民法 基本事例で考える民法演習2 24ちゅん退任の地位の移転と解除権の帰趨~敷金と賃料をめぐる法律関係


1.小問1(1)について

+借地借家法
(建物賃貸借の対抗力等)
第三十一条  建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる
2  民法第五百六十六条第一項 及び第三項 の規定は、前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3  民法第五百三十三条 の規定は、前項の場合に準用する。
・譲受人が賃料を請求するに当たっては登記が必要。
←賃借人は177条の第三者に該当するから。
・+(解除権の行使)
第五百四十条  契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2  前項の意思表示は、撤回することができない。
+判例(S39.8.28)
理由 
 上告代理人香田広一の上告理由第五点について。 
 所論は、被土告人はすでに昭和三四年九月二八日本件建物を訴外Aに売り渡してその所有権を失つているのであるから、右売渡後の同年一〇月五日に同年九月末日までの延滞賃料の催告をなし、右賃料不払に基づいて被上告人のなした本件賃貸借契約解除はその効力を有しない筈であるのに、原審が右解除を有効と判断して被上告人の請求を認容したのは、借家法の解釈を誤まつたものであるという。 
 記録によれば、上告人が昭和三五年二月一六月午前一〇時の原審最終口頭弁論期日において、被上告人は昭和三四年九月二八日本件家屋を訴外Aに売り渡したからその実体的権利はすでに右訴外人に移転し被上告人はこれを失つている旨主張したのに対して、原審は右売却およびこれによる所有権喪失の有無につき被上告人に対して認否を求めないまま弁論を終結したことが明らかであり、原判決が、被上告人の本訴請求は賃貸借の消滅による賃貸物返還請求権に基づくものであるから仮に上告人主張のように被上告人が本件建物の所有権を他に譲渡してもこの事実は右請求権の行使を妨げる理由とはならないとして、被上告人の右請求を認容していることは、論旨のとおりである。 
 しかし、自己の所有建物を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右建物を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には、特段の事情のないかぎり、借家法一条の規定により、賃貸人の地位もこれに伴つて右第三者に移転するものと解すべきところ、本件においては、被上告人が上告人に対して自己所有の本件建物を賃貸したものであることが当事者間に争が由ないのであるから、本件賃貸借契約解除権行使の当時被上告人が本件建物を他に売り渡してその所有権を失つていた旨の所論主張につき、もし被上告人がこれを争わないのであれば、被上告人は上告人に対する関係において、右解除権行使当時すでに賃貸人たるの地位を失つていたことになるのであり、右契約解除はその効力を有しなかつたものといわざるを得ない。しかるに、原審が、叙上の点を顧慮することなく、上告人の所論主張につき、本件建物の所有権移転が本訴請求を妨げる理由にはならないとしてこれを排斥したのは、借家法一条の解釈を誤まつたか、もしくは審理不尽の違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。従つて、上告代理人香田広一のその余の論旨および上告代理人清水正雄の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、なお右の点について審理の必要があるものと認められるから、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外) 
・信頼関係理論
+判例(S39.7.28)
理由 
 上告代理人宮浦要の上告理由第一点について。 
 所論は、原判決には被上告人Aに対する本件家屋明渡の請求を排斥するにつき理由を付さない違法があるというが、原判決は、所論請求に関する第一審判決の理由説示をそのまま引用しており、所論は、結局、原判決を誤解した結果であるから、理由がない。 
 同第二点について。 
 所論は、相当の期間を定めて延滞賃料の催告をなし、その不履行による賃貸借契約の解除を認めなかつた原判決違法と非難する。しかし、原判決(及びその引用する第一審判決)は、上告人が被上告人Aに対し所論延滞賃料につき昭和三四年九月二一日付同月二二日到達の書面をもつて同年一月分から同年八月分まで月額一二〇〇円合計九六〇〇円を同年九月二五日までに支払うべく、もし支払わないときは同日かぎり賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をなしたこと、右催告当時同年一月分から同年四月分までの賃料合計四八〇〇円はすでに適法に弁済供託がなされており、延滞賃料は同年五月分から同年八月分までのみであつたこと、上告人は本訴提起前から賃料月額一五〇〇円の請求をなし、また訴訟上も同額の請求をなしていたのに、その後訴訟進行中に突如として月額一二〇〇円の割合による前記催告をなし、同被上告人としても少なからず当惑したであろうこと、本件家屋の地代家賃統制令による統制賃料額は月額七五〇円程度であり、従つて延滞賃料額は合計三〇〇〇円程度にすぎなかつたこと、同被上告人は昭和一六年三月上告人先代から本件家屋賃借以来これに居住しているもので、前記催告に至るまで前記延滞額を除いて賃料延滞の事実がなかつたこと、昭和二五年の台風で本件家屋が破損した際同被上告人の修繕要求にも拘らず上告人側で修繕をしなかつたので昭和二九年頃二万九〇〇〇円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費について本訴が提起されるまで償還を求めなかつたこと、同被上告人は右修繕費の償還を受けるまでは延滞賃料債務の支払を拒むことができ、従つて昭和三四年五月分から同年八月分までの延滞賃料を催告期間内に支払わなくても解除の効果は生じないものと考えていたので、催告期間経過後の同年一一月九日に右延滞賃料弁済のためとして四八〇〇円の供託をしたことを確定したうえ、右催告に不当違法の点があつたし、同被上告人が右催告につき延滞賃料の支払もしくは前記修繕費償還請求権をもつてする相殺をなす等の措置をとらなかつたことは遺憾であるが、右事情のもとでは法律的知識に乏しい同被上告人が右措置に出なかつたことも一応無理からぬところであり、右事実関係に照らせば、同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして、上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであつて、右判断は正当として是認するに足りる。従つて、上告人の本件契約解除が有効になされたことを前提とするその余の所論もまた、理由がない。 
 同第三点について。 
 所論は、被上告人B及び同Cの本件家屋改造工事は賃借家屋の利用の程度をこえないものであり、保管義務に違反したというに至らないとした原審の判断は違法であつて、民法一条二項三項に違反し、ひいては憲法一二条二九条に違反するという。しかし、原審は、右被上告人らの本件改造工事について、いずれも簡易粗製の仮設的工作物を各賃借家屋の裏側にそれと接して付置したものに止まり、その機械施設等は容易に撤去移動できるものであつて、右施設のために賃借家屋の構造が変更せられたとか右家屋自体の構造に変動を生ずるとかこれに損傷を及ぼす結果を来たさずしては施設の撤去が不可能という種類のものではないこと、及び同被上告人らが賃借以来引き続き右家屋を各居住の用に供していることにはなんらの変化もないことを確定したうえ、右改造工事は賃借家屋の利用の限度をこえないものであり、賃借家屋の保管義務に違反したものというに至らず、賃借人が賃借家屋の使用収益に関連して通常有する家屋周辺の空地を使用しうべき従たる権利を濫用して本件家屋賃貸借の継続を期待し得ないまでに貸主たる上告人との間の信頼関係が破壊されたものともみられないから、上告人の本件契約解除は無効であると判断しているのであつて、右判断は首肯でき、その間なんら民法一条二項三項に違反するところはない。また、所論違憲の主張も、その実質は右民違を主張するに帰するから、前記説示に照らしてその理由のないことは明らかである。所論は、すべて採るを得ない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊 裁判官 柏原語六) 
2.小問1(2)について(基礎編)
・賃貸人の移転に伴う敷金関係の移転
+判例(S48.2.2)
理由 
 上告代理人山下勉一の上告理由について。 
 原判決の確定したところによれば、訴外Aは、昭和三四年一〇月三一日、訴外Bから、同人所有の本件家屋二棟を資料一か月八〇〇〇円、期間三年の約で借り受け、敷金二五万円を同人に交付したが、右賃貸借契約においては、「右敷金ハ家屋明渡ノ際借主ノ負担二属スル債務アルトキハ之ニ充当シ、何等負担ナキトキハ明渡ト同時ニ無利息ニテ返還スルコト」との条項が書面上明記されていたこと、被上告人は、昭和三五年中、競落により本件各家屋の所有権を取得して、Aに対する賃貸人の地位を承継し、その結果右敷金をも受け継いだところ、右賃貸借は昭和三七年一〇月三一日期間満了により終了し、当時賃料の延滞はなかつたこと、被上告人は、Aから本件各家屋の明渡義務の履行を受けないまま、同年一二月二六日、これを訴外Cに売り渡し、かつ、それと同時に、右賃貸借終了の日の翌日から右売渡の日までのAに対する明渡義務不履行による損害賠償債権ならびに過去および将来にわたり生ずべきAに対する右損害賠償債権の担保としての敷金をCに譲渡し、その頃その旨をAに通知したが、右譲渡につきAの承諾を得た事実はなかつたこと、その後CがAに対して提起した訴訟の一、二審判決において、AがCに対して本件各家屋明渡義務および一か月二万四九四七円の割合による賃料相当損害金の支払義務を負うことが認められたのち、昭和四〇年三月三日頃もCとAとの間において、CのAに対する右賃料相当損害金債権のうちから、本件敷金などを控除し、その余の損害金債権を放棄する旨の和解が成立し、同年四月三日頃AがCに対し本件各家屋を明渡したこと、以上の事実が認められるというのであり、他方、上告人が、Aに対する強制執行として、昭和四〇年一月二七日、Aの被上告人に対する本件敷金返還請求権につき差押および転付命令を得、同命令が同月二九日Aおよび被上告人に送達された事実についても、当事者間に争いがなかつたことが明らかである。 
 原判決は、以上の事実関係に基づき、本件賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借契約終了後の家屋明渡義務不履行に基づく損害賠償債権をも担保するものであり、家屋の譲渡によつてただちにこのような敷金の担保的効力が奪われるべきではないから、賃貸借終了後に賃貸家屋の所有権が譲渡された場合においても、少なくとも旧所有者と新所有者との間の合意があれば、貸借人の承諾の有無を問わず、新所有者において敷金を承継することができるものと解すべきであり、したがつて、被上告人がCに本件敷金を譲渡したことにより、Cにおいて右敷金の担保的効力とその条件付返還債務とを被上告人から承継し、その後、右敷金は、前記の一か月二万四九四七円の割合により遅くとも昭和三八年九月末日までに生じた賃料相当の損害金に当然に充当されて、全部消滅したものであつて、上告人はその後に得た差押転付命令によつて敷金返還請求権を取得するに由ないものというべきであり、なお、右転付命令はすでに敷金をCに譲渡した後の被上告人を第三債務者とした点においても有効たりえない、と判断したのである。 
