会社法 事例で考える会社法 事例12 会社のために、というけれど


Ⅰ はじめに

+(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条  取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき
2  民法第百八条 の規定は、前項の承認を受けた同項第二号の取引については、適用しない。

+(競業及び取締役会設置会社との取引等の制限)
第三百六十五条  取締役会設置会社における第三百五十六条の規定の適用については、同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。
2  取締役会設置会社においては、第三百五十六条第一項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。

Ⅱ 本問の出題意図

+(取締役が自己のためにした取引に関する特則)
第四百二十八条  第三百五十六条第一項第二号(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引(自己のためにした取引に限る。)をした取締役又は執行役の第四百二十三条第一項の責任は、任務を怠ったことが当該取締役又は執行役の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができない
2  前三条の規定は、前項の責任については、適用しない。

+(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4  前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

Ⅲ 任務懈怠と過失
1.平成17年改正の経緯

2.利益相反取引における任務懈怠の位置づけ

・任務懈怠はあるが過失がない場合
+判例(東京高判H15.3.27)蛇の目ミシン工業控訴審
まあ、上告審で差し戻されたが。

+判例(H18.4.10)
理由
上告代理人渡辺征二郎ほかの上告受理申立て理由第二の一1及び3並びに同二1及び4について
1 本件は、B株式会社(以下「B社」という。)の株主である上告人が、B社の取締役であった被上告人らに対し、忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任、株主に対する利益供与の禁止規定違反(平成15年法律第134号による改正前の商法266条1項2号。以下、「商法266条1項2号」というときは、同改正前のものをいう。)の責任等があるとして、損害賠償を求める株主代表訴訟である。
2 原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 当事者等
B社は、ミシン、裁縫用品類等の製造及び販売を目的とする株式会社であり、その株式を東京証券取引所第1部に上場している。株式会社C銀行(平成3年4月に株式会社D銀行と合併して株式会社D’銀行となり、平成4年9月に商号を株式会社E銀行に変更した。以下、時期を問わず、「C銀行」という。)は、B社のいわゆるメインバンクである。
F株式会社(以下「F社」という。)は、不動産の売買及び仲介等を目的とした株式会社であり、B社が100%出資していた会社である。株式会社G(以下「G社」という。)は、B社の経営の多角化を図るため、ミシン以外の販売部門を独立させ、昭和63年10月に設立された株式会社であり、H株式会社(以下「H社」という。)は、同様にB社の割賦販売部門を独立させ、平成元年11月に設立された株式会社であり、いずれも、本店をB社本社所在地に置き、B社が19%出資していた会社である。
上告人は、B社の株主である。
被上告人Y1は、平成元年6月にB社の取締役(専務)に就任し、同年11月に代表取締役(副社長)に就任したが、平成3年1月16日に取締役を辞任した。被上告人Y2は、C銀行副頭取を経て、昭和63年6月にB社の代表取締役(社長)に就任し、平成元年11月に代表取締役を辞任して取締役(会長)となったが、平成3年1月31日に取締役を辞任した。被上告人Y3は、C銀行取締役(常務)を経て、昭和61年6月にB社の代表取締役(副社長)に就任し、平成元年11月に社長となったが、平成3年1月31日に取締役を辞任した。被上告人Y4は、昭和43年11月にB社の取締役に就任し、昭和63年6月に専務となり、平成3年1月17日に代表取締役(副社長)に就任し、同月31日に社長となったが、平成5年6月に取締役を退任した。被上告人Y5は、昭和63年6月にB社の取締役に就任し、平成元年6月に常務となり、平成3年6月に専務となり、平成4年6月に代表取締役(副社長)に就任し、平成5年6月に社長となったが、平成9年3月に取締役を退任した。
(2) AとB社との交渉の経緯
ア Aは、昭和45年1月にi社(昭和63年3月に商号を株式会社Iに変更した。以下、時期を問わず、「I社」という。)を、その後、昭和53年12月にj社(昭和63年3月に商号を株式会社Jに変更した。以下、時期を問わず、「J社」という。)を、それぞれ設立して、その代表取締役に就任していた。Aは、株式会社K銀行(以下「K銀行」という。)、Lリース株式会社(以下「Lリース社」という。)等の代表取締役等との人脈を通じての融資や、M株式会社(以下「M社」という。)の資金的援助を背景に、昭和61年以降、I社及びA個人においてB社株を大量に買い付け、昭和62年3月末には、I社が3255万6000株を保有するB社の筆頭株主になり、Aが300万株を保有する13位の大株主になった。
