行政法 基本行政法 行政上の義務履行確保の手法


総説 行政上の義務履行確保手段の種類と位置づけ

1.義務履行強制
・行政上の強制執行
←法律上の根拠がある場合に限って認められる!!

行政代執行法
+第一条  行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。
第二条  法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

・1条の「法律」には条令を含まない!!

(1)行政代執行

ア 「法律に基づき行政庁により命ぜられた行為」

+判例(大阪高決S40.10.5)
理  由
一、抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。
二、当裁判所の判断
抗告人主張の茨木市庁舎の相手方に対する一部使用は、行政財産たる公有公用物の使用としてその用途または目的を妨げない限度で許されるものであることはいうまでもないが、これが公法関係に属することは、使用について公共団体の長の許可形態をとるとともに許可取消による使用の終了を規定していること(地方自治法二三八条の四、三項、五項)、借地法、借家法の適用がないことを明定していること(同条四項)、行政財産を使用する権利に関する処分についての不服申立の規定を設けていること(同法二三八条の七)などの点よりみて明らかであるとともに、右使用許可取消処分に対し、抗告訴訟が許されることも亦明白である。
本件では、抗告人が昭和三九年一二月一五日相手方に対し、従来茨木市庁舎の一部を組合事務所として使用することの許可をしていたのを取消す旨の処分をし、ついで、昭和四〇年一月一七日相手方に対し右組合事務所内の存置物件搬出についての行政代執行法上の戒告をするに至つたので、相手方は右庁舎使用許可の取消処分と戒告の各取消を求める抗告訴訟を提起するとともに、(1)庁舎(組合事務所)使用許可取消処分の効力の停止と(2)右取消処分に基く、相手方組合事務所内存置物件搬出についての行政代執行法上の戒告ならびにこれに続く行政代執行手続の続行停止を求め、原審は右(2)の申立を認容し、これと同趣旨の決定をしたものである。
そこでまず庁舎使用許可の取消処分に基いて行政代執行法による代執行ができるかどうかを考えてみる。
本件庁舎の管理権者たる抗告人が、相手方に対する庁舎の使用許可を取消すときは、庁舎の使用関係はこれによつて終了し、抗告人が管理権に基いて相手方に対し庁舎の明渡ないし立退きを求めることができ、相手方はこれに応ずべき義務あることはいうまでもないが、右義務は行政代執行によつてその履行の確保が許される行政上の義務ではない。けだし、行政代執行による強制実現が許される義務は、行政代執行法第二条によつて明らかな如く、法律が直接行為を命じた結果による義務であるかまたは行政庁が法律に基き行為を命じた結果に基く義務に限定されているのである。ところで、本件の如き庁舎使用許可取消処分については、処分があれば、庁舎の明渡ないしは立退きをなすべき旨を直接命じた法律の規定はない。また右使用許可取消処分は単に庁舎の使用関係を終了せしめるだけで、庁舎の明渡ないしは立退きを命じたものではないし、またこれを命じうる権限を与えた法律の規定もないからである。
抗告人の相手方に対する前記明渡し、立退き要求は、庁舎管理権に基く事実行為に過ぎないし、また相手方のこれに応ずべき義務は、使用関係の終了に伴い権利主体(茨木市)に対して生ずる公法上の義務であつて、これを以て法律が直接命じた義務とすることはできないのである。
抗告人は行政代執行が公法上の義務をそのまゝの形において実現するのであつて、これにつき直接的な法律の根拠規定を必要としないことを理由に代替的な公法上の作為義務はすべて代執行に親しむかのように主張するのであるが、右の所論は行政代執行法二条の規定に反し、失当であることはいうまでもない。 
しかのみならず、行政代執行により履行の確保される行政上の義務は、いわゆる「為す義務」たる作為義務のうち代替的なものに限られるのであつて、庁舎の明渡しないしは立退きの如き、いわゆる「与える義務」は含まれないものと解すべきである。
これらの義務の強制的実現には実力による占有の解除を必要とするのであつて、法律が直接強制を許す場合においてのみこれが可能となるのである。
もつとも、抗告人が相手方に対してなした行政代執行の前提たる戒告は、前記の如く、庁舎内にある相手方組合事務所の存置物件の搬出についてであつて、組合事務所の明渡しないしは立退きについてではないが、組合事務所存置物件の搬出は組合事務所の明渡しないしは立退き義務の履行に伴う必然的な行為であり、それ自体独立した義務内容をなすものではなく、况んや、法律が直接命じた義務あるいは法律に基ずく行政処分により命じた義務でないこと勿論である。従つて、組合事務所の明渡しないしは立退きについて前記の如く代執行が許されないからといつて、組合事務所存置物件の搬出のみを取り上げ、これが物件の搬出という面では代替的な作為義務に属することの故に、代執行の対象とするが如きことが許されないのは、いうまでもない
そうであるから、前記庁舎使用許可取消処分に基ずく行政代執行は、その執行の範囲を相手方組合事務所内の存置物件搬出に限定すると否とを問はず、行政代執行法二条の要件を欠き違法であるといわなければならない。
右の如き庁舎の明渡しないしは立退き請求については、庁舎の権利主体たる茨木市より相手方に対し、公法上の法律関係に関する訴えたる、当事者訴訟を提起し、その確定判決に基く強制執行によるか、あるいは仮処分によるなど、民訴法上の強制的実現の方法に出ずべきものである。
右庁舎の明渡しないし立退き請求は、前記の如く公法上の請求権ではあるが、その実質において私法上の賃貸借、使用貸借の終了による返還請求と異るところはないのであるから、民訴法の強制執行ないしは仮処分の規定の類推適用が許されるものと解すべきである。また庁舎所有権に基き、相手方の不法占拠を理由に明渡しないしは立退きを求める民訴法上の訴えを提起し、あるいは仮処分を求めて、その強制的実現をはかる方法もないではなく、行政代執行を許さないからといつて、不当な結果を生ずるものではない。
そこで庁舎使用許可取消処分に基く代執行が許されないのにかゝわらず、抗告人が代執行の前提である戒告をなし、代執行の強制手段に出ること確実であると認められる場合において、その行政処分の違法を理由に取消訴訟を提起するとともに、処分の執行停止を求め、これにより違法な執行を停止することができるかどうかを考察するに、庁舎使用許可取消の行政処分は、前記の如く庁舎の使用関係を終了せしめる効果を生ぜしめるに過ぎないのである。かような観念的な法律状態の形成を目的とする行政処分には執行はありえないのであつて、従つて執行停止もありえないのである(もつとも処分の効力の停止は考えられるし、相手方はその効力の停止の申請をもしているようであるが、原審はこの点についての判断を示していない。かりに申請棄却の趣旨であるとしても、相手方より抗告の申立がないのであるから、当裁判所はこの点についての審理はしない。)。かつ行政処分取消訴訟に伴う執行停止制度は、本案の取消訴訟の判決確定に相当の日時を要し、その間に行政処分の執行がなされて回復し難い損害を生じたときには、折角本案勝訴の確定判決を得ても、これが画餠に帰するおそれあることを考慮した救済規定であるから、行政処分が執行に親しむものであることを当然の前提とするものであり、当該行政処分が執行の観念を容れる余地のない性質のものであるのに、その処分を根拠にして違法な執行がなされた場合の救済は右執行停止制度の関知しないところである。
右の如く行政処分の執行そのものが違法であるときは、むしろ当該執行の違法を理由にその取消を求める抗告訴訟を提起し(行政代執行が行政事件訴訟法三条の公権力の行使にあたる事実行為であり、これに対する抗告訴訟が許されることは同条の規定ならびに旧行政代執行法七条の規定との沿革的な関係に照して明らかなところである。)、執行手続の続行を停止する意味での執行停止を求めるべきである。
本件では、相手方は抗告人のなした前記戒告に対しても取消訴訟を提起しているのである。もつとも戒告は代執行そのものではなく、またこれによつて新な義務ないし拘束を課する行政処分ではないが、代執行の前提要件として行政代執行手続の一環をなすとともに、代執行の行われることをほぼ確実に示す表示でもある。そして代執行の段階には入れば多くの場合直ちに執行は終了し、救済の実を挙げえない点よりすれば、戒告は後に続く代執行と一体的な行為であり、公権力の行使にあたるものとして、これに対する抗告訴訟を許すべきである。そうであれば、前記の如く戒告に対する抗告訴訟の提起がある以上、行政事件訴訟法二五条により戒告に続く代執行手続の続行を停止する意味での執行停止が許されるものといわなければならない(もつとも相手方の申立書によると組合事務所使用許可取消処分に基く戒告その他の代執行手続の続行停止を求めるかのような体裁になつているが、組合事務所使用許可取消処分についてその効力の停止を求めている点よりすれば、「組合事務所使用許可取消処分に基ずく戒告その他の代執行手続」という表現は、抗告人の発した戒告書の文言にそつたまでで、その真意は戒告その他代執行手続の違法を理由にその執行停止を求める趣旨であることは本件記録に照して容易に推知しうるところである。)。そして本件記録によれば、抗告人の違法な代執行により相手方は場所的に有利な組合事務所の利用ができなくなり、回復し難い損害を生ずることならびに右損害を回避するためその執行を停止すべき緊急の必要性あることが疎明せられ、かつ右執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすものとは認め難いから、執行停止をなすべき要件に欠けるところはないものといわなければならない。
抗告人は組合事務所使用許可取消処分及び戒告の各取消を求める本案請求は理由がないと主張するが、少くとも本件に直接関係をもつ戒告の取消を求める部分については、理由がないとみえる場合に該当しないこと前説示のとおりであるから、右主張は採用できない。
さらに抗告人は、本件組合事務所の移転先として庁舎の別の一部を相手方に提供する旨申出でているのであるから、相手方は本件事務所を失つたからといつて、回復し難い損害を被る筈はなく、従つて、執行停止を求める緊急の必要性を欠くと主張するのであるが、抗告人が本件組合事務所の移転先として相手方に提供を申出でた庁舎の一部は、従来の窮屈な事務所よりも多少狭い上に、相手方組合から分裂した第二、第三、第四組合の各事務所が隣合せに存在し、かつ裏側は茨木警察署に隣接しており、かくては相手方組合の運動方針、企画など組合運営に関する秘密が漏洩察知されることが懸念され、また相手方の組合活動の中心たる組合事務所が敵対的な分裂組合の事務所に囲まれていては組合活動も自ら制約されて萎縮し、はては強固な団結の維持も困難となり、組合員の脱退あるいは再分裂による組合の脆弱化ないしは崩潰が憂慮される状況にあることは、甲第三ないし六号証、同第七号証の一、二、同第八号証の一ないし四、同第一一号証、原審での相手方組合代表者原田保に対する審尋の結果によつて疎明できるから、本件代執行により相手方の被る回復し難い損害ならびにこれを避けるための緊急な必要性を否定することはできないものというべく、この点に関する抗告人の主張も亦採用し難い
そうであれば、本件は前記戒告取消訴訟の判決確定に至るまで、戒告に続く代執行手続(代執行令書の発行及び代執行)の続行を停止すべきである。原決定は「組合事務所使用許可取消処分に基く戒告その他の代執行手続の続行停止」を命じ、使用許可取消処分に基く代執行が許されることを前提とするかの如く解せられ、かつ戒告はすでになされてしまつた行為であり、もはや執行停止の余地がないのにかゝわらず、これを執行停止の対象としたかの如く解せられる点において失当であるから、これを変更すべきものとする。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、九二条但書を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 金田宇佐夫 日高敏夫 中島一郎)

イ 「法律の委任に基づく・・・条令」

+第二条  法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

この条例にはすべての条例が含まれる・・・。

ウ 代替的作為義務

エ 代執行の戒告とその処分性

+第三条  前条の規定による処分(代執行)をなすには、相当の履行期限を定め、その期限までに履行がなされないときは、代執行をなすべき旨を、予め文書で戒告しなければならない。
○2  義務者が、前項の戒告を受けて、指定の期限までにその義務を履行しないときは、当該行政庁は、代執行令書をもつて、代執行をなすべき時期、代執行のために派遣する執行責任者の氏名及び代執行に要する費用の概算による見積額を義務者に通知する。
○3  非常の場合又は危険切迫の場合において、当該行為の急速な実施について緊急の必要があり、前二項に規定する手続をとる暇がないときは、その手続を経ないで代執行をすることができる。

(2)その他の行政上の強制執行手段
ア 行政上の直接強制
ほぼなし。
イ 執行罰~行政上の間接強制
過料
砂防法のみ。
ウ 行政上の強制徴収
国税徴収法

(3)行政上の強制執行の機能不全
簡易迅速にできない・・・

(4)民事手続による強制

・行政上の強制執行制度が利用可能である場合には、それによるべきであって、民事手続きは利用できない
+判例(S41.2.23)
理由
上告代理人大谷政雄の上告理由について。
農業災害補償法八七条の二によれば、農業共済組合は、農作物共済もしくは蚕繭共済にかかる共済掛金又は賦課金を滞納する者がある場合には、督促状により期限を指定してこれを督促することを要し、その督促を受けた者が指定期限までにこれを完納しないときは、市町村に対し、その徴収を請求することができ、市町村は、右請求に応じて地方税の滞納処分の例によりこれを処分すべく、若し市町村が右請求を受けた日から三〇日以内にその処分に着手せず、又は九〇日以内にこれを終了しないときは、農業共済組合は、都道府県知事の認可を受けて、自ら地方税の滞納処分の例により処分することができることになつており、右徴収金の先取特権の順位は、国税及び地方税に次ぐものとされる等、その債権の実現について、特別の便宜が与えられている。また、きよ出金の滞納についても、農業共済基金法四六条により、前示農業災害補償法八七条の二の規定が準用され、右と同じ取扱いが認められている。かように、農業共済組合が組合員に対して有するこれら債権について、法が一般私法上の債権にみられない特別の取扱いを認めているのは、農業災害に関する共済事業の公共性に鑑み、その事業遂行上必要な財源を確保するためには、農業共済組合が強制加入制のもとにこれに加入する多数の組合員から収納するこれらの金円につき、租税に準ずる簡易迅速な行政上の強制徴収の手段によらしめることが、もつとも適切かつ妥当であるとしたからにほかならない。
論旨は、農業災害補償法八七条の二がこれら債権に行政上の強制徴収の手段を認めていることは、これら債権について、一般私法上の債権とひとしく、民訴法上の強制執行の手段をとることを排除する趣旨ではないと主張する。
しかし農業共済組合が、法律上特にかような独自の強制徴収の手段を与えられながら、この手段によることなく、一般私法上の債権と同様、訴えを提起し、民訴法上の強制執行の手段によつてこれら債権の実現を図ることは、前示立法の趣旨に反し、公共性の強い農業共済組合の権能行使の適正を欠くものとして、許されないところといわなければならない。
論旨は、また、農業共済組合連合会がその会員たる各農業共済組合に対して有する保険料債権に関しては、法は何ら特別の徴収方法を認めておらず、したがつてその徴収は、民訴法に基づく以外方法がないものとし、第一審判決を引用する原判決が公法上の金銭債権である共済掛金等の実現は民訴法に基づく強制執行にわることは許されない旨判示したのは矛盾であるというが、この点につき原判決の引用する第一審判決は、法が特に行政上の強制徴収を認めた債権について、右の判示をしたものであることその判文上明らかであるから、所論の非難は当らない。
ちなみに、本件は、農業共済組合連合会が、その会員たる農共済組合に代位して、農業共済組合の組合員に対し、右各債権訴求したものであるが、元来、農業共済組合自体が有しない権能を農業共済組合連合会が代位行使することは許されないと解すべきである。
なお、その余の論旨は、何れも本件各債権に関する法条の趣旨を正解したものとは認めがたく、採用することができない。
論旨は、何れも理宙がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎)

+判例(H14.7.9)
理由
1 本件は、地方公共団体である上告人の長が、宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(昭和58年宝塚市条例第19号。以下「本件条例」という。)8条に基づき、宝塚市内においてパチンコ店を建築しようとする被上告人に対し、その建築工事の中止命令を発したが、被上告人がこれに従わないため、上告人が被上告人に対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。第1審は、本件訴えを適法なものと扱い、本件請求は理由がないと判断して、これを棄却し、原審は、この第1審判決を維持して、上告人の控訴を棄却した。
2 そこで、職権により本件訴えの適否について検討する。
行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁参照)。国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきであるが、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許されるものと解される。そして、行政代執行法は、行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、同法の定めるところによるものと規定して(1条)、同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で、その具体的な方法としては、同法2条の規定による代執行のみを認めている。また、行政事件訴訟法その他の法律にも、一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。したがって、【要旨1】国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである。
【要旨2】本件訴えは、地方公共団体である上告人が本件条例8条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり、原審が確定したところによると、当該義務が上告人の財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから、法律上の争訟に当たらず、不適法というほかはない。そうすると、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、第1審判決を取り消して、本件訴えを却下すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三)

++解説
《解  説》
一 本件は、宝塚市長が、宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(宝塚市昭和五八年条例第一九号。以下「本件条例」という。)八条に基づき、市内においてパチンコ店を建築しようとするYに対し、建築工事の中止命令を発したが、これに従わないため、X(宝塚市)がYに対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。本件においては、一審以来、①行政主体が私人に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することが許されるか、②パチンコ店の建築を規制する本件条例は風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律及び建築基準法に違反しないか、③本件条例は職業の自由を保障する憲法二二条一項及び財産権を保障する憲法二九条二項に違反しないか、という点が争われていた。一審(判時一六一三号三六頁)及び二審(判時一六六八号三七頁)は、ともに、①の論点について判断しないまま、②の論点につき、本件条例は風営法及び建築基準法に違反するとの判断を示し、Xの請求を棄却すべきものとした。

二 本判決は、職権をもって、「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである。」とした上、「本件訴えは、地方公共団体であるXが本件条例八条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり、原審が確定したところによると、当該義務がXの財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから、法律上の争訟に当たらず、不適法というほかない。」として、原判決を破棄し、一審判決を取り消して本件訴えを却下した。

三 行政上の義務の履行を確保するための法制度には、行政の自力執行の方法による行政的執行制度と裁判所の介入による実現を図る司法的執行制度とがある。戦前の我が国では、国税徴収法と行政執行法を中心とする行政的執行制度が構築されていた。戦後、公法上の金銭債権に関しては、強制徴収による行政的執行の仕組みに変更はなかったが、それ以外の行政上の義務に関しては、昭和二三年に行政執行法が廃止され、これに代わる行政上の義務の履行確保に関する一般法として制定された行政代執行法は、行政代執行のみを認め、直接強制及び執行罰については個別立法の規定に委ねることにした。ところが、実際には、個別立法において直接強制や執行罰の規定が置かれることはほとんどなかったこともあって、国又は地方公共団体が行政上の義務の履行を求める仮処分等を提起する例が現われるようになり、その許否が論じられるようになった。

四 この点について、学説や下級審裁判例の中には、行政主体と私人の間には行政上の義務の履行を求める債権債務関係がある、あるいは、行政主体は行政上の権限に由来する履行請求権を有するなどとして、これに基づく履行請求訴訟を提起することができるとして、これを肯定する見解がある一方(細川俊彦「公法上の義務履行と強制執行」民商八二巻五号六四一頁、磯野弥生「行政上の義務履行確保」現代行政法大系(2)二五二頁、阿部泰隆「行政上の義務の民事執行」行政法の解釈三二二頁、村上順・判評三三二号一二頁、岐阜地決昭43・2・14訟月一四巻四号三八四頁、岐阜地判昭44・11・27判時六〇〇号一〇〇頁、大阪高決昭60・11・25判時一一八九号三九頁、横浜地決平1・12・8本誌七一七号二二〇頁、富山地決平2・6・5訟月三七巻一号一頁、神戸地伊丹支決平6・6・9判自一二八号六八頁等)、①戦後の法改正の趣旨は、戦前における行政機関による強制が過剰であったという反省から、これを大幅に縮減するという点にあったのであり、その際、行政的執行に代わるものとして司法的執行を認めるという選択が立法者によって行われたわけではないこと、②裁判所の権限の原則的範囲を定める憲法七六条一項及び裁判所法三条一項の規定も、司法的執行を包含するまでに裁判所の権限を拡大する趣旨であったとはいえないこと、③法令又は行政処分によって国民に何らかの行政上の義務が課されたからといって、直ちに行政主体が当該義務の履行を求める実体法上の請求権を有するとはいい難いこと等の問題点を指摘するものもあり(小早川光郎「行政による裁判の作用」法教一五一号一〇六頁、芝池義一・行政法総論講義〔第3版〕二〇二頁、ジュリ増刊行政強制一八頁、最高裁判所事務総局編・行政資料第六二号二二〇頁、宇賀克也・高田裕成「行政上の義務履行確保」法教二五三号一一頁等)、消極説に立つ下級審裁判例もみられた(神戸地伊丹支決昭60・10・18判時一一八九号四二頁、神戸地伊丹支決平9・9・9本誌九六二号一三三頁等)。

五 行政代執行法の規定や制定経緯等に照らすと、同法は、行政上の義務の履行確保の一般的手段としては行政代執行に限って認める趣旨で制定された法律であることは明らかであるから、行政上の義務の履行確保の手段が不十分なのは不都合であるという制度の必要性のみから、行政上の義務の履行請求訴訟を認めようとする積極説の立場は、法解釈論としては問題がある。また、行政上の義務には、法令により直接命じられるものと、行政庁が法令に基づいて発した行政処分によって命じられるものとがあるが、いずれの場合であっても、その根拠となる行政上の権限は、通常、公益確保のために認められているにすぎないのであって、行政主体がその実現について主観的な権利を有するとは解し難い。
ところで、通説・判例によると、①憲法七六条一項にいう「司法権」とは、具体的な争訟事件について法を適用し宣言することによってこれを解決する国家作用である、②裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」の概念は、このような司法権の本質的な要素である具体的事件・争訟性の要件を表現したものである、③行政訴訟のうち、個人的な権利利益の保護救済を目的とする主観訴訟は、「法律上の争訟」として裁判所の本来的な裁判権の範囲に属するが、個人の権利利益の侵害を前提としない客観訴訟は、司法権の当然の内容を成すものではなく、裁判所法三条一項後段にいう「その他法律において特に定める権限」として立法政策的に裁判所の裁判権の範囲に属せられたものである、と解されている(佐藤幸治〔第3版〕二九八頁、注釈日本国憲法(下)一一二七頁、最高裁判所事務総局編・裁判所法逐条解説(上)二四頁、兼子一165C竹下守夫・裁判法〔第4版〕六五頁、杉本良吉・行政事件訴訟法の解説二五頁、一三三頁、南博方編・条解行政事件訴訟法一八八頁、二二一頁、八五九頁、塩野宏・行政法Ⅱ〔第2版〕二一四頁、芦部信喜・憲法〔新版〕三〇二頁、最一小判昭28・5・28民集七巻五号六〇一頁、最二小判昭28・6・12民集七巻六号六六三頁、最三小判昭41・2・8民集二〇巻二号一九六頁、本誌一九〇号一二六頁、最三小判昭56・4・7民集三五巻三号四四三頁等)。そこで、このような見地から行政上の義務の履行請求訴訟について検討すると、国や地方公共団体が財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合は別として、国や地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の主観的な権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではないと考えられる。本判決は、このような観点から、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として私人に対して行政上の義務の履行を求める訴訟の適法性を否定したものであり、実務上、重要な意義を有するものと思われる。

2.義務違反に対する制裁
(1)刑罰と反則金

+判例(S57.7.15)
理由
上告代理人中田明男、同井上善雄、同山川元庸の上告理由について
所論は、道路交通法一二七条一項の規定による警視総監又は道府県警察本部長(以下「警察本部長」という。)の反則金の納付の通告は抗告訴訟の対象とはなりえないから本件訴えは不適法であるとした原判決の判断は、憲法三一条、三二条、七六条二項後段に違反する、というのである。
交通反則通告制度は、車両等の運転者がした道路交通法違反行為のうち、比較的軽微であつて、警察官が現認する明白で定型的なものを反則行為とし、反則行為をした者に対しては、警察本部長が定額の反則金の納付を通告し、その通告を受けた者が任意に反則金を納付したときは、その反則行為について刑事訴追をされず、一定の期間内に反則金の納付がなかつたときは、本来の刑事手続が進行するということを骨子とするものであり、これによつて、大量に発生する車両等の運転者の道路交通法違反事件について、事案の軽重に応じた合理的な処理方法をとるとともに、その処理の迅速化を図ろうとしたものである。
このような見地から、道路交通法は、反則行為に関する処理手続の特例として、警察官において、反則者があると認めるときは、その者に対し、すみやかに反則行為となるべき事実の要旨及び当該反則行為が属する反則行為の種別等を告知し(一二六条一項)、警察官から報告を受けた警察本部長は、告知を受けた者が当該告知に係る種別に属する反則行為をした反則者であると認めるときは、その者に対し、当該反則行為が属する種別に係る反則金の納付を書面で通告し(一二七条一項)、通告を受けた者は、反則行為に関する処理手続の特例の適用を受けようとする場合には、当該通告を受けた日の翌日から起算して一〇日以内に通告に係る反則金を国に対して納付しなければならず(一二八条一項、一二五条三項)、右反則金を納付した者は、当該通告の理由となつた行為に係る事件について、公訴を提起されないことになり(一二八条二項)、反則者は、当該反則行為についてその者が当該反則行為が属する種別に係る反則金の納付の通告を受け、かつ、前記一〇日の期間が経過した後でなければ、当該反則行為に係る事件について、公訴を提起されないこと(一三〇条)等を定めている。
右のような交通反則通告制度の趣旨とこれを具体化した道路交通法の諸規定に徴すると、反則行為は本来犯罪を構成する行為であり、したがつてその成否も刑事手続において審判されるべきものであるが、前記のような大量の違反事件処理の迅速化の目的から行政手続としての交通反則通告制度を設け、反則者がこれによる処理に服する途を選んだときは、刑事手続によらないで事案の終結を図ることとしたものと考えられる。道路交通法一二七条一項の規定による警察本部長の反則金の納付の通告(以下「通告」という。)があつても、これにより通告を受けた者において通告に係る反則金を納付すべき法律上の義務が生ずるわけではなく、ただその者が任意に右反則金を納付したときは公訴が提起されないというにとどまり、納付しないときは、検察官の公訴の提起によつて刑事手続が開始され、その手続において通告の理由となつた反則行為となるべき事実の有無等が審判されることとなるものとされているが、これは上記の趣旨を示すものにほかならない。してみると、道路交通法は、通告を受けた者が、その自由意思により、通告に係る反則金を納付し、これによる事案の終結の途を選んだときは、もはや当該通告の理由となつた反則行為の不成立等を主張して通告自体の適否を争い、これに対する抗告訴訟によつてその効果の覆滅を図ることはこれを許さず、右のような主張をしようとするのであれば、反則金を納付せず、後に公訴が提起されたときにこれによつて開始された刑事手続の中でこれを争い、これについて裁判所の審判を求める途を選ぶべきであるとしているものと解するのが相当である。もしそうでなく、右のような抗告訴訟が許されるものとすると、本来刑事手続における審判対象として予定されている事項を行政訴訟手続で審判することとなり、また、刑事手続と行政訴訟手続との関係について複雑困難な問題を生ずるのであつて、同法がこのような結果を予想し、これを容認しているものとは到底考えられない
右の次第であるから、通告に対する行政事件訴訟法による取消訴訟は不適法というべきであり、これと趣旨を同じくする原審の判断は正当である。
所論は、憲法三二条違反をいうが、通告が通告に係る反則金納付の法律上の義務を課するものではなく、また、通告の理由となつた反則行為となるべき事実の有無等については刑事手続においてこれを争う途が開かれていることは前記のとおりであるから、通告自体に対する不服申立ての途がないからといつて、所論憲法の条規に違反するものではなく、このことは従来の判例の趣旨に徴して明らかである(最高裁判所昭和三八年(オ)第一〇八一号同三九年二月二六日大法廷判決・民集一八巻二号三五三頁参照)。また、所論中憲法三一条、七六条二項後段違反をいう点は、通告は、前記のような性質の行政行為であつて、刑罰を科するものではなく、行政機関のする裁判でもないから、いずれもその前提を欠くものというべきである。
論旨はすべて理由がなく、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)

(2)過料~行政上の秩序罰

(3)加算税
+判例(S33.4.30)
理由
上告代理人青木一男、池田義秋の上告理由
第一点について。
法人税法(昭和二二年法律二八号。昭和二五年三月三一日法律七二号による改正前のもの。以下単に法という)四三条の追徴税は、申告納税の実を挙げるために、本来の租税に附加して租税の形式により賦課せられるものであつて、これを課することが申告納税を怠つたものに対し制裁的意義を有することは否定し得ないところであるが、詐欺その他不正の行為により法人税を免れた場合に、その違反行為者および法人に科せられる同法四八条一項および五一条の罰金とは、その性質を異にするものと解すべきである。すなわち、法四八条一項の逋脱犯に対する刑罰が「詐欺その他不正の行為により云々」の文字からも窺われるように、脱税者の不正行為の反社会性ないし反道義性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであるに反し、法四三条の追徴税は、単に過少申告・不申告による納税義務違反の事実があれば、同条所定の已むを得ない事由のない限り、その違反の法人に対し課せられるものであり、これによつて、過少申告・不申告による納税義務違反の発生を防止し、以つて納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であると解すべきである。法が追徴税を行政機関の行政手続により租税の形式により課すべきものとしたことは追徴税を課せらるべき納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として、これを課する趣旨でないこと明らかである。追徴税のかような性質にかんがみれば、憲法三九条の規定は刑罰たる罰金と追徴税とを併科することを禁止する趣旨を含むものでないと解するのが相当であるから所論違憲の主張は採用し得ない。

第二点ないし第一二点について、
法人税の未納が逋脱犯を構成する場合においても、逋脱犯が成立すること自体が課税の原因となるわけではなく、逋税犯が成立する場合には、同時に課税の原因となるべき事実が存在し、そのことが一般の規定による課税権発動の原因となるに過ぎないのであるから、法四八条所定の詐欺その他不正の行為により法人税を逋脱した場合は、その基本の性格において、法二九条以下の過少申告・不申告の一の場合にほかならないものと解すべぎであり、従つて法四八条三項の規定によつてなされる課税標準の更正又は決定も当然法二九条以下の課税標準の更正又は決定の手続によつてなさるべきものであり、この場合に法四三条の追徴税の徴収を排除すべき理由はない。しかも法が申告納税の実を挙げるため法四八条の刑罰を以つて臨むだけでは十分でないとして、別に追徴税の制度を設けた趣旨にかんがみれば、法人税の未納が逋脱犯を構成するかどうかにかかわらず、徴税庁は、その独自の認定により未納税額を認定し、これを基礎として追徴税を課し得るものとする趣旨であることは明らかであつて、逋脱犯として処罰されたからといつて、追徴税を免れしめる理由はない。そして、この場合の更正又は決定が、一般の過少申告・不申告の一の場合である以上、徴税庁が課税標準を更正又は決定するについては、必ずしも刑事裁判の確定した逋脱税額に拘束せられるものでなく、また、徴税庁のした更正又は決定の処分に対しては、法三六条以下の規定により審査、訴願および訴訟をなすことができ、その結果民事裁判と刑事裁判が課税標準額について一致しない場合を生ずることがあつても、両者はその目的と手続を異にする以上、また已むを得ないものといわねばならぬ。
すなわち、法四八条三項の法意は、同条一項の逋脱犯があつた場合において、その逋脱税額が未徴収であるときは徴税庁は直ちに、その課税標準を更正又は決定して、その税金を徴収すべきことを規定したに止り、この場合徴税庁は刑事裁判の確定した逋脱税額に拘束され、その額のみを徴収すべく、法四三条の追徴税の徴収を許さない趣旨と解すべきものではない。所論は右判示と異り、法四八条三項に定める課税標準の更正又は決定は、法二九条以下の更正又は決定の手続とは別個な特殊な徴税手続であつて、刑事裁判によつて確定された逋脱税額に拘束され、その税額のみを直ちに徴収すべきものであり、その場合法四三条の追徴税の徴収は許されないものであるとの見解に立脚して、原判決の示した法律判断を縷々論難するに帰し採用することを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官下飯坂潤夫の補足意見があるほか裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
裁判官下飯坂潤夫の補足意見は次のとおりである。
論旨第一点に関する判決理由を補足する意味合において卑見を左に開陳する。
わが国における納税制度は直接税に関する限り昭和二二年を境として一変した。すなわち従来の賦課制度から申告納税制度に改められたのである。申告納税制度とは一口に言えば納税義務者が自己の課税標準と税額を自主的に計算しこれを税務署に申告するとともに、その税額を自発的に納入する制度である。しかし、多数の納税義務者の中には利己的な立場から、これれに協力しない者がないわけではなく、これを法人税について言えば、(イ)所定の期限内に申告書を提出しなかつたり、(ロ)期限内に申告書を提出しても税額が過少であつたり、(ハ)課税標準や欠損金額の計算の基そとなる事実を隠ぺい又は仮装して申告したりする者があるのである。そこで法律はかかる利己的納税義務者に対処して申告納税制度を確保すべく、それらの納税義務者に対しては更に重率の税金を課することとし、右(イ)の者からは無申告加算税、(ロ)の者からは過少申告加算税、(ハ)の者からは重加算税をそれぞれ徴収すべきものと定めているのである。そしてこの最後の(ハ)に属するものが現行法人税法の重加算税に該当するものであり、本件における問題の追徴税なのである。従つて追徴税と言つても、また重加算税と言つても、ひとしく法人税そのものであり、しかも独立科目の税種ではないのである。このことは旧法人税法四三条が明規している「前略……割合を乗じて算出した金額に相当する税額の法人税を追徴する」との文言によつても明らかであろう。因に、改正前の所得税法にいわゆる追徴税も、また現行所得税法にいう重加算税も、法人税に於けると同じように所得税そのものであつて、それ以外の何ものでもないのである。(これら税金の徴収は国税徴収法所定の手続によるべきであるに反し罰金、科料は刑事訴訟法により裁判の執行として納付されるものであることを記憶する必要がある。)
上叙のとおりであるからわが法律体系の下において所論追徴税は税金そのものであり、憲法三九条後段にいう刑事上の責任を、刑罰そのものと解しても、また学者のいわゆる二重の危険と解しても、そのいずれの範ちゆうにも属しないものなのである。もし所論追徴税を強いて憲法上の論議の対象とするならば、国民の納税義務に関する憲法三〇条ないしは正当手続の保障に関する憲法三一条が取上げらるべきであろう。これを要するに私は所論が憲法三九条後段を論拠とする限り到底首肯し難いものとするのである。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一)

(4)課徴金

(5)制裁的公表
ア 設問4(1)~制裁的公表と条例
侵害留保説からは、情報提供目的の公表には法律の根拠は不要

行政代執行法
+第一条  行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。
=行政上の義務履行確保の手段に含まれるとすれば、条例で定めることはできないことになる!
→含まれない。
←超自治の理念

イ 制裁的公表の争い方
当事者訴訟→勧告の違法確認

3.即時強制
相手方の義務の存在を前提とせずに、行政機関が直接に身体または財産に実力を行使して行政上望ましい状態を実現すること

・条例によっても即時強制を定めることも可能
←義務履行確保手段ではないので、行政代執行法1条の適用はない。


行政法 基本行政法 行政調査


1.任意調査・間接強制調査(準強制調査)・強制調査

+判例(S63.12.20)
理  由
上告代理人藤井俊彦、同松村利教、同宮崎直見、同岡光民雄、同田邉安夫、同寺島健、同西川賢二、同高田敏明、同足立孝和、同清水文雄、同友滝英治、同岸本卓夫、同山田吉隆の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし首肯するに足り、右事実及び原審が適法に確定したその余の事実関係のもとにおいて、原判示の国税調査官が税務調査のため本件店舗に臨場し、被上告人の不在を確認する目的で、被上告人の意思に反して同店舗内の内扉の止め金を外して第一審判決別紙図面〈6〉地点の辺りまで立ち入つた行為は、所得税法二三四条一項に基づく質問検査権の範囲内の正当な行為とはいえず(最高裁昭和四五年(あ)第二三三九号同四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)、国家賠償法一条一項に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実関係を前提として独自の見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤正己 安岡滿彦 坂上壽夫 貞家克己)

+判例(S48.7.10)荒川民商事件
理由
一、弁護人上田誠吉、同池田輝孝、同秋山昭一、同澁田幹雄、同西嶋勝彦、同福田拓、同鶴見祐策の上告趣意(昭和四六年四月三〇日付上告趣意書記載のもの。)第一点について所論は、原認定にそわない事実関係を前提とする違憲(一一条、一三条、一四条、一五条、二一条、三一条)の主張および訴訟手続に関する単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
二、同第二点について
所論のうち、所得税法二三四条一項、二四二条八号の規定が不当な拡大解釈と濫用の可能性を有する条項であり、質問検査に対する不協力がすべて所定の重刑の対象とされていることは不合理であるとして右規定の違憲(三一条)をいう点は、右規定の不当解釈と濫用を招来すべき危険性が右規定上明白に存するものとは認めがたく、また、質問検査制度の趣旨目的にてらし、同法二四二条所定の刑が著しく不合理、不均衡であるとも認められないから、所論の前提を欠き、所論のうち、調査目的を達するについて他に可能な調査手段が存する場合には質問検査は許されないと解すべきであるとして違憲(三一条)および法令解釈の誤りをいう点は、実質は所得税法の前記規定の解釈に関する単なる法令違反の主張に尽き、いずれも上告適法の理由とならない。

三、同第三点について
所論は、質問検査権の行使は明白かつ現在の必要性の存在を要件としなければ許されないとしたうえ、被告人に対する本件質問検査は差し迫つた必要もないのに、事前の通知もなく、かつ調査の理由および範囲を明白に示すことなく行なわれようとしたものであり、いまだ適法な質問検査の着手にいたらなかつたものであるとして違憲(三一条、三五条、三八条一項)および法令解釈の誤りをいうが、実質はすべて所得税法の前記規定の解釈に関する単なる法令違反、事実誤認の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

四、同第四点について
所論のうち、所得税法の前記規定の違憲(三五条一項、三八条一項)をいう点は、実質は前記規定の解釈に関する単なる法令違反の主張であり、また、前記規定の犯罪構成要件としての不明確性を主張して違憲(三一条)をいう点は、右規定の文言の意義は後記一〇 、において示すとおりであつてなんら明確を欠くものとはいえないから、その前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

五、同第五点について
所論は、所得税法の前記規定は、「当該職員」の範囲を定める法令が存せず、白地刑法を許容する結果となるとして右規定の違憲(三一条)をいうが、「当該職員」の意義は、後記一〇、に示すとおり規定上明確であり、前記規定はなんらいわゆる白地刑罰規定と目すべきものではないから、所論の前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

六、同第六点について
所論のうち、質問検査に応ずるか否かを相手方の自由に委ねる一方においてその拒否を処罰することとしているのは不合理であるとし、所得税法の前記規定の違憲(三一条)をいう点は、前記規定に基づく質問検査に対しては相手方はこれを受忍すべき義務を一般的に負い、その履行を間接的心理的に強制されているものであつて、ただ、相手方においてあえて質問検査を受忍しない場合にはそれ以上直接的物理的に右義務の履行を強制しえないという関係を称して一般に「任意調査」と表現されているだけのことであり、この間なんら実質上の不合理性は存しないから、所論の前提を欠き、所論のその余の点は、すべて前記規定の解釈に関する単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

七、同第七点について
所論は、違憲(三一条、三二条、三七条)をいうが、実質は原審における裁判長の具体的訴訟指揮を非難する単なる法令違反の主張であり、上告適法の理由にあたらない。
八、同第八点について
所論のうち、原裁判所は被告人に無罪を言い渡した第一審判決を事件の核心たる主要な事実について実質的な事実の取調を行なうことなく破棄し、自判において有罪を言い渡したものであるとして判例違反をいう点は、記録によれば、原審において右の点に関する事実の取調が行なわれていることが明らかであるから、その前提を欠き、また、原審における自判の結果被告人の審級の利益が害されたとして判例違反をいう点は、引用の各判例はなんら所論のごとき趣旨の判断を示したものではないから、本件に適切でなく、また、所論のうち、原審における訴訟手続が直接審理主義、口頭弁論主義に反するとして違憲(三一条、三七条)をいう点は、記録によれば、原審における事実の取調は適法な公判手続において行なわれ、証人に対する弁護人の尋問も尽されていることが認められるから、その前提を欠き、被告人の審級の利益が害されたとして違憲(三一条、三七条)をいう点は、実質は刑訴法四〇〇条但書の解釈適用に関する単なる法令違反の主張であつて、所論はいずれも上告適法の理由にあたらない。
九、同第九点、第一〇点、第一一点について
所論第九点は、単なる法令違反の主張であり、同第一〇点、第一一点は、各事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

一〇、所得税法二三四条一項の規定の意義についての当裁判所の見解は、次のとおりである。
所得税の終局的な賦課徴収にいたる過程においては、原判示の更正、決定の場合のみではなく、ほかにも予定納税額減額申請(所得税法一一三条一項)または青色申告承認申請(同法一四五条)の承認、却下の場合、純損失の繰戻による還付(同法一四二条二項)の場合、延納申請の許否(同法一三三条二項)の場合、繰上保全差押(国税通則法三八条三項)の場合等、税務署その他の税務官署による一定の処分のなされるべきことが法令上規定され、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項については、その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行なわれることは法の当然に許容するところと解すべきものであるところ、所得税法二三四条一項の規定は、国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、前記職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行なう権限を認めた趣旨であつて、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、また、暦年終了前または確定申告期間経過前といえども質問検査が法律上許されないものではなく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行なううえの法律上一律の要件とされているものではない。そして、質問検査制度の目的が適正公平な課税の実現を図ることにあり、かつ、前記法令上の職権調査事項には当然に確定申告期間または暦年の終了の以前において調査の行なわれるべきものも含まれていることを考慮し、なお所得税法五条においては、将来において課税要件の充足があるならばそれによつて納税義務を現実に負担することとなるべき範囲の者を広く「所得税を納める義務がある」との概念で規定していることにかんがみれば、同法二三四条項にいう「納税義務がある者」とは、以上の趣意を承けるべく、既に法定の課税要件が充たされて客観的に所得税の納税義務が成立し、いまだ最終的に適正な税額の納付を終了していない者のほか、当該課税年が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があり、これによつて将来終局的に納税義務を負担するにいたるべき者をもいい、「納税義務があると認められる者」とは、前記の権限ある税務職員の判断によつて、右の意味での納税義務がある者に該当すると合理的に推認される者をいうと解すべきものである。
一一、以上のとおりであつて、所論は、すべて刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 関根小郷 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)

2.行政調査と令状主義・供述拒否権

・質問検査のような間接強制調査については、一般に、法律は令状発付を要件としていない。これが憲法35条に違反しないか?

+判例(S47.11.22)川崎民商事件
理由
弁護人山内忠吉、同岡崎一夫、同増木一彦、同陶山圭之輔、同根本孔衛の上告趣意(昭和四四年六月二五日付上告趣意書記載のもの。なお、その余の上告趣意補充書は、いずれも趣意書差出期間経過後に提出されたものであり、これを審判の対象としない。)第一点について。
所論は、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(以下、旧所得税法という。)七〇条一〇号の罪の内容をなす同法六三条は、規定の意義が不明確であつて、憲法三一条に違反するものである旨主張する。
しかし、第一、二審判決判示の本件事実関係は、被告人が所管川崎税務署長に提出した昭和三七年分所得税確定申告書について、同税務署が検討した結果、その内容に過少申告の疑いが認められたことから、その調査のため、同税務署所得税第二課に所属し所得税の賦課徴収事務に従事する職員において、被告人に対し、売上帳、仕入帳等の呈示を求めたというものであり、右職員の職務上の地位および行為が旧所得税法六三条所定の各要件を具備するものであることは明らかであるから、旧所得税法七〇条一〇号の刑罰規定の内容をなす同法六三条の規定は、それが本件に適用される場合に、その内容になんら不明確な点は存しない。
所論は、その前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。

同第二点について。
所論のうち、憲法三五条違反をいう点は、旧所得税法七〇条一〇号、六三条の規定が裁判所の令状なくして強制的に検査することを認めているのは違憲である旨の主張である。たしかに、旧所得税法七〇条一〇号の規定する検査拒否に対する罰則は、同法六三条所定の収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものであるが、同法六三条所定の収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であつて、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない、 
また、右検査の結果過少申告の事実が明らかとなり、ひいて所得税逋脱の事実の発覚にもつながるという可能性が考えられないわけではないが、そうであるからといつて、右検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。けだし、この場合の検査の範囲は、前記の目的のため必要な所得税に関する事項にかぎられており、また、その検査は、同条各号に列挙されているように、所得税の賦課徴収手続上一定の関係にある者につき、その者の事業に関する帳簿その他の物件のみを対象としているのであつて、所得税の逋脱その他の刑事責任の嫌疑を基準に右の範囲が定められているのではないからである。
さらに、この場合の強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、同法七〇条所定の刑罰を加えることによつて、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであり、かつ、右の刑罰が行政上の義務違反に対する制裁として必ずしも軽微なものとはいえないにしても、その作用する強制の度合いは、それが検査の相手方の自由な意思をいちじるしく拘束して、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたいところである。国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために収税官吏による実効性のある検査制度が欠くべからざるものであることは、何人も否定しがたいものであるところ、その目的、必要性にかんがみれば、右の程度の強制は、実効性確保の手段として、あながち不均衡、不合理なものとはいえないのである。
憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではないしかしながら、前に述べた諸点を総合して判断すれば、旧所得税法七〇条一〇号、六三条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはできず、前記規定を違憲であるとする所論は、理由がない
所論のうち、憲法三八条違反をいう点は、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の規定に基づく検査、質問の結果、所得税逋脱(旧所得税法六九条)の事実が明らかになれば、税務職員は右の事実を告発できるのであり、右検査、質問は、刑事訴追をうけるおそれのある事項につき供述を強要するもので違憲である旨の主張である。
しかし、同法七〇条一〇号、六三条に規定する検査が、もつぱら所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないこと、および、このような検査制度に公益上の必要性と合理性の存することは、前示のとおりであり、これらの点については、同法七〇条一二号、六三条に規定する質問も同様であると解すべきである。そして、憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二七年(あ)第八三八号同三二年二月二〇日判決・刑集一一巻二号八〇二頁)とするところであるが右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。しかし、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、右各規定そのものが憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない
なお、憲法三五条、三八条一項に関して右に判示したところによつてみれば、右各条項が刑事手続に関する規定であつて直ちに行政手続に適用されるものではない旨の原判断は、右各条項についての解釈を誤つたものというほかはないのであるが、旧所得税法七〇条一〇号、六三条の規定が、憲法三五条、三八条一項との関係において違憲とはいえないとする原判決の結論自体は正当であるから、この点の憲法解釈の誤りが判決に影響を及ぼさないことは、明らかである。

同第三点について。
所論のうち、憲法一四条、一九条、二一条、一二条違反をいう点は、第一、二審判決の判示にそわない事実関係を前提とする主張であつて、いずれも上告適法の理由にあたらない。
所論は、また、憲法二八条違反を主張するが、同条が、使用者対勤労者の関係にたつ者の間において勤労者の団結権および団体行動権を保障した規定であると解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日判決・刑集三巻六号七七二頁)とするところであつて、被告人の判示検査拒否の所為が、右団体行動権の行使とは認められないとした原判断は相当であるから、この点の所論は理由がない。
同第四点および第五点について。
所論は、憲法三五条違反をいうような点もあるが、実質はいずれも事実誤認または単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
なお、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない(原判決中、第一審判決を破棄するにあたり適用した法条に「刑事訴訟法第三九七条、第三八一条」とあるのは、「刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条」の単なる誤記と認める。)。
よつて同法四一〇条一項但書、四一四条、三九六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
検察官 横井大三、同木村喬行各公判出席
(裁判長裁判官 石田和外 裁判官 田中二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎 裁判官 村上朝一 裁判官 関根小郷 裁判官 藤林益三 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝)

・犯則調査手続きについて
+判例(S59.3.27)
理由 
 弁護人林川毅の上告趣意第一について 
 憲法三八条一項の規定によるいわゆる供述拒否権の保障は、純然たる刑事手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、対象となる者が自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を求めることになるもので、実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にはひとしく及ぶものと解される(最高裁昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁。なお、同昭和二七年(あ)第八三八号同三二年二月二〇日大法廷判決・刑集一一巻二号八〇二頁参照)。 
 ところで、国税犯則取締法は、収税官吏に対し、犯則事件の調査のため、犯則嫌疑者等に対する質問のほか、検査、領置、臨検、捜索又は差押等をすること(以下これらを総称して「調査手続」という。)を認めている。しかして、右調査手続は、国税の公平確実な賦課徴収という行政目的を実現するためのものであり、その性質は、一種の行政手続であつて、刑事手続ではないと解されるが(最高裁昭和四二年(し)第七八号同四四年一二月三日大法廷決定・刑集二三巻一二号一五二五頁)、その手続自体が捜査手続と類似し、これと共通するところがあるばかりでなく、右調査の対象となる犯則事件は、間接国税以外の国税については同法一二条ノ二又は同法一七条各所定の告発により被疑事件となつて刑事手続に移行し、告発前の右調査手続において得られた質問顛末書等の資料も、右被疑事件についての捜査及び訴追の証拠資料として利用されることが予定されているのである。このような諸点にかんがみると、右調査手続は、実質的には租税犯の捜査としての機能を営むものであつて、租税犯捜査の特殊性、技術性等から専門的知識経験を有する収税官吏に認められた特別の捜査手続としての性質を帯有するものと認められる。したがつて、国税犯則取締法上の質問調査の手続は、犯則嫌疑者については、自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項についても供述を求めることになるもので、「実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する」ものというべきであつて、前記昭和四七年等の当審大法廷判例及びその趣旨に照らし、憲法三八条一項の規定による供述拒否権の保障が及ぶものと解するのが相当である。 
 しかしながら、憲法三八条一項は供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、右規定による保障の及ぶ手続について供述拒否権の告知を要するものとすべきかどうかは、その手続の趣旨・目的等により決められるべき立法政策の問題と解されるところから、国税犯則取締法に供述拒否権告知の規定を欠き、収税官吏が犯則嫌疑者に対し同法一条の規定に基づく質問をするにあたりあらかじめ右の告知をしなかつたからといつて、その質問手続が憲法三八条一項に違反することとなるものでないことは、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第一〇一号同年七月一四日大法廷判決・刑集二巻八号八四六頁、昭和二三年(れ)第一〇一〇号同二四年二月九日大法廷判決・刑集三巻二号一四六頁)の趣旨に徴して明らかであるから(最高裁昭和三七年(あ)第一四九五号同三九年八月二〇日第一小法廷判決・裁判集刑事一五二号四九九頁、同昭和四八年(あ)第一八七二号同年一二月二〇日第一小法廷判決・裁判集刑事一九〇号九八九頁、同昭和五七年(あ)第六六六号同五八年三月三一日第一小法廷判決・裁判集刑事二三〇号六九七頁参照)、憲法三八条一項の解釈の誤りをいう所論は理由がない。 
 同第二について 
 所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。 
 なお、原判決は、第一審判決を破棄し自判するにあたり、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律が施行された同年五月二七日より前の行為である被告人の原判示所為につき、同法附則五条を引いて同法による改正前の所得税法二三八条一項を適用しているところ、右附則五条は、罰則の適用についての経過措置を規定したものではなく、同附則には右の点についての経過規定が置かれていないのであるから、刑法六条、一〇条の規定により軽い行為時法たる右改正前の所得税法二三八条一項を適用すべきものであつて、原判決には右の点で法令の解釈適用を誤つた違法があるが、原判決も結局右改正前の所得税法の規定を適用しているのであるから、右違法は判決に影響を及ぼさない。 
 よつて、刑訴法四〇八条により、主文のとおり判決する。 
 この判決は、裁判官横井大三の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。 
+意見
 裁判官横井大三の意見は、次のとおりである。 
 私は、上告趣意第一についての法廷意見に対し、若干見解を異にする点があるので、それを述べておきたい。 
 かつて、外国人登録法違反被告事件の判決(最高裁昭和五五年(あ)第一一二二号同五七年三月三〇日第三小法廷判決、刑集三六巻三号四七八頁)において、私は、同法三条一項、一八条一項の規定を本邦に不法に入国した外国人にも適用することが憲法上是認されるのは、外国人登録申請手続が、刑事責任の追及を目的とする手続でも、そのための資料の収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないうえ、同法一条所定の行政目的を達成するために必要かつ合理的な制度と考えられるからであつて、その限度をこえて入国の秘密の開示を求め、その開示がないと申請を受理しないという取扱いがされると、憲法三八条一項の保障を実質的に害するおそれがあり、いわゆる適用違憲の問題を生ずる余地があるとの補足意見を述べたことがある。 
 この意見は、外国人登録法による登録申請手続は行政目的達成のため定められたものであるから、形式的には憲法三八条一項にいわゆる供述拒否権の保障はないが、実質的にはその適用があるとするもので、問題を後に残すものであつたといえなくはない。 
 本件は、国税犯則取締法による犯則調査手続に憲法三八条一項の供述拒否権の保障が及ぶかどうかが問題とされた事件であるが、焦点は、収税官吏が犯則事件につき犯則嫌疑者に質問をする場合憲法上供述拒否権の告知を要するかどうかということであつて、刑事事件では、被疑者を取り調べる際あらかじめ供述拒否権のあることを告げなければならないとされてはいるものの(刑訴法一九八条二項)、その義務は憲法三八条一項に由来するものではないとされており、この点は法廷意見も認めるところなので、国税犯則取締法による収税官吏の犯則嫌疑者取調の場合にも、憲法上供述拒否権の告知を要しないこととなるのはいうまでもないといえよう。しかし、供述拒否権の保障はあるがこれを告知することまで必要はないと考えるか、供述拒否権の保障はないのでその告知も必要でないと考えるかは、結論は同じであつても、思考の過程が異る。そこに、法廷意見が国税犯則取締法による収税官吏の犯則嫌疑者に対する調査手続の性質まで踏み込んで判示した理由があるのであろう。 
 しかし、私は、この点になると、法廷意見と見解を異にし、前述した外国人登録法違反被告事件の判決における私の意見を一歩進め、憲法三八条一項にいわゆる供述拒否権の保障は、要するに、自己が刑事責任を問われることとなるような事項について供述を強要されないことを保障するものであるから、そのような事項について供述を強要することになるものである限り、刑事手続はもちろん刑事手続に準ずるものとされる国税犯則取締法による調査手続のみならず、私が前に若干のためらいを示した外国人登録法による登録手続のような行政手続にも及ぶものと考えることとしたいのである。そうすれば、形式的には及ばないが実質的には及ぶというようなためらいの議論をする必要もなくなるし、法廷意見のように、国税犯則取締法の刑事手続との直結性を強調する必要もなくなるであろう。 
 憲法三八条一項にいわゆる供述拒否権の保障は、刑事手続にのみ適用があるとか、法廷意見のように準刑事手続には適用があるという意見は、憲法の右規定が憲法の刑事に関する諸規定の中に置かれているとか、アメリカ合衆国憲法修正五条が刑事事件においては何人も自己に不利益な供述を強要されないという趣旨の規定を置いていることに由来するものと思われる。これは、それなりに十分理由のある見解であり、私もこれまでその意見に耳を傾けて来たのであつた。しかし、考えてみると、何れも決定的な理由とはいえないように思う。現に、外国人登録法による登録申請義務ばかりでなく、道路交通法による交通事故申告義務、税法による納税申告義務、麻薬取締法による麻薬営業者の記帳義務などについて、憲法三八条一項の供述拒否権の保障との関係が裁判例上問題として取り上げられているのも、これら行政手続にも憲法上の供述拒否権の保障が及ぶという意見が強く主張されたからであつて、必ずしも当を得ない問題提起とは思われない。民訴法では証人に刑訴法と同様の証言拒否権を与えてあやしまないのも、憲法三八条一項の保障が刑事手続以外にも及ぶことを示す最も典型的な例ではなかろうか。 
 このように、一般の行政手続にまで憲法三八条一項の供述拒否権の保障が及ぶとすると、行政の運営に支障を来たすことにならないかとの危倶がある。もつともな面もあるが、供述拒否権の保障は、黙秘権の保障と異り(その異同の詳細は、ここでは触れない)、「自己が刑事責任を問われることとなるような供述」の強要が禁ぜられるのであるから、一般の行政手続の過程に問題として現われることは少ないであろう。しかも、憲法上保障される供述拒否権は、放棄又は不行使の許される権利であるから、行政上特別に許可された者のみが行うことのできる業務などでは、特別許可に付随する義務としてある程度罰則をもつて供述を強要することも可能と考えられるので、右に述べたような危倶も少ないと思われる。もし、右のような特別な事由もないのに、行政上の必要があるという理由だけで、一般国民に、自己が刑事責任を問われるような供述を罰則をもつて強制するような手続があれば、それは刑事手続に準ずるものでなくても、憲法三八条一項に違反するというべきであろう。 
 (裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 横井大三 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡滿彦) 
5.行政調査の要件・手続
+判例(S48.7.10)荒川民商事件
①客観的な必要性
②実施の細目について合理的な裁量にゆだねられるが、比例原則による制約
③事前通知や調査理由の開示は一律の要件とはされていない・・・
・手続について
行政手続法
+(適用除外)
第三条  次に掲げる処分及び行政指導については、次章から第四章の二までの規定は、適用しない。
一  国会の両院若しくは一院又は議会の議決によってされる処分
二  裁判所若しくは裁判官の裁判により、又は裁判の執行としてされる処分
三  国会の両院若しくは一院若しくは議会の議決を経て、又はこれらの同意若しくは承認を得た上でされるべきものとされている処分
四  検査官会議で決すべきものとされている処分及び会計検査の際にされる行政指導
五  刑事事件に関する法令に基づいて検察官、検察事務官又は司法警察職員がする処分及び行政指導
六  国税又は地方税の犯則事件に関する法令(他の法令において準用する場合を含む。)に基づいて国税庁長官、国税局長、税務署長、収税官吏、税関長、税関職員又は徴税吏員(他の法令の規定に基づいてこれらの職員の職務を行う者を含む。)がする処分及び行政指導並びに金融商品取引の犯則事件に関する法令に基づいて証券取引等監視委員会、その職員(当該法令においてその職員とみなされる者を含む。)、財務局長又は財務支局長がする処分及び行政指導
七  学校、講習所、訓練所又は研修所において、教育、講習、訓練又は研修の目的を達成するために、学生、生徒、児童若しくは幼児若しくはこれらの保護者、講習生、訓練生又は研修生に対してされる処分及び行政指導
八  刑務所、少年刑務所、拘置所、留置施設、海上保安留置施設、少年院、少年鑑別所又は婦人補導院において、収容の目的を達成するためにされる処分及び行政指導
九  公務員(国家公務員法 (昭和二十二年法律第百二十号)第二条第一項 に規定する国家公務員及び地方公務員法 (昭和二十五年法律第二百六十一号)第三条第一項 に規定する地方公務員をいう。以下同じ。)又は公務員であった者に対してその職務又は身分に関してされる処分及び行政指導
十  外国人の出入国、難民の認定又は帰化に関する処分及び行政指導
十一  専ら人の学識技能に関する試験又は検定の結果についての処分
十二  相反する利害を有する者の間の利害の調整を目的として法令の規定に基づいてされる裁定その他の処分(その双方を名宛人とするものに限る。)及び行政指導
十三  公衆衛生、環境保全、防疫、保安その他の公益に関わる事象が発生し又は発生する可能性のある現場において警察官若しくは海上保安官又はこれらの公益を確保するために行使すべき権限を法律上直接に与えられたその他の職員によってされる処分及び行政指導
十四  報告又は物件の提出を命ずる処分その他その職務の遂行上必要な情報の収集を直接の目的としてされる処分及び行政指導
十五  審査請求、異議申立てその他の不服申立てに対する行政庁の裁決、決定その他の処分
十六  前号に規定する処分の手続又は第三章に規定する聴聞若しくは弁明の機会の付与の手続その他の意見陳述のための手続において法令に基づいてされる処分及び行政指導
2  次に掲げる命令等を定める行為については、第六章の規定は、適用しない。
一  法律の施行期日について定める政令
二  恩赦に関する命令
三  命令又は規則を定める行為が処分に該当する場合における当該命令又は規則
四  法律の規定に基づき施設、区間、地域その他これらに類するものを指定する命令又は規則
五  公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について定める命令等
六  審査基準、処分基準又は行政指導指針であって、法令の規定により若しくは慣行として、又は命令等を定める機関の判断により公にされるもの以外のもの
3  第一項各号及び前項各号に掲げるもののほか、地方公共団体の機関がする処分(その根拠となる規定が条例又は規則に置かれているものに限る。)及び行政指導、地方公共団体の機関に対する届出(前条第七号の通知の根拠となる規定が条例又は規則に置かれているものに限る。)並びに地方公共団体の機関が命令等を定める行為については、次章から第六章までの規定は、適用しない。
+(定義)
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  法令 法律、法律に基づく命令(告示を含む。)、条例及び地方公共団体の執行機関の規則(規程を含む。以下「規則」という。)をいう。
二  処分 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。
三  申請 法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。
四  不利益処分 行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう。ただし、次のいずれかに該当するものを除く。
イ 事実上の行為及び事実上の行為をするに当たりその範囲、時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分
ロ 申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分
ハ 名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分
ニ 許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの
五  行政機関 次に掲げる機関をいう。
イ 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関若しくは内閣の所轄の下に置かれる機関、宮内庁、内閣府設置法 (平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項 若しくは第二項 に規定する機関、国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項 に規定する機関、会計検査院若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
ロ 地方公共団体の機関(議会を除く。)
六  行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
七  届出 行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)であって、法令により直接に当該通知が義務付けられているもの(自己の期待する一定の法律上の効果を発生させるためには当該通知をすべきこととされているものを含む。)をいう。
八  命令等 内閣又は行政機関が定める次に掲げるものをいう。
イ 法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む。次条第二項において単に「命令」という。)又は規則
ロ 審査基準(申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ハ 処分基準(不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ニ 行政指導指針(同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときにこれらの行政指導に共通してその内容となるべき事項をいう。以下同じ。)
・立入検査は事実上の行為!
4.行政調査で得られた資料を刑事責任追及のために用いることはできるか。
+判例(H16.1.20)
理由
被告人3名の弁護人松本恒雄、同東俊一、同高田義之、同中川創太の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、引用の判例は所論のような趣旨を判示したものではないから、前提を欠き、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、職権により判断する。
法人税法(平成13年法律第129号による改正前のもの)156条によると、同法153条ないし155条に規定する質問又は検査の権限は、犯罪の証拠資料を取得収集し、保全するためなど、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使することは許されないと解するのが相当である。しかしながら、上記質問又は検査の権限の行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたとしても、そのことによって直ちに、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたことにはならないというべきである。
原判決は、本件の事実関係の下で、上記質問又は検査の権限が、犯則事件の調査を担当する者から依頼されるか、その調査に協力する意図の下に、証拠資料を保全するために行使された可能性を排除できず、一面において、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたものと評することができる旨判示している。しかしながら、原判決の認定及び記録によると、本件では、上記質問又は検査の権限の行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたにとどまり、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたものとみるべき根拠はないから、その権限の行使に違法はなかったというべきである。そうすると、原判決の上記判示部分は是認できないが、原判決は、上記質問又は検査の権限の行使及びそれから派生する手続により取得収集された証拠資料の証拠能力を肯定しているから、原判断は、結論において是認することができる。
よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 亀山継夫 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 滝井繁男)

+解説
《解  説》
1 本件は法人税ほ脱の事案であり,争点に関する事実関係,1審判決,原判決,本決定の判断は,次のようなものである。
(1) 本件は,次のとおりの経過で発覚している。
(ⅰ) 今治税務署は,高松国税局調査査察部による内偵調査を察知した被告会社2社の経営者である被告人が,税理士を介して,修正申告を申し出てきたため,直ちに被告会社2社に対する税務調査を行って,必要な資料の提供を受けたところ,その後,今治税務署の職員は,高松国税局調査査察部に上記税務調査を連絡した上,提供を受けた資料の一部をファックス送信した。
(ⅱ) 高松国税局調査査察部は,上記連絡を受けたため,予定していた強制調査を繰り上げて,内偵調査で取得収集していた資料に今治税務署から送信を受けた資料の一部を加えて,臨検捜索差押許可状を請求し,その発付を得て,被告会社2社等を臨検捜索し,有罪認定に必要な証拠資料を押収した。
(2) 被告人らは,1審以来,総勘定元帳等の有罪認定に供された証拠が,税務調査のための質問検査権を犯則調査のための手段として行使して違法に収集されたものであるから,証拠能力を欠く旨主張していたところ,1審判決,原判決は,次のとおりの判断を示している。
(ⅰ) 1審判決は,本件では,税務調査に藉口して犯則調査のための証拠資料が取得収集されたことはなかったから,証拠収集過程に違法はなく,適法な税務調査の過程で犯則調査が探知された場合には,それを端緒として犯則調査に移行することが禁じられているわけではなく,それに伴う限度で情報提供,資料の送付を行うことも許されるとして,その主張を排斥した。
(ⅱ) 原判決は,税務調査で取得収集された資料を犯則調査のため利用することはできるとしながら,本件では,税務調査のための質問検査権が,犯則調査の証拠資料を保全する目的で行使された可能性を排除することができず,法人税法156条に違反したものというほかないとした上,その違法は重大なものではないから,有罪認定に供された証拠の証拠能力を肯定できるとして,1審判決を是認した。
(3) これに対して,本決定は,本件では,質問検査権の行使に当たって,取得収集される証拠資料が後に犯則調査の証拠として利用されることが想定できたにとどまり,質問検査権が犯則調査のための手段として行使されたとみるべき根拠はないから,証拠の収集過程に違法があったとした原判決の判示部分は是認できないが,有罪認定に供された証拠の証拠能力を肯定した原判決の結論は是認できるとしている。

2 法人税法等の各税法は,税務調査に当たって納税義務者等に対し質問検査権を行使することができるとした上(例えば,法人税法153条ないし155条),その質問検査権の行使に虚偽の答弁をし,検査を拒むなどした者に対する罰則を定めており(例えば,法人税法162条2号,3号),法人税法156条等の各税法の規定は,質問検査権が犯罪捜査のため認められたものと解してはならない旨定めている。
最高裁の判例(最大判昭47.11.22刑集26巻9号554頁,本誌285号141頁)は,このような質問検査権の制度が,刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく手続で認められたものではなく,租税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続で認められたものであることなどから,憲法35条,38条の趣旨に反するものではないとしている。
判例,学説は,前記最高裁の判例等を踏まえて,税務調査と犯則調査の関係について,次のように解している。
(1) 質問検査権の行使と法人税法156条の関係について判示した最高裁の判例はないが,高裁段階の判例(福岡高判昭62.4.27税刑資158号319頁)は,質問検査権が,犯則調査の手段として行使され,税務調査に藉口して刑事事件の証拠資料を取得収集することは許されず,法人税法156条は,そのことを明文化したものであるとしている。
また,最高裁の判例(最二小決昭51.7.9裁判集刑201号137頁)は,法人税法156条が,税務調査中に犯則事件が探知された場合,それが端緒になって犯則調査に移行することを禁止する趣旨のものとは解されないとしており,高裁段階の判例(高松高判平9.10.9税刑資233号707頁)は,税務調査が犯則調査に利用する資料を取得収集するために行われていない限り,税務調査によって取得収集された資料を犯則調査のための強制調査に流用できるとしている。
(2) 学説は,質問検査権を犯則調査の手段として行使することが許されないと解することでは一致しているが,質問検査権の行使によって取得収集された資料を犯則調査に利用できるかどうかについては,それを否定する立場(金子宏・租税法〔第7版〕570頁,松沢智・租税処罰法120頁,中村勲「税務訴訟と刑事裁判の関係(1)」裁判実務大系(20)租税争訟法565頁)とそれを積極に解する立場(小島建彦「租税法」注釈特別刑法経済法編Ⅱ69頁,草川十郎ほか「調査・査察税務」現代税務全集(29)395頁)がある。

3 本決定は,質問検査権は犯罪捜査のための手段として行使することは許されないとして,法人税法156条に関する高裁段階の判例,学説の一致した立場に立つことを確認した上,質問検査権の行使に当たって,取得収集される証拠資料が後に犯則調査の証拠として利用されることが想定できたとしても,そのことによって直ちに,質問検査権が犯則調査のための手段として行使されたことにはならないとして,本件での質問検査権の行使に違法はなかったとしている。
原判決は,質問検査権の行使が,税務調査の必要性に照らして相当な範囲内のものであったとしながら,税務調査の担当者が,税務調査に先立って,犯則調査の担当者に情報を提供していた可能性がある上,被告人らによる罪証隠滅に配慮していたことを根拠にして,質問検査権が犯則調査の証拠資料を保全する目的で行使された可能性を排除することができないとしている。しかしながら,このような原判決の認定した事実関係からすると,質問検査権が犯則調査のための証拠資料を保全する目的で行使されたというのは困難であると考えられ,せいぜい,質問検査権の行使に当たって取得収集される証拠資料が後に犯則調査の証拠として利用されることが想定できたにすぎないというべきものと考えられる。
質問検査権が犯則調査の証拠資料を保全する目的で行使されたのであれば,犯則調査の手段として利用されたものと評価されると考えられるが,質問検査権の行使の必要性,相当性が肯定される限り,取得収集された資料が後に犯則調査で利用されることを想定できたという質問検査権の行使に当たっての主観的な要因だけから,質問検査権の行使が違法になるとは考えられないであろう。
本決定は,質問検査権を犯罪の証拠資料を取得収集し,保全するために行使することは違法であるとしながら,質問検査権の行使に当たって,取得収集される証拠資料が後に犯則調査の証拠として利用されることが想定できたにとどまるときは,質問検査権の行使に違法はないとして,その趣旨を明らかにしていると考えられる。本件の事実関係からすると,本決定は,質問検査権の行使によって取得収集された資料を後の犯則調査に利用することが一律に禁止されるものではないという立場に立つもののようにも思われるが,その点について明示の判断を示したものではなく,どのような資料の利用が許容されるかは,今後の判断の集積に待つべきものと考えられる。
このように,本決定は,これまでの高裁段階の判例,学説の立場に従って,法人税法156条の趣旨を確認し,1審判決と原判決で判断の分かれた質問検査権の行使の許容限度を明らかにしたものである上,質問検査権の行使によって取得収集された資料を後の犯則調査の証拠として利用することの許否にも関わる判断を示しており,今後の税務調査,犯則調査の実務に与える影響が大きいものと考えられる。

+判例(S63.3.31)

5.行政調査の瑕疵が処分の取消事由になるか

+判例(S48.8.8)

・適正手続の観点から調査に重大な違法性があるときは、当該調査を経てなされた処分も違法として取り消されるべき。

6.任意調査の限界

+判例(S53.9.7)
理由
(本件の経過)
一 第一審裁判所は、本件公訴事実中、第一審判決判示第一ないし第四の各事実につき被告人を有罪とし、懲役一年六月・三年間執行猶予に処したが、「被告人は、昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分ころ、大阪市a区b町c番地先路上において、フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末〇・六二グラムを所持した」との事実(以下「本件覚せい剤所持事実」という。)については、右日時場所において被告人から差し押えた物として検察官から取調請求のあつた覚せい剤粉末(以下「本件証拠物」という。)は、警察官が被告人に対する職務質問中に承諾を得ないまま被告人の上衣ポケツト内を捜索して差し押えた物であり、違法な手続により収集された証拠物であるから証拠能力はない、また、検察官から取調請求のあつた本件証拠物の鑑定結果等を立証趣旨とする証人は、本件証拠物自体証拠とすることが許されないのであるからその取調をする必要はない、としてこれら証拠申請を却下し、捜査段階及び第一審公判廷における被告人の自白はこれを補強するに足りる適法な証拠が存在しないので、結局犯罪の証明がないことに帰するとして、被告人を無罪とした。

二 第一審判決全部に対し検察官から控訴の申立があつたところ、原裁判所は、第一審判決中有罪部分につき検察官の控訴を容れ、量刑不当の違法があるとしてこの部分を破棄し、被告人を懲役一年の実刑に処したが、無罪部分については、次の理由で、検察官の控訴を棄却した。
(一)一般的に、警察官が職務質問に際し異常な箇所につき着衣の外部から触れる程度のことは、事案の具体的状況下においては職務質問の附随的行為として許容される場合があるが、さらにこれを超えてその者から所持品を提示させ、あるいはその者の着衣の内側やポケツトに手を入れてその所持品を検査することは、相手方の人権に重大なかかわりのあることであるから、前記着衣の外部から触れることなどによつて、人の生命、身体又は財産に危害を及ぼす危険物を所持し、かつ、具体的状況からして、急迫した状況にあるため全法律秩序からみて許容されると考えられる特別の事情のある場合を除いては、その提示が相手方の任意な意思に基づくか、あるいはその所持品検査が相手方の明示又は黙示の承諾を得たものでない限り許されない。
(二)本件においては、a巡査長とb巡査において、被告人が覚せい剤中毒者ではないかとの疑いのもとに、被告人に所持品の提示を求めてから被告人の上衣とズボンのポケツトを外から触つた段階までの右警察官の被告人に対する行為は、職務質問又はこれに附随する行為として許容されるが、被告人の上衣の左側内ポケツトを外部から触つたことによつて、同ポケツトに刃物ではないが何か堅い物が入つている感じでふくらんでいたというに止まり、刃物以外の何が入つているかは明らかでない状況で、被告人の左側内ポケツトに手を入れて本件証拠物を包んだちり紙の包みを取り出したb巡査の右所持品検査については、被告人の明示又は黙示の承諾があつたものとは認められず、他に右所持品検査が許容される特別の事情も認められないから、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項に基づく正当な職務行為とはいいがたく、右所持品検査に引き続いて行われた本件証拠物の差押は違法である。
(三)右違法の程度は、憲法三五条及び刑訴法二一八条一項所定の令状主義に違反する極めて重大なものであるうえ、弁護人は、本件証拠物を証拠とすることにつき異議を述べているのであるから、かかる証拠物を証拠として利用することは許されない。
(四)本件覚せい剤所持の事実を認めるべき証拠としては、被告人の自白があるのみで、他に右自白を補強するに足りる適法な証拠は存在しない。
三 これに対し、検察官は原判決全部に対し上告を申し立て、被告人も原判決中破棄自判部分に対し上告を申し立てた。

(検察官の上告趣意第一点について)
一 所論は、要するに、本件証拠物の差押を違法であるとした前記原判決の判断は、警職法二条一項の解釈を誤り、最高裁判所及び高等裁判所の判例と相反する判断をしている、というのである。しかし、所論引用の判例は、いずれも本件とは事案を異にし適切でないから、所論判例違反の主張は前提を欠き、その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
二 そこで、所論にかんがみ職権をもつて調査するに、本件証拠物の差押を違法であるとした原判決の判断は、次の理由により、その結論において、正当である。
(一)原判決の認定した本件証拠物の差押の経過は、次のとおりである。(1)昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分ころ、パトカーで警ら中のb巡査、a巡査長の両名は、原判示ホテルc附近路上に被告人運転の自動車が停車しており、運転席の右横に遊び人風の三、四人の男がいて被告人と話しているのを認めた。(2)パトカーが後方から近付くと、被告人の車はすぐ発進右折してホテルcの駐車場に入りかけ、遊び人風の男達もこれについて右折して行つた。(3)b巡査らは、被告人の右不審な挙動に加え、同所は連込みホテルの密集地帯で、覚せい剤事犯や売春事犯の検挙例が多く、被告人に売春の客引きの疑いもあつたので、職務質問することにし、パトカーを下車して被告人の車を駐車場入口附近で停止させ、窓ごしに運転免許証の提示を求めたところ、被告人は正木良太郎名義の免許証を提示した(免許証が偽造であることは後に警察署において判明)。(4)続いて、b巡査が車内を見ると、ヤクザの組の名前と紋のはいつたふくさ様のものがあり、中に賭博道具の札が一〇枚位入つているのが見えたので、他にも違法な物を持つているのではないかと思い、かつまた、被告人の落ち着きのない態度、青白い顔色などからして覚せい剤中毒者の疑いもあつたので、職務質問を続行するため降車を求めると、被告人は素直に降車した。(5)降車した被告人に所持品の提示を求めると、被告人は、「見せる必要はない」と言つて拒否し、前記遊び人風の男が近付いてきて、「お前らそんなことする権利あるんか」などと罵声を浴びせ、挑戦的態度に出てきたので、b巡査らは他のパトカーの応援を要請したが、応援が来るまでの二、三分の間、b巡査と応対していた被告人は何となく落ち着かない態度で所持品の提示の要求を拒んでいた。(6)応援の警官四名くらいが来て後、b巡査の所持品提示要求に対して、被告人はぶつぶつ言いながらも右側内ポケツトから「目薬とちり紙(覚せい剤でない白色粉末が在中)」を取り出して同巡査に渡した。(7)b巡査は、さらに他のポケツトを触らせてもらうと言つて、これに対して何も言わなかつた被告人の上衣とズボンのポケツトを外から触つたところ、上衣左側内ポケツトに「刃物ではないが何か堅い物」が入つている感じでふくらんでいたので、その提示を要求した。(8)右提示要求に対し、被告人は黙つたままであつたので、b巡査は、「いいかげんに出してくれ」と強く言つたが、それにも答えないので、「それなら出してみるぞ」と言つたところ、被告人は何かぶつぶつ言つて不服らしい態度を示していたが、同巡査が被告人の上衣左側内ポケツト内に手を入れて取り出してみると、それは「ちり紙の包、プラスチツクケ」ス入りの注射針一本-であり、「ちり紙の包」を被告人の面前で開披してみると、本件証拠物である「ビニール袋入りの覚せい剤ようの粉末」がはいつていた。さらに応援のd巡査が、被告人の上衣の内側の脇の下に挾んであつた万年筆型ケース入り注射器を発見して取り出した。(9)そこで、b巡査は、被告人をパトカーに乗せ、その面前でマルキース試薬を用いて右「覚せい剤ようの粉末」を検査した結果、覚せい剤であることが判明したので、パトカーの中で被告人を覚せい剤不法所持の現行犯人として逮捕し、本件証拠物を差L押えた。
(二)ところで、警職法二条一項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべぎである
(最高裁判所昭和五二年(あ)第一四三五号同五三年六月二〇日第三小法廷判決参照)。
(三)これを本件についてみると、原判決の認定した事実によれば、b巡査が被告人に対し、被告人の上衣左側内ポケツトの所持品の提示を要求した段階においては、被告人に覚せい剤の使用ないし所持の容疑がかなり濃厚に認められ、また、同巡査らの職務質問に妨害が入りかねない状況もあつたから、右所持品を検査する必要性ないし緊急性はこれを肯認しうるところであるが、被告人の承諾がないのに、その上衣左側内ポケツトに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は、一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては、相当な行為とは認めがたいところであつて、職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当である。してみると、右違法な所持品検査及びこれに続いて行われた試薬検査によつてはじめて覚せい剤所持の事実が明らかとなつた結果、被告人を覚せい剤取締法違反被疑事実で現行犯逮捕する要件が整つた本件事案においては、右逮捕に伴い行われた本件証拠物の差押手続は違法といわざるをえないものである。これと同旨の原判決の判断は、その限りにおいて相当であり、所論は採ることができない。

(検察官の上告趣意第三点について)
一 所論は、要するに、本件証拠物の証拠能力を否定した原判決の判断は、憲法三五条の解釈を誤り、かつ、最高裁判所及び高等裁判所の判例と相反する判断をしている、というのである。しかし、所論のうち憲法違反をいう点は、その実質において、証拠物の証拠能力に関する原判決の判断を論難する単なる法令違反の主張に帰するものであつて、適法な上告理由にあたらない。また、最高裁判所の判例の違反をいう点は、所論引用の当裁判所昭和二四年(れ)第二三六六号同年一二月一三日第三小法廷判決(刑事裁判集一五号三四九頁)は、証拠物の押収手続に極めて重大な違法がある場合にまで証拠能力を認める趣旨のものであるとまでは解しがたいから、本件証拠物の収集手続に極めて重大な暇疵があるとして証拠能力を否定した原判決の判断は、当裁判所の右判例と相反するものではないというべきであつて、所論は理由がなく、高等裁判所の判例の違反をいう点は、最高裁判所の判例がある場合であるから、所論は適法な上告理由にあたらない。

二 そこで、所論にかんがみ職権をもつて調査するに、本件証拠物の証拠能力を否定した原判決の判断は、次の理由により、法令に違反したものというべきである。
(一)違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので、この問題は、刑訴法の解釈に委ねられているものと解するのが相当であるところ、刑訴法は、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」(同法一条)ものであるから、違法に収集された証拠物の証拠能力に関しても、かかる見地からの検討を要するものと考えられる。ところで、刑罰法令を適正に適用実現し、公の秩序を維持することは、刑事訴訟の重要な任務であり、そのためには事案の真相をできる限り明らかにすることが必要であることはいうまでもないところ、証拠物は押収手続が違法であつても、物それ自体の性質・形状に変異をきたすことはなく、その存在・形状等に関する価値に変りのないことなど証拠物の証拠としての性格にかんがみると、その押収手続に違法があるとして直ちにその証拠能力を否定することは、事案の真相の究明に資するゆえんではなく、相当でないというべきである。しかし、他面において、事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、適正な手続のもとでされなければならないものであり、ことに憲法三五条が、憲法三三条の場合及び令状による場合を除き、住居の不可侵、捜索及び押収を受けることのない権利を保障し、これを受けて刑訴法が捜索及び押収等につき厳格な規定を設けていること、また、憲法三一条が法の適正な手続を保障していること等にかんがみると、証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その認拠能力は否定されるものと解すべきである。
(二)これを本件についてみると、原判決の認定した前記事実によれば、被告人の承諾なくその上劇左側内ポケツトか引本件証拠物を取り出したb巡査の行為は、職務質問の要件が存在し、かつ、所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかつた被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたに過ぎないのであつて、もとより同巡査において令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、また、他に右所持品検査に際し強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても相当でないとは認めがたいから、本件証拠物の証拠能力はこれを肯定すべきである。
(三)してみると、本件証拠物の収集手続に重大な違法があることを理由としてその証拠能力を否定し、また、その鑑定結果等を立証趣旨とする証人もその取調をする必要がないとして、これら証拠申請を却下した第一審裁判所の措置及びこれを是認した原判決の判断は法令に違反するものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼしており、原判決中検察官の控訴を棄却した部分及び第一審判決中無罪部分はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
(結論)
よつて、検察官の上告趣意中のその余の所論及び弁護人の上告趣意に対する判断を省略し、なお、本件覚せい剤所持の事実とその余の第一審判決及び原判決が有罪とした事実どは併合罪の関係にあるものとして公訴を提起されたものであるから、刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決の各全部を破棄し、同法四一三条本文により本件を第一審裁判所である大阪地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
検察官古川健次郎、同稲田克巳 公判出席
(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官岸盛一は退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 岸上康夫) 


