民法 基本事例で考える民法演習 意思表示と物権変動~動産の物権変動と即時取得


1.小問1について

+(虚偽表示)
第九十四条  相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2  前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

①虚偽の外観の存在・積極的に作出
②「第三者」=契約が存在することを前提として取引関係に入る
③「善意」

・対抗要件を備えていない者が94条2項の「第三者」にあたるか?
対抗要件は備えなくても当たる。=二重譲渡ではなく、対抗関係ではない。

・「善意の第三者」の取得は、原始取得!

2.小問2(1)について

+(代物弁済)
第四百八十二条  債務者が、債権者の承諾を得て、その負担した給付に代えて他の給付をしたときは、その給付は、弁済と同一の効力を有する。

+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

①違法な強迫
②脅す意図・意思表示をさせる意図
③脅迫と意思表示との間の因果関係

+(債権者代位権)
第四百二十三条  債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利は、この限りでない。
2  債権者は、その債権の期限が到来しない間は、裁判上の代位によらなければ、前項の権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。

(詐害行為取消権)
第四百二十四条  債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。
2  前項の規定は、財産権を目的としない法律行為については、適用しない。

+判例(S36.7.19)
理由
上告代理人今野佐内の上告理由第一点(一)について。
民法四二四条の債権者取消権は、総債権者の共同担保の保全を目的とする制度であるが、特定物引渡請求権(以下特定物債権と略称する)といえどもその目的物を債務者が処分することにより無資力となつた場合には、該特定物債権者は右処分行為を詐害行為として取り消すことができるものと解するを相当とする。けだし、かかる債権も、窮極において損害賠償債権に変じうるのであるから、債務者の一般財産により担保されなければならないことは、金銭債権と同様だからである。大審院大正七年一〇月二六日民事連合部判決(民録二四輯二〇三六頁)が、詐害行為の取消権を有する債権者は、金銭の給付を目的とする債権を有するものでなければならないとした見解は、当裁判所の採用しないところである。本件において、原判決の確定したところによれば、被上告人は昭和二五年九月三〇日訴外Aとの間に本件家屋を目的とする売買契約を締結し、同人に対しその引渡請求権を有していたところ、Aは、他に見るべき資産もないのに、同二七年六月頃右家屋に債権額八万円の抵当権を有する訴外Bに対し、その債権に対する代物弁済として、一〇万円以上の価格を有する右家屋を提供し、無資力となつたというのである。右事実に徴すれば、本件家屋の引渡請求権を有する被上告人は、右代物弁済契約を詐害行為として取り消しうるものというべく、したがつて、原判決が「債務者がその特定物をおいて他に資産を有しないにかかわらず、これを処分したような場合には、この引渡請求権者において同条の取消権を有するものと解すべきである」とした部分は結局正当に帰する。
なお、論旨は、原判決のような判断が許されるときは、被上告人は登記を了しないのに、既に登記した上告人に対し所有権の移転を対抗し得ると同一の結果となり、民法一七七条の法意に反すると主張するが、債権者取消権は、総債権者の利益のため債務者の一般財産の保全を目的とするものであつて、しかも債務者の無資力という法律事実を要件とするものであるから、所論一七七条の場合と法律効果を異にすることは当然である。所論は採用できない。

同第一点(二)、(三)について。
債務者が目的物をその価格以下の債務の代物弁済として提供し、その結果債権者の共同担保に不足を生ぜしめた場合は、もとより詐害行為を構成するものというべきであるが、債権者取消権は債権者の共同担保を保全するため、債務者の一般財産減少行為を取り消し、これを返還させることを目的とするものであるから、右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものと解すべである。したがつて、前記事実関係によれば本件においてもその取消は、前記家屋の価格から前記抵当債権額を控除した残額の部分に限つて許されるものと解するを相当とする。そして、詐害行為の一部取消の場合において、その目的物が本件の如く一棟の家屋の代物弁済であつて不可分のものと認められる場合にあつては、債権者は一部取消の限度において、その価格の賠償を請求するの外はないものといわなければならない。然るに、原審は本件家屋の価格および取消の範囲等につき十分な審理を遂げることなく、たやすく本件代物弁済契約の全部の取消を認め、上告人に対し右家屋の所有権移転登記手続を命じたのは、民法四二四条の解釈を誤つた結果として審理不尽、理由不備の違法をあえてしたものであつて、所論は結局理由あるに帰し、原判決はこの点において破棄を免れない。よつて、本件を原審に差し戻すべく、民訴四〇七条に従い、裁判官下飯坂潤夫、同奥野健一、同山田作之助の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

+補足意見
裁判官奥野健一、同下飯坂潤夫、同山田作之助の補足意見は次のとおりである。
一、 債権者の保全債権が特定物引渡請求権である場合に、債務者がその目的物を処分しても債務者に他に財産があつて、右特定物引渡債権の履行不能による損害賠償債務を弁済する十分な資力があるならばその処分行為は詐害行為とはならず、また、特定物引渡債権の目的物が処分されない限り債務者が如何にその資力を減少せしめる行為をしたとしても当該債権者にとつて詐害行為とはならない。してみれば、目的たる特定物を処分することによつて無資力となり履行不能による損害賠償債権の履行ができなくなつた場合に限り、詐害行為となるのであるから結局損害賠償債権という金銭債権が害されて、始めて取消権を行使することができるのである。すなわち、特定物引渡請求権については債務者の目的物処分行為により損害賠償債権たる金銭債権に変じ、同時に、債務者が無資力となることにより右金銭債権が侵害されたことによつて詐害行為が成立するものと解すべきである。かく解することが取消権行使の効果を総債権者の利益のために生ぜしめんとする取消権制度の趣旨に適合するものと考える。
なお、保全債権が債務者の行為以前に存在することを要することは固よりであるが、目的物の処分行為により債権者の債権が損害賠償債権に変ずると同時に詐害行為が成立するものとしても、右損害賠償債権は特定物引渡債権の変形であり、同一性を害しないのであるから保全債権が詐害行為以前に存在するというに毫も妨げはない

二、 多数意見は「債務者が目的物をその価格以下の債務の代物弁済として提供し、その結果債権者の共同担保に不足を生ぜしめた場合は、もとより詐害行為を構成するものというべきであるが……右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものと解すべきである。……その目的物が本件の如く一棟の家屋の代物弁済であつて不可分のものと認められる場合にあつては債権者は一部取消の限度において、その価格の賠償を請求するの外はないといわなければならない。」と判示する。若し多数意見が、一般に一棟の建物を価格以下の債権の代物弁済として提供した場合は、その債権額を超過する部分が詐害行為となり、その部分のみの一部取消をなすべく、ただ目的物が一棟の建物というが如き不可分のものである場合には、常にそれに相当する価格の賠償を求めるの外はないという趣旨であるならば疑問なきを得ない
けだし、債権者取消権の制度は、詐害行為により逸脱した財産を取り戻し債務者の一般財産を原状に回復せしめんとするにあるのであつて、逸脱した財産自体の返還を請求し得る場合には、原則としてこれを請求すべく、特別の事由なき限り、その財産の評価額の返還を請求しえない(昭和九年一一月三〇日大審院判決、民集一三巻二一九一頁参照)のであり、仮令債務者の行為の一部が詐害行為となる場合でも、目的物が分割し得ない場合は、その対価の全部において債権者を害すると一部において害するとを問わず、その行為の全部を取消すべきである(大正六年六月七日大審院判決、民録二三輯九三二頁、大正七年五月一八日同判決、民録二四輯九九三頁、大正五年一二月六日同判決、民録二二輯二三七〇頁、大正九年一二月二四日同判決、民録二六輯二〇二四頁、昭和三〇年一〇月一一日最高裁判所第三小法廷判決、民集九巻一一号一六二六頁各参照)と解するのが相当であるからである。このことは民法四二四条が受益者のみならず、転得者に対しても取消による原状回復の訴求を認めていることからも窺えるのみならず、詐害行為取消権の制度と同趣旨の制度である破産法上の否認権行使の場合においても、破産財団の原状回復主義をとり、破産者の受けた反対給付又はこれに代わる利益を相手方に返還せしめ或は相手方の債権を復活せしめる(破産法七七条ないし七九条)ものとし、評価額により差額を精算する制度を採つていないことからも、肯定することができるのである。
しかし、本件においては、目的物たる不動産は受益者に対する抵当権附債権に代物弁済され、抵当権の登記は既に抹消されているのであるから、転得者のみを被告とする本訴においては原告の保全債権に優先する右抵当権附債権及び抵当権登記を復活せしめて、債務者の財産を原状に回復せしめることは不可能であり、また、無担保となつた本件不動産をそのまま債務者の一般財産に復帰せしめることは不当に債務者及び債権者を利する結果となり、決して原状回復とはなり得ない関係にある。従つて、本件の如き特別の場合においては逸脱した財産自体の返還に代えてその評価額により詐害行為となつた部分に相当する金額の賠償を認めることは止むを得ないところであつて、この趣旨において多数意見と結論において同様である。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 島保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助)

+判例(S53.10.5)
理由
上告代理人立野造、同長沢正範の上告理由第二、一、(一)について
特定物引渡請求権(以下、特定物債権と略称する。)は、窮極において損害賠償債権に変じうるのであるから、債務者の一般財産により担保されなければならないことは、金銭債権と同様であり、その目的物を債務者が処分することにより無資力となつた場合には、該特定物債権者は右処分行為を詐害行為として取り消すことができるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決・民集一五巻七号一八七五頁)。しかし、民法四二四条の債権者取消権は、窮極的には債務者の一般財産による価値的満足を受けるため、総債権者の共同担保の保全を目的とするものであるから、このような制度の趣旨に照らし、特定物債権者は目的物自体を自己の債権の弁済に充てることはできないものというべく、原判決が「特定物の引渡請求権に基づいて直接自己に所有権移転登記を求めることは許されない」とした部分は結局正当に帰する。
論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
同第二、一、(二)について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二、二について
原判決は、鑑定人Aの鑑定の結果によれば昭和四八年三月一日当時における本件物件の価格は、上告人の賃借権の存在を考えると二九六万円であることが認められる、と判断した。しかしながら、右鑑定の結果を検討すると、右金額は、本件物件の価格から本件貸室部分の賃借権価格を控除した額ではなく、本件貸室部分の土地建物の価格から賃借権価格を控除した額であつて、本件貸室部分を除いた部分の土地建物価格が含まれていないのであるから、原判決が右金額をもつて直ちに本件物件の死因贈与契約の履行不能による填補賠償額とし、上告人の損害賠償請求のうち二九六万円及びこれに対する昭和五一年三月二〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払請求を超える部分を棄却したのは、理由不備の違法があるというべきであり、論旨は理由がある。
それゆえ、原判決中、右請求棄却部分は破棄を免れず、右破棄部分につきさらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、その余の部分に関する上告は理由がないから、これを棄却することとする。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨 裁判官 戸田弘 裁判官岸上康夫は退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 藤崎萬里)

・無資力について(不動産賃貸借の場合)
+判例(S29.9.24)

・復帰的物権変動論
=第三者を保護するための理論

3.小問2(2)について

・背信的悪意者論
+判例(H8.10.29)
理由
上告代理人黒田耕一の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 本件土地の分筆及び市道としての整備
(一) 原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)は、もとAが所有していた松山市a番町b丁目(表示変更前の同市c町)d番、e番合併一の土地(以下これを「合併一の土地」と表示することとし、「合併六、七の土地」もこれに準ずる)の一部であったところ、被上告人は、昭和三〇年三月、旧国鉄松山駅前整備事業の一環として、貨物の搬出、搬入用の道路を造るため、右Aから本件土地を代金三四万一二八〇円で買い受け、同年四月三〇日その代金を完済した。
(二) 被上告人とAは、被上告人が買い受ける本件土地を合併一の土地から分筆して合併六の土地とすることにしていたが、分筆登記の手続に手違いが生じ、昭和三〇年五月一三日、実際に合併一の土地から分筆された土地は合併七の土地として表示された。その結果、登記簿や土地台帳の上では合併七の土地というものができ、しかも、合併六の土地はその後も公簿上作られなかったため、合併六の土地として登記される予定であった本件土地については、被上告人所有名義の登記が経由されないままとなっていた。
(三) 被上告人は、農地であった本件土地を公衆用道路に造成するため、昭和三〇年度の失業対策事業で盛土をして整備したが、昭和四四年六月二一日から同年七月一〇日までの間に本件土地の北側と南側に側溝を、ほぼ中央部に市章入りマンホールを二箇所設置するとともに、敷地全体をアスファルトで舗装して現況に近い形態の道路として整備した。また、被上告人は、昭和五四年一一月には、本件土地内に市道金属標を設置することにより本件土地が被上告人の管理に係る道路であることを明確にした。
また、被上告人は、昭和四三年三月に、地元民の道路境界査定申請に基づき本件士地とその南に接する合併八の土地との境界を査定したが、その査定調書には本件土地は「市道新玉二八六の一号線」と記載されており、被上告人が昭和五四年に作成した松山市備付道路台帳にも本件土地は「市道新玉二八六の一号線」として掲載された。右道路台帳には、右路線が幅員一四・四メートル、長さ三〇・四メートルである旨の記載がある。
このようにして本件土地は、遅くとも昭和四四年七月までに、被上告人所有の道路(市道)として一般市民の通行の用に供され、付近住民からも市道として認識されてきたが、道路法所定の区域の決定及び供用の開始決定などがされたことを明確に示す資料は残っていない。
(四) 被上告人は、昭和五八年一月二五日、愛媛県からの指示により、道路法一八条に基づき、本件土地及びこれに接続して西方に延びる幅員一・九メートル、長さ一八メートルの部分を合わせて「市道新玉二八六―一号線」として、区域決定及び供用開始決定をするとともにその旨の公示をした。その後昭和六二年三月に告示された市道編制により、市道新玉二八六の一号線は「新玉四七号線」と路線の名称が変更された。

