民法760条 婚姻費用の分担 家族法 親族 婚姻

民法760条 婚姻費用の分担


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(婚姻費用の分担)
第七百六十条  夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。

・婚姻が事実上破綻し別居生活に入ったとしても、離婚しない限り婚姻費用分担義務は消滅しないが、別居・婚姻破綻につき帰責性のある者が自己の生活碑文の婚姻費用分担請求をすることは権利濫用(1条3項)にあたる

+判例(東京高決S58.12.16)
   理  由
 一 本件抗告の趣旨は、「原審判を取消す。相手方の婚姻費用分担の申立てを却下する。相手方は抗告人に対し当事者間の二女石黒雅子を引渡せ。」との裁判を求めるというのであり、その理由の要旨は「原審判中、婚姻費用分担を命じた部分は、抗告人が相手方の不当な言動によつて昭和五七年八月三一日に○○○○公社(以下公社という。)を退職せざるをえなくなり、以後、失業中で無収入であること、また、相手方が昭和四五年の別居に際して結婚以来の抗告人の蓄財をすべて持ち去り、これがその後の子供の監護費用に余りあるほどであることを無視した点で不当である。さらに、相手方は原審判認定の収入のほかに、実姉の経営する病院から一か月一〇万円の収入をえ、また児童扶養手当として一か月四万六六〇〇円を受給しており、長女啓子は昭和五七年四月から○○○○工業株式会社に就職して相当の収入をえており、これらを考慮しなかつた点でも、原審判は不当である。また、原審判中二女雅子の監護養育についての申立てを却下した部分は、一度の調停、審判期日も開かないまま判断したものであつて不当である。」というのである。
 二 そこで、検討するに、抗告人と相手方との婚姻関係に関して、記録によれば、次の各事実が認められる。
  1 抗告人と相手方とは、共に勤務していた名古屋市内の公社の職場で知合い、昭和三七年八月ころ東京都内で同棲生活をはじめて、同年一二月婚姻届出をし、両者間に、昭和三八年三月一七日長女啓子が、
昭和四二年六月三〇日二女雅子が出生した。
  2 抗告人は昭和四一年ころ課長に昇進したが、そのころから深酒して深夜に帰宅することが多くなり、昭和四二年八月これを非難した相手方と口論となり、家財を投げつけたりしたことをきつかけに、相手方は出生間もない二女雅子を連れ、長女啓子は残したまま名古屋市内の実家に帰つた。抗告人は同年一〇月相手方と面談すべく名古屋市に赴き、一週間滞在したが、相手方及びその親族に面談を拒ばまれて帰京した。そして、抗告人は、同年一一月この間の無断欠勤を理由に公社から降格処分をうけた。
  3 その後、相手方も、婚姻関係改善の努力をする気になつて、同年一二月から翌四三年一月にかけて二女雅子を連れずに帰宅し、さらに同年五月には二女雅子を連れ戻して、抗告人との共同生活を再開し、その後は、抗告人が酒をのんであばれることが時にはあつたものの、概して平穏な状態が続いた。
  4 ところが、昭和四五年五月二五日、かねてそううつ病と診断されていた抗告人は医師から入院治療をすすめられたがこれを拒絶した。そして、公社から入院についての同意を要請された相手方は、抗告人の親族にも相談したが、判断がつけられず同意しないまま、同月三〇日に二人の子を連れて名古屋市内の実家に帰つてしまつた。その後、抗告人は、同年六月実母ヒサノを保護義務者として入院したが、相手方は主治医の病歴照会にも応ぜず、また同年一〇月末に抗告人が退院するまで全く面会にも行かず、この間の同年八月二六日には、二人の子と共に、各古屋市への転出手続をした。
  5 抗告人は、昭和四六年二月職場に復帰し、その後、電話等で相手方に同居するよう話合いを求めたが、相手方は終始これを避け、昭和四七年以降昭和五四年までは互いに全く音信のない状態が続いた。
昭和五四年一月、抗告人は久野比呂子(昭和一四年生)と見合をし、交際をはじめ、同年二月から三月にかけて、離婚問題を話合うべく三回にわたり相手方の実家に行つたが、相手方と直接話合うことはできなかつたので、相手方との離婚を前提として、同年四月久野と同棲生活をはじめた。他方、相手方は昭和五一年四月短期大学に入学し昭和五三年三月これを卒業し、その後も、実母や姉などの助力をえながら○○○○株式会社に勤務して、二人の子供の養育を続けた。
  6 抗告人は、昭和五四年四月東京家庭裁判所に離婚調停を申立て、同年一二月これを取下げたが、昭和五六年五月同庁に再び離婚調停を申立て、これが同年一二月不成立になつたので、昭和五七年七月東京地方裁判所に離婚訴訟を提起した。