また、Aは、N株式会社(以下「N社」という。)、O株式会社(以下「O社」という。)、M社等の株式も大量に取得していた。I社は、株式取得のための資金として、昭和62年12月までにLリース社及びその関連会社から合計490億円を借り入れていたほか、昭和63年9月末日までに、株式会社Pを中心とするPグループ系列のノンバンクである株式会社pファイナンス(後に、株式会社p’ファイナンスに、更に株式会社Qファイナンスに商号を変更した。以下、時期を問わず、「Qファイナンス社」という。)から、合計966億円を借り入れていた。このQファイナンス社に対する966億円の債務のうち、500億円はB社株1740万株を担保とするものであり、466億円はN社株925万株を担保とするものであった。
イ I社及びAがB社の大株主となったことにより、B社の経営陣は、Aへの対処を検討しなければならない事態となった。Aは、いわゆる仕手筋として知られており、暴力団との関係も取りざたされている人物であったから、B社においては、そのAの影響力の存在自体が会社の社会的信用を損なうものであり、できるだけ早期にかつ安値でI社又はAが保有するB社株をB社、C銀行側で引き取って、Aの影響力を排除することが望ましい解決であると考えられていた。Aとの交渉は、C銀行出身の被上告人Y2及び同Y3が当たることになった。
ウ Aは、多数の株式の保有を背景にしてB社の役員への就任を要求し、昭和62年6月開催の株主総会において、B社の取締役に選任された。
エ Aは、昭和63年10月ころ以降、被上告人Y2及び同Y3に対し、I社が保有するB社株の高値での買取りを要求し、また、同年11月下旬ころには、同Y3に対し、B社株を担保にC銀行から融資を受けたいので取り次いでほしいと申し入れた。C銀行側は、これを受けて、同年12月23日、C銀行系列のノンバンクであるRファイナンス株式会社(以下「Rファイナンス社」という。)が、I社に対し、B社株1000万株を担保に250億円を融資した。
オ Aは、平成元年6月ころ、B社に対し、B社、C銀行、Lリース社等の出資を受けて新会社を設立するよう働きかけた。Aの構想は、その新会社に、I社及びAが保有するB社株やN社株を保有させ、I社がQファイナンス社から借り入れている966億円を肩代わりさせた上、新会社にB社が所有する不動産を開発させるというものであった。被上告人Y2及び同Y3は、Lリース社、C銀行等が加わるのであれば、Aがほしいままに新会社を支配することはないと考え、I社が保有するB社株をできるだけ早く引き取るためには、Aの要請に応じた方が良いと考えるようになった。これに対し、C銀行は、上記新会社構想は、実質的にはB社の損失においてAがB社株を高値で売り抜ける事態を実現させるもので、Aを利するだけであると判断し、これに強く反対した。
カ 平成元年6月29日開催のB社の株主総会で、Aは再度取締役に選任され、また、被上告人Y1が新たに取締役に選任され、筆頭専務となった。
被上告人Y1は、かつてM社に勤務していたが、昭和61年3月に同社を退職し、株式会社S(以下「S社」という。)の社長として、福島県いわき市内の土地に湧出した温泉を基盤とした高級会員制クラブ「Sクラブ」を発足させようとしていた。被上告人Y1は、S社の資金でB社株を大量に取得し、平成元年4月には、AのB社株の取得にも協力し、I社に対し、貸株としてB社株840万株を提供していたが、上記取締役就任後は、Aと一線を画し、B社の業績向上のため努力したいと考えていた。
キ I社がQファイナンス社から融資を受けた966億円のうち200億円については、弁済期が、2度にわたって延期され、平成元年7月31日となっていた。被上告人Y2及び同Y3は、同月に入ってからも、C銀行と、新会社構想について折衝を繰り返したが、C銀行は、改めて反対し、これを阻止するため、A、被上告人Y2及び同Y3には秘密にしたまま、Qファイナンス社がI社から担保提供を受けているB社株1740万株について、Pグループで買い取ってもらうという構想を立てていた。Aは、同月27日、被上告人Y2及び同Y3に対し、同月末にはPグループの総帥のTがB社株1740万株を買い取るという話がC銀行との間で出ている様子があること、Tに株が渡るとB社は食い物にされるであろうことを述べ、被上告人Y2に対し、Tに会って新会社構想を説明して上記200億円の弁済期の延期を取り付けるよう依頼した。被上告人Y2は、これを受けて、Tの下に赴いたが、200億円の弁済期の延期についても、新会社構想についても説明できないままTの下を辞した。
ク Aは、平成元年7月28日、被上告人Y2に対し、同被上告人がTに新会社で債務の肩代わりをする話をしていなかったとして、自分が恥をかいたなどと言って難詰した上、「Y2に一筆書いてもらうとTに約束してきた。新会社で肩代わりの約束をすると一筆書いてくれ。」と言って念書の作成を要求した。被上告人Y3は、同Y2に対し、念書を書けば悪用されると助言したが、被上告人Y2は、Aから強く迫られ、「貴殿所有のB社株1740万株のファイナンス或は買取につきB社が責任をもって行います」旨記載されたAあての書面(以下「Y2念書」という。)を作成した。その後、Aは、Tと会い、Y2念書を見せ、Pグループによる1740万株の買取りを断念させた。
(3) Aによる300億円の恐喝
ア Aは、平成元年7月29日、被上告人Y2及び同Y3に対し、暴力団関係者へのB社株の売却を示唆した。被上告人Y2は、C銀行に対してAに対する966億円の融資を要請したが、C銀行はこれを断った。被上告人Y2、同Y3及び同Y1は、同月31日、Aに対し、B社株の売却をやめるよう懇請したが、Aは、これを断り、Aが保有するB社株を全部暴力団U会の関連会社に譲渡した旨述べ、さらに、「新株主はB社にも来るし、C銀行の方にも駆け上がっていく。とにかくえらいことになったな。」とも述べた。
イ 被上告人Y3は、同Y1と共に、平成元年8月1日、Aに対し、B社株の売却の話を元に戻すよう懇請した。Aは、被上告人Y3らに対し、その保有するB社株をY2念書付きで暴力団の関連会社に売却済みである旨信じさせ、これを取り消したいのであれば300億円を用立てるよう要求した。被上告人Y3は、B社に暴力団が入ってくれば、更なる金銭の要求がされ、経営の改善が進まず、入社希望者もいなくなり、他企業との提携もままならなくなり、会社が崩壊してしまうと考えたが、他方で、B社から300億円を出金してAに交付すれば経営者としての責任問題になると思い悩んだ。
