の実行等により一部回収されたが、貸付残高12億6816万4671円について回収が困難となっている。
3 第1審は、本件追加融資を決定した被上告人らの判断に取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があると判断して、遅延損害金請求の一部を棄却したほか、上告人の請求を認容した。これに対し、原審は、本件追加融資につき次のとおり判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
G鑑定士による本件不動産の評価内容は正確性に欠けるが、短期間のうちに全国に散在する12件の不動産の担保価値を把握する必要に迫られていたことに照らすと、そのすべてについて実地調査その他の精密な検討を加えなかったからといって、評価方法がずさんであったということはできず、その評価内容が不当に高額なものであったとは認められない。したがって、被上告人らが、G鑑定士による調査結果を基礎として本件不動産に20億円を上回る担保余力があると判断したことが取締役としての忠実義務又は善管注意義務に違反するとはいえない。また、本件不動産について、平成2年6月に実施されたA銀行の内部調査でも約35億円の担保価値が認められていたことに照らすと、同年2月当時において、被上告人らが本件追加融資額である20億円を上回る担保余力を見込んだことをもって判断を誤ったということはできない。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係によれば、A銀行は、本件過振りの結果、B不動産に対して48億4000万円の無担保債権を有することとなり、その保全を図る目的でB不動産から本件不動産の担保提供を受けようとしたところ、担保を提供する条件としてB不動産に対する総額20億円の本件追加融資を求められたものであるが、B不動産は、本件過振りによって得た48億4000万円を株の仕手戦等に費消していて、過振りが継続されるか別途融資を受ける以外にはこれを返済する見通しがなかった上、資金繰りが悪化して近日中に不渡りを出すことが危ぶまれる状況にあったというのである。本件追加融資は、このように健全な貸付先とは到底認められない債務者に対する融資として新たな貸出リスクを生じさせるものであるから、本件過振りの事後処理に当たって債権の回収及び保全を第一義に考えるべき被上告人らにとって、原則として受け容れてはならない提案であったというべきである。それにもかかわらず、本件追加融資に応じるとの判断に合理性があるとすれば、それは、本件追加融資の担保として提供される本件不動産について、仮に本件追加融資後にその価格が下落したとしても、その下落が通常予測できないようなものでない限り、本件不動産を換価すればいつでも本件追加融資を確実に回収できるような担保余力(以下、このような担保余力を「確実な担保余力」という。)が見込まれる場合に限られるというべきである。したがって、A銀行の取締役であった被上告人らとしては、本件不動産について、総額20億円の本件追加融資の担保として確実な担保余力が見込まれるか否かを、客観的な判断資料に基づき慎重に検討する必要があったというべきである。
ところが、本件会議の席上で示された本件不動産の担保評価に関する判断資料としては、G鑑定士による評価額が約155億円であり、B不動産自身による評価額が200億円であるとの口頭の報告があったにすぎない。しかも、G鑑定士による評価額は、地上げ途上の物件も含めてすべてを更地として評価した場合の本件不動産の時価であって、およそ実態とかけ離れたものであり、また、B不動産自身による評価額についてもその根拠ないし裏付けとなる事実が示された形跡はうかがわれない。それにもかかわらず、被上告人らは、他に客観的な資料等を一切検討することなく、安易に本件不動産が本件追加融資の担保として確実な担保余力を有すると判断したものである。そして、前記認定事実によれば、本件追加融資の決定からわずか5か月後には、本件不動産の実効担保価格は約18億円~22億円程度にすぎなかったというのであり、この間、本件不動産について本件追加融資決定時には通常予測できないような価格の下落があったこともうかがわれないので、本件追加融資決定時において、本件不動産は、本件追加融資の担保として確実な担保余力を有することが見込まれる状態にはなかったというべきである。なお、原審は、平成2年6月に実施されたA銀行の内部調査でも本件不動産に約35億円の担保価値が認められていたというが、上記2(4)の経緯に照らせば、これが客観的な実効担保価格を示すものでないことは明らかである。
そうすると、B不動産に対し本件不動産を担保とすることを条件に本件追加融資を行うことを決定した被上告人らの判断は、本件過振りが判明してから短期間のうちにその対処方針及び本件追加融資に応じるか否かを決定しなければならないという時間的制約があったことを考慮しても、著しく不合理なものといわざるを得ず、被上告人らには取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。したがって、被上告人らは、商法266条1項5号に基づき、本件追加融資によってA銀行に生じた損害を連帯して賠償すべき責任を負うところ、前記事実関係によれば、本件追加融資により、回収困難となっている貸付残高相当額12億6816万4671円の損害がA銀行に生じたことが明らかである。
5 以上と異なる見解の下に、本件追加融資につき被上告人らの忠実義務、善管注意義務違反を否定して上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中被上告人らの控訴に基づいて第1審判決を変更した部分(主文第2項)は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、第1審判決中上告人の請求を認容した部分は正当であり、上記部分についての被上告人らの控訴はいずれも棄却すべきである。
なお、その余の上告については、上告受理申立書及び上告受理申立て理由書に遅延損害金の起算日に関する記載がなく、理由がないから棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)
++解説
《解 説》
1 本件は,北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)から債権譲渡を受けたX(株式会社整理回収機構)が,拓銀の元取締役であるYらに対し,融資に際し忠実義務,善管注意義務違反があったなどと主張して,平成17年法律第87号による改正前の商法266条1項5号に基づく損害賠償を請求した事案である。関連事件として,最二小判平20.1.28(平17(受)1440号)本号69頁〔カブトデコム関係〕及び最二小判平20.1.28(平18(受)1074号)本号56頁〔ミヤシタ関係〕がある。
1審は,融資に際しYらに忠実義務,善管注意義務違反があったと判断して,Xの請求を認容(ただし,遅延損害金請求については一部認容,一部棄却)した。これに対し,Yらが控訴し,Xも遅延損害金請求を一部棄却した部分に対して附帯控訴した。原審は,Yらの忠実義務,善管注意義務違反を否定して,原判決中Yらの敗訴部分を取り消した上,Xの請求を棄却するとともに,Xの附帯控訴を棄却した。これに対し,Xが上告受理申立てをしたのが本件である。
2 本件の事実経緯の概要は以下のとおりである。
(1) 拓銀千葉支店の副支店長は,平成2年1月10日以降(以下,特に断らない限り日付については平成2年である。),かねて取引関係のあったCの要請に応じ,ほぼ連日,(株)栄木不動産振出しの小切手について,当日他券過振りの処理(支払可能残高を超えて振り出された他行を支払銀行とする小切手について,これを交換に回す前に即日Cの口座に入金してこれを払い戻す処理)を行った(以下,一連の当日他券過振りを併せて「本件過振り」という。)。払戻金の大半は栄木不動産の預金口座に送金され,Cがその前日持ち込んだ小切手の決済資金に充てられたほか,C及び栄木不動産による仕手戦の株式購入資金等に用いられた。過振り金額は2月21日の時点では48億4000万円に達していた。
(2) Yらは,2月21日までに本件過振り事故の発生について認識した。栄木不動産の代表者Bは,同社が拓銀に対して48億4000万円の債務を負うことを前提に,同社の所有する12件の不動産(以下「本件不動産」という。)を担保提供すると申し出たものの,同月24日になって,同月中に栄木不動産に20億円の追加融資をするよう求め,それがなければ拓銀に担保提供することはできないなどと述べて追加融資を強く要請した。
