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Ⅰ はじめに
Ⅱ AのBに対する請求について
1.序論
・本件定期預金契約の期限前解約とその解約金の振込の効力がいずれもAに帰属するか
日常家事代位・・・
相手方が日常家事に属すると信じ、そう信じるにつき正当な理由があるときには、110条の趣旨の類推
+判例(S44.12.18)
理由
上告代理人小宮正己の上告理由第一点について。
本件売買契約締結の当時、被上告人が訴外Aに対しその売買契約を締結する代理権またはその他の何らかの代理権を授与していた事実は認められない、とした原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係および本件記録に照らし、首肯することができないわけではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点について。
民法七六一条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。
そして、民法七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。
しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
したがつて、民法七六一条および一一〇条の規定の解釈に関して以上と同旨の見解に立つものと解される原審の判断は、正当である。
ところで、原審の確定した事実関係、とくに、本件売買契約の目的物は被上告人の特有財産に属する土地、建物であり、しかも、その売買契約は上告人の主宰する訴外株式会社千代田べヤリング商会が訴外Aの主宰する訴外株式会社西垣商店に対して有していた債権の回収をはかるために締結されたものであること、さらに、右売買契約締結の当時被上告人は右Aに対し何らの代理権をも授与していなかつたこと等の事実関係は、原判決挙示の証拠関係および本件記録に照らして、首肯することができないわけではなく、そして、右事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であつた右Aと被上告人との日常の家事に関する法律行為であつたといえないことはもちろん、その契約の相手方である上告人においてその契約が被上告人ら夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたといえないことも明らかである。
してみれば、上告人の所論の表見代理の主張を排斥した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を争い、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)
・Aの帰責性の存否に左右されずに免責を得られるものとして、478条による本件定期預金債権の消滅を主張する方法!
+(債権の準占有者に対する弁済)
第四百七十八条 債権の準占有者に対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
2.478条の趣旨
・外観に対する信頼保護。権利者の帰責事由の存否を問わない。
・信頼保護の理由
①弁済の義務性
弁済は債務者の義務であるため、債務者に弁済相手の受領資格につきあまり慎重な調査を求めることは適当ではない!
②日常大量性
日常大量性とは、取引社会全体におけるそれをさす
③既存の法律関係の決済性
債権者の受ける不利益が限定的であるため、債権者に不利益の負担を求めやすい。
3.478条による債務者の免責の要件
・詐称代理人に対する弁済にも478条は適用される!
・債権の準占有者
=債権者その他受領権者らしい外観を呈する者をいう
・定期預金の期限前払い戻しも478条の弁済に該当する。
・善意無過失
債務者が弁済の時に相手方に受領権があると信じ、そう信じることに過失のないことをいう。
機械払いとか窓口での払い戻しの場合
払い戻しが全体として適切な過程を経て行われたかどうか!
Ⅲ AのCまたはDに対する請求について
1.序論
2.本件振込みによるDの普通預金債権の存否
・定期預金の預金者
自らの出損により自己の預金とする意思で自らまたは他人を通じて預金契約をした者を預金者としている(客観説)
←実質的利益を有する者に預金を帰属させようとするもの
・誤振込み
受取人が振込前の口座の残高に振込金相当額を加えた額の普通預金を取得する
3.本件振込みによりDの普通預金債権の成立を認める場合における法律関係
+判例(H15.3.12)
理由
弁護人日高章の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例が所論の主張するような趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、詐欺罪の成否について判断する。
1 原判決及び原判決が是認する第1審判決によれば、以下の事実が認められる。
(1) 税理士であるAは、被告人を含む顧問先からの税理士顧問料等の取立てを、集金事務代行業者であるB株式会社に委託していた。
(2) 同社は、上記顧問先の預金口座から自動引き落としの方法で顧問料等を集金した上、これを一括してAが指定した預金口座に振込送金していたが、Aの妻が上記振込送金先を株式会社泉州銀行金剛支店の被告人名義の普通預金口座に変更する旨の届出を誤ってしたため、上記B株式会社では、これに基づき、平成7年4月21日、集金した顧問料等合計75万0031円を同口座に振り込んだ。