 思うに、家屋賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が貸借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し、賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において、それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解すべきであり、本件賃貸借契約における前記条項もその趣旨を確認したものと解される。しかしながら、ただちに、原判決の右の見解を是認することはできない。すなわち、敷金は、右のような賃貸人にとつての担保としての権利と条件付返還債務とを含むそれ自体一個の契約関係であつて、敷金の譲渡ないし承継とは、このような契約上の地位の移転にほかならないとともに、このような敷金に関する法律関係は、賃貸借契約に付随従属するのであつて、これを離れて独立の意義を有するものではなく、賃貸借の当事者として、賃貸借契約に関係のない第三者が取得することがあるかも知れない債権までも敷金によつて担保することを予定していると解する余地はないのである。したがつて、賃貸借継続中に賃貸家屋の所有権が譲渡され、新所有者が賃貸人の地位を承継する場合には、賃貸借の従たる法律関係である敷金に関する権利義務も、これに伴い当然に新賃貸人に承継されるが、賃貸借終了後に家屋所有権が移転し、したがつて、賃貸借契約自体が新所有者に承継されたものでない場合には、敷金に関する権利義務の関係のみが新所有者に当然に承継されるものではなく、また、旧所有者と新所有者との間の特別の合意によつても、これのみを譲渡することはできないものと解するのが相当である。このような場合に、家屋の所有権を取得し、賃貸借契約を承継しない第三者が、とくに敷金に関する契約上の地位の譲渡を受け、自己の取得すべき貸借人に対する不法占有に基づく損害賠償などの債権に敷金を充当することを主張しうるためには、賃貸人であつた前所有者との間にその旨の合意をし、かつ、賃借人に譲渡の事実を通知するだけでは足りず、賃借人の承諾を得ることを必要とするものといわなければならない。しかるに、本件においては、被上告人からCへの敷金の譲渡につき、上告人の差押前にAが承諾を与えた事実は認定されていないのであるから、被上告人およびCは、右譲渡が有効になされ敷金に関する権利義務がCに移転した旨、およびCの取得した損害賠償債権に敷金が充当された旨を、Aおよび上告人に対して主張することはできないものと解すべきである。したがつて、これと異なる趣旨の原判決の前記判断は違法であつて、この点を非難する論旨は、その限度において理由がある。 
 しかし、さらに検討するに、前述のとおり、敷金は、賃貸借終了後家屋明渡までの損害金等の債権をも担保し、その返還請求権は、明渡の時に、右債権をも含めた賃貸人としての一切の債権を控除し、なお残額があることを条件として、その残額につき発生するものと解されるのであるから、賃貸借終了後であつても明渡前においては、敷金返還請求権は、その発生および金額の不確定な権利であつて、券面額のある債権にあたらず、転付命令の対象となる適格のないものと解するのが相当である。そして、本件のように、明渡前に賃貸人が目的家屋の所有権を他へ譲渡した場合でも、貸借人は、賃貸借終了により賃貸人に家屋を返還すべき契約上の債務を負い、占有を継続するかぎり右債務につき遅滞の責を免れないのであり、賃貸人において、貸借人の右債務の不履行により受くべき損害の賠償請求権をも敷金によつて担保しうべきものであるから、このような場合においても、家屋明渡前には、敷金返還請求権は未確定な債権というべきである。したがつて、上告人が本件転付命令を得た当時Aがいまだ本件各家屋の明渡を了していなかつた本件においては、本件敷金返還請求権に対する右転付命令は無効であり、上告人は、これにより右請求権を取得しえなかつたものと解すべきであつて、原判決中これと同趣旨の部分は、正当として是認することができる。 
 したがつて、本件敷金の支払を求める上告人の請求を排斥した原判決は、結局相当であつて、本件上告は棄却を免れない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄) 
・敷金の充当と引き継がれる残額
+判例(S44.7.17)
理由 
 上告代理人鈴木権太郎の上告理由について。 
 原判決が昭和三六年三月一日以降同三九年三月一五日までの未払賃料額の合計が五四万三七五〇円である旨判示しているのは、昭和三三年三月一日以降の誤記であることがその判文上明らかであり、原判決には所論のごとき計算違いのあやまりはない。また、所論賃料免除の特約が認められない旨の原判決の認定は、挙示の証拠に照らし是認できる。 
 しかして、上告人が本件賃料の支払をとどこおつているのは昭和三三年三月分以降の分についてであることは、上告人も原審においてこれを認めるところであり、また、原審の確定したところによれば、上告人は、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに敷金を差し入れているというのである。思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。したがつて、当初の本件建物賃貸人訴外亡Aに差し入れられた敷金につき、その権利義務関係は、同人よりその相続人訴外Bらに承継されたのち、右Bらより本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に、右説示の限度において承継されたものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は理由がない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎) 
3.小問(2)について(応用編)
・旧賃貸人と賃借人との間でされた合意は新賃貸人に承継される!
+判例(S38.9.26)
理由 
 上告代理人岡本共次郎の上告理由第一点について。 
 所論は、転貸許容の特約の存在を肯定した原審の事実認定は採証法則、経験則に違背すると主張する。しかし、原判決が、前所有者訴外Aの代理人Bにおいて、本件家屋を賃貸した当初から、賃借人訴外C(被上告人Dを除く被上告人三名の先代)が本件家屋の階下一一坪五合の部分を不特定の第三者に転貸することを暗黙に承諾していたものと認定したことは、その挙示する証拠によつて原審が認めた諸事情を綜合し、肯認できないわけではない。所論は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、排斥を免れない。 
 同第二点について。 
 所論は、所論のいわゆる概括的転貸許容の特約は賃貸借契約の本来的(実質的)事項でないから、その登記なくしては、家屋の新所有者に対抗できないと主張して、これと異る原判決の判断を攻撃する。しかし、借家法一条一項の規定の趣旨は、賃貸借の目的たる家屋の所有権を取得したる者が旧所有者たる賃貸人の地位を承継することを明らかにしているのであるから、それは当然に、旧所有者と賃借人間における賃貸借契約より生じたる一切の権利義務が、包括的に新所有者に承継せられる趣旨をも包含する法意である。右と同趣旨の原判決の判断は正当であり、所論は独自の見解であつて、採用できない。 
 同第三点について。 
 所論第一審第五回口頭弁論調書に、上告人の主張について「解約」という文字が使用されているからといつて、それだけで、所論のようにそれは「解約申入」の趣旨であつて、「合意解約」の趣旨でないと断定できる筋合いのものでない。 
 また、上告人が借家法三条の解約の申入による賃貸借の終了を主張したことは、記録上認められない。無断転貸を理由とする解除の主張に、当然に、解約の申入による賃貸借の終了の主張をも含んでいると解せられない。以上、所論はすべて排斥を免れない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 斎藤朔郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 長部謹吾) 
+判例(S39.6.26)
理由 
 上告代理人高坂安太郎の上告理由第一点について。 
 所論は、まず本件賃貸借の家賃支払を取立債務と認定した原判決は採証法則に違反する旨主張する。しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判決の認定のような特殊事情にもとづき家賃支払について訴外Aと被上告人との間に取立債務とする合意が成立したとの原判決認定の事実を容認しえないわけではなく、所論は、結局、原審の専権に属する事実の認定を非難するに帰し採用しがたい。 
 つぎに、所論は、上告人が賃貸人の地位を承継したから賃料の取立債務とする特殊事情はなくなり持参債務に変更した旨主張する。 
 しかし、不動産の所有者が賃貸人の地位を承継するのは従前の賃貸借の内容をそのまま承継するのであるから、賃料の取立債務もそのまま承継されると解すべきである。所論のように賃料の取立債務が当然に持参債務に変更するものではない。所論は、独自の見解であつて、採用しがたい。 
 同第三点について。 
 原判決は、上告会社が一月金五、〇〇〇円の値上げを固執し、催告当時においてもそれ以下の金額では家賃の協定に応ずる意思がなく、弁済の提供を受けてもこれを受領しないような態度を示していたことがうかがえる旨判示しており、原判決拳示の証拠によると、右事実はこれを容認しえないわけではない。 
 それゆえ、右のような場合においては、値上相当額月金三、九八九円を金一、〇一一円しかこえない賃料月金五、〇〇〇円の割合による家賃債務についての支払催告であつても、適法な催告といいがたく、したがつて、過大な催告としてその効力を否定した原判決の判断は正当としてこれを容認しうるとこである(論旨引用の判例は、本件に適切でない。)。 
 所論は採用しがたい。 
 同第二点および第四点について。 
 しかし、本件家屋の賃貸借が賃料の不払を理由として解除されるためには、特段の事情のないかぎり、催告が適法にされることを必要とするところ、上告人のした催告が効力を生じないことは、上告理由第三点において判断したとおりであるから、被上告人に賃料の不払について遅滞があると否とにかかわらず、賃貸借の解除は効力を生じないことはあきらかである。所論は、催告の有効を前提とするものであり、結局前提を欠くものとして、排斥を免れない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)