2 愛媛産興株式会社による本件土地の取得の経緯
(一) A家に出入りし同家の財産管理に関与していたDは、昭和五七年の夏、A夫妻から、本件土地を一例として、登記簿上Aの所有となっているため固定資産税が課されているが所在の分からない土地があるので、これを処分して五〇〇万円を得たい旨の相談を受けた。このため、Dは、知人のEにこの話を伝え、協力を求めた。Dは、自分の調べた限りでは本件土地は旧国鉄松山駅前付近にあると思ったが、必ずしも明らかでなかったので、その旨をEに説明した。
(二) Eは、愛媛産興株式会社、有限会社清和不動産及び愛媛ビジネスセンター有限会社のオーナーとしてこれらの会社を実質的に経営する者であるが、Dからの話を聞き、土地登記簿謄本、野取図等に基づいて本件土地の所在場所を確認し、現地を見た上で本件土地を購入することにし、昭和五七年一〇月二五日、愛媛産興を代理して、Aを代理するDとの間で、代金を五〇〇万円とする売買契約を締結し、同月二七日、愛媛産興名義で所有権移転登記を経由した。なお、その際、売買契約を締結しても確実に所有権を移転できる確信がもてなかったDは、Eから万一本件土地が実在しない場合にもAに代金の返還を請求しない旨の念書をとった。昭和五七年当時、道路でないとした場合の本件土地の価格はおよそ六〇〇〇万円であった(なお、記録によれば、後述の愛媛ビジネスセンターと上告人の売買契約では代金は一億五〇〇〇万円とされている)。
(三) 愛媛産興は、昭和五八年一月、本件土地に関し市道の廃止を求めるため付近住民から同意書を徴するなどしたが、本件土地については、同年二月二五日付けで清和不動産に、次いで昭和五九年七月一〇日付けで愛媛ビジネスセンターに、それぞれ所有権移転登記が経由された。 
3 上告人は、昭和六〇年八月一四日、愛媛ビジネスセンターから本件土地を買い受けてその旨の所有権移転登記を経由し、同月二八日、本件土地が市道ではない旨を主張して、本件土地上にプレハブ建物二棟及びバリケードを設置した。

二 被上告人は、本件土地について所有権及び道路管理権を有すると主張して、上告人に対し、所有権に基づき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を、道路管理権に基づき本件土地が松山市道新玉四七号線(旧同二八六―一号線)の敷地であることの確認を、所有権又は道路管理権に基づき本件土地上に設置されたプレハブ建物及びバリケード等の撤去を求め、これに対し上告人は、本件土地が上告人の所有であることを前提として被上告人に対し、被上告人が、本件土地上のプレハブ建物及びバリケード等を撤去して本件土地を執行官に保管させた上、市道としての使用に供することができる旨の仮処分決定を得てその執行をしたことは、上告人に対する不法行為に当たると主張して、損害賠償を求めている。

三 被上告人の所有権移転登記手続請求について
1 原審は、(一)昭和五七年一〇月に本件土地を取得した愛媛産興は、本件土地の二重譲受人になるが、愛媛産興を代理したEは、本件土地が既に被上告人に売り渡され、事実上市道となり、長年一般市民の通行の用に供されていたことを知りながら、被上告人に所有権移転登記が経由されていないことを奇貨としてこれを買い受け、道路を廃止して自己の利益を計ろうとしたものであるから、愛媛産興は背信的悪意者ということができ、被上告人は、登記なくして本件土地の取得を愛媛産興に対抗し得る、(二)清和不動産及び愛媛ビジネスセンターはいずれもEが実質上の経営者であり、上告人は、愛媛ビジネスセンターから本件土地を買い受けたが、愛媛産興が背信的悪意者であって所有権取得をもって被上告人に対抗できない以上、清和不動産及び愛媛ビジネスセンターを経て買い受けた上告人も本件土地の所有権に関し被上告人に対抗し得ない、と判断して、所有権に基づく真正な登記名義の回復を原因とする被上告人の所有権移転登記手続請求を認容すべきものとした。
 しかし、原審の右(一)の判断は正当であるが、(二)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
原審の確定した前記事実関係によれば、本件土地は、遅くとも昭和四四年七月までに、土地の北側と南側に側溝が入れられ、ほぼ中央部に市章入りマンホールが二箇所設置されるとともに、全体がアスファルトで舗装された道路として整備され、一般市民の通行に供されてきており、近隣の住民からも市道として認識されてきたところ、愛媛産興の代理人Eは、現地を確認した上、昭和五七年当時、道路でなければおよそ六〇〇〇万円の価格であった本件土地を、万一土地が実在しない場合にも代金の返還は請求しない旨の念書まで差し入れて、五〇〇万円で購入したというのであるから、愛媛産興は、本件土地が市道敷地として一般市民の通行の用に供されていることを知りながら、被上告人が本件土地の所有権移転登記を経由していないことを奇貨として、不当な利得を得る目的で本件土地を取得しようとしたものということができ、被上告人の登記の欠缺を主張することができないいわゆる背信的悪意者に当たるものというべきである。したがって、被上告人は、愛媛産興に対する関係では、本件土地につき登記がなくても所有権取得を対抗できる関係にあったといえる。この点に関する論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
3 ところで、所有者甲から乙が不動産を買い受け、その登記が未了の間に、丙が当該不動産を甲から二重に買い受け、更に丙から転得者丁が買い受けて登記を完了した場合に、たとい丙が背信的悪意者に当たるとしても、丁は、乙に対する関係で丁自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもって乙に対抗することができるものと解するのが相当である。けだし、(一)丙が背信的悪意者であるがゆえに登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとされる場合であっても、乙は、丙が登記を経由した権利を乙に対抗することができないことの反面として、登記なくして所有権取得を丙に対抗することができるというにとどまり、甲丙間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、丁は無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならないのであって、また、(二)背信的悪意者が正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法一七七条の「第三者」から排除される所以は、第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって、登記を経由した者がこの法理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである。
4 これを本件についてみると、上告人は背信的悪意者である愛媛産興から、実質的にはこれと同視される清和不動産及び愛媛ビジネスセンターを経て、本件土地を取得したものであるというのであるから、上告人は背信的悪意者からの転得者であり、したがって、愛媛産興が背信的悪意者であるにせよ、本件において上告人目身が背信的悪意者に当たるか否かを改めて判断することなしには、本件土地の所有権取得をもって被上告人に対抗し得ないものとすることはできないというべきである。以上と異なる原審の判断には、民法一七七条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中本件土地の所有権移転登記手続請求に関する部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるために右部分を原審に差し戻すのが相当である。

四 被上告人のその余の請求及び上告人の請求について
1 原審は、被上告人は、本件土地につき道路法一八条に基づく区域決定及び供用開始決定をしその旨の公示をしたのであるから、本件土地につき道路管理権を有する、との理由で、被上告人の道路管理権に基づく道路敷地確認請求及びプレハブ建物等の撤去請求はいずれも認容すべきものと判断した。所論は、愛媛産興が背信的悪意者であるとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、被上告人が愛媛産興所有の本件土地につき供用開始の決定及び公示をしても、その決定及び公示は無効であるというものである。
2 しかしながら、愛媛産興が背信的悪意者であるため、被上告人は愛媛産興に対する関係では、本件土地につき登記がなくても所有権取得を対抗できる関係にあったことは、前述のとおりであるから、既に一般市民の通行の用に供されてきた本件土地につき、被上告人が昭和五八年一月二五日にした道路法一八条に基づく区域決定、供用開始決定及びこれらの公示は、本件土地につき権原を取得しないでしたものということはできず、右の供用開始決定等を無効ということはできない。したがって、本件土地は市道として適法に供用の開始がされたものということができ、仮にその後上告人が本件土地を取得し、被上告人が登記を欠くため上告人に所有権取得を対抗できなくなったとしても、上告人は道路敷地として道路法所定の制限が加えられたものを取得したにすぎないものというべきであるから(最高裁昭和四一年(オ)第二一一号同四四年一二月四日第一小法廷判決・民集二三巻一二号二四〇七頁参照)、被上告人は、道路管理費としての本件土地の管理権に基づき本件土地が市道の敷地であることの確認を求めるとともに、本件土地上に上告人が設置したプレハブ建物及びバリケード等の撤去を求めることができるものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。また、以上によれば、道路管理権を有する被上告人が仮処分の決定を得てプレハブ建物等を撤去し、本件土地を市道として通行の用に供していることは、上告人が本件土地の所有権を取得しているか否かにかかわらず、不法行為を構成しないことが明らかであるから、上告人の損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。原判決に所論の違法は認められず、論旨は採用することができない。
よって、原判決中所有権移転登記手続請求に関する部分を破棄して右部分を原審に差し戻すこととするが、その余の上告は棄却することとし、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

++解説
《解  説》
一 事案の概要
1 X(松山市)は、昭和三〇年三月、旧国鉄松山駅前整備事業の一環として、貨物の搬出、搬入用の道路を造るため、Aから本件土地を買い受け、同年度の失業対策事業で盛土をし、昭和四二年には、敷地全体をアスファルトで舗装し、現況に近い形態の道路として整備し、遅くとも昭和四四年七月までに、X所有の道路として一般市民の通行の用に供し、付近住民からも市道として認識されてきたが、登記は未了のままであった。他方、B社、C社、D社のオーナーであるEは、Aが登記簿上はAの所有になっているが所在の分からない土地を処分しようとしているのを知り、現地等を調査して本件土地の所在場所を確認した上、これをB社で買うことにし、昭和五七年一〇月二五日、本件土地をAから買い受け、B社の名義で登記をした。その後、本件土地は、C社、D社に所有権移転登記が経由された後、昭和六〇年八月一四日、Y社がこれを買い受けて所有権移転登記を経由し、Y社は、本件土地が道路ではないと主張して、本件土地上にプレハブ建物二棟及びバリケードを設置した。このため、Xは、仮処分命令を得て、右プレハブ建物等を撤去した上、Yに対して、所有権、道路管理権に基づいて工作物の撤去、道路敷地であることの確認、真正名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める訴訟を提起し、これに対してYもXの右仮処分の執行は土地の所有者であるYに対する不法行為であるとしてXに対して損害賠償を求める訴訟を提起した。
2 一審判決は、本件土地は、昭和四四年ころには道路法所定の手続を経て適法に供用が開始されていたから、Xは、B社はもとよりY社に対しても道路管理権をもって対抗できるとして、Xのプレハブ建物等の撤去、道路敷地の確認請求を認容し、YのXに対する損害賠償請求を棄却したが、Y社が背信的悪意者とは認められないとしてXの所有権に基づく所有権移転登記手続請求は棄却した。これに対して、二審判決は、Aから本件土地を取得したB社は背信的悪意者であると認定判断し、そうである以上、C社、D社を経て買い受けたY社も土地所有権取得をもってXに対抗できないとして、Xの所有権移転登記手続請求も認容すべきものとした(その余のXの請求も認容、Yの請求は棄却)。
Yが上告。上告理由は全般にわたるが、主な論旨は、仮にB社が背信的悪意者だとしても転得者の善意悪意を判断しないで、所有権取得をもって対抗できないとした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるというものである。