同月26日に開催された会議において,不動産鑑定士Dによる本件不動産の評価額が約155億円であり,栄木不動産自身による評価額が200億円であることなどが口頭で説明された。Yらは,栄木不動産から本件不動産の担保提供を受けることを条件に,拓銀が栄木不動産に20億円の追加融資を行うことなどを決定した。
3 原審は,D鑑定士による本件不動産の評価内容は正確性に欠けるが,時間的制約があったことなどに照らすと,評価方法が杜撰であったということはできず,Yらが,D鑑定士による調査結果を基礎として本件不動産に20億円を上回る担保余力があると判断したことが取締役としての忠実義務,善管注意義務に違反するとはいえないなどと判示して,Yらの責任を否定した。
4 これに対し,本判決は,栄木不動産は近日中に不渡りを出すことが危ぶまれる状況にあるなど不健全な貸付先であったから,本件不動産について「確実な担保余力」(仮に追加融資後にその価格が下落したとしても,その下落が通常予測できないようなものでない限り,本件不動産を換価すればいつでも本件追加融資を確実に回収できるような担保余力)が認められる場合でない限り追加融資に応じるべきではないとの判断を前提に,Yらは,本件不動産の担保評価に際し,D鑑定士によるおよそ実態とかけ離れた評価額等のみを根拠とし,他に客観的な資料等を一切検討しなかったこと,本件追加融資決定時において,本件不動産は,本件追加融資の担保として確実な担保余力を有することが見込まれる状態にはなかったことなどから,本件追加融資を決定したYらには銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があると判断して,原判決を一部(Yらの控訴に基づき1審判決中Yら敗訴部分を取り消してXの請求を棄却した部分)破棄し,Yらの控訴を棄却した。なお,その余の上告(原判決中Xの附帯控訴を棄却した部分に対する上告)については理由がないとして棄却された。
5(1) 融資に関し取締役の忠実義務,善管注意義務が問題となった事案としては,甲社がグループ企業の関係にある乙社を支援するために無担保貸付け等を行った場合において,甲社の取締役に忠実義務,善管注意義務違反があるとした原審の判断を是認した最一小判平12.9.28金判1105号16頁があるが,銀行の取締役の忠実義務,善管注意義務違反の有無について判断した最高裁判例はない。
銀行の取締役の忠実義務,善管注意義務については,金融機関の公共性等の観点から,一般の企業の経営者よりも要求される注意義務の水準が高く,経営判断の裁量の幅が狭いとする裁判例もあるが(札幌地判平16.3.26判タ1158号196頁),他方で,金融機関とそれ以外の企業の取締役を特に区別することなく,通常の企業人としての注意義務を基準に決定すべきものとした裁判例もある(名古屋地判平9.1.20判タ946号108頁,判時1600号144頁〔中京銀行事件〕等)。金融機関に限らず,取締役に要求される注意義務の内容,程度は,当該業種や事業目的,企業規模等によって異なり得るものであるから,抽象的な「通常の企業人」を基準とするのではなく当該会社の属する業界・規模における通常の経営者を基準とするのが相当であると思われる(神崎克郎「銀行の取締役が融資の決定をする際の善管注意義務」金法1492号76頁,小林俊明「銀行取締役の注意義務と経営判断の原則」ジュリ1314号150頁)。銀行が公共性を有することのみから直ちに銀行の取締役が通常の企業よりも一般的に高度の注意義務を負うということはできないとしても,銀行については,事業経営の安定性,健全性が強く求められるという業界の特殊性があるから,投機的ないわゆるハイリスクハイリターンの取引を行うには慎重さが求められると考えられる。また,銀行の取締役には融資の専門家としての知識経験を有することが期待されるから,融資の審査,実行という場面では,通常の企業経営者より厳しく注意義務違反の有無が問われる傾向が強くなることは否定できないであろう(岩原紳作「金融機関取締役の注意義務―会社法と金融監督法の交錯」落合誠一先生還暦記念『商事法への提言』212頁等)。
本判決は,銀行の取締役の注意義務について一般的な判示をしたものではないが,Yらの判断が拓銀の取締役として著しく合理性を欠くものであったか否かを検討しており,拓銀と同程度の規模の銀行の取締役の有すべき知見及び経験等を基準としているものと解される。
(2) 本件では,本件過振り事故により拓銀は栄木不動産に対して48億4000万円の無担保債権を有することとなっており,緊急にその保全を計る必要があったという事情がある。他方で,追加融資先である栄木不動産は近日中に手形の不渡りを出すことが危ぶまれるなど,同社の事業収益等から融資金を回収することは期待できない状況にあったから,仮に追加融資を実行した場合,その回収は担保の実行によるほかはなかったものである。本判決は,このような事情を前提に,追加融資に応じることは,拓銀にとってかえって損失を拡大させるおそれがあったから,本件不動産に「確実な担保余力」がない限りはこれに応じるべきではないとの判断をしたものである。ところが,本件不動産の担保価値の判断資料としては,およそ実態とかけ離れたD鑑定士による評価額等があったのみで,Yらは,他に客観的な資料等を一切検討することがなかったというのであるから,杜撰であったと評価されてもやむを得ないと思われる。もっとも,追加融資決定時において,本件不動産が客観的に「確実な担保余力」を有していたとすれば,本件不動産の担保提供を受けて追加融資に応じるとの判断自体は,その時点において合理性のある判断であったということができる。しかし,本判決は,原審の認定した事実等に照らし,本件不動産は客観的にも「確実な担保余力」を有していたということはできないとした。その上で,本判決は,これらの事情に照らし,追加融資に応じることを決定したYらの判断は,拓銀の取締役としての忠実義務,善管注意義務に違反すると判断したものである。
6 本判決は,事例判断ではあるが,融資の際の銀行の取締役の忠実義務,善管注意義務違反の有無について最高裁として判断を示したものであり,実務上参考になると思われる。
(3)経営判断原則が用いられる場合の当事者の主張・立証責任
(4)Y1・Y2に注意義務違反があったといえるか
3.帰責事由
4.会社の損害
5.経営判断原則が用いられない場合
Ⅲ 法令違反行為と取締役の責任(1)過失による法令違反行為
1.法令違反行為と任務懈怠
(1)Y1・Y2の任務懈怠
(2)法令違反行為の場合の任務懈怠の捉え方
+判例(H12.7.7)
理由
第一 本件の概要
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 A證券株式会社(以下「A證券」という。)は、有価証券の売買、その媒介、取次ぎ及び代理、有価証券の引受け及び売出し等を目的とする我が国最大手の証券会社であり、被上告人らは、平成二年三月当時A證券の代表取締役の地位にあった者であり、上告人らは、A證券の株主である。
2 B株式会社(以下「B」という。)は、A證券の大口顧客であり、A證券は、昭和四八年三月からBと有価証券の売買等による資金運用の取引を継続し、また、Bの証券発行に際しては主幹事証券会社の地位にあって、多額の手数料収入を得ていた。
主幹事証券会社になると多額の引受手数料等の収入を得ることができるため、主幹事となることにつき証券会社相互間で競争があり、また、いったん主幹事から外れるとこれを取り返すことには困難が伴うため、各証券会社は、証券発行を行う事業法人との取引関係の維持、拡大に努めている。
3(一)委託者が受託者である信託銀行と締結した特定金銭信託契約に基づき、信託銀行が、証券会社にそのための口座を開設して、委託者の指図に従い有価証券の売買等を行う取引(以下「特金勘定取引」という。)のうち、委託者が投資顧問業者と投資顧問契約を締結することなく、専ら証券会社が委託者に代わって信託銀行に指図することにより運用されていたものがあり、「営業特金」と呼ばれていた。
(二)Bは、平成元年四月、C信託銀行株式会社(以下「C信託銀行」という。)との間で、Bを委託者、C信託銀行を受託者とし、期間を平成二年三月までとする特定金銭信託契約を締結して一〇億円を信託し、これに基づきC信託銀行がA證券に取引口座を開設して、有価証券の売買によるBのための資金運用が開始された。Bは右取引につき投資顧問業者との間で投資顧問契約を締結しておらず、営業特金による取引であった。
(三)Bのための特金勘定取引口座には、平成元年末ころに約二億七〇〇〇万円の損失が生じており、平成二年一月ころからの株式市況の急激な悪化によって、更に損失が拡大し、期間満了を待たずに取引を終了させた同年二月末ころには、損失額は約三億六〇〇〇万円となっていた。