(3) 被告人は、通帳の記載から、入金される予定のない上記B株式会社からの誤った振込みがあったことを知ったが、これを自己の借金の返済に充てようと考え、同月25日、上記支店において、窓口係員に対し、誤った振込みがあった旨を告げることなく、その時点で残高が92万円余りとなっていた預金のうち88万円の払戻しを請求し、同係員から即時に現金88万円の交付を受けた。
2 本件において、振込依頼人と受取人である被告人との間に振込みの原因となる法律関係は存在しないが、このような振込みであっても、受取人である被告人と振込先の銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、被告人は、銀行に対し、上記金額相当の普通預金債権を取得する(最高裁平成4年(オ)第413号同8年4月26日第二小法廷判決・民集50巻5号1267頁参照)。
しかし他方、記録によれば、銀行実務では、振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人からの申出があれば、受取人の預金口座への入金処理が完了している場合であっても、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す、組戻しという手続が執られている。また、受取人から誤った振込みがある旨の指摘があった場合にも、自行の入金処理に誤りがなかったかどうかを確認する一方、振込依頼先の銀行及び同銀行を通じて振込依頼人に対し、当該振込みの過誤の有無に関する照会を行うなどの措置が講じられている。
これらの措置は、普通預金規定、振込規定等の趣旨に沿った取扱いであり、安全な振込送金制度を維持するために有益なものである上、銀行が振込依頼人と受取人との紛争に巻き込まれないためにも必要なものということができる。また、振込依頼人、受取人等関係者間での無用な紛争の発生を防止するという観点から、社会的にも有意義なものである。したがって、銀行にとって、払戻請求を受けた預金が誤った振込みによるものか否かは、直ちにその支払に応ずるか否かを決する上で重要な事柄であるといわなければならない。これを受取人の立場から見れば、受取人においても、銀行との間で普通預金取引契約に基づき継続的な預金取引を行っている者として、自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には、銀行に上記の措置を講じさせるため、誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。社会生活上の条理からしても、誤った振込みについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから、上記の告知義務があることは当然というべきである。そうすると、【要旨】誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐欺罪の欺罔行為に当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるというべきであるから、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する。
前記の事実関係によれば、被告人は、自己の預金口座に誤った振込みがあったことを知りながら、これを銀行窓口係員に告げることなく預金の払戻しを請求し、同係員から、直ちに現金の交付を受けたことが認められるのであるから、被告人に詐欺罪が成立することは明らかであり、これと同旨の見解の下に詐欺罪の成立を認めた原判決の判断は、正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 亀山継夫 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷玄 裁判官 滝井繁男)
+判例(H20.10.10)
理由
上告代理人齋藤雅弘ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は、上告人が銀行である被上告人に対して普通預金の払戻しを求めたところ、被上告人が、上告人が払戻しを求める金額に相当する預金は、原因となる法律関係の存在しない振込みによって生じたものであることを理由として、上告人の払戻請求は権利の濫用に当たると主張するとともに、被上告人は上告人が払戻しを求める金額に相当する預金を上記振込みをした者に払い戻したが、この払戻しは債権の準占有者に対する弁済として有効であるなどと主張して、これを争う事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人は、A銀行H支店において、普通預金口座(以下「本件普通預金口座」といい、この口座に係る預金を「本件普通預金」という。)を開設し、また、上告人の夫であるBは、C銀行J支店において、預金元本額を1100万円とする定期預金口座(以下、この口座に係る預金を「夫の定期預金」という。)を開設していた。
(2) D及び氏名不詳の男性1名(以下「本件窃取者ら」という。)は、平成12年6月6日午前4時ころ、上告人の自宅に侵入し、本件普通預金及び夫の定期預金の各預金通帳及び各銀行届出印を窃取した。
(3) E、F及びGは、本件窃取者らから依頼を受け、同月7日午後1時50分ころ、C銀行J支店において、夫の定期預金の預金通帳等を提示して夫の定期預金の口座を解約するとともに、解約金1100万7404円(元本1100万円、利息7404円)を本件普通預金口座に振り込むよう依頼し、これに基づいて本件普通預金口座に上記同額の入金がされた(以下、この振込依頼による入金を「本件振込み」という。)。これにより、本件普通預金口座の残高は1100万8255円となった。
