1.行政指導とは
+(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 法令 法律、法律に基づく命令(告示を含む。)、条例及び地方公共団体の執行機関の規則(規程を含む。以下「規則」という。)をいう。
二 処分 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。
三 申請 法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。
四 不利益処分 行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう。ただし、次のいずれかに該当するものを除く。
イ 事実上の行為及び事実上の行為をするに当たりその範囲、時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分
ロ 申請により求められた許認可等を拒否する処分その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分
ハ 名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分
ニ 許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの
五 行政機関 次に掲げる機関をいう。
イ 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関若しくは内閣の所轄の下に置かれる機関、宮内庁、内閣府設置法 (平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項 若しくは第二項 に規定する機関、国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項 に規定する機関、会計検査院若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員
ロ 地方公共団体の機関(議会を除く。)
六 行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
七 届出 行政庁に対し一定の事項の通知をする行為(申請に該当するものを除く。)であって、法令により直接に当該通知が義務付けられているもの(自己の期待する一定の法律上の効果を発生させるためには当該通知をすべきこととされているものを含む。)をいう。
八 命令等 内閣又は行政機関が定める次に掲げるものをいう。
イ 法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む。次条第二項において単に「命令」という。)又は規則
ロ 審査基準(申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ハ 処分基準(不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準をいう。以下同じ。)
ニ 行政指導指針(同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときにこれらの行政指導に共通してその内容となるべき事項をいう。以下同じ。)
・処分に当たると解される場合は行手法の行政指導の定義からは除外される
+判例(H17.7.15)
理由
上告代理人濱秀和ほかの各上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、富山県高岡市内において病院の開設を計画し、被上告人に対し、平成9年3月6日付けで、病床数を400床とする病院開設に係る医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの。以下同じ。)7条1項の許可の申請(以下「本件申請」という。)をした。
(2) 被上告人は、上告人に対し、同年10月1日付けで、医療法30条の7の規定に基づき、「高岡医療圏における病院の病床数が、富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で、本件申請に係る病院の開設を中止するよう勧告した(以下、この勧告を「本件勧告」という。)。
(3) 上告人は、被上告人に対し、同月3日付けで、本件勧告を拒否するとともに、速やかに本件申請に対する許可をするよう求める文書を送付した。
(4) 被上告人は、上告人に対し、同年12月16日付けで、本件申請について許可する旨の処分(以下「本件許可処分」という。)をした。また、同日付けで、富山県厚生部長名で、上告人に対し、「医療法を遵守し、富山県地域医療計画の達成の推進に協力すること」等の遵守事項の記載に加えて「中止勧告にもかかわらず病院を開設した場合には、厚生省通知(昭和62年9月21日付け保発第69号厚生省保険局長通知)において、保険医療機関の指定の拒否をすることとされているので、念のため申し添える。」との記載(以下「本件通告部分」という。)がされた文書が送付された(以下、同保険局長通知を「昭和62年保険局長通知」という。)。
2 本件は、上告人が、本件勧告は医療法30条の7に反するもので違法であり、また、本件通告部分のある文書と共にされた本件許可処分は本件勧告に従わない場合には保険医療機関の指定申請を拒否することを予告するいわば負担付きの許可であると主張して、被上告人に対し、本件勧告の取消し又は「本件許可処分中の中止勧告部分」と上告人が主張する本件通告部分の取消しを請求する事案である。
3 原審は、次のとおり判断し、本件訴えをいずれも却下すべきものとした。
(1) 上告人が本件勧告に従わなかったとしても、それにより必然的に保険医療機関の指定が拒否されるわけではないから、本件勧告は、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。
(2) 本件通告部分は、当時の保険医療機関の指定権限が国の機関委任事務として都道府県知事に属していたことから、単に処分庁の意思を事前に通知したもので、法令に基づくものとは認められないことに加え、この通告自体によって、上告人にいかなる不利益も生ずるとは認められないから、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。
4 原審の上記判断のうち3の(2)については、富山県厚生部長名の本件通告部分をもって被上告人がした病院開設中止勧告と解することはできないから、その取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断を是認することができるが、原審の上記判断のうち3の(1)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 医療法は、病院を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めているところ(7条1項)、都道府県知事は、一定の要件に適合する限り、病院開設の許可を与えなければならないが(同条3項)、医療計画の達成の推進のために特に必要がある場合には、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院開設申請者等に対し、病院の開設、病床数の増加等に関し勧告することができる(30条の7)。そして、医療法上は、上記の勧告に従わない場合にも、そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。
