会社法 事例で考える会社法 Q16 その書類、見せてもらいます


Ⅰ はじめに

+(会計帳簿の閲覧等の請求)
第四百三十三条  総株主(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の百分の三(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主又は発行済株式(自己株式を除く。)の百分の三(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の数の株式を有する株主は、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。この場合においては、当該請求の理由を明らかにしてしなければならない
一  会計帳簿又はこれに関する資料が書面をもって作成されているときは、当該書面の閲覧又は謄写の請求
二  会計帳簿又はこれに関する資料が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求
2  前項の請求があったときは、株式会社は、次のいずれかに該当すると認められる場合を除き、これを拒むことができない
一  当該請求を行う株主(以下この項において「請求者」という。)がその権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき。
二  請求者が当該株式会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき。
三  請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるとき
四  請求者が会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求したとき。
五  請求者が、過去二年以内において、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報したことがあるものであるとき。
3  株式会社の親会社社員は、その権利を行使するため必要があるときは、裁判所の許可を得て、会計帳簿又はこれに関する資料について第一項各号に掲げる請求をすることができる。この場合においては、当該請求の理由を明らかにしてしなければならない。
4  前項の親会社社員について第二項各号のいずれかに規定する事由があるときは、裁判所は、前項の許可をすることができない。

+(株主名簿の備置き及び閲覧等)
第百二十五条  株式会社は、株主名簿をその本店(株主名簿管理人がある場合にあっては、その営業所)に備え置かなければならない。
2  株主及び債権者は、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。この場合においては、当該請求の理由を明らかにしてしなければならない。
一  株主名簿が書面をもって作成されているときは、当該書面の閲覧又は謄写の請求
二  株主名簿が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求
3  株式会社は、前項の請求があったときは、次のいずれかに該当する場合を除き、これを拒むことができない。
一  当該請求を行う株主又は債権者(以下この項において「請求者」という。)がその権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき。
二  請求者が当該株式会社の業務の遂行を妨げ、又は株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき。
三  請求者が株主名簿の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求を行ったとき。
四  請求者が、過去二年以内において、株主名簿の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報したことがあるものであるとき。
4  株式会社の親会社社員は、その権利を行使するため必要があるときは、裁判所の許可を得て、当該株式会社の株主名簿について第二項各号に掲げる請求をすることができる。この場合においては、当該請求の理由を明らかにしてしなければならない。
5  前項の親会社社員について第三項各号のいずれかに規定する事由があるときは、裁判所は、前項の許可をすることができない。

Ⅱ 会計帳簿閲覧謄写請求権
1.甲社の請求
(1)具体的な請求と主張・立証事項
(2)請求の理由の明示
・請求の理由を具体的に示す
+判例(H2.11.8)
理  由
上告代理人中村忠行、同海老原照男の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件閲覧請求が閲覧請求書に閲覧等の請求の理由を具体的に記載してされたものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ッ谷巖 裁判官 大堀誠一)

++解説
《解  説》
一、被告会社(被上告人)は採石等を目的とする株式会社であり(発行済株式総数は昭和五五年七月二四日当時三万株)、原告(上告人)は右時点において少なくとも被告の株式一万株を有する株主であったところ(原告は二万株を有する旨主張するが、右時点において原告が一万株を有していたことは争いがない)、原告は、昭和五五年七月二四日、被告に対し、「此度貴社が予定されている新株の発行その他会社財産が適正妥当に運用されているかどうかにつき、商法二九三条の六の規定に基づき、貴社の会計帳簿及び書類の閲覧謄写をいたしたいのでこの旨、請求に及びます。」と記載した書面により、被告の会計の帳簿及び書類の閲覧等を請求した。これに対して被告は、右書面によっては閲覧等を求める対象について具体的な特定がされていないこと、閲覧の目的が具体的に明らかにされていないことを指摘して原告の回答を求めたが、原告はこれに対する回答をすることなく、同年一一月一日本件閲覧請求の訴えを提起した。

二、一審は、本件閲覧請求の対象及び理由は本訴において特定されたものと解し原告の請求を認容したが、原審は、本件閲覧請求は閲覧請求の目的を具体的に示したものといえず、また、閲覧の対象を何ら具体的に特定したものでないとして、一審判決を取り消して原告の請求を棄却した。
本判決も、本件閲覧請求は、閲覧請求書にその理由を具体的に記載してしたものとはいえない旨を判示し、この点に関する原審判断を是認して原告の上告を棄却したものである。

三、閲覧を請求する書面に記載すべき理由(商法二九三条ノ六第二項)が具体的なものでなければならないことは、学説の一致して説くところである。例えば、単に株主の権利の確保又は行使に関し調査するため(大隅=今井・会社法論中Ⅱ四九四頁、新版注釈会社法(9)二一二頁)、会計の不正を調査するため(本間輝雄「株主の帳簿閲覧請求権」演習商法(会社)下巻六四五頁)、株主としての利益を擁護するため(松田=鈴木・条解株式会社法下四五九頁)等の記載は不十分な記載である。「理由の記載がどの程度具体的でなければならないかという問題は、会社がその理由を見て、その理由と関連する帳簿・書類を特定できる程度に具体的でなければならない」というべきであろう(前田雅弘「株主の帳簿閲覧請求権の要件」商事法務一二〇七号二六頁(3)〔原判決の評釈〕)。
閲覧請求の理由によって閲覧の対象である帳簿・書類の範囲が限定されるかどうかについては、限定説と非限定説の対立があるが(新版注釈会社法(9)二一〇~二一一頁参照)、非限定説は、株主は一切の帳簿・書類の閲覧を請求しうるものと解し、株主が殊更に不必要な帳簿・書類の閲覧を求めたときは、会社はこれを立証して閲覧請求を拒み得るとするのであるから、その実質においては、閲覧の対象である帳簿・書類の範囲が閲覧請求の理由によって限定されることを認めるものと解することができるであろう。

四、本件の結論は妥当なものと思われるが、「少なくとも『新株の発行』という文言は、閲覧請求の目的が具体的になっており、その目的に関する帳簿書類の閲覧請求は認められることとなるのではなかろうか」とする批判がある(稲田俊信=秋坂朝則・日本法学五三巻一号一八三頁、同旨・砂田太士・税経通信四二巻九号二四九頁。いずれも原判決の評釈)。しかし、原判決が判示するように、「右の閲覧の目的のうち『新株の発行』は一つの例示であり、目的はそれに止まらないと解されるから、結局、被控訴人(原告)が目的として明らかにしたのは『会社財産が適正妥当に運用されているかどうか』という極めて抽象的な事項であって、これでは、被控訴人(原告)が本訴提起後に……主張したような……目的を窺い知ることは困難」というべきであり、「この部分だけを取り出して、理由の記載として十分だと見ることはできない」(前田・前掲評釈二六頁)というべきであろう。
なお、原判決は、「法は、閲覧等の請求書に、例えば何年度のどの帳簿というように閲覧の対象を明示して請求することを当然の前提としているものと解するのが相当である」旨を判示し、閲覧請求の対象の特定の問題にも触れているが、閲覧請求の理由と離れて、抽象的に対象の特定を論じてみても、それほどの意味はないと思われる。もっとも、訴訟の目的物の特定の観点から、請求の対象をどの程度特定する必要があるかは別論というべきであるが、通常は裁判所の釈明・当事者の訴訟活動によって解決が図られるであろう。
また、本件においては、原告の本訴における対象・理由の特定が問題とされているが、原告が閲覧請求に必要な持株要件を継続して具備していたのであれば、本件訴訟中において訴えを追加的に変更して新たな請求をすることも可能であったろう。しかし、本件においては、原告の請求は、あくまで原告が本件訴訟提起前にした閲覧請求(本件閲覧請求)であるとして判断されている。
原判決の評釈等として、前掲前田評釈、稲田=秋坂評釈、砂田評釈のほか、久保田光昭・ジュリスト九四四号一三三頁、坂倉充信・本誌六七七号(昭和六二年度主要民事判例解説)二三二頁がある。

・閲覧を求める理由と、閲覧させるべき書面の範囲の特定を。

・記載事項にかかる事実を立証すべき必要はない!
+判例(H16.7.1)
理由
上告代理人林信一ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 本件は、上告人が、株式会社又は有限会社である被上告人らに対し、商法293条ノ6又は有限会社法44条ノ2の規定に基づき、第1審判決別紙会計帳簿等目録記載の会計帳簿等(以下「本件会計帳簿等」という。)の閲覧謄写を求めた事件である。
2 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 被上告人Y1以外の被上告人らは、いずれも、定款をもって株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨を定めている株式会社である。
(2) A(以下「A」という。)は、被上告人Y2の株式を77万4800株(発行済株式総数の4.6%)、被上告人Y3の株式を15万8100株(同39.5%)、被上告人Y4の株式を45株(同22.5%)、被上告人Y5の株式を90.4株(同45%)、被上告人Y6の株式を42株(同21%)、被上告人Y1の持分(出資口数)を15万3720口(総出資口数の38.4%)有していたが、平成12年11月15日、死亡した。上記株式及び持分(以下「本件株式等」という。)は、現在、上告人を含むAの法定相続人4名による遺産の準共有の状態にあり、上告人の準共有持分は、4分の3である。
(3) 上告人は、被上告人らに対し、平成13年2月4日ころ、本件株式等について株主又は社員の権利を行使すべき者に上告人を選定した旨の通知をした。
(4) 上告人は、本件会計帳簿等の閲覧謄写を請求するに当たり、その理由として、次のとおり書面に記載した。
ア 理由〈1〉(本件貸付けに係る調査の必要)
Bグループに属するC社は、被上告人Y2から317億7200万円、被上告人Y1から99億5000万円、被上告人Y6から71億2000万円、被上告人Y4から7億円の各無担保融資(以下、これらを「本件貸付け」と総称する。)を受けていた。しかるに、C社は、平成13年9月17日、被上告人Y2の代表取締役であるD(以下「D」という。)に対し、無担保で72億4775万円を融資したため、その財務状況が悪化し、本件貸付けの回収が不可能となるおそれが生じた。上記被上告人4社のした本件貸付けは、違法、不当なものであり、上告人は、適正な監視監督を行うために、上記被上告人4社につき、本件会計帳簿等の閲覧謄写をする必要がある。
イ 理由〈2〉(本件株式等の時価算定の必要)
上告人は、遺産分割協議及び相続税支払のための売却に備え、相続により取得した本件株式等の時価を適正に算定するために、本件会計帳簿等の閲覧謄写をする必要がある。
ウ 理由〈3〉(本件美術品取得の調査の必要)
平成12年度の決算期時点において、被上告人Y2は簿価47億8117万7467円相当の、被上告人Y1は簿価154億9229万5942円相当の美術品(以下、これらを「本件美術品」と総称する。)を所有し、いずれも、Bグループに属するE財団法人に寄託している。上記被上告人2社がこのような多額の美術品を非営利目的で取得することは会社財産を著しく減少させ、会社ひいては株主、社員に回復できない損害を被らせるおそれが高いから、本件美術品の内容・数量、購入された時期・金額、購入の相手方等を調査するため、上記被上告人2社につき、本件会計帳簿等の閲覧謄写をする必要がある。
エ 理由〈4〉(本件株式譲渡に係る調査の必要)
被上告人Y1は、平成12年12月11日、Dに対し、同被上告人の有するC社の株式73万5000株(以下「本件C社株」という。)を代金合計73万5000円で売却した(以下、この株式の売却を「本件株式譲渡」という。)。本件株式譲渡は、不当な安値でされたものであり、本件株式譲渡に係る会計処理の内容及び本件C社株の取得価格等を調査するため、同被上告人につき、本件会計帳簿等の閲覧謄写をする必要がある。
3 原審は、上記事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1) 株式会社の株主又は有限会社の社員(以下「株主等」という。)が会計帳簿等の閲覧謄写を請求する場合には、株主等は、会社に対し、閲覧謄写の対象となる会計帳簿等が特定できる程度に当該会計帳簿等の閲覧謄写を求める理由を具体的に示すことが必要であり、かつ、その理由を基礎付ける事実が客観的に存在していることが必要である。
(2) 上告人は、理由〈1〉において、前記被上告人4社の本件貸付けの不当をいうが、本件貸付けに深く関与していたことがうかがわれるAの相続人である上告人がその不当を主張することは信義則上許されないし、また、上告人は、理由〈3〉において、前記被上告人2社の本件美術品の取得の違法をいい、理由〈4〉において、被上告人Y1の本件株式譲渡の違法をいうが、本件美術品の取得及び本件株式譲渡が違法であるとの事実を基礎付ける事実が客観的に存在しているものとは認めることができないから、上告人が理由〈1〉、〈3〉、〈4〉をもってする本件会計帳簿等の閲覧謄写請求は、商法293条ノ7第1号(被上告人Y1については有限会社法46条により準用される同号)所定の「株主ガ株主ノ権利ノ確保若ハ行使ニ関シ調査ヲ為ス為ニ非ズシテ請求ヲ為シタルトキ」(以下、同号中のこの部分を「第1号所定の拒絶事由」という。)に当たり、許されない。
(3) 上告人の本件株式等の時価算定の目的は、結局、遺産分割協議の進展を図ることにあると解されるから、上告人が理由〈2〉をもってする本件会計帳簿等の閲覧謄写請求は、株主等の地位を離れた純粋に個人的な目的でされたものであり、第1号所定の拒絶事由に当たり、許されない。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 商法及び有限会社法は、株主又は社員が会社に対し会計帳簿等の閲覧謄写を請求するための要件として、株式会社については総株主の議決権の100分の3以上、有限会社については総社員の議決権の10分の1以上を有することのほか、理由を付した書面をもって請求をすることを要求している(商法293条ノ6第1項、第2項、有限会社法44条ノ2第1項、46条本文)。そして、上記の請求の理由は、具体的に記載されなければならないが、上記の請求をするための要件として、その記載された請求の理由を基礎付ける事実が客観的に存在することについての立証を要すると解すべき法的根拠はない
上告人が、本件会計帳簿等の閲覧謄写請求をするに当たり、その理由として書面に記載した前記の理由〈1〉、〈3〉、〈4〉を、上記の具体的な記載とみることができるか否かについて検討するに、まず、前記の理由〈1〉の記載についてみると、同記載は、前記被上告人4社がC社に対する多額の無担保融資である本件貸付けをしたことが、違法、不当であり、本件貸付けの時期、内容(貸付け条件、弁済期等)等を調査する必要があることをいうものと解されるから、前記被上告人4社の本件貸付けに係る会計帳簿等の閲覧謄写を請求する理由の記載として、その具体性に欠けるところはないというべきである。
次に、前記の理由〈3〉の記載についてみると、同記載は、前記被上告人2社が多額の本件美術品を購入したことが、違法、不当であるとして、本件美術品の購入の時期、内容(代金、相手方等)等を調査する必要があることをいうものと解されるから、前記被上告人2社の本件美術品購入に係る会計帳簿等の閲覧謄写を請求する理由の記載として、その具体性に欠けるところはないというべきである。
また、前記の理由〈4〉の記載についてみると、同記載は、被上告人Y1がDに対して1株1円という安値で本件株式譲渡をしたことが、違法、不当であるとして、同被上告人における本件株式譲渡に係る会計処理の内容及び譲渡された本件C社株の取得価格等を調査する必要があることをいうものと解されるから、被上告人Y1の本件株式譲渡に係る会計処理及び譲渡された本件C社株の取得価格等に係る会計帳簿等の閲覧謄写を請求する理由の記載として、その具体性に欠けるところはないというべきである。
そして、上記の各請求につき、第1号所定の拒絶事由に該当すると認めるべき相当の理由があると解すべき事情は存しない。また、Aが本件貸付けに深く関与していたとしても、そのことをもって直ちに上告人の前記の理由〈1〉による本件会計帳簿等の閲覧謄写請求が信義則に違反するものということはできない。
そうすると、以上と異なる見解に立って、上告人の上記各理由による本件会計帳簿等の閲覧謄写の請求が許されないものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
(2) 次に、上告人の前記の理由〈2〉による本件会計帳簿等の閲覧謄写請求についてみるに、遺産分割協議のためという点はともかくとして、理由〈2〉は、相続税支払のための売却に備え、上告人が相続により取得した本件株式等の時価を適正に算定するために、本件会計帳簿等の閲覧謄写をする必要があるという理由も掲げており、その具体性に欠けるところはない。そこで、株式等の売却に備えてその時価を算定するための会計帳簿等の閲覧謄写請求が、第1号所定の拒絶事由に該当するかどうかについて検討する。
商法及び有限会社法においては、株式の譲渡につき定款で取締役会の承認を要する旨を定めている株式会社の株主が株式を譲渡しようとするとき、又は有限会社の社員がその持分を社員以外の者に譲渡しようとするときには、当該株主又は社員は、会社に対し、所定の事項を記載した書面をもって特定の相手方に対する譲渡を承認すべきこと又はこれを承認しないときには他に譲渡の相手方を指定すべきことを請求するものとされ、この指定の請求がされた場合において、取締役会又は社員総会は、その譲渡を承認しないときは、他に譲渡の相手方を指定しなければならず、指定された者との間で売買価格についての協議が調わないときは、当事者は、裁判所に対して、売買価格の決定を請求することができるなど、株式又は持分の譲渡制限に伴う一連の手続が定められている(商法204条ノ2、204条ノ3、204条ノ3ノ2、204条ノ4、有限会社法19条)。上記のとおり、株式の譲渡につき定款で制限を設けている株式会社又は有限会社において、株主又は社員が、その有する株式又は持分を他に譲渡し、その対価を得ようとする場合には、会社との関係で上記の手続を執ることが要求され、会社が指定した者との間での売買価格についての協議を行うこと等も定められているのであるが、当該株主又は社員において、上記の手続に適切に対処するためには、その有する株式又は持分の適正な価格を算定するのに必要な当該会社の資産状態等を示す会計帳簿等の閲覧等をすることが不可欠というべきである。
したがって、株式の譲渡につき定款で制限を設けている株式会社又は有限会社において、その有する株式又は持分を他に譲渡しようとする株主又は社員が、上記の手続に適切に対処するため、上記株式等の適正な価格を算定する目的でした会計帳簿等の閲覧謄写請求は、特段の事情が存しない限り、株主等の権利の確保又は行使に関して調査をするために行われたものであって、第1号所定の拒絶事由に該当しないものと解するのが相当である。
そうすると、上記特段の事情の存することがうかがえない本件においては、上告人が、前記の理由〈2〉において、相続により取得した本件株式等の売却に備え、その適正な価格を算定するために必要であるとして行った本件会計帳簿等の閲覧謄写請求は、第1号所定の拒絶事由に該当しないものというべきである。以上と異なる見解に立って、上記の請求が第1号所定の拒絶事由に該当するとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
5 以上によれば、原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由がある。そして、本件については、閲覧謄写を認めるべき会計帳簿等の範囲等について更に審理を尽くさせる必要があるから、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泉德治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴)

2.乙社の反論
・将来的に競争関係が発生する可能性がある場合でも、秘密利用や会社の損害が相当の蓋然性をもって想定されるのであれば、請求の拒絶を認めることが法の趣旨に合致する。

・主観的意図は求めない
+判例(H21.1.15)
理由
1 抗告代理人宮崎真の抗告理由三について
(1) 本件は、相手方が、抗告人の親会社であるA社の株主として、商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ)293条の8第1項に基づき、原々決定別紙1記載の抗告人の会計帳簿等(以下「本件会計帳簿等」という。)の閲覧謄写の許可を申請した事案である(以下、この申請を「本件許可申請」という。)。所論は、相手方につき同法293条の7第2号に掲げる事由があるので、同法293条の8第2項に基づき、本件許可申請は却下されるべきである旨をいうものである。
(2) 記録によれば、本件の経緯等は次のとおりである。
ア 抗告人は、青果仲卸業務の受託等を目的とする株式会社であり、その発行済株式5000株はすべてA社が有している。
イ A社は、青果の仲買業等を目的とする株式会社である。A社は、名古屋市中央卸売市場北部市場において、青果部に属する仲卸業者として名古屋市長の許可を得ている。A社及び抗告人は、過去に果実類を取り扱っていた時期もあったが、平成17年6月以降はその取扱いを中止し、現在は専ら野菜類を取り扱っている。A社及び抗告人が近い将来において果実類を取り扱う予定はない。
ウ B社は、青果物の仲卸業等を目的とする株式会社である。B社は、名古屋市中央卸売市場本場において、青果部に属する仲卸業者として名古屋市長の許可を得ている。B社の取扱商品は専ら果実類であり、近い将来において野菜類を取り扱う予定はない。
エ 相手方は、A社の株式を5840株(総株主の議決権の約3.6%)有しており、相手方の子であるCは、A社の株式を3万4320株(同約21.5%)有している。Cは、B社の株式の30%以上を有し、同社の監査役に就任しているが、相手方はB社の株式を有していない。
オ 相手方は、Cと共に、商法293条の8第1項に基づき、原々審に対し、本件許可申請をした。Cについては、同法293条の7第2号に掲げる事由があるとして、同法293条の8第2項に基づき、許可申請を却下した原々決定が確定した。

(3) 原審は、次のとおり判断して、相手方が本件会計帳簿等のうち原々決定別紙1記載1、2、4、7(ただし、7についてはフレンドシップ1世に関するものに限る。)の会計帳簿等を閲覧謄写することを許可した。
ア 相手方は、Cの母親で同人と同居し、同人と同一の手続で本件許可申請をしたもので、代理人弁護士も共通であるから、両名の請求はその実質において一体のものと認められ、Cにつき商法293条の7第2号に規定する拒絶事由がある場合は、相手方についても同一の拒絶事由があると認めるのが相当である。
イ 会計帳簿等の閲覧謄写を求める株主が商法293条の7第2号に規定する競業会社の株主等であるという客観的事実があれば、原則として同号の拒絶事由に当たるが、当該株主が、会計帳簿等の閲覧謄写によって知り得る事実を自己の競業に利用し、又は他の競業者に利用させようとする主観的意図がないことを立証した場合は、同号の拒絶事由に当たらず、裁判所は閲覧謄写を許可できると解するのが相当である。
A社及び抗告人とB社は、いずれも名古屋市内の青果物の仲卸業者であって業務内容も同種であるが、現在、A社及び抗告人は専ら野菜類を、B社は専ら果実類を取り扱い、近い将来において取扱商品が競業する可能性はないこと、したがって、Cが、抗告人の本件会計帳簿等の閲覧謄写により得られた抗告人の取扱商品である野菜類についての営業秘密を、B社の果実類の商取引に利用することはあり得ないことなどからすると、Cには上記の主観的意図が存在しないことが立証されたといえるから、Cにつき同号に規定する事由はなく、したがって、相手方についても同号に規定する事由がない。

(4) 原審の上記判示は是認することができないが、相手方には商法293条の8第2項において不許可事由とされている同法293条の7第2号に掲げる事由がないとして、本件許可申請の一部につきこれを許可した原審の判断は、結論において是認することができる。その理由は、次のとおりである。
ア 商法293条の7第2号は、会計帳簿等の閲覧謄写を請求する株主が会社と競業をなす者であること、会社と競業をなす会社の社員、株主、取締役又は執行役であることなどを閲覧謄写請求に対する会社の拒絶事由として規定するところ、同号は、「会社ノ業務ノ運営若ハ株主共同ノ利益ヲ害スル為」などの主観的意図を要件とする同条1号と異なり、文言上、会計帳簿等の閲覧謄写によって知り得る事実を自己の競業に利用するためというような主観的意図の存在を要件としていない。そして、一般に、上記のような主観的意図の立証は困難であること、株主が閲覧謄写請求をした時点において上記のような意図を有していなかったとしても、同条2号の規定が前提とする競業関係が存在する以上、閲覧謄写によって得られた情報が将来において競業に利用される危険性は否定できないことなども勘案すれば、同号は、会社の会計帳簿等の閲覧謄写を請求する株主が当該会社と競業をなす者であるなどの客観的事実が認められれば、会社は当該株主の具体的な意図を問わず一律にその閲覧謄写請求を拒絶できるとすることにより、会社に損害が及ぶ抽象的な危険を未然に防止しようとする趣旨の規定と解される
したがって、会社の会計帳簿等の閲覧謄写請求をした株主につき同号に規定する拒絶事由があるというためには、当該株主が当該会社と競業をなす者であるなどの客観的事実が認められれば足り、当該株主に会計帳簿等の閲覧謄写によって知り得る情報を自己の競業に利用するなどの主観的意図があることを要しないと解するのが相当であり、同号に掲げる事由を不許可事由として規定する同法293条の8第2項についても、上記と同様に解すべきである。
イ そこで、相手方について、商法293条の7第2号に掲げる客観的事実の有無を検討する。前記認定事実によれば、相手方は、B社の株主であり監査役でもあるCの母であって、Cと共に本件許可申請をしたものであるが、相手方とCは、いずれも抗告人の親会社であるA社の総株主の議決権の100分の3以上を有する株主として、それぞれ各別に抗告人の会計帳簿等の閲覧謄写請求をする資格を有するものである。したがって、同号に掲げる客観的事実の有無に関しては、相手方及びCの各許可申請につき各別にこれを判断すべきであって、相手方とCが親子であり同一の手続で本件会計帳簿等の閲覧謄写許可申請をしたということのみをもって、一方につき同号に掲げる不許可事由があれば当然に他方についても同一の不許可事由があるということはできない。そして、前記(2)の事実によれば、相手方はB社の株主ではなく、B社の役員であるなどの事情もうかがわれないから、B社が抗告人と競業をなす会社に当たるか否かを判断するまでもなく、相手方については同号に掲げる事由がないというべきである
(5) 以上によれば、相手方につき商法293条の7第2号に掲げる事由がないとして本件許可申請の一部につきこれを許可した原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
2 その余の抗告理由について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
3 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 涌井紀夫 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子)

++解説
《解  説》
 1 本件は,Xが,Yの親会社であるA社の株主として,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下「旧商法」という。)293条の8第1項に基づき,Yの会計帳簿等の閲覧謄写の許可を求めた事案である。同条2項は,同法293条の7(以下「本条」という。)第2号に掲げる事由があるとき,すなわち,当該株主が子会社の競業者であるときなどを不許可事由の一つとして規定しているが,本件では,Xにつき子会社と競業をなす会社の株主等であるときとの不許可事由が認められるか否かが問題となった。
 2 本件の事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) Y及びその親会社であるA社は,いずれも,青果物の仲卸業等を目的とする名古屋市内の株式会社であり,Yの発行済株式はすべてA社が保有している。Y及びA社は,現在は専ら野菜類を取り扱っている。
 (2) B社も,青果物の仲卸業等を目的とする名古屋市内の株式会社であるが,取扱商品は専ら果実類である。
 (3) X及びその実子であるCは,それぞれがA社の株式の100分の3以上を保有する株主である。Xは,Cと共同で,親会社であるA社の株主として,子会社であるYの会計帳簿等の閲覧謄写許可申請をした。また,Cは,B社の株式の30%以上を保有する株主兼監査役であるが,XはB社の株主ではない。
 3 原々審は,Cについては本条2号に掲げる事由があるとしてその申請を却下したが,Xについては同号に掲げる事由がないと判断して,その申請を一部許可した。同許可決定に対してYが抗告したところ,原審は,①XとCの請求はその実質において一体と認められるから,Cに不許可事由があればXにも不許可事由があると解すべきである,②親会社の株主が子会社と競業をなす者であるなどの客観的事実がある場合であっても,当該株主が,閲覧謄写によって知り得る事実を自己の競業に利用するなどの主観的意図がないことを立証した場合はこれを許可できると解すべきところ,Cにつきその立証があったと判断して,対象範囲を原々審より限定した上でXの申請を一部許可すべきものとした。これに対し,Yが抗告許可を申し立て,許可された。
 4 本決定は,まず,本条第2号に掲げる事由があるというためには,会計帳簿等の閲覧謄写許可申請をした親会社の株主が子会社と競業をなす者であるなどの客観的事実が認められれば足り,当該株主に会計帳簿等の閲覧謄写によって知り得る情報を自己の競業に利用するなどの主観的意図があることを要しないと判断した。本決定は,さらに,上記の客観的事実の有無は,X及びCの各許可申請につき各別にこれを判断すべきところ,XはB社の株主等ではないから,Xについては同号に掲げる事由がないと判断し,原審の判断は結論において是認できるとして,Yの抗告を棄却した。
 5(1) 株式会社の総株主の議決権の100分の3以上を有する株主は,会社に対し会計帳簿等の閲覧謄写を請求する権利を有するが(旧商法293条の6第1項),会社は,本条各号の事由があることを主張立証すればこれを拒絶することができる(同条第2項)。本条各号は制限列挙であり,これを拡張して解釈することは許されないと解されている。また,親会社の総株主の議決権の100分の3以上を有する株主は,裁判所の許可を得て子会社の会計帳簿等の閲覧謄写を請求することができるが(同法293条の8第1項),裁判所は,本条各号に掲げる事由があるときは許可をすることができないとされる(同条第2項)。すなわち,本条各号は,株主による会計帳簿等の閲覧謄写請求に対する会社の拒絶事由を定めるものであるが,これらの事由は,親会社の株主による子会社の会計帳簿等の閲覧許可申請における不許可事由ともなるものである。
 (2) 本条2号の事由該当性の判断に当たり,当該株主が会社と競業をなすものであるなどという客観的事実のみで足りるか,それとも,当該株主が閲覧謄写によって知り得る情報を自己の競業に利用し又は他の競業者に利用させようとする具体的意図があることという主観的要件まで要するか否かにつき,学説は,①主観的要件不要説(大隅健一郎=今井宏『会社法論(中)〔第3版〕』510頁,田中誠二『三全訂会社法詳論(下)』918頁,田中耕太郎編『株式会社法講座(4)』1469頁等),②主観的要件必要説(伊沢孝平『註解新会社法』526頁等),③主観的意図推定説(客観的事実が存在すれば主観的意図が推定されるが,当該株主の側で主観的意図の不存在を立証すれば閲覧謄写請求権を行使できるとする説。大森忠夫=矢沢惇編『注釈会社法(9)有限会社』223頁〔和座一清〕等)に分かれるが,主観的要件不要説が多数説である。
 下級審裁判例では,主観的要件不要説を採ることを明示したものとして,名古屋高決平8.2.7判タ938号221頁,(本条に対応する会社法433条2項3号につき)東京高決平19.6.27商事1804号42頁等があり,裁判実務上も主観的要件不要説が趨勢であったと解されるが,本決定以前にはこの点に関する最高裁判例はなかった。
 (3) 本決定は,①本条2号の文言上,株主の主観的意図の存在は要件とされていないこと,②一般に主観的要件の立証は困難であること。③請求時の意図がどうであれ,競業関係が存する以上,閲覧謄写によって入手された情報が将来競業に利用される危険性は否定できないことなどを理由として,主観的要件不要説を採ることを明らかにしたものである。
 なお,本条2号に対応する平成17年改正後の会社法433条2項3号は,会計帳簿等の閲覧謄写請求の拒絶事由ないし不許可事由の一つとして,「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み,又はこれに従事するものであるとき」と規定する。これは本条2号と実質的に同一の内容であるとされており(相澤哲『一問一答新・会社法』154頁),主観的要件の要否に関する本決定の判断は,会社法433条2項3号の解釈としても妥当すると考えられる。
 (4) 本決定は,さらに,客観的要件の有無に関し,XとCの各申請につきそれぞれ別個に判断すべきものとした上,Xについては本条2号の規定する客観的事実が認められないと判断し,同号の事由が認められないとした原審の判断を結論において是認した。2人以上の株主がその持株数を合わせて要件を充足して閲覧請求をするときは,その中の1人でも本号の事由に該当するときは,会社はその請求を拒絶し得ると解されている(和座・前掲224頁,東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅱ』679頁~680頁等)。上記のような場合には,当該請求を合わせて1個の請求ということができると考えられるが,本件のようにそれぞれが少数株主権の要件を充足している場合には,もともと各別に請求できるはずのものであることから,本決定は,上記のとおり判断したものと解される。
 6 本決定は,本条2号の事由該当性の判断に当たり主観的要件の要否という従来見解の分かれていた論点について,最高裁として初めて判断を示したもので,裁判実務上重要な意義を有するものと思われる。
Ⅲ 株主名簿閲覧謄写請求など
1.株主提案権の行使
+第三百四条  株主は、株主総会において、株主総会の目的である事項(当該株主が議決権を行使することができる事項に限る。次条第一項において同じ。)につき議案を提出することができる。ただし、当該議案が法令若しくは定款に違反する場合又は実質的に同一の議案につき株主総会において総株主(当該議案について議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の賛成を得られなかった日から三年を経過していない場合は、この限りでない。
+第三百五条  株主は、取締役に対し、株主総会の日の八週間(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前までに、株主総会の目的である事項につき当該株主が提出しようとする議案の要領を株主に通知すること(第二百九十九条第二項又は第三項の通知をする場合にあっては、その通知に記載し、又は記録すること)を請求することができる。ただし、取締役会設置会社においては、総株主の議決権の百分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権又は三百個(これを下回る数を定款で定めた場合にあっては、その個数)以上の議決権を六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き有する株主に限り、当該請求をすることができる
2  公開会社でない取締役会設置会社における前項ただし書の規定の適用については、同項ただし書中「六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き有する」とあるのは、「有する」とする。
3  第一項の株主総会の目的である事項について議決権を行使することができない株主が有する議決権の数は、同項ただし書の総株主の議決権の数に算入しない。
4  前三項の規定は、第一項の議案が法令若しくは定款に違反する場合又は実質的に同一の議案につき株主総会において総株主(当該議案について議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の賛成を得られなかった日から三年を経過していない場合には、適用しない。
2.株主名簿閲覧謄写請求
+(株主名簿の備置き及び閲覧等)
第百二十五条  株式会社は、株主名簿をその本店(株主名簿管理人がある場合にあっては、その営業所)に備え置かなければならない。
2  株主及び債権者は、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。この場合においては、当該請求の理由を明らかにしてしなければならない
一  株主名簿が書面をもって作成されているときは、当該書面の閲覧又は謄写の請求
二  株主名簿が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求
3  株式会社は、前項の請求があったときは、次のいずれかに該当する場合を除き、これを拒むことができない
一  当該請求を行う株主又は債権者(以下この項において「請求者」という。)がその権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき。
二  請求者が当該株式会社の業務の遂行を妨げ、又は株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき。
三  請求者が株主名簿の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求を行ったとき。
四  請求者が、過去二年以内において、株主名簿の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報したことがあるものであるとき。
4  株式会社の親会社社員は、その権利を行使するため必要があるときは、裁判所の許可を得て、当該株式会社の株主名簿について第二項各号に掲げる請求をすることができる。この場合においては、当該請求の理由を明らかにしてしなければならない。
5  前項の親会社社員について第三項各号のいずれかに規定する事由があるときは、裁判所は、前項の許可をすることができない。
・平成26年改正において、株主名簿閲覧謄写請求の場合につき、協業者であることを理由とする拒絶事由は削除された。
Ⅳ おわりに


会社法 事例で考える会社法 Q15 財源規制違反の分配による責任


Ⅰ はじめに

Ⅱ 本件元物配当に関するAの責任
1.462条1項の責任

+(配当等の制限)
第四百六十一条  次に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等(当該株式会社の株式を除く。以下この節において同じ。)の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない。
一  第百三十八条第一号ハ又は第二号ハの請求に応じて行う当該株式会社の株式の買取り
二  第百五十六条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得(第百六十三条に規定する場合又は第百六十五条第一項に規定する場合における当該株式会社による株式の取得に限る。)
三  第百五十七条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得
四  第百七十三条第一項の規定による当該株式会社の株式の取得
五  第百七十六条第一項の規定による請求に基づく当該株式会社の株式の買取り
六  第百九十七条第三項の規定による当該株式会社の株式の買取り
七  第二百三十四条第四項(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による当該株式会社の株式の買取り
八  剰余金の配当
2  前項に規定する「分配可能額」とは、第一号及び第二号に掲げる額の合計額から第三号から第六号までに掲げる額の合計額を減じて得た額をいう(以下この節において同じ。)。
一  剰余金の額
二  臨時計算書類につき第四百四十一条第四項の承認(同項ただし書に規定する場合にあっては、同条第三項の承認)を受けた場合における次に掲げる額
イ 第四百四十一条第一項第二号の期間の利益の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
ロ 第四百四十一条第一項第二号の期間内に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
三  自己株式の帳簿価額
四  最終事業年度の末日後に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
五  第二号に規定する場合における第四百四十一条第一項第二号の期間の損失の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
六  前三号に掲げるもののほか、法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額

+(剰余金の配当等に関する責任)
第四百六十二条  前条第一項の規定に違反して株式会社が同項各号に掲げる行為をした場合には、当該行為により金銭等の交付を受けた者並びに当該行為に関する職務を行った業務執行者(業務執行取締役(指名委員会等設置会社にあっては、執行役。以下この項において同じ。)その他当該業務執行取締役の行う業務の執行に職務上関与した者として法務省令で定めるものをいう。以下この節において同じ。)及び当該行為が次の各号に掲げるものである場合における当該各号に定める者は、当該株式会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う
一  前条第一項第二号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百五十六条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の金銭等の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役(当該株主総会に議案を提案した取締役として法務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)
ロ 第百五十六条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の金銭等の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役(当該取締役会に議案を提案した取締役(指名委員会等設置会社にあっては、取締役又は執行役)として法務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)
二  前条第一項第三号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百五十七条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第三号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第百五十七条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第三号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
三  前条第一項第四号に掲げる行為 第百七十一条第一項の株主総会(当該株主総会の決議によって定められた同項第一号に規定する取得対価の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合における当該株主総会に限る。)に係る総会議案提案取締役
四  前条第一項第六号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百九十七条第三項後段の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第百九十七条第三項後段の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
五  前条第一項第七号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第二百三十四条第四項後段(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた第二百三十四条第四項第二号(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第二百三十四条第四項後段(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた第二百三十四条第四項第二号(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
六  前条第一項第八号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第四百五十四条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた配当財産の帳簿価額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第四百五十四条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた配当財産の帳簿価額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
2  前項の規定にかかわらず、業務執行者及び同項各号に定める者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、同項の義務を負わない
3  第一項の規定により業務執行者及び同項各号に定める者の負う義務は、免除することができない。ただし、前条第一項各号に掲げる行為の時における分配可能額を限度として当該義務を免除することについて総株主の同意がある場合は、この限りでない。

+(株主に対する求償権の制限等)
第四百六十三条  前条第一項に規定する場合において、株式会社が第四百六十一条第一項各号に掲げる行為により株主に対して交付した金銭等の帳簿価額の総額が当該行為がその効力を生じた日における分配可能額を超えることにつき善意の株主は、当該株主が交付を受けた金銭等について、前条第一項の金銭を支払った業務執行者及び同項各号に定める者からの求償の請求に応ずる義務を負わない
2  前条第一項に規定する場合には、株式会社の債権者は、同項の規定により義務を負う株主に対し、その交付を受けた金銭等の帳簿価額(当該額が当該債権者の株式会社に対して有する債権額を超える場合にあっては、当該債権額)に相当する金銭を支払わせることができる。

・財源違反の分配はその全部が違法な分配と評価される。

2.善意の株主も462条1項の責任を負うのか
・462条2項の規定は、1項の責任は善意悪意や過失の有無を問わず発生することを前提としている。
→株主の善意悪意問わない。

・463条1項=クリーンハンドの原則から・・・。

3.Aは乙会社株式を保持できるか
(1)問題の所在
・462条1項は金銭の支払義務を負わせているにとどまるから、元物配当の場合の元物はどうなるのか。

(2)有効説と無効説:ことの経緯

(3)有効説と無効説:文言解釈について

(4)有効説と無効説:無効説の有効説に対する批判について

(5)Aは乙会社株式を保持できるか
無効説からでも保持できそう。
金銭の返還義務のみ。

4.Aの会社債権者に対する責任

+(株主に対する求償権の制限等)
第四百六十三条  前条第一項に規定する場合において、株式会社が第四百六十一条第一項各号に掲げる行為により株主に対して交付した金銭等の帳簿価額の総額が当該行為がその効力を生じた日における分配可能額を超えることにつき善意の株主は、当該株主が交付を受けた金銭等について、前条第一項の金銭を支払った業務執行者及び同項各号に定める者からの求償の請求に応ずる義務を負わない。
2  前条第一項に規定する場合には、株式会社の債権者は、同項の規定により義務を負う株主に対し、その交付を受けた金銭等の帳簿価額(当該額が当該債権者の株式会社に対して有する債権額を超える場合にあっては、当該債権額)に相当する金銭を支払わせることができる

・直接自己に対して支払いを請求できる

Ⅲ 株式を会社に売り渡したAの責任
1.462条1項の責任
(1)問題の所在

+(配当等の制限)
第四百六十一条  次に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等(当該株式会社の株式を除く。以下この節において同じ。)の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない。
一  第百三十八条第一号ハ又は第二号ハの請求に応じて行う当該株式会社の株式の買取り
二  第百五十六条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得(第百六十三条に規定する場合又は第百六十五条第一項に規定する場合における当該株式会社による株式の取得に限る。)
三  第百五十七条第一項の規定による決定に基づく当該株式会社の株式の取得
四  第百七十三条第一項の規定による当該株式会社の株式の取得
五  第百七十六条第一項の規定による請求に基づく当該株式会社の株式の買取り
六  第百九十七条第三項の規定による当該株式会社の株式の買取り
七  第二百三十四条第四項(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による当該株式会社の株式の買取り
八  剰余金の配当
2  前項に規定する「分配可能額」とは、第一号及び第二号に掲げる額の合計額から第三号から第六号までに掲げる額の合計額を減じて得た額をいう(以下この節において同じ。)。
一  剰余金の額
二  臨時計算書類につき第四百四十一条第四項の承認(同項ただし書に規定する場合にあっては、同条第三項の承認)を受けた場合における次に掲げる額
イ 第四百四十一条第一項第二号の期間の利益の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
ロ 第四百四十一条第一項第二号の期間内に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
三  自己株式の帳簿価額
四  最終事業年度の末日後に自己株式を処分した場合における当該自己株式の対価の額
五  第二号に規定する場合における第四百四十一条第一項第二号の期間の損失の額として法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額
六  前三号に掲げるもののほか、法務省令で定める各勘定科目に計上した額の合計額

+(株式の取得に関する事項の決定)
第百五十六条  株式会社が株主との合意により当該株式会社の株式を有償で取得するには、あらかじめ、株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。ただし、第三号の期間は、一年を超えることができない。
一  取得する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)
二  株式を取得するのと引換えに交付する金銭等(当該株式会社の株式等を除く。以下この款において同じ。)の内容及びその総額
三  株式を取得することができる期間
2  前項の規定は、前条第一号及び第二号並びに第四号から第十三号までに掲げる場合には、適用しない。

(取得価格等の決定)
第百五十七条  株式会社は、前条第一項の規定による決定に従い株式を取得しようとするときは、その都度、次に掲げる事項を定めなければならない。
一  取得する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び数)
二  株式一株を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法
三  株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の総額
四  株式の譲渡しの申込みの期日
2  取締役会設置会社においては、前項各号に掲げる事項の決定は、取締役会の決議によらなければならない。
3  第一項の株式の取得の条件は、同項の規定による決定ごとに、均等に定めなければならない。

・現物配当の場合よりも株式取引の安全という考慮も加わる。

(2)会社法の立法担当者の見解
(3)無効説からの応答①:悪意(重過失)のない株主を保護する見解
(4)無効説からの応答②:株主の善意・悪意を問わず責任を認める見解
(5)甲会社債権者に対するAの責任

2.Aは同時履行の抗弁権を主張できるか
(1)問題の所在と有効説の立場
契約が無効とされた場合、両当事者が有する不当利得返還請求権は同時履行の関係に立つ
民法533条類推適用

(2)無効説からの応答①:同時履行の抗弁権を認める見解
(3)無効説からの応答②:同時履行の抗弁権を認めない見解

3.まとめ

Ⅳ 業務執行者らの責任
1.Bの責任
(1)業務執行者等としての責任

+(剰余金の配当等に関する責任)
第四百六十二条  前条第一項の規定に違反して株式会社が同項各号に掲げる行為をした場合には、当該行為により金銭等の交付を受けた者並びに当該行為に関する職務を行った業務執行者(業務執行取締役(指名委員会等設置会社にあっては、執行役。以下この項において同じ。)その他当該業務執行取締役の行う業務の執行に職務上関与した者として法務省令で定めるものをいう。以下この節において同じ。)及び当該行為が次の各号に掲げるものである場合における当該各号に定める者は、当該株式会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う。
一  前条第一項第二号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百五十六条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の金銭等の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役(当該株主総会に議案を提案した取締役として法務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)
ロ 第百五十六条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の金銭等の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役(当該取締役会に議案を提案した取締役(指名委員会等設置会社にあっては、取締役又は執行役)として法務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)
二  前条第一項第三号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百五十七条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第三号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第百五十七条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第三号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
三  前条第一項第四号に掲げる行為 第百七十一条第一項の株主総会(当該株主総会の決議によって定められた同項第一号に規定する取得対価の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合における当該株主総会に限る。)に係る総会議案提案取締役
四  前条第一項第六号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第百九十七条第三項後段の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第百九十七条第三項後段の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた同項第二号の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
五  前条第一項第七号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第二百三十四条第四項後段(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた第二百三十四条第四項第二号(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第二百三十四条第四項後段(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた第二百三十四条第四項第二号(第二百三十五条第二項において準用する場合を含む。)の総額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
六  前条第一項第八号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 第四百五十四条第一項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合(当該決議によって定められた配当財産の帳簿価額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該株主総会に係る総会議案提案取締役
ロ 第四百五十四条第一項の規定による決定に係る取締役会の決議があった場合(当該決議によって定められた配当財産の帳簿価額が当該決議の日における分配可能額を超える場合に限る。)における当該取締役会に係る取締役会議案提案取締役
2  前項の規定にかかわらず、業務執行者及び同項各号に定める者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、同項の義務を負わない
3  第一項の規定により業務執行者及び同項各号に定める者の負う義務は、免除することができない。ただし、前条第一項各号に掲げる行為の時における分配可能額を限度として当該義務を免除することについて総株主の同意がある場合は、この限りでない。

(2)本件元物配当を受けた者としての責任

2.Cの責任

3.Dの責任
・信頼の法理
+判例(大阪地判H12.9.20)
++解説
《解  説》
一 本件は、大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失事件に関して、同行の株主二名が、取締役及び監査役合計五〇名(うち一名については、訴状却下)を相手取って提起した株主代表訴訟事件について、三八名の被告については原告らの請求を退けたものの、一一名の被告については、取締役としての善管注意義務、忠実義務に違反したとして、原告らの請求を一部認容した事案であるが、右認容額が総額で七億七五〇〇万ドル(約八三〇億円)と巨額であったことから、社会の注目を集め、株主代表訴訟制度の見直し論議に一石を投じた。

二 事案の概要
本件は、甲事件(第一次訴訟)と乙事件(第二次訴訟)からなっている。
甲事件は、大和銀行ニューヨーク支店の行員が、昭和五九年から平成七年までの間、財務省証券の無断取引を行って約一一億ドルの損失を出し、右損失を隠ぺいするために同支店が保管していた財務省証券を無断売却して、大和銀行に約一一億ドルの損害を与えたことについて、当時、代表取締役及びニューヨーク支店長の地位にあった取締役は、行員による不正行為を防止するとともに、損失の拡大を最小限にとどめるための内部統制システムを構築すべき善管注意義務及び忠実義務があったのにこれを怠った、また、その余の取締役及び監査役は、右代表取締役らが内部統制システムを構築しているか監視する善管注意義務又は忠実義務があったのにこれを怠ったため、右無断取引等を防止できなかったとして、右損害金一一億ドルを同行に賠償するよう求められた事案である。
また、乙事件は、大和銀行が、約一一億ドルの損害が発生したことを米国当局に隠匿したなどとして、米国において、刑事訴追を受け、有罪の答弁を行って罰金三億四〇〇〇万ドルを支払ったことについて、行員の米国法令違反行為の代位責任を問われた訴因に関しては、当時、代表取締役及びニューヨーク支店長の地位にあった取締役は、内部統制システムを構築すべき善管注意義務及び忠実義務があったのにこれを怠り、その余の取締役及び監査役は、右代表取締役らが内部統制システムを構築しているか監視する善管注意義務又は忠実義務があったのにこれを怠ったため、行員の米国法令違反行為を防止できなかったとして、また、大和銀行自身の米国法令違反行為を問われた訴因に関しては、当時、代表取締役及びニューヨーク支店長の地位にあった取締役は、米国において営業する際に、同国の法令を遵守すべき善管注意義務及び忠実義務があったのにこれを怠った、その余の取締役及び監査役は、右代表取締役らが米国の法令を遵守しているか監視する善管注意義務又は忠実義務があったのにこれを怠り、右代表取締役らの行為を防止することができなかったとして、大和銀行が支払った右罰金三億四〇〇〇万ドル及び弁護士報酬一〇〇〇万ドルの合計三億五〇〇〇万ドルを同行に賠償するよう求められた事案である。

三 本件訴訟の経緯
原告らが訴えを提起したのは、甲事件が平成七年一一月二七日であり、乙事件が平成八年五月八日であった。被告らは、両事件についていずれも担保提供の申立てを行い、応訴を拒絶した(商法二六七条五項、六項、一〇六条二項、旧民訴法一〇九条〔民訴法七五条四項参照〕)。大阪地裁は、平成九年四月一八日、被告らの申立てを容れ、両事件についていずれも原告らに対し担保の提供を命じた(本誌九五三号二五五頁、判時一六〇四号一三九頁、資料版商事一五八号五四頁参照)。これに対し、原告らが抗告を申し立てたところ、大阪高裁は、乙事件について平成九年一一月一八日、甲事件について同年一二月八日、いずれも原決定を取り消し、被告らの担保提供の申立てを却下した(判時一六二八号一三三頁、本誌九七一号二一六頁、資料版商事一六五号二九一頁、同一六六号一三八頁参照)。被告らは、甲事件についてのみ特別抗告を申し立てたが、最高裁は、平成一〇年六月二日、右申立てを却下した。
大阪地裁は、その後、実体審理を開始し、甲、乙両事件を併合して争点整理及び証拠調べを進め、平成一二年六月二八日弁論を終結し、同年九月二〇日判決を言い渡した。

四 主な争点
本件の主な争点は、①被告らに、内部統制システムの構築に関し、任務懈怠行為があったか(甲事件及び乙事件のうち行員の米国法令違反行為の代位責任を問われた訴因)、②被告らに、米国法令違反に関し、任務懈怠行為があったか(乙事件のうち大和銀行自身の米国法令違反行為を問われた訴因)、③被告らが賠償すべき損害の有無及び範囲のほかに、④取締役を退任して監査役に就任した被告について、取締役としての責任を追及する訴えを提起するよう請求するに当たり、同被告が監査役として会社を代表するものとして、同被告に対して右提訴請求をした場合、その訴えは適法であるかについても判示している。

五 訴えの適法性
本判決は、事前の提訴請求が必要とされる趣旨を、「本来、取締役の責任を追及する訴えを提起する権利を有するのは会社であるから、まずは会社に右訴えを提起することの要否及び当否を検討する機会を与えるべきであり、それにもかかわらず会社が訴えを提起しない場合に初めて、株主に右訴えを提起する資格を与えるのが相当であるからである」とし、取締役の責任を追及する訴えについて、会社を代表してこれを受けるのは、「会社と取締役との間の利益衝突を防止する趣旨」から、監査役であるとした上で、本件では、取締役を退任して監査役に就任した被告について、取締役としての責任を追及する訴えを提起するよう請求するに当たり、同被告が監査役として会社を代表するものとして、同被告に対して右提訴請求をしており、形式的には、事前の提訴請求の要件を具備しているが、実質的には、同被告に対する提訴の要否及び当否を同被告自身に判断させることとなり、「商法が会社に対する事前の提訴請求を要求する趣旨に照らし、原告らが事前の提訴請求を行ったものと評価することはできない」とした。そして、右手続上の瑕疵は重大である上、訴訟要件を具備しているか否かの判断は明確であることが要請されるから、同被告が他の監査役に提訴請求書を見せ、監査役会で提訴しない旨決議したこと、会社が同被告に対する提訴を知りながら、共同訴訟参加をしなかったことなどの事情を勘案しても、右瑕疵は治癒されないので、同被告に対する本件訴えのうち取締役としての責任を追及する部分については不適法であり、却下を免れないと判示した。
なお、事前の提訴請求の瑕疵を理由に訴えを不適法却下とした裁判例としては、東京地判平4・2・13本誌七九四号二一八頁がある。