3 本判決は、所有者甲から乙が不動産を買い受け、その登記が未了の間に、丙が当該不動産を甲から二重に買い受け、更に丙から転得者丁が買い受けて登記を完了した場合に、たとい丙が背信的悪意者に当たるとしても、丁は、乙に対する関係で丁自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもって乙に対抗することができる旨判示し、本件では、背信的悪意者であるB社からの転得者であるY自身が背信的悪意者に当たるか否かを判断しないで、直ちにYはXに対抗できないとした原判決には民法一七七条の解釈適用を誤った違法があるとして、Xの所有権移転登記手続請求部分を破棄し、原審に差し戻した。
二1 道路法所定の手続を経て適法に供用が開始されると、当該土地には道路法所定の制限が加えられ、その後に道路管理者が対抗要件を欠くため右道路敷地の使用権原をもって第三者に対抗し得なくなっても、道路の廃止がされない限り、敷地所有権に加えられた制限は消滅しない(最一小判昭44・12・4民集二三巻一二号二四〇七頁、本誌二四三号一九〇頁)。したがって、第三者が現われる前に適法に道路として供用が開始されていれば、当該第三者も道路としての制限を受けた土地を取得するにすぎず、所有権を主張して当該土地を占拠するがごとき行為は許されないことになる。
しかしながら、所有権自体の優劣は対抗要件取得の先後によるから、背信的悪意者のような民法一七七条の「第三者」から排除される者以外の第三者に対しては、道路管理者といえども、対抗要件を具備しない限り、所有権に基づく請求はできないことになる。本件では、市道として供用が開始された土地について第三者が現われ、その者が背信的悪意者か否かが争われたのである。

2 背信的悪意者排除説については論稿が数多くあり、ここで詳しく紹介することは省略するが、これは、民法一七七条の「第三者」について、通説的見解である善意悪意不問説を修正する理論として登場し、一般的には悪意者は第三者から排除されないが、背信的といえる悪意者は例外的に第三者から排除するという見解であり、今や通説及び確立した判例理論となっている(最三小判昭40・12・21民集一九巻九号二二二一頁、本誌一八八号一〇六頁、最二小判昭43・8・2民集二二巻八号一五七一頁、本誌二二六号七五頁など多数)。
この背信的悪意者排除説は、理論的基礎として、権利濫用、信義則違反、公序良俗違反などを含むものであるが、あくまで登記の対抗力の問題として紛争を解決しようとする理論である。すなわち、甲から乙への第一の売買の後、その登記未了の間に、甲から丙への第二の売買がされ、丙が背信的悪意者だとしても、第二の売買自体が無効というわけではなく、丙が乙との関係で、乙の登記欠缺を主張できないとするにとどまる。したがって、甲から丙への売買が無効でない以上、丙からの転得者が保護されるか否かが問題となる。

3 丙が背信的悪意者であって乙に対抗できない以上、丙からの転得者はその権利を取得する法理上の論拠はないとする少数説(金山正信・判評一二三号三二頁、本城武雄・民商六一巻三号一〇八頁)もないではないが、その理論構成や論拠は異なるものの、善意の転得者を保護しようとするのがほぼ学説の一致した結論といってよい。この転得者を保護しようとする学説は、(一) 民法四二四条の詐害行為取消権の場合と同様に考え、乙は背信的悪意者丙に対する関係においてだけ相対的に登記なくして物権変動を対抗することができ、丁が善意又は単純悪意者である限り、たとえその前主が背信的悪意者であってもこれに対抗し得ないとする見解(舟橋諄一・物権法一八五頁、深谷松男「背信的悪意者と対抗力」不動産登記講座Ⅰ二〇一頁など)、(二) 背信的悪意者丙も完全な無権利者ではなく、その物権取得も一応有効であるが、ただ乙に対する関係では信義則違反があるため、登記の欠缺を主張することが許されないというだけのいわば相対的無効であるにすぎないから、丙からの転得者丁は、丙から物権を取得することができ、丁自身が乙に対する関係で背信的悪意者と評価されない限り、乙の登記欠缺を主張することができるとする見解(川井健「不動産の二重売買における公序良俗と信義則」本誌一二七号二一頁、杉之原舜一・不動産登記法九八頁、広中俊雄「対抗要件と悪意の第三者」民法の基礎知識五八頁、北川弘治「背信的悪意者」演習民法(総則物権)三九一頁など)、(三) 背信的悪意者丙も物権法上は対抗要件を具備する限り完全な所有権を取得し、乙はその反射的効果として無権利者となるが、丙は乙から信義則違反を理由に所有権移転、登記移転を請求されたときにはこれに応ずる義務・債務を負い、乙は丙に対して相対的・人的な債権的請求権を有するにすぎないから、転得者丁は完全な物権を取得するとする見解(好美清光「不動産の二重処分における信義則違反等の効果」手研六巻六号一一頁)、(四) 対抗問題について否認権説の立場に立って、背信的悪意者丙は乙に登記がないことを理由に乙への物権変動を否認できないが、丁は、甲乙間の物権変動を否認することができ、これによっていったん乙に移転した権利は甲に戻り、丙を経由して丁に移転し、その登記によって丁は完全な権利者となるとする見解(柚木馨=高木多喜男・判例物権法(補訂版)二四九頁)、(五) 対抗問題について公信力説の立場に立ち、甲から乙への売買があった以上、甲は無権利者であるから第二の譲受人である丙は本来権利を取得することはできないはずであるが、丙が登記を取得すればその公信力によって権利を取得することができるところ、丙が悪意なら公信力によって丙は保護されない反面、善意の転得者丁は、丙が悪意であっても登記の公信力によって物権を取得できるとする見解(篠塚昭次「不動産登記と公信力」民研二〇〇号六頁、半田正夫「一七七条における背信的悪意者」別冊ジュリ法教(第二期)三九頁)などに分かれている。右のうち、(二)の見解が現在の通説的見解と思われる。

4 二重譲受人からの転得者の問題は、背信的悪意者排除説が登場した当初の段階から様々に論じられてきたが、実際の裁判例で転得者の問題が論じられた例は意外に少なく、大阪高判昭49・7・10本誌三一六号一九九頁、判時七六六号六六頁、広島高松江支判昭49・12・18本誌三二七号二一〇頁、判時七八八号五八頁、東京高判昭57・8・31判時一〇五五号四七頁などがある程度である。しかも、いずれの事例も転得者自身が背信的悪意者と認定されており、善意の転得者であるがゆえに保護されたという裁判例は見当たらない。
5 甲から背信的な悪意者である丙の譲受けを無効としないで、対抗問題として解決しようとする背信的悪意者排除説は、もともと背信的悪意者からの善意の転得者が生じた場合にはこれを保護する必要があるという前提があったといってよい。そうでなければ、背信的な悪意者による第二の売買を公序良俗違反で無効とする解決方法でもよかったであろう(最一小判昭36・4・27民集一五巻四号九〇一頁はこの方法を採った。)。しかしこれでは、一度背信的悪意者が現われるとそれ以降の転得者の権利取得はすべて無効になってしまい、取引の安全を害すること著しい。権利を取得しながら登記を放置している第一譲受人と善意の第三者との保護を比較した場合、取引の安全を優先させるのはやむを得ないところといえよう。そうであれば、対抗問題として解決しようとする背信的悪意者排除説を採りながら、転得者の善意悪意を問題にすることなく、B社が背信的悪意者であるとの理由のみでY社も所有権取得をもってXに対抗できないとした原審の考えは採り得ないことになる。
三 本判決は、背信的悪意者Bからの転得者Y自身が第一譲受人であるXに対する関係で背信的悪意者といえるかどうかが問題とされなければならないとしたもので、最高裁として初めての判断であるが、この結論は、学説上も異論のないところと思われる。


民法 基本事例で考える民法演習 表見代理と詐欺~静的安全と動的安全


1.小問1(1)について
・+(無権代理)
第百十三条  代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない。
2  追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。

+(代理権授与の表示による表見代理)
第百九条  第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

+判例(S39.5.23)
理由
上告代理人笠島永之助の上告理由について。
原判決引用の第一審判決は、被上告人は昭和三三年四月一七日訴外Aから一二万円を借り受けるに当り、右債務の担保として本件土地、建物に抵当権を設定することとし、その登記手続のため右土地、建物の権利証および被上告人名義の白紙委任状、印鑑証明書をAに交付したが、Aは自己のための抵当権設定登記手続をすることなく、訴外Bを介して金融を得る目的でこれらの書類をCに交付したところ、Cはこれらの書類を用い、被上告人の代理人であると偽り、上告人と債権極度額一〇〇万円とする本件根抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結したこと、AやCがこのようにこれらの書類を使用することについては上告人が承諾を与えたことがないとの事実を確定したものである。
論旨は、以上の場合において、被上告人は民法一〇九条にいわゆる「第三者ニ対シテ他人ニ代理権ヲ与ヘタル旨ヲ表示シタル者」に当るという。しかしながら不動産所者者がその所有不動産の所有権移転、抵当権設定等の登記手続に必要な権利証、白紙委任状、印鑑証明書を特定人に交付した場合においても、右の者が右書類を利用し、自ら不動産所有者の代理人として任意の第三者とその不動産処分に関する契約を締結したときと異り、本件の場合のように、右登記書類の交付を受けた者がさらにこれを第三者に交付し、その第三者において右登記書類を利用し、不動産所有者の代理人として他の第三者と不動産処分に関する契約を締結したときに、必ずしも民法一〇九条の所論要件事実が具備するとはいえない。けだし、不動産登記手続に要する前記の書類は、これを交付した者よりさらに第三者に交付され、転輾流通することを常態とするものではないから、不動産所有者は、前記の書類を直接交付を受けた者において濫用した場合や、とくに前記の書類を何人において行使しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといつて当然にその者よりさらに交付を受けた第三者がこれを濫用した場合にまで民法一〇九条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではないからである。本件において原判決が前掲の事実を確定しCの判示行為につき民法一〇九条を適用することができないとしたのは相当であり、原判決に所論の法律解釈を誤つた違法はない。所論引用の判例は本件に適切でない。論旨は採用できない。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

・+(代理権消滅後の表見代理)
第百十二条  代理権の消滅は、善意の第三者に対抗することができない。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。

・(権限外の行為の表見代理)
第百十条  前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

・+(代理行為の要件及び効果)
第九十九条  代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
2  前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。

・代理権=私法上の代理権
登記申請権は公法上の行為であるが・・・。

+判例(S46.6.3)
理由
上告代理人早川登、同桑原太枝子の上告理由について。
被上告人が訴外Aの上告人に対する債務につき連帯保証をすることを承諾した事実は認められないとした原審の認定判断は、挙示の証拠に照らして肯認することができ、右認定判断に所論の違法は認められない。この点に関する論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難するか、または、原審で主張判断を経なかつた事項を理由として原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。
ところで、原判決は、右Aが権限なく被上告人を代理して締結した連帯保証契約につき、表見代理の規定により、被上告人が責を負うべきである旨の上告人の主張に対して、被上告人はAに対し土地の所有権移転登記手続という公法上の行為をなすことを委任したものであつて、同人に対し私法上の代理権を授与したことないしは本件連帯保証につき代理権授与の表示をしたことは認められないと判示して、右主張を排斥しているところ、論旨は、民法一一〇条の規定の適用の要件たる基本代理権の存在を主張して、この点の判断の違法を主張する。
思うに、原審の確定するところによれば、被上告人は、さきに自己所有の土地一筆をAに贈与しており、Aの求めに応じて、右土地につき同人に対する所有権移転登記手続をするため、実印、印鑑証明書および右土地の登記済証を同人に交付したところ、同人は被上告人の承諾を得ることなく右実印等を使用して上告人との間に本件連帯保証契約を締結したというのであつて、被上告人がAに委任したという所有権移転登記手続は、被上告人にとつては、Aに対する贈与契約上の義務の履行のための行為にほかならないものと解せられる。すなわち、登記申請行為が公法上の行為であることは原判示のとおりであるが、その行為は右のように私法上の契約に基づいてなされるものであり、その登記申請に基づいて登記がなされるときは契約上の債務の履行という私法上の効果を生ずるものであるから、その行為は同時に私法上の作用を有するものと認められる。そして、単なる公法上の行為についての代理権は民法一一〇条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の私法上の作用を看過することはできないのであつて、実体上登記義務を負う者がその登記申請行為を他人に委任して実印等をこれに交付したような場合に、その受任者の権限の外観に対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。したがつて、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他人が右権限をこえて第三者との間に行為をした場合において、その登記申請行為が本件のように私法上の契約による義務の履行のためになされるものであるときは、その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法一一〇条を適用し、表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。
してみれば、被上告人が訴外Aに与えた権限が登記手続という公法上の行為をなすことであつたことのみを理由に、たやすく上告人の表見代理の主張を排斥した原判決は、民法一一〇条の解釈を誤つたものというべきであり、論旨は理由がある。
よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 岩田誠 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

