民法798条 未成年者を養子とする縁組
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(未成年者を養子とする縁組)
第七百九十八条 未成年者を養子とするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。ただし、自己又は配偶者の直系卑属を養子とする場合は、この限りでない。
・許可を受けないといけないが、許可の審判があった日に養子縁組が成立するわけではない。養子縁組は縁組の日に成立する(=別途届出が必要ということ)。
・未成年養子縁組の許可をするには縁組が子の福祉に合致するかを十分検討すべき
+判例(新潟家審S57.8.10)
理 由
一 本件申立ての趣旨及び事情
事件本人の父は病弱のために職がなく、事件本人の母が働いて一家の生計を支えているものの、事件本人には既に兄二人がおり、事件本人の両親は事件本人を養育する経済的余裕がない。そこで、申立人が事件本人を引取つて養育しているところ、申立人は出家していて子がなく、事件本人の親として事件本人を育ててゆくことを希望するものであり、これが事件本人にとつても幸福であると考えるので、申立人が事件本人を養子とすることの許可を求める。
二 当裁判所の判断
1 申立人並びに事件本人の親権者父小田徳男及び母小田カツコの各審問結果、当庁調査官補○○○○作成の調査報告書、筆頭者水谷晴苗及び同小田徳男の各戸籍謄本を総合すると、次の各事実を認めることができる。
(一) 事件本人は昭和五七年四月二八日小田徳男、小田カツコ夫婦の三男として出生した。事件本人の父小田徳男は交通事故及び稼働中の事故により健康を害し昭和五五年ころより無職の状態が続いており、現在も後遺症のためか体の調子が悪く就労できる見込みがついていない。そのため、母小田カツコが工員として働いて一家の生計を支えてきたが、徳男、カツコ夫婦の間には既に長男徳太郎(昭和四四年八月三一日生)、次男烈(昭和四六年七月一日生)がおり、これ以上は子を養育する経済的余裕がないとして妊娠中から既に事件本人を養子に出すことを決め、養親捜しを担当の婦人科医に依頼していた。
(二) 申立人は六歳のときに僧侶水谷晴苗(明治三九年二月二二日生)の養子となつたが、尼僧学校卒業後僧侶となり、肩書住所地にある○○寺(曹洞宗)で養母と共に生活してきたが、昭和五一年ころから寺の後継者のことや申立人の老後のことを考えて養子となる者を捜していたところ、事件本人の親を紹介され、事件本人の出生前に両親との間で話し合い事件本人を申立人の養子にすることを決め、昭和五七年五月三日事件本人の退院と同時に同人を引取り、以来申立人のもとで養育している。
(三) ○○寺は、法人組織になつているが、約二〇〇坪の土地に本堂と棟続きの住居(一階四畳半、六畳、一〇畳、二階八畳)があり、ここに申立人、申立人の養母、事件本人の三人が暮らしている。申立人が外出する際には近隣に住む主婦を事件本人の子守に雇つているが、申立人が在宅しているときは、申立人自身が事件本人の世話をしている。また、○○寺の近くに寺の世話人をしている後藤武雄(仕出屋経営)の住居があり、申立人は幼少期後藤家で家族同様の扱いを受けていたこともあつて、事件本人がある程度成長したら申立人の多忙のときなどは後藤家に事件本人の世話をしてもらう予定でいる。申立人の収入は約三〇〇万円であり生活は安定している。また、申立人は事件本人に対し愛情を感じており、事件本人の意志を尊重し寺の後継ぎにすることを強制するつもりはない旨言明している。なお、○○寺は以前尼寺であつたが今は寺に昇格しており、男子が住職になることはさしつかえない。
(四) 事件本人の両親は、事件本人の養子先が寺と聞き初めは戸惑いを感じたが、申立人の人柄をみて養子に出すことを決意し、既に申立人のもとで養育してもらつていることもあり、他の養親を捜す気持はない。
2 未成年者養子縁組について家庭裁判所の許可を要するものとした理由は、未成年者の福祉に合致しない養子縁組を防止しようとするところにあり、家庭裁判所としては縁組の動機、実親及び養親となるべき者の各家庭の状況等を十分検討したうえで、縁組が子の利益になるとの心証を得たうえで許可をなすべきであると思料するところ、本件のように未成年者が生後まもない幼児であつて当該養子縁組について何らの意思表明もできない状態にあるときは、家庭裁判所がその申立ての当否を決するにあたつては一層慎重な判断を要するといわなければならない。