・密接に関連する2つの契約の一方に対する不履行が他方の契約の解除原因となるか 
+判例(H8.11.12)
理由 
 上告代理人齋藤護の上告理由について 
 一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 
 1 被上告人は、不動産の売買等を目的とする株式会社であり、兵庫県佐用郡に別荘地を開発し、いわゆるリゾートマンションである佐用コンドミニアム(以下「本件マンション」という)を建築して分譲するとともに、スポーツ施設である佐用フュージョン倶楽部(以下「本件クラブ」という)の施設を所有し、管理している。 
 2(一) 上告人らは、平成三年一一月二五日、被上告人から、持分を各二分の一として、本件マンションの一区分である本件不動産を代金四四〇〇万円で買い受け(以下「本件売買契約」という)、同日手付金四四〇万円を、同年一二月六日残代金を支払った。本件売買契約においては、売主の債務不履行により買主が契約を解除するときは、売主が買主に手付金相当額を違約金及び損害賠償として支払う旨が合意されている。(二)上告人Aは、これと同時に、被上告人から本件クラブの会員権一口である本件会員権を購入し(以下「本件会員権契約」という)、登録料五〇万円及び入会預り金二〇〇万円を支払った。 
 3(一) 被上告人が書式を作成した本件売買契約の契約書には、表題及び前書きに「佐用フュージョン倶楽部会員権付」との記載があり、また、特約事項として、買主は、本件不動産購入と同時に本件クラブの会員となり、買主から本件不動産を譲り受けた者についても本件クラブの会則を遵守させることを確約する旨の記載がある。(二)被上告人による本件マンション分譲の新聞広告には、「佐用スパークリンリゾートコンドミニアム(佐用フュージョン倶楽部会員権付)」との物件の名称と共に、本件マンションの区分所有権の購入者が本件クラブを会員として利用することができる旨の記載がある。(三)本件クラブの会則には、本件マンションの区分所有権は、本件クラブの会員権付きであり、これと分離して処分することができないこと、区分所有権を他に譲渡した場合には、会員としての資格は自動的に消滅すること、そして、区分所有権を譲り受けた者は、被上告人の承認を得て新会員としての登録を受けることができる旨が定められている。 
 4(一) 被上告人は、本件マンションの区分所有権及び本件クラブの会員権を販売するに際して、新聞広告、案内書等に、本件クラブの施設内容として、テニスコート、屋外プール、サウナ、レストラン等を完備しているほか、さらに、平成四年九月末に屋内温水プール、ジャグジー等が完成の予定である旨を明記していた。(二)その後、被上告人は、上告人らに対し、屋内プールの完成が遅れる旨を告げるとともに、完成の遅延に関連して六〇万円を交付した。上告人らは、被上告人に対し、屋内プールの建設を再三要求したが、いまだに着工もされていない。(三)上告人らは、被上告人に対し、屋内プール完成の遅延を理由として、平成五年七月一二日到達の書面で、本件売買契約及び本件会員権契約を解除する旨の意思表示をした。 
 二 本件訴訟は、(1)上告人らがそれぞれ、被上告人に対し、本件不動産の売買代金から前記の六〇万円を控除し、これに手付金相当額を加えた金額の半額である各二三九〇万円の支払を、(2)上告人Aが、被上告人に対し、本件会員権の登録料及び入会預り金の額である二五〇万円の支払を請求するものである。 
  原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、上告人らの請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人らの請求をいずれも棄却した。すなわち、(一)本件不動産と本件会員権とは別個独立の財産権であり、これらが一個の客体として本件売買契約の目的となっていたものとみることはできない。(二)本件のように、不動産の売買契約と同時にこれに随伴して会員権の購入契約が締結された場合において、会員権購入契約上の義務が約定どおり履行されることが不動産の売買契約を締結した主たる目的の達成に必須であり、かつ、そのことが不動産の売買契約に表示されていたときは、売買契約の要素たる債務が履行されないときに準じて、会員権購入契約上の義務の不履行を理由に不動産の売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。(三)しかし、上告人らが本件不動産を買い受けるについては、本件クラブの屋内プールを利用することがその重要な動機となっていたことがうかがわれないではないが、そのことは本件売買契約において何ら表示されていなかった。(四)したがって、屋内プールの完成の遅延が本件会員権契約上の被上告人の債務不履行に当たるとしても、上告人らがこれを理由に本件売買契約を解除することはできない。 
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 1 前記一4(一)の事実によれば、本件クラブにあっては、既に完成しているテニスコート等の外に、その主要な施設として、屋外プールとは異なり四季を通じて使用の可能である屋内温水プールを平成四年九月末ないしこれからそれほど遅れない相当な時期までに完成することが予定されていたことが明らかであり、これを利用し得ることが会員の重要な権利内容となっていたものというべきであるから、被上告人が右の時期までに屋内プールを完成して上告人らの利用に供することは、本件会員権契約においては、単なる付随的義務ではなく、要素たる債務の一部であったといわなければならない。 
 2 前記一3の事実によれば、本件マンションの区分所有権を買い受けるときは必ず本件クラブに入会しなければならず、これを他に譲渡したときは本件クラブの会員たる地位を失うのであって、本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とは密接に関連付けられている。すなわち、被上告人は、両者がその帰属を異にすることを許容しておらず、本件マンションの区分所有権を買い受け、本件クラブに入会する者は、これを容認して被上告人との間に契約を締結しているのである。 
  このように同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個以上の契約から成る場合であっても、それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて、社会通念上、甲契約又は乙契約のいずれかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認められる場合には、甲契約上の債務の不履行を理由に、その債権者が法定解除権の行使として甲契約と併せて乙契約をも解除することができるものと解するのが相当である。 
 3 これを本件について見ると、本件不動産は、屋内プールを含むスポーツ施設を利用することを主要な目的としたいわゆるリゾートマンションであり、前記の事実関係の下においては、上告人らは、本件不動産をそのような目的を持つ物件として購入したものであることがうかがわれ、被上告人による屋内プールの完成の遅延という本件会員権契約の要素たる債務の履行遅滞により、本件売買契約を締結した目的を達成することができなくなったものというべきであるから、本件売買契約においてその目的が表示されていたかどうかにかかわらず、右の履行遅滞を理由として民法五四一条により本件売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。 
 四 したがって、上告人らが本件売買契約を解除することはできないとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、上告人らの請求を認容した第一審判決は正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴を棄却すべきである。 
  よって、原判決を破棄して被上告人の控訴を棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信) 
++解説
《解  説》
 一 Yは、兵庫県佐用郡に別荘地を開発し、リゾートマンションである本件マンションを建築して分譲するとともに、スポーツ施設である本件クラブの施設を所有し、管理している。X1・X2は、Yから本件マンションの一区分である本件不動産を買い受け、X1は、これと同時に、Yから本件クラブの会員権一口である本件会員権を購入した。本件不動産の売買契約書の記載、本件クラブの会則の定め等によれば、本件マンションの区分所有権を買い受けるときは必ず本件クラブに入会しなければならず、これを他に譲渡したときは本件クラブの会員たる地位を失うこととされており、本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とは密接に関連付けられている。本件マンションの分譲広告等には、本件クラブの施設内容として、テニスコート、屋外プール等を完備しているほか、さらに、屋内プール、ジャグジー等が近く完成の予定である旨が明記されていたが、XらがYに対して屋内プールの建設を再三要求したにもかかわらず、いまだに着工もされていない。
 そこで、Xらは、Yに対し、屋内プール完成の遅延を理由として、右売買契約及び会員権契約を解除する旨の意思表示をし、売買代金等の返還を求めて本訴を提起した。
 二 第一審は、本件売買契約と本件会員権契約は不可分的に一体化したものと考えるべきであり、相当期間内に屋内プールを建設してこれをXらに利用させるYの債務は、本件会員権契約のみならず、本件売買契約にとっても必須の要素たる債務であるとして、契約解除の効力を認め、Xらの請求を全部認容した。
 これに対し、原審は、①本件不動産と本件会員権とは別個独立の財産権であり、これらが一個の客体として本件売買契約の目的となっていたものとみることはできない、②会員権購入契約上の義務が約定どおり履行されることが不動産の売買契約を締結した主たる目的の達成に必須であり、かつ、そのことが不動産の売買契約に表示されていたときは、売買契約の要素たる債務が履行されないときに準じて、会員権購入契約上の義務の不履行を理由に不動産の売買契約を解除することができる、③しかし、Xらが本件不動産を買い受けるについては、屋内プールを利用することがその主要な動機となっていたことがうかがわれないではないが、そのことは本件売買契約において何ら表示されていなかった、④したがって、屋内プールの完成の遅延を理由に本件売買契約を解除することはできないとして、第一審判決を取り消し、Xらの請求をいずれも棄却した。
 三 まず問題になるのは、本件会員権契約の上で屋内プールの建設がYの債務となっているかどうか(Yは、この点も争っていた)、債務であるとしてそれが付随的義務ではなく要素たる債務であるかどうかである。これがいずれも肯定されなければ、本件会員権契約だけの解除すら認められないということになる。
 屋内プールの建設は契約書に明記された義務となっていたわけではないが、新聞広告の記載内容等の本判決がその一4(一)に摘示する事実によれば、本件会員権契約において、スポーツクラブの重要な施設である屋内プールを建設し、これを会員の使用に供することは、Yの債務となっていたと考えるのが当然であろう。