六 内部統制システム
1 本争点で問題となっているのは、甲事件及び乙事件で行員の米国法令違反行為の代位責任を問われた訴因(本件訴因14ないし20)である。
2 本判決は、まず、健全な会社経営を行うためには、リスク管理が欠かせず、その会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制(内部統制システム)を整備する必要があるとした上で、重要な業務執行については、取締役会が決定することを要するから、会社経営の根幹に係わるリスク管理体制の大綱は、取締役会で決定することを要し、業務執行を担当する代表取締役及び業務担当取締役は、大綱を踏まえ、担当する部門におけるリスク管理体制を具体的に決定するべき職務を負う。したがって、取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は業務担当取締役として、リスク管理体制を構築し、さらに、代表取締役及び業務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか監視する善管注意義務及び忠実義務を負っており、監査役も、取締役がリスク管理体制の整備を行っているか監査すべき善管注意義務を負っているとした。なお、内部統制システムの構築について、取締役及び監査役のいずれにとっても、業務執行対象ないし監視対象とすべきであるとしたものとして、大阪高決平9・12・8〔前掲〕がある。
そして、本件では、「財務省証券取引には、取引担当者が自己又は第三者の利益を図るため、その権限を濫用する誘惑に陥る危険性があるとともに、価格変動リスクが現実化して損失が生じた場合に、その隠ぺいを図ったり、その後の取引で挽回をねらいかえって損失を拡大させる危険性を抱えている。また、カストディ業務には、保管担当者が自己又は第三者の利益を図って保管物を無断で売却して代金を流用する等、権限を濫用する危険性が内在している。このような不正行為を未然に防止し、損失の発生及び拡大を最小限に止めるためには、そのリスクの状況を正確に認識・評価し、これを制御するため、様々な仕組みを組み合せてより効果的なリスク管理体制を構築する必要がある」とした。
3 続いて、本判決は、原告らが、構築すべきであった内部統制システムとして主張している、①フロント・オフィスとバック・オフィスの分離、②財務省証券取引業務とカストディ業務の分離、③財務省証券の保管残高の確認方法等について、順次検討している。
すなわち、①については、財務省証券取引のリスクを適切に管理するためには、取引担当者に対し取引に関する制限を課した上、取引担当者がこの制限を遵守していることを確認するため、フロント・オフィス(取引部門)と、取引の相手方から会社宛て送付される売買確認書を受領し、取引部門から送付される取引伝票とを照合するバック・オフィス(事務管理部門)とを組織上分離して、右両部門が相互に牽制しあう体制を整備することが考えられるとした上で、本件では、証拠上、右分離は一応実施されていたものと評価されるとした。
また、②についても、財務省証券取引業務の担当者が、カストディ業務の担当者を兼ねる場合には、無権限で行った財務省証券取引の損失を、カストディ業務で保管中の財務省証券の無断売却により隠ぺいし、さらに、無権限での財務省証券取引を繰り返して、銀行に巨額の損失を与えるおそれがあり、銀行が抱える危険性は飛躍的に増大するので、担当者による不正行為を未然に防止し、損失の発生及び拡大を最小限に止めるためには、財務省証券取引を担当する部門とカストディ業務を担当する部門を組織上分離して、両部門が相互に牽制しあう体制を整備し、また、右体制を実質的に機能させるため、人事配置に当たっては同一の従業員に両部門を兼任させないように配慮することが考えられるとした上で、本件では、当初、両部門は分離されておらず、また、分離後も人事配置の面で十全ではなかったものの、証拠上、右分離により本件無断取引及び無断売却を発見、防止することができたとは必ずしも言えないとした。
しかし、③については、カストディ業務のリスクを適切に管理するためには、保管証券の性質に応じた適切な方法によって残高を確認することが必要であり、本件で無断売却された財務省証券は証券が発行されない登録債であって、現物との突合を行うことはできず、また、再保管銀行に保管を再委託しており、保管残高を確認するためには、右銀行に対する照会を行うほか適切な方法がなかったのであるから、検査担当者において、カストディ業務の担当者を介さず、直接右銀行に対して保管残高の照会を行うことが考えられるとし、本件では、支店の店内検査、内部監査担当者による検査、検査部による臨店検査、米州企画室による検査、会計監査人による監査で、財務省証券の保管残高の確認を行っていたところ、いずれの検査においても、検査対象である支店あるいはカストディ係に再保管銀行から財務省証券の保管残高明細書を入手させ、その保管残高明細書と支店の帳簿とを照合するという検査方法を採用していたため、財務省証券の無断売却を行った行員が偽造した保管残高明細書と支店の帳簿とを照合する結果となり、右無断売却及び右偽造等を内容とする行員の米国法令違反行為(本件訴因14ないし20)を発見、防止することができなかったのであって、カストディ業務に内在するリスクを適切に管理するための、財務省証券の保管残高を確認する仕組みは、整備、実施されていたものの、その検査方法は、検査対象者に隠ぺいの機会を残すものであったとした。
4 その上で、本判決は、総括として、ニューヨーク支店における財務省証券取引及びカストディ業務に関するリスク管理体制は、証拠上、大綱のみならずその具体的な仕組みについても、整備されていなかったとまではいえないとし、ただ、財務省証券の保管残高の検査方法が著しく適切さを欠いていたとした。
5 本判決は、右検査方法が著しく適切さを欠いていたことについて、まず、支店の店内検査を統括し、臨店検査も実施していた検査部の担当取締役、店内検査及び内部監査担当者による検査を指揮していたニューヨーク支店長、検査を実施していた米州企画室の担当取締役が任務懈怠責任を負い、被告らのうちでは、ニューヨーク支店長であった被告三名が責任を負うものとした。
次に、財務省証券の保管残高の検査業務については、頭取、副頭取、検査部又は支店の業務担当取締役という指揮系統であると思われるとした上で、右副頭取が誰であったかについては主張、立証がない。頭取についても、巨大な組織を有する大規模な企業においては、頭取が個々の業務についてつぶさに監督することは、効率的かつ合理的な経営という観点から適当でないのはもとより、可能でもなく、各業務担当取締役にその担当業務の遂行を委ねることが許され、右業務執行の内容につき疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、監督義務懈怠の責を負うことはなく、本件では、右特段の事情についての主張、立証はないとして、その責任を否定した。
さらに、右指揮系統外の取締役については、リスク管理体制の構築について監視義務を負うとしながらも、本件では、財務省証券取引及びカストディ業務に関するリスク管理体制は、その大綱のみならず具体的な仕組みについても、整備がされていなかったとまではいえず、ただ、財務省証券の保管残高の検査方法が著しく適切さを欠いていたものであること、検査業務については、検査部という専門の部署が設けられていたこと、検査専門の部署が、財務省証券の保管残高を確認するに当たり、前記のような基本的な過誤を犯すことを想定することは困難であることなどを理由とし、右検査方法について疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、取締役としての監視義務違反を認めることはできず、右特段の事情についての主張、立証はないとして、その責任を否定した。
なお、監査役については、取締役の職務の執行を監査する職務を負うのであって、検査部及びニューヨーク支店を担当する取締役が適切な検査方法をとっているか、また、会計監査人が行う監査の方法及び結果が適正かを監査する職務も負っていたとしながらも、本件では、監査役は、十分な監査を行っていたにもかかわらず、財務省証券の保管残高の検査方法の問題点を発見することができなかったのであるから、右検査方法の問題点を知り得なかったものと認められるとして、その責任を否定した。ただ、ニューヨーク支店に往査した監査役である被告は、会計監査人による財務省証券の保管残高の確認方法が不適切であることを知り得たものであるとして、任務懈怠責任を負うものとした(なお、大和銀行の監査を担当していた監査法人と公認会計士四名は、日本公認会計士協会から厳重注意処分を受けたとのことである〔平成一一年一二月一四日付け日本経済新聞朝刊〕。)。
6 ところで、被告らは、①大和銀行が採用していた財務省証券の保管残高の検査方法は、当時の検査方法として他の銀行においても通常行われていた、②大蔵省、日本銀行、米国の監督機関の検査を受け、右検査方法について不適切との指摘を受けたことはない、③本件無断取引等を発見、防止できなかったのは、行員の異常に巧妙な隠ぺい工作によるものであったと主張した。
これに対し、本判決は、①について、カストディ業務を行っている金融機関が、大和銀行のように重大な不備のある検査方法を一般的に採用していたとは考え難いし、証拠上、それを認めることはできないとした。そして、検査方法に重大な不備がある以上、仮に他の金融機関が同じ方法を採用していたとしても、右検査方法が不適切でなかったものと評価されるものではないとした。なお、同業他社の管理体制を基準とした裁判例として東京高判平3・11・28本誌七七四号一〇七頁がある。
また、②について、証拠上、大蔵省、日本銀行、米国の監督機関が、大和銀行が採用していた財務省証券の保管残高の検査方法を適切であると評価したと認めることはできないし、銀行の経営の健全性を確保する第一次的な責任を負っているのは銀行自体であって、自ら行うべき管理を監督当局の検査をもって代替しようとしてはならないとした。
さらに、③についても、大和銀行は、顧客から預かり保管中の財務省証券の残高確認に当たり、証券の性質に応じた現物確認という欠くべからざる方法を採らないという重大な過誤を犯したために、本件無断売却を発見できなかったのであって、行員が異常に巧妙な隠ぺい工作をとった訳はないとした。
7 なお、金融機関における内部統制システムに関しては、①「〈現役法務部室長匿名座談会〉金融機関の不祥事と内部管理体制」金法一四八一号二二頁、②「〈座談会〉金融機関・証券会社の取締役と株主代表訴訟Ⅱ(その2)」金法一四八七号二八頁、③「〈匿名座談会〉金融機関におけるコンプライアンス体制の構築―現状と課題」金法一五四六号四六頁、④野村修也「金融機関に求められるコンプライアンス体制」商事一五二七号一一頁、⑤松井秀樹「内部管理体制構築義務と株主代表訴訟」金法一五七一号一二七頁、⑥同「内部通報制度と第二次災害の防止」同一五七〇号九五頁、⑦銀行研修社編・リスク・内部管理必携(銀行研修社)、⑧吉見宏・企業不正と監査(税務経理協会)などが参考となる。

七 米国法令違反
1 本争点で問題となっているのは、乙事件で、大和銀行自身の米国法令違反行為を問われた訴因(本件訴因1ないし7、23、24)であり、右訴因も、本件無断取引発覚前の訴因(本件訴因23、24)と発覚後の訴因(本件訴因1ないし7)とに分かれる(米国における刑事手続については、デービッド・E・ブロドスキー=河井聡「米国における企業犯罪の訴追」際商二四巻五号四六九頁が参考となる。)。
2 本判決は、まず、商法二六六条一項五号にいう「法令」には外国法令は含まれないことを前提に、事業を海外に展開するに当たって、当該国の法令に遵うことは取締役の善管注意義務の内容をなすとした。なお、最二小判平12・7・7は、「会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属する」旨判示している。
3 本件無断取引発覚前の訴因(本件訴因23、24)について、証拠上、本件訴因23に係る事実は認められないが、「米国連邦準備制度理事会(FRB)による検査期間中、財務省証券のトレーダーを移動させ、右検査を妨害し、又は妨害しようとした」とされる本件訴因24に係る事実は認められるとした上で、右訴因について、ニューヨーク支店長としてトレーダーを移動させた被告は米国法令違反の行為を行った。また、それ以前に同支店長を務め、自らも、検査の際にトレーダーを移動させた経験を持つ被告は右米国法令違反行為を未然に防止することができたはずであって、いずれも取締役の善管注意義務及び忠実義務に違反するとした。しかしながら、その余の被告らについては、右米国法令違反行為を知っていたと認めるに足りる証拠はなく、また、事前に知り得たことを窺わせる事情も主張、立証がなく、責任を負うものではないとした。
4 米国当局に犯罪届を提出しなかったこと、米国の監督機関であるFRBに対し虚偽の報告書を提出したこと、支店の帳簿等に虚偽の記載をしたこと、財務省証券の再保管銀行の書類を偽造したことなどを内容とする本件無断取引発覚後の訴因(本件訴因1ないし7)については、いずれも、事実として認められるとした上で、無断取引等を行った行員の書簡を受け取り、右事実の発生を知った頭取、そして、頭取より右事実を知らされた会長(前頭取)、副頭取、代表取締役国際部長、ニューヨーク支店長ら一一名の被告は、右各訴因に係る行為を自ら行い、指示・了解を与え、あるいは少なくとも未然に防止できたはずであるので、いずれも、取締役の善管注意義務及び忠実義務に違反するとした。
5 ところで、被告らは、本件無断取引発覚後の訴因(本件訴因1ないし7)について、①高度に複雑でまれにみる困難な経営判断を誠実に行っており、裁量の範囲を逸脱した義務違反があったとはいえない、②大蔵省の要望、示唆に反して本件無断取引等の事実を米国当局に報告する期待可能性はなかった、③米国の法規制の内容を知らなかったなどと主張した。
これに対し、本判決は、①について、取締役はその職務を遂行するに当たり広い裁量が与えられているとした上で、「取締役は、会社経営を行うに当たり、外国法令を含む法令を遵守することが求められているのであり、取締役に与えられた裁量も法令に違反しない限りにおいてのものであって、取締役に対し、外国法令を含む法令に遵うか否かの裁量が与えられているものではない」として、外国法令違反行為について、経営判断の原則の適用を否定した。なお、東京地判平8・2・8資料版商事一四四号一一一頁は、「株式会社の取締役は、法令及び定款の定め並びに株主総会の決議に違反せず、会社に対する忠実義務に背かない限り、広い経営上の裁量を有している」と判示している。
また、②について、大蔵省が、頭取らに対し、権限に基づき、米国当局に対する報告を行わないよう指示ないし命令を行ったことを認めるに足りる証拠はないとした上、被告らは、銀行の経営者として、自ら、適切な経営判断を行う職責を負っており、大蔵省の判断及び指示に依存して銀行経営を行い、自らの責任において判断を行わないことは許されないとした。
さらに、③についても、米国の監督機関に対し虚偽の報告書を提出すること、書類を偽造することなどが違法であることを知らなかったとは到底考えられない、また、米国当局に対する犯罪届の提出についても、米国において外国銀行に対する監督が強化されて、大和銀行も米国の監督機関による検査を受けていたことなどを理由として米国の法規制について、少なくともその概要は承知していたものと推認できるとした。そして、仮に、右各訴因に係る行為が米国法令に違反することを知らなかったとしても、行員の犯罪行為により約一一億ドルもの多額の損害を受けるというのは、希有で異常な事件であるから、米国において事業を展開する銀行の経営者として、直ちに、米国法制の調査及び検討を行わなかったことについて過失があることは明らかであるとした(なお、最二小判平12・7・7〔前掲〕は、「株式会社の取締役が、法令又は定款に違反する行為をしたとして、本規定(商法二六六条一項五号)に該当することを理由に損害賠償責任を負うには、右違反行為につき取締役に故意又は過失があることを要するものと解される」旨判示している。)。

八 損害の有無、範囲
本判決は、甲事件に関し、取締役ニューヨーク支店長であった被告三名及び同支店に往査した監査役であった被告一名に任務懈怠責任が認められるところ、昭和六二年一〇月から平成元年二月までニューヨーク支店長であった被告について、同被告が支店長に就任した時点で既に発生していた損害を賠償する義務を負うものではないとして、本件無断取引及び無断売却による損害が、平成元年七月ころ約五億七〇〇〇万ドルで、最終的に平成七年七月一三日当時約一一億ドルになったことは当事者間に争いがないから、その差額五億三〇〇〇万ドル相当額の損害を賠償する義務を負うとした。しかしながら、その余の被告らについては、証拠上、支店長に就任した時点及び支店に往査した時点以降損害が生じたか不明であり、賠償義務を負うものではないとした。
また、乙事件に関して、原告らが、損害として、罰金等を主張したところ、本判決は、有罪答弁を行った訴因について任務懈怠責任が認められる以上、「司法取引が介在しているとしても、その司法取引の過程や結果が通常予測されうるところと著しく異なる等の特段の事情が認められない限り、任務懈怠行為と罰金を支払ったことによる損害との間の法律上の因果関係が否定されるものではない」とし、本件においては、右特段の事情についての主張、立証がないとして因果関係を肯定した。
その上で、本件においては、被告らは、有罪の答弁を行った訴因の一部についてのみ任務懈怠責任が認められるから、右罰金等全額に相当する金額の賠償義務を認めるのは相当でなく、「寄与度に応じた因果関係の割合的認定を行うのが合理的である」とし、各被告について、任務懈怠責任の認められる訴因の数及び法定刑に応じて、賠償すべき損害額を限定した。
なお、本判決と同じく、会社が米国において司法取引を行って罰金を支払った場合に、取締役の任務懈怠行為と罰金の支払いとの間の因果関係を認め、また、取締役としての責任が原因行為の一部に止まる場合に、寄与度に応じた因果関係の割合的認定を行い、取締役の損害賠償責任を限定した裁判例として、東京地判平8・6・20判時一五七二号二七頁がある。

Ⅴ 監査役Eの責任

+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4  前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

・善管注意義務違反(330条・民法644条)

+(計算書類等の監査等)
第四百三十六条  監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含み、会計監査人設置会社を除く。)においては、前条第二項の計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書は、法務省令で定めるところにより、監査役の監査を受けなければならない。
2  会計監査人設置会社においては、次の各号に掲げるものは、法務省令で定めるところにより、当該各号に定める者の監査を受けなければならない。
一  前条第二項の計算書類及びその附属明細書 監査役(監査等委員会設置会社にあっては監査等委員会、指名委員会等設置会社にあっては監査委員会)及び会計監査人
二  前条第二項の事業報告及びその附属明細書 監査役(監査等委員会設置会社にあっては監査等委員会、指名委員会等設置会社にあっては監査委員会)
3  取締役会設置会社においては、前条第二項の計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書(第一項又は前項の規定の適用がある場合にあっては、第一項又は前項の監査を受けたもの)は、取締役会の承認を受けなければならない。

+(株主総会に対する報告義務)
第三百八十四条  監査役は、取締役が株主総会に提出しようとする議案、書類その他法務省令で定めるものを調査しなければならない。この場合において、法令若しくは定款に違反し、又は著しく不当な事項があると認めるときは、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない。

+(取締役への報告義務)
第三百八十二条  監査役は、取締役が不正の行為をし、若しくは当該行為をするおそれがあると認めるとき、又は法令若しくは定款に違反する事実若しくは著しく不当な事実があると認めるときは、遅滞なく、その旨を取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会)に報告しなければならない。

+(監査役による取締役の行為の差止め)
第三百八十五条  監査役は、取締役が監査役設置会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該監査役設置会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。
2  前項の場合において、裁判所が仮処分をもって同項の取締役に対し、その行為をやめることを命ずるときは、担保を立てさせないものとする。

・違法配当金相当額の損害賠償責任
+判例(大阪地判H20.4.18)
++解説
《解  説》
本件は,被告である監査法人が,被監査会社である再生会社の平成10年3月期から平成13年3月期の各決算期において,再生会社が架空工事の工事代金を売上として計上するなどの粉飾決算を行っていたにもかかわらず,これを発見せずに漫然と監査を行い,必要な監査手続を実施せずに適法ないし適正意見を発したとして,再生会社の管財人が原告となって,監査契約の債務不履行に基づき,株主への違法配当金及び社外流出金の合計10億円余りの損害賠償を請求した事案である。
本件の争点は,多岐に渡るが,主要な争点としては,監査人が行うべき「通常実施すべき監査手続」の内容とはいかなるものかという点と本件で被告は再生会社の売上等の監査要点について「通常実施すべき監査手続」を行ったかという点である。また,原告は,自ら粉飾決算を実行した再生会社の管財人であることから,管財人が再生会社の被告に対する損害賠償請求権を行使することがクリーンハンズの原則に反するかという点も争点となった。

本判決は,まず,「民事再生法における管財人は,裁判所の管理命令によって選任されるものであり,再生債務者たる会社は,自らは業務遂行権や財産の管理処分権を失い,管財人の業務に矛盾抵触しない限度で経営を行うことができるにすぎなくなることから,再生債務者たる会社とは同一の立場にはない」とし,「管財人が監査人の監査契約上の責任を追及することは,むしろ株主や債権者の利益にかなうことであり,……特に本件では,ナナボシは解散しており,会社として存続されることもないことも考慮すると,クリーンハンズの原則にも反するものではない。」と判示して,本件で管財人である原告が監査人に対する損害賠償請求権を行使することが,クリーンハンズの原則にも反しないとした(判示事項1)。
本判決は,「通常実施すべき監査手続」を「監査基準・一般基準の適格性基準に適合した職業監査人を前提として,監査人がその能力と実務経験に基づき十分な監査証拠を入手するために『正当な注意』をもって必要と判断して実施する監査手続」と認定した上で,「通常実施すべき監査手続」であったかはリスク・アプローチの考え方を考慮すべきことを指摘した。そして,本来,確実な入金が見込めるはずの公共工事での支払遅延の不自然な点を検討し,「被告としては,単に入金を確認するのみならず,契約の実在性についても監査手続を行うべきであったといえる。」とし,「平成13年3月期では,売上計上された御坊地区の工事全てについて工事代金が入金されず支払遅延が生じ,平成13年6月末日においても,予定通りの入金がされず,被告が入金遅れの理由を詳しく調査したのは,平成13年3月期の監査意見の表明後であったと認められる。……被告は,公共工事でありながら度重なる入金遅れに対して疑念を抱くべきであったといえ,少なくとも入金されない理由を詳しく問い合わせる等の追加監査手続をとるべきだったといえる。」として,「平成13年3月期において,御坊地区の工事の実在性について追加監査手続を実施しなかったことは,『通常実施すべき監査手続』を満たしているとはいえず,被告の監査手続に過失が認められる。」と判示して,被告が御坊地区の工事の支払遅延について追加の監査手続を実施しなかったことが「通常実施すべき監査手続」を満たしていないと判断して,原告の請求のうち,再生会社が民事再生手続を申し立てる直前の平成13年3月期に限って,被告の過失を認めた(判示事項2)。そして,原告の損害は,違法配当については認めたが,社外流出金については,「御坊地区の工事の売上が計上された時点で,すでに外注費として支出されていたのであり,粉飾に基づいて支出されたものであるが,被告が監査意見を差し控えることによって,その支出を阻止できた関係にあるとはいえない。」として被告の過失との間の相当因果関係を否定して,再生会社が自ら粉飾決算を行った点を重視して,およそ8割の過失相殺を行った。

監査法人が粉飾決算を発見できなかったことに対する過失責任について,従来の裁判例は,これを否定するものが多かった(例えば,東京地判平19.5.23判時1985号79頁,大阪地判平18.3.20判時1951号129頁,大阪地判平17.2.24判時1931号152頁,東京高判平7. 9.28判タ921号203頁等。もっとも,無限定適正意見を付けたことが証券取引法上の虚偽記載に当たらないと判断され,監査法人の過失を否定したものとして,東京地判平18.9.27資料版商事275号241頁)。これらの裁判例は,経営陣による粉飾決算の手法が巧妙であることや会計監査の目的が財務諸表が適正に作成されているかという点にあることを重視し,監査法人の責任を否定したものである。学説上も,監査法人の責任に対しては,特に経営者の不正が関わっている場合は消極的であった(弥永真生「不正発見と会計監査人(下)」ジュリ1116号72頁等)。本判決は,特に上場会社の法定監査において,粉飾決算に気づくことができなかった監査法人の過失を認めたものとして,画期的なものといえる。しかし,本判決は,会計監査の目的自体は肯定しつつも,本件の粉飾決算の手法は,架空売上を計上するという比較的ありふれたものであり,しかも,監査を担当した会計士が実際に工事現場を見て不自然であると指摘した点も重視して,粉飾決算を発見することができたはずであると判断し,監査法人の過失を認めたものであり,従来のような監査人による粉飾の発見が困難であった事例とは事案を異にする。
近年,企業のコンプライアンスが重要視されるようになり,特に会計の分野では,上場企業の粉飾決算の事件が多発していることから,法定監査を担当する監査法人の責任はますます大きくなっている。その意味では,本判決は,今後の企業法務の分野に重大な影響を及ぼすものといえるであろう。

Ⅵ おわりに


会社法 事例で考える会社法 事例14 公開会社の株式・新株予約権の不公正発行(その2)新株予約権の無償割り当ての差止め


Ⅳ 新株予約権の無償割り当ての差止め
1.本件無償割当てがXにとって有する意味

+(新株予約権無償割当て)
第二百七十七条  株式会社は、株主(種類株式発行会社にあっては、ある種類の種類株主)に対して新たに払込みをさせないで当該株式会社の新株予約権の割当て(以下この節において「新株予約権無償割当て」という。)をすることができる。

(新株予約権無償割当てに関する事項の決定)
第二百七十八条  株式会社は、新株予約権無償割当てをしようとするときは、その都度、次に掲げる事項を定めなければならない。
一  株主に割り当てる新株予約権の内容及び数又はその算定方法
二  前号の新株予約権が新株予約権付社債に付されたものであるときは、当該新株予約権付社債についての社債の種類及び各社債の金額の合計額又はその算定方法
三  当該新株予約権無償割当てがその効力を生ずる日
四  株式会社が種類株式発行会社である場合には、当該新株予約権無償割当てを受ける株主の有する株式の種類
2  前項第一号及び第二号に掲げる事項についての定めは、当該株式会社以外の株主(種類株式発行会社にあっては、同項第四号の種類の種類株主)の有する株式(種類株式発行会社にあっては、同項第四号の種類の株式)の数に応じて同項第一号の新株予約権及び同項第二号の社債を割り当てることを内容とするものでなければならない。
3  第一項各号に掲げる事項の決定は、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならないただし、定款に別段の定めがある場合は、この限りでない

2.新株予約権無償割てと会社法247条

+第二百四十七条  次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第二百三十八条第一項の募集に係る新株予約権の発行をやめることを請求することができる。
一  当該新株予約権の発行が法令又は定款に違反する場合
二  当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合

・無償割当ての場合は類推適用。

+判例(H19.8.7)ブルドックソース事件
理由
抗告代理人赤上博人ほかの抗告理由について
1 本件は、相手方の株主である抗告人が、相手方に対し、相手方のする株主に対する新株予約権の無償割当ては、株主平等の原則に反し、著しく不公正な方法によるものであるから、会社法(以下「法」という。)247条1号及び2号に該当すると主張して、これを仮に差し止めることを求める事案である。
2 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1) 相手方は、ソースその他調味料の製造及び販売等を主たる事業とする株式会社であり、その発行する株式を株式会社東京証券取引所市場第二部に上場している。平成19年6月8日(以下、月日のみ記載するときは、すべて平成19年である。)時点における相手方の発行可能株式総数は7813万1000株、発行済株式総数は1901万8565株である。
(2) 抗告人は、日本企業への投資を目的とする投資ファンドであり、5月18日時点において、関連法人と併せ、相手方の発行済株式総数の約10.25%を保有している。また、A(以下「A」という。)は、アメリカ合衆国デラウェア州法に基づき、抗告人のために株式等の買付けを行うことを目的として設立された有限責任会社であり、抗告人がそのすべての持分を有している。
(3) Aは、5月18日、相手方の発行済株式のすべてを取得することを目的として、相手方の株式の公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)を行う旨の公告をし、公開買付開始届出書を関東財務局長に提出した。当初、本件公開買付けの買付期間は同日から6月28日まで、買付価格は1株1584円とされていたが、6月15日、買付期間は8月10日までに変更され、買付価格も1株1700円に引き上げられた。なお、上記の当初の買付価格は、相手方株式の本件公開買付け開始前の複数の期間における各平均市場価格に抗告人において適切と考える約12.82%から約18.56%までのプレミアムを加算したものとなっている。
(4) 相手方は、5月25日、Aに対する質問事項を記載した意見表明報告書を関東財務局長に提出し、これを受けて、Aは、6月1日、対質問回答報告書(以下「本件回答報告書」という。)を同財務局長に提出した。
(5) 本件回答報告書には、〈1〉抗告人は日本において会社を経営したことはなく、現在その予定もないこと、〈2〉抗告人が現在のところ相手方を自ら経営するつもりはないこと、〈3〉相手方の企業価値を向上させることができる提案等を、どのようにして経営陣に提供できるかということについて想定しているものはないこと、〈4〉抗告人は相手方の支配権を取得した場合における事業計画や経営計画を現在のところ有していないこと、〈5〉相手方の日常的な業務を自ら運営する意図を有していないため、相手方の行う製造販売事業に係る質問について回答する必要はないことなどが記載され、投下資本の回収方針については具体的な記載がなかった
このため、相手方取締役会は、6月7日、本件公開買付けは、相手方の企業価値をき損し、相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害するものと判断し、本件公開買付けに反対することを決議した。また、相手方取締役会は、同日、本件公開買付けに対する対応策として、〈1〉一定の新株予約権無償割当てに関する事項を株主総会の特別決議事項とすること等を内容とする定款変更議案(以下「本件定款変更議案」という。)及び〈2〉これが可決されることを条件として、新株予約権無償割当てを行うことを内容とする議案(以下「本件議案」という。)を、6月24日に開催予定の定時株主総会(以下「本件総会」という。)に付議することを決定した。本件定款変更議案のうち、新株予約権無償割当てに関する部分の概要は、「相手方は、その企業価値及び株主の共同の利益の確保・向上のためにされる、新株予約権者のうち一定の者はその行使又は取得に当たり他の新株予約権者とは異なる取扱いを受ける旨の条件を付した新株予約権無償割当てに関する事項については、取締役会の決議によるほか、株主総会の決議又は株主総会の決議による委任に基づく取締役会の決議により決定する。この株主総会の決議は特別決議をもって行う。」というものである。
(6) 本件総会において、抗告人は、本件公開買付けに対する対応策の内容、その実施に要する費用の総額、当該対応策が実施された場合における課税上の負担の有無、本件公開買付けが撤回された後に新たな株式の公開買付けが行われる場合の相手方の対応等について質問するにとどまった。そして、本件定款変更議案及び本件議案は、いずれも出席した株主の議決権の約88.7%、議決権総数の約83.4%の賛成により可決された。なお、本件総会において可決された新株予約権の無償割当て(以下、当該新株予約権を「本件新株予約権」といい、その無償割当てを「本件新株予約権無償割当て」という。)の概要は、次のとおりである。
ア 新株予約権無償割当ての方法により、基準日である7月10日の最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主に対し、その有する相手方株式1株につき3個の割合で本件新株予約権を割り当てる。
イ 本件新株予約権無償割当てが効力を生ずる日は、7月11日とする。
ウ 本件新株予約権1個の行使により相手方が交付する普通株式の数(割当株式数)は、1株とする。
エ 本件新株予約権の行使により相手方が普通株式を交付する場合における払込金額は、株式1株当たり1円とする。
オ 本件新株予約権の行使可能期間は、9月1日から同月30日までとする。
カ 抗告人及びAを含む抗告人の関係者(以下、併せて「抗告人関係者」という。)は、非適格者として本件新株予約権を行使することができない(以下「本件行使条件」という。)。
キ 相手方は、その取締役会が定める日(行使可能期間の初日より前の日)をもって、抗告人関係者の有するものを除く本件新株予約権を取得し、その対価として、本件新株予約権1個につき当該取得日時点における割当株式数の普通株式を交付することができる。相手方は、その取締役会が定める日(行使可能期間の初日より前の日)をもって、抗告人関係者の有する本件新株予約権を取得し、その対価として、本件新株予約権1個につき396円を交付することができる(以下、これらの条項を「本件取得条項」という。)。なお、上記金額は、本件公開買付けにおける当初の買付価格の4分の1に相当するものである。
ク 譲渡による本件新株予約権の取得については、相手方取締役会の承認を要する。
(7) 相手方取締役会は、6月24日、本件議案の可決を受けて、本件新株予約権無償割当ての要項を決議するとともに、税務当局に対する確認の結果、株主に対する課税上の問題から、非適格者である抗告人関係者から本件取得条項に基づき本件新株予約権の取得を行うことができないと判断される場合であっても、抗告人関係者の有する本件新株予約権の全部を、相手方として抗告人関係者に何らの負担・義務を課すことなく1個につき396円の支払と引換えに譲り受ける旨決議した(以下、この決議を「本件支払決議」という。)。

3(1) 抗告人は、本件総会に先立つ6月13日、本件新株予約権無償割当てには、法247条の規定が適用又は類推適用されるところ、これは株主平等の原則に反して法令及び定款(以下「法令等」という。)に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるものであるなどと主張して、原々審に対し、本件新株予約権無償割当ての差止めを求める仮処分命令の申立て(以下「本件仮処分命令の申立て」という。)をした。
(2) 原々審は、6月28日、株主に対して新株予約権の無償割当てをする場合においても、当該無償割当てが株主の地位に実質的変動を及ぼすときには、法247条の規定が類推適用され、株主平等の原則の趣旨が及ぶとした上で、本件新株予約権無償割当ては、株主平等の原則の趣旨に反して法令等に違反するものではなく、著しく不公正な方法によるものともいえないとして、本件仮処分命令の申立てを却下する旨の決定をした。
(3) 抗告人は、原審に抗告したが、原審は、7月9日、本件新株予約権無償割当てが相手方の企業価値のき損を防止するために必要かつ相当で合理的なものであり、また、抗告人関係者がいわゆる濫用的買収者であることを考慮すると、これは株主平等の原則に反して法令等に違反するものではなく、著しく不公正な方法によるものともいえないとして、抗告を棄却した。

4 本件抗告の理由は、原決定が、本件新株予約権無償割当ては株主平等の原則に反して法令等に違反するものではないとし、著しく不公正な方法によるものともいえないとしたことを論難するものである。
(1) 株主平等の原則に反するとの主張について
ア 法109条1項は、株式会社(以下「会社」という。)は株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならないとして、株主平等の原則を定めている
新株予約権無償割当てが新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであっても、これは株式の内容等に直接関係するものではないから、直ちに株主平等の原則に反するということはできないしかし、株主は、株主としての資格に基づいて新株予約権の割当てを受けるところ、法278条2項は、株主に割り当てる新株予約権の内容及び数又はその算定方法についての定めは、株主の有する株式の数に応じて新株予約権を割り当てることを内容とするものでなければならないと規定するなど、株主に割り当てる新株予約権の内容が同一であることを前提としているものと解されるのであって、法109条1項に定める株主平等の原則の趣旨は、新株予約権無償割当ての場合についても及ぶというべきである。
そして、本件新株予約権無償割当ては、割り当てられる新株予約権の内容につき、抗告人関係者とそれ以外の株主との間で前記のような差別的な行使条件及び取得条項が定められているため、抗告人関係者以外の株主が新株予約権を全部行使した場合、又は、相手方が本件取得条項に基づき抗告人関係者以外の株主の新株予約権を全部取得し、その対価として株式が交付された場合には、抗告人関係者は、その持株比率が大幅に低下するという不利益を受けることとなる。
イ 株主平等の原則は、個々の株主の利益を保護するため、会社に対し、株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱うことを義務付けるものであるが、個々の株主の利益は、一般的には、会社の存立、発展なしには考えられないものであるから、特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の存立、発展が阻害されるおそれが生ずるなど、会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合には、その防止のために当該株主を差別的に取り扱ったとしても、当該取扱いが衡平の理念に反し、相当性を欠くものでない限り、これを直ちに同原則の趣旨に反するものということはできない。そして、特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否かについては、最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものであるところ、株主総会の手続が適正を欠くものであったとか、判断の前提とされた事実が実際には存在しなかったり、虚偽であったなど、判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り、当該判断が尊重されるべきである。
ウ 本件総会において、本件議案は、議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決されたのであるから、抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が、抗告人による経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し、相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害することになると判断したものということができる。そして、本件総会の手続に適正を欠く点があったとはいえず、また、上記判断は、抗告人関係者において、発行済株式のすべてを取得することを目的としているにもかかわらず、相手方の経営を行う予定はないとして経営支配権取得後の経営方針を明示せず、投下資本の回収方針についても明らかにしなかったことなどによるものであることがうかがわれるのであるから、当該判断に、その正当性を失わせるような重大な瑕疵は認められない
エ そこで、抗告人による経営支配権の取得が相手方の企業価値をき損し、相手方の利益ひいては株主の共同の利益を害することになるという本件総会における株主の判断を前提にして、本件新株予約権無償割当てが衡平の理念に反し、相当性を欠くものであるか否かを検討する。
抗告人関係者は、本件新株予約権に本件行使条件及び本件取得条項が付されていることにより、当該予約権を行使することも、取得の対価として株式の交付を受けることもできず、その持株比率が大幅に低下することにはなる。しかし、本件新株予約権無償割当ては、抗告人関係者も意見を述べる機会のあった本件総会における議論を経て、抗告人関係者以外のほとんどの既存株主が、抗告人による経営支配権の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐために必要な措置として是認したものである。さらに、抗告人関係者は、本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本件新株予約権の取得が実行されることにより、その対価として金員の交付を受けることができ、また、これが実行されない場合においても、相手方取締役会の本件支払決議によれば、抗告人関係者は、その有する本件新株予約権の譲渡を相手方に申し入れることにより、対価として金員の支払を受けられることになるところ、上記対価は、抗告人関係者が自ら決定した本件公開買付けの買付価格に基づき算定されたもので、本件新株予約権の価値に見合うものということができる。これらの事実にかんがみると、抗告人関係者が受ける上記の影響を考慮しても、本件新株予約権無償割当てが、衡平の理念に反し、相当性を欠くものとは認められない。なお、相手方が本件取得条項に基づき抗告人関係者の有する本件新株予約権を取得する場合に、相手方は抗告人関係者に対して多額の金員を交付することになり、それ自体、相手方の企業価値をき損し、株主の共同の利益を害するおそれのあるものということもできないわけではないが、上記のとおり、抗告人関係者以外のほとんどの既存株主は、抗告人による経営支配権の取得に伴う相手方の企業価値のき損を防ぐためには、上記金員の交付もやむを得ないと判断したものといえ、この判断も尊重されるべきである。
オ したがって、抗告人関係者が原審のいう濫用的買収者に当たるといえるか否かにかかわらず、これまで説示した理由により、本件新株予約権無償割当ては、株主平等の原則の趣旨に反するものではなく、法令等に違反しないというべきである。

(2) 著しく不公正な方法によるものとの主張について
本件新株予約権無償割当てが、株主平等の原則から見て著しく不公正な方法によるものといえないことは、これまで説示したことから明らかである。また、相手方が、経営支配権を取得しようとする行為に対し、本件のような対応策を採用することをあらかじめ定めていなかった点や当該対応策を採用した目的の点から見ても、これを著しく不公正な方法によるものということはできない。その理由は、次のとおりである。
すなわち、本件新株予約権無償割当ては、本件公開買付けに対応するために、相手方の定款を変更して急きょ行われたもので、経営支配権を取得しようとする行為に対する対応策の内容等が事前に定められ、それが示されていたわけではない。確かに、会社の経営支配権の取得を目的とする買収が行われる場合に備えて、対応策を講ずるか否か、講ずるとしてどのような対応策を採用するかについては、そのような事態が生ずるより前の段階で、あらかじめ定めておくことが、株主、投資家、買収をしようとする者等の関係者の予見可能性を高めることになり、現にそのような定めをする事例が増加していることがうかがわれる。しかし、事前の定めがされていないからといって、そのことだけで、経営支配権の取得を目的とする買収が開始された時点において対応策を講ずることが許容されないものではない本件新株予約権無償割当ては、突然本件公開買付けが実行され、抗告人による相手方の経営支配権の取得の可能性が現に生じたため、株主総会において相手方の企業価値のき損を防ぎ、相手方の利益ひいては株主の共同の利益の侵害を防ぐためには多額の支出をしてもこれを採用する必要があると判断されて行われたものであり、緊急の事態に対処するための措置であること、前記のとおり、抗告人関係者に割り当てられた本件新株予約権に対してはその価値に見合う対価が支払われることも考慮すれば、対応策が事前に定められ、それが示されていなかったからといって、本件新株予約権無償割当てを著しく不公正な方法によるものということはできない。また、株主に割り当てられる新株予約権の内容に差別のある新株予約権無償割当てが、会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく、専ら経営を担当している取締役等又はこれを支持する特定の株主の経営支配権を維持するためのものである場合には、その新株予約権無償割当ては原則として著しく不公正な方法によるものと解すべきであるが、本件新株予約権無償割当てが、そのような場合に該当しないことも、これまで説示したところにより明らかである。
(3) したがって、本件新株予約権無償割当てを、株主平等の原則の趣旨に反して法令等に違反するものということはできず、また、著しく不公正な方法によるものということもできない。
5 以上のとおりであるから、論旨は理由がなく、本件仮処分命令の申立てを却下すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)

++解説
《解  説》
1 本件は,Y(東証二部上場)の株主であるXが,Yに対し,Yによる新株予約権の無償割当て(会社法277条)を仮に差し止めることを求める仮処分事件であり,問題となるのは,YがXによる株式公開買付けに対応するために新株予約権の無償割当てをすることが,株主平等の原則等に反し法令等に違反するか否か,著しく不公正な方法により行われる場合に該当するか否かである。
2 事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) Xは,関連法人と併せて発行済株式総数の約10.25%を保有するYの筆頭株主である。Xがそのすべての持分を有する有限責任会社Aは,平成19年5月18日(以下,すべて平成19年である。),Yの発行済株式のすべてを取得することを目的として,証券取引法所定の株式公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)を開始した(当初の買付価格は,Yの株式の平均市場価格に約12.82~18.56%程度のプレミアムを加算した1株1584円であったが,Yが買収防衛策の導入を株主総会に付議したことに伴い,同買付価格は1株1700円に引き上げられた。)。
(2) Yは,5月25日,Aに対する質問事項を記載した意見表明報告書を関東財務局長に提出し,これを受けて,Aは,6月1日,対質問回答報告書を同財務局長に提出した。
(3) Y取締役会は,Aの対質問回答報告書に,経営支配権取得後の経営計画や投下資本の回収方針に係る具体的な記載がなかったことから,6月7日,本件公開買付けに反対する旨決議するとともに,本件公開買付けに対する対応策として,①新株予約権の無償割当てに関する事項を株主総会の特別決議事項とする旨の定款変更議案,②この議案の可決を条件として,新株予約権の無償割当て(以下,これを「本件新株予約権無償割当て」という。)を行う旨の議案を,6月24日開催の定時株主総会(以下「本件総会」という。)に付議することを決定し,これらの議案は,本件総会において,出席株主の議決権の約88.7%,議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決された。
(4) ちなみに,本件新株予約権無償割当ては,株主に対し,その有する株式1株につき3個の割合で新株予約権を割り当てるというものであるが,これにはX及びその関係者(以下,併せて「Xら」という。)以外の株主は割り当てられた新株予約権を行使するなどして株式の交付を受けることができるが,Xらは,割り当てられた新株予約権を行使することができない旨の差別的行使条件や,Yは金員を交付することによってXらの新株予約権を取得することができる旨の差別的取得条項が付されている。
3 Xは,本件総会に先立つ6月13日,会社法247条に基づき本件新株予約権無償割当ての差止めを求めて本件仮処分命令の申立てをした。原々審(東京地決平19.6.28金判1270号12頁)は,株主に対する新株予約権の無償割当てをする場合においても,当該無償割当てが株主の地位に実質的変動を及ぼすときには,会社法247条の規定が類推適用され,株主平等の原則の趣旨が及ぶとした上,本件新株予約権無償割当ては,株主平等の原則の趣旨に反するものではなく,著しく不公正な方法によるものともいえないとして,Xの申立てを却下した。また,原審(東京高決平19.7.9金判1271号17頁)も,本件新株予約権無償割当ては企業価値の毀損防止のために必要かつ合理的なものである,Xらはいわゆる濫用的買収者であり,Yのする本件新株予約権無償割当てを株主平等の原則に反するとも,著しく不公正な方法によるものともいえないとして,Xの抗告を棄却した。
4 本決定は,①法109条1項に定める株主平等の原則の趣旨は,新株予約権の無償割当ての場合についても及ぶ,②株主の共同の利益等が害されることになるような場合に,これを防止するために特定の株主を差別的に取り扱うことは,衡平の理念に反し,相当性を欠くものでない限り,株主平等の原則の趣旨に反しない,③株主の共同の利益等が害されることになるか否かの判断は最終的には株主自身により判断されるべきもので,判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り,当該判断が尊重されるべきであるとした上で,Xら以外のほとんどの株主がXによる経営支配権の取得が株主の共同の利益を害することになると判断したこと,当該判断にその正当性を失わせるような重大な瑕疵はないこと,本件新株予約権無償割当てが衡平の理念に反し,相当性を欠くものではないことなどから,Xらの濫用的買収者該当性について判断することなく,本件新株予約権無償割当ては株主平等の原則の趣旨に反せず,法令等に違反しないとし,また,本件新株予約権無償割当てが株主平等の原則の趣旨に反するものではないこと,本件新株予約権無償割当てが本件総会における判断により行われた緊急の事態に対処するための措置で,Xらには割り当てられた新株予約権の価値に見合う対価が支払われること,本件新株予約権無償割当てが取締役等の経営支配権の維持を目的とするものではないことから,これは著しく不公正な方法により行われる場合に該当しないと判示して,Xの抗告を棄却した。
5 会社法109条1項は,株式会社は,株主を,その有する株式の内容及び数に応じて,平等に取り扱わなければならないとして,いわゆる株主平等の原則を定めている。この原則は,株主は株主たる資格において会社から平等の待遇を与えられなければならない(機会の均等,比例的平等)というものであるから,新株予約権者間で差別的な取扱いをすることを内容とする新株予約権が発行されたからといって,直ちに株主平等の原則との抵触が問題となるわけではない。しかし,新株予約権の無償割当ての場合,株主は株主としての資格に基づきその割当てを受けるのであるし,会社法も株主に割り当てる新株予約権の内容が同一であることを当然の前提としているものと考えられるのであって(例えば会社法278条2項。なお,新株予約権の無償割当てについては,同法247条に相当する規定が設けられていないが,これは,新株予約権の無償割当ての場合,原則として株主の有する株式数に応じて割当てが行われるため,株主において不利益を受けることはないと考えられたことによるようである。),株主平等の原則の趣旨は,新株予約権の無償割当ての場合にも及ぶというべきであろう。【決定要旨1】は,この点に係るものである。
6 ところで,株主平等の原則の適用範囲については,①当事者が任意に株主平等の原則の例外を定め得るのは法が特に規定する場合に限られる(鈴木竹雄「株主平等の原則」法協48巻3号15頁等),②株主平等の原則を貫くことが会社自体の利益を害するような場合には,これに反することができ,同原則は会社の合理的必要性や利益の前には譲歩する(大隅健一郎=今井宏『会社法論(上)〔第3版〕』337頁等),③株主平等の原則の適用は明文の規定がある場合に限られ,それ以外は法の一般原則の適用を受ける(松本烝治『商法解釈の諸問題』217頁等)などと議論の存するところである。しかし,株主平等の原則が保護の対象とする個々の株主の利益は,一般的には会社の存立,発展なしには考えられないことからすると,会社の企業価値がき損され,株主の共同の利益が害されるような場合にまで,厳格に株主平等の原則を貫くことは適当ではないと思われる。一般原則である衡平の理念(株主平等の原則自体,この衡平の理念に基づくものである。)に反したり,相当性を欠くような差別的取扱いが許されないことは当然としても,そうでない限り,株主の共同の利益が害されるような場合にこれを防止するためにする差別的取扱いは,株主平等の原則(の趣旨)に反しないというべきであろう。【決定要旨2】は,この点に係るものである。
もっとも,中長期的視点において,経営支配権の取得が当該会社の企業価値をき損し,株主の共同の利益を害することになるか否かを誰がどのように判断すべきかは,それ自体困難な問題である。この点につき,本決定は,特定の株主による経営支配権の取得に伴い,会社の企業価値がき損され,株主の共同の利益が害されることになるか否かについては,最終的には,会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものと判示するが,同時に,それは判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない場合に限られるとして,一定の留保を付している。これは,株主の判断を尊重する場合においても,少なくとも当該判断の形成過程の適否については司法審査が及ぶことを明らかにしたものといえよう。
7 本決定は,以上を前提に本件新株予約権無償割当てについて検討し,これは株主平等の原則の趣旨に反せず法令等に違反しないとし,また,株主平等の原則の趣旨に反しないこと,緊急の事態に対処するために行われた措置で,Xらに新株予約権に見合う対価が支払われることなどから,著しく不公正な方法による場合に該当しないと判示した(従前,下級審裁判例〔東京高決平17.3.23判タ1173号125頁,東京高決平17.6.15判タ1186号254頁等多数〕は,「著しく不公正な方法により行われる場合」に該当するか否かを,「会社の経営支配権をめぐる争いがあるときに,取締役が議決権の過半数を維持,獲得することを主要な目的として新株を発行することは著しく不公正な方法により行われる場合に該当する」といういわゆる主要目的ルールに基づき判断してきたものということができる。しかし,本件は,防衛策の導入,発動の是非を株主総会の決議にゆだねるものであり,主要目的ルールによって当然に結論が導き出すことはできない。)。
8 近時,多数の上場企業において,敵対的買収に対する防衛策が現に導入され,あるいはその導入が検討されているようである。ただし,その防衛策の導入手続,内容,発動要件は種々であり,中には裁判手続による差止めのリスクを抱えるものも少なからずあるようである。このような状況にかんがみ,法務省,経済産業省は,平成17年5月27日,企業価値研究会の「企業価値報告書~公正な企業社会のルール形成に向けた提案~」に基づき「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」を公表するなど,適正な防衛策の基準の明確化に努めている。
本決定は,Xらの本件公開買付に対応するため急きょ防衛策を講ずることになり,しかも,この防衛策につき定時株主総会において株主の圧倒的な多数の賛成が得られ,更にはXらに多額の対価が支払われるというやや特殊な事例について,当該防衛策の是非を判示するものである。本決定は,防衛策の導入,発動に係る株主総会決議(普通決議,特別決議)の要否,防衛策により不利益を被る買収者に対する経済的補償の要否,程度等について具体的,一般的な基準を示すものではなく,これらの問題点については事例の集積を待つほかないが,株主平等の原則の適用範囲,その審理判断方法のみならず,いわゆる買収防衛策の是非について,初めて最高裁の判断を示したものであり,実務に与える影響は大きいものと思われる。

3.本件無償割当てが株主平等原則の趣旨に反するか
(1)会社法247条の要件
(2)本件無償割当ての法令違反
+(株主の平等)
第百九条  株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない。
2  前項の規定にかかわらず、公開会社でない株式会社は、第百五条第一項各号に掲げる権利に関する事項について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる。
3  前項の規定による定款の定めがある場合には、同項の株主が有する株式を同項の権利に関する事項について内容の異なる種類の株式とみなして、この編及び第五編の規定を適用する。

(3)新株予約権無償割当てと株主平等原則の趣旨

(4)本件無償割当てが株主平等原則の趣旨に反するか

(5)Xの不利益

4.本件無償割当てが著しく不公正な方法によるものといえるか
(1)著しく不公正な方法による新株予約権無償割当て
(2)本件無償割当てが著しく不公正な方法によるものか
(3)Xの不利益

Ⅴ 新株予約権を用いた買収防衛策と株主総会決議
1.ニッポン放送事件

+判例(H17.3.23)
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、本件における新株予約権が商法280条ノ39第4項、280条ノ10に規定する「著シク不公正ナル方法」によるものであり、これを事前に差し止める必要があると認めるべきであるから、本件仮処分命令申立てには被保全権利及び保全の必要性が存するとして、これを認容した原審仮処分決定は正当であり、したがってこれに対する異議申立事件において原審仮処分決定を認可した原審異議決定も正当であると判断する。その理由は、以下のとおりである。

2 本件新株予約権の発行の適否について
(1) 商法は授権資本制度を採用し(166条1項3号)、授権資本枠内の新株等の発行を、原則として取締役会の決議事項としている(280条ノ2第1項、280条ノ20第2項)。そして、公開会社においては、株主に新株等の引受権は保障されていないから(280条ノ5ノ2、280条ノ27参照)、取締役会決議により第三者に対する新株等の発行が行われ、既存株主の持株比率が低下する場合があること自体は、商法も許容しているということができる
しかしながら、一方で、商法280条ノ39第4項、280条ノ10が株主に新株等の発行を差し止める権能を付与しているのは、取締役会が上記権限を濫用するおそれがあることを認め、新株等の発行を株主総会の決議事項としない代わりに、会社の取締役会が株主の利益を毀損しないよう牽制する権能を株主に直接的に与えたものである
取締役会の上記権限は、具体化している事業計画の実施のための資金調達、他企業との業務提携に伴う対価の提供あるいは業務上の信頼関係を維持するための株式の持ち合い、従業員等に対する勤務貢献等に対する報賞の付与(いわゆる職務貢献のインセンティブとしてのストック・オプションの付与)や従業員の職務発明に係る特許権の譲受けの対価を支払う方法としての付与などというような事柄は、本来取締役会の一般的な経営権限にゆだねている。これらの事項について、実際にこれらの事業経営上の必要性と合理性があると判断され、そのような経営判断に基づいて第三者に対する新株等の発行が行われた場合には、結果として既存株主の持株比率が低下することがあっても許容されるが、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、取締役会が、支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営者又はこれを支持して事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株等を発行することまで、これを取締役会の一般的権限である経営判断事項として無制限に認めているものではないと解すべきである。
商法上、取締役の選任・解任は株主総会の専決事項であり(254条1項、257条1項)、取締役は株主の資本多数決によって選任される執行機関といわざるを得ないから、被選任者たる取締役に、選任者たる株主構成の変更を主要な目的とする新株等の発行をすることを一般的に許容することは、商法が機関権限の分配を定めた法意に明らかに反するものであるこの理は、現経営者が、自己あるいはこれを支持して事実上の影響力を及ぼしている特定の第三者の経営方針が敵対的買収者の経営方針より合理的であると信じた場合であっても同様に妥当するものであり、誰を経営者としてどのような事業構成の方針で会社を経営させるかは、株主総会における取締役選任を通じて株主が資本多数決によって決すべき問題というべきであるしたがって、現経営者が自己の信じる事業構成の方針を維持するために、株主構成を変更すること自体を主要な目的として新株等を発行することは原則として許されないというべきである
一般論としても、取締役自身の地位の変動がかかわる支配権争奪の局面において、果たして取締役がどこまで公平な判断をすることができるのか疑問であるし、会社の利益に沿うか否かの判断自体は、短期的判断のみならず、経済、社会、文化、技術の変化や発展を踏まえた中長期的展望の下に判断しなければならない場合も多く、結局、株主や株式市場の事業経営上の判断や評価にゆだねるべき筋合いのものである。
そして、仮に好ましくない者が株主となることを阻止する必要があるというのであれば、定款に株式譲渡制限を設けることによってこれを達成することができるのであり、このような制限を設けずに公開会社として株式市場から資本を調達しておきながら、多額の資本を投下して大量の株式を取得した株主が現れるやいなや、取締役会が事後的に、支配権の維持・確保は会社の利益のためであって正当な目的があるなどとして新株予約権を発行し、当該買収者の持株比率を一方的に低下させることは、投資家の予測可能性といった観点からも許されないというべきである。
これに対して、債務者は、会社の機関等の権限分配を根拠とするのであれば事前の対抗策も全部否定されることになって明らかに不当であるし、原審異議決定が機関の権限分配を根拠としながら事前の対抗策の余地を残したのは矛盾していると主張する。しかし、上記の機関権限の分配を前提としても、今後の立法によって、事前の対抗策を可能とする規定を設けることまで否定されるわけではない。また、後記のとおり、機関権限の分配も、株主全体の利益保護の観点からの対抗策をすべて否定するものではないから、新たな立法がない場合であっても、事前の対抗策としての新株予約権発行が決定されたときの具体的状況・新株予約権の内容(株主割当か否か、消却条項が付いているか否か)・発行手続(株主総会による承認決議があるか否か)等といった個別事情によって、適法性が肯定される余地もある。このように、機関権限の分配を根拠としたからといって、事前の対抗策が論理必然的に否定されることになるわけではないから、債務者の上記主張は失当である。
(2) 以上のとおり、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営者又はこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には、原則として、商法280条ノ39第4項が準用する280条ノ10にいう「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に該当するものと解するのが相当である。
もっとも、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権発行が許されないのは、取締役は会社の所有者たる株主の信認に基礎を置くものであるから、株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情がある場合には、例外的に、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする発行も不公正発行に該当しないと解すべきである。
例えば、株式の敵対的買収者が、〈1〉真に会社経営に参加する意思がないにもかかわらず、ただ株価をつり上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる目的で株式の買収を行っている場合(いわゆるグリーンメイラーである場合)、〈2〉会社経営を一時的に支配して当該会社の事業経営上必要な知的財産権、ノウハウ、企業秘密情報、主要取引先や顧客等を当該買収者やそのグループ会社等に移譲させるなど、いわゆる焦土化経営を行う目的で株式の買収を行っている場合、〈3〉会社経営を支配した後に、当該会社の資産を当該買収者やそのグループ会社等の債務の担保や弁済原資として流用する予定で株式の買収を行っている場合、〈4〉会社経営を一時的に支配して当該会社の事業に当面関係していない不動産、有価証券など高額資産等を売却等処分させ、その処分利益をもって一時的な高配当をさせるかあるいは一時的高配当による株価の急上昇の機会を狙って株式の高価売り抜けをする目的で株式買収を行っている場合など、当該会社を食い物にしようとしている場合には、濫用目的をもって株式を取得した当該敵対的買収者は株主として保護するに値しないし、当該敵対的買収者を放置すれば他の株主の利益が損なわれることが明らかであるから、取締役会は、対抗手段として必要性や相当性が認められる限り、経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行を行うことが正当なものとして許されると解すべきである。そして、株式の買収者が敵対的存在であるという一事のみをもって、これに対抗する手段として新株予約権を発行することは、上記の必要性や相当性を充足するものと認められない。
したがって、現に経営支配権争いが生じている場面において、経営支配権の維持・確保を目的とした新株予約権の発行がされた場合には、原則として、不公正な発行として差止請求が認められるべきであるが、株主全体の利益保護の観点から当該新株予約権発行を正当化する特段の事情があること、具体的には、敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく、敵対的買収者による支配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情があることを会社が疎明、立証した場合には、会社の経営支配権の帰属に影響を及ぼすような新株予約権の発行を差し止めることはできない