4(一)D証券株式会社が大口顧客に対して約一〇〇億円に上る損失補てんをしていたなどと報道される中で、大蔵省は、平成元年一二月二六日、日本証券業協会会長あてに、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する証券局長通達(以下「本件通達」という。)を発し、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより、事後的な損失の補てんや特別の利益提供も厳にこれを慎むこと、特金勘定取引について、原則として、顧客と投資顧問業者との間に投資顧問契約が締結されたものとすること等について、所属証券会社に周知徹底させるべきものとした。その趣旨を徹底するために、同日付けの大蔵省証券局業務課長による各財務(支)局理財部長あての事務連絡が発せられ、証券会社に対し、既存の特金勘定取引について本件通達に沿う所要の措置を講ずべき期限は平成二年末までとし、各年三月末及び九月末に特金勘定取引の口座数、そのうち投資顧問契約のないものの口座数等を報告させるなどの指導をすべきものとされた。
(二)日本証券業協会は、平成元年一二月二六日、本件通達を受けて、同協会の内部規則である公正慣習規則第九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(以下「本件規則」という。)を改正し、「協会員は、損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘を行なわないことはもとより、事後的な損失の補填や特別の利益提供も厳にこれを慎む」ものとする旨の規定(同規則八条)を新設した。
(三)A證券を始めとする証券会社は、本件通達等の主眼が早急に営業特金の解消を求める点にあると理解し、株式市況が急激に悪化する中で顧客との関係を良好に維持しつつ営業特金の解消を進めていくためには、損失補てんを行うこともやむを得ないという考え方が大勢を占めるようになった。
5(一)A證券の担当者は、本件通達の直後から、Bの財務部長らと営業特金の解消について交渉したが解決に至らず、損失補てんをしなければ今後の取引関係に重大な影響が生ずると考えて、管理部門の最高責任者であった被上告人Eに対し、損失補てんの必要がある旨の報告をした。被上告人Eは、Bの営業特金については、有価証券市場が好況であった当時から損失が生じており、将来のBの証券発行に際しての主幹事証券会社の地位を失うおそれがあることも考慮して、損失補てんを実施する必要があると判断した。平成二年三月一三日、被上告人らが出席したA證券の専務会において、被上告人Eから、Bほかの顧客に生じた損失について総額約一六一億円の補てんをすることが提案され、了承された。なお、被上告人らは、右損失補てんの実施を決定するに当たり、その違法性の有無につき法律家等の専門家の意見を徴することをしなかった。
(二)A證券のBに対する損失補てん(以下「本件損失補てん」という。)の具体的な方法は、市場や一般投資者に影響が及ばないように外貨建てワラントの相対取引によることとされ、平成二年三月一四日、ルクセンブルク証券取引所に上場の大成建設ワラントをA證券がBに売却し、即日買い戻すという方法により実施された。この結果、Bは三億六〇一九万一一二七円の利益を得て、営業特金による損失が補てんされ、営業特金も解消された。
6 本件損失補てん後、A證券とBとの取引関係は維持され、Bが平成四年七月に三〇〇億円、平成五年三月に二〇〇億円の社債を発行した際、A證券は、その主幹事証券会社として一億二〇〇〇万円余の手数料を得るなど、既に相当額の収入を得ており、かつ今後も得られる見込みである。
二 本件は、A證券の株主である上告人らにおいて、本件損失補てんにつき、当時A證券の代表取締役であった被上告人らが取締役としての義務に違反して会社に損害を被らせたものであると主張して、被上告人らに対し、商法二六六条一項五号の規定(以下「本規定」という。)に基づく取締役の責任を追及する株主代表訴訟である。
原審は、(一)本件損失補てんは、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)五〇条一項三号、四号、五八条一号に違反しない、(二)本件損失補てんは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)二条九項三号に基づき公正取引委員会が指定した不公正な取引方法(昭和五七年同委員会告示第一五号。以下「一般指定」という。)の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、同法一九条に違反する、(三)しかし、同条は競争者の利益を保護することを意図した規定であって、同条違反の行為により損害を被るのは当該会社ではないから、同条違反が本規定にいう法令違反に含まれると解するのは相当でないなどとして、上告人らの本訴請求を棄却すべきものと判断した。
本件上告は、原審の右(一)及び(三)の判断が違法であるとして、原判決の破棄を求めるものである。
第二 上告人兼上告人Fの代理人亀田信男、上告代理人吉武伸剛、同飯田秀人の上告理由中、旧証券取引法違反に関する点について
前記事実関係の下において、本件損失補てんが、旧証券取引法五〇条一項三号、四号、五八条一号に違反するものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
第三 その余の上告理由について
一 株式会社の取締役は、取締役会の構成員として会社の業務執行を決定し、あるいは代表取締役として業務の執行に当たるなどの職務を有するものであって、商法二六六条は、その職責の重要性にかんがみ、取締役が会社に対して負うべき責任の明確化と厳格化を図るものである。本規定は、右の趣旨に基づき、法令に違反する行為をした取締役はそれによって会社の被った損害を賠償する責めに任じる旨を定めるものであるところ、【要旨1】取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定(以下、併せて「一般規定」という。)及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が、本規定にいう「法令」に含まれることは明らかであるが、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である。けだし、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからである。したがって、【要旨2】取締役が右義務に違反し、会社をして右の規定に違反させることとなる行為をしたときには、取締役の右行為が一般規定の定める義務に違反することになるか否かを問うまでもなく、本規定にいう法令に違反する行為をしたときに該当することになるものと解すべきである。
二 これを本件について見ると、証券会社が、一部の顧客に対し、有価証券の売買等の取引により生じた損失を補てんする行為は、証券業界における正常な商慣習に照らして不当な利益の供与というべきであるから、A證券がBとの取引関係の維持拡大を目的として同社に対し本件損失補てんを実施したことは、一般指定の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、独占禁止法一九条に違反するものと解すべきである。そして、独占禁止法一九条の規定は、同法一条所定の目的達成のため、事業者に対して不公正な取引方法を用いることを禁止するものであって、事業者たる会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定にほかならないから、本規定にいう法令に含まれることが明らかである。したがって、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施した行為は、本規定にいう法令に違反する行為に当たると解すべきものである。
しかるに、原審は、独占禁止法一九条に違反する行為が当然に本規定にいう法令に違反する行為に当たると解するのは相当でないと判断しているのであって、この点において、原審は法令の解釈を誤ったものといわなければならない。
三 しかしながら、株式会社の取締役が、法令又は定款に違反する行為をしたとして、本規定に該当することを理由に損害賠償責任を負うには、右違反行為につき取締役に故意又は過失があることを要するものと解される(最高裁昭和四八年(オ)第五〇六号同五一年三月二三日第三小法廷判決・裁判集民事一一七号二三一頁参照)。