ウ Aは、平成元年8月4日、被上告人Y3及び同Y1に対し、300億円を用立てる件がまとまらないことを非難し、「大阪からヒットマンが2人来ている。」などと述べて脅迫した。C銀行は、同月5日、被上告人Y3から窮状を訴えられたが、300億円の融資はB社の責任で行うものであり、C銀行は問題が生じても責任を負わない旨を確約させた後、C銀行系列のノンバンクであるVリース株式会社(以下「Vリース社」という。)を紹介し、Vリース社がS社を経由してその融資をすることを了承した。
エ 被上告人Y3は、平成元年8月6日、同Y2の一任を受けた上、上記300億円の融資について、同Y4及び同Y5を含む専務、常務の同意を求めたところ、同Y4を除く者は同意した。同月8日、B社の臨時の取締役会において、Vリース社からG社に対する300億円の融資について、B社が債務保証をし、その本社の土地建物を担保として提供すること、G社からの貸出先をS社とすることが出席取締役全員の賛成により議決された。被上告人Y4は、同会議を欠席したが、最終的には、300億円の融資に同意した。
オ 上記のような経過により、平成元年8月10日、B社が債務を保証し、B社所有の土地建物に抵当権を設定した上で、Vリース社からG社に対し、300億円の貸付けがされ、次いで、G社からS社に対し、いわき市等所在の土地建物を担保として提供させた上で、300億円の貸付けがされた。その上で、同日及び翌11日、S社からI社に対し、300億円が融資された。なお、I社に対する現実の交付額は、2か月分の利息相当分を差し引いた合計296億7406万8494円である。
カ Aには当初から上記融資金を返済する意思がなく、これを取り戻せる具体的な見込みもなかったから、その全額の回収は困難な状況にあった。しかも、この300億円は、B社としては、全く支払う必要のない金員であり、債務保証や担保提供をする必要がなかったことも明らかであって、その融資の実質は、Aに対する巨額の利益供与であった。被上告人らは、これがAに対する巨額の利益供与であって、経営者として本来してはならない性質の行為であることは十分認識していた。
(4) 債務の肩代わり及び担保提供
ア Aは、上記のとおり、300億円を喝取した後も、引き続き、I社のQファイナンス社に対する966億円の債務の肩代わりを迫り、B社及びC銀行は対応に苦慮していた。
(ア) 平成元年9月、C銀行から被上告人Y3に対し、Y2念書で被上告人Y2が約束した1740万株のファイナンスの実行として、B社の系列会社がQファイナンス社から500億円を借り入れて、それをI社に融資し、I社がQファイナンス社に返すことにより処理してはどうかという提案があった。Tは、当初は、966億円全額の肩代わりをしてほしいという意向であったが、後に、B社株1740万株に相当する債務の肩代わりでも相談の余地があるということになった。被上告人Y3は、同Y1、同Y4に相談したところ、同Y1から、同Y2が約束したことであり、1740万株を1株3400円台で評価をして債務の肩代わりをするのであれば良いのではないかという意見が出され、同Y4は異論を唱えなかった。結局、同月29日、Qファイナンス社とG社及びF社の2社との間で各300億円(合計600億円)をQファイナンス社が貸し付ける旨の金銭消費貸借契約が締結され、同時にこれらの貸付金が両社からJ社に貸し付けられ、I社が600億円をQファイナンス社に返済するという形を取って債務の肩代わりがされ、Qファイナンス社が担保として徴求していたB社株1740万株のうち1000万株はG社の債務の、740万株はF社の債務の担保としてQファイナンス社に差し入れられた。その後、平成2年3月23日、上記肩代わりの債務者をG社に一本化することとされ、G社がQファイナンス社から600億円を借り受け、同時にJ社がG社から600億円を借り受けたこととされた。これにより、I社のQファイナンス社に対する966億円の債務のうち600億円の債務につき、G社が肩代わりすることとなった。
(イ) Aは、平成2年4月、B社株3000万株を1株4200円でB社側が買い取るよう要求した。被上告人Y3、同Y1らは、Aとの間の問題を解決する良い機会であると考え、S社、B社の関連会社及びC銀行の関連会社が各1000万株を引き取るという方向で、C銀行に検討を求めたが、C銀行は、上記価格で買い取ることはできないと判断した。Aは、同月20日、被上告人Y3に、K銀行にB社株を1株5800円で売却することを検討しているが、その場合にはKグループから役員が送り込まれることになろうなどと述べ、B社がK銀行の管理下に入ることをにおわせた。Aは、同月26日に、KグループのことはB社側が困るなら考え直しても良い、株の買取りは今の資金繰りが付くならば1年後で良いと譲歩の提案をしてきた。
被上告人Y1は、Aの提案を受け、平成2年5月中旬、要旨次のような方策(以下「本件方策」という。)を立案し、これを被上告人Y3に伝えた。
〈1〉 A保有のB社株3750万株は、S社が、1年後に1株5000円で買い取る。そのころには「Sクラブ」が開場しており、取引先金融機関の了解を得ることができる。
〈2〉 3750万株のうち1000万株はS社が引き受けるが、その余の2750万株はB社、C銀行の取引先に引き取ってもらう。それまでの金利負担はC銀行、B社側にバックアップしてもらう。
〈3〉 S社とI社は、B社株3750万株の売買予約契約を締結する。
〈4〉 A側に対し、上記買取りまで1875億円(売買代金相当額)を融資する。この融資金から、I社のQファイナンス社関連の966億円の債務、Rファイナンス社に対する250億円の債務、Lリース社に対する440億円の債務等を返済するなどして処理する。
〈5〉 上記(3)のとおりA側に交付された300億円については、B社株の代金以外で回収を図る。