3 本件新株発行予約権の発行の目的について
(1) 債務者は、本件新株予約権の発行の目的は、Aの子会社となり債務者の企業価値を維持・向上させる点にあり、現経営陣の経営支配権の維持が主な目的であるとはいえないと主張する。
そこで検討すると、甲14、15、37の1及び2、乙62、93、121、122によれば、債務者取締役会は、債権者等が債務者の株式を大量に取得する以前から、債務者をAの完全子会社化して株式の上場廃止も意図し、Aによる公開買付けに賛同することを決議していたものであり、社外取締役4名が本件新株予約権の発行に賛成していることが認められ、これらの事実からみて、本件新株予約権の発行が債務者の現取締役個人の保身を目的として決定されたとは認められない。また、Bに属する経営陣の個人的利益を図る目的で本件新株予約権の発行が決定されたことをうかがわせる資料もない。
しかしながら、甲4、23及び審尋の全趣旨によれば、本件新株予約権の発行は、債権者等が債務者の発行済株式総数の約29.6%に相当する株式を買い付けた後にこれに対する対抗措置として決定されたものであり、かつ、その予約権すべてが行使された場合には、現在の発行済株式総数の約1.44倍にも当たる膨大な株式が発行され、債権者等による持株比率は約42%から約17%となり、Aの持株比率は新株予約権を行使した場合に取得する株式数だけで約59%になることが認められる。
そうすると、債務者は企業価値の維持・向上が目的であると主張しているものの、その実体をみる限り、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収を行って経営支配権を争う債権者等の持株比率を低下させ、現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主であるAによる債務者の経営支配権確保を主要な目的とするものであることは明白である。
(2) また、債務者は、本件新株予約権の発行の目的は、Aと共同で計画しているOプロジェクトへの整備資金を調達することにあるとも主張する。
甲18、25、26の1及び2、乙42、43、61によれば、上記プロジェクトの整備資金のうち債務者が負担する分は、当初債務者の保有しているA株をAに売却することで調達されることが予定されていたのであり、その後それでは資金不足のおそれがあることが判明したとの理由で本件新株予約権の発行による手取金約158億円でもって調達することに計画を一部変更したことが認められる。しかしながら、本件新株予約権の発行及びその行使に基づく新株発行によって債務者が調達する資金は上記金額をはるかに上回るものであり、その後にもAは本件新株予約権の全部を取得しても債務者の株式の過半数を取得する限りでしか権利行使しないことを表明しているから(乙168)、本件新株予約権の発行の主要な目的が上記プロジェクトへの整備資金にあるというのは、本件紛争になって言い出した口実である疑いが強く、にわかに信用し難い。かえって、債権者等による株式の敵対的買収対抗策としてAによる債務者の経営支配権の確保を主要な目的としていることが認められる。
(3) 以上によれば、本件新株予約権の発行は、債務者の取締役が自己又は第三者の個人的利益を図るために行ったものでないとはいえるものの、会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において、株式の敵対的買収を行って経営支配権を争う債権者等の持株比率を低下させ、現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主であるAによる債務者の経営支配権を確保することを主要な目的として行われたものであるから、上記2のとおりのこれを正当化する特段の事情がない限り、原則として著しく不公正な方法によるもので、株主一般の利益を害するものというべきである。

4 本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情について
債務者は、債権者がマネーゲーム本位で債務者のラジオ放送事業を解体し、資産を切り売りしようとしていると主張する。
しかしながら、債権者が上記のような債務者の事業や資産を食い物にするような目的で株式の敵対的買収を行っていることを認めるに足りる確たる資料はない。

5 債権者による債務者の経営支配による企業価値の毀損のおそれとBに属して債務者を経営支配することの企業価値との対比について
(1) 債務者は、債権者が債務者の親会社となり経営支配権を取得した場合、債務者及びその子会社に回復し難い損害が生ずるのは極めて明らかであり、債務者がBにとどまり、Aの子会社となって経営されることがより企業価値を高めることから、そのための企業防衛目的の新株予約権の発行であると主張する。
しかしながら、債務者が債権者の経営支配下あるいはその企業グループとして経営された場合の企業価値とAの子会社としてBの企業として経営された場合の企業価値との比較検討は、事業経営の当否の問題であり、経営支配の変化した直後の短期的事情による判断評価のみでこと足りず、経済事情、社会的・文化的な国民意識の変化、事業内容にかかわる技術革新の状況の発展などを見据えた中長期的展望の下に判断しなければならない場合が多く、結局、株主や株式取引市場の事業経営上の判断や評価にゆだねざるを得ない事柄である。そうすると、それらの判断要素は、事業経営の判断に関するものであるから、経営判断の法理にかんがみ司法手続の中で裁判所が判断するのに適しないものであり、上記のような事業経営判断にかかわる要素を、本件新株予約権の発行の適否の判断において取り込むことは相当でない。
したがって、債務者の上記主張は主張自体失当といわざるを得ない。
(2) なお、上記(1)の点は原審以来事実上争点とされ、原審仮処分決定も原審異議決定もこれに言及しているので、当裁判所も念のため、以下のとおり判断を付加しておく。
ア 債務者の企業価値毀損の防止策について
(ア) 債務者は、本件新株予約権の発行は、債務者の当初からの事業戦略(Bとの連携強化)を妨害している債権者を排除することにより、債務者の企業価値の毀損を防ぎ、企業価値を維持・向上させるために行ったものであり、本件新株予約権の発行は正当なものであると主張する。
そして、債務者は、債権者の子会社になりBから離脱すると企業価値が毀損するおそれがあることの根拠として、〈1〉放送事業のうち看板放送である野球放送について契約を打ち切られ、番組作成についてグループからの協力が得られず聴取率が低下してスポンサーを失い、グループ各社との共催によって実施していたイベントができなくなって収入が激減する、〈2〉債務者の子会社らもB各社との取引を中止されることにより収入が激減する、〈3〉債務者の従業員は債権者の経営参画に反対する旨の声明を出しており、債務者が債権者の子会社となると、債務者の人的資産が流出する、〈4〉Bとしての債務者のブランド価値も失われる、〈5〉既に債権者が債務者の経営支配をするなら債務者との出演契約を見合わせることなども表明する芸能人、タレント、パーソナリティなどがいることなどを挙げる。
(イ) しかしながら、新株予約権の発行差止めは、新株予約権の違法又は不公正な発行によって株主が不利益を被ることを防ぐために株主に認められた権利であり、その抗弁事由として位置づけられる特段の事情が株主全体の利益保護の観点から認められるものであることに照らすと、特段の事情の有無は、基本的には買収者による支配権の獲得が株主全体の利益を回復し難いほどに害するものであるか否かによって判断すべきである。
そうすると、債務者の主張する企業価値毀損の防止策のうち、債務者が債権者の子会社となった場合に、債務者がBから離脱することにより債務者やその子会社の売上げ及び粗利益が債務者が主張するとおり減少し、債権者による支配権取得が債務者に回復し難い損害をもたらすかどうかは、一応特段の事情として引き直す余地もある。これに対し、買収者による支配権の獲得についての従業員の意向等の事情は、経営者が代わった段階での労使間の処理問題であり、株式の取引等の次元で制約要因として法的に論ずるのが相当な事柄にならないというべきである。
以下、個別の論点ごとに順に検討する。
(ウ) 債務者は、債権者がインターネットにおいてアダルトサイトを運営したり、Sの粉飾決算にかかわったり、架空取引を行うなど問題のある会社であることや、債権者代表者の言動等からすると、債務者が債権者の子会社となり、Bから離脱した場合に、債務者の取引先やB各社から取引を打ち切られるのは当然であり、そのような取引の打切りは独占禁止法違反に当たらないと主張する。
しかしながら、債務者は、債権者が債務者の経営支配権を手中にした場合には、A等から債務者やその子会社が取引を打ち切られ多大な損失を被ることを主張しており、このことは有力な取引先であるA等は取引の相手方である債務者及びその子会社が自己以外に容易に新たな取引先を見い出せないような事情にあることを認識しつつ、取引の相手方の事業活動を困難に陥らせること以外の格別の理由もないのに、あえて取引を拒絶するような場合に該当することを自認していると同じようなものである。そうであれば、これらの行為は、独占禁止法及び不公正な取引方法の一般指定第2項に違反する不公正な取引行為に該当するおそれもある。
そして、債務者が債権者の子会社となった場合に、AやB各社が取引停止を示唆したことが独占禁止法違反に該当するか否かについては、個々の取引関係を詳細に検討して判断すべきであり、B各社の取引打切りの当否について、現段階で断定的に論ずることはできず、独占禁止法違反に当たらず当然に適法に行うことができるものともいい難い。
そもそも、Aが株式の公開買付けの期間中に、公開買付けがその所期の目的を達することができず、敵対的買収者に株式買収競争において敗れそうな状況にあるとき、公開買付価格を上回っている株式時価を引き下げるような債務者の企業価値についてのマイナス情報を流して、公開買付けに有利な株式市場の価格状況を作り出すことは、証券取引法159条に違反するとまでいわないとしても、公開買付けを実行する者として公正を疑われるような行動といわなければならない。
また、B各社以外の取引先との取引についても、それらの取引先の取引打切りが許されるかどうかは、個々の取引関係を詳細に検討して判断すべきものである。
そうすると、債務者の上記主張は、その前提とする事実がいまだ不確実であるから、このような不確実な前提事実を基に算出した企業価値毀損の数値の信用性も疑義があるといわざるを得ない。
この点をおき、債務者の主張する企業価値毀損に関する資料についても念のため検討しておく。
株式会社Hなどの債務者の子会社には、その事業につきBとの取引に大きく依存しているものが少なくなく、債務者が債権者の子会社になったことにより同グループから取引を打ち切られた場合には、少なからぬ影響を受けることは否定できない(乙15の1から4まで、乙48、68)。また、B各社以外の取引先も、債務者がBの一員であるために取引を継続しており、債務者が同グループを離脱した場合には取引継続を再考する場合もあることも否定できない(乙67、124から130まで、184、185)。
しかし、債務者の放送事業のうち野球放送の契約が打ち切られる点については、球団との契約の中に債務者の主張する解除条項が従前の契約にはなかった平成17年2月22日になって加えられていることは認められるが(乙12の1及び2、乙13)、本件係争を債務者が有利に展開することを狙って意図的に合意した疑いが強く、債務者が債権者の子会社になった場合に球団側が放送権料の収入を放棄してまで解除権を行使するのか否かは、現段階では明確ではないといわざるを得ない。
さらに、番組に出演する芸能人、タレント、パーソナリティの人材の確保ができなくなるとの点についても、それらの人材には代替性がないわけでもないことなどをも考慮すると、将来継続するか、代替の人員で行うのか、多様な展開が予想されるのであって、現段階でそれらの人材の確保ができなくなることまでを認めるに足りる的確な資料があるとはいえない。また、番組コンテンツの提供を受けることができなくなるとの点についても、上記人材の確保の点と同様である。
これに加え、債務者とB各社との取引は、平成16年3月期の売上高の実績で13億4000万円、同期の債務者の単体の売上高が308億円以上であることを考慮すると、B各社との取引中止が債務者の単体の業績に及ぼす影響は必ずしも甚大ということはできない。
以上によると、債務者の単体に対する売上等の低下が債務者の試算するほどの金額に上ることの確たる資料はない。
(エ) 債務者は、Bの一員として大きなブランド力を有しており、それによって強い営業力を維持しているとし、債権者の子会社となってBを離れれば、ブランド力は大きく毀損されると主張する。
しかしながら、債務者はもともとAMラジオ業界における売上高1位のラジオ局であり、高い知名度を有すること等からみて、債務者の事業がBのブランド力にどれほど依存しているかは必ずしも明らかとはいえず、債務者がBから離脱することによってブランドイメージが毀損され、中長期的にも回復し難いほどに著しく営業力が損なわれるとまで認めるに足りる確たる資料はない。
逆に、債務者がBのグループ内取引に拘束されないという営業上の利点が生ずる可能性もある。
(オ) 放送事業者において、人的ネットワークや各種特殊技能を用いて番組の企画制作や営業に当たる従業員は、極めて重要な役割を担う利害関係者であるところ、債務者の従業員らは、債権者が支配株主となることに反対を表明している(乙56から58まで)。
しかし、債権者が債務者の従業員らに対し、これまで自らの事業計画を説明したことはなく、債務者の従業員らが反対しているのは債権者代表者の発言をとらえてのことであることなどを考慮すると、債務者が債権者の子会社になった場合に、債権者が信認した新しい経営者が従業員らと十分な協議を行うとともに、真摯な経営努力を続ける可能性がないわけでなく、債務者の従業員らの大量流出が生ずるとまでは認めるに足りない。
イ 債権者の真摯な合理的経営意思の有無について
(ア) 債務者は、債権者は真摯に債務者との事業提携、債務者の合理的経営を目指すものでないと主張し、その根拠として、〈1〉債権者は、債務者の株式の大量取得に先立ち、債務者と業務提携を行うことを前提とした詳細な事業計画を一切検討していない、〈2〉債権者作成の事業計画書の試算は極めていいかげんであり、提案内容は実現困難なものである、〈3〉債権者の事業は主に金融子会社の収益によって成り立っており、ポータルサイト運営事業の基盤は極めて脆弱である、〈4〉債権者の真の意図は、債務者との事業提携でなく、Aを支配することであることを挙げる。
(イ) しかしながら、債権者が債務者の経営支配権を確立していない段階で債務者の上記主張のような事柄を明らかにすることは無理であり、企業秘密上得策でないこともあるから、その一事をもって債権者に債務者を合理的に経営する意思も能力もないと断定するわけにはいかない。
ウ まとめ
以上のとおりであるから、債権者が債務者の支配株主となった場合に、債務者に回復し難い損害が生ずることを認めるに足りる資料はなく、また、債権者が真摯に合理的経営を目指すものでないとまでいうことはできない。
6 株式買収者の株式買収手段の証券取引法上の適否と現経営者による対抗手段としての新株予約権発行との関係について
(1) 債務者は、債権者等が本件ToSTNeT取引により平成17年2月8日に発行済株式総数の約30%に当たる債務者株式を買い付け、その結果、発行済株式総数の約35%の債務者株式を保有することとなったのは、証券取引法27条の2に違反するものであり、仮にこれが証券取引法違反ではないとしても、公開買付規制の趣旨に反した不当な株式買占行為であるとし、このような買収者の違法性は「著シク不公正ナル方法」に該当するかどうかの判断において当然に勘案すべきであり、これに対する対抗措置として本件新株予約権の発行を行うことは不公正発行に該当しないと主張する。
(2) 債務者の上記主張は、まず、本件ToSTNeT取引につき、〈1〉ToSTNeT取引によって抗告人の発行済株式総数の3分の1超を取得した点、〈2〉売主との事前合意に基づくものである点において、証券取引法27条の2に違反するというものである。
しかしながら、上記〈1〉の点につき、証券取引法は、その規制対象の明確化を図るため、その2条において定義規定を置き、「取引所有価証券市場」は「証券取引所の開設する有価証券市場」と定義しているところ(2条17項)、ToSTNeT-1は、東京証券取引所が立会外取引を執行するためのシステムとして多数の投資家に対し有価証券の売買等をするための場として設けているものであるから、取引所有価証券市場に当たる。そうすると、本件ToSTNeT取引は、東京証券取引所が開設する、証券取引法上の取引所有価証券市場における取引であるから、取引所有価証券市場外における買付け等には該当せず、取引所有価証券市場外における買付け等の規制である証券取引法27条の2に違反するとはいえない。
また、上記〈2〉の点につき、乙101、103、193によれば、売主に対する事前の勧誘や事前の交渉があったことが推認されるものの、それ自体は証券取引法上違法視できるものでなく、売主との事前売買合意に基づくものであることを認めるに足りる資料はないから、この点の証券取引法違反をいう主張は、その前提において失当である。
(3) ところで、ToSTNeT-1は競争売買の市場ではないから、そこにおいて投資者に対して十分な情報開示がされないまま、会社の経営支配権の変動を伴うような大量の株式取得がされるおそれがあることは否定できない。これに対し、公開買付制度は、支配権の変動を伴うような株式の大量取得について、株主が十分に投資判断をなし得る情報開示を担保し、会社の支配価値の平等分配に与る機会を与えることを制度的に保障するものである。公開買付制度の上記趣旨に照らすと、債権者等が、Aによる債務者の株式の公開買付期間中に、本件ToSTNeT取引によって発行済株式総数の約30%にも上る債務者の株式の買付けを行ったことは、それによって市場の一般投資家が会社の支配価値の平等分配に与る機会を失う結果となって相当でなく、その程度の大規模の株式を買い付けるのであれば、公開買付制度を利用すべきであったとの批判もあり得るところである。
しかしながら、本件ToSTNeT取引が取引所有価証券市場外における買付け等の規制である証券取引法27条の2に違反するものでないことは前示のとおりであるから、上記問題があるとしても、それは証券取引運営上の当不当の問題にとどまり、証券取引法上の処分や措置をもって対処すべき事柄であって、それ故に債権者の本件株式の取得を無効視したり、債務者に対抗的な新株予約権の発行を許容して証券取引法の不当を是正すべく制裁的処置をさせる権能を付与する根拠にはならない。
そうすると、債権者等が本件ToSTNeT取引によって債務者の株式を大量に買い付けたことが、証券取引法27条の2以下の公開買付制度の趣旨・目的に照らし相当性を欠くとみる余地があるとの一事をもって、主要な目的が経営支配権確保にある本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるということはできない。
(4) したがって、債務者の上記主張は採用することができない。
7 株主としての不利益が存在しないとの主張について
(1) 債務者は、商法280条ノ39第4項、280条ノ10にいう不利益を受けるおそれがある株主とは、当然株主であることを会社に対抗できる株主のことをいうから、名義書換を完了していない分も含めて債権者の不利益性を判断するのは同法206条に違反すると主張する。
(2) 債権者等への実質株主名簿の書換えがされていない現時点では、債権者は3万1420株を超える株主であることを、株式会社Kは1062万7410株(平成17年3月7日現在)の株主であることを、債務者に対抗することができない。
しかしながら、本件のように、債務者も債権者等が大量の株式を有することを自認しており(甲11、16)、名義書換請求を拒絶し得る正当な理由も特になく、間もなく実質株主名簿が書き換えられることが確実であるにもかかわらず、保管振替機関からの実質株主名簿書換えのための通知が9月末日と3月末日に限られている制度上の制約ゆえに、名義書換未了の株式数を不利益性判断の基礎から除外するのは明らかに不合理というべきである。上記のような事実関係の下においては、平成17年3月31日以降に債務者に対抗できることになる株式数も含めて不利益性を判断すべきである。
したがって、債務者の上記主張は採用することができない。
(3) 平成17年3月24日に発行され、翌25日から行使請求期間となる本件新株予約権がすべて行使された場合、債権者等による債権者株式の保有割合は約42%から約17%に減少することからすると、債権者が本件新株予約権の発行によって著しい不利益ないし損害を被るおそれがあることが明らかである。
8 保全の必要性について
債務者の本件新株予約権の発行によって債権者が著しい損害を被るおそれがあることは、前記7に判示したとおりであるから、保全の必要性も認めることができる。
9 結論
以上述べたとおりであって、債務者による本件新株予約権の発行は、その内容及び発行の経緯に照らしても、債権者等による債務者の経営支配を排除し、現在債務者の経営に事実上の影響力を及ぼす関係にある特定の株主であるAによる債務者に対する経営支配権を確保するために行われたことが明らかである。そして、本件に現れた事実関係の下では、債権者による株式の敵対的買収に対抗する手段として採用した本件新株予約権の大量発行の措置は、既に論じたとおり、債務者の取締役会に与えられている権限を濫用したもので、著しく不公正な新株予約権の発行と認めざるを得ない。
したがって、債権者の本件仮処分命令申立ては理由があるから、これを認容した原審仮処分決定及びこれを認可した原審異議決定は正当である。
よって、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
第16民事部
(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 福岡右武 裁判官 畠山稔)

+(公開会社における募集株式の割当て等の特則)
第二百六条の二  公開会社は、募集株式の引受人について、第一号に掲げる数の第二号に掲げる数に対する割合が二分の一を超える場合には、第百九十九条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該引受人(以下この項及び第四項において「特定引受人」という。)の氏名又は名称及び住所、当該特定引受人についての第一号に掲げる数その他の法務省令で定める事項を通知しなければならない。ただし、当該特定引受人が当該公開会社の親会社等である場合又は第二百二条の規定により株主に株式の割当てを受ける権利を与えた場合は、この限りでない。
一  当該引受人(その子会社等を含む。)がその引き受けた募集株式の株主となった場合に有することとなる議決権の数
二  当該募集株式の引受人の全員がその引き受けた募集株式の株主となった場合における総株主の議決権の数
2  前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
3  第一項の規定にかかわらず、株式会社が同項の事項について同項に規定する期日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項 から第三項 までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、第一項の規定による通知は、することを要しない。
4  総株主(この項の株主総会において議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主が第一項の規定による通知又は第二項の公告の日(前項の場合にあっては、法務省令で定める日)から二週間以内に特定引受人(その子会社等を含む。以下この項において同じ。)による募集株式の引受けに反対する旨を公開会社に対し通知したときは、当該公開会社は、第一項に規定する期日の前日までに、株主総会の決議によって、当該特定引受人に対する募集株式の割当て又は当該特定引受人との間の第二百五条第一項の契約の承認を受けなければならない。ただし、当該公開会社の財産の状況が著しく悪化している場合において、当該公開会社の事業の継続のため緊急の必要があるときは、この限りでない。
5  第三百九条第一項の規定にかかわらず、前項の株主総会の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行わなければならない。

++解説
《解  説》
1 事案の概要
本件は,仮処分申立て当時すでに債務者の発行済株式総数の約35パーセントの割合を保有する株主であった債権者が,ラジオ放送事業を行う株式会社であり,その発行する普通株式を東京証券取引所第2部に上場している債務者に対して,そのすべてが行使されると従来の発行済株式総数の1.44倍にあたる数量の普通株式が発行されることとなる数量の新株予約権を発行して,これをテレビ放送事業を行う株式会社である第三者に割り当てるとする内容の債務者の新株予約権発行が,商法280条ノ39第4項,280条ノ10の「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に当たるとして,その発行差止めを求めた仮処分申立ての事案である。
抗告審の決定に至るまでの債務者株式の保有状況等に関する簡単な事実経過は以下のとおりである。
第三者であるテレビ局は,以前より債務者の発行済株式総数の約12パーセントの割合を保有していたが,平成17年1月17日(以下の日付の記載は全て平成17年の日付である),債務者の全ての発行済株式の取得を目指して,証券取引法に定める公開買付けを開始することを決定し(買付価格1株5950円,当初の買付株式数の下限は発行済株式総数の50パーセントと設定),これを公表した。債務者は,同日,この公開買付けに賛同する旨を公表した。
債権者は,以前より債務者の発行済株式総数の約5パーセントの株主であったが,2月8日,東京証券取引所のToSTNeT-1を利用した取引により,子会社を通じて債務者の発行済株式総数の約30パーセントを買い付けて,約35パーセントの株主となった。
債務者の取締役会は,2月23日,割当先を当該テレビ局として,発行価額を1株当たり336円,払込期日を3月24日,当初行使価格を5950円,行使請求期間を3月25日以降とする内容の新株予約権を発行する旨の決議をした。なお,同決議の前日における債務者株式の東京証券取引所での終値は6750円であった。
この新株予約権発行の発表を受けて,債権者は,東京地方裁判所に,①「特ニ有利ナル条件」による発行であるのに株主総会の特別決議を経ていないという法令違反があること,②「著シク不公正ナル方法」による発行であることを理由として,新株予約権発行差止め仮処分の本件申立てを行った。
当該テレビ局の公開買付けは3月7日に終了し,当該テレビ局は,これにより新たに債務者株式を取得して,債務者の発行済株式総数の約37パーセントを保有する株主になった。他方,債権者は,さらに市場で債務者株式を買い進め,3月7日時点で,発行済株式総数の約42パーセントを有する株主となった。
本件申立ての原審である東京地方裁判所は,3月11日,本件新株予約権の発行は「特ニ有利ナル条件」による発行とは認められないが,「著シク不公正ナル方法」による発行にあたるとして,5億円の担保を立てることを条件に本件新株予約権の発行差止めを認める旨の仮処分決定をした。
債務者はこの仮処分決定に対して直ちに異議を申し立てた。これに対して,東京地方裁判所は,3月16日,やはり本件新株予約権発行を「著シク不公正ナル方法」であると認めて,上記仮処分決定を認可する旨の決定をした。
債務者はこの異議決定を不服として直ちに抗告した。これに対して,抗告審である東京高等裁判所は,3月23日,原審仮処分決定及び原審異議決定と同じく本件新株予約権発行を「著シク不公正ナル方法」であると認め,抗告を棄却した(なお,抗告審において,債権者は本件新株予約権発行が「特ニ有利ナル条件」による新株予約権の発行である旨の主張を撤回した。)。
2 抗告審決定の内容
抗告審の決定(本決定)は,本件新株予約権の発行は「著シク不公正ナル方法」にあたるとする原審仮処分決定及び原審異議決定をいずれも正当と判断し,その理由について概要以下のとおり述べた。
まず,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者またはこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には,原則として,商法280条ノ39第4項,280条ノ10の「著シク不公正ナル方法」による新株予約権の発行に該当するとする法解釈論を述べ,そのような解釈をすべき理由について,商法が機関権限の分配を定めた法意,支配権争奪の局面では取締役による公平な判断が難しいこと,投資家の予測可能性などの点を指摘した。その上で,株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情がある場合には,例外的に経営支配権の維持・確保を主要な目的とする発行であっても不公正発行に該当しないと述べた。そして,敵対的買収者が会社を食い物にしようとしている場合には,濫用目的をもって株式を取得した当該敵対的買収者は株主として保護するに値しないし,当該敵対的買収者を放置すれば他の株主の利益が損なわれることが明らかであるから,取締役会は,対抗手段として必要性や相当性が認められる限り,経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行を行うことが正当なものとして許されるとして,上記特段の事情を認めることができる敵対的買収者が会社を食い物にしている場合として,敵対的買収者がグリーンメイラー(会社関係者に株式を高値で引き取らせることを目的とする者)である場合などの4つの類型を指摘した。そして,これらの特段の事情があることについては会社側に立証責任があるとした。
次に,以上の規範を前提とし,本件新株予約権発行の概要及び本件新株予約権発行前後における債務者株式の保有や売買を巡る状況等についての一連の事実経過を前提として,本件新株予約権の発行の目的が当該テレビ局の子会社となり債務者の企業価値を維持・向上させる点にあり,現経営陣の経営支配権の維持が主な目的ではないなどとする債務者の主張に対して,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収を行って経営支配を争う債権者等の持株比率を低下させ,現経営者を支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主である当該テレビ局による債務者の経営支配権確保を主要な目的とするものであることは明白であるとし,他方で,そのような本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情を認める確たる資料はない旨判示した。
さらに,債権者が債務者の親会社となる場合には債務者に回復し難い損害が生じるのは明らかであり,債務者が当該テレビ局の親会社となる場合には企業価値が高まるとする債務者の主張について,そのような企業価値の比較検討は事業経営の当否の問題であり,そうした問題は経営判断の法理にかんがみ司法手続の中で裁判所が判断するのに適しないものであるから,債務者の主張は主張自体失当であるとして,これを退け(もっとも,この点については念のために判断するものであるとして,債務者の主張するような企業価値に関する事実について検討を加えた上で,そのような事実を認めるに足りない旨を指摘している。),また,債権者が行った証券取引法違反となるToSTNeT取引の対抗措置として債務者が本件新株予約権の発行を行うことは不公正発行に該当しないとの債務者の主張については,債権者のToSTNeT取引は証券取引法違反にあたらないとし,仮に問題があるとしても証券取引法上の運営の当不当の問題に止まり,債務者に対抗的な新株予約権の発行を許容する根拠にはならず,これにより本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるとはいえないとした。
3 説明
新株の発行差止めの要件である「著シク不公正ナル方法」とは,不当な目的を達成する手段として新株発行が利用される場合であり,会社支配の帰属をめぐる争いがあるときに,取締役会が自派で議決権の過半数を維持・争奪する目的のため新株発行を行う場合などはこれにあたると解されている。これまでの下級裁判例も新株発行差止めの仮処分事件において基本的にそのような考え方に沿った判断をしている(東京地決平1.7.25判タ704号84頁等)。会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者またはこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には,原則として,「著シク不公正ナル方法」にあたると述べる本決定の判示部分は,そのような従来からの新株発行をめぐる不公正発行の考え方と基本的にはほぼ同じものであると考えてよいと思われる。
次に,本決定は,特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合であっても,「株主全体の利益の保護という観点から新株予約権の発行を正当化する特段の事情」がある場合には不公正発行にあたらないと述べている。すなわち,これまでそのような特段の事情について言及した裁判例はなく,支配権維持目的であっても正当化される場合があることを明らかにした点に意義があるといえよう。一口に敵対的買収者といってもそれは支配的株主になることを現経営陣に拒絶されているものというだけであって,それ自体では何ら会社から排除されるべき理由はないのであるが,本決定は,どのような敵対的買収者であれば取締役会の判断により新株予約権発行等の相当な手段でこれを排除することが許されるのかについて,敵対的買収者が会社を食い物にしようとしている場合であるとして,4つの具体例を上げてその内容を明らかにしている。これらの具体例は,現行法においても敵対的買収者への対抗措置として新株予約権を発行することが許容されると本決定が考えているものであり,現行法上における一応の規範として参考になろう。
これまで不公正な新株発行について判断した多くの下級裁判例では,新株発行が複数の目的をもって行われる場合にはそのうち主要な目的が何かにより新株発行の公正性を判断することとし,すなわち,種々の目的ないし動機のうち,会社の支配関係上の争いに介入するという不当な目的が資金調達目的等の他の正当な目的よりも優越し,それが新株発行の主要な目的と認められる場合に,不公正発行であるとする考え方(いわゆる主要目的ルール)が採用されてきた(東京地決平1.9.5判タ711号256頁,大阪地決平2.7.12判時1364号100頁,東京地決平16.7.30,東京高決平16.8.4)。ところが,本件において債務者は本件新株予約権の発行には企業価値毀損防止という正当な目的がある旨主張したものの,本決定においては,新株予約権発行の目的が並列的に存在することを前提として,それらのうち不当な目的が優越するものかどうかという判断の過程を経てはいない。これは,例えば新株発行差止め事件の場合における資金調達目的を問題とするのであれば,そうした目的はその性質上,常に特定の株主の支配権の確保・維持を通じて達成されることを必然とするものではないことから,そこでは目的の並存というものが観念できるのに対して(新株とは異なり,新株予約権が資金調達目的で発行されること自体あまり考えられないが,当然ながら新株予約権の発行においても,ストックオプションを付与する目的など,支配権維持目的と性質の異なる発行目的は存在する。),債務者がいうところの目的は,結局のところ債権者を排除して特定の株主の支配権の確保・維持をする方法によらなけば達成されることのないものであることから,そこではもはや目的が並存している状況がない(いわば,実質的に同じ目的について,別の言い方をするものに過ぎない。)と本決定が考えたことによるものと思われる。そうした考え方によれば,本件については目的の並存を前提としてその優越を比較する主要目的ルールの枠組みは問題にならないことになる。
ところで,本決定に関する一連の事実の報道を契機として,巷ではいわゆるポイズンピル導入の議論が立法レベルないし現行法を前提とした運用レベルでなされているようである。本決定は,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面における取締役会による株主構成変更目的の新株等の発行を原則として不公正発行としたものであるが,敵対的買収者に対する事前の対抗策に関しては,株主全体の利益保護の観点から個別事情に応じてその適法性が肯定される余地があると述べている。もっとも,会社の機関権限の分配秩序を重視する本決定の考え方からすれば,基本的には現行法のままでは事前の対抗策としてであっても取締役会が意図的に会社の株主構成を決定することについては一定の限界があるものと解すべきであろう。そして,今後,取締役会に会社の株主構成の決定権を付与する方向での立法を行うのであれば,公開会社の場合には会社が何らかの事前の対抗策を導入しているか否かは株式の市場価格に明らかに影響を与えるものであろうから,本決定も指摘しているように投資家の予測可能性の観点からの手当てをも配慮する必要があると思われる。
なお,原審異議決定及び原審仮処分決定とも,「著シク不公正ナル方法」にあたるかの判断については,その判断基準と判断枠組み,そして,本件におけるあてはめとその結論は,いずれも抗告審決定のそれとほぼ同じ内容のものとなっている。その詳細については各決定文を参照されたい。また,原審仮処分決定では,本件新株予約権発行が「特ニ有利ナル条件」による発行であるかについての判断もなされているところ,本件の新株予約権の発行数量が巨大であることなどもあり特殊な事例であると思われるが,新株予約権の発行に関してこの論点が争われた裁判例が公刊物に見当たらないこともあり,実務上の参考になると思われる。

2.株主総会決議の有する意味

Ⅵ 募集株式・募集新株予約権の発行の差止めの仮処分
1.募集株式の発行の差止めの仮処分

+民事保全法
(仮処分命令の必要性等)
第二十三条  係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2  仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる
3  第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
4  第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。

+(申立て及び疎明)
第十三条  保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない
2  保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。

・仮処分命令を無視した場合
+判例(H5.12.16)
理由
一 上告代理人小林昭、同大戸英樹、同南出喜久治の上告理由二、三について
1 本件記録及び原審の適法に確定したところによると、訴えの変更に関する事実関係の概要は次のとおりである。
(一) 上告人は、昭和三三年に設立されたタクシー事業及び貸切バス事業等を営む株式会社であり、昭和五九年八月当時の資本の額は三五〇〇万円、会社が発行する株式の総数は一〇万株、発行済株式の総数は七万株(一株の額面金額は五〇〇円)であったところ、同年八月二三日開催の取締役会において、発行株式の種類及び数を記名式普通額面株式一万株、発行価額を一株につき三九〇七円、申込期日を同年九月一三日、払込期日を同月一四日、募集の方法を第三者割当、割当てを受ける者を株式会社明星観光サービスとする新株発行を決議した。
(二) 上告人の株主である被上告人Aは、本件新株発行に対して、京都地方裁判所に商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分の申立てをし、昭和五九年九月一二日、仮処分命令(以下「本件仮処分命令」という。)を得た。その上で、上告人の株主である被上告人ら(被上告人B、同Cを除く。)及びD(以下「被上告人ら」という。)は、同月二〇日、新株発行差止請求の訴えを提起した。右訴えの理由とするところは、本件新株発行は、現在の取締役会の方針に反対する株主の持株比率を減少させ、上告人会社の支配確立を目的としたもので、商法二八〇条ノ二第二項に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるものであって、株主である被上告人らが不利益を受けるおそれがあるというものであった。
(三) 上告人は、昭和五九年九月一三日、本件仮処分命令に対して異議を申し立てたが、本件新株発行はそのまま実施することにし、前記明星観光サービスから払込期日に新株払込金の支払を受けた。
(四) 本件新株発行に対する差止請求訴訟は、昭和五九年一〇月二三日に第一審の第一回口頭弁論期日が開かれて以来審理が続けられたが、昭和六〇年一〇月三一日の第一審第八回口頭弁論期日において、上告人から本件新株発行は既に実施されているから新株発行差止請求は訴えの利益がなくなったとの主張がされた。
(五) そのため、被上告人らは、昭和六〇年一二月二日に第一審に提出した同日付け準備書面で、本件仮処分命令に違反する新株発行は効力を生じないが、仮に効力を有するとすれば、予備的に、右新株発行差止請求の訴えを商法二八〇条ノ一五に基づく新株発行無効の訴えに変更する旨の申立てをした。右新株発行無効の訴えで主張する無効事由は、仮処分命令違反が付加された以外は、それまで差止事由として主張してきたものと同一であった。

2 右事実関係に照らすと、本件新株発行に対する差止請求の訴えと右訴えを本案とする本件仮処分命令に違反してされた新株発行に対する無効の訴えとは、事前と事後の違いはあるが、ともに本件新株発行により不利益を受けるとする被上告人ら株主がその新株発行を阻止し、若しくはその効力を否定しようとするものであって、同一の経済的利益を追求するものということができる上、新株発行差止請求の訴えの訴訟資料、証拠資料を新株発行無効の訴えの審理に利用することが期待できる関係にあるということができるから、旧訴である新株発行差止請求の訴えと新訴である新株発行無効の訴えとの間には請求の基礎に同一性があるものというべきである。
3 ところで、訴えの変更は、変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから、変更後の訴えにつき出訴期間の制限がある場合には、出訴期間の遵守の有無は、原則として、訴えの変更の時を基準としてこれを決すべきであるが、変更前後の請求の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起時に提起されたものと同視することができる特段の事情があるときは、出訴期間が遵守されたものとして取り扱うのが相当である(最高裁昭和五九年(行ツ)第七〇号同六一年二月二四日第二小法廷判決・民集四〇巻一号六九頁参照)。
これを本件についてみるに、前示事実関係によれば、本件新株発行に対する差止請求の訴えは、被上告人Aが本件仮処分命令を得た後、新株発行がされることにより持株比率の減少等の不利益を受けるとする被上告人らによって、本件新株発行を阻止する目的の下に提起されたものであって、被上告人らは、右訴えの提起により、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右新株発行の効力を争い、仮処分命令違反をその理由とする意思をも表明していると認められるから、本件で変更された新株発行無効の訴えについては、新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視することができる特段の事情が存するものというべきである。
4 以上の次第であるから、新株発行無効の訴えへの変更を認め、無効原因として本件仮処分命令違反の主張をすることは許されるとした原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。

二 同四について
商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分命令があるにもかかわらず、あえて右仮処分命令に違反して新株発行がされた場合には、右仮処分命令違反は、同法二八〇条ノ一五に規定する新株発行無効の訴えの無効原因となるものと解するのが相当である。けだし、同法二八〇条ノ一〇に規定する新株発行差止請求の制度は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって新株を発行することにより従来の株主が不利益を受けるおそれがある場合に、右新株の発行を差し止めることによって、株主の利益の保護を図る趣旨で設けられたものであり、同法二八〇条ノ三ノ二は、新株発行差止請求の制度の実効性を担保するため、払込期日の二週間前に新株の発行に関する事項を公告し、又は株主に通知することを会社に義務付け、もって株主に新株発行差止めの仮処分命令を得る機会を与えていると解されるのであるから、この仮処分命令に違反したことが新株発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうことになるからである。
右と同旨の見解に立ち、本件仮処分命令に違反して行われた本件新株発行を無効とした原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
三 その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
四 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官味村治、同大白勝の補足意見、裁判官大堀誠一、同三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官味村治の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するものであるが、三好裁判官らの反対意見にかんがみ、そこで指摘されているいくつかの問題点について、私の考えを補足しておきたい。
一1 反対意見は、多数意見のように、本件新株発行無効の訴えは本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できるとするには、新株発行差止請求の訴えは新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟で、両者は制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえ得ることが一つの前提となるとし、新株発行差止請求権及び新株発行無効の訴えは相関連する制度として創設されたものではなく、新株発行差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にするから、右の前提を肯定することはできないという。
2 しかし、新株発行差止請求権は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって株式を発行し、株主がこれにより不利益を受けるおそれのある場合に事前に発行を阻止することにより会社に対する監督是正を行う株主の共益権であり、株主の新株発行無効の訴え提起権は、会社が法令定款等に違反して新株を発行した場合に事後に新株発行を無効とすることにより、会社に対する監督是正を行う株主の共益権である。新株発行差止請求の事由となる法令定款違反等の中には、新株発行の無効原因とならないものがあるが、これは、新株発行を事後に無効とするについては取引の安全を考慮する必要があるが、新株発行を事前に差し止めるについてはそのような必要がないことによるもので、株主の新株発行差止請求権と株主の新株発行無効の訴え提起権は、いずれも新株発行について会社に対する監督是正を行うという目的のため株主に認められた共益権である。本件新株発行無効の訴えは本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できるとするための制度的前提としては、以上述べたところで十分であると考える。
二1 反対意見は、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止めの仮処分命令は、会社に当該株主に対する不作為義務を課するにとどまり、会社の新株発行権限に影響を与えないから、新株発行無効の訴えにおける無効原因となり得ないという。
2 しかし、商法は、新株発行無効の訴えにおける無効原因を法定していないから、新株発行に法令定款違反等の瑕疵がある場合にその瑕疵を無効原因と解するか否かは、当該法令定款の趣旨等によって判断することとなる。そして、多数意見は、商法二八○条ノ一〇及び二八〇条ノ三ノ二の趣旨により、右の仮処分命令に違反した新株発行に無効原因があると解するものである。
なお、反対意見は、多数意見によると、仮処分債権者以外の株主で新株発行により不利益を受けるおそれのない者、取締役又は監査役が新株発行無効の訴えを提起した場合にも、右仮処分命令違反が無効原因となるものと解せざるを得ないことになるとして、多数意見を論難する。しかし、右の株主が右仮処分命令違反を理由として新株発行無効の訴えを提起することは、株主は他の株主に対する招集通知の瑕疵を理由として株主総会決議取り消しの訴えを提起することができると解されている(最高裁昭和四一年(オ)第六六四号同四二年九月二八日第一小法廷判決・民集二一巻七号一九七〇頁参照)ことに徴しても、不当ということはできない。また、取締役又は監査役が右仮処分命令違反を理由として新株発行無効の訴えを提起することは、その職務上当然のことというべきである。
裁判官大白勝は、裁判官味村治の補足意見に同調する。

+反対意見
裁判官三好達の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見と異なり、原判決中本件新株発行無効の訴えに係る部分を破棄し、右訴えを却下すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。
一 多数意見は、本件新株発行無効の訴えは、出訴期間の遵守に欠けるところはないとするが、その理由とするところは、本件新株発行差止請求の訴えは、被上告人Aが本件仮処分命令を得た上で提起したものであり・被上告人らは、右訴えの提起により、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右新株発行の効力を争い、仮処分命令違反をその理由とする意思をも表明していると認められるから、その後予備的に提起した本件新株発行無効の訴えは、本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できる、というのである。また、多数意見中には、本件新株発行差止請求の訴えと本件仮処分命令に違反してされた新株発行に対する無効の訴えとは、事前と事後の違いはあるが、ともに本件新株発行により不利益を受けるとする被上告人らがその新株発行を阻止し、若しくはその効力を否定しようとするものであって、同一の経済的利益を追求するものということができる、との説示も見られる。これらによれば、出訴期間の遵守に欠けるところがないとする多数意見は、本件新株発行差止請求の訴えは本件新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であって、両者は制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえ得ること、及び、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする仮処分命令違反が新株発行無効の訴えにおける無効原因となるべきことを前提としているものと解せるれる。けだし、そうでなければ、被上告人らの主観的意図はともかく、法的には、前記のような意思の表明を認める余地はなく、原審の適法に確定した本件事実関係の下においても、本件新株発行差止請求の訴えを提起した時点で、本件新株発行無効の訴えが提起されたと同視することは到底できないからである。多数意見の引用する最高裁昭和五九年(行ツ)第七〇号同六一年二月二四日第二小法廷判決・民集四〇巻一号六九頁の判示は、土地改良事業において一時利用地が従前地に照応していないことを理由とする一時利用地指定処分の取消しの訴えをその一時利用地をそのまま換地として指定した換地処分の取消しの訴えに変更した場合に係るものであって、変更前の訴えも変更後の訴えも、いずれも同一の土地改良事業の手続において関連してされた行政処分の取消しの訴えであり、いずれの訴えにおいても取消事由となり得る共通した瑕疵が取消事由として主張されている場合に係るものなのである。そこでまず、出訴期間遵守の有無の検討に先立ち、これらの点を検討することとする。
二 新株発行差止請求権に係る訴えと新株発行無効の訴えの制度的関連の有無
商法二八〇条ノ一〇は、「会社ガ法令若ハ定款ニ違反シ又ハ著シク不公正ナル方法ニ依リテ株式ヲ発行シ之ニ因リ株主ガ不利益ヲ受クル虞アル場合ニ於テハ其ノ株主ハ会社ニ対シ其ノ発行ヲ止ムベキコトヲ請求スルコトヲ得」と規定しているが、この差止請求権は、「株主ガ不利益ヲ受クル虞アル場合ニ於テハ其ノ株主ハ」との規定からして、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主の個人的権利としての会社に対する請求権であることが明らかであり、右請求権は、それだけでは新株発行の無効原因とはなり得ない程度の瑕疵があるのにすぎない場合にも、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主がその差止めを求めることができる権利として創設されたものである。そして、右請求権は訴えによってのみ行使すべきことを定めた規定や訴訟上行使して得た勝訴判決が第三者に対しても効力を有することをうかがわせる規定は見当たらないから、株主は訴訟外でもこれを行使することができるものというべきであるし、株主がこの請求権を訴訟によって行使し、勝訴判決を得たとしても、その判決は、会社の当該新株発行の権限を対世的に制約する法律状態を形成するものではないというべきである。それゆえ、会社が当該新株を発行しても、右請求権を行使した株主に対し損害賠償の義務を負うは格別、発行自体が無効とされることはないといわなければならない。
これに対し、同法二八〇条ノ一五所定の新株発行無効の訴えは、新株発行の全体を通じてその効力に影響を及ぼすような法令又は定款の違反がある場合に、その無効を一体として画一的に確定するための会社組織法上の訴えとして創設されたものであって、新株発行の無効はこの訴えによってのみ主張することができ(同条一項)、これを無効とする判決は第三者に対しても効力を有する(同法二八〇条ノ一六、一〇九条)。原告適格についても、株主、取締役又は監査役がその資格においてその者自身が不利益を受けるおそれの有無にかかわらず提起することができ、株主が提起する場合は、共益権の一つとしての監督是正権の行使に当たるとされている。
してみれば、新株発行差止請求権と新株発行無効の訴えとは、相関連する制度として創設されたものではなく、右請求権の行使として提起される差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にすることが明らかであるから、新株発行差止請求の訴えを新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であるとしたり、両者を制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえたりすることはできないのといわなければならない。
三 新株発行差止仮処分命令違反と新株発行無効の訴えの無効原因
1 新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止仮処分に関しては、商法その他の法令に特段の規定は存在しないから、その仮処分命令の効力は、もっぱら仮処分の一般原則によるほかはない。そして、二に述べたように、株主がこの差止請求権を行使しても、その効力は個々の株主と会社との間の債権債務を形成するにとどまり、仮に株主が勝訴判決を得たとしても、同様であることからすれば、右請求権に係る訴えを本案とする仮処分命令の効力もまた、会社に当該株王に対する不作為義務を課するにとどまるものといわなければならず、それ以上の効力を有するとすることは、理にもとることが明らかである。してみれば、右仮処分命令は、会社の新株発行権限にいかなる影響をも与え得るものではない。このことは、新株発行差止仮処分命令については、登記等の公示方法によってこれを公示する規定がないことによっても裏付けられるというべきで、このような公示を欠きながら、仮処分命令がその手続の当事者以外にまで効力を持つとするならば、第三者の権利保護について配慮を欠くとのそしりを免れない。
このように、会社の有する新株発行権限は、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止仮処分命令によっていかなる制約をも受けることはないから、会社が右命令に違反しても、それが新株発行無効の訴えにおける無効原因となり得ないことは明らかである。
2 多数意見は、新株発行差止仮処分命令違反がその発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうこととなるという。
しかしながら、本来仮処分命令は、疎明によって発せられる暫定的裁判であり、そのような裁判につき多数意見の説示するような強力な効力を認めることは、そのように解するに足る明確な法令の定めをまって、はじめてなし得るところ、多数意見の拳示する商法二八○条ノ一○及び二八〇条ノ三ノ二を新株発行差止仮処分命令の効力にまで言及した規定ということができないことは、その文言から明らかである。
そればかりではない。二に述べたように、もともと新株発行差止請求権は、それだけでは新株発行の無効原因とはなり得ない程度の瑕疵があるのにすぎない場合にも、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主がその差止めを求めることができる権利として創設されたものであって、当該株主が自己の権利保全のために仮処分命令を得ているからといって、それに違反してされた新株発行を全体として無効としてしまうことは、一般に新株発行無効の訴えにおける無効原因が取引の安全保護の見地から制限的に解されてきている傾向に背馳し、本来無効原因とはならない瑕疵をも無効原因としてしまうのと同様の結果となり、かえって、不当な結果をもたらすというべきであろう。更にいえば、仮に新株発行差止仮処分命令違反が新株発行無効の訴えにおける無効原因となるとするならば、その仮処分債権者以外の株主であって新株発行により不利益を受けるおそれのない者、取締役又は監査役が新株発行無効の訴えを提起した場合においても、右仮処分命令違反が無効原因となるものと解さざるを得ないであろう。現に本件でも、仮処分債権者は被上告人Aのみであるのにかかわらず、多数意見は、その余の被上告人らも右仮処分命令違反を無効原因として主張できるとの前提にたって、その余の被上告人らの請求を認容すべきものとしており、かくては、本来は新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ず、個々の株主の利益を擁護すべき差止原因にとどまるべき事実が、株主の一人が自己の個別的権利保全のための暫定的裁判である差止仮処分命令を得ているとの一事によって、他の株主、取締役又は監査役の提起する新株発行無効の訴えにおいて第三者に対する関係においても新株発行を無効とする原因となってしまうのである。ちなみに、本件は、被上告人らにおいて、新株引受権を株主以外の者に付与することについて株主総会の特別決議を経ないで新株発行がされ、かつ、著しく不公正な方法により新株発行がされたことを差止請求の事由として主張し、変更後の無効の訴えにおいて、これらに付加して差止仮処分命令違反をも無効原因として主張した事案であるが、右特別決議の欠缺は新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ないとされており(最高裁昭和三九年(オ)第一〇六二号同四〇年一〇月八日第二小法廷判決・民集一九巻七号一七四五頁参照)、原審も、被上告人ら主張の無効原因のうち差止仮処分命令違反以外は、無効原因とはならないとして、これを排斥しているのである。
付言するに、一般的にいって、単純な不作為のみを命ずる仮処分命令は、その実質において、当該当事者間における債務者の不作為義務を確認する意味を有するにとどまり、それを無視する債務者に対してはその実効性を確保することは困難なのである。それは仮処分命令によって形成された不作為義務の強制的実現のための方策が現行法上不十分であることによる共通の結果であって、新株発行差止仮処分命令についてのみ、その実効性が確保されていないわけではない。そのような方策に係る立法がない以上、会社が右仮処分命令を無視したとしても、債権者である株主の救済は、会社に対する損害賠償の請求その他当該株主と会社ないし取締役との間の個別的関係において図られるほかはないというべきである。
四 出訴期間の遵守の有無
二に述べたように、新株発行差止請求権と新株発行無効の訴えとは、相関連する制度として創設されたものではなく、右請求権の行使として提起される差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にすることが明らかであるから、新株発行差止請求の訴えを新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であるとしたり、両者を制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえたりすることはできないこと、三に述べたように、新株発行差止仮処分命令違反は、新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ないものであることからすれば、原審の適法に確定した本件事実関係の下においても、本件新株発行差止請求の訴えを提起した時に本件新株発行無効の訴えが提起されたと同視することができる特段の事情があるとする余地はなく、本件新株発行無効の訴えは、出訴期間を徒過して提起された不適法な訴えといわざるを得ない。
裁判官大堀誠一は、裁判官三好達の反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 三好達 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 大白勝)

++解説
《解  説》
一 本件事案の概要
タクシー事業及び貸切バス事業等を営むY会社は、現在の取締役会を支持する株主とこれに反対する株主の対立が続いていたところ、Y会社の取締役会は、昭和五九年八月二三日、割当てを受ける者をA(Yの関連会社)とする新株三万株の発行を決議した。当時のY会社の発行する株式の総数は一〇万株で、発行済株式の総数は七万株であった。これに対してY会社の株主Xは、裁判所に対して、商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分の申立てをし、同月一二日、仮処分命令を得た。その上で、Xは、他の株主らとともに同月二〇日、新株発行差止請求訴訟を提起した。Xらの主張は、本件の新株発行は、現在の取締役会の方針に反対する株主の持株比率を減少させ、Y会社の支配確立を目的としたものであり、商法二八〇条ノ二第二項に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるもので、Xら株主が不利益を受けるおそれがあるというものであった。Y会社は、同月一三日、仮処分命令に対して異議の申立てをしたが、新株発行はそのまま実施することにし、Aから払込期日である九月一四日に新株払込金の支払を受けた。本件の新株発行差止請求訴訟は、その後審理が続けられたが、昭和六〇年一〇月三一日になって、Yは、既に新株発行は実施されているから、差止請求は訴えの利益がなくなったと主張したため、右主張により初めて新株発行の事実を知ったXらは、予備的追加的に差止請求を新株発行無効の訴えに変更する旨の申立てを行った。その無効原因として主張するものは、仮処分命令違反を追加したほかは従前の差止請求で主張していたものと同一であった。
新株発行無効の訴えは、新株発行の日から六か月以内に提起しなければならないところ(商二八〇条ノ一五第一項)、本件では訴えの変更がされた時点では発行の日より一年余り経過していたため、変更後の新株発行無効の訴えは適法か否か、適法とした場合には差止仮処分の違反は無効の訴えの無効原因となるかが争われた。一、二審とも変更後の新株発行無効の訴えについて出訴期間の遵守に欠けるところはないとしたが、一審は、仮処分の命令違反は新株発行の無効原因とならないとしたのに対して、二審(本誌六九一号二二〇頁)は、仮処分命令違反は無効原因となるとして、Xらの請求を認容したため、Yが上告した。本判決は、判文のとおりの理由により二審の結論を維持したものであるが、裁判官二名の反対意見が付されている。
二 新株発行無効の訴えの出訴期間
本件においては新株発行無効の訴えに変更された時点では、新株の発行がされた日(払込期日の翌日)から既に六か月以上経過していた。したがって、形式的にいえば、出訴期間経過後の変更申立てであるから、変更後の新株発行無効の訴えは却下を免れない(民訴二三五条)。しかし、変更前後の請求の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときは、出訴期間の関係では適法なものとして取り扱うことができると解される(最二小判昭61・2・24民集四〇巻一号六九頁、本誌五九一号四七頁)。
本件判決の多数意見は、当該新株発行により持株比率の減少等の不利益を受けるとする株主によって、新株発行差止めの仮処分を得た上でされた新株発行差止請求訴訟の提起には、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右仮処分命令違反をも理由にして新株発行の効力を争う意思も表明されていると認められるとして、変更後の新株発行無効の訴えについても当初の発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視し得る特段の事情があるとした。あくまで事例的な判断ではあるが、補足意見や反対意見にも指摘されているように、新株発行差止請求の訴えと新株発行無効の訴えとの関係をどのように考えるか、仮処分命令違反を無効の訴えの無効原因と考えるか否かによって、結論を異にする面が多分にあるものと思われる。
三 新株発行無効の訴えの無効原因
商法二八〇条ノ一五の新株発行無効の訴えについては、法はその無効原因を何ら規定していない。したがって、何が無効原因となるかは解釈によって決するしかないが、発行された株式が不特定多数人の間を流通するという性格を有することから、発行された以上はできるだけ無効にしないように解するのが相当とされる。実務上問題とされているのは、(一) 発行手続に必要な株主総会や取締役会の決議を欠く発行、(二) 発行事項の公告、通知(商二八〇条ノ三ノ二)を欠く発行、(三) 著しく不公正な方法による発行、(四) 差止仮処分に違反した発行などであるが、本件で問題とされたのは右(四)の差止仮処分に違反してされた新株発行の効力である。
差止仮処分に違反した新株発行については、学説は大きく有効説(石井照久・商法I(二)五五四頁、河本一郎・現代会社法新訂五版二五一頁など)、無効説(鈴木竹雄=竹内昭夫・会社法三二七頁、松田二郎・会社法概論二八六頁、田中誠二・再全訂会社法詳論下九六四頁など)とに分かれるほか、原則無効だが会社が差止原因がないことを立証したときには無効とならないとする見解(大隅健一郎=今井宏・会社法論中(三版)六五七頁注(9))、取引の安全との兼ね合いから善意の第三者に譲渡されるまでは無効とする見解(山口和男・実務法律体系8仮差押仮処分五三三頁、飯塚重男・注解民事執行法(7)三二頁)などがある。しかし、実際に仮処分命令に違反して新株発行が強行されることは少ないようで、裁判例としては無効説に立つ横浜地判昭50・3・25判時七九〇号一〇六頁がある程度である。
新株発行差止請求の制度は、昭和二五年の商法改正により創設されたものである。右改正前の商法は、会社の資本の総額を定款に掲げ、これを均等の額面株式に分割し、資本の総額に当たる株式の引受があることを要求していた。そのため、会社が新株を発行するには、必ず株主総会の特別決議によって定款を変更し、資本の総額を増加する必要があったが、昭和二五年の改正商法は、いわゆる授権資本制度を採用し、定款には、資本の総額の代わりに会社が発行する株式の総数を掲げるものとし、その四分の一の発行があれば足り、会社が発行する株式の総数から発行済株式総数を控除した残部については、取締役会の決議によって発行できるようにした。そのため、原則として、株主は新株発行に関与できなくなったが、株主にとって不利益、不公正な新株発行がされるのを事前に防止するために新設されたのが新株発行差止請求の制度である。そしてこの差止請求は、裁判外でもなしうるが、これに会社が応じるとは考えられないから、通常は、差止請求訴訟の提起あるいは差止仮処分の申請という形でされる。しかし、差止請求は、あくまで発行前にされることが必要であり、差止請求訴訟を提起しても、新株発行が行われてしまえば、差止請求は目的を失い、訴えの利益はなくなると解され(通説)、通常の訴訟で新株発行手続が終了する前に判決が確定することはほとんど不可能であるから、差止請求を実効あらしめようとすれば仮処分手続によるほかはないことになる。昭和四一年の商法改正により、会社は、払込期日の二週間前までに発行事項を公告、通知することが義務付けられたが(商二八〇条ノ三ノ二)、この規定は、従前株主が不知の間に違法な又は不公正な新株発行を行うことが可能であった点を改め、事前に新株発行の内容を知らしめ、新株発行の差止請求をする機会を株主に与えることにより、新株発行が公正に行われることを担保しようとする趣旨の下に新設されたものであり、二週間という期間は、仮処分の申請のための準備に要する期間と申請後仮処分がされるまでの期間を考慮したものとされている(味村治・改正株式会社法一八〇頁)。
不作為を命じた仮処分命令に違反する法律行為の効力という点から直ちに無効という結論を導き出すのは難しいであろうが、本判決(多数意見)は、差止仮処分命令を無視してされた新株発行を有効とするときは、右のような差止請求を特に権利として認めた立法の趣旨に沿わない結果となるとしており、商法二八〇条ノ一五などの実体法の規定の解釈として、無効説を採ったものと思われる。
四 まとめ
本判決には、二名の裁判官の反対意見が付されたが、今まで学説が対立していた差止仮処分と新株発行無効の訴えとの関係につき最高裁が初めて判断を示したものであり、また、新株発行をめぐっては近時仮処分で争われる事例が増えていることから、実務に与える影響には大きいものがあると思われる。