行政法 基本行政法 行政計画


1.行政計画の法的位置づけ・特徴~目標プログラム

行政計画=一定の行政上の目標を設定し、その目標を達成するための手段を総合的・体系的に提示するもの。

2.行政計画と裁量
(1)一般廃棄物処理計画と一般廃棄物処理業許可
ア 設問1(1)~新規申請者に対する不許可処分

+判例(H16.1.15)松任市廃棄物処理業不許可事件
理由
上告代理人岡田進,同横山昭,同平賀睦夫の上告受理申立て理由(排除されたものを除く。)について
1 本件は,被上告人が,上告人に対し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)7条1項に基づき,一般廃棄物の収集及び運搬を業として行うことの許可申請(以下「本件許可申請」という。)をしたところ,不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)を受けたので,その取消しを求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 松任市においては,一般家庭から排出される一般廃棄物については,株式会社石川衛生公社(以下「衛生公社」という。)にその収集及び運搬を委託しているが,事業活動に伴って排出される一般廃棄物(以下「事業系廃棄物」という。)の収集及び運搬については,松任市が自ら又は委託の方法により行うのではなく,昭和54年4月1日以降,一般廃棄物収集運搬業の許可を受けた唯一の業者である衛生公社がこれを行っている
(2) 松任市の一般廃棄物処理計画のうち平成9年度及び平成10年度の各実施計画においては,事業系廃棄物は排出者自らの責任において自己処理し,又は許可業者に委託して処理することが求められる旨が定められていた。
(3) 廃棄物処理業者である被上告人は,平成10年3月17日,上告人に対し,廃棄物処理法7条1項に基づき,松任市内で事業系廃棄物(し尿・浄化槽汚泥を除く。)の収集及び運搬を業として行うことについて本件許可申請をした
(4) これに対し,上告人は,被上告人に対し,同年4月2日,「当市において,既存の許可業者で一般廃棄物の収集,運搬業務が円滑に遂行されており,新規の許可申請は廃棄物処理法第7条第3項第1号及び第2号に適合しない」との理由で,本件不許可処分をした。

3 原審は,次のとおり判断して,本件不許可処分を取り消した第1審判決を是認し,上告人の控訴を棄却した。
(1) 廃棄物処理法7条3項1号にいう「当該市町村による一般廃棄物の収集又は運搬」とは,市町村が自ら又は委託の方法により行う一般廃棄物の収集又は運搬をいうものであり,許可を受けた業者による一般廃棄物の収集又は運搬がこれに含まれるということはできない。
(2) 松任市においては,事業系廃棄物の収集及び運搬は,事業者が自ら行うほかは,すべて一般廃棄物収集運搬業の許可を受けた衛生公社が行っており,松任市が自ら又は委託の方法により事業系廃棄物の収集又は運搬を行ってはいないのであるから,それでもなお松任市が自ら又は委託の方法によりその収集及び運搬をすることが困難でないというべき特段の事情の認められない本件においては,松任市による事業系廃棄物の収集又は運搬が困難であるものと認められる。したがって,被上告人の本件許可申請は廃棄物処理法7条3項1号に適合している。
(3) 松任市の一般廃棄物処理計画は,衛生公社のみに事業系廃棄物の収集運搬業の許可を与えることを内容とするものではないと解されるが,本件不許可処分は,これとは異なる解釈を前提とし,そのことから直ちに被上告人の許可申請は同計画に適合しないとしたものであるから,廃棄物処理法7条3項2号の適用を誤ったものである。
(4) そうすると,上告人は被上告人の本件許可申請に対して許可をすべきものであり,本件不許可処分は,廃棄物処理法7条3項の適用を誤ったもので,違法である。

4 原審の上記3の判断のうち,(1)及び(2)は是認することができるが,(3)及び(4)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 市町村は,その区域内における一般廃棄物の処理に関する事業の実施をその責務とするものであり,一般廃棄物処理計画を定め,これに従って,自ら又は第三者に委託して,一般廃棄物の収集,運搬等を行うべきものである(廃棄物処理法4条1項,6条,6条の2)。そして,廃棄物処理法7条3項1号は,当該市町村による一般廃棄物の収集又は運搬が困難であることを同条1項の許可の要件として定めている。そうすると,同条3項1号の「当該市町村による一般廃棄物の収集又は運搬」とは,当該市町村が自ら又は委託の方法により行う一般廃棄物の収集又は運搬をいい,一般廃棄物収集運搬業の許可を受けた業者が行う一般廃棄物の収集又は運搬はこれに当たらないものというべきである。したがって,許可を受けた業者が一般廃棄物の収集又は運搬をすることで区域内の一般廃棄物の収集及び運搬が適切に実施されている場合であっても,当該市町村が自ら又は委託の方法により区域内の一般廃棄物の収集又は運搬を行うことが困難であるときは,同号の要件を充足するものというべきである。
(2) ところで,廃棄物処理法は,上記のとおり,一般廃棄物の収集及び運搬は本来市町村が自らの事業として実施すべきものであるとして,市町村は当該市町村の区域内の一般廃棄物処理計画を定めなければならないと定めている。そして,一般廃棄物処理計画には,一般廃棄物の発生量及び処理量の見込み,一般廃棄物の適正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項等を定めるものとされている(廃棄物処理法6条2項1号,4号)。これは,一般廃棄物の発生量及び処理量の見込みに基づいて,これを適正に処理する実施主体を定める趣旨のものと解される。そうすると,既存の許可業者等によって一般廃棄物の適正な収集及び運搬が行われてきており,これを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されているような場合には,市町村長は,これとは別にされた一般廃棄物収集運搬業の許可申請について審査するに当たり,一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには,既存の許可業者等のみに引き続きこれを行わせることが相当であるとして,当該申請の内容は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないという判断をすることもできるものというべきである。
(3) これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,松任市では衛生公社により一般廃棄物の収集及び運搬が円滑に遂行されてきていることを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されていると解されるところ,上告人は「当市において,既存の許可業者で一般廃棄物の収集,運搬業務が円滑に遂行されており,新規の許可申請は廃棄物処理法第7条第3項第1号及び第2号に適合しない」との理由で本件不許可処分をしたというのであるから,その実質は,上記の点を考慮した上,一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには,新たに被上告人に対して許可を与えるよりも,引き続き衛生公社のみに一般廃棄物の収集及び運搬を行わせる方が相当であるとして,本件許可申請は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないと判断したものと解することができ,そのような上告人の判断は許されないものとはいえないから,本件不許可処分は適法であるというべきである。
5 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,この点をいう論旨は理由がある。したがって,原判決は破棄を免れず,以上に述べたところからすれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消して,同請求を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官深澤武久は,退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官島田仁郎)

++解説
《解  説》
1 Xは,Y(松任市長)に対し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)7条1項に基づき,松任市内で事業活動に伴って生じる一般廃棄物(し尿・浄化槽汚泥を除く。)の収集・運搬を業として行うことの許可申請をした。これに対し,Yは,「松任市において,既存の許可業者で一般廃棄物の収集,運搬業務が円滑に遂行されており,新規の許可申請は廃棄物処理法7条3項1号及び2号に適合しない」との理由で不許可処分をした。本件は,この処分の取消訴訟である。
2 松任市においては,一般家庭から排出される一般廃棄物(家庭系廃棄物)については,A社に収集・運搬を委託しているが,事業活動に伴って排出される一般廃棄物(事業系廃棄物)については,松任市が自ら又は委託の方法により処理することはなく,一般廃棄物処理業の許可を受けた唯一の業者であるA社がこれを処理している。Xは,このようにA社が一般廃棄物処理業の許可を受けて行っている松任市の事業系廃棄物の処理について,Yの許可を受けて参入しようとしたものである。
松任市の一般廃棄物処理計画のうち平成10年度及び平成11年度の各実施計画においては,事業活動に伴って排出されるごみは,排出者自らの責任において適正に処理し,多量に発生したごみは排出者が自己処理し,又は許可業者に委託して適正に処理することが,廃棄物を排出する際の原則として求められていた。
3 第1,2審とも,Xの請求を認容して本件不許可処分を取り消すべきものとした。
原判決の理由の要旨は,次のとおりである。
(1) 松任市が自ら又は委託の方法により事業者の排出する一般廃棄物の収集・運搬を行うことは困難であるものと認められるから,本件許可申請は廃棄物処理法7条3項1号に適合するものである。
(2) 松任市の一般廃棄物処理計画は,A社のみに事業系廃棄物の収集・運搬業の許可を与えることを内容としているものではなく,また,それを前提としているものでもない。それにもかかわらず,かかる一般廃棄物処理計画が円滑に遂行されている以上,新規の許可申請に対して許可することは同計画に適合しないこととなるとしたYの判断は,廃棄物処理法7条3項2号の適用を誤ったものである。
4 上告受理申立ての理由は,廃棄物処理法7条3項1号及び2号の解釈適用の誤りをいうものである(判例違反をいう論旨は排除された。)。
5 本判決は,廃棄物処理法7条3項1号については,原審と同様に解したものの,同項2号については,「既存の許可業者等によって一般廃棄物の適正な収集及び運搬が行われてきており,これを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されているような場合には,市町村長は,これとは別にされた一般廃棄物収集運搬業の許可申請について審査するに当たり,一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには,既存の業者等のみに引き続きこれを行わせることが相当であるとして,当該申請の内容は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないという判断をすることもできる」との判断を示した。その上で,本判決は,松任市ではA社により一般廃棄物の収集及び運搬が円滑に遂行されてきていることを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されていると解されるところ,本件不許可処分は,その点を考慮した上,一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには,新たにXに対して許可を与えるよりも,引き続きA社のみに一般廃棄物の収集及び運搬を行わせる方が相当であるとして,本件許可申請は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないと判断したものと解することができ,そのようなYの判断は許されないものとはいえないから,本件不許可処分は適法であると判断した。
6 廃棄物処理法は,一般廃棄物の処理に関する事務を市町村の固有事務としており,市町村は,当該市町村の区域内の一般廃棄物処理計画を定めなければならないとされている(同法6条1項)。そして,市町村は,一般廃棄物の処理について統括的な責任を有するものとされている(同法6条の2第1項)。そこで,市町村は,自ら又は第三者に委託して一般廃棄物の処理を行うことになるところ,そのようにして処理することが困難な場合に限って,一般廃棄物処理業を行おうとする業者に廃棄物処理法7条1項所定の一般廃棄物処理業の許可がされることになっている。これは,市町村が一般廃棄物処理計画を作成し,これに従って業務を実施するに当たって,当該計画との整合性を欠く業者が存在したのでは,計画どおりに業務を遂行することができなくなるという理由から,計画との整合性が確保される場合に許可をしようという制度である(厚生省水道環境部編・〔新〕廃棄物処理法の解説A96頁)。
7 廃棄物処理法は,昭和45年に清掃法の全面改正として制定されたものであり,一般廃棄物処理業の許可制度について定める廃棄物処理法7条の規定は,清掃法15条の汚物取扱業の許可制度を引き継いだものである。清掃法は,当初は具体的な許可要件を定めてはいなかったが,昭和40年の改正により,その15条の2において若干の許可要件が追加され,これがその後廃棄物処理法に引き継がれ,その後更に要件が整備された。
ところで,この清掃法15条の許可の性質について,最一小判昭47.10.12民集26巻8号1410頁は,市町村長がこの許可を与えるかどうかは,清掃法の目的と当該市町村の清掃計画とに照らし,市町村がその責務である汚物処理の事務を円滑完全に遂行するのに必要適切であるかどうかという観点から,これを決すべきものであり,その意味において,市町村長の自由裁量にゆだねられていると判示している。
廃棄物処理法7条の一般廃棄物処理業の許可についても,最三小判平5.9.21裁判集民169号807頁,本誌829号141頁,判時1473号48頁は,一般廃棄物処理業の不許可処分について行政庁に裁量権の逸脱濫用はないとした原審の判断を是認している。また,一般廃棄物処理業の不許可処分の取消請求を棄却した静岡地判平8.11.22本誌958号118頁について,その控訴審の東京高判平9.12.3(平8(行コ)第164号)及び上告審の最三小判平11.4.13(平10(行ツ)第83号)も,請求棄却の結論を維持している。
8 本判決は,このような判例等を視野に入れ,廃棄物処理事業が本来的には市町村が自己の責任において実施すべき事業と定められていることや,廃棄物処理法7条3項の規定の文言上,市町村長には相当広範な裁量が与えられているものと考えられることから,前記のような判断を示したものである。
結果的には新規業者の参入を認めないことになっているが,本判決の趣旨は,既存業者を保護することにあるのではなく,廃棄物処理事業が本来市町村が自己の責任において遂行すべきものであって,一般廃棄物処理業の許可が通常の営業許可とは異なる性質を持っていること,廃棄物処理法7条3項が市町村長の裁量を認める余地のある規定となっていること等を考慮して,計画適合性に関する市町村長の裁量を認めるべきであるとしたものである。
一般廃棄物処理業の許可については,その効力等が訴訟で争われることが少なくないところ,本判決は廃棄物処理法7条の解釈について最高裁判所が初めて明確に判断を示したものであり,実務に与える影響は小さくないものと考えられる。

イ 設問1(2)既存許可業者の原告適格

+判例(H26.1.28)
理 由
 上告代理人湯川二朗の上告受理申立て理由について
 1 本件は,小浜市長から廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下,後記の改正の前後を通じて「廃棄物処理法」という。)に基づく一般廃棄物収集運搬業の許可及びその更新を受けている上告人が,同市長により同法に基づいて有限会社B(以下「B」という。)に対する一般廃棄物収集運搬業の許可更新処分並びに被上告補助参加人に対する一般廃棄物収集運搬業及び一般廃棄物処分業の許可更新処分がされたことにつき,被上告人を相手に,上記両名に対する上記各許可更新処分は違法であると主張してそれらの取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。

 2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,昭和33年1月28日に有限会社として設立され,福井県小浜市に本店を置く一般廃棄物の収集運搬,し尿浄化槽及びその他衛生処理施設の清掃及び保守点検等を業とする会社である。
 Bは,平成13年7月11日に有限会社として設立され,小浜市に本店を置く一般廃棄物及び産業廃棄物の収集運搬等を業とする会社である。
 被上告補助参加人は,平成8年11月26日に有限会社として設立され,兵庫県西脇市に本店を置く古紙の収集及び販売並びに一般廃棄物のリサイクル及び処理等を業とする会社である。
 (2) 上告人は,昭和56年4月,小浜市長から,廃棄物処理法(平成3年法律第95号による改正前のもの)7条1項に基づき,小浜市全域において一般廃棄物のうちごみ,し尿及び浄化槽汚泥の収集運搬を業として行うことの許可を受け,その後,数次にわたり上記許可の更新を受けている。
 (3) 被上告人が一般廃棄物の処理に係る事業を計画的に遂行するために作成される平成13年度一般廃棄物処理計画書においては,ごみの処理に関し,類型別排出量の項目に年間2万0740トンと記載され,処理主体の項目に廃棄物処理法7条に基づく許可を受けた上告人ほか2社の業者名が記載されていた。
 小浜市長は,Bに対し,平成13年10月1日付けで,廃棄物処理法7条1項に基づき,同日から同15年3月31日まで小浜市全域において一般廃棄物のうちごみ等の収集運搬を業として行うことを許可する処分をし,その後,上記許可を更新する処分を繰り返し行い,平成21年3月31日付けで,同年4月1日から同23年3月31日まで上記許可を更新する処分をした(以下「本件更新処分1」という。)。
 (4) 被上告人の平成16年度一般廃棄物処理計画書においては,ごみの処理に関し,類型別排出量の項目に年間2万1030トンと記載され,処理主体の項目に廃棄物処理法7条に基づく許可を受けた上告人,Bほか2社の業者名が記載されていた。
 小浜市長は,被上告補助参加人に対し,平成16年4月1日付けで,廃棄物処理法7条1項及び6項に基づき,同日から同18年3月31日まで小浜市全域において一般廃棄物のうちごみの収集運搬を業として行うことを許可する処分及びその処分を業として行うことを許可する処分をし,その後,上記各許可を更新する処分を繰り返し行い,平成22年3月30日付けで,同年4月1日から同24年3月31日まで上記各許可を更新する処分をした(以下「本件更新処分2」といい,本件更新処分1と併せて「本件各更新処分」という。)。

 3 原審は,要旨,次のとおり判断して,上告人は本件各更新処分の取消しを求める原告適格を有しないとしてこれらの取消請求に係る訴えを却下すべきものとし,国家賠償法に基づく損害賠償請求を棄却すべきものとした。
 廃棄物処理法7条は,一般廃棄物収集運搬業又は一般廃棄物処分業(以下,併せて「一般廃棄物処理業」という。)の許可において,その許可の申請をする者が一般廃棄物処理業を的確にかつ継続して行うことができる経済的基盤を有することをその要件としているが(同条5項3号,10項3号),その目的は飽くまでも市町村の固有の事務である一般廃棄物の処理の継続的かつ安定的な実施や当該市町村における生活環境の保全に支障が生ずることを避けることにあり,同条に基づく一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けた者(以下「許可業者」という。)の営業上の利益を個別的利益として保護する趣旨を含むものではないから,上告人は本件各更新処分の取消しを求める原告適格を有するものではなく,また,被上告人は上告人に対してその営業上の利益に配慮しこれを保護すべき義務を負うものではないのであって,上告人の国家賠償法に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

 4 しかしながら,原審の上記判断のうち,本件各更新処分の取消しを求める訴えを不適法として却下した部分は結論において是認することができるが,その余の部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項,最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。

 (2) 上記の見地に立って,上告人が本件各更新処分の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。
 ア 廃棄物処理法は,廃棄物の適正な収集運搬,処分等の処理をし,生活環境を清潔にすることにより,生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的として,廃棄物の処理について規制を定めている(同法1条)。
 市町村は,一般廃棄物について,その区域内における収集運搬及び処分に関する事業の実施をその責務とし,計画的に事業を遂行するために一般廃棄物処理計画を定め,これに従って一般廃棄物の処理を自ら行い,又は市町村以外の者に委託し若しくは許可を与えて行わせるものとされており(廃棄物処理法4条1項,6条,6条の2,7条1項),市町村以外の者に対する市町村長の一般廃棄物処理業の許可又はその更新については,当該市町村による一般廃棄物の収集運搬又は処分が困難であること(同法7条5項1号,10項1号)が要件とされている。
 上記の一般廃棄物処理計画には,一般廃棄物の発生量及び処理量の見込み(同法6条2項1号),一般廃棄物の適正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項(同項4号)等を定めるものとされており,一般廃棄物処理業の許可又はその更新については,その申請の内容が一般廃棄物処理計画に適合するものであること(同法7条5項2号,10項2号)が要件とされているほか,一般廃棄物の収集運搬及び処分に関する政令で定める基準に従って処理が行われるべきこと(同法6条の2第2項,7条13項)や,施設及び申請者の能力がその事業を的確にかつ継続して行うに足りるものとして環境省令で定める経理的基礎その他の基準に適合するものであること(同法7条5項3号,10項3号,同法施行規則2条の2及び2条の4)が要件とされている。
 加えて,一般廃棄物処理業の許可又はその更新がされる場合においても,市町村長は,これらの処分の際に生活環境の保全上必要な条件を付すことができ(廃棄物処理法7条11項),許可業者が同法の規定又は上記の条件に違反したとき等には事業停止命令や許可取消処分をする権限を有しており(同法7条の3,7条の4),また,許可業者が廃業するには市町村長に届出をしなければならず(同法7条の2第3項),許可業者が行う事業の料金は,市町村が自ら行う事業と競合する場合には条例で定める上限を超えることはできない(同法7条12項)とされるなど,許可業者は,市町村による所定の規制に服するものとされている。
 イ(ア) 一般廃棄物処理業は,市町村の住民の生活に必要不可欠な公共性の高い事業であり,その遂行に支障が生じた場合には,市町村の区域の衛生や環境が悪化する事態を招来し,ひいては一定の範囲で市町村の住民の健康や生活環境に被害や影響が及ぶ危険が生じ得るものであって,その適正な運営が継続的かつ安定的に確保される必要がある上,一般廃棄物は人口等に応じておおむねその発生量が想定され,その業務量には一定の限界がある。廃棄物処理法が,業務量の見込みに応じた計画的な処理による適正な事業の遂行の確保についての統括的な責任を市町村に負わせているのは,このような事業の遂行に支障を生じさせないためである。そして,既存の許可業者によって一般廃棄物の適正な処理が行われており,これを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されている場合には,市町村長は,それ以外の者からの一般廃棄物処理業の許可又はその更新の申請につき,一般廃棄物の適正な処理を継続的かつ安定的に実施させるためには既存の許可業者のみに引き続きこれを行わせるのが相当であり,当該申請の内容が当該一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないとして不許可とすることができるものと解される(最高裁平成14年(行ヒ)第312号同16年1月15日第一小法廷判決・裁判集民事213号241頁参照)。このように,市町村が市町村以外の者に許可を与えて事業を行わせる場合においても,一般廃棄物の発生量及び処理量の見込みに基づいてこれを適正に処理する実施主体等を定める一般廃棄物処理計画に適合すること等の許可要件に関する市町村長の判断を通じて,許可業者の濫立等によって事業の適正な運営が害されることのないよう,一般廃棄物処理業の需給状況の調整が図られる仕組みが設けられているものといえる。そして,許可業者が収集運搬又は処分を行うことができる区域は当該市町村又はその一部の区域内(廃棄物処理法7条11項)に限定されていることは,これらの区域を対象として上記の需給状況の調整が図られることが予定されていることを示すものといえる。
 (イ) また,市町村長が一般廃棄物処理業の許可を与え得るのは,当該市町村による一般廃棄物の処理が困難である場合に限られており,これは,一般廃棄物の処理が本来的には市町村がその責任において自ら実施すべき事業であるため,その処理能力の限界等のために市町村以外の者に行わせる必要がある場合に初めてその事業の許可を与え得るとされたものであると解されること,上記のとおり一定の区域内の一般廃棄物の発生量に応じた需給状況の下における適正な処理が求められること等からすれば,廃棄物処理法において,一般廃棄物処理業は,専ら自由競争に委ねられるべき性格の事業とは位置付けられていないものといえる。
 (ウ) そして,市町村長から一定の区域につき既に一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けている者がある場合に,当該区域を対象として他の者に対してされた一般廃棄物処理業の許可又はその更新が,当該区域における需給の均衡及びその変動による既存の許可業者の事業への影響についての適切な考慮を欠くものであるならば,許可業者の濫立により需給の均衡が損なわれ,その経営が悪化して事業の適正な運営が害され,これにより当該区域の衛生や環境が悪化する事態を招来し,ひいては一定の範囲で当該区域の住民の健康や生活環境に被害や影響が及ぶ危険が生じ得るものといえる。一般廃棄物処理業の許可又はその更新の許否の判断に当たっては,上記のように,その申請者の能力の適否を含め,一定の区域における一般廃棄物の処理がその発生量に応じた需給状況の下において当該区域の全体にわたって適正に行われることが確保されるか否かを審査することが求められるのであって,このような事柄の性質上,市町村長に一定の裁量が与えられていると解されるところ,廃棄物処理法は,上記のような事態を避けるため,前記のような需給状況の調整に係る規制の仕組みを設けているのであるから,一般廃棄物処理計画との適合性等に係る許可要件に関する市町村長の判断に当たっては,その申請に係る区域における一般廃棄物処理業の適正な運営が継続的かつ安定的に確保されるように,当該区域における需給の均衡及びその変動による既存の許可業者の事業への影響を適切に考慮することが求められるものというべきである。
 ウ 以上のような一般廃棄物処理業に関する需給状況の調整に係る規制の仕組み及び内容,その規制に係る廃棄物処理法の趣旨及び目的,一般廃棄物処理の事業の性質,その事業に係る許可の性質及び内容等を総合考慮すると,廃棄物処理法は,市町村長から一定の区域につき一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けて市町村に代わってこれを行う許可業者について,当該区域における需給の均衡が損なわれ,その事業の適正な運営が害されることにより前記のような事態が発生することを防止するため,上記の規制を設けているものというべきであり,同法は,他の者からの一般廃棄物処理業の許可又はその更新の申請に対して市町村長が上記のように既存の許可業者の事業への影響を考慮してその許否を判断することを通じて,当該区域の衛生や環境を保持する上でその基礎となるものとして,その事業に係る営業上の利益を個々の既存の許可業者の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって,市町村長から一定の区域につき既に廃棄物処理法7条に基づく一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けている者は,当該区域を対象として他の者に対してされた一般廃棄物処理業の許可処分又は許可更新処分について,その取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
 エ 廃棄物処理法において一般廃棄物収集運搬業と一般廃棄物処分業とは別途の許可の対象とされ,各別に需給状況の調整等が図られる仕組みが設けられているところ,本件において,上告人は,一般廃棄物収集運搬業の許可及びその更新を受けている既存の許可業者であるから,本件更新処分1及び本件更新処分2のうち一般廃棄物収集運搬業の許可更新処分について,その取消しを求める原告適格を有していたものというべきである。他方,上告人は,一般廃棄物処分業の許可又はその更新を受けていないから,本件更新処分2のうち一般廃棄物処分業の許可更新処分については,その取消しを求める原告適格を有しない。
 (3) 次に,上告人の国家賠償法に基づく損害賠償請求については,原審は,前記3のとおり,廃棄物処理法は一般廃棄物収集運搬業者及び一般廃棄物処分業者の営業上の利益を個別的利益として保護する趣旨を含むものではないとした上で,被上告人は上告人に対してその営業上の利益に配慮しこれを保護すべき義務を負うものではないとして,その余の点について判断するまでもなく上記請求を棄却しているところ,以上に説示したところに照らせば,被上告人が上告人に対して上記のような義務をおよそ負っていないとはいえないから,原判決には審理不尽の違法があるといわざるを得ない。
 5(1) 以上のとおり,原審の判断のうち,本件更新処分1及び本件更新処分2のうち一般廃棄物収集運搬業の許可更新処分の取消請求並びに損害賠償請求に係る部分には,法令の解釈適用を誤った違法がある。
 (2) しかしながら,記録によれば,上告人は,平成25年5月8日に小浜市長に対して廃棄物処理法7条の2第3項に基づき一般廃棄物収集運搬業を廃業する旨を届け出た上で同年6月に廃業したことが明らかであるから,上告人が上記各処分の取消しを求める法律上の利益は失われたものといわざるを得ない。そして,前記4(2)エのとおり,本件更新処分2のうち一般廃棄物処分業の許可更新処分の取消請求に係る訴えは当初から原告適格を欠いていたのであるから,本件各更新処分の取消請求に係る訴えをいずれも却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。この点に関する論旨は,結局,採用することができない。したがって,原判決のうち後記(3)の破棄部分以外の部分に係る上告は,これを棄却することとする。
 (3) 他方,原審の判断のうち損害賠償請求に係る部分に関する論旨は前記4(3)と同旨をいうものとして理由があり,原判決のうち同請求に係る部分は破棄を免れない。そして,本件各更新処分の違法性の有無等について更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎 裁判官大橋正春 裁判官 木内道祥)

(2)都市計画と都市計画事業認可~小田急高架化訴訟

+判例(H18.11.2)
理由
上告代理人斉藤驍ほかの上告受理申立て理由(原告適格に係る所論に関する部分を除く。)について
第1 事案の概要等
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 建設大臣は、昭和39年12月16日付けで、旧都市計画法(大正8年法律第36号)3条に基づき、世田谷区喜多見町(喜多見駅付近)を起点とし、葛飾区上千葉町(綾瀬駅付近)を終点とする東京都市計画高速鉄道第9号線(昭和45年の都市計画の変更以降の名称は「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」である。)に係る都市計画(以下「9号線都市計画」という。)を決定した。
(2) 被上告参加人は、9号線都市計画について、都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)21条2項において準用する同法18条1項に基づく変更を行い、平成5年2月1日付けで告示した(以下、この都市計画の変更を「平成5年決定」という。)。平成5年決定は、小田急小田原線(以下「小田急線」という。)の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間(以下「本件区間」という。)について、成城学園前駅付近を掘割式とするほかは高架式を採用し、鉄道と交差する道路とを連続的に立体交差化することを内容とするものであり、小田急線の複々線化とあいまって、鉄道の利便性の向上及び混雑の緩和、踏切における渋滞の解消、一体的な街づくりの実現を図ることを目的とするものである。
(3) 平成5年決定がされた経緯等は、次のとおりである。
ア 東京都は、9号線都市計画に係る区間の一部である小田急線の喜多見駅から東北沢駅までの区間において、踏切の遮断による交通渋滞や市街地の分断により日常生活の快適性や安全性が阻害される一方、鉄道の車内混雑が深刻化しており、鉄道の輸送力が限界に達しているとして、上記区間の複々線化及び連続立体交差化に係る事業の必要性及び緊急性について検討するため、昭和62年度及び同63年度にわたり、建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱(以下「本件要綱」という。)に基づく調査(以下「本件調査」という。)を実施した。
本件要綱は、連続立体交差事業調査において、鉄道等の基本設計に当たって数案を作成して比較評価を行うものとし、その評価に当たっては、経済性、施工の難易度、関連事業との整合性、事業効果、環境への影響等について比較するものとしている。
本件調査の結果、成城学園前駅付近については掘割式とする案が適切であるとされるとともに、環状8号線と環状7号線の間については、高架式とする案が、一部を地下式とする案に比べて、工期・工費の点で優れており、環境面では劣るものの、当該高架橋の高さが一般的なものであり、既存の側道の有効活用などでその影響を最小限とすることができるので、適切な案であるとされた。
なお、本件調査の結果、本件区間の東側に当たる環状7号線と東北沢駅の間(以下「下北沢区間」という。)の構造については、地表式、高架式、地下式のいずれの案にも問題があり、その決定に当たっては新たに検討する必要があるとされたが、平成5年決定に係る9号線都市計画においては、従前どおり地表式とされた。もっとも、その後、東京都の都市計画局長は、平成10年12月、都議会において、下北沢区間の線路の増加部分を地下式で整備する案を関係者で構成する検討会に提案して協議を進めている旨答弁し、東京都は、同13年4月、下北沢区間を地下式とする内容の計画素案を発表した。
イ 被上告参加人は、本件調査の結果を踏まえた上で、本件区間の構造について、〈1〉 嵩上式(高架式。ただし、成城学園前駅付近を一部掘割式とするもの。以下「本件高架式」という。)、〈2〉 嵩上式(一部掘割式)と地下式の併用(成城学園前駅付近から環状8号線付近までの間を嵩上式(一部掘割式)とし、環状8号線付近より東側を地下式とするもの)、〈3〉 地下式の三つの方式を想定した上で、計画的条件(踏切の除却の可否、駅の移動の有無等)、地形的条件(自然の地形等と鉄道の線形の関係)及び事業的条件(事業費の額)の三つの条件を設定して比較検討を行った。その結果、上記〈3〉の地下式を採用した場合、当時の都市計画で地表式とされていた下北沢区間に近接した本件区間の一部で踏切を解消することができなくなるほか、河川の下部を通るため深度が大きくなること等の問題があり、上記〈2〉の方式にも同様の問題があること、本件高架式の事業費が約1900億円と算定されたのに対し、上記〈3〉の地下式の事業費は、地下を2層として各層に2線を設置する方式(以下「2線2層方式」という。)の場合に約3000億円、地下を1層として4線を並列させる方式の場合に約3600億円と算定されたこと等から、被上告参加人は、本件高架式が上記の3条件のすべてにおいて他の方式よりも優れていると評価し、環境への影響、鉄道敷地の空間利用等の要素を考慮しても特段問題がないと判断して、これを本件区間の構造の案として採用することとした
なお、上記の事業費の算定に当たっては、昭和63年以前に取得済みの用地に係る取得費は算入されておらず、高架下の利用等による鉄道事業者の受益分も考慮されていない。また、2線2層方式による地下式の事業費の算定に当たっては、シールド工法(トンネルの断面よりわずかに大きいシールドという強固な鋼製円筒状の外殻を推進させ、そのひ護の下で掘削等の作業を行いトンネルを築造する工法)による施工を本件区間全体にわたって行うことは前提とされていないが、被上告参加人は、途中の経堂駅において準急線と緩行線との乗換えを可能とするために、1層目にホーム2面及び線路数3線を有する駅部を設置することを想定しており、そのために必要なトンネルの幅は約30mであったところ、平成5年当時、このような幅のトンネルをシールド工法により施工することはできなかった。
ウ 上記のように本件高架式が案として選定された本件区間の複々線化に係る事業及び連続立体交差化に係る事業について、それぞれの事業の事業者であるA株式会社及び東京都は、東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)に基づく環境影響評価に関する調査を行い、平成3年11月5日、環境影響評価書案(以下「本件評価書案」という。)を被上告参加人に提出した。本件評価書案によれば、本件高架式を前提として工事完了後の鉄道騒音について予測を行ったところ、地上1.2mの高さでの予測値は、高架橋端からの距離により現況値を上回る箇所も見られるが、高架橋端から6.25mの地点で現況値が82から93ホンのところ予測値が75から77ホンとされるなど、おおむね現況とほぼ同程度かこれを下回っているとされている。
本件評価書案に対し、被上告参加人は、鉄道騒音の予測位置を騒音に係る問題を最も生じやすい地点及び高さとすること、騒音防止対策の種類とその効果の程度を明らかにすること等の意見を述べ、これを受けて、東京都及びA株式会社は、予測地点の1箇所につき高架橋端から1.5mの地点における高さ別の鉄道騒音の予測に関する記載を付加した環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)を同4年12月18日付けで作成し、被上告参加人に提出した。本件評価書によれば、上記地点における鉄道騒音の予測値は、地上10mから30mの高さで88ホン以上、地上15mの高さでは93ホンであるが、事業実施段階での騒音防止対策として、構造物の重量化、バラストマットの敷設、60kg/mレールの使用、吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに、干渉型の防音装置の設置についても検討し、騒音の低減に努めることとされ、これらによる騒音低減効果は、バラストマットの敷設により軌道中心から6.25mの地点で7ホン、60㎏/mレールの使用により現在の50㎏/mレールと比べて軌道中心から23mの地点で5ホン、吸音効果のある防音壁により防音壁だけの場合に比べ1ホン程度、防音壁に干渉型防音装置を設置した場合3ないし4ホンであるとされている。
以上の環境影響評価は、東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし、一般に確立された科学的な評価方法に基づいて行われた。
なお、高架橋より高い地点での現実の騒音値は、線路部分において生じる騒音が走行する列車の車体に遮られることから、上記予測値のような実験値よりも低くなるとされている。また、平成5年決定当時の鉄道騒音に関する唯一の公的基準であった「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」(昭和50年環境庁告示第46号)においては、騒音を測定する高さは地上1.2mとされていた。
一方、小田急線の沿線住民らは、小田急線による鉄道騒音等の被害について、平成4年5月7日、公害等調整委員会に対し、公害紛争処理法42条の12に基づく責任裁定を申請し、同委員会は、同10年7月24日、申請人の一部が受けた平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えることを前提として、A株式会社の損害賠償責任を認める旨の裁定をした。
エ 被上告参加人は、本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ、本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して、本件高架式を内容とする平成5年決定をした。
オ 東京都は、公害対策基本法19条に基づき、東京地域公害防止計画を定めていたところ、平成5年決定は、その目的、内容において同計画の妨げとなるものではなく、同計画に適合している。
(4) 建設大臣は、都市計画法(平成11年法律第160号による改正前のもの)59条2項に基づき、平成6年5月19日付けで、東京都に対し、平成5年決定により変更された9号線都市計画を基礎として、本件区間の連続立体交差化を内容とする別紙事業認可目録1記載の都市計画事業(以下「本件鉄道事業」という。)の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)をし、同6年6月3日付けでこれを告示した。
また、建設大臣は、世田谷区が同5年2月1日付けで告示した東京都市計画道路・区画街路都市高速鉄道第9号線付属街路第9号線及び第10号線に係る各都市計画を基礎として、同項に基づき、同6年5月19日付けで、東京都に対し、上記各付属街路の設置を内容とする別紙事業認可目録2及び3記載の各都市計画事業の認可(以下「本件各付属街路事業認可」という。)をし、同年6月3日付けでこれを告示した。上記各付属街路は、本件区間の連続立体交差化に当たり、環境に配慮して沿線の日照への影響を軽減すること等を目的として設置することとされたものである。

2 本件は、本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定が、周辺地域の環境に与える影響、事業費の多寡等の面で優れた代替案である地下式を理由もなく不採用とし、いずれの面でも地下式に劣り、周辺住民に騒音等で多大の被害を与える本件高架式を採用した点で違法であるなどとして、建設大臣の事務承継者である被上告人に対し、上告人らが本件鉄道事業認可の、別紙上告人目録2記載の上告人らが別紙事業認可目録2記載の認可の、別紙上告人目録3記載の上告人らが別紙事業認可目録3記載の認可の、各取消しを求めている事案である。

第2 本件鉄道事業認可の取消請求について
1 平成5年決定が本件高架式を採用したことによる本件鉄道事業認可の違法の有無について
(1) 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)は、都市計画事業認可の基準の一つとして、事業の内容が都市計画に適合することを掲げているから(61条)、都市計画事業認可が適法であるためには、その前提となる都市計画が適法であることが必要である。
(2) 都市計画法は、都市計画について、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条)、都市施設の整備に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めなければならず、当該都市について公害防止計画が定められているときは当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書き)、都市施設について、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号)、このような基準に従って都市施設の規模、配置等に関する事項を定めるに当たっては、当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると、このような判断は、これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって、裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては、当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(3) 以上の見地に立って検討するに、前記事実関係の下においては、平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとはいえないと解される。その理由は以下のとおりである。
ア 被上告参加人は、本件調査の結果を踏まえ、計画的条件、地形的条件及び事業的条件を設定し、本件区間の構造について三つの方式を比較検討した結果、本件高架式がいずれの条件においても優れていると評価し、本件条例に基づく環境影響評価の結果等を踏まえ、周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないとして、本件高架式を内容とする平成5年決定をしたものである。

イ そこで、上記の判断における環境への影響に対する考慮について検討する。
(ア) 前記のとおり、都市計画法は、都市施設に関する都市計画について、健康で文化的な都市生活の確保という基本理念の下で、公害防止計画に適合するとともに、適切な規模で必要な位置に配置することにより良好な都市環境を保持するように定めることとしている。公害防止計画は、環境基本法により廃止された公害対策基本法の19条に基づき作成されるものであるが、相当範囲にわたる騒音、振動等により人の健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域について、その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを目的とするものであるということができる。また、本件条例は、環境に著しい影響を及ぼすおそれのある一定の事業を実施しようとする事業者が、その実施に際し、公害の防止、自然環境及び歴史的環境の保全、景観の保持等(以下「環境の保全」という。)について適正な配慮をするため、当該事業に係る環境影響評価書を作成し、被上告参加人に提出しなければならないとし(7条、23条)、被上告参加人は、都市計画の決定又は変更の権限を有する者にその写しを送付し(24条2項)、当該事業に係る都市計画の決定又は変更を行うに際してその内容について十分配慮するよう要請しなければならないとしている(25条)。そうすると、本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定を行うに当たっては、本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音、振動等によって、事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することのないよう、被害の防止を図り、東京都において定められていた公害防止計画である東京地域公害防止計画に適合させるとともに、本件評価書の内容について十分配慮し、環境の保全について適正な配慮をすることが要請されると解される。本件の具体的な事情としても、公害等調整委員会が、裁定自体は平成10年であるものの、同4年にされた裁定の申請に対して、小田急線の沿線住民の一部につき平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えるものと判定しているのであるから、平成5年決定において本件区間の構造を定めるに当たっては、鉄道騒音に対して十分な考慮をすることが要請されていたというべきである。
(イ) この点に関し、前記事実関係によれば、〈1〉 本件区間の複々線化及び連続立体交差化に係る事業について、本件調査において工期・工費の点とともに環境面も考慮に入れた上で環状8号線と環状7号線の間を高架式とする案が適切とされたこと、〈2〉 本件高架式を採用することによる環境への影響について、本件条例に基づく環境影響評価が行われたこと、〈3〉 上記の環境影響評価は、東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし、一般に確立された科学的な評価方法に基づき行われたこと、〈4〉 本件評価書においては、工事完了後における地上1.2mの高さの鉄道騒音の予測値が一部を除いておおむね現況とほぼ同程度かこれを下回り、高架橋端から1.5mの地点における地上10mないし30mの高さの鉄道騒音の予測値が88ホン以上などとされているものの、鉄道に極めて近接した地点での値にすぎず、また、上記の高さにおける現実の騒音は、走行する列車の車体に遮られ、その値は、上記予測値よりも低くなること、〈5〉 本件評価書においても、騒音防止対策として、構造物の重量化、バラストマットの敷設、60kg/mレールの使用、吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに、干渉型防音装置の設置も検討することとされ、現実の鉄道騒音の値は、これらの騒音対策を講じること等により相当程度低減するものと見込まれるとされていること、〈6〉 平成5年決定当時の鉄道騒音に関する公的基準は地上1.2mの高さで騒音を測定するものにとどまっていたこと、〈7〉 被上告参加人は、本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ、本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して、平成5年決定をしたこと、〈8〉 平成5年決定は、東京地域公害防止計画に適合していること等の事実が認められる。
そうすると、平成5年決定は、本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によって事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することの防止を図るという観点から、本件評価書の内容にも十分配慮し、環境の保全について適切な配慮をしたものであり、公害防止計画にも適合するものであって、都市計画法等の要請に反するものではなく、鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったということもできない。したがって、この点について、平成5年決定が考慮すべき事情を考慮せずにされたものということはできず、また、その判断内容に明らかに合理性を欠く点があるということもできない。
(ウ) なお、被上告参加人は、平成5年決定に至る検討の段階で、本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際、計画的条件、地形的条件及び事業的条件の3条件を考慮要素としており、環境への影響を比較しないまま、本件高架式が優れていると評価している。しかしながら、この検討は、工期・工費、環境面等の総合的考慮の上に立って高架式を適切とした本件調査の結果を踏まえて行われたものである。加えて、その後、本件高架式を採用した場合の環境への影響について、本件条例に基づく環境影響評価が行われ、被上告参加人は、この環境影響評価の結果を踏まえた上で、本件高架式を内容とする平成5年決定を行っているから、平成5年決定が、その判断の過程において考慮すべき事情を考慮しなかったものということはできない

ウ 次に、計画的条件、地形的条件及び事業的条件に係る考慮について検討する。
被上告参加人は、本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際、既に取得した用地の取得費や鉄道事業者の受益分を考慮せずに事業費を算定しているところ、このような算定方法は、当該都市計画の実現のために今後必要となる支出額を予測するものとして、合理性を有するというべきである。また、平成5年当時、本件区間の一部で想定される工事をシールド工法により施工することができなかったことに照らせば、被上告参加人が本件区間全体をシールド工法により施工した場合における2線2層方式の地下式の事業費について検討しなかったことが不相当であるとはいえない。
さらに、被上告参加人は、下北沢区間が地表式とされることを前提に、本件区間の構造につき本件高架式が優れていると判断したものと認められるところ、下北沢区間の構造については、本件調査の結果、その決定に当たって新たに検討する必要があるとされ、平成10年以降、東京都から地下式とする方針が表明されたが、一方において、平成5年決定に係る9号線都市計画においては地表式とされていたことや、本件区間の構造を地下式とした場合に河川の下部を通るため深度が大きくなるなどの問題があったこと等に照らせば、上記の前提を基に本件区間の構造につき本件高架式が優れていると判断したことのみをもって、合理性を欠くものであるということはできない。
エ 以上のほか、所論にかんがみ検討しても、前記アの判断について、重要な事実の基礎を欠き又はその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことを認めるに足りる事情は見当たらない。
(4) 以上のとおり、平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるということはできないから、これを基礎としてされた本件鉄道事業認可が違法となるということもできない。
2 本件鉄道事業認可に係るその余の違法の有無について
原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件鉄道事業認可について、その余の所論に係る違法は認められない。
3 なお、原判決は、本件鉄道事業認可の取消請求に係る訴えを却下すべきものとしているが、本件各付属街路事業認可の取消請求に関して、前記第1の1の事実関係に基づき、平成5年決定の適否を判断している。原審の判示には、上記説示と異なる点もあるが、原審は、被上告参加人が、本件の環境影響評価の結果を踏まえ、本件高架式の採用が周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断したことに不合理な点は認められず、最終的に本件高架式を内容とする平成5年決定を行ったことに裁量権の範囲の逸脱又は濫用はなく、平成5年決定を前提とする本件鉄道事業認可がその他の上告人ら指摘の点を考慮しても適法であると判断しており、この判断は是認することができるものである。
4 以上によれば、上告人らによる本件鉄道事業認可の取消請求は棄却すべきこととなるが、その結論は原判決よりも上告人らに不利益となり、民訴法313条、304条により、原判決を上告人らに不利益に変更することは許されないので、当裁判所は原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかはない。
第3 本件各付属街路事業認可の取消請求について
原審の適法に確定した事実関係の下において、本件各付属街路事業認可に違法はないとした原審の判断は、是認することができ、原判決に所論の違法はない。
第4 結論
以上によれば、論旨はいずれも採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 島田仁郎)

++解説
《解  説》
1 本判決は,小田急小田原線の一部区間を高架化すること等を内容とする各都市計画事業の認可につき沿線住民がその取消しを求めた訴訟について,いわゆる論点回付により原告適格の有無につき判断をした最高裁大法廷判決(最大判平17.12.7民集59巻10号2645頁,判タ1202号110頁。以下「本件大法廷判決」という。)を受けて,最高裁第一小法廷が都市計画事業の認可の適否について実体判断をしたものである。

2 本件の事案は,建設大臣が,小田急小田原線のうち世田谷区内の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間(以下「本件区間」という。)を高架式(嵩上式,一部掘割式。以下「本件高架式」という。)により連続立体交差化することを内容とする都市計画事業の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)及び本件区間に沿って付属街路(側道)を設置することを内容とする各都市計画事業の認可(以下「本件各付属街路事業認可」といい,本件鉄道事業認可と併せて「本件各認可」という。)をしたのに対し,本件区間の沿線に居住するX(上告人)らが,本件鉄道事業認可は環境面,事業面において優れた地下式を採用せず,周辺住民に騒音等で多大の被害を与える本件高架式を採用したこと等により違法であるとして,建設大臣の事務承継者であるY(被上告人)に対して本件各認可の取消しを求めたものである。事案の詳細については,本件大法廷判決の解説(判タ1202号110頁)を参照されたい。
本件の争点は,Xら沿線住民の本件各認可の取消しを求める原告適格の有無と,本件各認可の適否とに大別される。後者の争点については,Xらから多岐にわたる違法事由が主張されたが,特に争われたのは,Z(被上告参加人東京都知事)が平成5年に本件鉄道事業認可の前提となる都市計画(東京都市計画都市高速鉄道第9号線)について行った変更(以下「平成5年決定」という。)が,鉄道の構造として地下式でなく本件高架式を採用した点で違法となるかという点であり,本判決の判示事項もこの点に関するものである。

3(1)第1審判決(東京地判平13.10.3判タ1074号91頁)は,Xらには本件各付属街路事業認可に係る事業地内の不動産につき権利を有する者がいるところ,これらの者に本件各認可全部の取消しを求める原告適格を認めた上で,本件各認可は違法であるとしてこれらの者の請求を認容した。
第1審判決は,平成5年決定について,当時の小田急小田原線の騒音に違法状態が生じているとの疑念への考慮を欠いた点においてその考慮要素に著しい欠落があるとし,その判断内容にも,高架式を採用すれば相当広範囲にわたって違法な騒音被害の発生するおそれがあったのにこれを看過するなど東京都環境影響評価条例(以下「本件条例」という。)に基づく環境影響評価を参酌するに当たって著しい過誤があり,事業費についてより慎重な検討をすれば高架式と地下式の優劣が逆転し又はその差がかなり小さいものとなる可能性が十分あったにもかかわらず十分な検討を経なかった点にも著しい誤りがあるなどとした。そして,騒音につき違法状態が生じているとの疑念への配慮を欠いたまま都市計画を定めることは,単なる利便性の向上という観点を違法状態の解消という観点よりも上位に置くという結果を招きかねない点で法的に到底看過し得ないものであり,事業費について慎重な検討を欠いたことは,確たる根拠に基づかないで優れた方式を採用しなかった点においてかなり重大な瑕疵といわざるを得ず,これらの一方のみでも優に本件各認可を違法とするに足りるとした。また,第1審判決は,本件鉄道事業認可自体も,事業地の範囲について実際に事業の一部である工事を行う地域を事業地としていないこと等の過誤があること,事業施行期間の相当性の判断が不合理であることから違法であるとした。
(2) これに対して,原判決(東京高判平15.12.18訟月50巻8号2332頁,判自249号46頁)は,本件各付属街路事業認可に係る事業地内の不動産につき権利を有する者に当該付属街路事業の認可のみの取消しを求める原告適格を肯定した上で,当該付属街路事業の認可は適法であるとしてその請求を棄却した。
原判決は,当該付属街路事業の認可の適否を判断する前提として,平成5年決定の適否について検討し,本件高架式と地下式との事業費の比較に係る考慮要素,判断内容に過誤,欠落はなく,騒音問題の解決を構造形式の決定において重視しなかったことが考慮すべき事項の欠落であるとまではいい難いなどとして,平成5年決定に裁量権の逸脱又は濫用による違法はないとした。また,原判決は,第1審判決が本件鉄道事業認可自体を違法として指摘した点についても違法はないとした。

4 本判決は,本件大法廷判決が原告適格を肯定したXらの本件鉄道事業認可の取消しの訴えに係る請求と,原判決が原告適格を肯定した本件各付属街路事業の事業地内の不動産につき権利を有するXらの当該付属街路事業の認可の取消しの訴えに係る請求について,上記の各認可に所論の違法はないとして,これらを棄却すべきものとした。平成5年決定が本件高架式を採用したことの適否に関する判断の要旨は,次のとおりである。
(1) 裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては,当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として,その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(2) Zは,建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱に基づく調査の結果を踏まえ,計画的条件,地形的条件及び事業的条件を設定した上で,本件区間の鉄道の構造について,本件高架式,高架式と地下式の併用,地下式の3つの方式を比較検討をした結果,本件高架式がいずれの条件においても優れていると評価し,本件条例に基づく環境影響評価の結果等を踏まえ,周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断したものである。上記判断における環境への影響に対する考慮について検討すると,平成5年決定は,本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によって事業地の周辺住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することの防止を図るという観点から,本件条例に基づく環境影響評価書の内容に十分配慮し,環境の保全について適切な配慮をしたものであり,公害対策基本法に基づく公害防止計画にも適合するものであって,鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったとはいえないから,考慮すべき事情の考慮を欠いたり,判断内容に明らかに合理性を欠く点があるとはいえない。前記の3条件に係る考慮についても,取得済みの用地の取得費等を考慮せずに事業費を算定したことには今後必要となる支出額を予測するものとして合理性が認められること等から,合理性を欠くとはいえない。平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないから,本件鉄道事業認可が違法となるともいえない。

5 本判決は,都市施設の規模,配置等に関する事項を定めるに当たっての行政庁の判断に広範な裁量を認めた上で,都市施設に関する都市計画の決定又は変更に関する司法審査の方法について,前記4(1)のとおり一般論を示している。
都市計画は,いわゆる行政計画の1つであるところ,その策定は,法の執行というよりも,政策的決断に基づく創造的な行為としての色彩が強いものであることから,行政計画の策定には政策的な裁量が認められ(計画裁量と呼ばれる。),その範囲は広範であるとされる(塩野宏『行政法(1)(第4版)』198頁,原田尚彦『行政法要論(全訂第6版)』122頁,芝池義一『行政法総論講義(第4版)』71頁等)。都市施設に関する都市計画決定については,下級審裁判例も,決定権者に広範な裁量が認められるとして,裁量権の逸脱又は濫用がある場合に限り違法となるとしてきたところ(東京高判平7.9.28行集46巻8=9号790頁,名古屋高判平9.4.30判時1631号14頁,東京高判平15.9.11判時1845号54頁等多数),本判決は,最高裁が同様の見解に立つことを示して,裁量権の逸脱又は濫用の具体的な審査基準を明らかにしたものである。
本判決による裁量権の逸脱又は濫用の具体的な審査基準は,一般的な裁量処分に対する司法審査に関する判例の見解(最三小判昭52.12.20民集31巻7号1101頁,判タ357号142頁,最大判昭53.10.4民集32巻7号1223頁,判タ368号196頁等)とほぼ同様であるが,行政計画の策定に関する裁量については,判断の形成過程の適否の審査に重点を置くべきであるとする見解もあるところ(原田・前掲129頁等),判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないことを審査に当たっての考慮要素とする本判決は,このような審査の在り方の方向性を示唆しているとも考えられる。

6 次に,本判決は,上記の審査基準の下で,平成5年決定が本件高架式を採用した点における裁量権の逸脱又は濫用の有無を検討している。
第1審判決及び原判決も,一般論としては,本判決と同様に,都市計画の変更に広範な裁量が認められるとした上で,裁量権の逸脱又は濫用の有無を検討すべきであるとしたが,その具体的な検討内容は大きく異なっている。第1審判決は,平成5年決定について,密度の高い踏み込んだ審査を行い,単なる利便性の向上という観点を鉄道騒音に係る違法状態の解消という観点よりも上位に置く結果を招きかねないことは法的には到底看過し得ないといった評価を行った上で,本件高架式を採用したことに裁量権の逸脱があるとした。これに対して,原判決は,行政庁の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として裁量権の逸脱又は濫用の有無を検討し,都市施設の構造につき複数の代替案がある場合に各考慮要素を総合考量して1つを選択する上での条件設定の仕方や判断順序について,各考慮要素のうちどの要素に重きを置き,価値序列をどのように設けるかは必ずしも一義的に決することはできないなどとして,平成5年決定に裁量権の逸脱又は濫用はないとした。
本判決は,平成5年決定が裁量権の行使としてされたことを前提として,前記4(1)の審査基準により検討した結果,原判決と同様に,裁量権の逸脱又は濫用はないとしたものである。もっとも,本判決は,本件大法廷判決が周辺住民の健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがある者に原告適格を肯定したことを受けて,本件区間の構造を定めるに当たっても,本件の鉄道事業に伴う騒音,振動等によって,事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することのないよう被害の防止を図ること等が要請されていたとした上で,本件高架式を採用したことがこのような要請に反しないかについて具体的な検討を行っており,平成5年決定以前の小田急小田原線の騒音被害の実情等を踏まえて,環境への影響に対する考慮について比較的密度の高い司法審査をしたものということができよう。
なお,最高裁が都市施設に係る都市計画の決定につき裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものとはいえないとした原審の判断に違法があるとして事件を原審に差し戻した最近の判決として,最二小判平18.9.4裁判集民登載予定,判タ1223号127頁がある。

7 Xらの本件鉄道事業認可の取消しを求める訴えについては,原判決が原告適格を否定して訴えを却下したのに対し,本件大法廷判決が原告適格を肯定したが,本判決は,この訴えにつき差戻しとすることなく,実体面を検討した結果請求を棄却すべきであるとした上で,不利益変更禁止の原則(民訴法313条,304条)により上告を棄却することとしている。これは,本件鉄道事業認可における違法事由の有無について,既に第1審,原審での審理,判断を経ていることから,審級の利益を保障するために差し戻す必要がないとしたものと思われる。上告審において下級審の訴え却下の判断を違法としたにもかかわらずこれを差し戻すことなく上告を棄却した例としては,最一小判昭49.9.2裁判集民112号517頁,判時753号5頁,最三小判昭60.12.17民集39巻8号1821頁,判タ589号87頁,最二小判平1.2.17民集43巻2号56頁,判タ694号73頁等がある。
8 本判決は,最高裁が,都市計画事業の認可の適否を判断するに当たり,その基礎とされた都市施設に係る都市計画の変更について,裁量権の逸脱又は濫用の有無に関する審査基準を示した上で,これに基づく具体的な検討を行ってその有無を判断したものであり,行政庁の裁量行為に対する司法審査の在り方を具体的に示した例として,実務上重要な意義を有するものと思われる。

3.行政計画と救済方法
(1)完結型(土地利用規制型)計画の処分性

ア 用途地域制度とは
イ 用途地域指定および指定替えによる法的効果
ウ 用途地域指定(指定替え)に対する争い方

+判例(S57.4.22)
理由
上告代理人岡宏の上告理由について
都市計画区域内において工業地域を指定する決定は、都市計画法八条一項一号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、建築物の用途、容積率、建ぺい率等につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法四八条七項、五二条一項三号、五三条一項二号等)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法六条四項、五項)、右決定が、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないがかかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできないもつとも、右のような法状態の変動に伴い将来における土地の利用計画が事実上制約されたり、地価や土地環境に影響が生ずる等の事態の発生も予想されるが、これらの事由は未だ右の結論を左右するに足りるものではないなお、右地域内の土地上に現実に前記のような建築の制限を超える建物の建築をしようとしてそれが妨げられている者が存する場合には、その者は現実に自己の土地利用上の権利を侵害されているということができるが、この場合右の者は右建築の実現を阻止する行政庁の具体的処分をとらえ、前記の地域指定が違法であることを主張して右処分の取消を求めることにより権利救済の目的を達する途が残されていると解されるから、前記のような解釈をとつても格別の不都合は生じないというべきである。 
右の次第で、本件工業地域指定の決定は、抗告訴訟の対象となる処分にはあたらないと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立つて右判断の不当をいうもので、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 本山亨 裁判官 谷口正孝)

(2)非完結型(事業型)計画の処分性

ア 土地区画整理事業とは
イ 土地区画整理事業と訴訟
ウ 青写真判決

+判例(S41.2.23)
理由
上告代理人徳田敬二郎、同中野富次男の上告理由(第一ないし第三)および同補充上告理由について。
論旨は、要するに、土地区画整理事業計画の公告がなされた段階においては、上告人らは未だ直接具体的な権利変動を受けていないから本件事業計画の無効確認を求めることは許されないとした原審の判断は、法令違背、理由齟齬の違法をおかしたものであるというにある。
しかしながら、この点に関する原審の判断は、当審においても、これを正当として是認べきものとみとめる。(なお、上告人Aおよび同Bの両名は、すでに仮換地の指定を受けており、従つて、これに対し、所定の手続を経て不服の訴えを提起することはできるが、事業計画そのものを対象として無効確認を求める法律上の利益は有しないとした原審の判断は正当であつて、所論理由齟齬の違法はない。)その理由は、次のとおりである。
一、土地区画整理事業計画(その変更計画をも含む。以下同じ。)は、もともと、土地区画整理事業に関する一連の手続の一環をなすものであつて、事業計画そのものとしては、単に、その施行地区(又は施行工区)を特定し、それに含まれる宅地の地積、保留地の予定地積、公共施設等の設置場所、事業施行前後における宅地合計面積の比率等、当該土地区画整理事業の基礎的事項(土地区画整理法六条、六八条、同法施行規則五条、六条参照)について、土地区画整理法および同法施行規則の定めるところに基づき、長期的見通しのもとに、健全な市街地の造成を目的とする高度の行政的・技術的裁量によつて、一般的・抽象的に決定するものである。従つて、事業計画は、その計画書に添付される設計図面に各宅地の地番、形状等が表示されることになつているとはいえ、特定個人に向けられた具体的な処分とは著しく趣きを異にし、事業計画自体ではその遂行によつて利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが、必ずしも具体的に確定されているわけではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性質を有するにすぎないと解すべきである。土地区画整理法が、本件のような都道府県知事によつて行なわれる土地区画整理事業について、事業計画を定めるには、事業計画を二週間公衆の縦覧に供することを要するものとし、利害関係者から意見書の提出があつた場合には、都道府県知事は、都市計画審議会に付議したうえで、事業計画に必要な修正を加えるべきものとしている(法六九条参照)のも、利害関係者の意見を反映させて事業計画そのものをより適切妥当なものとしようとする配慮に出たものにほかならない。 
事業計画が右に説示したような性質のものであることは、それが公告された後においても、何ら変るところはないもつとも、当該事業計画が法律の定めるところにより公告されると、爾後、施行地区内において宅地、建物等を所有する者は、土地の形質の変更、建物等の新築、改築、増築等につき一定の制限を受け(法七六条一項参照)、また、施行地区内の宅地の所有権以外の権利で登記のないものを有し、又は有することになつた者も、所定の権利申告をしなければ不利益な取扱いを受ける(法八五条参照)ことになつている。しかし、これは、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき、法律が特に付与した公告に伴う附随的な効果にとどまるものであつて、事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。それ故、事業計画は、それが公告された段階においても、直接、特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、また、宅地・建物の所有者又は賃借人等の有する権利に対し、具体的な変動を与える行政処分ではない、といわなければならない

二、もつとも、事業計画は、一連の土地区画整理事業手続の根幹をなすものであり、その後の手続の進展に伴つて、仮換地の指定処分、建物の移転・除却命令等の具体的処分が行なわれ、これらの処分によつて具体的な権利侵害を生ずることはありうる。しかし、事業計画そのものとしては、さきに説示したように、特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たるにすぎない一般的・抽象的な単なる計画にとどまるものであつて、土地区画整理事業の進展に伴い、やがては利害関係者の権利に直接変動を与える具体的な処分が行なわれることがあるとか、また、計画の決定ないし公告がなされたままで、相当の期間放置されることがあるとしても、右事業計画の決定ないし公告の段階で、その取消又は無効確認を求める訴えの提起を許さなければ、利害関係者の権利保護に欠けるところがあるとはいい難く、そのような訴えは、抗告訴訟を中心とするわが国の行政訴訟制度のもとにおいては、争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くものといわなければならない
更に、この点を詳説すれば、そもそも、土地区画整理事業のように、一連の手続を経て行なわれる行政作用について、どの段階で、これに対する訴えの提起を認めるべきかは、立法政策の問題ともいいうるのであつて、一連の手続のあらゆる段階で訴えの提起を認めなければ、裁判を受ける権利を奪うことになるものとはいえない。右に説示したように、事業計画の決定ないし公告の段階で訴えの提起が許されないからといつて、土地区画整理事業によつて生じた権利侵害に対する救済手段が一切閉ざされてしまうわけではない。すなわち、土地区画整理事業の施行に対する障害を排除するため、当該行政庁が、当該土地の所有者等に対し、原状回復を命じ、又は当該建築物等の移転若しくは除く却を命じた場合において、それらの違法を主張する者は、その取消(又は無効確認)を訴求することができ、また、当該行政庁が換地計画の実施の一環として、仮換地の指定又は換地処分を行なつた場合において、その違法を主張する者は、これらの具体的処分の取消(又は無効確認)を訴求することができる。これらの救済手段によつて、具体的な権利侵害に対する救済の目的は、十分に達成することができるのである。土地区面整理法の趣旨とするところも、このような具体的な処分の行なわれた段階で、前叙のような救済手段を認めるだけで足り、直接それに基づく具体的な権利変動の生じない事業計画の決定ないし公告の段階では、理論上からいつても、訴訟事件としてとりあげるに足るだけの事件の成熟性を欠くのみならず、実際上からいつても、その段階で、訴かの提起を認めることは妥当でなく、また、その必要もないとしたものと解するのが相当である。
されば、土地区画整理事業計画の決定は、それが公告された後においても、無効確認訴訟の対象とはなし得ないものであつて、これと同趣旨に出た原審の所論判断は、相当であり、論旨は、排斥を免れない。よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官入江俊郎、同奥野健一、同草鹿浅之介、同石田和外、同柏原語六の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官奥野健一の反対意見は次のとおりである。
土地区画整理法(昭和三七年法律第一六一号による改正前のもの。以下同じ。)の規定によれば、事業計画(または変更計画)が確定して公告されると、施行地区において宅地建物を所有する者が、土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行ないまたは政令に定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行うには、都道府県知事の許可を受けることを必要とし(七六条一項参照)、これに違反すれば刑罰の裏付けをもつて、土地の原状回復または建物その他工作物若しくは物件の移転若しくは除却を命ずることとし(同条四項、一四〇条参照)、また所有権以外の権利で登記のないものを有しまたは有するにいたつた者は、書面をもつてその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければ、無権利者または権利変動がなかつたものとして、不利益な取扱いを受けることになつている(八五条一項、五項参照)。
かくの如く土地区画整理事業計画によつて、施行地区内の土地所有者、賃借権者等が、その権利の行使を制限されることは明らかであるから、事業計画の決定は、少なくともそれが公告された段階においては、既に一の行政処分であつて、若し、その処分が違法であり、これにより権利の侵害を受けた者があるときは、その者は事業計画に対して行政訴訟を提起する法律上の利益を有するものと解すべきである。なお、このことは、土地区画整理法一二七条が同法に基づく処分に対し訴願の途を開いていることからみても、相当であるといえるであろう(昭和二四年一〇月一八日、当裁判所第三小法廷判決参照)。(尤も、右一二七条は其の後改正され、行政上の不服を許さないことになつたけれども、だからといつて、行政訴訟が禁止されるものでないことは、行政事件訴訟法が訴願前置主義を徹廃していることに鑑みても、明らかである。)もつとも、前記形質変更等の制限は、地区内の関係者全員に対して一律に課せられる義務であつて、特定の個人に対するものではないが、いわゆる一般的処分であつても、それが個人の権利、利益を違法に侵害するものであれけば、行政訴訟の対象となり得ることは、既に承認されているところである。また、右形質変更等の制限は、事業計画そのものによつて生ずるものではなく、法律により、特に与えられた事業計画に伴う附随的な効果であるとしても、苟もそれによつて違法に個人の権利が侵害される限り、事業計画そのものに対して、違法処分による権利の救済を目的とする行政訴訟が許されないとする理由はない。
さらにまた、事業計画は、土地区画整理手続の一環をなすに過ぎないものではあるが、土地区画整理手続の根幹をなすものであつて、それが決定それると、法定の除外事由のない限り、そのまま実施され、爾後の手続は機械的に進められる公算が極めて大であるのであるから、かかる場合において、若し最初の段階における事業計画が、違法であるにもかかわらず、被害者をしてその後の仮換地の指定または換地処分のあるまで、拱手黙視せしめることは、不当に出訴権を制限するものであるばかりではなく、爾後の行為は無駄な手続を積み重ねる結果となり、手続の完成の段階における仮換地指定、換地処分に対する訴訟において、始めて事業計画が違法として、無効とされ、または取消されるとすれば、却つて混乱を増大する結果となる。これ恰も農地買収または土地収用の手続において、農地買収処分、収用委員会の裁決に対する出訴が許される外に、農地買収計画、土地収用の事業認定に対しても出訴が許されるものと解されるのと同様、土地区画整理事業において、仮換地の指定、換地処分に対して出訴が許される外に、事業計画自体について、その違法を理由とする出訴が許されて然るべきである。
具体的権利の変動を及ぼす仮換地指定または換地処分等が行われた場合に、その違法を主張する者は、これらの具体的処分の取消(または無効確認)を訴求することができるから、これらの救済手段によつて、具体的な権利侵害に対する救済の目的は十分に達成することができる旨の多数意見の趣旨が、これらの最終の段階の処分に対する訴訟において、事業計画の無効を先決問題として主張し得るという趣旨であるとするならば、当然既に権利を違法に侵害された者に対し、それ以前においても事業計画の無効を主張せしめて然るべきであり、また、右多数意見の趣旨が当該具体的処分自体の違法を主張し得るに止まり、その基礎となつている事業計画の無効を先決問題として主張できないとする趣旨であるとすれば、違法な事業計画により権利を侵害された者の救済は遂に与えられないことになり、憲法三二条、裁判所法三条に違反することになる。
しかして、原判決の確定した事実によれば、本件土地区画整理事業計画は、東京都戦災復興計画の一環として、被上告人知事が特別都市計画法に基づいて昭和二三年三月二〇日決定し、これを設計図等とともに公告縦覧に供し、昭和二五年六月二六日建設大臣より設計の認可を受け、その後昭和二九年五月と昭和三四年九月の二回にわたつて一部変更が加えられ、該第二次変更については、新らたに制定された土地区画整理法に基づき、建設大臣に対して設計変更の認可を申請し、昭和三五年三月三一日その認可を受け、同年四月九日付で変更決定の公告がなされた、また、上告人らは、右第二次変更計画においても残置された施行地区内において宅地、建物等を所有または賃借しているものであり、なかんずく、上告人Aは昭和三四年三月二六日、同Bは同年八月二四日それぞれ仮換地の指定およびこれに伴う建築物等の移転通知を受けたものである、というのである。従つて、上告人らの本件事業計画(第二次変更計画)の無効確認を求める本訴は適法であつて、論旨は理由があり、本訴を不適法とした原判決および第一審判決は、破棄または取消を免かれず、本件を第一審裁判所に差し戻すべきである。
裁判官草鹿浅之介、同石田和外は、裁判官奥野健一の右反対意見に同調する。

+反対意見
裁判官入江俊郎は、奥野健一裁判官の反対意見と趣旨において同意見であり、これに同調するけれども、なお補足したいところもあるので、若干重複する点もあるが、私の反対意見を次のとおり表示する。
原判決は、土地区画整理法(昭和三七年法律第一六一号による改正前の、本件に適用された同法をいう。以下同じ。)事業計画は、それが公告されると、同法七六条一項、八五条等により地区内の関係者にある種の規制が加えられることとなるけれども、それは一般的、抽象的のものであり、これらの規定に違反した者に対して、同法七六条四項、五項の原状回復、移転、除却を命ずる処分がなされて始めて直接具体的な権利変動を来たすものであることを理由とし、上告人A、同B以外の上告人らは、その権利につき未だ直接具体的な変動を受けていないから、本訴により事業計画の無効確認を求める法律上の利益を有せず、右上告人A、同Bは同法七七条二項の仮換地指定に伴う移転通知はなされたが、右両名は仮換地指定等の処分に対し不服申立をなし得るに止まり、本件事業計画に対してはその無効確認を求める法律上の利益を有せず、その請求はいずれも不適法であり、これを却下すべきものとし、本件控訴を棄却した。しかし、私は、次の理由により、右原判決を是認することを得ず、従つて、原判決を是認して上告を棄却することとした多数意見には賛成することができない。
一、なるほど、土地区画整理事業計画(その変更計画を含む。以下同じ。)自体は、一般的、抽象的のものであつて、個人を直接の相手方とし、その権利、利益の規制を定めたものではない。また、その公告も右事業計画を一般に公示するものであつて、形式的に見れば特定個人を相手方としてなされるものではなく、一般的、抽象的の行政庁の行為のごとくである。しかし、都道府県知事が土地区画整理事業を施行するに当つては、先ずその計画を定め、その事業内容を個別的、具体的に表示するのであるが、これが土地区画整理法所定の手続を経て公告された場合には、同法七六条一項により、同事業計画の具体的な内容に応じて、その地区内においては建築物の新築等が制限され、この制限は同条四項を通じて結局同法一四〇条により刑罰をもつてその履行が強制されることとなつており、また同法八五条により権利の申告をしなければならないなど、地区内の関係者の権利、利益に対し規制が加えられることとなるのである。そして、土地区画整理は、土地区画整理法の規定によりその計画の樹立、公告およびその実施等が、段階を追うて行なわれる行政庁の一連の行為であるが、右事業計画の公告は、前記法条の規定のあることを前提として行政庁によりなされるものであるから、公告自体の形式のみに着眼すれば一般的、抽象的な行政庁の行為のごとく見えても、それは同時に、当然にその地区内における土地、家屋の所有者その他の個々の権利者は、同法七六条、八五条による規制を蒙むることとなり、これを放置することにより、後続または最終の処分によつて、その制約が具体的に確定してしまう危険が現実に存在することを否定し得ず、行政庁は、事業計画の内容にかかる法律効果の伴うことを意図し、これを前提として事業計画の公告をするのである。いいかえれば、本件公告は、形式的には一般的、抽象的処分のごとくであるが、それによつて、同時に、当該個人の権利、利益を規制する効果を生ずることとなり、結局、公告された事業計画は、個人に対する個別的な処分たる性質をも併せ有するに至るものであつて、その面に着眼すれば、行政事件訴訟特例法の適用については、公告を経た事業計画はこれを行政処分と見て、これに対して抗告訴訟を提起し得るものと解するのを相当とし(もちろん、この場合において不服の対象は、事業計画の内容およびその決定手続、公告手続等の違法問題に限らるべく、事業計画の具体的内容で行政庁の裁量に属するものに及び得ないことは当然である。)、多数意見のように、この段階では未だいわゆる訴訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くものとは考えられず、従つて、本件事業計画の無効確認を求める訴の利益を否定すべきいわれはない。
二、もちろん、一連の手続を経て完成される行政作用については、中間段階の行政庁の行為につき、これに対する独立の出訴を認めず、単に異議、不服の申立等の行政上の手続をもつて争わせることとし、その後の段階においてはじめて訴訟をもつて争い得ることとしても、それによつてその個人の蒙むる権利、利益の侵害が、結局、後の段階における訴訟によつて完全に救済し得るならば、それは立法政策上許されないことではない(例えば、地方議会解散請求の受理や、立候補届出の受理のごときは、法律はそれ自体を直ちに独立の訴訟の客体とすることを認めず、一連の行為の最終段階の行為の取消または無効確認を求める訴訟で、右のような中間行為の違法を争わせることにしている。)。しかし、訴の利益を欠くか否かの問題は、人権保障の上からも、憲法三二条の精神からも極めて重大な事柄で、その判断は慎重を要すべきであり、訴の利益を欠くといい得るためには、当該法律にその旨の明文の規定があるか、または、立法の趣旨に照らし、そのように解し得るものであると同時に、それが憲法三二条の裁判請求権を不当に制約するものでない合理的根拠のある場合でなければならない。これを土地区画整理法についてみると、本件当時の同法一二七条は、この法律に基づいてなした処分に対し不服のある者は、建設大臣に訴願することができると規定しているだけであつて、救済方法をそれのみに限定したものとは認められず、中間段階の訴訟を認めない旨の規定はないばかりでなく、本件事業計画は、前記のとおり公告によつて、個人の権利、利益に対し個別的、具体的制約を及ぼすに至るものである点を考えれば、かかる制約をもつて、単に法律が特に付与した公告に伴う附随的効果に止まるものであるとして、これに対する権利、利益の救済を目的とする訴訟を否定する多数意見は、土地区画整理法の合理的な解釈と認めがたく、また憲法三二条の法意にも副わないものである。
原判決は、「……これらの規定に違反した者に対し同法第七十六条第四項第五項の原状回復、移転、除却を命ずる処分がなされて始めて直接具体的な権利変動を来たすものというべきである。」として、その段階に至つてはじめて出訴を認得旨を判示しているが、そのような個々の処分がなされるまでは、権利制限を受けたと主張する者を、訴えるに由なき状態のまま放置することは、徒らに形式にとらわれた考え方であつて、人権保障の見地からみても賛同し得ないばかりでなく原判決のいう段階において出訴を認めるというのであれば、公告のなされた段階において出訴を認めて、速やかに人権保障の途を開き、またそれだけ早く違法な行政上の処分を是正し、その後に生ずることあるべき行政秩序の無用な混乱を未然に防止すべきであると考える。事業計画が健全な市街地造成のための長期的見通しの下になされる計画であるとか、当該土地区画整理事業の青写真であるとか、事業計画を定めるにつき土地区画整理法六九条の規定があるとかいうことは、本件公告がなされた段階において事業計画につき行政訴訟を認めることの何らの支障となるものではない。また、個人は、必ずしも本件のような訴訟によらず、所有権に基づく妨害の排除または予防の請求訴訟を提起し得る途がないわけではないとしても、法律により規制を受ける個人の権利、利益には所有権以外のものも存在するし、またたとえそのような方法が別途認められているからといつて、本件につき行政訴訟を否定する理由にならない。
本件類似の訴訟につき訴の利益を認めるか否かは、下級審において、積極、消極の裁判例の存するところではあるが、結局それは人権保障をその責務とする裁判所が、具体的各個の事案ごとに、その根拠法令の規定および憲法三二条の法意を、実体に即して勘案した上、ケース・バイ・ケースで判断すべきものである。そしてそのように考えると、この種の行政訴訟を認容する場合が将来次第に増加することになるかもしれないが、それが人権保障の上で必要なものであれば、裁判所としては徒らに消極的になる必要はない。
なお、上述したところは、上告人A、同Bについても同様である。なるほどこの両名は仮換地の指定等の処分を受けており、これに対し所定の手続により不服の訴ができるけれども、それだからといつて、右両名が公告のなされた本件事業計画により、その権利、利益を具体的に規制されるに至つたことは他の上告人らと同様であり、本件事業計画に対し、その無効確認を訴求し得ないとする理由はない。
三、附言すれば、このような行政訴訟は民衆訴訟として認められているわけではないから、権利、利益を侵害されたと主張する者が、侵害されたとする自己の権利、利益に関する限度において訴訟関係が成立するものであることは、憲法および裁判所法の下において、司法権の性質からみて当然のことである。それ故、本件においては、無効確認といつても、それは上告人らの当該権利、利益に関する限度において無効が確認されることとなるものであり、また、もしそれが取消訴訟として提起された場合には、その取消は、同様に上告人らの当該権利、利益に関する限度において取り消されるものであり、本件公告は、形式的には一般的な行為ではあつても、それはこれらの訴訟によつて、事業計画が全面的に無効とされまたは取り消されるものでない。事実審においては、必要によりこの点を釈明し、また判決主文において、すくなくとも判決理由の記載において、その趣旨を明示することが望ましい。よつて、上告理由は結局理由あるに帰し、原判決を破棄し第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻すべきものと考える。裁判官柏原語六は、裁判官入江俊郎の右反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 五鬼上竪磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎)

エ 判例変更

+判例(H20.9.10)
理由
上告代理人渡辺昭、同松浦基之の上告受理申立て理由第1、第3、第4について
1 本件は、被上告人の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定について、施行地区内に土地を所有している上告人らが、同決定の違法を主張して、その取消しを求めている事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、新浜松駅から西鹿島駅までを結ぶ遠州鉄道鉄道線(西鹿島線)の連続立体交差事業の一環として、上島駅の高架化と併せて同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため、西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」という。)を計画し、平成15年11月7日、土地区画整理法(平成17年法律第34号による改正前のもの。以下「法」という。)52条1項の規定に基づき、静岡県知事に対し、本件土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要について認可を申請し、同月17日、同知事からその認可を受けた。被上告人は、同月25日、同項の規定により、本件土地区画整理事業の事業計画の決定(以下「本件事業計画の決定」という。)をし、同日、その公告がされた。
(2) 上告人らは、本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有している者であり、本件土地区画整理事業は公共施設の整備改善及び宅地の利用増進という法所定の事業目的を欠くものであるなどと主張して、本件事業計画の決定の取消しを求めている

3 原審は、要旨次のとおり判断し、本件訴えを却下すべきものとした。
土地区画整理事業の事業計画は、当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的、抽象的に決定するものであって、いわば当該土地区画整理事業の青写真としての性質を有するにすぎず、これによって利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されているわけではない。事業計画が公告されることによって生ずる建築制限等は、法が特に付与した公告に伴う付随的効果にとどまるものであって、事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。事業計画の決定は、それが公告された段階においても抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、本件事業計画の決定の取消しを求める本件訴えは、不適法な訴えである。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)ア 市町村は、土地区画整理事業を施行しようとする場合においては、施行規程及び事業計画を定めなければならず(法52条1項)、事業計画が定められた場合においては、市町村長は、遅滞なく、施行者の名称、事業施行期間、施行地区その他国土交通省令で定める事項を公告しなければならない(法55条9項)。そして、この公告がされると、換地処分の公告がある日まで、施行地区内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行い、又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項)、これに違反した者がある場合には、都道府県知事は、当該違反者又はその承継者に対し、当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項)、この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか、施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することとなった者は、書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項)、施行者は、その申告がない限り、これを存しないものとみなして、仮換地の指定や換地処分等をすることができることとされている(同条5項)。
また、土地区画整理事業の事業計画は、施行地区(施行地区を工区に分ける場合には施行地区及び工区)、設計の概要、事業施行期間及び資金計画という当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的に定めるものであるが(法54条、6条1項)、事業計画において定める設計の概要については、設計説明書及び設計図を作成して定めなければならず、このうち、設計説明書には、事業施行後における施行地区内の宅地の地積(保留地の予定地積を除く。)の合計の事業施行前における施行地区内の宅地の地積の合計に対する割合が記載され(これにより、施行地区全体でどの程度の減歩がされるのかが分かる。)、設計図(縮尺1200分の1以上のもの)には、事業施行後における施行地区内の公共施設等の位置及び形状が、事業施行により新設され又は変更される部分と既設のもので変更されない部分とに区別して表示されることから(平成17年国土交通省令第102号による改正前の土地区画整理法施行規則6条)、事業計画が決定されると、当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて、一定の限度で具体的に予測することが可能になるのである。そして、土地区画整理事業の事業計画については、いったんその決定がされると、特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる前記の建築行為等の制限は、このような事業計画の決定に基づく具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事態が生ずることを防ぐために法的強制力を伴って設けられているのであり、しかも、施行地区内の宅地所有者等は、換地処分の公告がある日まで、その制限を継続的に課され続けるのである。
そうすると、施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものにすぎないということはできない
イ もとより、換地処分を受けた宅地所有者等やその前に仮換地の指定を受けた宅地所有者等は、当該換地処分等を対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、換地計画も具体的に定められるなどしており、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消した場合には、事業全体に著しい混乱をもたらすことになりかねない。それゆえ、換地処分等の取消訴訟において、宅地所有者等が事業計画の違法を主張し、その主張が認められたとしても、当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるのであり、換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても、宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性があるというべきである。
(2) 以上によれば、市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は、施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ、実効的な権利救済を図るという観点から見ても、これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。したがって、上記事業計画の決定は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。
これと異なる趣旨をいう最高裁昭和37年(オ)第122号同41年2月23日大法廷判決・民集20巻2号271頁及び最高裁平成3年(行ツ)第208号同4年10月6日第三小法廷判決・裁判集民事166号41頁は、いずれも変更すべきである。
5 以上のとおりであるから、本件訴えを不適法な訴えとして却下すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決のうち被上告人に関する部分は破棄を免れない。そして、同部分につき、第1審判決を取り消し、本件を第1審に差し戻すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖、同泉徳治、同今井功、同近藤崇晴の各補足意見、裁判官涌井紀夫の意見がある。