(4) E及びFは、本件窃取者らから依頼を受け、同日午後2時29分ころ、A銀行I支店において、本件普通預金の預金通帳等を提示して、本件普通預金口座から1100万円の払戻しを求めた。同銀行は、この払戻請求に応じて、E及びFに対し、1100万円を交付した(以下「本件払戻し」という。)。
(5) 上告人は、A銀行の権利義務を承継した被上告人に対し、本件振込みに係る預金の一部である1100万円の払戻しを求め、これに対して被上告人は、前記のとおり、上告人の払戻請求は権利の濫用に当たり許されないなどと主張して争っている。
3 原審は、上記事実関係の下において、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却した。
(1) 本件振込みに係る金員は、本件振込みにより、本件普通預金の一部として上告人に帰属したと解するのが相当である。
(2) 本件振込みに係る預金は、上告人において振込みによる利得を保持する法律上の原因を欠き、上告人は、この利得により損失を受けた者へ、当該利得を返還すべきものである。すなわち、上告人としては、本件振込みに係る預金につき自己のために払戻しを請求する固有の利益を有せず、これを振込者(不当利得関係の巻戻し)又は最終損失者へ返還すべきものとして保持し得るにとどまり、その権利行使もこの返還義務の履行に必要な範囲にとどまるものと解すべきである。この権利行使は、特段の事情がない限り、自己への払戻請求ではなく、原状回復のための措置を執る方法によるべきである。
そして、本件振込み後にされたEらに対する本件払戻しにより、これに全く関知しない上告人の利得は消滅したから、上告人には不当利得返還義務の履行のために保持し得る利得も存在しない。このことは、本件払戻しにつきA銀行に過失がある場合でも変わるところがない。
そうすると、上告人の払戻請求は、上告人固有の利益に基づくものではなく、また、不当利得返還義務の履行手段としてのものでもないから、上告人において払戻しを受けるべき正当な利益を欠き、権利の濫用として許されないものと解すべきである。
4 しかしながら、原審の上記3(1)の判断は是認することができるが、同(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
振込依頼人から受取人として指定された者(以下「受取人」という。)の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人において銀行に対し上記金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当であり(最高裁平成4年(オ)第413号同8年4月26日第二小法廷判決・民集50巻5号1267頁参照)、上記法律関係が存在しないために受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負う場合であっても、受取人が上記普通預金債権を有する以上、その行使が不当利得返還義務の履行手段としてのものなどに限定される理由はないというべきである。そうすると、受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において、受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては、払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって、詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど、これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは、権利の濫用に当たるとしても、受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは、権利の濫用に当たるということはできないものというべきである。
これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件振込みは、本件窃取者らがEらに依頼して、上告人の自宅から窃取した預金通帳等を用いて夫の定期預金の口座を解約し、その解約金を上告人の本件普通預金口座に振り込んだものであるというのであるから、本件振込みにはその原因となる法律関係が存在しないことは明らかであるが、上記のような本件振込みの経緯に照らせば、上告人が本件振込みに係る預金について払戻しを請求することが権利の濫用となるような特段の事情があることはうかがわれない。被上告人において本件窃取者らから依頼を受けたEらに対して本件振込みに係る預金の一部の払戻しをしたことが上記特段の事情となるものでもない。したがって、上告人が本件普通預金について本件振込みに係る預金の払戻しを請求することが権利の濫用に当たるということはできない。
5 そうすると、以上と異なる見解の下に、上告人の払戻請求が権利の濫用に当たるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、主文第2項の部分は破棄を免れない。そして、本件払戻しが債権の準占有者に対する弁済として有効であるか等について更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)
・誤振込みにより成立した預金債権がDの責任財産を構成する。
+判例(H8.4.26)
理由
上告代理人榎本峰夫、同中川潤の上告理由一、二について