2.差止めの仮処分が認められるための要件

3.募集新株予約権の発行・新株予約権無償割当ての差止めの仮処分

Ⅶ おわりに


会社法 事例で考える会社法 事例14 公開会社の株式・新株予約権の不公正発行(その1)募集株式の差止め


Ⅰ はじめに

Ⅱ 募集株式の発行の無効と差止め

+第二百十条  次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第百九十九条第一項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。
一  当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二  当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合

+(不公正な払込金額で株式を引き受けた者等の責任)
第二百十二条  募集株式の引受人は、次の各号に掲げる場合には、株式会社に対し、当該各号に定める額を支払う義務を負う。
一  取締役(指名委員会等設置会社にあっては、取締役又は執行役)と通じて著しく不公正な払込金額で募集株式を引き受けた場合 当該払込金額と当該募集株式の公正な価額との差額に相当する金額
二  第二百九条第一項の規定により募集株式の株主となった時におけるその給付した現物出資財産の価額がこれについて定められた第百九十九条第一項第三号の価額に著しく不足する場合 当該不足額
2  前項第二号に掲げる場合において、現物出資財産を給付した募集株式の引受人が当該現物出資財産の価額がこれについて定められた第百九十九条第一項第三号の価額に著しく不足することにつき善意でかつ重大な過失がないときは、募集株式の引受けの申込み又は第二百五条第一項の契約に係る意思表示を取り消すことができる。

+(会社の組織に関する行為の無効の訴え)
第八百二十八条  次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。
一  会社の設立 会社の成立の日から二年以内
二  株式会社の成立後における株式の発行 株式の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、株式の発行の効力が生じた日から一年以内)
三  自己株式の処分 自己株式の処分の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、自己株式の処分の効力が生じた日から一年以内)
四  新株予約権(当該新株予約権が新株予約権付社債に付されたものである場合にあっては、当該新株予約権付社債についての社債を含む。以下この章において同じ。)の発行 新株予約権の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、新株予約権の発行の効力が生じた日から一年以内)
五  株式会社における資本金の額の減少 資本金の額の減少の効力が生じた日から六箇月以内
六  会社の組織変更 組織変更の効力が生じた日から六箇月以内
七  会社の吸収合併 吸収合併の効力が生じた日から六箇月以内
八  会社の新設合併 新設合併の効力が生じた日から六箇月以内
九  会社の吸収分割 吸収分割の効力が生じた日から六箇月以内
十  会社の新設分割 新設分割の効力が生じた日から六箇月以内
十一  株式会社の株式交換 株式交換の効力が生じた日から六箇月以内
十二  株式会社の株式移転 株式移転の効力が生じた日から六箇月以内
2  次の各号に掲げる行為の無効の訴えは、当該各号に定める者に限り、提起することができる。
一  前項第一号に掲げる行為 設立する株式会社の株主等(株主、取締役又は清算人(監査役設置会社にあっては株主、取締役、監査役又は清算人、指名委員会等設置会社にあっては株主、取締役、執行役又は清算人)をいう。以下この節において同じ。)又は設立する持分会社の社員等(社員又は清算人をいう。以下この項において同じ。)
二  前項第二号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
三  前項第三号に掲げる行為 当該株式会社の株主等
四  前項第四号に掲げる行為 当該株式会社の株主等又は新株予約権者
五  前項第五号に掲げる行為 当該株式会社の株主等、破産管財人又は資本金の額の減少について承認をしなかった債権者
六  前項第六号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において組織変更をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は組織変更後の会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは組織変更について承認をしなかった債権者
七  前項第七号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収合併後存続する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収合併について承認をしなかった債権者
八  前項第八号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設合併をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設合併により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設合併について承認をしなかった債権者
九  前項第九号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において吸収分割契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は吸収分割契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは吸収分割について承認をしなかった債権者
十  前項第十号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において新設分割をする会社の株主等若しくは社員等であった者又は新設分割をする会社若しくは新設分割により設立する会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは新設分割について承認をしなかった債権者
十一  前項第十一号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式交換契約をした会社の株主等若しくは社員等であった者又は株式交換契約をした会社の株主等、社員等、破産管財人若しくは株式交換について承認をしなかった債権者
十二  前項第十二号に掲げる行為 当該行為の効力が生じた日において株式移転をする株式会社の株主等であった者又は株式移転により設立する株式会社の株主等、破産管財人若しくは株式移転について承認をしなかった債権者

・公開会社において無効原因とならない場合
+判例(S36.3.31)
理由
上告代理人大久保兤の上告理由第一、二点について。
原判決が本件に関し、昭和二五年法律第一六七号によつて改正された商法の解釈として、株式会社の新株発行に関し、いやしくも対外的に会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、たとえ右新株の発行について有効な取締役会の決議がなくとも、右新株の発行は有効なものと解すべきであるとした判示は、すべて正当である。そして原判決が右判断の理由として、改正商法(株式会社法)はいわゆる授権資本制を採用し、会社成立后の株式の発行を定款変更の一場合とせず、その発行権限を取締役会に委ねており、新株発行の効力発生のためには、発行決定株式総数の引受及び払込を必要とせず、払込期日までに引受及び払込のあつた部分だけで有効に新株の発行をなし得るものとしている(第二八〇条の九)等の点から考えると、改正法にあつては、新株の発行は株式会社の組織に関することとはいえ、むしろこれを会社の業務執行に準ずるものとして取扱つているものと解するのが相当であることをあげていることもすべて首肯し得るところである。なお、取締役会の決議は会社内部の意思決定であつて、株式申込人には右決議の存否は容易に知り得べからざるものであることも、又右判断を支持すべき一事由としてあげることができる。論旨は右と反対の見地に立つて原判決を非難するものであるが、論旨の見解は当裁判所の採らないところである。よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条を適用して裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

+判例(S46.7.16)
理由 
 上告人の上告理由について。 
 株式会社の代表取締役が新株を発行した場合には、右新株が、株主総会の特別決議を経ることなく、株主以外の者に対して特に有利な発行価額をもつて発行されたものであつても、その瑕疵は、新株発行無効の原因とはならないものと解すべきである。このことは当裁判所の判例(最高裁判所昭和三九年(オ)第一〇六二号、同四〇年一〇月八日第二小法廷判決、民集一九巻七号一七四五頁参照)の趣旨に徴して明らかである。そうであれば、特別決議のないことをもつて本件新株発行の無効をいう上告人の本訴請求は、失当であつて、棄却を免れず、これを排斥した原審の判断は結論として相当であり、本件上告は、上告理由について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(村上朝一 色川幸太郎 岡原昌男 小川信雄) 
+判例(H6.7.14)
理由 
 上告代理人吉田朝彦の上告理由一について 
 一 被上告人の本訴請求は、(一) 昭和六一年一一月一四日開催の上告人会社の取締役会は、その招集通知が当時の代表取締役である被上告人に対してされておらず同人も出席していないので不適法であり、右のような瑕疵のある取締役会における新株発行決議に基づく本件新株発行は無効である、(二) 本件新株発行は、藤井捷之助(以下「捷之助」という。)がこれを全部自ら引き受け、自己の株式持分比率を高めて実質上自らが上告人会社を支配できるようにする目的の下にしたものであり、著しく不公正な方法によりされたものであるから無効である旨を主張して、本件新株発行の無効を求めるものである。 
 二 原審は、右(二)の主張について、1の事実を認定した上、2の判断を示し、被上告人の請求を認容した第一審判決を是認して、上告人の控訴を棄却した。 
  1 上告人会社の取締役であった捷之助は、創業以来の代表取締役で発行済株式の過半数を有する被上告人と不仲となり、その信頼を失ったことから、被上告人が株主総会を招集して上告人会社を解散する決議をしたり又は捷之助を解任する決議をすることを恐れるに至った。そこで、捷之助は、これを阻止する目的をもって、専ら、被上告人から上告人会社の支配権を奪い取り、自己及び自己の側に立つ者が過半数の株式を有するようにするために、昭和六一年九月一六日に取締役会を開催して自らの代表取締役選任決議を経て代表取締役に就任し、同年一一月一四日に当時入院中であった被上告人に招集通知をしないで取締役会を開催し、本件新株発行の決議を得て、被上告人に秘したまま右新株を発行し、右決議において新株の募集の方法は公募によるものとされていたが、その全部を自らが引き受けて払い込み、現在これを保有している。 
  2 右の経緯によれば、本件新株発行は著しく不公正な方法によりされたものであるというべきである。そして、著しく不公正な方法による新株発行は特別の事情がある場合に限って無効となると解すべきところ、本件においては、新株はすべてその発行を計画した捷之助によって引き受けられ、保有されているのであるから、取引の安全のために新株発行を無効とすることを特に制限する事情はなく、上告人会社が小規模で閉鎖的な会社で、本件新株発行が前記の目的でされたことを併せ考えると、右の特別事情がある場合に当たるというべきである。したがって、本件新株発行は無効である。 
 三 しかしながら、原審の右2の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 新株発行は、株式会社の組織に関するものであるとはいえ、会社の業務執行に準じて取り扱われるものであるから、右会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、たとい、新株発行に関する有効な取締役会の決議がなくても、右新株の発行が有効であることは、当裁判所の判例(最高裁昭和三二年(オ)第七九号同三六年三月三一日第二小法廷判決・民集一五巻三号六四五頁)の示すところであるこの理は、新株が著しく不公正な方法により発行された場合であっても、異なるところがないものというべきである。また、発行された新株がその会社の取締役の地位にある者によって引き受けられ、その者が現に保有していること、あるいは新株を発行した会社が小規模で閉鎖的な会社であることなど、原判示の事情は、右の結論に影響を及ぼすものではないけだし、新株の発行が会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があることにかんがみれば、その効力を画一的に判断する必要があり、右のような事情の有無によってこれを個々の事案ごとに判断することは相当でないからである。そうすると、本件新株発行を無効と判断した原判決には、商法二八〇条ノ一五の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由がある。 
 四 以上の説示によれば、前記一の(一)及び(二)のいずれもその主張自体理由がなく、本訴請求は失当であるから、原判決を破棄し、第一審判決中主文第一項を取り消した上、被上告人の本訴請求を棄却すべきである。 
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官大白勝 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官高橋久子) 
・公開会社において無効原因となる場合
定款所定の発行可能㈱総数(37条)を超過
定款に定めのない種類株式を発行(108条2項)
募集事項の公示を欠く
+判例(H9.1.28)
理由 
 上告代理人奥村回の上告理由について 
 原審の適法に確定したところによれば、上告会社の昭和六三年六月の新株発行については、(一) 新株発行に関する事項について商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知がされておらず、(二) 新株発行を決議した取締役会について、取締役Aに招集の通知(同法二五九条ノ二)がされておらず、(三) 代表取締役Bが来る株主総会における自己の支配権を確立するためにしたものであると認められ、(四) 新株を引き受けた者が真実の出資をしたとはいえず、資本の実質的な充実を欠いているというのである。 
 原判決は、このうち(三)及び(四)の点を理由として右新株発行を無効としたが、原審のこの判断は是認することができない。けだし、会社を代表する権限のある取締役によって行われた新株発行は、それが著しく不公正な方法によってされたものであっても有効であるから(最高裁平成二年(オ)第三九一号同六年七月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一七二号七七一頁参照)、右(三)の点は新株発行の無効原因とならず、また、いわゆる見せ金による払込みがされた場合など新株の引受けがあったとはいえない場合であっても、取締役が共同してこれを引き受けたものとみなされるから(同法二八〇条ノ一三第一項)、新株発行が無効となるものではなく(最高裁昭和二七年(オ)第七九七号同三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五一一頁参照)、右(四)の点も新株発行の無効原因とならないからである。 
 しかしながら、新株発行に関する事項の公示(同法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知)は、株主が新株発行差止請求権(同法二八〇条ノ一〇)を行使する機会を保障することを目的として会社に義務付けられたものであるから(最高裁平成元年(オ)第六六六号同五年一二月一六日第一小法廷判決・民集四七巻一〇号五四二三頁参照)、新株発行に関する事項の公示を欠くことは、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解するのが相当であり、右(三)及び(四)の点に照らせば、本件において新株発行差止請求の事由がないとはいえないから、結局、本件の新株発行には、右(一)の点で無効原因があるといわなければならない。 
 したがって、本件の新株発行を無効とすべきものとした原判決は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうものにすぎず、採用することができない。 
 よって、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
・非公開会社の場合
+判例(H24.4.24)
理 由
 上告補助参加人Aの代理人源光信及び上告補助参加人B,同Cの代理人内田智,同石岡修の各上告受理申立て理由について
 1 本件は,上告人の監査役である被上告人が,上告人の取締役であった上告補助参加人(以下,単に「補助参加人」という。)らによる新株予約権の行使は,行使条件を変更する取締役会決議が無効であるにもかかわらずそれに従ってされたものであって,当初定められた行使条件に反するものであるから,上記新株予約権の行使による株式の発行は無効であると主張して,主位的に会社法828条1項2号に基づいて上記株式の発行を無効とすることを求め,予備的に上記株式の発行は当然に無効であるとしてその確認を求める事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,信用保証業務等を目的として昭和56年に設立された株式会社であり,発行する株式の全部について,譲渡により取得するためには取締役会の承認を受けなければならない旨の定款の定めを設けている。
 (2) 上告人は,経営陣の意欲や士気の高揚を目的として,ストックオプションを付与することとし,平成15年6月24日,その株主総会において,以下のとおり,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)280条ノ20,280条ノ21及び280条ノ27の規定により,新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)を発行する旨の特別決議(以下「本件総会決議」という。)がされた。
 ア 新株予約権の目的である株式の種類及び数 普通株式6万株
 イ 発行する新株予約権の総数 6万個
 ウ 新株予約権の割当てを受ける者
 平成15年6月25日及び新株予約権の発行日の各時点において上告人の取締役である者
 エ 新株予約権の発行価額 無償
 オ 新株予約権の発行日 平成15年8月25日
 カ 新株予約権の行使に際して払込みをすべき額
 新株予約権1個当たり750円
 キ 新株予約権の行使期間
 平成16年6月19日から平成25年6月24日まで
 ク 新株予約権の行使条件
 (ア) 新株予約権の行使時に上告人の取締役であること
 (イ) その他の行使条件は,取締役会の決議に基づき,上告人と割当てを受ける取締役との間で締結する新株予約権の割当てに係る契約で定めるところによる(以下,本件総会決議による上記の委任を「本件委任」という。)。
 (3) 上告人の取締役会において,平成15年8月11日,補助参加人Aに対し4万個,同Cに対し1万個,同Bに対し1万個の本件新株予約権を割り当てる旨の決議がされた。そして,同月,上告人と補助参加人らは,上記決議に基づき,本件新株予約権の行使条件として,上告人の株式が店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録された後又は日本国内の証券取引所に上場された後6箇月が経過するまで本件新株予約権を行使することができないとの条件(以下「上場条件」という。)を定めるなどして,新株予約権の割当てに係る各契約を締結し,上告人は,本件新株予約権を発行した。
 (4) 上告人は,平成17年10月頃から補助参加人Aが収受したリベート等をめぐって税務調査を受けるようになり,税務当局から重加算税を賦課する可能性があることを指摘され,株式を公開することが困難な状況となった。
 (5) 上告人の取締役会において,平成18年6月19日,本件新株予約権の行使条件としての上場条件を撤廃するなどの決議(以下「本件変更決議」という。)がされ,同日,上告人と補助参加人らは,上記各契約の内容を本件変更決議に沿って変更する旨の各契約を締結した。
 (6) 補助参加人らは,平成18年6月から同年8月までの間に,本件新株予約権を行使し,上告人は,これに応じて,補助参加人らに対し,合計2万6000株の普通株式を発行した(以下,この発行を「本件株式発行」という。)。
 (7) 上告人の株式は,店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録されたことはなく,また,日本国内の証券取引所に上場されたこともない。
 3 原審は,上記事実関係の下において,取締役会には,所定の手続を経て新株予約権が発行された後において,行使条件を新たに設定し,又は変更する権限はないから,本件変更決議に上場条件を撤廃するなどの効力はなく,本件変更決議による行使条件の変更を前提とする本件株式発行は無効であるとして,被上告人の主位的請求を認容すべきものと判断した。
 4 所論は,本件総会決議による本件委任は,本件新株予約権の発行後に上場条件を取締役会決議によって撤廃することも委任の範囲内のこととして許容するものであるから,本件変更決議は有効であり,本件株式発行に無効原因はないというのである。
 5(1) そこでまず,本件変更決議の効力について検討する。
 旧商法280条ノ21第1項は,株主以外の者に対し特に有利な条件をもって新株予約権を発行する場合には,同項所定の事項につき株主総会の特別決議を要する旨を定めるが,同項に基づく特別決議によって新株予約権の行使条件の定めを取締役会に委任することは許容されると解されるところ,株主総会は,当該会社の経営状態や社会経済状況等の株主総会当時の諸事情を踏まえて新株予約権の発行を決議するのであるから,行使条件の定めについての委任も,別途明示の委任がない限り,株主総会当時の諸事情の下における適切な行使条件を定めることを委任する趣旨のものであり,一旦定められた行使条件を新株予約権の発行後に適宜実質的に変更することまで委任する趣旨のものであるとは解されないまた,上記委任に基づき定められた行使条件を付して新株予約権が発行された後に,取締役会の決議によって行使条件を変更し,これに沿って新株予約権を割り当てる契約の内容を変更することは,その変更が新株予約権の内容の実質的な変更に至らない行使条件の細目的な変更にとどまるものでない限り,新たに新株予約権を発行したものというに等しく,それは新株予約権を発行するにはその都度株主総会の決議を要するものとした旧商法280条ノ21第1項の趣旨にも反するものというべきである。そうであれば,取締役会が旧商法280条ノ21第1項に基づく株主総会決議による委任を受けて新株予約権の行使条件を定めた場合に,新株予約権の発行後に上記行使条件を変更することができる旨の明示の委任がされているのであれば格別,そのような委任がないときは,当該新株予約権の発行後に上記行使条件を取締役会決議によって変更することは原則として許されず,これを変更する取締役会決議は,上記株主総会決議による委任に基づき定められた新株予約権の行使条件の細目的な変更をするにとどまるものであるときを除き,無効と解するのが相当である。
 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件総会決議による本件委任を受けた取締役会決議に基づき,上場条件をその行使条件と定めて本件新株予約権が発行されたものとみるべきところ,本件総会決議において,取締役会決議により一旦定められた行使条件を変更することができる旨の明示的な委任がされたことはうかがわれない。そして,上場条件の撤廃が行使条件の細目的な変更に当たるとみる余地はないから,本件変更決議のうち上場条件を撤廃する部分は無効というべきである。
 (2) 以上のように,本件変更決議のうちの上場条件を撤廃する部分が無効である以上,本件変更決議に従い上場条件が撤廃されたものとしてされた補助参加人らによる本件新株予約権の行使は,当初定められた行使条件に反するものである。そこで,行使条件に反した新株予約権の行使による株式発行の効力について検討する。
 会社法上,公開会社(同法2条5号所定の公開会社をいう。以下同じ。)については,募集株式の発行は資金調達の一環として取締役会による業務執行に準ずるものとして位置付けられ,発行可能株式総数の範囲内で,原則として取締役会において募集事項を決定して募集株式が発行される(同法201条1項,199条)のに対し,公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。)については,募集事項の決定は取締役会の権限とはされず,株主割当て以外の方法により募集株式を発行するためには,取締役(取締役会設置会社にあっては,取締役会)に委任した場合を除き,株主総会の特別決議によって募集事項を決定することを要し(同法199条),また,株式発行無効の訴えの提訴期間も,公開会社の場合は6箇月であるのに対し,非公開会社の場合には1年とされている(同法828条1項2号)
これらの点に鑑みれば,非公開会社については,その性質上,会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益の保護を重視し,その意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救済するというのが会社法の趣旨と解されるのであり,非公開会社において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合,その発行手続には重大な法令違反があり,この瑕疵は上記株式発行の無効原因になると解するのが相当である。所論引用の判例(最高裁昭和32年(オ)第79号同36年3月31日第二小法廷判決・民集15巻3号645頁,最高裁平成2年(オ)第391号同6年7月14日第一小法廷判決・裁判集民事172号771頁)は,事案を異にし,本件に適切でない。
 そして,非公開会社が株主割当て以外の方法により発行した新株予約権に株主総会によって行使条件が付された場合に,この行使条件が当該新株予約権を発行した趣旨に照らして当該新株予約権の重要な内容を構成しているときは,上記行使条件に反した新株予約権の行使による株式の発行は,これにより既存株主の持株比率がその意思に反して影響を受けることになる点において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合と異なるところはないから,上記の新株予約権の行使による株式の発行には,無効原因があると解するのが相当である。
 これを本件についてみると,本件総会決議の意味するところは,本件総会決議の趣旨に沿うものである限り,取締役会決議に基づき定められる行使条件をもって,本件総会決議に基づくものとして本件新株予約権の内容を具体的に確定させることにあると解されるところ,上場条件は,本件総会決議による委任を受けた取締役会の決議に基づき本件総会決議の趣旨に沿って定められた行使条件であるから,株主総会によって付された行使条件であるとみることができる。また,本件新株予約権が経営陣の意欲や士気の高揚を目的として発行されたことからすると,上場条件はその目的を実現するための動機付けとなるものとして,本件新株予約権の重要な内容を構成していることも明らかである。したがって,上場条件に反する本件新株予約権の行使による本件株式発行には,無効原因がある。
 6 以上によれば,会社法828条1項2号に基づき本件株式発行を無効とした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官大谷剛彦,同寺田逸郎の各補足意見がある。
Ⅲ 募集株式発行の差止め
1.本件株式発行が有利発行といえるか
(1)会社法210条の要件
+第二百十条  次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第百九十九条第一項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。
一  当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二  当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合
・法令定款違反=募集株式の発行に際して遵守すべき具体的な法令又は定款の規定に違反する場合をいい、取締役の善管注意義務に違反する場合を含まない!!!
(2)本件株式発行の法令違反
+(公開会社における募集事項の決定の特則)
第二百一条  第百九十九条第三項に規定する場合を除き、公開会社における同条第二項の規定の適用については、同項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。この場合においては、前条の規定は、適用しない。
2  前項の規定により読み替えて適用する第百九十九条第二項の取締役会の決議によって募集事項を定める場合において、市場価格のある株式を引き受ける者の募集をするときは、同条第一項第二号に掲げる事項に代えて、公正な価額による払込みを実現するために適当な払込金額の決定の方法を定めることができる。
3  公開会社は、第一項の規定により読み替えて適用する第百九十九条第二項の取締役会の決議によって募集事項を定めたときは、同条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該募集事項(前項の規定により払込金額の決定の方法を定めた場合にあっては、その方法を含む。以下この節において同じ。)を通知しなければならない
4  前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる
5  第三項の規定は、株式会社が募集事項について同項に規定する期日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項 から第三項 までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、適用しない
・改正による追加
+(公開会社における募集株式の割当て等の特則)
第二百六条の二  公開会社は、募集株式の引受人について、第一号に掲げる数の第二号に掲げる数に対する割合が二分の一を超える場合には、第百九十九条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該引受人(以下この項及び第四項において「特定引受人」という。)の氏名又は名称及び住所、当該特定引受人についての第一号に掲げる数その他の法務省令で定める事項を通知しなければならない。ただし、当該特定引受人が当該公開会社の親会社等である場合又は第二百二条の規定により株主に株式の割当てを受ける権利を与えた場合は、この限りでない。
一  当該引受人(その子会社等を含む。)がその引き受けた募集株式の株主となった場合に有することとなる議決権の数
二  当該募集株式の引受人の全員がその引き受けた募集株式の株主となった場合における総株主の議決権の数
2  前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
3  第一項の規定にかかわらず、株式会社が同項の事項について同項に規定する期日の二週間前までに金融商品取引法第四条第一項 から第三項 までの届出をしている場合その他の株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合には、第一項の規定による通知は、することを要しない
4  総株主(この項の株主総会において議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主が第一項の規定による通知又は第二項の公告の日(前項の場合にあっては、法務省令で定める日)から二週間以内に特定引受人(その子会社等を含む。以下この項において同じ。)による募集株式の引受けに反対する旨を公開会社に対し通知したときは、当該公開会社は、第一項に規定する期日の前日までに、株主総会の決議によって、当該特定引受人に対する募集株式の割当て又は当該特定引受人との間の第二百五条第一項の契約の承認を受けなければならない。ただし、当該公開会社の財産の状況が著しく悪化している場合において、当該公開会社の事業の継続のため緊急の必要があるときは、この限りでない。
5  第三百九条第一項の規定にかかわらず、前項の株主総会の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行わなければならない。
(3)本件株式発行が有利発行といえるか
・時価を出発点としてよいのか。
+判例(東京高判S48.7.27)
 〔抄 録〕 
 新株の発行価額は、その決定時(すなわち、特段の定めのない限り、取締役会において新株の発行事項を決定する決議のなされた日)における、発行会社の株式の市場価格、企業の資産状態及び収益力(なお、これらは、通例、配当の状況によって端的に示される。)、株式市況の見透し等を総合したうえ、更に株式申込時までの株価変動の危険及び新株式発行により生ずる株式の需給関係の状況等をも考慮して決定さるべきものであって、発行価額がこのようにして決定された時、その価額は発行会社の有する企業の客観的価値を反映した公正かつ適正なものということができる。 
 そうして、発行会社の株式が上場されている場合には、株式市場で形成される価格、すなわち株価は、通常は、前記公正な発行価額を決定する諸要素のうちの中心をなす、企業の資産状況及び収益力等を反映しその客観的価値を示すものであるから、右資産状況及び収益力等のほか前記のような諸要素をも考慮に加えて決定される新株式の発行価額は、多くの場合価額決定当時の株価の一五パーセント減以内の価額となるべきものとし、この見地から、このような価額を以て公正ないし適正な発行価額と観念することは、理由のないことではないしかし、株式市場も一の競争市場である以上、ここで形成される株価が常に企業の客観的価値のみに基づくとは限らず、時としては、企業の客観的価値以外の投機的思惑その他の人為的な要素によって、株価が企業の客観的価値を反映することなく異常に騰落することもあるのであるから、上場会社の新株の発行価額の決定に当たって、常に市場における株価だけを絶対視することは、ことの本質を見誤るものといわなければならない控訴人は、本件において新株の価額決定の日の前日における株価をいわば絶対視し、その五ないし一五パーセント減の範囲内において定められた価額だけが公正、適正な価額であり、それ以外のものはすべて商法第二八〇条ノ一一にいう「著しく不公正な発行価額」である旨を強調し、この主張にそう資料として、当審において、さらに≪証拠≫を提出しているけれども、既に述べたとおり、新株の公正、適正な発行価額は、冒頭に挙げた諸要素を総合的に勘案のうえ決定されるべきものであることからすると、公正な発行価額を控訴人のように固定的に考えるべき理由はないものというべきであって、前掲甲号各証も控訴人の主張を肯認するに足るものではない。 
 (白石 川上 間中)
+判例(東京地決H1.7.25)
第二、当裁判所の判断 
一、当事者間に争いのない事実並びに一件記録及び当事者各審尋の結果によって認められる事実は次のとおりである。 
 1. 被申請人は、資本の額が一二五億五九八二万四六九四円、発行済株式総数が九〇二九万二四七六株(額面金五〇円)で、東京証券取引所一部上場の株式会社であり、申請人は、被申請人の株式三〇一一万一〇〇〇株を有する株主である。 
 2. 被申請人の東京証券取引所における株価は、昭和六二年一二月ころまでは九〇〇円ないし一二〇〇円前後で推移していたが、昭和六三年一月以降急騰し、同年二月から同年五月ころまでには四〇〇〇円前後となり、その後さらに上昇して、同年八月にはいったん八〇〇〇円をつけたものの、その後は概ね四八〇〇円ないし六〇〇〇円程度の価格で推移し、本件仮処分申請時まで、被申請人の株価が、昭和六三年二月以降は三〇〇〇円を、同年七月以降は四〇〇〇円を、同年一〇月以降は四六〇〇円をそれぞれ下まわったことはない。 
 3. 申請人は、昭和六二年一〇月ころから、被申請人の株式を大量に取得し始めたが、その後現在までの東京証券取引所における被申請人の株式の取引高総数に占める申請人の取得株式数の割合は約四分の一に過ぎない。 
 4. 申請人は、昭和六三年六月から一〇月にかけて、被申請人と会談し、被申請人の株式を二七〇〇万株ないし二八〇〇万株取得したことを明らかにしたうえで、被申請人、いなげやと株式会社ライフストア(以下「ライフストア」という。)の三社合併を提案し、それにともなう人事についても申請人の構想を述べたが、被申請人及びいなげやは右の提案を拒否した。 
 5. 被申請人といなげやは、昭和六三年一二月に本件業務提携の交渉を開始し、業務提携をすることについては直ちに合意した後、その具体的方法について交渉を継続し、平成元年二月以降、野村企業情報株式会社にその方法についての情報の提供を依頼した。両社間の業務提携の機運は従来からあったが、右両社間でそれを真剣に話し合ったことは昭和六三年一二月まではなく、本件業務提携は、被申請人、いなげやとライフストアの合併を申請人から提案されたことに誘発され、申請人の要求に対抗し、これを拒否するため、一気に具体化したものである。 
 6. 申請人は、平成元年七月七日に三〇〇九万株の、同月一〇日に二万一〇〇〇株の、被申請人株式の各名義書換手続をし、その名義人となった。 
 7. 被申請人は、平成元年七月八日、いなげやとの間で、各会社の取締役会の承認決議を停止条件として、本件業務提携及び資本提携をすることを合意し、同月一〇日両社の取締役会において、それぞれの承認決議をするとともに、次のとおり本件新株発行をすることを決議し、その発行価額の決定にあたっては、市場価格が極めて高騰していたことを理由に、これを基礎とすることなく、他の株式価格算定方式を用いて被申請人としてあるべき株式価格を算定し、これを基準にした価格を発行価額とした。 
 (一) 発行新株数 記名式額面普通株式 
   二二〇〇万株 
 (二) 割当方法 発行する株式全部をいなげやに割り当てる。 
 (三) 発行価額 一株につき 
   金一一二〇円 
 (四) 払込期日 平成元年七月二六日 
 また、申請人といなげやは、同日、業務提携のためのプロジェクト・チームを発足させ、その後、業務提携のための具体的作業を進行中である。 
 8. 本件新株発行は、被申請人といなげやとの本件業務提携にともない、同時期に相互に新株を発行して資本提携をする目的でされるものであり、相互に相手方会社の発行済株式総数の一九・五パーセントの株式を保有することとしている。そして、被申請人のいなげやに対して発行する新株二二〇〇万株の発行価額総額は二四六億四〇〇〇万円、いなげやの被申請人に対して発行する新株一二四〇万株の発行価額総額は一九五億九二〇〇万円である。両社は、いずれもインパクト・ローンによって右資金を調達し、払込期日の直後に相手会社からの新株払込金をもってその返済にあてるが、右発行価額総額の差額である約五〇億円についても、被申請人においてこれを特定の業務上の資金として使用する具体的な目的のもとに本件新株発行がされたわけではなく、いなげやにおいては金融機関からの長期借入金としてこれを処理することとしている。 
 9. 本件新株発行にあたっては、商法二八〇条の二第二項所定の被申請人の株主総会決議はされていない。 
 10. 本件新株発行が実行されると、被申請人の発行済株式総数に対する申請人の持株比率は、三三・三四パーセントから二六・八一パーセントに低下するうえ、東京証券取引所における被申請人の株価が一挙に低下する蓋燃性が極めて高い。 
二、そこで、まず、本件新株発行の発行価額が商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するか否かについて判断する。 
 ところで、新株の公正な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませることが新旧株主の間において公平であるかという観点から算定されるべきものである。本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社資産の内容、収益力および将来の事業の見通し等を考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価が新株の公正な発行価額を算定するにあたっての基準になるというべきである。そして、株式が株式市場で投機の対象となり、株価が著しく高騰した場合にも、市場価格を基礎とし、それを修正して公正な発行価額を算定しなければならないなぜなら、株式市場での株価の形成には、株式を公開市場における取引の対象としている制度からみて、投機的要素を無視することはできないため、株式が投機の対象とされ、それによって株価が形成され高騰したからといって、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することはできないからである。もっとも、株式が市場においてきわめて異常な程度にまで投機の対象とされ、その市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、しかも、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合に限っては、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することができるというべきである。 
 これを本件についてみるに、被申請人の東京証券取引市場における株価の推移は前記一2に認定のとおりであって、三〇〇〇円以上の状態が一年五か月間、四〇〇〇円以上の状態が一年間と相当長期間にわたって続いており、しかもこのような株価の高騰は、申請人が被申請人の株式を大量に取得したことにその原因の一があるとともに、被申請人の株式が投機の対象となっていることは否定できないところであると考えられる。しかし、本件においては、被申請人の株価の推移、特に一定額以上の株価が相当長期間にわたって維持されていることに照らすと、その価格を新株発行にあたっての公正な発行価額の算定基礎から排除することは相当ではないしたがって、本件新株発行において市場価格を無視してこれを基準とすることなく算定され決定された一一二〇円という発行価額は、当時の市場価格からはるかに乖離したものであることからみて、商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するというべきである。よって、それにもかかわらず同条項所定の株主総会決議を経ていない本件新株発行は、その手続に法令違反があるといわなければならない。 
三、次に、本件新株発行が不公正発行に該当するか否かについて判断する。 
 商法は、株主の新株引受権を排除し、割当自由の原則を認めているから、新株発行の目的に照らし第三者割当を必要とする場合には、授権資本制度のもとで取締役に認められた経営権限の行使として、取締役の判断のもとに第三者割当をすることが許され、その結果、従来の株主の持株比率が低下しても、それをもってただちに不公正発行ということはできないしかし、株式会社においてその支配権につき争いがある場合に、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきであり、また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたるというべきである。 
 これを本件新株発行についてみるに、前記認定事実によると、被申請人といなげやとの業務提携の機運は従来からまったくなかったわけではないものの、右両者間でそれが真剣に話し合われたことはなく、本件業務提携は、被申請人、いなげや、ライフストアの三社合併を申請人から提案されたことにより、被申請人といなげやが、申請人の要求を拒否し、対抗するため具体化したものであるところ、本件業務提携にあたり被申請人がいなげやに対し従来の発行済株式総数の一九・五パーセントもの多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であると認めることのできる十分な疎明はなく、しかも、本件新株発行によって調達された資金の大半は、実質的には、いなげやが発行する新株の払込金にあてられるものであって、差額として被申請人のもとに留保される約五〇億円についても、特定の業務上の資金としてこれを使用するために本件新株発行がされたわけではないこと、また、申請人が被申請人の経営に参加することが被申請人の業務にただちに重大な不利益をもたらすことの疎明もないことからみると、被申請人がした本件新株発行は、申請人の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的とするものであり、又は少なくともこれにより申請人の持株比率が著しく低下されることを認識しつつされたものであるのに、本件のような多量の新株発行を正当化させるだけの合理的な理由があったとは認められないから、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行にあたるというべきである。 
四、本件新株発行により申請人が損害を被ることは前記認定のとおりであって、それは容易に回復することのできない損害というべきであり、他方、本件新株発行を差し止めることによって被申請人が重大な不利益を被ることの疎明はない。そして、本件新株発行の払込期日が間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込みを済ませ本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味となることも明らかであるから、本件仮処分申請については保全の必要性もあるというべきである。 
五、よって、本件仮処分申請は理由があるから、申請人に担保を立てさせることなくこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。 
民事第8部 
 (裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐賀義史 垣内正) 
・会社が有利な資金調達を実現するという利益と、既存株主の利益
+判例(S50.4.8)
理由
上告代理人渡辺忠雄の上告理由一、二について。
控訴審がその判決の理由を記載するにあたつては一審判決の理由を引用することができる(民訴法三九一条)のであるから、原審のした一審判決の引用に違法はなく、また、所論指摘の主張は、ひつきよう、事実認定又は法律解釈についての主張であつて、原審がこれにつき逐一判断を示さなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同一、三ないし六について。
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。
ところで、普通株式を発行し、その株式が証券取引所に上場されている株式会社が、額面普通株式を株主以外の第三者に対していわゆる時価発行をして有利な資本調達を企図する場合に、その発行価額をいかに定めるべきかは、本来は、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるべきものであり、この見地からする発行価額は旧株の時価と等しくなければならないのであつて、このようにすれば旧株主の利益を害することはないが、新株を消化し資本調達の目的を達成することの見地からは、原則として発行価額を右より多少引き下げる必要があり、この要請を全く無視することもできないそこで、この場合における公正発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行ずみ株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。
本件についてみるに、原審認定の前記事実によれば、株式会社横河電機製作所(以下「横河電機」という。)発行にかかる本件新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)の発行価額は、本件新株を買取引受の方式によつて引受けた証券業者である被上告人らが昭和三六年一月七日に横河電機に対して具申した意見に基づき、同月九日の取締役会において右意見どおり決定されたものであるところ、右意見は、具申の前日である同月六日の終値三六五円、前一週間(昭和三五年一二月二六日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均三五九円一七銭、前一か月(昭和三五年一二月七日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均三五〇円二七銭の三者の単純平均三五八円一五銭から、新株の払込期日が期中であつたので、配当差二円四一銭を差引いた三五五円七四銭を基準とし、横河電機の株式の価格動向としては人気化していたため急落する可能性が強く、過去六年間における一か月以内の下落率の大勢は一〇ないし一四パーセントに集中していたこと、その売買出来高が昭和三五年九月から同年一二月まで一日平均一九万三〇〇〇株であるのに比べると本件公募株数は一五〇万株の大量であること、その他、当時における株式市況の見通し等を勘案すれば、本件新株を売出期間中に消化するためには前記基準額を最低一〇パーセント値引する必要がある等の事由による減額修正をして、発行価額としては一株あたり三二〇円をもつて相当とするというのである。このように、右の意見が出されるにあたつては、客観的な資料に基づいて前記考慮要因が斟酌されているとみることができ、そこにおいてとられている算定方法は前記公正発行価額の趣旨に照らし一応合理的であるというを妨げず、かつ、その意見に従い取締役会において決定された右価額は、決定直前の株価に近接しているということができる。このような場合、右の価額は、特別の事情がないかぎり、商法二八〇条ノ一一に定める「著シク不公正ナル発行価額」にあたるものではないと解するのを相当とすべく、右価額が当該新株をいわゆる買取引受方式によつて引受ける証券業者が具申した意見に基づきその意見どおり決定されたとの前記事実も、右の意見の合理性が肯定できる以上、それだけで右の判断を異にすべき理由にはならない。そして、本件新株の発行後横河電機の株価が値上りしたことは原審の確定するところであるが、本件発行価額決定時点においてそのことが確実であることを保証する事実が顕著であつたとはいえないとする原審確定の事実関係のもとにおいては、右値上りの事実をもつて特別の事情と認めるには足りず、他に特別の事情を認めるに足る事実関係のない本件においては、本件発行価額が「著シク不公正ナル発行価額」であるということはできないのである。これと同旨の原審判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 髙辻正己)

(4)日本証券業協会の自主ルールの位置づけ

+判例(東京地決H16.6.1)
第三 当裁判所の判断
一 被保全権利について
(1) 商法二八〇条ノ二第二項にいう「特ニ有利ナル発行価額」とは、公正な発行価額よりも特に低い価額をいうところ、株式会社が普通株式を発行し、当該株式が証券取引所に上場され証券市場において流通している場合において、新株の公正な発行価額は、旧株主の利益を保護する観点から本来は旧株の時価と等しくなければならないが、新株を消化し資本調達の目的を達成する見地からは、原則として発行価額を時価より多少引き下げる必要もある。そこで、この場合における公正な発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、上記株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行済株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。もっとも、上記の公正な発行価額の趣旨に照らすと、公正な発行価額というには、その価額が、原則として、発行価額決定直前の株価に近接していることが必要であると解すべきである(最高裁判所昭和五〇年四月八日第三小法廷判決・民集二九巻四号三五〇頁参照)。
(2) これを本件についてみると、本件発行価額三九三円は、平成一六年五月一七日時点の証券市場における一株あたりの株価一〇一〇円と比較して約三九パーセントにすぎない。また、前記自主ルールは、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の観点から日本証券業協会における取扱いを定めたものとして一応の合理性を認めることができるところ、本件発行価額は、本件新株発行決議の直前日の価額に〇・九を乗じた九〇九円と比較して約四三パーセント、本件新株発行決議の日の前日から六か月前までの平均の価額に〇・九を乗じた六五〇円と比較しても約六〇パーセントにすぎない。
本件発行価額は、本件鑑定に基づいて決定されたものであるが、上記のとおり、本件新株発行決議の直前日の株価と著しく乖離しており、本件鑑定を精査しても、こうした乖離が生じた理由が客観的な資料に基づいて前記考慮要因を斟酌した結果であると認めることはできず、その算定方法が前記公正発行価額の趣旨に照らし合理的であるということはできない
(3) これに対し、債務者は、債務者の株価は本年一月以降に急激に上昇しており、平成一六年五月一七日時点における債務者株式の市場価格一株当たり一〇一〇円の数値は、株価の操縦、投機を目的とした債権者らによる違法な買占めを原因とするものであり、債務者の企業価値を正確に反映したものではないので、本年一月以降の市場価格は公正な発行価額算定基礎から排除すべきであると主張する。
なるほど、前記第二の三のとおり、債務者の一株当たりの株価は、平成一五年八月ころは概ね二〇〇円台で推移していたところ、同年九月ころから上昇し、平成一六年一月に入り概ね五〇〇円台に上昇し、同年二月には概ね六〇〇円台から七〇〇円台で推移し、同年三月には八〇〇円台を超えて九〇〇円台ないし一〇〇〇円台に上昇し、同年四月には九〇〇円台から一〇〇〇円台で推移し、同年五月には概ね一〇〇〇円台で推移していることが認められ、本件各《証拠省略》によれば、債権者らによる大量の株式取得が、債務者株式の証券市場における株価に影響を与えていることは否定できない。しかし、本件各《証拠省略》によれば、債権者らは債務者への経営参加や技術提携の要望を有しており、債務者に対する企業買収を目的として長期的に保有するために株式を取得したものであることが窺われ、本件全証拠を精査しても、債権者らが不当な肩代わりや投機的な取引を目的として株式を取得したものと認めるに足りる資料はない。また、本件各《証拠省略》によれば、債務者の業績も改善していること、証券業界(会社四季報)における債務者の業績の評価も向上していること、債務者と同様にバルブ事業を営む企業においても、昨年後半から今年にかけて株価が二倍ないし四倍に高騰している事例があることの各事実が認められ、これらの事実に加え、前記のとおり債務者の一株当たりの株価が今年に入って五〇〇円以上で推移している事実に照らせば、債務者株式の株価の上昇が一時的な現象に止まると認めることはできない
そうすると、本件において、公正な発行価額を決定するに当たって、本件新株発行決議の直前日である平成一六年五月一七日の株価、又は本件新株発行決議以前の相当期間内における株価を排除すべき理由は見出しがたい
(4) 以上によれば、本件発行価額三九三円は、公正な発行価額より特に低い価額すなわち「特ニ有利ナル発行価額」といわざるを得ず、商法三四三条の特別決議を経ないで行われた本件新株発行は、商法二八〇条ノ二第二項に違反するというべきである。
そして、本件新株発行が行われた場合、既存株主が株価下落による不利益を被ることは明らかであり、債権者らは、債務者に対して商法二八〇条ノ一〇に基づく本件新株発行の差止請求権を有する。

二 保全の必要性
本件新株発行決定時の株価と本件発行価額との差額の程度及び従前の発行済株式総数一六三〇万株に対し本件新株発行に係る発行予定総数が七七〇万株であるというその数量にかんがみると、既存株主の被る不利益は極めて重大なものであるから、著しい損害を被るおそれを認めることができる
そして、本件新株発行の払込期日は、平成一六年六月三日と定められていて間近に迫っているところ、その期日が到来し、引受人が払込みをして本件新株発行の効力が生じた場合、その後は商法二八〇条ノ一〇に基づく差止請求権それ自体が無意味なものとなるだけでなく、商法三四三条所定の特別決議を経ないで株主以外の者に特に有利なる発行価額をもって新株を発行したことは、新株発行無効の訴え(商法二八〇条ノ一五)における無効原因とならないと解されるから、本件新株発行の手続を差し止めるについての保全の必要性も認めることができる
三 結論
以上によれば、債権者の申立ては、その余の点を判断するまでもなく理由があると認められるから、債権者らに代わり債権者代理人弁護士新保克芳に、債権者らの共同の担保として金一〇〇〇万円の担保を立てさせたうえでこれを認容することとし、申立費用につき民事保全法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 佐々木宗啓 名島亨卓)

+判例(横浜地決H19.6.4)

・非公開会社の場合
+判例(H27.2.19)
理 由
上告代理人加々美博久ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告補助参加人(以下「参加人」という。)の株主である被上告人が,参加人の取締役であった上告人らに対し,平成16年3月の新株発行(以下「本件新株発行」という。)における発行価額は商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)280条ノ2第2項の「特ニ有利ナル発行価額」に当たるのに,上告人らは同項後段の理由の開示を怠ったから,同法266条1項5号の責任を負うなどと主張して,同法267条に基づき,連帯して22億5171万5618円及びこれに対する遅延損害金を参加人に支払うことを求める株主代表訴訟である。
上告人らは,本件新株発行における発行価額は「特ニ有利ナル発行価額」に当たらないなどと主張して,これを争っている。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 参加人は,平成16年3月当時,非上場会社であり,株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあった。本件新株発行前における参加人の発行済株式の総数は40万株であり,これらは役員,幹部従業員等によって保有されていた。
(2) 参加人は,株式の上場を計画し,平成12年5月,新株引受権の権利行使価額を1株1万円とする新株引受権付社債を発行した。
しかしながら,その後,参加人では,主力商品の展開に失敗して売上げの減少が続いた上,不動産について巨額の含み損を抱えるに至り,有利子負債の額も増大した。参加人は,取引銀行に対して返済停止や追加融資を要請したが,いずれも断られたり,難色を示されたりした。そこで,参加人は,役員報酬及び従業員給与の削減,定期昇給の凍結,広告費の削減等を断行したほか,不動産を順次売却した。
参加人では,平成10年度から平成12年度までの3事業年度(4月1日から翌年の3月31日までをいう。以下同じ。)には1株当たり150円の配当がされていたが,平成13年度及び平成14年度には配当がされなかった。
(3) 参加人では,平成13年頃から,参加人の株式を保有する役員,幹部従業員等の退職が相次いだ。代表取締役の上告人Y1その他の役員等は,退職者からその保有する株式の買取りを求められ,その都度,1株1500円でこれらを買い取った。
参加人は,平成14年7月から同年10月までの間,上告人Y1から上記株式の一部を1株1500円で購入し,自己株式とした。もっとも,参加人は,取引銀行からの要請等を踏まえ,平成15年11月,上告人Y1に対してこれらの自己株式を1株1500円で売却した。
なお,上告人Y1は,平成14年12月,幹部従業員約40名に対し,上告人Y1の引き続き保有する株式を1株1500円で購入するよう希望者を募ったが,希望者はほとんど現れなかった。また,上記(2)の新株引受権付社債については,平成15年6月,参加人の株主総会において,新株引受権の権利行使価額を1株1500円に変更する旨の特別決議がされた。
(4) 参加人は,平成15年11月に行われた自己株式の処分に先立ち,B公認会計士(以下「B会計士」という。)に参加人の株価の算定を依頼した。
B会計士は,平成15年10月頃,参加人から,①平成12年度から平成14年度までの決算書(貸借対照表,損益計算書及び利益処分計算書),営業報告書及び附属明細書,②平成14年度の法人税確定申告書及び勘定科目内訳書,③参加人の過去の株式売買実績例及び株式移動表並びに株主名簿,④相続税路線価による参加人保有土地の評価資料,ゴルフ場等の含み損益に関する資料及び債権の貸倒引当金の明細等の提出を受けた。また,B会計士は,参加人の担当部長と面談し,建物及び子会社株式にも含み損があることや,株価算定の基礎資料となる事業計画は存在しないことなどを確認した。その上で,B会計士は,平成15年10月31日,次のアからウまでの理由により,参加人の同年6月26日以降の株価を1株1500円と算定し,その旨参加人に報告した。
ア 参加人の株式は,一時的に無配であるものの,それ以前は継続して配当が行われてきたことや,一定期間,利益配当に係る期待値によって評価された価格により株式売買が行われてきたことを考慮すると,配当還元法により算定するのが適切と考えられる。
イ 参加人では,従前は1株当たり150円の配当がされており,直近の過去2事業年度は経営体質の強化を目的として一時的に無配としたものにすぎず,今後,利益配当を復活させることを予定しているのであって,直近の取引事例にも照らすと,株価の算定に当たっては,1株当たりの配当金額を150円とするのが相当である。そして,これを財産評価基本通達の配当還元法の算式で用いられている資本還元率で還元すると,1株当たりの評価額は1500円と算定される。
ウ 参加人の時価純資産に巨額のマイナスが生じていることや,株価算定の基礎資料となる事業計画はないこと,売上げも減少傾向にあることなどからすれば,簿価純資産法,時価純資産法,収益還元法,DCF法及び類似会社比準法は採用しない。
(5)ア 参加人は,店舗改修等の設備投資資金及び運転資金を調達するとともに,役員や幹部従業員に株式を保有させて経営への参画意識を高めることを目的として,本件新株発行を行うことにした。もっとも,これは上記(3)の自己株式の処分と同一事業年度内での新株発行であり,B会計士の算定結果の報告から4箇月程度しか経過していなかったため,改めて専門家の意見を聴取することはなかった。
イ まず,平成16年2月19日,参加人の取締役会において,次のとおり本件新株発行を行う旨の決議がされた。
新株の種類及び数 普通株式4万株
発行価額 1株1500円
払込期日 同年3月24日
割当先 上告人Y12万3000株,上告人Y25000株,上告人Y31000株,C6000株,D2000株,E2000株,F1000株
ウ これを踏まえ,上告人Y1は,株主らに対し,本件新株発行における新株の種類及び数,発行価額,払込期日,割当先等を記載した株主総会招集通知を送付した。そして,平成16年3月8日,参加人の株主総会において,本件新株発行を行う旨の特別決議がされた。その際,上告人らは,「特ニ有利ナル発行価額」をもって株主以外の者に対し新株を発行することを必要とする理由の説明はしなかった。
(6) 参加人の平成15年度の決算は増収増益となり,有利子負債の額も減少に転じ,1株100円の配当が行われた。また,平成16年度には広告宣伝の効果もあって新商品の売上げが伸び,増収増益となり,有利子負債の額も大きく減少し,1株150円の配当がされた。平成17年度には,新商品の相次ぐ投入や,店舗の刷新等の設備投資の結果,商品の売行きは好調となった。
参加人は,株式の上場を再び視野に入れるようになり,平成18年2月には1株を10株にする株式分割を行い,同年3月には新株22万株を1株900円で発行した。

3 原審は,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
参加人の株式は,平成12年5月時点で1株1万円程度,平成18年3月時点で1株(株式分割前)9000円程度の価値を有していたというべきところ,DCF法によれば平成16年3月時点の価値は1株7897円と算定されるのであって,これに諸般の事情も併せ考慮すると,本件新株発行における公正な価額は少なくとも1株7000円を下らないというべきであるから,本件新株発行の発行価額(1株1500円)は「特ニ有利ナル発行価額」に当たる。なお,B会計士の採用した配当還元法は,主として少数株主の株式評価において,安定した配当が継続的に行われている場合に用いられる評価手法であって,本件においては相当性を欠く。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 非上場会社の株価の算定については,簿価純資産法,時価純資産法,配当還元法,収益還元法,DCF法,類似会社比準法など様々な評価手法が存在しているのであって,どのような場合にどの評価手法を用いるべきかについて明確な判断基準が確立されているというわけではない。また,個々の評価手法においても,将来の収益,フリーキャッシュフロー等の予測値や,還元率,割引率等の数値,類似会社の範囲など,ある程度の幅のある判断要素が含まれていることが少なくない
株価の算定に関する上記のような状況に鑑みると,取締役会が,新株発行当時,客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額を決定していたにもかかわらず,裁判所が,事後的に,他の評価手法を用いたり,異なる予測値等を採用したりするなどして,改めて株価の算定を行った上,その算定結果と現実の発行価額とを比較して「特ニ有利ナル発行価額」に当たるか否かを判断するのは,取締役らの予測可能性を害することともなり,相当ではないというべきである。
したがって,非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し,客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたといえる場合には,その発行価額は,特別の事情のない限り,「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,B会計士は決算書を初めとする各種の資料等を踏まえて株価を算定したものであって,B会計士の算定は客観的資料に基づいていたということができる。
B会計士は,参加人の財務状況等から配当還元法を採用し,従前の配当例や直近の取引事例などから1株当たりの配当金額を150円とするなどして株価を算定したものであって,本件のような場合に配当還元法が適さないとは一概にはいい難く,また,B会計士の算定結果の報告から本件新株発行に係る取締役会決議までに4箇月程度が経過しているが,その間,参加人の株価を著しく変動させるような事情が生じていたことはうかがわれないから,同算定結果を用いたことが不合理であるとはいえない。これに加え,本件新株発行の当時,上告人Y1その他の役員等による買取価格,参加人による買取価格,上告人Y1が提案した購入価格,株主総会決議で変更された新株引受権の権利行使価額及び自己株式の処分価格がいずれも1株1500円であったことを併せ考慮すると,本件においては一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたということができる。
そして,参加人の業績は,平成12年5月以降は下向きとなり,しばらく低迷した後に上向きに転じ,平成18年3月には再度良好となっていたものであって,平成16年3月の本件新株発行における発行価額と,平成12年5月及び平成18年3月当時の株式の価値とを単純に比較することは相当でなく,他に上記特別の事情に当たるような事実もうかがわれない。
したがって,本件新株発行における発行価額は「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないというべきである。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求をいずれも棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官白木 勇)