原審の適法に確定したところによれば、(一)被上告人らは、本件損失補てんが旧証券取引法あるいは本件通達に違反するものでないかどうかについては重大な関心を有していたが、それが一般の投資家に対して取引を勧誘するような性質のものではなかったことから、独占禁止法一九条に違反するか否かの問題については思い至らなかった、(二)被上告人らのみならず、関係当局においても、証券取引については所管の大蔵省によって証券取引法及びその関連法令を通じて規制が行われるべきであるとの基本的理解から、証券取引に伴う損失補てんが独占禁止法に違反するかどうかという問題は、本件損失補てんが行われた後一年半余にわたって取り上げられることがなかった、(三)公正取引委員会は、第一二一回衆議院証券及び金融問題に関する特別委員会が開催された平成三年八月三一日の時点においても、なお損失補てんが独占禁止法に違反するとの見解を採っておらず、公正取引委員会が、本件損失補てんを含む証券会社の一連の損失補てんが不公正な取引方法に該当し独占禁止法一九条に違反するとして、同法四八条二項に基づく勧告を行ったのは、同年一一月二〇日であった、というのである。
右事実関係の下においては、被上告人らが、本件損失補てんを決定し、実施した平成二年三月の時点において、その行為が独占禁止法に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を欠いたことにつき過失があったとすることもできないから、本件損失補てんが独占禁止法一九条に違反する行為であることをもって、被上告人らにつき本規定に基づく損害賠償責任を肯認することはできない。
四 以上のとおりであるから、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施したことにつき、本規定に基づく損害賠償責任を否定すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響しない事項についての違法をいうものに帰し、採用することができない。
第四 G及び株式会社H設計事務所の上告審における地位について
商法二六七条に規定する株主代表訴訟は、株主が会社に代位して、取締役の会社に対する責任を追及する訴えを提起するものであって、その判決の効力は会社に対しても及び(民訴法一一五条一項二号)、その結果他の株主もその効力を争うことができなくなるという関係にあり、複数の株主の追行する株主代表訴訟は、いわゆる類似必要的共同訴訟と解するのが相当である。
類似必要的共同訴訟において共同訴訟人の一部の者が上訴すれば、それによって原判決の確定が妨げられ、当該訴訟は全体として上訴審に移審し、上訴審の判決の効力は上訴をしなかった共同訴訟人にも及ぶと解される。しかしながら、合一確定のためには右の限度で上訴が効力を生ずれば足りるものである上、取締役の会社に対する責任を追及する株主代表訴訟においては、既に訴訟を追行する意思を失った者に対し、その意思に反してまで上訴人の地位に就くことを求めることは相当でないし、複数の株主によって株主代表訴訟が追行されている場合であっても、株主各人の個別的な利益が直接問題となっているものではないから、提訴後に共同訴訟人たる株主の数が減少しても、その審判の範囲、審理の態様、判決の効力等には影響がない。そうすると、【要旨3】株主代表訴訟については、自ら上訴をしなかった共同訴訟人を上訴人の地位に就かせる効力までが民訴法四〇条一項によって生ずると解するのは相当でなく、自ら上訴をしなかった共同訴訟人たる株主は、上訴人にはならないものと解すべきである(最高裁平成四年(行ツ)第一五六号同九年四月二日大法廷判決・民集五一巻四号一六七三頁参照)。
したがって、本件において自ら上告を申し立てなかったG及び株式会社H設計事務所は上告人ではないものとして、本判決をする。
よって、裁判官河合伸一の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
++解説
《解 説》
一 本件は、大手証券会社Aが大口顧客である訴外会社Bに対して損失補填を行ったことによりAに補填相当額の損害を生じたとして、Aの株主であるXらが、その決定・実施に関わった当時のAの代表取締役であるYらに対し、商法二六六条一項五号に基づき損害賠償を求める株主代表訴訟である。
二 本件の事実関係及び訴訟経過の概要は次のとおりである(なお、詳細については判文を参照されたい。)。
1 Aは、大口顧客であるBと有価証券の売買等による資金運用取引を継続してきており、Bの証券発行に際しては主幹事証券会社の地位にあった。
2 Bは、訴外信託銀行との間で一〇億円の特定金銭信託契約を締結し、同銀行がAに開設した取引口座を通じて有価証券の売買を行う特金勘定取引を開始したが、実際にはAがBに代わって同銀行に取引の指図をすることによって運用されるいわゆる営業特金による取引であった。ところが、右取引により平成元年末には約二億七〇〇〇万円の損失が生じ、平成二年に入ってからの株式市況の急激な悪化により損失が更に拡大し、Bが期間満了を待たずに右取引を終了させた同年二月末には損失は約三億六〇〇〇万円に上っていた。
3 平成元年一一月ころから証券会社の大口顧客に対する損失補填が社会問題となり、大蔵省は、同年一二月二六日、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する証券局長通達(本件通達)を発し、証券会社において法令上の禁止行為である損失保証等による勧誘に限らず、事後的な損失補填等も厳にこれを慎むとともに、特金勘定取引についても顧客と投資顧問業者との間に投資顧問契約を締結させるべきものとした。日本証券業協会も、本件通達を受けて、同協会の内部規則である公正慣習規則第九号(本件規則)を改正し、事後的な損失補填等をも厳に慎むものとする旨の定めを置いた。
Aを始めとする証券会社においては、本件通達等の主眼が営業特金の早期解消にあると理解し、株式市況が急激に悪化する中で顧客との関係を良好に維持しつつ営業特金の解消を進めていくためには、損失補填を行うこともやむを得ないとする考え方が大勢を占めていた。
4 Aでは本件通達の直後からBと営業特金の解消に向けて交渉したが解決に至らず、Bとの円満な取引関係を維持するために損失補填を実施する必要があるとして、平成二年三月、Yらが出席したAの専務会においてBに対する損失補填が決定され、AがBに売却した外貨建てワラントを即日買い戻すという相対取引により実施された(本件損失補填)。この結果、Bは三億六〇〇〇万円強の利益を得て、営業特金も解消された。その後、AとBとの取引関係は良好に維持され、AはBとの取引により相応の利益を得ている。
5 Xらは、本件損失補填が①平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(旧証取法)五〇条一項等に違反する、②昭和五七年公取委告示第一五号の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、独禁法一九条に違反する、③取締役の善管注意義務・忠実義務に違反するなどとして、Yらに対し、商法二六六条一項五号に基づく損害賠償として損害金内金一億円の支払を請求している。
6 一、二審とも本件損失補填の独禁法一九条違反性のみを肯認したが、一審は、本件損失補填によりその後得られる利益を考慮すれば損害があるとはいえないとしたのに対し、原審は、独禁法一九条が競争者の利益を保護することを意図した規定であることを理由に、同条違反は商法二六六条一項五号にいう法令違反には含まれないとして、Xらの請求を棄却すべきものとした。これに対してXらのうち二名から上告がされたところ、最高裁は、商法二六六条一項五号にいう法令には、取締役を名あて人とし取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を定める規定のほか、会社を名あて人とし会社がその業務を行うに際して遵守すべき義務を定める規定も含まれるとした上で、Yらにおいて独禁法一九条違反の認識を欠いた点につき過失があったとはいえないとして、Yらの責任を否定した原審の判断を結論的に維持したものである。
二 取締役の任務は、会社の業務執行に関する意思決定に参画し、同時に他の取締役等の業務執行を監視するほか、取締役会からの委託等を受けて具体的な業務執行に携わるなど多岐に及ぶものであるところ、商法二六六条一項五号は、取締役がその任務を懈怠して会社に損害を被らせるすべての場合を包含する債務不履行責任であって、無過失責任であるとされる一ないし四号とは異なり、取締役の故意又は過失(帰責事由)を要すると解するのが通説及び判例(最三小判昭51・3・23裁判集民一一七号二三一頁)である。