 三 民法七六〇条、七五二条に照らせば、婚姻が事実上破綻して別居生活に入つたとしても、離婚しないかぎりは夫婦は互に婚姻費用分担の義務があるというべきであるが、夫婦の一方が他方の意思に反して別居を強行し、その後同居の要請にも全く耳を藉さず、かつみずから同居生活回復のための真摯な努力を全く行わず、そのために別居生活が継続し、しかも右別居をやむを得ないとするような事情が認められない場合には、前記各法条の趣旨に照らしても、少なくとも自分自身の生活費にあたる分についての婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されずただ、同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまるというべきである。そして、右認定事実によれば、相手方は抗告人の意思に反して別居を強行し、その後の抗告人の再三の話合いの要請にも全く応ぜず、かつみずからは全く同居生活回復の努力を行わず、しかも右別居についてやむを得ない事情があるとは到底いいがたい状態で一〇年以上経過してから本件婚姻費用分担の申立てをしたものと評価すべきであるから、自己の生活費を婚姻費用の分担として抗告人に請求するのは、まさに権利の濫用であつて許されず、ただ相手方と同居する長女啓子、二女雅子の実質的監護費用だけを婚姻費用の分担として抗告人に請求しうるにとどまるというべきである。なお、抗告人主張のような多額な金品を別居に際して相手方が持去つたことを認めるに十分な証拠はないし、もつとも若干の金品を相手方が持去つたことは窺えないでもないが、これとても、本件婚姻費用分担申立てに至るまでの二人の子の監護費用に充ててなお余りあるものとは認められないから、この点は、婚姻費用分担請求の当否には影響するものではない。