(5)Xの不利益

2.本件株式発行が不公正発行といえるか
(1)支配権維持を目的とする募集株式の発行
機関権限の分配秩序に反する・・・。

(2)主要目的ルール

+判例(東京高決H24.7.12)
要旨
会社の支配権について争いが存在
争いに影響、当該発行が現経営陣の支配維持を主要な目的としてされたものである
会社側からの事業計画等としてなされたという反論

(3)会社支配権についての争い・本件株式発行の影響

+判例(東京高決H16.8.4)
第2 当裁判所の判断
1 前提事実
原決定の「理由」中の第3、1記載のとおりであるから、これを引用する。
2 被保全権利の有無
(1)ア まず、抗告人は、抗告の趣旨に係る株式発行(以下「本件新株発行」という。)が、相手方には1030億円もの資金需要は存在しないにもかかわらず、相手方の現経営陣の一部がその支配権を維持し、抗告人の支配権を侵奪することを唯一の目的として行われているものであり、商法280条ノ10所定の「著シク不公正ナル方法」による株式発行に当たる旨主張する。
イ 確かに、前記前提事実のとおり、平成16年の初めころから、抗告人代表者は相手方代表者に対して相手方の経営戦略の見直しをするよう再三にわたって迫り、同年6月に入ると相手方の経営に直接抗告人が関与するべく、相手方の取締役の過半数を抗告人側の関係者とするように提案を行ったが、相手方代表者はこれらの提案に直ちに応じず、相手方の経営方針や役員構成を巡って両者の間で対立が生じていた。
また、新株発行の検討開始から取締役会決議に至る経緯をみても、相手方代表者は、抗告人から次期定時株主総会において相手方の取締役の変更を求める議案提案を受けた後になってはじめて、相手方取締役のCらに対して新株発行の検討を指示したものであり、その指示に当たっても、事業の内容の検討に先立ち、あらかじめ増資の規模が示されており、相手方が本件新株発行に係る増資の資金使途としている本件業務提携に係る事業計画(以下「本件事業計画」という。)の検討が開始されたのはその後であった。しかも、本件事業計画が相手方の将来の方向性を左右するような大きな案件であり、本件新株発行に係る増資は相手方のそれまでの総資産の約2倍に当たる1000億円を超す巨額なものであるにもかかわらず、その検討期間は1か月にも満たないものであって、発行を決議した本件取締役会より前に取締役会で審議が行われたことは一度もなく、また、相手方側から相手方の社外取締役でもある抗告人代表者に対して本件新株発行について事前の説明は全くなく、むしろ社外取締役である抗告人代表者から取締役会の議題である「重要事業計画」について事前説明を求められたにもかかわらず、相手方は何らの回答も行わなかった。
さらに、相手方は、本件新株発行の払込期日の翌日に基準日を設定し、同年8月末に予定している第23回定時株主総会において、本件新株発行により新たに株主になったNPIに議決権の行使を認める旨の公告をしている。
そして、本件新株発行は、相手方のそれまでの発行済株式総数以上の数の新株を発行するものであり、本件新株発行により抗告人の相手方株式の保有割合が約39.2パーセントから約19.0パーセントへと著しく低下し、他方で、新株を引き受けたNPIの保有割合が約51.5パーセントと過半数に達することとなって、抗告人は相手方の筆頭株主の地位を失うことになる。
以上の各事実を総合すれば、本件新株発行において、相手方代表者をはじめとする相手方の現経営陣の一部が、抗告人の持株比率を低下させて、自らの支配権を維持する意図を有していたとの疑いは容易に否定することができない。
ウ しかしながら、本件事業計画に関する前記認定事実及び本件記録によれば、以下の事実が認められる。
まず、本件事業計画はSBBから提案されたものであり、平成16年7月1日にSBBから書面(乙10)による具体的な計画が提案されて以降、相手方とSBBとの間で本格的な交渉が開始され、交渉は、双方の会社関係者、双方の代理人である弁護士、SBBのアドバイザーであるゴールドマン・サックス証券、新株を引き受ける日興プリンシパルインベストメンツ等多数の関係者を交えて行われ、この交渉の結果、例えば当初のSBBの提案では投資規模が約2000億円であったものが自己資金分も含めて1280億円まで圧縮され、インバウンド業務の独占的業務委託に関して最低保障ブース数が設定されるなど、相手方の利益の確保につながる修正も行われた上、基本合意書(乙6)の調印に至っている。
この過程で、日興プリンシパルインベストメンツは新株引受の最終決定を行うに際して本件事業計画の詳細な分析を行っているところ(乙15、16の1)、それによると、本件事業計画の実施により相手方はソフトバンクグループのクレジットリスクに曝されることになるが、総合的にみれば許容すべきリスクであり、その他既存顧客との取引が喪失するリスク等諸リスクを考慮しても、連結ベースでの一株当たり利益は向上し、投資収益が確保されることから、全体として経済合理性に適う計画であると判断されている。さらに、相手方から依頼を受けた公認会計士は、詳細な分析に基づき、SBBから相手方が譲り受けるBCCの株式の譲受価格が、相手方の株主にとって財務的な観点から妥当である旨判断している(乙21の1・2)。そして、相手方の本件事業計画における収益予測では、5年間の営業利益として984億円を見込み、既存の通信情報サービス事業者との業務環境の変化による逸失営業利益を想定した場合でも5年間で880億円(連結ベース)の営業利益増を見込んでおり、その結果、相手方の一株当たりの純利益(EPS)は5年間に2倍近く向上し、株主資本利益率(ROE)も概ね維持されると見込んでいる(乙3、22)。
その他、証券アナリストの評価においても本件業務提携を積極的に評価する見方も少なからずある。
以上の各事実に加え、本件事業計画の内容に関して相手方が提出した各資料(乙3、4、14、23の1・2、24の1から4まで、25、26、34、39、40、41、42の1から21まで)を総合すれば、相手方には本件事業計画のために本件新株発行による資金調達を実行する必要があり、かつ、競業他社その他当該業界の事情等にかんがみれば、本件業務提携を必要とする経営判断として許されないものではなく、本件事業計画自体にも合理性があると判断することができ、抗告人の指摘する各点及び抗告人の提出に係る全資料を考慮してもこの判断を覆すには足りない。
エ このように、本件事業計画のために本件新株発行による資金調達の必要性があり、本件事業計画にも合理性が認められる本件においては、仮に、本件新株発行に際し相手方代表者をはじめとする相手方の現経営陣の一部において、抗告人の持株比率を低下させて、もって自らの支配権を維持する意図を有していたとしても、また、前記イ記載の各事実を考慮しても、支配権の維持が本件新株発行の唯一の動機であったとは認め難い上、その意図するところが会社の発展や業績の向上という正当な意図に優越するものであったとまでも認めることは難しく、結局、本件新株発行が商法280条ノ10所定の「著シク不公正ナル方法」による株式発行に当たるものということはできない
オ(ア) これに対し、抗告人は、<1>本件新株発行に係る発行価額が約1030億円と甚だしく高額であるなど本件新株発行の内容自体が異常であること、<2>本件新株発行が抗告人から平成16年8月末の定時株主総会への株主提案が出された後に急遽検討を開始され、十分な審議や手続をとらないまま取締役会において決議されたこと、<3>違法な基準日の公告を行ってまで、本件新株発行により株主となる者に定時株主総会での議決権を付与しようとしていること、<4>本件新株発行による約1030億円の調達資金の大部分は相手方の定款で定めた事業目的の範囲外の行為であるリース事業のために使う予定とされていること、<5>調達資金の使途とされる本件業務提携自体、ソフトバンク・グループに巨額の資金を融資するためのスキームであり、相手方にとっては極めて不合理な内容であることからしても、本件新株発行は、相手方の現経営陣の一部の支配権維持及び抗告人の支配権侵奪を唯一の目的とすることが明らかである旨主張する。
しかし、発行価額が約1030億円と高額であることは抗告人指摘のとおりであるが、相手方は、かつて買収資金が800億円にも上る企業買収を計画したこともあったのであり(乙32)、そのような先例に比較しても、本件新株発行に係る発行価額が異常なほどに高額であるとまではいえず、その発行規模も本件新株発行が現経営陣の一部の支配権維持等を唯一の目的として行われたものであることを基礎付けるものではなく、他に本件新株発行の内容において、控訴人主張を基礎付けるような異常性は認められない
また、本件新株発行に係る取締役会決議までの検討期間がその事業規模に比較して短期間であることは否定できないが、その事柄の性質上、その検討が隠密裡に遂行される必要があるものと考えられる上、前示のとおり、平成16年7月1日にSBBから具体的な計画が提案されて以降連日深夜に及ぶ交渉が続けられる中で本件業務提携の内容が討議、決定されていったものであり、検討期間が短期間であること自体が直ちにその検討の不十分さを裏付けるものではなく、ましてや本件新株発行の目的の不当性を推認させるものでもない。また、本件新株発行の決議に際しては、取締役会は1度開催されただけで、そこでの審議が短時間であったとしても、そのことが上記主張を基礎付けるものでもない
さらに、本件新株発行の払込期日の翌日に基準日を設定することについて、それを違法とする事情もうかがえず、さらにこの事実をもって直ちに本件新株発行の目的を不当であるとの主張が基礎付けられるものではなく、前記エの判断を左右するものでもない
なるほど、本件事業計画の中には、相手方の100パーセント子会社となることが予定されているBBCが日本テレコムに対しブースシステムや通信機器をリースするリース契約の締結が含まれている。しかし、リース事業は本件業務提携の中で他の業務に関連するものとしてその一部を構成するものであって、しかも、控訴人の定款の目的(2条)中には、「情報機器、システムを媒介とする業務代行サービス」、「情報管理処理サービス」、「通信機器のシステム設計および販売」、「工業所有権、著作権などの知的所有権の取得、譲渡、貸与および管理」のほか、「前各号に付帯する一切の業務」が掲げられているところ(甲3の3)、上記リース業も少なくともいずれかの目的を遂行する上で直接又は間接に必要なものということができ、直ちに目的の範囲内の行為に当たらないとはいえない(最高裁昭和45年6月24日判決・民集24巻6号625頁)。したがって、上記リース業が定款の目的の範囲外の行為であることを前提とする控訴人の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
その他、本件業務提携や本件事業計画の内容が、抗告人主張のように、相手方にとって極めて不合理な内容のものであるとは認められないことは、前示のとおりである。
以上のとおり、抗告人の頭書の主張は直ちに採用することができない。
(イ) また、抗告人は、本件事業計画に係る事業の大半を占めるリース業は相手方の定款に定められた事業目的の範囲外の行為であるにもかかわらず、定款変更手続はとられておらず、同手続もとらないまま、当該リース事業を開始するために約984億円という相手方の総資産の2倍にも上る巨額の投資を実行しようとする本件事業計画には合理性がない旨主張する。
しかし、上記リース業が定款の目的の範囲内の行為に当たらないとはいえないことは前示のとおりであり、抗告人の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
(ウ) そして、抗告人は、NPIの報告書(乙15)は、本件事業計画の合理性ではなく、相手方に投資することについての合理性を検証したものであって、相手方にとっての本件事業計画の合理性を裏付ける資料とはならないほか、公認会計士の意見書(乙21の1・2)も、その作成者はKPMGグループの監査法人ではなく、ファイナンシャルアドバイザーにすぎず、しかも、同意見書が前提とした情報は基本合意書だけであり、そもそも、基本合意書どおりにSBBが履行するかどうかが問題となる本件においては、その履行可能性を吟味することにこそ意味があるにもかかわらず、その吟味は一切行われていないから、本件事業計画の合理性を判断するための資料としては実質的に無意味なものである旨主張する。
しかし、投資会社が、投資先企業への投資の合理性を検証する上では、当該投資先企業の事業の内容を検証することは当然であり、本件事業計画に係る事業が相手方の将来の事業において極めて重要な部分を占める本件においては、投資会社であるNPIが相手方の事業、特に本件事業計画の合理性を検証しないものとは考え難く、現に上記報告書中でも、本件事業計画に係る事業による売上高や営業利益の予測を含め、多方面から相手方の将来の新規事業の合理性が検証されているのであって、同報告書が、本件事業計画の合理性を裏付ける証拠とならないとの抗告人の主張は到底採用することができない。また、上記意見書も、その作成者が監査法人ではなく、ファイナンシャルアドバイザーであることが直ちにその内容の信用性を否定することにつながるものではない上、仮に、同意見書において、SBBによる履行可能性が吟味されていなかったとしても、そのことが直ちに本件事業計画の合理性を判断する上での資料としての価値を否定することにつながるものではなく、抗告人の上記主張は採用することができない。
(エ) さらに、抗告人は、Cの手帳(甲35)中の「D教授」や「8/20までにTOB」といった記載から、相手方の役員が平成16年7月1日以前から基準日変更を意図して同年8月末に予定された定時株主総会の議決権操作を考えていたことが裏付けられる旨主張するが、その指摘の事実をもってしても未だ抗告人の主張する事実を裏付けるものということはできず、仮に、その主張どおりの事実が認められるとしても、前記エの判断を左右するものとはいえない。
(オ) その他、抗告人は、抗告理由において、種々主張するが、いずれも独自の見解に基づくものか、証拠の裏付けのない事実を基礎にするものであって、直ちに採用することができない。
(2) また、抗告人は、相手方代表者や取締役のEが、本件新株発行の決議において、定款違反の事業を始めようとする意思決定を行ったものであり、しかも、その判断の前提事実に関する情報収集作業を一切行わず、判断する上で必要となる情報を一切開示せずに取締役会を開催し、その取締役会では非常勤取締役のAの質問にほとんど答えないまま、賛成3名、反対2名の僅差で本件新株発行につき決議しているのであり、本件新株発行の手続には代表取締役や取締役の善管注意義務違反があるから、本件新株発行は、商法280条の10所定の「法令ニ違反シ」て新株を発行する場合に当たる旨主張する。
しかし、定款違反を前提とする主張は、前示のとおり失当であり、その余の点も賛成3名、反対2名の僅差で本件新株発行につき決議された点を除き、これを認めるに足りる疎明はなく、むしろ、取締役会においては、本件業務提携の内容等について一定の情報が開示され、Aの質問にも一応の回答がされているのであり(甲22、30)、そもそも、同条の法令違反には、善管注意義務違反(商法254条3項、民法644条)や忠実義務違反(同法254条の3)は含まれるとするには疑義がないではない。したがって、抗告人の上記主張は、採用することができない。
3 以上のとおり、本件では被保全権利の存在についての疎明があったということはできず、抗告人の申立てを棄却した原決定は相当であるので、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 門口正人 裁判官 髙橋勝男 西田隆裕) 

(4)Y会社の主張の説得性
+判例(東京地決H1.7.25)
第二、当裁判所の判断 
一、当事者間に争いのない事実並びに一件記録及び当事者各審尋の結果によって認められる事実は次のとおりである。 
 1. 被申請人は、資本の額が一二五億五九八二万四六九四円、発行済株式総数が九〇二九万二四七六株(額面金五〇円)で、東京証券取引所一部上場の株式会社であり、申請人は、被申請人の株式三〇一一万一〇〇〇株を有する株主である。 
 2. 被申請人の東京証券取引所における株価は、昭和六二年一二月ころまでは九〇〇円ないし一二〇〇円前後で推移していたが、昭和六三年一月以降急騰し、同年二月から同年五月ころまでには四〇〇〇円前後となり、その後さらに上昇して、同年八月にはいったん八〇〇〇円をつけたものの、その後は概ね四八〇〇円ないし六〇〇〇円程度の価格で推移し、本件仮処分申請時まで、被申請人の株価が、昭和六三年二月以降は三〇〇〇円を、同年七月以降は四〇〇〇円を、同年一〇月以降は四六〇〇円をそれぞれ下まわったことはない。 
 3. 申請人は、昭和六二年一〇月ころから、被申請人の株式を大量に取得し始めたが、その後現在までの東京証券取引所における被申請人の株式の取引高総数に占める申請人の取得株式数の割合は約四分の一に過ぎない。 
 4. 申請人は、昭和六三年六月から一〇月にかけて、被申請人と会談し、被申請人の株式を二七〇〇万株ないし二八〇〇万株取得したことを明らかにしたうえで、被申請人、いなげやと株式会社ライフストア(以下「ライフストア」という。)の三社合併を提案し、それにともなう人事についても申請人の構想を述べたが、被申請人及びいなげやは右の提案を拒否した。 
 5. 被申請人といなげやは、昭和六三年一二月に本件業務提携の交渉を開始し、業務提携をすることについては直ちに合意した後、その具体的方法について交渉を継続し、平成元年二月以降、野村企業情報株式会社にその方法についての情報の提供を依頼した。両社間の業務提携の機運は従来からあったが、右両社間でそれを真剣に話し合ったことは昭和六三年一二月まではなく、本件業務提携は、被申請人、いなげやとライフストアの合併を申請人から提案されたことに誘発され、申請人の要求に対抗し、これを拒否するため、一気に具体化したものである。 
 6. 申請人は、平成元年七月七日に三〇〇九万株の、同月一〇日に二万一〇〇〇株の、被申請人株式の各名義書換手続をし、その名義人となった。 
 7. 被申請人は、平成元年七月八日、いなげやとの間で、各会社の取締役会の承認決議を停止条件として、本件業務提携及び資本提携をすることを合意し、同月一〇日両社の取締役会において、それぞれの承認決議をするとともに、次のとおり本件新株発行をすることを決議し、その発行価額の決定にあたっては、市場価格が極めて高騰していたことを理由に、これを基礎とすることなく、他の株式価格算定方式を用いて被申請人としてあるべき株式価格を算定し、これを基準にした価格を発行価額とした。 
 (一) 発行新株数 記名式額面普通株式 
   二二〇〇万株 
 (二) 割当方法 発行する株式全部をいなげやに割り当てる。 
 (三) 発行価額 一株につき 
   金一一二〇円 
 (四) 払込期日 平成元年七月二六日 
 また、申請人といなげやは、同日、業務提携のためのプロジェクト・チームを発足させ、その後、業務提携のための具体的作業を進行中である。 
 8. 本件新株発行は、被申請人といなげやとの本件業務提携にともない、同時期に相互に新株を発行して資本提携をする目的でされるものであり、相互に相手方会社の発行済株式総数の一九・五パーセントの株式を保有することとしている。そして、被申請人のいなげやに対して発行する新株二二〇〇万株の発行価額総額は二四六億四〇〇〇万円、いなげやの被申請人に対して発行する新株一二四〇万株の発行価額総額は一九五億九二〇〇万円である。両社は、いずれもインパクト・ローンによって右資金を調達し、払込期日の直後に相手会社からの新株払込金をもってその返済にあてるが、右発行価額総額の差額である約五〇億円についても、被申請人においてこれを特定の業務上の資金として使用する具体的な目的のもとに本件新株発行がされたわけではなく、いなげやにおいては金融機関からの長期借入金としてこれを処理することとしている。 
 9. 本件新株発行にあたっては、商法二八〇条の二第二項所定の被申請人の株主総会決議はされていない。 
 10. 本件新株発行が実行されると、被申請人の発行済株式総数に対する申請人の持株比率は、三三・三四パーセントから二六・八一パーセントに低下するうえ、東京証券取引所における被申請人の株価が一挙に低下する蓋燃性が極めて高い。 
二、そこで、まず、本件新株発行の発行価額が商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するか否かについて判断する。 
 ところで、新株の公正な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませることが新旧株主の間において公平であるかという観点から算定されるべきものである。本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社資産の内容、収益力および将来の事業の見通し等を考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価が新株の公正な発行価額を算定するにあたっての基準になるというべきである。そして、株式が株式市場で投機の対象となり、株価が著しく高騰した場合にも、市場価格を基礎とし、それを修正して公正な発行価額を算定しなければならない。なぜなら、株式市場での株価の形成には、株式を公開市場における取引の対象としている制度からみて、投機的要素を無視することはできないため、株式が投機の対象とされ、それによって株価が形成され高騰したからといって、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することはできないからである。もっとも、株式が市場においてきわめて異常な程度にまで投機の対象とされ、その市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、しかも、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合に限っては、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することができるというべきである。 
 これを本件についてみるに、被申請人の東京証券取引市場における株価の推移は前記一2に認定のとおりであって、三〇〇〇円以上の状態が一年五か月間、四〇〇〇円以上の状態が一年間と相当長期間にわたって続いており、しかもこのような株価の高騰は、申請人が被申請人の株式を大量に取得したことにその原因の一があるとともに、被申請人の株式が投機の対象となっていることは否定できないところであると考えられる。しかし、本件においては、被申請人の株価の推移、特に一定額以上の株価が相当長期間にわたって維持されていることに照らすと、その価格を新株発行にあたっての公正な発行価額の算定基礎から排除することは相当ではない。したがって、本件新株発行において市場価格を無視してこれを基準とすることなく算定され決定された一一二〇円という発行価額は、当時の市場価格からはるかに乖離したものであることからみて、商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するというべきである。よって、それにもかかわらず同条項所定の株主総会決議を経ていない本件新株発行は、その手続に法令違反があるといわなければならない。 
三、次に、本件新株発行が不公正発行に該当するか否かについて判断する。 
 商法は、株主の新株引受権を排除し、割当自由の原則を認めているから、新株発行の目的に照らし第三者割当を必要とする場合には、授権資本制度のもとで取締役に認められた経営権限の行使として、取締役の判断のもとに第三者割当をすることが許され、その結果、従来の株主の持株比率が低下しても、それをもってただちに不公正発行ということはできないしかし、株式会社においてその支配権につき争いがある場合に、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきであり、また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたるというべきである。 
 これを本件新株発行についてみるに、前記認定事実によると、被申請人といなげやとの業務提携の機運は従来からまったくなかったわけではないものの、右両者間でそれが真剣に話し合われたことはなく、本件業務提携は、被申請人、いなげや、ライフストアの三社合併を申請人から提案されたことにより、被申請人といなげやが、申請人の要求を拒否し、対抗するため具体化したものであるところ、本件業務提携にあたり被申請人がいなげやに対し従来の発行済株式総数の一九・五パーセントもの多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であると認めることのできる十分な疎明はなく、しかも、本件新株発行によって調達された資金の大半は、実質的には、いなげやが発行する新株の払込金にあてられるものであって、差額として被申請人のもとに留保される約五〇億円についても、特定の業務上の資金としてこれを使用するために本件新株発行がされたわけではないこと、また、申請人が被申請人の経営に参加することが被申請人の業務にただちに重大な不利益をもたらすことの疎明もないことからみると、被申請人がした本件新株発行は、申請人の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的とするものであり、又は少なくともこれにより申請人の持株比率が著しく低下されることを認識しつつされたものであるのに、本件のような多量の新株発行を正当化させるだけの合理的な理由があったとは認められないから、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行にあたるというべきである。 
四、本件新株発行により申請人が損害を被ることは前記認定のとおりであって、それは容易に回復することのできない損害というべきであり、他方、本件新株発行を差し止めることによって被申請人が重大な不利益を被ることの疎明はない。そして、本件新株発行の払込期日が間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込みを済ませ本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味となることも明らかであるから、本件仮処分申請については保全の必要性もあるというべきである。 
五、よって、本件仮処分申請は理由があるから、申請人に担保を立てさせることなくこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。 
民事第8部 
 (裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐賀義史 垣内正) 
(5)Xの不利益


会社法 事例で考える会社法 事例13 紛争の効果的解決


Ⅰ 出題の趣旨

Ⅱ 訴えの選択
1.瑕疵の特定

+(株主総会等の決議の不存在又は無効の確認の訴え)
第八百三十条  株主総会若しくは種類株主総会又は創立総会若しくは種類創立総会(以下この節及び第九百三十七条第一項第一号トにおいて「株主総会等」という。)の決議については、決議が存在しないことの確認を、訴えをもって請求することができる
2  株主総会等の決議については、決議の内容が法令に違反することを理由として、決議が無効であることの確認を、訴えをもって請求することができる。

(株主総会等の決議の取消しの訴え)
第八百三十一条  次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。当該決議の取消しにより株主(当該決議が創立総会の決議である場合にあっては、設立時株主)又は取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役。以下この項において同じ。)、監査役若しくは清算人(当該決議が株主総会又は種類株主総会の決議である場合にあっては第三百四十六条第一項(第四百七十九条第四項において準用する場合を含む。)の規定により取締役、監査役又は清算人としての権利義務を有する者を含み、当該決議が創立総会又は種類創立総会の決議である場合にあっては設立時取締役(設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合にあっては、設立時監査等委員である設立時取締役又はそれ以外の設立時取締役)又は設立時監査役を含む。)となる者も、同様とする。
一  株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
二  株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
三  株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。
2  前項の訴えの提起があった場合において、株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に違反するときであっても、裁判所は、その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、同項の規定による請求を棄却することができる。

+(株主に対する通知等)
第百二十六条  株式会社が株主に対してする通知又は催告は、株主名簿に記載し、又は記録した当該株主の住所(当該株主が別に通知又は催告を受ける場所又は連絡先を当該株式会社に通知した場合にあっては、その場所又は連絡先)にあてて発すれば足りる
2  前項の通知又は催告は、その通知又は催告が通常到達すべきであった時に、到達したものとみなす。
3  株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、株式会社が株主に対してする通知又は催告を受領する者一人を定め、当該株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければならない。この場合においては、その者を株主とみなして、前二項の規定を適用する。
4  前項の規定による共有者の通知がない場合には、株式会社が株式の共有者に対してする通知又は催告は、そのうちの一人に対してすれば足りる。
5  前各項の規定は、第二百九十九条第一項(第三百二十五条において準用する場合を含む。)の通知に際して株主に書面を交付し、又は当該書面に記載すべき事項を電磁的方法により提供する場合について準用する。この場合において、第二項中「到達したもの」とあるのは、「当該書面の交付又は当該事項の電磁的方法による提供があったもの」と読み替えるものとする。

2.訴えの選択

・「不存在」=およそ物理的に決議が存在しない場合のみならず、手続き的瑕疵が著しく、これを不存在として評価すべき場合も含む。

3.具体的な主張

Ⅲ 被告側の反論と結論
1.被告の反論
・全員出席総会
+判例(S60.12.20)
理由
上告人の上告理由について
商法が、二三一条以下の規定により、株主総会を招集するためには招集権者による招集の手続を経ることが必要であるとしている趣旨は、全株主に対し、会議体としての機関である株主総会の開催と会議の目的たる事項を知らせることによつて、これに対する出席の機会を与えるとともにその議事及び議決に参加するための準備の機会を与えることを目的とするものであるから、招集権者による株主総会の招集の手続を欠く場合であつても、株主全員がその開催に同意して出席したいわゆる全員出席総会において、株主総会の権限に属する事項につき決議をしたときには、右決議は有効に成立するものというべきであり(最高裁昭和四三年(オ)第八二六号同四六年六月二四日第一小法廷判決・民集二五巻四号五九六頁参照)、また、株主の作成にかかる委任状に基づいて選任された代理人が出席することにより株主全員が出席したこととなる右総会において決議がされたときには、右株主が会議の目的たる事項を了知して委任状を作成したものであり、かつ、当該決議が右会議の目的たる事項の範囲内のものである限り、右決議は、有効に成立するものと解すべきである。
本件において、原審の適法に確定したところによれば、(一)被上告会社は、昭和四七年二月三日設立され、上告人が代表取締役に、訴外A外四名が取締役にそれぞれ就任した、(二)昭和四八年二月三日、右取締役六名の任期が満了したが、定款所定の取締役及び代表取締役の員数を欠くに至り、後任者が就職するまで上告人が代表取締役の権利義務を、A外四名が取締役の権利義務をそれぞれ有することとなつた、(三)被上告会社は、昭和五〇年六月、上告人から本件土地建物を賃借し、上告人に対し敷金八〇万円(以下「本件敷金」という。)を交付した、(四)Aは、被上告会社の代表権を有しないにもかかわらず、被上告会社を代表して、昭和五一年六月一日、上告人との間で右賃貸借契約を合意解約(以下「本件合意解約」という。)したうえ、上告人に対し本件土地建物を明け渡し、同年七月二六日ころ上告人に到達の書面をもつて本件敷金を返還すべき旨の催告をした、(五)被上告会社の昭和五六年五月三一日開催の株主総会(以下「本件株主総会」という。)は、これを招集する権限を有しないAが役員選任決議等を会議の目的たる事項と定めて招集したものであるが、右会議の目的たる事項を了知して委任状を作成しこれに基づいて選任された代理人を出席させた株主も含め、被上告会社の株主一〇名全員がその開催に同意して出席し会議が開かれた、(六)本件株主総会において、Aらを取締役に選任する旨の決議がされ、そのころ、右決議によつて選任された取締役により構成された取締役会において、Aを代表取締役に選任する旨の決議がされた、(七)同じく右取締役により構成された昭和五八年三月一九日開催の取締役会において、Aのした本件合意解約及び本件敷金返還の催告を追認する旨の決議がされ、同月二二日被上告会社が上告人に対し右追認の意思表示をした、というのである。
右事実関係のもとにおいては、Aらを取締役に選任する旨の本件株主総会における決議を有効と解すべきものであることは、前記の説示に照らして明らかであり、したがつて、右取締役により構成された取締役会のしたAを代表取締役に選任する旨の決議並びに本件合意解約及び本件敷金返還の催告を追認する旨の決議は、いずれも有効というべきであるから、本件合意解約及び本件敷金返還の催告は、その効力を生ずるに至つたとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭)

2.訴訟の帰趨

・不存在事由
+判例(S45.8.20)
理由
上告代理人人見利夫、同加藤公敏の上告理由第一点について。
原審の認定するところによれば、被上告会社は親類縁者一〇名をもつて昭和二七年三月設立されたいわゆる同族会社であるが、代表取締役土谷剛治が昭和三四年三月三日死亡したので、取締役であつた土谷太郎(当時の取締役は以上二名の外、河合浩がいた。)が急遽その後任人事を決定するため、同月一五日、電話又は口頭をもつて株主ら(ただし河石鶴子を除く)に通知して臨時総会を招集し、その結果沢英堅(六〇〇株)、西亀耕二(三〇〇株)、河石九二夫(三〇〇株)、土谷太郎(六〇株)、土谷民(六〇株)の各株主のほか、剛治(九〇〇株)(以上かつこ内は各人の持株数)の相続人の資格において、民(上告人)、太郎、崇、章子(ただし相続人のうち二郎は欠席)が出席し、その総会において、取締役として土谷太郎、沢英堅、土谷民、監査役として西亀耕二をそれぞれ選任する旨の決議がなされたというのである。そして右原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして、首肯することができる。
ところで、株主総会の招集は、原則として、代表取締役が取締役会の決議に基づいて行なわなければならないものであるところ、前記総会が被上告会社の代表取締役以外の取締役である土谷太郎によつて招集されたものであることは前述のとおりであり、しかも、前記認定の事実によれば、右総会は取締役会の決議を経ることなしに同取締役の専断によつて招集されたものと推認される。してみれば、右総会は招集権限のない者により招集されたものであつて、法律上の意義における株主総会ということはできず、そこで決議がなされたとしても、株主総会の決議があつたものと解することはできない。したがつて、右決議の無効確認を求める上告人の本訴請求は理由があるというべきであり、論旨は理由がある。原判決は破棄を免れない。
よつて、上告理由中その余の点にいつての判断を省略し、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官松田二郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官松田二郎の意見は次のとおりである。
私は本件の多数意見の結論に賛成であるが、これに関しては、当裁判所昭和四一年(オ)第八二号、同四五年七月九日第一小法廷判決における私の反対意見を引用する。(大隅健一郎 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠)

+判例(H2.4.17)
理由 
 一 上告代理人斎藤勉の上告理由第一点及び第二点について 
 1 原審が確定した事実関係は、次のとおりである。 
 (一) 上告人の発行済株式総数は四〇〇〇株であり、これを被上告人とAが各二〇〇〇株保有している。 
 (二) 昭和四九年六月三〇日当時、上告人の取締役には被上告人、A、B及びCの四名が、代表取締役には被上告人が、それぞれ就任していた。 
 (三) 被上告人が昭和四九年七月一日取締役を辞任した旨の辞任届及び上告人の同日付け臨時株主総会においてDをその後任取締役に選任する旨の決議がされ、上告人の同日付け取締役会においてAを代表取締役に選任する旨の決議がされたとする各議事録が存し、同月五日、上告人の商業登記簿に「同月一日付けをもって、被上告人が取締役及び代表取締役を辞任し、Dが取締役に就任し、Aが代表取締役に就任した」旨の登記がされているが、実際には、被上告人が取締役を辞任した事実はなく、また、右株主総会及び取締役会は開催されておらず、右各決議が存在するものということはできない。 
 (四) 上告人の商業登記簿には、昭和五九年一月三一日A、C及びDの三名が取締役に就任し、Aが代表取締役に就任した旨の登記がされている。 
 (五) A及びCは、被上告人が昭和四九年七月一日に上告人の取締役を辞任した事実はなく、同日付けの臨時株主総会及び取締役会における前記各決議も存在しないとする被上告人の主張が本件訴訟において認められた場合に備え、同年六月三〇日当時上告人の取締役に選任されていた者により改めて取締役会を開催した上、被上告人を代表取締役から解任して新たに代表取締役を選任すべく、これを議題とする取締役会の招集を被上告人に請求したところ、被上告人は、これに応じ、昭和六〇年一月二四日A及びCに対し取締役会招集通知を発した。 
 (六) 右通知に基づき、同月三〇日、A、C及び被上告人が参集して上告人の取締役会が開催され、被上告人を上告人の代表取締役から解任し、Aを代表取締役に選任する旨の決議がされた
。 
 2 上告人は、被上告人が上告人の取締役を辞任した事実がなく、前記昭和四九年七月一日付けの各決議が存在しないとしても、昭和六〇年一月三〇日に開催された取締役会において、被上告人を代表取締役から解任し、Aを代表取締役に選任する旨の決議がされたから、被上告人の本件請求のうち、被上告人が上告人の代表取締役の地位にあることの確認及びAが上告人の代表取締役の地位にないことの確認を求める請求は理由がないと主張した。 
 3 原審は、前記事実関係のもとにおいて、昭和六〇年一月三〇日当時における上告人の取締役は、商業登記簿に記載されたA、C及びDの三名であることを理由に、同日に開催されたとする上告人主張の取締役会は、上告人の取締役会ということはできず、右取締役会の決議は存在しないと解すべきであると判断して、上告人の右主張を排斥し、被上告人の右請求を認容した。 
 4 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 すなわち、記録中の上告人の定款によると、上告人の取締役の任期は二年、員数は五人以内と定められていることが、また、同じくその商業登記簿によると、昭和四九年六月三〇日当時上告人の取締役又は代表取締役に就任していた者は、いずれも、昭和四七年一二月二五日に選任(重任)されたものであることが窺われるところ、前記事実関係によれば、被上告人が上告人の取締役を辞任した事実はないというのであるから、被上告人はその任期が満了する昭和四九年一二月二五日まで上告人の取締役たる地位を有していたものというべきところ、同日の経過をもって、被上告人のみならず、A、B及びCの三名の任期も満了するから、上告人は商法二五五条に定める取締役の員数を欠くことになり、したがって、同法二五八条一項に基づき、右四名は、新たに選任された取締役が就職するまで、引き続き上告人の取締役としての権利義務を有するものといわなければならず、また、同法二六一条三項、二五八条一項に基づき、被上告人は、同様に、引き続き代表取締役としての権利義務を有するものといわなければならない。 
 もっとも、上告人の商業登記簿上は、昭和五九年一月三一日に新たにA、C及びDの三名が取締役に選任された旨の登記がされていることは原審が確定したところであり、また、記録中の上告人の商業登記簿によると、その前の昭和五三年五月二五日、昭和五六年一月三一日にも新たに取締役が選任された旨の登記がされていることが窺われる。しかし、昭和四九年七月一日付けの株主総会におけるDを取締役に選任する旨の決議が存在するものとはいえないことは前記のとおりであるところ、このように取締役を選任する旨の株主総会の決議が存在するものとはいえない場合においては、当該取締役によって構成される取締役会は正当な取締役会とはいえず、かつ、その取締役会で選任された代表取締役も正当に選任されたものではなく(ちなみに、本件においては、Aを代表取締役に選任する旨の昭和四九年七月一日付けの上告人の取締役会の決議自体存在しないことは、原審が確定しているところである。)、株主総会召集権限を有しないから、このような取締役会の招集決定に基づき、このような代表取締役が招集した株主総会において新たに取締役を選任する旨の決議がされたとしても、その決議は、いわゆる全員出席総会においてされたなど特段の事情がない限り(最高裁昭和五八年の第一五六七号同六〇年一二月二〇日第二小法廷判決・民集三九巻八号一八六九頁参照)、法律上存在しないものといわざるを得ないしたがって、この瑕疵が継続する限り、以後の株主総会において新たに取締役を選任することはできないものと解される。そして、本件においては、このような特段の事情についての主張立証はない。 
 してみると、昭和六〇年一月三〇日当時、被上告人、A、C及びBの四名は、商法二五八条一項に基づき、上告人の取締役としての権利義務を有していたものであり、このうち被上告人、A及びCの三名によって同日開催された取締役会における、被上告人を上告人の代表取締役から解任し、Aを代表取締役に選任する旨の前記決議は、招集通知を欠いたBが出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情がある場合には有効と解すべきものである(最高裁昭和四三年(オ)第一一四四号同四四年一二月二日第三小法廷判決・民集二三巻一二号二三九六頁参照)から、この場合にあっては、被上告人は、上告人の取締役としての権利義務は依然として有するものの、代表取締役としての権利義務は消滅し、Aが代表取締役たる地位を取得したものといわなければならないしたがって、昭和六〇年一月三〇日の時点においては被上告人、A、B及びCの四名が上告人の取締役であるとはいえないことを理由に、同日開催された取締役会における前記決議は存在しないものと解し、被上告人が上告人の代表取締役の地位にあることの確認及びAが上告人の代表取締役の地位にないことの確認を求める被上告人の請求を認容すべきものとした原判決には、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽の違法があるものというべきであり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、以上の趣旨をいうものとして理由があり、原判決中右請求に係る部分は、破棄を免れない。そして、右部分については、昭和六〇年一月三〇日開催の取締役会の決議の効力につき更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すべきである。 
 二 同第三点について 
 被上告人は、商法二五八条一項に基づき、任期満了後も引き続き取締役としての権利義務を有するものと解されることは、前示のとおりである。しかして、記録によれば、被上告人は、右任期満了後に、被上告人が上告人の取締役の地位にあることの確認請求を含む本件訴訟を提起したものであることは明らかであるところ、このような場合には、右請求は、同項に基づく取締役の権利義務を有する者としての地位の確認を求める趣旨のものと解するのが相当であるから、被上告人が任期満了により取締役を退任したものであるか否かについて釈明を求めなかった原審の措置に違法はない。論旨は、採用することができない。 
 三 なお、上告人は、原判決中その余の請求に係る部分については、上告理由を記載した書面を提出しない。 
 四 よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、三九九条、三九九条の三、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 園部逸夫) 
+判例(S33.10.3)
理由 
 上告代理人の上告理由第一点について。 
 所論は要するに被上告人らは上告会社の株主でなく原審は商法二〇四条二項の解釈を誤つたと主張する。しかし、所論の如き株式の譲渡がなされた旨の上告人の主張については、原審が証拠上これを排斥していることは判文上明白であるから原審の商法二〇四条二項の判示は結局無用の説示に帰しこの点を攻撃する所論は採用し難い。 
 同第二点について。 
 所論は要するに本件株主総会決議は有効に成立したもので、たとえ手続に暇疵ありとするもそれは決議取消の事由たるに過ぎず、これを決議不存在と解するのは誤りである旨主張する。 
 しかし原審は所論総会当時における上告会社の株主は原判示の如く被上告人、A、B、C、D、E、上告会社代表取締役F、G、Hの九名(総株式数五千株)であること、しかるに右総会については被上告人以下六名(その持株二千百株)に対しては招集の通知が全然なされなかつたこと、G及びHに対したとえ招集の通知があつたとしても、それは単なる口頭の招集にすぎず、しかも右G及びHの両名はいずれもFの実子であることを認定し、所論株主総会の決議は、なんら法律所定の手続によらず単に親子三名によつてなされたことが明白であるから、これをもつて株主総会が成立し、その決議があつたものといえない旨判示しているのであつて、原審のこの判断は相当である。 
 よつて所論は採用し難い。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)
Ⅵ おわりに


憲法 日本国憲法の論じ方 Q16 令状主義


Q 市民は不当な犯罪捜査・刑事裁判からどのように守られているか?
(1)刑事手続の保障
(2)保障の内容
+第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第三十二条  何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

第三十三条  何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

第三十四条  何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

第三十五条  何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
○2  捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

第三十六条  公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

第三十七条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
○2  刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
○3  刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

第三十八条  何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
○2  強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
○3  何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

第三十九条  何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

第四十条  何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

Q 31条は何を保障しているのか?
(1)手続の法定と適正
・解釈として適正な法定手続を要求
+判例(S37.11.28)第三者所有物没収事件
理由
弁護人樫田忠美の上告趣意第二点は、判例違反をいうが、引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でなく、同第三点は、違憲をいうが、実質は、単なる訴訟法違反の主張に帰し、いずれも上告適法の理由とならない。
同第一点および第四点について。旧関税法(昭和二九年法律第六一号による改正前の関税法をいう。以下同じ。)八三条一項の規定による没収は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等で犯人の所有または占有するものにつき、その所有権を剥奪して国庫に帰属せしめる処分であつて、被告人以外の第三者が所有者である場合においても、被告人に対する附加刑としての没収の言渡により、当該第三者の所有権剥奪の効果を生ずる趣旨であると解するのが相当である。
しかし、第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならないけだし、憲法二九条一項は、財産権は、これを侵してはならないと規定し、また同三一条は、何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないと規定しているが、前記第三者の所有物の没収は、被告人に対する附加刑として言い渡され、その刑事処分の効果が第三者に及ぶものであるから、所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁解、防禦の機会を与えることが必要であつて、これなくして第三者の所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならないからであるそして、このことは、右第三者に、事後においていかなる権利救済の方法が認められるかということとは、別個の問題である然るに、旧関税法八三条一項は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等が被告人以外の第三者の所有に属する場合においてもこれを没収する旨規定しながら、その所有者たる第三者に対し、告知、弁解、防禦の機会を与えるべきことを定めておらず、また刑訴法その他の法令においても、何らかかる手続に関する規定を設けていないのである。従つて、前記旧関税法八三条一項によつて第三者の所有物を没収することは、憲法三一条、二九条に違反するものと断ぜざるをえない
そして、かかる没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは、当然であるのみならず、被告人としても没収に係る物の占有権を剥奪され、またはこれが使用、収益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである。これと矛盾する昭和二八年(あ)第三〇二六号、同二九年(あ)第三六五五号、各同三五年一〇月一九日当裁判所大法廷言渡の判例は、これを変更するを相当と認める。
本件につきこれを見るに、没収に係る船舶および貨物が被告人以外の第三者の所有に係るものであることは、記録上明らかであるから、前述の理由により本件船舶および貨物の換価代金の没収の言渡は違憲であつて、この点に関する論旨は、結局理由あるに帰し、原判決および第一審判決は、この点において破棄を免れない。
よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条但書により原判決および第一審判決中被告人に関する部分を破棄し、被告事件につき更に判決する。
原審の是認する第一審判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の同判示第一の所為は、関税法附則一三項により従前の例によるものとされた旧関税法七六条二項後段、一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により刑法二五条一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。
この判決は、論旨第一点および第四点につき、裁判官入江俊郎、同垂水克己、同奥野健一の補足意見および裁判官藤田八郎、同下飯坂潤夫、同高木常七、同石坂修一、同山田作之助の少数または反対意見があほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

+補足意見
裁判官入江俊郎の補足意見は、次のとおりである。
一 (一)旧関税法八三条一項の規定による没収の法意、(二)被告人以外の第三者が所有者である場合その所有物につき被告人に対してなされた没収の言渡の効果、(三)第三者没収の言渡を受けた被告人がその没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうべきことおよび(四)右第三者を、被告人に対する場合に準じて、訴訟手続に参加せしめ、これに告知、弁解、防禦の機会を与えることが憲法三一条、二九条の要請であつて、単に右第三者を証人として尋問し、その機会にこれに告知、弁解、防禦をなさしめる程度では、未だ憲法三一条にいう適正な法律手続によるものとはいい得ないと解するを相当とすべく、この見解については、さきに昭和二八年(あ)第三〇二六号、同三五年一〇月一九日大法廷判決におけるわたくしの反対意見でこの点につき示したわたくしのこれと異つた意見を、今回改めるに至つたものであることの四点については、わたくしは、昭和三〇年(あ)第二九六一号、関税法違反未遂被告事件の大法廷判決に附したわたくしの補足意見の趣旨を援用する。
二 なお、この場合、旧関税法の前記法条所定の船舶、貨物等が犯人以外の第三者の所有に属し、犯人は単にこれを占有しいるに過ぎない場合には、右所有者たる第三者において、貨物について同条所定の犯罪行為が行なわれること、または船舶が同条所定の犯罪行為の用に供せられることを予め知つており、その犯罪が行なわれた時から引続き右貨物または船舶を所有していた場合に限り、右貨物または船舶につき没収のなされるものであると解すべきものであることについては、昭和二六年(あ)第一八九七号、同三二年一一月二七日大法廷判決における多数意見を援用する。そして、右第三者が右のように悪意であつて、実体法上没収をするものとされている場合において、その所有物件の没収の言渡をするには、その者を被告人に対する場合に準じて訴訟手続に参加せしめ、これに告知、弁解、防禦の機会を与えることが、憲法二九条、三一条の要請となるのである。
裁判官垂水克己の補足意見は、次のとおりである。
弁護人の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの補足意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二日言渡大法廷判決におけるわたくしの補足意見と同趣旨であるから、これを引用する。
裁判官奥野健一の補足意見は、次のとおりである。弁護人の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの補足意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二日言渡大法廷判決におけるわたくしの補足意見と同趣旨であるから、これを引用する。
弁護人樫田忠美の上告趣意第一点および第四点に関する裁判官藤田八郎の少数意見は、次のとおりである。
所論は原判決が没收言渡をした物件は、被告人以外の第三者の所有に属するものであつて、右没収の言渡は第三者の権利侵害するが故に違憲達法であるというに帰着するのであるが、被告人は、第三者の所有権を対象として、第三者の権利が害されることを理由として上告を申立てることは許されないものと解すべきであるから(昭和二八年(あ)第三〇二六号、同二九年(あ)第三六五五号事件、同三五年一〇月一九日大法廷判決参照)、所論はこれを採用すべきでない。
裁判官下飯坂潤夫の反対意見は、次のとおりである。
弁護人の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの反対意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二日言渡大法廷判決におけるわたくしの反対意見と同趣旨であるから、これを引用する。
裁判官高木常七の少数意見は、次のとおりである。
弁護人樫田忠美の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの意見は、昭和二八年(あ)第三〇二六号、同三五年一〇一九日大法廷判決(刑集一四巻一二号一五七四頁)におけるわたくしの補足意見と同趣旨であるから、これを引用する。
裁判官石坂修一の反対意見は、次の通りである。
わたくしは、本件につき示された多数意見に反対である。その理由とするところは、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七一一月二八日言渡大法廷判決における裁判官下飯坂潤夫の反対意見と同趣旨であるから、これを引用する。
裁判官山田作之助の少数意見は、次のとおりである。
弁護人の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの少数意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二日言渡大法廷判決におけるわたくしの少数意見)関税法一一八条とあるのは、旧関税法八三条と改める。)と同趣旨であるから、これを引用する。
裁判官斎藤悠輔は退官につき本件評議に関与しない。
検察官村上朝一、同羽中田金一公判出席
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官藤田八郎は退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 横田喜三郎)

(2)実体の法定と適正
実体の法定
=罪刑法定主義
実体の適正
=犯罪と刑罰の内容が妥当

Q 刑事手続き以外に憲法の原則はどのように及ぶのか?
(1)非刑事的領域への保障
(2)行政手続における保障
・行政手続がすべて当然に31条の保障外になるわけではない
+判例(H4.7.1)成田新法事件
理由
一 被上告人運輸大臣が昭和六〇年二月一日の公告をもってした主文第一項掲記の処分の取消しの訴えについて
職権をもって調査するに、上告人は、本件訴えにおいて、被上告人運輸大臣が昭和六〇年二月一日の公告をもってした主文第一項掲記の処分の取消しを求めているところ、右処分は、別紙記載の建築物の所有者である上告人に対し、昭和六〇年二月六日から昭和六一年二月五日までの間右工作物を新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの。以下「本法」という。)三条一項一号又は二号の用に供することを禁止することを命ずるものであり、右処分の効力は、昭和六一年二月五日の経過により失われるに至ったから、その取消しを求める法律上の利益も消滅したものといわざるを得ない。そうすると、右処分の取消しを求める訴えはこれを却下すべきであり、右訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であることに帰するから、原判決のうち右請求に関する部分を破棄し、右訴えを却下すべきである。
二 被上告人運輸大臣がしたその余の処分の取消しの訴え及び被上告人国に対する訴えについて
1 上告代理人高橋庸尚の上告理由第一点の(一)のうち、本法は制定の経緯、態様に照らして拙速を免れず、法全体として違憲無効であるという点について
本法の法案が衆議院及び参議院でそれぞれ可決されたものとされ、昭和五三年五月一三日、同年法律第四二号として公布されたものであることは公知の事実であるところ、法案の審議にどの程度の時間をかけるかは専ら各議院の判断によるものであり、その時間の長短により公布された法律の効力が左右されるものでないことはいうまでもない。論旨は、独自の見解であって、採用することができない。

2 同第一点の(二)について
現代民主主義社会においては、集会は、国民が様々な意見や情報等に接することにより自己の思想や人格を形成、発展させ、また、相互に意見や情報等を伝達、交流する場として必要であり、さらに、対外的に意見を表明するための有効な手段であるから、憲法二一条一項の保障する集会の自由は、民主主義社会における重要な基本的人権の一つとして特に尊重されなければならないものである
しかしながら、集会の自由といえどもあらゆる場合に無制限に保障されなければならないものではなく、公共の福祉による必要かつ合理的な制限を受けることがあるのはいうまでもない。そして、このような自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決めるのが相当である(最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。
原判決が本法制定の経緯として認定するところは、次のとおりである。新東京国際空港(以下「新空港」という。)の建設に反対する上告人及び上告人を支援するいわゆる過激派等による実力闘争が強力に展開されたため、右建設が予定より大幅に遅れ、ようやく新空港の供用開始日を昭和五三年三月三〇日とする告示がされたが、その直前の同月二六日に、上告人の支援者である過激派集団が新空港内に火炎車を突入させ、新空港内に火炎びんを投げるとともに、管制塔に侵入してレーダーや送受信器等の航空管制機器類を破壊する等の事件が発生したため、右供用開始日を同年五月二〇日に延期せざるを得なくなった。このような事態に対し、政府は、同年三月二八日に過激派集団の暴挙を厳しく批判し、新空港を不法な暴力から完全に防護するための抜本的対策を強力に推進する旨の声明を発表した。また、国会においても、衆議院では同年四月六日に、参議院でも同月一〇日に、全会一致又は全党一致で、過激派集団の破壊活動を許し得ざる暴挙と断じた上、政府に対し、暴力排除に断固たる処置を採るとともに、地元住民の理解と協力を得るよう一段の努力を傾注すべきこと及び新空港の平穏と安全を確保し、我が国内外の信用回復のため万全の諸施策を強力に推進すべきことを求める決議をそれぞれ採択した。本法は、右のような過程を経て議員提案による法律として成立したものである。
本法は、新空港若しくはその機能に関連する施設の設置若しくは管理を阻害し、又は新空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する暴力主義的破壊活動を防止するため、その活動の用に供される工作物の使用の禁止等の措置を定め、もって新空港及びその機能に関連する施設の設置及び管理の安全の確保を図るとともに、航空の安全に資することを目的としている(一条)。本法において「暴力主義的破壊活動等」とは、新空港若しくは新空港における航空機の離陸若しくは着陸の安全を確保するために必要な航空保安施設若しくは新空港の機能を確保するために必要な施設のうち政令で定めるもの(以下、右の航空保安施設若しくは新空港の機能を確保するために必要な施設のうち政令で定めるものを「航空保安施設等」という。)の設置若しくは管理を阻害し、又は新空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する刑法九五条等に規定された一定の犯罪行為をすることをいうと定義され(二条一項)、「暴力主義的破壊活動者」とは、暴力主義的破壊活動等を行い又は行うおそれがあると認められる者をいうと定義されている(同条二項)。
ところで、本法三条一項一号は、規制区域内に所在する建築物その他の工作物が多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供され又は供されるおそれがあると認めるときは、運輸大臣は、当該工作物の所有者等に対し、期限を付して当該工作物をその用に供することを禁止することを命ずることができるとしているが、同号に基づく工作物使用禁止命令により当該工作物を多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することが禁止される結果、多数の暴力主義的破壊活動者の集会も禁止されることになり、ここに憲法二一条一項との関係が問題となるのである。
そこで検討するに、本法三条一項一号に基づく工作物使用禁止命令により保護される利益は、新空港若しくは航空保安施設等の設置、管理の安全の確保並びに新空港及びその周辺における航空機の航行の安全の確保であり、それに伴い新空港を利用する乗客等の生命、身体の安全の確保も図られるのであって、これらの安全の確保は、国家的、社会経済的、公益的、人道的見地から極めて強く要請されるところのものである。他方、右工作物使用禁止命令により制限される利益は、多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物を集合の用に供する利益にすぎないしかも、前記本法制定の経緯に照らせば、暴力主義的破壊活動等を防止し、前記新空港の設置、管理等の安全を確保することには高度かつ緊急の必要性があるというべきであるから、以上を総合して較量すれば、規制区域内において暴力主義的破壊活動者による工作物の使用を禁止する措置を採り得るとすることは、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるといわなければならない。また、本法二条二項にいう「暴力主義的破壊活動等を行い、又は行うおそれがあると認められる者」とは、本法一条に規定する目的や本法三条一項の規定の仕方、さらには、同項の使用禁止命令を前提として、同条六項の封鎖等の措置や同条八項の除去の措置が規定されていることなどに照らし、「暴力主義的破壊活動を現に行っている者又はこれを行う蓋然性の高い者」の意味に解すべきである。そして、本法三条一項にいう「その工作物が次の各号に掲げる用に供され、又は供されるおそれがあると認めるとき」とは、「その工作物が次の各号に掲げる用に現に供され、又は供される蓋然性が高いと認めるとき」の意味に解すべきである。したがって、同項一号が過度に広範な規制を行うものとはいえず、その規定する要件も不明確なものであるとはいえない。
以上のとおりであるから、本法三条一項一号は、憲法二一条一項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

3 同第一点の(三)について
本法三条一項一号に基づく工作物使用禁止命令により多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物に居住することができなくなるとしても、右工作物使用禁止命令は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づき、高度かつ緊急の必要性の下に発せられるものであるから、右工作物使用禁止命令によってもたらされる居住の制限は、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるといわなければならない。
したがって、本法三条一項一号は、憲法二二条一項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。なお、論旨は、本法三条一項三号についても憲法二二条一項違反を主張しているが、右三号は本件工作物使用禁止命令に関係がない。

4 同第一点の(四)について
本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令は、当該工作物を、(1) 多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供すること、(2) 暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用に供すること、又は(3) 新空港又はその周辺における航空機の航行に対する暴力主義的破壊活動者による妨害の用に供することの三態様の使用を禁止するものである。そして、右三態様の使用のうち、多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することを禁止することが、新空港の設置、管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づくものであり、高度かつ緊急の必要性を有するものであることは前記のとおりであり、この点は他の二態様の使用禁止についても同様であるから、右三態様の使用禁止は財産の使用に対する公共の福祉による必要かつ合理的な制限であるといわなければならない。また、本法三条一項一号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりであり、同項二号の規定する要件も不明確なものであるとはいえない。
したがって、本法三条一項一、二号は、憲法二九条一、二項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。なお、論旨は、同項三号についてもその規定する要件が不明確であると主張するが、同号は本件工作物使用禁止命令に関係がない。