+補足意見
裁判官藤田宙靖の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛成するものであるが、土地区画整理事業計画決定に処分性を認める理論的根拠につき、涌井裁判官からの意見があることに鑑み、私の考えるところを補足しておくこととしたい。
1 当裁判所判例が従来採用してきた「処分」概念の定義に忠実に従う限り、土地区画整理事業計画決定に処分性を認める根拠は、まずもって、事業計画決定が公告されることによって生ずる建築行為等の制限等の法律上の効果(昭和41年大法廷判決では「付随的効果」に過ぎないとされた効果)に求められることにならざるを得ないのは、涌井裁判官の指摘されるとおりである。しかし、涌井裁判官の意見のように、この論拠のみで必要かつ十分であるとする場合には、当然のことながら、同じく私人の権利を直接に制限する法的効果を伴う他の計画決定行為(例えば都市計画法上の地域・地区の指定等、いわゆる「完結型」の土地利用計画)についてどう考えるのかが、直ちに問題とならざるを得ない。この点に関してはおそらく、まずは従来の当裁判所判例に従い、これらの土地利用計画は一種の立法類似の行為としての性格を持つものとして、土地区画整理事業計画決定とは区別され、行政処分とは認められない、とすることが考えられよう。そして、それはそれなりに、一つの可能な考え方であるとは思われるが、ただ、従来の判例が前提としてきた、完結型の土地利用計画は「不特定多数の者を対象とした一般的、抽象的規制である」という性格付け自体が、果たして(少なくとも)すべての場合に納得し得るようなものであるか否かについては、なお問題が残らないではない。例えばまず、規制の内容自体から言えば、完結型土地利用計画は、まさに「完結型」なのであって、私人の権利への侵害は、(土地区画整理事業計画決定に伴う建築行為等の制限の場合と同様、あるいは見方によってはより一層)直接的かつ究極的な(暫定的規制に止まらない)ものである。また、対象となる地域についても、規制区域の範囲はかなり限定的なものとなるケースも無いではない。こうしてみると、今回、昭和41年大法廷判決を変更するとして、そこから直ちにこれらの土地利用計画決定についての従来の判例を云々する必要までは無いものとしても、将来においてはこういった問題も新たに登場して来る余地があることを想定しておいた方が、賢明であるように思われるのである。このように考える場合には、同様に私人の権利義務に対し直接の法的効果をもたらす各種の計画行為の中で、他を差し置いても土地区画整理事業計画決定については処分性を認めなければならない固有の理由は何かを問うことには、十分な意味があるものといわなければならない。
2 私自身は、土地利用計画と異なる土地区画整理事業計画決定の固有の問題は、本来、換地制度をその中核的骨格とするこの制度の特有性からして、私人の救済の実効性を保障するためには事業計画決定の段階で出訴することを認めざるを得ないというところにあるものと考える。すなわち、土地区画整理事業計画の場合には、純粋に理論的には、計画の適法性を、後続の換地処分等個別的処分の取消訴訟においてその前提問題として争うことも可能であるとは言い得るものの、多数意見も指摘するとおり、換地制度という権利交換システムをその骨格とする制度の性質上、実際問題としては、この段階で計画の違法性を理由に個別的処分の取消しないし無効確認を認めることになれば、事業全体に著しい混乱をもたらすこととなりかねない。それ故、換地処分の取消訴訟においては、仮に処分ないしその前提としての計画の違法性が認められても、結果としては事情判決をせざるを得ないという状況が、容易に生じ得る。このような事態を避け実効的な権利救済を図るためには、事業プロセスのより早い段階で出訴を認めることが合理的であり、かつ不可欠である、ということができる(同様のことは、同じく権利交換システムないし権利変換システムを骨格とする土地改良事業、第一種市街地再開発事業等についても言える。)。これに対して、完結型土地利用計画の場合には、例えば各種用途地域において例外許可が認められることもあるように、仮に個別的開発行為や建築確認等の段階でその許可等の拒否処分が争われ、その前提問題として計画自体の違法性が認定され取消判決がなされたとしても、そのことが直ちに、システムの全体に著しい混乱をもたらすということにはならない(少なくとも、裁判所が事情判決をせざるを得ないといった状況が広く生じるものとは考えられない。)。
3 一般的に言って、行政計画については、一度それが策定された後に個々の利害関係者が個別的な訴訟によってその取消しを求めるというような権利救済システムには、そもそも制度の性質上多少とも無理が伴うものと言わざるを得ないのであって、立法政策的見地からは、決定前の事前手続における関係者の参加システムを充全なものとし、その上で、一度決まったことについては、原則として一切の訴訟を認めないという制度を構築することが必要というべきである。問題はしかし、現行法上、このような構想を前提とした上での計画の事前手続の整備がなされてはいないというところにあり、こういった事態を前提として、司法が、その本来の責務に照らしてどのような法解釈を行うのが最も合理的であるかが問われることになる。そしてその場合、問題のパーフェクトな解決は、立法技術の上でも必ずしも容易な問題であるとは言えないのであるから(このことは、問題提起は早くからなされているにも拘らず、今日に至るまで、この種の立法が実現していないという事実に、既に表われている。)、現段階において、司法がこの問題についての幅広い解決方法を示すことは、必ずしも適当であるとは言えまい。このような前提の下で、行政訴訟における国民の権利救済の実効性を図るという課題に鑑みるとき、当裁判所として今行うべきことは、事案の実態に即し、行政計画についても、少なくとも必要最小限度の実効的な司法的救済の道を、(立法を待たずとも)判例上開くということであろう。そして、上記に見たような意味において、土地区画整理事業計画決定に対する抗告訴訟の道を開くことは、まさにその典型例であると思われるのである。
4 もとより、涌井裁判官も指摘されるように、換地の法的効果自体は、土地区画整理事業計画決定から直接に生じるものではないが、一度計画が決定されれば、制度の構造上、極めて高い蓋然性をもって換地処分にまで到ることは否定し得ないのみならず、まさに、その段階に到るまでの現実の障害の発生を防止することを目的とする(いわば計画実施保障制限とも称すべき)建築行為等の制限効果が直接に生じることとなっている。そして、この制限は換地処分の公告がなされるまで継続的に課されるのであって、この意味において、事業計画決定は、土地区画整理事業の全プロセスの中において、いわば、換地にまで到る権利制限の連鎖の発端を成す行為であるということができる。多数意見が「施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべき」であるというのは、まさにこの意味であって、冒頭に見た従来の判例における「処分」概念との整合性についても、このように理解されるべきである。

+補足意見
裁判官泉徳治の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するものであるが、土地区画整理事業の事業計画の決定が処分性を有する理由について、私の考えるところを補足しておくこととする。
1 本件土地区画整理事業は、都市計画法12条2項の規定により土地区画整理事業について都市計画に定められた施行区域の土地についての土地区画整理事業であるから、都市計画事業である(法3条の4第1項(平成15年法律第100号による改正前の土地区画整理法3条の5第1項)、法2条8項)。
都市計画法4条15項は、「この法律において『都市計画事業』とは、この法律で定めるところにより第五十九条の規定による認可又は承認を受けて行なわれる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう。」と規定し、同法4条7項は、「この法律において『市街地開発事業』とは、第十二条第一項各号に掲げる事業をいう。」と規定し、同法12条1項は、市街地開発事業として、「土地区画整理法による土地区画整理事業」、「都市再開発法による市街地再開発事業」などを掲げている。
都市計画事業は、公権力の行使である公用収用又は公用換地の手法によって、その法的実現が担保されている。
すなわち、法律に特別な規定があるものを除き、都市計画事業は、土地収用法3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなされ、同法の規定が適用されるものとし(都市計画法69条)、法的実現の担保として土地収用法による公用収用の手法が採用されている。
土地収用法においては、同法20条の規定による事業の認定があり、同法26条1項の規定による事業の認定の告示があると、起業者に対して、同法の定める手続を履践することによって最終的には認定に係る起業地内の土地を収用し、又は使用し得る地位が付与される(同法39条1項)。起業地内の土地は、事業の認定の告示により、特段の事情のない限り、収用又は使用されることになる。なお、告示された事業の認定は、行政不服審査法による不服申立ての対象とされている(土地収用法130条1項)。
そして、都市計画事業については、土地収用法20条の規定による事業の認定は行わず、都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可をもってこれに代えるものとされている(同法70条1項)(ここでは、同法59条3項の規定による承認については触れないこととする。)。上記の認可を申請するには事業計画を記載した書面を提出しなければならず、事業計画には収用又は使用の別を明らかにした事業地を定めなければならない(同法60条1項、2項)。また、同法62条1項の規定による都市計画事業の認可の告示をもって、土地収用法26条1項の規定による事業の認定の告示とみなすこととされている(都市計画法70条1項)。その結果、都市計画事業の認可の告示があると、施行者に対して、事業地内の土地を収用し、又は使用し得る地位が付与され、事業地内の土地は、都市計画事業の認可の告示により、特段の事情のない限り、収用又は使用されることになる。
他方、都市計画事業として施行する土地区画整理事業については、法3条の4第2項が、都市計画法60条から74条までの規定を適用しないと規定し、公用収用の手法を採用しないことを明らかにしている。そして、法は、公用収用に代わる法的実現の担保として、最終的には換地処分に至る公用換地の手法を規定しているのである。
2 ところで、最高裁昭和63年(行ツ)第170号平成4年11月26日第一小法廷判決・民集46巻8号2658頁(以下「平成4年判決」という。)は、都市再開発法51条1項、54条1項の規定に基づき市町村により定められ公告された第二種市街地再開発事業の事業計画の決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分であると判示している。
市街地再開発事業の施行区域内において施行される第二種市街地再開発事業は、都市計画事業であり、土地収用法3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなされ、同法の規定が適用される(都市再開発法6条1項、都市計画法69条)。
市町村は、第二種市街地再開発事業を施行しようとするときは、事業計画において定める設計の概要について都道府県知事の認可を受けて事業計画を決定し、これを公告しなければならないが、この認可が都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可とみなされ、この認可及び公告により、市町村は、都市計画事業としての第二種市街地再開発事業の施行権を取得する(都市再開発法51条、54条)。また、上記の認可及び公告は、土地収用法20条の規定による事業の認定及び同法26条1項の規定による事業の認定の告示とみなされ、市町村は、これにより施行地区の土地に対し土地収用法による収用権限を取得する(都市再開発法6条4項、都市再開発法施行令1条の5、都市計画法70条1項)。
したがって、第二種市街地再開発事業の事業計画の決定及び公告により、施行地区内の土地の所有者等は、特段の事情のない限り、自己の所有地等が収用されるべき地位に立たされることになる。平成4年判決は、このことを理由として、「公告された再開発事業計画の決定は、施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」と判示したのである。
3 また、最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁(以下「平成17年判決」という。)は、都市計画施設の整備に関する事業に係る都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可について、それが抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを当然の前提として、その取消訴訟に係る周辺住民の原告適格について判示している。
都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可及び同法62条1項の規定による都市計画事業の認可の告示により、事業地内の土地に権利を有する者は、土地収用法により当該土地が収用又は使用されるべき地位に立たされることになるから、告示された都市計画事業の認可が抗告訴訟の対象となることは明らかである。
4 そこで、土地区画整理事業における事業計画の決定の法的性質について考えるに、法52条1項は、市町村が都市計画事業として土地区画整理事業を施行しようとする場合においては、事業計画において定める設計の概要について都道府県知事の認可を受けて、事業計画を定めなければならないと規定し、同条2項は、この認可をもって都市計画法59条に規定する都市計画事業の認可とみなすとしている。また、法55条9項は、市町村が上記事業計画を定めた場合においては、市町村長はこれを公告しなければならないと規定し、同条11項は、この公告があるまでは、市町村は事業計画をもって第三者に対抗することができないと規定している。すなわち、市町村は、事業計画の決定の公告により、都市計画事業として、事業計画に定める内容の土地区画整理事業を施行する権限を取得して、これを第三者に対抗することができ、以後、建築行為等の制限、仮換地の指定、建築物等の移転・除却及び工事等を経て、最終的に換地処分に至る強制処分により、土地区画整理事業を実施することになる。他方、施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定の公告により、特段の事情のない限り、自己の所有地等につき換地処分を受けるべき地位に立たされることになるのである。
このように、土地区画整理事業の事業計画の決定は、そこにおいて定められる設計の概要についての認可が都市計画法59条に規定する都市計画事業の認可とみなされるのであり、その公告により施行者に法的強制力をもった事業の施行権が付与されるという点において、平成4年判決の第二種市街地再開発事業の事業計画の決定や、平成17年判決の都市計画施設の整備に関する事業に係る都市計画事業の認可、ひいては土地収用法20条の規定による事業の認定と同じ性質を有するものである。法的実現を担保する手法が、土地区画整理事業にあっては公用換地であるのに対し、第二種市街地再開発事業等にあっては公用収用であるという違いがあるにすぎないのである。
5 以上のように、土地区画整理事業の事業計画の決定及び公告の本質的効果は、都市計画事業としての土地区画整理事業の施行権の付与にある。法76条1項の規定による建築行為等の制限は、事業計画の決定及び公告そのものの効果として発生する権利制限ではなく、事業の円滑な施行を図るため法律が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるというべきである。土地区画整理事業の施行権の付与の効果及び建築行為等の制限の効果は、いずれも公告された事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることを理由付けるものと考えるが、公告された事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることの本来的な理由は、それが土地区画整理事業の施行権の付与という効果を有し、それにより施行地区内の宅地所有者等が特段の事情のない限り自己の所有地等につき換地処分を受けるべき地位に立たされるということにあるのである。

+補足意見
裁判官近藤崇晴の補足意見は、次のとおりである。
本判決は、当裁判所のこれまでの判例を変更して、土地区画整理事業の事業計画の決定にいわゆる処分性を認めるものであり、これに関連して検討すべき理論上及び実務上の問題が幾つかある。私は、多数意見に同調するものであるが、その立場から問題の所在を指摘し、一応の私見を述べておくこととしたい。
1 公定力と違法性の承継
(1) ある行政行為について処分性を肯定するということは、その行政行為がいわゆる公定力を有するものであるとすることをも意味する。すなわち、正当な権限を有する機関によって取り消されるまでは、その行政処分は、適法であるとの推定を受け、処分の相手方はもちろん、第三者も他の国家機関もその効力を否定することができないのである。
そして、このことがいわゆる違法性の承継の有無を左右することになる。すなわち、先行する行政行為があり、これを前提として後行の行政処分がされた場合には、後行行為の取消訴訟において先行行為の違法を理由とすることができるかどうかが問題となるが、一般に、先行行為が公定力を有するものでないときはこれが許されるのに対し、先行行為が公定力を有する行政処分であるときは、その公定力が排除されない限り、原則として、先行行為の違法性は後行行為に承継されず、これが許されないと解されている(例外的に違法性の承継が認められるのは、先行の行政処分と後行の行政処分が連続した一連の手続を構成し一定の法律効果の発生を目指しているような場合である。)。
(2) したがって、土地区画整理事業の事業計画の決定についてその処分性を否定していた本判決前の判例の下にあっては、仮換地の指定や換地処分の取消訴訟において、これらの処分の違法事由として事業計画の決定の違法を主張することが許されると解されていた。これに対し、本判決のようにその処分性を肯定する場合には、先行行為たる事業計画の決定には公定力があるから、たとえこれに違法性があったとしても、それ自体の取消訴訟などによって公定力が排除されない限り、その違法性は後行行為たる仮換地の指定や換地処分に承継されず(例外的に違法性の承継を認めるべき場合には当たらない。)、もはや後行処分の取消事由として先行処分たる事業計画の決定の違法を主張することは許されないと解すべきことになろう。
そうすると、事業計画の決定の処分性を肯定する結果、その違法を主張する者は、その段階でその取消訴訟を提起しておかなければ、後の仮換地や換地の段階ではもはや事業計画自体の適否は争えないことになる。しかし、土地区画整理事業のように、その事業計画に定められたところに従って、具体的な事業が段階を踏んでそのまま進められる手続については、むしろ、事業計画の適否に関する争いは早期の段階で決着させ、後の段階になってからさかのぼってこれを争うことは許さないとすることの方に合理性があると考えられるのである。
2 出訴期間と経過措置的解釈
(1) 土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認めるならば、抗告訴訟としてその取消しを求める訴訟を提起することが許されるが(行政事件訴訟法3条2項)、この取消訴訟には出訴期間の定めがあり、処分があったことを知った日(公告があった日に事業計画の決定を知ったことになる。)から6か月を経過したときは提起することができず、ただし、正当な理由があるときはこの限りでないこととされている(同法14条1項)。出訴期間が経過した場合には、事業計画の決定は形式的に確定し、いわゆる不可争力を生ずることになる。
(2) 本判決の後にされる事業計画の決定については、出訴期間について特段の問題を生じないのであるが、本判決より前にされた事業計画の決定で、既に6か月の出訴期間を経過し、あるいはこれが切迫しているものについては、別途の配慮を要するであろう。本判決によって変更された従前の判例の下においては、国民は、土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性は認められないと判断して、通常はその段階では取消訴訟を提起しなかったであろうと考えられるからである。
この点に配慮するならば、本判決より前にされた事業計画の決定については、6か月の経過について上記の「正当な理由」があるものとして救済を図るといういわば経過措置的な解釈をすることが相当であろう。ただし、換地処分がされてその取消訴訟の出訴期間も経過しているような場合には、「正当な理由」があるとはいえないであろう。
3 取消判決の第三者効(対世効)と第三者の手続保障
(1) 土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認める場合に、事業計画の決定を取り消す判決が確定すると、取消判決の形成力によって、当該事業計画決定はさかのぼって効力を失う。そして、この判決は第三者に対しても効力を有する(行政事件訴訟法32条1項)。いわゆる取消判決の第三者効(対世効)である。
土地区画整理事業の事業計画の決定は、特定の個人に向けられたものではなく、不特定多数の者を対象とするいわゆる一般処分であるが、このような一般処分を取り消す判決の第三者効については、相対的効力説(原告との関係における当該処分の相対的効力のみを第三者との関係でも失わせるものであるとする見解)と絶対的効力説(第三者との関係をも含む当該処分の絶対的効力を失わせるものであるとする見解)の対立がある。詳論は避けることとするが、私は、行政上の法律関係については、一般に画一的規律が要請され、原告とそれ以外の者との間で異なった取扱いをすると行政上不要な混乱を招くことなどから、絶対的効力説が至当であると考えている。
(2) 事業計画の決定を取り消す判決の第三者効によって、訴訟の当事者ではない関係者で、当該事業計画決定の適法・有効を主張する者は、不利益を被ることになるから、このような利害関係人が自己のために主張・立証をする機会を保障する必要がある。上記の絶対的効力説を採ったときは、特にその必要性が高い。
このような第三者の手続保障としては、まず、「訴訟の結果により権利を害される第三者」の訴訟参加がある(行政事件訴訟法22条)。例えば、土地区画整理事業の施行地区内の宅地所有者等で、当該事業計画決定は適法・有効であるとして事業の進行を望む者は、裁判所の決定をもって訴訟参加をし、被告の共同訴訟的補助参加人として訴訟行為を行うことができるものと考えたい。さらに、そうだとすれば、自己の責めに帰することができない理由により訴訟に参加することができなかった第三者は、第三者の再審の訴えを提起することができることになろう(同法34条)。したがって、第三者の手続保障に欠けるところはないというべきである。
裁判官今井功は、裁判官近藤崇晴の補足意見のうち1(公定力と違法性の承継)及び2(出訴期間と経過措置的解釈)に同調する。

+意見
裁判官涌井紀夫の意見は、次のとおりである。
私は、本件事業計画の決定が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとする多数意見の結論には賛成するが、その理由付けの仕方について多数意見とは考え方を異にする点があるので、その点について意見を述べておくこととしたい。
1 公権力の行使として行われる行為について抗告訴訟の対象となる行政処分性が肯定されるための最も基本的な要件が、その行為が個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものといえるか否かの点にあることはいうまでもない。すなわち、問題となる行為が、個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものである場合には、そのことだけで処分性が肯定されるのが原則とされるものというべきである。
本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画の決定について見ると、多数意見も指摘するとおり、この事業計画が定められ所定の公告がされると、施行地区内の土地については、許可なしには建築物の建築等を行うことができない等の制約が課せられることになっているのであるから、この事業計画決定が個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものであることは明らかである。確かに、この建築制限等の効果は、土地区画整理事業の円滑な施行を実現するために法が事業計画に特に付与することとした付随的な効果ともいうべき性質を持つものではある。しかし、この建築制限等の効果が発生すると、施行地区内の土地は自由に建築物の建築を行うことができない土地になってしまい、その所有者には、これを他に売却しようとしても通常の取引の場合のような買い手を見つけることが困難になるという、極めて現実的で深刻な影響が生じることになるのである。このような効果は、抗告訴訟の方法による救済を認めるに足りるだけの実質を十分に備えたものということができよう。
2もっとも、それ自体で個人の権利・利益を制約するような効果を持つ行為についても、その行為の段階でその適否を争わせるのでなしに、これに引き続いて行われることが予定されている後続の行為を待ってその適否を争わせることとすることの方が合目的的であり、個人の利益の救済にとってもそれで支障がないと考えられる場合があり得るところであり、そのような場合には、先行行為についてはその処分性を否定することも許されるものと考えられる。
これを本件の事業計画決定について見ると、例えば施行地区内の土地上に建築物を建築したいと考えている土地所有者の場合には、その建築に対する不許可処分が行われるのを待ってその不許可処分の適否を争わせることで、その建築制限等に伴う不利益に対する救済としては足りるものと考えることも可能であろう。しかし、このように所有地に自己の建築物を建築したいというのではなく、所有地を他に譲渡・売却する際の不利益を排除するためにこの建築制限等の制約の解除を求めている者の場合には、後にその適否を争うことでその目的を達することのできるような後続の行為なるものは考えられない(例えば、土地区画整理事業の進行に伴って後に行われる換地計画等の行為の取消請求が認容されたとしても、それによって当然にこの建築制限等の効果が解消されることとなるものではないし、仮にこの段階で当初の事業計画決定自体が取り消されることとなったとしても、それまでの間継続して被ってきた不利益がさかのぼって解消されることとなるものでもない。)のであり、抗告訴訟の方法でその権利・利益を救済する機会を保障するには、事業計画決定の段階での訴訟を認める以外に方法がないのである。
そうすると、本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画の決定については、それが上記のような建築制限等の法的効果を持つことのみで、その処分性を肯定することが十分に可能であり、また、そのように解することが相当なものと考えられるのである。
3 多数意見の考え方は、上記のような建築制限等の法的効果についても言及はしているものの、結局は、事業計画の決定がされることによって、施行地区内の宅地所有者等が換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その法的地位に直接的な影響が生ずることになるという点に、本件事業計画決定の処分性を肯定する根拠を求めるものとなっていると解される(このように専ら換地処分による影響を根拠に処分性を肯定しようとする多数意見の考え方からすると、この建築制限等の法的効果への言及が理論的にどのような意味を持つことになるのかは、多数意見の判示からしても必ずしも明らかでないところがある。)。すなわち、そこでは、抗告訴訟の方法による救済を図るべき不利益等の内容としては、専ら土地区画整理事業の本来の目的である換地処分による権利交換という措置によってもたらされる不利益等が考えられているのであって、上記の建築制限等の効果が発生することによって個人の被る不利益は、それ自体を独立して取り上げると抗告訴訟による救済の対象とするには足りないものと考えていることになるのである。しかし、前記のとおりこの建築制限等によって土地所有者の被る現実の不利益が具体的で深刻な実質を持つものであることからすると、このような考え方には問題があるものというべきであろう。
また、多数意見は、このように専ら換地処分の効果に着目して処分性の有無を考えるに際して、この換地処分の法的効果が現実に発生する前の段階においても、将来発生する法的効果の影響や実効的な権利救済を図る必要性の程度等を考慮して、抗告訴訟の対象となる行政処分性を肯定しようとするものである。しかし、このような考え方に立つと、そこでいわれる法的効果の影響や権利救済の必要性の度合いがどの程度であれば処分性が肯定されることとなるのか、その判断の基準が一義的な明確性を欠くものとなり、視点のいかんによってその判断が区々に分かれるという事態が避けられないこととなろう。現に、本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画決定そのものについて、見方によってはこの多数意見がいうのと同様の判断基準に立ったものとも解される昭和41年2月23日の当審大法廷判決の多数意見では、この段階で抗告訴訟の提起を認めることは妥当でなく、また、その必要もないと判断されていたのに対して、本件の多数意見は、これとは正反対の判断を行うに至っているのである。国民にとっても明確で分かりやすい形で訴訟の門戸を開いていくことによって、行政訴訟による権利救済の実効性を確保するという見地からするなら、処分性の有無の判断基準としても、できるだけ明確で分かりやすいものが望ましいものといえよう。その意味でも、本件事業計画の決定の処分性を肯定する法的根拠としては、多数意見のように不安定な解釈の余地を残すような考え方ではなく、端的に上記の建築制限等という法的効果の発生という一事で足りるものとする考え方の方が簡明であり、相当なものというべきであろう。
(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 横尾和子 裁判官 藤田宙靖 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉徳治 裁判官 才口千晴 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 堀籠幸男 裁判官 古田佑紀 裁判官 那須弘平 裁判官 涌井紀夫 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)

++解説
《解  説》
1 事件の概略
本件は,浜松市(被告,被控訴人,被上告人)の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定について,施行地区内に土地を所有しているXら(原告,控訴人,上告人)が,同決定の違法を主張して,その取消しを求めた事案である。
すなわち,浜松市は,遠州鉄道鉄道線の連続立体交差事業の一環として,上島駅の高架化と併せて同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため,西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業を計画し,土地区画整理法(平成17年法律第34号による改正前のもの。以下「法」という。)52条1項の規定に基づき,静岡県知事から,同事業の事業計画において定める設計の概要について認可を受けた上,平成15年11月25日,同事業の事業計画の決定(以下「本件事業計画の決定」という。)をし,同日,その公告がされた。Xらは,同事業の施行地区内に土地を所有している者であるが,同事業は公共施設の整備改善及び宅地の利用増進という法所定の事業目的を欠くものであるなどと主張して,本件事業計画の決定を対象とする取消訴訟を提起した。
本件の本案前の争点は,本件事業計画の決定が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうか(いわゆる処分性の有無)である。

2 関係法令の定め
土地区画整理事業は,都市計画区域内の土地について,公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るため,法の定めるところに従って行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業であり(法2条1項),換地による権利交換を制度の骨格とするものである。市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定に関する法令の定めを摘記すると,次のとおりである。
(1) 市町村は,土地区画整理事業を施行しようとする場合においては,施行規程及び事業計画を定めなければならない(法52条1項前段)。事業計画においては,施行地区(施行地区を工区に分ける場合には施行地区及び工区),設計の概要,事業施行期間及び資金計画を定めなければならず(法54条,6条1項),設計の概要については,都道府県知事の認可を受けなければならない(法52条1項後段)。設計の概要は,設計説明書及び設計図を作成して定めなければならず(平成17年国土交通省令第102号による改正前の土地区画整理法施行規則6条1項),このうち,設計説明書には,事業施行後における施行地区内の宅地の地積(保留地の予定地積を除く。)の合計の事業施行前における施行地区内の宅地の地積の合計に対する割合等を記載しなければならず(同条2項),また,設計図は,縮尺1200分の1以上とし,事業施行後における施行地区内の公共施設等の位置及び形状を,事業施行により新設され又は変更される部分と既設のもので変更されない部分とに区別して表示したものでなければならない(同条3項)。
(2) 事業計画が定められた場合においては,市町村長は,遅滞なく,施行者の名称,事業施行期間,施行地区その他国土交通省令で定める事項を公告しなければならない(法55条9項)。そして,この公告がされると,換地処分の公告がある日まで,施行地区内において,土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築,改築若しくは増築を行い,又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は,都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項),これに違反した者がある場合には,都道府県知事は,当該違反者又はその承継者に対し,当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項),この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか,施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することとなった者は,書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項),施行者は,その申告がない限り,これを存しないものとみなして,仮換地の指定や換地処分等をすることができるものとされている(同条5項)。

3 従来の判例
土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性について,最大判昭41.2.23民集20巻2号271頁(以下「41年大法廷判決」という。)は,土地区画整理事業の事業計画の決定はその公告がされた段階においても抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとして,その処分性を否定した。この判断は,関与した13名の裁判官中8名の裁判官の多数意見によるものであり,その処分性を肯定すべきであるとした5名の裁判官の反対意見が付された。
41年大法廷判決の多数意見が土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性を否定した論拠は,要約すると,①〔事業計画の一般的,抽象的青写真性〕事業計画の決定は,当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的,抽象的に決定するものであって,いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性質を有するにすぎず,これによって利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されているわけではないこと,②〔付随的効果論〕事業計画が公告されることによって生ずる建築制限等は,法律が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるものであって,事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえないこと,③〔成熟性,具体的事件性の欠如〕事業計画の決定ないし公告の段階でその取消し又は無効確認を求める訴えの提起を許さなければ,利害関係者の権利保護に欠けるところがあるとはいい難く,そのような訴えは,争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くこと,以上の3点である。
41年大法廷判決は,その説示内容から「青写真判決」と称されており,判決当初から批判的な論調が強かったものの,裁判実務においては,計画行政における計画決定行為,特に一連の手続の中間段階でされる計画決定行為の処分性を考えるに当たってのリーディングケースとなっていたものである。その後,最三小判平4.10.6裁判集民166号41頁,判タ802号100頁(以下「4年三小判決」という。)は,同一の論点につき,41年大法廷判決を踏襲する判断をした。

4 原判決等
本件の第1審判決及び原判決は,これらの判例に従って,本件事業計画の決定の処分性を否定し,本件訴えを却下すべきものとした。
原判決に対し,Xらから上告受理の申立てがあり,本件は最高裁第三小法廷に係属したが,同小法廷は,本件を上告審として受理した上,これを大法廷に回付した。なお,Xらは,本件訴訟において,本件事業計画の決定のほか,これに先立って静岡県知事がした設計の概要の認可についても取消しを求めていたが,この取消請求については,同認可の処分性を否定して訴えを却下すべきものとした原判決に対するXらの上告受理申立てが同小法廷において不受理とされ,訴え却下の判決が確定した。

5 本判決
本判決は,市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると判断し,原判決のうち浜松市に関する部分を破棄し,同部分につき,第1審判決を取り消し,本件を第1審に差し戻した。以上は,15名の裁判官全員一致の意見である。本判決においては,藤田裁判官,泉裁判官,今井裁判官及び近藤裁判官がそれぞれ補足意見を述べ,涌井裁判官が,本件事業計画の決定の処分性を認める理由付けが多数意見と異なるとして意見を述べている。本判決の多数意見及び個別意見の概要は,次のとおりである。
(1) 多数意見の概要
本判決の多数意見は,土地区画整理事業の事業計画の決定については,その公告がされると施行地区内において建築制限等が生じ,また,いったん事業計画の決定がされると,特段の事情のない限り,その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ,施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになることなどから,施行地区内の宅地所有者等は,事業計画の決定がされることによって,建築制限等の規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができるとし,他方,換地処分等の取消訴訟において,宅地所有者等が事業計画の違法を主張してその主張が認められたとしても,当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あることを指摘し,これらのことから,「市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は,施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって,抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ,実効的な権利救済を図るという観点から見ても,これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。」と判示して,市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると判断し,これと異なる趣旨をいう41年大法廷判決及び4年三小判決は,いずれも変更すべきであるとした。
(2) 個別意見の概要
ア 藤田裁判官の補足意見は,土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認める理論的根拠について,事業計画が一度決定されれば,制度の構造上極めて高い蓋然性をもって換地処分に至ることは否定し得ないのみならず,その段階に至るまでの現実の障害の発生を防止することを目的とする建築行為等の制限効果が直接に生じることになっており,この意味で,事業計画の決定は,土地区画整理事業の全プロセスの中で,換地にまで至る権利制限の連鎖の発端を成す行為であるということができることなどを述べるものである。
イ 泉裁判官の補足意見は,土地区画整理事業の事業計画の決定及び公告の本質的効果は,都市計画事業としての土地区画整理事業の施行権の付与にあるとし,事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることの本来的な理由は,それがこのような土地区画整理事業の施行権の付与という効果を有し,それにより施行地区内の宅地所有者等が特段の事情のない限り自己の所有地等につき換地処分を受けるべき地位に立たされるということにあることなどを述べるものである。
ウ 近藤裁判官の補足意見は,従来の判例を変更して土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性を肯定することに関連して検討すべき理論上及び実務上の問題として,①「公定力と違法性の承継」,②「出訴期間と経過措置的解釈」,③「取消判決の第三者効(対世効)と第三者の手続保障」について意見を述べるものであり(意見の要点については後述する。),今井裁判官の補足意見は,近藤裁判官の補足意見のうち①及び②に同調するというものである。
エ 涌井裁判官の意見は,土地区画整理事業の事業計画が定められ所定の公告がされると,施行地区内の土地は自由に建築物の建築を行うことができない土地になってしまい,その所有者には,これを他に売却しようとしても通常の取引の場合のような買い手を見つけることが困難になるという極めて現実的で深刻な影響が生じることになるのであって,事業計画の決定については,このような建築制限等の法的効果を持つことのみで,その処分性を肯定することが十分に可能であり,また,そのように解することが相当であるとするものである。

6 処分性一般に関する判例法理との関係
抗告訴訟は,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟であり,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為を対象として,その効力等を争う訴訟である(行政事件訴訟法3条)。そして,ここでいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(行政処分)とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうとするのが,最高裁の確立した判例である(最一小判昭30.2.24民集9巻2号217頁,判タ47号46頁,最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁等)。
近時,上記の処分性の有無に関する一般的な判断基準からすると処分性が認められるかどうか微妙な行政上の行為について,その処分性を肯定する最高裁の判決(医療法に基づき都道府県知事が病院を開設しようとする者に対して行う病院開設中止の勧告につき処分性を肯定した最二小判平17.7.15民集59巻6号1661頁,判タ1188号132頁,同じく病床数削減の勧告につき処分性を肯定した最三小判平17.10.25裁判集民218号91頁,判タ1200号136頁)が現れているが,これらの判決は,実効的な権利救済を図るという観点から,上記の処分性の有無に関する一般的な判断基準を柔軟に解したものと理解することができ,その基準自体を変更するものではないと解される。
本判決は,市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定について,実効的な権利救済を図るという観点を踏まえた上で,上記事業計画の決定が有する法的効果,すなわち,その決定がされることによって,施行地区内の宅地所有者等が建築制限等の規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるという法的効果を根拠として,その処分性を肯定したものである。こうした本判決の判断構造から見れば,本判決は,上記の処分性の有無に関する一般的な判断基準を変更するものではなく,むしろ,これを当然の前提としているものということができよう。
7 本判決の射程
本判決は,計画行政における計画決定行為の処分性を考えるに当たってのリーディングケースとなっていた41年大法廷判決を変更したものであり,その射程がどこまで及ぶかが問題となる。
現行の法律で,私人の権利義務ないし法的地位に変動を生じさせる法的効果を有する行政計画について定めたものは多数存在するが,これらにおける計画決定行為は,大きく分けて,① 定められた計画に基づき将来具体的な事業が施行されることが予定されており,計画決定行為が一連の手続の中間段階でされるもの(以下「事業型・非完結型の計画決定行為」という。)と,② 定められた計画に基づき将来具体的な事業が施行されることが予定されておらず,計画行政としては計画決定行為をもって完結するもの(以下「非事業型・完結型の計画決定行為」という。)の二つの類型に分類することができる。土地区画整理事業の事業計画の決定は,事業型・非完結型の計画決定行為であり,本判決の判決理由にかんがみれば,本判決の射程は,非事業型・完結型の計画決定行為(その例としては,都市計画法上の用途地域の指定を挙げることができる。)には及ばないものと解される。
また,本判決は,土地区画整理事業の事業計画については,いったんその決定がされると,特段の事情のない限り,その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ,施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになり,他方で,換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても,宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難いという点に着目して,土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性を肯定したものであるから,事業型・非完結型の計画決定行為であっても,当該計画決定行為から土地収用や換地処分等が行われるまでの中間段階で別途行政処分と目すべき行政上の行為が行われ,実効的な権利救済のためには,その行政上の行為を対象とした抗告訴訟の提起を認めれば足りるものについては,本判決の射程は及ばないものと解される(例えば,道路等の都市施設を都市計画事業として整備しようとする場合には,まず,都市計画において当該都市施設を定めた上で,具体的に事業を施行しようとする段階で,都市計画事業の認可という手続を踏んで事業が施行されることになるが,これによって収用を受けるべき地位に立たされる事業地内の土地所有者等の救済は,都市計画事業の認可に対する抗告訴訟の提起を認めれば足りると考えられるから,上記の都市計画決定には,本判決の射程は及ばないものと解される。)。

8 関連する理論上及び実務上の問題
本判決は,従来の判例を変更して土地区画整理事業の事業計画の決定の処分性を肯定したものであるから,これに関連して検討すべき理論上及び実務上の問題が存在する。具体的には,事業計画の決定の公定力,違法性の承継,出訴期間,取消判決の第三者効,第三者の手続保障等であるが,これらの点については,近藤裁判官の補足意見において問題点の指摘と同裁判官の意見が述べられているので,ここでは,同補足意見の要点を次の(1)~(3)のとおり摘記するにとどめる。
(1) 事業計画の決定の処分性を肯定すると,その決定には公定力があることになるから,たとえこれに違法性があったとしても,それ自体の取消訴訟などによって公定力が排除されない限り,その違法性は後行行為たる仮換地の指定や換地処分に承継されず,それらの取消事由として事業計画の決定の違法を主張することは許されない。事業計画の決定の違法を主張する者は,その段階で取消訴訟を提起しておかなければならない。
(2) 事業計画の決定に対する取消訴訟は行政事件訴訟法14条1項所定の出訴期間の制限に服することになるが,本判決より前にされた事業計画の決定については,出訴期間の経過について同項ただし書にいう「正当な理由」があるものとして救済を図るといういわば経過措置的な解釈をすることが相当である。ただし,換地処分がされてその取消訴訟の出訴期間も経過している場合には,「正当な理由」があるとはいえない。
(3) 事業計画の決定を取り消す判決が確定した場合には,第三者との関係をも含めて当該決定の絶対的効力が失われると考えられるが,第三者の訴訟参加(行政事件訴訟法22条)や第三者の再審の訴え(同法34条)の制度があるので,第三者の手続保障に欠けるところはない。
9 本判決の意義
本判決は,計画行政に係る争訟について実効的な権利救済を図るという観点から,計画決定行為の処分性に関する重要判例を司法的救済の門戸を開く方向で42年ぶりに変更した大法廷判決であり,この分野における新たなリーディングケースとなるものである。

オ 判例変更の射程~非完結型(事業型)計画と完結型(土地利用規制型)計画
完結型の方には射程は及ばない。

カ 処分性を認めることに伴う問題
・出訴期間とかある。
・違法性の承継の問題も出てくる。


行政法 基本行政法 行政契約


1.準備行政における契約

+判例(H18.10.26)
理由
上告代理人中田祐児、同島尾大次の上告受理申立て理由(ただし、排除された部分を除く。)について
1 本件は、徳島県に属する旧木屋平村(以下「木屋平村」という。)の発注する公共工事の指名競争入札に平成10年度まで継続的に参加していた上告人が、同11年度から同16年度までの間、村長から違法に指名を回避されたと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、合併により木屋平村の地位を承継した被上告人に対し、逸失利益等の損害賠償を求めている事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、土木建築工事の請負及び施工を業とする有限会社である。木屋平村は、平成17年3月1日、旧美馬町、旧脇町(以下「脇町」という。)及び旧穴吹町と合併して被上告人となったが、平成3年4月から上記合併まで、Aが村長の地位に在った。
(2) 上告人は、有限会社となる前の昭和60年ころから平成10年度まで木屋平村が発注する公共工事の指名競争入札に継続的に参加し、工事を受注していたが、後記(7)及び(8)記載のとおり、同11年度から同16年度まで、A村長から木屋平村が発注する公共工事への入札参加者として指名されなかったため、入札に参加することができなかった
(3) 指名競争入札の参加者の資格については、契約を締結する能力を有しない者等についての制限があるほか、地方公共団体の長において、あらかじめ、指名競争入札に参加する者につき、契約の種類及び金額に応じ、工事、製造又は販売等の実績、従業員の数、資本の額その他経営の規模及び状況を要件とする資格を定めて、公示しなければならず(地方自治法234条6項、同法施行令167条の11第2項、3項、167条の5)、平成13年4月1日からは、指名競争入札の参加者の資格について公表することが義務付けられている(公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号、同法施行令7条1項2号)。
さらに、地方公共団体の長は、資格を有する者のうちから入札に参加させようとする者を指名するが(地方自治法234条6項、同法施行令167条の12第1項)、同日以降は、地方公共団体が指名競争入札に参加する者を指名する場合の基準を定めたときは、これを公表することが義務付けられている(公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号、同法施行令7条1項3号)。
(4) 木屋平村は、「建設業者等指名停止等措置要綱」(以下「本件指名停止等要綱」という。)を定め、平成4年4月1日から実施してきた。
本件指名停止等要綱には、指名停止又は指名回避の事由となる項目とそれぞれの項目に対応する措置期間の基準が定められており、所定の項目に該当する者には指名停止の措置を行い、該当する疑いのある者には指名回避の措置を行うこととされている。その項目中に「その他重大な不法・不当行為を行い、指名業者として不適当と認められる者」という項目があり、その項目に対応する措置期間は2ないし12か月とされている。
木屋平村は、「木屋平村公共事業審議会規則」を定め、同9年4月1日から施行した。木屋平村では、この規則に基づいて、村の職員をもって組織する木屋平村公共事業審議会(以下「本件審議会」という。)が設置され、毎年度の一般競争入札及び指名競争入札の参加資格審査等に関する審議のため、各年度ごとに1回審議会が開催され、その審議結果が村長に答申されていた。
(5) 上告人は、平成8年11月ころ、木屋平村が実施しようとしていた村道拡張工事に関し、上告人の本店所在地前の50mほどの区間の工事について指名競争入札に参加させるよう求めた。当該工事は、1工区の工事区間が数百m程度、工事費にして3000ないし4000万円程度の工事であったため、本来であれば1500万円を超える工事について参加資格がなかった上告人を参加させることはできなかったが、木屋平村は、協議の結果、上記の区間について分割発注することとして、上告人を入札に参加させた。
(6) 上告人は、平成10年8月ころ、上告人代表者名義の山林を取水えん堤及び高区配水タンクの設置場所として木屋平村の実施しようとしていた簡易水道拡張改良工事に関し、その用地の売却に絡めて同工事の指名競争入札に上告人を参加させるよう求めた。木屋平村は、他の業者に既に指名通知を発出していた上、金額及び施工の面で上告人を指名することができないため、上告人の要求に応じることができず、上記両施設の設置場所を他の者の所有地に変更した上で、入札を経て、工事を実施した。
(7) 平成11年6月30日に開催された本件審議会において、委員から、上告人については上記(5)、(6)記載の各事実(以下、同記載の上告人の各行為を「本件各行為」という。)があり、かつ、登記簿上の本店所在地の事務所は従業員等が不在で数年間機能しておらず代表者は脇町で生活しているのが現状である旨の意見が出され、その意見をA村長への答申の附帯意見として添付する旨の決議がされた。
A村長は、本件審議会の答申を受け、平成11年度に実施される指名競争入札においては上告人に対し指名回避の措置を採ることを決定した。
(8) 木屋平村では、従前から、村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名していたところ、平成12年4月6日に開催された本件審議会において、会長から、上告人については、信頼回復、指名回復のための木屋平村からの話合いの申出が拒絶されており、A村長は上告人には指名競争入札に参加する意思がないと判断している旨が報告されるとともに、委員から、上告人の登記簿上の本店所在地の事務所は従業員等が不在で機能しておらず、代表者は脇町で生活しているのが現状である旨の意見が出され、委員全員がA村長の判断に賛成した
同13年5月14日に開催された本件審議会においては、委員全員から、上告人の登記簿上の本店所在地の事務所には常駐している者もほとんどおらず、上告人は村内業者として認められないとの意見が出された。
このようにして、平成11年度に続いて同12年度ないし同16年度の各年度において、木屋平村は、上告人の他の問題点を述べる意見に加えて、上告人が村内業者と認められないことを理由に、指名回避の措置を採った
(9) 木屋平村は、村が発注する建設工事の請負契約に係る一般競争入札及び指名競争入札に参加する者に必要な資格等に関する「木屋平村建設工事の請負契約に係る一般競争入札及び指名競争入札参加資格審査要綱」(以下「本件資格審査要綱」という。)を定めるとともに、「木屋平村指名競争入札審査委員会設置要綱」(以下「本件審査委員会設置要綱」という。)を定め、いずれも平成14年4月1日から施行した。
本件審査委員会設置要綱には、木屋平村指名競争入札審査委員会を設置し、入札参加資格を有する者のうちから具体的にどの業者を指名するかについて同委員会で審査する旨が定められている。本件審査委員会設置要綱の附属文書として、「指名競争に参加する者を指名する場合の基準」(以下「本件指名基準」という。)及び「木屋平村発注の工事請負契約に係る指名基準の運用基準」(以下「本件運用基準」という。)があり、入札参加資格を有する者のうちから業者を指名する場合の基準を定めている。
本件資格審査要綱は、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する建設業者を「村内業者」、その他の建設業者を「村外業者」と定義しており、村外業者には入札資格はないとはしていないものの、村内業者と村外業者を明確に区別している。
(10) 上告人の登記簿上の本店所在地は木屋平村にあり、そこには上告人代表者の母である監査役のBが住み、「有限会社X」の看板を掲げ、そこにある電話の番号を「X」の名義で電話帳に掲載している。しかし、上告人の実質上の経営者であるCは、平成6年3月以降、上告人代表者である妻ら家族と共に、脇町内の住居に住み、同敷地内に上告人の事務所を設けており、その住居の電話番号を「X㈲」の名義で電話帳に掲載している。その他の取締役や従業員で、木屋平村内に居住している者はいない。Bも、同15年3月まで木屋平村の正規職員として勤務していたのであるから、本店所在地は、そこに常勤している者はおらず、営業拠点としての実態を有していない。

3 原審は、上記事実関係等の下において、次のように判示して、上告人の請求をすべて棄却すべきものとした。
(1) 指名競争入札における参加資格審査ないし業者指名の判断については、契約担当者たる地方公共団体の長の広範な裁量にゆだねられているが、そのし意を許すものではなく、その権限の行使が明らかに不合理であるなど、その裁量権を逸脱し又は濫用した場合には、国家賠償法上違法になる
(2) 上告人の本件各行為は、木屋平村との信頼関係を損ねる行為であるから、A村長が、平成11年度に実施される指名競争入札において、本件指名停止等要綱に定める「その他重大な不法・不当行為を行い、指名業者として不適当と認められる者」に該当する疑いがあると判断し、上告人につき指名回避の措置を採ったことは、不合理であるとはいえない
他方、本件指名停止等要綱に定められている措置期間に照らすと、上記のような理由による「指名回避」の措置を1年を超えて継続することは、不相当に長期にわたる措置として、裁量権の濫用に当たるというべきである。
(3) 木屋平村では、村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名していたが、木屋平村が山間へき地に在って過疎の程度が著しい上、村の経済にとって公共事業の比重が非常に大きく、台風等の災害復旧作業には村民と建設業者の協力が重要であることからすると、上記のような運用は合理性を有していたものと認められる。
したがって、上告人を村外業者と認めた木屋平村の判断に合理性が認められれば、A村長が上告人を指名しないからといって、同人が裁量権を逸脱し又は濫用しているとまではいえない。
他の村内業者は、少なくとも木屋平村内の営業所に常勤する取締役ないしは従業員がおり、木屋平村に主たる営業所を有していると認められるのに対し、上告人の登記簿上の本店所在地は木屋平村にあるが、そこに常勤している者はおらず、主たる営業所の実態を有していないのであって、上告人が村内業者であるとは認められないとの木屋平村の判断は合理的なものである。
上告人が村外業者であったとしても、入札参加資格自体が得られないわけではないので、木屋平村が、かかる理由に基づく「指名回避」という措置を平成12年度以降も継続したことについて議論の余地もないではないが、上告人が村内業者だけでは対応できない事業を施工する特別な能力を有しているともいえない以上、上告人が木屋平村の公共工事について指名されないことには変わりがなく、木屋平村の措置が違法であるとはいえない。

4 しかしながら、原審の上記3(3)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 地方自治法234条1項は「売買、貸借、請負その他の契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約又はせり売りの方法により締結するものとする。」とし、同条2項は「前項の指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる。」としており、例えば、指名競争入札については、契約の性質又は目的が一般競争入札に適しない場合などに限り、これによることができるものとされている(地方自治法施行令167条)。このような地方自治法等の定めは、普通地方公共団体の締結する契約については、その経費が住民の税金で賄われること等にかんがみ、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、それ以外の方法を例外的なものとして位置付けているものと解することができる。また、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律は、公共工事の入札等について、入札の過程の透明性が確保されること、入札に参加しようとする者の間の公正な競争が促進されること等によりその適正化が図られなければならないとし(3条)、前記のとおり、指名競争入札の参加者の資格についての公表や参加者を指名する場合の基準を定めたときの基準の公表を義務付けている。以上のとおり、地方自治法等の法令は、普通地方公共団体が締結する公共工事等の契約に関する入札につき、機会均等、公正性、透明性、経済性(価格の有利性)を確保することを図ろうとしているものということができる。
(2) 前記事実関係等によれば、木屋平村においては、従前から、公共工事の指名競争入札につき、村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名するという運用が行われていたというのである。確かに、地方公共団体が、指名競争入札に参加させようとする者を指名するに当たり、〈1〉 工事現場等への距離が近く現場に関する知識等を有していることから契約の確実な履行が期待できることや、〈2〉 地元の経済の活性化にも寄与することなどを考慮し、地元企業を優先する指名を行うことについては、その合理性を肯定することができるものの、〈1〉又は〈2〉の観点からは村内業者と同様の条件を満たす村外業者もあり得るのであり、価格の有利性確保(競争性の低下防止)の観点を考慮すれば、考慮すべき他の諸事情にかかわらず、およそ村内業者では対応できない工事以外の工事は村内業者のみを指名するという運用について、常に合理性があり裁量権の範囲内であるということはできない。
また、前記事実関係等によれば、木屋平村では、平成13年度までは、本件資格審査要綱、本件指名基準及び本件運用基準は制定されておらず、本件指名停止等要綱を除いて、指名に関する基準は明定されていなかった。さらに、平成14年4月以降施行された上記の本件資格審査要綱等をみても、本件資格審査要綱において村内業者と村外業者とが定義上区別されているものの、その外に上記のような村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという実際の運用基準は定められておらず、しかも、村内業者とは、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する業者をいうとされているにとどまり、主たる営業所あるいは村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかにされていなかった。このような状況の下における木屋平村の上記のような運用は、村内業者で対応できる工事はすべて指名競争入札とした上で、村内業者か否かの判断を適当に行うなどの方法を採ることにより、し意的運用が可能となるものであって、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の定める公表義務に反し、同法及び地方自治法の趣旨にも反するものといわざるを得ない。
一方、上告人は、昭和60年ころから木屋平村が発注する公共工事の指名競争入札に継続的に参加し、工事を受注してきており、木屋平村内の住所ないし事務所所在地を登記簿上の本店所在地としていた。平成6年3月に、上告人の実質的経営者と代表者の夫婦が脇町内に住居を構え、同敷地内に上告人の事務所を設けるなどした後も、上告人の登記簿上の本店所在地は木屋平村のままであり、同所には上告人代表者の母でもある監査役が住み、「有限会社X」の看板を掲げ、そこにある電話の番号を「X」の名義で電話帳に掲載している。そして、平成10年度までは、木屋平村の指名競争入札において指名を受けていたというのである。また、平成12年度以降指名をされないでいることについて、木屋平村から上告人にその理由が明らかにされていたという事情もうかがわれない。
そうすると、上告人は、平成6年の代表者等の転居後も含めて長年にわたり村内業者として指名及び受注の実績があり、同年以降も、木屋平村から受注した工事において施工上の支障を生じさせたこともうかがわれず、地元企業としての性格を引き続き有していたともいえる。また、村内業者と村外業者の客観的で具体的な判断基準も明らかではない状況の下では、上告人について、村内業者か村外業者かの判定もなお微妙であったということができるし、仮に形式的には村外業者に当たるとしても、工事内容その他の条件いかんによっては、なお村内業者と同様に扱って指名をすることが合理的であった工事もあり得たものと考えられる。
このような上告人につき、上記のような法令の趣旨に反する運用基準の下で、主たる営業所が村内にないなどの事情から形式的に村外業者に当たると判断し、そのことのみを理由として、他の条件いかんにかかわらず、およそ一切の工事につき平成12年度以降全く上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば、それは、考慮すべき事項を十分考慮することなく、一つの考慮要素にとどまる村外業者であることのみを重視している点において、極めて不合理であり、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず、そのような措置に裁量権の逸脱又は濫用があったとまではいえないと判断することはできない

5 以上によれば、木屋平村における指名についての前記運用と上告人が村外業者に当たるという判断が合理的であるとし、そのことのみを理由として、平成12年度以降上告人を公共工事の指名競争入札において指名しなかった木屋平村の措置が違法であるとはいえないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決のうち同年度以降の指名回避を理由とする損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そして、被上告人が上告人を指名しなかった理由として主張する他の事情の存否、それを含めて考えた場合に指名をしなかった措置に違法(職務義務違反)があるかどうかなどの点について更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
なお、その余の上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
よって、裁判官横尾和子、同泉德治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官才口千晴の補足意見がある。

+補足意見
裁判官才口千晴の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛同するものであるが、反対意見を踏まえ、補足して意見を述べる。
1 原判決は、本件指名停止等要綱所定の事由を理由とする指名回避の措置の期間は長くても1年であり、これを超えて同措置を継続する場合には裁量権の逸脱に当たるとし、かつ、村外業者であることを理由に指名回避を平成12年度以降も継続したことの妥当性については議論の余地もないではないとしながら、上告人を村外業者であると認定して、木屋平村の措置が違法であるとはいえないと判断し、第1審判決の被上告人敗訴部分を取り消し、上告人の請求を棄却したものである。
2 しかし、上告人が村外業者に当たり、村内業者だけでは対応できない事業を施工するだけの特別な能力があるとは認められず、上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置は裁量権の逸脱には当たらないとする原審の判断は、著しく合理性に欠けるものである。その理由は、以下のとおりである。
(1) 公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律が制定(平成13年4月1日施行)され、木屋平村においても、特定の工事につき具体的にどの業者を指名するかについて、本件審査委員会設置要綱並びにその附属文書である本件指名基準及び本件運用基準を定め、これを同14年4月1日から施行した。
しかし、木屋平村では、平成13年度まで指名に関する基準は明定されておらず、また、原則として村内業者を指名するという運用がされていたとはいえ、同14年度以降を含め、そのような指名基準が明確に定められてはいなかった。しかも、村内業者とは、本件資格審査要綱によっても、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する業者をいうとされているにとどまり、主たる営業所あるいは村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかではなかった。
また、山間へき地の過疎の村である木屋平村における公共工事の状況は、反対意見が指摘するような実態であることを否定するものではないが、理由もなく不適正かつ不合理な指名回避の措置がされてはならないことは当然である。
(2) 上記法律の制定趣旨は、公共工事についての機会均等の保障、競争性の低下防止、透明性及び公正性の確保等にあり、公共工事をめぐる談合や行政との癒着の是正、入札及び契約の適正化の促進は、時勢の求めるところであり、かつ自明の理でもある。本件において、公共工事の入札及び契約の適正化を促進すべき主体と入札参加者指名の主導権者が村長であることはいうまでもない。そのような立場にある村長の不適正かつ不合理な措置は、同法の趣旨に照らしても到底看過することができない。また、そのような措置を受けた場合の上告人の救済手段は本件訴訟等の司法手続をおいて他にないことも事実である。
(3) 一方、上告人は、長年にわたり村内業者として指名及び受注の実績があり、平成6年の村外転居後も村内業者か村外業者かの判定は微妙な状況にあった。このような状況の下において、木屋平村が、上告人につき主たる営業所が村内にないという事実から形式的に村外業者に当たるとし、そのことのみを理由として、平成12年度以降一切上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば、それは社会通念上著しく妥当性を欠くものであり、その措置に裁量権の逸脱があったことは明らかである。上記のような上告人につき、村外業者であるという理由のみで、しかも、上告人にその理由を示すこともなく、また、その点に関し上告人から何らの意見聴取等をすることもないまま、平成12年度以降一切上告人を指名競争入札に参加させないことは、公共工事の入札や契約において要請される公正さに欠け、指名権者のし意的判断さえ強く疑わせるものといわざるを得ない。
これを違法であるとはいえないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから、原判決のうち同年度以降の指名回避を理由とする損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。また、被上告人が上告人を指名しなかった理由として主張する他の事情の存否、それを含めて判断した場合に指名しなかった措置に違法があるか、違法があるとした場合の違法な指名回避の時期や損害等について更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻す必要がある。
3 よって、私は、上記部分につき、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すとする多数意見に賛同するものである。

+反対意見
裁判官横尾和子の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見が、木屋平村が公共工事の指名競争入札の参加者の指名に当たり村内業者でないことのみを理由として平成12年度以降上告人を指名しなかったとすれば裁量権の逸脱濫用に当たるとすることに、以下に述べるところにより、賛成することができない。
1 地方公共団体が公共工事の指名競争入札の参加資格を地元企業に限り、又は原則として地元企業のみを指名することについては、〈1〉 地元企業であれば、工事現場の地理的状況、気象条件等に詳しく契約の確実な履行、緊急時における臨機応変の対応が期待できること、〈2〉 地元雇用の創出、地元産品の活用等地元経済の活性化に寄与することが考えられるので、合理性が認められる。そして、このように地元企業であることを必須の要件とすることも、そうすることが総体としての当該地域の住民(納税により公共工事の費用を負担する者、公共工事の経済効果により利益を受ける者など)の利益を損なうことのない限り、合理的な裁量の範囲内にあるというべきであり、この要件を欠くことを理由として指名を行わないことは裁量権の逸脱濫用には当たらない。
原審の認定する木屋平村の事情は、山間へき地の超過疎の村であり台風等の自然災害の被害に悩まされているところ、村の経済にとって公共事業の比重が非常に大きく、また台風等の災害復旧作業には村民と建設業者との協力が重要であるというのであるから、村内業者では対応できない工事を除き、指名競争入札の参加者の指名を村内業者に限定しても、少なくとも村民の利益を損なうものではなく、したがって、村内業者ではないことを理由として指名をしなかったことは裁量権の逸脱濫用に当たるものではない。
2 指名に関する基準につき明文上村内業者と村外業者の区別がされたのは平成14年4月1日本件資格審査要綱施行以降であるが、それ以前から同趣旨の運用がされてきたことについては、原審が、「木屋平村は、村内業者では対応できない事業のみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指定していた」と認定するところである。
村内業者の定義については、本件資格審査要綱中「木屋平村の区域内に主たる営業所を有するもの」とされているところ、村内業者のみを指名することの趣旨は1に述べたとおりであるから、「木屋平村の区域内に主たる営業所を有するもの」とは、この趣旨に沿う営業の実態を有するものをいうものと解される。したがって、登記簿上村内に本店が所在するとされているものの、代表者、取締役、従業員のいずれも村内に居住せず、また本店が営業拠点としての実態を有していない上告人が、村内業者に該当しないことは明らかである。
3 以上のとおりであるので、上告人の請求は、平成12年度以降の指名回避に係る部分も棄却されるべきであり、原審の判断は正当であるから、上告人の上告はすべて棄却すべきである。

+反対意見
裁判官泉德治の反対意見は、次のとおりである。
私は、A村長の上告人に対する平成12年度から同16年度までの指名回避(以下「本件指名回避」という。)についても、国家賠償法1条1項の違法性があるとはいい難いので、上告人の上告を棄却すべきであると考える。その理由は、次のとおりである。
1 まず、本件指名回避のうち平成12年度及び同13年度の分について検討する。
(1) 地方自治法234条2項は「前項の指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる。」と規定し、同法施行令167条は指名競争入札によることができる場合を同条各号に掲げる場合に限定しており、同法は、普通地方公共団体の締結する契約については、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、指名競争入札等の方法を例外的なものと位置付けているものと解することができる。したがって、普通地方公共団体の長が指名競争入札の参加者を指名するに当たっても、できる限り機会均等の理念及び価格の有利性の確保に配意するのが地方自治法の趣旨に適合するといえよう。しかし、地方自治法施行令167条の12第1項が、「普通地方公共団体の長は、指名競争入札により契約を締結しようとするときは、当該入札に参加することができる資格を有する者のうちから、当該入札に参加させようとする者を指名しなければならない。」と規定するにとどまり、参加資格を有する者のうちから指名しなければならないという制限は付しているものの、その範囲内における指名を普通地方公共団体の長の裁量にゆだねていることや、当該普通地方公共団体の区域内に主たる営業所を有する者に限って指名することを禁止する規定はないことからすれば、上記の機会均等の理念及び価格の有利性の確保を考慮に入れても、当該普通地方公共団体の区域内に主たる営業所を有する者に限って指名する方が当該地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合には、そのような指名を行うことも許容されると考える(随意契約によることが許される場合に関する最高裁昭和57年(行ツ)第74号同62年3月20日第二小法廷判決・民集41巻2号189頁参照)。
(2) 原審の認定によれば、木屋平村は、山間へき地の超過疎の村であり、台風等の自然災害の被害に悩まされており、村の経済にとって公共事業の比重が非常に大きく、台風等の災害復旧作業には村民と建設業者との協力が重要であることから、村の経済の振興を図るとともに災害復旧作業の円滑な実施を期するため、同村の発注する公共事業の指名競争入札の参加者の指名に当たっては、村内業者では対応できない事業のみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名してきたというのである。ちなみに、平成12年国勢調査によると、木屋平村の人口は1314人で、世帯数は601である。少なくとも、木屋平村のような過疎の村にあっては、上記のような指名を行うことは、村の利益の増進にもつながるものというべく、上記の運用には合理性があり、法令に違反するものではないと考える。
(3) 原審の認定によれば、本件指名回避は、上告人が村内業者ではないことを理由になされたものであるところ、木屋平村内の上告人の登記簿上の本店には従業員がおらず、同本店は営業拠点としての実態を有しないので、上告人は村内業者とは認められず、また、上告人が村内業者だけでは対応できない事業を施工するだけの特別な能力があるとも認められないというのである。したがって、上告人が村内業者でないとしてされた本件指名回避に違法はないというべきである。
(4) 上告人は、平成6年3月に、上告人の実質的経営者と代表者の夫婦が脇町内に住居を構え、同敷地内に上告人の事務所を設けるなどした後も、平成10年度までは木屋平村の指名競争入札の参加者に指名されてきたが、原審の認定によると、多数意見の2の(5)及び(6)に掲記する同村との信頼関係を損ねる行為が指摘されたのを契機に、上告人が村内業者でないことが指摘され、それが事実と確認されて本件指名回避に至ったというのであるから、上告人が平成10年度まで村内業者として扱われていた事実があるからといって、本件指名回避が違法であるということにはならない。
(5) もとより、村長において、参加者の指名に当たり、選挙で自己を応援した者を優遇し、対立候補者を応援した者を排除することは、契約の公正の観点から許されるものではないが、A村長が選挙で対立候補者を応援した上告人に対する意趣返しとして本件指名回避をしたとは認められないこと、一方、木屋平村が村内業者として扱っていた建設業者が、同村内に取締役及び従業員又は従業員が在住し、同村内に実質的な本店(主たる営業所)を有し、そこに常勤する者がいる業者であることは、原審の認定するところであって、この認定を前提とする限り、本件指名回避に違法があるとすることもできない。
2 次に、本件指名回避のうち平成14年度から同16年度までの分について検討する。
(1) 公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号(平成13年4月1日施行)は、地方公共団体の長は、「政令で定める公共工事の入札及び契約の過程に関する事項」を公表しなければならないと規定し、同法施行令7条1項3号は、地方公共団体の長は、「指名競争入札に参加する者を指名する場合の基準」を定めたときは、遅滞なくこれを公表しなければならないと規定している。
木屋平村は、入札参加資格が認められる者の中から、特定の工事につき具体的にどの業者を指名するかについて、本件審査委員会設置要綱並びにその附属文書である本件指名基準及び本件運用基準を定め、これを平成14年4月1日から施行した。
所論は、本件指名基準及び本件運用基準は、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号及び同法施行令7条1項3号の規定に基づき制定公表された「指名競争入札に参加する者を指名する場合の基準」であって、本件指名基準及び本件運用基準には、村内業者と村外業者とを区別した上、原則として村内業者のみを指名するということは定めていないから、上告人を村外業者として指名しなかった本件指名回避は、本件指名基準及び本件運用基準に基づかずに行われたもので、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号及び同法施行令7条1項の規定に違反し違法であると主張する。
(2) 木屋平村は、地方自治法施行令167条の5第1項及び167条の11第2項の規定に基づき、同村が発注する建設工事の請負契約に係る一般競争入札及び指名競争入札に参加する者に必要な資格等について定めるものとして、本件資格審査要綱を定め、平成14年4月1日から施行した。本件資格審査要綱は、申請書の提出期間について規定する4条において、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する建設業者を「村内業者」、その他の建設業者を「村外業者」と定義している。さらに、本件記録によれば、本件資格審査要綱は、資格審査について規定する5条において、申請書を提出した建設業者の等級の格付けは村内業者、村外業者とも6月1日に行うものとすると定めており、村内業者と村外業者とを明確に区別した上、各別に等級の格付けを行うことを予定しているということができる。また、本件指名基準は、工事の請負契約については、指名競争に参加する資格を有する者のうちから、「当該工事に対する地理的条件」等の事項を総合勘案して指名すると定めている。そして、本件運用基準は、本件指名基準の運用上の留意事項として、上記の「当該工事に対する地理的条件」については、「本店、支店又は営業所の所在地及び当該地域での工事実績等から見て、当該地域における工事の施工特性に精通し工種及び工事規模等に応じて当該工事を確実かつ円滑に実施できる体制が確保できるかどうかを総合的に勘案すること。」と定めている。本件資格審査要綱、本件指名基準及び本件運用基準は、木屋平村が、村内業者では対応できない事業についてのみ村外業者を指名競争入札の参加者に指名し、それ以外は村内業者のみを指名競争入札の参加者に指名するということを明言するものではないが、逆にこれを禁止するものではなく、上記のような定めからすれば、むしろ従来からの運用を許容しているものと解することができる。
(3) したがって、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律8条1号及び同法施行令7条1項が施行され、木屋平村において平成14年4月1日から本件指名基準及び本件運用基準が施行されたからといって、本件指名回避が違法になるものではない。
3 さらに、所論は、原判決が高松高裁平成9年(ネ)第177号、第259号同12年9月28日判決・判例時報1751号81頁に違背するという。
上記高松高裁判決は、「指名競争入札における入札参加者の指名は、契約担当者の広範な裁量に委ねられている。しかし、それは契約担当者の恣意を許すものではない。特に、指名停止措置について要領等の定めがある場合に、その事由に該当しないのに、契約担当者が特定の業者をことさら入札参加者に指名せずに競争入札から排除することは、特段の事情がない限り、裁量権を逸脱又は濫用するものである。」と判示する。
原判決は、本件指名回避は、上告人が不法・不当行為を行ったことを理由とする指名停止の措置ではなく、上告人が村外業者であることを理由に指名競争入札の参加者に指名しないという措置として合理性を有すると判断したものであるから、上記の高松高裁判決とは事案を異にし、これに違反するものではない。
4 多数意見は、木屋平村において、村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという運用を行ったことが、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の定める公表義務に反するという。しかし、同法8条1号及び同法施行令7条1項3号は、指名競争入札に参加する者を指名する場合の基準を定めたときは、遅滞なくこれを公表しなければならないと規定するにとどまり、上記基準の内容まで規定してはおらず、木屋平村は、平成14年4月1日施行の本件資格審査要綱、本件審査委員会設置要綱、本件指名基準及び本件運用基準の定める範囲内において、従前から長期間にわたり行ってきた上記運用を継続したもので、上記運用を行ったことが同法の定める公表義務に反するものということはできない。
なお、多数意見は、本件資格審査要綱において「村内業者とは、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する業者をいうとされているにとどまり、主たる営業所あるいは村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかにされていなかった。」というが、「主たる営業所」という用語は、民事訴訟法4条4項、民事再生法5条1項等でも使用されている法令用語であって、本件資格審査要綱における村内業者の上記定義が不明確であるとはいえない。
また、多数意見は、木屋平村において、村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという運用を行ったことが、地方自治法の趣旨に反するという。しかし、本件においては、普通地方公共団体における一般的な状況として、一般競争入札、指名競争入札及び随意契約の運用実態がどのようなものであるのか、あるいは指名競争入札においてどの程度地元業者が優遇されているのか等の資料提出や論議はされておらず、そのような判断材料の乏しい中で、木屋平村のような山間へき地の超過疎村において村内業者を優遇することが同法の趣旨に反するとまで断ずるのは、いささか早計で厳格すぎるとの感を免れない。
5 そもそも、上告人の本訴請求は、上告人は、村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという木屋平村の運用の下において、平成8年度から同10年度の3年間の平均で、同村発注の公共工事の36.42%を受注し、同期間中の上告人の利益率は42.36%であったから、同11年度から同16年度においても同村の公共事業発注合計額9億4129万1419円の36.42%に当たる3億4281万8332円を受注でき、その42.36%に当たる1億4521万7845円の利益を得ることができたところ、本件指名回避により同額の損害を受けたとして、被上告人(実質的には601世帯の木屋平村)に対し、この損害等の賠償を請求するというものである。すなわち、上告人自身が、村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという木屋平村の運用が続くことを前提とした損害の賠償を請求しているのである。したがって、上記運用が違法であるというのであれば、上記運用の枠の中で得られた利益等を損害として賠償請求することはできないのである。
したがって、上告人の本訴請求の成否は、上告人が村内業者であるか否かにかかっているところ、前記のとおり、上告人が村内業者とは認められないとした原審の認定判断に不合理な点はないから、上告人の本訴請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 才口千晴 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉德治 裁判官 島田仁郎)

++解説
《解  説》
1 本件は,徳島県の旧木屋平村の発注する公共工事の指名競争入札に昭和60年ころから平成10年度まで継続的に参加していた建設業者(X)が,同11年度から同16年度までの間,村長から違法に指名を回避されたと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,合併により木屋平村の地位を承継した美馬市(Y)に対し,逸失利益等の損害賠償を求めている事案である。

2 地方公共団体の長は,指名競争入札において入札に参加することができる者の資格を定め,公表しなければならないが(地方自治法234条6項,同法施行令167条の11第2項,第3項,167条の4,167条の5,公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律〔以下「適正化法」という。〕8条1号,同法施行令7条1項2号),その資格を有する者のうちから入札に参加させようとする者を指名する(地方自治法234条6項,同法施行令167条の12第1項)に当たり誰を指名するかの基準については,その基準を定めたときは公表しなければならないと規定されているにとどまる(適正化法8条1号,同法施行令7条1項3号)。また,地方自治法施行令167条の11第1項において準用する同施行令167条の4第2項が所定の事由に該当すると認められる者をその事実があった後2年間入札に参加させないことができると定めているほかは,指名停止・指名回避の基準について法令に規定はない。したがって,①指名競争入札に参加することができる者の資格をどのように定めるか,②指名の選定基準や指名停止・指名回避の基準を定めるかどうか,どのように定めるか,③指名に当たって具体的にどの業者を指名するかについては,各地方公共団体の長の裁量にゆだねられている。しかし,地方公共団体の締結する契約について,公正性,透明性,経済性等が確保されなければならないことからすると,地方公共団体の長がし意的な指名又は指名停止・指名回避をすることは許されず,し意的な指名又は指名停止・指名回避をしたときは,裁量権の逸脱,濫用として国家賠償法上違法となることがあるものと解される。入札参加者として指名をしなかった措置の違法性が争われた下級審裁判例(違法性を否定した例として,宮崎地都城支判平10.1.28判時1661号123頁,松山地判平12.3.29判自204号83頁,福井地判平17.3.30判自272号61頁,水戸地土浦支判平17.4.4判タ1218号229頁等,肯定した例として,高松高判平12.9.28判時1751号81頁,津地判平14.7.25判タ1145号133頁,福岡高判平17.7.26判タ1210号120頁等)においても,同様の見解を前提として判断がされている。

3 本件において,Xは,指名回避は村長選挙において対立候補者を応援したことに対する意趣返しであると主張したが,1審(徳島地判平16.5.11判自280号17頁),原審(高松高判平17.8.5同12頁)ともにこれを否定している。村の「建設業者等指名停止等措置要綱」によれば,「その他重大な不法・不当行為を行い,指名業者として不適当と認められる者」に該当する疑いのある者には,措置期間を2ないし12か月として,指名回避の措置を行うこととされている。平成11年度における指名回避措置については,Xが村道拡張工事において参加資格がなかったにもかかわらず強引に指名競争入札に参加させるよう求めるなどしたことが村との信頼関係を損ねる行為であるから,村長は上記の定めにより指名回避の措置を採ったものであり,不合理とはいえないと判断された。上告受理決定においても,これらの点に関する上告受理申立て理由は排除されている。

4 一方,要綱に定められている措置期間は最長1年であるから,平成12年度以降Xを指名しなかった措置が裁量権の濫用に当たるかどうかが問題となった。Yは,村では,従前から,村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し,それ以外は村内業者のみを指名していたところ,Xは村外業者であることが判明したため,指名をしないこととしたと主張したが,1審は,平成14年4月施行の資格審査に関する村の要綱は,村内業者(村の区域内に主たる営業所を有する業者)と村外業者とを定義しているものの,入札参加資格という点では両者を全く区別していないし,Xが村の区域内に主たる営業所を有していないとはいえないとして,平成12年度以降の措置を違法とした。
これに対し,原審は,山間へき地に在って過疎の程度が著しい村の経済にとって公共事業の比重が非常に大きく,台風等の災害復旧作業には村民と建設業者の協力が重要であることからすると,上記のような運用は合理性を有していたものと認められ,Xが村内業者であるとは認められないとの村の判断は合理的なものであり,Xが村内業者だけでは対応できない事業を施工する特別な能力を有しているともいえない以上,Xを指名しないからといって裁量権を逸脱し又は濫用しているとまではいえず,村の措置が違法であるとはいえないと判断した。

5 本判決は,上記のように,村における指名についての前記運用とXが村外業者に当たるという判断が合理的であるとし,そのことのみを理由として,平成12年度以降Xを公共工事の指名競争入札において指名しなかった村の措置が違法であるとはいえないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして,この部分について,原判決を破棄し,Yが指名をしなかった理由として主張する他の事情の存否等について更に審理を尽くさせるため原審に差し戻した。
多数意見は,要旨次のとおり説示している。(1)地方自治法,適正化法等の法令は,普通地方公共団体が締結する公共工事等の契約に関する入札につき,機会均等,公正性,透明性,経済性(価格の有利性)を確保することを図ろうとしているものということができる。(2)地方公共団体が地元企業を優先する指名を行うことの合理性は肯定することができるものの,価格の有利性確保(競争性の低下防止)の観点を考慮すれば,考慮すべき他の諸事情にかかわらず,およそ村内業者では対応できない工事以外の工事は村内業者のみを指名するという運用について,常に合理性があり裁量権の範囲内であるということはできない。(3)村では,平成14年4月以降施行された資格審査に関する要綱で村内業者と村外業者とが定義上区別されているものの,その外に上記のような実際の運用基準は定められておらず,しかも,村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかにされていなかったのであって,このような状況下での上記のような運用は,し意的運用が可能となるものであり,適正化法及び地方自治法の趣旨に反する。(4)Xは,昭和60年ころから村が発注する公共工事の指名競争入札に継続的に参加し,工事を受注してきており,平成6年に実質的経営者と代表者の夫婦が県内の他の町内に住居を構え,同敷地内に事務所を設けるなどした後も,登記簿上の本店所在地は村のままであり,同所には代表者の母でもある監査役が住み,Xの看板を掲げるなどしている上,平成10年度までは村の指名競争入札において指名を受け,受注した工事において施工上の支障を生じさせたこともうかがわれず,地元企業としての性格を引き続き有していたともいえる。(5)上記のような法令の趣旨に反する運用基準の下で,主たる営業所が村内にないなどの事情から形式的に村外業者に当たると判断し,そのことのみを理由として,他の条件いかんにかかわらず,およそ一切の工事につき平成12年度以降全くXを指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば,それは極めて不合理であり,社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず,そのような措置に裁量権の逸脱又は濫用があったとまではいえないと判断することはできない
なお,本判決には,多数意見をふえんした上,村の措置について,公共工事の入札や契約において要請される公正さに欠け,指名権者のし意的判断さえ強く疑わせるものといわざるを得ないと指摘する補足意見(才口裁判官)と,木屋平村のような山間過疎の村における村内業者優先指名の運用は合理性を有し,裁量権の逸脱濫用に当たるものではなく,Xは村内業者に当たらないなどとして,原審の判断は正当であるとする反対意見(横尾裁判官及び泉裁判官)が付されている。
6 指名競争入札における地元業者優先指名の運用は多くの地方公共団体で行われているが(碓井光明『公共契約法精義』120頁参照),談合事件等の影響もあり指名競争入札制度そのものに対する見直しも行われている中で,本判決は,その運用の在り方,限界等について示唆を与えるものであって,実務上参考となろう。

(1)訴訟類型
・指名や指名回避は処分には当たらず、取消訴訟の対象にはならない!
→公法上の当事者訴訟で。

+判例(H23.6.14)
理 由
 上告代理人林孝幸,同山本利幸,同安部光典の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 1 本件は,上告人の自ら設置し管理する老人福祉施設の資産の譲渡先としてその運営を引き継ぐ事業者の選考のための公募において,設立準備中の社会福祉法人が,提案書を提出してこれに応募したところ,紋別市長から提案について決定に至らなかった旨の通知を受けたことから,上記法人の理事又は理事長の就任予定者である被上告人らが,上記通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを前提にその取消し等を求めている事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 上告人は,平成20年2月8日,自ら設置し管理する老人福祉施設である紋別市立安養園を民間事業者に移管すること(以下「本件民間移管」という。),その手法として,長期的に同じ事業者が経営を継続することのできる効用を期待して,指定管理者方式(地方自治法244条の2第3項に基づき事業者に施設の管理を一定期間行わせる方式)を避けて施設譲渡方式(事業者に施設の資産を譲渡する方式)を採ること,当該老人福祉施設の資産の譲渡先としてその運営を引き継ぐ事業者(以下「受託事業者」という。)を公募により選考することを決め,「紋別市立安養園民間移管に係る受託事業候補者募集要綱」(以下「本件募集要綱」という。)を定めた。本件募集要綱には,上告人は受託事業者に対し上記施設の建物及び備品(以下「本件建物等」という。)を無償で譲渡するとともに上記建物の敷地(以下「本件土地」という。)を当分の間無償で貸与すること,受託事業者は移管条件に従い上記施設を老人福祉施設として経営するとともに上告人と締結する契約の各条項を信義誠実の原則に基づいて履行すべきこと,上告人は受託事業者の決定後においても移管条件が遵守される見込みがないと判断するときはその決定を取り消すことができることなどが定められていた。
 上告人は,同月25日から同年3月24日まで受託事業者の募集(以下「本件募集」という。)をし,設立準備中の社会福祉法人であるA会は,同日付け提案書を提出してこれに応募したところ,他に応募者のない中で,上告人の設置に係る受託事業候補者選定委員会においてその候補者として選定された後,同年5月2日,紋別市長から,A会を相手方として本件民間移管の手続を進めることは好ましくないと判断したので提案について決定に至らなかった旨の通知(以下「本件通知」という。)を受けた
 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとした上で,本件通知の取消請求を認容した。 本件民間移管に当たっては,指定管理者方式と施設譲渡方式とが検討された上で,長期的に同じ事業者が経営を継続することのできる効用を期待して,後者が選択されたところ,紋別市公の施設に係る指定管理者の指定手続に関する条例(平成17年紋別市条例第11号)及び同条例施行規則(平成17年紋別市規則第46号)によれば,上告人においては,指定管理者方式を採る場合には原則として指定管理者の候補者を公募することとされているから,本件募集要綱を定めて本件募集を行ったのは指定管理者方式を参考にしたものと推認され,より慎重に受託事業者を選定する必要のある施設譲渡方式においては公募によることが地方自治法の解釈上要求されているものと解される。以上によれば,本件募集は法令の定めに基づいてされたものということができ,本件募集に応募した者には本件募集要綱に従って適正に選定を受ける法的利益があり,本件通知はこの法的利益を制限するものであるから行政処分性がある。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件民間移管は,上告人と受託事業者との間で,上告人が受託事業者に対し本件建物等を無償で譲渡し本件土地を貸し付け,受託事業者が移管条件に従い当該施設を老人福祉施設として経営することを約する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結することにより行うことが予定されていたものというべきである。本件募集要綱では,上告人は受託事業者の決定後においても移管条件が遵守される見込みがないと判断するときはその決定を取り消すことができるとされており,本件契約においても,これと同様の条項が定められれば解除権が留保されるほか,本件土地の貸付けには,公益上の理由による解除権が留保されており(地方自治法238条の5第4項,238条の4第5項),本件土地の貸付け及び本件建物等の無償譲渡には,用途指定違反を理由とする解除権が留保され得るが(同法238条の5第6項,7項),本件契約を締結するか否かは相手方の意思に委ねられているのであるから,そのような留保によって本件契約の契約としての性格に本質的な変化が生ずるものではない。
 そして,本件契約は,上告人が価格の高低のみを比較することによって本件民間移管に適する相手方を選定することができる性質のものではないから,地方自治法施行令167条の2第1項2号にいう「その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」として,随意契約の方法により締結することができるものである。また,紋別市公の施設に係る指定管理者の指定手続に関する条例及び同条例施行規則は,上告人の設置する公の施設に係る地方自治法244条の2第3項所定の指定管理者の指定の手続について定めたものであって(同条例1条参照),本件契約の締結及びその手続につき適用されるものではない。そうすると,本件募集は,法令の定めに基づいてされたものではなく,上告人が本件民間移管に適する事業者を契約の相手方として選考するための手法として行ったものである。
 以上によれば,紋別市長がした本件通知は,上告人が,契約の相手方となる事業者を選考するための手法として法令の定めに基づかずに行った事業者の募集に応募した者に対し,その者を相手方として当該契約を締結しないこととした事実を告知するものにすぎず,公権力の行使に当たる行為としての性質を有するものではないと解するのが相当である。したがって,本件通知は,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである(最高裁昭和33年(オ)第784号同35年7月12日第三小法廷判決・民集14巻9号1744頁,最高裁昭和42年(行ツ)第52号同46年1月20日大法廷判決・民集25巻1号1頁参照)。

