6-3 審理の準備 審理の計画

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1.進行協議期日
口頭弁論をスムーズに進行させるために、口頭弁論の期日外で、裁判所と双方の当事者が、訴訟の進行に関して必要な事項を協議するために、民事訴訟法上に設けられた特別の期日

2.計画審理
(1)計画的進行主義
+(訴訟手続の計画的進行)
第百四十七条の二  裁判所及び当事者は、適正かつ迅速な審理の実現のため、訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない。

(2)審理計画
+(審理の計画)
第百四十七条の三  裁判所は、審理すべき事項が多数であり又は錯そうしているなど事件が複雑であることその他の事情によりその適正かつ迅速な審理を行うため必要があると認められるときは、当事者双方と協議をし、その結果を踏まえて審理の計画を定めなければならない
2  前項の審理の計画においては、次に掲げる事項を定めなければならない。
一  争点及び証拠の整理を行う期間
二  証人及び当事者本人の尋問を行う期間
三  口頭弁論の終結及び判決の言渡しの予定時期
3  第一項の審理の計画においては、前項各号に掲げる事項のほか、特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間その他の訴訟手続の計画的な進行上必要な事項を定めることができる。
4  裁判所は、審理の現状及び当事者の訴訟追行の状況その他の事情を考慮して必要があると認めるときは、当事者双方と協議をし、その結果を踏まえて第一項の審理の計画を変更することができる。

+(審理の計画が定められている場合の攻撃防御方法の却下)
第百五十七条の二  第百四十七条の三第三項又は第百五十六条の二(第百七十条第五項において準用する場合を含む。)の規定により特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間が定められている場合において、当事者がその期間の経過後に提出した攻撃又は防御の方法については、これにより審理の計画に従った訴訟手続の進行に著しい支障を生ずるおそれがあると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。ただし、その当事者がその期間内に当該攻撃又は防御の方法を提出することができなかったことについて相当の理由があることを疎明したときは、この限りでない。


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民法 事例から民法を考える 14 聞いてないよ


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Ⅰ はじめに
1.本事例における所有関係~前提問題

+(共同相続の効力)
第八百九十八条  相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。

・Aは登記なくして自らの持分を無権利者Bからの譲受人Cに対して対抗することができる。
←無権利者は177条にいう第三者には当たらない
法定相続分について
+判例(S38.2.22)
理由
上告代理人佐藤米一の上告理由第一点について。
原判決が被上告人らに命じた所論更正登記手続は、実質的には一部抹消登記手続であるところ、所有権に対する妨害排除として抹消登記請求権を有するのは上告人らであつて、Aではないというべきであるから、この点に関する原判決は正当であつて、所論のように登記義務者・登記権利者を誤解した違法はない。論旨は、原判決を正解せざるに出たものであつて採用しえない。
同第二点について。
相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中の乙ならびに乙から単独所有権移転の登記をうけた第三取得者丙に対し、他の共同相続人甲は自己の持分を登記なくして対抗しうるものと解すべきである。けだし乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分に関する限りその権利を取得するに由ないからである(大正八年一一月三日大審院判決、民録二五輯一九四四頁参照)。そして、この場合に甲がその共有権に対する妨害排除として登記を実体的権利に合致させるため乙、丙に対し請求できるのは、各所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなくして、甲の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続でなければならない(大正一〇年一〇月二七日大審院判決、民録二七輯二〇四〇頁、昭和三七年五月二四日最高裁判所第一小法廷判決、裁判集六〇巻七六七頁参照)。けだし右各移転登記は乙の持分に関する限り実体関係に符合しており、また甲は自己の持分についてのみ妨害排除の請求権を有するに過ぎないからである。
従つて、本件において、共同相続人たる上告人らが、本件各不動産につき単独所有権の移転登記をした他の共同相続人であるAから売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由した被上告人らに対し、その登記の全部抹消登記手続を求めたのに対し、原判決が、Aが有する持分九分の二についての仮登記に更正登記手続を求める限度においてのみ認容したのは正当である。また前示のとおりこの場合更正登記は実質において一抹部抹消登記であるから、原判決は上告人らの申立の範囲内でその分量的な一部を認容したものに外ならないというべく、従つて当事者の申立てない事項について判決をした違法はないから、所論は理由なく排斥を免れない。
同第三点について。
被上告人十条商事株式会社が原審において提出したB弁護士に対する訴訟委任状には、所論のとおり、相手方としてCの記載があるのみであつて、D、Eの記載はないが、これは「C他二名」とすべきところを「他二名」を書き落したものと解せられるから、所論は理由なく排斥を免れない。
同第四点、第五点、第八乃至一二点について。
しかし、本訴の訴訟物は共有権にもとづく妨害排除請求権であることは明らかなところ、上告人らは九分の七の持分きり有しないのであるから、本件各移転登記の有効無効ならびにその登記原因の有効無効に係りなく、九分の七の持分についてのみ抹消請求(更正登記請求)ができるに過ぎず、全部抹消請求権は存しないというべきであるから、所論は判決に影響を及ぼす違法の主張と認められず、排斥を免れない。
同第六点について。
適法な呼び出しを受けながら当事者が判決言渡期日に出頭しない場合に、期日に言渡が延期され次回言渡期日が指定告知されたときは、その新期日につき不出頭の当事者に対しても告知の効力を生ずること、当裁判所の判例とするところである(昭和三二年二月二六日第三小法廷判決、集一一巻二号三六四頁参照)。所論は、これと異る見解に立脚して原判決に違法がある如く主張するものであつて、採用しえない。同第七点について。
所論「各」は無用の文字を挿入しただけであつて、これによつて主文の不明瞭や齟齬を来たすものとは認められない。所論は排斥を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介)

・指定相続分について
+判例(H5.7.19)
理由
上告代理人安木健の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係によれば、(一) 延原観太郎の死亡により延原鈴子及び被上告人を含む四名の子が本件土地を共同相続し、観太郎が遺言で各相続人の相続分を指定していたため、鈴子の相続分は八〇分の一三であった、(二) 鈴子は、本件土地につき各相続人の持分を法定相続分である四分の一とする相続登記が経由されていることを利用し、右鈴子名義の四分の一の持分を上告人に譲渡し、上告人は右持分の移転登記を経由した、というのである。
右の事実関係の下においては、鈴子の登記は持分八〇分の一三を超える部分については無権利の登記であり、登記に公信力がない結果、上告人が取得した持分は八〇分の一三にとどまるというべきである(最高裁昭和三五年(オ)第一一九七号同三八年二月二二日第二小法廷判決・民集一七巻一号二三五頁参照)。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 木崎良平 大西勝也)

・相続財産の享有も249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではない!
→その意味するところは、共同相続の共有は団体的拘束を受けない個人主義的な共同所有であって、各共有者は自己の持分を自由に処分することができる!
+(所有権の内容)
第二百六条  所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

・共有と異なる点
遺産分割前の個別相続財産についての共同相続人間の分割請求につき、共有物分割訴訟(258条1項)ではなく遺産分割審判(907条2項)によらねばならない!

+(裁判による共有物の分割)
第二百五十八条  共有物の分割について共有者間に協議が調わないときは、その分割を裁判所に請求することができる。
2  前項の場合において、共有物の現物を分割することができないとき、又は分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命ずることができる。

+(遺産の分割の協議又は審判等)
第九百七条  共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。
2  遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。
3  前項の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。

+判例(S62.9.4)
理  由
上告人の上告理由第一点について
遺産相続により相続人の共有となつた財産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家事審判法の定めるところに従い、家庭裁判所が審判によつてこれを定めるべきものであり、通常裁判所が判決手続で判定すべきものではないと解するのが相当である。したがつて、これと同趣旨の見解のもとに、上告人の本件共有物分割請求の訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない説示部分を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 長島敦 坂上壽夫)

2.他人物売買をめぐる法律関係~問題の所在

+(他人の権利の売買における売主の義務)
第五百六十条  他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

・売主が持分αを自己の物として売ったのか、他人物として売ったのかはこの結論に影響しない!
+判例(S50.12.25)
理  由
上告代理人吉野森三、同鈴木秀男の上告理由第一点について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、井上一富が所論の欺罔行為により侵害した上告人の権利ないし利益は、上告人が本件土地を有効に取得しうると信じて同人に支払つた代金七六万円の出捐に尽きるものであつて、本件土地売買契約が履行された場合に得られたであろう転売利益に対する期待権の侵害にまで及ぶものとはいえない。これは同旨の原審の判断は、正当であり、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点について
原審の適法に確定した事実によれば、(一)群馬県吾妻郡嬬恋村大字鎌原字立野一〇四五番地の四八山林一町一反七畝二五歩(以下「本件山林」という。)は、昭和二四年七月二日自作農創設特別措置法四一条に基づき被上告人土屋開門の妹にあたる訴外土屋五に売り渡された土地であるにもかかわらず、当時農地委員をしていた同被上告人が売渡通知書の売渡を受ける者の氏名を勝手に自分の子の土屋了名義に変更し、右売渡を原因とする同人名義の所有権移転登記を経由してしまつたので昭和三七年三、四月ごろ土屋五は土屋了を被告として本件山林につきその所有名義の変更を求める訴訟を提起するとともに、処分禁止の仮処分決定を得てその登記を経由した、(二)右訴訟提起後、被上告人土屋開門は、被上告人井上ミエの夫で、被上告人井上滋子、当井上恵子の父にあたる訴外亡井上一富から本件山林ほか一筆の山林の売却を求められたので、本件山林については土屋五との間で係争中であることを告げたところ、井上一富において、裁判の結果がどうなろうとも自分が一切の責任を負うから売つてほしいというので、同年六月二五日ころ了の代理人として本件山林を井上一富に売却し、登記については同人の指定する者に中間省略の方法で所有権移転登記手続することとし、同年八月中に代金の完済を受けた、(三)井上一富は、本件山林につき土屋五から訴訟が提起されていることを知りながら、この事実を隠して、同年七月末ころ、本件山林の一部である分筆後の同所一〇四五番地の二七三山林四反五畝一一歩(以下「本件土地」という。)を自己所有地として代金七六万円で上告人に売却し、右代金全額の支払を受けたうえ、同年一〇月四日本件土地につき中間省略により土屋了から上告人への所有権移転登記を経由した、(四)ところが、その後土屋五の土屋了に対する前記訴訟は、本件山林につき売渡を受けたのは土屋五であるとして同人の勝訴に確定し、昭和四一年七月二二日土屋了名義の本件山林売渡登記及び仮処分後に経由された上告人名義の本件土地所有権移転登記はいずれも抹消され、改めて土屋五名義に売渡登記が経由された、(五)井上一富は昭和四四年一二月二一日死亡し、被上告人井上ミエ、同井上滋子、同井上恵子(以下「被上告人井上ら」という。)が同人を共同相続した、とういうのである。
およそ、他人の権利を目的とする売買の売主が、その責に帰すべき事由によつて、右権利を取得してこれを買主に移転することができない場合には、買主は、債務不履行一般の原則にしたがつて、その履行不能と相当因果関係に立つ全損害の賠償を請求することができることは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁判所昭和四〇年(オ)第二一〇号同四一年九月八日第一小法廷判決・民集二〇巻七号一三二五頁参照)、右履行不能の意味についてはこれを社会の取引観念にしたがつて判断するのが相当である。この場合、売主が契約に際し他人の権利を取得することを停止条件として売買をしたものでないかぎり、売買の目的たる権利が他人に属することについての買主の知・不知を問題とする余地はなく、したがつてまた、契約に際し、売主が売買の目的たる権利を自己の物であると主張するか他人の物であることを明示するかにかかわらず、他人の権利を目的とする売買として契約は有効に成立し、民法五六〇条の適用にあることは、同条と同法五六一条、五六二条を対比することによりおのずから明らかであるといわなければならない。
これを本件についてみるのに、前記原審の確定した事実によれば、井上一富と上告人との間の本件土地売買契約は、売主たる井上一富において本件土地が同人の所有であると装つてこれを締結したものであると否とにかかわらず、他人の権利を目的とする売買として有効に成立し、井上一富がその責に帰すべき事由によつてその権利を取得してこれを買主たる上告人に移転することができなかつた場合には、上告人は井上一富に対し履行不能に基づく損害賠償を請求することができ、右損害賠償の範囲は、右履行不能の時期その他の事情いかんによつては、上告人の主張する転売利益の喪失による損害にも及ぶ余地があるものといわなければならない。しかるに、原審は、井上一富と上告人との間に本件土地売買契約が締結された当時、本件土地は客観的には土屋五の所有であり土屋了は当初から本件土地所有権を有していなかつたことを理由とするだけで、土屋五が本件土地を他には絶対に売却しない意思を有していたか否か、また、井上一富が土屋五から本件土地を相当価格で買い受ける努力をしたか否か等井上一富が本件土地所有権を土屋五から取得してこれを上告人に移転することができない事由についてなんら判断することなく、単に、本件土地が井上一富の所有であることを前提に締結された本件土地売買契約の内容は締結当初から客観的に不能であり、契約は無効であるとして、上告人の被上告人井上らに対する債務不履行に基づく損害賠償請求を排斥しているのであつて、原判決には、この点において他人の権利を目的とする売買契約及びその履行不能について法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法は上告人の被上告人井上らに対する請求につき原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決中、上告人の被上告人井上らに対する請求につき上告人を敗訴せしめた部分は破棄を免れず、更に以上の点について審理を尽くさせるため、右の部分を原審に差し戻すのが相当である。
同第三点について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人の被上告人土屋開門に対する不法行為を理由とする損害賠償請求を排斥した原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 藤林益三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