2.小問1(2)について
・代理権の濫用
+判例(S42.4.20)
理由 
 上告代理人福田力之助、同佐藤正三の上告理由第一点について。 
 上告会社の支配人Aが、被上告会社の製菓原料店主任Bらの権限濫用の事実を知りながら、本件売買取引をなしたものである旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係から是認できないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の裁量に委ねられた証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。 
 同第二点について。 
 代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とするから(株式会社の代表取締役の行為につき同趣旨の最高裁判所昭和三五年(オ)第一三八八号、同三八年九月五日第一小法廷判決、民集一七巻八号九〇九頁参照)、原判決が確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告会社に本件売買取引による代金支払の義務がないとした原判示は、正当として是認すべきである。したがつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の法律的見解を前提とするか、もしくは、原審認定の事実と相容れない事実関係を主張して、原判示を非難するものであつて、採用することができない。
 同第三点について。 
 民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは被用者の職務の執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三五年(オ)第九〇七号、同三七年一一月八日第一小法廷判決、民集一六巻一一号二二五五頁、同昭和三九年(オ)第一一一三号、同四〇年一一月三〇日第三小法廷判決、民集一九巻八号二〇四九頁、なお大審院大正一五年一〇月一三日民刑連合部判決、民集五巻七八五頁参照)。したがつて、被用者がその権限を濫用して自己または他人の利益をはかつたような場合においても、その被用者の行為は業務の執行につきなされたものと認められ、使用者はこれにより第三者の蒙つた損害につき賠償の責を免れることをえないわけであるが、しかし、その行為の相手方たる第三者が当該行為が被用者の権限濫用に出るものであることを知つていた場合には、使用者は右の責任を負わないものと解しなければならない。けだし、いわゆる「事業ノ執行ニ付キ」という意味を上述のように解する趣旨は、取引行為に関するかぎり、行為の外形に対する第三者の信頼を保護しようとするところに存するのであつて、たとえ被用者の行為が、その外形から観察して、その者の職務の範囲内に属するものと見られるからといつて、それが被用者の権限濫用行為であることを知つていた第三者に対してまでも使用者の責任を認めることは、右の趣旨を逸脱するものというほかないからである。したがつて、このような場合には、当該被用者の行為は事業の執行につきなされた行為には当たらないものと解すべきである。 
 本件につき原審の確定した事実によれば、前述のように、被上告会社製菓原料店主任Bは、同人らの利益をはかる目的をもつて、その主任としての権限を濫用し、被上告会社製菓原料店名義を用いて上告会社と取引をしたものであるが、上告会社支配人Aは、Bが右のようにその職務の執行としてなすものでないことを知りながら、あえてこれに応じて本件売買契約を締結したというのである。そうすれば、被上告会社が右契約により上告会社の蒙つた損害につき民法七一五条により使用者としての責任を負わないものと解すべきことは、前段の説示に照らして明らかである。すなわち、本件売買取引による損害は、Bが被上告会社の事業の執行につき加えた損害に当たらないと解すべきであり、これと同趣旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。なお、所論のように右AがBの背任行為に加担したという事実は原審の認定しないところであるから、所論引用の判例は本件と事案を異にして適切でない。論旨は、独自の法律的見解に立脚するか、もしくは、原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採ることができない。 
 よつて民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
+意見
 裁判官大隅健一郎の意見は、つぎのとおりである。 
 上告理由第二点に関する多数意見の結論には異論はないが、その理由については賛成することができない。 
 被上告会社の製菓原料店主任Bは商法四三条にいわゆる番頭、手代に当たり、同条により、右製菓原料店における原料の仕入に関して一切の裁判外の行為をなす権限を有するものと認められる。そして、ある行為がその権限の範囲内に属するかどうかは、客観的にその行為の性質によつて定まるのであつて、行為者Bの内心の意図のごとき具体的事情によつて左右されるものではない。このことは、商法が番頭、手代の代理権の範囲を法定するのは、これと取引する第三者が、取引に当り、一々具体的事情を探求して、その行為が相手方の代理権の範囲内に属するかどうかを調査する必要をなくする趣旨に出ていることに徴して、窺うにかたくない。そうであるとすれば、本件売買契約は、前記Bが何人の利益をはかる目的をもつて締結したかを問わず、その権限内の行為であつて、これにより被上告会社が責任を負うのは当然といわなければならない。この場合に、相手方たる上告会社の支配人Aが右契約がBの権限濫用行為であることを知つていても、それがBの権限内の行為であることには変りはない。しかし、このような場合に、悪意の相手方がそのことを主張して契約上の権利を行使することは、法の保護の目的を逸脱した権利濫用ないし信義則違反の行為として許されないものと解すべきである。その意味において、多数意見の結論は支持さるべきものと考える。 
 多数意見は、この場合に心裡留保に関する民法九三条但書の規定を類推適用しているが、いうまでもなく、心裡留保は表示上の効果意思と内心的効果意思とが一致しない場合において認められる。しかるに、代理行為が成立するために必要な代理意思としては、直接本人について行為の効果を生じさせようとする意思が存在すれば足り、本人の利益のためにする意思の存することは必要でない。したがつて、代理人が自己または第三者の利益をはかることを心裡に留保したとしても、その代理行為が心裡留保になるとすることはできない。おそらく多数意見も、代理人の権限濫用行為が心裡留保になると解するのではなくして、相手方が代理人の権限濫用の意図を「知りまたは知ることをうべかりしときは、その代理行為は無効である、」という一般理論を民法九三条但書に仮託しようとするにとどまるのであろう。すでにして一般理論にその論拠を求めるのであるならば、前述のように、権利濫用の理論または信義則にこれを求めるのが適当ではないかと考える。しかも、この両者は必ずしもその結論において全く同一に帰するものでないことを注意しなければならない。すなわち、多数意見によれば、相手方が代理人の権限濫用の意図を知らなかつたが、これを知ることをうべかりし場合には、本人についてその効力を生じないことは明らかであるが、私のような見解によれば、むしろこの場合にも本人についてその効力を生ずるものと解せられる。そして、代理人の権限濫用が問題となるのは、実際上多くは法人の代表者や商業使用人についてであることを考えると、後の見解の方がいつそう取引の安全に資することとなつて適当ではないかと思う。 
 (裁判長裁判官 大隅健郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠) 
・+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない
+(債権の準占有者に対する弁済)
第四百七十八条  債権の準占有者に対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
+判例(S37.8.21)
理由 
 上告代理人中沢喜一の上吉理由第一点乃至第四点について。 
 債権者の代理人と称して債権を行使する者も民法四七八条にいわゆる債権の準占有者に該ると解すべきことは原判決説示のとおりごあつて、これと見解を異にする上告理由第四点の論旨は理由がない。 
 しかし、民法四七八条により債権の準占有者に対する弁済が有効とされるのは、弁済者が善意かつ無過失である場合に限ると解すべきところ、原判決によれば、東京特別調達局における連合軍調達物資の需品契約及び代金文払手続の概要は、―連合軍から物資調達の要求があると、調達局契約部契約第一課乃至第三課(本件物品のような品目の需品契約事務は第三課の所管であつた)において指名業者に入札させ、落札者と需品契約を締結して契約書を作成し、これにより業者が納品を完了すると、連合軍から調達局及び業者に対し納品受領書が送付され、業者は経理部第一課に代金支払請求書に納品受領書その化の関係書類を添えて提出し、回課では、右書類を審査した後、調達局備付の受理書及び同控の用紙(所要事項記入欄を空白にして両者を続けて印刷した一枚の用紙)に予め受理書発行担当官が受理書番号及び受付記号番号を記入し、課長または受理書発行担当官が契印したものを業者に提出し業者に所要事項を記入させた後、受理書発行担当官が調達局名義の支払期限の日附印を押し、経理部長名義の「書類受領専用」と表示された印で契印した上、課長及び受理書発行担当官が記名捺印して受理書及びその控を作成する。受理書は切り離されて業者に交付され、控は代金支払請求書その他の関係書類と共に経理第二課を経て経理部長の決済を受け、同部出納課に回付され、同課において支払の準備を整えると、支払を公示し、これより業者が出納課に受理書と代金領収書を提出すると、同課では、提出された受理書と保管しているその控とを照合し、かつ代金領収書中の印影と届出済みの業者の印鑑とを対照した後、受理書及び代金領収書と引き換えに日本銀行あての小切手を交付する―以上のような一連の手続を経てなされるものであつたこと、しかるに本件にあつては、三田元彦と称する者が出納課に提出した受理書は上告会社が特調から交付を受けた受理書とは別のものであつて(しかし、後者の受取人欄には「山田元彦」と記載されているのに対し、前者の受取人欄には最初「山」と記載され、これを抹消して「三田元彦」と記載されており、後者には特調経理部経理課長、総理府事務官A、発行担当官、総理府事務官B、Cの各記名捺印があるのに対し、前者には同A、同B、Dの記名捺印があるほかは、両者の記載内容が酷似している)、特調には、上告会社が交付を受けた受理書と符合する受理書控がすりかえられて、三田元彦と称する者が提出した受理書と符合する受理書控が保管されていたこと、右偽造の受理書及びその控はいずれも特調備付けの用紙が使用されており、また、これらには特調名義の支払期限の日附印が押され、受理書発行担当官としてD名義の記名捺印があり、更に右受理書とその控は特調経理部長名義の「書類受領専用」と表示された印及び平名義の印で契印がなされていて、右B及びD名義の捺印または契印はいずれも同人らの印を押したものであり右日附印及び「書類受領専用」と表示された契印は特調備付けの印を押したものであつて、B及びDはいずれも当時特調経理部第一課の受理書発行担当官であつたこと等の事実が確定されており、また、特調における前示受理書及びその控の用紙、特調の庁印、受理書発行担当官の印及び受理書控その他の関係書類の保管の状況(原判決理由第一の四において詳細に認定しているとおりである)は盗用のおそれがない程厳重なものではなく、当時業者の中には特調契約部契約第一課及び経理部経理第一課等の室内(執務場所)に無断で出入りする者が少なからずあり、それらの者の中には特調における事務の取扱に精通する者があつたこと等の事実も原審の確定しているところであつて、以上認定の諸事実を考慮するときは、本件受理書及びその控の偽造並びに偽造の受理書と真正の受理書とのすりかえが、仮に調達局内部の者によつてなされたものではなかつたとしても、部外者がこれに成功しえたのは、調達局内部、特に、前記支払手続の一環をなす関係部課における用紙、印鑑、書類等の保管等につき缺けるところがあり、その過失によるものであろうことは容易に推断しうるところであり、そして、本件のように、弁済手続に数人の者が段階的に関与して一連の手続をなしている場合にあつては、右の手続に干与する各人の過失は、いずれも弁済者側の過失として評価され、右の一連の手続のいずれかの部分の事務担当者に過失があるとされる場合は、たとえその末端の事務担当者に過失がないとしても、弁済者はその無過失を主張しえないものと解するのが相当であつて、従つて、特調は、他に特段の事情がない限り、本件弁済につきその無過失を主張することは許されず、本件弁済を有効となしえない筋合である。しかるに、原判決は、右特段の事情の有無につき何ら触れることなく、末端の事務担当者である経理部出納課の係官が善意無過失であつたことを認定判示したのみで、直ちに本件弁済を有効と断じているのごあつて、この点において原判決には審理不尽、理由不備の違法があるものというほかはなく、上告理由第一点乃至第三点の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。 
 よつて、爾余の論点に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊) 
3.小問1(2)について
・+(虚偽表示)
第九十四条  相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2  前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
・94条2項の「第三者」については転得者も「第三者」に当たる
+判例(S45.7.24)
理由 
 上告代理人皆川泉の上告理由第一点について。 
 被上告人が原審において、原判決事実摘示記載のような主張をしていることは、記録に徴し明らかである。所論の訴外Dの善意に関する主張は、同人が上告人Bとの間の売買を民法五六二条によつて解除した旨の再抗弁の前提として、予備的に主張されたものにほかならず、右主張事実と観念上相容れないからといつて、他の主張がなされなかつたことになるものといわなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、被上告人の主張およびこれを摘示した原判決の趣旨を正解しないものであつて、採用することができない。 
 同第二点ないし第四点について。 