 履行遅滞を理由として民法五四一条により契約を解除するには、その債務が付随的義務ではなく、要素たる債務でなければならない(大判昭13・9・30民集一七巻一七七五頁、最三小判昭36・11・21民集一五巻一〇号二五〇七頁、通説)。ただし、外見上は契約の付随的約款で定められている義務の不履行であっても、その不履行が契約締結の目的の達成に重大な影響を与えるものであるときは、この債務は契約の要素たる債務であり、これを理由に契約を解除することができるとするのが、判例である(最二小判昭43・2・23民集二二巻二号二八一頁)。すなわち、要素たる債務であるか付随的義務であるかは、契約の外見・形式によっては決まらず、その不履行があれば契約の目的が達成されないような債務は、付随的義務ではなく、要素たる債務であるということになる(浜田稔「付随的債務の不履行と解除」契約法大系Ⅰ三一五頁以下ほか。なお、星野英一・民法概論Ⅳ七五頁以下も参照)。この基準によれば、スポーツクラブというものの特質を考えると、屋内プールを建設して会員の使用に供するというYの債務は、要素たる債務であると考えられる。本判決は、その三1において、まずこのことを判示している。
 四 次に問題になるのは、会員権契約上の債務不履行(履行遅滞)を理由として売買契約を解除することができるかということであり、本判決の判例要旨とされた点である。
 この両契約が、二個の契約ではなく、実は不動産の売買契約にスポーツクラブの入会契約の要素が付加された一個の混合契約であるとすれば、屋内プールを建設して会員の使用に供するというYの債務は、この混合契約においても要素たる債務であるといえるであろうから、Xらは契約の全体を解除することができるということになる。本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とが前記のように密接に関連付けられていることからすれば、一個の混合契約であると見ることが全く不可能というわけでもない。しかし、本件クラブの施設は、本件マンションの共用施設となっているわけではなく、マンションそのものの区分所有権とは別個に、本件クラブに入会することによって初めてこれを使用し得ることになるのであるから、両者は密接に関連付けられているものの、二個の独立した契約であると見るのが相当であろう。本判決は、正面からこれについて論じていないが、両者が二個の独立した契約であることを前提として、前記の問題を論じている。
 そこで、両者が二個の独立した契約であっても、一方の契約上の債務不履行(履行遅滞)を理由として他方の契約を解除することができるかという問題になるのであるが、民法五四一条は一個の契約を想定した条文であると考えられ、学説上もこの問題はほとんど論じられていなかったようである(多少参考になる裁判例として、不動産の小口持分の売買とその持分の賃貸借の契約に関する東京地判平4・7・27判時一四六四号七六頁、金法一三五四号四六頁、その控訴審東京高判平5・7・13金法一三九二号四五頁、これらの評釈として星野豊「不動産小口化商品の解約」ジュリ一〇六七号一三一頁がある。)。
 しかし、契約解除の可否という観点から同一当事者間の債権債務関係を見る場合に、その間の契約の個数が一個であるか二個以上であるかは、それほど本質的な問題であるとはいえないであろう。形式的にはこれが二個以上の契約に分解されるとしても、両者の目的とするところが有機的に密接に結合されていて、社会通念上、一方の契約のみの実現を強制することが相当でないと認められる場合(一方のみでは契約の目的が達成されない場合)には、民法五四一条により一方の契約の債務不履行を理由に他方の契約をも解除することができるとするのが、契約当事者の意識にも適合した常識的な解釈であると思われる。
 本判決は、「要旨一」のとおりの法理を説示して右の問題を肯定した。そして、民法五四一条をこのように解する場合には、原判決のように契約解除の可否を動機の表示の有無に懸からせることも相当ではないから、本件においても、その表示の有無にかかわらず、屋内プールの完成の遅延というYの履行遅滞を理由に、Xらは、民法五四一条により本件売買契約を解除することができるとして、原判決を破棄し、Yの控訴を棄却したのである。
 五 本判決は、常識的な内容を説示するものではあるが、基本的である割には先例の乏しい法律問題について最高裁が法理を示したものとして、その意義は少なくないものと思われる。
4.小問2について(基礎編)
・将来債権譲渡について
+判例(H11.1.29)
理由 
 上告代理人中村勝美の上告理由について 
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。 
 1 A診療所を経営する医師であるAは、昭和五七年一一月一六日、上告人との間に、上告人のAに対する債権の回収を目的として、Aは同年一二月一日から平成三年二月二八日までの間に社会保険診療報酬支払基金(以下「基金」という。)から支払を受けるべき診療報酬債権を次のとおり上告人に対して譲渡する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、昭和五七年一一月二四日、基金に対し、本件契約について確定日付のある証書をもって通知をした。 
 昭和五七年一二月から昭和五九年一〇月まで 毎月四四万一四五一円 
 昭和五九年一一月から平成三年一月まで 毎月九一万〇六七四円 
 平成三年二月 一〇一万四六七九円 
 合計七九四六万八六〇二円 
 2 Aについて、昭和五九年六月二二日から平成元年三月一五日までの間に、第一審判決別紙二国税債権目録記載のとおり各国税の納期限が到来した。 
 3 仙台国税局長は、平成元年五月二五日、右各国税の滞納処分として、Aが平成元年七月一日から平成二年六月三〇日までの間に基金から支払を受けるべき各診療報酬債権(以下「本件債権部分」という。)を差し押さえ、平成元年五月二五日、基金に対してその旨の差押通知書が送達された。 
 4 基金は、本件債権部分に係る各債権について、平成元年七月二五日から平成二年六月二七日までの間に、第一審判決別紙一供託金目録記載のとおり、債権者不確知等を原因とし、被供託者をA又は上告人として、合計五一九万六〇〇九円を供託した。 
 5 仙台国税局長は、平成元年一〇月四日から平成二年八月二日までの間に、右各供託金についてのAの還付請求権を順次差し押さえ、平成元年一〇月五日から平成二年八月三日までの間に、秋田地方法務局能代支局供託官に対してその旨の各差押通知書が送達された。 
 二 本件において、被上告人は、本件契約のうち譲渡が開始された昭和五七年一二月から一年を超えた後に弁済期が到来する各診療報酬債権に関する部分は無効であり、右部分に含まれる本件債権部分に係る各債権の債権者はAであって、被上告人はこれらの債権に関する供託金についてのAの還付請求権を差し押さえたと主張して、被上告人が右各還付請求権について取立権を有することの確認を求めている。 
 原審は、次のように判示して、被上告人の請求を認容すべきものとした。 
 1 将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約は、始期と終期を特定して譲渡に係る範囲が確定されれば、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて、有効というべきである。その有効性が認められる期間の長さは、一定額以上の債権が安定して発生すべき確実性の程度を、事案に応じ個別具体的に検討して判断されるべきであるが、医師等がその最大の収入源である診療報酬債権を将来にわたり譲渡すると経営資金が短期間のうちにひっぱくすることが予想され、社会において経済的信用が高く評価されている医師等が将来発生すべき診療報酬債権まで譲渡しようとし債権者がこれを求めることが生ずるのは、現実には右時点で既に医師等の経済的な信用状態がかなり悪化したことによるものと考えられるのであって、一般的には、前記債権譲渡契約のうち数年を超える部分の有効性は、否定されるべきである。 
 2 本件において、Aが上告人との間に本件契約を締結したのは、Aが不動産等の担保として確実な財産を有していなかったか、仮にこれらの財産を有していたとしてもその価値に担保としての余剰がなかったためであり、本件契約が締結された時点で、既にAの経済的な信用状態は悪化しており、上告人もこれを認識していたものと推認することができる。本件債権部分に係る各債権は、本件契約による譲渡開始から六年七箇月を経過した後に弁済期が到来したもので、本件契約が締結された時点において債権が安定して発生することが確実に期待されるものであったとは到底いい得ないから、本件債権部分に係る本件契約の効力は、これを認めることができない。
 
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 1 将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性については、次のように解すべきものと考える。 
 (一) 債権譲渡契約にあっては、譲渡の目的とされる債権がその発生原因や譲渡に係る額等をもって特定される必要があることはいうまでもなく将来の一定期間内に発生し、又は弁済期が到来すべき幾つかの債権を譲渡の目的とする場合には、適宜の方法により右期間の始期と終期を明確にするなどして譲渡の目的とされる債権が特定されるべきである。 
 ところで、原判決は、将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約について、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて有効とすべきものとしている。しかしながら、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約にあっては、契約当事者は、譲渡の目的とされる債権の発生の基礎を成す事情をしんしゃくし、右事情の下における債権発生の可能性の程度を考慮した上、右債権が見込みどおり発生しなかった場合に譲受人に生ずる不利益については譲渡人の契約上の責任の追及により清算することとして、契約を締結するものと見るべきであるから、右契約の締結時において右債権発生の可能性が低かったことは、右契約の効力を当然に左右するものではないと解するのが相当である。 
 (二) もっとも、契約締結時における譲渡人の資産状況、右当時における譲渡人の営業等の推移に関する見込み、契約内容、契約が締結された経緯等を総合的に考慮し、将来の一定期間内に発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、右期間の長さ等の契約内容が譲渡人の営業活動等に対して社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、又は他の債権者に不当な不利益を与えるものであると見られるなどの特段の事情の認められる場合には、右契約は公序良俗に反するなどとして、その効力の全部又は一部が否定されることがあるものというべきである。 