他方、健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は、都道府県知事は、保険医療機関等の指定の申請があった場合に、一定の事由があるときは、その指定を拒むことができると規定しているが、この拒否事由の定めの中には、「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」との定めがあり、昭和62年保険局長通知において、「医療法第三十条の七の規定に基づき、都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず、病院開設が行われ、当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては、健康保険法四十三条ノ三第二項に規定する『著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』に該当するものとして、地方社会保険医療協議会に対し、指定拒否の諮問を行うこと」とされていた(なお、平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は、医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には、その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。
(2) 上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない。
したがって、本件勧告は、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるというべきである。
5 以上のとおりであるから、本件通告部分の取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断は是認することができるが、本件勧告の取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の限度で理由があり、原判決のうち本件勧告の取消請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消して本件を富山地方裁判所に差し戻すとともに、上告人のその余の上告を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 福田博 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋)
++解説
《解 説》
1 本件は,Yに対して病院開設の許可申請をしたXが,Yから病院開設を中止するよう勧告されたため,その取消しを請求した事案である。
2 Xは,富山県高岡市内において病院の開設を計画し,Yに対し,平成9年3月6日付けで,病床数を400床とする病院開設に係る医療法7条1項の許可の申請をした。
ところが,Yは,Xに対し,同年10月1日付けで,医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの。以下同じ。)30条の7の規定に基づき,「高岡医療圏における病院の病床数が,富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で,申請に係る病院の開設を中止するよう本件勧告をした。そこで,Xが本件勧告は違法であるなどと主張して,その取消し等を請求したのが本件訴訟である。
3 本件でまず争点となったのは,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告が,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうかであった。
4 第1,2審は,本件勧告は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないなどとして,本件訴えを却下すべきものとした。これに対し,本判決は,本件勧告は抗告訴訟の対象となるとして,原判決を破棄し,第1審判決を取り消して,本件を第1審裁判所に差し戻した。
本判決は,「医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は,医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども,当該勧告を受けた者に対し,これに従わない場合には,相当程度の確実さをもって,病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。」と判示し,その上で,「いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては,健康保険,国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく,保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから,保険医療機関の指定を受けることができない場合には,実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると,この勧告は,行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」との判断を示したものである。
5 行政事件訴訟法3条2項は,取消訴訟の対象となる「処分」について,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と定義している。この具体的な意味について,判例(最一小判昭39.10.29民集18巻8号1809頁等)は,「行政庁の処分とは,…… 公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」としている。
ところで,「勧告」,「指導」,「助言」等は,一定の行政目的を達成するため任意の協力を期待するものであるから,通常は単なる行政指導であって,処分ではない。しかし,条文の文言が「勧告」等とされていて本来的には非権力的なものであっても,実体法上,これらの行政庁の行為について,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するという法律効果が付与されていると認めることができるのであれば,当該行為の処分性が肯定されることになる。
6 医療法上は,同法30条の7の規定に基づく勧告は任意の協力を求める行政指導として規定されており,これに従わない場合にも,そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。