Ⅱ 他人物売買の責任(設問1関係)
1.代金減額と解除
(1)権利の移転不能

+(権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任)
第五百六十三条  売買の目的である権利の一部が他人に属することにより、売主がこれを買主に移転することができないときは、買主は、その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求することができる
2  前項の場合において、残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったときは、善意の買主は、契約の解除をすることができる
3  代金減額の請求又は契約の解除は、善意の買主が損害賠償の請求をすることを妨げない。

・全部の場合は561条で。
+(他人の権利の売買における売主の担保責任)
第五百六十一条  前条の場合において、売主がその売却した権利を取得して買主に移転することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは、損害賠償の請求をすることができない。

・「移転不能」
=物理的絶対的な不能である必要はない。
社会の取引通念上、権利移転を期待できない場合であれば移転不能に当たる!
→権利者に処分意思があるかどうか
売主の履行意思の欠如
時間の経過

(2)代金減額と解除

・代金減額請求は解除権と同じく形成権の一種である。
→買主の一方的な意思表示で代金減額の効果が発生。

・買主の代金減額請求は、買主の善意悪意を区別せず、権利の一部他人帰属を知っていた買主もこの権利を行使することができる!

・「残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったとき」
=通常人を基準として契約の性質や目的から客観的に判断される!!!
(×買主の主観的意図)
2項の解除には善意が要件(相手方からの悪意の抗弁)
←買主が悪意であったのであれば、残存部分しか取得できない可能性があることを知って契約している以上、その覚悟をすべきだから。

(3)設問1ではどうなるか

・Bは悪意の売主だから562条に基づく解除権は有さない
+(他人の権利の売買における善意の売主の解除権)
第五百六十二条  売主が契約の時においてその売却した権利が自己に属しないことを知らなかった場合において、その権利を取得して買主に移転することができないときは、売主は、損害を賠償して、契約の解除をすることができる
2  前項の場合において、買主が契約の時においてその買い受けた権利が売主に属しないことを知っていたときは、売主は、買主に対し、単にその売却した権利を移転することができない旨を通知して、契約の解除をすることができる。

・CはBの担保責任を追及

(4)解除要件の再構成(発展問題)
契約解除を「重大な契約違反」がある場合、または「契約目的の達成不能」の場合に限定し、かつ、目的達成不能となる範囲についてのみ解除を限定する考え方・・・

①付随的給付義務違反と解除
・給付義務を、それが履行されなければ契約目的を達成できない契約の要素をなす債務と、そうでない付随的義務に区分して、前者の不履行の場合にのみ契約解除を認める
+判例(S36.11.21)
理由
上告代理人宮下文夫の上告理由について。
論旨は、原判決には理由齟齬、審理不尽、理由不備の違法があると主張する。しかし、原判決の引用する一審判決の趣旨は、判示租税負担義務が本件売買契約の目的達成に必須的でない附随的義務に過ぎないものであり、特段の事情の認められない本件においては、右租税負担義務は本件売買契約の要素でないから、該義務の不履行を原因とする上告人の本件売買契約の解除は無効である、というにあること判文上明白である。そして、法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣意は、契約の要素をなす債務の履行がないために、該契約をなした目的を達することができない場合を救済するためであり、当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない附随的義務の履行を怠つたに過ぎないような場合には、特段の事情の存しない限り、相手方は当該契約を解除することができないものと解するのが相当であるから、右と同趣旨に出でた原判決は正当であり、原判決には所論の違法はない。所論は、要するに、原判決を正解せざることによる原判決の主文に影響を及ぼさない事項についての主張に過ぎない。論旨はすべて理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋潔 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)

②複合契約の解除
+判例(H8.11.12)
理由
上告代理人齋藤護の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人は、不動産の売買等を目的とする株式会社であり、兵庫県佐用郡に別荘地を開発し、いわゆるリゾートマンションである佐用コンドミニアム(以下「本件マンション」という)を建築して分譲するとともに、スポーツ施設である佐用フュージョン倶楽部(以下「本件クラブ」という)の施設を所有し、管理している。
2(一) 上告人らは、平成三年一一月二五日、被上告人から、持分を各二分の一として、本件マンションの一区分である本件不動産を代金四四〇〇万円で買い受け(以下「本件売買契約」という)、同日手付金四四〇万円を、同年一二月六日残代金を支払った。本件売買契約においては、売主の債務不履行により買主が契約を解除するときは、売主が買主に手付金相当額を違約金及び損害賠償として支払う旨が合意されている。(二)上告人Aは、これと同時に、被上告人から本件クラブの会員権一口である本件会員権を購入し(以下「本件会員権契約」という)、登録料五〇万円及び入会預り金二〇〇万円を支払った。
3(一) 被上告人が書式を作成した本件売買契約の契約書には、表題及び前書きに「佐用フュージョン倶楽部会員権付」との記載があり、また、特約事項として、買主は、本件不動産購入と同時に本件クラブの会員となり、買主から本件不動産を譲り受けた者についても本件クラブの会則を遵守させることを確約する旨の記載がある。(二)被上告人による本件マンション分譲の新聞広告には、「佐用スパークリンリゾートコンドミニアム(佐用フュージョン倶楽部会員権付)」との物件の名称と共に、本件マンションの区分所有権の購入者が本件クラブを会員として利用することができる旨の記載がある。(三)本件クラブの会則には、本件マンションの区分所有権は、本件クラブの会員権付きであり、これと分離して処分することができないこと、区分所有権を他に譲渡した場合には、会員としての資格は自動的に消滅すること、そして、区分所有権を譲り受けた者は、被上告人の承認を得て新会員としての登録を受けることができる旨が定められている。
4(一) 被上告人は、本件マンションの区分所有権及び本件クラブの会員権を販売するに際して、新聞広告、案内書等に、本件クラブの施設内容として、テニスコート、屋外プール、サウナ、レストラン等を完備しているほか、さらに、平成四年九月末に屋内温水プール、ジャグジー等が完成の予定である旨を明記していた。(二)その後、被上告人は、上告人らに対し、屋内プールの完成が遅れる旨を告げるとともに、完成の遅延に関連して六〇万円を交付した。上告人らは、被上告人に対し、屋内プールの建設を再三要求したが、いまだに着工もされていない。(三)上告人らは、被上告人に対し、屋内プール完成の遅延を理由として、平成五年七月一二日到達の書面で、本件売買契約及び本件会員権契約を解除する旨の意思表示をした。
二 本件訴訟は、(1)上告人らがそれぞれ、被上告人に対し、本件不動産の売買代金から前記の六〇万円を控除し、これに手付金相当額を加えた金額の半額である各二三九〇万円の支払を、(2)上告人Aが、被上告人に対し、本件会員権の登録料及び入会預り金の額である二五〇万円の支払を請求するものである。
原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、上告人らの請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人らの請求をいずれも棄却した。すなわち、(一)本件不動産と本件会員権とは別個独立の財産権であり、これらが一個の客体として本件売買契約の目的となっていたものとみることはできない。(二)本件のように、不動産の売買契約と同時にこれに随伴して会員権の購入契約が締結された場合において、会員権購入契約上の義務が約定どおり履行されることが不動産の売買契約を締結した主たる目的の達成に必須であり、かつ、そのことが不動産の売買契約に表示されていたときは、売買契約の要素たる債務が履行されないときに準じて、会員権購入契約上の義務の不履行を理由に不動産の売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。(三)しかし、上告人らが本件不動産を買い受けるについては、本件クラブの屋内プールを利用することがその重要な動機となっていたことがうかがわれないではないが、そのことは本件売買契約において何ら表示されていなかった。(四)したがって、屋内プールの完成の遅延が本件会員権契約上の被上告人の債務不履行に当たるとしても、上告人らがこれを理由に本件売買契約を解除することはできない。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 前記一4(一)の事実によれば、本件クラブにあっては、既に完成しているテニスコート等の外に、その主要な施設として、屋外プールとは異なり四季を通じて使用の可能である屋内温水プールを平成四年九月末ないしこれからそれほど遅れない相当な時期までに完成することが予定されていたことが明らかであり、これを利用し得ることが会員の重要な権利内容となっていたものというべきであるから、被上告人が右の時期までに屋内プールを完成して上告人らの利用に供することは、本件会員権契約においては、単なる付随的義務ではなく、要素たる債務の一部であったといわなければならない
2 前記一3の事実によれば、本件マンションの区分所有権を買い受けるときは必ず本件クラブに入会しなければならず、これを他に譲渡したときは本件クラブの会員たる地位を失うのであって、本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とは密接に関連付けられている。すなわち、被上告人は、両者がその帰属を異にすることを許容しておらず、本件マンションの区分所有権を買い受け、本件クラブに入会する者は、これを容認して被上告人との間に契約を締結しているのである。
このように同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個以上の契約から成る場合であっても、それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて、社会通念上、甲契約又は乙契約のいずれかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認められる場合には、甲契約上の債務の不履行を理由に、その債権者が法定解除権の行使として甲契約と併せて乙契約をも解除することができるものと解するのが相当である。
3 これを本件について見ると、本件不動産は、屋内プールを含むスポーツ施設を利用することを主要な目的としたいわゆるリゾートマンションであり、前記の事実関係の下においては、上告人らは、本件不動産をそのような目的を持つ物件として購入したものであることがうかがわれ、被上告人による屋内プールの完成の遅延という本件会員権契約の要素たる債務の履行遅滞により、本件売買契約を締結した目的を達成することができなくなったものというべきであるから、本件売買契約においてその目的が表示されていたかどうかにかかわらず、右の履行遅滞を理由として民法五四一条により本件売買契約を解除することができるものと解するのが相当である。
四 したがって、上告人らが本件売買契約を解除することはできないとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、上告人らの請求を認容した第一審判決は正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、原判決を破棄して被上告人の控訴を棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