 (三) 所論引用に係る最高裁昭和五一年(オ)第四三五号同五三年一二月一五日第二小法廷判決・裁判集民事一二五号八三九頁は、契約締結後一年の間に支払担当機関から医師に対して支払われるべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約の有効性が問題とされた事案において、当該事案の事実関係の下においてはこれを肯定すべきものと判断したにとどまり、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性に関する一般的な基準を明らかにしたものとは解し難い。 
 2 以上を本件について見るに、本件契約による債権譲渡については、その期間及び譲渡に係る各債権の額は明確に特定されていて、上告人以外のAの債権者に対する対抗要件の具備においても欠けるところはない。Aが上告人との間に本件契約を締結するに至った経緯、契約締結当時のAの資産状況等は明らかではないが、診療所等の開設や診療用機器の設置等に際して医師が相当の額の債務を負担することがあるのは周知のところであり、この際に右医師が担保として提供するのに適した不動産等を有していないことも十分に考えられるところである。このような場合に、医師に融資する側からすれば、現に担保物件が存在しなくても、この融資により整備される診療施設によって医師が将来にわたり診療による収益を上げる見込みが高ければ、これを担保として右融資を実行することには十分な合理性があるのであり、融資を受ける医師の側においても、債務の弁済のために、債権者と協議の上、同人に対して以後の収支見込みに基づき将来発生すべき診療報酬債権を一定の範囲で譲渡することは、それなりに合理的な行為として選択の対象に含まれているというべきである。このような融資形態が是認されることによって、能力があり、将来有望でありながら、現在は十分な資産を有しない者に対する金融的支援が可能になるのであって、医師が右のような債権譲渡契約を締結したとの一事をもって、右医師の経済的な信用状態が当時既に悪化していたと見ることができないのはもとより、将来において右状態の悪化を招来することを免れないと見ることもできない。現に、本件において、Aにつき右のような事情が存在したことをうかがわせる証拠は提出されていない。してみると、Aが本件契約を締結したからといって、直ちに、本件債権部分に係る本件契約の効力が否定されるべき特段の事情が存在するということはできず、他に、右特段の事情の存在等に関し、主張立証は行われていない。そうすると、本件債権部分に係る本件契約の効力を否定して被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあるというほかなく、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、論旨のその余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右に説示したところに徴すれば、被上告人の本件請求は、理由がないことが明らかであるから、右請求を認容した第一審判決を取り消し、これを棄却すべきである。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣) 
++解説
《解  説》
 将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性については、かねてより活発に議論されていたところであるが、本判決は、この問題について、最高裁の考えを明らかにしたものである。
 一 本件の事案の概要は、次のとおりである。本件の被告Y社は、昭和五七年一一月一六日、医師であるAとの間に、同人に対する債権の回収のため、同人が同年一二月から平成三年二月までの八年三箇月の間に社会保険診療報酬支払基金(以下「基金」という。)から支払を受けるべき各月の診療報酬債権の一定額分を目的とする債権譲渡契約(以下「本件契約」という。)を締結し、これについては確定日付のある証書をもって基金に通知された。ただし、本件においては、右契約がいかなる事情の下に締結されたのかについて、右に述べたところを超えては具体的に明らかにされていない。Aは、昭和五九年六月以降、国税を滞納し、本件の原告である国(仙台国税局長)は、平成元年五月二五日、Aが同年七月から平成二年六月までの一年間に基金から支払を受けるべき診療報酬債権を滞納処分として差し押さえた。これを受けて、基金は、右期間中の各診療報酬債権(以下「本件債権部分」という。)について、債権者不確知等を原因として供託をした。本件は、右供託金の還付請求権の帰属をめぐる紛争であり、国は、右の後右請求権を差し押さえて取立権を取得したとして、その旨の確認を求めた。結局、AとY社との間に締結された本件契約のうち本件債権部分に関する部分(譲渡の始期から六年八箇月目以降一年間分)の有効性についての判断いかんによって、結論が左右されることとなった。
 第一審判決(金法一四八〇号六二頁参照)は、右契約部分の効力を否定して、請求を認容。Y社が控訴したが、原判決(同五九頁)は、控訴を棄却。その判断の要点は、① 将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約は、始期と終期を特定して譲渡に係る範囲が特定されれば、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて、有効というべきであるが、② 医師であるAが本件契約を締結したことからすると、Aは本件契約の締結当時既に信用状態が悪化しており、Y社もこれを認識していたと推認でき、右時点において本件債権部分に係る各債権は安定して発生することが確実に期待されるものであったとは到底いい得ないというものであった。
 Y社が上告し、上告理由において、原判決の右各判断の違法等を主張した。本判決は、判決要旨記載のように判示し、右論旨は理由があるとして、原判決を破棄し請求を棄却する自判をした。
 二 初期の判例・学説
 民法一二九条は、条件付債権につき条件成就前にこれを処分し得ることを明文をもって認めており、期限付債権の期限到来前の処分についても右に準じて考え得るところ、大判昭9・12・28民集一三巻二二六一頁は、これら以外の将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約も認められ、同契約について予め確定日付のある証書をもって債務者となるべき者に通知がされれば、目的債権発生の際に譲受人はその取得につき第三者に対する対抗力を備えることができることを明らかにしていた。
 問題は、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の目的債権について、その適格に制限があるのか否かの点にあり、これについては、見解が対立していた。右に関し、朝鮮高等法院判昭15・5・31法律評論二九巻(民法)九五八頁は、「債権発生ノ基礎タル法律関係カ既ニ存在シ且其ノ内容ノ明確ナル限リ将来ノ債権ト雖之ヲ譲渡スルニ妨ナキモノト謂フヘ」きであると判示していた。しかしながら、右判例の事案は、他人所有の立木を目的とする売買契約について、売主である被告が右他人から一定の日までに伐採許可を受けられなければ右契約は当然に解除され被告は買主に対して違約金を支払うとの特約が付されていたところ、買主は右期限の到来前に右違約金請求権を原告に譲渡し、被告が右期限内に立木所有者から所定の伐採許可を受けられなかった結果右違約金請求権は実際に発生して、原告が被告にその支払を求めたというもので、その内容は、合意により期限ないし条件の付された債権の譲渡契約に当たり(立証責任の分配についての考え方にもよるが、約定期限を始期とし伐採許可の取得を解除条件とするものと構成することも可能であろう。)、民法一二九条等により十分解決可能なものであって、右判例の前記説示は、厳密には傍論であった。そして、他に、この点の一般論について、見るべき大審院判例はなかった。
 初期の学説上は、右朝鮮高等法院判昭15・5・31のいうのと同様に、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約は、契約締結当時目的債権の発生する基礎となるべき法律関係が存在しているときに限り、有効であると解する見解(いわゆる法律的基礎説)が有力であった。
 これに対し、我妻栄・新訂債権総論・五二七頁は、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、「(目的)債権が現存・特定することを条件として予め譲渡契約をすることはできる。」と述べていた(同見解に従うと、右契約は、民法一三三条一項により、目的債権の発生が不能である場合以外は、効力が肯定されるものと思われる。)。
 また、於保不二雄・財産管理権論序説・二八一頁以下は、ローマ法、ドイツ法下の学説(これらにおいては、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の効力が肯定されていた。)の検討を踏まえ、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約は、契約締結当時譲渡人に当該権利が現に帰属していないという点において、他人物の譲渡契約と同様のものと見ることができ、これに準じてその有効性を考えるべきことを示唆していた。なお、同論考・三一三頁以下は、受注が内定している請負契約の報酬債権を正式の契約締結前に譲渡する例等を挙げ、「将来の債権といえども、既に成立について法律上の原因が存する場合に限らず、事実上の根拠が存しかつ社会観念にしたがって確実であると認めえられる限り、これの処分を認めることは、無意義・無暴だとはいいえないであろう。」(三一四頁)と述べていたところ、同論考の見解については、多くの場合に、右部分を典拠として挙げた上、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約は、契約締結当時、目的債権の発生する基礎となるべき法律関係が存在していなくても、その発生の「蓋然性」が肯定される事情が存在すれば、有効であるとするものと理解されていた。しかしながら、他人物の譲渡契約(民法五六〇条以下参照)においては、譲渡人が当該他人物を入手し得る蓋然性の存在は契約の有効要件とされてはいない。右論考の他の部分には、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約についても、一般的な意味での目的債権発生の可能性が存在すれば足りるとする趣旨と理解できる記述があり(同前・三〇一頁、三〇六頁ほか)、一般に引用される前記叙述部分は、当時の取引の実情に照らしての説明に止まるのではないかとも見られる。いずれにせよ、同論考の理解については、再検討の余地があるものと思われる。
 後には、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約は、目的債権の発生する基礎となるべき法律関係の存在は必要としないが、契約締結当時において、その発生の蓋然性が肯定される事情の存在することが要件となる旨を述べる見解も現れた(注釈民法(11)・三六九頁(植林弘))。
 三 昭和五三年判例について