 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,同部分につき,被上告人らの訴えを却下した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦)

(2)本案

2.給付行政における契約
(1)指導要綱違反

+判例(H1.11.8)
理  由
弁護人中村護ほか一二名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例が本件とは事案を異にするので適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、原判決の認定によると、被告人らが本件マンションを建設中の山基建設及びその購入者から提出された給水契約の申込書を受領することを拒絶した時期には、既に、山基建設は、武蔵野市の宅地開発に関する指導要綱に基づく行政指導には従わない意思を明確に表明し、マンションの購入者も、入居に当たり給水を現実に必要としていたというのである。そうすると、原判決が、このような時期に至ったときは、水道法上給水契約の締結を義務づけられている水道事業者としては、たとえ右の指導要綱を事業主に順守させるため行政指導を継続する必要があったとしても、これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保することは許されないというべきであるから、これを留保した被告人らの行為は、給水契約の締結を拒んだ行為に当たると判断したのは、是認することができる。
また、原判決の認定によると、被告人らは、右の指導要綱を順守させるための圧力手段として、水道事業者が有している給水の権限を用い、指導要綱に従わない山基建設らとの給水契約の締結を拒んだものであり、その給水契約を締結して給水することが公序良俗違反を助長することとなるような事情もなかったというのである。そうすると、原判決が、このような場合には、水道事業者としては、たとえ指導要綱に従わない事業主らからの給水契約の申込であっても、その締結を拒むことは許されないというべきであるから、被告人らには本件給水契約の締結を拒む正当の理由がなかったと判断した点も、是認することができる
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

+判例(H5.2.18)
理由
一 上告代理人岸巖、同田中喜代重の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
二 同第二点について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(一) 武蔵野市においては、昭和四四年ころからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足し、被上告人の行財政を強く圧迫していた。そこで、被上告人は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されて行くのを防止することを目的として、武蔵野市内で一定規模以上の宅地開発又は中高層建築物建設事業を行おうとする者(以下「事業主」という。)等を行政指導するため、被上告人の議会の全員協議会に諮った上、昭和四六年一〇月一日、武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)を制定した。
(二) 指導要綱は、一〇〇〇平方メートル以上の宅地開発事業又は高さ一〇メートル以上の中高層建築物の建設事業に適用され、(1)事業内容の公開、公共施設の設置、提供及びその費用負担、日照障害等について市長と事前協議をし、その審査を受けなければならない、(2)事業により施行区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また、事業によって生じた損害については、補償の責を負わなければならない、(3)事業区域内に所定の幅員、路面排水、側溝等を備えた道路を整備し、市に無償で提供するものとする、(4)開発面積が三〇〇〇平方メートル以上の場合は、一定の割合による公園、緑地を設けなければならない、(5)上下水道施設については、事業主の費用負担において市が施工し、又は市の指示に従って事業主が施工し、その施設を市に無償で提供するものとする、(6)建設計画が一五戸以上の場合は、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする(この負担すべき金員を「教育施設負担金」といい、その金額は、建設計画が一五戸ないし一一三戸の場合には、一戸につき五四万四〇〇〇円とされていた。)、(7)市の指示により、消防施設、ごみの集積処理施設、街路灯等の安全施設を設置、整備し、駐車場用地を確保するものとする、(8)指導要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある、等とする内容のものであった。
(三) 被上告人は、指導要綱の運営に当たり、武蔵野市宅地開発等審査会を設置し、次のような方法で事業主に指導要綱を履践させていた。
事業主は、被上告人の担当課と事前に協議した上、教育施設負担金寄付願等を添付して事業計画承認願を被上告人の市長に提出し、右審査会は、指導要綱所定の要件が整っていればこれを承認し、要件が整っていなければ担当課において更に行政指導を行い、承認された事業主に対しては、市長が事業計画承認書を交付する。事業主は、右承認後二〇日以内に被上告人に右寄付願に記載した教育施設負担金等を納付する。被上告人は、東京都の各関係機関に対し、建築確認の申請等があった場合申請書受理以前に指導要綱につき被上告人と協議するよう行政指導されたい旨を依頼し、東京都の各関係機関はこれを承諾してそのような行政指導を行い、市長から前記承認書の交付を受けた事業主は、建築確認申請書と共に右承認書を提出して建築確認を受け、その後工事に着手することとなっていた。
(四) 指導要綱は、被上告人のみならず市民もその実施に強い熱意をもっていたこと、前記市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力とあいまって広範囲に適用されたこと、事業主の側も指導要綱に従わないと開発等が事実上難しくなるなどの見通しを持つに至ったこと等もあって、年を追うごとに定着して行った。そのため、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は、事実上開発等を断念せざるを得なくなり、後述の山基建設株式会社(以下「山基建設」という。)の例を除いては、指導要綱はほぼ完全に遵守される結果となった。なかでも、教育施設負担金については、減免、延納又は分納の例もなく、山基建設も、後述のとおり、裁判上の和解において、寄付金であることを明示して教育施設負担金相当額を支払う旨を約束せざるを得なかった。
(五) 武蔵野市内に本店を置く山基建設は、昭和四九年六月ころ、武蔵野市内にマンションを建築することを計画し、同年一二月七日、指導要綱に基づく被上告人の事業計画承認を得ないまま建築確認を得て、昭和五〇年五月ころ、その建築に着工したところ、被上告人は、工事用の水道メーターの取り付けを拒否した。そこで、山基建設は、東京地方裁判所八王子支部に水道の給水等を求める仮処分を申請し、同支部は、同年一二月八日、被上告人に対し水道の給水を命ずる仮処分命令を発した。同月二〇日、右仮処分異議訴訟において、被上告人は山基建設に水道を供給し、下水道の使用を認め、山基建設は、右マンションの付近住民に対し解決金として三五〇万円を、被上告人に対し寄付金として指導要綱に基づく教育施設負担金相当額をそれぞれ支払う旨の訴訟上の和解が成立した。
(六) 山基建設は、昭和五二年二月、武蔵野市内において指導要綱に定める諸手続を履践しないままマンションの建築に着工したところ、被上告人は、再び山基建設に対し水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶した。なお、右マンション完成後入居者からの給水申込みも拒否したため、被上告人の市長は、昭和五三年一二月五日、水道法一五条一項違反の罪名で起訴され、有罪判決を受けた。
(七) 山基建設に関する右の一連の紛争は新聞等で報道された。
(八) 亡Aは、昭和五二年五月ころ、武蔵野市内の本件土地にA、その妻の上告人B、二男の上告人C及び三男の上告人Dの四名名義で三階建の賃貸マンションの建築を計画し、指導要綱に関連する被上告人との折衝等を株式会社新建築設計事務所の代表者Eに委託した。Aは、Eから、指導要綱に従って教育施設負担金一五二三万二〇〇〇円を寄付しなければならない旨を告げられたが、指導要綱に基づき被上告人に対し公園用地を無償貸与し、道路用地を贈与し、公園の遊具施設を寄付し、防火水槽の設置費を負担することとなっていたし、これまでも多額の税金を納付していたので、その上更に高額の教育施設負担金を寄付しなければならないことに強い不満を持ち、被上告人との事前協議の際に、新建築設計事務所の従業員を通じ、担当者に教育施設負担金の減免、延納等を懇請したが、右担当者は、前例がないとしてこれを拒絶した。
(九) その後、Aは、指導要綱の手続、教育施設負担金条項及びその運用の実情等を承知していたEから、指導要綱に従って教育施設負担金の寄付を申し入れて事業計画承認を得ないと被上告人から上下水道の利用を拒否され、マンションが建てられなくなるとの説明を受けたので、やむなく、昭和五二年八月五日、指導要綱に従って一五二二万二〇〇〇円(ただし、指導要綱にしたがって計算すると一五二三万二〇〇〇円となる。)を寄付する旨の寄付願を添付して事業計画承認願を被上告人宛に提出し、同月二五日右承認願は前記宅地開発等審査会において承認され、同年一〇月二五日建築確認がされた。
(一〇) Aは、なおも高額の教育施設負担金の寄付が納得できなかったので、自ら被上告人の担当者に教育施設負担金の減免、分納、延納を懇請したが、再び前例がないとして断わられ、同年一一月二日、一五二三万二〇〇〇円を被上告人に納付した。

2 原審は、右事実関係の下において、指導要綱とそれに関連する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被上告人がAに教育施設負担金を納付するよう行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められないし、山基建設と被上告人との間の紛争がAの意思に影響を与えたことを考慮しても、被上告人の職員のAに対する本件建物建築についての教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものとはいえないとして、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。

3 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記1(一)の指導要綱制定に至る背景、制定の手続、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない
しかし、指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであり(同法一五条一項、最高裁昭和六〇年(あ)第一二六五号平成元年一一月七日第二小法廷決定・裁判集刑事二五三号三九九頁参照)、右措置が採られた場合には、マンションを建築してもそれを住居として使用することが事実上不可能となり、建築の目的を達成することができなくなるような性質のものである。また、被上告人がAに対し教育施設負担金の納付を求めた当時においては、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は事実上開発等を断念せざるを得なくなっており、これに従わずに開発等を行った事業主は山基建設以外になく、その山基建設の建築したマンションに関しては、現に水道の給水契約の締結及び下水道の使用が拒否され、その事実が新聞等によって報道されていたというのである。さらに、Aが被上告人の担当者に対して本件教育施設負担金の減免等を懇請した際には、右担当者は、前例がないとして拒絶しているが、右担当者のこのような対応からは、本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができない
右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきである。被上告人がAに対し指導要綱に基づいて教育施設負担金の納付を求めた行為も、被上告人の担当者が教育施設負担金の減免等の懇請に対し前例がないとして拒絶した態度とあいまって、Aに対し、指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、Aに教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる。指導要綱に基づく行政指導が、武蔵野市民の生活環境をいわゆる乱開発から守ることを目的とするものであり、多くの武蔵野市民の支持を受けていたことなどを考慮しても、右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない
これに反する前記原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、理由があり、原判決のうち上告人らの予備的請求に係る損害賠償請求を棄却した部分は破棄を免れず、右部分につき更に審理を尽くさせるために原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

++解説
《解  説》
一 原告は、被告(武蔵野市)が制定した「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(本件指導要綱)に基づいて、被告に教育施設負担金一五二三万円余を納付して同市内にマンションを建築したが、被告が本件指導要綱ないしはこれに基づく行政指導が違法な公権力の行使に当たると主張して、右教育施設負担金額相当の損害賠償を請求する事件である(原告は、主位的には、教育施設負担金の納付が強迫によるものとして、その返還を求めていたが、これは一審以来認められていない。)。なお、原告は、控訴中に死亡し、その相続人が訴訟を承継している。一、二審とも原告敗訴(一審判決は判時一〇七八号九五頁、二審判決は判時一二六八号三九頁)。
最高裁は、①本件指導要綱が形式的には水道の給水拒否等の制裁措置を背景にして事業主に寄付の義務を課することを内容とするものであること、②本件当時は、本件指導要綱に従ってマンションの建築をするか、指導要綱に従えないので建築を断念するかのいずれかになっており、唯一指導要綱に従わなかった一事業者に対しては、その建築したマンションに対し違法に水道の給水や下水道の使用を拒否していたという運用の実態、③原告の教育施設負担金減免の懇請を拒絶した被告の職員の態度等判示の事実関係の下においては、原告に対し教育施設負担金の納付を求めた行為が相手方の任意に寄付を求める行政指導の限度を超え、違法な公権力の行使に当たる旨判断して、二審判決の国家賠償請求を棄却した部分を破棄し、原審に差し戻した。
二1 多くの地方自治体においては、大規模な宅地造成、中高層マンションの建設等に伴う社会問題に対処するために、(一)開発計画につき自治体と協議して自治体の改善勧告等に応ずべきこと、(二)周辺住民の同意を得ること、(三)法定外の各種の規制(例えば、最小宅地面積)に応ずべきこと、(四)公共施設用地の寄付又は開発負担金の拠出などを内容とするいわゆる開発指導要綱を制定している。本件指導要綱は、比較的初期に制定されたもので、その代表例ということができよう。
2 開発指導要綱は、一般的には、行政内部の心得(実質的意義の訓令)、すなわち行政指導を行うにあたっての基準、行政機関が守るべき原則を定めたものであって、その拘束力は、行政機関に及ぶにすぎず、直接住民に及ぶものではないと解されている(原田尚彦「宅地開発指導要綱による建築規則」法時五六巻九号二八など)が、法治主義との関係でその適法性が問題とされていた。また、その運用についても、行き過ぎがあることを指摘されるなど、社会の関心をひき、開発業者等が地方自治体に対し、開発負担金の納付が無効であるとしてその返還を求めたり(例えば、東京高判平1・10・31判時一三三三号九一頁)、あるいは、開発負担金の納付を強要したとして損害賠償を請求する(例えば、大阪地堺支判昭62・2・25本誌六三三号一八三頁)といった開発負担金をめぐる訴訟も起きている。
開発指導要綱に基づく行政は、法の不備を補充しつつ地域社会の混乱と住民の生活の破綻を防止するために必要不可欠な、緊急避難的な措置であって、現実を直視すれば、相手方が自らの意思で自由に処分できる法益につき任意の譲歩を求める指針である限り、その適法性が認められる(原田尚彦・行政法要論(全訂版)一七二頁)などとして、適法性を肯定する学説が多く、本判決も引用する最二小決平1・11・8は、指導要綱に従わないことが権利の濫用になる場合があり得ることを認めており、下級審の裁判例も、指導要綱に基づく行政指導そのものは適法としてきた。本判決も、指導要綱に基づいて行政指導を行うこと自体は違法ではないことを認めており、多数の学説及びこれまでの判例、裁判例の流れに沿ったものである。
3 開発指導要綱及びこれに基づく行政指導が、法律上の根拠がなくても適法とされるのは、それが、相手方の任意の協力を求めるものだからであるから、運用において、開発者に寄付等を事実上強制するものであるときには、違法とされることになろう。
本判決は、①本件指導要綱の形式・内容、②本件当時の本件指導要綱の運用の実態、③原告に対する被告の職員の行政指導の態度等の事情を総合して、行政指導として原告に対して寄付を求めた行為が、限度を超えて事実上寄付を強制するものと判断したものである。原告の主観は問題とされていない。本判決は、客観的状況だけからも、行政指導として行われた行為が行政指導の限界を超えたと判断される場合があることを認めたものであろう。最三小判昭60・7・16民集三九巻五号九八九頁、本誌五六八号四二頁は、相手方が「行政指導にはもはや協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明し」たときには、行政指導を理由として建築確認を留保することが違法となるとしており、行政指導の限界を原則として相手方の主観に求めているかのようであるが、行政指導そのものの違法性が争われた事例ではなく、行政指導の内容によっては、相手方の主観を問題とせずに、客観的状況だけから、行政指導として行われた行為が違法となることまでも否定するものではないと考えられる。
ただ、本件は、原告が、マンションの建築を計画し、市(被告)との折衝を続けているその同じ時期に、被告は本件指導要綱に従わない事業主が建築したマンションに水道の給水を拒否するという、後に市長が水道法違反で刑罰を課せられることになるような違法な制裁措置を発動し、そのことが新聞等によって報道され、一種の社会問題となっていたという特殊な事情の存する事案についての判断と考えられる。同様の制裁措置を規定した開発指導要綱も少なくないが、そのような開発指導要綱に基づく行政指導を一般的に違法とするまでのものではないと思われる。しかし、本判決は、開発指導要綱に基づく行政指導として行われた行為が国家賠償法上の違法な行為であることを最高裁が認めた最初の事例であり、開発指導要綱に基づく行政指導の限界について考える上で参考となるものである。
なお、本件については、差戻審において和解が成立した旨報道されている(毎日新聞東京版平5・12・22)。
本判決の評釈等として亘理格・ジュリ一〇二五号三八頁、木ノ下一郎・ひろば四八巻八号五五頁、千葉勇夫・法教一五四号一一六頁、同・民商一〇九巻四=五号三三五頁、碓井光明・地方自治判例百選〔第二版〕一二頁、大橋洋一・平五重判解説四五頁がある。

(2)重大な違法

公序良俗違反を助長することとなる場合とか。
+判例(大阪地判H2.8.29)

(3)深刻な水分不足を避けるためにやむを得ない場合

+判例(H11.1.21)
理由
上告代理人藤島昭、同岩渕正紀、同東松文雄、同山口定男、同古賀義人、同森元龍治の上告理由について
一 本件は、不動産の売買等を目的とする会社である上告人が、被上告人志免町の水道事業の給水区域内にマンションの建設を計画し、平成二年五月三一日、被上告人に建築予定戸数四二〇戸分の給水申込みをしたところ、被上告人から志免町水道事業給水規則(昭和四一年志免町規則第五一号)三条の二第一項が新たに給水の申込みをする者に対して「開発行為又は建築で二〇戸(二〇世帯)を超えるもの」又は「共同住宅等で二〇戸(二〇世帯)を超えて建築する場合は全戸」に給水しないと規定していることを根拠に給水契約の締結を拒否されたので、右の拒否は水道法(以下「法」という。)一五条一項に違反するとして、被上告人に対し右給水申込みの承諾等を求める事件である。

二 法一五条一項にいう「正当の理由」とは、水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず給水契約の締結を拒まざるを得ない理由を指すものと解されるが、具体的にいかなる事由がこれに当たるかについては、同項の趣旨、目的のほか、法全体の趣旨、目的や関連する規定に照らして合理的に解釈するのが相当である。
いうまでもなく、水道は、国民の日常生活に直結し、その健康を守るために欠くことのできないものであるが、我が国においては、地形、気象、人口等の自然的社会的諸条件のため、需要に見合った水道用水の確保は必ずしも容易ではなく、水は貴重な資源である(法二条一項参照)。市町村は、このような水道事業を経営する責任を負うものである(地方自治法二条三項三号、四項、法六条二項参照)ところ、法は、市町村を始めとする地方公共団体に対し、水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならず(法二条一項)、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定、実施するとともに、水道事業を経営するに当たっては、その適正かつ能率的な運営に努めなければならないとの責務を課し(法二条の二第一項)、他方、国民に対しては、市町村等の右施策に協力するとともに、自らも、水の適正かつ合理的な使用に努めなければならないとの責務を課している(法二条二項)。
右にみたとおり、水道が国民にとって欠くことのできないものであることからすると、市町村は、水道事業を経営するに当たり、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、可能な限り水道水の需要を賄うことができるように、中長期的視点に立って適正かつ合理的な水の供給に関する計画を立て、これを実施しなければならず、当該供給計画によって対応することができる限り、給水契約の申込みに対して応ずべき義務があり、みだりにこれを拒否することは許されないものというべきである。しかしながら、他方、水が限られた資源であることを考慮すれば、市町村が正常な企業努力を尽くしてもなお水の供給に一定の限界があり得ることも否定することはできないのであって、給水義務は絶対的なものということはできず、給水契約の申込みが右のような適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないものである場合には、法一五条一項にいう「正当の理由」があるものとして、これを拒むことが許されると解すべきである。
以上の見地に立って考えると、水の供給量が既にひっ迫しているにもかかわらず、自然的条件においては取水源が貧困で現在の取水量を増加させることが困難である一方で、社会的条件としては著しい給水人口の増加が見込まれるため、近い将来において需要量が給水量を上回り水不足が生ずることが確実に予見されるという地域にあっては、水道事業者である市町村としては、そのような事態を招かないよう適正かつ合理的な施策を講じなければならず、その方策としては、困難な自然的条件を克服して給水量をできる限り増やすことが第一に執られるべきであるが、それによってもなお深刻な水不足が避けられない場合には、専ら水の需給の均衡を保つという観点から水道水の需要の著しい増加を抑制するための施策を執ることも、やむを得ない措置として許されるものというべきである。そうすると、右のような状況の下における需要の抑制施策の一つとして、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて、給水契約の締結を拒むことにより、急激な需要の増加を抑制することには、法一五条一項にいう「正当の理由」があるということができるものと解される。

三 原審の認定した事実関係の概要は次のとおりであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
1 被上告人は、福岡市の東部に隣接する全国有数の人口過密都市で、平成五年三月三一日現在の人口は三万五〇一八人であり、人口密度は、一平方キロメートル当たり四〇〇 二人であって、福岡市をしのぎ、福岡県下で二番目に高く、同市のベッドタウンとして人口集積が見込まれ、平成五、六年に合計二一〇九戸のマンション建設計画が持ち上っている。
2 平成元年度から同三年度までの被上告人の水道事業の概要は、原判決添付の「取水・給水の実績表」及び「取水の内訳表」のとおりである。
これによれば、認可を受けた水源としては、被上告人の固有の水源である御笠川水源地、吉原水源地、旧馬越水源地、新馬越水源地及び湖水(七夕谷水源地)のほか、福岡地区水道企業団からの浄水受水があり、認可を受けていない水源として、須恵町からの浄水受水及び宇美川からの取水(鹿田貯水池を経て七夕谷水源地に送水)がある。
被上告人の取水量に対する余力水量(取水量と給水量の差、すなわち取水した原水を浄水とするまでに漏水、ろ過・洗浄等によって失われる水量)の割合は近隣市町村より高いが、他から受水する浄水は余力水量を見込む必要はほとんどないところ、前記三箇年におけるこれらの市町村の浄水受水の取水量に対する割合は被上告人のそれよりも高率であるから、被上告人の余力水量の割合が高いことはやむを得ない。また、被上告人が原水を浄水とするまでに水が失われる原因としては、原水を洗浄するのに年間二〇万二三五六立方メートルの洗浄水を必要とすることのほか、貯水池の全面改修を要する底板の亀裂からの漏水があり、他にもその場所を特定することができない漏水箇所が存在することが挙げられる。
また、無効水量(浄水のうち需用者に給水されるまでの間に漏水等によって失われる水量)については、厚生省が水道整備課長通知によりこれを一〇パーセントに抑制するよう指導しているところ、前記三箇年における被上告人の無効水量の給水量に対する割合は、それぞれ一四・〇五パーセント、一二・二六パーセント、九・六三パーセントであり、しかも右無効水量には本来有効水量に含まれる無収水量(公衆用飲料水等、対価を伴わない給水の量)とすべきものも計上されている。右割合は他に比して際だって高いとはいえず、過去のやむを得ないいきさつから耐久性に乏しい水道管が近隣市町村より著しく高い割合で使用されているため給水管破損が多いことが、右割合を高める原因となっている。
前記三箇年における被上告人の水道事業における浄水受水を含む認可水源からの取水量は、いずれの年度においても給水量を下回っており、これには余力水量が含まれている上、七夕谷水源地からの取水とされているものは実は認可外水源である宇美川からの取水であり、被上告人の固有の認可水源からの取水実績からみると、その取水能力は低下し、認可水量は実態と全くかい離しており、固有水源からの取水で給水量を確保し難い傾向は、容易には改まらないとみられる。福岡地区水道企業団からの浄水受水は、工事の遅れにより早くても平成八年完成予定の鳴淵ダム、平成一三年完成予定の大山・小石原ダムが完成するまでは増量する見込みがなく、平成四年度には水量不足により一部削減された。
被上告人は平成三年まで須恵町から浄水を受水していたが、これは同年四月以降停止されている。
被上告人は、給水量を賄うため、農業水利権者との契約により認可外水源である宇美川から取水しているが、これは河川法上の手続を経て取得した水利権に基づくものではなく、実際にも上水道のための水利権を取得することは甚だしく困難である。また、右契約上、農業用水の優先権が認められ、宇美川の流量が少なくなったときには被上告人の取水が制限、停止されることになっている。
このようなことから、被上告人が、確保し得る原水の量や給水し得る水量を需要が超えないようにするための諸策を講ずることなく、漫然と新規の給水申込みに応じていると、近い将来、需要に応じきれなくなることが容易に予測し得る。
3 被上告人の支出している水道施設修繕費の給水収益に対する割合は、福岡県下の他の市町村に比較して高率である。被上告人は、無効水量の減少を目的として、昭和六三年度から平成八年度までに六億四九〇〇万円を支出し、今後平成二二年度までに総事業費七〇億円を見込んで水道管を全部取り替える予定であり、また、昭和六三年一〇月に一一億五〇〇〇万円の費用をかけて浄水場の増改修を実施し、平成四年一〇月には七億円の費用を投じて貯水池の増設をするなど、取水量及び給水量の改善のための努力をしている。しかし、被上告人が余力水量や無効水量の改善によって給水能力を高めるにはそれ相当の期間と資金を要し、一挙にこれを実現することは極めて困難である。
四 前記二の考え方に立って、右事実関係に基づき、原審口頭弁論終結時(平成六年五月一九日)において被上告人が上告人の給水契約の締結を拒む「正当の理由」があったといえるか否かにつき検討する。
右事実関係によれば、被上告人は全国有数の人口過密都市であり、今後も人口集積が見込まれるところ、被上告人の経営する水道事業は、固有の認可水源の取水能力が低下している一方、福岡地区水道企業団からの浄水受水も渇水期には必ずしも万全とはいえない上、その受水量を増大させるためのダムは計画どおりに完成しておらず、受水量の増大が実現するのは将来のことであって、これら認可水源のみでは現在必要とされる給水量を賄うことができず、これを補うために須恵町から浄水を受水していたが、平成三年四月以降はこれも中止されており、やむなく、認可外であり、かつ、河川法上の手続を経て水利権を取得していないにもかかわらず、農業水利権者との契約に基づいて宇美川から取水して給水量を補っているが、法的見地からみても契約条項からみても右取水は不安定といわざるを得ず、被上告人においてこれらの状況を改善するために多額の財政的負担をして種々の施策を執ってきているが、容易に右状況が改善されることは見込めないため、このまま漫然と新規の給水申込みに応じていると、近い将来需要に応じきれなくなり深刻な水不足を生ずることが予測される状態にあるということができる。このようにひっ迫した状況の下においては、被上告人が、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、住宅を供給する事業を営む者が住宅を分譲する目的であらかじめしたものについて契約の締結を拒むことにより、急激な水道水の需要の増加を抑制する施策を講ずることも、やむを得ない措置として許されるものというべきである。そして、上告人の給水契約の申込みは、マンション四二〇戸を分譲するという目的のためにされたものであるから、所論のように、建築計画を数年度に分け、井戸水を併用することにより水道水の使用量を押さえる計画であることなどを考慮しても、被上告人がこれを拒んだことには法一五条一項にいう「正当の理由」があるものと認めるのが相当である。
五 以上によれば、右と結論において同旨の原審の判断は、是認することができる。上告人は違憲をも主張するが、いずれも志免町水道事業給水規則三条の二第一項の定める基準に基づいて給水契約締結の拒否の適否を決することをもって憲法違反と主張するものであって、右のとおり、右基準の定めにかかわりなく、本件の給水契約締結の拒否は適法であると解されるのであるから、所論は前提を欠く。その余の論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って、若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものであり、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

++解説
《解  説》
一 福岡市及びその周辺地域は慢性的な水不足に悩むことで知られているが、本件は、福岡市隣接のベッドタウンである志免町においてマンションを建設している不動産会社であるXが、水道事業者であるY(志免町)に対し、平成元年から二年にかけて三回にわたり建設戸数五四〇戸ないし四二〇戸のマンションにつき、水道法(以下「法」という。)一五条に基づき給水の申込みをしたが、志免町水道事業給水規則(昭和四一年志免町規則第五一号)三条の二第一項(以下「本件規定」という。)において給水しないか給水制限する場合として規定されている「開発行為又は建築で二〇戸(二〇世帯)を超えるもの」又は「共同住宅等で二〇戸(二〇世帯)を超えて建築する場合は全戸」に該当することを理由に、Yから給水契約の締結を拒否されたので、主位的に給水契約上の地位の確認を(ただし、一審で棄却されたため、原審では訴えを取り下げた。)、予備的に給水契約の申込みの承諾、マンションの着工又は完成を停止条件とする給水命令を求めた事件である。
本件の争点は、Yのした給水契約の拒否に法一五条一項にいう「正当の理由」があるか否かにある。より具体的にいえば、① Yにおける慢性的水不足の実情にかんがみて、水が不足することのない街づくりを進めるため、大規模な開発に伴う給水申込みは、当該一件の給水を認めることが直ちに需要が供給を上回る事態を招くとまでいえなくても、近い将来の水不足を招くおそれが高い場合にはこれを認めないこととすることに、「正当の理由」があるといえるか、② Yの給水事情はどの程度ひっ迫しているか、が争点である。
一審(本誌七九四号二三八頁)は、Yの給水能力には改善の余地があり「正当の理由」があるとはいえないとして、Xの主位的請求を棄却したものの予備的請求を認容した。これに対し、原審(判時一五四八号六七頁)は、Yの控訴に基づき、Yの改善努力にもかかわらず認可水源からの給水能力は不足しており、本件規定の基準は現時点においては一応妥当なものといってよいから、これに基づいてしたYの給水契約の許否には「正当の理由」があると認めて、Yの敗訴部分を取り消し、Xの請求を全部棄却した。そこで、Xが上告した。一、二審の判断が分かれたのは、右①の点に関する「正当の理由」の解釈と、Yの給水能力に関する事実認定の相違による。詳しくは、各判決を参照されたい。原判決にはいくつかの評釈があるが、給水量が不足するおそれがあることを理由に給水契約を拒否することができるとしても、その要件をどのように考えるかについては、様々なニュアンスのものがある。
二 法一五条一項の「正当の理由」に関する最高裁の先例として最二小決平1・11・7本誌七一〇号二七四頁、判時一三二八号一六頁があるが、同決定は専ら法とは無関係の行政目的を達成するための給水拒否に正当の理由があったといえるかが問題となった事案に関するものであり、法固有の行政目的から給水契約の締結の拒否が是認されるのがどのような場合なのかについては、判断を示していないから、本件の直接の参考にはならない。また、下級審の裁判例においても、本件一、二審判決を除けば、「正当の理由」の一般的定義を示して判断した先例(右最二小決の原審東京高判昭60・8・30判時一一六六号四一頁、その一審東京地八王子支判昭59・2・24判時一一一四号一〇頁、大阪高判昭53・9・26本誌三七四号一〇九頁、判時九一五号三三頁、東京地判昭58・5・11本誌五〇四号一二八頁)も、近い将来の水不足のおそれを理由とする給水契約の拒否の許否について、直接参考となるものとはいえない。
水道法の運用に関する基本文献と考えられる厚生省水道環境部水道法研究会・改訂水道法逐条解説二五八頁は、「正当の理由」とは、水道事業者の正常な企業努力にもかかわらずその責めに帰すことのできない理由により給水契約の申込みを拒否せざるを得ない場合に限られるものであり、法一六条に定めるもののほか、おおむね次のような場合が想定されるとして、(1) 配水管未布設地区からの申込み、(2) 給水量が著しく不足している場合(正常な企業努力にもかかわらず給水量が著しく不足している場合であって、給水契約の受諾により他の需用者への給水に著しい支障を来すおそれが明らかである場合)、(3) (当該水道事業の事業計画内では対応し得ない)多量の給水量を伴う申込み、を挙げている。この見解は、法の目的に従ってかなり厳格な要件の下に「正当の理由」を認めることまでは明らかであるが、本件のような法の目的の範囲内での許容の限界を直接明らかにしたものとはいえない。行政実例としては、昭和三二年一二月二七日発衛第五二〇号厚生事務次官依命通知が、正当の理由は、配水管の事業計画上の未設置の場合、正常な企業努力にもかかわらず水量が著しく不足する場合、地勢等の関係で給水が技術的に著しく困難な場合等水道事業者の努力にもかかわらずその責めに帰すべからずして起きるものに限るとしている。また、昭和四一年三月九日付環水第五〇一八号厚生省環境衛生局水道課長回答は、法一五条一項の給水契約の申込みに応ずる義務又は同条二項の常時給水する義務が解除されるのは、水の供給が困難又は不可能な場合に限られるべきであるとしている。
結局、給水契約拒否の「正当の理由」については、法一五条一項は何も具体的に例示しておらず、右文言自体は極めて抽象的であるから、同項自体の趣旨のほか、法全体の趣旨や関連する規定に照らして合理的解釈をするほかはない。
三 本判決は、まず、法二条、二条の二、六条等の規定を参照の上、水道事業を経営する責任を負う市町村は、可能な限り水道水の需要を賄うことができるように、中長期的視点に立って適正かつ合理的な水の供給に関する計画を立て、これを実施しなければならず、みだりに給水契約を拒否することは許されないとしつつ、他方、市町村が正常な企業努力を尽くしてもなお水の供給に一定の限界があり得ることも否定することはできないのであって、給水義務は絶対的なものということはできず、給水契約の申込みが適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないものである場合には、法一五条一項にいう「正当の理由」があるものとして、これを拒むことが許されると解すべきであると判示して、供給が需要を賄いきれないことも給水拒否の「正当の理由」に含まれ得るとした。しかし、それが、前記逐条解説の(2)、(3)のような場合に限られるのか否かが、更に問題となる。
そこで、本判決は、右判断に続けて、水の供給量が既にひっ迫しているにもかかわらず、取水源が貧困で現在の取水量を増加させることが困難である一方で、著しい給水人口の増加が見込まれるため、近い将来において需要量が給水量を上回り水不足が生ずることが確実に予見されるという地域にあっては、水道事業者である市町村は、そのような事態を招かないよう適正かつ合理的な施策を講じなければならないと解され、その方策としては、困難な自然的条件を克服して給水量をできる限り増やすことが第一に執られるべきであるが、それによってもなお深刻な水不足が避けられない場合には、専ら水の需給の均衡を保つという観点から水道水の需要の著しい増加を抑制するための施策を執ることも、やむを得ない措置として許されるものというべきであると判示した。この判断は、あくまで「水道事業者」の立場において「専ら水の需給の均衡を保つという観点から」でなければならないという制約の下において、水の供給量が「既にひっ迫している」市町村は、供給を増やすための施策のみならず、「やむを得ない」場合には需要を抑制する施策を採ることも許容され得ることを明らかにしたものということができる。しかし、どのような具体的要件の下に需要の抑制が許され得るのかは、更に検討を要する。
この点につき、本判決は、本件の具体的事案に対応して、右のような状況の下における水道水の需要の抑制施策の一つとして、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて、給水契約の締結を拒むことにより、急激な水道水の需要の増加を抑制することには、法一五条一項にいう「正当の理由」があるということができるものと解されると判断した。したがって、これとは異なる類型の給水申込み(例えば、現に居住している住民からの申込み)についてどのように考えるべきかは、本判決の明らかとするところではない。
次に、本件の具体的事実関係につき、本判決は、原審の事実認定を是認した上、Yは、全国有数の人口過密都市であり、今後も人口集積が見込まれるところ、その水道事業は、認可水源のみでは現実に給水量を賄うことができず、やむなく、認可外であり、かつ、河川法上の手続を経て水利権を取得していないにもかかわらず、農業水利権者との契約に基づいて川から取水して給水量を補っているが、法的見地からみても契約条項からみても右取水は不安定といわざるを得ず、種々の施策にもかかわらず右状況が改善されることは見込めないため、このまま漫然と新規の給水申込みに応じていると、近い将来需要に応じきれなくなり深刻な水不足を生ずることが予測される状態にあるということができるとした。そして、このような事実関係に前記の法解釈を当てはめて、このようにひっ迫した状況の下においては、Yが、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、住宅を供給する事業を営む者が住宅を分譲する目的であらかじめしたものについて契約の締結を拒むことにより、急激な水道水の需要の増加を抑制する施策を講ずることも、やむを得ない措置として許されるものとした。このようにして、本判決は、Xの給水契約の申込みは、マンション四二〇戸を分譲するという目的のためにされたものであるから、建築計画を数年度に分け、井戸水を併用することにより水道水の使用量を押さえる計画であることなどを考慮しても、Yがこれを拒んだことには法一五条一項にいう「正当の理由」があると結論付けている。
四 本判決は、Yの具体的な給水事情を踏まえた上で四二〇戸という本件の具体的給水申込みに対するYの給水契約の拒否を適法と判断したものであり、本判決から、このような分譲業者の大口の給水申込みに対しては、異なる事情の下においても給水拒否が許されるものと直ちにいうことはできない。さらには、本判決は、Yが給水拒否の根拠とした給水規則の本件規定を是認したものではない(そもそも、水道は地方自治法二四四条の「公の施設」に当たるから、同法二四四条の二第一項により、その管理に関する事項は条例で定めなければならず、規則において給水契約の条件を定めること自体に、検討すべき問題がある。)。したがって、本判決により二〇戸を超えることを理由に一律に給水契約を拒否することが是認されたということはできないことに注意を要する。水不足を理由とする給水拒否が許される限界については、今後も慎重な検討が必要となろう。

3.規制行政における契約~協定

+判例(H21.7.10)
理由
上告代理人三浦啓作ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は、旧福間町(以下「福間町」という。)の地位を合併により承継した上告人が、福間町の区域内にあった第1審判決別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」と総称する。)に産業廃棄物の最終処分場(以下「本件処分場」という。)を設置している被上告人に対し、福間町と被上告人との間の公害防止協定で定められた本件処分場の使用期限が経過したと主張し、同協定に基づく義務の履行として、本件土地を本件処分場として使用することの差止めを求める事案である。
被上告人は、〈1〉上記協定中の本件処分場の使用期限に関する定めは、被上告人の自由な意思に基づくものではなく、また、その事業活動等を著しく制限するものであって、公序良俗に反する、〈2〉上記の定めは、強行法規である廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)に違反するなどと主張して、これを争っている。

2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)ア 被上告人は、福岡県知事から廃棄物処理法に基づく産業廃棄物処分業の許可を受けている者である。
イ 福岡県内にあった福間町と旧津屋崎町は、平成17年1月24日に合併して上告人となり、上告人が福間町の地位を承継した。
(2) 被上告人は、平成元年1月ころ、廃棄物処理法(平成3年法律第95号による改正前のもの)15条1項に従い、同法にいう産業廃棄物処理施設(以下「処理施設」という。)である本件処分場を設置する旨を福岡県知事に届け出て、これを設置し、その使用を開始した。同項は、平成3年法律第95号により、処理施設の設置については知事の許可を要するものと改正され、被上告人は、平成3年法律第95号附則5条1項により、本件処分場の設置について福岡県知事の許可を受けたものとみなされた。
(3)ア 被上告人は、平成7年7月26日、福間町との間で、本件処分場についての公害防止協定(以下「旧協定」という。)を締結した。
旧協定は、前文において、処理施設の概要として、本件処分場の設置場所を本件土地と定め、施設の規模(面積、容量)等を定めるとともに、その使用期限を「平成15年12月31日まで。ただし、それ以前に…埋立て容量…に達した場合にはその期日までとする。」と定め、12条において、被上告人は上記期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない旨を定めていた(以下、上記前文中の本件処分場の使用期限を定める部分と12条の定めを併せて「旧期限条項」という。)。
イ 被上告人は、平成7年9月13日、福岡県知事に対し、本件処分場につき、施設の規模を従来よりも拡張する旨の処理施設の変更許可申請をし、同年10月13日付けでその許可を受けた。
(4)ア 被上告人は、平成10年1月9日、福岡県知事に対し、本件処分場につき、施設の規模を更に拡張する旨の処理施設の変更許可申請をし、同年3月9日付けでその許可を受けた。
イ 上記許可に係る施設の規模が、旧協定において定められていたそれを上回るものであったことから、被上告人は、平成10年9月22日、福間町との間で、本件処分場につき、改めて公害防止協定(以下「本件協定」という。)を締結した。本件協定は、前文中の施設の規模の定めを上記許可に沿うように改めたものであり、その内容は、付随的な事項に関する若干の条項が加えられた以外は、旧協定と異なるところはない(以下、本件協定中の旧期限条項と同内容の定めを「本件期限条項」という。)。
(5) 被上告人は、現在も、本件土地に設置した本件処分場を使用している。
(6) 旧協定が締結された当時の福岡県産業廃棄物処理施設の設置に係る紛争の予防及び調整に関する条例(平成2年福岡県条例第20号。平成7年福岡県条例第47号による改正前のもの。以下、この改正の前後を通じて「本件条例」という。)は、処理施設の設置に関する紛争の予防に係る手続等を定めるために制定されたものであり、その15条は、住民又は市町村の長が、処理施設の設置者との間において、生活環境の保全のために必要な事項を内容とする協定を締結しようとするときは、知事がその内容について必要な助言を行うものとする旨定めている。本件条例の上記のような趣旨、内容は、上記の平成7年の改正後においても変更されていない。

3 原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断し、上告人の請求を棄却した。
(1) 廃棄物処理法は、産業廃棄物の処分業等の許可並びに処理施設の設置及び変更の許可の権限や、処理施設に対する監視権限等を知事にゆだねている。旧期限条項が法的拘束力を有するとすれば、本件処分場に係る福岡県知事の許可に期限を付するか、その取消しの時期を予定するに等しいこととなるが、そのような事柄は知事の専権というべきであり、旧期限条項は、同法の趣旨に沿わない。
(2) また、旧協定に旧期限条項のような知事の許可の本質的な部分にかかわる条項が盛り込まれ、それによって上記許可を変容させるというようなことは、本件条例15条が予定する協定の基本的な性格及び目的から逸脱するというべきである。したがって、旧期限条項は、同条が予定する協定の内容としてふさわしくない。
(3) 以上からすれば、旧期限条項及びこれと同旨の定めである本件期限条項に法的拘束力を認めることはできない。

4 しかしながら、原審の上記判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 旧協定が締結された当時の廃棄物処理法(平成9年法律第85号による改正前のもの。以下、単に「廃棄物処理法」というときは、同改正前のものをいう。)は、廃棄物の排出の抑制、適正な再生、処分等を行い、生活環境を清潔にすることによって、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とし(1条)、その目的を達成するために廃棄物の処理に関する規制等を定めるものである。そして、同法は、産業廃棄物の処分を業として行おうとする者は、当該業を行おうとする区域を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならないと定めるとともに(14条4項)、知事は、所定の要件に適合していると認めるときでなければ同許可をしてはならず(14条6項)、また、同許可を受けた者(以下「処分業者」という。)が同法に違反する行為をしたときなどには、同許可を取り消し、又は期間を定めてその事業の全部若しくは一部の停止を命ずることができると定めている(14条の3において準用する7条の3)。さらに、同法は、処理施設を設置しようとする者は、当該施設を設置しようとする地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならないと定めるとともに(15条1項)、知事は、所定の要件に適合していると認めるときでなければ同許可をしてはならず(15条2項)、また、同許可に係る処理施設の構造又はその維持管理が同法の規定する技術上の基準に適合していないと認めるときは、同許可を取り消し、又はその設置者に対し、期限を定めて当該施設につき必要な改善を命じ、若しくは期間を定めて当該施設の使用の停止を命ずることができると定めている(15条の3)。
これらの規定は、知事が、処分業者としての適格性や処理施設の要件適合性を判断し、産業廃棄物の処分事業が廃棄物処理法の目的に沿うものとなるように適切に規制できるようにするために設けられたものであり、上記の知事の許可が、処分業者に対し、許可が効力を有する限り事業や処理施設の使用を継続すべき義務を課すものではないことは明らかである。そして、同法には、処分業者にそのような義務を課す条文は存せず、かえって、処分業者による事業の全部又は一部の廃止、処理施設の廃止については、知事に対する届出で足りる旨規定されているのであるから(14条の3において準用する7条の2第3項、15条の2第3項において準用する9条3項)、処分業者が、公害防止協定において、協定の相手方に対し、その事業や処理施設を将来廃止する旨を約束することは、処分業者自身の自由な判断で行えることであり、その結果、許可が効力を有する期間内に事業や処理施設が廃止されることがあったとしても、同法に何ら抵触するものではない。したがって、旧期限条項が同法の趣旨に反するということはできないし、同法の上記のような趣旨、内容は、その後の改正によっても、変更されていないので、本件期限条項が本件協定が締結された当時の廃棄物処理法の趣旨に反するということもできない
そして、旧期限条項及び本件期限条項が知事の許可の本質的な部分にかかわるものではないことは、以上の説示により明らかであるから、旧期限条項及び本件期限条項は、本件条例15条が予定する協定の基本的な性格及び目的から逸脱するものでもない。
(2) 以上によれば、福間町の地位を承継した上告人と被上告人との間において、原審の判示するような理由によって本件期限条項の法的拘束力を否定することはできないものというべきである。
5 上記と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は、破棄を免れない。そして、本件期限条項が公序良俗に違反するものであるか否か等につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫)

(1)公害防止協定の法的拘束力

(2)履行強制の方法
民事訴訟又は公法上の当事者訴訟

(3)法律上の争訟に当たるか

+判例(H14.7.9)宝塚市パチンコ店建築中止命令事件
理由
1 本件は、地方公共団体である上告人の長が、宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(昭和58年宝塚市条例第19号。以下「本件条例」という。)8条に基づき、宝塚市内においてパチンコ店を建築しようとする被上告人に対し、その建築工事の中止命令を発したが、被上告人がこれに従わないため、上告人が被上告人に対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。第1審は、本件訴えを適法なものと扱い、本件請求は理由がないと判断して、これを棄却し、原審は、この第1審判決を維持して、上告人の控訴を棄却した。
2 そこで、職権により本件訴えの適否について検討する。
行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁参照)。国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきであるが、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許されるものと解される。そして、行政代執行法は、行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、同法の定めるところによるものと規定して(1条)、同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で、その具体的な方法としては、同法2条の規定による代執行のみを認めている。また、行政事件訴訟法その他の法律にも、一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。したがって、【要旨1】国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである
【要旨2】本件訴えは、地方公共団体である上告人が本件条例8条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり、原審が確定したところによると、当該義務が上告人の財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから、法律上の争訟に当たらず、不適法というほかはない。そうすると、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、第1審判決を取り消して、本件訴えを却下すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三)

++解説
《解  説》
 一 本件は、宝塚市長が、宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例(宝塚市昭和五八年条例第一九号。以下「本件条例」という。)八条に基づき、市内においてパチンコ店を建築しようとするYに対し、建築工事の中止命令を発したが、これに従わないため、X(宝塚市)がYに対し同工事を続行してはならない旨の裁判を求めた事案である。本件においては、一審以来、①行政主体が私人に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することが許されるか、②パチンコ店の建築を規制する本件条例は風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律及び建築基準法に違反しないか、③本件条例は職業の自由を保障する憲法二二条一項及び財産権を保障する憲法二九条二項に違反しないか、という点が争われていた。一審(判時一六一三号三六頁)及び二審(判時一六六八号三七頁)は、ともに、①の論点について判断しないまま、②の論点につき、本件条例は風営法及び建築基準法に違反するとの判断を示し、Xの請求を棄却すべきものとした。
 二 本判決は、職権をもって、「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟に当たらず、これを認める特別の規定もないから、不適法というべきである。」とした上、「本件訴えは、地方公共団体であるXが本件条例八条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり、原審が確定したところによると、当該義務がXの財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから、法律上の争訟に当たらず、不適法というほかない。」として、原判決を破棄し、一審判決を取り消して本件訴えを却下した。
 三 行政上の義務の履行を確保するための法制度には、行政の自力執行の方法による行政的執行制度と裁判所の介入による実現を図る司法的執行制度とがある。戦前の我が国では、国税徴収法と行政執行法を中心とする行政的執行制度が構築されていた。戦後、公法上の金銭債権に関しては、強制徴収による行政的執行の仕組みに変更はなかったが、それ以外の行政上の義務に関しては、昭和二三年に行政執行法が廃止され、これに代わる行政上の義務の履行確保に関する一般法として制定された行政代執行法は、行政代執行のみを認め、直接強制及び執行罰については個別立法の規定に委ねることにした。ところが、実際には、個別立法において直接強制や執行罰の規定が置かれることはほとんどなかったこともあって、国又は地方公共団体が行政上の義務の履行を求める仮処分等を提起する例が現われるようになり、その許否が論じられるようになった。
 四 この点について、学説や下級審裁判例の中には、行政主体と私人の間には行政上の義務の履行を求める債権債務関係がある、あるいは、行政主体は行政上の権限に由来する履行請求権を有するなどとして、これに基づく履行請求訴訟を提起することができるとして、これを肯定する見解がある一方(細川俊彦「公法上の義務履行と強制執行」民商八二巻五号六四一頁、磯野弥生「行政上の義務履行確保」現代行政法大系(2)二五二頁、阿部泰隆「行政上の義務の民事執行」行政法の解釈三二二頁、村上順・判評三三二号一二頁、岐阜地決昭43・2・14訟月一四巻四号三八四頁、岐阜地判昭44・11・27判時六〇〇号一〇〇頁、大阪高決昭60・11・25判時一一八九号三九頁、横浜地決平1・12・8本誌七一七号二二〇頁、富山地決平2・6・5訟月三七巻一号一頁、神戸地伊丹支決平6・6・9判自一二八号六八頁等)、①戦後の法改正の趣旨は、戦前における行政機関による強制が過剰であったという反省から、これを大幅に縮減するという点にあったのであり、その際、行政的執行に代わるものとして司法的執行を認めるという選択が立法者によって行われたわけではないこと、②裁判所の権限の原則的範囲を定める憲法七六条一項及び裁判所法三条一項の規定も、司法的執行を包含するまでに裁判所の権限を拡大する趣旨であったとはいえないこと、③法令又は行政処分によって国民に何らかの行政上の義務が課されたからといって、直ちに行政主体が当該義務の履行を求める実体法上の請求権を有するとはいい難いこと等の問題点を指摘するものもあり(小早川光郎「行政による裁判の作用」法教一五一号一〇六頁、芝池義一・行政法総論講義〔第3版〕二〇二頁、ジュリ増刊行政強制一八頁、最高裁判所事務総局編・行政資料第六二号二二〇頁、宇賀克也・高田裕成「行政上の義務履行確保」法教二五三号一一頁等)、消極説に立つ下級審裁判例もみられた(神戸地伊丹支決昭60・10・18判時一一八九号四二頁、神戸地伊丹支決平9・9・9本誌九六二号一三三頁等)。
 五 行政代執行法の規定や制定経緯等に照らすと、同法は、行政上の義務の履行確保の一般的手段としては行政代執行に限って認める趣旨で制定された法律であることは明らかであるから、行政上の義務の履行確保の手段が不十分なのは不都合であるという制度の必要性のみから、行政上の義務の履行請求訴訟を認めようとする積極説の立場は、法解釈論としては問題がある。また、行政上の義務には、法令により直接命じられるものと、行政庁が法令に基づいて発した行政処分によって命じられるものとがあるが、いずれの場合であっても、その根拠となる行政上の権限は、通常、公益確保のために認められているにすぎないのであって、行政主体がその実現について主観的な権利を有するとは解し難い。
 ところで、通説・判例によると、①憲法七六条一項にいう「司法権」とは、具体的な争訟事件について法を適用し宣言することによってこれを解決する国家作用である、②裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」の概念は、このような司法権の本質的な要素である具体的事件・争訟性の要件を表現したものである、③行政訴訟のうち、個人的な権利利益の保護救済を目的とする主観訴訟は、「法律上の争訟」として裁判所の本来的な裁判権の範囲に属するが、個人の権利利益の侵害を前提としない客観訴訟は、司法権の当然の内容を成すものではなく、裁判所法三条一項後段にいう「その他法律において特に定める権限」として立法政策的に裁判所の裁判権の範囲に属せられたものである、と解されている(佐藤幸治〔第3版〕二九八頁、注釈日本国憲法(下)一一二七頁、最高裁判所事務総局編・裁判所法逐条解説(上)二四頁、兼子一165C竹下守夫・裁判法〔第4版〕六五頁、杉本良吉・行政事件訴訟法の解説二五頁、一三三頁、南博方編・条解行政事件訴訟法一八八頁、二二一頁、八五九頁、塩野宏・行政法Ⅱ〔第2版〕二一四頁、芦部信喜・憲法〔新版〕三〇二頁、最一小判昭28・5・28民集七巻五号六〇一頁、最二小判昭28・6・12民集七巻六号六六三頁、最三小判昭41・2・8民集二〇巻二号一九六頁、本誌一九〇号一二六頁、最三小判昭56・4・7民集三五巻三号四四三頁等)。そこで、このような見地から行政上の義務の履行請求訴訟について検討すると、国や地方公共団体が財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合は別として、国や地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の主観的な権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではないと考えられる。本判決は、このような観点から、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として私人に対して行政上の義務の履行を求める訴訟の適法性を否定したものであり、実務上、重要な意義を有するものと思われる。
・まあ、行政契約の履行を求める場合には射程は及ばないだろう。
(4)本問へのあてはめ


行政法 基本行政法 行政指導


1.行政指導とは

+(定義)
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一  法令 法律、法律に基づく命令(告示を含む。)、条例及び地方公共団体の執行機関の規則(規程を含む。以下「規則」という。)をいう。
二  処分 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。
三  申請 法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。
四  不利益処分 行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう。ただし、次のいずれかに該当するものを除く。
イ 事実上の行為及び事実上の行為をするに当たりその範囲、時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分
ロ 申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分
ハ 名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分
ニ 許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの
五  行政機関 次に掲げる機関をいう。
イ 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関若しくは内閣の所轄の下に置かれる機関、宮内庁、内閣府設置法 (平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項 若しくは第二項 に規定する機関、国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項 に規定する機関、会計検査院若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
ロ 地方公共団体の機関(議会を除く。)
六  行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
七  届出 行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)であって、法令により直接に当該通知が義務付けられているもの(自己の期待する一定の法律上の効果を発生させるためには当該通知をすべきこととされているものを含む。)をいう。
八  命令等 内閣又は行政機関が定める次に掲げるものをいう。
イ 法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む。次条第二項において単に「命令」という。)又は規則
ロ 審査基準(申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ハ 処分基準(不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ニ 行政指導指針(同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときにこれらの行政指導に共通してその内容となるべき事項をいう。以下同じ。)

・処分に当たると解される場合は行手法の行政指導の定義からは除外される

+判例(H17.7.15)
理由
上告代理人濱秀和ほかの各上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、富山県高岡市内において病院の開設を計画し、被上告人に対し、平成9年3月6日付けで、病床数を400床とする病院開設に係る医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの。以下同じ。)7条1項の許可の申請(以下「本件申請」という。)をした。
(2) 被上告人は、上告人に対し、同年10月1日付けで、医療法30条の7の規定に基づき、「高岡医療圏における病院の病床数が、富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で、本件申請に係る病院の開設を中止するよう勧告した(以下、この勧告を「本件勧告」という。)。
(3) 上告人は、被上告人に対し、同月3日付けで、本件勧告を拒否するとともに、速やかに本件申請に対する許可をするよう求める文書を送付した。
(4) 被上告人は、上告人に対し、同年12月16日付けで、本件申請について許可する旨の処分(以下「本件許可処分」という。)をした。また、同日付けで、富山県厚生部長名で、上告人に対し、「医療法を遵守し、富山県地域医療計画の達成の推進に協力すること」等の遵守事項の記載に加えて「中止勧告にもかかわらず病院を開設した場合には、厚生省通知(昭和62年9月21日付け保発第69号厚生省保険局長通知)において、保険医療機関の指定の拒否をすることとされているので、念のため申し添える。」との記載(以下「本件通告部分」という。)がされた文書が送付された(以下、同保険局長通知を「昭和62年保険局長通知」という。)。

2 本件は、上告人が、本件勧告は医療法30条の7に反するもので違法であり、また、本件通告部分のある文書と共にされた本件許可処分は本件勧告に従わない場合には保険医療機関の指定申請を拒否することを予告するいわば負担付きの許可であると主張して、被上告人に対し、本件勧告の取消し又は「本件許可処分中の中止勧告部分」と上告人が主張する本件通告部分の取消しを請求する事案である。

3 原審は、次のとおり判断し、本件訴えをいずれも却下すべきものとした。
(1) 上告人が本件勧告に従わなかったとしても、それにより必然的に保険医療機関の指定が拒否されるわけではないから、本件勧告は、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。
(2) 本件通告部分は、当時の保険医療機関の指定権限が国の機関委任事務として都道府県知事に属していたことから、単に処分庁の意思を事前に通知したもので、法令に基づくものとは認められないことに加え、この通告自体によって、上告人にいかなる不利益も生ずるとは認められないから、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。 

4 原審の上記判断のうち3の(2)については、富山県厚生部長名の本件通告部分をもって被上告人がした病院開設中止勧告と解することはできないから、その取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断を是認することができるが、原審の上記判断のうち3の(1)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 医療法は、病院を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めているところ(7条1項)、都道府県知事は、一定の要件に適合する限り、病院開設の許可を与えなければならないが(同条3項)、医療計画の達成の推進のために特に必要がある場合には、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院開設申請者等に対し、病院の開設、病床数の増加等に関し勧告することができる(30条の7)。そして、医療法上は、上記の勧告に従わない場合にも、そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない
他方、健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は、都道府県知事は、保険医療機関等の指定の申請があった場合に、一定の事由があるときは、その指定を拒むことができると規定しているが、この拒否事由の定めの中には、「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」との定めがあり、昭和62年保険局長通知において、「医療法第三十条の七の規定に基づき、都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず、病院開設が行われ、当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては、健康保険法四十三条ノ三第二項に規定する『著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』に該当するものとして、地方社会保険医療協議会に対し、指定拒否の諮問を行うこと」とされていた(なお、平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は、医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には、その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。
(2) 上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになるこのような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない。
したがって、本件勧告は、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるというべきである。

5 以上のとおりであるから、本件通告部分の取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断は是認することができるが、本件勧告の取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の限度で理由があり、原判決のうち本件勧告の取消請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消して本件を富山地方裁判所に差し戻すとともに、上告人のその余の上告を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 福田博 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋)

++解説
《解  説》
1 本件は,Yに対して病院開設の許可申請をしたXが,Yから病院開設を中止するよう勧告されたため,その取消しを請求した事案である。
2 Xは,富山県高岡市内において病院の開設を計画し,Yに対し,平成9年3月6日付けで,病床数を400床とする病院開設に係る医療法7条1項の許可の申請をした。
ところが,Yは,Xに対し,同年10月1日付けで,医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの。以下同じ。)30条の7の規定に基づき,「高岡医療圏における病院の病床数が,富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で,申請に係る病院の開設を中止するよう本件勧告をした。そこで,Xが本件勧告は違法であるなどと主張して,その取消し等を請求したのが本件訴訟である。
3 本件でまず争点となったのは,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告が,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうかであった。
4 第1,2審は,本件勧告は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないなどとして,本件訴えを却下すべきものとした。これに対し,本判決は,本件勧告は抗告訴訟の対象となるとして,原判決を破棄し,第1審判決を取り消して,本件を第1審裁判所に差し戻した。
本判決は,「医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は,医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども,当該勧告を受けた者に対し,これに従わない場合には,相当程度の確実さをもって,病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。」と判示し,その上で,「いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては,健康保険,国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく,保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから,保険医療機関の指定を受けることができない場合には,実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると,この勧告は,行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」との判断を示したものである。
5 行政事件訴訟法3条2項は,取消訴訟の対象となる「処分」について,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と定義している。この具体的な意味について,判例(最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁等)は,「行政庁の処分とは,…… 公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」としている。
ところで,「勧告」,「指導」,「助言」等は,一定の行政目的を達成するため任意の協力を期待するものであるから,通常は単なる行政指導であって,処分ではない。しかし,条文の文言が「勧告」等とされていて本来的には非権力的なものであっても,実体法上,これらの行政庁の行為について,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するという法律効果が付与されていると認めることができるのであれば,当該行為の処分性が肯定されることになる。
6 医療法上は,同法30条の7の規定に基づく勧告は任意の協力を求める行政指導として規定されており,これに従わない場合にも,そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。
他方,健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は,都道府県知事は,保険医療機関等の指定の申請があった場合に,一定の事由があるときは,その指定を拒むことができると規定しているが,この拒否事由の定めの中に「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」との定めがある。そして,通達(昭62.9.21保発69号厚生省保険局長通知)において,「医療法第三十条の七の規定に基づき,都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず,病院開設が行われ,当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては,健康保険法四十三条ノ三第二項に規定する『著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』に該当するものとして,地方社会保険医療協議会に対し,指定拒否の諮問を行うこと」とされていた(なお,平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は,医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には,その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。
7 このように,医療法30条の7の規定に基づき開設中止の勧告に従わずに開設された病院が保険医療機関の指定の申請をした場合には,都道府県知事は保険医療機関の指定拒否の諮問を行うことになり,そうすると,特段の事情がない限り,それに従って指定拒否処分がされ,その結果,実際上病院の経営が成り立たなくなるのであるから,そのことの重大さは看過し難いものである。
また,平成10年法律第109号による改正前の健康保険法43条ノ3第1項を受けた昭和32年厚生省令1条によると,保険医療機関の指定を受けるためには,医療法7条に基づく病院等の開設許可を都道府県知事から得た後,同法27条の定めるところにより,都道府県知事の検査を受けて使用許可証の交付を受けていなければならず,この使用許可を得るためには,同法21条に従い,所定の省令の定めるところにより,病院の建物や医療設備を整え,医師や看護婦を雇うなどして,必要な人員及び施設を確保するなどしなければならない。しかし,これに要する費用は極めて高額であって,そのような投資をしなければ保険医療機関の指定を求めることができないということを前提にすると,医療法30条の7の規定に基づく勧告を受けた者は,その勧告を直ちに争うことができないとされる場合には,それを争うためには,指定拒否がされる可能性が高い中で必要な人員及び施設を確保するなど巨額の投資をしなければならないということになり,事実上病院の開設を断念せざるを得ない地位に置かれることになる。そうすると,保険医療機関の指定拒否処分の取消訴訟によって救済されるので本件勧告の取消しを認めなくてもよいという原審の考え方は,相当とはいえない。
本判決は,このような考え方に基づいて,前記のとおり,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は,「行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」と判断したものと考えられる。
8 本判決は,医療法上は行政指導として規定されている勧告について,その健康保険法の規定に基づく保険医療機関の指定に及ぼす効果等に着目して処分性を肯定するという初めての判断を示したものであり,行政事件訴訟によって救済を求めることのできる範囲を拡大するものとして,実務的にも理論的にも重要な意義を有するものである。

2.行政指導の一般原則~不利益取り扱いの禁止

+(行政指導の一般原則)
第三十二条  行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
2  行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。

+判例(H5.2.18)
理由
一 上告代理人岸巖、同田中喜代重の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
二 同第二点について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(一) 武蔵野市においては、昭和四四年ころからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足し、被上告人の行財政を強く圧迫していた。そこで、被上告人は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されて行くのを防止することを目的として、武蔵野市内で一定規模以上の宅地開発又は中高層建築物建設事業を行おうとする者(以下「事業主」という。)等を行政指導するため、被上告人の議会の全員協議会に諮った上、昭和四六年一〇月一日、武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)を制定した。
(二) 指導要綱は、一〇〇〇平方メートル以上の宅地開発事業又は高さ一〇メートル以上の中高層建築物の建設事業に適用され、(1)事業内容の公開、公共施設の設置、提供及びその費用負担、日照障害等について市長と事前協議をし、その審査を受けなければならない、(2)事業により施行区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また、事業によって生じた損害については、補償の責を負わなければならない、(3)事業区域内に所定の幅員、路面排水、側溝等を備えた道路を整備し、市に無償で提供するものとする、(4)開発面積が三〇〇〇平方メートル以上の場合は、一定の割合による公園、緑地を設けなければならない、(5)上下水道施設については、事業主の費用負担において市が施工し、又は市の指示に従って事業主が施工し、その施設を市に無償で提供するものとする、(6)建設計画が一五戸以上の場合は、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする(この負担すべき金員を「教育施設負担金」といい、その金額は、建設計画が一五戸ないし一一三戸の場合には、一戸につき五四万四〇〇〇円とされていた。)、(7)市の指示により、消防施設、ごみの集積処理施設、街路灯等の安全施設を設置、整備し、駐車場用地を確保するものとする、(8)指導要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある、等とする内容のものであった。
(三) 被上告人は、指導要綱の運営に当たり、武蔵野市宅地開発等審査会を設置し、次のような方法で事業主に指導要綱を履践させていた。
事業主は、被上告人の担当課と事前に協議した上、教育施設負担金寄付願等を添付して事業計画承認願を被上告人の市長に提出し、右審査会は、指導要綱所定の要件が整っていればこれを承認し、要件が整っていなければ担当課において更に行政指導を行い、承認された事業主に対しては、市長が事業計画承認書を交付する。事業主は、右承認後二〇日以内に被上告人に右寄付願に記載した教育施設負担金等を納付する。被上告人は、東京都の各関係機関に対し、建築確認の申請等があった場合申請書受理以前に指導要綱につき被上告人と協議するよう行政指導されたい旨を依頼し、東京都の各関係機関はこれを承諾してそのような行政指導を行い、市長から前記承認書の交付を受けた事業主は、建築確認申請書と共に右承認書を提出して建築確認を受け、その後工事に着手することとなっていた。
(四) 指導要綱は、被上告人のみならず市民もその実施に強い熱意をもっていたこと、前記市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力とあいまって広範囲に適用されたこと、事業主の側も指導要綱に従わないと開発等が事実上難しくなるなどの見通しを持つに至ったこと等もあって、年を追うごとに定着して行った。そのため、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は、事実上開発等を断念せざるを得なくなり、後述の山基建設株式会社(以下「山基建設」という。)の例を除いては、指導要綱はほぼ完全に遵守される結果となった。なかでも、教育施設負担金については、減免、延納又は分納の例もなく、山基建設も、後述のとおり、裁判上の和解において、寄付金であることを明示して教育施設負担金相当額を支払う旨を約束せざるを得なかった。
(五) 武蔵野市内に本店を置く山基建設は、昭和四九年六月ころ、武蔵野市内にマンションを建築することを計画し、同年一二月七日、指導要綱に基づく被上告人の事業計画承認を得ないまま建築確認を得て、昭和五〇年五月ころ、その建築に着工したところ、被上告人は、工事用の水道メーターの取り付けを拒否した。そこで、山基建設は、東京地方裁判所八王子支部に水道の給水等を求める仮処分を申請し、同支部は、同年一二月八日、被上告人に対し水道の給水を命ずる仮処分命令を発した。同月二〇日、右仮処分異議訴訟において、被上告人は山基建設に水道を供給し、下水道の使用を認め、山基建設は、右マンションの付近住民に対し解決金として三五〇万円を、被上告人に対し寄付金として指導要綱に基づく教育施設負担金相当額をそれぞれ支払う旨の訴訟上の和解が成立した。
(六) 山基建設は、昭和五二年二月、武蔵野市内において指導要綱に定める諸手続を履践しないままマンションの建築に着工したところ、被上告人は、再び山基建設に対し水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶した。なお、右マンション完成後入居者からの給水申込みも拒否したため、被上告人の市長は、昭和五三年一二月五日、水道法一五条一項違反の罪名で起訴され、有罪判決を受けた。
(七) 山基建設に関する右の一連の紛争は新聞等で報道された。
(八) 亡Aは、昭和五二年五月ころ、武蔵野市内の本件土地にA、その妻の上告人B、二男の上告人C及び三男の上告人Dの四名名義で三階建の賃貸マンションの建築を計画し、指導要綱に関連する被上告人との折衝等を株式会社新建築設計事務所の代表者Eに委託した。Aは、Eから、指導要綱に従って教育施設負担金一五二三万二〇〇〇円を寄付しなければならない旨を告げられたが、指導要綱に基づき被上告人に対し公園用地を無償貸与し、道路用地を贈与し、公園の遊具施設を寄付し、防火水槽の設置費を負担することとなっていたし、これまでも多額の税金を納付していたので、その上更に高額の教育施設負担金を寄付しなければならないことに強い不満を持ち、被上告人との事前協議の際に、新建築設計事務所の従業員を通じ、担当者に教育施設負担金の減免、延納等を懇請したが、右担当者は、前例がないとしてこれを拒絶した。
(九) その後、Aは、指導要綱の手続、教育施設負担金条項及びその運用の実情等を承知していたEから、指導要綱に従って教育施設負担金の寄付を申し入れて事業計画承認を得ないと被上告人から上下水道の利用を拒否され、マンションが建てられなくなるとの説明を受けたので、やむなく、昭和五二年八月五日、指導要綱に従って一五二二万二〇〇〇円(ただし、指導要綱にしたがって計算すると一五二三万二〇〇〇円となる。)を寄付する旨の寄付願を添付して事業計画承認願を被上告人宛に提出し、同月二五日右承認願は前記宅地開発等審査会において承認され、同年一〇月二五日建築確認がされた。
(一〇) Aは、なおも高額の教育施設負担金の寄付が納得できなかったので、自ら被上告人の担当者に教育施設負担金の減免、分納、延納を懇請したが、再び前例がないとして断わられ、同年一一月二日、一五二三万二〇〇〇円を被上告人に納付した。

2 原審は、右事実関係の下において、指導要綱とそれに関連する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被上告人がAに教育施設負担金を納付するよう行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められないし、山基建設と被上告人との間の紛争がAの意思に影響を与えたことを考慮しても、被上告人の職員のAに対する本件建物建築についての教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものとはいえないとして、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。

3 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記1(一)の指導要綱制定に至る背景、制定の手続、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない
しかし、指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであり(同法一五条一項、最高裁昭和六〇年(あ)第一二六五号平成元年一一月七日第二小法廷決定・裁判集刑事二五三号三九九頁参照)、右措置が採られた場合には、マンションを建築してもそれを住居として使用することが事実上不可能となり、建築の目的を達成することができなくなるような性質のものである。また、被上告人がAに対し教育施設負担金の納付を求めた当時においては、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は事実上開発等を断念せざるを得なくなっており、これに従わずに開発等を行った事業主は山基建設以外になく、その山基建設の建築したマンションに関しては、現に水道の給水契約の締結及び下水道の使用が拒否され、その事実が新聞等によって報道されていたというのである。さらに、Aが被上告人の担当者に対して本件教育施設負担金の減免等を懇請した際には、右担当者は、前例がないとして拒絶しているが、右担当者のこのような対応からは、本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができない
右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきである。被上告人がAに対し指導要綱に基づいて教育施設負担金の納付を求めた行為も、被上告人の担当者が教育施設負担金の減免等の懇請に対し前例がないとして拒絶した態度とあいまって、Aに対し、指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、Aに教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる指導要綱に基づく行政指導が、武蔵野市民の生活環境をいわゆる乱開発から守ることを目的とするものであり、多くの武蔵野市民の支持を受けていたことなどを考慮しても、右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない
これに反する前記原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、理由があり、原判決のうち上告人らの予備的請求に係る損害賠償請求を棄却した部分は破棄を免れず、右部分につき更に審理を尽くさせるために原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

+解説
《解  説》
 一 原告は、被告(武蔵野市)が制定した「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(本件指導要綱)に基づいて、被告に教育施設負担金一五二三万円余を納付して同市内にマンションを建築したが、被告が本件指導要綱ないしはこれに基づく行政指導が違法な公権力の行使に当たると主張して、右教育施設負担金額相当の損害賠償を請求する事件である(原告は、主位的には、教育施設負担金の納付が強迫によるものとして、その返還を求めていたが、これは一審以来認められていない。)。なお、原告は、控訴中に死亡し、その相続人が訴訟を承継している。一、二審とも原告敗訴(一審判決は判時一〇七八号九五頁、二審判決は判時一二六八号三九頁)。
 最高裁は、①本件指導要綱が形式的には水道の給水拒否等の制裁措置を背景にして事業主に寄付の義務を課することを内容とするものであること、②本件当時は、本件指導要綱に従ってマンションの建築をするか、指導要綱に従えないので建築を断念するかのいずれかになっており、唯一指導要綱に従わなかった一事業者に対しては、その建築したマンションに対し違法に水道の給水や下水道の使用を拒否していたという運用の実態、③原告の教育施設負担金減免の懇請を拒絶した被告の職員の態度等判示の事実関係の下においては、原告に対し教育施設負担金の納付を求めた行為が相手方の任意に寄付を求める行政指導の限度を超え、違法な公権力の行使に当たる旨判断して、二審判決の国家賠償請求を棄却した部分を破棄し、原審に差し戻した。
 二1 多くの地方自治体においては、大規模な宅地造成、中高層マンションの建設等に伴う社会問題に対処するために、(一)開発計画につき自治体と協議して自治体の改善勧告等に応ずべきこと、(二)周辺住民の同意を得ること、(三)法定外の各種の規制(例えば、最小宅地面積)に応ずべきこと、(四)公共施設用地の寄付又は開発負担金の拠出などを内容とするいわゆる開発指導要綱を制定している。本件指導要綱は、比較的初期に制定されたもので、その代表例ということができよう。
  2 開発指導要綱は、一般的には、行政内部の心得(実質的意義の訓令)、すなわち行政指導を行うにあたっての基準、行政機関が守るべき原則を定めたものであって、その拘束力は、行政機関に及ぶにすぎず、直接住民に及ぶものではないと解されている(原田尚彦「宅地開発指導要綱による建築規則」法時五六巻九号二八など)が、法治主義との関係でその適法性が問題とされていた。また、その運用についても、行き過ぎがあることを指摘されるなど、社会の関心をひき、開発業者等が地方自治体に対し、開発負担金の納付が無効であるとしてその返還を求めたり(例えば、東京高判平1・10・31判時一三三三号九一頁)、あるいは、開発負担金の納付を強要したとして損害賠償を請求する(例えば、大阪地堺支判昭62・2・25本誌六三三号一八三頁)といった開発負担金をめぐる訴訟も起きている。
 開発指導要綱に基づく行政は、法の不備を補充しつつ地域社会の混乱と住民の生活の破綻を防止するために必要不可欠な、緊急避難的な措置であって、現実を直視すれば、相手方が自らの意思で自由に処分できる法益につき任意の譲歩を求める指針である限り、その適法性が認められる(原田尚彦・行政法要論(全訂版)一七二頁)などとして、適法性を肯定する学説が多く、本判決も引用する最二小決平1・11・8は、指導要綱に従わないことが権利の濫用になる場合があり得ることを認めており、下級審の裁判例も、指導要綱に基づく行政指導そのものは適法としてきた。本判決も、指導要綱に基づいて行政指導を行うこと自体は違法ではないことを認めており、多数の学説及びこれまでの判例、裁判例の流れに沿ったものである。
  3 開発指導要綱及びこれに基づく行政指導が、法律上の根拠がなくても適法とされるのは、それが、相手方の任意の協力を求めるものだからであるから、運用において、開発者に寄付等を事実上強制するものであるときには、違法とされることになろう。
 本判決は、①本件指導要綱の形式・内容、②本件当時の本件指導要綱の運用の実態、③原告に対する被告の職員の行政指導の態度等の事情を総合して、行政指導として原告に対して寄付を求めた行為が、限度を超えて事実上寄付を強制するものと判断したものである。原告の主観は問題とされていない。本判決は、客観的状況だけからも、行政指導として行われた行為が行政指導の限界を超えたと判断される場合があることを認めたものであろう。最三小判昭60・7・16民集三九巻五号九八九頁、本誌五六八号四二頁は、相手方が「行政指導にはもはや協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明し」たときには、行政指導を理由として建築確認を留保することが違法となるとしており、行政指導の限界を原則として相手方の主観に求めているかのようであるが、行政指導そのものの違法性が争われた事例ではなく、行政指導の内容によっては、相手方の主観を問題とせずに、客観的状況だけから、行政指導として行われた行為が違法となることまでも否定するものではないと考えられる。
 ただ、本件は、原告が、マンションの建築を計画し、市(被告)との折衝を続けているその同じ時期に、被告は本件指導要綱に従わない事業主が建築したマンションに水道の給水を拒否するという、後に市長が水道法違反で刑罰を課せられることになるような違法な制裁措置を発動し、そのことが新聞等によって報道され、一種の社会問題となっていたという特殊な事情の存する事案についての判断と考えられる。同様の制裁措置を規定した開発指導要綱も少なくないが、そのような開発指導要綱に基づく行政指導を一般的に違法とするまでのものではないと思われる。しかし、本判決は、開発指導要綱に基づく行政指導として行われた行為が国家賠償法上の違法な行為であることを最高裁が認めた最初の事例であり、開発指導要綱に基づく行政指導の限界について考える上で参考となるものである。
 なお、本件については、差戻審において和解が成立した旨報道されている(毎日新聞東京版平5・12・22)。
 本判決の評釈等として亘理格・ジュリ一〇二五号三八頁、木ノ下一郎・ひろば四八巻八号五五頁、千葉勇夫・法教一五四号一一六頁、同・民商一〇九巻四=五号三三五頁、碓井光明・地方自治判例百選〔第二版〕一二頁、大橋洋一・平五重判解説四五頁がある。
3.申請に関連する行政指導
+判例(S60.7.16)品川マンション事件
理由 
 上告代理人関哲夫、同樋口嘉男、同半田良樹、同中村次良の上告理由第一及び第二について 
 建築基準法(以下「法」という。)六条三項及び四項によれば、建築主事は、同条一項所定の建築確認の申請書を受理した場合においては、その受理した日から二一日(ただし、同条一項四号に掲げる建築物に係るものについては七日)以内に、申請に係る建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法令の規定に適合するかどうかを審査し、適合すると認めたときは確認の通知を、適合しないと認めたときはその旨の通知(以下あわせて「確認処分」という。)を当該申請者に対して行わなければならないものと定められている。このように、法が建築主事の行う確認処分について応答期限を設けた趣旨は、違法な建築物の出現を防止するために建築確認の制度を設け、建築主が一定の建築物を建築しようとする場合にはあらかじめその建築計画が関係法令の規定に適合するものであるかどうかについて建築主事の審査・確認を受けなければならず、確認を受けない建築物の建築又は大規模の修繕等の工事はすることができないこととし、その違反に対しては罰則をもつて臨むこととしたこと(法六条一項、五項、九九条一項二号、四号)の反面として、右確認申請に対する応答を迅速にすべきものとし、建築主に資金の調達や工事期間中の代替住居・営業場所の確保等の事前準備などの面で支障を生ぜしめることのないように配慮し、建築の自由との調和を図ろうとしたものと解される。そして、建築主事が当該確認申請について行う確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものと解するのが相当であるから、審査の結果、適合又は不適合の確認が得られ、法九三条所定の消防長等の同意も得られるなど処分要件を具備するに至つた場合には、建築主事としては速やかに確認処分を行う義務があるものといわなければならない。しかしながら、建築主事の右義務は、いかなる場合にも例外を許さない絶対的な義務であるとまでは解することができないというべきであつて、建築主が確認処分の留保につき任意に同意をしているものと認められる場合のほか、必ずしも右の同意のあることが明確であるとはいえない場合であつても、諸般の事情から直ちに確認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上合理的と認められるときは、その間確認申請に対する応答を留保することをもつて、確認処分を違法に遅滞するものということはできないというべきである。 
 ところで、建築確認申請に係る建築物の建築計画をめぐり建築主と付近住民との間に紛争が生じ、関係地方公共団体により建築主に対し、付近住民と話合いを行つて円満に紛争を解決するようにとの内容の行政指導が行われ、建築主において任意に右行政指導に応じて付近住民と協議をしている場合においても、そのことから常に当然に建築主が建築主事に対し確認処分を留保することについてまで任意に同意をしているものとみるのは相当でない。しかしながら、普通地方公共団体は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理することをその責務のひとつとしているのであり(地方自治法二条三項一号、七号)、また法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的として、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定める(一条)、としているところであるから、これらの規定の趣旨目的に照らせば、関係地方公共団体において、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると付近住民に対し少なからぬ日照阻害、風害等の被害を及ぼし、良好な居住環境あるいは市街環境を損なうことになるものと考えて、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえないというべきである。 
 もつとも、右のような確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法であると解するのが相当である。 
 したがつて、いつたん行政指導に応じて建築主と付近住民との間に話合いによる紛争解決をめざして協議が始められた場合でも、右協議の進行状況及び四囲の客観的状況により、建築主において建築主事に対し、確認処分を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、当該行政指導を理由に建築主に対し確認処分の留保の措置を受忍せしめることの許されないことは前述のとおりであるから、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となるものといわなければならない。 
 そこで、以上の見地に立つて本件をみるに、原審の確定したところによれば、(1)被上告人(附帯上告人)は、昭和四七年一〇月二八日本件建築物に係る建築確認の申請をしたものであるところ、同年一二月、上告人(附帯被上告人)の紛争調整担当職員から、本件建築物の建築に反対する付近住民との話合いにより円満に紛争を解決するようにとの行政指導を受け、それ以降付近住民と十数回にわたり話合いを行い、右職員の助言等についても積極的かつ協力的に対応するとともに、上告人の適切な仲介等を期待していた、(2)ところが、上告人は、翌昭和四八年二月一五日に、同年四月一九日実施予定の新高度地区案を発表し、右二月一五日以降の行政指導の方針として、右時点で既に確認申請をしている建築主に対しても新高度地区案に沿うべく設計変更を求める旨及び建築主と付近住民との紛争が解決しなければ確認処分を行わない旨を定め、上告人の担当職員は、同月二三日被上告人の代表社員Aに対し右方針を説明して設計変更による協力を依頼するとともに、付近住民との話合いを更に進めることを勧告した、(3)被上告人としては、それまで上告人の行政指導に応じて付近住民との話合いに努めてきたが、実質的な進捗をみるに至らなかつたうえ、新高度地区案が発表され、これを契機として前記のような行政指導を受けたので、このまま住民との話合いを進めても右新高度地区の実施前までに円満解決に至ることは期し難く、その解決がなければ確認処分を得られないとすれば、新高度地区制により確認申請に係る本件建築物について設計変更を余儀なくされ、多大の損害を被るおそれがあるとの判断のもとに、もはや確認処分の留保を背景として付近住民との話合いを勧める上告人の行政指導には服さないこととし、同年三月一日受付をもつて東京都建築審査会に「本件確認申請に対してすみやかに何らかの作為をせよ」との趣旨の審査請求の申立をした、というのであり、原審の右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。 
 右事実関係によれば、被上告人が昭和四八年三月一日の時点で行つた前記審査請求の申立は、これによつて建築主事に対し、もはやこれ以上確認処分を留保されたままでの行政指導には協力できないとして直ちに確認処分をすべきことを求めた真摯かつ明確な意思の表明と認めるのが相当である。また、被上告人はそれまで上告人の紛争調整担当職員による行政指導に対し積極的かつ協力的に対応していたというのであつて、この間に当該行政指導の目的とする付近住民との話合いによる紛争の解決に至らなかつたことをひとり被上告人の責に帰することはできないのみならず、同年二月下旬には本件建築確認の申請から三か月以上も後に発表された新高度地区案にそうよう設計変更による協力を求める行政指導をも受けるに至り、しかも右新高度地区の実施日が一か月余に迫つていたことからすれば、被上告人が右三月一日の時点で、右審査請求という手段により、もはやこれ以上確認処分を留保されたままでの行政指導には協力できないとの意思を表明したことについて不当とすべき点があるということはできず、他に被上告人の意思に反してもなお確認処分の留保を受忍させることを相当とする特段の事情があるものとも認められないというべきである。そして、上告人の紛争調整担当職員及び建築主事においては、それまでの行政指導の経過、右審査請求の内容及び被上告人がかかる方途に出た時期等を冷静に検討、判断するならば、右審査請求の申立が被上告人の一時の感情に出たものとか住民との交渉上の駆引きとしたとかいうようなものではなく、真摯に確認申請に対する応答を求めていることを知つたか、又は容易にこれを知ることができたものというべきである。したがつて、右審査請求が提起された昭和四八年三月一日以降の行政指導を理由とする確認処分の留保は違法というべきであり、これについては建築主事にも少なくとも過失の責があることを免れないものといわなければならない。 
 してみると、本件において昭和四八年三月一日以降の確認処分の遅滞につき上告人に国家賠償法に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。 
 右上告代理人らの上告理由第三について 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないか又は独自の見解を前提として損害額の範囲に関する原審の判断の不当をいうものであつて、採用することができない。 
 附帯上告代理人浅井和子の上告理由について 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 木戸口久治 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦) 
・(申請に関連する行政指導)
第三十三条  申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。
4.許認可等の権限に関連する行政指導
+(許認可等の権限に関連する行政指導)
第三十四条  許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を有する行政機関が、当該権限を行使することができない場合又は行使する意思がない場合においてする行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、当該権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない。
+(行政指導の方式)
第三十五条  行政指導に携わる者は、その相手方に対して、当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならない
2  行政指導に携わる者は、当該行政指導をする際に、行政機関が許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を行使し得る旨を示すときは、その相手方に対して、次に掲げる事項を示さなければならない。
一  当該権限を行使し得る根拠となる法令の条項
二  前号の条項に規定する要件
三  当該権限の行使が前号の要件に適合する理由
3  行政指導が口頭でされた場合において、その相手方から前二項に規定する事項を記載した書面の交付を求められたときは、当該行政指導に携わる者は、行政上特別の支障がない限り、これを交付しなければならない
4  前項の規定は、次に掲げる行政指導については、適用しない。
一  相手方に対しその場において完了する行為を求めるもの
二  既に文書(前項の書面を含む。)又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)によりその相手方に通知されている事項と同一の内容を求めるもの
5.行政指導の方式~明確原則
6.複数の者を対象とする行政指導~行政指導指針
+(複数の者を対象とする行政指導)
第三十六条  同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときは、行政機関は、あらかじめ、事案に応じ、行政指導指針を定め、かつ、行政上特別の支障がない限り、これを公表しなければならない
=行政規則としての裁量基準
7.行政指導の中止等の求め
+(行政指導の中止等の求め)
第三十六条の二  法令に違反する行為の是正を求める行政指導(その根拠となる規定が法律に置かれているものに限る。)の相手方は、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと思料するときは、当該行政指導をした行政機関に対し、その旨を申し出て、当該行政指導の中止その他必要な措置をとることを求めることができる。ただし、当該行政指導がその相手方について弁明その他意見陳述のための手続を経てされたものであるときは、この限りでない
2  前項の申出は、次に掲げる事項を記載した申出書を提出してしなければならない。
一  申出をする者の氏名又は名称及び住所又は居所
二  当該行政指導の内容
三  当該行政指導がその根拠とする法律の条項
四  前号の条項に規定する要件
五  当該行政指導が前号の要件に適合しないと思料する理由
六  その他参考となる事項
3  当該行政機関は、第一項の規定による申出があったときは、必要な調査を行い、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと認めるときは、当該行政指導の中止その他必要な措置をとらなければならない