被上告人Y3は、B社の主要な役員に対し、本件方策を相談したところ、全員が賛成した。C銀行は、本件方策について、1株5000円という価格には賛成しかねるが、B社の判断でやらざるを得ないということであれば、資金面については対応するとの考えを示した。その後、関係者間では、上記〈4〉の融資は、H社等のB社の関連会社が債務の肩代わりをすることによって行うこととされた。
(ウ) 本件方策に従い、H社は、平成2年5月24日、Qファイナンス社から、B社株500万株(I社が保有するもの)を担保として366億円を借り受け、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Qファイナンス社に対する366億円の債務を返済した。これによってI社のQファイナンス社に対する966億円の債務の残額366億円の債務につき、H社が肩代わりすることとなった。
また、同日、I社とS社の間で、I社が保有するB社株3450万株を代金1725億円で同年12月31日にS社が買い受けるとの売買予約契約が締結された。
(エ) F社は、平成2年6月14日、その保有するC銀行株40万株及びI社が保有するB社株500万株を担保として提供するほか、F社所有の不動産に根抵当権を設定して、Rファイナンス社から、250億円を借り受け、同日、H社に対し、同額を貸し付けた。更に、H社は、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Rファイナンス社に対する250億円の債務を返済した。これによってI社のRファイナンス社に対する250億円の債務につき、F社及びH社が肩代わりすることとなった。
(オ) G社は、平成2年6月14日、B社株300万株(A個人が保有するもの)を担保として提供して、Lリース社の関連会社であるWファイナンス株式会社(以下「Wファイナンス社」という。)から、390億円を借り受け、同日、J社に対し、同額を貸し付けた。I社は、この融資金により、Lリース社に対する440億円の債務のうち390億円を返済した。その後、B社は、G社の上記債務について、担保不足を補うため、B社が所有する小金井第2工場の敷地に根抵当権を設定した。これによってI社のLリース社に対する440億円の債務の一部につき、G社が肩代わりすることとなった。
イ B社としては、I社のQファイナンス社、Rファイナンス社及びLリース社に対する各債務について、その肩代わりに協力する必要は本来なかった。しかも、B社株3750万株を1株5000円と評価し、この売買代金相当額を融資することについても、この評価は、株価操作も加わるなどして異常な高値となったものであった。上記肩代わりは、結局は、B社株を高値で売り抜けたいというAの思惑に合致するものであり、B社にとって利益になることではなかったことも明らかである。また、例えば、Rファイナンス社の債務の肩代わりについてみると、F社のRファイナンス社に対する担保に比較して、J社の提供する担保は、B社株500万株のみであり、甚だ不均衡であった。S社、I社、J社が破綻すれば、これらの融資の返済は極めて困難な状況になることが明らかであった。その上、これらの会社は、肩代わりした債務の返済を行う能力を有しておらず、また、B社の関連会社が支払不能になれば、B社が最終的にこれを引き受けざるを得ないという前提があり、本件方策は、B社にとっては、巨額の損失を被る可能性の高いものであった。
(5) その後の経過
ア Aは、平成2年7月19日、O社株の株価操作の容疑で逮捕され、同年9月19日、B社の取締役を辞任した。Aの逮捕により、I社及びJ社が破綻し、J社からG社、H社等に対する入金も停止した。その後、S社が仕手筋にかかわっていることが報道されるなどしたため、S社の信用も失墜し、平成3年1月16日、S社は和議を申し立て、S社によるB社株の買取り構想も実現不可能となった。F社、G社及びH社も破綻するに至った。
イ G社、B社及びVリース社は、平成3年12月27日、Aに喝取された300億円の処理として、B社がG社のVリース社に対する300億円の債務を引き受けることを合意した。
ウ Qファイナンス社とB社、G社及びH社とは、平成4年1月16日、B社が、G社のQファイナンス社に対する600億円の債務のうち267億円及びH社のQファイナンス社に対する366億円の債務のうち163億円をそれぞれ保証し履行することなどを内容とする和解を成立させた。B社は、Qファイナンス社に対し、上記和解に従って、合計430億円を支払い、その後、Qファイナンス社から返還を受けたB社株1740万株を90億円で売却して同額を回収したがその余の340億円は回収不能となった。
エ F社は、平成9年3月、Rファイナンス社に対して担保として提供した不動産をC銀行の関連会社に合計100億円で売却し、同様に担保として提供したC銀行株40万株を5億円で売却し、Rファイナンス社に対する債務に充当した。
オ B社は、平成3年12月13日、G社のWファイナンス社に対する390億円の債務の担保であった小金井第2工場の敷地を約194億円で売却し、その売却代金によって上記債務の一部を弁済した。
3 上告人は、〈1〉Aによる恐喝被害に係る金員の交付(前項(3))、〈2〉Qファイナンス社に対する966億円の債務の肩代わり(同(4)ア(ア)、(ウ))、〈3〉Rファイナンス社に対するF社の所有物件等の担保提供(同(4)ア(エ))及び〈4〉Wファイナンス社に対する小金井第2工場の敷地の担保提供(同(4)ア(オ))の各行為によって、B社は合計939億円の損害を受けたと主張して、これに取締役として関与した被上告人らに対し、(1) 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任、(2) 株主に対する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任等があるとして、損害賠償を求めた。