③一部不履行と解除

2.損害賠償~債務不履行の一般規定との関係
(1)561条・563条の法的性質

+(他人の権利の売買における売主の担保責任)
第五百六十一条  前条の場合において、売主がその売却した権利を取得して買主に移転することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは、損害賠償の請求をすることができない

+(権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任)
第五百六十三条  売買の目的である権利の一部が他人に属することにより、売主がこれを買主に移転することができないときは、買主は、その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求することができる。
2  前項の場合において、残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったときは、善意の買主は、契約の解除をすることができる。
3  代金減額の請求又は契約の解除は、善意の買主が損害賠償の請求をすることを妨げない

・他人物売買の担保責任の法的性質
=債務不履行責任(債務不履行責任規定の特則)
全部または一部が他人に帰属する権利の売買の場合には、その他人物売主は、目的物を移転する契約上の義務を負っている・・・

・特則性
買主の残遺が要求されている
無過失責任である
無過失責任だと信頼利益に限られそう・・

(2)415条に基づく損害賠償請求権との関係~買主が悪意の場合を中心に

・悪意の買主に一般債務不履行に基づく損害賠償請求を認めると、561条後段・563条3項の悪意買主の損害賠償請求権を排除する特則を設けた意味がなくなるのでは?

・重畳適用を認める
+判例(S41.9.8)
理由
上告代理人白上孝千代の上告理由について。
原判決の確定したところによると、上告人と被上告人との本件売買契約は、第三者たる訴外山邑酒造株式会社の所有に属する本件土地を目的とするものであつたところ、原審認定の事情によつて売主たる被上告人が右所有権を取得してこれを買主たる上告人に移転することができなくなつたため履行不能に終つたというのである。
そして、本件売買契約の当時すでに買主たる上告人が右所有権の売主に属しないことを知つていたから、上告人が民法五六一条に基づいて本件売買契約を解除しても、同条但書の適用上、売主の担保責任としての損害賠償請求を被上告人にすることはできないとした原審の判断は正当である。
しかし、他人の権利を売買の目的とした場合において、売主がその権利を取得してこれを買主に移転する義務の履行不能を生じたときにあつて、その履行不能が売主の責に帰すべき自由によるものであれば、買主は、売主の担保責任に関する民法五六一条の規定にかかわらず、なお債務不履行一般の規定(民法五四三条、四一五条)に従つて、契約を解除し損害賠償の請求をすることができるものと解するのを相当とするところ、上告人の本訴請求は、前示履行不能が売主たる被上告人の責に帰すべき事由によるものであるとして、同人に対し債務不履行による損害賠償の請求をもしていることがその主張上明らかである。しかして、原審認定判示の事実関係によれば、前示履行不能は被上告人の故意または過失によつて生じたものと認める余地が十分にあつても、未だもつて取引の通念上不可抗力によるものとは解し難いから、右履行不能が被上告人の責に帰すべき自由によるものとはみられないとした原判決には、審理不尽、理由不備の違法があるといわねばならない。
従つて、この点を指摘する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく原判決は破棄を免れず、本件を原審に差し戻すのを相当とする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)

(3)設問1ではどうなるか
・金銭の提供に不能はありえないから・・・

Ⅲ 他人物売買と相続(設問2関係)
1.権利者の諾否の自由
・他人物売主を相続した権利者が、権利移転を拒絶できるかどうか。

(1)無権代理の場合~比較検討のために
・本人が無権代理人を相続した場合
+判例(S37.4.20)
理由
上告代理人長尾章の上告理由は、本判決末尾添付の別紙記載のとおりである。
右上告理由第一点ないし第三点について。
原判決は、無権代理人が本人を相続した場合であると本人が無権代理人を相続した場合であるとを問わず、いやしくも無権代理人たる資格と本人たる資格とが同一人に帰属した以上、無権代理人として民法一一七条に基いて負うべき義務も本人として有する追認拒絶権も共に消滅し、無権代理行為の瑕疵は追完されるのであつて、以後右無権代理行為は有効となると解するのが相当である旨判示する。
しかし、無権代理人が本人を相続した場合においては、自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども、本人が無権代理人を相続した場合は、これと同様に論ずることはできない。後者の場合においては、相続人たる本人那被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと解するのが相当である。
然るに、原審が、本人たる上告人において無権代理人亡Aの家督を相続した以上、原判示無権代理行為はこのときから当然有効となり、本件不動産所有権は被上告人に移転したと速断し、これに基いて本訴および反訴につき上告人敗訴の判断を下したのは、法令の解釈を誤つた結果審理不尽理由不備の違法におちいつたものであつて、論旨は結局理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。
よつて、その他の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

←無権代理人の資格と、本人の資格を併存するものとして、分析的にみる視点が重要
・無権代理人が本人を相続した場合
本人が追認拒絶をせずに死亡した場合
+判例(S40.6.18)
理由 
 上告代理人諏訪徳寿の上告理由について。 
 原審の確定するところによれば、亡Aは上告人に対し何らの代理権を付与したことなく代理権を与えた旨を他に表示したこともないのに、上告人はAの代理人として訴外Bに対しA所有の本件土地を担保に他から金融を受けることを依頼し、Aの印鑑を無断で使用して本件土地の売渡証書にAの記名押印をなし、Aに無断で同人名義の委任状を作成し同人の印鑑証明書の交付をうけこれらの書類を一括してBに交付し、Bは右書類を使用して昭和三三年八月八日本件土地を被上告人Cに代金二四万五千円で売渡し、同月一一日右売買を原因とする所有権移転登記がなされたところ、Aは同三五年三月一九日死亡し上告人においてその余の共同相続人全員の相続放棄の結果単独でAを相続したというのであり、原審の前記認定は挙示の証拠により是認できる。 
 ところで、無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたつた場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であり(大判・大正一五年(オ)一〇七三号昭和二年三月二二日判決、民集六巻一〇六頁参照)、この理は、無権代理人が本人の共同相続人の一人であつて他の相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合においても妥当すると解すべきである。したがつて、原審が、右と同趣旨の見解に立ち、前記認定の事実によれば、上告人はBに対する前記の金融依頼が亡Aの授権に基づかないことを主張することは許されず、Bは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていたものと解すべき旨判断したのは正当である。そして原審は、原判示の事実関係のもとにおいては、Bが右授与された代理権の範囲をこえて本件土地を被上告人Cに売り渡すに際し、同被上告人においてBに右土地売渡につき代理権ありと信ずべき正当の事由が存する旨判断し、結局、上告人が同被上告人に対し右売買の効力を争い得ない旨判断したのは正当である。所論は、ひつきよう、原審の前記認定を非難し、右認定にそわない事実を前提とする主張であり、原判決に所論の違法は存しないから、所論は採用できない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外) 
共同相続の場合
+判例(H5.1.21)
理由 
 上告代理人野口敬二郎の上告理由第一点の一について 
 無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。 
 以上と同旨の見地に立って、被上告人真通真平が無権代理人としてした本件譲渡担保設定行為の本人である真通平吉が死亡し、被上告人真通真平が他の共同相続人と共に平吉の相続人となったとしても、右無権代理行為が当然に有効になるものではないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用することができない。 
 その余の上告理由について 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。 
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
+判例(上記と同日)
理由 
 上告代理人佐々木健次の上告理由について 
 一 原審が適法に確定した事実は、次のとおりである。 
 (一) 訴外Aは、昭和五七年二月二日、訴外Bから二〇〇万円の融資を依頼されたが、Bに対し、さきにAがBに貸し付け、未回収となっていた貸金債権六〇〇万円に金利を加え、これに依頼された新規の融資分二〇〇万円を加えた八五〇万円について、改めてBが借用証書を書き換え、上告人の父であるCがそれに連帯保証人として署名捺印することを求めた。そこで、Bは、上告人に対し、短期間内に自己の責任で債務全額の処理をすることを誓って、借用証書に連帯保証人としてのCの名による署名捺印を依頼した。 
 (二) 上告人は、前同日、Cから代理権を授与されていなかったにもかかわらず、その了解を得ずにBの依頼に応じ、貸金額八五〇万円、借主B、弁済期昭和五七年四月二〇日、遅延損害金年三割、公正証書を作成すべきこと等を内容とする借用証書に連帯保証人としてCの名を記載し、預かっていた同人の実印を押捺し、同人が右貸金債務について連帯保証をする旨の契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結した。 
 (三) 被上告人は、昭和五七年五月一一日、Aから、Bに対する前記八五〇万円の貸金債権の譲渡を受けた。 
 (四) Cは、昭和六二年四月二〇日に死亡し、同人の妻の訴外D及び上告人が、Cの権利義務を各二分の一の割合で相続により承継した。 
 二 原審は、右事実関係の下において、無権代理人が単独で本人を相続した場合に限らず、無権代理人と他の者とが共同で本人を相続した場合であっても、その無権代理人が承継すべき被相続人(本人)の法的地位の限度では、本人自らしたのと同様の効果が生じるとした上、本件においては、Dと無権代理人たる上告人とが、金銭債務について、本件連帯保証契約の当事者たる本人の地位を各二分の一の割合により相続承継し、この地位は既に確定的なものとなっているのであるから、無権代理人たる上告人が相続により本人たるCの地位を承継した分について、本人自らが本件連帯保証契約をしたのと同様の効果が生じ、上告人がその連帯保証責任を負うべきであり、上告人は、被上告人に対し、Cの連帯保証のうち上告人が相続承継した二分の一に相当する部分、すなわち、被上告人の請求額の二分の一の四二五万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年四月二一日から完済まで約定の年三割の割合による遅延損害金の支払をすべきことを命じた。 
 三 しかし、原審の右判断は、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
 すなわち、無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。そして、以上のことは、無権代理行為が金銭債務の連帯保証契約についてされた場合においても同様である。 
 これを本件についてみるに、前記の事実関係によれば、上告人は、Cの無権代理人として本件連帯保証契約を締結し、Cの死亡に伴い、Dと共にCの権利義務を各二分の一の割合で共同相続したものであるが、右無権代理行為の追認があった事実について被上告人の主張立証のない本件においては、上告人の二分の一の相続分に相当する部分においても本件連帯保証契約が有効になったものということはできない。 
 四 そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、被上告人の上告人に対する請求を前記のとおり一部認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は、理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中の上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、右説示に徴すれば、被上告人の請求は棄却すべきものであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、被上告人の右部分に対する控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。 
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
・本人が追認拒絶をしてから死亡した場合
+判例(H10.7.17)
理由 
 上告人Bの代理人八代紀彦、同佐伯照道、同西垣立也、上告人C及びDの代理人新原一世、同田口公丈、同浜口卯一の上告理由二について 
 一 原審の適法に確定した事実等の概要は、次のとおりである。 
  1 Eは、第一審判決別紙物件目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。なお、右各物件は、同目録記載の番号に従い「物件(一)」のようにいう。)を所有していたが、遅くとも昭和五八年一一月には、脳循環障害のために意思能力を喪失した状態に陥った。 
  2 昭和六〇年一月二一日から同六一年四月一九日までの間に、被上告人兵庫県信用保証協会は物件(一)ないし(三)について第一審判決別紙登記目録記載の(一)の各登記(以下「登記(一)」という。なお、同目録記載の他の登記についても、同目録記載の番号に従い右と同様にいう。)を、被上告人株式会社第一勧業銀行(以下「被上告銀行」という。)は物件(一)ないし(三)について各登記(二)を、被上告人Aは物件(一)ないし(三)について各登記(三)、物件(三)について登記(四)、物件(四)について登記(五)を、被上告人株式会社コミティ(以下「被上告会社」という。)は物件(一)について登記(六)、物件(二)について登記(七)、物件(三)について登記(八)及び登記(九)をそれぞれ経由した。しかし、右各登記は、同六〇年一月一日から同六一年四月一九日までの間に、Eの長男であるFがEの意思に基づくことなくその代理人として被上告人らとの間で締結した根抵当権設定契約等に基づくものであった。 
  3 Fは、昭和六一年四月一九日、Eの意思に基づくことなくその代理人として、被上告会社との間で、Eが有限会社あざみの被上告会社に対する商品売買取引等に関する債務を連帯保証する旨の契約を締結した。 
  4 Fは、昭和六一年九月一日、死亡し、その相続人である妻のG及び子の上告人らは、限定承認をした。 
  5 Eは、昭和六二年五月二一日、神戸家庭裁判所において禁治産者とする審判を受け、右審判は、同年六月九日、確定した。そして、Eは、同人の後見人に就職したGが法定代理人となって、同年七月七日、被上告人らに対する本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したが、右事件について第一審において審理中の同六三年一〇月四日、Eが死亡し、上告人らが代襲相続により、本件各物件を取得するとともに、訴訟を承継した。 
 二 本件訴訟において、上告人らは、被上告人らに対し、本件各物件の所有権に基づき、本件各登記の抹消登記手続を求め、被上告会社は、反訴として、上告人らに対し、Eの相続人として前記連帯保証債務を履行するよう求めている。被上告人らは、本件各登記の原因となる根抵当権設定契約等がFの無権代理行為によるものであるとしても、上告人らは、Fを相続した後に本人であるEを相続したので、本人自ら法律行為をしたと同様の地位ないし効力を生じ、Fの無権代理行為についてEがした追認拒絶の効果を主張すること又はFの無権代理行為による根抵当権設定契約等の無効を主張することは信義則上許されないなどと主張するとともに、被上告銀行及び被上告会社は、Fの右行為について表見代理の成立をも主張する。これに対し、上告人らは、Eが本訴を提起してFの無権代理行為について追認拒絶をしたから、Fの無権代理行為がEに及ばないことが確定しており、また、上告人らはFの相続について限定承認をしたから、その後にEを相続したとしても、本人が自ら法律行為をしたのと同様の効果は生じないし、前記根抵当権設定契約等が上告人らに対し効力を生じないと主張することは何ら信義則に反するものではないなどと主張する。 
 三 原審は、前記事実関係の下において、次の理由により、上告人らの請求を棄却し被上告会社の反訴請求を認容すべきものとした。 
  1 Eは被上告銀行及び被上告会社が主張する表見代理の成立時点以前に意思能力を喪失していたから、右被上告人らの表見代理の主張は前提を欠く。 
  2 上告人らは、無権代理人であるFを相続した後、本人であるEを相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人であるEの資格において本件無権代理行為について追認を拒絶する余地はなく、本件無権代理行為は当然に有効になるものであるから、本人が訴訟上の攻撃防御方法の中で追認拒絶の意思を表明していると認められる場合であっても、その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するに至った場合、無権代理行為は当然に有効になるものと解すべきである。
 