 原審の認定によれば、「本件不動産中二一筆については、訴外EからDに対し、昭和二五年五月五日付の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産はもともと被上告人の所有に属し、登記簿上の所有名義のみを一時前記Eに移していたもので、被上告人がEからその所有名義の回復を受けるにあたり、自己の二男Dの名義を使用して前記移転登記を経由したものであり、また、その余の二筆については、訴外Fから右Dに対し、同年六月一二日の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不動産は、被上告人がFから買い受けて所有権を取得したものでありながら、同じくDの名義を使用して右移転登記を経由したものであつて、いずれについても、被上告人からDに所有権をただちに移転する合意はなく、同人は登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎないものであるところ、昭和三二年一〇月一二日に至り、右Dは、本件各不動産を目的として、上告人Bの代理人たる訴外Gとの間で売買契約を締結して、同上告人に対する所有権移転登記を経由し、現に同上告人が自己の所有不動産であると主張しているけれども、右買受当時、同上告人の代理人たる前記Gは、本件各不動産がDの所有に属しないことを知つていた、というのであつて、原審の右認定は、挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。 
 ところで、不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することができないと解すべきことは、当裁判所の屡次の判例によつて判示されて来たところである(昭和二六年(オ)第一〇七号同二九年八月二〇日第二小法廷判決、民集八巻八号一五○五頁、昭和三四年(オ)第七二六号同三七年九月一四日第二小法廷判決、民集一六巻九号一九三五頁、昭和三八年(オ)第一五七号同四一年三月一八日第二小法廷判決、民集二〇巻三号四五一頁参照)が、右登記について登記名義人の承諾のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものである以上、右九四条二項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが相当である。けだし、登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づいて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべき理由はないからである。 
 したがつて、前記のような事実関係を前提として、本件不動産の所有権の帰属は、上告人BがDとの間の売買契約締結当時、右不動産がDの所有に属しないことを知つていたか否かにかかるとした上で、同上告人の代理人として右契約の締結にあたつたGが悪意であつたと認められるため、同上告人をもつて善意の第三者ということはできないとして、右不動産が自己の所有に属するとする被上告人の主張を是認した限度においては、原審の判断の過程およびその結論は、正当ということができる。 
 本件不動産がDの所有名義に登記されたのちにそのことが被上告人からDに通知された事実を認定してこれに対する法律的評価を示した原審の判断の違法をいい、また、右登記の経由に同人が全く介入していないから通謀虚偽表示として把握されるべき表示行為が実在しないとして、原判決に擬律錯誤、理由不備等の違法があるとする各論旨は、叙上の見地からは、いずれも、原審の結論の当否に影響のない議論というべきであり、まして、前記のように上告人Bが悪意であつたとする原審の認定判断を前提とすれば、右論旨が原判決を違法とすべき理由として採用しうるかぎりでないことは明らかである。もつとも、論旨には、第三者の善意・悪意にかかわらず、不実の登記を存置せしめた被上告人の所有権の主張は許されるべきでないとする趣旨に解される部分もあるが、到底左袒しえない独自の見解というほかはない。また、論旨は、悪意の対象たる事実が明確でないともいうが、ここにいう悪意が、原審の正当に判示しているとおり、本件不動産が登記名義人たるDの所有に属しないことを知つていたことを意味することは明らかであつて、右論旨も採用することができない。 
 同第五点について。 
 本件不動産中、第一審判決添付第一物件目録記載の一一筆は上告人Aに、また第二物件目録記載の一二筆は上告人Cに、それぞれ上告人Bから売り渡されたとして各所有権移転登記が経由されたが、被上告人が上告人Aおよび同Cを債務者として、各譲受不動産につき、それが被上告人の所有に属することを主張して、その処分および地上立木の伐採搬出等を禁止する仮処分の執行をした後において、右各売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消されたことは、原審において当事者間に争いのなかつたところであり、売買契約により一たん本件不動産の所有権を取得したとする上告人Aおよび同Cにおいても、現に本件不動産上に自己の権利が存することを主張するものではなく、右契約が合意解除されたことを自認し、右不動産は上告人Bの所有に属するものとして、被上告人の所有権を争つているものにほかならない。 
 してみれば、上告人Aおよび同Cは、原審口頭弁論終結時における法律関係として本件不動産所有権の帰属を確定するについては、上告人Bから独立した固有の利害関係を有しないものというべきであるから、原審が、右所有権を主張する被上告人の本訴請求を認容すべきものとするにあたつて、同上告人の悪意を認定するにとどまり、上告人Aおよび同Cの善意・悪意について判示しなかつたからといつて、右本訴請求に関するかぎり、両上告人に対する関係においても、原判決に所論の理由不備、擬律錯誤等の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 しかし、本件において、上告人Aは被上告人に対し、上告人Bと上告人Aとの間の売買契約の解除前に被上告人のした前記仮処分の執行が、同上告人の取得した所有権を侵害する不法行為を構成するとして、それによつて被つた損害の賠償を求める反訴請求をしているので、この請求の当否の前提として、右仮処分が同上告人に対する不法行為を構成するか否かを決するためには、右仮処分執行時を基準として、被上告人が同上告人に対し自己の所有権を主張しうる関係にあつたか杏かが判断されるければならない。 
 ところで、民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい(最高裁昭和四一年(オ)第一二三一号・第一二三二号同四二年六月二九日第一小法廷判決、裁判集民事八七号一三九七頁参照)、虚偽表示の相手方との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はなく、これを本件についていえば、上告人Aは、その主張するとおり上告人Bとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによつて上告人Aが所有権を取得しうるか否かは、一に、被上告人において、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上のDの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、同上告人に対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、同上告人は、右売買契約の解除前においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前々主たるDが本件不動産の所有権を有しない不実の登記名義人であることを知らなかつたものであるかぎり、同条項の類推適用による保護を受けえたものというべきであり、右時点での同上告人に対する関係における所有権帰属の判断は、上告人Bが悪意であつたことによつては左右されないものと解すべきである。 
 そうすると、上告人Aは、原審において、目的不動産に関する登記簿上の表示が真実の権利関係と異なることは知らないでこれを上告人Bから買い受けた旨主張しているのであるから、上告人Aの反訴請求の当否を判断するにあたつては、右主張事実の有無が認定判示されるべきであつたにもかかわらず、原審は、これをなすことなく、上告人Bの悪意を認定しただけで、ただちに、被上告人のした仮処分が被保全権利を欠くものということはできないと断じ、上告人Aの反訴請求は失当であるとの判断を下しているのであつて、原判決には、この点において、理由不備の違法があるものといわざるをえないことは、上述したところにより明らかである。それゆえ、論旨は、この限度において理由があり、原判決中、上告人Aの右反訴請求に関する部分は破棄を免れず、右請求の成否についてはなお審理の必要があるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。 
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九二条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一) 
・110条については、同条が代理人でない者を代理人であると信じた「第三者」の保護を目的としているから、「第三者」は代理行為の直接の相手方に限られ、転得者は含まれない!!!!
+判例(S36.12.12)
理由 
 上告代理人鍜治利一名義、同増岡正三郎の上告理由について。 
 論旨は要するに、上告人は、本件約束手形が正当の権限の下に振出されたものであると信ずべき正当の理由を有して居つたので、受取人よりその裏書譲渡を受けたものであるに拘らず、原審は、上告人の善意による取得を否定する判断をしたが、これに経験則違反、採証法則違反、審理不尽、民法一一〇条の解釈適用の誤りがあり、ひいては原判決に理由不備の違法を招いたものである旨主張するにある。 
 しかしながら約束手形が代理人によりその権限を踰越して振出された場合、民法一一〇条によりこれを有効とするには、受取人が右代理人に振出の権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るのであつて、かゝる事由のないときは、縦令、その後の手形所持人が、右代理人にかゝる権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたものとしても、同条を適用して、右所持人に対し振出人をして手形上の責任を負担せしめ得ないものであることは、大審院判例(大審院大正一三年(オ)第六〇一号、同一四年三月一二日判決、同院民集四巻一二〇頁)の示す所であつて、いま、これを改める要はない。 
 而して原判決によれば、原審は、被上告寺の経理部長Aの代理人であつた訴外Bがその権限外であるにも拘らず、右経理部長の記名印章を冒用して本件約束手形を振出し、その受取人である訴外Cが、本件約束手形の交付を受けた当時、右Bにおいて何等正当の権限なくしてこれを作成交付したものであることを十分察知して居つたものであるとの事実を認定して居る。 
 されば右判例の趣旨よりすれば、右認定の事実関係の下においては、本件約束手形の被裏書人である上告人が、仮に所論の如く、右Bに、本件約束手形振出を代理する権限あるものと信ずべき正当の理由を有して居つたとしても、被上告寺は、上告人に対し本件約束手形上の責任を負担しないものとなすべきである。原判決は結局これと同趣旨に出て居るのであるから正当であつて、何等所論の違法はない。 
 論旨は、すべて理由がない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 五鬼上堅磐) 
+判例(S33.6.14)
理由 
 上告代理人弁護士森良作、同石川泰三、同飯沢進、同山田尚の上告理由第一点及び第三点について。 
 原判決はその挙示の証拠によつて、昭和二〇年一〇月九日上告人Aは自己の所有に属し且つ自己名義に所有権取得登記の経由されてある本件土地を上告人Bに売り渡し上告人Bは同二一年四月一〇日被上告人にこれを転売し、それぞれ所有権を移転したが、上告人両名間の右売買契約は昭和二二年一二月二〇日両者の合意を以て解除されたものと認定し、次いで、右契約解除は合意に基くものであつても民法五四五条一項但書の法意によつて第三者の権利を害することを得ないから、既に取得している被上告人の所有権はこれを害するを得ないとの趣意の下に、被上告人が上告人Bに代位して上告人Aに対し上告人B名義に本件土地の前示売買に因る所有権移転登記手続を求める請求及び右請求が是認されることを前提とした被上告人の上告人Bに対する前示売買に基く所有権移転登記手続請求をそれぞれ容認したものであることは、判文上明らかである。思うにいわゆる遡及効を有する契約の解除が第三者の権利を害することを得ないものであることは民法五四五条一項但書の明定するところである。合意解約は右にいう契約の解除ではないが、それが契約の時に遡つて効力を有する趣旨であるときは右契約解除の場合と別異に考うべき何らの理由もないから、右合意解約についても第三者の権利を害することを得ないものと解するを相当とする。しかしながら、右いずれの場合においてもその第三者が本件のように不動産の所有権を取得した場合はその所有権について不動産登記の経由されていることを必要とするものであつて、もし右登記を経由していないときは第三者として保護するを得ないものと解すべきである。けだし右第三者を民法一七七条にいわゆる第三者の範囲から除外しこれを特に別異に遇すべき何らの理由もないからである。してみれば、被上告人の主張自体本件不動産の所有権の取得について登記を経ていない被上告人は原判示の合意解約について右にいわゆる権利を害されない第三者として待遇するを得ないものといわざるを得ない(右合意解約の結果上告人Bは本件物件の所有権を被上告人に移転しながら、他方上告人Aにこれを二重に譲渡しその登記を経由したると同様の関係を生ずべきが故に、上告人Aは被上告人に対し右所有権を被上告人に対抗し得へきは当然であり、従つて原判示の如く被上告人は上告人Aに対し自己の登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有しないものとは論ずるを得ないものである)。のみならず、原判決は上告人Bが上告人Aに対して有する前示両者間の売買契約に基く所有権移転登記請求権を被上告人において代位行使する請求を是認しているのであるから、上告人Aが被上告人に対し右売買契約は上告人Bとの間の合意解約によつてすでに消滅していることを主張し得べきは当然の筋合であると云わなければならない。けだし上告人Aとしては上告人Bから前示移転登記手続方を直接に請求された場合当然に主張し得べき前示合意解約の抗弁を被上告人が上告人Bに代位して移転登記手続を請求してきた場合これを奪わるべき理由がないからである。但し、右合意解約が当事者間の通謀による虚偽の意思表示であるとか、或は被上告人が原審以来主張している事情の立証されたときは格別である。 
 以上のとおりであるから、本上告論旨は結局理由あるに帰し、従つて本件上告はその理由あり、原判決は到底破棄を免れないものと認める。 
 よつて、爾余の論点に対する判断を省略し民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎) 