4 原審は、上記の事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1) Aによる恐喝被害に係る金員の交付について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について被上告人Y2については、念書を書いた時点において判断に明らかに誤りがあった。被上告人Y3についても、その後のAの脅迫に対し、B社株が暴力団関係者に売られるのではないかという恐怖心にかられ、株式の取戻しをAに打診したために、300億円の要求を招き、被上告人Y1も含めてその提供に応じた点において、Aとの対応及び判断に誤りがあった。また、いかに脅迫されているとはいえ、B社にとって、外部に対し全く理由が立たず、かつ返済の当てのない300億円を融資の形で利益供与することは、会社としてはできないことであって、これを認めた他の取締役も、本来的には責任を免れない。被上告人らには、取締役として、上記利益供与を行ったことについて、外形的には、忠実義務違反、善管注意義務違反があったということができる。
しかし、前記事実関係に照らし、被上告人らの故意を認めることはできない。そして、被上告人らの過失の有無について判断すると、まず、念書の作成については、被上告人Y2が心労を重ね、冷静な判断ができない状況の中で、Aにうまく書かされた面があることを否定できず、同被上告人が念書を書いたことをもって直ちに過失があったということはできない。そして、その後の展開については、被上告人Y3及び同Y1としては、同Y2の失態をカバーしたい気持ちもあった上、このまま放置すれば、B社の優良会社としてのイメージは崩れ、多くの企業や金融機関からも相手にされなくなり、会社そのものが崩壊すると考えたことから、そのような会社の損害を防ぐためには、300億円という巨額の供与もやむを得ないとの判断を行い、他の被上告人もこれに同意したものである。前記のごときAのこうかつで暴力的な脅迫行為を前提とした場合、当時の一般的経営者として、被上告人らが上記のように判断したとしても、それは誠にやむを得ないことであった。以上の点を考慮すると、被上告人Y2、同Y3及び同Y1が300億円の供与を決め、その余の被上告人らが同意したことについて、取締役としての職務遂行上の過失があったとはいえず、被上告人らは商法266条1項5号の責任を負わない。
イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
Aに対する300億円の供与は、暴力団の関連会社に売却したB社株を取り戻すためには300億円が必要であるとAから脅迫されたことに基づき、Aの支配するI社に対し、う回融資の形で300億円を融資したものである。B社経営陣の認識としては、暴力団の関連会社に譲渡された株式を、Aの下に取り戻すために利益供与をしたものであり、実際には、300億円を喝取されたものであって、商法294条ノ2(平成12年法律第90号による改正前のもの。以下同じ。)の「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したことに該当しないことが明らかであるから、被上告人らは商法266条1項2号の責任を負わない。
(2) 債務の肩代わり及び担保提供(本件方策)について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
被上告人Y1が発案し、その余の被上告人らを含む主要な役員が了承した本件方策は、B社の経営者としては、本来採るべきものではなく、これに基づいて、B社の関連会社に巨額の債務の肩代わりをさせ、また、B社等としても担保を提供したことは、外形的には、取締役としての忠実義務、善管注意義務に違反するものといわなければならない。
しかし、被上告人らは、既に300億円を喝取されたことから、このままAが大株主としてB社にとどまるならば、更にB社の信用を失墜し、経営に大きな影響を与える事態が起きかねないと考え、早期にAからB社株の返還を受けてこれを安定株主に譲渡する必要があり、また、早期に、喝取された300億円を取り返す必要があると考えて、これが可能な方策がないかと検討していたものである。そして、当時B社株が市場で1株5000円の価格を付けており、「Sクラブ」が開場すればS社がB社株を実際に買い受けて債務を弁済することは十分可能であり、B社や関連会社ではなく、被上告人Y1の経営するS社がB社株を買い受けることになれば、合法的に、しかもB社が損害を受けることなく、Aの問題を解決できるのではないかと判断して、本件方策に従って債務の肩代わりと担保の提供を行ったものである。前記のような喝取事件を経験したB社の取締役としては、以上のような判断をしたことには無理からぬところがあった。したがって、本件方策に基づいて債務の肩代わり及び担保提供を行った被上告人らに過失があるということはできず、被上告人らは、商法266条1項5号の責任を負わない。
イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
B社は、Aから債務の肩代わり及び株式の買取りを要求され、これに応ずる方策として本件方策を採用し、債務の肩代わり及び担保の提供を行ったものであるが、B社が行ったことは関連会社に対する担保の提供にすぎない。商法294条ノ2の「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したことに該当しないことが明らかであるから、被上告人らは商法266条1項2号の責任を負わない。