 我が国の金融実務においては、昭和初期に発生した金融恐慌以後、銀行等の商業金融機関が土地を担保に融資を行うとの方式が主流を成していたが、既に昭和三〇年代には、医療信用組合等の同業者金融の性格が強い金融機関等において、将来発生すべき保険診療の診療報酬債権の譲渡を受けて医師に対して融資を行う方法が用いられていた。特定の経済主体がある時点で有する資産の額と、その収益力とは、次元を異にするものであるところ、土地を担保としてされる融資は、弁済の原資となるべき収益力に関するリスクについて、現に存在する他の代替的価値を把握することによって、対処しようとするものである。これに対し、後者のような融資形態は、融資先の収益の一部の優先的把握を目的とするものであるが、その性格上、融資先の収益力についての分析・判断が融資実行に当たってのポイントとなる。ちなみに、米国においては、融資一般に関し、融資先の債務不履行(デフォルト)による不良債権の発生を防ぐためには、融資先の収益力の的確な判断こそが決定的な要素となるとの認識が、同じく金融恐慌を契機に、早くから定着していた。
 本件の原判決がその判断形成に当たり参照したと見られる最二小判昭53・12・15裁判集民一二五号八三九頁(以下「昭和五三年判例」という。)の事案も、右のような融資に関するものであった。すなわち、昭和三七年に提起された右訴訟の事実関係は、医師の債権者である原告が医師の保険診療の診療報酬債権を差し押さえて診療報酬支払担当機関に対し取立てを行ったが、差押えに係る債権は、診療報酬債権を将来一年間分にわたり譲渡するとの内容の契約により既に医療信用組合に対して譲渡されていたというものであった。第一審判決(東京地判昭39・4・30下民一五巻四号九九九頁、本誌一六三号一八九頁)は、医師と患者(被保険者)との間に診療報酬発生の基礎となる継続的な法律関係の存在を認め難く、譲渡の目的である債権を予め客観的に確定することが可能であるとはいえないから、前記債権譲渡契約は効力を有しないとして、請求を認容した。控訴審判決(第一次。東京高判昭43・9・20高民集二一巻五号四六七頁、本誌二三二号一八六頁)は、現行医療保険制度の下において診療報酬支払担当機関は医師に対する報酬の支払債務を負うものではないから、原告はこれを取り立てることはできないとして、第一審判決を取り消して請求を棄却した。上告審判決(第一次。最一小判昭48・12・20民集二七巻一一号一五九四頁、本誌三〇四号一六一頁)は、現行医療保険制度の下において診療報酬支払担当機関は医師に対する報酬の支払債務を負うとして、原判決を破棄して事件を差し戻した。差戻し後の控訴審(東京高判昭50・12・15判時八〇五号七二頁)は、現行医療保険制度の下においては、診療報酬債権は、特段の事由のない限り、現在既にその原因が確立しその発生の確実度が高いものであるとして、前記債権譲渡契約の有効性を認め、第一審判決を取り消して請求を棄却した。
 再度の上告審において、原告は、第一審判決を相当とし、同判決の評釈でありその判断を支持する村松俊夫・金融法務事情三九六号一九頁を援用して、原判決の違法を主張した。昭和五三年判例は、次のように判示し、上告を棄却した。現行医療保険制度の下においては、月々の診療報酬の支払額は、「医師が通常の診療業務を継続している限り、一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるものである。したがって右債権は、将来生じるものであっても、それほど遠い将来のものでなければ、特段の事情のない限り、現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであるから、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによって、これを有効に譲渡することができるというべきである。これを本件についてみると、前記事実関係のもとにおいては、訴外(医師)のした各債権譲渡は、これを有効と解するのが相当であ」る。
 右判示は、将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約に関し、その有効性を認める前提として目的債権の特定を要求することは明らかであるが、この点は、債権譲渡の一般原則に従うものであり、同判決は、これを超えて、目的債権の適格要件等について一般的な議論を展開してはいない。結局、判決文に忠実に従う限り、その判示するところについては、将来一年間分の診療報酬債権が譲渡されたとの当該事案の事実関係の下において、原告が上告理由で指摘するところを考慮しても、いずれにせよ係争債権の発生は確実であったといい得るから、論旨は結局理由がないとして、右債権譲渡契約の効力を認めた原審の判断を是認したものであり、飽くまでも事例判断としての意義を有するにとどまると理解すべきものであった。
 四 最近の学説等
 昭和五三年判例をめぐっては、多くの論考が発表されたが、その内容は、同判例の説示の不明瞭さを反映して、様々に分かれていた。このような中で、昭和五六年に発表された高木多喜男「集合債権譲渡担保の有効性と対抗要件(上)」NBL二三四号八頁は、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性について、掘り下げた検討を行い、以後の議論を導く役割を果たした。同論考は、目的債権の発生に関するリスクを考慮した上でこれを目的とする債権譲渡契約が締結された後、リスクが現実化せず(又はその一部しか現実化せず)、目的債権の全部又は一部が発生したにもかかわらず、契約締結時においてその発生可能性が低かったなどとして契約の効力を覆すことは不合理であり、取引に悪影響を与えるとして、ドイツの学説等を踏まえ、問題は、目的債権の適格をその発生についての法律的基礎の有無や発生可能性の程度といったあいまいな基準をもって制限することによってではなく、契約の有効性を原則的には広く認めた上で、事案に即し当該契約の公序良俗適合性等を判断することによって解決すべきであるとするものであった。この考えは、その後、学説においては優勢を占めるに至っている(主要なものとして、河合伸一「第三債務者不特定の集合債権譲渡担保」金法一一八六号五六頁、角紀代恵「債権非典型担保」別冊NBL31担保法理の現状と課題七六頁、椿寿夫「集合(流動)債権譲渡担保の有効性と効力(上)(下)」ジュリ一一〇二号一一六頁・一一〇三号一四〇頁、道垣内弘人・担保物権法二九八頁、近江幸治・担保物権法(新版補正版)三二五頁、内田貴・民法Ⅲ四九二頁ほか)。こうした動きは、右に掲げた諸論考の表題からもうかがわれるように、融資チャンネルの多様化によってうながされたものと見られる。
 これに対し、下級審裁判例においては、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の効力を、むしろ限定的にとらえる傾向が強まっていた。東京高判昭56・8・31東高民時報三二巻八号一九八頁は、昭和五四年八月から将来一〇年二箇月間分の診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約(対抗要件も具備)の最初の五箇月分に関する部分の効力が争われた事案において、これを肯定する判断を示していたが、東京地判昭61・6・16訟月三二巻一二号二八九八頁は、昭和五五年一二月に締結された同年一〇月分以降三年間分の診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約(対抗要件も具備)のうち譲渡の始期から二年一箇月目以降三箇月間分に関する部分の効力が争われた事案において、昭和五三年判例について、「将来の診療報酬債権の譲渡は、その債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるそれほど遠くない将来の一定の範囲内のものを対象とする限り可能である」との法理を示したものと理解した上、当該事案の事実関係の下においては、契約締結から「一年を超えて通常の診療業務の継続及び診療報酬等債権の安定した発生を見込むことのできる状態ではなかったことは確実である」として、前記債権譲渡契約のうち係争部分の効力を否定した(原告の控訴に対してこれが棄却された後、旧民訴法下の上告受理手続段階で、原裁判所である高裁により上告が却下されて確定)。また、東京地判平5・1・27本誌八三八号二六二頁は、昭和六一年一一月に締結された昭和六二年二月以降将来一〇年間分の診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約(対抗要件も具備)のうち譲渡の始期から三年一箇月目以降六箇月間分に関する部分の効力が争われた事案において、係争部分の対抗力を否定した(ただし、請求の趣旨の理解に問題があったとして、控訴審で取り消されている。)。右東京地判平5・1・27については、いったん認められた対抗力が後に消滅するとの点について、理論的難点が指摘されていた(右判決の評釈である池田真朗・本誌八三八号三五頁ほか)。
 こうした下級審裁判例の動きは、民事執行実務(民事執行法施行前の強制執行実務を含む。)の在り方とも関係していたと見られる(本件の原判決も、傍論において民事執行実務について言及している。)。民事執行実務上は、昭和三〇年代以降、将来発生すべき診療報酬債権についての差押えを否定する運用が主流を占めていた。この点に関し、宮脇幸彦・強制執行法(各論)一二三頁は、そもそも将来発生すべき診療報酬債権は譲渡不能であるとの理由により、右運用を支持していたが、これに対しては、将来発生すべき診療報酬債権は旧民訴法六〇四条所定の「俸給又ハ此ニ類スル継続収入ノ債権」には当たらないとしても、将来の債権として期間を特定して差し押さえることは可能であるとする見解もあった(昭和三九年度書記官実務研究・債権その他の財産権に対する強制執行手続の実務的研究三八頁(真崎安広)、執行事件実務研究会編・債権不動産執行の実務七七頁、注解強制執行法(2)三八〇頁(稲葉威雄)ほか)。ちなみに、昭和五三年判例の上告理由に引用された同事件の第一審判決の評釈である前記村松俊夫・金法三九六号一九頁は、当時の民事執行実務を支持する内容のものであり、このことも、本来は配慮事由を異にする二つの問題について、議論の混乱を生む一因を成したと見られる。昭和五三年判例が言い渡された後には、将来一年間をめどに診療報酬債権の差押えを認める運用が定着した(東京高決昭54・9・19下民三〇巻九―一二号四一五頁、本誌四〇三号一〇九頁、札幌高決昭60・10・16本誌五八六頁八二頁、金法一一二六号四九頁、民事裁判資料一五八号・民事執行事件に関する協議要録一五〇頁、東京地裁債権執行等手続研究会編・債権執行の諸問題四〇頁(今井隆一)ほか)。しかしながら、これに対しては、「一年で区切ることになんの根拠もない」とし、民事執行法上将来発生すべき債権に対する差押えが許される範囲一般の議論に立脚して問題をとらえなおす必要があることを示唆する見解もあった(中野貞一郎・民事執行法(新訂三版)五四六頁)。