行政法 基本行政法 行政立法その2 行政規則


3.行政規則
(1)解釈基準

+判例(S43.12.24)墓地埋葬通達事件

+判例(東京地判S46.11.8)函数尺通達事件
理由
(本案前の抗弁について)
一 被告局長に対する訴えについて
当事者間に争いのない事実および成立に争いのない乙第一号証によれば、被告局長に対する訴えにおいて原告が取消を求めている通達というのは、被告局長から各都道府県知事宛に発せられた「計量法違反事件について(照会)」と題する書面によるものであつて、その内容は、原告の製造にかかる本件函数尺が計量法第一二条の計量器にあたり、同法の各種規制を受けるものであること、右函数尺には非法定計量単位の目盛が併記されているので、その販売および販売のための所持は非法定計量単位の使用を禁止した同法第一〇条に違反するものであることをそれぞれ明示し、知事に対しその趣旨にそつて右函数尺に関する事務を処理するよう指示するとともに、あわせて右函数尺の販売の実体調査とその結果の報告を命じたものと認められる。そして、計量法の施行事務は通商産業省の所管事務に属し、同省重工業局が計量に関する事務を掌り(通商産業省設置法第三条第四号、第一〇条第四号)、また、知事は国の委任を受け、国の機関として計量器の販売等の事業の登録等の事務を処理する関係にあるので(地方自治法第一四八条第二項、別表三(九四))、被告局長は右事務につき知事に対し指揮監督権を有するものであるから、右書面は、被告局長が右権限に基づいてその所掌事務につき国の機関たる知事に対し右函数尺につき計量法第一〇条、第一二条の解釈を示し、前示のごとくそれにそつた事務処理を指示するとともに右函数尺の販売の実体調査とその結果の報告を命じたものである。
ところで、通達そのものの取消を求める訴訟が許されるかどうかは問題の存するところである(最高裁判所昭和三九年(行ツ)第八七号昭和四三年一二月二四日判決、民集第二二巻第一三号三一四七頁参照)。
元来、通達は、上級行政機関がその所掌事務について関係下級行政機関およびその職員に対しその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであつて(国家行政組織法第一四条第二項)、行政組織の内部的規律にすぎないものであることからすれば、国民との関係についていう限り、通達そのものは、たとえそれが国民の権利、義務ないし法律上の利益に関係のあることがらを内容とするものであつても、一般的には、いまだ個人の具体的な権利、義務ないし法律上の利益に変動を生ぜしめるものではないから、これを具体的な法律上の紛争があるものとして司法審査の対象とすることはできないものといわなければならない。そして、このように解したとしても、通常は通達に基づいてなされた具体的な行政処分の適否についての訴訟によつて国民の利益を保護することが充分可能であるから、国民の権利救済に欠けるところはないというべきである。
しかし、現実の行政事務の運営において通達がはたしている役割・機能の重要性およびその影響力も無視しえないのであつて、こうした点をも併せ考えると、通達であつてもその内容が国民の具体的な権利、義務ないし法律上の利益に重大なかかわりをもち、かつ、その影響が単に行政組織の内部関係にとどまらず外部にも及び、国民の具体的な権利、義務ないしは法律上の利益に変動をきたし、通達そのものを争わせなければその権利救済を全からしめることができないような特殊例外的な場合には、行政訴訟の制度が国民の権利救済のための制度であることに鑑みれば、通達を単に行政組織の内部的規律としてのみ扱い、行政訴訟の対象となしえないものとすることは妥当でなく、むしろ通達によつて具体的な不利益を受ける国民から通達そのものを訴訟の対象としてその取済を求めることも許されると解するのが相当である。
このような観点から本件訴えの対象とされた前記通達についてみると、右通達は前示認定のとおりの形式および内容のものであり、前掲乙第一号証および証人A、同B、同Cの各証言によれば、本件函数尺についてはかねてより計量法違反物件としてその製造、販売に対しなんらかの行政措置を講ずべきではないかとの疑義があり、右通達はこうした疑義からなされた照会に対するものとして発せられたものであることが認められ、このような通達が発せられた経緯およびその内容よりすれば、右通達は原告の製造にかかる右函数尺の販売および販売のための所持を規制することをも目的としているものと解されるところ、証人Bの証言および弁論の全趣旨よりすれば、計量に関する事務はすぐれて専門技術的要素が多く、現実の行政事務は通達によつて運営、執行され、計量法規の解釈、運用、取扱基準等に関して発せられる通達には下級行政機関のみならず計量器製造業者およびその販売業者らも多大の関心を示し、行政機関においても行政事務の円滑な運営をはかるうえからこれら業者に対しその通達の紹介、説明等をなし、業者らは発せられた通達に従うのが実情であり、計量に関する行政において通達のはたしている現実的役割・機能は極めて大きいことが認められるうえ、現に、原告本人尋問の結果によれば、右通達が発せられたのち、各関係機関において右函数尺の販売取扱業者らに対し販売中止勧告等の行政措置がなされ、原告は右業者らから右函数尺の買入れを解約されるに至つたことが認められるから、これらの点をも併せ考えると、右通達が右函数尺の製造業者である原告の権利・利益に重大な影響を及ぼすものであることは明らかであり、かつ、右のような解約という事態を防止しうる措置として原告のなしうる最も適切な法的手段としては、右業者らに対する行政措置の根拠とされた右通達そのものの取消を求めるほかはないといわなければならない。しかも、本件においては、原告は計量器の製造事業の許可を受けた計量器製造業者ではないから、原告が右通達に基づいて許可の取消、事業の停止等の具体的な行政処分を受けることはなく、せいぜい製造中止の勧告を受ける程度にとどまり、右通達に基づく具体的な行政処分を受けるのは個々の計量器販売業者であり、これらの業者に対する登録の取消または事業停止(計量法第五九条)といつた具体的処分をまつて、その処分に対してのみ不服の申立てをすることができるとすれば、結局、その処分を受けた個々の販売業者のみが右の処分を争うことを通じて右通達の適否を争うことができるにとどまり、これらの業者が敢えて右通達に反する行為をなし、右のような不利益処分を受けて争うことがないかぎり、右函数尺の製造業者である原告としては実際に右通達による不利益を受けながらそれを争う方法がないということでは甚だ不合理な結果をきたすといわざるを得ない。以上の諸関係を考慮すれば、右通達は抗告訴訟の対象たりうる行政庁の公権力の行政にあたると解するのが相当であり、また、原告には右通達の取消を求める適格があるというべきである。
右につき、被告局長は、右通達は原告の製造、販売にかかる右函数尺の販売について行政庁としてなんらの措置を必要とする否かについて判断の資料を得るため、各知事に対し右函数尺に関する一応の見解を表明して、その販売の実体調査およびその結果の報告をなすべく指示したものにすぎない旨主張する。
しかし、前記認定のような右通達の内容ならびにその発せられた経緯からすれば、右通達が単に右函数尺の販売の実体調査とその結果の報告のためにのみ発せられたものとは到底いえないし、現に前示認定のとおり右通達に則つて右函数尺の販売取扱業者らに対し販売中止勧告等の行政措置がなされ、また、原告に対しても被告所長から右通達に基づいて製造中止の勧告がなされている(この点は当事者間に争いがない。)のであるから、被告局長の右主張は採用できない。
よつて、被告局長の右本案前の主張は採用できない。
二 被告所長に対する訴えについて
成立に争いのない甲第一号証および証人B、同Cの各証言によれば、被告所長に対する訴えにおいて原告が取消を求めている勧告は、被告所長が原告に対し原告の協力のもとに右函数尺の製造および販売の中止を要請したもので、いわゆる行政指導としてなされたものにすぎないことが認められる。
そうとすれば、他に特段の事情の認められない本件においては、右勧告はなんら原告の権利、義務ないしは法律上の利益に影響を及ぼすものではなく、右勧告の取消を求めなければ原告の権利救済をはかることができないという関係にもないから、右勧告は抗告訴訟の対象たりうる行政庁の公権力の行使と認めることはできない。
原告は、右勧告は計量法第二三一条(第六三条違反)、第二三五条(第一〇条違反)の罰則をもつて右函数尺の製造および販売を禁止しようとするものであるから行政処分である旨主張するが、右条項は勧告を受けた者が勧告に従わないことに対し刑罰を科するとするものではなく、勧告とは関係なく同法第六三条、第一〇条違反に対し罰則を定めたものにすぎないから、原告の右主張は採用できない。
したがつて、右勧告の取消を求める本件訴えは不適法であるといわざるをえず、却下を免れないというべきである。
(本案について)
一 原告が商品名を「ホワイト六折スケール」と称する合成樹脂製六つ折函数尺を製造、販売していたところ、被告局長が右函数尺に関し昭和三八年八月二〇日付三八重局第一二七七号をもつて各都道府県知事宛に別紙記載内容の通達を発したこと、そこで、原告が昭和三八年九月二七日付をもつて右通達に対する不服申立書を通商産業大臣に提出したところ、同大臣はこれを異議申立てとみなし、同年一一月三〇日右「異議申立ては認められない」旨の決定をなし、その通知書が同月二一日原告に送達されたことは当事者間に争いがない。
二 原告は、右通達は計量法の解釈を誤つた違法があると主張するので、以下この点について判断する。
計量に関する制度は、社会生活における基本的な制度であつて、単に経済取引ばかりでなく、家庭・産業・学術・教育などの国民生活のあらゆる分野に多大の影響を及ぼすものであるから、合理的かつ統一的な計量制度を確立することは、社会生活の便宜と安全を図り、かつ、経済の発展と文化の向上を期するうえで必要不可欠のものである。計量法は、かような社会的要請から計量の基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もつて経済の発展および文化の向上に資することを目的として制定されたものであり(同法第一条)、その目的の達成のために、計量基準として計量単位を定め(同法第三条、第五条)、法定計量単位以外の計量単位を取引上または証明上の計量に用いることのみならずそれを物象の状態の量の表示として用いることをも原則として禁止し(同法第一〇条)、取引上または証明上における雑多な計量単位の使用を防ぎ、計量単位の単純明確化を期するとともに、適正な計量の実施を確保する見地から、計量器の定義を定め(同法第一二条)、その製造、修理、販売の事業につき許可ないし登録の制度を採用し(同法第一三条、第三五条、第四七条)、製造、修理された計量器についての譲渡等につき検定制度を定め(同法第六三条)、検定に合格しない計量器についての譲渡等を禁止(同法第六六条)する等、正確な計量器の供給を図る措置を講じている。
したがつて、右のような計量法の目的および趣旨よりすれば、同法第一二条にいう計量するための器具、機械または装置とは、その素材、構造、形状、外観等から客観的に観察し、社会通念上物象の状態の量を計ることのできる機能・性質を具備しているものであつて、その使用目的が主として計量するためのものと認められるものをいうと解するのが相当であり、そのようなものであれば、製作者の主観的意図の如何を問わず右の計量器にあたり、その製造、販売については同法第一三条、第四七条その他計量法の定める規制を受けなければならず、また、そのような計量器に非法定計量単位が表示されているときは、その販売または販売のための所持は、非法定計量単位を物象の状態の量の表示として用いること自体をも禁止した同法第一〇条第一項本文に違反するものと解するのが相当である。
そこで、本件函数尺が右計量器にあたるかについてみるに、成立に争いのない甲第二四号証および検甲第一号証によれば、右函数尺は、表面にセンチメートルとかね尺の寸、裏面にインチの各目盛が別紙図面(三)のとおり併記された長さ約一メートルのスチロール樹脂製六つ折尺様のものであり、その素材、形状、構造、外観等に照らし、社会通念上、長さを計ることのできる機能・性質を具備し、主として計量(長さを計る)のために使用する目的をもつものと認められるから、右函数尺は同法第一二条にいう計量器であり、同条第一号ヘの畳尺に該当するものというべきである。
そして、右函数尺には前示認定のとおり非法定計量単位であるかね尺の寸およびインチの各目盛が併記されているから、その販売または販売のための所持は、非法定計量単位を物象の状態の量の表示として用いることをも含め禁止している同法第一〇条第一項本文に違反するものと解するのが相当である。
してみれば、右と同趣旨の内容の右通達には計量法の解釈を誤つた違法はないといわなければならない。
三 原告は、右通達が計量法の解釈を誤つたものであることを各種の観点から理由づけているので、以下原告の主張について検討する。
(一)原告は、右函数尺は計量するためのものではなく、主として木材取引業者らが換算に使用するためのものである旨主張する。
しかし、前示のとおり、当該器具が計量するためのものであるか否かは、当該器具の構造、形状、外観、機能等から客観的に観察し、社会通念に照らして判断すべきものであって、製造業者の主観的な製造目的如何によるべきものではないと解するのが相当であるから、右函数尺が前示認定のとおりの構造、形状、外観等を具備するものである以上、原告の主観的な製造目的如何にかかわらず、右函数尺は社会通念上計量のためのものというべきである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(二)原告は、右函数尺の素材がセルロイド類似の合成樹脂(スチロール樹脂)であつて、膨脹率が大きく計量器の材料に親しまないものであるから、右函数尺は計量することのできる性質を具備しているものではなく、計量器とはいえない旨主張する。
右函数尺がスチロール樹脂製のものであることは前示認定のとおりであり、スチロール樹脂は膨脹係数が大きく、計量器検定検査規則の定める基準膨脹係数以下のものではないから、その意味では右函数尺が計量器の材料として不適当であることは原告主張のとおりである。
しかし、計量法第一二条の計量器にあたるか否かは、前示のとおり、その素材、構造、形状、外観等から客観的に観察し、社会通念上計量することのできる機能・性質を具備していると認めうるか否かによつて判断すべきものであつて、右検定規則の基準にあたらない材料によるものであつても、その構造等から客観的に観察し、社会通念に照らし一般的に計量可能と認められるものであれば、同法第一二条の計量器といいうるのであつて、当該器具に使用された材料が右検定規則の基準を保有するか否かは、検定の合否には関係しても、同法第一二条の計量器か否かの判断にあたつては関係ないものというべきである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(三)原告は、右函数尺には目盛線のみ記され、長さの単位および全長の表記がなく、これのみをもつてしては長さを計ることができないから、右函数尺は計量器ではない旨主張する。
検甲第一号証によれば、右函数尺には長さの単位および全長の表記はないが、その表面に1ないし99および1ないし30の、その裏面に1ないし36の数字の表記があるほか、前示のとおりセンチメートル、かね尺の寸およびインチの各目盛が記されてあり、長さの単位および全長の表記がなくても、一般通常人において自己の知識、経験により、また、他の物件との比較により、右目盛がいかなる単位、全長を表示しているか容易に識別することができ、これを使用して長さを計ることができるから、右函数尺を計量器というをさまたげるものではないというべきである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(四)原告は、右函数尺には「これは函数尺です。取引、証明には使用できません。」との注意書が明記され、取引上および証明上の計量に用いるものでないことは一見して明らかであるから、右函数尺は計量法第一二条の計量器ではない旨主張する。
しかし、計量法がその第一二条において計量器の定義に関する規定を設けた趣旨は、その製造、販売等の事業について許可ないし登録の制度を採用し(同法第一三条、第四七条等)、検定制度を規定(同法第六三条)する等して正確な計量器の供給を図り、もつて適正な計量の実施を確保するとの見地よりいでたものというべきであるから、前示のとおり、当該器具の素材、構造、形状、外観等から客観的に観察し、社会通念上計量するための器具と認められるものは同法第一二条の計量器と解するを相当とし、そのような器具であれば、たとえ当該器具に「これは函数尺です。取引証明には使用できません。」との注意書が付記されていても、同法第一二条の計量器というべきである。すなわち、右のような注意書の有無は、同法第一二条の計量器に該当するか否かを判定するうえで、決定的な要因となるものではないのである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(五)原告は右函数尺には非法定計量単位の目盛の併記はない旨主張する。
しかし、前示認定のとおり、右函数尺にはセンチメートルの目盛のほか、その表面にかね尺の寸、その裏面にインチの各目盛が表記され、右寸、インチはいずれも非法定計量単位であるから、原告の右主張は採用できない。
(六)原告は、右函数尺が非法定計量単位の目盛の併記された計量器であるとしても、それを販売または販売のため所持するだけでは計量法第一〇条違反にならない旨主張する。
計量法第一〇条第一項本文(第一〇条中第一項本文以外は本件においては問題にならない。)は、長さ、質量等の物象の状態の量について「法定計量単位以外の計量単位は、取引上又は証明上の計量(物象の状態の量の表示を含む。)に用いてはならない」旨規定し、右の「取引」とは、同法第一一条第一項において、有償であると無償であるとを問わず、物または役務の給付を目的とする業務上の行為をいうと定義され、また、「計量」とは、同法第二条において、長さ、質量等物象の状態の量を計ることをいうと定義されているが、非法定計量単位の目盛の併記された計量器を販売し、または販売のため所持することが右第一〇条第一項本文に違反するか否かは、右条文の規定からはかならずしも明瞭とはいい難いところである。
しかし、同法が計量基準を定め、適正な計量の実施を確保し、もつて経済の発展および文化の向上に資することを目的とするものであること(同法第一条)、同法第一〇条が、右の目的を達成すべく、取引上または証明上における雑多な計量単位の使用を規制し、計量単位の単純明確化を図るための規定であること、同条第一項本文がそのかつこ書において「物象の状態の量の表示を含む」とし、売買、贈与等の取引において非法定計量単位を計量に用いることのみならず、非法定計量単位を取引上または証明上物象の状態の量の表示として用いることをも含め禁止していること等よりすれば、同条第一項本文は、非法定計量単位の目盛の付記された計量器を販売することまたは販売するために所持することをも禁止しているものと解するのが相当であるから、右函数尺が前示認定のとおり非法定計量単位の目盛の併記のある計量器と認められる以上、その販売または販売のための所持は同条第一項本文に違反するものというべきである。
したがつて、原告の右主張は採用できない。
(七)原告は、計量法第一〇条は計量法施行法第三条との関連において憲法第二一条第一項(表現の自由)に違反し無効である旨主張する。
原告の右主張の趣旨はかならずしも明らかではない。しかし、ある計量単位を取引上または証明上の計量(量の表示を含む。)に使用するということは、内心の思想(厳格な意味での思想に限らず、思つていること、感じていることのすべてを含む。)を外部に発表することとなんら関係のないことであるから、非法定計量単位を取引上または証明上の計量(量の表示を含む。)に使用することを禁止しても、憲法第二一条第一項の規定する表現の自由を侵したことになる余地がない。
したがつて、原告の右憲法の主張はその前提を欠くものであつて、採用できない。
(結論)
以上の次第であるから、原告の被告局長に対する訴えは、その理由がないから失当として棄却することとし、また、被告所長に対する訴えは、不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高津環 裁判官 佐藤繁 裁判官 海保寛)

・他にも公法上の当事者訴訟としての確認訴訟(行訴法4条)の対象にするという考え方もある。

(2)裁量基準
+(審査基準)
第五条  行政庁は、審査基準を定めるものとする。
2  行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。
3  行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。

・裁量基準は法律の委任に基づかない、行政内部での基準であるから、法規としての性格をもたない。

+判例(S53.10.4)マクリーン事件
理由
第一 上告代理人秋山幹男、同弘中惇一郎の上告理由第一点ないし第四点、第六点ないし第一一点について
一 本件の経過
(一) 本件につき原審が確定した事実関係の要旨は、次のとおりである。
(1) 上告人は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であるが、昭和四四年四月二一日その所持する旅券に在韓国日本大使館発行の査証を受けたうえで本邦に入国し、同年五月一〇日下関入国管理事務所入国審査官から出入国管理令四条一項一六号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令一項三号に該当する者としての在留資格をもつて在留期間を一年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した。
(2) 上告人は、昭和四五年五月一日一年間の在留期間の更新を申請したところ、被上告人は、同年八月一〇日「出国準備期間として同年五月一〇日から同年九月七日まで一二〇日間の在留期間更新を許可する。」との処分をした。そこで、上告人は、更に、同年八月二七日被上告人に対し、同年九月八日から一年間の在留期間の更新を申請したところ、被上告人は、同年九月五日付で、上告人に対し、右更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとして右更新を許可しないとの処分(以下「本件処分」という。)をした。
(3) 被上告人が在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとしたのは、次のような上告人の在留期間中の無届転職と政治活動のゆえであつた。
(ア)上告人は、ベルリツツ語学学校に英語教師として雇用されるため在留資格を認められたのに、入国後わずか一七日間で同校を退職し、財団法人英語教育協議会に英語教師として就職し、入国を認められた学校における英語教育に従事しなかつた。
(イ)上告人は、外国人べ平連(昭和四四年六月在日外国人数人によつてアメリカのベトナム戦争介入反対、日米安保条約によるアメリカの極東政策への加担反対、在日外国人の政治活動を抑圧する出入国管理法案反対の三つの目的のために結成された団体であるが、いわゆるべ平連からは独立しており、また、会員制度をとつていない。)に所属し、昭和四四年六月から一二月までの間九回にわたりその定例集会に参加し、七月一〇日左派華僑青年等が同月二日より一三日まで国鉄新宿駅西口付近において行つた出入国管理法案粉砕ハンガーストライキを支援するため、その目的等を印刷したビラを通行人に配布し、九月六日と一〇月四日べ平連定例集会に参加し、同月一五、一六日ベトナム反戦モラトリアムデー運動に参加して米国大使館にベトナム戦争に反対する目的で抗議に赴き、一二月七日横浜入国者収容所に対する抗議を目的とする示威行進に参加し、翌四五年二月一五日朝霞市における反戦放送集会に参加し、三月一日同市の米軍基地キヤンプドレイク付近における反戦示威行進に参加し、同月一五日べ平連とともに同市における「大泉市民の集い」という集会に参加して反戦ビラを配布し、五月一五日米軍のカンボジア侵入に反対する目的で米国大使館に抗議のため赴き、同月一六日五・一六ベトナムモラトリアムデー連帯日米人民集会に参加してカンボジア介入反対米国反戦示威行進に参加し、六月一四日代々木公園で行われた安保粉砕労学市民大統一行動集会に参加し、七月四日清水谷公園で行われた東京動員委員会主催の米日人民連帯、米日反戦兵士支援のための集会に参加し、同月七日には羽田空港においてロジヤース国務長官来日反対運動を行うなどの政治的活動を行つた。なお、上告人が参加した集会、集団示威行進等は、いずれも、平和的かつ合法的行動の域を出ていないものであり、上告人の参加の態様は、指導的又は積極的なものではなかつた。
(二) 原審は、自国内に外国人を受け入れるかどうかは基本的にはその国の自由であり、在留期間の更新の申請に対し更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかは、法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものであるとし、前記の上告人の一連の政治活動は、在留期間内は外国人にも許される表現の自由の範囲内にあるものとして格別不利益を強制されるものではないが、法務大臣が、在留期間の更新の許否を決するについてこれを日本国及び日本国民にとつて望ましいものではないとし、更新を適当と認めるに足りる相当な理由がないと判断したとしても、それが何ぴとの目からみても妥当でないことが明らかであるとすべき事情のない本件にあつては、法務大臣に任された裁量の範囲内におけるものというべきであり、これをもつて本件処分を違法であるとすることはできない、と判断した。
(三) 論旨は、要するに、(1) 自国内に外国人を受け入れるかどうかはその国の自由であり、在留期間の更新の申請に対し更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるかどうかは法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものであるとした原判決は、憲法二二条一項、出入国管理令二一条の解釈適用を誤り、理由不備の違法がある、(2) 本件処分のような裁量処分に対する原審の審査の態度、方法には、判例違反、審理不尽、理由不備の違法があり、行政事件訴訟法三〇条の解釈の誤りがある、(3) 被上告人の本件処分は、裁量権の範囲を逸脱したものであり、憲法の保障を受ける上告人のいわゆる政治活動を理由として外国人に不利益を課するものであつて、本件処分を違法でないとした原判決は、経験則に違背する認定をし、理由不備の違法を犯し、出入国管理令二一条の解釈適用を誤り、憲法一四条、一六条、一九条、二一条に違反するものである、と主張することに帰するものと解される。

二 当裁判所の判断
(一) 憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁参照)。したがつて、憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、所論のように在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである。そして、上述の憲法の趣旨を前提として、法律としての効力を有する出入国管理令は、外国人に対し、一定の期間を限り(四条一項一号、二号、一四号の場合を除く。)特定の資格によりわが国への上陸を許すこととしているものであるから、上陸を許された外国人は、その在留期間が経過した場合には当然わが国から退去しなければならない。もつとも、出入国管理令は、当該外国人が在留期間の延長を希望するときには在留期間の更新を申請することができることとしているが(二一条一項、二項)、その申請に対しては法務大臣が「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」これを許可することができるものと定めている(同条三項)のであるから、出入国管理令上も在留外国人の在留期間の更新が権利として保障されているものでないことは、明らかである。
右のように出入国管理令が原則として一定の期間を限つて外国人のわが国への上陸及び在留を許しその期間の更新は法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは、法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留中の状況、在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり、そして、在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは、更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨からであると解される。すなわち、法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたつては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしやくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができないものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令二一条三項所定の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断における法務大臣の裁量権の範囲が広汎なものとされているのは当然のことであつて、所論のように上陸拒否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと解すべきものではない
(二) ところで、行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定めることがあつても、このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものなのであるから、処分が右準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない処分が違法となるのは、それが法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限られるのであり、また、その場合に限り裁判所は当該処分を取り消すことができるものであつて、行政事件訴訟法三〇条の規定はこの理を明らかにしたものにほかならない。もつとも、法が処分を行政庁の裁量に任せる趣旨、目的、範囲は各種の処分によつて一様ではなく、これに応じて裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法とされる場合もそれぞれ異なるものであり、各種の処分ごとにこれを検討しなければならないが、これを出入国管理令二一条三項に基づく法務大臣の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断の場合についてみれば、右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるものというべきである。したがつて、裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。なお、所論引用の当裁判所昭和三七年(オ)第七五二号同四四年七月一一日第二小法廷判決(民集二三巻八号一四七〇頁)は、事案を異にし本件に適切なものではなく、その余の判例は、右判示するところとその趣旨を異にするものではない。
(三) 以上の見地に立つて被上告人の本件処分の適否について検討する。
前記の事実によれば、上告人の在留期間更新申請に対し被上告人が更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとしてこれを許可しなかつたのは、上告人の在留期間中の無届転職と政治活動のゆえであつたというのであり、原判決の趣旨に徴すると、なかでも政治活動が重視されたものと解される。
思うに、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。しかしながら、前述のように、外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく、ただ、出入国管理令上法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限り在留期間の更新を受けることができる地位を与えられているにすぎないものであり、したがつて、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当であつて、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障、すなわち、在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしやくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない在留中の外国人の行為が合憲合法な場合でも、法務大臣がその行為を当不当の面から日本国にとつて好ましいものとはいえないと評価し、また、右行為から将来当該外国人が日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者であると推認することは、右行為が上記のような意味において憲法の保障を受けるものであるからといつてなんら妨げられるものではない
前述の上告人の在留期間中のいわゆる政治活動は、その行動の態様などからみて直ちに憲法の保障が及ばない政治活動であるとはいえない。しかしながら、上告人の右活動のなかには、わが国の出入国管理政策に対する非難行動、あるいはアメリカ合衆国の極東政策ひいては日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に対する抗議行動のようにわが国の基本的な外交政策を非難し日米間の友好関係に影響を及ぼすおそれがないとはいえないものも含まれており、被上告人が、当時の内外の情勢にかんがみ、上告人の右活動を日本国にとつて好ましいものではないと評価し、また、上告人の右活動から同人を将来日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者と認めて、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないと判断したとしても、その事実の評価が明白に合理性を欠き、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえず、他に被上告人の判断につき裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたことをうかがわせるに足りる事情の存在が確定されていない本件においては、被上告人の本件処分を違法であると判断することはできないものといわなければならない。また、被上告人が前述の上告人の政治活動をしんしやくして在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとはいえないとし本件処分をしたことによつて、なんら所論の違憲の問題は生じないというべきである。
(四) 以上述べたところと同旨に帰する原審の判断は、正当であつて、所論引用の各判例にもなんら違反するものではなく、原判決に所論の違憲、違法はない。論旨は、上述したところと異なる見解に基づいて原判決を非難するものであつて、採用することができない。
第二 同第五点について
原審が当事者双方の陳述を記載するにつき所論の方法をとつたからといつて、判決の事実摘示として欠けるところはないものというべきであり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 江里口清雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 髙辻正己 裁判官 吉田豊 裁判官 団藤重光 裁判官 本林讓 裁判官 服部髙顯 裁判官 環昌一 裁判官 栗本一夫 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官岸盛一、同天野武一、同岸上康夫は、退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡原昌男)

・適切な裁量権行使のために裁量基準を定めながら、合理的な理由なく裁量基準から外れた処分をすることは、判断過程の合理性を欠くとされたり、平等原則違反とされることがありうる。

+判例(H4.10.29)伊方原発訴訟

・裁量基準と裁量審査の関係~懲戒処分を例に

個別事情考慮義務
+判例(S52.12.20)神戸税関事件

+判例(H24.1.16)

+判例(H11.7.19)三菱タクシーグループ運賃値上げ事件

4.意見公募手続

+第六章 意見公募手続等

(命令等を定める場合の一般原則)
第三十八条  命令等を定める機関(閣議の決定により命令等が定められる場合にあっては、当該命令等の立案をする各大臣。以下「命令等制定機関」という。)は、命令等を定めるに当たっては、当該命令等がこれを定める根拠となる法令の趣旨に適合するものとなるようにしなければならない。
2  命令等制定機関は、命令等を定めた後においても、当該命令等の規定の実施状況、社会経済情勢の変化等を勘案し、必要に応じ、当該命令等の内容について検討を加え、その適正を確保するよう努めなければならない。

(意見公募手続)
第三十九条  命令等制定機関は、命令等を定めようとする場合には、当該命令等の案(命令等で定めようとする内容を示すものをいう。以下同じ。)及びこれに関連する資料をあらかじめ公示し、意見(情報を含む。以下同じ。)の提出先及び意見の提出のための期間(以下「意見提出期間」という。)を定めて広く一般の意見を求めなければならない。
2  前項の規定により公示する命令等の案は、具体的かつ明確な内容のものであって、かつ、当該命令等の題名及び当該命令等を定める根拠となる法令の条項が明示されたものでなければならない。
3  第一項の規定により定める意見提出期間は、同項の公示の日から起算して三十日以上でなければならない。
4  次の各号のいずれかに該当するときは、第一項の規定は、適用しない。
一  公益上、緊急に命令等を定める必要があるため、第一項の規定による手続(以下「意見公募手続」という。)を実施することが困難であるとき。
二  納付すべき金銭について定める法律の制定又は改正により必要となる当該金銭の額の算定の基礎となるべき金額及び率並びに算定方法についての命令等その他当該法律の施行に関し必要な事項を定める命令等を定めようとするとき。
三  予算の定めるところにより金銭の給付決定を行うために必要となる当該金銭の額の算定の基礎となるべき金額及び率並びに算定方法その他の事項を定める命令等を定めようとするとき。
四  法律の規定により、内閣府設置法第四十九条第一項 若しくは第二項 若しくは国家行政組織法第三条第二項 に規定する委員会又は内閣府設置法第三十七条 若しくは第五十四条 若しくは国家行政組織法第八条 に規定する機関(以下「委員会等」という。)の議を経て定めることとされている命令等であって、相反する利害を有する者の間の利害の調整を目的として、法律又は政令の規定により、これらの者及び公益をそれぞれ代表する委員をもって組織される委員会等において審議を行うこととされているものとして政令で定める命令等を定めようとするとき。
五  他の行政機関が意見公募手続を実施して定めた命令等と実質的に同一の命令等を定めようとするとき。
六  法律の規定に基づき法令の規定の適用又は準用について必要な技術的読替えを定める命令等を定めようとするとき。
七  命令等を定める根拠となる法令の規定の削除に伴い当然必要とされる当該命令等の廃止をしようとするとき。
八  他の法令の制定又は改廃に伴い当然必要とされる規定の整理その他の意見公募手続を実施することを要しない軽微な変更として政令で定めるものを内容とする命令等を定めようとするとき。

(意見公募手続の特例)
第四十条  命令等制定機関は、命令等を定めようとする場合において、三十日以上の意見提出期間を定めることができないやむを得ない理由があるときは、前条第三項の規定にかかわらず、三十日を下回る意見提出期間を定めることができる。この場合においては、当該命令等の案の公示の際その理由を明らかにしなければならない。
2  命令等制定機関は、委員会等の議を経て命令等を定めようとする場合(前条第四項第四号に該当する場合を除く。)において、当該委員会等が意見公募手続に準じた手続を実施したときは、同条第一項の規定にかかわらず、自ら意見公募手続を実施することを要しない。

(意見公募手続の周知等)
第四十一条  命令等制定機関は、意見公募手続を実施して命令等を定めるに当たっては、必要に応じ、当該意見公募手続の実施について周知するよう努めるとともに、当該意見公募手続の実施に関連する情報の提供に努めるものとする。

(提出意見の考慮)
第四十二条  命令等制定機関は、意見公募手続を実施して命令等を定める場合には、意見提出期間内に当該命令等制定機関に対し提出された当該命令等の案についての意見(以下「提出意見」という。)を十分に考慮しなければならない。

(結果の公示等)
第四十三条  命令等制定機関は、意見公募手続を実施して命令等を定めた場合には、当該命令等の公布(公布をしないものにあっては、公にする行為。第五項において同じ。)と同時期に、次に掲げる事項を公示しなければならない。
一  命令等の題名
二  命令等の案の公示の日
三  提出意見(提出意見がなかった場合にあっては、その旨)
四  提出意見を考慮した結果(意見公募手続を実施した命令等の案と定めた命令等との差異を含む。)及びその理由
2  命令等制定機関は、前項の規定にかかわらず、必要に応じ、同項第三号の提出意見に代えて、当該提出意見を整理又は要約したものを公示することができる。この場合においては、当該公示の後遅滞なく、当該提出意見を当該命令等制定機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしなければならない。
3  命令等制定機関は、前二項の規定により提出意見を公示し又は公にすることにより第三者の利益を害するおそれがあるとき、その他正当な理由があるときは、当該提出意見の全部又は一部を除くことができる。
4  命令等制定機関は、意見公募手続を実施したにもかかわらず命令等を定めないこととした場合には、その旨(別の命令等の案について改めて意見公募手続を実施しようとする場合にあっては、その旨を含む。)並びに第一項第一号及び第二号に掲げる事項を速やかに公示しなければならない。
5  命令等制定機関は、第三十九条第四項各号のいずれかに該当することにより意見公募手続を実施しないで命令等を定めた場合には、当該命令等の公布と同時期に、次に掲げる事項を公示しなければならない。ただし、第一号に掲げる事項のうち命令等の趣旨については、同項第一号から第四号までのいずれかに該当することにより意見公募手続を実施しなかった場合において、当該命令等自体から明らかでないときに限る。
一  命令等の題名及び趣旨
二  意見公募手続を実施しなかった旨及びその理由


行政法 基本行政法 行政立法 法規命令


・行政立法=行政機関によって定立される規範
国民の権利・義務に直接かかわるかどうかによって、法規命令と行政規則に区別される。

1.行政立法の種類と許容性
(1)法規命令
委任命令・執行命令

(2)行政規則

2.法規命令
(1)委任する法律側の問題~白紙委任の禁止

+判例(H24.12.7)
理 由
 1 弁護人小林容子ほか及び被告人本人の各上告趣意のうち,国家公務員法110条1項19号(平成19年法律第108号による改正前のもの),102条1項,人事院規則14-7(政治的行為)6項7号の各規定の憲法21条1項,15条,19条,31条,41条,73条6号違反及び上記各規定を本件に適用することの憲法21条1項,31条違反をいう点について
 (1) 原判決及びその是認する第1審判決並びに記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
 ア 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐として勤務する国家公務員(厚生労働事務官)であったが,日本共産党を支持する目的で,平成17年9月10日午後0時5分頃,東京都世田谷区(以下省略)所在の警視庁職員住宅であるAの各集合郵便受け合計32か所に,同党の機関紙である「しんぶん赤旗2005年9月号外」合計32枚を投函して配布した。」というものであり,これが国家公務員法(以下「本法」という。)110条1項19号(平成19年法律第108号による改正前のもの),102条1項,人事院規則14-7(政治的行為)(以下「本規則」という。)6項7号(以下,これらの規定を合わせて「本件罰則規定」という。)に当たるとして起訴された。
 イ 被告人が上記公訴事実記載の機関紙の配布行為(以下「本件配布行為」という。)を行ったことは,証拠上明らかである。
 ウ 被告人は,本件当時,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり,庶務係,企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに,同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあった。また,国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であった。
 (2) 第1審判決は,本件罰則規定は憲法21条1項,31条等に違反せず合憲であるとし,本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に当たるとして,被告人を有罪と認め,被告人を罰金10万円に処した。
 原判決は,第1審判決を是認して控訴を棄却した。
 (3) 所論は,① 本件罰則規定は,過度に広汎な規制であり,かつ,規制の目的,手段も相当でないこと,公安警察による濫用や人権侵害を招くことから,憲法21条1項,15条,19条,31条に違反する,② 本法102条1項による「政治的行為」の人事院規則への委任は,白紙委任であるから,本件罰則規定は憲法31条,41条,73条6号に違反する,③ 本件配布行為には法益侵害の危険がなく,これに対して本件罰則規定を適用することは,憲法21条1項,31条に違反すると主張する。
 ア そこで検討するに,本法102条1項は,「職員は,政党又は政治的目的のために,寄附金その他の利益を求め,若しくは受領し,又は何らの方法を以てするを問わず,これらの行為に関与し,あるいは選挙権の行使を除く外,人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」と規定しているところ,同項は,行政の中立的運営を確保し,これに対する国民の信頼を維持することをその趣旨とするものと解される。すなわち,憲法15条2項は,「すべて公務員は,全体の奉仕者であって,一部の奉仕者ではない。」と定めており,国民の信託に基づく国政の運営のために行われる公務は,国民の一部でなく,その全体の利益のために行われるべきものであることが要請されている。その中で,国の行政機関における公務は,憲法の定める我が国の統治機構の仕組みの下で,議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策を忠実に遂行するため,国民全体に対する奉仕を旨として,政治的に中立に運営されるべきものといえる。そして,このような行政の中立的運営が確保されるためには,公務員が,政治的に公正かつ中立的な立場に立って職務の遂行に当たることが必要となるものである。このように,本法102条1項は,公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し,これに対する国民の信頼を維持することを目的とするものと解される。
他方,国民は,憲法上,表現の自由(21条1項)としての政治活動の自由を保障されており,この精神的自由は立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって,民主主義社会を基礎付ける重要な権利であることに鑑みると,上記の目的に基づく法令による公務員に対する政治的行為の禁止は,国民としての政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度にその範囲が画されるべきものである。
このような本法102条1項の文言,趣旨,目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え,同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると,同項にいう「政治的行為」とは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,観念的なものにとどまらず,現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指し,同項はそのような行為の類型の具体的な定めを人事院規則に委任したものと解するのが相当である。そして,その委任に基づいて定められた本規則も,このような同項の委任の範囲内において,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為の類型を規定したものと解すべきである。上記のような本法の委任の趣旨及び本規則の性格に照らすと,本件罰則規定に係る本規則6項7号については,同号が定める行為類型に文言上該当する行為であって,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものを同号の禁止の対象となる政治的行為と規定したものと解するのが相当である。このような行為は,それが一公務員のものであっても,行政の組織的な運営の性質等に鑑みると,当該公務員の職務権限の行使ないし指揮命令や指導監督等を通じてその属する行政組織の職務の遂行や組織の運営に影響が及び,行政の中立的運営に影響を及ぼすものというべきであり,また,こうした影響は,勤務外の行為であっても,事情によってはその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まることなどによって生じ得るものというべきである。
そして,上記のような規制の目的やその対象となる政治的行為の内容等に鑑みると,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは,当該公務員の地位,その職務の内容や権限等,当該公務員がした行為の性質,態様,目的,内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。具体的には,当該公務員につき,指揮命令や指導監督等を通じて他の職員の職務の遂行に一定の影響を及ぼし得る地位(管理職的地位)の有無,職務の内容や権限における裁量の有無,当該行為につき,勤務時間の内外,国ないし職場の施設の利用の有無,公務員の地位の利用の有無,公務員により組織される団体の活動としての性格の有無,公務員による行為と直接認識され得る態様の有無,行政の中立的運営と直接相反する目的や内容の有無等が考慮の対象となるものと解される。
 イ そこで,進んで本件罰則規定が憲法21条1項,15条,19条,31条,41条,73条6号に違反するかを検討する。この点については,本件罰則規定による政治的行為に対する規制が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかによることになるが,これは,本件罰則規定の目的のために規制が必要とされる程度と,規制される自由の内容及び性質,具体的な規制の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁等)。そこで,まず,本件罰則規定の目的は,前記のとおり,公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し,これに対する国民の信頼を維持することにあるところ,これは,議会制民主主義に基づく統治機構の仕組みを定める憲法の要請にかなう国民全体の重要な利益というべきであり,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為を禁止することは,国民全体の上記利益の保護のためであって,その規制の目的は合理的であり正当なものといえる。他方,本件罰則規定により禁止されるのは,民主主義社会において重要な意義を有する表現の自由としての政治活動の自由ではあるものの,前記アのとおり,禁止の対象とされるものは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為に限られ,このようなおそれが認められない政治的行為や本規則が規定する行為類型以外の政治的行為が禁止されるものではないから,その制限は必要やむを得ない限度にとどまり,前記の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲のものというべきである。そして,上記の解釈の下における本件罰則規定は,不明確なものとも,過度に広汎な規制であるともいえないと解される。また,既にみたとおり,本法102条1項が人事院規則に委任しているのは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為の行為類型を規制の対象として具体的に定めることであるから,同項が懲戒処分の対象と刑罰の対象とで殊更に区別することなく規制の対象となる政治的行為の定めを人事院規則に委任しているからといって,憲法上禁止される白紙委任に当たらないことは明らかである。なお,このような禁止行為に対しては,服務規律違反を理由とする
懲戒処分のみではなく,刑罰を科すことをも制度として予定されているが,これは常に刑罰を科すという趣旨ではなく,国民全体の上記利益を損なう影響の重大性等に鑑みて禁止行為の内容,態様等が懲戒処分等では対応しきれない場合も想定されるためであり,あり得べき対応というべきであって,刑罰を含む規制であることをもって直ちに必要かつ合理的なものであることが否定されるものではない。
以上の諸点に鑑みれば,本件罰則規定は憲法21条1項,15条,19条,31条,41条,73条6号に違反するものではないというべきであり,このように解することができることは,当裁判所の判例(最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁,最高裁昭和57年(行ツ)第156号同59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁,最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁,最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁,最高裁平成10年(分ク)第1号同年12月1日大法廷決定・民集52巻9号1761頁)の趣旨に徴して明らかである。
 ウ 次に,本件配布行為が本件罰則規定の構成要件に該当するかを検討するに,本件配布行為が本規則6項7号が定める行為類型に文言上該当する行為であることは明らかであるが,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものかどうかについて,前記諸般の事情を総合して判断する。
前記のとおり,被告人は,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり,庶務係,企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに,同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあり,国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であったものであって,指揮命令や指導監督等を通じて他の多数の職員の職務の遂行に影響を及ぼすことのできる地位にあったといえる。このような地位及び職務の内容や権限を担っていた被告人が政党機関紙の配布という特定の政党を積極的に支援する行動を行うことについては,それが勤務外のものであったとしても,国民全体の奉仕者として政治的に中立な姿勢を特に堅持すべき立場にある管理職的地位の公務員が殊更にこのような一定の政治的傾向を顕著に示す行動に出ているのであるから,当該公務員による裁量権を伴う職務権限の行使の過程の様々な場面でその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まり,その指揮命令や指導監督を通じてその部下等の職務の遂行や組織の運営にもその傾向に沿った影響を及ぼすことになりかねない。したがって,これらによって,当該公務員及びその属する行政組織の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが実質的に生ずるものということができる
そうすると,本件配布行為が,勤務時間外である休日に,国ないし職場の施設を利用せずに,それ自体は公務員としての地位を利用することなく行われたものであること,公務員により組織される団体の活動としての性格を有しないこと,公務員であることを明らかにすることなく,無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって,公務員による行為と認識し得る態様ではなかったことなどの事情を考慮しても,本件配布行為には,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ,本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当するというべきである。そして,このように公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる本件配布行為に本件罰則規定を適用することが憲法21条1項,31条に違反しないことは,前記イにおいて説示したところに照らし,明らかというべきである。
エ 以上のとおりであり,原判決に所論の憲法違反はなく,論旨は採用することができない。
 2 その余の各上告趣意について
弁護人ら及び被告人本人のその余の各上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 3 よって,刑訴法408条により,裁判官須藤正彦の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

+補足意見
裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見の採る法解釈等に関し,以下の点について,私見を補足しておき
たい。
– 9 –
 1 最高裁昭和49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁(いわゆ
る猿払事件大法廷判決)との整合性について
 (1) 猿払事件大法廷判決の法令解釈の理解等
猿払事件大法廷判決は,国家公務員の政治的行為に関し本件罰則規定の合憲性と
適用の有無を判示した直接の先例となるものである。そこでは,特定の政党を支持
する政治的目的を有する文書の掲示又は配布をしたという行為について,本件罰則
規定に違反し,これに刑罰を適用することは,たとえその掲示又は配布が,非管理
職の現業公務員でその職務内容が機械的労務の提供にとどまるものにより,勤務時
間外に,国の施設を利用することなく,職務を利用せず又はその公正を害する意図
なく,かつ,労働組合活動の一環として行われた場合であっても憲法に違反しな
い,としており,本件罰則規定の禁止する「政治的行為」に限定を付さないという
法令解釈を示しているようにも読めなくはない。しかしながら,判決による司法判
断は,全て具体的な事実を前提にしてそれに法を適用して事件を処理するために,
更にはそれに必要な限度で法令解釈を展開するものであり,常に採用する法理論な
いし解釈の全体像を示しているとは限らない。上記の政治的行為に関する判示部分
も,飽くまでも当該事案を前提とするものである。すなわち,当該事案は,郵便局
に勤務する管理職の地位にはない郵政事務官で,地区労働組合協議会事務局長を務
めていた者が,衆議院議員選挙に際し,協議会の機関決定に従い,協議会を支持基
盤とする特定政党を支持する目的をもって,同党公認候補者の選挙用ポスター6枚
を自ら公営掲示場に掲示し,また,その頃4回にわたり,合計184枚のポスター
の掲示を他に依頼して配布したというものである。このような行為の性質・態様等
については,勤務時間外に国の施設を利用せずに行われた行為が中心であるとはい
– 10 –
え,当該公務員の所属組織による活動の一環として当該組織の機関決定に基づいて
行われ,当該地区において公務員が特定の政党の候補者の当選に向けて積極的に支
援する行為であることが外形上一般人にも容易に認識されるものであるから,当該
公務員の地位・権限や職務内容,勤務時間の内外を問うまでもなく,実質的にみて
「公務員の職務の遂行の中立性を損なうおそれがある行為」であると認められるも
のである。このような事案の特殊性を前提にすれば,当該ポスター掲示等の行為が
本件罰則規定の禁止する政治的行為に該当することが明らかであるから,上記のよ
うな「おそれ」の有無等を特に吟味するまでもなく(「おそれ」は当然認められる
として)政治的行為該当性を肯定したものとみることができる。猿払事件大法廷判
決を登載した最高裁判所刑集28巻9号393頁の判決要旨五においても,「本件
の文書の掲示又は配布(判文参照)に」本件罰則規定を適用することは憲法21
条,31条に違反しない,とまとめられているが,これは,判決が摘示した具体的
な本件文書の掲示又は配布行為を対象にしており,当該事案を前提にした事例判断
であることが明確にされているところである。そうすると,猿払事件大法廷判決の
上記判示は,本件罰則規定自体の抽象的な法令解釈について述べたものではなく,
当該事案に対する具体的な当てはめを述べたものであり,本件とは事案が異なる事
件についてのものであって,本件罰則規定の法令解釈において本件多数意見と猿払
事件大法廷判決の判示とが矛盾・抵触するようなものではないというべきである。
 (2) 猿払事件大法廷判決の合憲性審査基準の評価
 なお,猿払事件大法廷判決は,本件罰則規定の合憲性の審査において,公務員の
職種・職務権限,勤務時間の内外,国の施設の利用の有無等を区別せずその政治的
行為を規制することについて,規制目的と手段との合理的関連性を認めることがで
– 11 –
きるなどとしてその合憲性を肯定できるとしている。この判示部分の評価について
は,いわゆる表現の自由の優越的地位を前提とし,当該政治的行為によりいかなる
弊害が生ずるかを利益較量するという「厳格な合憲性の審査基準」ではなく,より
緩やかな「合理的関連性の基準」によったものであると説くものもある。しかしな
がら,近年の最高裁大法廷の判例においては,基本的人権を規制する規定等の合憲
性を審査するに当たっては,多くの場合,それを明示するかどうかは別にして,一
定の利益を確保しようとする目的のために制限が必要とされる程度と,制限される
自由の内容及び性質,これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を具体的に比
較衡量するという「利益較量」の判断手法を採ってきており,その際の判断指標と
して,事案に応じて一定の厳格な基準(明白かつ現在の危険の原則,不明確ゆえに
無効の原則,必要最小限度の原則,LRAの原則,目的・手段における必要かつ合
理性の原則など)ないしはその精神を併せ考慮したものがみられる。もっとも,厳
格な基準の活用については,アプリオリに,表現の自由の規制措置の合憲性の審査
基準としてこれらの全部ないし一部が適用される旨を一般的に宣言するようなこと
をしないのはもちろん,例えば,「LRA」の原則などといった講学上の用語をそ
のまま用いることも少ない。また,これらの厳格な基準のどれを採用するかについ
ては,規制される人権の性質,規制措置の内容及び態様等の具体的な事案に応じ
て,その処理に必要なものを適宜選択して適用するという態度を採っており,さら
に,適用された厳格な基準の内容についても,事案に応じて,その内容を変容させ
あるいはその精神を反映させる限度にとどめるなどしており(例えば,最高裁昭和
58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁(「よど号乗っ取り事件」
新聞記事抹消事件)は,「明白かつ現在の危険」の原則そのものではなく,その基
– 12 –
本精神を考慮して,障害発生につき「相当の蓋然性」の限度でこれを要求する判示
をしている。),基準を定立して自らこれに縛られることなく,柔軟に対処してい
るのである(この点の詳細については,最高裁平成4年7月1日大法廷判決・民集
46巻5号437頁(いわゆる成田新法事件)についての当職[当時は最高裁調査
官]の最高裁判例解説民事篇・平成4年度235頁以下参照。)。
 この見解を踏まえると,猿払事件大法廷判決の上記判示は,当該事案について
は,公務員組織が党派性を持つに至り,それにより公務員の職務遂行の政治的中立
性が損なわれるおそれがあり,これを対象とする本件罰則規定による禁止は,あえ
て厳格な審査基準を持ち出すまでもなく,その政治的中立性の確保という目的との
間に合理的関連性がある以上,必要かつ合理的なものであり合憲であることは明ら
かであることから,当該事案における当該行為の性質・態様等に即して必要な限度
での合憲の理由を説示したにとどめたものと解することができる(なお,判文中に
は,政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止されることにより失われ
る利益との均衡を検討することを要するといった利益較量論的な説示や,政治的行
為の禁止が表現の自由に対する合理的でやむを得ない制限であると解されるといっ
た説示も見られるなど,厳格な審査基準の採用をうかがわせるものがある。)。ち
なみに,最高裁平成10年12月1日大法廷決定・民集52巻9号1761頁(裁
判官分限事件)も,裁判所法52条1号の「積極的に政治運動をすること」の意味
を十分に限定解釈した上で合憲性の審査をしており,厳格な基準によりそれを肯定
したものというべきであるが,判文上は,その目的と禁止との間に合理的関連性が
あると説示するにとどめている。これも,それで足りることから同様の説示をした
ものであろう。
– 13 –
 そうであれば,本件多数意見の判断の枠組み・合憲性の審査基準と猿払事件大法
廷判決のそれとは,やはり矛盾・抵触するものでないというべきである。
 2 本件罰則規定の限定解釈の意義等
 本件罰則規定をみると,当該規定の文言に該当する国家公務員の政治的行為を文
理上は限定することなく禁止する内容となっている。本件多数意見は,ここでいう
「政治的行為」とは,当該規定の文言に該当する政治的行為であって,公務員の職
務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,現実的に起こり得るものとして実質的
に認められるものを指すという限定を付した解釈を示した。これは,いわゆる合憲
限定解釈の手法,すなわち,規定の文理のままでは規制範囲が広すぎ,合憲性審査
におけるいわゆる「厳格な基準」によれば必要最小限度を超えており,利益較量の
結果違憲の疑いがあるため,その範囲を限定した上で結論として合憲とする手法を
採用したというものではない。
 そもそも,規制される政治的行為の範囲が広範であるため,これを合憲性が肯定
され得るように限定するとしても,その仕方については,様々な内容のものが考え
られる。これを,多数意見のような限定の仕方もあるが,そうではなく,より類型
的に,「いわゆる管理職の地位を利用する形で行う政治的行為」と限定したり,
「勤務時間中,国の施設を利用して行う行為」と限定したり,あるいは,「一定の
組織の政治的な運動方針に賛同し,組織の一員としてそれに積極的に参加する形で
行う政治的行為」と限定するなど,事柄の性質上様々な限定が考え得るところであ
ろう。しかし,司法部としては,これらのうちどのような限定が適当なのかは基準
が明らかでなく判断し難いところであり,また,可能な複数の限定の中から特定の
限定を選び出すこと自体,一種の立法的作用であって,立法府の裁量,権限を侵害
– 14 –
する面も生じかねない。加えて,次のような問題もある。
 国家公務員法は,専ら憲法73条4号にいう官吏に関する事務を掌理する基準を
定めるものであり(国家公務員法1条2項),我が国の国家組織,統治機構を定め
る憲法の規定を踏まえ,その国家機構の担い手の在り方を定める基本法の一つであ
る。本法102条1項は,その中にあって,公務員の服務についての定めとして,
政治的行為の禁止を規定している。このような国家組織の一部ともいえる国家公務
員の服務,権利義務等をどう定めるかは,国の統治システムの在り方を決めること
でもあるから,憲法の委任を受けた国権の最高機関である国会としては,国家組織
全体をどのようなものにするかについての基本理念を踏まえて対処すべき事柄であ
って,国家公務員法が基本法の一つであるというのも,その意味においてである。
 このような基本法についての合憲性審査において,その一部に憲法の趣旨にそぐ
わない面があり,全面的に合憲との判断をし難いと考えた場合に,司法部がそれを
合憲とするために考え得る複数の限定方法から特定のものを選び出して限定解釈を
することは,全体を違憲とすることの混乱や影響の大きさを考慮してのことではあ
っても,やはり司法判断として異質な面があるといえよう。憲法が規定する国家の
統治機構を踏まえて,その担い手である公務員の在り方について,一定の方針ない
し思想を基に立法府が制定した基本法は,全体的に完結した体系として定められて
いるものであって,服務についても,公務員が全体の奉仕者であることとの関連
で,公務員の身分保障の在り方や政治的任用の有無,メリット制の適用等をも総合
考慮した上での体系的な立法目的,意図の下に規制が定められているはずである。
したがって,その一部だけを取り出して限定することによる悪影響や体系的な整合
性の破綻の有無等について,慎重に検討する姿勢が必要とされるところである。
– 15 –
 本件においては,司法部が基本法である国家公務員法の規定をいわばオーバール
ールとして合憲限定解釈するよりも前に,まず対象となっている本件罰則規定につ
いて,憲法の趣旨を十分に踏まえた上で立法府の真に意図しているところは何か,
規制の目的はどこにあるか,公務員制度の体系的な理念,思想はどのようなもの
か,憲法の趣旨に沿った国家公務員の服務の在り方をどう考えるのか等々を踏まえ
て,国家公務員法自体の条文の丁寧な解釈を試みるべきであり,その作業をした上
で,具体的な合憲性の有無等の審査に進むべきものである(もっとも,このこと
は,司法部の違憲立法審査は常にあるいは本来慎重であるべきであるということを
意味するものではない。国家の基本法については,いきなり法文の文理のみを前提
に大上段な合憲,違憲の判断をするのではなく,法体系的な理念を踏まえ,当該条
文の趣旨,意味,意図をまずよく検討して法解釈を行うべきであるということであ
る。)。
多数意見が,まず,本件罰則規定について,憲法の趣旨を踏まえ,行政の中立的
運営を確保し,これに対する国民の信頼を維持するという規定の目的を考慮した上
で,慎重な解釈を行い,それが「公務員の職務遂行の政治的中立性を損なうおそれ
が実質的に認められる行為」を政治的行為として禁止していると解釈したのは,こ
のような考え方に基づくものであり,基本法についての司法判断の基本的な姿勢と
もいえる。
 なお,付言すると,多数意見のような解釈適用の仕方は,米国連邦最高裁のブラ
ンダイス判事が,1936年のアシュワンダー対テネシー渓谷開発公社事件判決に
おいて,補足意見として掲げた憲法問題回避の準則であるいわゆるブランダイス・
ルールの第4準則の「最高裁は,事件が処理可能な他の根拠が提出されているなら
– 16 –
ば,訴訟記録によって憲法問題が適正に提出されていても,それの判断を下さない
であろう。」,あるいは,第7準則の「連邦議会の制定法の有効性が問題とされた
ときは,合憲性について重大な疑念が提起されている場合でも,当最高裁は,その
問題が回避できる当該法律の解釈が十分に可能か否かをまず確認することが基本的
な原則である。」(以上のブランダイス・ルールの内容の記載は,渋谷秀樹「憲法
判断の条件」講座憲法学6・141頁以下による。)という考え方とは似て非なる
ものである。ブランダイス・ルールは,周知のとおり,その後,Rescue Army v.
Municipal Court of City of Los Angeles,331 U.S. 549 (1947)の法廷意見におい
て採用され米国連邦最高裁における判例法理となっているが,これは,司法の自己
抑制の観点から憲法判断の回避の準則を定めたものである。しかし,本件の多数意
見の採る限定的な解釈は,司法の自己抑制の観点からではなく,憲法判断に先立
ち,国家の基本法である国家公務員法の解釈を,その文理のみによることなく,国
家公務員法の構造,理念及び本件罰則規定の趣旨・目的等を総合考慮した上で行う
という通常の法令解釈の手法によるものであるからである。
裁判官須藤正彦の反対意見は,次のとおりである。
私は,一般職の国家公務員が勤務外で行った政治的行為は,本法102条1項の
政治的行為に該当しないと解するので,多数意見とは異なり,被告人は無罪と考え
る。その理由は以下のとおりである。
 1 公務員の政治的行為の解釈について
 (1) 私もまた,多数意見と同様に,本法102条1項の政治的行為とは,国民
の政治的活動の自由が民主主義社会を基礎付ける重要な権利であること,かつ,同
項の規定が本件罰則規定の構成要件となることなどに鑑み,公務員の職務の遂行の
– 17 –
政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる(観念的なものにとどまらず,
現実的に起こり得るものとして認められる)ものを指すと解するのが相当と考え
る。
 (2) すなわち,まず,公務員の政治的行為とその職務の遂行とは元来次元を異
にする性質のものであり,例えば公務員が政党の党員となること自体では無論公務
員の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるとはいえない。公務員の政治的行為に
よってその職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが生ずるのは,公務員の
政治的行為と職務の遂行との間で一定の結び付き(牽連性)があるがゆえであり,
しかもそのおそれが観念的なものにとどまらず,現実的に起こり得るものとして実
質的に認められるものとなるのは,公務員の政治的行為からうかがわれるその政治
的傾向がその職務の遂行に反映する機序あるいはその蓋然性について合理的に説明
できる結び付きが認められるからである。そうすると,公務員の職務の遂行の政治
的中立性が損なわれるおそれが実質的に生ずるとは,そのような結び付きが認めら
れる場合を指すことになる。進んで,この点について敷えんして考察するに,以下
のとおり,多数意見とはいささか異なるものとなる。
 2 勤務外の政治的行為
 (1) しかるところ,この「結び付き」について更に立ち入って考察すると,問
題は,公務員の政治的行為がその行為や付随事情を通じて勤務外で行われたと評価
される場合,つまり,勤務時間外で,国ないし職場の施設を利用せず,公務員の地
位から離れて行動しているといえるような場合で,公務員が,いわば一私人,一市
民として行動しているとみられるような場合である。その場合は,そこからうかが
われる公務員の政治的傾向が職務の遂行に反映される機序あるいは蓋然性について
– 18 –
合理的に説明できる結び付きは認められないというべきである。
 (2) 確かに,このように勤務外であるにせよ,公務員が政治的行為を行えば,
そのことによってその政治的傾向が顕在化し,それをしないことに比べ,職務の遂
行の政治的中立性を損なう潜在的可能性が明らかになるとは一応いえよう。また,
職務の遂行の政治的中立性に対する信頼も損なわれ得るであろう。しかしながら,
公務員組織における各公務員の自律と自制の下では,公務員の職務権限の行使ない
し指揮命令や指導監督等の職務の遂行に当たって,そのような政治的傾向を持ち込
むことは通常考えられない。また,稀に,そのような公務員が職務の遂行にその政
治的傾向を持ち込もうとすることがあり得るとしても,公務員組織においてそれを
受け入れるような土壌があるようにも思われない。そうすると,公務員の政治的行
為が勤務外で行われた場合は,職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれがあ
るとしても,そのおそれは甚だ漠としたものであり,観念的かつ抽象的なものにと
どまるものであるといえる。
結局,この場合は,当該公務員の管理職的地位の有無,職務の内容や権限におけ
る裁量の有無,公務員により組織される団体の活動としての性格の有無,公務員に
よる行為と直接認識され得る態様の有無,行政の中立的運営と直接相反する目的や
内容の有無等にかかわらず──それらの事情は,公務員の職務の遂行の政治的中立
性に対する国民の信頼を損なうなどの服務規律違反を理由とする懲戒処分の対象と
なるか否かの判断にとって重要な考慮要素であろうが──その政治的行為からうか
がわれる政治的傾向がその職務の遂行に反映する機序あるいはその蓋然性について
合理的に説明できる結び付きが認められず,公務員の政治的中立性が損なわれるお
それが実質的に生ずるとは認められないというべきである。この点,勤務外の政治
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的行為についても,事情によっては職務の遂行の政治的中立性を損なう実質的おそ
れが生じ得ることを認める多数意見とは見解を異にするところである。
 (3) ちなみに,念のためいえば,「勤務外」と「勤務時間外」とは意味を異に
する。本規則4項は,本法又は本規則によって禁止又は制限される政治的行為は,
「職員が勤務時間外において行う場合においても,適用される」と規定していると
ころであるが,これは,勤務時間外でも勤務外とは評価されず,上記の結び付きが
認められる場合(例えば,勤務時間外に,国又は職場の施設を利用して政治的行為
を行うような場合に認められ得よう。)にはその政治的行為が規制されることを規
定したものと解される。
 3 必要やむを得ない規制について
 (1) ところで,本法102条1項が政治的行為の自由を禁止することは,表現
の自由の重大な制約となるものである。しかるところ,民主主義に立脚し,個人の
尊厳(13条)を基本原理とする憲法は,思想及びその表現は人の人たるのゆえん
を表すものであるがゆえに表現の自由を基本的人権の中で最も重要なものとして保
障し(21条),かつ,このうち政治的行為の自由を特に保障しているものという
べきである。そのことは,必然的に,異なった価値観ないしは政治思想,及びその
発現としての政治的行為の共存を保障することを意味しているといってよいと思わ
れる。そのことからすると,憲法は,自分にとって同意できない他人の政治思想に
対して寛容で(時には敬意をさえ払う),かつ,それに基づく政治的行為の存在を
基本的に認めないしは受忍すること,いわば「異見の尊重」をすることが望ましい
としているともいえよう。当然のことながら,本件で問題となっている一般職の公
務員もまた,憲法上,公務員である前に国民の一人として政治に無縁でなく政治的
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な信念や意識を持ち得る以上,前述の意味での政治的行為の自由を享受してしかる
べきであり,したがって,憲法は,公務員が多元的な価値観ないしは政治思想を有
すること,及びその発現として政治的行為をすることを基本的に保障しているもの
というべきである。
 (2) 以上の表現の自由を尊重すべきものとする点は多数意見と特に異なるとこ
ろはないと思われ,また,同意見が述べるとおり,本法102条1項の規制は,公
務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保
し,これに対する国民の信頼を維持することを目的とするものであるが,公務員の
政治的行為の自由が上記のように憲法上重大な性質を有することに照らせば,その
目的を達するための公務員の政治的行為の規制は必要やむを得ない限度に限られる
というべきである。そうすると,問題は,本法102条1項の政治的行為の解釈が
前記のようなものであれば,このような必要やむを得ない規制となるかどうかであ
る。
 そこで更に検討するに,まず,刑罰は国権の作用による最も峻厳な制裁で公務員
の政治的行為の自由の規制の程度の最たるものであって,処罰の対象とすることは
極力謙抑的,補充的であるべきことが求められることに鑑みれば,この公務員の政
治的行為禁止違反という犯罪は,行政の中立的運営を保護法益とし,これに対する
信頼自体は独立の保護法益とするものではなく,それのみが損なわれたにすぎない
場合は行政内部での服務規律違反による懲戒処分をもって必要にして十分としてこ
れに委ねることとしたものと解し,加うるに,公務員の職務の遂行の政治的中立性
が損なわれるおそれが実質的に認められるときにその法益侵害の危険が生ずるとの
考えのもとに,本法102条1項の政治的行為を上記のものと解することによっ
– 21 –
て,処罰の対象は相当に限定されることになるのである。
 のみならず,そのおそれが実質的に生ずるとは,公務員の政治的行為からうかが
われる政治的傾向がその職務の遂行に反映する機序あるいはその蓋然性について合
理的に説明できる結び付きが認められる場合を指し,しかも,勤務外の政治的行為
にはその結び付きは認められないと解するのであるから,公務員の職務の遂行の政
治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる場合は一層限定されることにな
る。
結局,以上の解釈によれば,本件罰則規定については,政党その他の政治的団体
の機関紙たる新聞その他の刊行物の配布は,上記の要件及び範囲の下で大幅に限定
されたもののみがその構成要件に該当するのであるから,目的を達するための必要
やむを得ない規制であるということが可能であると思われる。
 (3) ところで,本法102条1項の政治的行為の上記の解釈は,憲法の趣旨の
下での本件罰則規定の趣旨,目的に基づく厳格な構成要件解釈にほかならない。し
たがって,この解釈は,通常行われている法解釈にすぎないものではあるが,他面
では,一つの限定的解釈といえなくもない。しかるところ,第1に,公務員の政治
的行為の自由の刑罰の制裁による規制は,公務員の重要な基本的人権の大なる制約
である以上,それは職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ
るものを指すと解するのは当然であり,したがって,規制の対象となるものとそう
でないものとを明確に区別できないわけではないと思われる。第2に,そのように
おそれが実質的に認められるか否かということは,公務員の政治的行為からうかが
われる政治的傾向が職務の遂行に反映する機序あるいは蓋然性について合理的に説
明できる結び付きがあるか否かということを指すのであり,そのような判断は一般
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の国民からみてさほど困難なことではない上,勤務外の政治的行為はそのような結
び付きがないと解されるのであるから,規制の対象となるかどうかの判断を可能な
らしめる相当に明確な指標の存在が認められ,したがって,一般の国民にとって具
体的な場合に規制の対象となるかどうかを判断する基準を本件罰則規定から読み取
ることができるといえる(最高裁昭和57年(行ツ)第156号同59年12月1
2日大法廷判決・民集38巻12号1308頁(札幌税関検査違憲訴訟事件)参
照)。
 以上よりすると,本件罰則規定は,上記の厳格かつ限定的である解釈の限りで,
憲法21条,31条等に反しないというべきである。
 (4) もっとも,上記のような限定的解釈は,率直なところ,文理を相当に絞り
込んだという面があることは否定できない。また,本法102条1項及び本規則に
対しては,規制の対象たる公務員の政治的行為が文理上広汎かつ不明確であるがゆ
えに,当該公務員が文書の配布等の政治的行為を行う時点において刑罰による制裁
を受けるのか否かを具体的に予測することが困難であるから,犯罪構成要件の明確
性による保障機能を損ない,その結果,処罰の対象にならない文書の配布等の政治
的行為も処罰の対象になるのではないかとの不安から,必要以上に自己規制するな
どいわゆる萎縮的効果が生じるおそれがあるとの批判があるし,本件罰則規定が,
懲戒処分を受けるべきものと犯罪として刑罰を科せられるべきものとを区別するこ
となくその内容についての定めを人事院規則に委任していることは,犯罪の構成要
件の規定を委任する部分に関する限り,憲法21条,31条等に違反し無効である
とする見解もある(最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法
廷判決・刑集28巻9号393頁(猿払事件)における裁判官大隅健一郎ほかの4
– 23 –
人の裁判官の反対意見参照)。このような批判の存在や,我が国の長い歴史を経て
の国民の政治意識の変化に思いを致すと(なお,公務員の政治的行為の規制につい
て,地方公務員法には刑罰規定はない。また,欧米諸国でも調査し得る範囲では刑
罰規定は見受けられない。),本法102条1項及び本規則については,更なる明
確化やあるべき規制範囲・制裁手段について立法的措置を含めて広く国民の間で一
層の議論が行われてよいと思われる。
 4 結論
 被告人の本件配布行為は,政治的傾向を有する行為ではあることは明らかである
ところ,被告人は,厚生労働大臣官房の社会統計課の筆頭課長補佐(総括課長補
佐)で,本法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,指揮命令や
指導監督等の裁量権を伴う職務権限の行使などの場面で他の多数の職員の職務の遂
行に影響を及ぼすことのできる地位にあるといえるが,勤務時間外である休日に,
国ないし職場の施設を利用せず,かつ,公務員としての地位を利用することも,公
務員であることを明らかにすることもなく,しかも,無言で郵便受けに文書を配布
したにとどまるものであって,いわば,一私人,一市民として行動しているとみら
れるから,それは勤務外のものであると評価される。そうすると,被告人の本件配
布行為からうかがわれる政治的傾向が被告人の職務の遂行に反映する機序あるいは
蓋然性について合理的に説明できる結び付きは認めることができず,公務員の職務
の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるとはいえないというべ
きである。したがって,被告人が上記のとおり管理職的地位にあること,その職務
の内容や権限において裁量権があること等を考慮しても,被告人の本件配布行為は
本件罰則規定の構成要件に該当しないというべきである。しかるに,第1審判決及
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び原判決は,被告人の本件配布行為が本法102条1項の政治的行為に該当すると
するものであって,いずれも法令の解釈を誤ったものであるから,これを破棄する
のが相当であり,被告人を無罪とすべきである。
(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官小貫芳信)

(2)委任を受けた命令側の問題~法の委任の趣旨を逸脱していないか

+行政手続法
(命令等を定める場合の一般原則)
第三十八条  命令等を定める機関(閣議の決定により命令等が定められる場合にあっては、当該命令等の立案をする各大臣。以下「命令等制定機関」という。)は、命令等を定めるに当たっては、当該命令等がこれを定める根拠となる法令の趣旨に適合するものとなるようにしなければならない。
2  命令等制定機関は、命令等を定めた後においても、当該命令等の規定の実施状況、社会経済情勢の変化等を勘案し、必要に応じ、当該命令等の内容について検討を加え、その適正を確保するよう努めなければならない。

+判例(H3.7.9)
理由
上告代理人菊池信男、同森脇勝、同金子泰輔、同小林義弘、同大田黒昔生、同中山弘幸、同山口晴夫、同山田文夫、同澤村佳夫、同富山聡、同森幸夫の上告理由について
一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、爆発物取締罰則違反等により起訴され、昭和五〇年七月から東京拘置所(以下「拘置所」といい、その長を「所長」という。)に勾留されているが、昭和五四年一一月一二日第一審で死刑の判決を、昭和五七年一〇月二九日控訴審で控訴棄却の判決を受けた。
2 被上告人は、昭和五八年四月一四日、岩手県に居住する甲野春子と養子縁組をした。右養子縁組は、死刑廃止運動に賛同した春子が被上告人を自己の養子にしたいと決意しその旨を申し入れたことから成立した。したがって、被上告人と甲野一家とは従前生活を共にしたことはないが、それぞれが可能な範囲・方法で接触を保つように努力しており、現に春子及びその長女甲野夏子は何回となく被上告人に面会に来ていた。
3 ところで、従来、拘置所では、在監者と一四歳未満の者(以下「幼年者」という。)との面会をかなり広く認めていた。しかし、昭和五三年後半ころ、特定の事件の支援者が、子供を同伴した上在監者と接見し、その後子供と共に拘置所内でシュプレヒコール等をしたので、拘置所側がこれを排除しようとしたところ、子供の身体に危険が生じたことがあった。そこで、拘置所は、そのころから在監者と幼年者との面会を全面的に禁止した。昭和五四年八月二日、拘置所は、この取扱いを改め、在監者と幼年者との面会は、(ア)在監者の処遇上必要がある場合、及び、(イ) 勾留が長期にわたっていること、面会の相手が在監者の実子であること、進学、進級等子供の教育上必要があるか配偶者の病気、入院等子供の成育上必要があるなど特別の事情があること、年二回程度であることという条件をすべて具備した場合、にのみこれを許可することとした。そして、同日以降この取扱いが定着し、幼年者との面会を希望する在監者は、事前に所長に対し面会の許可の申請をしている。
4 被上告人は、養子縁組の成立前から夏子の長女甲野秋子(昭和四八年八月二六日生)と文通をしていたので、何回となく所長に対し秋子との面会の許可申請をし、その申請書に被上告人と秋子との関係、被上告人が秋子に面会したい理由等を記載したが、毎回不許可となった。被上告人は、昭和五八年五月三〇日、同年四月二七日にした秋子との面会許可申請が不許可となったので、その取消しを求めて法務大臣に情願書を提出し、春子、夏子及び秋子は、所長に上申書を提出するなどした。
5 被上告人は、昭和五九年四月二七日、所長に対し、秋子との面会の許可の申請をしたところ、所長は、翌二八日監獄法施行規則(以下「規則」という。)一二〇条によりこれを許可しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をし、同年五月二日被上告人に対し本件処分を告知した。
そして、秋子が同月四日、七日母夏子と共に所長に対し当時未決勾留中であった被上告人との面会の許可の申請をしたが、所長は秋子と被上告人との面会を許さなかった。

二 右事実関係の下において、原審は、所長のした本件処分につき裁量権の範囲を超え又はこれを濫用した違法があり、かつ、国家賠償法一条一項にいう「過失」があると判断した上、被上告人の請求のうち慰謝料五万円及びこれに対する昭和五九年五月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める部分を認容した第一審判決を相当であるとして控訴を棄却し、かつ、被上告人の附帯控訴に基づき弁護士費用一万円の支払請求を認容し、その余の請求を棄却した。

三 しかしながら、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 未決勾留は、刑事訴訟法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものである。そして、未決勾留により拘禁された者(以下「被勾留者」という。)は、(ア) 逃亡又は罪証隠滅の防止という未決勾留の目的のために必要かつ合理的な範囲において身体の自由及びそれ以外の行為の自由に制限を受け、また、(イ) 監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合には、右の障害発生の防止のために必要な限度で身体の自由及びそれ以外の行為の自由に合理的な制限を受けるが、他方、(ウ)当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障される(最高裁昭和四〇年(オ)第一四二五号同四五年九月一六日大法廷判決・民集二四巻一〇号一四一〇頁、同昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

2 ところで、被勾留者の接見に関する法律の定めは、次のとおりである。
(一) 刑事訴訟法八〇条は、勾留されている被告人は弁護人等同法三九条一項に規定する者以外の者と法令の範囲内で接見することができるとしている。
(二) そして、監獄法(以下「法」という。)四五条一項は、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と規定し、同条二項は、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト接見ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」と規定し、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者」以外の在監者である被勾留者の接見につき許可制度を採用することを明らかにした上、広く被勾留者との接見を許すこととしている。
右に前記1で説示したところを併せ考えると、被勾留者には一般市民としての自由が保障されるので、法四五条は、被勾留者と外部の者との接見は原則としてこれを許すものとし、例外的に、これを許すと支障を来す場合があることを考慮して、(ア) 逃亡又は罪証隠滅のおそれが生ずる場合にはこれを防止するために必要かつ合理的な範囲において右の接見に制限を加えることができ、また、(イ) これを許すと監獄内の規律又は秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合には、右の障害発生の防止のために必要な限度で右の接見に合理的な制限を加えることができる、としているにすぎないと解される。この理は、被勾留者との接見を求める者が幼年者であっても異なるところはない。
(三) これを受けて、法五〇条は、「接見ノ立会……其他接見……ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、命令(法務省令)をもって、面会の立会、場所、時間、回数等、面会の態様についてのみ必要な制限をすることができる旨を定めているが、もとより命令によって右の許可基準そのものを変更することは許されないのである。

3 ところが、規則一二〇条は、規則一二一条ないし一二八条の接見の態様に関する規定と異なり、「十四歳未満ノ者ニハ在監者ト接見ヲ為スコトヲ許サス」と規定し、規則一二四条は「所長ニ於テ処遇上其他必要アリト認ムルトキハ前四条ノ制限ニ依ラサルコトヲ得」と規定している。右によれば、規則一二〇条が原則として被勾留者と幼年者との接見を許さないこととする一方で、規則一二四条がその例外として限られた場合に監獄の長の裁量によりこれを許すこととしていることが明らかである。しかし、これらの規定は、たとえ事物を弁別する能力の未発達な幼年者の心情を害することがないようにという配慮の下に設けられたものであるとしても、それ自体、法律によらないで、被勾留者の接見の自由を著しく制限するものであって、法五〇条の委任の範囲を超えるものといわなければならない
原審は、規則一二〇条(及び一二四条)は幼年者の心情の保護を目的とするものであり、これに対する具体的な危険を避けるために必要な範囲で監獄の長が幼年者と被勾留者との接見を制限することを認めた規定であるという限定的な解釈を施した上、法はそのような制限を容認していると解する余地があるとして、右各規定が法五〇条の委任の範囲を超え、無効であるということはできないと判断した。しかし、前記のとおり、被勾留者も当該拘禁関係に伴う一定の制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるのであり、幼年者の心情の保護は元来その監護に当たる親権者等が配慮すべき事柄であることからすれば、法が一律に幼年者と被勾留者との接見を禁止することを予定し、容認しているものと解することは、困難である。そうすると、規則一二〇条(及び一二四条)は、原審のような限定的な解釈を施したとしても、なお法の容認する接見の自由を制限するものとして、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものというほかはない。 
そうだとすれば、規則一二〇条(及び一二四条)は、結局、被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものと断ぜざるを得ない。