5 しかしながら、原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1) Aによる恐喝被害に係る金員の交付について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
前記事実関係によれば、Aには当初から融資金名下に交付を受けた約300億円を返済する意思がなく、被上告人らにおいてこれを取り戻す当てもなかったのであるから、同融資金全額の回収は困難な状況にあり、しかも、B社としては金員の交付等をする必要がなかったのであって、上記金員の交付を正当化すべき合理的な根拠がなかったことが明らかである。被上告人らは、Aから保有するB社株の譲渡先は暴力団の関連会社であることを示唆されたことから、暴力団関係者がB社の経営等に干渉してくることにより、会社の信用が毀損され、会社そのものが崩壊してしまうことを恐れたというのであるが、証券取引所に上場され、自由に取引されている株式について、暴力団関係者等会社にとって好ましくないと判断される者がこれを取得して株主となることを阻止することはできないのであるから、会社経営者としては、そのような株主から、株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合には、法令に従った適切な対応をすべき義務を有するものというべきである。前記事実関係によれば、本件において、被上告人らは、Aの言動に対して、警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないから、Aの理不尽な要求に従って約300億円という巨額の金員をI社に交付することを提案し又はこれに同意した被上告人らの行為について、やむを得なかったものとして過失を否定することは、できないというべきである。
イ 株主の権利行使に関する利益供与禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
株式の譲渡は株主たる地位の移転であり、それ自体は「株主ノ権利ノ行使」とはいえないから、会社が、株式を譲渡することの対価として何人かに利益を供与しても、当然には商法294条ノ2第1項が禁止する利益供与には当たらないしかしながら、会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行使することを回避する目的で、当該株主から株式を譲り受けるための対価を何人かに供与する行為は、上記規定にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益を供与する行為というべきである。
前記事実関係によれば、B社は、Aが保有していた大量のB社株を暴力団の関連会社に売却したというAの言を信じ、暴力団関係者がB社の大株主としてB社の経営等に干渉する事態となることを恐れ、これを回避する目的で、上記会社から株式の買戻しを受けるため、約300億円というおよそ正当化できない巨額の金員を、う回融資の形式を取ってAに供与したというのであるから、B社のした上記利益の供与は、商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものであるというべきである。