他方,健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は,都道府県知事は,保険医療機関等の指定の申請があった場合に,一定の事由があるときは,その指定を拒むことができると規定しているが,この拒否事由の定めの中に「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」との定めがある。そして,通達(昭62.9.21保発69号厚生省保険局長通知)において,「医療法第三十条の七の規定に基づき,都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず,病院開設が行われ,当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては,健康保険法四十三条ノ三第二項に規定する『著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』に該当するものとして,地方社会保険医療協議会に対し,指定拒否の諮問を行うこと」とされていた(なお,平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は,医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には,その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。
7 このように,医療法30条の7の規定に基づき開設中止の勧告に従わずに開設された病院が保険医療機関の指定の申請をした場合には,都道府県知事は保険医療機関の指定拒否の諮問を行うことになり,そうすると,特段の事情がない限り,それに従って指定拒否処分がされ,その結果,実際上病院の経営が成り立たなくなるのであるから,そのことの重大さは看過し難いものである。
また,平成10年法律第109号による改正前の健康保険法43条ノ3第1項を受けた昭和32年厚生省令1条によると,保険医療機関の指定を受けるためには,医療法7条に基づく病院等の開設許可を都道府県知事から得た後,同法27条の定めるところにより,都道府県知事の検査を受けて使用許可証の交付を受けていなければならず,この使用許可を得るためには,同法21条に従い,所定の省令の定めるところにより,病院の建物や医療設備を整え,医師や看護婦を雇うなどして,必要な人員及び施設を確保するなどしなければならない。しかし,これに要する費用は極めて高額であって,そのような投資をしなければ保険医療機関の指定を求めることができないということを前提にすると,医療法30条の7の規定に基づく勧告を受けた者は,その勧告を直ちに争うことができないとされる場合には,それを争うためには,指定拒否がされる可能性が高い中で必要な人員及び施設を確保するなど巨額の投資をしなければならないということになり,事実上病院の開設を断念せざるを得ない地位に置かれることになる。そうすると,保険医療機関の指定拒否処分の取消訴訟によって救済されるので本件勧告の取消しを認めなくてもよいという原審の考え方は,相当とはいえない。
本判決は,このような考え方に基づいて,前記のとおり,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は,「行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」と判断したものと考えられる。
8 本判決は,医療法上は行政指導として規定されている勧告について,その健康保険法の規定に基づく保険医療機関の指定に及ぼす効果等に着目して処分性を肯定するという初めての判断を示したものであり,行政事件訴訟によって救済を求めることのできる範囲を拡大するものとして,実務的にも理論的にも重要な意義を有するものである。
2.行政指導の一般原則~不利益取り扱いの禁止
+(行政指導の一般原則)
第三十二条 行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
2 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
+判例(H5.2.18)
理由
一 上告代理人岸巖、同田中喜代重の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
二 同第二点について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(一) 武蔵野市においては、昭和四四年ころからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足し、被上告人の行財政を強く圧迫していた。そこで、被上告人は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されて行くのを防止することを目的として、武蔵野市内で一定規模以上の宅地開発又は中高層建築物建設事業を行おうとする者(以下「事業主」という。)等を行政指導するため、被上告人の議会の全員協議会に諮った上、昭和四六年一〇月一日、武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)を制定した。
(二) 指導要綱は、一〇〇〇平方メートル以上の宅地開発事業又は高さ一〇メートル以上の中高層建築物の建設事業に適用され、(1)事業内容の公開、公共施設の設置、提供及びその費用負担、日照障害等について市長と事前協議をし、その審査を受けなければならない、(2)事業により施行区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また、事業によって生じた損害については、補償の責を負わなければならない、(3)事業区域内に所定の幅員、路面排水、側溝等を備えた道路を整備し、市に無償で提供するものとする、(4)開発面積が三〇〇〇平方メートル以上の場合は、一定の割合による公園、緑地を設けなければならない、(5)上下水道施設については、事業主の費用負担において市が施工し、又は市の指示に従って事業主が施工し、その施設を市に無償で提供するものとする、(6)建設計画が一五戸以上の場合は、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする(この負担すべき金員を「教育施設負担金」といい、その金額は、建設計画が一五戸ないし一一三戸の場合には、一戸につき五四万四〇〇〇円とされていた。)、(7)市の指示により、消防施設、ごみの集積処理施設、街路灯等の安全施設を設置、整備し、駐車場用地を確保するものとする、(8)指導要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある、等とする内容のものであった。
(三) 被上告人は、指導要綱の運営に当たり、武蔵野市宅地開発等審査会を設置し、次のような方法で事業主に指導要綱を履践させていた。
事業主は、被上告人の担当課と事前に協議した上、教育施設負担金寄付願等を添付して事業計画承認願を被上告人の市長に提出し、右審査会は、指導要綱所定の要件が整っていればこれを承認し、要件が整っていなければ担当課において更に行政指導を行い、承認された事業主に対しては、市長が事業計画承認書を交付する。事業主は、右承認後二〇日以内に被上告人に右寄付願に記載した教育施設負担金等を納付する。被上告人は、東京都の各関係機関に対し、建築確認の申請等があった場合申請書受理以前に指導要綱につき被上告人と協議するよう行政指導されたい旨を依頼し、東京都の各関係機関はこれを承諾してそのような行政指導を行い、市長から前記承認書の交付を受けた事業主は、建築確認申請書と共に右承認書を提出して建築確認を受け、その後工事に着手することとなっていた。