民法 基本事例で考える民法演習 詐欺と相続~無権代理と相続と比較して


・+(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

・要件
①欺罔行為の存在
②欺罔者にだます意図と意思表示させる意図があること(二重の故意)
③欺罔行為によって当該意思表示がされたこと(因果関係)

・+判例(S40.6.18)
理由
上告代理人諏訪徳寿の上告理由について。
原審の確定するところによれば、亡Aは上告人に対し何らの代理権を付与したことなく代理権を与えた旨を他に表示したこともないのに、上告人はAの代理人として訴外Bに対しA所有の本件土地を担保に他から金融を受けることを依頼し、Aの印鑑を無断で使用して本件土地の売渡証書にAの記名押印をなし、Aに無断で同人名義の委任状を作成し同人の印鑑証明書の交付をうけこれらの書類を一括してBに交付し、Bは右書類を使用して昭和三三年八月八日本件土地を被上告人Cに代金二四万五千円で売渡し、同月一一日右売買を原因とする所有権移転登記がなされたところ、Aは同三五年三月一九日死亡し上告人においてその余の共同相続人全員の相続放棄の結果単独でAを相続したというのであり、原審の前記認定は挙示の証拠により是認できる。
ところで、無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたつた場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であり(大判・大正一五年(オ)一〇七三号昭和二年三月二二日判決、民集六巻一〇六頁参照)、この理は、無権代理人が本人の共同相続人の一人であつて他の相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合においても妥当すると解すべきである。したがつて、原審が、右と同趣旨の見解に立ち、前記認定の事実によれば、上告人はBに対する前記の金融依頼が亡Aの授権に基づかないことを主張することは許されず、Bは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていたものと解すべき旨判断したのは正当である。そして原審は、原判示の事実関係のもとにおいては、Bが右授与された代理権の範囲をこえて本件土地を被上告人Cに売り渡すに際し、同被上告人においてBに右土地売渡につき代理権ありと信ずべき正当の事由が存する旨判断し、結局、上告人が同被上告人に対し右売買の効力を争い得ない旨判断したのは正当である。所論は、ひつきよう、原審の前記認定を非難し、右認定にそわない事実を前提とする主張であり、原判決に所論の違法は存しないから、所論は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

+判例(H10.7.17)
理由
上告人Bの代理人八代紀彦、同佐伯照道、同西垣立也、上告人C及びDの代理人新原一世、同田口公丈、同浜口卯一の上告理由二について
一 原審の適法に確定した事実等の概要は、次のとおりである。
1 Eは、第一審判決別紙物件目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。なお、右各物件は、同目録記載の番号に従い「物件(一)」のようにいう。)を所有していたが、遅くとも昭和五八年一一月には、脳循環障害のために意思能力を喪失した状態に陥った
2 昭和六〇年一月二一日から同六一年四月一九日までの間に、被上告人兵庫県信用保証協会は物件(一)ないし(三)について第一審判決別紙登記目録記載の(一)の各登記(以下「登記(一)」という。なお、同目録記載の他の登記についても、同目録記載の番号に従い右と同様にいう。)を、被上告人株式会社第一勧業銀行(以下「被上告銀行」という。)は物件(一)ないし(三)について各登記(二)を、被上告人Aは物件(一)ないし(三)について各登記(三)、物件(三)について登記(四)、物件(四)について登記(五)を、被上告人株式会社コミティ(以下「被上告会社」という。)は物件(一)について登記(六)、物件(二)について登記(七)、物件(三)について登記(八)及び登記(九)をそれぞれ経由した。しかし、右各登記は、同六〇年一月一日から同六一年四月一九日までの間に、Eの長男であるFがEの意思に基づくことなくその代理人として被上告人らとの間で締結した根抵当権設定契約等に基づくものであった
3 Fは、昭和六一年四月一九日、Eの意思に基づくことなくその代理人として、被上告会社との間で、Eが有限会社あざみの被上告会社に対する商品売買取引等に関する債務を連帯保証する旨の契約を締結した。
4 Fは、昭和六一年九月一日、死亡し、その相続人である妻のG及び子の上告人らは、限定承認をした。
5 Eは、昭和六二年五月二一日、神戸家庭裁判所において禁治産者とする審判を受け、右審判は、同年六月九日、確定した。そして、Eは、同人の後見人に就職したGが法定代理人となって、同年七月七日、被上告人らに対する本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したが、右事件について第一審において審理中の同六三年一〇月四日、Eが死亡し、上告人らが代襲相続により、本件各物件を取得するとともに、訴訟を承継した。

二 本件訴訟において、上告人らは、被上告人らに対し、本件各物件の所有権に基づき、本件各登記の抹消登記手続を求め、被上告会社は、反訴として、上告人らに対し、Eの相続人として前記連帯保証債務を履行するよう求めている。被上告人らは、本件各登記の原因となる根抵当権設定契約等がFの無権代理行為によるものであるとしても、上告人らは、Fを相続した後に本人であるEを相続したので、本人自ら法律行為をしたと同様の地位ないし効力を生じ、Fの無権代理行為についてEがした追認拒絶の効果を主張すること又はFの無権代理行為による根抵当権設定契約等の無効を主張することは信義則上許されないなどと主張するとともに、被上告銀行及び被上告会社は、Fの右行為について表見代理の成立をも主張する。これに対し、上告人らは、Eが本訴を提起してFの無権代理行為について追認拒絶をしたから、Fの無権代理行為がEに及ばないことが確定しており、また、上告人らはFの相続について限定承認をしたから、その後にEを相続したとしても、本人が自ら法律行為をしたのと同様の効果は生じないし、前記根抵当権設定契約等が上告人らに対し効力を生じないと主張することは何ら信義則に反するものではないなどと主張する。

三 原審は、前記事実関係の下において、次の理由により、上告人らの請求を棄却し被上告会社の反訴請求を認容すべきものとした。
1 Eは被上告銀行及び被上告会社が主張する表見代理の成立時点以前に意思能力を喪失していたから、右被上告人らの表見代理の主張は前提を欠く。
2 上告人らは、無権代理人であるFを相続した後、本人であるEを相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人であるEの資格において本件無権代理行為について追認を拒絶する余地はなく、本件無権代理行為は当然に有効になるものであるから、本人が訴訟上の攻撃防御方法の中で追認拒絶の意思を表明していると認められる場合であっても、その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するに至った場合、無権代理行為は当然に有効になるものと解すべきである。

四 しかしながら、原審の右三2の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。けだし、無権代理人がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法一一三条一項)、本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し、追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない
これを本件について見ると、Eは、被上告人らに対し本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したから、Fの無権代理行為について追認を拒絶したものというべく、これにより、Fがした無権代理行為はEに対し効力を生じないことに確定したといわなければならない。そうすると、その後に上告人らがEを相続したからといって、既にEがした追認拒絶の効果に影響はなく、Fによる本件無権代理行為が当然に有効になるものではない。そして、前記事実関係の下においては、その他に上告人らが右追認拒絶の効果を主張することが信義則に反すると解すべき事情があることはうかがわれない。
したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、前記追認拒絶によってFの無権代理行為が本人であるEに対し効力を生じないことが確定した以上、上告人らがF及びEを相続したことによって本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたとする被上告人らの主張は採用することができない。また、前記事実関係の下においては、被上告銀行及び被上告会社の表見代理の主張も採用することができない。上告人らの請求は理由があり、被上告会社の反訴請求は理由がないから、第一審判決を取り消し、上告人らの請求を認容し、被上告会社の反訴請求を棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

++解説
《解  説》
本件は、本人に無断で不動産に抵当権設定登記等が設定されたとして、本人がこの抵当権設定登記等の抹消登記手続を求めるなどの訴訟であり、本人と無権代理人の死亡によって両者を相続した場合の法律関係が問題になった。
事実関係は、次のとおりである。Aは、本件不動産を所有していたが、当時、脳循環障害のために意思能力を喪失した状態であった。Aの子であるBは、Aに無断で本件不動産にYらのために抵当権設定登記等をした。その後、Bが死亡し、その相続人である妻Cと子Xらは、Bの相続について限定承認をした。Aが禁治産宣告を受け、その後見人になったCは、本件訴訟を提起した。そして、一審係属中にAが死亡したため、孫であるXらが代襲相続するとともに本件の訴訟承継をした。
本件の争点は、第一に、Aの相続人であり、無権代理人Bの相続人であるXらは、Bの無権代理行為について追認拒絶をすることができるか、第二に、Aが本件訴訟の提起により追認拒絶をしたことになるとした場合、Xらは、Aのした追認拒絶の効果を主張することができるかである。
一審、原審とも、Xらが無権代理人を相続した後、本人を相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人の資格で追認を拒絶する余地はなく、また、無権代理行為は当然に有効になったとして、Xの請求を棄却した。
これに対し、Xらは、原審の判断には、前記第一、第二の争点に関する法令の解釈適用を誤った違法があるとして、上告した。
本判決は、第二の争点(Aが追認拒絶した後にA、Bの相続人であるXらが追認拒絶の効果を主張することができるか)について、本人であるAが追認を拒絶した以上、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないとして、原判決を破棄してXらの請求を認容する判決を言い渡した。
従来、本人が無権代理人を相続した場合や無権代理人が本人を相続した場合等、本人が無権代理行為の追認拒絶をする前に相続が生じた場合に、相続人は無権代理行為の追認拒絶ができるかについては、多いに論じられ、多数の判例がある(本人が無権代理人を相続した場合につき、最二小判昭37・4・20民集一六巻四号九五五頁、無権代理人が本人を相続した場合につき、最二小判昭40・6・18民集一九巻四号九八六頁、無権代理人を相続した者が更に本人を相続した場合につき、最三小判昭63・3・1本誌六九七号一九五頁、判時一三一二号九二頁等)。これに対し、本人が無権代理行為を追認拒絶した後に相続が開始された場合の法律関係については、あまり論じられてこなかったところであり、奥田昌道・法学論叢一三四巻五~六号二〇頁の相続人は追認拒絶の効果を当然に主張することができるとする見解と、安永正昭・曹時四二巻四号七九二頁のこれを否定する見解がある程度であった。本判決は、本人が無権代理行為を追認拒絶することにより、無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定するから、本人を相続した無権代理人も追認拒絶の効果を主張することができるとしたものである。なお、本判決は、追認拒絶の効果に関する原則を述べたものであり、信義則の適用を排除する趣旨ではないものと思われる。すなわち、相続人が本人の追認拒絶の効果を主張することが信義則に反するような特段の事情がある場合には、例外として、右相続人は追認拒絶の効果を主張することはできないことになるであろう。本件において、一方でBの相続について限定承認をし、他方でAの相続について単純承認をすることにより、Xらは、何の負担もない不動産を取得することになるが、これが信義則に反しないか一応問題になる。しかし、本判決は、相続において単純承認するか限定承認するかは、法律の規定に基づくものであることから、右のような事情だけでは信義則に反することにはならないとしたのである(Yらは、右以外に信義則に反するような具体的事実を主張しなかった。なお、最三小判平6・9・13民集四八巻六号一二六三頁、本誌八六七号一五九頁(禁治産者の後見人がその就職前に無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かの判断についての考慮すべき要素)、最一小判平7・11・9本誌九〇一号一三一頁、判時一五五七号七四頁(禁治産者の後見人がその就職前にした無権代理による訴えの提起等の効力を再審の訴えにおいて否定することの可否)参照)。仮にYらが右の具体的事情を主張していた場合には、最高裁としては、自判することはできず、原審に差し戻すことになった可能性もあると思われる。
また、本判決は、第二の争点で本件の決着をつけたため、第一の争点(無権代理人を限定承認相続した後、本人を相続した者は、無権代理行為の追認拒絶ができるか)について、何ら判断しておらず、これは残された問題である。
以上のとおり、本判決は、本人が無権代理行為の追認を拒絶した後に無権代理人が本人を相続した場合における無権代理行為の効力について最高裁として初めて判断したものであるので、ここに紹介する。

+判例(S37.4.20)
理由
上告代理人長尾章の上告理由は、本判決末尾添付の別紙記載のとおりである。
右上告理由第一点ないし第三点について。
原判決は、無権代理人が本人を相続した場合であると本人が無権代理人を相続した場合であるとを問わず、いやしくも無権代理人たる資格と本人たる資格とが同一人に帰属した以上、無権代理人として民法一一七条に基いて負うべき義務も本人として有する追認拒絶権も共に消滅し、無権代理行為の瑕疵は追完されるのであつて、以後右無権代理行為は有効となると解するのが相当である旨判示する。
しかし、無権代理人が本人を相続した場合においては、自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども、本人が無権代理人を相続した場合は、これと同様に論ずることはできない後者の場合においては、相続人たる本人那被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと解するのが相当である。
然るに、原審が、本人たる上告人において無権代理人亡Aの家督を相続した以上、原判示無権代理行為はこのときから当然有効となり、本件不動産所有権は被上告人に移転したと速断し、これに基いて本訴および反訴につき上告人敗訴の判断を下したのは、法令の解釈を誤つた結果審理不尽理由不備の違法におちいつたものであつて、論旨は結局理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。
よつて、その他の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

・+(即時取得)
第百九十二条  取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

要件
①目的物が動産であること
②前主に処分権限はないが、目的物を占有していること
③前主と取得者との間に有効な取引行為が存在すること
④取得者が平穏にかつ公然と目的物の占有を始めた事
⑤取得者が善意かつ無過失

・取消し事例での192条の類推適用
この場合⑤の善意無過失の対象に注意

・+(加工)
第二百四十六条  他人の動産に工作を加えた者(以下この条において「加工者」という。)があるときは、その加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する。ただし、工作によって生じた価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する。
2  前項に規定する場合において、加工者が材料の一部を供したときは、その価格に工作によって生じた価格を加えたものが他人の材料の価格を超えるときに限り、加工者がその加工物の所有権を取得する。