(2) 債務の肩代わり及び担保提供(本件方策)について
ア 忠実義務、善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
前記事実関係によれば、B社としては、本来、債務の肩代わりに協力する必要はなかった上、B社株を1株5000円とする評価は、株価操作も加わるなどして異常な高値となっていたものであって、将来株式の買取りがされることを前提として、そのような高値による買取り額と見合う額でされた融資による債務の肩代わりは、B社株を高値で売り抜けたいというAの思惑に合致するものであり、B社にとって利益になることではなかったことが明らかである。しかも、更に前記事実関係によれば、S社、I社、J社が破綻すれば、これらの融資の返済は極めて困難な状況になることが明らかであった上、関連会社が支払不能になれば、B社が最終的に関連会社の債務を引き受けざるを得ないものであり、本件方策は、B社にとっては、巨額の損失を被る可能性の高い方策であったというのである。したがって、被上告人らは、Aの理不尽な要求に応ずるべきではなく、少なくとも本件方策のような対応をすることを避けるべき義務があったというべきであり、Aの要求を退けるために前記300億円の喝取の件を含むAの言動について警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できない状況にあったということもできないから、本件方策を提案し又はこれに同意して債務の肩代わり及び担保提供を行った被上告人らの行為について、無理からぬところがあったとして過失を否定することは、できないというべきである。 なお、原審は、Qファイナンス社に対する600億円の債務の肩代わりについても、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供と一体のものとして判断し、過失を否定しているが、上記債務の肩代わりは本件方策の提案より前にされたものであるから、本件方策に基づく債務の肩代わりとは別途に過失の有無が判断されなければならない。