そこで、検討するに、一般に未成年者はその実親のもとで監護養育されることが子の福祉に最も合致するといえようが、本件の場合のように家庭の事情等でそれが困難な場合には次善の方法として子の監護を他人に託することもまたやむをえないものと思われる。しかし、その際には子の利益になるようにできるだけ条件の良いところを捜すべく最大限の努力を尽すことが実親の責務であるといえよう。そして、本件のように生後すぐに養子に出すというような場合には、特段の事情のない限り養親の条件としてまず第一に夫婦そろつているということが考えられるべきであろう。けだし、幼児の場合には特に父母の愛情がその健全な育成のために大切であると思われるからである。これを本件についてみるに、事件本人の両親はわが子を僧侶の養子にして寺に入れることを別段希望していたわけではなく、たまたま紹介された相手が僧侶であつたというのであり、実際初めはこれを知つて戸惑いを感じていたのである。ちなみに、前記調査報告書によると、新潟県○○児童相談所においては現在養子縁組を希望する里親の数の方が子のそれを上回つている状態であり、生後まもない男児であれば里親を見つけるのは比較的容易であろうというのである。してみると、本件の場合事件本人の実親が前記のような努力を十分に尽したかどうか疑問が残るといわざるをえない。
他方、申立人についてみると、その職業、収入、住居の状態、人柄等については別段問題は認められないところ、本件申立ての動機として事件本人を寺の後継者にしたいこと、事件本人に申立人の老後の面倒をみてもらいたいことをあげており、若干養親の利益に走り過ぎるきらいがないことはないが、実際申立人は事件本人に愛情を感じており、自分の子として養育することに生きがいを見出していることもうかがわれるので、前記動機をもつてこれをいちがいに不当とみることはできない。ただ、ここで危惧の念を抱かせるのは、本件養子縁組によつて事件本人が将来僧侶となるべく運命づけられ、その結果事件本人の職業選択の自由を侵害することになるのではないかという問題である。この点につき、申立人は事件本人を養子にしても寺を継がせることを強制するつもりはないと言明しているし、もとよりこれは事件本人の気持しだいであり、同人が寺の後継者になることを承諾しない以上申立人としてもいかんともすることはできないであろう。しかしながら、申立人が事件本人を寺の後継ぎにしたいという希望を持つていることは事実であり、本件養子縁組が認められた場合、事件本人がこれから先養育される環境、申立人と事件本人とが母と子という強いきずなで結ばれ、かつ申立人に事件本人が監護教育されることなどを考慮すると、前記の危惧の念を完全に払拭することはできない。
さらに、申立人の住んでいる○○寺は寺に昇格したとはいえ申立人及び同人の養母の二人の尼僧が住んでおり、実質的には未だ尼寺であつて一般的な家庭とは相当に趣きを異にすると思われ、幼児(特に男児)の生育する環境として適当であるかどうかについても疑問の残るところである。もつとも、前認定のとおり、申立人自身幼少期後藤家(いわゆる一般家庭に該当すると思われる。)の世話になつたというのであり、また事件本人がもう少し成長したら申立人と同様に後藤家の世話になるつもりでいることが認められ、したがつて、事件本人が一般的な家庭の雰囲気に接する機会をもちうることになるとはいえるが、このような形で他人の援助が必要であるということは、幼児を育ててゆく場所として尼寺という生活環境自体に不十分な点があるのではないかとの疑問を抱かせる。
3 以上検討した結果によると、本件養子縁組については未成年者の福祉に合致するか否かについて前記のとおりの懸念をさしはさむ余地があり、本件申立てを認容することに対しては消極的にならざるをえない。
ところで、事件本人は既に三ヵ月余り申立人のもとで現に養育されてきているのであり、また事件本人の実親も改めて申立人以外の養親を捜す気持はないと述べているから、本件養子縁組を許可しないことによりかえつて事件本人の利益を害することになりはしないかという点については検討を要するところではある。しがしながら、既成事実を先行させることによつて、家庭裁判所が未成年者養子縁組について与えられている審査権を弱められる結果になるのは好ましいこととはいえないし、また前記のとおり事件本人の実親にしても児童相談所等の援助を求める余地は残されているはずである。そして、仮りにこのまま事件本人が申立人のもとで養育されることになつたとしても、申立人と事件本人との養子縁組の問題は、せめて事件本人が申立人の身分、職業及び自己の置かれている生活環境等についておおよその認識ができ、養子縁組についても一応の意思表明が可能な年齢に達するまで留保しておき、事件本人にその選択をさせる道を残しておくべきものと思料する(本件の場合、事件本人がこのまま申立人の寺で養育されることになれば、事件本人は比較的早い時期に友人や同級生らの家庭環境と自己のそれとの違いに気づいてこれに疑問をもつことが予想されるから、申立人としても早晩事件本人に対しこの間の事情を説明する必要が生じてこよう。)。
三 結論
よつて、前記説示したとおり、本件養子縁組を許可するのは相当でないから、参与員○○○○の意見を聴いたうえ、本件申立てを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 井上哲男)
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