そこでいう法令については、自己株式取得禁止(商法二一〇条)や競業避止義務(商法二六四条)等を定める商法中の具体的規定だけでなく、取締役の一般的な善管義務や忠実義務を定める規定(商法二五四条三項、二五四条ノ三)をも含むとするのが判例(最三小判昭47・4・25裁判集民一〇五号八四三頁)であり、従来の通説も、漠然と法令一般が含まれると考えていたようであるが、本件一審判決等を契機として、会社の財産・利益の保護を目的とする実質的意義の会社法に属する規定等に限定されるべきであるとする限定説が有力に唱えられる一方、これに対して、従来の通説とは異なる自覚的な非限定説が主張されるようになり、その中にも、法令違反行為があったからといって直ちに取締役の履行不完全と評価すべきではなく、法令違反の事実が主張立証されると、注意義務違反が事実上推定されるにとどまるとする見解や、取締役の法令遵守義務は、会社との間の委任契約に基づく善管注意義務とは別個の会社に対する義務であり、当該行為の決定に際して法令違反に当たることを知り得べき場合には、取締役に過失ありとして、損害賠償責任を負うとする見解が見受けられるなど、学説上議論が活発化していささか錯綜した状況にあって、下級審裁判例も分かれていたところである。
三 本判決は、商法二六六条一項五号にいう法令の意義について、取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定のほか、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定も含まれると解するのが相当であると判示して(判決要旨一)、前記限定説を採らないことを明らかにしている。営利法人である会社は会社ないしその所有者である株主の利益の極大化という目的を追求するものであるが、法認された社会的存在として、自然人と同様に、会社を名あて人とするあらゆる法令を遵守すべきは当然であり、取締役は、右の法令の直接の名あて人ではないが、受任者として会社に法令を遵守させるという義務を負い、その違反は取締役の責任原因となるものである。換言すれば、会社の意思決定に関与する機関たる取締役に対して、会社として法令を遵守するか否かに関して、これを否定する裁量権を認めることはできないというべきであろう。もっとも、本判決の採る立場は、前記の非限定説とも微妙に異なっており、近時の学説上の議論状況にかんがみて、漠然と法令一般が含まれるとしていた従来のいわば無自覚的な通説の見解を、明確な形で定式化し直したものと見ることもできるのではなかろうか。
取締役の会社に対する債務不履行責任は、いわゆる不完全履行の類型に属するものであるから、取締役の責任を追及する側で、問題とされている取締役の行為が取締役の受任者としての会社に対する義務に反するもの(受任者としての債務の本旨に従わざる履行)であることを主張立証しなければならない。商法二六六条一項は、各号で責任原因となるべき取締役の行為を列挙する形をとっており、五号にいう法令違反行為とは、不完全履行における履行不完全に相当する要件を規定しているものと解される。本判決は、取締役が会社をして会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定に違反させることとなる行為をしたときは、右行為が取締役の善管義務・忠実義務に違反することになるか否かを改めて問うまでもなく、商法二六六条一項五号にいう法令に違反する行為をしたときに該当する旨判示して(判決要旨二)、取締役の責任を追及する側において、取締役の行為が同号にいう法令(善管義務・忠実義務を定める規定を除く。)に違反するものであることを主張立証すれば、それにより直ちに履行不完全の要件を充足し、取締役側において、帰責事由(故意過失)の不存在又は違法性・責任阻却事由の存在を主張立証しなければならないことを明らかにした。前記非限定説の中には、商法二六六条一項五号にいう法令違反行為の主張立証がされても取締役の受任者としての義務違反を事実上推定させるにとどまるとする見解も見受けられるが、このように解するときは、取締役の個別的義務を定める規定及び会社が遵守すべき義務を定める規定が善管義務・忠実義務を定める規定の下位規範として位置付けられる結果となり、妥当でないとされたものであろう(河合裁判官の補足意見参照)。
本判決は、右の商法二六六条一項五号の解釈及び判断枠組みを前提とした上で、本件損失補填が独禁法一九条に違反するものであり、商法二六六条一項五号にいう法令違反に該当することを肯定しながら、Yらが本件当時において、その行為が独禁法に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を欠いたことにつき過失があったとすることはできないとして、Yらの損害賠償責任を否定した原審の判断を結論において是認している。具体的法令違反が問題となっている場合に法令違反の認識を欠いたことにつき過失がなかったとして取締役の賠償責任が否定された先例として、前掲最三小判昭51・3・23がある。本件では、Yらが本件損失補填の決定実施に当たって法律専門家の意見を聴くこともしていないにもかかわらず、法令違反の認識を欠いたことに過失がないとされるのは、本判決が指摘しているような本件当時の特殊な状況が存在していればこそであり、こうした形での免責が認められるのは極めて例外的なものというべきであろう。
また、本件損失補填の決定実施がYらの取締役としての善管義務・忠実義務に違反するか否かに関しては、Xらの上告理由において論旨となっていないことなどから、本判決は、この点につき明示的な理由説示をしてはいないが、右義務違反を否定した原審の判断を是認し得るものとしていることはいうまでもない。
四 最大判平9・4・2民集五一巻四号一六七三頁(玉串料大法廷判決)本誌九四〇号九八頁は、類似必要的共同訴訟である地方自治法二四二条の二に規定する住民訴訟においては、自ら上訴をしなかった共同訴訟人は、上訴人の地位には就かない旨判示して、類似必要的共同訴訟における上訴審での審判対象の問題と当事者の地位の問題が、従来考えられていたように分離不能なものではないことを明らかにした。
株主代表訴訟は、個々の株主が共益権に基づいて、実質的には他の株主全体を代表して、形式的には第三者の法定訴訟担当として提起追行する類似必要的共同訴訟であって、訴訟の構造ないし形式の点では住民訴訟のうちいわゆる四号訴訟に最も類似しているところ、個々の株主にとっての個別的具体的利益が直接問題となるものではなく、原告株主の数が提訴後に減少しても、審判の範囲、審理の態様、判決の効力には格別差違を生じない点や、株主全体の代表として訴訟を追行する意思を失った者に対して上訴人の地位に就き続けることを求めることが相当でないという点では、住民訴訟と基本的に変わるところはないことから、本判決は、大法廷判決の趣旨を推し及ぼして、複数の株主が共同して追行する株主代表訴訟においても、共同訴訟人である株主の一部の者のみが上訴した場合には、自ら上訴しなかった者は上訴人にはならないと判示した(判決要旨三)。本件では、自ら上告を提起したのは原審で参加した二名の株主だけであり、残りの二名は自ら上告をしていないところから、前者のみを上告人として取り扱っている。
五 取締役の責任が問題となるケースには、具体的法令違反が問題となるもの、経営判断の当否(善管注意義務)が問題となるもの、監視義務違反が問題となるものの三類型があるところ、本判決は、商法二六六条一項五号にいう法令の意義及び取締役の善管義務・忠実義務違反以外の具体的法令違反が問題となっている場合における判断枠組みに関して、最高裁として初めて明確な判断を示したものである。また、これらの点に関しては、河合裁判官の詳細な補足意見が付されており、法廷意見の採る立場を理論的に説明するとともに、取締役の責任追及の場面、とりわけ株主代表訴訟において問題とされることの多い取締役の責任の苛酷性ないし賠償金額の過大性という問題について、現行法下においても様々な工夫をこらすことによって妥当な結果を導くことが可能である旨説かれており、極めて示唆に富むものといえよう。平成五年の商法改正による貼用印紙額の固定化に伴って多数の株主代表訴訟が提起される一方で、株主代表訴訟制度をめぐる法改正への動きも活発化している昨今、裁判実務に大きな影響を有するだけでなく、会社経営陣に対しても遵法経営の必要性を強く迫るものであり、企業のコンプライアンスの観点からも注目すべき判例である。なお、本判決の評釈として、手塚裕之・商事一五七二号四頁、鳥山恭一・法セ五四九号一〇八頁等がある。
2.法令違反の認識を欠いたことについての過失
3.甲会社の損害
支出額を損害として認定するのか。総合考慮で行くのか・・・。
Ⅳ 法令違反行為と取締役の責任(2)法令違反の可能性はあった場合
1.Y1・Y2の任務懈怠
あくまでも独禁法19条に違反することを主張!