 四 そして、右のような婚姻費用分担額(実質的監護費用額)の算定の前提となる事情として、記録によれば、次の各事実が認められる。
  1 抗告人は、本件婚姻費用分担申立て当時、公社に勤務し、昭和五六年における租税、社会保険料控除後の平均月収は約三一万九〇〇〇円であり、相手方は、当時前記○○○○に勤務し、昭和五六年における同様の平均月収は約四万七〇〇〇円であつた。
  2 相手方は、児童扶養手当法に基づく同手当として、本件婚姻費用分担申立て当時は月額三万四三〇〇円、昭和五六年四月以降は月額二万九三〇〇円を受給している(その受給額がこれを上まわることについては適確な証拠がない。)。
  3 抗告人は、昭和五七年八月三一日に公社を退職し、そのころ、退職手当約一四六三万円(ただし、租税、共済弁済金等を控除後の手取額は約七〇二万円)の支払をうけ、その後は、うつ状態で通院加療中で就職せず、公社から減額退職年金一四一万八〇〇〇円(月額一一万八〇〇〇円)を受給して、久野比呂子と同棲生活を続けている。
  4 長女啓子は、本件婚姻費用分担申立て当時、私立高校に通学していたが、昭和五七年三月これを卒業し、以後○○○○工業株式会社で工員として働いている。また、二女雅子は同当時、中学生であつたが、昭和五八年四月から私立高校に通学している。
 五 そこで、右認定したところに従つて、労働科学研究所の総合消費単位(以下消費単位という。)をも参酌して、相手方が抗告人に分担を求めうる婚姻費用額について検討する。
  1 昭和五五年一〇月三一日(抗告人に婚姻費用分担申立てによる呼出通知が到達した日)から昭和五七年三月三一日(長女啓子の就職)まで
 相手方の収入からは二人の子の監護費用にまわす余裕がないことは生活保護基準に照らしても明らかであり(相手方にこれ以上の収入があることを認めるに足りる証拠はなく、相手方が二人の子の監護のために、その親族から借金するなどの援助をうけていたとしても、婚姻費用分担額算定にあたり、これを考慮する余地はない。)、抗告人は、その収入をもつて、二人の子が自分と同一水準の生活を営みうるだけの費用を婚姻費用として分担すべきである。ただし、前記認定のような事情の下で抗告人が久野比呂子と同棲生活をして、その必要生計費の増加がある以上、これも考慮すべきであり、また、この期間、相手方は月額三万円内外の児童扶養手当を受給し、これが二人の子の監護費用に現実に充てられた以上、親の未成年の子に対する生活保持義務は公的扶助に優先して履行されるべきであるといつても、これを婚姻費用分担額算定にあたつて考慮しないわけにはいかない。
 以上のような諸事情に、この期間の各人の消費単位(抗告人一〇五、久野八〇、啓子九〇、雅子八〇)を参酌すると、相手方が、この期間に抗告人に対して求めうる婚姻費用分担額は月額一二万円をもつて相当とするというべきである。すると、この期間の分担額総額は二〇四万四〇〇〇円(一七か月プラス一日分)となる。
  2 昭和五七年四月一日(啓子の就職)から同年八月三一日(抗告人の退職)まで
 昭和五七年四月一日以降は、啓子は工員として稼働して相当の収入を得ているから、婚姻費用分担額算定にあたり同女の監護費用は考慮する必要がなくなつたものというべきであり、このような事情の変化を勘案すると、相手方が抗告人に求めうるこの期間の婚姻費用分担額は月額七万五〇〇〇円をもつて相当とするというべきである。すると、この期間の分担額総額は三七万五〇〇〇円(五か月分)となる。
  3 昭和五七年九月一日(抗告人の退職)以降
 昭和五七年九月一日以降は、抗告人の継続的収入は減額退職年金(年一四一万八〇〇〇円)だけとなつたのであるが、退職手当金手取額が約七〇二万円あつたことも考慮すべきである(なお、右手取額のうち七〇〇万円が久野比呂子からの借入金の弁済に充てられたとの抗告人の主張については、これに副う久野作成の受領証は直ちに措信しがたく、他にこれを証するに足りる証拠はない。)。
 そこで、これら事情の変化及びこれに伴う消費単位の変動(抗告人は退職により一〇五から一〇〇へ、雅子は高校進学により昭和五八年四月以降、八〇から九〇へ)を勘案すると、相手方が抗告人に求めうる昭和五七年九月一日以降の婚姻費用分担額は月額四万円をもつて相当とするというべきである。すると、昭和五七年九月一日から昭和五八年一一月末日までの分担額総額は六〇万円(一五か月分)となる。
 六 すでに認定したとおり、雅子は三歳ころから抗告人と別居して相手方に監護され、現に名古屋市内の高校に通学しており、別居以来抗告人とはほとんど面会したこともないのであるから、その別居の事情を考慮しても、抗告人の同女引渡しの申立ては理由がないことが明らかである(なお、この申立ては昭和五六年一二月三日の調停期日で合意成立の見込みがないとして審判に移行されたものであることが記録上明らかである。)。
 七 したがつて、本件抗告のうち、婚姻費用分担審判の取消しを求める部分は、その一部について理由があるので、みずから審判に代わる裁判をするのを相当と認め、原審判主文第一項を、本決定主文第一項のとおり変更することとし、本件抗告のうち、子の監護に関する処分審判の取消しを求める部分は、理由がないから棄却することとし、主文のとおり、決定する。
 (裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 片岡安夫 小林克巳)


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