5 同第一点の(五)について
憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない
しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。
本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の三態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものということはできない。また、本法三条一項一、二号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりである
右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

6 同第一点の(六)について
憲法三五条の規定は、本来、主として刑事手続における強制につき、それが司法権による事前の抑制の下に置かれるべきことを保障した趣旨のものであるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない(最高裁昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁)。しかしながら、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政手続における強制の一種である立入りにすべて裁判官の令状を要すると解するのは相当ではなく、当該立入りが、公共の福祉の維持という行政目的を達成するため欠くべからざるものであるかどうか、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものであるかどうか、また、強制の程度、態様が直接的なものであるかどうかなどを総合判断して、裁判官の令状の要否を決めるべきである。 
本法三条三項は、運輸大臣は、同条一項の禁止命令をした場合において必要があると認めるときは、その職員をして当該工作物に立ち入らせ、又は関係者に質問させることができる旨を規定し、その際に裁判官の令状を要する旨を規定していない。しかし、右立入り等は、同条一項に基づく使用禁止命令が既に発せられている工作物についてその命令の履行を確保するために必要な限度においてのみ認められるものであり、その立入りの必要性は高いこと、右立入りには職員の身分証明書の携帯及び提示が要求されていること(同条四項)、右立入り等の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと規定され(同条五項)、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものではないこと、強制の程度、態様が直接的物理的なものではないこと(九条二項)を総合判断すれば、本法三条一、三項は、憲法三五条の法意に反するものとはいえない。 
右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。
7 同第二点ないし第五点について
所論の点に関する原審の認定判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論違憲の主張は、前記説示と異なる前提に立つか又は独自の見解にすぎない。論旨は、いずれも採用することができない。
8 以上のとおり、被上告人運輸大臣がした前記一の使用禁止命令以外の使用禁止命令の取消しの訴え及び被上告人国に対する訴えに関する上告人の上告は、すべて理由がなく、これを棄却すべきである。
三 結論
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九五条、八九条に従い、裁判官園部逸夫、同可部恒雄の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+意見
上告理由第一点の(五)についての裁判官園部逸夫の意見は、次のとおりである。
私は、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものではないとする法廷意見の結論には同調するが、その理由を異にするので、以下、私の意見を述べることとする。
私は、行政庁の処分のうち、少なくとも、不利益処分(名宛人を特定して、これに義務を課し、又はその権利利益を制限する処分)については、法律上、原則として、弁明、聴聞等何らかの適正な事前手続の規定を置くことが、必要であると考える。このように行政手続を法律上整備すること、すなわち、行政手続法ないし行政手続条項を定めることの憲法上の根拠については、従来、意見が分かれるところであるが、上告理由は、これを憲法三一条に求めている。確かに、判例及び学説の双方にわたって、憲法三一条の法意の比較法的検討をめぐる議論が、我が国の行政手続法理の発展に寄与してきたことは、高く評価すべきことである。しかしながら、我が国を含め現代における各国の行政法理論及び行政法制度の発展状況を見ると、いわゆる法治主義の原理(手続的法治国の原理)、法の適正な手続又は過程(デュー・プロセス・オヴ・ロー)の理念その他行政手続に関する法の一般原則に照らして、適正な行政手続の整備が行政法の重要な基盤であることは、もはや自明の理とされるに至っている。したがって、我が国でも、憲法上の個々の条文とはかかわりなく、既に多数の行政法令に行政手続に関する規定が置かれており、また、現在、行政手続に関する基本法の制定に向けて努力が重ねられているところである。もとより、個別の行政庁の処分の趣旨・目的に照らし、刑事上の処分に準じた手続によるべきものと解される場合において、適正な手続に関する規定の根拠を、憲法三一条又はその精神に求めることができることはいうまでもない。
ところで、一般に、行政庁の処分は、刑事上の処分と異なり、その目的、種類及び内容が多種多様であるから、不利益処分の場合でも、個別的な法令について、具体的にどのような事前手続が適正であるかを、裁判所が一義的に判断することは困難というべきであり、この点は、立法当局の合理的な立法政策上の判断にゆだねるほかはないといわざるを得ない。行政手続に関する基本法の制定により、適正な事前手続についての的確な一般的準則を明示することは、この意味においても重要なのである。
もっとも、不利益処分を定めた法令に事前手続に関する規定が全く置かれていないか、あるいは事前手続に関する何らかの規定が置かれていても、実質的には全く置かれていないのと同様な状態にある場合は、行政手続に関する基本法が制定されていない今日の状況の下では、さきに述べた行政手続に関する法の一般原則に照らして、右の法令の妥当性を判断しなければならない事態に至ることもあろう。しかし、そのような場合においても、当該法令の立法趣旨から見て、右の法令に事前手続を置いていないこと等が、右の一般原則に著しく反すると認められない場合は、立法政策上の合理的な判断によるものとしてこれを是認すべきものと考える。
これを本法三条一項について見ると、右規定の定める工作物使用禁止命令は、処分の名宛人を確知できる限りにおいて、右名宛人に対し不作為義務を課する典型的な行政上の不利益処分に当たる。したがって、本法に右命令についての事前手続に関する規定が全く置かれていないことに着目すれば、右に述べた意味において、右条項の妥当性が問題とされなければならない。しかし、この点については、右工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、当該工作物の三態様における使用であり、右のような態様の使用を禁止することは、新空港の設置・管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づくものであり、高度かつ緊急の必要性を有するものである、という本判決理由の全体にわたる法廷意見の判断があり、私もこれに同調しているところである。本法三条一項の定める工作物使用禁止命令については、右命令自体の性質に着目すると、緊急やむを得ない場合の除外規定を付した上で、事前手続の規定を置くことが望ましい場合ではあるけれども、本法は、法律そのものが、高度かつ緊急の必要性という本件規制における特別の事情を考慮して制定されたものであることにかんがみれば、事前手続の規定を置かないことが直ちに前記の一般原則に著しく反するとまでは認められないのであって、右のような立法政策上の判断は合理的なものとして是認することができると考えるのである。このような見地から、私は、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものではないとする法廷意見に対し、その結論に同調するのである。

+意見
上告理由第一点の(五)についての裁判官可部恒雄の意見は、次のとおりである。
一 憲法三一条にいう「法律に定める手続」とは、単に国会において成立した法律所定の手続を意味するにとどまらず、「適正な法律手続」を指すものであること、同条による適正手続の保障はひとり同条の明規する刑罰にとどまらず「財産権」にも及ぶものであること(昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日大法廷判決・刑集一六巻一一号一五九三頁)、また、民事上の秩序罰としての過料を科する作用は、その実質においては一種の行政処分としての性質を有するものであるが、非訟事件手続法による過料の裁判は、過料を科するについての同法の規定内容に照らして、法律の定める適正な手続によるものということができ、憲法三一条に違反するものでないこと(昭和三七年(ク)第六四号同四一年一二月二七日大法廷決定・民集二〇巻一〇号二二七九頁)、また同条の法意に関連するものとして、憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあるとするのは相当でないこと(昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁)は、いずれも当裁判所の判例とするところである。
二 憲法三一条による適正手続の保障は、ひとり刑事手続に限らず、行政手続にも及ぶと解されるのであるが、行政手続がそれぞれの行政目的に応じて多種多様である実情に照らせば、同条の保障が行政処分全般につき一律に妥当し、当該処分につき告知・聴聞を含む事前手続を欠くことが直ちに違憲・無効の結論を招来する、と解するのは相当でない。多種多様な行政処分のいかなる範囲につき同条の保障を肯定すべきかは、それ自体解決困難な熟慮を要する課題であって、いわゆる行政手続法の制定が検討されていることも周知のところであるが、論点をより具体的に限定して、私人の所有権に対する重大な制限が行政処分によって課せられた事案を想定すれば、かかる場合に憲法三一条の保障が及ぶと解すべきことは、むしろ当然の事理に属し、かかる処分が一切の事前手続を経ずして課せられることは、原則として憲法の許容せざるところというべく、これが同条違反の評価を免れ得るのは、限られた例外の場合であるとしなければならない。例外の最たるものは、消防法二九条に規定する場合のごときであるが、これを極限状況にあるものとして、本件が例外の場合に当たるか否かを考察すべきであろう。
三 本法の制定をめぐる問題状況については、上告理由第一点の(二)について法廷意見の述べるとおりであるが、本件において注目されるのは、本件工作物の設置の時期、場所、特に当該工作物自体の構造である。すなわち、原判決(その引用する第一審判決を含む)の認定するところによれば、
「本件工作物は鉄骨鉄筋コンクリート地上三階、地下一階建の建物であり、東西11.47メートル、南北11.5メートル、地上部分の高さ約一〇メートルの立法体に類似した形状をしていて、七か所の小さな換気口及び明り取りのほかには窓及び出入口は存在せず、四方がコンクリートづくめの異様な外観であり、また、内部への出入りは地上から梯子をかけて屋上に昇りその開口部分から行う等の特異な構造を有し、その内部構造も、一階から二階へ、地下部分から直接二階へ、三階から屋上への各昇降口には鉄パイプ梯子がかけられており、二階から三階への昇降口には木製の踏み台が置かれているほかは各階相互間に階段等の昇降手段がない特異な構造となっていること、そして地下部分から緊急時の出入り用のトンネルが左右に掘られている」
というのであって、その構造は、右の判示にみられるように異様の一語に尽き、通常の居住用又は農作物等の格納用の建物とは著しく異なり、何びともその使用目的の何たるかを疑問とせざるを得ないであろう。
次に、本件工作物に対する行政処分の具体的内容をみるのに、そこにおいて禁止される財産権行使の態様としては、「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供すること」及び「暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用に供すること」という二態様に尽きるのである。
四 対象となる所有権の内容が、具体的には右にみるようなものであり、また、これを制限する行政処分の内容が右にみるとおりであるとすれば、本件の具体的案件を、行政処分による所有権に対する重大な制限として一般化した上で、本件処分を目して、事前の告知・聴聞を経ない限り、憲法三一条に違反するものとするのは相当でない。
すなわち、本件工作物の構造の異様さから考えられるその使用目的とこれに対する本件処分の内容とを総合勘案すれば、前記にみるような態様の財産権行使の禁止が憲法二九条によって保障される財産権に対する重大な制限に当たるか否か、疑問とせざるを得ないのみならず、これを強いて「重大な制限」に当たると観念するとしても、当該処分につき告知・聴聞を含む事前手続を経ない限り、三一条を含む憲法の法条に反するものとはたやすく断じ難いところである。
五 これを要するに、一般に、行政処分をもってする所有権の重大な制限には憲法三一条の保障が及ぶと解されるのであり、また、かく解することが当裁判所の累次の先例の趣旨に副う所以であると考えられるが、本件工作物につき前記態様の使用の禁止を命じた本件処分につき、事前手続を欠く限り憲法三一条に違反するものとすることはできない。
論旨は理由がなく、原判決は結論において是認すべきものと考える。
(裁判長裁判官草場良八 裁判官藤島昭 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官大堀誠一 裁判官園部逸夫 裁判官橋元四郎平 裁判官中島敏次郎 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官木崎良平 裁判官味村治 裁判官大西勝也 裁判官小野幹雄 裁判官三好達)

Q 行政調査に憲法の原則はどのように及ぶのか
(1)行政調査とは

+判例(S47.11.22)川崎民商事件
理由
弁護人山内忠吉、同岡崎一夫、同増木一彦、同陶山圭之輔、同根本孔衛の上告趣意(昭和四四年六月二五日付上告趣意書記載のもの。なお、その余の上告趣意補充書は、いずれも趣意書差出期間経過後に提出されたものであり、これを審判の対象としない。)第一点について。
所論は、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(以下、旧所得税法という。)七〇条一〇号の罪の内容をなす同法六三条は、規定の意義が不明確であつて、憲法三一条に違反するものである旨主張する。
しかし、第一、二審判決判示の本件事実関係は、被告人が所管川崎税務署長に提出した昭和三七年分所得税確定申告書について、同税務署が検討した結果、その内容に過少申告の疑いが認められたことから、その調査のため、同税務署所得税第二課に所属し所得税の賦課徴収事務に従事する職員において、被告人に対し、売上帳、仕入帳等の呈示を求めたというものであり、右職員の職務上の地位および行為が旧所得税法六三条所定の各要件を具備するものであることは明らかであるから、旧所得税法七〇条一〇号の刑罰規定の内容をなす同法六三条の規定は、それが本件に適用される場合に、その内容になんら不明確な点は存しない。
所論は、その前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。

同第二点について。
所論のうち、憲法三五条違反をいう点は、旧所得税法七〇条一〇号、六三条の規定が裁判所の令状なくして強制的に検査することを認めているのは違憲である旨の主張である。たしかに、旧所得税法七〇条一〇号の規定する検査拒否に対する罰則は、同法六三条所定の収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものであるが、同法六三条所定の収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であつて、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない、 
また、右検査の結果過少申告の事実が明らかとなり、ひいて所得税逋脱の事実の発覚にもつながるという可能性が考えられないわけではないが、そうであるからといつて、右検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならないけだし、この場合の検査の範囲は、前記の目的のため必要な所得税に関する事項にかぎられており、また、その検査は、同条各号に列挙されているように、所得税の賦課徴収手続上一定の関係にある者につき、その者の事業に関する帳簿その他の物件のみを対象としているのであつて、所得税の逋脱その他の刑事責任の嫌疑を基準に右の範囲が定められているのではないからである。
さらに、この場合の強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、同法七〇条所定の刑罰を加えることによつて、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであり、かつ、右の刑罰が行政上の義務違反に対する制裁として必ずしも軽微なものとはいえないにしても、その作用する強制の度合いは、それが検査の相手方の自由な意思をいちじるしく拘束して、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたいところである。国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために収税官吏による実効性のある検査制度が欠くべからざるものであることは、何人も否定しがたいものであるところ、その目的、必要性にかんがみれば、右の程度の強制は、実効性確保の手段として、あながち不均衡、不合理なものとはいえないのである
憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではないしかしながら、前に述べた諸点を総合して判断すれば、旧所得税法七〇条一〇号、六三条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはできず、前記規定を違憲であるとする所論は、理由がない
所論のうち、憲法三八条違反をいう点は、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の規定に基づく検査、質問の結果、所得税逋脱(旧所得税法六九条)の事実が明らかになれば、税務職員は右の事実を告発できるのであり、右検査、質問は、刑事訴追をうけるおそれのある事項につき供述を強要するもので違憲である旨の主張である。
しかし、同法七〇条一〇号、六三条に規定する検査が、もつぱら所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないこと、および、このような検査制度に公益上の必要性と合理性の存することは、前示のとおりであり、これらの点については、同法七〇条一二号、六三条に規定する質問も同様であると解すべきである。そして、憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二七年(あ)第八三八号同三二年二月二〇日判決・刑集一一巻二号八〇二頁)とするところであるが、右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。しかし、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、右各規定そのものが憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない
なお、憲法三五条、三八条一項に関して右に判示したところによつてみれば、右各条項が刑事手続に関する規定であつて直ちに行政手続に適用されるものではない旨の原判断は、右各条項についての解釈を誤つたものというほかはないのであるが、旧所得税法七〇条一〇号、六三条の規定が、憲法三五条、三八条一項との関係において違憲とはいえないとする原判決の結論自体は正当であるから、この点の憲法解釈の誤りが判決に影響を及ぼさないことは、明らかである。

同第三点について。
所論のうち、憲法一四条、一九条、二一条、一二条違反をいう点は、第一、二審判決の判示にそわない事実関係を前提とする主張であつて、いずれも上告適法の理由にあたらない。
所論は、また、憲法二八条違反を主張するが、同条が、使用者対勤労者の関係にたつ者の間において勤労者の団結権および団体行動権を保障した規定であると解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日判決・刑集三巻六号七七二頁)とするところであつて、被告人の判示検査拒否の所為が、右団体行動権の行使とは認められないとした原判断は相当であるから、この点の所論は理由がない。

同第四点および第五点について。
所論は、憲法三五条違反をいうような点もあるが、実質はいずれも事実誤認または単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
なお、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない(原判決中、第一審判決を破棄するにあたり適用した法条に「刑事訴訟法第三九七条、第三八一条」とあるのは、「刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条」の単なる誤記と認める。)。
よつて同法四一〇条一項但書、四一四条、三九六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
検察官 横井大三、同木村喬行各公判出席
(裁判長裁判官 石田和外 裁判官 田中二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎 裁判官 村上朝一 裁判官 関根小郷 裁判官 藤林益三 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝)

(2)自動車検問
・一斉検問

+判例(S55.9.22)
理由
被告人本人の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、原審において主張、判断を経ていないものであり、また、判例違反をいう点は、引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。原判決の是認する第一審判決の認定事実によると、本件自動車検問は、右に述べた範囲を越えない方法と態様によつて実施されており、これを適法であるとした原判断は正当である。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

+判例(S53.9.22)引き間違えた(笑)
理由
弁護人中川恒雄の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決のいかなる法律判断部分が所論引用の各判例のいかなる部分と相反するものであるかを具体的に指摘するものでないから、不適法であり、その余は、憲法違反をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、原判決が認定したところによると、A巡査及びB巡査が交通違反の取締りに従事中、被告人の運転する車両が赤色信号を無視して交差点に進入したのを現認し、A巡査が合図して被告人車両を停車させ、被告人に右違反事実を告げたところ、被告人は一応右違反事実を自認し、自動車運転免許証を提示したので、同巡査は、さらに事情聴取のためパトロールカーまで任意同行を求めたが、被告人が応じないので、パトロールカーを被告人車両の前方まで移動させ、さらに任意同行に応ずるよう説得した結果、被告人は下車したのであるが、その際、約一メートル離れて相対する被告人が酒臭をさせており、被告人に酒気帯び運転の疑いが生じたため、同巡査が被告人に対し「酒を飲んでいるのではないか、検知してみるか。」といつて酒気の検知をする旨告げたところ、被告人は、急激に反抗的態度を示して「うら酒なんて関係ないぞ。」と怒鳴りながら、同巡査が提示を受けて持つていた自動車運転免許証を奪い取り、エンジンのかかつている被告人車両の運転席に乗り込んで、ギア操作をして発進させようとしたので、B巡査が、運転席の窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイツチを切り、被告人が運転するのを制止した、というのである。右のような原判示の事実関係のもとでは、B巡査が窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイツチを切つた行為は、警察官職務執行法二条一項の規定に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項の規定に基づき、自動車の運転者が酒気帯び運転をするおそれがあるときに、交通の危険を防止するためにとつた、必要な応急の措置にあたるから、刑法九五条一項にいう職務の執行として適法なものであるというべきである。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘)

RQ
+判例(S53.9.7)
理由
(本件の経過)
一 第一審裁判所は、本件公訴事実中、第一審判決判示第一ないし第四の各事実につき被告人を有罪とし、懲役一年六月・三年間執行猶予に処したが、「被告人は、昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分ころ、大阪市a区b町c番地先路上において、フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末〇・六二グラムを所持した」との事実(以下「本件覚せい剤所持事実」という。)については、右日時場所において被告人から差し押えた物として検察官から取調請求のあつた覚せい剤粉末(以下「本件証拠物」という。)は、警察官が被告人に対する職務質問中に承諾を得ないまま被告人の上衣ポケツト内を捜索して差し押えた物であり、違法な手続により収集された証拠物であるから証拠能力はない、また、検察官から取調請求のあつた本件証拠物の鑑定結果等を立証趣旨とする証人は、本件証拠物自体証拠とすることが許されないのであるからその取調をする必要はない、としてこれら証拠申請を却下し、捜査段階及び第一審公判廷における被告人の自白はこれを補強するに足りる適法な証拠が存在しないので、結局犯罪の証明がないことに帰するとして、被告人を無罪とした。
二 第一審判決全部に対し検察官から控訴の申立があつたところ、原裁判所は、第一審判決中有罪部分につき検察官の控訴を容れ、量刑不当の違法があるとしてこの部分を破棄し、被告人を懲役一年の実刑に処したが、無罪部分については、次の理由で、検察官の控訴を棄却した。
(一)一般的に、警察官が職務質問に際し異常な箇所につき着衣の外部から触れる程度のことは、事案の具体的状況下においては職務質問の附随的行為として許容される場合があるが、さらにこれを超えてその者から所持品を提示させ、あるいはその者の着衣の内側やポケツトに手を入れてその所持品を検査することは、相手方の人権に重大なかかわりのあることであるから、前記着衣の外部から触れることなどによつて、人の生命、身体又は財産に危害を及ぼす危険物を所持し、かつ、具体的状況からして、急迫した状況にあるため全法律秩序からみて許容されると考えられる特別の事情のある場合を除いては、その提示が相手方の任意な意思に基づくか、あるいはその所持品検査が相手方の明示又は黙示の承諾を得たものでない限り許されない。
(二)本件においては、a巡査長とb巡査において、被告人が覚せい剤中毒者ではないかとの疑いのもとに、被告人に所持品の提示を求めてから被告人の上衣とズボンのポケツトを外から触つた段階までの右警察官の被告人に対する行為は、職務質問又はこれに附随する行為として許容されるが、被告人の上衣の左側内ポケツトを外部から触つたことによつて、同ポケツトに刃物ではないが何か堅い物が入つている感じでふくらんでいたというに止まり、刃物以外の何が入つているかは明らかでない状況で、被告人の左側内ポケツトに手を入れて本件証拠物を包んだちり紙の包みを取り出したb巡査の右所持品検査については、被告人の明示又は黙示の承諾があつたものとは認められず、他に右所持品検査が許容される特別の事情も認められないから、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項に基づく正当な職務行為とはいいがたく、右所持品検査に引き続いて行われた本件証拠物の差押は違法である。
(三)右違法の程度は、憲法三五条及び刑訴法二一八条一項所定の令状主義に違反する極めて重大なものであるうえ、弁護人は、本件証拠物を証拠とすることにつき異議を述べているのであるから、かかる証拠物を証拠として利用することは許されない。
(四)本件覚せい剤所持の事実を認めるべき証拠としては、被告人の自白があるのみで、他に右自白を補強するに足りる適法な証拠は存在しない。
三 これに対し、検察官は原判決全部に対し上告を申し立て、被告人も原判決中破棄自判部分に対し上告を申し立てた。
(検察官の上告趣意第一点について)
一 所論は、要するに、本件証拠物の差押を違法であるとした前記原判決の判断は、警職法二条一項の解釈を誤り、最高裁判所及び高等裁判所の判例と相反する判断をしている、というのである。しかし、所論引用の判例は、いずれも本件とは事案を異にし適切でないから、所論判例違反の主張は前提を欠き、その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
二 そこで、所論にかんがみ職権をもつて調査するに、本件証拠物の差押を違法であるとした原判決の判断は、次の理由により、その結論において、正当である。
(一)原判決の認定した本件証拠物の差押の経過は、次のとおりである。(1)昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分ころ、パトカーで警ら中のb巡査、a巡査長の両名は、原判示ホテルc附近路上に被告人運転の自動車が停車しており、運転席の右横に遊び人風の三、四人の男がいて被告人と話しているのを認めた。(2)パトカーが後方から近付くと、被告人の車はすぐ発進右折してホテルcの駐車場に入りかけ、遊び人風の男達もこれについて右折して行つた。(3)b巡査らは、被告人の右不審な挙動に加え、同所は連込みホテルの密集地帯で、覚せい剤事犯や売春事犯の検挙例が多く、被告人に売春の客引きの疑いもあつたので、職務質問することにし、パトカーを下車して被告人の車を駐車場入口附近で停止させ、窓ごしに運転免許証の提示を求めたところ、被告人は正木良太郎名義の免許証を提示した(免許証が偽造であることは後に警察署において判明)。(4)続いて、b巡査が車内を見ると、ヤクザの組の名前と紋のはいつたふくさ様のものがあり、中に賭博道具の札が一〇枚位入つているのが見えたので、他にも違法な物を持つているのではないかと思い、かつまた、被告人の落ち着きのない態度、青白い顔色などからして覚せい剤中毒者の疑いもあつたので、職務質問を続行するため降車を求めると、被告人は素直に降車した。(5)降車した被告人に所持品の提示を求めると、被告人は、「見せる必要はない」と言つて拒否し、前記遊び人風の男が近付いてきて、「お前らそんなことする権利あるんか」などと罵声を浴びせ、挑戦的態度に出てきたので、b巡査らは他のパトカーの応援を要請したが、応援が来るまでの二、三分の間、b巡査と応対していた被告人は何となく落ち着かない態度で所持品の提示の要求を拒んでいた。(6)応援の警官四名くらいが来て後、b巡査の所持品提示要求に対して、被告人はぶつぶつ言いながらも右側内ポケツトから「目薬とちり紙(覚せい剤でない白色粉末が在中)」を取り出して同巡査に渡した。(7)b巡査は、さらに他のポケツトを触らせてもらうと言つて、これに対して何も言わなかつた被告人の上衣とズボンのポケツトを外から触つたところ、上衣左側内ポケツトに「刃物ではないが何か堅い物」が入つている感じでふくらんでいたので、その提示を要求した。(8)右提示要求に対し、被告人は黙つたままであつたので、b巡査は、「いいかげんに出してくれ」と強く言つたが、それにも答えないので、「それなら出してみるぞ」と言つたところ、被告人は何かぶつぶつ言つて不服らしい態度を示していたが、同巡査が被告人の上衣左側内ポケツト内に手を入れて取り出してみると、それは「ちり紙の包、プラスチツクケ」ス入りの注射針一本-であり、「ちり紙の包」を被告人の面前で開披してみると、本件証拠物である「ビニール袋入りの覚せい剤ようの粉末」がはいつていた。さらに応援のd巡査が、被告人の上衣の内側の脇の下に挾んであつた万年筆型ケース入り注射器を発見して取り出した。(9)そこで、b巡査は、被告人をパトカーに乗せ、その面前でマルキース試薬を用いて右「覚せい剤ようの粉末」を検査した結果、覚せい剤であることが判明したので、パトカーの中で被告人を覚せい剤不法所持の現行犯人として逮捕し、本件証拠物を差L押えた。
(二)ところで、警職法二条一項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべぎである
(最高裁判所昭和五二年(あ)第一四三五号同五三年六月二〇日第三小法廷判決参照)。
(三)これを本件についてみると、原判決の認定した事実によれば、b巡査が被告人に対し、被告人の上衣左側内ポケツトの所持品の提示を要求した段階においては、被告人に覚せい剤の使用ないし所持の容疑がかなり濃厚に認められ、また、同巡査らの職務質問に妨害が入りかねない状況もあつたから、右所持品を検査する必要性ないし緊急性はこれを肯認しうるところであるが、被告人の承諾がないのに、その上衣左側内ポケツトに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は、一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては、相当な行為とは認めがたいところであつて、職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当である。してみると、右違法な所持品検査及びこれに続いて行われた試薬検査によつてはじめて覚せい剤所持の事実が明らかとなつた結果、被告人を覚せい剤取締法違反被疑事実で現行犯逮捕する要件が整つた本件事案においては、右逮捕に伴い行われた本件証拠物の差押手続は違法といわざるをえないものである。これと同旨の原判決の判断は、その限りにおいて相当であり、所論は採ることができない。

(検察官の上告趣意第三点について)
一 所論は、要するに、本件証拠物の証拠能力を否定した原判決の判断は、憲法三五条の解釈を誤り、かつ、最高裁判所及び高等裁判所の判例と相反する判断をしている、というのである。しかし、所論のうち憲法違反をいう点は、その実質において、証拠物の証拠能力に関する原判決の判断を論難する単なる法令違反の主張に帰するものであつて、適法な上告理由にあたらない。また、最高裁判所の判例の違反をいう点は、所論引用の当裁判所昭和二四年(れ)第二三六六号同年一二月一三日第三小法廷判決(刑事裁判集一五号三四九頁)は、証拠物の押収手続に極めて重大な違法がある場合にまで証拠能力を認める趣旨のものであるとまでは解しがたいから、本件証拠物の収集手続に極めて重大な暇疵があるとして証拠能力を否定した原判決の判断は、当裁判所の右判例と相反するものではないというべきであつて、所論は理由がなく、高等裁判所の判例の違反をいう点は、最高裁判所の判例がある場合であるから、所論は適法な上告理由にあたらない。
二 そこで、所論にかんがみ職権をもつて調査するに、本件証拠物の証拠能力を否定した原判決の判断は、次の理由により、法令に違反したものというべきである。
(一)違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので、この問題は、刑訴法の解釈に委ねられているものと解するのが相当であるところ、刑訴法は、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」(同法一条)ものであるから、違法に収集された証拠物の証拠能力に関しても、かかる見地からの検討を要するものと考えられる。ところで、刑罰法令を適正に適用実現し、公の秩序を維持することは、刑事訴訟の重要な任務であり、そのためには事案の真相をできる限り明らかにすることが必要であることはいうまでもないところ、証拠物は押収手続が違法であつても、物それ自体の性質・形状に変異をきたすことはなく、その存在・形状等に関する価値に変りのないことなど証拠物の証拠としての性格にかんがみると、その押収手続に違法があるとして直ちにその証拠能力を否定することは、事案の真相の究明に資するゆえんではなく、相当でないというべきである。しかし、他面において、事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、適正な手続のもとでされなければならないものであり、ことに憲法三五条が、憲法三三条の場合及び令状による場合を除き、住居の不可侵、捜索及び押収を受けることのない権利を保障し、これを受けて刑訴法が捜索及び押収等につき厳格な規定を設けていること、また、憲法三一条が法の適正な手続を保障していること等にかんがみると、証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その認拠能力は否定されるものと解すべきである。
(二)これを本件についてみると、原判決の認定した前記事実によれば、被告人の承諾なくその上劇左側内ポケツトか引本件証拠物を取り出したb巡査の行為は、職務質問の要件が存在し、かつ、所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかつた被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたに過ぎないのであつて、もとより同巡査において令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、また、他に右所持品検査に際し強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても相当でないとは認めがたいから、本件証拠物の証拠能力はこれを肯定すべきである。
(三)してみると、本件証拠物の収集手続に重大な違法があることを理由としてその証拠能力を否定し、また、その鑑定結果等を立証趣旨とする証人もその取調をする必要がないとして、これら証拠申請を却下した第一審裁判所の措置及びこれを是認した原判決の判断は法令に違反するものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼしており、原判決中検察官の控訴を棄却した部分及び第一審判決中無罪部分はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
(結論)
よつて、検察官の上告趣意中のその余の所論及び弁護人の上告趣意に対する判断を省略し、なお、本件覚せい剤所持の事実とその余の第一審判決及び原判決が有罪とした事実どは併合罪の関係にあるものとして公訴を提起されたものであるから、刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決の各全部を破棄し、同法四一三条本文により本件を第一審裁判所である大阪地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
検察官古川健次郎、同稲田克巳 公判出席
(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官岸盛一は退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 岸上康夫)


会社法 事例で考える会社法 事例12 会社のために、というけれど


Ⅰ はじめに

+(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条  取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき
2  民法第百八条 の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。

+(競業及び取締役会設置会社との取引等の制限)
第三百六十五条  取締役会設置会社における第三百五十六条の規定の適用については、同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。
2  取締役会設置会社においては、第三百五十六条第一項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。

Ⅱ 本問の出題意図

+(取締役が自己のためにした取引に関する特則)
第四百二十八条  第三百五十六条第一項第二号(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引(自己のためにした取引に限る。)をした取締役又は執行役の第四百二十三条第一項の責任は、任務を怠ったことが当該取締役又は執行役の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができない
2  前三条の規定は、前項の責任については、適用しない。

+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4  前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

Ⅲ 任務懈怠と過失
1.平成17年改正の経緯

2.利益相反取引における任務懈怠の位置づけ

・任務懈怠はあるが過失がない場合
+判例(東京高判H15.3.27)蛇の目ミシン工業控訴審
まあ、上告審で差し戻されたが。

+判例(H18.4.10)
理由
上告代理人渡辺征二郎ほかの上告受理申立て理由第二の一1及び3並びに同二1及び4について
1 本件は、B株式会社(以下「B社」という。)の株主である上告人が、B社の取締役であった被上告人らに対し、忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任、株主に対する利益供与の禁止規定違反(平成15年法律第134号による改正前の商法266条1項2号。以下、「商法266条1項2号」というときは、同改正前のものをいう。)の責任等があるとして、損害賠償を求める株主代表訴訟である。
2 原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 当事者等
B社は、ミシン、裁縫用品類等の製造及び販売を目的とする株式会社であり、その株式を東京証券取引所第1部に上場している。株式会社C銀行(平成3年4月に株式会社D銀行と合併して株式会社D’銀行となり、平成4年9月に商号を株式会社E銀行に変更した。以下、時期を問わず、「C銀行」という。)は、B社のいわゆるメインバンクである。
F株式会社(以下「F社」という。)は、不動産の売買及び仲介等を目的とした株式会社であり、B社が100%出資していた会社である。株式会社G(以下「G社」という。)は、B社の経営の多角化を図るため、ミシン以外の販売部門を独立させ、昭和63年10月に設立された株式会社であり、H株式会社(以下「H社」という。)は、同様にB社の割賦販売部門を独立させ、平成元年11月に設立された株式会社であり、いずれも、本店をB社本社所在地に置き、B社が19%出資していた会社である。
上告人は、B社の株主である。
被上告人Y1は、平成元年6月にB社の取締役(専務)に就任し、同年11月に代表取締役(副社長)に就任したが、平成3年1月16日に取締役を辞任した。被上告人Y2は、C銀行副頭取を経て、昭和63年6月にB社の代表取締役(社長)に就任し、平成元年11月に代表取締役を辞任して取締役(会長)となったが、平成3年1月31日に取締役を辞任した。被上告人Y3は、C銀行取締役(常務)を経て、昭和61年6月にB社の代表取締役(副社長)に就任し、平成元年11月に社長となったが、平成3年1月31日に取締役を辞任した。被上告人Y4は、昭和43年11月にB社の取締役に就任し、昭和63年6月に専務となり、平成3年1月17日に代表取締役(副社長)に就任し、同月31日に社長となったが、平成5年6月に取締役を退任した。被上告人Y5は、昭和63年6月にB社の取締役に就任し、平成元年6月に常務となり、平成3年6月に専務となり、平成4年6月に代表取締役(副社長)に就任し、平成5年6月に社長となったが、平成9年3月に取締役を退任した。
(2) AとB社との交渉の経緯
ア Aは、昭和45年1月にi社(昭和63年3月に商号を株式会社Iに変更した。以下、時期を問わず、「I社」という。)を、その後、昭和53年12月にj社(昭和63年3月に商号を株式会社Jに変更した。以下、時期を問わず、「J社」という。)を、それぞれ設立して、その代表取締役に就任していた。Aは、株式会社K銀行(以下「K銀行」という。)、Lリース株式会社(以下「Lリース社」という。)等の代表取締役等との人脈を通じての融資や、M株式会社(以下「M社」という。)の資金的援助を背景に、昭和61年以降、I社及びA個人においてB社株を大量に買い付け、昭和62年3月末には、I社が3255万6000株を保有するB社の筆頭株主になり、Aが300万株を保有する13位の大株主になった。
また、Aは、N株式会社(以下「N社」という。)、O株式会社(以下「O社」という。)、M社等の株式も大量に取得していた。I社は、株式取得のための資金として、昭和62年12月までにLリース社及びその関連会社から合計490億円を借り入れていたほか、昭和63年9月末日までに、株式会社Pを中心とするPグループ系列のノンバンクである株式会社pファイナンス(後に、株式会社p’ファイナンスに、更に株式会社Qファイナンスに商号を変更した。以下、時期を問わず、「Qファイナンス社」という。)から、合計966億円を借り入れていた。このQファイナンス社に対する966億円の債務のうち、500億円はB社株1740万株を担保とするものであり、466億円はN社株925万株を担保とするものであった。
イ I社及びAがB社の大株主となったことにより、B社の経営陣は、Aへの対処を検討しなければならない事態となった。Aは、いわゆる仕手筋として知られており、暴力団との関係も取りざたされている人物であったから、B社においては、そのAの影響力の存在自体が会社の社会的信用を損なうものであり、できるだけ早期にかつ安値でI社又はAが保有するB社株をB社、C銀行側で引き取って、Aの影響力を排除することが望ましい解決であると考えられていた。Aとの交渉は、C銀行出身の被上告人Y2及び同Y3が当たることになった。
ウ Aは、多数の株式の保有を背景にしてB社の役員への就任を要求し、昭和62年6月開催の株主総会において、B社の取締役に選任された。
エ Aは、昭和63年10月ころ以降、被上告人Y2及び同Y3に対し、I社が保有するB社株の高値での買取りを要求し、また、同年11月下旬ころには、同Y3に対し、B社株を担保にC銀行から融資を受けたいので取り次いでほしいと申し入れた。C銀行側は、これを受けて、同年12月23日、C銀行系列のノンバンクであるRファイナンス株式会社(以下「Rファイナンス社」という。)が、I社に対し、B社株1000万株を担保に250億円を融資した。
オ Aは、平成元年6月ころ、B社に対し、B社、C銀行、Lリース社等の出資を受けて新会社を設立するよう働きかけた。Aの構想は、その新会社に、I社及びAが保有するB社株やN社株を保有させ、I社がQファイナンス社から借り入れている966億円を肩代わりさせた上、新会社にB社が所有する不動産を開発させるというものであった。被上告人Y2及び同Y3は、Lリース社、C銀行等が加わるのであれば、Aがほしいままに新会社を支配することはないと考え、I社が保有するB社株をできるだけ早く引き取るためには、Aの要請に応じた方が良いと考えるようになった。これに対し、C銀行は、上記新会社構想は、実質的にはB社の損失においてAがB社株を高値で売り抜ける事態を実現させるもので、Aを利するだけであると判断し、これに強く反対した。
カ 平成元年6月29日開催のB社の株主総会で、Aは再度取締役に選任され、また、被上告人Y1が新たに取締役に選任され、筆頭専務となった。
被上告人Y1は、かつてM社に勤務していたが、昭和61年3月に同社を退職し、株式会社S(以下「S社」という。)の社長として、福島県いわき市内の土地に湧出した温泉を基盤とした高級会員制クラブ「Sクラブ」を発足させようとしていた。被上告人Y1は、S社の資金でB社株を大量に取得し、平成元年4月には、AのB社株の取得にも協力し、I社に対し、貸株としてB社株840万株を提供していたが、上記取締役就任後は、Aと一線を画し、B社の業績向上のため努力したいと考えていた。
キ I社がQファイナンス社から融資を受けた966億円のうち200億円については、弁済期が、2度にわたって延期され、平成元年7月31日となっていた。被上告人Y2及び同Y3は、同月に入ってからも、C銀行と、新会社構想について折衝を繰り返したが、C銀行は、改めて反対し、これを阻止するため、A、被上告人Y2及び同Y3には秘密にしたまま、Qファイナンス社がI社から担保提供を受けているB社株1740万株について、Pグループで買い取ってもらうという構想を立てていた。Aは、同月27日、被上告人Y2及び同Y3に対し、同月末にはPグループの総帥のTがB社株1740万株を買い取るという話がC銀行との間で出ている様子があること、Tに株が渡るとB社は食い物にされるであろうことを述べ、被上告人Y2に対し、Tに会って新会社構想を説明して上記200億円の弁済期の延期を取り付けるよう依頼した。被上告人Y2は、これを受けて、Tの下に赴いたが、200億円の弁済期の延期についても、新会社構想についても説明できないままTの下を辞した。
ク Aは、平成元年7月28日、被上告人Y2に対し、同被上告人がTに新会社で債務の肩代わりをする話をしていなかったとして、自分が恥をかいたなどと言って難詰した上、「Y2に一筆書いてもらうとTに約束してきた。新会社で肩代わりの約束をすると一筆書いてくれ。」と言って念書の作成を要求した。被上告人Y3は、同Y2に対し、念書を書けば悪用されると助言したが、被上告人Y2は、Aから強く迫られ、「貴殿所有のB社株1740万株のファイナンス或は買取につきB社が責任をもって行います」旨記載されたAあての書面(以下「Y2念書」という。)を作成した。その後、Aは、Tと会い、Y2念書を見せ、Pグループによる1740万株の買取りを断念させた。
(3) Aによる300億円の恐喝
ア Aは、平成元年7月29日、被上告人Y2及び同Y3に対し、暴力団関係者へのB社株の売却を示唆した。被上告人Y2は、C銀行に対してAに対する966億円の融資を要請したが、C銀行はこれを断った。被上告人Y2、同Y3及び同Y1は、同月31日、Aに対し、B社株の売却をやめるよう懇請したが、Aは、これを断り、Aが保有するB社株を全部暴力団U会の関連会社に譲渡した旨述べ、さらに、「新株主はB社にも来るし、C銀行の方にも駆け上がっていく。とにかくえらいことになったな。」とも述べた。
イ 被上告人Y3は、同Y1と共に、平成元年8月1日、Aに対し、B社株の売却の話を元に戻すよう懇請した。Aは、被上告人Y3らに対し、その保有するB社株をY2念書付きで暴力団の関連会社に売却済みである旨信じさせ、これを取り消したいのであれば300億円を用立てるよう要求した。被上告人Y3は、B社に暴力団が入ってくれば、更なる金銭の要求がされ、経営の改善が進まず、入社希望者もいなくなり、他企業との提携もままならなくなり、会社が崩壊してしまうと考えたが、他方で、B社から300億円を出金してAに交付すれば経営者としての責任問題になると思い悩んだ。
ウ Aは、平成元年8月4日、被上告人Y3及び同Y1に対し、300億円を用立てる件がまとまらないことを非難し、「大阪からヒットマンが2人来ている。」などと述べて脅迫した。C銀行は、同月5日、被上告人Y3から窮状を訴えられたが、300億円の融資はB社の責任で行うものであり、C銀行は問題が生じても責任を負わない旨を確約させた後、C銀行系列のノンバンクであるVリース株式会社(以下「Vリース社」という。)を紹介し、Vリース社がS社を経由してその融資をすることを了承した。
エ 被上告人Y3は、平成元年8月6日、同Y2の一任を受けた上、上記300億円の融資について、同Y4及び同Y5を含む専務、常務の同意を求めたところ、同Y4を除く者は同意した。同月8日、B社の臨時の取締役会において、Vリース社からG社に対する300億円の融資について、B社が債務保証をし、その本社の土地建物を担保として提供すること、G社からの貸出先をS社とすることが出席取締役全員の賛成により議決された。被上告人Y4は、同会議を欠席したが、最終的には、300億円の融資に同意した。
オ 上記のような経過により、平成元年8月10日、B社が債務を保証し、B社所有の土地建物に抵当権を設定した上で、Vリース社からG社に対し、300億円の貸付けがされ、次いで、G社からS社に対し、いわき市等所在の土地建物を担保として提供させた上で、300億円の貸付けがされた。その上で、同日及び翌11日、S社からI社に対し、300億円が融資された。なお、I社に対する現実の交付額は、2か月分の利息相当分を差し引いた合計296億7406万8494円である。
カ Aには当初から上記融資金を返済する意思がなく、これを取り戻せる具体的な見込みもなかったから、その全額の回収は困難な状況にあった。しかも、この300億円は、B社としては、全く支払う必要のない金員であり、債務保証や担保提供をする必要がなかったことも明らかであって、その融資の実質は、Aに対する巨額の利益供与であった。被上告人らは、これがAに対する巨額の利益供与であって、経営者として本来してはならない性質の行為であることは十分認識していた。
(4) 債務の肩代わり及び担保提供
ア Aは、上記のとおり、300億円を喝取した後も、引き続き、I社のQファイナンス社に対する966億円の債務の肩代わりを迫り、B社及びC銀行は対応に苦慮していた。
(ア) 平成元年9月、C銀行から被上告人Y3に対し、Y2念書で被上告人Y2が約束した1740万株のファイナンスの実行として、B社の系列会社がQファイナンス社から500億円を借り入れて、それをI社に融資し、I社がQファイナンス社に返すことにより処理してはどうかという提案があった。Tは、当初は、966億円全額の肩代わりをしてほしいという意向であったが、後に、B社株1740万株に相当する債務の肩代わりでも相談の余地があるということになった。被上告人Y3は、同Y1、同Y4に相談したところ、同Y1から、同Y2が約束したことであり、1740万株を1株3400円台で評価をして債務の肩代わりをするのであれば良いのではないかという意見が出され、同Y4は異論を唱えなかった。結局、同月29日、Qファイナンス社とG社及びF社の2社との間で各300億円(合計600億円)をQファイナンス社が貸し付ける旨の金銭消費貸借契約が締結され、同時にこれらの貸付金が両社からJ社に貸し付けられ、I社が600億円をQファイナンス社に返済するという形を取って債務の肩代わりがされ、Qファイナンス社が担保として徴求していたB社株1740万株のうち1000万株はG社の債務の、740万株はF社の債務の担保としてQファイナンス社に差し入れられた。その後、平成2年3月23日、上記肩代わりの債務者をG社に一本化することとされ、G社がQファイナンス社から600億円を借り受け、同時にJ社がG社から600億円を借り受けたこととされた。これにより、I社のQファイナンス社に対する966億円の債務のうち600億円の債務につき、G社が肩代わりすることとなった。
(イ) Aは、平成2年4月、B社株3000万株を1株4200円でB社側が買い取るよう要求した。被上告人Y3、同Y1らは、Aとの間の問題を解決する良い機会であると考え、S社、B社の関連会社及びC銀行の関連会社が各1000万株を引き取るという方向で、C銀行に検討を求めたが、C銀行は、上記価格で買い取ることはできないと判断した。Aは、同月20日、被上告人Y3に、K銀行にB社株を1株5800円で売却することを検討しているが、その場合にはKグループから役員が送り込まれることになろうなどと述べ、B社がK銀行の管理下に入ることをにおわせた。Aは、同月26日に、KグループのことはB社側が困るなら考え直しても良い、株の買取りは今の資金繰りが付くならば1年後で良いと譲歩の提案をしてきた。
被上告人Y1は、Aの提案を受け、平成2年5月中旬、要旨次のような方策(以下「本件方策」という。)を立案し、これを被上告人Y3に伝えた。
〈1〉 A保有のB社株3750万株は、S社が、1年後に1株5000円で買い取る。そのころには「Sクラブ」が開場しており、取引先金融機関の了解を得ることができる。
〈2〉 3750万株のうち1000万株はS社が引き受けるが、その余の2750万株はB社、C銀行の取引先に引き取ってもらう。それまでの金利負担はC銀行、B社側にバックアップしてもらう。
〈3〉 S社とI社は、B社株3750万株の売買予約契約を締結する。
〈4〉 A側に対し、上記買取りまで1875億円(売買代金相当額)を融資する。この融資金から、I社のQファイナンス社関連の966億円の債務、Rファイナンス社に対する250億円の債務、Lリース社に対する440億円の債務等を返済するなどして処理する。
〈5〉 上記(3)のとおりA側に交付された300億円については、B社株の代金以外で回収を図る。
被上告人Y3は、B社の主要な役員に対し、本件方策を相談したところ、全員が賛成した。C銀行は、本件方策について、1株5000円という価格には賛成しかねるが、B社の判断でやらざるを得ないということであれば、資金面については対応するとの考えを示した。その後、関係者間では、上記〈4〉の融資は、H社等のB社の関連会社が債務の肩代わりをすることによって行うこととされた。
(ウ) 本件方策に従い、H社は、平成2年5月24日、Qファイナンス社から、B社株500万株(I社が保有するもの)を担保として366億円を借り受け、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Qファイナンス社に対する366億円の債務を返済した。これによってI社のQファイナンス社に対する966億円の債務の残額366億円の債務につき、H社が肩代わりすることとなった。
また、同日、I社とS社の間で、I社が保有するB社株3450万株を代金1725億円で同年12月31日にS社が買い受けるとの売買予約契約が締結された。
(エ) F社は、平成2年6月14日、その保有するC銀行株40万株及びI社が保有するB社株500万株を担保として提供するほか、F社所有の不動産に根抵当権を設定して、Rファイナンス社から、250億円を借り受け、同日、H社に対し、同額を貸し付けた。更に、H社は、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Rファイナンス社に対する250億円の債務を返済した。これによってI社のRファイナンス社に対する250億円の債務につき、F社及びH社が肩代わりすることとなった。
(オ) G社は、平成2年6月14日、B社株300万株(A個人が保有するもの)を担保として提供して、Lリース社の関連会社であるWファイナンス株式会社(以下「Wファイナンス社」という。)から、390億円を借り受け、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Lリース社に対する440億円の債務のうち390億円を返済した。その後、B社は、G社の上記債務について、担保不足を補うため、B社が所有する小金井第2工場の敷地に根抵当権を設定した。これによってI社のLリース社に対する440億円の債務の一部につき、G社が肩代わりすることとなった。
イ B社としては、I社のQファイナンス社、Rファイナンス社及びLリース社に対する各債務について、その肩代わりに協力する必要は本来なかった。しかも、B社株3750万株を1株5000円と評価し、この売買代金相当額を融資することについても、この評価は、株価操作も加わるなどして異常な高値となったものであった。上記肩代わりは、結局は、B社株を高値で売り抜けたいというAの思惑に合致するものであり、B社にとって利益になることではなかったことも明らかである。また、例えば、Rファイナンス社の債務の肩代わりについてみると、F社のRファイナンス社に対する担保に比較して、J社の提供する担保は、B社株500万株のみであり、甚だ不均衡であった。S社、I社、J社が破綻すれば、これらの融資の返済は極めて困難な状況になることが明らかであった。その上、これらの会社は、肩代わりした債務の返済を行う能力を有しておらず、また、B社の関連会社が支払不能になれば、B社が最終的にこれを引き受けざるを得ないという前提があり、本件方策は、B社にとっては、巨額の損失を被る可能性の高いものであった。
(5) その後の経過
ア Aは、平成2年7月19日、O社株の株価操作の容疑で逮捕され、同年9月19日、B社の取締役を辞任した。Aの逮捕により、I社及びJ社が破綻し、J社からG社、H社等に対する入金も停止した。その後、S社が仕手筋にかかわっていることが報道されるなどしたため、S社の信用も失墜し、平成3年1月16日、S社は和議を申し立て、S社によるB社株の買取り構想も実現不可能となった。F社、G社及びH社も破綻するに至った。
イ G社、B社及びVリース社は、平成3年12月27日、Aに喝取された300億円の処理として、B社がG社のVリース社に対する300億円の債務を引き受けることを合意した。
ウ Qファイナンス社とB社、G社及びH社とは、平成4年1月16日、B社が、G社のQファイナンス社に対する600億円の債務のうち267億円及びH社のQファイナンス社に対する366億円の債務のうち163億円をそれぞれ保証し履行することなどを内容とする和解を成立させた。B社は、Qファイナンス社に対し、上記和解に従って、合計430億円を支払い、その後、Qファイナンス社から返還を受けたB社株1740万株を90億円で売却して同額を回収したがその余の340億円は回収不能となった。
エ F社は、平成9年3月、Rファイナンス社に対して担保として提供した不動産をC銀行の関連会社に合計100億円で売却し、同様に担保として提供したC銀行株40万株を5億円で売却し、Rファイナンス社に対する債務に充当した。
オ B社は、平成3年12月13日、G社のWファイナンス社に対する390億円の債務の担保であった小金井第2工場の敷地を約194億円で売却し、その売却代金によって上記債務の一部を弁済した。
3 上告人は、〈1〉Aによる恐喝被害に係る金員の交付(前項(3))、〈2〉Qファイナンス社に対する966億円の債務の肩代わり(同(4)ア(ア)、(ウ))、〈3〉Rファイナンス社に対するF社の所有物件等の担保提供(同(4)ア(エ))及び〈4〉Wファイナンス社に対する小金井第2工場の敷地の担保提供(同(4)ア(オ))の各行為によって、B社は合計939億円の損害を受けたと主張して、これに取締役として関与した被上告人らに対し、(1) 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任、(2) 株主に対する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任等があるとして、損害賠償を求めた。

4 原審は、上記の事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1) Aによる恐喝被害に係る金員の交付について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について被上告人Y2については、念書を書いた時点において判断に明らかに誤りがあった。被上告人Y3についても、その後のAの脅迫に対し、B社株が暴力団関係者に売られるのではないかという恐怖心にかられ、株式の取戻しをAに打診したために、300億円の要求を招き、被上告人Y1も含めてその提供に応じた点において、Aとの対応及び判断に誤りがあった。また、いかに脅迫されているとはいえ、B社にとって、外部に対し全く理由が立たず、かつ返済の当てのない300億円を融資の形で利益供与することは、会社としてはできないことであって、これを認めた他の取締役も、本来的には責任を免れない。被上告人らには、取締役として、上記利益供与を行ったことについて、外形的には、忠実義務違反、善管注意義務違反があったということができる。
しかし、前記事実関係に照らし、被上告人らの故意を認めることはできない。そして、被上告人らの過失の有無について判断すると、まず、念書の作成については、被上告人Y2が心労を重ね、冷静な判断ができない状況の中で、Aにうまく書かされた面があることを否定できず、同被上告人が念書を書いたことをもって直ちに過失があったということはできない。そして、その後の展開については、被上告人Y3及び同Y1としては、同Y2の失態をカバーしたい気持ちもあった上、このまま放置すれば、B社の優良会社としてのイメージは崩れ、多くの企業や金融機関からも相手にされなくなり、会社そのものが崩壊すると考えたことから、そのような会社の損害を防ぐためには、300億円という巨額の供与もやむを得ないとの判断を行い、他の被上告人もこれに同意したものである。前記のごときAのこうかつで暴力的な脅迫行為を前提とした場合、当時の一般的経営者として、被上告人らが上記のように判断したとしても、それは誠にやむを得ないことであった。以上の点を考慮すると、被上告人Y2、同Y3及び同Y1が300億円の供与を決め、その余の被上告人らが同意したことについて、取締役としての職務遂行上の過失があったとはいえず、被上告人らは商法266条1項5号の責任を負わない。
イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
Aに対する300億円の供与は、暴力団の関連会社に売却したB社株を取り戻すためには300億円が必要であるとAから脅迫されたことに基づき、Aの支配するI社に対し、う回融資の形で300億円を融資したものである。B社経営陣の認識としては、暴力団の関連会社に譲渡された株式を、Aの下に取り戻すために利益供与をしたものであり、実際には、300億円を喝取されたものであって、商法294条ノ2(平成12年法律第90号による改正前のもの。以下同じ。)の「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したことに該当しないことが明らかであるから、被上告人らは商法266条1項2号の責任を負わない。
(2) 債務の肩代わり及び担保提供(本件方策)について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
被上告人Y1が発案し、その余の被上告人らを含む主要な役員が了承した本件方策は、B社の経営者としては、本来採るべきものではなく、これに基づいて、B社の関連会社に巨額の債務の肩代わりをさせ、また、B社等としても担保を提供したことは、外形的には、取締役としての忠実義務、善管注意義務に違反するものといわなければならない。
しかし、被上告人らは、既に300億円を喝取されたことから、このままAが大株主としてB社にとどまるならば、更にB社の信用を失墜し、経営に大きな影響を与える事態が起きかねないと考え、早期にAからB社株の返還を受けてこれを安定株主に譲渡する必要があり、また、早期に、喝取された300億円を取り返す必要があると考えて、これが可能な方策がないかと検討していたものである。そして、当時B社株が市場で1株5000円の価格を付けており、「Sクラブ」が開場すればS社がB社株を実際に買い受けて債務を弁済することは十分可能であり、B社や関連会社ではなく、被上告人Y1の経営するS社がB社株を買い受けることになれば、合法的に、しかもB社が損害を受けることなく、Aの問題を解決できるのではないかと判断して、本件方策に従って債務の肩代わりと担保の提供を行ったものである。前記のような喝取事件を経験したB社の取締役としては、以上のような判断をしたことには無理からぬところがあった。したがって、本件方策に基づいて債務の肩代わり及び担保提供を行った被上告人らに過失があるということはできず、被上告人らは、商法266条1項5号の責任を負わない。
イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
B社は、Aから債務の肩代わり及び株式の買取りを要求され、これに応ずる方策として本件方策を採用し、債務の肩代わり及び担保の提供を行ったものであるが、B社が行ったことは関連会社に対する担保の提供にすぎない。商法294条ノ2の「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したことに該当しないことが明らかであるから、被上告人らは商法266条1項2号の責任を負わない。