一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、株式会社透信(以下「透信」という。)に対する東京法務局所属公証人A成の昭和六三年第二七七号譲渡担保付金銭消費貸借公正証書の執行力のある正本に基づいて、平成元年七月三一日、透信が株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という。)に対して有する普通預金債権を差し押さえたが、差押時の同預金債権の残高は五七二万二八九八円とされていた。
2 被上告人は、株式会社東辰(以下「東辰」という。)から、東京都大田区所在の建物の一部を賃料一箇月四六七万〇一三〇円で賃借し、毎月末日に翌月分賃料を東辰の株式会社第一勧業銀行大森支店の当座預金口座に振り込んで支払っていた。また、被上告人は、透信から通信用紙等を購入し、その代金を透信の富士銀行上野支店の普通預金口座に振り込む方法で支払っていたことがあったが、昭和六二年一月の支払を最後に取引はなく、債務もなかった。右普通預金口座は、透信と富士銀行との間の普通預金取引契約によるものであるところ、右契約の内容となる普通預金規定には、振込みに関しては、これを預金口座に受け入れるという趣旨の定めだけが置かれていた。
3 被上告人は、東辰に対し、平成元年五月分の賃料、光熱費等の合計五五八万三〇三〇円を支払うため、同年四月二八日、富士銀行大森支店に右同額の金員の振込依頼をしたが、誤って、振込先を富士銀行上野支店の前記透信の普通預金口座と指定したため、同口座に右五五八万三〇三〇円の入金記帳がされた(以下「本件振込み」という。)。上告人が差し押さえた透信の普通預金債権の残高五七二万二八九八円のうち五五八万三〇三〇円(以下「本件預金債権」という。)は、本件振込みに係るものである。
二 被上告人の本件請求は、上告人の強制執行のうち本件預金債権に対する部分につき、第三者異議の訴えによりその排除を求めるものであるが、原審は、右事実関係の下に、次のとおり判示して、被上告人の請求を認容した。
1 振込金について銀行が受取人として指定された者(以下「受取人」という。)の預金口座に入金記帳することにより受取人の預金債権が成立するのは、受取人と銀行との間で締結されている預金契約に基づくものであるところ、振込みが振込依頼人と受取人との原因関係を決済するための支払手段であることにかんがみると、振込金による預金債権が有効に成立するためには、特段の定めがない限り、基本的には受取人と振込依頼人との間において当該振込金を受け取る正当な原因関係が存在することを要すると解される。ところが、本件振込みは、明白で形式的な手違いによる誤振込みであるから、他に特別の事情の認められない本件においては、透信の富士銀行に対する本件預金債権は成立していないというべきである。
2 そうすると、本件振込みに係る金員の価値は、実質的には被上告人に帰属しているものというべきであるのに、外観上存在する本件預金債権に対する差押えにより、これがあたかも透信の責任財産を構成するかのように取り扱われる結果となっているのであるから、被上告人は、右金銭価値の実質的帰属者たる地位に基づき、本件預金債権に対する差押えの排除を求めることができると解すべきである。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。けだし、前記普通預金規定には、振込みがあった場合にはこれを預金口座に受け入れるという趣旨の定めがあるだけで、受取人と銀行との間の普通預金契約の成否を振込依頼人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の有無に懸からせていることをうかがわせる定めは置かれていないし、振込みは、銀行間及び銀行店舗間の送金手続を通して安全、安価、迅速に資金を移動する手段であって、多数かつ多額の資金移動を円滑に処理するため、その仲介に当たる銀行が各資金移動の原因となる法律関係の存否、内容等を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られているからである。
2 また、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しないにかかわらず、振込みによって受取人が振込金額相当の預金債権を取得したときは、振込依頼人は、受取人に対し、右同額の不当利得返還請求権を有することがあるにとどまり、右預金債権の譲渡を妨げる権利を取得するわけではないから、受取人の債権者がした右預金債権に対する強制執行の不許を求めることはできないというべきである。
3 これを本件についてみるに、前記事実関係の下では、送信は、富士銀行に対し、本件振込みに係る普通預金債権を取得したものというべきである。そして、振込依頼人である被上告人と受取人である透信との間に本件振込みの原因となる法律関係は何ら存在しなかったとしても、被上告人は、透信に対し、右同額の不当利得返還請求権を取得し得るにとどまり、本件預金債権の譲渡を妨げる権利を有するとはいえないから、本件預金債権に対してされた強制執行の不許を求めることはできない。
四 そうすると、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に判示したところによれば、被上告人の本件請求は理由がないから、右請求を認容した第一審判決を取り消し、これを棄却すべきものである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)
4.本件振込みによりDの普通預金債権は成立しないとする場合における法律関係
5.Fへの本権払戻しによるCの免責の成否
478条によるDの債権の消滅
Cの無過失が認められるか
Ⅳ おわりに
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