4 以上によって本件をみるのに、原審の確定した事実関係によれば、被上告人と秋子とが接見したとしても、(ア) 被上告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれが生ずるとも、(イ) 監獄内の規律又は秩序が乱されるおそれが生ずるとも認められないというのであるから、所長は、法四五条の趣旨に従い、被上告人と秋子との接見を許可すべきであったといわなければならない。ところが、所長は、本件処分をし、これを許可しなかったのであるから、本件処分は法四五条に反する違法なものといわなければならない。
これと異なる見解に立つ上告理由第一点は、採用することができない。

5 そこで、進んで、国家賠償法一条一項にいう「過失」の有無につき検討を加える。
思うに、規則一二〇条(及び一二四条)が被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものであるということ自体は、重大な点で法律に違反するものといわざるを得ない。しかし、規則一二〇条(及び一二四条)は明治四一年に公布されて以来長きにわたって施行されてきたものであって(もっとも、規則一二四条は、昭和六年司法省令第九号及び昭和四一年法務省令第四七号によって若干の改正が行われた。)、本件処分当時までの間、これらの規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上とりたてて問題とされたこともなく、裁判上これが特に論議された本件においても第一、二審がその有効性を肯定していることはさきにみたとおりである。そうだとすると、規則一二〇条(及び一二四条)が右の限度において法五〇条の委任の範囲を超えることが当該法令の執行者にとって容易に理解可能であったということはできないのであって、このことは国家公務員として法令に従ってその職務を遂行すべき義務を負う監獄の長にとっても同様であり、監獄の長が本件処分当時右のようなことを予見し、又は予見すべきであったということはできない
本件の場合、原審の確定した事実関係によれば、所長は、規則一二〇条に従い本件処分をし、被上告人と秋子との接見を許可しなかったというのであるが、右に説示したところによれば、所長が右の接見を許可しなかったことにつき国家賠償法一条一項にいう「過失」があったということはできない。 
上告理由第二点は、所長に国家賠償法一条一項にいう「過失」がなかったことを主張する限りにおいて理由がある。

6 以上によれば、前記のとおり被上告人の請求を一部認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。そして、右に説示したところによれば被上告人の請求は理由がないから、原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、第一審判決中上告人敗訴の部分を取り消した上、右取消部分に関する被上告人の請求を棄却し、かつ、右破棄部分に関する被上告人の附帯控訴を棄却すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

++解説
《解  説》
一1 本件は、拘置所長が、監獄法施行規則(平成三年法務省令第二二号による改正前のもの。以下「規則」という。)一二〇条に従い、被勾留者とその養親の孫M(義理の姪 当時一〇歳)との接見を許さなかったので、その被勾留者(X)が、国家賠償法一条一項に基づき、国(Y)に対し、慰藉料五〇万円及びこれに対する遅延損害金並びに弁護士費用六〇万円を請求した事件である。
2 第一審判決は、(ア) 規則一二〇条及び一二四条は、幼年者の心情の保護に対する具体的な危険を避けるために必要な範囲で、監獄の長が幼年者と被勾留者との接見を制限することを認めた規定であるという限定解釈をした上、法はそのような制限を容認しているから、右各規定が監獄法(以下「法」という。)五〇条の委任の範囲を超え、無効であるということはできないと判断し、(イ) 所長のした本件処分につき裁量権の範囲を超え又はこれを濫用した違法があり、かつ、所長に国家賠償法一条一項にいう過失があるとし、(ウ) Xの請求のうち、慰藉料五万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める部分を認容し、その余の部分を棄却した。
原判決は、第一審判決とほぼ同旨の説示をした上、これを相当であるとして控訴を棄却し、かつ、Xの附帯控訴に基づき弁護士費用一万円の支払請求を認容し、その余の請求を棄却した。
3 本判決は、要旨のとおり説示して、原判決中Y敗訴の部分を破棄し、第一審判決中Y敗訴の部分を取り消した上、右取消部分に関するXの請求を棄却し、かつ、右破棄部分に関するXの附帯控訴を棄却した。
二1 要旨一について
(一) 法四五条一項は、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と規定しているが、その趣旨は、在監者の接見につき許可制度を採用した趣旨のみを明らかにしたものか、これに加えて原則として許可をするという許可の基準をも示したものか、については見解の分かれるところであろう。
しかし、(1) 被勾留者(在監者)は、当該拘禁関係に伴う制約(逃亡又は罪証隠滅の防止並びに監獄内の規律及び秩序の維持という要請に基づく必要かつ合理的な制限)の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保証される(最大判昭45・9・16民集二四巻一〇号一四一〇頁、最大判昭58・6・22民集三七巻五号七九三頁)。
(2) 刑事訴訟法八〇条は、勾留されている被告人は弁護人等同法三九条一項に規定する者以外の者と法令の範囲内で接見することができるとしている。
(3) 法四五条一項は、「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と規定しているが、法は、「之ヲ許ス」(たとえば、法三一条一項、四五条一項)という文言と「之ヲ許スコトヲ得」(たとえば、法二九条、三五条、五三条一項)という文言とを使い分けているようであるが、法は、「之ヲ許ス」という文言には覊束行為的なニュアンスをもたせ、「之ヲ許スコトヲ得」という文言には裁量行為的なニュアンスをもたせていると思われる。
(4) 法四五条二項は「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト接見ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」と規定している。したがって、法は、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者」と被勾留者とを区別した上、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者」の接見については厳しい態度で臨む(四五条二項)反面、被勾留者の接見については緩やかな態度で臨む(四五条一項)こととしている。
これらの点にかんがみると、法は、後者の見解を採用し、在監者の接見につき、許可制度を採用するとともに、原則としてこれを許可するという許可の基準をも示している(四五条)、と解すべきであろう。
そして、命令(法務省令)には、法律の委任がなければ、国民の権利を制限する規定を設けることができない(国家行政組織法一二条四項参照)ところ、法五〇条は、委任する事項として、「接見ノ立会……其他接見……ニ関スル制限」をあげているが、右に例示としてあげられた「接見ノ立会」とは接見の態様に関する事項であり、接見の許可の基準ではない。そうすると、法は、命令(法務省令)をもって、接見の立会、場所、時間、回数等接見の態様についてのみ必要な制限をすることができることとしている(五〇条)、と解される。
(二) これに対し、規則一二〇条は、「十四歳未満ノ者ニハ在監者ト接見ヲ為スコトヲ許サス」と規定して接見の許可基準そのものを定めているから、接見の時限、度数、手続、場所、立会、外国語の使用等接見の態様について定める規則一二一条ないし一二三条、一二五条ないし一二八条とは異質のものといわざるを得ない。そして、規則一二〇条は、文理に即して、かつ、規則一二四条と併せて解釈すると、原則として被勾留者と幼年者との接見を許さないこととしている(規則一二四条は、その例外として、限られた場合に監獄の長の裁量によりこれを許すこととしている。)、と解される。このような規則一二〇条及び一二四条は、事物を弁別する能力の未発達な幼年者の心情を害さないという目的のために設けられたものであるが、右の目的は、法によって定められた目的ではなく、規則によって定められた目的である。しかも、幼年者の心情の保護は、元来、その監護に当たる親権者等が配慮すべき事柄であるから、その目的の当否自体疑わしい。
(三) そうすると、規則一二〇条及び一二四条は、法律によらないで、被勾留者と幼年者との接見の自由を著しく制限するものであって、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものといわなければならない。法は被勾留者と幼年者との接見を一律に禁止することを容認している訳ではないから、原審のように、規則一二〇条及び一二四条について限定解釈をして、これらの規定が法五〇条の委任の範囲を超えないということもできない。
本判決は、以上のように、主として、被勾留者の側からの接見の自由という観点に立って、すなわち、幼年者の側からの接見の自由という観点に立つまでもなく、規則一二〇条及び一二四条が、被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において、法五〇条の委任の範囲を超え、無効である、と判断したものと思われる。
(四) なお、本判決が規則一二〇条のみならず規則一二四条も被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において無効であるとしたのは、規則一二〇条と一二四条とはいわば本文と但書との関係に立つ規定であり(規則一二四条は、規則一二一条ないし一二三条の例外規定でもあるため、立法技術上、規則一二〇条と離れたところに置かれているにすぎない。)、本件の場合、XとMとの接見を許さなかった処分が違法であるというためには、規則一二〇条が右の限度で違法無効であるとしたのでは足りないからであろう。
蛇足ながら、本判決が「被勾留者と幼年者との接見をゆるさない限度において」という説示を加えたのは、本判決は、規則一二〇条及び一二四条の規定する受刑者等の接見の自由についてはなんらふれていないためと思われる。
2 要旨二について
(一) 規則一二〇条及び一二四条が法五〇条の委任の範囲を超え無効であるとした場合、所長に国家賠償法一条一項にいう過失があるかどうかについては、これを肯定する説(請求認容説)と否定する説(請求棄却説)とを考えることができる。
(二) 過失肯定説(請求認容説)は、所長の規則一二〇条及び一二四条の解釈についての注意義務違反(規則一二〇条及び一二四条が法五〇条の委任の範囲を超え無効であることについての注意義務違反)及び本件接見許可申請に対する措置についての注意義務違反をいずれも肯定するものである。
この過失肯定説(請求認容説)としては、次の二つの説が有力と思われる。
(1) 過失を違法性から事実上推定する説
この説は「法律による行政」の原則の下において、公務員の職務の執行が違法であれば、多くの場合、当該公務員に過失があったと推認するを妨げないという経験則に基づくものと思われる。たしかに、通常の場合、被害者は当該公務員の職務の執行の態様を知らないから、右のような推定をすることは被害者の主張立証の負担を軽減し、その救済に役立つことは否定できない。そのような事情も手伝ってか、裁判例のうちには、違法性について詳細な認定判断をした後、過失については比較的簡単にこれを推認し、原告の請求を認容しているものも多い(とくに、違法性の程度が高い場合には、比較的容易に過失の存在を推認しているように思われる。)。
しかし、この説を採用しても、常に違法性から過失を推認することができる訳ではない。とくに、本件の場合、所長は規則一二〇条に従って本件処分をしたのであって、いわば過失の推認を妨げる事情が明らかになっているから、違法性があるからといって過失があることを推認することはできない。本判決は、この説は採用することができないとしたのであろう。
(2) 過失を主観的・具体的に把握せず、客観的・抽象的に把握する説
過失の有無は、もともと職務の執行をした公務員の知識・能力及び具体的な事実の認識によってこれを認定すべきである(具体的過失説)。しかし、この具体的過失説を採用しても、原審は所長の過失を認定するに足りる事実を認定していないから、所長に過失があったということはできない。
これに対し、(ア) そもそも、公務員は、その職務を遂行するにあたり、その職務に応じた注意義務を要求される、(イ) 公務員の公権力の行使が行政処分としてされる場合には、いわば組織として公権力の行使がされるから、その過失の有無も組織として手落ちはなかったか、という点から考える必要がある、(ウ) 被害者が自己の関知しない公務員の知識・能力及び具体的な事実の認識を主張立証することは相当困難である、(エ) 具体的過失説の方が国家賠償法一条一項の文理により親しむことは否定できないが、これによって同条を公正に運用することはできない、等の点を考慮すると、公務員が職務上要求される標準的な注意義務に違反したと認められる場合には、過失を認めることができるし、過失を認めるべきである(抽象的過失説)。
判例をみると、最三小判昭28・11・20民集七巻一一号一一七七頁は「関係検察官又は裁判官」の注意義務を問題としているから具体的過失説を採用したと解されるが、最三小判昭37・7・3民集一六巻七号一四〇八頁は「通常の検察官又は裁判官」の注意義務を問題としているから抽象的過失説を採用したと理解できないではない。また、最二小判昭43・4・19判時五一八号四五頁が「通常公務員に要求される注意義務」をもって過失の有無を判断しているのも抽象的過失説を採用したと解する余地があるし、最一小判昭60・11・21判時一一七七号三頁が「公務員が個別の国民に対して負担する法的義務」を強調しているのも同様に解する余地がある。
この説によれば、所長は、その職務に関し有形力(実力)を行使していつでも被勾留者の権利自由を直接にかつたやすく侵害することができるし、その権利自由の侵害の程度も大きくなる可能性があるから、その職務上の注意義務は相当高度なものといわざるを得ない、そして、所長は、遅くとも前掲最大判昭58・6・22があらわれた後は、規則一二〇条及び一二四条が法五〇条の委任の範囲を超えていることを当然認識すべきであった、したがって、所長に国家賠償法一条一項にいう過失があった、と構成するのであろう。
しかし、本判決は、この説を採用しない、あるいは、この説を採用しても過失を認めることができないとしたものと思われる。
(三) 過失否定説(請求棄却説)
過失とは、権利侵害の結果の発生又はその可能性を認識しないで(認識なき過失)、又は、結果の発生が認容されないのに結果の発生又はその可能性を認識しながら(認識ある過失)、権利侵害の危険性のある行為をすることである。とくに、本件のように公務員が公権力を積極的に行使する場合(認識ある過失の場合)には、通常、私人の権利を侵害するから、権利の侵害を予見しただけでは過失があることにはならず、違法であることを予見できなければ過失があることにはならない。
本判決は、このような考え方に従い、監獄の長には、本件処分当時、規則一二〇条及び一二四条が被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において法五〇条の委任の範囲を超え、無効であることにつき予見可能性がなかった、したがって、所長に国家賠償法一条一項にいう過失はない、としたものと思われる。そして、本判決は、右の予見可能性がなかった理由として、これらの規則が明治四一年に公布されて以来本件処分当時まで約七六年にわたり法務行政上も裁判上も有効なものとして取り扱われてきたことをあげている。このような場合、法務事務官たる所長(監獄の長)としては、法令(とりわけ法律よりも具体的な法規である規則一二〇条及び一二四条)を遵守し、これに従って職務を遂行してきた筈であるから、所長に右の予見可能性があったとするのは酷に失するとしたのであろう。したがって、所長に過失があるとされるのは、もっぱら本判決により規則一二〇条及び一二四条が前記の限度で無効であることが明らかにされた後のこととなるものと思われる。
三 平成三年法務省令第二二号は、規則一二〇条を削除し、一二四条中に「前四条」とあるのを「前三条」に改めた。この結果、法務行政の実際においても、受刑者等と幼年者との接見も含めて、在監者と幼年者との接見は、大幅に自由になったといえよう。
本判決は、規則(法務省令)が法に違反し無効であるとして法務行政に相当な影響を及ぼした点においても、法令の解釈をめぐる過失の有無が問題となった事案においてこれを否定したという点においても、実務上重要な判例というべきであろう。

+判例(H14.1.31)
理由
上告代理人三住忍、同多田実、同横田保典、同福井英之の上告理由について
1 児童扶養手当法(以下「法」という。)4条1項は、児童扶養手当の支給要件として、都道府県知事は次の各号のいずれかに該当する児童の母がその児童を監護するとき、又は母がないか若しくは母が監護をしない場合において、当該児童の母以外の者がその児童を養育するときは、その母又は養育者に対し、児童扶養手当を支給するとし、支給対象となる児童として、「父母が婚姻を解消した児童」(1号)、「父が死亡した児童」(2号)、「父が政令で定める程度の障害の状態にある児童」(3号)、「父の生死が明らかでない児童」(4号)、「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」(5号)を規定している(ここに規定する場合を含め、法にいう「婚姻」には、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含むものとされている(法3条3項)。以下、本判決においても同じ。)。そして、児童扶養手当法施行令(平成10年政令第224号による改正前のもの。以下「施行令」という。)1条の2は、法4条1項5号に規定する政令で定める児童として、「父(母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、その母と事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。以下次号において同じ。)が引き続き1年以上遺棄している児童」(1号)、「父が法令により引き続き1年以上拘禁されている児童」(2号)、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)」(3号)、「前号に該当するかどうかが明らかでない児童」(4号)を規定している。

2 原審の適法に確定したところによれば、上告人は、婚姻によらないで子を懐胎、出産して、これを監護しており、施行令1条の2第3号に該当する児童を監護する母として平成3年2月分から児童扶養手当の支給を受けていたが、同5年5月12日、子がその父から認知されたため、被上告人は、これにより児童扶養手当の受給資格が消滅したとして、同年10月27日付けで児童扶養手当受給資格喪失処分(以下「本件処分」という。)をしたというのである。

3 上記事実関係の下で、原審は、次のとおり判断し、本件処分の取消しを求める上告人の請求を認容した第1審判決を取り消して、上告人の請求を棄却した。
(1) 施行令1条の2第3号は、「(父から認知された児童を除く。)」との括弧書部分(以下「本件括弧書」という。)を含め、全体として児童扶養手当支給の積極要件である支給対象となる児童を定めた規定であって、本件括弧書が独立した児童扶養手当支給の消極要件を定めたものとはいえない。同号の規定のうち本件括弧書のみを取り出して、それを無効として本件処分を取り消すことは、母が婚姻によらないで懐胎した児童(以下「婚姻外懐胎児童」という。)であって父から認知されていないものを児童扶養手当の支給対象とすることを一体として定めた同号の規定の趣旨に反し、法及び施行令が児童扶養手当の支給対象として規定していない父から認知された婚姻外懐胎児童についても児童扶養手当の支給対象に含める法令が存在するものとし、そのような法令を適用して本件処分を取り消すことと同一の結果となり、立法府又は政令制定者の権限を侵すことになるから、許されない。
(2) のみならず、本件括弧書を設けたことは、憲法に違反するものでもなく、法の委任の範囲内である。法は、法4条1項1号ないし4号に規定する児童に準ずる児童の中から児童扶養手当の支給対象児童の類型を指定することを政令制定者の裁量にゆだねているところ、法4条1項2号及び4号は、父が存在しないため父による扶養を受けることができない類型を定めたものであり、施行令1条の2第3号は、これに準ずるものとして規定されたと解される。父の不存在を指標として児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲を画することは、それなりに合理的なものということができ、その反面として、父の不存在という指標に該当する事実がなくなった場合には、類型的に児童扶養手当の支給対象とする必要性がなくなったものとすることも、それなりに合理的なものということができる。本件括弧書は、帰するところ父の不存在という指標に該当する事実を規定したものであり、本件括弧書を設けたことは、立法府ないし政令制定者の裁量の範囲内に属するものと解され、違憲、違法なものとはいえない。

4 しかしながら、原審の上記判断は、是認することができない。その理由は次のとおりである。
(1) 施行令1条の2第3号の規定は、婚姻外懐胎児童を児童扶養手当の支給対象児童として取り上げた上、認知された児童をそこから除外するとの明確な立法的判断を示していると解することができる。そして、このうち認知された児童を児童扶養手当の支給対象から除外するという判断が違憲、違法なものと評価される場合に、同号の規定全体を不可分一体のものとして無効とすることなく、その除外部分のみを無効とすることとしても、いまだ何らの立法的判断がされていない部分につき裁判所が新たに立法を行うことと同視されるものとはいえない。したがって、本件括弧書を無効として本件処分を取り消すことが、裁判所が立法作用を行うものとして許されないということはできない。
(2) そこで、政令制定者が施行令1条の2第3号において本件括弧書を設けたことが、法の委任の範囲を超えたものということができるか否かについて検討する。
法は、父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給し、もって児童の福祉の増進を図ることを目的としている(法1条)が、父と生計を同じくしていない児童すべてを児童扶養手当の支給対象児童とする旨を規定することなく、その4条1項1号ないし4号において一定の類型の児童を掲げて支給対象児童とし、同項5号で「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」を支給対象児童としている。同号による委任の範囲については、その文言はもとより、法の趣旨や目的、さらには、同項が一定の類型の児童を支給対象児童として掲げた趣旨や支給対象児童とされた者との均衡等をも考慮して解釈すべきである。
法は、いわゆる死別母子世帯を対象として国民年金法による母子福祉年金が支給されていたこととの均衡上、いわゆる生別母子世帯に対しても同様の施策を講ずべきであるとの議論を契機として制定されたものであるが、法が4条1項各号で規定する類型の児童は、生別母子世帯の児童に限定されておらず、1条の目的規定等に照らして、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童、すなわち、児童の母と婚姻関係にあるような父が存在しない状態、あるいは児童の扶養の観点からこれと同視することができる状態にある児童を支給対象児童として類型化しているものと解することができる。母が婚姻によらずに懐胎、出産した婚姻外懐胎児童は、世帯の生計維持者としての父がいない児童であり、父による現実の扶養を期待することができない類型の児童に当たり、施行令1条の2第3号が本件括弧書を除いた本文において婚姻外懐胎児童を法4条1項1号ないし4号に準ずる児童としていることは、法の委任の趣旨に合致するところである。一方で、施行令1条の2第3号は、本件括弧書を設けて、父から認知された婚姻外懐胎児童を支給対象児童から除外することとしている。確かに、婚姻外懐胎児童が父から認知されることによって、法律上の父が存在する状態になるのであるが、法4条1項1号ないし4号が法律上の父の存否のみによって支給対象児童の類型化をする趣旨でないことは明らかであるし、認知によって当然に母との婚姻関係が形成されるなどして世帯の生計維持者としての父が存在する状態になるわけでもない。また、父から認知されれば通常父による現実の扶養を期待することができるともいえない。したがって、婚姻外懐胎児童が認知により法律上の父がいる状態になったとしても、依然として法4条1項1号ないし4号に準ずる状態が続いているものというべきである。そうすると、施行令1条の2第3号が本件括弧書を除いた本文において、法4条1項1号ないし4号に準ずる状態にある婚姻外懐胎児童を支給対象児童としながら、本件括弧書により父から認知された婚姻外懐胎児童を除外することは、法の趣旨、目的に照らし両者の間の均衡を欠き、法の委任の趣旨に反するものといわざるを得ない
(3) 原判決は、法4条1項2号の「父が死亡した児童」及び4号の「父の生死が明らかでない児童」は、父が存在しないため父による扶養を受けることができない類型を定めたものであり、施行令1条の2第3号は、本件括弧書を含めてこれに準ずるものとして規定されたものであるとし、父の認知によって受給資格が失われるのは、法4条1項2号及び4号により支給対象とされた児童について養父の出現や父の生存の確認によって父の不存在という事実がなくなれば父が扶養義務を尽くすか否かにかかわらず児童扶養手当の支給が打ち切られるのと同様であるとする。しかしながら、上記各号に定める父の死亡や父の生死不明も、単なる法律上の父の不存在ではなく、世帯の生計維持者としての父の不存在の場合を類型化したものということができるのであり、上記各号の場合に養父の出現や父の生存の確認によって世帯の生計維持者としての父の不存在の状態が解消されたとしてその受給資格を喪失させることと、認知により法律上の父が存在するに至ったとの一事をもって受給資格を喪失させることとを同一視することはできないというべきである。
そして、このように解することは、事実上の婚姻関係にある父母の間に出生した児童が、事実上の婚姻関係の解消によって法4条1項1号の支給対象児童となった場合において、その後に父の認知があったとしても、その受給資格に消長を来さないと解されていることとも整合する。

5 以上のとおりであるから、【要旨】施行令1条の2第3号が父から認知された婚姻外懐胎児童を本件括弧書により児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲から除外したことは法の委任の趣旨に反し、本件括弧書は法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効と解すべきである。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件括弧書を根拠としてされた本件処分は違法といわざるを得ない。
以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、上告人の請求を認容した第1審判決は、結論において是認することができるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官町田顯の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官町田顯の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見が本件括弧書は法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効であると解することに、賛成することができない。その理由は、次のとおりである。
多数意見は、法が4条1項各号で規定する児童は世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童を支給対象児童として類型化しているものと解し、婚姻外懐胎児童は世帯の生計維持者としての父がいない児童であり、認知によって世帯の生計維持者としての父が存在する状態になるわけでもないから、父から認知された婚姻外懐胎児童を支給対象児童としない本件括弧書は法の委任の趣旨に反し、無効であるとする。
しかし、児童扶養手当の制度は、多数意見も指摘するとおり、死別母子世帯には母子福祉年金が支給されていたところ、生別の場合も、死別の場合と同様、これにより児童の経済状態が悪化することは異ならないので、死別母子世帯との均衡から、生別母子世帯に対しても同様の施策を講ずることを主眼に創設されたものであり、かつ、これと同視することができる状態にある児童である〈1〉父が死亡した児童、〈2〉父が一定の障害の状態にある児童(事故、疾病等により父が障害者となることも少なくない。)及び〈3〉父の生死が明らかでない児童を支給対象児童として明記し、これらに準ずる状態にある児童で政令で定めるものも支給対象児童とすることができるものとしたものである。法が世帯の生計維持者としての父のいない児童すべてを支給対象児童とするものではないことは、その文言上からも明らかであり、また、このことを前提に、法の議決に当たり衆議院の社会労働委員会が、政府は父と生計を同じくしていないすべての児童を対象として児童扶養手当を支給するよう措置することを求めていること(付帯決議が法的効力を持つものでないことは、いうまでもない。)によっても裏付けることができる。父と生計を同じくしていない児童のすべてではなく、父母の離婚等その児童の経済状態が悪化する特別の事情のある児童に限って児童扶養手当を支給する社会保障立法が、憲法に反するものでないことは、最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁に照らし明らかである。これを、多数意見のように、法は世帯の生計維持者としての父がいない児童を類型化して支給対象児童としているものと解すると、その一つの典型である婚姻外懐胎児童について、法が4条1項に列記しないことの説明が困難と思われる。
このように解すべきものとすれば、内閣は、法4条1項5号の委任に基づき、政令を定める場合に、婚姻外懐胎児童を支給対象児童とすることを義務付けられているものではない。同号が同項1号から4号までに準ずる状態にある児童として政令に定めるものを支給対象児童とすると包括的、抽象的に定める趣旨は、どのような状態にある児童を同項1号から4号までに準ずる状態にあるとして政令に定めるかを、政令の制定権者である内閣の裁量にゆだねているものというべきである。そして、内閣が婚姻外懐胎児童を支給対象児童として政令で定める場合に、父から認知されたものと認知されていないものとで異なった扱いをしても、別異に扱うことに合理的理由があるなら、なお裁量の範囲内にあるものと解される。同じ婚姻外懐胎児童であっても、父から認知されたものは父に対し扶養請求権を持つのに、認知されていないものにはそのような権利はないから、社会福祉制度の一つである本件児童扶養手当の支給について、認知されていないもののみを支給対象児童とすることも合理的な理由があり、施行令1条の2第3号の括弧書部分が法の委任の趣旨に反するものとは解されない。このように解しても、認知を受けた児童が父から引き続き1年以上遺棄されている場合など、法4条1項2号から4号まで又は施行令1条の2第1号若しくは2号に該当する場合には、婚姻関係にある父母の間で出生した児童と同じ事由に基づき児童扶養手当の支給を受けることができるのであるから、格段の不利益を受けるものともいえない。多数意見は、事実上の婚姻関係にある父母の間で出生した児童が事実上の婚姻関係の解消によって児童扶養手当の支給を受けている場合に、その後の父の認知によって受給資格に消長を来さないのに、婚姻外懐胎児童の場合は父の認知により受給資格を欠くこととなるのは、整合性に欠けるようにいうが、事実上の婚姻関係にある父母の間で出生した児童については、法は、父の認知の有無にかかわらず、父があるものとして法を適用するものとしているのであるから、認知によって法の適用上新たに父が出現するものではないのに対し、婚姻外懐胎児童の場合は、父の認知によって初めて父があることになるのであるから、受給資格に関し、認知の取扱いが異なっても、整合性に欠けることとなるものではない。
児童扶養手当は、前記のとおり、離婚等により経済状況が悪化した母子家庭等に支給される社会保障としての給付であるから、その運用は、この趣旨に従って行われるべきものであるところ、従前児童扶養手当を受ける事由となっていた受給資格に該当しなくなった場合でも、他の受給資格がある場合には、受給資格喪失処分をすることは許されないものと解するのが相当である。そして、本件のように父から認知を受けたことにより、施行令1条の2第3号の受給資格を欠くこととなった場合には、同条1号に規定する児童に該当する場合があることも十分予想されるから、児童扶養手当受給資格喪失処分の適否を判断するに当たっては、同号等に該当する事由の有無を釈明、審理する必要があるものというべきである。
よって、この点を判断させるため、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すのが相当である。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 町田顯 裁判官 深澤武久)

++解説
《解  説》
一 児童扶養手当は、いわゆる母子家庭の生活安定と自立促進のため、児童扶養手当法に基づき支給されるものであるが、同法四条一項は、その支給対象児童として、父母が婚姻を解消した児童(一号)など一定の類型の児童を定めた上で、同項五号で「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」と規定し、支給対象児童を定めることを政令に委任しており、同法施行令一条の二は、これを受け、一定の類型の児童を定めている(なお、同法の関係における「婚姻」はいわゆる事実婚を含むものである。)。本件で問題とされたのは、支給対象児童を定める同法施行令一条の二第三号(平成一〇年政令第二二四号による改正前のもの)の規定のうち、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童」から「父から認知された児童」を除外している括弧書部分(本件括弧書)である。
本件は、婚姻によらないで懐胎した児童(婚姻外懐胎児童)を出産し、同号該当児童を監護する母として平成三年から児童扶養手当の支給を受けていたXが、平成五年に、その子が父に認知されたことにより、Yから児童扶養手当の受給資格喪失通知をされたため、その根拠となった本件括弧書が違憲、違法であるなどとして、処分の取消しを求めた事案である。
なお、本件括弧書自体は、上記平成一〇年改正により既に削除されている。
二 本件の第一審判決は、本件括弧書は、法四条一項一号の定める父母婚姻解消児童に比較して、婚姻外の児童を社会的地位又は身分により差別するもので、差別は合理的な理由によるものとはいえないから、憲法一四条に違反し、無効であるとして処分を取り消した。これに対し、原審は、①施行令一条の二第三号は、本件括弧書を含め、全体として手当支給の積極要件を定めた規定であり、本件括弧書のみを無効として処分を取り消すことは、法及び施行令が規定していない認知された婚姻外懐胎児童をも支給対象に含める法令が存在するとして処分を取り消すことと同一の結果となり、立法府又は政令制定者の権限を侵し許されない、②のみならず、認知の有無、すなわち、父の存否を指標として支給対象児童を画する本件括弧書を設けることは、憲法に違反するものでもなく、法の委任の範囲内であるとし、第一審判決を取り消し、原告の請求を棄却した。
なお、本件括弧書に基づく児童扶養手当の受給資格喪失処分を争う訴訟は、本件以外にもあり、京都事件では、一審(京都地判平10・8・7本誌一〇三七号一二二頁)は本件括弧書を違法であるとしたが、二審(大阪高判平12・5・16訟月四七巻四号九一七頁)は違憲、違法とはいえないとし、広島事件では、一審(広島地判平11・3・31判自一九五号五二頁)はこれを違憲、違法といえないとしたが、二審(広島高判平12・11・16判時一七六五号三七頁)は違憲、違法であるとするなど、判断が分かれていたところである。
三 本判決は、まず、施行令一条の二第三号の規定は、婚姻外懐胎児童を児童扶養手当の支給対象児童として取り上げた上、認知された児童をそこから除外するという明確な立法的判断を示しているといえ、この判断が違憲、違法なものと評価される場合に、同号の規定全体を不可分一体のものとして無効とすることなく、その除外部分のみを無効とすることは、いまだ何らの立法的判断がされていない部分につき裁判所が新たに立法を行うことと同視されるものとはいえないとし、原審の上記①の判断を是認できないとした。
そして、本判決は、本件括弧書が法の委任の範囲を超えたものか否かについて検討し、法は、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童を類型化していると解することができるところ、婚姻外懐胎児童は、世帯の生計維持者としての父がいない児童で、父の現実の扶養を期待することができない類型の児童に当たるから、施行令が本件括弧書を除いた本文で婚姻外懐胎児童を法の定める支給対象児童に準ずる児童としたことは、法の委任の趣旨に合致するとし、他方で、本件括弧書を設けて認知された婚姻外懐胎児童を除外したことについては、認知がされれば法律上の父が存在する状態になるが、法四条一項一号ないし四号は法律上の父の存否のみによって支給対象児童の類型化をする趣旨ではないし、認知によって当然に世帯の生計維持者としての父が存在する状態になるわけでもなく、また、認知されれば通常父による現実の扶養を期待できるともいえないから、婚姻外懐胎児童が認知されても、依然として法四条一項各号に準ずる状態が続いているといえ、施行令一条の二第三号がその本文で婚姻外懐胎児童を支給対象児童としながら、本件括弧書により父から認知された婚姻外懐胎児童を除外することは、法の委任の趣旨に反するとして、憲法判断をするまでもなく、本件括弧書は無効であるとした(この点には町田裁判官の反対意見が付されている。)。
本判決は、社会保障立法の分野において、支給対象を定める政令の一部を違法無効としたものであるが、第一審判決のように、法四条一項一号が支給対象児童としている父母婚姻解消児童(法四条一項一号)との比較のみによって平等原則違反をいうものではないことは判旨からも明らかであろう。いわゆる社会保障立法において、給付の対象とされた類型と対象とされなかった類型との差異を個別に取り上げ、これだけを比較してその差異に十分に合理的な根拠がない限り直ちに憲法一四条一項違反とするような判断手法は、結局、社会保障立法における立法者の裁量権を極めて狭く解することにもなりかねず、反対意見が参照する最大判昭57・7・7民集三六巻七号一二三五頁、本誌四七七号五四頁(堀木訴訟大法廷判決)の示した判断基準からみても議論のあり得るところであろう。本判決は、他の支給対象児童を定めている法の規定も、準ずる児童を定めることを委任した法の委任の趣旨として考慮し、婚姻外懐胎児童につき、認知の有無、すなわち、法律上の父の有無による線引きをすることは、法の委任の趣旨に反するとしたものであり、認知婚姻外懐胎児童と父母婚姻解消児童との単純な対比ではなく、むしろ、認知婚姻外懐胎児童と未認知婚姻外懐胎児童とを対比し、両者の取扱いを異にすることが、その四条一項で種々の支給対象児童を規定している法の委任の趣旨に反するか否かを検討したものといえよう。
四 なお、前記京都事件及び広島事件についても、上告及び上告受理申立てがされ、前者は第二小法廷に、後者は第一小法廷に係属していたが、広島事件については、本判決と同日に同旨の判決がされ、京都事件については、平成一四年二月二二日に、全員一致でほぼ同旨の判決がされている。
本件は、平成一〇年の改正により既に削除されるに至った本件括弧書の適否が問題となった事案であるが、政令の法適合性について判断を示し、法の委任の趣旨に反するとして政令の一部を無効とした最高裁判決であるので(なお、法の委任の範囲を超えるとして、政令等を無効とした最高裁判例としては、農地法施行令一六条についての最大判昭46・1・20民集二五巻一号一頁、本誌二五七号一一七頁、監獄法施行規則一二〇条及び一二四条についての最三小判平3・7・9民集四五巻六号一〇四九頁、本誌七六九号八四頁がある。)、紹介する。

+判例(H21.11.18)
理由
上告代理人中北龍太郎の上告受理申立て理由及び上告代理人樺島正法、同小西憲太郎、同佐竹明の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 本件は、東洋町選挙管理委員会(以下「処分行政庁」という。)が、東洋町議会議員A(以下「A議員」という。)に係る解職請求者署名簿の署名について、解職請求代表者に非常勤の公務員である農業委員会委員が含まれているとして、そのすべてを無効とする旨の決定をし、さらに、請求代表者等の関係人である上告人らによる異議の申出も平成20年5月20日付けの決定(以下「本件異議決定」という。)により棄却したことから、上告人らにおいて本件異議決定の取消しを求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人X1を含む6名(以下「本件代表者ら」という。)は、処分行政庁に対し、平成20年3月14日、A議員に係る解職請求書を添えて、本件代表者らがその解職請求代表者である旨の証明書の交付を申請し、同月17日、処分行政庁からその旨の証明書の交付を受けた。当時、上告人X1は、非常勤の公務員である農業委員会委員であった。
(2) 公職選挙法(以下「公選法」という。)89条1項本文所定の公務員は、同項ただし書所定の者を除き、在職中、公職の候補者となることができないが、地方自治法(以下「地自法」という。)及び地方自治法施行令(以下「地自令」という。)は、公選法89条1項を議員の解職の投票に準用するに当たり、「公職の候補者」を「普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者」と読み替え、かつ、同項ただし書(同項2号に関する部分を除く。)の準用を除外している(地自法85条1項、地自令115条、113条、108条2項、109条。以下、地自令の上記4条項のうち、公選法89条1項を準用することにより議員の解職請求代表者の資格を制限している部分を併せて「本件各規定」という。)。したがって、本件各規定によれば、農業委員会委員は、公職の候補者となることができる場合であると否とを問わず、在職中、議員の解職請求代表者となることができないこととなる。
(3) 本件代表者らは、処分行政庁に対し、同年4月14日、上記解職請求書に係る1124名分の署名簿(以下「本件署名簿」という。)を提出し、同月17日に受理されたが、処分行政庁は、本件各規定により農業委員会委員は議員の解職請求代表者となることができないことを前提に、同年5月2日付けで、本件署名簿の署名をすべて無効とする旨の決定をした。
(4) 上告人らが上記決定に対し異議の申出をしたところ、処分行政庁は、本件署名簿の署名は農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集されたものであって、すべて成規の手続によらない署名であるなどとして、同月20日付けで、異議の申出を棄却する本件異議決定をした。

3 原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断して、上告人らの請求を棄却した。
本件各規定の委任の根拠規定である地自法85条1項は、議員の解職請求に係る投票手続のみならず、これと一連の手続の中で密接に関連する請求手続についても、公務員の職務遂行の中立性を確保し、手続の適正を期する観点から、公選法の規定の準用を認めたものであって、本件各規定はその委任の範囲内の適法かつ有効な定めと解されるから、農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集された本件署名簿の署名は、すべて成規の手続によらない署名として無効である。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 普通地方公共団体の議会の議員の選挙権を有する者は、法定の数以上の連署をもって、解職請求代表者から、当該普通地方公共団体の選挙管理委員会に対し、当該議会の議員の解職の請求をすることができ(地自法80条1項)、選挙管理委員会は、その請求があったときは、直ちに請求の要旨を関係区域内に公表するとともに(同条2項)、これを選挙人の投票に付さなければならないこととされている(同条3項)。このように、地自法は、議員の解職請求について、解職の請求と解職の投票という二つの段階に区分して規定しているところ、同法85条1項は、公選法中の普通地方公共団体の選挙に関する規定(以下「選挙関係規定」という。)を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているのであるから、その準用がされるのも、請求手続とは区分された投票手続についてであると解される。このことは、その文理からのみでなく、〈1〉 解職の投票手続が、選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており、公選法中の選挙関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えていること、〈2〉 他方、請求手続は、選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって、これに相当する制度は公選法中には存在せず、その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいえないこと、〈3〉 それゆえ、地自法80条1項及び4項は、請求手続について、公選法中の選挙関係規定を準用することによってではなく、地自法において独自の定めを置き又は地自令の定めに委任することによってその具体的内容を定めていることからも、うかがわれるところである。
したがって、地自法85条1項は、専ら解職の投票に関する規定であり、これに基づき政令で定めることができるのもその範囲に限られるものであって、解職の請求についてまで政令で規定することを許容するものということはできない
(2) しかるに、前記2(2)のとおり、本件各規定は、地自法85条1項に基づき公選法89条1項本文を議員の解職請求代表者の資格について準用し、公務員について解職請求代表者となることを禁止している。これは、既に説示したとおり、地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものであって、その資格制限が請求手続にまで及ぼされる限りで無効と解するのが相当である。
したがって、議員の解職請求において、請求代表者に農業委員会委員が含まれていることのみを理由として、当該解職請求者署名簿の署名の効力を否定することは許されないというべきである。
最高裁昭和28年(オ)第1439号同29年5月28日第二小法廷判決・民集8巻5号1014頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。

(3) 処分行政庁は、本件異議決定において、本件署名簿の署名は農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集されたものであって、すべて成規の手続によらない署名であるから無効であると判断し、原審も前記のとおり同様の判断をしたものであるところ、上記のとおり、本件各規定は少なくとも請求手続に適用される限りでは違法、無効な定めといわざるを得ないから、これに基づいて上記署名を成規の手続によらない署名であるとすることはできない。
なお、公務員は一般職、特別職を問わず議員の解職請求の請求手続の当初から解職請求代表者となることができないとするのが、地自法85条1項に関する従前からの一貫した行政解釈であり、前記の最高裁昭和29年5月28日第二小法廷判決も、これを是認するものであった。それにもかかわらず、本件代表者らにおいて上告人X1を含めて請求代表者証明書の交付を申請し、処分行政庁もこれを交付した理由は、定かでないが、上記の行政解釈が地自法の法文の文理とは整合しないものであり、解職請求代表者の資格制限を定める本件各規定が明確性を欠いていることも一因であることがうかがわれるところである。地自法の定める直接請求に関し請求代表者の資格制限を設けるのであれば、住民による利用の便宜や制度の運営の適正を図る見地からも、制限の及ぶ範囲は、法律の規定に基づき、可能な限り明確に規定されていることが望ましいことはいうまでもない。

5 以上によれば、本件署名簿の署名をすべて無効とした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、本件異議決定は違法であり、その取消しを求める上告人らの請求は理由があるから、本件異議決定を取り消すこととする。
よって、裁判官堀籠幸男、同古田佑紀、同竹内行夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖、同涌井紀夫の各補足意見、裁判官宮川光治、同櫻井龍子の補足意見がある。

+補足意見
裁判官藤田宙靖の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するが、「本件各規定」が地自法85条1項による委任の範囲を超え違法無効であると解すべき理由につき、若干の補足をしておくこととしたい。
1 私は、本件についての最終的判断は、問題となる法令の規定(特に地自法85条1項の規定)の解釈に当たり、解釈作法の在り方(解釈方法選択の視角)をどう考えるかに懸かるものと考える。
厳密な文言解釈による限り、地自法85条1項は、公選法上の普通地方公共団体の選挙に関する規定を「第80条3項・・・の規定による解職の投票」に準用すると定めているのであり、また、地自法80条は、解職の請求(1項)と解職の投票(3項)とを明確に書き分けているのであるから、同法85条1項にいう「解職の投票」の中には「解職の請求」は含まれないこととなるのが、当然の帰結であるといえよう。そうすると、地自法85条を受けた地自令115条が、公選法89条1項の「公職の候補者」を読み替えることによって公務員に「議会の議員の解職請求代表者」たり得る資格を与えないこととしているのは、法律の委任の範囲を超えて違法無効(全面的無効)であるか、あるいは、少なくとも解職請求代表者の「解職の投票」段階における役割を超えて規制する限りにおいて無効(限定合法解釈)、ということにならざるを得ないのであって、多数意見を支えているのは、基本的にはこのような法解釈であるということができる。
しかし、法解釈の方法として、法規定の合目的的解釈ないし立法趣旨の合理的解釈という方法を採用するならば、〈1〉一連の(広義の)解職請求手続の中で、公務員の政治的中立性が保障されなければならないとすれば、それは何よりも請求手続の段階においてであって、投票の段階における代表者の役割については、この見地からして見るべきものはさほど残されていないこと(言葉を換えるならば、地自法が、特に投票の段階に絞って公務員に代表者資格を否定しようとする合理的な根拠は余り無いこと)、〈2〉そもそも、地自法の定める直接請求制度は、住民の側から直接に請求ができるということに制度の根幹があるのであって、投票は、(条例制定における議会の議決などと同様に)直接請求がなされた(有効に成立した)ことの結果行政側が執らなければならない処置として位置付けられているものに過ぎない(そもそも地自法上、解職請求代表者と区別された固有の意味での解職投票代表者なるものの存在は予定されていない。同法82条等参照)こと、等に鑑みて、同法85条1項がいう「解職の投票」とは、少なくとも本件との関係では、あくまでも(広義での)解職請求手続の一環としての投票という意味と解すべきである、との解釈が成り立ち得ないではないようにも思われる。言葉を換えていえば、地自法は、確かに「解職の請求」と「解職の投票」とを制度的に区別してはいるが、しかし、両者は元々一つの目的を追求するためのプロセスの一環を成すものに他ならないのであるから、問題によっては、両者の一体性こそが重視されなければならない側面もあるのであって、「代表者」という制度は、正にこういった意味で両者に共通するものとして制度設計されているのだという考え方をすることもできるのではないか、ということである。
そして、従来の裁判例は全てがこのような解釈を採るものであり、また、国(旧自治省・総務省)においても、少なくともあえてこれに異を唱えるものではないといった状況にあること、また、このような解釈を採った結果に実質的な不都合があるとは必ずしもいえないこと(もとより、あらゆる公務員につきこのような制約を課することが合理的か否かの問題はあるかもしれないが、それは、公務員の概念の外延をめぐる問題であって、地自法85条1項の解釈に関するここでの問題とは、問題の次元を異にする)等を考えれば、昭和29年最高裁判決をあえて変更するまでもなく上告棄却とすべきであるとする反対意見にも、それなりの合理的理由は存在するものと考える。そこで、それにも拘らず、何故本件においては厳密な文言解釈の道を選択しなければならないのかが問題となるが、この点については、理論的には次のような回答がなされ得るであろう。
すなわち、仮に上記の合目的的解釈の立場に立ったときには、地自法85条の上記明文との違いをどう説明するのかが問題となるが、いずれにせよそれは、法令上用いられた概念を通常理解される意味を超えより広い意味に理解するという意味において、一種の拡張解釈をする結果とならざるを得ない。そして、本件の場合には、そのような拡張解釈が、公務員の権利の制限を拡大する目的のために行われることになるのである(もっともこの点、ことは立法技術の問題であって現行85条の明文の下でも「解職の投票」中に「解職の請求」が含まれているものと読める、という考え方をするならば、これは「拡張解釈」ではないことになろうが、ここでは、立法の専門家でなく、上記のように、一般国民の目線でどう読めるかを基準として「拡張解釈」の語を用いている)。
もとより、刑事法の分野に属さない公法の分野において、国民の権利の制限の幅を広げる目的の下に明文規定の拡張解釈をすることが、解釈作法としておよそ禁じられるものとは必ずしもいえず、より大なる公益目的のためにそれもやむを得ないと考えるべき場面が生じ得ないとはいえない。しかし、本件の権利制限の場合には、このような権利制限の拡張を(解釈上)認めないことが、取り返しのつかない重大な公益の侵害をもたらす結果につながるとは、必ずしも考えられない(例えば、直接請求に際しての公務員の政治的中立性を担保する結果をもたらす現行法上の規制は、必ずしも本件における規制のみに止まるわけではない)反面、制限される権利自体は、国民の参政権の行使に関わる、その性質上重要なものであるということができる。そうであるとすれば、権利制限の幅を広げようとする以上、明文の規定についての拡張解釈によってではなく、法的根拠と内容とを明確にした新たな立法によって行うのが本来の筋であるというべきことになろう。
2 問題はさらに、こういった規制の明確化を求めるという目的のために、本件において、あえて最高裁が判例変更の道にまで踏み込むべきであるという判例政策上の決断をすべきか否かである。
今回、当審が本件各規定を法律の委任の枠を超え違法無効と判断する解釈の道を選んだとき、その後始末をどうするのかは、もはや司法権の判断の枠を超えることであるが、仮に立法府(法律)ないし行政府(政令)が、公務員についてはおよそ解職請求代表者への就任資格を持たせないこととする政策自体を不可欠であると考えるのであれば、直ちにそれに対応した立法措置を執ることとなるであろうが、仮に、そのような措置が執られなかったとするならば、それはすなわち、そのような規制は必ずしも不可欠の規制ではなかったことを裏書きするものであるということになるはずである(なお、この点に関し、地自令115条が無効とされることによって、解職請求代表者の資格制限につきいわば空白事態が生じることをどう考えるかという問題もあるが、私自身は、公務員の政治的行為の制限につき、およそあらゆる場面につき一瞬の空白を置くことも無く法令による完全な規制がなされるのでなければ危機的事態が生じるとは考えていない)。国民の権利を制限する法令の規定の上記に見たようなあるべき姿に鑑みるとき、権利を制限される国民の側から問題が提起されている本件を契機として、この点についての再確認を行うことには、それなりに十分な意義があるものと考えられる。
また、本件のような訴訟が起き、また学界においてこれを支持する声が生じるのは、一つには、本件の農業委員会委員等も含め、およそ一切の公務員にこのような権利制限を加えることに果たして合理的な意味があるのかが問題とされるからであることは明らかであり、このような点も含め、改めて資格制限の在り方を検討するきっかけを創出すること自体に意味があると考えることもできよう。
上記の理由により、私は、上記のような決断に基づき昭和29年最高裁判決を変更し、本件各規定の違法を前提とした処理をするとの判断を採用することも一つの合理的判断であると考え、多数意見に同調するものである。

+補足意見
裁判官涌井紀夫の補足意見は、次のとおりである。
私の見解は、多数意見のとおりであるが、反対意見には、本件を処理するに当たっての多数意見の基本的な考え方について誤解を招き兼ねないところがあるように思われるので、念のためにこの点を明らかにしておくこととしたい。
本件では、農業委員会委員が議員の解職請求代表者になることができないものとした処分行政庁の判断の適否が争われているのであるが、その中心的な争点は、議員の解職請求代表者の資格を制限した地自令の本件各規定が委任の根拠規定である地自法85条1項の規定の文理との関係で有効なものと見られるか否かという点にある。そこで、多数意見は、専ら法文の文理からして、この地自法85条1項の規定が解職の投票に関する規定であって、解職の請求についてまで政令で規定することを許容する規定とは解し得ないものとし、このことを理由に、解職請求代表者の資格について定めた本件各規定が法の委任の範囲を超える定めをしたものであって、その効力を認めることができないとしているのである。すなわち、それは純粋な法理の問題であり、それ以上に、解職請求代表者の資格について本件各規定が定めるような制限を加えることが立法政策として相当であるか否かといった実体について判断しているものではない。
もちろん、このように本件各規定の効力が否定されることとなった場合、公務員について解職請求代表者となる資格を制限するためには、改めて法律の規定に基づく明確な定めを置くことが求められることになるが、この場合に、制限等の内容としてどのようなものが許容されるか、あるいはどのような定めが望ましいかといった問題は、立法政策の問題として、関係する当局の権限と責任において検討されるべきものであることは、いうまでもないところである。
裁判官宮川光治、同櫻井龍子の補足意見は、次のとおりである。
私たちは、多数意見に同調するものであるが、更に私たちが考えるところを補足して述べておきたい。
1 本件の経緯をみると、処分行政庁は議員の解職請求に関し農業委員会委員である上告人X1を含めた本件代表者らに対し請求代表者証明書を交付し、かつ、その旨を告示しており、本件代表者らはこれにより署名の収集を開始し、1か月以内に処分行政庁に対し選挙権を有する者の3分の1以上であるとする1124名分の議員の解職請求に係る署名簿を提出し受理されたところ、その後、処分行政庁は、農業委員会委員が請求代表者の一人となった署名簿の署名は成規の手続によらない署名であるという理由で、署名簿の署名をすべて無効とする旨の決定を行ったものである。私たちは、この事態は、住民の直接請求制度の在り方の根幹にかかわる重大な問題を提起しているものと考える。
地方行政の基本は間接(代表)民主制であるが(憲法93条、地自法89条、139条)、住民が主権者として選挙によって代表者を選んだ後、代表者の意思と住民の意思がかい離するという事態が生ずることがある。そのような間接民主制の欠陥を直接民主制の原理により補完するという直接参政制度が地自法において一定の範囲で設けられている。普通地方公共団体に一定の施策の実施を求めるいわゆるイニシアティブ(発案制度)として条例の制定又は改廃の請求(12条1項、74条~74条の4)及び事務の監査の請求(12条2項、75条)があり、いわゆるリコール(解散・解職請求制度)として議会の解散請求(13条1項、76条~79条)及び議員・長その他役員の解職請求(13条2項、3項、80条~88条)がある。後者は、憲法15条1項の「公務員の罷免権」を具現したものとしてみることができる。住民のこうした権利を実現するための重要な手続については、法により疑問の余地なく明確に規定されていなければならない。
そこで、請求代表者の資格制限についての根拠規定をみるに、多数意見において指摘したとおり、これまでの実務上の解釈、運用、また昭和29年最高裁判決が示すところについては明確な根拠を見いだすことは困難であるといわざるを得ない。それが署名簿の署名の効力をすべて失わせるという結果をもたらすということの重大さにかんがみると、私たちは、上記判例を変更せざるを得ないと考えるものである。
2 ところで、公選法において、公務員は、在職中、公職の候補者となることができないと定められているところであるが(89条1項本文)、一定の範囲の公務員についてはその制限が解除されている(同項ただし書)。例えば、非常勤の消防団員・水防団員(同項4号)、臨時又は非常勤の委員等で政令で指定する者(同項3号)がこれに該当する。農業委員会委員は在職のままで市町村の議会の議員及び長の選挙に関してはその候補者となることができる(公職選挙法施行令90条2項1号、別表第2及びその備考欄)。このような資格を有する農業委員会委員に関し、他方で、議員の解職請求については、請求手続段階において代表者となることを否定するといったことが、処分行政庁の実務における混乱の背景にはあるものと考えられる。今日、地方自治体の行政を支える非常勤の特別職公務員は、多種多様にわたっている。特に、地自法制定当時に比べると、各種審議会の数は著しく増え、様々な立場の者がそれらの委員に幅広く任命されるに至っており、中には公募の一般住民を審議会委員に任命する自治体も増えている。本件の東洋町は、記録によれば、人口がおよそ3300人の町であるが、このような規模の普通地方公共団体においては、青壮年者の相当数は何らかの役を担っているものと考えられる。これらの非常勤の特別職公務員について、一般職の常勤公務員と同様に、請求代表者になることを制限しなければならないのであれば、その根拠規定、理由等はできる限り明確で、かつ、一般の住民にも理解され周知されるような形のものであるべきであろう。
3 また、地自法85条1項の立法趣旨も必ずしも明確であるとはいい難い。地自法は、直接参政制度をいずれも請求手続と請求の効果に関する手続の二段階として構成しており、条例の制定・改廃の請求に関する規定を他の請求手続に準用している(75条5項、76条4項、80条4項、81条2項、86条4項)。以上の請求はいずれも代表者により行われる必要があるところ、地自法は、条例の制定・改廃の請求に関し、請求代表者の資格について選挙権を有すること以外に制約を設けていない。こうした構成からすると、他の直接請求に関しても、請求代表者についての請求段階における資格制限を設けるものとすることが地自法の趣旨であったのか否かは容易に断定できないと思われる。
4 直接請求制度は、我が国においては、これまで十分活用されてきたとはいい難い制度であったが、近年、住民の自治意識が高まるに伴い、全国的に件数も増え、重要性を増してきていることがうかがわれる。とりわけ、政策的な地方分権の推進により、都道府県、市町村の行う業務についての自治権限が強まってきているが、このような団体自治の確立と併せて、真の意味の地方自治の発展には、住民が自ら判断し、自ら責任を負うという形の住民自治の拡充が不可欠である。そして、その住民自治の拡充を進めるシステムの一つとして、各種の直接請求制度、住民投票制度などの直接民主制の機能の充実が要請されているところである。本件の直接請求制度における請求代表者の資格要件については、このような地方分権の流れを踏まえながら、住民の基本的な権利行使の問題として法的にも明確な整理を行い、住民自らの決定が滞りなく行われ得る環境を整えることが、法律の立案等に携わる者の責務であることを補足して強調しておきたい。
裁判官堀籠幸男、同古田佑紀、同竹内行夫の反対意見は、次のとおりである(裁判官竹内行夫については、本反対意見のほか、後記の追加反対意見がある。)。
私たちは、原判決は正当であり、最高裁昭和29年5月28日第二小法廷判決を変更すべき理由はなく、本件上告を棄却すべきものと考える。その理由は、以下のとおりである。
1 普通地方公共団体の議会の議員(以下「自治体の議員」という。)についての請求による解職制度(以下「解職制度」という。)は、署名収集等の請求のための手続と投票の手続の二つの部分からなるが、これらは解職制度の一部をなす一連のものである。解職請求代表者は、解職制度全体を通じた存在であり、法の関係規定から、解職制度において、請求者の代表として、解職の実現のため、解職を請求し、署名収集のみならず賛成投票を得るための活動(以下「投票運動」という。)などの一連の活動を主導し、投票の手続に関与する主体として位置付けられていることが認められ、解職制度を構成する重要な主体である。
地自法85条1項は、「政令で特別の定をするものを除く外、公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は、・・・第80条第3項・・・の規定による解職の投票にこれを準用する。」と規定する。これは、選挙によって選出された自治体の議員の解職は投票によって明らかにされた住民の意思により決すべきものであるところ、その投票が住民の意思を問うという点において、自治体の議員の選挙と実質的に同様の性質を有することにかんがみ、その選挙の場合と同様の公正を確保することが必要であることから、原則として選挙と同様の仕組みによることとしたものである。そして、解職請求代表者に公務員がなることは、その地位を利用して住民の投票に不当な影響を及ぼすおそれがあることなど、選挙において公務員が公職の候補者になる場合と同様、投票の公正を害するおそれがあることから、公選法89条1項の規定等の資格制限規定も除外することなく準用しているものであり、これを受けて、地自令115条は、自治体の議員の解職投票に公選法89条1項を準用する場合に、「公職の候補者」を自治体の議員の「解職請求代表者」と読み替える旨規定しているのであって、これらの規定により、公務員は解職請求代表者となることが禁止されているのである。地自法85条1項にいう「解職の投票」の意味も上記趣旨に照らして解釈しなければならない。同項にいう「解職の投票」とは、公選法の「選挙」に対応する概念として、解職の投票の仕組みの全体をいうものと解すべきである。
2 多数意見は、要旨、地自法85条1項は公選法中の選挙関係規定を同法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているから、準用されるのは請求手続と区分された投票手続についてであると解されることのほか、解職の投票手続が、選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており、公選法中の関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えていること、請求手続は選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって、これに相当する制度は公選法中には存在せず、その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいえないこと、それゆえ、地自法80条1項及び4項は、請求手続について、法に独自の定めを置き又は政令に委任することによってその具体的内容を定めていることを理由として、同法85条1項を受けた政令において、解職の請求について規定することはできず、したがって解職請求代表者の資格制限が請求手続にまで及ぼされる限度において公選法89条1項本文の規定を解職請求代表者の資格に準用することは許されないとする。
しかしながら、前記のとおり、地自法85条1項は、解職投票につき選挙と同様に公正を確保する観点から投票の仕組みを原則として選挙と同様のものとすることとしたものである。同法は請求の要件や署名収集等に関する規定を設けているが、これらは専ら請求に関する事項についての必要な規定を設けたものであって、投票に関する事項については原則として公選法の選挙に関する規定によることとしているものである。多数意見は請求手続と投票手続の区分を強調するが、前記のとおり、両者は一連の不可分のものであり、解職請求代表者は、両者を通じて投票による解職を実現しようとする者として解職投票の仕組みを構成する主体である。したがって、その資格は投票に関するものであり、公選法89条1項の準用があるのは明らかというべきである(多数意見によれば、請求及び投票の事務を管理する選挙管理委員会の委員等も請求手続に関しては代表者になることができることになるが、明らかに不当であろう。)。
多数意見に従えば、解職の実現という目的に向けて行われる一連かつ一体的な活動を主導する法律上1個の主体の資格を分断することになり、そのような主体の資格の決め方として不自然かつ不合理である。署名収集段階においても投票運動が認められていることとも整合しない。また、公務員が解職請求代表者になることにより投票の公正が害されることを防止しようとする法の趣旨に反するものである。公務員が解職請求代表者になれば、投票に不当な影響を及ぼすおそれがあることは、署名収集などの段階においても何ら変わりはない。投票手続に関して代表者になることができない者が解職請求の代表者となることは法の予定するところではない。
3 以上は、地自法85条1項その他法の関係規定から十分理解できるし、また、地自令において、同項の適用に関して、公選法の公職の候補者に関する部分は請求代表者に関する規定とみなす旨の規定が設けられているなど(108条2項等)、その適用関係が明確にされている(地自令は準用規定が多用されて複雑になっているが、これは、請求の種別ごとに規定を設ける必要によるものと思われる。)。
私たちの意見は、地自法85条1項その他法の関係規定から合理的に導かれ、法の趣旨に沿った解釈で、しかも行政実務のみならず、既に当審において是認され、裁判においても長年にわたり確立している解釈が相当であるというものである。多数意見は、解職請求代表者の資格に関して、投票の公正の確保を図る法の趣旨に反して、公務員につき、いかなる公務員であるかを問わず、自治体の議員の解職制度における請求手続段階では無制限であると宣言するものといわざるを得ず、このようなことまでしてあえて前記の昭和29年最高裁判決を変更すべき理由はないと考える。多数意見には到底賛同できない。
裁判官竹内行夫の追加反対意見は、次のとおりである。
私の意見は前記反対意見として述べたとおりであり、これと重複するところもあるが、多数意見に賛同し得ない私の基本的考えを補足して述べておきたい。
1 多数意見は、地自法は、議員の解職請求について、解職の請求と解職の投票という二つの段階に区分して規定しており、同法85条1項は、公選法中の選挙関係規定を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているのであるから、その準用がされるのも請求手続とは区別された投票手続についてのみであるとして、同法85条1項に基づき政令で定めることができるのは専ら投票手続の範囲に限られるのであって、解職請求代表者の資格制限が請求手続にまで及ぶとすることはできないとしている。
地自法85条1項に基づく解職請求代表者の資格制限をこのように専ら投票手続に限定する多数意見の解釈についての諸問題は、前記反対意見において指摘したところであるので、ここではあえて詳述しないが、多数意見の解釈姿勢が、規定の文言や法形式を重視する余り、地自法85条1項の立法趣旨や昭和29年5月28日の最高裁判決(以下「昭和29年最高裁判決」という。)を始めとする裁判例及び実務により定着してきた合理的解釈に十分考慮を払っていないところに根本的な問題があると考える。
2 地自法85条1項及び本件各規定の目的は、普通地方公共団体の議会の議員の解職請求(リコール)に関する手続の適正を確保することにあり、そのために公務員が公務遂行上の中立義務に反して解職請求代表者になることを認めないとする点にその立法趣旨があると解される。このことについて、昭和29年最高裁判決は、地自法85条1項によれば、公選法中の選挙関係規定は村長及び村会議員の「解職請求及びその投票に至る一連の行為に関し準用される」とした上で、「(農業委員会)委員在職中の者が請求代表者のうちに名をつらねていることが署名のしゆう集に影響を及ぼす可能性は常に否定し得ないところであるから、在職中の委員を請求代表者となり得ないものとする法意にかんがみれば、かような手続によりしゆう集された署名は、すべて成規の手続によらない署名として無効と解さざるを得ない。」とした。そして、下級審においても、神戸地裁昭和28年10月9日決定(行裁集4巻12号3149頁)、青森地裁昭和28年10月31日判決(昭和29年最高裁判決の1審判決)、神戸地裁昭和29年4月20日判決(行裁集5巻4号879頁)、広島地裁平成6年4月1日決定(公刊物未登載)、那覇地裁平成16年7月14日判決(最高裁ホームページ)において、一貫して同様の解釈が採られている。また、解職請求に関する実務においても、公務員が請求代表者となることは請求手続段階から否定されてきているところである(地方自治制度研究会編『新訂注釈地方自治関係実例集』119頁以下、同編『地方自治関係実例判例集(第13次改訂版)』341頁以下)。
3 多数意見は、昭和29年最高裁判決が述べた地自法85条1項の「法意」、すなわち、その立法趣旨について言及していないし、公務員の中立義務や解職請求の手続の適正といったことにも触れていない。しかしながら、公務員の中立義務、なかんずく政治的中立性は、憲法が求める極めて重要な原則であり、これを受けて、国家公務員法や地方公務員法等に服務規律が定められ、当然のことながら、公務員に関する法令上、公務員は、解職請求の投票手続の段階のみならず請求手続の段階においても署名運動を主宰したり投票の勧誘運動をしたりすることができないこととされている。そして、地自法はその85条1項において、住民の直接請求制度である解職請求の手続の適正の確保という視点から、解職請求代表者の資格について、中立であるべき公務員は解職請求代表者とはなり得ないとの制限を設けているものと解されるのである。確かに、解職請求代表者の資格制限は、国民の公務員罷免権の行使を制約するという側面を有するものではあるが、一般の国民の参政権に対する制限ではなく、飽くまでも上記のように中立であるべき公務員に対する制限にすぎない。しかも、公務員は、このような制限の下においても、自ら署名や投票を行うことは何ら妨げられていないのみならず、解職請求に係る署名収集受任者となり署名収集活動を行うこともできるのであるから、この程度の制限は、住民の自由な意思の形成に基づく直接請求制度の適正の確保のために、地自法85条1項が当然予定するところであると解される。
多数意見によれば、公務員に関する資格制限は請求手続段階には及ばないこととなるが、そのような新たな解釈は、裁判例や実務により既に定着した合理的な解釈をあえて覆すものであるといわざるを得ない。解職請求代表者は、請求手続の段階において、自ら署名活動を行い又は署名収集受任者にこれを委任するという権限を有し、解職請求者署名簿を選挙管理委員会に提出するという一連の手続についての責任者としての地位にある。このように、解職請求代表者は投票手続よりはむしろ請求手続において、解職請求を主導し、住民を一定の方向へ政治的に方向付けるという重要な役割を担っているのである。公務員が、その中立義務に反して、その地位を利用して、このような権限と地位を有する解職請求の主導者となってそのイニシアティヴをとるようなことは、本来住民の側から自由な意思に基づいて直接請求をすることに制度の根幹があるとされる解職請求の手続の適正を損なうので許されないというのが、地自法85条1項及び関連規定の立法趣旨にのっとった自然かつ合理的な解釈であり、仮に文理上や法形式において多少明確さを欠くことがあるとしても、上記の最高裁判決を始めとする裁判例及び実務により、かかる合理的解釈が既に定着しているのであり、このように確立した合理的解釈をあえて変更する必要は認められない。
4 また、多数意見によれば、国家公務員法の適用又は準用がある公務員及び地方公務員法の適用がある公務員について、結果として、公務員法上の服務規律があることを除けば、およそ公務員が普通地方公共団体の議員の解職請求に関する請求段階の手続において代表者となることを地自法は何ら規制しないこととなる。そして、内閣総理大臣、その他の国務大臣や各省副大臣、大臣政務官、さらに本件で対象となった農業委員会委員とともに公職選挙法施行令90条2項、別表第2に掲げられている中央選挙管理会及び選挙管理委員会の委員、国家公安委員会委員、公害等調整委員会委員、衆議院議員選挙区画定審議会委員、教育委員会委員等が解職請求を主導する代表者となり得ることとなる。公務員が解職請求手続の代表者のうちに名を連ねることが住民の態度に影響を与える可能性は否定できないとの昭和29年最高裁判決の指摘は今もなお重要である。地自法の定める解職請求は、直接民主制に基づき住民が有する重要な権利であり、その制度の根幹は住民がその自由な意思により直接請求をすることができるということにある。上記判例を変更することは、立法趣旨の合理的解釈という解釈方法を後退させ、直接請求制度の根幹を損ないかねないものであると危ぐする。
(裁判長裁判官 竹崎博允 裁判官 藤田宙靖 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋 裁判官 堀籠幸男 裁判官 古田佑紀 裁判官 那須弘平 裁判官 涌井紀夫 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 竹内行夫 裁判官 金築誠志)

++解説
[解 説]
1 事案の概要
本件は,町議会議員に係る解職請求において,公務員につき議員の解職請求代表者となることを禁止している地方自治法施行令(以下「地自令」という。)の規定が地方自治法(以下「地自法」という。)85条1項に違反し無効といえるか否かが争われた事案である。
(1) X1を含む6名(以下「本件代表者ら」という。)は,東洋町選挙管理委員会(以下「処分行政庁」という。)に対し,町議会議員Aに係る解職請求書を添えて,本件代表者らがその解職請求代表者である旨の証明書の交付を申請し,処分行政庁からその旨の証明書の交付を受けた。当時,X1は,非常勤の公務員である農業委員会委員であった。
(2)本件代表者らは,処分行政庁に対し,法定の期間内に上記解職請求書に係る1124名分の署名簿(以下「本件署名簿」という。)を提出し,受理されたが,処分行政庁は,農業委員会委員は議員の解職請求代表者となることができないことを前提に,本件署名簿の署名をすべて無効とする旨の決定をし,Xらの異議の申出も棄却する決定(以下「本件異議決定」という。)をした。これに対し,Xらが本件異議決定の取消しを求めて提訴したのが本件である(なお,本件訴えにおける取消しの対象は,署名を無効とする決定ではなく,本件異議決定である。また,本件訴えに係る地方裁判所の判決に不服がある者は,控訴することはできないが最高裁判所に上告することができるものとされている。地自法80条4項,74条の2第8項参照)。
2 問題の所在
地自法85条1項に基づき定められた地自令108条2項及びこれを準用する113条並びに115条は,普通地方公共団体の議員の解職投票に公職選挙法(以下「公選法」という。)89条1項(公務員の立候補制限)を準用するに当たり,同項中の「公職の候補者」を「普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者」とみなし又は読み替えている。そうすると,原則として国又は地方公共団体の公務員は解職請求代表者となることができないこととなる。また,同項ただし書に該当する公務員(例外的に公職の候補者となることができる公務員)に限っては代表者となることができることとなるべきところ,地自令113条によって準用される109条は,公選法89条1項ただし書の準用を除外している(ただし,同項第2号に関する部分を除く。)。このため,地自令のこれら各規定によれば,農業委員会委員等は,結局,解職請求代表者にはなることができないこととなる(以下,地自令の上記4条項のうち,公選法89条1項を準用することにより議員の解職請求代表者の資格を制限している部分を併せて「本件各規定」という。)。
もっとも,地自法の規定によれば,議員の解職に関する直接請求の制度は,解職の請求と解職の投票とから構成され,本件各規定は,いずれも,地自法85条(解散解職投票の手続)に基づき,公選法中の普通地方公共団体の選挙に関する規定(以下「選挙関係規定」という。)を解職の投票に関して準用する場合に関する規定である(このことは,本件各規定の文理上明らかである。)。
そこで,本件各規定は,少なくともそれが請求手続に適用される限りでは,地自法85条1項に基づく規定として許される範囲を超え,その限りで違法無効となるのではないかが問題となる(なお,この問題を検討する前提として,本件各規定による請求代表者の資格制限も,解職請求の投票手続についてのみ適用され,請求手続についての適用はないのではないかということも,一応問題となり得る。後記5(4)参照)。
3 原判決
原判決は,本件各規定の委任の根拠規定である地自法85条1項は,議員の解職請求に係る投票手続のみならず,これと一連の手続の中で密接に関連する請求手続についても,公務員の職務遂行の中立性を確保し,手続の適正を期する観点から,公選法中の選挙関係規定の準用を認めたものであって,本件各規定はその委任の範囲内の適法かつ有効な定めと解される旨判断した。
4 本判決
本判決は,次のとおり判示し,本件各規定は少なくとも請求手続に適用される限りでは違法,無効な定めといわざるを得ないから,これに基づいて本件署名簿の署名を成規の手続によらない署名であるとすることはできないと判断した。
(1)地自法は,議員の解職請求について,解職の請求と解職の投票という二つの段階に区分して規定しているところ,同法85条1項は,公選法中の選挙関係規定を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているのであるから,その準用がされるのも,請求手続とは区分された投票手続についてであると解される。このことは,その文理からのみでなく,①解職の投票手続が,選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており,公選法中の選挙関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えていること,②他方,請求手続は,選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって,これに相当する制度は公選法中には存在せず,その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいえないこと,③それゆえ,地自法80条1項及び4項は,請求手続について,公選法中の選挙関係規定を準用することによってではなく,地自法において独自の定めを置き又は地自令の定めに委任することによってその具体的内容を定めていることからも,うかがわれるところである。
したがって,地自法85条1項は,専ら解職の投票に関する規定であり,これに基づき政令で定めることができるのもその範囲に限られるものであって,解職の請求についてまで政令で規定することを許容するものということはできない。
(2)しかるに,本件各規定は,地自法85条1項に基づき公選法89条1項本文を議員の解職請求代表者の資格について準用し,公務員について解職請求代表者となることを禁止している。これは,地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものであって,その資格制限が請求手続にまで及ぼされる限りで無効と解するのが相当である。
したがって,議員の解職請求において,請求代表者に農業委員会委員が含まれていることのみを理由として,当該解職請求者署名簿の署名の効力を否定することは許されないというべきである。
最二小判昭29.5.28民集8巻5号1014頁,判タ41号29頁(以下「最高裁昭和29年判決」という。)は,以上と抵触する限度において,これを変更すべきである。
5 説明
(1)直接請求の制度(条例の制定改廃の請求,監査の請求,議会の解散の請求並びに議員,長及び主要公務員の解職の請求)は,昭和21年の戦後第一次地方制度改革の際にアメリカの制度を範として直接請求が定められたのを原型として,昭和22年の地自法制定の際に設けられた制度であり,アメリカ,ヨーロッパにおける住民の直接参加制度(イニシアティヴ,リコール,レファレンダム,タウン・ミーティング等)のうち,条例の制定改廃の請求はイニシアティヴに,解散・解職請求はリコールに相当するものである(以下,議会の解散請求及び長の解職請求に関する本件各規定に相当する規定と本件各規定とを併せて「本件各規定等」という。)。直接請求に関しては,地自法12条及び13条に,日本国民たる普通地方公共団体の住民は上記の直接請求をすることができる旨の総則的規定が置かれている(なお,憲法15条1項参照)。
(2)地自法及び地自令によれば,議員の解職請求に係る手続において解職請求代表者が果たす役割の概要は,次のとおりである。
ア 〔請求手続関係〕 議員の解職請求は,解職請求代表者が,請求の要旨その他必要な事項を記載した解職請求書を添えて,当該市町村の選挙管理委員会に対し,文書をもって請求代表者証明書の交付を申請することによって開始される(地自令110条,91条1項)。解職請求代表者は,証明書の交付があった旨の告示(地自令110条,91条2項)のされた日から1か月以内(都道府県の場合は2か月以内。地自令110条,92条4項)に,被請求議員の所属する選挙区において選挙権を有する者の総数の3分の1以上の署名を収集する(地自法80条1項)。署名の収集は,解職請求代表者又はこれから委任を受けた署名収集の受任者によって行われる(地自令110条,92条1項・2項)。解職請求代表者は,解職請求者署名簿を所定の様式に従って調製し(地自令110条,98条の4),署名数が選挙権を有する者の3分の1以上となったときは,所定の期間内に,解職請求者署名簿を市町村の選挙管理委員会に提出し(地自令110条,94条1項),これに署名押印した者が選挙人名簿に登録された者であることの証明を求める(地自法80条4項,74条の2第1項)。解職請求代表者は,選挙管理委員会から所定の審査,縦覧を終えて返付を受けた署名簿の署名の効力の決定に不服がないときは,その返付を受けた日から5日以内に,所定の要件を満たす有効署名があることを証明する書面及び署名簿を添えて,議員の解職請求をする(地自令110条,96条1項。いわゆる本請求)。選挙管理委員会は,上記請求を受理したときは,直ちにその旨を解職請求代表者に通知するとともに,その者の住所,氏名及び請求の要旨を告示し,かつ,公衆の見やすいその他の方法により公表しなければならない(地自法80条2項,地自令110条,98条1項)。
イ 〔投票手続関係〕 議員の解職の投票は,上記告示の日から60日以内に行われる(地自令113条,100条の2第1項)。解職の投票に関する運動に関しては,被請求議員及び解職請求代表者とも,原則として1か所ずつ事務所を設置することが認められている(地自令113条,109条,115条,公選法130条,131条1項5号。なお,解職の投票に関する運動についての期間制限はない。)。解職請求代表者は,解職請求についての開票に当たり,開票立会人となるべき者一人を定め,市町村の選挙管理委員会に届け出ることができる(地自法85条1項,地自令108条2項,115条,公選法62条1項)。投票の結果は,解職請求代表者に通知され,その投票の効力に関して異議のある解職請求代表者は,所定の期間内に異議を申し出ることができる。この解職の投票の効力に関する争訟に関しては,公選法の普通地方公共団体の選挙に関する規定が準用される(地自法85条1項,地自令105条,108条2項,公選法202条1項,206条1項,219条1項)。
ウ 以上のとおり,解職請求代表者は,議員の解職請求に関する一連の手続の中で,解職請求書を作成し,選挙権を有する者に署名押印を求め,その解職請求者署名簿を調製し,その署名について選挙管理委員会の証明を受け,その名簿を選挙管理委員会に提出する責任者としての地位を有しており,請求手続において特に重要な役割を果たしているということができる。
(3)本件各規定等の地自法85条1項適合性という本件の問題点をめぐる裁判例,実務及び学説の状況は,次のとおりである。
ア 〔裁判例〕 裁判例は,最高裁昭和29年判決が,地自法85条1項によれば,公選法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は村長及び村議会議員の解職請求及びその投票に至る一連の行為に関し準用されるなどとして,本件各規定が有効であることを前提とする判断をしており,他の下級審判決も,すべて,本件各規定等を違法無効ではないとし,又はそのことを前提とする判断をしていた(①神戸地決昭28.10.9行集4巻12号3149頁,②青森地判昭28.10.31〔最高裁昭和29年判決の1審判決〕,③広島地決平6.4.1〔公刊物未登載〕,④那覇地判平16.7.14〔最高裁HP〕)。
イ 〔実務〕 解散・解職請求に関する実務も,本件各規定等が請求手続にも適用されること及び有効な規定であることを前提として,衆議院議員,都議会議員,町議会議員,最低賃金審議会委員等につき,解散・解職請求の請求代表者となることを否定してきた(地方自治制度研究会編『注釈地方自治関係実例集〔新訂版〕』119頁以下,同編『地方自治関係実例判例集〔第13次改訂版〕』336頁以下参照)。なお,いずれも請求代表者の資格制限が問題とされた案件に関するものではないが,旧自治省は,①「地方自治法第85条1項にいう解散の投票及び解職の投票とは,請求代表者証明書交付の手続に始まる一連の手続をいうものと解せられる」との回答をしたことがあるところ(ただし,解散・解職の投票における届出等の時間〔公選法270条の2〕の準用の有無に関する案件。昭和28年1月28日自丙選発第17号山口県選管宛自治庁選挙部長回答),その後,②解散・解職の賛否の投票運動の許否に関する疑義が問題とされた案件に関し,解散・解職の請求の投票運動と,その前提である署名の収集を成立させ又は成立させない運動とは判然と区別されるべきものであり,地自法85条1項により準用される公選法13章の規制は,投票運動についてのみ適用されるとの回答をした(昭和32年11月18日自丙管発第90号福岡県選管委員長宛選挙局長回答)。ただし,旧自治省ないし総務省は,上記②の回答後も,公務員が解散・解職請求の請求手続においても請求代表者となることができないという解釈自体は改めていない(例えば,昭和39年10月28日和歌山市選管宛電話回答)。
ウ 〔学説〕 学説は,本件各規定等が請求手続にも適用されることを当然の前提とした上で,これを適法とする適法有効説(①綿貫芳源『注解地方自治法Ⅰ』203頁,②角島靖夫=山本鎮夫『直接請求制度の解説』80頁,③石津廣司「議会の解散の請求」古川俊一編『最新地方自治法講座(3)住民参政制度』282頁,④橋本勇「議員及び長等の解職請求」同326頁,⑤松本英昭『新版逐条地方自治法〔第4次改訂版〕』278頁等)と,これを違法とする違法無効説(①和田英夫「上記アの①神戸地判の判批」自研32巻12号79頁,②地方自治総合研究所『コンメンタール直接請求』215頁〔岡田彰執筆部分〕,③杉村敏正ら編『コンメンタール地方自治法』178頁〔浜川清〕,④千葉勇夫「住民の直接参加」『現代行政法大系(8)』345頁,⑤地方自治総合研究所編『逐条研究地方自治法Ⅰ』554頁,⑥安本典夫「非常勤消防団員の解散・解職請求権の制限」立命236号1頁,⑦太田和紀『注解法律学全集(6)地方自治法Ⅰ』189頁,⑧成田頼明ら編『注釈地方自治法〔全訂〕』1252頁,⑨室井力ら編『基本法コンメンタール地方自治法〔第4版〕』81頁〔安本典夫〕,⑩伊東健次「直接請求の署名の効力の確定及び署名に関する罰則」『最新地方自治法講座(3)住民参政制度』374頁等)とに分かれているが,適法有効説は少数であり,違法無効説が多数説といってよい状況にあった。
(4)本件の問題点を検討する前提として,地自法及び地自令において,議員の解職請求は請求手続と投票手続とが区別して規定されており,本件各規定は公選法中の選挙関係規定を解職の投票に準用する場合の定めとして規定されていることから,本件各規定による資格制限は,そもそも解職請求の請求手続には適用されないのではないかということが一応問題となり得る。このような解釈を推し進めていくと,選挙管理委員会は,請求手続の当初において解職請求代表者から請求代表者証明書の交付申請がされた場合,当該代表者が公務員であることを理由としては,その交付を拒絶することはできないということになる。
しかし,地自令115条は,公選法89条1項の「公職の候補者」を「普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者」と読み替えており,その結果,同項本文は,「国若しくは地方公共団体の公務員……は,在職中,普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者となることができない。」という規定として,議員の解職請求手続に準用されることになる。上記規定自体には,その適用される手続段階的ないし時期的な制限は付されておらず,また,上記(2)アに見たように,解職請求代表者の地位は,請求手続の当初の時点における請求代表者証明書の交付によって成立し,解職請求代表者は,その後終始一貫して手続に関与する地位が認められているのであるから,上記規定を素直に解釈する限り,それが請求手続の当初から適用される規定であることは,文理上も,事柄の性質上も,当然の前提とされているものといわざるを得ないであろう。また,実質的に考えても,上記(2)ウのとおり,請求代表者の請求手続における地位の重要性は,投票手続におけるものよりも格段に大きいものである。そもそも,本件各規定が公務員を請求代表者の資格者から除外したのは,公務の中立性を確保する趣旨に基づくものと考えられるところ,上記の地位の相違等にかんがみれば,その資格を制限する必要性は投票手続よりも請求手続に関するものの方が大きいというべきであるから,本件各規定が投票手続に関してのみその資格制限を適用する趣旨であったとは解し難い。
したがって,本件各規定の解釈としては,これに基づく資格制限は請求手続の当初から及ぶと解さざるを得ない。この点は,本判決の多数意見及び反対意見が共通の前提とするところであると考えられる。
(5)そこで,次に,本件各規定が請求手続の当初から適用されるとする考え方を前提として,本件各規定が請求手続に適用される限りで,地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものとして違法無効となるか否かを検討する。
ア 地自法85条1項は,「政令で特別の定をするものを除く外,公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は,……第80条第3項……の規定による解職の投票にこれを準用する。」と定めている。このように,地自法85条1項は,基本的には,公選法中の選挙関係規定を議員の解職の投票に準用するとしつつ,投票手続の特殊性等にかんがみ準用するのが相当ではない規定について準用から除外することを地自令に委任したものと解される。その意味において,選挙関係規定の準用除外を定める地自令の規定が地自法85条1項に基づく委任命令(法律の個別の委任に基づいて制定された政令。内閣法11条,内閣府設置法7条4項,国家行政組織法12条3項参照)としての性質を有していることは明らかであり,仮にその規定が委任の範囲を超えていると解される場合には,少なくともその限りで同規定は違法無効ということになる。また,一般的に,政令の立案当局は,法律による個別の委任がなくとも,法律の規定を実施するための手続等の細目を定める執行命令(実施政令)を定めることができると解される(内閣府設置法7条3項,国家行政組織法12条1項,地自法附則21条参照)。本件各規定のうち,少なくとも地自令108条2項及び115条において公職の候補者に関する読替えをしている部分は執行命令の性質を有していると解され,例えば,当該読替規定を置くことによって地自法が制限を想定していない事項にわたって住民の権利を制限するなどの結果になる場合には,少なくともその部分は違法無効と解されよう。
イ そこで,まず,地自法85条1項がどのような事項を地自令の定めに委任したと解されるかについて検討する。上記(2)のとおり,地自法は,議員の解職請求について,解職の請求と解職の投票という二つの段階に区分して規定しているところ,同法85条1項は,公選法中の選挙関係規定を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めている。そもそも,解職の投票手続は,選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており,公選法中の選挙関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えているのに対し,請求手続は,選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって,これに相当する制度は公選法中には存在しないのであるから,その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいい難い。また,そうだからこそ,地自法80条1項及び4項は,請求手続について,公選法中の選挙関係規定を準用することによってではなく,地自法において独自の定めを置き又は地自令の定めに委任することによってその具体的内容を定めていると解されよう。そうすると,地自法85条1項が定めているのは,専ら解職の投票について,公選法中の選挙関係規定の準用することであり,同項が地自令に委任しているのは,その場合における準用除外を定めることであって,同項が解職の請求についてまで政令で規定することを許容するものということはできないと解される。
ウ また,このような地自法85条1項の解釈を前提とすると,地自令において公選法中の選挙関係規定の準用に伴う読替え等を細目的規定として定める場合において,その定めが解職請求の請求手続の当初から解職請求代表者の資格を制限するようなものとなるときには,もはや地自法の実施上の細目的事項の範囲にとどまるものということはできず,許容されないということになろう。
エ それにもかかわらず,本件各規定は,地自法85条1項に基づき公選法89条1項本文を議員の解職請求代表者の資格について準用し,公務員について解職請求代表者となることを禁止している。そうすると,このような形による資格制限は,上記イ及びウの見地からも,地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものであって,その資格制限が請求手続にまで及ぼされる限りで無効と解されることとなる。本判決が本件各規定の一部を無効と説示したのは,以上のような基本的な考え方を前提とするものではないかと考えられる。
(6)このように,本判決は,公選法89条1項並びに公選令90条2項及び別表第2に列挙されている公職の候補者の公務員ごとに資格制限の当否を立法事実にまでさかのぼって実質的に検討したものではなく,解職請求に関する地自法の文理ないし構造に関する法論理的な理解を前提として,上記の結論を導いたものと考えられる。したがって,本件各規定の一部が無効とされた後に,立法当局ないし地自令の立案当局において,解職請求代表者につきどのような立法事実に基づきどのような資格制限を設け又は設けないこととするかという点について,本判決は何ら言及するところではないと考えられる。この点に関し,本判決が,「地自法の定める直接請求に関し請求代表者の資格制限を設けるのであれば,住民による利用の便宜や制度の運営の適正を図る見地からも,制限の及ぶ範囲は,法律の規定に基づき,可能な限り明確に規定されていることが望ましいことはいうまでもない。」と付言していることが注目されよう。
なお,政令等の定めを法律の委任の範囲を超えるとして無効とした最高裁の判例としては,①農地法施行令16条に関する最大判昭46.1.20民集25巻1号1頁,②監獄法施行規則120条及び124条に関する最三小判平3.7.9民集45巻6号1049頁,③児童扶養手当法施行令1条の2第3号に関する最一小判平14.1.31民集56巻1号246頁及び最二小判平14.2.22判タ1089号131頁,④貸金業の規制等に関する法律施行規則15条2項に関する最二小判平18.1.13民集60巻1号1頁がある。
(7)本判決には,藤田裁判官・涌井裁判官の各補足意見,宮川裁判官・櫻井裁判官の補足意見,堀籠裁判官・古田裁判官・竹内裁判官の共同反対意見,竹内裁判官の追加反対意見が付されている。
ア 藤田裁判官の補足意見は,法規定の合目的的解釈ないし立法趣旨の合理的解釈という方法を採用すると,「解職の投票」とは,少なくとも本件との関係では,(広義での)解職請求手続の一環としての投票を意味するとの解釈が成り立ち得ないではないものの,そのような立場は,法令上用いられた概念を通常理解される意味を超えより広い意味に理解するという意味において,一種の拡張解釈をする結果となるところ,本件において,そのような解釈をしなければ取り返しのつかない重大な公益の侵害をもたらす結果につながるとは,必ずしも考えられない反面,制限される権利自体は,国民の参政権の行使にかかわる重要なものであるとして,多数意見に賛意を表するものである。
イ 涌井裁判官の補足意見は,多数意見は専ら法文の文理からして地自令の規定の効力を認めることができないとしているのであり,それ以上に,解職請求代表者の資格について上記のような制限を加えることが立法政策として相当であるか否かといった実体について判断しているものではなく,改めて法律の規定に基づく明確な定めを置く場合に,制限等の内容としてどのようなものが許容されるか,あるいはどのような定めが望ましいかといった問題は,立法政策の問題として,関係する当局の権限と責任において検討されるべきものであるとするものである。
ウ 宮川裁判官・櫻井裁判官の補足意見は,真の意味の地方自治の発展には,住民が自ら判断し,自ら責任を負うという形の住民自治の拡充が不可欠であり,その拡充を進めるシステムの一つとして,各種の直接請求制度,住民投票制度などの直接民主制の機能の充実が要請されているところ,本件の直接請求制度における請求代表者の資格要件については,このような地方分権の流れを踏まえながら,住民の基本的な権利行使の問題として法的にも明確な整理を行い,住民自らの決定が滞りなく行われ得る環境を整えることが,法律の立案等に携わる者の責務であると指摘するものである。
エ 堀籠裁判官・古田裁判官・竹内裁判官の共同反対意見は,請求手続と投票手続は一連の不可分のものであって,解職請求代表者は両者を通じて投票による解職を実現しようとする者として解職投票の仕組みを構成する主体であり,その資格は投票に関するものとして公選法89条1項の準用があることは明らかであるとして,本件各規定を適法有効とした最高裁昭和29年判決を変更すべき理由はないとするものである。
オ 竹内裁判官の追加反対意見は,特に公務員の中立性に焦点を当て,解職請求代表者は,投票手続よりはむしろ請求手続において,解職請求を主導し,住民を一定の方向へ政治的に方向付けるという重要な役割を担っており,公務員が,中立義務に反して,その地位を利用して,このような権限と地位を有する解職請求の主導者となってそのイニシアティヴをとるようなことは,本来住民の側から自由な意思に基づいて直接請求をすることに制度の根幹があるとされる解職請求の手続の適正を損なうもので許されないというのが,地自法85条1項及び関連規定の立法趣旨にのっとった自然かつ合理的な解釈であるとするものである。
(8)本件各規定の地自法85条1項適合性という問題については,既に最高裁昭和29年判決によりこれを有効とする司法判断が確定しており,実務及び下級審の裁判例においても本件各規定を適法有効とする解釈が支配的であったが,学説の多数は,本件各規定は違法無効であるとの見解に立っていた。本判決は,この問題点につき,解職請求に関する地自法の定めを分析して,地自法85条1項が公選法中の選挙関係規定を準用する手続は投票手続に限定されるとした上で,本件各規定の一部を違法無効とし,最高裁昭和29年判決を55年ぶりに変更したものであって,実務上重要な意義を有すると考えられる。