2.Y1・Y2の過失
経営判断原則を使用して過失がなかったとかしたい。
一般に、法令違反行為については経営判断原則は使用しないが。
←ほぼ確実に法令に違反することを認識していた場合だけどね。
+判例(東京地判H8.6.20)
第三 争点に対する判断
一 争点1について
原告ら引用の最高裁昭和四四年一一月二六日判決は、取締役の任務懈怠と第三者の損害との間に相当因果関係があるかぎり、会社が損害を被った結果ひいては第三者に損害を生じた場合(いわゆる間接損害の場合)も、商法二六六条ノ三に基づく損害賠償請求を認めるが、右判例の事案における第三者は会社の債権者であって、右判示を直ちに株主にも及ぼすことは相当でない。本件において原告らが主張している株主としての損害は、取締役の行為により会社財産が減少した結果としての保有株式の価値低下である。株主は商法二六六条ノ三にいう「第三者」におよそ当たらないと解すべきかどうかは別として、右のような損害に関する限り、会社財産が回復されれば、株主の損害も回復される。また、商法二六六条ノ三の適用範囲を考えるにあたって、商法上の他の制度、原則との調和を視野に入れるべきことは当然であるが、取締役がその任務に違反して会社に損害を与えた場合は、本来、会社が取締役に対する損害賠償請求を行うべきであり、会社が取締役との癒着等により、その請求を怠っているときは、株主は代表訴訟を提起することができる。この場合も、株主は、会社への賠償を請求することができるだけであって、自己に対する給付を求めることはできない。このような場合に株主への直接賠償を認めることは、利益配当等によらず株主への会社財産の分配を認めるに等しいから、資本維持の原則に反し許されないのである(株主への直接賠償を認めた場合、これが履行されれば、二重払いを正当化する根拠は見い出し難いから、取締役は免責されざるを得ない)。商法二六六条ノ三においては、取締役の責任を認める主観的要件が商法二六六条より加重されているからといって、資本維持の原則を無視してよい理由にはならないのであって、結局、会社財産の減少による株式の価値低下という間接損害については、株主は商法二六六条ノ三に基づく請求を行うことはできないと解すべきである。
よって、第一事件の主位的請求は理由がない。
二 争点2について
原告らが、債権者代位の被保全権利の一つとして主張する債権は、公共航空が和解で認めた民法四四条に基づく損害賠償請求権だというのであるが、その損害の内容が公共航空の一般財産の減少による保有株式の価値低下であることは記録上明らかであるところ、一において述べたと同様の理由によりこのような請求権は商法に照らして認め難く、右損害は民法四四条にいう「他人に加えたる損害」にあたらないと解すべきである。このように法律上認められない請求権を、原告らが完全に支配する会社に承認させる和解は、公序良俗に反し、無効というべきである。
三 争点3について
1 取締役は、株主総会で選任され、いわば株主の委託を受けて会社経営にあたっているものであるから、職務の執行に際し株主の意向を尊重すべきであることは当然であるが、取締役は総株主のために職務執行にあたるべきであり、その責任は総株主の同意がなければ免除できないのであって、いかに有力であれ一部の株主の指示・承認に基づいて行動したというだけでは、免責されない。また、会社や株主に対する責任ではなく、債権者等の外部者に対する責任は、たとえ総株主の承認があったからといって免除されるものではない。主要な債権者の指示・承認を得ていたことが、会社の他の債権者に対する免責事由にならないことはいうまでもない。
したがって、被告が、公共航空の主要な債権者であり株式の大部分を持つ銀河計画破産管財人と協議しつつ、その指示・承認に基づいて資産処分等を行っていたとしても、直ちに善管注意義務・忠実義務違反にならないとはいえない。
2(一) 北九州格納庫の敷地問題
争いのない事実及び丙一六、一七、二八ないし三〇、四〇ないし四八によれば、次の事実が認められる。
公共航空は、昭和五六年三月一〇日、前川電機鋳鋼所の取締役である西龍夫との間で、同人が所有する北九州小倉格納庫の敷地について、賃料を3.3平方メートル当たり月五〇〇円、期間を同年四月一日から昭和六一年三月三一日までと定めて賃貸する旨の賃貸借契約証書を作成したが、公共航空は、その後も西龍夫に賃料を支払ったことはなく、その代わり右格納庫で前川電機鋳鋼所所有のムーニー式M二〇型航空機の整備等を無償で行っていた。
ところが、右賃貸借期間内である昭和六〇年一月三〇日、同年二月一日から昭和六一年一月三一日までの一年間、賃料一平方メートル当たり月一八〇円(総額一二万円)で右土地を、前川電機鋳鋼所が公共航空に賃貸する旨の賃貸借契約書が作成される一方、同日、契約期間を右と同一、月間料金を八万円として、右航空機の整備等に関する契約書が、前川電機鋳鋼所と公共航空との間で作成されている。しかし、前川電機鋳鋼所はその後も整備等の料金の支払いはしていない。そして、前記のように、前川電機鋳鋼所から、昭和六〇年二月から五月までの賃料不払いを理由として、賃貸借契約解除の意思表示を受けたため、被告は、取り敢えず四か月分の賃料相当額を前川電機鋳鋼所に送金し、前川電機鋳鋼所から土地明渡訴訟を提起されたが、公共航空は昭和六〇年九月北九州運航所を閉鎖し、同六一年五月二一日格納庫について強制競売開始決定がなされたのち、同年一一月二五日、土地賃貸借契約の解除を確認し、昭和六〇年六月一日以降の賃料相当損害金の支払を免除する内容の訴訟上の和解が成立している。
右の事実経過には、昭和六〇年一月三〇日付けの各契約が締結された事情等、はっきりしない点も多いが、右事実からする限り、格納庫敷地の利用契約は、形式的に賃料は定めていたものの、現実には航空機の整備等を対価とするものであったと見るのが相当であり、前記の賃料不払いが解除事由になるかどうかは疑わしい。
また、和解で敷地を明け渡したことについても、北九州運航所の閉鎖、格納庫が差押えを受けたという事情も加わっており、単純に賃料不払いによる解除を承認したものとは考え難い。したがって、右明渡しが被告の注意義務違反に当たると認めることはできない。また、損害についても、原告らは、借地権の喪失により近隣土地の公示価格の七割が損害であると主張するだけで、現実の損害額を認めるに足りる証拠はない。
よって、北九州格納庫の敷地問題について、被告の損害賠償責任を認めるに足りる証拠はない。
(二) 慶良間飛行場の敷地問題
(1) 慶良間飛行場敷地の賃貸借契約については、座間味村は賃料支払の催告をすることなく解除通知を行い、公共航空は解除通知受領後一九〇万円の賃料を座間味村に提供したが、受領を拒絶されたため、被告は直ちにこれを供託したものと認められる(被告)。
会社の賃借物件の賃料の支払が契約どおり履行されるよう管理することは、管理職間に事務分掌が存在する程度の会社であれば、何か問題が起きている場合は別として、通常は、せいぜい経理担当者レベルの事務処理事項であろう。当時、公共航空は一応の事務分掌組織をもっていたこと(甲四三)、本件は無催告解除であり、解除通知後、賃料の提供と供託を行っており、飛行場敷地という賃借物件の性質も考慮すると、解除が無効とされる可能性は高いと思われること等からして、代表取締役としての被告に善管注意義務違反が認められるかどうかは、いささか疑わしい。慶良間飛行場が公共航空の事業の核をなす重要な資産であること、座間味村の解除通知到達前にすでに北九州格納庫敷地の賃料不払い問題が発生していたことを重視し、業務管理の不適切・不十分を根拠に善管注意義務違反を認める余地はあると考えるとしても(原告渋谷逸雄から業務、経理の引継ぎがなかったとすれば、就任後直ちに業務等の把握に努めるべきであるから、引継ぎがなかったことは、被告の代表取締役としての注意義務を免除するものとはいえない)、重過失までは認められない。