+(付合、混和又は加工に伴う償金の請求)
第二百四十八条  第二百四十二条から前条までの規定の適用によって損失を受けた者は、第七百三条及び第七百四条の規定に従い、その償金を請求することができる。


民法 気になる判例 毒アラレ事件

・+判例(S39.1.23)
理由
 上告代理人弁護士川本作一の上告理由について、
 当事者間に争がない事実及び証拠によつて認定できる事実として、原判決の引用する第一審判決の確定した事実は次のとおりである。すなわち、被上告人は判示(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各為替手形各一通額面金額計四三万五五二一円を振出し、上告人は右各手形につき引受をなしたものであるが、右各手形は被上告人から上告人に対し昭和三二年一〇月頃から同三三年二月までの間に売渡したアラレ菓子の右同額の代金の支払のため上告人において引受けたものであること、そして右アラレ菓子には食品衛生法に禁止されている硼砂が混入していたこと、元来被上告人は昭和三一年四月頃から澱粉アラレの製造販売を営み、同三二年一月頃から上告人との間に取引を開始したものであるところ、これに硼砂を使用することの有害なることを当初は知らなかつたが、同年一〇月末頃新聞紙上で硼砂を使用したアラレの製造が食品衛生法により禁止されていることを知りこれを使用しないでアラレを製造する方法の研究を始めるとともに、上告人に対し当分アラレの売却を中止したい旨連絡したところ、上告人は「今はアラレの売れる時期だからどんどん送つて貰いたい、自分も保健所に出入りしているが、こちらの保健所ではそんなことは何も云つておらぬ、君には迷惑をかけぬからどんどん送つてほしい」旨申向け送品の継続を強く要請し、その結果本件の取引が行われたというのである。
 思うに、有毒性物質である硼砂の混入したアラレを販売すれば、食品衛生法四条二号に抵触し、処罰を免れないことは多弁を要しないところであるが、その理由だけで、右アラレの販売は民法九〇条に反し無効のものとなるものではない。しかしながら、前示のように、アラレの製造販売を業とする者が硼砂の有毒性物質であり、これを混入したアラレを販売することが食品衛生法の禁止しているものであることを知りながら、敢えてこれを製造の上、同じ販売業者である者の要請に応じて売り渡し、その取引を継続したという場合には、一般大衆の購買のルートに乗せたものと認められ、その結果公衆衛生を害するに至るであろうことはみやすき道理であるから、そのような取引は民法九〇条に抵触し無効のものと解するを相当とする。然らば、すなわち、上告人は前示アラレの売買取引に基づく代金支払の義務なき筋合なれば、その代金支払の為めに引受けた前示各為替手形金もこれを支払うの要なく、従つて、これが支払を命じた第一審判決及びこれを是認した原判決は失当と云わざるを得ず、論旨は理由あるに帰する
 よつて、民訴四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 入江俊郎 裁判官 斎藤朔郎 裁判官 長部謹吾)

民法 気になる判例 境界確定訴訟と時効

+判例(H1.3.28)
理由
 一 上告代理人水野武夫、同尾崎雅俊、同飯村佳夫、同田原睦夫、同栗原良扶の上告理由第一点について
 原判決挙示の証拠関係に照らし肯認するに足る事実関係のもとにおいて、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はないことに帰する。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は判決の結論に影響しない事由若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
 二 同第二点及び第三点について
  1 原審は、上告人らの訴訟被承継人橋垣剛が昭和二九年一二月一〇日以来二〇年間にわたり平穏公然に第一審判決別紙物件目録第一の土地(以下「本件土地」という。)の占有を継続したことによりその所有権を時効取得したとして、被上告人の訴訟被承継人小杉捨四郎に対し、右時効取得を原因とする剛に対する所有権移転登記手続を求める上告人らの本訴請求につき(なお、原審は、上告人らの一〇年の取得時効に基づく所有権移転登記手続請求については、剛が占有の始め無過失とは認められないと判断している。)、(一)前記物件目録第三の土地(以下「一二番一の土地」という。)は捨四郎の所有であり、本件土地は、右一二番一の土地の一部であったが、昭和五一年三月一九日に右土地から分筆された、(二)同物件目録第二の土地(以下「一二番七の土地」という。)は、もと足立幸子所有の一二番二の土地の一部をなしていたもので、佐々木久雄が、昭和一四年ころ、同女と交換契約により、同土地から一二番一の土地に隣接する四一坪の分筆を受けて取得したものであるところ、その当時は一二番一の土地の方が一二番七の土地より若干地盤が高く、両土地の境界は石垣によって判然としており、その石垣の存した線は第一審判決別紙図面〓、〓点を結ぶ直線であった、(三) 佐々木は、その後、一二番七の土地に一二番一の地盤よりも高く盛土をしただけでなく、右〓・〓線を越えてその北側にも盛土をし、そののり面の裾が同図面〓、〓点を直線で結ぶ線にまで及んだため、右石垣の存在も不明となり、外観上は右〓・〓線より南の部分は一二番七の土地の一部であるかのように見える状態となった、(四) 剛は、昭和二九年一二月一〇日、佐々木から本件土地を含む同図面〓、〓、〓、〓、〓点を順次直線で囲んだ範囲の土地を一二番七の土地として買い受け、同日以降居宅の敷地としてその占有を継続した、(五) 捨四郎は、昭和四一年に剛を相手取って京都簡易裁判所に訴えを提起し、分筆前の一二番一の土地と一二番七の土地の境界は前記図面〓、〓点を結ぶ直線であるとして両土地の境界確定を求めるとともに、土地所有権に基づき、本件土地のうち前記図面〓、〓、〓、〓、〓点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件土地部分」という。)の明渡を求めたところ、剛は、右境界は、前記〓・〓線であると主張するとともに、仮に、右境界が前記〓・〓線であるとしても、本件土地部分は、剛が一二番七の土地の一部として買い受けたものであって、占有の始め過失はなく、昭和二九年一二月一〇日から一〇年間占有を継続したから、時効によりその所有権を取得したと主張した(以下「前訴」という。)、(六) 前訴控訴審において、京都地方裁判所は、右両土地の境界を前記〓・〓線と確定し、本件土地部分明渡請求については、剛の取得時効の抗弁は理由があり、本件土地部分の所有権は剛の所有に帰したとして、右請求を棄却すべき旨の判決をし、右判決は、そのころ確定した(以下「前訴確定判決」という。)、(七) 剛は、昭和五一年四月一日に本訴を提起したが、同五七年七月四日に死亡し、相続人である上告人らが訴訟を承継した、との事実関係を確定した。

  2 原審は、右の事実関係のもとにおいて、(一) 所有者を異にする相隣接地の一方の所有者甲が、境界を越えて隣接地の一部を自己の所有地として占有し、その占有部分につき時効により所有権を取得したと主張している場合において、右隣接地の所有者乙が甲に対して右時効完成前に境界確定訴訟を提起していたときは、右取得時効は中断するものと解される、(二) 本件において、剛の訴訟承継人である上告人らは、剛が土地境界線である前記〓・〓線の北側の本件土地を昭和二九年一二月一〇日以降自己所有地として占有しているとして、本件土地につき二〇年の取得時効を主張しているが、捨四郎は、右取得時効期間満了前である昭和四一年に分筆前の一二番一の土地と一二番七の土地の境界確定を求める前訴を提起し、前記のとおりに境界を確定する判決を得ているのであるから、前訴の提起によって本件土地についての前記二〇年の取得時効は中断し、剛が本訴を提起した昭和五一年四月一日までには右時効は完成していない、(三)前訴確定判決は、境界確定請求と併合審理された本件土地部分の所有権に基づく明渡請求に関し剛の一〇年の取得時効の抗弁を認めて、本件土地部分の所有権を剛が取得した旨認定判断しているが、右認定判断は判決理由中のそれにすぎないから原審を拘束するものではなく、原審としては、前訴で判断された本件土地部分を含む本件土地について独自に判断した結果、右一〇年の取得時効は認められないとの結論に至ったものであり、この結論に立って前訴確定判決をみれば、その境界確定部分は、所有者の異なる相隣接地の境界を確定するという一般的な境界確定判決をした結果となっているものと評価できるから、前訴確定判決の前記認定判断は、前訴境界確定訴訟提起に前記取得時効を中断する効力を認めることの妨げにならない、(四) 前訴確定判決は、捨四郎主張のとおり境界を確定したものであるから、前訴に取得時効を中断する効力がないとして、捨四郎に対し、別途取得時効を中断する効力を有する手段を講じることを求めることは、殆ど不可能を強いるものというべきである、と判断して、前記請求を排斥し、上告人らの控訴を棄却している。

  3 しかしながら、原審の右判断は、後記部分を除き、にわかに是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 一般に、所有者を異にする相隣接地の一方の所有者甲が、境界を越えて隣接地の一部を自己の所有地として占有し、その占有部分につき時効により所有権を取得したと主張している場合において、右隣接地の所有者乙が甲に対して右時効完成前に境界確定訴訟を提起していたときは、右訴えの提起により、右占有部分に関する所有権の取得時効は中断するものと解されるが(大審院昭和一四年(オ)第一四〇六号同一五年七月一〇日判決・民集一九巻一二六五頁、最高裁昭和三四年(オ)第一〇九九号同三八年一月一八日第二小法廷判決・民集一七巻一号一頁参照)、土地所有権に基づいて乙が甲に対して右占有部分の明渡を求める請求が右境界確定訴訟と併合審理されており、判決において、右占有部分についての乙の所有権が否定され、乙の甲に対する前記明渡請求が棄却されたときは、たとえ、これと同時に乙の主張するとおりに土地の境界が確定されたとしても、右占有部分については所有権に関する取得時効中断の効力は生じないものと解するのが相当である。けだし、乙の土地所有権に基づく明渡請求訴訟の提起によって生ずる当該明渡請求部分に関する取得時効中断の効力は、当該部分の関する乙の土地所有権が否定され右請求が棄却されたことによって、結果的に生じなかったものとされるのであり、右訴訟において、このように当該部分の所有権の乙への帰属に関する消極的判断が明示的にされた以上、これと併合審理された境界確定訴訟の関係においても、当該部分に関する乙の所有権の主張は否定されたものとして、結局、取得時効中断の効力は生じないものと解するのが、境界確定訴訟の特殊性に照らし相当というべきであるからである。
 これを本件についてみるに、前記の確定事実によれば、上告人らは、剛が本件土地を昭和二九年一二月一〇日以降二〇年間にわたり平穏公然に占有してきたとして、取得時効による所有権取得を主張するものであるところ、捨四郎が右時効完成前の昭和四一年に提起した前訴において、前記〓・〓線を分筆前の一二番一の土地と一二番七の土地との境界と確定するとともに、本件土地の一部である本件土地部分について、剛の一〇年の取得時効を肯定して捨四郎の所有権を否定し、右部分につき土地所有権に基づく明渡請求を棄却すべき旨の前訴確定判決がされたというのであるから、前記の説示に照らし、前訴境界確定訴訟の提起による取得時効中断の効力は、本件土地のうち本件土地部分を除くその余の部分については生じているものの、本件土地部分については生じていないものというべきである。請求棄却の判決がされたことにより取得時効中断の効力が発生しないとされるのは、当該判決がされたことによるものであるから、前訴における剛の一〇年の取得時効を肯定した認定判断が理由中のそれであって原審を拘束するものでなく、原審としては右取得時効を否定する判断に達したからといって、本件土地部分について前訴境界確定訴訟の提起による時効中断の効力を肯定する理由とすることはできないものというべきである。
 以上によれば、これと異なり、前記のような理由で、前訴境界確定訴訟の提起によって本件土地についての剛の前記取得時効は中断しているとした原判決には、本件土地部分に関する限り、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかというべきであるから、論旨は、右の限度で理由があるものというべきである。そうすると、原判決は、本件土地部分に係る部分について上告人らの控訴を棄却した部分につき破棄を免れないが、本件土地のうち本件土地部分を除くその余の部分についての原審の判断は、結局正当として是認できるものというべきであるから、この部分に関する論旨は理由がない。そして、右破棄部分については、上告人らの前記本訴請求の当否につき更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
 三 よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条一項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官貞家克己)