 四 しかしながら、原審の右三2の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 
  本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。けだし、無権代理人がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法一一三条一項)、本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し、追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない。 
  これを本件について見ると、Eは、被上告人らに対し本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したから、Fの無権代理行為について追認を拒絶したものというべく、これにより、Fがした無権代理行為はEに対し効力を生じないことに確定したといわなければならない。そうすると、その後に上告人らがEを相続したからといって、既にEがした追認拒絶の効果に影響はなく、Fによる本件無権代理行為が当然に有効になるものではない。そして、前記事実関係の下においては、その他に上告人らが右追認拒絶の効果を主張することが信義則に反すると解すべき事情があることはうかがわれない。 
  したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、前記追認拒絶によってFの無権代理行為が本人であるEに対し効力を生じないことが確定した以上、上告人らがF及びEを相続したことによって本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたとする被上告人らの主張は採用することができない。また、前記事実関係の下においては、被上告銀行及び被上告会社の表見代理の主張も採用することができない。上告人らの請求は理由があり、被上告会社の反訴請求は理由がないから、第一審判決を取り消し、上告人らの請求を認容し、被上告会社の反訴請求を棄却することとする。 
  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博) 
(2)他人物売買の場合
・権利者が売主を相続した場合
+判例(S49.9.4)
理由 
 上告人らの上告理由について。 
 他人の権利を目的とする売買契約においては、売主はその権利を取得して買主に移転する義務を負い、売主がこの義務を履行することができない場合には、買主は売買契約を解除することができ、買主が善意のときはさらに損害の賠償をも請求することができる他方、売買の目的とされた権利の権利者は、その権利を売主に移転することを承諾するか否かの自由を有しているのである。 
 ところで、他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合には、権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが、そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものでないことはもちろん、これによつて売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠もない。また、権利者は、その権利により、相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが、他面において、権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであつて、それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によつて左右されるべき理由はなく、また権利者がその権利の移転を拒否したからといつて買主が不測の不利益を受けるというわけでもないそれゆえ、権利者は、相続によつて売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが、相当である。 
 このことは、もつぱら他人に属する権利を売買の目的とした売主を権利者が相続した場合のみでなく、売主がその相続人たるべき者と共有している権利を売買の目的とし、その後相続が生じた場合においても同様であると解される。それゆえ、売主及びその相続人たるべき者の共有不動産が売買の目的とされた後相続が生じたときは、相続人はその持分についても右売買契約における売主の義務の履行を拒みえないとする当裁判所の判例(昭和三七年(オ)第八一〇号同三八年一二月二七日第二小法廷判決・民集一七巻一二号一八五四頁)は、右判示と牴触する限度において変更されるべきである。 
 そして、他人の権利の売主をその権利者が相続した場合における右の法理は、他人の権利を代物弁済に供した債務者をその権利者が相続した場合においても、ひとしく妥当するものといわなければならない。 
 しかるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。)は、亡Aが被上告人に代物弁済として供した本件土地建物が、Aの所有に属さず、上告人Bの所有に属していたとしても、その後Aの死亡によりBが、共同相続人の一人として、右土地建物を取得して被上告人に給付すべきAの義務を承継した以上、これにより右物件の所有権は当然にBから被上告人に移転したものといわなければならないとしているが、この判断は前述の法理に違背し、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。 
 以上のとおりであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないところ、本件土地建物がだれの所有に属するか等につきさらに審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差し戻すのを相当とする。 
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 大隅健一郎 裁判官 関根小郷 裁判官 藤林益三 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 岸上康夫 裁判官 江里口清雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 髙辻正己 裁判官 吉田豊) 
・他人物売主が権利者を相続した場合
他人物売買においては、権利者が拒絶をしてから死亡したとしても、他人物売主は買主に対して権利移転義務を依然として負う!!!
他人物売主は権利を取得することにより、これを買主に移転することができるから、権利者が権利移転を拒絶したかどうかとは無関係に所有権の移転を求めることができる!!!!
←他人物売主が所有権を取得すればかけていた処分権限が追完されるから!!
2.他人物売主の責任の相続
・本人が無権代理人を相続した場合、本人は追認を拒絶できるが、無権代理人の責任(117条)は相続する!
+(無権代理人の責任)
第百十七条  他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明することができず、かつ、本人の追認を得ることができなかったときは、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う
2  前項の規定は、他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき、若しくは過失によって知らなかったとき、又は他人の代理人として契約をした者が行為能力を有しなかったときは、適用しない。
+判例(S48.7.3)
理由 
 上告代理人君野駿平の上告理由第一点について。 
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠に照らし首肯するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。 
 同第二点について。 
 民法一一七条による無権代理人の債務が相続の対象となることは明らかであつて、このことは本人が無権代理人を相続した場合でも異ならないから、本人は相続により無権代理人の右債務を承継するのであり、本人として無権代理行為の追認を拒絶できる地位にあつたからといつて右債務を免れることはできないと解すべきである。まして、無権代理人を相続した共同相続人のうちの一人が本人であるからといつて、本人以外の相続人が無権代理人の債務を相続しないとか債務を免れうると解すべき理由はない。 
 してみると、これと同旨の原審の判断は正当として首肯することができる(原判示のいう損害賠償債務、責任は履行債務、責任を含む趣旨であることが明らかである。)。 
 なお、所論引用の判例(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁)は、本人が無権代理人を相続した場合、無権代理行為が当然に有効となるものではない旨判示したにとどまり、無権代理人が民法一一七条により相手方に債務を負担している場合における無権代理人を相続した本人の責任に触れるものではないから、前記判示は右判例と抵触するものではない。論旨は採用することができない。 
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。 
 (裁判長裁判官 天野武一 裁判官 関根小郷 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己) 
=善意無過失の相手方は、無権代理人を相続した本人に対して履行請求をするか、損害賠償請求をするかを選択することができるということ!
無権代理人の責任追及は、相手方が善意無過失の場合に限定され、要件が異なるから評価矛盾にならないともいえる。
・他人物売買の場合は?
他人物売買の損害賠償責任については、単なる金銭債務であるから相続される
・履行請求について
義務を履行しなければならないとすれば、権利者には諾否の自由があるという49年判決が無意味になるのでは・・・
・履行義務の内容
求められているのが特定物の給付であるのか、金銭の給付であるのかによって、利益状況は異なる。
金銭債務の履行であれば、相続がなくても無権代理人に対して請求しえた履行である。損害賠償として請求されていても、無権代理人がすべき給付は同じ。
特定物の給付の場合は、相続という偶然がなければ無権代理人はその履行を求められても応ずることができず、相手方としても無権代理人の責任追及として損害賠償請求によらざる得ない・・・
3.設問2ではどうなるか
Ⅳ おわりに~処分授権について
典型的には委託販売
授権を受けた非権利者(受託者)が売主として自己の名で契約を締結し、この契約によって権利者(委託者)の権利が直接に買主に移転するという物権的な効果が生じる!
・この授権は事後的な追認によってもよい(116条類推)!
・授権又は事後的な追認によって、権利移転という物権的効力は生じるが、権利者が契約当事者となるわけではない!!
+判例(H23.10.18)
理 由
 上告代理人小林正の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 1 本件は,ブナシメジを所有する被上告人が,無権利者との間で締結した販売委託契約に基づきこれを販売して代金を受領した上告人に対し,同契約を追認したからその販売代金の引渡請求権が自己に帰属すると主張して,その支払を請求する事案である。
 なお,上記の請求は,控訴審において追加された被上告人の第2次予備的請求であるところ,原判決中,被上告人の主位的請求及び第1次予備的請求をいずれも棄却すべきものとした部分については,被上告人が不服申立てをしておらず,同部分は当審の審理判断の対象となっていない。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,Aの代表取締役であるBから,その所有する工場を賃借し,平成14年4月以降,同工場でブナシメジを生産していた。
 (2) Bは,平成15年8月12日から同年9月17日までの期間,賃貸借契約の解除等をめぐる紛争に関連して同工場を実力で占拠し,その間,Aが,上告人との間でブナシメジの販売委託契約(以下「本件販売委託契約」という。)を締結した上,被上告人の所有する同工場内のブナシメジを上告人に出荷した。上告人は,本件販売委託契約に基づき,上記ブナシメジを第三者に販売し,その代金を受領した。
 (3) 被上告人は,平成19年8月27日,上告人に対し,被上告人と上告人との間に本件販売委託契約に基づく債権債務を発生させる趣旨で,本件販売委託契約を追認した。
 3 原審は,被上告人が,上記の趣旨で本件販売委託契約を追認したのであるから,民法116条の類推適用により,同契約締結の時に遡って,被上告人が同契約を直接締結したのと同様の効果が生ずるとして,被上告人の第2次予備的請求を認容した。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 無権利者を委託者とする物の販売委託契約が締結された場合に,当該物の所有者が,自己と同契約の受託者との間に同契約に基づく債権債務を発生させる趣旨でこれを追認したとしても,その所有者が同契約に基づく販売代金の引渡請求権を取得すると解することはできない。なぜならば,この場合においても,販売委託契約は,無権利者と受託者との間に有効に成立しているのであり,当該物の所有者が同契約を事後的に追認したとしても,同契約に基づく契約当事者の地位が所有者に移転し,同契約に基づく債権債務が所有者に帰属するに至ると解する理由はないからである仮に,上記の追認により,同契約に基づく債権債務が所有者に帰属するに至ると解するならば,上記受託者が無権利者に対して有していた抗弁を主張することができなくなるなど,受託者に不測の不利益を与えることになり,相当ではない
 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は,破棄を免れない。そし
て,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求は理由がない
から,同部分に関する請求を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 那須弘平 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎) 