+判例(H25.1.11)
理 由
 上告代理人青野洋士ほかの上告受理申立て理由について
 1 本件は,平成18年法律第69号1条の規定による改正後の薬事法(以下「新薬事法」という。)の施行に伴って平成21年厚生労働省令第10号により改正された薬事法施行規則(以下「新施行規則」という。)において,店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による医薬品の販売又は授与(以下「郵便等販売」という。)は一定の医薬品に限って行うことができる旨の規定及びそれ以外の医薬品の販売若しくは授与又は情報提供はいずれも店舗において薬剤師等の専門家との対面により行わなければならない旨の規定が設けられたことについて,インターネットを通じた郵便等販売を行う事業者である被上告人らが,新施行規則の上記各規定は郵便等販売を広範に禁止するものであり,新薬事法の委任の範囲外の規制を定める違法なものであって無効であるなどと主張して,上告人を相手に,新施行規則の規定にかかわらず郵便等販売をすることができる権利ないし地位を有することの確認等を求める事案である。
 2(1) 新薬事法の関係規定
一般用医薬品(医薬品のうち,その効能及び効果において人体に対する作用が著しくないものであって,薬剤師その他の医薬関係者から提供された情報に基づく需要者の選択により使用されることが目的とされているもの。25条1号)は,第一類医薬品(その副作用等により日常生活に支障を来す程度の健康被害が生ずるおそれがある医薬品のうちその使用に関し特に注意が必要なものとして厚生労働大臣が指定するもの等。36条の3第1項1号),第二類医薬品(その副作用等により日常生活に支障を来す程度の健康被害が生ずるおそれがある医薬品(第一類医薬品を除く。)であって厚生労働大臣が指定するもの。同項2号)及びそれ以外の第三類医薬品(同項3号)に区分される。なお,原審の認定によれば,平成19年当時における一般用医薬品の販売高に占める構成比は,第一類医薬品が約4%,第二類医薬品が約63%,第三類医薬品が約33%となっていた。
27条に規定する店舗販売業者は,厚生労働省令で定めるところにより,第一類医薬品については薬剤師,第二類医薬品及び第三類医薬品については薬剤師又は登録販売者(一般用医薬品の販売又は授与に従事するのに必要な資質を有することを確認するために都道府県知事が行う試験に合格するなどして36条の4第2項の登録を受けた者)に販売させ,又は授与させなければならない(36条の5)。
店舗販売業者は,① その店舗において第一類医薬品を販売し,又は授与する場合には,厚生労働省令で定めるところにより,薬剤師をして,所定の事項を記載した書面を用いて,その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならず(36条の6第1項),② その店舗において第二類医薬品を販売し,又は授与する場合には,厚生労働省令で定めるところにより,薬剤師又は登録販売者をして,その適正な使用のために必要な情報を提供させるよう努めなければならず(同条2項),③ その店舗において一般用医薬品を購入し,若しくは譲り受けようとする者又はその店舗において一般用医薬品を購入し,若しくは譲り受けた者若しくはこれらの者によって購入され,若しくは譲り受けられた一般用医薬品を使用する者から相談があった場合には,厚生労働省令で定めるところにより,薬剤師又は登録販売者をして,その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない(同条3項)。ただし,同条1項の規定は,医薬品を購入し,又は譲り受ける者から説明を要しない旨の意思の表明があった場合には,適用しない(同条4項)。
 (2) 新施行規則の関係規定
店舗販売業者は,当該店舗において,① 第一類医薬品については,薬剤師に,自ら又はその管理及び指導の下で登録販売者若しくは一般従事者をして,対面で販売させ,又は授与させなければならず(159条の14第1項),② 第二類医薬品又は第三類医薬品については,薬剤師又は登録販売者に,自ら又はその管理及び指導の下で一般従事者をして,対面で販売させ,又は授与させなければならないが(同条2項本文),第三類医薬品を販売し,又は授与する場合であって,郵便等販売を行う場合は,この限りでない(同項ただし書)。
店舗販売業者は,当該店舗内の情報提供を行う場所において,① 新薬事法36条の6第1項の規定による第一類医薬品に係る情報の提供を,薬剤師に対面で行わせなければならず(159条の15第1項1号),② 新薬事法36条の6第2項の規定による第二類医薬品に係る情報の提供を,薬剤師又は登録販売者に対面で行わせるよう努めなければならず(159条の16第1号),③ 新薬事法36条の6第3項の規定による第一類医薬品に係る情報の提供を,薬剤師に対面で行わせなければならず(159条の17第1号),④ 新薬事法36条の6第3項の規定による第二類医薬品又は第三類医薬品に係る情報の提供を,薬剤師又は登録販売者に対面で行わせなければならない(159条の17第2号)。
店舗販売業者は,郵便等販売を行う場合には,第三類医薬品以外の医薬品を販売し,又は授与してはならない(142条,15条の4第1項1号)。

3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人らは,平成18年法律第69号1条の規定による改正前の薬事法(以下「旧薬事法」という。)の下で店舗を開設してインターネットを通じた郵便等販売を行っていた事業者である。なお,旧薬事法の下においても,厚生省ないし厚生労働省は,各地方自治体に対し,医薬品については対面販売を実施するよう指導することや,郵便等販売は対面販売の趣旨が確保されないおそれがあるからその範囲を一定の薬効群のものに限るよう指導することを求める通知等を度々発出していたが,旧薬事法に郵便等販売を禁止する規定がなかったこともあり,平成18年頃までには多くの事業者がインターネットを通じた郵便等販売を行っており,その対象品目には新薬事法の下における第一類医薬品や第二類医薬品に相当するものが多数含まれていた。
 (2) 内閣府設置法37条2項に基づく合議制の機関として内閣府に設置されていた総合規制改革会議は,平成15年12月,コンビニエンスストアで解熱鎮痛剤等が販売可能となれば消費者の利便性は大幅に向上すること,薬局等において対面で服薬指導をしている実態は乏しい上,薬剤師が不在である例も多いにもかかわらず薬剤師が配置されていない事実に直接起因する副作用等による事故は報告されていないことなどからすれば,人体に対する作用が比較的緩やかな医薬品群については一般小売店でも早急に販売できるようにすべきであるなどとする旨の答申をした。
 (3) 厚生労働大臣の諮問機関である厚生科学審議会は,平成16年4月,医学,薬学,経営学,法律学,消費者保護の分野等関係各界の専門家・有識者等の委員による医薬品販売制度改正検討部会(以下「検討部会」という。)を設置した(なお,郵便等販売を行う事業者やその関係者は委員に加わっておらず,検討部会における意見陳述等の機会もなかった。)。検討部会は,平成17年12月,①旧薬事法は医薬品の販売に際し薬剤師等を店舗に配置することにより情報提供を行うことを求めているが,現実には薬剤師等が不在であったり情報提供が必ずしも十分に行われていない実態があるなどとした上,② セルフメディケーション(自分自身の健康に責任を持ち,軽度な身体の不調は自分で手当てをすること)を支援する観点から,安全性の確保を前提とし,利便性にも配慮しつつ,国民による医薬品の適切な選択,適正な使用に資するよう,薬局等において専門家によるリスクの程度に応じた情報提供等が行われる体制を整備することを薬事法改正の理念として掲げ,③ 同改正の内容として,一般用医薬品のリスクの程度に応じた情報提供等の確実な実施を担保するために購入者と専門家がその場で直接やり取りを行い得る対面販売を医薬品販売に当たっての原則とし,他方で情報通信技術の活用には慎重を期すべきであるが,第三類医薬品については一定の要件の下で郵便等販売を認めるなどとする報告書(以下「検討部会報告書」という。)を公表した。
 (4) 厚生労働省は,検討部会報告書の内容等を踏まえて旧薬事法を改正する法案を作成し,上記法案は平成18年3月に内閣から国会に提出された。上記法案の審議において,政府参考人である厚生労働省医薬食品局長は,医薬品については対面販売が重要であり,インターネット技術の進歩はめざましいものの,現時点では検討部会報告書を踏まえて医薬品販売におけるその利用には慎重な対応が必要である旨答弁した。また,参考人として出席した検討部会の部会長は,検討部会の審議の経緯及び検討部会報告書の内容を説明した上,上記法案はこれらを十分に踏まえたものであり,医薬品はその本質として副作用等のリスクを併せ持つから,適切な情報提供が伴ってこそ真に安全で有効なものとなるが,これを対面販売で行っていこうというのが今回の議論の出発点であるなどと述べた。こうした審議を経て,上記法案は,衆参両院で賛成多数により可決成立した。
 (5) 厚生労働省は,平成20年2月,新薬事法に規定された販売の体制や環境の整備を図るために必要な省令等の制定に当たって必要な事項を検討するため,薬学等の学識を有する者,都道府県の関係者及び一般用医薬品に関係する団体の代表を委員とする,医薬品の販売等に係る体制及び環境整備に関する検討会(以下「第一次検討会」という。)を設置した。第一次検討会は,同年7月,一般用医薬品に係る郵便等販売は,購入者の利便性やこれまでの経緯に照らして一定の範囲で認めざるを得ないが,販売時に情報提供を専門家が対面で行うことが困難であるから,販売時の情報提供に関する規定のない第三類医薬品を販売する限度で認めるのが適当であるなどとする趣旨の報告書を公表した。
 (6) 厚生労働省は,第一次検討会による上記(5)のような報告書の内容を踏まえ,薬事法施行規則等の一部を改正する省令案(以下「改正省令案」という。うち郵便等販売の規制に係る部分は,下記(7)のとおり新施行規則と基本的に同一である。)の立案作業を行った。他方,総合規制改革会議の後身として内閣府に設置されていた規制改革会議は,平成20年11月,改正省令案につき,新薬事法には郵便等販売を禁止する明示的な規定はなく,郵便等販売が店頭での販売よりも安全性に劣ることも実証されておらず,消費者の利便性を阻害することになるなどの理由から,郵便等販売の規制に係る部分を全て撤回すべきである旨の見解を示した。なお,厚生労働省が改正省令案につき行政手続法39条1項の規定による意見公募手続を実施したところ,郵便等販売に関する意見2353件のうち2303件は,郵便等販売を第三類医薬品以外の医薬品についても認めるべきであるという趣旨のものであった。
 (7) 改正省令案に基づき,薬事法施行規則等の一部を改正する省令(平成21年厚生労働省令第10号)が平成21年2月6日に制定・公布され,一部の規定を除き同年6月1日から施行するとされた。他方,厚生労働大臣の指示により,同年2月13日,新制度の下で国民が医薬品を適切に選択し,かつ,適正に使用することができる環境作りのために国民的議論を行うことを目的として,被上告人X1の代表者を含む関係各界の専門家・有識者等を構成員とする,医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会の設置が決定された。同検討会における検討は同年5月まで続けられたが,上記省令の維持を主張する趣旨の意見と上記省令中の郵便等販売に係る規制の緩和を求める趣旨の意見とが対立し,議論は収束しなかった。厚生労働省は,同月,上記省令の附則部分に離島居住者に対する第二類医薬品に係る郵便等販売を一定期間に限り認めるなどの経過措置を追加する等の省令案の作成作業を行い,同年6月1日,同経過措置等に係る部分(平成21年厚生労働省令第114号)を含む新施行規則が施行された。

 4 薬事法が医薬品の製造,販売等について各種の規制を設けているのは,医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから,医薬品の安全性を確保し,不良医薬品による国民の生命,健康に対する侵害を防止するためである(最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。このような規制の具体化に当たっては,医薬品の安全性や有用性に関する厚生労働大臣の医学的ないし薬学的知見に相当程度依拠する必要があるところである。なお,上記事実関係等からは,新薬事法の立案に当たった厚生労働省内では,医薬品の販売及び授与を対面によって行うべきであり,郵便等販売については慎重な対応が必要であるとの意見で一致していたことがうかがわれる。
そこで検討するに,上記事実関係等によれば,新薬事法成立の前後を通じてインターネットを通じた郵便等販売に対する需要は現実に相当程度存在していた上,郵便等販売を広範に制限することに反対する意見は一般の消費者のみならず専門家・有識者等の間にも少なからず見られ,また,政府部内においてすら,一般用医薬品の販売又は授与の方法として安全面で郵便等販売が対面販売より劣るとの知見は確立されておらず,薬剤師が配置されていない事実に直接起因する一般用医薬品の副作用等による事故も報告されていないとの認識を前提に,消費者の利便性の見地からも,一般用医薬品の販売又は授与の方法を店舗における対面によるものに限定すべき理由には乏しいとの趣旨の見解が根強く存在していたものといえる。しかも,憲法22条1項による保障は,狭義における職業選択の自由のみならず職業活動の自由の保障をも包含しているものと解されるところ(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照),旧薬事法の下では違法とされていなかった郵便等販売に対する新たな規制は,郵便等販売をその事業の柱としてきた者の職業活動の自由を相当程度制約するものであることが明らかである。これらの事情の下で,厚生労働大臣が制定した郵便等販売を規制する新施行規則の規定が,これを定める根拠となる新薬事法の趣旨に適合するもの(行政手続法38条1項)であり,その委任の範囲を逸脱したものではないというためには,立法過程における議論をもしんしゃくした上で,新薬事法36条の5及び36条の6を始めとする新薬事法中の諸規定を見て,そこから,郵便等販売を規制する内容の省令の制定を委任する授権の趣旨が,上記規制の範囲や程度等に応じて明確に読み取れることを要するものというべきである。
しかるところ,新施行規則による規制は,前記2(1)のとおり一般用医薬品の過半を占める第一類医薬品及び第二類医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止する内容のものである。これに対し,新薬事法36条の5及び36条の6は,いずれもその文理上は郵便等販売の規制並びに店舗における販売,授与及び情報提供を対面で行うことを義務付けていないことはもとより,その必要性等について明示的に触れているわけでもなく,医薬品に係る販売又は授与の方法等の制限について定める新薬事法37条1項も,郵便等販売が違法とされていなかったことの明らかな旧薬事法当時から実質的に改正されていない。また,新薬事法の他の規定中にも,店舗販売業者による一般用医薬品の販売又は授与やその際の情報提供の方法を原則として店舗における対面によるものに限るべきであるとか,郵便等販売を規制すべきであるとの趣旨を明確に示すものは存在しない。なお,検討部会における議論及びその成果である検討部会報告書並びにこれらを踏まえた新薬事法に係る法案の国会審議等において,郵便等販売の安全性に懐疑的な意見が多く出されたのは上記事実関係等のとおりであるが,それにもかかわらず郵便等販売に対する新薬事法の立場は上記のように不分明であり,その理由が立法過程での議論を含む上記事実関係等からも全くうかがわれないことからすれば,そもそも国会が新薬事法を可決するに際して第一類医薬品及び第二類医薬品に係る郵便等販売を禁止すべきであるとの意思を有していたとはいい難い。そうすると,新薬事法の授権の趣旨が,第一類医薬品及び第二類医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止する旨の省令の制定までをも委任するものとして,上記規制の範囲や程度等に応じて明確であると解するのは困難であるというべきである。
したがって,新施行規則のうち,店舗販売業者に対し,一般用医薬品のうち第一類医薬品及び第二類医薬品について,① 当該店舗において対面で販売させ又は授与させなければならない(159条の14第1項,2項本文)ものとし,② 当該店舗内の情報提供を行う場所において情報の提供を対面により行わせなければならない(159条の15第1項1号,159条の17第1号,2号)ものとし,③郵便等販売をしてはならない(142条,15条の4第1項1号)ものとした各規定は,いずれも上記各医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止することとなる限度において,新薬事法の趣旨に適合するものではなく,新薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきである。
 5 以上によれば,新施行規則の上記各規定にかかわらず第一類医薬品及び第二類医薬品に係る郵便等販売をすることができる権利ないし地位を有することの確認を求める被上告人らの請求を認容した原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美 裁判官小貫芳信)

+判例(H2.2.1)銃刀法
理由
上告代理人坂本誠一、同小林実、同清水京子の上告理由について
銃砲刀剣類所持等取締法(以下「法」という。)一四条一項による登録を受けた刀剣類が、法三条一項六号により、刀剣類の同条本文による所持禁止の除外対象とされているのは、刀剣類には美術品として文化財的価値を有するものがあるから、このような刀剣類について登録の途を開くことによって所持を許し、文化財として保存活用を図ることは、文化財保護の観点からみて有益であり、また、このような美術品として文化財的価値を有する刀剣類に限って所持を許しても危害の予防上重大な支障が生ずるものではないとの趣旨によるものと解される。このことは、法四条による刀剣類の所持の許可の場合は、危害予防の観点から、これを所持する者が法五条一項各号に該当しない者でなければ許可を受けることができないものとされているのに対し、法一四条一項による登録の場合は、登録を受けようとする者について右のような定めはなく、当該刀剣類それ自体が同項所定の「美術品として価値のある刀剣類」に該当すると認められるときは、その登録を受けることができ、登録を受ければ何人もこれを所持できるものとされており、しかもその登録事務は文化庁長官が所掌していることに照らしても明らかである(最高裁昭和五九年(行ツ)第一七号同六二年一一月二〇日第二小法廷判決・裁判集民事一五二号二〇九頁参照)。
そして、このような刀剣類の登録の手続に関しては、法一四条三項が「第一項の登録は、登録審査委員の鑑定に基いてしなければならない。」と定めるほか、同条五項が「第一項の登録の方法、第三項の登録審査委員の任命及び職務、同項の鑑定の基準及び手続その他登録に関し必要な細目は、文部省令で定める。」としており、これらの規定を受けて銃砲刀剣類登録規則(昭和三三年文化財保護委員会規則第一号。なお、右規則は、昭和四三年法律第九九号附則五項により、文部省令としての効力を有するものとされている。以下「規則」という。)が制定されている。その趣旨は、どのような刀剣類を我が国において文化財的価値を有するものとして登録の対象とするのが相当であるかの判断には、専門技術的な検討を必要とすることから、登録に際しては、専門的知識経験を有する登録審査委員の鑑定に基づくことを要するものとするとともに、その鑑定の基準を設定すること自体も専門技術的な領域に属するものとしてこれを規則に委任したものというべきであり、したがって、規則においていかなる鑑定の基準を定めるかについては、法の委任の趣旨を逸脱しない範囲内において、所管行政庁に専門技術的な観点からの一定の裁量権が認められているものと解するのが相当である(前記最高裁判決参照)。
そして、規則に定められた刀剣類の鑑定の基準をみるに、規則四条二項は、「刀剣類の鑑定は、日本刀であって、次の各号の一に該当するものであるか否かについて行なうものとする。」とした上、同項一号に「姿、鍛え、刃文、彫り物等に美しさが認められ、又は各派の伝統的特色が明らかに示されているもの」を、同項二号に「銘文が資料として価値のあるもの」を、同項三号に「ゆい緒、伝来が史料的価値のあるもの」を、同項四号に「前各号に掲げるものに準ずる刀剣類で、その外装が工芸品として価値のあるもの」をそれぞれ掲げており、これによると、法一四条一項の文言上は外国刀剣を除外してはいないものの、右鑑定の基準としては、日本刀であって、美術品として文化財的価値を有するものに限る旨の要件が定められていることが明らかである。
そこで、右の要件が法の委任の趣旨を逸脱したものであるか否かをみるに、刀剣類の文化財的価値に着目してその登録の途を開いている前記法の趣旨を勘案すると、いかなる刀剣類が美術品として価値があり、その登録を認めるべきかを決する場合にも、その刀剣類が我が国において有する文化財的価値に対する考慮を欠かすことはできないものというべきである。そして、原審の適法に確定するところによると、(1) 我が国がポツダム宣言を受諾して後、連合国占領軍(以下「占領軍」という。)は、日本政府に対し民間の武装解除の一環として昭和二〇年九月二日付け一般命令第一号一一項により一般国民の所有する一切の武器の収集及び占領軍への引渡の準備をすべき旨を命じたが、これに対し、日本政府は愛刀家の鑑賞の対象である日本古来の刀剣類までもが一般の武器と同一視されて接収されることに強く抵抗し、占領軍の理解を求めて折衝した結果、美術品として価値のある刀剣類については、占領軍への引渡の対象から除外されることになり、昭和二一年六月一五日施行された銃砲等所持禁止令(昭和二一年勅令第三〇〇号)により、地方長官の許可を得て所持できることとなった(これが本件登録制度の発端である。)、(2) その後、文化財保護法の制定に伴い、昭和二五年一一月二〇日施行された銃砲刀剣類等所持取締令(昭和二五年政令第三三四号。以下「旧取締令」という。)により、本件登録制度の前身である文化財保護委員会による登録制度が採用され、銃砲等所持禁止令は廃止されるに至ったが、右制度改正の趣旨は、従来、美術刀剣類をも凶器の一種とみて、治安上の取締りの観点から所持許可の対象としていたが、これを文化財に準ずるものとみて、その保存と活用を図るところにあった、(3) 昭和三三年四月一日から現行の法(ただし、当時は「銃砲刀剣類等所持取締法」といい、昭和四〇年法律第四七号により現行の題名に改められた。)が施行され、旧取締令は廃止されたが、登録に関する規定の文言は、法と旧取締令とで差異はない(もっとも、その後の法改正により、登録事務は文化庁長官が所掌することとなった。)、(4) 法施行後は、外国刀剣の登録例は一件もない(法施行前においては、第一審判決添付の別表記載のとおり、外国刀剣の登録例があるが、これは、旧取締令施行前の銃砲等所持禁止令の時代に許可基準の一部にあいまいな点があったために外国刀剣の所持許可がされたものを、旧取締令の施行に伴い、同令に基づく登録として引き継いだものがほとんどである。)、(5) 日本刀は、原材料に玉鋼を主体としたものを用い、折返し鍛練を行い、土取りを施し、焼入れをすることによって製作されるものであり、我が国独自の製作方法と様式美を持った刀剣であるが、その製作方法は奈良時代以後に次第に発達してきたものであって、平安時代以降は刀身に作者名を切るようになり、各派の作風の特徴が刀剣自体に具現されるようになったが、このような様式美を有する日本刀については、古くから我が国において美術品としての鑑賞の対象とされてきた、というのであり、これらの認定事実に照らすと、規則が文化財的価値のある刀剣類の鑑定基準として、前記のとおり美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定め、この基準に合致するもののみを我が国において前記の価値を有するものとして登録の対象にすべきものとしたことは、法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであるから、これをもって法の委任の趣旨を逸脱する無効のものということはできない。そうすると、上告人の登録申請に係る本件サーベル二本は上告人がスペインで購入して日本に持ち帰った外国刀剣であって、規則四条二項所定の鑑定の基準に照らして、登録の対象となる刀剣類に該当しないことが明らかであるから、以上と同旨の見解に立って、上告人の右登録申請を拒否した被上告人の本件処分に違法はないとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張は、その実質は原判決の単なる法令違背をいうものにすぎず、原判決に法令違背のないことは右に述べたとおりである。論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官角田禮次郎、同大堀誠一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+反対意見
裁判官角田禮次郎、同大堀誠一の反対意見は、次のとおりである。
我々は、上告人の本件登録申請を拒否した被上告人の本件処分に違法はないとした原判決を正当として、本件上告を棄却すべきものとする多数意見に賛成することができない。その理由は、次のとおりである。
一 多数意見は、法一四条一項にいう刀剣類は、文言上は外国刀剣を除外しておらず、更に同条五項に基づきいかなる鑑定の基準を定めるかについては、法の委任の趣旨を逸脱しない範囲内において、所管行政庁に専門技術的な観点からの一定の裁量権が認められていると解した上、同項の委任に基づき、規則四条二項において登録の対象を美術品として文化財的価値を有する日本刀に限ることとしているのは、法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであるから、規則四条二項は、法の委任の趣旨を逸脱する無効のものということはできないとするものである。我々は、多数意見のうち、法一四条一項にいう刀剣類には外国刀剣が除外されていないという点には異論はないが、規則で登録の対象を美術品として文化財的価値を有する日本刀に限ることとしても、法の委任の趣旨を逸脱するものではなく、規則四条二項は無効ではないという点には賛成できない。すなわち、
(一) 法一四条一項にいう刀剣類には、文理上、外国刀剣を含むものと解される(法二条二項参照)。そして、法一四条一項に規定する登録制度の趣旨は、日本刀、外国刀剣を区別しないで、美術品として価値のある刀剣類で我が国に存するものを我が国の文化財として保存活用を図ることにあると解するのが相当である。そうだとすると、法の段階では、外国刀剣にも美術品として価値のあるものがあることを認めていることになるから、同条五項の委任に基づいて規則を定める場合にも、日本刀・外国刀剣の両者について、同項所定の事項を定めることこそ法の要請するところというべきであり、規則において外国刀剣を登録の対象から除外することを法が期待し、容認しているとは考えられない。換言すれば、登録の対象範囲というような登録制度の基本的事項については、本来、法で定めるべきものであって、登録の対象を日本刀に限るというような登録制度の基本的事項の変更に当たる事柄について、何らの指針を示すことなく規則に委任することが許されるとは考えられない。また、日本刀に限って登録の対象とし、外国刀剣は美術品として価値のあるものであっても登録の対象としないという判断は、政策的判断に属するというべきであり、法は、このような判断を規則に委任していると解すべきではないと考える。
(二) 鑑定の基準を定めるということと、登録の対象範囲を定めるということは、そもそも別の概念であって、鑑定基準を定めることのなかに、登録の対象範囲を定めることが当然に含まれるという解釈は、法文の用語の通常の解釈に反すると思う。更に、法一四条の法文の構成という点からいっても、登録の対象となる刀剣類の範囲を定めたうえで、登録の対象とされた刀剣類が、美術品としての価値があるかどうかは専門家の鑑定によることとし、その鑑定の基準は所管行政庁の規則で定めるというのが、もっとも法理にかなった構成であり、同条の解釈も、そのような構成に即してなされるべきである。
(三) 多数意見は、規則をもって登録の対象を日本刀に限ることができるとする実質的な理由として、本件登録制度の制定経緯、運用の実際、更には日本刀が古くから我が国において美術品として鑑賞の対象とされてきたことを挙げている。しかしながら、右のような理由は、日本刀を登録の対象とすることの合理的な理由にはなり得るとしても、外国刀剣を登録の対象から排除する積極的、合理的な理由にはなり得ないものと考える。
したがって、法一四条一項により登録の対象となる刀剣類を日本刀に限るとしている規則四条二項は、法一四条五項に基づく委任命令としては、委任の限度を超えた違法無効のものというべきであるから、本件サーベルが規則四条二項所定の日本刀に該当しないことを理由として本件登録申請を拒否した被上告人の本件処分は違法であって、取消しを免れないものというべきである。
二 前述したところと異なる見解の下に本件処分を適法とした原審の判断には、法一四条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、上告人の本訴請求は理由があることが明らかであるから、これを棄却した第一審判決を取り消し、上告人の本訴請求を認容すべきである。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官佐藤哲郎は、退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 大内恒夫)

++解説
《解  説》
1 X(原告・控訴人・上告人)は、スペインで購入した外国製刀剣であるサーベル二本を鉄砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)一四条一、二項、銃砲刀剣類登録規則(以下「登録規則」という。)一条に基づいて「美術品として価値のある刀剣類」に該当するとして登録申請をした(これにより登録されると銃刀法三条一項六号により所持することができることになる。)が、文化庁長官から右登録に関する事務の委任(銃刀法一九条一項)を受けているY(被告・被控訴人・被上告人)は、本件サーベルが法一四条五項の委任に基づいて定められた登録規則四条二項所定の「日本刀」に該当しないとして、右登録申請の拒否処分(以下「本件処分」という。)を行った。そこで、Yは、本件処分の取消しを求めて、本訴を提起した。
本件処分は、本件サーベルが登録規則四条二項所定の「日本刀」に該当しないとの理由でされたものであり、本件の争点は、右登録規則四条二項の規定が銃刀法一四条五項の委任の趣旨を逸脱し無効というべきものかという点にある。
2 Xは、銃刀法一四条一項は、登録の対象となる刀剣類を「美術品として価値のある」ものであれば足りるとし、他に何らの制限を設けていない、しかるに、銃刀法一四条五項の委任に基づき定められた登録規則四条二項が、銃刀法一四条一項の登録の対象となる「銃剣類」を日本刀に限定しているのは、合理性がなく、法の委任の範囲を超えた制限を課しているものであり、無効であると主張した。
原審は、第一審判決(東京地判昭62・4・20判時一二二八号五五頁)の判決理由をほぼ引用し、銃刀法一四条一項によって「美術品としての価値のある」ものとして登録の対象となる刀剣類とは、我が国の伝統的技法を駆使して制作された、文化財として保護すべき価値のある「日本刀」を意味するものと解するのが相当であるとし、登録規則四条二項が、銃刀法一四条一項所定の登録制度の対象となり得る刀剣類の鑑定基準を定めるに当たって、その基準の一つとして「日本刀であって」と明示したことは、立法の経緯、目的を踏まえて銃刀法一四条一項の趣旨を明確にしたにすぎないというべきであり、しかも、合理的理由を備えたものであって、何ら同条五項の委任の範囲を超えたものではないと判示し、本件サーベルの登録を拒否した本件処分は適法であるとして、Xの請求を棄却した第一審判決を相当とし、Xの控訴を棄却した。そこで、Xが上告した。
3 本判決は、銃刀法一四条一項による登録を受けた刀剣類が、同法三条一項六号により、刀剣類の同条本文による所持禁止の除外対象とされているのは、刀剣類には美術品として文化財的価値を有するものがあるから、このような刀剣類について登録の途を開くことによって所持を許し、文化財として保存活用を図ることは、文化財保護の観点からみて有益であり、また、このような美術品として文化財的価値を有する刀剣類に限って所持を許しても危害の予防上重大な支障が生ずるものではないとの趣旨によるものであるとし、刀剣類の文化財的価値に着目してその登録の途を開いている法の趣旨を勘案すると、いかなる刀剣類が美術品として価値があり、その登録を認めるべきかを決する場合にも、その刀剣類が我が国において有する文化財的価値に対する考慮を欠かすことはできないものというべきであると解した上、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革並びに日本刀が我が国独自の製作方法と様式美を持った刀剣であり、古くから我が国において美術品としての観賞の対象とされてきたことなどの諸点に照らすと、登録規則が文化財的価値のある刀剣類の鑑定基準として、美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定め、この基準に合致するもののみを我が国において右価値を有するものとして登録の対象にすべきものとしたことは、銃刀法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであるから、これをもって法の委任の趣旨を逸脱する無効のものということはできないと判示し、Xの右登録申請を拒否したYの本件処分に違法はないとした原審の判断は正当として是認することができるとしてXの上告を棄却した。
4 銃刀法一四条所定の登録制度の趣旨については、既に、最二小判昭62・11・20(裁判集民一五二号二〇九頁)が、銃刀法一四条一項が登録の対象としている「美術品若しくは骨とう品として価値のある火なわ式銃砲等の古式銃砲」につき、美術品又は骨とう品として文化財的価値を有する古式銃砲について、その文化財としての保存活用、その保護を図ることに本件登録制度の意義があることを明らかにしているところである。
本件登録制度の歴史的沿革は、本判決においても摘記されているとおりであり、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革等に照らすと、右最判が判示するように、本件登録制度は、古式銃砲については美術品又は骨董品としての、刀剣類については美術品としての、文化財的価値に着目し、文化財保護の観点から設けられたものとみるのが相当であろう。本判決が、本件登録制度の趣旨につき、「刀剣類には美術品として文化財的価値を有するものがあるから、このような刀剣類について登録の途を開くことによって所持を許し、文化財として保存活用を図ることは、文化財保護の観点からみて有益であり、また、このような美術品として文化財的価値を有する刀剣類に限って所持を許しても危害の予防上重大な支障が生ずるものではないとの趣旨によるものと解される。」と判示しているのも、同様の見解によるものであろう。
銃刀法一四条一項所定の「美術品として価値のある刀剣類」の意義につき、本件一、二審判決は、同項により「美術品としての価値のある」ものとして登録の対象となる刀剣類とは、我が国の伝統的技法を駆使して製作された、文化財として保護すべき価値のある「日本刀」を意味するものと解されると判示していたが、本判決は、この点につき、「美術品として文化財的価値を有する刀剣類」の意味である旨の判示をしているが、同項の解釈として、それが日本刀に限られるものと断定してはいない。
本判決が、本件一、二審判決のように、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革を踏まえた同項の条文解釈のみによって結論を導かず、鑑定基準(登録規則)を定立する上での行政庁の専門技術的な観点からの裁量論をも用いて結論を導いているのは、次のような見解によるものではないかと思われる。
銃刀法一四条一項により「美術品としての価値のある」ものとして登録の対象となる刀剣類とは、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革等を考慮すると、文化財として保護すべき価値のある「日本刀」を意味するものと解されるとの本件一、二審判決の見解にも十分首肯すべき面があるが、銃刀法における「刀剣類」の定義を定めた同法二条二項所定の刀剣類には外国刀剣も含まれることが、その定義内容に照らして明らかであることを考慮すると、銃刀法一四条一項の文言上は、同項所定の「美術品として価値のある刀剣類」が日本刀に限られるもの(外国刀剣を一切排除しているもの)と断定することは困難である。もっとも、銃刀法一四条一項が、登録の対象となる刀剣類の範囲を、何の指針も与えず、いわば手放しで登録規則に委任しているものと解すべきではない。右条項が登録の対象としている刀剣類は、美術品として「文化財的価値」を有する刀剣類と解すべきであり、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革を考慮すると、右のような美術品として「文化財的価値」を有する刀剣類として登録の対象となるべく本来的に予定されているのは、我が国において文化財的価値を有する刀剣類、すなわち、我が国の歴史、文化と深いつながりを有し、古くから我が国において美術品としての観賞の対象とされてきた日本刀を中心とするものであると解される。換言すれば、銃刀法一四条一項は、一般的に、我が国における文化財的価値の観点からみて差異の認められる日本刀と外国刀剣とを、その登録対象として同価値・同等のものとはみていないものと解される。このことは、登録規則四条二項が委任の趣旨を逸脱しているか否かを判断する上でも十分考慮されるべきである。
本判決が、「法一四条一項の文言上は外国刀剣を除外してはいない」としながらも、登録規則四条二項の定める要件が銃刀法の委任の趣旨を逸脱したものであるか否かをみる場合において、「刀剣類の文化財的価値に着目してその登録の途を開いている前記法の趣旨を勘案すると、いかなる刀剣類が美術品として価値があり、その登録を認めるべきかを決する場合にも、その刀剣類が我が国において有する文化財的価値に対する考慮を欠かすことはできないものというべきである。」と判示した上で、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革についての原審が確定した事実関係を摘記しているのは、右のような見解によるものではないかと思われる。
そして、本判決が、銃刀法一四条三項、五項による登録規則(四条二項)への委任の趣旨につき、前掲最二小判昭62・11・20と同様の判示をしているのは、銃刀法一四条五項の委任により制定された登録規則四条所定の鑑定の基準の趣旨につき、その一項と二項とを別異に解すべき合理的根拠はないから、本件においても右最二小判と同様の見解に立たざるを得ないとの見解によるものであろう。
本判決は、銃刀法一四条一項による登録の対象となる刀剣類の意義につき、「美術品として文化財的価値を有する刀剣類」と解し、規定の文言上は外国刀剣を除外してはいないとした上で、登録規則四条二項が登録の際の鑑定の基準として、美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定めていることが、銃刀法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであると判示したものであるが、その趣旨を、本来、銃刀法一四条一項において定められるべき事項である登録の対象範囲につき、同条が何らの指針も示さないでこれを登録規則に委任し登録規則により登録の対象範囲を限定することを無条件で是認したものと解するのは相当ではない。すなわち、本判決は、前述のとおり、銃刀法一四条一項は、その登録の対象となる刀剣類の範囲につき、「我が国において文化財的価値を有する刀剣類」という枠を設け、その範囲内で登録規則に「鑑定の基準」を設けることを委任したものと解し、所管行政庁が専門技術的な観点からの裁量権を行使して定めた登録規則四条二項が美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定め、この基準に合致するもののみを我が国において右価値を有するものとして登録の対象にすべきものとしたことが、本件登録制度の制定の経緯及びその沿革、運用の実際、日本刀が古くから我が国において美術品として鑑賞の対象とされてきたことに照らし、銃刀法一四条一項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものであり、銃刀法による委任の趣旨を逸脱するものとはいえないと判断したのであって、登録規則による登録対象の限定を無条件で是認したものと理解することは、本判決の趣旨に沿わないものと思われる。
5 本判決には、角田・大堀両裁判官の反対意見が付せられている。右反対意見は、要するに、銃刀法一四条一項にいう刀剣類には、文理上、外国刀剣を含むものと解し(同法二条二項参照)、同法一四条一項に規定する登録制度の趣旨は、日本刀、外国刀剣を区別しないで、美術品として価値のある刀剣類で我が国に存するものを我が国の文化財として保存活用を図ることにあると解した上、登録規則による、登録対象の範囲を日本刀に限定することは、銃刀法一四条五項に基づく委任の限度を超えたものと解すべきであるというものである。右反対意見は、多数意見が本件登録制度の制定の経緯・その沿革等のいわゆる立法事実を重視しているのに対し、銃刀法の規定の文理を重視し、法文に忠実な解釈論を展開し、その帰結として、委任命令たる登録規則四条二項は法の委任の限度を超えた違法無効のものと断定したものであり、その意見の中には、委任命令の法適合性についての司法審査の在り方について、その指針ともなるべき貴重な見解が示されているものと評価することができよう。
6 本判決は、銃刀法一四条一項の登録の対象となる古式銃砲の鑑定基準を定めた登録規則四条一項の法適合性を肯定した前掲最二小判昭62・11・20と基本的に同一の見解に立って、同法一四条一項の登録の対象となる刀剣類の鑑定基準を定めた登録規則四条二項の法適合性を肯定したものである。
本判決は、委任命令等の行政立法の法適合性を判断した数少ない最高裁判決の一つであり、委任命令等の行政立法の法適合性が問題となる同種の事案における重要な先例となるであろう。
本判決についての評釈として、飯村敏明・ひろば一四三巻一〇号六四頁、平岡久・民商一〇三巻五号九四頁、多賀谷一照・ジュリ九八〇号三五頁があり、本件第一審判決の評釈として、南川諦弘・判評三五四号二四頁がある。なお、最二小判昭62・11・20裁判集民一五二号二〇九頁の評釈として、平岡久・民商九九巻二号二三一頁、坂井満・昭和六二年行政関係判例解説二五三頁、北澤晶・本誌七〇六号三四六頁がある。


行政法 基本行政法 行政裁量その3 行政裁量に関する諸問題~


5.行政裁量に関する諸問題
(1)専門技術的裁量

+判例(H4.10.29)伊方原発訴訟

ア 最高裁判決のポイント
イ 判決が裁量という語を用いていない理由
=政治的、政策的裁量と同様の広範な裁量を認めたものと誤解されるのを避けるため。

ウ 「現在の科学技術水準」が基準とされる理由
=事実認定の問題だと思えばよい

(2)法律の文言と処分の性質
+判例(S56.2.26)ストロングライフ事件

(3)警察許可と公企業の特許

+判例(S47.5.19)
理由
上告代理人原田香留夫の上告理由第一の一ないし三について。
論旨は、要するに、公衆浴場営業許可は法規裁量事項であるから、右許可をめぐつて競願関係が生じた場合には、先に受理された許可申請に対して優先的に許可を与えるべきものであるところ、本件においては、訴外尾道市吉和漁業協同組合(以下訴外組合という。)の昭和三四年六月六日の許可申請は、同日不受理となつたこと、および上告人の同月八日の許可申請は、同日受理されたことが、いずれも争いなく確定しているのに、右のような場合にも行政庁の自由裁量権が認められるとして、上告人の先願権を無視してなされた知事の処分を維持した原判決は、法令に違背する、また、原判決は、何をもつて自由裁量の対象とするのか、必ずしも明らかではなく、理由不備の違法をおかすものである、というのである。
おもうに、公衆浴場法は、公衆浴場の経営につき許可制を採用し、その二条二項本文において、「都道府県知事は、公衆浴場の設置の場所若しくはその構造設備が、公衆衛生上不適当であると認めるとき又はその設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは、前項の許可を与えないことができる。」と規定しているが、それは、主として国民保健および環境衛生という公共の福祉の見地から営業の自由を制限するものである。そして右規定の趣旨およびその文言からすれば、右許可の申請が所定の許可基準に適合するかぎり、行政庁は、これに対して許可を与えなければならないものと解されるから、本件のように、右許可をめぐつて競願関係が生じた場合に、各競願者の申請が、いずれも許可基準をみたすものであつて、そのかぎりでは条件が同一であるときは、行政庁は、その申請の前後により、先願者に許可を与えなければならないものと解するのが相当である。けだし、許可の要件を具備した許可申請が適法になされたときは、その時点において、申請者と行政庁との間に許可をなすべき法律関係が成立したものというべく、この法律関係は、許可が法律上の覊束処分であるかぎり、その後になされた第三者の許可申請によつて格別の影響を受けるべきいわれはなく、後の申請は、上記のような既存の法律関係がなんらかの理由により許可処分に至らずして消滅した場合にのみ、これに対して許可をなすべき法律関係を成立せしめうるにとどまるというべきだからである。
なお、所論は、右の場合における先願後願は申請の受理の順序によつて決すべきであると主張するけれども、さきに述べた公衆浴場営業許可の性質および各申請を公平に取り扱うべき要請から考えれば、右先願後願の関係は、所定の申請書がこれを受け付ける権限を有する行政庁に提出された時を基準として定めるべきものと解するのが相当であつて、申請の受付なし受理というような行政庁の行為の前後によつてこれを定めるべきものと解することはできない
ところで、原審の確定するところによれば、
上告人が本件公衆浴場営業許可申請をしたのは昭和三四年六月八日であつた、一方、訴外組合は、さきに公衆浴場営業許可申請書を提出したところ、添付図面に不備があるとして、閉合トラバース測量による測量図面を添付するようにとの指示のもとに提出書類全部の返戻を受けたので、同月六日に、測量士の有資格者が作成した平板測量による測量図面を添付して、本件公衆浴場営業許可申請書を広島県立尾道保健所に提出した、ところが、同所係員は、補正(計算書の附記)を求めて添付の測量図面を持ち帰らせ、その他の書類はそのまま同保健所に保管した、その後、右係員において広島県の指示を求めた結果、さきに持ち帰らせた測量図面の添付を認めることとしてこれを提出させ、同月一一日にその受付の手続をした、というのである。原審は、右側量図面を添付したことによつて訴外組合の申請が不適法となるものではないとし、結局、訴外組合の右申請書は、同月六日に提出された時点においては、すでに受け付けるべき要件を具備していたとしているのである。そして、右原審の認定・判断は、挙示の証拠に照らし、いずれも正当として首肯しうるところである。
してみると、訴外組合の適式の申請書が権限ある行政庁に提出されたのは同月六日であり(同日、被上告人において右申請を受理しないという処分をしたものではない。)、結局、本件上告人と訴外組合との間の競願関係における先願者は訴外組合であるというべきであるから、同様の判断のもとになされた本件各処分を是認すべきものとした原判決は、その結論において正当である。
以上の次第で、上告人に先願権ありとする所論は、理由がない。また、原判決に所論理由不備の違法も認められないことは、その判文を通読すれば明らかである。結局、論旨は、採用することができない。

同第一の四について。
所論の点に関する原審の認定判断は、正当としてこれを首肯することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二について。
原判決理由の趣旨からすれば、所論の点に関する審理判断は、必ずしも必要ではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男)

・原告適格について
+判例(S37.1.19)
理由 
 上告代理人小林為太郎の上告理由について。 
 公衆浴場法は、公衆浴場の経営につき許可制を採用し、第二条において、「設置の場所が配置の適正を欠く」と認められるときは許可を拒み得る旨を定めているが、その立法趣旨は、「公衆浴場は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である。そして、若しその設立を業者の自由に委せて、何等その偏在及び濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、その偏在により、多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便を来たすおそれを保し難く、また、その濫立により、浴場経営に無用の競争を生じその経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれなきを保し難い。このようなことは、上記公衆浴場の性質に鑑み、国民保健及び環境衛生の上から、出来る限り防止することが望ましいことであり、従つて、公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠き、その偏在乃至濫立を来たすに至るがごときことは、公共の福祉に反するものであつて、この理由により公衆浴場の経営の許可を与えないことができる旨の規定を設け」たのであることは当裁判所大法廷判決の判示するところである(昭和二八年(あ)第四七八二号、同三〇年一月二六日判決、刑集九巻一号二二七頁)。そして、同条はその第三項において右設置場所の配置の基準については都道府県条例の定めるところに委任し、京都府公衆浴場法施行条例は各公衆浴場との最短距離は二百五十米間隔とする旨を規定している。 
 これら規定の趣旨から考えると公衆浴場法が許可制を採用し前述のような規定を設けたのは、主として「国民保健及び環境衛生」という公共の福祉の見地から出たものであることはむろんであるが、他面、同時に、無用の競争により経営が不合理化することのないように濫立を防止することが公共の福祉のため必要であるとの見地から、被許可者を濫立による経営の不合理化から守ろうとする意図をも有するものであることは否定し得ないところであつて、適正な許可制度の運用によつて保護せらるべき業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず公衆浴場法によつて保護せられる法的利益と解するを相当とする。!!!! 
 原判決並びに第一審判決がこの理を解せず、本件上告人の本訴請求をもつて訴訟上の利益を欠くものとして、排斥したのは違法であることを免れず、この点において上告は理由あり、よつてその余の上告理由についての判断を省略し、民訴四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官奥野健一の反対意見、裁判官池田克の意見ある外裁判官全員一致の意見をもつて、主文のとおり判決する。 
+意見
 裁判官池田克の意見は次のとおりである。 
 わたくしは、多数意見と同様原判決を破棄すべきものと考えるが、その理由を異にするので、この点に関するわたくしの意見を表明することとする。 
 およそ、営業許可は、本来自由なるべき営業に対する禁止を解除しその自由を回復せしめるにとどまり、新らたに独占的な財産権を付与するものではない。公衆浴場の営業許可についても、その本質が右のごとき普通一般の営業許可の本質と異なる所以を見出し得ない。もつとも、公衆浴場法は特に配置の適正ということを許可の要件として規定しているので、濫立の防止によつて既設業者が経済的利益をうけることは事実であるが、右の規定は、専ら、公衆浴場が国民多数の日常生活に必要欠くべからざる厚生施設であることにかんがみ、公衆衛生の維持・向上を図らうとする公益的見地に出たものであつて、直接業者の経済的利益を保護する趣旨に出たものでないことは、本来業者の自由競争に委かさるべき公衆浴場営業を許可制にした同法の立法目的に徴しても、また前叙のごとき営業許可の本質からみても、疑を容れないところであるし従つて、右の規定を有する公衆浴場法の下においても、既設業者のうける利益を、多数説のように一種の法的利益と解することはできず、単なる反射的利益に過ぎないというべきである。 
 しかし、かように既設業者のうける利益が事実上の利益に過ぎないからといつて、新規業者に対して違法に与えられた営業許可により既設業者が甚大な損害を蒙ることがあつても、これが是正のための法的救済を拒否し、違法な行政処分をそのまま放置しておくことは、新憲法が行政庁の違法な処分に対し広く出訴の途を開いた趣旨を全うする所以でないことを看過してはならない。むしろ、「違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタ」者に限り出訴することを許した旧憲法のような規定のない現行行政訴訟制度の下においては、違法な行政処分に対して出訴し得る者は、必ずしも法的権利ないし利益を有する者に限られることなく、事実上の利益を有するに過ぎない者であつても、その利益が一般抽象的なものではなくして具体的な個人的利益であり、しかも当該違法処分により直接且つ重大な損害を蒙つた場合には、その者に対し同処分の取消または無効確認を訴求する原告適格を認めるのを相当とする。本件についてこれをみるのに、上告人らはいずれも公衆浴場を経営している者であつて、京都府知事がAに対して与えた公衆浴場の営業許可が公衆浴場法二条三項に基く京都府公衆浴場法施行条例並びに同条例の実施に関する公衆浴場新設に関する内規に違反するとしてその無効確認を訴求するのであるが、右処分によつて侵害されたという上告人らの利益は、事実上のものに過ぎないとはいえ、具体的な個人的利益であり、またその利益の侵害が直接的で、しかもこれにより上告人らが重大な損害を蒙ることは見易いところであるから、上告人らは本件訴訟の原告適格を有するものといわなければならない。 
 わたくしは、以上の理由により、本件上告はその理由がある、と思料するのである。 
+反対意見
 裁判官奥野健一の反対意見は、次のとおりである。 
 元来公衆浴場営業は何人も自由になし得るものであるが、公衆浴場法は公衆衛生の維持、向上の目的から公衆浴場営業を一般的に禁止し、公衆衛生上支障がないと認められる場合に特定人に対してその禁止を解除し、営業の自由を回復せしめることとしている。しかして、このような制限は専ら公衆衛生上の見地からなされるものであつて、既設公衆浴場営業者の保護を目的とするものではない。尤も公衆浴場営業が許可を要するとされることから、競業者の出現が事実上ある程度の抑制を受け、その結果既設業者が営業上の利益を受けることがあつても、それはいわゆる反射的利益に過ぎないのであつて、決して許可を受けた既設業者に一種の独占的利益を与えようとするものではない。 
 そして、公衆浴場法二条二項は「都道府県知事は、……その設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは前項の許可を与えないことができる。……」と定めているが、これも専ら公衆衛生の維持、向上を目的とする規定であつて、既設業者の営業上の利益の保護を目的とするものではない。従つて、右二条二項の規定は、新規の営業許可にかかる浴場の設置場所が適正を欠くことを理由として、既設業者からその許可の無効を主張することを許す趣旨のものとは到底解することができない。それ故、これと同趣旨の理由により本訴請求は訴の利益がないものとしてこれを棄却した第一審判決及びこれを支持した原判決は正当であつて、本件上告は理由がない。 
 (裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助) 
・特許の仕組みに通常みられるような、許可の際のさまざまな考慮要素や許可業者の事業全般についての監督等の規定は置かれていない
→警察許可の性質
+判例(H1.1.20)
理由 
 弁護人林弘ほか二名の上告趣意は、公衆浴場法二条二項による公衆浴場の適正配置規制及び同条三項に基づく大阪府公衆浴場法施行条例二条の距離制限は憲法二二条一項に違反し無効であると主張するが、その理由のないことは、当裁判所大法廷判例(昭和二八年(あ)第四七八二号同三〇年一月二六日判決・刑集九巻一号八九頁)に徴し明らかである。 
 すなわち、公衆浴場法に公衆浴場の適正配置規制の規定が追加されたのは昭和二五年法律第一八七号の同法改正法によるのであるが、公衆浴場が住民の日常生活において欠くことのできない公共的施設であり、これに依存している住民の需要に応えるため、その維持、確保を図る必要のあることは、立法当時も今日も変わりはない。むしろ、公衆浴場の経営が困難な状況にある今日においては、一層その重要性が増している。そうすると、公衆浴場業者が経営の困難から廃業や転業をすることを防止し、健全で安定した経営を行えるように種々の立法上の手段をとり、国民の保健福祉を維持することは、まさに公共の福祉に適合するところであり、右の適正配置規制及び距離制限も、その手段として十分の必要性と合理性を有していると認められる。もともと、このような積極的、社会経済政策的な規制目的に出た立法については、立法府のとつた手段がその裁量権を逸脱し、著しく不合理であることの明白な場合に限り、これを違憲とすべきであるところ(最高裁昭和四五年(あ)第二三号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五八六頁参照)、右の適正配置規制及び距離制限がその場合に当たらないことは、多言を要しない。 
 よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之) 
(4)行政処分の附款
ア 付款の意義と種類
①条件
処分の効果の発生・消滅を発生不確実な事実に係らしめる附款
②期限
処分の効果の発生・消滅を発生確実な事実に係らしめる附款
③負担
法令により課される義務とは別に、作為・又は不作為の義務を課す附款
本体たる処分の効果の発生・消滅に直接かかわるものではない。
負担に違反しても処分の効果が当然に失われるわかではない!!
④撤回権の留保
将来撤回することがあることをあらかじめ宣言しておく附款
法令の解釈により定まるのであり、「撤回権の留保」の附款があるからといって、常に撤回ができるわけではない!
イ 附款の許容性と限界
・法律に附款を許容する明文の規定がなくとも、法律が当該処分につき裁量を認めている場合には、その範囲内で附款を付することが許される。
裁量の範囲内
ウ 本問へのあてはめ
・「条件」という文言が講学上の条件にあたるのかそれとも負担にあたるのか?
+判例(札幌高判H23.5.19)
調べておく!
・条件(負担)の取消訴訟を提起できるか?
=要害附款がなければ当該行政処分自体がなされなかったであろうことが客観的にいえるような場合には、当該処分全体が瑕疵を帯びているものとして当該処分の取消訴訟を提起すべきであり、附款だけの取消訴訟は提起できない!
=本体たる許可処分の効果を直接制限するものではないことからすると、許可処分から切り離して本件条件の取消訴訟を提起することが可能。


行政法 基本行政法 行政裁量その2 裁量審査の方法 太郎杉 小田急高架化訴訟


4.裁量審査の方法
(1)社会観念審査
・行政庁の判断が全くの事実の基礎を欠き、または社会観念上著しく妥当を欠く場合に限って処分を違法とする

+判例(S52.12.20)神戸税関事件

+判例(S53.10.4)マクリーン事件

(2)判断過程審査

+判例(東京高判48.7.13)日光太郎杉事件
事実
控訴人ら代理人は「原判決を取り消す。控訴人らに対する被控訴人の各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
第一 被控訴人の主張
一、被控訴人は本件事実認定の違法事由として、さらに、起業者である栃木県知事が本件事業執行の権限を有しないことを追加しで主張する(なお、この点は、本件土地細目の公告及び本件収用裁決の違法事由として主張する。)。
1、控訴人は、当審において、本件事業における起業者県知事の事業施行の権限の法的根拠について、本件道路拡幅工事は自然公園法一四条二項に基づいて厚生大臣の承認を受けて、公園事業の一部の執行として行なうものであると主張し、その詳細を次のとおり述べている。すなわち、
(一) 昭和一一年一二月二六日内務省告示第六八七号をもつて、本件事業に係る国道一二〇号のうち、神橋・馬返間についで国立公園法三条に基づく国立公園計画及び国立公園事業の決定がなされた。これらの国立公園計画及び国立公園事業は、自然公園法附則4項により、それぞれ同法一二条一項に基づいて決定された国立公園に関する公園計画及び公園事業とみなされている。
(二) 起業者県は、まずこの公園事業のうち、日光市安川町地内延長一九五メートルの道路改良事業を行なうべく、自然公園法一四条に基づき厚生大臣に公園事業執行の承認の申請をし、昭和三四年一二月一七日その承認を受けた。
(三) その後次々に厚生大臣の承認を受けて本件道路(神橋ー馬返間道路を指す。)の拡幅改良を行ない、最後に残された本件係争地を含む二八〇メートルの区間につき拡幅改良を行なうべく、昭和三八年七月五日付け承認の申請をし、昭和三九年四月一日にその承認を受けた。
(四) その際の手続は、公園事業の執行承認に関する事務処理の慣例にしたがつて、自然公園法施行令(昭和三二年政令第二九八号)二〇条において準用する同令一〇条に基づき「昭和三四年一二月一七日付け承認事項」の変更の承認として処理されたものである。
かように主張している。
ところが、前記昭和三九年四月一日付の厚生大臣の承認書(乙第一号証の一〇、同第九号証の一も同じ。)には、厚生大臣は昭和三三年八月一日付け公園事業の承認事項の変更を承認する旨記載されている。そうしてこの昭和三三年八月一日付け厚生大臣の承認事項というのは、神橋・馬返間の国道のうち「清滝・馬返間」の道路改良事業法一四条二項に基づく執行の承認である。
しかし、本件起業は前記国道のうち、日光市大字山内字旅所(字中山の俗称)における二八〇メートルの道路に関するものであつて、「清滝・馬返間」の道路とは全然地域を異にする(ちなみに、清滝は本件地域から西方五キロメートル余の地点にあり、馬返ば更にその西方二キロメートル余の地点にある。)。すなわち、控訴人が、昭和三九年四月一日承認を受けたのは、本件起業地とは全然別の地域に関する事業の承認である。右のような、「清滝・馬返間」の道路の拡幅事業の承認が、五キロ乃至七キロメートル余も離れた本件道路の拡幅事業の承認となり得る道理はない。
これを要するに、本件起業にあたり起業者県知事が執行の承認を得たのは、全然別個の地域における事業であつて、本件起業地における事業については、適法に厚生大臣の承認を受けたことは、これを認めることかできないのである。
そうして、本件は土地収用法(本件当時施行のものを指す。以下特に断らない限り同じ。)一八条二項六号により、事業の施行に関し行政機関の許認可等の処分を必要とする場合にあたるが、叙上のとおりであるから起業者県知事は所要の承認を得ていないことに帰する。このような当該事業施行の権限を有しない起業者の申請に基づいてなされた本件事業認定は違法である(従つて、これを前提とする本件土地細目の公告及び収用裁決もまた違法である。)。
2、ところで控訴人らは後記のとおり、叔上の被控訴人の指摘にかかる点は、単なる記載上のミスにすぎず、本件土地に対する承認として有効である。と主張する。
承認という行政行為の内容である承認の目的事項が、本来甲事項であるべきを乙事項と誤つたというのに、これを以て単なる記載上のミスとして処理することは本来許さるべきものではないはずであるが、それはさておき、行政行為は、表示行為によつて成立するのであつて、当該行政行為が、本件承認のように書面によつて表示されたときは、書面の作成によつて行政行為は成立し、その書面の到達によつて行政行為の効力を生ずるものである。そうして、表示行為が正当の権限ある者によつてなされたものである限り、その書面に表示されたとおりの行政行為があつたものと認めなければならない。ところで、前記乙第一号証の一〇の文書には、控訴人ら主張のように昭和三四年一二月一七日付け承認事項の変更を承認するという趣意はどこにも表示されていないのである。そうして、文書で行なわれた行政行為の単なる「記載上のミス」というのは(誤字・誤植、その他、文章の前後の続き合い等、当該文書の記載面自体、すなわち、文章の外観から明白にミスであることが判明する場合にかぎるというべきところ、控訴人ら主張のようなミスは、右のとおり書面の記載上ミスとしてあらわれていないのであるから、これを単なる記載上のミス(訂正も要しないミス)などといえないことはいうまでもない。
控訴人らは、また、前記乙第一号証の一〇そのものからは記載上のミスであることが判らないとしても、右承認に至るその主張の関係文書と合せて考えれば、単なる誤記であることが当然判明するとも主張するが、他の文書によつてはじめて記載上のミスであることが判明するような場合は、これを控訴人らのいうような単純な記載上のミスなどということはできない。
更に、控訴人らは、叙上の点は単なる記載上のミスであつて本来訂正を要しないものであるが、その誤りはその主張のとおり厚生大臣によつて訂正されたと主張するが、このような訂正は許されないし、また、この訂正によつて本件事業認定の違法性が治癒されるものではない。けだし、事業認定は、告示によつて効力を生ずるものであるから、事業認定に瑕疵があつて、その効力の発生に法的障害があるかどうかは、もつぱら、効力発生の時、すなわち告示の時を基準として決すべきである。従つて、その告示の後、半年余を経過し、しかも、当該事業認定の取消訴訟が裁判所に係属中に、行政庁相互の交渉によつて、隠秘の間に瑕疵が弥縫せられ、これによつて事業認定の瑕疵が告示の時に遡及して修正されるとするならば、事業認定のような関係多方面に重大な効力を及ぼす行政行為の法的安定は、到底期待することはできないというべきだからである。
最後に、仮りに、百歩を譲り、控訴人ら主張のとおり起業者県知事が昭和三九年四月一日前記乙第一号証の一〇によつて昭和三四年一二月一七日付執行の承認を受けた事項の変更の承認を受けたとしても、右一二月一七日付で承認されたのは、控訴人ら主張のとおり日光市安川町地内延長一九五メートルの道路改良工事に関するものであつて、本件係争地である日光市山内字中山は右の道路に包含されていないから、これを以て本件土地に対する執行承認ということはできない。
3、土地収用法二〇条二号は、起業者が当該事業を遂行する充分な意思と能力を有する者であること、と規定し、また同法一八条二項四号は、事業認定の申請書には、事業の施行に関して行政機関の免許等の処分を必要とする場合には処分のあつたことを証明する書類を添付しなければならないと規定する。
しかるに、右に述べたとおり、本件起業者たる県知事は、本件事業の執行に関して、適法に、自然公園法一四条二項所定の厚生大臣の承認を得たことを証明することができず、従うて、本件事業施行の権限を有しないものである以上、このことは、とりもなおさず、土地収用法二〇条二号の規定する、起業者が事業を遂行する能力、すなわち法律上の能力を有しない場合に該当するのであつて、かかる起業者の申請についてなされた本件事業認定は、土地収用法二〇条二号の規定にも違反するものというべきである。
二、本件事業認定が土地収用法四条に違反するものであることは、既に原審において主張したとおりであるが、この点をさらに次のとおり補足する。
昭和二六年法律第二一九号による改正前の土地収用法(明治三三年法律第二九号、以下旧土地収用法という。)二条は「土地ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得ル事業ハ左ノ各号ノ一ニ該当スルモノナルコトヲ要ス(一~三省略)四、鉄道・・・・・・道路・・・・・・河川・・・・・・国立公園二関スル事業」と規定し、又同決二条ノ二は、土地収用法四条と同じく「現ニ土地ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得ル事業ノ用ニ供スル土地ハ特別ノ必要アル場合二非レバ之ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得ズ」と規定していたのであるが、ここにいう「土地ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得ル事業」は、前示のように「国立公園ニ関スル事業」を含む結果、本件土地のように現に国立公園の用に供せられている土地は、これを土地収用法にもとづいて収用するためには、同法二条ノ二にいう「特別の必要」がある場合でなければならないことはあきらかである。そうして、そう解することがもとより土地収用法の本旨に適うものであることはいうまでもない。けだし、土地を収用又は使用することができる事業の種類として、国立公園に関する事業を除外するがごときは、土地収用法の本旨に戻るものであることは土地収用法全般の趣旨からあきらかであるからである。
土地収用法は「土地を収用又は使用することのできる事業」に関する旧法二条の規定の体裁を改めて、三条のとおり、各事業を個別的に一々、列挙する形式を採つたのであるが、旧法二条の「国立公園ニ関スル事業」については、これを二項目に分けて、三条に
二九 国立公園法(後に昭和三二年法律第一六一号自然公園法の制定に伴い自然公園法と改正)による公園事業
三二 国又は地方公共団体が設置する公園・・・・・・その他公共の用に供する施設
と規定し、旧法の「国立公園ニ関スル事業」は、右の両項目によつて全部「土地を収用又は使用することのできる事業」中に包含されたのである。
新法改正の趣意は、同法によつて土地の収用又は使用の利益を享受し得べき事業の種類、範囲を明確化するにあつたのであつて、国立公園に関する事業についてその範囲を縮少する法意は、まつたく見られないのみならず、土地収用法全般の趣旨から見て、ひとり公園に関する事業についてのみ、そのようにその意義を限局して解釈すべき何らの理由も存しないのである。
ところで、本件土地は、昭和九年一二月四日、日光国立公園に指定され(内務省告示第五六九号)、昭和二八年一二月二二日厚生省告示第三九四号を以て、当時の国立公園法八条の二第一項により、国立公園日光山内特別保護地区に指定されている区域の一部に属し、現行の自然公園法(昭和三二年法律第一六一号)附則3・4・5項によつて、同法に基いて指定された国立公園の特別保護地区とみなされた土地である。
よつて、本件土地は、国立公園内特別保護地区として土地収用法の適用においても、同法四条にいう「土地を収用又は使用することができる事業の用に供している土地」に該当するものである。
従つて、本件土地を収用するには、土地収用法四条にいう「特別の必要」がある場合でなければならないことはあきらかである。
そうして、本件において、右にいう「特別の必要」の存在をみとめることのできないことは、原審において被控訴人か主張したとおりである。
従つて、本件事業認定は、土地収用法四条所定の要件を具備しない違法の処分であるのみならず、本件事業認定に当たつては、かような「特別の必要」の点については、全然審査されなかつた。しかも土地収用法一八条二、三項、二一条一項の規定によれば、本件のように起業地内に同法四条に規定する土地があるとき、すなわち、これを収用するために「特別の必要」を要する場合には、特に慎重な審査を要し、建設大臣は、当該土地の管理者の意見を徴しなければならない旨を規定するところ、本件土地はすべて被控訴人東照宮の境内地であり、被控訴人は当該土地の所有者として「管理者」であるにかかわらず、右事業認定について、同法一八条二項四号所定の意見書の提出を求められたことはないのみならず、これにつぎ被控訴人の意見を徴せられたことは全くないのである。国立公園内の土地の所有者の権利は、自然公園法の適用によつて各種の制約を受けるにしても、所有者はその土地に対する管理権を失なうものでない。ことに自然公園法は、同三条において公園内土地所有者の権利はこれを尊重すべきことを明定しているのである。このように、法律の規定に違反して所有者の意見を聞くこともなく、権力を以て一方的に所有権を侵奪しようとすることは、デユー・プロセスの大法則に反するものというべきである。
以上のとおり、本件事業認定は、実質的に収用法に定める「特別の必要」の要件を欠く違法があるのみならず、審査手続の面においても、重要な法規違反をあえてするものであつて違法であり取消しを免れないものである。
三、本件事業認定は、これを必要とする理由を失なつている。
すなわち、原審において控訴人らが主張したところによれば、本件事業計画は、そもそも立案の当初から事業認定に至るまで常に控訴人らのいうA、B、C、Dの四案について比較検討が行なわれ、結局B、C、Dの三案は排斥され、A案によるほかないとしてこれが採択されたという四案択一の関係にあつたことが明らかであるから、もしB、C、Dの三案のうちどれかが採用されれば、A案は採用されず廃案に帰すべきものであつた。ところで、昭和四五年五月一日、日本道路公団は、昭和四五年度事業計画における「新規着手」の一般有料道路として、宇都宮市徳次郎町から日光市細尾町までの三二キロを、総予算一七〇億円をもつて、昭和五〇年に完成する旨を発表しその計画はその後年を遂うて着々実行、進捗せられている。この道路公団の計画路線は、国道一二〇号に対しては、いわゆるバイパスの道路に該当するものであり、C案の路線とほぼその軌を一にするものである。C案は本件計画においては、実現不能として排斥されたけれども、この度、日本道路公団の力によつて、総額一七〇億円という巨額の国費を投じて、遠からず実現されることに確定したものといわなければならない。
本件計画が前述のごとく四案択一の関係にあり、しかも、その内の一であるC案の実現が確定的となつた以上、もはやA案を固持する理由はないから、本件事業認定はこれを必要とする理由を失つたというべきである。
四、本件事業認定が土地収用法二〇条三号、四号に違反することは既に述べたとおりであるが、当審における控訴人らの主張にかんがみなお次のとおり補足する。1、土地収用の基準としての適正と合理性は、土地収用の大原則であつて、土地収用法は、第一章総則において、この大原則を宣示し(二条)、二〇条三号はこれをうけて、事業認定め具体的要件について規定したものであつて、その趣旨は、たとえ公用のためとはいえ、他人の土地を収用するについては、不適正、不合理な土地の利用は絶対に許さないとすることにあるのであるから、この点の判断に当たつてはひろく諸般の事情を参酌し、社会通念にもとづいて、その土地利用の適正・合理性を判断すべきである。
2、行政庁がその裁量により同法二〇条四号の「土地を収用する公益上の必要があること」について判断をするに当たつても、無制限にこれをすることが許されるものでなく、被控訴人が、原審以来主張するとおり、これについては、昭和二六年一二月一五日付建設省管理局長の「土地収用法第三章、事業認定の規定の運用に関する件」なる通牒(建設管発第一二二〇号)のいうとおり、「事業の公益性は一般に納得し得る客観性があるかどうかを、具体的の事業及び当該特定の土地について精査してしなければならないのである。
しかるに、本件事業の公益性については、一般的な客観性を欠くことは、原判決の説示するとおりであり、かつ、本件土地は、右通牒にいう「当該特定の土地」としては、国立公園の特別保護地区に指定された特異の土地であることにかんがみ、原判決各段の説示する状況の下に、わずか一三億ばかりの出費を惜しみ、オリンピツクという「際物」に迎合して、いたずらに工事を急ぎ、天下の至宝である本地域の景観を無残に損壊せんとする本件事業認定は、社会通念上著しく妥当を欠き、行政権の裁量の範囲を逸脱して違法のものというべきである。