 各国の法制度を見ると、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の効力を肯定する点においては、ほぼ一致しており、目的債権の発生可能性の程度又は契約の期間をもってその有効性の範囲を制限する制度を有する国は、少なくとも主要国には見当たらない状況であった(主要国の制度については、債権譲渡法制研究会「債権譲渡法制研究会報告書」NBL六一六号三一頁に要領のよい紹介がある。)。また、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)においては、平成七年一一月以降、資金調達のための国際債権譲渡についての統一条約案の作成交渉が行われており、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約も対象に含めることが検討されているが、右契約の効力が数年程度に制限されることを想定しての議論は見られないようである(なお、この点については、池田真朗「債権流動化と包括的特別法の立法提言(上)」NBL六一九号一四頁参照)。
 五 本判決について
 1 本件で問題とされた債権譲渡契約(本件契約)は、昭和五三年判例が言い渡された後の昭和五七年に締結されたものであるが、当時はいまだ先に紹介した民事執行実務が確立されたとまでは見難い状況にあった(前記民事裁判資料一五八号一五〇頁に紹介されている東京高裁管内の担当者協議会は、昭和五八年に開催されている。)。本件契約については、本件の事案に先立って、譲渡の始期から二年三箇月目以降一年七箇月間分の診療報酬について基金がした供託(債権者不確知、差押え競合を理由とするもの)の有効性が争われ、一、二審判決(金判七七四号三六頁)は、昭和五三年判例の説示に照らすと係争部分に関する本件契約の効力には疑問を差し挟む余地があり、有効性についての判断がもたらす危険を債務者である基金に負わせることは相当でないなどとして、供託の効力を認めたところ、上告審判決は、いわゆる例文により右判断を是認して上告を棄却した(最二小判昭63・4・8金法一一九八号二二頁)。このようなことから、本件において、契約の有効性について明確な判断をすることが必要とされたものである。
 2 本判決は、その第三項の1において、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性一般の考え方について判示し、まず、目的債権が特定されることが必要であることを明らかにしているが、これは、昭和五三年判例が従前の判例を踏まえて法理として確立したところを確認したものである。
 続いて、本判決は、目的債権の発生可能性の程度が契約の有効性に与える影響について検討し、契約当事者の意思を合理的に解釈すると、右可能性の程度のいかんは、右有効性を直ちには左右しないと解すべきものとしている。結局、右可能性の程度のいかんは、一般原則に従い、錯誤の成否が問題となる場合や、目的債権の発生の可能性が全くなかったときにおける契約の有効性が問題となる場合(いわゆる原始的不能の理論の適用が問題となる場合)のほか、次に述べる契約の公序良俗適合性等についての判断の一要素として問題となるにとどまると考えられる。本判決は、目的債権が将来発生すべきことにつきいわゆる法律的基礎が存在することを要するか否かについては特に論じていないが、その説示内容に照らし、右のような制限を設ける趣旨ではないと見るのが自然であろう。
 なお、本判決は、昭和五三年判例は事例判例と解すべきことを明らかにしている。
 3 次に、本判決は、契約締結当時の事情のいかんによっては、右契約の効力が公序良俗に反するなどとして否定されることがあることを示唆している。この考えは、昭和五三年判例の言渡し後に優勢となった学説において、示されていたところである(前記椿寿夫「集合(流動)債権譲渡担保の有効性と効力(上)(下)」ジュリ一一〇二号一一六頁・一一〇三号一四〇頁は、下級審裁判例について分析を行っている。)。無論のことながら、本判決は、契約の締結が詐害行為に当たるとして取り消されることがあることを否定するものではないと解される。
 冒頭にも述べたとおり、本件においては、本件契約の一方当事者であるA医師の診療科目はおろか、同人の契約締結当時の資産内容、基金の支払に係る診療報酬以外の収入(国民健康保険分や、いわゆる自由診療に係る分)の状況、本件契約が締結されるに至った経緯等は、全く確定されていない。本判決は、医師が診療所等を開設しようとする場合や診療用機器を設置しようとする場合を例に挙げて、本件契約と同種の与信契約の合理性について説示し、本件の確定事実に照らすと、本件契約のうち本件債権部分に関する部分について、その効力を否定すべきものとは解し難いとしている。
 本件の原判決は、銀行等が土地を担保に営業資金等を貸し付ける場合をいわば普遍化ないし絶対化し、医師が右以外の方法により融資(広義の信用供与を含む趣旨を見られる。)を受けた以上は、その資産状況が悪化していたと見るべきものとしているが、融資形態には多様なものがあり、融資先の収益力を重視して行う融資もあり得ることは、既に述べたとおりである。本件の被告の営業内容に照らし、本件契約は診療用機器についてのいわゆるファイナンス・リース契約であった可能性が高いと見られるところ、同種契約においては、リース会社は目的物件につき所有権を留保するなどの担保措置を講じておくことが一般であろうが、目的物件が動産である場合には、通常その価値は急激に低下することから、与信に当たってのポイントは、やはり与信先の収益力についての判断に係る。本判決は、基本に立ち返って、以上の点を明らかにしたものとも見ることができよう。
 また、原判決は、将来発生すべき債権を譲渡すると譲渡人の資産状況は当然に早期に悪化するとしているが、比較的短い一定期間中に収入の中から支払うべき額が定まっているのであれば、その支払方法について、いったん自ら入金を受けた上で支払うか、入金元から直接債権者に支払ってもらうかで、直ちに結果に違いが生ずるわけではない。このことは、約束手形を入手した後、これを自ら取り立てて債務の弁済に充てる場合と、右手形を満期直前に債務弁済の手段として裏書譲渡する場合とを比較すれば、容易に理解できることである。資産状況の悪化は、支払方法の在り方いかんによってもたらされるのではなく、収入に対する支払額が現状維持の水準に照らして過大であることによってもたらされるのである。問題は、帰するところ、弁済計画の内容に係ることとなる。
 契約の期間の点に関しても、ある程度大きな額の融資金について、これを極端な無理をすることなく分割弁済し得るように計画を立てるとすると、期間は自ずから長びく傾向が生ずる。学説の中には、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の公序良俗等に照らしての有効性を論ずるに当たり、特定の期間を判断の目安とすることを示唆するものもあるが(一例として、前掲高木多喜男「集合債権譲渡担保の有効性と対抗要件(上)」NBL二三四号一三頁は、「一、二年程度が常識的な線であろう。」とする。)、これについては、法律の解釈論の問題として、各種の事案につき一律に制限することを論ずることができるのか否かとの問題の指摘があり(前掲東京地判平5・1・27本誌八三八号二六二頁の評釈である吉田光碩・本誌八四九号六一頁参照)、期間については格別言及しない論考もあった(前記河合伸一「第三債務者不特定の集合債権譲渡担保」金法一一八六号五六頁ほか)。
 本判決は、医師が融資の担保として将来ある程度の長期にわたり支払を受けるべき診療報酬債権を譲渡するとの契約を締結したからといって、その効力が直ちに否定されるものではないことを、融資の実際に即し具体的に論ずるものであって、その説示は注目に値しよう。
・賃金前払いと譲渡
+判例(S38.1.18)
理由 
 上告代理人石井錦樹の上告理由第一点について。 
 訴外Aと訴外株式会社三恵間において、同訴外会社が本件建物について支出した造作費用百数十万円をもつて本件建物の七年間の賃料の前払とみなす旨約定することはすなわち賃料の前払に外ならないし、また右訴外会社に対し被上告人らが賃料を支払つているか否かにより判決主文になんらの影響を及ぼすものでないこと明らかであるから、原審が、これらにつき審理をしなかつたからといつて審理不尽の違法があるとはいえない。所論は排斥を免れない。 
 同第二点について。 
 借家法一条一項により、建物につき物権を取得した者に効力を及ぼすべき賃貸借の内容は、従前の賃貸借契約の内容のすべてに亘るものと解すべきであつて、賃料前払のごときもこれに含まれるものというべきである。(民訴法六四三条一項五号、六五八条三号、競売法二九条一項は、賃料前払の効果が、競落人に承継されることを前提にして、これを競売の際の公告事項としているのである。)されば、原判決には、借家法一条一項を誤解した違法はなく、所論憲法一四条違反の主張も、その実質は原判決の借家法一条に関する解釈が誤であることを主張するに帰するから、前提を欠き採用しえない。 
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介) 
・債権の差押えと譲渡
+判例(H10.3.24)
理由 
 上告人の上告理由について 
 自己の所有建物を他に賃貸している者が第三者に右建物を譲渡した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するが(最高裁昭和三五年(オ)第五九六号同三九年八月二八日第二小法廷判決・民集一八巻七号一三五四頁参照)、建物所有の債権者が賃料債権を差し押さえ、その効力が発生した後に、右所有者が建物を他に譲渡し賃貸人の地位が譲受人に移転した場合には、右譲受人は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権に対抗することができないと解すべきである。け?だし、建物の所有者を債務者とする賃料債権の差押えにより右所有者の建物自体の処分は妨げられないけれども、右差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、建物所有者が将来収受すべき賃料に及んでいるから(民事執行法一五一条)、右建物を譲渡する行為は、賃料債権の帰属の変更を伴う限りにおいて、将来における賃料債権の処分を禁止する差押えの効力に抵触するというべきだからである。 
 これを本件について見ると、原審の適法に確定したところによれば、本件建物を所有していたAは、被上告人の申立てに係る本件建物の賃借人四名を第三債務者とする賃料債権の差押えの効力が発生した後に、本件建物を上告人に譲渡したというのであるから、上告人は、差押債権者である被上告人に対しては、本件建物の賃料債権を取得したことを対抗することができないものというべきである。以上と同旨をいう原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣) 
++解説
《解  説》
 本件は、建物の賃料債権を差し押さえたXと、差押え後に建物を譲り受けたYとの間で、建物の賃借人が供託した賃料についての供託金還付請求権の帰属が争われた事件である。