(2) 次に、訴訟上の和解により、慶良間飛行場の施設を琉球エアーコミューターに一億五三〇〇万円で売却するなどしたことが、取締役としての任務違反になるかどうかであるが、当時、公共航空は、すでに銀行取引停止処分を受け、また同飛行場に関する権利を担保とする約束で二億円を借り受けていたケラマ観光飛行場株式会社からは破産申立をされ、最大の債権者である銀河計画破産管財人の債務弁済の要求に応じなければならず、その他にも労働関係債務、国税等の支払があるという状況であって、売却可能な遊休資産があったわけでもない公共航空にとって、慶良間飛行場等の資産処分による弁済原資の調達を図ることはやむを得ない状態であったと認められる(前述のように、座間味村の解除は無効の可能性が高く、豊富な弁護士スタッフを擁していた銀河計画破産管財人がそのことを考えなかったはずはないから、賃料不払いが慶良間飛行場処分を余儀なくさせたという可能性は、客観的にも主観的にも小さいものと思われる)。
(3) そして、売却するとなれば、離島の飛行場という特殊な物件であるから、買い手は限られ、売却価格についても相当のデスカウントをせざるを得なくなるのは、常識的なことであろう。原告渋谷逸雄は、慶良間飛行場の建設費は一一億円であったと述べるが、それを裏付ける資料はなく(乙一の昭和六〇年三月三一日現在の貸借対照表で、どの勘定科目が慶良間飛行場に関係するのかはっきりしないが、航空機、有価証券、長期貸付金等、明らかに飛行場施設に関係がないと認められる勘定科目を除外すると、固定資産の総額は五億円に満たないことからも、右建設費の金額には疑問がある)、また、敷地の時価が約六億三〇〇〇万円であり、借地権価額はその約七割にあたる四億四〇〇〇万円とするのも、根拠薄弱といわざるを得ない。
(4) したがって、慶良間飛行場の処分について、被告の任務違反とそれに基づく損害の発生を認めるに足りる証拠はない。また、那覇・慶良間二地点間旅客輸送事業からの撤退は、慶良間飛行場施設の琉球エアーコミューターへの譲渡に当然に伴うものであるから、この点について独自の注意義務違反を考える余地はない。
(三) 那覇運航所の閉鎖
甲五九によれば、原告らの主張する営業収益は売上に過ぎないことが明らかであり、運航所の閉鎖による損害が特定年度の売上の三倍に当たるとする根拠はないから、原告らの主張は理由がない。
(四) 航空機の処分等
(1)ア 原告ら主張のように、朝日航洋に譲渡担保に供した航空機一三機の、担保権実行の際の価格評価が不当に低かったとすれば、公共航空は清算金請求権を有していることになるから、右価格評価と相当な価格との差額が、当然に損害となるわけではない。
イ 争いのない事実及び甲八〇、丙五〇、五一によれば、公共航空は、國場組からの借入金により、朝日航洋から航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二二五、JA五二三二)を買戻したが(原告らはその代金額が一億三〇三一万円であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない)、右借入金を返済できなかったので、航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二三二、JA三四二八)の所有権を國場組に移したこと、平成二年一月二五日付の債務弁済公正証書によれば、公共航空の國場組に対する債務は一億四九六六万一六二七円と確認されていたが、その後公共航空の代表者が原告渋谷逸雄になってから、公共航空、原告らと國場組との間で、右航空機四機(JA三七四七、JA三七七八、JA五二三二、JA三四二八)の所有権が國場組に帰属するのを確認するとともに、債務額を一億〇八六六万一六二七円と確認し、なお原告ら及び公共航空が五〇〇万円を支払うなど和解契約上の義務を履行すれば一億〇三六六万一六二七円の債務を免除する等の和解をしたことが認められる。
右によれば、國場組への航空機の所有権移転当時の合意がどうであったかはともかく、実質的には航空機四機を四一〇〇万円と評価して債務額をその分減じたものと見られる。
ウ 原告らが、本件各航空機の相当な価格の根拠とする甲五二は、昭和六〇年一月、当時公共航空の取締役であった原告橋本洋を始め銀河計画関連の航空会社所属の者四名が集まって、航空機の使用料金を決める目的で評価した結果であるが、中古の航空機の場合、耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間といった点も価格に大きな影響があるのに(原告橋本、丙四八)、データとしては型式、製造年月日、総飛行時間程度が考慮されたに過ぎず、最高五五〇〇万円から最低一六五〇万円まで評価が分かれるものがあるなど、全ての機体について評価者による価格の差が著しく、腰だめ的な評価の感を免れないのであって、信頼できるものであるとは、とてもいえない。甲二一も甲五二を参考として作成されたものでしかない。
したがって、甲五二、二一は、各処分ないし購入時における本件各航空機の相当な価格を認定できる証拠とはならない。
エ 以上によれば、朝日航洋による譲渡担保の実行、朝日航洋からの航空機の買戻し及び國場組への航空機の所有権の移転により、公共航空に原告ら主張のような損害が生じたことを認めるに足りる証拠はないことに帰する。
(2) 航空機JA五二二五については、調査嘱託の結果、甲四二、七四ないし七六及び原告橋本によれば、同機は公共航空が所有していたが、平成二年一月二五日被告に対し売買を理由として所有権移転の登録がなされた後、平成三年一月から東邦航空株式会社に賃貸されていたところ、同年一二月に飛行中のエンジン火災により使用不能となり、平成四年一一月東京海上火災保険株式会社から二四〇五万五九〇七円の保険金が支払われていること、被告に対する所有権移転につき取締役会の承認はなく、平成四年一〇月、原告渋谷逸雄から被告に対して、右所有権移転は無償譲渡であるとし、詐害行為取消権等の行使により同機の引渡等を求める訴えを提起したところ、被告は平成五年三月一一日の口頭弁論期日において請求を認諾したことが認められる。
右事実によれば、JA五二二五は、商法二六五条に違反して被告に無償譲渡されたものであり、被告は右任務違反行為につき悪意があると認められる。被告は、同機は自己が購入し公共航空の名義にしておいたJA三四二八と交換したものである旨主張するが、裏付け証拠を欠き、採用できない。
そして、JA五二二五について支払われた保険金額は、同機の喪失により少なくとも右金額程度の損害が生じることを示すものといってよい。もとより、被告の任務違反行為時と事故時及び保険金支払時とはずれがあり、それぞれの時点で耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間がどうであったかといった点は不明であるが、任務違反行為から事故までの約二年間で機体の損耗は進んでいると思われることを考慮すれば、耐用証明の残存期間、重要装備品の許容使用時間等から任務違反行為時の方が同機の価値は低かったという反証のない本件においては、右保険金額をもって、被告の任務違反行為による損害と認めるのが相当である。
(五) 支払手数料及び寄付金
第一九期決算書に計上された支払手数料が不当な支出であったと認めるに足りる証拠はない。前期よりも支払手数料の額が多いというだけで、直ちに不当な支出があったと推認することはできない。
また、丙四九によれば、寄付金勘定に計上された一億九九六六万五六四二円は、原告らと銀河計画との昭和五九年一二月五日の株式譲渡契約において原告渋谷逸雄に無償譲渡することとされた地図事業部門の什器備品等について、本来、第一八期に寄附金処理すべきであったものが、第一九期にずれ込んで処理されたものと認められる(乙一の貸借対照表上の原材料、貯蔵品、仕掛品、機械装置、車輛運搬具、工具器具備品及び製品は地図事業部門の資産と思われるが、その合計数値と、金額的にも一致する)。
よって、この点について取締役の任務違反及び損害の発生は認められない。
(六) 破産管財人に対する債務承認
被告が銀河計画破産管財人との間で作成した公正証書に基づいて、公共航空が破産管財人に実際の借入金額以上に返済した事実を認めるに足りる証拠はないから、損害の立証がない。原告らは、右公正証書に基づき強制執行を受けたことにより公共航空が八〇〇万円の出費を余儀なくされた旨主張するようでもあるが、公正証書に過大な債務の記載がなされたことと、右出費との間に相当因果関係があることについて、主張立証がない。