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刑事訴訟法 事例演習刑事訴訟法 2. 職務質問・所持品検査


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1.職務質問のための停止措置の限界

・警察官職務執行法
+(質問)
第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる
2  その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる
3  前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない
4  警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

創設規定説
相手方が承諾しない場合においてもなお侵害的行政活動ができるという意味の創設的規定と解すべし。

侵害留保説との関係を意識しつつ・・・

+判例(S29.7.15)
要旨
1.夜間道路上で、警邏中の警察官から職務質問を受け、巡査駐在所に任意同行され、所持品等につき質問中すきをみて逃出した被告人を更に質問を続行すべく追跡して背後から腕に手を掛け停止させる行為は、正当な職務執行の範囲を超えるものではない
2.夜間道路上で、警邏中の警察官から職務質問を受け、巡査駐在所に任意同行され、所持品等につき質問中すきをみて逃出した被告人を更に質問を続行すべく追跡して背後から腕に手を掛け停止させる行為は正当な職務の執行行為であって、不正の侵害であるということはできない
3.職務質問に際して逃走した者を追跡し、腕に手を掛けて停止を求めるのは、警察官の適法な職務行為であって、これに暴行を加えるのは正当防衛といえない。
4.駐在所において巡査が職務質問中、駐在所より逃走した者を他の巡査が追跡し停止させて職務質問をするため、逃走者の腕に手を掛ける程度の実力行為に出ることは、正当な職務執行行為である。

理由
弁護人桜井紀の上告趣意第一点は事実誤認の主張に帰し、同第二点は原審の認定に副わない事実を前提とする違憲の主張で前提を欠き、同第三点は単なる法令違反の主張であつて(原判決の認定した事実関係の下においては、原判決の判示は正当であつて、所論の違法は認められない。)、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

・2条1項は、一定程度の有形力行使の根拠規範となる!

・自動車検問
+判例(S55.9.22)
理由
被告人本人の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、原審において主張、判断を経ていないものであり、また、判例違反をいう点は、引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。原判決の是認する第一審判決の認定事実によると、本件自動車検問は、右に述べた範囲を越えない方法と態様によつて実施されており、これを適法であるとした原判断は正当である
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己)

+(質問)
第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
2  その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。
3  前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。
4  警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

・短時間(即時的)の移動の自由の制限は2条3項の「身柄の拘束」に当たらず、同項に違反しないとの見解もある・・・

⇔停止措置についてもまた、「身柄の拘束」に当たらなくとも「強制」にわたる行為は許容されないと解すべきではないだろうか・・・

+判例(S53.6.20)
理由
弁護人川端和治、同弘中惇一郎の上告趣意第一の二の(一)について
所論は憲法三一条、三九条、七三条六号但書、九八条一項違反をいうが、爆発物取締罰則が日本国憲法施行後の今日においてもなお法律としての効力を保有しているものであることは当裁判所の判例とするところであるから(昭和二三年(れ)第一一四〇号同二四年四月六日大法廷判決・刑集三巻四号四五六頁、昭和三二年(あ)第三〇九号同三四年七月三日第二小法廷判決・刑集一三巻七号一〇七五頁参照)、所論は理由がない。
同第一の二の(二)の第一について
所論は憲法三一条、三六条違反をいうが、爆発物取締罰則一条に定める刑が残虐な刑罰といえないのみならず(最高裁昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日大法廷判決・刑集二巻七号七七七頁参照)、同条所定の行為に対し所定のような法定刑を定めることは立法政策の問題であつて憲法適否の問題ではないから(最高裁昭和二三年(れ)第一〇三三号同年一二月一五日大法廷判決・刑集二巻一三号一七八三頁、昭和四六年(あ)第二一七九号同四七年三月九日第一小法廷判決・刑集二六巻二号一五一頁参照)、所論は理由がない。
同第一の二の(二)の第二について
所論は憲法一九条、三一条違反をいうが、爆発物取締罰則一条は、所定の目的で爆発物を使用した者を処罰するものであつて、その思想、信条のいかんを問うものではなく、また、同条にいう「治安ヲ妨ケ」るの概念は不明確なものではないから(前掲昭和四七年三月九日第一小法廷判決参照)、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
同第一の二の(二)の第三について
所論は憲法三一条、三九条違反をいうが、爆発物取締罰則の規定のうち所論指摘のものは原判決の是認する第一審判決が適用していないものであり、また、本件に適用される同罰則一条及び三条の規定につきこれを合憲であるとした原判決の判断は正当であつて、犯行後の法令の適用を許容した趣旨のものではないのであるから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
同第二の二について
所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、Aの明示の意思に反してボーリングバツグを開披したB巡査長の行為を職務質問附随行為として適法であるとした原判決の判断は、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項の解釈を誤り、ひいて憲法三五条一項に違反し、違法収集証拠を本件の証拠とした点において憲法三一条に違反する、というのである。
一 原判決の認定した事実及び原判決の是認した第一審判決の認定した事実によれば、本件の経過は次のとおりである。(一)岡山県総社警察署巡査部長Cは、昭和四六年七月二三日午後二時過ぎ、同県警察本部指令室からの無線により、米子市内において猟銃とナイフを所持した四人組による銀行強盗事件が発生し、犯人は銀行から六〇〇万円余を強奪して逃走中であることを知つた、(二)同日午後一〇時三〇分ころ、二人の学生風の男が同県吉備郡a町b附近をうろついていたという情報がもたらされ、これを受けたC巡査部長は、同日午後一一時ころから、同署員のB勇巡査長ら四名を指揮して、総社市門田のD総社営業所前の国道三叉路において緊急配備につき検問を行つた、(三)翌二四日午前零時ころ、タクシーの運転手から、「伯備線広瀬駅附近で若い二人連れの男から乗車を求められたが乗せなかつた。
後続の白い車に乗つたかも知れない。」という通報があり、間もなく同日午前零時一〇分ころ、その方向から来た白い乗用車に運転者のほか手配人相のうちの二人に似た若い男が二人(被告人とA)乗つていたので、職務質問を始めたが、その乗用車の後部座席にアタツシユケースとボーリングバツグがあつた、(四)右運転者の供述から被告人とAとを前記広瀬駅附近で乗せ倉敷に向う途中であることがわかつたが、被告人とAとは職務質問に対し黙秘したので容疑を深めた警察官らは、前記営業所内の事務所を借り受け、両名を強く促して下車させ事務所内に連れて行き、住所、氏名を質問したが返答を拒まれたので、持つていたボーリングバツグとアタツシユケースの開披を求めたが、両名にこれを拒否され、その後三〇分くらい、警察官らは両名に対し繰り返し右バツグとケースの開披を要求し、両名はこれを拒み続けるという状況が続いた、(五)同日午前零時四五分ころ、容疑を一層深めた警察官らは、継続して質問を続ける必要があると判断し、被告人については三人くらいの警察官が取り囲み、Aについては数人の警察官が引張るようにして右事務所を連れ出し、警察用自動車に乗車させて総社警察署に同行したうえ、同署において、引き続いて、C巡査部長らが被告人を質問し、B巡査長らがAを質問したが、両名は依然として黙秘を続けた、(六)B巡査長は、右質問の過程で、Aに対してボーリングバツグとアタツシユケースを開けるよう何回も求めたが、Aがこれを拒み続けたので、同日午前一時四〇分ころ、Aの承諾のないまま、その場にあつたボーリングバツグのチヤツクを開けると大量の紙幣が無造作にはいつているのが見え、引き続いてアタツシユケースを開けようとしたが鍵の部分が開かず、ドライバーを差し込んで右部分をこじ開けると中に大量の紙幣がはいつており、被害銀行の帯封のしてある札束も見えた、(七)そこで、B巡査長はAを強盗被疑事件で緊急逮捕し、その場でボーリングバツク、アタツシユケース、帯封一枚、現金等を差し押えた、(八)C巡査部長は、大量の札束が発見されたことの連絡を受け、職務質問中の被告人を同じく強盗被疑事件で緊急逮捕した、というのである。

二 警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。
三 これを本件についてみると、所論のB巡査長の行為は、猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において、深夜に検問の現場を通りかかつたA及び被告人の両名が、右犯人としての濃厚な容疑が存在し、かつ、兇器を所持している疑いもあつたのに、警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから、これを警職法二条一項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である。
よつて、所論違憲の主張は、前提を欠き、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

同第二の三について
所論のうち憲法三一条、三五条一項違反をいう点は、アタツシユケースをこじ開けた前示B巡査長の行為を警職法に違反するものと認めながら、アタツシユケース及び在中の帯封の証拠能力を認めた原翻決の判断は、上記憲法の規定に違反する、というのである。
しかし、前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでにAを緊急逮捕することができるだけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、Aを逮捕する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず、これらを採証した第一審判決に違憲、違法はないとした原判決の判断は正当であつて、このことは当裁判所昭和三一年(あ)第二八六三号同三六年六月七日大法廷判決(刑集一五巻六号九一五頁)の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がない。その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
なお、Eから押収した証拠物に関する所論は、具体的な理由の記載を欠くので、不適法である。
同第三について
所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
同第四について
所論は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
よつて、刑訴法四〇八条、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 天野武一 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顯 裁判官 環昌一)