5 しかしながら、原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1) Aによる恐喝被害に係る金員の交付について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
前記事実関係によれば、Aには当初から融資金名下に交付を受けた約300億円を返済する意思がなく、被上告人らにおいてこれを取り戻す当てもなかったのであるから、同融資金全額の回収は困難な状況にあり、しかも、B社としては金員の交付等をする必要がなかったのであって、上記金員の交付を正当化すべき合理的な根拠がなかったことが明らかである。被上告人らは、Aから保有するB社株の譲渡先は暴力団の関連会社であることを示唆されたことから、暴力団関係者がB社の経営等に干渉してくることにより、会社の信用が毀損され、会社そのものが崩壊してしまうことを恐れたというのであるが、証券取引所に上場され、自由に取引されている株式について、暴力団関係者等会社にとって好ましくないと判断される者がこれを取得して株主となることを阻止することはできないのであるから、会社経営者としては、そのような株主から、株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合には、法令に従った適切な対応をすべき義務を有するものというべきである。前記事実関係によれば、本件において、被上告人らは、Aの言動に対して、警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないから、Aの理不尽な要求に従って約300億円という巨額の金員をI社に交付することを提案し又はこれに同意した被上告人らの行為について、やむを得なかったものとして過失を否定することは、できないというべきである。
イ 株主の権利行使に関する利益供与禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
株式の譲渡は株主たる地位の移転であり、それ自体は「株主ノ権利ノ行使」とはいえないから、会社が、株式を譲渡することの対価として何人かに利益を供与しても、当然には商法294条ノ2第1項が禁止する利益供与には当たらないしかしながら、会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行使することを回避する目的で、当該株主から株式を譲り受けるための対価を何人かに供与する行為は、上記規定にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益を供与する行為というべきである。
前記事実関係によれば、B社は、Aが保有していた大量のB社株を暴力団の関連会社に売却したというAの言を信じ、暴力団関係者がB社の大株主としてB社の経営等に干渉する事態となることを恐れ、これを回避する目的で、上記会社から株式の買戻しを受けるため、約300億円というおよそ正当化できない巨額の金員を、う回融資の形式を取ってAに供与したというのであるから、B社のした上記利益の供与は、商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものであるというべきである。

(2) 債務の肩代わり及び担保提供(本件方策)について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
前記事実関係によれば、B社としては、本来、債務の肩代わりに協力する必要はなかった上、B社株を1株5000円とする評価は、株価操作も加わるなどして異常な高値となっていたものであって、将来株式の買取りがされることを前提として、そのような高値による買取り額と見合う額でされた融資による債務の肩代わりは、B社株を高値で売り抜けたいというAの思惑に合致するものであり、B社にとって利益になることではなかったことが明らかである。しかも、更に前記事実関係によれば、S社、I社、J社が破綻すれば、これらの融資の返済は極めて困難な状況になることが明らかであった上、関連会社が支払不能になれば、B社が最終的に関連会社の債務を引き受けざるを得ないものであり、本件方策は、B社にとっては、巨額の損失を被る可能性の高い方策であったというのである。したがって、被上告人らは、Aの理不尽な要求に応ずるべきではなく、少なくとも本件方策のような対応をすることを避けるべき義務があったというべきであり、Aの要求を退けるために前記300億円の喝取の件を含むAの言動について警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できない状況にあったということもできないから、本件方策を提案し又はこれに同意して債務の肩代わり及び担保提供を行った被上告人らの行為について、無理からぬところがあったとして過失を否定することは、できないというべきである。 なお、原審は、Qファイナンス社に対する600億円の債務の肩代わりについても、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供と一体のものとして判断し、過失を否定しているが、上記債務の肩代わりは本件方策の提案より前にされたものであるから、本件方策に基づく債務の肩代わりとは別途に過失の有無が判断されなければならない。

イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
前記事実関係によれば、本件方策においては形式的にはB社の関連会社が融資の主体として関与するものの、B社自体やその100%子会社であるF社も所有物件に担保を設定するなどしている上、関連会社が支払不能になれば、B社が最終的に関連会社の債務を引き受けざるを得ないという前提があったというのであるから、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供の実質は、B社が関連会社等を通じてした巨額の利益供与であることを否定することができない。そして、本件方策は、AがB社株をK銀行等に売却するなどと発言している状況の下で、将来Aから株式を取得する者の株主としての権利行使を事前に封じ、併せてAの大株主としての影響力の行使をも封ずるために採用されたものであるから、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供が商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものであるというべきである。
なお、原審は、Qファイナンス社に対する600億円の債務の肩代わりについて、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供と一体のものとして判断し、商法266条1項2号の責任を否定しているが、これが本件方策に基づく債務の肩代わりとは別途に判断されなければならないことは商法266条1項5号の責任について述べたのと同様である。
6 以上のとおりであるから、被上告人らに過失がないとして商法266条1項5号の責任を否定し、また、B社のした利益供与が「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものではないとして商法266条1項2号の責任を否定した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そこで、被上告人らの負担すべき損害額、利益供与額等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)

++解説
《解  説》
 1 Aは,I社の代表者であり,著名なグリーンメーラー(株式を大量に取得し,高値で売り抜け又は発行会社にこれを高値で買い取らせて利益を得ようとする者)であった。B社(蛇の目ミシン工業)は,ミシン等の製造及び販売を目的とする株式会社であり,当時C銀行をメインバンクとしていた東証一部上場企業である。B社の株主であるXは,同社の取締役Yらに対し株主代表訴訟を提起した。Xは,Aの脅迫に応じて300億円を交付した件と,その後,関連会社を通じてI社の債務の肩代わり等をした件を問題としたが,ここでは,基本となる前者(300億円の交付の件)を中心にコメントする。
 2 Aは,AやI社名義でB社株を大量に取得した。I社は,昭和62年3月には,B社の筆頭株主になり,Aは,同年6月の株主総会で同社の取締役に就任した。Aは,B社等の株式の取得のため巨額の借入れをしており,このうちPグループの系列ノンバンクに対する債務は966億円に達し,平成元年7月末には,そのうちの200億円を返済することになっていた。そこで,Aは,B社の当時の社長であるY1らに対し,B社やI社が共同で新会社を設立し,その新会社にI社の上記966億円の債務の肩代わりをさせたいと再三要求した。B社の首脳陣は,このAの計画に賛成したが,C銀行は,秘密裡にPグループのT会長との間で上記966億円の担保となっているB社株1740万株を買い取ってもらうべく交渉を始めており,Aの新会社構想に反対していた。このC銀行の動きを察知したAからの要請を受けたY2は,C銀行の反対を押し切り,Tの下を訪れて,新会社構想を説明しようとしたが,Tからまくしたてられて何も言い出すことができなかった。Aからこれを非難されたY2は,Aのいうがまま,Aが保有するB社株1740万株の買取り等についてY2が責任を持つ旨の念書を作成しAに交付してしまった。Aは,B社株を念書と共に暴力団の関連会社に売却した旨述べ,これを取りやめるのであれば,300億円を用立てるよう要求し,B社経営陣側が対応に苦慮していると,副社長であったY3らに対し,「大阪からヒットマンが2人来ている」などと述べて脅迫した。結局,B社は,Aの要求に従い,う回融資の形式を取ってI社に対し約300億円を交付したが,A側は,この金員を返済する意思がなく,その後,Aの逮捕によりI社等が破綻し,300億円の回収が不可能となった。当時B社の取締役であったYらは,上記金員の交付が,実質的には,Aに対する巨額の利益供与であって,経営者としては本来してはならない性質の行為であることを認識していながら,これを提案し,又はこれに同意していたというのである。
 3 1審,原審とも,請求を棄却し,Xから上告受理の申立てがあった。原審の争点のうち,受理決定で取り上げられたのは,忠実義務,善管注意義務違反を理由とする商法266条1項5号の責任の有無の点と,株主に対する利益供与の禁止規定違反を理由とする同項2号責任の有無の点である(なお,本件は会社法施行前の事件である。)。原審は,(1)商法266条1項5号の責任については,Yらには,300億円の利益供与を行ったことについて,外形的には,忠実義務違反,善管注意義務違反があったが,Yらは,Aの行為をそのまま放置すれば,B社の優良会社としてのイメージが崩れ,会社そのものが崩壊すると考え,これを防ぐために利益供与をしたのであって,Yらがこのように判断したとしても,やむを得ないことであって,Yらに過失があったとはいえないと判断し,(2)Aに対する300億円の供与について,B社経営陣の認識としては,暴力団の関連会社に譲渡された株式を,Aの下に取り戻すために利益供与したものであり,商法294条ノ2(平成12年改正前のもの。以下同じ。)にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したものとはいえない旨判示して,商法266条1項2号の責任も否定した。
 4 商法266条1項5号の責任の性質は債務不履行責任であり,取締役の過失が要件であると解するのが判例(最三小判昭51.3.23裁判集民117号231頁),通説(江頭憲治郎『株式会社・有限会社法〔第3版〕』367頁等)である。取締役の法令違反を認めながら過失を否定した最高裁判決として,上記昭和51年判決及び最二小判平12.7.7民集54巻6号1767頁,判タ1046号92頁があるが,これら2件の判決は,いずれも,取締役に法令違反の認識がなく,これについて過失がなかったとされた事案であるのに対し,本件は,違法性の意識の可能性という点が問題となった事案ではないから,本件とこれらの判決とでは事案が異なると思われる(藤井正夫・平15主判解(判タ1154号)167頁(原判決の評釈))。善管注意義務違反が問題となる債務不履行責任の場合,伝統的な見解では債務不履行の内容である善管注意義務違反と帰責事由である過失とは概念的には別個の要件とされるが,実質的にはその判断が交錯し重なり合う関係にあることが指摘されており(弥永真生『リーガルマインド会社法〔第9版〕』210頁注124),一方で善管注意義務違反を肯定しながら,過失を否定することは本来的には説明が困難である。この点,原判決は,そのようには明言してはいないが,適法行為の期待可能性を過失の一内容ととらえ,Yらについては,期待可能性がなかったから過失が否定されたのであるとも考えられる。しかしながら,期待可能性の欠如を理由として免責が認められる場合が理論的にはあり得るとしても実際にはそれは相当限られた場合であると考えられるし,本件の事実経過からみて,Aの要求を退けるために警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できない状況にあったとはいえないところであり,期待可能性がなかったとして過失を否定することも困難と思われる。本判決は,Yらの行為について,やむを得なかったものとして過失を否定することはできない旨判示して,商法266条1項5号の責任についての原審の判示は是認することができないとした。
 5 原審が認定したように,本件の利益供与が,暴力団の関連会社から株式を取り戻すためにされたものであるとすると,株式を譲り受けるための対価を供与する行為が「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものといえるかどうか問題となる。
 この点については,株式の譲渡は,株主の地位の移転にすぎず,株主の権利の行使とはいえないとする否定説(A説)と,株式の譲渡は,現に株主である者にその持株を手放させるのは株付け行為の裏面であり,株主のあらゆる権利の行使の機会をなくすものであるという理由から「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものといえるという肯定説(龍田節・会社判例百選(第6版)160頁等(後記東京地判の評釈)。B説)が理論的には考えられる。もっとも,原則としてA説に立ちながら,利益供与の意図,目的が,経営陣に敵対的な株主に対し議決権の行使等株主の権利の行使をさせないという点にあるような場合には,権利行使をやめさせる手段として行われるものといえるとして,「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものということができるとする説(東京弁護士会会社法部編『利益供与ガイドライン』40頁以下等。A説)も少なくなく,この説によれば,事案での適用の結果は,B説とそれほど差がないともいえる。この論点について判示した最高裁判決は見当たらないが,東京地判平7.12.27判タ912号238頁,判時1560号140頁は,上記A説に近い立場に立ったものと解される。
 本判決は,上記A説を採用したものと思われる。そして,本判決は,上記利益供与については「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものというべきである旨判断して,この点の原審の判断も是認できないものとした。
 6 本判決の判断のうち,取締役の忠実義務,善管注意義務違反の点は,1つの事例判断ではあるが,反社会的勢力に対する会社の対応の局面において最高裁が法令遵守を重視したものであり注目される。また,利益供与禁止規定の点についての判断は,利益供与禁止規定の要件について最高裁が初めての判断を示したものであり,重要な意義を有すると思われる。
3.学説その1
4.学説その2
5.学説その3
6.もう少し詳しく
7.利益相反取引における「任務」
Ⅳ 428条1項の「自己のために」の意義
・Dが乙社の全株式を保有している場合とか問題に。
・356条1項2号に該当する取引をした者のうち、「自己のために」取引をした者のみに厳格な責任が課される構造になっている。
・直接取引と間接取引の区別を明確に→名義説
でも、428条1項の「自己のために」では計算説で行ってもよいのでは。
手続規制と責任規制は趣旨を異にするし。
Ⅴ 行為の承認をした取締役の責任
Ⅵ その他


会社法 事例で考える会社法 事例11 不採算店舗の売却の段取り


Ⅰ はじめに

++(取締役会の権限等)
第三百六十二条  取締役会は、すべての取締役で組織する。
2  取締役会は、次に掲げる職務を行う。
一  取締役会設置会社の業務執行の決定
二  取締役の職務の執行の監督
三  代表取締役の選定及び解職
3  取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。
4  取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一  重要な財産の処分及び譲受け
二  多額の借財
三  支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四  支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五  第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六  取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七  第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除
5  大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない。

+(事業譲渡等の承認等)
第四百六十七条  株式会社は、次に掲げる行為をする場合には、当該行為がその効力を生ずる日(以下この章において「効力発生日」という。)の前日までに、株主総会の決議によって、当該行為に係る契約の承認を受けなければならない。
一  事業の全部の譲渡
二  事業の重要な一部の譲渡(当該譲渡により譲り渡す資産の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えないものを除く。)
二の二  その子会社の株式又は持分の全部又は一部の譲渡(次のいずれにも該当する場合における譲渡に限る。)
イ 当該譲渡により譲り渡す株式又は持分の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えるとき。
ロ 当該株式会社が、効力発生日において当該子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないとき。
三  他の会社(外国会社その他の法人を含む。次条において同じ。)の事業の全部の譲受け
四  事業の全部の賃貸、事業の全部の経営の委任、他人と事業上の損益の全部を共通にする契約その他これらに準ずる契約の締結、変更又は解約
五  当該株式会社(第二十五条第一項各号に掲げる方法により設立したものに限る。以下この号において同じ。)の成立後二年以内におけるその成立前から存在する財産であってその事業のために継続して使用するものの取得。ただし、イに掲げる額のロに掲げる額に対する割合が五分の一(これを下回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えない場合を除く。
イ 当該財産の対価として交付する財産の帳簿価額の合計額
ロ 当該株式会社の純資産額として法務省令で定める方法により算定される額
2  前項第三号に掲げる行為をする場合において、当該行為をする株式会社が譲り受ける資産に当該株式会社の株式が含まれるときは、取締役は、同項の株主総会において、当該株式に関する事項を説明しなければならない。

+(反対株主の株式買取請求)
第四百六十九条  事業譲渡等をする場合(次に掲げる場合を除く。)には、反対株主は、事業譲渡等をする株式会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる。
一  第四百六十七条第一項第一号に掲げる行為をする場合において、同項の株主総会の決議と同時に第四百七十一条第三号の株主総会の決議がされたとき。
二  前条第二項に規定する場合(同条第三項に規定する場合を除く。)
2  前項に規定する「反対株主」とは、次の各号に掲げる場合における当該各号に定める株主をいう。
一  事業譲渡等をするために株主総会(種類株主総会を含む。)の決議を要する場合 次に掲げる株主
イ 当該株主総会に先立って当該事業譲渡等に反対する旨を当該株式会社に対し通知し、かつ、当該株主総会において当該事業譲渡等に反対した株主(当該株主総会において議決権を行使することができるものに限る。)
ロ 当該株主総会において議決権を行使することができない株主
二  前号に規定する場合以外の場合 全ての株主(前条第一項に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)
3  事業譲渡等をしようとする株式会社は、効力発生日の二十日前までに、その株主(前条第一項に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)に対し、事業譲渡等をする旨(第四百六十七条第二項に規定する場合にあっては、同条第一項第三号に掲げる行為をする旨及び同条第二項の株式に関する事項)を通知しなければならない。
4  次に掲げる場合には、前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
一  事業譲渡等をする株式会社が公開会社である場合
二  事業譲渡等をする株式会社が第四百六十七条第一項の株主総会の決議によって事業譲渡等に係る契約の承認を受けた場合
5  第一項の規定による請求(以下この章において「株式買取請求」という。)は、効力発生日の二十日前の日から効力発生日の前日までの間に、その株式買取請求に係る株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしてしなければならない。
6  株券が発行されている株式について株式買取請求をしようとするときは、当該株式の株主は、事業譲渡等をする株式会社に対し、当該株式に係る株券を提出しなければならない。ただし、当該株券について第二百二十三条の規定による請求をした者については、この限りでない。
7  株式買取請求をした株主は、事業譲渡等をする株式会社の承諾を得た場合に限り、その株式買取請求を撤回することができる。
8  事業譲渡等を中止したときは、株式買取請求は、その効力を失う。
9  第百三十三条の規定は、株式買取請求に係る株式については、適用しない。

Ⅱ 最判昭和40年判決
1.問題の所在

+判例(S40.9.22) これは事件は同じだけど別の論点のほう。(笑)
理由
上告代理人広瀬通、同一松弘の上告理由第二点について。
株式会社の一定の業務執行に関する内部的意思決定をする権限が取締役会に属する場合には、代表取締役は、取締役会の決議に従って、株式会社を代表して右業務執行に関する法律行為をすることを要するしかし、代表取締役は、株式会社の業務に関し一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有する点にかんがみれば、代表取締役が、取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるから、原則として有効であって、ただ、相手方が右決議を経ていないことを知りまたは知り得べかりしときに限って、無効である、と解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原判決の認定したところによれば、上告会社の代表取締役上原が本件物件を売却するには、重要事項として上告会社の取締役会の決議を経ることを要したにもかかわらず、右決議を経ていなかったのであるが、買主である被上告組合が右決議を経ていなかったことを知りまたは知り得べかりし事実は本件の全証拠によっても認められない、というのであり、原判決の右事実認定は、本件関係証拠に照らし首肯するに足り、右認定には所論のような違法はない
所論は、判示と異なる見解のもとに原判決を論難するか、または原審の裁量に属する事実認定を非難するものであって、採用できない。
同第三点について。
上告人が原審において所論の本件売買契約が通謀虚偽表示である旨の抗弁を提出していないことは、記録に徴して明らかであるから、所論は、原審において主張しなかった事実をもって、原判決に判断遺脱、理由不備の違法があるとするものであって、採用するに由ない。
同第四点について。
中小企業等協同組合の業務執行に関する内部的意思決定は、法令、定款または規約をもって、総会または総代会の権限とされているものを除いて、理事会の権限に属する。しかし、中小企業等協同組合は、理事会に属する右の権限のうち、法令が特に理事会において決議すべき事項であると定めたものを除いては、定款をもって、代表理事に委任することができる、と解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原判文は、その措辞にやや足りないところがあり、不明確の嫌いがないわけではないが、その挙示の証拠を照合すれば、その趣旨とするところは、被上告組合の定款は、理事会に属する業務執行に関する内部的意思決定の権限のうち、法令または定款が特に理事会の決議事項であると定めたものを除いて、代表理事に委任しており、本件売買契約の締結についての内部的意思決定は、被上告組合の総会、総代会および理事会の決議事項ではないから、代表理事に委任された事項であり、従って、本件売買契約は、被上告組合の理事会の決議を経ていないため、無効となるものではない、というにあるものと解されるから、原判決には所論の違法はない。
所論は、ひっきょう、判示と異なる見解のもとに原判決を論難し、かつ、原審の裁量に属する事実認定を非難するに帰し、採用できない。
なお、同第一点および上告代理人小林俊三、同曽根信一の上告理由第一点の論旨の理由がないことは、前記大法廷判決の判断したところである。
よって、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎)

+こっち。
理由
論旨は、要するに、原判決が、上告会社と被上告組合との間の本件売買契約をもつて、商法二四五条一項一号にいう「営業ノ全部又ハ重要ナル一部ノ譲渡」(以下単に「営業の譲渡」という。)にあたらず、したがつて、本件売買契約については上告会社の株主総会の特別決議を経ることを要しないとしたのは、(一)同号にいう営業の譲渡の解釈を誤り、かつ、(二)本件売買契約の目的物について経験則および採証の法則に違背して事実を認定した違法がある、というにある。
(一)よつて、まず、右(一)の所論(法令違反)について判断する。商法二四五条一項一号によつて特別決議を経ることを必要とする営業の譲渡とは、同法二四条以下にいう営業の譲渡と同一意義であつて、営業そのものの全部または重要な一部を譲渡すること、詳言すれば、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによつて、譲渡会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法二五条に定める競業避止業務を負う結果を伴うものをいうものと解するのが相当である。
所論は、要するに、右判示のような見解を採るときは、譲渡会社またはその株主の利益が害される危険があることを力説した上、営業の譲渡とは、いわゆる機能的財産の移転を目的とする契約であり、営業が譲受人に移転し受継されるのを通例とするが、必ずしもそのように狭く解すべきではなく、かかる機能的財産を構成している重要な営業用財産が一括して譲渡され、その結果譲渡会社の運命に重大な影響を及ぼすような場合、たとえば譲渡会社がその結果営業を遂行できなくなるような場合において、当事者がその結果を予見しているときは、いわゆる狭義の「営業譲渡」の場合に準じて、該当会社の株主総会の特別決議を要するものと解するのが相当である、というにある。
しかしながら、商法二四五条一項一号の規定の制定およびその改正の経緯に照しても、右法条に営業の譲渡という文言が採用されているのは、商法総則における既定概念であり、その内容も比較的に明らかな右文言を用いることによつて、譲渡会社がする単なる営業用財産の譲渡ではなく、それよりも重要である営業の譲渡に該当するものについて規制を加えることとし、併せて法律関係の明確性と取引の安全を企図しているものと理解される。前示所論のように解することは、明らかに前示法条の文理に反し、法解釈の統一性、安定牲を害するばかりでなく、その譲渡が無効であるかどうかが、譲渡の相手方または第三者にとつては必ずしも詳らかにしえない譲渡会社の内部的事情によつて左右される結果を認めることとなり、前判示のように解する場合に比較して、法律関係の明確性ないし取引の安全を害するおそれも多く、右所論のような拡張解釈は、法解釈の限度を逸脱するものというほかはない。所論は、立法政策としては考慮の余地があるとしても、現行法の解釈論としては、とうてい採用することをえない。
されば、右判示と見解を同じくする原判決には、商法二四五条一項一号の解釈を誤つた違法はない。
(二)つぎに、前示(二)の所論(事実誤認)について判断する。所論は、要するに、本件売買契約の目的物である本件物件が上告会社の組織的一体かつ唯一無二の全営業用財産であることが証拠上明白であるのに、原判決がこれを認めなかつたのは、経験則および採証の法則に違反して事実を認定した違法がある、というにある。
しかしながら、原判決を通読すれば、原審は、本件物件は譲渡会社である上告会社がこれによつて製材業を営んでいた木曾工場を構成するものであつたが、本件売買契約に当つては、いずれの当事者も本件物件を有機的一体として機能する財産として売買する意思はなく、とくに譲受人である被上告組合にとつては、製材業を譲り受けることは目的の範囲外の行為であり、被上告組合が本件物件のうちの不動産を買い受けたのは、被上告組合の目的である組合員その他の者の出品する木材および製材品の市売等を行うための土場および事務所に使用するためであり、本件物件のうちの機械器具類に至つては、これだけ除外しても、上告会社がその処置に窮するであろうことを思いやり、これを本件売買契約の目的物のうちに加えたものにすぎず、したがつて、本件売買は、営業を構成していた各個の財産の譲渡であつて、営業の譲渡に当らない旨を判示しているのであり(本件物件が上告会社の重要な営業用財産ではないから、本件売買が営業の譲渡に当らないと判断しているものではない。)、原審の右認定、判断は、これに対応する挙示の証拠関係に照して首肯できないわけではなく、その認定、判断には、所論の違法はない。
所論は、原判決を正解せず、かつ、原審の裁量に属する事実認定を非難するものであつて、採用できない。
よつて、裁判官奥野健一の補足意見、裁判官山田作之助、同草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。
営業譲渡は、単なる営業用財産の譲渡とその概念を異にする。営業を構成する各個の財産の譲渡は、それが如何に重要なものであつても、また一括譲渡であつても、それだけでは営業譲渡とはいえない。営業譲渡とは、多数意見もいうように、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産」の移転であり、それにより譲受人は譲渡人と同様の営業者たる地位を取得することをいう。すなわち、営業の譲渡とは、譲受人をして営業用財産の取得と経営者たる地位引継の権利を取得せしめ、譲渡人と社会通念上同じ状態にて営業を継続し得る地位を得せしめるものをいう(譲受人が実際上営業的活動を承継実行すると否とを問わない)。さればこそ、その効果として、譲渡人は一定範囲の競業避止の義務を負うのである。このことは、商法が株式会社の営業譲渡について、会社の合併と同様な法律的規制(株主総会の特別決議を必要とし、かつ、反対株主に対し株式買取請求権を認める)を定めているところがらも、営業譲渡を企業の承継的移転と実質的に同視していることが窺われる。
例えば、会社の工場、設備その他の機械器具を更新する必要があるため、これらを一括売却しても、いわゆる営業譲渡ではないことは明らかであると同様に、本件における土地建物および機械器具等の譲渡が、従来の営業たる製材業とは、全然別個の用途に使用するため行われたものであることは、原審の確定するところであり、かかる営業用財産の譲渡が営業譲渡に当らないことも明らかである。
会社の取締役が株主総会の決議を経ることなく、会社の重要財産を恣に処分し得ることとすれば、会社および株主に甚大な損害を蒙らせ、会社の運命に重大な影響を及ぼす危険があるという理由で、営業用財産の譲渡も営業の譲渡に当ると解せんとするが如きは、商法の営業譲渡の概念を不明確にするものであつて、採るを得ない。かかる場合に、現行法上の取締役に対する責任追及の規定のみでは足りないとすれば、宜しく立法により明確に解決すべきである。更にまた、多数意見に従えば、営業の譲渡であるか否かは、譲渡契約の内容によつて、形式的に定まるのを通常とするから、譲受人は、当該譲渡が相手方会社にとつて特別決議を必要とするか否かを容易に判別することができ、従つて、取引の安全を害する恐はない。これに反し、営業用財産の譲渡も営業の譲渡に当ると解する立場をとれば、単なる営業用財産の全部又は重要な一部の譲渡がされた場合にあつては、それが果して会社の営業用財産の全部であるか又は譲渡会社にとつて重要な一部の財産であるかは、譲渡会社の内部事情であるから、譲受人にとつては不明であるにもかかわらず、後日に至り特別決議を経なかつたことを理由として、譲渡会社より譲渡契約の無効を主張されることとなり、従つて、譲渡人の利益と取引の安全とが著しく害せられる結果となる。また、営業用財産の全部又は重要な一部の譲渡の場合も「営業の全部又は重要なる一部の譲渡」に当ると解するとすれば、譲渡人の競業避止義務、反対株主の株式買取請求権の有無、範囲についても、解釈上相当困難な問題が生ずるであろう。
これを要するに、営業用財産の譲渡が営業譲渡に当ると解することは、文理解釈上も無理であり、商法上の営業譲渡の既定概念にも反し、また取引の安全をも害するから、本件上告論旨は採るを得ない。

+反対意見
裁判官山田作之助の反対意見は次の通りである。
一、わたくしは、本件において唯一ともいうべき争点(従つて上告代理人が上告理由として主張する点)は、本件上告会社(払込資本金百五十万円)の当時の代表取締役であつたAが株主総会にはからないで(特別決議を得ないで)長野県西筑摩郡上松町所在の同社製材工場(この工場は、同社の唯一ともいうべき工場であつて、その敷地面積は約千六百余坪、工場建物は約六棟建坪約三百余坪、備付の機械器具類は約数十点におよぶ)を、一括して有姿のまま~代金五百八十万円で被上告組合に譲渡し、組合は右代金をもつてこれを譲り受けたとの事実(社会的事象)をどう法律的に評価し、その法律的効果を認めるべきかの問題であると考える。
二、思うに、商法二四五条一項一号は、会社の代表取締役が会社の「営業ノ全部又ハ重要ナル一部」を他に譲渡するには、株主総会の特別決議を経ることを要するとし、その特別決議なしでなされた譲渡行為は当然無効であるとしているのである。その立法趣旨は、いうまでもなく、会社は営利を目的として存在し、従つて営業をすることが存在の基礎なので、会社の営業を他に譲渡するような所為は会社の存続の基礎に影響をおよぼすものであるから、株主及び会社の利益を保護するため、みだりにその会社の取締役が単独でこれらの所為をすることを禁じている趣旨に外ならない。そして、現代の株式会社型態による企業にあつては、その会社の営業の目的如何によつては、例えば本件上告会社のような生産業を営むものにあつては、その生産設備を操業ずることが営業の主要部分を構成するものであり、換言すれば、その会社の生産工場が会社の目的である営業を遂行する物的基礎となつているもので、会社の営業の基礎は、その工場を経営することにあり、従つてその工場を敷地や備付の機械器具類等と一括して他に譲渡するようなことは、その工場における会社の営業活動を廃止することを結果するもので、すなわち会社の営業ひいては会社の存続の基礎に重大な影響を及ぼすものであるから、商法二四五条一項一号の前記立法趣旨に照らし、株主及び会社の利益保護のため、株主総会の特別決議を要する「営業の譲渡」に包含されるものと解するのが相当であり、かように解することが現代の株式会社企業の実体を正確に把握し、現時の産業界経済界の実情に即するものというべきである。
なお一言すべきは、私的独占禁止法一六条が、会社の営業の譲受等を規制するに当つて、法文上営業の譲渡と営業上の固定資産の譲受とを同列に規定し、両者を同一に取り扱い、法律上同一視されるべきものとして立法していることである。このことに徴しても、会社型態の企業における営業の譲渡の意義を前記のように解することの正当であることを首肯するに足るであろう。
三、これに反し、原判決は、商法二四五条一項一号にいう営業の譲渡の意義を、商法総則の規定である同法二四条以下にいう営業の譲渡の意味と同様に解し、毫も株式会社企業の実態を顧慮することなく、形式的観点によつて営業なる観念を構成し、本件事案を律した嫌があり、物の生産を業とする株式会社の営業の実態をきわめないで判断した結果、製材業を営む上告会社の唯一ともいらべき本件生産工場を有姿のまま他に譲渡した所為を目して商法二四五条一項一号に該当するものでないとしたのは、右法条の趣旨を理解しない違法があるといわなくてはならない。
四、この様に生産会社がその営業の基礎をなす生産工場を譲渡することが、特段の事情がないかぎり、商法二四五条一項一号にいう営業の譲渡に該当すると解するとすれば、工場の譲渡取引に際し、一一その実体について調査する必要を生じ、善意で工場を譲り受けた相手方に不測の損害を与える恐れがあり、取引の安全を害するとの批判が予想されるが、株式会社にあつては、その会社の資産状態は、毎決算期毎に財産目録貸借対照表等財務諸表が公表されており、明白になつているのであるから、工場の譲渡取引に当つて、その工場が譲渡会社の営業にとつて如何に値しているかは、相手方において容易に知ることができるものと推認されることに徴すれば、毫も、取引の安全を害するという問題は生ぜず、右の批判は当らない。
よつて、本件は、本件譲渡取引の実体について更に審理判断させる必要があるものと考えられるから、原判決を破棄し、これを原裁判所に差し戻すのを相当とする。

+反対意見
裁判官松田二郎の反対意見は次のとおりである。
一、私は、多数意見が商法二四五条一項一号に規定する「営業の譲渡」について採る見解に反対するものである。
多数意見は、次のとおり主張する。曰く「商法二四五条一項一号によつて特別決議を経ることを必要とする営業の譲渡とは、同法二四条以下にいう営業の譲渡と同一意義であつて、営業そのものの全部または重要な一部を譲渡すること、詳言すれば、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによつて、譲渡会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法二五条に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうものと解するのが相当である」というまでもなく、商法二四条以下に規定する「営業」の意義をいかに解するかについては、学説が対立し、これに従つて「営業譲渡」の性質についても見解が多岐に分れている。多数意見は、そのうちで、営業譲渡について、「営業的活動の承継」を必要とする説を採り、かつ商法二四五条一項一号の「営業譲渡」についても、同様に解するのである。しかし、商法総則において論ぜられる営業譲渡について、かかる見解をとること自体に是非の論があるのみならず、商法二四五条一項一号の「営業譲渡」を商法二四条以下の営業譲渡と必ずしも同一に解しなければならないものではない。これは法域によりその目的を異にすることによつて生ずる法律概念の相対性として、当然のことなのである。
二、思うに、経済上より観察すれば、営業譲渡の場合、譲受人が譲渡人の営業的活動を承継することが少なくない。しかし、法律上の問題として、商法二四五条一項一号の「営業譲渡」の意義をいかに解するかについては、別個の考察を必要とする。私はまず右条文の「営業譲渡」には「営業的活動の承継」を要件としないことを明らかにしたい。今もし多数意見に従うときは、次のような不当な結果を生ずからである。
(一)まずこの問題を営業の全部の譲渡について論じたい。
(1)多数意見によれば、譲受人による営業的活動の承継がある場合とない場合とを截然と区別し、その承継のない限り、譲渡会社の代表取締役は何等株主総会の決議を経ることなく、自己の裁量により、「会社の全財産」を譲渡し得るのである。ただこの場合、代表取締役はその譲渡について、会社に対して取締役としての責任を負うことがあるに止まることとなる。同様の理由により、会社の代表取締役は何等株主総会の決議を経ることなく、会社の全財産を譲渡担保となし得ることとなる。要するに、代表取締役はこの点において、きわめて広汎な権限を有するというのである。しかるに、多数意見に従えば、一旦、譲受人が譲渡会社の営業的活動を承継するときは、代表取締役の権限はたちまちその偉力を失い、その譲渡について、株主総会の特別決議を経ることを要することとなるのである。何故に、営業活動の承継がある場合には株主総会の特別決議を必要とするにかかわらず、その承継のない場合にはこれを不必要とするのか。おそらく、何人もその間に存する著しい不均衡を感ずるであろう。さらに、会社の全財産を譲渡するについて、何等株主総会の決議を必要としない場合を認めることは、毎決算期に計算書類の承認(商法二八三Ⅰ)にさえ、定時株主総会の決議を要することと比較しても、理解し得ないところである。畢竟、多数意見は、会社企業の存立の基礎たる全財産の処分を代表取締役の恣意に委ねることすら生ぜしめるものであつて、「企業維持」の点より見て、きわめて危険な考えであるといわざるを得ない。
次に、多数意見は、株主保護の点より見ても、到底是認し得ない。けだし、多数意見によるときは、営業的活動の承継のない限り、会社の全財産の譲渡も株主総会の決議を経ることを要しないから、譲渡会社の株主の全く不知の間に、その処分が行われ得ることとなるからである。そして、その結果として、商法二四五条一項一号の営業譲渡に反対する株主の有する株式の買取請求権(商法二四五ノ二)のごときも、著しくその機能を失うこととなるのである。
(2)さらに不当と思われるのは、多数意見がその見解をもつて商法二四五条一項一号の制定の沿革およびその改正の経緯に照して正当であると主張することである。
昭和一三年法律七二号による改正商法の制定以前において、通説上、株式会社はその存続中、「営業の全部の譲渡」契約をなし得ないものとされ、また、営業譲渡とは客観的意義における営業、すなわち営業財産の譲渡であると解されていた。従つて、通説上、会社はその「存続中」、その全財産を譲渡し得ないものと解されていたのである。
換言すれば、株主総会の特別決議を以ても、「営業の全部の譲渡」は認められず、まして取締役によるその譲渡のごときは、予期しなかつたところといえる。その後、昭和一三年の右改正法律は、株主総会の特別決議による「営業の全部の譲渡」を認める(右改正後の二四五条一項一号)と同時に、右「営業の全部の譲渡」を会社の当然の解散事由であるとした(右改正後の四〇四条三号)。しかるに、昭和二五年法律一六七号による商法の改正によつて、右四〇四条三号が削除された結果、会社の存続中における「営業の全部の譲渡」すなわち営業財産全部の譲渡も可能となつたのである。これは一面において存続中における会社の全財産の譲渡を可能とすることによつて企業集中に基づく経済の変遷に傾応しつつ、しかも他面においてその譲渡には株主総会の特別決議を要するものとして、会社自体の利益の害されないよう配慮したものである。
さらに右昭和二五年法律一六七号による商法改正は、従来の商法二四五条一項一号が「営業の全部又は一部の譲渡」と規定していたのを、「営業の全部又は重要なる一部の譲渡」と改めるとともに、新たに商法二四五条ノ二の規定を設け、その営業譲渡に反対する株主に対して株式買取請求権を附与するに至つた。これはアメリカ法にならつて、株主の地位を強化し、その保護を増大せしめようとしたのに基づくのであるが、多数意見はこの点の改正の意図、経緯にも背反するものというべきである。
要するに、「営業の全部の譲渡」とは、いわゆる客観的意義における営業、すなわち、会社の営業財産の全部の譲渡を意味し、営業的活動の承継は営業譲渡の要件でないと解すべきである。このことは、営業の一部譲渡についても同様である。
(二)次に、前記法条の「営業の重要なる一部の譲渡」の場合における「重要」という点について述べたい。この点についても、私は多数意見と見解を異にするからである。
いうまでもなく、営業は単なる個々的財産の集合ではなく、営業の目的のために組織化されて有機的一体をなす財産であり、従つて、それを構成する個々的財産の極値の総和よりも高い価値を有するものである。営業譲渡とは、かかる有機的一体としての価値を有する財産の譲渡を意味する。このことは、営業の全部の譲渡のときでも、その重要な一部の譲渡のときでも同様である。そして、たとえば、製造業を営む株式会社が数個の工場を有する場合も、の会社企業全体の見地よりする価値判断において「重要」と認められる工場を譲渡することは、まさに「営業の重要なる一部」の譲渡である。問題となるのは、その工場における重要な機械を他に譲渡することをいかに解すべきかということである。
思うに、その機械がその重要工場の機能を発揮するため、きわめて重要性を有するものであれば、その機械の譲渡は、決して一個の機械の譲渡と解すべきものでなく、実質上、その譲渡はその工場自体の価値―工場が有機的のものとして有する高度の価値―を破壊することとなろう。すなわち、会社の見地よりすれば、その機械の譲渡によつて蒙る価値の変動は、その機械のすえつけられている工場自体の譲渡によつて蒙る価値の変動と異らないものといい得るのである(その機械の売却は、その企業の製品の売却とは全く趣を異にする。)。そしてこのように解することによつて、会社企業は維持され、また株主の利益も保護されるのである。この見地に立つとき、重要工場の重要な機械の譲渡は、代表取締役の専権に委ねられたものでなく、その譲渡には株主総会の特別決議を要すると解することが、むしろ当然であると思われるのである。
しかるに、これに反する見解を採るときは、会社企業より見てきわめて重要な生産のための機械の譲渡をも、単なる個々的財産の譲渡として取り扱い、代表取締役がこれをなし得ることとなろう。そして、このような見解を是認するときは、代表取締役が会社としてきわめて価値ある重要財産をも、形式上、個々的に譲渡するごとく偽装することによつて、檀にこれを処分する弊を増大せしめるであろう。
(三)さらに次の点について、一言すべき必要を感じる。多数意見は「営業的活動の承継」の有無を基準とすることが、「取引の安全」に資すると主張するからである。しかし、このような主張は、全く理解できないところである。
思うに、株式会社は、その営業上の商取引(たとえば製品たる商品の売買)においては、相手方保護のため、取引の安全が強く要請されるべきことは当然である。しかしながら、会社の営業自体は、本来、譲渡されることを目的とするものではなく、その譲渡は、むしろ、例外的な事例である。従つて、その譲渡については、商取引におけるがごとき取引の安全を強調すべきでなく、却つて譲渡会社自体の利益の保護を高度に考えなければならないのである。いわば、動的安全よりも静的安全を重視すべきものといえよう。この点でも、多数意見の考え方は誤りを含むものと思われる。
さらに、「営業の一部の譲渡」の場合には、たとえ多数意見に従つても、必ずしも取引の安全に役立つものでないことを指摘したい。けだし、営業の一部の譲渡に当つては、それが「重要」なる一部であるか否かが、会社企業全体の見地よりする価値判断によつて決せられるから、「重要」の有無は個々の具体的場合によつて異ることとなり、あるいは株主総会の特別決議を必要とし、あるいはこれを不必要とするからである。
三、今本件についてみるに、原審の認定したところによれば、被上告組合は上告会社から、その所有する木曾工場の建物、敷地その機械器具を買受けたというのである。しかも、原判決の判示によれば、本件木曾工場の物件が上告会社の重要な営業用財産であることが窺知されるのである。しかるに、原審は右物件の譲渡には「営業的活動の承継が伴わず」、かつ右物件の譲渡は「営業を構成している各個の財産の譲渡」すなわち、その個々的な譲渡に過ぎないものとして、右譲渡は商法二四五条一項一号の「営業譲渡」に当らないものとした。原審は、このような見解に立つて、その譲渡には株主総会の特別決議を要しないとしたのである。そして多数意見は、営業譲渡に関し原審と同様の見解をとるのである。
しかしながら、かかる見解を採る多数意見の失当なことは、私の既に述べたところによつてきわめて明白であり、私はこれに反対せざるを得ないのである。
裁判官草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同岩田誠は、裁判官松田二郎の右反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

3.昭和40年判決の読み方

Ⅲ 問1について
1.B社(譲受会社について)

+(事業譲渡等の承認等)
第四百六十七条  株式会社は、次に掲げる行為をする場合には、当該行為がその効力を生ずる日(以下この章において「効力発生日」という。)の前日までに、株主総会の決議によって、当該行為に係る契約の承認を受けなければならない。
一  事業の全部の譲渡
二  事業の重要な一部の譲渡(当該譲渡により譲り渡す資産の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えないものを除く。)
二の二  その子会社の株式又は持分の全部又は一部の譲渡(次のいずれにも該当する場合における譲渡に限る。)
イ 当該譲渡により譲り渡す株式又は持分の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えるとき。
ロ 当該株式会社が、効力発生日において当該子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないとき。
三  他の会社(外国会社その他の法人を含む。次条において同じ。)の事業の全部の譲受け
四  事業の全部の賃貸、事業の全部の経営の委任、他人と事業上の損益の全部を共通にする契約その他これらに準ずる契約の締結、変更又は解約
五  当該株式会社(第二十五条第一項各号に掲げる方法により設立したものに限る。以下この号において同じ。)の成立後二年以内におけるその成立前から存在する財産であってその事業のために継続して使用するものの取得。ただし、イに掲げる額のロに掲げる額に対する割合が五分の一(これを下回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えない場合を除く。
イ 当該財産の対価として交付する財産の帳簿価額の合計額
ロ 当該株式会社の純資産額として法務省令で定める方法により算定される額
2  前項第三号に掲げる行為をする場合において、当該行為をする株式会社が譲り受ける資産に当該株式会社の株式が含まれるときは、取締役は、同項の株主総会において、当該株式に関する事項を説明しなければならない。

2.3つの要件について

Ⅳ 問2について
+(事業譲渡等の承認を要しない場合)
第四百六十八条  前条の規定は、同条第一項第一号から第四号までに掲げる行為(以下この章において「事業譲渡等」という。)に係る契約の相手方が当該事業譲渡等をする株式会社の特別支配会社(ある株式会社の総株主の議決権の十分の九(これを上回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)以上を他の会社及び当該他の会社が発行済株式の全部を有する株式会社その他これに準ずるものとして法務省令で定める法人が有している場合における当該他の会社をいう。以下同じ。)である場合には、適用しない
2  前条の規定は、同条第一項第三号に掲げる行為をする場合において、第一号に掲げる額の第二号に掲げる額に対する割合が五分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)を超えないときは、適用しない。
一  当該他の会社の事業の全部の対価として交付する財産の帳簿価額の合計額
二  当該株式会社の純資産額として法務省令で定める方法により算定される額
3  前項に規定する場合において、法務省令で定める数の株式(前条第一項の株主総会において議決権を行使することができるものに限る。)を有する株主が次条第三項の規定による通知又は同条第四項の公告の日から二週間以内に前条第一項第三号に掲げる行為に反対する旨を当該行為をする株式会社に対し通知したときは、当該株式会社は、効力発生日の前日までに、株主総会の決議によって、当該行為に係る契約の承認を受けなければならない。

(反対株主の株式買取請求)
第四百六十九条  事業譲渡等をする場合(次に掲げる場合を除く。)には、反対株主は、事業譲渡等をする株式会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる。
一  第四百六十七条第一項第一号に掲げる行為をする場合において、同項の株主総会の決議と同時に第四百七十一条第三号の株主総会の決議がされたとき。
二  前条第二項に規定する場合(同条第三項に規定する場合を除く。)
2  前項に規定する「反対株主」とは、次の各号に掲げる場合における当該各号に定める株主をいう。
一  事業譲渡等をするために株主総会(種類株主総会を含む。)の決議を要する場合 次に掲げる株主
イ 当該株主総会に先立って当該事業譲渡等に反対する旨を当該株式会社に対し通知し、かつ、当該株主総会において当該事業譲渡等に反対した株主(当該株主総会において議決権を行使することができるものに限る。)
ロ 当該株主総会において議決権を行使することができない株主
二  前号に規定する場合以外の場合 全ての株主(前条第一項に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)
3  事業譲渡等をしようとする株式会社は、効力発生日の二十日前までに、その株主(前条第一項に規定する場合における当該特別支配会社を除く。)に対し、事業譲渡等をする旨(第四百六十七条第二項に規定する場合にあっては、同条第一項第三号に掲げる行為をする旨及び同条第二項の株式に関する事項)を通知しなければならない。
4  次に掲げる場合には、前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
一  事業譲渡等をする株式会社が公開会社である場合
二  事業譲渡等をする株式会社が第四百六十七条第一項の株主総会の決議によって事業譲渡等に係る契約の承認を受けた場合
5  第一項の規定による請求(以下この章において「株式買取請求」という。)は、効力発生日の二十日前の日から効力発生日の前日までの間に、その株式買取請求に係る株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしてしなければならない。
6  株券が発行されている株式について株式買取請求をしようとするときは、当該株式の株主は、事業譲渡等をする株式会社に対し、当該株式に係る株券を提出しなければならない。ただし、当該株券について第二百二十三条の規定による請求をした者については、この限りでない。
7  株式買取請求をした株主は、事業譲渡等をする株式会社の承諾を得た場合に限り、その株式買取請求を撤回することができる。
8  事業譲渡等を中止したときは、株式買取請求は、その効力を失う。
9  第百三十三条の規定は、株式買取請求に係る株式については、適用しない。

Ⅴ 問3について
1.はじめに
2.決議取消しの訴え
①特別利害関係人が議決権を行使
②そのことにより決議が成立
③当該決議の内容が著しく不当

+(株主総会等の決議の取消しの訴え)
第八百三十一条  次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。当該決議の取消しにより株主(当該決議が創立総会の決議である場合にあっては、設立時株主)又は取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役。以下この項において同じ。)、監査役若しくは清算人(当該決議が株主総会又は種類株主総会の決議である場合にあっては第三百四十六条第一項(第四百七十九条第四項において準用する場合を含む。)の規定により取締役、監査役又は清算人としての権利義務を有する者を含み、当該決議が創立総会又は種類創立総会の決議である場合にあっては設立時取締役(設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合にあっては、設立時監査等委員である設立時取締役又はそれ以外の設立時取締役)又は設立時監査役を含む。)となる者も、同様とする。
一  株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
二  株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
三  株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき
2  前項の訴えの提起があった場合において、株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に違反するときであっても、裁判所は、その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、同項の規定による請求を棄却することができる。

特別利害関係人
=問題となる総会議案の成立により他の株主と共通しない特殊な利益を獲得し、もしくは不利益を免れる株主!

3.決議を欠く事業譲渡の効力
・取り消されると遡って無効(839条の反対解釈)
+(無効又は取消しの判決の効力)
第八百三十九条  会社の組織に関する訴え(第八百三十四条第一号から第十二号まで、第十八号及び第十九号に掲げる訴えに限る。)に係る請求を認容する判決が確定したときは、当該判決において無効とされ、又は取り消された行為(当該行為によって会社が設立された場合にあっては当該設立を含み、当該行為に際して株式又は新株予約権が交付された場合にあっては当該株式又は新株予約権を含む。)は、将来に向かってその効力を失う。

・譲受人の善意悪意を問わず、総会決議を欠く事業譲渡を無効!
+判例(S61.9.11)
理  由
上告代理人吉永多賀誠の上告理由第一点及び第五点について
一 原審の確定した本件の事実関係は、次のとおりである。
1 被上告会社は、たばこ製造機械及び小型ディーゼルエンジンの製造販売を業とし三つの工場を有する株式会社であつたところ、専ら小型ディーゼルエンジンの製造販売に当たつていた長岡工場の営業を一括して他に譲渡しようと考え、昭和三三年末ころ訴外増田勝治に対し新会社を設立して長岡工場の営業を買い取るよう働きかけたところ、増田との間で昭和三四年三月三一日、(一) 被上告会社は、新会社の設立発起人代表である増田に対し長岡工場に属する一切の営業(ただし、固定資産である土地・建物・機械設備については別途賃貸借契約を締結する。)を譲渡する、(二) 譲渡代金は一六〇〇万円とし、昭和三四年九月から昭和三八年六月まで三か月ごとに分割して支払う、(三) 新会社が設立されたときは、新会社が右契約に基づく増田の権利義務の一切を引継ぐものとする旨の営業譲渡契約(以下「本件営業譲渡契約」という。)を締結した。
被上告会社は本件営業譲渡契約をするについて株主総会の決議による承認手続をとらなかつたが、それは契約担当者らが商法二四五条による規制を知らなかつたことによるもので、右手続をとろうとすれば、容易に実現しうる状況にあつた。
2 かくして、上告会社は、昭和三四年五月二一日代表取締役を増田とする株式会社として設立登記を了し、本件営業譲渡契約に基づくすべての財産の引渡を受けて営業を承継した。本件営業譲渡契約について上告会社の原始定款には商法一六八条一項六号の定める事項は記載されなかつたが、増田は、実質的には上告会社の全株式を所有し、上告会社の設立及び当初の経営を掌理していたものであり、所定事項を記載しなかつたのは、商法一六八条による規制を知らなかつたことによるもので、反対者の存在などの特別の障害があつたからではなかつた。
3 上告会社は、被上告会社から譲り受けた製品・原材料等を販売又は消費し、売掛債権等の債権を回収し、従業員・仕入先・得意先・商標等及び被上告会社から賃借した土地・建物・機械設備を使用し、小型ディーゼルエンジンの製造販売を行い、当初は順調な営業を続け、その間被上告会社に対し本件営業譲渡契約につきなんら苦情を述べたことがなく、被上告会社との間で昭和三四年六月譲渡代金一六〇〇万円につき債務承認並びに分割弁済契約をし、被上告会社に対し譲渡代金として昭和三四年一〇月から昭和三五年二月までの間に合計二六四万円を分割して支払つた。
4 被上告会社は、上告会社に対し昭和三五年四月未払譲渡代金一四一二万四七七三円の支払を五年間猶予したうえ、これを分割して支払うことを認めたが、上告会社は、経営者の内紛や従業員の大量退職などによつて、昭和四二年九月ころ事実上営業活動を停止するに至つた。
5 上告会社は、昭和四三年一〇月一七日の本件第一審の第四回口頭弁論期日において初めて本件営業譲渡契約について原始定款に所定事項の記載がないことを理由とする無効事由を主張し、さらに、昭和五四年二月一四日の原審の第二回口頭弁論期日において初めて被上告会社が本件営業譲渡契約をするについて株主総会の特別決議による承認手続を経由しなかつたことを理由とする無効事由を主張するに至つた。
そして、被上告会社及び上告会社は、いずれもその株主・債権者等の会社の利害関係人から本件営業譲渡契約が無効であるなどとして問題にされたことは一度もなかつた。
以上の原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

二1 原審の確定した右の事実関係によれば、増田が被上告会社との間で締結した本件営業譲渡契約は、その契約の実質的な目的及び内容等にかんがみるならば、増田が上告会社の発起人組合の代表者として設立中の上告会社のために会社の設立を停止条件としてした積極消極両財産を含む営業財産を取得する旨の契約であると認められるから、本件営業譲渡契約は、商法一六八条一項六号の定める財産引受に当たるものというべきであるそうすると、本件営業譲渡契約は、上告会社の原始定款に同号所定の事項が記載されているのでなければ、無効であり、しかも、同条項が無効と定めるのは、広く株主・債権者等の会社の利害関係人の保護を目的とするものであるから、本件営業譲渡契約は何人との関係においても常に無効であつて、設立後の上告会社が追認したとしても、あるいは上告会社が譲渡代金債務の一部を履行し、譲り受けた目的物について使用若しくは消費、収益、処分又は権利の行使などしたとしても、これによつて有効となりうるものではないと解すべきであるところ、原審の確定したところによると、右の所定事項は記載されていないというのであるから、本件営業譲渡契約は無効であつて、契約の当事者である上告会社は、特段の事情のない限り、右の無効をいつでも主張することができるものというべきである。

2 つぎに、本件営業譲渡契約が譲渡の目的としたものは、原審の確定したところによると、たばこ製造機械・小型ディーゼルエンジンの製造販売を目的とする被上告会社の有する三工場のうち専ら小型ディーゼルエンジンの製造販売に当たつていた長岡工場の営業一切であるというのであるから、商法二四五条一項一号にいう営業の「重要ナル一部」に当たるものというべきである。そうすると、本件営業譲渡契約は、譲渡をした被上告会社が商法二四五条一項に基づき同法三四三条に定める株主総会の特別決議によつてこれを承認する手続を経由しているのでなければ、無効であり、しかも、その無効は、原始定款に記載のない財産引受と同様、広く株主・債権者等の会社の利害関係人の保護を目的とするものであるから、本件営業譲渡契約は何人との関係においても常に無効であると解すべきである。しかるところ、原審の確定したところによると、本件営業譲渡契約については事前又は事後においても右の株主総会による承認の手続をしていないというのであるから、これによつても、本件営業譲渡契約は無効であるというべきである。そして、営業譲渡が譲渡会社の株主総会による承認の手続をしないことによつて無効である場合、譲渡会社、譲渡会社の株主・債権者等の会社の利害関係人のほか、譲受会社もまた右の無効を主張することができるものと解するのが相当である。けだし、譲渡会社ないしその利害関係人のみが右の無効を主張することができ、譲受会社がこれを主張することができないとすると、譲受会社は、譲渡会社ないしその利害関係人が無効を主張するまで営業譲渡を有効なものと扱うことを余儀なくされるなど著しく不安定な立場におかれることになるからである。したがつて、譲受会社である上告会社は、特段の事情のない限り、本件営業譲渡契約について右の無効をいつでも主張することができるものというべきである。

3 そこで、上告会社に本件営業譲渡契約の無効を主張することができない特段の事情があるかどうかについて検討するに、原審の確定した事実関係によれば、被上告会社は本件営業譲渡契約に基づく債務をすべて履行ずみであり、他方上告会社は右の履行について苦情を申し出たことがなく、また、上告会社は、本件営業譲渡契約が有効であることを前提に、被上告会社に対し本件営業譲渡契約に基づく自己の債務を承認し、その履行として譲渡代金の一部を弁済し、かつ、譲り受けた製品・原材料等を販売又は消費し、しかも、上告会社は、原始定款に所定事項の記載がないことを理由とする無効事由については契約後約九年、株主総会の承認手続を経由していないことを理由とする無効事由については契約後約二〇年を経て、初めて主張するに至つたものであり、両会社の株主・債権者等の会社の利害関係人が右の理由に基づき本件営業譲渡契約が無効であるなどとして問題にしたことは全くなかつた、というのであるから、上告会社が本件営業譲渡契約について商法一六八条一項六号又は二四五条一項一号の規定違反を理由にその無効を主張することは、法が本来予定した上告会社又は被上告会社の株主・債権者等の利害関係人の利益を保護するという意図に基づいたものとは認められず、右違反に藉口して、専ら、既に遅滞に陥つた本件営業譲渡契約に基づく自己の残債務の履行を拒むためのものであると認められ、信義則に反し許されないものといわなければならない。したがつて、上告会社が本件営業譲渡契約について商法の右各規定の違反を理由として無効を主張することは、これを許さない特段の事情があるというべきである。
4 以上と同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎)

4.取締役の行為の差止め

+(株主による取締役の行為の差止め)
第三百六十条  六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主は、取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。
2  公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。
3  監査役設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社における第一項の規定の適用については、同項中「著しい損害」とあるのは、「回復することができない損害」とする。

Ⅵ 結びに代えて


会社法 事例で考える会社法 事例10 骨肉の争い


Ⅰ はじめに

Ⅱ 設問1について
+(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条  取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2  民法第百八条 の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。

・一般に、利益相反取引に該当するためには、会社と利益の衝突が生じている取締役(利益相反取締役)が会社を代表していることは必要ではない!!