(四) 指導要綱は、被上告人のみならず市民もその実施に強い熱意をもっていたこと、前記市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力とあいまって広範囲に適用されたこと、事業主の側も指導要綱に従わないと開発等が事実上難しくなるなどの見通しを持つに至ったこと等もあって、年を追うごとに定着して行った。そのため、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は、事実上開発等を断念せざるを得なくなり、後述の山基建設株式会社(以下「山基建設」という。)の例を除いては、指導要綱はほぼ完全に遵守される結果となった。なかでも、教育施設負担金については、減免、延納又は分納の例もなく、山基建設も、後述のとおり、裁判上の和解において、寄付金であることを明示して教育施設負担金相当額を支払う旨を約束せざるを得なかった。
(五) 武蔵野市内に本店を置く山基建設は、昭和四九年六月ころ、武蔵野市内にマンションを建築することを計画し、同年一二月七日、指導要綱に基づく被上告人の事業計画承認を得ないまま建築確認を得て、昭和五〇年五月ころ、その建築に着工したところ、被上告人は、工事用の水道メーターの取り付けを拒否した。そこで、山基建設は、東京地方裁判所八王子支部に水道の給水等を求める仮処分を申請し、同支部は、同年一二月八日、被上告人に対し水道の給水を命ずる仮処分命令を発した。同月二〇日、右仮処分異議訴訟において、被上告人は山基建設に水道を供給し、下水道の使用を認め、山基建設は、右マンションの付近住民に対し解決金として三五〇万円を、被上告人に対し寄付金として指導要綱に基づく教育施設負担金相当額をそれぞれ支払う旨の訴訟上の和解が成立した。
(六) 山基建設は、昭和五二年二月、武蔵野市内において指導要綱に定める諸手続を履践しないままマンションの建築に着工したところ、被上告人は、再び山基建設に対し水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶した。なお、右マンション完成後入居者からの給水申込みも拒否したため、被上告人の市長は、昭和五三年一二月五日、水道法一五条一項違反の罪名で起訴され、有罪判決を受けた。
(七) 山基建設に関する右の一連の紛争は新聞等で報道された。
(八) 亡Aは、昭和五二年五月ころ、武蔵野市内の本件土地にA、その妻の上告人B、二男の上告人C及び三男の上告人Dの四名名義で三階建の賃貸マンションの建築を計画し、指導要綱に関連する被上告人との折衝等を株式会社新建築設計事務所の代表者Eに委託した。Aは、Eから、指導要綱に従って教育施設負担金一五二三万二〇〇〇円を寄付しなければならない旨を告げられたが、指導要綱に基づき被上告人に対し公園用地を無償貸与し、道路用地を贈与し、公園の遊具施設を寄付し、防火水槽の設置費を負担することとなっていたし、これまでも多額の税金を納付していたので、その上更に高額の教育施設負担金を寄付しなければならないことに強い不満を持ち、被上告人との事前協議の際に、新建築設計事務所の従業員を通じ、担当者に教育施設負担金の減免、延納等を懇請したが、右担当者は、前例がないとしてこれを拒絶した。
(九) その後、Aは、指導要綱の手続、教育施設負担金条項及びその運用の実情等を承知していたEから、指導要綱に従って教育施設負担金の寄付を申し入れて事業計画承認を得ないと被上告人から上下水道の利用を拒否され、マンションが建てられなくなるとの説明を受けたので、やむなく、昭和五二年八月五日、指導要綱に従って一五二二万二〇〇〇円(ただし、指導要綱にしたがって計算すると一五二三万二〇〇〇円となる。)を寄付する旨の寄付願を添付して事業計画承認願を被上告人宛に提出し、同月二五日右承認願は前記宅地開発等審査会において承認され、同年一〇月二五日建築確認がされた。
(一〇) Aは、なおも高額の教育施設負担金の寄付が納得できなかったので、自ら被上告人の担当者に教育施設負担金の減免、分納、延納を懇請したが、再び前例がないとして断わられ、同年一一月二日、一五二三万二〇〇〇円を被上告人に納付した。
2 原審は、右事実関係の下において、指導要綱とそれに関連する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被上告人がAに教育施設負担金を納付するよう行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められないし、山基建設と被上告人との間の紛争がAの意思に影響を与えたことを考慮しても、被上告人の職員のAに対する本件建物建築についての教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものとはいえないとして、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。
3 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記1(一)の指導要綱制定に至る背景、制定の手続、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない。
しかし、指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであり(同法一五条一項、最高裁昭和六〇年(あ)第一二六五号平成元年一一月七日第二小法廷決定・裁判集刑事二五三号三九九頁参照)、右措置が採られた場合には、マンションを建築してもそれを住居として使用することが事実上不可能となり、建築の目的を達成することができなくなるような性質のものである。また、被上告人がAに対し教育施設負担金の納付を求めた当時においては、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は事実上開発等を断念せざるを得なくなっており、これに従わずに開発等を行った事業主は山基建設以外になく、その山基建設の建築したマンションに関しては、現に水道の給水契約の締結及び下水道の使用が拒否され、その事実が新聞等によって報道されていたというのである。さらに、Aが被上告人の担当者に対して本件教育施設負担金の減免等を懇請した際には、右担当者は、前例がないとして拒絶しているが、右担当者のこのような対応からは、本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができない。
右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきである。被上告人がAに対し指導要綱に基づいて教育施設負担金の納付を求めた行為も、被上告人の担当者が教育施設負担金の減免等の懇請に対し前例がないとして拒絶した態度とあいまって、Aに対し、指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、Aに教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる。指導要綱に基づく行政指導が、武蔵野市民の生活環境をいわゆる乱開発から守ることを目的とするものであり、多くの武蔵野市民の支持を受けていたことなどを考慮しても、右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない。
これに反する前記原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、理由があり、原判決のうち上告人らの予備的請求に係る損害賠償請求を棄却した部分は破棄を免れず、右部分につき更に審理を尽くさせるために原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)