捜索に当たる場合
+判例(S53.9.7)
理由
(本件の経過)
一 第一審裁判所は、本件公訴事実中、第一審判決判示第一ないし第四の各事実につき被告人を有罪とし、懲役一年六月・三年間執行猶予に処したが、「被告人は、昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分ころ、大阪市a区b町c番地先路上において、フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末〇・六二グラムを所持した」との事実(以下「本件覚せい剤所持事実」という。)については、右日時場所において被告人から差し押えた物として検察官から取調請求のあつた覚せい剤粉末(以下「本件証拠物」という。)は、警察官が被告人に対する職務質問中に承諾を得ないまま被告人の上衣ポケツト内を捜索して差し押えた物であり、違法な手続により収集された証拠物であるから証拠能力はない、また、検察官から取調請求のあつた本件証拠物の鑑定結果等を立証趣旨とする証人は、本件証拠物自体証拠とすることが許されないのであるからその取調をする必要はない、としてこれら証拠申請を却下し、捜査段階及び第一審公判廷における被告人の自白はこれを補強するに足りる適法な証拠が存在しないので、結局犯罪の証明がないことに帰するとして、被告人を無罪とした。

二 第一審判決全部に対し検察官から控訴の申立があつたところ、原裁判所は、第一審判決中有罪部分につき検察官の控訴を容れ、量刑不当の違法があるとしてこの部分を破棄し、被告人を懲役一年の実刑に処したが、無罪部分については、次の理由で、検察官の控訴を棄却した。
(一)一般的に、警察官が職務質問に際し異常な箇所につき着衣の外部から触れる程度のことは、事案の具体的状況下においては職務質問の附随的行為として許容される場合があるが、さらにこれを超えてその者から所持品を提示させ、あるいはその者の着衣の内側やポケツトに手を入れてその所持品を検査することは、相手方の人権に重大なかかわりのあることであるから、前記着衣の外部から触れることなどによつて、人の生命、身体又は財産に危害を及ぼす危険物を所持し、かつ、具体的状況からして、急迫した状況にあるため全法律秩序からみて許容されると考えられる特別の事情のある場合を除いては、その提示が相手方の任意な意思に基づくか、あるいはその所持品検査が相手方の明示又は黙示の承諾を得たものでない限り許されない。
(二)本件においては、a巡査長とb巡査において、被告人が覚せい剤中毒者ではないかとの疑いのもとに、被告人に所持品の提示を求めてから被告人の上衣とズボンのポケツトを外から触つた段階までの右警察官の被告人に対する行為は、職務質問又はこれに附随する行為として許容されるが、被告人の上衣の左側内ポケツトを外部から触つたことによつて、同ポケツトに刃物ではないが何か堅い物が入つている感じでふくらんでいたというに止まり、刃物以外の何が入つているかは明らかでない状況で、被告人の左側内ポケツトに手を入れて本件証拠物を包んだちり紙の包みを取り出したb巡査の右所持品検査については、被告人の明示又は黙示の承諾があつたものとは認められず、他に右所持品検査が許容される特別の事情も認められないから、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条一項に基づく正当な職務行為とはいいがたく、右所持品検査に引き続いて行われた本件証拠物の差押は違法である。
(三)右違法の程度は、憲法三五条及び刑訴法二一八条一項所定の令状主義に違反する極めて重大なものであるうえ、弁護人は、本件証拠物を証拠とすることにつき異議を述べているのであるから、かかる証拠物を証拠として利用することは許されない。
(四)本件覚せい剤所持の事実を認めるべき証拠としては、被告人の自白があるのみで、他に右自白を補強するに足りる適法な証拠は存在しない。

三 これに対し、検察官は原判決全部に対し上告を申し立て、被告人も原判決中破棄自判部分に対し上告を申し立てた。
(検察官の上告趣意第一点について)
一 所論は、要するに、本件証拠物の差押を違法であるとした前記原判決の判断は、警職法二条一項の解釈を誤り、最高裁判所及び高等裁判所の判例と相反する判断をしている、というのである。しかし、所論引用の判例は、いずれも本件とは事案を異にし適切でないから、所論判例違反の主張は前提を欠き、その余の所論は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
二 そこで、所論にかんがみ職権をもつて調査するに、本件証拠物の差押を違法であるとした原判決の判断は、次の理由により、その結論において、正当である。
(一)原判決の認定した本件証拠物の差押の経過は、次のとおりである。(1)昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分ころ、パトカーで警ら中のb巡査、a巡査長の両名は、原判示ホテルc附近路上に被告人運転の自動車が停車しており、運転席の右横に遊び人風の三、四人の男がいて被告人と話しているのを認めた。(2)パトカーが後方から近付くと、被告人の車はすぐ発進右折してホテルcの駐車場に入りかけ、遊び人風の男達もこれについて右折して行つた。(3)b巡査らは、被告人の右不審な挙動に加え、同所は連込みホテルの密集地帯で、覚せい剤事犯や売春事犯の検挙例が多く、被告人に売春の客引きの疑いもあつたので、職務質問することにし、パトカーを下車して被告人の車を駐車場入口附近で停止させ、窓ごしに運転免許証の提示を求めたところ、被告人は正木良太郎名義の免許証を提示した(免許証が偽造であることは後に警察署において判明)。(4)続いて、b巡査が車内を見ると、ヤクザの組の名前と紋のはいつたふくさ様のものがあり、中に賭博道具の札が一〇枚位入つているのが見えたので、他にも違法な物を持つているのではないかと思い、かつまた、被告人の落ち着きのない態度、青白い顔色などからして覚せい剤中毒者の疑いもあつたので、職務質問を続行するため降車を求めると、被告人は素直に降車した。(5)降車した被告人に所持品の提示を求めると、被告人は、「見せる必要はない」と言つて拒否し、前記遊び人風の男が近付いてきて、「お前らそんなことする権利あるんか」などと罵声を浴びせ、挑戦的態度に出てきたので、b巡査らは他のパトカーの応援を要請したが、応援が来るまでの二、三分の間、b巡査と応対していた被告人は何となく落ち着かない態度で所持品の提示の要求を拒んでいた。(6)応援の警官四名くらいが来て後、b巡査の所持品提示要求に対して、被告人はぶつぶつ言いながらも右側内ポケツトから「目薬とちり紙(覚せい剤でない白色粉末が在中)」を取り出して同巡査に渡した。(7)b巡査は、さらに他のポケツトを触らせてもらうと言つて、これに対して何も言わなかつた被告人の上衣とズボンのポケツトを外から触つたところ、上衣左側内ポケツトに「刃物ではないが何か堅い物」が入つている感じでふくらんでいたので、その提示を要求した。(8)右提示要求に対し、被告人は黙つたままであつたので、b巡査は、「いいかげんに出してくれ」と強く言つたが、それにも答えないので、「それなら出してみるぞ」と言つたところ、被告人は何かぶつぶつ言つて不服らしい態度を示していたが、同巡査が被告人の上衣左側内ポケツト内に手を入れて取り出してみると、それは「ちり紙の包、プラスチツクケ」ス入りの注射針一本-であり、「ちり紙の包」を被告人の面前で開披してみると、本件証拠物である「ビニール袋入りの覚せい剤ようの粉末」がはいつていた。さらに応援のd巡査が、被告人の上衣の内側の脇の下に挾んであつた万年筆型ケース入り注射器を発見して取り出した。(9)そこで、b巡査は、被告人をパトカーに乗せ、その面前でマルキース試薬を用いて右「覚せい剤ようの粉末」を検査した結果、覚せい剤であることが判明したので、パトカーの中で被告人を覚せい剤不法所持の現行犯人として逮捕し、本件証拠物を差L押えた。
(二)ところで、警職法二条一項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべきである
(最高裁判所昭和五二年(あ)第一四三五号同五三年六月二〇日第三小法廷判決参照)。
(三)これを本件についてみると、原判決の認定した事実によれば、b巡査が被告人に対し、被告人の上衣左側内ポケツトの所持品の提示を要求した段階においては、被告人に覚せい剤の使用ないし所持の容疑がかなり濃厚に認められ、また、同巡査らの職務質問に妨害が入りかねない状況もあつたから、右所持品を検査する必要性ないし緊急性はこれを肯認しうるところであるが、被告人の承諾がないのに、その上衣左側内ポケツトに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は、一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては、相当な行為とは認めがたいところであつて、職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当である。してみると、右違法な所持品検査及びこれに続いて行われた試薬検査によつてはじめて覚せい剤所持の事実が明らかとなつた結果、被告人を覚せい剤取締法違反被疑事実で現行犯逮捕する要件が整つた本件事案においては、右逮捕に伴い行われた本件証拠物の差押手続は違法といわざるをえないものである。これと同旨の原判決の判断は、その限りにおいて相当であり、所論は採ることができない。
(検察官の上告趣意第三点について)
一 所論は、要するに、本件証拠物の証拠能力を否定した原判決の判断は、憲法三五条の解釈を誤り、かつ、最高裁判所及び高等裁判所の判例と相反する判断をしている、というのである。しかし、所論のうち憲法違反をいう点は、その実質において、証拠物の証拠能力に関する原判決の判断を論難する単なる法令違反の主張に帰するものであつて、適法な上告理由にあたらない。また、最高裁判所の判例の違反をいう点は、所論引用の当裁判所昭和二四年(れ)第二三六六号同年一二月一三日第三小法廷判決(刑事裁判集一五号三四九頁)は、証拠物の押収手続に極めて重大な違法がある場合にまで証拠能力を認める趣旨のものであるとまでは解しがたいから、本件証拠物の収集手続に極めて重大な暇疵があるとして証拠能力を否定した原判決の判断は、当裁判所の右判例と相反するものではないというべきであつて、所論は理由がなく、高等裁判所の判例の違反をいう点は、最高裁判所の判例がある場合であるから、所論は適法な上告理由にあたらない。
二 そこで、所論にかんがみ職権をもつて調査するに、本件証拠物の証拠能力を否定した原判決の判断は、次の理由により、法令に違反したものというべきである。
(一)違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので、この問題は、刑訴法の解釈に委ねられているものと解するのが相当であるところ、刑訴法は、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」(同法一条)ものであるから、違法に収集された証拠物の証拠能力に関しても、かかる見地からの検討を要するものと考えられる。ところで、刑罰法令を適正に適用実現し、公の秩序を維持することは、刑事訴訟の重要な任務であり、そのためには事案の真相をできる限り明らかにすることが必要であることはいうまでもないところ、証拠物は押収手続が違法であつても、物それ自体の性質・形状に変異をきたすことはなく、その存在・形状等に関する価値に変りのないことなど証拠物の証拠としての性格にかんがみると、その押収手続に違法があるとして直ちにその証拠能力を否定することは、事案の真相の究明に資するゆえんではなく、相当でないというべきである。しかし、他面において、事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、適正な手続のもとでされなければならないものであり、ことに憲法三五条が、憲法三三条の場合及び令状による場合を除き、住居の不可侵、捜索及び押収を受けることのない権利を保障し、これを受けて刑訴法が捜索及び押収等につき厳格な規定を設けていること、また、憲法三一条が法の適正な手続を保障していること等にかんがみると、証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その認拠能力は否定されるものと解すべきである。
(二)これを本件についてみると、原判決の認定した前記事実によれば、被告人の承諾なくその上劇左側内ポケツトか引本件証拠物を取り出したb巡査の行為は、職務質問の要件が存在し、かつ、所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかつた被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたに過ぎないのであつて、もとより同巡査において令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、また、他に右所持品検査に際し強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても相当でないとは認めがたいから、本件証拠物の証拠能力はこれを肯定すべきである。
(三)してみると、本件証拠物の収集手続に重大な違法があることを理由としてその証拠能力を否定し、また、その鑑定結果等を立証趣旨とする証人もその取調をする必要がないとして、これら証拠申請を却下した第一審裁判所の措置及びこれを是認した原判決の判断は法令に違反するものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼしており、原判決中検察官の控訴を棄却した部分及び第一審判決中無罪部分はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
(結論)
よつて、検察官の上告趣意中のその余の所論及び弁護人の上告趣意に対する判断を省略し、なお、本件覚せい剤所持の事実とその余の第一審判決及び原判決が有罪とした事実どは併合罪の関係にあるものとして公訴を提起されたものであるから、刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決の各全部を破棄し、同法四一三条本文により本件を第一審裁判所である大阪地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
検察官古川健次郎、同稲田克巳 公判出席
(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官岸盛一は退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 岸上康夫)

2.所持品検査の許容性とその限界

3.設問の解説
まずは、職務質問の要件があるかの検討を忘れずに!!!