 Xは、本件建物を所有していたAに対する債務名義に基づいて、本件建物の賃借人四名を第三債務者として、Aが右賃借人に対して有する賃料債権についての債権差押命令を申し立て、平成3年3月に、債権差押命令の正本が各第三債務者に送達された。Aに対する債権を有していたYは、平成4年12月ごろ、Aから本件建物の代物弁済を受け、平成5年1月に、本件建物について、真正な登記名義の回復を原因とするAからYへの所有権移転登記が経由された。Yが本件建物の賃借人らに対して賃料をYに支払うよう求めたところ、賃借人らは、平成5年2月以降、債権者不確知(民法四九四条)と差押え(民事執行法一五六条一項)の両者を原因とする賃料の供託をした(混合供託)。そこで、Xは、Yに対し、この供託金の還付請求権を有することの確認を求める本件訴訟を提起した。
 原審は、賃料債権の差押手続中に賃貸人たる地位の承継があっても、賃料債権の差押えとの関係では右承継は無効であって、賃料債権は依然として従前の賃貸人に帰属しているものとして右差押えの効力が及ぶものと解するのが相当であるから、本件の債権差押命令の効力は、Yが賃貸人の地位を承継した以後の賃料債権にも及ぶと解すべきである、と述べてXの請求を認容した。
 Yは、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があると主張して上告したが、本判決は、原審の判断を支持し、Yからの上告を棄却した。
 給料や賃料等の継続的収入についての債権の差押えの効力は、差押債権者の債権額を限度として債務者が差押後に収受すべき収入にも及び、既に発生している債権のほか、将来において発生すべき債権にも差押えの効力が及ぶことになる(民事執行法一五一条)。このため、建物の賃料債権の差押えの効力発生後に差押債務者が賃料債務を免除しても、差押債権者に対抗することができない(最一小判昭44・11・6民集二三巻一一号二〇〇九頁、本誌二四六号一〇六頁)。一方、継続的収入についての債権の差押えを受けた債務者もその発生の基礎である法律関係を変更、消滅させる自由を奪われないとされており、債務者が、給料を差し押さえられた後に辞職することも、賃料を差し押さえられた後に賃貸借契約を合意により解約することも妨げられないと解されている(兼子一「増補強制執行法」二〇〇頁、中務俊昌「取立命令と転付命令」民訴法講座四巻一一八一頁、賀集唱「債権仮差押後、債務者と第三債務者との間で被差押債権を合意解除しうるか」判タ一九七号一四六頁、注解民事執行法(4)四八四頁〔稲葉威雄〕、注釈民事執行法(6)三一五頁〔田中康久〕等)。
 ところで、最判昭39・8・28民集一八巻七号一三五四頁、本誌一六六号一一七頁は、賃貸借の目的となった建物の所有権が移転した場合には、特段の事情のない限り、建物の賃貸借関係は新所有者と賃借人との間に移り、新所有者は賃貸人の地位を承継することになると判示しているが、賃料債権が差し押さえられた後に建物が譲渡された場合に、債権差押えの効力が譲渡後に弁済期が到来する賃料にも及ぶか否かに関しては、これまで最高裁の判例がなく、見解が対立していた。
 有力な学説は、建物の譲渡後も債権差押えの効果が継続し、新賃貸人を拘束すると解している(宮脇幸彦「強制執行法(各論)」一二二頁、注解民事執行法(4)四八四頁〔稲葉威雄〕)。右の学説に対しては、賃料債権の差押えの有無は公示されていないから、建物の賃料債権が差し押さえていることを知らずに建物を取得した譲受人に不測の損害を及ぼすおそれがある、との批判があり得る。しかしながら、賃料債権の差押えの効力が建物の譲受人に及ぶことによって契約の目的を達成することができない場合には、善意の譲受人は譲渡人に対して瑕疵担保責任を追及することが可能であると考えられる。一方、建物の譲受人が賃料債権の差押命令の拘束を免れると解する説に対しては、執行免脱を容易にし、差押債権者を不安定な立場に置くものであるとの批判があり得る。ことに、本件のように、建物の譲受人が譲渡人の債権者で賃料債権を取得することによって債権の回収を図ろうとしている場合には、右の説は、対抗要件具備の先後によって同一の債権の帰属をめぐる優先関係を定めようとする民法の一般原則と整合しないことになろう。東京高判平6・4・12本誌九〇一号二〇一頁、判時一五〇七号一三〇頁は、建物の賃料債権についての差押命令が発せられた後に右賃料債権を対象とする換価権及び優先弁済権を設定する行為は差押えの処分禁止効に抵触すると判示しているが、右の東京高判も、右の有力な学説と同様の考え方に立つものといえる。
 なお、本判決は、賃料債権の差押債権者と差押え後に建物を任意に譲り受けた者との間の賃料債権の帰属に関する判断を示したものであり、不動産競売の目的不動産の賃料債権の差押債権者と買受人との間の法律関係についての判断を示したものではない。執行実務では、建物の買受人は、賃料債権の差押命令による拘束を受けないとの前提で運用されているようであるが(金法一三八七号一二〇頁二段目のコメント)、賃料債権を差し押さえた一般債権者と抵当権者との法律関係に関しては、最一小判平10・3・26民集五二巻二号登載予定が、一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、一般債権者の申立てによる差押命令の第三債務者への送達と抵当権設定登記との先後によって両者の優劣を定めるべき旨を判示している。不動産競売手続において賃料債権の差押命令の処分制限効をどのようにとらえるべきかは、今後更に検討されるべき課題である。
 本判決は、建物の賃料債権の差押債権者と建物の譲受人との間の賃料債権の帰属をめぐる基本的な法律関係に関して、最高裁が初めての判断を示したものであり、実務に与える影響も大きいと考えられる。
・上記の賃貸借契約が終了していたバージョン
+判例(H24.9.4)
理 由
 上告代理人向田誠宏ほかの上告受理申立て理由第2について
 1 本件は,被上告人が,Aに対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,Aの上告人に対する賃料債権を差し押さえたと主張し,上告人に対し,平成20年8月分から平成22年9月分までの月額140万円の賃料及び同年10月分の賃料のうち76万0642円の合計3716万0642円の支払を求める取立訴訟である。
 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) Aは,平成16年10月20日,A及びその代表取締役が全株式を保有し,同人が当時代表取締役を務めていた上告人との間で,Aが所有する第1審判決別紙物件目録記載5の建物(以下「本件建物」という。)を,期間を同年11月1日から平成36年3月31日まで,賃料を当分の間月額200万円と定めて賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,上告人に本件建物を引き渡した。
 Aと上告人は,平成20年5月23日,本件賃貸借契約に基づく同年6月分以降の賃料を月額140万円とする旨合意し,同月初め頃,当月分の賃料を毎月7日に支払う旨合意した。
 (2) 被上告人は,Aに対し,3583万4564円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる執行力ある判決正本を債務名義として,本件賃貸借契約に基づく賃料債権(ただし,平成19年4月1日以降支払期の到来するものから3716万0642円に満つるまで)の差押えを申し立て,これを認容する債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)が,上告人に対しては平成20年10月10日に,Aに対しては同月17日に,それぞれ送達された。
 (3) 上告人は,Aとの間で,平成21年12月25日までに,本件建物を含む複数のA所有の不動産を買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,その所有権移転登記を受け,売買代金3億7250万円をAに支払った。
 (4) 上告人は,上告人がAに対して本件売買契約に基づく売買代金を支払った平成21年12月25日,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は混同により消滅したなどと主張している。
 3 原審は,上告人が本件売買契約により本件建物の所有権の移転を受ける前に本件差押命令が発せられており,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は第三者の権利の目的となっているから,民法520条ただし書の規定により,平成22年1月分以降の賃料債権が混同によって消滅することはなく,被上告人は上告人からこれを取り立てることができるなどと判断して,上告人に対し,原審口頭弁論終結時において支払期の到来していた平成20年8月分から平成22年1月分までの賃料合計2520万円の支払並びに同年2月から同年9月まで本件賃貸借契約の約定支払期である毎月7日限り各140万円及び同年10月7日限り76万0642円の各支払を命じた。
 4 しかしながら,原審の判断のうち,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 賃料債権の差押えを受けた債務者は,当該賃料債権の処分を禁止されるが,その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは,差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなるしたがって,賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は,その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても,賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。
 そうすると,本件においては,平成21年12月25日までにAが上告人に本件建物を譲渡したことにより本件賃貸借契約が終了しているのであるから,上記特段の事情について審理判断することなく,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,以上の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち,上告人に対し平成20年8月分から平成21年12月分までの賃料合計2380万円を超えて金員の支払を命じた部分は破棄を免れない。そして,上記特段の事情の有無につき更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 なお,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦 裁判官 大橋正春)
5.小問2について(応用編)
+(指名債権の譲渡における債務者の抗弁)
第四百六十八条  債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。この場合において、債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときはこれを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができる。
2  譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。