3 甲七八によれば、公共航空は平成六年三月三一日現在で九一二四万三八四四円の債務超過状態にあったことが認められ、右事実及び弁論の全趣旨によれば、口頭弁論終結時においても大幅な債務超過状態にあることが推認される。したがって、第一事件の予備的請求は、原告渋谷逸雄が、公共航空に対する求償権を保全するため、航空機JA五二二五の違法処分に関し公共航空が被告に対して有する二四〇五万五九〇七円の損害賠償請求権を行使する限度で理由がある(右の点に関する限りで、商法二六六条の三に基づく請求も理由がある)。
しかし、第一事件のその余の予備的請求については、以上に述べたとおり、被告の任務違反行為、債権侵害行為あるいは損害を認めるに足りる証拠がなく、理由がない。
四 争点4について
商法二六七条に基づいて、株主が会社に対し、取締役の責任追及の訴えを提起するよう請求したのに、会社が三〇日以内に訴えを提起しない場合、一般的には、会社が訴えを提起しなかった理由の如何を問わず、株主は代表訴訟を提起することができると解すべきである。しかし、取締役の会社に対する責任の追及は、本来、会社が自ら行うべきものであって、株主代表訴訟は、会社が株主の意思に反して権利の行使を怠る場合のための制度である。また、商法二六七条四項が、訴訟の目的の価額の算定につき、株主代表訴訟を「財産権上ノ請求ニ非サル請求ニ係ル訴」と見做し、請求額の如何にかかわらず申立手数料が一律に八二〇〇円となっているのも、株主代表訴訟が株主の会社業務に対する監督是正権の行使という側面を持つ点が考慮されていると解されるのであって、取締役の責任追及一般について、申立手数料の軽減化が図られているわけではない。会社が訴えを提起する場合は、もちろん請求額に従った通常の申立手数料が必要とされるのである。したがって、会社と株主が意思を通じて、ただ申立手数料の節約を図ることを目的として株主代表訴訟を利用することは、まさに制度の濫用であり、許されないというべきである。
原告らは公共航空の株式の大部分を保有するとともに、原告ら金員が公共航空の代表取締役を始めとする役員に就任しており、原告ら以外の役員はいない。つまり、原告らが被告の責任追及を相当と認めたが、会社は不相当という見解の下に訴えを提起しなかったというようなことは考えられないのであって、弁論の全趣旨によれば、本件代表訴訟の提起は、もっぱら申立手数料の節約を図ることを目的としたものであることが認められる。
よって、本件代表訴訟の提起は訴権の濫用に当たるから、訴えを却下すべきである。
(裁判長裁判官金築誠志 裁判官棚橋哲夫 裁判官鈴木芳胤)
++解説
《解 説》
一 A会社は、航空運送事業等を目的とする株式会社であり、その株式の大部分をX1ないしX9(X1ら)が、保有するいわゆる同族会社であったが、X1らは、右株式をB会社に売り渡した。その後、B会社が代金完済前に破産したため、X1らは、株式売買契約が破産法五九条により解除されたとして、B会社破産管財人に対し、株券の引渡を請求し、また、右株式譲渡後、A会社の代表取締役となったYの行為により、会社財産が減少し、X1らが株価減少により、総額二〇億円の損害を受けたなどとして、Yに対して商法二六六条ノ三等、A会社に対して民法四四条等、B会社破産管財人に対して民法七〇九条に基づき、右二〇億円の一部である二億円の損害賠償を請求した。
B会社破産管財人に対する訴訟は、裁判上の和解(この結果、株式がX1らに復帰し、X1がA会社の代表取締役、X2~X9が取締役・監査役に就任した)、A会社に対する訴訟は、訴え取下(X1が同社の代表取締役として、取下に同意)により終了し、X1らのYに対する請求のみが残されていた。
X1らは、終結段階に至り、Yに対し、損害の残部一八億円について、株主代表訴訟を提起した。
本判決は、A会社の債権者たる地位に基づくX1の予備的請求(債権者代位・商法二六六ノ三)の一部を認容したが、株主たる地位に基づくX1らの主位的請求については、会社財産の減少による株式の価値低下という間接損害については、商法二六六条ノ三に基づく請求を行うことはできない等として、その余のX1らの請求を棄却し、株主代表訴訟については、もっぱら申立手数料の節約を図るものであり、訴権の濫用に当たるとして、訴えを却下した。
二 取締役の違法行為により会社財産が減少し、株式の減価という間接損害を被った場合、株主は、商法二六六条ノ三に基づく請求を行うことができるか。
損害と取締役の善管注意義務違反の行為との間に相当因果関係があれば、取締役は、第三者に対して同条所定の責任を負うとされており(最判昭44・11・26民集二三巻一一号二一五〇頁、本誌二四三号一〇七頁)、間接損害も商法二六六条ノ三の「損害」に含まれることは明らかである。
しかし、間接損害ではあっても、株価の減少の場合は、取締役が会社に損害を賠償すれば、株主も持分価値を回復するはずであるから、取締役が株主に対し責任を負うとする必要はないし、逆に、取締役が株主に対し責任を負うとすると、株主に賠償すれば会社に対する責任もその分だけ減少すると解さざるを得ないが、そうなると責任の免除に総株主の同意が必要なことと矛盾し、取締役に対する損害賠償債権という会社財産を株主が割取する結果となり、資本充実原則に反する。したがって、結論としては、株主に商法二六六条ノ三に基づく請求を認めないとする方が妥当ではないかと思われ、現に学説の多数を占める(大隅健一郎=今井宏・会社法論(中)〔第三版〕二七〇頁、河本一郎「商法二六六条ノ三第一項の『第三者』と株主」服部榮三先生古希記念論文・商法学における論争と省察二五八頁など)。本判決もこの多数説と同様、株主が会社の一般財産の減少により株式価値の低下という損害(間接損害)を被った場合については、株主は「第三者」に含まれないと解して右の結論を導き、X1らの主位的請求を棄却した(右の最高裁判例は、会社債権者を原告とするものであり、事案を異にする)。
三 民法一条三項は、「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」と規定し、これは、権利一般に妥当するものと解されるが、訴権も権利の一種であるから、訴えの提起が権利の濫用として許されない場合があり得る。会社法上の訴えの提起が訴権の濫用とされた例として最判昭53・7・10民集三二巻五号八八八頁が存するが、株主代表訴訟の提起に関し、本判決は、やや特殊ではあるが、一事例を加えるものといえよう。
株主の動機・目的が売名等の個人的な、それ自体は必ずしも芳しくないものであっても、会社の損害が回復されれば、客観的には株主全体の利益になるから、訴権の濫用とはいい難い。しかし、動機・目的が法制度上容認できない不法不当なものであるときは、訴権の濫用として訴えを却下すべき場合があり得るとされている。
本判決は、①取締役の責任追及は、本来、会社が自ら行うべきものであって、株主代表訴訟は、会社が株主の意思に反して権利の行使を怠る場合のための制度であること、②株主代表訴訟の申立手数料が請求額の如何にかかわらず八二〇〇円とされているのは、株主の会社業務に対する監督是正権の行使という側面を持つ点が考慮されているのであり、取締役の責任追及一般について申立手数料の軽減化が図られているわけではないことから、会社と株主が意思を通じて、ただ申立手数料の節約を図ることを目的として株主代表訴訟を利用することは、まさに制度の濫用であり、許されないと判示し、X1らが、A会社の株式の大部分を保有し、役員の全員であって、X1らがYの責任追及を担当と認めたが、A会社は不相当という見解の下に訴えを提起しなかったというようなことはあり得ない事案であったこと等から、もっぱら申立手数料の節約を図ることを目的としたものであると認定して、株主代表訴訟の訴えを却下した。
・違反するかどうか確実ではなかったような場合は経営判断原則を認めてもよいのでは!
→過失の有無について
情報収集や検討に一時利子依不合理はなかったか。そのような情報収集に基づいて取締役が当該行為を選択したことに著しい不合理がなかったか。
Ⅴ 任務懈怠責任が問題となる2つの事案
Ⅵ おわりに