QA

+判例(H7.5.30)
理由
弁護人内山成樹の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は所論のいうような趣旨まで判示したものではないから、所論は、前提を欠き、その余は、違憲をいう点を含め、その実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、被告人の尿の鑑定書の証拠能力にっき、職権で判断する。

一 原判決の認定によれば、本件捜査の経過は、次のとおりである。
1 平成五年三月一一日午前三時一〇分ころ、同僚とともにパトカーで警ら中の警視庁三田警察署A巡査は、東京都港区内の国道上で、信号が青色に変わったのに発進しない普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を認め、運転者が寝ているか酒を飲んでいるのではないかという疑いを持ち、パトカーの赤色灯を点灯した上、後方からマイクで停止を呼び掛けた。すると、本件自動車がその直後に発進したため、A巡査らが、サイレンを鳴らし、マイクで停止を求めながら追跡したところ、本件自動車は、約二・七キロメートルにわたって走行した後停止した。
2 A巡査が、本件自動車を運転していた被告人に対し職務質問を開始したところ、被告人が免許証を携帯していないことが分かり、さらに、照会の結果被告人に覚せい剤の前歴五件を含む九件の前歴のあることが判明した。そして、A巡査は、被告人のしゃべり方が普通と異なっていたことや、停止を求められながら逃走したことなども考え合わせて、覚せい剤所持の嫌疑を抱き、被告人に対し約二〇分間にわたり所持品や本件自動車内を調べたいなどと説得したものの、被告人がこれに応じようとしなかったため、三田警察署に連絡を取り、覚せい剤事犯捜査の係官の応援を求めた。
3 五分ないし一〇分後、部下とともに駆けっけた三田警察署B巡査部長は、A巡査からそれまでの状況を聞き、皮膚が荒れ、目が充血するなどしている被告人の様子も見て、覚せい剤使用の状態にあるのではないかとの疑いを持ち、被告人を捜査用の自動車に乗車させ、同車内でA巡査が行ったのと同様の説得を続けた。そうするうち、窓から本件自動車内をのぞくなどしていた警察官から、車内に白い粉状の物があるという報告があったため、B巡査部長が、被告人に対し、検査したいので立ち会ってほしいと求めたところ、被告人は、「あれは砂糖ですよ。見てくださいよ。」などと答えたので、同巡査部長が、被告人を本件自動車のそばに立たせた上、自ら車内に乗り込み、床の上に散らばっている白い結晶状の物にっいて予試験を実施したが、覚せい剤は検出されなかった。
4 その直後、B巡査部長は、被告人に対し、「車を取りあえず調べるぞ。これじゃあ、どうしても納得がいかない。」などと告げ、他の警察官に対しては、「相手は承諾しているから、車の中をもう一回よく見ろ。」などと指示した。そこで、A巡査ら警察官四名が、懐中電灯等を用い、座席の背もたれを前に倒し、シートを前後に動かすなどして、本件自動車の内部を丹念に調べたところ、運転席下の床の上に白い結晶状の粉末の入ったビニール袋一袋が発見された。なお、被告人は、A巡査らが車内を調べる間、その様子を眺めていたが、異議を述べたり口出しをしたりすることはなかった
5 B巡査部長は、被告人に対し、「物も出たことだから本署へ行ってもらうよ。」などと同行を求め、被告人もこれに素直に応じたので、被告人を三田警察署まで任意同行した上、同署内で覚せい剤の予試験を実施し、覚せい剤反応が出たのを確認して、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕した。
6 被告人は、同署留置場で就寝した後、同日午前九時三〇分ころから取調べを受けていたが、しばらくして尿の提出を求められ、午前一一時一〇分ころ、同署内で尿を提出した。その間、被告人は、尿の提出を拒否したり、抵抗するようなことはなく、警察官の指示に素直に協力する態度をとっていた。

二 以上の経過に照らして検討すると、警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難いが、警察官は、停止の求めを無視して自動車で逃走するなどの不審な挙動を示した被告人について、覚せい剤の所持又は使用の嫌疑があり、その所持品を検査する必要性緊急性が認められる状況の下で、覚せい剤の存在する可能性の高い本件自動車内を調べたものであり、また、被告人は、これに対し明示的に異議を唱えるなどの言動を示していないのであって、これらの事情に徴すると、右違法の程度は大きいとはいえない
次に、本件採尿手続についてみると、右のとおり、警察官が本件自動車内を調べた行為が違法である以上、右行為に基づき発見された覚せい剤の所持を被疑事実とする本件現行与逮捕手続は違法であり、さらに、本件採尿手続も、右一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用し、これに引き続いて行われたものであるから、違法性を帯びるといわざるを得ないが、被告人は、その後の警察署への同行には任意に応じており、また、採尿手続自体も、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思による応諾に基づいて行われているのであって、前記のとおり、警察官が本件自動車内を調べた行為の違法の程度が大きいとはいえないことをも併せ勘案すると、右採尿手続の違法は、いまだ重大とはいえず、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、被告人の尿の鑑定書の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当であり(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決。刑集三二巻六号一六七二頁参照)、右と同旨に出た原判断は、正当である。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

+判例(H21.9.28)
理由
弁護人髙木甫の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権により判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば、本件捜査に係る事実関係は、次のとおりである。
すなわち、大阪府警察本部生活安全部所属の警察官らは、かねてから覚せい剤密売の嫌疑で大阪市内の有限会社A(以下「本件会社」という。)に対して内偵捜査を進めていたが、本件会社関係者が東京の暴力団関係者から宅配便により覚せい剤を仕入れている疑いが生じたことから、宅配便業者の営業所に対して、本件会社の事務所に係る宅配便荷物の配達状況について照会等をした。その結果、同事務所には短期間のうちに多数の荷物が届けられており、それらの配送伝票の一部には不審な記載のあること等が判明した。そこで、警察官らは、同事務所に配達される予定の宅配便荷物のうち不審なものを借り出してその内容を把握する必要があると考え、上記営業所の長に対し、協力を求めたところ、承諾が得られたので、平成16年5月6日から同年7月2日にかけて、5回にわたり、同事務所に配達される予定の宅配便荷物各1個を同営業所から借り受けた上、関西空港内大阪税関においてエックス線検査を行った。その結果、1回目の検査においては覚せい剤とおぼしき物は発見されなかったが、2回目以降の検査においては、いずれも、細かい固形物が均等に詰められている長方形の袋の射影が観察された(以下、これら5回の検査を「本件エックス線検査」という。)。なお、本件エックス線検査を経た上記各宅配便荷物は、検査後、上記営業所に返還されて通常の運送過程下に戻り、上記事務所に配達された。また、警察官らは、本件エックス線検査について、荷送人や荷受人の承諾を得ていなかった
2 所論は、本件エックス線検査は、任意捜査の範囲を超えた違法なものであり、本件において事実認定の用に供された覚せい剤及び覚せい剤原料(以下「本件覚せい剤等」という。)は、同検査により得られた射影の写真に基づき取得した捜索差押許可状により得られたものであるから、違法収集証拠として排除されなければならないと主張する。
3 そこで、前記の事実関係を前提に検討すると、本件エックス線検査は、荷送人の依頼に基づき宅配便業者の運送過程下にある荷物について、捜査機関が、捜査目的を達成するため、荷送人や荷受人の承諾を得ることなく、これに外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察したものであるが、その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。そして、本件エックス線検査については検証許可状の発付を得ることが可能だったのであって、検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は、違法であるといわざるを得ない。
4 次に、本件覚せい剤等は、同年6月25日に発付された各捜索差押許可状に基づいて同年7月2日に実施された捜索において、5回目の本件エックス線検査を経て本件会社関係者が受け取った宅配便荷物の中及び同関係者の居室内から発見されたものであるが、これらの許可状は、4回目までの本件エックス線検査の射影の写真等を一資料として発付されたものとうかがわれ、本件覚せい剤等は、違法な本件エックス線検査と関連性を有する証拠であるということができる
しかしながら、本件エックス線検査が行われた当時、本件会社関係者に対する宅配便を利用した覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高まっており、更に事案を解明するためには本件エックス線検査を行う実質的必要性があったこと、警察官らは、荷物そのものを現実に占有し管理している宅配便業者の承諾を得た上で本件エックス線検査を実施し、その際、検査の対象を限定する配慮もしていたのであって、令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと、本件覚せい剤等は、司法審査を経て発付された各捜索差押許可状に基づく捜索において発見されたものであり、その発付に当たっては、本件エックス線検査の結果以外の証拠も資料として提供されたものとうかがわれることなどの諸事情にかんがみれば、本件覚せい剤等は、本件エックス線検査と上記の関連性を有するとしても、その証拠収集過程に重大な違法があるとまではいえず、その他、これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力を肯定することができると解するのが相当である。
したがって、本件覚せい剤等を証拠排除せずに事実認定の用に供した第1審の訴訟手続を是認した原判断は、結論において正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 那須弘平 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)

PT
第1段階の枠組みは2条3項が根拠
第2段階は警察比例の原則(警職法1条2項等)

S51年判決ではなく53年判決があるのだから、行政警察活動の場合は53年判決の方を使用しよう!!!