イ 株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)の責任について
前記事実関係によれば、本件方策においては形式的にはB社の関連会社が融資の主体として関与するものの、B社自体やその100%子会社であるF社も所有物件に担保を設定するなどしている上、関連会社が支払不能になれば、B社が最終的に関連会社の債務を引き受けざるを得ないという前提があったというのであるから、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供の実質は、B社が関連会社等を通じてした巨額の利益供与であることを否定することができない。そして、本件方策は、AがB社株をK銀行等に売却するなどと発言している状況の下で、将来Aから株式を取得する者の株主としての権利行使を事前に封じ、併せてAの大株主としての影響力の行使をも封ずるために採用されたものであるから、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供が商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものであるというべきである。
なお、原審は、Qファイナンス社に対する600億円の債務の肩代わりについて、本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供と一体のものとして判断し、商法266条1項2号の責任を否定しているが、これが本件方策に基づく債務の肩代わりとは別途に判断されなければならないことは商法266条1項5号の責任について述べたのと同様である。
6 以上のとおりであるから、被上告人らに過失がないとして商法266条1項5号の責任を否定し、また、B社のした利益供与が「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものではないとして商法266条1項2号の責任を否定した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そこで、被上告人らの負担すべき損害額、利益供与額等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)

++解説
《解  説》
 1 Aは,I社の代表者であり,著名なグリーンメーラー(株式を大量に取得し,高値で売り抜け又は発行会社にこれを高値で買い取らせて利益を得ようとする者)であった。B社(蛇の目ミシン工業)は,ミシン等の製造及び販売を目的とする株式会社であり,当時C銀行をメインバンクとしていた東証一部上場企業である。B社の株主であるXは,同社の取締役Yらに対し株主代表訴訟を提起した。Xは,Aの脅迫に応じて300億円を交付した件と,その後,関連会社を通じてI社の債務の肩代わり等をした件を問題としたが,ここでは,基本となる前者(300億円の交付の件)を中心にコメントする。
 2 Aは,AやI社名義でB社株を大量に取得した。I社は,昭和62年3月には,B社の筆頭株主になり,Aは,同年6月の株主総会で同社の取締役に就任した。Aは,B社等の株式の取得のため巨額の借入れをしており,このうちPグループの系列ノンバンクに対する債務は966億円に達し,平成元年7月末には,そのうちの200億円を返済することになっていた。そこで,Aは,B社の当時の社長であるY1らに対し,B社やI社が共同で新会社を設立し,その新会社にI社の上記966億円の債務の肩代わりをさせたいと再三要求した。B社の首脳陣は,このAの計画に賛成したが,C銀行は,秘密裡にPグループのT会長との間で上記966億円の担保となっているB社株1740万株を買い取ってもらうべく交渉を始めており,Aの新会社構想に反対していた。このC銀行の動きを察知したAからの要請を受けたY2は,C銀行の反対を押し切り,Tの下を訪れて,新会社構想を説明しようとしたが,Tからまくしたてられて何も言い出すことができなかった。Aからこれを非難されたY2は,Aのいうがまま,Aが保有するB社株1740万株の買取り等についてY2が責任を持つ旨の念書を作成しAに交付してしまった。Aは,B社株を念書と共に暴力団の関連会社に売却した旨述べ,これを取りやめるのであれば,300億円を用立てるよう要求し,B社経営陣側が対応に苦慮していると,副社長であったY3らに対し,「大阪からヒットマンが2人来ている」などと述べて脅迫した。結局,B社は,Aの要求に従い,う回融資の形式を取ってI社に対し約300億円を交付したが,A側は,この金員を返済する意思がなく,その後,Aの逮捕によりI社等が破綻し,300億円の回収が不可能となった。当時B社の取締役であったYらは,上記金員の交付が,実質的には,Aに対する巨額の利益供与であって,経営者としては本来してはならない性質の行為であることを認識していながら,これを提案し,又はこれに同意していたというのである。
 3 1審,原審とも,請求を棄却し,Xから上告受理の申立てがあった。原審の争点のうち,受理決定で取り上げられたのは,忠実義務,善管注意義務違反を理由とする商法266条1項5号の責任の有無の点と,株主に対する利益供与の禁止規定違反を理由とする同項2号責任の有無の点である(なお,本件は会社法施行前の事件である。)。原審は,(1)商法266条1項5号の責任については,Yらには,300億円の利益供与を行ったことについて,外形的には,忠実義務違反,善管注意義務違反があったが,Yらは,Aの行為をそのまま放置すれば,B社の優良会社としてのイメージが崩れ,会社そのものが崩壊すると考え,これを防ぐために利益供与をしたのであって,Yらがこのように判断したとしても,やむを得ないことであって,Yらに過失があったとはいえないと判断し,(2)Aに対する300億円の供与について,B社経営陣の認識としては,暴力団の関連会社に譲渡された株式を,Aの下に取り戻すために利益供与したものであり,商法294条ノ2(平成12年改正前のもの。以下同じ。)にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したものとはいえない旨判示して,商法266条1項2号の責任も否定した。
 4 商法266条1項5号の責任の性質は債務不履行責任であり,取締役の過失が要件であると解するのが判例(最三小判昭51.3.23裁判集民117号231頁),通説(江頭憲治郎『株式会社・有限会社法〔第3版〕』367頁等)である。取締役の法令違反を認めながら過失を否定した最高裁判決として,上記昭和51年判決及び最二小判平12.7.7民集54巻6号1767頁,判タ1046号92頁があるが,これら2件の判決は,いずれも,取締役に法令違反の認識がなく,これについて過失がなかったとされた事案であるのに対し,本件は,違法性の意識の可能性という点が問題となった事案ではないから,本件とこれらの判決とでは事案が異なると思われる(藤井正夫・平15主判解(判タ1154号)167頁(原判決の評釈))。善管注意義務違反が問題となる債務不履行責任の場合,伝統的な見解では債務不履行の内容である善管注意義務違反と帰責事由である過失とは概念的には別個の要件とされるが,実質的にはその判断が交錯し重なり合う関係にあることが指摘されており(弥永真生『リーガルマインド会社法〔第9版〕』210頁注124),一方で善管注意義務違反を肯定しながら,過失を否定することは本来的には説明が困難である。この点,原判決は,そのようには明言してはいないが,適法行為の期待可能性を過失の一内容ととらえ,Yらについては,期待可能性がなかったから過失が否定されたのであるとも考えられる。しかしながら,期待可能性の欠如を理由として免責が認められる場合が理論的にはあり得るとしても実際にはそれは相当限られた場合であると考えられるし,本件の事実経過からみて,Aの要求を退けるために警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できない状況にあったとはいえないところであり,期待可能性がなかったとして過失を否定することも困難と思われる。本判決は,Yらの行為について,やむを得なかったものとして過失を否定することはできない旨判示して,商法266条1項5号の責任についての原審の判示は是認することができないとした。
 5 原審が認定したように,本件の利益供与が,暴力団の関連会社から株式を取り戻すためにされたものであるとすると,株式を譲り受けるための対価を供与する行為が「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものといえるかどうか問題となる。
 この点については,株式の譲渡は,株主の地位の移転にすぎず,株主の権利の行使とはいえないとする否定説(A説)と,株式の譲渡は,現に株主である者にその持株を手放させるのは株付け行為の裏面であり,株主のあらゆる権利の行使の機会をなくすものであるという理由から「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものといえるという肯定説(龍田節・会社判例百選(第6版)160頁等(後記東京地判の評釈)。B説)が理論的には考えられる。もっとも,原則としてA説に立ちながら,利益供与の意図,目的が,経営陣に敵対的な株主に対し議決権の行使等株主の権利の行使をさせないという点にあるような場合には,権利行使をやめさせる手段として行われるものといえるとして,「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものということができるとする説(東京弁護士会会社法部編『利益供与ガイドライン』40頁以下等。A説)も少なくなく,この説によれば,事案での適用の結果は,B説とそれほど差がないともいえる。この論点について判示した最高裁判決は見当たらないが,東京地判平7.12.27判タ912号238頁,判時1560号140頁は,上記A説に近い立場に立ったものと解される。
 本判決は,上記A説を採用したものと思われる。そして,本判決は,上記利益供与については「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものというべきである旨判断して,この点の原審の判断も是認できないものとした。
 6 本判決の判断のうち,取締役の忠実義務,善管注意義務違反の点は,1つの事例判断ではあるが,反社会的勢力に対する会社の対応の局面において最高裁が法令遵守を重視したものであり注目される。また,利益供与禁止規定の点についての判断は,利益供与禁止規定の要件について最高裁が初めての判断を示したものであり,重要な意義を有すると思われる。
3.学説その1
4.学説その2
5.学説その3
6.もう少し詳しく
7.利益相反取引における「任務」
Ⅳ 428条1項の「自己のために」の意義
・Dが乙社の全株式を保有している場合とか問題に。
・356条1項2号に該当する取引をした者のうち、「自己のために」取引をした者のみに厳格な責任が課される構造になっている。
・直接取引と間接取引の区別を明確に→名義説
でも、428条1項の「自己のために」では計算説で行ってもよいのでは。
手続規制と責任規制は趣旨を異にするし。
Ⅴ 行為の承認をした取締役の責任
Ⅵ その他