・利益相反取引は原則無効(相対的無効説)
+判例(S43.12.25)
理由
上告代理人山根篤、同下飯坂常世、同海老原元彦、同広田寿徳、同竹内洋の上告理由第一点および第二点について。
商法二六五条は、取締役個人と株式会社との利害相反する場合において、取締役個人の利益を図り、会社に不利益な行為が濫りに行なわれることを防止しようとする法意に外ならないのであるから、同条にいわゆる取引中には、取締役と会社との間に直接成立すべき利益相反の行為のみならず、取締役個人の債務につき、その取締役が会社を代表して、債権者に対し債務引受をなすが如き、取締役個人に利益にして、会社に不利益を及ぼす行為も、取締役の自己のためにする取引として、これに包含されるものと解すべきである(当裁判所第三小法廷判決昭和三八年(オ)第二六一号、同三九年三月二四日裁判集七二号六一九頁の趣旨は、右の限度で、変更されたものというべきである。なお、同小法廷判決昭和三一年(オ)第二五号、同三三年一〇月二一日裁判集三四号三〇三頁は本件に適切でない。)。
そして、取締役が右規定に違反して、取締役会の承認を受けることなく、右の如き行為をなしたときは、本来、その行為は無効と解すべきである。このことは、同条は、取締役会の承認を受けた場合においては、民法一〇八条の規定を適用しない旨規定している反対解釈として、その承認を受けないでした行為は、民法一〇八条違反の場合と同様に、一種の無権代理人の行為として無効となることを予定しているものと解すべきであるからである。
取締役と会社との間に直接成立すべき利益相反する取引にあつては、会社は、当該取締役に対して、取締役会の承認を受けなかつたことを理由として、その行為の無効を主張し得ることは、前述のとおり当然であるが、会社以外の第三者と取締役が会社を代表して自己のためにした取引については、取引の安全の見地より、善意の第三者を保護する必要があるから、会社は、その取引について取締役会の承認を受けなかつたことのほか、相手方である第三者が悪意(その旨を知つていること)であることを主張し、立証して始めて、その無効をその相手方である第三者に主張し得るものと解するのが相当である。
本件において、被上告人三栄電機株式会社(以下被上告会社という。)の取締役aが上告人日本ビクター株式会社(以下上告会社という。)に対する自己の債務につき、被上告会社を代表して、その債務の引受をなしたものであり、右引受行為は会社以外の第三者との間で取締役が会社を代表して自己のためにしたものであつて商法二六五条の取引に該当するところ、取締役会の承認を受けなかつたことにつき、相手方である上告会社が悪意であつたことを、被上告会社において主張し、立証をしなければ、右取引の無効を上告会社に主張し得ないものといわなければならない。 
然るに、原判決は、被上告会社がその取締役aの本件債務を引き受けた行為に商法二六五条の適用があるとしながら、取締役会の承認を受けなかつたから、本件債務引受は無効であるとして、たやすく、上告会社の請求の一部を排斥したのは違法であつて、この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の論旨に対する判断をするまでもなく、原判決中上告会社敗訴の部分は破棄を免れない。
そして、本件債務引受は、会社以外の第三者との間で取締役が会社を代表して自己のためにした取引であることは、前叙のとおり明らかなところ、右取引に関し被上告会社の取締役会の承認の決議の不存在について上告会社が悪意であつたことについては、主張・立証がなく、したがつて、被上告会社は、上告会社に対し、その無効を主張しえないのである。それゆえ、本件引受債務の履行を求めている上告会社の本訴請求は、原判決が適法に確定した事実のもとでは、すべて正当であり、これを認容すべきである。
よつて、民訴法四〇八条一号、九六条、八九条に則り、裁判官田中二郎、同大隅健一郎の補足意見および裁判官横田正俊、同草鹿浅之介、同松田二郎、同下村三郎、同色川幸太郎、同松本正雄の意見があるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

+判例(S46.10.13)
理由
上告代理人鈴木七郎の上告理由第一点ないし第三点について。
およそ、約束手形の振出は、単に売買、消費貸借等の実質的取引の決済手段としてのみ行なわれるものではなく、簡易かつ有効な信用授受の手段としても行なわれ、また、約束手形の振出人は、その手形の振出により、原因関係におけるとは別個の新たな債務を負担し、しかも、その債務は、挙証責任の加重、抗弁の切断、不渡処分の危険等を伴うことにより、原因関係上の債務よりもいつそう厳格な支払義務であるから、会社がその取締役に宛てて約束手形を振り出す行為は、原則として、商法二六五条にいわゆる取引にあたり、会社はこれにつき取締役会の承認を受けることを要するものと解するのが相当である。
原審の確定するところによれば、本件(イ)の約束手形は、上告会社がその取締役であるAに宛てて振り出したものであり、同(ロ)の約束手形は、手形上の記載によると、上告会社が右Aを受取人として振り出し、同人が白地裏書をして被上告人がこれを所持していることとなつているが、実際上は、上告会社が受取人欄を白地にして直接被上告人に交付し、被上告人がAをして受取人欄にその氏名を記載し裏書させたものであり、また、同手形は、上告会社がAに宛てて振り出し、同人から被上告人に交付された約束手形の書替手形であるというのである。そして、商法二六五条の適用については、手形上の記載によるべきではなく、現実に行為をした当事者を基準として判断すべきであるから、前記の説示に徴すれば、上告会社による本件(イ)の約束手形および(ロ)約束手形の書替前の約束手形の振出行為はいずれも商法二六五条にいわゆる取引にあたり、上告会社はこれにつき取締役会の承認を受けることを要するが、(ロ)の約束手形自体の振出行為は右にいわゆる取引にあたらないものと解せられる。しかるに、上告会社は(イ)の手形および(ロ)の手形の書替前の手形の振出について取締役会の承認を受けなかつたことは、原審の確定するところである。
ところで、手形が本来不特定多数人の間を転々流通する性質を有するものであることにかんがみれば、取引の安全の見地より、善意の第三者を保護する必要があるから、会社がその取締役に宛てて約束手形を振り出した場合においては、会社は、当該取締役に対しては、取締役会の承認を受けなかつたことを理由として、その手形の振出の無効を主張することができるが、いつたんその手形が第三者に裏書譲渡されたときは、その第三者に対しては、その手形の振出につき取締役会の承認を受けなかつたことのほか、当該手形は会社からその取締役に宛てて振り出されたものであり、かつ、その振出につき取締役会の承認がなかつたことについて右の第三者が悪意であつたことを主張し、立証するのでなければ、その振出の無効を主張して手形上の責任を免れえないものと解するのを相当とする(この判旨に反する大審院明治四二年(オ)第二七九号同年一二月二日民事聯合部判決、民録一五輯九二六頁は、これを採らない。)。したがつて、この場合には、手形法一六条二項の適用はなく、その解釈適用につき所論のような論議をなす余地はないのである。
これを本件についてみるに、(イ)の約束手形については、被上告人はAから右手形を取得するに際しその手形の振出につき取締役会の承認がなかつたことを知らなかつたことは、原審の確定するところであるから、上告会社が被上告人に対しその振出の無効を主張して手形上の責任を免れえないことは、右の説示に照らして明らかである。また、(ロ)の約束手形自体の振出については、会社は取締役会の承認を受けることを要しないが、その書替前の約束手形の振出につきこれを必要とすることはさきに述べたとおりであつて、もしこの手形につき、上告会社が、取締役会の承認を受けなかつたことを理由として、被上告人に対しその振出の無効を主張しうるとするならば、ひいてこれを抗弁として、(ロ)の手形についてもその支払を拒むことができることとなるべきところ、原審の確定するところによると、被上告人はAから書替前の手形を取得するに際しその振出につき取締役会の承認がなかつたことを知らなかつたというのであるから、上告会社は書替前の手形について被上告人に対し手形上の義務を負担していたものであり、したがつて、本件(ロ)の手形についても、その支払を拒む理由は存しないものといわなければならない。
以上のとおり、被上告人が上告会社に対し本件手形金の支払を求める本訴請求はいずれも正当である。そして、被上告人の請求を認容すべきものとした原判決は、その理由においては以上説示したところと異なる点もあるが、結論においては正当であり、本件上告は理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条により、裁判官大隅健一郎の補足意見および裁判官岩田誠、同色川幸太郎、同松本正雄、同村上朝一、同関根小郷、同藤林益三、同岡原昌男の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

・一人会社の場合や株主全員の合意がある場合は有効。
+判例(S45.8.20)
理由
上告代理人山崎一雄の上告理由第一点について。
本件土地について上告人Aと被上告会社間に売買契約が成立したものである旨の原審の認定、判断は、その挙示の証拠関係に照らして正当なものとしてこれを肯認することができる。したがつて、原審の右の判断の過程に所論のような違法はなく、論旨は理由がない。
同第二点について。
原審の確定した事実によれば、本件売買契約は、昭和三三年九月二九日締結されたものであるが、被上告会社は、元来上告人Aの個人営業であつたものを株式会社組織としたものであつて、右売買契約締結当時においては、上告人Aがその株式全部を所有していたものであるが、同会社はその後営業不振となり、そのため、昭和三七年に上告人Aは、当時所有していた同会社の四五パーセントの株式全部を手放して代表取締役を辞任し、全く被上告会社と無関係となり、その後、昭和三八年三月九日被上告会社取締役会は、右売買契約を事後承認のうえ追認したというものである。
原審の確定した右事実関係のもとにおいては、本件売買契約締結当時には、被上告会社は株式会社の形態をとつているとはいえ、その営業は実質上、上告人Aの個人経営のものにすぎないから、被上告会社の利害得失は実質的には上告人Aの利害得失となるものであり、その間に利害相反する関係はない。したがつて、上告人Aがその所有の本件土地を被上告会社に売り渡すことについて、両者の間に実質的に利害相反の関係を生じるものではないというべきである。
ところで、商法二六五条が、会社と取締役との間の同条所定の取引について取締役会の承認を要するものとしている趣旨は、取締役個人と株式会社との利害相反する場合において取締役個人の利益を図り、会社に不利益な行為が行なわれることを防止するにあるのであるから、会社と取締役間に商法二六五条所定の取引がなされた場合でも、前段説示のように、実質的に会社と当該取締役との間に利害相反する関係がないときには、同条所定の取締役会の承認は必要ないものと解するのが相当である。したがつて、被上告会社とその取締役であつた上告人Aとの間になされた本件売買契約は、被上告会社取締役会の承認の有無によつてその効力が左右されるべきものではないから、原審の確定した取締役会の事後承認の効力の有無を争う論旨は、帰するところ原審のした余論に対する攻撃にすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)

+判例(S49.9.26)
理由
上告代理人三木善続の上告理由第一点について。
民訴法三八八条は、控訴審が、訴を不適法として却下した第一審判決を取り消す場合には、事件を第一審に差し戻すことを要する旨を定めているところ、原判決は、訴を不適法として却下した第一審判決を是認しているのであるから、本件につき同条の適用はない。また、上告人がいつたん譲り受けた所論の株式を更に他に譲渡したことは、被上告人会社において主張しているのであるから、右事実を認定した原判決に所論の違法はない。それゆえ、論旨は採用することができない。
同第二点について。
一、上告人が、昭和三六年一二月訴外日本毛糸株式会社(以下、単に日本毛糸という。)より被上告人会社の株式九〇〇〇株を譲り受けたが、昭和三七年そのうちの二〇〇〇株を、同三九年八月残りの七〇〇〇株を、いずれもAに譲渡したとの原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして、是認することができる。それゆえ、右事実の認定を非難する所論は、採用することができない。
二、ところで、原審の適法に確定したところによると、上告人は日本毛糸より株式を譲り受けた際同社の取締役であつたが、右譲受については商法二六五条所定の取締役会の承認はなかつたというのであり、また、被上告人会社が株券を発行していないため、日本毛糸から上告人へ及び上告人からAへの各株式の譲渡は、いずれも商法二〇四条二項にいう株券発行前の譲渡にあたるというのであつて、このような観点から右各譲渡の効力が問題となるので判断する。
1 原判決は、日本毛糸及び被上告人会社は、いずれも形式的には株式会社であるが、その実質は民法上の組合であるから、右株式譲渡には商法二六五条、二〇四条二項の適用はない旨判示する。
すなわち、原審は、日本毛糸は、Aが個人として営んでいた毛糸、洋服、雑貨等の販売業をその弟等同族四名の参加を得て会社組織にし、右五名において、その資産、株式を所有し、共同して経営しているものであり、また被上告人会社は、右五名が、日本毛糸の簿外資産の分散、保全、増殖のため、右資産をもつて設立したものであり、第三者も株主となつてはいるが、それは単なる名義人にすぎず、実質は、右五名において株式、資産を所有し、共同経営しているものであると認め、右のような会社設立の経緯、会社の資産、株式の所有関係及び経営の実体等によると、日本毛糸及び被上告人会社は、いずれも実質においては右五者の共同事業であつて、民法上の組合に外ならないと判断しているのである。
思うに、法律上会社はすべて法人とされているところ、その法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するため濫用される場合のように、法人格を認めることがその本来の目的に照らして許されるべきでないときには法人格を否認することのできることは、当裁判所の判例(昭和四三年(オ)第八七七号、同四四年二月二七日第一小法廷判決民集二三巻二号五一一頁)とするところであるが、右法理の適用は慎重にされるべきであつて、原審認定の会社の設立の経緯、株式、資産の所有関係、経営の実体等前記事実によつて直ちに前記各会社の法人格を否認し、これを民法上の組合であるとした原審の判断は、にわかに首肯することはできない。 
2 しかしながら、商法二六五条が取締役と会社との取引につき取締役会の承認を要する旨を定めている趣旨は、取締役がその地位を利用して会社と取引をし、自己又は第三者の利益をはかり、会社ひいて株主に不測の損害を蒙らせることを防止することにあると解されるところ、原審の適法に確定したところによると、日本毛糸から上告人への株式の譲渡は、日本毛糸の実質上の株主の全員であるAら前記五名の合意によつてなされたものというのであるから、このように株主全員の合意がある以上、別に取締役会の承認を要しないことは、上述のように会社の利益保護を目的とする商法二六五条の立法趣旨に照らし当然であつて、右譲渡の効力を否定することは許されないものといわなければならない
3 また、被上告人会社の株券は未発行であるから、前記各株式の譲渡は商法二〇四条二項にいう株券発行前の譲渡にあたるが、原審認定の事実関係のもとにおいては、同社は不当に株券の発行を遅滞しているものと認められるから、株券発行前であることを理由に株式譲渡の効力を否定することは許されないものというべきである(最高裁昭和三九年(オ)第八八三号、同四七年一一月八日大法廷判決民集二六巻九号一四八九頁参照)。
4 以上によると、日本毛糸及び被上告人会社を民法上の組合とした原審の判断は是認することができないが、本件各株式の譲渡を有効とし、これにより上告人が被上告人会社の株主たる地位を喪失したものと認め同人には本訴の原告適格がなく、本訴は不適法であるとした原判決の結論は正当である。それゆえ、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫)

・利益相反取引の株式の引き受けにかかわる契約であった点について。
+(引受けの無効又は取消しの制限)
第二百十一条  民法第九十三条 ただし書及び第九十四条第一項 の規定は、募集株式の引受けの申込み及び割当て並びに第二百五条第一項の契約に係る意思表示については、適用しない
2  募集株式の引受人は、第二百九条第一項の規定により株主となった日から一年を経過した後又はその株式について権利を行使した後は、錯誤を理由として募集株式の引受けの無効を主張し、又は詐欺若しくは強迫を理由として募集株式の引受けの取消しをすることができない。

→相手方が悪意であったとしても引受けの無効の主張を認めない趣旨。
←211条1項類推。(利益相反取引についても、取締役会の承認がないことは内部事情であるから)

Ⅲ 設問2について
・「自己または第三者のために」
名義説=名において=自己が法的な意味において当事者となる
計算説=計算において=事故が実質的に当該取引による経済的利益を享受する

利益相反取引においては名義説。
←名義説によっては直接取引には含まれないが実質的には会社と取締役の利益が衝突する取引は間接取引として処理すれば足りる。

・上記法的公正の相違は損害賠償責任に関する判断に微妙な違いをもたらす。

Ⅳ 設問3について

+(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条  取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
2  民法第百八条 の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。

・「会社の事業の部類に属する取引」
=会社の実際に行う事業と市場において競合し、会社と取締役との間に利益の衝突と来す可能性のある取引。

・「自己または第三者のために」
計算説

・損害について
+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する
3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4  前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

+判例(名古屋高判H20.4.17)
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、一審原告の請求は、主位的請求についてはいずれも理由がなく、予備的請求については競業避止義務違反による損害賠償として、一審被告らに対し連帯して1953万円及びこれに対する平成16年12月25日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次の2ないし6のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1」及び「2」記載のとおりであるからこれを引用する。
ただし、原判決書25頁11行目の「契約書に」を「平成17年から解約案内に」と改め、同34頁5行目冒頭から同36頁12行目末尾までを削る。

2 一審被告一郎の競業避止義務違反の有無
(1) 一審被告らは、一審被告一郎は同コンボ開発の事実上の主宰者ではないから競業避止義務違反はない旨主張する。
しかし、〈1〉一審被告一郎は、一審被告コンボ開発の出資持分を有していないが、一審被告コンボ開発の運転資金の多くは一審被告一郎からの借入に依っていること、〈2〉コンテナの敷地となる土地の賃貸借について一審被告一郎が連帯保証人となっていること、〈3〉一審被告一郎は一審原告で貸コンテナ事業を担当していたところ、一審被告コンボ開発においては、貸コンテナ事業で重要な土地の賃貸借契約を一審被告一郎が担当し、土地の貸主の紹介、貸コンテナの設置作業、仲介及び集金等については一審原告が利用してきたのと同一の業者を利用していること、〈4〉一審被告コンボ開発の事務所は一審被告一郎の自宅であり、これは一審被告一郎の取締役在任中の一審原告及び高木産業の貸コンテナ事業の事務所と同一であることなどからすれば、一審被告コンボ開発においては、資金調達、信用及び営業について一審被告一郎が中心的役割を果たしているといえる。これに一審被告コンボ開発に出資し業務に従事しているのが一審被告一郎の家族であることからすれば、一審被告一郎は一審被告コンボ開発を事実上主宰して、一審被告コンボ開発において貸コンテナの利用に係る賃貸借契約をして、競業避止義務に違反したというべきである。
(2) なお、一審被告らは、貸コンテナの利用に係る賃貸借契約書に連絡先として一審被告一郎の自宅の住所及び電話番号等が記載された事実はなく、一審被告コンボ開発の連絡先として解約案内に一審被告一郎の住所及び電話番号が記載されるようになったのは平成17年ころからであるから、一審被告一郎が事実上の主宰者とはいえない旨主張し、証拠(甲37)及び弁論の全趣旨によれば、上記平成17年以降の解約案内の記載が認められる。しかし、〈1〉平成17年以降、解約案内に一審被告一郎の自宅の住所及び電話番号が記載され、〈2〉貸コンテナ事務所によっては連絡先として一審被告一郎の自宅の電話番号が記載されているところもあること(乙64、76、弁論の全趣旨)からすれば、貸コンテナ事業に関し一審被告一郎の自宅が連絡先となり得ること自体が、同所が一審被告コンボ開発の事務所としての機能を果たしていること、ひいては一審被告一郎が一審被告コンボ開発の事実上の主宰者であることを裏付けるひとつの事実といえ、解約案内に連絡先が記載された時期如何によって前記(1)の認定が左右されるものではない。

3 一審原告の取締役会における承認の有無、信義則違反
(1) 一審被告らは、一審原告においては平成16年までは取締役会が開催されたことはないが、これに代わるものが、一審被告一郎、二郎及び三郎の話合い(平成12年以降は一審被告一郎及び三郎の話合い)であったところ、一審被告コンボ開発の設立、貸コンテナ事業については、二郎及び三郎(あるいは三郎のみ)は了解していた旨主張する。
しかし、一部の取締役が集まって協議をして合意したとしても、これをもって取締役会の事前事後の承認があったとはいえない。
また、兄弟の話合いをもって信義則上取締役会の承諾があったと実質的に同視できる場合が有り得るとしても、〈1〉一審原告及びその関連会社の株式が一審被告一郎、二郎及び三郎とその家族によって概ね3等分して保有されているのとは異なり、一審被告コンボ開発の出資持分は一審被告一郎の家族のみによって保有されており、利益の帰属先が異なっていることから、営業地域を全く異にするのでなければ、一審被告コンボ開発の貸コンテナ事業を許容すべき理由は二郎及び三郎にはないこと、〈2〉二郎及び三郎は、貸コンテナ事業については一審被告一郎に委ねており、また、貸コンテナ事業に関する事務は一審被告一郎の自宅を事務所として遂行されていたことから、その具体的内容を把握していなかったこと、〈3〉平成16年1月に一審被告一郎から代表取締役退任に際し一審原告及び高木産業の貸コンテナ事業を譲り受けたい旨の申出があり、これを巡って一審被告一郎、二郎及び三郎が話し合った際にも、一審被告コンボ開発又はその貸コンテナ事業については全く話題になっていないことからすれば、経理関係の各種帳票及び決算書等の記載にもかかわらず、二郎及び三郎は、平成16年10月ころまで、一審被告コンボ開発が貸コンテナ事業を営んでいることを知らなかったものと認められ、少なくともこれについて重要事項が示されたことはないのであるから、一審被告一郎が競業取引をすることを承諾したと認めるに足りる証拠はない。
(2) 一審被告らは、三郎は平成14年には一審原告の経理を把握しており、一審原告の経理関係の帳票や高木産業の決算書等を見ることにより、一審被告コンボ開発の存在を知っていた旨主張する。しかし、三郎は、一審原告及びその関連企業の布団の製造及び小売りの業務を担当しており、これに関連する経理については把握していたが、貸コンテナ事業には全く関与しておらず、同事業の事務は一審被告一郎の自宅にある事務所で行われていたこと、一審原告及び関連会社の代表取締役は一審被告一郎であったことなどからすれば(<証拠略>)、三郎が貸コンテナ事業、一審被告コンボ開発の存在について知らなかったとしても不自然ではなく、一審被告らの上記主張は採用できない。

4 損害及びその算定について
(1) 第一次主張について
ア 一審原告は、一審被告コンボ開発が第1期から第4期までの期間において利益を得ていたと主張するが、一審被告の上記期間において利益を得ていたと認めるに足りる証拠はない。なお、一審被告コンボ開発の決算に一審原告指摘の偽装や誤りがあるとはいえない。そして、このことは、後記貸コンテナ事業所の収支の分析結果によって左右されるものではない。
イ 一審原告は、今後20年間で一審被告コンボ開発が得られる将来の利益も、競業取引と因果関係があり、一審原告の損害と推定すべきである旨主張する。
しかし、貸コンテナ事業における「営業ノ部類ニ属スル取引」は貸コンテナの利用に係る賃貸借であるから、これと相当因果関係のある一審被告コンボ開発の利益が一審原告の損害と推定されることになる。そして、貸コンテナ事業は安定した収入が得られるとしても、一審原告の貸コンテナの利用に係る賃貸借契約の期間は1年であり、利用者は1か月前に通知すればいつでも契約を解約することができ、コンテナの耐用年数まで同一のコンテナの利用に係る賃貸借が続くわけではないこと、実際利用されなくなった貸コンテナ事業所もあることから、一審被告コンボ開発の貸コンテナ事業による20年間にもわたる将来の利益が一審被告一郎の取締役在任中の競業取引によって得ることのできる利益ということはできない。
また、貸コンテナ事業をするためには貸コンテナを設置する土地を借りることが必要であり、一審原告においては、当初の賃貸借期間を5年とし、その後も1年ごとに自動更新する旨の賃貸借契約をしているが、上記契約は、貸コンテナ事業の維持・便益のために行われる取引であるから、補助的行為であって、「営業ノ部類ニ属スル取引」とはいえない。また、建物所有目的の賃貸借とは異なりコンテナの敷地の貸主は容易に土地の返還を求めることができるから、20年間にもわたる利益が確保されているわけでもない。
ウ さらに、一審原告は、別件訴訟(名古屋地方裁判所平成16年(ワ)第2996号、3232号、名古屋高等裁判所平成18年(ネ)第70号)において認定された損害額と同様の算定方法による利益が、本件においても認められるべきである旨主張する。しかし、別件訴訟における損害は、一審原告が所有していた貸コンテナの占有を失ったことによる逸失利益相当額の損害であり、本件における一審被告コンボ開発が費用を投じて取得したコンテナに係る利益から推定される損害とは、考慮すべき経費を異にしている上、別件訴訟においてはコンテナを返還すればその後の支払義務を免れることができるのであるから、本件で同様の算定方法によらなければならない理由はない。
エ 一審原告は、アイメンが愛知県知多市内で平成18年12月ころ開設した貸コンテナ事業所の収支の分析結果(甲52)に基づき、貸コンテナ事業は安定した収入が得られる旨、これを基にDFC法による将来の利益の推定は正当なものである旨主張する。しかし、取締役在任中の競業取引と相当因果関係がある利益は何かという問題と貸コンテナ事業の収益可能性とは別問題である。また、DFC法についても、〈1〉利用されなくなった貸コンテナ事業所もあること、〈2〉一審原告の貸コンテナ事業の売上げは、平成11年から平成13年の間は月額900万円以上あったが、平成15年からは月額900万円を下回るようになっていることから(甲54)、貸コンテナ事業は競業する業者が出現し稼働率が低下する傾向が窺われること、〈3〉貸コンテナを設置する土地の賃貸借関係が20年間継続する保証がないことからすれば、貸コンテナ事業は必ずしも継続的に安定した収入が得られるわけではなく、長期間にわたる一審被告コンボ開発の利益をDFC法によって推計することには疑義がある。なお、上記分析結果(甲52)は、〈1〉分析対象とした貸コンテナ事業所を選択した根拠が明らかではなく、〈2〉分析において経費として人件費、借入利息及び販売管理費等を除外しており、〈3〉一審被告コンボ開発へのあてはめにおいて人件費(役員報酬を除く。)の売上高に対する標準的経費の指数を6%として考慮しているが、貸コンテナ業に倉庫業(トランクルームを含む。)の指数ではなく不動産賃貸業の指数である6%を適用することの妥当性には疑義があること、販売管理費等が考慮されていないこと、〈4〉稼働率や土地の賃貸借契約の継続可能性等の事業の継続可能性についても考慮されていないことからして、これをもって貸コンテナ事業は安定した収入が得られる、あるいは一審被告コンボ開発において第2期から第4期において利益があったと推定するのは相当ではない。
(2) 第二次主張について
ア 一審被告一郎が競業避止義務違反によって得た利益は、役員報酬又は給与手当が役務の対価又は労務の対価であり、一審被告コンボ開発において一審被告一郎が資金調達、信用及び営業について中心的役割を果たしていることに鑑みれば、原判決別紙6一審被告一郎ら利得一覧表の番号6「給与手当」欄記載の一審被告及びその家族の報酬(乙39の1ないし4)の合計額の5割とするのが相当である。なお、上記報酬額には、一審原告からのコンテナの譲渡が無効とされた分21か所及び取締役退任後に開設された分2か所に対応する役務の提供に係る報酬も含まれているので、結局、競業避止義務違反により一審被告一郎の得た利益は、全報酬額から上記部分を除いたものの概ね5割である1953万円とするのが相当である(〔第1期・〈20万円×2+30万円〉+第2期〈240万円×2+360万円〉×10/24+第3期〈600万円×5+240万円〉×29/49+第4期〈216万円+120万円+650万円+630万円+600万円×2〉×29/52〕×0.5。弁論の全趣旨)。したがって、旧商法266条4項により、一審被告一郎が、競業取引をすることによって一審原告が被った損害額は1953万円となる。
なお、一審被告一郎の実質的な報酬額を算定するに際しては、実際の役務の負担状況に応じて算定するのが合理的であり、また、家族であれば、同居の有無や実際の役務の負担状況とは無関係に所得税等の税金が有利になるように配慮して報酬を決めることもあり得ることからすれば、実質的な報酬額を判断するに際し同居の有無を考慮するのは相当とはいえない。
また、一審被告一郎が一審原告の取締役を退任したのは平成16年4月28日であるが、コンテナの利用に係る賃貸借契約の賃貸期間は1年であるから、競業取引と相当因果関係のある利益は、一審被告コンボ開発の第4期までの報酬額とするのが相当である。
イ 一審被告らは、一審被告一郎以外の家族は、一審被告コンボ開発において、それぞれ役務を負担しているので、これに対する報酬が一審被告一郎の利益となることはない旨主張する。しかし、上記のとおりであって、家族が報酬を得る理由があることと、それがどの程度の金額であるべきかは別問題であるから、上記一審被告らの主張は採用できない。

5 一審被告一郎の不法行為責任の有無
(1) 一審原告は、企業経営における営業秘密、技術ノウハウの重要性から、取締役は在任中はもちろん、退職後であっても一定範囲で忠実義務を負うべきであり、一審被告一郎は、一審原告の利益のために貸コンテナ事業を行うべきであるのに、法に抵触することを知りながら、一審被告コンボ開発をして貸コンテナ事業を行わせ、一審原告及び高木産業の貸コンテナ事業の営業譲渡をして、一審原告及び高木産業の貸コンテナ事業を壊滅させ、一審原告が「利益を得る機会を奪った」のであるから、不法行為責任がある旨主張する。
しかし、民法709条には旧商法266条4項のような損害推定規定がないことから、一審原告において、一審被告一郎の取締役在任中に名古屋市及びその周辺において新たな貸コンテナ事業所を開設することが相当の確実性をもって見込まれる状態にあり、これによって一審原告が得るはずであった利益がいくらであったかについて立証がされるべきところ、これらについての立証が尽くされているとはいえない。したがって、一審被告一郎の不法行為責任の有無を判断するまでもなく、一審被告一郎に対し、不法行為による損害賠償として1953万円及びこれに対する平成16年12月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を超えて請求する部分は理由がない(不法行為による損害賠償のその余の請求部分は、選択的に請求している競業避止義務違反による損害賠償請求が一部認容されたことにより、審理の必要がなくなった。)。
(2) 一審原告は、初期投資をした段階で、将来の利益をすべて奪われたとも主張する。しかし、初期投資が、一審原告の関連会社であるアイメンが農協から3億円ないし4億円の借入れをしてこれを農協に貯金していたこと(乙1)を意味するとしても、一次的には農協の組合員に布団等を販売しているアイメン自体の販売促進活動の一環としてされたものであり、二次的に農協から土地を貸す組合員を紹介してもらう効果もあったと見るべきであるから、貸コンテナ事業のための初期投資とはいえない。また、一審被告コンボ開発の運転資金は一審被告一郎及びその家族が提供しており、一審原告が一審被告コンボ開発が貸コンテナの利用に係る賃貸借契約をするために何らかの経済的負担をしたとは認められない。したがって、一審原告の上記主張も理由がない。
6 一審被告コンボ開発の責任
一審被告コンボ開発は、一審被告一郎とは別個の法人格を有している。しかし、一審被告一郎は一審被告コンボ開発を事実上主宰していること、一審被告コンボ開発をして貸コンテナに係る賃貸借契約をさせることにより一審被告一郎に競業避止義務違反による責任が生じることを潜脱しようとしたこと、上記賃貸借契約による利益は一審被告コンボ開発に帰属することからすれば、本件においては、一審被告一郎と一審被告コンボ開発の法人格が異なることを否定して、一審被告コンボ開発にも一審被告一郎と同じ限度で競業避止義務による損害賠償責任を負担させるのが相当である。
第4 結論
よって、原判決は一部相当ではないから、一審原告の控訴に基づき一審原告の敗訴部分を変更し、一審被告一郎の控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項、61条、64条本文、65条1項を、仮執行宣言につき同法310条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
民事第4部
(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 戸田彰子 裁判官 加島滋人)

Ⅴ おわりに


会社法 事例で考える会社法 事例9 名前ってなに?


Ⅰ はじめに

Ⅱ 設問1について
1.はじめに
+(譲渡等の承認の決定等)
第百三十九条  株式会社が第百三十六条又は第百三十七条第一項の承認をするか否かの決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。ただし、定款に別段の定めがある場合は、この限りでない。
2  株式会社は、前項の決定をしたときは、譲渡等承認請求をした者(以下この款において「譲渡等承認請求者」という。)に対し、当該決定の内容を通知しなければならない。

2.株式譲渡承認決議
・会社にとって好ましくない者が株主になることを防止
・株主間の割合についても。

・すべての株主が賛成している場合
+判例(H9.3.27)
理由
上告代理人村田由夫、同竹本昌弘の上告理由について
原審が確定したところによれば、昭和五四年一二月三〇日における被上告人有限会社芦屋寶盛館の社員は、A、上告人及び被上告人Bの三名で、各一〇〇口の出資口数に応じた持分を有していたところ、Aは、同日、その持分の一部をC、D、E及びFに対して贈与したが、右贈与につき、被上告会社の社員総会の承認はなかったものの、右社員全員が右贈与を承認していたというのである。原審の右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、その過程に所論の違法はない(なお、原判決一六枚目裏一行目に「昭和五五年」とあるのは、「昭和五四年」の誤記と認める。)。
有限会社法一九条二項が、社員がその持分を社員でない者に譲渡しようとする場合に社員総会の承認を要するものと規定している趣旨は、専ら会社にとって好ましくない者が社員となることを防止し、もって譲渡人以外の社員の利益を保護するところにあると解されるから、有限会社の社員がその持分を社員でない者に対して譲渡した場合において、右譲渡人以外の社員全員がこれを承認していたときは、右譲渡は「社員総会の承認がなくても、譲渡当事者以外の者に対する関係においても有効と解するのが相当である。
そうすると、前記事実関係の下において、右贈与を有効とした原審の判断は、正当として是認することができ、右判断の違法をいう所論は理由がない。
その余の所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
以上によれば、論旨は、いずれも採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

++解説
《解  説》
一 有限会社法一九条二項は、社員がその持分を社員でない者に譲渡しようとする場合においては社員総会の承認を要するものと規定している。本件では、社員総会の承認はないが、譲渡人以外の社員全員が譲渡を承認していた場合に、当該譲渡が譲渡当事者以外の者に対する関係においても有効といえるかが問題となった。本判決は、最高裁としてこれを肯定したものである。
二 本件は、Xが、有限会社Y1及びその代表取締役Y2に対し、同社の二〇〇口の出資持分を有することの確認と、Y1に対し、同社の代表権を有する取締役であることの確認を求めた事案である。
三 以下においては、有限会社の持分に関する点を中心に事案の概要及び訴訟の経緯を紹介する。
1 Aは、書籍販売等を目的とする訴外株式会社の代表取締役かつ実質的オーナーであった。有限会社であるY1は、訴外株式会社の支店であったものが、最終的に別法人とされたものである。Y1の設立当初は、Aの長男であるXが代表取締役となった。Aには、訴外株式会社を長男Xに、Y1を長女B(Xの妹)に継がせたいとの意向があって、Bの夫にY2を迎え(その間の子がC、D、E)、Y2がY1の代表取締役となった。
2 本件訴訟では、持分に関し、(1) Y1設立当時、Xが単独で全持分三〇〇口を有していたか、(2) Aも持分を一〇〇口有していたとした場合、Aの死亡でその半分をXが相続したか、それとも、AがB、C、D、Eに対して持分の生前贈与をしたことで右相続による取得はあり得ないか、(3) XからY2への一〇〇口の持分譲渡は有効か、などが争われた。
3 一審が一〇〇口の限度でXの請求を一部認容したのに対し、控訴審(双方控訴)は、(一) Y1の設立当初、A、X、Uが各一〇〇口の出資持分を有していた(定款の記載と同じ)、(二) 昭32・3・17、Y2は、UからY1の出資持分一〇〇口を譲り受けるとともにY1の代表取締役に就任し、他方、Xは、Y1の代表取締役を辞任するとともに、Aから訴外株式会社の全株式を譲り受け、同社の代表取締役に就任した、(三) 昭54・12・30当時におけるY1の社員は、A、X、Y2の三名で各一〇〇口の持分を有していたが、Aは、その持分を、同日、昭55・12・30及び同56・7・21の三回に分けて、B、C、D、Eに対し、各合計二五口ずつ贈与したものであるところ、当時、右贈与についてY1の社員総会の承認があった事実を認めることのできる証拠はないが、Xは、右贈与を承認していたものと推認され、結局、右贈与は、Y1の社員全員の承認があり有効である、(四) 昭59・2・23、Xは、持分一〇〇口をY2に有効に譲渡し、持分のすべてを失った、などと判示して、Xの請求をすべて棄却した。
4 Xが上告し、原審の事実認定を非難するとともに、贈与の有効性に関する原審の判断が有限会社法一九条に反するなどと主張した。
5 これに対し、本判決は、事実認定に関する上告理由を排斥し、有限会社法一九条二項の趣旨につき、「専ら会社にとって好ましくない者が社員となることを防止し、もって譲渡人以外の社員の利益を保護するところにある」とした上、判決要旨のとおり判示して、Aの贈与を有効であるとした原審の判断を是認した(上告棄却。なお、本件では、有限会社法二〇条所定の対抗要件に欠けるところはない。また、最初の贈与が有効であれば、二回目以後の贈与は社員間の譲渡となって問題はない。)。
四 有限会社法一九条二項と類似の規定として、株式会社の株式譲渡につき、定款をもって取締役会の承認を要する旨を定めることができるとする商法二〇四条一項ただし書があり、最三小判平5・3・30民集四七巻四号三四三九頁、本誌八四二号一四一頁は、本判決と同様に右譲渡制限規定の趣旨を説示した上、「いわゆる一人会社の株主がその保有する株式を他に譲渡した場合には、定款所定の取締役会の承認がなくとも、その譲渡は、会社に対する関係においても有効と解するのが相当である。」と判示している。ただ、右は、譲渡人以外に株主が存在しない一人会社に関するもので、他に社員ないし株主が存在し、その全員が譲渡を承認していた場合に関しては、有限会社の事案についてではあるが、本判決が初めて最高裁としての判断を明示したことになる。
有限会社法一九条二項、商法二〇四条一項ただし書の譲渡制限規定の趣旨が譲渡人以外の社員(株主)の利益を保護するところにあると解され(上柳=鴻=竹内・新版注釈会社法(14)一四五頁〔担当神崎克郎〕など、学説でもほぼ異論はないようである)、その保護の対象となる社員(株主)全員が譲渡を承認している以上、当該譲渡の効力を否定すべき理由はないと思われる。
学説をみても、株式の譲渡制限に関する議論ではあるが、株主全員の承認があれば取締役会の承認がなくても会社に対する関係においても譲渡は有効であるとの結論においては、ほぼ異論がないように見受けられる(右平成5年判決、東京高判平2・11・29判時一三七四号一一二頁及び東京地判平1・6・27金判八三七号三五頁の評釈等である、森淳二朗・法セ四三二号一二四頁、野村直之・本誌七九〇号一六八頁、鈴木千佳子・法学研究(慶応)六九巻九号一八九頁、藤原雄三・判評四三〇号四四頁、西尾信一・手研四九九号六〇頁、坂田桂三=酒巻俊之・司法研究所紀要第三巻一四五頁、小野寺千世・ジュリ一〇四七号一二二頁、永井和之・金法一二九六号四頁、森本滋・会社法〔第二版〕一五六頁等参照。なお、反対説と解されるものとして、伊藤壽英・金判八四七号三三頁がある)。
ところで、本件のような持分譲渡を社員総会の承認がなくても有効であるとする考え方を分析すると、第一に、譲渡人以外の社員全員の承認がある以上、これらの者の利益保護を問題とする余地はないとの考え方(実質的にみて譲渡制限規定を適用する前提を欠くということになろうか)、第二に、社員全員の承認があることで社員総会の承認に代置ないし同視し得るとの考え方があり得るように思われる。他方、株式会社の場合についてみると、第一の考え方はここでも同旨の説明ができるが、第二の考え方では、株主全員の承認と取締役会の承認という構成員を異にするものの間での代置ないし同視が問題となるので、有限会社ほど説明が容易ではなく、何らかの理論的説明を要する。その結果、理論構成をめぐって更に見解が分かれている(前掲各学説参照)。
本判決では、右いずれの考え方によるかは明示的には判示されていないというべきであろうが、その説示等から推察するならば、第一の考え方のように理解し得るのではなかろうか。そうであるとすれば、株式会社において譲渡人以外の株主全員の承認がある場合についてもこれと同旨の説明が可能であろう。
五 本判決は、有限会社の社員全員の承認の下にされた持分譲渡の効力に関し、最高裁として初めての判断を示したもので、重要な判例といえよう。

・一人会社の場合
+判例(H5.3.30)
理由
上告代理人菅野孝久、同神谷光弘の上告理由第一点について
上告人が資本の額一〇〇〇万円の株式会社であって、その代表取締役にAが就任している旨の登記がされていることは、原審の適法に確定したところであり、また、本訴において、被上告人らのうちB、C及びDの三名は、いずれも自己が上告人の取締役の地位にあると主張して、その旨の地位確認とAを取締役に選任する旨の上告人の株主総会の決議が存在しないことの確認等を求めたところ、これに対し、Aは上告人の代表取締役として応訴し、右三名が上告人の取締役であることを争ったことは、記録上明らかである。
ところで、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下「商法特例法」という。)二四条一項は、資本の額が一億円以下の株式会社(以下「会社」という。)が取締役に対し、又は取締役が会社に対して訴えを提起する場合には、その訴えについては、取締役会が定める者が会社を代表する旨規定しているところ、所論は、右三名が提起した訴えについても、右規定により上告人の取締役会が定めた者が上告人を代表して応訴すべきであったもので、右訴えに関する訴状の送達から原判決の言渡しに至るまでのすべての手続は無効であるというのである。
しかしながら、商法特例法二四条一項が会社と取締役との間の訴訟について会社の代表取締役の代表権を否定したのは、代表取締役は、本来会社の利益を図るために会社を代表して訴訟を追行すべきところ、訴訟の相手方が同僚の取締役である場合には、会社の利益よりもその取締役の利益を優先させ、いわゆるなれ合い訴訟により会社の利益を害するおそれがあることから、これを防止する趣旨によるものと解される。そうすると、会社を代表する代表取締役において当該訴訟の相手方を取締役と認めていないときは、右の意味におけるなれ合いのおそれはないことが明らかであるから、会社を代表する代表取締役において取締役と認めていない者は、同項にいう取締役に当たらないものと解するのが相当である。したがって、上告人の代表取締役として応訴したAにおいて右被上告人三名が上告人の取締役であることを争っている本件にあっては、右三名は同項にいう取締役に当たらず、右三名が提起した訴えについては同項は適用されないといわなければならない。原審のこの点に関する判断には、措辞適切を欠く部分があるが、その結論は正当として是認し得る。論旨は採用することができない。

同第二点について
原審の適法に確定したところによると、上告人の全株式二万株を保有していたAは、このうち一万二〇〇〇株を被上告人Bに、三〇〇〇株を同Dに譲渡したが、右各譲渡については、上告人の定款所定の取締役会の承認はなかったというのである。
ところで、商法二〇四条一項ただし書が、株式の譲渡につき定款をもって取締役会の承認を要する旨を定めることを妨げないと規定している趣旨は、専ら会社にとって好ましくない者が株主となることを防止し、もって譲渡人以外の株主の利益を保護することにあると解される(最高裁昭和四七年(オ)第九一号同四八年六月一五日第二小法廷判決・民集二七巻六号七〇〇頁参照)から、本件のようないわゆる一人会社の株主がその保有する株式を他に譲渡した場合には、定款所定の取締役会の承認がなくとも、その譲渡は、会社に対する関係においても有効と解するのが相当である
原判決にはその説示において必ずしも適切でないところがあるが、前示の各株式譲渡は上告人に対する関係においても有効とした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
その余の上告理由について
論旨は、原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうか、又は原審の判断と関係のない事項を挙げて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

3.名義書換未了株主の権利行使

+(株主名簿)
第百二十一条  株式会社は、株主名簿を作成し、これに次に掲げる事項(以下「株主名簿記載事項」という。)を記載し、又は記録しなければならない。
一  株主の氏名又は名称及び住所
二  前号の株主の有する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)
三  第一号の株主が株式を取得した日
四  株式会社が株券発行会社である場合には、第二号の株式(株券が発行されているものに限る。)に係る株券の番号

+判例(S30.10.20)
理由
論旨第一点について。
商法二〇六条一項(昭和二五年法律一六七号による改正前の、本件株主総会決議当時の同条項をいう。)によれば、記名株式の移転は、取得者の氏名及び住所を株主名簿に記載しなければ会社には対抗できないが、会社からは右移転のあつたことを主張することは妨げない法意と解するを相当とする。従つて、本件においては、訴外Aが訴外Bの被上告会社の株式一〇株を譲り受けたことについて、株主名簿に記載してないことは所論のとおりであるが、それは右譲渡をもつて被上告会社に対抗し得ないというに止まり、会社側においては、株主名簿の書換が何らかの都合でおくれていても、右株式の譲渡を認めて譲受人Aを株主として取り扱うことを妨げるものではない。そして仮に所論のとおり、会杜がAを株主名簿の記載により五〇〇株の株主と認めてこれに株主総会招集の通知を発したものであるとしても、原審は、証拠により、Aが昭和一八年一二月一日Bから被上告会社の株式一〇株を譲り受け、その頃被上告会社に名義書換を請求したことを認定しているのであるから、被上告会社が、Aを、その所有株数を何程と認めたかは別として、株主と認めてこれに株主総会招集の通知を発したこと及びこれに基き同人が株主総会に出頭したこと自体は、結局において違法ということはできない。それ故所論は採用できない。

同第二点について。
原審は証拠により昭和一八年一二月一日BよりAへ被上告会社の株式一〇株が譲渡されたことを認定した上、本件株主総会当時Aは少くとも一〇株の株主であつたものと認めるのを相当とすると判示しているのである。それ故原判決には所論のような違法は認められない。

同第三点、第四点について。
原審は、本件において、株主総会の決議事項について特別の利害関係を有する株主の株式を表決から除外する措置をとらなかつたこと、株主でない者に株主総会招集の通知を発したこと等の違法があつたとしても、若しそのような違法がなかつたならば決議の結果が違つたかもしれないと推測されるような事情は、乙一号証によつて認めうる本件株主総会の経過、その他の証拠から見て、存在しないと認定し、そのような場合においては、裁判所は株主総会の決議の取消請求を許容すべきでなく、そのことは、商法二五一条が昭和二五年法律一六七号商法の一部を改正する法律によつて削除されたと否とに拘らない旨を判示した。思うに、商法二五一条は、昭和二五年法律一六七号商法の一部を改正する法律によつて削除されたが、それは、従来の同条の規定が、裁判所に一切の事情の斟酌を許し、従つてその裁量権を余り広汎に認めすぎる如く解されるおそれがあつたため削除されたものであつて、商法二四七条によつて提起された株主総会の決議取消の訴訟において裁判所が合理的な判断の下に右取消請求を認容するか否かを決しうることまでも否定しようとする趣旨と解すベきではなく、たとえ株主総会招集の手続又はその決議の方法が違法であつても、株主総会における議事の経過その他から判断して、その違法が決議の結果に異動を及ぼすと推測されるような事情の存在は認められないと原審の認定した本件のような場合(原審の右認定は当審においても是認できる。)において本件請求を棄却した原判示は正当であつて、所論は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

Ⅲ 設問2(1)について
株主名簿の確定的効力

Ⅳ 設問2(2)について
1.株式譲渡承認の擬制

+(株式取得者からの承認の請求)
第百三十七条  譲渡制限株式を取得した株式取得者は、株式会社に対し、当該譲渡制限株式を取得したことについて承認をするか否かの決定をすることを請求することができる。
2  前項の規定による請求は、利害関係人の利益を害するおそれがないものとして法務省令で定める場合を除き、その取得した株式の株主として株主名簿に記載され、若しくは記録された者又はその相続人その他の一般承継人と共同してしなければならない

+(株式会社が承認をしたとみなされる場合)
第百四十五条  次に掲げる場合には、株式会社は、第百三十六条又は第百三十七条第一項の承認をする旨の決定をしたものとみなす。ただし、株式会社と譲渡等承認請求者との合意により別段の定めをしたときは、この限りでない。
一  株式会社が第百三十六条又は第百三十七条第一項の規定による請求の日から二週間(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)以内に第百三十九条第二項の規定による通知をしなかった場合
二  株式会社が第百三十九条第二項の規定による通知の日から四十日(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)以内に第百四十一条第一項の規定による通知をしなかった場合(指定買取人が第百三十九条第二項の規定による通知の日から十日(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)以内に第百四十二条第一項の規定による通知をした場合を除く。)
三  前二号に掲げる場合のほか、法務省令で定める場合

2.名義書換の不当拒絶

+(株主の請求による株主名簿記載事項の記載又は記録)
第百三十三条  株式を当該株式を発行した株式会社以外の者から取得した者(当該株式会社を除く。以下この節において「株式取得者」という。)は、当該株式会社に対し、当該株式に係る株主名簿記載事項を株主名簿に記載し、又は記録することを請求することができる。
2  前項の規定による請求は、利害関係人の利益を害するおそれがないものとして法務省令で定める場合を除き、その取得した株式の株主として株主名簿に記載され、若しくは記録された者又はその相続人その他の一般承継人と共同してしなければならない。

第百三十四条  前条の規定は、株式取得者が取得した株式が譲渡制限株式である場合には、適用しない。ただし、次のいずれかに該当する場合は、この限りでない。
一  当該株式取得者が当該譲渡制限株式を取得することについて第百三十六条の承認を受けていること。
二  当該株式取得者が当該譲渡制限株式を取得したことについて第百三十七条第一項の承認を受けていること。
三  当該株式取得者が第百四十条第四項に規定する指定買取人であること。
四  当該株式取得者が相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者であること。

+判例(S41.7.28)
理由
上告代理人藤井滝夫の上告理由第一点について。
原判決の確定したところによれば、被上告会社は昭和三四年一二月二日取締役会において、同会社の新株式発行につき、(一)新株式は昭和三五年二月二九日午後五時現在、株主名簿に記載されている株主に対し、その所有株式一株につき新株二株の割合で割り合てる。(二)新株式の申込期間は同年四月二五日より五月一〇日までとする、(三)払込期日は同年五月二一日とする、(四)申込証拠金は一株につき金五〇円とし、払込期日に払込金に充当する旨を決議したところ、上告人は右基準日以前の同年一月二八日その有する旧株式五〇〇株を訴外Aに譲渡し、同訴外人は同年二月一六日被上告会社に株式名義書換の請求をしたけれども、被上告会社の過失により右書換は行われていなかつたので、右基準日当時も依然として上告人が五〇〇株の株主として記載されていたため、被上告会社は同年四月二五日上告人に一、〇〇〇株の新株割当の通知をなし、上告人は一、〇〇〇株の申込みをするとともに証拠金五〇、〇〇〇円の払込みをしたというのである。
思うに、正当の事由なくして株式の名義書換請求を拒絶した会社は、その書換のないことを理由としてその譲渡を否認し得ないのであり(大審院昭和三年七月六日判決、民集七巻五四六頁参照)、従つて、このような場合には、会社は株式譲受人を株主として取り扱うことを要し、株主名簿上に株主として記載されている譲渡人を株主として取り扱うことを得ない。そして、この理は会社が過失により株式譲受人から名義書換請求があつたのにかかわらず、その書換をしなかつたときにおいても、同様であると解すべきである。
今この見地に立つて本件を見るに、訴外Aは上告人から譲り受けた株式につき、前記基準日以前に適法に名義書換請求をしたのにかかわらず、被上告会社は過失によつてその書換をしなかつたというであるから、右株式について名義書換がなされていないけれども、被上告会社は右訴外人を株主として取り扱うことを要し、譲渡人たる上告人を株主として取り扱い得ないことは明らかなところであり、従つて、右基準日に株主であつたことを前提として新株式の交付を求める上告人の本訴請求を排斥した原審の判断は正当である。所論引用の判例は株式譲受人が会社に対して名義書換請求をすることを失念したいわゆる失念株に関するものであって、本件と事案を全く異にする。要するに、原判決に何等所論の違法はなく、論旨は採用に値しない。
同第二点について。
被上告会社が上告人に対してなした新株割当通知は、引受権を有しない者に対してなされたものであり、また、上告人の被上告会社に対してなした新株引受申込は引受権を有しない者によつてなされたものであつて、いずれも無効である旨の原審の判断は、正当であり、その判断の過程に所論違法はない。論旨は、独自の見解に基づき原判決を非難するものであつて採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

・甲会社は、Bが実際に株主であるかという実質的な権利関係について調査すべきであり、Bが実質的な権利者であることが疑わしい場合には、名義書き換えに応じなくとも不当拒絶には当たらない!

Ⅴ 設問2(3)について
1.他人名義による株式の引き受け

・実際に株式を引き受けた者が株主となる!(実質説)
+判例(S42.11.17)
理由
上告代理人谷川八郎、同川合常彰の上告理由第一点について。
他人の承諾を得てその名義を用い株式を引受けた場合においては、名義人すなわち名義貸与者ではなく、実質上の引受人すなわち名義借用者がその株主となるものと解するのが相当である。ただし、商法第二〇一条は第一項において、名義のいかんを問わず実質上の引受人が株式引受人の義務を負担するという当然の事理を規定し、第二項において、特に通謀者の連帯責任を規定したものと解され、単なる名義貸与者が株主たる権利を取得する趣旨を規定したものとは解されないから、株式の引受および払込については、一般私法上の法律行為の場合と同じく、真に契約の当事者として申込をした者が引受人としての権利を取得し、義務を負担するものと解すべきであるからである。されば、右と同旨の見解に立ち上告人の本訴請求を排斥した原判決は正当であつて、原判決に所論の違法はない。所論は、右と異る見解に立つて原判決を攻撃するものであつて、採用できない。
同第二点について。
控訴人(上告人)は本件新株の引受に関し、単なる名義貸与者にすぎず、実質上の当事者でないとする原審の認定は、原判決挙示の証拠に照らして肯認することができる。したがつて、原判決に所論の違法はなく、所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨選択ないしは事実の認定を非難するに帰し、採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

2.実質説による場合

+(株式の譲渡の対抗要件)
第百三十条  株式の譲渡は、その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、株式会社その他の第三者に対抗することができない。
2  株券発行会社における前項の規定の適用については、同項中「株式会社その他の第三者」とあるのは、「株式会社」とする。

3.形式説による場合

Ⅵ おわりに