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民法 基本事例で考える民法演習2 33 代理関係の瑕疵と表見代理~盗品の売買と代金債権の帰趨


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1.小問1(1)について

+(権限外の行為の表見代理)
第百十条  前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

2.小問1(2)について
(1)原則の確認
110条の成立には基本代理権が必要。
錯誤無効→代理権授与行為が無効→基本代理権はなかったことになる

・要素性が認められるか

(2)代理権授与行為の法的性質

(3)類例との比較

+(代理人の行為能力)
第百二条  代理人は、行為能力者であることを要しない。

(4)解釈試論

・96条3項類推適用

+(法定追認)
第百二十五条  前条の規定により追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。
一  全部又は一部の履行
二  履行の請求
三  更改
四  担保の供与
五  取り消すことができる行為によって取得した権利の全部又は一部の譲渡
六  強制執行

3.小問2について(基礎編)

+(即時取得)
第百九十二条  取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

(盗品又は遺失物の回復)
第百九十三条  前条の場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる

+第百九十四条  占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない

+(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条  占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2  占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

+(留置権の内容)
第二百九十五条  他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2  前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。

4.小問2について(応用編)

+(動産の先取特権)
第三百十一条  次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する。
一  不動産の賃貸借
二  旅館の宿泊
三  旅客又は荷物の運輸
四  動産の保存
五  動産の売買
六  種苗又は肥料(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉を含む。以下同じ。)の供給
七  農業の労務
八  工業の労務

+(動産売買の先取特権)
第三百二十一条  動産の売買の先取特権は、動産の代価及びその利息に関し、その動産について存在する。

+(物上代位)
第三百四条  先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。
2  債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。

・差押えの意味
+判例(H17.2.22)
理由
上告代理人中村築守の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) A社は、B社に対し、第1審判決別表6記載のとおり商品を売り渡し、同社は、上告人に対し、同別表3記載のとおりこれを転売した(以下、この転売契約に基づく売買代金債権のことを「本件転売代金債権」という。)。
(2) B社は、平成14年3月1日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、C弁護士が破産管財人に選任された。
(3) 上記破産管財人は、平成15年1月28日、破産裁判所の許可を得て、被上告人に対し、本件転売代金債権を譲渡し、同年2月4日、上告人に対し、内容証明郵便により、上記債権譲渡の通知をした。
(4) A社は、東京地方裁判所に対し、動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使として、本件転売代金債権について差押命令の申立てをしたところ、同裁判所は、平成15年4月30日、本件転売代金債権の差押命令を発し、同命令は同年5月1日に上告人に送達された。
2 本件は、上記事実関係の下において、被上告人が、上告人に対し、本件転売代金債権について支払を求める事案である。
3 民法304条1項ただし書は、先取特権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要する旨を規定しているところ、この規定は、抵当権とは異なり公示方法が存在しない動産売買の先取特権については、物上代位の目的債権の譲受人等の第三者の利益を保護する趣旨を含むものというべきである。そうすると、動産売買の先取特権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が備えられた後においては、目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。
4 前記事実関係によれば、A社は、被上告人が本件転売代金債権を譲り受けて第三者に対する対抗要件を備えた後に、動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使として、本件転売代金債権を差し押さえたというのであるから、上告人は、被上告人に対し、本件転売代金債権について支払義務を負うものというべきである。以上と同旨の原審の判断は正当として是認することができる。所論引用の判例(最高裁平成9年(オ)第419号同10年1月30日第二小法廷判決・民集52巻1号1頁、最高裁平成8年(オ)第673号同10年2月10日第三小法廷判決・裁判集民事187号47頁)は、事案を異にし、本件に適切ではない。論旨は、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖)

++解説
《解  説》
1 本件は,動産売買の先取特権者が,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においても,目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるか否かなどが争われた事案である。
A社は,B社に対し,商品(動産)を売り渡したところ,B社は,Y1~Y3に対し,これを転売した。B社は,平成14年3月1日,東京地裁において破産宣告を受け,C弁護士が破産管財人に選任された。C破産管財人は,平成15年1月28日,破産裁判所の許可を得て,B社のY1~Y3に対する転売代金債権をXに譲渡し,同年2月4日,Y1~Y3に対し,内容証明郵便により,上記債権譲渡の通知をした。A社は,東京地裁に対し,動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使として,B社のY1~Y3に対する転売代金債権について差押命令の申立てをしたところ,同裁判所は,平成15年1月20日,B社のY1に対する転売代金債権に対する債権差押命令を,同年4月30日,B社のY2に対する転売代金債権に対する債権差押命令をそれぞれ発令したが,B社のY3に対する転売代金債権に対する債権差押命令の申立ては却下した。Y1を第三債務者とする債権差押命令は同年1月22日に,Y2を第三債務者とする債権差押命令は同年5月1日にそれぞれY1及びY2に送達された。

2 Xは,B社とY1~Y3との間の上記転売契約等に基づき,Y1~Y3に対し,転売代金の支払を求めた。
これに対し,Y1~Y3は,C破産管財人が,Xに対し,上記転売代金債権を譲渡し,その旨をY1~Y3に内容証明郵便により通知したとしても,Y1~Y3がXに対して支払をするまでは,A社は,上記転売代金債権について,動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができるなどと主張し,Xの上記請求を争った。

3 1審がXの請求を棄却する旨の判決をしたことから,Xから控訴。原審は,動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使と目的債権の譲渡とは,債権差押命令の第三債務者に対する送達と債権譲渡の対抗要件の具備との先後関係によってその優劣を決すべきであるなどとして,1審判決を変更し,XのY1に対する請求を棄却したが,XのY2及びY3に対する請求を認容するなどの判決をした。
第三小法廷は,Y2の上告受理の申立てを受理した上,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においては,目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできないなどと判示して,Y2の上告を棄却した。

4(1) 抵当権,先取特権に基づく物上代位権の行使と債権譲渡,転付命令,一般債権者の差押えの優先関係等をめぐっては,これまで多数の判例が出されている。そして,最一小判昭59.2.2民集38巻3号431頁,判タ525号99頁(昭和59年最一小判)及び最二小判昭60.7.19民集39巻5号1326頁,判タ571号68頁(昭和60年最二小判)は,傍論として,目的債権の譲渡後の先取特権者の物上代位権の行使を否定すべきものとした。この傍論説示によれば,最高裁は,抵当権についても,目的債権の譲渡後の物上代位権の行使を否定するものと推測されるというのが一般的理解であったところ,最二小判平10.1.30民集52巻1号1頁,判タ964号73頁及び最三小判平10.2.10裁判集民187号47頁(平成10年最判)は,この一般的理解を覆し,抵当権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においても,自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるとした。そして,平成10年最判が出された後は,昭和59年最一小判及び昭和60年最二小判の傍論説示が変更されたか否かが議論されている状況にあった。
(2) ところで,抵当権は,第三者に対しても追及効がある担保物権であるとされている。これは,抵当権は,登記という形で公示制度が完備されていることから,第三者に対して追及効を認めても,第三者に不測の損害を与えるおそれがないことによるものである。ところで,債権譲渡により,債権が債務者から第三者に移転すると,債務者が第三債務者から金銭を受け取るべき関係がないことになるから,物上代位権を行使して差し押さえることができなくなるのではないかという疑問が生ずる。しかし,抵当権のみならず,抵当権の物上代位権にも追及効があると考えるならば,譲渡された債権についても有効に差し押さえることができるということになるのであって,平成10年最判は正にこのような考え方に立脚するものである(平10最判解説(民)(上)26頁以下)。そして,平成10年最判の理由付けの中で注目すべき点は,抵当権の効力が物上代位の目的債権にも及ぶことは,抵当権設定登記により公示されているとみることができるとしたことである。その上で,平成10年最判は,債権譲渡の対抗要件の具備が抵当権設定登記に後れる場合には,もともと実体法上は抵当権者が優先すると考えられることから,債権譲渡後の物上代位権の行使を認めても,債権譲受人の立場は害されないと考えているものと推測される(前記最判解説26頁)。
これに対し,動産売買の先取特権は,債務者が,その目的物である動産を第三者に引き渡すと,その動産には先取特権の効力は及ばないこととされている(民法333条)。先取特権は,先取特権者の占有を要件としていないため,目的物が動産の場合には公示方法が存在せず,追及効を制限することにより動産取引の第三者を保護しようとしたのであるそうとすれば,動産売買の先取特権に基づく物上代位権も目的債権が譲渡され,債権が債務者から第三者に移転すると,もはや追及効がなくなるものと解すべきである。このような場合にも追及効があるとすれば,抵当権とは異なり,動産売買の先取特権には公示方法がないことから,第三者(債権譲受人等)の立場を不当に害するおそれがあるものと考えられる。民法304条1項ただし書の規定は,抵当権とは異なり公示方法が存在しない動産売買の先取特権については,物上代位の目的債権の譲受人等の第三者の利益を保護する趣旨を含むものというべきである(内田貴・民法Ⅲ 債権総論・担保物権(第2版)511頁,道垣内弘人「昭和60年最判の判例批評」別冊ジュリ159号175頁等参照)。
以上によれば,本判決が判示するとおり,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においては,目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。
5 本判決は,平成10年最判が出されたことにより,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的債権が譲渡され,第三者に対する対抗要件が備えられた後においても,自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるということになるとする見方があった中で,このような見解を採らないことを初めて正面から明らかにした最上級審の判例であり,実務に与える影響は小さくないものと考えられることから,ここに紹介する次第である。

・追認・・・
+判例(H23.10.18)
理 由
 上告代理人小林正の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
 1 本件は,ブナシメジを所有する被上告人が,無権利者との間で締結した販売委託契約に基づきこれを販売して代金を受領した上告人に対し,同契約を追認したからその販売代金の引渡請求権が自己に帰属すると主張して,その支払を請求する事案である。
 なお,上記の請求は,控訴審において追加された被上告人の第2次予備的請求であるところ,原判決中,被上告人の主位的請求及び第1次予備的請求をいずれも棄却すべきものとした部分については,被上告人が不服申立てをしておらず,同部分は当審の審理判断の対象となっていない。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,Aの代表取締役であるBから,その所有する工場を賃借し,平成14年4月以降,同工場でブナシメジを生産していた。
 (2) Bは,平成15年8月12日から同年9月17日までの期間,賃貸借契約の解除等をめぐる紛争に関連して同工場を実力で占拠し,その間,Aが,上告人との間でブナシメジの販売委託契約(以下「本件販売委託契約」という。)を締結した上,被上告人の所有する同工場内のブナシメジを上告人に出荷した。上告人は,本件販売委託契約に基づき,上記ブナシメジを第三者に販売し,その代金を受領した。
 (3) 被上告人は,平成19年8月27日,上告人に対し,被上告人と上告人との間に本件販売委託契約に基づく債権債務を発生させる趣旨で,本件販売委託契約を追認した。

 3 原審は,被上告人が,上記の趣旨で本件販売委託契約を追認したのであるから,民法116条の類推適用により,同契約締結の時に遡って,被上告人が同契約を直接締結したのと同様の効果が生ずるとして,被上告人の第2次予備的請求を認容した。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 無権利者を委託者とする物の販売委託契約が締結された場合に,当該物の所有者が,自己と同契約の受託者との間に同契約に基づく債権債務を発生させる趣旨でこれを追認したとしても,その所有者が同契約に基づく販売代金の引渡請求権を取得すると解することはできない。なぜならば,この場合においても,販売委託契約は,無権利者と受託者との間に有効に成立しているのであり,当該物の所有者が同契約を事後的に追認したとしても,同契約に基づく契約当事者の地位が所有者に移転し,同契約に基づく債権債務が所有者に帰属するに至ると解する理由はないからである。仮に,上記の追認により,同契約に基づく債権債務が所有者に帰属するに至ると解するならば,上記受託者が無権利者に対して有していた抗弁を主張することができなくなるなど,受託者に不測の不利益を与えることになり,相当ではない

 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は,破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求は理由がないから,同部分に関する請求を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 那須弘平 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)


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