++解説
《解  説》
 一、X(甲)は、次の図の一二番七の土地(甲地)の所有者、Y(乙)はこれに隣接する一二番一の土地(乙地)の所有者である(同図(A)(B)(ヘ)(ホ)(A)を順次直線で結んだ範囲内の土地(「本件土地」)は、従来、右のいずれの土地に属するか争われていたものであるところ、本訴に先立ち分筆されたものである。)。
 前訴(昭和四一年提起)において、YはXに対し、甲地と乙地の境界は同図の(ホ)(ヘ)線であると主張してその確定を求めるとともに、土地所有権に基づき、本件土地のうち同(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(ホ)を順次直線で結んだ範囲内の土地(「本件土地部分」)の明渡を求めた(何故、Yが本件土地全部について明渡を求めなかったのかは明らかでない。)。これに対し、Xは、両土地の境界は同図AB線であると主張するとともに、仮に、(ホ)(ヘ)線であるとしても、明渡請求の対象である本件土地部分は、昭和二九年一二月、甲地の一部として買い受けたものであって、Xには占有の始め過失がなく一〇年の時効によってその所有権を取得したと主張した。前訴二審判決は、両土地の境界をY主張のとおり(ホ)(ヘ)線と確定するとともに、Yの本件土地部分の明渡請求については、Xの一〇年の取得時効の抗弁を認め、本件土地部分の所有権はXに帰したとしてこれを棄却し、この判決は確定した。
 本訴(昭和五一年四月提起)は、XのYに対する本件土地の所有権移転登記手続請求であり、所有権取得原因としては、前訴抗弁と同じ一〇年の取得時効及び二〇年の取得時効(控訴審で新たに主張)が主張された。原審は、前訴と異なり、占有の始めにXが無過失であったとは認められないとして、一〇年の取得時効の完成を否定した上、二〇年の取得時効については、Yがその時効期間満了前に前訴の境界確定訴訟を提起し、前記確定判決を得ているのであるから、前訴提起により二〇年の取得時効は中断され、本訴提起時までには未だ時効は完成していない(前訴判決の本件土地部分につき取得時効の抗弁を容れてXの所有権を否定した認定判断部分は、理由中のそれに過ぎないから、後訴裁判所を拘束するものではなく、しかも、原審としてはこれを否定する判断に達したものであり、この結論に立って前訴確定判決をみれば、その境界確定部分は、所有者の異なる隣接地の境界を確定するという一般的な境界確定判決をした結果となっているものと評価できるから、前記認定判断部分は、前訴境界確定訴訟提起に前記取得時効を中断する効力を認めることの妨げにならない。)として、Xの請求を棄却すべきものとした。
 Xの上告に対し、本判決は、境界確定訴訟と取得時効中断の効力に関して、要旨のとおり説示し(その根拠として、「Yの土地所有権に基づく明渡請求の提起によって生ずる当該明渡請求部分に関する取得時効中断の効力は当該部分に関するYの土地所有権が否定され右請求が棄却されたことによって結果的に生じなかったものとされるのであり、右訴訟において当該部分の所有権のYへの帰属に関する消極的判断が明示的にされた以上、これと併合審理された境界確定訴訟の関係においても、当該部分に関するYの所有権の主張は否定されたものとして、結局、取得時効中断の効力は生じないものと解するのが、境界確定訴訟の特殊性に照らし相当というべきである……」と判示した。)、本件土地のうち前訴境界確定訴訟によって取得時効中断の効力の及ぶのは、本件土地部分を除くその余の部分に限られるとし、Xの請求のうち本件土地部分に係る部分につき原判決を破棄して原審に差し戻し、その余の上告を棄却した。
 二、境界確定訴訟の性質に関しては、確認訴訟説、形成訴訟説、私的境界確定訴訟説等様々の議論があるが、通説は、これを、公法上の土地の境界を現地において確認し、その確認が不能のときには具体的に境界を形成するいわゆる形式的形成訴訟であると解している(兼子・民訴法体系一四六頁等)。大審院判例もこの説に立ち(大判大12・6・2民集二巻七号三四五頁)、最高裁もこれを踏襲する(多数の判例がある。その概観として、例えば、昭58最判解説[伊藤調査官]四一九頁以下参照)。そして、境界確定の訴えの提起は「裁判上の請求」として隣接地土地所有者の所有権の取得時効を中断する効力を有するというのが大審院の判例であり(大判昭15・7・10民集一九巻一六号一二六五頁)、最高裁もこれを暗黙の前提としていると解されている(最二小判昭38・1・18民集一七巻一号一頁、昭38最判解説[瀬戸調査官]四頁、我妻・民法総則四六〇頁等。なお、右最高裁判例の趣旨につき異なる理解をするものとして、平田・民商五九巻三号六三頁参照)。
 三、ところで、土地所有権に基づく明渡請求訴訟の提起により民法一六二条の取得時効は中断するとするのが判例である(大判昭16・3・7判決全集八巻一二号九頁)が一般に裁判上の請求による時効中断効は、訴えの却下又は取下のあったときは生じないものとされ(民法一四九条)、右訴えの却下には訴え(請求)が、実質的な理由に基づいて棄却された場合も含むと解されているから(大判明36・9・8民録九輯九五一頁、同明42・4・30民録一五輯四三九頁、我妻・民法総則四六一頁)、本件前訴のように、境界確定訴訟においては提起者主張のとおりに境界が定められたが、これと併合された所有権に基づく明渡訴訟においては請求が棄却された場合に、時効の中断効をどのように解したらよいか、すなわち、境界確定訴訟の提起に一般的に時効の中断効を肯定した場合、同時にされた所有権に基づく明渡訴訟に敗訴し、その面では時効の中断効を享受できないことになったこととの調整をいかに解すべきかという問題を生じる。
 四、本判決は、前記大判及び最二小判を引用して、境界確定訴訟に取得時効の中断効を認めるべきことを明言した上、本件のような場合には、所有権に基づく明渡請求訴訟において提起者の所有権を否定する消極的判断がされた以上、これと併合審理された境界確定訴訟の関係においても同様の判断がされたものとして取得時効の中断効を否定するのが、前記の境界確定訴訟の性質に沿うものと解したものである。
 具体的事案において境界確定訴訟の提起による取得時効中断の効力の限界を明らかにした判例として紹介する。

民法 気になる判例 相殺


+判例(H25.2.28)
理 由
 上告代理人前田陽司,同黒澤幸恵,同那須由佳里の上告受理申立て理由第2の1
について
 1 本件の本訴請求は,被上告人が,自己の所有する不動産に設定した根抵当権について,その被担保債権である貸付金債権が相殺等により消滅したとして,上告人に対し,所有権に基づき,根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるものであり,反訴請求は,上告人が,被上告人に対し,上記貸付金の残元金27万6507円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるものである。被上告人による上記相殺につき,被上告人は自働債権の時効消滅以前に相殺適状にあったから民法508条によりその相殺の効力が認められると主張するのに対し,上告人は同相殺が無効であると主張して争っている。

2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,貸金業者である上告人との間で,平成7年4月17日から平成8年10月29日まで,利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行った。この取引の結果,同日時点において,18万0953円の過払金が発生していた(以下,この過払金に係る不当利得返還請求権を「本件過払金返還請求権」という。)。
(2) 被上告人は,平成14年1月23日,貸金業者であるA株式会社との間で,金銭消費貸借取引等による債務を担保するため,自己の所有する第1審判決別紙物件目録記載の各不動産に極度額を700万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定した。
Aは,同月31日,被上告人に対し,457万円を貸し付けた。この金銭消費貸借契約には,被上告人が同年3月から平成29年2月まで毎月1日に約定の元利金を分割弁済することとし,その支払を遅滞したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約(以下「本件特約」という。)があった。
上告人は,平成15年1月6日,Aを吸収合併する旨の登記を完了して,被上告人に対する貸主の地位を承継した。
被上告人は,A及び上告人に対し,上記の貸付けに係る元利金について継続的に弁済を行い,平成22年6月2日の時点において,残元金の額は188万8111円であった(以下,この残元金に係る債権を「本件貸付金残債権」という。)。被上告人は,同年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日の経過をもって期限の利益を喪失した。
(3) 被上告人は,平成22年8月17日,上告人に対し,本件過払金返還請求権を含む合計28万1740円の債権を自働債権とし,本件貸付金残債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。さらに,被上告人は,同年11月15日までに,上告人に対し,上記の相殺が有効である場合における本件貸付金残債権の残元利金に相当する166万8715円を弁済した。
(4) 本件根抵当権の元本は確定しているところ,被上告人は,上記の相殺及び弁済により,その被担保債権は消滅したと主張している。
(5) 上告人は,平成22年9月28日,被上告人に対し,本件過払金返還請求権については,上記(1)の取引が終了した時点から10年が経過し,時効消滅しているとして,その時効を援用する旨の意思表示をした。

3 原審は,次のとおり判断して,本訴請求を認容すべきものとし,反訴請求を棄却した。
(1) 本件貸付金残債権は,貸付けの時点で発生し,被上告人としては,期限の利益を放棄しさえすれば,これを受働債権として本件過払金返還請求権と相殺することができたのであるから,Aの吸収合併により上告人と被上告人との間で債権債務の相対立する関係が生じた平成15年1月6日の時点で,本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とは相殺適状にあったといえる。
(2) そうすると,被上告人は,民法508条により,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とを対当額で相殺することができるから,本件根抵当権の被担保債権である貸付金債権は,相殺及び弁済により全て消滅した。

4 しかしながら,原審の相殺に関する上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
民法505条1項は,相殺適状につき,「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから,その文理に照らせば,自働債権のみならず受働債権についても,弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される。また,受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは,上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって,相当でない。したがって,既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,受働債権につき,期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の利益の放棄又は喪失等により,その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。

 5 これを本件についてみると,本件貸付金残債権については,被上告人が平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日の経過をもって,期限の利益を喪失し,その全額の弁済期が到来したことになり,この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。そして,当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照らせば,同条が適用されるためには,消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。前記事実関係によれば,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については,上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過していたから,本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず,被上告人がした相殺はその効力を有しない。そうすると,本件根抵当権の被担保債権である上記2(2)の貸付金債権は,まだ残存していることになる。

 6 以上と異なり,本件過払金返還請求権を自働債権とし,本件貸付金残債権を受働債権とする相殺の効力を認めた原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,原判決中主文第1項に係る被上告人の本訴請求部分は理由がないから,同部分につき,第1審判決を取り消し,被上告人の本訴請求を棄却することとする。また,原判決中主文第2項に係る上告人の反訴請求部分については,上記2(2)の貸付金債権の残額等につき更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官横田尤孝 裁判官 白木 勇)

++解説
ほしいいいいいい!


民法 気になる判例 ディーラー

+判例(S50.2.28)
■27000385
最高裁判所第二小法廷
昭和49年(オ)第1010号
昭和50年02月28日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
 上告代理人田中治の上告理由について。
 原審の適法に確定した事実は次のとおりである。
 上告人は自動車のデイーラーであり、訴外株式会社国際自動車整備工場(以下国際自動車と略称する。)は上告人のサブデイーラーであつて、両社は協力してユーザーに自動車の販売をしていたところ、ユーザーである被上告人は、昭和四三年八月三〇日国際自動車から上告人所有の本件自動車を買い受け、代金八二万円を完済してその引渡しを受けた上告人は、国際自動車と被上告人との間の右売買契約の履行に協力し、みずから被上告人のために車検手続、自動車税、自動車取得税等の納付手続及び車庫証明手続等を代行し、そのために自社のセールスマンを二、三度被上告人のもとに赴かせたりした。右売買の八日後である同年九月七日上告人は、国際自動車に本件自動車を、代金七一万一四二三円、その支払方法は同年同月一三日二〇万円、同月三〇日五万一五二三円、同年一〇月以降同四四年六月まで毎月各五万一一〇〇円を支払うこととする、右代金完済まで自動車の所有権は上告人に留保する、という約定で売却した。ところが、国際自動車が昭和四三年一一月より同四四年一月までの三か月分の右割賦金の支払を怠つたので、昭和四四年二月二四日頃上告人は、その支払を催告したうえ、国際自動車との間の右売買契約を解除し、留保していた所有権に基づき、被上告人に対して本件自動車の引渡しを求めるにいたつたのである。右事実によると、上告人は、デイーラーとして、サブデイーラーである国際自動車が本件自動車をユーザーである被上告人に販売するについては、前述のとおりその売買契約の履行に協力しておきながら、その後国際自動車との間で締結した本件自動車の所有権留保特約付売買について代金の完済を受けないからといつて、すでに代金を完済して自動車の引渡しを受けた被上告人に対し、留保された所有権に基づいてその引渡しを求めるものであり、右引渡請求は、本来上告人においてサブデイーラーである国際自動車に対してみずから負担すべき代金回収不能の危険をユーザーである被上告人に転嫁しようとするものであり、自己の利益のために代金を完済した被上告人に不測の損害を蒙らせるものであつて、権利の濫用として許されないものと解するを相当とする。
 以上のとおりであるから、右と同旨の原審の判断は正当として是認すべきであり、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 小川信雄 裁判官 吉田豊)