第二、控訴人らの主張
一、被控訴人の前記主張一(起業者栃木県知事は本件事業執行の権限を有しないとの主張)について。
本件事業における起業者栃木県知事の事業施行の権限の法的根拠の詳細が被控訴人の主張するとおりであること、ならびに昭和三九年四月一日付厚生大臣の承認書の記載及び昭和三三年八月一日付厚生大臣の承認事項がそれぞれ被控訴人主張のとおりであることは、いずれも認める。
しかし、起業者栃木県知事は昭和三八年七月五日付国立公園事業の執行承認事項変更承認申請書(乙第二〇号証の二)において、施設の位置欄に変更前「日光市安川町字下河原(太郎杉附近)一変更後「同左」と記載し、また、同申請書の添付図面(乙第二〇号証の三及び四)も太郎杉附近の約二八〇メートルの区間についての道路改良計画を表示して、本件起業地についての道路事業の執行承認を申請したものであり、これに対し、厚生大臣は、昭和三九年四月一日付収国第六一九号(乙第九号証の一)をもつて右申請を承認したものであるから、右承認が本件起業地約二八〇メートルの区間の道路改良事業の執行承認であることは明らかである。このこまは、右の承認書と同日付けの厚生省大臣官房国立公園部長から栃木県知事宛の文書(乙第九号証の二)、厚生省大臣官房国立公園部計画課長から栃木県商工労働部長宛の文書(乙第九号証の三)、さらに、右承認後において厚生省・栃木県間に取り交わされた往復文書(乙第二一号証の一乃至四、乙第二二号証、乙第二三号証の一乃至三、乙第二四号証)の文面からみても疑いの余地がない。被控訴人は、前記収国第六一九号の承認書の文面中、「昭和三三年八月一日付け承認」との記載のみを捉えて、右承認は本件事業認定にかかる起業地についての執行承認ではない旨主張するのであるが、およそ申請に基づく行政行為の意思解釈は、当該行政行為が表示された文書の一部の記載のみによつてなすべきではなく、その内容の全体・申請書等を参照することによつてなすべきものであり、本件の場合も申請書及びその添付図面等を参照すれば、厚生大臣が栃木県知事に対して本件起業地についての公園事業の執行を承認したことは明白である。そうして、本件公園事業のように、長区間の道路改良事業を執行する場合には、一度にその全区間についての執行の承認を受けないで、当初はその一部区間について執行承認を受け、残区間については事業の進捗状況等に応じて逐次当初の承認事項の変更として承認を受けつつ事業を進めて行くのが通例であり、本件変更承認の場合も、厚生省におけるこの事務処理の慣例に従い当初の承認事項の変更承認という形式をとつているのである。そして、本件道路改良事業に関する当初の一部区間の執行承認は、昭和三四年一二月一七日付厚生省栃国第一七一九号をもつてなされたのであるから、本件起業地についての執行承認申請としての前記昭和三八年七月五日付け変更承認申請書において、当初の承認(変更の基礎となるべき承認)を表示するには右厚生省栃国第一七一九号と記載すべきであつたところ、誤つて昭和三三年八月「日付け厚生省栃国第五八八号と記載し、これを承認した厚生省収国第六一九号にも同様の誤りがあつたのであつて、この誤りについては控訴人らもこれを認めないわけではない。然し前述のとおり右申請および承認にかかる起業地が本件起業地であることが明白である以上、その誤りは単なる記載上のミスにすぎず、右承認を違法ならしめるようなものではないというべきである。
以上を要するに、右の誤りは単なる記載上のミスであつて、本来何らの訂正を要しないものである。従つて、厚生省はその後昭和三九年一二月四日付発国第八一九号を以て、前記収国第六一九号の承認書を、前記栃国第一七一九号による承認事項の変更の承認として処理する旨の通知をしたが、これは、以上の記載上のミスを訂正するものにすぎないから、それが本件事業認定後、しかも、これに対する本件取消しの訴提起後になされたものであつても、何ら本件承認の効力に消長を来すものではない。
二、同二(本件事業認定が土地収用法四条に違反するという主張の補足)の被控訴人の主張に対し次のとおり反論する。
1、本件土地は、自然公園法による公園事業(土地収用法三条二九号)または国の設置する公園(同条三三号)の用に供している土地には該当しない。土地収用法三条二九号所定の収用可能な公益事業としての公園事業とは、自然公園法二条六号、同法施行令四条に定める各公園施設に関する事業に限るものであることは、規定上明らかであつて、国立公園の特別保護地区に指定されているというだけでは、また土地収用法三条二九号によつて該地域内の土地を収用することはできず、またその必要も存しないのである。
すなわち、国立公園の特別保護地区は、公園の景観を維持するために特に必要があるとぎに、厚生大臣が指定するのであるが、景観維持の方法としては、その区域内における工作物の設置、木竹の植栽、伐採、鉱物の採掘、土石の採取、土地の形質の変更その他一定の行為を制限することによつて(講学上の公用制限)、その目的の達成を図ることとしているのであつて(自然公園法一八条以下)、その地区内の土地について何らかの権原を取得して、これに基づいてこれを管理することは予定していないのである(この点が公の営造物である都市公園-都市公園法-と自然公園法による国立公園の最も大きな相違点である。)。従つて、特別保護地区の景観を維持し、これを管理するためには、地区内の土地を収用あるいは使用する必要は存しないのである。
もつとも国立公園の管理者は、単に公園の景観を維持するにとどまらず、積極的に公園の利用、保護のための施設(自然公園法一二条以下、同法施行令四条)を公園事業として設置することを要するのであるが、これら事業を施行するためには、その施設の用地につぎ所有権または使用権を取得する必要があり、この段階になつて、はじめて、土地を収用する必要性が生じるのである。さればこそ、土地収用法三条二九号は、自然公園法による公園事業な収用可能な公益事業と規定しているのである。
被控訴人は、さらに旧土地収用法においては、土地を収用又は使用することを得る事業の種類としては、単に「国立公園ニ関スル事業」と規定するにとどまり、現行法のように自然公園法による公園事業と限定されていなかつたのであつて、現行法の解釈についても、自然公園法による公園事業に限らず、広く国立公園に関する事業と解すべきであると主張する。しかしながら、旧国立公園法による国立公園も、いわゆる営造物公園ではないという点においては現行自然公園法による国立公園と何ら変るところはないのであつて、従つて、その景観維持の方法は、現行法におけると同じく、単に公用制限を課するにとどまり、地域内の土地につき権原を取得することは考えていなかつたのであり、国立公園法所定の公園事業施行のための施設の用地につき所有権あるいは使用権を取得する以外には、「国立公園ニ関スル事業」につき土地を収用または使用する必要は生じなかつたのである。以上のとおり、自然公園法による公園事業という文言の有無にかかわらず、国立公園に関する収用可能事業の範囲は、新旧土地収用法において何ら変りはないものである。
2、本件土地が土地収用法四条所定の土地に該当しないと解しても、本件特別保護地区の景観の維持に欠けるところはない。
いうまでもなく、同法四条の法意は、現に公益事業の用に供している土地等を、別の公益事業のために収用または使用する必要を生じた場合には、両事業の公益性の重要度を比較して、一層重要な公益のために収用、使用のやむをえない必要がある場合に限り、収用、使用を認めようとするものである。そうして、両事業の公益性は、当然事業認定権者である建設大臣または都道府県知事の判断しうるところであるから、両事業の公益性の比較による特別の必要の有無は事業認定権者の判断に委ねられているのであつて、事業認定権者が特別の必要があると認めて事業の認定をすれば、起業者は、収用または使用の裁決を得て当該土地をその事業の用に供しうることとなる。他方国立公園の特別保護地区のように土地の利用について法令の規定による制限があるときは、右土地について事業認定の申請をするためには、当該法令の施行について権限を有する行政機関の意見書を添付することを要し(同法一八条二項五号、二一条一項)、事業認定に際しては、その要件の有無の判断について、これら意見は十分参酌されることとなつているのであるが、さらにまた、仮りに事業の認定がなされ、収用または使用の裁決がなされても、事業の施行が当該法令の制限に抵触するときには、起業者は、これを以て直ちに当該土地を事業の用に供しうることとはならず、さらに権限を有する行政機関による、制限の解除を受けることを要し、これを得てはじめて当該土地を事業の用に供しうることとなるのである。そうして、右土地の利用についての制限の解除を認めるかどうかは専ら、当該法令の施行力権限を有する行政機関の判断に委ねられ、これにより当該法令が意図するところが完全に達成されることとなるのである。これを特別保護地区についていえば、仮りに、起業者が地区内の土地について収用裁決を得てその所有権を取得しても、自然公園法の見地からする厚生大臣の許可がなければ、右土地について同法一八条により制限された行為をすることはできないのである。
以上述べたとおり、国立公園の特別保護地区の景観を保護するためには、右地区内の土地は、土地収用法四条所定の土地に該当し、特別の必要がなければ収用または使用できないとする考え方は、とるに値しないものであり、むしろ、上述のとおり他法令の制限によつて、より以上にその目的を達しうるのである。
三、同三(本件事業認定はこれを必要とする理由を失なつたという主張)について。
日本道路公団が、昭和四六年四月に着工し昭和五一年三月末日完成を目途として、現在日光・宇都宮道路を建設中であることは認める。しかし、右日光・宇都宮道路の新設は、本件事業計画の公益性、必要性になんらの影響を与えるものではない。すなわち、本件事業計画にかかる国道一二〇号は、日光橋において接続する国道一一九号とあわせて、宇都宮から今市市、日光市を経て群馬県沼田市に至る幹線道路であるのみならず、日光市内を貫く幹線道路として市民生活に多大の便益を与えており、さらに、東照宮、二荒山神社および輪王寺ならびに神橋など日光国立公園内の観光地区に通ずる唯一の道路である。ところで、前記日光・宇都宮道路は、東北縦貫自動車道の宇都宮インターチエンジを起点とし、日光市清滝桜ケ丘町を終点とする有料の自動車専用道路であり、今市市、日光市の市街を避けて、その外側を迂回し、前記終点において清滝バイパスに通じているのであるが、沼田市、奥日光方面などを目的とする、いわゆる通過交通量を処理するために建設される迂回路であるから、日光市民の生活に直結する業務用車両はもとより、日光杉並木街道をはじめ神橋、東照宮などを目的とする観光用車両は、国道一一九号および一二〇目方(以下「現道」という。)を利用することによりはじめてその目的を達するのである。そうして、日光・宇都宮道路が完成しても、現道に残る自動車交通量は減少しないものと予測される。被控訴人は、日光・宇都宮道路はいわゆるC案とほぼ同様の効果を生ずる旨主張するが、いわゆるC案と日光・宇都宮道路とを対比してみると、C案ルートは、本件係争地のわずか五〇メートル程度の区間の現道拡幅に代替するルートとして考慮されたものであるのに対し、日光・宇都宮道路は、前述のように、東北縦貫自動車道の開通に伴なう将来交通需要に応じ、かつ、現道の観光シーズンにおげる恒常的まひ状態を緩和するため、主として通過交通を所理するために設けられるものであり、路線の性格においても、また、その通過経路においても、本件係争地の交通渋滞や混雑解消のためのC案と同様の効果を生ずるものではなく、本件拡幅事業の必要性は依然として残るのである。
従つて、日光・宇都宮道路が完成しても、その沿道に多くの観光地をもつ現道は、東照宮参拝ルートとして、全国でも有数の観光道路として、また、地域住民の唯一の生活道路として、重要な機能を果たすものであつて、その交通量は、現状に比していささかも減少しないものとみられるのである。
なお、被控訴人は、日光・宇都宮道路の完成により現道はもつぱら日光山内社寺を中心とする観光道路としてローカル線化する旨主張するが、この点について付言すれば、昭和四四年五月に調査した本件係争地における交通解析によると、全体交通量の四七パーセントは東照宮、二荒山神社、輪王寺および神橋の観光用車両ならびに神橋附近を往復する業務用車両等であり、また、昭和四六年五月九日の調査では、その割合が五五パーセントと上昇している。この傾向は、最近のモータリーゼーシヨンの普及と観光ブームとがあいまつてさらに増加することが明白であるから、バイパス完成による現道のローカル線化という傾向は、とうてい考えられない。
以上のとおり、本件事業計画にかかる道路拡幅事業は、日光・宇都宮道路の完成によつても、その公益性、必要性になんらの影響を受けるものではない。
四、本件事業計画は、「土地の適正且つ合理的な利用に寄与するもの」である。すなわち、本件事業によつて増進される公共の福祉と本件土地の現在の利用状況とを比較衡量するとき、本件事業の高度の公共性、必要性は、本件土地の現在の利用状況の価値を上廻ることが明らかである。以下に控訴人らの従前の主張を整理補足してその理由を明らかにする。
1、本件事業計画は、高度の公共的必要性を有し、欠くことをえないものである。
(一) 前述のように、本件事業計画にかかる国道一二〇号は、日光橋において接続する国道一一九号とあわせて、宇都宮から今市市、日光市を経て沼田市に至る幹線道路であり、東照宮、二荒山神社、輪王寺、神橋、中禅寺湖、戦場ケ原、湯元温泉等日光国立公園内の観光地区および古河鉱業株式会社、古河電気工業株式会社等の産業施設がある清滝地区に通ずる唯一の道路として、観光的産業的に重要な機能を果しでいるのみならず、日光市内の縦貫道路としても市民生活に多大の便益を与えている道路である。したがつて、その交通量は年々激増し、自動車交通量は、一日平均で昭和三七年度、約六、四〇〇台、昭和四三年度は約一〇、〇〇〇台となつており(なお、以上の交通量は、年間を通じた平均であつて、春秋の観光シーズンにおける交通量ははるかに多く、例えば、昭和四三年秋のピークにおいて約一九、〇〇〇台で、その増加分の大半は観光を目的とするのである。今後の道路整備の進捗と観光旅行増大の傾向からみれば、一層増加の傾向は強まるものと考えられる。)、このうち約五五パーセントが日光国立公園の利用を目的とする自動車であつて、さらに、その六四パーセントすなわち全体の約三五パー七ントは、東照宮、二荒山神社および輪王寺の二社一寺ならびに神橋の観光を直接の目的としており、また、その他全体の約一二パーセントか日光橋を往来してする日光市街地における業務を目的とするものである(以上の自動車交通量及びその分析の詳細は別紙(一)のとおりである。)。換言すれば、全自動車交通量の約四七パーセントが本件地点を往来することによつてその目的を達成する交通なのであるが、さらにそのほかに歩行者として一日平均で昭和三七年度は、二、九〇〇人、昭和四三年度で三、一〇〇人の者の交通があり、それらの者は、歩道がないため、ひしめく自動車交通によつて危険にさらされ、またその交通を妨げられているのである。しかも、現道は、神橋の北側の袖勾欄の一方を取り毀したままの状態になつているから、将来由緒ある神橋を完全な姿にするときは、その幅はさらに狭くなり、交通は一層困難になることは必至である。
本件道路がこのような特質を有するものである以上、その改築方法もこれに即したものでなければならないことは当然である。もし、前述のように自動車交通量の約半数が本件土地付近の現道またはその至近の場所を通行する必要があることを無視して、現道とはなれてバイパスを建設しても、右自動車交通量および歩行者が現道に残るのはもちろん、バイパスを有料道路にするときは、他の自動車交通量のバイパスへの振替えも顕著にいかず、将来ますます増加する自動車交通量に対処して、運輸の公共的目的、東照宮等の観光客の利便、安全を確保すべき社会的要請は全く達せられないこととなる
(二) しかも、バイパスを考えるについては、それが景観等文化的価値に及ぼす影響、家屋等の除却移転等の社会的影響、および事業費等も考慮されなければならないものであつて、起業者である栃木県知事は、原審において詳述したとおり、本件事業認定を申請するに際して事業計画である現道の拡幅案(A案)のほか技術的に可能な案としてB案、C案、D案の三案を慎重に比較検討した結果(なお比較検討した事項の詳細は別紙(二)のとおりである。)、右述の本件道路の特質からする交通量処理の効果、景観等文化的価値に及ぼす影響、家屋等の移転の社会的影響、事業費、工事期間等の」ずれの点からしても本件事業計画にまさる案はなかつたのでこれを採用したものである。
なお、原判決はC案によることが可能であるとの口吻をもらしているので、特にC案が実現困難であるゆえんを詳細にのべる。
(1) C案は、昭和二九年二月一五日旧都市計画法(大正八年法律第三六号)に基づき日光市の都市計画として決定された街路の路線の一部を利用し、日光市役所手前から山側にトンネルで入るよう計画されているものである。
この街路に関する都市計画決定においては当街路が地域交通の処理を目的とした区画街路であり通過交通の処理を目的とした道路でないため、全幅員一二メートルという地域交通量に見合つた幅員とされており、歩道も設けないこととされている。これを国道として利用する場合においては、当然に交通量の増大が予想されるため、沿道住民の利用及び交通安全対策上、両側各二・五メートルの歩道を設置する必要があり、したがつて、全幅員一六メートルを要することとなる。ところで、この都市計画決定街路の一部については、すでに全幅員一二メートルの街路としてほぼ完成し、両側には新しい家屋が建ち並んでいる。この部分の造成は土地区画整理法(昭和二九年法律第一一九号)による土地区画整理事業によつて行なわれたものであり、右事業は昭和三五年度に着手され、すでに、仮換地の指定が行なわれ、昭和四五年度中には換地処分を行なうべく準備中である。仮換地の指定が行なわれた場合においては、特段の事情がない限り、その仮換地を換地とする換地処分が行なわれることが通例であり、関係権利者はその期待の下に仮換地に家屋を新築する等仮換地の使用収益を行なつているのである。しかるに、この部分を全幅員一六メートルに拡幅しなければならないとすれば、土地区画整理事業の事業計画を変更したうえで仮換地の指定の変更を行ない、若しくは仮換地と異なる換地を定める換地処分を行ない、又は土地区画整理事業完了後別途の方法で用地を取得することが必要となる。いずれの方法によるにせよ、この街路の全幅員が一二メートルであることを前提に、現に仮換地の上で平穏な生活を営んでいる地域住民の平和を害することは明白であり、その社会的影響は大きく、実施は極めて困難である。
次に、都市計画決定街路のうち、未着手の部分については、日光市がこれを含む地域について土地区画整理事業を施行すべく計画中であり、すでに土地区画整理法五五条一項に基づき事業計画が公衆の縦覧に供された。この部分については、昭和二九年の都市計画決定以来、全幅員一二メートルとして住民に認識され、当然のことながら、都市計画制限もこの一二メートルの範囲内についてのみ行なわれてきている。また、前述の公衆の縦覧に供された土地区画整理事業の事業計画においても、この部分は全幅員一二メートルの街路として計画されている。したがつて、この部分も全幅員一六メートルにしなければならないとすれば、都市計画ならびに土地区画整理事業の事業計画を変更しなければならないが、これは地域住民に与える影響が大きいため、実現は困難である。
以上のとおり、国道のバイパスとして本都市計画路線を利用することは極めて困難であり、まして)この地域において本都市計画路線以外の場所にバイパスの路線を求めることは人家の連なる地域のため不可能である。
(2) C案の建設には一三億五、一〇〇万円の事業費を要するが、この金額は、栃木県が昭和四一年度から昭和四四年度までの四年間に県内の交通安全施設の整備のために投じ、又は投じようとしている事業費の合計額に相当するものであり、限られた財源により全国にわたる安全かつ円滑な交通の確保を期するため、効率的な公共投資をなすべき責務を国民に対して負つている国及び地方公共団体としては、この金額の約三〇分の一である四、三〇〇万円の事業費をもつて本来道路の有する問題を解決することができる現道拡幅案という有効適切な手段があるにもかかわらず、わずか二八〇メートルの区間の道路の改良のためにこのような巨額の事業費を投ずることは到底容認することはできない。
これに対し、被控訴人は、原審において、C案は事業費が高くなるという難点があるとしても、金精道路や第二いろは坂が日本道路公団の手により有料道路として完成していることにかんがみれば、起業者としても、かような方法によるべく努力するのが本筋である旨主張し、原判決もまた、建設に高額の費用を要する道路の新設については、日本道路公団がこれを建設し、その通行につき料金を徴収する等の方法によつてこれを実現するという方法も考えられる旨判示している。しかし、これらは、いずれも有料道路制度の特質を理解しない考え方といわねばならない。
有料道路の建設は、道路整備特別措置法(昭和三一年法律第七号)に基づいて行なわれるが、同法は、元来道路は国民生活にとつて不可欠かつ基本的な交通手段を提供するものであるため、無料公開を原則とするという考え方から、その対象とする道路並びに料金の額及び徴収期間について極めて厳格な制限を設けている。その詳細の説明は省略するが、日本道路公団が一般国道の新設又は改築を行なう場合にその道路の通行又は利用について徴収することができる料金の額については、(ア)当該道路の通行又は利用により通常受ける利益の限度、すなわち、通行若しくは利用の距離若しくは時間の短縮、路面の改良、屈曲若しくは勾配の減少等道路の構造の改良又は通行若しくは利用の方法の変更に伴ない、車両の運転費(燃料費、油脂費、タイヤ及びチユーブ費、修繕費、償却費、乗務員の人件費等)、輸送費、旅行費、荷役費、積卸費、包装費等について通常節約することのできる額をこえないこと(同法一一条二項及び同法施行令一条の四第一項)、
(イ) 当該道路の料金街収総額が、当該道路の新設又は改良に要する費用、当該道路の維持及び修繕に要する費用その他の当該道路の管理に要する費用並びにこれらの費用の財源に充てるための借入金等の利息の支払に要する費用の合算額に見合う額となるようにすること(同法施行令二条)
という制度がある。
そこで、かりにC案を日本道路公団が建設して、その通行につき料金を徴収するとしても、C案の延長は、七七六メートルであつて、これに対応する現道の延長と大差なく、走行時間も、幾分は短縮されるものの、距離が短いため大差なく、さらに路面等道路の構造についても、現道と大差ないため、これを通行する者の受ける便益は極めて小さいものであり、したがつて、前記(ア)の基準に照らせば、その料金は極めて低額とせざるを得ない。
他方、この道路の建設のためには前述の如き巨額の事業費を要するから、その元利償還分だけでも毎年度多額にのぼり、その他維持及び修繕に要する費用その他の管理に要する費用を考慮すれば、前記低額な料金をもつてしては到底これらの費用を償い得ず、結局本道路は有料道路としては採算が合わないものであることは明らかであり、有料道路として建設することができないものである。
以上のとおり、C案は一般の道路としてはもちろん、有料道路としても建設することができないものである。
2、本件事業計画の影響は、局部的にとどまり、東照宮の神域の尊厳の保持に支障を生ぜしめないのはもちろん、付近の景観を著しく損うこともない。
(一) 本件土地は、東照宮の境内の表玄関ともいうべき場所に位置し、その上に、巨杉が群生し、巨杉の間に背後丘陵上の優美な御旅所の社が散見しているが、本件事業計画が実施されると、本件土地の部分は削り取られ、これにあわせて同地上に成育する一五本の杉は伐採され、その跡地には高さ三米および五米の二段の石垣が長さ四〇米にわたつて構築される。そのため相当の修景がなされるものの、御旅所の社は相当程度その姿をあらわし、蛇王権現もその敷地を若干後方(北方)に移転を余儀なくされることは避けられない。
このような状態になることは、もちろん、好ましいことではないが、本件土地は、東照宮の林地の一部であつて、広大な境内に比すればわずかの部分であり、右一五本の杉を伐採しても、境内地には、なお数多くの巨杉が生い茂つているのであり、従つて、右のような本件事業計画が実施されても、これにより東照宮の神域の尊厳性はいささかも損われることはなく、また、その宗教的文化的値価にもなんら支障を及ぼすものではない。
(二) また、本件事業計画の実施は、本件土地を含む付近の景観にもさしたる影響を及ぼすものではない。
(1) 元来、本件土地は、自然のままの地形、景観ではなく、相当人工度の高い地形、景観である。本件土地を含む東照宮境内入口付近は、境内地が自然の傾斜をなして大谷川に迫つているというような状態ではなくて、その前面(南側)には大谷川との間にすでに一般国道一二〇号が通つており、その上、本件事業認定当時は、右国道に東武鉄道日光軌道線の軌道があり、昭和四二年二月二四日までは路面電車が走つていた状態であり、また、右国道と境内との境界は、自然の傾斜ではなく、すでに相当高い間知石積がなされている状態である。なお、日光山内においても参拝者の利便のために自動車の乗入れが可能なように道路の舗装拡幅等がなされている。
(2) また、本件土地上の樹林はすでに良好な状態にない。およそ、立木には寿命があり、枯損はその必然であるが、本件土地においても昭和三八年三月二五日未明の強風により東照宮表参道長坂付近に成育する杉一八五本のうち四二本が倒木し、また多数の杉が損傷し、本件土地上に残存する一五本の杉も風により倒れるのを予防するため、ワイヤーロープにより辛うじて保護されている状態である。そのため、本件土地およびその付近の土地の景観はすでに相当損われており、また、蛇王権現の社も同強風による倒木によつて倒壊され、いまだにその復元がなされていないのである(当初本件事業計画に反対した自然公園審議会がその実施もやむをえないとしたのは、このような事実を認識した結果であると考えられる)。
(3) 以上のような本件土地の現況に照らすとき、現存の国道の六米の幅員をさらに一六米に拡幅して、その結果四〇米にわたり約一〇米幅に丘陵部をさらに切断して、その前面を現在の石積よりは高い三米と五米の石垣を構築しても、植樹その他の修景に十分意を用いる以上、景観にはさしたる影響はないものと考えられる。
(4) 元来日光の景観は、二社一時等建造物の文化景観と自然景観とが渾然一体となつているところにあるが、これを本件地域について見れば、この地域の景観の一方の核である建造物が神橋であることは万人の認めるところであり、この神橋の美に対応し、これと一体をなすにふさわしい他方の核としての自然美は、大谷川右岸の広葉樹林をおいて他にはないのである。けだし、大谷川右岸の広葉樹林は人為の加わらない自然の美を示し、とくに秋季の紅葉時の美しさは目を奪うばかりであつて、この広葉樹林と神橋とが一体となつて作り出す景観こそが日光国立公園の入口としてふさわしい傑出した美しさを示しているのである。被控訴人東照宮の発行したパンフレツトを含めて、日光市内及び二社一寺内で売り出されている観光絵はがき、パンフレツト類のうち、神橋附近を表わすものの多くが、神橋と大谷川右岸の景観を中心としていることは、このことを雄弁に物語つている。これに対し、本件土地をはじめとする大谷川左岸の景観は前叙のとおりすでに相当に人為的な改変が加えられており、さらにこれに幾分の人工を加えたとしても、この地域の景観に本質的な影響を及ぼすものではない。従つて、この地域において、原判決のいうように、自然の推移による場合のほかは現状のままで維持され保存がはかられなければならないものがあるとすれば、それは神橋と大谷川右岸の広葉樹林を中心とした景観であつて、本件土地を含む大谷川左岸の景観ではない。本件事業計画を実施すれば本件土地付近の景観に影響を及ぼすことは避けられないが、神橋及び大谷川右岸が現状のまま保存される以上、本件事業計画実施の結果としての人工は、周囲と調和して一本化するものというべく、その影響はこの地域の景観を本質的に改変するものではない。
3、本件事業計画の実施は、日光発祥の史実、伝説になんらの影響を及ぼすものではない。
(一) 日光発祥の史実・伝説とは、原判決の認定によれば、「日光山は、今から約一、二〇〇年の昔、勝道上人によつて開山されたものといわれているが、その際、勝道上人が、本件土地付近の大谷川の絶壁を渡り得ずに困却しているところ、深沙大王が現われて大蛇を橋となし、その渡河を導いたという伝説に基づいて、神橋が架せられ、その正面には深沙大王を祀るための蛇王権現の社を建立した。」ということである。してみれば、本件土地は、その一部が蛇王権現の社の敷地となつているという意味においてのみ、前記史実・伝説と関係しているのである。ところで、その蛇王権現の社は、昭和三八年三月の強虱による倒木により破壊されたまま再建されていないが、本件事業計画の実施によりその位置は多少(北方)に後退するものの、輪王寺によつて再建される計画となつているものである。社の位置が多少現在のそれより後方に移転することが前述の史実・伝説になんらの影響を及ぼすものでないことはいうまでもないであろう。
(二) また、本件土地に成育する一五本の杉は、日光杉並木街道の出発点等の歴史的文化的価値を有するものではない。すなわち、本件地上に成育する一五本の杉は、山内の無数の杉群の一部を構成するにすぎないのであつて、並木杉として道路に並行的に植栽されたものではない。たまたま、前述の昭和三八年三月の強虱に2よる倒木を免れたものが、道路に沿つて植栽されたかのような形態で残つたにすぎないのである。もともと、杉並木は、街道の全線にわたつて植栽されたものではなく、途中の集落の部分には植栽されなかつたのであるから、本件土地の東側の寄進碑の杉並木は日光山山菅橋付近から植栽された旨の碑文は、日光がかつても集落地であつたことを考えれば、その今市側のはずれを起点として植栽されたことを意味するものと解すべきである(なお、日光杉並木街道寄進碑は、このほか旧御成街道の大沢、旧例幣使街道の小倉、旧会津街道の大桑の三地点にも建立されているが、これらの碑文は、いずれも同文で小倉、大沢、大桑から日光に至るまでの間に植栽したものである旨記されているのであつて、とくに日光山山菅橋まで植栽した旨を記していない。)。
したがつて、本件土地に成育する杉が日光杉並木街道の出発点であると考えることはできない。日光杉並木街道が史跡、特別史跡、あるいは天然記念物、特別天然記念物に指定されているにかかわらず、本件地上の杉がこれらの指定からもれていることは、それと同程度の史的価値を有するものでないことを何より雄弁に物語るものといえよう。
五、以上述べたところにより、本件事業計画による国道拡幅事業の公益性必要性が、本件土地の現在の利用状況と比較して一層重要であることは明らかであるから、本件事業計画は土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものである。
そうして、土地収用法二〇条三号に定める「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」という要件を具備するかどうかの判断が行政庁の自由な裁量に委ねられているものでないことは、控訴人もこれを争うものではないが、本件のように事業計画が高度の公共的必要性を具備し、しかも、その公共的必要性と当該土地の有する景観その他の価値との比較衡量に極めて微妙かつ高度な価値判断を要する事案については、専門的技術的な行政庁の判断を尊重されて然るべきものと解する。ところで、本件事業計画については、控訴人建設大臣が、起業者栃木県知事の申請を専門的にし細に検討した結果、右事業計画による道路拡幅の公共的必要性が、本件土地およびその付近の景観、史的文化的価値等と比較衡量して、前者がまさると判断して、本件事業の認定をしたものであり、また、自然公園審議会の調査検討を経た答申に基づいて厚生大臣も公園事業の執行の承認をなしたものである。このように、本件事業計画が道路改良の面のみならず、景観の保持等の観点からも、専門的技術的な知識を傾けた慎重な比較検討を経て決定されたものであるから、この判断は、当然尊重されるべきものである。

第三、新しい証拠(省略)

理由

第一、本案前の主張について。
一、当裁判所も、本件事業認定及び土地細目の公告は取消訴訟の対象となる行政処分であり、また、被控訴人は本件各行政処分の取消を求める訴の利益を有するものであつて、これらの点に関する控訴人らの主張(控訴人らの本案前の抗弁一及び二)は理由がないと判断するものであるが、その理由は、左に付加するほか、原判決が四二丁表一一行目から四五丁裏一〇行目までに説示するところと同一であるから、これを引用する。
「なお、控訴人らは、本件事業の認定及び土地細目の公告によつて被控訴人は形質変更禁止の制限をうけるが、これは本来権利に内在する制限にすぎず、このような制限は法律上保護された利益の侵害とはいえない旨主張するけれども、右の形質変更の禁止は、土地収用法が、収用にかかる事業と収用手続の円滑な遂行に障害が生ずるのを防止するため、特に認めた効果であつて、被控訴人の権利(本件においては、前記引用にかかる部分において判断したとおり、本件土地の所有権である。)がその性質上最初からそのような制約を内在しているものとは考えられず、被控訴人はこの形質変更の禁止によつて、その権利(所有権)の行使を制限されるものであるから、被控訴人が訴の利益を有することはいうまでもない。この主張も理由がなく採用できない。」
二、控訴人らは、更に、被控訴人らが本件事業認定及び土地細目の公告の取消訴訟にあわせて本件収用裁決の取消を訴求することは、二重訴訟を追行することとなり、そうでなくとも、いずれか一方の訴訟は訴訟追行の具体的利益を欠くに至つたものと解すべきである、と主張する。
しかし、以上の三つ力行政処分は、一連の手続の一環をなす処分とはいえ、それぞれその主体、要件及び効果をことにするものであるばかりでなく、本件においてはこの三つの処分に共通な違法事由のほかに、各別の違法事由もまた主張されているのであるから、本件における事業認定、土地細目公告取消の訴(これが原裁判所昭和三九年(行ウ)第四号事件である。)と収用裁決取消の訴(これは同昭和四二年(行ウ)第二号事件である。)とが、控訴人らのいうように、二重訴訟となるいわれはないのであつて、右主張のうち二重訴訟であることを前提とする部分は理由がない。
つぎに、収用裁決は、前記一連の手続における最終処分であるから、その取消しを求める訴を提起した以上、もはや同一の違法事由を主張してこれに先行する処分の取消しを求める訴の利益は通常は認め難いものというべきである。しかし、本件のように、まず先行処分である事業認定、土地細目の公告の取消を求める訴が提起され、その係属中に収用裁決がなされたため、その取消を求める訴が更に提起されたときは、前段に述べたとおり前記三個の処分はそれぞれ相異なるものであること、その違法事由として共通のもののほか各別の違法事由もまた主張されていること及び前記引用にかかる原判決が判示するとおり、事業認定処分及び土地細目の公告処分もそれぞれ独立して取消訴訟の対象たる行政処分であることを考えると、最終処分である収用裁決の取消を求める訴が提起され(なお、本件においては、この訴は、先行処分の取消を求める訴と併合されていることは記録上明らかである。)たという一事によつて、直ちに先行処分の取消しを求める訴はその利益を失なうものというのは相当ではなく、しかも各個の処分の取消しを求める請求のそれぞれについて判断を示すことは、行訴法三三条に規定する裁判の効力を明確にするうえにおいても有用であるから、本件において収用裁決の取消しを求める訴が提起され(しかもそれが前記のとおり併合され)たからといつて、これを理由に先行処分である事業認定及び土地細目の公告の取消しを求める訴につき、被控訴人の訴の利益を否定すべきいわれはないというべきである。
従つて、控訴人らのこの主張も理由がなく採用できない。

第二、本案について。
一、被控訴人主張の請求原因第一の事実はすべて当事者間に争いがない。
二、土地収用手続のように、一連の処分からなる手続を経てはじめて終局的な効果を生ずる場合には、先行の行政処分が適法に行なわれることが、後続する処分の要件をなし、先行処分に瑕疵があつて違法であるときは、後続の処分は当然に違法となるものというべきであるから、本件においては、最も先行する行政処分である本件事業認定について、まず判断するのが相当である。
そうして、被控訴人は原審及び当審において本件事業認定の違法事由として種々の主張をしているが、そのうち「本件事業計画は、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものとはいいがたいから、本件事業認定は、土地収用法第二条、第二〇条第三号に違反する。」との主張が最も基本的な違法事由の主張と考えられるので、当裁判所はまずこの主張について判断することとする。
ところで、土地収用法は「公共の利益の増進と私有財産一の調整をはかり、もつて国土の適正且つ合理的な利用」を目的とする(同法一条参照)ものであるが、この法の目的に照らして考えると、同法二〇条三号所定の「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」という要件は、その土地がその事業の用に供されることによつて得らるべき公共の利益と、その土地がその事業の用に供されることによつて失なわれる利益(この利益は私的なもののみならず、時としては公共の利益をも含むものである。)とを比較衡量した結果前者が後者に優越すると認められる場合に存在するものであると解するのが相当である。そうして、控訴人建設大臣の、この要件の存否についての判断は、具体的には本件事業認定にかかる事業計画の内容、右事業計画が達成されることによつてもたらされるべき公共の利益、右事業計画策定及び本件事業認定に至るまでの経緯、右事業計画において収用の対象とされている本件土地の状況、その有する私的ないし公共的価値等の諸要素、諸価値の比較衡量に基づく総合判断として行なわるべきものと考えられるので、以下これらの点について順次検討を加える。
1、まず本件事業計画の内容であるが、この点について当裁判所が認定するところは、原判決が五六丁裏九行目かち五八丁表三行目までに説示するところと同一であるから、これを引用する。
2、それでは、この事業計画の実施がどのような公共の利益をもたらすべきものであろうか。
(一) 成立に争いのない乙第一号証の一、二によると、本件事業認定にあたり起業者栃木県知事は、控訴人建設大臣に提出した事業認定申請書及びこれに添付の事業計画書において、「本件土地付近は、日光国立公園の入口に位置し、近時、観光施設が整備されて交通量が急激に増大したうえに、県境金精有料道路の開通等による奥地資源の開発および東京オリンピツクの開催とあいまつて、ますます交通量が増加することが予想される。しかるに、本件土地付近の道幅は五・七メートルと狭少であるうえ、加えて線形が悪く、歩車道の区別のない混合交通の状態にあるため、交通の支障は著しく、観光は光の大ネツクとなつている。そこで、今回、本件事業計画によつて該道路が拡幅されれば、これによつて一日一五、八〇〇台の自動車交通が可能となり、歩道の設置による混合交通の解消・事故の防止・所要時間の短縮等、産業経済上並びに観光上受ける利益は極めて大なるものがある。」と述べていることが認められるが、これによれば起業者県知事が本件事業によつて意図したところは、現在及び将来の交通量増加に対処して、交通渋滞を緩和し、交通の安全と人的物的損害の防止をはかるため、本件道路を拡幅しようとするにあることが明らかである。
(二) そうして、本件事業計画が果して起業者が意図したような必要性及び公共性を持つているかどうかについての当裁判所の認定判断は、原判決が五九丁表一行目から六七丁裏六行目までに説示するところと同一である(なお、当審における検証の結果はこの認定判断をますます強固ならしめるものである。)から、これを引用する。
3、つぎに本件事業計画策定及び本件事業認定に至るまでの経緯であるが、この点についての当裁判所の認定は、左記のとおり一部付加訂正するほかは、原判決が六七丁裏七行目から七四丁表八行目まで同上、四一四頁八行目から四一八頁一五行目まで)に認定するところと同一であるから、これを引用する(なお、上記引用にかかる部分中に、「前記認定」とか「前述の」とあるのは、いずれも、前記2(二)において引用にかかる部分を指すものである。)。
原判決六九丁表四行目から同丁裏四行目までを次のとおりあらためる。
「ところでで昭和二九年に至り、太郎杉を含む杉群の一部を伐採して道路を拡幅し、軌道をつけかえることが再び計画、提唱され、同年七月二三日被控訴人、日光市、東武鉄道等関係者の間に、杉群の伐採、道路の拡幅等に関し覚書(乙第四号証の一、二)が作成され、被控訴人を代表して宮司Aもこれに調印したが、その後被控訴人東照宮においては意をひるがえし、文部省、厚生省等に対し陳情書を提出して、右覚書による地形変更に反対するに至つた。」
4、最後に本件土地の状況、その有する価値ないし利益について検討する。
(一) 本件土地が、昭和九年一二月四日、内務省告示第五六九号によつて日光国立公園に指定され、かつ、昭和二八年一二月二二日、厚生省告示第三九四号をもつて、当時の国立公園法第八条の二第一項により、国立公園日光山内特別保護地区に指定された区域の一部に属していることは、当事者間に争いがない。そうして右の地区は、自然公園法附則3、4、5項により現行の自然公園法に基いて指定された国立公園日光山内特別保護地区とみなされるものであるが、成立に争いのない甲第一三号証によると日光山内特別保護地区は、「東照宮・二荒山神社本宮および別宮・輪王寺・輪王寺大猷院霊廟の各境内および神橋並びに背後の森林一帯」をその区域とするものであり、かかる区域を特別保護地区に指定した理由は、「本地区は、東照宮・二荒山神社本宮および別宮・輪王寺・大猷院霊廟・神橋等を含む一帯で、比較的狭い自然の地形に制約されながらも、地形を巧みに利用し、江戸時代初期の文化の精粋を集めて豪華絢爛たる建造物群を建設して、大自然と人工とを混然一体とせしめた稀にみる地区であり、従つて、万民偕楽の地として、大いに世人に親しまれて国立公園利用上重要なものであり、又、建築・美術・工芸等学術上からも永久に保存保護されなければならない地区である。」からであると認められる。ところで、自然公園法によると、国立公園とは、「わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地であつて、厚生大臣が自然公園審議会の意見を聞いて指定するもの」をいい(同法二条二号)、厚生大臣は、「国立公園の風致を維持するため、公園計画に基いて、その区域内に特別地域を指定することができ」(同法一七条一項)、さらに、「国立公園の景観を維持するため、特に必要があるときは、公園計画に基いて、特別地域内に特別保護地区を指定することができる」(同法一八条一項)とされているが、これによれば、特別保護地区とは、わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地の中から、特に風致、景観を維持する必要があるとして指定された地区であるというべきである。そうして成立に争いのない甲第九号証(厚生省国立公園部作成にかかるパンフレツト)によると、特別保護地区の概念および所管行政庁におけるその取扱方針について、つぎのように述べられていることが認められる。すなわち、「特別保護地区は、国立公園の主眼とする自然風景保護の観点から、自然公園区域内の極めて限定された最高の素質を保有する部分において、最も厳正な保存を図るため、必要な措置を講ずべき地区であり、国立公園のエツセンスともいうべき部分である。従つて、特別保護地区は、国立公園区域中でも、何らかの意味で、特に傑出した景観又は特異な事物を保有する部分であつて、それを構成する環境との一体性において保存を図るべきものである。さらにまた、長い歴史を有する我が国においては、貴重な人文的景観が国立公園を特徴づけている場合が多いので、その貴重なものについてはそれを抱擁する地域として保存を図らなければならないものがある。」従つて、「特別保護地区内においては、このような景観を維持するために、強い法的制限が課せられ」ており、その主旨とするところは、「特別地域の如く、産業開発等と協調的なものでなく、国民の貴重な文化財として、限られた優れた自然景観を、人為的作為を加えることなく、厳正に原状を保護保存すること・・・・即ち、可及的自然の推移にまかせて、人為的な作為による改変を施さないもので、従つて、森林の経済的経営を行なわず、鉱業および水力発電の開発並びに開拓を実施しないことは勿論、その他原状を改変する行為はさ細なものであつても、極力認めない方針をとる。」と述べられている。
(二) そうして本件土地付近の人文、景観及び本件土地付近に存する史実、伝説についての当裁判所の認定は、原判決が七七丁裏五行目から八〇丁裏一〇行目までに説示するとおりである(なお、当審における証人B、同C、同Dの各証言はいまだこの認定を左右するに足るものではない。)から、これを引用する。
つぎに、日光杉並木街道が特別史蹟及び特別天然記念物に指定されたいきさつは、原判決が八一丁表二行目から同丁裏八行目までに認定するとおりであつて、当裁判所もこれを引用するが、本件土地上の太郎杉を含む杉群が右の指定の対象に含まれていないことは弁論の全趣旨によつて明らかである。
しかし、右引用にかかる部分に掲記の各証拠(原判決八一丁表二行目から四行目に記載のもの。)に弁論の全趣旨を総合すると、本件土地上に成育する一五本の巨杉群は、いずれも本件道路に沿つてほぼ並列的に成育し、かつ、右は、本件土地の西側に接する東照宮表参道の両側に同様に並列的に成育している巨杉群に連なつていること、本件土地の東側には、日光杉並木街道寄進の碑が建立されており、同碑によると、右杉並木は日光山山菅橋(即ち神橋)付近から植栽されていることがうかがわれ、これらの事実に前記日光杉並木街道の歴史を総合して判断すれば、本件土地上に成育する巨杉群は、日光杉並木街道のそれと時を同じくして植栽されたもの(但し太郎杉についてはそれ以前から成育していたものとみるべきである。)であつて、日光杉並木街道の出発点にあたるとする見解もそれ相応の理由があるものというべきであり、仮りにこの見解が厳密な歴史的、学術的考証にたえるものではないとしても、少なくとも一般国民の意識の上では、その史的・文化的価値の点で、特別史跡・特別天然記念物としての日光杉並木街道のそれと同じ程度の価値を有するものと評価されていると認めることができる。

三、以上認定の事実を基礎として本件事業計画が土地収用法二〇条三号にいう「土地の適正且つ合理的な利用に寄与するもの」と認められるべきかどうかについての、控訴人建設大臣の判断の適否につき考察する。
控訴人建設大臣が、この点の判断をするについて、或る範囲において裁量判断の余地が認めらるべきことは、当裁判所もこれを認めるに吝かではないしかし、この点の判断が前認定のような諸要素、諸価値の比較考量に基づき行なわるべきものである以上、同控訴人がこの点の判断をするにあたり、本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考慮を尽さず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価す、べきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、違法となるものと解するのが相当である。この見地から考えてみる。

1、既に認定したとおり、本件事業計画は、計画策定当時存在し、かつ将来も存続すると予測される交通量の増加に対処するため、国道一二〇号の本件事業計画にかかる部分(以下本件道路という。)を拡幅することを目的とするものであるが、この計画実現の暁においては、本件道路付近における交通渋滞が緩和され、交通の安全と人的物的な損害の防止がはかられ得るものと認められるから、本件事業計画がそれ自体公共性を有していることは明らかである。
しかし、他方、本件土地付近は、国の重要文化財たる朱塗の神橋および御旅所の社等の人工美と、これをとりまく鬱蒼たる巨杉群や闊葉樹林帯および大谷川の清流等の自然美とが、渾然一体となつて作り出す荘重・優美な景観の地として、国立公園のエツセンスともいうべき特別保護地区に指定された地域に属するうえ、この土地付近は、日光発祥の地としての史実・伝説を有し、宗教的にも由緒深い地域であるのみならず、太郎杉を初めとする本件土地上の巨杉群は、特別史跡・特別天然記念物として指定されている日光杉並木街道のそれと同じ程度の文化的価値を有するものと一般国民に意識され評価されていることはさきに認定したとおりである。かように本件土地付近が国立公園区域内の特別保護地区に指定されている趣旨から考えても、その風致・景観は、国民にとつて貴重な文化的財産として、自然の推移による場合以外は、現状のままの状態が維持・保存さるべきであるとの見地の下に、最も厳正に現状の保護・保全が図らるべきことは当然である。しかも、本件土地付近は、かような景観・風致上の価値に加えて、前述のような宗教的・歴史的・学術的価値をも同時に併有しており、それだけに、かけがいのない高度の文化価値を有しているものというべきである。そうして、このような文化的価値は、長い自然的、時間的推移を経て初めて作り出されるものであり、一たび入為的な作為が加えられれば、人間の創造力のみによつては、二度と元に復することは事実上不可能であることにかんがみれば、本件土地の所有権こそ被控訴人の私有に属するとはいえ、その景観的・風致的・宗教的・歴史的諸価値は、国民が等しく共有すべき文化的財産として、将来にわたり、長くその維持、保存が図らるべぎものと解するのが相当である。
さらにそればかりでなく、本件土地付近は、国民憩いの場所ともいうべき日光国立公園の、いわば表玄関にあたる地域であつて、自然環境保全の見地から考えても、また観光資源保全の見地から考えても、できるかぎり静かな、自然のままの環境が保全さるべきことが望ましいことも、いうまでもないところである。
ところが、一旦、本件事業計画が実施されると、神橋正面に位置する丘陵部は相当程度削りとられ、これにあわせて、同地上に成育する太郎杉を初めとする一五本の巨杉群は伐採され、蛇王権現はその敷地を後方(北方)に後退させられることを余儀なくせられ、その跡地には、高さ一二メートルおよび同五メートルの二段の石垣が長さ約四〇メートルにわたつて構築され、巨杉群にとり囲まれていた御旅所の社も、前面の巨杉群が伐採される結果、直接にその姿を表わすに至り、かくては、本件土地付近の有する前記景観は著しく損われ、日光発祥の地としての史実・伝説を有する土地の地形は著しく変更されることは明らかである。もつとも、本件事業計画によると、工事後所要の修景がなされることになつてはいるが(修景計画とその内容については、原判決八九丁表四行目から同丁裏九行目までの認定をここに引用する。)、しかしその修景というのも所詮は人工にすぎないから、一旦生じた前記地形の変更や風致景観への影響を完全に消去し得るものとは認め難いところである。
そればかりではなく、本件道路の拡幅に伴なう自動車交通量の増加が環境の静謐を害し、必然的に、その荒廃、破壊をもたらすことも、当然、予測しうるところである。
2、してみると、控訴人建設大臣において、本件事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するといろ土地収用法二〇条三号所定の要件をみたすものと判断するためには、単に本件計画が前記のとおり本件国道一一九号および一二〇号の交通量増加に対処することを目的とする点において公共性を有するというだけでは足りず、それに加えて、本件計画がどうしてもそれによらざるを得ないと判断し得るだけの必要性、換言すれば、本件土地付近の有する前記のような景観、風致、文化的諸価値を犠牲にしてもなお本件計画を実施しなければならない必要性、ないしは環境の荒廃、破壊をかえりみず右計画を強行しなければならない必要性があることが肯定されなければならないというべきである。けだし、前記のようなかけがいのない景観、風致、文化的諸価値ないし環境の保全の要請は、国民が健康で文化的な生活を営む条件にかかわるものとして、行政の上においても、最大限度に尊重さるべきものであるからである。
ところが、本来、道路というものは、人間がその必要に応じて、自からの創造力によつて建設するものであるから、原則として、「費用と時間」をかけることによつて、「何時でも何処にでも」これを建設ずることは可能であり、従つて、それは代替性を有しているということができる。現に、起業者栃木県知事が、本件事業計画を立案するに際しては、右案(A案)の外に、B案・C案およびD案についてその得失を比較し、結局、事業費が最も安く、かつ工期が最も短くてすむうえに、工事が簡単であるとして、本件事業計画案(A案)を採用したものであることは、控訴人等の主張および前記認定に照らして明らかであり、このことは、本弁事業計画以外にも、より以上の時間と費用をかけることによつて、本件土地のもつ前記の諸価値を毀損することなく、その必要を満すに足りる道路を建設することが可能であることを示すものである。
もとより、これにかけるべき費用が無制限でありうるはずはなく、そこには、財源的におのずから一定の制約があることは当然であり、また時間的要素もまつたく無視さるべきではあるまい。しかし、起業者の算定によれば、右四案のうちで、最も事業費を要するのはC案の一三億五、一〇〇万円であり、右は、本件事業に要する四、三〇〇万円の約三一・四倍に相当するところ、本件土地の有する前述のような文化的価値の保全のために、いくばくの費用が支出さるべきかは、本来、国民経済的観点から考慮すべきものであることを考えれば、右一三億円余りという金額は決して高価とは解されず、有料道路としてこれを建設することの可能性を考慮に容れれば、なおさら、経済的理由は、A案(本件事業計画)の実施を必要、やむをえないとすることの理由となるものではない。
また、本件土地付近の有する前記のようなかけがいのない諸価値ないしは環境を保全するため適切、抜本的な対策を講ずるについて、数年ないし仮りに一〇年程度の日子を要するとしても、それはまた、やむをえないところというべぎであり、その間交通安全のため差し迫つた対策が必要であるというならば、交通制限の実施もしくは被控訴人提案の桟道(歩行者用の、日光山内の一部を通り抜ける通路、甲第四六号証の一ないし七参照。)の仮設等の方策により対処するこども不可能とは考えられない。
控訴人らは、なお、C案に、大谷川右岸の景観を破壊する点でも難点がある上に、その実施上過去において既に実施中の都市計画路線の拡幅を必要とするため社会的影響が大きいこと、有料道路とすべき区間が短かいため有料道路としては採算がとれないこと等の理由からこれを実現することは不可能である、と主張する。しかし、仮りにそうだとしても、C案と同様の効用をもつバイパスの路線としては、C案が唯一のものとは考えられず、これと別個の路線を考えることによつて、右のような難点を解決することは、決して不可能ではないと考えられる。
いずれにしても、本件土地付近の有するかけがいのない前記諸価値ないし環境の保全の要請が行政の上においても最大限度に尊重さるべきものであるとの見地に立つて考えれば、A案以外の前記諸案に、それぞれ控訴人ら主張のような難点があるということだけで、ただちにA案(本件事業計画)の実施を必要、やむをえないものとすることは相当でなく、その実施を必要、やむをえないものとする起業者栃木県知事の見解を是認する控訴人建設大臣の判断は、ひつきよう、本件土地付近の有するかけがいのない諸価値ないし環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果、本件道路がかかえている交通事情を解決するための手段、方法の探究において、尽すべき考慮を尽さなかつたという点で、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があつたものというべきである。

3、控訴人らは、更に、国道一一九号および一二〇号(以下現道という。)を利用する自動車交通量の四七パーセントは日光山内の社寺および神橋め観光を目的とする車両ならびに本件道路を往復する業務用車両等であり、これらの自動車交通量はなお増加の傾向をたどつているので、仮りにC案その他のバイパスが建設されたとしても、本件事業計画にかかる拡幅事業の必要性は失なわれない、とも主張する。しかし、前述のように、本件土地付近は、日光国立公園の表玄関にあたり、本来、できるかぎり自然のままの静かな環境が保存さるべきことが望ましい場所であるから、本件土地付近を通過する現道は、日光奥地の産業開発ないしは観光開発を目的とする道路路線としては、もともと、不適切なものであることは明らかである(前認定のように、昭和二九年八月一六日に開催された国立公園審議会の意見において、既に、このことが指摘されている。)。従つて、現道とは別個に日光奥地の産業開発ないしは観光開発の使命をもつ道路が建設さるべきことを前提とすれば(この前提に立つ場合には、現道は、主として、日光山内の社寺および神橋等の観光を目的とする道路としての性格を付与されることとなる。)、現道の拡幅事業が必要、やむをえないものとされるかどうかは、右使命をもつ道路が現道とは別個に建設さるべきかどうかということとにらみ合わせて、かつ、本件土地付近のもつかけがいのない諸価値ないし環境保全の要請が最大限度に尊重さるべきものであるとの見地において、あらためて検討さるべきこととなるのは当然であり、そうなれば、本件土地付近については自動車交通を制限もしくは禁止し、これを遊歩道とすべきであるとの見解が有力となるべきことも、当然、予測されるところである(前記国立公園審議会の意見においても、この見解がとられている。)。けだし、現道が日光山内の社寺、神橋等の観光を主目的とする道路であることを前提とすれば、観光目的のための道路の整備拡充のために、肝心の観光資源自体を破壊することの愚挙であることは、何人の目にも明らかであるからである。かように、日光奥地の産業開発ないし観光開発の使命をもつ道路が現道とは別個に建設さるべきことを前提として、現道拡幅事業の必要性の有無を考える場合と、現道が日光奥地に通ずる唯一の幹線道路であることを前提として右拡幅事業の必要性の有無を考える場合とでは、採らるべき結論が異なる可能性がある以上、控訴人建設大臣としては、本件事業認定をする際において、既に、関係行政庁とも十分協議した上、近い将来日光奥地の産業開発ないし観光開発の使命をもつ道路が現道とは別個に建設さるべきかどうかにつき明確な方針、計画を策定した上で、この計画とにらみ合わせて、かつ、本件土地のもつかけがいのない前記諸価値ないし環境の保全の要請を最大限度に尊重する見地に立つて、本件事業計画の必要性の有無を十分慎重に判断すべきであつたといわねばならない。してみると、控訴人建設大臣がこの点につきなんら明確な方針、計画をもつことなく、漫然、日光奥地に通ずる道路が別個に建設さるべきかどうかにかかわらず現道拡幅事業の必要性が是認さるべきものと判断したのは、とりもなおさず、本件土地付近のもつ前記のようなかけがいのない諸価値ないしは環境の保全という本来最も重視すべきことがらを、不当、安易に軽視し、その結果、右諸価値ないし環境の保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とをいかにして調和さすべきかについての手段、方法の探究において、当然尽すべき考慮を付さなかつたという点で、その裁量判断の過程に過誤があつたものと認めざるをえない。なお、被控訴人は、本件処分後である昭和四五年五月一日、日本道路公団において「日光・宇都宮道路」(東北縦貫道路の宇都宮インターチエンジを起点として日光市清滝桜が丘町を終点とする有料道路)の建設計画(昭和五〇年完成予定)を発表し(以上の事実は、控訴人らにおいて完成予定日を昭和五一年三月三一日と主張するほかは、当事者間に争いがないところである。)、右計画はその後年を追うて着々実行、進捗されている(この事実は、控訴人らにおいて明らかに争わないところである。)ところ、右「日光・宇都宮道路」はC案と同様の効用をもつものであるから、右道路計画の実現が確定的となつた現在、A案(すなわち本件事業計画)を固持する根拠は失なわれた、と主張する。
しかし、行政処分の適否は、処分当時を基準として判定さるべきものである(昭和二七年一月二五日最高裁第二小法廷判決、民集六巻一号二二頁、昭和三五年九月一五日同第一小法廷判決、民集一四巻一一号二一九〇頁等)から、被控訴人の右主張の趣旨が「『日光・宇都宮道路』の建設計画の確定という処分後の事情により控訴人建設大臣の本件事業認定処分が当然に違法となつた」、との趣旨であるならば、当裁判所はこの見解に左祖することができない。しかしながら、右の事情は、本件土地付近のもつかけがいのない文化的価値ないしは環境の保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とを調和させる手段、方法が決して前記諸案に限定されるものでないことを示すとともに、控訴人建設大臣においても、本件処分当時において、既に、数年ないし一〇年程度の将来において「日光・宇都宮道路」のような道路の建設(少くともその計画の樹立)が必要となるべきことにつき明確な見透しと方針を定め、この計画との関連において現道拡幅事業の必要性の有無を判断すべきものであつたことを示唆するものというべきであり、その意味において、右の事情は、本項及び前項の判断を支持する間接事情と目することができる。

4、既に認定したとおり、起業者栃木県知事が本件事業認定の申請にあたり、右事業計画にかかる拡幅事業の必要性を理由づける事由の一つとして、オリンピツクの開催に伴なう交通量増加の予想ということを挙げていることと、控訴人建設大臣が右必要性を理由づける事由の一つとして前記A案(本件事業計画)が工期が最も短かいことを主張していること等から推して、オリンピツクの開催に伴なう外人観光客による自動車交通量増加の予想ということが、控訴人建設大臣が本件事業計画をもつて土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと判断するにつき、その一つの原因となつたものと推認することができる。
しかし、本件土地付近のもつ前記のようなかけがいのない諸価値ないしはそのもつすぐれた環境が国民共有の財産として、長く将来にわたり保全さるべきことにかんがみれば、オリンピツクの開催に伴なう一時的な自動車交通量増加の予想というような、目前、臨時の事象は、本件事業計画が土地の利用上適正かつ合理的なものと認めらるべきかどうかの判断にあたつては、本来、考慮に容れるべきことがらではなかつたというべきである。

5、更に、本件事業計画の確定に先立つて昭和三九年三月一九日に開催された自然公園審議会において、本件道路の拡幅のために、本件土地付近の形質、風致、景観等の現状に変更を加えることの可否が審議され、杉等の伐採は最少限度に止めること、所要の修景を施すこと等の条件の下にこれが可決されたことは既に認定したとおりであり、当審証人Dの証言及び弁論の全趣旨によると、右審議会においても前記AないしDの四案の利害得失が検討されたうえ、A案が採られるに至つたことが認められる。しかし、右決議のなされた当時においては、既に認定したとおり、本件土地付近は前年である昭和三八年三月の暴風による倒木等の被害がなお癒えておらず、景観は荒廃し、本件土地上の杉群の樹勢もおとろえていた状況にあつたのであるが、この状況を現認した審議会の構成員の大多数によつて(審議会の委員が本件土地付近を見分したことは前示D証人の証言からうかがい知られる。)、本件土地付近の状況は将来もおそらく右のような状態であらうと推測されたことが審議会の前記結論、ひいてはこの結論を尊重してなされたものと認められる控訴人建設大臣の判断にかなりの影響を及ぼしたものと推認することができる。しかし、原審及び当審における検証の結果によれば、この推測は必ずしも的中していたとは考えられないこと及び本件土地付近のもつ前記のようなかけがいのない諸価値ないしはそのすぐれた環境ができるかぎり自然のままで、長く将来にわたり保全さるべきことにかんがみれば、暴風による倒木の可能性(これに伴なう交通障害の可能性)、樹勢の衰ろえの可能性というようなことがらは、本件事業計画が土地の利用上適正かつ合理的なものと認められるべきかどうかの判断にあたつては本来過重に評価すべきものではなかつたというべきである。従つて、本件土地付近の現状変更につき自然公園審議会の答申に基づく厚生大臣の承認があつたということだけでは、本件事業認定に関する控訴人建設大臣の裁量判断になんらの過誤がなかつたものとすることはできない。

6、以上1ないし5の判断を総合していえば、本件事業計画をもつて、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと認めらるべきであるとする控訴人建設大臣の判断は、この判断にあたつて、本件土地付近のもつかけがいのない文化的諸価値ないしは環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果右保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とをいかにして調和させるべきかの手段、方法の探究において、当然尽すべき考慮を尽さず(1ないし3)、また、この点の判断につき、オリンピツクの開催に伴なう自動車交通量増加の予想という、本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ(4)、かつ、暴風による倒木(これによる交通障害)の可能性および樹勢の衰えの可能性という、本来過大に評価すべきでないことがらを過重に評価した(5)点で、その裁量判断の方法ないし過程に過誤がありこれらの過誤がなく、これらの諸点につき正しい判断がなされたとすれば、控訴人建設大臣の判断は異なつた結論に到達する可能性があつたものと認められる。してみれば、本件事業計画をもつて土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと認められるべきであるとする控訴人建設大臣の判断は、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があるものとして、違法なものと認めざるをえない

四、以上のとおり、控訴人建設大臣のした本件事業認定は土地収用法二〇条三号の要件をみたしていないという違法があるというべきであるから、被控訴人主張の、その余の違法事由についてさらに立ち入つて判断するまでもなく、すでにこの点において本件事業認定処分は取消を免れない。
そうして、前記二において述べたとおり、一連の手続をなす土地収用手続における先行の処分である本件事業認定が、前記のとおり違法であつて取消さるべきである以上、後続の処介である本件土地細目の公告及び収用裁決は当然に違法であつて、これまた取消を免れない。
第三、結び
叙上のとおり、本件各処分の取り消しを求める被控訴人の本訴請求はすべて理由があるから、これらを認容した原判決は相当であつて、本件各控訴はいずれも理由がない。よつて、民訴法三八四条、九五条、九三条、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
第3民事部
(裁判官 白石健三 裁判官 杉山孝 裁判官 川上泉)

+判例(S48.9.14)地方公務員分限処分事件
理由
上告代理人田中真次の上告理由、同堀家嘉郎、同中場嘉久二の上告理由および同真野毅、同堀家嘉郎の上告理由について。
論旨は、まず、本件降任処分を不適法であるとした原判決の判断には、降任処分につき任命権者に与えられた裁量権の範囲および地方公務員法二八条一項三号の定める降任処分の要件に関して法令の解釈を誤つた違法がある、と主張する。
一 おもうに、地方公務員法二八条所定の分限制度は、公務の能率の維持およびその適正な運営の確保の目的から同条に定めるような処分権限を任命権者に認めるとともに、他方、公務員の身分保障の見地からその処分権限を発動しうる場合を限定したものである。分限制度の右のような趣旨・目的に照らし、かつ、同条に掲げる処分事由が被処分者の行動、態度、性格、状態等に関する一定の評価を内容として定められていることを考慮するときは、同条に基づく分限処分については、任命権者にある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、分限制度の上記目的と関係のない目的や動機に基づいて分限処分をすることが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることを許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤つた違法のものであることを免れないというべきである。そして、任命権者の分限処分が、このような違法性を有するかどうかは、同法八条八項にいう法律問題として裁判所の審判に服すべきものであるとともに、裁判所の審査権はその範囲に限られ、このような違法の程度に至らない判断の当不当には及ばないといわなければならない。これを同法二八条一項三号所定の処分事由についてみるに、同号にいう「その職に必要な適格性を欠く場合」とは、当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解されるが、この意味における適格性の有無は、当該職員の外部にあらわれた行動、態度に徴してこれを判断するほかはない。その場合、個々の行為、態度につき、その性質、態様、背景、状況等の諸般の事情に照らして評価すべきことはもちろん、それら一連の行動、態度については相互に有機的に関連づけてこれを評価すべく、さらに当該職員の経歴や性格、社会環境等の一般的要素をも考慮する必要があり、これら諸般の要素を総合的に検討したうえ、当該職に要求される一般的な適格性の要件との関連においてこれを判断しなければならないのである。そしてこの場合、ひとしく適格性の有無の判断であつても、分限処分が降任である場合と免職である場合とでは、前者がその職員が現に就いている特定の職についての適格性であるのに対し、後者の場合は、現に就いている職に限らず、転職の可能な他の職をも含めてこれらすべての職についての適格性である点において適格性の内容要素に相違があるのみならず、その結果においても、降任の場合は単に下位の職に降るにとどまるのに対し、免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果になる点において大きな差異があることを考えれば、免職の場合における適格性の有無の判断については、特に厳密、慎重であることが要求されるのに対し、降任の場合における適格性の有無については、公務の能率の維持およびその適正な運営の確保の目的に照らして裁量的判断を加える余地を比較的広く認めても差支えないものと解される。

二 本件は、地方公務員法二八条一項三号の規定に該当するとして、被上告人を公立学校校長から公立学校教員教諭に降任した処分の取消訴訟であり、上告人は、被上告人が公立学校校長の職に必要な適格性を欠くことの徴表たる事実として数多くの事実を主張している。
ところが、原判決は、右上告人主張の諸事実については、必ずしも個々の事実関係の存否を確定することなく、右主張にあらわれた被上告人の一連の行為の背景をなす諸問題につき、その客観情勢の推移、被上告人の置かれた立場およびそのとつた見解、態度等の概略を認定したうえ、かりに被上告人に上告人主張のような具体的言動(その一部については、原判決認定の限度で一部否定ないし修正された範囲内における言動)があつたとしても、右各事実はいずれも被上告人が校長の職に必要な適格性を欠くことの徴表であるとは認めがたいとし、結局、総合的見地から考察して、被上告人には包容力、協調性において若干欠ける点があつたのではないかと疑う余地は存するとしても、それだけで校長としての適格性なしと判定することは許しがたいものであるとし、本件降任処分を取り消すべきものとしている。

三 しかしながら、原審の右認定判断は、その認定事実に対する独自の解釈と見解のもとに上告人の具体的な各主張事実を観察評価したうえ、被上告人の適格性の有無について一定の結論を下し、これと異なる上告人の判断を裁量権の行使を誤つた違法のものと断じているのであつて、原審の判断には、上告人が本件降任処分の事由の存否について上記のような裁量的判断権を有することを無視したか、ないしは裁判所のなすべき審査判断の範囲を超えて処分庁の裁量の当否に立ち入つた違法があるといわなければならない。すなわち、
(一) 学校統合問題につき、原判決の確定するところによれば、右統合は、長束小学校の廃校を招来するものであつて、同校の児童、その父兄の利害に直接関係するところから、右統合につき町議会の議決を経たのちにおいて統合賛成派と統合反対派の対立はなお激しく、それは単なる意見の対立にとどまらず、両者互いに相手方の見解、行動を非難、誹謗し合うという醜い対立を生むにいたつたというのである。
町立小学校の校長は、当該町区域在住の児童に対し義務教育たる初等普通教育を施すことを目的とする教育機関である小学校において、校務を掌り、所属職員を監督する立場にある者であるから、右のような事態において、校長が、統合反対派に加担するような言動に出るときは、両派の対立の激化を助長し、児童、父兄等の校長および学校に対する信頼、所属職員の校長に対する信頼を大いに失墜させ、ひいては学校経営に重大な支障をきたす結果となることは、見易いところである。したがつて、このような場合に、長束小学校長の地位にある者が、教育上の見地から右統合に反対の見解をもつことはやむをえないことであり、また、立場上学校統合問題と無関係ではありえないとしても、右校長たる者は、行動、態度の上では校長としての品格と節度を保持すべきであつて、いやしくも校長たるの立場を利用して反対派に加担し、これに便宜を与えるものと認められるような行為に出るときは、校長たるの適格性に欠けるところがあるとの評価を免れないものといわなければならない。
しかして、この点に関しては、原判決の認定の限度で一部否定ないし修正された範囲において考えても、なお、相当程度、被上告人が、同校の所属職員に協力させ、同校の児童、施設、行事を利用して、統合反対のために便宜をはかつた事実が、上告人によつて主張されているのである。したがつて、右主張につき、認定しうる言動の程度、態様のいかんによつては、これを被上告人が校長たる適格性を欠くことの徴表であると評価しても、不相当であるとはいいえない場合があることは、否定しえないところである。
(二) 職員が、ある程度客観性、合理性の認められるその所信に従つて、あえて職務命令違反の行為に出たような場合には、それが直ちに持続性のあるその性格等に基因するものであるとはいいえないという意味において、右行為が懲戒事由とはなりえても、直ちにその職に必要な適格性を欠くことの徴表であるとはいいえない場合もありえよう。こうした見地からすれば、勤務評定問題につき原判決の確定する事実関係のもとにおいては、特に被上告人において、所属職員が人事上の不利益を受けることをおそれたこと、任命権者の人事管理上の支障を回避すべきものであると考えたこと等から、本来の義務履行に代わる措置を講じていることをも考慮した場合、勤務評定書の提出を多少遅延したこと自体をもつて直ちに被上告人が校長たる適格性を欠くことの徴表とみることは、あるいは相当でないといいうるかも知れない。
しかし、校長たる者は、管理者的職務を担当するのであるから、特に対人関係の処理については相手方に顕著な欠陥があるというような特段の事情がある場合は格別、自己と個人的、感情的には対立関係にある者との接触をも含めて、職務上予測されるあらゆる場面において、職務の円滑な遂行に支障をきたさない程度にこれを処理しうる能力が要求されるというべきであるところ、この点に関連するものとして上告人の主張する被上告人の言動は、それが対立関係にある者の交渉の場におけるものであることを考慮しても、なお、校長たるの職にある者の上司である町教育長に対する言動としては、粗暴、不遜、非礼にわたる点があり、そのうちには、ことさらにA教育長を困惑させる目的に出たものであることを疑わせるようなものもあるのであつて、右主張につき認定しうる言動の程度、態様のいかんによつては、これを被上告人が校長たる適格性を欠くことの徴表であると評価しても、不相当であるとはいいえない場合があることは、否定しえないところである。
(三) 原判決の確定する公立学校予算の執行の実情からすれば、予算の事前執行等をしたこと自体をもつて被上告人が校長たるの適格性を欠くことの徴表とみることはできないという余地はあるけれども、それが全体的な学校予算の不十分に由来するものであることから考えれば、同町内の他校との関連において、事前執行等による支出の予算規模に対して占める割合、あえて支出の事前執行等に出る必要性についての判断の当否といつた点において、上告人主張のような事実の存在は、事情によつては、企画力、協調性などの面から、なお、被上告人が校長たる適格性を欠くことの徴表であると評価しても、不相当であるとはいいえない場合があることは、否定しえないところである。
(四) 校長たるの職に適合する言動は、通常の場合においてのみ要求されるものではない。右三の(一)(二)で説示したところからすれば、被上告人の小学校長としての日常行動に関連して上告人の主張するところを、原判決説示のような理由によつて校長たるの適格性を欠くことの徴表と認めることはできないものと解することはできない。
(五) 本訴提起後の行為についての主張には、学校日誌の記載の抹消等が含まれており、行為の性質からすれば、原判決説示のように軽視してよいものではない。それは、本件降任処分後の行為ではあるけれども、右処分の事由は個々具体的の行為ではなく、その職に必要な適格性を欠くことであるから、少くとも、上告人主張の被上告人の各行為のうち右処分以前になされたものを不適格性の徴表とみうるか否かを判断するための資料となりうるものというべきである。
四 なお、被上告人が昭和二四年以来校長を勤めている者であることは、上告人も認めるところであり、被上告人が校長の職に必要な適格性を欠くことの徴表たる事実として上告人の主張する事実の大部分は学校統合問題が発生した昭和三二年以降の限られた時期に集中しているけれども、それだからといつて、直ちに、本件降任処分時において被上告人がその職に必要な適格性を欠いていたという事実が否定されるべきことになるわけではない。
結局、上告人主張の徴表たる事実を認めうる程度いかんによつては、本件降任処分を違法とはいいえないことになるのであるから、原判決には、法令の解釈を誤り、その結果審理を尽くさなかつた違法があつて、その違法が原判決に影響を及ぼすものであることは、明らかである。したがつて、論旨は、この点においてすでに理由がある。
五 以上の次第で、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、本件は、さらに被上告人の本訴請求の当否について審理する必要があるので、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎)

+判例(H8.3.8)エホバ

+判例(H18.2.7)呉市公立高校施設使用不許可事件

+判例(H18.11.2)小田急訴訟本案判決
理由
上告代理人斉藤驍ほかの上告受理申立て理由(原告適格に係る所論に関する部分を除く。)について
第1 事案の概要等
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 建設大臣は、昭和39年12月16日付けで、旧都市計画法(大正8年法律第36号)3条に基づき、世田谷区喜多見町(喜多見駅付近)を起点とし、葛飾区上千葉町(綾瀬駅付近)を終点とする東京都市計画高速鉄道第9号線(昭和45年の都市計画の変更以降の名称は「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」である。)に係る都市計画(以下「9号線都市計画」という。)を決定した。
(2) 被上告参加人は、9号線都市計画について、都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの)21条2項において準用する同法18条1項に基づく変更を行い、平成5年2月1日付けで告示した(以下、この都市計画の変更を「平成5年決定」という。)。平成5年決定は、小田急小田原線(以下「小田急線」という。)の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間(以下「本件区間」という。)について、成城学園前駅付近を掘割式とするほかは高架式を採用し、鉄道と交差する道路とを連続的に立体交差化することを内容とするものであり、小田急線の複々線化とあいまって、鉄道の利便性の向上及び混雑の緩和、踏切における渋滞の解消、一体的な街づくりの実現を図ることを目的とするものである。
(3) 平成5年決定がされた経緯等は、次のとおりである。
ア 東京都は、9号線都市計画に係る区間の一部である小田急線の喜多見駅から東北沢駅までの区間において、踏切の遮断による交通渋滞や市街地の分断により日常生活の快適性や安全性が阻害される一方、鉄道の車内混雑が深刻化しており、鉄道の輸送力が限界に達しているとして、上記区間の複々線化及び連続立体交差化に係る事業の必要性及び緊急性について検討するため、昭和62年度及び同63年度にわたり、建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱(以下「本件要綱」という。)に基づく調査(以下「本件調査」という。)を実施した。
本件要綱は、連続立体交差事業調査において、鉄道等の基本設計に当たって数案を作成して比較評価を行うものとし、その評価に当たっては、経済性、施工の難易度、関連事業との整合性、事業効果、環境への影響等について比較するものとしている。
本件調査の結果、成城学園前駅付近については掘割式とする案が適切であるとされるとともに、環状8号線と環状7号線の間については、高架式とする案が、一部を地下式とする案に比べて、工期・工費の点で優れており、環境面では劣るものの、当該高架橋の高さが一般的なものであり、既存の側道の有効活用などでその影響を最小限とすることができるので、適切な案であるとされた。
なお、本件調査の結果、本件区間の東側に当たる環状7号線と東北沢駅の間(以下「下北沢区間」という。)の構造については、地表式、高架式、地下式のいずれの案にも問題があり、その決定に当たっては新たに検討する必要があるとされたが、平成5年決定に係る9号線都市計画においては、従前どおり地表式とされた。もっとも、その後、東京都の都市計画局長は、平成10年12月、都議会において、下北沢区間の線路の増加部分を地下式で整備する案を関係者で構成する検討会に提案して協議を進めている旨答弁し、東京都は、同13年4月、下北沢区間を地下式とする内容の計画素案を発表した。
イ 被上告参加人は、本件調査の結果を踏まえた上で、本件区間の構造について、〈1〉 嵩上式(高架式。ただし、成城学園前駅付近を一部掘割式とするもの。以下「本件高架式」という。)、〈2〉 嵩上式(一部掘割式)と地下式の併用(成城学園前駅付近から環状8号線付近までの間を嵩上式(一部掘割式)とし、環状8号線付近より東側を地下式とするもの)、〈3〉 地下式の三つの方式を想定した上で、計画的条件(踏切の除却の可否、駅の移動の有無等)、地形的条件(自然の地形等と鉄道の線形の関係)及び事業的条件(事業費の額)の三つの条件を設定して比較検討を行った。その結果、上記〈3〉の地下式を採用した場合、当時の都市計画で地表式とされていた下北沢区間に近接した本件区間の一部で踏切を解消することができなくなるほか、河川の下部を通るため深度が大きくなること等の問題があり、上記〈2〉の方式にも同様の問題があること、本件高架式の事業費が約1900億円と算定されたのに対し、上記〈3〉の地下式の事業費は、地下を2層として各層に2線を設置する方式(以下「2線2層方式」という。)の場合に約3000億円、地下を1層として4線を並列させる方式の場合に約3600億円と算定されたこと等から、被上告参加人は、本件高架式が上記の3条件のすべてにおいて他の方式よりも優れていると評価し、環境への影響、鉄道敷地の空間利用等の要素を考慮しても特段問題がないと判断して、これを本件区間の構造の案として採用することとした。
なお、上記の事業費の算定に当たっては、昭和63年以前に取得済みの用地に係る取得費は算入されておらず、高架下の利用等による鉄道事業者の受益分も考慮されていない。また、2線2層方式による地下式の事業費の算定に当たっては、シールド工法(トンネルの断面よりわずかに大きいシールドという強固な鋼製円筒状の外殻を推進させ、そのひ護の下で掘削等の作業を行いトンネルを築造する工法)による施工を本件区間全体にわたって行うことは前提とされていないが、被上告参加人は、途中の経堂駅において準急線と緩行線との乗換えを可能とするために、1層目にホーム2面及び線路数3線を有する駅部を設置することを想定しており、そのために必要なトンネルの幅は約30mであったところ、平成5年当時、このような幅のトンネルをシールド工法により施工することはできなかった。
ウ 上記のように本件高架式が案として選定された本件区間の複々線化に係る事業及び連続立体交差化に係る事業について、それぞれの事業の事業者であるA株式会社及び東京都は、東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)に基づく環境影響評価に関する調査を行い、平成3年11月5日、環境影響評価書案(以下「本件評価書案」という。)を被上告参加人に提出した。本件評価書案によれば、本件高架式を前提として工事完了後の鉄道騒音について予測を行ったところ、地上1.2mの高さでの予測値は、高架橋端からの距離により現況値を上回る箇所も見られるが、高架橋端から6.25mの地点で現況値が82から93ホンのところ予測値が75から77ホンとされるなど、おおむね現況とほぼ同程度かこれを下回っているとされている。
本件評価書案に対し、被上告参加人は、鉄道騒音の予測位置を騒音に係る問題を最も生じやすい地点及び高さとすること、騒音防止対策の種類とその効果の程度を明らかにすること等の意見を述べ、これを受けて、東京都及びA株式会社は、予測地点の1箇所につき高架橋端から1.5mの地点における高さ別の鉄道騒音の予測に関する記載を付加した環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)を同4年12月18日付けで作成し、被上告参加人に提出した。本件評価書によれば、上記地点における鉄道騒音の予測値は、地上10mから30mの高さで88ホン以上、地上15mの高さでは93ホンであるが、事業実施段階での騒音防止対策として、構造物の重量化、バラストマットの敷設、60kg/mレールの使用、吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに、干渉型の防音装置の設置についても検討し、騒音の低減に努めることとされ、これらによる騒音低減効果は、バラストマットの敷設により軌道中心から6.25mの地点で7ホン、60㎏/mレールの使用により現在の50㎏/mレールと比べて軌道中心から23mの地点で5ホン、吸音効果のある防音壁により防音壁だけの場合に比べ1ホン程度、防音壁に干渉型防音装置を設置した場合3ないし4ホンであるとされている。
以上の環境影響評価は、東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし、一般に確立された科学的な評価方法に基づいて行われた。
なお、高架橋より高い地点での現実の騒音値は、線路部分において生じる騒音が走行する列車の車体に遮られることから、上記予測値のような実験値よりも低くなるとされている。また、平成5年決定当時の鉄道騒音に関する唯一の公的基準であった「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」(昭和50年環境庁告示第46号)においては、騒音を測定する高さは地上1.2mとされていた。
一方、小田急線の沿線住民らは、小田急線による鉄道騒音等の被害について、平成4年5月7日、公害等調整委員会に対し、公害紛争処理法42条の12に基づく責任裁定を申請し、同委員会は、同10年7月24日、申請人の一部が受けた平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えることを前提として、A株式会社の損害賠償責任を認める旨の裁定をした。
エ 被上告参加人は、本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ、本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して、本件高架式を内容とする平成5年決定をした。
オ 東京都は、公害対策基本法19条に基づき、東京地域公害防止計画を定めていたところ、平成5年決定は、その目的、内容において同計画の妨げとなるものではなく、同計画に適合している。
(4) 建設大臣は、都市計画法(平成11年法律第160号による改正前のもの)59条2項に基づき、平成6年5月19日付けで、東京都に対し、平成5年決定により変更された9号線都市計画を基礎として、本件区間の連続立体交差化を内容とする別紙事業認可目録1記載の都市計画事業(以下「本件鉄道事業」という。)の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)をし、同6年6月3日付けでこれを告示した。
また、建設大臣は、世田谷区が同5年2月1日付けで告示した東京都市計画道路・区画街路都市高速鉄道第9号線付属街路第9号線及び第10号線に係る各都市計画を基礎として、同項に基づき、同6年5月19日付けで、東京都に対し、上記各付属街路の設置を内容とする別紙事業認可目録2及び3記載の各都市計画事業の認可(以下「本件各付属街路事業認可」という。)をし、同年6月3日付けでこれを告示した。上記各付属街路は、本件区間の連続立体交差化に当たり、環境に配慮して沿線の日照への影響を軽減すること等を目的として設置することとされたものである。
2 本件は、本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定が、周辺地域の環境に与える影響、事業費の多寡等の面で優れた代替案である地下式を理由もなく不採用とし、いずれの面でも地下式に劣り、周辺住民に騒音等で多大の被害を与える本件高架式を採用した点で違法であるなどとして、建設大臣の事務承継者である被上告人に対し、上告人らが本件鉄道事業認可の、別紙上告人目録2記載の上告人らが別紙事業認可目録2記載の認可の、別紙上告人目録3記載の上告人らが別紙事業認可目録3記載の認可の、各取消しを求めている事案である。

第2 本件鉄道事業認可の取消請求について
1 平成5年決定が本件高架式を採用したことによる本件鉄道事業認可の違法の有無について
(1) 都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)は、都市計画事業認可の基準の一つとして、事業の内容が都市計画に適合することを掲げているから(61条)、都市計画事業認可が適法であるためには、その前提となる都市計画が適法であることが必要である。
(2) 都市計画法は、都市計画について、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条)、都市施設の整備に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めなければならず、当該都市について公害防止計画が定められているときは当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書き)、都市施設について、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号)、このような基準に従って都市施設の規模、配置等に関する事項を定めるに当たっては、当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると、このような判断は、これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって、裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては、当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。

(3) 以上の見地に立って検討するに、前記事実関係の下においては、平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとはいえないと解される。その理由は以下のとおりである。
ア 被上告参加人は、本件調査の結果を踏まえ、計画的条件、地形的条件及び事業的条件を設定し、本件区間の構造について三つの方式を比較検討した結果、本件高架式がいずれの条件においても優れていると評価し、本件条例に基づく環境影響評価の結果等を踏まえ、周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないとして、本件高架式を内容とする平成5年決定をしたものである。
イ そこで、上記の判断における環境への影響に対する考慮について検討する。
(ア) 前記のとおり、都市計画法は、都市施設に関する都市計画について、健康で文化的な都市生活の確保という基本理念の下で、公害防止計画に適合するとともに、適切な規模で必要な位置に配置することにより良好な都市環境を保持するように定めることとしている。公害防止計画は、環境基本法により廃止された公害対策基本法の19条に基づき作成されるものであるが、相当範囲にわたる騒音、振動等により人の健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域について、その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを目的とするものであるということができる。また、本件条例は、環境に著しい影響を及ぼすおそれのある一定の事業を実施しようとする事業者が、その実施に際し、公害の防止、自然環境及び歴史的環境の保全、景観の保持等(以下「環境の保全」という。)について適正な配慮をするため、当該事業に係る環境影響評価書を作成し、被上告参加人に提出しなければならないとし(7条、23条)、被上告参加人は、都市計画の決定又は変更の権限を有する者にその写しを送付し(24条2項)、当該事業に係る都市計画の決定又は変更を行うに際してその内容について十分配慮するよう要請しなければならないとしている(25条)。そうすると、本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定を行うに当たっては、本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音、振動等によって、事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することのないよう、被害の防止を図り、東京都において定められていた公害防止計画である東京地域公害防止計画に適合させるとともに、本件評価書の内容について十分配慮し、環境の保全について適正な配慮をすることが要請されると解される。本件の具体的な事情としても、公害等調整委員会が、裁定自体は平成10年であるものの、同4年にされた裁定の申請に対して、小田急線の沿線住民の一部につき平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えるものと判定しているのであるから、平成5年決定において本件区間の構造を定めるに当たっては、鉄道騒音に対して十分な考慮をすることが要請されていたというべきである。
(イ) この点に関し、前記事実関係によれば、〈1〉 本件区間の複々線化及び連続立体交差化に係る事業について、本件調査において工期・工費の点とともに環境面も考慮に入れた上で環状8号線と環状7号線の間を高架式とする案が適切とされたこと、〈2〉 本件高架式を採用することによる環境への影響について、本件条例に基づく環境影響評価が行われたこと、〈3〉 上記の環境影響評価は、東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし、一般に確立された科学的な評価方法に基づき行われたこと、〈4〉 本件評価書においては、工事完了後における地上1.2mの高さの鉄道騒音の予測値が一部を除いておおむね現況とほぼ同程度かこれを下回り、高架橋端から1.5mの地点における地上10mないし30mの高さの鉄道騒音の予測値が88ホン以上などとされているものの、鉄道に極めて近接した地点での値にすぎず、また、上記の高さにおける現実の騒音は、走行する列車の車体に遮られ、その値は、上記予測値よりも低くなること、〈5〉 本件評価書においても、騒音防止対策として、構造物の重量化、バラストマットの敷設、60kg/mレールの使用、吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに、干渉型防音装置の設置も検討することとされ、現実の鉄道騒音の値は、これらの騒音対策を講じること等により相当程度低減するものと見込まれるとされていること、〈6〉 平成5年決定当時の鉄道騒音に関する公的基準は地上1.2mの高さで騒音を測定するものにとどまっていたこと、〈7〉 被上告参加人は、本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ、本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して、平成5年決定をしたこと、〈8〉 平成5年決定は、東京地域公害防止計画に適合していること等の事実が認められる。
そうすると、平成5年決定は、本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によって事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することの防止を図るという観点から、本件評価書の内容にも十分配慮し、環境の保全について適切な配慮をしたものであり、公害防止計画にも適合するものであって、都市計画法等の要請に反するものではなく、鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったということもできない。したがって、この点について、平成5年決定が考慮す